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避難所SS投下スレ五

1銃は杖よりも強いと言い張る人:2008/11/26(水) 01:18:53 ID:LHhNtMKE
前のスレに収まりそうに無いので、ムシャクシャしてスレを立てた。
今は反省している。

というわけで、早速投下します。

33名無しさん:2008/12/04(木) 01:49:06 ID:RNfTl3l.
ミノ放っておいてもう暗殺しにアルビオン行けばいいんじゃね?

34名無しさん:2008/12/04(木) 02:27:45 ID:kqmzXaJA
もうエンカウントしたから回避不能でな……
しかし、兄貴考えんといかんのに、アルビオンの礼拝堂でブリミル像の上に飛び乗って
南斗鳳凰拳奥義天翔十字鳳構えた聖帝様見てフェニックスだの不死鳥だの言われてるとことか余計なモンばっか浮かんでくる…
世紀末はユダ様でお腹一杯なったはずのにどういうこったい

35名無しさん:2008/12/04(木) 19:52:09 ID:6I0lfiB2
礼拝堂ってことはマザコン相手に?
剣が振れるだけで精神面はからっきしな高校生に負けるかませ犬に構えを見せちゃう聖帝様ってのはちょっと

36名無しさん:2008/12/04(木) 22:00:58 ID:wCpyvRAw
あの人は意外とワルドとは意気投合しそうな気がするw

37名無しさん:2008/12/04(木) 23:08:27 ID:RNfTl3l.
聖帝様なら最初使い魔になれっていわれた時点で極星十字拳でルイズと禿4分割しちゃいそうだ

38名無しさん:2008/12/04(木) 23:56:57 ID:zTRhohNs
ケンシロウとの死闘後と考えればイケるかも。
アンリエッタの依頼の時に何を言い出すやら。

39銃は杖よりも強いと言い張る人:2008/12/05(金) 20:09:11 ID:AamgRZTI
土日に投下したーい。って希望は無謀だとお師匠様が言ってた。
気が付けば週末。明日は土曜日。
一日待って、実は前回の宣言は再来週のことでしたーって言い張ろうか迷った。
でも、投下する。
俺……、投下が終わったらfallout3をプレイするんだ……

40銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:10:08 ID:AamgRZTI
8 男の矜持
 土砂降り、という言葉がこれほど相応しい情景は、気候の安定しているハルケギニアでは非
常に珍しい。
 黒に近い灰色の空から滝の如く降り注ぐ雨は、地面の吸水力を遥かに超える雨量をもって大
地を水で満たし、数多の川を氾濫させていく。
 収穫期を迎えたタルブの麦畑の被害も大きく、生活用水として利用している川から溢れ出た
泥流によって、実を結んだばかりの畑の幾つかが流されていた。
 自然の猛威に対して成す術が無いのは、地球もハルケギニアも違いは無いらしい。
 タルブ村の外れにある寺院の中で、ホル・ホースはそんなことを呑気に考えていた。
「ティファニアー!どこ行ったんだい、ティファニアー!!」
 雨の中、大声で義妹の名前を呼んでいるのは、学院から連れ出したマチルダである。
 当初は連れ出されることに抵抗を示していたが、どこからどういう情報が洩れたのか、学院
にマチルダの夫と娘が遊びに来ているなんて噂が立ち、教員から学生、使用人に至るまでが好
奇心に満ちた目を向けてくるため、居辛くなって結局逃げてきたのであった。
 間違いなく噂の根元はマルトーと寮長だが、折檻は帰ってからと決まっている。
 ほとぼりが冷めるまで仕事を放ってのバカンスのつもりだったマチルダは、しかし、タルブ
で一番楽しみにしている義妹との再会が、なぜかティファニアの不在という悲しい結果によっ
て妨げられていたのだった。
「クソッ!やっぱり、あのクソッ垂れ王子を殺しておくんだった!!純真で臆病で人を疑うこ
とを知らないティファニアを唆しやがって!クソッ!クソッ!!」
 村人の証言から、ティファニアにウェールズが同行していることは既に判明している。この
ことから、マチルダの脳内ではウェールズに誑かされたティファニアが遠く連れ去られ、とて
も口で言えないような色んなことをさせられていることになっていた。
 主にあの凶悪な胸を使って、卑猥なことを。
「ぶっ殺す!!絶対、ぶっ殺す!!見つけ次第ぶっ殺す!!」
 氾濫した河川の水に足首まで浸けて雨に濡れるのも構わず、マチルダは叫び続ける。
 その殺気は、本物であった。
「ねえ……、あれをなんとかしてよ。いい加減、耳が痛くなってきたんだけど」
 窓辺にダラリと力なく頬を乗せていたエルザが、素知らぬ顔で寺院の中央に視線を向けてい
るカステルモールに声をかける。
 現在、寺院の中ではトリステイン魔法学院の教員であるコルベールが、タルブの御神体とも
言われる竜の羽衣を原形を留めないレベルにまで分解していた。
 それの何が楽しいのか、カステルモールは先ほどからニヤニヤしながらコルベールの作業を
眺め続けているのだ。
「なんとかしろ、と言われても、この雨の中では私の風竜も長くは飛べないから、探しになど
は行けないぞ。雨は竜の天敵だからな」
 竜は蛇やトカゲと一緒で、変温動物らしい。全ての変温動物がそうとはいえないが、体温の
低下によって活動が鈍るという点は同じだとか。
 高高度の冷たい空気に晒されることに慣れている風竜も同様で、分厚い鱗が風の冷たさから
体を守り、鱗と鱗の間にある小さな隙間に熱を溜め込むことで体温を保っているのだが、雨は
その隙間に入り込んで直接体を冷やしてしまう。

41銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:11:11 ID:AamgRZTI
 雲の上にまで移動してしまえば雨の影響は受けないが、それでは地上の様子がまったく確認
できないから意味が無い。ティファニアは馬車に乗って出かけたということから、街道を行く
馬車を探すとすれば、どうしても雨に濡れることは避けられないだろう。
 竜というものは意外にも不便なのであった。
「使えないわねえ」
「万能な存在などないからな。少々の不都合は諦めてもらうしかなかろう」
 ティファニアー!と叫ぶマチルダの声と雨の音をBGMに、エルザとカステルモールは冷め
た目でどうでもいい会話を終わらせた。
「素晴らしい!素晴らしいですぞ!愉快な蛇君の究極的な未来が、このようなところでお目に
かかれるとは……、くうぅぅ、なんという幸運!なんという奇跡!」
 あっちが煩ければ、こっちも煩い。
 竜の羽衣は研究馬鹿のコルベールの琴線に触れたらしく、タルブに来てからというもの始終
この調子だ。これでも、鼻水と涙を垂れ流して大喜びしていた初日に比べれば落ち着いたほう
なのである。
 寺院の外の景色から内側へと視線を動かしたエルザは、あっちもどうにかしてくれとカステ
ルモールに視線で訴えかけるが、肩を竦めて首を振られ、舌打ち交じりに溜め息を吐いた。
 せっかく太陽が無いというのに、この雨では外に出られもしない。
 退屈で溜まった鬱憤に耐えかねて、拗ねるようにエルザの頬がぷくっと膨れた。
「ねえお兄ちゃん、なにか面白いことないの?」
 窓辺から体を起こし、背中に向かって倒れる。そこにあるのはイスの背もたれではなく、ホ
ル・ホースの胸板があった。
 エルザは、イスに座るホル・ホースの膝の上にちょこんと乗っていたのだった。
「アレのマネでもしてたらどうだ。楽しそうだぜ?」
 そう言って指差した先にはコルベールがいる。確かに、本人は人生の絶頂期を迎えたかのよ
うな幸せそうな顔をしていた。
 多分、幸せですか?と問いかければ、幸せです!と拳を握って豪語するだろう。
「世界が明日滅ぶとしても拒否するわ」
「じゃあ、そのまま退屈してろ」
 冷たい返答にエルザはまた頬を膨らませる。
 実につまらない。
 こんなにもつまらないのなら、賞金稼ぎに追い掛け回されていた頃の方が楽しかった。お腹
を空かせながら走り回り、休む暇なく街から町へと飛び回った日々。なんと充実した毎日だっ
たことか。
 一週間前後でしかない旅の記憶を大げさに掘り返し、エルザは背中に感じる暖かさに短く息
を吐いて座る位置を少しだけ深くした。
 ぷらぷらと地面から遠く離れた足を動かして、さらにもう少し奥に座り直す。それでもなに
か物足りないのか、特に使われていないホル・ホースの腕をお腹の前で持ってきて、やっとエ
ルザは満足そうに小さな鼻を鳴らした。
「……おら、こちょこちょこちょこちょこちょ」
「うきゃあっ!?わ、わ、あひ、あはは、あはははっはっはっはははっ」

42銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:12:13 ID:AamgRZTI
 退屈を持て余しているのはエルザだけではない。手持ち無沙汰のホル・ホースもまた、なに
か面白い物はないかと探していたのだ。
 膝の上というちょうどいい位置に居るエルザが自分の両腕を抱きこんだことで、なにを思い
ついたのか、唐突に脇をホル・ホースがくすぐり始める。
 突然のことに驚いたエルザも笑い始め、親が子供と戯れるようなほのぼのとした光景が寺院
の一角を彩った。
 だが、それも長くは続かない。
「あはっ、あははははっ、あひぃ、ひぅ、ううぅ、うん……、はぅ、あぁ、はぁん」
 エルザの笑い声が徐々に嬌声に変わり、ほのぼのとした雰囲気に艶かしい色が混ざりだす。
 大体、いつも通りの展開だった。
「あぅ……、はぁ、あうぅ、ん……、んくっ!……う?あれ、なんで止めちゃうのよ?」
 手の大きさの関係上、脇以外の色んな場所を刺激していた手が止まり、エルザは不満そうに
声を上げる。
 そこに待っていたのは白けた冷たい視線であった。
「なあ……、なんでお前は、いつもそういう方向に持って行きたがるんだ?」
 何かある度、下半身方面へ引き摺られている気がする。
 呆れたような声に、エルザはムズムズする感覚に体を揺すりながら答えた。
「そういう方向って……、感じたままに行動してるだけよ。逆に言わせて貰えば、なんでココ
は反応しないわけ?趣味じゃないにしても、多少なりとも反応してくれないと、正直ショック
なんだけど」
 そう言いながら、深く座ったことでホル・ホースの股間に接触している小さなお尻を、エル
ザはぐりぐりと動かした。
 帰ってくる感触はフニャフニャとした硬さの欠片もないものだ。分かってはいたが、こうし
て実際に感触を確かめてみると、女として色んなものが傷つく。
 こっちはいつでも覚悟は出来ているというのに、なんで挑発に乗ってこないのか。
 忠犬でもおあずけが過ぎれば主に噛み付くということを、そのうちベッドの上で教えてやろ
うかと、そんな気分になる。
「ああ、そういえば、テメエは変態だったな」
 なんとも冷たい反応に口を尖らせる。だが、すぐに気を取り直して、ふん、と鼻で息を吐く
と、エルザは小さな胸を精一杯に張った。
「楽しいわよ、変態。お兄ちゃんもちょっとだけ足を踏み外してみない?っていうか、是非と
も踏み外しましょう!二人の将来の為に!」
 一体どんな将来設計を立てているのか。
 変態呼ばわりされてもまったく否定せず、むしろ他人にまで推奨し始める変態幼女は、自ら
だけに留まらず、変態という病原菌の感染拡大を目論んでいるのかもしれない。
 ふんふんと鼻息を鳴らし、くすぐりの続きを求め始めたエルザの首にチョークスリーパーを
極めたホル・ホースは、自分の体の半分ほどしかない年上の少女が動かなくなったのを確認し
てカステルモールに目を向けた。
「そういえば、地下水はどこに行ったんだ?朝から見てねえ気がするんだが」

43銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:13:07 ID:AamgRZTI
「正確には昨日から、だ。あの無機物なら、その辺の適当な動物の体を乗っ取って、ミス・マ
チルダにティファニア嬢を探しに行かされたよ。真面目に探さなければ圧し折る、と脅されて
いたのを見たから、今頃必死にあちこちを駆け回っていることだろう」
 疲れ知らずという一点を買われて徴発されたようだ。恐らく、見つけるまでは帰ってこない
だろう。もしかしたら、そのまま逃げ出しているかもしれない。
 あのヤロウも災難だな。なんて他人事のように呟いて、ホル・ホースは気絶したエルザの頬
をぐにぐにと引っ張った。
「よし、やる事も特にねえし、ちょいと昼寝でも……」
「お昼ごはん持って来たよ!」
 ホル・ホースがカウボーイハットをずらして目元を覆うと同時に、寺院の入り口から鞣革を
雨避けにしたジェシカが明るい声を上げた。
 両手に抱えるようにしてバスケットを支え、笑顔のまま首を小さく傾ける。
「絶妙なタイミングだな」
 クッ、とカステルモールが笑った。
「まったくだぜ、畜生」
 眠気と空腹、どちらを選ぶかと迷ったところで、シチューの食欲をそそる香りを鼻に感じた
ホル・ホースは、エルザを脇に抱えて腰を上げた。
 ティファニアを探すマチルダと未知の技術に酔いしれるコルベールの歓喜の声を耳にしなが
らの昼食は、少しだけ苦かった。


 雨に打たれ、髪を乱し、ぐっと喉を鳴らす。
 マリコルヌの風の魔法のお陰で雨と風はいくらか防げてはいるものの、雨の勢いそのものを
掻き消すには至らない。タバサがこの場に居れば雨を完全に防げるのかもしれないが、それを
すると、あの場所にミノタウロスに対応できない人間を置いて行く必要が出てきてしまう。
 他に方法があったのかもしれない。しかし、それはもう過去のことだ。今考えたところでど
うにかなるものではない。
 眼下には水浸しの大地が広がっている。森も平野も変わりはしない。川から溢れ出た泥水が
茶色く濁し、霧のように散った雨水が白く染め上げているだけだ。
 もう、こんな景色がどれほど続いただろうか。
 五分か、十分か、それとも一時間か。
 タバサたちと別れてからというもの、時間の感覚がおかしくなっている気がする。
 一秒でも早く、シルフィードをタバサたちの下に返さなければ、危険は時間と共に増してい
くのだ。彼女達がミノタウロスに目を付けられていることは確実なのだから。
「あったわ、見つけたわよキュルケ!」
 森と草原の境目に指を向けて、モンモランシーが雨音に負けない声を上げた。
 示した先には、一本の整備された道がある。河川などからは遠く、意図的に土台を盛り上げ
て作ってあるお陰か、まだ水に沈んではいないようだ。
 正確な現在地がわからないため、あの道がどこに繋がっているかは分からない。だが、ちょ
うど良く馬車が近付いてきているのが見えたことで、キュルケの腹は決まった。

44銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:14:44 ID:AamgRZTI
「降りてシルフィード。あの道の馬車の前に、出来るだけ驚かさないように、そっとね」
 きゅい、と返事をするように鳴いて、シルフィードが降下の体勢に入った。
 徐々に地面が近付き、翼が起こす風に地面に出来た水面が揺れる。
 振動が肌を貫いて着地したことを知らせると同時に、馬の嘶きがキュルケたちの鼓膜を震わ
せた。
「う、うわあっ、盗賊かっ?」
 御者が手綱を引き、馬車の進行方向を反転させようとする。
 勘違いだが、そう思われても仕方が無いだろう。見通しの悪い雨の中、馬車の前に突然に現
れた相手に警戒を抱くのは当然だ。
 しかし、ここで逃げられては困るキュルケは、慌ててレビテーションを使って御者の操る馬
を少しだけ浮かせると、シルフィードから下りてトリステイン魔法学院の生徒の証明となる五
芒星の刻まれたタイ留めを提示した。
「あ、こ、これはこれは、貴族様でしたか……」
「挨拶はいいわ。それよりも、この馬車の目的地と客の数を教えなさい」
 手を振り、他のメンバーにもシルフィードから下りるようにと指示を出しながら語調を強め
て問いかけるキュルケに、御者は怯えた様子のまま口を開いた。
「ラ・ロシェールを経由して、に、西に向かいます。幾つかの村を渡った後、ダングルテール
を回るつもりですが……。あ、乗客は四名で、若い母子と兄妹の二組です」
「なら、まだ馬車は十分に広いわね?」
「え、ええ。この雨を見た客が、前の村でかなり降りましたので……、ってもしかして、乗る
んですかい?」
「話の流れから考えれば、分かるでしょ」
 屋根のある馬車を確保できたことで余裕が出てきたキュルケは、御者に悪戯っぽくウィンク
してギーシュたちを呼び寄せる。
「どこに行くって?」
「ラ・ロシェールに向かうそうよ。シルフィード、聞いたわね?なら、急いでご主人様の下に
戻りなさい。あたし達はラ・ロシェールで待ってるわ」
 聞くや否や、シルフィードは高く鳴き声を上げて翼を動かし、空へと舞い上がった。
 タバサと才人の二人がミノタウロス相手に負けるなんて思っては居ないが、それでも嫌な予
感は肌に張り付いて取れない。
 キュルケは、雨に濡れたから冷たいのか、それとも予感めいた不気味な感覚で冷えたのか分
からない体を両手で擦って、ノロノロと荷台に移動した。
「お邪魔するわ」
 そう言って、先に乗っていたモンモランシーとシエスタの手を借りたキュルケが馬車に乗り
込むと、目に見知らぬ人間の姿が映る。
 両端に設置された長椅子の奥に座っているのは、御者の言った通り、まだ自分達と変わらな
いくらいの母と抱きかかえられた子供が一組と、上等とはいえないローブで身を隠した綺麗な
金髪の兄妹であった。
 身を隠しているのは、たぶん訳有りなのだろう。兄の方は精悍な顔立ちをした男前でキュル
ケの好みであり、妹の方も気が弱そうだがやっぱり美人で、悲劇的な物語が似合いそうな印象
を受ける。

45銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:16:18 ID:AamgRZTI
 ああ、なるほど、訳有りだな。なんて思ってしまう、そんな二人だ。
「フレイム、こっちへいらっしゃい」
「きゅるるるるる」
 使い魔を含めた全員が乗ったのを確認して、幌の向こうにいる御者に馬車を走らせるように
告げると、キュルケは雨の中ですっかり弱った様子の自分の使い魔を招き寄せて、杖をくるり
と振った。
 初歩の初歩であるコモン・マジックの発火に毛が生えた程度の火の系統魔法を、慣れた手つ
きと流れるような詠唱で発動させる。揺らめくように生まれた小さな火は、フレイムの背中を
暖めるように浮かんだ。
 嬉しそうにフレイムが喉を鳴らすのに目を細めて、キュルケは深く息を吐いた。
 走り出した馬車の振動に身を委ねると、途端に眠気が襲ってくる。
 雨の影響で、思っている以上に体力を消耗しているらしい。今以上に気を抜くと、このまま
眠ってしまうことになるだろう。
 髪も体も服も乾いていない状態で眠ってしまえば、間違いなく風邪を引く。それに、フレイ
ムのためにも火を消すわけには行かない。
 ぐっと体に気合を入れて自分の頬を両手で叩いたキュルケは、眠気をなんとか吹き飛ばして
空中に浮かべた炎を強めた。
「ちょっと、ギーシュ。なにこっち見てるのよ」
 キュルケの作った炎に手を伸ばしてフレイムのお零れに与っていたモンモランシーが、奇妙
な視線に気付いて目を鋭くさせた。
「え、見て無いよ。うん。見て無い。なあ、マリコルヌ」
「ああ、そうだとも。僕らはなにも見ていない。自意識過剰ってやつじゃないかな、ミス・モ
ンモランシー」
 モンモランシーが視線に気付いた瞬間、同時に顔を逸らしたギーシュとマリコルヌは口を揃
えて無罪を主張する。だが、それはあまりにも怪しく、モンモランシーの疑惑をより強めるだ
けだった。
 スカートが捲れ上がっていたとか、シャツの隙間から肌を覗き見てたとかだったら、今すぐ
グーで殴ってやる。
 そう思いながら、モンモランシーはギーシュたちが向けていた視線の先を探して、自分の体
を見下ろした。
「いったい何を見て……、って、きゃああああぁぁぁあぁぁぁぁっ!?」
「ああ、そいうえば、雨に濡れてるのよね、あたし達」
 両腕で体を隠すようにして縮こまったモンモランシーを横目に、キュルケは自分の体を見下
ろして淡々と呟いた。
 たっぷりと水を吸ったシャツの生地が、肌にしっかりと張り付いて透けていたのだ。
 外なら雨や霧状の滴が邪魔して見えなかったのだが、キュルケが火という光源を作ったこと
で、モンモランシーの白い肌も、キュルケの褐色の肌も、今ははっきりと浮かび上がっている。
 安物でありながらも厚手の生地の服を着ていたシエスタだけが、胸の膨らみの先っぽまで曝
け出すという恥辱から逃れていた。
「こ、このドスケベ!エロ!変態!死んじゃえ、バカ!!」

46銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:17:29 ID:AamgRZTI
「うわああぁあ、ゴメンよモンモランシー!」
「ぼ、僕らは無実だ!偶々視線の先に君達が居ただけで、僕らは悪くないぞ!雨が降ったのも
偶然じゃないか!言い掛かりは止めてくれ!」
 乙女の柔肌を見られたことで顔を真っ赤に染め上げたモンモランシーが、情け容赦の無い蹴
りを早々に白旗を揚げたギーシュと言い訳がましいマリコルヌにぶちかます。
 ギーシュとマリコルヌの体が蹴られて転がる度、馬車は右へ左へと揺れる。それをニヤニヤ
と見詰めるキュルケの横で、迷惑そうな顔をしている馬車の先客にシエスタが身を低くして謝
っていた。
「ふぅ……、ふぅ……、今日はこのくらいにしといてやるわ」
 足が疲れて痺れるほど蹴り続けたモンモランシーは、沈黙したギーシュとマリコルヌを見下
ろして、頬を流れる雨のものなのか汗によるものなのか分からない水を拭いた。
 疲れ果てて長椅子に腰を下ろし、肌に張り付いたシャツを摘んで中に空気を送る。
 だが、すぐに乾くはずも無く、指を離せばシャツはまた肌に張り付いて透けてしまう。
 そこでやっと、モンモランシーは自分が水の系統のメイジであることを思い出して、杖を振
り上げた。
 水が邪魔なら、移動させればいいのだ。服や体に付いた水を一箇所に集めるだけなら、別に
難しいことはない。
 あまり多くない魔法のレパートリーの中から最適なものを選び出し、モンモランシーは詠唱
を経て杖を振り下ろす。
 瞬間、馬車が激しく揺れた。
 いや、揺れるなどという程度のものではない。局地地震に見舞われたように上下左右に揺さ
ぶられた後、馬車は横倒しになったのだ。
 突如として倒れた馬車の中でキュルケたちは悲鳴を上げながら絡み合うように転がり、ヴェ
ルダンデのもふもふの体を終着点に倒れ込む。先客の四人も同じように衝撃を体に受けて倒れ
たが、母の胸に抱かれた子供と兄妹の妹の方が気を失った程度で、怪我らしい怪我は無さそう
だった。
「あ、あんた、一体何の魔法を使ったのよ!?」
「ちがっ、誤解よ!わたし、こんな魔法覚えて無いわ!っていうか、まだ魔法使ってなかった
んだから、なにも起きるわけ無いでしょ!」
 非難めいた視線を向けるキュルケや先客たちに首を振り、モンモランシーは自分ではないと
主張する。
 だが、タイミングがあまりにも合い過ぎていて、釈明としては説得力が薄かった。
 白い目が集中し、じくじくと胸を締め付ける。
 段々耐え切れなくなって、モンモランシーは目元に涙を浮かべた。
「本当に違うのよぉ……」
 ぐすぐすと鼻を鳴らし始めたのを見て、誤解だったかもと思い直したキュルケは、一人の少
女の姿を脳裏に描いて申し訳無さそうにした。
 ルイズじゃあるまいし、魔法に失敗して馬車を横転させるなんてことはありえないか。
 本人が聞いたら憤怒しそうなことを思い、泣きべそをかくモンモランシーの頭を抱き締める
ようにして慰める。こういう役割はギーシュのはずなのだが、当の伊達男はマリコルヌと一緒
に目を回していてまったく役に立ちそうに無かった。

47銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:18:13 ID:AamgRZTI
「はいはい、ゴメンね。疑って悪かったわ。でも、そうすると、馬車が倒れた理由が……」
 あやすようにポンポンと背中を軽く叩いてモンモランシーを落ち着かせたキュルケは、馬車
の外へと目を向けて外の様子を窺う。
 強い雨の音のせいで、外から入る音の殆どは掻き消えている。何かあったとしても、音から
それを察するのは難しいところだ。
 となれば、直接見るなり、馬車が倒れてから反応の無い御者を探して聞くなりしなければな
らない。
 せっかく乾かし始めた服や髪が濡れてしまうため、外に出るのは躊躇われるが、どうせ倒れ
た馬車を戻すために外に出る必要が出てくるのだ。諦めるしかない。
 適当に納得してモンモランシーをシエスタに託したキュルケは、先客やモンモランシー達に
馬車の中に居るようにと声をかけて、雨の中に飛び出した。
 ほとんど無風だった風も少しずつ強くなり、雨に向きが生まれて滴の形を変えている。厚い
雲から晴れ間は覗かず、天候が回復する気配は無い。このまま風が強くなり続ければ、馬を走
らせることも出来なくなるだろう
 そうなる前に、再出発の準備を整えなければならない。
 空を見上げ、やれやれと息を吐いたキュルケは、土の中にめり込むように倒れた馬車の横を
通って、御者台へと向かった。
「御者さん……?やっぱり、居ないのかしら」
 案の定、御者台は空席で、放り出された革の手綱が転がっているだけだった。
 どこかに放り出されたのかもしれない。
 5メイル先が見通せるかどうかの灰色の景色の中、足元の手綱を拾い上げる。
 手綱の紐が、何かに引っかかったようにピンと伸びた。
 その瞬間、嫌な感覚が背筋を走った。
「なんで、上のほうに……?」
 呆然と呟くキュルケの視線が、手綱の先端を追って高い位置へと移動していく。
 馬の轡に繋がっている手綱の先が、キュルケの身長よりも上へと向かって伸びているのだ。
 馬車を引いていた馬の背丈は、こんなにも高かっただろうか?170サントはある自分の背
丈よりも轡の位置が上に来るような大きな馬なら、一見したときに強い印象を残していても不
思議ではないのだが。
 ぬるりと生暖かい液体が手に触れても、まるでそんなものは存在しないというように意識す
ら向けないで手綱の先を見ていたキュルケは、そこに妙な影を見つけた。
 巨木を思わせる大きな影が、雨のカーテンに浮かんでいる。手綱の先端は、そこに向かって
伸びていた。
 ごふ、ごふ、とどこかで聞いた息遣いがお腹の奥に響く。
 なんでここに……、ありえない。!
 冷たい刃物を押し付けられたような感覚がキュルケの肌を粟立たせる。
 これは、夢などではない。幻覚でもない。
 間違いなく、現実だ。
 およそ想定していなかった光景が目の前に現れ、混乱した脳は体を動かすことを忘れて硬直
する。

48銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:19:33 ID:AamgRZTI
 危険だ。逃げなければ。走れ。仲間に呼びかけて。早く。早く。早く。
 意識ははっきりとして、やるべきことを正確に判断しているのに、体はまったく動かない。
 ボトリと足元に落ちてきた馬の頭は耳の辺りを大きく抉られていて、白っぽい液体が血液に
混じって付着している。雨に洗われてそれらが取り払われると、中には皺の入ったピンク色の
肉団子が雨水にプカプカと浮いていた。
 人のものじゃない。良かった。じゃあ、御者はどこに?どこかに転がっている?
 的外れなことを考えて、湧き上がる吐き気を押さえつける。
 がち、と奥歯が頼りなく噛み合ったところで、キュルケの体に痺れが走る。
「ヴルオオオオォォォォォォォォッ!!」
 雄叫びと共に、馬の首を吊るしていたミノタウロスの戦斧がキュルケに向けて振り下ろされ
た。


 雨を避けるために木陰に身を隠した才人とタバサは、周囲に警戒を向けたまま空を見上げて
いた。
 シルフィードを見送ってから、そろそろ十分。待てば長いが、なにか別のことに注意を向け
ていれば、いつの間にか過ぎている時間だ。
 そろそろ、キュルケたちは安全な場所に逃げられただろうか。
 落ちてくる雨の滴を目で追って、才人は隣にいる年下の小さな女の子に視線を移した。
 青い髪を雨に濡らし、冷えた肌を抱くように片腕を体に巻いている。もう片方の腕は杖を代
わらずに支え続けていた。
「なあ、タバサ。囮に残ったのはいいけど、本当にミノタウロスが襲ってくるのか?」
 剣で斬りつけ、氷の槍を吐きたて、炎に巻いたのだ。致命的な傷を負わせるには至っていな
いが、普通なら怖がって近付いては来ないだろう。明らかに警戒をしている様子を見せている
今なら尚の事だ。
 しかし、タバサは確証を得ているようにしっかりと頷く。
 どういうわけか、随分と修羅場慣れしているこの少女は、過去の経験と独自の知識に基づい
た答えを出しているらしい。でなければ、才人をこの場に留めはしなかっただろう。
 脱出時、突然パーカーの裾を掴まれて、黙って此処に立っていて、などと言われた時はどう
いうことなのかと混乱したが、事情を聞けばなるほどと頷けた。
 これまでの行動でシルフィードが重量オーバーになったことなど無いのに、ここにきてそん
な問題が浮上したのは、大雨で土の中が水浸しになったことで土の中に潜れなくなったヴェル
ダンデをシルフィードに乗せなければならなくなったからだ。
 普段ならシルフィードも多少の無茶が利くのだが、雨による体温低下で力が十分に出ないた
め、無理に飛べば墜落の恐れが出てくる。
 タバサが才人を選び、この場に留まったのは、最低限シルフィードが飛べるだけの重量に留
めた上で、ミノタウロスに対応できるように駒を配置を配置したに過ぎない。それでも、十分
に危険が付きまとう選択だが、咄嗟の判断にしては良くやれた方だろう。
 逃げた七面鳥より、手元のケーキ。囮役をそんな風に例えられたときは、流石に才人も頬を
引き攣らせて唾を呑み込んだが。

49銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:21:03 ID:AamgRZTI
「しかし、襲って来る様子がいつまで経ってもないのはなんでだ……?」
「相棒、それはこっちが気を抜くのを待ってるんだよ。向こうは獣だからな、獲物が油断した
ところを襲って来るんだよ」
 警戒を続けることに疲れを見せ始めた才人に、デルフリンガーが緊張感を持たせるために声
を発する。
「ほら、そこっ!」
「うをおっ!?」
 なんでもない方向に声を飛ばし、才人を驚かせる。
 どう見ても敵の居ない場所を示したのに驚くということは、警戒が緩い証拠だ。
 うわっはっはっは、と楽しそうに笑い声を上げるデルフリンガーに、騙されたことに気付い
た才人は、思わず構えてしまった自分が恥ずかしくなって、この錆剣め、と苦々しく毒づいた。
「……確かに、おかしいかもしれない」
 伝説の使い魔と伝説の剣のコンビを微笑ましくも無表情で見守っていたタバサが、眼鏡のレ
ンズに付いた水滴を拭いながら、周囲を観察してそう言った。
「悪かったな、気が緩んでて」
「あなたのことじゃない」
 不貞腐れた様子を見せる才人に否定の言葉を投げかけて、タバサは杖を振り上げ魔法の詠唱
を始めた。
「ラグース・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ……」
 周囲にたっぷりと存在する水を集め、無数の氷の刃に変える。
 タバサの最も得意とする“ウィンディ・アイシクル”の魔法だ。
 風が渦巻き、空中に浮かぶ数十もの氷の矢をタバサを中心に円を描くように回転させる。
「た、タバサ?」
 恐る恐る声をかける才人に耳を貸すことなく、タバサは前方、旧モット伯邸に向けて杖を振
り下ろした。
 凍て付く風が雨を凍らせながら吹き荒れ、氷の矢は目に見える範囲にある全ての窓を破って
屋敷の中へと突撃する。
 破れた窓ガラスが地面に降り注ぎ、屋敷の一部が粉砕されて才人たちの頭上に飛び散った。
 一瞬にして激しい銃撃を受けたような姿に変わった屋敷は、表面を凍らせて白く染まったか
と思うと、雨を受けてすぐに解凍され、ぽろぽろと壁の表面を崩していく。
 十秒か二十秒か、破壊の残滓が途切れるのを待ったタバサが、改めて屋敷の姿を瞳に映して
悔しげに下唇を噛む。
「何してるんだよ、タバサ!ミノタウロスが怒って出てきたらどうすんだ!?」
 モット伯の屋敷はミノタウロスの巣だ。そこをこれほど破壊されれば、黙っているなんてこ
とは無いだろう。
 襲われないのであれば、それに越したことは無い。
 そういう考えがあった才人が抗議するように声を上げるが、タバサは首を振って才人に目を
向けた。
「前提が間違っている。敵は狩りの最中だから、怒っていても怒っていなくても、襲ってくる
ことに違いは無い。でも、今前提の一つが崩れた」

50銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:22:16 ID:AamgRZTI
 タバサの視線が滑る様に移動する。
 才人の手に握られた、デルフリンガーがそこにあった。
「奴さんは、ケーキより七面鳥が好きだったってことか?」
「そう。普通の獣じゃない」
「そんなに空腹か。卑しい野郎だ」
 苛立ちを含んだ言葉を発するデルフリンガーと、異様な雰囲気を纏い始めたタバサに不思議
そうな顔をした才人は、いったい何の話なのかと首を捻る。
「詳しい説明は剣から聞いて欲しい。シルフィードの向かった方向へ全力で走って。あなたな
ら、わたしのフライよりもずっと早く走れるはず」
「……なんかよくわかんねえけど、走ればいいんだな?」
 こくりと頷いたタバサに才人は膝を叩いて気合を入れると、小柄な少女のひょいと持ち上げ
て体を肩に担ぎ、息を大きく吸った。
「え?わたしを運ぶ必要は……」
「黙ってないと、舌を噛むぞ」
 タバサの声により大きな声を被せて、才人は左手に輝くガンダールヴの齎す力のままに駆け
出した。
 マリコルヌよりも、いや、比べることすら失礼なほど軽いタバサの体は、まるで負担になら
ない。これなら、昨日よりも速く走れる。
 強い雨によって、どの地面も先日の森のような状態になっている。だが、今の才人にはそれ
は平地と大して変わらなかった。
「うおりゃああああぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 左手のガンダールヴのルーンがギラギラと輝き、才人の体に強大な力を注ぎ込む。
 ハルケギニアの大地をドップラー効果と共に駆け抜ける。
 後の世に、突然の豪雨の日に現れ子供を攫うという、マッハ少年なんて名前の怪談が生まれ
たかどうかは、定かではない。


 血と肉が飛散し、骨が宙を舞った。
 戦斧の勢いはそれだけに止まらず、勢い余って地面を抉り、土の中に潜んでいた岩までも打
ち砕く。
 苛烈にして強烈な一撃は、人間を容易くミンチに変えてしまう。
 そんな攻撃を、なんとか後ろに飛ぶことで回避したキュルケは、嫌な予感はこれだったのか
と今更に思い出して、恐怖に引き攣る頬を指で揉み解した。
 馬の頭部が、見事に粉々になっている。一歩遅ければ、キュルケが身をもってアレを再現し
ていたことだろう。
「馬鹿力ね」
 技術も何も無い、ただ力任せに振るうだけの雑な武器の扱い方だ。しかし、その結果として
十分以上の破壊を撒き散らせていることを思えば、小手先の技なんてものは無力だと実感せざ
るを得ない。
 果たして、自分で勝てるのか。

51銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:23:31 ID:AamgRZTI
 戦う力が十分とはいえない仲間達の命を背負ったキュルケは、後ろ手に杖を握って喉をごく
りと鳴らした。
「き、キュルケさん?なにか、すごい声がしたんですけど……、そ、そこになにかいるんです
か?」
 ミノタウロスの雄叫びが聞こえたのだろう。馬車の後ろからシエスタが顔を出して、こちら
の様子を窺おうとしてるのが、キュルケの目に映った。
 キュルケは先に雨の中に居たために目が慣れているが、シエスタはそうではない。雨のカー
テンが視界を遮り、そこに何かが居る程度にしかシエスタには見えていないのだ。
 手探りでこちらに近付こうとするシエスタの姿に、ごふ、とミノタウロスが笑った。
「シエスタ、こっちに来ちゃダメ!ギーシュたちと一緒に走って逃げなさい!!」
「え、ええっ、どうして……?」
「いいから、早く!」
 可能な限り語気を強めて追い払い、キュルケは牛頭の亜人と戦うべく杖を握る。対して、ミ
ノタウロスは馬車の中に戻ったシエスタに目を向けて、ぶほ、と唾を飛ばしてまた笑っていた。
 キュルケのことなど、歯牙にもかけない。
 舐められている。
 代々優秀な火の系統のメイジを輩出する名門ツェルプストーが、その名を背負う女が、一介
の亜人に見下されている。その事実に、キュルケの感情が昂っていく。
 そっちがその気なら、やってやろうじゃない。炎の真価は情熱と破壊。その体現たるツェル
プストーの炎を味わわせてやる。
 掛け合わせるのは火の3乗。徹底して熱に特化した圧倒的な炎。決闘用の、広範囲を焼けな
い代わりに突破力を重視したツェルプストーの炎だ。
 これならば、ミノタウロスの体だろうが竜の鱗だろうが、関係なく撃ち抜ける。
 キュルケの絶対の自信が篭った炎が杖の先端に灯り、触れる雨を瞬く間に蒸発させて高熱を
撒き散らした。
 だが、それが思わぬ結果を生む。
「熱っ、熱っ、あっちち!」
 雨の中で炎の魔法を使うとどうなるのか。キュルケは雨で炎が弱まる、という程度の認識し
かなかったのだろう。まさか、鉄をも溶かす炎が超高温の水蒸気を生み出してメイジ自身を傷
つけるなど、考えもしなかったに違いない。
 右手に握った杖の先端を中心に周囲はあっという間に水蒸気に包まれ、その熱にびっくりし
たキュルケは杖を取り落とし、あ、と声を上げた。
 緊張感が足りていない。
「ごふ、ごふ」
 まるで、こうなることが分かっていたかのようにミノタウロスはキュルケに目を向け、心底
おかしそうに笑った。
「くぅ、なんか腹立つわね!」
 感情のままに悪態を吐いてみるが、逆にそれが虚しく感じて余計に腹が立った。
 今度は雨に気をつけて炎を扱って見せると、キュルケは足元に転がった杖に手を伸ばす。
 だが、二度も攻撃を許すほど、ミノタウロスは甘くは無かった。

52銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:25:33 ID:AamgRZTI
 杖を取るためとはいえ、眼前の敵から目を離すとなどというあるまじき行為は、学生同士の
決闘の範疇を超えるような殺し合いの空気を知らないからこそだろう。タバサなら足先で杖を
引っ掛けて手に戻すという芸当が出来たかもしれないが、それが出来るか出来ないかが、実戦
経験の有無の、絶対的な差であった。
 雨を切りながら、戦斧はキュルケの後頭部を目掛けて振り下ろされる。
 視界に落ちた僅かな影が刃の到来をキュルケに教えるが、飛び退くにはもう遅かった。
 赤い髪が裂け、いくつも命を奪ってきた戦斧の冷たい刃が褐色の肌に届く。
 キュルケの意識が、鈍い衝撃音と共に刈り取られた。
「ふご、ごふ、ヴ、ヴオオオオオオオォォォォッ!!」
 痺れるような利き手の感覚に、ミノタウロスが咆哮する。
 低地へと流れる水の流れに乗って、赤いものがサラサラと泳いで行く。
 血走った目が、忌々しそうに大穴の開いた馬車の幌から覗く杖に向けられた。
 ぱしゃ、と音を立てて上等な靴が水の流れを遮り、その上に濡れて重くなったローブが払い
捨てられた。
 滴を垂らして金色の髪が揺れ、その下の端正な顔に戦士の顔が浮かぶ。
 キュルケ達よりも先に馬車に乗っていた四人の内の一人、金髪の兄妹の片割れが杖を手にミ
ノタウロスを睨み付けていた。
「今は追われ身を隠す身なれど、御婦人の危機を見過ごしたとあっては祖先たる始祖と誇り高
き王家の名折れ」
 風が雨を吹き飛ばし、視界を澄み渡らせる。
「このウェールズ・テューダー、女子供を襲う下衆には容赦せん」
 今は倒れたアルビオン王家の直系たる男が、ミノタウロスの前に立ち塞がった。
 ウェールズの周囲を覆っていた風が杖の先端に集まり、雨が再び視界を覆う。
「無事か、キュルケっ!」
 馬車の中からギーシュが飛び出し、その後ろからモンモランシーやマリコルヌも姿を現した。
 駆け寄ってキュルケを抱き起こしたギーシュは、その手に触れた赤いものに目を向け、ヒド
イ、と弱弱しく声を洩らす。
 サラ、と赤が指の隙間から零れた。
「髪がこんなにも短く……」
 肩口まで短くなってしまったキュルケの長髪が、また一房水に流れていく。だが、その下に
隠れた肌に傷は無かった。
「エア・ハンマーでヤツの斧を弾くのが精一杯だったのでね。彼女の髪までは救えなかった」
 ミノタウロスに目と杖を向けたまま謝罪するウェールズに、ギーシュは仕方ないと頷き、次
に駆け寄ってきたフレイムに目をやって、キュルケの体をその大きな体の上に横たえた。
「こっちに、御者さんが居るわ!気を失ってるけど、大きな怪我は無いみたい!」
「なら、その人も運んでくれ!マリコルヌは馬車の中の人々を先導するんだ。出来るだけ遠く
まで移動するぞ」
 馬車から離れた位置で声を上げたモンモランシーと何をすればいいのか分からずにオロオロ
としているマリコルヌに指示を出して、ギーシュは杖を手にウェールズに声をかける。
「加勢します」

53銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:26:40 ID:AamgRZTI
「すまないが、学生では足手纏いだよ。ここは私に任せて行きなさい。それよりも、私の連れ
を頼む。……大切な妹なんだ」
 足手纏いという言葉に悔しそうにしながらも、ギーシュはしっかりと頷いてフレイムと共に
走り出す。
「ヴルゥオオオオオオオオッ!!」
 逃げ出すギーシュたちの姿を目で追って、ミノタウロスがまた雄叫びを上げた。
 獲物が逃げる。せっかくの美味そうなな獲物が逃げてしまう。
 逃がさない。逃がしてなるものか。
 牛のものに似た足を動かし、群れのリーダーと思しき少年にミノタウロスは斧を振るう。
 だが、斧は手首に走った痛みに取り落とさざるを得なくなった。
 見れば、右腕に鋭く突き立つ杖の姿がある。
 ドロドロと血液が溢れ、流れ落ちていく。タバサの氷でも、才人の剣でも貫けなかった鋼の
肉体を、たった一本の杖が傷つけたのだ。
 螺旋を描く風を纏ったこの杖の持ち主が誰かなど、確かめなくてもミノタウロスには理解出
来ていた。
「エア・ニードルの味はいかがかな?鋭さだけなら、他のどの魔法よりも優れていると自負し
ているのだが」
 ニヤリ、とウェールズの口元に不敵な笑みが浮かぶ。
 ミノタウロスが、咆哮を放った。


 幾人もの足音が雨の中を駆け抜ける。
 馬車から離れ、街道を逆送するように走る集団を先導しているのは、御者を背負いながらも
意外な足の速さを見せるマリコルヌだ。それに続くようにしてキュルケを背負ったフレイムと
ヴェルダンデが短い手足を動かして必死に駆け、さらに後ろを馬車の先客達やシエスタやモン
モランシーといった女性達を横抱きにした青銅の人形が四体走っている。
 殿を務めるギーシュは、杖を握ってワルキューレを維持しながら、ミノタウロスの居る後方
への警戒を続けていた。
 馬車の陰はもう見えなくなっている。雨の勢いは止まることを知らず、風によって一層酷く
なっているくらいだ。
 息苦しくなって口を開けて呼吸をすると、雨の滴が口の中に飛び込み、冷たい味を下の上に
広げる。気温もすっかり下がって、夏とは思えない寒さになっていた。
「あの人、置いてきて良かったの?」
 モンモランシーが後ろを気にするようにして、ギーシュに疑念をぶつける。
 見ず知らずの人を囮に使ったことに罪悪感を感じているらしい。
 仲間の誰かが犠牲になれば良かったなんて気持ちは無いだろうが、ミノタウロスは自分達が
モット伯の屋敷から誘い出したも同然なのだ。それを他人に押し付けていることに、良心が痛
むようだった。
「仕方ないだろ。僕らにどうにか出来る相手じゃないんだ。足止めしてくれるって言うんだか
ら、とにかく逃げて身を隠さないと。この雨の中なら、すぐにヤツも見失ってくれるはずだ」

54銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:28:43 ID:AamgRZTI
 罪悪感を感じているのは、なにもモンモランシーだけではない。
 ミノタウロスを前に口上を述べていたウェールズの声を聞いていたギーシュは、今すぐにで
も身代わりになって戦いに赴きたい気持ちで一杯なのだった。だが、自分ではあっという間に
踏み潰されて時間稼ぎにもならないことくらい、誰かに指摘されなくても分かっている。
 僅か数ヶ月前まであった驕りや傲慢は、才人に破れ、ワルドには歯が立たず、ミノタウロス
に恐怖を抱いたことで、どこかに消えていた。
「でも……っ!」
 食い下がるモンモランシーに、ギーシュは奥歯を噛み締めて腹に力を入れる。
「僕だってもどかしんだよ!でも、足手纏いになってたら意味が無いだろ!?せめて、僕がラ
インクラスのメイジなら、この地面を底なし沼に変えてやるのに……!」
 生き延びておられた王女殿下の想い人。それを犠牲に生きながらえなければならないこの屈
辱。
 今日ほど自らの無力さを呪ったことは無い。
 奥歯が砕けるのではないかと思うほど顎に力を入れ、耐え難い感情をギーシュは無理矢理押
さえつける。
 今は託された使命を全うしなければならない。
 まったく無関係の母子と、ただ一人残ってくれたお方の妹君を守るという使命を。
 馬車が横転してから目を覚まさない少女の顔を覗き込んで、ギーシュは杖を握り直した。
「ギーシュ!森の中に入ったほうがいいんじゃないのか!?このまま街道を進んでたら、簡単
に見つかっちゃうよ!」
「この雨なら森に入っても同じだよ!とにかく、距離を離すことだけ考えてくれ!」
 マリコルヌの不安そうな声に力強く返し、周囲を見回す。
 街道は森と平野の境目にあるため、少し道を外れれば森の中に入ることは出来る。身を隠す
には悪くない場所だろう。
 しかし、雨による不透明度が枝葉の天井で軽減されてしまうし、足場は街道よりもずっと悪
い。そんな場所に人間を背負ったワルキューレを器用に走らせられるほど、ギーシュはゴーレ
ムの扱いに自信は無かった。
「ひぃ、ひぃ、はぁ、ごめん、森に入るってのは、ただ休みたかっただけで、正直、そろそろ
限界なんだ」
「もう、仕方ないわね」
 人を一人背負って走るのは、元々体力のあるほうでは無いマリコルヌには酷な労働だ。そん
なマリコルヌを見かねて、ギーシュのゴーレムに運ばれているモンモランシーが杖を取り出し
て魔法を唱えた。
「レビテーション」
 マリコルヌの体が地面から浮き上がり、走っていた足が空振る。
「その状態なら、少しは休めるでしょ?」
「た、助かったよ、モンモランシー。君は命の恩人だ」
 背負った御者の重さが消えたわけではないが、とりあえず体さえ支えていれば足を動かす必
要は無い。

55銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:30:13 ID:AamgRZTI
 荒くなった息を整え、休息を始めたマリコルヌを羨ましそうに見て、ギーシュは頬を叩いて
緩みそうになる気を張り直す。
 まだ頑張らなければ。後ろから聞こえる足音が聞こえなくなるまでは。
「はぁ、はぁ、はぁ……、足音?」
 自分で考えておいて、奇妙なことに気付く。
 耳を澄ませば、雨が地面を打つ音に紛れて水を弾きながら土を蹴り上げる音が、確かに聞こ
えてくる。
 希望的な観測をギーシュはしなかった。
 ああ、次は僕の番かと、自分でも信じられないほど冷静になって音に耳を傾け、杖を握る手
を確かにするだけだ。
 少しずつ、少しずつ走る速度を落として、自分の作ったゴーレムと一緒にマリコルヌや使い
魔達が逃げるのを見送る。
 そのまま振り返るな。振り返らずに走り続けてくれ。
 淡い願いを胸に、とうとうギーシュは走るのを止めて、泣きそうな顔で振り返った。
「ごふ」
 やっぱり、とは思わなかった。
 コノヤロウとか、ぶち殺してやる。なんて感情も無い。
 ただ怖かった。
 ああクソ、もう斧を振り上げてるじゃないか。これはもう、死んだかな。
 他人事のような言葉が脳裏を駆け巡り、それなのに歯は噛み合わずにガチガチと音を立てる。
 とりあえず、この杖は絶対に離しちゃいけない。ゴーレムを走らせ続けなければ、モンモラ
ンシー達の逃げる速度は、比較にならないほど遅くなってしまう。ああ、でもそうすると、僕
は魔法が使えないわけか。
 茶色い毛に覆われた腕がぶくりと膨れて、ミノタウロスの体が傾いだ。
 体重を乗せた、全力の一撃。
 ギーシュの瞳に赤いものが映り、そこでやっと、心が正常に動き出した。
「やっぱり死にたくなーい!」
 叫ぶや否や、ギーシュは滑り込むようにミノタウロスの股の隙間に飛び込み、亜人の背後へ
と回る。そのまま曝け出された無防備な背中に涙の浮かぶ目を鋭く向けると、筋肉の塊のよう
な膨らんだ尻からヒョロリと生える尻尾を左手で握り締めた。
「ぶもっ!?」
 驚きにミノタウロスが声を上げるが、ギーシュにとってはそんなことは知ったことではない。
 ただ、掴んだ尻尾を引っ張り、引き千切ってやろうと足に踏ん張りをかけるだけだ。
「ううぅぅぅあああああああっ!!」
 剣で切れないものが、引っ張って切れるはずが無い。それでも、今のギーシュがミノタウロ
スに抵抗する術は、それしかなかった。
 尻尾の付け根に感じる痛みの元凶を振り払おうとミノタウロスが体を振り、ギーシュを払い
飛ばそうとする。だが、ギーシュは杖を握った右手を左手に覆い被せ、握力を加算して耐え凌
ぐ。
 体を振るだけではダメだと判断したミノタウロスが両腕を後ろに回そうとするが、腕は背後
に回らない。膨れ上がった筋肉と強靭すぎる肉体が、肩の稼動域を狭めているのだ。

56銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:31:29 ID:AamgRZTI
「ど、どうした!その程度かね!?」
 尻尾を掴んでいるだけの心許無い命綱は、辛うじてギーシュに虚勢を張るだけの余裕を与え
てくれていた。
 だが、それだけだ。ミノタウロスを打倒するには至らない。
 ギーシュがやっていることは、時間稼ぎ以上のものではないのだ。
「尻尾に手が届かないなんて、バカな生き物だな、ミノタウロスというものは!悔しいか?悔
しいなら、僕を振り払ってみろ!ほら、その汚いケツを振れよ!」
 体を振るだけなら耐え忍べる。その確信を得たギーシュは、ミノタウロスを口汚く罵って怒
りを誘う。
 時間稼ぎ。それこそが目的なのだから、可能な限り時間を奪ってやればいいのだ。
 ミノタウロスが怒って自分に固執すれば、その分だけモンモランシー達は遠くへ逃げること
が出来る。
 この手が何も握れなくなるまで、骨が折れて、指が千切れるまで、延々と食らい付いてやる。
 心を支配する恐怖が、誰かを守れるのだという安心と幸福感に満たされ、気分がどんどんと
高まっていく。
「さあ!どうした、この化け物!この状態をどうにか出来るものなら、やって……、み……」
 ギーシュの勇ましい声が途絶え、信じられないものを見るかのように周囲に目を走らせる。
 ラグース・ウォータル……
 どこかで聞いたことのある響きが鼓膜を揺らし、視界を白く染まった氷の結晶が埋め尽くす。
 百本に及ぶ氷の矢が、ギーシュの周囲を取り囲んでいた。
「魔法……!?亜人が魔法なんて……!あっ、クソッ、忘れていたよ!!」
 モット伯の屋敷の地下で、タバサが言っていたことを思い出す。
 このミノタウロスは、魔法を使うのだ。背後が安全地帯なんてことは、ありえない話だった。
 人の声帯とはまったく違うはずの喉が詠唱を完了し、杖の代わりとなっている斧が背中越し
に振られた。
「うぃんでぃ・あいしくる」
 無理矢理作られた声が魔法を発動させた。
 四方八方から狙われた氷の刃が、冷たい風に乗って打ち出される。
 ギーシュに取れる選択は、このまま串刺しになるか、尻尾を離して降参することで魔法を中
断してくれることを祈るか、あるいは、唯一の逃げ場であるミノタウロスの股を再び潜るかし
かない。
「一か八かだああぁぁぁっ!」
 死ぬ気も、生き残れる可能性の低い降参をする気も無いギーシュは、ミノタウロスの股の間
に悲鳴のような声を上げて飛び込んだ。
「ヴルォオオオオオオオオォォォォオォッ!」
 ミノタウロスが低く吼え、斧を真下へと突き下ろす。
 股を潜る行為は二度目。そこは、既に予測された逃げ道だった。
 迫る斧の先端を青い瞳に映して、ギーシュは強引に上半身を捻って斧から身をかわす。
 肺が締め付けられるような感覚に続いて、背筋に攣るような痛みが走った。それでも避け切
れなかった斧の刃が腕をシャツごと切り裂き、浅くない傷を作る。

57銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:32:22 ID:AamgRZTI
 声にならない悲鳴を上げている間に斧は引かれ、二撃目を繰り出そうとしていた。
 ミノタウロスの腕の範囲から考えれば、今から起き上がって逃げたところで、間に合いはし
ないだろう。
 生命の危機に活性化した脳が一瞬で絶望的な結果を計算し、他の可能性を探り出す。
「こんのおおおぉぉぉぉっ!!」
 目の前にあるミノタウロスの足を抱き込むように掴み取って、ギーシュはそのまま立ち上が
ろうと両足に力を籠めた。
「ごふ、ごふ、ごふ」
 ミノタウロスが嘲笑う。
 脆弱な人間の力で自分を持ち上げることなど出来はしない。無駄な努力だ。
 斧による、第二撃。足に組み付いている今なら、今度こそ外しはしないだろう。
 確信を込めて腕を振り、足元へと斧を落とす。
 それでも、運命の女神はミノタウロスの味方をしなかった。
「ぶもおおぉっ?」
 ギーシュの必死の悪足掻きは、重い斧を振るうミノタウロスの重心を僅かに崩し、雨に緩ん
だ地面が追い討ちをかけるように摩擦を奪い取る。
 巨体が揺れ、背中向けに倒れこんだ。
「みたか、化け物!」
 荒く息を吐き、膝から崩れ落ちそうな体を必死に支えて、ギーシュは倒れたミノタウロスに
怒声を上げた。
「キュオオオオオオォォォン!」
 肩で息をするギーシュの前で、ミノタウロスの口から悲鳴のような声が飛び出した。
 背筋が反り、両手足を振り回して暴れ始める。
 同じような悲鳴を何度も繰り返し、地面を幾度も殴りつけると、ミノタウロスは血走った目
をギーシュに向けて立ち上がった。
 だが、そこに今までのような圧倒的な存在感は無い。足取りは覚束無く、体が右に振れたか
と思えば、左に体を倒しそうになる。息も酷く不規則で、なにかに耐えているかのようだった。
 雨の音に混じって、なにか大きなものが落ちる音がギーシュの耳に届いた。
「やっぱり、これで終わりとはいかないか……」
 音の発生源は、ミノタウロスの背中から落ちた氷の塊だった。
 ギーシュを狙ったウィンディ・アイシクルの刃だ。大量の氷の矢は、的を外してミノタウロ
スの背後に氷の剣山を作り出し、その上にミノタウロスは自重のままに倒れこんだのである。
 メイジは、余程の訓練を積まない限り魔法を二つ同時に使えない。ギーシュが今、ゴーレム
を走らせているために魔法が使えないように、ミノタウロスもまた、タバサや才人の攻撃を弾
いた奇妙な魔法をギーシュを攻撃するために解除していたのだ。
「まったく、タフな相手だよ」
 氷の欠片を地面に落とし、それに血を交えているが、致命傷には至っていないらしい。
 心底呆れたようにギーシュは溜め息を吐くと、数度の深呼吸を経て集中を高めた。
「それが、手品の種、か」

58銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:33:41 ID:AamgRZTI
 ミノタウロスが斧を振るい、聞き慣れない魔法を詠唱し始める。学院では習う事の無い特殊
な魔法なのか、あるいは、このミノタウロス独自の魔法なのか。
 どちらにしても、これで絶対の防御が復活したというわけだ。そして、もう二度と同じよう
な罠にはかかってはくれないだろう。
 本気で時間稼ぎしか出来なくなったギーシュは、このまま走って逃げれば逃げ切れたりしな
いだろうか、なんてことを考え、歯軋りをして自分を睨みつけるミノタウロスを見て、やっぱ
り無理だと悟る。
 名前も知らない土地に骨を埋めるのは癪だが、意外と気分はすっきりとしていた。
 一矢報いることに成功したからだろう。そして、あの背中の傷ならモンモランシーたちを追
うことは出来ないだろうという満足感もある。
 ドットどころか、魔法も無しに良く頑張ったものだと、自分で自分を褒めてやりたい気分だ。
「ああ、でも、やっぱり死にたくないなぁ」
 正直な感想が洩れる。
 だが、そろそろ限界だった。
 雨に延々と打たれ続けた肌は、激しい運動にもかかわらず冷えて痺れたようになり、火事場
のバカ力でミノタウロスの攻撃を強引に避け続けたために筋肉が錆び付いたように動かない。
 敵にダメージを与えた。その事実が緊張の糸を緩め、せっかく限界を無視出来るトランス状
態から正常な感覚を引き戻してしまったのだ。
 立っているのもやっと。
 そんな状態のギーシュに、ミノタウロスの攻撃を避ける術は無い。
 対して、ミノタウロスは怒りを隠そうともせずに斧を引き摺ってギーシュに歩み寄り、今度
はゆっくりと確実に殺すため、自身の腕の太さほどしかないギーシュを胴体を掴み取った。
 震える足のせいで逃げることも出来ず、ギーシュの体が吊り上げられる。
「ヴルルルル……」
 獣らしい唸り声を響かせて、ミノタウロスがギーシュを掴む腕に力を入れる。
 握力だけで全身の骨が軋む音を、少しずつ薄れていく意識の中に聞いて、ギーシュは痛いと
も感じられずにミノタウロスの顔をぼうっと見詰めた。
 良く見れば、左目がない。
 屋敷の地下で見たときは両目とも揃っていたように思えたが、いつ無くしたのだろう。
 右腕が、ぽきりと折れる。
 二度目のとき、キュルケをあの方が助けたときは、やっぱりあった気がする。
 何かが折れる音が連続して、胸の辺りが突然柔らかくなった気がする。
 三度目は……、ああ、そうか。あの時振り返った瞬間、諦めかけていたのに諦め切れなかっ
たのは、目が潰れていたのが見えたから。
 呼吸が出来なくなり、目の前が黒く染まり始める。
 一矢報いたのだ、あの方は。一矢報いて、それで……、それで?
 喉の奥から、何かが持ち上がってくる。
 満足して死んだのか?
 意識が一瞬途切れて、すぐに戻った。
 ありえない。
「貴族は死の淵にあっても、背中を見せたりはしない」

59銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:35:08 ID:AamgRZTI
 まして、敵が強大であるから甘んじて死を受け入れるなど、それこそ貴族の名折れだ。
 辛うじて絞り出された声に、ミノタウロスの動きが止まった。
「よく言った小僧」
 男のものとも女のものとも思えない不思議な声と共に、ギーシュの眼前、ミノタウロスの腕
の上にひょいと乗り上がったのは、一匹の小さな猫だった。
 口に咥えられたナイフがカタカタと音を鳴らし、まるで誘うかのようにギーシュに刀身を晒
している。
 声は、このナイフから発せられていた。
「悪くない度胸だ。流石、姐さんの友人だけはある。タダ働きは好きじゃねえが、見捨てちゃ
後が怖いからな。この地下水様が、ちょっとばかし手伝ってやるよ」
 気楽そうな声の終わりに、“ウィンドブレイク”の魔法をナイフは発動させた。
 猫が首を振り、ミノタウロスの顔面に魔法を直撃させる。
 無くなった左目の傷を刺激されたのだろう。ミノタウロスは悲鳴を上げ、ギーシュの体を離
して顔を抑えた。
 ミノタウロスの手から解放されたギーシュの体が地面に落ちて、力なく横たわる。その隣に
降り立った猫が地下水を放して、にゃあ、と鳴いた。
「なんだ、だらしねえな。最近のガキは自分で立てもしねえのか?ほれ、俺を握れ。体が動か
ねえならなんとかしてやるから、手を伸ばせ」
 う、と息を呑み、ギーシュは激痛の走る体に鞭を打って左手を伸ばす。
 指先が土を掻いて、少しだけ前に進んだ。
「頑張れ、あと少しだ。おい猫、もうちょっと近くに置けなかったのかよ?」
「にゃー」
 地下水の文句に、猫は不満そうに鳴いて森の中へと走り出した。
「あー、行っちまいやがった。まあ、猫に文句を言ったところで仕方がねえか。よし、頑張れ
よ小僧。あと指一本分だ」
 緊張感のない声がギーシュの耳に届く。
 気が抜けるような声だが、いまはそれに縋るしかない。
 呼吸が出来ているのかどうかさえ分からないままギーシュは懸命に手を伸ばし、爪の先を地
下水の柄に重ねた。
「オオオオオオオオオオッ!」
 ギーシュの手と地下水が重なったところに、痛みを乗り越えたミノタウロスの足がギーシュ
を踏み潰さんと迫る。
 一秒遅かったか。
 地下水が感情の乗らない言葉を内心で呟いて、手助けをするつもりだった少年に無意味な希
望を抱かせてしまったことを声に出さずに詫びる。
 あの猫め。
 マチルダの依頼で体を奪ったいくつもの獣の最後の一匹に向けて、地下水が愚痴っぽく声を
溢した。
「エア・ハンマー!」
 若い男の声が風の魔法を発動させ、ミノタウロスの体を弾いた。

60銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:35:44 ID:AamgRZTI
 ぐらり、と牛頭の亜人の体が揺れて、僅かに足が地面を叩くタイミングが遅れる。
 地下水には、それで十分だった。
 跳ねるように飛び起き、ミノタウロスの足を切りつけながら後退する。
 死にかけていた体とは思えない、敏捷な動きだった。
「ウェールズ皇太子殿下……、生きておられたのですか?」
 体の痛みも意識の混濁もなくなったギーシュが、勝手に動く体を気味悪く思いながら助けて
くれた人物に声をかけた。
 雨でクシャクシャになった髪をかき上げ、ギーシュの自意識過剰なものとは違う自然な笑み
を浮かべて、はは、と軽く笑う。少しだけ情けない顔が、何故かギーシュには格好よく見えた。
「勝手に殺さないでもらえるかな?まさか、ミノタウロスが魔法を使うとは思わなくてね。ふ
いを突かれて森の中に吹き飛ばされただけさ。もっとも、追撃が来るものと思い込んで森の中
を走り回っていたのは、間抜けとしか言いようが無いけどね」
 ミノタウロスとの間合いを計りながら、ギーシュと挟み撃ちするように立ち位置を移動する。
 地下水に体を乗っ取られたギーシュもまた、ウェールズの意図を読んで円を描くように移動
を始めた。
「ギーシュ、だったか?」
「なにかね、ナイフ、いや、地下水くん。……ん、あれ?同じような名前をどこかで……」
 呼びかけた地下水に、ギーシュは返事をして、何故か記憶を刺激する名前に首を捻る。
「気のせいだ。それより、あのミノタウロスのことなんだが、なにか変な魔法を使ってたりし
ねえか?例えば、自分の体の中を弄るような……」
「おお、良く気付いたね。その通り、体内の血流を操作して体を頑丈にしているらしい。僕は
水の系統はからっきしなんで仕組みは分からないんだが、背中に氷が刺さったままなのに血が
流れていないところを見ると、血流を操作しているという点は確かなようだね」
 ギーシュとウェールズの二人に挟まれて警戒を顕わにするミノタウロスに、ちらりと覗き込
んだ背中の様子を見て、地下水がカタカタと刀身を鳴らす。
「なるほどね。道理で体を乗っ取れねえわけだ……」
 猫の体を乗っ取っていたときに、地下水は既にミノタウロスの体が乗っ取れないどうかを試
していた。足元に忍び寄り、そっと刀身を触れさせたのだが、どうにも感覚が根を張らない。
 だが、他者の体を乗っ取る力が消えたわけではないのであれば、問題は無い。
 体が乗っ取れないのであれば、直接叩き潰せばいいのだから。
「いくぜ、ウェールズの兄ちゃん!格好いいところを見せてくれよ!」
「言われなくても、もはや遅れは取らん!」
 ほぼ同時に、地下水とウェールズは“エア・ニードル”の魔法を唱えて風の刃を作り出す。
 地下水は自身の刀身に、ウェールズは己の杖に。
 ミノタウロスの肌を貫けるのは、この魔法だけなのだ。それ以外は、牽制程度で傷を負わせ
ることはできない。
 前と後ろの両方から飛び込んでくるギーシュとウェールズに、ミノタウロスは一瞬の逡巡を
見せると、すぐに斧を構えてギーシュへ向けて横薙ぎに払った。
 体力のある獲物は後に回し、死にかけていた相手に止めを刺すつもりだ。
 だが、数え切れない年月を刃物として生きた地下水に、力任せの一撃は意味を成さなかった。

61銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:37:40 ID:AamgRZTI
 地面を蹴り、斧の上を軽く飛び越えたギーシュの体がミノタウロスの腕を駆け上がり、頚動
脈を狙って刃を一閃させる。
「うわっ、本気で硬いなコノヤロウ!」
 毛皮を裂いた刃は、太い血管を切ることなく振り抜けた。
 それでも、首筋にある幾つかの細い血管は切断され、雨の中に赤い色を足していく。
「そうか。なら、強く打ち付ければいい!」
 ミノタウロスの背後から迫ったウェールズが、杖を握る右手の首を左手で握り、ミノタウロ
スの脇腹にエア・ニードルの刃を突き立てる。
 杖の半分が肉に埋まり、強靭な肉を貫いたことを確かめる。次いで、ウェールズは魔法を解
除して杖を通常に戻すと、即座に風のドットスペルを詠唱した。
 強力な魔法の連射は出来なくとも、初歩の魔法ならその限りではない。
 体内に埋め込んだエア・ニードル。それを構成していた空気を、さらに風の魔法で攪拌して
肉体を内側からズタズタにする。
 体の大きな亜人との白兵戦用に構想された、滅多と使われることの無い連携魔法だ。
「デル・ウィンデ!」
 “エア・カッター”の魔法がミノタウロスの体内で発動し、体内組織を蹂躪する。
 杖の突き立った傷跡から血が噴出し、ウェールズの腕や顔を赤く染め上げた。
「ォォォオオオオオオオ!」
 ミノタウロスが体ごと両腕を振り回し、ギーシュとウェールズを弾き飛ばす。
 ごき、とウェールズの肩から骨が外れる音が鳴り、ギーシュは左足は着地の瞬間にあらぬ方
向に曲がった。
「クソッ、まだ生きてやがる!」
「必殺の一撃、のはずなんだがね。想像以上の生命力だな」
「あああ、僕の体が凄いことに……」
 左足を引き摺るように立ち上がった地下水とウェールズが、血を吐きながらも立ち続けてい
るミノタウロスに辟易したように吐き捨て、ギーシュは感覚が無いまま原型が崩れ始めている
自分の体に小さく悲鳴を上げた。
「さて、どうするかね?自慢ではないが、私の次の一撃は期待できないぞ。なにせ、利き腕が
上がらなくなってしまったからね」
「同じだ、同じ。突っ込んでぶっ刺す。ヤツを殺すにはコレしかねえよ」
 作戦も何も無い、ただ個人の技量に任せた戦い方を示す地下水に、ギーシュはあんまり自分
の体を乱暴に扱わないでくれと抗議したい気持ちを抑え、ミノタウロスの様子を窺った。
 血を吐いたということは、内臓が傷ついたはずだ。魔法の影響のせいか、血はもう止まって
しまったが、長時間戦える体では無いだろう。
 後一撃なら、全てをかけてもいいかもしれない。たとえ無謀でも、地下水とウェールズの戦
いの技量は、自分よりもずっと高いのだ。信じる価値はあるだろう。
「突っ込むしかないか」
「やろうぜ。クソヤロウの内臓をミンチにして、豚の餌にしてやる」
 短く息を吐いて覚悟を極めるウェールズと、やる気満々な地下水が再び“エア・ニードル”
で武装した。

62銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:39:28 ID:AamgRZTI
 今度は挟み撃ちは出来ない。ギーシュの左足は折れて動かないし、立ち位置を今更変えるこ
とも出来ないからだ。
 ギーシュも覚悟を決め、二人に運命を託す。
 その時、ミノタウロスが斧を振り上げ、また魔法の詠唱を始めた。
「……っチャンスだ!何の魔法を使うかは分からないけど、あいつの体を異常に頑丈にしてい
る魔法は、他の魔法と併用出来ない!」
「よっしゃあ!いい情報だ、ギーシュ!行くぞウェー公!」
「ウェー公とはなんだ!?ウェー公とは!」
 片足を引き摺りながら走り出した地下水の横を、ウェールズが駆けて先にミノタウロスへと
接触する。
 肉体の強靭さが半減しているのであれば、狙う場所はいくらでもある。
 体勢を低くし、こちらを無視して詠唱を続けるミノタウロスの足元へと潜り込んだウェール
ズは、そのまま風の刃を纏った杖を振ってミノタウロスの足首を切り裂いた。
 確かに強靭さは失われていて、エア・ニードルの刃は面白いようにミノタウロスの肉まで裂
いていく。
 ミノタウロスの巨体がぐらりと揺れて、地面に膝を突いた。
 そこに決して速くない速度でギーシュが近付き、エア・ニードルの刃を繰り出した。
「俺達の勝ちだ……!」
 地下水の刀身が、ミノタウロスの額へと吸い込まれていく。
 コレで終わりだと、勝利への確信がギーシュとウェールズの胸に刻み込まれる。
 だが、地下水は自分の言葉を心の中で否定し、舌打ちするように刀身を揺らした。
「そうか、コイツ……!水のメイジ……!!」
 それだけ言葉を発したところで、地下水の本体が握った腕ごと空高く舞い上がった。
 ギーシュの左腕が、肘の少し上から途切れている。
 呆然とするギーシュの目が、暴風のような勢いで持ち上げられたミノタウロスの腕を追う。
 斧が真っ赤な血を巻き上げて、天を突くように握られていた。
 ごふ、ごふ、と歪な笑いが耳に届いた。
「……治癒の魔法か!」
 何事も無かったように立ち上がったミノタウロスの脇腹と足首に目を向けて、自分がつけた
はずの傷が消えているのを見たウェールズが、表情を歪めて真実を言い当てる。
 欠損した左目までは治らないようだが、背中からは氷の塊が落ちて新しい肌が覗き、地下水
が傷つけた首筋も毛皮が再生していた。
 ウェールズが攻撃してくるのを無視していたのではない。攻撃されても問題なかったから放
置していたのだ。
 圧倒的な生命力に治癒の魔法を加えることで、あっという間に傷を塞ぐ。魔法による肉体の
強化など、ただの保険でしかないということだろう。
 化け物め。
 思わず、ウェールズの口からそんな言葉が零れた。
「う、うあああぁぁあぁ……!?」

63銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:40:44 ID:AamgRZTI
 左腕を失い、傷口から大量に血を溢れさせたギーシュが、地下水の支配から解放された瞬間
に襲った全身の痛みに喉の奥から悲鳴を洩らし、地面を赤く染める自分の血を視線の合わない
目で追う。
 壊れた人形のような動きで体をガクガクと動かし、顔色を青く染めている。
 このままでは、失血死する。
 危険を覚えたウェールズがギーシュに駆け寄ろうとするが、ミノタウロスの斧がその進路を
塞ぎ、殺気が身を足を踏み止まらせる。
 地面に落ちたギーシュの左腕を持ち上げ、ごふ、と笑ったミノタウロスは、握られている地
下水の刀身を引き剥がし、じろりと睨み付けた。
「……ああ、クソ。やけに詠唱が長かったのは、そういうことか。俺の対策も出来てるってこ
とかよ。用意周到で素晴らしいったらないな、ド畜生が」
 ミノタウロスに触れた瞬間乗っ取ってやろうとした地下水が、忌々しそうに愚痴を零す。
 この亜人は、治癒とほぼ同時進行で肉体強化までやってのけたのだ。もしかすれば、肉体強
化の魔法は治癒の魔法の変形なのかもしれない。元が同じ魔法なら、そういう裏技も不可能で
はないのだろう。
 最後の切り札ともいえる乗っ取りまで失敗したことで、ウェールズの顔色も悪化し、しきり
に喉を鳴らすようになっていた。
「肉体は一級品。魔法も一流。まったく、スゲエな!感心するぜ!だが、コレで勝ったと思う
なよ。世の中には俺達よりよっぽど怖いヤツラがウジャウジャいるからよ。精々、叩き潰され
ないように僻地にでも引っ込んでるんだな、禁術使いのメイジさんよ」
 ただのナイフではないことを見破られ、このまま圧し折られるのを待つばかりと覚悟を決め
た地下水が、まるで悪役が最後を迎えた時のような言葉を並べ立て、何度も、ケッ、と吐き捨
てる。
 そんな地下水の負け惜しみに、ミノタウロスはまた、ごふ、ごふ、と笑うと、剣の先端を歯
に挟み、もう片方の手でナイフの柄の先端を摘んで力を入れた。
 地下水の体が弓なりに反って、キシキシ、と音が鳴る。
「させん!」
 地下水の危機に、ウェールズは杖を手にミノタウロスに踊りかかった。
 邪魔臭そうに降るわれた斧を掻い潜り、心臓に狙いを定めてエア・ニードルを突き出す。
 だが、前から向かったのが悪かったのだろう。ミノタウロスが降り抜いた斧は囮で、蹴り上
げられた足こそが本命だった。
 下から襲う膝に胴を殴られ、勢いを殺されたところに戻ってきた戦斧の柄が背中を叩く。
 潰れたカエルのように地面に打ち付けられたウェールズの体を、さらにミノタウロスは足蹴
にして、ぐり、と捻った。
「……ぁぁあああっ!」
 胸が圧迫され、肺の中の空気が押し出される。
 そうしている間にも地下水の体にはさらに力が加えられ、ぱりん、と何かが割れる音がした。
「おっわああああぁぁぁぁっ!痛くはねえけど、ちょっと怖いな!長生きし過ぎて、死ぬこと
なんてなんとも無いとばかり思ってたぜ!!はは、ははは、はははははははははは!」
 気が狂ったように笑い始めた地下水をギーシュは呆然と見詰め、その最後が訪れるのを待ち
続ける。

64銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:41:54 ID:AamgRZTI
 手がない。
 戦う手段が、何一つ。
 地下水も負け、ウェールズ殿下も地に這い、自分は全身が壊れた人形のようになっている。
 かち、となにかが頭の中に組み合わさって、ギーシュはまだ繋がっている右手に目を落とし
た。
 激しい戦いの中でも、一切放すことの無かった杖がそこにある。
 エア・ニードルはギーシュには使えないし、使えたとしてもミノタウロスをどうにか出来は
しないだろう。
 そもそも、なんで自分は杖を握っていたのか。
 なにかを動かしていたような気がする。それはとても大切で、自分の命と引き換えにしても
惜しくないもののような、そんな気が。
 しかし、杖は魔法を使うもので、魔法は消えてしまうものだ。そんなものを大切にしている
のはおかしいだろう。
 何を動かしていたんだろうか。ずーっと、一瞬でも手を放してはいけないはずなのに、その
理由が思い浮かばない。
 理由は思い浮かばないが、でも、手放してはいけないのだ。
 そうだ。杖は手放してはいけない。手を放したら、魔法が解けてしまうのだから。
 それは無意識だった。
 左腕から血が大量に流れ出たために脳は正しく働かず、思考は単調になり、複雑なことを考
えられなくなっていた。
 だから、ギーシュに出来たことは、至極身近な、幾度も繰り返してきた日常的な行為だけだ
った。
 幼い頃から繰り返してきた、貴族としての誇りを高めるための訓練。その際に、自分がもっ
とも得意としていて、父や兄に褒めてもらった一つの特技。
 理論的な思考も出来ない状態で、ギーシュは絶対に手放してはいけない杖を、折れた右腕で
持ち上げた。


 モンモランシーは走っていた。
 穏やかになってきた雨の様子など気にもしないで、靴が脱げて、靴下に穴が開くのも気付か
ずに。
 ギーシュが居なくなったことには、随分前に分かっていた。レビテーションで体を浮かせた
マリコルヌが適当に息を整えたのを見て、次はギーシュを休ませてやろうと後ろを向いたとき
には、もう彼は居なかったのだ。
 どれだけ探しても、名前を叫んでも、ギーシュの姿は見つからなかった。ゴーレムから降り
よう手足を振り回して暴れても、ギーシュのワルキューレは決してモンモランシーの体を離さ
ず、延々と走り続けた。
 そのゴーレムが唐突に力を失って崩れたのは、ついさっきのことだ。

65銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:42:36 ID:AamgRZTI
 ギーシュの身になにかがあったことは間違い無い。モンモランシーはいてもたってもいられ
なくなり、マリコルヌやシエスタの制止の声を振り切って駆け出した。
「はぁ、はぁ、はぁ」
 走ることがこんなにも辛いなんて、もっと体力をつけていればよかった。
 乱れ続ける呼吸にそんなことを思って、モンモランシーは目元に落ちてきた形の崩れた髪を
かき上げた。
 激しく波打つ心臓が自分の鼓動で壊れそうになっても、走ることを止めはしない。
 ふいに、つま先が何かに引っかかって体が投げ出される。
 小石に足を引っ掛けたのだ。
 自慢の金髪と衣服が泥で真っ黒に染まり、口の中に血の味が広がる。
 唇を切ったらしい。
 それでも、モンモランシーは立ち上がって、また走りだした。
「ギーシュ……、ギーシュ……」
 吐き出す息の傍ら、気障でバカで間抜けでスケベな少年の名前を繰り返し口にする。
 自分がやっていることは、彼の努力を無駄にしているのだろう。何も言わずに一人だけ姿を
消したのは、自分達を逃がすためだったのに。
 でも、耐えられなかった。あのまま逃げ延びたとしても、きっと自分の人生は色褪せてしま
うはずだ。赤を赤と、緑を緑と、青を青と言えない世界に変わってしまう。
 これが恋だとか愛だとかいうものなのかは分からないが、名前をつけるとしたら、きっとそ
ういう名前なのだろう。
 でも、それがなによりも辛かった。
 こんなにも苦しくて悲しいのなら、恋も愛も知らなければ良かった。
 乱れた呼吸が込み上げるものと交差して喉に引っかかり、息苦しさに膝を突く。
 下半身の感覚が曖昧になって、膝に力が入らなくなった。手を地面について、それで体を支
えようとしても、何故だか背中が曲がって顔が下を向いてしまう。
 まだ死んだと決まったわけじゃない。泣くには、まだ早い。
 視界が曇るのは雨が目に入ったからだ。鼻の奥が熱くなったのは風邪を引いたからで、喉が
震えるのは埃を呑み込んでしまったからだ。
 わたしはまだ泣いてない。
 震える膝を叩いて、重い頭を持ち上げる。
 いつの間にか雨は霧雨に変わり、視界は随分と開けていた。
 厚い雲の隙間から光が伸びて、地上を照らし始めている。景色の向こうはまだ黒く染まって
いるから、一時的な天候の変化なのだろう。
 僅かに覗く青い空の下で太陽の光に照らされたモンモランシーは、そこでやっと、誰かが近
付いてきていることに気付いた。
 どこかで見た金髪に気障な笑み。
 雨に濡れたせいか、癖のある巻き毛は直毛に近付き、作り物だった笑みには自然な優しさと
力強さが宿っていた。
 差し伸べられた手をぼやけた視界に納めて、モンモランシーは胸の中に湧き上がる感情を言
葉に出来ないまま飛びついた。

66銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:44:05 ID:AamgRZTI
「ギーシュ!」
 首に腕を回し、頬を摺り寄せ、全身で抱き締める。
 腕の中にある戸惑うような感触に愛おしさを呼び起こされ、零れる涙を思い切り首筋に染み
込ませて、それでも足りないと、モンモランシーは肌に唇を触れさせようとした。
 途端、背後から強風が襲い掛かり、二人を吹き飛ばした。
「きゃあああぁぁああぁっ!?」
 悲鳴を上げて雨に濡れた街道を転がり、体の隅々まで泥でぐちゃぐちゃに変える。
 絡めた腕が解け、温もりが逃げていくことに抗うように手を伸ばして、モンモランシーは金
色の髪を追った。
 涙が地面に落ちる。
 突然の風によって、いくらか感情が落ち着いたのだろう。次から次へと溢れていた涙は、少
しだけ勢いを止めてていた。
「いたた……。すごい突風だったわね。大丈夫だった、ギーシュ。……ギーシュ?」
 伸ばした手の向こうにいるはずの、どう関係を言い表せばいいのか分からない友人の姿を見
詰めて、モンモランシーは疑問符を浮かべる。
 そこにいる友人の背格好が、記憶のものと重ならなかったのだ。
「ギーシュ、ちょっと背が伸びた?着ている服も変わってるし、顔も大人びたような……」
 言葉の終わりに向かって声が震え、暖かくなっていた体が急に冷め始める。
 雰囲気が違う。ギーシュはこんなふうには笑わない。
 ギーシュじゃない。
「あなた、誰?ギーシュはどこ?ねえ……、ギーシュはどこよ!?」
 詰め寄るモンモランシーに眉を寄せて言い辛そうに表情を変えた目の前の男は、指をゆっく
りとモンモランシーの後方に向けて、優男らしい笑みを口元に浮かべた。
 指の指す方向を追ってモンモランシーが振り返る。
 突風が、また吹き荒れた。
「きゅいきゅいーっ!」
 地面を満たす雨水が巻き上がってモンモランシーの視界を覆い隠してしまう。それでも、ど
うして風が吹いたのかは理解出来た。
 特徴的なこの鳴き声を間違えるはずが無い。
「シルフィード!」
 晴れ上がった空のように真っ青な鱗の竜が舞い降りて、その背中からタバサと才人が飛び降
りる。そこにさらにもう一人、才人の手を借りて長い金髪の少女が地面に足をつけた。
「こっち」
「は、はい!」
 タバサに導かれて、少女が小走りに土色の山へと近付いた。
 いつの間にあんなものがあったのだろうか。
 雨や風に邪魔されて見つけることの出来なかった街道に出来た奇妙な盛り上がり。そこにも
たれ掛かるようにして座り込んだ少年に、少女は左手を伸ばして魔法に似た詠唱を始めた。
 そこにもまた金色があった。
 見慣れた巻き髪と、趣味の悪いシャツ。いくらか悪くなった顔色にもめげることなく、様に
ならない気障な笑みを浮かべている。

67銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:45:58 ID:AamgRZTI
 造花の薔薇が一輪、その胸元に花開いていた。
「ギーシュ!」
「やあ、モンモランシー」
 弱弱しい声に奇妙なイントネーションが混じって、懐かしい響きを胸に届けてくれる。
「本物?本物のギーシュよね?」
「何を言ってるんだい、モンモランシー。この青銅のギーシュが、この世に二人といるはずが
無いじゃないか」
 この軽口は、間違いなくギーシュだ。
 また目頭が熱くなって、じわりと目元が水っぽくなる。
「こ、このバカ!心配したのよ!?一人で勝手に居なくなっちゃって、出来もしないことに格
好つけて……!」
 ミノタウロスを一人で足止めするなんて、ドットクラスの人間に出来るはずが無い。戦いに
特化している火のトライアングルのキュルケですら負けたのだ、ギーシュが今生きていること
は奇跡だろう。
 ぼろぼろと涙を溢している事に気付いていないのか、モンモランシーはポケットから濡れた
ハンカチを取り出すと、ギーシュの頬に付いている土汚れを乱暴に拭って、鼻を啜った。
「出来もしないことって……、僕、結構頑張ったよ?一太刀っていうと変だけど、しっかりと
痛い目を見せてやったんだ」
「グス……、別に嘘付かなくてもいいわよ。ゴーレム走らせるために、魔法使えなかったんで
しょ?無理に格好つけなくったって、生きてただけで十分なんだから」
「……嘘じゃないんだけど、ま、いいよそれで」
 はは、と乾いた笑いを上げて、ギーシュは深く息を吐いた。
「で、ミノタウロスはどうなったの?あんたがここに居るってことは、どっかへ行っちゃった
のかしら」
 周囲を見回してそんなことを言うモンモランシーに、もしかして気付いていないのか?と視
線を少しだけ後ろに向けたギーシュは、動かない両腕の変わりに顎を使って自分が凭れ掛かっ
ている土色の山を示した。
「ミノタウロスなら居るじゃないか。ここに」
「……は?あんた何を言って……、っきぃやああああああああああぁぁぁぁぁっ!?」
 モンモランシーの視線がギーシュの顎の動きに釣られて下を向き、土の山かと思っていたも
のが、実は茶色い毛皮の塊であることを認識する。そして同時に、口から隣国まで届くのでは
無いかと思えるような悲鳴が飛び出した。
「な、な、なんで、なんでミノタウロスがこんなところで寝転がってお尻掻いてるのよ!?と
いうか、額にナイフが刺さってるのはなんで!?ゆ、夢?これって夢!?」
 ギーシュが背中を預けている土色の毛皮を持つ亜人は、欠伸をするついでにケツを掻き、タ
バサに杖で頭をポコポコ叩かれている。
 どうしてか、そこには親しげな雰囲気さえあった。
「し、質問は構わないんだが……、僕、怪我人だから、抱きつかれたりすると……」
「きゃああああ!う、腕が、腕が無いわよ、ギーシュ!?やっぱり夢?夢よね、絶対!」
 苦悶の声を上げたことでギーシュの姿を確かめたモンモランシーが、また悲鳴を上げた。

68銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:47:27 ID:AamgRZTI
 紐で縛って止血された左腕は切断面が露出し、筋肉や骨を剥き出しにしている。先程までは
服の断片で傷口を覆ってあったが、ティファニアが取り外してしまったのだ。
「み、右手も変な方向に曲がってる!?足も、って、胸の辺りも変に柔らかいんだけど……」
「それはそうさ、折れてるからね。ああ、でも大丈夫。見た目ほど痛くは無いよ。感覚が麻痺
してるだけかもしれないけどね!はっはっは!」
 テンションを高くして笑うギーシュに、才人やウェールズが肩を竦めて苦笑いを浮かべる。
「うええぇぇ……」
 再会の感動とか生きる喜びとか、そういったものとはまったく別の意味で泣きが入ったモン
モランシーの目の前で、今度は金髪の少女が青白い光を放つ指輪をギーシュの切断された左腕
に近付け、細胞を刺激する。
 にゅるり、と細いタコの足が伸びるようにして切断面から新しい腕が生え始め、なんだか気
持ち悪い動きをしてギーシュの腕を再生した。薄く張った皮膚の下に浮かぶ血管がドクドクと
波打ち、切断された部分を境目に日焼けなどの肌質の差が生まれる。やがて、肌が厚く張って
元の色を取り戻すと、ギーシュは嬉しそうに声を上げて、生えてばかりの左手を二度三度と握
ったり開いたりを繰り返した。
 ティファニアの持つ指輪の力によるものだが、再生過程はホラーそのものだった。
「……ふぅ」
「ああっ、モンモランシー!?」
 衝撃的な映像が多過ぎて、脳が付いていけなくなったらしい。
 肺の中の空気を吐き出して気を失ったモンモランシーを、ギーシュは新しい腕で支え、いつ
の間にか骨折から回復している右手で頬をペチペチと叩く。
 まったく反応が無い。
 暫くの間、モンモランシーが目を覚ますことは無さそうだった。
「褒めてやってくれ、姐さん」
 腕に抱いた愛しい君の名を連呼するギーシュに生温い視線を向けていたミノタウロスが、自
分の頭を叩き続ける少女に声をかけた。
 結構な速度で振られていた杖が止まり、青い髪の少女の首を傾げる姿が獣の瞳に映る。
「このガキ、最後まであの薔薇みたいな杖を手放さなかったんだぜ。腕圧し折られても、左腕
をぶった切られても、失血で意識を朦朧とさせてても、杖だけは手放さなかったんだ。お陰で
助けられた。二十年も生きてないガキに、俺も、ウェールズの兄ちゃんもよ」
 ミノタウロスが上体ごと首を後ろに向けて、そこにある人の形をした人形に視線をやった。
 雨に濡れた体を雲の隙間から差し込む光に照らして黄金色に輝かせている青銅の人形。不動
の佇まいのそれが、どこか誇らしそうに空を見上げていた。
 その姿が、何故かギーシュが抱いている少女の姿に似ているのは気のせいではないのだろう。
「斧に錬金をかけて人形に変えやがった。杖がなければメイジは魔法が使えねえ。その辺のと
ころを、この体の持ち主は軽く見てたんだろうな。なまじ、魔法が無くても強えから」
 メイジの杖には普通、“固定化”や“硬化”がかけられている。戦いの最中に壊れては困る
からだ。だが、ミノタウロスはそれを怠った。
 斧という武器を杖の代わりをしているが為に、杖という概念をいつの間にか忘れていたのだ
ろう。

69銃は杖よりも強し さん:2008/12/05(金) 20:48:15 ID:AamgRZTI
 強靭で強大な肉体を得た代わりに、慢心を抱いた。それがミノタウロスの敗因だ。
「あー、しかし、疲れたぜ。なんかこう、気分的に。久しぶりに死の恐怖ってやつも味わった
しな。早く帰って休みてえ」
 疲れ知らずの地下水がこうまで言うのだから、相当な激戦だったのだろう。
 気絶したモンモランシーの目を覚まさせようと元気に騒ぐギーシュを見て、タバサは未だ信
じらない彼の活躍を脳裏に描き、深く息を吐く。
 空にはクヴァーシルが舞っていて、こちらの様子を見て高く鳴いている。そう時間もかから
ない内に、先に一度合流したマリコルヌたちも戻ってくるだろう
 とりあえず、全員生還。
 ウェールズやティファニアや地下水がなんでここに居るのか、とか、キュルケの髪のことと
か、馬車の御者や客の親子をどうするのか、とか。いろいろ問題や疑問も残っているが、それ
は後回しでいいだろう。
 自分も疲れた。
 ふらふらと揺れながら歩いて自分の使い魔に寄り添ったタバサは、同じように疲れた様子を
見せるシルフィードの頬を撫でて、腹の虫を鳴らす。
 長いようで短い宝探しの旅が終わりを向かえた。空は相変わらず雨模様で、あまり物語の締
めくくりには相応しくないように思える。
 それでも、終わりは終わり。ピリオドは打たれたのだ。
 森の中から猫が一匹顔を出し、一時の晴れ間を見上げて小さくクシャミをした。

70銃は杖よりも強いと言い張る人:2008/12/05(金) 20:55:38 ID:AamgRZTI
以上、投下終了。
大方の予想通り、ミノタウロスが味方(?)になりました。
さあて、次はどの人外を加えようかなあ。くくく……。

本当はギーシュに格好いい決め台詞を言わせるつもりだったけど、なんからしくないのでやめた。
ギーシュの嫁はモンモランシー。モンモランシーの婿はギーシュ。異論は認めない。
才人の嫁についての議論は知らん。だが、ティファニアはやらん。アレは俺の娘だ。
猫は以降登場予定なし。今回限りの超モブキャラ。

どうでもいい設定
ミノタウロスの額に地下水が刺さってるのは、ギーシュとウェールズの八つ当たり。
ちなみに、あと三ミリほど深く刺さっていたらミノタウロスは死んでいた。

71名無しさん:2008/12/05(金) 21:46:47 ID:qewzlhvA
降りしきる雨の中の死闘!真に乙でした!

72名無しさん:2008/12/05(金) 22:25:24 ID:vyJBxLiA
>才人の嫁についての議論は知らん。
そういえばルイズの出番が無かったのを思い出したw
才人とタバサとの絡みはボケとツッコミみたいな感じで悪くない

73名無しさん:2008/12/06(土) 18:16:42 ID:jKnvAdYU
ギーシュかっこよすぎw
腕持ってかれた時はどうなることかと思ったがw
まあ今はしばし休めギーシュ


 ル                    て  っ
  ザ                あ        な
   ち             げ             に
    ゃ            る 
     ん           よ               態
      の           ウ               
       た            フ             変
                      フ        
         め                       も
                              で
           な             ら
                      く
             ら   い

74名無しさん:2008/12/06(土) 20:38:27 ID:M3chIWYU
GJ!!また人外が仲間にwww

75名無しさん:2008/12/08(月) 13:51:11 ID:gKbA3V6I
系統魔法はメイジの血統だけしかつかえない、
亜人がつかうのは杖がいらない先住魔法のハズじゃ・・・

76名無しさん:2008/12/08(月) 19:16:02 ID:nvSJX2sg
タバサの冒険2を読んだ後で>>75の意見がどう変わるのか楽しみだ

77名無しさん:2008/12/08(月) 20:33:28 ID:gKbA3V6I
>>76
自分の脳をミノタウロス に移植するメイジが何人もいるわけないだろw

78名無しさん:2008/12/08(月) 21:02:08 ID:ZuJLtc/o
で、あれがモット伯邸に住んでた理由はやっぱりエロタウロスだったから?

79名無しさん:2008/12/11(木) 03:52:07 ID:qDxxdCS6
>>77
このミノが件のラスカル…もといラルカスその人なんじゃないの?
人と言っていいのか甚だ疑問だがw

80名無しさん:2008/12/11(木) 10:19:32 ID:91PQ0N9Y
前スレの桃髪さん乙です。
コルベール先生格好良すぎるけど微妙な残虐性が見え隠れしているのが気になる。



銃杖さん乙です。
ギーシュ!男らしすぎる!
モンモランシーの気絶も仕方ないぐらい男らしすぎる。
しかしこの歳でミノタウロス討伐とかを成し遂げたとしたらかなりの英雄扱いじゃね?すげえ。

81名無しさん:2008/12/11(木) 21:38:40 ID:XDCwdlxw
銃杖の人GJ!!
ホルホルもエルザの扱い方に慣れてきたんだなーw
でもホルホルのニヒルな笑みが出てこなくなってきてるのは状況のせいか?

それと今回のギーシュはカッコ良かったw
痛みに耐えてよく頑張ったッ!!
感動したッ!!

82桃髪と銀髪 外伝 イザベラさんの冒険:2008/12/18(木) 09:42:32 ID:7jIqzPP.
イザベラさんと翼竜人

「はあっ……はあっ……はっ……」
 追っ手の気配に身を竦ませつつ、ぼろを着た少年が走る。その懐には、一日分の僅かな
稼ぎがある。妹と二人、今夜を凌ぐためのカネだ、失うわけにはいかない。
「走れ……走れ……クケケッ」
 やはりぼろを着た一団が、少年を追う。それぞれの手に隠した得物が時折、鈍く光る。

 王都リュティスの西の外れ、裏道である。人口三十万を誇るハルケギニア最大の都市に
は、富と繁栄の大きさに比して、ゲスもまた多く棲んでいる。落ちぶれ生きるしかない、
弱い者たちが、さらに弱い者を叩く、そんな夕暮れだ。
 やがて必死の逃走も空しく、少年は袋小路へと追い込まれる。
「ひぃッ」
「おらおら、諦めたら黙ってカネを置いて――」
 しかしそんな彼らの恫喝は、残念ながら中途にて断絶する。
「邪魔だ。どけ」
 どげし、と背を蹴られたゲスの一人が倒れ、その上をがすがすと歩く者がいる。しかも
ピンヒールで、だ。高い踵から伸びる、細く長いその先端が、倒れた男の身体を容赦なく
刺すが、彼女は構わず歩く。最後に一つ、ごきり、と倒れた男の首からいやな音が響いた
が、もちろん構わない。
 薄暮にも明らかに上質と判る、軽く柔らかい生地のドレスの丈はあくまでも短く、その
色は限りなく深い青だ。深く切り込まれた胸元から、雪のように白い肌が覗く。肩にかけ
た色のない肩掛けがふわりふわりと、歩みにつれて謳うように、泳ぐようにたなびく。無
造作に流れているかに見える髪の手入れはしかし完璧で、それゆえの輝きが落ちかけた夕
陽を映し、まばゆく青い。
「ッな! なな何だテメエは!」
 リーダー格の男が蹴倒され、踏み落とされる音を聞いて呆然としていた一人が、我にか
えって叫ぶ。叫ぶのだがしかし、彼の言葉は彼女の耳には届かない。彼女はゴミ以下の存
在の言葉など、決して聞かないのだ。
「おい」
 袋小路の壁に向かってかつかつと歩く彼女が、その前に立ち尽くす少年に声をかける。
「はっ、はい」
「ここは行き止まりだ。どこに行くつもりだ?」
「いや、あの、逃げてここに……」
「ん?」そう言うと、彼女はくるりと後ろを振り返る。
「アレ、か?」
「は、はい……」
 フン、と鼻息一つ。男たちに手招きをする。ぼろを纏い手には刃物のゲスどもを、従者
でも呼ぶように、そうするのだ。あっけにとられ、一度では身じろぎもできなかった男た
ちだが、彼女の二度目のそれが、明らかな苛立ちをもって行われていると察すると、慌て
て従い、整列する。何だ、何なんだこの女は? 俺たちは泣く子も黙る――
「お前ら、この子を追ってたんだって?」
「いやいやいや、そんなことは――」どうしてか、下手に出てしまう。
「追ってたんだろ?」
 青い瞳が、圧倒的な眼力でゲスどもを睥睨する。
「……はい、そうです」
「そうか。お前らはわたしのツレを追いかけ回して、ここに追い詰めた。それで間違いな
いんだな?」
「あなた様のッ……。いえ、いやッ、し、知らぬこととはいえ、まことに――」

83桃髪と銀髪 外伝 イザベラさんの冒険:2008/12/18(木) 09:43:42 ID:7jIqzPP.
「ごめんなさいは?」
「は?」
「ごめんなさいも言えないのかッ!」
 そこで彼らはようやく気づくのだ。目の前に聳え立つ彼女が、その容姿が、どこからど
う見ても『高貴』そのものであることに。そしてそれ以上に、その瞳に宿る暴虐が、自分
たちを虫けらのように踏み潰しても『構わない』と、決めつけていることを。
「ご、ごめんなさひぃ」
「よし」満足げに彼女が笑う。意外にも、意外にも、その表情はとても朗らかだ。
「悪いことをしたら謝る。そして同じことは二度としない、そうだな?」
「はッ、はい! 決して!」
「ははっ、いい返事だ。いいぞ! では解散だ!」
「失礼しますッ」
 そして蜘蛛の子を散らすように去っていく、ぼろを着た男たち。彼らはもう、二度とし
ないだろう。

「あ、ありがとうございました」
「ふん、男が軽々しく礼など言うな。この程度で恩に着られたらこそばゆいわ」
「はあ」
「いいから。ほれ、帰るとこはあるんだろ?」
「は、はい。で、では失礼します」
 ぺこりと頭を下げ、立ち去ろうとする少年。その背に彼女が声をかける。
「おい、ちょっと待て」
「は、何でしょう?」
「お前、怪我してるじゃないか」
「さっき、転んじゃって……」確かに、少年の踝からは血が流れている。必死だったので
痛みこそは感じていなかったようだが、まだ血が止まっていないところを見ると、そこそ
この深手ではあるようだ。
「どれ、見せてみろ」
 そう言うと、少年の足元に膝をつき、小声でルーンを刻む。
「……イル・ウォータル・デル」
「あっ……!」
 おそらくこれが初めての経験なのだろう、水の魔力で見る間に修復されていく自分の踝
を見て、少年が驚きの声を上げる。
「何だ? 『ヒーリング』を知らんのか?」
「はい。すごいです!」
 ぽんぽんと踝を叩き、どうだと少年を見やると、膝を払い、立ち上がる。
「こんなもの、初歩の初歩だよ。いつか気が向いたら、もっと凄いのを見せてやるよ」
「はい!」
「じゃ、またな。少年」
 そういうと彼女は『アンロック』を唱え、開いた壁の向こうに消えていった。その退場
を見送った少年が叫ぶ。
「すげえ! 格好いい! 何だあれ!」そして、ぽっ、と赤くなって呟く。
「あんなきれいな人も、いるんだなぁ」
 そして少年が、妹の待つ家へ駆け出す。軽やかな足取りだ。

84桃髪と銀髪 外伝 イザベラさんの冒険:2008/12/18(木) 09:44:28 ID:7jIqzPP.
「やれやれだな」
 ゴゴゴと閉まる壁をあとに、ごきごきと首の骨を鳴らしつつ、ひとりごちる。慣れない
ことをすると肩が凝るのだ。そこに――
「見てましたよ!」
「さすがイザベラさん!」
「俺たちにできないことを平然とやってのける!」
「そこにシビれる!」
「あこがれるゥ!」
 わらわらと集まってくる手下ども。皆、とてもイイ顔をしている。
「ななな、何だお前たち! 覗き見とは卑怯だぞ!」
 ぼん、と音の出る勢いで朱に染まるイザベラ。不覚ッ、人助けをする姿を見られるくら
いなら、全裸で踊る方がマシなのにッ!
「そ・こ・で! 俺様のさりげない魔法サポートよ!」
 イザベラの太腿から、訊かれてもない声がする。空気をまるで読まない上に、誇らしげ
なのがムカつく。
「おまっ、地下水ッ! またお前はそんな羨ましいところに納まりやがって!」
「てめええぇ、イザベラさんから離れろオオォッ!」
「小刀の分際でイザベラさんの玉の肌に触れただとォ!」
「だから靴用の仕込みナイフに改造しようって言ったじゃないですかァッ!」
「そうだ! こんなヤツは足蹴にされてるのがお似合いなんだよ!」
「まあまあ君たち、そう言うなよ。嫉妬は醜いぞ?」
 イザベラのドレスの下、太腿の見えるか見えないかのぎりぎりのところに吊られている
ナイフ、それが〝地下水〟である。喋る剣、すなわちインテリジェント・ナイフであり、
イザベラの魔法力の種明かしであり、北花壇警護騎士団所属のあらくれの一人である。
「コロス」
「ぶっ殺」
「溶かす」
 結局はいつも通りに、やいのやいのと大騒ぎである。イザベラの隣に立つことが最大の
名誉である彼らにとって、携帯に向いている、というだけの理由で四六時中、イザベラと
時を過ごしている地下水の存在が、どうにも腹立たしく羨ましくて仕方がないのだ。
「うるさいうるさい! うるさい!」
 叫ぶイザベラの声が、いつもより少しだけおとなしいのは、照れた顔を戻すのに忙しい
からだ。

