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あの作品のキャラがルイズに召喚されましたin避難所 4スレ目

1ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/14(月) 13:53:15 ID:tnRMCI/M
もしもゼロの使い魔のルイズが召喚したのがサイトではなかったら?そんなifを語るスレ。

(前スレ)
避難所用SS投下スレ11冊目
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/9616/1392658909/

まとめwiki
ttp://www35.atwiki.jp/anozero/
避難所
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/9616/

     _             ■ 注意事項よ! ちゃんと聞きなさいよね! ■
    〃 ` ヽ  .   ・ここはあの作品の人物がゼロ魔の世界にやってくるifを語るスレッドよ!
    l lf小从} l /    ・雑談、SS、共に書き込む前のリロードは忘れないでよ!ただでさえ勢いが速いんだから!
   ノハ{*゚ヮ゚ノハ/,.   ・投下をする前には、必ず投下予告をしなさいよ!投下終了の宣言も忘れちゃだめなんだからね!
  ((/} )犬({つ'     ちゃんと空気を読まないと、ひどいんだからね!
   / '"/_jl〉` j,    ・ 投下してるの? し、支援してあげてもいいんだからね!
   ヽ_/ィヘ_)〜′    ・興味のないSS? そんなもの、「スルー」の魔法を使えばいいじゃない!
             ・まとめの更新は気づいた人がやらなきゃダメなんだからね!

     _
     〃  ^ヽ      ・議論や、荒らしへの反応は、避難所でやるの。約束よ?
    J{  ハ从{_,    ・クロス元が18禁作品でも、SSの内容が非18禁なら本スレでいいわよ、でも
    ノルノー゚ノjし     内容が18禁ならエロパロ板ゼロ魔スレで投下してね?
   /く{ {丈} }つ    ・クロス元がTYPE-MOON作品のSSは、本スレでも避難所でもルイズの『錬金』のように危険よ。やめておいてね。
   l く/_jlム! |     ・作品を初投下する時は元ネタの記載も忘れずにね。wikiに登録されづらいわ。
   レ-ヘじフ〜l      ・作者も読者も閲覧には専用ブラウザの使用を推奨するわ。負荷軽減に協力してね。

.   ,ィ =个=、      ・お互いを尊重して下さいね。クロスで一方的なのはダメです。
   〈_/´ ̄ `ヽ      ・1レスの限界最大文字数は、全角文字なら2048文字分(4096Bytes)。これ以上は投下出来ません。
    { {_jイ」/j」j〉     ・行数は最大60行で、一行につき全角で128文字までですって。
    ヽl| ゚ヮ゚ノj|      ・不要な荒れを防ぐために、sage進行でお願いしますね。
   ⊂j{不}lつ      ・次スレは>>950か480KBからお願いします。テンプレはwikiの左メニューを参照して下さい。
   く7 {_}ハ>      ・重複防止のため、次スレを立てる時は現行スレにその旨を宣言して下さいね。
    ‘ーrtァー’     ・クロス先に姉妹スレがある作品については、そちらへ投下して盛り上げてあげると喜ばれますよ。
               姉妹スレについては、まとめwikiのリンクを見て下さいね。
              ・一行目改行、且つ22行以上の長文は、エラー表示無しで異次元に消えます。
              SS文面の区切りが良いからと、最初に改行いれるとマズイです。
              レイアウト上一行目に改行入れる時はスペースを入れて改行しましょう。

221ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 13:54:46 ID:6C7Q66hI
こんにちは。ウルトラ5番目の使い魔、67話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

222ウルトラ5番目の使い魔 67話 (1/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 13:56:35 ID:6C7Q66hI
 第67話
 未知が風の銀河より
 
 奇機械竜 ギャラクトロン 登場!
 

「やあや皆さん、どうもどうもご無沙汰しております。悪い宇宙人さんでございます」

「おや? せっかく正しくあいさつして差し上げたのに怒らないでください。毎回そんなに邪険にされると傷つきますねえ。別に私はあなた方には危害は加えませんから、もっとフレンドリーにいきましょうよ」
 
「フフ、まあ話を進めましょう。ハルケギニアの人たちのおかげで、私の目的はまあまあ順調に進んでおります。一部例外もありましたが……って、そこ笑わないの!」
 
「オホン。ともかく、私の目的は順調に進んでいます。このハルケギニアという世界の人々は感情豊かで、私が手をかける必要が少なくて助かっていますよ」
 
「この調子でいけば、ハルケギニアからサヨナラする日も遠くないと思っていました……ですが、どうも私以外にもこの世界には第三者的な何者かがいるようなのですよ……」
 
「私としても愉快なことではありませんですねえ……いったいどこの悪い子でしょう? というわけで、今回は少々趣向を変えてみました。はてさて、それがどういう結果になったのか、これからご報告させていただきましょう」

 不敵に笑った宇宙人の声とともに画面は暗転し、彼が記録した映像が映し出され始める。
 宇宙人の作りだす演目の舞台として選ばれたハルケギニアで、すでに数々の悲喜劇が演じられ、彼は舞台を作り出すプロデューサーとして辣腕を振るってきた。
 次にお披露目されるのは悲劇か喜劇か? だが、彼の脚本に生じたイレギュラー。呼び出したブラックキングが何者かによって改造されるという事態が、彼に危機感を抱かせた。
 一流の戯曲は一流の舞台と一流の演者によって作られるという。その点、このハルケギニアは一流とまでは呼べなくとも、十分に観客を楽しませるだけの地力と演技力を有していると言えよう。

223ウルトラ5番目の使い魔 67話 (2/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 13:57:43 ID:6C7Q66hI
 だが、せっかくの演目に舞台外から飛び入り参加しようとしている輩がいる。プライドの高い脚本家はこの無粋な横入りを許さず、罠を仕掛けて待ち受けることにした。
 
「ああ、言い忘れておりました。実は私、この世界にやってくる前に次元のはざまで面白い拾い物をしましてね。どうもロボットらしいんですが、私も見たことのない技術で作られていて……いやあこれに襲われたときは苦労しましたよ」
 
 
 それは、彼がハルケギニアにやってくる直前。マルチバースを渡る次元のはざまでのこと、彼は突如として謎のロボット怪獣に襲われて、やむなく自分の怪獣を出してこれを迎撃していた。
「今です。とどめを刺しなさい!」
 弱った敵に対して、彼は自分の配下の怪獣に命令を下す。すでに敵のロボット怪獣は大きく動きを鈍らせており、苦し紛れに虹色の光線を放ってきたが、配下の怪獣はバリアーを使ってそれをはじき、そして彼の怪獣は主の指示に従って、謎のロボット怪獣に強烈な一撃を放った。
 爆炎が上がり、直撃を食らったロボット怪獣は白色のボディを焦げさせて停止する。そして彼は、ロボット怪獣が完全に沈黙したのを確認すると、近寄ってしげしげと見下ろした。
「フゥ……肝を冷やしましたよ。まさか、この子をここまで手こずらしてくれるとは。しかし、誰かが操っていた様子もないですが、どこかの宇宙からのはぐれですか? まったく迷惑な……」
 並行宇宙の壁を超えることは強大な力を必要とするため、普通はマルチバースの間は平穏なものだが、ごく稀にこうしてどこからか漂流物が流れ着くことがあるのだ。しかも、その漂流物は次元の壁を突破してきたことから危険な性質を持っている場合が多い。
 今回も、相当手こずらされてしまった。幸い、自分の連れてきた怪獣がさらに強かったから事なきを得たが、一歩間違えれば危なかったかもしれない。
 しかし、いったいどこの誰がこんなものを送り込んできたのだろう? ドラゴンに酷似したスタイルは自分の知るいかなる惑星のメカニックとも似ていない。彼はしばし考えたが、ぱちりと指を鳴らして言った。
「とりあえず拾っておきますか。人生、貪欲なほうがいいってチャリジャさんもおっしゃってましたしねえ。どうせタダです」
 そうして彼は回収したロボットを連れてハルケギニアにやってきた。

224ウルトラ5番目の使い魔 67話 (3/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 13:58:36 ID:6C7Q66hI
 壊れたロボットの修理自体はそんなに難しくはない。ただ、このロボットは元々はよほど大掛かりな目的に使われていたのか、パワーがものすごすぎて適当な使い方が見つからないでいた。
 
「ですが、今回は別です。考えてみてください? 私も興味を持ったものを、それなりの人が見たらどう思うか? フフ、今回はこのことをよーく覚えておいてくださいよ」
 
「いやあ、それにしても私の知らないものがまだ宇宙にあるとは。次元のはざまは無限のかなたに通じていますから、もしかしたらはるかな過去か遠い未来からやってきたのかもしれません。なかなか興味深いことです」
 
 補足説明も終わり、今度こそ戯曲は再開される。
 舞台は変わらずハルケギニア。そのどこかで、複数の演者が踊らされ、複数の観客が見せさせられる。
 そう、空虚に向かってナレーションする語り手はいない。観客として、姿を消したあの二人も世界のどこかでこれを見せられていることだろう……そして、彼らも。
 今度の舞台で、踊るのは誰か、踊らされるのは誰か、踊らせるのは誰か。そして……踊りたがっているのは誰か。
 ハルケギニアの運命を乗せて、また新たな運命の一幕が上がる。
 
 
「火事だーっ! 早く火を消せ。爆発するぞーっ!」
「ダメだ、もう間に合わん! 全員逃げろ、この船はもう助からん!」
 
 轟音を響かせ、一隻の軍艦が紅蓮の炎をあげて炎上している。
 ガリア王国、サン・マロン港。ここでは数週間前に、奇怪な事故が多発していた。それは、まるで火の気のない軍艦内でいきなり火の手が上がり、そのままなすすべなく火薬庫に引火して轟沈するといった事態が連続して起こったことであり、艦隊上層部は両用艦隊への何者かによる破壊工作と見て、調査を開始した。
 しかし、事態は思わぬ方向へと推移していった。
 原因不明の火災発生事故。それはサン・マロン港でぷっつりと途絶えたかと思うと、今度はガリア各地で起こり始めたのである。

225ウルトラ5番目の使い魔 67話 (4/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 13:59:15 ID:6C7Q66hI
「火事だぁーっ! お城が燃えているぞぉーっ!」
 あるときは貴族の屋敷、あるときは商人の邸宅、あるときは荘園の畑、あるときは湖に停泊中の遊覧船、さらにあるときは関所の駐屯地。
 なんの前触れもなく、ただ目立つ大きな建物や施設といったこと以外は共通点のない犯行に、ガリアの官憲はきりきり舞いさせられた。
 犯人の目的や正体はまったくの不明。ただ、事件は数日に一回のペースで、同時に別の場所で起こることはなかったことから単独犯によるものと思われた。
 ガリアでは、いつどこに現れるかわからない放火魔に、人々は貴族と平民の別なく怯える日が続いた。
 だがそんな日々は、ある日に終わりを告げることになる。放火魔が国境を越えて、隣国トリステインへと入ったからである。
「火事だぁーっ! 火を消せ、水のメイジはどうした!」
「もう遅い、すでに火勢は全体に回ってしまった。くそっ、あと少しで完成だったってのに!」
 トリステインの造船所で、ある日、建造中の軍艦から突然火の手が出て全焼するという事故が起きた。
 火災の原因は不明。船大工は皆ベテランで、火種を持ち込むようなバカはいないし、作業に使う火種は厳重に管理されていた。
 残された可能性は、何者かによる放火しかない。この結論にいたったとき、誰もが今ガリアを騒がせている連続放火犯のことを思い出した。
 そして、建造中だった軍艦のスポンサーは即座に決断した。そのスポンサーの名はクルデンホルフ大公家。その実働の一部を任されているベアトリスは魔法学院でこの一報を受けると、ただちに腕利きの配下に命令を下した。
「手段と犯人の生死は問わないわ。クルデンホルフの名に泥を塗った者がどうなるのか、なんとしてでも犯人を探し出して、二度と我が家へ手出しができないようにしてやりなさい」
「仰せのままに。報酬さえはずんでいただければ、ぼくらは期待に必ず応えますよ。元素の兄弟は、こういう仕事は得意分野ですからね」
 憤懣やるかたないベアトリスに、不敵な笑みを浮かべる少年が答える。
 元素の兄弟。裏稼業で、報酬次第でいかなる汚れ仕事でも完璧にこなすことで有名な一味のリーダーであり、兄弟の長男でもある彼、ダミアンは、久しぶりに自分たちらしい仕事が舞い込んできたことに喜びを覚えていた。
 相手はハルケギニアを震撼させている大犯罪者。相手にとって不足はなく、高い報酬をもらうだけの価値は十分にある。それに、先に独断専行で汚名を作った愚弟と愚妹に名誉挽回をさせるチャンスでもある。
 
 ダミアンはさっそく兄弟を集めると、簡潔に指示を下した。
「ジャック、ドゥドゥー、ジャネット、よく来てくれたね。さて、仕事の話だが、トリステインから一人の人間を探し出して亡き者にしてほしい。手段は問わないが、できるだけ早くとのことだ。わかったね?」
 概要を聞くと、まずは次男のジャックがうれしそうに口元を歪ませた。
「うれしいですね。久しぶりに狩り出しがいのありそうな獲物の依頼じゃないですか、腕が鳴るってものさ」

226ウルトラ5番目の使い魔 67話 (5/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:00:05 ID:6C7Q66hI
 すると、三男のドゥドゥーが意外そうに、しかしやはりうれしそうに言った。
「珍しいね、ジャック兄さんがそんなに依頼をうれしそうに受けるなんて。そういうので喜ぶのは、だいたいぼくの受け持ちじゃないかな?」
「お前と一緒にするな、といつもなら言うところだが、俺も実は最近退屈していてな。運動不足を解消するにはいいチャンスだ」
「ターゲットを探し出すのはちょっと骨かもしれないけど、これだけのことをしでかす奴なんだから、きっと腕利きのメイジに違いないものね。さあて、じゃあ今度も競争にしようか、誰が先にターゲットを見つけて始末するかって」
 ドゥドゥーは兄たちを出し抜く気満々で宣言したが、妹と兄から厳しく釘を刺された。
「ドゥドゥー兄さま。兄さまがそうして無駄に張り切るたびに、わたしが余計な苦労をさせられてるのを忘れないで欲しいですわ」
「ジャネットの言うとおりだ。ドゥドゥーは少し、自重というものを覚えたほうがいい。どうやら前の失敗であまり懲りていないようだから、今回はぼくといっしょに行動してもらうよ」
「そ、そんなぁーっ!」
 厳しい兄に四六時中そばで見張られることに、すっかり精気を失ってしょげかえったドゥドゥーが哀願してもダミアンは一顧だにしなかった。
「そういうわけで、ジャックは今回ジャネットといっしょに行動してくれ」
「わかった。だがドゥドゥーよりはましとはいえ、ジャネットも気が散りやすいタイプだからな。俺も今回は厳しくいくぞ、いいなジャネット」
「はーい、ですわ。はぁ、これはターゲットが可愛い子でないと割に合わないかしら」
「ジャネット、ダミアン兄さんにも我慢の限界ってものがあるのを忘れるなよ。払いのいいスポンサーを怒らせた時の兄さんに俺まで灸をすえられるのはごめんだ。ターゲットは確実に始末する、わかったな」
「はいはい、仕事は楽しみつつ任務は堅実に、ね。でも、心を壊して人形にするならいいよね? もちろん、おじさんだったら首はジャック兄さんにあげるわ」
 裏稼業の人間らしく、言葉使いは軽くても標的に一片の生存権も認めていない。彼らはこうして一見ふざけているように見えつつも、数多くの人間を闇から闇へと葬ってきたのだ。
 ダミアンは、可愛い弟や妹たちがやる気を出したのを見ると、最後に見まわして締めた。
「ようし、では今回は二組に分かれて行動しよう。競争などは考えず、仕事を片付けることを第一に考えるんだ。どちらがターゲットを始末しても、終わった後はみんなでゆっくりスープを飲んで祝おう。楽しみにしているよ」
 四人兄弟は二手に分かれ、いまだトリステインのどこかに潜んでいるであろうターゲットの情報を探るために地下に潜っていった。
 蛇の道は蛇。いかに犯人が巧妙に世間に潜伏しようとも、犯行を繰り返すためには必ずどこかに足跡を残していくはずだ。それが表に表れなくとも、普通でない情報が集まる場所はある。元素の兄弟はそれらに精通しており、あらゆる手段で目標を追い詰めては仕留めてきた。
 我らに追われて逃げ切れた人間はいない。ガリアに居た頃は王家の命を受けて、辺境に逃げ延びた貴族を探し出して始末したこともある。それに比べれば楽なものだ……もっとも、そのときみたいに証拠品としてターゲットの生首を持参するのはやめておいたほうがいいだろうが。

227ウルトラ5番目の使い魔 67話 (6/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:01:02 ID:6C7Q66hI
 しかし、意気揚々と出発した彼らは知らなかった。これの裏に、甘い予測の通じない恐ろしい相手が隠れているということを。
 
 
 そして数日後……
 所は変わり、ここはトリステインのラグドリアン湖に通じる大河の港町。
 造船と修理で活気に満ちるこの街の一角で、ひときわ目を引く巨大船が修理を受けている。それはもちろん東方号のことで、以前の戦いで半壊したその船体を修復する作業は活気に満ちて続いていた。
 そして、その修理作業の一角で、コルベールが満足そうな様子で作業を見物していた。
「ふう、しばらくぶりに見に来ましたが、だいぶ修復が進んだようですねえ。工員の方々の技量も上がってきておりますし、これはもう私がいなくともあまり問題はなさそうですね」
 コルベールの見ている前で、作業員たちが汗を拭きながらテキパキと動いている。魔法学院の連休を利用して様子を見に来た彼だったが、以前は自分があれこれ指示してやっと動いていた工員たちが、今では立派に自分で動いているのを見ると感慨深いものがあった。
 東方号に開けられた無数の損傷口は新しい鉄板で埋められ、地球製の装備は再現は無理なので全体的にのっぺりした印象になりつつあるものの、東方号はかつての威容を着々と取り戻しつつある。
 まだ出港できるほどには遠いものの、やはりハルケギニアでは作れない巨艦の威容は何度見ても飽きることはない。
 ハンマーで鉄を叩く音や、威勢のいい男たちの掛け声が響き、作業場はまさに男の職場という雰囲気に満ち満ちて、コルベールには魔法学院とは違う意味で心地よかった。ただ周りを歩き回るだけでも、工員たちがすっかり慣れた手つきで鉄を扱っている姿を見るのは、トリステインに新たな”進歩”が訪れているのを感じ取れてうれしかった。
 それでもやはり、コルベールの助力や助言を必要とするところから求められて、コルベールはハゲ頭を光らせながらそれらに応じていった。魔法学院と立場は違えども、コルベールはやはりここでも教師なのであった。
 そうしているうちに、町全体に教会の尖塔から大きなベルの音が響き渡った。
「おや、そろそろお昼ですね」
 忙しく動き回っているうちに時間が過ぎてしまったらしい。コルベールは気づくと自分の腹も悲鳴を上げていて、区切りをつけて船を降りようと考えた。
 ところが、船を降りようと甲板に上がってきたとき、作業現場の片隅で膝をついてお祈りをしているシスターが目について立ち止まった。

228ウルトラ5番目の使い魔 67話 (7/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:03:22 ID:6C7Q66hI
「もし、そちらのシスターさん。そんなところで何をお祈りされているのですかな?」
 コルベールが尋ねると、シスターはふっと気が付いて振り返ってきた。
 軍艦に聖職者とは一見合わないように見えて、実は欠かせない存在である。平時は兵士の精神面のケア、戦時は戦死者の弔い。とかく生死に関わる軍人とは切り離せない存在で、実際に従軍牧師や従軍僧侶などが存在する。ここハルケギニアでも、戦列艦以上の大型艦には神官が乗船するのが基本であった。
 しかし工事中のところにとは珍しい。立ち上がってこちらを向いたシスターは、フードをまくって顔を見せた。
「こんにちは、実は先日こちらのほうで数人が怪我をする事故が起こりまして。そのお祓いのためにと頼まれてお祈りを捧げておりました」
 若いな。コルベールは意外に感じた。長い金髪を結い上げた大人しそうな娘で、年のころは二十代中ごろであろうけれど、どこか儚げな不思議な雰囲気をまとっていた。
「失礼しました。お仕事ご苦労様です。私はこちらで技術主任をしているコルベールという者です。見かけないお顔ですが、最近こちらにやってこられたのですかな?」
「はい。わたくし、名をリュシーと申しますが、修行のためにあちこちを回りながら祈りを捧げております。こちらの偉いお方だったのですね。ミスタ・コルベール、わたくしに神と神の御子に奉仕する場を与えてくださり、感謝いたします」
 リュシーと名乗った女性はぺこりとおじぎをし、澄んだ瞳でコルベールに微笑みかけてきた。
 思わずどきりとするコルベール。技術者一本で堅物に見えるコルベールだが、彼とて人並みの感性は持ち合わせている。学院でその気配がないのは、単に教え子に手をかける趣味がないだけだ。
「では、わたしはこれで」
「あ! ちょっと、その」
「はい?」
 立ち去ろうとしたリュシーをコルベールは呼び止めた。リュシーは相変わらず優しげに微笑んでいる。
「その、よろしければいっしょに、昼食をいかがでしょうか? 各国を回られてきた貴女のお話は、大変興味深く思いまして」
 照れくさそうにしながらも、コルベールは思い切って誘ってみた。するとリュシーはにこりと笑い。
「ええ、喜んで」
 その瞬間、コルベールは心の中で万歳三唱した。しかし表情には出さないよう気を配りつつ、ふたりは並んで歩きだす。
 やった! ダメ元だったけど言ってみるものだ。人間、生きてたら何かいいことがあるものだなあとコルベールはしみじみ思った。

229ウルトラ5番目の使い魔 67話 (8/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:04:33 ID:6C7Q66hI
「ミスタ・コルベール」
 リュシーが話しかけてきた。垂れがちの眼は柔和な面持ちを作り、少し遠慮した声色は尖った心を溶かしてくれる。
「ああ、私のことは呼び捨てでかまいません。私は軍属ではありませんし、堅苦しいことは好みませんので」
「わかりました。ではコルベールさん……いえ、コルベール様とお呼びいたしますね。わたしのような一介のシスターに目をかけていただけるなんて、コルベール様はお優しい方なのですね」
「い、いやいやそんな! あなた方聖職にある方々は日夜、万民のために働いてくれています。ないがしろになんてできませんよ!」
 すまなそうなリュシーに対してコルベールは慌てて取り繕うのといっしょに、まるで天使だ! と、心の中で快哉をあげた。
 出会いの少ない仕事をしているコルベールは、自分の将来についてはなかば絶望視していた。ずっと前にはミス・ロングビルにアタックしたこともあるのだが、それは玉砕に終わり、学院には他に若い女性の教員もいないことから、もう自分に出会いはないものとあきらめていた。
 しかし、出会いがあった! しかも若いシスターである。始祖ブリミル、あなたのお導きに心から感謝いたします。コルベールは心の中で号泣するとともに、このチャンスを逃してなるものかと決心していた。細かいことはとうに脳内から消し飛んでしまっている。
「と、ところでミス・リュシー。あなたほどお若い方が、修行のために旅をなさっているとは、素晴らしい信仰心ですね」
「いえ、わたくしはそんな敬虔な信徒ではありません。わたしは生まれはガリアの貴族でしたが、家が没落して一族は散りじりになり、わたくしは出家して尼となったのです」
「そうだったのですか。私も、物心ついたときは親はなく、ずっと家族なく育ちましたので、お気持ちは少しわかる気がします。あなたも、苦労なされたんですな」
 コルベールがしみじみとつぶやくと、リュシーは悲しげに顔を振った。
「コルベール様もですか。本当に、この世は無情なものですね。神は、いったいどれだけの試練を人にお与えになるのでしょうか」
「それはまさに、神のみぞ知るというものでしょうね。ですが、神はこうして出会いをお与えになられました。ミス・リュシー、今日は私がごちそうしましょう。美味いものを食べる幸せは、万民に共通ですからね」
「えっ、いえそんな悪いですわ。それに私は神に仕える身、貪るわけにはまいりません」
 遠慮するリュシーだったが、コルベールは彼女を元気づけるように、その頭頂部のような明るさで彼女を押していった。
「心配いりません。働いた分の糧を得ることは神の御心に逆らわないはずです。それに、私にも聖職の方に尽くす功徳をさせてくださいよ。さあさあさあ」
「あ、あらあらあら!?」
 リュシーは強引に押されながらも、嫌がって逃げようとはしなかった。そのまま中級士官用の食堂に案内されて、コルベールと向かい合って座らされる。
 コルベールはウェイターにチップを持たせ、いい具合に見繕ってくれと頼んだ。ほどなくして、テーブルに豪華とまでは言わないがこじゃれた料理の数々が並べられ、リュシーは喜びの声を漏らした。
「こんなに……わたくし、こんな手のかかったお料理を見るのは本当に久しぶりです。ほんとに、よろしいんですか?」
「もちろんですとも。その代わりに、あなたが旅をして見聞きしたことを話してください。こういう仕事をしていますと、どうも世界が狭くなってしまいますので」

230ウルトラ5番目の使い魔 67話 (9/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:05:35 ID:6C7Q66hI
「喜んで。ですが、わたくしも世間を巡る修行中の身。代わりにコルベール様もいろいろお話を聞かせてくれたら幸いです」
「もちろん喜んで! ですが、私の話などは機械のことばかりで、とてもあなたに喜んでもらえるとは思えませんが」
「いいえ、熱心に働く人は皆が神の使途です。そのお話を聞くことの、なにが不満でありましょうか」
 コルベールはまさに天にも昇る心地になった。まさか、ほとんどの人にスルーされるばかりの自分の話を聞いてくれる女性がこの世にいようとは。
 優しく微笑んでいるリュシーの姿は、まさに天使にコルベールは見えた。苦節ン十年、年齢が彼女いない歴と同じ彼は、この出会いの奇跡に感謝した。
 料理に舌鼓を打ちながら、二人は話に花を咲かせた。
「あの船、東方号というのですが、あの船は私の誇りなのです。いつか、あの船でハルケギニアを巡り、そして誰も見たことのない東方の地や、そのまた向こうにある未知の世界を見に行きたい。よく笑われますがね」
「そうですね、わたしにはコルベール様のお話は大きすぎて正直イメージが追いつきません。ですがわたしも諸国を巡るごとに、あの山の向こうにはどんな街があるのだろう? あの川を越えた先にはどんな出会いがあるのだろうと思います。どこまでも先へ進もうとするコルベール様の夢は、とても素敵なものだと思いますわ」
 真剣に聞いてくれるリュシーに、コルベールの機嫌はますますよくなる。
「ミス・リュシーはとても広い心をお持ちなのですな。ですが、巡礼の旅という苦行を選ばずとも、故国でもじゅうぶんな修行はできたでしょうに。なぜ、危険な一人旅を選ばれたのですか?」
「はい、わたしも最初は教会で住み込みで働いていました。ですが、ある人に、迷いや悩みを断ち切るためには世界でいろいろな体験をしたほうがいいと忠告を受けて、旅立つことにしたのです」
「そうだったのですか。それでも、お一人で旅を続けるのはさぞ苦労されたのではありませんか?」
「はい、確かに楽なものではありませんでした。けれど、敬虔な神の信徒の方はどこにでもいらっしゃるものです。ゲルマニアで、ささやかですがわたしの旅を援助してくださる素敵な方に出会えまして、路銀くらいならばまかなえています」
「それは……その、男性の方ですか?」
 どきりとしたコルベールが問いかけると、リュシーは笑って首を振った。
「いいえ、女性の実業家ですわ」
「あっ、いやそうでしたか! これはこれは私としたことがお恥ずかしい」
「まあ、コルベール様ったら。うふふふ」
 コルベールが笑ってごまかすと、リュシーもコルベールの気持ちを知ってか知らずか笑った。
 本当に天使のような人だ……コルベールは心の中で涙した。こんな清純な女性を相手に下心を持ってしまった自分が恥ずかしい。そして、だからこそ心の中で炎が赤々と燃えてくるのを感じていた。

231ウルトラ5番目の使い魔 67話 (10/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:06:45 ID:6C7Q66hI
 その後、ふたりは他愛のない話を続け、やがて昼休憩の時間の終わりを告げる鐘が響き渡った。
 
「あら、もうこんな時間ですか。残念ですが、お祈りを依頼されているところはまだありますので、そろそろ行かねばなりません。コルベール様、ご馳走をどうもありがとうございました。このお礼はいずれ……」
 
 鐘の鳴る中、椅子から立ち上がったリュシーを見て、コルベールは時間の残酷さを呪った。
 だが、彼は申し訳なさそうに席を立とうとしているリュシーを黙って見送ることはできなかった。勇気を振り絞って、その背を呼び止めたのである。
「ミ、ミス・リュシー! 今回はとても有意義な話を聞かせていただき、こちらこそ感謝いたします。こちらには、まだおられるのでしょうか?」
「はい、こちらは大きい街なので、しばらくのあいだは滞在しようと思っております。それが、何か?」
「い、いいえ、その……それならば……そこでなのですが、よろしければ今夜もう一度お会いしていただけませんか!」
 コルベールは半生分の勇気を振り絞って言ってみた。自分の容姿が貧相なのは自覚している。女ウケする性格でもなく、さらに夜に女性を誘うことがどれほど難易度の高いことなのかも理解している。
 正直に思って、成功の確率はないに等しい。ここまでこれただけでも奇跡に等しいことなのだ。
 しかし、それでもコルベールは言ってみた。なぜなら、彼の魂が言っていたのだ、自分が”男”になる機会はここしかないのだと!
 緊張し、返事を待つコルベール。瞬きをする時間さえもが永遠に思える中を過ごし、ついにリュシーが口を開いた。
「今夜、ですか? はい、わたくしでよろしければ」
 笑顔で会釈して答えるリュシー。この瞬間、コルベールは人生の勝利者になったと心の中で喝采した。
 ジャン・コルベール、人生苦節四十ン年。ついに生まれてきた意味を味わえる日がやってきたのですな。始祖ブリミルよ、この罪深き仔羊に人並みの幸せを与えてくださったことを感謝いたします。
 感激で、心の中でコルベールはむせび泣いた。周りの客からは、なんだあのオヤジと、冷たい視線を向けられているがコルベールには届いていない。
 しかし、よほど感激で我を忘れていたのだろう。「コルベール様?」と、声をかけられてはっとすると、視線の先には怪訝な様子のリュシーがいた。
「どうなさいました? どこか、お体の具合でも」
「い、いいえ、なんでもありません。それより、夜のことですが、日が暮れたらまたこの店で落ち合うというのはいかがでしょうか?」
「はい、わたしはそれでよろしいです。うふふ、夜が楽しみですわね」
 この瞬間、コルベールの心が有頂天に登りつめたのは言うまでもない。生徒以外では若い女っ気のない職場で働き、暇があれば研究に打ち込む日々。もちろん出会いなんかからっきしだし、若い頃から仕事一途でその手の店に行く趣味もなかったから、今日まで経験は皆無といってよかった。

232ウルトラ5番目の使い魔 67話 (11/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:07:56 ID:6C7Q66hI
 そんなナイーブなコルベールに、ようやく春の風が吹いてきたのだ。しかも、優しく美しいシスターときている。舞い上がるなというほうが酷というものだ。
 コルベールははやる心を抑えると、お仕事がんばってくださいと、月並みな台詞で彼女を見送った。去っていくリュシーは、後姿だけでも美しかった。
 そして、リュシーが見えなくなると、コルベールはすっと振り返り、走り出した。それはもう、全力で走り出した。
「うおおおおお! 生徒のみなさーん! わたしはやりましたぞぉぉぉぉーっ!」
 彼は走った。走らずにはいられなかった。まだスタートラインに立ったばかりでも、コルベールにとっては長年夢見ながらも訪れなかったチャンスなのである。
 聖職者とは結婚がどうたらこうたらという理屈は頭から消し飛んでいた。今の彼は己の火の系統のように燃え滾る情熱の愛の戦士であったのだ。
 
 しかし、人が幸せに浸っているときでも、性格の悪いお邪魔虫は悪だくみを続けている。
 街を見下ろす丘の上。そこで、黒幕の宇宙人はいやらしい笑いを浮かべていた。
「いやあ、活気があっていい街ですねえ。こういう街を見ていると、いたずらをしたくなりますねえ。うーん、私ってばなんて悪い子なんでしょう」 
 いたずらというには度が過ぎていることを考えているのが明白な声を漏らしながら、なんらかの意図を持った目で街を見下ろす宇宙人。
 だが、その宇宙人以外には誰もいないはずの丘の上に、突然姿を現した人影があった。
「とうとう見つけたぞ」
「おや? あなたは、おやおやウルトラマンヒカリさんじゃないですか」
 手を叩いて迎えた宇宙人の前に現れたのは、ウルトラマンヒカリことセリザワ・カズヤだった。
 丘の上の展望台で、数メートルの間隔を挟んで睨み合う両者。沈黙を破って口火を切ったのはセリザワだった。
「もう、いいかげんにこの世界への干渉をやめろ。この星の人間の心をこれ以上もてあそぶな」
「はいはい、そう言われると思っていましたよ。正義の味方にやめろと言われてやめていたら宇宙警備隊はいらないでしょう? 定型句、大変ですね」
「戯言はいい。お前のやっていることは、この世界への立派な侵略行為だ。見過ごすことはできない」
 厳しい眼差しを向けてくるセリザワに対して、宇宙人はあくまで余裕の態度を崩さずにいた。
「侵略ですか。まあ、そう見られても仕方ないとは思いますが、何度も言いますけれど私はこのハルケギニアを壊してしまおうとかは考えてませんよ。むしろ、私のおかげで恩恵を受けていることも多いじゃないですか。そこのところ、なくなってもいいんですか?」
「お前はそれを永遠に与え続けるわけではないだろう。長くお前の与える空気に慣れすぎると、それが失われたときにショックが大きい」

233ウルトラ5番目の使い魔 67話 (12/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:09:21 ID:6C7Q66hI
「ほぉ、さすが光の国でも有数の頭脳派ですね。あなたが我々の星に生まれなかったことが残念です」
 大げさに残念ぶる宇宙人。だがセリザワは、宇宙人のそんな芝居じみた態度には構わず、断固として言った。
「いつまで猿芝居を続けるつもりだ。俺がここにやってきたことが、偶然だと思うか?」
「ええ、もちろん。あなた方ウルトラマンの方々が必死で私を探し回っているのは知ってますよ。いずれ、すぐに見つかるようになるでしょうね。それに、あの少女の行方もね」
「貴様……」
「おっと、何度も言いますが、私は人質をとろうとか考えてはいませんよ。ただ、彼女たちとはwinwinの関係なだけです。返せなんて言わないでください。それに、私もまだこの世界を離れるわけにはいかないのですよ!」
 交渉は決裂だとばかりに、宇宙人が指を鳴らすと同時に街の空に時空の歪みが生じた。そして、その中から現れて街の中に降り立つ、ドラゴンを模したような白色のロボット怪獣。
 悲鳴や困惑の声が街からあふれ出す。ロボット怪獣は一見すると洗練されたスタイルのせいで悪役に見えなかったこともあり、人々は最初は正体をいぶかしんだが、すぐに建物を踏みつぶして破壊活動を始めると、すべては悲鳴に統一された。
「貴様!」
「勘違いしないでください。私だって、こんな手段はとりたくないのですが、力づくで来られるならこっちもそれなりの手で対抗させてもらいますよ。では私は逃げますが、追いかけてくるか、それとも街を助けに行くかはご自由に」
 そう言い捨てると、宇宙人はさっと宙に飛び上がった。セリザワは、異変の元凶をここで逃してはと苦心したものの、ロボットは人口密集地域に落ちたらしく、無数の助けを求める声が彼を引き止めた。
 ここで行かなければ大勢の人間が死ぬ。命だけは失われたら取り返しがつかないと、セリザワは決意してナイトブレスを輝かせた。
 
「シュワッ!」
 
 青と緑の輝きの中から、群青の光の戦士がロボット怪獣の前へと降り立つ。
 ウルトラマンヒカリ、彼は大勢の人々の命を守るため、白銀のロボットの前に立ちふさがったのだ。
「おおっ、ウルトラマンだ!」
「た、助かったぁ」
 今まさにロボットに踏みつぶされようとしていた人々から涙交じりの歓声があがり、救われた人々は瓦礫のあいだを縫って這う這うの体で逃げていく。
 さすがは何度も怪獣の襲撃を生き延びてきた人たちだ、命さえあればやるべきことは体に染みついている。しかし、本当に危機を拭うためにはこいつを倒さなくてはならない。

