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0さん以外の人が萌えを投下するスレ

1萌える腐女子さん:2005/04/17(日) 10:27:30
リロッたら既に0さんが!
0さんがいるのはわかってるけど書きたい!
過去にこんなお題が?!うおぉ書きてぇ!!

そんな方はここに投下を。

55139 (3/2):2005/08/03(水) 15:23:33

 あれからもう、五年。結局、俺たちの学校は次の決勝戦で敗れ、甲子園
進出は出来なかった。俺はその後野球を続けることなく、今はしがない
サラリーマンの身だ。
「今日からこの課に新人が配属される」
 バーコード頭の課長が、しょぼしょぼした声で言った。これでいて仕事は
早いので、人は全く見かけによらないものである。
「若葉薫くんだ」

 その後の課長の声は、俺の耳には届かなかった。
 あの灼熱の太陽の記憶が、俺の中に蘇ったから。

 見間違えでなければ、若葉もあの日のことを思い出したのだろう。
 もうあの日のようには焼けていないが、顔をこちらに向け、俺に向かって
微笑んだのだから。

56萌える腐女子さん:2005/08/14(日) 21:29:07
3スレ目29さんの「出版社営業×書店バイト」の続きと言うか、35-37さんに
触発されて書いてみてます。


結局のところ、ほぼ日参するあいつに根負けして初回10だけ平積み、てことになった。
マイナー出版社の無名作家のエッセイなんて普通売れると思わないだろ。
蓋を開けてみればそのまさかだったわけだけど。

「こんにちは」

相変わらず汗びっしょりでやってくる。
変わったところと言えば最近心なしか嬉しそうな気がする。

「数字、見てもらえますか?」
「60入りの57売れ。残が3。ああ、少し展開広げるから30ほど追加してくれってさ」
「ありがとうございます!」

嬉しそうに笑って深々と頭を下げる。
俺じゃねーよ。社員がそういったんだっての。どう見ても5つは年下の俺に敬語使うなって。
ああイライラする。

「じゃあ、展開広げていただくお礼に飲みにでも行きませんか?」

なに言いだすんだと思ったけどタダ酒タダ飯の誘惑にかなうはずもなく。
バイトが終わった後こいつと飲みに行く羽目になった。
遠慮なんかするもんか。どうせ経費で落ちるんだし、と普段自腹では飲まない
高い酒ばかりガンガン飲んでやった。

57萌える腐女子さん:2005/08/14(日) 21:41:40
しこたま飲んでしこたま酔ったらしい。
目覚めたら見覚えのない天井が見えた。

「あー……?」

顔を動かすと心配げに覗き込むあいつと目が合った。

「ここ……?アンタんち…?」
「はい…お送りしようと思ったんですけど住所とか知りませんし。」

すみません、と頭を下げた。だから何でいちいちそこで謝るんだよ。
思考は霞がかかったようにぼんやりとしているけどベッドで眠ったせいか
意外と身体はすっきりしている。

「シャワー貸して。気持ち悪ぃし。」

ありがとうもごめんなさいも言わず傲慢に言い放つとあいつはあわてて立ち上がり、
風呂の用意を始めた。
俺はというとやはりありがとうもごめんなさいも言わず無言でシャワールームに向かう。

一通り身体を洗って、タオルを巻きつけた格好で出て行くとあわてたようにパジャマを
持ってこられた。

「着替え置いておいたのに。そんな格好で風邪でも引いたら……」

顔が真っ赤になってる。クーラーまでついてるってのにまだ暑いとか言うのか?
差し出されたパジャマを受け取らず「いらねー」とだけ言ってベッドに戻った。

「それよかアンタもシャワー浴びれば?つーか汗臭いし」

慌てたようにシャワールームに向かった。滑稽な奴だ。
仕事だけじゃなく普段から友達にもぺこぺこしてんじゃないか?そんなことを考える。
酔って余りまわらない頭にもうちょっとからかって遊んでやろうか、なんて考えが浮かんだ。

58萌える腐女子さん:2005/08/14(日) 21:53:02
巻きつけたタオルを中途半端に身体にかけてベッドに寝転がる。
しばらくするときっちりとパジャマを着たあいつが出てきた。
裸同然の俺を見て目を丸くしている。

「……何か着ないと風邪引きますよ…。」

目を逸らしてうつむいて弱々しい声で言う。ここから見てもよくわかるぐらい真っ赤になっている。
男の裸ぐらいで真っ赤になるな。それともまだ暑いのか?

「別にいらねー。それよか寝るんだろ?来いよ。」
「私は床で寝ます、それより……。」

先ほど差し出してきたパジャマをしつこく押し付けてくる。
押し付けながらも必死に顔を逸らしてこちらを見ないようにしている。

腕を引っ張ってやったらバランスを崩してあっさりと俺の上に覆いかぶさってきた。

「あ……!す、すみません!」

慌てて起き上がろうとするあいつの腕を掴んだまま、空いた方の手で股間を撫で上げてやる。
予想はしてたけど、しっかり勃ってる。

「すっげぇガチガチじゃん。俺見て欲情した?」
「すみません……。」
「ヤラせてやろうか?」

59萌える腐女子さん:2005/08/14(日) 22:31:05
仕事に戻るのでここまでで…

60耳かきと反対側の綿毛、先を越されたのでこちらにw:2005/08/15(月) 22:59:34
俺は硬くて長くって、太さはそんなにないけど、奥を良い感じに責めることができると自認してる。
近年は綿棒なんて輩が幅を利かしているが、穴攻めの伝統は俺が担っているようなもんだ。

俺の反対側にいる奴、あいつ名前梵天って言うんだけどよ、ふわふわのぽやぽやで頼りない。
奥にしがみついてるブツを剥がすことなんてできやしねえ、力仕事に汚れ仕事ができないひ弱な奴だ。

おっと仕事か。さあどうぞご主人様。おっ、これまた大物がいたな、こいつを始末して、っと。
おお喜んでもらえてるぜ、大物だったしな。こちらも汗水垂らした甲斐があったってもんだ。

「おつかれさま、じゃ次僕が行くね」

背後でふわふわのぽやぽやの声がする。ご主人様もお喜びのようだ。ちぇっ、後から来たくせに自分も手柄顔かよ。こいついっつもこんな調子だ。

「今日もいっぱい仕事したね、また次の仕事も頑張ろうね」

お前なんて俺が居なきゃ何も出来ない、頼りねえひ弱な、ふわふわのぽやぽやなくせに。

どうして俺たちは離れられないんだろう。

61萌える腐女子さん:2005/08/24(水) 18:51:36
「この手紙を読む頃には、もう僕はこの世にいないと思う」

冒頭からいきなりこんな調子で始まったあいつの手紙には、
俺と別れてからも俺のことが好きだったとか、
3年前に俺に隠れてホストの彼氏と付き合いだしたのは
身寄りがなくて学資の調達に困っている俺が
教授の推薦でイギリス留学するのに必要な金を
俺の代わりに用立てようとしたからだとか、
金さえ手に入れば俺のところに戻ってくるつもりだったとか、
これまで俺が知らなかったあいつの苦悩がいろいろ書いてあった。

バカヤロウ! なんでそんな大事なこと黙ってるんだよ!
それを知っていれば俺はお前の浮気を知ったときに
殴り倒して罵ったりはしなかったんだ!
お前が俺と一緒に暮らせないことに絶望して
教授が引き留めるのを断って大学を中退したり、
その後闇金融の取り立て屋という
極道まがいの仕事に就こうなんて思わなかったのに!

お前だけだったなぁ、俺を見て
「君を見てると、すごく気持ちが落ち着く。
 まるで君に守られているみたいな気がする」
なんて優しいことを言ってくれたのは。
他の奴は俺の顔を見ただけでみんな怖気づいて
俺に声をかけようともしなかったっけ。
おかげで仕事で延滞金の回収をするときには重宝がられているが、
それ以外はほとんど仕事が回ってこないんだぞ!
「お前がいると客がビビッて金を借りようとしない」ってな。

まるでこの状況は、いつだったかお前が貸してくれた
尾崎紅葉の「金色夜叉」のストーリーそのものじゃないか。
俺は取立て先に出向くときのスーツ姿のまま、
手紙を握ってあいつの住んでるアパートに向かって走り出した。
最近しつこく俺に付きまとっている
オカマショーパブのNo.1ダンサーが俺の後ろでなにか叫んでたが、
そんなの気にしてる余裕なんてなかった。

俺が悪かったよ。
「金に目がくらんであいつの愛人になったんだろう!」とか言って
嘲った俺が謝るから、どうか死ぬのだけは勘弁してくれ。
こんな大事なことを隠したままお前が死んだら、
俺はもう2度と立ち直れない。

──「アイス」とは何も関連性がないって?
そういえば尾崎紅葉先生はその著書の中で「美人の高利貸」のことを、
氷菓子になぞらえて「美人クリイム」(クリイムはアイスクリーム)と
表現してましたねぇ。お粗末。

6261:2005/08/24(水) 18:56:30
すいません、書き込みミスしました。
↑のは3スレ目209の「アイス」のつもりです。

63元気いっぱいの中学生と貧弱な死神:2005/08/26(金) 19:51:21
「おい、おっさん!今日は水曜だかんな!部活終わったら行くからな!」
威勢のいい声はマンションの隣りの中学2年生。野球部の補欠。
声をかけられた貧相な男は彼を振り返り、おはようとぬぼーっと片手を挙げた。
朝6時。
朝練のために早めに登校する少年と健康のためだという早朝散歩の男は、
よくこうして一緒になる。世慣れたフリーライターだと言う、でもちっとも
世の中を渡っていけそうにないひ弱な体つきの男の部屋に、勉強を教えてもらいに
少年は週に何度か通っていた。半分は男の部屋にあるゲームソフトのためだけど。

少年は知らない。そのどこか年齢不詳の男は、実は死神なのだ。
少年が1年前の事故で死にかけた時、魂をとろうとしてとれなかった死刑執行人。
死神はなぜ彼を死なすことができなかったのか。
答えは簡単でありきたり。死神は少年に一目惚れしたのだった。
今までにたくさんの人間に死を与え、その魂をとってきたはずだった。
際立ったものを特に持たない少年が、それらの人間とどこが違うというのか、
死神にはわからなかった。
ただ死神には少年が特別に見えてしまった。
だってそれが恋というものでしょう……。

なーんて、男(=死神)がクサイ台詞と共に1年前の出会いを振り返っている間も
少年は元気いっぱいに大好きな野球の話をする。
「でさあ、キャプテンがすっげーダイビングキャッチをしてさ。
ふつー、捕れねえって、あんなタマ。やっぱすげーよな。」
(……一目惚れしたアナタのために、処分覚悟でこうして魂も取らず、側にいる僕に
たかが野球のボールをとった男の話をうれしそうにするんですか。
あーそうですか、そうなんですね。どーせどーせ僕なんてただの隣りのおっさんですよ)
男は頭の中ですねてみる。でも本当は少年の話なら何でも楽しいのだ。
彼の話す事ならば何でも。

(処分か)
男は夏の早朝の空を見あげた。今日は晴れだ。
死神が対象者に恋をするなんて許されないことだ。
このままではいずれは、死神はその存在を抹消されるだろう。
少年は次に死を与えられる機会が来るまで生きられるはずだ。
それがすぐか、ずっと先かは死神にもわからないが。
男は少年に別れの挨拶もできずに消えることになる。
(人魚姫みたいに、泡になって消えるかなあ。あれは七色に光る泡だったけど、
僕はきっとばっちいアブクに……)

「って、おいおっさん、聞いてる?そんでキャプテンがさー」
男がふと気がつくと、少年はまだ尊敬するキャプテンの話をしていた。
自分達の主将がどれほど闘志あふれるプレイヤーか、男に手振り身振りを加えて
話し続ける。
男は笑顔が苦笑いにならないよう気をつけて、うなずきながら聞きいった。

男も知らない。
少年がどんなにキャプテンに誘われても、必ず男との約束を優先させることを。
飄々としながらも度胸がよく、周りの大人達とは違う自由で視野の広い物の見方を
する男のことを「かっこいい」と憧れていることを。

このやさしい時間はいつまで続くのか。
それは二人とも知らない。

64479-2:2005/08/27(土) 07:31:49
3スレ目の480です。「紳士な吸血鬼受け」だったのですが479さんの
萌えお題に熱くなり、長くなってしまったので本スレの続きからこちらに投下。

腰を抱いたのはやたらとふらついているからで、それを支えるためなんだから決して他意は
ないんだようんうん俺優しい、と心の中で自分に言い聞かせていたはずなのだが、いつの間にか
うっかり声に出していたらしく男は弱弱しいながらも丁寧な口調で礼を言う。
「ありがとうございます、最近は血液を摂取するのを忘れていたもので……身体に疲労が」
「もしかして俺、何か今喋ってた……?」
「ええ、はい?他意がどうだとか……」
やべーやべーー何口に出してんだ俺、もっと落ち着け!
「昔は吸血鬼同士の遊びで斬り付けあうということをしていたようですが、もしかしてそれでしょうか?」
嬉しいのですが、今は残念ながら力がほとんどないので斬り付けられたら本当に死んでしまいますと
申し訳なさそうに謝罪する男を見て、盛大に顔が引き攣った。悪ふざけで斬り付け……?死ぬ。
間違いなく俺がやられたら死ぬ。そんな俺の冷や汗満点な心中など知らず、腰を抱かれたままの男は何を
勘違いしたのか焦ったような表情を見せた。
「あの、ですが、その、私は今は力がないだけですので……力が戻ったら」
男は俺の着ている制服のブレザーを強く握ると必死な目をして言い募って来るのだが、その拍子に
俺が掛けている眼鏡が少しだけ揺れた。俺より男の方が背が高いのが悔しい。
うわあ本当に顔青白いし色素薄いな、と思いながら口元を見ると、そこから僅かに覗いた白い歯に
吸血鬼特有の牙らしき尖った歯があるのを認めると、急激に自分が冷静になるのを感じた。
「現代は吸血鬼は少ないからね、大昔の遊びでうっかり仲間が減るということは勘弁してほしいな。
 だから俺達は斬り付けあいはなしだ」
「お相手は……して頂けないのですね」
半ば泣きそうになっている男に慌てて付け足す。
「いや、斬り付けあいはしないってことだからそんな落ち込むな!そうだな、具合が悪いんだろ?
 俺の家で休むか?斬り付けあいなしで話すだけの相手じゃ、駄目か?」
思いついたことをとりあえず矢継ぎ早に言うと、酷く落ち込んでいる様子だった男が驚いた顔をしてみせた。
「お宅にお邪魔してもいいのですか」
「うん、だからそう言ってるじゃん」
「吸血鬼が同志を自宅に呼ぶということは、血縁関係になったのに等しいということでしたよね!
 私などでいいのでしょうか!?」
期待に目を輝かせた男は俺の手を冷たい両手で握り、興奮したように発言した。
ええぇーそんな吸血鬼ルール初耳だって、と言うことも出来ず俺は相変わらず胡散臭い笑顔で頷くと
男は感激の余り頬を紅潮させ、はにかみながら挨拶する。
「どうぞよろしくお願い致します」
制服を着た高校生に腰を抱かれる、マント姿の男というこの状態ってどうなんだ……と
俺は今の展開から軽く現実逃避を試みるのだった。しかもここ駅前だし。

先程男に手を握られた瞬間、右目が警告するように激しく痛んだことなど忘れていた。

65479-3:2005/08/27(土) 07:33:53
家に帰ると、いつもうるさい兄が不在だった。俺と兄は二人きりで暮らしているのだが
兄はよく急に旅に出るだとかでいなくなるので今回もそうかもしれない。前回はコンビ二で
プリンを買いに行くと行ったまま旅に出たらしく一ヶ月帰って来なかった。生活費はどこから
出てくるのかいつも不思議に思っていたのだが、兄が旅から帰って来ると何故かいつも大金を
持っているので我が家の経済はその怪しげな金によって賄われているらしい。深く突っ込むと
嫌なものを掘り出しそうなのでその件については触れずにいる。
家に来たという興奮からか、男の体力は完全に回復したようだったのでとりあえず椅子に座らせ
冷蔵庫にあったプリンを出すと、黙々と食べ出した。その間にテーブルの上にあった書き置きを読む。
『我が弟へ
 またお兄様は旅に出ることになりました。残していくプリン達が心残りですが何しろ指令なのだから
 仕方ありません。あ、もちろん弟も心残りだよ。(プリンの次ぐらいに)
 僕がいない間は何とか頑張って下さい。もしどうしても無理だろこれってことがあったら
 棚にある木箱を開けるんだよー。ちなみに金じゃないから。金は自分でどうにかして。それじゃ☆彡』

ビリッ。

ぺらっとした薄い一枚の紙を、怒りの余り力の入った指で破いてしまった。金うんたらの
無責任さとかプリンがそんなに大事かよとか、指令だとか意味不明さに対する怒りが、文の最後の
流れ星らしき不愉快な絵で爆発したらしい。追伸を流れるように見るとそのまま勢いよく紙を
ゴミ箱にぶち込んだ。こちらを窺っている男がいるテーブルに近づき、椅子を引いてどかりと座る。
「大きな音がしましたが……」
「問題ないってこの野郎殺す大丈夫金は置いていけだよ」
「え!?」
まずい、合間に本音が交じってしまった。
「いや何でもない。ほら、あれだって、口が上手く回らない時ってあるよな?うん」
そうですよね、私も喋る時口の中を噛んでしまって地味にショックな経験があります、と
男が頻りに頷いて納得しているのを見て、これって天然を超越して別のものになるぐらいの
鈍さな気がするなと考えた。ふと見ると置いておいたプリンの内五個が既に食べられている。早っ!
プリン五個に耐えられる胃袋を持つ男を見詰め、疑問を口にしてみた。
「さっき血が足りないって言ってたけど何で最近は飲んでなかったの」
「ずっとハンカチに刺繍をしていたのですが、気付いたら一週間経っておりまして」
「んで腹減って外で血を吸う相手を物色してたと」
「ち、違いますよ。どうも私は人を襲うのが苦手で……。集められた献血車の中にある血液をですね」
「……まさかとは思うんだが、盗むのか?」
「盗むだなんて、そんな!奪うというやつですよ」
ああ、犯罪者がここに!吸血鬼が献血目当てなんて話初めて聞いたぞ。紳士かと思ったらこれだ。

66479-4:2005/08/27(土) 07:34:32
「吸血鬼って言ったら人間襲って血を吸うもんだろ」
「しかし、私が血を吸ってしまってはその方まで吸血鬼になってしまいます」
「ちょっと待てよ。数百年一人で寂しかったんだろ?何で人間の血吸って仲間にしなかったんだよ」
途端に男は寂しそうな顔をした。
「私は吸血鬼で良かったと思ったことはありません。吸血鬼は数が少なくなるにつれ人間に
 近づいているのはご存知ですよね」
それは初耳ですとも言えず俺は視線で話を促す。右目が疼いたのは気のせいだろうか。
「ですから伝説のように太陽の光にあたっても灰にはなりませんし、十字架やにんにくも平気です。
 銀の弾丸などもですね」
「伝説あてにならねぇなあ」
「ただし姿を短時間消せること、血を飲まないといけないこと、不老不死なことはどうも変化しませんね。
 噂ですと数ヶ月前に、白木の杭で心臓を打ち込まれて死んだ同志がいたそうですので、残念ながら
 その点も変わらないようです」
俺が沈黙した理由は二つある。これは物凄く重要なことを聞いてしまっているのではということと、
右目に先程から違和感があることだ。
「もうほぼ人間なんですよ、私達は……。血液だけでしたら何とかなるかもしれません。ですが
 いつまでも年を取らずにいて死なないとなれば一箇所に長くはいれませんし、人間と親しくなっても
 瞬きする間に骨になってしまいます。」
目の前の男がゆっくりと冷たい手で躊躇いがちに俺の手に触れると、右目の疼きが唐突に痛みに変わった。
「一年前、吸血鬼は世界にもう数人しかいなかったと聞いております。その僅かな同志もハンターによって
 殺されてしまいました。人間を仲間にした方が私は幸せかもしれません。ですが吸血鬼はもう現代には
 不要な存在です。近い内に滅びるでしょう。人間に近づいていっているのがその証拠に違いありません。
 滅びる時の最後の一人は、きっととても寂しいですよね。何しろ最後の吸血鬼ですから、仲間もおらず
 人間とも一緒にはいられません。死ぬ瞬間まで一人きりです。」
俺は男の話を何とか聞き、右目を襲う激しい痛みに耐え顔を歪ませないようにするのが精一杯だった。
「私の寂しさなんかのために、誰かを無理に吸血鬼にはさせられません。その誰かが最後の一人に
 なってしまって、私の都合で一人で死んでしまうことを考えると、とてもそのようなことは……」
右目の激痛といったら眼球が破裂する寸前かと疑うような有り様だったが、余りの痛みに表情すら
変わらなくなってきたらしい。その痛みの原因は、明らかに男が接触してくることによるものだというのに、
不安そうに揺れた目を見ると腕が石になったかのようにぴくりとも動かず、僅かに震える男の冷たい手を
振り払うことができない。目の前の男は半ば泣いていた。
「もう皆死んでしまいました。私は、吸血鬼の、最後の一人なのです。そうだったはずでしたが、あなたが
 奇跡のように生き残っていましたので、私はもう寂しくありません。」
寂しくなんか、ありませんよ。
そう言うと男は痛いほど強く俺の手を握った。