「イザベラさん、任務が来ましたぜ」
 いつも通り、大騒ぎの酒宴がお開きになったあとに、副長が書簡を持って近づく。
「ん? 今度は何だって?」
「翼人の討伐だそうで」
 隣国ゲルマニアとの国境に広がる森。〝黒い森〟と称される広大な地域の端、林業とそ
の加工で成り立っている村からの、依頼である。翼人は森に居を構えるのだ。つまらない
縄張り争いの仲裁か。なら今回は少し遊ぶか。『翼人の』と聞いただけで、イザベラはそ
こまで考察した。
「そりゃまた、楽な任務だこと」
「ですね。面倒臭くて誰もやりたがらなかった、というところでしょう」
「確かに、面倒な予感はするね。便利屋か何かと勘違いされてるのかしら」
「まあ、そうはいっても報酬はいつもと同じですから。そろそろ酒樽が淋しくなってきて
ますし」
「呑み過ぎなんだよ、お前らは。まったくもう」
「もし? うちのランキング一位はイザベラさんですよ? 依然、変わりなく」
「う、うむ。そうだったな……。まったく不甲斐のない奴らよ。もっと精進するように伝
えておきな!」
「イエス、マム。ガツンと言っておきますよ」
 自身は一滴も呑まない副長は気楽に応える。ま、だからこそ副長に納まっていられるの
では、あるが。

85桃髪と銀髪 外伝 イザベラさんの冒険:2008/12/18(木) 09:45:03 ID:7jIqzPP.
 北の本来の仕事は、特定の〝人物〟を消すことだ。それは政治であり、経済であり、宗
教であり、まあ要するにくだらない欲の皮の代行だ。くだらないから、イザベラはその結
末を好きに決める。任務が完了したという体裁さえあれば、誰も文句は言わないからだ。

 翌朝。誰も朝食など食べる気もしないのだが、全員が集まれる場所が食堂だけなので集
まる。赤い顔と青い顔、そして黄色い顔が集う。
「そこの二人、また黄疸が出てるぞ。断酒三ヶ月」
「そ、そんなあ」
「まだまだ飲めますよお」
「そうやって酒で死んだお前らの墓の前で、わたしにどうして欲しい?」
「えっ?」
「泣いてなんかやらないぞ。これは絶対だ。むしろお前らの墓の上でジグを踊ってやる」
「くっ」
「そ、それはそれでッ!」
「このバカ! わたしを得るために死んだら、それで最後。指一本触れられないんだぞ」
 そこで彼らは思い出す。この団、唯一の鉄の規則を。
「――戦場以外で死ぬな。忘れたか?」
「いえ!」
「忘れるはずがッ!」
「フン、ならばよし。お前らは断酒と謹慎だ」
 そして本日の本題に入る。
「さて、では今回の任務への参加人員を決めよう。まず、火がメインの奴、これは留守番
だ。きこりに請われて行った先で木を燃やしてたら、依頼者に殺される」
「そりゃそうだ」
「ちげえねえ!」
「で、お次だ。風の奴、これも分が悪い。相手は翼人だからな。風の精霊との契約は硬い
だろう」
「お、俺もかよう」
「くはは、残念だのう」
「土も同じだな。何せ連中は空の上だ。ゴーレムに唾をかけられるのオチだ」
「くそうっ!」
「空飛ぶのとか、卑怯ッスよ!」
「よって、今回の遠征は水メインで行く。水なれば連中の〝眠り〟にも耐性が高いからな。
皆、文句はあるまいな?」
「異議なし!」
「久々の出番だぜ!」
「ケッ! てめえグッドラックだぜ!」
 いつもは水のスクウェアである〝地下水〟がいるからと、後方待機を命じられがちな水
系統メイジたちが、猛る。攻撃より防御、癒しを主に請け負うあらくれだ。〝らしく〟な
いとからかわれることの多い、いかつい顔の優しいあらくれたちだ。
「イザベラさんを頼むぞ!」
「てめえら、イザベラさんに傷一つでもつけて帰ってきてみろ、焼き土下座だからな!」
「おうよ!」
 彼らにとってイザベラの戦術は絶対なのだ。それに逆らおうだとか、勝手にこっそりつ
いて行こうだとかは、決して考えない。なぜならば、彼女が頭に立って以来、この北花壇
警護騎士団の戦死者はゼロだからだ。
 むろん、任務があれば怪我の一つ二つは当たり前だ。腕を、目を失うものとて珍しくは
ない。ないのだが、不思議と誰も死なないのだ。彼女がここへ来た日の約束は、寸分違わ
ず守られている。そしてたぶんそれは、彼女がここにある限り続くのだろう。

86桃髪と銀髪 外伝 イザベラさんの冒険:2008/12/18(木) 09:45:54 ID:7jIqzPP.
「始まってるな」
「そうッスね、イザベラさん」
 ライカ欅の茂る森。イザベラとその一行が到着した頃にはすでに、人間側の実力行使が
始まっていた。昼だというのに薄暗い葉陰の中、対峙する異種族たち。
「弓と斧、か。あいつら殺されずに済むかねえ」
「いやいや、無理っしょ。ほら!」
 そう言って彼が指を向けたその先で、落ち葉が舞い上がる。十人ほどの男たちが、土中
から伸びた木の根に捉えられ、これから鉄片のごとき落ち葉にて処刑されようとしている。
「早ッ!」
「もう、どんだけーって感じっスよね。行っちゃいます?」
「依頼主に死なれたら困るからな」
 そう応えると、手下どもに号令を下す。
「止めるだけで充分だ。だから存分に〝止めて〟こい!」
「ういっす」
 聞くやいなや走り出すあらくれたち。水と風、水と土、そして水と水の魔法が迸る。
「――を得て刃と……ゲフッ?」
「ラグーズ・ウォータル!・デル……」
『カッター・トルネード!』
「イル!・ウォータル・スレイプ……」
『ウォーターシールド×4!』
「ラグーズ・ウォータル・イス!・イーサ……」
『ライトニング・クラウドッ!』
 いかん。ダメだこいつら。控えに長く置きすぎたかッ! 早く何とかしないと翼人が全
員終了でジ・エンドだ。わたしのプランに殲滅は含まれてないんだぞ!
「そこまでッ! やめいっ! 止めろとは言ったが、殺してもイイとまでは言ってないぞ
ッ! 見ろ!」
「あ……」
「あら」
「いや、こんなに……」
 そういえばこいつら、水系統だっての、自己申告だったよな。風のスクウェアスペル、
使った奴! あとで団長室に来い。いいな。

 そして彼は、魔力を持たぬ虫けら相手に、やりたい放題の暴威を振るおうとしたら、フ
ルボッコにされていた。ありえないッ。ありえないありあえない……
「おい、生きてるか?」
 イザベラが翼人のリーダーと思しき男を揺り起こす。
「ハッ!」
「おい!」
「……い、生きてる。生きてるよハハハ」
「スマン、やりすぎた」
「な、なんだって?」
「いや、だからスマン。うちの連中はちと、血の気があり余っていて、な」
 そこで翼人はそこで起こったことを反芻する。生意気な虫けらどもを……
「――う、うわああああああああああ!」
「おい!」
「うあああああああああああああああああああああああああああ」
 ぶつ、と、イザベラの脳裏に音が響く。この野郎。そうか、わたしの話を聞く気がない
か。そうか。
「あなた、わたくしの話を聞いていませんね? 人間の言葉などそれだけの意味もありま
せんか。そうですか。では、残念ですが、わたくしも人間の代表として最大限、できるこ
とをしなくてはなりません。あなたとはこれでお別れになりますが、よい旅をなされるこ
と、願っておりますわよ?」
 地下水の知る限り、最大の呪文を……
「は! すみません!」
 唐突に我に帰った翼人のリーダーが叫ぶ。よほど恐ろしい未来を体験して帰還したのだ
ろう。
「……口がキけるようにナった、カ。おマエは運がイいナ。ホんとウニ運ガいイ」
 何やら不自然極まりない口調で翼人に応えるイザベラ。彼女はもう、臨界寸前だ。

87桃髪と銀髪 外伝 イザベラさんの冒険:2008/12/18(木) 09:49:23 ID:7jIqzPP.
「なるほど」
 その一言でイザベラは感想を終わらせた。村人、翼人、そして北花壇警護騎士団の全員
が正座する、村の広場である。それぞれの言い分を聞いた、彼女の言葉は最高潮に重い。
「そこの」
 びくりと震え、立ち上がる二人。名を、ヨシアとアイーシャという。
「デキてんだろ」
「は、はい」
「じゃあ結婚しろ。今日だ」
「え、いや、は……?」
 そしてじろりと手下と翼人を睨みつける。
「お前らは会場の設営だ。いいか、わたしを失望させるなよ?」
「は、はいぃッ」
「あ、あっしらは?」村人の一人が尋ねる。
「料理だよ。決まってんだろ。この全員の腹を完全に、完璧に満たせ」
 絶対の、命令である。
「は、はいいいいいいいっ!」
 もう人も翼人もない、彼らは等しくイザベラの不興を買ったのだ。だから――


 そして村と森を挙げての結婚式が始まる。会場は、森を切り開いて新たに築かれた神殿
である。二つの種族が協力し、血みどろの努力の果てに建立されたのだ。半日で。

 限界に挑戦する勢いで盛り上がる、ヨシアとアイーシャの結婚式を眺めながら、翼人の
リーダーと村長の長子が肩を並べ、くたばっている。
「……なあ」
「……何だ?」
「俺たちってさ、何気に連携できてね?」
「ああ、俺もそう思ってたよ。半日で神殿だぜ? 半端ねえよ、俺たち」
「だよなあ。なんつうか、あれよ。いまさらかもしれないけどさ、ごめんな?」
「いや、俺たちもちょっと頑な過ぎたんだよ。ほんとスマン」
 夜の風が、男たちを優しく撫でる。共に今日を戦った二人を。
「翼と斧で組むと、さ。結構最強かもな……」
「あ、それ俺も思った! つか、作れないものなくね?」
「!」
 これが、友情の生まれる瞬間である。
「やろうぜ!」
「おう!」
「俺は死ぬまで、お前を裏切らない」
「俺はお前を、死ぬまで裏切らない」
「ん? あ、そうか。寿命が違うんだっけか。ははっ」
「そうだ。でも、だからこそだ!」
 認め合った男たちの笑い声が風に運ばれる。やがてこの村は大きく、豊かになるだろう。


「ああ、疲れた」
 帰途へつく馬の背に納まり、ようやく人心地ついたイザベラが唸る。
「お疲れッス。イザベラさん!」
「さすがッス。イザベラさん!」
「これで翼人も俺らの味方になったんスよね!」
「うるさい黙れ。団体行動を乱したお前らは帰ったら全員、お仕置きだ」
 ぎろりと手下どもを睨み回す。
「うわああああ!」
「お、俺たち皆、地獄の底まで反省してますからっ」
「ほら、俺たち全員水メイジ。だから翼人一人も死ななかった! それイイこと!」
 しかしイザベラはそんな彼らの泣き言を、華麗にスルーする。せめてお仕置きの内容を
考えて気を紛らわせようと、そう決めているのだ。

88桃髪と銀髪 外伝 イザベラさんの冒険:2008/12/18(木) 09:50:22 ID:7jIqzPP.
そして書き終わってから気づいたのですが、
ジョジョキャラ一人も出てねえよ! 何だそれ!

ダメだろっ、であればその旨のレス下さい。投下するの自粛しますので。

89名無しさん:2008/12/18(木) 21:17:36 ID:UcmwjINM
いや、ここ避難所だし。外伝だし。問題ないと思いますが。
イザベラ様素敵すぎるよw

90名無しさん:2008/12/19(金) 00:44:56 ID:D9WHSLak
 | 三_二 / ト⊥-((`⌒)、_i  | |
 〉─_,. -‐='\ '‐<'´\/´、ヲ _/、 |
 |,.ノ_, '´,.-ニ三-_\ヽ 川 〉レ'>/ ノ 
〈´//´| `'t-t_ゥ=、i |:: :::,.-‐'''ノヘ|   >>88
. r´`ヽ /   `"""`j/ | |くゞ'フ/i/    関係ない
. |〈:ヽ, Y      ::::: ,. ┴:〉:  |/      続けろ
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 j .>,、l      _,-ニ-ニ、,  |))
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ヽ  ヽ\   \:::::::::::::::::::::::::::::::::::::/      /   ゝニ--‐、‐   |
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DIO様がイザベラ様の絢爛たる王道に興味を示されたようです


ガリア勢に勝ち目なくね?と前スレでキッパリ言ったばかりだったのに・・・・・スマンありゃウソだった

91ティータイムは幽霊屋敷で:2008/12/19(金) 20:49:25 ID:Xr9.YTmY
イザベラ様が大活躍、ジョジョキャラが一人も出てこない……。
なんというか他人事じゃない気がしますけど、面白ければそれで良し!

92名無しさん。:2008/12/19(金) 20:58:52 ID:7NeN4ZKs
GJ!!
イザベラ様、大宴会やたき火を囲んでマイムマイムを週一ペースで開催してそうだ。
ノリが完全に、夜盗、山賊、毛利ですね。

93ティータイムは幽霊屋敷で:2008/12/21(日) 19:36:48 ID:UBT4hSxI

ガリアの王都リュティス、ヴェルサルテイル宮殿は騒然となっていた。
トリステイン魔法学院襲撃の報は平穏、悪く言えば怠惰に過ごした家臣たちを叩き起こした。
取るものもとりあえず、駆けつけた彼等の居並ぶ姿は壮観というには程遠く、
また、何をするべきなのか判断も付けられずに右往左往するのみ。
止むを得ず、指示を仰ごうとオルレアン王の登場を待つばかりだった。

彼等を傍目に戦慣れした騎士達は部下を集めて出陣の準備を整える。
何が起きたかを知るよりも先に、いつでも行動できるようにしておく。
いつ戦争が始まるかなど始祖ではない彼等には与り知らぬ事だ。
だからこそ備えを怠る事はない、それでも間に合わないのならば仕方ない。
いざとなれば杖一振りで敵軍に突撃するだけの覚悟を彼等は持っていた。

しばらくして大理石の石床が甲高い音を鳴り響かせる。
身の丈よりも巨大な扉が両側に開かれ、シャルルは彼等の前に姿を現した。
家臣達を不安がらせぬように、ゆっくりと椅子に腰を下ろして口を開く。

「報告を」
「はっ! 先程届いた連絡によれば自然の物と思えぬ濃霧が学院一帯を覆い、
直後、それに合わせたかのように襲撃者の一団が無差別に殺戮を始めたとの事です。
……残念ながらシャルロット殿下の安否も、イザベラ様共々不明でございます」

王の言葉に、傅いていた家臣の一人が顔を上げて状況を伝える。
それを冷静に聞いていたシャルルも最後の一言には顔を顰めた。
報告を読み上げた家臣はそれがシャルロットの身を案じてのものだと思った。
しかし、それは不安故にではなく己の内に生まれた齟齬が原因だった。

何故、ここで自分の娘の名前が出てくるのか。
トリステインに赴く用件などないし、何よりも先程会話を交わしたばかりだ。
そもそも使い魔品評会は表沙汰に出来ぬ事情により延期されたというのに、
王都トリスタニアならともかく、トリステイン魔法学院が襲撃を受けているのか。
だが、その疑問は家臣の洩らした一言によって形を成した。

「まさか使い魔品評会当日を狙って襲撃してくるとは……」
「待て! 品評会は延期されたのではなかったのか!?」

ガタリと椅子から立ち上がり叫ぶ王の姿に家臣たちは互いの顔を見合わせる。
言葉の意味が理解できていない、臣下たちの態度は正にそれだった。
使い魔品評会が延期されたなどという情報は彼等の耳には届いていない。
彼等の中には東薔薇花壇騎士団を伴い、出立するシャルロットの姿を目にした者もいる。
困惑する家臣と狼狽する王、会議は混沌の様相を呈し誰もが事態を把握できずにいた。
ただ一人、遅れて会議場に現れたジョゼフを除いて。

94ティータイムは幽霊屋敷で:2008/12/21(日) 19:38:00 ID:UBT4hSxI

「随分と騒々しいな。これではおちおち昼寝も出来んではないか」
「ジョゼフ殿! 今がどのような時か判ってのお言いか!」

危急の事態だというのに、まるで無関心のジョゼフに家臣が声を荒げる。
確かに緊迫した状況の中でジョゼフの物言いは不遜も甚だしい。
だが連日連夜で職務をこなし、ようやく私室で仮眠を取っていた彼に言っても仕方ない。
事情を説明しようとする前にジョゼフは徐に家臣の問いに答えた。

「知っているとも。トリステイン王立魔法学院が襲撃を受けたのだろう?
今更取り立てて騒ぐほどの事もあるまい。十分に予期できた事態だ」

その返答に、シャルルをはじめとして会議場に集う全員がざわめく。
襲撃の件は混乱を招くまいと大半の者には伏せられ、ここにいる面々だけに知らされた。
遅れてやってきたジョゼフがこの事態を知るはずなどないのだ。
だからこそ、予期していたという言葉が重く真実として彼等に響いた。
“ならば何故、その旨を進言しなかったのか”
“参加を中止していれば、このような事態は防げたのではないのか”
口々にジョゼフを非難する家臣たちを手で制し、シャルルは彼を問い質す。

「……では、品評会の延期というのは」
「俺の創作だ。色々あったようだが使い魔との契約には成功したらしい」
「まさかシャルロットが言っていた馬車というのは……」
「ああ、無断で拝借した。一国の王女が護衛も連れずに竜籠で向かえば怪しまれるからな」

シャルルの口から奥歯を噛み締める音が響く。
重大事でありながら彼は何も知らされてはいなかった。
助けられたという感謝の念よりも、自分を蚊帳の外に置いたジョゼフが許せなかった。
事前に打ち明けられたならば、いくらでも対処のしようはあった。
参加を中止するのは勿論、警備を厳重にする事で襲撃そのものを防げた筈だ。
襟首を掴んで怒鳴りつけたい気持ちを堪えてシャルルは呟いた。

「ではイザベラも引き上げさせているのだな」

僅かに安堵の溜息がシャルルの口より洩れた。
疎遠とはいえイザベラはシャルルにとっては血の繋がった姪だ。
ジョゼフが襲撃を察知していたのならば、わざわざ彼女を危険に晒すまい。
魔法学院には東薔薇花壇騎士団と影武者だけしかいない。
納得は出来ないが被害は最小に留まるだろうと考えていた。

「いや、アレには何も伝えていない」

そんなシャルルの心中を無視してジョセフは平然と言い放った。
危険の只中、襲撃者達が跋扈する魔法学院に放置した、と。

顔面を蒼白にしたシャルルと、無表情のままのジョゼフ。
騒然とする会議場の中で、立ち尽くす二人の間に静寂が訪れる。
シャルルは兄の考えを読み切れずにいた。
たとえ冷酷な人物であろうとも何の理由も無く自分の娘を命の危険に晒すとは思えない。
思案の末、思い至った結論にシャルルは我を忘れてジョゼフの襟首を掴んだ。

95ティータイムは幽霊屋敷で:2008/12/21(日) 19:38:50 ID:UBT4hSxI

「兄上! 貴方という人はどこまで……!」

突然の王の行動に、家臣たちも慌てて止めに入ろうとした。
だが、今度はジョゼフが手で彼等を制す。
真実を知ればシャルルが激怒するのは目に見えていた。
だからこそ彼は甘んじてそれを受けるつもりだった。
俯いたシャルルの表情は悲しげで、胸中を吐き出すように言葉を紡ぎ出す。

「自分の娘を囮にして……何故、兄上の心は痛まぬのですか」

1メイル先も見えない濃霧の中、襲撃者達はどうやってシャルロットを見分けるのか、
それを考えた時にジョゼフの真意をシャルルは理解した。
ガリア王家の血筋の特徴である青い髪と王家に相応しい身形。
ジョゼフがイザベラにドレスを送ったと聞いた時には、彼女へのプレゼントかと自分の事のように喜んだ。
兄上にも人の親らしい側面があるのだと何も知らずに浮かれていた。

だが、全ては襲撃者を欺く為の措置に過ぎなかった。

膠着すると思われた会議はあっさり終了した。
すでにジョゼフが要所へ指示を伝えていたのだ。
トリステイン王国のマザリーニ枢機卿と連絡を取り、
魔法学院へと花壇騎士団を向かわせる手筈も整えていた。
そして、何故もっと多くの騎士団を送らなかったのかと問う連中に一言。
“俺が最も信頼する者を派遣してある。何の問題もない”
そう告げて、さっさと会議場を立ち去り私室へと戻ってしまった。

もはや会議する必要さえも失われ、家臣たちはジョゼフへの不満を滲ませる。
“これでは何の為に集まったのか”“自分の娘さえ駒にする男を要職に据えていいのか”
会議場は議論ではなく彼を罵る言葉で満たされた。
それは彼の存在が自分達の立場を脅かすのではないかという危機感故だ。
彼等はガリア王国に不要とされるのを極度に恐れていた。

今のガリア王国の中枢を成しているのは、かつてシャルル派と呼ばれた者達だった。
前王が病に伏した時、家臣達の多くは次代の王となる二人に取り入って派閥を作った。
両者の対立はシャルルが王に選ばれた事で終結し、ジョゼフ派は政治の舞台から遠ざけられた。
元々彼等が持っていた権益は全てシャルル派に分配され、
才の有無に関係なくシャルルに味方したというただその一点だけで評価を受けたのだ。
有能であろうともジョゼフに付いた者たちは立場を無くして去っていった。
シャルルの庇護なしでは臣下たちは今の立場を守る事さえ出来ない。

だからこそ彼等はジョゼフを恐れる。
王の兄という立場と神算鬼謀を併せ持つ、心無き怪物を。

96ティータイムは幽霊屋敷で:2008/12/21(日) 19:39:49 ID:UBT4hSxI

「陛下、少しよろしいでしょうか?」

兄への失望の色を浮かばせて立ち去ろうとしたシャルルを老メイジが呼び止めた。
彼は前々王の代から勤める忠臣で、シャルルにとって右腕にも等しき人物だった。
老獪さを兼ね備えた彼の手により家臣の多くはシャルル派へと組したのだ。

「すまないが後にしてくれないか」

しかし、そんな重臣の言葉さえ今のシャルルは聞く耳を持たなかった。
人道に悖る兄の行動と、それを気にも留めぬ精神に彼は心身ともに疲れ果てていた。
平時であれば老メイジとて彼の身体を優先し、部屋で休むように進言しただろう。
だが、それでも構わず彼は言葉を続けた。

「ジョゼフ様の行動、陛下は如何にお考えですか」
「兄上が独断で行動するのはいつもの事だろう。それとも別の意図があるとでも?」

シャルルの返答に老メイジは押し黙った。
ジョゼフが王の座に興味がないのは周知の事実だった。
かつて追いやられたジョゼフ派が彼を旗印に反旗を翻そうとした。
だが、それはジョゼフの密告によって敢え無く潰えた。
よもや神輿として担ぎ出した相手に裏切られるとは思ってもいなかったろう。
これを機にジョゼフに臣従する者は激減し再起の目は完全に途絶えたのだ。

「では何故、死地と分かっていながら東薔薇花壇騎士団を向かわせたのでしょうか」
「影武者とはいえシャルロットの護衛だ。それなりの騎士団でなければ怪しまれる。
それにガリア王国の最精鋭と呼ばれる彼等ならば犠牲も少なくて済むだろう」
「……本当にそれだけでございましょうか」

東薔薇花壇騎士団はシャルルの懐刀と言ってもいい。
彼等が護衛している限り、如何なる暗殺者であろうとも近づけまい。
もし、誰かがシャルルの命を狙うならば彼等を先に無力化する必要がある。
正当な理由があり、公然と彼等を始末できる状況、
それが今、トリステイン王立魔法学院に作られているのだ。

……そして、懸念すべきはそれだけではない。
ガリア王国の暗部、北花壇騎士団はジョゼフに一任されている。
実際には誰もやりたがらない汚れ仕事なので彼に押し付けられたと言ってもいい。
しかし、その北花壇騎士団が非公式なのを利用してジョゼフは不穏な動きを見せていた。
それは過剰とも言える戦力の増強。腕が立てば暗殺者や賊まがいの者さえ採用する。
もっとも団員でさえ実情を把握できない北花壇騎士団を相手に確かめる事など出来ない。
その刃は一体何の為に研がれているのか、それを知るのは自分達が討たれた後かもしれないのだ。

「気を回しすぎだ。兄上は決して裏切ったりはしない」

老メイジの不安げな顔に、シャルルは力強く答えた。
思えば、先の一件とて自分だけに打ち明ければそれで済んだ筈だ。
だが、あえて会議場でジョゼフの独断で行ったと公言する事で、
姪を囮に使ったのではないかとの疑念を晴らし、
かつ冷酷な大臣に対する情に厚い王を演出したのだろう。
自分の為に汚名を被る兄をどうして疑う事ができよう。

そう。兄上は僕を裏切ったりはしない。
……裏切ったのは兄上ではなく、この僕なのだから。
その真実を知った時、果たして兄上は僕を許しくれるのだろうか。

97ティータイムは幽霊屋敷で:2008/12/21(日) 19:41:35 ID:UBT4hSxI
投下終了。プロットは心の地図、アドバイスは心のコンパスです。

98名無しさん:2008/12/21(日) 21:57:40 ID:DrsTuZEw
ジョゼフだけが敵の正体と脅威に気づいてるって感じっスね。
これからの展開が楽しみです。GJでした!

