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「のと」下書き

1shin ◆QzrHPBAK6k:2006/12/17(日) 00:37:22
ここでは、「のと」本編に載せようとしているのですが、
小生の力不足で、まだそこにたどりつけていない、お話の続きを
載せております。
「のと」では、2015年の自衛隊の輸送艦が、何らかの原因で、
1929年の長崎沖に、漂着したと言う設定でお話を進めておりました。
足掛け三年位掛けて、コツコツと書いていたのですが、時間が無くなって来た為、
諦めようと思い、最後に書き上げた部分だけでも何処かにと、
二式投稿小説用掲示板
ttp://www.ex.sakura.ne.jp/~hatakazu/bbs2/wforum.cgi
に掲載したものです。
ところが、コメントがつきました。
小生自身、これまで投稿等はした事も無く、一人でも感想を頂けると、
こんなに嬉しいものだとは思ってもいませんでした。
幸い、こちらの管理人の方が、このような掲示板を開いて頂き、
それならば、続きも頑張ってみようとここに掲載しております。
新たに、書き始めてみると、小生自身、理屈屋で思い込みが激しい事もあり、
文章がくどくなってしまい、短い章の筈が、どんどん長くなる一方で、
全くお話が進んでくれません。
しかも、知識不足が足を引っ張ってしまい、中々先に進めなくなってしまいました。
そこで、新たに、「のと」下書きのスレッドを上げてみました。

2shin ◆QzrHPBAK6k:2006/12/17(日) 00:47:01
今、書いているお話で、区切りの良いところまで、まずこちらに上げさせて頂きます。
それに対して、「これは、無いんじゃないか。」
「これは、こうした方が良いんじゃないか」等のコメントを頂ければ幸いです。
全体のストーリー自体に関しては、ご意見は伺いますが、よほどおかしくならない限り、
修正はしませんが、各種兵器、戦闘等のおかしな点は、出来うる限り、修正を入れ、
「のと」本編に掲載させて頂きます。
また、酔鏡様や、ヘッド様には、今後も色々お教え頂ければ、ありがたいです。

3shin ◆QzrHPBAK6k:2006/12/17(日) 00:50:24
「のと」下書き、12月16日までの分:アムール川での紛争前編(その1)

1937年6月25日
 川沿いに、設置されたコンクリート製の監視哨は対岸からも、探せば直ぐに見つかる。
灰色っぽい上部が丸い小山のような外観の中央部は四角いスリット状の隙間が開き、そこから突き出た砲身が、禍々しい。
アムール川を挟む川沿いの、渡河可能な地点に、このような監視哨が整備されたのはここ数年の事だった。
 施設そのものは、中華政府のものであり、現にそこに詰めている兵隊は独逸軍に良く似た民国軍服を羽織っている。
 対岸から、ある程度目立つように作られた監視哨であるが、その後方は生い茂る緑に覆われている。
その緑の森の中に切り開かれた道を通り、高機動偵察車に先導されるように、一台の兵員輸送車が監視哨に接近してきたのは、流石に対岸からは見えようもない。
帝国軍では、正式には高機動偵察車と呼ばれている車輌は、オープントップの四角い車体に、相応のエンジンを積んだだけの、四輪駆動の車輌であるが、その手軽さと利便性の為、非常に重宝されている。
プロトタイプは、30年代初頭に早々に作られ、あっという間に、旅団の標準装備になってしまった車輌であるが、ジープと言う通称の由来を知っているものは少ない。
これに対して、兵員輸送車は、一応正面からなら9ミリ程度の機銃弾では貫通出来ないよう装甲も施し、後輪の代わりにキャタピラ駆動の本格的なものである。
帝国総軍でもそれほど配備が進んでいる訳でもなく、近衛教導兵団でもなければ、旅団本部以外では滅多に見られないものである。
 監視哨に辿り着くと、ジープからは、二名の将校が降り立ち、後方の兵員輸送車からは、若い将校と兵士達が素早く飛び出し、整列する。
何事かと、飛び出して来たその監視哨の兵に、その若い将校が何かを告げると、彼は慌てて監視哨の中に走り込んで行った。
「全く、たるんどる。」
停戦監視団のま新しい制服を纏った少尉が、イライラと辺りを見回しながら、声高くつぶやく。
「まあ、そういらだつな、なんせここは辺境だ。こんな所で何か起こるなんて、国軍も思ってる訳ない。」
ジープから降り立った将校の一人が気軽に声掛ける。
「そうはおっしゃいますが、中尉、士気の弛緩は重大問題です。帝国軍なら彼らは懲罰もんです。」
「あのなあ、榊なあ。」
それを聞いていたもう一人の全体の指揮官らしい将校が横から口を挟んだ。
「はっ?」
突然指揮官に話しかけられ、戸惑いながら、統合本部作戦部停戦監視団派遣将校榊少尉は、答える。
「お前な、判ってるのか。俺らは帝国軍ではない。停戦監視団派遣将校だ。しかも、彼らは中華民国国民政府東北辺防軍所属のれっきとした部隊だ。帝国軍の基準で物事を判断するな。」
「いえ、そうはおっしゃいますが、軍は軍です。綱紀の乱れは敵に漬け込む隙を与えます。」
真っ直ぐに、見つめる目が、自分の言っている事に間違いは無いと心から思っているのが判る。
佐藤はうんざりとした顔で、榊の顔を見つめた。
こいつ、本当に、若い、若すぎる・・・
ここ、数年の改革で、士官学校もかなり変わったと聞いているが、それでもこんな坊ちゃんが出てくるとは。
佐藤は同行した、将校を振り返るが、彼は黙って首を左右に振るだけである。
佐藤は頭を抱えたくなった。

4shin ◆QzrHPBAK6k:2006/12/17(日) 00:52:07
「のと」下書き、12月16日までの分:アムール川での紛争前編(その2)

統本情報部は、一課から七課までの課からなっており、それぞれが担当地域を担っている。
情報部にはそれ以外に総務課がおかれている。
総務課には、後の世界で、庶務と呼ばれる一般雑務をこなす係もあるが、情報部においては、特別な扱いを受けていた。
通常は、五年前より受け入れが始まった事務系の女性兵士が、総務課より各課に派遣され、雑務をこなしているが、時折、そんな彼女達とは全く毛色の違う将兵が総務課より各課に派遣されてくる。
彼らか派遣されてくると、課長と打ち合わせをし、時には何人かの課員が呼ばれ、必要な情報を入手すると、出て行って暫くは戻ってこない。
否、場合によっては、それきり音沙汰の無い場合すらある。
勿論、課員は、彼らが何者かは判っているが、それは口にしない。
総務課特務班、世界の様々な紛争地域を渡り歩き、時には非合法な活動もこなしながら、情報部の必要とする情報を入手してくる実働要員だった。

佐藤が短い休暇を終え、特務班に顔を出すと、直ぐに班長に呼ばれた。
「体調は?」
「万全です。」
「そうか。この書類に目を通し、一時に部長室に出頭するように。」
班長は、めんどくさそうに書類を渡すと、もう用は無いというように、手で追い払う。
一言なんか言ってやろうかと思うが、罵声ではこの班長には勝てそうに無いので、黙って書類を受け取り、軽く頭を下げ、自席に戻る。
パラパラと渡された書類に目を通す。
一目見て、今度の任地は中華東北区である事が見て取れた。
俗に言う、満蒙である。
挟み込まれた白地図には、現在の満蒙地域の北辺軍、所謂張学良が指揮官の中華民国国軍の配置から、停戦監視団、帝国軍の配置まで全て記載されていた。
そうか、ロシアか・・・
更に地図には、アムール川を挟むように、対岸に位置するソ連軍の配置状況まで記載されている。
しかし、最近何かあったかな・・・
書類に尚も目を通しながら、佐藤は一人で、状況を推測してみる。
ソ連が脅威であることは、今も昔も変わらない。
しかしながら、ここ数年は国境紛争等も起きておらず、おとなしいものだった。
と言うことは、何か起きるのか、いや、起こすのか?
起こすなら、自分がそれを命じられるのは願い下げだなと思いながらも、取りあえず、与えられた情報は全て把握するように、少し真剣に書類に目を向けた。

5shin ◆QzrHPBAK6k:2006/12/17(日) 00:52:56
「のと」下書き、12月16日までの分:アムール川での紛争前編(その3)

「失礼します。」
部長室に入ると、既に先客がいた。
「梅津だ。宜しく。」
軽く頭を下げ、指し示されたソファに腰を下ろす。
「資料は読んだな。早速だが、行き先は張鼓峯から50キロ程アムール川を登った所だ。」
張鼓峯は、資料によれば、アムール川の河口に近い、帝国と中国、そしてソ連の国境周辺である。
そこから川を遡るとなると、行き先は、中華民国の領土だ。
「一応、一個中隊を付ける。身分は、停戦監視団派遣将校。後方支援としては、戦車中隊が、中華民国軍との共同演習のため、たまたま、20キロ程内陸部に入った地点を移動中、指揮官は島田大尉。張鼓峯付近には、帝国の新式河川砲艦が、試験中だ。こちらは、木村大佐が試験管として乗船していることとなっているので、いざとなったら、彼の指揮下に入るように。」
佐藤の眉が釣り上がる。
ここまで、大掛かりな準備が整っている以上、事はただ事ではない。
「「のと」情報は知ってるな。」
改めて確認するまでもない。
総務課特務班が派遣される地点は、大抵が「のと」情報と呼ばれる丸秘情報からによる場合が多く、その由来は様々な噂があるが、精度の高い防諜情報である。
「今回は、精度はそれ程高いものではないが、アムール川にある中州に、ソ連軍が侵攻を企てているとの事だ。」
なるほど、その為の出動ならば、良く判る。
しかしそれが、特務班が動くほどの事なのか。
佐藤の疑問が顔に現れたのか、梅津が尚も話を続ける。
「現地指揮官の独断ならば、単なる国境での小競り合いで終る。しかし、裏でソ連首脳の意思が働いていたら、どう思う?」
「威力偵察ですか?」
何らかの意図があり、実施されるならば、それはその後の侵攻準備に他ならない。
なるほど、欧州でも徐々にきな臭い雰囲気が漂い始めていると聞く。
ソ連が動くとすれば、東か西か、どちらも可能性はある。
西が慌しくなり、列強がそれにかまけている間に、東で動く可能性、逆に東を固めておき、その間に西で動く可能性、両方とも可能であろう。
いくら、現在は大きな紛争も無く、帝国とソ連、中華の関係が比較的良好とは言え、ソ連が中国共産党を支援しているのは、公然の秘密だし、ロシアはロシアである。
「どちらの可能性が高いと考えられますか?」
「その判断がつかんから、情報部が動かざる得ないんだよ。」
それまで、黙って聞いていた堀部長が、ポツリと言った。
ごもっとも・・・
佐藤は、軽く頭を下げ、部長に敬意を表する。
「まあ、どちらにしても、禍根を断つため、中洲への侵入者は殲滅してくれ。但し、あくまでも中華国軍の手によってだ。」
「それは・・・難しいですね。」
「判っている。しかし、国軍が国境紛争一つ解決出来ないと判れば、ソ連はつけ上がる。帝国が他の地域での紛争にかまけて、動けないと見れば、何をするか判らんからな。」
なるほど、帝国は欧州に参戦する積りらしい。
その位は、ここにいれば、佐藤でも判る。
梅津はその辺りまで理解したらしい佐藤の顔を満足そうに見つめる。
まあ、「のと」資料では、陸軍中野学校の創設者と書かれている以上は、この位は当然か・・・
そんな事を梅津が考えているのは、佐藤幸徳中佐には、判るはずも無かった。