67479-5:2005/08/27(土) 07:35:26
いけない。そう思った。この目の前の男は俺を吸血鬼だと思い込んでいる。でも俺はただの人間で、男はやっぱり最後の一人なのだ。数百年ぶりに仲間に会えたと喜んで、家に呼ばれて血縁関係同様に
なれると感激し、孤独な時間は去ったと泣きそうになっている。今日初めて会った、俺にだ。
嘘をこれ以上吐くと男の絶望が濃くなるだけだろう。俺は人間だよ。そう言いたいのに酷くなる一方の
右目の痛みのせいで、まるで言葉にならない。まずは目の痛みはどうにかするのが先だ。握られた手を
乱暴にならないよう出来るだけ静かに退ける。この痛みは入れているカラーコンタクトのせいもあるかもしれない。
「悪い、洗面所に行ってくる。ちょっと待ってて」
「どうかしましたか?顔色が悪いですよ」
心配そうに見詰められ、焦る気持ちが湧いてきた。
「いや、急に目が痛くなって……。多分コンタクトのせいだと思うから外してくる」
触れられると右目が痛むとも言えずそう発言すると俺は立ち上がった。背後で男の呟く声が聞こえる。
「……目?」
嫌なことを思い出してしまいますね、確かにそう言った。

洗面所に続くドアを閉めると掛けていた眼鏡を鏡の前に置き、右目を見てみる。腫れてはいない。
カラーコンタクトを外すと鏡の中の自分は右目を除いてはいつも通りだった。俺の右目は紅い。
左目だけは黒いまま、髪は黒なので燃えるような紅い右目だけが不吉にその存在を象徴している。
これは生まれつきのもので、それを隠すために度が入っていない黒色のカラーコンコンタクトを
右目にだけしているのだ。両目につけて度があるものにしないのは、最近急激に目が悪くなって
まだ用意出来ていないためだった。だから面倒だが眼鏡を掛けている。紅い右目の痛みは治まってきて
頭が働いてくると、兄の残した書き置きの追伸のことを唐突に思い出した。
『追伸:無理なことっていうのは右目が痛んだ時のことだから』
何故今まで忘れていたのだろう。ちょうど鏡の横に置いてあるやたらと大きい木箱をひったくるように
手繰り寄せ中身を見る。初めに目に入ったのは、ボウガンだった。かなり大きいがどうしてここにと
疑問を持ちながらボウガンに触れてみると、脇の方に矢が一緒に入っていることに気付いた。
特別に用意したものらしく、かなり太さがあり、木でできているようだ。
……木?それではまるで、
そう思考した時、箱の中にある手紙に気付いた。いつの間にか少し震え出した指で掴み最初の一文を読む。
『我が弟へ』
兄からだ。
『さて、この箱を開けたということはもう薄々分かっているよね。面倒だから結論から言っちゃうよ。
 僕達は、吸血鬼ハンターの一族です』

68479-6:2005/08/27(土) 07:36:33
『右目が痛くなったからこの箱を開けたんだよね?痛みは想像の通り、吸血鬼が原因だよ。
 その紅い右目は吸血鬼に触れられるとかなり痛くなるんだ。人間と見分けがつかなくなった
 吸血鬼に対抗して、僕達ハンター側も右目で吸血鬼を見つけようとしてる訳だよ。昔は紅い右目は
 存在しなかったらしい。まあこれを読んだ今は、僕が時々旅に出てたのは何故かもぼんやりとは
 分かるよね。現代では吸血鬼はひっそりと生きてて、特に人間に何かしようって奴はあんまいない。
 あんまいないってことは、それなりにはいる。そんな吸血鬼をボウガンでぶっ刺しに行ってたんだよ。
 もしくは吸血鬼を見世物にしようとしてる奴とかね。んで我が家の経済はそれによる報酬で
 賄われていたと。長年の謎がやっと解けたでしょ?良かったね!我が愛しの弟!と言いたいとこだけど
 この箱を開けたからには吸血鬼に会ったってことだ。困った困った。とりあえずそいつが
 ヤバそうだったら、今すぐこの箱のボウガンと矢を持って全力で逃げるんだ。
 もしくは、それを使って殺せ。』
手紙を持った手に力が入り、書き置きの時のようにまた破ってしまいそうになる。
『まあ物騒なこと言ってみたけど最近はホント吸血鬼少ないし、奴らも平和に暮らしたいと
 思ってるはずなんだよね。だからハンターの証である紅い右目を見たら大抵逃げるはず。
 右目を見ても逃げない奴は、殺し合いたいか友好的になりたいかなんだ。もし後者でこいつ
 殺したくないなーって強く思う奴がいたとする。そしたら、その吸血鬼をどうにかできる力が
 僕達ハンター側にあるんだよね。奴らを見たらとりあえず殺せ!っていうハンターも多いから
 それが嫌な吸血鬼にはラッキーな方法って訳。そんでそのラッキーな方法だけど、やり方は
 簡単だから安心して。小瓶か何かに唾液を入れてそれを吸血鬼に飲ませるだけなんだけど、
 その時素肌の上から右の掌で吸血鬼の心臓のあたりを押さえて、左の目を瞑らなきゃいけない。
 つまり紅い右目で相手を見るってことだね。まあ簡単なんだけど相手が唾液を飲むかっていうのが
 問題かな!何となくじゃ唾液飲めないしねえ。しかもこれやるとハンター側は一気に七つ年を
 取るからそこんとこ注意。ちなみにこの方法、吸血鬼には余り知られてないらしい。
 実はハンターは血を吸われても吸血鬼にはならないんだ。進化ってやつなのか奴らの力が弱まったのかは
 謎だけど。あ、さっきの方法やったらどうなるかっての書くの忘れてた。
 何とびっくり、』
俺は手紙を投げ捨てるように置くと、男がいる部屋へと走り出した。

69479-7:2005/08/27(土) 07:37:59
「おい!」
走って来た上、いきなり大声を出した俺に驚いたように男はこちらを向くが、近寄る俺の右目が
紅く輝いているのを認めると見事に身体を硬直させた。両目がひたすらこの右目だけを見詰めている。
「触ると目が……痛む……!右目が、紅い…そんな、まさか――」
「おい」
今までの呪縛が解けたかのように、男はびくりと肩を揺らした。兄によるとこの目を見て逃げないのは、
殺し合いたいか友好的になりたいからしい。後者だと確信しているが、この男がどういう答えを
出すのかはまだ分からないから油断は出来ない。ただ、俺はこの男を信じた。だからボウガンと
矢は置いてきたのだ。目の前に立っているのだから、やろうと思えばこの男に丸腰の自分は殺されるだろう。
「まず謝る。嘘を吐いて悪かった。俺は吸血鬼じゃない、人間だ。しかも吸血鬼ハンター一族の」
さて、どう出る?
「……そう、だったの、ですか」
目をこれ以上はできない程見開き、悲しみが滲んだ表情をするのを見て胸が痛んだ。
「俺がハンターだって分かったのに逃げないのか」
「構い、ません」
「え?」
「早く、心臓に杭を打ち込んで下さい」
「何言って――」
「抵抗はしません」
そう言って目を強く瞑った姿に理由の分からない苛立ちを感じ、男の柔らかい髪を思い切り掴むと
こちらに近づける。僅かに怯えを見せるが、目は開かない。
「じゃあ最後の吸血鬼が死ぬ前に聞こう。お前は最後の一人で、寂しかったんだろ?」
「……ええ」
「仲間がたくさんいる人間が、羨ましいか」
「……ええ、とても」
「さすがに来世も吸血鬼はもう懲り懲りだろうな」
「……そうですね、生まれ変われたら」

―――人間になりたいです。

目の前で睫毛が震えている。男の切実な響きの篭る、囁くような小さな声を聞き俺は決意した。
「自分がハンターだって知ったのは最近でね。一番初めに殺す吸血鬼は、お前だよ」
ようやく開いた両目は絶望の色をしていた。

70479-8:2005/08/27(土) 07:38:42
「約束したよな、抵抗するなよ」
弱弱しく頷いた男のシャツのボタンを力任せに引き千切ると、その拍子に落ちたボタンの音が
床にあたって乾いた音を立てた。露になった素肌の白さに驚きながらシャツの隙間に右手を
忍ばせる。素肌と右手が触れた瞬間、男は唇を強く噛んだ。心臓の位置を探るために掌を動かし始めると
男が息を呑んだのが分かる。軽く触るだけではどうにも曖昧で分からないため、掌を強く押さえつけて動かすことにした。
「っ…ぅ……」
途端に声がしたことに驚き男の方を見ると、頬を紅潮させて目を逸らした。その仕草に目を奪われながらも
心臓の場所に見当を付け、ずれないように固定する。
「やめてくださ、い……」
「唇を噛むのをやめるんだ」
男は少しだけ迷うと諦めたように視線を落とした。それを許さず左手で顎を持ち上げると
顔をゆっくりと近付けながら左目を瞑り、舌だけを出し男の唇をなぞるように舐める。
信じられないかのように目を見開いたものの、抵抗はしなかった。先程から男の胸に触っているために
右目が燃えるように痛むがそれを無視して行為を続ける。唇の合わせ目から舌を侵入させ、歯列を
なぞり咥内を丁寧に舐めれば、男が眉根を寄せくぐもった声を出した。
「…ん……っ…」
その表情を痛みが走る右目だけで見ると、唇を深く合わせ、打って変わって乱暴な舌の動きに変化させる。
全身の筋肉と骨が軋むのは、きっと自分の身体が七年の時を急激に過ごそうとしているためだろう。
この契約が上手く進んでいることに安堵しながら一層深く唇を合わせた拍子に、男の鋭い牙で
舌を切った。咥内に血液の味がしてくると何かを訴えるように男の潤んだ目がこちらを向く。
恐らく切ったことにより吸血鬼となると思っているのだ。ハンターにはそれは効かないということを
知らないらしい。
「っ、…っぁ……」
右目の痛みと全身の軋みがピークに達しそうな時、男が咥内に溜まった唾液を嚥下するために
喉を鳴らした。すると今までの激痛が嘘のように引いたのでこの契約が成功したのだと知り、舌を
引き抜くと唇同士を合わせたまま、笑みの形を作ってみせた。顔を離すと、蕩けた瞳でぼうっと
見詰め返すので、とりあえず飲み込みきれずに零れた口元の唾液をもう必要なくなった
男の黒いマントで乱暴に拭うと、ようやく正気に戻ったらしく慌てて詰め寄ってくる。
「ど、どうしてこんなこと、私の牙で、切ってしまったでしょう!」
そう言いながら男は手を牙に持っていくが、目的のものが見つからないらしく混乱した様子だった。
「もう牙はないよ。それにハンターは咬みつかれても吸血鬼にはならない」
「え?……え?どういうことですか!しかもあなた、」
こちらを凝視する男により、そういえば自分が七歳成長したことを思い出す。前は男の方が背が
少しだけ高かったのに、今では完全に俺の方が背が高い。
「あー……制服破れてるし。自称ブラコンの兄に殺される。」
嫌そうな顔をした俺に拍子抜けしたかのように、男の肌蹴たシャツがずるりと滑った。
「私のことを殺すのではなかったのですか……?」
「いや、もう最後の吸血鬼は殺した」
「え?」
「牙がなくなったから分かるだろ?まだ心配だったら姿を消してみればいい」
「あのう、何のことでしょうか」
「お前、もう人間なんだよ。」
『何とびっくり、吸血鬼がね、人間になるんだ』
証拠に俺もいきなり成長したし。そう付け加えると、男は宙を見て動かなくなった。どうやら
姿が消えないことを確かめているらしい。
「す、姿が消えません……。私、ほほ、本当に、人間なのですね」
「もう寂しくないだろ」
男は笑おうとしてぎこちなく口元を歪ませると、そのままゆっくり、両目から静かに涙を零した。
「あなたのお名前、まだ聞いていません」
「ああ、俺は―――」
その時いきなり扉が音を立てて開いた。

71479-9:2005/08/27(土) 07:40:08
   \      \ \     | ,,,--''''' ̄ | // _,,,,,--┐  | /  _,,,...---
      || ̄ /lー|、-/l \┌'' ̄|    _,,,,-ゥ/i`ヽ、    |ィ-ァ | | 「 ̄  |
      ||  /,'  | | |、| ̄''''ー-____,,--''''',,,-'''~/  \|  //  | | |    |
      || //==| |=|/ー-< ̄__,--''  ̄   /     //.|   | | |    |
―--,,,,,__.||_// ┌| |‐---,,,,__ ̄| | |        //  |   | | |    |
___ ||| /| | 'l |     | | |        /'''~____,,,...|  .| | |_,,,,,--|--''''
====┐ |||/ | | ||     | | |    ,,,,,,,―'''''''''''´    |  | | |     |
   ||  ||/ | | '! _,,,,,,,,,---''''''''''''´ ̄   ―――――|  | | |     |
   ||  || __,,,,-i''''´     _,,,,,,,,----''''''''''''´ ̄ ̄ ̄ ̄\|  | | |     |
――||―||ξ  ,Lィ-'''''´ ̄ | | |                | ―|ー| |-,,,,,__  |_,,,,
   ||  ||  ̄"´       | | |               |  | | |--''''' ̄|'''''--
   ||  ||  | |       | | |               |  | | |‐-,,,,____|
   ||  ロ(()==|       | | |             \|  | | |     |`''--
   ||  ||  | |     / | | |               |\ | | |     |
   ||  ||  | |/  /   | | |             \|  |\ |,,,,...--- |----
   ||  ||  |/  /    | | |               |\ |  \  ___|,,,,,,,,,,

というイメージ像が頭に浮かびながら、ただいま〜と言いつつ普通に会話しようとする
全身血塗れの兄を、男と二人でただ見詰める。
「いやーお兄様が今回戦った悪は割としぶとかったんだーコレが」
「血だけは拭ってから帰宅してくれよ!捕まるからね、マジで!」
「血塗れになってる間に弟はやたらと男前になったねえ」
まず制服が破れている俺を見て、次にシャツが肌蹴た男を見た兄はそれだけで状況を察したのか
ぽつりと呟く。
「そんなに大きくなったら、もう高校に行けないよね……」
どうするの?そう血塗れで小首を傾げる兄に、そうだったーー!!と俺はその場に崩れ落ちた。
どうしていいのか分からずおろおろする男諸共に、凍りつかせる一言が聞こえてくる。
「あれ、僕のプリン……」
こちらをちらりと見る兄に、全速力で俺と男は目を逸らす。
「まさか……食べたってことはないよねえ?」
辺りを見回してテーブルの上にある空のプリンの容器を認めると、兄は紅い右目を光らせて
ゆらりとこちらに歩いてくる。当然のように片手にボウガンを持っているのは気のせいだと思いたい。
血塗れでボウガンを持って近付いて来る兄に、怯えてがくがく震える俺と男は手を取り合っている。
「コンビニで買ってきてくれるよね、今すぐ」
必死に俺達は頷くと、全力で玄関に向かって走り出した。

音が去って静かになると、一人安堵の溜息を吐く。
「悪い予感がしてたけど、本当に良かった……生きてて。でも流石に血塗れのままはまずかったかな」
おかしくなって少し笑うとその場に座り込んだ。

俺達は息を切らして走っていた。
「やべー何あのお怒り具合!」
「お兄様は怖い方ですね……」
「俺よりプリンを先に気に掛けるしな!兄とは思えねえー」
「でも息が乱れていましたよ。血を落とすのを忘れるぐらいに急いでいたのでしょう」
「まあな。とりあえずプリンだプリン!奴の機嫌を直さねえと普通にボウガンで殺られる」
「それは困りますね。もう吸血鬼ではないのですから、すぐに死んでしまいます」
俺達は声を出して笑った。
そしてその直後、破れた制服を着た大人とマントのついた同じく破れた黒服姿の二人組みが
走りながら笑っていたものだから、通りがかった警察官によって俺達は補導され、プリンを待ちくたびれた兄が
血塗れのままブチ切れて乱入し、大騒動となることになる。

前途多難だ……。

72part3-659のリク(1):2005/09/08(木) 22:27:38
part3-659のリクで、方向音痴二人組。
悲しくもスルーされていたので拙いながらも一筆お借り致しやす!

---------------------------------------------------

美しい大自然。晴天の暗い夜の空には、ぽっかりと丸い満月。
遠く鳴る虫の音がリリリ…と辺りを合唱の渦に巻き込んでいる。
生い茂る森の中、切り株の上に背中合わせに座った男達は、空を見上げて、ぼんやりと呟いた。

「……で?何処だよ」
「ここ?切り株の上らしい。」
「お前の伯母さんの別荘は何処だって聞いてんだ!」
「知るかよー。オレだって初めてなんだっちゅーの」
「お前がこっちの道であってるって言ったんだぜ?!」
「途中で、アッ。こっちが近道っぽい、探検探検♪って言ったのてめーだろうが」
「…………」
「…………」

もう何度目かの口喧嘩。
お互いにムスっとしながら、ほぼ同時に立ち上がる。

「もー分かった!お前なんてしらねー!俺はあっちに行くし!絶対あっちの予感だし!」
「あーあー、行ってらっしゃい。オレァこっちに行くしぃ。じゃ、別荘でなー」

じゃーな、と言って赤いキャップの男は南に。
黒いキャップの男は北にと、反対方向に歩んで行った。


―――ザク、ザク、ザク。


歩けども歩けども別荘らしきものは全く見えない。
どうやらまたも迷ったらしかった。
幸い深い森では無い為、遭難とまでは行かない。
しかし随分と歩いた為に体は疲れてくる。

一人になってから気づく、相方の存在。
喧嘩をしながらでも、誰かと一緒の方がまだ安心は出来るというもので。

「くそ……意地張るんじゃ無かったな…」
暗い森が今にも襲ってくるような錯覚。
虫の音ってこんなに五月蝿かったか?
遠くで聞こえる遠吠えは、まさか狼じゃないだろうな。

小さな物音にも過敏に反応してしまう。
赤い帽子を被った男は、何だか泣きそうになっていた。
気がつけば、両足はカールルイスばりに物凄いスピードで駆け出していた。

73part3-659のリク(2):2005/09/08(木) 22:28:05
「…………」
「…………」

気がつけば、男二人は切り株の前に居た。
先程と同じ場所に、同じタイミングで戻って来ていたのである。

「別荘に行くんじゃなかったのかよ」
「てめーこそ。」

フーと鼻で溜息を付く黒い帽子の男。
それを見て、赤い帽子を深く被り直し顔を隠しながらポツリと男は言った。

「………なァ」
「なに」
「一緒に行こうぜ」
「……てめー、怖くなったんだろ」
「おう」
「…バカ正直なやつ」
「うるせぇよ!」

怒鳴った声が掠れている。
唇を尖らせて、涙を堪える仕草は小さい頃から全く変わっていない。
仕方無ぇやつ、と男が赤い帽子ごと相手の頭を抱き寄せた。

「今度は向こうの道行ってみようぜ」
「……おう」
「涙と鼻水拭けよ」
「ちがう。これはサラリとした水と粘っこい水だ!」
「あー、はいはい……」


彼らが別荘に着くのは、まだまだ時間の問題である。
ただ――――
まだ別に着かなくてもいいや、とお互いに思っていた事は、勿論互いが知る事も無く―――




彼らが淡い恋の迷路から抜け出せるのも、まだまだ先の話。

743-659:2005/09/08(木) 22:40:45
本スレ659のリクが未消化だったので、僭越ながら…。
本スレ665に触発されました。

----------------------------------------------------------
「こないだ、美味しい店教えてもらったんだ」
確かこの近くにあった筈…とAは言ってウロウロするが、行けども行けどもそれらしい店は見当たらない。おかしいなぁと首を傾げるAに、どの辺だったのかと訊いてみると、クラブZの近くだと言う。
「A…クラブZは、こっちじゃないよ…」
「え? そうだっけ?」
「全然反対の方向じゃないか、まったく!」
そういやコイツは方向音痴だった…。その事をすっかり忘れていた俺にAを責める資格はないかもしれないけど、それにしても逆の方向に来るとは。
呆れながらもAの手を引っ張ってクラブZを目指す。最近は店が色々新しくなって通りの風景も変わっちゃったらしく、まぁAが道を間違えるのも無理はない。俺も間違えそうだもんな。
ほら、この角を曲がれば、3件目にクラブZがある…はず…なんだけど……。
「あれ?」
店が無い。いや、店はあるけど、クラブZじゃない。
「B…ここ、見てみろよ」
Aが気の抜けた声を出して、電信柱の町名表示を指差した。そこに書いてあるのは、W町3丁目。……クラブZって、V町2丁目じゃなかったっけ。
「なんで俺たち、こんなところにいるのさ」
心底不思議そうな口調でAが呟く。そんなこと、俺が聞きたいよ。っていうか……こいつ、まだ気付いてないのかな。俺は気付いたぞ、重大な事実に。でもわざわざ教えないでおこう。そんな、俺も方向音痴だったんだと今更思い出しちゃったことに。
「なぁなぁ、B−」
「なんだよ」
「俺たちって、いっつも行きたい店に辿りつかないなー」
呑気なAの言葉は、普段から迷い慣れている奴独特のもので。とか言って、それに同意を示す俺の返事も、きっと迷い慣れてる口調なんだろう。
「とりあえず、この店に入っとこうか……」
そんな風に成り行きで入った店は、結構雰囲気も良くて、味も良かった。これって怪我の巧妙ってやつ?儲けた儲けた。
そんな風に、新しい店を開拓した事を喜んだ俺たちが、その店までの道順を全く分かっていないことに気付いたのは、一週間後の夜。全く別の街角で、初めて見る店の前に辿りついた時の事だった。

今では、どれだけ新しい店に出会えるかを試すのが、俺とAの毎週末の恒例行事となっている。

753-769:2005/09/20(火) 02:38:10
リロったら先に投下されていた方がいたのでこちらに。
----------------------------------------------------------