234ウルトラ5番目の使い魔 67話 (13/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:10:06 ID:6C7Q66hI
「デヤッ!」
 速攻! 先制攻撃に放った回し蹴りがロボットのボディに当たり、わずかだが押し返した。
 だが、それによってロボットもヒカリを敵と認識して攻撃態勢をとってくる。ヒカリは、ロボットの注意を自分に向けることで、人々が逃げる時間を稼ぎながら、同時にロボットを注意深く観察した。
〔見たことのないロボットだ。いったい、どこの星で作られたものだ?〕
 ヒカリはセリザワとして、またウルトラマンとして、おおむねの宇宙人のロボット兵器は頭に入れてあるものの、このロボットはそのどれとも似ていなかった。
 どこかの星の新兵器? もしくはまったく知らない宇宙で作られたものか? ともかく、知識が通じない以上は油断禁物だ。
 ロボットはサイレンのような稼働音を響かせながら向かってくる。体格はヒカリの倍近い巨体だ。それでもヒカリはひるむことなく迎え撃つ!
「シュワッ」
 ヒカリは懐に飛び込んで、下からロボットの頭を突き上げた。
 硬い!? だがあごを突き上げられ、ロボットがのけぞる。ヒカリはさらにボディにパンチを打ち込み、休むことなく追撃を仕掛ける。
 しかし、ロボットの強固なボディはほとんどダメージを受けていなかった。ロボットの左腕についている巨大なブレードがヒカリを狙って一文字に飛んでくる。
「シャッ!」
 ヒカリはバック転してブレードの一撃をかわした。インペライザーの大剣ほどではないにせよ、あのロボットのブレードはまるで斧だ。まともに食らうわけにはいかない。
〔やはり接近戦には強いか。それに中距離戦でも……〕
 ロボットの巨体からして接近戦でのパワーは予想していた。今のブレードの一撃をもらうわけにはいかなかったのでやむなく距離をとったが、離れても安心はできない。なぜならこういうやつは飛び道具も豊富なのが常だからだ。
 そして案の定、ロボットの目から赤色の光線が放たれてヒカリを襲った。
「ハッ!」
 とっさにかわしたヒカリのいた場所をすり抜けて、その先にあった建物を爆発の炎に包んだ。
 けっこうな威力だ。こいつを作ったのは、相当に兵器開発に長けた宇宙人だったに違いない。ここで倒してしまわねば大変なことになると、ヒカリは冷たいものを感じた。
 しかしロボットはさらに右腕の巨大なクローからもビームを放ってきた。これの威力もものすごく、街からはさらなる火の手と悲鳴があがる。
〔まずい、戦いが長引けば街が壊滅してしまうぞ〕
 ヒカリは、ロボットの強烈な火力がもたらす被害の大きさを見て焦った。こいつはとんでもない破壊兵器だ、野放しにしておけば、あっというまに星中を焼け野原にしてしまうだろう

235ウルトラ5番目の使い魔 67話 (14/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:11:16 ID:6C7Q66hI
 破壊されつくした星……ヒカリの脳裏に、かつてボガールによって滅ぼされてしまった神秘の惑星アーブの荒野が浮かんでくる。
〔そんなことは、絶対にさせん!〕
 意を決したヒカリは、ロボットにビームを使わせないために、あえて不利を承知で接近戦に打って出た。
 近接し、ロボットのブレードを回避しながらわき腹にエルボーを食らわせる。ヒカリは科学者ではあると同時に宇宙警備隊一流の戦士でもある。いくら相手が未知の超兵器だとしても、そう簡単に後れをとりはしない。
 パンチの連打を浴びせ、体当たりで跳ね飛ばされてもなお向かっていく。そんなヒカリの戦いを、街の人々も声をあげて応援した。
「青いウルトラマン、がんばれーっ!」
 人々の願いを背負って戦う者こそ、ウルトラマンだ。その背の先の人ひとりひとりに人生があり幸せがある。それを守らなくてはならない。
 しかしロボットはヒカリの猛攻を強固な装甲で受け止め、まるでダメージを受けない。そればかりか、胸部の赤い宝玉を輝かせると、不気味に輝く極太のビームを放ってきた!
〔な、なんだこの光線は?〕
 ヒカリは寸前でかわせたものの、ビームが着弾した場所を見て愕然とした。なんと、破壊はされずにビームを浴びた場所が宝石のようにキラキラと輝く結晶と化している。それこそ、建物から立ち木、つながれていた馬や犬までである。すべてが元の形のまま結晶化してしまっていた。
 こんなものを食らえばウルトラマンでもひとたまりもない。恐るべき即死兵器の出現に、さしものヒカリも戦慄して足を止めた瞬間、ロボットの目から放たれた光線がヒカリを直撃してしまった。
「ウワァァッ!」
 体から火花をあげ、大きくのけぞるヒカリ。一瞬ひるんだ隙を突かれてしまった。
 まずい。ロボットは冷徹に結晶化光線の発射態勢に入っている。避けなければやられる! 街の人々も、ウルトラマン危ない、と叫ぶ中で、ロボットから光線が放たれようとした、そのときだった。
 突然、ロボットが止まったかと思うと、「ガガガ」「ギギギ」と、聞き苦しい機械音がけたたましく鳴りだしたではないか。
 なんだ!? いったいどうした? ヒカリや街の人々はロボットの異変に困惑する。それを、あの宇宙人は空の上から見下ろしていたが、やれやれとばかりに肩をすくめた。
「あらら、やっぱりちゃんと直ってませんでしたか。めんどくさいんでテキトーに復元しただけですからね。まあ完璧に直して暴走されたらそれはそれで困ったんですが……この場合はむしろ、うふふ」
 意味ありげにつぶやく宇宙人の声を聞けた者はいない。
 しかし、誰から見てもロボットが故障を起こしていることは明らかだ。ヒカリはこのチャンスを逃すまいと、ナイトビームブレードを引き抜いた。

236ウルトラ5番目の使い魔 67話 (15/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:12:01 ID:6C7Q66hI
「デアッ!」
 棒立ちになって震えているロボットに向け、ヒカリはナイトビームブレードを振りかざして突進した。
 すれ違いざまの一閃! 鋭い斬撃が放たれ、次の瞬間ロボットの右腕の巨大クローがひじの部分から寸断されて、地響きをあげて地面に落ちた。
「やった!」
 歓声があがった。ロボットは重量級の右腕が切り落とされて、体のバランスを崩してよろめいている。今なら倒せる、誰もがそう思った。
 だがしかし、ダメージを受けたロボットはそれで完全に狂ってしまったようで、よろめきながら後進を始めた。
 どこへ行くんだ!? 酔っ払いのような足取りで後退していくロボットを、ヒカリも街の人々もなかば呆然として見送る。
 そして、ロボットはとうとう港の桟橋まで来ると、そのまま河中へと転落していったのだ。
「おい、沈んでいくぞ!」
 川岸に集まった人々は水中に泡を立てながら沈んでいくロボットを指さして叫んだ。
 この河は大型船の港にも使えるほど水深が深く、ロボットの巨体さえもずぶずぶと飲み込んでいく。
 やがて、ロボットの姿は完全に水中に消え、河は何事もなかったかのようにまた流れ始めた。
 終わったのか……? 人々は、あまりにあっけない完結が信じられずにしばし立ち尽くした。そしてヒカリも、これで終わったのかと納得しきれない思いが残っていたが、ウルトラマンとしての活動限界時間が迫っていた。
〔あの正体不明のロボット、本来ならこの程度で破壊できる代物ではないだろう。これで済めばいいのだが……〕
 できるなら完全に破壊したかったが、河ざらいをしている余裕はない。今は半壊させて、街の被害を防いだだけでも良しとするしかない。ヒカリは満足できないながらも、人々の感謝の声と視線に見送られながら飛び立った。
「ショワッチ!」
 戦いは終わり、街には一応の平和が戻った。
 
 しかし、最小限で済んだとはいえ街には被害が出た。
 破壊された建物からはまだ煙がくすぶり、衛士の怒鳴る声があちこちから響き、医師や水のメイジが方々を駆け回っている。
 痛々しい光景。それも、もうハルケギニアの人々からすれば慣れたものであろうが、そんな中でリュシーは結晶と化してしまった犬の前にひざまずいて祈っていた。
「……」
 犬は吠えようとした姿勢のまま固まってしまっていた。それはよくできた彫刻のようであり、今すぐにでも動き出しそうであるが、その体は冷たく冷え切っていて鳴き声ひとつ出すことはない。

237ウルトラ5番目の使い魔 67話 (16/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:12:45 ID:6C7Q66hI
 廃墟の中で、じっと祈り続けるリュシー。そんな彼女を、心配して探しに来たコルベールは後姿を見つけていたが、一心に祈る彼女の姿を見て、声をかけることができずにいた。
「可哀そうなワンちゃん。せめて、その魂は迷わずに始祖の下へ行けるよう、お祈りいたします」
 元は小汚い野良犬であったろうに、そのためにリュシーは心から祈っている。
 コルベールは、すべての生き物は始祖の子だというふうに慈愛を注ぐリュシーに、改めて深い感動と尊敬を感じていた。
「ミス・リュシー、あなたはまさにこの世の天使です。お邪魔してはいけませんな。ディナーに誘うのは、また今度にいたしましょう……」
 そっと、足音を立てずにコルベールはリュシーのそばを立ち去った。
 
 
 だが、その夜。宿屋で休むリュシーの部屋に、土足で踏み込む者たちがいた。
「どなたでしょう? わたくしは一介の旅の尼僧です。お金になるようなものは何も持ち合わせていませんよ」
 侵入者たちに、恐れることなく諭すように語り掛けるリュシー。しかし、侵入者二人はふてぶてしくもリュシーに杖を突きつけながら言った。
「お嬢さん、シラを切っても無駄だ。調べはもうついている。だが安心してもいい。俺たちは別にあんたを捕まえに来たわけじゃないんだ。まあ、あんたはある方面を怒らせちまったって言えばわかるかな」
「ウフフ、でもわたしたち元素の兄弟にも情けはあるの。あなた、とっても可愛いわ……ねえ、人間をやめてわたしのお人形にならない? そうすれば、毎晩たっぷりかわいがりながら生かし続けてあげるわ」
 事実上の死刑宣告を言い渡し、問答無用と迫るジャックとジャネット。
 対してリュシーは言い訳すらすることなく、静かに二人の目を見据え……そして。
 
 
 続く

238ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:14:34 ID:6C7Q66hI
今回はここまでです。
劇場版オーブ、よかったですよねえ(何周遅れだ)

239ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 22:44:05 ID:u1PouLhI
今更ながらウルトラ五番目の人、投稿おつかれさまでした。

さて、皆さん今晩は。無重力巫女さんの人です。
特に問題がなければ、22時47分から88話の投稿を始めたいと思います。

240ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 22:47:04 ID:u1PouLhI
 時間が午前から午後へと移り変わってから一時間が経ったばかりであろう時間帯。
 一行に人の減らぬ王都の建物や掲示板などに、衛士達がなにかを貼っている光景を多くの人々が目にしていた。
 何をしているのとかと気になった者たちが率先して調べてみると、それは女性の似顔絵が描かれてたポスターであった。
 似顔絵の女性はやや強気な表情であったが、十人中何人かは確実に一目ぼれするであろう綺麗な顔立ちをしている。
 青い髪に碧眼という特徴にも男たちは興味を示しつつポスターを見直して―――そして愕然した。
 
―――○○○○○○詰所所属衛士隊員『ミシェル』
―――――同僚殺害及び軍事機密情報の売買に関わった疑いあり!
――――――この顔にピン!ときた方は、すぐに最寄りの衛士詰め所か警邏中の衛士に声を掛けてください

 そのポスターは、似顔絵の元となったであろう女性の指名手配ポスターだったのである。
 一体このミシェルと言う名の美人衛士は、何の理由があってそんな重犯罪を犯したのだろうか?
 多く男達がそんな反応を抱きつつポスターに釘点けになり、通りがかった他の平民たちも何だ何だとそちらの方へと足を運ぶ。
 やがてポスターの貼られている場所には大きな人だかりが出来、多くの人々の目と記憶に『ミシェル』の名と顔が焼きついて行く。
 似顔絵自体の出来も非常に良かった事が仇となったのか、ポスターに書かれた絵だけでも見に来る者たちも何人かいる。
 そして人が集まればそれだけで幾つもの意見が生まれる、つまるところ、街中で人々の議論が始まったのだ。
 ある者は彼女を見て是非ともお近づきになりたいと願い、ある者は彼女を捕まえて賞金にありつこうと企み、
 またある者はこんな綺麗な人が同僚殺しなんかの重犯罪を犯すワケはない、これは何かの陰謀だ!と騒いでいる。

 終わりの見えない議論は延々と続き、それだけでも元から喧しい王都は更喧しくなっていく。
 そんな耳に良くない場所なりつつある街中を歩きながら、ルイズ達は人だかりのできている場所へと目を向けていた。
 彼女、そして霊夢や魔理沙達の視線に先にあるのは、ブルドンネ街にある小さな広場の――中央に建てられた情報掲示板である。
 普段は王宮から発布されたお知らせや、近所にある本屋が品切れしていたモノや新品の本などが入荷してきた時、
 同じく近くにあるベーカリーなどが焼き立てのパンを店に出す時間帯などをポスターに書いて貼り出している掲示板だ。
 しかし今は、それらの情報がかすんでしまう程綺麗な指名手配犯のポスターを一目見ようと多くの人々が訪れている。

 そんな騒がしくなりつつある広場を通りから眺めていると、それまで黙っていた魔理沙が口を開いてこう言った。
「…にしたって、指名手配犯が出たってだけでこうも賑わえるモンなのかねぇ?」
「まぁ指名手配自体王都で出るのは珍しいかも。地方だと色んな犯罪者が手配されてるそうだけどね」
 魔理沙の言葉にルイズがそう返すと、先ほど昼食を頂いた店で見せて貰ったポスターの事を思い出す。
 中央にデカデカと書かれていた青い髪の女性『ミシェル』の顔と、その下に添えられた罪状と指名手配のお報せ。
 そしてあの似顔絵とそっくりの顔を持ったフードの女と、彼女を追っていたであろう謎の男達。

 彼女はひょっとすると、あのポスターに描かれている『ミシェル』だったのではないのだろうか?
 と、すれば…あの男たちは何だったのであろうか?少なくとも、そこら辺の平民よりまともな人間ではなさそうだった。
 彼らが探していたのは間違いなくあのフードの女性だったのであろうが、彼女は何故逃げようとしていたのだろうか。
 そうして幾つもの疑問が脳裏を過り続け、またもや思考の渦に足を突っ込みそうになったルイズは慌てて頭を振った。
 突然そんな行動した彼女に霊夢と魔理沙が首を傾げるのをよそに、ルイズは余計な事を考えようとした自分を叱る。
(何を考えてるのよルイズ。私の記憶違いなのかもしれないし、第一彼女か『ミシェル』だったとして、私に何ができるっていうの?)

241ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 22:49:05 ID:u1PouLhI
 ただでさえ厄介な事案を複数抱え込んでいるルイズにとって、これ以上の厄介ごとは正直ゴメンであった。
 スリの犯人はまだ見つかっていないし、情報収集は今になって始めたばかりで手紙一通すら送れていない。
 そこへ更に重ねるようにして厄介ごとであろうモノに首を突っ込んでいては、やるべき事もやれなくなってしまう。
 第一、通りでぶつかっただけの自分がこの広い王都で彼女と何とか再会し、追われていた理由を問うべき道理など全くない。
 気になるのは気になるが、これ以上の問題を抱えることをルイズはしたくなかったのである。
(…所詮ただ道でぶつかっただけ、私が首を突っ込んでも仕方ない事よ)
 ポスター前に集まっている人々の姿を見つめながらそう自分に言い聞かせていた時であった、魔理沙が声を掛けてきたのは。

「どうしたんだルイズ?そんないつも以上に悩んでいる様な表情見せるなんて」
「魔理沙?…別に、何でもないわよ」
 恐らく、自分が『ミシェル』と思しき女性に出会ったことを一番話してはならないであろう黒白の呼びかけに、彼女は平静を装って返す。
 しかし、それに対して普通の魔法使いは「えー、そうか?」と怪訝な表情を浮かべて首を傾げて見せる。
「私にはなーんか色々考え事してるように見えたんだけどな?」
「…ふ、ふん!考え事や悩み事ならもう十分足りてるわよ」
「んぅ〜そりゃそうか、今の私達って色々と問題を抱えちゃってるしな。主に霊夢のおかげで」
「うっさい、この黒白」
 本当に霊夢より勘が鈍いのか、割と鋭い指摘をしてくる魔理沙のルイズの平静さに若干罅が入りかける。
 幸い余計な一言のおかげで霊夢が横槍を入れてくれた為、魔理沙の話し相手も勝手に彼女へと移っていく。

 二人の喧嘩混じりの会話を聞きながら、ルイズは内心ホッとため息をついた。
 もしも魔理沙に今日通りでぶつかった女性が指名手配された女衛士と似ていたと言っていたら、大変な事になってたかもしれない。
 霊夢曰く、自分よりも面白く厄介な事に首を突っ込みたがるらしい彼女ならば、真っ先にその女性を捜そうと言っていた事だろう。
 そうなったら情報収集どころの話ではなくなるし、下手すればこの王都にいられなくなっていたかもしれない。
 ひとまずは回避できた未来を想像していたルイズは、ホッと安堵のため息をついた。
 ふと霊夢達の方を見てみると既に静かな口喧嘩は終わっており、お互い平穏な買いをしている。

「…そういやアンタ、道に迷った女の子が泊まってるっていうホテルの部屋ってどれくらい綺麗だったのよ」
「そうだなぁ、アソコを普通とするならスカロンの店は間違いなく倉庫レベルになっちゃうだろうなー」
『失礼な事言うなぁお前さん、ちったぁ無料で泊めさせてもらってる恩義くらい感じろよ?』
「魔理沙、それ本気で言ってるワケ?…実際今は倉庫で寝泊まりしてるようなものだから洒落になってないわよ」
『いやいや、突っ込むところが違うだろ』
 途中からデルフも混ざった二人と一本の会話を聞いて、ルイズも何となく霊夢の言葉に頷いてしまう。

 今日はスカロンが雨漏りを直してくれたものの、確かにあそこはどう見ても…少なくとも今は倉庫であるのは間違いない。
 正直言って彼女自身もイヤなのではあるが手持ちの金が限られている今、一番費用が掛かる宿泊代が浮くのは嬉しいのである。
 だから今の所ルイズも我慢はしているのだが、この二人は自分の気持ちをすぐに口に出してしまうようだ。
 まぁスカロンや『魅惑の妖精』亭の人間がいないこの場所でなら確かに言いたい放題だろう。
 とはいえ流石に本音を垂れ流して貰っては困る為、ルイズはほんの少し注意してあげることにした。

242ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 22:51:07 ID:u1PouLhI
「全く、アンタ達…倉庫なのは本当の事だけどスカロン達の前でそんな事いわないでよね?」
「それはわかってるわよ。だけどあんな場所に押し込んでおいて、文句を言うなってのは無理な事じゃない」
「まぁそれはそうよね。…っていうか、押し込んだのはアンタん所から来たあの狐なんじゃないの」
『そういやそうか、本人はスカロンに許可取ったっていうが…多少の悪意はありそうだよなぁ〜』
 デルフの言葉に霊夢がそれはあり得ると思った。その時であった――――

「ふぅ〜ん?中々言ってくれるじゃないか、剣の癖して口も達者とは恐れ入る」

 ルイズ達の進む方向から、その狐の声が聞こえてきたのは。
 突然の声にまずはルイズが足を止め、次いで霊夢がルイズに向けていた顔を前へと向ける。
 そのにいたのは案の定…何処から姿を現したのか、自分たちの前へ立ちはだかるようにしてあの八雲藍が佇んでいた。
 九尾と耳を限界まで縮めた人の姿にラフな服装という出で立ちで両腕を組んで、呆れたと言いたげな表情を浮かべている。
 今も尚多くの人の往来が激しい通りの真ん中であるのにも関わらず、その存在感はイヤにハッキリとしていた。
 霊夢は咄嗟にルイズの前へ――無論相手がやる気ではないのは理解していたが――出て、彼女へ話しかける。

「アンタ…一体何時からいたの?私でも気づかなかったんだけど」
「修行不足が目立つな霊夢。少しお遊び程度で、お前たちが昼食を終えた時から後を追っていただけだ」
「式の仕事だけじゃなくてストーカーまでこなすとは…流石は九尾狐といったところだぜ」
 霊夢の問いかけに藍はあっさりと自白し、そこへ魔理沙がすかさず茶々を入れる。
 こんな時にそんな冗談は…と言おうとしたルイズは、黒白の顔を見て思わず口をつぐんでしまう。
 魔理沙がその顔に浮かべているのは笑みであったが、それはいつも見せているような人を小馬鹿にしたような笑みではない。
 まるで張りつめたピアノ線の様に緊張を露わにし、一度力を入れればすぐにでも歯をむき出して笑う一歩直前の笑顔。
 そして霊夢も構えてはいないものの、相手が『下手に動けば』すぐにでもその袖の中へと手を伸ばすであろう。
 
 さっきまでお昼ご飯を食べて、とりあえず『魅惑の妖精』亭に戻ろうかと歩いていた最中だというのに…。
 たった一人――彼女たちと同じ世界から来た藍が現れただけで、二人はその気配がガラリと変わってしまった。
 指名手配がどーだの屋根裏部屋がどーたらと話していたのが、つい直前の事だと想えなくなってしまう。
 多くの平民、そして貴族が往来する通りのど真ん中で睨み合う三人に囲まれたルイズの喉は、潤いを求めてしまう。
 言葉が噤んでしまったついでに、開きっぱなしだった口から空気が入り込み、中途半端に喉が乾いてしまったのである。
 ルイズは慌てて口を閉じて唾液で潤そうとするが、自身が一番緊張しているためか中々うまくいかない。
 それでも何とか痒みすら訴えてくる乾きを消すことができた彼女は、霊夢の背中に差したデルフへと話しかけようとする。

「で…デルフ…」
『まぁそう焦るなって娘っ子、ここでバカ起こせばどうなるかぐらい…コイツらだって理解してるさ』
「ふぅー、全くだな。…失礼な事を言っていたから少し怒っただけだというのにでこうも身構えられてしまうとはな」
 緊張するルイズを宥めるデルフの言葉に藍はため息をついてそう言うと、組んでいた腕をすっと下ろした。
 途端、自分達に向けられていた存在感が薄れ、彼女もまた通りを歩く人々の中に混ざり込んでしまう。
 それを察知して霊夢もため息をついて構えを解き、魔理沙はいつもの人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべ直している。
 二人も楽な姿勢になったのを確認してから、藍は彼女たちへ近づきつつ肩を竦めながら話しかけてきた。
「それにしてもお前らまだ構える事は無いだろう。てっきりここで弾幕ごっこを仕掛ける手来るかとおもったぞ?」
「バカ言わないでよ。…第一、アンタなら手を出さなくても幻術やらの類で私達をどうにでもできるでしょうに」
 お互い言葉の端々に刺々しい雰囲気を漂わせるものの、すぐに争いが始まるという雰囲気は全くない。
 魔理沙との会話もそうであるのだが、幻想郷の住人達は会話だけでも刺々しいのが文化なのであろうか。

243ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 22:54:48 ID:u1PouLhI
 何はともあれ、物騒な事にはならないだろうと理解したルイズはついつい安堵のため息をついてしまう。
「はぁ〜…何でこう、昼食が終わったばかりのタイミングでヒヤヒヤさせられちゃうのよ」
「全くだな。まぁお互い好戦的な性格なうえに戦る時は戦るから正直私も冷や汗かきそうだったぜ」
 安堵すると同時に出た自分の文句にそう言いつつ、魔理沙がルイズの傍へと近づいた。
 さっきまで自分の前に出てきた霊夢同様、ただならぬ緊張感のこもった笑みを浮かべていた普通の魔法使い。
 それなのに今はいつもの人を小馬鹿にしそうな笑顔でもって、他人事のようにさっきの出来事を語っている。
 ルイズはそれに腹立たしい気持ちを抱いたのか、ニヤニヤする彼女へ向かって「アンタもアンタよ」と非難言葉を向けた。

「まぁそう怒るなよルイズ。流石のアイツらだってここで暴れるなんて事をしないなんて想像がつくだろう」
「そりゃそうだけど…だったら、何でアンタも霊夢に混じってあんな野獣みたいな笑みを浮かべてたのよ」
 ルイズの言葉に一瞬キョトンとするもすぐに思い出したのか、暫しう〜ん…と唸った後で彼女はこう答えた。

「まぁ何というか…その場のノリだな。格好良かっただろ?」
「…アンタ、本当に最高な性格してるわね」
「その言葉、お前さんの口から出た私への最良の賞賛として覚えておくよ」
 ある意味霊夢とは別方向で厄介な彼女に呆れつつも、最高の皮肉を込めた言葉をルイズは送る。
 しかしそれでも魔理沙は気にしてもいないのか、逆にお礼まで言われてしまったのだが。


 その後、自分たちを追跡していた藍と合流してルイズ達はそのまま『魅惑の妖精』亭へと戻ってきた。
 既に朝から取りかかっていた屋根の修繕は終わったのか、店の屋根には人影は見えない。
 後一、二時間もすれば店の開店準備が始まるだろうと思いつつ、ルイズが羽根扉を開けると、
「あっ、ミス・ヴァリエールにレイムさんと魔理沙さん…それにランさんも!」
 ちょうど開けてすぐ近くにあるテーブルの上に大きく膨らんだ紙袋を下ろしたシエスタと鉢合わせる事となった。
 どうやら見たところ、彼女も時同じくして帰ってきたところなのは一目瞭然である。
 ルイズは店に入ってすぐ近くにいたシエスタに若干驚きを隠せないでいるのか、おっ…と言いたげな表情を浮かべている。
「あぁ、シエスタじゃないの。…ただいま、で良いのかしら?」
「見れば分かるでしょうに。どこをどう見てもただいまで合ってるじゃない」
「…こういう時。、どんな顔すれば良いか分からないんだけど」
 とりあえず口にしてみた自分の言葉に突っ込んでくる霊夢にそう返しつつ、シエスタの元へ近づいていく。

 彼女もあの暑い炎天下の中で、私物やら何やらを購入してきたのであろう。
 額や顔には汗が滲んでおり、目の錯覚か平民向けの安い服が汗で薄らと透けているようにも見える。
 次にテーブルに置いた紙袋の中身を一瞥しようとしたところで、ふと話しかけられてしまう。
「それにしても奇遇ですよね。…まさか三人一緒だけじゃなくて、ランさんも一緒にいるだなんて」
「え?え、えぇまぁね。ちょっと昼食終わった街中歩いてた時にバッタリ鉢合わせちゃったのよ」
 すぐにシエスタの言葉に返事しつつも、ルイズは袋の中身が気になったのかそれを聞いてみることにした。
「そういえばシエスタ。結構重そうな紙袋だけど何買ってきたのよ?」
 人差し指をテーブルの上の紙袋に向けてそう聞いてきたルイズに、シエスタは「これですか?」と袋の口を開けた。

244ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 22:56:09 ID:u1PouLhI
「特に貴族様が気になるような物は買ってないのですが、そうですねぇ…例えばコレとか」
 そんな事を言いつつ、音を立てて紙袋を漁るシエスタが取り出したのは一本の歯ブラシであった。
 木製の持ち手に歯磨き用に調整された馬の尾の毛を組み合わせてつくられている小型ブラシである。
 一昔前までは少しお高くついたものの、今では王都にも工房がいくつも出来ているため平民たちの間でも普及し始めている代物だ。
「前使ってた歯ブラシが少しバカになってきたので、思い切って新品を買ってみたんですよ」
 まるで新しい玩具を買ってもらった子供の様に微笑みながら歯ブラシをルイズに見せつけてくるシエスタ。
 普及し始めた値段が低くなってきたとはいえ、値段的に平民が歯ブラシをそうそう何度も買い替えるのは難しいのだ。
 
 シエスタが袋から取り出した歯ブラシに興味をしめしたのか、ルイズの後ろにいた霊夢達も彼女の近くへ集まってくる。
「へぇ、一体どこへ行ってのかと思いきや…新しい歯ブラシを買いに行ってたのねぇ」
「つまり…あの袋の中は新品の歯ブラシで一杯という事か」
「いやいや、そんなワケないでしょうに」
 霊夢に続き、阿呆な事を言った魔理沙にルイズはすかさず突っ込みを入れてしまう。
 それを見たシエスタも苦笑いを顔に浮かべつつ歯ブラシをテーブルに置くと、話を続けながら袋を漁っていく。
「ははは…まぁ歯ブラシだけじゃなくて、学院生活で使う日用品とか色々新調しようと思って…ホラ、例えばこういうのとか」

 そう言いながら紙袋からスリッパやクシ、紅茶用のマグカップなど数々の品をテーブルに並べていく。
 これには貴族であるルイズもおぉ…と驚きの声を上げてしまい、霊夢達と一緒にその様子を眺めてしまう。
 結果…一分と経たず丸テーブルの上は、彼女が購入して来た日用品で占領されてしまった。
「うわぁ、これは圧巻ねェ」
「今までは古くなってきた物を誤魔化して使ってた来たから、自分でも変な新鮮感を覚えちゃいますよ」
 思わずそう呟いてしまったルイズに、シエスタは自分の子ながらエッヘンと胸を張ってしまう。
 平民向けといえど、これほどピカピカの新品を前にすれば気分が良くなるのも無理はないだろう。
 
 流石魔法学院で働くメイド。微々たる程度だが、そんじょそこらの平民よりかは金回りが良いのだろう。
 そんな事を思いつつも、魔理沙はシエスタの新しい日用品を見下ろしながら何気なくこんな事を言った。
「まぁ本となると別だが、こういうモノはある程度使い古したら思い切って新品に変えるのもアリだしな」
「えへへ…。さすがにこれだけ買い揃え目るのにお給金一月分の五分の二ぐらい使っちゃいましたけどね」
「アンタのお給金がどれくらいが分からないけど、そこまでしたら気持ち良いだろうに」
「そうですね。思い切ったところまでは良いんですが、何か今になってやりすぎたかなーって思う所もありまして…」
  
 霊夢の問いかけに嬉しさ反面、若干の後悔が滲み出てる彼女の言葉にルイズは変に納得してしまう。
 確かにお金があり過ぎると、購買意欲が薄いものにまでついつい手が出てしまい、後で何故買ったのかと自問してしまうのだ。
 最もルイズ自身はそういう経験は少ないものの、魔法学院ではそれで後悔している生徒を良く目にすることがある。
 下手に親から大量の仕送りを貰う生徒程無駄遣いをして、次の仕送りの日まで地獄を見ることになるのだ。

(まぁぶっちゃけ、私も人の事を指させる立場じゃあ無いのよねぇ)
 とはいえルイズも、つい先日までは大量に貰った資金で情報収集を兼ねたバカンスに繰り出そうとしたのだ。
 平民と貴族とでは贅沢のハードルに差があり過ぎるものの、今になって考えてみると後悔してしまう。
 高くていいホテルに泊まらず、そこら辺のそこそこ良い宿に泊まっていれば、スリに遭わずに済んだかもしれな いというのに。
 アンリエッタから貰った資金をむざむざ盗まれてしまった資金の事を思いだそうとしたところで、彼女は首を横に振った。

(…後悔後先に立たず。過ぎた事を今になって悔やんでも仕方のない事よルイズ)

245ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 22:58:04 ID:u1PouLhI

 その後、テーブルに広げた日用品を紙袋に戻し終えたシエスタと共にルイズ達は二階へと上がった。
 会話に参加してこなかった藍は既に厨房で今夜の仕込みを初めており、一階からそれらしい音が聞こえている。
「でもまだ誰一人起きてきて無いよな?アイツ、よっぽど暇してるようだぜ霊夢」
「少なくとも迷子を案内した後でそのままやるべき事サボってたアンタにそれをいう資格は無いとおもうけど?」
 怪談を上った後、誰もいない二階の廊下を見て魔理沙が呟き、霊夢がそこへ突っ込みをいれる。
 まぁ彼女の突っ込みは何も悪くないだろうとルイズが思った所で、シエスタが声を掛けてきた。

「じゃあ私、これから買った物の整理があるのでことまずこれで…次は夕食の時にでも」
「ん?…えぇ、また夕食時にね」
 両腕で紙袋を抱えつつ、器用にドアを開けたシエスタからの言葉に霊夢が顔を向けて左手を振る。
 それに対し手を振る代わりに笑顔を送った後、彼女はスッと寝泊まりしている部屋へと入っていった。 
 ドアが閉まりきるところまで見て再びルイズ達の方へ向いたところで、彼女は一人呟き始める。
「夕食時って言ってもねぇ、今夜も盛況になりそうだし大変よねぇ〜…こういう所で働くっていうのは」
「流石博麗の巫女とかいう自由業やってるだけあるな。お前の言葉には全力で納得できないぜ」
「それをアンタが言っても全然説得力ないわね?…それと、シエスタは今日と明日休み貰ってるらしいから平気よ」
 ルイズは他人の事を言えない魔理沙に容赦ない突っ込みを入れつつも、
 下げっ放しになっていた三回への隠し階段を上りながら彼女たちに今日のシエスタの事を話していく。

「それは初耳だな。恥かしがらずに言ってくれれば良かったのに」
「その前に私達がどっか行っちゃったから言うに言えなかったんじゃないの?」
 シエスタが休暇を取っていた事にそれぞれ反応を見せつつ、ルイズに続くようにして階段を上っていく。
 見た目同様、やや細めながらもしっかりとした造りをしていると感じさせてくれる階段を軋ませて屋根裏部屋へと入る。
「ただいまー…ってのは何か変な感じだけど……って、あら?」
 階段を先に上っていたルイスズは、部屋に入った所ですぐ目の前に置かれていた道具に気が付いた。
 それはやや使い古した感じのある部屋掃除用の大きな箒と塵取り、それに一枚のメモ用紙が箒に下に置かれている。
 
「ほうき…?」
 目の前に置かれている掃除道具の名前を呟きながらそこまで歩いていく彼女の背後から、
 続いて部屋に入ってきた霊夢もその箒とメモ用紙に気が付き、キョトンと首を傾げた。
「どうしたのよルイズ…って、なんなのその箒?…とメモ?」
 疑問が聞いて取れる霊夢の言葉と同時に箒の下のメモを手に取ったルイズは、ざっと書かれいた文章を読んでみる。
 文章を追うようにして目を左から右へ、右から左へと目を走らせて速読していくる

 その時になって、一番後ろにいた魔理沙も何だ何だとやや急ぎ足で屋根裏部屋へと上ってきた。
「おぉ、どうしたんだルイズのヤツ…って、何だその箒?私達が起きた時には無かったような…」
「多分そのメモ用紙に何か書かれてるんだ思うんだけど…どんな内容なのかしらねェ?」
 魔理沙の言葉に霊夢はそう返しつつ>、ルイズがメモを読み終えるのを待っていた。
 本当ならば肩越しに覗いて自分も読みたいのだが、生憎この世界の文字は全く分からないのだ。
 隣にいる黒白なら解読ぐらいしてそうなものだが、霊夢本人からしてみれば蛇がのたくったような記号にしか見えないのである。
 だからこうしてルイズが読み終えるのを我慢して、終わったら何が書いてあったのか聞こうと思っていた。
 まぁ聞かなくとも読む相手がルイズなら、そのまま素直に教えてくれるだろうが。

246ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:00:06 ID:u1PouLhI
 そんな事を思いつつ待った時間は、ほんの二十秒程度であろうか。
 メモ用紙に書かれていた文章を最初から最後まで丁寧に読み終えたルイズは、ふぅと溜め息をついてから口を開く。
「わざわざメモで書き残して置く事かしら?」
「ちょっとルイズ、何が書いてたのか教えてくれないかしら?」 
 すっかり拍子抜けしてしまったと言いたげなルイズの顔を見て、霊夢は早速問い詰めてみる。
 彼女の問いにルイズはサッと手に持っていたメモを、何も言わずに彼女へ手渡した。
 何気なくメモ帳を手に取った霊夢であったが、当然何が書かれているのか分からなかった。

「…差し出されても、読めないんですけど?」
 何も言わないルイズに霊夢が肩をすくめてそう言うと、その背中からデルフが話しかけてきた。
『んぅ…ふむふむ、まぁ娘っ子の言うとおり大した事は書いてないね』
「あぁ、そういやアンタがいたわね。変に静かだったから寝てたのかと思ってたわ。…で、何が書かれてたのよ」
 金属音を鳴らすデルフに霊夢がそう返しつつ、メモの内容がどういったものなのかも聞いた。
『別にどうってことはないが、掃除道具は置いとくから綺麗にしたら…って事だけしか書いてないよ』
「何よソレだけ?それなら別に口で伝えればいいじゃない、たくっ」 

 書かれていた事が本当に単純な内容だっただけに、霊夢は足元の箒を見ながらそう言った。
 まぁ何かタイ逸れた事が書かれていたとしても困っただけなのだが。
 しかし、確かに掃除が必要な程この屋根裏部屋が結構汚れている事だけは確かである。
 霊夢は部屋の端っこで小さく積もっている埃や、先住者の証である蜘蛛の巣を見ながらもその箒を手に取った
「…まぁ暫くここでタダで寝泊まりできるんだし、ちょっとは綺麗にしとかないといけないわよね」
 箒を持って彼女はそう言って背負っていたデルフを床に下ろすと、魔理沙がおぉ!と声を上げた。

「おぉ、霊夢がその気になったか。これで今夜は綺麗な屋根裏部屋でグッスリ安眠できるな」
「アンタも手伝いなさいよ。タダでさえ掃除する箇所が多いんだから、猫の手でも借りたいぐらいなのよ」
 すでに勝負はついたと言いたげな笑みを浮かべる魔理沙に、霊夢はすかさず手伝うように誘う。
 彼女の言うとおり屋根裏部屋は相当汚れており、全部を綺麗にするのには結構な時間が掛かるうだろう。
 始める前からすでに自分に任せて楽しようとしてる黒白を睨む霊夢を前に、しかし魔理沙はその態度を崩そうとはしなかった。
「勿論手伝ってはやりたいがね、何せ私にはこれからサボってた仕事をしなきゃならないしさ」
「仕事?あぁ…」
 一瞬だけ何を言っているのかと訝しんだ霊夢は、すぐに魔理沙の言いたい事を理解する。
 
