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あらすじ:巴村にて情報収集中。前回→430
ジ「はぁ……昨日の宿は散々だった」
雛「まぁまぁ、気を取り直して情報集めをするのよー」
ジ「情報たってなぁ…そもそもなんの情報を…」
村人巴C「ここから東に行くと、巴城(ともえじょう)があるわ。
でも、そこに行くには迷いの巴森(ともえもり)を通らなければならないの」
ジ「迷いの巴森!?っていうか急に話しかけてくるなよびっくりするなもお!」
雛「情報ゲットなの!ルビまで振ってあるし、トモエは本当に親切なのー」
ジ「そんなこと聞いてないのに……名前はこの際もういいにしてもいらないだろそのルビ……」
巴C「そう?」
ジ「まぁ」
巴C「巴山」
ジ「ともえやま」
巴C「巴海」
ジ「ともえうみ」
巴C「巴投げ」
ジ「ともえなげ」
巴C「かめはめ巴」
ジ「かめはめどもえ」
巴C「かめはめ”は”よ」
ジ「そこは音読みなんだ!?」
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雛「鬼はぁー外ぉ〜!!」
ジ「いた、いたたっ!ちょ、投げすぎだろ!?」
翠「チビったら根性ないですねぇ、それくらいで弱音吐いてんじゃねーです」
ジ「んなこといったって…っていうか僕はこういうことする柄じゃないのに…」
巴「桜田くん…変わろうか?」
ジ「え…や、い、いいよ、そんなの…」
巴「そう…?無理しないでね…」
ジ「こ、こんなの…無理でもなんでもないし…」
翠「う…ぬぅ〜…なんかいい雰囲気だしてるですぅ……」
巴「ほら、雛苺も投げすぎよ。食べる分なくなっちゃうわよ?」
雛「ヒナ、もう年の数だけ食べたのよ」
巴「え?」
ジ「僕ももう食べたぞ」
翠「翠星石もですぅ」
巴「……雛苺、あとお豆どれくらい残ってるの?」
雛「えっとねー、ひい、ふう…」
翠「全然残って無いですね」
ジ「んー…柏葉、まだ食べてなかったんだな。一粒足りないや」
巴「……」
雛「ご、ごめんなさいなの」
ジ「いいだろ別に。豆なんてそんなうまいもんじゃないし」
巴「……年の数……だけ……食べなきゃ……」
雛「トモエ!?」
ジ「!!?おい、ちょ、やめ、ひ、拾うな、拾うな!か、買ってくるから!」
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巴「太巻きつくったの」
ジ「ああ、節分か。…去年恵方巻きを否定するネタしてたよーな…」
巴「否定したわけじゃないの。私小さい頃からやってたし」
ジ「あー、そういえばそうだった。
僕がその恵方巻きの慣習知ったのも、柏葉がやってたからなんだよな」
巴「そう。無言でね、太巻きを食べるの」アムッ
ジ「あは……無言もなにも、そんなん食べながらしゃべれるわけないけどな」
巴「……」
ジ「そう思うと、変わんないな、昔も今も……」
巴「……」
ジ「……おい」
巴「……」
ジ「や……ちょ、み、見すぎ……」
巴「……」ウルッ
ジ「……なんで瞳を潤ませる!?」
巴「……」ジー
ジ「や、やめろ!上目遣いはやめろぉー!」
雛「成長したのね二人とも」
蒼「っていうかジュンくんが恵方の方向に立ってるからじゃ?」
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>>794-801です。
よければ、どなたか天才していただけるとありがたいです。
明らかに時期外れのネタがあるのは、規制にかかってる間に書いてた分です。
多分あと一週間くらいすれば規制も解けるんですが、
もう一ヶ月更新放置してるし、節分ネタもあるしということで、ストック分からいくつか投下しました。
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>>802
しまった節分過ぎてた!
変則的に天才になりました。すいません。
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>>803
いえいえ、お気遣いどうもです。
天才確認しました。ありがとうございます。
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間に合わなかった……。
折角なので、ひっそりと投下。
−−−−
「おかえりなさい」
夜更けに訪れた非常識な僕を、君は満面の笑みを浮かべて、迎え入れてくれた。
あの頃と何ひとつ変わらぬ、夏日のように眩しい笑顔で。
「疲れたでしょう? さあ、入って身体を休めるかしら」
――どうして?
僕のわななく唇は、そんな短語さえも、きちんと紡がなかった。
でも、君は分かってくれた。さらに微笑を輝かせて、応えてくれた。
「だって、あなたを好きでいることが、カナの夢だから」
なんで詰らないんだ? なんで罵倒してくれないんだ?
僕の喉は、その問いの変わりに嗚咽を漏らした。
「……僕を…………許してくれるのか?」
君との愛よりも、身勝手な夢を選び、飛び出していった愚かな男を。
その夢も破れ、なにもかも失い――ボロ布みたいになって戻った、こんな僕を。
「……まだ…………僕を愛してくれるのか?」
君は、笑みを崩さなかった。
無垢な少女みたいに笑いながら、涙を溢れさせていた。
「ずっと、待ってた。……あなただけを愛し」
彼女の言葉は、強引に重ねた僕の唇の中に融けていった。
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>>805
「お腹、減ってるでしょ?」
玄関で、どれほど長く抱き合っていたのか――
時間を忘れてしまうほど続けられた抱擁は、彼女の問いかけで終わりを迎えた。
「うん……実は、腹ぺこなんだ」
情けないけど、今の僕は、明日の食い扶持にさえ困る有り様だった。
都会に出て大金持ちになって、故郷に凱旋する……
そんな野心は所詮、現実を知らない子供の夢でしかなかった。
いや……違うな。現実は知ってた。夢を実現する術を知らなかっただけだ。
「待っててね、ジュン。すぐに準備するかしら」
「ああ。君の料理は久しぶりだな……すごく楽しみだよ」
「またまたぁ〜。お世辞がうまいんだから〜」
「本当だって」
僕が言うと、彼女――金糸雀は頬を上気させて、はにかんだ。
目まぐるしく変わる彼女の表情の中でも、特に好きな顔だった。
「ホントに……ホント?」
「ん……実はウソ」
「んもぅ、からかって! どーせ、そんなコトだろうと思ったかしら」
「ま、待て待て! ウソって言ったのがウソなんだよ。楽しみにしてるって」
「もう怒った。お料理に毒盛ってやるかしら!」
可愛らしくむくれて、金糸雀は厨房に駆け込んだ。
その後ろ姿を抱きすくめたくて、僕も君に付いていったけれど……
「ジュンは、あっちで待ってるかしらっ!」
追い出された。
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>>806
久しぶりに食べる金糸雀の手料理は、とても美味しかった。
中でも、頬が溶け落ちるくらいに甘いタマゴ焼きは、絶品だった。
「うまいよ、すごく」
「当然かしらっ。なんてったって愛情という媚薬入りだもの」
「本当かよ? ま、毒食らわば皿までだ。なんでも、ありがたく頂くよ」
「ふふ……た〜んと召し上がれ」
食事をしながらの他愛ない会話も、なんだか心地よくて。
時間を忘れて語り合ううちに、時計の針は午前二時を指していた。
「あ……もう、こんな時間かしら」
「うん。もっと君と話していたいけど……ちょっと……眠いかな」
疲れ切っていた。そこで満腹になれば、辿り着く先は明らかだ。
僕は食卓に頬づえを突いて、ウトウトと船を漕ぎだしていた。
「待ってて。今、お布団を敷くかしら。一組しかないから、ジュンが使って」
「でも……それじゃ、君が……」
「いいから、いいから」
やがて、僕は金糸雀の肩に担がれるようにして、敷かれた布団に連れて行かれた。
そして――
「疲れたから、カナも一緒に寝ちゃうかしらー」
おいおい、冗談はよせよ。
そう告げようとしたけれど、睡魔には勝てなかった。
「おやすみなさい、ジュン。ずっと愛してる。ずっとずっと――」
夜闇の中、眠りに落ちる寸前、金糸雀の低く澱んだ囁きが聞こえた。
それは、なぜか、地の底から響いてくるようだった。
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>>807
眩しい日射しが、僕の顔に照りつけていた。
もう朝か。それとも昼ちかくだろうか。ずいぶん眠った気がする。
その証拠に、身体の疲れはすっかり抜けていた。
「そうだ……金糸雀は!」
我に返って身を起こした僕は、そこで自分の目を疑った。
僕の目の前には、一面の草むらが生い茂っていた。
なんだ、これ? 呆然と立ち上がって、また呆然とした。
僕は、腰ほどまである夏草の藪の、ど真ん中に居た。
「どうなってるんだ? 金糸雀! おい、金糸雀っ! どこに居るんだよ」
叫びながら、辺り構わず藪を掻き分ける。
草の端で指が切れて、血塗れになろうとも、腕は止めない。
そして――僕は、見つけてしまった。
草に埋もれた石碑を。金糸雀と刻まれた、小さな小さな墓標を。
「金糸雀……君は……」
ずっと、僕を待っててくれたんだな。
姿が変わっても、僕だけを愛し続けてくれてたんだな。
「ごめんよ。こんなにも待たせて、ごめん」
僕は、墓標にすがりついて、泣き濡れた頬をすり寄せた。
そして、心の中で誓った。もう……どこへも行かない。
新しい夢を見つけたから。
「僕はここで、君との愛の夢を見続けるよ。ずっと一緒だ――」
−fin−
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>>805-808
以上、スレタイ物。
13日の金曜日にちなんで、ホラーチックなジュン金でした。
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巴メイデン借ります
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巴「……」
雛「あ、ジュンの写真なのー」
巴「……ソー……」
雛「……トモエ?」
巴「ハッ」
雛「今、写真にちゅーしようとしてたの?」
巴「ブンブン」
雛「ふーん……」
巴「……」
雛「……」
巴「……ブンブン」
雛「頭振ってないでもうしちゃえばいいのに」
巴「ブンブン」
雛「よくわかんないけどトモエも一生懸命戦ってるのね」
-
雛「うわぁ、なんかすごい下着なのー……」
巴「ダダダダッ、バッ!」
雛「……それ、トモエの?」
巴「う……そ、そうだけど……」
雛「トモエそんなのはくのね」
巴「ち、違うのよ雛苺、これはその、いつか必要になる日がくるかもしれないと思って…」
雛「必要になる日ってどんな日?」
巴「えっと…だから、あの…」
雛「ジュンはあんまりこういうの好きじゃないかもしれないのよ」
巴「べ、別に桜田くんは……」
雛「隠さなくていいの。でも、ジュンは意外と淡白だったりするから、
あんまり気合い入れてると引いちゃうかもしれないのよ」
巴「そ、そうかな…」
雛「そうよ」
巴「…ん、でも、だいじょうぶだと思うわ。私、桜田くんのこと信じてるもの」
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ジ「不景気みたいだな」
巴「そうね、ちょっと心配」
ジ「とは言ってもなぁ、僕に直接関係するわけじゃないし…」
巴「え…それは違うわ。すごく、関係してると思う」
ジ「そうかぁ?うちも特に困ってる感じしないし、柏葉の家だってそうだろ?