唐突に目覚めたばかりのような奇妙な感覚のまま呆然と立ち尽くしていた僕は、今
何をしようとしていたのだろうかという疑問からとりあえず片付けることに決めた。
ぼんやり立っている周辺を眺めてみるが、どうも見覚えがない。生活感がないを通り越して
廃墟のような多分部屋らしき場所に僕は今いる。どうしてこのような場所に立っているのか。
一歩足を踏み出してみると、剥き出しになった配線やパイプやらに躓きそうになったので
必死に体勢を立て直す。床とはもう呼べない地面に鋭い硝子の破片が無数に散らばっており、
それが薄汚いこの部屋で妙に煌いていた。その硝子の一つが光を反射するのを目撃した瞬間、
僕の首から吊り下げられた、今にも擦り切れそうな太いロープの先に紙の束が通されていることに
ようやく気が付いた。目を通してみると表には見知らぬ人物の名前が書いてあり、そのすぐ下には
赤字で「これは僕の名前です」と印字されている。話が分からないので更に読み続けていくと、
要するに僕はある一定の期間で記憶を失うということだった。最初は何の悪ふざけかと思ったが、
どんなに記憶を手繰り寄せても昔のことは何一つ思い出せないので、僕はこの紙束を読むしか
手がないらしい。僕自身については名前と記憶に関しての説明しかなかった。家族について一切
触れられないのは何故だろう。第一ここはどこなのか。そう考えた時、最後のページに走り書きの
一文を見つけた。「またもう一本煙草に火をつけるのは、忘れることを習う為」
急いで書いたからだろう、崩れたその文字を見ると、唐突に誰か知らない男が寂しそうに
笑っている顔が脳裏に瞬いたかと思うと、あっという間に掻き消えた。紙束を強く握り締め
光が差し込む方向へ顔を向けると、何もない荒野が延々と果てしなく続いているのが見える。
ふらりとそちらに歩き出してみると、僕の着ている服から煙草のにおいが微かにした。
気に入らないな、と思う。馬鹿みたいに晴れ渡った空に下、たった一人きりで僕は突っ立っていた。
忘れるのを習っていたのは記憶か、それとも一瞬垣間見たあの男か。以前の僕がどうだったにしろ
それは今の僕には関係のないことだ。そう思うのに意味もなく悲しくなると僕は静かに涙を流した。

7675:2005/09/20(火) 02:42:10
orz

×空に下
○空の下

77萌える腐女子さん:2005/09/24(土) 20:48:33
>75
すんげー萌えた。

78萌える腐女子さん:2005/09/25(日) 12:30:50
先を越されましたので、こちらに投下させてください。

太陽とひまわり―


神々しい貴方。
貴方は呆れていらっしゃるでしょうね。
僕の思いはあまりに開けっ広げで、人にはからかわれ、花たちからは非難すらされますが、憐れな捕われ人のように僕は自分をどうする事も出来ないのです。
いっそ、イカロスの様に翔んで貴方の炎に焼かれたい。
でも、大地の囚人でもある身ではそれも叶わず貴方への想いは募るばかり。
どうか、地上にあるこの身をそこから、貴方の熱で溶かしてくださいませんでしょうか。

貴方は何も仰らない。貴方はいつもあらゆる者に光を注いでいる。

――晩夏―――

僕は今、死体のように無様に横たわる。
夏中、貴方への恋慕でこの身を焼き付くした焦げた死体のような僕の種は、貴方の憐れみの具象化なんですね。
ついばまれるこの身。ついばむのは、鳥でも獣でも、人間でもない、貴方。
貴方の逞しい手が僕の心臓を優しくついばんでいる。
ありがとう。
僕は今、貴方についばまれてじわじわと死んでいきます。陶酔にむせび哭きながら。



Ende

79萌える腐女子さん:2005/09/27(火) 00:35:20
3-809「死んだ攻めAを想う余り攻めAとの夢の世界に閉じ籠ってしまった受けと、攻めB」
萌え上がったので投下。
----------------------------------------------------------

お兄ちゃんの様子が最近おかしい。全然ご飯を食べないから、お兄ちゃんが小さい頃から
大好物のハンバーグを一生懸命作ってみたけど、やっぱり食べてくれなかった。初めて
作ったハンバーグだから形が歪んでいたし、見た目が美味しそうじゃなかったから食べて
くれなかったのかもしれない。そうだとしたら悲しいな、と考えながら自分で作った
失敗作の焦げたハンバーグを口に運んだけれども、とても食べられたものじゃなかった。
そのままその場に吐き出そうとした時にお兄ちゃんの怒った顔が浮かんだから、きちんと
ティッシュに包んでからゴミ箱に捨てた。お兄ちゃん、何か食べないと体に悪いんだよ。
ちゃんとご飯を食べないと、栄養失調っていうのになるって学校で先生が言ってた。僕、
お兄ちゃんが病気になっちゃうのは嫌だな。でも、いつも来るお医者様は、お兄ちゃんは
もう病気なんだって言ってた。それはいつ頃治るの?と聞いたらお医者様は、「お兄さんは
見えないものを探しているんだよ。それがないと気付くまでは治らないんだ」って。
見えないものって何だろう?僕にはよく分からなかった。お兄ちゃんは全然外出しなく
なったから肌がとっても青白い。元々きれいな人だなあと思っていたけど、滅多に動かないから
まるで人形が床に放り投げられているみたいだ。握力もどんどん弱くなっているのに、
お兄ちゃんは右手に握った銀の指輪を絶対に離そうとはしない。その指輪はこの前死んだ
ばかりの、お兄ちゃんととても仲良しだった男の人とペアのだって昔聞いたことがあった。
最初は薬指にしていたけど、痩せたせいで緩くなってもう嵌めることが出来ない。僕はそのペアの
指輪が大嫌いだったから、嵌められなくなったことに心底ほっとしたんだ。お兄ちゃんの薬指で
指輪がぎらりと銀色に光る度、給食で人参が出た時よりずっとずっと嫌な気分になる。
でも、もうお兄ちゃんとペアの指輪を持つ男の人はいないんだ。死んじゃったんだから。
「ねえ、指輪が大きくなったんだよ。銀だから歪んだのかなあ。また買ってくれない?」
違うよお兄ちゃん、指輪のサイズはそのままなんだ。お兄ちゃんは探している見えないものを
まだ見つけられないままだけど、僕はちゃあんと先に知っているんだよ。
お兄ちゃん、何か食べたいものはない?僕頑張って何だって作っちゃうから。

男の死体が詰まる冷蔵庫。その扉を開ける弟の手の薬指、銀色に鈍く輝く指輪。
お兄ちゃん、これ、どうしても欲しかったの。ごめんね。


……うふふ、嘘。

803-769の1:2005/09/27(火) 23:23:25
3-769のお題「またもう一本煙草に火をつけるのは、忘れることを習う為。」
で書いたのですが既にスレが進んでいるのでこちらに投下します。
ヘボンかつ相手が死んでる設定なので、苦手な方はスルーで。
====================
酒の呑み方を教えてくれたのはあなたでしたね。
ビール、日本酒、焼酎に限らず、いろんな国の酒とともに、
それに合うつまみや料理の選び方。
それらは仕事の接待の席でとても役立っていますよ。
あなたがときどき買ってきてくれた白ワイン、
この間酒屋で見かけましたがあんなに高いものだとは思いませんでした。

一人暮らしで必要な生活術を教えてくれたのもあなたでした。
上京して間もない僕に、光熱費の節約方法から
効率が良い掃除や洗濯のやり方、果てはゴミの出し方に至るまで。
アパートに引っ越してきたその日にあなたが
「部屋の中に1つぐらい植物を置くと気持ちが落ち着くから」と
プレゼントしてくれたサボテン、昨日1輪だけ花が開きましたよ。

──雲の隙間から時々顔を出す太陽の光が、部屋の中をちらちらと照らす。
眩しいなとカーテンを閉めようと手を伸ばして、そこにカーテンが掛かっていないことに気づく。
そうだ、さっき畳んでダンボールに詰めて運び出したんだっけ…と苦笑し、
彼はシャツのポケットに入っていたケースから煙草を取り出して、
鈍く光る銀色のライターで火をつけた。
深く吸い込んで息を吐く。辺りに白い煙が立ち上る。
しかし、その吸い方にはやや問題があった。
あっという間に煙草が灰と吸殻と化してしまうのだ。
まるでその肺活量を自慢しているかのように彼は吸い急ぐのだが、
もともと彼はそんな吸い方をしていなかった──。

813-769の2:2005/09/27(火) 23:24:17
大人の遊び方を教えてくれたのもあなただった。
パブやバーなどの酒場での振舞いや、カジノや競馬でのお金の掛け方とか。
いつだったかあなたが
「一度行ってみるといい。君はなかなかハンサムだからモテると思うよ」と
教えてくれたオカマショーパブに先日初めて行ってみました。
確かに他のお客さんそっちのけでみんなが僕に群がってきましたが、
あなたに似ている人は1人もいなかったのが残念です。

そういえば、煙草を教えてくれたのもあなたでしたね。
最初はあなたが煙草を吸っている姿がとても格好良くて、
ただそれを真似したくて吸い始めましたが、
初めのうちは煙たくて味なんか分からなくて、ゲホゲホ咳き込んでるだけで。
そしたらあなたがメントール系の軽いタイプのものを買ってきてくれて、
「吸い方に慣れたら少しずつ好みの味のものを探せばいい」って言ってくれましたね。
今、僕はあなたが吸っていたのと同じのを吸っているんですよ。
でも。

──朝起きた直後から数えれば、
既に彼は1箱分の煙草を灰と化していて、もう間もなく2箱も空になろうとしている。
短くなった吸殻を灰皿に押し付け、もう1本口にくわえた途端、
玄関から声を掛けられた。
「荷物積み終わりましたので引越し先へのご案内をお願いします」
引越し業者だ。彼は今日ここを引っ越すのだ。
「あ、はい」
短く返事をして彼は立ち上がり、玄関の方に歩きかけた。
しかし、彼はなぜか3歩歩いて立ち止まる。
「すいません。煙草1本吸ってから行きますから、ちょっと待っててもらえますか」
そう玄関に向かって声を掛けた──。

823-769の3:2005/09/27(火) 23:26:34
僕が煙草を吸うようのと入れ替わるようにあなたは煙草を止めることになった。
「医者に止められたんじゃ仕方ないよ」と
愛用していたライターと携帯灰皿を僕にくれた後、
急にあなたと連絡がとれなくなったのは、つい半年前でしたね。
ようやく見つけたあなたの連絡先に電話を掛けたら、
「主人は…先月高速道路の玉突き事故に巻き込まれて…」
と言って、電話の向こうで泣き出す女の人の声が聞こえたんです。
結婚してたなんて知りませんでしたよ、しかも今年で十周年だったらしいじゃないですか。

慌ててご自宅に伺えば、簡易式の祭壇の上に乗せられた、小さな白い箱。
その前にはあなたの写真と、線香と、蝋燭。
「主人とはどこでお知り合いに?」と奥さんに聞かれて困りましたよ。
修学旅行のときに1人でこっそり宿を抜け出して、
繁華街でウロウロしてたらあなたに声を掛けられて、
ホテルで抱かれる代わりにあなたからお金をもらったのが最初だなんて、
口が裂けても言えなくて、ね。

──口に咥えたままの煙草に火をつける。
オレンジとも赤ともつかない色が先端を彩り、少しずつその色が自分へ向かってくる。
灰に満たされた煙交じりの呼気は、健康のためには良くないと分かっている。
「俺みたいになる前に、そのうち止めた方が身のためだぞ」
とかつての想い人に、この部屋で言われたことも覚えている。
もともとこの部屋は彼のその想い人が住んでいたものだ。
面倒見の良かったその人は、その部屋を彼のために明け渡し、
自分が別の場所に引っ越した。
その場所が件の女性との生活空間であることを知ったのもつい最近のことで、
彼自身は自分の想い人がどんな仕事をしているか、
どこに住んでいるかなどプライベートに立ち入った話を聞くつもりはなかったし、
そんな話は自分たちの間には無用の存在だと思っていたからだった──。

833-769の4(終):2005/09/27(火) 23:31:44
今日でけじめつけようと思うんですよ、あなたとのことは。
ここを引っ越して、新しい場所であなたとは違う誰かと出会って、
あなたを忘れることで僕は幸せになりたいんです。
あなたとの思い出の品も全部処分しましたよ、このライターと携帯灰皿以外はね。
あなたにも言われたことだし、そろそろ煙草止めようと思ってる。
だから、このライターと灰皿もこの部屋へ置いていきます。
さようなら。あなたのことは本当に愛していました。

──灰皿に短くなった煙草を押し付け、
部屋の隅の目立たないところにライターと一緒に静かに置く。
最後の1本を吸い終わって空になった煙草の箱を握りつぶすと、
彼は部屋を出て玄関の鍵をかけた。
引越し業者の乗っているトラックの助手席に乗り込む。
「それじゃ、お願いします」
と声を掛けるとトラックはけたたましいエンジン音を響かせながら引越し先への道へと急ぐ。

道中、運転手が煙草を吸っているのを見て、
彼も煙草を吸いたくなり、シャツのポケットを探った。
しかし、あるはずの煙草はそこには入っていない。
その様子に運転手が気づき、「よかったらどうぞ」と自分の差し出す。
シガーソケットを使って火をつけ、一口目の煙を吐き出した瞬間、
彼はくすくすと笑い出し、そのうち大きな声で笑った。
「あはははは…、はははっ…」
と運転手に声を掛けられ「いえ、何でもないんです」と取り繕うが、
笑い声を止めることができない。
あの部屋で「煙草を止める」と誓ったはずの自分だったのに、
1時間もしないうちにその誓いを破る。
そんなにもかの人を想っていた事に改めて気づき、
「今度は忘れるために、煙草吸わないといけないかな…ははははは…っ」
彼は笑いながら涙を流していた。

====================
以上です。あまりにヘボンな設定な上、出来が良くなくて申し訳ない。

84このスレの80-83:2005/09/27(火) 23:42:46
すいません、コピペミスしました…orz
最終段落の次の部分を修正してください。
====================
×
彼はくすくすと笑い出し、そのうち大きな声で笑った。
「あはははは…、はははっ…」
と運転手に声を掛けられ「いえ、何でもないんです」と取り繕うが、
笑い声を止めることができない。



彼はくすくすと笑い出し、そのうち大きな声で笑った。
「あはははは…、はははっ…」
「どうしました?」
と運転手に声を掛けられ「いえ、何でもないんです」と取り繕うが、
笑い声を止めることができない。

===============
投下直前に修正するとミスしやすいですね…orz
次から気をつけます。

85萌える腐女子さん:2005/09/28(水) 03:30:29
既に神が降臨してたので、恥ずかしながら、せっかく書いたのでこちらに。

妖怪



‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
二年勤めた会社を辞めて、俺は久方ぶりに田舎に帰った。
今日から数ヶ月は、誰も居ない離れの奥座敷に寝泊まりする。

子供の頃、近所の子供達とよく遊んだ懐かしい場所だ。


雨戸を開けて光を通すと、クスクスと微かな笑い声が風に乗って幻聴のように聞こえた気がした。

一瞬間の後、先程まで誰も居なかった筈の座敷の奥に和服を着た同じ位の年頃の青年が座っていた。

呆然として、その青年の顔を見ると、何処か懐かしい面影がして、不思議と恐ろしさは感じなかった。

「やっぱり馨には僕が見えるんだね。」

青年はさも嬉しそうに、にっこりと微笑んでそう話し掛けてきた。

「ああ、お前‥‥えっと‥。ごめん。名前が‥」
「分かる筈ないよ。名前、話してないし。」
そうだ。いつの間にか仲間に混じってにこにこ笑って付いて来た色白のおとなしい子。名前も聞いてなかったんだっけ。

「そうか。じゃあ名前は?それより、どうしてここに?」

「ごめん。名前、無いんだ。それに、どうしてって、僕はずっとここに居るんだよ。」


ああ、あの子は座敷童子だったんだっけ。祖母がそう言っていたのを思い出した。

でも、今はどう見ても童子じゃないよな。座敷童子も大人になる‥‥のかな?

「馨に逢いたくて、大人になったんだよ。本当はいけないんだけどね。」
思考を読んだように、そう答え、青年はまたにっこりと微笑んだ。つられて微笑み返す。

込み上げてくる昔日の思いに切ないほど胸を塞がれながら、俺は青年になった座敷童子と暫く、見つめ合い、互いに微笑み返していた。
と、
日常の辛さも、疲れも何もかもが総て押し流され―、
ふわり、何か暖かい風に抱きとめられて体が宙に浮いた。


気が付くと、青年はもう居なかった。

―クスクス、クスクス―
幻聴を乗せて、風が座敷の奥から外へと通り抜けた。

―今夜また、一緒に遊ぼうね。―

遊ぼうって、もう、子供じゃないのに。
ふと、苦笑に歪んだ唇が、今度はふんわりと塞がれて熱い息を感じた。

風がクスクスといっそう高らかに笑い声を立た。

―今夜またね〜。大人には大人の遊びがあるよね‥‥?―


クスクス、クスクス。悪戯な風が体を通り抜けた。

86本スレ870-871:2005/09/29(木) 16:12:36

文章ソフトの一ページ丸ごと飛ばすなんてコピペミスをしてしまっていたので、
すみませんがこちらに補足という形で置かせてくださいorz
「親父やおフクロに〜」から「ほんと、そんで、歌うのは〜」の間に入るはずでした。



で、そんな事をぽろっと先生に話したら、先生は頬杖を崩して吹き出してあげく眼鏡を
落っことしたから拾ってあげた。
「そりゃあお父さんお母さんも驚いただろね、いきなり人類はァなんて歌われたら」
「今はもう慣れたみたいなんですけど、しばらく変人扱いされました。妹にも」
眼鏡をひょいと掛け直すしぐさがやけに子供っぽくて、思わずじっと見る。そしたらいき
なりこっちを向かれて焦ったけど、俺を見る目は楽しそうで嬉しくなる。
「ああ、うちでご家族で歌って違和感なくすなんてどーかな」
「は?」
「先生ぇはーちーいさな教室のーなかでー」
「!? なかーでー、なかーでー……」
いや、なんで替え歌なのかがまず突っ込むべき所なんだろうけど、思わず受けてしまった。
「ねーむりー起きっ そーしてー働きー」
「いや、寝てるんすか!?」
ノーリアクション!
「ときどきー仲間をー、部活にーなかまをー、」
「欲しがーったりー…………すー……るー……」
「……んですよ、うん」
先生は全く当たり前のような顔をしてにこにこしてるもんだから、なんで突然替え歌が
出てきたのかよく分からない。それが表情に出ていたのか先生はひょっと首を傾げた。
「私一人暮らしなんで、家に一緒に歌える人いないんです。
 まあだから合唱部の顧問は趣味と実益兼ねてるんですが、それからしたら羨ましい。
 家族、いいじゃないですか大いに結構」
ぜひ合唱コンクールには来てもらいたいですねえ、妹さんだけでも洗脳しちゃえるかも
しれませんよ−−−−なんて言葉だけ聞いたら不穏な事を言うから、俺も笑って頷いた。

87萌える腐女子さん:2005/10/03(月) 02:35:11
本スレ899、幽霊×怖がり。今更ながら萌えたので投下します。ちょっと長め。



「あそこはね、多いんだよ。古い建物だらけだろ?おまけに俺が住んでたのが、中心部からちょっと離れたテムズ川の岸辺近くで、倫敦塔が目の前に―」
「や、止めろよ!聞きたくないっ。良、その目も怖わいよ。」
克が恐ろしそうに良を遮った。この手の話にはからっきし弱いのだ。

それにしても、良は帰国以来、前にも増して色白くなった。もともと少し影のある印象的な美しい面立ちが、そのためにいっそう凄みを増した。その口から怪談が語られたら確かにぞっとはするだろう。
良は脅える克の肩を抱いて頭を撫でた。この真面目で臆病な友人が可愛いくて仕方ない。
脅かすのは良の悪い癖だ。サドっ気があるのかも知れないが、脅かせば素直に反応し、無防備になる克を見たくてつい悪癖が出る。
それに、脅えた克を腕の中で安心させ、寝つくまで背中をさすってやるのは堪らない。

自分にしがみつくようにして、ようやく眠りについた克の頬に、良はそっと口付けた。

(一晩中、寝顔を見ていたいが、肉体を維持し続けるのは、さすがに疲れるな‥)

良は克の手からするりと抜け出て、戸外の漆黒の闇の中へその身を委ねていった。


――――――――

闇にすっかり溶け込んで漂っていた良を何かが呼び覚ました。

「ひいぃぃっ‥‥や、止めっ‥!」

克だ。
良が慌てて部屋に戻ると、白眼を向いた克の躰を男の霊が押さえ込んでいた。

(この変態がー!俺がまだやってもいない事を!!)

怒りで我を忘れ、
良は霊の頭上、中空へ飛び上がった。

「去れ!その男は元より俺のものだぞ!」

「ふんっ、手付きのものならば仕方あるまい。が、ならばそうと徴を付けておけ!
だがな、新参者。次からは言葉に気を付けることだな!」

霊はそう言いながら飛び上がり、良の顎を両手ではさみ込んだ。

睨み付けたままぐいぐいと近付いてくる。
ぴったりと額を寄せ、
「むしろ、生前のお前に憑きたかったな!」
と、凄み笑いを浮かべ、そのまま良の躰を通り抜け、
―姿を消した。

88萌える腐女子さん:2005/10/03(月) 02:40:55
続きです。


良は身震いして、ふうと溜め息を付くと、白眼を向いたままの克の頬を張り、抱き寄せた。

「良!何処へ、‥なんで居なかったんだよ!キスされたんだよ!幽霊にキスされただなんてーもう、もう‥‥!」

克にギュッと抱き付かれた良は、
「克、大丈夫、大丈夫だよ。俺が振り払ってやるから。キスされたところ全部。」
と、幸福そうに囁き、唇から、首筋へと次々に口付けて、愛撫していった。

克の顔が、恐怖から驚きへ、そして次第に陶酔の表情へと変わっていく。

「俺の徴を刻み付けなくちゃならない。いいね?」

耳元で囁く。

克は、答える代わりに唇を寄せた。



―――――――――――――

「なあ、克。もしも俺が死んで、化けて出たら?」

「止めろよ、そんな話。」

「いや、真面目な話さ、それでも怖い?」

「‥そんな‥。でも、一緒にいられるんだったら‥怖くても嬉しいんだと思うよ。」

(信じていいんだろうか。)
良は、克を抱き寄せながら考えた。

あの湖からはまず死体は上がらないだろう。―しかし、いずれは行方不明の通知が届く。
そしたら、克に本当の事を話さなくてはならない。帰国したのは幽霊だったんだと。
それでも克は受け入れてくれるだろうか?