「呆れた!わざわざ掃除したくないってだけで姫さまから託された仕事を理由にするなんて!」
「おぉっと、誤解しないでくれルイズよ。私だって、スカロンが掃除道具を置いて行ったことなんて予想してなかったんだぜ?」
 彼女に続いてルイズも気づいたのか、呆れと僅かな怒りが混じった表情で魔理沙に詰め寄ろうとする。
 しかし魔理沙は近づいてくるルイズをスルリと避けて、二階へと降りる階段の方へと走っていく。
 危うく踏みそうになったデルフを軽く飛び越えた彼女はそのまま階段を降り始め、頭だけ見えている状態で二人の方へ顔を向けた。
「まぁ掃除をサボる分、二人にとって価値のある情報を持ってくるから期待しといてくれよな?それじゃっ」
「あっ、ちょっと!」

247ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:02:04 ID:u1PouLhI
 ルイズが待ちなさいと彼女を制止する前に、魔理沙はそのまま音を立てて階段を降りてしまう。
 慌てて階段の傍へ行った頃には、既にあの黒白は一階へと続く階段を降りていくところであった。
 まるであと一歩の所でネズミを逃した猫の様なルイズの姿を見て、背後のデルフがカタカタと刀身を揺らして笑う。

『カッカッカッ!黒白に一抜けされたようだな娘っ子―――って、イタタタ』
「一抜けとか言わないでくれる?まるで私がやろうとしてる事が罰ゲームみたいに聞こえるじゃないの」
 失礼な事を言う鞘越しのデルフを箒の柄で軽く叩いてから、霊夢もルイズの傍へと近寄る。
 ルイズの方も近づいてくる彼女に気が付いたのか、スッと後ろを振り返る。
 自分を見下ろす霊夢の眼差しと、その左手に持つ箒を見た彼女はふぅ…と溜め息をついてしまう。

「…猫の手も借りたいって言ってたけど、貴族の手ってその猫の手よりも役に立たないと思うけど?」
「貴族だろうが公爵家だろうが箒で床を掃く事くらいできるでしょうに。とりあえず手は貸しなさい」
 そう言って左手の箒を差し出してきた霊夢に、ルイズは何か言いたそうな表情を向けたものの、
 彼女一人では流石に今日中には終わらないと察したのか、観念するかのように箒を手に取った。


 その後の掃除は、色々と問題を抱えながらもなんとか二人でこなしていった。
 ひとまず箒と一緒に置いてあった塵取りが屈まなくても使える三つ手のものだった為、ルイスでも難なく掃き掃除ができている。
 最初は掃く力が強すぎて埃を飛ばしてしまっていたが、そこは霊夢がアドバイスする事で何とかする事が出来た。
 時折「まさか公爵家の私が掃除何て…」と今の自分に驚いているようだが…まぁ放っておいても害はないだろう。
 一方の霊夢は一階から持ってきたバケツに水を入れて、雑巾で窓ガラスやら使えそうな木箱に纏わりついた埃を拭いていく。
 この屋根裏部屋には人数分のベットはあったものの、何かしら書く際の机やイスの類は見つからなかった。
 だからその代わりに程よい大きさの木箱を使うつもりなのであるが、その事に関してルイズはやや不満を抱いてはいた。

「えー?テーブルやイスなら、ランかスカロン辺りに頼めば用意してくれそうだけど…」
「まぁ一応は念のためよ。第一、床を掃いても辺りが埃まみれじゃあ意味が無いわ」
 
 それを聞いてルイズも「まぁ確かに…」と思いつつ、慣れない箒を動かしながら埃を塵取りへ集めている。
 彼女が最初の時よりもちゃんと掃き掃除が出来ている事に満足しつつ、霊夢はふと近くに置いたデルフへと視線を向ける。
 喧しいお喋り剣は埃舞う場所でわざわざ刀身を晒して汚したくないのか、始めてからずっと沈黙を保っていた。
 近くの壁に立てかけられているその姿は、まるで屋根裏部屋に放置された骨董品の武器の様だ。
 刀身自体は真新しくなったが、鞘自体は変わってない為に真新しさが分からず、全く以て意味が無い。
 とはいえ本人(?)はそれを口にすることは無いので、然程気にしてはいないのかもしれない。

 そこまで考えていた所で、自分は何馬鹿な事を考えているのかと首を横に振った。
(まぁ私はアイツ自身じゃないんだし、憶測で考えても仕方ないんだけど)
 心中で呟きつつ、しかし雑巾をバケツの中でギュッと絞っている最中もふとデルフの事を考えてしまう。
 それは彼女には似つかわしくない好感情からではなく…ここ最近辺に沈黙が増えた事への違和感であった。

248ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:04:15 ID:u1PouLhI

(そういえばアイツ、最近喋らない時が増えて来たけど…何か悩みでもあるのかしら?)
 ちょっと前までは隙あらば喧しい濁声で場を騒がしくしていたが、今では変に黙っている事が多い。
 声を掛ければ普通に反応してくれるし、余計に喋らないのであればこちらの耳にも負担を掛けずに済む。
 しかし、声を掛けなくとも十分騒がしい彼を知っているだけに、霊夢は違和感を感じていたのである。

(…とはいえ、悩み事って言われても剣が何を悩んでるのか…全然分からないわね)
 性格と喋り方からして人間ならば間違いなく人生経験豊富で口の悪いおっさんであろうデルフリンガー。
 しかし彼は人間ではなく剣であり、その中でも一際特殊と言われているインテリジェンスソード。
 普段から何を考えて、そしてどうそれを解決しているのかなんて人間である霊夢には中々分かるものではない。
 仮にそれを告白されたとしても解決できるかと言われれば難しいかもしれないし、してやる義理は…一応はあるかもしれない。

 その時であった…。
「……お?どうしたレイム、オレっちの事なんかじっと見つめちゃったりしちゃってさぁ」 
 まるで本物の剣の様に何も言わず、壁に立てかけられているデルフの姿を凝視する霊夢の視線に気が付いたのか、
 金属音を軽く鳴らして刀身を鞘から僅かに出した彼は、明るい調子で霊夢に話しかけてきた。
 まさか話しかけて来るとは思っていなかった霊夢は少し驚きつつも、彼の話しかけに応じる。
「別に何でもないわよ。ただ、アンタが何か考え込んでるかのように黙ってるのが気になっただけ」
「……?イヤ、別に何か考え込んでて黙ってたってワケじゃあ無いんだがなぁ」
 自分の言葉に対してデルフの返事に、霊夢は怪訝な表情を浮かべてしまう。
 その顔が「どういう事よ?」と問いかけているのに察し、デルフはそのまま言葉を続けていく。

「ホラ、人間だって昼寝するだろ?…それと同じで、オレっちも思考を閉じて頭を休ませてたってワケ」
「頭もクソもない癖に何人間ぶってるのよ、この馬鹿剣が」
 さっきまで真剣に考えていた自分を気恥ずかしいと思いつつも単に休んでいただけというデルフに怒りを覚えた霊夢は、
 彼の傍に近寄ると靴先で軽く小突きつつ、これからは定期的に蹴って起こしてやろうかと邪悪な計画を思いついていた。


 
 後一時間もすれば日が暮れて赤と青の双月が顔を出すであろう時間帯のブルドンネ街。
 日暮れが迫りつつも人の混雑は殆ど変わらず、貴族平民共に多くの人々が暑い通りを行き来している。
 陽が落ちると共に看板を下ろして閉店する店のほとんどはこの時間帯がピークであり、必死に客を呼びこんでいた。
 パン屋では焼き上がったばかりのバゲットや白パンを夕食用として店の入り口にだし、売り子や店の従業員が声を張り上げる。
 とある惣菜屋ではシチューや肉料理、ラタトゥイユといった料理が出来上がり、それを待っていた客たちが我先に注文していく。
 
 たった一つの通りだけでもこれだけ活気があるのだ。他の通りでもここと同じかそれ以上の人々で賑わっていた。
 そんな暑苦しくも、どこか微笑ましい光景が見れる通りを霧雨魔理沙は箒を脇に抱えて、メモ帳と羽ペン片手に歩いていく。
 黒色が多い服ではさぞや夏の王都は暑いだろうが、彼女は意に介した風もなくテクテクと足を動かしている。
 その視線は手に持ったメモ帳に書いた内容と睨めっこしているが、通行人の誰かとぶつかる様子は無い。
 むしろ視線は前を向いていないというのに、彼女は平然と人を避けながら通りを歩いているのだ。
 伊達に幻想郷で様々な人妖との弾幕ごっこを通して戦ってきた経験が、ここで無駄に生きているようだ。

249ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:06:11 ID:u1PouLhI

 さて、そんな魔理沙であったが自分でメモ帳に書いた内容に何故か自己評価をつけようとしていた。
 「う〜ん、とりあえずあの手紙に書かれた通りの情報は集めた筈だが―――もうちょい集めた方が良いかも…かな?」
 インクの乾いたペン先でページをトントンと軽く叩きながら、集めた情報の量に不満を感じていた。
 そこに書かれている内容は、午前中ルイズが街の人々や下級貴族から集めていた情報と似通っている。
 主に奇襲を仕掛けてきたアルビオンへの反応や、これからのトリステインの事に関する事などであった。
 彼女自身、ルイズと比べて高いコミュニケーション能力が役に立っているのか、既に二ページ程使ってしまっている。
 
 しかし魔理沙としては、まだまだ物足りないという思いを抱いていた。
 情報と言うものは同じ話題でも人によって大きく脚色され、時には嘘さえ平気で混ぜてくる奴もいる。
 単なる道案内でも、心底イジワルなヤツに聞けば間違った道を進んでしまう事もあるのだ。
「…まぁ、今集めてる情報の類ならそういう心配は必要ないと思うけどなぁ…」
 メモ帳に記された、聞き込みにOKしてくれた人々の情報を読み直しながら魔理沙は一人呟く。
 ルイズが集めたものと同様、やはり人の数だけ同じ質問をしても別々の答えが返ってくる。
 
 とはいえ時間の許す限り集めても、全てが役に立つというワケじゃない。
 ここに掛かれている事をルイズの前で読み上げるとすれば、無駄に多く集めても自分の苦労が増えるだけだ。
 かといって二ページ分は少し心許ない気がする彼女は、後一ページ分程集めてみようかとも考えてはいた。
 幸い人の通りは多いし、道案内を装ってついでに質問すれば多少なりとも収穫はあるだろう。
「しかし、時間的にはちょっと難しいかねぇ?あんまり時間かけると夕食を先に済まされそうだし…」
 彼女は空を見上げ、夕焼けの色が目立ち始めた空を一睨みしつつひとまず道の端っこへと移動する。
 そこで一旦足を止めた彼女は辺りを見回し、気前よく自分と会話してくれそうな人を探し始めた。
(まぁ一ページ分とまでいかなくとも、できるだけ情報を拾ってからルイズ達の所へ帰るとしますか)
 心中でひとまずの目標を定めた魔理沙は、適当な話し相手はいないかしきりに視線を動かす。

 元々ルイズの為に情報収集する筈だったものの、当初の予定が狂って結局今になって始めている自分。
 アンリエッタから渡された資金を盗んだ子供を捜す為、自分よりもめまぐるしく街中を雨後回っていたであろう霊夢。
 そして座して情報を待つ筈が自分から情報を集めに行ったルイズ達から見れば、自分一人だけがサボっていると見られてしまっているだろう。
 特に霊夢は間違いなく思っていそうだが、それは止むを得ず人助けをしていたからであって実質的な不可抗力でしかない。
 更に案内したホテルにいた助けた少女の保護者達に僅かにだがもてなされ、気づいた時にはとっくにお昼時だったのだ。
 亀を助けた浦島太郎の様に、まぁちょっとだけお礼を…とか言っていたら三百年間程海の底にいたのと同じことである。
「まぁ浦島太郎と比べたら、私の方が数倍マシなんだろうけどな。……お、あそこにいる兄ちゃんとか良さそうだぜ」
 
 子供のころに絵本で知った哀れな釣り人の話を引き合いにだした所で、魔理沙は丁度良さそうな話し相手を見つけた。
 いかにも平民と言う出で立ちだが、近くの屋台で買ったであろう瓶ジュースを飲んでいる姿は観光客には見えない。
 まぁ簡単な手荷物一つ持ってない所を見るに明らかなので、魔理沙にとっては絶好の情報提供者である。
(さてと、まずは旅行者を装って適当な道を聞いてから…さっきと同じような質問かな?)
 魔理沙は彼に狙いを定めつつ、彼に聞くべき事を念のためおさらいしていく。

250ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:08:36 ID:u1PouLhI
 聞くべきことは大きく分けて二つ、神聖アルビオン共和国についてどう思っているのか、
 そして今のトリステイン王国をどう思っているのか…、ただそれだけである。

 今に至るまで数えて十二人に同じような質問をしてきたが、答えは様々であった。
 例え平民であっても愛国的か、もしくは売国的とも言える様な返答が返ってくるのだから。
(この二つの質問だけでも、人によって大きく分かれるからな…聞いててつまらくはない)
 言い方や個人が持っている思想を含めば十人十色である返事を思い出しながら、魔理沙は男の方へと向かっていく。
 人と話すのは嫌いではないし、それが親しい相手ときたらもっと嫌いではなくなる。
 もしも霊夢が情報収集をしたとしても、ルイズや彼女のようにうまくやりこなせはしなかったに違いないだろう。
 
 ある程度男の傍へ近づいた魔理沙は、とりあえず声を掛けようとした―――その時であった。
 丁度彼の左斜め後ろにある路地裏へと続く横道から、いかにも怪しくて小さな手がスッと出てきたのは。
 明らかに大人の手ではなく、少し離れた位置にいる魔理沙の目にも子供のソレだと分かるくらいに小さかった。
 突然闇の中から出てきた子供の手に驚いたのもほんの一瞬、間を置かずしてその小さな手が何かを持っている事にも気が付く。
 何も知らない人間から見れば、ただ単に少しだけ見栄えをよくした木の枝に見えるかもしれない。
 しかし、この世界に住む人間たちならば誰もが知っているだろう。あの木の棒は権力者の象徴にして唯一絶対の武器であると。
 そして…この世界に来て暫く経つであろう魔理沙も知っていた。あの木の棒は紛う事なきメイジが魔法を行使する為に使う杖なのだと。

(ん…あれって、杖か…?)
 思わずその場で足を止めた魔理沙はその杖へと怪訝な視線を向けてしまう。
 声を掛けようとした男は未だ気が付いておらず、まだ半分ほど残っているジュースをチビチビと飲んでいる。
 そして彼の背後から見える子供の手は、握っている杖をまるで指揮棒の様に軽やかに振って見せた。
 直後、杖の先端がボゥッ…と青白く発光したかと思いきや、男の腰も同じように発光し始めたのである。
 少し驚いてしまう魔理沙をよそに本人は気づいていないのか、通りを歩く女性たちに目をやっている始末。

 その間にも子供の手が発光する杖をゆっくりと動かすと、男の発光していた腰――正確には腰に付けていた革袋が彼の体から離れてしまう。
 魔理沙の掌にはあと少しで収まらない程度の大きさの革袋が不気味な光を放ちながら、フワフワと宙を浮いたのである。
「なっ…!」
 ギョッとする魔理沙の事は見えていないのか、杖を持つ手はその袋を手繰り寄せるかのように杖を動かしていく。
 恐らくその袋は財布か何かなのであろう、魔法の力で宙に浮く袋は今にも重量で落ちしまいそうなほど不安定な浮き方をしている。
 男は尚も気づく様子を見せず、ジュースを酒代わりにして日が暮れゆく王都の通りをボーっと眺めている。
 対して、何が起こっているのか全て見ていた魔理沙は、ここでようやく何が起こっているのか理解した。

(魔法を使った盗みで子どもの手…って、これってもしかしてこの前の…!?)
 今正に声を掛けようとした相手がメイジであろう者からお金を奪われると察した魔理沙は、ついで思い出す。
 二日前に、自分たちからお金を奪っていったのは――――魔法を使う子供であったという事を。
 そして脳裏に再び聞こえてくる。あの少年の傲慢ちきな言葉が。

 ―――喜べ!お前らが集めた金は、俺とアイツで有意義に使ってやるから、じゃあな!

 得意気にそう言って、まんまと逃がしてしまったのは魔理沙にとっても苦い思い出であった。
 そして今、その苦い思い出を作ってくれたであろう少年が――別人という可能性も拭えないが――が盗みを働こうしている。
 魔理沙は瞬時に判断する。今自分の目の前で悪行を繰り返そうとする少年にどのような制裁を与えればいいのかを。

251ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:10:07 ID:u1PouLhI
(何だかんだで、私にも色々とツキが回ってきているようで嬉しいぜ。それとも…ただ単に私の運勢が良いだけかな?)
 彼女は心中でそう呟いた後、手に持っていたメモ帳とペンを懐に仕舞い、脇に抱えていた箒を右手で握りしめる。
 使い慣れた木の触り心地に思わず笑みを浮かべた彼女は、その足でバッと地面を蹴って走り出した。

 これまた使い慣らした靴底が煉瓦造りの地面を蹴り、軽快な音を連続的に立てていく。
 目指す先には路地裏へと続く横道―――杖を持つ手の持ち主が潜んでいる場所であった。
「ん?…って、おわ!?」
 当然そのすぐ傍にいた男は走ってくる彼女に気が付いて、慌ててその場から飛び退ってしまう。
 それが原因か、はたまた位置的に姿の見えなかった魔理沙が走って来るのに気が付いた窃盗犯の集中力が切れたのか、
 あと一歩でその掌の上に落ちる筈であった男の財布は、哀しいかな少々喧しい金属音を立てて地面に落ちてしまう。
 それと同時に袋の口を縛っていた紐が緩んだのか銀貨や銅貨、そしてわずかなエキュー金貨が地面へとぶちまけられる。

 男が突然あげた大声と、その金貨の音で周囲の人々は、何だ何だとそちらの方へと目を向けてしまう。
 そして何人かが、路地裏への入り口で杖を構えた者の姿を目にすることとなった。
「…ッ!畜生…」
 路地裏にいたであろう盗人は仕事が失敗終わり、更に周囲の目が自分へ向けられているのに気が付いたか、
 汚い言葉を口走りながら踵を返し、すぐさま灯りの無い道へと姿をくらまそうとする。
「おぉ!上手くいったぜ。ありがとな、おっさん」
 魔理沙は盗まれそうになった男に一声かけると、そのまま犯人の後を追って路地裏へと入っていく。
 対して男は何が起こったのか分からないまま、地面にばらまかれたお金を拾うのに必死にならざるを得なかった。


 王都トリスタニアのブルドンネ街といえど、路地裏ともなれば人気は無いし灯りもない。
 夕暮れに差しかかった今の時間帯は陽の光が入ってこず、薄暗く不気味さを纏っている。
 それも後数時間経てば夜の帳が訪れ、二人分程度の横幅しかない道は暗闇が包み込んでしまうだろう。
 
 そんな路地裏を、財布を盗もうとした犯人―――ルイズ達から金貨を奪った少年は必死に走っていた。
 まだ小さな両足を懸命に動かし、その途中で道に置かれていた空き瓶を蹴飛ばしつつも決して速度を緩めない。
 道の端で寝ころんでいた猫たちが突然の足音に顔を上げ、近づいてくる少年に威嚇をして彼が来た方へ走っていく。
 少年は暫く道が真っ直ぐなのを知ると一瞬だけ顔を背後へ向けて、追っ手が来ていないか確認する。
 ……いない。既に二回ほど角を曲がった為に、背後に見えるのは薄暗く狭い道だけだ。
 誰も追って来ていないのを確認した彼が再び前へ視線を向けると速度を少しだけ落とし、右へと進む角を曲がる。

 それから数分程走った後、正念は広場らしき広くひらけた場所へと出てきた。
 どうやら広場として使われていたのは昔の事なのか、人の気配は全くといっていいほど感じない。
 ボロボロのベンチが二つに、大通りのソレと比べて錆が目立つ街灯は一つだけ。
 時間で中のマジックアイテムが作動する街灯は未だついておらず、広場は薄暗い。
 奥には別の路地裏へと続く道があり、自分が来た道を覗けば周りは全て共同住宅の壁で塞がれている。
 王都のど真ん中であるというにまるで戦場跡地のように暗く、そして静かであった。
 小さく聞こえる大通りの喧騒とのギャップは、あまりにも激しい。
 外国人が見れば、なぜトリスタニアだというのにこうも暗い場所があるのかと驚くかもしれない。

252ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:12:09 ID:u1PouLhI
 少年はそんな広場で一旦足を止めると、誰も追って来ていないのを知ってからふぅと一息ついた。
 ここまでずっと走り続けていたためか息は上がり、汗まみれの体が妙に気持ち悪い。
 肩をほんの少し上下させて呼吸する少年は、ふと近くにあるベンチに視線を向ける。
 …少しだけなら大丈夫だろうか?誰も追って来ていないという気の緩みからか、そんな事を考えてしまう。
 本当ならば少し奥に見える道から広場を出て、そこから別の大通りに出て姿をくらますべきなのだが…、
 しかし走り続けた小さな体は休憩を欲しがっており、自分も心も休むべきと訴えている。
「…ちょっとぐらいなら、良いかな?」
 一人呟いた少年はそのままベンチの方へと歩みを進め、束の間の小休止を――――

「おぉ、休憩か?まぁあんだけ走り続けてたんなら、無理はないと思うぜ」
 ―――しようとした直前、頭上から聞こえてくる少女の声に彼はその場で足を止めてしまう。
 そして慌てて声のした方―――つまり自分を見下ろせるであろう自分の目の前にそびえたつ一軒の共同住宅を見上げた。
 十メイル近くもある共同住宅の屋上。その上に立って、こちらを見下ろす影が一人。
 夕焼け空を後光に、時代遅れのトンガリ帽子と右手に持った箒のシルエットが地上からでもはっきりと見て取れる。
 顔までは分からなかったが、声からして間違いなく少女だという事は少年にも分かっていた。

 少年を見下ろすトンガリ帽子の少女こと霧雨魔理沙は、相手が動かないのを見てその足を動かす。
 木製の滑りやすい屋根に上手い事たっていた右足を何もない宙へと出し、そのまま一気にジャンプする。
 結果、魔理沙の体は何もない宙を一瞬だけ浮いたかと思いきや、そのまま地上へと落ちていく。
 アッ!と少年が驚き、これからの事を想像して目を背けようとする前に彼女が右手に持つ箒がその力を発揮する。
 魔理沙の体が地面と激突する前に箒は握られたまま浮遊し、そのまま彼女の体をも浮かしてしまう。
 
 てっきり地面とぶつかるかと思っていた少年はその光景に息を呑み、その場から動けなくなってしまう。
 やがて宙に浮いた魔理沙は重力に従ってゆっくりと着地し、両足に穿いた靴が芝生すらない地面を踏みしめる。
 そうして自分と同じ地上にまで降りてきたところで、ようやく少年は魔理沙の顔を間近で目にする事が出来た。
 白い肌に金髪、そして青い瞳というこの近辺では特に目立っているとは言える特徴は無い。
 しかし、トンガリ帽子にエプロンドレスという時代遅れも甚だしい格好と葉裏腹にその顔は中々綺麗であった。
 もしも然るべき教育や作法を学べば、どこに出しても恥ずかしくない令嬢になれるかもしれないだろう。 

 そんな場違いな事を考えつつも、突然現れた魔理沙に対し身動き一つできない少年に魔理沙はほくそ笑んだ。
「へへっ?私が身投げをするとで思ってたのかい、ソイツは甘い見通しだったな坊主」
 思わず目をそむけそうになった自分をからかっているのか、魔理沙は凶暴さが垣間見える笑みを浮かべている。
 その言葉にハッと我に返った少年は、目の前の少女に見覚えがある事を思い出した。
 忘れもしない、二日前の夜…。思わぬ大金を手に入れるキッカケを作ってくれたあの三人組の一人に彼女がいた事を。
 
「お前…まさか僕の事忘れてなかったのかよ?」
 僅かに足を動かして後ずさり始める少年に、魔理沙は笑みを浮かべたまま「それはこっちのセリフだぜ」と答える。
「てっきり忘れられてたかと思ってたが、案外覚えてくれているようで助かるよ」
「何が助かるんだよ?…それはそうと…イヤ、もしかしなくてもやっぱり僕からあの金を取り戻そうとするんだろ」
「それ以外何があるんだ?茶会でも開いて「あの時はしてやられましたなー」って笑いあうつもりだったのかい?」

253ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:14:59 ID:u1PouLhI
 後ずさる少年についてくかのように、彼女も一歩一歩ゆっくり前へ進んで彼に近づいていく。
 少年は腰に差していた杖を手に取り、対する魔理沙も懐へと手を伸ばす。
 両者の距離は一メイル。魔法を放とうとしても近すぎる為に、呪文を詠唱している間に杖を取り上げられてしまうだろう。
 
 互いに睨み合う状況の中、魔理沙の方へと勝利の天秤が傾いている。
 その事を相手も知っているのか、箒片手の魔理沙は一歩一歩確実に少年の方へと近づいていく。
 対する少年も杖を向けたまま後ろへと下がり、いつ呪文を唱えればいいか様子を窺っている。
 キッと目を細めて自分を睨み付ける彼の姿に、どうやら抵抗する気はあるのだと察した彼女は笑顔を崩さぬまま話しかける。
「まぁ私も子供相手に暴力をふるうつもりは無いさ。…盗んだ金を全額返してくれるのなら穏便に済ませるぜ?」
「は!そんなの誰が信じるかよ。どうせ俺を衛士たちの所に連れてって牢屋に放り込むんだろう!」
「んぅ〜まぁ…大人しくしてくれないのなら連れてく必要はあるかな?…ただし、私と一緒にいた二人の元へな」
 未だ強気な少年の文句に魔理沙はそう返して、次いで意地悪そうな笑みを浮かべて「それでもいいのか?」と聞いた。

「そこら辺の衛士よか、あの二人に詰め寄られる方がずっと怖いぜ?…それでも、言う事聞くつもりは――――…なさそうだな」
 ルイズと霊夢の前に引っ立てればさぞや壮絶な事になるだろうと想像して、ついつい笑みを浮かべてしまった魔理沙は、
 それでも尚抗う態度を見せる少年を見て、これは一筋縄ではいかないと感じた。
「当り前だろ!あんな大金滅多に手に入らないんだ、そう易々と返してたまるかよ」
 杖を構え直してそう叫ぶ少年に、魔理沙は自分の頬を小指でかきつつ「はぁ…」と溜め息をついた。
「ソイツは参ったなぁ〜、私としてはあまり乱暴はしたくないんだぜ?…疲れるし、一々小言を投げつけてくる奴もいるしな」
 その顔に苦笑いを浮かべつつそんな事を言う魔理沙に、少年は「だったら見逃してくれよ」と強気な態度そのままに言う。
 当然ではあるが魔理沙は首を横に振って拒否の意を示し、懐に入れていた左手から小瓶を一つ取り出しながらも言葉を返した。

「無理な相談だな。ここで運よく再会してしまった以上、お前さんは私に捕まるしかないんだぜ?」
 中に何が入ってい目のか分からない魔理沙の手の小瓶に目を向けつつ、少年はジッと身構え続ける。
 魔理沙も相手がやる気だと察したのか、彼女もまた身構えて相手の出方を窺おうとした…その時であった。
 自分の後方―――外界を隔てている共同住宅の方から聞き慣れぬ激しい音が聞こえたのは。
 まるで錆びついて動かなくなっていた扉を力押しで開けた時の様な、何が破損した時の様な妙に心臓に悪い音。
 思わずその音が何なのか気になった魔理沙は何事かと振り返ってしまい、そして呟く。

「…何だこりゃ?」
 彼女の視線の先に見えたのは、微かな土煙を上げて地面に倒れたばかりの小さなグレーチングがあった。
 共同住宅の壁の下部にある排水溝の蓋であったろうそれが取り外されて、地面に転がっていた。
 鉄でできたそれはずっと昔に取り付けられて以降放置されていたのか、黒錆に覆われている。
 魔理沙はそれを一瞥した後、すぐに排水溝の方にも視線を向ける。
 グレーチングで誰かが入らないよう蓋をされていた排水溝の中は、闇で満たされている。
 大きさからして子供が誤って入ってしまう心配はなさそうだが、何故か魔理沙の心に不安が生まれてくる。

 別に闇が怖いわけではない。問題は何故急に大きな音を立ててグレーチングが外れたかにあった。
 少なくとも、ここへ辿り着いて少年と対峙した時にはまだ蓋はついていたし、外れる気配もなかった筈である。

254ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:16:10 ID:u1PouLhI
 しかし、突然の事に目を丸くしていた魔理沙の姿は少年にとってまたとないチャンスを与えてしまう。
 相手は急に外れた排水溝の蓋を気にしており、ほんの少しだが自分は視界から外れている。
 戦いに関して少年は素人であったが、これを逃げられるチャンスとして大いに有効活用する事はできた。
 彼は今いる位置から数メイル先にあるもう一つの道へと、ゆっくり近づいていく。
 抜き足、差し足、忍び足…と煉瓦造りの地面を靴底で滑るようにして音を立てずに移動しようとする。
 クッ!」
「あ!おい
 しかし、思っていた以上に魔理沙の耳が良かったことを彼は知らなかった。
 喧騒が遠くから聞こえる寂れた広場で微かに聞こえる足音に気が付いたのか、魔理沙が再び少年の方へと顔を向けたのである。
「………、待てコラ!?」
 気づかれた!少年が悔しそうな表情を浮かべて走り出し、魔理沙が逃げる相手に叫んだのはほぼ同時であった。 
 咄嗟に左手に握っていた小瓶を振り上げて投げようとした彼女よりも、走る少年の方に軍配が下る。
 魔理沙に攻撃される前に何とか道へと入った彼は、そのまま一気に路地裏を駆けていく。

「んぅ…、畜生!このまま逃がしてちゃあ私の名が廃るってもんだぜ」
 対する魔理沙もわざわざ追い詰めたというのに、自分の不注意で逃がしてしまった事に納得がいかなかった。
 視線を外した時には、てっきり魔法で攻撃してくるだろうと思っていただけに、何故か無性に悔しかったのである。
 振り上げたままの小瓶を懐に戻した魔理沙は、箒は使わずそのまま走って少年を追いかけようとした。
 幸いまだそんなに遠くへは行っていないだろうし、足が速いのなら箒を使って空から捕まえてしまえばいい。
 
 未だ勝機あり、そう考えている魔理沙も少年と同じ道へと入ろうとした―――その時であった。
 丁度道の出入り口の地面から、彼女が想像していないような謎の物体が現れたのは。

「―――な…ッ!?」
 突然の事に思わず二メイル程前で足を止められた魔理沙は、驚きながらもその物体を凝視する。
 それはまるで、地面より下――彼女の足下を流れている水道から出て来たかのような液体の体を震わせている。
 形はまるで子供が造ったようなお地蔵さんみたいで、横にやや太い棒状の体を持つ黒いスライムと言えばいいのであろうか。
 更に液体状で黒色…と聞いただけで何やら人体には良くなさそうな手なのは一目瞭然であった。
 全長はほぼ魔理沙と同じであるが、常時不安定な体を大きく揺らしているためにうまく大きさを目測できない。

 これだけの特徴でも十分に不気味であったが、それ以上にその物体の不気味さを引き立てているのが゙両目゙であった。
 魔理沙の顔がある位置に合わせるかのようにして、彼女の頭ほどの大きさのある黄色い球体が驚く彼女を見つめている。
 時折ギョロギョロと動いてはいるが、それは目というにはあまりにも無機質であり、目では無いと否定するには位置が変であった。
 その目と思しき二つの黄色い球体はじっと魔理沙を見据え、液体の体を震わせている。

――――何だ、コイツは?
 一時的に少年の事を頭の隅に追いやった魔理沙が、冷や汗を流して呟く前に、
 その黒いスライム状の物体は、呆然と立ち尽くすしかない彼女へと跳びかかったのである。

255ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:17:16 ID:u1PouLhI
 しかし、突然の事に目を丸くしていた魔理沙の姿は少年にとってまたとないチャンスを与えてしまう。
 相手は急に外れた排水溝の蓋を気にしており、ほんの少しだが自分は視界から外れている。
 戦いに関して少年は素人であったが、これを逃げられるチャンスとして大いに有効活用する事はできた。
 彼は今いる位置から数メイル先にあるもう一つの道へと、ゆっくり近づいていく。
 抜き足、差し足、忍び足…と煉瓦造りの地面を靴底で滑るようにして音を立てずに移動しようとする。
 クッ!」
「あ!おい
 しかし、思っていた以上に魔理沙の耳が良かったことを彼は知らなかった。
 喧騒が遠くから聞こえる寂れた広場で微かに聞こえる足音に気が付いたのか、魔理沙が再び少年の方へと顔を向けたのである。
「………、待てコラ!?」
 気づかれた!少年が悔しそうな表情を浮かべて走り出し、魔理沙が逃げる相手に叫んだのはほぼ同時であった。 
 咄嗟に左手に握っていた小瓶を振り上げて投げようとした彼女よりも、走る少年の方に軍配が下る。
 魔理沙に攻撃される前に何とか道へと入った彼は、そのまま一気に路地裏を駆けていく。

「んぅ…、畜生!このまま逃がしてちゃあ私の名が廃るってもんだぜ」
 対する魔理沙もわざわざ追い詰めたというのに、自分の不注意で逃がしてしまった事に納得がいかなかった。
 視線を外した時には、てっきり魔法で攻撃してくるだろうと思っていただけに、何故か無性に悔しかったのである。
 振り上げたままの小瓶を懐に戻した魔理沙は、箒は使わずそのまま走って少年を追いかけようとした。
 幸いまだそんなに遠くへは行っていないだろうし、足が速いのなら箒を使って空から捕まえてしまえばいい。
 
 未だ勝機あり、そう考えている魔理沙も少年と同じ道へと入ろうとした―――その時であった。
 丁度道の出入り口の地面から、彼女が想像していないような謎の物体が現れたのは。

「―――な…ッ!?」
 突然の事に思わず二メイル程前で足を止められた魔理沙は、驚きながらもその物体を凝視する。
 それはまるで、地面より下――彼女の足下を流れている水道から出て来たかのような液体の体を震わせている。
 形はまるで子供が造ったようなお地蔵さんみたいで、横にやや太い棒状の体を持つ黒いスライムと言えばいいのであろうか。
 更に液体状で黒色…と聞いただけで何やら人体には良くなさそうな手なのは一目瞭然であった。
 全長はほぼ魔理沙と同じであるが、常時不安定な体を大きく揺らしているためにうまく大きさを目測できない。

 これだけの特徴でも十分に不気味であったが、それ以上にその物体の不気味さを引き立てているのが゙両目゙であった。
 魔理沙の顔がある位置に合わせるかのようにして、彼女の頭ほどの大きさのある黄色い球体が驚く彼女を見つめている。
 時折ギョロギョロと動いてはいるが、それは目というにはあまりにも無機質であり、目では無いと否定するには位置が変であった。
 その目と思しき二つの黄色い球体はじっと魔理沙を見据え、液体の体を震わせている。

――――何だ、コイツは?
 一時的に少年の事を頭の隅に追いやった魔理沙が、冷や汗を流して呟く前に、
 その黒いスライム状の物体は、呆然と立ち尽くすしかない彼女へと跳びかかったのである。

256ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:19:38 ID:u1PouLhI
以上で88話の投稿は終了です。
次の投稿はまたもや大晦日になりそうかもです。
それではまた、来月末にでもお会いしましょう。ノシ

257ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/12/26(火) 19:24:25 ID:LRwniKvA
お久しぶりです、焼き鮭です。すっかり遅くなってしまいました投下を行います。
開始は19:28からで。

258ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/12/26(火) 19:28:41 ID:LRwniKvA
ウルトラマンゼロの使い魔
第百六十話「ガリアの叫び」
死神
破滅魔虫カイザードビシ
最強合体獣キングオブモンス
巨大顎海獣スキューラ
骨翼超獣バジリス 登場

