したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

緊急投下スレッド2

415謎のミーディアム:2010/05/30(日) 08:07:56 ID:???
>>414
ありがとうございました

416謎のミーディアム:2010/05/31(月) 17:47:12 ID:V5LvEGfQ
【晴れた日は】【何する?】
銀「最近暑いから涼みに来てあげただけよ」
め「昨日は雨宿りに来てくれたわね」
銀「なによ」
め「ふふ、なんにも」

スレタイネタなので、転載お願いします

417謎のミーディアム:2010/05/31(月) 18:12:13 ID:???
>>416
転載しました

418謎のミーディアム:2010/05/31(月) 18:56:48 ID:cJRYj8F2
ありがとうございます

419謎のミーディアム:2010/06/15(火) 22:25:42 ID:x4dCfNwM
真夏に向けてまっしぐらな時期に冬の話を投下することをお許しください。

Merry Christmas Mr.Vegita-After Yellow Comes Purple-
Phase7-9

一気に投下します。
しばしの間お付き合いください。

420謎のミーディアム:2010/06/15(火) 22:26:46 ID:x4dCfNwM

Phase7
12月というのは、こんなにも寒いものだったのだろうか?
トンカチかなんかでひと思いに叩いてしまえば割れそうな勢いの寒さは、心をどんどん委縮させていく。
人間ってのは一人ひとりキャパティシーなるものに差異があり、それはそれでいいんだが、この寒さは俺のキャパを超えそうな勢いだ。間違いない、俺は寒さに弱い。あぁ、認めたくない。

なんて独り言を心の中で呟いていた俺はいつものコーヒー屋にその身を置いていた。
薔薇水晶の言う当たりはずれをここ最近になって妙に意識するようにはなったものの、何が何だか分からない。
とどのつまり、俺はコーヒーに対してそこまで拘りがない人間である。飲めたらいいんだよ、こんなもん。

「なら場所を変えたらどうだ?近所にあるだろう、もっと安くコーヒー飲める店が。」
「ほっとけ。俺はここで一人で考え事をするのが好きなんだ。340円払ってでもな。」
「なら止めはしない。だがな、お前そろそろ胃に穴が開くぞ。」
こいつの忠告を受け入れるべきかどうか、悩むところだが既に4、5杯は軽く飲んでいる。気付いたころにはもう手遅れだ。
この華やかな時期に俺一人が沈んでいるような気がしてやまないのもまた事実。追い打ちをかけるかのように忠告をよこした男は【リア充】を絵にかいたような男であることに間違いはなく、一言爆発しろと言ってやりたい所存ではあるがそんなことを言ったところで誰が得をするだろう?全国の独り身協会に所属するような男連中だけでそれ以外の人間は何言ってんのコイツ?ぐらいにしか思わんだろう。
所詮、そんなもんさ。

「で?お前はわざわざそんな優しい言葉を俺にかけるためにここにいるのか?」
「そんなわけないこと、よくわかってるだろ?」
「じゃあ何の用だ?レポートの手伝いは御免だぜ?」
「お前にだけは手伝ってもらいたくないな。」
「心外だ。結局なにしに来たんだよ?」
「あぁ、薔薇水晶が探してたぞ?お腹すいたって。」
「勘弁してくれ。俺の財布はもうゼロだ。」
「まだ、カードがある。薔薇水晶なら言いそうだな。」
「それはそうだがそっちも御免だ。破産する。」

「ところでベジータ、お前まだ悩んでんのか?」

この野郎。俺がどんなにしんどいか知ってて追い打ちをかけてきやがる。分かり切ったことを聞かれることほど鬱陶しいものもそうそうないだろう。やってくれるぜ。

頭の中を何度白紙に戻せばいいんだろうか?
そのうちディスクがすり切れそうなくらいにまでボロボロになっていくようで、どれだけ考えても延々と同じ答えにたどりつくような気がした。そうか、これが"堂々巡り"か。
感心している場合でもない。このままでは頭が壊れる。過度なストレスは頭皮によろしくない。うるせぇ、誰だM字っていった奴。

「誰も聞いてねーぞ。言ってもないし、聞かれてもない。考えすぎだ。それこそ頭皮に悪いんじゃないか?」
「結局お前はそれしか言わんのか?まぁいい。で?俺にどうしろって言うんだ。」
「どうもこうもそんだけ考えても答えが一つならそろそろ認めるしかないんじゃないのか?」

12月18日。
俺がどんだけ考えても答えが出なかったところに無理やり出した回答は・・・。

421謎のミーディアム:2010/06/15(火) 22:27:44 ID:x4dCfNwM
「やっと折れたか。素直なほうが生きやすいぞ?」
「これはこれで認めたくはないんだがな。お前はどう思うんだ?本当に頭の整理がついてない状態で、この結論は。」
「何度も同じこと言わせるなよ。僕は言ったはずだ、それが最良だと。」

そうだ、よく聞け。俺はお前-俺自身-に聞いている。いいか?よく考えろ。重要な選択肢が目の前に2つ転がってるんだ。
お前はどうするんだ?金糸雀との日々を捨て、新しい相手との日々を取るのか?
どうだ?そこにとどまり続けることだってできるんだ。過去の思い出にすがり続け、その記憶の海の中で溺れぬくぬくとただ時間が過ぎてゆくのを傍観し続けることを。

記憶の大海原の中、そこに溺れることを望んでいたんじゃあないのか?
薔薇水晶との日々という可能性を捨てることを望んでいたんじゃないのか?

だが俺よ、いいか。

"ARE YOU REALLY SURE THAT??"
ホントウニソレデイイノカ?

そんなうつつの世界に留っているのが誇り高き戦闘民族であるサイヤ人なのか?
俺は前を見ていたんじゃないのか?後ろを省みることはしても、振り返ることはしないんじゃないのか?

ネオテニー以下のお前の頭脳を駆使せずともわかるだろう?自分がわかりきっていることを、いつまで引っ張り続けるんだ?


最後にもう一度聞く、いいか?よく聞け。これ以上は問わん。


「お前は、過去を放棄し、新しい世界へ向かうのか?」

「それとも、ここにいつまでも留まり、後ろを見続けるのか?」

「「どうなんだ、ベジータ?」」

桜田ジュンの声が俺の心に届いたと同じ時、俺の中にいた「オレ自身」も同じことを言った。

言われんでも・・・・言われんでもそんなこたぁ・・・・!
「決まってんだろ?」
そんなこといちいち聞かれなくとわかってる。自分が誇り高き戦闘民族の人間であり、その教えを受け継ぎ後ろを振り返らずに今まで走り続けてきた。
それを今になって辞めろだと?冗談じゃねえ。俺はもう振り返らん。この2年間苦しみ、悩み続けた自分自身が出す回答のどこに・・

「一体どこに、間違いがあるってんだ?」
「お前の選択を、今回に限っては賛成することにするよ。」
「そう言ってくれるのはお前だけかもしれんな。」
「いや、みんなそう言うだろうさ。お前はサラブレッドじゃない、ムスタングだからな。」

奴は続けて、こんなことを言った。

遠い夏の記憶を忘れることは、そこにいた人間の存在が消えてしまうんだ。
それはある意味「死」に等しいのかもしれない。
記憶を消し、存在を消すことにより楽にはなれるかもしれない。

だがな、自分の記憶から消された人ってのはどうなる?
そら、どこか自分の知らない処で生き続けるかもしれないしその逆もありうる。

記憶の死のいいところは、蘇生が可能であるところだと僕は思う。

だからいいだろう?

-記憶の中で生き続けても。

「それは別に、振り返ることなんかじゃないと思うぞ。」

死生観の話になぜなったのかは、ジュン本人にしか分からない。汲むところがあるとすれば水銀燈の話だろう。
めぐ...だったか?俺はその人間がどういう人間で、水銀燈とどういう間柄だったかは定かではない。
今は、自分のことだけを考えるべきなんだろう。

422謎のミーディアム:2010/06/15(火) 22:28:13 ID:x4dCfNwM
その夜。
俺は一本電話を入れた。国際電話のかけ方を知らなかったもんで四苦八苦したが、ようやくビープ音が鳴り始めたころには電話機と格闘しだしてから半時間以上たっていたことは、恥ずかしくて誰にも言えない。
だいたい普段から国際電話をかけるほど、俺はグローバルじゃない。



「ぼんじょるのーかしら?」

懐かしい声が聞こえた。2年前までは毎日耳に入っていたはずの周波数を、俺の脳味噌はそう簡単には忘れてくれてはいなかった。
つくづく馬鹿な生きモンだ、俺は。一瞬で金糸雀の存在が危篤から生還し、見事な蘇生をしたんだからな。

ガソリンをばらまいた密室でタバコを吸うバカはいない。いるとすれば・・・

「俺だ、金糸雀。」
そう、世界中のどこを探しても1人しかいない。
Phase7 fin.

423謎のミーディアム:2010/06/15(火) 22:28:49 ID:x4dCfNwM
Phase8

かたく絞ったタオルに残った水分量なんぞ、たかが知れている。そこから出せる分量はおのずと決まっているのが筋だろう。
その如く絞り出すような声を受話器の向こうから拾った俺の脳味噌は、一瞬で検索を行い該当するフォルダからファイルをピックアップしていった。
記憶というのは恐ろしいもんだ。

「・・・ベジータ、かしら?」
「俺は俺だ。イタリアでもオレオレ詐欺がはやってんのか?」
「・・・そんなことないかしら。」
「元気だったか?」
「・・・元気かしら。」
「そうか、ならいい。金糸雀、ここからはしばらく俺に話をさせてくれ。なに、長くなることはない。少しだけだ。」

俺は今まで必死にお前といた時の記憶を消そうとしていた。それが最善だと判断したからな。
だが違った。2年前のあの日から今日にいたるまで、ドツボにはまっていくばかりで出口のないトンネルをただひたすら進んでいた。
つらいと認めることをせず、独りよがりになって自分の殻に閉じこもって酔っ払っていた。どんなかたいハンマーでぶっ叩いても割れないような殻の中にな。
だけどな、そうすればそうするほど自分が嫌になっていったんだ。スタグフレーションのような状況下で自分だけでなんとかしようとしてたが、それはただ単に空回りにすぎなかった。
後ろを見ること忌まわしいことだと教わってきたからだ。それが俺をより一層頑固にさせてたんだろう。
だが、振り向くんじゃなくて省みることを教えてくれた奴がいた。そいつのおかげでな、今こうやってお前に電話をかけてるんだ。

「一方的にしゃべってすまん、言いたいことは大体言った。」
「いいかしら。やっと、前に進めたかしら?」
「進めたっていうか、無理やり進んだ感は否めんがな。まぁ進んだことに変わりはないだろう。」

他愛もない話を、それから何分したんだろう。来月の請求書が怖いような何ともいえないところだ。
恐らく俺は後でこう思うんだろうよ、なんでスカイプにしなかったんだってな。

「カナもね、いろいろあったかしら。でも、ベジータの言うように前に進んできたかしら。どんな時も。」
「そうか。ならよかったぜ。悪い、実はそんだけなんだ。またいつか会おうぜ。お互いもうちょっと先に進んでな。」
「・・・その時を楽しみにしてるかしら。」
「あぁ、それじゃあな。」

さようなら、ありがとう。
この二言は、何故か俺のCPUが心の中にとどめるようにという命令を下し振動が電気信号に変換されることなく切断の電気信号だけが俺の耳に届いた。
これでよかったんだ。最良の選択という言葉を極力避けておきたい。なぜならこれは、「最善」の選択だからだ。
それも、俺自身が下したモノだ。誰にも文句なんざ言わせねえ。あるなら出てこいギャリック砲クリスマススペシャルで反撃してやる。
翌朝。
急に、コーヒーが飲みたくなった。最近めっきりカフェイン中毒者への道を歩むようになってしまったようだ。
そう言えば当たりがどうのって誰かが言ってたな。まぁ、そんなことを気にはしないのだが。

すっかり赤、白、緑に彩られた店内はそのうち目がチカチカするんじゃないかと思うが意外にそうでもない。
要するに、俺の感覚の受け皿には何も入ってこないってわけだ。

すっかり顔なじみのようになってしまった俺は、いつの間にかプリペイドカードまで持つようになり【常連】というレッテルをはられるようになった。悪い気もしない代わりに特段いい気もしない。ルーティーンワークのように【ここに来るだけ】だからな。

そんな事を思いつつ俺は会計を済ませコーヒーを受け取り、席に着いた。
ここで折れの嗅覚が【?】のサインを出したことに気付いた。何だ?香りが違う。

疑問を抱きながら一口飲んでみる。今度は味覚が「何だこれ?」と言い出した。
そう、これがいつも飲んでいるものと違うことに俺はとうとう気づいてしまったんだ。

424謎のミーディアム:2010/06/15(火) 22:29:29 ID:x4dCfNwM
「・・・ラッキーだね。ソレ、めったにお目にかかれないよ?」
「なんだこのコーヒー?」
ご丁寧にもこのコーヒーがどんなもんかを説明してくれようとしている人間に、なぜここにいる?だの聞くこと自体が野暮ったいと思ってしまった。素直に聞けばいい。初めてそんな事を思った瞬間だった。