信じていいんだろうか。



「――。でさ、ピカデリー・サーカスって名前、知ってるだろ?あそこは、何本もの路が複雑に分かれてて、どの路へ行ったらいいのかよく戸惑っている人がいるんだよ。でも、戸惑っているのは、人間ばかりじゃないのさ。―――。」

89萌える腐女子さん:2005/10/03(月) 02:49:58
>>87->>88 です。
注意書き忘れました。orz。
―本スレとは攻め、受け逆になってます。

903-879の1:2005/10/03(月) 22:53:24
本スレ879「金髪が綺麗な受けでひとつ!」です。
書いてる途中でスレチェックしたら既に書き込みされていたので、こちらに投下します。
いくらか校正したものの萌えるままに書いてしまったのですんごく長いです。
====================
 その人は、俺が資格を取ったときに初めて担当を任されたお客様だった。
見習いの頃から何度かシャンプーさせてもらったり、ブローさせてもらった
りしてそのお客様の髪に触れたことがあるが、その手触りたるや極上の触り
心地、色もわざわざ染めずとも見事な金色。髪の痛みもほとんど無い。勤務
先が美容院だというのに度々先輩たちの実験台になっているおかげで毛先は
痛んで枝毛だらけ、もともとの色は赤だが何度もカラーリングされたりメッ
シュを入れられたりしたから頭の上で泥まみれのチラシ広告が再現されてい
るような様相を呈している俺にとっては、なんともうらやましい髪質の持ち
主だった。
 もともとは先輩の1人が担当していたお客様。その髪を初めてカットした
ときに資格を取ったばかりで慣れていないからすごく緊張してしまい、指定
されたよりも少し、いやかなり短く切ってしまった。俺はお客様に怒鳴られ
るんじゃないかと内心どきどきしていたのにもかかわらず、「こういう短い
のもいいものだね」と笑って許してくれたこともあり、それ以降自分の中で
は最も大切なお客様だと思っている。

 ある日のことだ。その日もいつもと同じように他のお客様に混じってその
お客様の予約が入っていた。いつものように俺は笑顔でお客様をお迎えし、
カット前にシャンプーを施す。
 この人の濡れた髪がまたいい感じの手触りで、いつだったか資格を取る前
に俺と同じように資格を取るべく同じスクールに通っていた中国人の友人が
趣味で使っている「毛筆」なるものの手触りによく似ている。友人が言うに
は「毛筆」は質のよいものを選べばそれなりに値が張るものだそうで、そい
つが使っていたものは自分が普段使っているカット鋏の約3分の1ぐらいの金
額のものらしい。比較の対象にするのはいささか申し訳ない気がするが、友
人の使っているそれと比べてもこのお客様の髪の方がはるかに手触りが良い。
 できることならずっと触っていたいが、そのままではカットできなくなっ
てお客様が帰れなくなるため、仕方なくスタイリングチェアーにご案内する。
「今日はどのように致しましょうか、ミューゼル様?」
「毛先だけ揃えてくれればいいよ」

 おや、と思った。担当を任されてから既に2年、イメージチェンジと称し
て何度かパーマを掛けたことはあっても、だいたいミューゼル様は短めの長
さの髪型がお好みのはずだ。前回のご来店から数えて約3ヶ月、耳は出す形
で切り揃えた髪型は今は半分くらい耳が隠れる長さに伸びている。
「では、ゆるめのパーマをお掛けしますか?」
と確認するも、
「いや、いいんだ。本当に毛先を揃えるだけでいいから」
とすぐに返事が返ってきて、鏡の向こうでにこりと微笑む。気分が和むんだ
よな、この人の笑顔は…と思いつつ、思ったことを顔には出さないで
「かしこまりました。それでは今日は…そうですね、1cmほどカットして毛
先を揃えますね」
と注文を復唱し、腰のホルダーからカット鋏を取り出した。

91萌える腐女子さん:2005/10/03(月) 23:16:00
 「ごめんな。ちょっと事情があってね、しばらくここに来れなくなると思
う」
と、切り揃えている最中に言われた。来店されなくなる事情は人それぞれだ
と思う。ましてやスタイル維持のために…というか、俺自身がこの手触りの
禁断症状を起こしそうになるからなんだが、できれば月1回は来て欲しいと
思って何度かその旨を伝えたことがあるにもかかわらず、ミューゼル様が仕
事の都合で3ヶ月に1度しか来店できないと言っていたことを俺は覚えている。
だから、
「長期のご出張とか転勤ですか?」
とありがちなことを言ってみたら、そうではなかったらしい。
「実は…、願掛けすることにしたのでね」
「願掛け?」
「ああ。その願いが叶うまでは髪を切らないことにしたんだ」
思わず手が止まる。
「好きな人が出来てさ…」
ああ、そういうことか。

 ミューゼル様の顔はなんというか、男にしておくのがもったいないくらい
のとても美しい顔をしている、と俺は思う。美容師の端くれとしてその考え
はどうかと思うが、長い髪もミューゼル様のお顔と体格ならきっと似合うだ
ろう。白磁のようなキメの細かい肌に、陽の光が映えるしなやかな金髪。指
先で玩んでも気持ちいいのだから、その頭に顔を埋め、長い髪を顔全体で感
じることができたらさぞや…と考える。
 そのまま後ろから抱いて、突き上げて、均整の取れた身体をほんのり桜色
に染めさせて。泣きながらよがり声を上げる様を見てみたいと夢想しては、
収拾がつかなくなった自分のものを擦り上げて果てさせる。そんなことを独
り自宅で何度もしていたために、この突然の告白はかなりショックだった。
 相手には自分の気持ちはまだ伝えていないのだとか、その相手がミューゼ
ル様の髪を見て「とても綺麗な髪だから、長く伸ばすと顔立ちに映えるんじゃ
ないか」と言ってくれただとか、うれしそうに話しているミューゼル様。適
当な相槌を打ちながら鋏を動かしていたが、実際のところほとんどミューゼ
ル様の話は頭に入ってこなかった。
 ただ、この美しい髪に触れられなくなることがつらくて、この癒されるよ
うな笑顔が見られなくなるのが嫌で、俺はひたすら鋏を動かし続ける。何度
も指を梳き入れ、途中チョキチョキと音だけ鳴らして切ってる振りまでして、
その触り心地を胸に刻んだ。

923-879の3:2005/10/03(月) 23:17:20
 いつもは1時間ほどで終わる施術なのに、俺が散々いじり回していたおか
げで時計の針が30分ほど進んでいた。
「ずいぶん時間を掛けてくれたんだね。次のお客さんの予約は大丈夫?」
と自分のことはさて置いて俺のことを心配してくださる心遣いがとてもうれ
れしい。それなのに、これでしばらく会えないと思うとミューゼル様のお相
手の…たぶん女性なんだろうな、それもミューゼル様にお似合いの美人の、
会ったことも無いその彼女が俺は憎らしくて、思わず「髪伸ばさないで下さ
い」と言いそうになる。
「このまま伸ばしていってもスタイルが崩れないようにしたつもりですが、
お帰りになってどこか気になるところがあったら遠慮なくご来店ください。
すぐ手直しいたしますから」
喉元まで出掛かっていた言葉を修正して吐き出した。預かっていた手荷物を
渡し、会計のためにレジを操作する。
「どうもありがとう。しばらく来れないけど、お店が繁盛することを祈って
るよ」
と笑顔と共に店を出ようとしたミューゼル様を、
「あ…あの!」
と引き止めていた。
 「ん? 何か?」
と出入り口の扉に手を掛けていたミューゼル様の動きが止まる。

 言え。ここで言うんだ。「3ヵ月後の同じ日に予約入れておきますから来
てください」って。「あなたが好きなんです。だからこれからもずっとあな
たの髪を切らせてください」って。そうすればまた会えるだろ、と自分の中
で悪魔が囁く。
 いや、駄目だ。言ってはいけない。言えばきっとミューゼル様は店に来な
くなるし、まるでミューゼル様の願掛けが失敗するのを願っているみたいじゃ
ないか、ともう一人の自分が必死に抵抗している。
 数秒の葛藤の後、俺の口から飛び出した言葉は。
「あの…願いが叶うことを祈ってますよ」
 馬鹿だ、俺は。美容師の営業活動としても失敗してるし、自分のミューゼ
ル様に対する個人的な想いを告白することにも失敗してる。これじゃ退店し
ようとしていたミューゼル様を引き止めた意味がないじゃないか。
「応援してくれてありがとう。それじゃ、いつかまた…」
俺の心の苦悶には気づかないまま、そう言って片手を挙げて振りながら去っ
ていくミューゼル様。
 俺はミューゼル様の姿が見えなくなるまでその場に立ち尽くしてしまい、
次のお客様を長時間待たせていることに気がついた店長に後ろから頭を叩か
れるまで、だんだんと小さくなっていくその美しい金髪の後ろ姿をじっと見
つめていた。

933-879の4:2005/10/03(月) 23:18:47
 あれからミューゼル様は本当に予約の電話を掛けてこなくなった。ご自分
の願いが叶うその日まで店には来ないはずだから納得はできるが、あの美し
い金髪の感触はとても忘れることができず、俺の気持ちは落ち着かないまま
だ。毎日何人ものお客様を相手に鋏を振るうが、常連客を含め飛び込みで
入ってきたお客様の中にも、ミューゼル様と同じ髪質の持ち主はいない。
 最後に来店されたときに切った髪の毛の一部をこっそり持ち帰って正解
だったと思う。間違って捨ててしまったり、風に飛ばされて無くなったりし
ないように、ぱっと見た感じではそうとは見えないような形のシルバーのロ
ケットを購入してその中に持ち帰った髪の毛を入れ、それを自宅の鍵をつけ
ているキーホルダー金具につけたのも我ながら名案だった。禁断症状が出そ
うになったときや、性欲が溜まって自己解消させるときにそれを握ってあの
人のことを思い出す。仕事中にも難しい施術を行うときの前にスラックスの
ポケットに入れたそのロケットキーホルダーを握ることでどうにか俺は苛立
ちを抑えている。そうでなければ俺は今頃ミューゼル様に会えない寂しさに
荒れ狂い、その苛立ちをお客様の髪にぶつけて、注文された髪型とは違う滅
茶苦茶な型にしていたことだろう。
 しかし、その自分の中での「疑似行為」ももはや限界に近い。当初は1日
1回、それも朝自宅を出る前だけだったのがだんだんと回数が増え、今は10回
を軽く超えている。時々直接触って確かめていることもあるからなのか、ロ
ケットの中の短い髪も時間が経つにつれて劣化していて、持ち帰ったばかり
の頃のあの艶や手触りはもう失われている。
 このままじゃ顧客名簿の中から住所を探して場所を割り出し、ご自宅に押
しかけて髪を触るべくミューゼル様を襲いかねない、と自分自身でも寒気が
するほど嫌なことを思い始めた矢先のことだった。あれから3年経っていた。

 強い雨の降る日だった。この店では当番制で閉店作業を行うことになって
いて、その日は俺がその当番だった。汚れたシャンプー台や鏡、スタイリン
グチェアーなどの掃除をしたり、消毒器に使用済みの器具を入れたり、洗濯
の終わったタオル類を乾燥機に移しかえたりと、美容院は閉店後もやること
が多い。慣れた作業とはいえ疲れるなと思いながら2時間掛けて店の隅々まで
きれいにした後、照明を消して鍵を掛け、表のシャッターを下ろしたその時
だった。
「こんな時間に予約も無しに来て申し訳ないが、髪を切ってもらえないだろ
うか?」
後ろから声をかけられた。
 聞き覚えのある声に振り返れば、この土砂降りの中を傘も差さずに立って
いる人がいる。俯きがちの顔を隠すように垂れた長い金髪がぐしょぐしょに
濡れていて、長い時間雨に打たれていたことが良く分かる。
「申し訳ありませんが、もう店内清掃を済ませてしまいまして…。もしよろ
しければ今ご予約だけ承りますので、明日ご来店いただけないでしょうか?」
と照明を消す前に見た明日の予約リストの空き時間を頭の中で探しながらそ
う伝えると、その人物は突如自分の両肩を掴んで、俯いていた顔を上げて俺
の顔を見た。
「今日でなければ…、今日でなければ駄目なんだ。代金なら倍払っても構わ
ないから、頼むから私の髪を切ってほしい」
 雨で身体が冷えているのか、眼が泣き腫らしたように赤くなっているから
なのか、声がかなり震えている。
 俺が今いちばん逢いたい人の顔がそこにあった。ミューゼル様だった。

94ひでぶ:ひでぶ
ひでぶ

953-879の5:2005/10/03(月) 23:21:26
 「そのままではお身体が冷えますでしょう? 狭い風呂場で使い勝手が悪
くてすみませんが、とりあえずシャワーを浴びて身体を温めてください」
 店とは違って必要なものが何でも揃っているわけではないが、ときどき友
人にカットモデルを頼むこともあり、俺の部屋にはそれなりに道具が揃って
いる。また2時間かけて掃除をするのも嫌だったし、黙って店の道具や消耗品
を使うと後で店長に説教されると思ったので、俺は店からそれほど離れてい
ない自分の小さなアパートにミューゼル様をお連れした。
 ミューゼル様の髪のカットに必要な道具をテーブルの上に揃え、床にはビ
ニールシートを敷く。
 今日髪を切らなければならないミューゼル様の事情はどうあれ、あの素晴
らしい髪にまた触れることができるのだと思うと、自然と気持ちが舞い上が
る。久しぶりだからできるだけ丁寧にカットしよう。カットした後で床に落
ちた髪を、ロケットのものと交換してもいいだろう。しかも今日は次のお客
様もいないし、ここは自分の家だから小言の多い店長や施術中にイタズラで
邪魔をしてくる先輩もいない。ミューゼル様のお時間が許す限り好きなだけ
触ることができるし、うまくいけばその先の展開もあったりして…なんてな。
その場で小躍りしたい気持ちを抑え、俺は準備をしながらミューゼル様が風
呂場から出てくるのを待った。

 さすがにスタイリングチェアーは自宅にないので、いつも友人の髪をカッ
トするときに使っているテーブルセットの椅子をビニールシートの上に持っ
てきて、そこに座ってもらう。
「さて…今日はどのように致しましょうか?」
「君に任せるよ。うんと短くしても構わないから」
ということは、願いは叶ったんだろう。嫌なことを思い出してしまったと思
いながらも、
「それでは…トップは○センチ、サイド○センチで…」
と今のミューゼル様に似合いそうな髪型のイメージを伝える。頭の中のイ
メージではそれでも微妙に似合っていないような気がしたが、現状ではそれ
しか思いつかなかった。「…とこんな感じでカットしますね」とテーブルの
上のカット鋏を右手に握り、その長い髪を一房手に取った瞬間。
「……う……ぅっ…」
それまで笑っていた鏡の向こうのミューゼル様の顔が、不意に曇ってくしゃ
くしゃになる。口元に手を当て、嗚咽が漏れるのを防ごうとしているみたい
だが、指の隙間から聞こえるその声と、目元から落ちる涙が気になって仕方
がない。鋏を入れている途中で首を曲げたり、身体を動かされたりするとき
ちんと長さが揃えられないため、肩を震わせて泣いているこの状態のままで
は施術を始めることができないのだ。俺は握ったばかりの鋏をテーブルに戻
して聞いてみた。
「どうしたんですか? 願いが叶ったから、髪を切りに来たのではないので
すか?」

 「叶ったことは叶ったんだ。だが…振られた。というか、捨てられた」
「おっしゃっていることがよく分からないですよ。そういえば…今日どうし
ても髪を切らないといけないって店の前で伺いましたが、何か特別な事情が
おありだとか…?」
人前で男が泣く、それも…それまで年に4,5回会うだけだった一介の美容師に
3年ぶりに会って、そのまま髪を切りに来た状況で泣くだなんて、よほどのこ
とがなければあり得ない。俺はミューゼル様の姿を映していたスタンドミラー
の前に回ってひざまずき、
「差し支えなければ話していただけませんか? この3年間に何があったのか。
他の誰かに話したりはしませんし、ミューゼル様がお話できる範囲で構いま
せんから」
と真剣な表情で話しかけると、
「確かに願いは叶った…」
と少しずつ、店に現れる前にもずっと泣いていたからなのだろう、いくらか
かすれた声で、
「好きな人に自分の想いを伝えることもできたし、それを伝えた当初は幸い
にも相手も同じ気持ちを自分に持っていると思った…」
ミューゼル様は話し始めた。

963-879の6:2005/10/03(月) 23:22:58
 1時間近くに及ぶミューゼル様の話を要約するとこういうことらしい。
 ミューゼル様のお相手はご自分の勤める会社に中途採用で入ってきた人で、
慣れるまでの間のサポート役としてミューゼル様が仕事の内容についてその
人を指導していた。朝から晩までほぼ1日中顔をつき合わせて仕事を教えて
いるうちにミューゼル様はその人に対していつのまにか恋心を抱くようにな
り、その人が勧めてくれたこともあって願掛けのつもりで髪を伸ばすことに
した。それがちょうど3年前、最後に髪を切りに来てくれた頃に当たるようだ。
 お相手の人が「このくらいの長さからが好み」と言った、襟足でひとくく
りにまとめられるくらいの長さになった1年半後、ミューゼル様は自分の想
いを告白した。受け入れられるかどうかとても不安だったが、どうやら相手
も自分と同じ気持ちだったらしく、他に何の障害もなかった為そのまま2人
は交際を始めたそうだ。ところが、付き合い始めて3ヶ月ぐらい経った頃、
ミューゼル様は自分の想いを胸に秘めていた頃には考え付かなかったことで
悩むことになった。

 その悩みというのが、交際相手の人がとても独占欲が強い上に自分の思い
通りにならないとすぐミューゼル様に不満をぶつけてくるタイプの人であっ
たこと。その上何かとミューゼル様を「束縛」したがる人だったらしい。最
初は優しく接してくれたその人が少しずつ本性を現し始め、気がついたとき
には既に遅かったとのこと。ミューゼル様は従順な奴隷として接しなければ
ならず、嫌な仕事や雑務は全てミューゼル様任せ、その仕事振りすら気に入
らないときは手枷や足枷で身動きを封じられ「お仕置き」と称して叩かれた
り蹴られたりしたそうだ。そんなに邪険に扱われながらもミューゼル様はそ
の後にお相手から与えられる「ご褒美」がうれしくて、嫌な顔ひとつせずそ
れらの「お仕置き」に耐え、その人を喜ばせるべく時には危険を冒してまで
その人に言われた「命令」に従っていた。
 しかし、俺から見ればある意味常軌を逸脱しているのではないかと思える
「幸せな交際」が破局したのはつい昨日のことだそうで。3日ほど前にお相手
の人に電話呼び出されたミューゼル様は、指定された場所に向かった。いつ
ものように手足を拘束されて「お仕置き」されるのだろう。どんな「お仕置
き」だろうと、その後の「ご褒美」のことを考えれば耐えられると思ってい
たのだが。

「レイプされた。それも、自分の勤めている会社の社長が遣わした者数名に」
ミューゼル様は俺と同性の男だ。なのに、レイプって何だよ。社長が派遣し
た奴って何だよ。俺は頭が混乱したまま続くミューゼル様の言葉を聞く。
「企業スパイだったんだ、私の交際相手は。私はその人の代わりに自らの手
を汚して社内の機密文書やまだ開発中だった極秘プロジェクトの企画書を入
手し、命じられるままにその人にそれらの書類のコピーを渡していた。その
人はそのコピーを、私の勤めている会社とは対立関係にあるライバル会社に
横流しすることで不当な報酬を得ていたようだ。その会社はに横流しされた
書類を使うことで私の会社を倒産に追い込み、それが一因となってで私と私
の交際相手による背任行為が会社に暴露された。私とその人はその責任を追
及されることになったが、社長に指定され事件の全容を釈明するはずだった
内部調査報告会の日に相手は逃げて行方不明になってしまった。きっと自分
の罪を私に全て被せるためだったのだろう、社長の話ではその人が社長に密
告したらしい。だから私はその人の代わりに懲戒解雇と、社長の見ている前
でのレイプという形で全責任を取らされた」
そんなひどい話はあり得ないし、考えたくもない。それでも自分の目の前に
座っているミューゼル様はそれを経験してきたのだ、掛けるべき言葉を見失
い、俺はその場に座り続ける。