最近も家の近くにやたら高いうどん屋できたしさ。入った事ないけど」
巴「けれど、雇用問題は深刻よ。就職もしづらいみたいだし…」
ジ「まぁそうみたいだけどな」
巴「やっぱりお金がないと…当分は持ち合わせでなんとかなると思うけど…」
ジ「シビアだなぁ」
巴「うん…私はね、いいの。どんなに貧乏でも……
けれど、子どもにはあまり苦労をかけたくないじゃない」
ジ「……たしかに、それはそうだ。……前みたいに、人形服作って売るか……」
巴「桜田くんの才能を、そんな目的で使ってほしくないな……」
ジ「でもさ、仕方ないだろ?子どものためを思えば……」
巴「……そうね、私たちはいいにしても、子どもたちはどうしても……」
ジ「ああ……」
紅「……なにしてるのあなたたち」
雛「うゅ…おままごと…なんだけど……」
-
巴「バレンタインデーか……」
雛「今年もジュンにチョコあげるのよね?」
巴「……どうして、チョコなんだろう」
雛「うぃ?」
巴「気持ちが伝わることが大切なんであって、チョコレートである必要はないよね」
雛「トモエはどうするつもりなの?」
巴「もっと桜田くんに喜んでもらえそうなものを……」
雛「トモエ!」
巴「な、なに?雛苺……」
雛「トモエの体は料理じゃないの!いくらジュンでもそんなのドン引きなの!そう願いたいの…」
巴「え……え?」
雛「ヒナね、トモエとジュンにはもっと健全な…」
巴「あ、編み物とかじゃ……だめなのかなって、思っただけなんだけど……」
雛「……」
巴「……」
雛「ヒナが悪いのかな」
巴「わからない」
-
巴「もう、暦の上では春だけど」
ジ「普通に寒い。コタツに入らなきゃやってられない」ヌクヌク
巴「……やっぱり冬だよね」
ジ「ほんと、誰だ立春とか言い出したやつは」
巴「でも、どうせ家の中にいるんだし…」
ジ「う…そ、それを言うなよ。っていうか廊下とか寒いし…」
巴「そうね。それに、灯油入れるときなんか凍えそうに…」
ジ「灯油?柏葉の家、まだ石油ストーブなんだ」
巴「うん。エアコンもあるけど」
ジ「ふーん。まぁそりゃあそうか」
巴「ん…けど、コタツが一番かも」ヌクヌク
ジ「そうだな……コタツがいいよな……」ヌクヌク
巴「でもね、うちのコタツはあんまり……」
ジ「え?柏葉の家のコタツってたしか……掘り炬燵だっけ?」
巴「そう」
ジ「なんで?あれいいじゃんか。うらやましかったけどなぁ、子どもの頃」
巴「よくないよ……だってあれじゃ……コタツの中で足が触れ合ったりとかないし(ボソッ」
ジ「ん?ごめん、よく聞こえなかった。なに?」
巴「な、なんでもないよ」
蒼「……」
雛「蒼星石?どうしたの?」
蒼「あの二人の足……触れ合ってるというか、絡み合ってるようにすら見えるんだけど」
雛「お互い気づいて無い振りなのよ」
-
巴「セッセッ」
雛「トモエー、なに編んでるのー?」
巴「ふふ、ちょっとね」
雛「あっ、もしかして、前に言ってたジュンへのバレンタインプレゼントね?」
巴「う、うん……いつも、その、お世話になってるから……」
雛「そうねー、ジュンも喜ぶのよー」
巴「そ、そんなんじゃ……」
雛「照れなくってもいいのよ。えっと、今編んでるのは…マフラー?」
巴「一応、ね……」
雛「きっとジュンに似合うの!」
巴「…………」
雛「うゅ……トモエ、どうしたの?なんだか元気ないの」
巴「……ううん。別に……」
雛「トモエ……」
蒼「まぁ、普通にジュンくんのほうが編み物うまいんだろうね」
翠「それでもやらなきゃいけないことが、女にはあるんですぅ!!」グッ
蒼「君もか」
-
『10年前から……すごく、変わったよね、この場所も。
きっと、これからも変わっていくと思う。……桜田くんも。
…私もね。……それは、桜田くんがいるから……
あなたの、おかげで、私は……変わることができる。
……けれど、変わらないものもあるわ。
10年前のあのときから、ずっとずっと……これからもずっと……
……桜田くん、受け取って、私の、気持ち……変わらない気持ちを……』
『かし……と、巴!……僕もずっと、君のことが……!」
『さくら……じ、ジュン……!』
『今夜は寝かさないぞーーーー!!!!』
『あん、もう、ダメぇー♪』
雛「トモエ……一人で何してるの……?」
巴「えっ……ち、違うのよ雛苺、これはちょっとその、
渡すときになんていおうかなって考えていただけで……
それとあの、な、何があるかわかんないし……」
雛「……」
-
巴「……よしと、できた……」
雛「おー、ずっと徹夜で頑張った甲斐があったのねー」
巴「うん……マフラーできたし……なんて言って渡すかも考えたし……」
雛「……うゅ、ノート1冊分にいろんな渡し方が書き込まれてるの……」
巴「あ、み、見ちゃだめっ…!」
蒼「どれどれ、渡し方案その35……あ、しかもジュンくんの反応によって細かく分岐が……」
紅「これは用意周到ね」
雛「すごいのー」
巴「え、ちょ、二人ともどこから……み、見ないで…!」
蒼「……うわぁ、なんだか映画みたいな展開書いてる」
紅「巴もこういうこと考えるのね。しかもこれは18歳未満おことわ…」
巴「……!!」ブンッ ダッ
蒼「あら、ノート持ってかれちゃった」
紅「ちょっとからかいすぎたかしら。それにしても、巴があんなこと考えてるなんて……」
雛「トモエも夢見る乙女なのー」
蒼「乙女ねぇ、けど……」
紅「そうね、しょせん夢ね。巴だもの」
雛「うゅ??どういうこと?」
紅「バレンタイン当日の巴を見たらわかるわ」
雛「うぃー?」
〜〜バレンタイン当日〜〜
巴「……桜田くん」
ジ「柏葉?」
巴「…………はい」
ジ「…………ありがと」
巴「うん」
-
>>811-818で終わりです
どなたか転載していただけるとありがたいです
一ヶ月以上たってるのに、運営の都合で結局今日になっても規制解かれず。いつになることやら。
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>>819
天才完了しました
規制が解かれる日を心待ちにしています。
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>>820
転載確認しました。ありがとうございます。
規制はあれですが書きためる時期だと思うことにします。
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規制喰らってますので、こっちに投下します。
ホント、アレな内容なので、メール欄のNGをしっかり確認しといてください。
-
♪ ずっと ともだちー ♪ ともだちー ♪ ずっと友達いなーい ♪
軽快に歌を口ずさみながら通学する僕は、桜田ジュン。
今日から高校生になる、何処にでも居る普通の男の子さ。
しいて普通と違うトコロを挙げるとするならば、ずっと引き篭もってて友達が居ない事かな。
そんな僕でも、高校になると何か変わる気がして……
彼女が、とまでは言わないけれど…それでも友達くらいは出来るんじゃあないかなーなんて期待もしていた。
とにかく。
希望というものは不思議なもので、何の質量も無いわりには持っているだけで元気が湧いてくる。
僕は限りなくスキップに近い何かで軽やかに通学路を進みながら、ニヤケる顔を引き締められない。
そのまま舞うように、校門へとインサート。
先生達の誘導で、入学式の行われる体育館へとぶち込まれた。
………
それにしても、入学式での校長先生の言葉と言うのは意味があるんだろうか。
どこもかしこも、欠伸ばかり。
かく言う僕も、欠伸ばかり。
実に退屈な演説を聞き流しながら、僕は周囲に座る生徒達へと視線を巡らせた。
きっと、座席ごとにクラス分けしてあるだろうから……この辺りに座っているのは皆、僕と同じクラスだろう。
僕はこれから始まる高校生活への期待と不安を感じながら、チラチラと横目で人間観察を始める事にした。
そう。始めるつもりだったんだけど……
僕の目は、一人の女子生徒に釘付けになってしまった。
-
その子は、まるで物語の世界から飛び出してきたような可愛らしさだった。
癖の無い、流しそうめんよりストレートな金の髪。
整った顔立ちと青い瞳から、ハーフか何かだと一目で分かった。
控えめな胸は、逆に彼女のスレンダーで均衡のとれたモデルのような美しさを際立たせている。
そんな、美の女神に愛されてるどころか女神そのものが、二つ隣の席に座っている。
僕は、式典の最中だと言うのに脈打ち始めた自分のズボンの中の若さが恨めしかった。
心の底から隣に座っている男子生徒の事を羨ましくも恨ましく思いながら、僕はチラチラと彼女の姿を見る。
『隣の奴、邪魔だなあ。』
『彼女は何って名前なんだろう』
『彼女はどんな声で喋り、何が好きなんだろう』
僕の思考は式が終わるまで、この3つだけを延々とさ迷い続けた。
一目惚れ。
なんって陳腐で胡散臭い言葉だろう。
でも僕は、その陳腐で胡散臭い言葉通りの現象に、間違いなく陥っていた。
それからの事は、特に伝える必要も無いと思う。
入学式が終り、これから一年を過ごす教室に移動し、自己紹介と簡単なレクレーション。
彼女の名前が真紅で、紅茶が好きで、ドイツ系のハーフで、読書が趣味で、可愛くって、素敵で。
それを知る事が出来たのだけが、僕にとっては唯一の収穫だった。
そんなレクレーションも終り、今日は早くも解散。
幾人かの生徒は知り合い同士で教室の中で輪を作っているが……僕には関係が無い。
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本当なら、真紅と話でもしてみたいけれど、友達すら居ない僕は何って声をかけたら良いのかも分からない。
ほんの少し。一歩踏み出す程度の勇気があれば良い事は分かっているけれど……
どうしようもない位に真紅に片思いし始めた僕には、その勇気が湧いてこない。
僕はせいぜい、クラスメイト数人と他愛も無い自己紹介を兼ねた会話をしてみるだけだった。
それも、真紅が帰ってしまうまで。
彼女が帰った途端、僕はクラスメイトとの会話が苦痛に感じ始める。
何でだろう。ちょっと考えてみて、すぐに分かった。
見栄だ。
友達も作れないような駄目人間であると、真紅にだけはバレたくない。
どうせ彼女は僕なんか見てないだろうけど…ちっぽけな見栄くらいは張りたい。
くだらなくも立派な、自分の虚栄心に内心ため息をつきながら、僕は……
やっぱり、もうクラスメイトとの会話を続ける気にならなかったので、帰る事にした。
また明日になったら、会話は出来ないかもしれないけど、見ることは出来るさ。
自分にそう言い聞かせて、ついつい猫背になりそうな背中を叱咤しながら。
朝とは違い、靴箱まで向かう僕の足取りは重く、心は荒野のようにすさんだ風が吹いている。
思わず、魂が出ちゃいそうな位に深いため息が出そうになるけど、何とか胸元で押し留めた。
そして新しくて全く馴染んでない靴に履き替えてから、僕は校庭を横切り帰路につく。
はずだった。
「待ちなさい」
校門の影から、僕を呼び止める声。
-
ああ、神様。
今日から貴方の事を信じる事にします。
忘れようとも、忘れ果てようとも、忘れられない声。僕を呼び止めた声の主は…真紅だった。
驚きと、神への感謝と、爆発しそうな位に早くなってく鼓動の音。
当然、僕は立ち止まる以外の一切の行動は取れない。
どうして、僕みたいにパッとしない相手に彼女が声をかけてくれたのかも理解できない。
そんな咄嗟の対応がまるで出来ていない僕に対して、真紅はあの美しい声で話しかけてきてくれた。
「大事な話があるの。付いて来なさい」
意中の人にそう言われ、断る馬鹿がいるだろうか。
居るわけがない。
僕は言われるがまま、真紅にホイホイ付いていく事にした。
そして、彼女に連れられた先は、一軒のおしゃれな喫茶店。
紅茶を飲む横顔も、その香りを楽しむ鼻も、カップに近づく唇も、琥珀色の液体を見つめる瞳も。
改めて気付いた。
全てにおいて、真紅は完璧だ。
こうして近くで見て、彼女の完璧さを目の当たりにすると…
僕は酷く、自分が場違いな所に居る気がして仕方が無かった。
若干、僕はソワソワしていたのだろう。
真紅は僕を一瞥すると、飲んでいた紅茶のカップをテーブルに置き、静かに口を開いた。
-
「……突然こんな所に呼んで悪かったわね」
「え、い…いや、別に構わないよ…」
「そう。それなら良かったわ」
短い会話の後、今度は真っ直ぐに、真紅の瞳が僕を見つめた。
どんな湖面より、どんな宝石より美しい煌きを宿したその瞳に、僕の心臓は一瞬、止まりかける。
「私はずっと探していたの。
究極の存在を…いかなる宝石より輝く、至高の人物を……」
何を言ってるのか分からない。
僕が、その究極の人物だって?何で?
色んな考えが頭を過ぎり、僕は思考を整理できずに、ただコクコク頷くだけ。
真紅は、さらに続ける。
「入学式の時、確信したわ。貴方は磨けば光る物を秘めている。
だから……私が貴方を最高のゲイに導いてあげるのだわ!」
「………え?」
突然の発言に、僕は言葉を失う。
え?何?ゲイって聞こえたんだけど、気のせいだよね?