6shin ◆QzrHPBAK6k:2006/12/17(日) 00:54:04
「のと」下書き、12月16日までの分:アムール川での紛争前編(その4)

「大尉、田中大尉・・・」
「うん、あっ、俺か。」
生半可な返事を返すと、若い榊少尉の顔に、この人大丈夫かと言う表情が浮かんでいる。
佐藤は、思わず心の中で苦笑する。
今の自分は佐藤ではなく、田中大尉だった。
いかん、いかん、気をつけなければ・・・
と言っても、佐藤がそれを気にしている訳でもない。
40過ぎて、うだつの上がらない大尉役なので、結構気に入っている。
ぼおっとしていても、誰も不思議に思わないし、呼ばれて返事をしなくても、怪しまれない。
結構楽だな、大尉と言うのも。
「で、なんだ。」
「監視哨の司令がお見えです。」
「おお、それは如何、挨拶せねば。」
大げさに驚いて、後ろを振り返ると、自分と似たようなやや小太りの少佐が困った顔で、こちらを見ていた。
いかにもぞんざいな敬礼を交わす。
それでも、階級章から、少佐と判るので、相手が手を下ろすまで、ちゃんと待った。
「停戦監視団、田中大尉、二人は、大衡中尉、榊少尉です。」
「東北辺防軍、劉少佐です。何かあったのですか?」
どちらかと言えば、濁音がきついが、それでも流暢な英語が帰ってくる。
昔は、日本語か北京語が使われていたが、最近では英語が共通語になりつつある。
勿論、佐藤も英語どころか、北京語も使えるが、ここはわざとゆっくりとした英語で答える。
「先月、大連郊外で、起こった共産匪賊を追っています。ええっと、ウラジオに逃げ込もうとしているとの情報があり、暫くこの辺りで待機させて頂きたい。」

これは本当である。
蒋介石も張学良も、共産党の暗躍には手を焼いていた。
流石に、大規模な紛争は、治まっていたが、共産党はその代わり、徹底したゲリラ戦法に切り替え、あちこちで小競り合いを引き起こしている。
特に満州地区では、中華本土の腐敗した利権構造の為、逃げ出してくる人々が後を絶たず、お蔭で、紛れ込んでくる共産党員もきりが無かった。
まあ、満州地区では、停戦監視団や、東北辺防軍そのものが、利権構造とは無縁の存在であるので、中国中央とは違い、それほど彼らには活躍の場所は無い。
それでも時折、郊外で爆弾騒ぎなどか起こるのは止められなかった。
何せ、裏ではモンゴル経由で、ソ連製の武器弾薬が流れ込んでおり、幾ら規制しようとしても、広い大陸故、抜け道はいくらでもあった。
 ちなみに、東北辺防軍そのものが、利権構造から切り離されているのは、何も張学良を含む北方軍閥が、精錬潔白な訳では無い。
フリートレードゾーンのせいで、通関手数料である、3%以上の賄賂を要求できないため、通行料や、その他の名目で、軍隊が上がりを掠める事が出来なくなってしまった為である。
しかも、高畑達が、彼らに投資顧問を派遣し、裏技的な金儲けの方法を伝授している点も大きかった。
彼らは、満州地区の治安の維持が、日々増えてゆく資産の為に必要不可欠なものである事を良く理解しており、それ故、東北辺防軍が健全である事が要求されていたのである。

7shin ◆QzrHPBAK6k:2006/12/17(日) 00:55:30
「のと」下書き、12月16日までの分:アムール川での紛争前編(その5)

目の前にいる中国人の少佐も、その新しい東北辺防軍を良く表わしていた。
昔の軍閥と違い、この五年間で彼らの待遇は遥かに良くなっている。
しかも、少佐ともなれば、収入はかなりのものである。
制服も自分で誂えたものであろう、佐藤達が着ている停戦監視団のものよりも見栄えが良い。
血色の良さそうな顔に、小太りではあるが、流石に軍人らしく、無駄な贅肉に塗れている訳では無い。
今は、佐藤が手渡した、書類に目を通してるが、その態度も堂々としている。

「判りました、暫くこちらで、待機されるのですね。宿舎は、どうされます?」
別に、彼が親切で言っている訳ではない。
いや、劉少佐の場合は、親切心からかも知れないが、とにかく、停戦監視団と北辺軍の間の協定では、北辺軍が提供したサービスには、相応の代価が支払われる事となっており、その請求は、よっぽど無茶を言わない限り、受け入れられる。
「いや、お申し出はありがたいのですが、共産匪賊に網を張って待ち伏せですから、そう言う訳には行かないんですよ。」
佐藤は残念そうに、言う。
北辺軍の少佐クラスともなると、専用のコックを引き連れている事もある。
提供される料理は、後で請求出来る事もあり、かなり豪華である。
「ほう、それは残念ですね。まあ、今晩位宿舎においでになりませんか、食事くらいは良いでしょう。」
「えっ、それは、」
「大尉!」
思わず承諾しようとすると、横から榊少尉が、肘でつついてくる。
「折角ですが、特命ですので、お受けする訳には参りませんよね、大尉」
「えっ、おまえ、な、何を・・・」
「お忘れですか、あくまでも気付かれないように留意を払えと言われたじゃないですか。」
「そ、それは・・・そうだが、しかしなあ・・・」
二人がこそこそ話し出したのを、劉少佐は、少し呆れ顔で、大衡中尉に視線を向ける。
年下の少尉が、うだつの上がらない大尉に諫言している図そのものの構図に、何とも言えない。
大衡中尉が、無駄ですと言うように、首を軽く振る。
「命令です・・・」、「日華友好・・・」とか言う言葉が聞こえてくるが、やがて意見がまとまったようだった。

「失礼致しました。劉少佐、まことに残念ながら、そのお誘いもお断りせざるを得ません。」
大尉は非常に残念そうな、いや未練たっぷりでこちらを見つめてくる。
きっともう一度誘いを掛ければ、今度は喜んで乗ってきそうである。
しかし、横にいる若い少尉は、さも当然であると言う顔で、真っ直ぐに見つめている。
まあそこまで、誘う義理もないし、何よりもそうなった時に、この若い将校のいらぬ恨みでも買いそうで怖い。
「判りました。まあお互い仕事ですからね。それでは、」
敬礼を交わすと、停戦監視団の三人の将校は、まだぶつぶつぼやいている大尉を中尉があやすように、何か言いながら、部隊の方に戻って行った。

あれじゃ、本当に共産匪賊とやらを捕まえられるのかね。
そんな事を思いながら、北辺軍少佐も、監視哨の中に戻る。

8shin ◆QzrHPBAK6k:2006/12/17(日) 00:56:36
「のと」下書き、12月16日までの分:アムール川での紛争前編(その6)

少なくとも、これで北辺軍には警戒されることは無かろう。
まだ心配ならないと睨んでいる榊少尉を半分からかいながらも、佐藤は心の中で一人頷く。
最も、中華料理を食べ損ねたのは本当に残念ではあったが。

「それじゃ、少尉、何名か連れて、他の小隊の配置を確認してきてくれ。ジープを使ってかまわんよ。」
佐藤は辺りの地図を取り出し、眺めながら、榊少尉に告げる。
「この辺りが野営地に使えそうだな。取りあえず、この辺りが本部になるか。」
「そうですね、そこなら、隠れるにも適してそうですし、川にも近いですね。」
横から地図を覗き込み、大衡が答える。
「うん、どうした、何かあるか。」
佐藤は、榊がまだ動き出さないので、不振そうに声を掛ける。
一瞬、何か言いたそうな顔を浮かべた榊少尉だが、すばやく敬礼すると、きびすを返して、兵隊を呼び、準備にかかる。

「彼、絶対、大尉が自分のいない間に、大佐の招待を受けに行くんだと思ってますよ。」
馬鹿言えと言う顔を大衡に向けながら、それには気が付かなかったと一人納得する。
まあ、仕事が無ければ、否定は出来ないな。
あいつ、絶対サボらないで下さいと言いたかったんだろうな。
流石に、上官二人に対して、そこまで口は聞けない。
それに兵も見ている。
兵隊の前では上官の悪口を言わない位の教育は受けているようだった。
しかし、あまりに手を抜くとその内には彼もそんな教育も忘れてしまいそうだった。
まあ、二週間も一緒に行動していると、その辺はさっしが着く。
新任の榊少尉にすれば、自分のような上官は許せないのだろう。
偵察車に、三名程の兵隊を乗せ、榊少尉が出発して行くと、佐藤は改めて、残りの兵隊を見回す。
残った兵隊達は、休めの体制のままで、こちらの指示を待ち受けている。
全員がこれからの行動に興味津々であるが、それでも殆どの兵隊がその気持ちを上手く隠しているのに気が付き、佐藤は心の中で微笑む。
兵達の多くは、召集兵ではなく、ある程度熟練兵を選んであるのが判るだけに、安心出来る。
特に、残った下士官は、いかにも歴戦のつわものとと言う感じで、完全な職業軍人そのもののふてぶてしさで、待機している。
十分な間合いを取り、兵たちから少し距離を置いて何気なさそうに佇んでいるが、警戒は崩していない。
昭和維新後、大きな紛争も起きていない帝国軍に取り、貴重な実践経験者であろう。
一瞬、視線が会うと、曹長は慌てて目を逸らした。
その仕草に、ふと疑問を感じ、佐藤は曹長を手で差し招く。

9shin ◆QzrHPBAK6k:2006/12/17(日) 00:57:50
「のと」下書き、12月16日までの分:アムール川での紛争前編(その7)

