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しゅごキャラ二次創作小説第二部

1<img src="http://sak2-2.tok2.com/home/clamp/gif-box/icon11/blackrockshooter.gif" alt="ブラック★ロックシューター">:2013/12/06(金) 04:40:03 ID:???0
前回の続き。
いくつかの外伝があるし、新キャラも出てくる。
ただキャラ紹介があんまできないかもしんないけど、ごめんな。
感想は歓迎。管理人スレッドでもいいっす。

444Q:2014/08/26(火) 05:10:25 ID:z/cSfQcw0
egg 43

 目が冴えたのでこのまま眠るのも退屈だから外に行こうかなと鈴怜は思った。
 病み上がりだから激しい運動は無理だけど、散歩くらいなら出来そうだった。
「海に行きたいな」
「行ってみます?」
「うん」
 泳げないまでも遠くから眺めることは出来る。そう判断した四十九院は鈴怜を海岸に連れて行くことにした。
 海水浴が中止になったことより鈴怜を連れて行く方が大事に思えた。

 日奈森と柊達もついていくことにして、それぞれ身支度を整える。
 鈴怜は大きな手提げバッグを持ってきた。
「歩く分には大丈夫そうだね」
「あむちゃん達は海に行くの?」
「うん。見るだけだけど……」
 昼ごろの外は夏本番とはいえないけれど少し暑くなってきた。
「帽子は?」
「要らない。これくらいは平気。三十度を超したら……、逃げる」
 日奈森のしゅごキャラ達もついていく事になった。
 玄関まで移動したが身体は大丈夫そうだった。
 外に出ようとすると近所の住民の姿が見えたので、とりあえず鈴怜は頭を下げる。
「君達も頭くらいは下げなさい」
「は〜い」
 素直に従い、それぞれ頭を下げて挨拶を交わす。
 寺を後にして鈴怜は周りを見渡した。
 空は雲が散らばる程度の晴れた天気。見知らぬ土地。
 あまり高い建物が無いせいか、世界が広く感じる。
「海に行く道は分かるのか? 私は初めて来たから」
 日奈森は覚えている限りの事を伝えつつみんなを案内した。
 途中で真城に出会い、合流する。
「コンビニが全然見当たらないじゃない。どうなってんの」
「ちょっと離れたところに商店があったはずだよ」
 一年前とは言え、そんなに風景は変わっていない。
 しばらく歩くとコンビニを発見した。前来た時は無かった。
「逆方向にあったみたいだね」
「どっちにしろ遠いわ」
 歩いて五分も経っていないはずだと日奈森は思い、苦笑した。
 一旦、コンビニに入ることにした。

445Q:2014/08/26(火) 05:10:41 ID:z/cSfQcw0
egg 44

 中には撮影を終えた歌唄が飲み物を飲んでくつろいでいた。
 椅子が何脚かあり、飲み食いできるスペースになっているらしい。他にも撮影スタッフの姿もある。
「あれ、マネージャーさんは?」
「車の中で打ち合わせ。やっぱり浜での撮影は難しいみたい」
「こっちでも話し合ったけど、なかなかいい方法が浮かばないみたい」
 日奈森の意見を聞き、歌唄は少し残念がった。
 二人が普通に話しているのが信じられなかったのか、柊は驚いていた。
「ああ、あ、アイドルの歌唄ちゃんとどうしてそんなに親しげなんですか!?」
「腐れ縁って奴かな」
「一言で言えばライバル。仮にあむがアイドルになったら、貴女は急にあたしのような態度になるのかしら?」
 そう言われて柊はどう答えて良いのか悩んだ。
 ラン達と一緒についてきていたイル達は歌唄の側に向かった。
「そういや、歌唄。×たまとか居た?」
「いえ」
「ここんとこ×たまとかエンブリオとか見かけなくなったんだよな」
 イルの言葉に歌唄も不思議に思っていた。

 最初の頃はたくさんの×たまが居た。
 イルとのキャラチェンジで×たまを抜くこともあった。しかし今は自然に発生する×たまなどが全くと言っていいほど見かけない。
 そのせいかイースターの本社からの命令もここ数ヶ月途絶えていた。代わりに普通の仕事はちゃんと来る。
「もう撮影は終わり?」
「編集が残ってるわ」
「そうなんだ」
 少しの間、日奈森達の会話を聞いていた鈴怜は店内を物色し始めた。
 買い忘れたものが無いか、お菓子と飲み物と置かれている本や新聞もチェックする。
 相楽が鈴怜の側に来て荷物を持とうとしたが断られた。
「いいからいいから。君は何かほしい物ある? 買ってあげるよ」
「自分の分は出せますよ」
「君達の合宿なんだから遠慮しないで。お姉ちゃんも君達のために使いなさいって用意してくれたから」
「でも……」
 顔は笑っているようだけれど、鈴怜に逆らえる程には強く出られなかった。
「二人で千円まで。それならいい?」
 話している合間に買い物かごに電池やらゴミ袋やら飲み物などを入れていくので、仕方なく頷いた。
 その後、日奈森達も鈴怜のところに来てかごの中の量を見て驚いた。

446Q:2014/08/26(火) 05:10:59 ID:z/cSfQcw0
egg 45

 どうしてそんなに買い込んでいるのだろうと不思議に思うほどだった。
 このコンビニの品物が安いから、とは思えなかった。
 値段は平均的で品揃えも普通。
「そんなに買うんですか?」
 四十九院は少し嫌な予感を感じた。
「君達全員の分じゃないよ。これは別」
 危機意識の高い家庭なので買いだめでもしているのかと思った。
 手当たり次第に入れているわけではなく、何か目的があるように見えるのだが四十九院には全く分からなかった。
「持ちましょうか?」
「重いと思うよ」
 鈴怜は片手でカゴを持っているので、大丈夫そうに見えた。
 試しにカゴを受け取ると、ズシっと一気に重量が伝わってきた。
 地面に落ちる前に鈴怜はカゴを掴む。
「ほら」
「……すみません」
 水の入ったペットボトルが二本追加された。
「アイス買って」
 しゅごキャラは好き勝手にねだってきた。
 それぞれ自分用のお菓子を持ってこようとする。
「あんたたち、そんなに買えないって」
 店員が見ていたらお菓子が勝手に飛んでくるように見えるかもしれない。
 とはいえ、相楽は柊と共に値段の範囲で自分のほしいものを選ぶ。

 カゴいっぱいに詰め込んだ状態を見て、お金は大丈夫なのか鈴怜以外が心配になった。
「やっぱり減らした方が……」
 溢れそうになるカゴを彼女はか細い腕で簡単に持っている。
「これで足りるの? みんなの分にしては少ない気がするけど……」
「みんなってお寺にいるメンバーのことですか?」
「そうだよ」
 メンバーの分を加えるともう一つカゴを追加しなければならなくなるような気がした。
「そんなに買ってどうするんですか」
「なにか変?」
 鈴怜にとっては普通の買い物かもしれないけれど、四十九院にとっては買いすぎにしか見えなかった。
 人の買い物にケチをつけても仕方が無いのは分かっているけれど、鈴怜が何を考えているのか分からない。
 困惑している四十九院をよそに鈴怜は品物を再確認していた。
「じゃあ、混ざってきたから二つに分けようか。もう一つ持ってきて」
「はい」
 相楽は言う事に従い、もう一つ買い物カゴを持ってきた。
 二つに分けて料金も分けるのかな、と思い怖くなった。
 もう一つのカゴが来る時、鈴怜は持ってきていた手提げバッグの中から色々なパーツらしきものを取り出して組み立て始める。
 手際よく組み上げる。途中、小さな車輪のような物体が四つほど手回しで付けられる。
 それは大きな旅行カバンのようなものになった。
 持つよりは転がした方が楽な仕様になっている。

447Q:2014/08/26(火) 05:11:19 ID:z/cSfQcw0
egg 46

 自分達の想像とかけ離れた行動を取る鈴怜に四十九院も驚いた。
 そんな事はお構いなしにカゴをレジに乗せる。
「荷物が一杯になったら、この袋に入れて下さい」
「分かりました」
 店員はテキパキと品物の値段を打ち込んでいく。
「みんなは自分の分は入れた?」
「はい、一応……」
「自分の分は分かる?」
「そこのテーブルで分けたいと思います」
 と、言いつつテーブルを見ると真城が退屈そうな顔で座って待っていた。
 歌唄は栄養ドリンクを飲んでいた。
「真城先輩は買い物はしないんですか?」
「払ってくれるなら選ぶけど」
「買いたいものがあるなら、自分で選ばないとダメ」
 真城は鈴怜の言葉に少し驚き、休むのをやめて店内を歩き出した。
「それよりみんなの分も入れてしまいましたが……、お金は大丈夫なんですか?」
「あるよ」
 そう言っているけれど、財布を忘れたなどと言おうものならパニックになりそうな雰囲気だった。
 たとえ財布があってもお金が足りない場合、自分達の財布を合計して足りるかどうか怪しい。
 日奈森と四十九院は心配だったので自分達の財布の中身を確認する。
 明らかに払える金額ではない、と思った。

 二人の心配をよそに真城はクスクスの分も含めたお菓子と飲み物を選んで持ってきた。
「これも追加です」
「はい」
 鈴怜の言葉に店員は営業スマイルで返事した。
 その後、真城は日奈森達に引っ張られた。
「……ちょっとりま。今、いくら持ってるの」
「二千円くらい」
 真城の分を足しても足りない気がする。というか、追加したので明らかに足りない、と思った。
 今更やめます、とも言えないし。
 明日以降の分が無くなると気持ち的に困る。
 とにかく、レジの合計を見るまでは黙って待つことにした。
 宿主の心配をよそにラン達は嬉しそうにしていた。
「ねえねえ、あのビッグサイズのポテトチップスも買って。しゅごキャラみんなで食べるのにちょうど良いから」
 そう言うと鈴怜はその商品を追加した。

448Q:2014/08/26(火) 05:11:35 ID:z/cSfQcw0
egg 47

 辺りを飛び交うしゅごキャラを捕まえなければならないと判断し、店員に怪しまれないようにラン達を捕まえていく。
「あんたたち。これ以上はダメ」
「え〜、なんで、いいじゃん」
「せっかくのご好意だし」
「全員の財布を合わせても足りないと思うんで、勘弁してください」
 四十九院が丁寧に頭を下げた。
「そんなにヤバイの?」
「唯世君達にも協力してもらわないとダメかもしれないレベル」
「歌唄は自分の分しか出さないぜ」
 慌てふためく日奈森達を眺めていたイルが言った。
「でも、貴方たちは自分の分は出せるのよね?」
「それはなんとかなるかもだけど……」
 歌唄が冷静に分析してきた。
 自分で出すくらいなら余計な物は買わない。

 かなりの量をさばき終えてレジに映った合計金額は一万円を超えていた。
「領収書を下さい」
「分かりました。名前は……」
 店員に指示しながらようやく鈴怜は財布を出した。
「あれ、細かいの無いな……」
 物騒な言葉が出て、それぞれ冷や汗をかく。
 一旦、財布をしまい、次に白い封筒を取り出す。
「大きいお金は無くなるのが早いな〜」
 そう言いながら二万円出して精算する。
 領収書を取り出した封筒に入れて大事にカバンにしまった。
「入れるのは自分達でやりますから」
「ありがとうございました」
 たくさん詰め込んだカゴをテーブルの方に移して、荷物をまとめるように指示した。
「重いものを下にするように。軽いお菓子は最後の方に」
「はい」
「あと、自分の食べる奴は自分で持ってね。袋が無いなら入れてもいいけど、覚えておいてね、自分のは」
「はい」
 文句を言う元気が出て来ない。
「お菓子を除いて、随分と買い込みましたね」
 歌唄は鈴怜に尋ねた。
「そうかな? これでも必要最低限だと思うけど」
 鈴怜が買っていたものを歌唄は防災関係だと分析した。
 水とティッシュペーパーの数が多いし、ゴミ袋は色々と応用出来るとパソコンなどの情報で得ている。
 お菓子ではなく『肴』類が値段を跳ね上げている。これはお菓子に比べて少ない量だが、値段は高い。
 鈴怜の好物に肴があった、という記憶は無いので、疑問に思った。

449Q:2014/08/26(火) 05:11:56 ID:z/cSfQcw0
egg 48

 日奈森達は手分けして荷物をまとめた。
 旅行カバン一つに充分、入りきった。
「これ保温機能無いから、アイスは食べちゃって」
「は〜い」
「すご〜い。全部入っちゃった」
「君達はアイスいいの? 暑くなってきたし、選んできな。一人一個ずつ」
「そんな……、もう充分ですよ」
 相楽は戸惑う四十九院が珍しいと思った。
「水分補給は大事だよ」
 みんなが遠慮するので鈴怜は首を傾げた。
「あっと、そうだった」
 と、何かを思い出し、鈴怜は買い物を再開した。

 保温機能が無いことを思い出したので冷却剤をいくつか買う。
「ちょっとおいで。自分達で選んで」
 完全に買う気でいる鈴怜に断り続けるのは無理かもしれないとそれぞれ思った。
「……いいです。お腹冷えるといけないので」
「そう?」
 至極あっさりと鈴怜は納得し、買い物を済ませた。
 歌唄を残して日奈森達は海岸近くに移動した。
 たくさんの荷物を詰め込んだ旅行カバンを転がしながら鈴怜は嬉しそうな顔をしていた。
 相楽が一度、荷物を担当しようとしたがカバンが重くて引くのも辛かった。それほどの重量を涼しい顔で引っ張る鈴怜は凄いと思った。
「お姉ちゃん、力持ちなんだね」
 四十九院も気になっていたが、よくよく考えれば鈴怜は拳で壁に穴をあけるような人間だし、昨日は赤龍を殴り飛ばしたのだから力は相当ある。
 敵に回したくない家族だと改めて思った。
 そんな不安をよそに広い海と海岸を見渡せる場所に着いた。
 砂浜への道には立ち入り禁止の立て看板が設置されていた。
「ここから見る分には奇麗に見えるけど……」
「広いね、海」
 しばらく会話をやめてそれぞれが広い海を眺めた。
 それは数分間の短い間ではあったが風も穏やかで気持ちのいい景色だった。

450Q:2014/08/26(火) 05:12:12 ID:z/cSfQcw0
egg 49

 照りつける日差しは強く、汗が出てきた。
 鈴怜は日射病対策として日陰のある場所を探したが丁度いい建物は見当たらない。
 仕方が無いので買ってきた手ぬぐいを一枚、出して頭に巻いた。
 帽子を用意していないメンバーの頭にも手ぬぐいを巻いてあげた。
「ありがとうございます」
 問題はしゅごキャラ。
 鈴怜もどう対応すればいいのか悩んだ。
 卵に戻れるとはいえ茹でられてしまうのではないかと思った。
「暑いでしょ、君達」
「なんか大丈夫みたい。このくらいなら平気」
「ナナは随分と着込んでいるけど大丈夫なのかな?」
「イルは一番夏向きだよね」
 エルを残してイルがついてきていた。
「しゅごキャラ専用の水着は用意してある?」
「あるみたいだけど、今回は泳げないから……」
「あれ、立ち入り禁止なのに人が居る」
 明らかに不法侵入と思しき人間が何人か居た。
 海側に駐車している車も何台かあった。
 よく観察してみると立ち入り禁止区域自体には誰も居ない。
「あそこは入って良いみたいだね」
 管理している人間が複数居るのかもしれない、と鈴怜は分析する。

 広い浜辺で流木が目立つところ。
 子供が遊び難いところは禁止になっていないことが分かった。
 岩がゴロゴロある場所では釣り人が居た。
「せっかく来たんだから降りてみる?」
「あれが有名な無謀サーファーだよ」
「それは何ですか?」
「遊泳禁止でもお構いなくサーフィンして大ケガして迷惑をかける生き物のこと」
 禁止区域を避けて彼女達は砂浜に降りていく。
 事前に用意したサンダルに履き替えて、海の近くに向かう。鈴怜は日陰に荷物を置いた。
「みんなは泳ぐの?」
「遊泳禁止だから泳がない」
 泳いでいる者が居るけれど、ルールを破ってまで楽しもうとは思わない。
 日奈森は鈴怜の様子を見た。

451Q:2014/08/26(火) 05:12:31 ID:z/cSfQcw0
egg 50

 鈴怜は耐水性の靴と軍手を着けてゴミ袋を持って砂浜を歩き始めた。
 問題の立ち入り禁止区域に入り、辺りを歩き回る。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「君達はそこで遊んでていいから。こっちに来ないように」
 そう言いながら勝手な行動をする鈴怜に四十九院達はしゅごキャラを向かわせた。
「勝手に入ったらダメなんだよね?」
「知ってる」
「ゴミ拾い?」
「そうじゃないけど……」
 どんどん進む鈴怜。しかし、目の前に落ちているゴミには目もくれず歩き続ける。
「あまり遠くに行かないで、と。帰るときは一緒ですよ、って言っている」
 ノリが鈴怜に伝えた。
「分かった。降りた場所に集合する」
「何か探しているのですか?」
「そうかもしれない。……よく分かんない」
 鈴怜達は見晴らしの良い場所まで移動した。
 本来はイベントなどを開催する場所らしく、足場などが残されていた。
 確かに空き缶やペットボトルなどが散乱し、焼肉などで使った炭が捨てられていた。
 鈴怜は軍手を外し、携帯を取り出した。
「鈴怜様? 携帯電話って持ってましたっけ?」
 ノリの疑問に対し、鈴怜は首を傾げた。
 バスの中で確か携帯は持っていないと言っていたはず、だと思い記憶を探る。
「………」
 鈴怜はしばらく自分の持っているものを見つめた。
「あ〜! これ携帯電話っていう機械なんだ」
 ノリ達には『携帯電話』にしか見えない。
 鈴怜は今まで何だと思っていたのだろうか。番号を押すボタンも見えているし、通話機能もあるらしい。
「『M−サテラ』って名前だから気付かなかった……。君達、ちょっと棒みたいなもの探して持ってきて」
「分かりました」
 エムなんとかの事は気になったが、ノリとマリは命令を受けてすぐに行動した。
 ラン達は棒で何をするのか質問しようとしていたので、タイミングを逃してしまった。
 ものの一分も経たずに枯れ枝を運んできた。
「鈴怜です」
 枯れ枝を無言で受け取り、砂浜に図形を描く。
「衛星から場所を特定してもらえますか?」
 大きな四角を描き、中に×の線を引く。
 太くはっきりとした線で描き終わると携帯が鳴った。
「ちゃんと届きました。ありがとうごさいます。失礼します」
 どう見ても携帯電話にしか見えなかった。
「誰と話してたの?」
「偉い人。じゃあ戻ろうか」
 ゴミ袋は結局、使わずに日奈森達のところに戻った。
 鈴怜が何をしたかったのかは誰にも分からなかった。

452Q:2014/08/26(火) 05:12:46 ID:z/cSfQcw0
egg 51

 戻った後、鈴怜は木陰でお菓子を食べ始めた。
 真城も彼女の隣りに座り、海を眺める。
「りまは遊ばないの?」
「泳がないわよ」
 鈴怜はカバンから今度は使い捨てカメラを取り出し、あちこち写し始める。
 今は携帯に写真機能が搭載されていて久しくカメラの存在を忘れていた。
 ラン達は必要な道具を次から次へと取り出しては使っていく鈴怜の動きにみとれていた。
 予測出来ない人間なのでそれぞれ興味を持った。
「主殿。鈴怜様はどんなことを考えているのでしょうか?」
「全く分からない。お兄ちゃんと違って教えてくれないからな〜」
「あむ先輩。ゴミとか拾ったほうがいいですか?」
「集めたとしても持って帰れないよ」
「あんたたち〜」
 と、道路側から声をかけられた。
 それぞれ振り返ると三条マネージャーが手を振っていた。
「帰るんならあのお寺まで送ってあげるけど、まだ遊んでる?」
「鈴怜さん、まだ残りますか?」
「ちょっと待ってね。相談するから〜」
 四十九院が鈴怜に話しかけると手際よく荷物をまとめた。
「みんなは忘れ物が無いか確認したら戻って良いよ」
「鈴怜さんは?」
「私は最後。見送る係」
 撮影スタッフの車に乗せてもらえることになり、柊達は喜んだ。
 既に車内には歌唄が乗っていて、彼女達のしゅごキャラを出迎えていた。
「全員乗ったわね。我々も泊めてもらう事になったから、よろしくね」
「今回は×たまとかエンブリオのことは無しの方向で」
「分かった」
 一番最後に鈴怜が乗り、車を発車させた。

 複数台の車で移動することになったが寺には三分くらいで着いた。
 あまりにも早く着いたので車内で談笑する暇が無かった。
「お帰り。スタッフの人達は客間に一旦荷物をまとめといてください。まだ檀家さん達が居るんで酒とか飲まないで下さいよ」
「お世話になります」
 出迎えた相馬にそれぞれ頭を下げて荷物を運び込む。
「皆さん、少し離れたところに出前やってるラーメン屋みたいな店あるんで。メニュー用意しますから晩御飯時にどうするか決めといて下さい。自炊の方は台所を使って下さいね、飯はありますから」
「材料は? 野菜とか」
「急な来客には対応出来ないんで。野菜は商店に行けばまだあると思います」
 泊めるけどご飯は別、という事をマネージャーは理解し、スタッフと相談を始めた。

453Q:2014/08/26(火) 05:13:03 ID:z/cSfQcw0
egg 52

 この辺りは店を早くに閉めてしまうらしく野菜や他の食材を購入するため、それぞれ動き出した。
「ぼくらも食料調達の為に行こうか」
 姿を見せた辺里が言った。
「今日は自炊か……」
「マリンさんは?」
「一緒に買い物するって」
 鈴怜と三条マネージャーは残って一休みする事になり、赤龍を含めてほとんどが買出しに出かけることになった。
 出前を注文する者も残る事になった。
 しゅごキャラはノリとマリが残り、あとは宿主と共に出かける。
「いってらっしゃい」
 微笑みながら鈴怜は彼らを見送った。

 スタッフを含めると結構な人数になり、全員を車に乗せることが出来ないので赤龍と栗花落とマリンは歩いて行くことになった。
 車で五分ほどかかる所に大きな商店があり、買い物客が集まっていた。
「そういえば……、みんなお金は大丈夫?」
「予算のこと忘れてた……」
「厳しいかも……。インスタントじゃダメかな」
 もう数日は泊まる事になっているので無駄な買い物は出来ない。
 四十九院は鈴怜の予算をあてにするべきか考えなければならない気がして気持ちが暗くなってきた。
「お姉ちゃん、なんか顔色が悪くなってきたよ」
「予定外のことが続いたせいかも。しっかり計画を立てないとダメだね」
 今回の合宿は自炊とは言われていたが自分で材料を買う予定とは思わなかった。
 退院して間もないので頭が働かなかったのかもしれない。
 予算で苦悩しているのは四十九院だけではなかった。
 柊と日奈森も自分の財布を何度も確認していた。
「すごい悩んでるね、あむちゃん」
「前来た時は自分で材料なんか買わなかったもん。まさかこんな事になるとは……」
 真城は買い物カゴにインスタントラーメンなどを入れていた。
「自炊だからインスタントはダメです」
「みんな待って。ちょっと確認するから」
 辺里は携帯を持って外に出た。
 それから数分後にマリン達が商店に到着する。

454Q:2014/08/26(火) 05:13:18 ID:z/cSfQcw0
egg 53

 子供達が悩んでいる横で撮影スタッフ達は自分達の食材を次々と買い物カゴに入れていた。それらを恨めしそうにしゅごキャラや真城が見つめる。
「店ん中でどうした?」
「予算で悩んでまして」
「予算決定も立派な計画だろ。なんでちゃんとやらなかったんだ?」
 赤龍は店内で日奈森達を叱責した。
「すみません」
「言い訳をさせてもらえますか?」
 四十九院の言葉に赤龍は頷いた。
「今回の合宿には自腹で食料調達という項目がありませんでした。自炊は分かっていたんですが……」
「普通はそうだろうな。だが、不測の事態は何が起こるか分からない。各自、自分で判断しなきゃダメだろう。書いてないから、なんていい訳はいつまでも通用すると思うな」
 決して声は荒げないけれどビシビシと刺さってくる赤龍の声。
「今の教訓だからメモっとけよ。金の無い時もあるわな」
 それぞれ頷き、忘れないうちに教訓をメモなどに書いておく。その後で辺里が戻ってきた。
「レシートを持ってきたら代金は建て替えてくれるって」
 そう言った辺里の頭を赤龍は鷲掴みする。
「世の中、そんなに甘くねーぞ」
「ひ〜」
「金はおいといて。各自まず何を作るんだ? 定番はカレーだが……」
 マリンは口を挟まずに彼らを見守っていた。
「その前に作れるものが無い……」
「わたしも作れない」
「三条君にまた頼むしかないのかな」
「オレは別にいいですけど。下ごしらえは手伝ってもらいますよ」
「今、買う分なら俺が出してやるから。後で建て替えてくれるんだろ?」
「はい」
「赤龍さんも料理が得意なんですよね?」
「今回、俺はお前達とは関係ないんだけど」
「それは……そうですけど……」
 確かに赤龍は真城を連れてきただけで合宿には関係ない人間だった。
 それでも四十九院は一緒に寝泊りするので手伝ってほしいと思った。

455Q:2014/08/26(火) 05:13:36 ID:z/cSfQcw0
egg 54

 栗花落も赤龍と一緒に自炊したいと頼んでみた。
 手伝う分にはいいけれど、部外者である自分が関わるのは良くない気がした。
 子供達が苦境に立たされている時に黙っているのも辛いなと思っていた。
「低予算で豪華に、かつお腹いっぱいになるもの。相談して食材を選べ。今の時間帯だと売り切りになってるものがあると思うからな」
「分かりました」
 赤龍は財布から五千円出した。
「しゅごキャラの分もな。余った食材は俺が処理するから多めに。オーバーするようだったらもう千円追加してやる。俺達はインスタントでも買っておくよ」
 そう言って辺里にお金を渡した。その後でマリンの元に向かう。
「真城夫婦はどうなってますか?」
「旅館の食事でも食べるんじゃないか?」
「それでマリンさんはインスタントラーメンですか?」
「そうしようかな。最近、娘が節約ブームにはまってるから。それらしい食事にしようかな。それでお前のお金は大丈夫なのか?」
 交互に質問が続いた。

 三条が大まかな料理を決めて、それぞれ食料を集めていく。
 値段に注意し、無駄なものは買わない。
 何人かは鈴怜にお菓子をねだっておけば良かったと後悔する者も居たが、後の祭りだった。
 今回、しゅごキャラはお菓子や飲み物を要求してこなかった。資金を気にして何も言えなくなったのかもしれない。
「なんかニュースで見る主婦の苦悩っぽいね。こういう感覚なんだ……」
「毎日食べるものですからね。予算のやりくりは大変ですよ」
「やや、主婦になりたくないな」
「では、三条君。今日の献立はなんですか?」
「規則正しい生活を目標に栄養バランスを考えたものにしたいです」
 まず一通り売っているものを把握してから考えることにした。
 天候の異変などで野菜類の値段は高騰し、以前は安かった『もやし』も倍以上に跳ね上がっていた。
 不漁などで出回らなくなった魚。
 卵は餌代や管理費の高騰などで安くなる気配が一向に無い。
「つまり何も買えないと……」
「そんなことはありません。今日は肉関係が安いので、それをメインに考えていきます」
 今は豚肉が狙い目と三条は言った。
 日頃から姉の世話をしているので買い物にはうるさいようだ。さすがに結木も文句は言えなかった。

456Q:2014/08/26(火) 05:13:52 ID:z/cSfQcw0
egg 55

 子供達が買い物に四苦八苦している間、マリン達は日用品売り場を見ていた。
 マリンの水色で長い髪が珍しいのか、買い物客が彼女の様子をうかがっていた。
「人気者っスね、マリンさん」
「美人で申し訳ないな」
「……出てくる言葉はおばさんですけどね」
「う〜む。否定出来ないのが悔しいな。どうせ、みんなジジイとババアになるんだ」
「……それでライムの奴を本気でうちに住まわせる気なんですか?」
「無理そうか?」
「現状では無理ですね。リーチェの姉ちゃんはまだ情緒不安定だし。他の住人にも負担をかけることになるのは火を見るより明らかだよ」
 そう言うとマリンは物凄く落ち込んだ。
 姉として出来る事はなんでもやってきたのだから仕方がない。
 可哀相だと思うけれど現実の厳しさは変わらない。
「いつも色々と助けてくれてありがとう。今回も関係ない地域の為に色々と手を回してくれたんだろ?」
「一日で解決することは出来なかった。それは自分の力不足としか言いようが無い」
 ちょっと知事を殴ってくる、と言った時はびっくりした。
 けっこう付き合いは長い方だが、サングラスのせいかもしれないけれど表情から判断するのが難しい。
 携帯一つで最新医療の施設を丸ごと持ってくるような人が元気を無くすと一般人の赤龍としてはどう慰めたら良いのか正直、分からない。
 兄がそうであったようにマリンも自分にとって未知のレベルの住人だった。

 なんとかマリンを慰めつつ子供達の様子をうかがうことにした。
 既に買い物カゴに色々な食材が入っていた。
「豚肉か……。炒めご飯も良し。麻婆豆腐もアリかな」
「中華ってことですか?」
「低予算で作るとなると手の込んだものは難しいからな。ロールキャベツもいいな」
 そう言いながら自分達はインスタントの麺とスープ関係をカゴに入れていた。あとジュース。
「調味料くらいは買っておこうか」
「今は塩と胡椒とハーブが一体になったやつがあるらしいよ」
「どうしてハーブも?」
「さあ?」
 そう言いながらマリン達は調味料コーナーに向かった。
 三条の指揮の下、集められた食材と値段を確認する。
 資金面では問題ないけれど、出来るだけ安くなるようにした。
「味噌汁とお吸い物、これは好みで選んでください。あと漬物」
「甘いものが無いよ、いいんちょー」
「普段からお菓子ばかり食べているんですから、味覚障害になりますよ、A」
 既に撮影スタッフは買い物を終えたらしく店内で見かけなくなった。
 薄暗くなってきたとはいえ、マリン達が残っているので特に心配は無さそうだった。

