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仮投下スレpart2

711メビウスの輪から抜け出せなくて ◆EA1tgeYbP.:2009/03/08(日) 18:19:02 ID:aYxLYbq20
 ◇ ◇ ◇


 ……数日?

 ……数年?

 ……数世紀?

 例えどれほどの月日が流れようとも、愛する妻や愛しい娘の姿が変わらぬように、二人が自分へと向けてくれる愛情も、逆に自分が二人へと向ける愛情も決して変わることはなく。
 
 日々の中、毎日の暮らしに少しずつの変化はあっても、振り返ってみれば、それは平和な日々というとても平凡な、けれどかけがえのない大事な思い出の一部となっていく。
 
 ――そんなある日のことだった。

 うううううぉぉぉぉおおおおおおぉぉおおおおお

 遠く空の果てから響いてきた叫ぶようなうめくような声とも聞こえる謎の音。
 
 怯える娘を抱きかかえ、不安がる妻の肩をそっと抱き寄せてヴィラルは遠い空の彼方をにらみつける。
 例え何が襲ってこようとも妻と娘は守って見せる、そんな決意を胸に秘めて。

「――パパ、怖い」

 そんな不安を漏らす娘に彼はそっと笑って見せる。

「大丈夫だ、パパがついているからな」
「そうよ、パパはとっても強いんだから」

 自分も感じているであろう不安はそっと押し殺し、ヴィラルの傍らに立つシャマルもそう言って微笑み娘を勇気付ける。

「――大丈夫だよね!? どんなことがあってもパパが守ってくれるよね?」
「――ああ、パパはずっとお前やママを守ってやるからな」

 不安がる娘の頭をなでてやりながらヴィラルはそう力強く断言した。
 

 ◇ ◇ ◇

712メビウスの輪から抜け出せなくて ◆EA1tgeYbP.:2009/03/08(日) 18:19:28 ID:aYxLYbq20
 ……超螺旋宇宙。
 アンチ=スパイラルの母星があったその空間は、アンチ=スパイラルが生み出した空間であり、同時にアンチ=スパイラルそのものでもあった。
 故にアンチ=スパイラルが螺旋族との闘争に敗れた結果、当然の帰結としてその空間それ自体がアンチスパイラルの後を追って消滅する――筈だった。

 ……いや、本来の超螺旋宇宙全体の大きさ、実際の宇宙にも等しいまさに無限の広大さから比べると「そこ」はあまりにも狭く、小さく、その意味で言えば超螺旋宇宙は消滅したといっても何ら差し支えないほどの極小な空域。その中をヴィラルは一人漂っていた。

 そのあまりに特異な螺旋力のサンプルとして身の安全「だけ」は完全といってもいいレベルに保護された彼の肉体は、ただ一人きり宇宙を漂ってもその生態活動そのものには何ら危機さえ及ぼさず、あまりにも極小ゆえにもはや誰にも干渉することさえ不可能な一人きりの小宇宙の中、一人ヴィラルは夢を見る。 

 ……最後までルルーシュやアンチ=スパイラルといった者達が気が付かなかったただ一つの事実。

 ――例え本調子ではなかったとしても、天上天下にただ一人きり人類最古の英雄王ギルガメッシュが魔鏡の力を使ってまで放った「天地乖離す開闢の星」の一撃でさえ砕くことができなかったほどに強固だったロージェノムの結界。
 その庇護の元に誕生し、同時にただ、そこにいるというだけでその結界さえも揺るがした「天元突破覚醒者」はたしてこれは本当にアンチ=スパイラルにとっては危惧するにさえ値せぬ「ロージェノムの妄想」が生み出した産物であったのか。

『墓穴掘っても掘り抜いて、突き抜けたのなら俺の勝ち!』

 かつて最初にアンチ=スパイラルが打倒された宇宙において天元突破覚醒者シモンが言ったこの台詞。
 確かに螺旋王ロージェノムの願いは地に這いつくばり、自ら穴蔵に閉じ籠ろうとする、より高みへと昇ろうとする螺旋の基本、上昇の意思とは程遠い物だった。

 だが、幸か不幸かその意思は真に「突き抜けた」ものでもあったのだ。

 ロージェノムがもとめたのは「アンチ=スパイラルが干渉不可能な世界を創造可能な螺旋力」だった。確かにアンチ=スパイラルが言ったように、そしてルルーシュがそれを認めたようにそんな都合がいい代物など、多元宇宙をいくつ巡ろうとも見つけ出せるはずもない。
 しかし、その意思の助けの元で天元突破を果たしたヴィラルが求めたものは、いったいどのような物であったのか。
 あの時のヴィラルが求めたものはただ一つ、シャマルと共にあることただそれだけだ。

 アンチ=スパイラルが干渉せずにシャマルと一緒に居続けることが可能な世界。
 そんな都合のいい世界は――わざわざ創造するまでもなくヴィラルの目の前に用意されていた。
 
 ……そう、アンチ=スパイラルの術中に嵌り、彼らのサンプルとして生き続けるという最低最善の道が。

 螺旋の力は命の力。ましてやいかに「突き抜けた」物とはいえ、本質的に停滞を望んだ意思の下での螺旋力には安易な平穏こそが最善の道。
 戦士としてのヴィラル、シャマルの旦那としてのヴィラルであれば唾棄すべき最低最悪の道であっても一個の生命体のヴィラルにとっての最善であればそれは拒む理由にさえなりえず。
 
 アンチ=スパイラルの力によって心を囚われ、アンチ=スパイラルの技術力と天元突破の螺旋力、二つの力で体を守り、永遠にも等しい時間を楽園という名の牢獄でヴィラルは一人夢を見る。

 たった一人で幸せに。
 
 愛しい妻と娘と一緒にあり続ける。
 

 ◇ ◇ ◇

713メビウスの輪から抜け出せなくて ◆EA1tgeYbP.:2009/03/08(日) 18:19:52 ID:aYxLYbq20

 ――不安な出来事も過ぎ去ってしまえば一つの思い出となる。
 空の向こうからわけのわからぬ化け物が襲いかかって来る事もなく、平凡な日々はいつもと変わらず平凡に過ぎ去っていく。
 きっと今日という日も後から振り返ってみれば、当たり前のようにすぎた一日として記憶されていくことだろう。

 横になった娘は眠気を感じる様子もなく、興奮した口調でシャマルへと今日の出来事を話している。

「――でね、でね、私思ったの! やっぱりパパはかっこいいって!」
 
 照れ隠しに笑ってから優しく娘の頭を撫でてやる。

「パパは、おまえ達を守るためならいくらでも強くなれるからな」
「ホント?」
「ああ、本当だ」
「約束してくれる?」
「ああ、約束だ。パパはずっとお前やママのそばでおまえ達を守りつづける」
「じゃあ、指きり」

 ゆーびきーりげーんまん。ヴィラルは娘と約束した。
 
「……私とは約束してくれないんですか?」

 からかうように微笑みかけるシャマルに対してヴィラルは笑って言う。

「もちろん、お前も守って見せるさ」
「じゃあ、ママとも指きりだね!」

 ……そんなふうにして今日という日は終わっていく。

 きっと明日も終わってみれば平凡な一日となることだろう。
 ……だが、もしも。
 そんな言い知れぬ不安が胸をよぎる。

「……どうしたんですか、ヴィラルさん」

 そんな不安が顔に出たのか心配そうにシャマルが声をかけてくる。
 いや、とヴィラルはかぶりを振った。

「いつまでもこんな日々が続けばいいなと思ってな」

 そう言うと、シャマルは笑いヴィラルに向けて言う。


 ―――続きますよ、永遠に。

【アニメキャラ・バトルロワイアル2nd ヴィラル――――FOREVER WITH……】

714 ◆EA1tgeYbP.:2009/03/08(日) 18:21:05 ID:aYxLYbq20
以上です、いや色々と削っただけあって短い短いw

715宴の始末 ◆Wf0eUCE.vg:2009/03/10(火) 23:29:54 ID:SZ0R7Yu.0
 また会ったな。

 それとも、お前とは初めましてだったか?

 まあいい。

 なに? またお前かだと?

 その中には俺であって俺でないのも含まれているんだがな。まあいい。

 今回俺がお前らに話しかけた理由は、ちょっとした後始末のためだ。

 語られることのなかった世界の顛末が気になるのだろう?

 それを一部だけだが見せてやる。

 ………もっとも、同じ世界のやつらでも別の多次元宇宙より連れてこられたやつもいて、その辺は少々複雑なのだがな、まあいい。

 なに? 少し便利に使われ過ぎだと?

 放っておけ。

 だが最初に言っておくが、あくまで覗き見るだけだ。

 干渉しに行くわけでも救いに行くわけでもないということを肝に銘じておけ。

 はっきりいって干渉することは容易いが、俺はなるべく物語には関わらないことにしているんだ。

 俺は力を使うことに特に制約があるわけでもないし自分で力を制限をしているわけでもない。

 だが、驕るつもりではないが、俺はある程度のことができる力がある。

 そんな存在が勝負を決めてしまっては、物語がつまらんだろう?

 まあ、成り行き上で世界の一つや二つ救ってしまうこともあるかもしれんが、それくらいは仕方ない。

 とにかく俺はファミリー以外のために力を奮うつもりはない、今のところはな。

 さて、まずはどの世界について知りたい?

 そうだな……まずヴァッシュ・ザ・スタンピード。彼のいた世界について覗いてみることにしよう。

 ニコラス・D・ウルフウッドは今回の件にかかわらず死亡しているので彼の死に対する影響は存在しないな。

 ミリオンズ・ナイヴズとレガート・ブルーサマーズ、そして殺人集団GUNG-HO-GUNSの脅威は消え去っているようだ。

 こいつらがどこで何をしていたかなど、この俺は知らないがな。

716宴の始末 ◆Wf0eUCE.vg:2009/03/10(火) 23:30:41 ID:SZ0R7Yu.0
【Epilogue:TRIGUN】

 あの人がすべてに決着をつけに行ってはや三ヶ月。
 未だあの人は戻ってこない。
 不思議と敗れたのだとは思わなかった。
 ただ、いつまでたっても戻ってこない。
 どこでなにをしているのか。
 どこかふと立ち寄った場所でまたイザコザに巻き込まれているのだろうか。
 どこかまた遠い場所で高らかに『地には平和をそして愛しみを(ラブアンドピース)』を謡っているのだろうか。
 どっちも簡単に想像がつくし、おそらくはそうなんだろう。
 そんな人だから。

「こっちから探しだすしかありませんわよね!
 それに、よくよく考えたら、待ってるだけなんて私の性に合いませんわ!」
「吹っ切れましたね先輩!」

 笑いながらサイドカー付きバイクに乗ったメリル・ストライフとミリィ・トンプソンは砂埃を上げながら砂漠の中心を切り裂くようにひた走る。

 砂だらけの荒涼たる大地が広がる砂漠の惑星ノーマンズランド。
 この星の人間はいつまでも折れてるほどヤワじゃない。

717宴の始末 ◆Wf0eUCE.vg:2009/03/10(火) 23:31:08 ID:SZ0R7Yu.0
 ■

「バナナサンデー」
「ガトーミルフィーユとセイロンティをセットで」

 何はともあれ情報収集の基本が酒場にあることは古今東西の常識である。
 砂漠の一角にある小さな町にたどり着いた保険屋コンビは、開口一番酒場のマスターに向けてそう告げた。
 荒くれ者の集まる酒場であまりに似つかわしくない注文にマスターは一瞬であきれたような表情をしたものの、すぐさま平常心を取り戻し黙々と注文を受け付けた。プロである。

「で、あんたら見ない顔だが、この辺のもんじゃないな」

 数分後。領収書と共に注文したバナナサンデーとガトーミルフィーユとセイロンティのセットをメリルたちのテーブルに置きながら、酒場のマスターがそう問いかけてきた。

「ええ、実は私たち人を探していますの」
「人探しねぇ。ま。ここは小さい町だからあんたらみたいによそ者が来ればだいたい耳に入ってくるが。
 それで、あんたらの探し人ってのはどんな奴だい?」
「えっとですね、」

 探し人の特徴をメリルが告げようとしたその瞬間。
 突然にボカーンという爆発音が鳴り響いた。
 何事かと酒場にいた全員が音源の方に視線を向けると、バキバキと酒場の壁を突き破って冗談みたいな大男が現れた。

「ゔあ゙ああ゙ぁ゙あ゙、オデはもうおじめいだぁああ!!!」

 そして、わけのわからない奇声あげてマシンガンを乱射する大男。
 安っぽい末場の酒場はあっという間にこじゃれたオープンカフェに変化した。
 逃げ惑う酒場の客。
 大男を取り囲むように現れる憲兵。
 大男の手にしたバズーカーからチュドーンと発射されるミサイル。
 ぶっ飛ばされる憲兵たち。

「…………ははっ」

 そんな光景を見て、不謹慎ながら笑いが漏れた。
 ドタバタでゴチャゴチャでイザコザ。
 あぁ、なんて懐かしい、いつも通りのメチャクチャな日々。

 砂だらけの惑星ノーマンズランド。
 この惑星では何でも起きる。
 いちいち折れてたら、この星では生きてなんていけないのだ。

718宴の始末 ◆Wf0eUCE.vg:2009/03/10(火) 23:31:32 ID:SZ0R7Yu.0


――――はるか遠く――――


「行きますわよ。ミリィ」
「はい、先輩!」

 メリルは懐から取り出したデリンジャーを構えると、盾代わりにしていたテーブルの蔭から飛び出し大男に向かって駆けだした。
 ミリィも袖口から大口径のスタンガンを取り出しそれに続いた。


――――はるか時の彼方――――


「ねえ先輩」

 後方から聞こえる後輩の声にメリルは足を止めず振り返る。


――――まだ見ぬ 遠き場所で――――


「なんですのミリィ?」
「なんだかこうしてると私たち、あの人みたいじゃありませんか?」

 ニコニコ顔で告げられた言葉にメリルはふと考える。
 なんの利益もないのに、自ら進んで争いの渦中に飛び込んでいく。
 ああ、たしかに言われてみればその通りだ。


――――唄い続けられる――――


「バカな事を言ってないでさっさとあの大男を黙らせますわよ」
「はい!」

 崩れた天井から照りつける太陽。
 どこまでも広がる青空の下、砂と瓦礫だらけの大地の上を走る。



――――同じ人類の歌――――



 彼らが愛したタフで優しい日々は、終わらない。

719宴の始末 ◆Wf0eUCE.vg:2009/03/10(火) 23:32:31 ID:SZ0R7Yu.0

 ■


 ねぇ、ヴァッシュさん。

 私、あなたにお伝えしたいことが沢山ありますの。

 お話したいことが沢山。沢山。

 だからきっと。

 また、いつか――――。


【Epilogue:TRIGUN 完】

720宴の始末 ◆Wf0eUCE.vg:2009/03/10(火) 23:34:17 ID:SZ0R7Yu.0
 ■

 まったく、たくましいことだな。

 とはいえ、ヴァッシュ・ザ・スタンピードが消えた影響は大きいようだ。

 なに? 平和になったんだからいいんじゃないか、だと?

 ……何気にひどいやつだなお前。

 まあいい。一時的な脅威が消え去っただけで争いがなくなった訳じゃないんだがな、まあそれもいいだろう。

 それに、その平和はあくまで人間目線の話だろ?

 この星に生きるのは人間だけじゃない。

 そう、この星のエネルギー源たるプラントだ。

 その架け橋たるヴァッシュ・ザ・スタンピードが消えてしまった以上、このままではプラントたちは食い潰される運命だろうな。

 今後この星がどうなるのかだと?

 知るか。そんな事は自分で考えろ。

 不親切だと。甘えるな。

 言っただろ。これは宴の始末だと。

 俺が見せるのは今回の宴が影響した世界だけだ。

 新たな資源を見つけたところで、それで発展を遂げるのか、奪い合い争うのかはあの星に生きる者たち次第だろう。

 その辺はまた別の物語だ。

721宴の始末 ◆Wf0eUCE.vg:2009/03/10(火) 23:34:47 ID:SZ0R7Yu.0

 さて次は何処にするか。

 そうだな、衛宮士郎あたりのいた世界にしてみるか。

 彼らはバラバラの平行世界からつれてこられているようだな。

 さて、それでは誰のいた世界にするか。

 言峰綺礼は元からどの平行世界を探そうとも第五次聖杯戦争を生き残る可能性が皆無だった人間だ、彼の死に対する影響は微細だろう。

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンと間桐慎二も生存率は全体を通しても1/3といったところか。

 ランサーやギルガメッシュなどのサーヴァントたちも、聖杯戦争の特性上生存率は低い。

 衛宮士郎に至っては生き残るほうが稀有だ。

 ……となると何処を見てもあまり変わらんな。

 まあいい。

 次だ。

722宴の始末 ◆Wf0eUCE.vg:2009/03/10(火) 23:35:28 ID:SZ0R7Yu.0

 そうだな、それじゃあ相羽兄弟がいた世界なんてのはどうだ?

 たしかにラダム側も尖兵たるテッカマンエビル――あぁテッカマンランスもいたか――を失ったが所詮は一兵にすぎん。

 それに対して人類側は侵略者ラダムに対抗できる唯一の存在テッカマンブレードが失われた。

 この差は致命的なまでに大きいだろう。

 都合のいい救世主など現れるはずもない。

 ある意味、今回の件で一番危機的状況にさらされた世界なのかも知れんな。

 どうなったのか、気になるか?

 まあいい。見ればわかる。

723宴の始末 ◆Wf0eUCE.vg:2009/03/10(火) 23:36:06 ID:SZ0R7Yu.0

【Epilogue:TekkaManBraid】

 宙をかける二体の機人。
 ラダム獣出現の報告を受け、その殲滅のため現場へと出撃しているそれは、テッカマンブレードのデータをもとに連合地球軍が完成させた対ラダム用強化宇宙服。
 科学で造られた鋼鉄のテッカマン、ソルテッカマンである。

「しかし、Dボゥイのやつはどこに行ったのかねぇ。
 まさか逃げちまったってことはねぇだろうな?」

 緑を基調とした鋼鉄の機人、ソルテッカマン1号を操るバルザック・アシモフが愚痴ように隣を並走する青い機人に軽口を叩いた。

「んなわけねぇだろ。あいつが逃げ出すなんてアキがテッカマンになるよりあり得ねえよ」

 青を基調とした鋼鉄の機人、ソルテッカマン2号のパイロットであるノアル・ベルースは面倒そうにそう返した。
 その言葉にバルザックは、違いない、とにべもなく頷いた。

「………それにな、正直なところ、俺はあいつが消えて少しだけ安心してるんだ」
「安心?」

 ノアルから告げられた予想外な言葉に、バルザックが眉をひそめる。

「ああ、自分の肉体が崩壊するまで、肉親たちと戦い続けるなんて。
 そんな残酷な運命の環からあいつが抜け出せたんなら、それもいいんじゃないかってな」

 どこか寂しげにノアルは呟き、最後にまあアキには悪いがな、と申し訳なさ気に付け加えた。
 その言葉を受けたバルザックも思うところがないわけではないのか、少しだけ気まずそうに、うーんと唸りをあげた。

「…………ま。気持はわからんでもないがね。
 しかしそうも言ってられんだろ。ラダム獣だけならともかくよ、敵のテッカマンが襲ってきたら俺たちだけじゃひとたまりもないぜ」

 現実としてそれは確かなことである。
 相手がラダム獣であればこのソルテッカマンでも十分に対抗できるが。
 侵略の尖兵たるテッカマンが相手となればそうはいかない。
 テッカマンに対抗できるのはテッカマン以外に存在しない。
 故にテッカマンブレードであるDボゥイは人類勝利のためには必要不可欠な人間だったのだ。
 それが失われた人類の未来は暗い。

「おっと、そろそろ目標ポイントのようだぜ」

 ソルテッカマンに備え付けられたレーダーが目標ポイントが近づいてきたことを告げていた。
 ノアルとバルザックの二人は無駄な思考を打ち切り思考を切り替え、飛行速度を落とし目標ポイントへと降下を始めた。

724宴の始末 ◆Wf0eUCE.vg:2009/03/10(火) 23:37:27 ID:SZ0R7Yu.0

 ■
 
「なん……」
「、だと?」

 目標ポイントに到着した二体は目の前の光景に思わず驚愕の声を洩らした。
 そこで行われていたのは、余りにも一方的な破壊と蹂躙。

 だが、言い方は悪いが、その程度のことであれば、この星ではもう珍しいことでもない。
 ラダム獣に殺される人間など、五万と見てきた。
 その程度のことでは激昂はすれど、戦慣れしたこの二人の思考が停止することはなかっただろう。
 二人が絶句した原因はそこではない。

 問題は、蹂躙されているのが人間ではなくラダム獣のほうであるということだ。

 あまりにも常識外れな光景。
 それはテッカマンやましてやソルテッカマンによるものではない。
 何物でもない生身の人間によって、宇宙からの侵略者は一匹残らず駆逐されていたのだ。

「ちっ。当てが外れたか。どうやらこの世界にはいないようだな」

 圧倒的な力でラダム獣を蹴散らした黄金の騎士は忌ま忌ましげにそう吐き捨てた。

「だったらとっとと次に行ったらいいんじゃない?
 なんかこの世界ボロボロだし。面倒事も多そうだしさ」

 その傍らにいた10代後半程度の赤髪の少女がその呟きにこたえる。
 だが、黄金の騎士はその言葉を聞いているのかいないのかわからないような態度で、荒廃したこの世界を真紅の瞳で見据えながらつまらなさそうに口を開いた。

「たしかに、この世界は少し汚れすぎだな。
 気に食わんな…………これではいささか景観に欠ける」
「…………聞きたくないけど、一応聞いとく。それはつまりはどういう事よ?」
「どのような世界であれ、それは全て余すことなく我の庭だ。
 は。そこに巣食う寄生虫など、そんなものをこの我が許すと思うか?」
「だぁー! 予想していた通りの言葉をありがとう!
 十傑集だのラピュタ探索部隊だの人造人間だの、行く先々であんたケンカ売りすぎだっつーの!」

 少しは付き合う方の身にもなれ、と憤慨する少女。
 もう諦めましょう、と何処からともなくくたびれたような電子音が聞こえたが気のせいだろうか?

「たわけ。品のない叫びを上げるな。
 ひとまずそこにいる雑種どもからこの畜生どもの詳細を聞いて来い」

 ノアルたちの存在なぞ、とうの昔に気づいていたのか。
 憤慨する赤髪の少女を軽くいなした黄金の騎士はノアルたちに視線を向ける。
 黄金の騎士に促された赤髪の少女が、しぶしぶながらもノアルたちに向かって歩き始めた。

725宴の始末 ◆Wf0eUCE.vg:2009/03/10(火) 23:37:57 ID:SZ0R7Yu.0

「おい、こっちにくるみたいだぞ。どうするんだ、ノアルさんよ?」
「ま。話くらいは聞いてみるさ。
 ラダム獣と戦ってたってことは敵ってわけじゃないだろ」
「……敵の敵は味方ってか? だといいがな」

 訝しむバルザックの反応は当然だろう。
 突然あんな訳のわからない存在を目の前にして警戒しない方がどうかしている。

「それに、知っている気がするんだ」
「知ってるって、何をだ?」
「消えちまたあのバカのことさ。
 あいつが一体どこに行っちまったのか。どうなっちまったのか、あいつらは知ってるんじゃないかってな。
 ま。なんの根拠はねぇ、ただの勘なんだけどな」

 そう言って、向かってくる少女を出迎えるためノアルはソルテッカマンから降り大地に立った。
 それを見たバルザックはため息をつきながらも、それに倣いソルテッカマンから降り立った。

「ねぇ、ちょっとあんた達――――」

 赤髪の少女がこちらに語りかける。

 荒廃した世界。
 唯一の希望は行方知れず。
 侵略者の脅威に晒された世界の明日は暗い。
 そんな絶望ばかりの世界の中で、誰にでもなくノアルは祈る。

 願わくば、この少女が幸運の女神であらんことを。

【Epilogue:TekkaManBraid 完】

726宴の始末 ◆Wf0eUCE.vg:2009/03/10(火) 23:38:10 ID:SZ0R7Yu.0

 ■

 ………………………………。

 …………まあいい。そういうこともあるだろう。

 まったく、気まぐれにほかの世界に干渉するなどハタ迷惑な奴らだ。

 なに、お前が言うな?

 何のことだ?

 まあいい。

 さて、そろそろ頃合いか。

 俺も戻らなければならん。

 まだ覗いていない世界もあるが、それはまた別の機会に語られることもあるかもしれん。

 俺もあまりファミリーを留守にする訳にもいかんしな。

 宴の始末も終わりにしよう。

 なんだ、まだ何かあるのか?

 俺の世界がどうなっているのかだと?

