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短編小説

24:2013/08/02(金) 08:33:55 HOST:ntiwte061027.iwte.nt.ftth.ppp.infoweb.ne.jp
「―網膜の記憶―」後編



わたしが見えなくなったのは、

そうなる数ヵ月前から決まっていた。

病気だった。仕方なかった。

角膜提供も迷ったけど、迷ってるうちに

時間は進んで見えなくなる前に、角膜は来なかった。

春にも相談しようとしたけど、その時春は仕事が立て込んでいて

イライラしていたし、帰りも遅かった。

『あ、あのね、春……』

『ごめん、疲れてるから』

そんな感じで。嫌われたくなくて、隠していたら

どんどん言い出せなくなった。


そして、あの日


わたしの目についに限界が来た。

会社のパソコン画面も資料も、景色も。

うまく見えない。

『もしもし…春、あのっ』

『沙織か。なに?』

ケータイ越しにカチャカチャと

キーボードの音がしたのを何故か覚えている。

『あ、今日はやく帰ってこれる?』

『ごめん、今日も忙しいんだ』

いつもならごめんね、で引き下がったと思う。

けど、もしかしたら、これがわたしの見える最後かもしれない。

それなら、せめて最後に春が見たかった。

『……っ、お願い……っ』

『仕事なんだって、いい加減にしてくれ』

春は苛立ったようにそう言って電話を切った。

わたしは見えなくなった。



「……別れよう」

もう一度、しっかりと口に出した。

「嫌だ」

負けじと春も強い口調で拒絶する。

春が近づいてくる足音が聞こえる。

春は縋るようにわたしを掻き抱いて、震える声を絞り出す。

「ごめん、ごめん…いくらでも謝るから。

だから、どこにも行くな…ッ」

子供みたいに、大きな猫科動物みたいに泣く春。

わたしは、自分が彼の邪魔になることを知っていて

それを振り払えない。


もう彼が見えないことを、わたしは後悔するけれど。

それは今の医療がいつか治してくれる。

でも、彼の罪悪感は一生治せない。

わたしは謝ってほしいんじゃない。

ただ単に、愛してほしいだけなのに。

彼はもう単純に愛してはくれない。

最後にわたしを拒絶したことを、わたしに尽くすことで償ってるんだろう。




彼に謝られながら、




わたしは今日も




愛された記憶を反芻する。


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