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日本大陸を考察・ネタスレ その152

1トゥ!ヘァ!:2019/06/12(水) 20:31:43 HOST:FL1-122-131-248-133.kng.mesh.ad.jp
日本大陸のSSや考察・ネタを書き込むスレです。
スレが荒れる事のないように喧嘩や煽り合いは厳禁です。
みんなで仲良く日本大陸世界を楽しみましょう。

尚、このスレは憂鬱本編とは無関係という事を前提としてearth氏の許可が下りています。
憂鬱本編に関係するネタを書くときは本編の設定を遵守し、細心の注意を払いましょう。
各職人様の作品や、スレで語られた内容設定の数だけ世界線が存在しており、皆それぞれ日本大陸です。
設定に関して疑問に思う処などがあれば職人様や住人の皆様に質問し、大いに議論しましょう。

投稿する作品の設定は下記の説明にある日本大陸の基本ルールを遵守していれば、どのようなネタでも自由です。
また既存のアニメーション作品、ゲーム作品等の創作物とクロスを取り扱ったネタについては
下記の日本大陸クロスネタスレご利用してください。
日本大陸の設定は日本大陸スレ及び日本大陸クロスネタスレのみの設定であり、他スレへの持ち出しは厳禁です。


【書き込みにあたっての注意】――日本大陸世界の公式想定まとめ(wikiより転載)
0――【日本大陸の民族や資源に関して】
・日本大陸の主要民族については史実同様に日本民族というほぼ単一民族で構成されているものとする。
・日本大陸は、豊富な資源に恵まれているものとする。

1――【歴史的事実に関して】
・日本大陸世界は「基本的な歴史的事実において」史実世界と共通するものとする。
・「基本的な歴史的事実」は、歴史年表に記される出来事の名称および結果である。
 その影響は日本大陸本土周辺において厳密に守られるべきであり、その外縁や海外における出来事はこの目的を達するためにある程度の改変を可とする。
・上記の「基本的な歴史的事実」以外、たとえば歴史的人物の来歴や出来事の経過については、「基本的な歴史的事実」例えば「関ヶ原の戦いにおいて徳川氏が勝利する」といった事象を妨げない限りにおいて、日本大陸世界の地理・自然・人物その他の状況を勘案した上で自由な想定を可とする。
 ただし、歴史的重要人物の生死や重要行動については慎重な想定を要する。
・日本大陸本土周辺における「基本的な歴史的事実」を達成するための想定は、自然科学的に妥当な理論および手段方法をとり、かつ社会科学的にも可能な限り妥当な想定をもって行うものとする。
・日本大陸世界における「基本的な歴史的事実」は、幕末前後から転生者たちによる干渉が大規模化し最終的に「明治維新成立」を目的にと改変を可とする。
 史実や憂鬱世界とは違った明治維新となる可能性が高いだろう。
・明治維新以後については本編同様、自由な想定を行うものとする。

2――【夢幻会に関して】
・例外を除いて転生者が転生する人物の条件は、基本的に憂鬱世界の条件と変わらないものとする。
・大陸日本の人口増大に比例するように転生者の規模も増大するものとする。
・上記の理由により再転生者だけにこだわらず、史実世界や憂鬱世界からの一回目の転生者も存在するものとする。
・最初の日本大陸ネタで転生者出現の時期があいまいな事とアヘン戦争で改革の機運が高まったという記述を根拠に憂鬱世界からの再転生者および史実・憂鬱世界からの1回目の転生者が登場し始める年代は、転生する史実の人物の明治維新以後の生存を条件として19世紀初頭からとする。
(例として天保の改革の時代に転生者が鳥居耀蔵に転生しているものとする。)
・また上記の条件に史実で他殺や自害などで死亡した人物で生きていたら明治維新まで生存できる可能性のある人物も含まれるものとする(例・井伊直弼など)。

3――【自然環境に関して】
・自然および地理的な想定は、自然科学上妥当なものとする。
・架空の生物種や架空の地理的特徴は史実世界に存在する、あるいは存在したものをもとにする。
・想定に際しては「地球史的な出来事」を勘案し、たとえば恐竜が進化した知的生命体が地球の覇者となるような大規模改変はこれを避けること。
・日本大陸本土およびその周辺環境については、「面積が10倍程度であり、『北海道・本州・四国・九州および付属諸諸島』により構成され、
 気候においては史実と大きな違いはなく、火山性の山岳地帯を有し、史実同様大規模な海流によってほどよくユーラシア大陸から隔絶されつつも繋がりは失っていない」もの、
 すなわち史実と類似したものとする。
・面積広大化に伴う各地の緯度変化などの自然科学的に避け得ない事象に関しては上記に優先する。
・以上を順守する限りにおいて、想定は自由である。

243New:2019/06/30(日) 23:21:16 HOST:softbank060128001160.bbtec.net
乙。イタリアは骨折り損で内輪もめでgdgdだわ・・

244トゥ!ヘァ!:2019/06/30(日) 23:40:16 HOST:FL1-122-131-248-133.kng.mesh.ad.jp
乙です

伊土戦争は実質オスマンの勝利に終わりましたね。

中華では遂に孫文登場。この世界の中華民国はどうなっていくのか気になります。

245クー&ミー:2019/07/01(月) 00:28:20 HOST:sp49-106-217-214.msf.spmode.ne.jp
乙です。
イタリアは列強としてのプライドがズタズタですね。

そして、いよいよWWⅠですか。
日墨はこの戦争でどれ程稼げるのか…。

246名無しさん:2019/07/01(月) 07:44:04 HOST:i118-21-186-201.s42.a038.ap.plala.or.jp
この世界のツィンメルマン電報は史実とは逆にメキシコじゃなくてアメリカに対して行われそう
ルイジアナ州とフロリダ州の一部の奪還に協力するという条件で

247ハニワ一号:2019/07/01(月) 08:52:22 HOST:124-141-195-196.rev.home.ne.jp
乙です。
イタリアはオスマンとの戦争で実質的に敗戦した事で列強としての威信が低下してイタリア国内の対立や問題がさらに酷くなりそうですね。

248クー&ミー:2019/07/01(月) 12:41:45 HOST:sp49-98-76-225.mse.spmode.ne.jp
ドゥーチェ(憂鬱から転生)「日本に移住して慎ましやかに暮らすのも有りかもな。(この国内(イタリア)情勢をどう立て直せと言うんだよ…)」

249透過の人:2019/07/01(月) 23:58:17 HOST:softbank126077075064.bbtec.net
>>243
本文中に書いたとおり、全く得るものがありませんでした。あえて言うなら戦没艦の分代艦が作れる海軍が少しは得したかな?(なお、熟練水兵は…
>>244
とりあえず、ww1で清朝崩壊からの中華民国統一達成→戦後に中央集権か連邦制かでラウンド2ですかね。
>>245
まあ、それなりには稼げますが、今の予定では史実より早く終わる予定ですので
>>246
アメリカは民主党(中立路線、ややドイツより)、共和党(中立だが明確に親英仏)、社会党(漸進的社会主義、厳正中立)なので参戦はあまり期待できません。むしろ、貴重な中立国としての役割が求められるかと
>>247
実はこのイタリアの国威低下が、拙作でのww1のきっかけの1つになります。あくまでも1つですが
>>248
メキシコの政策で極東(シベリア、満州or朝鮮)に送られて、そこでイタリア系自治国家の長になるドゥーチェとかは考えてます。

ところで、戦後フランス海軍にM1920 450mmを装備させたいけど良い資料がない…

250クー&ミー:2019/07/02(火) 01:03:28 HOST:sp49-106-215-230.msf.spmode.ne.jp
フランスの場合は、日本がリシュリュー砲のアドバイス(カンペ)を送ると云うのも。
あれが有れば、20000mで大半の戦艦の装甲を貫けますし。

まぁ、色々と支援が必要でしょうけどね。

251ホワイトベアー:2019/07/02(火) 12:10:57 HOST:157-14-225-220.tokyo.fdn.vectant.ne.jp
日米枢軸ルート 第二十二話

《青年トルコ人革命とボスニア危機》
1908年、満州戦争終結から3年の月日が流れた頃、中東アジアと欧州の中間にある国家、オスマン帝国では親ドイツ派の青年将校率いる部隊がバルカン半島各地の都市で武装放棄を決行する。これを受けたアブデュルハミト2世は即座に鎮圧を命じ、オスマン帝国各地より鎮圧部隊を派遣し、各蜂起部隊の鎮圧を開始する。この時、派遣された部隊は日本式の教育を受け、日本製の装備を装備した精鋭部隊であり、史実の様に様に反乱側に寝入る事はなかったが、それでも鎮圧には時間と労力が掛かり、結果としてオスマン帝国のバルカン半島でのプレゼンテーションは低下してしまう。この後、オスマン帝国のバルカン側では反乱軍と正規軍の間で血で血を洗う戦闘が繰り広げられていき、バルカン半島側のオスマン帝国領での混乱は依然続いていくが政治や経済の中心たるアナトリア半島へ混乱が普及することは避けられた。

この一連の革命の影響がボスニア・ヘルツェゴビナに現れるのを恐れたオーストリア・ハンガリー帝国は革命の混乱を利用してボスニア・ヘルツェゴビナの早期併合を行う事を決定する。これは事前に日本の仲介の下行われた交渉で相応の金額をオーストリア・ハンガリー帝国がオスマン帝国に支払いオスマン側の了承を得ていたために平和下に行われ、住民にとっても大きな変更は生じなかった。しかし、この併合にセルビア(およびモンテネグロ)が猛反発していた。そこで、オーストリアはこれをきっかけにセルビアと戦端を開き、かねてよりロシアと計画していた同国の分割を実行に移し二重帝国における「バルカン問題」を一気に解決しようとする。

この考えは英仏がロシアのボスポラス=ダーダネルス海峡の通航権を承認しなかった為に史実同様ロシアと結ばれた密約がはたせず、画餅に帰してしまう。さらにロシア国内ではセルビアに同情的な世論が高まってしまい、ロシアは満州戦争後の軍の再建も終わっていない状況でありながら、バルカン南下政策にとって重要な同盟国であるセルビアの意向に応えパン・スラヴ主義の建前に立ち戻りオーストリアに対し強硬な態度をとることを余儀なくされた。