99名無しさん:2008/12/21(日) 22:00:56 ID:d6jJrEhM
OK。ルイズをファックしていいぞ

100名無しさん:2008/12/23(火) 20:33:42 ID:3ubWI8Aw
シャルルまで何かやってんのか……恐ろしい宮廷だよ

101銃は杖よりも強いと言い張る人:2008/12/25(木) 18:58:38 ID:V39Nclcw
投下乙です。
果たして、ジョセフはどこまで知っていて、どう行動するつもりなのか。
シャルルがそれにどう対応するのか、見物ですな。

相談スレで偉そうなことを言ってしまったので、暫く顔引っ込めていようかと思ったけど、
ド畜生なクリスマスの夜も特に予定が無いので投下せざるを得ない。
聖夜が何だ!てめえらクリスチャンじゃねえだろ!浮かれてんじゃねえ、バカヤロウ!!
……ふぅ、ちょっとすっきりした。では、投下します。

102銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 18:59:50 ID:V39Nclcw
9 そこに成功は無い
 先日の雨がどこへ行ったのか。まっさらな青が広がった雲ひとつ無い空は、頑張り過ぎてい
る太陽に悪態を吐きたくなるほど見事に晴れ上がっていた。
 大雨の後始末が各地で行われ、しかし、湿気が蒸発して蒸し暑くなった環境では誰もが長く
動けず、作業は一向にはかどらない。麦穂も雨の影響で多くが倒れてしまい、商品にはならな
くなっている。
 今年は例年に比べて若干の豊作と見込まれたタルブの麦も、かなりの量が水に流され、品薄
による値上がりは回避できそうになかった。
 雲の流れは今後、西の沿岸から吹く風に乗ってトリステイン南部とガリア北部を横断し、砂
漠へと流れていくことだろう。トリステインとガリアの二国は、見込まれていた収穫が大きく
減じることで、財政的に厳しい年となるのは間違い無さそうである。
 暗い未来を案じて気力を失えば、状況は悪化の一途を辿る。そのことを長く農村として生き
て来たタルブの人々は良く知っており、天災の被害にめげることなく、畑の整備や風雨で壊れ
た建物の修理などの作業に怒声や愚痴を交えながら没頭していた。
 窓の外から聞こえてくる金槌の音を背景に、溜め息が一つ。
 村の奥に建てられた村長の屋敷の一室で、コルベールがこめかみに青筋を浮かべて立ってい
た。
「藪を突付いて蛇を出す、とは正にこのことですな」
 もう三度目になる言葉を口にして、コルベールは数えるのも億劫になるほど繰り返した溜め
息を、また零した。
 目の前に並ぶのは、赤が一つに青一つ、それに黄色が三つ。言うまでも無く、個性豊かな髪
の主はコルベールの生徒達である。それぞれの顔に浮かんだ表情は重苦しく、血色の悪い肌か
らは汗が滲んでいた。
「自業自得という言葉がこれほど似合う場面に出くわしたのは、生まれて初めてですぞ。授業
の無断欠席に加えて、危険行為の数々。聞くところに寄れば、一歩間違えれば命を落としてい
たかも知れないというではありませんか。もし、あなた方の身になにかあれば、残された家族
や友人達がどのような思いをするか、考えたことがありますか?誰かが巻き込まれたとき、あ
なた方は責任を取れるのですか?今回巻き込まれた方々は運良く怪我らしい怪我もありません
でしたが、此度の不祥事がどのような影響を残すのか、その目で見て、耳で聞いて、しっかり
と心に刻みなさい。当然、本件は学院に戻り次第学院長に報告して、罰則についての相談をい
たします。そのつもりで今のうちに覚悟を……」
「ミスタ・コルベール」
 クドクドと続けられる説教の内容が似たよな言葉のループを始めてからそろそろ一時間が経
過しようとした頃、女性の声がコルベールの言葉を遮った。
「最低でも一週間以上の謹慎に加え、反省文も……、なんですかな、ミス・ロングビル?私は
一人の教員として、彼らに十分に言い含める義務が……」
「ええ、それは良く存じております」
 深緑の髪を流したマチルダが、愛想笑いを浮かべて進み出る。
 教員というよりは事務員という方が正しいだろうが、一応は学院の関係者ということで、マ
チルダはコルベールに同席を求められていた。だが、その内心は面倒臭いの一言で、一時間も
コルベールの説教に付き合っていたのが奇跡とも言える。

103銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:00:57 ID:V39Nclcw
 横目に生徒達の姿を眺め見て、マチルダは返って来る救いを求める視線に困ったように眉を
寄せると、コルベールにさらにもう一歩歩み寄り、上目遣いに言葉を続けた。
「教育に熱心なのは素晴らしいと思います。ええ、とても。ですが……」
 今度はしっかりと体の向きを変えてキュルケたちに意識を向けると、そこに広がる光景に表
現しがたい表情を浮かべて肩を竦める。
「風邪を引いて寝込んでいる子供相手には、少々酷かと存じますわ」
 等間隔に並ぶ五つのベッドの上で呻き声と咳を洩らす五人の少年少女が、同意するようにゲ
ホゲホ言いながら首を縦に振った。
 長く雨に打たれたのが悪かったのだろう。ミノタウロスとの戦いに決着がついて一時間もし
た頃には、学生全員が風邪の兆候を見せ始め、間もなく熱と咳でダウンしたのである。
 本来なら一番近い街であるラ・ロシェールに向かうところなのだが、いつ治るか分からない
風邪の為に延々と宿に泊まれるほど路銀も無いため、一行はシエスタの故郷であり、タバサの
現在の家もあるタルブ村に進路を変更したのであった。
 実際に村に到着したのは今朝方で、丁度マチルダに急かされて風竜を飛ばそうとしていたカ
ステルモールに迎えられ、そのまま村長宅へ搬送されたのである。
 先日の雨に濡れたのは村でも一人二人ではなく、同じように風邪を引いた村人が別の部屋で
熱と咳で苦しみながら戦っているところだ。ミノタウロスに馬車を壊された御者や、巻き込ん
でしまった母子も同様で、一緒に面倒を見てもらっている。
 村長宅は、現在は隔離病棟というわけだ。
「ううむ……、仕方ありませんな。しかし皆さん、くれぐれも体調が戻るまでは安静にしてい
るように。お説教の続きは学院に戻ってから、しっかりとやらせていただきますぞ」
 そう言って部屋を出て行くコルベールを、勘弁してくれ、と言いたそうな目でキュルケたち
は見送った。
 こほん、と一つ咳をして、マチルダも説教の終わりが見えたことで肩の力を抜く。
「さて、それではわたしもこの辺で失礼させて貰いますね。あ、それと皆さんが集められた宝
探しの収集品ですが、盗難や不法拾得物である恐れがあるため学院預かりとさせていただきま
す。あらかじめ、ご了承ください。ではまた」
 丁寧なお辞儀をして、マチルダが部屋を出て行く。
「……え?」
 漏れ出た声は誰のものだったのか。
 咳と呻き声に満たされていた部屋が静まり返る。
 運良く風邪を引かなかったシエスタが、マチルダと入れ替わりに水と氷を入れた桶を抱えて
部屋に入り、その奇妙な空気に首を傾げた。
 暫くの沈黙の後、ほぼ同時に、少年少女達は絶叫を上げた。
「そ、そんなぁ!」
 命を賭けて戦った子供達の冒険の思い出は、有無を言わさぬ汚い大人たちに容赦なく奪われ
たのであった。

104銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:02:38 ID:V39Nclcw

 風邪で寝込んでいるキュルケたちと違い、何故か同じような環境下にあったにも関わらず風
邪を引かなかった才人は、倉庫に保管されていた材木を担いで村のあちこちを走り回っていた。
 今のタルブは人手が足りない。
 雨に耐えた麦は腐る前に速めに刈り入れをしなければならないし、その間も風で壊れた柵や
畑や家といったものの修復も行わなければならないのだ。
 ガンダールヴの力が無ければ日本の一般的な高校生と同等の体力しかない才人も、猫の手も
借りたい村人達には貴重な労働力に見られ、少しでも暇そうにする様子を見せれば五秒と経た
ずに使い走りに出されていた。
「おっさん!頼まれたやつ、ここに置いとくよ!」
 家畜小屋の修繕を行っていたガタイの良い髭面のおっさんに呼びかけ、肩に担いでいた材木
を作業場となっている広場の片隅に下ろす。
「ああ、ありがとよ!こっちは何とかなりそうだから、坊主はちっと休憩してきな!」
「うぃーっす。んじゃ、遠慮なく」
 痛くなった肩をポンポンと叩き、次いで揉み解す。
 近代技術に囲まれて育った現代っ子に肉体労働はなかなかキツイようで、体の節々が痛みを
訴えていた。
 これで運動系の部活動にでも入っていれば話は別なのだろうが、才人は生憎と帰宅部だった。
「ガンダールヴの力を使ってるときって、あんまり体は鍛えられないみたいだなあ」
 息を吐いて腰を下ろし、そんなことを呟く。
 トップアスリート以上の運動能力を得られる特殊能力だが、代償といえば急速な疲労くらい
なもので、実際に筋肉痛や肉離れを起こした経験は無かった。運動にはなるのだが、体を鍛え
るのには向いていないらしい。
 原理を考えると頭が痛くなってくるが、魔法とはそういうものだと納得するしかない。
「でもまあ、運動不足で太ったりはしないみたいだから、いいか」
 ハルケギニアに召喚された当時はルイズに寄る逼迫した糧食問題を押し付けられたが、今は
腹一杯まで食わせてもらっている。脂身たっぷりの鶏肉とか、果汁たっぷりのフルーツとか。
 ルイズの強烈な躾けと定期的に起きる事件に引っ張りまわされ、その都度体を動かしていな
ければ、きっと今頃は腹回りが一回り大きくなっていたことだろう。逆に、ガンダールヴの力
に体を鍛える効果もあったのなら、今頃腹筋も割れてボディビルダーのようになっていたかも
しれない。
 日本的な童顔な顔立ちの下にある、はちきれんばかりに膨らんだ筋肉の塊。
 ニッコリ、と暑苦しい笑顔を浮かべた自分の姿を思い浮かべて、才人はあまりの気味の悪さ
に首を振ってイメージを崩した。
「でも、もうちょっとこの辺に筋肉がついて欲しいなあ」
 右腕を曲げて作った力瘤の表面を、左手でぷにっと摘む。
 若々しい肌の張りのお陰でそれほど気にはならないが、それでも力瘤が皮下脂肪で柔らかく
感じてしまうのは、男として屈辱であった。
「そう思うなら、しっかりと鍛錬に励むんだな、相棒。日常的に背負われてる立場から言うの
もなんだが、相棒はもうちょっと体を動かすべきだと思うぜ」

105銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:03:37 ID:V39Nclcw
「そうかあ?朝起きてルイズの服の洗濯して、シエスタの仕事手伝って、ルイズに追い掛け回
されて……、結構体使ってると思うぜ、俺」
 指折り数えてみれば、日本に居たときよりも運動量は明らかに増えている。それでも足りな
いというデルフリンガーの基準は、恐らくは命を賭けて戦う剣士達を基本に考えているからだ
ろう。
「ガンダールヴの力を使ってないときは大したことしてねえだろ?その辺がアレだよ、相棒に
足りない部分なんだよ。武器握っちまうと勝手にガンダールヴの力が発揮されちまうから、こ
れからは棒きれ握って素振りの訓練でもしたらどうだい?」
「訓練、か」
 デルフリンガーの言葉に、才人はミノタウロスに切りかかった時のことを思い出す。
 もう少し力があれば、しっかりと刃は届いたかもしれない。ミノタウロスと正面から戦える
力があれば、逃げる必要は無かっただろう。そうすれば、キュルケの髪は短くなったりはしな
かったはずだし、ギーシュも死にそうになりながら戦う必要は無かったはずだ。
「シエスタを守るとか言っておいて、結局何も出来ねえんだな、俺」
 伝説の力を持っているにも関わらず、他人を守るどころか自分の身一つで精一杯であること
に、才人は深く溜め息を吐く。
 結局、伝説のルーンがあったからといって、無条件で何でも出来るわけではないということ
だ。
 落ち込んでいく気分に、才人はもう一度溜め息を吐くと、辛気臭え、と笑うデルフリンガー
の柄を拳の裏で軽く叩いた。
 湿気の篭ったジメジメとした熱気に懐かしいものを感じつつ、肩を落としてトボトボと歩く。
 そんなとき、正面から歩いてきた若い女性の声が、才人に声をかけた。
「お、お疲れ様です」
 地面に向けられていた視線を持ち上げた才人の目に血色の良い肌が映り、さらに不自然なま
でに盛り上がった脂肪の塊が入り込む。
「……う、うおおぉっ!?」
「きゃあっ!」
 目の錯覚かと目元を擦ってみるが、その膨らみに変化は無く、現実のものだと気付いて驚い
た才人に合わせて、ぷるん、と揺れる。
 釣られて、才人の視線も上下に揺れて、それの動きが止まるまで追い続けてしまう。
 ふと気付いたときには、巨大な果実を胸にぶら下げた少女の顔が羞恥で真っ赤に染まってい
た。
「あ、ああっ、ゴメン!そ、そんなつもりは……」
 反射的に謝ってしまうが、反省の色は無い。事実、意識は少女の胸に釘付けで、恥ずかしそ
うに頬を赤らめている少女の顔と胸との間を視線が行ったり来たりしていた。
「い、いえ、いいんです……。皆さん、大体同じような反応をなさるので、もう慣れました」
 そうは言うが、やはり気になるのだろう。
 包み隠すように胸の前で両腕を組んで、視線から逃れようとしている。しかし、それが胸の
形を歪に変形させて、逆に柔らかさを強調していた。
「……え、えーっと、ティファニアさん、だったっけ」

106銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:06:26 ID:V39Nclcw
「はい。ヒラガサイトさん、ですよね?」
 胸の辺りに固定された視線にモジモジとしながら、必死に気にしないようにしてティファニ
アは会話を続ける。
「才人でいいよ。そ、それより、何か用かな?」
 もしかして、告白か?なんて突飛で脳味噌が膿んでいるとしか思えないことを想像して、才
人は鼻の下を伸ばした。
 ティファニアにとって、才人はシャルロットの友人という程度の認識でしかない。特別な繋
がりなど、何一つとして存在していないのだ。
 一目惚れでもしなければ、告白なんてことはまずありえないだろう。
 だが、そのありえない状況を妄想できるだけの脳味噌を、才人は持っていた。
 まったくもって、幸せな男である。
「えっと、その……」
 言いたくても言い出せない、そんなふうに見えるティファニアの反応に、日本で読んでいた
漫画のヒロインのイメージを重ねて、才人はやっぱりそうなのか!と期待を強める。
 だが、次にティファニアの口から出てきた言葉は、やっぱりというか、当然の如く、才人の
期待を裏切るものだった。
「広場で炊き出しをしているので、お仕事が一段楽したら来て下さいって知らせるように頼ま
れてて……、その、ごめんなさいっ!」
 才人から顔を逸らし、ティファニアが何処かへと向かって逃げるように走り出す。
「えっ、ええっ!?」
 災害の時には普通にすることを伝えただけなのに、なぜ謝るのか。
 思わず去り行くティファニアに手を伸ばす才人だったが、その手は虚しく宙を掴むだけであ
った。
 わきわきと手が動き、その手を才人は呆然と見詰める。
 握って開いてを何度か繰り返して、その手の動きと目に焼き付いている大きなマシュマロの
姿を脳内で組み合わせ、想像上の感触に口元を緩める。
 そして、暫く妄想に浸った後、やっと才人はティファニアに逃げられた理由に気付いた。
 目に焼きつくほど胸を凝視していたことが原因だ。
 逃げられて当然だろう。
「相棒は、良くも悪くも自分に素直だな!」
 やっちまった、と地面に膝を突いた相棒を見て、デルフリンガーは鍔飾りをカチャカチャと
鳴らして陽気に笑った。


「男の子って、皆あんな風にえっちなのかしら?」
 才人の姿が見えなくなるくらいに離れたティファニアは、走る足を止めて息を整えると、自
分の胸元を見下ろして困ったように眉を寄せた。
 今思えば、ウェストウッドからタルブに連れて来た子供達も以前から特に胸に拘っていた気
がする。男の子なんかは、触りたくて仕方が無いという感じだ。
 以前はそんなことを気にかけたことも無かったが、それは子供が相手だったからなのかもし
れない。母を求めての行動だと、内心で折り合いをつけていたのだ。

107銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:08:14 ID:V39Nclcw
 それが、ここに来て注目されるようになって、自分の胸が異常であることに気付いた。
 幸い、村の女性達が親切にいろいろと教えてくれて、それが悪いことではないと理解は出来
たのだが、自分が唐突に卑猥な生き物に変わってしまったような気がして、男性の視線が胸に
向く度に落ち着かなくなるのであった。
「もうちょっと、小さくなったりしないのかな」
「それは、わたしに対する挑戦かしら?」
 胸に手を当てて、胸元が貧相な女性達を敵に回すようなことを口にしたティファニアに、不
機嫌そうな、それでいて可愛らしい声がぶつけられた。
 つばの広い帽子と豪奢な黒のドレスに身を包んだエルザだ。
 新しい衣装のお陰で昼間にも出歩けるようになったからだろう。気ままに一人で散歩をして
いたらしい。
「ふーん、へえー、悩んでるわけ?その如何わしい、下劣で、卑猥で、品性の欠片も感じられ
ない無駄に大きな脂肪の塊について」
 背伸びしてティファニアの両胸を鷲掴みにして、エルザは目を鋭く細める。
「そ、そこまで言わなくても……」
「なによ?やっぱり気に入ってるのかしら?いらないなんて言っておいて、やっぱり無くした
ら困るっていうの?とんだ傲慢女ね。卑劣としか言いようがないわ」
「わ、わたし、いらないなんて……」
 全力で揉みしだかれている部分について反論しようとティファニアは口を開く。
 しかし、それをエルザの怒号が遮った。
「黙れ小娘!!」
「ひっ!?」
 見た目だけなら確実にエルザのほうが小娘なのだが、滲み出る威圧感はそれを指摘させない
だけの重圧をティファニアに与えていた。
 きゅっ、とエルザの手がティファニアの胸の先端を摘み、絞るように力が籠められる。
「ひゃう!エルザちゃん、い、痛い……」
「黙れと言ったはずよ!それに、こっちは心が痛いんだから、おあいこよ!」
「ううぅ……」
 意味の分からないエルザの剣幕に負けて、ティファニアはただ胸を揉まれ続けた。
 右乳を攻めたかと思えば、次は左乳を攻め立て、それに飽きると両方を捏ね繰り回す。そこ
に容赦の二文字は存在しなかった。
 なんだか変な気分になってきたティファニアを余所に一頻り揉み終わったエルザは、満足気
に息を吐き出して手に残る感触に頬を緩めると、次の瞬間には絶望に表情を満たしてガックリ
と地面に膝を突く。
 攻め続けていたはずなのに、エルザの心には敗北感だけが満ちていたのだ。
「ふ、ふふ……、前に揉んだときに分かってはいたのよ、その乳の持つ魔性にはね。でも、で
も……、悔しいっ!憎くて嫉ましいはずなのに、また揉みたいと思ってる自分が居るわ!」
 拳を握り、悪魔の如き誘惑から必死に逃れようとする。
 だが、両手に感じた幸福感は紛れも無く現実のものだった。

108銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:08:54 ID:V39Nclcw
 余韻の一つですら、エルザのささくれた心を癒すのだ。ティファニアの乳は、もはや人類の
希望と言い換えてもいいのかもしれない。
 始祖ブリミルだって、こんな奇跡は作り出せはしないだろう。
「女すらも虜にする魔性の、いや、神秘の乳。恐るべし!」
 将来が未知数であるエルザですら、この乳には勝てないと確信が持てた。
 コレに誘惑されたなら、生涯忠誠を誓ってもいいかもしれないとさえ思う。神と名乗られれ
ば、思わず崇め奉るだろう。
 これ以上無いくらいに完敗だった。
「ちくしょー!やっぱり一割寄越せー!!」
「きゃあぁぁぁっ!」
 涙目でティファニアに飛びついたエルザは、その感触を堪能するべく、地上の奇跡に顔を埋
めてグリグリと首を振る。
 それらの行動は全て人目のある道中で行われていることで、道を行き交う人々はティファニ
アとエルザのやり取りに顔を赤くしたり腰を屈めたり、ハァハァ言ったりしていた。現代日本
なら、間違いなく公然猥褻罪で逮捕されるだろう。見学している人々が。
「え、エルザちゃん!ひ、人が見てるから!」
「だからなによ!その程度で、この幸せを逃すと思ってるの!?逃がすやつは馬鹿よ!馬鹿以
外の何者でもないわ!」
 ティファニアの胸にしがみ付いたままそんなことを豪語するエルザも、十分に馬鹿だろう。
 だが、馬鹿は他にも居た。
「まったく、同意見だぜ。この感触は捨て難いよなあ?」
「ほ、ホル・ホースさんっ!?」
 いつの間にか接近していたホル・ホースが、エルザごとティファニアを抱き締め、腕の中の
感触にニヤニヤと笑みを浮かべる。
 ティファニアの胸とホル・ホースの胸板にサンドイッチにされたエルザの顔がリンゴのよう
に真っ赤に染まり、幸せそうな笑い声が洩れ始めた。
「こ、これは天国かも……」
「そのままあの世に行ってくれると助かる」
 ティファニアを抱き締める力を強めたホル・ホースが、エルザの頭をティファニアの胸に無
理矢理押し付け、呼吸を塞ぐ。程無くして息苦しさからエルザが暴れ始めるが、顔と背中の両
方の感触からも逃れ難く、抵抗も全力ではなかった。
 やがてビクビクと痙攣を始め、四肢がだらりと下がったのを確認したホル・ホースは、幸せ
そうな顔で気絶しているエルザを抱き抱えた。
「ウチのガキが迷惑かけたな」
 ヒヒ、と笑って特に悪びれた様子も無く言うホル・ホースに、ティファニアはぼうっとその
顔を見詰める。
 その視線に気付いて、ホル・ホースは口の端を吊り上げると、顎に手を当てて顔の角度をつ
けた。
「ん、どうした?オレに惚れちまったか?」
「惚れっ!?い、いいえ、違うんです!そういうんじゃなくて、なんていうか……」

109銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:10:08 ID:V39Nclcw
「……はっきり否定されるのも傷つくぜ」
 力が抜けて頭を傾けたホル・ホースに、ティファニアは自分が酷いことを言ってしまったの
かと右往左往して、すぐにホル・ホースがニヤニヤと笑っていることに気付いた。
「あ、か、からかったんですね!?もうっ、ヒドイですよ!」
「ヒッヒッヒッヒッヒ!いやあ、こんな単純な手に引っ掛かるから、こっちもからかい甲斐が
あるんだよ。んー、嬢ちゃんはこの腹黒吸血鬼と違ってカワイイなあ」
 頬を赤くして柳眉を逆立てたティファニアの頭を、ホル・ホースは笑いながら掻き混ぜるよ
うに撫でる。
 金糸のような癖の無い細い髪が乱れて、ホル・ホースの指先に絡まった。
「で、なんだ?本当のところは」
「えっ?」
 思わず聞き返して、ティファニアは自分がホル・ホースの顔を見詰めていたことを言われて
いるのだと直ぐに理解した。
 手を持ち上げて、視線を左手の中指に嵌められた指輪に向ける。
 台座にはもう、かつてあった青い石の姿は無い。瀕死の重傷を負った少年の治療で、残って
いた力を全て使い切ってしまったのだ。
 恐る恐る、指輪からホル・ホースへと視線を戻して、顔色を窺う。
 血色は良い。騒ぐだけの体力もある。さっき体を抱き締められたときには、痛いほどの力も
感じた。
「……いえ、なんでもない、です」
 心配は、きっと杞憂だったのだ。
 こんなにも元気な人が死に掛けているなんて、考えられない。
「……まあ、そういうことにしとくか。だが、そう暗い顔してたら、せっかくの美人が台無し
だぜ?スマイルだ、スマイル」
 顔を俯かせて視線を落としてしまったティファニアに、ホル・ホースは指で自分の口を横に
伸ばすと、ニッ、と笑みを作る。
 戸惑いながらも、それを真似して口元を指で伸ばしたティファニアは、なんで人目のある往
来で笑顔を作る練習をしているのかと疑問に思い、唐突に可笑しくなって笑い始めた。
「よーし、それでいい。影があるのも悪く無いが、良い女はやっぱり笑ってるのが一番だ」
 ヒヒ、と笑って、またティファニアの頭を撫でる。
「なんだか子ども扱いされてる気がします……」
 少しだけ不満そうに、しかし、頭や髪に触れる大きな手の感触に目を細めて、ティファニア
は口元をちょっとだけ曲げた。
「そう拗ねるなよ。なんだったら、大人扱いしてやってもいいぜ?」
 軽薄な笑みを浮かべたまま、ティファニアの頭に置いていた手を肌を撫でるように滑らせて
顎先に移動させ、指先でくいと上に向けさせる。
 顔と顔が向かい合う角度を作ったホル・ホースは、いつに無く表情を引き締めると、そのま
まティファニアに近付いて、息遣いが聞こえるほどの距離で視線を絡ませた。
「アルビオンじゃ、こういうことの知識は無かったみてえだが、こっちに来てから色々と教え
てもらってるんだろ?なら、これからすることも、分かるよな?」

110銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:11:30 ID:V39Nclcw
「え……?え、ええ、あの、その、あぅあぅぅ」
 顎に添えられた指のせいで、頷くことも出来ないティファニアは、視線をあちこちに向けて
言葉にならない声を控えめに洩らす。心臓はドキドキと鳴り響き、両手はどこに置いていいの
か分からずにバタバタと動いていた。
「嫌なら拒めばいい。だが、そうしないのなら……」
 徐々に、本当にゆっくりと近付いてくるホル・ホースの顔を、ティファニアは直接見ること
が出来ず、瞼を強く閉じて、訪れる感触を待つだけになる。
 嫌なのか、良いのか、どちらともはっきり判断が出来ないし、このまま流されるのも悪いこ
とのような気がして、何をすればいいのか分からない。
 ああ、でも、タルブ村の若い女性達の話を聞くと、こういうときはちょっと強引な流れにも
乗るのが正しいとか、なんとか。勢いに飲まれてやっちゃっても、大体何とかなるらしい。
 自分より少しだけ年上のジェシカという女性の話を思い出して、ティファニアは覚悟を決め
る。
 全身が熱くなり、耳の先まで赤くなっていることが分かる。
 義姉さん、わたし、大人の階段を上ります。
 本人が聞いたらブチ切れ間違いなしの言葉を祈るように胸に浮かべて、ティファニアはプル
プルと震えながらその時を待った。
 待った。
 待ち続けた。
「……?」
 いつまで経っても訪れない感触。
 不思議に思ったティファニアは、薄目を開けて様子を窺う。すると、帽子を押さえてニヤニ
ヤと厭らしい笑みを浮かべたホル・ホースが一歩離れたところでこちらを見ていることに気が
付いた。
 その表情から全てを悟ったティファニアは、緊張に固まった体を小刻みに震わせて羞恥と屈
辱となんともいえない甘酸っぱい感情に鼻の奥を熱くした。
「わ、わたし、またからかわれたんですか……?」
 目元に涙を浮かべて、普段の気弱な印象をさらに深める情けない表情になる。
 頬を一杯に膨らませたホル・ホースは、そこで耐え切れなくなったのだろう。大口を開けて
盛大に笑い始め、ヒィヒィ言いながら自分の太ももを激しく叩き鳴らした。
「なんでそんな……、ヒドイですよ!」
「わ、わりぃ、ぶ、ぶふ、ぶっひゃっひゃっひゃっひゃ!と、途中で止めようかと思ってはい
たんだがよ、く、クックック、なんだかスゲェ必死な顔してたから……、うわっはっはっはは
はは!」
「むうぅぅぅ」
 純情な乙女心を弄ぶ行為に抗議するように、ティファニアは笑い続けるホル・ホースの胸を
両手で叩く。
 勿論、非力なティファニアではホル・ホースに痛みを感じさせることなど出来ず、必死の抵
抗がむしろ気分を高めて、笑いを一層に強めさせていた。
「ヒィーヒッヒッヒッヒッヒ!体固めて、目閉じて、プルプル震えてやんの!顔真っ赤にして
よ!ぶあっはっはっはっはっは!!」

111銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:14:08 ID:V39Nclcw
「そ、そんなに笑うこと……」
 あまりにも派手に笑い続けるホル・ホースの姿に、段々惨めな気持ちになってきたティファ
ニアは、段々と泣きたくなってくる気持ちを抑えられなくなり、ぽろぽろと涙を溢し始める。
 鼻の奥にあった熱さがじわりと広がって、全身の力が抜けていった。
 そのまま蹲って泣き出してしまいたい。
 そう思ってしゃがみ込もうとするティファニアを、ホル・ホースは片腕で抱き止め、先ほど
と同じように顔を近づけて、卑屈さの無いシンプルな笑みを口元に浮かべた。
「からかったのは悪かったと思ってる。だが、考えても見ろよ。あのままだと、本当にキスを
しちまうところだったんだぜ?嬢ちゃんは、そっちの方が良かったのかい?」
 誘うように問いかけて、ホル・ホースはティファニアの返事を待つ。
 ここでキスをしたかったと答えることなど、小心者のティファニアには出来ない。だからと
いって嫌だったと言えば、今の結果は望んだものということになり、泣く理由がなくなってし
まう。
 ティファニアには、選択の余地の無い問いかけだった。
「そ、それって卑怯ですよ」
「卑怯で結構。女に泣かれるよりはずっとマシだぜ。まあ、OKだったってんなら、今からで
も続きをしようかと思うんだが……」
 ヒヒ、と笑うホル・ホースに、ティファニアは涙を引っ込めて手を突き出す。
 ホル・ホースの胸を押して遠ざけたティファニアの返答は、NOであった。
「こういうことは、もっと順序立ててするべきだと思うんです。その、わたしはホル・ホース
さんのことをあまり知らないですし、お互いを良く知ってからというか……」
「ああ、なるほど、良く分かった。だが、そういうことはベッドの上で語り合うもんだ。とい
うわけで、その辺の物陰にでもゲェっ!?」
 ベッドと言っておきながらティファニアを暗がりに引き込もうとするホル・ホースを、小さ
な手が遮った。
 喉を抉る拳は、ホル・ホースの胸元から伸びていた。
「人が気絶してるのをいいことに、なに他の女口説いてるわけ?」
 鋭く目を細め、吸血鬼の牙を隠すことなく剥き出しにしたエルザが、今度はホル・ホースの
左頬を抓り上げる。その逆を、背後から伸びてきた別の手が掴み、捻じ切るように引っ張った。
「ティファニアに手を出したら殺すって、前に言わなかったかい?」
 目を覚ましたエルザと、いつの間にか背後に現れたマチルダが、ティファニアに接近するホ
ル・ホースを攻撃したのだ。
「いで、イデデデデデ……!」
「まったく、目を放すとすぐコレなんだから」
「節操の無いその下半身、一回くらい潰しておいた方が良さそうだねえ?」
 嫉妬に頬を膨らませるエルザと杖を取り出して冷笑を浮かべるマチルダに、ホル・ホースは
じっとりと浮かんだ冷や汗で肌が冷たくなるのを感じる。
 下手に動くのは無謀だろう。今動けば、命がいくつ合っても足りない。
 感情的になった女には逆らわない。それが、ホル・ホースの人生哲学の一つであった。
「あら?潰すのは困るわ。一応、わたしが使う予定があるんだけど」

112銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:15:43 ID:V39Nclcw
「そりゃあ、いったい何十年後の話だい?使用期限を越えて予約しても、意味なんかないと思
うけどねえ。変に種を蒔かれるよりは、いっそのことココで潰しちまうのが世の為ってもんだ
と思わないかい?」
 ホル・ホースの肩口から後ろを覗き込んだエルザとマチルダの視線が絡み、その間に白く火
花が散る。
 ちょっと変則的だが、修羅場である。男が手を出せる世界ではない。
 どちらに味方することも出来ずにただ固まるしかないホル・ホースを、ティファニアは、ぽ
かん、と見上げて、不意に小さく笑いを洩らした。
 クスクスと笑うティファニアをばつの悪い顔で見下ろして、ヒヒ、とホル・ホースも情けな
く笑う。
「だから、わたし達を無視するなー!」
「んぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁ!?」
 マチルダとの睨み合いを終わらせたエルザが、楽しそうなティファニアとホル・ホースの様
子に牙を剥く。
 首筋に噛み付き、いつものように血を吸い始めたエルザと、痛みに悲鳴を上げるホル・ホー
ス。その隙を逃さず、マチルダもホル・ホースのつま先を憎々しげに踵で何度も踏みつける。
 そんな光景に何故か暖かいものを感じたティファニアは、堪えきれなくなった笑いに、苦し
げにお腹を抱えたのだった。


 空に映る黒い影。
 普通の人間には鳥の影にしか見えないそれは、先日の風雨で完全に崩れ果てた小屋の残骸を
前で退屈そうにしていた地下水の目には、はっきりと船の形として映っていた。
 帆船の胴体に鳥のような翼が生やしたそれが、菱型の陣形を形成して宙に浮かんでいる。
 恐らくは、軍艦だろう。民間の船でも複数で固まって行動することはあるが、規則的に整列
することなど、まず無いといっていい。
 訓練でもしているのだろうか。
 そう思って様子を見ていると、さらに西から別の艦隊が近付いてくる。トリステインの西に
はアルビオンしか存在しないのだから、あれはアルビオンの艦隊なのだろう。
 しかし、こんな時期にアルビオンがトリステインを艦隊で訪問する理由が分からない。アル
ビオンは内戦を終えたばかりで、他国にちょっかいを出す余力は無いはずなのだから。
「なあ、ウェールズの兄ちゃんよ。この時期って、余所の国が訪ねて来るような大きなイベン
トなんてあったか?」
 つい最近まで王族だったウェールズなら、多少は情報を持っているだろうと訊ねる。
 数日の寝床としていた小屋の残骸から使えそうな廃材を探していたウェールズが、顔を上げ
て首を傾げた。
「そういった話は……、いや、一つだけ心当たりがあるな。しかし、どうしたんだ、突然?」
 一瞬だけ浮かんだ暗い表情を隠して、地下水の見上げる視線の先を追う。
 ウェールズの目では、ミノタウロスの体を通して視界を確保している地下水ほど、精密に空
に浮かぶものを認識することは出来ない。

113銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:16:47 ID:V39Nclcw
 随分と大きな鳥が飛んでいるな。という言葉がウェールズの口から洩れた為に、それが船で
あることを地下水が伝えて、初めて納得がいったように頷いた。
「アレは、軍艦なのか?」
「確証は無いが、十中八九間違いねえよ」
 更なる補足で状況を把握したのか、深刻そうにウェールズが口元を引き締めたのとほぼ同時
に、それは起こった。
 アルビオン軍艦が煙を幾つか吐き出し、続いてトリステインの軍艦も舷側から煙を吐き出す。
 それは、艦隊同士が行う歓迎と感謝の意味が込められた、礼砲だ。当然の如く実弾は装填さ
れていない。
 はずだった。
「おいおいおい、なんか火を噴いてるぜ」
「ああ、煙が見える。アルビオン側の船か?」
「たぶんな。奥に居た一隻が落ちた」
 派手な黒煙を上げて、景色の向こうに影が一つ沈んでいく。距離があるために遅く届いた爆
発音が、妙に間抜けなものに聞こえた。
「なんか、嫌な予感がするんだが……。兄さんよ、心当たりがあるんだろ?知ってることがあ
るなら教えてくれ」
 そう言っている間に、アルビオン側の船が砲を撃ち始める。一度目の斉射でトリステイン艦
隊の陣が崩れ、二度目の斉射で先頭に浮かんでいた船が爆散した。
 今頃になってトリステイン艦隊も砲を撃ち始めたが、動きがバラバラでアルビオン艦隊に各
個撃破の的とされている。結末は、火を見るより明らかであろう。
「バカな!今のアルビオンに先端を開く力など残っていないはず……!いや、契約が果たされ
ればゲルマニアの横槍が入る。その前に決着をつけるつもりか?だが、足りぬ戦力を補うため
に奇襲までかけて……、なんという恥知らずな!」
 シャルロット経由で知ったアンリエッタの政略結婚の話を思い出し、目に映る現状に当て嵌
めていく。
 それは、トリステインにいる誰よりも正確に、アルビオンの行動原理を導き出していた。
「良く分からんが、戦争が始まるんだな?ってことは、船が見えるほど近いこの村は……」
「狙われるだろうな。刈り入れ時の麦のお陰で、食料の現地調達は容易だろう。陣を築くのに
適した草原も、戦略的に優位な丘の上という条件まで整っている。トリステイン侵攻のための
橋頭堡を築くのには、理想的な場所だ」
 湧き出す苛立ちに爪を噛み、ウェールズはまだ砲を打ち合っているアルビオンとトリステイ
ンの艦隊を睨みつける。
 トリステイン艦隊は圧倒的劣勢で、もう最後の船が沈もうとしている。アルビオン側の損耗
は小さく、小さな船が二隻ほど煙を上げているだけだった。
 竜騎兵が最後のトリステイン艦から飛び立ち、東へと向かう姿が見える。それを追って、ア
ルビオンも竜騎兵を動かすが、速度がほとんど同じだったのだろう。まるで追いつく様子が無
く、短い追いかけっこの末に諦めたように進路を変えた。
「こっちに来るぜ!?」
「1、2、3……、4騎か。竜騎兵を落とすのは容易ではないぞ。どうする?」

114銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:20:41 ID:V39Nclcw
 既に杖を抜き、戦う気を見せているウェールズに、地下水はミノタウロスの体をブルリと震
わせて、首を横に振った。
「戦うつもりか?冗談だろ。竜のブレスをまともに浴びたら、いくらミノタウロスの毛皮でも
黒焦げなんだぜ?騎手を撃ち落せるホル・ホースの旦那が本調子なら良かったが、今はダメみ
たいだし、逃げる以外に選択肢はねえよ」
 返事を待っている時間すら惜しいのか、竜騎兵たちが来る方向とは逆の方向に向けて地下水
は走り出す。
 それに追従することなく仁王立ちするウェールズは、そんな地下水に一声かけて、自身は杖
を構えた。
「ならば、君には村の住人達の避難と援軍の要請を頼みたい!確か、滞在している学院の教員
に炎の使い手がいるはずだ!」
「おう、わかった!精々頑張れよ!」
 振り返りもせず村の方向へと走る地下水を目で追ったウェールズは、その迷いの無い言葉に
満足そうに笑ってから、ちょっと寂しそうに眉の形を変えた。
「分かってはいたのだが……、うむ。友人という感覚はないのだな」
 一度も立ち止まらず、欠片も心配してくれない冷たい認識が、なんだか無性に恨めしかった。


 トリステイン艦隊とアルビオン艦隊の戦闘が始まり、そして終結してから程無くして、タル
ブの村は混乱に陥った。
 地下水が敵の襲来を教えたからではない。
 それを伝えに来た地下水の姿を見て、ミノタウロスが村を襲撃したと勘違いしたからだ。
 これがオーク鬼なら人々は抵抗するだろう。農具である鎌や鍬を手に持ち、命を張って抵抗
すれば、一匹や二匹くらいなら平民の手でも何とかならないわけではない。
 だが、敵がミノタウロスだと、普通の人間ならまず逃げ出す。
 優秀なメイジでも負けることのある怪物だ。毛皮は常人の力では貫けず、一方的に蹂躙され
るしかない。領主か王宮に救援を求めるしか、助かる道は無いのだ。
 恐怖に顔中の筋肉を引き攣らせた人々は、地下水が村の中に入って来たと同時に四方八方へ
逃げ出し、風雨で壊れた村の修繕に沸いていた様子は一転して静かなものとなる。
 呆然と人通りの無くなった道の中央に立ち尽くした地下水は、頭を抱えて苦々しく唸った。
「人間ってやつは、すぐこれだ!外見だけでなんでも判断しやがる!こうなるのが分かってた
から、村には近付かないようにしてたってのによ!!」
 思わず不満が口から飛び出すが、結果だけ見れば、それで目的が果たされてしまっているの
だから皮肉だ。
 それでも、逃げ遅れる人間は少なくない。
 気付くのが遅れた者。腰を抜かす者。手近な刃物を手に、果敢に立ち向かおうとする愚か者。
 それに、村長の屋敷に集められた病人達。
 いっそのことこのまま逃げてしまおうかとも思うのだが、その病人の中に含まれているシャ
ルロットを見捨てるわけにもいかない。

115銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:23:05 ID:V39Nclcw
 とりあえず目の前にいる人間をなんとかしようと、雄叫びによってちんたらしている連中の
ケツを蹴っ飛ばした地下水は、それでも残っている人間の中に見知った人物を見つけて、気が
抜けたように本体の刀身をカタカタ鳴らした。
「なにやってんだ、オマエ。長生きし過ぎてボケたか?」
 片腕にエルザを抱えたホル・ホースが、エルザの食べかけのミートサンドを横から食い付き
ながら問いかける。交代でエルザもミートサンドを頬張り、二人してもっしゃもっしゃと口を
動かす姿は、敵が攻めてきたという焦りをもった地下水も脱力してしまうほど、まったく緊張
感の無いものだった。
「配給されてるもんなんだが、お前も食うか?肉を挟んだのはこれが最後だが」
「いや、いらねえ。じゃなくて、そんなことより大変なんだよ!」
 ごくり、と喉を鳴らして口の中のものを飲み込んだホル・ホースは、再びエルザの手にある
ミートサンドの残りに噛み付き、食べ尽くす。
 口の塞がってしまったホル・ホースの代わりに、一歩遅れて嚥下したエルザが地下水に聞き
返した。
「なにが大変なのよ。蜂の巣でも突っついたのわけ?」
「なら良かったんだけどな!襲って来るのは蜂なんて優しいもんじゃねえ、竜に乗ったアルビ
オンの兵士だよ!四騎ほど村の手前まで来てるんだ!」
「ぶほっ!」
 ホル・ホースの口から咀嚼された肉とパンの混ざったものが噴出し、ミノタウロスの毛皮を
汚した。
「ナニィーッ!?な、なんでだ!どうしてオレ達が追われなきゃ……、って色々と心当たりは
あるか」
「いや、連中は俺達を追ってきたんじゃねえよ!戦争だ!戦争が始まったんだよ!!」
 一瞬納得しかけたホル・ホースに地下水は後方の空を指差して、そこに浮かぶアルビオンの
戦艦を見せ付ける。
 徐々に近付く船の姿は、もう人間の目にもはっきりと見えるようになっていて、周囲を竜騎
兵が飛び交っている様子まで確認できるようになっていた。
「うへぇ……、派手な団体客だな」
「こうして見ると圧巻ねぇ」
 それが今から攻めてくるというのに、洩れ出る感想は他人事のようであった。
「なんでそんなに呑気なんだよ!もうすぐそこまでまで先遣隊が来てるんだぞ!!ウェールズ
のヤツが足止めしてる間に逃げねえと!!」
「ああ、わかってるよ。だがよ、先遣隊くらい、カステルモールの馬鹿がなんとかするだろ?
シャルロットの嬢ちゃんが危険に晒されてるんだから、命がけで奮闘してくれるだろうぜ」
 腐っても元騎士団長。たかが数騎の竜騎兵に遅れは取らないだろう。
 先遣隊を潰せれば、敵の警戒を誘うことが出来る。逃げるのに十分な時間が稼げるはずだ。
 だが、そんな考えを、地下水は頭を振って否定した。
「アイツは姐さんの風邪薬を買いに街まで行ってて、ここにはいねえよ!いたら、俺だってこ
んなに焦ったりはしねえっての!」

116銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:25:15 ID:V39Nclcw
 ガリアのシャルル派の筆頭であるカステルモールは、シャルロットを信奉し、主と定めて献
身的に奉仕をしている。今回も、シャルロットが風邪を引いたと聞いて即座に自前の竜を飛び
立たせ、ラ・ロシェールまで旅立っていた。
 出発したのは一時間前だから、そろそろ帰ってきてもおかしくは無い。だが、まだ帰って来
ていない以上、役に立たないことに変わりはなかった。
「ハァ!?おいおいおい、冗談だろ?あのヤロウ、こういう時の為に村に滞在してるんじゃね
えのか?なんで肝心なときに留守なんだよ!」
 悪態を吐く言葉に焦りが混じる。
 スタンドは相変わらず本調子ではなく、空を飛び回る相手に対抗する術は無い。
 とすれば、選ぶべきはたった一つだろう。
 申し合わせたようにホル・ホースとエルザの目が合い、同時に頷いた。
「よし、逃げるぜ!オレとエルザは厩舎で馬を奪う。地下水は自分でどうにかしな!」
「うおっ!?そりゃあ薄情だぜ、旦那!」
「うるせえ!テメエのそのなりじゃ、馬には乗れねえだろ!でかい荷台付きの馬車でも手に入
れるんだな!」
 空に見えるアルビオンの艦隊とは逆方向に走り出したホル・ホースは、記憶にある村の家畜
小屋に向けて走り出す。確かそこに、行商人の馬が何頭か預けられているはずだった。
 そう遠くない目的地だ。なんとか間に合うだろう。
 そう思ったホル・ホースを嘲笑うかのように、頭上を一匹の竜が追い抜き、炎を撒き散らす。
 確認するまでも無く、アルビオンの竜騎兵だ。
 道の先にあった小屋が一瞬にして炎に包まれ、中から動物達の悲鳴が轟く。火達磨になった
数頭の馬が壁を突き破って道に出ると、幾つかの家の壁を破って倒壊させる。
 火は、あっという間に近隣の建物に燃え移って行った。
「クソッ!遅かったか!だらしねえヤロウだな、ウェールズのクソッタレはよ!もうちょっと
気合入れて足止めしやがれ!!!」
「どーするのよ!?このまま真っ直ぐ逃げても、火炙りになっちゃうわよ!」
「よし、地下水、囮になれ!」
「全力で断るぜ!死なば諸共だ!一緒に地獄に逝こうぜ、旦那!!」
 地下水がホル・ホースの襟首を掴み、ごふごふ、と笑う。
「放せ無機物!テメーはその辺の小動物の体でも乗っ取って逃げればいいだろうが!!でなけ
りゃ、空を蝿みてえに飛んでる竜の体でも奪いやがれ!」
「おお、その手があったか!あ、でもそれすると、このミノタウロス野放しだぜ?」
「じゃあ却下だ!そのまま大人しくデカイ的晒して逃げ惑ってろ!」
「旦那も一緒だがな!」
「心中なんてゴメンだ!オレを解放しやがれーッ!!」
 地下水を犠牲にしてでも逃げようとするホル・ホースと、それを許さない地下水の見苦しい
やりとりから耳を塞いで鼓膜を守るエルザは、頭上を飛び交う影がいつの間にか四つになって
いることに気付く。さらにそれらが共通してこちらを見ていることを察すると、顔色を真っ青
にしてホル・ホースの耳を掴んだ。
「こ、こっち見てる!?二人とも騒ぎ過ぎよ!凄く目立ってるじゃないの!」
「痛え!わかったから引っ張るな!チクショウ、物陰を盾にしながら逃げるぞ!!」

117銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:26:43 ID:V39Nclcw
「それしか無さそうだな!」
 脱兎の如く走り出したホル・ホースたちを、空の竜騎兵たちは揃って追いかける。
 本来なら手分けして村を制圧するのだろうが、ミノタウロスの姿が目に付くのだろう。放っ
ておいて横合いから殴られでもしたら、竜騎兵とて無事では済まない。それに、本来は人間を
襲う亜人が人間を攻撃していないということは、何処かのメイジの使い魔である可能性が高い。
 その何処かのメイジが一番ミノタウロスの近くに居る人間だと思うのは、決して不自然なこ
とではなかった。
「揃って追ってきやがる!散らばれよ!なんでオレ達を集中攻撃するんだ!?」
「知らないわよ、そんなの!」
「喋ってないで走ろうぜ、旦那!」
 愚痴を零している間も、走るホル・ホース達の横を炎が掠め、地面を焦がす。
 辛うじてエルザが魔法で竜のブレスの進路を変えているから直撃はしていないが、もう少し
接近されれば、風の壁も突破されるだろう。
 さらに加速してホル・ホースたちを追い詰める竜騎兵達が、騎乗する竜に指示を出し、一斉
にブレスを吐き出させる準備をする。魔法による妨害を見破られたらしい。
 次の一撃は、エルザの魔法では防ぎ切れないだろう。
「ちょっと地下水!あなたも迎撃してよ!!」
「この体使い辛いんだよ!脳味噌と体がちぐはぐで、集中しきれねーの!慣れるまで待ってく
れよ!」
「そんな余裕あるわけ……、き、きたきたきた!お兄ちゃん、伏せて!!」
 鋭い牙がズラリと並んだ口を開け、騎兵の乗る竜が一斉に喉の奥を炎の光に包んだ。
 赤く、それでいて白い灼熱の炎が、ホル・ホースたちの頭上を舐め取る。
 間一髪、エルザの声で伏せたホル・ホースと地下水は回避に成功し、焼け死ぬことなく熱せ
られた背中に呻き声を洩らした。
 あと一秒遅ければ、頭部を炭に変えていたことだろう。
「クソッ!帽子の端が焼けやがった!弁償しやがれボケ!」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!また来るわよ!」
 ホル・ホースたちを追い抜いた竜騎兵達が、一度高度を上げて旋回し、再び降下してくる。
 戦隊は縦列。僅かにタイミングをずらしてブレスをぶつけるつもりだろう。エルザの魔法で
も、連続して浴びせられる炎を全て防ぎきれるものではない。
 先頭を飛ぶ竜の口が開かれ、その奥に炎の光を見たホル・ホースは、苦し紛れに右手を突き
出してスタンドを発動させた。
「調子ぶっこいてんじゃねえぞ、ダボが!」
 引き金が引かれ、生命と精神によって織られた弾が銃口から吐き出される。
 が、それは十メートルと進まないうちに、重力に引かれて地面に落ちた。
 子供向けの玩具の銃から撃ち出されるBB弾といい勝負である。
「ヒィー、もうダメだァーッ!」
 相変わらず調子の悪い切り札に希望を失ったホル・ホースの喉から、情けない悲鳴が飛び出
した。
 空気を焼く高熱の炎が竜の口から飛び出して、一直線にホル・ホースたちに向かう。
 だが、それはホル・ホースたちを焼くことなく、土の壁に遮られた。

118銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:29:28 ID:V39Nclcw
「だらしないねえ?この程度で弱音を吐くなんて」
 妙齢の女性の声がホル・ホースたちの耳に届く。
 それは緑色の髪を風に靡かせ、未だ無事な家屋の屋根に悠然と腕を組んで立っていた。
 地面kなら飛び出した巨大な手は、炎を防ぐだけに止まらず、突然目の前に現れた壁に驚い
て急転し損ねた竜騎兵を容赦なく叩き落す。
 竜が地面に落ち、騎兵が宙に投げ出された。
「まず、一騎」
 当然のように鼻を鳴らして、マチルダは杖を高く振り上げる。すると、背後から蛇のように
波打つ炎が鋭く飛び出し、転進したもののバランスを崩した他の竜騎兵を襲った。
 翼の皮膜を焼かれ、飛ぶ力を失った竜と共に騎兵が地面に叩きつけられる。
 これで、二騎。
 マチルダの口元に、笑みが浮かんだ。
「さあて、残りもさっさと仕留めちまおうかね。大事な生徒の命がかかってるんだ。頑張りな
よ、コルベール先生」
「その口調の方が地のようですね、ミス・ロングビル」
 マチルダの立つ家屋の影から杖を握ったコルベールが現れ、切なそうに溜め息を吐く。二騎
目の竜騎兵を倒したのは、この男だったようだ。
「た、助かった……?流石マチルダ姐さんだ!愛してるぜーッ!」
「気色の悪いこと言ってないで、さっさと構えな!」
 愛してる、なんて言葉に反応したエルザに耳を引っ張られながら、ホル・ホースは頭上を確
かめる。
 マチルダとコルベールの二人の攻撃から逃れた竜騎兵が二騎、高高度を円を描くように旋回
していた。思わぬ反撃に、警戒を強めているのだろう。相手も容易に攻めてこようとはしない。
 高レベルのメイジが二人、敵に回ったとあればその反応も当然だ。
 暫くの睨み合いの後、埒が明かないと踏んだのか、騎兵の一人が杖を手に“明かり”の魔法
で強い光点を作り、それをマントで覆い、点滅させ始めた。
 それの意味を察したコルベールが、表情を良くないものに変えてマチルダに向き直る。
「信号ですな。速く落とさねば、味方を呼ばれますぞ」
「そうは言われてもね、あの距離じゃ遠くて魔法は届きはしないよ。ガキ共が逃げるだけの時
間稼ぎをしないといけないのに……、あんた達、なにか手はないのかい?」
 問いかけられて、ホル・ホースたちはお互いの顔を見合わせる。
 顔が一度、先ほど撃墜してばかりの竜騎兵たちの方を向いて、ホル・ホースが親指でそれを
指し示した。
「あそこに倒れてるヤツがまだ生きてるみてえだから、拷問にかけて上の連中を釣るって方法
はどうだ」
 痛みに悲鳴を上げさせれば、相手も逃げてばかりはいられないだろう。見捨てるという選択
肢を取れるのは、非正規の傭兵のような仲間意識の無い者だけだ。竜に乗るような正規軍の人
間なら、敵に苦しめられる同僚を放っては置けないだろう。
 地球でも、狙撃手が使う有効な手だ。狙撃しやすい場所に生きた敵兵を転がし、手足を撃ち
抜く事で死なない程度に弄ぶ。そして、助けに出ようとした別の敵兵の命を狙うのだ。

119銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:30:56 ID:V39Nclcw
 人道を無視すれば間違いなく有効な手なのだが、マチルダは難色を示す。
 卑劣な行為だと憤ったわけではない。単純に、個人的な事情からだった。
「それでティファニアに嫌われたら、あんた責任取れるんだろうね?」
「了解。聞かなかったことにしてくれ」
 手をひらひらと振って顔を背けたホル・ホースが、エルザや地下水と相談を始める。
 別の案を模索しているようだが、これと言って良案が出てくる気配は無さそうだった。
「ミス・タバサの使い魔であるシルフィードを借りられれば、あるいは」
 一つ方法を思いついたコルベールに、マチルダは直ぐに首を横に振る。
「今から呼びに言っても、間に合いはしないよ。それに、そのシルフィードも確か風邪を引い
て寝込んでる筈さ」
 雨風に晒されたのは、なにも人間ばかりではない。シルフィードもまた、無理をして飛び続
けたために体力を落とし、クシャミを何度も繰り返していた。今頃は、体を温めるためにどこ
かで日光浴でもしていることだろう。
 病気の幼い風竜では、健康な大人の風竜を追い掛け回すことなど出来はしない。安定した飛
行が出来るかどうかさえ怪しいものだ。
 戦力に数えることは出来ない。
「……打つ手なし、か。歯痒いねえ」
 視界の端に森の中へと逃げ込んでいく人影を確認して、マチルダは親指の爪を噛む。
 事態を把握した村人達の避難は進んでいるが、村長の家に隔離されていた病人達は未だに村
を出ることさえ出来ていない。心優しい義理の妹もまた、そんな病人達の手助けに就いている
ために逃げ遅れている。
 屋根の上から見る限りでは、マチルダが一番避難して欲しい人物が逃げ切るまで、まだ暫く
の時間が必要なようであった。
 病人を支えた村人が、一人、また一人と森の中に入っていく。その中には学院の生徒達の姿
もあり、動きの速い少年が両脇に子供を抱えて行き来を繰り返している。それでも、村長の家
から村の外へと続く道には病人の列が並び、一向に前に進む気配は無い。
「困りましたな……。もう、あれを落としても敵の増援は防げそうに無い」
 頭上では光を使った信号が既に終了していた。
 二騎の竜騎兵は味方が来るまで様子見を決め込むつもりか、ゆっくりと旋回を続けている。
「大人しく逃げるが勝ち、かね。って、あいつらどこ行った!?」
 コルベールの言葉に村の住人達と合流することを考えたとき、先ほどまで道の真ん中で話を
していたはずのホル・ホースたちの姿が消えていることにマチルダは気付く。
「まさか、逃げた……?」
 村のどこに目を向けても見当たらない、目立つはずの三人組。ミノタウロスの巨体すら物陰
に隠して逃げているのだろう。
 ある意味、驚異的な逃走技術である。
「あ、ああ、あんのドグサレがーッ!!」
 助けてやった恩も忘れて逃げ出したホル・ホースたちに、マチルダは絶叫を上げる。
 やるときはやるやつだと思っていたのに。だとか、頼りにしていた。なんて期待は無く、案
の定とかやっぱりといった感想が洩れそうなのは秘密だ。

120銃は杖よりも強し さん:2008/12/25(木) 19:33:00 ID:V39Nclcw
 キッと目の端を吊り上げてホル・ホースたちを探し始めたマチルダは、そこで、ふっ、と目
の前が暗くなり、唐突に夜が訪れたような感覚に襲われた。
 直ぐには頭上に目を向けない。
 ゆっくりと息を吸い、一拍置いて、深く吐き出しす。
 コルベールを見てみれば、顔は強張り、杖を持つ手には力が入っていることが良く分かる。
 もう一度深呼吸して、マチルダはそっと視線を受けに向けると、思わず頬の筋肉を引き攣ら
せた。
「これは、随分と豪勢だねえ」
 タルブ村の頭上を数十騎の竜騎兵が埋め尽くし、その背後に巨大な戦艦の姿が威容をもって
浮かんでいた。
 船の横から吊るされたロープを伝って、アルビオンの兵士が次々と降下を始め、数を徐々に
増やしている。その総数は、現時点でも千を優に越えているだろう。他の戦艦からもロープが
垂れて人が降りて来ているところを見れば、さらに数が増えることは間違いない。
 この状況なら、たかがメイジ二人を目くじらを立てて執拗に追い回すようなことはしないだ
ろう。と、思いたいところなのだが、既に二騎の竜騎兵を倒してしまっている以上、そう易々
と逃がしてはくれないらしい。
 竜騎兵の一団は、マチルダとコルベールを囲うよう旋回しながら徐々に高度を落として距離
を縮めている。逃げる気配を見せれば、一瞬にして距離を詰め、炎を浴びせかける気だろう。
 仲間を倒された怒りの色が、マチルダにもコルベールにもはっきりと感じられた。
 屋根から降りて適当な建物を背後に杖を構えたマチルダとコルベールの前は、この状況にど
う対応するか検討を始める。その姿もまた、敵の竜騎兵達の視界の中であり、身振り手振りは
しっかりと見られていた。恐らくは、風のメイジあたりが声も盗んでいるのだろう。
 八方塞で、獅子に襲われた兎程度の抵抗しか出来ないという結論に達した頃、タイミングを
計って一騎の竜騎兵が降りて来る。
 立派な体躯の風竜に騎乗した男が羽帽子の下にある髭面を晒し、鋭い瞳をマチルダに向けた。
「久しぶり、と言うべきかな?マチルダ・オブ・サウスゴータ。妹君は元気かね?」
 かつてトリステインのグリフォン隊隊長だった男が、今はアルビオンの士官用のマントに身
を包み、祖国の村を焼こうとしている。
 猛禽類のようなワルドの目を見て力の差を感じ取ったマチルダは、同時に、目の前の男につ
いて一つの疑問を抱く。
―――こいつ、誰だっけ?
 アルビオンの夜に起きた、ウェールズとホル・ホースが死に掛けた事件。その時は暗い上に
遠目であったために、その犯人の顔をマチルダは一切見ていなかった。

121銃は杖よりも強いと言い張る人:2008/12/25(木) 19:40:12 ID:V39Nclcw
投下終了。
ワルド再登場の回。
次回あたりから再登場人物がポンポン出てくる予定。ルイズの出番も有り。

第三部は後二話か三話ですな。今年中に第三部終わらせたかったけど、
このペースじゃ無理っぽい。が、あと一話くらいは何とかします。
メリークルシミマース!

122ティータイムは幽霊屋敷で:2008/12/25(木) 20:24:30 ID:tlmBdcOk
GJ! せっかく再登場したのに「誰だっけ?」って相変わらず扱いが酷い。

それと偉そうではなく貴方は偉いんですよ、本当に。
銃杖は最高だし、その合間に絵を描いて投下するし!
畜生!メリークリスマス!

123名無しさん:2008/12/26(金) 00:15:54 ID:wQzAmxdQ
GJでした
エルザと代わりたいぜ…
そしてワルドカワイソスwww

124名無しさん:2008/12/26(金) 02:23:58 ID:L0staexY
GJでした!!

125桃髪の爆発魔と銀髪の騎士:2008/12/26(金) 06:45:21 ID:f3zNg1sg
やけにエロい展開はクリスマスだから? とか思ってたらむしろ絶体絶命に陥ってる辺り
がクリスマスらしいです。そして新コスチュームのエルザさん! GJでした!

そして投下です。拙いながらも投下祭りです。本当は昨日の内にできる筈だったのですが、
クリスマスの所為で酔い潰れてしまいました。もちろん、一人で。

126桃髪の爆発魔と銀髪の騎士:2008/12/26(金) 06:46:12 ID:f3zNg1sg
「そうですか。それは困りましたねえ」
 他人事のようにほのぼのと応えるクロムウェル。アルビオン神聖皇帝をしぶしぶと僭称
する男が、ゆっくりと笑う。襟元まで詰めかけた重臣の圧迫など、微塵も感じていない。
 トリステインの発布した〝内乱の鎮圧〟が、彼らを指導者の許へ走らせたのだが、その
相手がこの様子では気も抜ける。
「この地はすでにトリステインのものと、かの国が吐かしッ! 来週にも我が方へ攻め込
もうとしておるのですぞ!」
 勢いを残した一人が我鳴る。そうだそうだと、いささか気勢を削がれた諸々が同調の声
を上げた。
「心配には及びません。我らにはたくさんの〝おともだち〟が、いるではありませんか」
「で……ですが」
 クロムウェルがそう呼ぶのは、ニューカッスルとロサイスから運ばれた兵の死体〝だっ
た〟ものである。無数の中から五体の揃っているものがより分けられ、腐臭を放ちながら
ロンディニウムへ到着したそれを、クロムウェルの〝虚無〟が再生したのだ。
 うつろな表情、氷のように冷え切った血、しかし彼らは歩き、話し、そして戦う。どう
してか、クロムウェルへの忠誠を極限まで高めて。
「死を乗り越えて戦う兵のいる我ら、死を知らぬ彼ら。どちらが生き残ると思います?」
「は、いや、しかし……」
 彼らの再生こそ目にはしたが、それが不死なる存在であるとは信じるに足りていない、
重臣たちの意気は低い。
「やだなあ、もっと彼らのことを信頼してあげなくちゃ。それに」
「それに、何ですかな……?」
「あなたたちもいずれ〝そう〟なって、我らのおともだちになるのですから――」


「死体を?」
「はい。連中、死体のうち損傷の少ないものだけを選って、運んで行きました」
 ニューカッスルを発ち、ロサイスを経てサウスゴータを目指す一団の会話である。長で
あるアニエスの許に残った数名と、彼女らの護衛を務めるメンヌヴィルによる、レコン・
キスタ撹乱部隊だ。報告は、さきほど合流したアニエスの部下によるものだ。
「その情報は?」
「はっ、すでにトリスタニアへ向けて」
「よし。それが何であれ、殿下なれば看破されるだろう」
 ふむふむと唸りつつ、メンヌヴィルが始める。
「使うんだろな、たぶん?」
「そうだろうな。知りたくもないが」
「やっぱアレか? 実験か?」
 この男の想像する〝実験〟が、かつて王立魔法研究所《アカデミー》で行われていたも
のだとしたら、聞いてはいけない。朝食から二時間と経っていないのだ。
「〝錬金〟を――」
「うるさいっ!」
「いや、スゴいんだぜ? 生物であることを放棄した死体には――」
 想像するな。したら負けだっ……!
「その臭いがもう、あの世のものって――」
 ま、け、るな……
「緑色のつぶつぶが――」
 メンヌヴィルを残し、全員が道端の木立へ消える。乙女には似つかわしくない効果音が
漂う。酸っぱい匂いも漂う。
「クハハッ、昨日の礼よ!」
 まだ痛みの残る腰に手をあて、メンヌヴィルが高らかに笑う。それにしてもこの男、実
に楽しそうによく笑う。きっと後悔する生き方をしてこなかったのだろう。

127桃髪の爆発魔と銀髪の騎士:2008/12/26(金) 06:47:21 ID:f3zNg1sg
「選抜試験は終わったわよ?」
「それとこれとは別だ! ぼくの挑戦は決して終わらない!」
 じめじめするヴェストリの広場。二人が最初に戦った場所である。
「ああ、そうだったっけ。あんたはそういうヤツだったわね」
「そうだ!」
「じゃあ、これがわたしの置き土産よ。実力の差、存分に味わっておきなさい」
 そして始まる、ほぼ日課と化したルイズとグラモンの試し合い。しかし毎度々々、律儀
に受けるところを見ると、ルイズも満更ではないのだろう。むろん色恋ではなく、戦士の
血が騒ぐの方向で。

 どごん。瞬歩でグラモンの懐にもぐりこんだルイズが爆発を見舞う。転がるグラモン。
「ぐはっ。……オープニングヒットは譲ってやる。しかーし!」
 どすん。グラモンの背に回りこんだルイズの肘打ちが決まる。悶えるグラモン。
「ぶほっ。……ミドルダメージまでは譲ってやるがっ、しかーし!」
 どどん。練成中のゴーレムごと、爆発のラッシュ。弾けるグラモン。
「ぐふっ。……ダウンまでは譲ってやる……。しかーし! 勝負はまだこれからだ!」
 グラモンの左腕が、曲がってはいけない方向へ曲がっている、ように見える。
「……よく、立っていられるわね。大したものだわ」
「フッ、ぼくの家の家訓が、ぼくを立たせるのだよ。『命』と『名』、どちらも惜しまね
ばならぬのは難儀であるが、な!」
 グラモンとて策はある。いたずらに翻弄されたわけではないのだ。それがっ……!
「うおっ!」
 突然の陥没に足を取られるルイズ。グラモンの使い魔が、土中からルイズを絡め取った
のだ。ずびし、とバラの造花を突きつけ、グラモンが決める。
「時間が……、時間が必要だったのだ。忘れてなかったかい? ……ぼくも君も、一人で
はないのだよ?」
「ふん、穴の一つや二つ! オラァッ」
『まてッ、ルイズ! 一つや二つでは――』
 威勢よく踏み出した右足が穴にはまり、慣性の法則による問答無用の前転を披露するル
イズ。お約束のようにぶっ飛ぶデルフリンガー。そして回転は二週目にして途絶する。今
度は頭がはまったのだ。否応もなく地中に没する、ルイズの上半身。ぐきりと腰骨が鳴り、
びよんびよんと振り子のように振れる、下半身。その揺れが、彼女のスカートをハの字に
開く。何というかもう、全開だ。
「ぶほッ。なな何という絶景! ――あ、いや、見てないぞっ、決してレディーの無防備
な秘境を垣間見たりはしてないぞ! 信じてくれっ、モンモランシー!」
 愛する彼女がいると決めた方向へ、音のする勢いで首を回してグラモンが叫ぶ。こんな
時でも彼の愛と忠誠は概ね絶対なのだ。
 空中を激しく回転して校舎の影を飛び越え、昼下がりの陽光をきらりとはね散らしたデ
ルフリンガーが、主人の待つ穴へとまっ逆さまに飛び込んでいく。柄が下でよかったと、
誰より喜んだのは当の本人だ。
「…………ッ!」そして土中から、くぐもった叫びがする。

 作戦の成功は喜ばしい。しかし、しかしだ。これはもしかして、ぼくは己への執行令状
に署名してしまったのではないか? いまの唸りは『ぶっ殺すッ』の〝ッ〟かな? いや
いや彼女が決してその台詞を吐かないこと、それは確かだ。なれば……。

128桃髪の爆発魔と銀髪の騎士:2008/12/26(金) 06:48:09 ID:f3zNg1sg
 人が穴にはまった時、常識の多寡に関わらず、普通はそこから這い出すものだ。むしろ
それ以外の選択はないといって差支えがないだろう。しかしこのルイズには通用しないッ。
「……ラ……オラ……オラオラ……ラオラッ……オラァ…………」
 ボコボコと土中から気合と爆発音が轟く。穴に消えるルイズの脚。
「まさか、な……」
 グラモンがありえない可能性について考える。ありえないのだから、それはありえない
のだが、ありえない事というのは案外よく起こるのだ。
 地面の下であれば全て、三次元レーダの如く全てを感知するグラモンの使い魔、ジャイ
アントモールのヴェルダンデ。彼――彼女? かも知れない――の感覚がグラモンに伝達
される。Uの字に、だと……。
「……ッ・カァーノォォオッ!」
 ドグオォォン、という炸裂音と共に地上へ復帰するルイズ。手には剣、全身には隈なく
土、瞳にはらんらんと炎を燃やして。

 ふしゅー、と一つ、気合の排気を完了させてルイズが言う。
「……土をつける、というのは喩え。それはいいわね?」
「も、もちろんだとも! この程度でぼくの戦術が尽きたなど、思わないで頂きたい!」
「よし。ではこちらの番よ!」ルイズの凄味が空気を震わす。

 しかし、広場の地表に異常は見当たらない。掘ってから埋め戻した穴とは訳が違うのだ。
土中から薄皮一枚を残して掘られた落とし穴、しかもおそらく無数。これは侮れない。

「……いいわね。とてもイイ戦術だわ。わたしは動かなければ攻撃できない、あんたは動
く必要がない。そうね、その成長性には〝A〟をあげる」
 ひくひくとこめかみを震わせつつも、褒めるところは褒める。そういう人なのだ。
『いや、大したものだ。君と戦うたびに、彼は強くなっている』
「何かヤる度にえげつなくなってねえ? アレか、姐さんが鍛えると皆こうなるとか?」
「うるさいわね! わたしはギーシュの師匠じゃないわよ!」
「むっ」
「ん?」
「いま、ぼくを名前で呼んだよな?」
「そうね。呼んだわね。それが?」
「いや、そうだ、それがいい。その呼び方がいい」
「は?」
「知ってるかい? きみが名を呼ぶのは、認めたヤツだけだってこと?」
「そうだっけ?」
『そう言われてみたら、確かにそうだな。シャルロットといい、シエスタといい、強さを
確かめた者の名は、確かに名前で呼んでいるな』
「へええ、意外と判り易いじゃねえの、って、俺は?」
「あ、ほんとだ。そういや姫さまを名前で呼んだのも、〝決闘〟のあとだったわ」
「俺は?」
「ようし、ギーシュ、あんたは強くなる、少なくともその素質はある。認めるに吝かでな
いわ」
「おおっ」
「でもね、今日の強さを認めるかどうかは、これからよ!」
「それで結構! 幸い折れたのは左腕ッ! 錬金に支障はない!」
「……ねえ俺は?」

129桃髪の爆発魔と銀髪の騎士:2008/12/26(金) 06:48:52 ID:f3zNg1sg
 ルイズが跳ぶ。魔法学院の壁を走り、蹴り、削って跳ぶ。地に足を着かなければ問題は
ない、が、いかんせん距離があり過ぎるのだ。校舎と壁の間を一足にとはいかない。中途
にて一度ならず〝爆風〟を受けて軌道を跳ね上げなくてはならず、その消耗が意外と大き
いのだ。
 感覚の共鳴をして、落とし穴の影響を受けないギーシュがバラの造花を振り、ゴーレム
を生み出す。精密な動作性をこそ、ひたすらに磨いてきた修練が、ここに花開く。
「そこだ!」
 穴だらけの地を滑るように進んだゴーレムが、ルイズの着地点を抉る。
「甘い!」
 がらがらと崩れる塀に、舞う爆風。ゴーレムの伸びきった豪腕に亀裂が走る。
「着地にも合わせられるのよ。爆発は」
「うぬう、まさに全身これ凶器! しかしっ、ぼくのワルキューレもまた不死身ッ!」
 引き裂いた右腕を槍代わりに、ゴーレムがルイズを追撃する。壁の穴の増えるにつれ、
ルイズの足場が減っていく。ギーシュを狙う線上には常にゴーレムが盾となり、阻む。
「ちっ、空中からじゃ埒が明かないか」
 しかし半壊した塀、穴だらけの校舎、地には無数の穴。どうする?
『ルイズ、コルベールのヘビくんを思い出すんだ。爆発の効率を!』
「……そうかッ」
 目指すは穴。先ほど無様にも転げ落ちた穴である。そこに爆発を込める。気合を、スゴ
味をその穴倉に向けて解放する。
「ウルウルウルウルッ、ウル・カーノッ!」
 爆風が、一筆書きの通路を疾る。土竜の掘削上回る速さで疾る。
「うおおっ」
 爆発の背を爆発で押す、ルイズの放射魔法が地下通路を満たす。爆音と土煙が垂直に立
ち上がる。ヴェルダンデも爆風に尻を蹴られ飛び出す。中空に、つぶらな目がきらめく。
「ぼくの可愛い使い魔ッ!」
 走る、走るグラモン。その巨体を全身で受け止め、忘れていた骨折の痛みに悶える。彼
の正中線上にはルイズの剣。決着はここに示された。


「一つ、聞いていいかな?」
「何よ」
「マリコルヌのことを名前で呼ばないのは、どうしてなんだい? 彼は――」
「ああ。あれは、あいつはああ呼ぶと喜ぶのよ、だから」
「はは。そう、か。それもそうだな」
「ほら、変態だから」
「あはは」
「……俺は?」
「うっさいわね、デルフ。いいじゃあないの、愛称でも」
「愛……! うんうん、そうだよな!」
『デルフ……』
「いいんだ! 俺は姐さんに愛されてる! そしていつも背中で体温を感じてる!」
『おい、どうしたデルフ? 熱でも……』
「いいんだよ、相棒。剣にしか判らないことも、あるんだ」
 今日もいつも、ルイズの周りには楽しみが満ちている。これからもきっとそうだ。

130桃髪の爆発魔と銀髪の騎士:2008/12/26(金) 06:53:08 ID:f3zNg1sg
投下完了です。次はまた、イザベラさんの冒険になると思います。
では皆様、よいお年を! メリークリスマス!

131名無しさん:2008/12/27(土) 01:02:31 ID:ML3XM18E
投下乙!
これでギーシュは同行が許された……のか?

132味も見ておく使い魔 第六章 03:2009/01/03(土) 01:09:52 ID:zZTlvc9k
 アルビオン沖での『決戦』から一ヵ月後。
「しっかりと戦場になっちゃったわね」
 ルイズは自分にあてがわれた女官専用の天幕の内側でため息をついていた。
 ルイズが今着ているマントは学生のそれではなく、トリステイン王家の百合紋章がしっかりと描かれている。ここは戦地。アルビオンの人間と見間違われては困るのだ。
「ここはすでにアルビオンだからな」
 ブチャラティが応じる。彼の言うとおり、ルイズたちは港町ロサイスに駐屯しているトリステインの軍隊と行動をともにしているのだった。
「だが、アルビオンにきたのはいいとして、ここ一週間、君にまったくお呼びがかからないじゃないか。別にどうだっていいが、僕たちは実は用済みなんじゃないのか?」
「そうね、でもそれはよいことだわ、露伴。トリステイン軍が、虚無という特異な力を必要としていない程度には優勢、ということだから」
露伴はほほう、とうなずいた。
「だいぶしおらしくなったじゃないか。てっきり『私の出番がないじゃない』とわめき散らすとばっかり思っていたよ」
「私もね、いろいろ思うところがあるのよ。コルベール先生のこともあるし、ね」
「コルベールが死んだのは意外だったな、俺にとっては」ブチャラティがうなずく。
「それは僕もだ。あの男はこれから何かをしでかしそうな優秀そうな男だったんだがね」
「そうなんだ、二人ともコルベール先生の評価高いわね。私は、あの先生は愉快な先生だとは思っていたけど、そこまでの人とは思わなかった」
「人の評価なんてそんなものさ」
「でも、悔しいわ。私だけがあの先生の真価を見抜けなかったみたいで」
「気にすんな、ルイズ。何も僕たちの評価が正しいと決まったわけじゃない。君の意見のほうが正しい可能性もありうるんだ。ま、今となってはもう何もわからないがぁね」
「そう、ね。もう、わからないのね……」
 ルイズの声が湿っぽくなっていく。コルベールの死がそれほどまでにこたえたのだった。戦争で死ぬのならまだいい。周りからは名誉といわれるのだから。まだ死が納得できる。でも、コルベールは乱入者に殺されたのだ。こともあろうに、生徒を守ろうとして。たぶん周りの大人は犬死だと思うだろう。メイジ崩れごとき競り負けた間抜けの一人として忘れられていくに違いない。そう思ったら、ルイズはなんだか泣きそうになってしまった。
「そういえば、君たちは幻を見ていたんだったな。ミョズニトニルンだったか」露伴は言った。
「そうだ、名前はドッピオ。俺のかつてのボスだった男だ。正確にはボスの分裂した精神の人格の、片割れのひとつだ」
「ふ〜ん、ブチャラティとの縁か、それは、やはりパッショーネの?」
「ああ、その関係だ」
 一筋の風が天幕を通り過ぎていった。気がつくと天幕の入り口が開いている。風はそこから来たようであった。見ると一人の男が入り口にたたずんでいる。
「ミズ・ヴァリエールの天幕はここでよいのか?」その黒髪の男はいった。
「ああ、ところでお前は何者だ?見たところトリステインの兵士ではなさそうだが」
 ブチャラティの言うとおり、彼の姿は兵士の服装ではない。かなり軽装だが、杖を持っていないのでメイジでもないだろう。何より、ぱっと見た目は無武装である。
「失礼、自己紹介が遅れた。私はロマリアからの義勇兵でね。竜騎士を務めているものだ。名を……念のために偽名を名乗らせてもらおう。ジュリオ・チェザーレとでも名乗っておこうか」


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