「ここの手前500メートル程戻った所に道があっただろう。ここだ。」
地図を広げ、曹長にも見えるように示しながら、佐藤は話す。
「ここを暫く進んだこの辺り、ここに本部を築く。ところで貴様、任務は聞いているか。」
流石に、隊長の自分がそう聞くのもおかしい気もするが、数年前までは、何をしに行くのかが知らされる方がまれだった。
どこかで、引っかかる気がしたため、会話を繋ぐ為に聞いただけだった。
「はあ、一応は。」
曹長も、何か迷っているようで、言い方が曖昧である。
しかし、何か覚悟を決めたらしく、曹長は、ビシッと背筋を伸ばすと、
「失礼いたしました。本職の聞いていますのは、建前だけであります。田中大尉殿。」
やや痩せた鋭い目つきの曹長の、覚悟を決めて、探り入れるような言い方に、佐藤の目が少し動く。
『だいい』、『たいい』ではなく、旧陸軍の呼び方である。しかもご丁寧に『どの』まで付けている。
総軍創設以来、殿は普段は使われなくなった。大尉も陸海共通の『たいい』に変わっている。
ピンと来るものがあり、少し口調を改める。
「貴様、軍に何年になる。」
「ハッ、今年で20年です。先の大戦の折には、歩兵第32連隊でした。」
そうか、あそこにいたのか。それでは隠しても仕方ない。
佐藤は、大衡と目を合わせ、頷きあう。
歩兵第32連隊は、当事佐藤が中隊長を務めた部隊だった。
そして、大衡も、違う名前でそこにいたのだった。
「確か、チンタオだったな。名前は?」
「ハイ、坂口健吾特務曹長です。」
坂口は、あの頃まだ一等兵だった筈だ。それが特務とは、偉くなったもんである。
「そうか、坂口一等兵か、偉くなったなあ。」
大衡も、やっと思い出したのか、嬉しそうに言う。
「はっ、ありがとうございます。」
坂口がほっとした顔で、嬉しそうに答える。
そりゃそうである。
指揮官として、二名の将校が赴任してきた時、坂口は唖然とした。
二人とも、年はとっているが、明らかに坂口が最初に配属された部隊の小隊長と中隊長である。
当時連隊で、佐藤中尉と仲村少尉の凸凹コンビを知らないものはいない程の二人だった。
普段は、将校にしておくのはもったいない程、気さくで、とにかく兵を大事にする指揮官だった。
戦闘となると、人が変わったように、獰猛になるが、それでも、その命令はその後の無理難題を吹っかける天保銭将校とは全く違っていた。
それに、この二人はきっと忘れているであろうが、坂口は中隊長に命を救われたと信じている。
この中隊長がいなければ、そして、自分の属した小隊の指揮を仲村少尉が取っていなければ、あの時生きては帰れなかっただろう。
そんな、軍では珍しい事に、坂口自身が敬愛する指揮官二人組みが赴任してきたのである。
本当ならば、挨拶に行きたい所だったが、名前と階級が合わない。
坂口が覚えている中隊長は、佐藤幸徳の筈だが、田中幸徳と名乗られているし、小隊長は仲村栄一が、大衡栄一となっている。
二人とも、どこかの家系でも継いだのかとも思ったが、それよりも階級が合わない。
確か、中隊長は五年前に中佐になられていた筈だし、小隊長は少佐だった筈である。
何かある。
伊達に、特務曹長と名乗っている訳ではない。
それくらいは、坂口も察しがつく。
ここは、黙っていなければと思うのだが、それでも本人達を目にすると、落ち着かなくなるのはどうしようもなかった。

10shin ◆QzrHPBAK6k:2006/12/17(日) 00:58:51
「のと」下書き、12月16日までの分:アムール川での紛争前編(その8)

「それで、坂口曹長、どうして建前と気がついた。」
一通りの歓談を終らせ、佐藤が問いかける。
少なくとも、坂口のような歴戦の曹長が部隊にいるのは安心できる。
まあ、兵隊の経歴を確認しないで、編成を考えたやつには、帰ったらきっちりと落とし前はつけさすが、今はありがたい。
「ハッ、中隊の兵が、古参中心で選抜されております。それに、武装もほぼ充足体制です。」
言う通りだった。
近衛教導兵団ならばいざ知らず、沖縄特選管区所属の監視団派遣部隊にしては、装備が良すぎる。
「ふむ、やりすぎかな。で、それだけか?」
「いえ、機動中隊が、後方に待機している点も、尋常ではありません。」
坂口が付け足す。
やはり、曹クラスの情報網は侮れない。
特に、任地によっては自分達の命が掛かっているだけに、情報収集は死活問題だろう。
「これは、何かあると思いましたが、やばいのは出来れば遠慮させて貰いたいと、他の連中と話しておった所に、大尉が着任されました。」
坂口が、言葉を選ぶように、話す。
「大尉が、あの当事の中隊長のお知り合いの方ならば、邪険にはされまいと、後は当たって砕けろです。」
「おまえなあ、他の連中だったら、ただじゃすまんぞ。」
佐藤はあきれてしまう。
自分だから、かなり突っ込んでも大丈夫だと言われては、あまり好い気はしない。
「ハッ、申し訳ございません。何分当事の中隊長は、それは型破りの方でしたから。」
隣で仲村が、笑いを堪えて真っ赤になっているのが、余計に気に障る。
しかし、一体どんな話になっているのか。
今回の件が終ったら、聞き出さねば。
「うむ、良く判った。詳しい事は言えんが、露西亜が越境してくる可能性がある。」
とにかく話はそこまでにし、声を落として、要点だけ伝える。
「場所は、一キロ程上流の中洲が怪しい。場合によっては、河川砲艦がお出ましの可能性もある。」
「河川砲艦ですか、剣呑ですな。」
坂口も、打って変わって真面目な顔で、一言も聞き逃すまいと、顔を寄せる。
「問題は、ここが中華だと言う事だ。撃退、いや殲滅してしまう必要はあるのだが、帝国軍の関与を気取られる訳にはいかん。」
「それで、三八が多いんですか。」
坂口も、兵員輸送車の中に、普段より余分に三八式歩兵銃が積んであるのは気が付いていた。
歩兵の携帯兵器は、五年前から順次、新式の九二式小銃に更新が進められていた。
七発入りの弾奏を用い、連射の効く小銃は、重宝がられていたが、三八式も、一部程度の良いものは残され、主に狙撃銃として部隊では、射撃の上手いものに渡されていた。
その三八が余分に積んであるのである。
北辺軍が表立って、攻勢に出たときに、三八による狙撃を多用しようと言う考えは、坂口でも思いつく。

11shin ◆QzrHPBAK6k:2006/12/17(日) 01:00:21
「のと」下書き、12月16日までの分:アムール川での紛争前編(その9)

こいつ、中々鋭いな・・・
いや、この位は誰でも思いつくか。
佐藤は、少しがっかりしながらも、それは表情には出さない。
「そうだ、帝国軍は、表に出られない。遠距離からの狙撃や迫による砲撃、後は夜間戦闘それと、トラップの準備、貴様にやってもらう事は、沢山ありそうだな。」
軍は下士官で持つ。
ばれてしまったのは問題だが、この場合逆に良かったかもしれない。
信頼できる下士官が一人いるといないでは、その後の展開が全く違ってくるのだから。

(前編終了)

12shin ◆QzrHPBAK6k:2006/12/17(日) 01:18:15
ハイ、このような上げ方を考え付かなきゃいけなかった理由が、(その8)で、出した九二式小銃です。
当初、ここでは自衛隊の64式小銃のモンキーモデルと考えていたのですが、流石に、
それでは、余りにも帝国軍の最新兵器がバレバレになる。
それと、陸軍自身も三八式から突然、自動ライフルでは、まず数が揃ってないだろう、
兵隊が慣れるのか、等の問題もあります。
そこで、M1ガーランドをベース(たまたま、銃器の詳しいHPが合ったというご都合設定)に
作った九二式小銃と言う設定にしました。
これならば、本命の96式自動小銃の前段として使えるし、何と言っても、量産効果を上げるため、
中華民国にも売れますから。
しかし、こんなに簡単に作れるのか?
それに、どんな小銃なんだこれは?
と考え出すと、ここまで書いたもの全てが、掲載できない。
と言う事で、こんな形なりました。

13shin ◆QzrHPBAK6k:2006/12/17(日) 01:25:15
37年に起きたアムール川での日ソ紛争も実際は場所すら特定できませんでした。
翌年の張鼓峯事件の上流の満州国境とだけしか見つけられず、後は想定です。
ちなみに、佐藤幸徳中佐は実在の人物です。
彼を見つけたので、思わず、直属の部下は仲村になってしまいました。
この辺りは笑って許して下さい。
佐藤中佐は、第一次大戦当事に、歩兵第32連隊にいたらしいのですが、
これも、その後陸軍の編成が変遷しているため、どこの部隊かまでは特定できませんでした。
「チンタオ」も、実際その部隊がいたかどうかは、まあ、目を瞑って下さい。

14shin ◆QzrHPBAK6k:2006/12/17(日) 01:44:15
派遣監視団に向かっているこの中隊や、島田大尉率いる戦車中隊の所属は、
沖縄に、陸海軍統合後に置かれた「沖縄特選管区」と言う所になっています。
これを書くと、統合軍の軍編成の薀蓄を書かねばならなかった為に、結局諦めました。
一応簡単に、言いますと、陸軍の複数の師団と、海軍の鎮守府、要港部を併せて、
一つの兵団とし、兵団はその地域の管区に所属しています。
基本的には、関東管区、東北管区等と言う具合です。
ちなみに、関東管区は、東京の第一師団、宇都宮の第14師団が解体され、それに新たに
設けられた木更津要港部からなっており、一つの兵団となります。
東京は、近衛教導兵団が置かれ、これは、近衛師団、立川に置かれた飛行第五連隊、
横須賀鎮守府が含まれています。
で、外地は、台湾、朝鮮半島に一兵団づつ、満州、中国への派遣部隊は、
新たに、沖縄に置かれた沖縄特選管区で管理していると言う具合です。

15shin ◆QzrHPBAK6k:2006/12/17(日) 10:02:15
「のと」について>456さま
早速のコメントありがとうございます。
うーん、ソ連系列で、開発を進めてしまうと、その先が辛そうなんですよね。
いずれは、自衛隊の89式小銃辺りの配備を目指しているので、ここで
AK47を持ち込むと、その辺りに支障が起きないでしょうか。

16shin ◆QzrHPBAK6k:2006/12/23(土) 21:55:52
遅くなりましたが、下書きです。
一応、念のため。
上の下書きとは続いておりません。
本編の続きです。
後編、悪くても中篇位の続きなのですが、やっと戦闘が始まった程度です。
いつまで続くかカンチャースです。ハイ