こうして、オーストリア・ハンガリー帝国はロシア・フランスをバックとしたセルビアと併合宣言後の約半年間にわたって開戦が危ぶまれる外交危機(ボスニア危機)が続くことになる。

その後、オーストリアが開戦準備が万端じゃないとして開戦を断念、同盟国であるドイツがロシアに圧力をかけた事によって事態は終息に向かっていく。

こうして、欧州での戦争の危機は去り、欧州で続く永遠ならざる平和は続くことになる。

252ホワイトベアー:2019/07/02(火) 12:13:24 HOST:om126133225042.21.openmobile.ne.jp
《伊土戦争とドデカネス危機》

1900年代よりイタリアは自国の経済的不況とそれによる国民の不満を解消させるべく、オスマン帝国領であったトリポリタニアを自国の植民地とすることを画策し始め、国内世論を戦争に傾けようとイタリア政府は国内の報道機関を使い盛んにトリポリタニアが豊かな土地であるという報道を行い、世論工作を開始する。

この時のアフリカおよびオスマン帝国は列強各国の利権が複雑に絡み合っており、軍事行動は極めてリスクの高い賭けであった。しかし、1902年の協定を盾にフランスから水面下ではあるが併合の賛同を得たジョヴァンニ・ジョリッティ 首相は各関連機関にこの遠征を検討させ始める。また、これと同時に彼は持ち前の政治力を活かして非戦主義のイタリア社会党を懐柔して、国内の反対派を押さえ込むことに成功する。

そうして、1911年9月28日、ドイツがおこした第二次モロッコ事件で世界の目がモロッコに集中しているなかで、イタリア王国はトリポリタニア割譲を求める最後通牒を、返答期限は24時間と設定してオスマン帝国政府に提示した。これを受けてオスマン帝国はイタリア王国に対してトリポリタニアの形式的宗主権を認めてくれれば、実効支配を委ねてもよいと返答したが、イタリア側はそれでは不足だとして9月29日にオスマンに宣戦を布告する。

イタリアはまず、自国の艦隊を本土艦隊、第1艦隊、第2艦隊に分け、第1艦隊をオスマン艦隊主力の撃破に、第2艦隊をリビア沿岸の封鎖に当たらせた。

この時のオスマン帝国海軍は日本の仲介の下、アメリカから格安でメイン級前J級戦艦2隻とシンシナティ級防護巡洋艦3隻を購入しており、さらに日本から生駒型装甲巡洋艦2隻、水雷艇駆逐艦16隻、大型水雷艇24隻を購入するなど海軍の近代化は図っていたが、これらの艦艇は充分な戦力化が短期間ではできておらず、十分に戦闘が可能であったのはメスディイェ級装甲艦1隻、装甲艦 イジュラーリーエ、フェトヒ・ビュレント級装甲艦1隻、アヴニッラー級装甲艦2隻、アーサール・シェヴケド級装甲艦1隻、装甲艦アーサール・テヴフィク、オスマニイェ級装甲艦3隻の装甲艦10隻と水雷艇駆逐艦6隻、水雷艇14隻しかないかった。それゆえにオスマン帝国海軍は本国に引き籠ってしい、イタリア第1艦隊の戦果はアルバニア近くで細くしたオスマン帝国海軍の小規模哨戒艦隊に対しての勝利するに留まった。しかし、オスマン海軍が艦隊保全の為にオスマン本土に引き籠ったことによってイタリア海軍は東地中海制海権の確保に成功、オスマン本国からリビアへの大規模増援を不可能とさせた。

253ホワイトベアー:2019/07/02(火) 12:14:30 HOST:157-14-225-220.tokyo.fdn.vectant.ne.jp
リビア湾封鎖の為に派遣したイタリア第2艦隊は開戦の前日にはリビア近海に展開しており、10月2日からトリポリ市(現在のリビアの首都)への砲撃を開始、オスマン側の沿岸砲陣地を破壊し、5日には海軍陸戦隊1200人を同詩に上陸させ、同市を攻略するなど大した抵抗も受けずにトリポリタニア沿岸部の都市を次々と陥落させていった。

この時のオスマン帝国軍はクーデター鎮圧の為に大部隊をバルカン半島に送り込んでおり、トリポリタニアに駐留していた正規軍は旧式装備しか与えられていない数千名規模の留守部隊しかおらず、増援を送り込もうにも陸路は実質的な中立国であるシナイ半島とエジプトを挟んで不可能であり、海路はイタリア海軍によって封鎖され、大規模な援軍を送り込むのは実質的には不可能であった。

そこでオスマン帝国軍の現地司令部は現状の戦力では沿岸部の防衛は不可能だとして沿岸部の放棄を決定、異教徒への敵愾心を持つ現地兵を軍に加わらせるなどの手段を用いて軍の戦力拡大を図りながら内陸部に撤退していった。

ここまでは順調に作戦を進めていたイタリア軍であるが、12月17日、イタリア海軍第1艦隊が後に戦争の勝敗すら分ける事になる致命的なミスをしてしまう。

テサロニキからスエズに向かってドデカネス諸島付近を航行中であった大日本帝国海軍地中海艦隊所属の駆逐艦「菊月」をトルコ海軍艦艇だと誤認してしまい攻撃、撃沈してしまった(※1)のだ。さらに、この時、近海を航行中であったイギリス国籍の客船がイタリア海軍の巡洋艦が菊月を攻撃している姿をしっかりと確認していたというおまけ付きで。

この《菊月》沈没事件は即座に日本やイタリアなどの当事国以外の国家にも知れ渡り、事態は一気にオスマン帝国に有利に動いていく。

もともと、日本の国民感情はオスマン帝国よりであり、イタリアの侵略に列強としては唯一抗議をしている国家であった事のもあって、この攻撃切っ掛けとして反イタリア感情が爆発、イタリアへの報復を望む世論は高まっていく。そして、それによる後押しを受けて日本政府は帝国陸軍地中海方面軍および帝国海軍地中海艦隊を臨戦態勢に移行させ(※2)、金剛型巡洋戦艦《榛名》《竜神》、蒼龍型航空母艦《雲龍》《瑞龍》《翔龍》、摩耶型重巡洋艦《伊吹》《三嶺》、大淀型軽巡洋艦《横瀬》《吉野》《宮前》《忍》、甲型駆逐艦8隻を開戦と同時にイタリア本国ートリポリタニア間のシーレーンを遮断せしめる為にイタリア半島へ向けてクレタ島より出撃させる。

これとほぼ同時刻にスエズに待機している生駒型装甲巡洋艦《白砂》《磐手》《城峯》《狩野》、大浦型軽巡洋艦《熊野》、奄美型海防艦8隻を駆逐艦《菊月》が沈められたドデカネス諸島沖にむけ出撃させ、オスマン帝国海軍主力艦隊撃破の為にオスマン帝国本土近海まで出張っていたイタリア第1艦隊への牽制を仕掛けていくなど、日本政府はイタリアに対して強硬な態度をとる。この時、日本側がイタリアに対して開戦を避ける為に出した条件は要約すると以下のものであった。

・イタリア政府による正式な謝罪
・賠償金の支払い
・戦闘の即時停止
・トリポリタニアからの無条件撤退
・オスマン帝国に対する領土割譲要求の一切の破棄

また、《菊月》沈没事件は日本の同盟国たるアメリカの対イタリア感情も悪化させる事になり、イタリア政府は日本側に立ったアメリカから禁輸措置をチラつかされる事になる。

一方のイタリアは日本政府には丁寧な口調で責任転換と言い訳をして時間を稼ぎつつ、オーストリア・ハンガリー帝国やドイツ帝国などの同盟に支援を要請する。また、同時に早期にオスマン側と決着をつけて、日本との外交交渉に集中しようと、トリポリタニアに追加の増援として約8万の兵力を派遣、もともとトリポリタニアに展開していた遠征軍2万と合わせて総勢10万ほどの大軍で内陸部に籠っていたオスマン軍を撃破するべく攻勢をかける。

254ホワイトベアー:2019/07/02(火) 12:17:35 HOST:om126133225042.21.openmobile.ne.jp
しかし、オスマン軍が築いていた塹壕と機関銃による強固な防衛陣地と遅滞戦術によって大勢の犠牲者を出しながらも攻撃は失敗、その後も守るオスマン軍と攻撃するイタリア軍戦局は彼らの思惑とは正反対に膠着していってい、もはや日米との破局は避けられなと言う意見が欧州で発売された新聞に大々的に載ってしまう程の外交危機(ドデカネス危機)がボスニア危機から僅か3年しか経たない内におきてしまう。

こうした急速な日米とイタリアの関係悪化は欧州・地中海地域での日米両国の影響力拡大と三国同盟体制の崩壊を恐れたドイツは第二次モロッコ問題でイギリス・フランスを相手に譲歩、同じく日米の影響力拡大に不快感を抱いていたフランスやスエズ付近での情勢悪化を嫌うイギリスとそれまでの対立がなかったかのように協力体制を構築(この体制の構築を主導したのはイギリス)してドデカネス危機への対処にかかる。

この時の三カ国はその共通認識としてイタリアと日本が開戦したら間違いなくイタリアの大敗で終わると言う考えを持っており、日本に多少の譲歩を提案する一方、イタリアには何としても日本との開戦を避けさせるべく裏表で大きな圧力をかけていった。ドイツから梯を外されたことや、こうした圧力、日本が賠償金の金額を大幅に減額した(盛大に吹っ掛けていたのを適正価格に戻したとも言う)事もあって翌年の1月3日、イタリアはついに折れ、日本の要求を全て飲む事を決断する。これによって日本も動員を一時的に凍結、列強間の戦争の危機は回避された。

その後、フランス・イギリス・ドイツを仲介者としたイタリア王国とオスマン帝国の間で講和会議開かれる事になるが、イタリア王国は日本に対しての態度とは裏腹にオスマン帝国には強硬な立場をとり、少しでも利権を得ようと画策するが、当然オスマン帝国も負けたわけではないとこれを拒否、交渉は進まず、ただ時間だけが浪費されていった。