 そうだな。

 じゃあ最後に俺の世界を覗いてから御開きにしよう。

 といっても俺は戻るだけだから、覗きたければそちらで勝手に覗くといい。

 ではな。

727宴の始末 ◆Wf0eUCE.vg:2009/03/10(火) 23:39:03 ID:SZ0R7Yu.0

【Epilogue:BACCANO!】

 ぱちぱちと一人手をたたく男がいた。
 楽しそうに。
 楽しそうに。
 ぱちぱちと手をたたく。
 自分のために。
 自分のために。
 誰のためでもなく、自分のために。

 たくさん死んだ。
 たくさん死んだ。
 踊ってしまうほど愉快だった。
 歌ってしまうほど楽しかった。
 楽しかった。
 楽しかった。
 楽しかったんだが、楽しみがなくなってしまったのは問題だ。

 別の楽しみを見つけなければ。
 別の楽しみを作らなければ。

 楽しい楽しい舞台だった。
 あの舞台を再現しよう。
 あの偶然を再現しよう。
 あの悪意を再現しよう。

 私の名前はコピーキャット。
 私はしがない犯罪者。
 私は単なる模倣犯。

 一つの世界を再現しましょう。
 閉じられた世界を再現しましょう。

 うまくいったら手をたたこう。
 自分のために。
 自分のために。
 誰のためでもなく、ただひたすらに自分のために。

 その前に、邪魔なものは排除しておこう。

728宴の始末 ◆Wf0eUCE.vg:2009/03/10(火) 23:39:45 ID:SZ0R7Yu.0
 ■

 闇酒場『蜂の巣』に現れたのは特徴のない男だった。
 認識できないわけではないのに、食事中の客たちは誰も男に注意を向けない。
 当たり前のようにそこにいて、誰もが彼を風景の一部としかとらえられず、だれの記憶にも残らない。
 そんな男だった。

 駆け付けたウェイトレスの案内を丁寧に断った特徴のない男は、店内に入ると誰かを探す様に周囲を見渡した。
 そして、カウンターでひとりグラスを傾ける眼鏡の男を見つけると、そこに向かってゆっくりと歩き始めた。

「やあ、久し振りだな、マイザー」
「! フェルメート。なぜ貴方がここに!?」

 声をかけられた男、マルティージョ・ファミリーの出納係(コンタユオーロ)マイザー・アヴァーロは突然の来訪者に驚きの声を上げた。
 そこに居たのはマイザーと同じく、アドウェナ・アウィス号で不死を得た錬金術師の一人。ラブロ・フェルメート・ヴィラレスクだった。
 あの船で別れて以来の約200年ぶりの再会である、驚かない方がどうかしている。

「チェスがいなくなってしまったんだ」

 驚くマイザーとは対照的にフェルメートは明後日の方向を見つめながら、独り言のようにそう呟いた。

「チェス、ですか?」

 確かにマイザーはチェスとこのニューヨークで落ち合う約束をしていた。
 だが、どういうわけかチェスが乗っているのずの大陸横断鉄道フライングプッシーフット号に彼の姿はなく、いなくなってしまったといえばその通りなのだが。

「残念ながら私も彼が今どうしているかは、」
「いや、チェスがどこに行ったのかはわかっているんだ」
「はぁ……?」

 要点を得ないフェルメートの言葉に疑問符を浮かべるマイザー。

「私が用があるのはお前さ、マイザー」
「私に、ですか?」
「ああ」

 フェルメートがカウンターに座るマイザーにゆっくりと歩を進める。
 殺意も敵意も感じさせない、なんでもない歩み。
 だが、マイザーは無意識のうちに腰を上げ、距離を取るように後ずさっていた。

729宴の始末 ◆Wf0eUCE.vg:2009/03/10(火) 23:40:20 ID:SZ0R7Yu.0
「チェスがいなくなって私の楽しみが減ってしまった。
 だから、新しい楽しみを作らなければならないんだが、それを邪魔をされては困るだろ?」
「フェルメート、貴方は…………!?」
「あの悪魔がいなくなった以上、ヒューイを除けば警戒すべきはお前と田九郎くらいのものだからなぁ。
 ヒューイは邪魔をしないだろうが、邪魔をしそうなお前は先に排除しておくことにするよ」

 ここで確実にマイザーを片づける腹積もりなのか、もはや悪意を隠そうともしていないフェルメートの言葉にマイザーも覚悟を決める。
 見た目温厚そうにマイザーであるが、これでもナイフ使いとしては右に出る者のいないほどの腕前を持ったカモッラの幹部である。
 素直に喰われてやる道理もない。
 客と店員を巻き込まないよう、どう場所を移すかと考えながら、マイザーが懐のナイフに手をかけようとした、その瞬間。

「――――誰がいなくなったと言うんだ?」

 誰もいないはずのカウンターの一席に、あたかも始めからそこに座っていた自然さでグラスを傾ける男が一人。
 その男の顔を見たマイザーが声を上げる。

「ロニー!? あなた今までどこに、」
「………………」

 マイザーが言葉を言い終える前に、現れた男、ロニー・スキアートはつまらなそうに息を吐いた。

「ふん。消えたか、まぁいい」

 言われてマイザーがロニーに向けた視線を戻してみるが、そこには誰もかった。
 一瞬だけ目を向けた瞬間に、まるでフェルメートなどという男ははじめからここにいなかったかのように、何の痕跡もなく消え去っていた。

730宴の始末 ◆Wf0eUCE.vg:2009/03/10(火) 23:40:39 ID:SZ0R7Yu.0

「……それで、三日もファミリーを離れて、いったい何処に行っていたんですか?」
「未来の客人を迎えにな。無断でマルティージョを留守にしたことは悪かったと思っているさ。思いのほか時間がかかってしまった」

 この男が謝ること自体珍しいが、それ以上にこの男が手こずるような事態があり得ることの方がマイザーにとっては驚きだった。

「……客人? では、あのフライング・プッシーフットに?」

 マルティージョの客人としてアイザック・ディアンとミリア・ハーヴェント、そして先も少しふれたチェスワフ・メイエル。
 この三人が乗っている予定だったが、誰一人として登場していなかったという、曰くつきの豪華鉄道フライングプッシーフット号。
 走行中の大陸横断鉄道に乗り込むなど不可能な話だが、この男ならばありえない話ではない。

「いや、そちらではない。まぁ強ち無関係というわけでもないんだが。まぁいい。
 残念ながらそちらは駄目だったのだが、その後始末に時間がかかってしまった」
「はあ…………?」

 ロニーの言葉の真意はつかめなかったが、この男に限ってそれは珍しいことでもないのでマイザーはあえて深くは追求しない。

「それよりも、ラブロの奴がなにか企んでいたようだが。
 わかってるな。それに関して俺はファミリーに被害がない限りは手を出すつもりはないぞ?」
「ええ、言われなくともわかっていますよ。
 もともとフィーロやファミリーの皆を巻き込むつもりはありません。
 これはあくまで、あの船に乗っていた彼の同志である私の役割でしょう」

 強い決意を持って告げるマイザーの言葉を聞きながら。
 すべてを知る悪魔、ロニー・スキアートは未来を一人想う。
 欠けてしまったのは人類最強、殺人狂、泣き虫の不良、不死の少年、狂言回し。
 始まった悪意はどう影響を及ぼすのか。
 狂言回しを欠いた物語がどう回るか。
 悪魔にもその結末はわからない。

 物語は未知だ。
 可能性は無限に広がっている。
 天に広がる星のように、可能性の数だけ物語はあり、物語の数だけ可能性がある。
 はたして、この未来はどの結末にたどり着くのか。
 未来を知らないことにしている悪魔は期待を込めながらひとり呟く。

「まあいい」

【Epilogue:BACCANO! 完】

731宴の始末 ◆Wf0eUCE.vg:2009/03/10(火) 23:41:23 ID:SZ0R7Yu.0

 ■






 なんだ、結局最後まで覗いていたのか?

 どいつもこいつもヒマなんだな。

 まあいい。

 まあ少しばかり面倒なことになってしまったようだが、こちらの問題だ、気にするな。

 なに? こんなことをした理由だと?

 ただの宴の始末だ。

 深い理由はない。

 ……なに、ひょっとしてお前もヒマなのかだと?

 皮肉のつもりか?

 まあいい。

 なんにせよお前とは、ここでお別れだ。

 最後に一つ覚えておけ、物語に終わりなどない。

 お前が続くと思えばその物語は永遠に続く。

 逆に、お前が終わりだと思えばその物語はお終いだ。

 物語とはそういうものだ。

 どうせなら続くことを願っておけ。その方が楽しいだろう?

 まあいい。今度こそ本当にお別れだ。

 もう会うこともないだろうが、もしまたなにか俺に用があるのならば呼べばいい。

 気が向いたなら応えてやるさ。

 では、またな。

【宴の始末 了】

732異世界からの挑戦状 ◆j3Nf.sG1lk:2009/03/15(日) 12:01:12 ID:Dica/XY20



 『神出鬼没の怪盗紳士、今度は警察署から!?』



 新聞の一面に踊った一文を読みながら、少女は一人深い溜息を漏らす。
 瞼を落とし、瞳を硬く閉じ、放たれた少女の息は、重く、周囲の空気が一気に澱む様な気配さえある。
 少女は落ち込んでいた。それはもう、最高にダウナーな気分だった。

「勘弁してよ……もう……」

 少女は顔を上げ、今一度新聞へと目を向ける。
 勿論、そこに書かれている内容に変化は無い。
 似ても似つかない、と言うより性別すら違う想像図が少女をあざ笑うだけだった……。



 さて、ではそろそろ少女が肩を落としてこの上なく落ち込んでいる理由を語ろう。
 それは、その新聞に載った記事の内容に少女が深く関わっているからに他ならない。
 では、どう深く関わっているというのだろう。
 まずはそこからこの物語を始めるとしよう。



 新聞に書かれている『怪盗紳士』、それは、世界にその名を轟かせる美術品専門の泥棒の名であり、犯行前に予告状を出すという少々古臭い思考を有する者だった。
 犯行を予告するカードを美術品の所有者へ送りつけ、わざと警察などを呼び、大胆な犯行に及ぶ。
 それは絶対的な自信の表れ。
 警察を手玉に取り、いつの間にか目的の品と、そして、絵のモチーフになったものを怪盗紳士が犯行を行った証拠として華麗に盗み出す。それが何時もの怪盗紳士の手口だった。

 だが、それがどういうわけか、今回は違った。
 目的のものは盗めず、変装は暴かれ、一人の少女に追い詰められる怪盗紳士がそこに居たのだ。

「観念しなさい!怪盗紳士!
 アンタの仮面は剥がされたんだ!!」

 天性の観察眼と地道な努力で積み重ねた知識を推理力に変え、長年追いかけていた大怪盗棒の正体を見事に暴き、
 逃げ道を封じて追い詰めつつ、最後の止めとばかりに重要な証拠をつきつける。
 まさに華麗にして鮮やか。
 少女の推理は一部の隙も無い完璧なものだった。

 怪盗紳士の顔色にも動揺が浮かぶ。
 目の前には一人のよく見知った少女探偵。回りを囲む大勢の警察。
 流石の神出鬼没の大怪盗である怪盗紳士も、僅かばかりに掴まる覚悟というものを心の奥底に抱いてしまう。
 ……だが所詮、それは僅かばかりと言っていい程の覚悟である。
 怪盗紳士の余裕の笑みは崩れないし、怯まない、躊躇わない。
 たとえ全ての策が探偵の推理よって白日の下に晒されようと、怪盗は探偵に白旗を上げる事などしないのだ。

「まだ甘いわよ、フミちゃん。
 この程度で怪盗紳士が降参すると思う?」

 だが、少女も怪盗紳士に負けず心の強い人間。そんな怪盗紳士の挑発にも同じように動じない。
 少女はその類まれなる観察眼で怪盗紳士から決して眼を離そうとはしない。
 この何をしてくるかわからない相手に対して用心しすぎると言う言葉は存在しないからだ。
 ゆえに微妙な体の動きや、瞳、口、指先まで少女はありとあらゆる可能性を考えて見つめ続ける。
 まさか、この状況で逃げられるわけが――、と誰もが思う瞬間に何かが起ころうと、少女は必ず対処できると信じた疑わない。
 それが少女に出来る最善手と信じているからだ。

733異世界からの挑戦状 ◆j3Nf.sG1lk:2009/03/15(日) 12:02:15 ID:Dica/XY20



 ……だが、残念ながら、今回ばかりは少女の想定した事態に収まらなかった、その一言に尽きるだろう。



 強烈な破裂音が響いた。
 そして、響き渡った耳を貫くような轟音と共に始まった建物全体を揺らす強烈な揺れ。
 少女の頭に過ぎったのは『地震』と言う二文字。
 それに少女は足元を救われ、気が付けば思わず膝を付いてしまっていた。

「きゃぁっ!」

 少女らしい年相応な悲鳴が上がる。
 突然の音と揺れに恐怖し、少女は瞳を閉じる。
 当然、それを見逃す怪盗紳士ではない。

「フフッ、やっぱりフミちゃんは可愛いわね」

 その声と共に怪盗紳士の姿が消えた。
 少女は瞼を閉じてしまった為、消えた瞬間を見逃してしまう。
 だが、直ぐに恐怖を押し込め瞼をこじ開ける事で、怪盗紳士がどうやって消えたかを理解する。
 怪盗紳士は消えたわけじゃない。
 ただ普通に逃げただけだ。
 建物の壁を外から仲間に破壊させる事で、その穴から……。

 少女は落胆した。
 だが、少女の冷静な思考はこのまま落ち込んでいる場合ではないと言う警告も同時に発する。

「……ま、待てっ!」

 一拍遅れてそう声に出したが、時既に遅く、怪盗紳士は仲間の操縦する輸送機から垂れ下がった縄梯子に掴まり、悠々と空中散歩と洒落込み闇の中へと消えていく。
 こうして、少女は追い詰めた獲物を取り逃がしたのである。



 ◆ ◆ ◆

734異世界からの挑戦状 ◆j3Nf.sG1lk:2009/03/15(日) 12:04:06 ID:Dica/XY20



 って、これじゃ、怪盗紳士は逃げた事になってるって?
 いやいや、語るべき物語はこれで終わりなわけないじゃないですか。
 この後に続くお話もちゃんと用意してますよ。
 ここまでは、あくまで怪盗紳士と少女探偵の戦い。
 これから先は……、まぁ、読者の皆様の眼でご確認ください……。



 ◆ ◆ ◆



 怪盗はまんまと警察と探偵の前から姿を消した。
 それこそ、見事と言わんばかりの手口で……。

 だが、現実は探偵にも、その逃げおおせたはずの泥棒でさえもあざ笑う。

「な、なに……あの光は……」

 少女の呟きが、目の前の現実を物語っていた。

 少女の見た光景は未だ解決の糸口さえ掴めない不可思議な現象。
 いや、不可思議な現象と言ってしまっては元も子もないだろう。
 あれは、あの出来事は、不可思議などという単純な言葉で纏められるほど優しいものではないのだ。
 なぜなら、少女の目に映っているのは、明らかにこの世の常識では決して解き明かせない現象であり、
 トリックどころか、推理の取っ掛りを考える余地さえ無い光景。
 今現存するあらゆる技術の可能性を考えても起こしえないと断言できる異常な光景だ。

 少女が見たもの、それは、闇夜の中、突如現れた金色の太陽が光を伸ばし、怪盗紳士を助けに来た輸送機を文字通り貫くという目を疑う光景だったからだ。

 闇夜に紛れるように消えようとしてた巨大な航空機が赤黒い炎を上げてゆっくりと重力に惹かれる様に下へ下へと向かっていく。
 その姿は、さながら戦争映画のワンシーンのように、全ての人間に絶望的な圧力を齎した。

 『神の裁き』

 あの光景をたとえるとして、それが最も適した表現だろう。
 怪盗紳士を助けた輸送機から薄っすらと光が伸びたと思ったら、その光は極光となり、輸送機を焼き払う。
 それこそ神々の怒りに触れた人間が大地ごとなぎ払われるかの如く圧倒的な圧力を持って。

 当然の如く辺りは混乱。
 周囲にいた警察官や、自分の事を信頼している刑事、または、事件関係者達がそれぞれ思い思いの言葉を発し、一時は騒然、収拾が付かない状況になった。
 当然少女も完全に思考が停止し、その場に固まったまま動けなくなる。
 状況を理解しようと視界を広げる事が出来たのは、輸送機が辛うじて海へと着水し、金色の太陽が消えてしばらく経ってからだったのは言うまでも無い……。



 そして、物語は再び新聞を前にして落胆している少女の元へ戻る。

735異世界からの挑戦状 ◆j3Nf.sG1lk:2009/03/15(日) 12:05:17 ID:Dica/XY20



 幸い、輸送機は人のいない海上に墜落した。
 その為、直ぐに海保の巡視船が漂流中の怪盗紳士を捕縛したと言う報告を受ける事はできたが、それ以外の情報は一切無い。
 破砕された輸送機の破片からも大した情報は得られず、またその後、あの太陽のような光の目撃情報も皆無。
 残された唯一の手がかりは、奇跡的に無傷で生き残った怪盗紳士ただ一人だけなのだが……、少女は既に諦めていた。
 なぜなら、あんな出来事、たとえ怪盗紳士がどんなに不可思議な現象を用意しようと再現不可能だと確信しているからだ。
 おそらく彼女の話は何の推理の足しにもなら無いだろう。
 あれは夢。そうであってほしい。
 全てをこの世界の理に則って、様々な不可思議な現象もトリックで説明できると信じている少女だったが、
 流石に今回ばかりは、自身の見たあの光景を否定する術を持たず、ただただ思考の渦に埋没するばかり……。

 つまりは、これが少女の落胆している理由であり、深い溜息の理由だったのである。

 怪盗紳士を実力で追い詰めながら、逮捕は不可思議な現象による奇跡の産物という、なんとも釈然としない結果となり、
 加えて、この新聞が伝えているのが事実なら、怪盗紳士も既に警察から逃げ出したらしい。
 そして、トリックなどでは証明不可能な異常な光景を目の当たりにしてしまった事実。
 その三つが、少女をこんなにも疲弊させ、落ち込ませているのである。

736異世界からの挑戦状 ◆j3Nf.sG1lk:2009/03/15(日) 12:06:02 ID:Dica/XY20

 少女は一人、溜息とともに言葉を漏らす。

「……たく、お前が消えてから、なんだか世界がおかしな方向に向かってる気がするよ……」

 それは、数年前に行方不明になったある少年へと向けられた言葉だった。

 突然消えた居候先の少年。
 いずれ帰るだろうと大して心配してなかったのに、二日経ち、三日四日、一週間……。
 楽観視できる日数をゆうに超えても帰ってこない。
 気付けば、何の音沙汰もなく、一年という歳月が流れてしまった。

 当然警察の捜査も行われた。
 だが、警察は見事に空振りばかり。
 少年と親しくしていた刑事二人も同時期に行方不明になっている為、ただの高校生失踪事件などで収まるはずもなく、
 捜査範囲は大規模になる一方だと言うのに、僅かな手がかりさえつかめず、何の進展も得られない状態が続くだけ。
 そんな無為な時間が繰り返され、気が付けば三年以上の年月が流れてしまっていた……。

「どういうわけか、お前の代わりにと言わんばかりに私はおかしな事に巻き込まれる回数が多くなってる気がするし……、
 気付けば、お前がしたみたいにお爺様のように探偵の真似事をするようになっちゃった……」

 少年は帰らない。
 いつまで待っても帰らない。
 信じて待ち続けている少女を裏切って、少年はいまだ帰らない……。

「わかってんのか?私はまだ中学生だぞ、そんないたいけな女の子に何させてんだよ……、ちょっとは考えろよ……」

 少女の声はだんだんと悲しみを含ませ、ついには涙をはらむ。

 少女の心は折れる寸前だった。
 最初は何かの事件に巻き込まれるたびに、警察の役に立てればという軽い気持ちだったはずなのに、
 気が付けば、少女は幾多の事件を解決する立派な探偵の仲間入りをしてしまっていた。
 祖父の真似事、居なくなった少年の真似事……。
 その程度の事だったはずなのに、今では一部の刑事から多大な信頼を寄せられ、それこそあの少年のように多くの事件に関わるようになっている。
 たった一人で……。

「お前がやらなきゃいけない事を、人に押し付けんなよ……」

 少女の抱えたものは圧倒的な寂しさと切なさ。
 少年の真似事を続ければ続けるほど、自分はいつまでたっても少年の背中を見ているだけだと気付かされる。
 そして、気が付けば、一人で犯罪者に立ち向かう自分の姿が滑稽に映り、自分の存在に疑問を浮かべるのだ。
 このポジションは私の役割じゃないだろう、と……、自分には荷が重いだけだ、と……。

737異世界からの挑戦状 ◆j3Nf.sG1lk:2009/03/15(日) 12:06:44 ID:Dica/XY20

「あれから何年経ったと思ってんだよ。
 美雪お姉ちゃんだってとっくに高校卒業して、今や現役の女子大生だ。
 いいか、女子大生だぞ、女子大生。お前が聞いたら泣いて喜びそうな単語じゃん。
 だってのに、何で誰にも知らせず、どっか行っちゃってんだよ……」

 少女の涙が溢れ、今にも頬を一筋の雫が零れ落ちそうだ。
 心の中で押し殺していた感情が一気に決壊し、いつ滝のように泣きじゃくってもおかしくないと感じさせる。

 ……だが、なぜか少女はギリギリの所で踏みとどまり、決して涙を地面に零さない。

「何で何年も帰ってこないんだよ。何で連絡すらもよこさないんだよ……。
 百歩譲って私にはいいけどさ、やっぱ美雪お姉ちゃんには連絡くらいしてやれよ。
 美雪お姉ちゃん、お前が帰ってこなくて随分泣いて過ごしてたんだぜ。表にはめったに出さなかったけどな。
 わかるか?
 私の前でもお姉ちゃん、ずっと何でもない風に振舞って、いつだってお前の帰りを信じてたんだ。
 いつだって、お前が帰ってくるって信じて、周りの人間が暗い話題出す度にそれを否定して、いつだって笑顔でいたんだぜ。
 けど、時折見せる悲しげな表情を私は見逃さない。いや、違う。見逃さないんじゃなくて、見逃せない。
 なぜなら、私だって金田一耕助の孫だからだ。お前だけじゃない。
 美雪お姉ちゃんがどんなに隠し通そうとしても、受け継がれた観察眼は容易くお姉ちゃんの微妙な変化を記憶に焼き付ける。
 そうして、容易にその心の中を想像させる……」

 涙を零さない理由、それは……、少女が探偵だったからに他ならない。
 わけもわからず、流れに身を任せるように受け継いだポジションだったが、それでも少女は今の自分がやらなければならない事を理解しているのだ。
 少女は守りたかった。
 少年が帰ってきたとき、少年の居るべき場所を守りたかった。
 少年の代わりになって、少年の過ごしてきた時間を、ただ守りたかった。
 それが少女が決して涙を零さない理由である。

 少女は決して涙を零さない。
 それはもう、長い時間溜め込んだものをこんなところで吐き出せるかと言う、少女の強さと言ってもいいだろう。

「届いてんのかよ、お前に、お姉ちゃんの気持ちが。
 届いてないのかよ、お前に、私の切実な声が。
 なぁ、頼むよ。
 届いてんなら帰って来いよ。
 届いてんなら連絡ぐらいよこせよ」

 涙の代わりに少女は声を張り上げる。
 それは悲痛から生まれたとはいえ、力強く想いのこもった声だった。



「なぁ、頼むよ、そろそろ帰って来いよ……、もう我がまま言わないからさ……、なぁ、はじめ……」



 少女の想いの篭った悲痛な叫びが虚空に向かい、そして消える。
 返ってくる声は、当然聞こえなかった……。

738異世界からの挑戦状 ◆j3Nf.sG1lk:2009/03/15(日) 12:07:24 ID:Dica/XY20

 ◆ ◆ ◆



 これにてこの世界の幕は閉じられる。
 少女はこれからも涙を押し殺し、消えた少年の代わりとなって世界を形作っていく一本の柱となるだろう。
 勿論、それは誰かが望んだものでもない。
 辞めようと思えば、少女はいつだって自身に与えられた役を降りる事が出来るだろう。
 だが、おそらく少女は降りない。
 少女は少年の抜けた穴を埋めることを無意識のうちに受け入れ、またいずれその穴に納まるべき少年が帰ってくることを信じて疑わないからだ。
 ゆえに、少年が少女の元に帰るまで少女は役を降りず、またこの世界の物語は永遠に綴られていく。
 それがこの世界の現実であり、全てなのだ。

 残酷なようだが、少女の物語は、まだ始まったばかり……、そう付け加えさせてもらおう……。



 ……さて、語るべき少女の物語は語り終えた。
 ここより先は完全に物語としては蛇足。
 しかし、どこか別の世界にとっては、もしかしたら重要になるのかもしれない話し。

 覗いてみよう、少女の覗けなかった世界の裏側を……。
 挑戦しよう、誰かから届けられた挑戦状に……。



 ◆ ◆ ◆

739異世界からの挑戦状 ◆j3Nf.sG1lk:2009/03/15(日) 12:07:50 ID:Dica/XY20

 あら、刑事さんお久しぶり。

 え?こうやって面と向かって話すのは初めてだって?

 いいえ、私は何度も貴方の前に立ってるわ。

 通行人だったり、被害者の家族や知り合いだったり、容疑者の一人だったり……、そういえば、事件の目撃者として聞き込みされた事もあったわね。

 一番最近だと、貴方の同僚の刑事にも成りすましたし……。

 あ、やっぱり気付かなかった?あれ、私なのよ。

 いつだったか、今みたいにこの取調室で事情聴取だって受けた事もあるしね。

 フフ、面白い顔。驚きすぎよ。

 毎回貴方は気付かない。それは、私が怪盗紳士だから……。



 え?無駄話はいいですって?

 ヒドいわね。これでも真面目に話してあげようと思ってるのよ。

 なんせ、私だってまだ頭の中を整理できていないんだから。

 あまりに馬鹿げた話だからね、私自身も正直どう話していいかわからないの。

 だから、こういった前置きも必要なのよ。高揚した気分のままじゃ饒舌になってしまう乙女心、理解してほしいわね。

 何、その白けた目は、こんな若くて綺麗な子を前にして失礼じゃない。

 って、そういえばまだ私の顔、あの時のままだったわね。

 ごめんなさい、このメイク、特殊な溶剤を調合して作られているから、たとえ貴方ご自慢の科捜研でも剥離剤を用意するのに最低三日はかかるわ。

 素顔を見せられなくて残念ね。



 さて、それじゃ……、まず何から話そうかな。

 貴方は何から聞きたい?

 今の私からなら、貴方次第でどんなことでも聞きだせちゃうわよ。

 勿論、年齢体重スリーサイズは女の子のトップシークレットだから、大人の男なら空気を読んでほしいけど……、フフッ、貴方だったら……。

 なんて冗談よ、冗談。何赤くなってるの?ホント面白いわね。

 あれ?怒った?

 ダメよ、刑事さんがそんなに簡単に挑発に乗っちゃ。

 行方不明のあの人達も悲しむわよ。

 あら……、今度は落ち込んだ?

 ホントに顔に出やすい刑事さんね。

 大丈夫よ、あの二人の事は私もよく知ってるわ。追い詰められた事もあるしね。

 貴方に出来るのは、あの二人に負けないような立派な刑事さんになる事よ。だから、くよくよしないで頑張りなさい。

 って、何かおかしな状況ね。

 泥棒に慰められる刑事なんて聞いたこと無いわ。やれやれ、これじゃ先が思いやられるわね。

 ま、これ以上イジメても可哀想だし、そろそろ貴方達が一番疑問に思ってることから話ましょうか。

 私の身に何が起こったのか、私が何を見たのか……、そこからね……。



 ◆ ◆ ◆

740異世界からの挑戦状 ◆j3Nf.sG1lk:2009/03/15(日) 12:08:20 ID:Dica/XY20

 これより語られるのは、ほんの短い時間に行われた一方的なやりとり。
 怪盗紳士が探偵の手から逃れ、輸送機から垂らされた簡易梯子に手を伸ばしてから輸送機が撃墜されるまでの刹那の時間の出来事である。



「流石は怪盗紳士、噂に違わぬ見事なお手並み、いやはや、恐れ入りました」

 突然聞こえてきた声に驚き、怪盗紳士は首を傾け、頭上へと視線を滑らせる。
 本来頭上にあるのは巨大な輸送機と、月と星が輝く夜の風景だけのはずなのに、そこにはいつの間にか何かが割り込んでいた。
 光の無い夜でも判別できるツンツンと尖った黒髪。そして、夜空に映える黄色いコート。
 怪盗紳士と同じように簡易梯子を右手で掴み、笑顔でこちらを見下ろす少年が、そこに居たのだ。

「それにしても、紳士って言うからどんな男の人かと想像してたんだけど、まさかこんなに美人なお姉さんだとは思わなかったな。
 まぁ、美人というだけで会いに来た価値があるんだろうね、誰かさんに言わせるとさ」

 「えっ」と声に出して驚く余裕もなかった。
 突然現われた、そう、文字通り突然どこからともなく目の前に現われた少年に、一瞬にして、それこそ魔法のように返す言葉を失わされてしまったのである。

 ――そんな、いつのまに……。いや、それ以上に、どこから現われて……。

 浮き上がる疑問の数々。
 だが、それ以上にその少年の持つ不思議な気配が怪盗紳士をただただ混乱させる。

「おっと、驚かせちゃったかな?俺は通りすがりのドロボウ、同業者さ。
 風の噂でお姉さんの事を聞いてね、もし良かったら、盗んだ物と一緒にモチーフを盗むって言うお姉さんの愉快なスタンス、
 ご教授願おうかなと思ったんだけど……流石にお邪魔だったかな?」

 異変、異常、あまりにも異質。
 中空で、一歩間違えばこのまま闇の中に落ちて行きそうな気配さえ漂う危険な空間だと言うのに、少年は特に気にした様子もなく自然な笑顔で言葉を紡ぎ続ける。
 その姿は、いくら幾多の謎と怪奇を演出し、世の人々を驚かせてきた神出鬼没の大怪盗さえ言葉を失わせ、思考停止させるには十分すぎるものだった。

「本当はもっとゆっくりと落ち着いた場所でお姉さんとお話ししたかったけど、それは単純にこっちのミスだし、仕方ないね」

 泥棒と名乗った少年は語るべき言葉を見失わない。
 呆然としている紳士をよそに少年は喋り続ける。

「まぁ、今日はお姉さんの綺麗な顔を見れただけでよしとするよ。俺にとっては最高のお土産だね」

 世界が目の前の少年色に塗り替えられていくような雰囲気さえ感じられた。
 輸送機から垂れる梯子を掴んでから、おそらく一分も経過していないというのに怪盗紳士の中では既に数十分少年と共空中散歩をしているような気分にさえなってくる。
 今この瞬間だけは完全に少年のペース。巻き返す余地もなかった。

 と、その時、淡々と話していた少年の顔色に僅かばかり怪訝な色が浮かぶ。

「って、あれ、どうやら誰かさんのせいでまた予定が少し狂ったみたいだ。やっぱり時計のネジはこまめに巻かないとだね」

 そう言いながら少年は何も無いはずの夜空へと視線を移す。
 まるでそこに何かが来るとでも言いたげに。

「もうちょっと時間があるかなぁと思ってたんだけど、せっかちな王様は相変わらず待つ事が嫌いみたいだね。
 ホントは迷惑かけないうちに退散しようと思ってたんだけど……これは悪いことしちゃったな……」

 少年の言葉の意味が良くわからない。
 しかし、そう少年が呟いた瞬間、まさに夢のひと時は唐突に終わりを告げた事を悟った。

 ――また……何か、来た……。

 誘われるように少年の視線を追うと、そこには再び目を疑う光景が広がっており、怪盗紳士を更なる混乱へ導いていく。
 金色の、金色の何か……、人、人なのだろうか……、とにかく、金色の人型の何かが、ゆっくりと空を歩いてこちらに向かってくるのが見えたのだ。

「ごめんね、お姉さん。先に謝っておくよ。俺のせいで巻き込んじゃって……」

 少年の言葉と重なるように光る人型の何かがこちらに向かって何かを伸ばすのが見えた。
 と、同時、少年の姿が視界から掻き消える。『またいつか』と言う言葉を残して……。
 それが、怪盗紳士が記憶している最後の映像である……。

741異世界からの挑戦状 ◆j3Nf.sG1lk:2009/03/15(日) 12:08:45 ID:Dica/XY20



 ◆ ◆ ◆



 私のお話はこれで終わり。

 どう、楽しかった?それとも退屈にさせた?それより、信じる、信じない、かな?

