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徒然なるままに

1FK:2008/09/08(月) 21:09:30
『徒然草』ではありませんが、日々、感じたこと・考えたことを、
話したいこと・聞いてもらいたいことを、すらすらと、気楽に綴
ってみるスレッドです。
 どうぞ遊んでみてください。

24FK:2008/10/22(水) 22:06:15

 若いときから贅沢を!?

 苦労は買ってでもしなさい、とはよく聞く言葉だが、実はしなくてもいい苦労まで背負い込むことはないのだ。むしろ逆でたっぷりと贅沢をした方が良い。
 贅沢の中味は人によって違っていい。例えば、十代のうちに海外への旅行を経験しておく。映画・演劇・絵画・音楽をたっぷりと味わう。読みたいだけのいっぱいの本・観たいだけいっぱいの映画をどんどん買い込んで読んでいく・観ていく。日本国中を隈無く歩き回る。......やや例が貧相であったが、これは私の限界。みんなは自分で考えて。
 そしてお終いにもう一つ。時間をたっぷりと好きなことに使うこと。これは年を取ってからではできないことなのです。先が短いから。

25H・K:2008/10/22(水) 23:08:37
ふと、考えました。
この掲示板が私が卒業した後もずっと機能しつづけ、
皆が卒業した後も、みんながバラバラになった後も、
ずっとこの掲示板を通じて皆とおしゃべりができるのかなぁと。

ちょっと、ロマンがあると思いませんか。

26FK:2008/10/23(木) 06:27:33

「スタート −−まずここから−−」のスレッドの22 :FK:2008/09/26(金) 15:52:33 で
「どこまでやってけるか分かりませんが、みんなもせめて在学中は大いに利用してください。
 ということで、この掲示板もやはり期間限定版のおもむきがあるということです。いずれはみんな巣立ち・旅立っていかねばなりません。この掲示板のことを忘れてしまう・必要でなくなるときがくることでしょう。
 それでいいのだと思います。とりあえず、今は大いに活用してください。なお最後の最後は私がこの学校を去るときでしょう。その時には閉鎖ということに。ま、先の話ですが。」と書いておきました。
「皆が卒業した後も、みんながバラバラになった後も、ずっとこの掲示板を通じて皆とおしゃべりができるの」はとても素敵なことだと思います。ただ形態は変わっていく方がいいのかも知れません。というのは、掲示板は所詮、匿名なのでそのことからくる限界が早くもやってくるのではないかということです。それに「去る者は日々に疎し」ですから、時には出会ってしゃべることが大切というか必須かも知れません。あとちょうど三ヶ月で学校に来なくなる卒業生のみんなにとってどうなるか。まもなく答が出ることになります。

27FK:2008/10/24(金) 22:08:42

 2008年10月24日 (金曜) 宴会

 前任校の先生と宴会でした、西北で。縁は異なもの不思議なもの、で。付き合いの悪い私にも奇人変人で付き合ってくれる人がいるのです。いえ、生徒のみんなのことではありません。みんなはまっとうな生徒さんたちですから(笑)
 今日のメンバーは数学と、英語が二人の計四人。少しだけ英文法の話もしましたよ。昔ながらのつまんない英文法、関係詞とか先行詞の話とか。いま文法ばかり教えているバイク好きの先生は、授業、つまんないとおっしゃってました。やはり文法はおもしろくない!
 車の話とか昔の同僚の話とか、まあしょうむない話の連続ですが、飲んでいるので何でもいいのですね。いずれは今、これを読んでくれてるみんなとも飲みに行きたいものです!!

28FK:2008/10/25(土) 22:17:29

 洋服というものは、「上等の生地よりも、まず形」だと思うし、その「形よりも、もっと大事なのは色」だと思うし、そして「洋服よりも着こなし」だと思うし、また「服より、それを着ている人の感じ」(『おしゃれ案内』マダム・マサコ カッパブックスより)

 要するに服装はまず「色」、配色の美しさ・センスが大事であり、それはイコール「着こなし」ということに。そしてそれらが上手くできるためには、所詮、その「人」そのもの、つまり人間性とか品格とかがものを言うわけです。
 いろいろな服装・ファッションを楽しみながらも、まず人間を磨く必要があるということ。そのために今の毎日があるのですよ。また、おしゃべりに来てください。

29FK:2008/10/27(月) 22:33:29

 中島みゆきの「この空を飛べたら」の一節に特に好きな歌詞がある。

 ああ 人は 昔々 鳥だったのかもしれないね
 こんなにも こんなにも 空が恋しい

 人は生きているかぎり何かに恋するものだ。何かに恋してないと生きづらいものなのだ。私は何にも恋してないと嘯く人も、心の奥底でひそかに熱望しているのだ。ただあまりにそれが叶わないものだから、そっと秘し隠しているのだ。
 吸い込まれるような秋の青空を恋しく想うのは、この歌のような失恋のあとばかりとは限らない。どんな時でも私たちの憧れと恋しさの象徴として「空」は存在するのだ。

30FK:2008/11/01(土) 15:30:32

 「忘れてもいいよ。」と「いいよ、忘れても。」

 「忘れてもいいよ。」は今日観てきた映画[その日のまえに]のラストで出てくるもの。ガンのため43才で先立っていった妻がその死後3ヶ月目に夫に、と託した手紙。一枚の便せんにたった1行、こう記してあったわけだ。伏線として長文の手紙も書いたがそれは破棄されてとあるのだが。それにしても、「忘れてもいいよ。」である。どうなんだろう。
 このシーンを見て実ははっとした。かつて「いいよ、忘れても。」との手紙をもらったことがあったので(こちらは生別だが)。
 どちらにせよ辛いことに変わりはない、人それぞれいろんな解釈があるだろうが。

31FK:2008/11/02(日) 22:40:39

 十一月は...

 それぞれの月に様々な思い出と思い入れとがあるものだ。みんなもそうなのかも知れないが、人生を生きてきた年数の違いが厳然とあるので、かなり趣が違うだろう。
 十一月は...。十一月は寂しい月だ。気候的にも何かしら薄寒く、まだそんなに寒い季節ではないはずなのに、ふと知らないうちに薄寒さが忍び込んできている。

 そんなイメージのある十一月。しかし、実はこの十五日が母の祥月命日だということで、よりそのように思っているのかもしれない。生きている母との最後の会話をしたのは1989年11月9日の朝だった。父の入院していた病院で、一緒に見た六甲山がくっきりと青空の中にあったことを思い出す。翌日、母は倒れ、意識の戻らないまま15日の朝、亡くなった。

 親不孝なもので、両親の命日をその当日に思い出すことが少なくなってきた。つまり忘れてしまっているのだ。「忘れててもいいよ」と言ってくれてるかも知れないな、と今ふと思った。

32FK:2008/11/06(木) 21:43:53

 『生きること 老いること』(新藤 兼人 朝日新聞社 2003年 \1000)

 吉行あぐり氏との対談。これが何と90歳と95歳の人の対談ということだ。



新藤 ついつい、歩きながら人の顔を見ているんです。顔にはその人の過去やいま何を考えているか、全部が出ている。(P.18)

新藤 残された人間は去って行った人間のことを考えてあげなくてはいけないと思っています。(P.28)

新藤 僕は一人暮らしの楽しみは「ぼんやり」だと思いますね。(P.29)

吉行 私の仕事は髪をきれいにしてさし上げるというもので、あなた様のように、仕事が作品として残るわけではありません。長い間、仕事をしていても、何も残りませんから。はかないといえば、はかない仕事です。(P.82)

【世の中のたいていの人は、そういう意味でははかない仕事をして一生を終わるものだ。そして、それでいいのだが、人はときに、そこに虚しさを感じてしまうのだ。厄介なものだ、人間とは。また、生きるとは。】

33FK:2008/11/09(日) 21:05:57

 私のショパン

 私のショパンはまずワルツから聴き始め、その結果このCDだけでも30種類近く持っている。最終的には、ジャン=マルク=ルイサダのものに落ち着いたが、それまでいろいろと遍歴してきたもの。

 さて、そのワルツの第一番目に登場するのは、「華麗なる大円舞曲」である。私はピアノが弾けないから勝手なことを言うのであるが、この曲はまず出だしの表現が難しいと思う。どうしても間延びしてしまうのだ。この部分をシャキッと表現するのは難しいようだ。
 私は技術よりも、まず音の綺麗さ・美しさが大切だと思っている。もちろん両方とも大切だが、まずは綺麗な音を作ること、弾けることが肝要だと思う。濁った和音を聴かされたり、曖昧な音の羅列を聴かされるのはごめんだ。言い換えれば一つ一つの音を大事に、慈しむように弾いてほしいのだ。



 音楽が人を感動させるのは、必ずしもそのテクニックの故ではない。単に技術的に弾けることではなく、プラスα、つまり芸術性があるかどうかである。
 アマチュアであり、まだ勉強中である場合、そこまではいかないだろう。しかし、それにしても最低限度の「音楽性」はなければならない(これまた無理なことを言うようだが)。

 私はつぎのように考えている。大げさに言えば、芸術性とは精神的な高みに属することであり、音楽家である限り永遠に目指すべきもの。音楽性は演奏家としてのオリジナルな表現といったプラスαはなくても、その作曲家の意をくんで表現していき、音楽として成立させるということ。
 口で言うほど簡単ではないだろうが、心をこめ、気持ちをこめて演奏すれば、技術を超越した素晴らしさが私たちに伝わってくるのではないだろうか。

34FK:2008/11/11(火) 20:50:50

 『世紀末を一人歩きするために』(村上 龍 講談社 1995年 \1500)

 アフォリズム、警句集。


 好きなことや好きな人を捜すのは、この世の中で最も難しいのに、誰もそういうことを言わないから、子供や若い女の子は好きなことは簡単に見つかると思って一生を棒に振ってしまう(P.108)
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 「この世の中には何十億という人間が住んでいる、だがその中で実際に知り合い言葉を交わすのはごくごく僅かな人々だ」(P.137)
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 不安材料とたわむれることのできる奴、それが本当のタフネスなのだ、プレッシャーを楽しむことのできる奴だ(P.216)
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 容姿・技量には少し目をつぶっても、明るい人をパートナーにしよう。これはテニスに限らないけどね(P.234)
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 「遊ぶ」という要素のない「働く」は、一種の奴隷状態だと思う。従って、「仕事」と「遊び」がはっきり分かれている人は、もうほとんど奴隷と同じなのだ(P.241)
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 才能がないと決めつけて生きることほどイージーで、安楽で、退屈で、つまらないことはない(P.244)
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 豊かな人というのは、自分を他人と比べたりしない(P.249)
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 つまらなく生きている人は他人の元気まで奪うから始末が悪い(P.277)

35FK:2008/11/12(水) 20:06:36

『ゲド戦記 5 アースシーの風』(ル=グィン 岩波書店 2003年 \1800)

 わたしに今、はっきりと言えるのは、死んだら、ほかの生物と同じように、宇宙という、より大きなものの一部にふたたび組みこまれるだろうということです。木や、けものたちと同じように。(P.204 テナーのことば)

【仏教の生命観を持ち出すまでもないが、生命のことをとことん考えていったら、同じような結論に達するということか。】
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 人はたとえどんな物であれ、それひとつだけではその物自体の本質をつかむことはできず、それについて多くを語ることもできない。大事なのはほかの物とのつながりなんだ。(P.258 ハンノキのことば)

【人もそうで、人間という言葉どおりであろう。】

36FK:2008/11/13(木) 21:03:26

『あの季この季(とき)』(岸田今日子 光文社 2002年 \457)

 人が死ぬことも、それが自然の寿命だと思える時は、木の実が熟して落ちるのを見るように受け入れられることが多い。(P.55 草笛)

【まだまだ死ぬことを考えてない。しかし、今あえて考えてみれば、そっと死んでしまってもいいや、と。
 なるほど思い残すことは、いっぱいある。本も読みたいし、音楽も聴いていたい。おしゃべりもしたい。それでも、いつか「その日」が来たなら、そっと死んでいっていいや、と今は思っている。】

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 芝居をする人が(中略)たいてい見る夢というのがある。とにかく楽屋へ入るのだけれど、自分は何の役をするのか分からない。または、せりふを全部忘れてしまった。でも、何しろ舞台に出なければならないという、切羽つまった夢だ。わたしも同じような夢を、何度見たか数え切れないほどだ。(P.175 金木犀)

【これを読んで安心した。私の場合は、まず授業。準備がなされていず、一体何をすればいいのか教室で途方に暮れていたり。また学校に遅刻する夢も年に一回は見る。
 あるいは自分が何か、それはピアノであったかを演奏しなければならない状況の夢を見たことがある。もちろん私は弾けない。なのに弾かなければならない夢を見て、目が覚める。とまれ、私だけではないのが分かってホッとした。……】

37FK:2008/11/19(水) 20:58:52
 
精神年齢?