一刻も早く日米が欧州に介入する切っ掛けとなりうるこの戦争を終わらせたいフランス・イギリス・ドイツはこの事態を受けて、オスマン帝国・イタリア王国双方に圧力をかけ、イタリアはオスマン帝国領土から全面撤退、オスマン帝国からの利権を一切要求しない、オスマン帝国はイタリアに見舞金として30万ポンドを支払うと言う形で決着、1912年4月に伊土戦争の講和条約であるミュンヘン条約が締結され、戦争は終結した。

この戦争の結果、イタリアは何とかオスマン帝国から見舞金と言う名目で賠償金を得られたが、その金額も雀の涙ほど(弩級戦艦1隻の建造費にもならない)でしかなく、むしろ日本への賠償金や戦費で赤字にしかなっておらず、肝心の植民地も手に入らなかった。正に骨折り損のくたびれ儲けと言う言葉が当てはまる状態であり、イタリアではイギリスやフランスはもちろん同盟国であったのに自国に圧力かけたドイツやオーストリアにも不信感を抱いていく。

255ホワイトベアー:2019/07/02(火) 12:21:28 HOST:om126133225042.21.openmobile.ne.jp
イタリア海軍編成
本土艦隊
レジーナ・エレーナ級戦艦   ×4隻
(史実ダンテ・アリギエーリ)
ルッジェーロ・ディ・ラウリア級×3隻
装甲巡洋艦 マルコ・ポーロ
防護巡洋艦 リビア
ロンバルディア級防護巡洋艦  ×2隻
駆逐艦            ×8隻

第1艦隊
エマニュエレ・フィリベルト級戦艦  ×2隻
レ・ウンベルト級戦艦        ×3隻
ジュゼッペ・ガリバルディ級装甲巡洋艦×3隻
ロンバルディア級防護巡洋艦     ×5隻
駆逐艦               ×12隻

第2艦隊
ピサ級装甲巡洋艦          ×2隻
サン・ジョルジョ級装甲巡洋艦    ×2隻
防護巡洋艦 エットーレ・フィエラモスカ
防護巡洋艦 ピエモンテ
エトナ級防護巡洋艦         ×2隻
防護巡洋艦 ジョバンニ・バウサン
駆逐艦               ×11隻

日本海軍地中海艦隊
(艦隊は複数のオスマン領の日本海軍基地に分散して駐留している)
戦艦    ×2隻
巡洋戦艦  ×2隻
航空母艦  ×4隻
装甲巡洋艦 ×6隻
重巡洋艦  ×6隻
軽巡洋艦  ×7隻
艦隊型駆逐艦×25隻
海防艦   ×18隻

(※1)
《菊月》の姉妹艦は多数がオスマン帝国海軍に売却され現在進行形でオスマン海軍で運用されており、その為イタリア艦隊がオスマン海軍所属艦と誤認したと言うのが戦史研究家たちの一般的な見解である。ちなみになぜ《菊月》がわざわざイタリア第1艦隊の展開する海域付近を通る航路を取ったかは未だに判明していない。

(※2)
この時、清国国内で大規模なクーデターが発生しており、その対応もあって帝国陸海軍は主力を本土近郊から動かす事ができてはなかった為にあくまでも中東方面の部隊の動員に留まった。

256ホワイトベアー:2019/07/02(火) 12:23:50 HOST:om126133225042.21.openmobile.ne.jp
以上になります。wikiへの転載はOKです。

今回は欧州・地中海地域の出来事に焦点を当てて書いたので次回は東アジアでの出来事を書こうと思います。

257名無しさん:2019/07/02(火) 13:32:37 HOST:i114-190-117-154.s42.a038.ap.plala.or.jp
ガリバルディ級は史実だとアルゼンチンが発注した6隻内の2隻を日本が買い取って
春日型として運用してたけどこの世界だと6隻全部アルゼンチンに引き渡されるかな

258クー&ミー:2019/07/02(火) 17:41:03 HOST:sp49-98-73-28.mse.spmode.ne.jp
乙です。
こっちのイタリアも結構列強としてのプライドが破壊されましたね。
最終的に、リビアはオスマンさんが維持する事となりましたか。


ドゥーチェ(憂鬱から転生)「こっちのイタリアも再建は大変そうだなぁ。さて、どうするか…。」

259New:2019/07/02(火) 18:19:18 HOST:softbank060128001160.bbtec.net
乙。オスマン帝國は辛うじて現状維持でイタリアは拡張主義の出鼻を
盛大に挫かれた形に・・・イタリア海軍は徹底して不遇なことに

260トゥ!ヘァ!:2019/07/03(水) 00:04:39 HOST:FL1-122-131-248-133.kng.mesh.ad.jp
乙です

イタリアは本当何のために戦争したんだかw

しかし、こんな有利な状況下でオスマンの二線級部隊相手ですら押し切れなかったのは恥さらし以外の何物でもありませんねぇ…

261クー&ミー:2019/07/03(水) 12:22:44 HOST:sp49-96-41-155.mse.spmode.ne.jp
WWⅠのイタリアは同盟を蹴って引きこもるかね?
英仏に味方する気も起きなさそうだし。

ちなみに、中立国になって稼ごうとした場合、イタリアの国力的に売り物を作る物資が有るかどうかだが…
何しろ、リビアを取れず財布もカツカツだしな。

262クー&ミー:2019/07/03(水) 12:29:32 HOST:sp49-96-41-155.mse.spmode.ne.jp
そして、周囲の国が戦争をおっ始めたら資源の輸入も儘ならないだろうし。

263ハニワ一号:2019/07/03(水) 13:50:19 HOST:124-141-195-196.rev.home.ne.jp
乙です。
この世界でもイタリアは列強の威信を大きく低下しちゃいましたね。
イギリスやフランスだけでなく同盟国のドイツやオーストリアにも不信感を抱いたみたいだが大戦では中立を維持するのかな。
オスマンはリビアを維持できましたし、日本の投資によってリビアやオスマン国内の石油を輸出して石油収入をうまく活用できれば立て直せそうですね。

>>261
中立を維持するにも中立できるだけの国力が必要ですからな。

264名無しさん:2019/07/03(水) 14:00:33 HOST:KD182251117224.au-net.ne.jp
蘭帝「せやな」
日帝「そうだよ(便乗)」

まして当時のイタリアは周りをフランスやオーストリア・ハンガリーみたいな大戦の中心国に囲まれてるしな
大戦の中心で中立やるには蘭帝みたいな力か、スイスみたいな長年の立場が欲しい

265クー&ミー:2019/07/03(水) 15:10:53 HOST:sp49-96-41-155.mse.spmode.ne.jp
あの世界のイタリアにそんな力や立場は無いからなぁ。
WWⅠ前に憂鬱イタリア(1545年頃)かスパゲッティ・ウィズ・ミートボールのイタリアが転移してくるのであればともかく(苦笑)

266名無しさん:2019/07/03(水) 15:12:11 HOST:KD182251112161.au-net.ne.jp
一発ネタでイタリア空中帝国みたいなネタがあったなぁ

267ホワイトベアー:2019/07/03(水) 18:05:04 HOST:157-14-225-220.tokyo.fdn.vectant.ne.jp
>>257
ガリバルディ級はイタリア海軍に八隻、アルゼンチン海軍に四隻、スペイン海軍に四隻といった感じに配備されることになります。アルゼンチンに売られる筈だった二隻はスペインに流れました。

>>258
オスマン相手に優位に立てたから、まだプライドは壊れてないですね。まあ、彼らからしたらむしろプライドが破壊された方がよかったんですがね。

チェーザレ・アメー「リッちゃんを呼ぼうそうしよう」

>>259
>>オスマン帝國は辛うじて現状維持

オスマン帝国には戦争で荒廃した沿岸都市部を復興させる金がなく、日本の「もし、トリポリタニア、キレナイカ、フェザーンで石油が発見された場合、その利権をくれるなら資金を融資するよ」と言う提案に飛び付くことになりました。

イタリア海軍《弱小オスマン海軍と思って沈めたら列強最強の日本海軍だった件について》

>>260
>>イタリアは本当何のために戦争したんだかw

イタリア海軍の活躍(大型水雷艇3隻の哨戒艦隊に戦艦を含めた主力艦隊を動員して勝利)と(駆逐艦1隻を沈めるために装甲巡洋艦で挑む)勇姿を世界に見せるためですw

>>こんな有利な状況下でオスマンの二線級部隊相手ですら押し切れなかったのは恥さらし以外の何物でもありませんねぇ…

史実でも陸戦では押しきれなかったんだよなぁ

英仏独「「「やはりイタリアは列強最弱、オスマン帝国ごときに(陸戦で)勝てないとは列強の恥さらしよ」」」

>>261
>>WWⅠのイタリアは同盟を蹴って引きこもるかね?
英仏に味方する気も起きなさそうだし。

この時のイタリアのナショナリズム的に未回収のイタリアをエサにされたら参戦する可能性もなくはないと思っています。

>>イタリアの国力的に売り物を作る物資が有るかどうかだが…

・・・ワインとパスタとオリーブオイルならワンチャン。

>>262
>>周囲の国が戦争をおっ始めたら資源の輸入も儘ならないだろうし。

中立国の日本やアメリカからなら輸入できますよ(なお値段)

>>263
>>イギリスやフランスだけでなく同盟国のドイツやオーストリアにも不信感を抱いたみたいだが大戦では中立を維持するのかな。

ネックは未回収のイタリア問題ですね。これ次第ではもしかしたら参戦するかもしれません。

>>264
謎の紅茶仮面「連合国に参加したらそんなもの無くても大丈夫やで」

謎のカエル仮面「それに、いま連合国に参加すればもれなく未回収のイタリア問題も解決するぞ」

268透過の人:2019/07/03(水) 18:26:18 HOST:softbank126077075064.bbtec.net
ホワイトベアー氏乙です。
日米でもイタリアはオスマンにボコられましたか、まあ、当然ですよね。
イタリアがここで負けるとバルカン戦争フラグが大体折れるので、大戦前のバルカンの混乱も少し違ったものなりそうですよね。

しかし、拙作の伊土戦争ネタ書いた後で思いつきましたが、考えてみれば当時のリビアはオスマンの支配地域は実質沿岸部だけで内陸部の統治は神秘主義教団のサーヌーシー教団がしてる半独立状態なんですよね。
日墨ではサーヌーシー教団による自治国家化を目指す予定ですが、日米ではどうされますかね?