973-879の7:2005/10/03(月) 23:31:27
 「そんなになっても私はその人を信じ続け、その人が自分のところへきっ
と戻ってくると信じて疑わなかった。しかし、その…彼は…『お前は所詮俺
の道具、それも使い捨ての道具でしかない。お前にやってもらうことは全て
終わった。これでもう用が済んだから、お前はもう必要ない』と言って私を
裏切り、私を捨てた」
「彼」? 「彼」だって?! 確かに俺もミューゼル様に対して邪な想いを抱
いてはいるが、同じ男としてミューゼル様が話してくれたその男の行為は到
底許せるものではない。
「私がレイプされている間にその人は住んでいたアパートを引き払い…、唯
一の連絡先だった…携帯電話の番号を、今日から着信…拒否にされてしまっ
て……」
そんな衝撃的な告白をさせてしまったことが申し訳なくて。
「それでも彼を愛してる自分が情け…なくて…、自分でも許せなくて……」
どう受け止めたらいいのか分からなくて。
「だからせめて…あの人が…好きだといってくれた髪を切れ…ば…、忘れら
れるんじゃないかと思ったから……」
「ミューゼル様!」
思わずその身体に抱きついていた。

 一切の抵抗をしなかったことでその男の暴力的な愛を必死に受け止めてき
たミューゼル様の髪を撫でる。きっとその彼氏やミューゼル様をレイプした
奴らが散々引っ張ったり、蝋を垂らしたり、火で炙ったりと相当酷い扱いを
したのだろう、時間が経って少し乾いてきたあの美しかったはずの髪はひど
く傷んでいた。あちこちから切れ毛や枝毛が飛び出していて、触り心地は俺
のロケットの中の髪と同じぐらいに最悪のものだった。
「もういいですよ、ミューゼル様」
聞きたくなかった。これ以上この人の穏やかな口調の、しかし悲痛極まりな
い叫びを俺が聞けば、この人の心は粉々に壊れてしまう。そう思った俺は髪
を撫で続けた。
「なるべく早く…切って、しまおうと……」
こんなことでこの人に笑顔が戻ってくるとは思わなかったが、
「もう話さなくて結構ですから…!」
この人の受けた心の傷が癒されるとは思わなかったが、
「ミューゼル様の髪は、私がちゃんと元通りにして差し上げます。必ずです」
それでも俺は髪を撫で続ける。
 このままキスしてしまいたい。いっぱいキスして、髪だけでなく身体中を
撫で回して、その男から受けたミューゼル様の「傷」を少しでも消してしま
いたい。
「今日私がこのまま髪をカットしたら、なんだかものすごい失敗をしてしま
いそうで怖いです。ですから、今日はトリートメントで髪に栄養分を補給し
て、今度改めて髪を切ることにしましょう」
そう思う気持ちをぐっと堪え、ミューゼル様の背中に回していた腕の力を強
めて耳元に囁いた後、俺はトリートメント剤を作るべく立ち上がった。

 「たとえ失敗したって3ヶ月経てば髪が伸びるからそのときに修正してく
れればいいから」とミューゼル様は言ってくれたが、まだまだ未熟なこんな
俺だって美容師の1人だ、失敗しそうだと分かっているときに無理な施術を
したくない。そう思ってできるだけ丁寧にトリートメントを施し、洗い流し
てブローをした。すると。
「……これが、私の髪なのか?」
 3年間他人に気を遣うことに精一杯で自分のことは何一つ気に掛けなかった
その髪の持ち主が驚いていたのは仕方ないとして、たった1度のトリートメ
ントでは無理だろうと思っていた俺もびっくりした。かつての手触りの良い、
適度な柔軟性とコシを持ち合わせた、あの美しい金色の髪がそこにあったの
だから。 
「え、…ええ、これがミューゼル様の髪です。2週間後にもう一度トリート
メントをすればもっと綺麗な髪になりますよ」
そう言って俺は、スタンドミラーの向こうで驚いたままの人物に顔を近づけ
て笑いかけた。
「私は短い髪のミューゼル様しか拝見したことがありませんでしたが、こう
して見るとミューゼル様は長い髪もよく似合いますね」
「本当にそう思う?」
「ええ」
「そうか……」
相変わらず目元は赤くなっていたが、ミューゼル様の表情がそれまでの曇った
感じから一転し、かつての快活な感じが戻ってきたかのように見える。

983-879の8:2005/10/03(月) 23:32:47
 カットクロスとタオルを外し、預かっていた手荷物を渡す。ミューゼル様
の着衣はまだ濡れていたのでサイズが違うが俺の服を貸すことにした。
「お時間がございましたら、そのときにカットとトリートメントをさせてい
ただきますので、ぜひ2週間後に店の方にご来店ください。それまでには
ミューゼル様にぴったりの髪型を考えておきます」
と言って玄関へ送る。
「…あ、そうか。代金を」
と玄関扉の前まで来たときにミューゼル様が振り返るが、
「い、いいえ、お代は結構です。わざわざ自宅まで来ていただいたのに、ト
リートメントだけでカットできなかったし、店と違って何かと不自由にさせ
てしまいましたから」
と慌てて言った。
「しかし、トリートメント剤だってそんなに安いものではないのでは…」
「あれは自分が使うのに社員販売割引で店から分けてもらってるものです」
「…こちらが無理やり押しかけて、君の貴重な時間を潰してしまったし」
「貴重な時間だなんてそんな…。店から帰ったら食事して風呂に入って寝る
だけですよ」
しばらく玄関先で押し問答が続いていたが、そのうち俺は金ではないもので
支払ってもらう方法を思いついた。

 「分かりました。では少しだけいただきます」
「いくら払えばいい?」
と財布を出そうとするミューゼル様の手を握って制止した後、腰に手を回す。
そのまま顔を近づけ、ミューゼル様の唇に自分の唇を合わせた。
「ん! …ぅ…っ」
もう片方の手で髪を撫でる。
「…く、……う…っ、ふ…」
頭のどこかで警鐘が鳴っていたが、止まらなかった。
「…う…ん、っん」
舌先で唇の表面をなぞり、撫でていた指の間に髪を梳き入れ、軽く握りこむ。
指先から伝わってくる感覚に気分が高揚しすぎて、身体中が痺れるような気
がしてくる。
「……ぅ…、…く…はっ…」
次第に俺の方が息が苦しくなってきて、これ以上キスしていたらうっかりそ
の先に進んでしまいそうで、慌てて口付けを解いた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「はっ、はっ、は…」
互いの荒い息遣いが狭い玄関先で交差する。
「ありがとうございました。お気をつけてお帰りください」
呼吸音が元に戻った後、そう言って俺は玄関のドアを開けミューゼル様の帰
宅を促す。何か言おうとしていたみたいだったが、何も言わずミューゼル様
は俺のアパートを出て行った。

993-879の9(終):2005/10/03(月) 23:34:09
 足音が遠ざかっていく。完全に俺の耳に聞こえなくなった瞬間、
「やっちまった…」
俺はその場にへたり込んだ。
 俺は、自分の想いを告白することでミューゼル様を傷つけるようなことは
したくない。そう思ってミューゼル様に抱いている感情をずっと自分の胸の
中だけに留めておいたが、さすがに今日の話を聞いていたらなんとかして差
し上げたくなった。これからは俺が傍についてると、俺がミューゼル様をお
守りすると伝えたかった。前の彼氏とやらと同じことをすれば更にミューゼ
ル様は傷つき、絶望するだろうと思ったから、できるだけミューゼル様が傷
つかない方法を取ったつもりだったが、何も言わず出て行ったことを考えれ
ばそれなりに俺に失望したのかもしれない。
 2週間後に来てほしいとは伝えたものの、ミューゼル様はきっと店には来
ないだろう。思い出したくない過去の話を話させたばかりか、話したことで
情緒不安定になっているときに、その心の揺らぎにに付け込んで俺がミュー
ゼル様を騙したのだ。もしかしたら俺が原因で人間不信に陥るかもしれない。
俺とのキスが昔の彼氏とのことを思い出させてしまう可能性もある。
「ミューゼル様、申し訳ありません…」
俺はポケットの中のキーホルダーを握りしめ、もう2度と会えないであろう
幻に謝罪した。

 「それじゃお先に失礼します」
「ああ、お疲れ様。また明日な」
その日の仕事が終わった俺は、いつものように店長や先輩に挨拶して店を出
る。家に向かう途中のガソリンスタンドで適当に食料を買う。
 さて、今日は何を食べようか…と考えながら自宅の前まで歩いてくると、
誰かが自分の部屋の前に立っているのに気がついた。深めに帽子を被っては
いたが、肩にかかる金色の髪でそれが誰だかすぐに分かる。
「店の制服には名札はついていないし、ときどき配達されるダイレクトメー
ルにも書いてなかったから今まで知らなかったが…君の名前はジークフリー
ドというのだね。表札を見て初めて分かったよ」
「み、ミューゼル様! どうして…」
俺は信じられなかった。あんなことをしたにもかかわらず、ミューゼル様は
笑顔でそこに立っている。
「借りた服を返しに来た」
「そんな…そろそろ処分しようと思っていた服だから返さなくていいと申し
ましたのに」

「服を返すためだけに来たのではないよ」
「え?」
そこまで言うとミューゼル様は急に口ごもり、俺からの視線を逸らす。
「約束だったし、その…店には行きにくくて、だから、あの…」
頬が薄く染まっているのは、気のせいだろうか。
「トリートメントとカットを…お願いしようと思ってね。それで代金は…あ
の…、何といえばいいか、その……」
そういえばあの雨の日から数えて今日がちょうど2週間後だったな…と思い出
した。
「かしこまりました。狭いところでなにかと設備が不十分ですがどうぞお入り
ください」
俺は心の中でガッツポーズを取った。顔がにやけそうになるのを必死にこらえ、
玄関の鍵を開けてミューゼル様を先に部屋の中に通した。

====================
書き込まれたお題を見た瞬間某OVAの主人公が頭をよぎってしまい、
受の名字はこれかもう1つしか考えられませんでした…orz
あちこちおかしい部分があるけどその辺はスルーしていただければ幸いです。

100萌える腐女子さん:2005/10/09(日) 03:39:04
本スレ1000ではないが、リク被りで折角の999のリクが流れたままなのは惜しいので、投下します。
リクした瞬間お流れじゃ悲し杉。

101本スレ999のリク:2005/10/09(日) 03:47:58
恋は本屋さんで―の御題



本というのはそれ自体、編集者と執筆者の緊張した恋の駆け引きの産物とも言えるわけだが。


時には、古本屋の奥の書棚にひっそりと隠された恋もあって、其を手にした青年を引き込む事もある。
其も、あまり誰も手に取らないようなお難い哲学の学術書なんかにそっと誰かが書き込んだ苦しい想いとか、
或いはページの間に密かに挟み込まれた恋文の様な栞とか。
其を見付けた青年はドキドキしながら、暫く前の所有者に想いをはせ、其の本を慌ててまた書棚に戻す。
数日後、青年が再び本屋に訪れると、予想通り其の本はまだ売れずに残っている。
そっと広げる。
と、どうした事か以前には無かった筈の別の書き込みや、新しい栞がはさまれていたりする。
誰か自分の他にこの本を手にした者がいるのだと、よけいに胸を騒がせながら新しい書き込みを読んでみると、其がどうやら自分に宛てて書かれたものの様な気がしてきて、頬を染めながらまた本を書棚に戻す。
次の日も、また次の日も、また新しい書き込みが見付かり、青年は其が自分宛てではとの疑念を益々強くする。
そして、誰かが、この本を手にしている自分を見ていてこんな事をしているのか、こんな古風な通信手段を使うのは一体どんな奴だと思いながら、たまらなく心惹かれていく。

其の書き込みの主は、こうして、出会う前からもう恋に落ちてしまった青年を、果実の如く実の熟すのを待って、自分のものにするだけだ。

102萌える腐女子さん:2005/10/09(日) 04:47:25
自分もPart3スレ999でも1000でもない上、
タッチの差で>>100姐さんに先を越されてしまったのですが、
萌えられるだけ萌えてみたので投下してみます。
お題は「恋は本屋さんで売っている」です。
==========
最初のきっかけは本屋の店員がお客にぶつかるところから始めようか。
ぶつかった拍子に整理中の本ぶちまけて、それを拾ってもらうついでに
「○○っていう本ありますか?」なんてお客が言い出して。
お客が探してた本は専門書だから当然店には置いてないんだけど、
店員はそれが専門書だなんて知らないから棚の隅々を必死になって探すわけだ。
お客はお客で他の店で棚の在庫も見ないで「そこに無ければ無い」なんて
ぶっきらぼうに言われて仕方が無くてこの店に来たんだけど、
一所懸命に探してくれるその店員の姿にじーんときちゃう。
結局その本見つからないからその店で取り寄せてもらうことになって、
それが縁でお客は足しげく店に通うようになる。

最初はお客は自分が探してる本があるかどうか確認するためにその本屋に行くんだけど、
毎回その店員が探してくれて、でも結局見つからないから毎回取り寄せになって。
いつも探させるの悪いなぁ、取り寄せてもらうの悪いなぁなんて思うようになって、
来たついでに他の本を買うようにしてみたり、
その店員が書いたお薦めPOPがついてる本を買ってみたり。
店員は店員でいつも見つからなくて悪いなぁ、
取り寄せで待たせちゃうの悪いなぁなんて思うようになって、
これまでお客が取り寄せた本やついでに買った本の傾向をさりげなくチェックして、
ジャンルが似たような本を紹介してみたり、好みに合いそうな本を読んでPOP書いてみたり。

そのうち店員の気を引くためにはどうしたらいいかお客が本気で考え出しちゃって、
必ずしもそれが当てはまるわけじゃないのに
恋愛テク本とか恋愛相談本の、それも男女間恋愛のやつとか買い始める。
それ見た店員がお客に好きな子できたのかと勘違いして、
心で泣きながら顔に出さないで最近良く売れてて自分も読んだことがある
その手の恋愛テク本を薦めてみる。

最後は店員が薦めてくれたその恋愛テク本に書いてあったとおりの必勝法の1つ、
「自分がプレゼントしてでも好きな人に読ませたい本」をお客が買って、
それをそのまま店員にプレゼントしちゃう。それでお互いの気持ちにやっと気がつく、と。
==========
こんなところでいかがでしょうか、Part3スレの999姐さん?

103萌える腐女子さん:2005/10/09(日) 14:35:27
29に出遅れたのでこっちに投下。
-------------------------------
「ぅあー……。」

半ば押し付けられての出張で人生初めての大阪に降り立った俺はうんざりとした声を上げた。
広さ的には東京駅の方がはるかに広いのだろうが不慣れな分やたらと広く見える。
在来線の名前も見慣れないからどれがどれだかわからない。

「環状線ってどこだよ!」

表示を見ながら構内をうろついていたがそんな文字はどこにもない。
出張を押し付けられた苛立ちも手伝ってつい大声を出していた。

「環状線はこっから出てへんよ。一旦大阪まで出な。」

背後からやわらかい関西弁が聞こえた。関西なんだから関西弁で当然か。
振り向くと人のよさそうな笑みを浮かべた男が立っていた。

「あー…そうなんですか。どうも…。」

一人で叫んでいるところを聞かれた気まずさも手伝って曖昧に答えると男は俺の手を引いて階段に向かう。

「こっちやで。こっからどの電車乗っても一駅で着くし。着いたら環状線って矢印あるからそれ見てけばええわ。」
「はい…。あの、どうもご親切に……。」

ああ、大阪はまだ義理人情が残ってるんだなあ。東京じゃ迷ってようが何しようが誰も助けてくれねーぞ。
電話で話した大阪支社の奴が「東京もんは冷たい」と言っていた理由がわかった気がした。

「環状線てどこ行くん?」
「天王寺です。そこからまた乗り換えて堺に……。」
「天王寺なあ。あそこもややこしいし、ちょぉ書いといたるわ。えーっと紙紙……。」

男は鞄を探って名刺入れを取り出すと名刺の裏にご丁寧にも何番線、何駅下車、何番出口と書き付けて渡してくれた。

「ほな急ぐし」と去っていった男の名刺を見てああ、自分の名刺も渡せばよかった、と後悔した。
まあいいや、しばらく滞在するんだし。週末にでも電話をかけてみよう。

ホームに滑り込んできた電車に足取り軽く乗り込む俺はいつの間にか笑みを浮かべていた。

10470/ 50代×30代:2005/10/12(水) 18:05:00
「70年安保の頃?馬鹿な。私はノン・ポリだったんだよ。都市革命論なんてあり得ないってのが持論だったからね。」

彼の話を聞くのが好きだ。
それは越えられない20年の時の壁を感じさせるけれども、僕の知らない彼の、まだ若く生き生きとしていた時代の光を、感じさせてくれるから。

「でも、結構大学では有名だったって噂に聞きましたよ。」
「ああ、あれは他の大学の奴らが、うちの大学に乗り込んで来てね。革丸だか中核だか、知らないが、私の尊敬していた教授を取り囲んで吊し上げようとしたんだ。だから頭に血が昇って、怒鳴って、暴れて蹴散らかしてしまってね。それで一躍大学では有名人さ。武闘派の右翼だって、勘違いされたよ。」

「その教授が好きだったんですか?」
「いや、尊敬してた。それだけだよ。」

ちょっと嫉妬に駆られた僕の気持ちを、彼は何時も敏感に察知して僕の頭を撫でてくれる。
「好きだった人はいない訳じゃないけれど。それは今の私達には関係ないことだろ?」
優しく笑い掛けられて、僕は彼の胸に顔を埋める。

彼の話をもっと、もっと聞いていたい。
それは、どうしても僕の手の届かない若い頃の彼で、その時代そのものにさえも、僕は嫉妬せずにはいられないのだけれど。

105私を踏んでください―1/2:2005/10/15(土) 05:32:24
109で無理矢理萌えてみた。お題たどり着くまでちょっと長し。




降り止まぬ雪で、町が埋もれ始めていた。

小さな民宿では、帰り損ねた30前半の男性客がたった一人、聞き慣れぬ雪の軋む幽幻の様な密やかな音に、四方八方を取り囲まれて、眠れぬ夜を過ごしていた。


酒を呑んでもいっこうに酔いは回らず、暖房を強くしても冷気が部屋に染み込んでくる。
どこか窓でも開いてるのかと、部屋を出て戸締まりを確認すると、はたして二階にある玄関のドアが僅かに開いて風が吹き込んでいた。

主人が締め忘れたのかと、忌々しく思いながらドアを閉めようとすると、
隙間から、するりと白い手が入って来て、冷たい細い指が男の頬を撫でた。

びっくりして、数歩飛びさがると、ドアが表から大きく開け放たれ、その手の主が入って来た。

ぬけるような白い肌に端正な顔立ち、後ろで一つに束ねられた長い黒髪、均整のとれた細身の体を着流しの着物一枚に包んだ二十歳前後の若い男だった。

それが、若い男でなかったら伝説の雪女を思い浮かべたであろう。その姿は、幽気を漂わせ、息を呑むほどに美しかった。

男が、眼を見張り、立ちすくんでいると、体にすがりつく様にしてその若者が倒れ込んで来た。
思わず、抱きかかえた。
と、男は、その若者の体の異様なほどの冷たさに驚いて、初見した時の恐怖を忘れ、抱き締めてその背中を摩った。

今度は、若者の方が驚いた様に尋ねた。
「私が、恐ろしくないんですか?」

「そんな場合か!凍えきって!」
抱き上げて部屋に運ぶ。
「あ、あの、私は貴方を…その…」
戸惑う若者に構わず、男はその髪を撫で、体を摩り続けた。


しかし、その体はいっこうに温まらず、冷気は男の体をも凍り付かせてゆく。

「離してください…。貴方が…死んでしまう。もう、わかったでしょう?私は…」

それでも、男は抱き締める腕を少しも弛めず、愛しむ様にその体を撫で摩り、
凍える唇を震わせながら答えた。

「いいさ。寂しかったんだろう?…お前。ずっと独りで寂しかったんだろう?」

若者の眼からはらはらと涙が、溢れた。

その涙は、凍えきってゆく男の体を包み、ゆっくりと暖めながら、男を穏やかな眠りに誘った。

106―私を踏んでください―2/2:2005/10/15(土) 05:34:30
眼を覚ますと独りだった。
誰もいない。
辺りは物音ひとつ聞こえぬ静けさに包まれていた。
妙に明るい。
昨夜降り続いた雪で真っ白に覆われた町が、明け始めた朝の光を浴びて輝いていた。

「あ、あの、どうぞ踏んでください……」

ドアを開けると密やかな声が、何処からともなく響いた。

「お前か?」
尋ねると、
「ええ、私は此処です。」
「もう、姿は見せてくれないのか?」
「残念ですが…朝が…もう私にその力はありません。ですから、お別れに貴方に、一番最初に私を…踏んで頂きたいのです。」

足跡ひとつない雪原が男を誘う。踏み出すと、足首までが、ずぼっと雪に埋まった。

「何処だ?お前の一番深い処まで行こう。」
「あっ、……!」

「連れてけ。もともと昨夜はそのつもりで来たんだろう?
一緒に行こう。お前のものになるよ。」

男は雪原の一番深い処を目指して、遠くに見える森林へ向かってゆっくりと歩き出した。

107105-106:2005/10/15(土) 05:44:22
1/2と2/2の間にかなり行間空けた筈なのですが、入ってない?…orz。5〜6行間入れてください。

108カリスマの恋:2005/10/17(月) 02:55:02
どーしても語りたく。お世話になります。


カリスマは孤独だった。皆に愛され崇拝されていても、本気で恋する相手は今だかつていない。
実はその事自体は、彼にあまり意識されていないのだが、本気で恋する相手に出会った時、初めて彼は今までの孤独に気付き、耐えられない烈しい想いを抱くようになる。

それは、今まで彼の周りには居なかった、側近でも、平伏す崇拝者達でも、敵でもない相手。
その青年は、彼をカリスマとして意識せず、崇拝するのでも、敵対するのでもなく、同じ人間として自然に対峙する。
そんな青年に初めて出会った時、カリスマは、澄んだ瞳でただ自分を真っ直ぐに見返してくる相手を疑かしく不思議に思い、次には相手を振り向かせようと夢中になる。
そうして本気の恋に堕ち入っていくのだが…。


