したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

避難用作品投下スレ5

899終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:31:43 ID:w1hhOi020
十四時二十七分/高天原司令室

 高速で振り回されたグルカ刀を弾き、そのまま懐に飛び込む形で体当たりする。
 しかし思いの外アハトノインの体は重たく想定のダメージすら与えられていないようだった。
 僅かに身じろぎしただけで、今度はアハトノインの肘が振り落とされる。
 舌打ちしつつ捌き、ついでにと一発蹴りを放つ。
 アハトノインは上体を器用に反らして横に回避。そのまま移動しつつ斬りつけようとしたが、
 サバイバルナイフでガードし間一髪で防ぐ。防御できなければそのままリサの首を吹き飛ばしていたであろうグルカ刀とリサのナイフがせめぎ合う。
 重量があり刀身も長いグルカ刀とあくまでも小型のナイフでしかないサバイバルナイフとでは分が悪いことは承知している。
 刀身を少しずらし、滑らせるようにしてグルカ刀にかかっていた力を受け流す。前のめりに注力していたアハトノインは抗する力がなくなった分前へと動き、
 その隙を突いてリサが再び距離を取る。先程からこれの繰り返し。一進一退と言えば聞こえはいいが、実際はこちらがどうにか防いでいる状況でしかなかった。

 一撃として有効なダメージが与えられていない。やはり格闘戦では向こうに分があるということなのだろうか。
 一瞬でも気を抜けばあっという間に距離を詰めてくる瞬発力。的確にこちらの急所を攻撃してくる精度。こちらの攻撃をあっさりと回避する運動能力。
 正しく全てが一流の動きだった。タイマンというシチュエーションならば那須宗一でも互角とはいかないだろう。
 以前あっさりと倒せたのは不意打ちや精度の高い射撃を駆使していたからか。
 アハトノインを冷静に分析しつつも、リサは安全なところに退避もせずに戦いを眺めているサリンジャーの方に目を移した。
 自分が殺されるなどとは微塵も思っていない傲慢が冷笑を含んだ目とふんぞり返った姿からも分かる。
 実に気に入らない。その気になれば手を出せる距離なのに、サリンジャーに狙いを変えた瞬間アハトノインが割り込んでくる。
 恐らく最優先で守るべき対象に設定しているのだろう。せめてラストリゾートさえ無効化できれば手の打ちようはあるのだが。
 接近しての格闘では絶対にアハトノインには敵わない。それはれっきとした事実だ。
 それを踏まえ、なお勝つためにはどうすればいいか。
 最善の手段を模索し、リサは腰を落としながらアハトノインにじりじりと近づく。

「期待外れですねぇ、リサ=ヴィクセン。そんなものですか、地獄の雌狐の実力は」
「……まだ体が暖まってないだけよ」
「そうですかそうですか。それではもう少し遊んで差し上げろ」

 サリンジャーが顎で指示すると、アハトノインが少しだけ踵を浮かせた。
 飛ぶつもりか? そう考えたとき、ガシャンという音と共にローラーが足の裏から飛び出した。

「面白い玩具ね……!」

900終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:32:06 ID:w1hhOi020
 挑発の言葉を投げかけられるのはそれが精一杯だった。
 脚部の動力をそのまま使用して回転させているらしいローラーが唸りを上げる。
 まるでローラースケートを履いているかのようなアハトノインは、しかしそんなものとは比較にならないスピードで接近してきた。
 すれ違い様に斬りつけられる。分かりやすい動きだったために剣筋を見切るのは容易いことだったが、パワーが今までの比ではなかった。
 加速力を上乗せされたグルカ刀による一撃はナイフで受け止めようとしたリサの体をあっさりと吹き飛ばした。
 無様に転ぶことこそなかったものの、腕にはじんとした痺れが残り、筋肉が悲鳴を上げている。
 すれ違った後、アハトノインはローラーを器用に使って品定めでもするようにリサの周りを旋回している。
 爪を噛みたい気分だった。代わりに顔を渋面に変え、次の攻撃に備える。
 備えきったのを待っていたかのように、アハトノインが角度を急激に変え再接近してくる。
 加えて更に急加速をしていた。次も今までの速度と同じならと甘い期待をしていたリサは対応が間に合わなかった。
 脇腹をグルカ刀が擦過し、焼けた棒を押し付けられたような痛みが走る。
 僅かにたたらを踏んだリサに畳み掛けるように、通り抜けたはずのアハトノインがUターンして迫っていた。
 息つく暇のない連続攻撃。完全に体勢を立て直すこともままならないまま、リサは攻撃を受け続ける。
 顔を、腕を、肩を、足を、上体を、腰を、あらゆる体の部分をグルカ刀が抉る。
 リサだからこそギリギリで致命傷は免れていたものの、傷の総量は無視できないレベルにまで達していた。
 次の突撃が迫る。攻撃は直線的ゆえ、読めればかわせないものではなかった。剣筋を判断し、横に避けつつナイフで軌道を逸らす。
 そうして攻撃を回避し続けてきたが、先に限界がきたのはナイフの方だった。
 グルカ刀と触れ合った瞬間、ナイフに罅が入り刀身の一部がぱらりと落ちた。
 もう受け止めきれない……! く、と歯噛みするリサに、目ざとく感じ取ったらしいサリンジャーが哄笑する。