269名無しさん:2019/07/03(水) 19:27:03 HOST:i114-190-117-107.s42.a038.ap.plala.or.jp
>>267
ガリバルディ級は攻防速のバランスの取れた良艦という評価だけどこの世界だと16隻も量産かぁ
伊海軍も西海軍も史実の倍以上配備することになるけど人員や予算は大丈夫かね

270トゥ!ヘァ!:2019/07/03(水) 19:50:15 HOST:FL1-122-131-248-133.kng.mesh.ad.jp
やはり史実含めてイタリアは列強最弱…

271ホワイトベアー:2019/07/03(水) 20:00:52 HOST:157-14-225-220.tokyo.fdn.vectant.ne.jp
>>268
日米枢軸ルートの伊土戦争はオスマンがイタリアにボコられまくったけれど何とか負けなかったと言う形ですね。

終戦した理由も、イタリア海軍がうっかり日本海軍所属の駆逐艦を沈めてしまい、その事にぶちギレた日本を宥めるためですし。

ちなみにバルカン戦争は不発に終わりました。理由ですが、この時のバルカン半島のオスマン領には青年トルコ人クーデターの鎮圧の為に展開していたオスマン帝国軍の精鋭部隊(日本製の先端武器を装備し、日本式の教育を受けた部隊)が駐屯を続けており、戦争を挑んでも負ける確率が高かったからですね。

>>考えてみれば当時のリビアはオスマンの支配地域は実質沿岸部だけで内陸部の統治は神秘主義教団のサーヌーシー教団がしてる半独立状態なんですよね。

そうなんですよね。なので日米枢軸ルートでは彼らが支配しているキレナイカ地方を特別自治区にする形を取ろうと考えています。具体的に言うとアメリカ合衆国におけるプエルトリコ的な感じですね。

>>269
全然大丈夫ではありませんでしたが、憎たらしい黄色人種の列強が地中海においている艦隊への備えとして整備されることになりました。

272透過の人:2019/07/03(水) 23:38:14 HOST:softbank126077075064.bbtec.net
>>271
やはり、自治しか手はないですか

日墨ルートができたので投下します

273透過の人:2019/07/03(水) 23:49:29 HOST:softbank126077075064.bbtec.net
日墨ルート 第一次世界大戦1
第一次世界大戦勃発の原因は諸説ある。
例えば、代表的なものとしては当時英独の間で繰り広げられていた建艦競争が挙げられる。これはドイツ側が日本を目標としたことに対し(注1)、イギリスがそれに反発したことから始まった競争だが、イギリス国内の福祉を重視する派閥からの反対により、中途半端に終わったことによりイギリス国内、特に海軍内部では不安と不満が渦巻いていた。
また、もう一つの火種としてはモロッコ問題が挙げられる。辛うじて独立状態にあったモロッコに対し、フランス第2帝政とドイツがそれぞれ自国の勢力化に置こうとして生じた外交上の対立であり、似たような問題としてはロシアイギリス間のイラン問題もそうだったし、より規模は大きかったが中国大陸を二分していた内戦も概ね列強間の勢力争いと見てよかった。

しかし、戦火は予想もしないところから燃え始めた。きっかけは、オーストリア=ハンガリー帝国の再編構想と伊土戦争だった。
当時、オーストリアでは既存のオーストリア=ハンガリー帝国にクロアチアを加えた形での再編構想とクロアチアの代わりにボヘミア(チェコ)を加えた形での再編構想があり、
前者を時の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世が、後者をフランツ・フェルディナンド大公が支持していた。前者は宗教による統一という面を重視した構想であり、後者は工業力を始めとした国力を重視していた。
結局、この帝国再編はフランツ・ヨーゼフ1世に押し切られる形で前者を基本に進められていくことなった。その第一歩として、過去クロアチア王国の領土でありベルリン会議以来オーストリアが行政権を握るボスニア・ヘルツェゴビナの併合が提案された。

一方、名目上とは言えボスニアを領土とするオスマン帝国からしても、伊土戦争の実質的な勝利によって高まったナショナリズムに伴い、放棄という選択肢は難しいものになりつつあった。特にかの地にボシャニク人と呼ばれるムスリムが居住していることはその問題をややこしくしつつあった。

結局、両国の間での話し合いは流れてしまい、オーストリア側の代表であるカール・フランツ(注2)とオスマン帝国大宰相サイード・ハリムの二人は両国の友好をアピールするとの名目で形だけのパレードを行っていた。銃声が響いたのはその時だった。サラエボ事件の勃発だった。

犯人のセルビア人テロリストはその場で射殺されたが、カール・フランツは死亡、サイード・ハリムも重症という自体に、オーストリア、オスマン両国はセルビアに対して厳重な抗議を行った。
これに対しセルビアは両国に対しすぐに屈服するかと思われたが、ここで横槍が入った。
イタリア王国とロシア帝国だった(注3)。両国は銃撃事件に対し、哀悼の意を表しながらも解決のための国際会議開催を提案し、更にはセルビアを除くバルカン各国からなるバルカン同盟を結成する事により、オーストリアとオスマンに対し圧力をかけさえした。
これに対し、オーストリアとオスマンは一歩も引かず総動員を開始、対抗する形でイタリアとロシアも動員を開始した。
イタリアの動員に不安をおぼえたオーストリアは、フランスにも動員を要請。これに答える形でフランスも動員を開始した。
さらにこれを見たベルギーがドイツに対し進駐要請を出すと、すでに世界大戦と言う名の銃の引き金には半ば手をかけられた様なものだった。

しかし、それでも尚、非戦への望みを捨てなかった人々がいた。ベートマン首相率いるドイツ政府とアスキス首相率いる英国政府だった。彼らはオランダ王国ハーグでの国際会議によってこの緊張を解決しようとしたのだ。
だが、その動きはドイツ帝国を支えるもう一つの柱ドイツ軍部によって阻止される事になる。
陸軍は従来の作戦計画上の懸案事項だったイタリア、ロシアの動員という問題が解決された今こそ対仏澳戦に踏み切るべきと主張した。
また、海軍も英国海軍が徐々に規模を拡大させつつある点を指摘して、彼我の戦力差が広がる前の開戦を主張した。

こうして、第一次世界大戦の幕は切って落とされた。

注1ちなみにこの時日本は筑波型4隻、金剛型4隻、薩摩型4隻、扶桑型4隻の第一次八八艦隊計画を進めていた。
注2フランツフェルディナンド大公がサラエボ行きを嫌がったため代理として訪れていた。
注3イタリアは伊土戦争で失墜した国威回復の為、ロシアは汎スラヴ主義的感情のため。

274透過の人:2019/07/03(水) 23:50:57 HOST:softbank126077075064.bbtec.net
透過終了です。
制限に引っかかってしまい、修正に時間がかかっていました。

275New:2019/07/04(木) 00:17:31 HOST:softbank060128001160.bbtec.net
乙。やっぱりセルビアかあ(偏見)

276クー&ミー:2019/07/04(木) 00:17:47 HOST:sp49-96-41-155.mse.spmode.ne.jp
乙です。
ついに開戦ですか。

伊土戦争からの対伊感情から日本の国民世論はオスマン側になりそうですね。
オスマンさんも日本の対伊参戦の望んでいそうだ。

メキシコはどう動くのか…


地味に、オーストリアは皇太子である大公が生き残りましたか。

277トゥ!ヘァ!:2019/07/04(木) 01:25:15 HOST:FL1-122-131-248-133.kng.mesh.ad.jp
乙です

遂に始まった一次大戦。

主に仏土墺vs独伊露白って感じですかね。

英蘭はどっちに付くだろうか。やっぱ仏度墺側かな?

278ham ◆sneo5SWWRw:2019/07/04(木) 11:53:56 HOST:sp1-79-88-169.msb.spmode.ne.jp
>>274
乙です。
制限に引っ掛かっても、分割すれば良いだけでは?

279ハニワ一号:2019/07/04(木) 14:02:43 HOST:124-141-195-196.rev.home.ne.jp
乙です。
ついに大戦が始りましたな。
日本はどのタイミングで参戦するのだろうか。

280ホワイトベアー:2019/07/04(木) 18:12:40 HOST:om126208208175.22.openmobile.ne.jp
乙です。
そちらの世界の第一次世界大戦への経緯は史実と大きくずれましたね。こちらはどうするかなぁ

281透過の人:2019/07/04(木) 23:50:20 HOST:softbank126077075064.bbtec.net
>>275
まあ、頭越しに自分たちの正当な領土(セルビア基準)に関する交渉をされればねぇ。
>>276
日墨の参戦は連合国側、同盟国側共に望んでいますが、日墨としてはあまり乗り気ではないですね。

フランツ・フェルディナンド大公のほうがカール1世より優秀そうだし…
>>277
オランダは中立。イギリスは次回やや遅れて参戦です。

フランス「ベルギーが進駐要請出したと言ってもドイツもそこまでバカじゃないだろうから、主戦場は仏独国境だろうなぁ。とりあえず、イタリアを警戒しつつ仏独国境に兵を出そう。」
ドイツ「折角ベルギーから許可もらったしパリ落として一気に決める。イギリス?あいつらどうせ口だけだろ?、なに、いざとなったら戦勝後にフランスの植民地あげるよ(笑)。」
フランス「ファッ(あいつら馬鹿なの?!というかそこ抜かれたらパリまで一直線だ。どうしよう。)」
イギリス「アイツら交渉を無視して泥を塗ってくれたばかりか、条約まで踏みにじりやがって…招き入れたベルギー諸共消し飛ばしてやる。」
ベルギー「いや、あの、うちはフランスに怨みがあっただけなので貴国とは…あ、駄目ですか、そうですか」
まあ、こんな流れです。
>>278
すみません。
字数制限に引っ掛かったのではなく、投稿の時間制限に引っかかっていた間、修正していたら思いの外時間が掛かってしまったという意味です。わかりづらくて申し訳ありません。
>>279
日墨参戦は未定ですね。
>>280
拙作の第一次世界大戦勃発の経緯は、オーストリア帝国の再編構想とかは史実通りですが、
伊土戦争のトルコ勝利で押さえつけられたバルカン半島のナショナリズムの行く先とかを考えるとどこかの国が煽ったら爆発するのではとか、そもそも、ムスリム居住地をオスマン帝国が渡せるのか(キリスト教徒がいるというだけで渡すとアルメニアとかレバノンがややこしくなりそうだし)、イタリアとロシアはあっさりと国威の低下を受け入れるのかとか、
私なりに色々考えた結果ですね。