 不思議よね。

 まだまだ私達の世界には解らない事がたくさんある。

 貴方は彼らを“なんだ”と思う?

 宇宙人?未来人?超能力者?それとも別の世界の人かしら。

 まぁ、どれでもいいわね。

 どうせ、もう貴方は何も聞こえてないのだから……。

 おやすみなさい、刑事さん。

 ありがとう、私の話を聞いてくれて。

 それじゃ、さようなら。

 また会いましょう……。

 少年が私に残した言葉と同じようにね……。



 ◆ ◆ ◆



 そうして、眠りこけた刑事達を残して部屋から怪盗紳士は消える。
 まるで最初からそこには誰も存在していなかったかのように、それはもう綺麗さっぱりと……。

 ゆえにこの話もここで終わり。
 蛇足ともいえる物語は主人公が表舞台から退場した事で終わりを迎え、これでこの世界において語るべき物語は本当に語り終えたのだ。
 この後、怪盗紳士が少年と再会したかどうかなんて当然知らない。
 その物語はまだ綴られていないからだ。
 だが、怪盗紳士は確かに受け取った。
 誰かからの挑戦状を。
 それをどうするかは、それこそ彼女の自由でしかない。
 
 そう……、つまりは、彼女の物語もまた、始まったばかり……、それを忘れずに付け加えよう……。



【Epilogue:金田一少年の事件簿 新たな挑戦状が届かぬうちに…… 完 】

743ネコミミの名無しさん:2009/03/16(月) 13:05:42 ID:KbEeShTE0
金田一エピ読んだけど、ジンが完全に登場しちゃったのが残念。
これまでの流れにある「生きていると思わしき痕跡はあるけど、
ギル様ですら姿を拝めていない」という距離感は大事にして欲しかったなぁ。
ジンを出す必要性が感じられなかったし、「生死不明」となっているなら
そのままで暗黙の了解を貫いて欲しかった。

744異世界からの挑戦状(修正) ◆j3Nf.sG1lk:2009/03/19(木) 22:23:59 ID:jjYoDi260
>>740からの本文を以下に差し替えます。

*****


 これより語られるのは、ほんの短い時間に行われた一方的なやりとり。
 怪盗紳士が探偵の手から逃れ、輸送機から垂らされた簡易梯子に手を伸ばしてから輸送機が墜落するまでの刹那の時間の出来事である。



 慣れた手つきで梯子を上り、部下の差し出した手を取って輸送機の中へと乗り込む怪盗紳士。当然疲れなどは微塵も感じさせない。
 だが、その表情には疲れとは別の色が浮かんでいるのが僅かに伺えた。

「はぁ〜、あの子が成長していく姿は見ていて可愛いんだけど、
 そうそう何度もしてやられるのは怪盗紳士の名声に関わるわよねぇ……」

 周りにいる部下のことなどお構いなしに独り言のように呟き、溜息を漏らす。
 彼女の口から漏れ出したのは、自信の犯した失態についての反省。
 それを弱音混じりに周りに居る部下に聞かせているのだ。

 本来なら、信頼する上司の弱音など聞きたくないのが部下の心情だろう。
 黙って聞くにしても、心の中では不甲斐ない上司に怒りをぶつけたいと思い、無言で震えていていてもおかしくはない。
 もしくは、厭きれかえって次なる職場を探そうか、などと考えている可能性もある。
 はてさて、世界的に有名な大怪盗、怪盗紳士の部下はこんな上司の姿を見てどう思っているのだろか。 

「ボス、これを……」

 怒りも厭きれも浮かべている様子もなく、おもむろに部下の一人が怪盗紳士に一枚のカードを差し出す。
 辞職願い?
 勿論そんなはずもなく、それは怪盗紳士の仕事をサポートし続けた部下の見せる阿吽の呼吸に他ならない。

「あら、わかってるじゃない」

 それを待っていましたと言わんばかりの笑顔で受け取る怪盗紳士。
 そこに書かれているのは、怪盗紳士が目星をつけていた次なるターゲットの為に作られた予告状。それを部下は既に用意していたのである。

 当然、そのカードを見た怪盗紳士は何時も通りの笑みを浮かべる。
 先ほど部下を不安にさせる言葉を発した上司の姿などは何処にもなく、そこには未来永劫変わる事の無い怪盗紳士がいるだけだ。
 つまりは、この上司にしてこの部下ありと言うわけである。
 双方仕事の失敗など些細なことと割り切り、常に先へ先へと見据えている。
 怪盗紳士も、その部下も、たとえ仕事に失敗しようと余裕の笑みを崩しもせず、常に何時も通り。
 犯罪行為を繰り返しながら、決して下種な犯罪者に落ちぶれず、仕事にユーモアを持ち込み、美学を持って事に当たる。
 華麗にして繊細に、仕事に芸術的な感動を。
 それが、世界をまたに掛ける大怪盗、怪盗紳士のスタイルである。

「フフッ、これは次が楽しみね。
 あの子が慌てふためく姿が目に浮かぶわ」

 次なる獲物と、そこで繰り広げられるであろう少女探偵との騙しあいに胸を躍らせつつ、怪盗紳士は早速次なる計画に思考を移行させる。
 ちなみに、まだ少女の前から消えて一分も経っていない。
 その思考の切り替えの速さは、さすが怪盗紳士といったところだろうか?

 もっとも、次の瞬間に起こった考えれば、そんな思考の移行など無駄以外の何物でもないのだが……まぁ、それは後の祭りという事なのだろう。

745異世界からの挑戦状(修正) ◆j3Nf.sG1lk:2009/03/19(木) 22:24:59 ID:jjYoDi260

「ボ、ボス!前方に何かがっ!?」

 ゆったりと思考の渦に陶酔していた矢先に聞こえた奇声、それはこの輸送機の操縦を任せている部下の声だった。

 コックピットから聞こえてきた声に一瞬にして現実に戻される。
 だが、状況を確認している余裕はその場に居た怪盗紳士も含め誰一人にも出来なかった。
 なぜなら、声が聞こえてきたと同時に、自分達を乗せた輸送機が光に包まれ、直後に激しい炎が窓の外の風景に映ったからからである。

「ちょ、ちょっと!一体なんだってのよ!何が起きたの!?」

 突然の事態に流石の世紀の大怪盗も慌てふためく。
 それこそ、先ほどの少女探偵の慌てるの姿を未来に思い描いたそのままに。

「わ、わかりません!!突然光が……、光が機体を貫きました!!航行不能!航行不能!!!」

 コックピットから聞こえたその言葉を最後に、巨大な航空機はゆっくりと傾き、重力に引かれるままに落下を始める。
 目の前に上がる火の手と全身に感じる揺れに逆らえずバランスを崩す怪盗紳士。
 その姿に普段の不敵な様子など微塵も無く、芸術的発想を生み出す冷静な思考もこの時ばかりは完全に空回り。
 流石の怪盗紳士でも、突然訪れた人知を超えた異常事態に対応する程の胆力は持ち合わせていなかったのだ。

 そんな時だ。
 そんな驚愕の中に、絶望が浮かぶような惨状の中に、突然“何か”が舞い降りた。



「フン、逃げたか。相変わらず察しの良さだけは一流よ」

746異世界からの挑戦状(修正) ◆j3Nf.sG1lk:2009/03/19(木) 22:25:31 ID:jjYoDi260

 炎の揺らめく中、誰ともわからない声が突然響き、その場に居る人間を硬直させる。

『策的範囲からの消失を確認。既にこの世界を出たようですね。いかがいたしますか?』
「奴が何に興味を持ってこの世界に来たのか見ておくのも一興だ。追うのはそれからでも遅くなかろう」

 声は二つ。
 尊大な物言いの声と、どこか機械的な音声。

『なるほど、彼なら何らかのメッセージを残してる可能性もありますからね』
「そういうことだ。では怪盗紳士とやら、王の問いの答える権利を授けよう……」

 そして、声の主は唐突に彼女の前に現れた。
 圧倒的な威圧感と絶対的な力を伴って……。


 それは一人の男だった。
 勿論、ただの男なんかではない事は一見してわかる。
 まず目に付くのが眩いばかりの金色の鎧。
 この炎の瞬きを反射しながらも、決して輝きと存在感を失わない金色の鎧だ。
 だが、それはこの目の前の男を形容した場合に限り、その金色の鎧ですら男の一部でしかないと瞬時に思える。
 男は全てが理解の範疇を超えていた。
 ルビーのような二つの瞳と、尊大な物言い、そして、有無を言わせぬ威圧感。
 まさに自身を王と称するだけの説得力をその男は存在するだけで放っているのだ。

747異世界からの挑戦状(修正) ◆j3Nf.sG1lk:2009/03/19(木) 22:26:03 ID:jjYoDi260

「どうした?何を呆けている」

 一言一言が炎を揺らめかせ、突き刺すような威圧感を放っている。
 その場に居た全員が息を呑み、言葉を発せず固まった。
 本来なら、直ぐにでも脱出の為に一致団結しなければならないというのに、そんな当たり前の行動さえその男は一瞬に断絶したのである。

「あ、貴方なの……この炎……、なんでこんな……」

 そんな中、一人だけその威圧感に反発する存在があった。
 言うまでもなく、このメンバーを取りまとめるボス、怪盗紳士である。
 だが、そんな犯罪を芸術にまで昇華する世紀の大怪盗でも、流石に言葉一つ一つに慎重さが伺え、動揺と恐怖が交じり合った感情を隠せていない。
 辛うじて声の主へと視線を向けて、その姿を直に見て言葉をぶつけるのがやっとだった。
 ……だが、次の瞬間、それが強がりにも満たない矮小なものだと思い知らされる。

「黙れ、問うて居るのはこちらだぞ。貴様は我の問いに答える以外の口を開くな」

 たった一言、それだけで怪盗紳士は息を飲み、その他の部下と同じように全身を硬直させる。
 そして、言われるままに口を閉じた。閉じると言う選択肢以外選べなかったのだ。

『申し訳ありません。Kingは少々苛立っておられます。貴方方自身の為にも速やかに指示に従ってください』
「余計なことを言うな具足。我は苛立ってなどおらん」

 機械的な声は何処から?と一瞬考えたが、次の瞬間にはあの赤い瞳で睨まれた為、怪盗紳士はあっさりと思考を手放す。
 決して逸らせぬ視線から全てを辿られるかのような錯覚を覚え、言葉と一緒に余計な思考も無駄だと悟った為だ。
 こうなるともう、世界に名を馳せた怪盗紳士も一人の無力な女でしかなく、本人もそれを自覚するしかない。
 着々と輸送機が高度を下げる危機的状況の中だというのに、彼女は自身の命を捨てる決意を強制的に背負わされてしまったのである。

「さて女、貴様はこの世界でもっとも有名な盗賊らしいな。なら同業についても当然把握していよう
 答えよ、王ドロボウと呼ばれる賊に心当たりは無いか?あるなら包み隠さず情報として全てを我に差し出せ」

 一方的に王の問いが投げかけられる。
 先ほどの言葉流用するならば、この瞬間、怪盗紳士に初めて発言権が与えられた事になるのだが、
 怪盗紳士は不用意な発言を恐れ、首を横に振る事しか出来ず、王の問いにまともな解答を示す事が出来なった。

 だが、寛容な王はその程度で機嫌を損ねる事はなく、首を振った怪盗紳士の答えをそのままNOと捉える。
 それは彼女の瞳から王が全てを察したからに他ならない。

「ほう、知らぬと言うのか、長く傍に居た者の事を。
 これはなんと、奴の戯れにしては酔狂な事よ」

 女の返答に王が笑う。理解できないのはその場に居る王以外の者たち。

「ならその手に握られたカードを今一度見てみるがいい。
 貴様等の愚かしさをその目で確認するのだ」

 王はそう言って、ようやく彼女に此度の災厄の原因を示す。
 ここで始めて、彼女は自分達に何が起こったのかを悟ったのだ。

「……え?」

 促されるままに右手に持っていたカードを見る。
 当然、それは先ほど部下から渡された次の犯行を予告する為の予告状だったはずだ。
 だが、怪盗紳士の眼がその文面を再び捉えた時には、どういうわけかその内容が変わっており、更なる混乱を呼び覚ます。

「何と綴られている。声に出して読み上げる事を許そう」

 まるで夢を見ているような気分になってくる。
 仕事上、手品のテクニックを流用して、このようなメッセージカードのすり替えを瞬時に行うなどは怪盗紳士にとっても当たり前の技術。
 だが、状況が状況なだけに、それをトリックだと断じ、楽観的に受け止めることが出来なかった。
 死に向かって一直線に落ちている輸送機、舞い上がる炎、そして、決して無視できない異界の金色王と謎のメッセージカード。
 怪盗紳士の視界に映るのは既に幻想と遜色ない光景だ。
 目の前の王から朗読を命じられるのも気付かず、怪盗紳士はその文面を眼で追うことで精一杯だったのも仕方の無いことだろう。

「フン、この程度で動揺か、奴の目利きも落ちたものだな」

 頭上から降り注ぐ言葉が自分を嘲っているとわかるのだが、それに反応すら出来ない。
 それだけ、この状況が異質であり、今まで培ってきた常識を軽々しく打ち砕き、怪盗紳士の心を疲弊させる。
 極めつけは、そのカードに書かれた内容だった。

748異世界からの挑戦状(修正) ◆j3Nf.sG1lk:2009/03/19(木) 22:26:31 ID:jjYoDi260



『彼の有名な怪盗紳士のお手並み堪能させていただきました
          講義の代金は我侭な王との謁見にて代えさせていただきます
                               HO! HO! HO!
                                    勉強熱心な王ドロボウ』



 いつ、何処で、何が、誰が、何を、誰に、誰と……。
 意味がわからない。
 自分は何?何に巻き込まれた。
 ここで一体、何が起きた……。
 死が間近に迫っていると言うのに、怪盗紳士の中に渦巻いた幾多の疑問は容易く彼女を価値観を壊す。
 墜落する輸送機、燃え盛る炎、異界の王、そんなのは既に視界に入ってない。
 だた呆然とした眼差しで、一枚のカードを見つめるだけだった。

「くだらん。たまの余興と思って気を許せばこの有様……。奴も存外に遊び好きだったというわけか」

 王の前に崩れ落ちた一人の女。
 それを見下ろし、王は興味を無くしたとばかりに背を向ける。
 振り返りはしない。
 それが王の姿、万人が羨望の眼差しを向ける黄金の王の姿だ。

 ゆえに、呼び止められるの唯一王の従者だけ。

『King、彼女をこのままにしておくおつもりですか?』
「当然だ。奴の関心の失せた駒などに興味は無い。
 それとも何か?貴様だけでなく我にも手心を加えよというわけではあるまいな」
『いえ、そのようなことは……』

 王と従者のやり取りだけが機内に響く。
 勿論、従者に王の意向を変えるだけの力は存在しない。
 それはもう完全なる終焉を意味した、ある意味定型文的なやり取りでしかないのだ。

「フン、貴様も外で待たせているもう一人の従者も、意見だけは一人前のつもりか。いい加減己の分をわきまえよ、具足」

 声だけの従者はそれで押し黙り、今度こそ王は機内を後にする。
 後に残されたのは、脱出の機会を失わされた怪盗紳士とその部下のみ。
 幻想のような現実は、今この瞬間ようやく終わりを迎えた。



 続いて訪れたのは、悪夢のような現実。
 劈くような衝撃が走り、数名の生きた人間を乗せた輸送機は、何の救いもなく絶望に叩き込まれた。



 ◆ ◆ ◆

749異世界からの挑戦状(修正) ◆j3Nf.sG1lk:2009/03/19(木) 22:27:00 ID:jjYoDi260

 私のお話はこれで終わり。

 どう、楽しかった?それとも退屈にさせた?もしかして怖い?

 まぁ、最初に考えるべきは信じる、信じない、かもね。

 不思議よね。

 まだまだ私達の世界には解らない事がたくさんある。

 貴方は彼らを“なんだ”と思う?

 宇宙人?未来人?超能力者?それとも別の世界の人かしら。

 フフ、一つだけ言えることは、私は彼らと出会い、何にも後悔していない、と言うこと。

 むしろ嬉しいとさえ言える。

 だってそうでしょう。

 私は世界を揺るがす大怪盗『怪盗紳士』

 その世紀の犯罪者が、こんなわかりやすい挑戦状を叩き付けられて黙ってられると思う?

 結構負けず嫌いなのよ、私って。

 私が助かった理由も、たぶんその辺に……。

 まぁ、今更どうでもいいわね。

 どうせ、もう貴方は何も聞こえてないのだから……。

 おやすみなさい、刑事さん。

 ありがとう、私の話を聞いてくれて。

 それじゃ、さようなら。

 またどこかで会いましょう……。



 誰かさんから送られた素敵な挑戦状と同じようにね……。



『追記
  貴方が世界の全てを盗めたときに
       またどこかでお会いしましょう
              王嘘つきの王ドロボウ』



 ◆ ◆ ◆



 そうして、眠りこけた刑事達を残して部屋から怪盗紳士は消える。
 まるで最初からそこには誰も存在していなかったかのように、それはもう綺麗さっぱりと……。

 ゆえにこの話もここで終わり。
 蛇足ともいえる物語は主人公が表舞台から退場した事で終わりを迎え、これでこの世界において語るべき物語は本当に語り終えたのだ。
 この後、怪盗紳士が王ドロボウと呼ばれる存在と再会したかどうかなんて当然知らない。
 その物語はまだ綴られていないからだ。
 だが、怪盗紳士は確かに受け取った。
 誰かからの挑戦状を。
 それをどうするかは、それこそ彼女の自由でしかない。
 
 そう……、つまりは、彼女の物語もまた、始まったばかり……、それを忘れずに付け加えよう……。



【Epilogue:金田一少年の事件簿 新たな挑戦状が届かぬうちに…… 完 】

751未定 ◆LXe12sNRSs:2009/04/21(火) 01:48:45 ID:bQZRqflE0
 断章――――確かなる現実として必ずどこかには存在しうるだろう架空とも言える不明瞭な世界。


 深夜。
 一切の照明も点っていない書斎の中、泉そうじろうは黒一色の天井を眺めていた。
 常日頃から愛用している作務衣を纏い、髪と無精髭はだらしなくも伸ばしっ放し、痩身はいつにも増して痩けている。
 小説家という職業を鑑みれば、締め切りに追われ連日連夜、部屋に篭って仕事に没頭していたのかと推測もできるが、真相は違う。

 泉そうじろうは飽いていたのだ。
 一人きりとなってしまった人生に、絶望を感じていた。

 数年前のことである。
 自らが愛してやまない一人娘、泉こなた。
 こなたの親友である、柊かがみと柊つかさ姉妹。
 高校入学に伴いゆきから預かっていた、姪っ子の小早川ゆたか。
 この四人が突如として、謎の失踪を遂げた。
 その消息は、未だ掴めてはいない。

 仲のいい女子高生グループが同時期に失踪するという、不可解な事件。
 この事件は当然のごとく話題を呼び、マスコミの格好の餌食となった。
 報道番組でもしつこいほどに特集を組まれ、知人や親族にインタビュアーが殺到。
 陵桜学園や鷹宮神社は質問の嵐に見舞われ、そうじろうたちにとっての穏やかな生活は、混沌の極みに達した。

 一方で事件はまったく進展を見せず、時が経つにつれ世間もマンネリ気味のニュースに飽き、膠着状態に陥る。
 続報はそうじろうの耳にも入らず、家出した娘たちは一向に帰って来ない。
 迷宮入り確定の謎を追い求めようとするバイタリティなど、喪失感の重苦に縛られる身に、宿いはしなかった。

 ――おまえは俺より先には逝かないと思ってたのになぁ。

 チェアの背凭れに身を預けながら、そうじろうは楽しかった日々を思い出す。
 今は亡き妻、かなたとの青春の日々。生き写しの娘、こなたとの新たなる生活。
 男手一人で娘を育て、嫁に出るその日までは父親であろうとした意思が、儚くも散る。

 こなたはもう、戻っては来ない。
 ゆたかも、かがみも、つかさも。
 なぜだか、そう確信できた。
 生きていれば何歳になっていたか、とも。
 まるで考えられず、想像できず、疑えず。
 ああ、これが俺の人生の終着点なんだな、と。

 ――もう、ゴールしてもいいよね?

 そうじろうは誰にでもなく問いかけ、そして答えを得た。
 口に錠剤を複数含み、コップに注いだ水道水で流し込む。
 コク、コク、コクと……水を飲む音だけが泉家に響いた。


 ◇ ◇ ◇

752未定 ◆LXe12sNRSs:2009/04/21(火) 01:49:45 ID:bQZRqflE0
 サンタクロースをいつまで信じていたかなんてことはたわいもない世間話にもならないくらいのどうでもいいような話だが、
 それでも俺がいつまでサンタなどという想像上の赤服じーさんを信じていたかと言うとこれは確信を持って言えるが最初から信じてなどいなかった。

 などという導入部から始まってはみたものの、このお話は平凡な男子高校生の非日常を描いた物語などでは決してない。
 舞台となるのは北の方角に位置する高校ではなく、アニメイト大宮店。今日から俺の勤め先となる、アニメグッズ専門店だ。
 俺の名前は杉田。ここでは杉田店員(28)とでも呼んでくれ。誰かに似てる? 気のせいだろ。

 さて、初出勤とは言っても配属先の店舗が変わっただけであって、仕事に関しちゃ慣れたもんだ。
 上司や先輩方とは早々に挨拶を済ませ、客足も途絶える午後に差し掛かったところで、俺は一息つく。
 レジカウンターでぼーっと客の流れを眺めていると、横合いから妙な熱気が伝わってきた。
 促されるように横を向いてみると、そこには某熱血漫画家の魂を宿したような暑苦しい形相の男が立っていた。

「どうやら今日も来たようだな……! 見ておけ新人、君は今から伝説を目の当たりにする!」

 一昔前の少年漫画で見かけられるようなむさ苦しい頭髪に、バイザー付きのキャップを被ったこの人、アニメ店長の兄沢命斗さん。
 その双眸は灼熱のマグマのごとく煮え滾り、一人のお客さんを凝視していた。傍から見ても通報されん勢いだ。
 で、その視線の矛先に立っているのが……それはそれは愛くるしい、小学生くらいの体格のお嬢さんだった。

「あの、彼女がどうかしたんですか? まさか挙動不審で万引きの恐れがあるとか……」
「馬鹿なことを言うな。彼女こそは伝説の少女B……! 買い物は堂々するのが彼女の流儀だ」

 この店長、常連らしいお客に勝手に伝説などと呼称をつけているのか。はたして許可は取ったんだろうか。
 それにしたって、伝説などとは大層な。いくらここがアニメグッズ専門店とはいえ、メディアに毒されすぎだと思う。

「ちょうどいい。杉田店員(28)、伝説の少女Bの今日の購入目標を推理してみろ。当たったら給料五割増しだ」
「マジッスか!?」

 即座に俺の脳裏に「キョンのラミカ!キョンのラミカ!」という解答が浮かび上がるが、さすがにそりゃうぬぼれがすぎるってもんだ。
 俺の観察眼を頼りにお嬢さんの趣味趣向を推し量るとするならば、そもそもアニメイトなんぞに出向くようなご婦人には見えんのだが。
 連れは……金髪と眼鏡の女の子か。片方は外人さんだな。これらの判断材料からどのような答えを模索する杉田店員(28)……。

 妥当な線をつくならば、ビーでエルなご趣味の方々……いや、伝説と謳われるくらいだ。
 禿や髭に魅力を感じる極めて稀な趣向をお持ちであらせられるかもしれん。
 とはいえ彼女がまじまじと眺めているのはコミックスの新刊コーナー……これはただ単に書店として利用しに来ただけか……?
 ハッ、そういや今日は新刊の発売日でもある……読めたぜ。杉田店員(28)の名推理に隙はない!

「わかりましたよ店長。伝説の少女Bの購入目標はズバリ、ケロロ最新刊……! これに間違いありません」

 今となっては小学生にまで大人気の作品、可愛いもの好きの女子高生が携帯のストラップにするのも頷けるキャラ造形。
 おそらく特典の栞を目当てにしている部分もあるのだろう。さあ、山積みの最新刊コーナーに差し掛かるぞッ!

「フッ……青い。青いなぁ新人。お客様の趣味趣向を図るのは店員として大事なスキル……しかしあの伝説の少女Bは一筋縄ではいかないのさ」

 負け惜しみですか店長。給料五割増しはもはやいただいたも同然、今さらなにを言われようとも……なっ!?
 ――伝説の少女Bがコミックスの新刊コーナーをスルーし、アニメDVDのコーナーに移動しただとぉー!?

753未定 ◆LXe12sNRSs:2009/04/21(火) 01:50:41 ID:bQZRqflE0
 伝説の少女Bの購入目標はコミックスではなくDVDだっていうのか。畜生、近頃の女子高生は金持ってやがる!
 しかもなんだ、手に取ったDVDのあの厚みは……レジから見てもよくわかる、あれは明らかにDVD-BOX……!
 それをなんの迷いもなく、一直線にレジへと運ぼうとしている。これがつわものか……!

「これください」
「3万4550円になりまーす」
(カウボーイビバップDVD-BOXだとぅ――!?)

