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歴史は繰り返すー先例古例
17
:
紋章官
:2024/06/07(金) 22:00:32
6月第一週、日中は暑くても夜は涼風〜この程度で過ごせればなあ〜
さて先例古例。先にポルトガルの文民独裁者サラザールを取り上げました。彼が病気に倒れると大統領は閣僚を後任首相代行に任命という当然の行動をとります。そして
サラザールがなんと意識回復という想定外の状況に、大統領を含めた政府首脳は病気療養として事実上幽閉、しかし、彼には偽新聞まで渡す偽装工作までして、まだ首相
であるように装いました。さすがにサラザールも死の間際には気がついていたようですが、体が弱っていた事もあり、そのまま静かに死去。独裁者には珍しい、静かな死
を迎えました。さて、彼の死後、一気に独裁体制は動揺、それも軍内部から相次いで民主制復帰を求めるクーデターが相次ぎ、10年たたずに独裁制は平和的に幕を閉じます。
ただし、その後、政変が相次ぐ政情不安定が10年余り続きました。
このように、長期独裁体制のあと政権は短時間で崩壊する事は歴史上、しばしば見られます。それもどういうことか、古代からです。中国の例でいくと、秦の場合、始皇帝死後、
滅亡までわずか5年、始皇帝の皇帝在位期間より短い。これは極端として次の前漢の場合、武帝の在位は54年、彼の死後、8代の皇帝で合計95年。100年足らずで滅亡。
次に唐。こちらは20〜30年程度の在位が多いですが、玄宗の在位40年のあとは滅亡まで15代150年あまり。こちらは比較的、王朝が続きました。ところが明になると
万暦帝48年の在位のあと、3代24年で滅亡。これまた万暦帝の在位期間より短い。そして続く清。乾隆帝の在位60年、但しそれは譲位によるもので実権を死ぬまで握って
いましたが、その後7代116年で滅亡。ただし、最後の宣統帝溥儀の在位は殆ど王朝としての政権は機能せず、軍閥割拠の状態。また乾隆帝の場合、通常三代の春と言われる
康熙帝61年、雍正帝10年、そして乾隆帝60年、あわせて130年を一括りにするところから、この3代より滅亡までの期間が短い、という状態になっています。
このあたり、なんなのでしょうか?そして、この長期政権後の衰退もしくは滅亡の法則は日本史でも当てはまるのです。その話はまた次回。それでは
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