 これまでの人生で私の精神年齢が、実年齢に追いついたことはなかった、と思う......
 二十歳の恋をしていたときも、精神年齢のほうはおそらく18歳くらいだったろう。(これだけはおまけして、ほぼ精神年齢が実年齢と同じだったとみるとしても、その後もずっと恋するときの精神年齢は二十歳のまま、というのも何とも......)
 実年齢三十代の頃の私は、精神年齢は25、6歳。実年齢四十代から今、五十代でも精神年齢はせいぜい35、6歳だ。そう今もみんなのおかげで、いつまでも大人になりきれてない人間のままともいえるのだが(トホホ)、精神年齢はせいぜい35、6歳で止まったままだ。
 ただ実は五十代になってからのしばらくの間はやたら弱気になって、精神年齢も45,6歳の感じだった。幸い、今付き合ってくれる生徒諸君のおかげで再び35、6歳の感じで毎日を楽しく過ごさせてもらっている。ありがたいことで、感謝あるのみ。
(ある意味、私も大人になりたくない、と思ってきた人間だったのだろう。)

38エココア:2008/11/25(火) 07:58:50
久々にきたけどFKのレビューが面白い
支援カキコ

39FK:2008/11/25(火) 18:55:15

 この数日、私の秋休み? で、掲示板ともご無沙汰していました。今日から学校再開、と早速の書き込み、うれしく拝見。どうぞ、いろいろとご意見・ご感想をよろしく。

 まずは自戒の意味で、教師というのは、私のことですが、生徒のみんなからチヤホヤされて当たり前のように思っている節があります。気をつけねば。ついつい傲慢になっているようです。だから知らないうちに、挨拶もしてもらえないていたらくになっているような。でも、こりずに付き合って、間違いをゆるゆると指摘していってください。

 さてこの数日は、車で(すいません、エコでなくて)串本から那智勝浦、熊野本宮大社あたりまで行ってきました。例によって例のごとく温泉メインで、あと少し歩いてきました、熊野古道を。ずっと良い天気で(21日はこちらは雨が降ったようで)海と山と温泉と寿司を楽しんで来ました。最初の丸二日などまったく本も読まずぼんやりと。三日目でようやく活字が恋しくなりました。――考えてみるとこの辺りは、みんなが研修旅行で来るところなのかもしれません。私がそれに付き添うことはまずないでしょう。職務分担が違うので。
 紅葉は見れはしましたが、まだ本番ではなかったようです。そういえば今朝も駐車場から校舎にはいるとき、一枚すっかり赤くなった葉っぱを拾ってきました。もし私が二十歳ならば、好きなひとにそっとプレゼントしたことでしょう。今の私から受け取ってくれるような粋狂なひとはいるでしょうか?!(笑)

40FK:2008/11/27(木) 23:07:06

2008年11月27日 (木曜) 「相棒」「七瀬ふたたび」「風のガーデン」

 今は珍しく週に三本テレビドラマを観ている。水曜の「相棒」、木曜の「七瀬ふたたび」と「風のガーデン」。
 「相棒」は単純に楽しみ。ただ社会性のあるテーマを扱っているので授業に使えるかも、とも思いながら。これでは「単純」とはいえないか。
 「七瀬ふたたび」も楽しみながらも少し授業のことも思いつつ。
 「風のガーデン」は倉本聡の思想がイヤだと思いながらも、かつての「北の国から」同様に観てしまっている。そうなるのは、おそらく魅力的なヒロインのせいだろう。
 「風のガーデン」もガンがからむが、最近、観るものにはガンで死んでゆく人たちのことが特に目立つような気がする。そして涙をさそわれるのであるが。
 ま、涙で眼を美しくして、人の心の優しさが見えるようになれたらいいか、と。

41FK:2008/11/30(日) 21:14:57

2008年11月30日 (日曜) 紅葉

 今日で霜月も終わり、明日からは師走。何となく気もそぞろな日々をむかえることになります。
 午前、青空のもと紅葉を少し堪能してきました。今日は加東市の鴨川の郷(さと)でテニス。そこまでの小一時間、車からですが山々の晩秋の季節の移ろいを楽しみました。
 こんなふうに自然を楽しむことができるというのは、実はほんとうに幸せなことだと思います。ストレスも解消されるし。そういえば、これまで夜の時間はもっぱら本を読んでいたのに、最近の私は音楽を聴いていることが多いですね。若い頃にくらべ時間の使い方が変わってきたなと自分でも思います。これは別の言葉でいうと、禁欲的な生き方ではなく、心に素直にして楽しんじゃおう、といったところでしょうか。変われば変わるものです。そしてこれも、私の人生なのですね。(大げさかも?)

42FK:2008/12/02(火) 19:55:52

2008年12月 2日 (火曜) 未練

「余分な銭と人の未練は年を越しちゃあいけねえって、親方の口グセでやんす」(P.173 『おせん』第四話 師走、初雪、年の暮れ。)

【『おせん』には気の利いた言葉が散見されるがまず一つ。
「余分な銭」はないのでそれはともかく、「人の未練」は私も頑張って年を越さないようにしよう。でももし、12月中にだめだったら......、そのときゃあ3月の年度末があるし!(笑)
 ま、これでは未練は断てそうにないか......】

43FK:2008/12/03(水) 22:36:21

2008年12月 3日 (水曜) 恋愛ではなく......

これからの小説家は、恋愛ではない、しかしそれに限りなく近い何か別の関係を探すことが求められているように思います。それは恋愛に似た情熱を伴い、男女の関係を超越したようなものであるはずです。そんな中で私が手を挙げて提示したものが、師匠と弟子という人間関係なんです。(P.107 鹿島田真希 『彼女たちの物語 21世紀女性作家10人インタビュー』(榎本正樹 集英社 2008年 \1900)より)

【鹿島田真希氏は『ピカルディの三度』という小説でこの関係を書いているようだが、未見。しかし、私もこのような男女間の人間関係のあり方がないのか、と考えることがある。どうしても熱い恋愛になってしまうか、クールな友人関係のままか、と。
 しかし熱くて、しかも恋愛とはまた違うホットな関係を築けないものかと思う。著者の提示は参考になるかも。】



 女というのは、娼婦になるか、修道女になるか、母になるか、そのどれかなんですよ。(中略)特定の男に依存しないという点で、修道女と娼婦は似ています。ドストエフスキーの小説から影響を受けていますね。『罪と罰』のソーニャがそうですけれども、ドストエフスキーの小説には娼婦=聖女が非常に多いんです。(P.122 同上)

【なんとなく分かるような気がする。】

44FK:2008/12/16(火) 20:10:29

2008年12月16日 (火曜) 卒業文集

 今日、卒業文集の原稿依頼がありました。早速、短い文章ですが書きました。例年と違って今回のには「さようなら」を入れておきました。今年の私はそんな気分なのです。
 出会いがあれば、いずれ必ず別れが来ます。遅かれ早かれ、私はみんなに「さようなら」を言わなければならないのです。もちろん、私の方が先に死んじゃうという蓋然性の高さのこともありますが、2009年2月28日の卒業式をもってもう二度と、大袈裟ですが、あなたがたと永遠に会うことがないということでもあるのです(この日に来ない人とはもっと早くになります)。死別より生別の方が先なのです。
 そして無関心と忘却の彼方にみんな埋没していくのです。(センチメンタルになっちゃいますね(笑)

45エココア:2008/12/17(水) 00:16:54
最近流行りの携帯小説にチャレンジしてみたのはいいけれど、とても難しい。
小説を全く読まない人種なもんで(読んでも大好きな大槻ケンヂくらい)、頭で考えたことを上手に言葉で表現できない。おまけに今日、人とは違う小説を書きたかったのに、「星新一みたいですね」「世にも奇妙な物語みたい」と言われてしまった。とうぜん前者も後者も褒め言葉なんだけど、なんていうか、オリジナリティのほしい私にとってはうーん、って感じで。…

…よし、明日からも話作り頑張るぞ!

capsuleのSF三部作みたいな小説を書いてやる(∩∀`●)…ってその時点でオリジナリティが無いという(笑)

さて、いまからどうやってこの頭の中のネタを言葉にうつそうかな

46FK:2008/12/17(水) 20:21:30

 模倣、からオリジナリティが湧き出てくるのではないでしょうか。無から有は生じないと思います。ご自分のオリジナリティが出てくるまで我慢して続けることでしょうね。また読ませてもらいたいと思います。フレー!

47FK:2008/12/18(木) 20:14:07

2008年12月18日 (木曜) 何のための修業?