 まさかの渋いチョイスにフロイト先生も爆笑だっぜ! ジェットのお髭に萌える年頃なのか、杉田店員はこんらんしている!
 伝説の少女Bは堂々とした挙動で財布から現金を取り出し、店長に手渡した。店長も慣れた手つきで接客をしている。
 ぴったり3万4550円。ポイントカードは結構溜めているようだ。そしてレシートを受け取るや否や、

「ありがとうございます」

 店長よりも先にありがとうを、満面の笑顔添えで、俺たちに、お与えくださった!
 女神ともえんじぇうーとも形容しがたいお客様の愛くるしさに、俺が飲み込んだ言葉といえば「妹にしてぇ」の一言だけだ。
 思わず見惚れ、またお越しくださいの定型句を口にすることすら忘れちまったぜ。去っていく背中が恋しくてたまらん。
 伝説の少女Bの退店後、店長は一戦終えたような暑苦しい顔つきで、俺の肩を叩いた。

「どうだ新人。彼女こそ、せっせとバイトして溜めたお金で熱心に名作アニメのDVDを買い集めている常連客……伝説の少女Bだ!」
「あれが、伝説……ってぇ、店長。なんでそんなプライベートなこと知ってんですか?」

 俺が質問をやると、店長は顔面を汗だくにしながら答えた。

「ほとんど推測さ。だが俺にはわかる。あの金は親の金でもなんでもない、自分が汗水垂らして稼いだ金だと。
 そして彼女が高額のDVDシリーズを買い集めている理由も……きっと背後には涙ぐましい情熱の真理が隠れているに違いない。
 今回のビバップで18作目だったか。燃えにも萌えにも縛られない、彼女こそはアニメファンを超越したなにかなのかもしれん」

 なにやら漫画の読みすぎのようなことを大言壮語しているが、伝説の少女Bが可愛いのでまあ良しとしよう。
 しかし、常連か……明日からの勤務がちょっと楽しみになってきやがったぜ。
 それはそうと、ここでどうしても気になっている疑問の解消を試みてみるとしようか。

「ところで、どうしてAでもQでもなくBなんですか?」
「…………わからん」

 わかんねぇのかよ!


 ◇ ◇ ◇

754未定 ◆LXe12sNRSs:2009/04/21(火) 01:51:22 ID:bQZRqflE0
「それじゃあまた明日、ガッコーで会いまショーっ」
「またねーッス」

 友達が手を振って別れを告げる。私もまた、手を振って友達の後ろ姿を見送った。
 学校からの帰り道、アニメイトに寄り道をして、少し遅い夕暮れ時の駅前を歩いてみる。
 道行く人々は疎らで、買い物帰りのお母さんや仕事帰りのお父さんが、自分の家に帰ろうとしていた。
 私も、これから家に帰る。おじさんとおねえちゃんが待っている泉家に。

 ……でもあそこはもう、私の知っている泉家じゃないんだ。

 日常に戻ってきて二年半。私は、もうすぐ高校を卒業する。
 進路は決めているけど、それを他人に吐露するのが怖かった。
 私が進むべき未来は一つしかない。選べるのも一回限り。
 失敗が怖いんだと、思う。誰かの励ましが欲しい、って。

 今日の帰り道は、なんだか少しだけ物悲しかった。
 やっと全部揃ったっていうのに……どうしてこんな気持ちになってるんだろう。
 茜色に染まった空を眺めながら、私は――

「やっほー、ゆたか」

 ――小早川ゆたかは帰り道を歩いていて……そこで私は、私の一番大切な人に呼び止められたんです。


 ◇ ◇ ◇

755未定 ◆LXe12sNRSs:2009/04/21(火) 01:51:58 ID:bQZRqflE0
 駅前に轟くバイクのエンジン音。もう随分と手に馴染んだグリップを握り、私は探す。
 目的の人物はすぐに見つかった。人が疎らだったのもあるけど、あの小さい体は逆によく目立つ。
 ……なんだかしょげてるわね。あの子、ときどき危なっかしいくらいセンチメンタルになるんだよなぁ。
 私はわざとらしくエンジンをふかせ、あの子の視線を誘った。なかなか気づかないので、こちらから声をかける。

「やっほー、ゆたか」

 フルフェイスのヘルメットから発せられる声は小さかったけれど、あの子はすぐに気づいてくれた。
 うな垂れていた肩が、わずかに持ち上がる。物悲しげだった相貌が、パーッと明るくなった。
 顔を見せるまでもなく、私がわかりますか。さすがに付き合いも長いしね……っと。
 私はヘルメットを外して、あの子にとびきりの笑顔を見せてあげる。
 お姉ちゃんとして、親友として、あの子の支えになってあげるために――いつもそうやってきた。

「……こなたおねえちゃん」

 あの子――小早川ゆたかは、私と目を合わせながらぎこちない笑みを浮かべた。
 うん、今日のはちょっと酷そうだ。こういうときの対処法も、心得てはいる。
 とりあえずは……注意から、かな。

「ゆたか。二人きりのときは舞衣って呼ぶように、っていつも言ってるでしょ?」
「あっ……うん。ごめんね、舞衣おねえちゃん……じゃなくて、舞衣ちゃん」
「ん、よろしい」

 私――鴇羽舞衣は、小早川ゆたかの姉としてここにある。

 正確には、姉貴分というやつだろうか。
 ここでの私は、泉こなた……今はもういないゆたかの従姉と、私は挿げ変わったのだ。

 経緯を説明するには、結構な時間を要すると思う。
 かれこれ二年半くらいこんな生活続けてるけど、こっちのほうは慣れたなんて言えないし。
 名前が変わって、交友関係も変わって、住まう世界すら激変したんだから、あたりまえか。

「今日は買えたの? ゆたかのコレクションもそれでコンプリートだっけ?」
「うん、買えたよ。スパイクさんの出てるやつ……」

 学校指定の鞄と一緒にアニメイトの袋を持っているゆたかを見て、私は推察する。
 カウボーイビバップのDVD-BOX……また高い買い物だったんだろうなぁ。
 せっかくバイトして溜めたお金が、あっという間にアニメに消えるだなんて。
 花の女子高生としてそりゃどうなのよ、と思わないでもないけど、私が言えた義理でもないのかな。
 学校辞めて、自由気ままにフリーター生活送ってる私に比べれば……なーんて。

756未定 ◆LXe12sNRSs:2009/04/21(火) 01:52:27 ID:bQZRqflE0
「それじゃ、とりあえず後ろに乗りなさい」
「え?」
「え、じゃないでしょ。顔、峠でも走ってスッキリしたい〜、って書いてあるわよ」
「えぇ〜!?」

 知り合った頃から、我慢強い子だなとは思ってた。
 その反面、落ち込むときは結構顔に出る。
 おかげで世話が焼きやすいってのもあるんだけど……正直、もうちょっとシャキッとしてほしいというのが本音だ。

「で、乗るの? 乗らないの?」
「の、乗る! 乗ります!」
「オーケイ。ほら、ゆたか用」

 ゆたけに向けて、ヘルメットを投げてよこす。
 二人乗りは規則正しく、交通ルールに遵守して、頭の保護は徹底的に。これ、ライダーの鉄則。
 ……悩み多き親友を後ろに乗せてかっ飛ばすくらいは大目に見てほしいんだけど、こればっかりは運かなぁ。

「じゃ、行くわよ。しっかりつかまっててね」
「うん……いいよ、舞衣ちゃん」

 ゆたかの小さい体が私のすぐ後ろに跨り、恐々と手を回してくる。
 スピードを出しすぎると振り落としてしまうんじゃないだろうか、という懸念が頭を過ぎった。
 けどそのわりには、腕に込めた力が強い。少し痛いくらいの締め付けを、ライダースーツ越しに感じる。

「……いつもありがとう、舞衣ちゃん」
「あはは……走る前からお礼言うもんじゃないでしょ」

 ゆたかとそんなやり取りを交わしつつ、私は愛車を走らせた。
 駅を通り過ぎ、町並みに別れを告げ、誰に邪魔されることもなく風を感じられる、峠のサーキットを目指して。

 風が気持ちいい。
 風だけは、どこの宇宙でも等しく流れるものなんだ。
 バイクに乗るようになってからより鮮明に実感した、世界の変化。
 だけどそれは、変わらない、ってことと同価値でもあったのだ。

 ……あれからどうなったんだろう。
 私はときどき、二度と戻ることはないだろう故郷への想いを馳せる。


 ◇ ◇ ◇

757未定 ◆LXe12sNRSs:2009/04/21(火) 01:53:32 ID:bQZRqflE0
 断章――――少なからずあり得る可能性としては不確かだが隣を眺めれば必ずそこに在った世界。


 真昼間、空は雲ひとつない快晴であったが日は陰り、世界は暗闇に閉ざされていた。
 太陽や月よりも近い位置に、極めて異質、それでいて膨大な規模の惑星が、地球を覆うように迫っていたのだ。

 ――世界の終わりが近づいているのだと、誰もが実感していた。

 数ヶ月前には異常気象が、数週間前には火山噴火が、数日前には大津波が起こった。
 それら、星が接近するにつれて齎される災厄の数々。防ぐための儀式は、とうに頓挫した。
 あとはただ、滅びを待つばかり。残り幾人かとなった人類全体、そして地球の余生を、彼は日本にある母校で過ごしていた。

「物好きだねぇ。最後の最後まで黒曜の君であり続ける、か……君の想い人はもう戻ってきやしないってのに」

 私立風華学園生徒会会議室の窓辺で、神崎黎人は迫り来る巨大隕石――媛星を眺めやっていた。
 眉目秀麗な容姿に儚げな印象を纏わせ、しかし黄色い声援を送る女子はいない。
 声をくれるのはただ一人、大昔の先祖が式とした、人ならざる者――炎凪ただ一人である。

「凪。そういうおまえは逃げなくてもいいのか? この星はもうすぐ滅ぶぞ」
「逃げる? またまた冗談を。地球が滅ぶってのに、いったいどこに逃げ出すってのさ。宇宙船でも用意してくれるんなら、話は別だけど」

 凪は嘲るように言い、神崎の隣に立って星を眺めやった。
 黒い影が終わりの予兆として、そこに聳え君臨している。

 媛星を返すための儀式――蝕の祭は、HiMEの一角である鴇羽舞衣の退場によって失敗してしまった。
 やり直しの機会には恵まれず、そこで地球の運命も決定。終焉への道を、ひた進むだけの時間が流れる。

 HiME同志の想いを賭けた闘争劇は、様々なイレギュラーを想定して作り上げられた、磐石なシステムを有しているはずだった。
 想い人が被っている場合、HiMEや想い人が不慮の事故に遭遇した場合、想い人がHiMEだった場合、それでも儀式が回るように。

 しかし、鴇羽舞衣のケースは違った。
 尾久崎晶のチャイルドが討たれ、彼女の想い人であり舞衣の弟でもある鴇羽巧海が消滅した際、天秤が狂い始めた。

 鴇羽舞衣が失踪したのだ。
 国家機関である一番地が総力を挙げても見つけ出せない、たとえるならば異界の狭間へと。

 退場というよりは欠場という言葉が相応しい。十二人の想いの力を賭け合う蝕の祭は、欠員を出し不成立となってしまった。
 儀式の勝者として選出されるはずだった水晶の姫も、十一人分の想いの力では黒曜の君の妻足りえず、媛星の回避も望めない。

 この世界より鴇羽舞衣が抜け落ち……そして終焉の運命は決定したのだった。

「この世の終わりを因縁の地で迎えるのも、悪くはない」
「詩人だねぇ。さすが、風華の生徒会副会長様は達観していらっしゃる」
「……なぁ、凪」

 神崎黎人は、星を見上げながら問うた。
 炎凪もまた、星を見上げながら答える。

「僕は……どこでどう間違えたのかな」
「……さぁて、ね」

 星は潰え、一つの宇宙の歴史も、ここに閉ざされる。
 風華の地に鐘の音が響くときはもう、永久に来ない。


 ◇ ◇ ◇

758shining☆days ◆LXe12sNRSs:2009/04/21(火) 01:55:39 ID:bQZRqflE0
 すっかり暗くなってしまった峠道を、ライトで照らしながら。
 私、鴇羽舞衣は小早川ゆたかを乗せ、バイクをかっ飛ばしていた。
 人はもちろんこと、対向車も見かけられない静かな道が、爆音で満たされる。
 こんなに気持ちのいい夜はなかなかない。思わず自分語りでもしたくなるようなくらい、静かな夜だ。

 ……そんなところで、ちょいと昔を回顧してみるとしましょうか。

『―― 自らモルモットの道を選ぶとはね。期待はしないが、せいぜい長い目で見させてもらうことにするよ ――』

 アンチ=スパイラルがわざわざ私たちに寄越してくれた、帰還のチャンス。
 元は螺旋王が所持していたらしい、あの翼竜を模したデザインの飛行機は、私をこの地に誘った。

 ……風華も媛星も存在しない、平穏な日常。私が住んでいた宇宙とは異なる……ゆたかの故郷に。

 あの飛行機は、ルルーシュが解析してなんとか使えるようにはなったのだが、
 どうにもシステムのすべてを掌握できたわけではないらしく、使用にもいくらかの制約が設けられた。
 生き残ったみんな、それぞれの帰るべき世界を検索して……しかし私の故郷だけは、見つけられなかったのだ。 

 要するに、帰れなかったのである。

 鴇羽舞衣は元の世界への帰還かなわず、放浪を余儀なくされた。
 それは、見知らぬ土地で余生を過ごす、という選択肢を招いた。
 親戚も友達もいない新天地で生きる道を、私は選んだのだった。

 とはいっても、別に選択肢がそれだけだったわけではない。
 翼竜型飛行機のエネルギーが尽きるまで膨大な多元宇宙を彷徨い故郷を探す道だってあっただろうし、
 私とゆたかが降りる際にはまだ残っていたギルガメッシュについていくという道だってあった。
 それらの選択肢の中で、私はゆたかと同じ世界に渡る、という道を選んだのである。

 ……元の世界に帰ったって、いいことなんかないから。その思いが強かったのも、否定はしない。
 仮に帰れたとしても、弟の巧海はもう戻って来ないし、私自身、HiMEの運命に翻弄されて終わりだろう。
 それを思うなら、せっかく知り合えた親友と共に今後を歩んでいったほうが、気は楽だ。

 どこぞの王ドロボウみたいにいろんな宇宙を旅して回るほどのガッツは、私にはない。
 大して話も合わなかった王様に付き従うなんて最終手段にも等しい生き方は、論外だ。
 だったら、私はゆたかの隣を選ぶ。それしかない。ううん、むしろゆたかの隣がいい。

 というのが、紛れもない私の本心。
 けど、私が帰れなかった本当の意味を考えるとなると、実際のところは私の思惑なんてなかったも同然なんじゃ、と考え付く。
 帰れなかったという意味では、私だけじゃなく、ゆたかも同じなのだ。

 だってここは――ゆたかの帰るべき故郷でもなかったのだから。

759shining☆days ◆LXe12sNRSs:2009/04/21(火) 01:56:12 ID:bQZRqflE0
 考察し行き着いた結論を述べると、帰れなかったのではなく、帰ることが許されなかったのだ。
 私たち二人をこの虚構の世界に誘った張本人……他には考えられないアンチ=スパイラルが、私たちの帰還を阻んだのである。

 私たちが今、存在を許されている〝ここ〟について話そう。
 具体的な違いは、泉こなた、柊かがみ、柊つかさの消失である。
 この世界に辿り着いてすぐ、私たちはゆたかが居候している伯父さんの家、泉家を訪ねた。
 家の主、泉そうじろうさんは何食わぬ顔で私たちを迎え入れ、なにを問いただすこともしなかった。

 異常だった。
 私たちが数日間失踪していたことについても、私の素性についても、娘の所在についても、まるで言及してこない。
 事態を訝ったゆたかが尋ねてみて、私たちはそうじろうさんが持っている認識と、驚くべき現実を把握した。

 この世界の私たちは、失踪などしていなかったのである。
 螺旋王による拉致も、数日間の不在も、他者にはまるで認知されていなかった。
 朝起きて学校に行き、夕方に帰ってきた娘たち……そうじろうさんは、私たち二人をそう認識していたのだ。

 ここまでなら、平行世界における単純な時差と捉えることができる。
 しかし最大の疑問は、そうじろうさんが私、鴇羽舞衣について言及してこないという部分だ。
 ……それもそのはず。この世界における私の役割は、〝鴇羽舞衣〟ではないのだから。

 この世界における、私の役割。
 それはそうじろうさんの娘であり、ゆたかの従姉である――〝泉こなた〟だったのだ。

 要するに、そうじろうさんは私のことを鴇羽舞衣ではなく、自分の娘、泉こなただと思っていたっていうこと。
 実際そうなのだ。泉家で過去のアルバムやらビデオテープやらを漁ってみたが、そこには幼少時代の私が映っていた。
 その代わり、ゆたかの知る〝こなたお姉ちゃん〟の姿はどこにも存在していなかった。

 螺旋王の実験に参加していたゆたかの友達は、もう二人いる。
 柊かがみと柊つかさ……彼女たちの所在についても調べてみたが、結果は泉こなたと同じだった。
 柊家を訪ねてみると、そこには柊いのり、柊まつりという二人の姉妹がいた。
 彼女たちは本来、柊かがみや柊つかさの姉に当たるのだというが、揃ってそんな妹は知らないと言う。
 柊家の四姉妹は三女と四女を欠いた。いやこの世界では、元々長女と次女しか存在していなかったのである。

 いるはずの人物が、最初からいないものとされているおかしな世界……私たちは、これを否定することができなかった。
 知ってしまっていたから。
 既に、多元宇宙という無限の可能性を知りえてしまっていたから、ここが虚構ではないと断言できてしまうのだ。

 さて、ここで『どうして私たちがこんな世界に辿り着いてしまったのか』という疑問について考えてみよう。
 あまりにも都合のいい人間関係の改変。あつらえられたような環境。私たちに考えさせるような様々な要素。
 これらを踏まえて考え……るまでもない。解答は、アンチ=スパイラルによる干渉。これしか思い当たらなかった。

760shining☆days ◆LXe12sNRSs:2009/04/21(火) 01:56:50 ID:bQZRqflE0
『―― 貴様には俺たちを長期的、かつ特殊な刺激の少ない場所に移す義務がある!! ――』

 そもそもアンチ=スパイラルは、私たちをいったいどうしたかったのか。
 当初は捨て置かれる運命だった私たちを、アンチ=スパイラルはわざわざ救済してのけた。
 ルルーシュのヤケクソ気味の交渉のおかげでもあるが、アンチ=スパイラルとしては温情を働いたわけではなく、譲歩したにすぎない。
 貴重とも言える観察対象を、使い勝手のいい鳥かごに閉じ込めておこう――なんてことはない、それがアンチ=スパイラルの心理。
 奴らはルルーシュの求めに応じ、『長期的かつ特殊な刺激の少ない場所』として、この世界をあてがったのだ。

 もし、私たちがそのまま元通りの生活に戻ったとして。
 ゆたかは大変だろう。
 彼女の数日間の不在は失踪事件として取り上げられ、しかも同時期に仲のいい友達が三人も行方不明、帰ってきたのは一人のみ。
 マスコミの集中砲火はまず免れないだろうし、娘に先立たれたそうじろうさんはショックのあまり自殺してしまうかもしれない。
 渦中のゆたかなど、しばらくの間は刺激に溢れすぎた日常を送ることになる。
 それはアンチ=スパイラルとしても望まない、ということなのだろう。

 私の場合、そういった事件絡みのごたごたは風華の人たちが容易に揉み消すだろうことが想像できる。
 が、元の世界に戻ったらまず、私には蝕の祭が待っているのだ。
 大切な人を失ったにも関わらず、カグツチを扱えてしまう私はさぞイレギュラーな存在として祀り上げられるだろう。
 凪あたりの反応がちょっと見てみたくはあるが、それで実際に蝕の祭の行く末どうなってしまうかは、見当も付かない。
 螺旋力のおかげで一番強いHiMEになりました……なーんて、それはアンチ=スパイラル的にどうなんでしょうね。

 どちらも等しく、刺激の少ない場所、と言えるような環境ではないのだ。
 ここが元からあった世界なのか、アンチ=スパイラルがわざわざ用意した世界なのかはわからないが、都合がいいという点についてはもはや疑いようもない。
 私たちは鳥かごに閉じ込められた小鳥として、壮大なる宇宙の意思の監視下で、生を全うするしかないのだ。

 暮らしていく分には、不自由も不満もない。
 ただ、ここは本当に帰るべき場所とは違う――ということを考えると、私もゆたかも度々ブルーになる。
 死んでしまった人たちにはもう会えない、という部分では忠実なんだけど、元々存在しない、となると感慨もまた違ってくるものだ。

『―― なら、さ。悲観せず、とりあえず生きてみましょうよ。鳥かごの中で……二人一緒に。一生懸命! ――』

 事実を受け止めて、それでもめげず、私とゆたかは生きる道を選択した。
 ゆたかは小早川ゆたかとして、私は泉こなたとして。
 アンチ=スパイラルの視線なんかに負けず、精一杯に。

761shining☆days ◆LXe12sNRSs:2009/04/21(火) 01:57:15 ID:bQZRqflE0
 決心してからの私たちがどうしたか、についても語っておこう。
 まず私、泉こなたとしての鴇羽舞衣は、帰ってきてからしばらくして学校を辞めた。
 そうじろうさん――お父さんには猛反対されたけど、そこは我を通させてもらった。
 理由らしい理由は、ないのかもしれない。言ってしまえば、私のわがまま。
 泉こなたの築き上げてきた人間関係をそっくりそのまま継承して、のうのうと学園生活を送るのが嫌だった。
 というよりも、本物のこなたさんに悪いと思ったから、かな。これは気持ちの問題。

 ここにいる私は泉こなただけど、生き方くらいは鴇羽舞衣として選びたい。
 そう一念発起して、やっていることと言えば気ままなアルバイター生活。
 巧海と二人で暮らしていた頃、いろいろやっていたというのも要因なのかもしれない。
 やっぱり、自分らしい生き方をするのが一番気楽なのだと思う。

 ある程度お金が溜まってから、私はバイクを買った。
 免許も取って、こうやって夜の峠を走るくらいにはハマっている。ああ、もちろん無事故無検挙ね。
 なんといいますか、自分らしい生き方をしたいという欲求がある一方で、新しい生き方を模索したいと思った次第で。
 ああ……あそこでは、シモンを後ろに乗せて走ったこともあったっけ。素人が手を出した結果、酷い事故に繋がったけど。
 身につけた教訓を有用にしたかった、ってことなのかな……なつきに影響された部分も、あったんだと思う。

 ゆたかについても話しておこう。
 あの子はまあ、普段の暮らしに戻っただけなんだけど……こちらに帰ってきてから、アニメ鑑賞という趣味が増えた。
 経緯を説明するとすれば、とある驚くべき発見がすべての引き金だったと言える。
 ゆたかと一緒にテレビを見ていたときのことである。

『―― ねぇ、舞衣ちゃん。このCMに出てるのって…… ――』
『―― ……はい? ――』

 DVDかなにかのコマーシャルに、ルルーシュが出演していた。
 声はそのまま、姿形も瓜二つ、だけどそれは実写ではなくアニメ絵で、調べてみるとアニメDVDのCMであるようだった。
 関心を持った私たちは、雑誌やインターネット、学校のアニメに詳しい友達から情報を入手して、真相に行き着いた。

 ――螺旋王の実験に参加していた人たちはみんな、アニメキャラクターだったのだ!

 突拍子もないこと言ってると思うし、実際その衝撃たるや疑って然るべきだったけど、本当なんだから仕様がない。
 それぞれ制作された年代に差はあれど、実験参加者のほとんどの人間が、この世界ではアニメの登場人物として動いていたのだ。
 たとえば、菫川先生は「R.O.D」という作品に。
 スカーさんは「鋼の錬金術師」という作品に。
 ガッシュは「金色のガッシュベル!!」という作品に。
 皆、生き写しのような性格、容姿をしており、各々が独自の世界を築き、物語を成していたのだ。
 元の世界でもこれらのアニメ作品があったのかと訊いてみたが、そっちの方面に疎いゆたかはよくわからないと言う。
 私も詳しいってわけじゃないけど、少なくとも子供時代にみんなの出てくるようなアニメを見たことはない。
 これもアンチ=スパイラルによって捏造された代物なのか、またその意図はなんなのか、答えは出てこなかった。

762shining☆days ◆LXe12sNRSs:2009/04/21(火) 01:58:16 ID:bQZRqflE0
 この事実を知ったゆたかは、実験参加者たちが出演している作品を片っ端から集めるという行動に出た。
 レンタルで大体済ませられるっていうのに、ゆたかは強情にも買い揃えると言い出し、そのためにバイトを始めたりもしたっけ。
 一番最初に手に入れたのが、「宇宙の騎士テッカマンブレード」という作品。
 私とゆたかにとっても縁深い人物……Dボゥイが主役を張っていたアニメだ。
 内容はとても女子高生が見るようなものとは思えなかったけれど、ゆたかと私は食い入るように全49話を視聴した。
 実験場では知ることができなかった、Dボゥイが抱えている確執と苦悩……それらを視聴者という立場で改めて知り、複雑な気持ちに襲われもした。
 二人で一緒に「劇場版 天元突破グレンラガン」を見に行ったときなんて、ゆたかが感動で泣き出しちゃったりもした。
 それにはアンチ=スパイラルも登場していて、壮絶な最期を遂げたりもしたのだが……本人は今頃どこでなにをしているのやら。
 それは生き残ったみんなにも言えることだった。皆が元の世界に無事帰れたと仮定するなら、
 ルルーシュやギルガメッシュはもうこの世にはいないのかもしれないし、違った歴史を歩んでいる可能性とてあり得る。
 ……こういうのを考えるのは苦手だからやめておこう。SFって、難しくてよくわかんないんだもの。

 ゆたかのコレクションは、今日買った「カウボーイビバップ」、スパイクの出演作で、全作品コンプリートとなる。
 さすがに、私やゆたかが登場しているアニメ作品は発見できなかったけれど……他の世界では、もしかしたら私たちもアニメキャラクターを演じているのかもしれない。

 そんな感じで。
 私たち二人はそれぞれの道を歩み出し、ゆたかはもうそろそろ高校を卒業するのだが……ああ、そういえば。

 この世界にやって来たのは、私とゆたかだけじゃなかった。
 もう一人の帰還者についても、ここで話しておこうと思う。

 なんの縁か、こんなところにまでついてきてくれた彼――インテリジェント・デバイス、ストラーダについて。


 ◇ ◇ ◇

763shining☆days ◆LXe12sNRSs:2009/04/21(火) 01:58:54 ID:bQZRqflE0
『どうやら、この地における私の役目は取り上げられてしまったようです。そこで、お二人に最初で最後のお願いをしたい』

 帰還してしばらくの間は寡黙を貫き通していたストラーダが、不意にそんなことを言い出した。
 クロスミラージュに問いかけていた勇ましい口ぶりとは違う、懇切丁寧な態度で、舞衣とゆたかに乞う。

『私という存在、そしてあなた方が彼の地から持ち出したいくつかの物品。それらは等しく、ここではオーバーテクノロジーと成り得るものです。
 行き過ぎた技術は、文明の崩壊を招きかねない。いや、これは言いすぎだとは思いますが……どちらにせよ、もう私の役目は終わったのです』

 ストラーダの要望により、舞衣とゆたかは誰もが寝静まる深夜、人気のない山奥へと足を運んだ。
 当然それにはストラーダも同行し、二人の肩には感触の懐かしいデイパックが提げられてもいた。

『この虚構のような世界に関しても、ここに誘われたあなたたち二人に関しても、思うところはあります。
 彼の地で螺旋力覚醒の第一号となった小早川ゆたか。螺旋力とは異なる想いの力で天元を目指して見せた鴇羽舞衣。
 あなたたち二人はヴィラルほどではないとはいえ、アンチ=スパイラルにとっては絶好の観察対象なのかもしれません。
 私も含め、鳥かごに閉じ込めておくには最適な組み合わせでもあるのでしょう。だからといって、それを甘んじて許す必要もない』

 適当な場所に辿り着くまで、ストラーダは二人と言葉を交わし続けた。
 デバイスとして、仮のマスターとして、双方とも大した間柄は築けなかったが、共有している〝想い出〟は移り変わるものではない。
 そして、深い山中に足を踏み込んだとき、ストラーダがまた唐突に願う。