そんな僕を他所に、真紅は楽しそうな笑みすら浮べながら熱っぽく語りだす。
「貴方が隣の男子生徒に向けていた、恥らうような…それでいて、焦がれるような視線。
貴方、男の人に興味があるんでしょう?この真紅の目は誤魔化せないのだわ。
いいえ!みなまで答える事は無いわ!心配しなくても、私は貴方の味方よ」
-
いやいや。その恋する視線は真紅さん、貴方に向けていたのですよ。
そう言いたいけど、僕の喉は痙攣したみたいに何の言葉も紡ぎ出せない。
「確かに、一般的な嗜好とは違うかもしれないけれど、私が全力で貴方の恋を支援してあげるから安心なさい。
そして究極の存在……アリス・ゲイに貴方はなるのよ!」
なんだか頭が痛くなってきた。
それにしても、今の真紅の笑顔は最高に可愛いなぁ、ちくしょう。
何だか意識がショートしてぶっ飛びそうな僕。
真紅の演説が放つ熱気は確実に上昇していき、彼女の頬は朱を射したように染まっていく。
そして、頬を赤らめながらの最高に可愛い表情で、真紅は大きく締めくくった。
「ホモが嫌いな女の子なんて居ないのだわ!」
…………
ああ、神様。
生まれて初めて、心から懇願します。
どうか、真紅が腐女子だというのは悪い夢にしてください。
生まれて初めて、心から恨みます。
何を思って、貴方はこんなにも美しい少女を腐らせてしまったのか。
神よ。
もし可能ならば、今すぐ貴方をぶち殺しに行きます。
-
腐った果実 【完】
もしも、もしも、出来る事でしたれば。
本スレに転載してちょうだいませませ。
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>>829
爽やかさがとても素敵だったので転載しました。
-
久々に早く帰れたのに、巻き添え規制とか無情すぎる……。
連続スレタイ短編、こちらに投下しときます。
― ― ― ―
火が消えたような――
管理人の真紅さんが去った有栖川荘は、まさに、その形容がピッタリだった。
私を含めたすべての住人は、誰も彼も、どこか気が抜けた感じだ。
特に、水銀燈先輩の虚脱ぶりは、傍目にも痛々しかった。
でも、先輩だけが特別ではない。私だって彼女と同じか、より以上は失望している。
真紅さんを見送ってから、ずっと胸の奥が重たくて、奇妙に疼いていた。
礼儀作法には口喧しい人だったけど、いい友だちになれそうな予感がしてたのに……。
それが三日と経たずお別れだなんて、裏切られた気分だ。あまりにも寂しすぎる。
憂鬱な想いに引きずられるように、私はいつしか、あの寒椿の前に立っていた。
無意識的に、昨日の記憶を辿り、彼女の面影を探していたのかもしれない。
「いったい、なにが真紅さんを衝き動かしたですか?」
答えなど返されないのを承知で、寒椿に問いかける。
さわさわ……。寒椿は春風の中で、枝葉を揺らした。去った人への手向けのように。
微かな葉ずれさえもが啜り泣きに聞こえるのは、私の感傷ゆえなのか。
ふと、思う。真紅さんは、この寒椿に我が身を重ね、悲歎に暮れたのかも、と。
三月と言えば卒業シーズン。いわゆる旅立ちの時期でもある。
彼女は毎年のように、巣立ってゆく下宿生を見送ってきたのだろう。
その都度、再会を誓った『誰か』を想い、果たされない過去に胸を焦がしたに違いない。
「貴女にとって、この寒椿は惨めな自分を写した鏡だったです?」
だとしても、自身の立場を忘れて旅に出てしまうなんて、あまりに無責任だ。
私も薔薇水晶も、そして雛苺も、新入り組には真紅さんが必要なのに。
灌木を見上げ、私は、そっと独りごちた。「真紅のどあほう」
言葉にできない悲しみは、乗り越えていくしかないのです。
それは解ってますけど……理屈どおりに行くのなら、誰も苦しまないですよね。
-
とにもかくにも、真紅さんの一件を引きずり、腑抜けたままではいられない。
一週間後には入学式があるし、それを過ぎれば学生生活も本スタートだ。
この有栖川荘の家賃を払うためにも、アルバイトだって探さないと。
心機一転するための妙薬は、多忙になることだろう。クヨクヨする暇もないくらいに。
でも、どうせなら私だけでなく、みんなにも元気になってもらいたい。
「そうです! こんな時こそ、私の本領発揮ですぅ」
私は館内に戻って、たまたま通りがかったオディールさんを捕まえると、
買い物に付き合って欲しいと頼んだ。この近所には不案内で、独り歩きが怖かったからだ。
オディールさんは嫌な顔ひとつせずに、快諾してくれた。
その道すがら、オディールさんに真紅さんのコトを訊いてみた。
彼女が再会を約束した『誰か』とは、どんな人物だったのかを。
「彼は、夢を追いかけていた。理想家だったのよ」オディールさんは眉を曇らせた。
「そして彼女も、同じ夢を見ている。いえ……そうに違いないと信じたがっている」
けれど、結果は待ちぼうけ。口約束だけが、辛うじて二人を繋いでいるに過ぎない。
万華鏡のように煌びやかだった現実を、色褪せた夢だったと認めたくなくて……
確かな絆が欲しくて、真紅さんは傷悴し、迷ってしまったのだろうか。
「彼女が愛だと信じていたものは、結局のところ、白昼夢だったのかもしれないわ」
私には、よく解らない。特定の男の子を本気で愛した経験が、まだないから。
でも、もし……それが真実ならば、真紅さんには早く夢から醒めて欲しかった。
そして、また、ここで――
「真紅さん、帰ってきてくれるですかね?」
訊ねてみたけれど、オディールさんは曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
-
オディールさんが案内してくれたお陰で、いろいろと食材を買い揃えられた。
より正確に言えば、シフォンケーキの材料だ。
「ケーキを焼くのが趣味なの?」
あまりに迷いなく材料を買った私に、オディールさんが訊いてきた。
間を置かず、「いいわね。女の子らしい趣味でステキだわ」とも。
「お菓子づくり全般が好きなのです。食べる楽しみで倍率ドン、さらに倍ですぅ」
「分かる気がする。ちょっと食べてみたいわね」
「モチロン。最初から、そのつもりでしたから」
私にできることなんて、この程度。でも、何もしないままでは居られなかった。
みんなに少しでも微笑みが戻ってくれたら、嬉しいのだけど……。
のりさんに頼んで、厨房を使わせてもらった。完成したのは、計ったように午後三時。
ココアを多めにしたシフォンケーキは、我ながら上手に焼けたと思う。
甘く芳しい匂いに釣られたらしく、雛苺や雪華綺晶さんが真っ先に顔を覗かせた。
その後、部屋にいた人たちが食堂を訪れ、お茶会が催されることとなった。
「先輩が、まだ来てないですね。ちょっと呼んでくるですぅ」
失意のうちにある水銀燈先輩にこそ、食べてもらいたかったからだ。
私が部屋を訪ねると、先輩はお猪口を手に赤ら顔。早い話が、呑んだくれていた。
ストーブの上には、徳利の並んだ鍋が! 昼間っから熱燗で自棄酒とは、とんだ不良娘だ。
「先輩! ケーキ焼いたですから、一緒に食べるですよ! こっち来いやです」
私は、「いらないってばぁ」なんて、未練がましく猪口を舐めている水銀燈先輩の腕を掴んで、
「そんな猪口より甘いケーキのほうが美味しいですぅ!」と、食堂まで引きずっていった。
やれやれ、世話が焼ける。酒の代わりに、蒼星石の爪の垢を煎じて呑ませたいですぅ。
-
真紅さんのいない、初めての夜。
どこか暗い夜食が済んで、片づけを終えたときには、午後九時を過ぎていた。
「それじゃあ、翠星石ちゃん……また明日ね。戸締まり、ちゃんとしてね」
「のりさんも気を付けて。じゃ、おやすみなさいですぅ」
のりさんを見送って、もう一度、玄関の靴をチェック。
そこに、真紅さんの靴はない。私は頭を振って、ドアの施錠を済ませた。
「さて、お風呂に入るとするですかね」寂しい気持ちを誤魔化したくて、独り呟く。
汗を流すように、心もサッパリと洗ってしまえたら、どんなに楽だろうか。
着替えを持って浴室に足を運んだ私は、微かな歌声を耳にして立ち止まった。
その歌は、浴室の隣にある洗濯室から漏れていた。
「料〜理の腕とか、掃除洗濯とか、決して上手くはな〜い」
興味を覚えて覗き込むと、カナ先輩が歌いながら、洗濯機を回していた。
昼間はバイトで忙しかったから、こんな時間に洗濯をしているのだろう。
カナ先輩は私に気づくと、はにかんで話しかけてきた。「これから、お風呂かしら?」
「はいですぅ。シャワーだけ浴びようかと。それより、今の歌はなんていうです」
「Love knot。スローテンポで唱いやすい曲かしら」
「ラヴ……恋……。カナ先輩は、男の人とお付き合いしたこと、あるですか?」
ふとした興味から訊くと、先輩は照れ笑った。「アイエヌジーかしら」
現在進行形なのか……ちょっと羨ましい。愛NGにならないことを、切に祈ろう。
あまり洗濯の邪魔をしても悪いので、私は先輩に別れを告げ、浴室に入った。
「伝えきれな〜い、あり〜ふれた愛〜の歌じゃ――」
カナ先輩の歌が、薄い壁越しに聞こえる。私は服を脱ぎながら耳を傾け、思った。
私もいつか、男の子と愛の歌を口ずさむ日がくるのでしょうか……と。
-
朝方、布団の中で目を醒ました私は、朦朧とする意識の中で思った。
なんだか熱っぽくて、怠い。膝や肩などの主だった関節が、じわじわと痛む。
喉も痛いし、頭がクラクラする。これは……間違いない……風邪だ。
自分では健康管理に気を配っていたし、伊達の薄着をしてたつもりもない。
なのに、体調不良だなんて、どこかに油断があった証拠だろう。
まあ、理由はさておき。嘱託医のオディールさんに診てもらうコトにした。
寝床から起き出すとき、想像以上に身体が重くてビックリした。足どりが覚束ない。
私は歩くのを諦め、這ってオディールさんの部屋を目指した。
――が、階段を降りるのに失敗。下までスライディングしてしまった。
段の角にドンドコぶつけまくったお尻が痛すぎて、泣ける……。
激痛のあまり動けずにいると、「大丈夫?」
音を聞きつけ、様子を見にきたのだろう。薔薇水晶が心配そうにしていた。
なにを思ったのか、彼女は私の腰を撫で回して、愕然といった風に呟いた。
「大変……お尻が、まっぷたつに割れてる」
また、ベタな冗談を。それとも、これが噂に聞く『割れ厨』なのだろうか。
ともあれ、私は薔薇水晶に付き添われて、オディールさんの診察を受けた。
その間も、「お尻にも深刻なダメージが」と、しつこくネタ振りするものだから、
オディールさんまでが「知りません」だなんてダジャレで応酬する始末だった。
私を笑わせるまで、何度でも同じネタ使うつもりなのか……。
その後も、同期のよしみか薔薇水晶はお粥を作ったりと、かいがいしく看病してくれた。
流石に学習したらしく、お尻が割れてるとは言わなくなったのだけど……
背中の寝汗をタオルで拭いてもらっているとき、私のお尻の青あざを目にしたのだろう。
いきなり「蒙古Haaaan!!!」ときたから、私は堪らず噴き出してしまった。
くぅ〜。こんなおバカなネタで笑っちまったなんて、無性に悔しいですぅ。
-
密やかな音色に耳をくすぐられ、目覚めた瞬間、私の意識は真っ暗な世界に投げ出された。
あんまり唐突すぎて、まだ瞼を閉じたままだったかなと錯覚したほどだ。
なんだこれは。のし掛かられるような圧迫感があるし、ひどく蒸し暑い。
どうして、こんな暑苦しい空間に居るんだっけ?
思い出せなかったが、ひとまずここから抜け出したくて、私は肘を振り払った。
途端、私を覆っていた物がはね除けられ、寒々しい空気が押し寄せてきた。
そこもまた暗い世界だったけれど、窓を透けてくる月光が、私に安堵をもたらした。
風邪薬を飲み、昼間の明るさを逃れて布団に潜り込んでいたら、熟睡してしまったらしい。
「喉……乾いたですぅ」
おまけに、寝汗を吸ったパジャマが気持ち悪い。
ポットから白湯を汲んで薬を飲み、着替えたところで、微かなピアノの音に気づいた。
私の住む205号室の隣には、娯楽室なる部屋があり、住人に開放されている。
そこに、年代物のグランドピアノが置かれていた。
時計を見ると、午後八時。思ったより深夜ではない。でも、誰が弾いているのだろう?