 ロマリア対ガリア。人と人の戦争を食い止めるべく、アンリエッタは周囲の反対を振り切り、
アニエス一人だけを連れて“敵国”に交渉に赴くという無謀染みた冒険に出た。今のガリアは
何が起こるか分からない危険地帯。しかしアンリエッタたちは意外なほどに何の障害にも遭わず、
ジョゼフとの会談に臨むことが出来た。
 そしてアンリエッタが一週間も掛けて纏め上げた、ガリアの停戦を引き出す切り札となる
書類の束を読み上げたジョゼフは、次のように唱えた。
「すごい提案だな。ハルケギニア列強の全ての王の上位として、ハルケギニア大王という
地位を築く。そして、他国の王はそれに臣従する……。ロマリアを除いて」
「ええ。ロマリア教皇聖下におかれては、我らにただ“権威”を与える象徴として君臨
していただきます」
「その初代大王に、余を推薦すると書かれているが、まことかね?」
 その問い返しに、アンリエッタは即座に肯定した。
 これがアンリエッタの導き出した交渉案。ジョゼフがエルフと手を組んだり怪獣を駆使
したりしているのは、究極的には世界の覇権を握りたいから。ならば実際に握らせてやろう
ではないか、とアンリエッタは考えたのだ。目的を達成させてしまえば、ジョゼフはエルフや
怪獣の力など必要としなくなるだろう。だからこの申し出の引き換えとして、エルフたちと
完璧に手を切らせる。そうすればロマリアの“聖戦”もストップだ。
 またアンリエッタは、実際のジョゼフは“無能王”という蔑称とは程遠い頭脳の人間で
あることを悟っていた。せっかくの世界の頂点の座を失うような軽挙妄動には出るまい。
そこまで計算しての交渉であった。
 この前例などある訳がない交渉案には国内の誰もが猛反対したものだが、聡いマザリーニだけは
称賛した。そして肝要のジョゼフもまた、素直に感心していた。成功だ、とアンリエッタは手ごたえを
感じていた。
 の、だが……。
「んー、だがな。その提案にはのれぬのだよ。残念ながらね」
 ジョゼフからの返答に、アンリエッタたちは衝撃を受けた。その衝撃は、続くジョゼフの
言葉で更に大きくなる。
「余がただの欲深い男なら……一も二もなくあなたの提案にのったであろうな。だがな、
そうではない。おれは別に世界など欲しくはないのだよ」
「どういう意味ですか?」
 背筋に嫌な汗が垂れるのを感じながら、それでも不安に押し潰されてしまいそうな己を
鼓舞しながら聞き返すアンリエッタ。と、その時、
『ホッホッホッ! 実に愚かな小娘です。ジョゼフ陛下のお心を欠片も察しないで、見当
はずれも甚だしい交渉を携えてのこのことやってくるのですから!』
 いきなり虚空から、罵倒の言葉がアンリエッタに浴びせられた。アンリエッタとアニエスが
反射的にそちらを見上げると、いつの間にか空中に怪しい人影が、あぐらをかいたような姿勢で
漂っていた。
 右手が槍のように尖っている、人のようで明らかに人間ではない異形の身体に紫色の袈裟
一枚を纏っている。ハルケギニアにはない概念の、オリエント的な装いはアンリエッタたちの
目には新鮮であった。
 あの怪人は何なのか。少なくともエルフではない。ではジョゼフと組んでいる宇宙人か何かか? 
しかし、今までに見てきた宇宙人とは雰囲気が異なる。宇宙人たちの、己の力を過信した傲慢さは
同じく存在しているが……こちらを見下ろしている目つきが違う。
 あの眼差しに宿っているのは、傲慢さだけではない……こちらに対する侮蔑と、心の底からの
嫌悪の色がはっきりと見て取れるのだ。
「何者ッ!」
 警戒したアニエスが剣を抜き放とうとしたが、その瞬間ミョズニトニルンのガーゴイルが
飛びかかってきて抑えつけられてしまった。

259ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/12/26(火) 19:31:28 ID:LRwniKvA
「くッ……!」
 ジョゼフはその一連の流れがなかったかのように、宙に浮かぶ怪人に呼びかける。
「そう手厳しいことを言うな、死神よ。アンリエッタ殿の提示した条文は、普通ならば文句の
つけようのない正解だ。おれにもこれ以上は思いつかぬ。ただ……残念なことに前提が違っている。
それだけのことだ」
「前提……? あなたのおっしゃる前提とは何なのですか?」
 恐る恐るアンリエッタが問いかけると、ジョゼフはきっぱりと答えた。
「おれが望むものは、地獄だ。地獄が見たいのだよ、おれは」
「お戯れを」
「戯れではない。おれは嘘偽りなく、この胸を蝕んでやまぬほどの地獄が見たいのだ」
 アンリエッタの理解を超越するほどの内容を口にしながら、ジョゼフは部屋の端へと歩いていく。
「そういえばあなたはおれに、エルフと手を切らせたいようだが、実は向こうから既に見放されて
いるのだ。だからその点は達成している。だが……残念ながら、あなた方はおれがエルフと手を
組んでいるだけの方がまだ良かったと思うことだろう」
 そしてジョゼフが手に取ったのは、歪なトゲがびっしりと生えた赤い球。アンリエッタは、
その球から身体の芯が凍りついてしまいそうなほどの悪寒を感じ取った。
「もう十分な頃合いだろう。おれはおれの望む地獄を作り始めることにする。どうせだから
見物していきたまえ、アンリエッタ殿」
 歪な球を手にした、悲しいほどに空虚な表情の男はそのように唱えた。

 そうして起こったのが、ガリアの空を覆い尽くさんとばかりに広がった、いや今も広がり
続けているドビシの群れ。それから生まれたカイザードビシの軍団の、カルカソンヌへの襲撃である。
「グギャアーッ! グギャアーッ!」
 カルカソンヌに現れたカイザードビシは一度に三体! 単眼と膝に備わった眼球から怪光線を
放ち、街を攻撃して人々を追い立て回す。
「うわあああぁぁぁぁぁッ!」
 カイザードビシの攻撃から必死に逃げ惑う人間たち。そこにはロマリア軍やガリア軍の
区別はない。怪獣、いやジョゼフにとって、人間の所属など最早意味を成していないのだ。
「くッ、何てことになっちまったんだ……」
 地獄に塗り替えられていくカルカソンヌの光景を、才人たちはシルフィードの背中の上で
歯ぎしりしながら目の当たりにしていた。才人はウルトラゼロアイを装着しようとウルティメイト
ブレスレットに手を伸ばしかけたが、それをゼロが制止する。
『待て才人! あの怪獣どもは使い走りに過ぎねぇ。ジョゼフを叩かないことには意味ねぇぜ!』
「けど、今襲われてる人たちはどうするんだ!?」
『そちらは私たちにお任せを!』
『俺たちがいることを忘れたのかよ、サイト!』
 才人の叫び声に応じるように、ミラーナイト、グレンファイヤー、ジャンボットの三人が
カルカソンヌの地に集結! すぐにカイザードビシに立ち向かっていく。
『行くぞ! ジャンファイト!』
『うらぁぁぁーッ!』
 三人はカイザードビシの一体ずつに肉薄し、打撃を加えて人間たちへの攻撃を食い止めた。
幸いなことにカイザードビシのパワーはそれほど高くなく、ミラーナイトたちならば容易に
押し切れる程度のレベルであった。
 しかしカイザードビシの腹部が開いたかと思うと、牙の生えた不気味な触手が伸びてきて
ジャンボットとグレンファイヤーの首に巻きついた!
「ピィ――――――ッ!」
『ぬぅッ!?』
『うげぇッ!』
 首を締めつけられて悶絶する二人だったが、触手は放たれたミラーナイフによって断ち切られる。

260ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/12/26(火) 19:34:04 ID:LRwniKvA
『大丈夫ですか!?』
『助かった、すまない……!』
『もう油断しねぇぜ! とっとと決めてやらぁッ!』
 これ以上戦いは長引かせないと、ミラーナイトたちは必殺技を一斉に繰り出す。
『シルバークロス!』
『ジャンミサイル!』
『グレンスパーク!』
 三人の攻撃がカイザードビシ一体ずつに入り、瞬時に木端微塵にした!
『はッ、どんなもんだい!』
 と勝ち誇るグレンファイヤーであったが……彼らが敵を撃破した直後に、空のドビシの
群れからいくつかの塊が降ってきて、それらが新しいカイザードビシを三体形成した!
「グギャアーッ! グギャアーッ!」
『ん何ぃ!? 追加とかアリかよ!』
『こんな調子では、いくら倒してもキリがないぞ!』
 焦りを見せるジャンボット。カイザードビシ一体が出来上がるのにドビシが数百体も必要
なのだが、群れは少なく見積もってもその百倍以上で形成されているのだ。
『くっそ!』
 グレンファイヤーが先に群れから倒してしまおうと空にグレンスパークを飛ばしたが、
群れの一部に一瞬穴を開けただけだった。数が多すぎて、彼の炎でも焼き尽くすことが
出来ないのだ。
 これではどう考えても、ミラーナイトたちが力尽きる方が先である。
『……ですが、やる他はありません!』
 それでもミラーナイトたちは戦意をかき立てて、カイザードビシを食い止める。
「みんな……!」
 仲間たちの苦闘ぶりを目の当たりにして胸を痛める才人。これをどうにかするには、やはり
事態の根源たるジョゼフを止める以外にない。
 シルフィードにジョゼフの元へ急行してもらおうとしていたのだが、意外にも向こうから
才人たちの方にやってきた。
『あのフネ! あそこにアンリエッタ姫さんの気配があるぜ! ジョゼフもそこだ!』
 ゼロが告げたのだ。見れば、空の彼方よりガリア軍の小型フリゲート艦がカルカソンヌへと
飛んできていた。
「よし! シルフィード、頼んだぜ!」
 すぐにフネへと接近していこうとした才人たちだったが……フリゲート艦から禍々しい
赤い閃光が瞬いたかと思うと、カルカソンヌにカイザードビシではない新手の怪獣が三体、
どこからともなく出現した!
「キイイィィッ!」
「キ――――――――!」
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
 深海魚に四足が生えたような怪獣と、骨の翼を生やしたカマキリ型の怪獣。そしてこの二者の
特徴を腹部と背面に持った、最も巨躯の大怪獣。かつて破壊衝動に取り憑かれた悪童たちが想像し、
願望実現機の力で創造してしまった凶悪な怪獣たち、スキューラとバジリス、そしてキングオブモンスである!
「何!? 新手かッ!」
 目を見張る才人たち。新たに出現した怪獣三体は、早速カルカソンヌの人間たちに対して
猛威を振るい出す。
「キイイィィッ!」
「キ――――――――!」
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
 スキューラが突進して立ち並ぶ建物を薙ぎ倒し、バジリスが光球を吐いて街の一部を破壊。
そしてキングオブモンスが地面をなぞるようにクレメイトビームを吐き、これが当たったものを
等しく粉砕していく。
「うわあああぁぁぁぁぁぁぁ―――――――!」
 怪獣たちの猛攻に、全滅の危機に瀕する人間たち。しかしミラーナイトたちはカイザードビシに
足止めされているので、彼らを救うことは出来ない。

261ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/12/26(火) 19:38:43 ID:LRwniKvA
「くッ……! 好き勝手な真似しやがって……!」
『才人! ここは俺が行くぜ!』
 奥歯を噛み締める才人にゼロがそう申し出た。
『お前はジョゼフの方を倒してくれ! なるべく早くな!』
「分かった! 頼んだぜ、ゼロ!」
『そっちもな!』
 才人の腕からウルティメイトブレスレットが光となって離れ、光から変じたウルトラマンゼロが
キングオブモンスの軍団に飛び掛かっていく!
「セェェェアッ!」
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
 燃え盛るウルトラゼロキックが引き起こした爆炎が、三体の怪獣を纏めて吹っ飛ばした。
しかしキングオブモンスたちはすぐに身を起こし、狙いをゼロへと移す。
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
「キイイィィッ!」
「キ――――――――!」
 キングオブモンスはスキューラとバジリスを引き連れてゼロに襲い掛かっていく。対する
ゼロもゼロスラッガーを両手に握り、怪獣たちの間に飛び込んで同時に三体の相手を開始した。

 フリゲート艦の甲板では、ジョゼフが赤い球を手の平の上にして、ガーゴイルに抑えつけ
られているアンリエッタを相手に自慢するように語っていた。
「素晴らしいものだろう、この赤い球の能力は。これはどんなものであろうと、望むものを
自由に出してくれるのだ――残念ながら、死人はよみがえらなかったがな――。死神が与えて
くれた摩訶不思議なアイテムでな、これでおれは怪獣の軍団を次々と呼び出して利用していた、
という訳なのだよ」
 しかしアンリエッタは、内容が半分ほども耳に入っていなかった。天と地に広がる、
シティオブサウスゴータの惨劇を再現しているかのような怪獣地獄を眼下にして、唇を
わななかせながらジョゼフに問いかける。
「あなたは、同じ人間の命をこうも簡単に蹂躙しようとして……心が痛まないのですか?」
 ジョゼフは呆気なく答えた。
「それが困ったことに、父に買ってもらったおもちゃのフネを池で失くした時の方が、よほど
心が痛んだわ。そうそう、シャルルと何度競争させたか知らんが、ついぞおれは一度も勝てなかったな」
 人命をおもちゃに喩える。その心理は、アンリエッタの理解の範疇をはるかに超えていた。
そしてそれを語るジョゼフの空虚な表情と瞳に、絶望を通り越して哀しさすら覚えた。
 一方で虚空では、姿を隠している死神がジョゼフを見下ろしながらほくそ笑んでいた。
『あの赤い球を使いこなし、なおかつ正気を保っているとは、やはり見込み通りの男だ。
奴を上手く利用すれば、我々の望みを達成することも容易い……!』
 死神はジョゼフを正気と形容したが、果たしてどこまでも虚ろな眼をした男が、正気と
呼べるのか否か……。
 と、その時である。フリゲート艦の上空を、防護のガーゴイルの軍団を突っ切って
飛んできたシルフィードが横切り、そこから才人が甲板へと躍り出たのである!
「おおおおおおッ!」
 才人は甲板へ飛び移りながらディバイドランチャーを乱射し、アンリエッタを囲むガーゴイルを
撃ち砕いた。助け出されたアンリエッタはすぐに着地した才人の後ろに回って、ジョゼフたちから
距離を取る。
「姫さま、大丈夫ですか!?」
「わたくしのことは構わずに、早くあの男を止めて下さい!」
 ルイズたちは応援のロマリアのペガサス騎兵とともに、空中のガーゴイルたちを相手取って
才人の頭上を守っている。今ジョゼフを討ち取れるのは才人だけだが、ジョゼフはまだ数多くいる
ガーゴイルによって守られている。
 しかし才人は数の差などにひるみはしない。
「了解しました!」

262ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/12/26(火) 19:40:46 ID:LRwniKvA
 ディバイドランチャーからデルフリンガーに持ち替えた才人に対し、ミョズニトニルンは
甲板のガーゴイルを全て向かわせる。
「行け! 奴を仕留めろッ!」
 だが才人の剣さばきの速度はガーゴイルをはるかに上回り、瞬く間にガーゴイルを両断して
全滅させた。
「お前の武器はなくなったみたいだな」
 これ以上ジョゼフの援護をされないようにと、ミョズニトニルンから倒そうとする才人。
だがしかし、
「なッ!」
 才人は今しがた切り裂いたガーゴイルたちが、粘土細工のように切断面がくっついて
立ち上がっていく光景を目の当たりにする。
 ミョズニトニルンが勝ち誇るように告げた。
「このガーゴイルはただのガーゴイルじゃない。水の力に特化させたんだよ。どれだけ切り
裂こうが砕こうが、無駄というもんさ」
 いくら破壊しても復活してしまうのなら、ディバイドランチャーも弾の無駄である。才人は
デルフリンガーを盾に、ガーゴイルの攻撃を耐えるしかなくなる。
「くッ……!」
「どうした! それがガンダールヴの限界か!?」
 と叫ぶミョズニトニルンの語気には、才人に対する憎悪と嫉妬の色が織り交ぜられていた。
 彼女は、固い絆で結ばれている才人とルイズの関係を強く妬んでいた。自分とジョゼフの
間には、奇怪な死神などという邪魔者がいて、ジョゼフはより強い力をくれるそちらの方に
構ってばかり。そうでなくとも……ジョゼフは自分のことを……。
「武器を扱う程度した能のないお前如きがジョゼフさまに楯突こうなど片腹痛い! ここで
無様な姿を晒せぇッ!」
 絶叫しながらガーゴイルを操るミョズニトニルンだったが――その瞬間、軽やかな銃声と
ともに腕に痛みが走った。
 才人が隠し持っていた、ウルトラ警備隊の麻酔銃であるパラライザーで撃ったのだ。防戦に
なっていたのは、ミョズニトニルンの油断を誘うのが目的だったのだ。
「お生憎さま。こっちの世界の武器には、こんなものもあるのさ」
「うッ……」
 たちまちミョズニトニルンの身体から力が抜け、その場に崩れ落ちた。それと連動して、
ガーゴイルたちが倒れていく。ミョズニトニルンの操作がなければ動かないようだ。
 ミョズニトニルンを無力化した才人は、今度こそジョゼフと相対する。
「やあ。ガンダールヴ」
「あんたがジョゼフか。怪獣どもを止めてもらうぞ」
 今まで散々苦しめられながら、実際に顔を拝むのは初めてとなる、ガリアの黒幕。タバサと
同じ髪の色であり、容貌も芸術品のような美丈夫であるが、その顔つきは底が見えないほどの
空虚さに支配された男を、遂に才人は前にした。

263ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/12/26(火) 19:41:34 ID:LRwniKvA
以上です。
これだけの内容を書くのにどれだけ時間かかってるんだっていう。

264名無しさん:2017/12/30(土) 20:30:43 ID:Dds3Ik6g
乙です。速さより質で書いたほうがいいと思いますよ

265ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:12:13 ID:NmbP2FGk
ウルトラマンゼロの人、投稿お疲れ様でした

今晩は皆さん、無情力巫女さんの人です。
2017年最後である90話の投稿を始めたいと思います。
特に問題が無ければ、18時15分から開始します。

266ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:15:07 ID:NmbP2FGk
 何事も、計画していた通りに事が進むわけではない。
 原因は様々あれど、たった一つの―――それこそ些細なミスで計画自体が破綻する事さえある。
 時にはそのミスが想定の範囲外という理不尽極まりない場所からやってくることも珍しくは無い。
 そういう時に大事なのは決して狼狽えず、慌てず、騒がない。冷静に事実を受け止め、対処するほかないのだ。


 あと一歩のところまで金を盗んだ少年を追い詰め、失敗した魔理沙もそうせざるを得なかった。
 想定の範囲外としか言いようの無い『動く外的要因』を、どういう風に対処すべきか考える為にも。
 例えその『動く外的要因』が――これまで見た事も無いような正体不明のスライム状の存在であったとしても、だ。


「―ッ!危ねッ…!?」
 驚きの渦中にあった魔理沙は、こちらに向かって跳びかかってくる黒いスライムを見て慌てて後ろへ避けた。
 それが正解だったのか、先程まで自分が立っていた場所にソイツが着地する。
 するとどうだろうか。ソイツはまるで柔らかい餅の様に平べったくなり、液状の体が左右に広がっていく。
 もしも横に避けていたらコイツの体に触れていたかもしれない。そう考えた魔理沙は己が運の良さに喜びたくなった。
 とはいえ今はそんな事をする余裕など当然なく、彼女はもしもの事を考えて更に数歩後ろへと下がる。
「畜生、あと一歩だったってのに…何だか良く分からんが、惜しい所で邪魔なんかしてきやがって!」
 着地を終えて、元の太い棒状の姿へ戻っていくソイツに悪態をつきつつ、魔理沙はスッと身構える。

 その左手には先ほど懐から出した小瓶があり、いつでも投げつけられるようにはしている。
 これを投げて瓶が割れれば即花火、瓶に詰めた『魔法』がいつでも作動する仕掛けだ。
 相手との今の距離は二メイル程度。ここから投げれば瓶の破片が飛んできて怪我をする心配も無い。
 魔理沙としては、折角良い所を邪魔してくれた謎の相手には是非とも自分の魔法をお見舞いさせてやりたかった。
 本当はあの少年の手前に投げ落として、綺麗な花火を見せつけると同時に気絶させるつもりでいたのである。
 それを邪魔されたからには、何としてでもあのどす黒く揺れる体の中に投げ込んでやろうと決めていた。
 距離も十分、威力は…きっと申し分なし。心配する事など何一つ無い。

 しかし…、魔理沙はすぐに左手の小瓶を投げつける事を躊躇ってしまう。
 黄色い目を輝かせながら、ゆっくりと地面に跡をつけて這ってくる正体不明の相手に彼女はゆっくりと後ろに下がっていく。
 後ずさる先に何もない事を確認しつつ、けれども近づいてくるヤツには細心の注意を払う事は忘れない。
 別に目の前で蠢く黒い液体の体や、爛々と輝く黄色い二つの目玉が怖いワケではなかった。
 問題は一つ。…あの液体の体の中で、上手く瓶が割れるのかどうかについてという事である。

 『魔法』を詰めた小瓶は、うっかり自分の懐の中で暴発しない分には丈夫であり、
 そこそこ力を入れて投げれば、瓶が割れ次第即座に発動する程度のデリケートさは持っている。
 しかし…あのいかにもヌメヌメとして、嫌な意味で柔らかそうな体の中では投げつけても爆発しないのでは…と考えていたのだ。
(あいつの足元?…に投げれば簡単なんだろうが、それじゃあ私の腹の虫が収まらないんだよなぁ)
 目の前の、良く分からない相手に勝つための最適な方法は既に分かっている。
 しかしそれは自分の望んだとおりのセオリーではなく、今の彼女からしてみればあくまでも゙勝つ方法゙の一つでしかない。
 望んでいる勝ち方は一つ、自慢の『魔法』を詰めこんだ瓶をあの怪物の体内で割らせて内部から思いっきり爆発させる事だ。
 少年を気絶させるだけの筈だったこの『魔法』で、あのスライムみたいな怪物を即席花火に変えてやろう。

267ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:17:02 ID:NmbP2FGk
 その為にもまずは相手を見極め、どのような攻撃をしてくるのか探らなければいけない。
 突拍子も無く現れた敵の正体が何であれ、下手にこちらが先制を仕掛ければ何が起こるかわからない。
 魔理沙は一定の距離を保ちつつ、その間にもこちらへと近づいてくるスライム状の敵をじっくりと観察する。
 黒く半透明の体の中には内臓らしきものは見えず、唯一不透明の目玉は爛々と黄色い光を放ちながらこちらを睨む。
 なめくじの様に地面を這いずっている為か、まるで絞りきれてない雑巾の様に地面を濡らしながら進んでいく。
 しかもそれは決して綺麗とは言い難い黒色の液体であり、正直ただの水とは考えにくい。
 恐らくあの不安定な体を構成できるだけの力は秘めているのであろうが、それがどういったものかまでは分からない。
 先ほど跳びかかってきた時の事を考えると、その見た目以上に重くはないのだろう。
 更に着地した際に不出来な煎餅の様に平たくなったのを見れば当然体も柔らかいのは一目瞭然だ。
「とはいえ、そこに変な弾力まであると…何か投げるのを躊躇っちゃうような…」
 
 魔理沙はそんな事を呟きながら、左の中で落とさない程度に弄っている瓶の事を思う。
 下手に相手に力を入れて投げて、それでポヨン!と跳ね返されてしまったらとんでもない事になる。
 自分の『魔法』で自滅する魔法使いなんて、それこそパチュリーやアリスに笑われてしまう。
 最も、ここにその二人はいないしそれを広める様な輩がいないのは幸いともいうべきか。
 とにかく、今やるべきことは相手の体がどれほど柔らかいのか探る事に決まった。
「と、なれば…早速調べてみるとしますか。…楽しい夕食まで時間は無さそうだしな」
 ひとまずの目標を決めた魔理沙は一人呟き、ひとまず左手の瓶を懐の中へとしまう。
 勿論後で使うつもりなのだが、今からするべきことを考えると元の場所に戻していいと考えたからだ。

 『魔法』入りの瓶をしまい戻した魔理沙は、サッと足元に落ちていた適当な大きさの石を拾う。
 持っていた瓶よりかはやや大きく、彼女が投げるには手ごろな大きさともいえよう。
 石を拾った魔理沙はスッと顔を上げて、近づいてくる化け物をその目で見据える。
 こりから自分が攻撃するという事も理解していないのか、間にナメクジの如き速度で近づいてくる。
「さてと…それじゃあまずはお試しの投球――ならぬ投石開始といきますか!」
 気合を入れるかのように一人そう叫んだ彼女は石を持つ手に力を込め、思いっきり怪物へと投げつけた。

 いつも『魔法』入りの瓶を投げる時と同じように、頭上へと投げられた一個の石。
 それは大きな弧を描き、まるでミニマムサイズの隕石の様に怪物の頭上へと落ちていく。
 相手は落ちてくる石に気付いたのか、ギョロリと黄色い目玉を動かして頭上を仰ぎ見ようとする。
 しかしそれよりも先に、魔理沙の投げた石ころがトプン…!と小さな音を立てて体の中に入ったのが早かった。
 まるで池の中に放った時の様に石は怪物の体の中を、ゆっくりと沈んていく。

「成程、投げつけたものが弾かない程度には柔らかいのか……って、ん?」
 望んでいた通りの結果が分かった事に魔理沙は頷こうとしたところで、怪物の身に異変が起きているのに気が付く。
 魔理沙の手で石を体の中に取り込まされた相手が、その黒い体をプルプルと震わせ始めたのである。
 まるで皿に乗ったプリンが揺れているかのように、全体を微かに振動させて何かをしようとしているのだ。
「お、やられたままじゃあ面白く無いってか?」
 まだどんな手を使ってくるか分からない相手を、魔理沙は箒を両手に持って槍の様に構えて見せる。
 その直後、怪物の胴体辺りまで沈んでいた石が沈むのをやめて、奇妙な事にその場で浮き始めたのだ。

268ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:19:01 ID:NmbP2FGk
 これから何をするのかと心待ちにしていた魔理沙を前に、怪物は更に体を震わせる。
 いよいよ来るか!と魔理沙はいつでも動けるように態勢を僅かに変えた――――その瞬間であった。
 ヤツの胴体で浮いていたあの石が、大きな音を立てて弾丸のように発射されたのである。

「おぉッ―――…ットォ!」
 さすがの魔理沙もこれには少し驚いたものの、回避できない速度と距離ではなかった。
 いつでも動けるようにしていた彼女はスッと右に避けると、その横を結構な速度で石が通り過ぎていく。
 数秒と経たぬうちに、背後から硬いモノが勢いよく割れる音が、広場へと響き渡る。
 石がどうなったのか振り返るまでもないと、魔理沙は攻撃をしてきた相手をジッと見据える。
「コイツは驚いたぜ?てっきり跳びかかるだけしか能が無いと思っていたぶん、余計にな」
 そう言って彼女は足元に落ちていた別の石ころを更にもう一つ拾うと、先ほどと同じく怪物へと投げつける。

 今度は相手も投げられた石を見ていたものの、のろまな奴一匹だけでは避けようがない。
 まるでついさっきの光景を写し取ったかのように石は体の中へと入り込み、そして胴体の辺りで止まる。
 そして魔理沙に再び狙いを定めると、今度は体を震わせずにそのまま静止した状態で石を発射してきた。
「ほれキタ…―――ッと!」
 今度は驚くことなく、彼女は余裕をもってその石ころをかわしてみせる。
 再び背後から石の砕ける音が聞こえ、それと同時に魔理沙はニヤニヤと笑って見せた。
「てっきり脳無しかと思いきや、即座に反撃する程度の賢さはあるみたいだな…けれど」
 私を相手にしたのが間違いだったな?彼女はそう言って、そのまま怪物の左側へ向かって走り出す。
 その魔法使いな見た目とは裏腹に速い足を持つ彼女を、怪物は目だけでゆっくりと追いかけてくる。

 やがて数秒と経たぬうちに、魔理沙は怪物の背後へと回り込む事が出来た。
 相手も自分の背後にいると察知したのか、体を動かそうとしているのかプルプルと体を震わせ始める。
「へっ!今更動いたって―――はぁッ!?」
 遅いぜ?そう言おうとした魔理沙は次の瞬間、またもや驚かされる事となった。
 何と反対側にあるヤツの目玉が、あの黒い体の中を通って浮きあがってきたのだから。
 これには流石の魔法使いも、面喰わざるを得ない程の事であった。

「おいおい、いくら骨が無いからってソレは反則ってヤツじゃないのか?」
 僅かに一瞬の間に向きを変えた相手に魔理沙が悪態をついたところで、一足先にヤツが攻撃を開始した。
 とはいっても先ほどの石ころ飛ばしとは違い、最初に現れた時に披露してみせた跳びかかりであったが。
 それでも思いっきり体を震わせ、バネの用に跳んでくるどす黒いスライム状の怪物と言うだけでも相当ショックである。
 こんなのがもし夜の森の中で出くわして跳びかかってきたのなら、誰もが腰を抜かすに違いない。
 しかし御生憎ながら、霧雨魔理沙はその手の怪異にはすっかり慣れてしまっている身であった。

「そんなワンパターン、私に通用するかよ…――ッと!」
 相手が跳びかかると同時に、魔理沙は両手で構えていた箒に力を込めてから勢いよくジャンプする。
 するとどうだろう、彼女の力に応えて箒は魔法を吹き込まれ、そのまま彼女をぶらさげたまま浮かんでいく。
 ほぼ同時に、跳びかかった怪物の体に彼女の靴先が僅かにかすったものの、渾身の跳びかかりをかわすことができた。
 先ほどまで魔理沙がいた場所に着地したソイツは平べったくなった体を元に戻したところで、頭上から声が掛けられる。

269ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:19:33 ID:NmbP2FGk
 これから何をするのかと心待ちにしていた魔理沙を前に、怪物は更に体を震わせる。
 いよいよ来るか!と魔理沙はいつでも動けるように態勢を僅かに変えた――――その瞬間であった。
 ヤツの胴体で浮いていたあの石が、大きな音を立てて弾丸のように発射されたのである。

「おぉッ―――…ットォ!」
 さすがの魔理沙もこれには少し驚いたものの、回避できない速度と距離ではなかった。
 いつでも動けるようにしていた彼女はスッと右に避けると、その横を結構な速度で石が通り過ぎていく。
 数秒と経たぬうちに、背後から硬いモノが勢いよく割れる音が、広場へと響き渡る。
 石がどうなったのか振り返るまでもないと、魔理沙は攻撃をしてきた相手をジッと見据える。
「コイツは驚いたぜ?てっきり跳びかかるだけしか能が無いと思っていたぶん、余計にな」
 そう言って彼女は足元に落ちていた別の石ころを更にもう一つ拾うと、先ほどと同じく怪物へと投げつける。

 今度は相手も投げられた石を見ていたものの、のろまな奴一匹だけでは避けようがない。
 まるでついさっきの光景を写し取ったかのように石は体の中へと入り込み、そして胴体の辺りで止まる。
 そして魔理沙に再び狙いを定めると、今度は体を震わせずにそのまま静止した状態で石を発射してきた。
「ほれキタ…―――ッと!」
 今度は驚くことなく、彼女は余裕をもってその石ころをかわしてみせる。
 再び背後から石の砕ける音が聞こえ、それと同時に魔理沙はニヤニヤと笑って見せた。
「てっきり脳無しかと思いきや、即座に反撃する程度の賢さはあるみたいだな…けれど」
 私を相手にしたのが間違いだったな?彼女はそう言って、そのまま怪物の左側へ向かって走り出す。
 その魔法使いな見た目とは裏腹に速い足を持つ彼女を、怪物は目だけでゆっくりと追いかけてくる。

 やがて数秒と経たぬうちに、魔理沙は怪物の背後へと回り込む事が出来た。
 相手も自分の背後にいると察知したのか、体を動かそうとしているのかプルプルと体を震わせ始める。
「へっ!今更動いたって―――はぁッ!?」
 遅いぜ?そう言おうとした魔理沙は次の瞬間、またもや驚かされる事となった。
 何と反対側にあるヤツの目玉が、あの黒い体の中を通って浮きあがってきたのだから。
 これには流石の魔法使いも、面喰わざるを得ない程の事であった。

「おいおい、いくら骨が無いからってソレは反則ってヤツじゃないのか?」
 僅かに一瞬の間に向きを変えた相手に魔理沙が悪態をついたところで、一足先にヤツが攻撃を開始した。
 とはいっても先ほどの石ころ飛ばしとは違い、最初に現れた時に披露してみせた跳びかかりであったが。
 それでも思いっきり体を震わせ、バネの用に跳んでくるどす黒いスライム状の怪物と言うだけでも相当ショックである。
 こんなのがもし夜の森の中で出くわして跳びかかってきたのなら、誰もが腰を抜かすに違いない。
 しかし御生憎ながら、霧雨魔理沙はその手の怪異にはすっかり慣れてしまっている身であった。

「そんなワンパターン、私に通用するかよ…――ッと!」
 相手が跳びかかると同時に、魔理沙は両手で構えていた箒に力を込めてから勢いよくジャンプする。
 するとどうだろう、彼女の力に応えて箒は魔法を吹き込まれ、そのまま彼女をぶらさげたまま浮かんでいく。
 ほぼ同時に、跳びかかった怪物の体に彼女の靴先が僅かにかすったものの、渾身の跳びかかりをかわすことができた。
 先ほどまで魔理沙がいた場所に着地したソイツは平べったくなった体を元に戻したところで、頭上から声が掛けられる。

270ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:21:07 ID:NmbP2FGk
「惜しかったなスライム野郎!外れたから景品は無しだぜー!?」
 その声にギョロリと黄色い目玉を頭上へ向けると、空に浮かぶ箒にぶら下がる魔理沙がこちらを見下ろしていた。
 まるで鉄棒にぶらさがる子供の様な姿はどことなく愛嬌はあるが、その顔に浮かべる笑みは年相応とは思えぬほど好戦的である。
 彼女のその獰猛な笑みに怪物は何かを感じ取ったのか、再び跳びかからんとその体を震わせ始めた。
「おぉっと、それ以上ピョンピョンされたら厄介だから…手短に決着といこうじゃないか!」
 
 そう言いつつ彼女は空いた左手で懐を探り、先程しまっていた『魔法』入りの小瓶を取り出して見せる。
 まだ完成したばかりで試したことの無いそれを割らないよう注意しつつ、彼女はゆっくりと確実に狙いを定めていく。
 狙うは勿論頭部…と思しきところ。あの黄色い目玉が前と後ろを行き来している場所だ。
 無論、そこが弱点と断定しているワケではないが…今の所思いつく限りではそこしかない。
 距離は十分、上から投げつけるので上手く行けば体内に投げ込んだ瓶が割れる事も不可能ではないだろう。
(狙いは充分…だけど、…はてさて割れなかったときはどうしようかな?……まぁ、『奥の手』はあるんだけどな)
 魔理沙は万が一失敗した時の事を考えて、帽子の中に仕舞った自分の『奥の手』の事を思い出す。
 まさかこんな相手に使うとは思っていなかったが、体内で割れなかったときの事を考えれば…コイツに頼らざるを得ないだろう。

 とはいえ、極力使わないという選択肢は元から魔理沙の頭には無かった。
 もしもうまく相手の体内に『魔法』入りの瓶が入って、それでも尚割れなければ『奥の手』の出番が来る。
 そうなったのなら、帽子の中しまっている『奥の手』には怪物の介錯役を務めて貰うだろう。
 花火の導火線を付ける為の火としては少し派手すぎる気もするが、多少派手でなければ面白く無い。
 
―――何せ寂れた場所で華やかな花火を上げるんだ、火も程良く派手じゃなければつまらんだろう?