282名無しさん:2019/07/05(金) 00:20:07 HOST:i210-164-164-5.s42.a038.ap.plala.or.jp
>>281
昔、ドテラ撫子さんシリーズでもあったけど住民交換というのはどうだろ?
希望者に限るという前提でだけどバルカン半島のムスリムをオスマン領内に移住させて
オスマン領内のキリスト教徒をバルカン半島に移住させれば厄介事も多少は減るかと

283クー&ミー:2019/07/05(金) 00:28:23 HOST:sp183-74-192-117.msb.spmode.ne.jp
>>281
日墨が参戦してくれたら勝ったも同然ですからねぇ。
まぁ、独伊の行動的に日本が同盟に来ることは先ず無いだろうけど。


そう言えば、メキシコでは第二帝政が無いからフランツ・ヨーゼフ1世の弟であるマクシミリアン大公が史実より長生きしているのは確実か。
マクシミリアン大公の存在はオーストリア海軍にとっては大きい。

思想は進歩的で能力も高い(多分兄よりも)

大公には実子が居ないけど、史実の死没時の年齢(34歳)から史実には居ない子供が居る可能性も有るか。

284透過の人:2019/07/05(金) 00:39:31 HOST:softbank126077075064.bbtec.net
>>282
住民交換は史実のオスマンとギリシアの紛争後にもやったそうですが、いきなり憲兵隊がやってきて村の中にいるギリシア系住民(ただ民族的にギリシア系というだけで、中にはギリシア語を完璧な忘れ去っていた人間もいた)を追い立てていくという荒っぽいものだったとか…
それに、交換された先で必ずしも受け入れられるとは限りませんし(大戦後にトルコから来たギリシア系住人は本土ギリシア系から差別された)、
経済基盤が整ってないと大変なことになります(大戦後にギリシアから来たトルコ人は貧農が多数だったため彼らに仕事を与える為に共和国政府はかなり苦労した。また、ギリシアでは上記の差別問題もあり、国外移民や共産党員になるものが増え不安定化の要因になった)。
ついでに言うと、ボシャニャク人の場合、史実でボスニアから逃れた後アルバニアに行くのですが、そこでアルバニア独立派に加担したということがあったので、住民交換は余りおすすめできませんね。

285透過の人:2019/07/05(金) 00:43:58 HOST:softbank126077075064.bbtec.net
途中送信してしまいました。
>>283
マクシミリアン大公のことを完璧に忘れてました(汗

確かに、子供いてもおかしくないんですよね。
どうしようかな…あの時代のハプスブルグ家は不幸な人多いしいっそ病死でもした事にして(オイ
ホントにどうしよう。

286クー&ミー:2019/07/05(金) 00:44:03 HOST:sp183-74-192-117.msb.spmode.ne.jp
マクシミリアン大公とフェルディナント大公との相性は軍事面(海軍の強化)ではともかく政治思想的には微妙かね?

287クー&ミー:2019/07/05(金) 00:52:02 HOST:sp183-74-192-117.msb.spmode.ne.jp
>>285
マクシミリアン大公が生きていた方がオーストリアの新絶対主義的な考えはある程度抑えられるので、オーストリアの未来にとっては必要かと。

288透過の人:2019/07/05(金) 00:52:42 HOST:softbank126077075064.bbtec.net
>>286
まあ、あくまで自由主義者であって、別にスラブ主義とかに理解無さそうですし〉マクシミリアン大公
というか、この人奥さんベルギー出身だったような…

289透過の人:2019/07/05(金) 00:54:09 HOST:softbank126077075064.bbtec.net
>>287
確実に兄から疎まれそうなんですよね…。

290クー&ミー:2019/07/05(金) 00:58:39 HOST:sp183-74-192-117.msb.spmode.ne.jp
マクシミリアン大公の子供がオスマン帝国海軍と協力してイタリア海軍をボコったら…。
地中海の海軍バランスはオーストリアとオスマンの2強になるロマンな可能性もワンチャン?

マクシミリアン大公が生きていれば、オーストリア海軍は史実より充実しているでしょうし。
(陸軍はそれに比例して規模が下がる)

291クー&ミー:2019/07/05(金) 01:21:21 HOST:sp183-74-192-117.msb.spmode.ne.jp
>>288-289
この時点で死没しているエリーザベト皇后もドイツのバイエルン公出身ですし(汗)

まぁ、皇帝は大公のロンバルド=ヴェネト王国副王時代の自由主義政策に怒っていますし、やはり不和だったと思われます。

292透過の人:2019/07/05(金) 01:21:52 HOST:softbank126077075064.bbtec.net
>>290
今のところ陸で負けることは考えても、海はどうするか考えていませんでしたが、
マクシミリアン大公とその子供がが生き残って、海軍を主力にオスマン、英国、フランスの支援で祖国奪還を目指すとかいいかも知れませんね。ついでにその中にホルティ提督やトラップ大佐もいたりしてw
クー&ミー様ネタ提供ありがとうございます。

293クー&ミー:2019/07/05(金) 01:33:27 HOST:sp183-74-192-117.msb.spmode.ne.jp
フェルディナント大公「(海軍強化を主張していた自分と妻子もお願いします。)」
フランツ・ヨーゼフ1世「(なるほど、オーストリアは海軍が最後の希望か…)」

294透過の人:2019/07/05(金) 01:43:34 HOST:softbank126077075064.bbtec.net
>>293
まあ、出切れば全員助けたいとは思っています。
>海軍が最後の希望
いや、だってあのドイツ陸軍相手に史実よりやや弱いオーストリア軍が勝てるかと言うと…それに南からはイタリアも来ますし、バルカン同盟の支援に主力を割いているとはいえ東からはロシア軍もくるわけで…どうしろと…
イギリスもフランスも予想外(ドイツがそこまで馬鹿だとは思わなかった的な意味で)の事態からのパリ陥落危機の対処で忙しいですし、オスマン帝国もオーストリアの面倒を見る程の国力は無いですし

295クー&ミー:2019/07/05(金) 01:56:24 HOST:sp183-74-192-117.msb.spmode.ne.jp
まぁ、ドイツだけでなくイタリアやロシアにも殴られたら普通に負けますよね。
とはいえイタリア陸軍は…一応…オーストリア陸軍の陽動には使えるか()

はてさて、フェルディナント大公は不幸と踊らずに済むのか、それとも踊ってしまうのか

296クー&ミー:2019/07/05(金) 12:32:31 HOST:sp49-98-67-27.mse.spmode.ne.jp
よくよく考えたら、流石のバカイザーも隣国の皇帝と皇位継承者(それもヨーロッパ随一の名門であるハプスブルク家)を捕虜(人質)にする事は有っても、始末はしないか。
どこぞのソ連じゃあるまいしね…。

297透過の人:2019/07/05(金) 13:23:21 HOST:softbank126077075064.bbtec.net
日墨ルート 第一次世界大戦2
当初、フランスはベルギーによるドイツ軍の進駐要請をドイツ側は実行しないと考えていた。なぜならイギリスの参戦を避けるためには、ベルギーの中立を侵さない他に方法はないからだ。その為、フランス軍は主力を国境においていた。
一方、ドイツの考えは違ったイギリスに介入する暇を与えずに、フランスを屈服させるには進駐要請が出された今、パリを強襲して占領して降伏に追い込むしかない、と。
だからこそ、ドイツ軍がベルギーを経由してフランスに雪崩込んだ時、フランスは驚愕し、ドイツは勝利を確信し、イギリスは激怒したのだった。

フランスの対応は素早かった、すぐさまイタリア戦線でのオーストリア救援の為の攻勢用に待機していた部隊を引き抜き(注1)、パリ方面に回すと共に新たな部隊の編成を急いだ。この時活用されたのがトラックでフランス軍は日露戦争時にロシア軍が鉄道の爆破で、日本軍の進撃を阻もうとしたのに対し、日本側がトラックを使った輸送で対抗した戦訓を取り入れており、パナールやルノーを中心にトラックを発注していた(注2)。
ドイツ軍はこの機を逃すまいと進撃を続けていたが、補給計画がずさんであったこともありその速度は停滞し始めていた。
イギリスがそれを見逃すはずもなかった。彼らはドイツ軍の補給路となっているベルギーの主要な都市、鉄道及び港湾施設、工業地帯を爆撃し、更にイギリス海外派遣軍をフランスに上陸させた。
この派遣軍は日本軍の自動小銃に対抗するために開発されたファークワーヒルライフルを改造した軽機関銃を多数装備していた他、日本製の戦車も装備していた(注3)。
英仏連合軍はエーヌ川の会戦で補給不足に陥ったドイツ軍を撃破し反攻に転じ、以後、戦線は国境地帯で膠着状態となる。

注1 これにより、オーストリアを見捨てる結果となり、オーストリアとの関係悪化の原因となった。
オーストリアの以後の抵抗はオスマン帝国領内に逃れたオーストリア海軍が中心となった。
注2 それ以外の自動車メーカーは生産を分担するか、プジョーのように戦車生産に力を入れたもの、ド・ディオン・ブートンのように航空機開発を始めたものなど様々だった。
注3 他に戦車を重視していたのはフランス、アメリカ、ロシアだが、ドイツは鈍重な戦車により機動力が損なわれることを嫌い装備しようとはしていなかった。