『私をこのまま土中深くに埋めていただきたいのです』

 舞衣とゆたかは、さすがに承諾することができなかった。
 相手はAIを持った程度の機械にすぎない、とはいえ、舞衣やゆたかの価値観から言わせれば、人間の命と重さはなんら変わりなかった。
 ストラーダという確かにそこに在る存在に対して、所持者という肩書きを持ち合わせた二人は、選択を――。

「だめ。許さない」

 ――迫られ、ゆたかは即座に答えを選び取った。
 平時の和やかな印象とは違う、あの壮絶なる螺旋の鉄火場を生き抜いた、戦士としての顔を毅然と向ける。
 この反応を予想していなかったらしいストラーダは、表情を持たぬ槍の身に、驚きの様相を纏う。

「私は、いろんな人に守られて、今ここにいるの。フリードが私を庇ってくれたとき、強く、思ったから。
 ……生きていかなきゃ、いけないって。この命を守ってくれたみんなのためにも、精一杯、生きなきゃいけないから」

 涙ぐんだ表情で、ゆたかは熱弁をふるい続けた。
 受け取る側のストラーダは寡黙な槍へと立場を戻し、その心理を秘す。
 主を失い、役目を失い、居場所すら失ったデバイスに、どのような施しを与えるべきなのか。
 ゆたかも舞衣も知り得ず、しかし本人の要望どおりに命を埋没をさせ、終わらせることだけは違う、と頑なに信じ込む。
 人間の傲慢とも取れる応答に、乞うた側のストラーダは、

764shining☆days ◆LXe12sNRSs:2009/04/21(火) 01:59:39 ID:bQZRqflE0
『……あなたたちは、強いのですね』

 少し寂しそうな音声で、本心を吐露し始めた。

『私はマスター……エリオ・モンディアルを失って以降、リュシータ・トエル・ウル・ラピュタに悪用されようとも、一切の抵抗をしませんでした。
 我が身はデバイス。人間に使役されて始めて意味を成す存在である。あのような非常時に、独断で民間人と意思疎通を図ることは許されない。
 そんな堅苦しい考えが、いつの間にか根付いていたわけです。同僚のクロスミラージュは、〝気合〟による状況の打開を提唱、実行までして見せたのに』

 ゆたかと舞衣は、ストラーダという槍についてなにも知らない。
 会話を交えようとしても、本人が語ることを拒んできた。
 実験場を脱出するその瞬間まで、ストラーダは己の流儀に従い続けたのだ。
 そして、非常の時間が終了した今になり、ストラーダはようやく自身の胸の内を曝け出す。
 時空管理局機動六課での生活、エリオらとの訓練に明け暮れる日々、日常から戦場に至る自らの生き様を、すべて告白する。
 当然、今という現実を生きる辛辣な心境についても。

『羨ましくもあり、悔しくもある。私はなにを成すでもなく、幸運にも生き永らえる道を獲得した。
 英雄王と共に旅立ったマッハキャリバーはともかく、クロスミラージュやフリードリヒに合わせる顔がありません。
 いえ、だから、と自暴自棄になっているわけではないのです。ですが、あなたたちに進言するには酷な頼みでしたね。
 ……すいません、しばらく時間をくれないでしょうか? 今一度、一人で考えてみたいのです……これからの、生き方を』

 ストラーダは悩ましげに呟き、しかし確かに、生き方を検討すると言い切った。
 ゆたかと舞衣はストラーダの意志を汲み、その他の物品を土中に埋めた後、目印として槍の穂先を突き刺し放置した。

『……ありがとうございます。小早川ゆたか。鴇羽舞衣。お二人に……どうか幸福を』

 そのまま別れの言葉もなしに立ち去った。
 程なくして戻ったそこに、ストラーダは刺さっていなかった。


 ◇ ◇ ◇

765shining☆days ◆LXe12sNRSs:2009/04/21(火) 02:00:34 ID:bQZRqflE0
 ――ストラーダはどこに消えてしまったのか。今でもその謎は判明していない。
 確かなのは、ストラーダが一人では動けないということ。ゆえに、誰かが連れ出したという可能性しか考えられないのだ。
 それは数多の多元宇宙を股にかける王ドロボウか、はたまた盗賊を追い回す傲岸不遜な英雄王の仕業か。
 アンチ=スパイラルに回収された、という可能性だけは否定したかった。心情的に。

 なんにせよ、もうストラーダと会うことはないのだろう。
 悲しくはない。だって、ストラーダは確かに生きると言ったのだから。
 私とゆたかも……クロスミラージュやフリードリヒに恥ずかしくない生き方をしようと思う。

 さて、今となってはいろいろと過去の出来事を、振り返ってみまして。
 私は峠を越えた先、海が一望できる崖の辺りでバイクを停めた。
 ヘルメットを外し、ゆたかと共に海を眺めやる。
 とはいっても、時刻はまだ朝焼けには程遠い。視界は真っ暗だ。
 黒一色の海面には引き込まれそうな魅力があり、油断していると崖下へと足を進めてしまいそうだった。
 深海よりも澄んだ暗闇に目を奪われながら、ゆたかが不意に言葉を漏らす。

「あのね、舞衣ちゃん。私、小説家になる」
「そっか……ゆたかが小説家にね……」

 夢を持つのは良いことだ。私もゆたかも、そろそろ就職を考えたりする時期だしね。
 無難に進級して、無難に求人漁って、無難に手に職つけるよりかは、よっぽど若者らしい。
 小説家かー。私は文才ないからなぁ……遠い世界だわ。ホント、ゆたかってば志が高い。

 いや、待って。
 今、さらっと爆弾発言が飛び出したような……って!?

「はぃ〜っ!? しょ、小説家になる〜っ!?」

 あまりの不意打ちに驚かされ、私は体を張ったオーバーリアクションで逆にゆたかを驚かせた。
 微妙な気まずさが漂う中、ゆたかはほんのり赤面しながら、おどおどと口を開く。

766shining☆days ◆LXe12sNRSs:2009/04/21(火) 02:01:10 ID:bQZRqflE0
「うん、あのね。最近、おじさんにいろいろ教わったりして……」
「そりゃあ、そうじろうさんは現役の作家さんだけどさ……だから影響されたってわけじゃないんでしょ?」

 ゆたかは、コクリ、と可愛らしく頭を垂れた。

「影響された、っていうんなら……こっち、かな」

 示して見せたのは、アニメイトの買い物袋。中身は本日購入したばかりのカウボーイビバップDVD-BOXだ。

「まだ漠然としてるんだけど、別に小説じゃなくてもいいの。アニメでも、漫画でも、絵本や芝居だっていい。私は、自分の手で物語を、ハッピーエンドを作ってみたい」

 ハッピーエンド。
 菫川先生が口々に語っていた言葉だ。
 あの殺し合いの結末は、はたしてハッピーなんて言えたのだろうか……言えるわけ、ないか。
 たくさんの人が死んで、たくさんの想いが潰えて、舞台を牛耳っていた支配者は、今もどこぞでふんぞり返っている。
 私たちは生き永らえさせられただけ。と現実を鑑みれば、またちょっとブルーになってしまう。

「私、こっち戻ってきてから、みんなの出ているアニメをたくさん見た。
 みんながみんなハッピーエンドっていうわけじゃなかったけれど、その生き方は決して作り物なんかじゃない。
 Dボゥイさんも、菫川先生も、ルルーシュくんも、アンチ=スパイラルさんだって! 精一杯生きてるんだって……」

 ははは……アンスパさんもですか。
 ゆたからしいというか、なんというか。
 言わんとしていることはわかるけど、まあ……うん。

「……それもいいかもね」

 私は、自分の顔が恥ずかしくなるくらいにやけているのを自覚した。
 構わず、己の両手首に意識を集中させる。
 胸の底から高ぶってくる感情を、顕現させるように。
 誰かを想う――意思をこの世へと表出させ、イメージは燃える炎の如く。
 軽い熱気が放たれた後、私の両手首に宝輪――HiMEの証であるエレメントが具現化される。

 うん、完璧。
 こっちに来てからも、私のHiMEとしての能力は失われていない。
 力を使うのは久しぶりだけど、身に染み付いた感覚はなかなか忘れないものだ。

767shining☆days ◆LXe12sNRSs:2009/04/21(火) 02:02:01 ID:bQZRqflE0
「ま、舞衣ちゃん……」
「うん? どうしたのよゆたか、そんな心細そうな顔しちゃって」
「だって、ここでHiMEの力を使っちゃったら……アンチ=スパイラルさんが怒鳴り込んでくるかも……」
「あー……」

 まあたしかに、媛星の脅威にも見舞われていない平和な地球で、こんな異能ひけらかすのはよろしくないだろう。
 ただでさえアンチ=スパイラルに睨まれてる世界だし、はしゃいだ挙句、あとでどんなとばっちりが来るかは想像もできない。
 ……なんて諦める鴇羽舞衣じゃないわよ。明日は明日の風が吹く。それが私のモットーだもの。

「けど、さ。少しくらいなら大丈夫でしょ。そのために、人目のない場所と時間を選んだんだから、さ?」

 私はウィンクして、ゆたかに同調を試みる。
 堅物のアンチ=スパイラルだって、これくらいは見逃してくれるって、たぶん。
 ゆたかは少し疲れた表情を浮かべて、だけどすぐに笑顔を作り直し、頷いてくれた。

 少女が過去を顧みて、未来を按じ、夢を語る。
 こんな気分のいい日には、空でも飛びたくなるってものだ。
 久々に、あの子にも会いたいしね。

「じゃ、いくわよ」
「うん!」

 私はゆたかの華奢な体を抱き寄せ、エレメントに宿る炎をさらに高めた。
 大きく息を吸い、腹の底から燃焼するようにして、声を発する。
 呼ぶ。応えてくれる。我が子に。母の想いに――。


「カグツチィィィィッ!」


 ◇ ◇ ◇

768shining☆days ◆LXe12sNRSs:2009/04/21(火) 02:02:53 ID:bQZRqflE0
 ――舞衣ちゃんと一緒に、飛ぶ。

 カグツチの背に乗って、雲の上まで突き抜けて、地球の天井を超えそうなくらい、高く。
 傍らの舞衣ちゃんは、私が揺れで落ちないよう、ぎゅっと抱きとめていてくれる。
 心地よかった。肌で感じる温もりが、カグツチから感じる熱気が、安らぎに変わっていく。

「あのね、舞衣ちゃん。さっきの話の続きなんだけど!」
「うん!」

 羽ばたく轟音、風を切る圧力に負けないよう、私と舞衣ちゃんは声を大きくして言葉を交わす。

「舞衣ちゃんにも、手伝って欲しいの! 私がちゃんとやれるように、傍で見守っていてほしい!」
「オッケー! それくらいお安い御用……っていっても、具体的にはなにやればいいのー!?」

 訊かれて、私は答えを返せなかった。
 ハッピーエンドで終わる物語を作りたい。この想いは本物だけど、まだ漠然としている。
 なにから始めればいいのかも、手探りだった。感情だけが先行している。でも、それが駄目だとは思わない。

 みんなに、幸福な結末の素晴らしさを知ってもらいたいから。
 悲しみだけじゃない、悲しみの先には喜びも待っているっていうことを、私が知ったから。

 ――あそこで私たちがやってきたことは、無駄じゃないんだって。証明として遺したいから。

「う〜ん、じゃあさ! これから二人で考えましょうよ! 時間ならまだ、た〜っぷりあることだしね!」
「うん、そうだよね! 私たちの時間は、まだまだこれからなんだよね!」

 声を張り上げて、私と舞衣ちゃんは笑い合った。
 風が気持ちいい。抱擁の熱が心地いい。実感できる生に幸福を覚える。

 こなたおねえちゃん。つかさおねえちゃん。かがみおねえちゃん。
 Dボゥイさん。シンヤさん。高嶺くん。明智さん。菫川先生。イリヤさん。
 ジンさん。スパイクさん。奈緒ちゃん。ニアさん。ドモンさん。ガッシュくん。
 スカーさん。ギルガメッシュさん。カミナさん。ルルーシュくん。
 マッハキャリバー。クロスミラージュ。ストラーダ。フリード。
 あそこで出会ったすべてのみんなに、私は言葉を送りたい。

 小早川ゆたかは、ここで生きています。
 今も、これからも……精一杯、生きてみます!

769shining☆days ◆LXe12sNRSs:2009/04/21(火) 02:04:41 ID:bQZRqflE0
「そうだゆたか! 約束! だったらアレ!」
「アレ……あっ、うん! アレだね!」

 舞衣ちゃんが口に出したアレという単語に、私は当たりをつけた。
 確認もせずに、二人でごそごそと荷物を探る。
 あそこを発ってから、肌身離さず携帯していたお揃いの水晶を取り出し、見せ合った。

 これは、私と舞衣ちゃんが約束ごとをするときの儀式みたいなもの。
 Dボゥイさんとシンヤさんが残してくれたクリスタルが、今じゃすっかり指きりの代わりになっている。

「ここじゃ、私はゆたかのおねえちゃんだから。どこまでだってついていくし、どこにだってつれていってあげる!」
「私も、舞衣ちゃんと一緒にいたい! ううん、舞衣ちゃんと一緒にいる! 私たち、ずっと――!」

 私と舞衣ちゃんの関係は、言葉では言い表せないものになっていた。
 親友とも、姉妹とも、家族とも、恋人ともちょっと違う、不思議な関係。
 今さら確かめ合うまでもなく、お互いがそう認め、刻んでいる。

 ――鴇羽舞衣を。
 ――小早川ゆたかを。

 そうして、天壌の空間を翔るカグツチの背の上、約束は交わされる。
 打ち鳴らされた水晶が、チンと優しい音を立てた。


【アニメキャラ・バトルロワイアル2nd らき☆すた with 舞-HiME――――shining☆days START!】

770 ◆9L.gxDzakI:2009/05/02(土) 22:29:23 ID:m8XI02nQ0
それではこれより、ルルーシュのエピローグを投下します。
規制食らったのでこちらで

771LAST CODE 〜ゼロの魔王〜 ◆9L.gxDzakI:2009/05/02(土) 22:30:03 ID:m8XI02nQ0
 行動には、常に結果がつきまとうものである。

 誰がいかなる行動を取ろうとも、その先には必ず、その行動に応じた内容の結果が存在している。
 であればすなわち結果とは、行動の変化によって表情を柔軟に変えるものというわけだ。
 二者択一の○×問題にしても、どちらを選んだかによって、正解・不正解に未来は分岐する。
 選択肢は二つしかないとも限らない。
 三択、四択、時には十択以上にも。
 得られた表面的事実は同じでも、抱く感情はまるで違うこともある。
 1つ1つの選択が、複雑無数に枝分かれし、大樹を成すのが多元宇宙。

 ならば、彼が取った行動の結果は――



 ――ゼロ。
 かつて合衆国日本に姿を現し、世界のあらゆる悪と戦うことを表明した革命家である。
 神聖ブリタニア帝国の手に落ちた日本を瞬く間に奪還し、世界最大の国家連合・超合衆国連合を設立。
 そして遂にブリタニアとも戦い、勝利を掴んだ英雄である。
 今やその影響力は、名実共に世界最大。
 小さな島国でデビューを飾ったテロリストは、そこから文字通り世界全国を刈り取ったのだ。
 そしてその仮面の男こそが――偽りの螺旋王、ルルーシュ・ランペルージだった。
 世界制覇に乗り出したブリタニアを打倒し、妹ナナリーの望む優しい世界を作ること。
 自らを捨てた帝国への復讐を果たしたルルーシュは、遂に望む世界を手中に収めたのだ。
 そして今、かの箱庭より生還した黒き皇子は、1人玉座へと頭を垂れている。
 ブリタニア帝国首都・ペンドラゴン。
 その中心に位置する王城の、玉座の間に彼はいた。
 身に纏った漆黒の装束は、あくまで仮面の男・ゼロのもの。
 かつて世界の3分の1を支配した、世界最強の帝国の長は別にいた。
 ふ、と。
 自虐的な色を含んだ笑み。
 悲痛な気配の宿るそれは、さながらうなだれる様にも似て。
 ルルーシュの紫の視線の先には、1人の少女の姿があった。
 ブロンドを思わせる輝きの混ざった茶髪。閉じられたまま開かぬ瞳。その身を彩る豪奢なドレス。
 彼女こそが、神聖ブリタニア帝国第99代皇帝。
 彼女こそが、ナナリー・ランペルージ。
 ルルーシュの愛した妹にして、今やブリタニアの頂点に立つ者だ。
「……何を間違ってしまったんだろうな、俺は」
 ルルーシュが問いかける。
 ナナリーは答えない。
 ふっと穏やかな微笑を湛え、微かに首を傾げるだけだ。
 一体何を間違ったのだろう。
 一体どこで間違ったのだろう。
 ルルーシュがブリタニアを倒し、ナナリーを王座に据えること。これが彼の最終目的。
 望む世界を作るための地位を、彼女に与えるはずだった。
 妹はブリタニア、兄は超合衆国連合。
 それぞれがそれぞれの頂点に立ち、平和な世界の実現のため、共に歩んでいくはずだった。
 なのに何故、こんな結果になってしまったのだろう。
 こんな残酷な結末を、突きつけられる羽目になってしまったのだろう。
 いつ間違った。どこで、何を間違った。
 ルルーシュの思考は、ゆっくりと過去へとさかのぼる。

772LAST CODE 〜ゼロの魔王〜 ◆9L.gxDzakI:2009/05/02(土) 22:30:56 ID:m8XI02nQ0
 行動には、常に結果がつきまとうものである。

 誰がいかなる行動を取ろうとも、その先には必ず、その行動に応じた内容の結果が存在している。
 であればすなわち結果とは、行動の変化によって表情を柔軟に変えるものというわけだ。
 二者択一の○×問題にしても、どちらを選んだかによって、正解・不正解に未来は分岐する。
 選択肢は二つしかないとも限らない。
 三択、四択、時には十択以上にも。
 得られた表面的事実は同じでも、抱く感情はまるで違うこともある。
 1つ1つの選択が、複雑無数に枝分かれし、大樹を成すのが多元宇宙。

 ならば、彼が取った行動の結果は――



 ――ゼロ。
 かつて合衆国日本に姿を現し、世界のあらゆる悪と戦うことを表明した革命家である。
 神聖ブリタニア帝国の手に落ちた日本を瞬く間に奪還し、世界最大の国家連合・超合衆国連合を設立。
 そして遂にブリタニアとも戦い、勝利を掴んだ英雄である。
 今やその影響力は、名実共に世界最大。
 小さな島国でデビューを飾ったテロリストは、そこから文字通り世界全国を刈り取ったのだ。
 そしてその仮面の男こそが――偽りの螺旋王、ルルーシュ・ランペルージだった。
 世界制覇に乗り出したブリタニアを打倒し、妹ナナリーの望む優しい世界を作ること。
 自らを捨てた帝国への復讐を果たしたルルーシュは、遂に望む世界を手中に収めたのだ。
 そして今、かの箱庭より生還した黒き皇子は、1人玉座へと頭を垂れている。
 ブリタニア帝国首都・ペンドラゴン。
 その中心に位置する王城の、玉座の間に彼はいた。
 身に纏った漆黒の装束は、あくまで仮面の男・ゼロのもの。
 かつて世界の3分の1を支配した、世界最強の帝国の長は別にいた。
 ふ、と。
 自虐的な色を含んだ笑み。
 悲痛な気配の宿るそれは、さながらうなだれる様にも似て。
 ルルーシュの紫の視線の先には、1人の少女の姿があった。
 ブロンドを思わせる輝きの混ざった茶髪。閉じられたまま開かぬ瞳。その身を彩る豪奢なドレス。
 彼女こそが、神聖ブリタニア帝国第99代皇帝。
 彼女こそが、ナナリー・ランペルージ。
 ルルーシュの愛した妹にして、今やブリタニアの頂点に立つ者だ。
「……何を間違ってしまったんだろうな、俺は」
 ルルーシュが問いかける。
 ナナリーは答えない。
 ふっと穏やかな微笑を湛え、微かに首を傾げるだけだ。
 一体何を間違ったのだろう。
 一体どこで間違ったのだろう。
 ルルーシュがブリタニアを倒し、ナナリーを王座に据えること。これが彼の最終目的。
 望む世界を作るための地位を、彼女に与えるはずだった。
 妹はブリタニア、兄は超合衆国連合。
 それぞれがそれぞれの頂点に立ち、平和な世界の実現のため、共に歩んでいくはずだった。
 なのに何故、こんな結果になってしまったのだろう。
 こんな残酷な結末を、突きつけられる羽目になってしまったのだろう。
 いつ間違った。どこで、何を間違った。
 ルルーシュの思考は、ゆっくりと過去へとさかのぼる。

773LAST CODE 〜ゼロの魔王〜 ◆9L.gxDzakI:2009/05/02(土) 22:32:01 ID:m8XI02nQ0


 最低最悪の科学者・ロージェノムの実験場――そこから脱した彼が最初に行ったのは、まず情報確認だった。
 彼にはC.C.という共犯者がいる。不死身を体現したかのような、正体不明のわがまま娘だ。
 ルルーシュには元の世界に帰って最初に、彼女に問いたださなければならないことがあった。

 ――V.V.とは誰だ?

 開口一番の問いがそれだ。
 ルルーシュはあの螺旋王のデータバンクで、己の辿るある程度の未来の事象を把握している。
 そしてその物語の中に、彼の知らぬファクターが存在した。それがV.V.という少年だ。
 あの箱庭にあった情報を真実とするならば、こいつはランスロットのパイロット・スザクにギアスの情報を明かし、
 あまつさえナナリーを誘拐するということになる。
 これがマオならまだいい。ギアス能力者がギアスの存在を知っているのは当たり前。
 だとするならば、その少年は何者だ。何故ギアスのことを知っている。
 そいつもマオ同様、C.C.と何らかの関係を持っているのではないか。
 彼女と行動を共にしていたのか。はたまた彼と同じギアス能力者か。
 少なくともルルーシュの知る盤面の上に、このような駒は存在していない。決して見過ごせるものではない。
 当のC.C.自身はというと、一瞬この問いに大層驚いてみせた。
 だがやがて観念したのか、静かに白状を始めた。
 V.V.の正体を。その恐るべき目的を。

 金髪の少年・V.V.は、C.C.よりも後に能力に目覚めた、同じ“コード”の持ち主らしい。
 ここで言うコードとは、彼女の持つ魔女の力の総称のことだそうだ。
 要するにV.V.もまた彼女と同じく、「不死の身体」と「ギアスを与える力」を有しているということ。
 そして既にこの少年は――当時のブリタニア皇帝シャルル・ジ・ブリタニアと契約を結んでいた。
 彼はブリタニア王の実兄であった。
 おおよそ二桁にも満たぬ外見年齢しかないV.V.は、しかしルルーシュの伯父だったのだ。
 コードの能力に目覚めるには、ギアス能力を授けられている必要がある。
 彼がどのタイミングでに魔人の力を手にしたのか。それは今となっては定かではない。
 だがかつてのブリタニア王家の内乱の折、兄V.V.は間違いなくコード能力に覚醒し、弟シャルルはギアス能力を授けられた。
 そしてそのコードの力で、彼らが為し遂げんとした恐るべき計画がある。

 それがラグナレクの接続だ。

 現在のブリタニアの王城には、“アーカーシャの剣”と呼ばれる遺跡が存在する。
 そして同時にこの地球には、それと近似した遺跡が随所に残されているのだそうだ。
 後者の遺跡に関してはルルーシュも知っている。正確には、未来の彼が目撃している。
 日本の式根島のすぐ近く――神根島と呼ばれる無人島に、その遺跡の1つがあるらしい。
 そしてそれら全てを手中に収め、V.V.とC.C.の――案の定、彼女らはかつて協力関係にあった――コード能力を用い、
 アーカーシャの剣を起動すること。
 それがブリタニアの兄弟の最終目的であり、シャルルが始めた侵略戦争の最大の理由だった。
 この行為を、ラグナレクの接続と呼称するのだという。

 そしてその行動に伴い、引き起こされる結果は――全人類の合一化。

 そもそもアーカーシャの剣とは、「Cの世界」と呼ばれるものに干渉するための端末なのだという。
 Cの世界とは、言うなれば集合無意識。
 時間、国境、血縁……はたまた生死の境界すら問わず、あらゆる人間の無意識が溶け合ったものである。
 シャルルはこれを操作することで、全ての人間の有意識さえも、そのCの世界に取り込もうというのだ。

774LAST CODE 〜ゼロの魔王〜 ◆9L.gxDzakI:2009/05/02(土) 22:32:31 ID:m8XI02nQ0
 これは由々しき事態である。
 確かに全ての人間が1つとなれば、あらゆる思想は統一され、争いのない平和な世界が実現されるだろう。
 だがその世界には平和しかない。
 自分と他者の境界を取り払うということは、世界の全員が自分であるということ。
 すなわちそれは、自分以外に誰もいない世界と同じだ。
 そもそも人は何故平和を求めるのかといえば、大切な人々と共に穏やかで楽しい時間を過ごしたいからである。
 ならば、独りぼっちで謳歌する平和に、一体どれほどの価値があるだろう。
 皇帝の掲げた理想と計画は、既に構想の段階で、大いなる矛盾を抱えていたということだ。
 結局のところ彼の理想は、思い上がった偽善者の大量虐殺に過ぎない。
 地球上の全人類が、それを理解してもいない人間に皆殺しにされるのだ。
 C.C.の言葉を信用するならば、まだラグナレクの接続までには猶予が残されている。
 ブリタニアによる世界制覇が成し遂げられていない今、計画の実行にはまだ遺跡が足りない。
 それが全て皇帝の手中に収まるよりも早く、帝国を打倒しなければならないのだ。


 さて、改めてルルーシュはブリタニアと戦うことになるわけだが、ここで解決すべき課題が3つある。

 1つはシャーリー・フェネットのこと。
 1つは枢木スザクのこと。
 1つはユーフェミア・リ・ブリタニアのこと。

 彼女ら3人のうちシャーリーとユーフェミアは、遠からず自分の戦いに巻き込み悲劇を味わうことになってしまう者。
 そして残されたスザクは、このままでは最悪の強敵として戦うことになってしまう者。
 未来のビジョンを見たことで把握したこれらのリスクは、可能な限り抑え込まなければならない。
 これはC.C.に聞いたことだが、ルルーシュが行方をくらましていた数日間、スザクは何事もなく学園に登校していたらしい。
 カレン・シュタットフェルトも同様だ。
 つまりあの殺し合いの場にいた彼らは、アンチスパイラルの言葉を借りるなら、自分とは違う多元宇宙の住人であったということ。
 もう二度と会えないとばかり思っていた親友が生きていたのは嬉しいが、おかげで対処すべき案件も増えてしまった。
 また、ジェレミア・ゴッドバルトの方にも手を打っておきたかったが、
 こちらは既にブリタニアに身柄を確保されている。今から手を出すのは難しいだろう。
 ともあれそれらの課題を抱え、ルルーシュは行動を開始した。


 まず最初に振りかかったのは、シャーリーの問題である。
 螺旋の城にて垣間見た未来においては、スザクに撃墜されたところを目撃され、正体を知られてしまうという結果を迎えていた。
 戦闘が始まってからという状況を考えると、黒の騎士団の団員に見つけさせるという対処法も厳しいだろう。
 であれば、取るべき手段は1つ。スザクに撃墜されないようにするということ。
 ここは藤堂奪還作戦で用いることになっていた、対ランスロット戦術を、データよりも先に持ち出すことで対処した。
 先のナリタ連山からルルーシュは、ランスロットの戦闘データの分析を始めている。
 このデータは次のトウキョウ湾での戦いを経てようやく完成するわけだが、それをそのトウキョウ湾で出すわけだ。
 今は未完成の戦術でも、未来では既に完成している。そしてルルーシュは既にそれを見てきている。
 少々もったいないカードの切り方ではあるものの、結果としてランスロットを撤退に追い込むことには成功。
 ゼロへの憎しみを拭い去ることこそできなかったものの、シャーリーに正体を知られるという事態は回避された。
 そしてこの時同時に、ルルーシュを嗅ぎ回っていたヴィレッタ・ヌゥも、戦闘に紛れて始末している。

775LAST CODE 〜ゼロの魔王〜 ◆9L.gxDzakI:2009/05/02(土) 22:33:05 ID:m8XI02nQ0
 ――未来は変わった。変えることができたんだ。未来を、世界を変える力……俺にはその力がある……!