 魔理沙は心中でそう呟くと瓶を持つ手を振り上げて、勢いよく眼下にいる怪物目がけて投げつけた。
 グルグルと空中で回り、中に入った『魔法』を掻き混ぜながら瓶は怪物の脳天目指して落ちていく。
 相手も投げつけられた瓶の存在に気付いて対策を取ろうとするが、いかんせん鈍いが為に間に合わない。
 魔理沙の渾身の力を込められて投げつけられた瓶は、見事そのまま怪物の脳天から体内へと入っていった。
「よっしゃ!…って、おっとと…!」
 思わずガッツポーズを取ろうとした魔理沙は、バランスを崩し損ねて箒を離しそうになってしまう。
 慌ててバランスを取り戻したところで、彼女はハッと眼下にいる敵がどうなったのかを確認する。
 
 脳天から『魔法』入りの瓶が入り込んだ敵は、意外な事に混乱しているようであった。
 先程の様に即座に反撃はしてこず、体の中に入り込んだモノが気になるのかしきりに体を震わせている。
(まさか混乱しているのか…?脳も内臓もなさそうだってのに、一体どうなってるんだ…?)
 単純な存在かと思っていた敵の意外な一面に驚きつつ、魔理沙は相手の体内にあるであろう『魔法』の事が気になった。

271ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:23:02 ID:NmbP2FGk
 いつもの通り割れてくれているのなら、いまごろ体内からドカンとめでたい花火が上がる筈である。
 それだというのに、一行の『魔法』が発動しないという事は…何かしらのトラブルが起こったという事なのだろうか?
(まぁ、予想はしてたけどな。―――だからその分、)

―――備えはしてあるものなんだぜ?
 心の中でそう呟いた彼女は、空いている右手で頭に被っているトンガリ帽子の中へと手を突っ込む。
 そして数秒と経たぬうちに、彼女はその中から今の自分を形作る要素の一つであろうマジック・アイテムを取り出した。

 黒い八角形の形をしたソレは、今の霧雨魔理沙にとってなくてはならいなモノであり本人が「これのない生活は考えられない」とまで語る代物。
 それは小さきながらも一個の炉であり、山一つを消し飛ばす程の高火力から、一日じっくり煮込めるとろ火まで調節可能。
 マジック・アイテムの名はミニ八卦炉。例え小さくとも、道教の神太上老君が仙丹を煉る為に使用した炉の名を借りた道具。
 幻想郷においても、この炉から放たれる最大火力に勝るものはそうそういないであろう。

 彼女は久方ぶりに持った気がする無機物の相棒に微笑むと、すぐさま八卦炉の中心にある穴を眼下の怪物へと向けた。
 敵は動揺から立ち直ったのか、体内で浮かぶ瓶を送り返そうとしているのが見て取れた。
 黄色く光る目玉をこちらに向けて、すぐにでも攻撃しようとその身を震わせている。
 恐らく先ほどの石ころと同じように、体内に入り込んだ瓶をそのままこちらに射出する気なのだろう。

 あの結構な速度で放たれたら最期。スライム状ではない自分の体で瓶が割れて…ドカン!
 空中で箒にぶら下がったままと言う姿勢のまま花火に巻き来れてしまうのであろう。
 本来なら慌てる所なのだろうが、魔理沙は相手に得意気な笑みを浮かべたまま回避する素振りすら見せない。

 ――――何故なら、既にこの場での勝敗はついてしまっているのだから。

「物覚えは良さそうだったが、せめてもう少し小回りが利くような体であるべきだったな?」
 勝者の笑みを浮かべる魔理沙は眼下の怪物にそう言って、火力を調節したミニ八卦炉から一筋の光が放たれた。
 それはまるで暗雲と暗雲の僅かな隙間を通り抜けた太陽の光よりも、眩しく真っ直ぐな光である。
 正しく目標へと一直線に進む光の線―――レーザーは矢よりも、そして弾丸よりも早く怪物の体を射抜いた。
 レーザーは怪物の体である液体をものともせず、先に彼女が投げ入れていた瓶を勢いよく貫いて見せる。
 火力を抑えられているとはいえ、ミニ八卦炉から放たれたレーザーは貫いた瓶をそのまま砕きさえした。
 そして中に入っていた『魔法』は瓶という安全装置を無くし、その効果を発揮して見せる。

 ミニ八卦炉のレーザーに射抜かれてから五秒と経たぬうちに、怪物の体内から光が迸る。
 まるで何かが生まれ出て来るかのようにヤツの液体の体が歪に、そして不気味に膨らみ始めていく。
 やがて迸る光が輝きを増してゆき、人が来なくなった広場を朝日のように照らし始める。
「やったぜ!…って喜びたいところだが、こりゃ私もヤバいか…?」
 未だ箒にぶら下がったままであった魔理沙は、強くなっていく光に身の危険を感じ始めた。
 こうして新しい『魔法』の実験をする時は、しっかりと距離をとる事が怪我一つせずに実験を済ませる秘訣である。
 しかし今は状況が状況故、かなりの近距離で『魔法』を発動せざるを得なかったが、それが仇となったらしい。

272ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:25:04 ID:NmbP2FGk
 魔理沙は手に持っていたミニ八卦炉を帽子の中に戻してから、慌てて高度を上げようとする箒に力を込める。
 しかし…今更になって慌てた彼女が退避するよりも先に、怪物の体内で『魔法』が発動するのが速かったらしい。
 持ち主をぶら下げたまま箒がグングンと上空へと進もうとした直後、怪物を中心に凄まじい『閃光』が広場を覆った。
 無論、退避できなかった魔理沙はその『閃光』を、身を以て味わうことになってしまう。
「ッ――――!」
 自分の周囲を一瞬で包み込む『閃光』に目の前が真っ白になった彼女は思わず悲鳴を上げてしまう。
 だが不思議な事に、直接自分の喉から声を振り絞ったというのに自分の耳がその声を聞けなかったのだ。
 まるで悪魔との契約で聴覚を奪われてしまったかのように、自分の耳が音を拾わなくなっている。

 それに気づいた魔理沙は思わず混乱してしまったのか、一瞬箒を掴む手の力を緩めてしまう。
 結果、彼女は高度十メイルという高さで箒を手放し――――成す術も無く落ちていく。
 自分が落ちているという事を理解しながらも、目も見えず耳も聞こえないが為に受け身をとる事すら不可能だ。
 聞こえなくなった耳を両手で押さえ、口から情けない悲鳴を上げて彼女は落ちるしかない。
 後数秒もすれば、普通の魔法使いの体は硬いレンガ造りの地面に激突する事だろう。
 いかに弾幕ごっこで鍛えているとはいえ、普通の人間である彼女にとってそれは致命傷となる。
 
 何も見えず、何も聞こえず、自分たちのお金を奪った少年を捕まえるのを妨害した相手の正体すら知らず。
 ただとりあえず倒したというだけで、このまま彼女は地に落ちてその命を散らしてしまうのか?
、地面まで後五メイル。人々から忘れ去られた王都の一角で墜落しようとした魔法使いの体は――――

「全く、アンタって時々こんな命取りなミスをやらかすわよね?」
 そんな言葉と共に上空から飛んできた霊夢の手によって、ギリギリの所で抱きかかえられた。 
 まるで鷹の急降下のように上空から街の一角へと入り、後三メイルという所で魔理沙を助け出したのである。
 流石空を飛ぶことに関しては十八番とも言える彼女だからこそ、このような荒業はできないであろう。
 仮にこの場に鴉天狗がいたとしても、人間の黒白を助ける道理何て微塵も無いのであるから。

 そのまま着陸する飛行機の様にローファーの底が地面を擦り、周囲に土煙をまき散らしていく。
 大切にしていた靴の底が擦られていく音と振動に、霊夢は何が何だか分からぬ魔理沙をキッと睨み付ける。
「ちょっと変な気配を感じてきて見たら…これで靴が駄目になったら弁償してもらうんだからね!」
「え…!?あれ?ちょっと待て、誰だ?私を抱きかかえた…じゃなくて、くれたのは?」
 どうやらまだ何も見えていないせいか、自分が誰かに抱きかかえられているという事実を受け止めきれていないらしい。
 瞼を閉じたままの頭をしきりに動かしながら、まだ聞こえの悪い耳で必死に周囲の音を拾おうとしていた。
 やがて時間にして十秒未満ほどであったものの、ようやく霊夢の靴底は地面を擦るのをやめた。
 まき散らしていた土煙は風に流れて霧散し、双月が薄らと見えてきた夕暮れの空似舞い上がっていく。

 ようやく自分の体が止まった事に、霊夢は思わず安堵のため息をついた時であった。
 タイミングよく、聴覚と視覚が若干戻ってきた魔理沙が聞き覚えのため息を耳にしてそちらの方へ顔を向けたのは。
「んぅ…?あれ?その溜め息…とぼんやり見える顔って――――もしかして、霊夢なのか?」
「わざわざアンタなんかを急降下してまで助けてやれるモノ好きで阿呆な人間なんか、私ぐらいしかいないでしょうに」
 何となく状況を理解しかけている魔理沙に、霊夢はやや自虐を加えながら返事をした。
 薄らと開き始めた瞼をゴシゴシと擦った黒白は、ジッと彼女の顔を凝視する。
 一体何なのかと訝しんだ霊夢であったが、それから数秒してから魔理沙は「おぉッ!」と急に声を上げた。
 何がおぉッ!よ?と突っ込む巫女を半ば無視しつつ、魔理沙もまた自分の足で地面に立った。

273ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:27:03 ID:NmbP2FGk
 まだ足元がおぼつかないものの、ようやく目が見え始めてきたので転ぶことは無かった。
 そのまま無事に『着地』できた霧雨魔理沙は、珍しく霊夢に笑みを浮かべて彼女に礼を言った。
「どうしてお前がここにいるのか知らんが…とりあえず助かったぜ霊夢」
「それはこっちのセリフよ。何で掃除サボって情報収集してたアンタが、こんな人気の無さすぎる所にいるのかしら」
 気のよさそうな笑みを浮かべる黒白に対し、紅白の巫女は腰に手を当てて不機嫌そうな表情を浮かべている。
 まぁ確かに、一応助ける余裕があったとはいえ下手すれば二人仲良く地面に激突していた可能性があったのだ。
 流石の魔理沙もそれはしっかり理解しているのか、霊夢に「まぁそう怒るなって」と宥めつつも理由を話そうとする。

「いやなに、ちょっと色々ワケがあって得体の知れないヤツと戦ってたんだが…って、ありゃ?」
「どうしたのよ?」
 ワケを話しながら、怪物が立っていたであろう場所へと目を向けた魔理沙が怪訝な表情を浮かべ、
 彼女の表情の変化に気付いた霊夢も、そちらの方へと視線を向けつつも尋ねてみる。
「いや…私の『魔法』をぶつけてやった怪物の姿はどこにも見当たらなくて…もしかして、木端微塵に吹き飛んだのか?」
「怪物…?………!それってアンタ、もしかして―――――」
 彼女の口から出た『怪物』という単語に、霊夢がハッとした表情を浮かべた――その時であった。
 二人の左側から、ここにはやや無縁であろう何かが水の中に落ちたであろう音が聞こえてきたのは。
 若干エコーが掛かっているかのようなその水音に、彼女たちはハッとそちらの方へと視線を向けた。

 そこにあったのは、子供一人分通るのでやっとな排水溝であった。
 灯りのついてない窓が幾つも見える共同住宅の壁に沿って作られているそれは、夜よりも暗い闇を入り口から覗かせている。
 蓋であった錆びたグレーチングは近くに転がっており、何者かの手で取り外されたのであろう。
 水音が聞こえてきたのはその排水溝からであり、音の大きさかして結構大きなモノが落ちたのかもしれない。
「排水溝?…っていうかアレ、蓋開いていない?」
「蓋?―――…っ、しまった!」
 霊夢がそう言うと魔理沙は何か気づいたのか、慌ててそちらの方へと走り出した。
 突然の行動に軽く目を丸くして驚きつつも、急に走り出した魔理沙の後をついていく。

 排水溝の傍まで走り寄った魔理沙はそこで身をかがめると、帽子の中からミニ八卦炉をスッと取り出した。
 そして火力をある程度弱目に調節しながら、発射口の方を排水溝の中へと向ける。
 すると、とろ火よりやや強めにした炉から微かな火が出て、闇に包まれていた排水溝の入口周辺を照らす。
 どうやらこの共同住宅の真下には下水道が通っているのか、数メイルほど下に薄らと地下を流れる川が見える。
 魔理沙は炉の火をあちこちへ向けて何かを探しているが、目当てであったモノは見つからなかったようだ。
 排水溝から見える下水道に動くモノが無いと分かると、軽い舌打ちをしてから炉の火を消して立ち上がった。
「あぁ〜…くっそ、逃げられちまってたか」
「何に逃げられたのよ?その言い方だと、単なる人間相手じゃあなさそうって感じだけど」

274ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:29:06 ID:NmbP2FGk

 悔しそうな表情を浮かべて呟く魔理沙に、霊夢がそんな事を言ってくる。
 勘の良さゆえか、自分が明らかな人外を相手にしていたのを言い当てられた事に魔理沙は苦笑してしまう。
「はは…お前って本当に勘が鋭いよな?まぁその通りなんだがな」
「やっぱりね。こんな人が多い街のど真ん中で゙アイツら゙と同じような気配を感じたからもしかして…って思ったのよ」
 気恥ずかしそうに頷く魔理沙に対し、霊夢は真剣そうな表情を浮かべてそう言った。
 霊夢の言ゔアイツら゙という言葉の意味を魔理沙は理解できなかったのか、一瞬だけ訝しむも…
 すぐに彼女の言いたい事が分かったのか、その顔にハッとした表情を浮かべると「マジか」とだけ呟いた。
 彼女の「マジか」という問いに対し霊夢は無言で頷くと、ある意味この街では聞きたくなかった単語をアッサリと口にした。

「んぅ、まぁ実物を見てないから断定はできないけど。多分、アンタが戦ったのはキメラ…なのかもしれないわ」
「えぇ、マジかよ?っていうか、こんな街中でか」
「私も信じたくはないわよ。…けれど、あの気配はタルブで感じたものと酷似していたわ…微妙に違うところもあったけど」
 流石に驚かざるをえない魔理沙に、霊夢も頭を抱えたくなりながらも肯定せざるを得なかった。
 いかに博麗の巫女といえども、まさかこんな街中であの怪物たちが放つ『無機質な殺意』を感じるとも思っていなかったのだから。
 陽も暮れて、夜のとばりが降りようとしている寂れた広場の真ん中で、紅白の巫女はため息をつくほかなかった。 

 
 それから時間が幾ばくか過ぎ、すっかり夜の帳が落ちた時間帯。
 王都の喧騒はブルドンネ街からチクトンネ街へと移り、まだまだ遊び足りないという人の波もそちらへと移っていく。
 その街に数多くある酒場でも名の知れた『魅惑妖精』亭の二階で、ルイズは思わず叫び声を上げそうになってしまう。
「な…!何ですって!?キ…ムッ」
「バカ、声が大きいわよ」
 聞かされた話の内容に驚いて叫びそうになった彼女の口を霊夢は自らの手で軽く塞ぎ、何とか大声を挙げずに済んだ。
 試しにチラリと階段から一階の様子を見てみると、何人かがルイズの声に気付いてそちらの方へと視線を向けている。
 しかし、どうせ酔っ払いの戯言だと思ってすぐに視線を戻し、酒を楽しんだりウェイトレスの仕事に戻っていく。
 ひとまずこちらへ来る者がいないという事だけ知ると、大声をあげそうになったルイズの方へと視線を向けた。

「ただでさえ今は人が多いんだし、誰が聞き耳立ててるか知れないんだから気を付けて頂戴よ」
「わ、分かったわよ。でも、急に口を塞ごうとするから思わずアンタの親指を噛み千切りそうだったわ」
『娘っ子、それは冗談としちゃあ笑えないね。…ま、そうなってたら面白いっちゃあ面白いが』
 二人のやり取りに壁に立てかけられたデルフも混ざりつつ、店中の人気が一階へと集中している二階の廊下には彼女たち意外誰もいない。
 魔理沙は一階で自分たちを待っていたシエスタの相手をしつつ、料理を頼みに行ってくれている。
 今は人がいないといっても何時誰かが来るかも分からないために、あの屋根裏部屋で話の続きと共に頂くことにしたのだ。
 ルイズと霊夢の尽力で一通り綺麗になった今なら、ワインの上に舞い上がった埃が落ちる事もない。
 一方で、自分たちとの夕食を楽しみにしていたシエスタへの言い訳を考える必要もあった。
 彼女が今夜の夕食に霊夢たちを遊びに誘う事を知っていたルイズは、変な罪悪感を覚えずにはいられない。

 何せ霊夢と魔理沙の二人が戻ってくるまでの間、自分と一緒に食べずに待っていたのだ。
 余程自分たちと食事を共にして、ついで遊びに誘いたいという彼女の気持ちをルイズはひしひしと感じてしまっていた。
 最も、ルイズまで待っていたのは単に先に食べてたらあの二人に鬱陶しい位に恨まれると思っていたからであったが。

275ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:31:05 ID:NmbP2FGk
 ともかく、そんな彼女への言い訳を魔理沙に押し付けたルイズは霊夢から先ほどの事を聞いたばかりであった。 
「でも…信じられないわ。まさか、よりにもよってこの王都にあんなのが潜伏しているだなんて…」
「信じようと信じまいと、そこにいるという事実は変わりないわ。現に、私だってアイツラの気配は感じてたしね」
『成程なぁ…だからマリサの帰りを待ってた時に、急に血相変えて飛び出したってワケか』
 半ば事実わ受け止めきれてないルイズに、霊夢は自分がキメラ特有の気配を感じたと証言し、
 そこへルイズと一緒に御留守番する羽目になってしまったデルフが相槌をうった。
 魔理沙がキメラと思しき存在と戦い始めて数分経った頃に、霊夢は彼らから漂う気配を察知していたのである。
 既に掃除を一通り済まして、客が入り始めた一階で彼女の帰りを待っていた時であった。
 
「あの時は驚いたわ。急に眼を鋭く細めたかと思えば「ちょっと外行ってくる」とか言って、出て行っちゃったんだから」
「まぁあん時はまさかこんな街中で…って驚いてたから、ワケを話すヒマも無かったわね」
『だからオレっちは置き去りにされてたというワケかい。理由は分かったが、ちょっと悲しいぜ』
「まぁでも…その時にはもう退散していたしアンタを持って行っても使い道はなかったわ」
 ワケも話さず店を飛び出していった霊夢が今更ながらワケを聞き、納得するルイズとデルフ。
 自分を持って行ってデルフに対し容赦ない返事をしてから、ふと右手を左袖の中へと入れた。
 
 暫し袖の中を探ってから目当ての物を掴んだのか、一枚のメモ用紙を取り出してみせた。
「そもそも、魔理沙が戦っていうキメラらしき怪物が…これまた掴みどころのないヤツでねー…ホラ」
 霊夢はそのメモ用紙に描かれている何かを一瞥した後、ルイズにも見えるように紙を差し出す。
 どうやらその怪物のスケッチらしく、何やら黒くて丸い物体がこれまた黄色くて丸い目玉を爛々と輝かせている。
 その隣には主役のキメラと比べてやや丁寧に書かれた魔理沙がおり、一見してキメラとの大きさを比べられるようになっていた。
 しかし、その魔理沙がやけに丁寧に描かれていた為にどちらがスケッチの主役なのかイマイチ分からなくなってしまう。
「なにコレ?これがあの…タルブや学院近くの森で目にしたのと同じ仲間ってことなの?」
 霊夢が見せてきた魔理沙画伯のキメラの姿に、ルイズは思わず拍子抜けしたかのような表情を見せてしまう。
 キメラらしき怪物が出たと聞いて、てっきりタルブで対峙したようなおっかない化け物かと思っていたに違いない。
  
『まぁ待てよ娘っ子。こういう得体の知れない相手っていうのは、案外手強いもんなんだぜ?』
「…あぁそういえば、魔理沙が「私の『魔法』を一発喰らっただけで逃げやがって…」とか言ってたような」
『マジか。―――…って、あの黒白の瓶詰め『魔法』相手じゃあ誰だって逃げるぞ』
 勝手に肩透かしを喰らっているルイズを戒めるデルフの言葉を霊夢がさりげなく否定し、デルフがそれに突っ込みを入れる。 
 誰もいない二階の廊下で魔理沙の帰りを待ちつつ、二人と一本は魔理沙が相手にしたキメラの話を続けていく。
「それにしても…コイツ手足も口もなさそうよね?それって、生物としてはどうなのかしら」
「確かにね。…魔理沙が言うには、なめくじみたいに地面を這いずったり体を飛び跳ねさせて移動してたらしいわ」
『成程ねぇ。なめくじには手足何てねえし、壁まで這える移動手段の一つとしてはたしかに持って来いだな』
 霊夢の口からきいたキメラの移動手段を想像して、ルイズは思わず身震いしてしまう。

 魔理沙程の身の丈がある黒い手足の無い怪物が、黄色くて大きい目玉を輝かせて地面を這いずりまわっている。
 そして獲物を見つけるといざ狙いを定めて、その丸く不定型な体を跳ねさせて、頭上から襲い掛かってきて…。
 成程、見た目は以前相手にしたキメラ程刺々しさはないが、不気味さだけはこちらの方に軍配が上がってしまう。
 このキメラを造り上げであろう人間は生物学にも通用し、ついで人が不快や不気味に思う生物を造り上げる事に長けているようだ。
 ルイズは直接お目にかかれなかったキメラの動きを脳内で思い描いていると、ふと気になった箇所を見つけた。

276ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:33:02 ID:NmbP2FGk
「そういえば…コイツの内臓ってどうなってるのかしらね?見た感じ内臓や心臓はおろか、脳すらなさそうなんだけど…」
「魔理沙が言うにはそういうのは見当たらなかったそうよ。目玉だけが唯一の臓器だったらしいけど」
「はぁ?何よソレ、コイツ本当にキメラなの?」
 首を傾げるルイズの問いに霊夢があっさりと返事をすると、彼女は訝しんだ表情を見せる。
 そりゃそうだ、いかにキメラであろうとも自分たち普通の生き物と同じく体を動かす内臓器官がなければまともに生きる事すらできない。
 もしも目玉以外の臓器無しに行動できるのならそれは生物ではなく、それ以下の得体のしれぬ存在でしかない。
 そんな存在が今王都の何処かにいるのだとしたら―――ルイズは先ほどよりも強い身震いを起こしそうになってしまう。
 
 しかし、ルイズは敢えてそれを我慢し自分がこれから何をするべきなのかを考える事にした。
 恐怖に震えるのは後でいつでもできるし、何より自分にはキメラと戦うだけの力は最低限備わっている。
 ならば今は恐怖を押し殺し、怪物の退治の専門家である霊夢と今後の事について相談しなければいけない。
 心の中でそう決断したルイズは体をキュッと強張らせて、こちらに訝しんだ表情を向ける霊夢へこれからすべき事を伝える。

「ひとまず、この事を姫さまに報告しなきゃ駄目よね?王都の中に、あんな怪物がいるだなんて許されないわ」
 彼女の言うとおり、姿方は違えどタルブで猛威を振るった怪物と同種の存在がいるならば真っ先に報告すべきだろう。
 幸い今のルイズにはアンリエッタへ伝える方法を確立しているため、報告自体は簡単に行えるに違いない。
 しかし、これは自分の勘が冴えわたっている所為なのか、霊夢としてはそれはダメなような気がしたのである。
 いつもならルイズの決定に同意していたのだろうが、何故か今回だけは自分の勘が『それは危険だ!』と判断したのだ。
 だから彼女にしては珍しく気まずい表情を浮かべてから、ルイズにやんわりな返事をする。

「……うーん、確かに普通ならそうするんだけどね〜?今の私的にはもうちょっと様子を見た方が良いような気がするわ」
「どうしてよ?もしかしたら。何処かの誰かがこんなナメクジみたいなヤツにお触れたら取り返しがつかいのよ!」
 確かに彼女の言う通りであろう。相手が化け物ならば何時誰かに襲い掛かっても不思議ではない。
 ましてやここは人口密集地帯である王都。何処から出現しても、暫く動き回れば哀れな犠牲者見つける事も容易いだろう。
 それが自国の人間であるならば、尚更必死に訴えるのも無理はないだろう。同じ立場ならば寝る間も惜しんで捜し出し、退治するに違いない。
 だから霊夢としてもルイズの決定に賛成したいところであったが、長年鍛えてきた自分の勘が危険信号を出している。
 それを口にするのは少し難しかったものの、説明しなければルイズは納得しないだろう。
 だから霊夢はどう喋って良いか少し悩んだものの、頭の中で思いついた事を少しずつ口にしていく事にした。
 
「何でかは分からないけど、、今回急に現れたキメラと思しき怪物の出現は単なる一つの出来事じゃない気がするのよ」
「……?単なる、一つの…?」
 何を言っているのかイマイチ理解できないのか、急に喋り出した霊夢はルイズに怪訝な表情を向られてしまう。
 デルフもどう解釈すればいいのか良く分からないのだろうか、静観に徹している。
 口にした霊夢自身も自分が口にした言葉に頬を若干赤くしつつ、それでも説明を続けていく。
「まぁ、何て言えば良いのかしらね…ただ単純に、私達の刺客として放ったワケじゃあない気がするって言いたいワケ」
『!…成程、つまりあのキメラを操っているヤツとマリサとの出会いは、あくまで予想外だったってことか』
 ここで一人と一本は理解したのかルイズはハッとした表情を浮かべ、デルフはカチャカチャと嬉しそうに金属音を鳴らして喋る。
 ようやく自分の言いたい事を理解しかけてくれたと実感した霊夢は、更に喋り続ける。

277ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:35:03 ID:NmbP2FGk
「まぁ、どちらかといえばマリサを襲ったのはあくまでおまけじゃないか…って気がするのよ。
 あくまでアイツを襲ったのは目的゙外゙であって、本来の目的はもっと別なんじゃないか…って私は思うの」

 霊夢の主張を聞いて、ルイズも少しだけ考え込んでしまう。
「目的の、外…つまり目的外って事よね?じゃあ本来の目的って何なのかしら」
「それが分からないから「気がする」って言っただけよ」
 まぁそれはそうか。霊夢の言葉にムッとしつつ納得すると、ルイズは手に持ったままのキメラのスケッチを今一度眺めてみる。
 手足の無い不出来なナメクジの様な形をしたキメラは、一体なぜ王都の中に現れたのであろうか?
 そして…タルブと同じならば誰がこのキメラを操り、そしてマリサへ襲い掛からせたのだろう。
 ルイズの脳裏に、タルブの戦いにおいて大量のキメラをけしかけてきた女、シェフィールドの姿が思い浮かぶ。

 額に虚無の使い魔の証拠であるルーンを刻まれ、自らの神の頭脳―――ミョズニトニルンを自称していた黒髪の白肌の怪女。
 もしかすればあの女も王都にいて、あわよくばキメラを用いて敬愛するアンリエッタの暗殺を目論んでいるかもしれない。
 そうであるのならばやはり、一刻も早く手紙を使って王女殿下に今回の事を報告する必要がある。
 頭の中で色々と想像してしまったルイズは、再び霊夢に報告するべきだという主張を提案した。
「まだ何もわかってないけれど、黙ったまましておくのもマズイ気がするわ。だからやっぱり、姫さまには報告だけでも…」
 ルイズの提案に、今度は霊夢も暫し口を閉ざして考えてみる。

 別に彼女の提案は至極真っ当なうえに正論であるし、何よりここは勝手知ったる幻想郷ではない。
 現に自分たちから金を盗んだ少年一人捕まえられていないのだ、何せ地の利は盗人側ににあるのだから。
 人里以上に迷宮じみた街の中でキメラを捜そうとしても、盗人同様一向に見つからない可能性がある。
 しかも相手は人の道理の通じぬ化け物だ。こちらがグダグダと探している間にヤツの餌食になる人が出てくるかもしれない。
 正直博麗の巫女としてこの手の怪物退治で他者の力を借りてしまうのは何かダサいような気もするが、
 地の利が無い場所での何の手がかりも無しに探し回るなら、確かに報告ぐらいならしておいた方が良いかもしれない。
 
 ザっと脳内でそう結論付けた彼女は、少々納得の行かない表情を浮かべつつも頷いて見せた。
「う〜ん…一番良いのは、私だけで原因究明とキメラ退治で決めたいのだけれど…何か起こったら手遅れだしね」
「え?それじゃあ…」
 困惑顔から一変、嬉しそうな表情を見せてくるルイズに「まぁ待ちなさい」と話を続けていく。 
「でもあくまで報告にしておいた方が良いわ。もしもキメラを操ってるのが、タルブで見た女だったとしたら…」
「…!下手に動けば何をしでかすか分からない…って事ね」
 霊夢の言葉に、ルイズは戦地となったタルブを縮小された地獄へと変えたシェフィールドの事を思い出す。
 キメラを手下として使ったとはいえ、それを指揮してトリステイン軍を襲わせたのは紛れも無く彼女の仕業だ。
  
 と、なれば…アンリエッタにそれを教えて街中に魔法衛士隊を派遣するよう事態にでもなったら…。
 そこから先の事を想像しそうになったルイズは慌てて妄想を頭の中から振り払い、否定するほかなかった。
 青ざめるルイズを見て彼女がどんな想像をしたのか察してか、デルフが金属音を立てながら余計な事を言い始める。

『相手は神の頭脳ことミョズニトニルンなうえにあんな性格だ、目的が何なのか分からんが大事にはなるかもしれん。
 …オレっちの経験から言わせりゃあ、あの手の輩はどんだけ犠牲が出ようとも目的が遂げられればそれで良いってタイプの人間さね』

278ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:37:01 ID:NmbP2FGk
 恐らくこの場に居る中では最も最年長であるデルフの言葉は、割と冗談では済まない様な気がした。
 大量のキメラを用いて、タルブの人々や軍を襲ったあの女ならそれだけの事をしてもおかしくは無いだろう。
 デルフのアドバイスにルイズは恐る恐る頷くと、真剣な表情を見せる霊夢が話しかけてきた
「とりあえず手紙は送るとして…ひとまずは静観に徹して欲しいって書いておいた方がいいわね」
「確かにそうね…姫さまなら、人々の事を案じて結構な人数を動かしちゃうかもしれないし…」
 書くべきことは三つ。王都の中でキメラと思しき怪物と出会った事と、身の回りに気を付ける事。 
 そして相手に気取られぬように大捜索などは行わない事、ぐらいであろうか。
 後は街中で収集した情報と一緒に送れば良いだろうと、ルイズはこれからやるべき事を決めていく。

 とりあえず、手紙に関しては今夜中にでも書いて明日中に送った方が良いだろう。
 どういう風に書くのかはペンを手に取った所で考えればいいとして、一番時間が掛かるのは情報だ。
 結構な量を集めたのは良いが、自分の手で選別するかありのままの状態で送るかの二択を決めなければいけない。
 いきなりウンウンと悩み始めた自分が気になった霊夢を相手に、ルイズはどうすれば良いかと聞いた所、

「そんなの簡単じゃない。一々選んでたらキリが無いし、全部ありのままに送っちゃいなさい」

 …と物凄くアバウトで即決だが、非常に的確なアドバイスをしてくれた。
 それを聞いた後でルイズは「そんな適当に…」と苦言を漏らしたが、それでも霊夢は言ってくれた。

「多分、あのお姫様なら自分に対しての批判が書かれても健気かつ前向きにやっていけると思うわよ?
 なーんか一見頼りなさそう雰囲気は感じるけど、あぁいうタイプの人間って挫折や困難があればある程成長するかもね」

 何故か安心して頷けない様な言い方であったが、どうやら彼女なりにアンリエッタの事を褒めてはいるらしい。
 雑な感じで喋っているが、その表情が険しくないのを見るに霊夢は霊夢なりに姫さまの事は少なからず認めているのだろう。
 そう思っておくことにしたルイズは霊夢の提案にひとまず「考えてて置くわ」と返し、デルフの横に置いていた火かき棒を手に取った。
 主に薪を暖炉の中に入れる為の道具であるが、当然二階の廊下にそんなものはない。
 ルイズはいつも握っている杖よりやや太い火かき棒の持ち手を握りしめて、廊下の天井目がけて振りかぶった。
 そのまま空振りするかとおもった火かき棒はしかし、その先端部が天井についている小さな取っ手に引っ掛る。
 
 それを確認した後、火かき棒を握るルイズは腕に力を込めて火かき棒を下ろそうとする。
 当然先端部が取っ手に引っ掛ったままのそれが彼女の言う事を聞くはずはなく、彼女の腕力に抵抗する。
 しかしそれもほんの一瞬の事で、ルイズに力負けした火かき棒は天井の取っ手に引っかかったまま地面へと下りていく。
 すると取っ手を中心に天井が長方形の形に開き、そのまま二階の廊下へとゆっくり降りていく。
 たちまち天井に取り付けられていた仕掛け階段が、微かな埃と共に二人と一本の前に姿を現した。

 やがて廊下まであと数サントという所で取っ手から火かき棒を外したルイズは、左手でグッと階段を廊下に設置させる。
 ゴトン!というやや大きな音と共に隠し階段は無事展開が完了し、彼女たちの前に屋根裏部屋へと続く入り口が完成した。
 一人で展開を終わらせたルイズは右手の火かき棒を再び壁に立てかけると、まるで一仕事終えたかのように一息ついた。

279ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:39:07 ID:NmbP2FGk
「ふぅ〜!…ランから火かき棒を渡された時はどうすりゃいいのよ…って思ったけど、案外私でもできるものなのね」
『いやいや、普通はお前さんほどの女子が一人でどうこうできるもんじゃねぇぞ』
「ってうか、その小さな体の何処にあんな重そうな階段を展開できる程の筋力があるのよ」
 良く考えれば凄い事をやってのけたルイズの言葉に、流石のデルフと霊夢も突っ込みを入れてしまう。
 これだけ立派な隠し階段だと、確かに大の大人でなければ満足に展開させる事はできないだろう。
 魔法を使うというのなら話は別になるが、知ってのとおりルイズはその手のコモン・マジックはできない。
 と、なれば自分の腕力だけが頼りになるが彼女ほどの女子では到底無理な事には違い無いはずである。
 それをいとも簡単にやってのけたルイズはやはり同年代の貴族達とは一味も二味も違うのだろう、主に体の鍛え方が。

 呆然とするしかないデルフと霊夢からの突っ込みに対し、ルイズは「失礼な事言うわね?」と腰に手を当てて怒ったように言った。
「こう見えても幼少期から乗馬やらアウトドアやったりと、そんじょそこいらの学生よりかは体を強いってだけよ」
 彼女の言う『アウトドア』というのは、ひょっとすればちょっとした『サバイバル』ではなかったのだろうか?
 霊夢がそんな疑問を抱くのを余所にルイズは一足先に階段へと二段ほど上がって、それから霊夢たちの方へと振り返る。
「とりあえず、後の話は夕食でも食べながらしましょう。いい加減、お腹も空いてきたしね」
「…まぁそうね。これ以上立ち話も何だし、私も色々と落ち着いて考えたい事があるし」
 ルイズの言葉に霊夢は何処か含みのある言葉を返しつつデルフを手に取り、彼女の後を続くように階段を上っていく。
 一瞬霊夢の口から出た『考えたい事』に首を傾げそうになったが、すぐに自分たちの金を盗んだあの少年の事だと察する。

 魔理沙が街中でキメラと戦う事になったキッカケの中に、その盗人の少年は出ていた。
 街中で別の人の財布を盗もうとしたところで、魔理沙が気づき、少年はその場を逃げ出したのだという。
 少年は必死に逃げ回ったものの、結局寂れた広場のような所で魔理沙は彼を追いつめたらしい。
 しかしタイミングが悪くキメラが現れ、それに隙を見せてしまったところあっさりと逃げられてしまったのだという。
 その後は話で聞いた通り怪物をひとまずは撃退したものの、結局少年は見逃してしまっている。
 結果的に窃盗犯を見逃すことにはなったが、危険な怪物を一時撤退に追い込んだ魔理沙の事は責められないだろう。
 最も、霊夢はそれを話す魔理沙に「もっと早く仕留めなさいよ」と愚痴を漏らしてはいたが。 

 きっとその事だと思ったルイズは、霊夢に話を合わそうとする。
「まぁ別に良いじゃない。…いや楽観視はできないけど、少なくともブルドンネ街にいるって証拠になるんじゃないの?」
「ん?…まぁそうなるんでしょうけど、だからといって隠れ家が分からない以上探すのは困難な事なのよ」
 先ほどアンリエッタに送る手紙の件で言ったように、霊夢にはまだ王都の構造をイマイチ把握できていなかった。
 街全体が大きすぎる為、空を飛んでも全体図を把握しにくいうえに上空からでは死角となる場所も多い。
 地の利は完全に盗人側にある故に、このままでは盗まれた金を持ち逃げされてしまうかもしれない。
 
 まるで残り時間のわからない時限爆弾ね。…霊夢が今の状況を内心で呟いた後、
 ルイズはあと一段で屋根裏部屋…という所で足を止めて、再び霊夢の方へと振り返って質問した。
「だからと言って、アンタの性分なら急に出てきた化け物を倒してたでしょう」
「…まぁね。だけど、魔理沙よりかは絶対に素早く仕留めれた自身はあるわよ」 
 何を今更…と言いたい質問に、霊夢はため息をつきつつそう答える。

280ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:41:04 ID:NmbP2FGk
 もしも自分が魔理沙の立場ならば、確かに少年の身柄を確保するよりも怪物を退治していたであろう。
 ただ、彼女のように自分の『魔法』でヘマするようなバカなマネは絶対にしないという事だけは誓える。
 さっさと怪物を始末して、そのうえで逃げ切れると思い込んでいる盗人を今度こそ捕まえる事ができただろう。
 軽く頭の中でシュミレートしつつ、やはり失敗はしないだろうと確信した霊夢は、ここにはいない魔理沙への文句を口走ってしまう。

「大体、自分の『魔法』で九死に一生な体験する魔法使いなんて、恥ずかしいにも程があるわよ」 
「流石霊夢、人の痛いところを容赦せず針で刺すように突いてきやがるぜ」

 突然後ろから掛けられた相槌に一瞬硬直した後、霊夢はスッと振り返る。
 そこにいたのは、階段の上から見下ろせる二階の廊下からこちらを見上げる魔理沙の姿であった。
 所謂怒り笑い…というヤツなのだろうか、無理に作ったような苦笑いを顔に貼り付けている。
 右の眉がヒクヒクと微かに動いているのを見るに、どうやら自分の言葉は丸聞こえだったらしい。
 まぁそれで対して焦る必要も無く、振り返った霊夢は酷く落ち着いた様子のまま戻ってきた彼女の一声掛けた。
「あら、いたのね魔理沙」
「いやいや、いたのね…じゃないだろ、そこは普通焦るもんじゃないのか?」
 
 思いの外話を聞かれても焦らない彼女を見て、思わず魔理沙本人は突っ込んでしまう。
 二人のやり取りを一番上から見下ろしつつ、巫女に対する魔法使いの突っ込みにルイズは納得してしまう。
 普通他人の文句を呟いておいて、その本人が気づかぬ間に傍にいたのなら普通は謝るなり焦るなりするものだ。
 しかし霊夢の場合、そんな事など何処吹く風と言わんばかりに冷静でまるで自分は悪くないとでも言わんばかりである。
 まぁ実際、彼女の事だから特に気にしてもいないのだろう。自分よりもそれを察しているであろう魔理沙はやれやれと首を横に振った。
「全く、一階から細やかな夕食セット三人前を運んで来たっていうのに、文句を言われちゃあ流石の私でもたまらないぜ」
 そんな事を言う彼女の両手はお盆を持っており、その上には出来立てであろう湯気を立てる『細やか』な食事を載せている。