17shin ◆QzrHPBAK6k:2006/12/23(土) 21:56:28
「大尉、大尉!」
テントの外から押し殺したような声で、榊少尉が叫んでいる。
本部を決め、設営を行ってから五日が過ぎていた。
最初は、部隊にも緊張があったが、それも五日目の明け方近くともなると、少しずつ弛緩した空気が広がり始めていた頃だった。
「なんだあ・・・」
いかにも寝てましたと言う顔を浮かべ、佐藤はテントから出る。
「巡回に出ていた兵からの報告です。対岸で何かおかしな動きがあるとの事です。」
「お前、そんな事で俺を起こしたのか。全く、一体なんだってんだ。で、巡回に出てたのは誰だ。」
ちょっとやりすぎかなとも思うが、少し怒った顔で、榊少尉を睨む。
「ハッ、坂口曹長の分隊です。おい、曹長!」
暗闇の中から、坂口が進み出る。
坂口に分隊を与え、夜間の警戒に行かせたのは佐藤自身なのだが、それは言わない。
二日前に、密かに対岸の偵察に出向いた仲村が、情報を掴んで来ていた。
それによると、戦車数台を含む、大隊規模の部隊が前進して来ていた。
しかも、その後方には更に、数個師団規模の部隊が待機しているようである。
まあ後方の師団は、あくまでも後詰であろう。
師団規模での戦闘となると、最早国境紛争と呼べるレベルを超えてしまう。
第一そこまでの部隊を対岸に渡すための船舶の手配が行われている気配は無かった。
少なくとも大隊規模の部隊で、用意が整い次第、乾岔子(カンチャーズ)島を占領してしまう気であろう。
「対岸で、何やら音が聞こえました。」
「うん、対岸の音?」
「ハイ、夜間ですから結構遠くまで聞こえます。いや、対岸まで聞こえる程ですから、一両や二両の車輌が動いている音ではありません。」
「ふむ、ロシアが何かたくらんでいるのか。匪賊の迎えの準備か?」
自分でも白々しすぎて、声が棒読みに近くなっているのを慌ててごまかす。
「榊少尉、どう考える。」
「ハイ、共産匪賊がロシアと連絡を取っているならば、対岸で何か騒ぎを起こし、その間に、それほど遠くない地点からの渡河かと。」
「うむ、悪くないな。しかし、この辺りで渡河できるのは、我々のいる地点だぞ。その間をどうやって通り抜ける積りだ。」
「はあ、そうですね。あっ、逆に対岸ではなく、カンチャース島辺りで騒ぎを起こす積りでは。そうすれば、我々もそちらに気を取られて、監視哨と配置の間の警戒が薄れるかと。」
坊ちゃんだと思っていたが、榊も割合と頭は働くようである。
それ程誘導する必要もなく、望みの答えに辿り着いてくれた。
但し、ロシアの連中は別に匪賊を迎えに来るのが、その目的ではないだろう。
実際はこちらが予めリークした匪賊の話に乗って、中華領である中州を占領してしまおうと考えているのであろう。
「あっ、そう言えば、小型船舶でしょうか、トラックとは違うエンジン音も聞こえました。」
「あたりだな。で、どうする。」

18shin ◆QzrHPBAK6k:2006/12/23(土) 21:57:05
「はっ、直ちに、我々も部隊をカンチャース島まで前進させ、待ち伏せします。敵の侵攻を阻止し、速やかに現状復帰致します。」
「40点」
「はあ、」
「一つ、ここは中華民国領だ。帝国軍が動く訳にはいかない。二つ、我々は停戦監視団であり、帝国軍ですらない。従って、国境紛争には介入する訳にはいかない。」
「あっ、そうですね・・・ それでは、直ちに劉少佐に連絡、我々は対岸で監視を継続。特に匪賊の渡河に注意を払います。」
「うーん、70点。」
「えっ、と言いますと。」
少しむっとしているのが判るだけに、面白い。
本当に、若いやつは判りやすくて楽しい。
「北辺軍は、大切な友邦である。我々はその辺りも考慮する必要がある。」
「直ちに、戦闘準備を整え、第一、第二小隊は、北辺軍の支援、第三小隊は、匪賊の接近に備え後方警戒に当たる。大衡中尉!」
「はっ!」
いつの間にか、出動準備を終えた大衡中尉が後方に控えている。
「第三小隊を任す。榊少尉!」
「は、ハイッ!」
いつもと違い、突然厳しい口調に変わった、佐藤に驚きを隠せない。
「直ちに、北辺軍劉少佐の元に行き、状況を報告。」
「ハイ!」
「あっ、それから、劉少佐には、「監視団は、表立っては国境紛争には関われませんが、出来うる限りの支援は致します。」とちゃんと伝えるんだぞ。それと、準備が整い次第、こちらから伺うともな。」
最後だけ、いつもの佐藤の口調である。
声を潜め、まるで子供の悪巧みを告げるような、その言い方に、榊は少し憮然とする。
「ハイ、了解しました。」
それでも、軽く答礼すると、急いでジープに走り寄る。

19shin ◆QzrHPBAK6k:2006/12/23(土) 21:57:49
「やけに、丁寧ですね。」
大衡中尉事、仲村がニヤニヤしながら、佐藤につぶやく。
「なに、部下を育てるのも、上官の仕事だ。」
仲村は、口を半分開き、何か言おうとするが、それを飲み込み、頭を左右に振る。
イヤイヤ、この人がそれだけの理由で、これほど懇切丁寧に、状況を理解させた筈は無い。
きっと、榊少尉は大変な目にあうのだろうな・・・
佐藤も、仲村との付き合いは、長い。
何を考えているのかは、判ったが、特に何も言わない。
どうせ、こいつもその辺りは判っているだろう。

「坂口曹長!」
気持ちを切り替え、坂口を側に呼ぶ。
本部用のテントに入ると、仲村が手早く付近の地図を床机の上に広げる。
「迫の小隊は?」
「ハイ、ここに適当な場所がありました。正面は潅木に覆われていますが、十分な射角が取れます。一応、カンチャース島の要所までの方位、距離の計測は済ませました。広さは、不十分でしたので、兵を使い、広げてあります。」
やはり、有能な下士官を持つと楽である。
仲村と連絡を取りながら、既に準備を済ましている。
「移動地点は?」
振り返って、仲村に確認する。
「一応、第三までは、整備してあります。それ以外には、予備として未整備ですが、二つほどは。」
そんなの当たり前でしょと言う顔で、仲村が答える。
時々、無性に腹が立つのは、こういう時だ。
副官としては、申し分ないのだが、態度がでかいのが玉に瑕である。
佐藤は自分の事を棚に上げて、仲村をジロリと睨んだ。
そんな佐藤にびくともしないのが、仲村である。
あくまでも涼しい顔で、次の命令を待ち受ける。
「よし、カンチャース島自体はどうだ。確か中華の役人と、数名の砂金取りの連中がいた筈だが。」
「ああ、砂金取りの連中は、既に昨日退去しています。臨時収入が入ったと町に行くと言っておりました。役人の方は、突然北平からの呼び出しで、慌しく出て行きましたが。」
やはり、その辺りは抜け目が無い。
「ふん、上出来だ。戦車中隊はどこまで前進している。」
「ハッ、後方10キロの地点で待機中です。」
「今は、まだその辺りで良いな。それじゃ、何か抜けはないか。」
坂口は、びっくりしたように、首を振る。
目の前の中隊長は、自分のような曹長をも参謀のように扱っている。
確かに、型破りな人だと思っていたが、良いのかこれで。

20shin ◆QzrHPBAK6k:2006/12/23(土) 21:58:34
「よし、それじゃ、仲村、後は任せたぞ。坂口、貴様の率いる分隊に、渡河の準備をさせろ。渡河用の船は、」
ちらっと仲村を見ると、軽く頷いたので、そのまま続ける。
「場所は、良しここだ。ここで待機してろ。車輌は少し下げて隠しとけ。無線を忘れるな。俺は、監視所に行き、話を終えたらそこに行く。何か質問は?」
二人とも異論はなさそうだった。
「それじゃ、かかれ。」

監視所まで着くと、榊から話が通っているのか、辺りの雰囲気が慌しい。
乗ってきたジープの兵に、そのまま待機するように言い、佐藤は中に入る。
外観は、二階建てだが、コンクリートの床があり、どうやら指揮所は地下に設けられているようだった。
金があるって良いな・・・
ほんの少し前まで、国境地帯の監視所と言えば、塹壕と、簡単なトーチカだったものだ。
それが、ここ数年で、コンクリート作りの立派なものに代わっている。
地下に向かう階段の前で、歩哨に要件を告げると、直ぐに確認が済んだのか、通してくれた。
階段の奥に鉄製の扉があり、中は結構広い指揮所になっていた。
どうやら、地下式のトーチカを先に作り、その上に監視所を設けたようである。
確かに、これなら、上の監視所が破壊されれば、誰もここに指揮所があるとは思わないであろう。
中央のテーブルに地図が広げられ、劉少佐が、それを見ながら部下に指示を出している。
榊少尉がこちらに気付き、軽く目礼する。
佐藤は、劉少佐の側に寄り、軽く頭を下げながら、直ぐに話を始める。

21shin ◆QzrHPBAK6k:2006/12/23(土) 21:59:08
「どんな状況ですか?」
「田中大尉、助かったよ。君の所の部下が知らせてくれたのでな。直ぐに小隊を編成し、カンチャース島に渡らせるよう指示した。帝国軍はサポートに回ってくれると言う事だが?」
劉少佐は、サポートに力を込めて、こちらを探るように問いかけてくる。
少佐も馬鹿ではない。
五日近くも側にいるのだから、佐藤の率いる中隊が、かなり増強されているのは判っている。
それを当てにしてソ連軍に対応するのと、しないのでは全く意味が違う。
「はあ、一応我々は、停戦監視団ですから、表に出るわけには行きません。まあ、ばれない範囲で、可能な限りと言うとこですね。」
「うむ、それでもありがたい。宜しく頼む。」
このおっさん、中々やるな。
最近でこそ、日本人をあからさまに嫌うやつは減ったが、それでもそれまでの態度が態度だけに、反感を持っているやつは、少なくない。
それが、階級が上なのに、素直に頭を下げれるとは、たいしたものである。
「判りました。出来うる限り援護させて頂きます。」
流石にこんな所で敬礼する訳にも行かず、少し姿勢を正して、答える。
「で、早速ですが、小管も、分隊を引き連れて、カンチャース島まで渡ります。榊少尉を連絡将校として、こちらに残しておきますので、何かありましたら、彼を通じてご命令下さい。」
「貴官が、行くのか?」
流石に、劉少佐は驚いたように問う。
「ハイ、ソ連軍の国境警備隊が、匪賊の援護として騒ぎを起こすだけならば、小競り合い程度で、引き上げるものと思います。」
「うむ、そうだろうな。」
「しかし、国境の警備状況を探ろうとしているのであれば、事はそう簡単には済まないでしょう。」
「貴官は、大規模な威力偵察の可能性があると考えているのか。」
「いえっ、今のところはまだそこまでは。ただ、その可能性もある以上、この目で確認しておきたいと考えております。」
「そうか、了解した。しかし、無理はするなよ。私も友邦の士官に怪我でもされたら立場が無い。それに、君にはまだ食事に付き合ってもらってないしな。」
「ハッ、これが済みましたら、是非とも御相伴させて頂きます。」
にやっと微笑みながら、再び頭を軽く下げる。
きびすを返し、二人の会話を、目を丸くして眺めていた榊を招く。
「榊少尉、貴様はここに連絡将校として残れ。ジープの無線に常に一人兵を付けておくのを忘れるな。」
「えっ、は、ハイ、了解しました!」
うむっと頷き、劉少佐に軽く会釈して出て行こうとした。
「あっ、大尉!」
榊少尉が後ろから声を掛けてくる。
「ご無事でお戻りください。」
こいつ、俺が危ない目に会うと思っている。
軽く頷き、指揮室を出ながら、思わずニヤニヤ笑いそうになる。
俺に言わせれば、どう考えても、こっちの方が危なくなる筈だった。