 あの螺旋王の居城から手に入れた未来の情報。
 禁断の果実を口にしたルルーシュは、既定された未来を改変することに成功した。
 思えばこの瞬間から、彼の増長は始まっていたのかもしれない。
 ルルーシュ・ランペルージは勝利したのだ。
 ただの一度ではああったものの、軍でもランスロットでもなく、世界そのものを屈服させた。
 人知を超えた存在から勝利をもぎ取ったという事実に、ルルーシュは大いに酔い、笑った。


 その後、マオなどの細かな事象に対応しつつ戦う中で、彼は2つ目の課題に直面する。
 枢木スザクだ。
 これは3つの課題の中で、最も慎重に扱わなければならないものでもあった。
 なすべきことは決まっている。説得し仲間に引き入れること。
 だが、時期が問題だ。
 あまり早期に彼を手駒に加えては、式根島でのランスロット捕獲作戦が実行されなくなる。
 これがなければルルーシュが神根島に流されることもなくなり、新型KMF・ガウェインを強奪することも難しくなるのだ。
 飛行能力と絶大な火力を有したガウェインのスペックは、まさに圧倒的の一言に尽きる。
 ハドロン砲の炎で大地を焼き、天空に君臨する漆黒と黄金の巨体は、まさしく神話の魔王そのもの。
 とはいえこのガウェインも、単なる遺跡調査のために持ち出される予定のもの。黒の騎士団を動かす大義がない。
 故にこの機体は未来情報通り、どさくさ紛れに強奪しなければならない。
 だが遅すぎてもいけない。説得の機会がユーフェミアを利用した後では、まず間違いなくまともに話も聞かなくなるだろう。
 あの資料の最後に見た、遺跡での対峙がいい例だ。スザクにとってユーフェミアとは、それだけの価値のある存在だった。
 そして更に最終手段として、ギアスをかける余地も残しておきたい。
 となるとやはりスザクを仲間に引き入れるのは、ロージェノムの資料と同じタイミングに限定される。
 すなわち、ランスロット捕獲作戦の瞬間だ。
 そしてルルーシュは式根島にて、その作戦を実行する。
 ゲフィオンディスターバーで白騎士を無力化し、そのコックピットへと滑り込んだ。
 素顔を晒すためだ。
 犯罪者ゼロとしてでなく、親友ルルーシュとして説得するために。
 憎むべき敵ではなく愛すべき友としてでなら、話を聞いてくれると信じていた。
 自分達2人でできないことは何もない。そう信じていたかった。
 それが恐らくルルーシュに残された、最後の良心であったのだろう。
 ゼロはまだ、スザクにとって決定的な行動を起こしてはいないはずだ。彼だけは味方になってくれるはずだ、と。
 だがしかし、少年の抱いた淡い期待は、脆くも打ち砕かれることになる。

 ――友達だからこそ、君の行いを見逃すわけにはいかない。今からでも罪を償うんだ。

 否定。
 かけられた言葉は予想の反対。
 これ以上罪にまみれる君を見たくない。弁護には僕も協力する。だからすぐに自首するんだ。
 ひどく優しい声音をして、スザクはルルーシュを拒絶したのだ。
 これは全くの予想外。
 本来の歴史とは異なる行動を取った。これで未来を変えられるはずだった。
 だが、状況は何も変わらない。しかも正体を知られた分、前よりも不利になってしまった。
 何故だ。
 何故お前は俺を裏切る。
 沸々とルルーシュの胸に込み上げた、理不尽な怒り。
 信頼していたのに裏切られた。状況が全く思い通りにいかない。力を手にしたはずだったのに。
 怒り狂う彼の視線の先では、なおもスザクが説得の言葉を重ねている。
 そして、遂にこの瞬間。

 ――……お前が……お前が、悪いんだぞ……お前が俺を裏切ったんだからなぁぁッ!!

776LAST CODE 〜ゼロの魔王〜 ◆9L.gxDzakI:2009/05/02(土) 22:33:40 ID:m8XI02nQ0
 ルルーシュはギアスを発動させた。
 唯一支配はしたくないと、願い続けていたいた相手を、その異能で操ってしまったのだ。
 “俺の部下になれ”。
 憤怒と憎悪の導くままに、吐き捨てたのは8文字のワード。
 あらゆる自由と意思は失われ、スザクは忠実な下僕となった。
 ルルーシュはその手で愛すべき友を、操り人形へと変えてしまったのだ。
 その後スザクは彼に従い、現れたガウェインの砲撃から脱出。
 後はあらかじめ用意されていた未来のシナリオのまま、ガウェインを強奪し神根島を脱出した。
 この時ランスロットで共に脱出したスザクには、その場に居合わせたシュナイゼル・エル・ブリタニアを抹殺させている。
 母の仇の情報を聞き出せなかったのは、残念と言えば残念だが、今はそんなことを気にしてはいられなかった。
 どうせ後から戦う皇帝に聞き出せばいい。厄介なシュナイゼルは今のうちに殺してしまえ。
 スザクを手にかけたルルーシュの箍は、既に完全に外れていた。
 まともでいられるはずもない。何せ唯一無二の親友の人格を、完全に破壊してしまったのだ。
 なりふり構う余裕など、全て狂気に押し流されていた。
 両の瞳を潤ませながら、ルルーシュはひたすらに笑い続けていた。


 不本意な形ではあったものの、スザクの課題をクリアしたルルーシュに残されたのは、ユーフェミアの存在だった。
 行政特区日本という形で、限定的に日本人の復権を実現するという方針。
 彼女の提唱するこの特区が実現されては、黒の騎士団の存在意義は失われてしまう。
 当然未来におけるルルーシュも、これを阻止すべく行動した。
 その時ギアスの暴走により、偶然下してしまった命令は、会場に集まった日本人を虐殺しろというもの。
 これも人々を煽るという意味では悪くない選択だが、それでは無駄に血が流されてしまう。
 今後ブリタニア本国という巨大な敵と戦うことを考えると、戦力の芽を断ってしまうのは旨味がない。
 ここはやはり、資料の自分が最初に考案した策を実行することにしよう、と判断した。
 スザクにギアスをかけ、歯止めのきかなくなったルルーシュにとっては、
 ユーフェミアも日本人も、ブリタニアを倒すための駒に過ぎなかったのだ。
 こうして行政特区式典に姿を現したルルーシュは、ユーフェミアとの一対一の対峙に臨む。
 本来の歴史同様、彼女はゼロの正体を神根島で知っていた。
 故にルルーシュへと手を差し伸べ、共に行政特区を築いていこうと提案する。
 だが、その手が握り返されることはなかった。

 ――さようなら、ユフィ。多分、初恋だったよ。

 代わりに返されたのは、狂える魔人の凄絶な笑み。
 真紅に輝く左の瞳と、あらかじめ用意していたニードルガンだ。
 実銃よりも威力の低いこれを、敢えて自分に向けて撃たせることで、ユーフェミアを「日本人を騙した悪者」へと仕立て上げる。
 その後、ゼロが奇跡の復活を遂げてみせ、人心を一気に手繰り寄せる。これがルルーシュの作戦だ。
 ユーフェミアはこの命令を忠実に実行、一転して魔女と罵られることとなる。
 そして復活したルルーシュにより、遂に合衆国日本設立が宣言された。
 こうして多くの相違点を孕みながらも、ルルーシュの現実は未来のビジョンにおける、最後の戦いの舞台へと一歩踏み出したのだ。

777LAST CODE 〜ゼロの魔王〜 ◆9L.gxDzakI:2009/05/02(土) 22:34:16 ID:m8XI02nQ0
 

 皇暦2017年、トウキョウ。
 遂にエリア11史上に残る、最大規模の反乱の幕が切って落とされた。
 トウキョウ事変である。
 既に情報を得ていたルルーシュは、それらを元に反省点を改善し、完璧な指揮をもってこの戦いに臨んだ。
 資料通りに戦っていては、最終的にほとんど返り討ちに近い結果を招いてしまうのだ。何もしない方がおかしい。
 まず、直接の敗北の要因となったナナリーに関しては、誘拐される前に直接手を打った。
 彼女を「ブリタニアに捨てられた皇女ナナリー・ヴィ・ブリタニアだ」と敢えて公表することで、騎士団の保護下に置いたのである。
 そして、総督コーネリア・リ・ブリタニアとジェレミア。
 これにはそれぞれカレンの紅蓮弐式、スザクのランスロットを割り当てることで対処。
 元々データにおける黒の騎士団の劣勢の一因は、ランスロットが暴れ回ったこと、それに紅蓮が早期に撃破されたことにもあった。
 そのスザクが自軍に加わり、カレンも撃墜を免れたのだ。進軍効率は目に見えて向上した。
 こうしてトウキョウ政庁制圧に成功したルルーシュは、瞬く間にエリア11全土を掌握。
 見事日本をブリタニアから奪還し、合衆国日本を立ち上げたのである。


 一国の大統領となったゼロは、いよいよ本格的にブリタニアとの戦争体制を整える。
 まずは中華連邦へと手をかけ現行政府を打破、圧政と貧困に喘ぐ国民達を解放してみせた。
 こうして極東各国との盟約締結に着手し、
 ブリタニアとの戦争で散り散りとなっていたたEU諸国とも繋がりを得たルルーシュは、超合衆国連合の構想を発表。
 更に裏では、スザクの上官ロイド・アスプルンドと接触し、懐柔することに成功。
 強大なブリタニアに立ち向かうだけの国力と技術を、ようやく得るに至ったのである。
 当然、決戦に至るまでに時間はかからなかった。
 程なくして超合衆国連合は、ブリタニアとの全面戦争に突入。
 ルルーシュが長らく待ち望んだシャルルとの対決が、いよいよ実現したのだ。
 当然、帝国の戦力も一筋縄ではいかない。 帝国最強の12騎士・ナイトオブラウンズ、更にはV.V.の精製したギアス能力者軍団もいる。
 だがここでも、スザク・カレンの両者がいること、また、予期せぬ形でジェレミアが騎士団に加入したのが幸いした。
 ロイドの開発したランスロットと紅蓮の改良型・第9世代KMFは、ラウンズの第7世代を遥かに凌ぐ性能を発揮。
 更に元は対ルルーシュ用として送り込まれたジェレミアのギアスキャンセラーも、ギアス能力者相手に絶大な威力を誇った。
 ここに藤堂の新型・斬月、中華連邦の武人・李星刻の駆る神虎が加わることで、エースパイロットの戦力差は対等となる。
 兵隊の力が互角となれば、後は軍師の戦略の出番だ。
 既にブリタニア側の指揮官のうち、シュナイゼル・コーネリアは死亡している。となれば戦略面はルルーシュの独壇場。
 壮絶な決戦を制したのは、反逆者ゼロの率いる黒の騎士団だった。
 逆らう奴らに容赦はしない。命乞いをする敵も皆殺し。味方はとうに、全員ギアスの奴隷に変えていた。
 戦乱の果てに、遂にルルーシュは皇帝シャルルを殺害。V.V.をもコード能力者用のカプセルに封印。
 世界全土を超合衆国連合の傘下とし、地球上のほぼ全ての国家を統一するに至ったのである。


 憎きブリタニアは滅ぼした。母の仇はシャルルから聞き出した。
 多くの犠牲を払いながらも、全てをその手に勝ち取った。
 ルルーシュはいよいよ、最大にして最後の目的を実行に移す。
 これまで厳重に保護していたナナリーに、ブリタニアの王座を託す日が来たのだ。
 兄は合衆国を、妹は帝国を。
 兄妹2人で力を合わせ、優しい世界を作り出す。その目標の実現の日。
 ナナリーがブリタニアの女帝となったその瞬間、ようやくルルーシュの長き戦いは終わるはずだった。

 ――お兄様……私は、こんな世界を望んでいたんじゃありません!

 それを否定されることがなければ。

778LAST CODE 〜ゼロの魔王〜 ◆9L.gxDzakI:2009/05/02(土) 22:34:50 ID:m8XI02nQ0

 ――な……何を言っているんだナナリー! 俺はお前のために、今まで……!
 ――ごめんなさい、お兄様……でも、こんなのはやっぱり間違っています!

 よく考えてみれば分かる話ではあった。
 心優しいナナリーが、誰かの犠牲の上に成り立つ世界を与えられて、喜ぶはずもないのだと。
 自分のために多くの血が流れたと知って、嫌悪感を示さないような子ではないじゃないか、と。
 だが、遂にルルーシュはここに至るまで気付かなかった。
 いいや、気付きたくなかったのかもしれなかった。
 スザクの心を踏みにじり、破壊してまで得た世界が、否定されるなどということは認められなかった。
 であれば自分は何のために、多くの犠牲を払ってきたのか。
 何のために無二の親友を手にかけたのか。
 今さら否定されてたまるか。
 もう戻ることはできないんだ。
 自分がどれだけの労力をなげうって、お前のために頑張ってきたと思っている。
 どうして大切な人間に限って、自分のことを分かってくれない。どうして思い通りにならないんだ。
 許さない。
 俺の行動を否定することは許さない。
 ナナリーであろうと許しはしない。

 ――う……うるさい! 黙れ、黙れ、黙れっ!

 怒りも露わな視線をナナリーに向けるという暴挙。
 憎しみさえも叫びからにじみ出るという暴走。
 最愛の妹の存在を、怒り憎むという矛盾。
 制御できぬ極大の憤怒と憎悪の中、ルルーシュが投げかけた言葉は。








 ――お前は黙って、俺の言うことを聞いていればいいんだっ!!

779LAST CODE 〜ゼロの魔王〜 ◆9L.gxDzakI:2009/05/02(土) 22:35:32 ID:m8XI02nQ0


 こんなはずではなかった。
 全てが後の祭りだった。
 激情の皇子が我に返ったのは、命令が実行された後。
 あろうことかルルーシュは、閉じられた瞼を強引にこじ開け、ナナリーにギアスをかけていたのだ。
 ギアスによる命令は絶対。かけた本人にさえも覆せない。
 黙って俺の言うことを聞け、と。
 ルルーシュがそう命じた通り、ナナリーは彼に黙って従い続けるだろう。
 口も瞳も開くことなく、ルルーシュの声だけを聞き続けるだろう。
 ナナリーは完全に壊れてしまった。
 愛らしい妹はどこにもいない。ここにあるのはただの抜け殻。
 世界で最も愛しい者の姿をした、ルルーシュの痛ましき罪の証。
 こうして傍にいるだけでも苦しくて、されど、見放すこともできなくて。
 周りを見回してみても、もう自分の側には誰もいない。
 敵対する者は皆殺しにしてきた。味方は全員ギアスで従わせた。
 唯一魔眼の効かぬジェレミアは、忠義の猛攻の果てに討ち死にだ。
 愛すべき親友も妹も、死体同然の操り人形。
 もはやこの地上のどこにも、ルルーシュが頼れる人間はいなかった。
 望むもの全てを手に入れながら、突き進んできた道程の果てに、たどり着いたのは独りぼっちの地平。
 切り捨て、利用し続けてきたその先は、地獄のごとき孤独の世界。
 こんなはずではなかった。
 こんな結末を望んでいたんじゃなかった。
 勝ち続ければいいのではなかったのか。
 立ちはだかる障害全てを打ち砕けば、幸福になれるのではなかったのか。
 どれだけ後悔しようとも、力の結果は覆せない。
 王の力はお前を孤独にする。
 かつてギアスを手にした時、ルルーシュが聞かされていた言葉だ。
 あの時は深く意味を考えることもなかったが、なるほどこういうことだったのか。
 ふ、と。
 自嘲する。
 己自身を嘲笑う。
 全くもって滑稽なものだ。
 世界の支配者になったつもりが、結局は未来に踊らされた道化だったということか。
(あいつらならば、どうしていただろうか)
 ふと、そんなことを考えていた。
 もしもあの世界で出会ったあいつらが、自分の立場に立たされていたら。
 ここにいるのがルルーシュ・ランペルージではなく、あの殺し合いを取り巻く誰かであったならば、と。
 仮定することに意味はないが、どうしてもそう考えざるをえなかった。

780LAST CODE 〜ゼロの魔王〜 ◆9L.gxDzakI:2009/05/02(土) 22:36:06 ID:m8XI02nQ0
 螺旋の王を名乗りながら、逃亡の果てにみっともなく死亡した男――ロージェノムだったならばどうだったか。
 恐らくその強大な力でルルーシュ同様にブリタニアを倒し、その後はナナリーを自分の世界に閉じ込めるだろう。
 糸色望だったならばどうか。
 何だかんだと不平を垂れるうちに周りの部下達がブリタニアを倒し、望まぬ王座に座る羽目になりそうだ。
 ニアだったならばどうか。
 そもそも最初からこんなことは考えず、ナナリーと2人で静かに暮らす道を選んでいただろう。
 ビクトリームだったならばどうか。
 ……駄目だ。こいつは真っ向からブリタニアに向かっていくだろうが、その先がまるで想像できない。
 高嶺清麿だったならばどうか。
 多くの血を流すゼロのやり方を捨て、彼なりの平和活動に身を投じ、弾圧され死ぬのが落ちだろうか。
 Dボゥイだったならばどうか。
 いかなる痛みも苦しみも1人で背負い込み、それこそブリタニアを倒したその瞬間、限界を迎えて事切れるだろう。
 スバル・ナカジマだったならばどうか。
 その馬鹿正直な性分故に、幾度となく傷つくことになるだろうが、その果てには本当に望むものを手に入れていたかもしれない。
 カミナだったならばどうか。
 彼ならば仮面すら必要とせず、ブリタニアを打倒できただろうが、果たしてその先世界を治められるだけの頭があるかどうか。
 獣人四天王だったならばどうか。
 こいつらは論外だ。1人1人の能力は、ゼロを演ずるにはまるで足りない。まず間違いなく、何らかの形で討ち死にする。
 東方不敗だったならばどうか。
 恐らく自分とまるきり同じ道を辿るだろうが、彼がナナリーに打ちのめされる姿は、どうにも上手く想像できない。
 ニコラス・D・ウルフウッドだったならばどうか。
 自分と同じようにブリタニアを倒し、1人自分の罪を背負い、ナナリーにも正体を明かさず姿を消すだろう。
 ギルガメッシュだったならばどうか。
 これまた自分と同じようにブリタニアを倒し、ナナリーを従わせ、そのくせそれがどうしたと平気な顔をするに違いない。
 小早川ゆたかだったならばどうか。
 良心の呵責と戦場の恐怖、そして指導者のプレッシャーに耐え切れず、志半ばに自殺するだろう。
 鴇羽舞衣だったならばどうか。
 彼女ほどの力と意志の持ち主ならば、誰からも望まれるヒーロー活劇を展開することもできただろう。
 ヴィラルだったならばどうか。
 馬鹿正直に自分の正体をナナリーに明かし、彼女に説得された挙句、戦いを放り捨ててもおかしくない。
 菫川ねねねだったならばどうか。
 自分なりのハッピーエンドを模索する彼女ならば、ナナリーさえも納得させる結末を迎えられただろうか。
 ジンだったならばどうか。
 やはりその過程は予想できないが、最後にブリタニアという国さえも盗み取り、忽然と姿を消す様だけは見て取れる。
(そして……)

 ――「ニアがな、山小屋の一件、庇ってくれてありがとうだってよ」

 あの飄々とした癖毛の男――スパイク・スピーゲルだったならばどうか。
 きっと彼は大人だったのだろう。
 痛みを知らなさすぎたが故に。子供でありすぎたが故に。
 こうして絶望の闇に沈んだ自分と違い、彼は間違いなく大人だった。
 であれば彼ならば、自分とはまるで違う結末を迎えられただろうか。
 物言わぬナナリー・ランペルージへと、希望を与えることができただろうか。
 いいや、あれはああ見えてどこかお人よしだ。本人は否定するだろうが、少なからず正義漢の一面を持ち合わせている。
 そんな人間は長生きしない。
 どこかで誰かに騙されて、命を落とす羽目になるのが落ちだ。
 ああ、なんだ。結局自分と同じ位置にたどり着く前に、途中でリタイアしてしまうではないか。
 考えるだけ無駄だった。そんなことは考えるまでもなかった。
(つくづく俺はあいつが嫌いだ)
 改めて再認識する。
 不思議と、苦笑がこぼれた。

781LAST CODE 〜ゼロの魔王〜 ◆9L.gxDzakI:2009/05/02(土) 22:36:37 ID:m8XI02nQ0
「――ルルーシュ」
 その時だ。
 かつ、かつ、かつ、と。
 乾いた靴音が床を叩く。
 入り口の方へと振り返れば、そこには1人の少女の姿。
「ああ、お前か……何か用か?」
 これがC.C.だ。
 ギアスの力をルルーシュに与えた、緑髪と黄金の瞳の魔女だ。
 彼女はいつだって突然だった。
 不躾に、唐突に。
 いつだって突然現れて、自分の用件を押し付けるのだ。
 もう慣れきってしまったことだ。故に、自然に問いかける。
「なに、そろそろ私との契約を果たしてもらおうと思っただけだ」
 無感情に。無表情で。
 それが当然だとでも言わんばかりに、さらりとC.C.が言ってのける。
 差し出した手のひらに乗せられていたのは、黒光りするピストルの銃口。
「……これで俺に何をしろと?」
 言いながら、一応拳銃を受け取る。
「ギアスを持つ者は自身の契約者を殺すことで、そのコードを継承することができる……そして同時に、私達が死ねるのはその時だけだ」
「何が言いたい?」
「死にたいんだよ、私は。この長すぎる孤独の生涯を閉じるために、私はお前に力を与えたんだ」
 ああ、そうか。
 そういうことだったのか。
 彼女もかつてギアス能力者であったと、何かの折に聞いたことがある。
 数百年もの遥かな昔、C.C.は多くの愛に囲まれていた。
 他者に自分を愛させるギアスで、あらゆる望みを叶えてきたのだそうだ。
 だが、やがて分からなくなってきた。
 誰が自分を愛していて、誰が自分を愛していないのか。
 誰から向けられるのが真実の愛で、誰から向けられるのが作り物の愛なのか、と。
 何者からも愛を感じられなくなり、愛した契約者にも裏切られ、魔女となった後には蔑まれ。
「自分が独りでいることに耐えられないから、俺だけにその孤独を背負えと?」
 C.C.もまたルルーシュと、同じ痛みを背負っていたのだ。
 度しがたいとばかり思っていた彼女が、こんなにも近い存在だったとは。
 ああ、その思いには共感しよう。
 自分の周りに確かなものは何もない。
 その孤独は自分も嫌というほど味わったし、今後も味わい続けていくのだろう。
「だが」
 それでも。
 だからこそ。
「させないよ、そんなことは」
 それを引き受けることは認められない。
 彼女だけが孤独から解放され、死して幸せになることは許さない。
 スザクを手にかけた狂気と、ナナリーを失った絶望。
 それを背負い続けたまま、未来永劫を孤独に生き永らえることなど御免だ。
 かちゃり。
 金属の音が鳴る。
 冷たい銃口の先端は、漆黒の髪の頭部に。
 嗚呼、螺旋王よ。自分もお前達を笑えまい。
 孤独と絶望に耐えかねた自分は、今まさに自らの手で、逃げの一手を打とうとしている。
 アンチ=スパイラルよ。
 言いだしっぺでありながら、どうやら自分が最も早く、この実験から降りることになりそうだ。
「待て、ルル――」



「さよならだ――C.C.」



 ――ばん。

782LAST CODE 〜ゼロの魔王〜 ◆9L.gxDzakI:2009/05/02(土) 22:37:05 ID:m8XI02nQ0


 行動には常に結果がつきまとう。
 行動が変われば結果は変わる。
 しかし、当人にとって最善の行動を選び続けることが、最善の結果を引き寄せるとは限らない。
 あえて負け続け、辛酸を舐め続けることで、ようやく見えてくるものもある。

 正しい歴史におけるルルーシュ・ランペルージは、幾度となく苦境を味わい続けてきた。
 シャーリーの記憶を奪うこと。
 ユーフェミアの手を血に染めさせること。
 シャルルに記憶を書き換えられること。
 この世界では出会わなかった、偽りの弟を喪うこと。
 数多の屈辱と数多の悲しみは、絶えず彼の心を蝕み続けてきた。
 だがその負け戦の果てにルルーシュは、真に充実した勝利と結末を迎え、微笑と共に短い生涯を閉じたのだ。
 ブリタニアを倒し、世界を手にしたこと。そして最期は自ら命を断ったこと。
 歴史に残された結果そのものは、どちらの道のりもよく似ている。
 しかし勝ち続けたルルーシュは、失う苦しみに堪えかね狂気に堕ち、本当に大切なものを自ら捨ててしまった。

 甘やかされた子供は我慢を知らない。思い通りにいかないことには、すぐに顔を真っ赤にして怒る。
 稚拙なたとえではあるが、まさしくルルーシュの失敗の原因は、それと同じものだったのだろう。
 螺旋王の情報とギアスに溺れ、我こそは全能の存在であると慢心した少年は、それ故に破滅へと追い込まれたのだ。
 なまじ恵まれすぎた境遇が、最後の最後で彼を残酷な結末へと叩き落としたのだ。

 行動には結果がつきまとう。
 一度呈示された結果は、決して覆ることはない。
 それがいかなるものであったとしても。

 ブリタニアの少年、ルルーシュが選んだ結末は――ゼロ。



【コードギアス 反逆のルルーシュ――――――BAD END】

783そして―――――― ◆9L.gxDzakI:2009/05/02(土) 22:37:52 ID:m8XI02nQ0
 ルルーシュ・ランペルージは逝った。
 これにて螺旋の王が筆を執った物語の、全ての要素が完結したように見える。
 月の箱庭に囚われ、それでも屈することなく立ち向かった者達のその後は、これで一通り語られた。

 スパイク・スピーゲルは戦いで失った手のひらを取り戻し、愛する者との穏やかな暮らしを掴み取った。
 菫川ねねねは元の世界で作家稼業に戻りながらも、またもや面倒事に巻き込まれてしまったようだ。
 小早川ゆたかと鴇羽舞衣は、ゆたかの世界に近しくも異なる世界で、新たな日常を歩み始めた。
 唯一ルルーシュ・ランペルージのみが絶望に直面し、自ら己の未来を閉じた。
 ギルガメッシュの物語に至っては、未だ完結してすらいない。王ドロボウとのいたちごっこの繰り返しだ。
 そしてヴィラルはアンチ=スパイラルが滅びた後も、悠久の夢の中に漂っている。

 ロージェノムは死んだ。
 チミルフも死んだ。グアームも死んだ。シトマンドラも死んだ。アディーネも死んだ。
 ウルフウッドも死んだ。東方不敗も死んだ。
 スカーも死んだ。ガッシュも死んだ。 ドモンも死んだ。シャマルも死んだ。フリードも死んだ。
 カミナも死んだ。クロミラも死んだ。
 ルルーシュも生き残った後に死んだ。
 スパイクが、ゆたかが、舞衣が、ねねねが、ギルガメッシュが、そしてヴィラルが生き延びた。
 物語の結末は、これで全て描かれたように見える。
 残された全ての要素に決着がつき、堂々の完結を迎えたように見える。



 だが。



 まだ、足りない。



 足りないのだ。
 この物語に残されたファクターの、全てを語り終えたと断じるには、まだある要素が明らかに足りない。
 そもそも、もう一度あらすじを振り返ってみよう。
 幾多の犠牲を払った参加者達は、遂にカミナとクロミラの駆るグレンラガンによって、見事実験の舞台を脱出。
 最後に残された刺客・ウルフウッドを倒し、アンチ=スパイラルとの交渉にも一応成功。
 アンチ=スパイラルに与えられた技術により、ようやく元の世界へと戻ることができた。
 そこから先は前述の通りだ。
 一見すると、全てのエピローグは語られたように見える。
 だが、足りない。
 よくよく読み返してみれば、この構図からは、ある者の結末が決定的に抜け落ちている。
 そう。



 ――参加者達をそれぞれの世界に帰した後、アンチ=スパイラルはどうなったのか?