「おや、もう終わりですか? 私のアハトノインはまだまだ行けますよ?」
「黙りなさい……!」
「なんでしたら武器をくれてやってもいいんですよ? なに、ちょっとした余興ですよ」

 明らかにこちらを見下し、支配しようとしている男の姿だった。
 少しずつ痛めつけては僅かに妥協を仄めかし、そうして人を諦めの境地に誘ってゆく。
 つまるところ、この男は自分と同等の人間にさせたいだけなのだろう。
 自らは決して劣等ではない。それを証明するために、他者も同じ劣等の格まで下げてしまえばいいと断じているのがサリンジャーなのだろう。
 全員が卑屈になってしまえば、恐れるものはない。全員が同じなら、優れているのは自分なのだ、と。
 柳川と相対したときのような人間の闇、虚無を感じる一方で、柳川ほどの恐ろしさも価値もないとリサは感じていた。

901終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:32:31 ID:w1hhOi020
 サリンジャーの発する言葉には何も重みも圧力もない。人を殺しきるだけの力もない。
 当然だ。誰かの尻馬に乗り、好機と判断すれば裏切り、より力のある方に付いているだけの人間は、結局支配されているのと何も変わりない。
 それでいて自らの弱みを隠しもせず、寧ろ他者に受け入れてくれとだだをこねているような態度を、誰が恐れるものか。
 私が積み上げてきたものはこの程度のものに屈しない。
 リサは無言でサリンジャーを見つめた。もはや怒りも哀れみの感情もなく、ただの敵、つまらないだけの敵として冷めた感情で見ることができていた。
 サリンジャーは気に入らないというように露骨に表情を変え、負け惜しみするように言った。

「死を選ぶとは、つまらないことをする……やれ」

 アハトノインが自身を急回転させ、こちらに方向を変じて突進してくる。
 まだ行ける。今の自分の感情なら、どんな状況だって冷静に見据えることができるはずだ……!
 ナイフを構え直したその瞬間。
 ぐらりと地面が揺れる。
 眩暈や立ちくらみなどではなかった。まるで突発的な地震でも起こったかのように地面が揺れていた。
 急な振動に対応できずにアハトノインがバランスを崩し、コースから逸れた。
 千載一遇の好機と瞬時に判断し、リサがアハトノインの元へと駆ける。
 距離は少しあった。およそ十メートル前後というところか。アハトノインが起き上がるのに一秒。こちらに追いつくまで数秒。
 十分だ。リサは僅かに笑みの形を作り、しかしすぐに裂帛の気合いを声にしていた。

「何をしてる! 私を守れっ!」

 背後に動く気配はない。既に起き上がっているはずのアハトノインは、なぜか微塵も動く気配を見せていなかった。
 何かが違う。異変が起こっていると感じたのはリサだけで、単に動きが鈍いと思っているだけのサリンジャーはヒステリックな声を張り上げるだけだった。

「く、くそっ! 役たたずめ!」

902終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:33:01 ID:w1hhOi020
 それまでの余裕が嘘のように恐慌そのものの表情を作り、椅子を倒しつつサリンジャーが逃げ出す。
 所詮は元プログラマー。加えて丸腰の人間にリサが負ける道理はなかった。
 サリンジャーは必死に、部屋の奥にある扉を目指す。距離は殆どなかった。恐らく、万が一のために逃げやすい位置に陣取っていたのだろう。
 そう考えると最初から余裕などなかったのだと思うことができ、リサは冷静にM4を取り出して構えることができた。
 扉を潰す。取っ手を破壊してしまえば逃げられない。
 扉の取っ手は小さく、距離は七、八メートル。フルオートにすればいける。
 レバーを変え、フルオートにしたのを確認した後、トリガーに手をかける。
 だが危機察知能力だけは優秀らしいサリンジャーが気付き、意図を読んだようだった。