457Q:2014/08/26(火) 05:14:07 ID:z/cSfQcw0
egg 56

 全ての買い物を予算内で治めて外に出ると静かな夕暮れ時になっていた。
 自分達の住んでいる地域とは違い、海沿いは一段と暗く静かだった。
「お前達の為に待っててくれたぞ。忘れ物はないか確認したか?」
「はい」
 日奈森達は車に乗り、マリンと赤龍は歩いて戻ることになった。栗花落も赤龍の服を掴んで一緒に帰ることにした。
「無理するなよ」
「はい」
「合宿なんだからみんなとちゃんと行動しろ。みんなで決めたことくらい守らなきゃダメだろ?」
 厳しくも優しく諭すように言う赤龍に栗花落は静かに頷いた。
「青春だね〜」
「そうですか?」
「妹も結婚前はこんな感じだったよ」
「会いたいな〜。写真でしか見たこと無いもんな」
「忙しいしな。私のような暇人とは違うのさ」
 マリンと赤龍の会話を栗花落は黙って聞きいていた。

 お寺に着く頃には更に闇が濃くなった。
 赤龍達は与えられた部屋に向かい、荷物の整理する。三条達はさっそく台所で晩御飯の下ごしらえを始める。
「鈴怜は?」
「寝てます。頭が痛くなったとかで」
「そうそう、あいつに薬を渡すの忘れてた。食事前に飲むように言っといてくれ」
「分かりました」
「俺たちも手伝うよ。みんなで料理するのは構わないだろうか?」
 赤龍の言葉にそれぞれが頷いた。
 それぞれの役割分担を決めて行動を開始する。その横でマリンはインスタントラーメンの為にお湯を沸かしていた。
「私が何を食おうと勝手だろ」
「そりゃまあそうだけど……。姉さんも料理作るのかと……」
「大人が邪魔しちゃいけないだろ。せっかく子供達だけで頑張ってるんだから。私は悪い大人で結構だよ」
 無茶な論理でマリンはわが道を行く。
 赤龍から見れば、それは実にマリンらしい言葉だと思った。

458Q:2014/08/26(火) 05:14:24 ID:z/cSfQcw0
egg 57

 食事が出来上がる頃に辺里は相馬に領収書を渡した。そして、赤龍に一同が深く頭を下げてお礼を言った。
 それからそれぞれに出来上がった料理が配られる。
「トラブルも思い出だぜ」
「真城夫婦はちゃんと晩御飯を食べているそうだよ」
 マリンは真城に伝えた。
 赤龍が見ていた分には不器用でも一生懸命に料理を作っていたし、ちゃんと味見もした。
「では、頂きます」
「残り物で鈴怜の分を作ってやるかな」
「一応、用意はしてありますよ」
「おお、そりゃありがたい」
 それからそれぞれ会話をしつつ今日あったことを赤龍に説明する。

 四十九院はどうしても鈴怜の行動の意味が分からなくて困っていた。
「見たまんまじゃねーの? 普通に買い物してたんだろ」
「普通、コンビニで一万円くらいの買い物ってします?」
「あいつの荷物を見ないことにはなんとも言えないが……」
「あと衛星写真がどうたら言ってましたが……」
「どこの? って海岸か……。う〜ん……」
 矢継ぎ早の質問に赤龍も段々と答えられなくなってきた。
 自分のことなら答えられそうだが、妹の事はあまり知らない。
 特に鈴怜は赤龍でも不可解な存在だと思っている。何を考えているのか、昨日までは考えないようにしていたぐらいだった。
「それぞれが色んな担当すれば分からないことくらいあるだろう」
 ラーメンを食べながらマリンは言った。
「私も妹が今、どんな仕事をしているのか殆ど知らないよ」
「……そうですか」
 鈴怜のことをもっと知りたくなっていたところだった。
 真面目な会話に参加したくない結木や日奈森は食事に集中していた。
 しゅごキャラ達も大人しくしていた。
「イベントが無いと退屈だよ〜」
「地域住民と交流でもしてくればいいのに」
「政治家の偉い人に来てもらって中止を撤回しろって言ってもらうのは?」
「国家権力か……。職権乱用はダメだろ」
 どんな案が出ようとも一日二日で解決するには至らない。
 長いスパンを見据えた解決策が必要だった。
 マリンは中止を撤回させる事自体は出来る自信がある。ただ、時間がかかるのが問題だった。
 せっかく子供達が楽しみにしているのだからなんとかしてやりたい、という気持ちはあるけれど現実は思った以上に厳しい。
 厳しいけれど、それを言い訳にしても良くない。

459Q:2014/08/26(火) 05:14:42 ID:z/cSfQcw0
egg 58

 子供達が自分達で解決策を話し合っているし、大人があまり口出しするのも良くないと思った。
 一種のジレンマをマリンは抱えていた。
 自分の妹や娘も必要以上の口出しはダメだと言っていた。
「お悩みモノローグですか?」
「よく分かったな」
「携帯の前でぐったりしてるとこ見ましたから」
「妹どころか娘にも叱られればヘコむよ」
 気丈なマリンも姉であり親でもある。家族に反対されれば傷つくのかもしれない。
 我がままに見えるマリンも周りの状況が見えないわけではない。
「なんとか海くらいは泳がせてやりたいが……。他も遊泳禁止が相次いでいるらしくてな。市民プールはダメだろ?」
「海水浴に来てプールっすか……」
「……だよな……」
 遠くに行けば泳げるかもしれない。
 今回の合宿はその為だけに隣りの県に行くわけにはいかない。
「まあまあ、難しい話しはやめにしませんか?」
 辺里はマリンにジュースを勧めた。
「義理はないが……、子供達が楽しみにしているから、大人の私は何かしたいのさ」
 空いたコップにジュースをいれてもらった。
「ところでマリンさんはいつまで居るんですか?」
「運転手が来るまで。自分で帰れないことも無いが、送ってくれるっていうんで待ってやろうと思ってる。一応、真城夫婦と一緒に」
「俺も付き添いだから一緒だけどな。そっちは鈴怜をよろしくな」
「はい」
 クスクスがマリン達の側に飛んできた。
「りまのためにありがとう」
 そう言って頭を下げるクスクスの言葉を日奈森が伝えた。
「私が暇人でよかったな」
「俺もマリンさんが『本当』に来るとは思ってなかったからビックリした。頼んでみるもんだな、権力とか」
「……帰ったら仲間達に説教される予定だがな」
 小声でマリンは辺里に言った。
「何故ですか?」
「護衛もつけずにうろうろするからだろ、きっと。久しぶりにあいつらの小言を聞くのもいいかなと」
 文句は言うけれど、要望には答えてくれる。
 そんな仲間達がマリンは大好きだった。

460Q:2014/08/26(火) 05:16:51 ID:z/cSfQcw0
投稿するのが面倒くさくなったので2個ずつ一気にやってみようと思う。

時間かかりすぎる。

461Q:2014/08/26(火) 05:17:35 ID:z/cSfQcw0
『Gothique noir』第十七部

『合宿・後編』

egg 1

 合宿三日目。天気は快晴。
 気分のみが曇天のメンバー達。
 赤龍とマリンは一旦、真城夫婦と合流し今後の予定などを話し合う為に寺を後にした。
 鈴怜は少しだけ頭痛が残っていたが朝ごはん時には姿を現した。
 ガーディアンメンバーの朝食は昨日の残りを使い、新たにアレンジしたものとなっていた。
「今日の予定も何も決まっていませんが……。どうしましょうか?」
「海水浴が出来る場所を探すってのはどうお?」
「危ない場所でいいならありますが……。オススメはしません」
 議論が続く中、鈴怜は黙々と朝ごはんを食べていた。
 食事中だから喋らないのかもしれない。
 表情に変化が無いので料理が美味しいのかどうなのか判断できない。

 結木と日奈森のしゅごキャラ達は何もアイデアが浮かばないので外に出ることにした。
 栗花落と日奈森は食べ終わった食器の後片付けを始める。
 四十九院は寝床のゴミ掃除を始めた。
 男性陣は今後の予定を議論する。その横で鈴怜はゆっくりと自分のペースで食事を続けていた。
「僕たちはここで会議をしていていいですか?」
「うん」
 振り向きもせず、鈴怜は即答した。
「ある意味、凄い集中力ですね」
「自分のペースは絶対って感じだね」
 藤咲のしゅごキャラのリズムが鈴怜に近づくと表情を険しくした。しかし、それは一瞬のことですぐに無表情に戻る。
 その変化に気付いたノリとマリが飛んできてリズムを引き離す。
「あまり近づくでない」
「鈴怜様は我々に心を許したわけではないので、不用意に近づくと危険です」
「なんだよ、それ」
「人間、そう簡単に切り替われないのです。ラダが生まれたとはいえまだまだ我らしゅごキャラは敵のようですから」
 そう言われたけれど、鈴怜の膝辺りにはラムが寝転がっていた。
「あれはいいのか?」
「ちゃんと許可を取っての行動だ」
「『不用意』に、と言った。まずは敵意の無い事をアピールするところからです」
 リズム達をよそにラムは大人しく寝ていた。

egg 2

 朝食を終えた鈴怜は部屋に戻り、荷物の整理を始めた。
 昨日のうちにしゅごキャラ達のお菓子は既に出していたが自分の荷物の整理がまだだった。
 一旦、中身を広げて吟味する。
 宿主が会議をしている間、キセキ達は暇なので鈴怜の下に来ていた。
 ノリとマリの説明を受けて少し離れた場所から見守る。
「王たるボクが何故こんなところに」
 リズムは早速、鈴怜の側に近づいてみた。
「ねえねえ、おねーさん。側に行ってもいい?」
「……いいよ」
 作業の手を止めずに鈴怜は答えた。
 ちゃんと声をかければ鈴怜は答えてくれる。黙って近づこうとするからダメだと教わった。

 声をかければ反応する。
 許しを得れば近づいても追い払われない。しかし、表情は堅いまま。
 ペペやクスクスが荷物に触れようとすると睨んでくる。
「お前達、作業の邪魔をするでない」
「鈴怜様と仲良くなるには時間がかかる。なんでも少しずつです」
「ラムは随分と気に入られているみたいだけど?」
「邪魔せず大人しくしてるからだろう。あれ何、これ何と聞いたりしないようだし」
 マリの言う通り、ラムは作業を眺めはするが話しかけたりはしていない。
「ねえ、おねーさん。これお菓子だよね?」
 リズムが指し示したのは『肴』系の食品だった。
「そうとも言う」
 質問すればちゃんと答える。
「こんなにたくさん買ってどうするの?」
「何が起こるか分からないし、最初に買ってたら荷物がかさばってしまうでしょ? だから、後で買ったんだよ」
 帰りはどうするんだろうとそれぞれ疑問に思った。
「持って帰るの大変だと思うけど……」
「持って帰らない。だから大丈夫」
「?」
 電池を一つの袋に入れた。
 ノリは鈴怜がこれだけの品物を買った理由がおぼろげながら分かってきた気がした。
 まだ確定したわけではないけれど、それが事実なら自分達が思っている以上に鈴怜という人間は色んなことを考えていることになる。

462Q:2014/08/26(火) 05:18:46 ID:z/cSfQcw0
文章が長すぎると叱られてしまいました。

面倒くさい。

463Q:2014/08/26(火) 05:19:12 ID:z/cSfQcw0
egg 3

 こちらが話しかけない限り鈴怜は作業を優先するのでクスクス達は面白くなかった。
 退屈を感じたしゅごキャラ達は外に出たメンバーと合流することにした。
 ノリ達以外のしゅごキャラが出て行って静かになったと思ったら『ほしな歌唄』とイル達がやってきた。
「あら、他のしゅごキャラは?」
「外へ向かった。ここに居ても退屈だと感じたのだろう」
 そう答えたのはノリだった。
「撮影はほとんど終わったから今日はオフになったぜ」
「鈴怜様に興味がおありか?」
「……別に。と、言いたいところだけど……、少し興味があるわ」
 鈴怜の側に座り、作業風景を眺める事にした。
 ただの荷物整理にしか見えない作業が続く。

 僅かな期間とはいえ彼女の兄である龍緋と仕事を共にした。
 今から思えば彼は本当はどんな人間だったのか、殆ど知らない。
 印象としては掴み所の無いキャラ。
「あなたのお兄さんってどんな人だったのかな」
「? 今、なんて言った?」
 作業の手を止めて鈴怜が尋ねてきたので同じ言葉を歌唄は言った。
 すると鈴怜は歌唄に向き直り、姿勢を正す。
「優しくて凄い人」
 胸に手を当てつつ鈴怜は言った。
「や……、ん、ん……。違う? 違う人? ん? 赤い人の方?」
 鈴怜は両方の目蓋を限界まで開きつつ尋ねてきた。
「龍緋さんの方」
 そう言うと心底安心したように表情が柔らかくなった。
 兄姉の話題は鈴怜にとってデリケートな問題らしいと歌唄は感じた。
「あ……、でも途中の事が思い出せない……。お兄ちゃんと一緒に居た時間がずっとじゃないから」
「無理に言わなくて良いわよ。え〜と、そうね。あたしの印象としては倒せそうで倒せない人かな」
「ちょっと言葉で説明するの難しいな……」
 改めて聞かれると答えにくい問題だった。
 自分の兄がどんな人間だったのか、それは鈴怜自身が知りたいことだった。
 当たり前のように存在していた龍緋。
 心のよりどころのような存在。
「でもやっぱり、言葉では優しい人ってなっちゃうな」
 うまく表現できなかった鈴怜は照れながら言った。
 病弱な人ではあったけれど、凛々しく立つ似の背中はいつだってかっこよかった。
 自分の背が高くなろうと目線は昔も今も変わらないほど、兄の背中は高く感じられた。

464Q:2014/08/26(火) 05:19:34 ID:z/cSfQcw0
egg 4

 娘のコイルが生まれてからあまり構ってもらえなくなったが、それは仕方ないと素直に諦められた。
 新たな家族とも仲良く出来ている。
 兄が死んだ今、家の中はとても静かになった気がした。
 悲しかったけれど、受け入れた。
「仕事の事はあまり教えてくれなかったから、聞かれても困るよ」
「はい」
「言っちゃダメなこともあるって教わった。……でも、知りたいって気持ちはある」
 家族にも言えない事は『守秘義務』と呼ばれていた。
 秘密を暴いて悪い事を企む存在が居るから言えない。
 みんなが良い人ならいいのに、という話しで鈴怜は納得した。
「私もいっぱい色んな事を学んでお兄ちゃんについて行きたかったな……」
「あなたも海外で活動する勉強とかやっているんですか?」
「どうかな? 受験とかあるから今はそっちを優先してる。それが終わってから考える」
 ノリ達は良い雰囲気である事を確認し、鈴怜の側に近づいた。
 いきなり行くと睨まれるので声かけしながら近寄った。
「随分と怖がられているのね。この子達が嫌いなのかしら?」
「嫌いっていうか……、慣れない。君だって急に近寄られたら嫌じゃないの?」
 そう言われて素直に頷く歌唄。
 弁解するつもりはないけれど、しゅごキャラが近寄ってくるのはだいたい慣れている。だから、最近まで気にしたことはなかった。
「でも、あなたのお兄さんはしゅごキャラを嫌ったり、威嚇したりはしなかったわよ。見えなくても気配を読んで仲良くしてたのに」
 鈴怜は兄の話題に弱いことを他の家族から聞いていた。
 案の定、彼女は元気を無くした。
「鈴怜様は我皇がお嫌いか?」
 そういわれた途端に更に落ち込んだ。
「がおうって家に居ついてるしゅごキャラよね?」
「我は存じていないが……、居るはずだ」
「充電中は居ないらしいです」
 マリがノリに報告した。
「モノクロのマーブル模様のしゅごキャラで合ってるわよね?」
 『マーブル模様』がどういう模様なのか、ノリ達は思い浮かばなかった。
「え〜と、色んな絵の具を荒く混ぜたみたいな感じよ」
 それでもノリには伝わらなかった。他のしゅごキャラは何なく分かってきた。
「突然現れる以外は礼儀正しいし、ちゃんと謝るし、ふざけたりしないもん」
「こちらも脅かすつもりはありません。鈴怜様と仲良くなりたいです」
 嫌いなものはとことん嫌い、という人間は何人も見てきた歌唄も良いアドバイスが浮かばない。
 鈴怜自身が彼らを許し、認めない限り不毛ないさかいは続くかもしれない。

465Q:2014/08/26(火) 05:19:59 ID:z/cSfQcw0
egg 5

 鈴怜にはラダというしゅごキャラが居る。
 それでも彼女は他のしゅごキャラを受け付けていないように見える。
 話しは聞いているようだが、どうすればいいのだろう、と歌唄は首を傾げながら考えた。
「?」
 ふと鈴怜の側で眠るしゅごキャラに気付いた。
 気持ちよさそうに眠っているしゅごキャラ。
 他のしゅごキャラと何が違うのだろう、と歌唄は思った。
「その子は随分とお気に入りみたいね」
「大人しい子だよね。寝顔が可愛い」
 歌唄は色々と考えて、他のしゅごキャラを一旦、自分の下に集めて鈴怜から離れた。
「あの子は良くて皆は駄目な理由って何なのかしら?」
「なんでしょう?」
「どうやって取り入ったんだろう、あいつ」
 歌唄達が相談している合間、鈴怜は種類別に分けた品物をメモに書いていく。
 時々、ラムの寝相を確認している。

 黙って見ている分にはラジカリズムに気持ちよく眠ってもらおうとしている、ように見える。
 子を抱く母。
 決してしゅごキャラが嫌いなわけではない。何かが鈴怜の気に障っている。
 それが分かればもっと付き合えるし、鈴怜のことを理解できるはずだと歌唄は思った。
 作業に区切りをつけた鈴怜は座布団を用意し、ラムを乗せた。
「お手伝いできることはありますか?」
「ん〜、じゃあ小さいのでいいからテーブル持ってきて。これ乗せられるくらい」
「分かりました」
 歌唄がテーブルを持ってくるまでの間、ラムを座布団ごと壁際に移動させた。
 直射日光にさらされないように自分の荷物で影を作る。
「こういうのでいいですか?」
「ありがとう」
 歌唄が持ってきたテーブルに次々と荷物を乗せる。
 乗せ終わると昨日買った冷却剤を冷蔵庫に入れに台所に向かった。
 殆ど指示を出さずに自分で行動している鈴怜が何を考えているのか、ノリを始め、分かる者は殆ど居なかった。
「これは食べないように。君達の分じゃないからね」
「そうなの?」
「みんなのおやつじゃないの?」
「おやつは色々と買ってもらっただろう」
 と、しゅごキャラ達は騒ぎ出した。しかし、鈴怜は特に叱ることなく大人しくしていた。

466Q:2014/08/26(火) 05:20:15 ID:z/cSfQcw0
egg 6

 仕事を終えた鈴怜は寺の外に出て、準備体操を始めた。
 自宅でもそうだったが、神崎の兄妹達は身体を動かすことが多い。他の住民に強制はしなかったものの時之都や日奈森唄奏も体操している。
 歌唄もそんな彼らに影響されて朝は軽くジョギングするようになった。
「れ……いれん? さん。どこか出かけるんですか?」
 後から来た日奈森が声をかけてきた。四十九院達も外に出て来た。
「ただの体操よ」
 答えたのは歌唄だった。
「また海に行ってもいいよ」
 鈴怜は体操しながら言った。
「アイスくらいなら買ってあげる」
「そんなにお金を使っていいんですか?」
 歌唄は気になっていたので尋ねてみた。
 兄もそうだったがやたらとお金を使うので心配だった。龍緋の時は尋ねても答えてくれなかった。
「いいんだよ」
 簡単に鈴怜は言う。
「全部は駄目だけど、今回の旅行には子供達にお金を出来るだけ使わせないように言われているの」
「えっ?」
「いや、鈴怜さん。今回の合宿は我々、聖小が企画したんですよ」
「そうだよ。自分達の分は用意しているんだから」
 今回のお小遣いは会議である程度は決まっていた。
 食材も当初は相馬が用意してくれるという話しだったので買わなくて済みそうだと判断してしまった。
「よう、これから殴り合いか?」
 物騒な事を言いながらやってきたのは赤龍だった。
「そんなことはしませんよ」
「ちょっとお金の話しをしていただけ」
 赤龍は体操している鈴怜に顔を向けた。鈴怜の方は敵を見るような怖い顔で赤龍を睨む。
「……お前……、誰だ!」
「昨日、お兄ちゃんって言ってなかったか?」
 と、言った後で『龍美お姉ちゃん』とは言ったが『赤龍お兄ちゃん』とは言っていない気がした。
「ほら、かかってこい。お兄ちゃんが相手になってやる」
 不意打ちで倒されたとはいえ、今はいつでも戦える。
「兄妹ゲンカは家でやって下さい!」
 赤龍と鈴怜の間に四十九院が入り、叫んだ。
「私達の合宿なんですから部外者は荒らさないで下さい」
「……ごめんなさい」
「……ごめんなさい」
 赤龍と鈴怜の謝罪のタイミングがピタリと一致した。
「二人の仲はよく分からないけど、この人はずっと貴女の心配をしていたんだよ」
「なんで?」
 鈴怜は真顔で尋ねてきた。

467Q:2014/08/26(火) 05:20:31 ID:z/cSfQcw0
egg 7

 少し迫力があったので怖かった。
「長年の確執はそう簡単に解けたりしないって。神崎家らしく殴りあった方が手っ取り早いと思うけど?」
「いいじゃない、やらせれば」
 歌唄は言った。
「気の済むまでやらせた方がいいと思うけど?」
「なんか意外……」
 そう言いながら日奈森も歌唄の意見に賛成だった。

 今回の合宿は鈴怜の為になると思って連れてきた。
 四十九院には怒られてばかりだが、鈴怜は確実に変化した。
 家に閉じこもりがちだと聞いていた彼女の人となりも見えてきた。あまり相手にしなかったのは自分でも反省している。
「つーちゃんにとっては大切な人だっていうのは分かってるけど、ここは見守ろうよ」
「私はケンカしてほしくないから怒ってるんだ」
「なに言ってんだ。兄妹ゲンカは兄妹でしか出来ないんだぜ」
 と、言ったものの前回もそれで四十九院が怒ってしまった。しかし、今回は様子が違う。
 目覚めた妹に自分がしてやれるのはなんでもやってやろうと思う。
 向かってくるなら迎え撃つまで。
 兄というよりは家族として。
「……あ〜、兄ちゃんもこんな感じだったのかな……」
 お互い方法が分からず、殴り合う。
 分かり合う難しさを今更ながら痛感する。
 赤龍は今の状況がとても納得できた。
 そして、殆ど反撃しなかった気持ちもなんとなくだが、分かりかけてきた。
「やめた。可愛い妹とケンカすんのはかっこ悪いわ」
「鈴怜さんも怖い顔しないで」
 四十九院に言われてから拳に入れていた力を緩めた。
「手間のかかる兄妹ね」
 と、いつの間にか居た真城が言った。後から結木も合流する。
「女の子がいっぱいになったな。海にまた行くのか?」
「未定」
「行くならアイスを買ってやろう」
 最初に喜んだのはしゅごキャラ達だった。
「いや、それ駄目だと思う」
 四十九院がまたも反論してきた。
「不審者についてっても困るか」
「そうじゃないけど……」
「反省点は今のうちに増やしておけばいいよ。後輩指導の為だと思えば。あと、しゅごキャラの分も上乗せされてるんだろ? 多少は頼ってくれてもいいと思うんだが……」
 全しゅごキャラが四十九院に顔を向ける。

468Q:2014/08/26(火) 05:20:49 ID:z/cSfQcw0
egg 8

 アイスが食べたいと訴えているように感じた。
「例外は……」
「将来家族が増えたらもっと金かかるぞ。今はまだお菓子程度で済んでいるだけだ」
「計画を守るのも大事だけど勉強も大事ってことなんじゃないの?」
 歌唄の言葉に赤龍は頷く。
「その代わり、お前達は困っている後輩が居たら助けてやれよ。あと、詐欺に気を付ける。変な借金は自分でなんとかしろ、と愛の鞭もな」
「話しをすり替えないで下さい」
 真面目な顔で四十九院は赤龍に言った。
「可愛い後輩に投資するのは悪いことか?」
「これとそれとは関係ありません」
 一歩も引かない四十九院に何を言っても無駄だと思い、赤龍は引き下がることにした。
 鈴怜も何も言わないので反論の言葉が見つからないのかもしれない。

 これはこれで好都合でもあった。
 神崎家の資金状況をうっかり言いそうだったからだ。
 それを見越しての発言なのかは考えないことにした。
「……でも、アイスくらいは買ってやる。熱中症は本当に怖いんだからな」
「あと塩分補給も大事……」
 鈴怜の言葉で歌唄は『肴』の謎が解けたかもしれないと思った。でも、まだ確定したわけではないのでもう少し様子をうかがうことにした。
「あっ、そうだ思い出した」
「?」
「歌唄からメールが来たんだった。パソコンのことで」
「なんのこと?」
 イルが歌唄に説明した。
「うそ、メアド間違ってたっていうの?」
 早速歌唄は自分の携帯を取り出して確認する。
 メール送信画面を確認し、間違いに気付いた。
「ちゃんと鈴さんに送ってあげたから」
「そうだったの。悪いことしたわね」
「あむのやつ怒られてたぜ」
 四十九院が口を尖らせていたので赤龍は彼女の頭を撫でてなだめた。
 鈴怜も赤龍を警戒しつつ四十九院に頭を下げた。

469Q:2014/08/26(火) 05:21:09 ID:z/cSfQcw0
egg 9

 いざこざがあったけれど、また海に行くことになった。
「ライフジャケットの用意はさすがに出来ないから、危ないところには行くなよ」
「は〜い」
 一旦、自分の荷物から必要なものを選んで歌唄と共に海に向かった。
 途中のコンビニでアイスと冷たい飲み物を買ってもらい、暑さ対策を整えてから海岸に向かった。
「今日もいい天気だ」
「ところで歌唄」
「はい?」
「この砂浜でどんな撮影する予定だったんだ?」
 ついて来た柊はアイドルを呼び捨てにする赤龍が気になった。
「絵コンテだと水着のシーンが何枚か。グラビアっぽいって言ってた」
「そんなもんばっかり撮って需要があるのかね」
「マンネリ化は否めないわよね」
 そんなことを話しつつ入れる場所を探した。

 昨日の今日で浜辺に変化は無く、人はまばらだった。
 泳ぐ人はほとんど無く、釣り人や貝などを採る人が殆どだった。中にはゴミを拾っている者も居た。
「マリンさんが言ってたけど、この状況を変えるには抜本的な改革が必要だってさ」
「ばっぽんてきって?」
 日奈森はテレビでよく聞く単語だけどどんな意味があるのかよく分かっていなかった。
「常識を覆すようなこと。サンドアートで町興し、みたいなこと」
「ふ〜ん」
「アイデアだけあっても駄目。地元の協力とかも必要になってくる。個人で現状を変えるのは途方も無い労力と時間と金がかかる」
 難しい話しだね、と日奈森はつぶやいた。
「もっと簡単に出来たらいいのに」
「愛着が湧かないと簡単でもやらない。誰かが出来る事なら誰かがやればいい」
「……なんか意地悪に聞こえた」
「そういうもんだ。旅行者の都合で改革が出来ると思ってんのか? 地元が迷惑してるのに」
 そう言われると言い返せなくなる。
「私も聞いていいですか?」
 手を上げて柊が言った。
「どうぞ」
「あの……、仮に、仮にですよ。絶対無理だとしてもですよ」
「落ち着いて話せ。ちゃんと答えてやるから」
「すみません。えっと、どうすればみんなが楽しく海水浴が出来るようになりますか? 出来るとしたらの話しです」
 当たり前の事を言っているように日奈森には聞こえた。
「それは簡単な事だ」
 何の迷いも無く赤龍は言った。

egg 10

 柊の質問の意味は日奈森には良く分からないし、赤龍が簡単に答えたのも理解できない。
 打つ手なしの状況だったはずなのに、何故、赤龍はそう言ったのだろうと思った。
「この海岸で楽しく泳げるような環境を作ればいい」
「だから、それが出来ないから困ってるんじゃなかったの?」
「う〜ん。どう言えばいいかな。俺もマリンさんも『答え』自体は持ってるんだ。解決策とも言うけどな」
「?」
 赤龍は波打ち際に移動した。そして、振り返る。
「みんな水着を着て、楽しくこの海岸を使えばいい。バーベキューしたいなら好きなだけやればいい。簡単だろ?」
「それはそうなんだけど……。ここ立ち入り禁止って……」
「そうですよ!」
 日奈森の横で柊は叫んだ。
「せっかくの海なんですから楽しまないと」
「りっか! ここは今、遊泳禁止なんだよ」
「あっ、そうでした……」
 柊が元気を無くす頃に他のメンバーも赤龍の元に集まってきた。
「君は正しい。えっと、名前は?」
「りっか。柊りっかです」
「りっかちゃん。よし、すぐ忘れるかもしれないがよろしくな」
 赤龍は手を差し出した。柊は力なく彼の手を握る。
「みんなの海というよりはよその海だからゴミを捨てても気にならない。そんな人間が多いんだろう。子供が遊ぶにも割れたビンとかあってケガしたら大変だしな」
「うん」
「海開きのシーズンなんて僅かだから、中止にした方が楽だよな。予算的にもさ。金銭は仕方ないとして残る問題は『責任』の所在だな」
 また難しい話しになっていく気配をそれぞれ感じた。
「結論から言えば大人は責任を取りたくないのさ。こうして楽しみにしている人間が居ても。どうせまた海が汚れるし、掃除は面倒くさいし、危険だしと……」
「仕事なんだからやるのは当たり前じゃない」
 歌唄は言った。
「この地域の大人はそこまでの熱意が無いんだろ。高齢化を理由に若い人がやればいい、とか言ってたし。行政も少子化とか過疎を理由に重い腰を上げようともしない」
「……負の連鎖ってやつね」
「その通り。だから、こちらもなかなか動けないってわけ。難しい話しだが、君達も避けて通れないからな。少しでも考えてくれよ」
 赤龍は一人一人に微笑みかけた。