 店の窯で焼いたであろうパンに、レタスとトマトのサラダ。
 小さめのカップ入ったポテトポタージュと、メインに頼んでいたタニア鱒のムニエル。
 ちょっとしたディナーにも見えるが、『魅惑の妖精』亭ならこれだけ頼んでも店らに置いてある古酒一瓶分よりも安い。
 更に店では魚の保存があまりできない為に、魚料理となれば肉料理よりもお手頃価格で食べられる。
 ルイズが選び、魔理沙が運んできた料理を一通り見た後で霊夢がポツリと呟く。
「一汁二菜…ご飯じゃなくてパンだけど、まぁ中々良さげなチョイスじゃないかしら?」
「いちじゅうにさい…?まぁ美味しそうなのを選んでみたけど、私としてはデザートが欲しかったところね」
 聞き慣れぬ言葉に首を傾げつつ、財布の中の残金がそろそろ危うくなってきたのを実感してしまう。

 デザートが無い事を惜しむルイズの言葉を聞いた所で、ふと霊夢は気が付く。
「ん?…ちょい待ちなさい。そのお盆の上の料理、どう見ても二人分しか無いように見えるんだけど」
「ように見える…というよりも、二人分しか乗せてないぜ。このプレートだと三人分は乗らないしな」
 成程、魔理沙の言うとおりお盆は二人分のセットを乗せるだけで精一杯の大きさである。
 という事は、先に二人分だけ持ってきてから最後に自分の分を持ってくるのであろうか?
 その時であった、二階の廊下にいる魔理沙の背後へと近づく人影に気が付いたのは。
 一瞬誰?と思った霊夢とルイズはしかし、それが見慣れた少女であったという事がすぐに分かった。

281ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:43:15 ID:NmbP2FGk
「わぁー!こうして夜中に階段を見上げると、いかにも秘密の隠れ家って感じがしますねー」
 魔理沙の背中越しに、隠し階段を見上げた黒髪の少女シエスタが目を輝かせて言う。
 その両手には魔理沙と同じくお盆を持っており、その上にはこれまた同じような料理が載っている。

「シエスタじゃない、まさかわざわざ魔理沙の事手伝ってくれてるの?」
「まさかって何だよまさかって?…まぁ、そのまさかなんだけどな」
 予想していなかったシエスタの登場にルイズは思わず声を上げ、魔理沙が代わりに言葉を返す。
 その後でシエスタはコクリと頷き、次いで前にいる魔理沙の横を通って隠し階段を上り始めた。
「流石に三人前の料理は一度に運べませんからね。…ついでだから、運ぶのを手伝う事にしたんですよ」
 流石学院でメイドとして働いているだけあってか、喋りながらもトレイを揺らすことなく屋根裏部屋へと上がってくる。
 それより少し遅れて魔理沙も階段を上り始め、暫し丈夫な隠し階段の軋む音が当たりに響く事となった。

 やがて一分もしない内に屋根裏部屋へと上がってきた彼女は、結構綺麗になった部屋の中を見て声を上げる。
 まだ部屋の端っこには若干埃が溜まっているものの、近づかなければそれが舞い上がる事もないだろう。
「へぇー、これってミス・ヴァリエールとレイムさん達で綺麗にしたんですか?思っていたよりも綺麗になってるじゃないですか」
「だろ?何せあれだけの埃やら色々なアレやらは、全部ルイズと霊夢が片付けてくれたんだぜ」
「何で掃除を一サントも手伝ってないアンタが誇ってるのよ」
 感心するシエスタに胸を張って説明する魔理沙にすかさず突っ込むルイズを余所に、
 デルフを足元に置いた霊夢は暫し屋根裏部屋の中を見回したのち、前から目をつけていた大きな木箱の方へと歩いていく。
 何が入っているのか分からないが、程よい重さのある長方形のそれは彼女一人でも楽に動かせる。
 埃も掃除の時に落として雑巾がけもしているので適当なシーツでも上から掛ければ、即席の長テーブルの完成である。
 最も、シーツはベッドに使っている物だけしかここにはないので完成に至ることは無いだろう。

 少し音を立てながらも、部屋の真ん中辺りにまで木箱を押した霊夢は一息つきながらもルイズ達に声を掛けた。
「ふぅ…魔理沙にシエスタ、悪いけどそのお盆の上の料理をこの上に置いて貰えないかしら」
「あ、はい!ただいま」
 霊夢からの要請にシエスタは慣れた様子で返事をし、次いで魔理沙も「はいよー」とついていく。
 二人が料理を配膳していく間に、霊夢はちゃっちゃとイス代わりになりそうな木箱を見繕う。
 といっても、既に掃除の時にある程度分けていたのためそこから適当なモノを選ぶだけである。
 これはルイズかな?と腰ほどの大きさしかない木箱を運ぼうとしたところで、そのルイズ本人の声が後ろから聞こえてきた。

「まさかとは思ってたけど、木箱を椅子やテーブル代わりにする日が来るだなんて…」
「ん?何なら床に直接腰を下ろして食べたかったの?」
「まさか、アンタじゃああるまいし」
 召喚して翌日以降、暫く目にした霊夢の食事姿を思い出しつつルイズは肩を竦めて言う。
 ある程度掃除したとはいえ、流石に屋根裏部屋の床に食説食器を置いて食事しようとは思わない。
 それならば、埃をしっかりと落として綺麗にした木箱をテーブル代わりした方がよっぽと衛生的である。
 霊夢もそれは理解しているのか、ルイズの言葉に「まぁそうよね」と同じように肩を竦めて言う。
「でも学院食堂の床よりは暖かそうじゃない」
「築ウン百年物のフローリングと、伝統ある魔法学院の食堂の床を比較しないでくれる?」
 霊夢の失礼な比較に文句を言いつつ、ルイズはシエスタたちがテーブルに置いていく料理を眺めてみる。

282ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:45:05 ID:NmbP2FGk
 こんな繁華街の酒場の料理にしてはとても見栄えが良く、そして美味しそうなモノばかり。
 我ながら良いチョイスした…と思った所で、ふとルイズはある違和感に気が付いた。
 即席テーブルの上に並ぶ料理が、もう一人分あるような気がする。というか、ある。

「ちょっとシエスタ、何か料理が一つ…多い気がするんですけど」
「はい?あぁ、それ気のせいじゃないですよ。だって私の分の賄いもありますし」
 自分の問いかけに対しそう返したシエスタにルイズは「あぁ、そう…」と納得しかけた直後、「え?」と目を丸くさせた。
 少し慌てて、違和感を感じた場所へもう一度目を向ける。確かに、自分の頼んだメニューとは少しだけ違う。
 サラダとスープは同じだが、パンは雑穀パンでメインの魚料理はラグドリアンナマズのフライになっている。
 タニア鱒より安価なラグドリアンナマズは、フライにしてもムニエルにしてもおいしい魚だ。
 そんな場違いな事を考えているルイズを余所に、準備を終えたシエスタは笑みを浮かべてルイズに話しかけてくる。

「実は戻ってきたマリサさんから、屋根裏部屋で食べるって聞いて…それで私も御同席しようと思ったんです。
 最初はダメだって言われたんですが、ミス・ヴァリエールと先に御同席の約束をしていたと言ったら…まぁそれならといった感じで、はい」

 一切隠し事をしていないかのような純粋で、今は厄介な笑顔を浮かべて言うシエスタ。
 何がはい、なのか?心中でそんな事を思いつつもルイズは咄嗟に言い訳役を押し付けた魔理沙を方を見る。
 自分の名前が生えす他の口から出た所で配膳を終えたばかりであった彼女は、お盆片手に肩を竦めた。
 彼女の顔は苦笑いを浮かべており、いかにも「仕方なかった」と言いたい事だけは何となくわかった。
 そしてルイズ自身背後からひしひしと感じる霊夢のキッツイ視線に、魔理沙同様肩をすくめるほかない。

 シエスタは今の自分たちの状況を知らない、本当に無関係な一般市民だ。
 更に彼女が自分たちとの夕食の同席を求めたのは、キメラが現れたという話を聞く前の事。
 客観的かつ一般市民の目線から見れば、朝にしていた約束を勝手に破った非は当然こちらにある。
 かといってこの街に現れた怪物の事を話し、下手に巻き込ませる事など言語道断である。

「さて、料理も配膳し終えましたし…私、水差しとコップを一階から持ってきますね」
 既に夕食を共にする気満々の彼女はそう言い残して、軽い足取りで二階へと降りていく。
 後に残るはルイズ達三人と、一言も喋らず状況見守っていたデルフだけ。
 そして即席テーブルには湯気を立てる料理がずらりと並べられている。
「――――…一体どういう事なのよ?」
 最初に口を開いた霊夢はそう言いながら、ルイズの方へと近づいていく。
 約束の事を知らない彼女にとって、シエスタの同席は本当に想定の範囲外だったに違いない。
 何せ先程、キメラの事やら盗人について今後どうしようかという話をしようと決めたばかりだったのだから。
 無関係なシエスタがいたら話はできないし、無理に話して巻き込ませるワケにもいかない。

 霊夢の鋭い睨みつけに、ルイズは思わず魔理沙に視線を向けるも彼女は肩を竦めて言った。
「私は一応無理だって言いはしたがな…結構無理に押し切られちまってこの有様よ」
『成程。…お淑やかな見た目とは裏腹に、押しには強いってワケか』
「何が成程、よ」
 三人のやり取りを耳に入れつつ、ルイズはこれからの事を想像してため息をつきたくなった。
 何せ夕食の同席だけでは済まない、シエスタの純粋で無垢な好意という相手と対峙しなければいけないのだから。

283ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:47:19 ID:NmbP2FGk
 
 陽が沈み、双月が無数の星と共に夜空を照らし始めて数時間が経つトリスタニア。
 チクントネ街の活気も最高潮に達し、それとバランスを合わせるかのように静まり返っていくチクントネ街。
 文明の灯りは繁華街に集中し、まるで羽虫の様に多くの人々がそちらへと集まっていく。
 ある労働者たちは酒場で安い酒と食事で乾杯をし、ある下級貴族は少し良い雰囲気の酒場で夕食を頂く。
 ブルドンネ街のホテルからやってきた観光客たちは、夏の熱気に浮かれて王都の夜の顔を満喫している。
 
 そんな賑やかながらも、どこか切ない一夏の夜で活気づくチクントネ街の―――地面の下。
 レンガ造りの地面と分厚い石壁に隔てられた先には、王都の下水道が走っている。
 地上の生活排水や生ごみ等が流れていく水は濁りきっており、とても人が住めるような環境ではない。
 それでも地上から滅多に出ないドブネズミやゴキブリたちにとっては最高の住処だ。
 冬は地上と比べて幾分か暖かく、そして時折通路に引っ掛る生ごみという御馳走まで手に入るのだ。
 地上では鼻つまみ者とされ駆除されやすい彼らにとって、これ以上贅沢な環境は無いだろう。
  
 王都の下水道を管理する処理施設の職員たちが使う通路と言う足場もあり、様々な場所へも行ける。
 それこそ旧市街地の何もない貧相な下水道から、ブルドンネ街の豊富で新鮮な生ごみをありつける下水道まで、
 時間は掛かるが、地上と違って恐ろしい天敵も少ないここは正に天国か楽園と例えられるだろう。
 だが――今夜に限って、彼らはその身を潜めてジッと隠れる事に徹していた。
 何かは良く分からないが、ここ最近になって現れた『怖ろしく見た事の無いモノ』に見つからない為に。 

 天井に取り付けられたカンテラが、仄かに汚れた水面を照らす下水道。
 一定の間隔をおいてぶら下がっているそれは、この暗い場所を明るくするには少々役不足なのかもしれない。
 丁度ブルドンネ街とチクトンネ街の境である場所の地下に造られた連絡通路の上で、シェフィールドはそんな事をふと考えてしまう。
 背後から聞こえる激流の音をBGМは鬱陶しいかと思えるが、いざ考え事をしてみるとそれ以外の雑音を掻き消してくれて丁度良い。
 いま彼女がいる場所は二つの街の下水が合流する場所で、更にその激流の上に造られた連絡通路に立っていた。
 細かい格子の鉄板で出来た床から下を覗けば、白く波立つ激流がポッカリと空いた穴の中へと落ちていくのが見えるだろう。
 この穴へ落ちていく水は更に地下を通って、処理施設が管理するマジック・アイテムで濾過されて綺麗な水へと戻っていく。
 浄化された水はそのまま海へと戻っていくか、もしくは一部の井戸水として人々の生活用水に再利用される。
 ここだけではなく、二つの街や旧市街地にも同じような穴がある為に余程の事が無い限り水害が起きる事は無いだろう。

 そんな穴の上の通路に佇み、一人考え事に耽る彼女が何故こんな所にいるのであろうか?
 別に考え事をするならこんな場所ではなく、地上で宿でも取ってそこで考えればいい筈だ。
 実際シェフィールド自身は既に宿を取っているし、こんな場所よりもずっと環境の良い部屋である。
 理由はたったの一つ―――彼女は待っていたのだ、自分の『手駒』が返ってくるのを。
 そんな時であった、ふと後ろから何か大きな物体が地面を這いずるような音が聞こえてきたのは。
「…………ん?どうやら帰ってきたようね」
 どうでもいい考え事に耽っていた彼女はすぐにそれを頭から振り払い、背後を振り返る。

284ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:50:38 ID:NmbP2FGk
 振り返った先には、ブルドンネ側の下水道へと続く通路がある。
 間隔を取って置かれている頼りない灯りに照らされた石造りの地面に、不自然な黒い影が映り込む。
 おおよそ人とは思えぬ丸すぎるシルエットは、例えるならばナメクジやナマコに近いと言われればそう見えるかもしれない。
 しかし、影に隠れた全身を見てしまえば誰もがこう思うだろう。こんな生物は見たことが無い、と。

 そして…もしもこの場に、この怪物と地上で一戦交えたであろう普通の魔法使いがいれば怪物を指さして叫んでいたであろう。
 こいつだよ、私の大捕物を一番いいところで邪魔した怪物は!―――と。

 シェフィールドは足元に置いていたカンテラの取っ手を右手で掴み、ついで左手の指を鳴らして灯りを点ける。
 彼女を中心にして周囲を明るくする文明の利器が、近づいてくる影の全身をその日で照らしだす。
 手足のない丸く黒いスライム状の体に黄色い二つの目玉が、爛々と輝かせてシェフィールドの元へと近づいてくる。
 普通なら悲鳴を上げて逃げ出すのであろうが、その怪物を照らしている本人は微動だにせずじっと凝視している。
 それどころか、その口許に薄らと笑みを浮かべてそのスライムの様な存在へと近づいていくではないか。
 対して怪物も近づいてくるシェフィールドを襲うつもりはないのか、プルプルとその体を揺らしていた。

 怪物と後一メイルというところまで近づいたシェフィールドの額に刻まれたルーンが、微かに発光し始める。
 やがて十秒と経たぬ内に額のルーンが、暗闇の中にでもハッキリと見えるようになるまで強く光り出す頃には、
 地上で魔理沙に襲い掛かっていた怪物は、まるでしっかりとしつけのされた大型犬のように彼女の前で停止していた。
「ご苦労様。あの黒白には手痛い目に遭わされたようだけど…、まぁ『ノウナシ』の状態だとあれが限界よね」
 怪物を見下ろしつつ一人呟くシェフィールドがもう一度左手の指を、勢いよく鳴らす。
 パチン!と小気味の良い音が広い空間に木霊し、ゆっくりと時間を掛けて消えていく。
 その音を聞いた直後だ。足元で大人しくしていた怪物はその体を揺らして、彼女の横を通り過ぎていく。
 這いずるしか移動方法が這いずるしかないその丸い体で器用に前へ進みながら、チクントネ街側の下水道へと向かおうとしている。
 
 シェフィールドも少し遅れて振り返り、向こう側へと行こうとする怪物の後姿をじっと見守っている。
 あと少しでチクトンネ街側の下水道通路の境目の手前まで来たところで、怪物は這いずっていたその体をピタリと止めた。
 下の激流が見える鉄板の通路から、石造りの通路へと切り替わる手前で止まった怪物は、じっと前方を見据えている。 
 すると、その前方の通路――少し遠くからコツ、コツ、コツ…と二人分の靴音が聞こえてきた。
 距離からして、恐らく一分も経たぬ内に靴音の主は進行方向の先にいる怪物と鉢合わせする事になるだろう。
「全く、散々人にデモンストレーションさせた挙句に…自ら姿を現して来られるとはね…泣かしてくれるじゃないの」
 シェフィールドはその靴音の主達を知っているのだろうか、慌てる素振りを全く見せていない。
 
 それから二十秒程経った頃であろうか、ようやく彼女の前に足音の主達が暗闇の中から姿を現す。
 やや時代遅れの灰色の羽根帽子に灰色のマントを羽織った貴族の男性で、顔に被っている仮面のせいで年までは分からない。
 もう一人は、この下水道ではあまりにも不釣り合いな灰色のドレスとマント着飾った貴婦人で、彼女もまたその顔に仮面を被っている。
 場所が場所で仮面を被っていなければ、モノクロ画で書かれた貴族夫婦のモデルとしてはうってつけの二人であろう。
 何せ靴の先端から帽子の天辺までほぼ灰色なのだ、ちゃんと色付きで描けと注文してもそれを受けた画家はモノクロ画で描くしかないのだから。

 シェフィールドは自分の前へ現れた二人組を見て、懐から懐中時計を取り出して見せる。
 そしてワザとらしく蓋を開けると、少し離れている彼らへスッと今の時刻を見せながら話しかけた。

285ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:52:05 ID:NmbP2FGk
「十分も遅れてやって来るなんて、一体どこでナニをしてらっしゃったのかしら?」
「貴族でないアナタには少し分からないかも知れませんが、ゴタついた案件を片付けるだけでも結構な時間が掛かるものでしてよ?」
「あら、そうでしたの?…案外、そんなアホらしい恰好をするのに時間を掛けていたのでなくて?」
 挑発的で聞く者が聞けば赤面しそうななシェフィールドの挑発に対し答えたのは、貴婦人の方であった。
 自分の隣にいる灰色の貴族を庇うようにして前に出た彼女は、相手からの売り言葉に対し買い言葉で返してみせる。
 それに対して、シェフィールドも再び挑発で返す…という悪循環に陥ろうとした所で、灰色の貴族が待ったを掛けた。

「おいおい、よさんかこんな所で!こんなしけた場所で喧嘩しても得られるモノはないんだぞ、キミたち」
「……失礼、見苦しい所をお見せしてしまいました―――灰色卿」
 声だけでも仮面の下の顔が分かってしまう程のしわがれている老貴族――灰色卿の言葉に、貴婦人は大人しく引き下がる。
 そして彼に一礼した後再び後ろへ下がると、次に灰色卿が一方前へ出てシェフィールドと向かい合った。
 彼と向かい合うシェフィールドも灰色卿に軽く一礼し、彼らの前にいる怪物を一瞥しながら話し始めていく。
「これはこれは灰色卿自ら起こしに来られるとは…よっぽど、今回ご提供する商品がお気に召したのですね?」
「まぁな。先にくれた商品を潰してしまってからは少し時間を置こうとは思っていたが…一つ早急に片付けねばならない事ができてな」
 彼女の言葉に灰色卿はそう答えて、自分たちの前にいる黒いスライム状の怪物――キメラへと視線を向けた。
 そしてマントの下に隠れていた右手を上げると、後ろに控えていた貴婦人がスッと彼の横を通り過ぎていく。
 
 鉄でできた床をハイヒールがコツ、コツ、コツ…と耳障りな音を立てて歩く灰色の貴婦人。
 歩く最中に灰色卿と同じくマントの下に隠していた右腕を、シェフィールドの前に曝け出してみせる。
 その右腕の先にある手にはどこへ隠していたのか、個人用の小さな旅行鞄の取っ手を掴んでいた。
 やがてシェフィールドとの距離が二メイルという所で貴婦人は足を止めるとそこで鞄のロックを外し、中身がシェフィールドに見えるよう開ける。
 開かれた鞄の中に入っていたのは、ぎっしりと詰め込まれたエキュー金貨であった。
 暗い下水道でも尚黄金の輝きを忘れぬ金貨を前に、流石のシェフィールドもへぇ…と声を漏らしてしまう。
 悪くは無い反応を見せてくれたシェフィールドを確認した後、貴婦人はスッと鞄を閉めて話し出す。

「まずは前金として四百エキューを差し上げます。貴女の提供したキメラがこちらの期待添えたら残りの後金三百エキューを…」
「つまり…合計八百エキューってことね…まずまずじゃない?ソイツの購入費としては少々釣り合わないけど」
 おおよそ並みの貴族が手に入れたのならば、半年間はドーヴィルのリゾート地で遊び暮らせるだけの額である。
 平民ならばそれだけの金額があれば私生活には絶対に困らないであろうし、節約すれは十年以上は働かずに暮らせてしまう。
 だが…シェフィールド本人の見解としては、それだけの金額を積まれてもキメラの代金としては『割に合わない』と感じていた。
 更に提供する際にこのキメラの『本体』もそっくりそのまま渡すようにと、敬愛するジョゼフからの伝言もある。
 となれば…八百エキュー『ぽっち』で手放してしまうというのは、あまりにも不平等というものなのではないだろうか?

 本当ならばここでその事を告げた後でしっかり説明をし、金額を上げるよう要求するのが普通であろう。
 しかし正直なところ、シェフィールドにとって金というモノはダダを捏ねて欲しがるものでもなかった。
 本当ならばキメラもただで渡して、その扱いに関しては素人な連中がどう扱おうのか見物したいのである。
 あくまで金銭を要求するのは、相手側にちゃんとした取引だと思わせる為だ。

286ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:55:00 ID:NmbP2FGk
「失礼、灰色卿。…アナタは我々の提供するキメラを少し過小評価しているのではありませんか?」
 だからこうして、ワザとらしく首を軽く傾げて灰色卿に質問をするのも演技の内であった。
 最も…質問の内容に関しては演技の外であり、制作に携わった一人としての疑問であるが。
 シェフィールドからの質問に対し老貴族は暫し唸ったのち、渋々と返事をする。
 
「まぁな。見た所このナリじゃあ我らが要求しているような仕事を満足にこなせるとは…思えん。
 それに先の戦が原因で他の者たちはキメラに対して懐疑的になっておる、これ以上の捻出はちと難しいのだ」
 
 彼が言いたい事は即ち二つ。要求する任務を達成できるのかという事と、財布の紐が硬くなってしまった事だ。
 恐らく今回の八百エキューも灰色卿自身の口座から引き出したものに違いない、とシェフィールドは察する。
 集団ならまだしも、例えトリステインの古参貴族でも八百エキューは充分に大枚の範囲内だ。
 と、なれば…これ以上駄々を捏ねても金は出ないだろうと予測した彼女は、ひとまず八百エキューで治める事にした。
 それよりも許し難いのは…最初に行っていた、あのキメラに要求した任務を達成できるのか…という事についてである。
 これに関しては先にも述べた様に、制作に携わった人間の内一人としては一言申したい気分であった。
 少なくとも以前渡したキメラとは、性能で天と地の差があるという事を教えてやらなければいけない。

「これはこれは…随分と心配性だこと。よっぽどそのキメラの形状に不満があるようですね?
 けれどご安心を、いまご覧になっている姿はいわば本気をだしていない不完全状態…私達は『ノウナシ』と呼んでいます」

 不敵な笑みを浮かべるシェフィールドの口から出た言葉に、灰色卿はマスクの下で怪訝な表情を浮かべる。
 『ノウナシ』…とは、これまた酷い呼び名である。恐らくは「能無し」か「脳が無い」のどちらか…或いは両方から取ったのだろう。
 こうして目の前にいる個体を見てみると、黄色に光る目玉以外の臓器が体の中にあるとは思えない。
 成程、確かに『ノウナシ』という呼び名はこのキメラにうってつけであろう。脳が無いから命令も伝わらない能無しなのだから。
 そんな事を考えながらキメラを見下ろしていた灰色卿に、しかし…とシェフィールドは話を続けていく。

「最初に言ったようにそれはあくまで不完全状態でのあだ名、ならば…『ノウ』がないのなら゙戻しでやればいいだけの事」
 彼女がそう言って左手を軽く上げると、そこから三度目のフィンガースナップを決めて見せた。
 パチン!という音が下水道内に響き渡り、それは合図となって近くの暗闇に潜んでいた『何か』を引きずり出す。
 一体何が起こるのかと訝しんでいた灰色卿たちは、シェフィールドの背後から近づいてくるその『何か』に気が付いた。
 最初こそ遠すぎで何が何だか分からなかったものの、やがて『何か』が彼女の横にまで来たとき…その正体を知ってしまう。

「――…!灰色卿…!」
「これは…」
 瞬間、それを目にした貴婦人は仮面の下からでも分かる程に驚愕し、灰色卿も動揺を見せてしまう。
 それ程までにその『何か』はあまりにもインパクトがあり、そして見る者を震え上がらせる程におぞましいものであった。
 二人の反応を目にし、ひとまずは上々と感じたシェフィールドは口の端を吊り上げ一礼しつつ言葉を放つ。

「こいつが『ノウナシ』から『ノウアリ』の状態になれば、あなた方のご期待に答えられる活躍をする事でしょう。
 ご安心くださいな、灰色卿。こいつの得意とする専門分野は、今のアナタにうってつけである事に間違いは無い筈です」

287ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:57:08 ID:NmbP2FGk
以上で、90話の投稿を終わります。
2017年は色々とありましたが、今年は無事大晦日に投稿できました。
来年もきっと、こんな感じのペースで投稿を続けていくと思います。

それでは皆さん、良いお年を。ノシ

288ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/03(水) 21:49:08 ID:VAroRz/.
あけましておめでとうございます。2018年最初の投下を行います。
開始は21:52からで。

289ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/03(水) 21:52:13 ID:VAroRz/.
ウルトラマンゼロの使い魔
第百六十一話「ガリア王国の大決戦」
死神
最強合体獣キングオブモンス
巨大顎海獣スキューラ
骨翼超獣バジリス
破滅魔虫カイザードビシ 登場

「グギャアーッ! グギャアーッ!」
『はぁぁぁッ!』
『せいッ!』
『うらあぁぁぁぁッ!』
 ミラーナイト、ジャンボット、グレンファイヤーの三人はカイザードビシの大群に対し、
勇猛果敢な戦いぶりを見せつける。片っ端から各々の必殺攻撃を決め、爆砕し撃破していく。
 だがどれだけ倒そうとも、一向にドビシの群れが減る気配はない。屈強なる戦士たちも
徐々に疲労が見え始め、じりじりとカイザードビシに押されるようになってしまう。
「グギャアーッ!」
『ぐわああああああッ!』
 複数のカイザードビシの光線の砲火がミラーナイトたちを襲い、三人は爆発に呑まれて
絶叫を発した。
『みんな! くッ……!』
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
 一瞬仲間たちの方へ振り向いたゼロだったが、助けに行くことは出来なかった。彼も
キングオブモンス、スキューラ、バジリスの三体を同時に相手していて、とても手を離せる
状態ではないのである。
「セェアッ!」
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
 ゼロの鋭い拳がキングオブモンスに打ち込まれるが、キングオブモンスはあっさりと弾き
返した。元々「ウルトラ戦士を上回る怪獣」として設計された大怪獣であるので、そのパワーは
並大抵の怪獣とは比較にもならないほどなのだ。
「キイイィィッ!」
「キ――――――――!」
 キングオブモンスに押されたところにスキューラの突進と飛行するバジリスの光球爆撃を
食らい、ゼロは悶絶。
『ぐおおうッ!?』
 一体だけでも手強い怪獣が三体も集まれば、ゼロの苦戦はむしろ当然の話であった。
「くッ……!」
 才人もまた、ゼロたちの苦闘に顔を歪めていたが、彼も彼で全ての元凶たるジョゼフに
意識を集中しなければならなかった。
 しかし、憎いほどの相手を前にしているというのに、才人は当惑を覚えていた。それは、
ジョゼフの表情があまりに空虚であるからだった。タバサを散々いたぶり、苦しませた男と
聞いて、悪魔のような人間だと想像していたのに……長身の体躯に反して、ちっぽけな人間の
ようにすら見えるのだ。
 だがどんな相手であろうと、今起きていることは止めさせなくてはならない。才人は己に
活を入れ、パラライザーの銃口をジョゼフに合わせた。
「その石から手を離せ! 怪獣たちを止めろ!」
 脅しを掛ける才人だったが、ジョゼフはまるで聞こえていなかったかのように才人を評し始める。
「まぶしいくらいに、まっすぐな目をしている。全く顔は違うが、どことなくシャルルに
似ているな。おれにもお前のような頃があった。大人になれば、己の中の正義が、心の中の
いやしい劣等感を消してくれると思っていた。だが、それは全くの幻想に過ぎなかった」
 才人には、ジョゼフの独白につき合っている時間はない。ジョゼフの石を握る手を狙って
パラライザーを撃つ。
 しかし光線は、空を切った。突然、本当に突然、ジョゼフの姿が消えたのだ。

290ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/03(水) 21:55:22 ID:VAroRz/.
「なッ!?」
「こんな技を、いくら使えたからと言って、何の足しにもならぬ」
 ジョゼフの声は背後からした。才人は振り向きざまにデルフリンガーを一閃したが、ジョゼフの
姿はマストの上にあった。
 才人は、カステルモールからの手紙の最後の一文を思い出していた。ジョゼフは、寝室から
一瞬で中庭に移動してのけたという。
「この呪文は“加速”というのだ。虚無の一つだ。なにゆえ神はおれにこの呪文を託したので
あろうな。まるで“急げ”とせかされているように感じるよ」
 技の正体を、ジョゼフ自ら口にした。
 しかし、原理が分かっても才人にはまるで対応が出来ない。いくら銃を撃ち、剣を振っても、
その瞬間にはジョゼフは別の場所に移動しているのだ。スラン星人を思い出す速度……いや、
それ以上だ。才人の目には、ジョゼフの残像すら映らないのだ。
 ジョゼフの魔法は極めて単純だが、それ故に弱点が見当たらない。
「少年、おれにはおれの仕事があるのだ。そろそろ終わりにさせてもらう」
 ジョゼフが短剣を抜いた。並みの相手ならば簡単に処理できるようなちっぽけな武器ですら、
ジョゼフが手にしたら急所を確実にえぐる最悪の凶器に変わる。
 絶体絶命の淵に立たされた才人。――だが、彼もカステルモールがもたらした情報から、
何の用意もしていなかった訳ではない。
 今こそゼロが施してくれた特訓の成果を見せる時だと、才人は己の両目を閉じた。
「ほう、覚悟を決めたか。潔いな」
 ジョゼフは才人が降参したものと思ったが、才人は強く否定する。
「違うぜ。これはお前の虚無を破るための技だ!」
「ほう、技だと?」
「俺の生まれた世界には“心眼”って言葉があってね! 掛かってこいジョゼフ! お前の
動きなんか心の目で見切ってやるぜ!」
 一瞬で移動するというジョゼフに対抗するために、ゼロが授けてくれた技。それが、フリップ
星人の分身術を破るためにウルトラマンレオが体得した奥義、“心眼”だ!
 人間は外部の情報の大部分を視覚から得る生き物であるが故に、目で捉えられないものには
極めて弱いし、視界とは己の前方しかカバーしていない。しかし視覚以外の感覚を研ぎ澄まし、
かすかな音や空気の流れなどを捉えられるようになれば、相手がどこにいようと幻覚を用いよう
とも、一切惑わされることはない。常に真実の姿を捉える。これこそが心眼の極意だ!
(まぁ論理としちゃあ理には適ってるのかもしれんが、本当にこれが上手くいくのか……?)
 しかし、才人に握られるデルフリンガーは内心戦々恐々としていた。才人自身も極度に
緊張していることが、柄を包む手の平から伝わってくる。
 心眼は、口で言えば簡単に聞こえるかもしれないが、実際にそこまでのレベルに到達するには
それこそ超人的な身体能力と精神力が必要となる。ましてや、才人の心眼はこの一日二日程度で
こしらえた付け焼き刃だ。更には、超高速で動き回るジョゼフの接近に完璧に合わせたタイミングで
剣を振らないと結局意味がない。依然として才人は圧倒的不利のままだった。
 様々な凶悪能力を駆使する敵に、その度に急ごしらえの対応策で立ち向かっていたという
レオも、今の自分のような極度の緊張状態にあったのだろうか……と、才人は一瞬感じていた。
「面白い。ならばやってやろう」
 ジョゼフが動いたのを感じ取った! その瞬間、才人は己の本能が命ずるままに剣を振り下ろす!