好奇心から、隣室のドアを開くと、ノクターン調のメロディがピタリと止んだ。
「あ……ごめんなさい。起こしてしまったのですね」
謝った声の主は、雪華綺晶さん。
私は頭を横に振って、微笑みかけた。「ピアノ、とっても上手ですね」
彼女も口元を綻ばせた。「いえいえ。管理人さんには、到底叶いませんわ」
聞けば、雪華綺晶さんは、ここに来てから真紅さんに手ほどきを受けたのだとか。
「もう少し、聞かせてくださいです」
私がお願いすると、彼女は椅子に座り直して、「では、お粗末ながら――」
鍵盤の上で、雪華綺晶さんの白くしなやかな指が、ゆったりと躍りだす。
その艶やかな仕種を眺めながら、私は、真紅さんの行方に想いを馳せていた。
-
「びゃああああ! Nom! なんてことなのー!」
眠りの時間は、空を切り裂く刃のごとき黄色い悲鳴によって断ち切られた。
あの声は、間違いない。フランスのチビチビ留学生だ。
相変わらずの風邪で臥せていた私にとって、彼女の甲高い叫びは迷惑千万である。
「ったく……なに騒いでやがるですかぁ」
身体の怠さを押して、寝返りを打ち、枕元の目覚まし時計を見る。
時刻は、朝食時。献立で、なにかトラブルがあったのかもしれない。
大方、食生活の急変に順応しきれず、駄々を捏ねているのだろう。
これでは、おちおち寝てもいられない。のりさんのフォローもしてあげないと。
私は渋々ながら、パジャマの上にコートを引っかけ、階下の食堂へと向かった。
ついでに、薬を飲む前に軽く何か食べておこう。そう思ってもいた。
ところが――いざ現場に到着した私は、異臭を嗅いで卒倒しそうになった。
何事だろうか? 食堂の入り口で、雛苺は魂を抜かれたみたいに呆然としていた。
まさかガス漏れ? でも、これは都市ガスの臭いではない。
もっと、こう……うーん。なんともはや、ただただ『臭い』としか表現のしようがない。
ジャカジャカと調理する音を辿って、厨房に眼を向けると、そこには、
「はぁい、風邪ひきさぁん。具合はどぉ?」
「待っててねー。すぐにできるから」
水銀燈先輩と柿崎先輩が、額に汗して料理なんぞをしていた。
のりさんまで風邪でダウンしたから、二人で料理当番を引き受けたのだとか。
その後、柿崎先輩の言葉どおり、料理は(食べられるかはともかく)完成した。
食卓に着いた誰の表情も、固い。テーブルに置かれたバイオ調味料って、なんですかね。
あぁ、こうと分かっていたら、多少うるさくても寝ていたのに。死ぬほど後悔しても、もう遅い。
蒼星石……。お姉ちゃんは、今日が命日かもしれないです……。
-
――おえっぷ。うぅ、いきなり失礼。だってなんだか、だってだってなんだもん。
私、翠星石は、饗宴(凶宴か?)から生還を果たしたものの胃凭れに苦しめられていた。
正直、キツイ。洗面所の鏡に写る私の顔色も、明らかに青ざめている。
きっと朝食を摂った誰もが、こう考えているはずだ。お昼は外食にしよう、と。
「私はまだ本調子じゃないし、寝ながらお留守番ですかねぇ」
吐息まじりに呟いた、その途端。「それは可哀相ね」
予期しない返事があって、私はみっともなく身を震わせてしまった。
「ごめんなさい。驚かせちゃったかな」
院生の桑田さんだった。彼女の手には、歯ブラシとコップ。
各部屋にもシンクがあるから、私はもっぱら、そこで洗顔や歯磨きをしているが、
桑田さんは、そういう横着をしない人らしい。
会釈して、場所を譲ろうとしたけれど、「ねえ、私のお部屋に来ない?」
先んじられてしまった。「あんまり、お話する機会がなかったでしょ。どうかしら」
どうせ、部屋に戻っても寝るだけなので、彼女のお誘いを受けることにした。
桑田さんの部屋は、よく整理整頓されていた。
歯磨きの一件といい、けっこう几帳面な性格なのかも……と思いきや、
部屋の隅に、長方形の小片が散らばっていた。裏返された百人一首だろう。
私の視線に気づいたらしく、「歌占って、知ってる? 捲った歌で、占うんだけど」
訊きもしないのに、彼女は取り繕うように続けた。「やった。この短歌、好きなのよね」
『君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思いけるかな』
君に会えるなら命も惜しくなかったけれど、今はこの時が少しでも長く続いて欲しい。
そんな意味の歌だと、桑田さんは教えてくれた。いたって普通の、誰が抱く欲求だ。
みんな同じ。私も、そして、真紅さんも――
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今回はここまで。
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全板規制されましたのでここに投下しますヽ(`Д´)ノウワァァァン!!
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―――――――――――impatience
お父様は新しい家に着く早々、薔薇水晶と私の名を呼んだ。
また新しい我が家には段ボールやくしゃくしゃになった新聞紙がそこらじゅうに放り出されており、一言でいえば乱雑、散らかっている。
私を呼んだお父様はやけに上機嫌でもう一度私の名を呼ぶと飛びつくように抱きあげてくれた。
「思った以上だ」
お父様は言う。
「君にも見せて上げたかったよ、薔薇水晶」
お父様がしきりに褒めるのは先ほどあの教会で会いにいった『水銀燈』という人物のことだ。
お父様と私は彼女、いや『彼女ら』に会うためにわざわざ遠いところからここまでやってきた。私にはお父様がなぜ彼女らに会いに来たかは明確には教えてくれなかった。
ただ、お父様は私以上に彼女らを気にしているのはこんな私にもよくわかった。
「美しいとは思っていたがあれほどまでとは思わなかったよ」
「そうですか……」
私は答えるがそんな返事をお父様がいちいち聞いている様子はなく、また彼女の話を続ける。
「あのすべてを拒絶している、いやしていたが正しいかな、あの美しさは彼女ではないと出ない」
「私も一目見たかったですわ」
「奥にもあれは多分……雪華綺晶、という少女だな。あれがローゼンの最後の娘だろう」
「きらき……しょう? 」
-
私は聞き返す。少し私の名前に似ていると思った。名前の漢字まではイメージできなかったが。
「ああ。雪華綺晶という娘だ。奥にいてあまり分からなかったが少し顔を見ることができた。あの子は瞳が美しい」
瞳……胸が苦しい。私はお父様にそこだけは答えられない。
私の片方の瞳には薔薇の形をした眼帯が掛けられている。小さいとき、とある事故で私は片目を開けられなくなってしまった。
無理して開けようとすると痛い。とても痛い。
涙が止めどなく溢れてきてしまうほどに。
それから私は眼帯を掛けている。
これは完璧を求めるお父様に答えられない。汚点、私という『Defect』
その時からなのかもしれない。私の心の奥底でふつふつと『雪華綺晶』と言う名の見知らぬ乙女に嫉妬し始めたのは。
私は見たこともない彼女に嫉妬していたのだ。そんなことお父様に話せば私は変だと、笑われてしまうだろう。
私も見えぬ幻影を呪っているような気分だ。しかしそれは実像のある幻影。
影を憎んでいた、ということは同じくその実物を恨んでいるということに変わりはないのだから。
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かなり短いのですが今回はここまでです。
なんで短いの?というのも今回は視点視点が著しく変わってしまう(最も、原因は私の実力のなさなのですが)
ので少しでも分かりやすく(私がですがw)、ということからこんなことになってしまいました。
WIKI等のほうが読みやすいです、はい。
あと三周年おめでとうございます! いつの間にか社会人になってました。嗚呼、月日が経つのは早い早い
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転載のほどよろしくおねがいします(・∀・)
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>>844
転載しました
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>>845
感謝感激雨あられ!
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よしっと、書きあげたので投下しますよ。
【大胆な】【告白】スレ>>57-68 のつづき。
『ファンタスティック翠ドリーム』2−3
三行あらすじ
・馬車での移動中、路傍に倒れていた吟遊詩人めぐを発見。
・介抱した彼女から、盗賊団に襲われたのだと言う。
・めぐの楽器と相棒のメイメイを救出することになったジュンたちは……。
-
まるで光の滝だな――
それが、眼前に広がる幻想的な風景に対する、ジュンの率直な感想だった。
昼間は鮮やかな緑の天蓋となる木々も、夜ともなれば闇を濃くするだけの厄介者。
その厄介者がいま、枝葉の隙から点々と月明かりを零して、少年を魅了していた。
徐に吐かれた感嘆の息は、白く染まるそばから光芒の中へと融けていく。
それを目にして漸く、ジュンは言葉というものを思い出した。
「けっこう冷えてきたよな」
この秘やかな夜の森を歩き続けて、どれくらいが経ったのだろうか。
独りごちたジュンは、ひたと歩を止め、一口だけ水筒を呷った。
数時間前に汲んだ水は、すっかり温まっていて、喉にイガイガした不快感を残した。
「正直……夜中の森が、こうも寒いとは思ってなかったよ。
おまけに暗すぎて、目当ての場所に着けるかどうかも怪しくなってきたし」
僅かばかりの潤いながら、乾きによるヒリつきを癒すには充分だったらしい。
それまでの沈黙がウソのように、少年は饒舌になった。
すかさず、彼の背後から、姉貴分の赤貧サモナーが異を唱えてくる。
「心配するのは早すぎじゃないの? 道なりに行けば、辿り着けるって話でしょ」
「でもさ、みっちゃん。さっき、分かれ道があっただろ」
言葉を発するのも、人の声を聞くのも、ジュンにはひどく久しぶりに感じられた。
こんな寂しい場所でも、自分は孤独じゃない。そう思えることが心強い。
けれど、一度生まれた不安は、どんなに拭おうとも尽きず滲み出してくる。
壁の隅を蝕むカビのごとく、少年のココロを執拗に惑わし続けた。
「あっちが正解だったのかも。こっちは藪が深くなって、道が消えかけてる」
-
>>848
間違いならば、すぐにでも引き返すべきだろう。これ以上の遅れは好ましくない。
それに、足元さえ不明瞭な山道を、目印もなく歩くのは危険きわまりなかった。
「自警団とかの応援を頼んで、夜明けと共に乗り込むのがベストなんじゃ……」
だが、ジュンの及び腰な発言はたちまち、みつと巴の反撥を食らった。
ベストだなんて耳触りがいいだけの逃げ口上であり、凡庸な選択に過ぎない。
彼女たちには、それが男らしくないと感じられたのだろう。
肝心なときには、多少強引にでも引っ張ってもらいたいと思うのが乙女心なのだ。
「あたしは賛成できないな。メイメイちゃんは、一刻を争う状況に曝されてるのよ」
「そうだよ、桜田くん。確実性を求めたいのは解るけど、結論を焦らないで」
口々に放たれる叱責は、勢いこそあれど、明らかな疲労も窺わせている。
思えば、麓からここまで登り詰めだ。しかも、かなりのハイペースで。
そこに不慣れな山道という悪条件も重なれば、女の子の足では相当キツイだろう。
殊に、めぐは身体が丈夫でないらしく、目に見えて消耗していた。
「すまん。今になって言うことじゃなかったよな」
事が急を要するからこそ、この闇の中、強行軍で登ってきたのだ。
朝を待つくらいなら、最初から街の宿で一泊している。
ジュンは自らの浅慮を恥じて、遅れがちなめぐに肩を貸した。
「みんな、ここらで少し休息しよう。辿り着けても、バテバテじゃ戦えないだろ」
せめてもの気遣いに彼が呼びかけると、誰ともなく、微かな安堵の息を漏らした。
口には出さなかったけれど、みつも巴も足を休めたかったのだろう。
ジュンが率先して腰を下ろすや、3人の乙女たちも、その場にへたり込んだ。
-
>>849
〜 〜 〜
少し時間を遡って、夕刻――
時計職人の柴崎元治が操る馬車は、ようやくにして目指す街に到着した。
街並みの窓辺には明かりが灯り始め、調理の音や、美味そうな匂いが辺りに漂っていた。
「もうすぐ日が暮れるし、出発は明日にしなさいな」
元治の妻マツが、当然のように気遣いを見せる。
とても嬉しい申し出だ。大袈裟ではなく、老夫婦の温情には涙が出そうだった。
事実、ジュンたちは、老夫婦と過ごす時間を心地よく感じ始めていたし、
夕飯時の匂いに刺激されて、小腹が空き始めてもいた。
――が、めぐの相棒メイメイが掠われたとあっては、悠長にも構えていられない。
結局、後ろ髪を引かれる想いで、気のいい老夫婦に別れを告げたのだった。
それから、手分けして盗賊団に関する聞き込みを始める矢先に、「ところで――」
めぐがジュンたちを眺め回した。「あなたたちの名前、まだ聞いてないわ」
確かに。メイメイ救出の策を講じることにかまけて、うやむやにしていた。
気まずさを振り払うかのように、ジュンは口元を綻ばせた。
「じゃあ、改めて名乗ろう。どうもー、ジュンでーす!」
いきなり、軽妙な語り口と共に、少年が右腕をサッと挙げる。
事前に打ち合わせていないにも拘わらず、みつも連鎖した。「みつでーす!」
続いて、巴は――
-
>>850
「綾波レイでございます」
「そりゃねーよ柏葉!」
「巴ちゃ〜ん。せめてカラーのウィッグを用意しとくべきだったわねー」
「急にネタがきたので……」
「まあ、スルーしなかっただけマシか」
――と、いきなり始まった3人の掛け合いに、めぐの眉間が深い皺を刻んだ。
凍りつく空気。放たれる視線のレーザービームが、容赦なくジュンたちに刺さる。
しまった! つかみでハズした!
ドン引きされたと3人が落ち込みかけた、まさにそのとき、「それって……」
めぐは、胸の前で指を搦め合わせて訊ねた。「レツゴー三匹?」
ネタが通じてくれた! さてはイデのチカラが発動したに違いない!
少年は都合よく拡大解釈をして、胸を撫で下ろした。
「よかった。また、死ね死ね怒鳴られるんじゃないかと、ヒヤヒヤしてたんだ」
だったら普通に自己紹介しなさいよと、鋭くつっこみが入るかと思いきや、
めぐは、なぜか誇らしげに胸を張った。
「実はね、こうして流浪の吟遊詩人になる前、長いこと入院していたの。
その時に視た『ちりとてちん』に触発されて、落語や漫才に興味を持ったのよ。
で、初めて知ったの。幸せだから笑うんじゃなくて、笑うから幸せになるんだなって」
なるほど、そういう一面はあるかも知れない。
我が身を振り返って、ジュンは唐突に、夕方の教室を思い出した。
『最近、笑わなくなったです。いつも仏頂面で、どこ見てるのか判らなくて』
-
>>851
この夢境に来るキッカケとなった、翠星石の言葉だ。
ずっと周囲の世界をつまらないものと決めつけ、解った気になっていた、あの頃。
だが実際には、自分の感性が凝り固まっていただけではないのか。
笑うことなど容易くできたはずなのに、それをしようともしていなかった。
僕は、間違ってたんだろうか? 背伸びしすぎてたのかな。
ジュンが忸怩たる想いに胸を痛めている横で、めぐは尚も喋り続けた。
「そうそう。開腹手術直後で辛そうな人に、落語を聞かせてあげたこともあったわ。
あの人、涙まで流して喜んでたっけ。よっぽど嬉しかったんだろうなぁ」
おいおい、それは本当に感激の涙だったのか?