22shin ◆QzrHPBAK6k:2006/12/23(土) 21:59:59
川沿いの、指定地点のかなり手前で、ジープを止めて、辺りを見回す。
おっ、あそこか。
坂口の分隊が乗ってきた兵員輸送車がどこかこの辺りに、隠してある筈だった。
そろそろ夜も明けようか、かなり明るくなってきていたが、直ぐには見つからなかった。
轍も綺麗に消して、半分埋まっているような感じで、上手く偽装してあり、最初から輸送車を見つける積りで見ていなければまず気がつくまい。
ジープから降り、運転してきた兵には、そのまま本隊に戻るように命じ、川に向かって歩いて行く。
この時期、やぶ蚊が多いのは閉口するが、内地と違い、乾燥した地面は歩きやすい。
直ぐに、坂口らが待ち受けている場所に到着する。
「用意は出来ております。そろそろあちらさんも、渡河の準備を進めているようです。」
坂口が直ぐに飛んできて、敬礼もそこそこに状況を報告する。
早く渡河してしまわないと、敵さんに見つかってしまうと言う気持ちがありありと浮かんでいる。
「おお、すまん、直ぐに行こう。」
「ハッ」
2艘のゴムボートを引きずるようにして、川に浮かべながら、全員がボートに乗り込む。
佐藤も乗り込むと、直ぐに小型のエンジンが動き出し、ボートはゆっくりとカンチャース島に向かう。
幾ら川向こうから見えない点を選んで渡河していると言え、くぐもったようなエンジン音に全員が、気が気でない。
こんな所を襲われたら、お陀仏である。
兵たちも、ボートに積んであった、オールだけではなく、小銃の銃把をも使って、必死に漕ぐ。
幸い、弾も飛んでこず、何とか島まで辿り着けた。
全員が手早くボートから降りると、そのままボートを陸の上に引きずり上げる。
何せ、ボートには武器弾薬も積んであるから、全員必死だった。
最も、既に前日までにかなりの弾薬を島に運び込ませてはいたが、弾は大いにこした事は無い。
後の手配は、坂口に任せ、佐藤は二人ほど兵を連れて、島の中央に向かう。
全周四キロ程の小さな島だが、中央部には、中華民国の領土である事を示すように、簡単な詰め所が建てられていた。
一応、気休め程度だが、塀も作られており、普段は役人も詰めている。
佐藤達がそこまで辿り着くと、既に北辺軍の兵士が詰めており、鋭い誰何を浴びせてくる。
勿論、撃たれては堪らないので、ちゃんと目立つように途中から通路の真ん中を歩いてきた。
相手が、停戦監視団の将校と判ると、慌てて敬礼して来るのを軽く制し、責任者を呼ぶ。
建物から走り出てきた将校は中尉だった。
「北辺軍、梁中尉です。」
「停戦監視団、田中大尉だ。劉少佐には話は通してある。で、どうだソ連の様子は。」
手短に話すと、何か言いたげだったが、直ぐに気を取り直して、話し始める。
「ハイ、先ほどから対岸の動きは更に活発になっています。もう直ぐにでもこちらに渡ってきそうです。」
「で、中華北辺軍としては、どう対処するのだ。」
「はあ、一応警告ぐらいはする必要があります。あいつらの事ですから、そんな事聞きはしないでしょうが。」
実に、嫌そうに梁中尉が答える。

23shin ◆QzrHPBAK6k:2006/12/23(土) 22:00:39
警告を発するのは梁中尉自身であり、それの返事が銃弾である可能性は十分あるのだ。
「そうか、で、警告を聞かない場合の対応は、」
「相手から弾が飛んでこなければ、警告射、飛んでくれば応戦です。」
普段はそんな対応を取っているとはとても思えなかったが、それは言うべき事ではない。
少なくとも、停戦監視団がいる所ではある程度お行儀よく対応しようと、努力は認めるべきである。
「そうか、良く理解できた。監視団としては、これは国境紛争なので管轄外であるが、劉少佐とも相談し、万が一ソビエト連邦の国境守備隊が国境侵犯を行った場合、監視団と言う立場は表には出せないが、全面的に北辺軍に協力する。一応一個小隊連れてきている。軽機もある。直ぐに配置に着こう。」
勿論、梁中尉に依存はある筈も無い。
手早く、配置を相談し、兵達を持ち場につかせる。

「大尉、来ました。」
梁中尉と話していると、坂口が走ってくる。
早速、二人は対岸が見渡せる地点まで走りよった。
川向こうから、三隻の小型船舶がこちらに向かって来ていた。
あちらから見えないように、腹ばいになったまま、佐藤は双眼鏡を取り出し、眺める。
「一隻は、河川砲艦だな。後の二隻は武装はなさそうだ。全部で2、30人程度か。」
ふと、横を見ると、佐藤の手にしたカールツァイスの双眼鏡を羨ましそうに、梁中尉が見ている。
高い金出して手に入れた最新式だけに、自尊心がくすぐられる。
そのまま、双眼鏡を渡してやると、軽く礼をして、梁中尉も近寄って来る船を注視する。
「どうやら、やる気満々ですね。でも、あまり警戒しているようには見えません。」
「そりゃそうだろう、こんな早朝からこちらが待ち伏せしているとは思ってもいないだろう。」
二人とも、一旦下がって、話を続ける。
その前に、佐藤が手を出して双眼鏡を取り返すのは忘れない。
梁中尉も名残り惜しそうに、それを返す。
昔なら、戦闘のドサクサに紛れて双眼鏡欲しさに、後ろから撃たれかねないな・・・
物騒な考えが頭をよぎるが、慌てて打ち消す。
「しかし、あれじゃ、警告にのこのこ出て行くのは自殺行為だな。どうする。」
「そうですね。一応警告は発しないと・・・」
梁中尉も困りこんでいる。
「メガホンか何か無いか。それなら陰に隠れて、声は届くだろう。格好なんか気にしている場合じゃないと思うぞ。」
兵の前で弱気を見せる事と、実際の危険を天秤に掛けて、梁中尉はまだ悩んでいる。
「貴官が撃たれたら、指揮系統もあったもんじゃない。ここは格好より、実利だろう。」
そこまで言って、ようやく自分を納得させたのか、梁中尉は頷き、詰め所に戻って行った。

24shin ◆QzrHPBAK6k:2006/12/23(土) 22:01:16
佐藤は、坂口を呼ぶ。
「迫は、あちらまで届くか?」
「はあ、射程はギリギリですが、何とかなると思います。」
「それじゃ、用意させとけ、とにかく今は追い払わねばどうしようもない。」
佐藤は辺りを見回し、暫く考え込む。
河川砲艦は、小型船舶に、76ミリ歩兵砲を搭載して、装甲を施したものであろう。
あれが本格的に撃ってくれば、こちらは下がるしかない。
少なくとも、まともな塹壕すら用意していない状況では、どうしようもない。
迫撃砲の砲撃に、慌てて下がってくれれば良いが、幸運を当てにする訳にもいかない。
対戦車小隊の37ミリが三門あるが、あれは川向こうだ。
こんな事なら、一門位こちらに運ばせれば良かったとも思うが、最初からそんな事まで出来る訳ない。
「坂口!」
「はいっ!」
真横で声がしたので、びっくりするが、隣にいるのだから当然だった。
「あれあるか、ええっと、携帯式の擲弾筒、グレネードとか言うやつ。」
「はあ、一応、小銃分だけは、運んできておりますが?」
あんなもん、使うんですかと、顔が語っている。
最新式の装備と言う事で、派遣される前に渡された携帯式の擲弾発射装置だった。
小銃の銃身に装着し、小型の手榴弾のようなものを500メートル程飛ばせるとの事で、使用実績を報告してくれと言われて渡されたものだった。
そんなうんさくさいものを渡されて、兵が喜ぶ筈も無い。
佐藤自身だって、最初に使うのは願い下げだ。
第一、手元で爆発したらお陀仏だし、銃にどんな負担が掛かるのかも判らない。
技官は、これは大丈夫だと言っていたが、「これは」が気になる。
それでも、この状況ではすがってみるしかない。
「直ぐに、配れ。迫撃砲の砲弾が飛んできたら、各自、そうだな三発発射しろ。方向は大体で良い。」
「はっ、手配します。」
坂口が走り去る。
佐藤も急いで、通信手の待機している所に走る。

25shin ◆QzrHPBAK6k:2006/12/23(土) 22:01:57
「大衡中尉を呼び出せ。」
通信手は、直ぐにダイヤルを調整し、相手と話を始める。
直ぐに、マイクとヘッドフォンを佐藤に手渡す。
「大衡中尉、そこにいるのか?」
「ハイ、大衡です。」
「直ぐに、戦車中隊、島田大尉に連絡を入れ、川沿いまで前進して貰え。それと、排土板が着いた車輌がある筈だから、直ぐにこちらに渡せるように用意しとけ。」
「あー、船が必要ですね。了解しました。」
仲村の事だから、船の手配ぐらい何とかするだろう。
「赤軍の野郎、しょっぱなから河川砲艦を持ち込んできやがった。何とか撃退出来たら、直ぐに排土板着きの戦車と、対戦車砲小隊を一個こちらに渡すんだ。」
「はい、了解しました。で、撃退できない場合は?」
こいつ、本当に嫌なこと聞きやがる。
「その場合は、後は頼んだぞ。」
イヤイヤだが、そう答える。
誰が、仲村なんかに後を頼むもんか。
必ず、還ってやる。
「ハイ、りょーかいしました。」
あいつも、そんな事起きる訳ないと思ってやがる。
一瞬、ここでくたばってやろうかとも思うが、あほらしいので、そのまま通信を切る。