784そして―――――― ◆9L.gxDzakI:2009/05/02(土) 22:38:37 ID:m8XI02nQ0
 ヴィラルのエピソードを読み返してみよう。
 天元突破者を手に入れた、この物語のアンチ=スパイラルは、その後螺旋族に滅ぼされたと記されている。
 賽を転がしても零や七は出ないが、一から六のうちのいずれかの数字が、延々と連続する可能性は存在する。
 どれほどの敗北の世界を重ねても、どこかで螺旋族の勝利する可能性はあるはずだ。
 そして彼らの世界では、その可能性が実践された、と。
 だが、彼ないし彼女がいかにして倒されたかは、そこには詳細には記されていない。
 断片的な文面からは、その要素がごっそりそぎ落とされているのだ。
 残されたこのたった1つの要素を語らずして、物語が完結を迎えられるはずなどないではないか。
 誰がどのような形で天元突破に目覚め、どのような戦いの果てに勝利したか。
 誰がいつどこで何度賽を振り、どの目が連続して出続けたのか。
 ――否。
 それだけではない。
 厳密に言えば、この賽のたとえ話からも、ある可能性が抜け落ちている。
 この仮定においては、振るべき賽がどんなものかは定められていないのだ。
 事前に賽の情報は与えられていない。
 であれば、それがどんな材質だろうと、どんな色であろうと自由。
 要するに、こういうことだ。

 そもそもアンチ=スパイラルを倒したのは、本当に螺旋力だったのか?

 問題外の仮定かもしれない。
 文面には確かに、アンチ=スパイラルは螺旋の力の前に敗れた、と明記されている。
 だが、所詮それは書き手の主観だ。
 物語とは、その筆を執った者が思い描いた通りにしか書かれない。
 つまりこの螺旋力が、実は作家の思い違いであり、本当は全くの別物であった可能性もありうるのだ。
 仮によく似たものが存在すれば。
 螺旋力と同じく緑色の輝きを放ち、生命の進化を促す力が存在したとすれば。
 そのくせその性質は、実は全くの別物であったとすれば。

 まどろっこしい物言いは好みではないだろう。
 ではそろそろ、単刀直入に言うとしよう。





 ――この世界のアンチ=スパイラルを滅ぼしたのは、実は螺旋力ではなかった。

785そして―――――― ◆9L.gxDzakI:2009/05/02(土) 22:39:13 ID:m8XI02nQ0


『……何ということだ……』
 無明の宇宙の暗黒の中、ぼんやりと浮かぶ漆黒の影。
 2つの目と口だけが白く染まったヒトガタが、目の前の光景に頭を抱えている。
 信じられない。
 頭の悪い感想だが、今のアンチ=スパイラルには、この一言が限界だ。
 数多の多元宇宙全てを制する力も、数多の多元宇宙全てより得た叡智も、まるで役に立ちはしない。
 いいや、たとえここにいるのがアンチ=スパイラルでなかったとしても、この状況を理解できる者がいるかどうか。
 無限に広がる超螺旋宇宙。そこに展開されているのは戦場。
 反螺旋種族の大軍勢が、同等の敵性戦力と戦争を繰り広げている。
 ただ文章に書き起こすだけならば、さほど気になることでもないだろう。
 しかし、それでもありえないのだ。
 たった今防衛線を展開しているのは、そんじょそこらの軍隊ではない。
 無限に広がる世界の分岐、その全てを支配することすら可能とする、アンチ=スパイラルの大軍団なのだ。
 幾千、幾万では語れない。
 その数は那由多の彼方すら突破し、無量大数の領域にさえ。
 そして今攻め入ってきた敵勢が、それとほとんど互角の物量を誇っているのだ。
 それだけではない。
 膠着状態にあった戦況は徐々に押され、今や逆にこちらが不利に陥っている。
 ムガンが。アシュタンガ級が。ハスタグライ級が。パダ級が。
 迫りくる怒涛の大軍団を前に、それらがみるみるうちに蹂躙されていく。
 こんなことがありえるものか。
 多元宇宙の彼方にも、このような苦境は存在した。
 大いなる道程の果て、螺旋に目覚めた青年・シモンの操る螺旋力の魔神――超銀河グレンラガンの活躍だ。
 だが、それもあくまで孤高の将。
 支える者達がいたとしても、実際に動いていた機動兵器はグレンラガンのみ。
 互角の物量戦に持ち込まれ、その上敗北に近づいているなど、まさに前代未聞の事象。
 いいやそもそも、こいつらは一体何者なのだ。
 それは船だ。
 先端に顔が付いているものの、紛れもなくそれは宇宙の船だ。
 それならまだいい。かの螺旋族の巨大戦艦――カテドラル・テラと同様の特徴。
 だが、似ているのはその一点だけ。
 赤、白、黄色、その他諸々。それぞれ多種多様な色に塗り分けられた艦隊は、奴らのそれとはまるで違う。
 細かな部分の造形は、螺旋族のそれを大きく逸脱している。
 中には複数の機体で合体し、ヒトガタをなす物もある。その形状にもまるで見覚えがない。
 今まさに襲い来る侵略者達は、多元宇宙のどの世界にも存在しないのだ。
 何より、あれは本当に螺旋族なのか。
 確かに緑の光を動力としているが、あの艦隊が操る武器の性質は、螺旋力とは微妙に異なる気がする。
 スパイラルの象徴――ドリルを操る機体もいるにはいる。だが、それだけではないのだ。
 トマホークを振るう物。拳で殴りかかる物。剣で相手を両断する物。ミサイルの嵐を巻き起こす物。
 幾千幾万もの姿形の、あらゆる力が存在している。
 果たして螺旋の力とは、これほどまでの柔軟なものであったか。
 ひょっとするとここにいるのは、もはや螺旋族ですらない、全く別の存在ではないのか。
『――否』
 だが、しかし。
『否否否否否否否否否否否否ぁぁぁっ!』
 そんな結論は認められない。
 断じて認めてなるものか。
 螺旋力と戦うため。そのためだけに身につけた、天下無双のこの力。
 それが螺旋力ですらない、どこの馬の骨とも分からぬ力に、そうそう屈してなるものか。
 あれは螺旋力だ。
 誰が何と言おうと螺旋力だ。螺旋力でないはずがない。
 そして。

786そして―――――― ◆9L.gxDzakI:2009/05/02(土) 22:40:19 ID:m8XI02nQ0
『我らは負けるわけにはいかんのだ――螺旋の力を操る者共にィッ!』
 その螺旋の力にすらも、屈するわけにはいかないのだ。
 進化の成れの果て/袋小路の変異/破滅を生む暴力の権化――スパイラル・ネメシス。
 起こさせるわけにはいかない。負けるわけにはいかない。
 螺旋族は滅ぼしつくさねば。それこそが宇宙を守る道なのだ。
 自分達が破滅することは、すなわち宇宙の破滅を意味するのだ。
 故に、アンチ=スパイラルは迎え撃つ。
 最大最強の戦力で――グランゼボーマで迎え撃つ。
 いつからかそこに存在していた、無頼の来客のその頭を。
 混沌の漆黒の中に浮かび上がった、巨大な赤きヒトガタを。
 鬼神。
 まさにその一言こそ、その威容を表すにふさわしい。
 巨大。かの者のサイズを表現するのには、もはやその一言すら生ぬるい。
 超螺旋宇宙の中心で、漆黒の魔神と向き合う姿は、その体躯とほぼ同等の大きさ。
 銀河すらもその手に掴む、グランゼボーマと同等なのだ。
 それがいかなる意味を持つのか、もはや言葉で語る必要はない。語ることのできる言葉すらない。
 幾度血を浴び続けてきたのだろう。
 幾度敵を退けてきたのだろう。
 真紅に燃える身体の頂点、その頭部から突き出しているのは、まさしく鬼の五本角。
 おぞましくも神々しい。
 神のごとき荘厳さと、悪魔のごとき恐ろしさ。
 すなわち、鬼神。
『受けよ螺旋族! インフィニティィィィビッグバン――ストオォォォォォームッ!!!』
 瞬間、宇宙に激震奔る。
 無音の真空空間が、あるはずもない音に鳴動する。
 グランゼボーマが掴むのは銀河。2つの銀河を1つに合わせ、その反発が爆発を生む。
 まさに天地開闢の力。
 三千世界の暗闇を、眩い光輝で照らし出す創世の爆発。
 アンチ=スパイラルの持つ最大火力――その威力、まさにビッグバン。
 激烈な出力が激流をなし、赤き鬼神へと襲い掛かる。
 人も、機械も、月も、惑星も、銀河も、世界の全てを一挙に飲み込み、蹂躙し焼き尽くす必殺の熱量。
 耐えられるものなど皆無。避けられるものなど絶無。
 人知など当に突き抜けた波濤が殺到し、侵略の鬼を飲み込んだ。
《――■■■■ビーム》
 かに見えた。
 刹那、激震は重ねられる。
 天地創世の紫炎と真っ向からぶつかるのは、新緑に輝く生命の波動。
 鬼神の放つ一筋の光条が、インフィニティ・ビッグバン・ストームをも受け止める。
 その出力、まさにビッグバン。
 そちらがそう来るというのなら、こちらも合わせてやろうと言わんばかりに。
 折り重ねられた超新星爆発。超螺旋宇宙を揺るがす猛烈な衝撃。
 ビッグバン同士がぶつかったのだ。その余波はもはや言うに語らず。
 銀河が消える。銀河が消える。銀河が、銀河が、銀河が。
 新たな世界を生み出す光は、その矛先を破滅へと転じる。
『馬鹿な……』
 ありえない。
 こんなことがあるはずがない。
 宇宙に並びうるはずもない一撃が、こうもあっさりと凌がれた。
 あらゆる戦闘の過程を省略し、一撃必殺の覚悟で放った攻撃が、ただの一発で無力化される。

787そして―――――― ◆9L.gxDzakI:2009/05/02(土) 22:40:49 ID:m8XI02nQ0
『……ああ、そうか……』
 ずしん、ずしん、と。
 足音が聞こえてくるようだった。
 大地なきはずの宇宙を闊歩する、真紅の鬼神の足音が。
『はははは……そうか、そういうことだったのか!』
 遂にアンチ=スパイラルは理解する。
 半ば強引に解釈する。己自身を納得させる。
 これが、これこそが。
 我々が最も恐れてきた、スパイラル・ネメシスの発現なのだと。
 このおぞましき鬼神の姿こそが、螺旋の進化の成れの果てなのだ、と。
 赤き拳が振り上がる。
 気付けば、両者の距離には差などなかった。
 ひとたびその鉄拳を振り下ろせば、この身は粉々に砕かれるだろう。
 ああ、そうだ。
 我々は失敗してしまったのだ。
 避けねばならなかった破滅の時を、この世界では迎えてしまったのだ。
『見るがいい! これが貴様ら螺旋族の――いや! 螺旋力の行き着く、おぞましき姿だァッ!!』
 叫ぶ。
 絶叫する。
 自らの監視するモルモット達へと。
 かの倣岸にして臆病な螺旋の王のもと、箱庭に集められた人間達へと。
 気まぐれの果てにそれぞれの世界へと送り、監視を続けていた実験動物達へと。
 認めよう。
 ここが我らの死に場所だ。
 我らは螺旋を倒せなかった。
 最悪の瞬間を回避することもできず、無様な結果を晒してしまった。
 だが、この結末は他人事ではない。
 お前達にも起こりうる未来なのだと。
 螺旋の本能の赴くままに、愚かにも進化を続けるお前達とて、最後にはこの道を辿るのだと。
 これは警告だ。
 その警告のためにこそ我らは果てよう。
 どの道抵抗したとて、到底かなうはずもないのだ。
 相手はスパイラル・ネメシスなのだから。
 この無限の多元宇宙の中、唯一アンチ=スパイラルが恐れる存在なのだから。
 自力で倒せる存在など、一体誰が恐れるものか。
 最後の瞬間、くわとその姿を睨みつける。
 グランゼボーマの頭部へと。
 アンチ=スパイラルの本星へと。
 吸い込まれるようにして振り下ろされる、その拳をじっと睨みつける。
 右の拳を振り上げる、忌まわしき進化の鬼神の姿を。
 その名を叫んだ。
 それが最期の矜持であるかのように。
 宇宙の果てまでも轟かすように、その名をはっきりと絶叫した。

788そして―――――― ◆9L.gxDzakI:2009/05/02(土) 22:41:14 ID:m8XI02nQ0
 























 ―― ゲ ッ タ ー エ ン ペ ラ ー ! ! !

























.

789そして―――――― ◆9L.gxDzakI:2009/05/02(土) 22:41:48 ID:m8XI02nQ0


 戦いは終わる。
 この世界での敗北。
 あまねく次元世界のその1つで、アンチ=スパイラルを滅ぼしたのは、螺旋族の力ではなかった。
 ゲッター線。
 反螺旋族の知りうる世界のどこにも、存在すら観測されていなかった力。
 宇宙の崩壊を止めるために、進化を留めようとする彼らとは対照的に。
 宇宙の崩壊を止めるために、それを倒しうる進化を加速させる力。
 彼らがこの世界に現れた理由は定かではない。
 あるいは、かのロージェノムが多元宇宙の扉を開いたことで、異界の門が開いたのか。
 彼らの知りえなかった宇宙のファクターが、認識の壁を越えて現れたのか。
 いずれにせよ、大いなる敵と戦うために、更なる進化を求めるゲッター艦隊にとって、彼らは敵に他ならなかった。
 破綻を恐れ停滞を望む連中など、この宇宙には必要なき種族。
 ましてそれが、進化を望む種族を食い潰そうとするならなおさらだ。
 故に、制裁を下した。
 艦隊の一部を、渦中の螺旋族とやらの星へ応援によこしたが、その戦線も終結しただろう。
 であれば、後は立ち去るだけだ。
 それなりの力は持っているらしいが、あの星の螺旋族という連中は、未だ彼らの求める水準には達していない。
 更なる進化を待つ必要がある。
 この宇宙を飲み込まんとする、大いなるうねりに抗いうる進化を。
 故に、今は立ち去ろう。
 そしてその進化を見届けよう。
 来たるべき瞬間を迎えた時にこそ、彼らの戦場へと駆り立てるために。
 そしてその艦隊が今、偶然見つけたものがある。
 それは人に似た姿でありながら、人にあらざる者だった。
 螺旋の星の獣人とかいう存在が、いくつかの機材と共に発見された。
 驚いたことに、生きている。
 五感の機能全てを停止させながら、未だ生きて宇宙を漂っている。
 計測される高エネルギーは、すなわちこれこそがアンチ=スパイラルの言う、天元突破というものか。
 あのグランゼボーマの崩壊から生き延びた、その設備の堅牢さには感心する。
 だが、中に収められていた獣人には、まるで価値が見出せなかった。
 この存在もまた、奴らと同じ穴の狢なのだと。
 優れた進化の力に目覚めながら、それを停滞のために使っている。
 いかなる事情かは知らないが、己の意識へと引きこもった軟弱者に用はない。
 故にその獣人には特に何の興味も見せず、漆黒の虚空へと放り出す。
 しかし、獣人を閉じ込めていた機材を見たとき。
《ほぅ》
 にやり、と。
 かの者の声に滲むのは、笑み。
 巨大な鋼鉄の鬼神の顔に、表情が浮かぶことはない。
 しかし、その中に潜む何者かの顔は、確かに笑っていたのだろう。
 とんだはずれだとばかり思っていたものに、僅かに興味を引くものが残されていたのだから。
 機材に一緒に積まれていたのは、資料。あの螺旋王が計画した、進化のための殺し合いの顛末。
 その表題を、読み上げる。
 すなわち。

790そして―――――― ◆9L.gxDzakI:2009/05/02(土) 22:42:16 ID:m8XI02nQ0
 









《……バトルロワイアル……》










【ゲッターエンペラー@■(■ェ■■!!)ゲッ■ー■■ ■界■■■日】










――To be continued Next "ANIME-CHARA BATTLE ROYALE"...?

791 ◆9L.gxDzakI:2009/05/02(土) 22:42:42 ID:m8XI02nQ0
投下終了。
なんか、もう、色々とすんません

792LAST CODE 〜ゼロの魔王〜(修正) ◆9L.gxDzakI:2009/05/10(日) 14:41:02 ID:/ktMSEpk0
>>773を以下のように差し替えます。




 ――おかえり、ルルーシュ。夕べは一晩中どこをほっつき歩いていたんだ?

 最低最悪の科学者・ロージェノムの実験場――そこから脱した彼が最初に聞いたのは、そんな言葉だった。
 発したのは彼の共犯者。
 C.C.という少女である。不死身を体現したかのような、正体不明のわがまま娘だ。
 ここに1つ、驚くべき事実がある。
 ルルーシュがあの殺し合いに巻き込まれた期間は、少なく見積もっても最低3日。
 実際に箱庭に閉じ込められていた2日間と、そこに脱出用の飛行機の調整期間を含めて3日だ。
 だがC.C.は、彼がいない期間を1日と断じたのだ。
 どうやら自分は元の世界に帰るついでに、最低2日分過去へと遡ってしまったらしい、と認識する。
 世界を座標に例えたとして、時間を縦、空間を横とするならば、多元世界間の移動は斜めとなるらしい。
 ということは斜め移動のさなかに、縦に当たる時間の推移がついてくるのも、ありえない話ではないということか。

 ちなみに、彼がこうして帰還を果たしたことで、世界にはある変化が生じている。
 そもそも先の殺し合いの際、その舞台裏でもまた、もう1つの壮絶な殺し合いが展開されていた。
 螺旋民族とアンチ=スパイラル一派の全面戦争である。
 双方全滅の結果を招いたこの戦闘には、ロージェノムに拉致されたルルーシュを救出すべく、このC.C.も参加していたのだ。
 しかし、こうしてルルーシュは帰ってきた。
 彼女を戦場へと誘った存在が、この世界へと呼びかける理由が、それによってなくなってしまった。
 この瞬間、世界は新たな多元宇宙へと分岐する。
 ルルーシュがC.C.の参戦よりも早く帰ってきたことで、「ルルーシュが失踪の1日後に帰ってきた世界」が新たに生まれ、
 この世界のC.C.は、「ルルーシュが失踪した後C.C.が戦線に誘われた世界」のC.C.とは、別の人物となったのである。
 ともあれそのようなことは、ルルーシュにとっては知る由もない余談なのだが。

 閑話休題。 
 そうして帰還し、C.C.の問いかけにも適当に応じた彼が最初に行ったのは、まず情報確認だった。
 ルルーシュには元の世界に帰って最初に、彼女に問いたださなければならないことがあった。

793LAST CODE 〜ゼロの魔王〜(修正) ◆9L.gxDzakI:2009/05/10(日) 14:42:03 ID:/ktMSEpk0
 ――V.V.とは誰だ?

 開口一番の問いがそれだ。
 ルルーシュはあの螺旋王のデータバンクで、己の辿るある程度の未来の事象を把握している。
 そしてその物語の中に、彼の知らぬファクターが存在した。それがV.V.という少年だ。
 あの箱庭にあった情報を真実とするならば、こいつはランスロットのパイロット・スザクにギアスの情報を明かし、
 あまつさえナナリーを誘拐するということになる。
 これがマオならまだいい。ギアス能力者がギアスの存在を知っているのは当たり前。
 だとするならば、その少年は何者だ。何故ギアスのことを知っている。
 そいつもマオ同様、C.C.と何らかの関係を持っているのではないか。
 彼女と行動を共にしていたのか。はたまた彼と同じギアス能力者か。
 少なくともルルーシュの知る盤面の上に、このような駒は存在していない。決して見過ごせるものではない。
 当のC.C.自身はというと、一瞬この問いに大層驚いてみせた。
 だがやがて観念したのか、静かに白状を始めた。
 V.V.の正体を。その恐るべき目的を。

 金髪の少年・V.V.は、C.C.よりも後に能力に目覚めた、同じ“コード”の持ち主らしい。
 ここで言うコードとは、彼女の持つ魔女の力の総称のことだそうだ。
 要するにV.V.もまた彼女と同じく、「不死の身体」と「ギアスを与える力」を有しているということ。
 そして既にこの少年は――当時のブリタニア皇帝シャルル・ジ・ブリタニアと契約を結んでいた。
 彼はブリタニア王の実兄であった。
 おおよそ二桁にも満たぬ外見年齢しかないV.V.は、しかしルルーシュの伯父だったのだ。
 コードの能力に目覚めるには、ギアス能力を授けられている必要がある。
 彼がどのタイミングでに魔人の力を手にしたのか。それは今となっては定かではない。
 だがかつてのブリタニア王家の内乱の折、兄V.V.は間違いなくコード能力に覚醒し、弟シャルルはギアス能力を授けられた。
 そしてそのコードの力で、彼らが為し遂げんとした恐るべき計画がある。

 それがラグナレクの接続だ。

 現在のブリタニアの王城には、“アーカーシャの剣”と呼ばれる遺跡が存在する。
 そして同時にこの地球には、それと近似した遺跡が随所に残されているのだそうだ。
 後者の遺跡に関してはルルーシュも知っている。正確には、未来の彼が目撃している。
 日本の式根島のすぐ近く――神根島と呼ばれる無人島に、その遺跡の1つがあるらしい。
 そしてそれら全てを手中に収め、V.V.とC.C.の――案の定、彼女らはかつて協力関係にあった――コード能力を用い、
 アーカーシャの剣を起動すること。
 それがブリタニアの兄弟の最終目的であり、シャルルが始めた侵略戦争の最大の理由だった。
 この行為を、ラグナレクの接続と呼称するのだという。

 そしてその行動に伴い、引き起こされる結果は――全人類の合一化。

 そもそもアーカーシャの剣とは、「Cの世界」と呼ばれるものに干渉するための端末なのだという。
 Cの世界とは、言うなれば集合無意識。
 時間、国境、血縁……はたまた生死の境界すら問わず、あらゆる人間の無意識が溶け合ったものである。
 シャルルはこれを操作することで、全ての人間の有意識さえも、そのCの世界に取り込もうというのだ。

794 ◆hNG3vL8qjA:2009/05/24(日) 15:05:22 ID:NIXAKoOw0
投下します。

795 ◆hNG3vL8qjA:2009/05/24(日) 15:10:18 ID:NIXAKoOw0
ボクは知らなかった。
ささいで、どうでもいい予定だと思っていたから。
"コタローくん、すぐ帰ってくるよ"――と、ハカセが言ったから。

あの装置の完成で、すっかり気が緩んでいたんだ。
だからボクは、1人でお留守番していた。

"戻ったら一緒にクロちゃんを助けに行こうねハカセ!"

どうして。

ハカセ、ボクにはわからないよ。こんなの、あんまりじゃないか。
どうして一緒に連れて行ってくれなかったの?
あそこにいた他のみんなも、知ってたんだね? ボクだけ除け者にしてさ。

ボクを元の世界に戻すなんて、ひどいよ。

残されたボクはとっても寂しい。
怒りたくても、怒る気がしない。


この別れに、すがすがしさなんてあるもんか!