喉元まで出かかった台詞を呑み込み、ジュンは気分を変えて、話を合わせた。
「ふぅん……そりゃ、いいコトしたな。でも、なんで急に旅をしだしたんだ?」
「天使を探すためよ」
事も無げに即答する。「わたし、どうしても、天使に逢いたいの」
この娘、少しばかり夢見がちなところがあるらしい。
あるいは、超自然的なナニかに縋りたくなるほど、深い失望を抱えているのか。
めぐの言う『長期の入院』というフレーズが、ジュンのココロに引っかかった。
慢性的な病。そして、天使を探すための旅立ち――
これで、よからぬ想像をするなと言うほうが、無理な注文だろう。
「だったら、僕らにも手伝わせてくれ」
ジュンは自分でも驚くほど自然に、そう告げていた。「一緒に、天使を探そう」
彼の決意は、しかし、ただの同情からではなかった。
-
>>852
ここは現実世界とは違う。天使だって実在するのかも知れない。
ならば、その御利益にあやかりたいものだと、ジュンは目論んだのである。
すべては、暴れん坊天狗の呪いから救われんがために……。
「いいの?」いきなりの申し出に驚いたらしく、めぐは忙しなく瞬きを繰り返した。
「あなたたちも、旅の途中なんでしょ?」
「僕は、自分の『ココロの樹』を探してる途中さ。柏葉たちは――なんだっけ?」
「まだ話してなかったよね、確か。私は、自分らしさを求めて、かな」
「あたしは……まあ、ワケありでねー。できれば詮索されたくないんだけどー」
みつの『ワケ』とやらには胡乱なものを感じるが、そこは赤貧サモナーのこと。
おそらく、金銭的なトラブルなのだろう。
差し当たって、めぐをパーティーに迎える障害とはなり得ない……はず。
「ま、こんな感じの寄せ集めだけどさ。それでも構わなければ、ね。
気が進まないなら、はっきり断ってくれていいよ」
めぐの決断は早かった。躊躇のカケラも見せなかった。
「じゃあ――お願いしようかな。旅は大勢のほうが楽しいものね。
それに、わたしって身体が丈夫じゃないから、同行してもらえると助かるわ」
ついでのように言ったが、後者こそが、彼女の偽らざる本音だろう。
うら若くか弱い乙女の独り旅なんて、悪党にとっては、鴨ネギもいいところだ。
現に、めぐは不逞の輩に襲撃され、商売道具とパートナーを誘拐された。
生命を奪われなかったのは、勿怪の幸いと言わざるを得ない。
そんな彼女だからこそ、ジュンたちも力添えをしてあげたくなったのだ。
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>>853
「歓迎するわよ、めぐちゃん」みつがウインクしながら、サムズアップ。
「よろしく、柿崎さん」巴は微笑んで、右手を差し伸べた。
「きっと、メイメイさんを救出しようね」
めぐは「もちろん」と頷いて、その手を両手で包み込んだ。
その後、ジュンたちは手分けして、夜の迫る街で聞き込みを行った。
割けるのは僅かな時間だし、たいした収穫は期待していなかったのだが、意外や意外。
彼らの予想を大きく裏切って、有益な情報が得られたのだった。
この辺りをシマとする盗賊『星の瞳』団は、かなり頻繁に悪事を働いているらしい。
「星の瞳だなんて、なんかロマンチック。あんまり盗賊っぽくないわね」
不思議そうに小首を傾げためぐに、巴が耳打ちする。「イヌフグリの別称よ」
たちまち、めぐは夕焼けに染まる顔を、さらに赤らめた。
「イヤだわ……下品ね。でも、よく知ってたわね」
「野草には、薬として使える品種もあるから」
本当だろうか?
めぐの奇妙な視線を受け流し、巴は集められた情報を纏めて、一同に伝えた。
「確認できている構成員は10名ほど。活動時間は、主に深夜帯。
団長のポリシーで殺しはやらず、追い剥ぎや誘拐をシノギにしてるらしいわ」
「そいつらのアジトは、山の中腹にある廃墟だって話だ」
ジュンが巴のセリフを継いで、粗末な手書きの地図を指でなぞった。
そこは、廃鉱山を流用したテーマパークだったものが、不況の煽りで倒産、閉鎖。
管理が杜撰だったため、ならず者に住み着かれ、現在に至っているらしい。
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>>854
「警備隊が討伐に赴くと、廃坑に逃げ込んで、行方を眩ますんだって。
あっちに地の利があるんじゃ、根絶できないのも仕方ないよねー」
「アウェーなのは、僕らも同じだ。人数が少ない分、条件はもっと厳しいぞ」
「どうする、桜田くん? 正面切っての戦闘は不利だよ」
こちらの武装は貧弱。その上、ランプも持たずに洞窟探検だなんて、愚の骨頂だ。
対する盗賊は10人。しかも、百戦錬磨の精鋭っぽいときている。
どう贔屓目に見ても、ドラマのような八面六臂の活劇を演じられるとは思えなかった。
現実を直視すればするほど、ジュンたちの倦怠感も膨らんでいく。
そんな中、めぐの戦意だけは変わらなかった。「わたしは独りでも行くわ」
当然だ。彼女には、失えないものがある。
「メイメイを見捨てたら、わたし、きっと一生後悔するもの。そんなの絶対イヤ」
「うーん。後味悪くなるのは、あたしも嫌だなー」
「ここは逆転の発想かもね。いまがチャンスじゃないかな、桜田くん」
語りかけながら、巴は流れるような手捌きで、タロットカードを並べる。
「盗賊が仕事をするのは夜だよね、だったら……」
彼女が捲ったカードは、【運命の輪】の正位置。「ビンゴ! うまくいくわ」
言われてみれば確かに、盗賊が出払っている間が、メイメイを救出するチャンスだ。
留守番は、2、3人が精々だろう。丸々10人を相手にするより、勝機が見出せる。
作戦の可否は奇襲。その線で、ジュンたちは一致団結した。
〜 〜 〜
-
>>855
――とまあ、こんな経緯で深夜の森を彷徨っていたのだが、成果はいまひとつ。
闇に包まれた山中で、自然と同化しつつある廃墟を探すのは、困難を極めた。
「寒いのか、柿崎?」
隣りで膝を抱え、小刻みに身を震わせている吟遊詩人に、ジュンは話しかけた。
彼女のパジャマみたいな薄生地の服では、大した保温効果など望めないだろう。
ジュンは、股間の天狗が露わになるのも構わずマントを脱いで、めぐの肩に掛けた。
「これ、羽織っておけよ。風邪ひかれたら困るし」
「あ、ありがと。ごめんね」
「いいって。吟遊詩人は喉が命だろ」
めぐはジュンと笑みを交わし合って、徐に視線を下げた。少年の下半身へと。
「それにしても、不思議な縁よね。天使さんを探して、天狗さんに巡り会うなんて」
呟いて、めぐは細く長い指で、天狗の鼻をふにふにと突っついた。
少年の若い性は、つい、ビクビクッ! と反応してしまう。なんとも面映ゆい。
だらしない顔を隠そうと背ければ、今度は、巴とみつのジト眼に曝される羽目となった。
どちらにせよ立場が悪化するのなら、いっそ開き直る道を、ジュンは選んだ。
「そうだ、柿崎。メイメイの特徴と、きみの楽器について教えておいてくれ。
手懸かりは多いほうが、探しやすいからな」
彼の半ばやけっぱちな機転は功を奏した。みつと巴の視線が、めぐに移る。
首尾よくアジトに潜入できても、探索と脱出に手こずればリスクは同じ。
めぐも、彼の言い分をもっともだと思ったらしく、手振りを交えて説明した。
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>>856
「メイメイは綺麗なショートの金髪で、ほっぺが、ふっくらぷにぷにで、澄んだ瞳で……
とにかくっ、ぎゅうってして頬ずりしたくなっちゃうほどカワイイ女の子よ」
そう言われても、漠然としすぎて、なんのコトやら。鮮明なイメージは湧かない。
ジュンは、なおも熱っぽく語る少女を、次なる質問で遮った。
「メイメイのことは、もう解ったよ。あと、きみが奪われた楽器っていうのは?」
「銀のキーボードよ」
「はあ?」
ジュンは頓狂な声をあげたが、あーなるほど。すぐに閃くものがあった。
めぐの言うキーボードとは、小学校の頃に使っていた鍵盤ハーモニカだろう。
メロディオンと商品名で呼んだほうが、通りはいいだろうか。
演奏中に、結露した汁が下からポタポタ垂れて顰蹙かったっけなぁ、アレ……。
そんな苦い記憶に、自嘲を禁じ得ないジュンだった。
「銀の楽器だなんて、値が張りそうね。急いだほうがいいわ、ジュンジュン。
盗賊はすぐに、どこかに運んで売り捌こうとするはずよ」
「……だよな。その前に奪取しなきゃ」
「私なら、いつでも準備オッケーだよ、桜田くん」
「わたしもよ。メイメイと楽器を取り返して、盗賊どもをメギドの火で裁いてやるわ!」
――それから、さらに森を彷徨うこと小一時間。
獣道を藪漕ぎしつつ進んだジュンたちは、遂に目指す廃墟を眼中に捉えていた。
かなり騒がしくしていたのだが、折から強まった夜風に木々が揺すられ、
彼らの立てる物音は、うまいこと掻き消されていた。
-
>>857
「桜田くん、あれじゃない? 坑道に続く廃屋って」
「見張りらしいのが一人いるな。十中八九、間違いないだろう」
「たった一人だけど、厄介よね。さーて、どうやって黙らせようか」
藪の隙間から様子を窺いながら、ジュン、みつ、巴の3人は思案に暮れた。
彼らの潜む茂みから廃屋まで、30メートルは離れている。
しかも、身を隠せそうな障害物は、ご丁寧にも意図的に撤去されていた。
ちょっとでも茂みを出れば、たちまち見咎められるだろう。
「ここは、あたしの召喚魔法で――」
「待て待て、みっちゃん。召喚するとき白煙が出るだろ。バレちゃうって」
「じゃあ、ジュンジュンならどうするの」
「うっ……それは、だな…………どうしよう、柏葉」
「即効性の麻酔薬を塗った吹き矢で一撃すれば、まったくもって問題なし」
「マジで?! ひょっとして巴さん、吹き矢なんか隠し持っちゃってたりする?」
「ううん、持ってない。言ってみただけ」
なんかもう、いろいろとダメだ。ジュンは頭を抱え、叫びだしたい衝動に駆られた。
しかし、その時――「わたしに策があるわ。任せてくれない?」
めぐの強い意志を秘めた声が、3人の思惑に割り込んだ。
彼女の真剣な眼差しは、自信に溢れていた。ジュンは即決した。「よし、やってみよう!」
――歴史が動いた瞬間だった。
「僕らは具体的に、なにをすればいい?」
「あいつの注意を惹き付けて。ん……そうね、1分でいいかな」
言って、めぐはジュンに借りた黒いローブで、しっかりと身を包んだ。
暗い森の中では効果抜群の擬態だ。赤白ストライプの服より、断然、目立たない。
-
>>858
「1分か――よし、なんとかする」
あとは、ジュンたちが、どれだけ時間を稼げるかにかかっている。
相手が茫然自失してくれたなら上出来だ。仲間を呼ばせなければ、それでいい。
「みっちゃん! 柏葉! あいつにジェットストリームアタックをかけるぞ」
「女は度胸、やってやろうじゃない」
「いつでも私を踏み台にしていいからね、桜田くん。でも、どんな攻撃するの?」
巴の至極当然の疑問に、ジュンは至って真面目な顔で答えた。
「深夜とくれば大人の時間っ! みっちゃんと柏葉の悩殺お色気攻撃だ。
男相手に、これほど効果絶大な戦法があるか? いや、ない!」
思いっきり独りよがりで安直な反語。しかも、発案者には低リスクときている。
そんな話を、乙女たちがホイホイと承伏するはずもなかった。
「や〜、ちょっとジュンジュン。それは虫がよすぎじゃないのー?」
「ですよね。桜田くんにもリスクを背負ってもらわなきゃ、やってられない」
「……おまえらなぁ、僕に何させようって言うんだよ」
「決まってるでしょー。女装よ、女装。色仕掛けなら、三人娘でなきゃあねー」
「みっちゃんに賛成。ここはレイクエンジェルを結成すべきだと思う」
なにがレイクエンジェルだよっ!