そのご丁寧な説明によるとだ・・・アラジンだったかアラビアンだったかの名前の付くコーヒーでこの店の最高級品クラスの豆らしい。よってめったにお目にかかることができず、運よく飲めることができたら何かひとつ願いが叶う「曰付き」のコーヒーだという。
叶う願いは「現実的」であることが条件らしい。
正直後半部分はこいつのでっち上げかなんかじゃないかとも思うがな。

「で、お前もそのコーヒー飲んでるんだろ?何を願ったんだ?」
「私は何も願ってないよ?というか、半分かなってるからかなぁ。」
「そうか。それは何よりだな。だが気をつけろ、願いなんて叶っちまったらそこで止まってしまうんだ。」
「そうかなぁ?私は違うと思うよ。叶ったらうれしいし、そこから先にもまた願うことはあるんじゃないかな?」

そこから先・・・か。
こいつの2つの眼球から見るものの考え方は俺みたいにどこか厭世的なモンとは遠く離れた場所にいるようだ。そうやって考える人間がいたって俺はいいと思う。
ここ最近、そんなポジティブな考えをするようなことをしていなかったように思う。
だからこそ俺が今思ったことに俺自身が驚きを隠せないようで、それはコイツのレンズにもはっきりと捉えられたであろう。


「いい香りでしょ?私これが一番好きなの。」
「今日は当たりの日か?」
「うん、大当たりだよ。」

にこっと笑った顔を見て、俺は自分の願いがなんであるかを遂に悟ることになる。
もしも、このコーヒーを飲んで願いがかなうのならば今日ばかりはその噂とやらを信じてもいいだろう。
他愛もない会話の中にある心地よい空気を俺はその日、心行くまで感じていた。

昔こんな空気をどこかで吸ったことがある。
その過去がなければ今俺はこの空気を感じることはできなかっただろう。

これが、幸福というものなんだろうか?

「ベジータがそう思うんならそうだよ、きっと。そのほうが私は嬉しいな。」
「それは何よりだ。お陰で生え際の毛根が生き生きしてくるぜ。」
「笑えないよ、ソレ。」
「そうだな、確かに笑えん。深刻な問題だ。」
「ふひひ。やっといい顔してくれるようになったね。」

顔つきが変わる・・・・なんてのは俄かには信じがたいものである。
鏡を見たところで毎日見る俺様のハンサムフェイスに寸分の変化も見られないのは、自分で見ているからなのか?

「自分のことイケメンだって思ってるの?それはただの池沼じゃないw」
「うるせぇ、ちょっとぐらい言わせろ。最近お前にはやられっ放しだからな。」
「イヤだった?」
「別にイヤってわけじゃないけどな、なんとなく言っておきたかったんだよ。」
「ふーん。ところで今から暇なの?」
「暇だったらなんだよ?たかられても今は困る。」
「私がなんか言ったらすぐそれだもんねー。あっかんべー。ただちょっと連れて行ってほしいところがあったのに。」
「どこだよ?」
「ベジータと前に行った場所。湖のそば。」
「別に構わんが・・・寒いぞ?」
「いいよ?おねーちゃんの車借りてきたし。」
「なるほど・・・で、だれが運転するんだ?」
「んじゃ行こっか♪はい、キー渡しとくね。」
「・・・へぇへぇ。」

425謎のミーディアム:2010/06/15(火) 22:30:03 ID:x4dCfNwM
かくして俺が運転する羽目になったわけだが、やはりこの姉妹のことだ。普通の車に乗っているわけがない。なんとなくそんな予感がしたが、最近の俺の的中率は異常なまでに高く某東郷さんのような正確さを得ていったようだ。
ホントに迷惑な話である。車高は一般人が見れば結構低くいざ乗り込んでみるとどこ走んの?と小一時間問い詰めたくなる計器類。
挙句の果てにクラッチの重さが半端ではない。左足がおかしくなりそうだ。
そして待ってましたと言わんばかりに止めを刺してくれるのがこれだ。
「なぁ、妙にハンドル重くないか?」
「これパワステ切ってるもん。覚悟してね♪」
「お前よくここまで運転してきたな。」
「うん、死にかけたw」
「俺まで殺すなw水銀燈は何考えてんだか・・・」
「でもジュンは涼しい顔して運転してるよ?汗だくだけど。」
「そらそうなるわな。何なんだこの車は。」
これは後からジュンに聞いた話だが、この車のオーナーさんは本当に絵にかいたような涼しい顔でこの車を運転しているそうだ。
あの華奢な腕と足からどうやって力が出るのか聞いてみたい。コツなのか効率なのか・・・俺の知るところではない。
とりあえず俺は、死なない程度にゆっくりと目的地へと向かうことにした。
道中、俺は薔薇水晶との会話もそこそこに少しばかり考え事をしていた。考え事をバレないようにするにはどうしたらいいのかジュンが教えてくれたおかげで少しばかりの時間を得ることができ、今俺がどうすべきかを考えた。

云うのか、云わないのか。云うとして、いつなのか。
もう云ってしまったほうが楽なのは確かだが・・・・迷うことなどないはずなのだがどうにも今日の空のようにスッキリしなかった。
まぁ、着いてからもう少し考えるとするか。
俺は車を走らせた。
少しだけ向こうに見える未来に向かって。

Phase8 fin.

426謎のミーディアム:2010/06/15(火) 22:30:46 ID:x4dCfNwM
Phase9
分厚い雲に覆われた世界の中で湖のほとりから見える世界はほんの少しだけ明るい気がした。
雲の合間から光の筋が見えどこか神秘的な様相と共に、何か世界の終焉でも予期するような気がしないでもない。
そんな遠い気分に浸っていると横からコーンポタージュはまだか?とせびられ俺の時間というのは本当に無いものだということを知った。
むしろこれが世界の終りか。

「おいひー♪」

まぁ、この笑顔に変えられるなら明日世界が終ってもいいなんてことを少しでも思うよになってしまう当たり、俺の脳味噌はとうとう来るとこまで来たようだ。
そんな、12月19日の午前中。

云うべきことがあったはずだ。と急にもう一人の俺が騒ぎ出した。畜生、ちょっと黙ってろ。後でどうなってもいいのか?

「感情ってね、本当はもっと表に出るべきなんだよ。でも理性がそれを許さない。悲しいよね。」
「急だな。どうしてそう思うんだ?」
薔薇水晶のトンデモ話がまた始まった・・・とその時は思った。

寂しいって思うことはある?うん、誰でも一度はあると思うんだ。とても騒がしい空間の中でもふっと感じることないかな?
私はある。その時の意識って、ものすごく静かになるんだよね。

だから、静寂。

その中でたった一人だけ、世界から取り残されたような気分になってしまう。
かといってその手の感情を覚えないと、自分はいつまでたっても一人でいることに恐怖を覚えてしまう。
孤独に対する恐怖は誰しもあるはずなんだよね。独りでいるのが怖いとか、そういうたぐいのもの。
人間は一人で何もできないっていうけどそれは違う。独りなら何かできることがあるんだよ。
それに誰も気付こうとしない。見向きもしないんだ。だから同じことを繰り返すの。
戦争なんてね、表向きは正義だのなんだのって言ってるけど本当の理由は利権でも何でもない、寂しいんだよ。
だれかに認めてほしいとか、甘えたいとか。素直に言えないから攻撃的になる。
だから・・・

「感情は、絶対に殺しちゃだめなの。殺さなきゃいけない時もあるけど、それはまた別。」
「俺はずっと、感情を殺すように・・・本当に云いたい事や考えたことを表に出すことを許されなかった。これはお前にも一回話してるよな。」
「今日は素直だね?ちゃんと答えてくれた。じゃあ素直なうちに・・・私からベジータに言っておきたいことがあるの。」

427謎のミーディアム:2010/06/15(火) 22:31:50 ID:x4dCfNwM
「待て。」
「どうしたの?急に捻くれた?やだよ、そんなの。」
「違う。」

お前の口から発せられたその振動を、周波数を俺の脳内に届けるわけにはいかないんだ。
その言葉だけは、俺から言わないといけないはずのものだ。
心拍数が急に上昇し始めた。レブリミットぎりぎりのところでなんとか正気を保っているが手に取るように分かる。
こんなところで吹っ飛ぶなよ、俺の心臓よ。

「お前に云わせるわけにはいかないんだ。」
「?」

もし、譲れないものがあるとしよう。今がまさにその時だ。拙い言の葉を絞りだすのに俺のIMEはものすごい時間を要する。一瞬が、1時間のように思えるくらいにな。

「・・・薔薇水晶。」
「・・・はい。」
「もしかしたらもっと早くに気付いていたかもしれないことを俺は昨日になってようやく気付いた。」
お前の言う「感情を表に出す」ってのが正しい正しくないは別にしよう。
ひかれたレールの上をただひたすら走り続けることが正しいのであれば、俺は喜んでレールから脱線してやるぜ。
だから、お前に言われたことの本当の意味をようやく昨日理解したんだ。
自分に素直であることへの恐怖を一掃するのに、こんなに苦労するとはな。思ってもみなかった。

その結果、一つだけ分かったことがある。よーく聞け。心して聞けよ。耳掃除の時間をやれるほど俺に余裕がないことは謝ろう。

「俺はお前のことが好きだ。」

弾け飛んだのは、感情の栓だけなのか?
いや違う、そこから溢れ出る何かに俺は圧倒されていた。それも、どうやら俺だけではないようだ。


「・・・・やっと、云ってくれたね。」
「すまんかったな。」
「なんで謝ってんの?」
「分からん。じゃあお前はなんで泣いてんだ?」
「・・・わかんないよ。おかしいね、私もよくわかんないや。」
「お前だって、どこかしらで抑え込まなくていいもん抑え込んでたんじゃないのか?」
「そうだね・・・。ありがとう、嬉しい。」

寒い、はずだった。12月の下旬に差し掛かったこの日は何故か暖かいものになった。
よくよく考えればあと5日後のほうが良い画になったんだろうが、今でなければ意味がない。それだけだ。

428謎のミーディアム:2010/06/15(火) 22:32:14 ID:x4dCfNwM
もし、この世にアドベントから生誕祭までの間しか仕事をしない赤服の爺さんがいたとしてその存在を信じる人間は何人いるのか?
少なくともここに2人いることは間違いない。
何故なら、ここにいる2人だけに宛てられた少しだけ早いクリスマスプレゼントという形で存在しているからな。

「・・・雪。」
「あ。」

ひらひらと舞い落ちる結晶は、落ちては消えていく。
そこに在る誰かの思いが消えないように、代わりに消えていくのだという。って誰かが言ってたな。
なら、この「感情」が消えないように。
この2人の間にある、全ての思いが消えないように。

Joy to us and the world.
Thanks to the snow.


ひとつ云い忘れていた言葉を云おうとした。

「ベジータ!」
「何だ?」

「メリークリスマスっ!」

どうやら先を越されてしまったようだ。

「メリークリスマス。」

天高く響くような声で向けられた言葉とその笑顔を、一生忘れない。
そして、この笑顔を絶やさないように。

今日ばかりは、無神論者をやめようと思う。

Merry Christmas Mr.Vegita-After Yellow Comes Purple-
Fin.


「ねぇベジータ?」
「何だ?」
「このクルマ、スタッドレスじゃないんだよね・・・」
「・・・んだと?」

前言撤回。
サンタクロースなんて俺は信じない。
信じるのは・・・まぁ、今日ぐらいは勘弁しておいてやるか。ただし、2度はないぜ?次やったらギャリック砲だ。

The End.

429謎のミーディアム:2010/06/15(火) 22:34:26 ID:x4dCfNwM
以上です。ありがとうございました!
これでこのお話は終わりです。

430謎のミーディアム:2010/06/15(火) 22:38:23 ID:l1qj9MBs
完結おつかれさまです!

