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東洋だが、声高に中央を嘲弄してるぜ
838
:
名無し\(^o^)/@大学生速報
:2016/02/23(火) 15:28:43 ID:???
こうした中、東洋大学卒業生の集まりである校友会も反応した。
反学長の立場をとる校友は「校友有志団」を結成し、14日には
「東洋大学の根本革新を要望し、学長学監幹事等の処分を促す」という
批判文書を境野に提出、境野が回答の必要なしと答えると、事件の顛末を
都下の新聞各社、校友に送付した。18日には教授団が境野に対して
連名をもって事件の解決を維持員会に一任するよう勧告書を送った。
26日境野は顧問会に事態解決への援助を求めた。第1回の顧問会では、
顧問の岡田良平は境野を援助することを約束したが、数日後に開催された
第2回顧問会では、岡田は豹変し境野に対して学長職の辞職を強く迫った。
6月1日、休業が明けたが、大学内の雰囲気は相変わらず険悪であった。
25日、岡田は境野に再度学長辞職を求めた。これに怒った境野は、同日、
岡田に対して調停拒否を通知し、翌26日、反学長派の煽動に加担したとされる
6人の教授に解職通知を送った。通知を受けた教授たちは解職拒否を表明した。
こうした中、学生たちの学長に対する不満は最高潮に達し、27日、学生たちは
学長室に押し入り、境野を殴打して重傷を負わせた。2日後の29日、文部省は
境野に対して学長認可取り消しの命令を下した。のち学長職は湯本武比古が
一時代理を務め、8月になり顧問会顧問であった岡田良平が第5代学長に就任した。
事件勃発後は校友会も二派に分かれて対立し、また教授側と協力して
大学昇格運動をおこなってきた昇格基金部も教授委員の脱退により
ほとんど解体状態となり、昇格運動は一頓挫するに至った。
東洋大学が大正年間に昇格しえなかったのはこの事件が影響したためであった。
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