 見えますもん みんなの喜ぶ顔が
 食べさしたいなァ みんなに......(中略)
 板前修業 やんなきゃなんねえこたァ 山とありやす
 でやんすが その技術(うで)を生かすのも素材を生かすのも
 すべてはその気持ちを生かすためと 思いなせえ(『おせん』其之十 P.205)

 何のために修業し技術を身につけるのか? それはそれ自体が目的なのではない。あくまでもそれを食べてもらう人たちへの気持ち・思い・愛情を伝えるため。ともに幸せになるためなのだ。技術のための技術、ではないのだ。「おせん」のなかなか良い言葉の一つ。

48ゆうがお:2008/12/19(金) 04:43:35
緒形拳さんが、本当に逝ってしまわれた、そんな感じです。
大好きな俳優であった緒形さんを、もう一度失ってしまったような、そんな喪失感があります。…とても悲しいです。
緒形拳さんのご冥福をお祈り致します。

49FK:2008/12/19(金) 08:58:25

2008年12月19日 金曜 「風のガーデン」終了

 とうとう「風のガーデン」が終わってしまいました。このドラマが放映される前に、すでに緒形拳は71歳で10月に亡くなってました。私自身は、彼に格別の思いをもってこのドラマを見ることになったわけではありません。気になる脚本家のホンだったからであり、そこに彼がいて、彼の最後の作品を見ることになったということです。
 しかし良かったですね、彼の最後の演技。訥々とゆったりと人生最後を飾るにふさわしいものであったと思います。
 彼の作品ですぐ思い出すのは『砂の器』・『鬼畜』そして『八甲田山』ですね。
 俳優の死が一時代を画すということがあるとしたら、「ゆうがお」さんにとっては、そういうことなのでしょうね。

50FK:2008/12/21(日) 22:42:25

2008年12月21日 (日曜) 血液型

 今年は血液型の本がベストセラーになり、私も授業やみんなとのお喋りでこのことを話題にするものだから、私ってのは、かなりこの血液型別性格診断にはまっていると思われているようです。ひと言弁明しておくと。
 まず血液型の本は今年あれほど話題になったけど、まったく読んでません。その本を読むことによって予断と偏見を持ってしまってはいけないからです。授業でも偏見の例としてこの血液型のことがあがっていることからも、それが分かると思います。
 30歳頃のことですが、私の血液型にはエックス型(実際はA・B・O・ABのどれかですが、当然、曖昧にしておきます。人によって違いますものね)の血液型の人と相性が良い、などと聞かされてそれがずっとこの歳まで頭にありました。まさしく偏見を植え付けられ、予断を持つようになってしまったのです。
 そして、今年2008年、このエックス型の人と実は相性は良いといえるものではなく、さりとてむちゃくちゃ悪いわけでもない、という当たり前のことに気付かされたのです。ちょっと痛い思いもして、です。
 つまり私の人間関係の中で、比較的相性が良かった・少し悪かった、という状態の何人かの人たちのことを説明する際、ひとっからげに表現するのにこのエックス型とかという血液型が便利な符丁だったわけです。つまり後付けということです。
 似たような性格を持つ人たちというのはいるものです。そんなときに便利なネーミングがこの血液型だったわけです。とりあえず今日はこれまで。これからも考え続けていきたいと思います。

51FK:2008/12/26(金) 23:53:52

2008年12月26日 (金曜) 今年も、また

 また一年が終わっていく。この人生の何回目の一年だったのだろう。
 馬鹿なことを。自分の年齢を数えれば分かることではないか! しかし、分からないから、ふと、こんな問いかけをしてしまうのだ。本当に年齢分だけの一年一年を送ってきたのだろうか。生きてきたのだろうか。
 今年もまた、幾多の出会いがあり、数多の別れがあった。いや逆か。数多の出会いがあり、幾多の別れかな? 今年の前期の授業で初めて出会った人たちとも、後期の始まりとともに別れを告げることになり、もうそのまま卒業していってしまう人たちもいる。縁の浅かった出会いというべきだろう。それはやはり数多の別れ、か。いや結論は、数多の出会いと、数多の別れ、ということなのだろう。寂しいな、と心が呟く、理性とはかかわりなしに。もっとおしゃべりしたかった、一緒の時間を過ごしたかった、人生のしあわせというものを、人と人との出会いの妙をともに味わいたかった。
 ――そんな悔いだらけの人生が、人生の実相なのだと知るのは、たいていは歳をとってからなのだけど、わずか17歳でそれを知ってしまった...。そんな彼・彼女らに私は無力であった。私は必要とはされなかった。むしろ、邪魔な存在であったのだろう。私のようないつまでも青くさい理想論を説く傲慢な存在には!
 こんなことばかり考えていては、私は生きていけないだろう。彼らが私の前から立ち去ったように、私も彼らのことを無関心の闇の中に押し込んでしまわなければならない。もちろん、生涯、忘れることはないのだが。これぞまさしく、因果な商売というべきだろう。

52FK:2008/12/27(土) 20:38:22

2008年12月27日 (土曜) 今年は教師生活で最良の年かも

 パートナーに言わせると、今年は私にとって良い年であったそうな。たしかに昨年、2007年は最悪で、もう仕事を辞めたいとひたすら思っていたのであった。そして、今年、人間関係に恵まれ、つまり年若き友人たちが(なんと40歳も違うのだ!)私の相手をしてくれて、もう一度気を取り直させて、仕事を続けることにしたのだ。
 ということで今年はもしかしたら教師生活の中でも最良の年だったのかもしれない。勿論これはもう少し時間が経たないと断言はできないのだが。
 準備室や308教室でいっぱい喋ったり遊んだりしてくれたことが、原動力となり、もう少し教師生活を続けてみようという気にさせてくれたのだ。満面の笑顔、心の底からの屈託のない笑み、――そんなみんなの顔を思い出しながら。そして感謝の気持ちとともにこの2008年を終わろう。(昨日のとは、ずいぶん趣が違う内容になってしまった。昨日の文を読み、もし心配してくれた人がいたとしたら、もうご安心ください。肯定的にこの一年をとらえて、大晦日、そして2009年を迎えたいと思います。では良いお年を。)

53ゆうがお:2009/01/01(木) 01:28:23
あけましておめでとうございます。
今年はどのような年になるのでしょうね。
と言っても、受験などの大きなイベントがない限り、騒ぐほど大きな変化はないかな、とも思いますが。
みなさんにとって良い年になりますように。

54FK:2009/01/01(木) 10:45:21

2009年 1月 1日 (木曜) 明けまして...

 「ゆうがお」さんをはじめ、読者のみなさま(?)明けましておめでとうございます。
 新三年次の人たちをはじめとして受験のある人にとっては、大変な一年になると思います。勉強の合間の気分転換に昨年同様、遊びに来てください。長丁場ですので無理せずに週末や放課後は遊ぶことが大事ですよ!

 受験もない新二年次の人たちなんかは、思いっきり高校生活を楽しんでください。後悔先に立たず、ですから。「ゆうがお」さんのおっしゃる「大きなイベント」をいっぱい企画して実現させてください。私もせいいっぱい応援しますので。楽しみにしています。一人ひとりではなかなかできないことも、この掲示板に載っけたりして、みんなに呼びかければ、とてつもないこともできてしまうのです。大いに楽しみにしています。
 では本年も健康第一・遊び第二、三四がなくて勉強第五で!?

55FK:2009/01/01(木) 10:57:36

「48 :ゆうがお:2008/12/19(金) 」さんへ  2009年 1月 1日 (木曜)

 ここで「ゆうがお」さんは緒形拳さんの死を悼んでられましたが、昨2008年12月31日の午後六時頃NHKで追悼番組が放映されてました。ご覧になりましたか?
 その中で「演じることは、演じないことだ」といったようなことを彼は話してました。
 穏やかな人柄が彷彿としてくるような良い感じのインタビューでした。あらためて緒形拳という俳優の大きさを知ったような気がします。71歳の死は早すぎましたね。もう少し長生きして欲しかったな、と思った次第です。

56FK:2009/01/02(金) 19:15:02

2009年 1月 2日 (金曜) ガーデンズ!

 西宮北口の商業施設ガーデンズ、今日で4回目。うち2回は映画(本日も)。
 それにしても莫大な人の数。一体どこからこれだけ雲集してくるのかと思う。阪急百貨店がその基幹店としてあるが、それ以上に有名なテナントが入っているせいではないかと思う。有名店が一堂に会しているわけで、その便利さで、人が人を呼んでということなのだろう。書店なんか、こんなに人が来るものかと思うほどのにぎわいだった。たしかに紀伊国屋の梅田店はすさまじいが、それに準じるくらいの人波だった。
 食堂・食べるところが少ないとは聞いていたが、たしかにほぼどの店もいっぱいの行列であった。――現在のところ、大成功といえるだろう。

57FK:2009/01/03(土) 18:02:02

2009年 1月 3日 (土曜) ふーむ、そうだったのか

「△△は一つひとつの恋愛を別のフォルダに残して大事にしますが、○○は今までのものを全部消去して上書きします」

 この「△△」と「○○」にはそれぞれ「男性・女性」のいずれかが入るのだが、おわかりだろうか?
 今日の朝日新聞別刷りのb4面、「ばらんすシート」というコラムで作家の高樹のぶ子氏がその著書に書いた一節。
 なるほどそうだったのか、と今ごろ気付かされた。そうかそんな風に思っていたのか、と悲しい気持ちにさせられる現実(?)であった。
 ――「△△」と「○○」の高樹氏のこたえは、明日にでも紹介しよう。

58mlk:2009/01/03(土) 23:56:44
めちゃくちゃお久し振りの書き込みです。あけましておめでとうございます。

私は△△が男性で○○が女性やと思いますねー´`

なぜなら自分がそうだからデス!

59ゆうがお:2009/01/04(日) 01:54:37
〇〇が女性ですよね?
以前何かの本で目にした気がします。
女性は子供を産むために、早々に違う相手を見付ける必要があるそうです。
本能みたいなものかな?


ちなみに追悼番組は見ていません。
木村拓哉さんが緒方さんについて語っているのは見ましたけどね。
まさに演技に生きる人だった、とのことで。
何か一つのことに人生を燃やすことができれば、それは素晴らしい人生なのでしょうね。

60FK:2009/01/04(日) 22:41:05

2009年 1月 4日 (日曜)  やはり、そうだったのか!

 ――「△△」は男性、「○○」は女性、これが高樹氏のこたえ。
 58.59.の書き込みの通りでした。「男はつらいよ!」と叫びたくなります(笑)
 男性は純情、女性は現実的?  男性はバカ、女性は賢明?
 何と言われようと私は「一つひとつの恋愛を別のフォルダに残して大事にし」て一生を終わっていくだろうと思います。そんな自分を肯定したい! さりとて女性の「今までのものを全部消去して上書き」するのを否定するものではありません。
 むしろこれは男性の望むところでもあります。つまりその女性の「過去の男性」のことはすっかり忘れて欲しいということ。そのくせ男性は自分の過去のことは、口にはしないまでも決して忘れ去ることはない。これは女性からしたらすっごく嫌なことなのではないでしょうか。でも「過去の男性」からしたら、その女性の在りようというのもすっごく嫌なものですよ! お分かりでしょうか?
 とまれ良いも悪いもないのですよね、これが実相・現実の姿なのでしよう。

61FK:2009/01/07(水) 22:15:58

今こそ、その時!