431謎のミーディアム:2010/06/15(火) 23:57:40 ID:LYsIS31c
>>419-428
転載しました。

432謎のミーディアム:2010/06/16(水) 00:26:26 ID:H.aoZ5Gg
甜菜をお願いします。

『保守かしら』
2007年12月3日 はれ

 なんだかピチカートに話したら、落ち着いたみたい。
 ちょびっと冷静になったら気になることが出てきたかしら。
 手紙に書かれていた「あいつ」って誰なのかしら。

 蒼星石に最後に会っていた人物なんだから、蒼星石がしてしまったことになにか
関係があるんじゃないかしら?
 そう思ってレンさんに電話をしたけれど、レンさんは蒼星石の家にはいないみたい。
 電話先の人はなにも教えてくれなかったけれど、葬儀でも姿を見なかったし、
レンさんは仕事を辞めてしまったのかしら。
 蒼星石に仕えていることをとても誇りに思っている人だったから、もう家にいないのかも。
 結菱の人たちはレンさんから蒼星石が「あいつ」に会いに行ったことは知っている
はずかしら。けれど、カナが「あいつ」のことを結菱の人たちに聞いたら蒼星石の手紙の
ことを話さないといけなくなるんじゃないかしら?
 やっぱり蒼星石が「あいつ」と話していたとき側にいたレンさんに話せたら一番
良いんだけれど、なにか方法はないかしら。

433謎のミーディアム:2010/06/16(水) 00:30:50 ID:H.aoZ5Gg
いきなり間違えました。このレスから甜菜をお願いします。

『保守かしら』
2007年12月3日 はれ

 なんだかピチカートに話したら、落ち着いたみたい。
 ちょびっと冷静になったら気になることが出てきたかしら。
 手紙に書かれていた「あいつ」って誰なのかしら。

 蒼星石に最後に会っていた人物なんだから、蒼星石がしてしまったことになにか
関係があるんじゃないかしら?
 そう思ってレンさんに電話をしたけれど、レンさんは蒼星石の家にはいないみたい。
 電話先の人はなにも教えてくれなかったけれど、葬儀でも姿を見なかったし、
レンさんは仕事を辞めてしまったのかしら。
 蒼星石に仕えていることをとても誇りに思っている人だったから、もう家にいないのかも。
 結菱の人たちはレンさんから蒼星石が「あいつ」に会いに行ったことは知っている
はずかしら。けれど、カナが「あいつ」のことを結菱の人たちに聞いたら蒼星石の手紙の
ことを話さないといけなくなるんじゃないかしら?
 やっぱり蒼星石が「あいつ」と話していたとき側にいたレンさんに話せたら一番
良いんだけれど、なにか方法はないかしら。

 「あいつ」って一体誰なのかしら。一体どんなことを話したのかしら。


「あいつ」?
それは、わたくし雪華綺晶のことですわ。黄薔薇のお姉様。

434謎のミーディアム:2010/06/16(水) 00:31:41 ID:H.aoZ5Gg
『保守かしら』
2007年12月5日

 なにかしらこのいたずら書き。
 たしか雪華綺晶って雛苺がフランスで仲が良かった人じゃなかったかしら。
 誰が書いたのかわからないけれど、かなり悪質な気がするわ。
 やっぱり失くした鍵を探すべきかしら。

 今突然「いたずら書きなどではありませんわ」って声がしたかしら。
 なんだか丁寧なのに、ちっとも暖かくないような、人を笑っているような声。
 気のせいかしら…。今日はもう寝ようっと。

435謎のミーディアム:2010/06/16(水) 00:34:05 ID:H.aoZ5Gg
『保守かしら』
2007年12月6日 はれ

 声が止まなかったかしら。でも、昨日ほどクリアじゃないから、ただの気のせいかも。
 声自体はすごく小さくて、調子の悪いスピーカーで小さい音量の歌を聴いているみたい。
 誰かと話してたり、ほかのことに集中してると全然聞こえないんだけれど、ゆっくり
してるとノイズみたいに聞こえ始めて、なんだかその声に呼びかけられているみたいで
ちょびっと気味が悪かったかしら。

 それからもっと怖いのは、よく考えたら一日部屋から動かしてない日記に誰かがいたずら
書きができるわけないことかしら。
 しかも雪華綺晶のことを知ってる人ってすごく少ないだろうから、こんなこと書ける人は
すごく少ないわ。
 どういうことかしら?

436謎のミーディアム:2010/06/16(水) 00:36:38 ID:H.aoZ5Gg
『保守かしら』
2007年12月8日 くもり

 学校の紹介でお医者さんに行って来たかしら。
 蒼星石と親しかった生徒はみんなカウンセリングを受けさせられてるみたい。
 あんまり行きたくなかったんだけれど、「とりあえず行ってみなさぁい。自分が
だいじょうぶだと思うなら、その姿をちゃんと人に見せないといつまでも心配され
続けるわよぉ」っておねえちゃんが言ってたし、とりあえず行ってみたかしら。

 先生はすごく優しそうで話をよく聞いてくれる人だったかしら。
 それで、気づいたら蒼星石とか翠星石のことを色々と話してたかしら。
 話が一通り終わって、面会時間が終わる時に、「最後に何か聞きたいこととか
あるかな?」って聞かれて、ふと最近の雪華綺晶のことが思い浮かんだかしら。
 それとなく幻聴が聞こえたり、自分で気づかないうちに日記を付け足したりする
ことがあるのか聞いてみたけれど、そういうことってあるみたい。
 だとしたら、日記を書いたりしたのはカナなのかしら。
 ねぇピチカート、今のところ実害はないけれど、これってかなりまずいのかしら?

437謎のミーディアム:2010/06/16(水) 00:43:26 ID:H.aoZ5Gg
『保守かしら』
2007年12月9日

 晩ご飯を食べてたらおねえちゃんに「もうすぐ大会の本選ね」って言われたかしら。
 カナはもうすっかりそんなこと忘れてたから「そうだったかしら?」って聞き返しちゃった。
「そうよ、おばかさぁん」二人でちょっと笑ったかしら。

 「この際やめてもいいわよ、どうするの?」おねえちゃんが静かに聞いたかしら。
 最近は何かをする気があんまり起きないから、葉権しようと思ったかしら。
 でも、その時カナは突然思い出したの。
 夏にカナは蒼星石に「コンクールで蒼星石の好きな曲を弾くわよ」って言ったかしら。
 そうしたら「じゃあ24の奇想曲で」って、蒼星石がカナをからかうみたいに言ったかしら。
きっとそれはただの冗談。でも、たしかに蒼星石はそう言ったかしら。

 言葉と一緒にあのときの蒼星石の笑顔とか、中庭の風景とかが勢いよく吹き出してきて、
カナは感電したみたいに驚いたかしら。

 「…なりあ?」
 気づいたら、おねえちゃんがカナの肩を揺すっていたかしら。すごく心配そうな顔。
それから、カナは自分が泣いていることに気がついたかしら。
 「辞退しておくわね。あぁ…」
 「ううん」カナは首を横に振ったかしら。
 「カナは出場したいかしら」
 「本当に…無理することなんてないのよ?」
 おねえちゃんが心配そうだったから、カナはなんで泣いてたのか説明したかしら。
自分でも涙の理由自体はわからないけれど。

 一度聞いた音とか声はめったに忘れないクセがあるけれど、今日ほど自分のクセに感謝した
ことはないわ。
 大会は結果なんてどうでも良いかしら。ただ蒼星石のためにヴァイオリンを弾こうと思うの。
 まだカナが蒼星石の為にできることが残ってたかしら。

438謎のミーディアム:2010/06/16(水) 00:44:05 ID:H.aoZ5Gg
以上です。よろしくお願いします

439謎のミーディアム:2010/06/20(日) 22:13:51 ID:JU067bNA
>>433-437
転載しました。

440謎のミーディアム:2010/06/21(月) 00:56:49 ID:XN9girGQ
>>439
転載ありがとうございます

441謎のミーディアム:2010/07/10(土) 21:08:00 ID:u8Ry/RTw
甜菜お願いします。

いちご日和 九月「こづくり」 中編

442謎のミーディアム:2010/07/10(土) 21:09:18 ID:u8Ry/RTw
◆3

翌日。
桜田くんが大学から帰って来ると、アパートの前に少女が二人。
雛苺ちゃんと蒼星石ちゃんです。

「あ、ジュン、おかえりー!」
「おかえりなさい」
「何してんだ、お前ら。学校あったんだろ?」

雛苺ちゃんがいつも以上のにこにこ笑顔で、手にした茶色い封筒をひらひらと振ります。

「今日はジュンにプレゼント持ってきたの!」
「プレゼント?」
「そう! いつもお世話になってるお礼よ! ねー、蒼星石?」
「え? あ、うん、そうだよ、お礼!」

つんつん、ひじでこっそり突つかれた蒼星石ちゃんが慌てて同意。
雛苺ちゃんは封筒をひっくり返すと、中に入っていた紙切れを両手で掲げました。

「じゃーん! 中身は映画のチケットでーす!」

ああ、と桜田くんはその紙切れに見覚えのあるタイトルが書かれているのを見ます。
最近よく朝のワイドショーで紹介されている恋愛映画でした。
なんかどーたらこーたらでヒロインが死ぬとかそんなやつ。

「で、なに? それを僕にくれるって?」
「うん! しかも今ならお得な二枚セットよ! ねー、蒼星石?」
「え? あ、うん、二枚ももらえるなんてお得だよね!」
「へーそうかい。じゃあ有り難くもらいますよ」

443謎のミーディアム:2010/07/10(土) 21:10:29 ID:u8Ry/RTw
桜田くんにしてみれば特に観たいと思うものでもありません。
でも要らない、なんて言ったらどんな顔されるか。
そう、別にこれはこいつらの好意を無駄にしたくない、とかじゃなくて
ぴーぴー泣かれたりしたら面倒なだけで――

心の中でぶつぶつ言いながら桜田くんがチケットに手をのばしたとき、
ふと思い出したように雛苺ちゃんが言いました。

「あ、そういえばね、前コンビニに行ったとき、トゥモエがこの映画観たいって言ってたの!」

思いがけない名前に手が止まります。

「柏葉が?」
「うい。ねー、蒼星石?」
「え? えっと、う、うん! 言ってたよね!」

雛苺ちゃんは桜田くんに映画のチケットをおしつけると、
蒼星石ちゃんの手を引いてちょこまか走り出しました。

「それ、あげるから! いい、ジュン! ぜったい、トゥモエを誘うのよ!」
「じゃ、じゃあね、ジュンお兄ちゃん!」
「おい、ちょっと話が見えな……」

444謎のミーディアム:2010/07/10(土) 21:11:44 ID:u8Ry/RTw
何か言いかける桜田くんを残して、二人はアパートの前から走り去ります。
しばらく走って、角を曲がると。

「首尾はどうですか?」

翠星石ちゃんと真紅ちゃんが待機していました。

「ばっちりなのー!」
「うん。受け取ってもらえたよ」

「……そう。あとは巴次第ね」

読んでいた文庫本を閉じて、なんだかつまらなそうに言う真紅ちゃん。
ニヤリ。翠星石ちゃんの口角が意地悪く上がりました。
『こりゃあいいネタを見つけたですぅ。ですです』なんてオーラが立ちのぼっています。

「ふっふーん、し・ん・くー?」
「なにかしら?」

445謎のミーディアム:2010/07/10(土) 21:13:03 ID:u8Ry/RTw
「おめー、内心ジュンとあのホクロ女がくっついたらイヤなんじゃないですかぁ?」

ばさり。真紅ちゃんが手に持った本を落っことしました。
ものすごく分かりやすいリアクションです。

「な、なにを……。そういう翠星石こそどうなのよ」
「え? す、翠星石は別に、ジュンが誰とくっつこうがへーきのへーざですよ」

攻守逆転。
ニヤニヤ。真紅ちゃんが小馬鹿にしたように笑います。
『あなたの考えてることなんて全部お見通しなのだわ。だわだわ』なんて思っているのが、
言葉にしなくてもひしひしと伝わってくるような笑いです。

「ふーん?」
「な、何をにたにたしてやがるですか! 本当です! 本当ですからね!」

「やれやれ、どうなることだか……」
「『ぜんとたなん』なの」

目の前で繰り広げられるツンデレ合戦に先行きの不安を感じる二人でした。

***

「それにしても、雛苺って演技上手だね。おどろいたよ」
「蒼星石、これからの時代はああいうえんぎもできないと、将来男をつかまえられないのよ? 今月のノンノンに書いてたの」
「そんなものなの?」
「そんなものなの」

446謎のミーディアム:2010/07/10(土) 21:14:43 ID:u8Ry/RTw
◆4

「映画?」

巴ちゃんに見つめられ、桜田くんは慌てて目を逸らしました。
そのほっぺたはリンゴのように真っ赤です。

「う、うん。あ、嫌なら別にいいんだけど――」
「まだ何も言ってないよ。でもどうして? 急に」

桜田くんは財布の中からチケットを取りだします。

「雛苺に昨日もらったんだ。ほら、今話題のやつ、二枚」
「ああ、TVでよくCMしてるやつだね」
「それで、チビどもが柏葉が見たがってるって言ってたから」
「え? 私が?」
「うん……って、あれ? もしかしてそうでもなかった?」

おかしいな。やっぱあいつら情報なんて信じるんじゃなかったか。
想定外の反応にあせる桜田くん。
巴ちゃんはしばらくきょとんとしていましたが、やがてにっこりと微笑みました。