470Q:2014/08/26(火) 05:21:29 ID:z/cSfQcw0
egg 11

 場が静まり返ってすぐに四十九院が手を上げた。
「どうぞ」
「……お兄ちゃんならこの状況をどう解決しますか?」
「それは少し卑怯だな」
「すみません。何も浮かばなかったので」
 赤龍は少し考えてすぐに吹きだす。
「そうだな〜。臥龍を使って面白いことするかもな〜」
「……お兄ちゃんはきっと皆と一緒に悩むと思う」
 赤龍と鈴怜は違う事を言った。
「困っている人が居たら助けたりするんじゃないの?」
 四十九院の疑問に鈴怜は首を横に振る。赤龍はあえて口を挟まなかった。
「誰かが助けてくれるのを待ってるだけじゃあ何の解決にもならない。そう言ってた」
 それは確かに龍緋が言いそうなセリフだと四十九院は思った。

 無償の救済をするほど龍緋は優しくない。
 容赦の無い部分もある。
 家族の為なら国をも滅ぼす。それは龍緋自身が言っていた。
「つまり結局は解決出来ないってこと?」
「そうじゃないよ。出来るけど時間がかかるってこと。意識改革とか面倒くさいことがたくさんあるんだよ。今、出来る事があるとすれば、立て看板無視して楽しもうぜ、っていう方法があるって言いたいわけさ」
 鈴怜も赤龍の意見に頷いた。
「いや、それ駄目でしょ」
「……そうでもないかも」
 歌唄の言葉に日奈森は首を傾げる。
 しゅごキャラ達は宿主たちの話しには参加せずに独自に楽しんでいた。
「あむちゃん、ちょっといいかしら?」
 聞き覚えのある声が日奈森の頭上から聞こえてきた。
「ダイヤ!?」
「んっ?」
 日奈森の声につられて赤龍と鈴怜と歌唄が彼女の視線を追った。
「まぶしくて見えん」
 ゆっくりと降りてきたのはダイヤだった。
「少し彼と話したいから、キャラなりしてくれるかしら?」
 突然の出現には驚いたが何か考えがあるのかもしれないので、言われたとおりにしようと思った。
「あたしのココロ、アンロック」
 しゅごキャラが見えない赤龍にもキャラなりする光りは見えたらしく、まぶしそうに目をかばっていた。

egg 12

 キャラなり『アミュレットダイヤ』
 久しぶりのキャラなりだったが特に問題なく出来て安心した。
「少しの間、身体を借りるわね」
「……頑張って」
 いつもすぐ居なくなるけど、ダイヤには理由があって行動していると思い、今回も信じてみようと思った。
「ありがとう。頑張る」
 宿主の言葉に感謝し、意識を入れ替える。
「初めまして、龍緋さんの弟さん」
「声は同じだな。えっと、ダイヤ?」
「ええ」
 鈴怜はキャラなりした衣装が気になったのか、つまんだりして確認していた。
「貴方がこれからやろうとしていることはとても残念な結果を生むわ。だから何もしないでちょうだい」
「いきなり出てきて、全否定か」
「今回の合宿にこれ以上の傷を残さないためよ」
 ダイヤの言い分を赤龍は頭の中で考え始めた。
 鈴怜は既に衣装に夢中になっていた。
「……なるほど。ダイヤはものがよく見えているようだ」
「そうでもないわ」
 今の会話で何をどう理解したのか四十九院も歌唄も分からなかった。
「よし、みんなは帰る準備をしてくれ。海は今回は諦めてもらう」
「ええ〜!」
 即断即決とはいえ赤龍が素直に引き下がるとは四十九院は思っていない。
「このまま帰らないといけないんですか? 何も方法が無いんですか?」
 柊は赤龍の服を掴んで言った。
「無理無理って×たまみたいなこと言わないで下さい」
「わがまま言わないの」
 ダイヤは柊に言った。
「最善の方法は確かにあるかもしれない。けれども、それは今すぐ実現できるってわけじゃないわ。強引な手段は悲しみばかり生む」
「あきらめなければ!」
「落ち着いて、りっかちゃん」
 優しく諭すようにダイヤは言う。
「こちらの方々は様々な方法を考えているの。でもね、無理矢理も良くないのよ」
「ダイヤならどういう方法が最善だと思う?」
 赤龍は尋ねた。

471Q:2014/08/26(火) 05:21:48 ID:z/cSfQcw0
egg 13

 この質問にダイヤは間を置かず答える。
「貴方と同じ結論に至ると思うわ」
「どう同じなのかな? 人によって解釈は違うと思うけど」
「……あれを使うのはどうかしら?」
 ダイヤは海の上に広がる晴れ渡った空を指差した。
 そこには広い空しか無い。
「意表を突く案か……。まあ、似たものと言えばそうかもな」
「むこうに何かあるの?」
 ラン達の質問にダイヤは微笑むだけで何も言わなかった。
「騒ぎを起こす案をお前は否定した。なら、今出来る事は教訓として受け入れるだけだと思うが……」
「そうね。それが最善の方法よね。みんなは納得しないと思うけど」
「二人だけで納得しないでちゃんと説明して下さいよ〜」
 柊が赤龍に掴みかかってきた。
「みんなの笑顔を守るようにって兄ちゃんの言葉を思い出した。だから、今回は諦める。このまま我がまま言うと悲しい結果しか出てこないよ。まさしくダイヤの言う通り」
 四十九院もおぼろげながら赤龍の言葉が分かる気がした。
 どう足掻いても結果は変わらない。どころかせっかくの合宿が台無しになるおそれがある。
 海水浴に固執するより、よりよい思い出を作る方が大事だった。
 我々の笑顔を守る、という言葉はそういう意味だと四十九院は受け取った。

 ここでダイヤの言っていた『あれ』とは何だろうと疑問が浮かんだ。
「ダイヤ、あの向こうに何かあるの?」
「すぐにピンときたけどさ、本当に持ってきたわけじゃないだろうな?」
「方便って言いたいのかしら?」
 赤龍はダイヤのつかみ所の無い様子に少し困惑した。
 自分の苦手とするキャラかもしれないと思った。
 苦手というか叶わない存在。
 すぐ思い当たる人で言えば『魔女』だが、ダイヤは自分の知るどのタイプのキャラとも似ているようで似ていない気がする。
 なんだろう、という不確かな気持ちが広がる。
 嫌な気持ちは感じないが、不思議な印象を受けるのは確かだった。
「とりあえず、荷物は整理しておけ。夕暮れまでは自由行動でいいよ」
「は〜い」
 しゅごキャラ達は元気よく返事したが日奈森のキャラなりはまだ解かれていなかった。
 鈴怜が服を掴んでいるからかもしれない。

egg 14

 不思議な服装に興味津々の鈴怜にダイヤは少し困っているようだった。
「どういう生地なんだろう」
「鈴怜さん、そろそろ離してあげてください」
 そう四十九院が言うと鈴怜はずっと掴んでいたことに気付き、苦笑しつつ服から手を離した。
「奇麗な服だから、気になって」
「ありがとう」
 服を誉めてくれたのは素直に嬉しかった。
 赤龍は一旦、海岸から離れて道路際に行き携帯を取り出す。
「じゃあわたしはちょっと失礼するけど、すぐ戻ってくるから」
 そうダイヤはラン達に言って、広い空に向かって飛翔した。
「どこへ行くの?」
 大人しくしていた日奈森がダイヤに話しかける。
「他言無用よ、あむちゃん。もう少し離れたら分かるわ」
「聞きたい事があるのに……」
「……わたしは他の子達とは違うから……。色々と秘密が多いの」
 空中を翔けるダイヤに後方から物凄いスピードで追いかけてくる存在があった。
 内に引っ込んでいる日奈森も感じた。
 それは四十九院だった。
 白い外套をまとっているのでアビステラーだろう。
 彼女は飛ぶように駆けていた。ほぼ走っている。
「ん〜、さすがライバル。素直に引き下がらないところがクールね」
「これでも『自称』ライバルだ。勝ち逃げさせるほどお人好しじゃないんで」
 数秒もかからずに追いついてきた。
「さすがに海上で戦うわけにはいかんな」
「貴重品を落したら大変だもんね」
「そりゃそうだ。それで……、臥龍はどの辺に来ているんだ?」
 内に居る日奈森は驚いた。
「ん〜、もう百メーターってとこかしら。海の照り返しで見事に偽装されてるようね」
「百か……。おかしいな、海中なわけないよな」
 ダイヤは小さな光りの玉を出し、辺りにばら撒いた。
 玉の一つが何かに当たり、海に落ちる。
「あの辺みたいね」
「誰がここまで運んで来たんだ?」
「知らない。あの人も意味ありげなことしか言わないから」
 ダイヤと四十九院の会話の内容が理解できない日奈森。とはいえ、ここで暴れても仕方ないと思い、成り行きを見守ることにした。

472Q:2014/08/26(火) 05:22:29 ID:z/cSfQcw0
egg 15

 分からない事が多いけれど詳しく説明されても難しくて分からない。
 そんな矛盾にどう答えたらいいのか、日奈森は悩んだ。
 四十九院も赤龍も本当はかなり詳しく説明してくれているんだろうなと思い、申し訳ない気持ちになる。
「ここか。確かに手ごたえはあるな」
「目の前で見ると気持ち悪いわね」
 『光学迷彩』という言葉で有名な姿を隠すシステムが目の前にある。
 正式名称は秘密にされていてダイヤも四十九院も知らない。
 手で触れると虹色の光りが広がっていく。特に警報音は聞こえない。
 少し離れて全体でどのくらいの大きさなのか、目視しようとしたが全体像がうまく掴めない。
「映像でしか見たこと無いが……。臥龍っぽいな」
「誰が運転してるのかしら?」
「私が知る限り、赤龍さん以外は知らない。なんだっけな、パーソナルデータを登録した人間にしか動かせないシステムだとかなんとか」
 臥龍は時之都で整備中だし、複数台あるとは聞いていない。
 聞いていないだけで複数存在している可能性もあるけれど、それにしても大きいなと思った。

 動力不明。空を飛び、姿を消し、単機で国を滅ぼす人型兵器。
 大きさは約三十メートル。鎧武者をイメージした造形。龍緋の臥龍は赤黒い色が特徴。
 武器は巨大な『幻龍斬戟』のオリジナル。
「海に影も落さないとは……。どういう科学技術なんだろう?」
 と同時に臥龍は今、どういう状態で飛んでいるんだろうと疑問に思った。
 立ったままなのか、寝転がったような状態なのか。仰向けなのか。
 今のところ触れる位置にある事から停止している事は分かった。
「さすがにお兄ちゃんが運転してるってのは飛躍しすぎだろうか?」
「ところで入り口はどこかしら?」
 海岸からかなり離れているし、太陽からの直射が暑くなってきたので長居は出来ない。
 平気な顔をしているダイヤも宿主の身体は守りきれていないようで、汗が目立つ。
「ダイヤ。服を消して頭を守れ」
「どうして?」
「本体が熱中症になる。頭だけはちゃんと守れ」
 四十九院も外套を変化させて暑さ対策を取った。
 ダイヤは四十九院の様子を見よう見まねで再現し、頭部を守る形態を取った。
「くそっ、これ影がどこにも無い。早く見つけないとヤバイ。ダイヤも胸付近を探せ」
 嫌な予感を感じた四十九院は乱暴な口調になりながらもダイヤに命令を飛ばして入り口を探した。
 覚えているイメージでは臥龍の搭乗口は胸の辺りの筈だった。背中はメンテナンスの時だけ開くらしいが、よく覚えていない。というよりは機密部分なのであまり教えてもらえなかった。
 だから、開け方は知らない。

473Q:2014/08/26(火) 05:22:53 ID:z/cSfQcw0
egg 16

 いざとなれば海岸に逃げ帰るしかない。
 臥龍を残しておくわけにも行かないので、ギリギリまで調査する必要がある。
 今日は快晴で海も穏やか。今は周り全てが海と空の青一色だった。
 距離感がおかしくなる。風が無いせいか現在位置が良く分からない。
「コンパスを持ってくる発想になるわけないよな……」
 こんな想定は普通出来ない。
 暑さで判断力がおかしくなってきたのかもしれない。
「見晴らしがいいわね〜」
 ダイヤはマイペースだった。
 文句を言おうかと思ったが、宿主が危機に陥れば嫌でも自覚するだろうと思って作業を優先させた。
 段々と義手が焼け付く。耐熱仕様とはいえ長時間は危ないと言われている。
 四十九院はノリ達三体のしゅごキャラを順番に使用して体力を温存させている。
 海水を使いたいが熱で蒸発する水蒸気で火傷しそうになるので、耐えている。
「入り口をあけて下さ〜い。ゆで卵になっちゃいますから〜」
「思ったよりデカイな。こんなに手間取るとは……」
 遠くで見るのと目の前で見るのとでは距離感が違う、と暑さに耐えつつ思った。
 透明なガラス細工のようで取っ手などが見つけにくい、というより見えない。
「もうギブアップか?」
 頭の後ろの方から声が聞こえた。
「勘弁してくれ」
 聞き覚えのある声。
「仕方ないな。もう少し上の方に来なさい」
 その言葉の後で金属が擦れるような音が聞こえてきた。
 おかしいとは思っていた。
 臥龍だと仮定して、こちらの調査が始まった当初から動いていない。
 景色に変化が無いのだから空中で停止しているのは薄々気付いていた。

 声の主はおそらく『我皇』だろう。
 そうでなければ臥龍を運ぶことなど誰にも出来ない筈だ。
 焼け付く日差しに耐えながら少し上空に駆け上がるように登ると、ダイヤが入り口らしき場所に入ろうとしているのが見えた。
 疑問に思っている暇はない。めまいなどを起こす前に日陰を確保しなければならない。
「あっち……。こんなに暑くなるのかよ」
 焼けた鉄板の上に居るからか、異状に暑い。
 早くに飛び込まないとノリ達が本当にゆで卵になってしまう。

474Q:2014/08/26(火) 05:23:12 ID:z/cSfQcw0
egg 17

 入り口に無事到着し、中に入ると想像していたより広めの空間になっていた。
 冷気が漂い、程よい涼しさになっていた。
「うわ〜、快適だわ、こりゃ」
「何人乗りかしら?」
 操縦席に当たる部分は見当たらない。
 臥龍に乗るのはおそらく初めてかもしれないと四十九院は思った。
「ようこそ、武神『臥龍』へ」
 声のみで姿は無い。
 入り口はすぐに閉まり、真っ暗になった。しかし、十秒ほどで室内に電気がついた。
 あちこちから何かが起動するような音が聞こえてくる。
「操縦はしなくていいから安心しなさい」
「……自動操縦か」
「今、椅子を出そう」
 壁からゆっくりと座れる部分がせり出してきた。
「それにしてもしゅごキャラ風情がよく臥龍を使えたな」
 さすがのダイヤも暑さでダウンしていた。本体も同様に今は涼しい風に当たって休むことにしたようだ。
「説明の前に……。冷蔵庫にジュースが入ってる。栄養ドリンクだが飲むといい。トイレは狭いがマークで分かるだろう」
「は〜い」
「随分と快適な空間なんだな」
 四十九院は緊張の糸を緩めずに周りを観察した。
「一つ言っておこう。私は我皇ではなく神崎龍緋の擬似人格だ」
「?」
「本体を忠実にトレースしたつもりだが、多少の誤差は大目に見てほしい」
「しゅごキャラじゃないの? 幽霊?」
「そろそろいい?」
 と、聞き覚えの無い女性、というか女の子ぽい声が聞こえた。
「いや〜、まあ面白い小話も無いからさくさく進ませてもらうけど、よろしく」
「………」
 声の主は元気に言った。
「君達の事はもう知ってるよ。初めまして。ミリオンドリームの総帥『フィリー』ちゃんだよ」
「……は?」
「あと、臥龍の制御は私が乗っ取ってま〜す。どう足掻いても君達には操縦も自爆も出来ませ〜ん」
 明るく宣言されても面白い返事は返せない、と思いつつ、声の主はあまり頭が良くない気がした。
 自称ミリオンドリームの総帥とやらは何がしたいのだろう。

egg 18

 暑さのせいか、四十九院は頭があまり回らなかった。
 ダイヤは未だにキャラなりしたままのようで、栄養ドリンクを飲んでくつろいでいた。
「ねえねえ、龍ちゃん」
「なんですか」
「二人とも乗りが悪くない?」
「軽い熱中症でしょう。それより移動を始めて下さい」
「オッケー。キル、出番だよ〜」
「イエス、マイマスター」
 機械の音声が返事をし、臥龍が静かに動き始めた。

 数分後に暑さが和らぎ二人とも落ち着いた頃に室内を見渡した。
 見慣れない計器類が随所にあり、何がなにやら分からない。
「いや〜、二人とも大人しいね。お姉さんはどうすればいいのか分からないよ」
「仕方ありません。見えない相手とすぐに仲良くなど出来ないでしょう」
「そうだよね〜。あっ、この会話をモニターに反映させてみよっか」
「イエ」
 言葉の途中で回線が切られたらしい。
 その後、四十九院の目の前で電源が入り、テレビ画面のようなものがついた。そして、上から横並びに文字が浮かんでいく。
「チャットログ、みたいなやつ見えているかな?」
「今、どこですか?」
「海岸の上空辺りだよ。今はそこに停泊状態。下に君達の連れが居るのが見えているんじゃない?」
 海岸と言ってもモニターの画面ではかなり小さく映っている。
 臥龍はかなり上空に居るらしい。
「龍ちゃんの弟と妹が一緒に居るよ」
「……二人が一緒?」
「すごいすごい、鈴怜ちゃんだよ、あれ。なんで? 和解?」
「………」
 フィリーらしき文字は並ぶが相手の方は無言が多い。
 音声が無くなったので、質問されているのかどうかが分からない。
「データ検索中……」
 という文字の後、ログにメチャクチャな文字が一気に埋め尽くした。
「危うく生き埋めになるところだった」
 フィリーは音声に切り替えたようだ。
「龍ちゃんに不測の事態が起きるとは……。いや〜、しかし、あの二人が一緒に居るなんてね〜。ねえねえ、どうして?」
「知り合いなんですか?」
 質問を受けたけれど今は質問を返す。
 訳の分からない言が多くて頭の中を整理するには時間がかかりそうだった。

475Q:2014/08/26(火) 05:23:32 ID:z/cSfQcw0
egg 19

 フィリーが答えるまでにモニターには無数の文字が現れては消えていく。
「神崎家とは色々とあって付き合いがあるのだよ。おっ、きたきた。うん、マリンの姉様が……、ん?」
 全く顔が見えないのでフィリーが何をやっているのか全く分からない。
「あっ、ごめんね〜。私、総帥だから忙しくて」
「そうですか」
「君達の事情は把握した。結論から言えば……、一日で解決しない。それと、この地域に君達はどれくらいの愛着があるのかな?」
「今回、初めて来たから分かりません」
「……そんなもんだよね。旅行者のマナーの悪さは全国規模だからね〜。どこもかしこも頭を痛めているよ。さて、そんな話しはもういいか。お〜い、龍ちゃ〜ん。復活しておくれよ」
 まだモニターはおかしくなったままだった。
「ここに居る龍ちゃんはさっきも聞いたように、以前の搭乗者の記憶を忠実にトレースして存在している。幽霊とは違うんだけど、考え方や話し方が再現されているから知り合いの場合はけっこう混乱するかもね。でも、偽物かもしれないけれど、付き合ってあげてよ」
「善処します」
「キル、随分と時間かかってるけどどうなってるわけ?」
「検索中」
「システム自体は問題ないようだけど……。まあいいか。機密保持の観点から教えられる事は少ないけど、君達にはほとんど関係無いから大丈夫か。この臥龍は意思を持つ人型ロボットって思って。さっきの擬似人格は無人の時に発現するらしいよ。今回は龍ちゃん。縁のあるものに合わせてくれたのかも。といっても龍ちゃん専用だから龍ちゃんしか出てこないんだろうけどね」
「修復中」
「おっ、動き出したか」
「? ちょっと待って下さい」
 四十九院が割り込んだ。
「なんでしょうか?」
「お兄ちゃん専用ならどうしてあなたが動かせるんですか?」
「正確には『命令』だね。別に私が操縦桿を握ってるわけじゃないよ。あと、私はこのロボットの中に居ないから。意思あるロボットにお願いしてるから動いてるっていう理屈」
 分かり易いのか分かりにくいのかわからない説明だった。
 とはいえ、話しが通じない相手ではない事は理解した。
「自分の意思を持ち、自己判断で行動する。善悪は……、まあなんていうのかな、フィーリングかな」
「勝手に動いて人を殺すこともあると?」
「殺傷機能については……、たぶん機密扱い。君達、子供にひどい場面は見せたくないし」
「……それはお兄ちゃんも?」
「? どういう意味かな?」
「お兄ちゃんは……、辛い現場や仕事をしてきたのかなって」
「そうだね」
 フィリーはそう言った。
 それは否定なのか肯定なのか判断しにくい言葉。
「……龍ちゃんは優しくて厳しい人。小さい時からそれは一貫して変わらなかった。徹頭徹尾って言葉があるけど……。初志貫徹とも言うか……。自分の心に真っ直ぐな人」
 大切な人を紹介するような優しさでフィリーは言った。
 一言一句丁寧に話すので四十九院はフィリーにとっても龍緋はとても大事な人だったことを感じた。

476Q:2014/08/26(火) 05:24:08 ID:z/cSfQcw0
ところどころ2個ずつになってます。

今回は途中でとめるかもしれぬ。

477Q:2014/08/26(火) 05:24:31 ID:z/cSfQcw0
egg 20

 モニターの右半分が真っ青に変化した。それから白くなったり黒くなったり。
 四十九院の目から見ても壊れてしまったように見えた。
「モニターがおかしいけど、大丈夫ですか?」
「こっちではなんともないよ。う〜ん、キルでもメンテナンスは難しいのかな?」
「キルってなんですか?」
 不吉な名前だな、とは思っていた。
「キルベルサー。ミリオン……っとこれは秘密扱いか……。え〜、名前はいいよね? いい? 良かった。言ってからダメっていうのやめてよ〜」
 フィリーの周りに誰かがいるらしい。
「ったく……。バ〜カ」
「すみません、こっちに言われても困ります」
「あっ! そうだった。ごめんごめん。これ双方向ってやつでやりとりしてて。音声だけカットさせていただいてます。こっちのスイッチ入れるぞ、コラ!」
 なにやらゴタついているらしい。

 モニターの調子が戻らない内にダイヤの様子をうかがった。既にキャラなりは解かれていて日奈森が涼しい風を探していた。
 難しい話しに参加出来ないので四十九院の邪魔にならないように気を使っていたらしい。
 極力、物音を立てないようにしていた。
「……トイレ、行ってくる」
 四十九院に気付いた日奈森は小声で言ってきた。
「トイレの中に使い方が絵で描いてるから、それを参考にね」
 フィリーが生きている画面にトイレノマークを映し出した。
「すみません」
 そう言って日奈森は奥に向かった。
「龍ちゃんが再起不能のようだね。とりあえず、海岸に降りるわ。外の出方は分かる?」
「ロックでもされてなければ」
「外に出たら赤龍ちゃんを呼んできて」
「はい」
「他の人はダメ。今回、龍ちゃんが許可したのは君とさっきの日奈森って子だけだから」
「どうして日奈森も?」
「さあ? 生前の龍ちゃんと何かあったんじゃないの? 私は知らないけど」
 疑問は残るが四十九院はフィリーの言う通りにしようと思い、生きているモニターを確認した。
 一向にモニターは復旧しない。明らかに壊れている気がする。他は火花が出たり、煙が発生したりはしていないようだ。
 操縦席と言うのか、この部屋は多少の揺れは感じるもののとても静かだった。
 龍緋はここでどうやってこのロボットを動かしていたのだろう。そして、何を見てきたのだろう。

478Q:2014/08/26(火) 05:24:52 ID:z/cSfQcw0
egg 21

 着水も静かで外に居る結木達は全くこちらを認識していないようだった。
 トイレから戻った日奈森を確認して外に出ることにした。
「随分とくつろいでいたな。外に出るけど、残ってるか?」
「出ますよ。あたしに出来ることは無さそうだし」
 余計なボタン押しそうだし、と小さな声で続けた。
「龍ちゃん専用なんで君が勝手に押した程度でどうこうなったりしないよ。私が乗っ取ってるのは秘密だけどね」
 フィリーの言葉が正しければ龍緋にしか扱えない。なのにフィリーは扱ってる。矛盾した事を言っているようにしか聞こえない。
 何か秘密があるのだろうが、それは答えてくれないだろう。

 冷蔵庫からジュースを取り出して、一本は日奈森に渡した。
「出ようか」
「うん」
 一応、二人ともキャラなりして砂浜に降り立つ。
 振り返って臥龍を見ようとしたが姿が消えていた。赤龍を入れる為に開けた部分が無ければ分からない程だった。
「あむちーにつるちー、どっから来たの?」
「ちょっと巨大ロボットに乗ってた」
 話半分で終わらせて四十九院は赤龍の下に向かった。
 一応、彼に事情を話すと頭を抱えた。
「フィリーちゃん……、またとんでもないもん持ってきたな」
「智秋ちゃん。フィリーちゃん来てるの?」
 鈴怜も会話に加わってきた。
「モニター越しですが……。お知り合いですか?」
 日奈森は結木達と合流し、日陰に避難した。しゅごキャラ達もおとなしく浜辺で遊んでいた。
「マリンさんの妹で俺達がよくお世話になっている人。君の義手も彼女が用意したものだよ」
「そうなんですか!?」
 驚きはしたものの前にも聞いたような気がした。暑さで判断がおかしくなっているのかもしれない。
「ただ、直接会った事は無いんだ。マリンさんによく似ているらしいって話しは兄ちゃんから聞いてる」
「時々、電話する。メールは禁止らしくて一方通行が多い。あと、偉い人」
 嬉しそうに鈴怜は言った。
 相当、仲良しな関係のようだと四十九院は感じた。
「お前ら! 適当に遊んだら先に帰っていいから」
 鈴怜は何かに気付き、結木の下に向かった。
「これ、夕食代。ご飯はしっかり食べなきゃダメ」
 言うだけ言って鈴怜は臥龍の下に向かった。

 何か言いたそうな顔をしていた結木達を後にして、四十九院に手伝ってもらいながら三人は臥龍に乗り込んだ。
「これが臥龍か。中に入るのは初めてだな」
「私は何回か乗せてもらったことある」
 そんな事を話しつつ操縦席に着くと半分だけ壊れたモニターが出迎えた。
「あれ? これ壊れてんの?」
「なんか調子が悪いみたいです」
「やっほ〜、赤龍ちゃん、鈴怜ちゃん」
「あっ、フィリーちゃんの声だ」
「へ〜、これがフィリーちゃんの声か」
 鈴怜は即座に相手が誰だか分かったようだ。
「てことはキルも居んの?」
「イエス」
 機械の音声が聞こえた。
「おうおう、久しぶり〜」
「ベルちゃんだ〜」
「感動の再会はここまでにして、何だか大変みたいね。特にこの辺り」
 フィリーの顔は映らなかったが地図や現在まで居た砂浜が映し出される。
 分かり易く点滅する矢印が付いていた。
「そうなんだよ。姉さん、やる気出してヘコんじまったよ」
 四十九院は呆気に取られていた。
 自分もそれほど喋る方ではないが、よく喋る人間同士が会話すると全く入り込めなくなる。
 色々と聞きたい事もあったような気がしたが二人の勢いで霧散してしまった。

479Q:2014/08/26(火) 05:25:25 ID:z/cSfQcw0
egg 22

 思い出話しが始まると思って日奈森が使っていた席に行き、先ほど取っておいたジュースを飲む。
 栄養ドリンクと聞いていたが微炭酸でなかなかに美味しい。
「フィリーちゃん。モニターなんとかなんないの?」
「う〜ん。物理的に無理そう。あと龍ちゃんが一向に復活してくんない」
「えっ!? お兄ちゃんが居るの?」
「擬似人格だけどね。ごめんね、鈴怜ちゃん。ぬか喜びさせて」
「それは知ってる。でも、嬉しい」
「あら、意外と強い子に育って……。総帥は嬉しいぞよ」
 凄いという感想を四十九院は抱く。
 それぞれが即答で会話しているからだ。
「それよりも二人が一緒に居るなんて一番の驚きだよ。龍美ちゃんが居たらパーフェクト」
「後ろの子達が頑張ってくれたお陰。なのである程度の情報開示を頼んます」
「私からも願いします」
 赤龍と鈴怜が揃ってモニターに向かって頭を下げた。
 四十九院にとって何度目かの驚きだった。
「データ照合」
「待て待て、キル。勝手に承認しようとするな」
 慌てたフィリーの声が聞こえた。
 モニターに様々な文字が羅列され始めた。
 何かのデータが起動しているように見えたが、モニターがおかしいので全く分からない。
「あっ」
 突如、モニターの電源が落ちた。
 それから数秒も経たないうちにモニターが点灯。今度は多少画質は悪いが左右とも表示された。
「……つい、みとれてしまった。これどうやって操作するんだ?」
「ある程度は自動で動くって言ってた」
 フィリーの声が聞こえなくなり、代わりに新たな声が聞こえてきた。
「……二人が並び立つ姿を見る日が来るとはな」
 静かに聞こえるのは龍緋の擬似人格の声。
「お兄ちゃんの声だ」
「彼はよく君達家族の話しを聞かせてくれた。そして、よく心配していた」
「大きなお世話だ」
「前は違う声だったのに……。臥龍なんだよね?」
「その通りだ。我皇の存在も知っている。言わば図体の大きいしゅごキャラだと思ってくれても良い」
「なんで知ってんだ? 我皇と臥龍は……どう繋がるっていうんだよ」
 赤龍の指摘に四十九院も疑問に思った。しかし、四十九院の方はどういう疑問かはまだ固まっていないので言葉が出てこない。