 企業主は会社の合併や売買で莫大な富を築き上げ、貧乏人に分け与えない。(中略)差別した者は覚えていなくても、された者は一生覚えている。持てる者が分け与えないとやがては国を亡ぼし、世界を亡ぼすのだ(『老いるには覚悟がいる』(米谷ふみ子 海竜社 1996年 \1500)P.150)

 今のいまこそ「持てる者が分け与えないと」いけない時なのだ、と私は思うのだが。アメリカに暮らす芥川賞作家のエッセイの一節。

62FK:2009/01/10(土) 17:44:24

2009年 1月10日 (土曜) 「悪」の魅力

 映画・演劇でもそうだが、実は正義の味方よりも、悪役のほうが魅力的なのだ。そのような「悪」の魅力にあこがれてしまう。実際は難しいことなのだ。

 「悪党」、「海賊」への公権力からの弾圧はきわめて執拗で強烈なんです。でもダメなんです。「悪党」はなくならない。国家が管理したいけど、できない。(『歴史の話』網野善彦 朝日新聞社 2004年 \1000 P.135)

【「悪党」、「海賊」は悪い者という刷り込みがあり、それらはやっつけられて当然のように思わせられてきている。現在でもそれにあたるものがあるだろう。気を付けねばならないところだ。】

63FK:2009/01/19(月) 21:11:41

『もてる男の美学 いい男になるための50章』(皆川真一 アスク 2002年 \952)

 何ともすごく直截的な題名の本。もっとも内容はそのものずばりなのだから、いいわけだが。
 それにしても要するに気配り・心配りの問題。酒場に私が行くことはないけれど、どんな場所であれ基本は同じということだ。
 もてる「男」とはなっているが、意味するところは「もてる人」である。

 手元にありますので、お貸しできます。

64FK:2009/01/31(土) 20:43:51

言葉のアヤ

「そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしてないのでよくわかりませんから、そういう問題についてはお答えができかねます。」(『マンガ 天皇制を知るための近現代史入門』(東京都歴史教育者協議会 いそっぷ社 2003年 \1600)

 ここでも「戦争責任は言葉のアヤ」というエピソードが紹介されている。
 私はこれは質問者の誤解だと主張するのだが。

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 これは一九七五年十月三一日の記者会見で昭和天皇が「戦争責任」ということについてこれを「言葉のアヤ」と答えたとされる発言である。このような理解のされ方が一般的なようであるが、私はそうではないと考える。
 記者の質問は「ホワイトハウスにおける『私が深く悲しみとするあの不幸な戦争』というご発言がございましたが、このことは陛下が開戦をふくめて、戦争そのものに対して責任を感じておられる、という意味と解してよろしゅうございますか。また、陛下はいわゆる戦争責任について、どのようにお考えになっておられますか。おうかがい致します。」

 前半は「ホワイトハウスでの発言」イコール「戦争責任を感じる」と解釈してよいかとの問い、後半は戦争責任についての考えだ。

 二つの質問に対し天皇の答えは一つ。どちらの質問に答えたかは明らかであろう。「戦争責任」を「言葉のアヤ」としたのではなく、記者の「解してよ」
いかということを「そういう言葉のアヤ」と表現したのだ。
 昭和天皇は理科系であった。

65FK:2009/02/05(木) 21:18:43

「ここも、繁昌しているね、梅安さん」
「亭主に儲ける気がない。その日その日が送れればよいというやり方で、儲けは仕込みと雇っている者たちへつぎこんでしまう。そうなると客がつくのは道理というものさ」(P.313)

----『仕掛人・藤枝梅安 完本池波正太郎大成 第十六巻』(池波正太郎 講談社 1999年)

66FK:2009/02/13(金) 21:42:22

新しい一日

 新しい一日が何だというのだ。疲れ果てて眠りにつき、目が覚めればまた、昨日と変わらない今日があるだけではないか。(P.192 「五時」 『二十四時間』(乃南アサ 新潮社 2004年 \1400)

【朝が朝であるというだけで、無条件に誰にとっても素晴らしいものであるはずはない。しかし、そう思いこんでしまう何かがある、はず。それを無残にもこのように表現されて。いや、やはり人生そのものは、そのように酷なものなのだろう。】

67FK:2009/02/18(水) 22:57:47

2009年 2月18日 (水曜) スノーマン

 今日、準備室でアニメ・スノーマンを観た。涙は出なかった。出ない自分の感性の衰えに愕然とした。

68FK:2009/02/21(土) 22:19:10

 決して追いつけぬ、決して寄り添えぬ存在に惹かれて生きることは、虹を追い求めるのにも似て滑稽で、時に惨めだ。(P.159 図書館 『廃墟建築士』(三崎亜記 集英社 2008年 \1300)所収)

【それでも私はその虹をいつまでも心の中に残しておきたい。悲しい? いや愛しい!】

69FK:2009/02/22(日) 21:05:17

 短い人生で、そうそう何人も愛せる人が現れるとは思えない。(恩田陸『ブラザー・サン シスター・ムーン』P.31)

【そうだとも言えるし、そうではないとも言える。難しい。しかし、私はそうだと思うわけなのだが。そう、数人がいいところではないか、その人生で。】

70FK:2009/02/25(水) 21:30:50

2009年 2月25日 (水曜) 卒業文集

 卒業文集が出来上がってきました。
 一言、「がんばりました」との原稿が目に飛び込んできました。大きな字です。
 そう、「よくがんばった!」。――そんなあなたの生き方に共感しましょう。
 そして、「もういいよ、がんばらなくて」と。....

71FK:2009/02/27(金) 21:41:29

2009年 2月27日 (金曜) 卒業文集2

    卒業おめでとう、そしてさようなら

卒業おめでとう

あなたの人生で この言葉を みんなから かけてもらったのは、これで何回目になるでしょう? 

そして、もしかしたらこれで最後かもしれません。

どうぞ、この言葉をいましばらく じっくり味わってください。ひたってください。

ではもう一度、卒業おめでとう、そして さようなら


もし、もう一度こんにちわ、と言いたいときはメールしてください。fk1950@gmail.com 有効期限はまあ三十年くらいかな(変更はしません、このアドレスを提供しているグーグルがつぶれないかぎり)。
返信が一ヶ月以内にないときは「未来で待ってる」(『時をかける少女』)状態ですので。あしからず。

72FK:2009/03/14(土) 21:04:01

2009年 3月14日 (土曜) 洋服と中身

 体に一番近い環境が変わるんやから、人間性すら変わります。私は、洋服は表向きを飾るだけじゃなくて、人間の中身や、と思っています。中身があって初めて、洋服が似合う。そして、その外身から、また中身も向上する。考えていることをメッセージとして表現するのも、洋服の要素としてすごく大切です。(コシノ ヒロコ 毎日新聞2009年 3月14日 (土曜)夕刊文化面より)

【ファッションデザイナーの弁。その通りだと思い、なるほどプロはやはりきちんと考えているのだなと感心した。みんなはおしゃれをいっぱいしているのだが、つい中身のことを忘れてる人が少なくない。折角の素敵な格好なのに、と残念な思いをしばしばしているのだ。是非この言葉を知ってほしいと思い抜き書き。】

73FK:2009/03/15(日) 18:11:55

自分を信じる 2009年 3月15日 (日曜)

「自分の想像力を信じられないぐらいなら、闘うのはやめろよ。でもって、おっさんは死ぬまで誰かの想像に踊らされながら生きていけばいい」
「..............」(中略)
「自分のまわりを見まわしてみろよ。たいていは他人の想像から生み出されたもので埋め尽くされてる。」(P.176 『フライ,ダディ,フライ』(金城一紀 講談社 2003年 \1180))

【自分を信じる、こんな当たり前のことが意外と難しいのだ。みんな「自分を信じ」て毎日を生きているはずなのだが、その実態は上記のようなのかもしれない。「誰かの想像に踊らされ」「他人の想像から生み出されたもの」のなかで毎日あくせくしているのかもしれないのだ。「自分の想像力」を信じる、――そんな生き方をしたいものだ。】

74FK:2009/03/23(月) 20:14:25

2009年 3月23日 (月曜) 道

 回り道したぶん、いろんな道を覚えられた。まっすぐ歩いてきたやつよりも、いっぱい道を知っているんだ。(P.568 『Dr.コトー診療所』愛蔵版2 原さんのことば)

【回り道や道草をいっぱいすること。――意外とできないのだな、これが。生き急いでいる気はないのだが、どうもできない。悲しい性である。これまでまっすぐしか歩いてこなかった人も、今からでもいいから散歩して、回り道して道草喰って行こうではないか!】

75FK:2009/03/31(火) 13:12:11

2009年 3月31日 火曜 「3月31日」

 「31日」という日付には、感慨深いものがある。
 同じ「31日」でも、12月の「31日」は一年の終わりであるが、どちらかというと「人生」の一年の終わり・節目である。明日には数えでは何歳になるのだな、とか。

 それに対して今日、3月の「31日」は仕事の一年が終わる、というところか。四月に始まった年度の一年が終わりを迎える。人が入れ替わる。
 そして私も二年後の今日は定年、ということで職業生活を終えることになる。
 これから先、やってくる「3月31日」の回数はもうあと2回。ほとんど尽き果てたと言っていい。そしてこれからは、これまで過ごしてきた「3月31日」を懐かしむ、ということになるのだろうか。

 もちろん、こんなことで感傷的になる気はさらさらないが、今日をもって退職する人たちの姿を見ると、それぞれの万感の思いが伝わってくる。
 人生は一回きりしか経験できないもので、その時が来なければ実感できないものであり、またそれ一回限りというところが辛いところだ。だから人生を生きていくというのは難しいこと。やり直しがきかない。その時その時、一回限りしか機会はないということなのだ。ただこれはみんな公平なのではあるが。
 明日から新年度。あと二年。できる限り、これまで同様にやっていきたいと思う。

76FK:2009/04/01(水) 21:14:24

2009年 4月 1日 (水曜) PTA会報

 昨年末の会報のインタビューで私のことが紹介されましたが、その中の私の発言がこのほど出された最新号の「保護者から」に引用されていました。うれしいですね、きちんと読んでくれてる人がいる。
 保護者からはこんなふうに評価してもらえるのですが、学校側というか他の教師からは、おそらく冷ややかな眼で見られていることでしょう。もちろん、評価してほしいとは思いません。ただ若い教師が、そんなところを学べないとしたら悲しいですね。偉そうですが。
 保護者や生徒さんが期待する学校と、現実の学校・教師との間には無限の乖離があるようです。ま、人は人。自分は自分。そう思ってなきゃ、やってけないのがこの仕事です。

77FK:2009/04/04(土) 20:49:30

2009年 4月 4日 (土曜) 『犬と私の10の約束』

1. 私と気長につきあってください。
2. 私を信じてください。それだけで私は幸せです。
3. 私にも心があることを忘れないでください。
4. 言うことを聞かないときは、理由があります。
5. 私にたくさん話しかけてください。 人の言葉は話せないけど、わかっています。
6. 私をたたかないで。本気になったら 私の方が強いことを忘れないでください。
7. 私が年を取っても、仲良くしてください。
8. あなたには学校もあるし友達もいます。でも、私にはあなたしかいません。
9. 私は10年くらいしか生きられません。だから、できるだけ私と一緒にいてください。
10. 私が死ぬとき、お願いです。そばにいてください。そして、どうか覚えていてください。 私がずっとあなたを愛していたことを。(原典:犬の10戒)

 なかなか良い内容ですね。人間関係でも通用するような。もちろん、少し違うのもありますが。なお英文も紹介されているのが次のアドレスです。 http://somalism.net/tencommandments.html

78FK:2009/04/25(土) 20:09:12

心 (2009年 4月25日 土曜)

 忙しいというのは、「心」を失うことだ。肝心なこと・大事なこと・大切にしなければならないこと、――そんなことを忘れてしまうことなのだ。いや、気がつかなくなるということか。
 それによる、人生での損失はあまりに大きい。そして生涯、もう取り返しは効かないのだ。もちろん、本人は気がつくことなく生を終えていくのだが。そう、知らぬが仏、で。
 機会・チャンスというものはそれ一回きりなのに、みんなそのことにあまりにも無頓着すぎる。よほど自信があるのだろう、自分には運がある、と。

79FK:2009/04/26(日) 16:59:33

2009年 4月26日 (日曜) カウンセリングについて考えてみた

「カウンセリング」とは?