「……ううん、ちょうど見たかったの。いいよ、いつにする?」

447謎のミーディアム:2010/07/10(土) 21:16:50 ID:u8Ry/RTw
***

「あ、出てきたの!」

コンビニの外で見張っていた少女四人。
雛苺ちゃんが真っ先に桜田くんの姿を見つけました。

「あのしまりの無い顔……どうやらデートの誘いは成功したようね」

真紅ちゃんの指摘通り、桜田くんは珍しくにやにやしています。
いかにも今しがたいい事がありました、と言わんばかり。

「ふん、にやついて、気味のわりーやつです!」

翠星石ちゃんが吐き捨てて、足元の小石をけっとばしました。

「全くだわ。それにしても雛苺、よく知ってたわね。巴の観たがってた映画なんて」
「え? ……う、うゆ、すごいでしょ!」

「……こいつ、ほんとに知ってたんですかね?」
「あはは……」

448謎のミーディアム:2010/07/10(土) 21:18:04 ID:u8Ry/RTw
ここまでです。
よろしくお願いします。

449謎のミーディアム:2010/07/15(木) 11:16:16 ID:???
転載していただきありがとうございました。

450謎のミーディアム:2010/08/15(日) 20:32:27 ID:/TyjqtpQ
゜д)ノ ......〇

少年時代3.1

451謎のミーディアム:2010/08/15(日) 20:33:36 ID:/TyjqtpQ
夏の余韻も薄れきり、灰色がかった雲が空を覆う秋なかば。町の児童公園で戯れる
子供達も長袖ばかりになり、小麦色だった肌はすっかり白く色あせている。

そんな穏やかなある日曜日の午後。我らが少年ジュン君は珍しく女の子に絡まれること
なく、ひとり公園のベンチで横になって前髪を風に揺らしながらウトウトしていた。

休日ゆえの気だるさか、お昼にちょいと食べ過ぎたのか。日もまだ高い時間帯では
あるものの、人間の3大欲求のうち最も抗いがたいものとされている睡眠欲を御するには
彼の精神力はあまりに拙すぎた。

まあ、寝る子は育つというし、悪いことでもなかろうが。

452謎のミーディアム:2010/08/15(日) 20:34:05 ID:/TyjqtpQ
「ふぁぁ」

齢7つか8つにして、はやくも枯れた感のある少年の背中。剛の者な女の子たちと
付き合う日常は、異性を意識するには早すぎる彼には純粋な負担としてのしかかっている
のかもしれない。漏れでるあくびは疲れの証だろうか。

それにしても少年には同性の友人はいないのか。男の子と遊んでいれば生じることも
ないであろう色々な問題が、彼を見るかぎり多すぎる。

真紅の威圧、巴のまなざし、水銀燈のからかい、雛苺のジュンのぼり。

「もしかして、あいつらとばっかりいるからかなぁ」

ジュンの目線の先には、枝か何かで地面に描いた輪の中で、わいわいと相撲を取っている
男の子たち。服が砂にまみれるのもかまわずにはしゃぐ姿はまさしくオトコノコだ。

453謎のミーディアム:2010/08/15(日) 20:34:36 ID:/TyjqtpQ
そんな健全な遊戯の場にこのシャイボーイは混ざることもできず、僅かな肌寒さ程度では
とても押し止めることのできないまどろみを友として、周りに人の影もないベンチの
王として君臨していた。

そう、彼は名の通り純な少年。遠目にちらちらと送られるいくつかの女の子達のグループ
からの興味の視線も何のその、というかまるで気付くこともなく、平然とひとりの時を
過ごしている。

「ん、んぅ …… スゥー ……」

454謎のミーディアム:2010/08/15(日) 20:35:04 ID:/TyjqtpQ
誰とも言葉を交わすことないひとときを経て、子供達の笑い声の絶えない公園の中
あまりに静かに寝入ったジュン。陽光のぬくもりを払い去るにはまだほんの少しだけ
及ばない秋風が、彼の頬をヒュウと撫でていった。


4方向ぶちぬきの風通しの良い空間とぐずついた曇り模様の天井に、ベンチのベッドと
いうあまりにもアウトドアな寝室ですうすうと寝息を立てているジュンに、すっと
ひとつ影が落ちる。

「ねえキミ、かぜひいちゃうよ」

「ん、んぅ?」

声の主の言うとおり、体温を保つ要素のない中でいつまでも眠りこけていては、青く幼い
その少年の身体のあらゆる部位をわるいやつらに熱く容赦なく蹂躙されることだろう。
おせっかいさんな性質らしく、ジュンの肩をゆさゆさと軽く揺さぶって、なかなか
しゃっきりしない彼の目覚めにはっぱをかける。

455謎のミーディアム:2010/08/15(日) 20:36:25 ID:/TyjqtpQ
「くぁ…… あぁ、ごめん。 ありがと」

「ん。 おはよ」

まぶたをこすってむにゃむにゃと感謝の気持ちを示すジュンに、どういたしましてと
ばかりに口元でごくごくゆるいUの字を作ってにこりと笑いかける声の主。

「……んーと」

「あぁ、はじめまして。 ボクのなまえは蒼星石」

まるきり面識の無かったことを今更ながらに思い出したのか、自分でもおかしそうに
自己紹介をする声の主こと蒼星石。年齢はジュンと同じくらいだろう、顔立ちは幼い
ながらも凛々しさが芽吹いており、目元はきりりと力を持っている。

サラリとした深みのある茶色の髪の毛を耳や襟元が隠れるくらいに伸ばしており、その
髪の落ち着いた色との対比が良く効いている、右目の碧色と左目の赤色が、玄妙な魅力を
いっそう際立たせていた。

456謎のミーディアム:2010/08/15(日) 20:37:08 ID:/TyjqtpQ
服装は白のYシャツと、やや濃い藍色のハーフパンツ。清潔さこそ身上と言わんばかりの
いっそ簡素なまでのシンプルさが、蒼星石のらしさなのだろう。
キリッとしたいでたちはジュンのやわそうな容姿がもたらす印象とはまた違う方向で、
お姉さんウケが良さそうだ。

「あ、うんはじめまして。 僕は桜田ジュン」

よろしくねと差し出された右手を取り、挨拶を返すジュン。普段から自分をわたしと
呼ぶ子とばかり交流しているためか、自分をぼく、と呼ぶ子に新鮮さを感じているのかも
しれない。ぎゅっと力を込めて握り返す、一種の男らしさのアピールとも取れる行動は、
自称か弱い乙女たちに対しては別段やろうとも思わない事だろう。何らかの対抗心が
芽生えているようだ。

「キミ、何ねん?」

「1ねんだよ」

「そうなんだ。いっしょだね」

今まで寝そべっていたベンチにふたりで腰を落ち着けて、身の上話に花を咲かせる。
同年齢なのだが、蒼星石のほうが若干身の丈が高いのと幼いわりに落ち着いている
というかおとなしい雰囲気なのもあって、並ぶとジュンのほうが弟のようにも見える。
もっとも、ジュン本人はやっきになって否定するだろうが。

457謎のミーディアム:2010/08/15(日) 20:38:20 ID:/TyjqtpQ
「どこの学校? このへんすんでるの?」

「ん、おっきな通りの時計屋さん。 おとといひっこしだったんだ。 明日から
薔薇乙女小だよ」

この近辺で小学校といえば、市立薔薇乙女小学校しかない。言うまでも無く同級生の
間柄となるふたりには、同じ校旗を仰ぐ者同士が持ちえる連帯感のようなものが
芽生えはじめていることだろう。

「そうなんだ、もしかしたらおんなじクラスかもね」

「そうだね。 だといいね」

この少子化の嘆かれる時代にあってひと学年5クラスを擁する薔薇乙女小で、同じ
クラスを引き当てるのはいささか分が悪いかもしれない。
実際、1年1組に籍を置くジュンくんと浅からぬ絆を築いている同い年の少女
4人のうち、雛苺と巴は隣のクラスの1年2組で、真紅と水銀燈はその更に2つ隣の
1年4組と、学校内での距離はそれほど近くない。

458謎のミーディアム:2010/08/15(日) 20:38:55 ID:/TyjqtpQ
もっとも、そんなことは関係なしにジュンに構いまくる少女達の苛烈な突撃模様は
もはや学年中の知るところで、周りの特に女子連中は、振り回されるジュンのありさまを
温かく穏やかに、完全に面白がっている。

むしろ別のクラスになった事でいっそう思慕に火がついてしまったふしがある真紅達
なのだが、ジュンの方はというとこんな有様なので、仲の良い子と違うクラスで
さみしい、といった甘い感情は少なくとも外面的にはとんと感じていない様子だった。

「…… うれしいなあ、こんなにはやく友だちできるなんて」

「あはは」

今まで住んでいた場所を離れての新しい暮らしに、やはり不安を抱いていたらしい。
ぐっと止めていた息をほおっと吐いたように胸のつかえが取れた蒼星石が、それを
取ってくれた少年とほんわり笑いあう。

459謎のミーディアム:2010/08/15(日) 20:39:23 ID:/TyjqtpQ
他の土地で育った新しい友達と、お互いすっかりなじんだようだ。ほんの数分前までは
相手の名前すら知らなかったのに、これがちびっ子の共感力だろうか。

「あのさ、ジュンくんはどのへんすんでるの?」

「えーとね、ここからでも見えるんだけど」

照れくささを煙にまくように言い出した蒼星石の言に、ジュンが立ち上がって公園の
奥へと小走りに駆けていく。丘の中腹にある公園だけあって周囲の見晴らしには定評が
あり、安全のために張られた殊更頑丈なつくりの金網の向こう側には、ふたりの住む街が
バアッと一面に広がっていた。

「ほら、あれ、あのピンク色のかべの黒いやね」

「へぇ、あれかぁ」

網越しに指さす先にある桜田邸は、さほど離れていない住宅地の最中にある、極めて
堅実な2階建ての一軒家。間近に見れば分かるのだろうがまだまだ痛みは少なくて、
おそらくはジュンよりも年下なのだろう、重ねた歴史はそれほど深くはない様子だ。

460謎のミーディアム:2010/08/15(日) 20:40:47 ID:/TyjqtpQ
「んーと、ボクんちは…… しょうてんがいどこかな?」

「あれだよ」

街を知る男桜田ジュンの的確なサポートのもと、なじみが薄いなりに作っている
頭の中の地図を元にして、まだまだ他人行儀な道を追いかける蒼星石。

「しょうてんがいがそれだから…… あれ、どこだろ」

「時計屋さんだよね。えーとね、あの大きなやねのうらっかわだよ」

ちょうど商店街のアーケードに隠れてしまっている蒼星石の家を、ジュンがあのへんと
指さして教える。そのまま学校はあれ、しょうぼうしょはあそこ、ゆうびんきょくが
そのとなり、と立て続けに施設の場所を並べていく。

そのいずれをも目で追いつつそうなんだと相槌を打つ蒼星石は、きれいな顔で
笑っていた。

ポツッ、ポツッポツポツポツ……

461謎のミーディアム:2010/08/15(日) 20:41:14 ID:/TyjqtpQ
「雨だ」

そんなのんびりゆっくりしていたふたりの間に、文字通り水が入る。

ぐずついていた空がとうとう泣き出し、ぽつぽつと乾いた地面に黒い染みを落として
きた。徐々に増してくるその勢いを、傘も持たない蒼星石はただただ上を向いて眺めて
いる。

ザァァァァァ……

「うわっ!」

「あっち! 雨やどりしよ」

急激に勢いを増した雨に、みるみるふたりの服が濡れていく。
蒼星石と同じく傘は持っていないが、ジュンくんも幼いなりに心得たもので、すぐさま
象の形を模した大きめの滑り台に目をつけた。象の耳と鼻が付いた半球を地面に
かぶせた様なそれは、下に入り口がありひとつの屋根がついた建物になっている。
雨をよけるのにはうってつけだ。

秋の冷たい雨にせかされて、ふたりは滑り台の下へと逃げ込んでいった。

462謎のミーディアム:2010/08/15(日) 20:41:48 ID:/TyjqtpQ
つづくわよう

463謎のミーディアム:2010/08/16(月) 01:38:54 ID:IIgcpj2.
まってるよう

464"The Unknown"第七話:2010/08/22(日) 16:12:05 ID:???
お久しぶりです
移転とか大変な話になっているようで…

では"The Unknown"第七話を投下します。

465"The Unknown"第七話:2010/08/22(日) 16:12:34 ID:???
「…貴女は……ケース11……」

 薔薇水晶は突如、意味の分からない単語を口にした。『ケース11』。単純に考えるなら
『72番目の場合』とでも言えばいいのか。そうだとしても真紅には、その単語の意味する
ところまでは想像もできなかった。

「ケース11は……『他者の視界への同期』……要は……他者の視界を…盗み見る能力」
「…議会はどこまで知っているの? その前にケースって…私の前にも何人もこのような
能力を得た人が?」



             "The Unknown"
           第七話『それぞれの思惑』


「調査をしていたのは……私………ここは……溢れんばかりの『魔』の…廃棄場…」
「廃棄場?」

 自分の調査した結果ということもあって、多少得意げになっているのだろうか、徐々に
薔薇水晶は饒舌になっていく。もちろん相変わらずの小声ではあったが。

466"The Unknown"第七話:2010/08/22(日) 16:13:12 ID:???
>>465
「そう……『魔』は…昔は誰でも扱える……単なる『不思議な力』…だった」