480Q:2014/08/26(火) 05:25:45 ID:z/cSfQcw0
egg 23

 意思を持つ武神『臥龍』は分からない事だらけ。
 せいぜい巨大な人型ロボットだという事くらいしか理解していなかった。
「まずは前の主の代わりに言わせてもらおう。二人とも、お帰り」
「おう」
「ただいま」
 素直に赤龍達は答えた。しかし、四十九院は今の質問を自分なら簡単に挨拶しないだろうと思った。
 聞きたい事はたくさんある。挨拶などしている場合ではない。というような感じを予想していた。
「兄妹揃って、そんな挨拶を交わしたいという願いはとうとう叶わなかったが……」
「……ごめんなさい」
「なるほど」
 赤龍は腕を組んで頷いた。
「あの我皇も臥龍の一部なんだな。そう考えると納得できる」
「精神世界への干渉は容易い。端末代わりと考えていたが、今はあれはあれで独立した意志で動いている」
「ということはほとんどのしゅごキャラもか?」
「いいや。私は神崎龍緋と共に歩むもの。子供らの笑顔を守るのが仕事だ」
 今の言葉は四十九院の胸に深く響いた。
 なんでもないことを言っているはずなのに心を揺さぶられる。
「この臥龍も内側の部品は解体され、核も封印されるだろう」
「それは聞いてる。新しく二台っていうか二機っていうか単位は分からんが、出来たらしいね」
「名称は未定だ。一機目は確実に君のものになるだろう」
「え〜、こんなバカデカイもん要らないよ」
 四十九院も赤龍が臥龍を継承するだろうと思っていたのであまり驚きは感じなかった。
「そう言うな。せっかく君の兄君が用意してくれたんだ。ありがたく受け取れ」
「新手の嫌がらせかな?」
「もう一台は?」
「未定。二機目は決まっていない。ただ、三機目は候補が上がっている」
「ほう、初耳」
 でも、なんで二機目だけ未定なんだろう、とそれぞれ疑問に思った。
 よくあるパターンで敵に奪われるフラグが立つんじゃねーか、と赤龍は危惧した。
「あっ、自分の意思が……。いや、強制起動とかシステム乗っ取りとかもあるか……」
 あごに手を当てて赤龍は悩んだ。
「もしかして……、コイルちゃん専用機?」
「そう思ってくれて構わない。とはいえ、三機目は彼女が成人する頃に作られ始める予定だ」
「軽〜く、国家機密っぽい匂いを感じたけど?」
「この三機は時之都で作られる予定になっている。この臥龍のような戦術兵器とは違い、使うものの意思で決められるようになっていく、はずだ」
「おいおい、お前メカのクセにやたらと曖昧な表現使ってくるな。もしかして、お前さんもオルビーネの姉さんみたいなポンコツ仕様か?」
 臥龍をポンコツ呼ばわりしたので四十九院は驚いた。
 龍緋も凄かったが赤龍も負けていない。

481Q:2014/08/26(火) 05:26:24 ID:z/cSfQcw0
egg 24

 ポンコツ呼ばわりされた臥龍はメカの筈なのに苦笑した。
「面白い人間だな、お前は」
 臥龍の声が変わった。
 聞いた事の無い声。男性的と言われれば男性に、女性的と言われれば女性の声に聞こえる。
 言わば中性的な声だった。
 四十九院の知っている中で似ている人は思い浮かばなかった。我皇の声とも違っていた。
「……いや、似ているかもしれない」
 急に思い出した存在の中で近い声があった。それはヨルだった。
 特殊な環境のせいか、臥龍の声は多重に聞こえる。反響しているのかもしれないと思った。
「あっ、臥龍の声だ」
「我はメカではない。人間風に言えば精神体や精神生命体のような呼称が似合うのだろうな。この身体を構成しているのは幻龍斬戟と祖を同じくするものに手を加えたもので出来ている。だが、長い年月で機械の補助がなければ動かせられない身体なのも事実」
「簡単に言えば年寄りってことか」
「そうだな。老体に鞭打って活躍したのだ。引退しても不思議は無かろう」
「臥龍はもうすぐ死んじゃうの?」
 鈴怜は悲しそうな顔で尋ねた。
「核は一部を新しい身体に移した後、封印される。人型ロボットがただの御神木に戻るだけだ」
「……核は核兵器のことじゃないからな」
 赤龍が小声で四十九院に言った。
「どうでもいいけど、フィリーちゃん、出てこなくなったな」
「こちらの会話は聞こえている筈だ。今は君達との会話を邪魔されたくないのでキルベルサーに協力してもらってる」
「器用なポンコツロボだな」
「お兄ちゃんの声はもうやんないの?」
「我も龍緋を眠らせたいのでな。君達の様子を見て安心した」
「それで実際のところ、お前は何しに来たんだ?」
「インパクト」
「?」
「可愛い妹のためならどこへだって行く。それがお兄ちゃんという生き物なのだろう?」
 映像モニターが鮮明になった。
「……もしかして、私のため?」
 おそるおそる鈴怜は尋ねた。
「時之都から映像を見せてもらった。ピンチらしいと聞いたので飛んで来たという次第だ」
「それはありがたいけど……、臥龍が出てくるとますますややこしくなる気がする」
「臥龍はいいアイデア無いの?」
「何の説明もなしにアイデアを要求されても困る。我はポンコツロボットだから説明を要求する」
 赤龍も鈴怜も臥龍と普通にお喋りしてて楽しそうだなと思った。
 自分は分からない事だらけなのに、彼らは疑問をあまり口にしない。
 口調が機械っぽくない事を聞きたいところを避けているようにも聞こえる。

482Q:2014/08/26(火) 05:26:41 ID:z/cSfQcw0

egg 25

 鈴怜は臥龍を一個の人格を持った友達感覚で話しかけている。
 自分も同じ事が出来るかと聞かれれば出来ないと答えるだろう。
「旅行者のマナーの悪化か……。それは深刻な問題だな」
「以前は海水浴やサンドアートのイベントをやって楽しんだんだって」
「もうすぐ私たちは帰っちゃうけど、何かしたいの」
「ルールを守る者が居れば破る者も居て当然か。それは地域住民が長い時をかけてルール作りをする必要があるな。地域の安全の為なら今回の中止は我も支持するだろう」
 冷静に分析し、臥龍は言った。
「だが、都合が良い事に我は今、フリーだ。光学偽装を解いて暴れるかもしれぬ」
 楽しそうに臥龍は言った。
 臥龍とは一体、何者なのか四十九院は疑問しっ放しだった。

 人型ロボットのようで人間臭い。
 本当は誰か別の人間が居て喋っているだけなのではと思わせる。
「ねえ、臥龍って変形出来たっけ?」
「無理。そもそもそんな機構は設計されていない。合体ロボのようにはいかない」
「十二の神機ってこと思い出したから」
「本来の十二神機は信仰対象に過ぎない。ここから先は機密扱いゆえ、君達にも言えぬようだ。いろいろあって我だけロボになったと思えば良い」
 本物のロボットならそんなアバウトな説明はしないはずだと四十九院は思い、苦笑した。
「せいしんせいめいたい。って要するに幽霊のこと?」
「君達の言葉で近いのは『魂』だろう。言霊、人が生み出した歴史が幻龍残戟に蓄積され言葉が生まれた。同時に感情も蓄積され我は個として自我を得た」
「難しいことは分かんない」
 鈴怜はばっさりと切り捨てた。
「我も正確な理由は分からない」
「おいおい臥龍。お前、ここで暴れるなよ。一応、臥龍は神崎家が操っているって思われてんだから。抗議はこっちに来るんだぜ」
「そうだよ。お姉ちゃん、白髪が出るから困るって言ってた」
「鈴が困るのなら自重せねばなるまいな」
 これだけ喋る相手なら龍緋も退屈しなかったんだろうなと赤龍達は思って安心した。
 普段は口ベタな兄が孤独に戦っているので心配だったからだ。
「時には劇薬も必要……、って誰かが言ってた気がするが……。暴れるのはマジ勘弁な」
「………」
 臥龍は沈黙して答えない。

483Q:2014/08/26(火) 05:26:57 ID:z/cSfQcw0
egg 26

 会話が一時、中断したらしいと判断した赤龍達は四十九院の側に移動した。
「冷蔵庫はここです」
「臥龍の中は凄いな」
「赤龍さん達の方が凄いですよ。マシンガントーク炸裂してましたね」
「えっ? そんなに話してないだろ」
 四十九院は苦笑した。
 普段もだいたい今の調子で喋るのだから凄いと思う。

 赤龍は色々と問題を抱えた若者の世話をしている。
 だからなのか分からないけれど、聞き上手であり話し上手なところがある。
 決断力もあり、頼れる兄貴分と言われる事もある。
 龍緋は圧倒的な実力はあるけれど赤龍のような柔軟性が乏しい。
 ケンカさえ無ければ龍緋の良きサポーターになっていただろうと四十九院は残念に思った。
「……本当にどうすれば『話し』と『拳』を間違えるんでしょうか?」
 その言葉に赤龍は苦笑する。
「話し合いと殴り合い。字面でも違うのに……。残念な兄弟ですね」
「厳しいな〜、智秋ちゃんは。根に持ってるとブスになるぜ」
「ブ〜」
 口を尖らせながら四十九院は言った。
「拳で語るのは神崎家のやり方だからな。伝統芸能みたいなもんだよ」
 そう言われると納得出来てしまうから神崎家は恐ろしい。
 ほぼ全員が拳で語るの好きでしたね、と口には出さなかったが思った。
「テステス。あ〜、ようやく復帰できた」
「お帰り」
 赤龍の出迎えに新たに出現した声は苦笑しているようだった。
「この私を弾くなんて。臥龍に情報をあげたの私なんだよ」
「家族の話しばかりだし、いいじゃん」
「いい案、思いついたよ。臥龍にここら辺に立ってもらってさ……」
「却下」
 喋り始めたフィリーをすかさず赤龍は切り捨てた。
「はっ? ちょ……」
「ありがたいけどさ。本当は結論出てんだよ。急な変更は無理だって。今から客を集められないし、どの道改革には時間がかかるもんだし」
 それでも子供達の為に色々と考えて悩んだ。
 部外者に出来ることは殆ど無い。それは赤龍も鈴怜も理解している。

484Q:2014/08/26(火) 05:27:14 ID:z/cSfQcw0
egg 27

 モニターからの返事は一分ほど後になってからだった。
「こっちも色々と悩んでやったのに。バ〜カ」
「その通りです」
 不機嫌になったフィリーに赤龍は素直に謝った。
「姉様にもちゃんと言っといてね。あの人、しぶといから」
「……誰がしぶといだって?」
 室内に四人目の来客が現れた。

 気配を感じさせずに臥龍に乗り込んできたのはマリンだった。
 赤龍達はそれぞれ驚いた。
 モニターではマリンの情報が示されていないし、入り口を開けたような音も聞こえなかった。
「光学迷彩で姿を消してたんじゃなかったっけ?」
「私にそんなもん通用しない。というか子供らから聞いたから場所の見当がついただけさ」
 と、喋りながら操縦席にマリンは向かった。
「……サプライズゲスト」
 小声で臥龍が言った。
「ナイス、アシスト」
 キルベルサーが機械の音声で答えた。
「こら、キル。なにやってんの」
「そう怒るな。血管が切れるぞ」
「……ど、どうやって入ったんだろう」
 四十九院の疑問にマリンは微笑んだ。しかし、サングラスをかけているせいで表情が読みにくい。
「普通によじ登って入ったのさ。意外だろ?」
 貴女が意外です、と胸の内で四十九院はつぶやいた。
「フィリーはこの地域の問題を時間無視だったら解決出来るか?」
「そりゃあ……、出来る自信はありますけど。……たださ、問題があるのだよ、お姉様」
「ミリオンの方針から外れる事か?」
「その通り。まず即効三人が『はっ?』で四人が『一人でやれバカ』という素晴らしい結果です」
「優秀な人材が揃っていて頼もしいな」
「よその県だし……。突然、地域活性に乗り出して一日で解決したいって普通、言ったら『ふざけてるのか』と笑顔で殴られますよ」
 マリンは今の言葉で苦笑した。
 フィリーの言う通り、とても無茶な事を自分達はやろうとしていた。
 他の幹部達に怒られたり呆れられたりしても当然だと思う。

485Q:2014/08/26(火) 05:28:19 ID:z/cSfQcw0
egg 28

 母親なら応援してくれそうだが、現実は厳しい。
「……そうですよね、普通」
 四十九院もフィリーの短い言葉で理解出来た。
「ところで、この話し母様には届いてないだろうな?」
「さあ? 入る可能性はゼロではありませんからね」
 マリンの口調が変化したので四十九院は疑問に思った。
 聞かれてはマズイ、そんな空気を感じる。
「お母さんに聞かれるとダメなんですか?」
「ダメに決まってんだろ!」
 即効でマリンは怒鳴った。
「落ち着いて、ドードー」
 赤龍がマリンの肩を掴んでなだめようとした。
「お、あ……。悪い、大声出して」
「あの人にこの事態を知られると……、とても面倒くさいことになる」
「娘のピンチにすぐ飛んでいく人だからね〜。あらゆる手段を講じようとしてトラブルを撒き散らすと思うわ」
「あ〜……。そういう事か〜」
 赤龍はマリン達の懸念がなんとなく分かった。

 マリン達の母親の事は赤龍達も知らないけれど、彼女達が慌てている所を見ると想像以上に厄介な人物なのは理解出来る。
 龍緋からも聞いた事は無いけれど、一度は怖いもの見たさで会ってみたいと思っていた。
「……例えば国会議事堂に乗り込んで行ったりな。案外やりそうだから怖い」
 マリンは小声で四十九院に言った。
 怒鳴った事を気にしているようだった。
「それのどこがマズイんですか?」
 今の説明では想像できなかったので四十九院は改めて尋ねた。
「少し、というか大体は思い立ったら吉日、的なところがある人だから。説明が難しいな」
「う〜んと、今日は天気が良いから社員を全員クビにしようって言うくらいの無茶を平気でする人って思って」
 物凄い無茶苦茶な例えだなと赤龍は思った。しかし、この説明で四十九院も『それは確かにマズイですね』と納得した。

486Q:2014/08/26(火) 05:28:47 ID:z/cSfQcw0
egg 29

 一応、そこまで極悪人ではないことをフィリーは付け足した。
「会って見たいな、マリンさんの母ちゃんに」
 母ちゃん、という表現がマリン達には合わない気がしたが四十九院は指摘しなかった。
 明らかにマリン達は欧米人のような風貌をしているのでカタカナ表記が相応しい気がした。
「一言で言えばアウトドアな人だ。社員をクビにする権限は元から無いから安心しろ」
「私は総帥だけど、好き勝手にクビに出来ない立場なのよ。言うだけならタダだけど」
 モニターに適当な文字が浮かび始めた。
「我の出番が無いようなので残念」
 と、臥龍の声が聞こえた。
「おっ、臥龍か。壊れてたのかと思ったよ」
「大人しくしていただけだ」
「それでお前はここらへんを破壊しにやってきた、と?」
「ただ突っ立っていれば良い宣伝効果になると思ったのだが……。そう簡単にはいかないようだな」
「なることはなるさ。ただイベントの邪魔になるのは確実だがな。結局は時間が必要なんだよ。いいか、地域のイベントは思い付きで始まったりしない」
 と、マリンは臥龍相手に説明を始めた。
 結構長くなる予感を四十九院は感じた。鈴怜は先ほどから大人しくしていた。

 マリンの説明は三十分ほど続いたと思う。
 その間、臥龍も質問する。
 人型ロボットが人間と対等に議論している。
「だが、中止にするのは容易いのだな」
「ああでもないこうでもないと無駄に議論するのが好きなんだろ」
「敵が来たら迎撃する、みたいな単純な事は出来ないのだよ。……ところで姉様、諦めて帰っておいで」
「まだ一日ある。それより臥龍はこの後、帰るのか?」
「地球を何週かしたら帰る。その後は長い眠りつく予定だ」
 それからみんなは沈黙した。
「冷蔵庫の中の物は全て持って行っていいぞ」
「うん、分かった。……もう臥龍に会えないの?」
「次の戦場が控えている。そう何度も会ってはやれんな。我皇を我の代わりだと思えば良い」
 それぞれの質問が尽きる頃、四十九院は手を上げた。
「臥龍にとってお兄ちゃんはどんな人でしたか?」
「良きパートナーというのが一番近いだろう。言葉では語れぬ存在だった。……この先は色々と手続きをせねば解放されぬようだ」
「そういやさ。臥龍は自分の意思でデータを解放出来ないの?」
「盟約は破れぬ」
「約束を破る人は結構居るのに……」
「臥龍は我々人類に力を貸す代わりに迷惑……じゃなくて盟約や条約、まあ約束っちゃあ約束なんだけど、それらを交わしてくれてるの。避けるって意味じゃないよ」
 フィリーが補足する。
「ここまでの話しで気付いておるかは分からんが……、君が理解しやすいように話している」
 何故だか今の言葉は四十九院に向けられているとそれぞれが思い、本人もそう思った。
「今ここで記録映像を見せることは出来ないが、君が成人し時之都に来ることがあればシルビア姫に頼むといい」
「?」
「シルビア姫という人は家に下宿している姫様達の母ちゃんだよ」
「お兄ちゃん、なんでも母ちゃんって言うと近所のおばちゃんと同列っぽく聞こえるからやめて」
「姫の母親とか、言いようがあるでしょ」
 鈴怜とフィリーに叱られる赤龍。そして、その様子を見て苦笑するマリン。

487Q:2014/08/26(火) 05:29:05 ID:z/cSfQcw0
egg 30

 不思議な光景だった。
 あこがれや目標としている人が今、目の前にたくさん居る。それなのに自分は何も出来ずにいる。
 一歩前に踏み出すだけなのに遠く感じる。
 今は無理かもしれない。それは頭では分かっているけれど、この輪の中に今は入れない。
 臥龍はそんな四十九院の心境を確実に見抜いている。そんな気がした。
「……私はそんなに特別じゃないよ……」
「君はちゃんと物事を理解しようとしている。ポンコツロボの言うことだから気にしなくてもいいが……。あの主が推す者だから気になっていたのかもしれない」
 龍緋を慕うものは数多く居る。別に自分だけ飛びぬけて優秀とは思っていない。
 ただ、この場に居合わせただけの存在だ。
「智秋ちゃんは特別だよ」
 鈴怜は言った。
「私は君にいっぱい助けられたもん。……それじゃあ不満?」
「……いえ、そう言ってもらえると……嬉しいです」
 鈴怜は優しく四十九院を抱きしめた。
 自分は鈴怜の事が苦手だった。その彼女が誉めてくれた。
 素直に嬉しいと思った。
「小学生の分際で自分の実力不足とか言うなよ。義務教育の真っ最中なんだからさ」
「耳の痛いことを平気で言ってくれますね」
「そろそろ大人は退散するよ。臥龍は見つからないように帰れ、いいな?」
「仕方ないな。我の超絶破壊」
「地域の人に迷惑かけたらダメ!」
 鈴怜の怒鳴り声で臥龍は黙った。
「それだけ元気なら文句は無い。言う通りにしよう」
「当たり前です!」
「うむ。暗くなる前に降りるがよかろう。忘れ物がないか確認は忘れるな」
 赤龍はすぐに行動に出て、周りの確認作業に入った。
 切り替えが早い。
 四十九院は自分も彼らのように出来るといいなと思った。
「後はフィリーに任せよう。キルベルサーは帰ったら報告」
「イエス、マイマスター」
「あと、キルベルサーで遊ぶなよ。ライフラインも管理してんだから」
「うみゅー。いいじゃん、たまにはさ。総帥特権」
 可愛らしくフィリーは言う。
 実際はどういう人物なのか四十九院は疑問に思った。
 話しからミリオンドリームの総帥らしいが、画面には文字と風景しか映っていない。それが少し気になった。
 その誰もいない画面にみんなは平然と疑問も抱かずにいるのだから、それはそれで凄いと思う。

488Q:2014/08/26(火) 05:29:22 ID:z/cSfQcw0
egg 31

 それから外へ出るのに一苦労した。
 元より力持ちではない四十九院が自分より大きな身体の赤龍達を浜辺に降ろすのは大変だった。
 登りも大変だったが、栗花落を呼ぶべきだったかなと少しだけ後悔した。
 マリンは長身にも関わらず、器用に降りていった。
「ばいば〜い」
 振り返れば臥龍の姿は夕暮れがかった景色に溶け込み、分からなくなっていた。
 音も無く、風も立てず、気配すら断つ。
「手の方は大丈夫か?」
 と、臥龍に意識を向けていたので驚いてしまった。
「な、何がですか?」
「ちょっと見せてみろ」
 赤龍に腕を掴まれた。
「今日は無茶な使い方をさせたんじゃないかと思ってな」
「……そうですね。元々感覚がありませんから、どの程度なのか分かりません」
「我慢するなよ」
 心配してくれる赤龍の顔が龍緋の顔と重なる。
 本当に兄弟なんだなと思った。

 帰りの道中はほぼ無言だった。時々、車に気をつけろ、という事は言われた。
 静かな時間が流れていた。
 お寺に着いてもまだ明るかった。
「ただいま帰りました」
「つーちゃん、お疲れさま」
 出迎えてくれた仲間達の顔を見たら、特に理由も無く安心した。
「進展なし。これが結論かな」
「そうですか。残念です」
「現状を変えるには相当の努力が必要だ。地域の人間と協力すればいずれは解決するかもしれない。けど、それは今じゃない」
「はい」
「偉そうな事を言ったが、私もまだまだ力及ばず。あとは勝手に泳いで、サンドアートだっけ? それ砂浜に勝手に作ることくらいだな」
「ルールは守ってくれないと困ります。特に大人は」
 鈴怜の言葉にマリンは素直に頭を下げる。
「さて、堅い話しはやめて晩飯にするか。ちゃんと材料は買ってあるだろうな?」
「はい」
 四十九院達は一旦、荷物を置いてある部屋に向かい、持ってきた飲み物を並べる。
 義手の予備は持ってきてないので、このまま最後の日まで持たせようと思った。

489Q:2014/08/26(火) 05:29:37 ID:z/cSfQcw0
egg 32

 四十九院達は先にお風呂に入ることになり、日奈森達は下ごしらえだけすることにした。
 ノリ達も台所にやってきたが、少し眠かった。
「今日は主殿の精神疲労がひどいようだ。こちらまで眠くなってきた」
「ちょっとの間、寝てきなよ。包丁とか危ないし」
「そういえばラムは?」
 ラムは即効、眠っていた。彼女の隣りにはダイヤも居た。
「無駄口を叩かない」
 三条が鬼教官となり、それぞれに命令を与えていく。
 十分後に赤龍が台所に来た。
「随分、早いんですね」
「手伝うためさ。食ったら今度はゆっくり入る」
「では、神崎さんも手伝ってもらいますからね」
「それで歌唄も手伝うのか?」
 黙々と野菜を切りながら歌唄は頷いた。
「撮影が中止になったから今後の予定が未定になっちまったんだ」
「マネージャーさんは先ほどまで抗議してました」
 イルとエルが赤龍に向かって言ったが、彼には聞こえていない。
 代わりに日奈森が伝えた。
「予定が狂うと仕事になんないもんな」
 コルクは赤龍の近くに飛んできた。彼の邪魔にならない位置をキープしつつ様子を眺める。
「今日は定番のカレーか……」
「みんなで作るものとしては定番ですが……、様々なアレンジが作りやすいので」
「人によって好みが違う場合はどう作り分ける?」
「途中までは同じで別のルーを加えて味を変えます。さすがに全員分を変えるのは大変なので三つか四つにしたいと思っています」
「なるほど。話しは変わるけど俺達は明日で帰る。真城ちゃんも一緒だけどさ。今回の合宿は……、正直、みんなにとって楽しい想い出にならなかった気がするけど、どうなの?」
「白熱した議論が出来てぼくはそれなりに楽しかったと思います」
「ややはあんまり遊べなくてつまんなかった〜」
 しゅごキャラ達は知らない土地を飛び周り、あちこち散策出来たので楽しかったと主張した。
 藤咲達も退屈はしなかったらしい。
「あたしは不満よ」
 歌唄ははっきりと言った。
「仕事が飛んじまったから仕方ねーよ」
「りまたんはどうだったの?」
「参加出来ただけマシ。それくらいよ」
「本当はとってもうれしいの」
 りまに対してクスクスは喜んでいた。

490Q:2014/08/26(火) 05:29:53 ID:z/cSfQcw0
egg 33

 赤龍の側に居る栗花落は特に意見は出さなかった。
「今回は色々と出来ないことがありすぎて、正直楽しくなかった。……って思ったけど……、みんなでひとつの事を議論するのは嫌じゃなかったよ。サンドアートは残念だったけれどね」
「晩飯食ったら、みんなで花火するか?」
 台所の様子を見に来た相馬が言った。
「もちろん!」
 それぞれほぼ同時に答えていた。

 ある程度の料理が出来始める頃、赤龍は栗花落の顔を見つめた。
「君は楽しかった?」
「えっ、あっ、はい……」
「俺はこう見えてとても忙しい。だから君にどう答えたらいいのか分からない」
「………」
 栗花落は結果が実を結ばない事になっても受け入れようと考えていた。
 四十九院が常に側に居るし、あまり彼の事は知らない。
 不安が無いわけではない。
「俺は仕事を優先する男だ。それでも構わないなら家に来てもいい」
「………」
 せっかく話してくれたのに何も言葉が出てこない栗花落。コルクも両手を握り詰めて彼女を見守っていた。
「そうそう、俺にはたくさん女の子の知り合いが居る。それは頭に入れておけ」
 栗花落は黙って頷いた。
「元々兄ちゃんがらみで知り合った人が多いけどな。本人、すっげーモテるんだ。時之都のお姫様もそう。モノホンの英雄ってのもあるけど……」
「司穂、彼は君の誤解を解こうしている。何か言わないとマズイかもしれないぞ」
 コルクが宿主を応援していた。
「……しゅごキャラの名前って何だっけ?」
「……コルクです」
「はっきり言っておく」
 みんなに聞こえるような声で赤龍は言った。
 一斉に視線が赤龍達に集まる。
「俺はモテない。みんな兄ちゃんの女。うらやましいぜ、こんちくしょー」
「な、何を……」
「司穂。彼は君の言葉を待っている。だから、わざとこんなことを言っているんだと思う」
「そんなこと大声で言うことですか〜」
 結木は面倒臭そうに言った。
「人望がありそうなのにモテないんですか?」
「あの神崎龍緋の弟、という肩書きの方が多いかな。俺個人の実力ってそんなに認められてないんだよ。巨大ロボを操縦するでもないし。紛争地域に行って争いを解決することも出来ない」
「弟は大変なのね」
「コンプレックスってやつ」
「なにそれ?」
 しゅごキャラ達が真っ先に藤咲に尋ねた。辺里のところにはクスクスが来たが、何も言わなかった。
「人は誰しも何かこう、もどかしい問題をかかえているものなんだ。大抵はそういう気持ちをコンプレックスって言ったりする」
「劣等感じゃないの?」
 辺里はコンプレックスは劣等感とばかり思っていた。
「似たものだね」
「へ〜、後で調べてみようっと」
 赤龍が感心していた。

491Q:2014/08/26(火) 05:30:07 ID:z/cSfQcw0
egg 34

 ある程度、カレーが出来てきた頃に四十九院達はやってきた。
「こんがり焼けてるね、つるちー」
 夕方だから気付かなかったが今の四十九院は頭以外、日焼けしていた。
 手のところだけ薄桃色だった。
「相当、日差しを浴びたからな。日奈森は……、あんまり焼けてないな」
 ダイヤの衣装が原因かもしれないと四十九院は分析する。
 自分は早いうちに衣装を頭部に集中したから差が出たのかもしれない。
「匂いでカレーだってのは分かったけど、闇鍋みたいな感じなのかな」
「わけの分からないものは入れないよ」
「四十九院さんはこっちで煮込みの様子を見てくれるかい?」
 辺里に呼ばれて四十九院は彼の下に向かった。
「お風呂上りにカレーでは匂いが移りそうだ」
「また入ればいいよ」
「鈴怜はどうした?」
「寝かせた」
 答えたのはマリンだった。
 長い髪を一まとめにしていて、サングラスはかけたままだった。
「適度に休ませないと。あんまり興奮させるのも身体に悪いから」
「そうですか」
「そろそろ出来たかな〜」
「ルーはお好みでかけて下さい」
 そう言いつつも三条はおかずの調理に忙しく動いていた。
「あいつはいい主夫になる」
 マリンにそう言われて喜んでいいのか、三条は少し困惑した。

 色とりどりのカレールーが並べられ、湯気が立ち上る炊き立てのご飯が配られた。
 よその家庭のご飯は何故、良い匂いなのだろうとそれぞれ思った。
「こちらはしゅごキャラ達の分です。熱いので注意してください」
「は〜い」
「今回はスイカ割とか出来なかったが、この後、花火やろうぜ」
 相馬の提案にそれぞれが賛成した。
「買ってきてないけど」
「用意してあるから心配すんな」
「りっか達も遠慮しないでね」
「今回、僕たちはあまり活躍できなかった……」
「それはあたし達も一緒。また頑張ればいいよ」
 日奈森が元気いっぱいの笑顔を後輩に向ける。四十九院は黙って彼女の様子を見守り、ご飯を食べる。