本気の恋はいけない。
カリスマとは地上の存在であり、且つ、形而上の存在でなくてはならない。
だが、本気の恋は、そんな存在であるカリスマを、形而下へと引きずり下ろす性質を持つから。

これまで、常に完璧な存在であったカリスマが、普通の人間の様に恋に因って悩み苦しむ様子をみせる始める。

想いが一方通行の内はまだ良いが、想いが通じて互いに愛し合うようになると、その異変が顕著になる。


この恋の行く末は―。

恋のために何時しかカリスマ性が失われた彼は、これまで、彼の威光によって敵わないでいた敵対勢力に追われ、愛し合う相手と二人で行く当てもなく堕ちて逝く。


あるいは―。


彼を最も愛し、誰よりも理解していた側近が、間近でその異変を素早く感じとり、これが彼のためだからと、なんとかその青年と引き離そうとするが巧くいかず、
一時は、手を回してその青年を何処かへ幽閉する。
だが、青年を心配するあまりカリスマは、更に尋常でなくなってゆく。
それを視て、側近はその青年を殺す以外に方法がないと悟り、心を痛めながらも、誰かに殺られたものと見せかけて青年を殺してしまう。

青年の死体を抱き、カリスマは、深い悲しみに沈む。


そして本当は、間近に別に愛すべき相手(側近)がいる事には、ついに気付くことなく、生涯、失われた青年への想いだけを胸に生きる。

1091/2:2005/10/19(水) 00:57:28
書こうとしたら神に投下されてたので。149 俺ダメなんだよな〜
付き合って、もう半年になる。
けれど指一本触れてくれないあの人に、僕はいつもの仏頂面で何度目か分からない質問をする。
「どうして? 僕、……そんなに魅力ないですか?」
「別に、そんなわけじゃねぇっての」
そう言って困ったように笑う咥え煙草の彼が苛立つくらいかっこよくて、僕はまた泣きそうになる。
いつもこうだ。年上だからって兄貴ぶって、僕の心をちくちくと痛ませる。
抱いてくれないのだって、どうせ僕がまだガキだからなんだろう。
「煙草」「ん?」
「一本、頂戴」
シャツの胸ポケットに入った箱を無理やり取り出そうとして、その手を押し留められる。
僕とは百八十度違う大人の力に押さえ込まれて、身動きできなくなってしまう。
「だーめ。まだ十八なんだから、身体大切にしろ」
代わりにこれ、と手渡された小袋に入ったキャンデーを、僕はつい床に投げ捨ててしまった。
かさりと乾いた音が室内に響き、振り向いたあの人が驚嘆した顔で僕を見つめる。

110萌える腐女子さん:2005/10/19(水) 00:58:11
「ねぇ、どうして? 僕……僕もうガキじゃないよ……」
ああ、駄目だ。瞳からじんわりと溢れ出る涙をとめることが出来ない。
こんな顔したら、むしろ自分から『ガキ』って看板掲げてるみたいなものなのに。
僕の涙を伸ばした指先で拭うと、あの人はまた、普段と変わらない笑顔を見せた。
「俺、ダメなんだよな〜」
おどけて冗談ぶった口ぶりでそう告げられて、僕は一瞬、何を言われているのか分からない。
「病気しちゃってさ。その……昔荒れてた頃に。お前には絶対うつせない」
「……う、嘘っ」
「お前はさ、まだ若いんだから。ちゃんと健康でいなきゃ」
僕の髪をくしゃりと撫でるその指先になんだか元気がない気がして、頭一つ分違う彼の顔を仰ぎ見る。
そこにはいつもの大人のあの人は居なくて、代わりに喉を振るわせて幼児みたいに泣く男がいた。
「ガキだなんて……思ってねぇよ。ただ、お前は俺と違って若くて……綺麗すぎるから……」
十も年上のその人を抱きしめて、僕は泣いた。
その嗚咽する声があまりに大きくて、僕はやっぱり、自分が若いんじゃなく単にガキなんだと思った。

111萌える腐女子さん:2005/10/22(土) 15:37:35
「あとちょっと、後ちょっとでキリのいいとこまで終わるから」
「ってお前1時間ぐらい言い続けてるんだけど」
「だって仕方ないじゃん、なかなかキリよく……あ!あぁ!あ―――――!話しかけるからやられちゃったじゃん!こっのボケンダラ!」

こいつはここ数日中古で買ったと言うパソゲーに夢中だ。
俺が遊びに来ようが完全無視で空気のような扱いをされている。
そりゃ俺が勝手に遊びに来てるだけなんだけど、面白くない。
人の気も知らずモニターに向かってピコピコやってる後姿を見ていると悪戯を仕掛けてやりたい衝動が襲ってきた。

あいつの家には留守のときでも平気で上がりこんでいる。あいつも俺の部屋に勝手に上がりこんでくる。
お互い様と言う奴だ。
それをいいことに、あいつが留守の間にパソコンに別のゲームを入れ、ご丁寧にショートカット先まで変えておいた。
わざわざゲームも途中まで進めてある。
どういうことになるかお楽しみだ。ゲームがゲームだから多分すげー怒るだろうけど。

「あー、なんだ来てたの?でも俺もうちょっとでゲーム終わりそうだし、やっちゃってるけど」
「いいよ、漫画でも読んでるから」

パソコンの起動音が聞こえる。ニヤニヤしながら後姿を見つめていると、思惑通りにショートカットを開いてくれた。

「うわっ?!」

画面には男女ものでない18禁ゲームのセックスシーン。
華奢な男が四つん這いで腰を高く上げ、後ろから貫かれている。

そろそろ罵声が飛んでくるだろうと覚悟して待っていたのだが、一向にその気配はない。
意外なことに食い入るようにモニタに見入っている。

『あ…あぁ……もっと……!』

画面の男が喘ぐそのシーンを頬を染めながら見つめ続けている。
悪戯心が再び芽生えた俺は後ろからあいつに抱きつき、耳元で「同じことしようか」と囁いてみた。
潤んだ目であいつが見上げて来る。

「うん……しようか」

112萌える腐女子さん:2005/10/22(土) 23:04:38
あ!今気づいた!160さんの「ゲームするのに夢中な受」です!

113189さんの刀と鞘で。:2005/10/23(日) 18:42:28
「……また、仕事か?」
 何気ないそぶりでそう尋ねる鞘に、刀は弱弱しく微笑んで掠れた声で答える。
「すぐ、戻ってきますから」
 自分の腕からいなくなっている間に刀が何をしているのか、鞘だって知らないわけではなかった。
 全身雨に降られたように血塗れで戻ってくる刀。それでも、戻るとすぐ自分ににこりと笑いかける刀。
『仕事』の後のその姿を見るたびに、鞘は己の無力さに唇を噛み締めていた。
 ――こんなことを、させたくはなかった。
 彼の滑らかな肌に似合うのは薄絹で織った着物か何かで、あんな醜いやつらの血液ではない。
 たとえどんなに非道な相手だとしても、あの細腕で誰かの命を奪うなど、してほしくはなかった。
「鞘さん、済みません」
「……何が」
 振り返りざまにそう頭を下げた刀に、鞘は不審そうに一言呟く。
 その問に心苦しそうな声で、刀は口を開いた。
「僕、今夜もまた鞘さんを汚してしまいますね」
「馬鹿野郎。んな心配すんな」
 誰かを殺した後の刀は、何時も鞘の温もりを求めてくる。
 血で濡れた身体を洗う間もなく、彼は鞘の腕の中へと飛び込むのだ。
 冷たい死体の代わりに、誰かの暖かい肌を欲するように。
「お前は、俺が受け止めてやる。だから、余計なことは考えなくていい」
「……ありがとうございます」
 扉を開けて出て行く彼の後姿を見ながら、鞘は今宵も刀を止められなかった己の不甲斐なさに嘆息した。

 いつか、彼が自分のもとへ戻れなくなる日が来るのだろう。
 その身を二つに折って、心も身体も壊してしまう日が、いつかきっと。
 ……その日が来てしまったら自分は、正気でいられるだろうか。
 彼を抱きしめているつもりで、その実、心の空白を埋めてもらっている俺に、
 正気でいられる余地など、果たしてあるのだろうか。

114刀と鞘:2005/10/23(日) 20:32:54
同じく刀と鞘です。
三番目になってしまいましたが、投下させてください。


「行くな!」
と、お前を止めたのは、あれは、何時の時代だったろうか。
「仕方ないんだ。」
お前は泣きながら出掛けて行って、その美しい刃をボロボロにして血濡れて帰って来たね。
あの時、お前は私の中で泣いたんだっけ。
若く美しい剣士だったそうだね。
知ってたよ。
あれは、お前の憧れていた相手。刃先を交し合う度に、お前はあの若い剣士にますます惚れて、煌めきー。
彼の肉を絶つのは、さぞかし辛かったろう。
そして、あれは何時の時代だったろう。
もう人間に惚れるのはよせって言ったのに、今度は、仲間の隊士だから大丈夫って。
そう思って安心してたのに…。
あの時こそは、お前も、もう立ち直れないかと思うほどだった。


こうして古美術商の奥に眠るようになってからは、
今はもう、みんな遠い時代の事だけど。


「そうですね。みんな遠い過去になってしまいました。」
刀が答えた。
「でも、私も本当は分かっていたんですよ。どんな事があっても、私の帰るところは貴方の腕の中でしかないって。今まで随分、貴方を苦しめ、心配させてしまいましたねえ。」

「ねえ、本当に。」

「本当に、今思うと、なんて長い時が必要だったんでしょうねえ。私には貴方しかいなかったんだって気付くまで。」

115萌える腐女子さん:2005/10/27(木) 22:56:18
リレースレは絶賛リレー中なのでこちらで。
チラ裏101さんに触発されましたw


部屋に一人、いや、執事と二人で取り残された青年は苛々とブランデーをあおっていた。
紳士ぶって彼らを帰したものの、中途半端なところでご馳走を取りあげられた苛立ちは収まらない。
そもそも何故彼の友人がここまでくることが出来たのだろう?深く考えるまでもなくあのホテルにいたボーイに行き着いた。
ゲルマン系の彫りの深い、美しい金髪の青年だった。
少年をかばったあの態度から若々しい正義感に溢れた清廉な人格の持ち主であろう事は容易に想像がつく。

ブランデーグラスを手の中で温めながらにや、と人の悪い笑みを浮かべた。
清廉な人格の持ち主なら自分の行いに対してきっちりと責任を持つべきだろう。
執事に命じて再びホテルへと車を走らせる。


ボーイがホテルに戻るとチーフがすごい剣幕で詰め寄ってきた。
無断でフロントを空けたのだから当然だろう。
しどろもどろになりながら説明をしていると表で車の停まる音がした。

「お客様だ。さっさと行け!」

チーフに言われて表に出ると先ほど去って行ったはずの車が停まっている。
ボーイは顔色をなくしてただそこに呆然と立っていた。
そんな彼をまったく無視して隣をすり抜け、青年が建物の中に入って行く。

青年はそこにいたチーフを捕まえ、二言三言話すとまたすぐに表に出てきた。
何がなんだかわからず突っ立ったままの青年の腕を取ると半ば引きずるように車の中に押し込んだ。

「な、何を……」
「あの少年を逃がす手配をしたのは君だろう?」
「………」
「まあ、過ぎたことを咎めても仕方がない。だから君に代わりを務めてもらおうと思ってね」

ボーイには男色の趣味はない。言葉をなくしてふるふると頭を振ったが、そんな彼を嘲るように青年はこう言った。

「フランスで二度とまともな職に就けなくなっても?」

ボーイには断る術は残されていなかった。


こんな感じでしょうか!チラ裏101姐さん!

116萌える腐女子さん:2005/10/28(金) 07:45:01
>>115 リレーのこぼれ話がこんなとこに!姐さんGJ!この続き気になる。
ボーイは黒髪だったよ。あれっと思ったから今、確認してきた。ゲルマン系で髪だけは黒ってのも捨てがたいから脳内変換して読んだよ!仏金髪青年×ゲルマン系黒髪ボーイ。萌え〜!

117萌える腐女子さん:2005/10/28(金) 09:27:25
イヤン
ドイツ語に反応=ゲルマン系=ナチス=金髪とナチュラルに変換してしまいました。
まとめに載せるときは黒髪に書き換えを!

118249の酔っ払い攻とふりまわされる受:2005/10/28(金) 18:38:51
書いてる途中で寝てしまったら、4時間も経ってたので、こちらに投下いたします。


酒好きなのに、酒癖が悪いって、最悪じゃないか。
DJイベントで、好きな曲かけまくって、踊って歌って、気持ちよかったのは分かる。
終わった後に、ファンの子やイベント主催者さんからもらったお酒を、移動中の車の中で
飲み干して、さびしい気持ちも分かる。
今日は移動日で、ほぼ一日中車の中だから、暇なのも分かる。

でも、運転手やってくれてるスタッフさんとか、他のメンバーの目もあるんだけど。

「ほら、ユウ、チューしよ、チュー。」
「やめろって、気持ち悪い」
「何言ってるんだよ、いっつも喜んでしてるじゃん。ほら、チューしよって。こっち向けって」
「やめろって! 酒臭い!」

機材車の最後部で、俺達、何やってるんだ。
他のメンバーやスタッフは、前の席に座っているから、どういう顔で、俺達の会話を聞いているかは
見えないのが、怖い。俺達の仲は、ただの「学生時代からの友人、今は同じバンドのメンバー」で、
それ以上でも以下でもないはずなのに。バレちゃうじゃないか。

俺は、腕でヤスシの攻撃をブロックしながら、小声でいさめた。
「やめろよ…。みんなが聞いたら、変な誤解されちゃうだろ」
「誤解ぃ? 誤解って何だよ! お前、俺を好きじゃないのかよー」
「声がでかいよっ! あと、いいかげんあきらめろって」
ヤスシは、ムスッとした顔で俺から離れた。
「もーいーよ。お前が告白してきた時は、死にそうな顔して、『告白したら、気持ち悪いって
 言われると思った』とか言ってたくせに! はじめてチューした時なんか、タコみたいに
 真っ赤になって、握った手が震えて、プルプルしてたくせに! いつからお前は、そんなに
 かわいくなくなったんだ!」
「だから、声がでかいって!!」
もう、前の席に座っているメンバーやスタッフに、俺は顔をあわせられないかもしれない。
「もういい。お前なんて、俺のこと嫌いになったんだろ。もうチューしなーい」
子供のようにふくれて、ヤスシは腕組みして背もたれにもたれた。
いつも、みんなが騒いでいても、一人黙って冷静に観察したりしてるくせに。今のコイツは、
まるっきり子供だ。というか、子供以下だ。
俺は、黙って、他のメンバーやスタッフの様子に聞き耳をたてた。
こちらを見ている気配はない。寝息をたてているようにも聞こえる。
「いいから、もう黙ってろよ」
俺は、運転席のミラーには写っていないのを確認して、攻にそっとキスをした。
「…ユウ…」
「チューしてもらえないのは、困るし…。もうそろそろ寝ようよ。俺も眠い」
小さな声で、そうささやくと、ヤスシはニヤけた笑顔を浮かべた。
「やっぱ俺、お前のこと好きだ! 今から、お前の名前を、窓あけて叫びたいぐらい好きだ!」
「黙れ!」
ヤスシは、よしよしと俺の頭をなでて、「家に帰ったら何しよっか」とか、「次の移動先は、
何がうまい」とか、一人で色々話してた。
俺は、ヤスシにもたれかかり、あいづちを打ちながら、いつのまにか眠っていた。

寡黙で冷静で、あんまり自分を見せないヤスシが好きだ。
でも、こう酔って壊れてるヤスシも好きなんだよな、俺。

119ななしさん:2005/10/31(月) 23:37:20
未ゲットだったSCSIとUSB、描いてみました。
*0踏んでないけどもったいなかったのでー。
解説間違っていたら突っ込んでください。

120萌える腐女子さん:2005/11/01(火) 02:45:33
289のリク、とっくに290タンが居たので。


先輩と初めて会ったのは夏祭りだった。金魚掬いが上手な奴がいるなって興味を持って、のぞき込むと、ちょっと可愛い顔立ちで、しゃがみ込んだ浴衣の裾から白くて華奢な足がのぞいてた。
なんか一目惚れって感じで、側に行って一緒にしゃがみ込んで話し掛け、すぐに親しくなって帰り道、神社の裏手の木陰の暗闇で無理矢理キスしてた。あんまり抵抗もなかったから、そのまま押し倒して、それから何度か関係を持ってから、初めて気が付いた。
相手は高校生だったって。向こうも、背の高い俺のことを同じ高校生だと思ってたみたいで、ちょっとショック受けてたみたい。押し倒された相手が中学生だったなんて。
しかも、最初に「何年?」って聞いたら、ただ「2年。」って、それ以上、学校の話しは出なかったから後輩だと思ってたぐらいで。
でも、ホント華奢で可愛くて、背も低いし、声も高い方だから中学生にしか見えなかったんだ。反対に俺は、生意気だし、背は高いし、声もバリトンで、いつも高校生に間違われてたから、相手がそう思ったのも無理はないんだけど。

最初に名前で呼び合ってたから、急に先輩って言うのもなかなか慣れない。別に名前で呼び掛けても、先輩も全然気にしない様子で、自然に応えるからついそのままになってしまっていた。

確かに物識りだし、尊敬もしてるんだけど、あんまり先輩って感じがしないのは、先輩があまりに可愛いせいなのか、年より上に扱われる事に慣れてる俺の図々しい性格のせいか分からない。

でも、大好きだし、もっとずっと一緒にいたいから、先輩と同じ高校に入学したくて俺は俄かに勉強に励んだ。成績は然程悪くはなかったから、何とかなると思っていたのが甘かった。
恋愛に現をぬかしていた俺が、急に勉強したからって受かるレベルの高校ではなかったんだ。
合格発表の掲示の前で俺は、そっと隣に寄り添った先輩にも、暫く気が着かないほどショックで呆然としていた。
「…間に合わない…。」
呟くと、
「大丈夫。6月にまた編入試験があるから。今度は僕が教えるから絶対合格する。」
先輩の指先が、軽く俺の手に触れた。
「待っててやる事は出来ないけど、ちょっと遅くなるだけだよ。」先輩が、そう言うと安堵感と共に、愛情やらさまざまな感情が一度に混み挙げてどうにも
ならなくなって、俺は初めて、小さな先輩の体にすがって泣いた。

121289のリク、120の続き:2005/11/01(火) 16:36:58
あそこで、終わるはずが、続きも書いてしまったので投下します。



あーあ、泣いちゃって。バッカだな。いつも見栄張って背伸びしてるから。もっと素直になっていいんだよ。

正直、お前が中学生だと分かった時は、なんて生意気なガキだって思ったけど、初めて会った時から感じてた、アンバランスな違和感が解消されて、それからはずっとお前が可愛いくて仕方なかったんだよ。よけいに好きになったって言うのかな。
そんな外見だから、いつも周りはお前を大人扱いして、お前もそれに応えようとどうしても無理して背伸びしなきゃならなかったんだよね。そんな危なっかしさが愛しくて。
初めての時、お前は僕に
「駄目だ。可愛い過ぎる。」
って、そう言ってキスしたね。あの時は僕もお前の持つ独特の雰囲気に呑まれてしまったけど、お前の方こそ可愛い過ぎるんだって後で気付いたよ。

ほら、もうシャンと立って。大きな男が僕みたいな小さな奴にしがみついてたらおかしいよ。ゴメン。周りからはどうしてもそう見えるんだから仕方ないのは分かってるだろ?
さあ、お前の家に帰ろう。僕も一緒に行くから。僕にだけはいくらでも甘えていいんだからね。
でも、今日だけだよ。お前の家に行くのは。あの家は、ほとんどいつも人がいないから、お前の好き放題で、二人で居たら勉強は二の次になっちゃっいそうだからね。
明日からは僕の家で、試験勉強だよ。僕の姉は大きな後輩を連れて来たって、からかうかもしれないけど、勉強には最適だよ。
もうホントに、僕も3年になるんだし、これ以上は待てないからね。ちゃんと、追い掛けて来てくれないと駄目だよ。

122本スレ299のリクで:2005/11/02(水) 00:03:46
『出張で泊まる宿は、露天風呂&浴衣をメインにすえて、料理をオプションで頼めるようにしますか?』
部下から送られてきたメールに目を通して、はぁと思わず心から深く嘆息する。
一体、何を考えてるんだあいつは。来月のアレは出張なんだよ出張。
いくら俺とお前と二人だけでどこかに泊まるのが初めてだっつっても、所詮仕事なんだっての……。
ビジネスホテルを二部屋予約しとけって指示しておいたはずなのが、何をどうすれば露天風呂付きの旅館に変わってるんだ。
眩暈と偏頭痛がするのを無理に気力で押さえ込んで、眼前のキーボードにかたかたと返信を打ち込む。
『セクハラだ』
その素っ気無いほどに短い文面を送信すれば、二分と待たず相手からのメールが返ってくる。
それを開いて確認すれば、俺は益々頭を苛む鈍痛が強くなったのを感じる。
『じゃぁ、これで決定にします。あ、夜は寿司を頼むつもりなんですが、何か食べられないものありましたっけ?』
………人の話を聞け。いつ誰がOKしたんだ。っていうか、料理のオプションすらもお前の趣味で決定なのか。
海産物が大の好物で、以前ふぐちりを食いに連れて行ってやったら飛び上がらんばかりに喜んでいたヤツの姿を思い出す。
両頬を、木の実を山ほど溜めた栗鼠みたいにして「おいひーです、課長〜」なんて騒いでいたが、そりゃ当然だ。
知ってるわけもないだろうが、お前みたいな新入社員じゃまずいけないクラスの店だぞ、あれは。
痛むこめかみをぐりぐりと人差し指で軽く揉んで長々と吐息すると、再び目の前に置かれたコンピューターに向き直る。
微塵も下を向かず数秒でキーを打ち終えて送信してから、ふと考える。
あの文章は、俺のイメージに合わないんじゃないか? ……まずかっただろうか。
とはいえ、一度送ってしまったものを止める手立てはないわけで、俺は仕方ないかと一人ごちた。