 薔薇水晶はこの都市や、そのほかにも国の各所に存在する呪文書など、明らかに世間一
般に『魔』による行為が存在していた証拠を見つけたらしい。この都市の結界については
水銀燈に取り入って『融通してもらった』とのことだ。

「でも…この特殊な力には……難点があった…」
「…難点?」
「……この力に一度…侵されると…その者の『魂』は…二度と死ぬことはできない……」

 ゆえに、当時の人間たちは肉体が滅びる前に『魔』を発散し尽して、『不完全な死』を
逃れようと躍起になった。しかし、強すぎる『魔』は自然を、世界を侵食し、生態系まで
もを狂わせてしまう。そのために『廃棄場』として選ばれたのが、『原初の女』が魔女を
封じたこの都市だ、ということだった。

「…ちょっと待って。そうであるとしたら、めぐ長官…いえ、水銀燈がここを私有地とし、
あまつさえ結界で厳重に囲んだのはなぜ?」
「……長きに渡り……大量に『廃棄』され続けた『魔』は……この島…都市を蝕み……
そしてこの都市のどこかで………『結晶化』した、と思われる……」
「……結晶化? つまり、今まで『廃棄』された『魔』がほぼ全て一所に集まっていると?」

 真紅の問いかけに、薔薇水晶はただこくり、と頷き、再びにぃっ、と不気味な笑みを見
せた。

「…そして、水銀燈はもちろん、国教会の狙いもそれ?」

 また頷く薔薇水晶。その場には言いようもない沈黙が流れた。

467"The Unknown"第七話:2010/08/22(日) 16:13:37 ID:???
>>466
「薔薇水晶と言ったわね。興味深い話をどうもありがとう」

 真紅は薔薇水晶に軽く頭を下げ、踵を返す。

「……嘘じゃ…ない……」
「確証はないじゃない?」
「……それを探すのが、貴女の役目…」
「…次は斬るわよ。命が惜しければ日が暮れる前にこの都市を去るのね」

 冷たくそう言い残し、森に入っていく真紅。その後姿に薔薇水晶は再び声をかけた。

「…森を進むなら……羽虫を…追うといい………彼らは…『魔』を好むから…」

 少しだけ振り返る真紅。しかし、もう薔薇水晶に言葉をかけることなく、ぷい、と向き直
って森へと入っていってしまった。

「…ふふ……どうなる…ことやら」

 そんな態度を面白いとでも思ったのだろうか、薔薇水晶は少しの間、くすくすと笑いをこ
ぼし続けていた。

468"The Unknown"第七話:2010/08/22(日) 16:14:07 ID:???
>>467





「こんなところにいたのかい、薔薇水晶」

469"The Unknown"第七話:2010/08/22(日) 16:14:55 ID:???
>>468
 そんな彼女の背後から、突如として凛とした力強い声がかけられた。
 振り返った彼女はその声の主に向かってとても『親しげに』挨拶をする。

「蒼星石……元気そうで………なにより…」

 蒼星石と呼ばれた女は、その挨拶に深々と一礼を返して見せた。そのあまりに仰々しい様
子は逆に薔薇水晶との対峙を嘲っているかのようにも思える。
 彼女は頭を上げ、兜を脱ぐと、薔薇水晶を射抜くような目つきで見つめながら尋ねた。

「で、君の報告してくれた女はここに?」
「…今……森に入ったところ……追いかける?…」
「ああ。任務の障害になるような存在は早めに消しておくに限るよ」
「…それだけ?」

 薔薇水晶がからかうような言葉をこぼした刹那、蒼星石の表情は一変した。目つきは険しく、
歯を力いっぱい噛み締め…それはまるで『鬼』の形相であった。

「地下道の数名…彼女の仕業だろう。国教会に反抗するどころか、我々の仲間を手にかけて…
 悪いけれど、信仰心のない猿は生かしておけない性質なんだ」

 言葉が終わる頃には彼女の顔は元の端正なソレに戻ってはいたが、言葉の端々には明らか
な殺意が宿っていた。しかし薔薇水晶は、そんな蒼星石の様子に一つもたじろぐことはなく、
ただ、ほんの少し口角を上げ、微笑んでいた。

「……でも…彼女は……強い…」

 薔薇水晶の言葉に対し、蒼星石は鼻で笑い飛ばすことで返事をし、続けた。

470"The Unknown"第七話:2010/08/22(日) 16:15:26 ID:???
>>469
「僕には『原初の女』がついているからね」
「『魔』でしょ?」

 自信たっぷりの言葉に水を注すかのように、間髪入れず薔薇水晶は言った。
 しかし、蒼星石は全く気にする様子を見せない。

「ところで君は何をしているんだい? 僕達との契約、忘れてないよね?」
「……分かってる…でも………水銀燈の様子が…何か……」

 薔薇水晶は今までとは打って変わって、困ったような表情を見せる。彼女がその様な表情を
見せるのは珍しいのだろう。蒼星石も、続けて首を傾げる。

「どういうことだい?」
「エージェント・真紅の行く先々……強い魔物が……まぁ…彼女は倒してしまうのだけれど…」

 片手をこめかみにやり、何かを思案しながら、手探りで糸口をつけようとする薔薇水晶を、
蒼星石は鼻で笑った。

「…はは、なんだい。ハイエナのような君でも、魔物には怖気づくって?」
「…ハイエナは……用心深い…とても…とても………魔物を召喚しているのは…多分、水銀燈…」
「だから? 水銀燈にとっても彼女は敵だろう? 当然じゃないか」
「……強くなっているのは……間違いないけれど…どうも……彼女のレヴェルに合わせている
気がする……」

 遅々として進まない話に少し苛ついてきたのか、蒼星石はほんの少し声を大きくする。しかし
ながら威圧感は十分であった。

「…もったいぶらないでくれないかな」

471"The Unknown"第七話:2010/08/22(日) 16:15:51 ID:???
 その様子に、薔薇水晶も少々気分を害されたのか、心なしか目じりを吊り上げ、睨みを利かせ
ながら話を続ける。

「…あなた……鈍い………わざと…『魔』への感染度を……高めている……そんな様子……」
「何のために?」
「…さぁ…」

 それだけ聞くと、蒼星石は森の奥へと入って行ってしまった。しばらくその場に佇んでいた
薔薇水晶ではあったが、やがて次の任務にうつろうと向き直って歩き始めた。

 しかし、数歩進んだところでその歩みは止まり、彼女はばっ、と勢いよく今真紅と蒼星石が
入っていった森の方へと顔を向ける。その表情には驚きと、焦りのようなものが浮かんでいた。

「…まさか……!」

472"The Unknown"第七話:2010/08/22(日) 16:16:16 ID:???
>>471
────────────────────

────────────────

────────────


「…もういまさら何が出てきても驚かないと思ってはいたけれど…」

 そういいながら真紅は剣を腰に収めなおす。彼女の視線の先で息絶えていたのは、彼女の十数
倍はあろうかという巨躯の─神話や御伽噺でしかその名が確認されていないはずの─ドラゴンで
あった。

「…この盾はもう駄目ね。捨て置いていきましょう」

 そう言って投げ捨てられた盾は、金属製であるにもかかわらずどろどろに溶けていた。熱によ
る溶解ではなく、腐食。先ほどのドラゴンのブレスによる攻撃の結果であった。

「しかし、この明るさ…日が落ちかけているのかしら。急ぎたいところだけれど…」

 森の内部は思った以上に入り組んでおり、真紅は先ほどから同じところをぐるぐる回り続けて
いたのだった。さすがに『魔』に侵された、危険な動物だらけのこの森で野営するわけにはいか
ない。

 真紅は困ってしまった。と、その瞬間。薔薇水晶の『ある言葉』が思い出された。

『…森を進むなら……羽虫を…追うといい………彼らは…『魔』を好むから…』

 はっ、と気づきあたりを見回してみると、羽虫が特定の方向から別の方向へと、規則正しく移
動しているのが分かる。見る限り全ての羽虫がそのように移動しており、薔薇水晶の『助言』の
確かさを伺わせた。

「…ふん…」

羽虫に従い、森を進む真紅。木々がまばらになってきて、出口が近くなってきていることは間違
いなかった。しかし、彼女を先に待ち受けていたのは、森の出口ではなかった。

473"The Unknown"第七話:2010/08/22(日) 16:16:46 ID:???
「あの蒼い鎧は…聖十字騎士団ね。そして対峙しているのは…………水銀燈……!!」

 彼女を待ち受けていたのは、蒼と漆黒それぞれを身に纏った女達であった。すでに一色即発とい
った感じで、お互い睨み合っている。そして、蒼い女の方はなにやらせわしなく口を動かしている。

「やめといたほうがいいわよぉ? ……貴女には、無理」
「…はぁ、はぁ。……僕にだって、召喚の一つや二つ……エルケス・サルマ・ロン・サモータ。
ディアラス・フル・ゲンド・ゲルダモーダ…」
「無理だと言っているでしょう!」
「太古に眠りし邪悪なる闇の騎士よ、血塗られた五芒の輝きをその身体に刻み…ごほっ!」

 しかし、蒼い女はそこまで唱えたところで突然血を吐き、膝をつく。顔面は蒼白で、身体に異常
な負荷がかかっているのは容易に見てとれた。

「ば、ばかな…」

 そのままくらり、と彼女は倒れこんだ。後に残されたのは静寂のみ。
 水銀燈がふん、と彼女のことを鼻で笑う。

「だから言ったじゃなぁい。あの程度の能力じゃ無理だと。限界を超えた魔法なんか…使えやしないわ」

 水銀燈は真紅の方に振り返り、やれやれ、といった風に肩をすくめた。

「『魔』に喰われてしまったのよ。みっともない…」

 しかし、真紅が言葉を返そうとした瞬間、水銀燈の背後で何かが動いた。

474"The Unknown"第七話:2010/08/22(日) 16:17:11 ID:???
>>473
「侮らないで…もらえるかな……?」

 それは、のっそりと苦しそうに起き上がる蒼星石であった。先ほどと同じくその表情に生気は見ら
れないが、その瞳の中には明らかな殺意が宿っている。状況が飲めないせいもあったが、その異常な
執念を宿した瞳に、真紅は一瞬たじろいだ。

「…太古に眠りし邪悪なる闇の…騎士よ、血塗られた……五芒の輝きを…その身体に刻み…我が血
肉を持ってしもべとして導かん…」

 先ほどの言葉、というよりも『呪文』を、蒼星石は今度こそ唱えきった。その瞬間、彼女たちの頭
上に大きな、漆黒の魔方陣が出現する。

 そしてその中からゆっくりと姿を現したのは、またも装着する人間を失った鎧。しかし、真紅が以
前打ち倒したものより、一回りも二回りも大きく、更には─恐らく猛者の着用していたものだったの
だろうが─その表面は、返り血らしきものでどす黒く変色していた。

「不思議だな…身体中に『力』がみなぎっていく。……不信心な猿と、邪教徒…覚悟するんだね…」

 一転して彼蒼い女の表情が生気にみなぎり始める。しかし、それは何か歪な─まるで麻薬のような
ものでハイになった時のものと同様だった。
 彼女は鋏のような鉄塊を構え、じりじりと真紅たちの方に近寄ってくる。

「……真紅、手を貸しなさい」
「…共闘、というわけ? …でも、四の五の言ってる状況ではないわね」

 水銀燈と真紅はそれぞれ剣を構える。その場に緊張感がみなぎり、空気が張り詰めていくのを真紅
はその肌で感じていた。

475"The Unknown"第七話:2010/08/22(日) 16:17:50 ID:???
以上です
投下ペースが毎度遅くて申し訳ありませんがご容赦を…

476謎のミーディアム:2010/08/31(火) 16:49:31 ID:LlL0iIEo
「夏」企画参加SSを書いたのですが、ちょっと出かけないと行けなくなったので甜菜お願いします。
それと、読んでくださる方がいましたら、できれば企画をやっているスレで読んでくださると幸いです。

477謎のミーディアム:2010/08/31(火) 16:52:50 ID:LlL0iIEo
いちおうホラーコピペ系要素があるSSなので、苦手な人は避けてね。
NGID:horror

『ひゃくものがたりどる』

「『二人に【カミ】のご加護がありますように』Tさんはそう言って帰って行った。寺生まれってスゴイ、そう思ったかしら」
金糸雀は蠟燭を吹き消した。
金糸雀はみんなを怖がらせようと無表情を保とうとしているみたいだけれど、どう考えてもドヤ顔を隠しきれていない感じだった。
しばらく、沈黙。じとっとした空気は深い湿度の高い夏の夜のせいじゃなかった。
みんなの気持ちを代弁して、水銀燈が言う。
「それが最後の番が来るまで残しておいたおとっときの話ぃ?」
金糸雀はきょとんとした。
「その通りかしら」
「この世のどこにそんな珍奇な霊能者がいるのよ」
鼻で笑って、真紅が言った。畳み掛けるように翠星石が追い討ちをかける。
「『友達の友達』がうさんくせーからって、実体験風に語ればいいってもんじゃねーですぅ」
「本当に体験談かしら!」
金糸雀は抗弁する。正直怪談を盛り上げようと頑張るその姿勢は立派だと思うけれど、キャラ設定に無理ありすぎたと思う。「破ぁ!!」ってなに「破ぁ!!」って。
「蒼星石はどう思うかしら!?」
金糸雀が隣の蒼星石に助けを求める。蒼星石はにっこりと笑った。
「まぁ、金糸雀が百本目じゃなくて良かったかな?」
「かしらっ!?」
「金糸雀に怪談は似合わないのよー」
これだけ言いたい放題言ってても、本当に金糸雀が怒ったり悲しんだりする事にはならない。金糸雀の器がある意味大きいということもあるけれど、一番の理由はみんな気の置けない友人達だからだ。そう、スレスレの冗談も言いあえるような。
「それじゃ、百本目は薔薇水晶ね」
みんなの視線が私の方に向く。
「お父さん人形師をしてる…その、師匠から聞いた話…」
子供の頃からあまり話しをする機会がなかったから、話す事がすごく苦手だ。
けれどそれも百物語という舞台の上では、ちょっとした小道具になるみたいだった。

478謎のミーディアム:2010/08/31(火) 16:53:28 ID:???