「ら、ラストリゾートを最大出力に……!」

 既に指は装置に届いていた。間に合うか、と感じたもののトリガーに指はかかっていた。
 ラストリゾートが発動している今、サリンジャーの目論見どおりに弾は逸れ、弾丸は全て外れるはずだった。

「……な……?」

 だが、弾は逸れることはなく、取っ手に当たることもなく……綺麗に、サリンジャーの背中を捉えていた。
 サリンジャーの背中を狙ったものではなかったのに。
 ぐらりと倒れるサリンジャーの手から、ラストリゾートが離れる。
 血は出ていないことから、中に最新鋭の防弾スーツでも着込んでいたのかもしれない。
 ともあれ、最後の楽園から追放された男の哀れな姿がそこにあった。

「ば、馬鹿な……なぜ収束している……く、くそ……故障か……」

 恐らく、違うだろうとリサは感じた。
 アハトノインがまだ動かないこと。そして不可解なラストリゾートの動作。
 考えられる可能性は一つしかない。誰かが操作系統を弄ったのだ。
 誰がやったのかは分からないし、検討もつかなかったが、感謝するのは後だった。
 ラストリゾートが使えない今、サリンジャーを倒すのは今しかない――!
 M4を向けたリサに、ギロリと凝視していたサリンジャーと目が合った。

903終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:33:55 ID:w1hhOi020
『ここで死ぬわけにはいかないんだよ、猿がっ……!』

 いきなり発されたドイツ語。その意味を理解しようと一瞬空白になったその間。
 隙を見逃さず、サリンジャーは懐からスタン・グレネードを取り出し、爆発させた。
 凄まじい閃光と爆発。訓練を受けていたリサは気絶こそしなかったものの一時的に視覚と聴覚を奪われる。
 真っ白になった感覚の中で、リサは己にも聞こえないサリンジャーの名前を叫んだ。

     *     *     *

904終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:34:20 ID:w1hhOi020
十四時三十分/高天原コントロールルーム

 アハトノインは、石像のようになったままピクリとも動くことはなかった。
 綺麗に。芸術的に。そして奇跡的に。
 彼女の突き出したグルカ刀は――刃先の、その先端がことみの右胸に触れる形で停止していた。
 もう一秒でも遅ければ胸を深く貫いたグルカ刀はことみの心臓を破壊し、生命を奪っていたのだろう。
 突きつけたままのベレッタM92を未だに下ろせず、ことみは慣れようのない緊張と生きていることの驚きを実感していた。
 疲れてもいないのに息が荒い。体が苦しい。だがその苦痛がたまらなく嬉しいのだった。
 なぜ止まったのかは分からない。額に穴を開けたまま、茫漠とした瞳で、何も捉えることのない金髪の修道女は答えを教えてはくれないのだろう。
 必ず相打ちだろうと予測していたのに。まるで壁にでも突き当たったようにアハトノインはその動きを止めている。
 何かが起こったことは明らかだったのだが、アハトノインそのものが物言わぬ骸になってしまったため調べようもない。
 ベレッタM92を撃った前後で激しい地震のようなものも感じたが、それが原因なのだろうか。

 ともかく、今言えることは刃先を突き付けられたままでは心臓に悪いということだった。
 修道女の体を蹴り倒し、壁際から脱出する。どうと音を立てて倒れたアハトノインは奇妙なことに、死後硬直にでもなったかのように全く体勢を変えていなかった。
 機能を停止した彼女は最後に何を感じていたのか。それとも何も感じていなかったのか。
 見下ろした視線に一つの感慨を浮かべたが、すぐにそれも次の行うべきことの前に霞み、頭の片隅に留まる程度になった。
 生きているのならば、まだやることがある。
 コンソールに取り付き、作業の続きを行おうとしたところで、ことみは全ての真相を知った。

「……偶然って、怖いの」

 画面の中ではアハトノインの機能を停止させ、然る後に再起動する命令が実行されていた。
 グルカ刀を振られ、コンソールに倒れこんでしまったはずみで起動していたのだろう。
 悪運と言うべきなのか、それとも運命の悪戯と表現するべきなのか。
 少し考えて、ことみはくすっと微笑を漏らしてからこう表現することにした。