1. 気持ちの良いものなのか、その反対か。
2. なんとなく近づきやすいのか、なんとなく避けたいものか。
3. なんとなく良いものか、なんとなく怪しげなのか。
4. 主観的なニュアンスのものか、客観的な匂いのするものなのか。
5. 科学的な装いのものか、非科学的・魔術的な装いのものか。
6. 善良なるものか、偽善的なものか。
7. 信用できるのか、信用できないのか。
8. 信用されているのか、懐疑的にみられているのか。
9. 実際に役に立つのか、立たないのか。
10. 使うべきか、使わない方がいいのか。
11. 救われるのか、救われないのか。
12. 天国への道か、地獄への道か。

80FK:2009/05/04(月) 22:49:39

2009年 5月 4日 (月曜) 「不平」と「不満」

 ひょんなことから「不平」と「不満」の違いについて考えてみることになった。
 普段は両方とも同じ意味で使っていることがほとんど。つまり、「不満足」な状態。しかし、それだけなら、わざわざ別の言葉になるはずがないので調べてみると、やはり違うようだ。
 【不満】不完全。不十分。不足。
 【不平】平坦でない。心が穏やかでない。公平でない。平均していない。平和でない。

 実にこんなふうに違っていた。不平の方が印象・語感が私のなかでは悪いのだが、実際はこちらのほうが公平性・客観性といった視点があるというわけ。不満の方は個人的・主観的な趣がある。

 ま、いずれにせよ、そんなに意識はしてないが、どちらもあるといえばある。無いといえば無いことにしておけるようだ。ただいまのところ。

81FK:2009/05/20(水) 20:08:00

「個性」信仰

 私たちの考えてることの中には、もはや信仰のように思い込んでしまっていることがある。その中の一つに「個性」信仰があると言えよう。
 かけがえのないこの一人ひとりの命、そしてその一人ひとりの個性!
 これらは無条件に貴重なもの、貴重なこととしてすべての人たちから大切にされなければならないものである、とする。こういった考え方がマジョリティの世の中に私たちは生きている。

 それを見事にひっくり返して論破している文章を池田清彦氏の著書に見つけた。『やがて消えゆく我が身なら』(角川書店 2005年 \1300)に次のように言う。

 最悪なのは、子供はみんなキラキラしたすばらしい才能をもっているという何の根拠もない予断の下に、すべての子は個性を発揮して輝くべきだ、といった愚にもつかない思い込みを子供に押しつけることだ。(P.38)

 押しつけ、それも善意による押しつけほど手強いものはない。むげに否定もできず、断るわけにもいかず困惑するのみ。
 そんな中で生きていかねばならない子どもたちは、本当に大変。同情してしまう。そしてせめて私はそんな押しつける側にまわらないようにと、自戒するのだ。

82FK:2009/05/21(木) 22:33:04

2009年 5月21日 (木曜) 超管理社会・日本!

 生徒たちが街中で遊んでないか監視してまわる教師たちの姿がニュースとなっていた。実に嫌な光景だ。学校にも所属しているが、かといって休校(新型インフルエンザのため)の日までその行動を監視・監督される理由はない。どこまでも日本的な、イヤな風景である。

83FK:2009/05/31(日) 21:31:02

未来 (2009年 5月31日 日曜)

 未来がわかって意味があるのは、対処する方法がある時だけだ。分かってもどうにもならない未来は、わからない方がよいこともあるのだ。(『やがて消えゆく我が身なら』池田清彦 角川書店 2005年 P.49)

【この一文から、いろいろなことが考えられる。若い人には若い人なりの、私のようにリタイア寸前の人間にはそれなりの。
 若いときは先のことが不安だ。差詰め「進路」のこととか。老人には病気の。――
 ガンの告知というのがあるが、私はいらない。それこそ対処する方法がないなら、知らない方がいい。あと余命何ヶ月など、聞きたくない。今生の思い出に、と過去の人たちに出会ったり、懐かしい場所を訪れたりなど、私の美学には反する。やせ我慢でも知らんぷいして死んでゆくのがいい。
 ま、そんなオーバーな話ではなくても、この世には知らなくてすむなら、その方がいいことがいっぱいあるのだ。】

84FK:2009/06/03(水) 23:40:12

2009年 6月 3日 (水曜) 背後に遠ざかっていく...

 いつの間にか私たちの世代が老いの入り口にさしかかり、病を得てこういう場所にまでくるようになったのだと思う。何か冷たいものの手が背後から私たちを捉えようと静かに伸びてくる。それを交わしながら私たちはこうやって歩いて行くことになる。(中略)
 辺りは懐中電灯の他は月明かりもない。ざくざくと岩場を歩くと、賑わっていた懐かしい昔が私たちの背後に遠ざかっていくようだった。( 『あなたと共に逝きましょう』(村田喜代子 朝日新聞出版 2009年 \1600 P.139)

【主人公は64歳の夫と62歳の妻。その妻からの感懐。私も59歳になり、数えでは既にこの正月で60歳であった。「賑わっていた懐かしい昔が私たちの背後に遠ざかっていくよう」に私にも思われてならない。】

85FK:2009/06/09(火) 21:04:14

年寄りの繰り言 (2009年 6月 9日 火曜)

 もう少し体の調子が良くなったら、もう少しお金ができたら、もう少し暇になったら。多くの人はそう思って、自分にとって最も大事なこともやらないで、時間だけはどんどん過ぎてゆくのである。(『やがて消えゆく我が身なら』池田清彦 角川書店 2005年 P.85)

【これはまるで年寄りの繰り言だ。しかし下手すると若い人もこれをやってしまうのだ。今は今しかない、という当たり前のことをすぐに忘れてしまう。今日と同じような明日が、また日の出とともに展開すると楽観してるのだ。何の根拠も保証もないのに。実に楽天的でありお人好しであることよ。
 念のために言えば、仕事なんかは明日に回せばいいのであって、今すぐやるべきは、自分のやりたいことだ。躊躇なく今すぐやることだ。若さに明日はない!】

86FK:2009/06/15(月) 20:23:48

2009年 6月15日 (月曜) いつもフラットで

 「トップランナー」というインタビュー番組に玉木宏が出ていたので録画して、観た。彼は映画[変身]で蒼井優と共演していたことから知ったのだが。
 そのなかで仕事にはいるとき、いつもフラットで、というのが耳に残った。予断と偏見という言い方はおおげさだが、へたに先入観をもっていくとかえってまずいということだろう。そこで、フラットで。
 私なども授業に向かうときには、このようにありたいと思う。

87FK:2009/06/22(月) 23:17:33

上京? 2009年 6月22日 (月曜)

 言うまでもなく今は、「上京」といえば東京へ行くこと。この土日久しぶりに東京へ。もはや用事がないと行くことはないが、私には青春のほろ苦い思い出の地ではある。
 私の持論(というほど大袈裟なものではないの)だが、東京という所は勉強するのと遊ぶのにはいいところで、一度は味わっておいていい場所だということ。
 ということで今回も、ルイサダというフランス人ピアニストの演奏会を聴きに行った次第。ただこの東京でのそれは、読響定期でのショパンの「ピアノ協奏曲第二番」の演奏だったので、そう、アンコールも入れてたかだか40分ほどの時間のために上京したということになる。ある意味ぜいたくなことだが、遊びとはそういうものか。ただ行き帰りの新幹線は疲れた。かつて夜行列車や夜行バスで上京したのは、もはや大昔のこと。
 いまや、人の多さと街並みの変容ぶりは、私自身の加齢による影響もあるが、もう遠い街となってしまった感がある。

88FK:2009/07/19(日) 22:12:35

2009年 7月19日 (日曜) 宴会・教え子との再会

 今夜は前任校での同僚たちと宴会。言うなれば一学期終了の打ち上げ。
 その待ち合わせの西宮北口で、5年前に担任した生徒から声を掛けられた。顔は覚えているが、名前は咄嗟には出てこないもの。自分から言ってくれたので、思い出した。高校二年のときの彼女から比べると、今はややほっそりした感じ。声を掛けられなかったら、気がつかなかっただろう。まもなく22歳になるとのこと。北口のエステのお店で働いている由。
 開口一番ではないが、在学中、私から「もう少し痩せた方が」と言われたことを覚えているとのこと。今なら(当時でもか)セクハラものかもしれないが、高校生らしくふっくらしていた顔を思い出した。そして「今はあれから3キロ痩せた」と。(あらためて罪深き職業だと思う。いや、そうではなく私の個人的資質の問題か。)数分の立ち話。「元気でね」とお互い声をかけあって別れた次第。

89FK:2009/07/28(火) 20:35:43

2009年 7月28日 (火曜) 旅行

 明朝、できれば七つ立ちで東北へ。約2000キロあまりの旅行になる。今夏はいまだ梅雨も明けず、雨の中をひた走りに走っていくことになるかも知れない。山歩きと温泉(そして、私は地ビール)の旅である。八月の七日の夜には帰着の予定。
 歳を取ればとるほど、ゆったりした時間の使い方が必要となるようだ。旅先ではあくせくと本を読もうなどとは思わず、ただアクセサリーとして幾冊かの本をかたわらに、ぼーっとする時空間を楽しんでこようと思っている。
 主な行き先は、米沢・月山・鶴岡・酒田・鳥海山・田沢湖・秋田駒ヶ岳・岩手山・安達太良山。初日は770キロほど走ることになる。

90渦森六郎:2009/08/09(日) 00:41:57
FKさん。8月7日に帰着の予定、とのことでしたが、いかがおすごしでしょうか。また帰ってきたら、お土産話でも聞かせてください。ではでは。

91FK:2009/08/09(日) 20:29:54

2009年 8月 9日 (日曜) 全行程2600キロ、東北行 1/2

 毎年夏休みに車で旅行をしている。今夏は東北へ。山と温泉と地ビールを目的に。以下、簡単に雑感を。

2009/7/29(水)年休 白布温泉(西屋)
2009/7/30(木)年休 志津温泉(つたや)
2009/7/31(金)年休 月山・鶴岡(ルートイン)・一心(7年ぶり)
2009/8/ 1(土)湯の台温泉(鳥海山荘) 『四十郎化け物始末 妖かし斬り』
2009/8/ 2(日)鳥海山・田沢湖高原温泉(ゆぽぽ山荘)
2009/8/ 3(月)夏期休暇 秋田駒ヶ岳(雨、中断)・ビアフィールド・網張温泉(休暇村)
2009/8/ 4(火)夏期休暇 岩手山・鶯宿温泉(長栄館)
2009/8/ 5(水)夏期休暇 鳴子温泉(農民の家)
2009/8/ 6(木)夏期休暇 富山(すし玉)



2009/7/29(水) 白布温泉(西屋)

 西宮インターから770キロを走り山形県米沢・白布温泉の旅館・西屋へ。二度目。
 人間的な面・接客面ではレベルダウン(若い人中心となり、中高年のベテランのおばさんがいなくなっていた)。しかし風呂や廊下の意匠は素晴らしい。そこは要するに変わってない・変えられないから。次回、西屋を使うどうか迷うところ。


2009/7/30(木) 志津温泉(つたや)

 月山への準備基地として選択。洋風の部屋は狭いがうまく考えられていた。それに露天風呂からも月山が見ることができ、それは大したものだった。


2009/7/31(金) 月山・鶴岡(ルートイン)・一心(7年ぶり)

 往復ともリフトを使い、時間を短縮して月山(がっさん)登山。久しぶりの長い歩行(約3時間)にやや疲れる。
 鶴岡のお寿司屋さん・一心には三度目で、前回からではもう七年も経っていた。ルートインはビジネスホテル。インターネットができるのがありがたい。

92FK:2009/08/09(日) 20:31:23

2009年 8月 9日 (日曜) 全行程2600キロ、東北行 2/2

2009/8/ 1(土)湯の台温泉(鳥海山荘)

 その名前から大したことのない宿舎だろうと。ところが大違いで、ある意味今回の旅行でベストの部屋であった。部屋の大きな窓から鳥海山が見え、さらに夜にはベッドに横たわりながら多くの星を見ることができたのだ。食事ではビールではなく、地酒三種のお試しセットを。
 この日、旅行中一冊目となる文庫本を読了。『四十郎化け物始末 妖かし斬り』(風野真知雄 KKベストセラーズ 2005年 \686)。