百本目の蠟燭が消えて、部屋は暗闇に包まれた。暗闇の中で生暖かい風がみんなの間を通り過ぎる。換気のために窓を開けていたので、風で火が消えないようにずっと窓辺に立っていたけれど、あんまり意味はなかった気がする。
「結構怖かったわ。終わりよければ全て良しねぇ」
「百本目に金糸雀を持ってくれば良かったわ」
「ちょ、どういう意味かしらそれー」
ちなみに雛苺は百物語が始まる前は「貴女は怪談を話すよりも、みんなの前で苺スパゲッティーを食べてる方がよっぽど怖いんじゃない」なんて言われていたけれど、オディール仕込みの兎男の話はかなり怖かった。
「よ、余興としてはそこそこおもしろかったですね」
「そうだね、姉さん」
双子を見ながら、雛苺がひそひそ声で話しかける。
「どう見ても一番怖がっていたのは翠星石なの」
「…秘密にしとこう…」
「世話が焼けるのねー」
「…ね」
「誰か電気をつけて頂戴」
座りながら指示を出す真紅。蒼星石が立ち上がったようだった。
「うわぁ、すっかり足が痺れてるよ」
「ずっと座りっぱなしだったものねぇ」
「火のついた燭台を倒したら、火事になるもの。しかたないでしょう」
「さすがのおじじも別荘を丸焼けにしたら怒り狂うですよ」
「スイッチはどこだったかな。…あった」
「きゃああああ!」
明かりが付いた瞬間、雛苺が悲鳴を上げた。
「どうしたの!?」
「一瞬窓に映る薔薇水晶が真っ白に見えたのよ」

479謎のミーディアム:2010/08/31(火) 16:53:56 ID:???
「見間違い程度脅かすんじゃないですよ、まったくもう」
「本当に…見間違い?」
「うゆ…」
「本当に百物語を語り終えると心霊現象が起きるのねぇ」
「こういうのも一夏の経験っていうのかしら?」
「一夏の奇跡と呼びたいですわ」
「お馬鹿さぁん」
水銀燈と金糸雀は面白そうにしていた。
「みみ、見間違いに来まってるです!この話しはもう終わり!!」
翠星石が叫んで、この場はお開き。そうしないと何人か泣きそうだったし。

「僕はさっき作ったケーキを取り出してくるよ。みんなは寝室に戻っておいて」
「私も厨房に用事があるの。一緒に行くわ」
「珍しいわね、真紅ぅ」
「みんな喉が渇いたでしょう?美味しい紅茶を振る舞ってあげるわ」
「普通自分で言う?」
「生意気な子には淹れてあげないわよ」
「それは勘弁」
水銀燈は肩の前まで手を挙げて、冗談めかした降参のジャスチャーをした。
ふふん、と真紅は笑う。
蒼星石と真紅二人と別れて、五人は寝室に向かう。
「あれで高飛車に振る舞うのをやめれば真紅って本当にレディーなんですけどねぇ」
「…たぶん無理」
「カナもそう思うかしら」
「そうよねぇ」
「真紅は凄く照れ屋さんなのよ」
「チビ苺、ああいうのをツンデレっていうんですよ」

480謎のミーディアム:2010/08/31(火) 16:54:25 ID:???
五人はにんまりと笑う。
自分では滅多に淹れないけれど、真紅の紅茶は美味しい。
本当は優しい真紅の性格を表しているのか、とても暖かい味がするというのがみんなの評価だった。
まぁ、みんな照れ屋の真紅の前では言わないけれど。

五人は部屋に戻ってから次の余興の準備をし始める。テーブルを出して罰ゲームを用意した所までは順調だったけれど、トランプ派とUNO派で抗争が始まり、やがてトランプ派は大富豪派と七並べ派に分裂し枕で枕を洗う三つ巴の抗争が勃発した。
そうしてしばらくした後、翠星石はふと枕を投げる手を止めた。
「今、なにか音がしなかったです?」
「その手は食わないの!」
「本当に音がしたかしら」
「大方真紅がティーカップを落としたんでしょう。とりあえず翠星石、当たってるからどいて頂戴」
翠星石は音がした時点で水銀燈にしがみついていた。

扉を開けたとたん、奇妙な音が断続的に聞こえている事がわかった。
不安そうに翠星石が言う。
「蒼星石の笑い声ですね」
蒼星石は切り分けたケーキが床に散らばっているのにも構わず、くつくつと背を丸めて笑っていた。
「蒼星石、一体どうしたのよ?」
蒼星石に水銀燈の問いかけが聞こえた様子はなかった。
「素晴らしい。これが肉の器」
蒼星石は歯を剥き出して笑った。蒼星石がする訳もない、禍々しい笑いかた。
「蒼星、石?」
金糸雀の掠れた声は私にしか聞こえなかったと思う。

481謎のミーディアム:2010/08/31(火) 16:54:51 ID:???
異様な迫力の笑い方に、みんな蒼星石を見つめる事以外まともにできなかった。
蒼星石はゆっくりと両手を頬に添えた。
「何もかもが明瞭。くくっ素敵ですわ」
うっとりとしたまま、蒼星石が続ける。
「この体、私が貰い受けるとしましょう」

「お前は何者ですぅ!?」
翠星石は誰よりも早く蒼星石に駆け寄る。妹の危機を前にして、翠星石は本当に勇敢だった。
けれど、緑色の茨が蒼星石の背後から噴出した。それはまるで堰を切ったように溢れ出し、通路いっぱいに飛び出し。壁にぶつかり天井を擦り、噴出の勢いが終われば、それは蒼星石と私たちの間の通路を埋めていた。高さは私の膝ぐらいまであるだろうか。その間にいたはずの翠星石は茨の中に倒れてしまったのか、見る事ができなかった。
「急に茨が出て来たかしら!」
噴出したとき程の早さはないものの、うぞうぞと歩くような早さで茨は私たちに這い寄って来ていた。
「寝室に戻るわよ!」
もとよりたいした距離はない。みんな走って部屋に戻る。水銀燈は眉間に皺を寄せ、厳しい表情をしていた。
「刃物を探して!」
あくまで水銀燈は二人を助けようとしていた。大急ぎで荷物をひっくり返し、使えそうな物を探す。
「なにもないの!」
雛苺が叫び返す時にはもう茨は寝室の敷居を越えていた。
私は扉を叩き付けるようにもう一度閉めた。
所詮は実体のない霊が無理矢理顕現しているのだから、茨一本一本はもろい物で、扉に挟まれた茨はぶちりと千切れて消えた。
「ここは私が押さえるから、今のうちに窓から逃げて!」

482謎のミーディアム:2010/08/31(火) 16:55:17 ID:???
「なにがあったの?」
みんな激しく扉が打ち付けられる音に驚いたみたいだった。次の瞬間ドン!という思い切り扉に体当たりしたような衝撃。
微かにでも凄まじい量の衣擦れのような音が聞こえる。なにかを巻き取るような音。私は扉の向こうで何が起きているのかを悟った。
茨は脆く、動きは遅い。でもそれも一本一本でのこと。束ねられてしまえばそれは大きな丸太のような物だ。音からして、さっき扉にぶつけた時よりも確実に大きい奴がくる…。
「早く逃げて!」
私が叫ぶのと、束ねられて大蛇のようになった茨が扉を私もろとも吹き飛ばすのはほぼ同時だった。
「…うあ」
棘の付いた大蛇が鎌首をもたげ、部屋中を睥睨していた。その外周はここにいる人間が手をつないで輪になればちょうどいいぐらいだろうか。大蛇の表面は蚯蚓が這っているかのように動き続けている。
「これほどなんて」
これではとても敵わない。
「もうおしまいかしら!」

「破ぁーーーー!!」
腹の底から出している低い叫び声が聞こえたと同時に青白い光弾が炸裂した。
金糸雀が快哉をあげた。
「Tさん!Tさんが来てくれたかしら!!」
光が収まると、茨の蛇の姿は跡形もなかった。
そのまま、その人影は部屋を駆け抜け廊下に飛び出した。
「女性に取り憑いて急速に知恵をつけたらしいけれど、薔薇はおとなしく咲いているのがお似合いよ!」
「破ぁーーーー!!」
もう一度青白い光が見える。廊下でTさんがどうやら茨の幽霊にとどめを刺したようだった。
なにもかもが悪い冗談のような雰囲気に金糸雀以外の全員あっけにとられていた。

483謎のミーディアム:2010/08/31(火) 16:55:45 ID:???
「Tさん、三人は無事かしら!?」
「もちろん!はやく三人をベッドに運ぶのを手伝って」
言われて、ようやくみんなが動き出した。

事が落ち着いてみれば、Tさんは古風な顔立ちと泣きぼくろが印象的な近所の中学校の制服を着た女の子だった。
「Tさんの前ではあらゆる怪奇が無力かしら!」
「すごいのー!」
「拍子抜けよぉ」
「私が紅茶を淹れている間になにがあったのか、誰か説明しなさいよ」
「それがさっぱり思い出せないんだ」
「ですぅ」
みんなてんでばらばらに喋っていた。そんな中Tさんが私の方を向く。目が合う。
「騒霊のようなまねをするのは疲れるでしょうに、よく持ちこたえてくれましたね」
「…騒霊?」
「騒霊って。こんなときに人を霊に例えるのは感心しないかしら」
「いえ、私が声をかけたのはその紫の方じゃなくて、背後の白い方のほうです。私が来たとき、必死に扉を押さえこんでいました。あの数秒がなければ、誰かが危険な目にあっていたかもしれません」
Tさんはお辞儀をした。その拍子にぴょこんと背中に背負った竹刀袋が跳ねた。
みんな唖然とした表情で私を見る。薔薇水晶を見るから、その背後にいる私の方を向いているのではなく、本当に私を見ようとしているみんなの視線に、私は戸惑った。
「なんにも見えないの」
「その守護霊はたぶん紫の方の親類縁者でしょう。大切にしてあげてください」

Tさんはそう言って帰って行った。薔薇水晶の守護霊である私の姿を見、声を聞けるなんて。
寺生まれってスゴイ。私はそう思った。

484謎のミーディアム:2010/08/31(火) 16:56:16 ID:LlL0iIEo
あとがき
夏祭りの、美味しさよりも珍しさ重視の出店のノリで書きました。
些細な事ですが、この話は雪華綺晶の一人称で、雪華綺晶はTさん以外の誰にも見えず聞こえていないことを把握してから読むと端々の妙なキャラクターの反応と描写の意味が通ると思います。

485謎のミーディアム:2010/08/31(火) 16:57:10 ID:LlL0iIEo
甜菜をお願いします。
急いでいるため改行とかが雑で申し訳ないです。

486謎のミーディアム:2010/08/31(火) 20:33:48 ID:9SAZ83/k
それでは投下します。申し訳ないですが甜菜お願いします。

487謎のミーディアム:2010/08/31(火) 20:34:55 ID:9SAZ83/k
爽やかな風が気持ちいい初夏、僕と双子の姉はガーデニング用品を買いにホームセンターに来ていた。色とりどり、たくさん並ぶこの時期に植える花の種。その中から僕の目に入ったのは朝顔。
ふと笑みがこぼれる。この花を見たら思いださずにはいられない、僕の大切な記憶を思い出したから。朝顔は僕の夏の思い出の花。迷わずその種を手に取り、姉の元へ向かった。