492Q:2014/08/26(火) 05:30:22 ID:z/cSfQcw0
egg 35

 日奈森は人の面倒はわりと得意な方かも知れない。と、四十九院は思った。
 自分はあこがれに追いつこうと突っ走り、柊達の事をすっかり忘れていた。
 赤龍達と一緒に居て分かった事は自分はあまりにも物を知らなすぎる。慌ててばかりで役に立てたのか、邪魔していたのではないのかと不安ばかりが募る。
 ×たまが居なくなり、調子を崩しているのかもしれない。
「智秋ちゃんは難しい事でも考えているのかな?」
 気が付けば赤龍の顔が近くにあった。
「……皆さんのように何でも知っているのがうらやましいなと思っていたところです」
「そうでもないし、君よりは知っている……。というような程度だよ」
「何でも知っていると思うのは、そう見えているだけだ。実際には我々も色々と勉強中なのさ」
 マリンは言った。
「最近、しゅごキャラを勉強し始めたところだ。お前らはかなり詳しいんだろ?」
「マリンさんに比べたら知っている方かもしれません」
「すっげー、うらやましい。なんでも知りたいな〜」
 わざとらしく赤龍は言ってみた。しかし、四十九院の表情は堅いままだった。
 励ましてくれているのかもしれないけれど、役に立てないのは悔しい。
 いざという時こそ動かなければ、自分は後悔してしまう。
「俺では無理なようです、マリンさん」
「……諦めるの早いな〜。きっとしゅごキャラ達は大爆笑だぞ」
 そう言われたラン達は一斉に手を横に振った。クスクスも首を横に振っていた。
「あんまりうらやましがられても……」
 言い難い言葉だったのでちゃんと言えたか、何度か復唱する。
「おかしな質問かもしれませんが……。赤龍さんは……、赤龍さん達はどうして色んな事を知っているんですか?」
 栗花落の質問に赤龍は首を傾げた。
 勉強しているから、という言葉は聞こえていたはずなので別の意図があるのかな、と赤龍は頭の中で考えた。
「たぶん……」
 箸を置いてマリンは軽く息を整える。
「分からない事を知ったからだろう。お前達もいずれは知る事になる事実とかたくさん出てくる。ただ、それを前借しようとしているに過ぎない」
 この言葉は栗花落も辺里達も不思議と納得できたが、結木と日奈森としゅごキャラの半数はよく分からなかったようだ。
「興味ないことは頭に入らない。良い例がここに居るみたいだな」
 マリンは微笑みながら言った。
「ものすごく分かり易かったです。すみません、変なこと聞いて」
 栗花落は深々と頭を下げてお礼を言った。

493Q:2014/08/26(火) 05:30:38 ID:z/cSfQcw0
egg 36

 マリンはその後、食事を再開した。
 彼女は豪快に食べるイメージがあったらしく、丁寧にゆっくりと食べる様を見て意外だなと思ったものが何人か居た。
「極秘情報とかもいつか分かったりするのかな?」
「分かると同時に、それは周りに話せるものか話せないものかの選択を迫られる。今はまだ重要さがピンと来ないだけだろう」
「もう少し分かり易い例がそこに居る歌唄かな」
 静かにカレーを食べる歌唄は視線だけ赤龍に向けた。
「新しい曲を作ってるそばから事細かに説明するようなものだ。全部聞いたらCDやDVDを買う必要が無くなるだろう? コレクターでもない限り」
「なるほど〜。ものすごくいい例えですね」
「今回の撮影も本当は秘密なんだからな!」
 イルが周りに向かって叫んだ。
「なんか言ったのか?」
 栗花落がイルの言葉を伝えた。
「どう編集されたかまで言わなきゃ大丈夫だよ。CGとか使うだろうし」
「加工しちゃうんですか?」
 柊が言った。
「概ね加工するみたいね」
「大胸?」
「加工や修正は見栄えをよくする程度よ。中には宇宙空間や幻想世界を合成したりもするけど」
「じゃあ別にここで撮影しなくてもいいんだ」
 みもふたもない事を言ったように日奈森達には聞こえた。そして、何人かは納得してしまった。
「……あ……、どうして秘密にするのか分かった気がします」
 栗花落は赤龍に小声で言って頭を下げた。
「何言ってんだ。有名人が様々な地域に行けば、そこが有名になって観光客がお金を落すだろう?」
「落したらダメでしょう」
 柊は即効で反論した。
「ここで言う『お金を落す』ってのはお土産を買ったり旅館に泊まったりすることだよ。そうすることで、地域が潤うだろう? いわゆる観光財源ってやつだ。客が来なくなると観光地は困るだろう?」
「あっ! ……そうですね。歌唄ちゃん、がんばってください!」
「え、ええ……。ありがとう」
 赤龍が話している間にマリンはカレーを食べ終えて食器を片付け始めた。
 その後、子供達を残してマリンは退出し、真城夫婦に連絡を入れた。

494Q:2014/08/26(火) 05:30:54 ID:z/cSfQcw0
egg 37

 ご飯を食べ終えた他のものは花火の用意の為に相馬の所に向かった。
「仕事はあたし一人で完成しないの。様々な人の助けを借りて作り上げるものなのよ」
「曲は?」
「全部一人でやる人も居るけど、作詞、作曲、演出、会場の調達、告知作業。多くの人員が関わるのが一般的よ。照明スタッフが事故を起こしただけで全部止まる事もあるし」
 この言葉にラン達は身に覚えがあるらしく、一斉に視線を歌唄から逸らした。

 何年か前にラン達は歌唄のライブを中止に追い込んだ事がある。
 当時は×たまやエンブリオ争奪の為に敵として戦っていた時代だった。
 今も敵かは不明だが、ラン達は当時の出来事を覚えていたらしい。
「お客さんはお金を払ってチケットを購入するの。中止になれば払い戻ししなければならない。多くの人が迷惑する。そんな業界なの」
「あれ、しゅごキャラ達、どうかしたんですか?」
「あ、あははは。なんでもないよ」
「マネージャーの仕事は物凄く大変らしいですね。あちこちに頭を下げるんだとか」
「こまめに電話連絡したり、経理の仕事をしたり、アイドルの体調管理、スケジュール管理。ストレスが溜まるって言ってたし」
「難しい話しはここまでにしよう。食べ終わったら何も考えずに花火だ」
 いつまでも仕事の話しをしても仕方が無いと判断した赤龍はそう言った。
 彼の様子を見ていた栗花落は感心していた。
 ちゃんと周りの状況を把握して話しを切り上げたように見えた。
 食事を終えてから赤龍は辺里を連れて退出した。
 栗花落も後を追おうとしたが、赤龍が真剣な表情だったので邪魔してはいけないと思って踏みとどまった。
 仕事を大切にする赤龍はやはりかっこよく見える。
 呼び出された辺里はガーディアン用の寝床にやってきた。鈴怜が丁度、起きた頃だったようだ。
「まあ、座って」
「はい」
 赤龍に促されて辺里は座布団を敷いて座った。
「せっかく君達の合宿なのに、なんだか邪魔ばかりしているよな」
「?」
「仕切りは君達にやってもらう筈なのに、つい口が出てしまう。ほんと、申し訳ない」
 赤龍は土下座に近い形で謝った。
「いいえ、ぼくらの方こそお役に立てず」
「うるさ〜い」
 寝ていた鈴怜が気だるそうに言った。
「お前の分のカレーあるから食ってこい」
 唸りながらも鈴怜は起き上がり、ゆっくりと食堂を目指した。
「食べたら薬飲めよ」
「う〜……」
「こいつの面等は任せた。まあ、もう暴れたりはしないだろうが……、よろしく頼むよ」
「はい」
 言うだけ言って赤龍は二度目のお風呂に向かった。

495Q:2014/08/26(火) 05:31:10 ID:z/cSfQcw0
egg 38

 それぞれがお風呂から出た後、花火をする者とそのまま就寝するものに分かれた。
 四十九院はさっさと就寝し、日奈森は花火を始めた。
「浜辺は禁止になったが、ここら辺はじいちゃんもやっていいって言ってたから」
「ありがとう」
「いよいよ、明日は最終日。午前中だけど、一通り散歩しようと思う」
「わたしは朝から辞退するわ。パパ達と合流するから」
 真城の言葉に辺里は頷いた。
「ほしな歌唄が居ない」
「歌唄ちゃんは仕事の打ち合わせみたい」
「代わりにアタシらが来てやったぜ」
「ドラマやCMのお仕事が控えているんです。歌以外の仕事も大変なんです」
「うちのルルも連れて来たら良かったかもねぁ」
「どんな人なの? そのるるどるにゃーって人?」
「ルル・ド・モルセール。歳はおみゃーらと同じくらいでぇ」
 日奈森に人差し指を向けてナナは言った。
「友達になれるかな?」
「……難しい子だねぁで……。でも、仲良くしてくれると……」
 ランはナナの背中を叩いた。
「大丈夫。きっと友達になれるよ」
「おみゃーら……」
「一応、そいつまだ敵だと思うぜ」
 イルは花火を見ながら言った。
「敵とかもうどうでもいいがね。肝心の×たまもエンブリオも見つからんし」
 色々と複雑な事情があることは分かったけれど、日奈森にとっては難しいことは今はどうでもよかった。
 今はナナの宿主と友達になれればいいかな、と思うことにした。
「みんなは今回の合宿は退屈だったんじゃないかな」
「見知らぬ土地に来るのはなかなか良い経験でした」
 辺里が他のしゅごキャラに合宿の感想を聞いていた。

 今回、参加してくれたしゅごキャラは海水浴の中止以外は楽しく過ごしていたらしく、辺里も少し安心した。
 迷子にならないように遠くに行かず、風景などを楽しんでいた。
 ラン達と違い、とても大人しいキャラ達でほぼ三条と藤咲の二人が面倒を見ていた。
 そして、合宿最終日。

496Q:2014/08/26(火) 05:31:25 ID:z/cSfQcw0
egg 39

 朝方、赤龍とマリンは真城夫婦と共に帰ることになり、真城りまも両親と一緒に迎えの車に乗った。
「感想文は忘れずに書いてきて下さいね」
「クスクスはどうするの?」
「りまといっしょに帰る」
「気をつけてね」
 そう言って彼女達を見送った。

 歌唄は三条マネージャーと共に次の仕事の為に移動した後だった。
「一気に人数が減ったね」
「ぼくらはお昼まで自由時間としよう。忘れ物がないか各自点検して下さい」
「は〜い」
 出かける予定のない者はテレビ観賞することにした。
 鈴怜は時間まで休む事になり、四十九院は部屋で体操をしていた。
「感想文か……。書きようが無いな……」
「主殿、ファイト」
「臥龍のこと書くわけにいかんだろ」
 丁度、視線が寝ていた鈴怜に合い、彼女は手招きした。
「なんですか?」
「携帯電話貸して」
「鈴怜様、あのエムなんとかはどうされました?」
 そういえば、と言いつつ寝返りを打ちながら鈴怜は自分の荷物から携帯電話こと『M−サテラ』を取り出す。
「あれ? それって……」
「M−サテラ」
「ベアトリーチェさんも同じもの持ってましたよね?」
「借りたの」
「なるほど」
 何度か見かけた事はあるがベアトリーチェは秘密だと言って詳しく教えてくれなかった。
 寝ながら鈴怜は番号を押していく。それから十秒過ぎた頃に相手が出た。
「おはようございます。鈴怜です」
 寝転がっているのに相手の声は全く聞こえない。
 音盛れを期待していたが、全くの無音だった。
「時差で夜中? ごめんなさい。あの、臥龍の事を作文に書いてもいいですか? ダメかな?」
 臥龍の管理をしている所と言って浮かぶのは時之都。他は詳しくは知らなかった。
「いいの? 何か書類とか……。そうそう、臥龍だけ。他は知らないけど……。そんなとこ……。後でダメって言わないでよ。入った人は日奈森……あむちゃんと智秋ちゃんと……、マリンさんとお兄ちゃんかな? うん、赤い方。なにそれ? とにかく、頑張って書かせてもらいます。あ……、いや別に臥龍だけじゃなくてさ。メインは合宿のこと。うん、ありがとう、失礼しま〜す」
 携帯の電源を切って、鈴怜は一息ついてから起き上がった。
「書いてもいいんだけど、機械のところは詳しく書かないでって」
「分かりました」
「それくらい。操作方法がダメみたいだね」
「大丈夫です。全く操作方法知りませんから」
「だよね〜。おっと、フィリーさんの所はキルベルサーって名前は書いちゃダメ。あむちゃんにも言っておいてね」
「はい」
「目標は原稿用紙二枚」
 鈴怜は四十九院にVサインを見せた。

497Q:2014/08/26(火) 05:31:39 ID:z/cSfQcw0
egg 40

 枚数は電話とは関係ないと言っていた。
 相手が誰なのかは言わなかったが、臥龍を管理していて鈴怜さんとは親しい間柄であることは察しがついた。
 鈴怜の交友関係は自分が思っている以上に広いのかもしれない。
「そういえば、感想文ってここで書くの?」
「家だと思います。今のうちにメモでも書いておきましょうか」
「そうだね。でも……、私、寝てばっかりだな……」
「中止が大きかったですもんね。あと、鈴怜さん」
「?」
「鈴怜さんの分の朝ごはんを用意しているので……、持って来ましょうか?」
「自分で行くよ」
 まだまだ神崎家には自分の知らない事がいっぱいあるようだった。

 朝食を終えて、自由時間になり近くのコンビニに行く者と商店の方に行く者、お寺の散策などに分かれた。
「わたしたちはつーちゃんと一緒でいい?」
 ランとナナが着いて来た。
「代わりにノリ達は日奈森の方に行ってあげて」
「やなこった」
 ラムだけそう言って残った。
 この子は本当に面白い、と四十九院は微笑した。
「ミキ達はれいれんさんのところ」
 怒られないように鈴怜の名前を覚えたお陰で、だいぶ間違いが少なくなった。
「鈴怜さんは性格が不安定で色々と大変だからね。急に怒鳴ることも珍しくないよ。別にしゅごキャラだからって甘やかさないし。私もけっこう怒られる」
「う〜、そうなんだ」
「ただ、手は出さないから。暴力は……、あれ? 手は出してたな……。いや、暴力は嫌いな筈なんだけど……」
 赤龍にパンチする鈴怜。
 自分の思い込みなのか、四十九院は困惑した。
 今まで見て来た鈴怜は暴力の嫌いな女性だった。ヒステリー気味な性格は承知していたが、実際はどうなのだろう。
「分かんないから、やめた。とりあえず、コンビニ寄って海を見てこようか」
「賛成〜」
「天気もいいし。そうだ。臥龍から持ってきたジュース持って行こうか」
 四十九院は冷蔵庫のある台所に向かい、何本か取り出した。
 帰り際、鈴怜が荷物を入れるバッグの用意をしているのが見えた。

498Q:2014/08/26(火) 05:32:03 ID:z/cSfQcw0
egg 41

 荷物の点検だろうか、と思いつつ部屋に戻る。
 ガーディアン見習いの二人としゅごキャラと共に海岸付近の散策を目的にする。
「ところで、遊ぶ機会がなかったが……、残念としか言いようが無いな」
「大きな事故が無いだけマシだよ、お姉ちゃん」
「十々夜君はいい子だな。今回はアイスは無しだ。帰りのことを考えるとお腹の調子と相談しなければならないから」
「うん」
「……どういうことですか、せんぱい」
 柊が手を上げて質問した。
「冷たいものばかり食べるとお腹が冷える、ということだ。飲み物は熱さ対策だが……。アイスはけっこう食べただろう? 帰りの事を考えると普通のお菓子類が無難だな」
 柊と相楽にジュースを渡した。
「これ、なんのジュースですか?」
「栄養ドリンク。長期戦闘には欠かせない、という飲み物」
 と缶に書かれている。
 メーカー名は見当たらない。
「一応、聞いてみるか」
 柊達を置いて四十九院は鈴怜の下に向かった。

 たくさん買い込んだ肴類をテーブルの上に置いたままにしている鈴怜に最初にジュースのことを聞いてみた。
「臥龍のジュースというか栄養ドリンクについて教えてほしいのですが?」
「んっ? いいよ。聞いてみるね」
 先ほどの携帯電話モドキを使い、連絡を入れる。
「臥龍の中は時之都の方で? 分かりました……。お休みなさい」
 続いて別の番号を押す。
 離れて見ている分にはどう見ても携帯電話にしか見えなかった。
「この栄養ドリンクについて教えてほしいのですが……」
 相手からの声は一切聞こえない。イヤホンも付けずに音漏れを防止出来るものだろうかと疑問に思った。
「メーカー名は秘密。子供が飲んでも大丈夫か、という点は? はあ、問題無し? 本当に? お兄ちゃん専用の特別仕様とかだったら……。水で薄めた方がいいんじゃないの? 後で鼻血が出ても知らないからね。知ってる栄養補助食品だったら……、う〜」
 なにやら相手と意見の相違が出たらしく、唸り始めた。
 ここで下手になだめようとすると逆上するかもしれない、という気がして声がかけにくい。
 五分ほど会話が中断したが相手の返答待ちだった。
「どうだった? うん……。そっちの病院が独自に作った物? おもて……、ああそっか……」
 不機嫌になっていた鈴怜が表情を緩めた。
 どうやら納得出来る理由が聞けたらしい。

499Q:2014/08/26(火) 05:32:19 ID:z/cSfQcw0
egg 42

 栄養ドリンクは独自に開発したものでメーカー名を入れないのはテロ対策の為だと鈴怜は四十九院に説明した。
 自分が納得出来ない時は飲ませない、とはっきり鈴怜は言った。
 優しさと厳しさが混在する彼女の考えを理解するには時間がかかりそうだと四十九院は思った。
「長期保存出来て、暖かくても冷たくても飲めるものらしいよ。味は多少、果汁が入っている程度だとか」
「なにやらすみません」
「お兄ちゃんの飲む薬は劇薬が多いから。確認は大事だよ」
 と、言われる前にマリンや日奈森が飲んでしまっていた事は秘密にするべきか迷った。
 飲んで大丈夫だと今、聞いたけれど今回は秘密にすることにした。
 言えば機嫌を損ねる。
 合宿中は楽しく過ごしてほしいので、この事は帰ってから話そうと思った。
 鈴怜に礼を言って柊達の下に戻った。
「一応、飲んでも大丈夫そうだよ。まあ、飲んだんだけどね。なんか効きそう〜、っていう驚きは無いな……。口休め程度だ」
「そうですか」
「お姉ちゃんは鈴怜さん苦手なんだね」
「う〜ん。正体不明なんだよな……。協調性が無く、自分で行動するキャラ」
「でも、周りのことを心配してくれる」
 相楽の言葉に四十九院は頷く。
 赤龍と龍美は聞いてもいない事をベラベラと話す一方、鈴怜はとことん内に秘めて自己解決しようとする。
 知りたくても教えてくれない。
 何が気に入らないのかはっきりしないので、四十九院にとっては苦手な存在だった。
 龍緋の話しに出てくる鈴怜はとにかく人見知りで、他人と仲良くなろうとしない。
「真面目さは姉ゆずりなんだけど……、仲良くしたいな」
「鈴怜さんはお姉ちゃんのこと『智秋ちゃん』って呼ぶよね? 友達だと思っているんじゃないの?」
「苗字より簡単だからだろ、きっと」
 とは言ったものの鈴怜が友達だと思っているのなら、それは素直に嬉しい。
「つーちゃんよりちあきちゃんの方がうれしい?」
「愛称でも名前でも悪口でなければ嬉しいよ。そろそろ行こうか」
 四十九院は後輩としゅごキャラを連れて海岸を目指した。

 海岸に着くと天気は良いのに浜辺は少し荒れていた。
「どんよりしてるな」
「人は居るみたいですね」
「明日は曇りって言ってたから、その影響かな」
「浜に下りて、奇麗な貝とか探してみる?」
 相楽の提案に四十九院は頷いた。
「波が強くなっても困るから、長居はしないよ」
「は〜い」
「しゅごキャラ達も遠くに行かないこと。向こうの岩辺りで遊んでいいから。かくれんぼは禁止」
「わかった〜」
「先輩は泳ぐんですか?」
「この汚い海でか? どこの勇者がやるんだよ。写真撮影は迷惑のかからない範囲で撮るように」
 指示を出しながら四十九院は砂浜を散策する。

500Q:2014/08/26(火) 05:32:38 ID:z/cSfQcw0
egg 43

 本当なら環境客や地元の人間がたくさん集まって楽しい海水浴をしている筈だった。
 前回はさぞかし楽しかったのだろう。
 時代の流れなのか、遊べる範囲が狭まってきている。
 ニュースを主に見ているせいか、四十九院はなかなか楽しめなかった。
「暗いモノローグみたいね」
 いつの間にかダイヤが居た。
「鈴怜さんによればこの近くで産業廃棄物が捨てられていたらしい。直接、海とは関係ないかもしれないが、念のために中止にした、というのが真相だとか」
 海に流れては一大事と判断した自治体が住民達の安全を考慮して中止にした、というような情報を得たらしい。
 大きいニュースの筈なのに地元の新聞では小さく扱っていた。
「海に捨てるゴミ問題の方が社会問題として大きいから、本当に大事なことが伝わらない、気がする」
「そんな難しいこと考えて楽しい?」
「自然とそういう話題が耳に入るんだ。それよりダイヤは何を考えているのか、の方が興味あるかな」
「ふふ。ないしょ」
 空中を旋回しつつダイヤは不敵に微笑んだ。
「それより、泳がないの?」
「……どうしても泳がせたいようだな。もとより泳がないし、泳げない。病院暮らしが長かったせいもあるかも」
 目の前の汚い海を見ると更に意欲が無くなる。
「ダイヤとキャラなりさせてくれたら考えてやる」
「別にいいわよ」
 即答。

 四十九院はどれくらい黙っていたのか分からないくらい思考停止状態になった。
「………」
「?」
「……自分でもびっくりするぐらい息を止めていた気がする」
 危うく陸地で溺れ死ぬかと思った。
「では、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
 ダイヤは何も聞かずに笑っている。
 不思議とダイヤが頼もしい存在に思えた。

egg 44

 日奈森は四十九院は何でも知っていると言っていた。
 あこがれのようなものを抱いている。
 今は自分がダイヤは何でもお見通しのような気がしてならない。
「私のココロ、キーロック」
 しゅごキャラと行動を共にする時は『ハンプティ・ロック』を忘れずに身につける習慣を付けている。
 日奈森と同じように、そして彼女に負けないように。
 自分は多くの秘密を抱えている。それはもう自分だけの秘密ではない。
 しっかりと錠をかけて守らなければならない。
 守るもののために戸締りをしっかりする。それが四十九院智秋という自分のキャラだ。
 ダイヤとのキャラなり『フューチャーディメンション』
「服装の変化はあまり無いが……、暑苦しい気がする」
「ヒラヒラが多くてごめんなさいね」
「こんな格好じゃあ泳ぐより沈むだろうね」
 そんなことを呟きながら柊達のところに飛んで行った。
 まずは軽く動いて身体に慣れさせなければならない。
「わ〜、なんですか、それは」
「キャラなり」
「また新しい格好だね、お姉ちゃん」
「大勢の前では恥ずかしいがな」
 せっかくダイヤとのキャラなりが出来たので海に向かわなければならない。
 泳ぐ気はないし、水着も用意していないけれど、ダイヤのことを知るいい機会ではあった。

 柊達を見える場所から離れないように言いつけて、海に向かう。
 さすがにもぐる事は出来ないが少し上空から観察してみようと思った。
「マナーが悪いのは別に観光客だけじゃないさ」
 独り言を呟きながら旋回する。
 ダイヤの能力は未知数。
 なんでも出来るような気がするけれど何も分からない。
 ラジカリズムがそうであったようにダイヤも彼女と同じキャラなのかもしれない。
 そう思いつつも『しゅごキャラクリエイト』を発動する。
 見ている世界は停止し、精神体が抜け出るようなイメージが展開される。
「……まあ、普通だな」
「あらら。隔絶世界?」
 世界から分断されればキャラなりは意味を無くす。しかし、さすがはダイヤ。この世界でも自在に動き回る。
 末恐ろしいしゅごキャラだと四十九院は思った。

501Q:2014/08/26(火) 05:33:01 ID:z/cSfQcw0
egg 45

 世界から隔絶されたとはいえ攻撃が有利になるわけではない。
 せいぜいが冷静に物事を考える小休止程度。
「お前は『夢の世界』を行き来出来るのだろう?」
「『たまごのゆりかご』……。それが目的かしら?」
「そうだと言われれば否定はしない。連れてってもらえるとありがたいな」
 色んな出会いを重ねて四十九院はここまで来た。
「別にいいわよ」
 ダイヤは満面の笑みで言った。
「気まぐれな流星ゾーンに気をつけて」
 ダイヤの身体からたくさんの星屑があふれ出る。
 四十九院はそんな現象に驚かず、次に起こる事態に備えていた。

 キラキラと輝く世界。
 ほんの一瞬で世界は輝きで満たされた。
 遥か彼方には巨大な光りの玉のようなものがある。
 その光りの玉には行く筋もの星で出来た道が向かっていた。
「……なるほど、確かにたまごのゆりかごだ」
「みんなの夢がいっぱい詰まったたまごたちのゆりかごよ」
 星のように見えていたものは『たまご』の形をしていた。
「ここはたくさんの思い出がつながっている場所。ゆりかごで見る夢みたいなところ」
「……うむ。まさかここまで来るとはな」
 四十九院の耳元で聞き覚えのある声が聞こえた。
「我皇?」
 そう言うと彼女達の目の前にたくさんのたまご達が集まり、一つの形になっていった。
 黒と白が混ざり合う不思議な模様で出来たしゅごキャラ『我皇』が現れた。
「定期的に休憩を取る時はここで休んでいる」
「色々と聞きたいことがあるけれど、やめておく。今回は私も色々と勉強することがあった」
「色んな問題があって楽しいだろう?」
「そう考えられる我皇がうらやましいな」
「鈴怜がついに家族と邂逅したそうだね。臥龍からのメッセージは届いたから」
「うん。……生きている間に見せたかった……」
 四十九院達はたまごで出来た座れる場所に移動して、ダイヤと共に大きな光りの玉を眺める。

502Q:2014/08/26(火) 05:33:16 ID:z/cSfQcw0
egg 46

 非常にたくさんのたまご達が辺りを飛び交っている。
 その合間に様々な映像が浮かび上がる。
 ダイヤが言っていた『思い出』なのかもしれない。
「正直、私は鈴怜さんが苦手です。お兄ちゃんはどうやって付き合っていたんだろう」
「あの子は鈴にそっくりだ。ただ、真面目すぎる。友達が居るのかは分からないが、説明が下手で……。気に入らないとすぐにすねる」
「見てきたように言うけど、我皇はしゅごキャラだよね?」
「う〜ん。まあ……、ここには神崎龍緋の思い出が記憶されているからね。私は文字通り、神崎龍緋の思い出を話している」
「記憶の共有ってやつかな?」
「そうだろうね。難しい理屈は分からん」
 喋り方は確かに龍緋にそっくりだと四十九院は思った。
 ゆっくりだがはっきりした口調。とても耳になじむ。
「あの子は身の回りのことがよく見えている。薬の知識もあるし……。そうだね〜、あの子は……、話しベタだが、聞き上手だ」
「……確かに。では、会話はどうすればいいんだ?」
「尋ねたらいい。自分から話すのは苦手みたいだが、聞かれた質問には一生懸命に答えてくれるだろう」
 自分が見てきた鈴怜の印象と我皇の話しでは全然感じ方が違っていた。
 言動がおかしい理由も理解出来たし、納得も出来た。
 鈴怜は不器用な人。と、言っている自分も同じようなものだと四十九院は苦笑する。
 一生懸命に頑張る妹の姿はきっと、可愛いものだったのだろう。
 苦手を理由にして避けるのは失礼なんだろうな、と自らの行いを反省する。
「そういえば……、君……達に頼みたいことがあった」
「なんだい?」
「それはいずれ話そう。そろそろ戻った方がいい。君の能力は多大な負担だろうに」
 制限された時間の中でしか行使できないのは間違いではない。
 我皇は全てを承知している。そんな気がした。
 この世界から力を分けてもらっているからなのかもしれないが、このしゅごキャラに隠し事は出来ないだろう。
 先ほどからチラホラと自分の未来の映像も目に入っている。

 十年先か二十年先かは分からない。けれども防弾ベストを身につけて各地を旅していたり、子供を抱いている姿も映っている。
 十々夜君が泣いている映像はおそらく死亡フラグが立った時かな、と他人事のように思った。
 無数の未来を映しているのだから別段、自分がどうなるのかについては驚きはなかった。
 日奈森も色んな服装で登場しているし、ここは『そういう』場所なのだと理解した。
「もし病気でなければ……、きっと今まで出会うべき人とは会わなかったのかもしれない」
 我皇は独白する。

503Q:2014/08/26(火) 05:33:34 ID:z/cSfQcw0
egg 47

 それはもはやしゅごキャラの我皇ではなく神崎龍緋の意思そのもの。
「既に歩んでしまった道を今更後戻りする気はない。だから、後悔はしないし、してはいけない」
「………」
「君もきっと同じなのかも」
「……うん。それにせっかくお兄ちゃんがチャンスをくれたんだから、頑張るよ」
 一度は手放したノミナリズムが今は自分の側に居る。
「それから、あまり友人を怒らないように」
「なんで?」
 今の言葉はきっと鈴怜を連れてきた日奈森の事なんだろうな、と、なんとなくだが思った。
「人との触れ合いが苦手な子を連れ出しただけで充分だ」
「……お言葉を返すようですが、それはダメです」
「どうしてもダメ?」
 龍緋がそうであったように我皇も同じ反応をした。
 厳しい一面が強調されるけれど基本、龍緋は弟妹に甘い。
 だからこそ、あんなバカな兄弟ケンカに発展してしまった。
 自分に厳しく家族に甘い。少し自己犠牲的な面があるから弟達は心配で仕方ない。
「鈴怜さんはお客さんです。部外者とはいえ、連れてきたからには責任を持って対応してもらいたいんです」
 後ろに居るダイヤは微笑みながら話しを聞いていた。
「あっ……、あむちゃんよりつーちゃんがよく相手をしてたわね」
「いや、まあ、それはそうなんだけど……」
「君は放っておけない性格だったか」
「うるさいな、しゅごキャラのクセに」
 前と後ろで鋭いツッコミが入り、どっちに顔を向けようか迷ってしまった。
「うん。智秋ちゃんは実に頼もしい。安心したよ」
「成仏する気か? 何か大事な事があったと思うが」
「忘れてはいない。当初の約束は守るさ。さて、私は……我は、だったか」
「一人称はどうでもいいよ」
 ありがとう、と我皇は言った。
「では、お休み」
 そう言った後、我皇は無数の卵に分裂して散っていった。
「本当にもう……。バカ兄め」
 その後、ダイヤは何も言わずに四十九院と共に元の世界に戻って行った。

