てんしさまのすむところ-刹那の大空- - 1308916143

34： ◆REN/KP3zUk：2012/05/11(金) 23:05:48 HOST:i114-180-35-89.s04.a001.ap.plala.or.jp: 　お湯を手で掬って、勢いよく顔にかける。ポタポタと落ちていく雫の音を聞いて、ああ、いつもと何も変わらないと安堵。しかしその中で物足りなさを感じる自分は一体何なのだろうか……。

　「訳わかんねぇな、俺」

　小さく呟いて湯船から出る。ふと目に入った鏡の中の自分の首筋には不思議な痣のようなもの。思わず食い入るように見つめてしまった。翼に守られるようにある雫に良く似た形。こんな痣、自然に出来るものだろうかと首をかしげて、その痣があるであろう位置に手を触れる。
　違和感はない。あるのは疑問と不安。この痣は一体何なのだろうか？　鏡に近づいてよく良く見ていれば、痣の下には文字のようなものまで刻まれている。ただ、なんて書いてあるのかは俺には全く読み取れない。何となく文字かな？　と感じるだけで見たことのない形をしているのだ。
　ステッラに聞けば何か分かるだろうか、そう考えて俺は息を吐く。さっさと髪を洗って、出よう。そしてステッラに聞いてみるんだ。自然に出来るわけのない形の痣なんて不気味すぎる。さっさと正体を知って安心したい。いや、正体を知ったところで安心できるかはまた別問題なのは分かっているが。
　髪を洗い終えて風呂を出る。自分の家なのに何処か落ち着かない。ああ、こんな気分になるのは一体何時振りなのだろうか？　またネーロが来たら母さんに迷惑をかけてしまうのではないのだろうか。それが不安で仕方がない。迷惑はかけたくない。訳の分からない世界に、日常を壊されるのは……。

　「葵ー、アイスあるからあがったら玲君と食べなさい」
　「あ……有難うございます」

　ふと母さんの声で我に返って、手早くパジャマを着る。全く何らしくないことを考えているのだろう。どうせ何も起こらないんだ。世界なんてそんなものだろう？　非現実なんて名前だけで実際はなんでもないもののはずなんだ。だから……不安を覚える必要なんてない。
　頬を軽く叩いて、冷蔵庫へ。そこには母さんが待ち構えたかのように立っていて、ジッと俺のことを見つめてくる。訳が分からずに首を傾げてみれば、母さんは何処か悲しげに笑ってアイスを二つ渡してくれた。前に一度だけ俺が好きだと言ったメーカーのアイスだった。この辺では見ることが少なくなったものである。
　一体何処で買ってきたのだろう？　そう考えて言葉をかけようとすると、母さんはそっと俺を抱きしめてくる。優しい匂いと暖かい体温が、心地いい。優しく頭をなでるその手がなぜか嬉しくて……。俺、もうそんな歳じゃないんだけどなぁなんて思いながらも、ついされるがまま。

　「葵、何か無理してない？　なんだか疲れたーって顔してるわよ？」
　「……大丈夫です。心配かけて、すみません」

　母さんにできるだけ笑顔を向けて答える。不安そうにしながらも母さんは笑ってくれた。最後に俺の頭をなでて、ほったらかしにされて、ちらちらと俺達の方へと視線を送る父さんの方へと歩いていく。俺も黙って階段を上がっていく。玲、アイス食べれるかなぁ。
　階段をあがろうと父さんと母さんのいる部屋の前を通ったときに聞こえたのは、重々しい父さんの言葉。

　「葵はまだ慣れてくれないか……」

　そんな言葉、聞こえないフリをして階段を駆け上がる。俺は何も気にしなくていい。いつも通りにしていればそれは俺なのだから。そう考えながら自分の部屋へと向かう。早くしないとアイス溶けちゃうし。
　ドアを開けてみると玲は上半身を起こして、ぼんやりとしていた。どうやら目が覚めてしまったらしい。俺のほうを見ると少しだけ肩をすくめて苦笑いをしてみせる。その膝の上には親に甘える子供のように玲の服を掴んで眠るステッラの姿。やれやれ……病人に何をやらせているのだろうか。
　半ば呆れながら玲にアイスを渡してやる。甘さが染み込んでいくように感じる。その冷たさが、甘さが不思議と嬉しい。玲はステッラが身を捩るのに怯えながらアイスを舐めている。ああ、やっぱり平和だなぁ。そんな風に考えて思わず苦笑い。

　「アイスってやっぱり美味いよなー……でも俺はバニラよりチョコミントの方が好きだ」
　「だよなぁ……。いや、待て。チョコミントは邪道だろ!!」

　玲のふとした発言に俺が食いつく。玲はソーダの方が邪道だと言い放つが俺は認めない。アイスは一つの味を楽しむべきものでチョコとミントの味を一気に味わうなんて……。やっぱりシンプルにバニラとかの方が俺はいいと思うんだけど、玲は違う様子。
　その後は玲の体調など無視でお互いに自分の好みのアイスについて語り合う。が、なかなか好みが噛み合わない。玲とここまで好みの話で対立するのは珍しいかもしれないなぁ。普段は似たり寄ったりの好みだったり、同じものを嫌いだったりするし。例外があるのは当たり前だけどさ。