【"サイボーグクロちゃん"――――天才少年コタロー】




796 ◆hNG3vL8qjA:2009/05/24(日) 15:13:52 ID:NIXAKoOw0


「――これをお渡しするように、と……ハカセは」

剛万太郎ハカセのデジタルレターを受け取ったのは、クロちゃん達がいなくなってから一週間後。
ツーンとふんぞり返りながら、ニャンニャンアーミー5匹が、ごみ捨て場にやってきた。
ボクとミーくんとハカセの家がごみ捨て場にあることを、彼らは知っている。ハカセと縁を切っていたロボットだから。

聞くまでもなかった。アイツらが来るときは、決まって揉め事がついてくるんだ。

嫌な予感がしない奴なんていない。
おそるおそる箱を開けると……中にはレターがあった。

『君に真実を伝えるためだけに、私はこの映像を撮っている』

それには、異世界からのハカセの報告が克明に記録されていた。
クロちゃん達3人に何が起きて、自分が何をしているのか。
ボクとハカセを招いたあの異世界の人たちが何者なのか。
彼らは何を企んでいたのか、その"本当の目的"のことも。
ハカセがボクを元の世界に先に帰すように頼んだから、ボクは無事であること。
そしてボクの他にも、ボクが住む世界に"運ばれた物"があるということも。

ハカセは全てを話してくれた。

『見終えたら誰にもわからないように始末してくれ。出来れば、"あれ"も処分してほしい』
 
多元宇宙を巻き込んだ大戦の結末がどうなるのか、ハカセにはわかっていたんだ。
敵も味方も関係なく、とてつもない被害だけが残されるだけ。99%の兵が死んでいくと。
だから通信が傍受されているのも承知の上で、メッセージを送ってくれた。
ハカセも死にそうな姿だった。どうすることも出来ないって顔をしていた。

『帰りを待つ皆を支えてあげられるのは、コタローくんだけだ……ワシじゃない。寂しいなぁ』

その日はニャンニャンアーミーを帰し、ナナちゃんにもジムにも話さず、黙って寝た。
次の日、ボクは久しぶりに出かけた。
ボクとハカセの間には秘密の合図がある。"あれ"はきっと、ハカセの昔の研究所に仕舞い込んであるモノのこと。

「こっちだ、ついてこい」

ニャンニャンアーミーはボクの侵入を拒むことなく、いつの間にか案内役になっていた。
素っ気無い態度だが、昨日のことを考えれば、ハカセはきっと彼らにデジタルレターで連絡していたのだろう。
今はニャンニャンアーミーの寝床になっている研究所で、ボクは久しぶりにそれと再会した。

次元移動装置。

ボクたちは一度だけ、自分の住む世界とは違う世界で冒険したことがある。
その砂だらけ異世界から元の世界に帰るとき、ボク達はこれを使ったんだ。
適当に配線を調べてみる。念入りにメンテナンスされた後があった。内部には大量の設計図が散らばっていた。
ハカセがこの世界に送り込んだ物は、おそらくこの設計図の山。
異次元大戦でもこの技術は使われたのかもしれない。

「元々ハカセは、ちょくちょくこの装置を見にきていました。我々アーミーはみんなでガン無視してましたけど」

ボクとハカセは、一度この装置に乗って多元宇宙の狭間に行ったはずなのに、装置は無くなっていなかった。
ということは、ハカセとボクが乗った装置は、これの複製品だったんだろう。
おそらくあのチューンナップもこいつにしてるんじゃないかな……。

「こいつとそっくりなマシーン、何台も作ってましたよ。残っているのはコイツだけですが」

忠誠心を失ったニャンニャンアーミーの目線にもくれず、ハカセはずっと前からメンテと調査をしていたのかな。
たった数時間であの次元移動装置のメンテを行うなんて不可能だし、事実なんだろうけど。

797 ◆hNG3vL8qjA:2009/05/24(日) 15:15:36 ID:NIXAKoOw0
「こんなの、作る、暇が、あるんだったら……少しは、私たち、にも……サービスを……グス」

ボロボロと涙を零すアーミーたちに、ちょっぴり同情しながらも、ボクは何も答えなかった。
アーミーたちはボクと違って、リアルなハカセを目撃した最期の知人。
大切な人の最後の触れ合いを、つまらない形で終わらせてしまったアーミーズ。
彼らにかける言葉なんて、今のボクには見つからない。

ボクは何も言わず、次元移動装置に乗り込んだ。
無論、このマシーンを使うためだ。

次元移動装置があれば、あらゆる世界に飛べる。
辛い過去に会うこともなく、自分が生きている世界。
世界征服を成功させて、世の中丸ごとぶっ壊した自分がいる世界。

ハカセ、ボクはこの装置を始末しないよ。
このまま黙って見てるだけなんて、ボクには出来ない。

この装置で、ボクは"ボク"に会いにいこう。




798 ◆hNG3vL8qjA:2009/05/24(日) 15:18:20 ID:NIXAKoOw0



知ってますか?
世間であなたが何と呼ばれているか。
1人の女生徒と駆け落ちして蒸発した問題教師ですって。
笑っちゃうわ。
普段のあなたを見ている人なら、そんな発想が出るわけないもの。
生徒の失踪に責任を感じて、自分の命を……なんて真似もできないクセに。

早く帰ってきてください。
新井先生、へ組の勤務時間がそろそろ本業のトータルを越えそうです。
みんな期待してませんよ?
期待しているのは、私だけ……ふふふ。ふふふ。ふ……

…………意気地なし。

後ろ向きで、小心者で、勘違いをさせちゃって、嫌いになれない

あなたは、とっても面倒くさい人。


男って馬鹿ね。


【"さよなら絶望先生"――――2年へ組 常月まとい】




799 ◆hNG3vL8qjA:2009/05/24(日) 15:22:18 ID:NIXAKoOw0


「新井先生、糸色先生と――ちゃんは両思いだったの? 」
「糸色先生はそんなタマじゃないわね。彼女は本気だったのかもしれないけれど」

生徒のカウンセラーを幾度もこなしていけば、こんなこともある。
カウンセラーの世間話を逆に患者に聞かせるアプローチ。
私は患者の少年に"あの人"にまつわる愚痴のようなものを、聞かせているのだ。
嫌な気はしない。大事なことは、本人が意欲を持って人と繋がろうとする傾向が現れること。

「ボクもそう思う。だって糸色先生は"みんなが大好きなんです"って言ってたもん」

今日の患者は常連の男の子。世間と認識がズレているわ。
いきなりやって来て"あの人"を遠方で見かけたと言い張るんだから、つい気を許しちゃうわね。
こんなにハツラツとしているのに、あんなニュースを聞けば、悲しみで一杯にもなる。
事件当時に名乗り出なかったから、口から出任せを言ってるのかもしれないのけれど。
でも"あの人"を慕っているには変わりはない。その感情は……きっと真実。

「せんせーは、いつ帰ってくるの? 」
「ノゾム、何か言ってなかったのかよ」

どういうわけか、最近はこの子たちも一緒に話に参加するようになった。
まったく。あなたは本当に無責任。
残されたみんなが、どうしてるかも知らないで。
あちこち徘徊したり、殴ったり、掘ったり、背伸びしたり、謝ったり、怪我したり、描いたり、脱いだり。
……いつも通りだと思う? 時折、涙を流しているというのに。

「新井先生、例えばの話だけど、ボク聞いてもいい? 」
「……あ、えと。何かしら」
「もしもこの世に、全く同じ人間が生きている2つの世界があったとするよね」
「ハイハイ"なんだってー"、"なんだってー"」
「主人公はどっちの世界も同じ人なんだけど、選べるヒロインは1人だけなんだ」
「風呂ーラとBeerンカ? 」

お酒を飲んだら風呂に入れないでしょう。小森さん、発想が古いロトよ。
交くんも呆れるのは勝手だけど、その顔は止めなさい。ギャラ100万$のミステリー調査班長Aになってるわよ。
風呂に入った後ならお酒も飲めるけど、両方とるのは道徳に反しそうね。

「でもメインヒロイン候補A、Bはある日突然いなくなっちゃうんだよ」
「Aルートのヒロインは感情欠落を装った、なんちゃって電波キャラだな。きっと偽名を使った女スパイだ」
「Bルートのヒロインは完璧超人。きっちり束縛できなかったから、諦めて離婚した」
「……問題は主人公も両方いなくなっちゃうんだ」

ぴしり、と私の何かに亀裂が走ったような気がした。

「駆け落ちしたのね」

無意識に言葉が出てしまった。
……哀れね。どこまでいっても、例え話でしかないというのに。
あの報道はただの世迷言。そんなはずはないと信じている。
あたしが、この子の話に"あの人"を重ねていたなんて。
どうしてこんなことを口走ってしまったのかしら。

「本当にそうかな」

私は何も答えない。
こうして今日も日が暮れてゆく。
彼のやってくる日に、奇妙な楽しみを覚えたせいか、私の心は少し変わった。
私の心に染み渡る、悪戯に時間を浪費する寂しさは減った。

「ボクは違うと思う」

でも、それだけ。
私の世界が大きく変わることはない。
私には変えることができない。

「そんなの寂しいよ、先生」

きっと。




800 ◆hNG3vL8qjA:2009/05/24(日) 15:23:45 ID:NIXAKoOw0


ヘッヘへ〜〜どうだい、このタキシード決まってるだろ!?
少林寺を盛り上げるためには、こういう異文化を嗜むことも疎かにしちゃいけねぇ。
みんなで神輿担ぐんなら、もう国だの家柄だの言ってる場合じゃねーんだ。
せっかく叶った少林寺の再興なんだ。もう一回沈むのはゴメンだね。
あのガンダムファイトのおかげで、他国からの入門者がワンサカ来たんだ。
規模がデカくなりすぎたから急遽、俺が師範代だぜ?
あの頭の硬かった連中の仕業とは思えねぇ〜。
だが乗りかかった船だ。大事なのは心と心! 拳で語れば立場を超える!
俺はガンダムファイトでいっぱい学んできたんだからな。

――っとと、いけね。じゃあまた後でな〜〜!



【"機動武闘伝Gガンダム"――――少林寺師範代 サイ・サイシー】




801ネコミミの名無しさん:2009/05/24(日) 15:30:25 ID:NIXAKoOw0

「ようやく最後の1人が来ましたね」

バタバタとけたたましく響く足音。
ベッドに横たわる私の下に、最後の客がやってくる。
私の夫が絆を交わした、誇りある同盟者。

「おいィ? 随分と遅いんじゃねェかサイ・サイシー! こんな大事な日に遅刻とはな。
 俺が許しても、レインの寿命がストレスでマックスになっちまうぜ!? 」

私の右隣のイスで足を組んでいる彼も。
私の左隣で凛と立つながら微笑む彼も。
この日のために世界中から飛んできてくれた。

「ゼハァー……悪ィ悪ィ! レイン、おめでとさん! ハヒィー、ちかりた……」
「シャリーたちが、下で立食パーティの準備を始めてるぜ。チャイニーズ・グルメ、手伝ってきなァ! 」
「あいよガッテン承知〜〜! 」

私と夫の最愛なる子供の誕生。
その祝福のために、夫の戦友4人と、その取り巻きのみんなが、この場所に。
産後の日立ては良好。今日は外出の許可が降りた初日。これほど嬉しいことはないわ。
あの激闘が起こる前は、こんな事になるなんて思いもよらなかった。

「らしくないですね、一番張り切っていた彼が遅刻とは」
「ドモン・カッシュの捜索」

この大切な時に、一番そばにいてほしい人が、いないことも。

「Oh! それは言っちゃならねぇぜアルゴ〜〜あ、Sorryレイン……」

私の夫、ドモン・カッシュが姿を消して何ヶ月たっただろうか。
行方をくらます前日に交わした口付けの感触は、まだ私の唇に残っている。
どこにいるのか、無事なのか、どうして帰ってこなくなったのか。
仲間があらゆる情報網で探しても、あの人を見つけることは出来なかった。

「流派東方……王者(チャンプ)の風は、どこへ靡いているのやら」

当ての無い旅に出たとは思えなかった。
彼と時を同じくして行方不明になったアレンビー・ビアズリーやウルベ・イシカワ。
この偶然を偶然で済ませる人は誰もいなかった。でも、今のところ世間では何も起こっていない。
私の元に舞い込んだモノと言えば――あの人を慕う声。

「――レインさん! サイのアニキが"そろそろ料理が完成する"って! 早く食べよう! 」

あの人の武勇伝が、この子と私と、私の子を繋いでくれた。
何もわからず悲しみに暮れていた日々。
皆が遠慮して私と距離をとっていた中、門戸を叩いたのはこの子だった。

"お姉さん、ドモン・カッシュのお母さんだよね! ……あれ? 奥さんだっけ!? "

都市部から離れた山奥に住んでいると言ったその子は、私の夫に命を救われたと訴えた。
無論、いきなり受け入れることは出来なかった。あれほど探し回ったのだから。
でもこの子の一報は、立ち直る切欠になった。
少年の幾度にわたる来訪を迎える内に、ドモンを探す日よりもドモンを待つ日が増えた。

「来たなァBLACK CAT!? だが落ち着け、まだ慌てる時間じゃない」

世界中を飛び回っていたせいで、私はお腹の子に危うい負担を強いていたのだ。
あのまま無理をし続けていたら、私もこのお腹の子も――。
ドモンが帰ってきたとき、私たちはどんなに悲しい顔で迎えていただろうか。
彼の親兄弟のように、冷たい肌を晒していたかもしれない。

「わかってるさ! ボクたちは"イタダキマス"がReady Go……でしょ!? 」
「いいセンスですね。少年の純粋さが、ズレたユーモラスに息吹を与えている」

ドモンはきっと生きている。
あの人はきっとどこかで、今日も誰かを助けている。
この子のような無垢な少年たちを救い続けているんだわ。


「ありがとう。みんな、私たちもそろそろ行きましょう」

802 ◆hNG3vL8qjA:2009/05/24(日) 15:38:14 ID:NIXAKoOw0



泣く子も黙る王ドロボウ。奪うものは人の心から星の瞬きまで。
ガキの頃はそんな義賊みてーな輩に憧れたもんさ。そんな俺も今じゃ酒に溺れるケチな泥棒だ。
ここにはそんな野郎がウジャウジャいるぜ。
お偉いさんは、この街を皮肉ってこう言うんだ――。

……あぁ!? そうだな。そっから話そう。
いいか? 王ドロボウは何でも盗む。それは知ってるよな。
ある日、どっかの売人が笑って言ったんだ。
"アイツの夢玉が詰まった宝箱は一体どこにあるんだろうな"ってよ。
風の噂を聞きつけて、"そこ"に三流が集まった。
王ドロボウの名を語り、二流が甘い汁を吸おうとした。
巨大なマーケットにしようと、一流が嗅ぎつけやがった。

いつしかこの街は、ドロボウが暮らす集落になっちまったんだ。
でもお誰もここを潰そうなんて考えないんだな、これが。
色々、裏があるんだぜ。噂じゃ花園都市、色彩都市、日出処の王国……盗電団も関わってるそうな。
……ドロボウの都? あんな片田舎と一緒にしちゃいけねぇよ。
あそこに監禁(す)んでたダブル・マーメイドも、この街に引越したみたいだぜ。
やってることは、何も変わらねぇんだけどな。


『王ドロボウの都』なんて、よく言ったもんだぜ。



【"王ドロボウJING"――――送り狼(センディング・ウルフ) ギンジョウ】




803 ◆hNG3vL8qjA:2009/05/24(日) 15:40:03 ID:NIXAKoOw0


「さぁさぁ!この金属で出来た丈夫な糸! 王ドロボウ印が付いたブーメランとセットでどうだい! 」
「王ドロボウが冥界の皇子から奪い取った毒薬。こんな豆粒でも虎はコロリ逝くぜ」
「焼肉王ドロボウの都店、ただいま2時間9分待ちで〜〜す」
「3人の王が聖なる杯で交わす伝説知ってアルか?なんとその1つがここに……」
「百合の香りが染み込んだシーツ、お買い上げアリガトゴザイマー……HEY、お札! YOUちゃんと枚数チェックしてYO! 」
「どんな缶でも一秒で中身を抜き出せる魔法の缶切りだぁ! ドロボウなら時"も"金成りだろぉ! 」
「王ドロボウモデルのコート。今年は深紅と黄のマーブルが彼のマイブームかしら」

有象無象に飛ぶ商人たちの口八丁。今日もドロボウたちの宴は続く。
その馬鹿騒ぎから、少し離れた一画。そこには、この無法地帯で唯一法が適応される酒場がある。
"カシスちゃんに手を出したら死刑"、"カシスちゃんに惚れたら無期懲役"が合言葉。

「ねぇカシスさ〜〜ん、ジンって昔はどんらガキらったの〜〜? あんたも恋の終身刑もらっちゃった〜〜? 」
「カシス様! 私は見たんです! 流れ星みたいに飛んで黄金から逃げる男を! あれは間違いなく王ドロボウなのです! 」
「ハイハイ、それよりツケを先に払ってね」

"心を奪われた"とのたまう自称・愛人。"この目で見た"と自慢げに話す自称・知り合い。
後から後からやってくる客をいなすのを、私はどれだけ繰り返してきたのだろう。
アイツが戻ってくるはずがない、と待ち続けて……もう。待つのに疲れた身の気持ちも考えて欲しいわね。

「カシスおねーちゃん、王ドロボウって本当にいるの? 」
「さぁ、どうかしら……アイスミルクでいい? 」

この獣のほっかりむりを着た少年も、大事なお客様の1人。
去るものは追わず、来るものは拒まず……それがウチのモットー。
村はすっかり大きくなり、私が子供のときとは比べ物にならないほど、広く、高くなっていった。

「――その答えを届けるのが、俺の仕事だ」
「あらポスティーノ、今日は非番(プライベート)かしら」
「さしずめ有給休暇ってとこさ」

何度も親しく接していたわけではないけど……彼とは長い付き合いね。
安いヘルメットに古ぼけたゴーグル、だぶだぶしたドドメ色のコート。世界を駆け回る郵便屋には、とても見えない。

「やっと見つけたよ、おじさん! ボク、王ドロボウにどうしても会いたいんだ」
「生憎、人間は重量オーバーでね、封筒に入るような子供じゃ、将来切手にも載れないぜ」
「じゃあこの手紙! この手紙を王ドロボウに渡して! お願い! 」

手紙、か。そう言えばジンに手紙を書いたことなかったな。
あいつとそんなハイカラなやり取り、もう少ししておけば良かったかな。

「わかった、引き受けよう」

……いいや。違うわ。この後悔は嘘。
私、本当は考えていたの。ただ、動かなかっただけ。ジンを気にかけて、動いた気になってただけ。
ポスティーノなら、絶対にジンへ手紙を届けてくれるだろうから。
"返事がきっと返ってくる"。そんなわかりきった答えを、しなくてもいいやって。

「お姉さんもどう? やろうよ! グリーティング・カードメイク! 」

そうよ、これでもう何度目かしら。
毎日毎日、同じように悩んで糸口を見つけて解釈していく。
でもその糸は使い捨ての勿忘草。だから私は今夜も馳せる。

「あそこのズッコケ三兄弟呼んで来て。皆でまとめて、出してやろうじゃない」

愛する人への、切なる思いに。

「こういうのも、悪くないわね……」

今夜はたまたま『行動が伴った』だけ。

804 ◆hNG3vL8qjA:2009/05/24(日) 15:42:18 ID:NIXAKoOw0


あー……めんどくせー……めんどくせー……。
ケツがかゆいなぁ……身体をかくの、めんどくせー……。
穴掘らなきゃな……掘るの、めんどくせー……。
クソすんのもめんどくせー……息するのもめんどくせー……。
あーそろそろ起きねーと……やっぱめんどくせー……。
なーんにも、できねー……つーかやる気が起きねー……。
めんどくせー……めんどくせー……。

あー……なーんでこんなことになっちまったんだー……?

……ま、いいや。めんどくせー……考えるのもめんどくせー……。



【"天元突破グレンラガン"――――南ドッカナイ村出身 漢 バチョーン】




805 ◆hNG3vL8qjA:2009/05/24(日) 15:45:54 ID:NIXAKoOw0


ピピピピピッピピピッピピッピピピピッピピピピピッピピピッピピピッピピピッピピピッピピ



『大量消失被害における、直接的影響を受けた並行世界、その現状調査結果』



ピピピピピッピピピッピピッピピピピッピピピピピッピピピピピッピピピッピピッピピピピッ

『神行――――エージェント――おそらく単独で――上海――失敗――――――』
『――高校―年生――単独で拉致――糸色―――生徒を捜索し――失踪―』
『――高校――生――糸色望と同じく――――世間は両者を―――――――――』
『糸色望――高校教師――と同時に被害を受け――親しい――接触成功――』

ピピピピピッピピピッピピッピピピピッピピピピピッピピピピピピピッピピピピピッピピピピ

『アレンビ――――ドモン――同世界――ウルベ――世間は――恐怖―――――』
『――――ゲルマン―――死亡――詳細不明――弟と同じく――捜索中に―――』
『――不敗――――単独で拉致被害に――弟子の敗北――地球は崩――――――』
『ドモン――ストップ――と――ガンダム――世間は行方不明――妻と――成功』

ピピピピピッピピピッピピッピピピピッピピピピピッピピピピピピッピピッピピピピピピピピ

『ヴィラルは単独で――現状は大きな変化は無く―――カミナ―働―――――け』
『―ア―――同じく単――グレン団――崩――シモ――フラ―――グ―――折れ』
『――コ――やはり―独――団は暴走――――粉砕――――玉砕――大火災――』
『カミナ――大きな―痛―――チミ――負―る―――アッ――死――恐怖―――』

ピピピピピッピピピッピピッピピピピッピピピピピッピピピピピピピピピッピピッピピピピッ


『シモンは単独で拉致。おそらく人間は獣人に大敗北。当時の関係者に接触成功』

ピピッ!

「……うるせーなー……、おいガキ、それ止めろ」

乾いた大地に、パックリ割れたクレバスの底で、ボクはありったけの事実をデータにまとめる。
クロちゃんたちのように攫われて、殺し合いを強いられた82名の人たち。
彼らが住んでいた世界に実際に飛んで、現在、どうなったのか……調べて『対応』するんだ。

剛ハカセが改造した次元転移装置は、異世界を『横軸』、時間の流れを『縦軸』として移動できるんだ。

ここまで来るのに、色んなことが一杯あった。
ボクが出る幕も無く、前を向いて生きている人たち。
どうにもできず、押しつぶされてしまった人たち
世界そのものが壊れてしまい、その崩壊に飲み込まれてしまった人たち。
どうしたらいいのかわからず、ぼんやりと時間を過ごす人たち。
みんなボクと同じく、去っていった人たちとの思い出を、回帰していた……。

「あー……やっぱめんどくせー……怒る気も起こらねー……」
「おじさん、そんなこと言わないでコレでも食べてよ」

そして今もボクは――今日はシモンくんが誘拐された世界で――調査を続けている。
この世界も、前の3つの世界と同じだった。
核となるメンバーを失った大グレン団は、空中分解を起こして、バラバラになっていた。
ヴィラルが誘拐された世界は、それほど大きな変化は見られないけど、もう少し調べてみないと結論は出せない。
一枚岩だった絆も、些細な穴を衝かれれば、こんなにもあっさりと壊れてしまうなんて……とガッカリする暇はない。
とにかくこの世界は文明が極端に進んでいない世界のためか、生きた敗残兵を見つけるだけでもひと苦労。

「……食べるのもめんどくせー……」

バシャッッ

「あっちぃぃいいい〜〜!? 」

そんな訳でボクは、出来立てのラーメンを、このオジサンの頭にぶっかけてみた。

「てめぇ何しやがる! このバチョーン様の頭に油ギットギトのお湯ぶっかけやがって!」
「あはは、ブタモグラの肉を煮込んで作ったスープだよ。肉のエキスがたっぷり出てるでしょ」
「オマケになんだ、この硬くて太くて長い黄色の糸は! 気持ち悪いったらありゃしねぇ! 」
「でも美味いでしょ? 」
「…………! ん……ま、まぁ……まぁまぁだな」
「ブタモグラって火で炙って焼く以外にも、こんな調理法があるんだ」

この旅もあと少しで一つの区切りを迎える。
それはボクなりの結論、考え、これからの方針を決める上で大事なことだ。

「またご馳走するよ。じゃあねオジサン」

ボクには"避けられない邂逅"が迫っている。
ずっとそれから逃げ続けてはいたけれど、そろそろ真正面から受け止めなきゃいけない。

行こう。
多分、"あそこ"で待ってるんだ。

あの2人は。




806 ◆hNG3vL8qjA:2009/05/24(日) 15:49:19 ID:NIXAKoOw0



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これは

私たちにとっての

現実(リアル)

君にとっては

ただの

ファンタジー?



【????????????――――魔法少女リリカルなのはStrikerS】




青く青く広がる草原の真ん中に、ボクを乗せた装置が降り立つ。
ここはスバル・ナカジマさんの所属する機動六課が存在する。
彼女たちに関係がある並行世界……つまり拉致被害を受けた世界は幾つかある。
スバル・ナカジマさんを始めとした4人の隊員が消えた世界A。
彼女たちの上司、八神はやてさんたちが消えた世界B。

「くると思ってたよ、おばさん。顔を見せるのは初めてかな」

腰まで伸びた金色のストレート。ピッチリとラインが合ったスーツ。
この人はボクを知らないかもしれない。でもボクはこの人を知っている。

「1人の犯罪者が忽然と姿を消したの。これだけ言えば、充分かしら」

最後の1人……クアットロという名の眼鏡っ子が消えた世界C。
この第三の世界に来ることは、ボクにとって自殺行為に繋がるかもしれなかった。
なぜなら『この世界の、この女の人』は、『時を移動する』ことも『異世界へ移動する』こともできるから。
しかし『並行世界へ移動する』――つまり第三の軸を動くことはできない。

「私も遠巻きながらロージェノムの事件を知ったわ。君が知っていることを教えてほしいの」
「やり方がセコイよ。たまたまボクがいた座標の世界で、あんたの仲間、ボクに何をした? 」

ボクの世界旅行は時として危険なことがいっぱいあった。
明らかな外的要素による襲撃(装置の奪取が狙いだったんだろうけど)を、片時も忘れたことはない。
何度かの衝突で、彼らが移動できる『時の軸』と『異世界の軸』がわかったから、逃げ道も確保できたんだけど。

「"赤いおばさん"がいないね?周りに仲間が隠れているのは、わかってるぞ」
「わかってる。だから私は君の善意を全身全霊で優先する。君が今のままをあり続けるのなら」
「そのつもりだから。もう一切干渉するなよ。絶対だからな! 」

偉そうな口を叩ける立場じゃないけど、ボクはボクのルールを破っていたつもりはない。
ボクは並行世界の自分に会いにいったこともない。
ボクは誰かの死を直接的の操作しようとしたこともない。

ボクは"ハンバーグが食べたかったのに、どうしてスパゲティが出てくるの"なんて駄々こねていないぞ。

ボクは寂しさを紛れさせたかっただけ。
ボクのように苦しむ人の悲しみを、和らげたかっただけなんだから!


「――でも、君は、何も知らないほうが良かったのかもしれない」

それなのに。
それなのにどうして? おばさん。
その哀れみの目は何?
おばさんにも、ボクの知らない……

「こちらフェイト、バインドによる拘束を確認。少年を捕獲します」


何かが……あるの?


「今はゆっくり休んで。これは私たちの問題なの」

807 ◆hNG3vL8qjA:2009/05/24(日) 15:49:58 ID:NIXAKoOw0




お嬢さん――いつしか 周りは火の海――♪


もう、よふかし(パジャマゲーム)は――およしよ――♪






よふかし(パジャマゲーム)は――およしよ――♪




【???????――――???????】




『フェイト時空官! こちら第六班ですが、艦隊はもはや修復不可能です! このままでは全滅してしまいます! 』
『こちら第四班! 操縦不能! まさか我々時空管理局の戦力をたかが1人の…ぐぁぁぁぁぁぁ!! 』
『フェイト! そっちが済んだら加勢に頂戴! コイツ、核ミサイルよりタチが悪いからっ! 』

彗星の如く走る閃光に、次から次へと業火の悲鳴をあげて地に堕ちる艦隊。

「勇気ある模倣犯(コピー・ブラックキャット)から挑戦状を受け取りましたので、参上仕りました。
 不肖王ドロボウ、時間のくび木にはめ込まれた皆様から、この装置を盗まさせていただきます」

そして赤く赤く燃える焼け野原の真ん中に、しゃんと舞い降りた黄色の詩人。

「あ、あそこでテロ行為をしている暴君と私めは、一切の関係がございませ〜ん。どうぞよろしく」

"そんな理不尽な貰い方して貰ったモノの分は、ちゃんと返さないと"
そう言ったのは私の親友。私たちが掲げた信念でもある。
黒猫の少年は、私たちとは少し違う。直接あそこに招かれた者と、遠巻きの違い。
ロージェノムの件では私たちも遠巻きに終わってしまったけれど。
献身的に尽くす姿に、管理局も大目に見てきた。私たちが率先して周囲をなだめていたから。

「気持ちはわかるけど、この子の悪戯(やさしさ)を0にするのは、過保護すぎやしない? 」

そうこうしている内に、ここまで動く彼の将来に不安を懸念始めていた。
生涯かけて背負わなければならない業を、本当に彼が背負う必要があるのか。
だから私たちは、彼を眠らせて安全に保護し(未来を先読みされている不安もあったが)、事を成そうと――

バシッ

顔。
痛い。
誰……?

「忘れ物だよ」

あれ。
どうして。
バインド、解かれた?
この子……やはりわかっていたの?
こうされる事を?

「欲しくて欲しくてしょうがないんだろ! 」

目をこすりながら、私にぶつかって、落ちた物を観る。
膨大な設計図をまとめた束だった。原始的な結び方でぎゅんと縛ってある。
作りたかったら自分達で勝手に作れ、ということだろうか。
確かに……道理だ。それがこの子の師匠に対する、敬意なのかもしれない。

「ファンタジーなんかじゃない。これもボクにとっても現実だよ。
 ハカセもクロちゃんもミーくんもマタタビくんも生きていた」

未来を変えるのは……若者たちの仕事、か。

「ボクはやめないぞ。だっておばさんも、この人も、みんなみんな……」

謎の青年に抱きかかえられながら、あかんべーをする少年。
もう彼に私たちは必要ないのかもしれない。
私たちが私たちの世界で、生き続けるように。
彼は"自分の世界"を自分で選び――進み続けるのだろう。

「生きているんだから! 」


装置が発する光に包まれ、段々消え行く2人。
彼らを。彼らの道を見届けたら。


――私も自分を助けにいこう。






【アニメキャラ・バトルロワイアル2nd Epilogue サイボーグクロちゃん with XXX――――END】

808 ◆hNG3vL8qjA:2009/05/24(日) 15:50:21 ID:NIXAKoOw0


















「ようやく雑種にも、あの黒猫衣装の素晴らしさが理解できる時代になったか」
「ねー聞いてる? こいつら全員やっちゃっていいの? あんたにしちゃゴミ掃除なんだろうけど」
『詳しくは後ほどお話します。今は彼らの処理を優先事項に』




【Thank you for Everybody, Thank you for Everything... but, Not all story end? 】

809 ◆hNG3vL8qjA:2009/05/24(日) 15:57:01 ID:NIXAKoOw0
投下完了しました。

タイトルは extra SHOT 『EL FIN 〜人、生、あるいは――未亡人〜』

810ネコミミの名無しさん:2011/03/05(土) 21:34:33 ID:EQklWcIY0
あげ


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