場違いな話題で、異様な盛り上がりを見せる乙女組に、ジュンは憮然と言って捨てた。
「やめだ、やめ。よく考えたら、色仕掛けなんて平凡すぎるしな。
こうなりゃ正攻法で行くぞ。僕に付いてこい!」
-
>>859
いつまでも、ふざけてなどいられない。めぐは既にスタンバっているのだ。
ジュンは、夜道に迷った旅人を装って近づき、見張りの男に愛想よく笑いかけた。
「どもー。レツゴー三匹、ジュンでーす」
「みつでーす」例によって連鎖反応する赤貧サモナー。そして巴は――
「涼宮ハルヒでございます」
「いや、柏葉……そこは普通に長門有希だろ」
「それだと在り来たりかなー、なんて。思ったり、思わなかったり」
「あー、捻りすぎてネタを捩じ切っちゃったパターンね。あるある〜〜」
――なんて、またぞろ始まった掛け合い漫才に、見張りの男は眉を顰めた。
胡散臭いにも程がある。即座に仲間を呼ぼうとしたが、ふと……ニヤ〜リ。
むさ苦しい髭面に、いやらしい笑みが広がった。
大方、みつと巴を見て、スケベな妄想を膨らませたのだろう。
だが、次の瞬間――めぐしゃっ!
空を裂いて飛来したナニかが、男の側頭部を一撃。男は白目を剥いて昏倒した。
乾いた音を立てて転がったソレは、スペースコロニー……ではなく、白磁の花瓶。
なぜ、こんなコトに。ジュンたちの表情からも、音を立てて血の気が失せた。
そこに、森の中から意気揚々と走り出してくるのは、吟遊詩人の娘。
「やったねっ。どうよ、わたしの必殺技は。名付けて、ディープインパクト!
……あー、つくづく楽器がないのが悔やまれるわね。
いつもなら、ここでエアロスミスの曲を演奏してパーフェクト演出なのにー」
自らの妄想に酔いしれながらも、めぐは口惜しげに親指の爪をガジガジする。
そんな彼女を呆然と見つめながら、ジュン以下の三匹は胸裡で同じことを考えていた。
それって『アルマゲドン』のほうだから。
-
てなところで投下終了。
まだまだ当分、終わりそうもありません。
あー、それにしても、お猿も時間規制もなくサクサク落とせるのって気持ちいい。
-
書き上げたので投下します。数レス頂きます。
長いです。かなり。
-
暗い道を走る影二つ。
足を止めればきっと追いつかれてしまうだろう。
その進みは遅く、ともすれば、止まってしまいそうだ。
その二つの影の進む先には何も見えず、光は前ではなく後ろから溢れていた。
その二つの影は、ただ走った。何かを見つけるため。
少しでも、遠く。見えないその先の道を少しでも。
唯一遠くへ行って、孤独だって知って。
唯一近くへ寄って、その兆しを捨てて。
唯一遠くへ行って、たぐり寄せて切って。
唯一近くで冷えた、その希望よ揺れて。
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
夢の中で、僕は何かと戦った。大切な人を守るために。
戦うと言っても、殴り合ったりしたわけじゃない。ただ、走って行っただけだ。
逃げ惑って、その大切な人を少しでも、痛みのない場所へ連れて行きたかった。
よどみ過ぎて解らない、闇の奥で目を凝らした。這いつくばり後ずされば、楽しかったまた幻。
会話する余裕などなく、何故こんな状況になったのか思い出す余裕も消えていた。
思春期が過ぎ、聞かせてくれた。
「犠牲を払うこともない……」
協調性も多少欠けていた僕だから、聞き流していた。
-
どんな人もその牙を抜かれ、安穏とした真綿の絞首台に終わりのまどろみを見ている。
僕らはその中で、きっと目覚めてしまったのかもしれない。冷たい風にロープを揺らされたから。
ぎしぎしと鈍い音で、その梁は悲鳴を上げた。たった数本しかない梁に何人もの人の体がつるされていたから。
古い世界を終わらせたいと願った。それが、僕らには正しいことのように思えたから。
僕らは正義のために逃げ出した。彼らは正義のために追ってきた。
僕らの上には飛行船が。輪廻の中で漂った。何千年もの昔の忘却の空に、忘れてきた何か。
天使のように、天使の羽を拡げ、飛べることが出来たのなら、どれほど明るいことだったのだろう。
大切なもののために。僕の命を凍らせた。
優しい悲劇に憧れて、月の光を、鮮やかな光を見失った。
さようならと、ピストルを互いのこめかみに押し当てる。
天使のように飛べたのなら、朝も夜も関係なくなる。
路地裏にスプレーで描かれた落書きの甘い現実に、少年の心を失って、まだ見ぬ聖女に囁いた。
――あぁ。これは僕の夢なんかじゃない。こんなに黒い夢は見ていない――と。
だから、これは僕の脳が作り出した、後付けの現実なんだろう。
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
暗い道を走る影が一つ。
-
足を止めても、きっと何も変わらない。
その進みは遅く、ともすれば、止まってしまいそうだ。
その一つの影の進む先には何も見えず、光は時折、轟音とともに、その影から黒を奪った。
その一つの影は、ただ走った。何かを変えるため。
少しでも早く。見えないその道を少しでも。
そして、その暗い道に、耳をつんざく轟音は鳴り響いた。
SEAVEN
第五話
「亡骸を」
薄暗い道を走る陰が二つ。
異臭が漂う道。カシャカシャとその足の下のフェンスが鳴る。
さらにその下には水が溜まっている。
しかし、人が飲むには些か汚すぎる。明るいところでなら、その色も確認できただろう。
-
「なぁ。こんな所も通らなくちゃいけないのか?」と片方の影――桜田ジュンはもう一人に尋ねた。
「そうだよ。ここぐらいしか、通り抜けられる可能性はないね。まだ、他と比べたら警備は薄いみたいだし」
前を走る蒼星石は後ろを見もせずに言う。
「だけどさ、ここって、あー何だっけ? ライフラインの上層部だったか? そうなら、やっぱり一番厳重なはずだろ?」
視線を左上に向け、言葉を思い出しながら尤もな疑問を口にした。
「大丈夫だよ。じゃあ、ここの役割については知ってるの?」
「あー、下水処理場じゃないのか?」
蒼星石は嬉しそうに否定した。
「違うよ。ここはね、何の役割も果たしていないんだ。だって、十五年前に放棄された施設だよ?」
「は? なんでそんな昔に?」
「知らない。ダクトか何かが壊れて、修理不能だって話だったんじゃないかな? ホントはここ、水なんて無いはずらしいよ」
「そんなのどこで知ったんだ? 少なくとも普通じゃそんなの、聞くことないぞ」
「ふふ。そうだね。まぁ、ぼくだって、空に行くためにいろいろ情報は得てきてるんだ」
なるほど、とジュンは頷く。
そりゃそうか。ルートとかも調べてなきゃ目的は果たせないよな、と彼は思った。
「ならさ、これから先はどんな道なんだ?」
「えっとね、確かここを抜けるとすぐ、貨物用のエレベーターがあるんだ。多分まだそこの電源は生きてるよ。
エレベーターを待つ必要は無いだろうね。そのエレベーターは基本位置がこっち側みたいだし、扉も開いたまんまみたいだからさ。
そのエレベーターで一気に上がって、ライフラインに着くんだ。今度はちゃんと生きてるやつね。
そこはすぐに抜けられるけど次が難しいんだ。電力供給ビルさ」
「何でそんなところに……」
ジュンは蒼星石を見もせずに言った。
-
「一旦そこで最後のエレベーターへの電力を供給する必要があるんだ。普段は止められてるからね。
でも、一度流してしまえば一週間ぐらいは止められないらしいよ」
「けどさ、どうやるつもりなんだよ、そんなこと。出来るのか?」
彼は足をつい止めてしまった。
「うん。一応考えは何通りか練ってある。そんな簡単に行くとは思えないんだけどね。
もう少ししてから話そうかと思ったけど、ここで言おうか」
「あー。ビルまであとどれくらいかかりそう?」
「そうだね。えっと、大体三十分くらいかな?」
ジュンは目をくるりと回す。
「やっぱもう少ししてからでいいや。ちょっと気が滅入った」
その言葉に蒼星石はくすくすと笑っていた。
どこか遠くでポチャと、水音がした気がした。
「そろそろだね」
前を歩いている蒼星石が言った。
「そろそろ着くよ。エレベーター」
「そう――」
ジュンは言葉を返そうとしたが、途中で遮る。
光――懐中電灯の明かりが作る人影がその視界に入った。
「蒼星石……」
小さな声で名を呼び、それを指さす。
示された方を見て彼女は、「え?」と小さな声を漏らし、口を開けた。
-
その顔はまるで――
「予想外、だったか?」
「うん。ここには警備がないはずなのに……」
「その情報はどこから?」
「信頼できるとこから」
「本当に?」
「本当に」
そう言ったあと、彼女は視線をそらしもう一度言った。
「本当に……」
その弱った声を聞き、ジュンも困ったと言う顔をする。
「どうする?」
「……」
「なにか他に道は?」
俯いていた彼女は顔を上げる。
「あるにはあるけど……」
「けど?」
「この道を引き返す必要がある。その方法だとあと二日は必要なんだ……」
頭を小さく振り、短い髪が揺れた。
「さすがにもう一緒に来る気は無いでしょ? 多分、まだ君は大丈夫だよ。
警察に情報が届いたとしても、まだ間に合うよ。少しぼくのことを聞かれるだけで、無関係だって言えばね。
本当に――」
「ちょっと待てよ!」
遮る。その声に蒼星石は首をすくめた。
-
「何勝手に決めてるんだよ! 僕が諦めるなんていつ言った?
それ以前にここまで引っ張り回して来て、『はい、さよなら』?
ふざけるなよ。それに僕はお前に一応借りがあるんだ!」
「借り?」
上目づかいで聴く。
「あぁ。最初にあの電車でのことだ!」
「それか……」
「まだ返してない」
はは、と口だけで軽く笑う。
「十分返してもらったよ……。僕は」
「でも、まだ気が済まない」
もう一度、先ほどよりは地に足がついたように笑い、ありがとう、と言った。
「それで、ジュン君ならどうする?」
立ち直った彼女が問うた。
「そうだな。見に行ってみないか?」
「……は?」
「だから、少なくともここで何だかんだ言うよりもさ、状況を確認してからじゃ駄目なのか?」
さも、当然のように言った。
蒼星石は驚きを隠せない様子だ。
「でも。……。見つかったら終わりなんだよ? そんなこと……」
「空を開く、って言った人間がそんなことで諦めるのか? 多少のリスクは覚悟しているんだろ?