298名無しさん:2019/07/05(金) 13:24:35 HOST:softbank126077075064.bbtec.net
投下終了です

299New:2019/07/05(金) 17:46:08 HOST:softbank060128001160.bbtec.net
乙。ドイツはやはりドイツだったw介入する暇を与えずに戦おうとして
介入せんといかん状況作り出すとかゲルマンジョークにしか見えないw

300ハニワ一号:2019/07/05(金) 18:08:48 HOST:124-141-195-196.rev.home.ne.jp
乙です。
ベルギーがドイツ軍に進駐要請しちゃったばかりにイギリス軍による戦略爆撃を食らってますな。
大戦が終わる頃にはベルギーは焼け野原になりそうだな。

301クー&ミー:2019/07/05(金) 18:53:29 HOST:sp49-98-67-27.mse.spmode.ne.jp
乙です。
ドイツも攻めるのなら補給は考えないとな(苦笑)
ベルギーは工業地帯をこれ以降も焼かれるとなると戦後の経済復興は大変だな。

フランスは機動力獲得+パリ防衛成功と引き換えにオーストリアと関係悪化、まぁ追々の陸軍強化的には等価交換にはなるのかな…?
戦車の無いドイツは何処まで粘れるか。

302ホワイトベアー:2019/07/05(金) 23:14:27 HOST:157-14-225-220.tokyo.fdn.vectant.ne.jp
乙です。

安定のドイツクオリティーにもはや安心すら覚えます。そして騎士王は果たして無事にベルギーを復興させることができるのかな?

303トゥ!ヘァ!:2019/07/05(金) 23:17:54 HOST:FL1-122-131-248-133.kng.mesh.ad.jp
乙です

英仏共にこの世界の日露戦争の戦訓を組んだ結果機械化や装備の更新が進んでいますね。

まるでBF1の世界のようだw

304ホワイトベアー:2019/07/05(金) 23:36:06 HOST:157-14-225-220.tokyo.fdn.vectant.ne.jp
日米枢軸ルート 二十二話

1910年3月13日、史実なら立憲国民党が結党したこの日。朝鮮戦争終結15周年を祝う式典が日米連合軍総司令部のおかれている漢城で開かれる事になる。この式典には日米や対戦国であった清は勿論、イギリス・フランス・ドイツ・ロシアなど周辺国や中国に利権を持つ列強からも参加者が出席し、盛大な式典となった。

その式典の最後に、日米連合軍朝鮮司令部司令官を務めていたジョージ・デューイ大元帥は段階的に日米連合軍朝鮮司令部の権限を朝鮮自治政府に移行させていき、1年を目処に朝鮮半島を独立させることを宣言する。この宣言は外務省と国務省が列強各国に根回ししていた事もあって各国からは賛同される事になる。

もっとも、参政権の付与条件などを知っていた列強はこれが日米による茶番劇であり、その実態が依然として日米の植民地であることなどわかりきっていたことであるが、それでも日米の目がアジアに向いてくれるので大いにこの独立を歓迎する。また、この一見すると植民地解放とも言える宣言は“自称”進歩的知識人達からも称賛されることになる。

この時の朝鮮半島は日米連合軍の軍政下におかれており、日米からの資本や移民によって戦争による荒廃から完全に復興しており、連合軍朝鮮司令部の下ではあるが行政・立法・司法を有する独自の自治政府により統治されており、独立後も大した問題なく政治が動かせる事ができる状態であったことも合わさり、この発言は決して不可能ではなかった。その事もあって、その後、朝鮮自治政府は段階的に連合軍朝鮮司令部より権限を譲渡されていき、連合軍朝鮮暫定統治区は1911年3月13には朝鮮連邦共和国として独立を無事に果たす。

この時、朝鮮連邦共和国(以後F.R.Kもしくは朝鮮と記載)は日本およびアメリカと安全保障条約を締結、それまで駐留させていた日米連合軍はそのまま朝鮮に駐留する事になる。

こうして、アジアで新たな国家が平和下に生まれる一方、もともと朝鮮の宗主国であった清国ではその存続を脅かす大事件がおきる事になる。そう、辛亥革命の始まりの合図である保路運動が勃発したのだ。

この保路運動ははじめは清国が列強からの融資を得て発表した国内の全鉄道の国有化反対運動であったが、次第に反清運動へと変化していき、最終的には各地で反清運動が活発化、重慶が暴徒とかした民衆に占領されてしまうほどに事態が悪化してしまう。これはそれまでは何とか穏健に解決しようとしていた清国政府もついに穏健的な解決を放棄、趙 爾豊に武力鎮圧を命じるとともに1個旅団(2個歩兵連隊+1個砲兵大隊)を増援として四川に送り込む。

305ホワイトベアー:2019/07/05(金) 23:36:45 HOST:157-14-225-220.tokyo.fdn.vectant.ne.jp
そして暴徒とかした民衆と清国軍は衝突、死傷者380名、拘束者2,900名(清国政府発表)を出す大規模な都市戦がおきる事になる。

この事件は非常に大規模かつ列強の利権にも影響を及ぼしかねないとして列強各国や清国の目が集中している隙をついて、10月6日に湖北省 省都 武昌にて清国軍の一部が決起、満州兵以外の部隊を味方につけ湖北総督府を陥落させる。これにより清国正規軍の指揮統制が崩壊、10月10日には武昌全市が反乱軍の支配下に落ちる事になる。

同日中に反乱軍は湖北省を代表する軍政府を設立させ、そして、当時湖北駐留清軍の高級将校であった黎元洪をそのトップにおき、他省にも同様の蜂起を呼びかけていった。

この呼び掛けに応じる形で清国各地で反乱や暴動が多発していき、その情報を知った支那に利権を持つ列強諸国は、大まかにではあるがイギリス・フランス・ドイツなどの軍政府を支持するグループと日本・アメリカ・ロシアなどの清国政府を支持するグループの2つに別れる事になる。彼らは新たなる支那での利権を対価としてそれぞれ支持する政権に資金や軍事物資などの援助を与えていきった。

また、日米は日米連合軍満州駐留軍および朝鮮駐留軍、日本支那派遣艦隊、アメリカアジア艦隊を、ロシアはロシア極東軍を、イギリスは中国戦隊とビルマ、インド軍の動員をかけるなど軍事介入の準備を進める列強すらあった。

武昌蜂起の成功は他の省の革命派に希望を与える一方、清国はこれ以上混乱を拡大させないように自由に動かせる唯一の精鋭部隊である北洋軍をクーデター軍の鎮圧に向かわせる。

こうして、列強の支援を受けた革命軍は反乱鎮圧の為に侵攻する北洋軍を相手に抵抗を行うが圧倒的な練度の差を覆せず、革命軍は2万強と言う犠牲を出しながら江南武昌に撤退していった。しかし、中華民国軍政府鄂軍都督府は武昌防衛を堅持しており、その間に清国の内地十八省の中で十四省が次々と清朝からの独立を宣言し、内地十八省中で清朝の統治が及ぶのは甘粛、河南、山東、直隷のみとなり、独立した各省では一部が革命党の主導を受けたほか、大部分は咨議局メンバーによって政治運営が行われる事になる。対する清国は直隷、河南、山東、甘粛と清朝の本拠地満洲を掌握していたほか、内モンゴルの王公たちも清国支持を表明しており、北方では依然として勢力を保っていた。

306ホワイトベアー:2019/07/05(金) 23:37:22 HOST:157-14-225-220.tokyo.fdn.vectant.ne.jp
この時の清朝はいまだに北京を首都としていたが、北京は革命派の勢力地に近すぎると言う理由から1910年10月13日に内閣総理大臣に就任し、行政権を得ていた袁世凱は奉天への遷都を上奏、光緒帝はこれを受け入れ奉天を新たなる首都とする。また、漢口攻撃した後は清軍の軍事行動を停止させ、革命政府と清国政府は水面下での交渉を開始し始める。

11月に入ると袁世凱はイギリス駐漢口総領事ハーバード・ゴッフを通して、軍政府及び各省代表に停戦、独立を宣言した十四の省の独立の承認、残る清国領内にいる革命派の国外追放を講和三条件として提示する。11月26日には袁世凱は唐紹儀を内閣総理大臣の全権代表として派遣、唐紹儀は武漢に赴き黎元洪やその代表との会談を行い、同日各省代表は伍廷芳を停戦交渉の全権代表に選出した。

1912年1月1日には12月28日に臨時政府臨時大統領に選任された孫文が中華民国の成立を宣言、『臨時大総統職宣誓書』の宣誓を行った。この宣誓の中で彼は国民主権の国家であり、漢満蒙回蔵諸民族による国家体制を強調している。

列強諸国の介入もあり、清朝政府代表の唐紹儀と各省代表の伍廷芳は上海租界で交渉を開始する。この時、革命政府は基本的に清国の案に賛成していたが、清国全十八省で清国に留まるか、独立するかの選挙をすることを要求する。また、こうした外交的交渉の他に五廷芳は袁世凱が光緒帝の退位を支持するなら各省代表は袁世凱の中華民国大総統への就任を支持すると言う提案をしたが、袁世凱は部下を見捨てられないと謝辞する。

この交渉は、結果としてより距離が近い列強のバックを有する清国側の主張がほぼ丸々のまれる事になったが、それでも幾分かは中華民国に譲歩することになり、清国の後継国家は中華民国であり、光緒帝を国家元首とする清国改め満州連邦は法律上、清国の後継国家ではなく新興国家であるため旧清国14省および清国国有の国外財産などはその全てを中華民国に譲渡することが決定した。

また、この後、光緒帝が最後の皇帝の勅令として発表された内容がその後の漢民族国家にさらなる受難を与える事になる。

この時、彼が発表した勅令の内容を簡潔に意訳すると「清国皇帝として有する全ての権限を中華民国に譲渡する&清国から独立したい民族の独立を許可する」と言う内容であった。