2009/8/ 2(日)鳥海山・田沢湖高原温泉(ゆぽぽ山荘)

 鳥海山は二度目。今回は別ルートで、行者道への下りにかかるところ、尾根のところでガスにすぐかき消されてしまう鳥海山と足下の神社を俯瞰し、帰途に。それでも8時間かかる。下りで滑って転び右手小指を突き指する。(上りでは小さな虫に足を食われ、その後腫れ上がる。)
 一旦、酒田までもどり田沢湖まで約170キロを。雨の中、わらび座の経営するゆぽぽ山荘に6時前に到着。食事では田沢湖ビール(桜・ブナの森)を。


2009/8/ 3(月)秋田駒ヶ岳(雨、中断)・ビアフィールド・網張温泉(休暇村)

 マイカー規制が朝の5時半からとなったため、大急ぎで秋田駒ヶ岳八合目へ。しかし雨がやまず、しばらく待機の後、歩き出すも、途中で止める。四回目だったのだが。
 雫石プリンスホテルを見、それからペンション・ビアフィールドを探して行く。ようやく見つけたが、どう見てもやってる雰囲気ではない。どころか開いているのに誰もいない。しばらく待つとオーナーが帰ってきた。今の不景気のせいでペンションの方はやってないとのこと。しかし見せてくれるというので食堂に展示されていた約500本あまりの地ビールの瓶を見学。飲める地ビールも二本、分けてもらう。
 休暇村はガスの中だった。昼ご飯のおにぎりと先ほどの二本のうちの一本を休暇村前の展望台で食す。部屋・風呂・食事とも評価するほどのものではなかった。


2009/8/ 4(火)岩手山・鶯宿温泉(長栄館)

 朝食バイキングのあと出発(本来的には良くない、遅い出発)。馬返しのパーキングが登山口。二合目までは樹林帯の歩きやすい道。以後、七合目までは厳しい上り道。スタート時にはガスってたが、まもなく晴れ渡り暑い一日になりそうな中を歩く。
 頂上では珍しくデジカメで写真を撮る。下りで少々、けが(右手小指を突き指する。山歩きは実は命がけなので、けがで済んだのは幸いではある)。約8時間。
 鶯宿(おうしゅく)温泉までの道は遠かった。疲れていたせいだが。(翌日の帰途は、あっけないほどだった。)部屋食で、仲居さんの見習いさん(今春、高校卒業したての18歳とのこと)が指導する人とともにやってきて、面白い経験だった。


2009/8/ 5(水)鳴子温泉(農民の家)

 ゆっくりとスタートし、二度目の鳴子(なるこ)へ。盛岡から高速道路。
 農民の家は宮城県農民の家農業協同組合の旅館(?)で、出資金3万円からと張り紙がしてあった。もっとも宮城県の人だけが有資格者ということ。
 温泉は五種類ほどあり、冷泉も一つ。建物の見栄えは良くないがその分値段がリーズナブルということ。夕食では生ビールを飲む(地ビールはなかった)。


2009/8/ 6(木)富山(すし玉)

 一日早いのだが、結局、この一日で帰ることに。途中、例によって富山でお寿司を。7/14以来だったので、店の若い人があれっという顔をしていた。夜、10時前に帰着。

93FK:2009/08/11(火) 20:37:39

2009年 8月11日 (火曜) 山を歩きながら考えること

 山歩きは登りの時間が長い。きつくて息が切れる。
 そんなときでも、全神経はもちろん一歩一歩を踏みおろす足もとに集中している。でも意外なことに、あたまの中は別のことを考えているものなのだ。それも特にきつい登りだと。
 今回はこんなことを。数え年のことだ。数え年なんて不合理な考え方をよく昔はしていたものだな、と。ではなぜ?
 大した答が出るはずはない。で、要するにこう考えた。人間はまず母体で十月十日を経て、それからこの世に出現するのであるから、満年齢にその十ヶ月を足せば(ほぼ一年プラスとなり)、数え年となる。合理性があるのではないか、と。
 だって私という生命は、誕生日以前の十ヶ月も心臓は拍動し、血液は体内を流れていたわけなのだから。
 聞いた話では、心臓の拍動数はその生涯で数が決まっているとか。ならば、母体内のときからすでにスタートしているのだ。数え年の考え方は合理的なのだろう。
 にしても、やはり歩いているときは大したことは考えてないようだ。いや、普段からそうだろう、と気付かされた次第(笑)

94FK:2009/08/13(木) 19:53:27

2009年 8月13日 (木曜) 図書館へ

 夏休み中の図書館は、勉強する学生たちであふれかえっているというイメージがある。聞くところ、開館前から列ができ、自習室や閲覧用のデスクの争奪戦になるとのこと。実際には見たことがないが、想像はつく。
 とある午後、図書の返却で訪れた。見まわしてみると児童書コーナーは小さな子どもたちで、その反対側に位置する大人たちの閲覧コーナーや自習室的な一画は中学生以上の学生や大人たちでいっぱいであった。見ているとひとりが立ち上がったので、てっきり席が空くのかと思ったら、しっかり荷物を椅子の上に残していた。どうやら、まず空くことはないような雰囲気であった。
 この図書館のにぎわいは、日本社会のありようを如実に表しているものの一つだろう。ただ、どう受け取ればいいのか、様々なことを考えさせられた。

95FK:2009/08/24(月) 21:20:12

2009年 8月24日 (月曜) 世にも不思議な物語

 昔、私が小学校の頃か、テレビで「世にも不思議な物語」という番組があった。詳細はもう記憶にないが、そのような番組があったことと、子供心に不可解かつ奇怪な思いが残されたものだった。
 話は今夏の旅行中のこと。最終日は朝食のみのホテルに泊まったため、夕方、食事に街中へ出た。と、向こうから二十歳前後の少女のような女性が歩いてきた。「二十歳前後の少女」という形容はほんとうはおかしいのだが、まさにそんな感じだったのだ。夕方のなせるわざだったかもしれない。でもおそらく、その胸元に眼が吸い寄せられたのが、おもな理由だろう。首からさげられた携帯電話、それも真っ赤なそれがちょうど胸の真ん中にきていたのだ、少し傾いで。なんだか不思議な感じで、私は行き違いながら、一瞬目をとめたのだった。その姿をもう一度見たいような気持ちを私のなかに残しながら。
 ところが、翌る朝、ホテルでの朝食会場(バイキング形式であった)にウェイトレス姿の、昨夕の「二十歳前後の少女」がいたのだった。思わずみつめてしまった彼女の姿を、そしてもう一つ、私のこころの中を。
 こんなこともあるのだ。そう「世にも不思議な物語」があるのだ。

96FK:2009/10/19(月) 19:14:03

2009年10月19日 (月曜) 考える野球

 小学校時代は南海ホークスのファンだった。父親がそうだったからだが、その時のキャッチャーに野村・現楽天監督がいる。その野村の考え方のエッセンスがこの「考える野球」ということだろう。
 たかが野球、されど野球、ではないが、やはり考えずにはできない・勝てないゲームである。ところが意外にも考えずにやってる選手が少なくないとか。そこで野村監督の出番である。
 私もそれとは別に「考える練習」ということを授業で言っている。思ったり感じたりするのは簡単なことかも知れないが、「考える」というのは意識的に行わなければならず、意外と簡単なことではない。だから「考える練習」なのである。私の授業で、その意図が少しでも伝わればいいのだが。

97FK:2009/11/04(水) 21:07:29

『日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか』(古荘純一 光文社新書 2009年 \800)

 自分を肯定的にとらえる、ということは、人生のさまざまな困難を乗り越えて充実した人生を送るためだけでなく、他人と協調していくためにも必要なことだと言えます。自分を否定的にとらえると、他人のことも否定的にとらえたり、他人からの言動を被害的にとらえたりすることで、関係がうまく成立しなくなってしまうからです。(P.28)

【何も付け加えることはない。その通りだ。だが、それは口で言うほど簡単ではない、ということが問題なのだ。】

98FK:2009/11/22(日) 23:44:11

2009年11月22日 (日曜) 見えるから見えない

 「見えるから見えない」ことがあるということ。今し方、今年のバン・クライバーン国際ピアノコンクールの優勝者となった二十歳の辻井伸行氏の特集番組を見終わった。
 このビッグニュースが流れたときの演奏はごく一部だったので、いまひとつピンと来なかったが、今日はショパンも良かった。(スタインウェイのピアノはややキラキラしていたが、それはピアノのせいか、演奏者のせいかはピアノを弾かない私には分からない。)
 そして「見えるから見えない」であるが、彼は全盲であり、弦楽四重奏団ともオーケストラとも、まさに耳のみを頼りにその息づかいを聞いて音楽をともにしていくわけだ。彼は見えないからこそ、全神経を聴力に集中できるのかも知れない。なまじ見えるといらざる情報がいっぱい入ってきて、その集中を妨げることにもなろう。見えないことによって、常人には見えないものが彼にはある意味、容易に見えてくるのかも知れない。
 以前、指揮者のカラヤンが目をつぶって指揮をするのは、目が物を言うと演奏者たちの集中を妨げるからではないか、と推量したことがある。あらためて、やはりそうだったからではないかと思った次第(もちろん、今は故人。知る由もないが)。

99FK:2009/12/01(火) 22:11:24

2009年12月 1日 (火曜) 『妻はくノ一 5 月光値千両』(風野真知雄 角川書店 2009年 \514)

 シリーズ第5作。軽いのですーっと短時間で読める。ここでもまた鳥居耀蔵が暗躍する(?)

「書くという行為には不思議なところがある。書けないこと、書きたくないことを山ほど背中に隠しているくせに、その隠そうとしていることがどうしてもちらちらと垣間見えてきたりする。」(P.10)
【だから、よく読めば分かるのだ。読解力の問題だ。ただ単なる読解力だけではダメで、こころがなければダメなのだ、読み解くためには。】

 運命が大きく変わるとき、人は次の力を出すために涙を流すのかもしれない。(P.56)
【どういう質の涙なのだろう。なんとなく分かるような気がするのだ。】

100FK:2009/12/05(土) 22:15:08

2009年12月 5日 (土曜) [小公女セイラ]第8話

 そろそろ終わりが近づいてきたのだが、今晩の第8話はやや気になることが。言葉としては院長の発した「悪魔」、友人のマサミの「あなただけが正しいわけではないのよ」。
 どうも「悪魔」という言葉に私はなじまない。セイラが悪魔だというわけなのだが、宗教的な趣のある言葉なので、はたして適切だったかと。
 マサミの言葉はそれはまでにもあって、そのしめくくりがこの「あなただけが正しいわけではないのよ」。え、何これ! って感じである。セイラは「正しい」ことを言っているのではなく、自分の考えを述べているだけで、それとて他人に押し付けているわけではないのに、どうしてそこまで攻撃されてしまうのだろうか。異な感じがする。
 そして脚本家は、他の生徒たちにセイラ自身の間違い(?)を指摘させ、セイラに彼女のものではない側の「正しさ」にセイラを屈服させ、セイラに謝罪させるのだ。アレレ、だ。軌道修正なのか、もともとそのような思想のもとでやってきたのか。
 セイラ役の志田未来がどんな風に考えて演じていたのだろうか。納得していたのかな、と。もちろん役者は、そのセリフがおかしいと思っても異議を唱えることはできないのだろうが。彼女はどう考えたのかな、と心配になる。要するに役者は、自分の思想とはおかまいなく、脚本家の書いたセリフ通りにしゃべればいいのだ、ということになるのか。そうだとすると、なかなか辛い仕事なのだと思う。なんら疑問を持たないのが幸せなのだろう。これはもちろん、どんな世界ででも言えることだが。