504Q:2014/08/26(火) 05:33:51 ID:z/cSfQcw0
egg 48

 『たまごのゆりかご』から戻り、しゅごキャラクリエイトを解いた後もしばらくは暗く淀んだ海を眺めた。
 今の自分の心境はこの海のような気がした。
 不安なのか不満なのか分からない。
 とにかく、物事が進まない時は叫びたくなる。
 まさしく海に向かって『バカヤロー』という状態だった。
「荒れてるわね、あなたの心は」
「それが人生と言われればみもふたもないけど……。可愛い後輩は置いていけないな」
「……もうちょっと人生を楽しく考えた方がいいと思うわ」
「若年寄りで悪かったな」
 悪態をつきながらも砂浜に降り立ち、ダイヤとのキャラなりを解く。
「ちあきせんぱ〜い」
 柊達が駆け寄ってきた。
「帰ろうか?」
「いきなりですか!?」
 四十九院が疲れきった顔をしていたので相楽は心配になった。
 そろそろ薬の時間が近いので、海から離れることにした。
「ぜんぜん楽しくないって顔してますね」
「さすがに海が荒れてたら、楽しいってならないだろ?」
 波も少しずつ強くなっている気がした。
 サーフィンするには絶好の波かもしれないが、透明度の悪い海には入りたくなかった。
「別に無理して楽しもうとか思ってないけど……。君達はどうなんだ?」
「楽しい方がいいです」
「うん」
 今回の合宿は一生懸命に楽しもうと柊達は決意していた。

 四十九院達、上級生にとっては聖夜学園最後の合宿になるわけだから。
 初日から計画が破綻し、気難しい雰囲気になり、面白くなかった。
 相楽と共に色々と考えてみたけれど現状を打破するには至っていない。
「お姉ちゃん、全然笑ってない気がする」
「そんなことは……。私は……、一日中寝転がっているよりはマシだと思ってるよ。それが良いか悪いかは別にして」
 良くも悪くも合宿に参加出来ただけで嬉しかった。それは間違いない。
 鈴怜も赤龍と出会えたし、嬉しいことの方が多い。
 それが下級生には楽しそうに見えていないのだろう。
「………。じゃあ、バカみたいに『わ〜い』って叫びながら走り回ればいいのか?」
「ちょっと……、見てみたいかも」
 正直な感想を述べる相楽。
 素直な男の子の返答に四十九院は苦笑した。
「……禁止区域でそれはちょっと……、×ゲームになるよ。うん、女の子の私にとっては辛いな……」
 本当にやってやろうかと思いはしたが、淀んだ海を目にすると足が止まる。

505Q:2014/08/26(火) 05:34:07 ID:z/cSfQcw0
egg 49

 楽しむのは大事かもしれないが海難事故に遭わない事も大事。
「本気で悩まなくても……。お姉ちゃんはかわいいな」
「こいつめ〜」
 小芝居と分かりきっていたが、四十九院と相楽はそれでも楽しかった。
「ガーディアン見習いのりっか君」
「は、はい」
「忘れ物が無いか確認し次第、帰ろうか。何かメモするなら早い内に書いておいて」
「分かりました」
 元気よく返事をする柊。
 来年の活躍が楽しみだと四十九院は思った。

 三十分後に四十九院達は寺に戻り、みんなと合流する。
 それぞれ四日間の出来事をメモに書き、意見を交換し合っていた。
「鈴怜さんは?」
「近所を回っているみたい。一緒に行こうとしたけど断られちゃった」
 日奈森は最後まで役立たずだった。
「せっかくの合宿なのに……、あんま遊べなかったな」
「社会勉強だと思えば有意義だったよ」
「そうですよ、A。楽しく遊んでいられるのは色んな人が色んな努力をした結果なのです」
 と、長く続きそうな話しが始まると思っていたが、三条は止めた。
「そこら辺のことも作文に書いて下さいね」
「え〜、ヤダ〜」
「ガーディアン見習いの君達は今回、初めてなわけだけど……」
「頑張って書きます」
「本当は楽しく遊ぶ筈だったんだけどね。ガーディアンらしい仕事が無くて困ってたんじゃないかな?」
「いえ、そんなことは……」
 辺里は柊と相楽を交互に見比べながら苦笑する。
 ちょっとした小旅行にする筈だったのに楽しんでもらえることが少なくて申し訳ないと思っていた。
 せっかく来てくれた新しいしゅごキャラ達も退屈したんじゃないかと顔を向けてみたが、案外彼らは楽しかったと言っていた。
 今回、来てもらったしゅごキャラの殆どがしっかりとした計画書を作成し、迷子対策も万全に整えていた。
 ある意味、ガーディアンより頼もしく、しっかりしていた。
 カメラ係の事をすっかり忘れていた辺里とは違い、結木を連れて風景を撮るよう指示していた。
 今回一番働いたのは結木と三条と四十九院かもしれない。

506Q:2014/08/26(火) 05:34:23 ID:z/cSfQcw0
egg 50

 一番の謎は鈴怜の行動。
 必要な道具はほぼ全て彼女が用意していたがガーディアンの殆どが気付かなかったという事実。
 カメラも結木の為のおやつも暑さ対策用の道具も持たせていた。
 戻ってきた鈴怜に尋ねても要領を得ない。
「私はみんなが楽しくしていれば、それでいい」
 そう言われると言い返せない辺里。
「……お前の思うように行動しろ」
 四十九院の言葉に鈴怜は目蓋を思いっきり開く。
「私も似たようなことを言われました。それを実践なさっているんですね、貴女は」
 そう言うと鈴怜の頬が赤くなり、視線を逸らした。
 明らかに恥ずかしがっていた。

 言葉での説明が不得意な鈴怜は自分の思ったことを行動で示していただけ。
 それを複雑な意図があるのではないか、と思い悩んでいたのは四十九院達。
 彼女の一連の行動は全て大好きなお兄ちゃんの言葉を信じた結果に過ぎない。
「へ〜、そうだったんだ〜」
 全く何も考えていない日奈森の言葉に四十九院は怒りを覚えたが耐えた。
 ノリ達も主の心境を察し、深いため息をもらす。
「鈴怜さん、こいつはこれでいいんですか!?」
 日奈森を指差して尋ねてみた。
「こ、こいつ?」
「ん〜? 呼んでもらっただけで嬉しかったよ。……それに色々と助けてもらったし、恩人に文句は言えない」
「何が恩人だ、こんな奴!」
 と、つい本音を口走ってしまった。
「自分の友達にこんな奴って言っちゃダメ!」
「!?」
 鈴怜の怒鳴り声が襲い掛かってきて、四十九院は萎縮した。
「あむちゃんと智秋ちゃんはとても仲良し。私はちゃんと聞いていたよ。智秋ちゃんが入院している時、あむちゃんは物凄い頑張ったって。あむちゃんが病気の時、智秋ちゃんが頑張ったって。それくらい互いを思いやっている仲なのに、今の言葉はひどいよ。お互いに言い合うならいいけど、第三者に向かって言うべきじゃないよ」
 恐ろしいほど流暢に分かり易い言葉で鈴怜は言ってきた。
「それにね。あむちゃんは私のこと苦手だと思う」
「えっ!?」
 日奈森が驚いた。

507Q:2014/08/26(火) 05:34:41 ID:z/cSfQcw0
egg 51

 彼女がびっくりしたので鈴怜は苦笑した。
「智秋ちゃんも私のことは苦手でしょ?」
「………」
 図星なので言い返せない。
「二人ともそっくりだから。ライバルとは言い得て妙だよね。え〜と、こういうのは心理学用語で……、なんていったっけな。同族嫌悪? 近親憎悪は……違う気がするけど、うちのことみたい」
 鈴怜は少しだけ苦笑した。
「心理学用語なんてよく知らないけど、二人には仲良くしてもらいたいな」
 今までそんなことを鈴怜に言われた事が無かった。
 苦手にしていることは感づいていたかもしれないが、気にかけてくれていたとは思わなかった。
 いつも龍緋の後を追う鈴怜というイメージしか無かったので、どう答えればいいのか分からない。
「智秋ちゃんと違って、あむちゃんのことは殆ど知らない。家族ぐるみの付き合いがあるわけじゃないし」
 一回、日奈森に顔を向ける。
「別に友達が欲しいわけじゃないし、彼女はこのままでいいんじゃないかな。感謝はすれど友達になるかは別問題だと思う」
 言っていることは正しいので日奈森も反論する気にはならなかった。
「それとも……、友達になってほしかった? 智秋ちゃん的には」
 ぐうの音も出ない、とはこのことかと四十九院は思った。
 勘違いしていたのかもしれない。
 日奈森と鈴怜は友達になったんだと。
 二人がそこまで深い仲だと思い込んでしまった。
 実際は鈴怜にその気は無く、日奈森も特段、鈴怜の事はなんとも思っていないようだった。
「参りました!」
 深々と四十九院は頭を下げた。
「あ〜! ちくしょー! 空回りじゃないか。あ〜、恥ずかしいな〜も〜!」
 叫ばないと泣きそうになる。
 そんな四十九院を鈴怜は抱きしめた。
「人生、それくらいが面白い」
 鈴怜の言った言葉は龍緋もかつて言っていた。
 失敗もまた人生の面白さ、だとか。
 そういう境地にたどり着く時、自分はどんな未来を歩んでいるのだろうか。
 そう四十九院は思った。

egg 52

 多少の騒動が起きたが、四十九院と日奈森は仲良くすることで鈴怜に許してもらえた。
 その後は淡々と身支度を整える。
「今回、部外者なのに連れてきてくれてありがとうございました。お陰でとても有意義な時間を過ごせました」
 丁寧にガーディアン達に向かって鈴怜はお礼を述べた。
「しつも〜ん」
 元気よく結木が手を上げた。
「どうぞ」
「大量に買ったあのお菓子はどうしたんですか?」
「近所の人達に配りました」
「なんで?」
 一言だけだったので鈴怜は首を傾げた。
 普通、そんな言い方は失礼に当たる、と四十九院は思った。
「わたしたちも気になってた」
「教えてください」
 しゅごキャラ達の方が丁寧に聞こえた。
 本来はしゅごキャラのように尋ねるのが正しい。なので結木の将来が心配になったのはペペも含めて数人居た。
「腐りにくい。塩分補給。この時期に配るなら妥当なものですよね?」
 そう言ったのは四十九院だった。そして、鈴怜は頷く。
「この海をなんとかして下さい、と頼みに行ったんだと思います」
「そうなんですか?」
「子供達が自由に遊べないのに大人が黙って泣き寝入りなんて、ひどい話しじゃない。でも、この問題を解決するには地域住民の協力が必要不可欠。私たちは部外者で何も出来ない。出来るとすれば頭を下げてお願いすること。私が一生懸命に考えても結局はそれくらいしか浮かばなかった」
「いや、しかし……。何故、お客さんであるあなたが」
 鈴怜はそもそもガーディアンではないし、たまたま連れてきた客人に過ぎない。
 協力する義務はないはずだと三条は思っていた。
「まさか、オレたちが困っているからっていうだけの理由ですか?」
 たぶん、それだけの理由なのだろうと四十九院は思った。
 神崎家は『お節介』が好きな兄姉達だから。
 それぞれ人の面倒を見たがるし、ボランティアにも参加している。
 姉の鈴も兄のサポートをするためだけに公務員になったらしい。しかし、何故、公務員を選んだのかは分からない。
 公務員以外にも仕事は有りそうな気がしたが、謎のまま。

508Q:2014/08/26(火) 05:35:00 ID:z/cSfQcw0
egg 53

 鈴怜はあまり喋らないけれど、周りのことをよく見ている。
 自分に出来る事は何か、常に考えていたのかもしれない。
 それが神経質に見えて四十九院達は苦手だと感じても不思議ではなかった。
「言ってくれれば、とか言わないで」
 三条の言葉を先回りする形で鈴怜は言った。
「君達は考えるのが仕事。行動するのが私の仕事。役割分担。動ける人間が動くのが自然」
「間違ってはいません。けれども、それは自分勝手な理屈です」
 藤咲は反論したが鈴怜はその言葉を予期していたのか、驚かなかった。
「でもでも〜、みんなの合宿なんだから、それぞれが判断して動いてもいいんじゃないの?」
 と、結木が言った。
「すごいこと言いますね、Aは」
「ややもガーディアンなんですけど〜」
 辺里は鈴怜に向かって一歩前に出る。
「ですが、やはり納得出来ません」
 反論の言葉は無かった。
 鈴怜は辺里の言葉が理解できないわけではない、ように四十九院には見えた。
 自分勝手なのは分かっているはずだから、反論しないのかもしれない。
「手伝いますから。ちゃんとあなたの話しも聞きます」
「もう配り終わった」
 そうですか、と辺里は言い、鈴怜の顔を見据えた。
「………」
 鈴怜も辺里の顔をじっと見つめた。

 頼めば手伝うと言うかもしれない。
 確かに目の前の少年の言う通りで反論の言葉は無い。
 ただ、自分は困っていると思ったから動いただけ。
 怒られるのは想定の範囲内。
 自分勝手なのは分かっている。
「……けれども方法が……」
 分からない。
 今にも泣きそうな顔に鈴怜がなったので四十九院はすぐに彼女に駆け寄った。
「……日奈森、ちょっと」
 日奈森も鈴怜の側に駆け寄る。
「……お前、少しはなぐさめてやれよ」
「あはは……。なかなか入り込めなくて……」
「……ほら、手でもつないでおけ」
「うん」
 四十九院に促されて鈴怜の手を握る。
 特に拒まれなかったが、彼女は強く握り返してきた。そして、小刻みに震えているのが分かった。

509Q:2014/08/26(火) 05:35:18 ID:z/cSfQcw0
egg 54

 ラン達が鈴怜の前に集まる。
「わたしたちのためにがんばってくれたんだよね?」
「……うん」
「キング小僧」
 ラムが辺里に向かって言った。
「?」
 辺里は初めて呼ばれる呼称が理解できなくて首を傾げた。
「相談も何も、この人も自分の仕事をまっとうしただけだろ。なぜダメなんだ?」
「相談しなかったからだろ」
 とノリとキセキが全く同時に答えたので、お互い苦笑しあった。
「自分で判断して行動しただけだ。他のみんなもそうじゃないのか?」
「それぞれ打ち合わせてから、行動していたよ」
 答えたのは藤咲だった。
「じゃあお客さんが自分の判断で行動しても良いんじゃないか?」
 ラムが鈴怜を擁護することにノリとマリはあえて尋ねなかった。
 一見、ラムは正論を言っているように聞こえる。
「今回は旅行ではなく、合宿。客人といえど行動する時は相談してもらいたい」
「ちょっと待ってみんな」
 と、日奈森は言った。
「……やっとやる気出したか……」
「……うっ」
 と、四十九院が囁くような声で言ったので日奈森は少し赤くなった。
「そうやってみんなで責めたら何も言えなくなるよ」
「……お前が一番……」
 と、揶揄しようとした四十九院の口をダイヤが塞いだ。そして、ノリとマリもダイヤを手伝う。
「気持ちは分かりますが……。ここはヒロインに任せましょう」
「……ごめんなさい。うちの宿主が役に立たなくて」
 ダイヤが代わりにノリ達に頭を下げた。
「方法は間違っていたかもしれない……。けど、れ……れいれんさんもみんなのことを思って頑張ったんじゃないかな? ほら、話すの苦手みたいだし……」
「そうであっても、一言欲しかったな、って思ってる」
 辺里は真面目な顔で答えた。
「珍しくピンチだね」
 という声が聞こえて鈴怜は声の主を探す。

 鈴怜の様子に呼応して、辺里達も視線をさまよわせているとクスクスが日奈森を指差した。
「いた! 頭のところ」
 そう言われて辺里達の視線が集まる。
 日奈森の頭上の更に少し上に白と黒の不思議な模様で出来ているしゅごキャラの姿があった。

510Q:2014/08/26(火) 05:35:33 ID:z/cSfQcw0
egg 55

 日奈森は一歩、身を引いて頭上を確認する。
 そこに居たのは『我皇』だった。
「……お兄ちゃん?」
「妹がピンチの時は駆けつける。そういう思念は我も……、いや、私の中に残っている」
 鈴怜はすぐさま我皇を捕まえた。
「みんなと仲良くしていたんじゃなかったのか?」
「……ごめんなさい」
「なんかあっさり謝った」
 ミキは首を傾げながら言った。
「彼女は自分勝手過ぎるので注意していたところです」
 藤咲ははっきりと言った。
「そっか……。注意されていたのか」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
 我皇を握り締めたまま鈴怜はその場に泣き崩れた。
 堰を切ったように泣き始めた。
「……泣くのは……いいのですが……。がおうさんを振り回すのは……」
 スゥが見ている側から我皇を上下に振りはじめた。手が震えているのかもしれない。
 側に居た他のしゅごキャラ達が鈴怜の手を止めようと集まった。
 力が強いのでなかなか押さえきれない。
「落ち着いてください」
「!?」
 鈴怜の頭に四十九院は拳を落した。その拍子に右手の義手が外れて落ちてしまった。
 柊と相楽はビックリして目を覆った。
 異変に気付いた栗花落と藤咲は柊達を鈴怜から遠ざけた。
「とりあえず、君達は荷物の点検をしてきて」
「わ、わたしもびっくりしちゃった」
 栗花落は柊達と一緒に現場から離れることにした。
「鈴怜さんもいい年なんですから、しっかりしてください」
「泣いても仕方ないじゃん。でも……、自分が正しいと思ったなら別に恥じることもないし。その……、あたしは立派だと思うよ。思ったことを即実行に移せるんだもん」
 日奈森が喋っている間に四十九院は落ちた義手を拾って装着を試みていた。
 内心、日奈森も義手が地面に転がるところを間近で見てしまい、驚いている。
 リアルすぎる造形の手首なので心臓の鼓動が聞こえるほど振動しているのが分かった。
 チラっと見た感じでは四十九院の手は掌が少ししかないような状態に見えた。

511Q:2014/08/26(火) 05:35:53 ID:z/cSfQcw0
egg 56

 日奈森がチラチラと義手を見てくるので四十九院は軽くため息をついた。
「大方、手首をスパッと切ったっていうイメージなんだろ?」
「えっ? いや、その……」
「実際、私もそう思ってて怖かったよ。……まあ無いんだけどな」
 四十九院は苦笑した。
「そんなことより、私の事よりも鈴怜さんに話しかけろよ」
「ん、あっ、そうだったね」
「……頑張れ、主人公」
 軽く日奈森に肘鉄を食らわせる。
 四十九院は口では色々と言うけれど、やっぱり応援してくれてるんだと思い、嬉しかった。
「ん……。みんなが出来ない事をやってのける。確かに、相談無しに行動するのはダメかもしれないけど……。れいれんさんは一生懸命、考えてくれてたんだよね?」
 部外者なのに一生懸命になって考えてくれていた。それは仲間だと思っているからなのかもしれないと日奈森は思った。
「行動には責任が付きものだ。……また一つ勉強出来たな」
 我皇は優しく言った。
「何もせず、見てみぬふりするよりはマシだ」
「……耳の痛いことを……」
 藤咲は苦笑した。
 我皇の言うとおり、自分達は話し合いばかりして行動に移そうとしなかった。出来なかった、というよりはしなかった、が正しいのかもしれないので反論は出来ない。
 鈴怜の行動を責める資格は確かに無いのかもしれない。
「どっちが悪いかなんてやめよう。みんなで頑張ればいいわけだし。れいれんさんもあたしたちも」
 日奈森はなかなかうまく説明できないのがもどかしかった。
 自分の考えを言葉にするのはとても難しいと思った。

 場の雰囲気は治まったけれど、鈴怜はまだ泣いていた。
「いつまでも泣くな。この中ではお前が一番、年上なんだから」
「……うん」
「では、私は休むから。もう少し頑張れ」
「ごめんなさい、お兄ちゃん」
 そう鈴怜が言った後、我皇は彼女の手の中から消えていった。
 側で聞いていた四十九院は龍緋の面影を確かに感じた。

egg 57

 涙を拭って鈴怜は辺里達に向かって頭を下げた。
「ごめんなさい」
 我皇の言葉のせいか、辺里達は何も言わなかった。
 見てみぬふりをしていたことをそれぞれ反省しているように四十九院には見えた。
「おい、主人公」
「う……」
「お前、×たまが居ないとモブと変わらないな。何かこう……、主人公らしいスキルでも身に付けたらどうだ? 中等部に行ったら生徒会に入れ、絶対」
「え〜!」
「その代わり、私は日奈森の居ないところで主人公になってやるよ。たぶん、高等部編から」
「あむちゃん、段々とつーちゃんが苦手になってきたね」
 ランは嬉しそうに言った。
「なに喜んでんの、ラン」
「つーちゃんはあむちゃんの将来を本気で心配してくれてるんだよ。こういう風に応援してくれる人、わたし大すき」
「張り合いのある人間でいてくれないと暇で仕方が無いだけだよ」
 と、四十九院は言った。
「後輩の面倒とか見てるよ。……少しずつだけど……」
「地味。主人公らしい行動見せなきゃ」
 ミキはばっさりと切り捨てた。
「なんだかんだ言っても、ふたりは仲良しさんですよ〜」
「そうよ、あむちゃん」
「……がんばります」
 四人のしゅごキャラに囲まれた日奈森は返事を返すだけで力尽きた。

 荷物をまとめて点呼を取り、鈴怜達は帰りの送迎バスに乗り込んだ。
「じゃあまたな」
「空海は乗らないの?」
「もともと帰省してただけだし。まだしばらくは居るつもりだ」
 それだけ言って帰っていった。
「しゅごキャラは全員居るかな?」
「全員乗りました〜」
「忘れ物も無し」
「りっか達は忘れ物とか無い?」
「お土産を買うの忘れました!」
「近くの『道の駅』に寄って買えばいいよ」
 鈴怜の言葉にそれぞれ頷いた。
 しゅごキャラ達はバスが発車するまでの間に鈴怜の側に集まり、どの座席に座るか議論を始めた。
 身体が小さいので窓には近づかない。出来るだけ飛ばない、などを取り決めた。

512Q:2014/08/26(火) 05:36:09 ID:z/cSfQcw0
egg 58

 バスが発車して三十分ほどで道の駅に着き、それぞれお土産を買う為に降りていったが鈴怜はバスの中に残った。
「あなたは降りないの?」
「うちはたくさんのお土産で溢れてるから。在庫が多くて困ってる」
「お姉さんに買ってあげたら喜ぶんじゃないの?」
「ん……」
 鈴怜はしばらく悩んだ末にバスから降りることにした。
 品物を見てから判断してもいいかなと思った。

 売店に着いてから財布の中身を確認し、日奈森達と合流する。
 置物は特に興味を引くものが無かったので食べ物コーナーに向かった。
 海が近いので海産物が豊富だった。
「キーホルダーとか買わなくていいの?」
「あんたたち、何を買おうが個人の自由でしょ」
 日奈森が鈴怜の側に駆け寄った。
「勝手なことばかり言って……。この子達のことはあんまり気にしないで」
「……何を買えば良いのか、分からない」
「無理に選ばなくてもいいんじゃない?」
「私は……、土産物店に来たことないから……。う〜ん」
 色々と物色はするけれどなかなか決まらない。
 日奈森は悩む彼女の為に目に付いたものを説明する。
「ご当地キーホルダーを集めたりは……?」
 と、言った後で土産物の店に来た事が無いと言っていたことを思い出す。
「お姉さんの好きなものとかは? あたしならパパやママの好きなもの買うけど」
「お姉ちゃんは好き嫌いしないし……。死神お姉ちゃんは死神グッズなら喜ぶと思うけど、そんなもの無いし」
 『死神お姉ちゃん』とは誰のことだろうかと日奈森は首を傾げて思った。
「……家族の好きなもの……、あんまり知らなかった……」
 鈴怜は顔を真っ青にして元気を無くした。
「そ、そんなに難しく考えなくていいんじゃないかな。あなたがお土産を用意しただけで嬉しいと思うよ。それで怒るならあたしが文句を言ってやるから」
「そうお?」
「……う。ま、まあ、あのお姉さんに文句を言えるかって言われると困るけど……」
 日奈森の脳裏には厳しい表情の神崎鈴の姿が浮かんでいた。
 何を買っても笑わない気がした。

513Q:2014/08/26(火) 05:36:29 ID:z/cSfQcw0
egg 59

 鈴怜を気にしつつ日奈森は自分の買いたい物を選んでいく。
 妹の分を選び終わった所で鈴怜の側に向かう。
「まだ決まらないんですか?」
 今まで的確に買い物を済ましていた鈴怜が何も選べていない。
 同じところを何週も回ったりしている。
「難しく考えなくても」
「……どうしよう」
 日奈森の言葉が耳に届いていないのか、鈴怜は間違ってはいけない、というような強迫観念に襲われていて焦っているようにも見える。
「れいれんさん、れいれんさん」
 何度か呼びかけて、肩を叩いてみた。
「落ち着いて」
「……ああ、どうしよう」
 たかがお土産を買うだけなのに、と思っていたが鈴怜はひどく怯えているようだった。
 声をかけても不安そうな表情は変わらず。
「お土産を買わないと怒られるの? そうじゃないでしょ?」
「……何も決まらないと……、怒られる……」
「誰に怒られるの?」
 あまりにも怯えている鈴怜の様子に店員も気付き、近寄ってきた。
「どうしました?」
「あ、いや、なんでも……。大丈夫だから、あはは」
 他のガーディアンメンバーも異変に気付き、買い物が終わった者から駆け寄ってきた。
「えっと……、その……。つーちゃん、助けて」
 そう言われた四十九院は大きなため息をついた。

 しゅごキャラ達と辺里達は買い物を続行させたが相楽と栗花落が鈴怜の側に駆け寄った。
 四十九院は鈴怜の背中をさする。
「買い物しないと怒られる家なの?」
「そんなことはない、はずだ。ただ、責任感の強い人間が住んでいるからな」
「お姉ちゃん、僕も一緒に選んであげるから泣かないで」
「私が知っている鈴さんは確かに厳しい人だけど、お土産を買わないだけで怒るような人ではないと思う」
「ちょっと本人に聞いてみようかな」
「ダメ!」
 日奈森は携帯を取り出して神崎鈴に直接、連絡しようとした。しかし、気が付いた鈴怜に止められる。
「ど、どうして……」
 鈴怜の行動が全く理解できない日奈森。しかし、ラン達は前にも似たようなことがあった気がして、日奈森を外に連れ出す。

514Q:2014/08/26(火) 05:36:46 ID:z/cSfQcw0
egg 60

 店に迷惑がかからないように黙って外に出た日奈森達は重い空気から解放されて、ひと時の安らぎを感じた。
「それで、急にどうしたのさ」
「れいれんさん、昔のつゆりんと似た状態じゃないかなって思って」
「?」
「ほら、忘れちゃった? つゆりんは『嘘』に関わる事があると暴走しゃったでしょ?」
「そうだっけ?」
 嫌な事は忘れようとしていたせいか、奇麗に忘れていた。
 それでも言われてから少しずつ思い出す。
「今回は嘘とか関係ないよね? あとしゅごキャラは家に居るはずだし……」
「きびしい家庭で育ったせいかもしれないって話し」
「スゥたちにできることは怖くないって言うことかもしれませんね〜」
 ダイヤは会話に参加せず見守っていた。
「ネガティブな思考の持ち主なら……」
「オープンハート?」
「あむちゃんの得意技」
「がんばってくださいです〜」
 オープンハートをする、ということはキャラなりしなければならない。
 鈴怜を一旦、外に出した方がいいのだろうか、と思ったが中も外も客でいっぱいになっていた。
「話しは全て聞かせてもらったぞ、モブ野郎」
「モブやろう?」
 そんなことを言う人間は日奈森の中では四十九院しか居ない。
「オープンハートは×たまを浄化する技だし……」
「そんなことはないさ。ハンプティ・ロックの力を借りれば出来ないことは無い。ようはお前が自分の成すべきことを信じればいい」
「うむ。主殿の言う通りです」
「私が主人公なら問題ないけど、今はお前が主人公だ。あと、ロック忘れたなら貸すよ」
 日奈森は頼もしい四十九院の言葉に背中を押された、ようには感じなかったが、ここは自分が主人公として動かなければならない気がしたのは事実だった。
「頑張ったら、お前、じゃなくて『ひーちゃん』って呼ぶよ。いい加減、苗字で呼ぶのも悪い気がしてきたしさ。あむだから『あーちゃん』の方がいいか?」
「呼び方は後で話し合おう。とにかく、頑張ってみるよ」
 恥ずかしいけど、と口には出さなかったが胸の内で言った。
 とはいえ、キャラなりは人前でするのは恥ずかしい。なかなか一歩、前に踏み出せない。
「お前達の宿主は面倒くさいやつだな」
「そこがまた可愛いところよ、つーちゃん」
 四十九院の言葉にダイヤは笑顔で答えた。

515Q:2014/08/26(火) 05:37:00 ID:z/cSfQcw0
egg 61

 人前でのキャラなりは何度も経験しているとはいえ、知らない土地に来ると調子が狂う。
 まして、今の時間帯は旅行客が意外と多く行き交っている。
 チラッとラン達を見る。
 今の気温と露出度を考えればミキとのキャラなりが妥当かなと思った。
「……仕方ないな……。私のココロ、キーロック」
 日奈森の心情を察した四十九院がキャラなりを唱えた途端に右手の義手が転がり落ちた。
「………」
 一度、落ちた義手に視線を向けたが無視することにした。
 今回はラジカリズムとのキャラなり『ダイヤモンドブレイカー』になった。
「修理してもらわないとダメだな、きっと」
 拾った義手を付けてみたが塩梅は良くなかった。
 オレンジ色の派手な衣装に周りの観光客達の視線がいくつか集まった。
「……今のうちにあむちゃん」
 と、ランが言った。
 四十九院が視線を集めている間に日奈森は覚悟を決める。
「ありがとう、つーちゃん。……あたしのココロ、アンロック」
 夏らしくミキとのキャラなり『アミュレットスペード』になった。
「お礼は荷物持ちな。なんか手がくっつかないんで」
「わかった」
 二つ返事で答えて日奈森は店内に戻る。