「おい、これアイグンまで届くか。」
「はっ、アイグンですか。」
通信手は、急いで地図を取り出そうとする。
「大体50キロ位だ。」
「ああそれなら、大丈夫です。届きます。」
「それなら、アイグンの木村大佐を呼び出してくれ。周波数は、○○××だ。コードネームは、きつつき、これで通る筈だ。」
通信手は、すぐさま通信機に向かい、呼び出しを始める。
暫く、待っていると通信手がこちらに向かい頷く。
「木村大佐ですか。」
一方は既に入れてあるので、直ぐに出てくれる筈だった。
「おお、さと・・・否、田中大尉か、どうした。」
「ハイ、ソ連が国境を侵そうとしています。」
「うん、それは聞いているが。」
「最初から、河川砲艦を仕立てています。」
「判った。こちらも出動する。」
流石に話が早い。
「驚くなよ、こっちの河川砲艦は凄いからな。それじゃ。」
直ぐに切れてしまい、佐藤は少し唖然とする。
話は早いのは良いのだが、あの人、今年中には将官に昇格するともっぱらの噂だ。
いいのか、あんなに腰が軽くて・・・

26shin ◆QzrHPBAK6k:2006/12/23(土) 22:03:20
無意識の内に、マイクとヘッドフォンを返し、首を振りながら、急いで戻る。
どうやら間に合ったようだった。
先ほどの所に腹ばいになると、まさしくソ連の舟艇が、島に着上する所だった。

何名かのロシア兵が、川に膝まで浸かり、河岸に走り寄って来る所だった。
手にしたロープを引っ張り始めると、直ぐに何名かの兵がそれを補助する。
河川砲艦は、一応、船首を上流に向け、数十メートルの所で流されない程度のエンジン音を響かせ、停止している。
二隻の船が、何とか固定されると、簡単な板が渡され、将校らしい人物が、それを渡って、上陸してきた。

さて、こちらの様子はどうなんだ・・・
「そこの船、ここは中華共和国の領土である。君達は不法にわが国の領土を侵犯している。直ちに退去しなさい。」
どうやら、メガホンレベルではない。
拡声器の設備でもあったのか、かなり通った梁中尉の声が、辺りに響く。
そんなもんまであるとは、佐藤も予想すらしなかったが、これはこれで効果的だ。
梁中尉はご丁寧にも、同じ内容をロシア語で繰返している。
更に、彼が英語に切り替えて話し始めると、突然銃声が響き渡る。
頭を竦めたまま、双眼鏡を向けると、将校の後からついて出てきたやつが、拳銃を振り回している。
あれが、政治将校と言うやつかな・・・
普通の軍人ならば、兵を散開させ、安全を確保してから様子を見る。
もう少し賢ければ、白旗でも立てて、様子を見るため、特使を派遣してくるであろう。
しかし、そんなまともな思考を全て打ち消すように、その男は、将校に何か怒鳴っている。
すぐさま将校は、兵たちに小銃を構え、前進を命じたようだ。
訳も判らず、ロシア兵が走るようにこちらに向かって来る。
このままだと、白兵戦も考えねばならないかと、思ったが、再び先ほどの政治将校が何かを叫んで、その心配を打ち消してくれた。
ロシア兵が一斉に発砲したのだった。

27shin ◆QzrHPBAK6k:2006/12/23(土) 22:04:02
その途端、回り中から銃声が響いた。
真っ先に倒れたのは、将校らしい人物だった。
それも数発の玉があたったようで、ピクリとも動かない。
ロシア兵も打ち返してくるが、既に半数が倒れている。
後の連中は、その場に腹ばいになって撃っているが、このままでは彼らは一人も助からんだろう。
佐藤は、すぐさま双眼鏡を川に停泊したままの、河川砲艦に向ける。
やはり、気がついたのか、船が動き始めている。

「坂口!迫だっ!」
「ハイ、了解しました!」
帝国の下士官は凄い。何処にいるかの確認すらしていなかったが、いつの間にか側に戻ってきている。
返事をすると、すぐさま物凄い速さで、腹ばいのまま後方に進むかと思うと、そのまま後ろに手を振る。
間に合うのか。
再び、双眼鏡を河川砲艦に向けた。
船は、速度を上げ、ゆっくりと旋回している。
どうやら、走りながら砲撃する積りだ。
ロシア兵の被害は出ているが、この程度では、被害の内には入らないであろう。
76ミリで砲撃されれば、今の状況では、弾が当たった辺りの兵は助からない。
その時、微かな音がして、後方から幾つかの砲弾が落下してくる。
その途端、シュポッと言うような音が多数聞こえたかと思うと、目の前に地獄が生じた。

閃光が広がり、爆風と同時に、多数の火の玉が河川砲艦辺りから、ロシア兵のいる辺りまで、一斉に広がる。
しかも、それは暫く続き、辺り一面、白い煙で満たされた。
迫撃砲の砲撃は、まだ続いていたが、それでも少し視界が回復すると、砲艦は既に沖合いに向かって、退散し始めている。
「迫撃砲中止!」
佐藤は立ち上がると、後方に大声で叫ぶ。
辺りが静かになると、目の前の河岸には動くもの一つ無かった。

28shin ◆QzrHPBAK6k:2006/12/23(土) 22:17:47
一応、ここまでです。

29shin ◆QzrHPBAK6k:2007/01/19(金) 02:08:12
本編に載らない、小話です。

空が青いなあ。
乾燥した空気の中、上を見ると、どこまでも青い空が浮かんでいる。
国にいる時とはまた違う、空の青さに、つい見上げてしまう。

「隊長、何ぼけっと空見てんですか、行きますよ。」
「おお、すまん、すまん。ほないこか。」
のんびりとした口調に、松坂少尉は、少しげんなりしながら、機体に向かう。

高地の山間に広がるなだらかな草原のような所に、その飛行場はあった。
滑走路は一本だけ、それも整地は済んでいるが、最初に降りたときは、大丈夫かと
思うほどだった。
良くまあ、無事着陸出来たものだと、全員が真っ青になり、それから二日間、整備員も搭乗員も総出で、滑走路の端から端まで、整備しなおす羽目になった。

まあ、こちらの連中も手伝ってくれたので、今では綺麗なものではあるが、それでもつい、滑走路に何か突起が無いか見つめてしまうのは仕方ない。

駐機場に辿り着くと、山田整備長が、最後のチェックを入念に行っていた。
「整備長、いつもすんません。」
「おお、井川少佐、機体の調子は万全ですよ。」
軽く頭を下げると、嬉しそうに機体を叩いて、太鼓判を押す。
「ホンと、なれない所で大変でしょうに、毎度頭が下がりますわ。」
そう言いながらも、井川は、機体の周りをゆっくりと歩いて行く。
松坂も、機体に触れながら、チェックに怠り無い。
別に山田整備長を疑っている訳では無いが、自分が乗る機体は自分でも確認するのが、常識と言うものだった。

二機の液冷のロールスロイスマリーンエンジンからはアイドリングの快適な音が聞こえてくる。
今日も、百式は調子が良さそうである。
しかし、なんでこれ、百式と言うのかなあ。
井川は、いつもこの機体の前に立つと、思ってしまうのだった。
皇紀2000年までまだ、二年もあるのに、本来ならば、九十八式だろうに。

外回りに異常は見られず、松坂も同様に、頷いて来るのを確認し、機体に乗り込む。
井川が出る時は、いつも山田整備長がお出ましになるのは、整備員の中では常識となっているのだが、そんな事は、当人は知らない。
いつものように、後部座席に身を沈め、山田整備長から、樹脂製のヘルメットを受け取り、軽く礼をする。
百式専用の、特別製のヘルメットを被り、カチッと言う音と共に、首の所を締め付けると、用意は出来上がりである。
高高度を飛ぶ事の多い百式ならではの仕様であるが、お蔭で鳥頭にならずに済むのだから、文句は言えない。
今は、バイザーを上げているのでボンベは繋がっていない。
「それじゃ、行きますか。」
明瞭な声が、メットに仕込まれたイアフォンから聞こえてくる。
「ああ、宜しく頼むわ。」
山田整備長に指で合図を送ると、簡易タラップを担いで、急いで離れて行く。
プロペラが勢い良く回り出し、機体が前に出ようと蠢動する。
十分なパワーが伝わった所で、松坂がブレーキを外すと、ゆっくりと機体が動き始めた。
そのまま、主滑走路に向かう。
「月光、一番、行きます。」
「Gekko、Clear for landing、Good Luck!」
イヤフォンから、訛りの強い英語が流れて来る。
否でも外地にいる事を思い起こさせる一瞬である。
「Thank you、you too.」
松坂が流暢に答え、百式は見る見る加速を始めた。
あっという間に、滑走路が後ろに流れて行き、機体は空に戻っていった。

1938年、トルコ、名前も知られていない小さな飛行場、彼らは誰にも知られること無く、今日もソ連領の偵察に向かうのだった。

30shin ◆QzrHPBAK6k:2007/02/03(土) 14:58:14
小話そのに(チキンラーメン)
1932年、台南市、小さな繊維問屋の店先に、車が止まり、二人の男が降り立った。
「ここで良いのかなあ。」
「でしょう、そう書いてあったのですから。」
高畑と、高柳だった。
「ほら、どう見ても繊維問屋ですよ、間違いないですね。」
高柳に言われ、高畑も頷く。

「失礼します。」
頭を下げ、扉を開けると、狭い店内には反物が山積みになっている。
その中から、初老の男が現れる。
「いらっしゃいませ。」
頭を深々と下げ、値踏みするようにこちらを見ている。
「何か、お探しですか?」
二人とも、かなり身なりは良いので、上客だと思い、笑みを浮かべる。
「えっ、いや、こちらに、百福さんいらっしゃいますか?」
「はあ、家の孫ですが、何か?」
少し心配そうな顔を浮かべ、こちらを見ている。
「いや、彼を雇いたくて、こちらまで伺ったんです。」
高畑が、相手の不安を見て、きっぱりと言い切る。
「へっ、雇う?」
男は訳が判らず、余計に怪訝な顔を浮かべる。
さて、どう話したものか。
高畑が考え込んでると、後ろで声がした。
「只今、あっ失礼、お客様ですか。」
小柄だが、がっしりとした体格の若者である。
当年22歳、祖父の事業を手伝っていたが、父親が無くなり、これから自分が何をすべきか迷っている所の、安藤百福本人だった。