この発言は『臨時大総統職宣誓書』で漢満蒙回蔵諸民族による国家体制を強調していた臨時政府臨時大総統 孫 文ら中華民国側からしたら到底受け入れられる話ではなく、内容を知った彼らは激怒し、即座に撤回を要求しようとしたが、光緒帝はこの発言を行う前に日米英露にこの内容を通達し、支持を取り付けてからの発言であり、列強各国は即座にこの発言への称賛と支持を表明したこともあって、列強の支援を受けて漸く戦えていた中華民国は結局のところ軍事力をチラつかせての列強の説得をのんで、これらの独立を公式文書上で認めるしかなかった。

これによってチベットはイギリス、モンゴル(内モンゴルは満州連邦)および日米、東トルキスタンはロシアとそれぞれ列強の庇護下におかれることになり中華民国は結局のところ清国からの独立を宣言した14の省のみを領土とする国家として運営されていく事になる。

一方、新たな道を歩み始めた満州連邦であるが、彼らはイギリスに良く似た立憲君主制国家として国家体制を再編成するのと同時に満州戦争後より満州に駐留している日米連合軍に国防をほぼ全て任せ、工業化や近代的な経済システム導入、大量の開拓民による農業開発などの経済政策に予算を集中していく事になる。

307ホワイトベアー:2019/07/05(金) 23:38:40 HOST:157-14-225-220.tokyo.fdn.vectant.ne.jp
以上になります。wikiへの転載はOkです。

308クー&ミー:2019/07/05(金) 23:59:40 HOST:sp49-106-209-210.msf.spmode.ne.jp
乙です。
中国大陸は満州連邦と中華民国の二大勢力に分裂しましたか。
それに、チベットと東トルキスタンが独立と。

満州連邦が地盤を固めたら中華民国による大陸統一は無くなるから、日本としては将来の不安が和らぐ事となりそうです。
どのみち、中華民国は自前の戦力を再建するまでは喧嘩は売れないでしょうし。

309New:2019/07/06(土) 00:26:55 HOST:softbank060128001160.bbtec.net
乙。皇帝は最後っ屁的な宣言で楔打ち込んだな

310トゥ!ヘァ!:2019/07/06(土) 00:36:31 HOST:FL1-122-131-248-133.kng.mesh.ad.jp
乙です

内紛は割とあっさり終了しましたね。
そして前の戦争で唯一生き残っていた北洋軍が活躍しているw

更に清国は従来の利権を捨てる代わりに満州連邦として生まれ変わり、日米の庇護下の下で工業や資本の育成を進めている。

あれ?これもしかして本格的な近代化を進めるために負積になっていた物を切り離して、コンパクトに国をまとめ直したんじゃ…

もしもこの筋書きを清国皇帝やその側近たちが革命勃発当時やその前から狙っていたのなら切れ者ってレベルじゃない存在に。

311ハニワ一号:2019/07/06(土) 05:11:40 HOST:124-141-195-196.rev.home.ne.jp
乙です。
新しく誕生した満州連邦は日米の支援のもとで発展するだろうが中華民国は内紛で弱体化してさらに分裂しそう。

312名無しさん:2019/07/06(土) 09:40:53 HOST:ntkngw938210.kngw.nt.ngn.ppp.infoweb.ne.jp
北朝と南朝、金と宋みたいですね
直隷(河北)、河南、山東、甘粛だと、間にある山西、陝西が抜けていますが
淮河が境目ですかね?

313透過の人:2019/07/06(土) 10:30:45 HOST:softbank126077075064.bbtec.net
ホワイトベアー氏乙です。
ついにそちらでも辛亥革命ですか、袁世凱も大活躍ですね。
清国は満州連邦に生まれ変わりましたね。日墨では、次回清朝が滅んで、満州などの独立は大戦後の予定です。

>>299
史実シュリーフェンプランでベルギーの抵抗を考えていなかったというのを知った時は衝撃でしたね。なんというか、自分たちの都合のいいようにしか考えてないだろ、と
>>300
ベルギーはこれからもっと焼けます。何しろ連合軍がドイツ軍の逆をしてベルギー経由でドイツに殴りこもうとしますから
>>301
ただ、フランスの作戦が予定通り決行されていたら、オーストリアを助けられたかというと…
フランスは機動歩兵で一気にイタリア北部を打通して、オーストリアを救援する事を考えていましたが、
その前提は弱体なイタリア軍はすぐに抵抗を諦めるだろうという希望的観測に満ちたものだったので、実行していたら、イタリア戦線で戦っている間に、オーストリア陥落、もしかしたらパリも陥落という最悪な事になっていたかもしれません。

ドイツ軍もエーヌ川の戦いの戦訓から本格的な戦車開発を始めます。
>>302
ベルギーの復興はかなり難しそうですね。

314クー&ミー:2019/07/06(土) 12:23:55 HOST:sp49-98-48-44.mse.spmode.ne.jp
まぁ、史実ドイツは日伊が味方すれば米英ソを戦力で上回ると言う謎計算をやっているしなぁ()
史実日本軍でさえそんな計算結果は出なかったのに。

合理主義的に見えてご都合主義(苦笑)

315名無しさん:2019/07/06(土) 14:47:30 HOST:FL1-119-239-191-151.fko.mesh.ad.jp
日独伊が揃えば何とかソ連を超える事ぐらいは出来るんじゃないかな?
トルコの参戦も誘えるだろうし
なお他国の横槍が無く全力で袋叩きに出来る場合に限る

316クー&ミー:2019/07/06(土) 15:09:49 HOST:sp49-98-48-44.mse.spmode.ne.jp
>>315
ドイツのOKWが計算したの答えを詳しく言うと…
米英ソそれぞれ単体ではなく、米英ソの連合国陣営を戦力で上回ると言う答えなんですよね(汗)

この計算式の日本が日本列島ではなく日本大陸だったら、ドイツの計算もある程度まともな答えと言えるんでしょうけどね(苦笑)

317名無しさん:2019/07/06(土) 15:14:29 HOST:FL1-119-239-191-151.fko.mesh.ad.jp
えぇ……
そもそもアメリカ単体で、日独伊を足してゲタ履かせて2を掛けるぐらいの国力があるはずなんだが……
戦間期の平時だからと惰眠を貪る低調な米英軍を基準で考えたんだろうなぁ

318名無しさん:2019/07/06(土) 17:11:08 HOST:i114-190-116-52.s42.a038.ap.plala.or.jp
>>317
OKW「我が軍は精強だから同数なら米英軍の○倍の戦力がある!」

ドイツならこんな寝言言って戦力算定してても驚かんね
うちの旧軍も似たようなこと言ってたらしいからあまり笑えんけど

319透過の人:2019/07/06(土) 17:41:53 HOST:softbank126077075064.bbtec.net
後、OKWの場合緒戦でフランスをあっさり降伏させたという成功体験も影響があるかもしれません。(実際のところフランス軍はそこまで弱いというわけではなかった、と聞きましたがどうなんでしょう?)
ヴィシー政権はそもそも国土荒らされるぐらいなら、勝馬に乗ろう、みたいな感じですし

320ホワイトベアー:2019/07/06(土) 18:16:10 HOST:157-14-225-220.tokyo.fdn.vectant.ne.jp
>>308
日本にとっては中華の統一を防ぎ尚且つ両国共に陸軍国として足枷を着け、自国に忠実な大陸での盾と市場ができると言う一石四鳥の策で、中華民国と満州連邦の対立が続く限り日本の不安はだいぶ和らいでいきますね。

そして、中華民国は例え軍備の再建が終わり、満州連邦に勝てるだけの軍事力を手に入れたとしても満州連邦に喧嘩を売ることは難しいですね。何故なら満州連邦に喧嘩を売る=日本・アメリカに喧嘩を売ると言う構図になっているからです。この事もあって満州連邦は軽軍備で経済政策に重点を置いた政策を行っていきます。

>>309
光緒帝、実は民族的な楔を打ち込む以外にもちゃっかり清国の負債を全て中華民国に押し付けているなど、経済的にもドでかい楔を打ち込むことに成功します。

>>310
光緒帝やその側近達、実は満州戦争開戦前からすでに筋書きを創っており、日米との交渉など、この事態に備えて動き出していました。しかし、彼らとしても清国の解体を意味するこの計画は、原作夢幻会で言うと衝号レベルの禁じ技であり、あくまでも清国の再建を第一として動いてきており、この計画の発動は本当に苦渋の決断でした。

ちなみに光緒帝とその側近は史実の様なミスが少ない事から夢幻会から転生者ではないかと長きに渡り疑われることになります。

>>311
軍閥政治が蔓延り、主導権争い(実力行使もあるよ)が始まると言う中華恒例のイベントが
は始まるだけで、(書類上は)分裂はしませんね。

>>312
基本的に自然のモノを利用した境界線はないですね。と言うのも中華民国を構成する省はすなわち清国からの独立を宣言した省であり、満州連邦を構成する省は清国からの独立を宣言しなかった省と言う感じであったためです。

>>313
うちでは清国の中央機関の役人のほとんどがが光緒帝と共に満州連邦の創設に尽力することになり、即座に新しい国家として動き出すことができましたから、早期に独立できました。

>>317
ドイツだからね。しょうがないね。

>>319
陸上の正面戦力に限ればイギリス遠征軍とあわせればドイツに匹敵するレベルの戦力(フランス単独でもいけるかも?)をフランスは抱えていましたし、戦車もソミュア S35やオチキス H35、ルノーB1など有力な車両を多数保有しているなど決して弱いわけではありません。

ではなぜ負けたかと言うと通信を自動車やオートバイによる伝令、伝書鳩を主軸にしており迅速な命令が下せなかったり、仮に命令が下せたとしても軍司令部が何故かドイツ軍の情報が届いているのにそれに何の対策も取らなかったり、政権での内部争いなどで政治面での戦争指導を甚だしく阻害したりしたからです。

つまり戦争指導が悪いからフランスは負けたのであってフランス軍が弱い訳からまけたのではではないんです。なのでwotさんフランス戦車の性能を上げてください( ;∀;)

321トゥ!ヘァ!スマホ:2019/07/06(土) 21:14:06 HOST:FL1-122-131-248-133.kng.mesh.ad.jp
>>320
光緒帝一派有能すぎるw
これは転生者と疑われても仕方なしですわ。、