まだ詰んだわけじゃない。だろ?」
蒼星石は何か言おうと口を開くが、その言葉は生まれなかった。
そして視線を地面に向け、またジュンの方へと戻す。
その瞳には覚悟の色が――少なくともジュンには、宿っているように見えた。
-
「分かった。行こう。でも、無理だと思ったらすぐに引き返す。いいよね?」
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
その情報が白崎の耳に届いたのは今朝だった。
「本当ですか?」
そう再び、尋ねた。
「えぇ。目撃情報からも確認が取れました。タレこみと全く矛盾してません」
尋ねられた若い刑事は答える。
「そうですか……。やっと犯人の足取りが掴めましたか……」
「でも、何のために電車何て爆破させようと思ったんでしょうね?」
「テロの目的ですか……。それは犯人に聞いてみないと分からないでしょうね」
「いや、経歴を見てみると、そんなことからは程遠い人間に見えるんですよ」
「それについて、今考えない方がいいです。モチベーションにも関わりますし」
「でも――」
それでも何かを言おうとした刑事に向かい、白崎は、言う。
「いいですか? 当たりならそれでよし、違ってたらごめんなさい。捜査なんてそんなものでしょう?」
その言葉に、何も返せず、俯く。
-
「では、A-2付近の警察官に警戒を。とりあえず、軍とも連携が取れそうなら、それで。
下手をすると、最悪の事態になるかもしれません」
厳しい表情で、白崎は言った。
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
背中を壁に軽くつけてその角を覗きこむ。その先には人はいない。
後ろを見ずに手招きをし、合図を出した。
腰を低くし、周りを警戒しながらその背中をジュンは追った。
二人は静かにフェンスに飛びつき、よじ登る。
その影は、今のところ誰にも気づかれていない。
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
午後九時二十六分。
「何でこんなに情報が回ってくるのに時間がかかったんだ!」
-
中年の刑事から怒りの声が上がる。
そう、犯人が軍に目撃されたのは午後五時十二分。
本来ならもっと早く回ってくるべきだったのだ。
だが、そうはならなかった。何故か? 軍のメンツによってだ。
軍は警察から情報が回ってきた段階で、すぐにピエロの導入を決定した。
そしてそのピエロは、確かに犯人の姿を捉えた。
しかし、確保には至らなかったのだ。それどころか、ピエロは破損してしまった。
偶然ではなく、何者かの手により。おそらく、犯人によるものだろう。
右手薬指、左肩を“骨折“していたのだ。その攻撃の瞬間はカメラに収められていないが。
「まぁ、抑えて……。今は次に行きそうな所を抑えるべきでしょう?」
白崎は宥め、提案をした。
「なら白崎。次にホシが行くとしたらどこだと思う?」
「えぇっと、そうでしょうね……」
顎を上げ、目を閉じ何かを思い出そうとしている。
「私なら、あそこですね。電力供給ビルに続く道。十五年前に封鎖されたあの浸水地域ですね」
「……。おぉ! そこか。確かにあそこなら通りが分かる」
そう言って、大きな机の上に広げられた地図を指でなぞる。
「よし! このエレベーター付近に配備する。ここで、叩くぞ」
置かれていたペンを手に取り、地図に丸をつけた。
貨物用エレベーター。その地図にはそう記されていた。
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
-
中西章一は自己顕示欲の強い男だった。
小学生のときには目立ちたいがためにクラスの花瓶を割り、中学生のときには同級生を苛め自殺寸前まで追い詰めた。
高校生になり落ち着いたかと思いきや、何かを落としてから救うと言うマッチポンプを覚えた。
そして、世間一般の受けがいいと言うことで、就職先を警察に決めた。
しかし、社会は思った以上に甘くなく、出世――目立つチャンスには恵まれることはなかった。
だから、今回特に必死だったのだ。この警備でホシを捕まえることが出来たなら、株も上がる。
別段何かに追われるような状況ではなかった。しかし、この真綿で首を絞めるような生活に嫌気がさしていたのだろう。
視界の端に何か動くものを捉えた瞬間、彼の鼓動は跳ね上がった。
そして相方の塚本英雄に一旦休憩を伝え、一人、その影を追うことにした。
すぐそばの手柄に過呼吸に近いほど息は上がり、その姿はまるで餓えたハイエナそのものと言えた。
追う影は角を曲がる。見失わまいと、足を速めた。
そして、注意を怠ったまま角を曲がった彼は、頭に大きな衝撃を感じ……、
意識はフェードアウトした。
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
「どうしよ? 生きてる? この人」
棒を手に持ったジュンはそう蒼星石に尋ねた。
倒れた男の首筋に手を当て、生きていることを確認する蒼星石。
「大丈夫みたい。でも、すぐに目を覚ますと思うよ」
-
「そっか。よかった。ここは結構危ないね」
ほっと胸をなでおろし、次について思案を巡らす。
「いや、ここまで来れたんだ。行こう。それに、ここの警備、さっきより増えてるみたい」
え、と声を上げ、ジュンは驚いた。
「ごめん。予想外だった。まさか警備が増員している途中だったとは……」
「だから、奥へ奥へ行ってたのか……」
「うん。周り見たら、道が無くなっちゃってて」
「……。そもそも、先へ行こうって言ったのは僕だったしな……」
彼は責任を感じているのだろう、眉を顰める。
「まぁ、こうなっちゃったからには仕方ないさ。行けるところまで行くしかないよ」
蒼星石はわざと明るい声で言う。そう、ここではもう諦めるに諦められないのだ。
残された道を辿るしかない。それしか、ない。
そう、静かに蒼星石は呟いた。
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
「配置は?」
「完了しました!」
厳しい声が響く。
-
「白崎警部。拳銃の使用許可下りました!」
「了解です」
そして、持っているトランシーバーに向かい、申請が通ったことを伝える。
「全捜査員へ。犯人は武器を所有している可能性があります。
拳銃を使用許可が下りましたが、むやみな発砲は控えてください。
では、十分気をつけて警備に向かいたし」
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
何度も見つかりそうになりながら、ここまで切り抜けてこれたのは奇跡としか言いようがない。
二人とも覚悟していた。これが終わりなのかと。
「もうすぐだね……」
「うん……」
言葉は重い。あたりまえだ。
「ここはさ……」
言い淀む。
「ん?」
「苦しいよね、ここはさ。ジュン君?」
低い天井を見上げた。
「……。かな?」
曖昧な答え。
-
「優しい人もいた」
一言。
「厳しい人もいた」
一言ずつ。
「好きな人もいた」
ゆっくりと。
「嫌いな人もいた」
これまでの人生を思い出しながら。
「けど……」
噛みしめながら。
「ここには、居場所がなかった」
吐きだした。
「どうしようもない壁がそこにあって」
ゆっくり吐き出した。
「逃げ出すこともできなくて」
その眼は固く閉じられ。
「けど、大切な何かがあったりして」
涙がこぼれないようにと。
「だから、この世界を壊すと決めた」
蒼星石は言った。
「大好きだから。大切だから」
そう、言った。
何も、返せなかった。ジュンには、返せる言葉がなかった。
-
二人の視界に貨物用エレベーターが入る。
どちらからでもなく走り出す。
そして……。
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
「犯人、来ました」
そうトランシーバーから声がした。
白崎は知らず知らずのうちに、無意識のうちに首に下げているネックレスを握りしめていた。
そのモチーフの花を彼は直接に見たことはない。
だが、この花の思い出は深い。彼にとってあまりに深かった。
瞑っていた目を開き、指示を、一言、出した。
-
「確保」
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
どこからともなく、人が飛び出してきた。
エレベーターは目の前。そして、その扉は……。
どちらが手を先に伸ばしたのかは分からない。
互いに手を取り合い走り出した。
銃口を向けられているのが見なくても分かる。
彼らは、罪人なのだ。
彼らは始まりの人間、アダムとイブ。
知恵の実を食し、楽園を追われたように。
しかし、彼らは“彼ら”とは違う。
これは、自分の意志なのだ、追われたわけではない、と。
どちらかがそんな無関係なことを自分の後ろ姿を背後で眺めながらのんびりと考えていた。
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
ガス。と乾いた騒音が轟いた。
-
誰の銃によるものなのかは分からない。
だが、確かに力は放たれた。
それが、全員に伝播しなかったのはある意味奇跡なのか、それとも訓練の成果なのか。
だが、放たれた銃弾は一発のみだった。
人が多すぎたのが徒となったのか、彼らを捕えることは出来ず……。
捜査員の前でエレベーターは動きだした。
エレベーターは貨物用のためなのか、シンプルな形状をしていた。
四方には1m程の壁があり、乗せた貨物が挟まれてしまわないように防いでいるだけ。
天井と言う気の利いたものはない。
床は金網であるが、その下には板が――後からなのだろう、張られているだけだった。
そしてその下には、何本ものワイヤーがぶら下がっている。
そのワイヤーに白崎は――
飛びついた。
この上にも警官が配備されていることは重々彼も承知している。
しかし、そうしないといけないと言う衝動に駆られたのだ。
エレベーターが動きだす直前、白崎はエレベーターの中の男――青年と目があった。
その瞳の奥に何かを見たのか、それとも何か因縁めいたものを感じ取ったのか。
自分でこの二人を確保しなくてはならないと言う衝動に彼は駆られた。
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
-
ぜぇぜぇと息の荒い二人。
ジュンは肺と足が訴える痛みに呻いた。
じわりと穿いているジーンズに赤い血が染まる。
撃たれた。しくじった。そう彼は心の中で呟いた。
不思議なことに、この状況を冷静に見ている自身が彼の中にはあった。
無言でジーンズを捲る。
こう直接見てみると、彼が思うほどの血は出ていなかった。
銃弾は掠っただけのようだ。痛みがあるだけで何の問題もない。
しかし、蒼星石はそうは思わなかったらしい。
「大丈夫!?」
驚く彼女。その声に驚く彼。
「大丈夫さ」
荒い息のまま答える。
「それより、エレベーターが動く前に警察の一人と目があったんだ」
そのことを思い出すために目を閉じる。
「なんでかな? 僕はその人のことを昔から知っている気がするんだ。
絶対にそんなことはあり得ないのに。でもね、向こうもそうだったみたい。
何かがさ。何かが見えた気がするんだ。とは言っても、あまり気持ちのいいものじゃない。
僕と彼は殺し合ってるんだ。互いに憎しみを持ってなのかは分からない。
最初はね、僕が劣勢だったんだけど、落ちてるペン――あ、場所はどこかの部屋なんだ。
それを彼の足の甲に突き刺す。
それで終わりなんだけどね。なんか妙にリアルな感じでね」
一息に吐き出す。
何故か、話しているうちに興奮してきたようだ。
-
「他の映像も頭に浮かんだんだ。
これは互いに殺し合ったりしてないんだけど、僕が彼に何かを興奮して、楽しそうに捲し立てる。
内容は分からないんだけど、多分、評価が人によって別れてしまうようなものだと思う」
蒼星石はぽかんとしている。
「もう一つあるんだけど――」
「もういい!」
蒼星石は叫んだ。
「もういいからさ……。その足の傷を見せてよ……」
「あ? これなら大丈夫。深くはないからさ」
「でも――」
そう会話をしているうちにエレベーターは到着したようだ。
顔を上げる二人。
その前には、銃口。銃口。銃口。
たくさんの銃口が二人に向いていた。
蒼星石は立ち上がり、ジュンが立つのを手伝う。
そして、二人は頭に両手を乗せた。
その背後で、ガンと言う音がした。
先ほどまでは乗っていなかった男が、そこにいた。
彼は、襟を正したあとに、何かを読み上げた。
「殺人、器物損壊、特殊暴力等。電車テロに対する容疑で、蒼星石。貴女を逮捕します」
蒼星石の手に手錠が掛けられた。
-
呆然とするジュン。
彼――白崎は、ジュンに声をかけた。
「彼女についていっただけの少年。これが彼女の罪状です。
知らなかったかな? 君が乗っていた電車を爆破したのは彼女――蒼星石なんだ」
喉の奥から、叫び声が、声にならない声が上がる。
何を信じればいいのか。
「嘘だ!」
そう叫んでみても、彼自身の耳にも空しく聞こえ、この現実は変わらなかった。
蒼星石は、ジュンより先に連れ出された。一度も振り返らず。何も喋らず。
ただ、その小さな背中は、普段よりさらに小さいように、彼は見えた。
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
-
「これで、よかったんだよな?」
遠ざかる二人を見て、白崎は呟いた。
「これで……」
握ったネックレス――からたちの花をモチーフとしたネックレスに、祈るように彼は呟いた。
SEAVEN 第五話「亡骸を」 了
-
投下完了です。
失礼しました。
作中の“中西章一”、“塚本英雄”は原作コミックに登場はしてます。
……名前だけだと思いますが。ほとんどオリキャラに近いですかね?いまさらながらですが。
――――――
――――――
以上>>863->>884までをどなたか、大変ですが転載していただけないでしょうか?
これから、ちょっと投下できない環境になりますので……。
どうか、よろしくおねがいします。
-
ファンタスティック翠ドリームって甜菜されてたっけ?
アルマゲドン吹いたwww
-
甜菜確認いたしました。
どうもありがとうございました!
後日、wikiに加筆修正を上げるつもりです。
少しアクションシーンが増えます。
次回、見せ場の予定。
-
一昨日にアクセス規制解除されたばかりなのに、二日で再発とか、もうね……。
たまにはスレ立てしたいのよね、ホントは。
>>805-808 【愛か】【夢か】
加筆修正版を投下します。一応、NGワード sinineta で。
-
「おかえりなさい」
夜更けの非常識な来客を、凪いだ海のように穏やかな声が出迎えてくれた。
僕の前に佇む君に、あどけない少女の面影は、もうない。
けれど、満面に浮かぶのは、あの頃と何ひとつ変わらぬ夏日のように眩しい笑顔で。
「疲れたでしょう? さあ、入って身体を休めるかしら」
そんなにも屈託なく笑えるのは、なぜ?
君が見せる優しさは、少なからず、僕を困惑させた。
――どうして?
僕のわななく唇は、そんな短語さえも、きちんと紡がない。
でも、君は分かってくれた。
そして、躊躇う僕の手を握って、呆気ないほど簡単に答えをくれた。
「あなたを想い続けることが、カナにとっての夢だから」
なんで詰らないんだ? 罵倒してくれないんだ?