「百福、お前にお客さんだよ、何でもお前を雇いたいんだそうだ。」
「えっ、僕に?」
百福は驚いたような顔で二人を見つめる。
40代後半の身なりの良い紳士が、何で自分を。
訳が判らず、更に怪訝そうな顔を浮かべる。
「失礼した、私は、総力研究所調査分析班の高柳と言います。」
「私は、高畑です。」
丁寧に、名刺を渡され、挨拶される。
「あ、安藤百福と言います。宜しく」
びっくりして、頭を下げるが、訳が判らない。
「実は、我々は帝国政府関係の仕事をしているものです。説明は難しいのですが、貴方しか出来ない仕事があり、そのためにスカウトに来たのです。」
「へえっ!ぼ、僕にしか出来ない仕事?」
益々何が何だか判らない。

高畑らは、お互い顔を見合わせ、頷く。
「とにかく、二週間程一緒に来てもらえますか、詳しい事はそこでお話致します。」
二人とも悪い人には見えない。
しかし、二週間も何処に行くと言うのか、政府と言っていたが、何か自分はやったのだろうか。
怪訝な顔で、二人を見つめるが、二人とも百福の返事を待っているようだ。

「じ、じいちゃん・・・」
救いを求めるように、百福は祖父に問いかけた。
「行ってきたら良いじゃないか。お前、自分が何をやりたいか判らないと日ごろからさけんどったじゃないか。ええ機会じゃ。行って来い。」
祖父は至って乗り気のようだった。
何か判らないが、孫に話が舞い込んできた以上、それに付き合って悪い事は無い。
少なくとも、祖父にはこの二人が悪人には見えないようだった。
「はあ、それじゃ、行きます。」

31shin ◆QzrHPBAK6k:2007/02/03(土) 14:58:45
「それは、助かる。それじゃ、明日迎えの車を遣しますので、二週間分の旅行の用意だけ整えていてください。一応、内地まで行く事になりますので。」
「はっ、内地!ハイ、宜しく!」
百福も現金なものである。
ただで、内地まで連れて行ってくれるならそれはそれで儲けものである。
百福は喜んで頭を下げていた。

翌日迎えの車が家の前に止まり、百福は乗り込んだ。
バスなら判るが、車に乗れる機会なんて早々あるものでもない。
しかしも、それが自分の為だと言うから、何だが偉くなったような気分だった。

そのまま、車は港まで向かうと、そこには見た事ないような大型客船が止まっていた。
車から降りると、高柳と言う人が一人で待っていた。
「やあ、いらっしゃい、それじゃ行こうか。」
「お、おはようございます。あ、あの、もう一人の方は。」
「ああ、高畑さんか、あの人も忙しい人でな、船の手配だけ着けると、上海に行ったよ。内地に戻るのは君と私だけだ。」
「はあ、そうですか。」
「それより、余り待たしちゃ悪い、早く行こう。」
船から下ろされたタラップを高柳に付いて行く。
「お連れの人は見えられましたかな。」
「ああ、ありがとう、無事来たよ。」
「それでは、出航して宜しいんですね。」
「うん、船長に宜しく。」
何か、この高柳さんもそうとう偉い人らしい。
船は、二人を乗せると、瞬く間に出航して行く。

ポーターが荷物を持ち、二人は中に案内される。
「た、高柳さん」
「うん、なんだい、百福君。」
「あの、この船、僕たちが最後だったんですか。」
「いや、本当は止まる予定は無かったらしいんだよね。高畑さんが一番早い便と言う事で、こっちにきて貰ったんだよ。良かったよ、丁度内地に向かう船が側を通りかかって。」
この人は、何を言っているんだ。
百福は唖然となる。
少なくとも高柳さんには、それが大変な事と言う認識は無いらしい。
「こちらでございます。」
案内されたのは、特等船室だった。
百福は口をぽかんと開けて、部屋の中を見る。
「やあ、中々良い部屋だね。ありがとう。何時ごろに着くかな。」
「予定では、明後日の夕刻には長崎沖合に到着します。」
「へえっ、割と早く着くんだね。それじゃ、船長に宜しく。あっ、そうだ迎えに木村さんが、船を出してくれると言ってたけど、一応軍艦だから、驚かないようにって伝えといて貰える。」
「わ、判りました。」
流石に、ポーターも言葉に詰まったようで、慌てて頭を下げ、出て行く。

32shin ◆QzrHPBAK6k:2007/02/03(土) 14:59:20
えっ、軍艦?
頭の中がぐるぐる回っている。
唖然としている百福を尻目に、高柳は、部屋の真ん中のテーブルに歩み寄る。
「やあ、バナナだ、流石に台湾だな。おいしそうだ。」
テーブルの中央に置かれた、果物の盛り合わせの中から、バナナを摘み、ソファに腰を下ろすや、皮を剥いて口に入れる。
「うん、やっぱり本場のものはおいしいね。百福君も、着くまでは休暇と思ってのんびりするが良いよ。」

ヘンだ、絶対何か間違っている。
こ、こんな事、あるのか。
「た、高柳さん!」
百福は、高柳に詰め寄る。
「あ、あなた方は、一体、何もんなんですか?」
「こ、こんな大きな船を止めて、しかも何か目茶苦茶高そうな部屋に案内されるわ。そ、それに、迎えが軍艦って、一体何ですか。」

高柳は、黙って百福を見つめる。
「合格」
高柳は一言だけ、言い捨てると、また黙って見つめてくる。
「ご、合格・・・」
暫く、何も言えない。
やがて、百福は、辛うじて口を開いた。
「合格って・・・これって、何かのテスト・・・面接試験・・・ですか?」
「うむ、まあそんなようなものだね。突然このような状況を突きつけられて、疑問に思わない人はいない。」
高柳は嬉しそうに言う。
「驚きながらも、何も言わないで与えられたものを受け入れてしまう人もいる。」
「馬鹿にされているのかと、怒り出す人もいる。」
「まあ、それに比べれば、百福君のように、疑問をぶつけて来れれば大丈夫だ。」
高柳はバナナの最後の一切れを食べてしまい、真っ直ぐに座りなおす。
「総力研究所は、皇室の私的調査機関です。1929年に設立され、私や高畑君は、そのメンバーです。ここで行うのは、帝国の国力を如何に増大するかと言う課題の検討。そして、その所長は、今上陛下です。」
「へ、陛下・・・」
て、天皇陛下の私設機関・・・まあ、それならこのような待遇も納得出来る。
しかし、どうして、そんな恐れ多いものが、自分のような一介の平民に声が掛かるのか。
「ど、どうして、僕が・・・」
「うん、益々良いよ。」
高柳がニコニコしながら続ける。
「我々は、日々必要な人々をスカウトしている。まあ、詳細は着いてからだが、ある詳細な調査分析結果があってね、それに基づいて色々な人々をスカウトしているのだよ。」
「そ、そのスカウトと言うものに当て嵌まるのが、僕ですか。」
「そうだよ。安藤百福君、君は二十年後に帝国どころか、世界の食生活を変えてしまいかねない大発明をする。そして、我々はそれを出来る限り早めたいと思っている。」
「ええっ、ぼ、僕、繊維問屋の孫ですよ。それが何で食生活なんですか。」
「まあ、その辺りは、着いてからだ。今言っても絶対信じられないからね。」
「でも、それは、間違いの無い事なんだよ。君は安藤百福君だろ。」
「ハイ、そうですが・・・」
「それじゃ、問題ない。安藤百福君、君はチキンラーメンの発明者なんだよ。頑張ってくれ!」

そう言うと、高柳は立ち上がり、自分の荷物を持って、個室に向かう。
「まあ、着くまで時間があるから、おいおい話をして行くよ。今は、とりあえず、船旅を楽しみなさい。」

個室の扉が閉まり、広い応接室に独り残される。
「な、なんじゃそれえーーーーーー!」
それは、安藤百福の心の叫びだった。
こうして、帝国での「チキンラーメン」開発プロジェクトが立ち上がったのだった。

33shin ◆QzrHPBAK6k:2007/03/17(土) 02:42:54
昔の書き掛けを少し弄ってみました。
元々、「のと」で使えないかなあと色々考えたのですが、ちと無理っぽい。
で、泣く泣く「のと」から切り離す事にしました。
お目汚しですが、楽しんで頂けたら幸いです。

34shin ◆QzrHPBAK6k:2007/03/17(土) 02:43:36
西暦1567年、駿府に居城を構えた今川義元が3万の大軍と伴に上洛を開始した事は、所謂戦国時代と呼ばれるこの時代、覇権を唱える大大名が行うごくありふれた行動であった。ある程度地方で力を蓄えた勢力が、当時の日本列島と言う極めて限られたエリアで覇を唱えるには、上洛し、将軍を補佐すると言う名目が最も一般的となりつつあった。
しかしながら、この覇業は、その勢力範囲から一歩足を踏み出した所で脆くも崩れ去る。今川義元は、尾張近郊の田楽桶狭間にて、当時はまだ尾張の弱小勢力でしか過ぎなかった織田信長公三千の手兵の奇襲攻撃によりあっという間にその首を捕られてしまったのだった。
今日では、信長公のこの奇襲攻撃が、公の非凡なる才能の現われと考えられており、公はその為に十分な情報収集と、事前の下準備を行い、あたかもピンポイントによる奇襲を実践したと言われている。
が、果たしてそうであろうか。確かに信長公は若き頃よりうつけと言われながらも、既存概念を打ち破り、自らの納得した方法にて実践を積み重ね、最良と思われる方法を編み出してきた事は否定するべくも無い。しかしながら、公の輝かしい人生の中で、この田楽桶狭間の奇襲のみが、異様な色彩を放っている。そう、公の美濃攻略から上洛、そして朝倉征伐、本願寺の石山退去、そして本州統一後の海外遠征等で直接公が指揮した戦いでの戦術と比較すると、あまりにも無謀とも思える戦いであった。
 信長公の戦術に関しては、今日でも様々な戦術論が出版されており、ここでは詳しくは述べないが、少なくとも「勝つべくして勝つ」が基本であり、その行動規範には「決して無理はしない」と言う非常に手堅い側面がある事は否定できないであろう。
 まだ尾張の跡目相続の争いにかまけていた頃の、500の手勢にて2000の柴田勝家氏ら反信長派を打ち破っている戦いにしても、やはり「勝つべくして勝っている」と言う分析が可能である。500の兵の武装を出来うる限り軽装化し、相手よりもリーチの長い槍で武装した機動戦での各個撃破と言う立派な戦術を駆使して勝利しているのは疑いも無い。
 唯一田楽桶狭間に比肩しうると、筆者が考察するのは、斉藤道三氏の美濃退去の時の戦いであろう。道三氏が息子義龍に責められ、救援に駆けつけた信長公の陣に辿り着けそうも無い状況で、公は本陣500の手勢にて、3000の義龍陣営へ騎馬突撃を実施している。これも無謀と言えば無謀であろうが、この時は、その場で討ち死にしようとしていた道三氏を翻意させると言う目的があり、事実義龍陣営が混乱し、道三氏が信長陣営に収容された時点で直ちに陣を引いている。これもいかにも信長公らしい、目的を明確にし、その為の最善と思われる手段を取ったと言ってよい行動であり、公の行動規範に辛うじて入ると考えられるであろう。
 しかしながら、田楽桶狭間における公の戦い方は、その範疇を逸脱している。勿論義元の本陣を突き止めるべく情報収集は行っており・・・