101FK:2009/12/16(水) 20:36:37

2009年12月15日 (火曜) 一年を振り返って

 大きな事では、やはり「政権交代」だろう。オバマ大統領の「チェンジ」ではないが、それが潮流だとして、その延長上に日本の政権交代がやってきたのかもしれない。実際は、それは心理的にはあったにせよ、あまりの政治状況のひどさに市民がしびれを切らした結果というべきだろう。そして民主主義というのは「変えることができる」ということなのだと、あらためて気付かされた次第。
 日本史を授業でやりながら、つくづく日本にはこれまで民主主義がなかったと慨嘆するのみであった。それがようやくにして、民主主義がこれから根付いていくかも知れない、との予感できた2009年であった。

 「政権交代」のおかげで、高校生たちの授業料の負担がなくなる。これがもっともうれしいことである。次に、私たちの免許更新制が廃止されること、これが二番目である。このことをもってだけでも、「政権交代」の意味があった一年といえる。
 まだまだ景気は良くならず、私たちへのパイの分配も少ないままであるが、昔年の悪弊を一挙に解消することはできないのが当然で、いましばらく忍耐の日々が続くだろう。性急になってはいけないところだ。そういえば、教員免許取得に六年かけようという案が出ているが、もちろん私は反対だが、じっくり時間をかけて検証していけばいい。

 とまれ、野党時代の民主党の政策よりも、やはり「政権交代」が目前に迫ってのマニフェストや、その後の展開を見ていると、いかに「政権交代」が大事であるかが分かる。
 来年は教育への予算を増やしていってもらいたいと思う。やはり、国家百年の大計なのであるから。



 私個人のことでは、今年度初めて「世界史B」を担当したことだ。食わず嫌いであった世界史なのだが、結構、面白かった、と告白しておこう。授業が一段落した今も、一月からの授業のために関連の映画を観ている次第。今日は「1492 コロンブス」を40分ほどメモを取りながら観た。
 この世界史の授業のおかげで、従来からの日本史の授業のやり方にも影響があった。もちろん、良い影響である。もうしばらくは世界史と付き合っていきたい。
 来年は定年の年で、一応、教職最後の年ということになる。すでに再任用で週に何日かでも来たいと思っているので、それほどには最後の意識はないのだが。しかし、何があるかは分からないので、とりあえずは節目の年となる。

102FK:2010/01/01(金) 23:33:53

 思えば遠くへ来たもんだ――

 [思えば遠くへ来たもんだ]という映画があった。調べてみると1980年の作品。その映画は観たのかどうか、もう覚えていない。ただ海援隊・武田鉄矢の歌でその印象が残っているのかもしれない。

 それにしても、私の人生、それも教職人生もまさしく[思えば遠くへ来たもんだ]といったところ。なかなかに感慨深いものがある。
 65歳までの定年延長など夢想だにしない1975年からの教職。したがってこの2010年度で最後と思いつつこれまでやってきたのだった。ようやくたどり着いたと思ったら、もう5年は再任用で続けられるということに。ただサラリーは半減以下のようだが。

 思い返してみると、これまで一体、私は何をこの人生でしてきたのだろう。いや、何をしてこなかったのだろう。
 もっと勉強しておけばよかった、との悔いがある。あれもこれもと、ある意味、悔いだらけである。一体、何にうつつをぬかしていたのか。自省するところだ。

 ただ、考えようによっては、今、この場所で、ここの生徒たちとの出会いがあって初めて実現できたことも多々あるわけだ。そう、30年余の後、今にしてようやく可能となったことがいくつもある。たとえば、視聴覚教材の利用(特に今は映画である)。生徒たちとのディスカッション(担当講座当たりの生徒数が少ないから可能)。放課後の準備室での生徒たちとの語らい(ほぼ毎日、何人かが訪れてくれる。ときに差し入れ付きで)。

 そのように考えれば、これまでの時間も無駄ではなかったのだと少しは得心する。今の私は、これまでの時間の経過の延長上にあるわけだから。
 あと何年、どんなことができるだろうか。そんなことを思ってしまうが、まず何より日々さらなる授業の準備・勉強に傾注していくことだろう。そんな一年を2010年も送っていきたい。

103FK:2010/01/02(土) 20:56:42

2010年 1月 2日 (土曜) 年末・年始のクラシック

 クラシック音楽はいっぱいあるけれど、この日本で、あるいは私的にはこれぞ「年末・年始のクラシック」という曲がある。
 年末はなんと言ってもベートーベンの交響曲第9番「合唱」である。もともとそんな季節性はなかったのだが、近年は逆にヨーロッパでも年末に演奏されることがあるとか。やはり「合唱」で気持ちよく年末を。
 年始は元日のウィーンフィルのニューイアーコンサートに象徴されるようにウィンナワルツがまずあり、ついで交響曲ではやはり第9番で、「新世界」。こちらはドボルザークのもの。こんなところだろうか。(実はまだまだありそうだが、こんなことを考えた今日、正月二日であった。)

104FK:2010/01/31(日) 21:10:03

2010年 1月31日 (日曜) 『人はかつて樹だった』(長田 弘 みすず書房 2006年 \1800)

 詩の一部分を引用していいものかどうか分からないが、気に入ったものを。

 老いるとは受け容れることである。/あたたかなものはあたたかいと言え。/空は青いと言え。(P.32 樹の伝記)
【いま、この歳になって分かる、ということか。】

 ひとが一日と呼んでいるのは、/ただそれきりの時間である。/ただそれきりの一日を、/いつから、ひとは、慌ただしく/過ごすしかできなくなったのか?(P.35 草が語ったこと)

 ひとは悲しみを重荷にしてはいけない(P.40 海辺にて)
【悲しみは重荷になってしまいがち。でも人生にはいろいろあるのだ。喜びは重荷になることがない。なら悲しみ、も。】

 問うことは、ことばを、/握りしめること。(P.42 立ちつくす)

 歴史は悲しみを持たないのだ。(P.68 秋、洛北で)
【私たちは歴史を学ぶ。その歴史に悲しみはあっても、歴史は悲しまないのかも知れない。いや、悲しめないのかも知れない。】

 詩が、一人の人生を/直視することばだったら、いいのに。(P.72 メメント・モリ)

 キオクヲ ソダテルノハ コトバ デス/(中略)/シル トハ コノヨヲ/ジブンカラタノシム ホウホウ デス(P.75 カタカナの練習)
【知ることの喜びを感じられたころから、もうずいぶん時間が経ってしまった。】

 人生はことばのない物語にすぎない。(P.83 nothing)

105FK:2010/02/26(金) 20:52:31

2010年 2月26日 (金曜) 卒業文集

 明日の卒業式を前に、今日、卒業文集が配られた。早速、繰ってみる。まずはかつて担任をしていた生徒たちのものから、そして授業でのみんなや「初代準備室メンバー」(引用させてもらいました!)のを。
 この「初代準備室メンバー」とある一文では、その後にはお世話になった先生方の名前が列挙されてあった。光栄なことに、いやまずいことに(?)そのトップにあげてもらっていた。偶然だとは思うが、なんともうれしいやら、くすぐったいやら。末尾でよかったのに、なんて言いながらもほくそ笑んでいたりして、所詮、凡人です(笑) これだけでもう死ぬまで、今回の文集のことは忘れないだろうなと思います。こちらこそ、ありがとう。

106FK:2010/04/05(月) 22:47:39

2010年 4月 5日 (月曜) 花見

 毎年今ごろ桜の花見会をする。前任校の人たちと。今日は四人で、内訳は数学二人に英語と私。妙な組み合わせだが、もう八年くらい続いていることになるか。縁は異なもの味なもの、というがまったくもって奇妙な人間関係だ。
 今日は平日とあって夜の川沿いは、会社員と大学生の団体でにぎわっていた。
 花見といっても大体は桜の花の下に陣取っているので、あまり見えないのではないかと思う。つまり花の下にいることが大事なのであって、風景として桜の花々を見るのがメインではないということのようだ。要するに食べて飲んで騒ぐ、これに尽きるようだ。それにしても二十歳未満でお酒はダメなのだが、そろそろ18歳成人にして飲酒も解禁になれば、私も卒業生のみんなと楽しめることになるのだが、と。

107FK:2010/05/16(日) 22:31:29

2010年 5月16日 (日曜) 
 たった一人でも自分を理解し、求めてくれる人がいるならば、世界の輝きは違う。(P.327)

【簡単といえば実に簡単。しかし、これほど難しいこともそうはないのだ。人生は生きるに難しく、さらになお生きていきづらいものだ。でも、いつかどこかでそういう人とめぐり逢えると信じて生きていこう、ということだ。】『刻まれない明日』(三崎亜記 祥伝社 2009年 \1600)より

108FK:2010/06/02(水) 22:06:07

2010年 6月 2日 (水曜) 好きな数字
 私の好きな数字は、一桁なら「5」、二桁なら「57」。理由はない。いや、あるといえばある。でも、何となくだろう。ちなみに三桁なら「...」、思いつかない。もちろん、四桁以上も何も思い付かない。おもしろいものだ。
 もしかしたら、数字に人生の諸相を見ることができるのかも知れない。

109FK:2010/06/07(月) 22:53:07

 『男おひとりさま道』(上野千鶴子 法研 2009年 \1400)から

 昨日できたことが今日できなくなり、今日できたことが明日はできなくなる。/問題はこれまで、人生の上り坂のノウハウはあったが、下り坂のノウハウがなかったこと。下り坂のノウハウは、学校でも教えてくれなかった。そして上りよりは、下りのほうがノウハウもスキルもいる。(P.73)
【現社の授業でも青年期のそれはあっても中高年・さらに老齢期のお勉強はない。困るだろうなと思う。私は現在進行形なのだが、焼きが回ったなと思うこと、しきりである。】

110FK:2010/06/08(火) 20:59:56

2010年 6月 8日 (火曜) 『男おひとりさま道』(上野千鶴子 法研 2009年 \1400)から

 だいたい友人には、知的刺激と心の安らぎ、切磋琢磨と包容力の両方を同時に求めたりしないものだ。思想信条が同じでも、一緒にごはんを食べたくない相手はいるし、気心の知れた飲み仲間でも、まさかのときの助けにならない友人はいる。/内面の共有などなくてもつながれるのがユル友。毎日を機嫌よく生きていくことを支えてくれる仲間がいればじゅうぶんだろう。(P.180)
【だいたい「知的刺激と心の安らぎ、切磋琢磨と包容力」を兼ね持つ人間などそんなにいるわけがない。大概はどちらかを求めているわけで、両方をひとりの人間ですまそうというのはかなりムシのいい話である。理想的かも知れないが。】

 一緒にいて気分のいい相手。しょっちゅう会いたい相手、ときどき会いたい相手、たまに会いたい相手、困ったときに助けてもらいたい相手、助けてあげたい相手、気になる相手、気にかけてくれる相手.......が、多様に自分の身のまわりをとりかこんでいればよいのだ。それをセーフティネットともいう。(P.185)
【これだけいれば十分だろう。むしろ恵まれている方、というべきか。ある意味、羨ましい。】