「運も実力のうち」

 隣のラストリゾート管理装置も時を同じくして起動していたらしい。
 効果の程は定かではないが、とりあえず『拡散』から『収束』にモードを変えておく。
 ラストリゾートが物理的に攻撃を遮断する仕組みは力場によって力の向き、つまりベクトルを外側にずらすことによって擬似的なバリアを張るといったものだった。
 そこでベクトルのずらす向きを外側ではなく内側へと変更した。攻撃が集まるということだ。
 実際ラストリゾートが起動しているかすら分かってはいないのだが……

905終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:34:43 ID:w1hhOi020
 とりあえず、やれることはここまでだ。後は何とかしてここから逃げ出すだけ。
 ことみは物言わぬ骸となってしまったウォプタルの遺骸を寂寥を含んだ目で眺めた。
 正体不明で、どんな動物なのかも分からなかった。最後の最後まで、人間に従って死を受け入れていった動物。
 血を流し、ぐったりとして動かないウォプタルは役割を終えて眠りについているようにも見えた。
 もしかすると、この動物はここで生み出され、殺し合いゲームのためだけに作られたのかもしれないと訳もなくことみは感じた。
 確証があったわけではないし、ただの勘でしかなかったが、あまりにも大人し過ぎた死に様がそう思わせたのだった。
 さよなら、と心の中で呟いてからことみは部屋を抜け出した。

 ここまで運んでくれてありがとう。
 後は――自分の足で、歩く。

 以外に体は軽かった。血を流して、血液が足りていないのかもしれない。
 どちらでも良かった。今はただ、自分を信じて足を動かすだけだ。
 小走りではあったが、ことみの足はしっかりと動き前を目指していた。
 途中で包帯を直していないことにも気付いたが、この動いている体を感じているとどうでもいいと思い直し、
 赤くなった包帯をはためかせながら走ることを続行した。
 そういえば、と包帯を見ながら、タスキリレーに似ているとことみはぼんやりと思った。
 何を繋ぐためのリレーなのかは、分からなかったが。

     *     *     *

906終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:35:25 ID:w1hhOi020
十四時三十二分/高天原

『クソッ、クソックソッ! 猿どもめ!』

 口汚く己を脅かす者共を罵りながら、サリンジャーは対人機甲兵器がある格納庫へと足を運んでいた。
 何故こうまで上手くいかない。こちらの勝利は完璧だったはずではないのか。
 怒りの形相を浮かび上がらせるサリンジャーの頭の中には何が失策だったのかと反省する色は見えず、役立たずと化したアハトノイン達に対する不満しかなかった。
 AIは完璧だった。搭載したシステムも同じく。ならばハードそのものが悪かったとしか考えられない。
 予算さえケチっていなければこうはならなかったものを。
 少し前までは真反対の、賞賛する言葉しかかけていなかったはずのサリンジャーは、今は機体の側に文句をつけ始めていた。

『復讐してやる……猿どもめ、今に見ていろ……』

 呪詛の言葉を吐きながら、サリンジャーはカードキーをリーダーに押し付け、続けて暗証番号を入力する。
 パワードスーツとも言うべき特殊装備が配備された格納庫。軍人でなくとも楽に扱え、
 それでいてHEAT装甲による通常兵器の殆どを無力化する防御力となだらかな動作性による運動力。
 単純な戦闘能力ではアハトノインを遥かに凌駕するあの兵器で全員抹殺してやる。
 サリンジャーは逃げることなどとうに考えず、自分を辱めた連中に対する報復しか考えていなかった。
 そうしなければ自分はこれから先、ずっと敗北者でしかいられなくなってしまう。
 理論を否定され、機体を破壊され、それどころか受け継いだ篁財閥の力すら扱えずに逃げるというのは到底許しがたいことだった。

 所詮負け犬などその程度。

 いないはずの篁総帥や醍醐にせせら笑われているような気がして、サリンジャーはふざけるなと反駁した。
 今回は違う。ここにあるアレはハード面から設計を担当しているし、機能までも完全に把握済みだ。
 下手な軍人よりも遥かに上手に使いこなせる自信がある。
 結局のところ、最後に信用できるのは自分だけか――他者に僅かでも任せた部分のあるアハトノインを信用していたことを恥じつつ、暗証番号の入力を完了する。

『ちっ、網膜照合もあるのか……急いでるんだよ私はっ!』

 電子音声による案内すら今の自分を阻害しているようにしか感じない。
 苛々しつつ目を開いて照合させると、ピッと解錠された音が聞こえ、格納庫へと通じるドアが開いた。
 確認した瞬間、サリンジャーの手元で火花が散った。続いてバチバチとショートした音を立てるキーロックが、敵が来たことを知らせていた。