 店内では柊達が鈴怜の側に居た。
 主に彼女に声をかけていたのは無数のしゅごキャラ達だった。しかし、それでも鈴怜は何かに怯えたような状態のままだった。
「あむちゃん」
「うん?」
「れいれんさんのココロの声、聞こえる?」
 そう言われて日奈森は胸の前で両手を握り合わせる。
 久しくキャラなりしていなかったけれど、キャラなりした時は様々な声が聞こえていた。
 今回は目の前の鈴怜。
「……なんか怨念みたいなドス黒いオーラを感じるんですけど……」
 以前もそうだったし、今回も鈴怜は様々な強迫観念に縛られている。
 大半が『早く決めなきゃ』や『迷惑がかかる』などの言葉が多い。
 『お前は自分で決めることも出来ないのか』
「ん?」
 『周りに迷惑をかけるな』
 実際には鈴怜が喋っているわけではない。
 彼女の身体から湧き出ている黒いオーラから聞こえている。

516Q:2014/08/26(火) 05:37:17 ID:z/cSfQcw0
egg 62

 黙って聞いていると腹が立つものばかりなので日奈森の眉根に力が入って来る。
 既にしゅごキャラが生まれた彼女がどうしてネガティブな思考を持っているのか、全く理解できない。
 厳しい性格とはいえ、感情の起伏が激しい。
「しゅごキャラの影響なのかな?」
「もしかして、もう一つしゅごたまが生まれているのかも」
 と、ミキは言ったがしゅごたまの気配は感じない。
 鈴怜の側に居たしゅごキャラ達が日奈森の下に集まってきた。
「我らも手伝おう」
「ありがとう」
 たくさんのしゅごキャラが集まっても、正直、対処方法は浮かばない。
 鈴怜のネガティブ思考は離れていても強固だと分かるほどだった。
 並大抵のオープンハートでは無理だと身体が訴えている。
 打破できる者が居るとすれば赤龍や龍緋のような者かもしれない。
「……ここにはあたし達しか居ない。あたしがやらなきゃいけない」
「あむちゃん……」
 大きく深呼吸して日奈森は鈴怜に向き直る。
 鈴怜に近づいて、彼女の背中を思いっきり叩いた。
「!?」
 今の殴打で物凄い黒いオーラが噴出し、日奈森の身体に浴びせられた。
 一瞬の出来事の間に様々な負の感情がぶつかって飛んでいった。
 意識を吹き飛ばされそうになったが懸命に踏みとどまった。それはミキや他のしゅごキャラ達が日奈森の身体を支えてくれたお陰かもしれない。しかし、身体の大部分が黒く染まってしまった。
「何も怖い事は無いし、誰もあなたを責めていないよ」
「………」
 もう一度、背中を叩く。
 今度は少しだけオーラが出た程度だった。
「迷惑がかかってもいいじゃん、ってわけにはいかないよね」
 日奈森の顔の半分を黒く染めていたオーラは蒸発するように少しずつ光りに還っていく。
「でもさ、あなたが考えていることは妄想でしかない。実際にお姉さんが怒ったりするのかな?」
「……怒るかもしれない」
「そんなことはない!」
 日奈森は怒鳴るように言った。
「今回の合宿にあなたを誘った時、お姉さんは嬉しそうだった。そんな人がお土産で怒ったりしない。あたしに任せるって言ったもん」
 任せる、ではなく責任は取る、と言ったかもしれないと日奈森は思ったが無視した。
 同情はせず、ネガティブな回答は跳ね除ける決意で臨む。
 鈴怜を救うには徹底的にポジティブをぶつけるしかない。

517Q:2014/08/26(火) 05:37:32 ID:z/cSfQcw0
egg 63

 しゅごキャラが生まれたのだから言葉は通じる。
 呼びかけにも反応してくれる。
 だから、大丈夫。
「これ見て、れいれんさん」
 胸の前で指をハートに形作る。
「オープンハート?」
「そう。どんなネガティブも浄化する技だよ」
 少しの間、鈴怜は日奈森の手を見つめた。
 指の輪の中心にはハンプティ・ロックが輝いていた。
「あたしからみて何でも出来るれいれんさんがお土産で悩むなんて信じられない。鈴さんは確かに厳しい人かもしれないけれど、心の狭い人には見えなかったよ」
 神経質なまでに細かい注文を受けた覚えは無いし、何度か家にお邪魔した時も快く出迎えてくれた。
 多少は規律や規則にうるさい面もあったけれど、家族のことを大事にしているのは感じ取れた。
 姉ではなく、鈴怜の心に問題がある。
 先ほどから鈴怜の心の叫びが聞こえている。それは過去にあった出来事なのかもしれない。
 黒いオーラと共に大半は霧散していったけれど、まだまだ彼女の中にはネガティブな想いが残っている。
「しゅごキャラが生まれて、お兄さんと出会えた。いつまでもつらいことを引きずっていたらダメだと思う」
「……うん」
「年上に対して生意気かもしれないけどさ」
 鈴怜は首を横に振る。
「あむちゃんにはたくさん助けてもらった。智秋ちゃんは怒ってたけど、私は嬉しかった」
 ゆっくりと鈴怜は日奈森に向き直る。
「仲間じゃないかもしれないけれど……」
「仲間で良いよ」
「ありがとう。年上としてしっかりしなきゃね」
 軽く頬を叩き、鈴怜は笑顔を向ける。
「……ネガティブハートにロックオン」
 鈴怜は日奈森の言葉に合わせて、自らも指でハートを形作る。そして、二人同時に言った。
「オープンハート」
 日奈森から鈴怜へ。
 しゅごたまを持つ者のみが見ることの出来る光りの本流。
 ハートからハートへ流れ込んでいく。

518Q:2014/08/26(火) 05:37:47 ID:z/cSfQcw0
egg 64

 鈴怜の中にわだかまる黒いオーラは次々と浄化されていく。
 ×たまを持っているかどうかは日奈森は無視することにした。
 難しい理屈は分からない。
 ただただ、鈴怜の力になりたい。その一心だけだった。
「………」
 目いっぱい出しつくした。
 急激な疲労感でキャラなりが解ける。
「……れいれんさん?」
 恐る恐る彼女に顔を向けると目蓋を閉じたままその場でじっとしていた。
「……うん。君は不思議な人だね」
「そうかな」
 鈴怜は両手を合わせつつ日奈森ににっこりと微笑んだ。
「色々と迷惑をかけちゃったね」
「気にしないで」
「……それでその……、せっかくだから……」
「?」
 いいにくそうにしながら鈴怜は何度か呼吸を整える。
「お土産を……、一緒に選んでくれる?」
「もちろん」
 日奈森はほぼ即答した。

 一連の様子を盗み見ていた四十九院は『よしっ』と小さく言った。
 その後は知らない顔をしつつ日奈森達と合流する。
「荷物は十々夜君に任せてもいいだろうか?」
「わかった。お姉ちゃんも大変なんだね」
「気苦労が絶えないよ。……なんでこいつらに気を使わなきゃいけないんだ、って思うことは多々ある」
 四十九院の言葉が聞こえた日奈森は苦笑した。
「いろいろ言っても助けに行くんだから、お姉ちゃんはすごいよ」
 相楽に誉められるのは素直に嬉しかった。
 きっと将来のお婿さんかもしれない、と四十九院は思った。
 それは冗談ではなく、臥龍の中で見た未来だからでもなく。
 自分の血肉を受け継いだのだから、立派になってもらわなければならない。そう思うと将来まで付き合うパートナーになるのは必然だと思ったからだ。

519Q:2014/08/26(火) 05:38:02 ID:z/cSfQcw0
egg 65

 今、そう思ったわけではなく、常日頃からの付き合いでもあり、義手のことも受け入れている。
 とはいえ、将来のことなので枝分かれする未来が無いわけではない。
「かっこ悪いお姉ちゃんで申し訳ないな」
「完全無欠の主人公なんて居ないよ」
「居るかもしれないよ」
 お互い笑いあいながら買い物を続けた。

 一通りの買い物が終わり、それぞれが荷物を積み込んだりトイレに行っている頃、四十九院は日奈森と共に最後の買い物のための品定めを行っていた。
「あーちゃん」
「ち、ちーちゃん?」
「急に変えると変な気分になるな」
「そうだね」
「それはそうと、酔い止めの飲み物は買いましたかな?」
「忘れてた」
「飴でもいいんだが……。しゅごキャラ達の為に細かく砕けるものがいいな」
 四十九院達を離れた位置から見守っていたしゅごキャラ達は会話の邪魔をしないように見守っていた。
「一時は敵対するかと思ったよ」
「普段は大人しい方なのだが……」
「あむ殿の前では天の邪鬼キャラが出てしまうらしい」
「ところでラムは?」
「バスの中で寝ています。帰りの道中はみんな寝るようですよ」
「移動だけなのになんで疲れるんだろう?」
 それぞれが話しているうちに宿主たちの買い物が終わり、一堂はバスに戻った。
 点呼確認を終えて、いよいよ帰宅の途につく。
 しゅごキャラ達の殆どは鈴怜の側で静かに眠りに着いた。
 ガーディアン達もお喋りはせず、身体を休めるのがほとんどだったが結木は景色の写真を撮り続けた。
 後半は鈴怜が引き継ぎ、最終的に子供達としゅごキャラは眠ってしまった。
「うん、シートベルト良し」
「最後は鈴怜が残ったか」
 シートの背もたれに我皇が立っていた。
「また来たの?」
「色々と打ち合わせがあってな」
「酔い止めはちゃんと飲んだよ」
「そうか。……もう言う事はないな」
「……うん。だからお兄ちゃんは天国から無理して降りてこなくて良いよって伝えて」
 我皇は黙って頷いた。

520Q:2014/08/26(火) 05:38:19 ID:z/cSfQcw0
egg 66

 それからしばらくしてバスが止まり、運転手が交代した。
 鈴怜は眠気対策の飴や飲み物を運転手に勧めた。
「安全運転をお願いします」
「頑張ります」
 両手の拳に力を込めて、鈴怜は頷いて席に戻った。
 それからすぐにバスは動き出した。
「……もうすっかり……、……大人になったんだな」
「そうだよ。でも成人になったわけじゃないから」
「頼もしいな。じゃあ、家に帰るまで子供達の面倒を頼むよ」
「はい」
 そう返事をした時に我皇は霧散するように消えた。

 鈴怜はしゅごキャラと子供達の寝相を確認しつつ、写真を撮ったり運転手に運転の邪魔にならないように気をつけながら話しかけた。
 そして、夕暮れすぎに送迎バスは聖夜学園に到着する。
 長い道のりだったが何事もなくそれぞれ安堵した。
「もし、家に帰るのが困難ならうちに泊まるといいよ。君達くらいの人数は受け入れられるから」
「ふらふらしたまま帰るのも危ないですし、お言葉に甘えましょうか」
「では、帰ることの出来る方はここでお別れです」
 たっぷり睡眠したしゅごキャラ達はそれぞれ宿主の下に帰って行った。
「ナナ達はどうするの?」
「暗いしな……。泊まろうか」
「食事は?」
「作ってあげるよ。お風呂もトイレもあるし」
 それぞれ議論を交わし、神崎家に泊まる者とそのまま帰宅する者に分かれて合宿は終了した。
「そうだ。写真、たくさん撮ったけど確認しておいて」
 カメラを結木に渡し、鈴怜達は去っていった。
「あ〜、疲れた〜。ずっと座ってただけなのに」
「あむちゃん、おつかれさまです〜」
「さてと、感想文を書かないとね。……結局、海水浴も山登りも出来なかったな」
 海対策の為に登山計画は立ち消えになってしまった事を思い出す。というよりは山の事はすっかりメンバーの中から消えていた。
 簡単に解決出来そうで出来ないのが悔やまれる。
 とはいえ、有意義な合宿になったのは間違いないと思った。

521Q:2014/08/26(火) 05:40:04 ID:z/cSfQcw0
とりあえず、合宿編は投稿し終わった。

今回はここまで。まだテキスト4つ分あるので続きます。
合宿は2つ分です。

522Q:2015/01/13(火) 05:51:33 ID:z/cSfQcw0
訂正事項。

すでにオフラインでは修正済みだが。
『一之瀬』ではなく『一之宮 ひかる』が正しい。
これはアニメ版に準拠します。

いよいよ、オフラインでは卒業式を終えてラストスパートとなりつつあります。
どう終わらせればいいのか、まだ決まってません。
高校生編とか外伝とか。

まだ少し新キャラ出ます。が、激しいバトルはほぼありません。
ルルも出ますが、戦いませんし。
謎なキャラも居るけど、ゲスト出演みたいな扱いになってます。

523Q:2015/05/27(水) 05:15:07 ID:skjYNMgM0
『Gothique noir』第十八部

egg 1

 合宿を終えて一ヶ月があっという間に過ぎて夏本番となった。
 気温は二十五から三十度を維持し、雨はあまり降らなかった。その代わり、異常なほどの強風が吹き荒れることがしばしばあった。
 台風も次から次へとやってくる。
「あっつい……」
 教室の机で日奈森は突っ伏していた。
「今日は風があるから、そんなに熱い方じゃないよ」
「来週はゲリラ豪雨になりそうだって」
「傘が壊れる〜」
 友達と談笑しつつ、日奈森は四十九院の席に顔を向ける。
 今日、彼女は欠席していた。
 定期健診だと聞いていても欠席されると寂しい。
「………」
 四十九院の代わりラジカリズムが教室にやって来ていて今は窓の外を眺めていた。
 普段はテンションの高いキャラだが、ここ数日は大人しく、何も喋らない。
 無視しているというよりは元気が無いように見えた。
 教室から出る事はなく、イタズラもしない。

 昼休みになり、ラムをロイヤルガーデンに連れて行った。
 既に柊達、ガーディアン見習いが来ていて花壇の清掃を行っていた。
「あむ先輩、お疲れ様です」
「君達もご苦労様。ひかる君は今日もサボリ?」
「さあ? 一度も手伝ったことないですけどね」
 口を尖らせながら柊は言った。
 『一之宮ひかる』
 一年生で三人目の見習い。
 学校が終わるとすぐに帰ってしまうので真城りまのようなキャラだと言われている。
「それよりラムちゃんの様子はどうですか?」
「相変わらず」
「病気ってわけでもなさそうだけど、熱は無いみたい……」
 柊が触れてもラムは嫌がらず、黙ったままだった。
「つ……、ちーちゃんが言うには将来への不安が影響してるらしいんだけど……」
 宿主はそう言っていても日奈森達は心配だった。
 ×キャラ化の前触れかもしれないと思うくらい。

524Q:2015/05/27(水) 05:15:30 ID:skjYNMgM0
egg 2

 しばらくラムは日奈森家が預かることになった。というか、あまりにも心配だったので四十九院に頼んで許可を得た。
「この、お人好しめ」
 と、彼女は苦笑しながら言っていた。
「ちーちゃんが言うように心配しすぎじゃない?」
「食欲はあるようだし」
「他人のキャラなのに……」
「こっちの言う事はちゃんと聞くし、勝手に居なくなったりしないし」
 その代わりダイヤはよく居なくなる。
 筆談も試みたが、喋らないわけではなく、返事をする時がある。
「本人にも分からないのかもしれないよ」
「そっか〜。でも、いつでも相談に乗るからね」
 ラムは日奈森の言葉が聞こえているのか、いないのか。返事は返さなかった。

 ラムはとても大人しく過ごしていた。
 妹も振り回さず、気が付いた時は声をかけるようにしていた。
 窓を眺めて、卵の中で眠る生活が続いていたが、ご飯時はちゃんと台所に来る。
 食が細いのか、二口三口ほどで食べるのをやめてしまう。その時は気だるそうにしていた。
「病気かもしれないわね」
 と、日奈森の母のみどりも心配していた。
「うつ病かもしれないけど、しつこく構うのも逆効果かもしれない」
「ノリとマリは元気なんだけど……」
「元気出してね、ラム」
 それから定期健診を終えた四十九院がラムを引き取ったが元気は回復しなかった。
「う〜ん、五月病かな〜?」
「燃え尽き症候群かもしれませんな」
「うつ病?」
「……たぶん、全部同じ病に行き着くと思うな。急な変化はしないだろうから、無為な日常を過ごしてもいいんじゃないか?」
 自分のしゅごキャラなのに、と日奈森は反論しそうになったが打つ手が無いのも事実だったので言葉は飲み込んだ。
 放置することにした訳ではなく、四十九院はラムをとても可愛がっている。
 普段はケンカっ早いノリ達も親身になって心配していた。
「お前が我のケーキを勝手に食べたとか」
「私の大事にしていた小物を紛失したとか」
「そんなことが万が一にあったとしても! 許そう」
「正直に言えば楽になるぞ」
 ノリとマリはラムが犯人だと決め付けた上で尋ねているように日奈森には聞こえた。
 せっかく仲良くしようという雰囲気を感じたのに台無しになった気がした。

525Q:2015/05/27(水) 05:15:52 ID:skjYNMgM0
egg 3

 そんなやり取りにも関わらず、四十九院は静かに微笑んでいた。
「二人とも、ラムはそんなキャラじゃないよ」
「む……」
「私のキャラがラムに影響しているだけだ。だから、しばらくこのままだ」
「……主殿がそうおっしゃるのであれば……」
 四十九院はラムの頭を優しく撫でる。
「どうにもならない時はどうにもならない。……たぶん、お前はそういうキャラなんだろう」
 顔だけ宿主に向けたが特に表情は変化しなかった。

 数日後、ロイヤルガーデンに久しぶりにセラが訪れた。
 彼は前と変わらず無表情のまま辺りを移動し、ガーディアン見習いを観察するように見つめた。
「あむ先輩。この子は初めてさんですよね?」
「そうだっけ?」
「はい」
「この子はセラ。最強のしゅごキャラだよ。少し大人のガーディアンみたいな組織のしゅごキャラ」
 日奈森は確かめるように言った。
 正式名称を知らないので説明が難しいと思った。
「あと、この子は喋らないから。話す時はメモ用紙を使うの」
「耳が悪いんですか?」
「違う違う。喋れないの」
 セラはテーブルに降り立ち、懐からメモ用紙とペンを取り出した。
 身体の大きさを考えると明らかに仕舞えない大きさのメモとペン。
 ミキも時々、出してくるけれど原理はしゅごキャラも知らないらしい。
 首を傾げる日奈森をよそにセラは文字を書いていった。
「初めまして……。わあ、きれいな字〜。こちらこそ、はじめまして」
「見た目は怖いかもしれないけど、守ろうとする気持ちは人一倍強い子なんだ」
 スゥがセラの為にお菓子と温かい飲み物を運んできた。
「今日はお一人ですか〜?」
「………」
 セラは頷いた。
 飲み物を一口飲んだところで、セラは表情を和らげる。
 オフモードと呼ばれるセラの待機形態。
 この状態になると比較的、様々な表情を見せてくれるようになる。
「えっと……、今は……。あむ先輩、これなんて読むんですか?」
「小休止。つまり一休みってことじゃない?」
 メモに書きつつ、柊達と会話する。
「やっは〜い。来たよ〜」
「あっ、キランも来たんだ」
 輝く笑顔を振り撒きながら黄色の色調のしゅごキャラが飛んできた。
「むこうのがっこうにはしゅごキャラがほとんどいないみたいだから、ちょっとさびしかった」
「こっちはこっちで多すぎだと思うけど」
「ひなこちゃんは元気?」
「うん。ともだちができたみたい。わたしもともだちとあそんでいいって言われたから」
 キランはさっそくセラの下に向かった。

526Q:2015/05/27(水) 05:16:16 ID:skjYNMgM0
egg 4

 日奈森は一瞬、セラがキランを撃退するのでは、と思った。しかし、実際は大人しくキランを見つめるだけで何もしなかった。
「あは。わたし、キラン、よろしくね」
 さっそくセラはメモ用紙に『よろしく』と書いた。
「セラだけだと静かだね」
「解説役のクリミアが居ないと話しが進まない気がする……」
 人の二倍は話すクリミアの存在が切望される。
 セラは何か思い出したらしく、てのひらに拳を落す仕草をし、メモ用紙に文字を書く。
 書き終わった紙を日奈森に渡す。
「……難しい字……は無いか」
 メモには『域墹沮泪』の居るシェアハウスの住所が書かれていた。
 来客の日時、不都合な時間帯。電話連絡不要など。
「遊びに行っていいってこと?」
 返信の為の言葉はすぐさま紙に書かれる。その仕草はとても素早かった。
「大勢は無理だけど……、将来についての……アドバイスなどを受け付ける」
「セラのところにはどれくらいのしゅごキャラが居るの?」
 ランの質問に五体くらいとセラは答えた。
「二百人じゃなくて?」
「ハウスには五人くらいしか居ないって意味じゃない?」
 ミキの言葉にセラは頷いた。
「しゅごキャラさんはそんなに居ないんですね〜」
「ここには十人以上も居るけどね。……行ってみたいけど、真面目な話しは苦手だな〜」
 セラがまた文字を書き始めた。
「えっと、そろそろ失礼する。用件は以上。面白い話しが無くて申しわけないな」
「まじめさんですからね〜」
 表情を引き締めた後、セラは飲み物を片付けて去って行った。

 セラと行き違いになるように新たなしゅごキャラが訪れた。
 袴姿で小豆色の髪のカムイと黒猫のポゥと黒犬のドイルの三人だった。
「ご無沙汰しています」
 と、カムイがまず挨拶した。
「また新しいしゅごキャラだ〜」
 柊の言葉に驚いたポゥ達はカムイの背中に隠れた。
「カムイだよね? 後ろの子達も見覚えがあるけど……」
「ポゥとドイル。以前はお世話になったそうで」
 顔見知りの日奈森が居たので、二人はすぐさま彼女の元に飛んで行った。
「お姉ちゃん」
「この前はありがとう」
 二人は揃って頭を下げた。
「どういたしまして。以前、迷子になっていたところを助けた事があって……」
 日奈森はみんなに簡単な説明を話した。
 人見知りするのか、ポゥ達は知らない人間には近づかない。

527Q:2015/05/27(水) 05:16:34 ID:skjYNMgM0
egg 5

 カムイ達に飲み物とお菓子を用意したところで、ガーディアンの他のメンバーがやってきた。
「新しいしゅごキャラ?」
 結木はポゥ達に近づいた。
 急に大きな人間が迫ってきたので二人は逃げ出してしまった。しかし、すぐにカムイは彼らの背中を掴む。
「こらこら。ここに居る人間はみな仲間だよ」
 一気にしゅごキャラが増えたので『しゅごキャラハウス』にそれぞれ移動した。
「このところ×たまなどが見当たらなくてな。その手の情報は無いに等しい」
「こっちもだけど」
「だからといってネガティブな気配が無いわけではない。推測ではあるが……、宿主の中に潜んでいるのかもしれない」
「……まじめな話しでちゅね」
 しみじみとペペは言った。
「……期待されても困るがな」
「じゃあ……、神崎さんちのコイルちゃんの遊び相手になるのはどうかな? 今度、あみを連れて行こうかと思ってるんだけど」
「コイルちゃん?」
「あのコイルちゃん?」
「そのコイルちゃん。他には居ないだろう」
 名前を呼ばれたと思ったコルクは首を傾げたが、すぐに自分ではないと気付いた。
「あの家にはさくらが居るが……。行ってみるか?」
 さくらと聞いてドイル達は互いを抱きしめあい、ブルブルと震えだした。
「おい、カムイ」
 と、遠くから四十九院が声をかけた。
「お前はさくらに会った事があるのか?」
「あるけど、どうかしたか?」
「リベンジしたい。私も行く」
 四十九院の言葉が理解できなかったのか、カムイは首を傾げた。

 日曜になり、四十九院と日奈森は神崎家の前で落ち合った。栗花落も約束はしていなかったがやってきたので日奈森は少し驚いた。
 すぐ後にカムイ達も姿を見せる。
「いよいよ、最終決戦だな」
「ラスボス扱い!?」
 そんなことを言いながらインターフォンを鳴らし、家の中に入った。

528Q:2015/05/27(水) 05:16:58 ID:skjYNMgM0
egg 6

 玄関口にはいくつかの靴が並んでいた。相変わらずスリッパの数は足りていなかった。
 日奈森は妹にスリッパを渡して靴下のまま客間を目指した。
「いらっしゃい」
 出迎えてくれたのは龍美のはずだった。
 鈴怜とほとんど顔が一緒なので丁寧な挨拶をされると見分けがつかない。
「おじゃまします」
「あむちゃんとあみちゃん、ようこそ」
 丁寧に挨拶してきたのはコイルだった。
 さっそくしゅごキャラ達はコイルの所に向かった。
「今、飲み物を用意するから適当に座ってて。あと、赤龍は風呂場に居るから」
 赤龍を呼び捨てにしたので彼女は龍美であると確信した。
 鈴怜は家族を呼び捨てにしないからだ。
「さくらに会えますか?」
「おっ、いよいよ決戦か? 部屋に居るから。でも、ヨルって子が居ないと話しが出来ないんだっけ?」
「そうですね。でもいいんです」
「んっ? 今、誰か呼んだかにゃ?」
 どこからともなく猫型のしゅごキャラ『ヨル』が現れた。
「えっ!? なんでヨルが居るの?」
 居て悪い事はないけれど、何故という疑問がそれぞれ浮かんでいた。
 ヨルは眠そうな態度のまま空中を漂っていた。
「さくらの言葉を通訳してほしいから、一緒に来てくれる?」
「めんどうくさいにゃ〜」
 と、言っているヨルをノリとマリは引っ張りながら四十九院達は移動していった。

 栗花落は龍美に話しかけ、残った日奈森は椅子に腰掛けた。
「おねえちゃん」
 と、妹に服を引っ張られた所で日奈森は我に返る。
 正直、ここに何しに来たのか忘れていた。
「ごめんごめん。コイルちゃんは……、あれ? さっきまで居たのに」
「二階の本棚の部屋に行ったと思うよ。行っておいで。おやつを持ってってあげるから」
「は〜い」
「赤龍は風呂掃除中。のぞくだけなら行ってもいいよ。ちゃんと声かけないと水をかけられるから」
「分かりました」
 作業の手を休めずに龍美は応対した。
 それらの様子をカムイ達は感心しながら見つめる。

529Q:2015/05/27(水) 05:17:15 ID:skjYNMgM0

egg 7

 カムイ達がついて来ないので日奈森は首を傾げた。
 一応、声をかけて妹と共に移動する。
 先に移動した四十九院は大きな扉の前で深呼吸した。
 目の前には二周りほど大きな扉がある。
「……よし」
 と、気合を入れる。
 さすがにいきなり飛び掛られる事はないはずだと思ったが、やはり大型の猛獣は怖い。
 なかなか扉を開けられない。
「おっ、まだ居たか」
 数分ほど格闘していたら声をかけられた。
 両手にお盆を持つ龍美だった。
「今、中にお客さんが居るんだ。可愛い子だけど。智秋ちゃんはさくらが苦手だってね」
「……まだ慣れてないだけです」
「無理はいけない。心臓に悪いから。じゃあ、開けるから、私の後ろに居なよ」
 口を尖らせつつも四十九院は龍美の背中に張り付いた。
「子供はそうしている方が可愛い」
 龍美の言葉に反論出来なかった。
 意地悪だったりからかうつもりで言ったのではなく、純粋に可愛い四十九院のほうがいいと思っているのだろう。
 ことあるごとに可愛くないぞ、と言われていた。
 今回はさすがに気丈に振舞えない。歳相応な小学生だった。

 お盆を廊下に置いてから龍美は扉を開ける。
 光りが視界を覆うような視覚効果は無く、物凄い音量の騒音も聞こえない。
「ほら、さくらは今、寝てるから見てみな」
「はい」
 おそるおそる龍美の背中から部屋の中を覗き込むと、前に見た恐ろしい顔の猛獣が居た。
 さくらは外の光りを浴びつつ寝転んでいた。そして、側に金髪の少女が一緒に寝ていた。
「………」
 言葉が出ない。
 前に見た時と同じくデカイ図体だな、と思った。
 改めて見ると迫力のある獣だった。寝ているとはいえ、簡単には近づけない。
「触っても大丈夫だよ。さくらは怖い顔してるけど、慣れたら可愛いもんだよ。あと、いきなり顔を舐めたりしないから」
 龍美が先行してさくらに近づいた。

530Q:2015/05/27(水) 05:17:38 ID:skjYNMgM0
egg 8

 寝ている筈のさくらは龍美の気配に気付いたのか、ゆっくりと頭を上げる。それだけで四十九院の背筋に緊張が走る。
「近づくのが無理ならしゅごキャラに通訳させてみたらどうかな? 何か聞いてごらん」
「は、はい……。こんにちは」
 まずは無難な挨拶から始めることにした。
「ウニャア」
 知っている猫よりも荒々しい返事が返ってきた。
「オッス。って言ったにゃ」
「おっす? それ合ってるの?」
「そう聞こえたにゃ」
「えと、え〜と。あなたは男性ですか?」
「この子は性別が無いそうだよ」
 そう言ったのは龍美だった。
「無性体ってやつ。親からどうやって生まれたのかは国家機密らしい。お兄ちゃんも知らないって言ってた。ちなみに名前は幼生体の時、今の状態だけど『獅皇さくら』で、成体になると獅皇の正式な名前がまた別に与えられるらしい」
 さくらの頭やあごを撫でながら龍美が答えた。
「あねさんが全部答えたら意味がないですって言ってるにゃ」
 ヨルの言葉を四十九院が言った。
「さくらにビビってるからだろ。あと、さくらって名前は家族会議で決定しました」
「ニャ」
 今のは訳さなくても四十九院には『うん』っていう返事だと感じた。
「一応、女の子という扱いにしているからお尻部分は見せません」
「トイレとか食事とか、どうしているんですか?」
「人並みに出るものは出る。基本、食べなくても大丈夫らしいけど、私たちと同じものは大体食べるし、飲むよ。コーラみたいな炭酸系が苦手かな?」
「じゃあ……、触ってもいいですか?」
「ニャア」
「どうぞって言ってるにゃ」
 さっきから尻尾が動いていたので、まずはそこから触ろうかなと思った。
 龍美がさくらの身体を押さえているので、思い切って尻尾に触れてみた。
「あっ……。よく考えたら義手だから感触が分からないや」
「ん〜、残念」
「ウニャ〜」
「思い切って背中をなでても良いぞって言ってるにゃ。オレも何度かあの毛並みに飛び込んだことがあるけど、フサフサでサラサラで気持ちいいにゃ」
 龍美が遠慮なく抱きついているので大丈夫なのだろうけれど、やはりまださくらの顔が怖く見える。
 ここまで大型の動物に苦手だったのかと自分自身が驚いていた。
 いつも大人なお兄ちゃんである神崎龍緋の背中を追いかけていたのに、と悔しい気持ちになる。