『山葵は抜いておけ。喰えん』

123309 異世界トリップ 1/2:2005/11/03(木) 02:27:02
異世界トリップです。先越されましたので、こちらにお世話になります。内容は全然違うのに、310さんと偶然に、ピンク色だけ一緒になったよ。



前場の引ける寸前だった。俺はモニター画面を信じられない思いで見つめていた。自分が仕掛けた空売り銘柄がどんどん上がってゆく。数字が止まらない。馬鹿なとっくにストップ高の筈ーーーー


気が付くと、俺は淡いピンクや水色や黄色のクレーの絵の様な色調に彩られた荒野に倒れていた。
誰もいない。

もう、どのくらい経ったろう。夜も昼も分からないこの世界で、とっくに時間の感覚もなくしていたが、幾日も過ぎた様な気がする。
俺は、世界の終わりにたった独り取り残された様な絶望感に襲われながら、何処かに居るかもしれない人影を求めて、ずっと歩き続けていた。

何処迄行っても砂丘ばかりが続く。
本当にここにはもう誰もいないのか。
幾度も頭をよぎった絶望感に何度目か座り込み、また歩き出そうとしたその時、吹きすさぶ風に砂が舞い上がり、何かが見えたような気がした。

手だ。
砂に汚れた白い手の先が砂上から少し出いて、よく見ると辺りの砂が人の形に盛り上がっている。

駆け寄って、指に触れると温かく僅かに握り返そうとする。

生きている。

俺は、嬉しさに涙を流しながら砂を払い除け、その人の体を抱き上げた。
顔を見ると20代後半のまだ若い男で、ちょっと長めの髪はこの世界に長く居すぎたせいか、淡いピンクに染まっている。
確かに呼吸はしていたが、意識を失っている様子で、頬を叩いても眼を開けない。
何処かで見た様な顔だ。後輩の岩元に僅かに面影が似ている。
何時まで経っても眼を醒まさないその人を、別人だと分かっていながら俺は何時しか、
「岩元、岩元!」
と、呼び掛けながら、顔や体を擦り続け、ポロポロと涙を流して、その頬や額や唇に幾度も口付けていた。

あいつは、岩元は、どんな瞳をしていたろうか。きっと、この人も岩元と同じ様な瞳をしているに違いないが、思い出せない。

「岩元、なあ岩元、眼を醒ませよ。何処へ行ったらいいのか教えてくれよ。」

俺は両腕に、その人の体を抱え上げて歩き出した。
とりとめもなく話し掛け、時々口付けながら、行く当てもなくただ歩いていた。

124異世界トリップ 2/2:2005/11/03(木) 02:32:27
続きです。



何時しか気を失っていたのか、最後に足下の砂が崩れ落ち、何処迄も落ちて行ったのを覚えているが、気が付くと、俺はオフィスのホールの椅子に座っていた。抱き上げていた筈のあの人は、何処にもいない。


「先輩、今日の読みは凄かったですね。空売り大正解じゃないですか。」

不意に話し掛けられた声の方へ振り向くと岩元がいた。
(そうか、こんな声だった。そして、こんな瞳だったんだ岩元は。)

俺は愛しさで胸が締め付けられる様な思いで、岩元の瞳をじっと見つめた。
岩元が、ちょっと頬を染めて照れた様にうつ向いた。
髪はやっぱり黒だよな。当たり前だが。そんな事を思いながら、髪を撫でると、岩元がますます真っ赤になった。
「今夜、ふたりで呑まないか?」
「はい。」
と、岩元が小さく答えた。

125萌える腐女子さん:2005/11/06(日) 22:11:33
1話完結ならここでもいいんじゃ?との回答いただきましたのでこちらに。
フランス青年とボーイの続きです。



ボーイが青年に脅されて関係を持たされてから2ヶ月が過ぎようとしていた。
その間週に少なくとも2回、多いときは4,5回呼び出されてこうして彼に抱かれている。

行為の間の彼は卑怯なぐらい優しい。
柔らかく髪を撫で耳元で愛していると囁きながら抱きしめる。
だがボーイにはわかっていた。これが彼の手なのだと。そんな子供だましには乗らない。乗りたくもない。
自分は決して懐柔なぞされない。脅されて仕方なく関係を続けているだけに過ぎないのだ。

「レイモン、来週は来ることが出来ません」
「何故」

いつものように行為の後までまとわりついてくるレイモンをいなしながら告げた。

「アーベルが来ないと私の楽しみが減るじゃないか」
「明日から1週間泊り込みの研修があるのです。参加しないわけには参りません」

レイモンなら手を回して彼を不参加にさせることぐらいは容易いのだろうが、流石にそれをやると良識を疑われそうだ。
疑われるほどの良識が残っているのかも怪しいものだが。
しかし高々1週間なら快く送り出してやろうと決めた。

「わかった。ただし、研修が終わったらまっすぐここに来い。寄り道するんじゃないぞ」
「わかりました」

背後から抱きついてのしかかってくるレイモンをどうにか引き剥がすと玄関に向かった。
1週間だけは晴れて自由の身だ。

126萌える腐女子さん:2005/11/06(日) 22:11:48
研修の部屋は気のいい同僚と相部屋だった。
初日から婚約者に会えないと嘆いている。会えなくて清々しているアーベルとはずいぶんな違いだ。

慌しく研修をこなし、夜には疲れ切ってベッドに倒れこむ。
2日目までは夢も見ないほど熟睡していたが身体が慣れ始めた3日目の夜、夢を見た。
レイモンに「愛している」と囁かれ、抱きしめられる。「私もですよ」とうっとりと呟く。
目覚めてから愕然とした。

長く居すぎて情が移っただけに過ぎない。必死にそうやって自分をごまかした。
レイモンの「愛している」は単なる言葉遊びに過ぎない。今だって自分の代わりに引っ張り込んだ情婦にでも囁いていることだろう。
そこまで考えて胸が痛んだ。

レイモンの浮名は界隈にいくらでも流れている。
そもそも初めて逢ったときも幼い子供を引っ張り込んで事に及ぼうとしていたのだ。
いま自分を呼びつけているのも毛色の変わった珍しいペットだと思っているからだろう。
考えているうちに涙が溢れてきた。子供だましと思っていた手にすっかり乗せられていたらしい。

自分の心に嘘がつけなくなるほど、レイモンを欲していた。


「そうか、アーベルは来れないんだったな……」

呼びつけようと取り上げた受話器を置いてしばし思案する。
アーベルと関係を持つようになってから自然と遠のいていたほかの遊び相手たちの番号をプッシュしなおす。
程なくして派手な化粧の女がやってきた。

執事が食事の指示を終えて食堂から出てくると、先ほどやってきた女が帰る所だった。
おそらく30分も経っていない。

「レイモン様、お客人はお帰りですか?」

部屋を覗くとつまらなさそうな表情でレイモンが横たわっている。

「つまらないから帰した。やっぱり今はアーベルが一番面白いな」
「それはそれは…。しかしライヒシュタイン様はもういらっしゃらないかもしれませんが」

その言葉を聞いてばね仕掛けのように跳ね起きた。

「どういうことだ?!」
「ライヒシュタイン様の研修地はドイツですよ。これを機に故郷に帰ってしまうのでは?」
「どんなこと私は聞いていないぞ!」
「レイモン様からお逃げになるおつもりでしたらライヒシュタイン様とてわざわざ研修地を告げたり致しますまい」

老執事は穏やかにほっほっと笑いながら部屋を出て行った。

アーベルが居なくなる。
確かに、脅しつけて無理矢理身体を奪い、逆らえないのをいいことに呼びつけては弄んでいる。
男色の趣味のないアーベルにとっては屈辱以外の何者でもないだろう。
出かけるときはそのつもりがなかったとしても故郷の空気に触れたら気が変わるかもしれない。
フランスに居てはレイモンから逃れられないのなら余計にだ。
不安で心臓がどくどくと脈打つ。

夕食はほとんど喉を通らなかった。
後4日間、研修が終わるまで鉛のような不安を抱えたままでいるのかと思うと気が狂いそうだ。
今まで遊び相手がいつの間にか姿を消しても何の感慨も抱かなかったというのに。

さらりとした黒髪と抜けるように白い肌、琥珀をはめ込んだような目。
目を閉じると浮かぶのはアーベルのことばかりだった。

「レイモン様、食事はきちんとお召し上がりにならないと身体に毒です」
「食べたくないんだ」
「私の申したことはほんの想像に過ぎないのですから」
「うるさい」

ふう、とため息をついて食事を乗せたワゴンをそのままに部屋を出て行く。
「お召し上がり下さい」と声だけかけて。

7日目の朝だった。
今日、アーベルはここに来るのだろうか。
まともに食事も採らず、夜も眠れずここ数日でいる影もなくやつれてしまった。
鏡を見て「酷い顔だ」と自嘲気味に笑う。
執事もほんの戯言がレイモンをここまで動揺させるとは思っても見なかっただろう。

何をする気力もなくベッドに横たわっているとインターホンが鳴った。
時計を見ると2時を少し回ったところだ。
いくらなんでもドイツからこんな時間には帰って来れないだろう。
再びベッドに倒れこむ。

こつこつとノックの音がした。
執事だろう、と返事もせず放っておいたのだが、ためらいがちにドアが開かれた瞬間、目を見開いた。

「いいご身分ですねレイモン。今何時だとお思いですか?」
「……アーベル?…何故……」
「研修が終わったら来いと言ったのはどこのどなたですか。……レイモン?」
「帰ってこなかったらどうしようかと思った…」
「どうしたんです?どこか具合でも?」

青ざめた頬に手を添えて顔を覗き込む。
その手を掴むと思い切り引き寄せ、抱きしめた。

「Ich liebe dich」

127唐突に聖職者萌え:2005/11/07(月) 22:35:07
息を吸うのも吐くのも苦しい、死にかけの獣のような、あわれにあさましい声にもならない声が聞こえる。なんだ?これはなんだ?
「……」
遠くの方から、私の名前を呼ぶ声がした。ああ、その名前を呼ばれるのは久しぶりだ。ずいぶん昔、父が生きていた頃…。
水に浮いているような沈んでいるような感覚の中で私の意識は飛びそうになる。
あさましい吐く息のような音は先ほどから続いている。
「、なあ?」
「…んぁっ!」
ぱち、とランプのスイッチが切り替わったように、世界がかわった。
目に入ったのは私の執務机である。磨いた机の上に黒い表紙のあの本がある。縋りきることは愚かしいと思っていても縋ってしまうあの本が、見える。
「なあ?……。ああ、どこ見てんだ?」
「や、あ、あっ」
あさましい息、甲高い震える声、ああ、私の声だ。耳の裏に、私をファーストネームで呼ぶ男の、恥も知らない熱い息が吹きかかる。
私は執務室の壁に手をついて、どうにか立っている。黒い衣の中で、この恥知らずな男の手が動く。
「なあ、……(私の名前だ、聞き取れない)
おまえの神さまはひどいお方だな
おまえにこんな恥辱を与える私を許している」
違う。
涙で執務机の輪郭がおぼろげになる。
「認めろよ、神などない。神などないって」
すばらしく品のよい、教養あるもの特有の発音で彼が言う。
違う、違う。
違う、神はいらっしゃる。神はいらっしゃる。
お前が今日通ってきたあの大通り、この教会までの道、その沿いにあったあたたかなひかりの灯った家々、そこに住む人々を、神は見守り、許し、愛して下さっている。
「…はぁっ…!」
信じがたく女性じみた声がのどから出て、同時に私は壁にしがみついた。
そうせねば立っても居られない。彼が嘲るように、いやはっきりと嘲りを込めて笑った。
「なあ、神さまはいまどうしてるんだ?」
違う、お前の考えは違う。
神は今皆を見守り、柔らかくその愛で包んでいる。
神は今、皆を、幸せな夜の眠りについている町の人々を祝福している。
「お前の神さまは冷たいな?」
違う。
違う、神は遠くから私たちを見守って下さっている。
全身から力が抜け、私は床に座り込んだ。壁にもたれる私を、彼が蹴った。
痛みは感じなかった。

128萌える腐女子さん:2005/11/09(水) 21:10:34
本スレ380です。
今ごろになって間違えが、最後の数行すっかり落としてましたorz
まとめに載せる時には付け加えて下さい。お手数かけてすみません。


天然なのか計算なのかだんだん分からなくなってくる。
なんだか、すっかり芳川のペースにはめられてしまった感じだが、それでも、このまま引きづられてゆくのも悪くはないかと思い始めた。
とりあえず、スヤスヤと眠る芳川の頬でもつついてみた。

129本スレ389 兄弟子×弟弟子:2005/11/11(金) 04:49:00
番人さん、せっかくまとめた後からすみません。兄弟子×弟弟子です。



(守備良くいったろうか。)
師匠の頼みとはいえ、己れで、弟弟子を連れ回して女郎宿に預けてきた。なんだかやるせない気持ちで、月明かりに照らされた河面をぼんやり眺めていると、後ろから駆けてくる足音がした。
まだいくらも経ってはいないのに。
半ば予期していた事とはいえ、嬉しさが込み上げる反面、困ったものだとも思う。
振り返ると、案の定、僅かに幼さを残した顔を紅潮させた一乃真が、此方を睨んでいた。
「どういうおつもりですか!あのような場所に私を置き去りにして!」
よく見ると、一乃真の着物の襟元は少し乱れていて、慌てて整えてきたのがうかがえる。
くすりと笑みをもらしながら、
「一乃、少しは大人になれたかい?」
と、聞いてみた。
「なっ!あんなっ、汚らわしい!」
プイと横を向いた。
「ねえ、一乃、師匠が…」
「父上が、何を言ったか知りませんが、私はもう充分大人です。」
「なら、好きな娘でもいるのかい?」
「……!」
瞬時、口をパクパクさせていたが、すぐに切り返して聞いてきた。
「な、ならば、新蔵さんはどうなんですか?」

女がいると嘘を言ってみたところで始まらない。余計に食い下がられるだけだ。
「私はそういう事には向かない質だから。」
そう、答えた。
「ならば、私も……私は、私は新蔵さんが…」
(言うな、言うな、それ以上は言うな。)
不意に、顔を間近に近付け、襟元をあわせてやりながら、
「移り香だね。一乃、桃かなんぞのように香ってる。」
と、一乃真の言葉の先を遮った。
一乃真は朱の様に真っ赤になって、うつ向いた。
「ねえ、一乃、いつまでも変わらないままじゃいかないんだよ。」抱き締めるのではなく、軽く背中に手を回して言い聞かせると、
一乃真は肩を震わせ、片手で眼の辺りを拭った。

「一乃、夜風が冷たい。帰って酒でも呑もう。」
肩を叩いて、歩き出す。

無理だ。一乃真に手を出したら、恩人でもある師匠が何れ程困惑し、悲しむことか。

このままでは、いづれ一乃真には黙って、京にでも発つ他ないかもしれないな。

見上げると、やけに冴えた光の月が見えた。


ほんっと、今宵はやけに冷える。

130萌える腐女子さん:2005/11/13(日) 16:24:23
>>115の続きです。
部屋が片付かないので現実逃避に来ました。


噂には聞いていたが、個人宅と呼ぶには仰々しすぎる屋敷。
車から降ろされたアーベルは驚き呆れながらその屋敷を見上げた。

「何を突っ立ってるんだ。早く来ないか」

彼を車に押し込めたときとは打って変わった優しげな手つきで肩を抱かれた。
そのまま有無を言わさず室内に連れ込まれる。
待ちかねたようにベッドに押し倒され、制服に手をかけたところで思わずレイモンの身体を押し返した。

「自分で脱ぎます」

嫌なことはさっさと済ませたい。そう思ってのことだったが、意に反してレイモンのお気に召したらしく、
服を脱ぎ捨てる様子を薄笑みを浮かべて見つめている。
嫌な男だ。

服を脱ぐと抱き寄せられて唇を塞がれた。
息も継げないほどの濃厚な口付け。角度を変えて何度でも口付けてくる。

「君の色素は全て髪の毛に集まっているようだな。髪はこんなに黒々としているのに肌は抜けるように白い」

耳を舐めながら更に続ける。

「顔立ちもとても綺麗だ。さっきの子は残念だったけど却って良かったかもしれないな」

何を言われても言葉を返さない。
こんな男の言葉を本気にして喜ぶほど馬鹿じゃない。
身体を這い回る手の動きを意識しないように、頭の中でまったく関係のないことを考え続ける。
何も見ないように目をきつく閉じた。

のしかかっていたレイモンの体重が不意に消えるといきなり足を広げられた。
間髪入れずペニスに生暖かい感触が走る。

「な……!」
「そんなに冷静だと自信をなくすな。もう少し乱れるところが見たいんだが」

勝手なことを言いながら徐々に追い上げる舌の動きに声が漏れそうになる。
唇を噛んで声を堪える。
必死な様子をあざ笑うようにその奥へと舌を伸びた。
流されそうになる快感と羞恥に跳ね上がりそうな身体を押さえつける。

「我慢しなくていいのに」

指を差し入れ、中を掻き混ぜながら顔を覗き込む。
くすくすと耳につく笑い声を漏らしながら更にアーベルを追い上げる。
不意に指が引き抜かれた。

「そろそろ私も愉しませてもらおうかな。もう少し可愛い顔を見ていたかったけど」

熱い塊が押し付けられ、容赦なく捻じ込まれる。
身体が裂けるような痛みに目を見開いた。

「……ぃ……ッ……」

浅い呼吸を繰り返して痛みを逃がそうとするものの、根元まで収められた異物感は消えない。
幸い、入ってしまえばそれ以上の痛みは襲っては来なかったが内臓がせりあがってくるようで酷く気分が悪い。

「無茶をさせたね。大丈夫か……?」

心配そうにレイモンが覗き込む。
宥めるように頬に幾度もキスを落とし、髪を撫でる。

「動いても大丈夫か?」
「どうぞお好きに」

精一杯の虚勢を張って、無感情な声で答える。
ゆっくりと労わるような動きが癇に障る。労わるぐらいなら最初からしなければいいのだ、こんなことを。
徐々に激しく揺さぶられ、早く終われと念じていると身体の奥に熱が広がった。
次いで、ずるりと引き抜かれる。

「……終わったのなら離して頂けませんか」
「だって君はまだだろう?」
「私は結構ですので」

明らかに不服げな顔をするレイモンを無視して床に落とした服を拾い上げる。
べたべたと纏わりつかれて思うように服が着れない。

「大事なことを聞くのを忘れていた。君の名前は?」
「……アーデルベルト・ライヒシュタインです」
「アーベルと呼んでもいいだろう?私の名は……」
「よく存じ上げておりますよ。レイモン・エリュアール様」

これから先、この男に名を呼ばれる機会がまた訪れるとでも言うのだろうか。
怪訝な顔をしたアーベルに微笑みかけるととんでもないことを言い出した。

「来週の今日あたり迎えに行くよ、アーベル。その時はもっといい声で鳴いて欲しいな」

131萌える腐女子さん:2005/11/13(日) 19:57:19
晩ご飯が終わったので投下に来ました。
部屋片付いてません。



「アーベルは私のことが嫌いなのかな」

アーベルと関係を持ち始めてから3週間目の夜のこと。
執事を相手に黙々と夕食を摂っていたレイモンが不意に口を開いた。

「は?」
「夕食に誘っても泊まって行けと言っても帰ってしまうんだ。しかもセックスのときにも声ひとつあげない」

美貌と地位と財産を生まれながらにして持っていたレイモンは今まで愛されて当たり前だと思って生きてきた。
初めは拒んでいた相手も2,3度身体を重ねてしまえばすぐにレイモンの虜になってしまうのだ。
もっとも中には下心があって媚を売るものも混じってはいるのだが。
だからこの期に及んで「嫌われている」とはっきり自覚できなくてもそれは当然なのかもしれない。

「嫌われていないという可能性をわずかでも残しておけるレイモン様は実にお幸せな頭をしておいでですな」
「それが主人に対する言葉か?ベンヤメンタ学院にでも入学して服従という言葉を覚えたらいい」
「私がいない間この屋敷を取り仕切る人間がいるのなら喜んで入学いたしましょう」

レイモンが唯一敵わないのがこの執事だ。
幼い頃から家の中を取り仕切り、レイモンが独立したときにもご丁寧についてきた。
厄介な人物でもあるがいなくなると家の中が機能しない、なくてはならない人物でもある。


翌日、性懲りもなくホテルへ電話をかけ、仕事の終わったアーベルを呼び出した。
指定のカフェへやってきたアーベルは露骨に嫌な顔をしている。

「こう連日呼び出されては身体が持たないんですが」
「そんなに無茶をさせているつもりはないんだがな」
「身体が資本ですから。私の仕事は」
「他の奴ともこんなことを?!」

思わず身を乗り出したレイモンを冷たい目で一瞥する。
ウェイターにコーヒーを注文すると「で?」と話を切り出した。

「何故こんなところに呼び出したんです?これからあなたの家まで行かなければならないのなら余計な手間が増えるだけでしょう」
「たまには外で会いたいと思っただけだ。……アーベルは本当に私が嫌いなんだな」
「大嫌いです」

茶化すつもりで言ったのだが切って捨てるようにあっさりと言われてちくりと胸が痛んだ。
もやもやとした不快な想いが胸に広がる。

この日を境にアーベルを呼び出す回数が増えていった。



そして>>125に続きます。

132萌える腐女子さん:2005/11/14(月) 02:00:32
更新しおわったとこにすみません。そしていまさらですみません。
本スレ409の【もう着ない制服】萌えたんで投下します。
そして長くてすみません。

133>>132:2005/11/14(月) 02:02:58
ハンガーにかけられて白い壁に下がっている、黒いブレザー。
あちこちほつれて、黒ずんだしみまであるのは、3年間のやんちゃの賜物だ。今更だけど……反省はしてる。うん。
3年なんて、正確には2年と7ヵ月。卒業まではあと5ヵ月もあるんだけどね。
「ホントにもう学校に来ないつもりなの、先輩」
傍らで1つ年下の男がすねた顔をする。
んなでかい図体でやっても可愛くねぇ、と言えないのは惚気だ。
「行っても意味ねーしな」
「でも、さみしいよ」
「別に学校いたっていっつも会ってるわけじゃねぇじゃん。学年違うし」
「うんでも」
寂しいんだよ。
吐息だけのような囁きが、耳をくすぐった。
保健委員のこの後輩と、いろんなしがらみをぶっ壊して一緒にいると決めたとき、
もうこんなラストは予測できてたんだけど。
「ほんとうに、やめちゃうの」
あ、こら。泣くなって。
おれのとはタイの色が違うだけの、ブレザーを着た肩を抱き寄せる。
「……どうせ卒業までもたねーしな」
1年と7ヵ月ぶんの年華を経てよれた制服ごしに見た、おれのブレザー。
着たのは結局365日にも満たなかった。
なのに、頻繁にぶっ倒れてひっかけたり、喀血したりで大分汚れた。
それでも、おれの匂いと、……この男の匂いがするもう着れないブレザーを、手放さずにここへ持ってきたのは。
「学校、終わったら、オレ、毎日来るから」
うん。
泣いてるみたいなかすれた声に、おれの返事は息だけだ。
「朝も、会いにくる」
お前が来るまで、おれはあのブレザー抱えて、お前の匂いを抱いて眠るんだ。
もしお前がいないときに、意識が途切れてしまっても、寂しくないように。



.