488謎のミーディアム:2010/08/31(火) 20:35:46 ID:9SAZ83/k

―――夏休み、小学生は大抵、学校の宿題とか自由研究なんかで、何か植物を育てり、観察したりすると思う。ひまわりとかへちまとか。
小学4年生の夏、僕たちが育てたのは朝顔だった。定番中の定番。育てた経験が無い人はいないんじゃないかってくらい一般的で、小学生でも育てられる易しい植物。祖父母と一緒に小さい頃からガーデニングをやっていた僕たちにとっては易しすぎるくらいの植物……のはずだった。
休みに入る2カ月くらい前、養分たっぷりの良い土に種を蒔いた。それから水やりはもちろん毎日欠かさずに、日当たりも考えて、時々肥料を与えて。大切に、大切に、十分すぎるくらいに大切に育てた。
芽が出て、本葉が出て、蔓が伸びて、それを支柱に絡ませて、順調に育っていく様子を観るのはとても楽しかった。
でも夏休みが順調に過ぎて8月も半ば、という頃になっても僕の朝顔には肝心の花が咲かなかった。つぼみさえつく様子も無かった。一緒に育て始めた翠星石の朝顔にはとっくに花がついていたのに。

「今日はまだだけど明日はぜったいさくですよ!」
「……そうだね。」
こんなやり取りを朝顔の前で毎日繰り返したと思う。
一緒に庭に出ては、一緒に落ち込んだ。翠星石は僕より落ち込んでいるようにさえ見えた。立派に育った自分の朝顔の自慢なんて決してしなかった。

489謎のミーディアム:2010/08/31(火) 20:36:46 ID:9SAZ83/k
いつか咲く。翠星石も言ってくれていたし自分もそう信じていた。けれど、紅の可憐な花がこぼれ落ちそうなくらいにいくつも咲く翠星石の鉢と、葉だけの寂しい僕の鉢。嫌でも比べてしまう。

なんだかこの朝顔は僕自身みたい――。
いつも華やかな翠星石と地味な僕。

たくさん花が咲いている翠星石の鉢植えを、いや翠星石を羨ましい、少し妬ましいと思った。でもすぐにそんなことを思ってしまう自分を嫌悪した。

ある朝、いつもは隣で寝ているはずの姉の姿が無かった。早起きするなんて珍しかった。普段から僕が起こしてから起きる方が多いくらいだから。
きっと庭で朝顔を見ているのだろう、そう思い僕も急いで庭へ向かった。
予想通りに庭には朝顔の鉢植え二つと翠星石の姿。でもすぐにちょっとした違和感を覚えた。
何故かいつもと鉢の位置が逆だった。いつもは僕のは左、翠星石のは右のはずなのにその日は花がついていない鉢が右、ついているのが左に在った。

「翠星石?」
後ろ姿に声をかければ、僕が近付いていることに気づいていなかったようで一瞬肩がびくりと震えた。持っていた彼女のお気に入りのジョウロがカシャンと音を立てて落ちるのを僕は見た。
ゆっくりと振り返った翠星石。僕の予想に反してその顔は驚かされて怒った顔じゃなく満面の笑顔だった。
「蒼星石!見るです!!花がさいてるですよ!!」
自分の、花がついている方の鉢を指していう姉。ずっと前から咲いているのに今さら何を言っているんだ……と一瞬思ったが……違った。翠星石の鉢じゃなかった。
よくよく見ると翠星石が指した鉢のネームプレートには蒼星石、僕の名前が記されて

490謎のミーディアム:2010/08/31(火) 20:38:07 ID:9SAZ83/k
ていた。

そうか――。

姉の優しさに気付いた瞬間、僕は嬉しくて、嬉しくて胸がぎゅっとして、鼻がツンとして、涙が出そうになった。
でもそれはこらえた。泣いてしまったらきっと翠星石は困惑しただろうから。
早起きして、自分の鉢と僕の鉢の位置とネームプレートを交換した彼女は僕が笑って喜ぶのを見たかったのだろうから。

「ほんとうだ……。綺麗にさいてるね……」
僕は笑って言った。少しぎこちない微笑みだったかもしれない。
「蒼星石ががんばったからですよ」
翠星石も笑った。

今でもあの笑顔は思いだせる。朝顔みたいに綺麗な微笑みだった。


それから僕の……いや元僕ので、翠星石のものになった朝顔は夏休みが終わる頃になってからやっと花をつけた。
「きれいなあおですよ!蒼星石の好きないろです!」
「……いやーぜんぶ花がおちちゃった時はびっくりしたですけどちがう色もさくんですねぇ」
白々しく言う翠星石に僕はクスリと笑った―――。



姉の持っているカゴに朝顔の種を入れる。
「ん?あれ今年も育てるんですか、朝顔。蒼星石好きですね」
「うん。ずっとずーっと毎年育てるよ」

大切な記憶が色褪せないように。今年はいくつ花がつくかな。

491謎のミーディアム:2010/08/31(火) 20:40:57 ID:9SAZ83/k
以上です。よろしくお願いします。
最後のvipかもしれないのに規制だなんて…orz

492謎のミーディアム:2010/08/31(火) 20:58:32 ID:???
>>477-484
>>487-490
転載しました。
下の方のは、>>489最後と>>490最初を自己判断で変えて投下した部分があります。
お気を悪くされたら申し訳ない。

493謎のミーディアム:2010/08/31(火) 21:04:18 ID:9SAZ83/k
491ですが確認しました。ありがとうございます。
>>489の最後が切れているのはこちらのミスでした…。
直していただいてありがとうございます。

494或る夏の嵐の日に:2010/08/31(火) 22:35:50 ID:9UAZ8/OM
転載おながいします

ごおおおおおおお、と大気がさわぐ。

ひきもきらずに打ち寄せる突風は、我が家の雨戸をあまねく乱暴に叩いて過ぎ行く。

閉め切った6畳間を白く照らし出す蛍光灯のヒモが、心なしか僅かに揺れているようだ。

それほどに、接近しつつあるこの台風の威力は容赦ないらしい。

「風、つよいね…。」

押入れの中に納められた布団の間におさまり、窓の向こうの重い雨戸が風に弄ばれているのを
見るともなしに見ている私と妹。

妹のぽつりと呟いた一言に、私はゆっくりと肯んじた。

「ええ…そうですわね。」

夏休みに入ったものの、私も妹も特にすることもなく、ただ日々冷房の効いた部屋の中から青空に浮かぶ
とめどない入道雲を見ていただけだった。

少し前にインドネシア沖で発生したという熱帯低気圧はいつの間にか台風に成長し、また知らぬ間に沖縄や
九州を抜けて、私達の住むこの街にまで足を進めてきたのである。

495或る夏の嵐の日に:2010/08/31(火) 22:39:28 ID:9UAZ8/OM
前兆はあった。
昨日の夕暮れは、なんと表現したら言いのだろう、自然な…ナチュラルな色彩ではない不気味なというか、
人の気持ちをざわつかせるような薄い血の色のような空が、夜の八時ごろまで広がっていたのである。
ベランダに出て見上げていた私の身体を心なしか強く打っていく風は、低く流れゆく雲をものすごい速度で
東へと押し流していた。
不気味な空を眺めていた私は、不意にすべてを破壊してしまうかも知れない圧倒的な力の訪れを感じ、なぜか
子供のように胸をドキドキと走らせてしまっている私自身に気づいた…。

そして、バタバタと打ち付ける風の音に目覚めたのが今日の夜明け。
横で寝ていた妹を起こしたのちにテレビを点けると、時折ヒビが入ってざわめく画面の中で、骨組みしか
残っていないビニール傘の柄を握り締めてマイクに叫ぶ、近所の薄暮の漁港に立って職務を全うしようと
している健気な男性アナウンサーがよろめいていた。

「すごいね、風…。」

「ええ…。」

私の妹は寡黙だ。だが別に私と仲が悪いなんて事はない。自分で言うのもなんだが、良すぎるほどだ。
しかし、その寡黙さが、今の妹が何を感じているのかを測るのを少し難しくさせた。
会話は続く事もなく、私達はそれぞれにケータイを開き、近所のお友達にメールで今の様子を聞いてみたりしてみる。

真紅も水銀燈は、何も出来ず暇すぎて死にそうだという。
翠星石と蒼星石は柴崎時計店の瓦が飛んだとかで大わらわで、金糸雀と雛苺はみっちゃんと三人で
トランプ大会に興じているようだ。

私と妹は身体を寄せ合い、二人で互いのメール画面を見せ合いながら、笑みを交し合ったりしていた。

496或る夏の嵐の日に:2010/08/31(火) 22:41:57 ID:9UAZ8/OM
・・・・・・・・・・

「それにしても、本当に何もする事がありませんわね。」

そう言ったのは、ケータイ画面が11時を示した頃だった。

「うん…。」

「テレビで何かおもしろい番組でもやっていないものでしょうか。」

「今あってるのはどこも台風関連のニュースばっかだかろうから、おもしろくないよ…。」

「ですわよね…。」

「…洋画のDVDか何か、今から借りに行く…?」

「…!!」

ぼそりと言った妹の口元が、悪戯っぽく笑っていたのを私は見逃さなかった。
外はあんなお天気なのに…?
そう答えようとした私は、妹が相変わらず笑みを浮かべているのを見て悟った。
今の妹の言葉は私への挑戦だ。
外の大風を盾にして、常識的な反応で妹の申し出を納めさせるのはあまりにもつまらない。
もしかしたら、この嵐の日に、妹が感じていることって…!

497或る夏の嵐の日に:2010/08/31(火) 22:44:37 ID:9UAZ8/OM
「ええ、行きましょうか…!」

そういった私も先ほどの妹と同じ表情を浮かべていたであろうことは、一瞬の驚きののちに返ってきた
妹のそれが雄弁に物語っていた。

思えば、私も妹も、何か尋常ならざる事を…嵐の訪れた時から待っていたのかも知れない。

・・・・・・・・・・

果たして外は、普段の様相をほとんどかなぐり捨てていた。
生暖かい空気の激流が道路を走り、身をかがめて歩き行く私達の足に粘っこく絡みつく。
空っぽのアルミ缶が甲高く間抜けな音を立てて私達の後ろへと流されていった。

薄暗い空を見ると、どす黒く積もった雲々までもが、行き足をはやる大気に運ばれて飛んでいく。
雨は降っていない。私も妹も、雨がっぱと長ぐつ姿で、長く伸ばした髪をたなびかせて、
重い足を必死に動かしていた。

大通りに出た。人影はおろか、走っている車もまったくない。
居並ぶどの家も、雨戸を固く閉じている。
はるか遠くに唯一開いているコンビニの、ガラス窓から漏れる蛍光灯の白い光を見て、私はなぜか
頼もしさの混じったような嬉しさがこみ上げてくるのを感じた。

その時だった。

498或る夏の嵐の日に:2010/08/31(火) 22:47:31 ID:9UAZ8/OM
「あっはっはぁ、見ろぉ、人がゴミのようだぁあああああ!!」

唐突に響いた大声が、存外に近くから発せられた。
挑みかかるような笑い声を上げている妹が、私の視線に顔を赤くして照れている。

「ばらしーちゃん?」

「…てへへ?」

「人がゴミって…この辺りには、私達のほかには誰一人いませんわよ?確かにゴミは吹き飛んでますけど…。」

我ながら無骨な突っ込みだ。

「うん…だから、こんな時だから…誰はばかりなく叫んでみたくなったんだ…。」

「…ええ!!その気持ち、お姉ちゃんは良く分かりますわ!!」

「うん!!」

「君の瞳に、乾杯!!ですわ!!」

「私の肝臓が、心配!!だよ!!」

「ジャック!!お願い、死なないで!!」

「ろーず…せめて、かわりばんこに木切れにのせてくれよ…がぼがぼ」

「じゃあああああっく!!」

色々な映画の物まねをしながら、無邪気な私と妹はレンタルビデオ屋へと歩き続けた。

…本当に、貴女はどこまでいっても私の妹なんですのね…。

嬉しさがこみ上げて仕方なかった。

499或る夏の嵐の日に:2010/08/31(火) 22:50:28 ID:9UAZ8/OM
・・・・・・・・・・・

「あっ!見てみてお姉ちゃん、ここだよ、ここ!!落ちていくガレキの中に、私の大好きな大佐さまが…!!」

「あらあら、うふふ!」

結局、ビデオ屋では妹お気に入りのアニメ映画を借りてきた。
プラズマテレビの画面の、ほんの小さな一箇所を一生懸命に指差し、興奮して叫ぶ妹の様子を、私は
ほほえましく見ている。
ああ、本当に幸せな時間だな…。

「じゃあじゃあ!次はどれ見る!?」

「『真紅の豚丼』なんてどうでしょう?」

「さんせー!!」

「そうそう、さっきコンビニで買ったお菓子、まだありますわよ?」

「うん、食べよ食べよ!」

妹はハイだ。ものすごくハイだ。
私も心が躍る。
よく言われたものだ。私達双子は、まるで鏡合わせの様だと。
その通りだ。しかし、それだけではない。
外面だけではなく、その内面、尊い感性までもが…。

「うふふ…」

「あはは…」

外では大風。だのに、ここは天国。
荒れ狂うゆえに隔絶された小さな空間では、二人だけの愉しい時間がゆっくりと過ぎていく。

…こんな時間も、たまには良いかも、ですわね。

おわり

500謎のミーディアム:2010/08/31(火) 22:52:53 ID:9UAZ8/OM
以上です。よろしくです。
板の移転とかの話は、一体どうなるのだろうか…。

501謎のミーディアム:2010/08/31(火) 23:07:01 ID:???
>>494-499
転載しました。
30行規制にかかったところはやむなく二つに分けさせてもらいました。

502謎のミーディアム:2010/08/31(火) 23:11:41 ID:9UAZ8/OM
あ、ありがとうございました

503484:2010/09/01(水) 08:53:54 ID:???
甜菜ありがとうございました!