「サリンジャー!」

907終点/《Mk43L/e》:2010/08/27(金) 21:35:51 ID:w1hhOi020
 リサ=ヴィクセンだった。早過ぎる。閃光手榴弾まで放ったのにもう追いついてきたことに怖気を覚えながらも、サリンジャーは格納庫へと逃げ込む。
 ちらりと確認したが距離はまだ十分ある。そもそも距離が近ければリサが外す道理もない。
 立方体のような形状の格納庫の奥では、神殿にある石像のように安置された人型の物体があった。
 静かに佇み、暗視装置のついた緑色の眼でサリンジャーを見下ろしている。まるで来るのを待っていたかのように。
 やはり最後に信用できるのは自分だけだ。屈折した笑みを浮かべながら、サリンジャーは乗り込むべく像の足元まで走った。
 直後、リサ=ヴィクセンが格納庫に侵入してくる。扉が開いたままだったのはキーロックが破壊されたからなのだろう。
 だがもうそんなことも関係ない。パネルを動かし、コクピットを下ろす。
 股間、いや正確には胸部から降りてきたコクピットにはマニピュレーター操作用のリモコンと脚部操作用のフットペダルがある。
 試験動作は完了していた。サリンジャー自身でやっていたので今度こそ故障はない。
 一旦中に入ってしまえば外と内の分厚い二重装甲が自分を守ってくれる。
 さらにパイロットを暑さから守るための冷却装置も搭載しているため、たとえ蒸し風呂にされようがこちらは平気だ。
 再三安全を確認したところで、リサ=ヴィクセンの追い縋る声が聞こえた。

「逃げても無駄よ……! 貴方はここで終わり!」
「死ぬのは貴女達ですよ。私に逆らったことを後悔させてあげますよ! 貴女が大切にしようとしていたミサカシオリのようにね!」

 ふんと笑ってみせると、リサ=ヴィクセンの目から冷たいものが走った。完全に殺す目だ。
 関係ない。精々追い詰めた気になっているがいい。コクピットに乗り込みパネルを操作すると、一時視界が闇に閉ざされた。
 完全密閉型になっているためだ。だが機械により外部カメラで外界は捉えることはできるし、オールビューモニターという優れものだ。
 電源が入り、内部が徐々に明るくなってゆく。ぶん、と特有のエンジン起動音を響かせるのを聞きつつ、サリンジャーは操縦桿を握り初動へと入った。
 オールビューモニターが表示され、M4を構えているリサ=ヴィクセンの姿が目に入る。
 見下ろした自分と、見上げるリサ。やはりこの位置こそが相応しい。そう、自分は誰よりも優れていなければならないのだとサリンジャーは繰り返した。
 そうしなければ負け続ける。他者を常に下し、見下ろさない限りずっと惨めなままだ。

 出来損ないのお坊ちゃん野郎。サリンジャー家の面汚し。
 他のエリート達よりも格下のハイスクールに行かざるを得なくなったとき。プログラマーという職業に就くことになったとき。
 いつも周囲の目は自分を見下していた。内容に関わらず、勝負に負けた自分を慰めもしてくれなかった。
 世界はそういうものだとサリンジャーは悟った。誰かを踏み台にしなければ生きてゆくこともできない。
 長い間待った機会だった。負け続けることを強いられ、見下されることを常としてきた自分がようやく得た千載一遇の機会。
 それも、自分以外の全てを見下せるようになるという機会だ。
 こんなところで失ってたまるか。勝つのはどちらであるかということを教えてやる。

「見せてあげますよ。これが私の鎧、『アベル・カムル』だ!」

 格納庫に、獣のような咆哮が響き渡った。

908名無しさん:2010/08/27(金) 21:36:54 ID:w1hhOi020
ここまでが第二部となります。
少し休憩を挟みます。21:40からまた再開します

909名無しさん:2010/08/27(金) 21:45:30 ID:mmcxYldQ0
test

910名無しさん:2010/08/27(金) 21:52:20 ID:mmcxYldQ0
続きは新スレッドで!

ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/7996/1282913075/

911管理人★:2010/08/28(土) 00:28:50 ID:???0
容量の肥大化に伴い、新スレッドに移行いたします。
以降の作品は上記スレッドへの投下をお願いいたします。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板