322名無しさん:2019/07/06(土) 21:25:00 HOST:ntkngw938210.kngw.nt.ngn.ppp.infoweb.ne.jp
数ある遊牧民系王朝でも漢土を捨てて草原に帰る選択肢をできたのは元朝だけですし
この英断は転生者の疑いをもたれるくらい中々できることではないですね

323ナイ神父Mk-2:2019/07/06(土) 21:49:00 HOST:p20048-ipngn601akita.akita.ocn.ne.jp
遅ればせながら乙です。この世界の中国は一応正統後継者としては
中華民国になりますが単純な歴史とか文化の面で見ると満州連邦に部が
有る感じなんでしょうかね?しかし、こうなるとこの後赤の出現が起きるなら
どちらで発生するのやら…

324透過の人:2019/07/06(土) 22:07:37 HOST:softbank126077075064.bbtec.net
>>320
なるほど、優秀な人間がいるのはいいですね。
日墨だと袁世凱を日清の時に殺しちゃったし、第一次大戦で独露からの援助も切れたんで…清国滅亡しかないです。

まあ、フランス軍のそういう指揮系統の不備はよく聞く話ですよね。結局、個々の戦いで粘っても全体で負けてしまうというか
あと、個人的な意見になりますが、ビドーの憂鬱に出したルノーR40とか、フランス計画機群の高性能さを見るに装備更新の途中をつかれた感じだったような気はしてきますね。

325トゥ!ヘァ!スマホ:2019/07/06(土) 22:18:00 HOST:sp49-97-105-247.msc.spmode.ne.jp
当時のフランス軍戦車はドイツ軍戦車より強力で、戦闘機もドイツのものに劣っているわけではありませんでしたしね。

326名無しさん:2019/07/06(土) 22:33:01 HOST:p739064-ipbf604yosida.nagano.ocn.ne.jp
対戦車砲の集中砲火を受けながら平然と単騎でドイツ軍を蹴散らした戦車もいたそうですね。
なんか馬のごとく個体名も持ってたとか。

327700:2019/07/06(土) 23:40:29 HOST:KD119105029058.ppp-bb.dion.ne.jp
>>324
フランスは個々の開発能力でそれ程劣っているわけではないけど、種類ばかり多くて量産体制を敷くということを失敗しているから。
特に航空機メーカーは小規模なものが多かったし、その傾向が強い。
#あとは前線で戦っている最中に後方の兵器工場が定時退社の週末休業やってるようじゃね。

>>325
機械的スペックだけをマジメに反映した戦術級の陸戦ゲームをやるとドイツ軍はポーランド侵攻で突破できなくて止まるから。
戦車師団に大砲(37mm砲)を積んだ戦車が何台いるか数えると悲しくなるから。
#MMOFPSで例えるとポーランドもフランスもチャットを始めとするプレイヤー間の意思疎通を一切禁止されているようなものだからドイツ軍は勝てたのだと思う。

>>326
>>個体名
それって数が少ないということの裏返しだから。
まあどこかのお米の国のように実質固有名のニックネームをあれだけ量産した機体毎や車両毎に付けてる国もいますけど、
彼らだってニックネームで機体は車体の管理はしていないから。

328トゥ!ヘァ!:2019/07/06(土) 23:56:33 HOST:FL1-122-131-248-133.kng.mesh.ad.jp
フランスは腐っても列強ではあったんですよね。

なんでフランスは戦時にはそこまで強くないんやろなぁ…やっぱ体制とお国柄の問題なんやろか。

329ナイ神父Mk-2:2019/07/07(日) 00:11:03 HOST:sp1-75-232-250.msb.spmode.ne.jp
フランスに関しては運が悪いと言うか定期的に政権燃やしてるせいで
その炎上中か直後をピンポイントで抜かれてる感じなのですよねぇ・・・

330名無しさん:2019/07/07(日) 00:55:58 HOST:i218-230-255-209.s42.a038.ap.plala.or.jp
フランスはフランス革命からWWⅡまで戦争で人口ピラミッドがジェンガになって
それが回復しきってない状況でまた戦争の繰り返しだからどうしてもなぁ…

331トゥ!ヘァ!:2019/07/07(日) 00:58:36 HOST:FL1-122-131-248-133.kng.mesh.ad.jp
というか翌々考えてみれば革命でグダグダになったってのにナポさんのおかげで瞬く間に軍事強国になって、
更に幾度も戦争に負けてナポさんも失脚した後でも大国として君臨し続けているのって凄い事ですわな。

332透過の人:2019/07/07(日) 01:34:21 HOST:softbank126077075064.bbtec.net
>>327
そう考えると人民戦線政権の統合策もわからなくはないですが、成果が上がってないからなぁ。
>>331
タレイランとかからすれば、ナポさんの尻拭いを必死でやったのに、ナポさんを裏切った売国奴呼ばわりで中々に可哀相なんですけどね。
ちょび髭じゃないですが、ヨーロッパ制覇なんて夢みないで何処かキリの良いところでナポさんが死んでくれていれば、フランス史は変わったと思います。

333トゥ!ヘァ!:2019/07/07(日) 01:36:21 HOST:FL1-122-131-248-133.kng.mesh.ad.jp
でもナポさんが中途半端なところで死んでもそれはそれでフランス国内でグダグダしそうな感じもしますね(汗

334ハニワ一号:2019/07/07(日) 01:55:22 HOST:124-141-195-196.rev.home.ne.jp
>>323
満州連邦の方は治安が安定して発展が約束されているから赤(中共)の出現する余地はないだろうね。
中共が誕生して勢力を広げるとしたら中華民国の方だろうね。

335名無しさん:2019/07/07(日) 11:54:41 HOST:dhcp14061.orihime.ne.jp
ナポレオンがどこら辺で戦争を止めとけばマシだったかについては色々賛否両論あるだろうしなあ。

336透過の人:2019/07/07(日) 12:04:27 HOST:softbank126077075064.bbtec.net
>>333
アミアンの和約あたりでナポさんが頓死…だと英国につけこまれるだけだしなぁ

革命後である程度マシな歴史を歩ませるためにはどうすればいいのやら

短いですが日墨ルートを透過します。

337透過の人:2019/07/07(日) 12:06:31 HOST:softbank126077075064.bbtec.net
日墨ルート 第一次世界大戦3
ヨーロッパでドイツ軍の短期決戦の目論見が崩れ去った頃、アジアでは半ば忘れられた同盟国が崩壊しようとしていた。
その名は大清帝国、かつて中華地域に覇を唱えるも、1911年の革命とそこからの内戦によって、清はドイツとロシアの援助によってかろうじて生き延びる存在となっていた。
そこに第一次世界大戦が追い打ちをかけた、特にロシア帝国は兵力に比して兵器の供給が追いついていなかったこともあり、清国向けの装備を次々に接収していった。これに対して清国は抗議したが色よい返事は貰えなかった。更に、清国にとって悪い話はまだ続いた、頼みの綱のドイツ東洋艦隊が英国海軍の奇襲を受けて壊滅したのである。
これをみた中華民国総統孫文は、派遣された英軍部隊、米義勇軍と共に中華統一のため北上を開始。もはや、万策尽きた清国政府は降伏を決断。かくして、ヌルハチ以来の大清帝国は幕を閉じることになった。
従属地域だったモンゴルとチベットが独立を宣言したが、新疆で清朝時代の入植により漢人人口が多かったこともあり、しばらく混乱が続いた。

その知らせは同盟国陣営に衝撃を与えるに充分だった。清を重要な同盟国とみなしていたドイツ皇帝ヴィルヘルム2世は自らの戦略が破綻したことに衝撃を受け迅速な支援を行わなかったロシアを非公式にではあるが批判した。
ロシア側にも言い分はあった。彼らがコーカサスやバルカンで戦っているオスマン軍は精強であり、むしろ、ロシアがトルコ軍を引きつけているからこそドイツとイタリアは対英仏戦に注力出来ているのだ、と。

しかし、オスマン帝国も楽なわけではなかった。装備において勝ってはいるが、ロシアやバルカン諸国の戦意は過去の因縁もあり尋常ではなかったからだ。
これを受けて連合国軍も動き出していた。主に英国諜報機関の手によるものだが、ロシア領の中央アジアやウクライナ、ポーランド、占領地の旧オーストリア帝国領といった地域でパン・テュルク主義者や独立活動家、レジスタンスによるテロ活動を引き起こし、ドイツ、ロシア国内に混乱を巻き起こした。

英国諜報部はこの成功体験から、さらなる過激派組織とも関わりを持つようになるのだが、それはまだ後の話である。

338透過の人:2019/07/07(日) 12:07:24 HOST:softbank126077075064.bbtec.net
投下終了です。

339トゥ!ヘァ!:2019/07/07(日) 12:41:01 HOST:FL1-122-131-248-133.kng.mesh.ad.jp
乙です

清国が遂に終焉を向けましたね。意外と持ったなぁ。

そして英国諜報部は何やらずるずると沼に引き込まれて行ってる感じがしますねえ(汗

340New:2019/07/07(日) 13:34:11 HOST:softbank060128001160.bbtec.net
乙さらなる過激派組織とも関わり・・・・あっ(察し)

341ham ◆sneo5SWWRw:2019/07/08(月) 11:57:03 HOST:sp1-75-250-190.msb.spmode.ne.jp
乙です。
またイギリスがやらかしそう・・・

342ハニワ一号:2019/07/08(月) 13:45:06 HOST:124-141-195-196.rev.home.ne.jp
乙です。
英国諜報部が成功体験から、二匹目のどじょうを狙ってさらなる過激派組織とも関わりを持つようになるとかとんでもない失敗フラグにしか見えないw

>>335
ナポレオン帝国が存続する可能性は大陸日本だとフェートン号事件に激怒した江戸幕府がナポレオン側に参戦して東南アジアやインド、シベリアなどで大暴れすれば反ナポレオン陣営の戦力が分散されて余裕がなくなってナポレオン帝国が存続できる可能性が高まるかな。




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