しかし参加者全員甜菜かぁ…規制厳しすぎるね

504謎のミーディアム:2010/10/03(日) 10:03:16 ID:WykdsoLU
|゜)

少年時代3.2

505少年時代3.2:2010/10/03(日) 10:07:57 ID:WykdsoLU
注:強いて言うならbiero

506少年時代3.2:2010/10/03(日) 10:08:36 ID:WykdsoLU
号泣中の空の下、なんとか滑り台の腹の中に逃げ込んだものの、長袖のふたりは
スタートで出遅れたためこの短時間にすっかり雨にやられてしまい、髪や裾から
ぽたぽたと水を滴らせていた。

「はぁぁぁ、ぬれちゃったね」

「うわぁ、ぐっしょぐしょ」

蒼星石は肌に張り付く布の感触が気持ち悪いのか面白いのか、襟元のボタンをふたつ
外したYシャツの胸元をつまみ、冷めきった空気をべしゃべしゃ首元から服の中に
送り込んでいる。

「あーあ、みんな帰っちゃってる」

この雨には、公園で遊んでいたほかの子供達もすっかりまいってしまったらしく、
男子のみと女子のみでそれぞれ作られた5、6人づつ程のグループが逃げ場を
求めて右往左往していた。

が、ジュンたちが陣取った滑り台下も含めて、この公園には団体様で雨を凌げるような
ふところの広い場所などありはせず、結局10ではきかない元気の塊たちがどこか他の
雨宿り場所を求めて公園から大急ぎに駆け出ていく。

507少年時代3.2:2010/10/03(日) 10:09:10 ID:WykdsoLU
そんなこんなで周囲からは人影がすっかり失せて、図らずもジュンと蒼星石はこの公園で
ふたりっきりになってしまった。

「どうしよ、やみそうにないね」

「ああ、おねえちゃんがむかえにくるからだいじょうぶだよ」

ひとけの無くなった公園で聞こえてくるのは、ふたりの息遣いと一本調子な雨音。
寒々しさと前にもまして暗くなった空に不安さを煽られたのか、憂いげに外を見やる
蒼星石を、ジュンがしかと落ち着いて慰める。こういうときばかりは、心配性な
おねえちゃんに感謝というところか。

「へぇ、ジュンくんもお姉さんがいるんだね」

「蒼星石も?」

「うん。 ふたごなんだ」

濡れねずみのふたりだが、吹き抜けの狭い空間で気持ちの方までは冷えていないご様子
で、笑う顔に今の空のような陰りはない。姉を持つもの同士、またしても共感の種が
芽吹いていた。

「年もいっしょだしね、前の学校でもおんなじクラスだったんだ……
 れ、ジュンくん?」

「ん、うん、ちょっとぬぐよ。きもちわるいし」

話を進める蒼星石を前にして、ジュンがもそもそと上着を脱ぎだした。そのまま
水気を蓄えた上着を象の鼻の真下にあたる所にある、ヘリに沿ってカーブを描いた
腰掛けのようなでっぱりにべちゃっと放りだす。

508少年時代3.2:2010/10/03(日) 10:09:54 ID:WykdsoLU
そんなこんなで周囲からは人影がすっかり失せて、図らずもジュンと蒼星石はこの公園で
ふたりっきりになってしまった。

「どうしよ、やみそうにないね」

「ああ、おねえちゃんがむかえにくるからだいじょうぶだよ」

ひとけの無くなった公園で聞こえてくるのは、ふたりの息遣いと一本調子な雨音。
寒々しさと前にもまして暗くなった空に不安さを煽られたのか、憂いげに外を見やる
蒼星石を、ジュンがしかと落ち着いて慰める。こういうときばかりは、心配性な
おねえちゃんに感謝というところか。

「へぇ、ジュンくんもお姉さんがいるんだね」

「蒼星石も?」

「うん。 ふたごなんだ」

濡れねずみのふたりだが、吹き抜けの狭い空間で気持ちの方までは冷えていないご様子
で、笑う顔に今の空のような陰りはない。姉を持つもの同士、またしても共感の種が
芽吹いていた。

「年もいっしょだしね、前の学校でもおんなじクラスだったんだ……
 れ、ジュンくん?」

「ん、うん、ちょっとぬぐよ。きもちわるいし」

話を進める蒼星石を前にして、ジュンがもそもそと上着を脱ぎだした。そのまま
水気を蓄えた上着を象の鼻の真下にあたる所にある、ヘリに沿ってカーブを描いた
腰掛けのようなでっぱりにべちゃっと放りだす。

509少年時代3.2:2010/10/03(日) 10:10:53 ID:WykdsoLU
>>507 >>508 2重投稿です。失礼。

510少年時代3.2:2010/10/03(日) 10:11:15 ID:WykdsoLU
下に着ていた真白いTシャツにまで水が染み渡っているため、そのままの流れで
もう一枚脱ぎさって肌を出す。少年らしいみずみずしい肌は熱気が逃げてしまった
からか、先ほどよりも少し白さが目立っている。

まだ幼いことも合わさってだろう、男子ゆえにただでさえ性徴が無い胸部のふたつの
頂点は色素が薄く、周囲の肌との境界はほとんど無い。遠目に見たら肌色のなだらかな
板があるだけだ。

ギュウウ ピシャピタピタ、ポタタタ……

ぞうきんに追いうちをかけるかのように力を込めて絞り、Tシャツの残り水を追い出す。
ジュンの二の腕は無駄な肉もないが筋肉もないからだろう、この軽労働も彼にとっては
そこそこ大変なものらしく、ぐっと奥歯をかみしめている。

「蒼星石もぬげば?」

「そだね、ボクもぬご」

軽くなったTシャツをばっさばっさ小刻みに振り回し、乾かそう乾かそうとしている
ジュンの言葉にご同乗。自分もこの有様から抜け出そうと、負けず濡れているYシャツの
ボタンを外しはじめた蒼星石。

ばさりと剥いだ蒼星石の水衣の下は、ジュンと同じ白いTシャツ。水に濡れた丸い肩や
首の線は隣の小柄な男の子よりもなお華奢で、手を引っ込めてもそもそ肌着を脱ごうと
している立ち姿はリスか何かの小動物のようだ。

511少年時代3.2:2010/10/03(日) 10:11:46 ID:WykdsoLU
「んしょ、いよっと!」

ギュウッ パタパタパタパタ……

上半身がこの上なく涼しい姿になったところでジュンと向かい合い、彼に倣って
ぞうきん絞り。蒼星石は立ち振る舞いのひとつひとつが快活で力に満ちているものの、
それとは裏腹に身体の方は肉が付きにくいたちなのだろう、胸の下からわきにかけて
うっすらとあばらが浮いている。

肩甲骨や鎖骨の浮き上がりも顕著なもので、その在り方は言うなれば触れれば折れる
飴細工の儚さか。

性徴乏しくとも胸の頂点部は少年よりもほんの少しだけ鮮やかに色づいており、
季節外れの薄い桜の花びらが申し訳程度にちょんちょんと落とされている。うぶ毛すら
見つけられない驚くほどなめらかな肌の中で、それは明確なアクセントとなっていた。

「はぁーあ、くつもぐしょぐしょだね」

濡れてふやけた白いスニーカーと靴下の間の生ぬるい水気がどうにもなじまず、
蒼星石がしきりに踏み足を繰り返してはぐぽっ、ぐぽっとぬかるんだ音を立てている。
じっとしているのも嫌なのか、先ほどから殊更にジュンへ声をかけながらちょこちょこ
動いていた。

うー、と自分の肩を抱きながら身を縮めつつ、ジュンから目を外して雨を落とす空を
眺めている蒼星石。そんな背中をじいっと眺めつつ、少年が水気の切れていない自分の
上着を手に取ってそろーっと背後へ忍び寄る。

512少年時代3.2:2010/10/03(日) 10:12:21 ID:WykdsoLU
「ぃえーい!」

べしょっ!

「ひゃわぁっ!?」

剣聖ジュン之介の得物、銘刀びしゃびしゃ長袖が殺気も無く一閃。不意を討たれた剣豪
蒼星石衛門はひとたまりもなく、突然背中に襲い掛かった衝撃にただ驚きの声を上げた。

水気をたっぷり含んだままの上着が当たり、幼く未熟だがみずみずしさのつまった
背中の肩甲骨あたりではじける。勢いはあったが威力はそれほどでもなかったようで、
すべすべの肌は白い色合いを保ったままだ。

「もぉーっ! やったなぁ!」

べしーん!

「おわぁ!」

手負いの獣の濡れた牙が、ジュン之介の左肩に袈裟斬りのかたちで襲い掛かる。
業物ぐっしょりYシャツのきれあじをその身に受けた剣聖は衝撃に声をもらしたが、
得物を掴む手は緩めない。

見届け人もいないぞうさん下の決闘は苛烈さを増すばかりだ。

「いよっ! はっ! とりゃっ!」

「やっ! やぁっ! てやっ!」

513少年時代3.2:2010/10/03(日) 10:12:53 ID:WykdsoLU
打ち合うさなかにまだまだとばかりに蒼星石が振りかぶると、上身が反らされた分
薄い胸をつっぱらせる形となり、自然あばらの浮き上がりがいっそう顕著になった。
それでもその上に居る引っ込み思案な薄い胸はなんら自己主張せず、揺れもしなければ
形も崩さずただそこに佇んでいる。

壮絶なぶつかり合いにふたりの服は乱れ、肌は熱く朱がさし、濡れた髪が揺れる。
周囲の空には若き情熱とともに透明な飛沫が舞い、やがて訪れるであろう終焉の時に
向けてふたりの昂ぶりがいっそう増していく。

きゃいきゃいとじゃれあいながら濡れた衣服をぶつけ合うふたりは、この雨で足を
速めた寒気の中でも額に汗を、顔に笑いを浮かべていた。


「はぁ、はぁ、はぁーっ。 つかれたぁ」

汗に濡れたままの上半身を外気に晒して、荒い息を整える蒼星石。湯気がたたんばかりに
熱を持ち上気した肌は心地よい運動にほてり、こころもち血色を増している。

途中ジュンに執拗なまでに狙われたお尻が気になっている様子で、ハーフパンツ越しに
下穿きとその中の熟す前がごとき固い桃の実を自らの手でパンパンと叩いて気遣って
いる。

「んーっ、つかれた」

おあいてのジュンも、腰あたりを重点的に狙われたからだろう、特に痛みを覚えている
わけではないのだろうがなんとはなしに手を当てている。

もとより活動的なたちでないせいか、ジュンのくたびれの度合いは蒼星石のそれよりも
やや色濃い。少年の弱点である持久力のなさが浮き彫りになったかたちだ。
日常的におなごに絡まれることを宿命付けられた彼であるからして、このままでは
将来大変だろう。主に夜とか。

514少年時代3.2:2010/10/03(日) 10:13:20 ID:WykdsoLU
「なかなかこないね、ジュンくんのお姉さん」

「んー、いつもならもうそろそろ」

上着チャンバラというエネルギッシュな戯れの時を終え、湿気は残るが先ほどよりだいぶ
ましになったシャツをもそもそと着るふたり。運動の直後で身体はまだまだ熱を持って
いるが、いいかげんこのままでは風邪でもひきかねない。

「あぁ、あれ。 あのカサ」

じれてきた蒼星石の言葉を受けてジュンがきょろきょろ外を眺めると、細やかな水の
カーテンの向こうに若草色のカサが浮かんでいる。左手に1本のカサと膨らんだ
手提げを持ってゆったりとこちらへ向かってくる雨合羽を着込んだ子供が、なるほど
話にのぼったジュンのお姉ちゃんか。

「おねえちゃーん」

象の腹から手を振る弟に気がついたようで、こちらへと向かう姉の歩みが明らかに
速まった。赤い長靴で浅い水溜りをばちゃばちゃと踏み越えてまっすぐこちらを
目指す少女の姿に、彼女よりも更にちびっこなふたりの顔がほっと緩んだ。

「ジューンくーん、おまたせー」

完全防備でおむかえに上がったお嬢さんは、にこにこ顔がよく似合う眼鏡をかけた
女の子。ジュンよりも色素の薄い茶色がかった髪の毛は襟元にかかる程度で切り揃えて
あり、カッパに守られてさらさらふわふわ柔らかさを保っている。

弟くんと比べると、吹き消すお誕生日ケーキのロウソクの数は2つか3つ多いくらい
だろう、彼女自身もまだ幼いものの、既に年下の子をゆったりと包み込むような
穏やかさを我が物としている。彼女はきっと、生まれたときからお姉ちゃんだった
のではなかろうか。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板