35shin ◆QzrHPBAK6k:2007/03/17(土) 02:47:25
「何を読んでるんだ?」
「うん、『信長公と桶狭間』だよ。最近出ている戦術論の一つだな。」
「へえっ、面白いのか?」
「いや、特に目新しい事がある訳でもなさそうだ。」
男はそう言うと、寝転んでいたベッドの横にその本を投げ、器用に起き上がる。
狭い天井に頭をぶつけないのは流石に長い艦隊生活の知恵であろう。
「もう、時間か?」
「ああ、そろそろだな。」
「じゃあ、行くか。」
「おお、行くべ!」
同僚の元気の良い返事に苦笑を浮かべながらも、男は略帽を被り、軽く身だしなみを整える。
軽く頷きを交わし、二人は狭い艦内通路を足早に歩き始めた。
 
「おい、右から行こう。」
「えっ、でも艦橋はこっちだろ。」
「ああ、少し外を見たい。」
「そうか。」
男の言葉に同僚は納得したように、頷き進路を変える。
狭い艦内の階段を駆け上がり、防火扉を開いた二人を、一気に騒音と独特の臭いが包み込む。
何も無ければ、ただっ広いと感じるフラットな甲板は、暖機運転中のエンジンの音と、速度を上げ始めた艦に吹き付ける塩気を十分に含んだ風が吹き抜けている。
甲板の後方から中ほどまで並べられているのは、これから空に還る事を待ち望んでいるような、新世代の猛禽類、一式艦戦「烈風」である。その向こうのサイドエレベーター上には烈風が空に放たれれば直ちに発艦する予定の、一式艦攻「彗星」が見えている。
 男ならば湧き立つような、直ぐにでも獲物に飛び掛ろうとするような獰猛な姿に、男は少し悲しそうな顔を浮かべる。
「おい、明るく振舞え、見られるぞ。」
同僚が、直ぐに彼の表情に気がつき、あごで示す。
向かっている艦橋の入り口辺りには、既に準備が出来て落ち着かないのか、艦内から出てきた搭乗員達の姿が見えていた。
「ああ、すまん。」
小さく、詫びを入れ、男は明るい表情を浮かべる。
発艦要員や、整備長等から如何にも邪魔者扱いされている搭乗員達は、なるべく目立たないように、聳え立つ艦橋に身体を寄せて、佇んでいた。
 彼らは、近寄ってくる二人に気がつくと、姿勢を但し、側に駆け寄る。
「村田隊長、発艦ですか!」
まだ若さの残る搭乗員が勇んで声を掛けてくる。
「慌てるな、まだだ!お前ら、今は中で休んでいる時間だろうが。何表に出てきているのだ、邪魔だ、邪魔だ。」
「ええっ、そうは言われても、うちらもう十分休みを取りましたかいに。」
「お前、一体どこの訛りじゃその言い方は。まあ良い、決して邪魔はするなよ。」
「ハイ、判っております。」
全員が一斉に返事をする。
しかし、見つめる目は期待するように二人を見つめ続ける。
「後、2時間位だろうから、十分休息をとって置けよ、今日はかなり諸君らに負担を掛ける事となるだろう。頑張ってくれ。」
「ハッ、了解しました。」
その言葉に、場の空気が一斉に湧き立つ。
そして、通り過ぎようとした二人に、艦内では普通行われない敬礼が一斉に起こる。
戸惑いながらも、二人は返礼し、艦橋に入る扉を潜った。

「良いのか、ああ言って。」
「ここまで来たら、もう秘匿しておく意味も無いさ。」
どこか投げやりな口調で、男は返す。
「お前、今でも反対なのか。」
「ああ、急ぎすぎるとは思っているさ。だけど、勘違いするなよ、俺は決して手は抜かないからな。」
「そりゃ、判っているさ。お前がそんなやつなら、とうに殴り倒しているよ。心配するな、お前の立てた作戦を俺がきっちり決めてやるさ。」
「ありがとう、信頼してくれて。」
「信頼??いいや、そんなもん、お前にした覚えは無い!いつも上手いこと言って、俺が騙されるだけじゃないか。こんなもん、信頼なんて呼ばないぞ。」
「じゃあ、何なんだ。」
「そうだな、しいて言えば、腐れ縁だ。ここまで来たんだから、この先もきっちりと決めて貰うからな。」
「ありがとよ、優しい言葉に涙が出そうだ。」
「ああ、泣け、大声で泣け、それが俺を奮い立たせるからな。」
男は捨て台詞のように言い放つと、正面の扉を開き、作戦室に入って入った。

36shin ◆QzrHPBAK6k:2007/03/17(土) 02:50:29
中央の大きなテーブルを囲むように、既に大勢の幕僚が集まっていた。
 正面の小柄な将官が、二人に気付いたように軽く頷く。
二人は目礼を返すと、そのテーブルの周りに近寄る。
テーブルには、大きな地図が広げられており、そこに赤い線で書き込まれているのが艦隊の進路だった。
 赤い直線は、北から降りてくる大きな半島部を大きく回りこむように進んでいる。そして、その直線の先には、艦隊の目指す目標が迫って来ていた。

「全員揃ったようだな。戦務参謀では始めてくれ。」
将官が最後の幕僚が室内に入ってくるのを見て、声を掛けてくる。

「はい、それでは最終の作戦会議を開始します。」
男は、吹っ切るように声をあげる。
「既に、連合国の警戒水域に入り、ここまでは無事進んできております。少なくともこれまでの所、先行部隊も含め、連合国に探知された形跡はありません。」
「うむ、予定通りかな。」
「ハイ、連邦空軍は、きっちりとその仕事をこなしてくれているようです。一昨日より続いている大陸連合軍に対する空爆は、既に第六波に入っており、偵察機からの分析でも、連合国軍の警戒態勢は、北方に引き付けられている模様です。」
「そうか、敵は引っかかってくれているか。」
「ええ、見事といって良いほどです。既に地上部隊の移動も始まっているようで、明らかに連邦の上陸作戦が実施されるものと見なされているものと考えられます。」
「ここまでは、問題ないか・・・」
小柄な将官は大きく吐息を吐きだす。
 本作戦の司令長官である、自由連邦統合軍攻略部隊海軍部代表、日本連邦海軍中将南雲忠一は、多分昨晩から寝ていないのであろう。そして、それはここにいる殆どのものに当てはまる。
 長官も含め、全員には、交代で休息を取るように作戦は組まれているが、敵の哨戒海域に突入してからは、誰もそんな余裕は無くなっている。それ程室内の緊張は高まっていた。

「ただ、それによる被害報告もうなぎ上りです。既に連邦海軍の戦略爆撃部隊の稼働率は70%を割り込んでいる模様です。護衛に借り出されている戦術空軍の未帰還機も増加しており、事前に予想されたこととは言え、やはり大陸の守りは堅固であるとしか言いようがありません。」
「うむ、想定内とは言え、これは厳しいな。」
「ハイ、事前の想定では、最大50%までの稼働率の低下を見込んでおりましたが、残念ながら、その想定通りの方向に向かっています。」
「それで、連合軍の方の状況は?」
「ハイ、こちらも苦しい状況ですが、連合国の方も相当に厳しい状況であるのは間違いなさそうです。先程の空軍の未帰還率ですが、明らかに減少しております。また、連合国が設置した沿岸の電探サイトは、あらかた潰し終えたようで、現在、連邦側から稼動が確認出来るのは、かなり内陸部に設置されたサイトばかりとなっています。おかげで、我々の艦隊を察知出来る位置にあったと考えられているサイトからの探信波は一切感知されておりません。」
「よし!状況分析はこのくらいで十分だろう。何か付け加えることはあるか。専務参謀。」

37shin ◆QzrHPBAK6k:2007/03/17(土) 02:52:55
「ハイ、一つ気になる報告が上がってきております。迎撃に上がってくる敵機に新型機が登場しているようです。」
「そりゃ、こちらも新型を投入している以上、敵さんも新しいのを出してくるだろう。何せ敵の本土防衛の要なんだから。しかし、烈風艦戦だと何とかなるんじゃなかったのか。」
村田が口を挟む。
烈風は鳴り物入りで登場した新機種である。ロールス・中島木星エンジンにてオーバー2200馬力のパワーを叩き出す、画期的な戦闘機の筈だった。芸術作品と言って良い程精緻なロールスロイス社のマリーンエンジンに、中島得意のターボチャージャーを搭載し、プロトタイプでは2500馬力を叩き出したと言われる。それを三菱が量産化の為にデェチューンしたエンジンを積み、エリコン村田20㎜機銃4門を装備した最新鋭の戦闘機である。
「どうやら、連合国は、墳進式戦闘機を実戦投入しているようです。」
ざわめきが、作戦室の中に広がる。
帝国でも開発が進められている墳進式戦闘機、それが既に敵は実用化していたというのだ。
「いえ、機数はまだ少ないようですが、パイロットには十分な注意を与えておくべきかと。」
「判った、それは任せてくれ。」
村田が、頷く。
「それでは、これより、最終段階に突入する。今更言うまでも無いが、これは戦争を終わらす為の最後の戦いである。諸君らの一層の奮闘を期待する。では状況開始!」
南雲司令官の言葉に、一斉に全員が立ち上がり、軽く目礼をすると、部屋を飛び出して行く。
一挙に艦隊を前進させ、敵の要害を攻撃する。
目標は非常に判りやすい。
それだけに、その防空網も緻密であろう。
そう、陸の王者に対して、海の連合が、ここに最初で最後の決戦を行おうとしていた。
1941年12月8日、日本連邦は、連合国首都に爆撃を敢行しようとしていた。
300年の時を経て、大陸に作られた白人種と黄色人種の混合帝国、アメリカ連合国、首都ワシントンに対して。

38名無しさん:2007/03/19(月) 13:09:59
誤:墳進式戦闘機
正:噴進式戦闘機


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