 ほんのかすかな時間が、永遠とも思える空白に思えた。そして――。

「ぐうおぉッ!?」
「ジョゼフさまッ!!」
 短い悲鳴と、ミョズニトニルンの叫び声が耳に入った。才人が目を開くと――短剣を握っている
ジョゼフの腕だけが、甲板に落ちているのが見えた。

291ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/03(水) 21:58:30 ID:VAroRz/.
 才人のひと太刀は、見事ジョゼフを捉えたのだ!
「やったッ!」
「よくやった相棒! いやほんとにおでれーたよこれは! 大金星じゃねえか! 虚無に
打ち勝つなんてよ!」
 才人もデルフリンガーも歓声を抑え切れなかった。しかしまだ勝った訳ではない。才人は
気を引き締め直して、ジョゼフの足をパラライザーで撃った。これでもういくら加速しよう
とも無意味だ。
「お前の負けだ。もう一度言う、怪獣を止めろ。そしてタバサに謝ってもらうぞ」
 身体が麻痺して片膝を突いたジョゼフに言いつける才人。最早、どんな愚者が見てもはっきり
しているくらいに勝敗は決している。
 それでも、ジョゼフは才人に耳を貸さなかった。
「止められん……今更止まれるはずがなかろう。おれは最期の一瞬まで、絶望に向かって進み続ける」
「まだそんなことをッ!」
「ああ、そうだ……。こんなことになってしまうくらいだったら、初めからこうしていれば
よかったのだろうな。おれの迷宮に出口がないのならば……おれごと壊してしまえば」
 ジョゼフが残った腕で、麻痺していても手放そうとしない赤い球が禍々しく光り出した。
しかもその閃光は、フリゲート艦を覆っている。
 才人は途轍もない悪寒に襲われた。
「自爆する気かよ!?」
 ジョゼフの反対の腕も切り落とし、無理矢理にでも阻止する!
 そのために身を乗り出していた才人だったが……いきなりの事態の変化に、思わず足を
止めてしまった。
 どこまでも虚ろだった顔のジョゼフが、急にどこか遠い場所に意識を向けたかと思うと……
その目から、ぼろぼろと涙がこぼれて止まらなくなったからだ。
「な……何であんた、泣いてるんだ……?」
 訳が分からずについ尋ねかけると、ジョゼフはそれで自分が泣いていることに気がついたようだった。
「泣いてる……? おれは泣いているじゃないか。ははは……。あれほど疎ましく思っていた
虚無が出口を見つけるとは、あっけなく、何とも皮肉なものだ」
 才人にはやはり、ジョゼフに何が起こったのかは分からなかった。ただ……誰かの虚無の力が、
ジョゼフの顔に、人間らしい感情をよみがえらせたということは理解した。
 ルイズではないだろう。ティファニアも違う。であれば、ジョゼフに魔法を掛けたのは……。
 その時に、守備のガーゴイルを破ってタバサたちが艦上に乗り込んできた。聖堂騎士団は
すぐさまジョゼフを取り囲んで杖を向けたが、ジョゼフは力なく座り込んだままで、最早反撃の
意志すら見せなかった。
 ジョゼフの正面にタバサが立つ。それで顔を上げたジョゼフは、己の被っていた冠を脱いで、
彼女の足元に置いた。
「シャルロット。長いこと、大変な迷惑を掛けた。詫びのしるしにもならぬが……受け取ってくれ。
お前の父のものになるはずだったものだ。それと……お前の母のことだが。ビダーシャルという
エルフが、おれの動向の監視のためにまだガリアにいるはずだ。そいつに薬を調合してもらえ。
おれからの最後の命令……いや、頼みだと言ってな」
「……何があったの?」
「説明はせぬよ。お前の父の名誉に関わることだからな。だがもう、終わった。全ては終わったのだ。
おれはもう、地獄を見る必要はなくなった。後は、お前がおれを気の済むように扱えば、それでよい」
 ジョゼフは笑みを浮かべて、タバサに首を差し出した。
「この首をはねてくれ。それで、本当に全て終わりだ」
 タバサはもちろんのこと、この場の全員が、ハルケギニアを恐怖と混沌で呑み込もうとしていた
悪の権化と思われていたジョゼフの、あまりにも穏やかな様子に、理解が追いつかずに立ち尽くしていた。

292ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/03(水) 22:01:15 ID:VAroRz/.
 そしてタバサは、父を殺した憎い仇の首を前にして、

 ザンッ、と鈍い音が響き、ジョゼフの首が甲板に転がった。

「……!?」
 噴き出た鮮血が、ジョゼフの正面に立っていたタバサの頬を濡らした。しかしジョゼフの
首を落としたのは、彼女ではなかった。
 禍々しい光刃がギロチンとなって降ってきたのだ。驚愕した才人たちが見上げると、崩れ落ちた
ジョゼフの胴体の上方には、死神が浮遊していた。
「何だあいつ……!?」
「気をつけて! あれこそが、ジョゼフの裏にいた真の敵……真の悪ですッ!」
 既に死神の底知れない敵性を見抜いているアンリエッタが警告を飛ばした。
 その死神は、アンリエッタに向けていた侮蔑はそのままに、表情を憤怒に染めてジョゼフの
遺体を見下ろしていた。
『下らないッ! 実に下らない! 我々が世界を滅する力を与えてやって、望みを叶えてやろうと
したというのに! ここまで来ておいて、終わっただと!? やはり人間なんぞに任せたのが間違い
だった! 肝心なところで役に立たんッ!』
「ジ……ジョゼフ様ぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
 麻酔が薄れてきたミョズニトニルンがあらん限りの絶叫を発した。死神は彼女も含めて、
この場の人間たちに汚物でも見るかのような冷え切った目を向けた。
『人間ッ! 宇宙の病原菌ども! ゴミ屑! 見るも汚らわしい汚泥風情がッ! 貴様らが
吐息をする度に虫唾が走るッ! 最早貴様らの悪臭には我慢がならんッ!』
「な、何言ってやがんだ、あいつ……」
 死神が怒濤のように発する侮辱の言葉の数々に、才人たちはむしろたじろいでいた。恐怖の
視線を集める死神は両の腕を掲げ、諸手に暗黒の力を宿す。
『こうなれば我々が直々に貴様らをこの世から残らず消してくれる! 一匹たりとも、生かしては
おかんッ!!』
 そして死神から闇の波動が飛び、それがカルカソンヌを襲う怪獣たちに浴びせられ――
怪獣たちの勢いが強まった!
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
「キ――――――――!」
「キイイィィッ!」
「グギャアーッ! グギャアーッ!」
 怪獣たちは急激に高まった暴力によって、ゼロたちをはね飛ばす。
『ぐわあぁぁぁぁッ!?』
 キングオブモンスのぶちかましで地に叩きつけられたゼロのカラータイマーが赤く点滅し出した。
「ぜ、ゼロッ!」
 死神の力によって強力化した怪獣に窮地に追い込まれた仲間たちの姿に、才人が叫び声を上げた。

 その頃、マルチバースの一つの内にある地球では、藤宮博也が再び高山我夢の研究施設を
訪ねていた。
「藤宮!」
「我夢……俺が来た理由は、もう分かってるだろう」
 格納庫で我夢の前へとやってきた藤宮のひと言に、我夢はうなずき返す。
「ああ。君のアグレイターも、これと同じように光り出したんだろう?」
 我夢が取り出したのはエスプレンダー。それと同じ変身アイテムである藤宮のアグレイターも、
ランプ部分が明滅を繰り返した。
「この反応は、遂に僕たちが必要とされる時が来たということだ。このアドベンチャーもね」
 照明に照らし出されているアドベンチャー二号を見上げる我夢。アドベンチャーは既に
完成しており、整備も万全だ。いつでも発進できる状態にある。
「すぐに行こう。時間の猶予はないみたいだ。この光が、俺たちを導いてくれる」
「ああ。でも藤宮、玲子さんには挨拶してきたのかい?」

293ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/03(水) 22:03:42 ID:VAroRz/.
 二人乗りに改造しておいたアドベンチャーに乗り込みながら尋ねた我夢に、藤宮は苦笑
しながら返した。
「すぐに帰るとだけな。俺たちは死にに行くんじゃないからな」
 それに我夢も苦笑を浮かべた。
「それはそうだ。僕たちは、世界を救いに行くんだからね!」
 我夢と藤宮が乗り込むと、アドベンチャーが機動。機体両脇のホイールを高速回転させて
時空間のひずみを作り出し、時空と時空の境の超空間に入り込む準備を行う。
『行ってらっしゃいませ、ガム、フジミヤ』
 時空を超えた旅に出る二人を見送るのはPALのみ。しかし我夢たちにはそれだけで十分であった。
 彼らは、必ずこの世界に帰ってくるのだから。
「行ってくるッ!」
 我夢の返事を合図として、アドベンチャーは空間の壁を超えて別世界へと移動していった。

 死神の魔力によって怪獣の暴威が激化したことで、タバサはジョゼフから転げ落ちた赤い
球へと駆け出した。
(あの球は……!)
 見覚えがある。大きさや形は違えども、ファンガスの森を怪獣だらけにしたという、あの球と
同じものに違いない。ならば、あの時のように怪獣を倒す勇者――ウルトラマンを呼ぶことが
出来るはずだ。ゼロたちのピンチを救うには、それ以外方法がない。
 しかし、タバサの手が触れるその寸前に――赤い球は死神の魔力をぶつけられ、消滅してしまった。
「あッ……!?」
『思い通りにさせるものか、馬鹿めが! 一度出したものを消す機能はないが、『奴ら』を
呼び出されるようなことは絶対にあってはならんからなッ!』
 タバサの希望を消し去ってしまった死神は、地上のキングオブモンスに向かって命令を飛ばす。
『そして貴様らにこれ以上余計な真似はさせん! さぁ、やれぃッ!』
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
 バジリスとスキューラがゼロを抑えつけている間に、キングオブモンスがフリゲート艦に
向けてクレメイトビームを発射! フネは一瞬にして木端微塵にされた!
「うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――ッ!!」
 当然才人たちは空中に投げ出される。シルフィードや聖堂騎士のペガサスらが慌てて放り
出された人たちを受け止めていくが、そこにバジリスが光球を撃ち込もうとしている。
『やめろぉぉッ!』
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
 必死に止めようとしたゼロだが、キングオブモンスの尻尾に殴り飛ばされた。
『ぐわぁぁッ!』
 バジリスは光球を発射! 才人たちを受け止めたところのシルフィードたちは、とても
かわす余裕がない!
 誰もが絶望する、そんな状況であったが、ルイズは決してあきらめなかった。
「こんなところで、わたしたちは終われない! 奇跡よ起きてッ!」
 呪文の一文字目すら詠唱する暇もないが、それでもルイズは自分の杖を振り下ろした。
「光よぉぉぉぉぉッ!!」
 その刹那、杖にまばゆい光が生じた――。

 エスプレンダーとアグレイターの光の波長が導く先へと目指しているアドベンチャーの機内で、
我夢と藤宮の手にしているその二つのランプが、完全な輝きを発した。
「! 我夢ッ!」
「ああ! 行こう藤宮ッ!」
 二人は本能的に、変身アイテムを手にする腕を伸ばして、持てる限りの声と力で叫んだ。
「ガイアアアアァァァァァァァァァァッ!!」
「アグルルウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」

 バジリスの光球が才人たちへと飛んでいく、まさにその時、空の一角にワームホールが開かれた。
『何ッ!?』

294ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/03(水) 22:06:16 ID:VAroRz/.
 驚愕する死神。そのワームホールからは、彼にとって忌々しい赤と青の二つの光が飛び出して
きたからだ。
 二つの光は光球にぶつかることで消し去り、才人たちを救った。
「あの光は!?」
 赤と青の光に、才人たちも、ゼロたちも一瞬目を奪われた。
 二つの光は破壊される街の中心に急降下していき、二人の巨人へと変身する!
「デュワアッ!」
「オアァァッ!」
 盛大に土砂を巻き上げながら、大地に力強く立ち上がった赤と青の巨人。タバサはその
赤い方の姿を、今になってもしかと記憶に刻み込んでいた。
「あの時の……ウルトラマン……!」
『ウルトラマンガイア! ウルトラマンアグル!』
 ゼロが名前を叫んだ。彼らは、死神が属する宇宙の悪魔、根源的破滅招来体から地球という
命の星を護り抜いたウルトラ戦士たち。我夢と藤宮が今一度変身を遂げたガイアとアグルである!
「赤い球がなくても……助けに来てくれた……!」
 タバサは再び遠い世界から助けに駆けつけたガイアに、強い感動を覚えた。
「デュワッ!」
 ハルケギニアの地に降り立ったガイアとアグルは、即座にクァンタムストリームと青い光球、
リキデイターをカイザードビシに繰り出した。
「グギャアーッ!!」
 二人の攻撃は、数体もいたカイザードビシを瞬く間に燃やし尽くして全滅させた!
『すげぇ……!?』
 ガイアとアグルの攻撃の威力に仰天するグレンファイヤーたち。だが二人の力は、こんな
ものではなかった。
『行くぞ、藤宮!』
『ああ!』
 ガイアとアグルは互いの手の平を重ね合わせ、エネルギーを統一させる。そして反対側の手を
ピンと伸ばし、ドビシが埋め尽くす空に光線を発射した。
 二人の絆の象徴、合体光線タッチアンドショットが、一発でドビシの群れを焼き払って
空に本来の青い色を取り戻した!
「そ、空が晴れた! すごい!」
 ルイズたち人間は皆、ガイアたちの想像をはるかに超えるパワーに驚嘆する他なかった。
奇跡の巨人ウルトラ戦士といえども、一瞬にして空を取り返すほどだとは!
「すげぇぜ、ガイアとアグル……! 『俺たち』も、負けてられねぇ!」
 感動した才人はシルフィードの背の上で、ゼロが置いていったウルトラゼロアイを自分の
顔面に取りつける。
「今行くぜゼロ! デュワッ!」
 才人の身体も光に変わり、ゼロの元へと飛んでいって彼のカラータイマーと融合する。
 その瞬間、才人のエネルギーによってカラータイマーの色も青に戻った!
『助かったぜ、才人!』
 一気に力を取り戻したゼロはまず、カイザードビシを延々抑え込んで満身創痍のミラーナイト
たちのところに回る。
『ありがとうな、お前ら! ここから先は任せてくれ!』
『分かりました……! ウルトラマン、あなた方に託します!』
『我々の分も頼んだぞ!』
『これで負けたら承知しねぇからな!』
 ミラーナイトたちはゼロたちウルトラ戦士を信じて撤退していく。そしてゼロは、ガイアと
アグルの元へと駆け寄って二人と並んだ。
『よく来てくれたな、ほんと助かる! ガイア、アグル、一緒にこの星を救ってくれ!!』
 ゼロの呼びかけにガイアたちはしっかりとうなずいて応じ、キングオブモンス、バジリス、
スキューラに向けて構えを取る。
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
「キ――――――――!」
「キイイィィッ!」
 三大怪獣は正面からウルトラ戦士を迎え撃つ姿勢だ。
 計り知れない闇の力によってどうにも、こうにも、どうにもならない状況だったのを見事
逆転したガイアとアグル。しかしハルケギニアの明日を巡るガリア王国の大決戦は、まだ
始まったばかりなのであった!

295ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/03(水) 22:07:21 ID:VAroRz/.
ここまでです。
お久しぶりなウルトラマンガイアさん。

296ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/09(火) 00:14:43 ID:yp5NyY2s
こんばんは、焼き鮭です。今回の投下をさせてもらいます。
開始は0:18からで。

297ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/09(火) 00:18:20 ID:yp5NyY2s
ウルトラマンゼロの使い魔
第百六十二話「ハルケギニアはウルトラマンの星」
死神
最強合体獣キングオブモンス
巨大顎海獣スキューラ
骨翼超獣バジリス
根源破滅天使ゾグ 登場

 根源的破滅招来体。それはある次元宇宙の地球を外宇宙より突如として襲った、謎の存在。
ワームホールから送り込まれた宇宙戦闘獣コッヴを皮切りに、様々な種類の怪獣による攻撃、
電子生命体や精神寄生体を用いた工作活動、人間に対する洗脳などの心理攻撃、果ては天体生物に
よって地球そのものの破壊を狙うといった、ありとあらゆる手段で地球人類の抹殺を目論んだ。
 その正体は、最後まで不明のままであった。どんな姿をしているのか、本拠地はどこなのか、
何故執拗に人間の抹殺を図ったのか、その全てが今もなお謎に包まれている。しかし地球に生きる
ものたちが根源的破滅招来体の最大の戦力を撃破して以降は、一度の例外を除いて地球にその魔の
手が伸ばされることはなくなった。地球は救われたのである。
 ――だが、やはり根源的破滅招来体そのものが壊滅した訳ではなかった。今度は次元震によって
一時的につながった別宇宙にある惑星ハルケギニアを狙い、再度活動を再開したのであった! 
その尖兵として送り込まれた死神は、強烈な破滅願望を抱いていたジョゼフに目をつけ、アルビオンを
通してヤプールを裏から利用させたり、願望を実現する赤い球を授けて次々と怪獣を召喚させたりと
いった支援を……いや、いいように利用していた。そして今、弟の真実を知って心を入れ替えた
ジョゼフに見切りをつけ、彼を粛清するとともに遂に自らが人類絶滅に乗り出した。
 しかし根源的破滅招来体と同じ宇宙から、次元を超えて希望がやってきた! 彼らの名は
ウルトラマンガイアとウルトラマンアグル。根源的破滅招来体に正面を切って戦い、長い苦闘の
末に勝利をもぎ取った英雄なのだ。
 ガイアとアグルはハルケギニアの人々の命を守るために、ゼロとともに今再び根源的破滅
招来体の陰謀に立ち向かうのである!

「デュワッ!」
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
「デアァッ!」
「キイイィィッ!」
「セェアッ!」
「キ――――――――!」
 次元の彼方の地球から時空を超えて、ハルケギニアを救いに来てくれたガイアとアグル、
それと並んだゼロが同時に三体の怪獣に飛び掛かっていった。怪獣たちはウルトラ戦士一人
ずつを迎え撃ち、それぞれ一対一の構図となる。
 ガイアが突進してくるキングオブモンスの首を抑えて止め、アグルが素早くスキューラの
上にまたがって頭頂部に拳を打ち込み、ゼロはデルフリンガーを召喚してバジリスのカマと
鍔迫り合いする。
「すごい! 三人ものウルトラマンが怪獣と戦ってる!」
「あの二人もゼロの仲間だろうか!」
「そうに決まってるさ! 行けぇウルトラマンッ! 怪獣を倒せぇーッ!」
 怪獣軍団の脅威に見舞われていたロマリア、ガリア両軍の兵士たちは三人のウルトラ戦士の
そろい踏みに興奮し、互いに立場を忘れてゼロたちの応援の声を力いっぱいに飛ばしていた。
 シルフィードの上のルイズも歓喜しながらも、ガイアとアグルの参戦に非常に驚いていた。
「この状況に助けに来てくれるなんて! 彼らはどこから来たウルトラ戦士なのかしら?」
「……」
 タバサは呆けたように、しかし頬をかすかに朱に染めて、特にガイアの勇姿に見入っていた。

298ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/09(火) 00:20:50 ID:yp5NyY2s
「オアァァァ―――――!」
「キイイィィッ!」
 スキューラを抑え込んだアグルがヒコーキ投げを決め、地面に盛大に叩きつけた。反撃に
転ずるかと思われたアグルだが、予想に反し背を向けたまま一直線に逃走していく。
「フッ!?」
「キイイィィッ!」
 スキューラはリネン川の下流へ向かって走っていき、川が一旦途絶える湖畔に飛び込んだ。
アグルはそれを追いかけて飛び、自らも湖の中に突入する。
「デェェアッ!」
「キ――――――――!」
 ゼロの剣圧に押されたバジリスは、急に羽を広げて飛翔。高スピードではるか上空へと
上昇していく。
『待ちやがれッ!』
 ゼロはデルフリンガーを戻して追跡。ぐんぐんと高度を上げていくバジリスとゼロが、
ルイズたちの前方を通り抜けていった。
「きゃッ!」
 一瞬発生した気流に煽られるルイズたち。バジリスとゼロはそのままどんどん小さくなって
いき、遂には大気圏を抜けて宇宙空間に戦いの場所を移した。
「ゼロも、青いウルトラマンも行っちゃったわ……!」
 アグルとゼロがルイズたちの目の届かない場所へ移動していったことで、人間たちの視線は
自ずと、ガイアとキングオブモンスの対決に集まることとなった。
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
「デュッ!」
 自身に肉薄しているガイアに、キングオブモンスは腹部に縦二列に並ぶ牙を伸ばして突き
刺そうとする。だがガイアはその牙をはっしと受け止めた。
「オオオオオ……! デヤァァッ!」
 そして牙を掴んだまま、キングオブモンスの巨体をバックドロップ!
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
「おぉぉッ!」
 脳天から叩きつけられるキングオブモンス。戦いを見守る人間たちからは一斉に驚嘆の
声が発せられた。
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
 すぐに起き上がったキングオブモンスはクレメイトビームで反撃。しかしそれを読んでいた
ガイアのウルトラバリヤーがビームを乱反射して防ぎ切る。
 最大の攻撃を防がれたキングオブモンスが一瞬たじろいだ。

「デュアッ!」
「キイイィィッ!」
 湖中ではアグルが反転して突っ込んできたスキューラを、相手の顎を押さえて止めるが、
その瞬間にスキューラの顎は何と胴体の半分以上の位置まで開き、常識外の大口でアグルを
くわえ込んだ。
「ウアァッ!?」
 顎の中に引きずり込まれたアグルは万力のような締めつけと牙の食い込みでギリギリ痛め
つけられる。……しかし、アグルのボディは数いるウルトラ戦士の中でも突出した強固さを
誇るのだ!
「デアァッ!」
 スキューラの締めつけを耐え切って上顎を押し返し、見事脱出。スキューラから距離を
取るとすかさず額からほとばしる光線を頭上に伸ばした。
「デュアァァァッ!」
 その光線をスキューラに叩きつけるように繰り出す! アグルの必殺技の一つ、フォトン
クラッシャーだ!
「キイイィィッ!!」

299ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/09(火) 00:23:27 ID:yp5NyY2s
 フォトンクラッシャーを口内に撃ち込まれたスキューラは、一瞬にして粉々に吹っ飛ばされた!

「キ――――――――!」
「シャッ! シェアッ!」
 宇宙空間でゼロとドッグファイトを展開するバジリスは光球を連射。それにゼロはゼロスラッガーを
飛ばし、切り裂いて全て撃ち落とす。
「キ――――――――!」
 光球を破られたバジリスだがそのまま加速。カマをギラリと光らせながら最大速度でゼロに
突進していく。すれ違いざまに真っ二つにする気か。
 だがそんなものをむざむざと食らうゼロではなかった。
「セェアァァァッ!」
 相手の狙いを読んで、渾身のワイドゼロショットを発射した! 必殺光線がバジリスの
顔面に突き刺さる!
「キ――――――――!!」
 バジリスは全身が炎上して進路がゼロから外れ、ハルケギニアの引力に捕まって転落。
地上に戻ることなく、大気圏で盛大に爆散した。

 スキューラとバジリスが立て続けに撃破され、残る怪獣はキングオブモンスのみ。そして
ガイアもまた勝負を決める大技に打って出ていた。
「オォォォォ……デュワアァァッ!!」
 うずくまるように頭部を抱えて姿勢を下げると、ガイアの頭部に光子が集まって弁髪の
ようなムチの形状となる。それを敵に対して一挙に繰り出す、光の斬撃フォトンエッジだ!
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
 これに対してキングオブモンスは翼から発生したエネルギーシールドで全身を覆って防御。
フォトンエッジはバリアと拮抗するが、
「ジュワアァァァッ!」
 ガイアが更にエネルギーを注ぎ込んだことで、フォトンエッジはバリアを突き破って
キングオブモンスに命中!
「ヴォオオオオオオオオオオ……!!」
 全身をズタズタに切り裂かれたキングオブモンスはその場に崩れ落ちて、大爆発の中に
消えていった。
「やったあああぁぁぁぁぁぁぁッ!」
「怪獣を全て倒したぞぉぉッ!」
 一時は比喩でなく空を埋め尽くしていた怪獣軍団が全滅したことに、人間たちは一斉に
大歓声を巻き起こした。その声を一身に受けているガイアの元にアグルとゼロも戻ってきて、
勝利を確認するようにうなずき合う。
 だがしかし……怪獣たちはあくまで呼び出されたものに過ぎないことを忘れてはならない!
『これで終わりではないぞぉッ!』
 突然、人々の喜びをさえぎるような叫声が起こった。ゼロたちが、ルイズたちがその方向へ
顔を向けると……。
「あッ! さっきの奴! まだあいつが残ってたんだったわ!」
 空の一角に死神が浮遊していた。その存在に気がついたゼロたちは警戒を強めて身構える。
 ガリアに潜んでいた真の悪は、憤怒の表情を見せたままガイアたちに向かって怒声を放つ。
『憎きウルトラマンどもめ……再び我々の障害となろうとは! 貴様らさえいなければ上手く
いったというのに! 許してはおけぬッ!』
 と叫ぶ死神の頭上の空間が歪み、ワームホールが開かれる。しかもそれは、ガイアとアグルが
通ってきたものの十倍以上ものサイズであった!
「ウッ!?」
『今度こそ貴様らを、踏み潰してくれるぞぉぉぉぉッ!!』
 死神はそのワームホールの中に飛び込んでいった。その直後に!
「キャア――――――――――ッ!!」

300ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/09(火) 00:25:57 ID:yp5NyY2s
 ウルトラ戦士たちをはるかに上回る超巨体の怪獣がワームホールから地上に落下! 
カルカソンヌの一画を丸ごと潰して崩壊させてしまった!
「何だあれは!? で、でかいッ!!」
「あんなのがまだ残っていたとは……!」
 怪獣の異常な巨体に度肝を抜かれる人間たち。ただでさえ途轍もない大きさなのにケンタウロス
型の体躯が威圧感を高めている図体に、カラフルだがおぞましい雰囲気を湛えた翼、顔貌はどこか
怒りと憎しみに猛っているように見える。そして全長は地球の単位で666メートル、終末を暗示する
獣の数字を持ったこの怪獣の名は、根源破滅天使ゾグ! かつてガイアとアグルがなす術なく叩き
潰されたほどである根源的破滅招来体の最強の戦力であり、しかも今回は初めから真の姿である
第二形態であった!
『忌々しいウルトラマンどもめぇ! 醜い人間どもと一緒に滅びてしまえぇぇぇぇッ!』
 死神はこのゾグと融合し、その中からウルトラ戦士に怨嗟の言葉を浴びせてきた。
「キャア――――――――――ッ!!」
 死神の叫びを合図とするように、ゾグが衝撃波を連続で飛ばして攻撃してくる。
 ゾグにとっては通常攻撃だが、あまりのサイズ差故に一発一発がゼロたちの身長を超える
規模である!
「ウワアアアアァァァァァァァッ!!」
 三人のウルトラ戦士はたちまちの内に衝撃波の引き起こす爆発の中に呑まれて、姿が見えなく
なってしまう……!
「あぁッ! う、ウルトラマンたちがッ!」
 アンリエッタを始めとしたほとんどの人間が、まさしく地獄絵図に顔面蒼白となった。
 だがルイズは違った!
「姫さま、大丈夫です!」
 ルイズはこの状況においても力強さが消えない声で呼びかけた。
「ゼロたちは……どんな逆境に立たされても決して負けません! それが、ウルトラマン
なのですから!」
「ジュワッ!!」
 その言葉を肯定するように、爆発の中からゼロたち三人が勢いよく飛び出してきた! 
そのままゾグに向かって、少しの恐れも抱かずに飛んでいく。
「おぉーッ!」
 ウルトラ戦士の、巨大な絶望にも屈しない頼もしい姿は人々の心に希望を取り戻させた。
「セェェェェェェアッ!」
「デュワァッ!」
「ドゥアァッ!」
 ゼロはツインゼロソードDSを握り締めてゾグの全身に纏わりつくように飛び回り、剣を
振るって裂傷を走らせる。ガイアはクァンタムストリームをゾグの背面に浴びせ、アグルは
地上からリキデイターに回転を加えたフォトンスクリューを放ってゾグの身体を穿っていく。
「キャア――――――――――ッ!!」
 ゾグは三人を叩き潰そうと己の肉体を振り回すものの、ゼロたちは攻撃の手を止めないまま
ゾグの肉体をかわす。恐怖に負けない心を有する戦士たちには、どんな巨躯で襲い掛かろうとも
脅しにはならないのである。
 ゾグの手はゼロたちをまるで捕らえられず、ダメージは蓄積されていくばかり。それに
苛立つように死神がゾグの中から怒号を上げる。
『ウルトラマン! 何故貴様たちは人間に寄り添う!』
 ゾグのガイアを捕まえようとする手が空振りする。
『人間! つまらない生き物ッ! 生きる価値など、どこにもないッ!』
 傲慢さをありありと含ませて喚く死神に返すように、ゼロが断言する。
『別に理由なんてねぇよッ!』
 ウルティメイトブレスレットが光り、弓型のウルティメイトイージスになった。ゼロが
光の弦を引き始めると、後ろに回ったガイアとアグルがエネルギーをイージスに送る。
『ずっと昔からそうやってきた……!』
 三人の力が一つになることで瞬く間にエネルギーが充填され、ゼロがゾグに向かって
ウルティメイトイージスを射出!
『ただ、それだけのことだぁッ!!』

301ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/09(火) 00:28:26 ID:yp5NyY2s
 ファイナルウルティメイトゼロ・トリニティがゾグに命中し――貫通。超巨体にドでかい
風穴を開けた!
「キャア――――――――――ッ!!!」
 ゾグは自重を支え切れなくなり崩壊。全身至るところが弾けて消え失せていく。
『ぬああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――ッ!!!』
 ゾグと融合した死神も道連れとなり、これで本当にハルケギニアから根源的破滅招来体の
勢力は消滅したのだ。
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――――――――ッ!!」
 ウルトラ戦士の完全勝利を見届けた人間たちは自然と息をそろえて、割れんばかりの大歓声を
上げた。今この瞬間は、誰の立場も関係なく、皆の顔に希望の輝きが宿っていた。
『お前みたいなのが人間の価値を語るなんざ……二万年早いぜ』
 皆の歓声の下、ゼロの決め台詞がこの大決戦の幕を下ろした。

 ガリアの激戦に決着は着いたものの、人間たちは一連の戦いの流れに興奮が冷めやらぬ
様子であった。いや、しばらくは口伝てにウルトラ戦士の活躍が伝播して、騒ぎはむしろ
拡大していくかもしれない。
 そんな人間たちの喧騒の間隙を見つけて、才人たちは変身を解いた我夢、藤宮の両名と
対面していた。
「ありがとうございます、ガイア、アグル。あなたたちのお陰で戦いに勝ち、この星を救う
ことが出来ました」
 才人が代表して我夢、藤宮と固い握手を交わす。それに続いてルイズ、アンリエッタ、
ミラー、グレンが二人に呼びかける。
「本当に助かったわ。この恩は決して忘れないわ」
「あなた方が救って下さったこの世界、必ずや平和に導くことをお約束致します」
「M78星雲以外のウルトラ戦士、お会い出来て光栄です」
「すぐに帰っちまうのが寂しいくらいだぜ」
 我夢と藤宮は一人ずつの手を取って握手を交わしていく。
「ありがとう。みんなのあきらめない心があれば、どんな敵が来ようとも世界は滅んだりはしない!」
「どんな絶望にぶつかっても、決して折れないで立ち上がるんだぞ」
 最後に我夢の前に立ったのは、タバサであった。
「君は、確か……あの森にいた……」
 タバサは少し気外そうにしながらも、コクリとうなずいた。そして手を差し出し、小さい
声ながらもはっきりと告げる。
「ありがとう……」
「……うん! 君も、何だか色々と事情があるみたいだけれど、最後まであきらめずに頑張ってくれ!」
 我夢は彼女の手を握り、満面の笑みを向けた。
 そして我夢たちとの別れの時。二人がアドベンチャーに乗り込み、元の世界へと帰還して
いくのを、才人たちが微笑みながら見送る。
「ありがとなのねー! いつかまたお会いしましょうなのねー!」
「パムパムー!」
 シルフィードとハネジローが大きく手を振る中、アドベンチャーは我夢と藤宮を乗せて、
彼らの世界へと帰っていったのだった。

 こうしてまた一つの大きな戦いが終わったのだが、まだハルケギニアが平和になったとは
言い難い。むしろ、人間という種族の中での一番の障害が消えて、ロマリアは更に聖戦を
推し進めようとすることだろう。エルフとの関係も、まだどうなるか分かったものではない。
次の戦いの火種は既にくすぶっているのかもしれない。
 しかし、才人たちは決して負けない。次にどんな敵が現れようとも、心の中に光を持ち
続けることを、時空を超えてやってきた勇者たちに誓ったのだから。
 彼らはいつかハルケギニアを、ウルトラマンのような光が瞬く星にするのだと心に定めた
のであった。

302ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/09(火) 00:30:03 ID:yp5NyY2s
以上です。
これでガリア編は終了と相成ります。

303名無しさん:2018/01/21(日) 09:51:33 ID:e79hji6o
久しぶりにスレを見たら続きが…乙です!
問題がないようでしたら今日の17:00ごろに短編を投稿したいと思います。

304ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/21(日) 19:35:56 ID:QRtsMaR2
こんばんは、焼き鮭です。二時間半待ちましたが音沙汰がないので、すみませんが先に投下します。
開始は19:38からで。

305ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/21(日) 19:39:14 ID:QRtsMaR2
ウルトラマンゼロの使い魔
第百六十三話「ド・オルニエールへようこそ」
催眠怪獣バオーン 登場

 ロマリアとガリアの間に開かれた戦端は、ジョゼフの死亡によって終焉を迎えた。トリステインは
両者の戦争の間、ガリアの牙がこちらに向いたらと震え上がっていたので、戦争の終結の報が届いた
時には誰もが胸をなで下ろしたものだった。そして戦争の勝利及び早期終結に貢献したオンディーヌと
ルイズ、ティファニアにはその恩賞が与えられた。いや別に才人以外のオンディーヌがこれと言って
何かした訳ではないのだが、対外的な理由によって隊長のギーシュはシュヴァリエに叙され、隊員たち
には一人ずつに勲章が与えられたのであった。
 そして戦勝を祝う魔法学院の宴の中で、才人とルイズは二人でバルコニーに出ていた。
才人はホールから聞こえてくるオンディーヌの起こす喧騒に耳を傾けながらため息を吐く。
「全く……みんなのんきなもんだぜ」
「いいじゃない。ジョゼフ王は死んで、その裏の黒幕もやっつけた。当分は平和になるわ。
少しぐらいの羽目外しは大目に見てあげなさいよ」
「けどな……タバサがここからいなくなっちゃったってのに」
 ロマリアのたくらみを見抜き、その罠を回避したタバサであったが――結局、ガリアの
王位を継承すること自体は受け入れた。何故なら、継承権を失ったジョゼフの子を除いた
ガリア王家の生き残りは彼女とその母親の二人のみ。タバサの母は長きに亘る心神喪失の
影響でとても戦後の混乱を収める体力はなく、自分が王座に就かなければガリアは指導者
不在になってしまう。そうなったらロマリアの格好の的だ。聖戦のために陰謀を張り巡らす
ロマリアを牽制する意味で、タバサはシャルロット女王として即位。ロマリアからの干渉を
遮断する方向に政治の舵を切っているところだという。
「まぁ確かに、キュルケじゃないけれど、あの子がいなかったらいないで寂しいわよね」
「それだけじゃない。ロマリアからしたら、タバサを新しい女王にするということ自体は
叶ってるんだ。当然そこで終わりじゃないだろう、タバサを利用する何かしらの算段が
あるはず……。そこが俺、心配でさ……」
 今は遠く離れたタバサの身を案ずる才人に、ルイズが気を紛らわさせるように説く。
「大丈夫よ。聖地を取り返すためには四の四が必要なはず。でも、ガリアの担い手のジョゼフ
王は死んじゃった。続けようがないじゃない。ロマリアの陰謀もこれでストップよ」
「でもな……。あいつらは、それでも遂行できる自信があると思うんだ」
 才人はずっと気になっていたことをルイズに言った。
「だって……絶対ジョゼフは味方にならない。あいつらそう考えて行動してたんじゃないか。
つまり、別にそろわなくても出来るんじゃないか?」
 不安に思う才人だったが、ルイズは次のように指摘する。
「わたしたちが、ガリアの担い手はジョゼフ王だって知ったのは、最後の最後じゃない」
「あ」
 得心する才人。自分たちが、ジョゼフが虚無の担い手だという情報を最初に入手したのは、
カステルモールの手紙から。その内容を知らないロマリアは、事前にジョゼフが担い手だと
知るすべなどなかったはずだ。
「ロマリアもジョゼフ王じゃない、別の担い手がいると思ってた。ジョゼフ王を打倒した後、
そいつを味方にするつもりだったんでしょ。でもガリアの担い手はジョゼフ王でした。教皇
聖下の計画は頓挫したのよ。四の四がそろわないと、真の虚無とやらは目覚めないんだから。
だからもう案ずる必要なんてないのよ」
「なるほど……」
 才人はルイズの唱える理屈に納得したものの……。
『いや、俺はそうは思わねぇな』
 ゼロは異議を挟んだ。
「え? 何でよ。さっきも言ったけど、ロマリアはジョゼフ王が担い手だと事前に知ることは
出来なかったはずなのよ」
『いいや。確信はなくとも、予測は立てられたはずだぜ。虚無の担い手は、覚醒する前は
傍目から見りゃメイジの家系なのに魔法の才能が全くないって風に映るんだろ?』

306ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/21(日) 19:43:12 ID:QRtsMaR2
 ゼロの言う通り。ルイズもかつては、どの系統の魔法も扱えない劣等生のレッテルを貼られて
いたものだ。
『聞いた話じゃ、ジョゼフもその条件には当てはまってた。あいつが担い手だと、十分に
予測はつけられたはずだ。それでも敵対したってことは、才人の言う通り、何か他のアテが
あるんだろうよ。それに俺の経験的に、悪いこと考えてる奴は真の狙いや思惑を隠してる
もんだ。予断は出来ないんじゃねぇかって思うぜ』
 才人は、今度はゼロの論理に感心させられる。しかしルイズはまたまた反論。
「でも、聖下もロマリア軍も既にガリアから撤退したのよ。タバサに何かするつもりなら、
理由をつけてガリアに留まろうとするんじゃないかしら?」
『何を狙ってるのかまでは分からねぇさ。ただ、まだしばらくは警戒を続けとくべきだろう。
ミラーナイトにも見張っててもらおうか』
 まだロマリアの陰謀が終わっていない可能性を示され、才人とルイズの不安が大きくなった。
才人は一つため息を吐く。
「あのタバサのことだから、そう簡単には大事にはならないとは思うけど……一つの大きな
戦いが終わったのに不安要素が残るってのは、気分がいいもんじゃないんだな……」
 短い時間でもいいから、心の底から安堵したいもんだ……と顔をしかめる才人。ガリアの
件が落着してすぐに、今度はロマリアを敵に回さなければならないと考えたら、さすがに嫌に
なってくる。こんな戦いの連続に、いつ終わりがやって来るのだろうか……。
(……戦いの、終わりか……)
 才人はふと、その時を想像して複雑な気持ちを抱いた。このハルケギニアでの全ての戦いを
終えて、真の平和が戻った時は……自分がゼロと一体化している理由はなくなり、地球に帰る
こととなる。いつになるかは全然分からないが……その時はハルケギニアで出会った仲間たちと、
そしてルイズと、どのような別れを迎えるのだろうか。そして、その先の未来はどうなるのか……。
 ここで、主を失ったミョズニトニルンのことを思い返した。

 ミョズニトニルンは才人のパラライザーの影響で、ジョゼフが才人に敗れ、死神に殺害
されるまでの出来事を、見ていることしか出来なかった。フリゲート艦からはロマリア騎士
たちに助けられ、麻痺が抜けたのは、全てが終わってからであった。
 ミョズニトニルンはその後、魂どころか何もかもが身体から抜け落ちてしまったかのように、
虚ろな状態に陥っていた。その様子は、ジョゼフとともに彼女に苦しめられた才人たちが憐れんで
しまうほどであった。
『ミョズニトニルン……あなた、もしかしてジョゼフ王のことを……』
 ルイズが女として何かに気がついて問いかけようとしたが、ミョズニトニルンはそれを
さえぎって言った。
『たとえあのお方が、私のことを何とも思って下さらなかったとしても、私にとってあのお方は
全てだった……。それを失った今、私にこの土地での居場所はないわ……』
 ミョズニトニルンはふらふらとどこかへ歩み去っていく。主の死により虚無の使い魔でなくなり、
元々生活していた土地に帰るつもりなのであろうか。
 才人たちはそれを止めなかった。止めたところで、どうなるというのか。
『……一つだけ教えてくれ! 本名は何て言うんだ!?』
 それだけ聞くと、彼女はこう答えた。
『もう私に、名前なんてない。愛した主人の死に何も出来なかった、ただの一人のちっぽけな女。
それだけよ……』
 そうして本当の名前すらも分からない、哀れな女はどこかへと消えていった。ロマリアも、
使い魔のルーンを失った彼女にはもう興味も価値も見出さないのか、なすがままにした。
 かつてミョズニトニルンだった女が、無事に故郷へ帰れるのか、それとも途中で
どこかで斃れてしまうのか。それはもう彼女自身にしか分からないことであろう。

 ――たとえ世界にどんなことが起ころうとも、時間は変わりなく流れ続ける。才人たちも
意識を切り換えて、変わっていく日常の中に戻っていった。
 ルイズは今年で最高学年である。魔法学院に在籍している日数も少なくなってきた。そこで
少し気は早いが、卒業後に生活する屋敷を探すこととなった。卒業してからは寮塔からそこを
ウルティメイトフォースゼロの活動の拠点とするつもりだ。

307ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/21(日) 19:46:57 ID:QRtsMaR2
 が、しかし……。
「結局、どこも見つからなかったって訳ぇ?」
 『魅惑の妖精』亭の店長スカロンが、屋敷探し後に憮然とした調子で立ち寄ったルイズたちの
報告に呆れ返った。
 ルイズと才人が暮らす屋敷は、一件も見つけることが出来ず仕舞いだった。何故なら、
シエスタが同行していたからである。シエスタは才人つきのメイドであり、新しい屋敷を
探すなら当然彼女の意見も重要となるのだが、シエスタが何か言う度にルイズが感情的に
強固に反対するのだから、それは屋敷が決まらないのも当然であった。
 ルイズの本心としては、才人を男として狙うシエスタを、というかメイドそのものを屋敷に
入れたくないのである。しかしそれは全く現実的ではない。貴族として使用人を雇わない訳には
いかないし、男には任せられない仕事もある。メイドは必要なのだし、今更シエスタを個人的な
理由で解雇する訳にはいかない。でもやはりシエスタを近辺に置いといたら安心が……と、
ルイズは矛盾に陥っていた。
 そこにスカロンが解決策を提示した。
「サイトくんはお屋敷を買う。ルイズちゃんと暮らす。シエちゃんも雇う。これで万事解決」
「どうしてそうなるのよ!」
 顔を輝かせるシエスタとは反対に怒鳴るルイズを、スカロンは極めて冷静に諭す。
「あのね、ルイズちゃん。サイトくんは今や平民の英雄なのよ」
「え?」
「あれをご覧なさいな」
 スカロンが指差した食堂の壁に目を向けるルイズたち。そこには歌劇の公演ポスターが
貼られていた。
 トリスタニアは何度もウルティメイトフォースゼロに救われているので、市民からのゼロたち
への人気は非常に高い。劇場でも、ゼロたちの演劇が毎日のように公演されているのだが……
今あるポスターの演目はそれではなかった。
 剣を持った男が、恐らくジョゼフのつもりなのだろう恐ろしい格好の王様に立ち向かう様が
描かれている。ルイズが唖然と演目名を読み上げた。
「勇者ヒリーギル?」
「サイトくんのことよ」
 どうして才人が歌劇の主役になっているのか。その理由を語るスカロン。
「元々アルビオンでの活躍から、サイトくんの名前は平民の間で有名だったわ。そこにガリア
との戦争で、見たこともない兵器で怪獣に一人立ち向かい、貴族を何人も決闘で負かして、
挙句には敵国の王様を破ったって話が届けば、そりゃあ爆発的に人気が出るのも当然だわ」
 人の噂は吹き抜ける風のように伝わっていくもの。才人が事実上ジョゼフを打ち負かした
ところは、ロマリア騎士たちも目撃していたので、そこから話が広まったようだ。
「特にサイトくんは元平民。それが貴族の位を授かって、悪い王様をやっつけたなんて話、
まるでお伽話か叙事詩のよう。今では平民の希望の星として、場所によってはウルトラマン
ゼロ以上の支持があるってことよ」
「ま、マジかぁ……」
 予想外のところで自分が持ち上げられている事実に、才人は喜びではなく戸惑いを覚えた。
これでもしも自分がウルトラマンゼロでもあるなんてことが知れ渡ったら、ショック死して
しまう人まで出るのではないだろうか。
 しかし、一方で問題も発生しているという。
「人気が出れば、面白く思わない人たちだって出てくる。ルイズちゃん、誰だと思う?」
「貴族……」
 ポツリとつぶやくルイズ。破竹の勢いで成り上がる者を、元々の特権階級が疎ましく思わない
はずがない。それが人間というものだ。ゼロたちは完全に生きる世界の違う者たちなのでその
悪感情の矛先が向くことはないが、才人はそうではないのだ。
「正解。うっかり知らない人間なんかを雇った日には、食事に何を混ぜられるのか知れたもん
じゃない。サイトくんには、シエちゃんみたいに絶対に信頼できる召使が必要なの」
 ルイズは、先ほどのスカロンの意見の真意を理解した。最早シエスタは、自分たちの元に
いなければならない人間なのだ。つまらない嫉妬でどうこう言っている場合ではない。

308ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/21(日) 19:49:32 ID:QRtsMaR2
「サイトくんも、今後は素顔を晒してトリスタニアを歩き回らないことね。すぐにもみくちゃに
されるわよ。きっと今も噂になってるかも……」
 スカロンの忠告の途中で、『魅惑の妖精』亭の羽扉が外から開かれた。
「失礼する。ここにミス・ヴァリエールとサイトが……来ているな」
「アニエスさん!」
 入ってきたのはアニエスだった。軽く驚くサイトたち。
「俺たちを捜してたんですか?」
「ああ。学院に向かうところだったのだが、街でお前たちが来ているという話を耳にしてな。
お前たちが立ち寄るならここだろうと覗きに来たのだ。しかしサイト、お前の人気ぶりは
すさまじいものになったな。あちこちでお前を称える声を聞くぞ」
 スカロンの言う通り、噂になっていたようだ。才人は何だか照れくさいような、そこまで
人気が白熱して怖いような気分になった。
 そんな才人は置いて、ルイズがアニエスに尋ねる。
「それより、わたしたちに何の用? また姫さまがわたしたちをお呼びとか……」
「察しがいいな。その通りだ」
 アニエスは、トリステイン王家の花押が押された手紙を差し出した。
「陛下のお召しだ。直ちに宮廷に参内しろ」

 アンリエッタからの召集とあって、ロマリアが何か行動を起こしたのかと緊張したルイズたちで
あったが、それは杞憂であった。アンリエッタは私的にルイズたちに今度の戦の礼を述べるために
呼んだだけであった。
 そしてルイズと才人、アンリエッタの三人だけの食事の席で、彼女はルイズたちをガリアとの
交渉官に任命した。ガリアとのパイプを太くして、聖戦に向かおうとするロマリアの動きを制する
ためだ。そのパイプ役に適任なのは、タバサと強いつながりがあるルイズたち以外にいない。
 それを踏まえて、アンリエッタは言った。
「ルイズはともかく……サイト殿は一国の大使としては、お名前が短すぎるように思えるのです」
「サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガでしたっけ? 十分だと思いますけど」
「サイトは元平民ですから」
 日本人の才人の感覚からすればそうだが、貴族の間ではそうではないようだ。
「ですから、わたくしとしてはそのお名前を、多少長くさせていただきたいのです」
 才人にはアンリエッタの言わんとするところがピンと来なかったが、ルイズは目を丸くして
口をパクパクさせていた。
「ひ、姫さま? それは、つまりその……。それは、つまり、あの、その……」
「ええ。彼に領地を与えたいのです」
 何でもないようなひと言だったが、さすがの才人も噴き出した。
「領地って! 土地ですか!?」
「トリスタニアの西に、ド・オルニエールという領主不在で持て余している土地があります。
あなた方も住むところを探していると聞きましたし、ちょうど良いと思いますが」
「姫さま、その、領地などサイトにはちょっと分不相応なのでは……!」
 ルイズが控えめながらに反対した。領地を与えるということは、才人が領主、日本的に
言うなら殿様になるということだ。悪い冗談にしか思えない。
「分不相応な訳がありませぬ。サイト殿の貢献に報いるには、本当ならこれでも少ないと
言えましょう」
 そう。オンディーヌやルイズ、ティファニアには学院でそれぞれ恩賞が与えられていたが、
一番活躍したはずの才人にだけ何もなかった。少し不可解ではあったが……この席で伝える
ために残しておいたという訳か。
「敵国の王を討ち取ったとあれば、爵位でもおかしくはないくらいですが、多忙である
サイト殿に宮仕えはさせられません」
「確かに……」
 ルイズには、宮廷で政治に関わる才人の姿なんて想像できなかった。
「貴族の間にはサイト殿を妬む声もあると聞きます。これ以上いらぬ嫉妬を買ってはいけませんが、
救国の英雄、平民の希望の星に何の褒賞もなしではわたくしが平民から吊るし上げられてしまいます。
これが落としどころということで、どうかお受け取り下さいな」

309ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/21(日) 19:51:59 ID:QRtsMaR2
「そういうことでしたら……。でも、いいのかなぁ……」
 話を受けながらも、才人は今一つ釈然としていない様子だった。ルイズも、胸の奥に漠然と
した不安が残る。
 アンリエッタは落としどころといったものの、才人を妬む者には通用しない論理だ。嫉妬心と
いうものには理屈が通らない。誰か憎む相手がいるのなら、その対象が着ている袈裟まで憎い。
理不尽な話だが、負の感情に割り切りがある出来た人間は少数なのだ。
 スカロンの言うような、食事に毒を混ぜられるような、そんな事態が才人に降りかからないか……
そこが心配であった。

 夏休みが始まる直前の週、ルイズたちは下賜された土地、ド・オルニエールを検分しに
行くことにした。初めはルイズと才人の二人だけのはずだったが、シエスタが当然のように
ついてきて、そこに話を聞きつけたオンディーヌが加わり、あっという間に大名行列のように
なってしまった。
 ギーシュたちは、ド・オルニエールの年収が一万二千エキューと聞いて、早くも才人に
たかる気満々であったが……実際に到着して目の当たりにしたド・オルニエールの光景に、
失望を覚えることとなった。
「見渡す限りの荒野が続いてるんだけど」
 田舎道の左右には、どこまでも荒涼とした更地が続くばかり……。どう見ても、一万エキュー
以上の収入が出るような土地ではない。
 ルイズが呆れたようにつぶやく。
「持て余しているというのは本当だった訳ね」
 年収一万二千というのはもう過去の話なのだろう。ド・オルニエールは領主の血筋が途絶えて
管理するものがいなくなって久しいとも聞いた。若い働き手はここを離れて、すっかり荒れ果てて
しまったという訳だ。
 肝心の屋敷も、長年手入れされていないのが丸分かりの、幽霊屋敷もかくやというボロボロっぷり
であった。
「これは掃除のし甲斐がありますわね……」
 シエスタがそんな皮肉を言うくらいであった。
 そして何より、一行を一番呆れ果てさせたのは……。
「ここの領民たち、皆老人ばかりのようだが……随分怠け者ではないか? あちらこちらで
昼寝ばっかりして」
 ギーシュがそう口にした。彼らがド・オルニエールで目にした領民たちは皆、土地のそこ
かしこで太陽の出ている内からぐっすり寝こけているありさまなのだ。これで呆れない人間が
いるだろうか。
 しかしルイズはその様子に疑念を抱いた。

310ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/21(日) 19:54:10 ID:QRtsMaR2
「さすがにおかしくないかしら? いくらお年寄りばかりと言っても……道端で寝転んでる
なんて。全員が示し合わせたように眠ってるのも変よ」
「言われてみれば、何人かは直前までお仕事をされていたように見えますね」
 シエスタも同意した。寝ている人の周りには、畑仕事の道具が散乱していることもあったのだ。
怠けているというよりは、仕事中に突然意識を失ったかのような感じである。
「まさか、何者かに眠りの魔法を掛けられたんじゃ……」
「まさか。こんな実入りのなさそうな土地に貴族崩れの賊が来るとは思えないよ。特に荒らされた
様子もないし。確かにいささか不可解ではあるが……」
 ルイズの推理にギーシュが異を唱えていると、その隣のマリコルヌがふあぁ、と大きな
あくびをした。
「おいおいきみまでどうした。ご老人たちの眠気に当てられたか?」
「いや……今、変な音が聞こえなかった? それを聞いた途端、急に眠気に襲われて……」
「変な音?」
 ギーシュたちが首を傾げていると……ズシン、ズシンという鈍い地響きがゆっくりと近づいて
くるのを感じ取った。
「この感じ……まさかッ!」
 一行がバッと振り返ると……背後の風景の中に、小山ほどの大きさの見慣れない巨大生物が
闊歩していた!
「か、怪獣だぁ!」
「でも何か間抜け面だな……。豚みたいじゃないか」
「おまけに眠そう」
 ギーシュは悲鳴を上げたが、レイナールたちは怪獣から遠くからでも分かるほど覇気が
ないのを感じて落ち着いていた。もう散々怪獣を見てきたので、それくらいは分かる。
 彼らの前に現れた怪獣は、大きく口を開いて息を吐き出した。
「バオ――――――――ン!」
 怪獣の鳴き声が耳に入った途端、
「えッ……?」
 才人たちは全員くらりと身体が傾き……その場に倒れ込んでしまった。何が起こったと
いうのか!?
「……ぐぅ」
 ……全員眠っていた。
 ド・オルニエールに出現した怪獣――催眠怪獣バオーンは、才人たちに気がついた様子も
なく、ドスドスとのんきに荒野を横切っていった。

311ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/21(日) 19:56:16 ID:QRtsMaR2
今回はここまでです。
ガリア編も終わって、次の長編の準備中です。

312名無しさん:2018/01/28(日) 10:35:40 ID:6rg/EXiM
もうゼロ魔も12年前のアニメか
信じられんわ

313ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 19:50:16 ID:WoSmxfsM
ウルトラマンゼロの人、投稿お疲れ様でした。

さて皆さん、かなり遅くなりましたがあけましておめでとうございます。
2018年もどうかよろしくお願いします。

特に問題が無ければ、19時54分から今年最初となる91話の投稿を始めます。

314ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 19:54:15 ID:WoSmxfsM
―――…………………、………………?
――――…………、…………

(……ん…んぅ?)
 どこかで誰かが、誰かと何かを喋っている。
 瞼を閉じて眠りについてしまい、それから数時間が経った頃に自分はそれに気が付いた。
 どこでどう睡魔に負けてしまったのか定かではないが、何となくそう理解できているのは…つまりそういう事なのだろう。
 今のところ自力では開けられない程に重くなった瞼を開ける事は叶わず、唯一自由な耳でのみその会話を聞いている。
 いや、正確には耳で聞いているわけではない。―――耳の『内側』…つまり頭の中からその声は聞こえてくる。

――――……、…………
―――――…………、……………

 まるで遠くで―――…大体十一、二メイル程度の距離にいる誰かが然程大きくない声で話しているのだろうか。
 少なくとも自分の知っている言語で会話しているのだろうが、何を話しているのかまではうまく聞き取る事が出来ない。
 それをもどかしく思いつつも、ふと自分の頭の中から聞こえてくるというのに何故ここまで自分は冷静でいられるのだろうか?
 そんな疑問を覚えたものの…深く考えるよりも先に、一つの結論がポンと飛び出てくる。
(夢…なのかしらね?)
 安直すぎるかもしれないが、夢であるというのならば大体の事は説明がついてしまうのだ。
 現実では起こり得ない様な事がいとも簡単に起き、見る者を不思議な世界へと誘う。
 だとすれば、この聞こえてくる会話も全て夢の中の出来事…そう解釈すれば何てことも無くなってしまうのだから。
  
(夢なら…まぁ、このままでもいいかしら?)
 閉じられた瞼の内側…暗闇に包まれた視界の中で自分は落ち着いた態度で夢が覚めるのを待つことにした。
 少し遠くから聞こえていた会話はそれから一言二言と交えているが、相変わらず何を言っているのかまでは聞き取れない。
 しかし…聞こえ始めてから一分ほど経ったくらいであろうか、声の主たちが段々と近づいてくるのに気が付いた。
 それは六、五言目になるであろうか、その時の会話が聞き取れるようになってきたのである。

――――……それ……か?……怪……お………か?
―――――それ………法……わ、……子は…里……………る

(二人とも、女性…?)
 言葉が聞き取れるようになってから、話している二人が女性である事に気が付く。
 一人はやけに真剣な様子で、もう一人は何か胡散臭いながらも艶やか雰囲気が声色から感じ取れる。
 まだ言葉の一部だけしか聞き取れない状態だが、声色からして楽しげな話をしているワケではないらしい。
 少しもどかしいと思いかけた所で、次の会話ではようやく言葉の半分程度が分かるようになってきた。

315ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 19:56:32 ID:WoSmxfsM
――――しかし……後はどう……?………に育てられた……女なんて……、里の者が……………
―――――そ……見つけた内の一人………にも、勿論………力……て……貰うわよ

 声の主たちが近づき、聞き取れる言葉が増えていく。……それに気づいた直後である。
 ふと心の奥底…とでもいうべきなのだろうか、今は眠っているであろう体の中から一種の不安がこみ上げてきたのだ。
 まるで底の見えない湖の上に浮かんでいる最中にふと視線を下へ向けて、湖底からせり上がってくる黒く大きな影を見てしまったかのような…。
 そんな、自分の足元から逃げようのない恐怖に遭遇してしまった時のような急激な不安感が心の中で広がっていく。
 どうして急にそういう気持ちになってしまったのか一瞬だけ分からずにいた自分は、ふと一つの結論に至る。

(まさか…あの声が、原因なんじゃ…)
 この不安感を覚えて以降、全く聞こえてこないあの二人の女性の話し声。
 瞼を閉じて夢の中にいるのだが、現実的に考えればそれしか原因は考えられない…かもしれない。
 他に原因と思えるような要因は見当たらない以上、自ずとそういう考えに至ってしまうのは仕方ない事であろう。
 最も…ここが夢の中であるのならば、明確な原因など最初から存在しないという可能性も否定できないが。
 本当の原因を突きとめられない今、こみ上げる不安感にどうしようかと悩もうとしたその時、またしても話し声が聞こえてきた。

―――相変わらず………ってくれる。私がそれを……れない事を知って……癖に
――――ふふ、貴女の―――好しは今後の………において、最も重要な……

 今度はかなり近づいてきている。言葉と言葉の合間の息継ぎが、微かに聞こえてくる程に。
 声が近づいてきていると理解したと同時に、自分の心の中で芽生えた不安感がより一層膨らんでいく。
 身動き一つ出来ない今、その不安感にどうしようも出来ないという状況に自分は焦ってしまう。
 せめて手だけでも動くのならば、自分の頬を抓って夢から覚めようと頑張れるのに。
 そんな下らない事からできない今では、正体不明の不安感がただただこちらへやってくるのを見守る事しかできない。
(もしも…彼女たちの喋っている事が全部聞き取れるようになったら…一体どうなるのかしら?)
 
 もはや受け身を摂る事すらできず、受け入れるしかないという状況の中でそう思った時だ。
 今度はウンと近く、それこそ自分の真横にいるかのように彼女たちの声が聞こえてきたのである。
 頭の中で直接聞こえてくる二人の内、最初に口を開いたのは真剣そうに放している方であった。

―――…たくっ、これから寺小屋も忙しい時期だというのに…次から次に厄介な事件を持ってくるなお前は?

 ハッキリと聞こえる様になった今、いかにも苦労人と分かるばかりの声で女性は喋っている。
 そしてもう一人―――艶やかな雰囲気を漂わせる声の女性が言葉を返す。 

――――…良いじゃないの。跡継ぎがいる以上、探すという時間の掛かる工程を省けたのだから

316ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 19:58:15 ID:WoSmxfsM
 何故かこの声を聞いた時、ふと自分の脳裏に『誰か』―――女性の後姿が一瞬だけ過った。
 腰まで伸ばした金色の髪と一度見たら忘れない形をした奇妙な帽子に、これまた珍妙な形をした白色の日傘。
 その後ろ姿を見ただけでその『誰か』の正体が、あの胡散臭そうな声の主なのだと無意識に理解してしまう。
 どうして分かったのか自分でもイマイチよく分からず、一瞬だけだというの脳裏にあの後姿がこびりついてしまっている。
 彼女は自分の何なのだろうか?どうして夢の中に現れ、良く分からぬ誰かと会話しているのだろうか?

 その答えを知る前に――――自分の意識は網で掬い上げられた金魚のように現実世界へと引っ張られた。
 右の頬を冷やかに刺激する、冷たい『何か』を押し付けられたおかげで。


「―――――……ン、んぅ…?」
 まず目に入ってきたのは、小さくも中々の意匠が施されたシャンデリアであった。
 魔法で作動するよう作られているそれは、今は付ける必要なしとして消灯されている。
 未だ重い寝惚け眼を手で擦りながら自分こと彼女―――ハクレイはゆっくりと上半身を上げた。
 そこでふと、自身の背中を預けていたのが何なのかと気になった彼女は、スッと足元へと目をやる。 
 室内の灯りは消えていたが、窓越しの街灯のおかげで今まで自分がソファーの上で寝ていた事に気付く事ができた。
「…ふぅーん、ソファーねぇ?……はて、どうして?」
 まだ寝ぼけているのか右手でポフポフとソファーを軽く叩いていた彼女は怪訝な表情を浮かべ、寝る前の記憶を思い出してみる。
 未だ覚醒しきっていない頭の中で何とかして記憶を繋げようとして二分、ようやく寝る前にしていた出来事を思い返す事が出来た。
 
「確か、今日も財布を盗んだあの娘を捜して…それで夜遅くなったんだっけ…か。
 昼から探し回って、夕方頃に変な気配を感じたから見に行ってて、それから後も探し回って……って、」
 
 …そりゃー帰りが夜遅くになるのも仕方ないわよね。
 中々起きる事の出来ない自分に言い聞かせるように一人呟くと、再びその背中を程よく柔らかいソファーに委ねた。
 ボフン!と大きな音が出たものの、中に入ったバネの軋む音が聞こえないのは、中々に良い店から仕入れた事の証拠であろう。
 流石カトレア達貴族が街中の別荘地と呼ぶだけあって、家だけではなく家具にも気を使っているらしい。
 自分の体ではほんの少し狭いソファーで横になったまま、ハクレイは街灯の灯りが漏れる窓の外へと目を向ける。
 
 窓の外から見える先には、大きな歩道を挟んで程々に大きな家が建っている。
 こちらと同じく室内の灯りは全て消えていたが、街灯に照らされた庭だけを見てもすぐに立派だと分かった。
 恐らくあの家の主…もしくはここ一帯の管理人を務めている老貴族の趣味であろうか、動物のトピアリーがある。
 本物より大分大き目に作られた犬と猫の横には、場違い感が半端ないドラゴンのトピアリーが今にも羽ばたこうとしているポーズで飾られていた。
 他にもその家で夏季休暇を過ごす子供たちに作ったであろうブランコなどがあり、今が昼間ならばさぞ賑やかな光景が見れたに違いない。
「しかし…まさか大都市の中にこんな場所があったなんてねぇ…」
 ハクレイは一人呟いて、トリスタニアにある貴族向けの宿泊施設゙群゙『風竜の巣穴』の感想をポツリと漏らした。

317ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 20:00:15 ID:WoSmxfsM
 …『風竜の巣穴』。
 王都の西側、王宮を一望できる小高い丘の下にある幾つかの別荘を有するリゾート地だ。
 一見すれば上流貴族向けの住宅地に見えるが、実際にはそこら辺の住宅地よりも泥棒に襲われる心配はないだろう。
 何せ土地一帯を囲う強固な鉄柵と、数か所ある出入り口にはメイジの警備員達が二十四時間体制で守ってくれているのだから。
 土地の中にある住宅は全て貸し出し用の別荘であり、当然ながら値段も相当張るが、その値段分の豪勢さは当然持っている。
 朝昼夕の三食及びデザートも事前に申していれば手配され、何なら自前の食料を持ち込む事も一部可能らしい。
 他にも所有地内にはちょっとした池つきの森林公園もあり、釣りや水泳に屋外での食事会もできるのだという。

 前述の通り結構な値段が掛かるものの、王宮勤めの貴族たちには街中の避暑地として人気らしい。
 何せ王都の中にあるうえ、有事の際にはすぐに宮廷へはせ参じれる事が大きな理由なのだとか。
 折角のお休みだというのに一々仕事の事を気にしてしまうなど、王宮勤めの貴族とやらは随分忙しいようだ。
 本来ならこの時期の予約はとっくに埋まってしまっており、カトレア達が入れる別荘などとっくに無い…のであったが、
 幸い休暇として別荘を予約していた国軍の高官がキャンセルしてくれた為、偶然にもそこへ自分たちが入る事ができたのだ。
 最も、カトレア本人がここの支配人である老貴族と親しい仲であった事が大きくプラスしたのは間違いないだろう。
 何でも以前、ヴァリエール領へ赴いた際に道中で痛めた腰を癒してくれた事への礼だと言っていたのは覚えている。

 今更ではあるが、カトレア本人の献身さは一体あの体のどこに隠れているのだろうか。
 あれ程体が弱いというのに、自分やニナの様な謝礼も期待できない様な人間を助けてくれるなんて…。
 まぁその献身さが無ければ、今の自分がどうなっていたかなど…想像もつきはしないのだが。
 そこまで思った所でハクレイはふと真顔になった後、つい先日犯してしまった『失態』を思い出して呟いた。
「本人は気にしないでって言ったけど…、やっぱりちゃんと見つけてお金を取り戻さないと駄目よね」
 
 以前カトレアからお小遣いとして貰った八十エキューを、街中で出会った少女に奪われて早二日…いや日付ではもう三日前だろうか。
 もう少しで捕まえかけたところで前方から飛んできた『誰か』とぶつかった後、そのまま意識を失い川へと落ちてしまった事は辛うじて覚えていた。
 幸い仰向けの状態であった為溺れる事無く暫し川の水に流され、川沿いで飲んでいた浮浪者達に助けて貰ったのである。

――――おぉアンタ、大丈夫かい?
―――――え…えぇ大丈夫よ。後、有難う…ございます
――――オレら、この川で色んなモンが流れてくるのを見てきたが、アンタみたいな別嬪が流れてくるのは初めて見たよ

 すぐさま彼らの助けを借りて岸に上げてもらい、暫し焚火で暖をとった後で彼女は夜になっている事に気が付いた。
 その時にはもう陽は暮れてしまい、ひとまずどうしようかと迷った挙句に…ひとまずはカトレアの元へ帰る事を選んだ。
 水に濡れた状態で帰ってきた彼女を見て皆は驚き、一様に何があったのかと聞いてきた。

―――…というワケで、貴女がくれたお金は全部盗られちゃったの…ごめんなさい
―――――まぁ…!そんな事があったのね…

318ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 20:02:34 ID:WoSmxfsM
 とりあえず持ってきてくれたタオルを頭から被った姿で、ハクレイはただただ頭を下げるしかなかった。
 彼女から詳しく話を聞き、相手が幼い少女で…しかもメイジだったという話にカトレアは目を丸くしていた。
 王都だからといって治安の保証がされているワケではないし、そこら辺の地方都市よりも窃盗が多いのは誰もが知っている事だ。
 しかしまさか…彼女、ハクレイよりも年が一桁どころか二桁離れているかもしれない少女がそんな事に手を染めているとは…。
 これまで生きてきて、色んな人たちから聞いたどの話よりも衝撃的な事実であったらしい。
 
―――――むー!なっさけないのー!わざわざ追っかけてたのに、そんな子に逃げられるなんてー!
――――…言い訳はしない…っていうか、思いつかないわ
――――――こら、ニナ!落ち込んでる人にそんな事を言ったらいけないわよ

 カトレアの傍で話を聞いていたニナにもダメ出しされてしまい、余計へこんでしまったのは言うまでもない。
 ひとまずその日の夜はそこでお開きとなったが、盗難届を出すかどうかについては言葉を濁されてしまった。
 周りのお手伝いさんたちからは衛士の詰所に届出を出した方が良いと言っていたが、カトレアは難しい表情を浮かべるだけであった。
 翌日から、ハクレイは自主的に街へ繰り出しては方々歩き回って少女の行方を追い続けている。
 しかしあまりにも広い王都が相手ではあまりにも人ひとりの力は小さく、そして無力であった。

 一つの通りを曲がれば更に複数の道が現れ、うっかり進む道を間違えれば下水道へと続く下り道に入ってしまう。
 今日なんて曲がった先にいた野良犬たちにイチャモンをつけられ、追い回された事もあった。
 誰かに聞こうとしても誰に聞けばいいか分からず、結局声を掛けられぬまま街中をうろうろ彷徨うばかり…。 
 まるでゴールの無い迷路を彷徨い歩いているかのような虚無感を感じ始めた時に、今日の夕方にそれは起こった。
 今日もまた何の成果も得られなかったハクレイが、とぼとぼと返ろうとした最中の事であった。
 ふと何処か…王都の一角から感じた事の無い『力の爆発』を察知したのである。
 
 今まで見てきた魔法とは明らかに毛色が違う、何処か活き活きとして…危なっかしさを感じられる不可視の力。
 それが一塊となって爆発したかのような…そんな他人に説明するのが難しい気配を感じたのである。
 お金を盗んだ少女とは関係ないだろうと思いつつ、何故かハクレイは導かれるようにして気配が出た場所へと走った。
 夜の繁華街へと向かう人波をかき分け、人気のない路地裏に入ってからは一気に建物と建物の間を『蹴って』進む。
 そうして幾つかショートカットして辿り着いた場所は、数人の衛士が屯している寂れた広場であった。
 必要は無かったかもしれないが、彼らに気づかれぬよう共同住宅の上から彼らの話を盗み聞きした。

 ―――…何か奇妙な発光が起こった…ていうから来てみたが、驚くぐらい何にもないな
 ――――…いや、待て。あそこのグレーチングが外れてる…誰かが下水道へ逃げ込んだのか?
 ―――馬鹿言え!そんな狭い穴じゃあ子供でも途中でつっかえてママー!って泣き叫ぶほかないぜ

 支給品であろう槍を手に持ち、お揃いの薄い鎧を着込んだ衛士達はそんな話を大声でしながら広場に屯していた。
 どうやら話を聞くに街の人の通報で来たようだが、何が起こったのか…までは分からかった。
 結局その後は戻るついでに色々と探し回ってしまい、結果的に夜遅くに帰る羽目になってしまったのである。
 出り口を警備している守衛のメイジ達は、他の人々と明らかに違う彼女の姿で誰なのか分かったのだろう。
 今借りている別荘の番号とマジック・アイテムを使った指紋チェックを済ませて、こうして無事に戻る事ができた。

319ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 20:04:21 ID:WoSmxfsM
 そこまで自分の脳内で回想した所で、ハクレイは妙に寂しい自分のお腹を押さえながらため息をついた。
「それにしても、やっぱり早めに切り上げとけば良かったかしら?…そしたら夕飯も食べれただろうし…」
 名残惜しそうに呟きながら、空腹で寂しくなってきたお腹を押さえながら情けない表情を浮かべてしまう。
 無事に戻ってきた…とはいえ、返った時には既にカトレアの借り別荘は灯りが消えてしまっていた。
 幸い鍵はあらかじめ隠し場所を教えられていた合鍵で開けたが、当然既に夕食の時間は過ぎてしまっている。
 若いというのに就寝時間が早いカトレアに合わせているためか、暖かい食事はとっくの前に片付けられていた。
 
 リビングのテーブルに置かれたバスケットに一個だけ林檎が入っていたのは、不幸中の幸い…というやつだろうか。
 仕方なしにそれを食べた後でひとまずソファで横になったのだが、そのまま寝入ってしまったのは周知のとおり。
 しかも変な夢を見て途中で起きてしまったせいで、再び空腹が襲い掛かってきたようだ。
「はてさて…どうしたものかしら?わざわざ私の為だけに、カトレア達を起こす…ってのは、もってのほかだし」
 窓の外から暗いリビングへと視線を変えたハクレイは、この空腹をどうしようかとという悩みに直面してしまう。
 当然だがカトレアや彼女の付き人を達をわざわざ起こす…という事は、絶対にしてはいけない事だろう。
 遅れて帰ってきたのは自分なのであるし、それこそ腹が減ったという理由だけで起こすのは我儘に他ならない。
 
 お金の件で相当迷惑を掛けてしまっているのだ、これ以上無礼な真似を働くワケにはいかない。
 ならば台所を探し回って食べれる物を探そうか…と考えたが、暫し考えた後に首を横に振る。
 ここに来てまだ日が浅いし、何より台所のどの棚に食料が入っているのか何て彼女は全然知らないのだ。
 灯りがあれば話は別になるだろうが、ご丁寧にも用意されている燭台は結構な特別性であった。
 平民にも使えるらしいのだが、一々作動する際に指を鳴らす必要があり消す時も同様の事をしなければならない。
 そして恥ずかしい事に…ハクレイはそれができなかった。何回やっても何回やっても、指パッチンは決まらなかった。
 昨日の夜にニナと試しに鳴らして点けてみようという事になり、そこで見事に恥をかいたのは今でも忘れられない。

 ニナは十回鳴らして四回ほど成功し、ハクレイは三十回やって…三十回失敗した。当然ニナには笑われた。
 …なので、目の前にあるテーブルの上に置かれた燭台には苦い思い出しかないのである。
 灯りが無いと暗い台所は何も見えない手さぐりになるであろうし、そうなれば何が起こるか分からない。
 それで下手やって食器を割ったり、それ以上の大変な事をしでかしてしまえば本末転倒である。
 ならばどうしようかともう一度考えあぐねた後、彼女は朝まで我慢すればいいのでは…という結論に至った。

「朝になったら全員起きるだろうし、そしたらカトレアに頭下げて謝らないとね…」
 きっと自分が返ってくるのを待っていたであろう彼女の顔を思い浮かべて、ハクレイは天井へと視線を向き直す。
 玄関に置かれた柱時計から聞こえる振り子が規則正しく音を奏で、暗い部屋にリズムを漂わせている。
 横になったまま動かず、その音をじっと聞き続けていると自然に瞼が重くなってくるのが何となく感じられる。
(これくらい柔らかいソファならベッドの代わりにもなるだろうし…今日はここで寝ちゃおうかしら?)
 膝を置く所も柔らかいため、そこを枕代わりにしているハクレイはそのまま朝まで寝ようかと考えてしまう。
 本当ならばカトレアが宛がってくれた寝室に戻って寝るのが良いのだろうが、生憎ニナと同じ部屋を宛がわれている。

320ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 20:07:02 ID:WoSmxfsM
 だからこのまま部屋へ戻って、朝になったらなったで色々とちょっかいを掛けられる恐れがあった。
 彼女が一足先に起きてしまえば、良くて頬を抓られるか酷くて顔に水を掛けられて起こされてしまう。
 カトアレの前ではあんなに子供らしいのに、自分の前に立てば文字通りの小悪魔と化すのは何故なのだろうか?
 特に一昨日の件もあるのだろうか、今日の朝なんてまだ寝ている自分の顔のうえに布を被せてようとしたのだ。
 幸いその直前に目を覚ます事ができ、ニナはカトレアの怒っているのかいないのか良く分からないお叱りを受けるハメになった。
 そして今は…記憶喪失の最中にある彼女にとって親代わりに等しいカトレアとの夕食をすっぽかした自分へ怒りを募らせている事だろう。
 
 カトレアは何があっても基本的に笑顔であり、持病が一時的に悪化でもしない限りそれを崩す事は滅多に無い。
 だから自分が夕食時に返ってこなかったのに対しては、仕方ないと苦笑いを浮かべた事は容易に想像できる。 
 けれど、そうした繕った表情の下にある感情を悟れぬ程ニナは鈍い子供ではない。むしろ子供はそういうものに敏感なはずだ。
 今夜も三人で食べる夕食を楽しみにしていたカトレアの気持ちを事実上踏みにじった自分をニナは怒っているのに違いない。
 無論カトレアからお叱りがあるのならば最後まで耳に入れるし、ニナが自分の足を蹴ってきてもそれを受けるつもりだ。
 だがしかし、寝込みの最中に襲われるという事だけは洒落にならないのである。

 かくして寝室にも戻れず、腹をも満たせぬハクレイは一人リビングのソファーで夜を過ごすことにした。
 彼女は金を盗んだ少女も見つけられず、夕食まで無下にしてしまった罪悪感で今にも押しつぶされそうである。
「あーぁ…何か、ここへ来てから碌な事が続かないわね…金は盗まれるわ、変な夢は見るわで…――――って、夢…?」
 自分の身に続く不幸を呪いつつ目をつぶろうとしたとき――ふと彼女は何か思い出したかのようにハッとした表情を浮かべた。
 彼女は知らないが、ふと眠ってしまった際に見た奇妙な夢―――二人組の女性の会話を聞くだけどというあの夢。
 あれを見て目を覚ましてから既に五分が経過し、再び寝ようとしたところでハクレイはその夢の事を思い出したのである。
 
 体が動かぬ、目を開けられないという状況の中で、頭の中から聞こえてきたあの会話…。
 一体あれは何なのだったのかとそう訝しんだハクレイの頭から、睡魔という誘惑が一瞬で消し飛んでいく。
(そういえば…あの夢は何だったのかしら?…会話は会話なんでしょうけど…)
 上半身を越こし、考え込み始めた彼女はあの夢の中で聞いた声の事を思い出そうとする。
 最初に思い出したのは…もう一人の女性と比べて明らかに厳格な声色が特徴であった女性の声。
 いかにも人格者…という雰囲気を聞き取れる彼女の声と言葉の一部を、脳内で再生し直そうとししてみる。

―――――…次から次に厄介な事件を持ってくるな、お前は?

 夢の中で聞いたのにも関わらず、内容自体はしっかりと覚えていた。
 それから脳内で何回かリピートさせた後、ハクレイはその声に聞き覚えがあったかどうか思い出そうとする。
 しかし…ニナと同じく記憶喪失の身である彼女の穴だらけの記憶では、思い出すことは出来なかった。
 精々思い出せるのはカトレアと初めて出会った所からであり、自分の生まれ故郷すら分からないのである。 
 だから夢の中で喋っていた女性の声など、最初から分かるワケが無かったのだ。
「んぅ〜…やっぱり、駄目ね。全然分からないわ…」


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