531Q:2015/05/27(水) 05:18:11 ID:skjYNMgM0
egg 9

 尻尾までは触れたので龍美は無理強いするのはやめて、持ってきたおやつの一部を部屋に入れた。
「そうそう。この子はこのまま寝かせておいてね。あと、飲み物が欲しくなったら台所から汲んでいいから」
「……すみません」
「さくらみたいな大型の獣は他に居ないから。何かあれば呼んでね。赤龍もお姉ちゃんも居るし」
「はい」
「あと、ヨル。出来るだけ協力してあげてね。そういえば煮干が好きみたいだけど、他に好きなもんとかあるの?」
「魚系はだいたい好きにゃ」
 という言葉を四十九院が伝えた。
「智秋ちゃんはまだ挑戦するの?」
「そうですね。もう少し頑張ってみます」
「そっか……。がんばんな」
 そう言って龍美は部屋から出て行った。

 猛獣と同じ部屋に取り残された四十九院はしばらくさくらを見つめた。
「心配せずともとびかかったりしない」
 ヨルは一生懸命に通訳した。
「我に答えられるのであればえんりょなく聞くがいい」
 そう言っているようだが、さくらの表情は厳ついままで怖かった。
 自顔なのだから仕方がない、とはいえもう少し可愛い猫だったらいいのにと少し思った。
 さくらの側で寝ている金髪の少女が気になるところだが、この子のように気安く慣れてみたいという気持ちもあった。
 龍緋からさくらの事はほとんど教えてもらっていない。
 大きなペットが居る事は知っていた。
「……あ……。成長すると三十メートルくらいになるって本当?」
「知らない。せいちょうきにあるのは間違いないだろう。来年あたり部屋から出られなくなるのは困る」
「人間を食べたりする?」
 失礼を承知で尋ねてみた。
「命令であれば食べるかもしれない」
 寝ていた少女が寝返りを打つ。
「お兄ちゃんに倒されたって本当?」
「……グゥ……、ガァウワー」
「強かった。大人……になっても勝てるかどうか、というほどだった」
 本当に倒したんだ、とつぶやきながら四十九院は苦笑した。

532Q:2015/05/27(水) 05:18:29 ID:skjYNMgM0
egg 10

 聞きたいことが急に浮かばなくなったのでヨルには休んでもらい、おやつを食べることにした。
 同じ頃、栗花落は風呂場で赤龍の仕事振りを見学していた。
 男湯ではあったが特に目新しいものはなく、入居者の持ち物がいくつか置いてあるだけだった。
「日奈森を除けばうちの親達と俺だけかな。女の人口が多いから、そんなに汚れない」
「いつも掃除なさるんですか?」
「当番制だけどな。シェアハウスの運営は日が浅いからさ、まだよく分からないのさ。日々、試行錯誤」
 質問すれば大抵の事は答えてくれる。
「寮との違いって何だろうな。……寮の方がいいのか?」
「さあ?」
 赤龍は作業の手を止めて栗花落を見据える。
「……毎回、来てくれてるけど、俺のどこが気に入ったのかな? 優しいだけじゃ他にも居るんじゃないのか?」
「一目ぼれではダメですか?」
 言葉で『好きです』と言っても何故と聞き返されると答えられない。
 優しくて強くて何でも知っている。年上だから、というのもあるかもしれない。
 その点で言えば四十九院が龍緋の事が好きだったのと違いは無い、と思っていた。
 赤龍は邪険にせず、携帯や自宅の番号を教えてくれた。
 ただ、恋愛は中学生からだと何度も言われた。
「好いてくれるのはありがたいけどな。それが何年続くのか……」
「今のところは赤龍さんだけですよ」
 栗花落の側に居るコルクは黙って二人のやり取りを聞いていた。
 相手がしゅごキャラの見えない人間なので、少し寂しかった。
「そう言っていられるのも今のうちだ」
 そう言いつつ赤龍は片づけを始めた。
 いずれは怖い思いをするかもしれないし、赤龍の嫌いな部分も見え始めるかもしれない。
 もとより危険な仕事も行うらしいことは聞いていたので、彼なりに心配してくれているのかもしれない。

 本のたくさん置いてある部屋に行っていた日奈森達はコイルともう一人の客人の相手をしていた。
 見た感じでは自分より年上に見える女性が静かに読書していた。
「……何か?」
 短めの黒髪に目元が鋭く見える女性の名前は『冥王サーラ』という。
 こちらに顔を向けると睨まれているように見えてしまい、少し怖いと思った。
「おともだちのサーラちゃん。こちらはお客さんのあむちゃんとあみちゃんとランちゃんたち」
 コイルはサーラに怯む事無く笑顔で紹介した。
「……ああ、しゅごキャラですか。そういえばそんなことを言ってましたね」
「この人は私たちのこと見えていないみたい」
「サーラちゃんは何をよんでるの?」
「『魔女と魔術の事典』という本。たまたま置いてあったから読んでるだけだよ」
 日奈森の見た目には難しそうな印象を受ける本だった。明らかに漫画本ではなさそうな雰囲気を感じる。

533Q:2015/05/27(水) 05:18:46 ID:skjYNMgM0
egg 11

 見た目は怖いけれどコイルの為に低学年向きの本を読んで聞かせた。
 この部屋には漫画本はほとんどなく、ハードカバーや箱入りの本が多かった。
「マンガはここには無いよ」
 本棚を物色していた日奈森が気になったのか、サーラは言った。
「無いの?」
「この部屋の本は鈴さんの資料がほとんどだから。君には何がなにやら分からないんじゃないかな」
 料理の本もあるにはあったが、面白そうなものは無い気がした。
「各国の風土や歴史、食生活。日本の古典文学などの解説書がメイン」
「へ〜」
 妹のあみも自分が読めそうな本を探していたがサーラの言葉から簡単そうな本は無さそうだった。
「リーチェさんの部屋にあるんだけど、今は……入れないかも。私が代わりにマンガ本を持ってこようか?」
「なんで入れないの?」
 日奈森の疑問にサーラは視線をコイルに向けた。
「この子がお腹を叩くから、立ち入り禁止になっている」
「……なんでそんなことを」
「もうすぐお姉ちゃんになるんだから、しっかりしないと」
 口を尖らせて不満の表情になるコイル。
「リーチェさんは精神的にも肉体的にも弱いから大変なんだよ。お母さんを守ってあげないと」
「……あみ、コイルちゃんと遊んであげなさい」
「ラジャー」
 自分の妹は物分りが良いのか、素直に言う事を聞いてくれた。
 不機嫌なコイルに比べると少し頼もしく思えた。

 しゅごキャラ達は交代であみのお手伝いをすることになり、日奈森は一気にやることが無くなった。
 あみが誘うとコイルは笑顔になった。
 ラン達も不機嫌なコイルを喜ばせる為に頑張ろうと思い、彼女達のあとを追うことにした。
 サーラに顔を向けると読書を再開していた。
 読書の邪魔をしてはいけないと思い、静かに部屋を出た。
 廊下に出ると丁度、龍美と鈴の姿が見えた。
「コイルの相手は大変だった?」
「まあ、なんとかやってます」
「食事の用意が出来たから食べてって。しゅごキャラの分もあるよ」
「ありがとう」
 鈴は日奈森に一礼して本の部屋に入っていった。
「面白いものがなくて退屈だろう? うちはアウトドアな活動が多いから」
 そう言いながら龍美は日奈森を連れて客間に向かった。

534Q:2015/05/27(水) 05:19:05 ID:skjYNMgM0
egg 12

 客間では既にカムイ達が食事をしていた。
「今居るしゅごキャラの名前はなんていうの?」
「カムイと……」
「ドイルとポゥです」
 と、カムイの言葉を伝えた。
「ふ〜ん。私も野郎の友達は何人か居るけど……、しゅごキャラのこと知らなかったもんな〜。そうかそうか」
 龍美はなんとかしゅごキャラに触れようとしたが感触が無い。
 カムイ達は一応、龍美の手に自分の手を当てたりしていた。
「そうそう、忘れてた。今、鈴怜の部屋には入れないから」
「?」
「大きな手術があってね。前に言ったかな? 脳梗塞とか脳卒中のおそれがあるって言ったこと」
「うん」
「合宿から帰った後、再発というか、まあ再発してね。かなり深刻な事態になっちゃってさ。……あ〜っと、あむちゃん達のせいじゃないからね。気にしたらダメだよ」
 台所に向かいながら龍美は言った。
 冷蔵庫からいくつかの飲み物を持ってきて、椅子に座る。
「脳腫瘍が見つかったらしい。場所で言うとかなり奥ってことになる。それで、髪の毛をばっさりと落したんで、ちょっと他人に見られたくないんだって」
「髪?」
「手術は終わったし、経過も良好だっていうから、それは安心なんだけど……。まあ、女の子だもんね」
「そうなんだ……。ハゲってことですか?」
「ばっさりって言っちゃったけど、十センチくらいそり落としたから不恰好になって、恥ずかしいって。もし、用があるなら聞いてきてあげるよ」
「……今は特には……。ラダの姿が見えないから部屋に居るのかな〜とは思ってた」
「ご飯は減ってるから部屋に居ることは居るみたい。声が聞こえないと寂しいな」
 龍美が話している最中にインターフォンが鳴った。
 すぐに玄関に向かい、客人を迎える。
 現れたのは髪の毛が赤い男性だった。
 赤紫の髪を最近見ていなかったせいか、かなりインパクトのある髪の毛だと感じた。
「ちわっす」
「遠路はるばるご苦労さん」
「そんなに遠くないだろ」
「あんたの嫁さん、本のとこに居るから」
 そんなやりとりを聞きながら出された食事に手を付ける。

535Q:2015/05/27(水) 05:19:22 ID:skjYNMgM0
egg 13

 新たな客は自分とは関係が無さそうなので無理に声をかける必要も無いと判断することにした。
 作ってくれた料理は野菜中心で出来ていた。
 新鮮な野菜の料理が多いようだ。
 他にもあるけれど時間のかかるものは出てこない。頼めば作ってくれるかもしれない。
「あむ殿は好き嫌いはある方ですか?」
 カムイが唐突に質問してきたのでびっくりした。
「……あるかもしれない。だいたいものは食べるよ」
 虫の料理はダメかもしれないと思った。
「この二人の宿主は好き嫌いが激しいので心配している」
「しゅごキャラはよく食べているようだけど?」
「現代病になりやすくなるぞ、とは言っているのだが……。ポゥ達は比較的、好き嫌いは少ないようだから心配はあまりしていない」
「面倒見がいいんだね、キミは」
「他人の悩みを聞くのが仕事みたいなものだから。私自身もしっかりしないと。じゃなかった、宿主が、だが」
 宿主の気持ちが移ってしまったのか、カムイは自分の事のように言った。
 とても責任感のある人間なのだろうと日奈森には思えた。

 数分後に赤い髪の男性とサーラがやってきて、その後から四十九院達も食事の為に戻ってきた。
「いつでも頼ってくださいね」
「ありがとうございます」
 赤い髪の男性は鈴にそう言ってサーラと共に帰って行った。
「あれ? コイルは?」
「友達と走り回ってたよ。今、さくらがお姉ちゃんとこのドアの前でせき止めてるから大丈夫じゃないかな」
「じゃあリンちゃんは?」
「顔を洗ってる。もうすぐ来るよ」
「せっかく来てくれたのに何も面白いものが無くて申し訳ありません」
 鈴は日奈森達に頭を下げながら言った。
「いえいえ、お構いなく」
「うちの日奈森は勉強中だし、歌唄ちゃんはなにやら忙しいし。相手してやれなくて悪いな」
「ご飯、作ってあげたよ〜。食べて〜」
 龍美は鈴達に食事を振舞った。そのすぐ後に金髪の少女が姿を現す。

536Q:2015/05/27(水) 05:19:37 ID:skjYNMgM0
egg 14

 異国人の雰囲気をかもし出している不思議な少女。
 瞳の色も金色だった。
 目つきは鋭く、先ほどのサーラよりも怒っているように見える表情をしていた。
 眉がVの字になっているので不機嫌なのかな、とそれぞれが思っていた。
「リンちゃんも食べるかい?」
「……い」
 かすれたような声で返事をした。
「この子はお姉ちゃんと同じ名前でリンちゃん。リンちゃんはこの辺りに居るしゅごキャラは見える?」
 そう言うと小首を傾げた。
「小さな妖精みたいな姿をしているそうだけど……」
 リンは何度か瞬きをした後、日奈森の側に居たスゥに向かって手を伸ばす。しかし、テーブルに身体が当たり、届かなかった。
 スゥはリンの手に触れた。
「……にん……た」
「?」
 日奈森にはリンの言葉が全く聞き取れなかった。
 何か言っているのは分かった。

 リンは龍美達の側に駆け寄る。
「……も……きする?」
 龍美は耳をリンに近づけて復唱を頼んだ。彼女もリンの言葉はあまり聞き取れていないようだ。
「認識したいかって?」
 そう言うとリンは頷いた。
 その返事を聞いた途端に龍美の顔色が悪くなった。
「……う、うう……。それは……」
 片目をつぶりながら痛そうな顔になる龍美。
 気が付けばリンの両手に小さなナイフが握られていた。
「ヤバイ様子だな……」
 鈴と赤龍もそれぞれ怯んでいた。
 当のリンは小首を傾げながらナイフを構えている。
「なにやってんの! 小さい子が刃物を振り回したらダメでしょう」
「……が、…インワー……」
「? よく聞こえない」
 日奈森はリンから刃物を取り上げる。意外とあっさりと奪えたので拍子抜けした。

537Q:2015/05/27(水) 05:19:53 ID:skjYNMgM0
egg 15

 安心したのもつかの間、奪ったはずの小型ナイフが消えた。
 確かに手に感触があったはずなのにどこにも見当たらない。少女の手にも無い。
「あれ?」
 床にも落ちていない。
 気が付いたら無くなっていた。
「物騒な方法は……、勘弁してね」
「……い」
 リンは頷いていたが日奈森には彼女が何を考えているのか、全く分からない。
 表情に変化でもあれば喜んでいるのか、不満そうな態度なのか分かるのに、と思った。
「今回は保留ってことで……。リンちゃん、他に食べたいものがあったら言ってね」
「………」
 何も答えないリンにしゅごキャラ達が視線を向ける。
 不機嫌なのか、自顔なのか分からないけれど、その後は特に暴れたりせず大人しくしていた。

 鈴は時々、リンの肩を揉んで機嫌を伺ったりしていた。
 今まで特別扱いする人間を見たことが無かったので不思議だと日奈森達は思った。
「この子は……、どういう……」
 四十九院が思い切って尋ねてみた。
 リンの存在は自分も知らなかったので興味があった。先ほど、チラッとだけ見たサーラ達はなんとなく知っている程度だったが、この子は全く分からない。
「VIP中のVIP」
「分かり易い例えでは……、この子の機嫌一つで神崎家が消滅する」
「え〜っと……。姉ちゃんが逆らえない人間の一人、かな?」
 赤龍と龍美はそれぞれ上手い例えを模索して話してくれたが、日奈森達には全く理解できないものだった。
「ご機嫌うかがいするような子ではありませんが……、つい、です」
 苦笑しながら鈴は言った。
 リンはテーブルに居るしゅごキャラ達に顔を向けていた。
 表情は変わらないが黙って様子を見ているようだった。
「……そういえば、我皇は居ないんですか?」
「ここ数日は見てないな……。鈴怜のとこかもしれないが……」
「エネルギーを借りてるから長時間留まれないって言ってたもんね」
「……おう?」
 リンが首を傾げた時、鈴が小声で彼女に説明を始めた。
「こんなところで時間を潰している暇はなかった。悪いな、司穂ちゃん。この後、出かけるんで」
「えっ?」
「連れて行けばいいじゃん」
 と、龍美がすかさず言った。

538Q:2015/05/27(水) 05:20:08 ID:skjYNMgM0
egg 16

 あからさまに不機嫌な顔をする赤龍。
「小さい子と一緒に行けと?」
「私らも合流するから大丈夫だろ」
「二人とも、物騒な事態に巻き込むのはやめなさい」
 と、姉弟達がにらみ合う形になった。
「……カムイはこういう時、どういうアドバイスしてくれるの?」
 ランが大人しく食事をしていたカムイに尋ねた。
「彼らは物事をちゃんと把握できる人間だ。任せておけばいい」
「随分と信頼してるんだね」
「修羅場を潜り抜けた人間であることは私も知っている。宿主もお世話になっているからな」
 四十九院はカムイ達の宿主との面識はあまり無かったので誰だったのかは思い出せなかった。
 それぞれが話し合っている最中、リンの頭上に突然、オレンジ色のしゅごたまが現れた。そして、それに真っ先に気付いたのは日奈森と四十九院だった。
「あっ!」
 リンも頭上に違和感を感じたのか、手で頭を探った。
「そ、それはラムの卵なの。割らないでくれるかな?」
 と、日奈森の言葉にリンは黙って頷いた。
 表情とは裏腹に素直な対応に安心した。
 卵は丁寧な動作でテーブルの上に置かれる。そして、すぐに割れたのでリンも一瞬、驚いたようだ。
「………」
 無表情で無言のラムがその場に現れる。
「どうしたの、ラム? こっちにおいで」
 主の呼びかけに答えないラム。
 後ろからリンがラムの背中を押す。
「………」
「………」
 何も喋らないラム。
 ただ一点、宿主の顔を見つめる。
 何か言いたい事でもあるのかもしれないと思い、四十九院は黙って待ってみたが数分経っても言葉は出てこない。
 カムイ達は気まずさを感じつつも食事は続けた。

 リンは何度かラムの背中を押しているけれど、押されたことに腹を立てるわけでもなく、振り向いて抗議するでもなかった。
 ただひたすら宿主を見つめる。

539Q:2015/05/27(水) 05:20:32 ID:skjYNMgM0
egg 17

 鈴は一旦、奥に引き下がり、赤龍と龍美は栗花落を伴って客室を後にした。
 残った日奈森は居心地の悪さを感じていた。
「二人とも黙ってないで何か話してくれない?」
 しびれを切らした日奈森は言った。
「んっ? 無理してこっち見なくてもいいのに……」
「いやいや。この空気は耐えられないって」
 ラン達も日奈森の意見に同意し、何度か頷いた。
「ん〜、そうか……。仕方ないな。解説モードに移行」
「?」
 四十九院は不敵に微笑んだ。
「この子は私にもっとも近い感情や気持ちを持っている。だからかもしれないけれど、こうやって黙っているラムの気持ちはなんとなくだけど、理解出来る」
「そうお?」
「この子には分かるんだよ。私の様子が」
 と、四十九院はラムを見据える。しかし、ラムは黙ったままだった。
 リンは席を立ち、四十九院の側に歩み寄る。そして、彼女のわき腹辺りを指で押した。
「きゃ」
 わきは弱いらしく、四十九院は少しのけぞった。
「いや、なんとなくやってくるだろうとは思ってたけど……。つんつんしないで」
「……ぱい。……も……」
 目の前に居るのにリンの声は日奈森と四十九院には聞き取りづらかった。
 ベアトリーチェや域墹も声は大きくはないけれど、彼らよりも尚、声は小さいと思った。
「………」
 四十九院が怯んでいる隙をつくようにリンの指先が今、つつかれたわき腹に突き刺さる。
「!?」
 日奈森にも見えた。しゅごキャラ達もあまりの事に声を失う。

 完全に手首まで見えなくなるほどにリンの手は埋まっていった。
「……わ〜お」
 例えようの無い感触が伝わるけれど、激痛というほどでもないとすぐに分かったが、あまりのことにどう反応すればいいか分からなくなった。
 周りが騒然となっているのにも関わらず、どんどんリンの手は四十九院の身体に埋まっていく。
 どのような手品なのか、四十九院の記憶の中にも無い不可思議な出来事にただただ恐怖した。
 ズブズブと埋まる手を見ているのだから怖くないはずが無い。
 色んな出来ごとを見てきた四十九院でさえ、少し漏らしそうな気がしたほどだった。

540Q:2015/05/27(水) 05:20:49 ID:skjYNMgM0
egg 18

 体内で骨や内臓に触れられる感触。
 明らかに様々な血管や神経に触れているはずなのに思ったほどは痛くない。けれど、気持ち悪い。
 声に出すと危険な気がして反撃できない。
「……う〜ん」
 小さくリンは唸った。
 その後にラムの側に我皇が静かに出現した。
「……リン様でしたか」
「?」
 我皇の言葉にリンは首を傾げつつ、名前を呼ばれた方に顔だけ向けた。
 黒と白が曖昧に混ざり合うしゅごキャラ。
「勝手に人の身体をいじるのは感心しませんな」
 そう我皇が言うとリンは空いている方の手でラムを指差す。
 ラムは黙ったまま事の成り行きを見守っていた。
「……なるほど」
 そう言った後、我皇は四十九院の体内に侵食している方の腕に飛び乗った。そして、軽くつねる。
「!」
「わあ!」
 体内で手が少し暴れたので四十九院は総毛立ちつつ慌てた。
「余計な干渉はやめていただきたい。それぞれの事情があるのですから」
「……う〜」
「い、いきなりはちょっと……」
 出来れば手を抜き出してからつねってほしかった、と四十九院は思った。
 そんな彼女の気持ちを知っているのか、我皇はマイペースでリンに手を抜き出すように言っていた。
 あからさまに不機嫌になったリンは言われる通り、四十九院の身体から手を慎重に抜き出す。
 ズルズルと抜き出される感触も気持ち悪かったが我慢した。

 抜き出されたリンの手には気持ち悪い肉の塊が握られていた。
「……あ〜、私のお肉が……」
「……よ」
「……ん〜、やるなら……いや、やってほしくないけど……。出来れば麻酔かけてからの方が……」
 四十九院にはリンが何を持っているのか、一目で理解したようだが気持ち悪いのでいつまでも見たくはなかった。
 彼女が持っているのは転移したガン細胞の塊。
 臓器の一部なら今頃、のたうちまわるような激痛を感じてもおかしくない、と思った。

541Q:2015/05/27(水) 05:21:06 ID:skjYNMgM0
egg 19

 ラムがずっと大人しかった理由。
 宿主の体内に異常を感じていたからだと四十九院は推測していた。
 日奈森達と談笑している暇は無く、今すぐにでも病院に行ってほしいと思っていた。けれども、ラムにはそれをちゃんと伝える事が出来ず、今まで一生懸命に言葉を考えていた。
「というような理由」
 と、四十九院は言った。
「……モノローグ?」
「そう」
 念のためにラムに確認を取ってみると素直に頷いた。
 ラン達は四十九院はすごいとほめていた。
「いいじゃん。自分で一生懸命に考えることは大事だよ」
 ノリとマリは黙ってラムを見つめる。
「私がお兄ちゃんに対してそうだったように、ラムも伝えたいことが言葉に出来ずに悩んでいたのかもしれない。……ということを日奈森達に説明するのも変だろ?」
「一人で抱え込むのもよくない気がするけど」
「私、明日死ぬけどお前どうする? って聞くようなもんだよ」
 凄い例えだね、と日奈森は思った。
「……でも、定期健診はちゃんと受けてるのに……。転移も想定内なんだけどな」
 そう喋っている合間もリンが声をかけていたが日奈森たちは気づかなかった。
「小さな身体の私には頻繁に手術を受ける体力がありません。この前の麻酔騒動が良い例だ。お前が心配してくれるのはありがたいと思っているけれど、そうそう事が運ばないのも事実だ」
「………」
 普段ならすぐにでも反論するラムが黙って泣いていた。
 スゥが彼女にハンカチを渡す。
「……リン様、子供達はちゃんと分かっているのですよ」
「………。ご……い……」
 我皇はラムの側に行き、頬を軽く叩いた。
「これも経験だ、ラム」
 そう言った後、ラムは我皇のお腹に拳を打ち込んだ。しかし、彼は吹き飛ばず、その場に立ち止まった。
「それだけ元気なら問題は無い」
 そう話している間にリンの手にあった肉の塊は青い炎を発した後、消し炭になってしまった。
「あっ……、大事な臓器が無いかまだ確認してない……」
 痛くなかったからと言ってガン細胞だけを取り出したとは限らない。
 『脾臓』だか『胆のう』とか漢字で書けないような小さな臓器が混じっていないとも言えない。
「勝手な行動は後で叱られますよ」
 そう我皇が言うとリンは泣きそうな顔になってきた。
 四十九院はリンの様子を見ながら『こっちも泣きたいんですけど』と思いはしたが黙っていた。

542Q:2015/05/27(水) 05:21:20 ID:skjYNMgM0
egg 20

 数分待っても異常が見られないから安心、というわけにはいかず後で病院に行かなければならないだろう。
 それにしても小さな手のリンが握っていた分量は自分が思っていたものより多かったのは素直に驚いた。
 色々と準備期間が必要だから、というのもあるけれど、増殖が早すぎる気がした。
 やはり健康な部分も引き出された可能性も捨てきれない。
「……そもそも今のはマジものなのか手品なのか?」
 そういう疑問があってもリンの声は聞き取れない。
 一応、念のために携帯で自宅に連絡を入れた。
「さくらに挑戦できたから私は帰るよ。ノリとマリはラムを怒らないように」
 そう言うとノリ達は黙って頷いた。ラムも反論はしなかった。
 いつの間にか食事を終えたカムイ達は食器を片付け始めていたのでラン達も手伝うことになった。

 日奈森は妹のことを思い出し、コイルの下に向かうことにした。
 冷蔵庫を好きに使っても良いということも思い出し、おやつを探す。
 神崎家の冷蔵庫は大きく、たくさんの飲み物と食材に溢れていた。
 住人専用だと分かるように所々に名札が付けられていた。
「なんかごちゃごちゃしてるな……」
 スゥはたくさんの食材に溢れた冷蔵庫の中を見て目を輝かせていた。
「私も飲み物を一つもらっていくとするかな」
 四十九院が冷蔵庫にあった紙パックのジュースを一つ取っていった。
「病気は治さないといけない。それは分かっているんだけど、準備期間が必要な時もあるので……」
「うん」
「意味も無く学校を休んでいるわけじゃあないんだよ。……大掛かりな手術が決まるとお母さんが毎回、パニックになるし……。家庭でも大変なのさ」
 独り言のように四十九院は言った。
「せっかく頂いた命……。私は無駄にしたりしないよ」
「うん」
 日奈森が相槌を打つたびに四十九院は微笑む。
 何気ない会話。
「そういうことだから、本当に助けて欲しいときは言うから。それ以外はあんまり心配しないで。過度に心配される空気も案外、身体に悪いものだから」
 それは日奈森としゅごキャラ達に向けられた言葉。
 四十九院の言葉に対して日奈森は言い返す言葉が見つからなかったが、頷きで答えた。
 その後、鈴達に挨拶した後、四十九院は帰っていった。
 日奈森は妹の様子を見に行こうと思った時、側に居るリンが気になった。
 一人でポツンと佇んでいるので、つい気になってしまった。
「一緒に来る?」
「………」
 声は聞き取れなかったが、彼女は頷いた。

543Q:2015/05/27(水) 05:21:36 ID:skjYNMgM0
egg 21

 リンと共にコイル達が居る場所を探す。
 三階建てとはいえ部屋数が多く、少し入り組んでいた。
 この家は二世帯住宅二件分が合わさったような作りになっていて、入り口が複数存在するらしい。
「奥にも通路が……」
 リンが日奈森の服を引っ張り、とある場所を指差す。
 その方向に日奈森が顔を向けると妹達の姿が見えた。
「仲良く遊んでいるかな?」
「は〜い」
「あっ、黒いしゅごキャラさんです」
 妹が指差す方向には我皇がゆっくりと飛んでいた。その後にカムイ達が居た。
「病人が居るから音はあまり立てないように」
 我皇がそう言うとコイルは少しだけ眉根を寄せる。
「うっさい! バ〜カ!」
「こら」
 そう言いつつも日奈森は苦笑した。

 コイルにとって我皇は父親のような存在のはずだが、仲が悪いのかなと少し疑問に思った。
 我皇が指摘するたびに唸るコイル。
「一応、君のパパのしゅごキャラなんだから……」
「亡霊は邪魔かもしれないが……。嫌われると傷つくな……」
「遊び相手がほとんどいないからかも。家では一人っきりになるんでしょ?」
 我皇は頻繁に消えるし、ベアトリーチェと鈴怜は療養中。鈴達は色々と忙しいようだし。
 コイルは孤独なのかもしれない。
「あれ? コイルちゃんの……、おじいちゃんって居ないの?」
「あっち」
 コイルは指差して答えた。
 機嫌が悪いせいか、素っ気ない答えだった。
「行ったら怒られる?」
「わかんない」
 尋ねると素直に答える分、日奈森は自分はまだそんなに嫌われていないようだと思って安心した。
 何回か神崎家に来ているけれど鈴達の両親にはお目にかかったことがないなと思った。
 前に一度だけ会ったような気もするけれど、あんまり覚えていない。


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