僕は君に、それだけのことをした。殴られようが刺されようが、文句も言えない仕打ちを。
ここに生き恥を曝しに戻ったのだって、たった一言、君に謝りたかったからだ。
君の手で、僕を罰して欲しかったからなのに――
「……僕を……恨んでないのか?」
君との愛よりも、身勝手な夢を選び、飛び出していった愚かな男。
その夢も破れ、なにもかも失い――ボロ布みたいになって、おめおめと戻った僕を。
-
>>888
「本当に……まだ、想ってくれてたのか?」
君は、笑顔を崩さなかった。無垢な少女のような笑みを。
けれども、君の大きな眼からは、もう大粒の涙が零れだしていた。
「ずっと、待ってた」
「……すまない」
もう、なにも言わせたくなかった。
君の唇から、「嘘よ」という単語が紡がれるのが、今の僕には怖ろしかった。
だから、僕は君を抱きすくめて、強引に唇を重ねた。
「あなただけを――」
ほんの息継ぎの合間に、君が言いかけた想い。
それが、再び触れ合った唇の中に広がってくるのを感じた。
▼ ▲
「お腹、減ってるでしょ?」
玄関で、どれほど長く抱き合っていたのか――
時間を忘れて続けられた抱擁は、恥じらい混じりの問いかけで終わりを迎えた。
僕としても、歩きづめで疲れ切った脚を休めたかったから、いい頃合いだ。
それに、実のところ、彼女の言うとおりでもあった。
「うん……腹ぺこで倒れる寸前なんだ」
-
>>889
情けない話だが、今日は朝から、なにも食べていない。
ここ数日は一日一食にありつければマシで、明日の食い扶持にも困る有り様だった。
野草や木の根の味は憶えた。遠からず、昆虫の味すら憶えることにもなっただろう。
都会に出て大金持ちになって、故郷に凱旋する……
そんな野心を抱いて故郷を飛び出したのは、もう何年前になるのか。
あの頃の僕は怖い物知らずな子供で、頑張れば、どんな夢も叶うと思っていた。
いや、違うな。子供なりに現実は知ってた。叶わない夢もあるってことは。
ただ、その現実が自分の身に降りかかるとは思ってなかっただけだ。
「待っててね、ジュン。残り物しかないけど、すぐに温めなおすかしら」
もう一度、やりなおせたら……。
彼女――金糸雀の朗らかな表情を見ていると、虫のいい考えが脳裏に浮かぶ。
そんなこと望めた義理でもないのに、君の好意に甘えてしまいたくなる。
「ん? どうかした?」
むっつりと黙り込んだ僕を見て、金糸雀の顔に不安の色が広がる。
僕は繕い笑って、ゆるゆると頭を振った。
「いや、別に。それより、君の料理は久しぶりだからな。すごく楽しみだよ」
「またまたぁ〜。お世辞がうまいんだから〜」
「本当だって」
僕が真顔で返すと、金糸雀は頬を上気させて、はにかんだ。
目まぐるしく変わる彼女の表情の中でも、特に好きな顔だった。
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>>890
「ホントに……ホント?」
「ん……実はウソ」
「もぅ、からかって! どーせ、そんなコトだろうと思ったかしら」
「――と言うのもウソだよ。本当に、楽しみにしてるって」
「もう怒った。お料理に毒盛ってやるかしら!」
可愛らしくむくれて、金糸雀は厨房に駆け込んだ。
その後ろ姿が可愛らしかったから、抱きすくめたくて追いかけたけれど……
「ジュンは、あっちで待ってるかしらっ!」
うーん。追い返されてしまった……。
▼ ▲
温めなおすと言う割に、金糸雀は二品ほど新たに調理してくれた。
久しぶりに食べる彼女の手料理は、数年前とは比べ物にならないほど美味しかった。
でも、頬が溶け落ちるくらいに甘いタマゴ焼きは、相も変わらず。
懐かしい味に心が震えて、途中から、微妙に塩味が加わった。
「うまいよ、すごく」
「泣くほど嬉しいかしら? ま、当然ね。なんてったって愛情という妙薬入りだもの」
「ドーピング料理でも構わないよ。毒食らわば皿までだ。死んでも悔いはないさ」
「ふふ……たぁ〜んと召し上がれ」
食事をしながらの他愛ない会話も、僕を心地よく癒してくれた。
時間を忘れて語り合ううちに、時計の針は、いつしか午前二時を指していた。
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>>891
「あ……もう、こんな時間かしら」
「うん。もっと話してたいけど……ちょっと眠いかな」
僕は疲れ切っていた。そこに満腹とくれば、辿り着く先は明らかだ。
食卓に頬づえを突いて頭を支えるが、ウトウトと船を漕ぎだすのを堪えきれない。
ここで気を緩めれば、五分と要さず眠れる自信があった。
「待ってて。今、お布団を敷くかしら。一組しかないから、ジュンが使って」
「でも……それじゃ、君が……」
「いいから、いいから」
歌うように応じると、金糸雀は軽い足どりで布団を敷きに行った。
そして、気がつけば僕は彼女の肩に担がれ、寝室に運ばれていた。
「……ねえ」
布団に僕を横たえながら、金糸雀が囁く。「あっちで、恋人はできたかしら?」
寝物語としては、適切じゃないように思えるが、隠し立てすることでもない。
街での生活を思い出すと胸が苦しいけれど、その痛みもまた罪滅ぼしだろう。
苦い想いに溺れかけながら、彼女の質問に、僕は答えた。
「いいや。そんな余裕なかったよ」
「でも、気になるヒトは居たんじゃないかしら?」
「……それは、まあ……片想いくらいならね」
「ホントに片想い?」
「本当だよ。挨拶を交わすことさえなかった。あっちは深窓のご令嬢だったし」
「世が世なら、王侯貴族のお姫様だった……ってトコ?」
「だな。流れるような長い金髪が綺麗でさ、深紅のドレスがとても似合ってて……
絶世の美女って表現がピッタリの乙女だったよ」
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>>892
あまりに僕が絶賛したからだろう。夜の暗がりにもハッキリと、金糸雀の表情の翳りが見て取れた。
つまらなそうに。哀しそうに。そして、口惜しそうに。
「もし――」
「ん?」
「そのヒトと仲良くなれていたら、ジュンは戻ってきてくれなかったかもね」
「可能性は否定しない。でも、所詮は希望的観測だよ。仮定は、どうあっても仮定でしかない」
言って、僕は布団から手を出し、金糸雀の手を握った。
心の底から沸き上がる感情が、僕を衝き動かしていた。
「こんなの柄じゃないって自覚してるけど、これだけは言わせて欲しい。
僕は一日たりとも、君を忘れなかった。他の誰に対しても、強い感情は生まれなかったよ」
本当だろうか? 胸裡で反芻するほどに、白々しさが増幅される。
けれど結局、僕は強い力で、それら白けた気配を残さず押し潰した。
そう。あの美しい令嬢への想いは、突き詰めれば羨望の一形態でしかない。
しかしながら、金糸雀への気持ちは……。
ずっと意識していた。もっと有り体に言えば、好きだった。
気の合う仲間としても、異性としても。
それ故に、夢を選んで金糸雀を置き去りにした僕の胸には、深い傷が残った。
喪失感なんて陳腐な言葉に変えられないほどの、深く大きな傷が。
でも、あの頃とは違う。夢は潰え、二択ではなくなった。
だからって、今更やりなおせるハズもないけれど、それでも……
僕は、伝えようと思っていた。そう。どんなに遅かろうとも、伝えなきゃならない。
ところが――
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>>893
「はぁ〜。今日はもう疲れたから、カナも一緒に寝ちゃうかしら〜」
おいおい、そりゃないだろう。せめて、僕の話を聞いてからにしてくれよ。
そう告げようとしたけれど、僕の唇は金糸雀の指に封をされてしまった。
「ジュンも、もう休んで。あなたは充分に闘ったかしら。だから、もういいの。
大切なお話なら、また明日……ゆっくりと聞かせてちょうだいね」
金糸雀の囁きは、まるで睡魔の歌のようで、僕を朦朧とさせる。
もう限界だ。意識を手放して、意識が閉じかけた一瞬、金糸雀の声を聞いた。
「おやすみなさい、ジュン。ずっと愛してる。ずっとずっと――」
夜闇の中、眠りに落ちる寸前の、低く澱んだ囁き。
それは、なぜか、地の底から響いてくるようだった。
「ずぅっと、ずぅっと」
▼ ▲
眩しい日射しが、僕の顔に照りつけていた。
もう朝か。それとも昼ちかくだろうか。ずいぶん眠った気がする。
その証拠に、身体の疲れは、すっかり抜けていた。
「そうだ……金糸雀は!」
我に返って身を起こした僕は、そこで自分の目を疑った。
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>>894
僕の目の前に、一面の草むらが生い茂っていたからだ。
布団も、部屋も、家そのものが消失していた。
なんだ、これ? 呆然と立ち上がって、また呆然とした。
そこで改めて、自分の居る場所を知った。
僕は、腰ほどまである夏草の藪の、ど真ん中に居た。
「どうなってるんだ? 金糸雀! おい、金糸雀っ! どこに居るんだよ」
叫びながら、辺り構わず藪を掻き分ける。
草の端で指が切れて、血塗れになろうとも、腕は止めない。
そして――僕は、見つけてしまった。すべてを理解してしまった。
草に埋もれた石碑。
金糸雀と刻まれた、小さな小さな墓標。
金糸雀……君は……ずっと、僕を待っててくれたんだな。
姿が変わっても、僕だけを想い続けてくれてたんだ。
「ごめんよ。こんなにも待たせて、ごめん」
僕は、墓標にすがりついて、泣き濡れた頬をすり寄せた。
そして、心の中で誓った。もう、どこへも行かない。
彼女が僕を待ってくれていたように、僕もまた、ここで彼女を待ち続けるのだ。
たとえ運命の気まぐれに過ぎなくても、夢幻で再会を果たせるまで、ずっと――
それが、僕の見つけた『夢』と言う名の新しい希望だから。
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>>895
『そして、蛇足という名のエピソード』
いきなり肩を叩かれて、僕は我に返った。
半ばまで出た欠伸が引っ込むように、意識が身体に飛び込んでくるのを感じた。
僕は今、人も疎らな博物館の館内に立っている。
高校の夏休みも、残すところ僅かとなった日の午後一時。
だらだら先延ばしにしてきた自由研究を、ここらで片づけてやろうと一念発起したのだ。
ちなみに、僕らは郷土史についてのレポートを書く予定だった。
それにしても、誰なんだ。人が妄想に耽っているところを驚かせやがって。
苛立ちも隠さず振り返ると、人好きのする陽気な笑顔にぶつかった。
「……おまえかよ」
彼女――幼なじみにして腐れ縁の金糸雀は、僕に仏頂面を向けられるや、ぷぅっと頬を膨らませた。
「まっ! 曲がりなりにも共同研究者に対して、ヒドイ言い種かしら。
なんか難しい顔してるから、心配してあげたのに」
「はいはい、そりゃどうも」
こいつは下手に突っつくと、口喧しく反撥してくる。根が負けず嫌いなのだろう。
いい加減、こっちも長い付き合いなので、その辺のあしらい方は心得ているつもりだ。
暖簾に腕押し。のらりくらりと躱すに限る。
案の定、金糸雀は吊り上げた眉毛を、すぐに弓張り月へと戻した。
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>>896
この気の変わりようの早さはどうだ。いつもながら感心してしまう。
そのくせ、譲れないことは頑として譲らない、一本気な性格ときている。
敢えて一言で表すなら、『健気』が最適だろうか。
「ところで、ジュンは何を見てたかしら? かなり真剣な表情だったけど」
そんな顔してたかな? 思わず頬に手を遣った直後、「ええ、とっても」
金糸雀に心を読まれていた。いつもながら、察しのいいやつだ。
それとも僕は、自分で思っている以上に、感情が仕種に現れる質なのか。
「今にも頸を吊りそうな雰囲気だったかしら。なんか心配になっちゃって」
「なんか嫌だな、その形容。……まあ、いいけど」
僕は、ショーケースの中にある展示物を指差した。「これなんだけどさ」
江戸時代――元禄の頃の書だというソレは、達筆すぎて簡単には判読できない。
母国語を読めないなんて変な話だけど、良くも悪くも、僕らは活字に慣れすぎているのだ。
たぶん、意外に才女な金糸雀でも、原文は読めないだろう。
僕の見立てはドンピシャで、金糸雀は、くりくりした瞳を注釈へと向けた。
そして、「ああ……夫婦岩のお話ね」と、哀れみを含んだ相槌を打った。
「知ってるんだ?」
「この近所に伝わる民話としては、割と有名な哀話かしら」
「へぇ、そうなのか。恥ずかしながら、僕は、これが初見だよ。
口語訳を読んでたんだけど、なんか感情移入しちゃってさ」
見かけに拠らずロマンチストだねと、冷たい笑みを浴びせられるかと思いきや――
「解るなぁ、それ」
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>>897
金糸雀は愁いを込めた眼差しを、茫乎として彷徨わせた。
「特に、ラストで男の人が岩と変じて、彼女の墓石と寄り添うところが一途よね」
「だな。ある意味、ハッピーエンドなのかも」
僕としては、あまり好きになれないラストシーンだけど。
だって、そうだろう。人間、いつかは死に別れる。避けようのない現実だ。
そこで後追い自殺なんかするのは、後味悪い想いの転嫁に過ぎないじゃないか。
「ちょっと座らないか」
「……そうね」
いい加減、歩き詰めの立ちっぱなしでくたびれた。気分転換もしたかったし。
僕らはロビーに置かれたベンチに陣取って、肩を寄せ合った。
すると、五秒と経たないうちに、金糸雀が話しかけてきた。
「ジュンは……」
「うん?」
「愛と夢と、どっちかしか選べないとしたら、どうするかしら?」
『夫婦岩』の逸話は、彼女の心理に少なからぬ影響を及ぼしているようだ。
僕は腕組みして、一寸、考えてみた。
「正直、分からないな。そういう状況になってみないと」
「想像もできない?」
「と言うより、する気がない」
どちらを優先するかなんて、その時々の状況で変わるだろう。
だから、僕には、どちらとも言えない。言う気もない。
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