111FK:2010/06/09(水) 21:43:09

2010年 6月 9日 (水曜) 『男おひとりさま道』(上野千鶴子 法研 2009年 \1400)から

 人生とは、死ぬまでの壮大なヒマつぶし。どうせ同じヒマつぶしなら、豊かにつぶしたい。/その1 時間はひとりではつぶれない。その2 時間はひとりでにはつぶれない。(P.198)
【「壮大なヒマつぶし」などとは、飛んでもないという人もいるだろう。確かに人それぞれ、大変な人生を抱えている人もいるに違いない。でも、そんな境遇であったとしても、ちょっと客観的に眺めてみれば、やはり人生とは壮大なヒマつぶしの側面があるのだ。もしそのように見ることができたら、その人は大変な中にもなかなかの素敵な人生が送れるかもしれないな、と私は思うのだ。
 ただ残念なことに、そのヒマつぶし、時間つぶしは意外と難しく、「ひとりで」いてはなかなかだし、まして時間は「ひとりでには」消えていかないのだ。ここが悩ましいところであり、工夫のしどころであり、人生の面白いところでもあろう。若干の苦味を噛みしめながらのことも多いだろう。】

112FK:2010/06/18(金) 19:58:32

2010年 6月18日 (金曜) 疲れた一週間
 今週は疲れました。梅雨入りしその暑さと蒸し蒸しに辟易しています。食後メールをのぞくと、生徒さんから。そういえば昨日、今日と顔を見なかったな、と。でもこのメールを読んでホッとしました。メール自体は十日ほど前の私の返信に対する返信の体裁なのですが。少し疲れが取れたような気がしました。また学校で顔を見たいものです。(ひとはひとによって傷つき、また癒やされるものだな、と。)

113FK:2010/06/28(月) 20:22:41

2010年 6月28日 (月曜) もし梅雨がなければ

 今日は梅雨の中休みでぐんと気温が上がった模様。午後の授業は汗を拭き拭き。あらためて雨のありがたさを思う。もちろん湿気には閉口なのだが、もし雨がなくガンガンに太陽が照りつけていたら、とても堪えられないだろう。梅雨様々なのかもしれない。

116FK:2010/11/15(月) 22:21:04

2010年11月15日 (月曜) 『私の家では何も起こらない』(恩田陸 メディアファクトリー 2010年 \1300)

 そう、生者の世界は恐ろしい。どんなことでも起きる。どんな悲惨なことでも、どんな狂気も、それは全て生者たちのもの。
 それに比べれば、死者たちはなんと優しいことだろう。過去に生き、レースのカーテンの陰や、階段の下の暗がりにひっそりと佇んでいるだけ。だから、私の家では決して何も起こらない。(P.26)

【生者の恐ろしさを身にしみて実感してきたことはない。本当はあるのだろうが、そうは感じないように生きてきたのだろう。それが生きていくための知恵だから。ただそのために失ったものがある。そう、「死者たちはなんと優しいことだろう」という感覚をいまもって感じることができていないことだ。そして、この先も。
 ただあえて言えば、いまは亡き、つまり死者となった私の父や母が、私が死ぬまでじっと見守ってくれているのではないか、とは思っている。今日は母の祥月命日であった。丸21年になる。】

117FK:2011/03/04(金) 23:33:47

2011年 3月 2日 (水曜) 『ごくせん 15』

 このお終いの方で、いいこと言っている。
「最後にこれだけは言っておきたい 私は一生お前らの味方だよ お前らがこれからどこに行こうが何があろうが どんな人生を送っても 私は一生変わらずいつもお前らの味方だ! それだけは絶対忘れないでくれ!」(P.216)
 なかなか良い台詞ではないか。私も気持ちだけは同感だ。実際はどうなるか分からないのが人生だが、せめてその気持ちだけは大事にしたいと思う。

118FK:2011/05/03(火) 21:59:28

2011年 5月 3日 (火曜) 『ばんば憑き』(宮部みゆき 角川書店 2011年 \1785)

 『あやし〜怪〜』のシリーズ続編、江戸怪奇譚というもの。六編からなる。凝った内容で、しかしそのあり得ないような世界に引きこまれていく。上手、ということだろう。

 門火の煙が流れてゆく。盂蘭盆が終わる。あの世の人びとは帰り、この世の者たちは残される。/別れるけれど、消え失せはしない。亡き人びとはこの世を離れて、だからこそ永遠のものとなるのだから。(P.372 野槌の墓)

119渦森六郎:2012/03/28(水) 23:28:39
ネット上で、麻布高校の校長・氷上信廣氏のインタビューを読みました。面白かったので、転載します。こういうことを考えられる人のことを、ほんとうの「大人」と言うのだと思います。
以下転載。


 有名私立御三家のひとつであり、自由な校風で知られる麻布中学・高校。ユニークな教育風土の中から、毎年、多くの東大合格者を輩出している。その麻布学園・氷上信廣校長の目には、大阪と東京で進む「教育改革」は、どう映っているのか。以下は、氷上校長のインタビューである。(聞き手=ノンフィクションライター・神田憲行)
 * * *
――東京都教育委員会の「職員会議における挙手採決の禁止」、大阪市における「国旗国歌の徹底」。大阪と東京で始まっている「教育改革」は関係者のみならず大きな話題になっています。私立には関係がないのでしょうか。
氷上:私立校は関係がありません。この間、私立校の校長会でちょうど話題になったんですが、僕が聞いた限り、卒業式で国旗を掲げているのは六校のうち一校だけでした。我々も掲げることはないでしようね。
――一般論として、行政が教育に介入することにどう思いますか。
氷上:公立は仕方ない部分もあって、だからこそ私立の意味がある。多元的価値は近代の大原則だから、教育の価値を担う者たちが自立的に決めるというのが、あるべき価値だと思うんですよ。
 行政には行政の価値があるでしょうから、それぞれの価値追求の中でやればいいわけで、行政が教育の価値に口を出すというのは、素人が玄人に口を出すことにつながらないのかなあ。
――職員会議の「挙手採決の禁止」というのは、どう思われますか。
氷上:なぜ禁止するのか理解に苦しむ。麻布では職員会議が意思決定の最高機関だから、決まるまで延々と議論を尽くしていくのが伝統です。五時間とか平気であるから(笑)。
――国旗・国歌の義務づけはいかがですか。
氷上:伝統の象徴として、あるのはわかる。サッカーワールドカップとかオリンピックとか、国旗を掲げて国歌を歌うのが国際儀礼なんだから。でも卒業式にそれがいるのかわからないね。
 日本人は愛郷心と国家意識を分ける必要がある。自分の小さな共同体、いわば「ふるさと」を大切に思う気持ちと、国家意識とは別。「ふるさと」は具体的な想い出だったり、いろんなものが詰まっている存在だけれど、近代国家は「システム」です。
 それがいつの間にか「故郷」を愛することが「国家」を愛することに同心円で一緒にされてしまった。この二つは峻別すべきなんです。国境を越えた資本主義、グローバリズムの中では、逆に「愛郷心」は大切にした方が良い。でないと逆に「ナショナリズム」に足をすくわれるから。
「コスモポリタン」なんて、単なる根無し草にしか見えない。郷土愛の根は大切にしたい。それにしても今の「卒業式における国旗国歌の遵守」は、ただの教育に対する統制手段としか見えないけれど。
――大阪では教師が実際に歌っているか、校長が教師の口元をチェックしていたケースもありました。もし氷上先生が大阪で校長をされていたら、どうしますか。
氷上:辞めちゃうよ(笑)。もっと生徒のためにエネルギーを注ぎたいもの。
――麻布の卒業式ではなにか特別なことをしたり、話したりされるんですか。
氷上:式後の祝う会では、いつも「いい男になれ」と話しています。それは「仕事が出来る男」「家事育児が出来る男」、そして「学校に寄付が出来る男」という(笑)。別にエリートにならなくてもいいから、「いい男」にはなってほしいと本気で願っています。

120FK:2012/03/30(金) 22:08:33

2012年 3月30日 (金曜) 本来、「私立」であるべきか

 「私立」であることの良さが端的に表れている発言(文章)であった。いや、それこそが「私立」の存在しうる根拠でもある。「私立」にあっては、当たり前のことが、当たり前に実行されているだけのことだ。
 ただ「私立」でも国に阿る学校はあり、そこでは公立同様の風景が見られる。
 みんながもし将来、教師を志望するならまずこのような志の高い「私立」を探してみることだろう。もし、自らの思想・理念とあうならば、そして採用されるのであれば、これほど理想的なことはないだろう。
 現実は、そのような「私立」で教職に立てる人は稀有であり、大半は「公立」に就職せざるをえないだろう。そんな中でどのように折り合いをつけ、自らの信念を通せるか。いずれ直面していくことになる。

121渦森六郎:2012/03/31(土) 23:53:40
>FK先生

あと、こういう「名門校」の魅力を、「東大合格者数」のような「数字」でしか語れない大多数のメディアや我々の言葉は貧困だなあ、とインタビューを読んで思いました。

122FK:2012/04/07(土) 22:21:19

2012年 4月 7日 (土曜) 分かりやすい、ということ

 分かりやすい、ということは果たしていいことなのか。分かりやすい、と思った時点で私たちはもうすでに騙されているのかもしれない。
 分かりよい・耳障りの良い言葉には気をつけなければならない。どこまでいっても自分でしっかり考えなければ、ということになるか。

123FK:2012/12/18(火) 22:51:31
民主党の教育政策(2012年12月1日)

 民主党政権が終わろうとしている。
 2009年夏、あれほどまでに期待されて政権を獲得した民主党がついに瓦解し崩壊していく。私たちの期待した公約は反故にされて、一場の夢と化した。

 私がこの党に期待した理由は、まず高校授業料の無償化である。これは目出度くも実現した。朝鮮学校の問題を残してはいるが、とりあえず。

 しかしこの唯一(私にすれば)実現できた政策も、実はかろうじてであり、薄氷の思いのものであったのかもしれない。しかし結果が大事だから、まずはこの点において私たちの期待に応えるものであった。(高校全入の問題は別として。)

 ところが同じ教育に関する公約でも教員免許更新制の廃止は、ついになされなかった。もう今後とも永くこの悪政は続くことだろう。さらに輪を掛けて悪いことには、教員免許の取得について屋上屋を架すような、無駄な制度を民主党は提案してきた。大学院までの6年間の大学教育や、さらに長期にわたる教育実習を科そうというものだ。

 民主党の議員は高学歴であり、そのせいかどうか、やたら教員資格について高いハードルを設けようとしてきた。教師という仕事について、その何たるかが分かっていないとしか言いようがない。免許更新制もそうだが、研修をいくら科しても、長い年月をかけても、決してそれではいい教師は生まれないのだ。

 もちろん、いい教師というのが国家目的の教育を生徒たちに施すだけのマシーンなのだとしたら、実は簡単なことだ。6年どころか4年すら必要ではない。
がんがんに詰め込めば、一年いや半年あれば愛国心教育を徹底するための教師は育成可能だ。戦時中の代用教員の例もある。

 生徒たちに注入するだけの教育は、ある意味簡単だ。逆に生徒たちから引きだすという教育の本来のあり方を実践しようとすれば、それは時間の長短など物理的な作業の多寡だけでは育成・解決しえないものだ。最終的には、教師になろうとするその人自身の人間性が問われるわけだからだ。

 いずれにせよ、これからしばらくの間は非常に厳しい時代が続くかもしれない。定向進化の果てに行き着くまで、大変な状況が続くのではないかと危惧する。民主党の教育政策のうちの私が特に関心を持っていた二つは、いずれ近い将来もっともまずい形で姿を現してくるのかもしれない。


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