134本スレ480 刑事:2005/11/15(火) 22:00:29
刑事と聞いては萌えずにおれない私が、
遅ればせながら本スレ480の刑事ネタ投下していきます。


ここ二ヶ月、寝ても覚めても頭の中は奴のことばかりだ。
今や国中を震撼させてる、凶悪連続殺人犯。似たタイプの若い女ばかり七人殺ってる。
今週に入ってからまた一人。どれも美人だったなぁ。
…畜生、イイ女ってのは人類の貴重な財産なんだぞ。そう無闇に殺されてたまるか。
夢見は最悪だし、止めたはずの煙草にもつい手が出る。本数も順調に増量中だ。

明け方、仮眠室から這いずるようにして職場に戻る。
ブラインドから差し込む朝の光を受けて、銅貨のように輝く短い赤毛が目をふと惹いた。
山積みにされたファイルの谷間からちらりと覗くツンツン頭。
新米警部補殿は小難しい顔をして、パソコンの前でブツブツと独り言。ハッキリ言って薄気味悪い。
「オイ、朝っぱらから辛気臭い顔すんな。すこし力抜け。」
ガタガタと椅子の背を揺さぶると、驚いたように肩が大きく跳ねた。
「ああ…警部。ずいぶんな挨拶ですね。」
ノヴァリス警部補は顔だけこちらに傾けて、おざなりにそう答えた。


二人分コーヒーを淹れて、食の細い部下にせっせと飯を食わせる。
一回りちょい歳の離れた相棒は、
女房のように口うるさいくせに、ベイビーみたいに手が掛かる。まあ、優秀には違いないんだが。
「ねえ、警部。」
物を口に入れたまま喋るのは奴の悪い癖だ。ハムサンドをもそもそと頬張っているので聞き取り難い。
「…世界中を敵に回すのっていうのは、どんな気分でしょうね。」
「さあな。俺には想像も付かねえよ。」
俺は素直にそう述べたが、奴は完全に上の空だった。
焦点の合わない眼は、ここではない何処か遠くを見詰めている。俺は少々不安になってきた。
憎たらしいほど頭は切れるこの男は、その分繊細に出来てるらしい。
犯人の心理を追っかけて、そのドロドロした部分に危ういほど近付き過ぎることがある。
何か言わなくてはと思った。しかし、一体何を…?
「囮捜査でもしましょうか。警部、女装してくださいよ。」
不意打ちで奴は言った。あまりの突飛さに、咽へ入りかけてたコーヒーが逆流を起こした。
「馬鹿言え!185cmの女なんかそうそう居てたまるか。お前がやりゃいいだろ。ガイシャは赤毛、お前赤毛。ぴったりじゃねぇか。」
奴はニコリともせずに冗談ですよと言い、ぬるくなったコーヒーの表面を舐める。
「それよりあなた、煙草臭いですよ。今度こそニコチンとは手を切るんじゃなかったんですか。」
「俺はそのつもりなんだが、向こうがなかなかしつこくてなぁ。ズルズルと関係が続いてるわけだ。」
「だらしのない人だなぁ。そんなだから奥さんに逃げられるんですよ。」
減らず口を叩きながら、呆れたように肩をすくめた。まったく大きなお世話だ。

こいつはまだ大丈夫だ。なら、俺は尚更大丈夫だ。
奴の前では、いつものクールでタフで男前な俺でいなくちゃな。
内心どんなに参ってても、そう思えば少し、腹に力が入る。
このヤマを解決して一ヶ月のバカンスに出掛ける事を心に誓いながら、今日も単調な一日が始まる。

135萌える腐女子さん:2005/11/16(水) 23:40:56
本スレ499のお題、「抱擁売ります」
出遅れたのでこちらのスレに投下します。
ページの内容と一切関係なくてすまそ。

136本スレ499 「抱擁売ります」 1/2:2005/11/16(水) 23:41:42
マンションのエントランスに足を踏み入れてゾッとした。
下品な安物の香水の匂いを忘れきれていなかった愚かな自分にだ。
畜生。忌々しくてしょうがない。
「おつかれ」
忌々しいといえばこの男じゃないか。よくもこうノコノコと顔を出せたもんだ。
別れ際家にある包丁全部持ち出して散々脅してやったの忘れたのか。
果物ナイフやチーズナイフまで振り回していた自分が、今考えると滑稽でならない。
「おい、だいじょうぶか。自慢のスーツがヨレヨレじゃないか」
そんな顔してそんな声音で、絡めとろうたって無駄なんだよ。僕だって成長したんだ。
しかしいつもながらお前のタイミングの良さは本当に素晴らしいな。弱りきった最高潮の晩に現れやがって。
お前はタイミングの良さと運の良さと顔の良さだけで生きてるようなもんだもんな。僕の持ってないものばかりだ。
だから僕は馬車馬のように働くしかないんだよ。忍耐と努力と継続だ。お前に真似できるか。出来ないだろ。
「おい、さっきから何ブツブツ言ってんだ。気味悪ぃな」
「…気味悪いのはお前だよ。いったいここに何しにきた」
「ちょっと話があってさ」
「金か」
そう訊ねると目の前の男は口角を吊り上げてにやりと笑った。ああなんて下品な笑みだろう。吐き気がする。
胸が痛い。気分が悪い。身体が重い。耳鳴りだ。目が霞む。ベッドに沈むまではと堪えていた糸がぷつりと切れてしまったのか。
「またバイト首になったのか」
僕の声はあからさまに震えていたがもうどうでもよかった。取り繕うのも面倒だ。こんな男にも。自分にも。
「よくわかったな」
得意げに言うことではないことを得意げに答えて、男はそのまま演説でもするかのように腕を大きく横に広げた。
本格的におかしくなったのだろうかと、流石に僕は心配になる。
「何してるんだ、とうとう狂ったのか」
「ここでひとつの提案なんだが」
「なんだよ。金はやるからさっさと帰ってくれないか。自慢じゃないが僕は昨日だってろくに寝てやしないんだ」
「それは大変だな。何より肌の手入れに命をかけているお前が。まるで拷問じゃないか」
「そうだよ。だからあまり近寄らないでくれ」
「それは無理な相談だ」
「なんで」
「俺から買ってほしいもんがあるんだ」

137本スレ499 「抱擁売ります」 2/2:2005/11/16(水) 23:43:05
そうきたか。僕は心の中で舌打ちした。実際に行動に移さなかったのは、そんな余力残っていなかったからだ。
「壺か、札か、印鑑か……」
「そんなものよりずっとお前を癒してくれるさ」
「ばかばかしい。お前どこまで僕をコケにしたら」
「おいおい泣くなよ」
「泣きたくもなるだろ!ボロボロになって稼いだ金をたった今搾り上げられようとしてるんだぞ!」
「そんな考え方はよくないな」
大袈裟に眉を下げて嘆きながら、男が近づいてきた。僕はそれを滲む視界でぼうっと見上げる。抵抗する気力もない。
「お前は昔から肝心なとこが固くていけねぇよ。もっと柔らかくなんなきゃな」
知るかよ。でかい手のひらに頭を撫でながら思った。こういう性分なんだよ。仕方ないだろ。
どうやったらお前が戻ってくるかだって、いくら考えてみても上手く思いつけなかった。だから毎日毎日仕事に逃避して。
気が付いたら正面から抱きすくめられていた。
場所を考えてくれよと思うのだが、僕にはやはり、押し返すほどの力が残っていないのだ。
疲れきった全身を強い力で締め付けられて、心地良さに眩暈がする。身体の力が、呆気ないほど自然に抜けるのがわかった。
目の前に迫る首筋から安っぽい香水がかおって、その匂いが大好きだったことを、僕はぼんやりと思い出していた。

「よく考えろよ。お前には必死で働いた金があるんだからさ、欲しいもんはそれで取り返せばいいんだよ。犠牲にしたもんはそれで補えばいいんだ」

よくよく考えたらなんて言い草だろう。結局、金のせびり方をていよく変えただけじゃないのか。
僕は成長していたので、そんなものはあいつのただの言いがかりだってことを、じゅうぶん理解していた。
だが、あの日は本当に疲れきっていたのだ。
我慢の糸はとっくに切れていたし、目の前にはあいつがいたし。しかもこの身を抱えられていた。
それに、その言葉は、僕にはあながち間違いではないような気がしていた。
悔しいかなあいつは、僕が逆立ちしても考え付かないようなことを軽やかに言ってのけ、行き詰った僕に希望を見せることがある。
そこに乗せられるというのも、まぁ、成長した僕としては、許容する余地はあるんじゃないかと、思ったりなんかしたのだった。

「なるほど。なら上乗せするから、このまま僕の部屋のベッドまで運んでいってくれないか。いい加減クタクタだ」

僕が首に手を回したままそうこたえると、男は、「お安い御用さ。サービスで特別奉仕もつけてやる」と、したり顔で囁いた。
僕は困ってしまうのだった。
拒否したいのはやまやまだが、こいつを言い負かす気力なんてこれっぽっちも残っちゃいない。
しかし拒否しなかったところで、それに付き合ってやる体力も、僕には残っちゃいないのだ。

138449:2005/11/17(木) 03:02:21
同じく、本スレ449です。


「笑うよね。このニュース。抱擁を競売?そんな、たった一度で癒されるんだったら、僕は義兄さんとこんなになってないのに。」

義弟と初めて会った時、俺は17で義弟はまだ15だった。週に一度、訪ねて来てた父親が、お前の義弟だと言って公園で会わせてくれた。
忙しい父親と奔放な義弟の母親のために、幼いころから、孤独に慣らされていた義弟。
「乳母を母親だと勘違いしてたんだ。」
義弟が、ぽつりと話す思い出は、いつも痛い。
義弟が、家政婦とふたりだけで取り残されてた誰も居ない広い家には、無機質で不毛な時間が流れていた。

俺と半分だけ血の繋がった愛情に飢えてた少年。学校の事、友達の事、その日あった些細な話を、聞いてくれる肉親は俺が初めてだったらしい。
本当はただ抱き締めてあげるだけで良かったのかもしれない。
でも、肉親としての愛情を育むには、俺たちの出会いは遅すぎ、抱擁を性と区別するには、俺たちは幼な過ぎ、体も激しい変化の過程にあった。

「今のは、後悔してるって意味なのかな?」
「ううん。あんな偽善家の自己宣にありがたがって乗る、馬鹿な世間がおかしいだけ。」
義弟は笑って、首を振った。

139萌える腐女子さん:2005/11/17(木) 16:52:45
509「そろそろコタツ出さない?」
昨夜乗り遅れた上に無茶苦茶長くなったのでこちらにコソーリ投下。
ちなみにあるお話の続きになってますので、
続編ウザス!と思う方はすごい勢いでスルーすることをお薦めします。

140509(1/5):2005/11/17(木) 16:53:45

ずっと捜し求めていたぬくもりを手に入れた日。それはもうふたつきも前のことだ。
大切な人と、同じ町で同じように暮らしていること。一番会いたい人に、会いたい
ときに、いつでも会えること。
それがこの上もなく幸せなことを、僕は知っている。

夕方を過ぎる頃、芹沢は僕のアパートを訪れる。
手に缶ビールとカップ酒の袋を下げて、くたびれた上着を羽織った彼を僕が迎える。
二ヶ月の間に、季節は夏の終わりから冬の始まりに変わっていった。芹沢はほとん
ど毎日、僕の部屋にやってきた。
夜遅くまでふたりで酒を飲み交わしながら、じゃれあったり、世間話をしたり、テ
レビ番組にけちをつけたりしながら過ごす。
それが今の僕たちの当たり前になりつつあった。

141509(2/5):2005/11/17(木) 16:54:34

初めて木枯らしが吹いた日曜日だった。
その日彼は珍しく昼間から入り浸っていて、昼食を待ちながら黄ばんだ畳に寝転が
っていいともの増刊号を見ていた。
そんな姿を振り返り振り返り、僕はチャーハンを炒める。盛り付けを待つ皿は二つ
で、それがとても嬉しい。
「出来たよー。ほら座れー」
寝そべるジーンズのけつを軽く蹴飛ばして、僕は座卓に二人分の食事と温めた麦茶
を置いた。
それから、二人揃ってテレビを見ながらもくもくと少し早い昼飯を口に運ぶ。沈黙
がいよいよもって苦しくなってきたら、
芹沢がテレビに合わせてぼそりと「いいとも」と呟いた。それはとても彼らしくな
くて、僕は笑った。こんな風に彼と過ごせる日が来るなんて、思ってもみなかった。
食器を片付けて芹沢の横に座ると、本格的にすることが無くなった。ふたりでぼー
っとテレビを見ていた。
どんよりと曇った日で、外は薄暗い。明かりをつけた部屋の中ばかりが明るかった。
「……外、寒そうだな」
再放送のサスペンスドラマが佳境に入る頃、彼はふと顔を上げて言った。外では風
が音を立てて駆けずり回っている。
部屋の中にいても寒かった。外はもっと寒いだろう。そして夜は、今よりもずっと
冷えるだろう。
「今夜泊まってったら? 明日休みとってるんでしょ?」
ちなみに、芹沢は町外れの工場で働いている。僕はといえば今のところフリーターだ。
「ん? うん。でも、悪いからいいよ」
「悪くないって」
「そう?」
「そう」
「……分かったよ。泊まってくよ」
むかしから、芹沢は僕の心を見透かすのが誰よりも上手だ。帰ってほしくなかった。
一緒にいて欲しかった。
「飯は」「ちゃんと作るよ」
「布団は」「半分こすればいいじゃん」
「着替えは」「おれの着て」
彼ははにかみながら「しょうがねぇなあ」と言った。僕はそれを見て、子どもみた
いに笑う。

142509(3/5):2005/11/17(木) 16:55:06

散歩でも行こうか、と僕たちはふたりして町に繰り出した。
電信柱にへばりついたピンクチラシの切れ端が、木枯らしに煽られてばたばた暴れ
ている。外はやっぱり寒い。
とりあえず歯ブラシと下着だけコンビニで買って、ついでに晩酌用の缶ビールと焼
酎とおつまみを買って、僕たちは引き返した。
町外れの国道にかかる古い歩道橋を渡って、裏路地を少し行けば、そこが僕の住む
アパートだ。
何も無い小さな町だから、歩道橋を渡る人はほとんどない。その下を走る車もまば
らで、僕たちは思う存分ゆっくりと歩くことが出来た。
あの日ぼんやりと虹がかかっていた空は、冬の色をした雲で覆われている。僕たち
はどちらからともなく立ち止まった。

芹沢は何も言わない。僕も何も言わない。
こういうときは「愛してる」だの「好き」だの言えばきっといいのだろうけれど、
僕はそういうことを言うのにとても臆病な性質の人間だった。芹沢はといえば、僕
以上に言葉足らずだ。
僕は欄干に肘を乗せて、ちらっとだけ隣の男を見た。ずっと探していた人だった。
僕たちは長い間はなればなれに生きてきて、そしてその間に大人になった。諦める
ことや妥協することを覚えた。
それは少し悲しいことで、けれどとても自然なことだ。
けれど僕は諦められなかった。諦められずに、全てを捨てて彼を選んだ。つまり僕
たちがここにこうしていられることは、とても不自然で子どもじみていて、おかし
なことに違いなかった。
だから、何となく、ではなく、はっきりと、今なら分かる。数年前に思い描いてい
た幸せだけに満ちた未来が、決して訪れないことが。
それでもいいと折り合いをつけたのは僕と、そして彼もだから、そのことを後悔し
たりは決してしたりしない。
――けれど、ときどき無性に寂しさに駆られるのは、どうしてだろうか。

143509(4/5):2005/11/17(木) 16:55:38

「やっぱり、寒いな。三波、早く帰ろう」
芹沢の声で、僕はふと我に返った。顔を上げると、彼はもう歩き出すところだった。
その背中を見て、そういえばこの町で最初に見たときも後姿だったな、と何となく
思った。
「……あのさ。あのさ、芹沢」
呼び止めた。あの日のように、彼は振り返る。
「なに?」
「明日も、明後日も、……ずっとうちに泊まってきなよ。うちに帰ってきなよ」
僕は言った。本気だった。
二ヶ月間をふたりで過ごしてきて、その間漠然と考えてきたことだ。
ずっと前から言いたかったもっと格好いい台詞は、ついに出てこずじまいだった。
みっともなくどもりながら、僕はもう一度言う。
「一緒に。一緒に暮らそうよ」
そして芹沢は、何も言わなかった。
「だって、もうすぐ冬だから、だからひとりは寒いから。きっと辛いよ」
「……それはふたりでも同じだよ」
ぼそぼそした彼の言葉は、本当のことだ。ふたりでいれば暖かいわけでもないし、
ふたりでいれば幸せになれるわけでもない。それでも、
「それでもいいからさ。……駄目?」
芹沢はしばらく黙りこんだあと、伏せていた顔を少しだけ上げた。
少し照れた笑顔だった。

144509(5/5):2005/11/17(木) 16:56:10

「でもさ、そういえば三波の部屋、こたつまだ出してないよな。帰ったら出さなく
ちゃな」
芹沢は下を向いて早口で言った。彼は照れると少し饒舌になる。そして彼の言葉に、
僕は思わず「あ」と声を上げた。
「……実はこたつないんだ、うち」
「まじ?」「まじ」
まじだ。
「寒いじゃん。去年どうしてたの」
「石油ストーブ一個。あんまし家にいなかったし」
「うわ、悲惨。もうそろそろこたつの季節なのに」
そしてかわいそうなものを見る目で僕を見た後、彼は「うちの持ってこうか?」と
提案した。
「けどお前んちのって一人用のちんまいやつでしょ? あれじゃ駄目だよ」
「……あ、そうか」
「明日買いに行こう。ふたりで入れるくらい、でっかいやつ」
芹沢はこくんと頷いて、僕は嬉しくて同じように頷いた。
「じゃあ、帰ろう。うちに帰ろう」
「うん」
僕は笑って手を差し出した。彼は俯いてはにかんだままそれを握り返して、僕たち
は手を繋いで歩き出す。
「当然三波のおごりだからなー」
「共同出費じゃないの普通」
「安心しなよ、おれが選んでやるから」
「何それ」

――幸せになれなくてもいい。とりあえず、明日はふたりでこたつを買いに行こう。

145509・注:2005/11/17(木) 17:10:12
>>139見エナクナッテター!
続編とか嫌な人はぬるっとスルーしてください。

146510リク:2005/11/18(金) 01:13:46
 柳田俊彦は”可愛い”と評されるのを何よりも嫌う。
 上背のがっしりとした身体に岩を彷彿とさせる顔のせいか、人から避けられやすい。
 ただ、そんな彼は甘い物、例えばデパートの地下で扱っているケーキの類を何よりも好む。
いつものように有名所である店舗の前で並んでいた所、どうやら会社の者に目撃されていたようだ。
「柳田係長、この前東武デパートの地下にいませんでした?」
 翌日、席に座るなり部下たちが詰め寄ってくる。もし肯定すれば何を言われるかたまったものではない。
特に、可愛いだなんて言われたくも無い。
「ああ、ちょっと客人が来るものだからお茶請けにでもな」
 何だ、つまらんという反応が返ってくる。ほっとした瞬間、
「そうなんですよ。僕がいつもみたいに遊びに行ったら係長ったら先に食べてるもんだから。
この人ったらシュークリームが何よりも好きで……」
 最悪のタイミングで恋人である新入社員の三谷哲生が口を滑らせた。
 おそらくフォローするつもりだったのだろう。しかし、失敗どころか火に油をそそぐ結果となった。
この馬鹿とへらへらと笑う彼を睨みつけるがもう遅い。ああやっぱりという顔を浮かべ、いつも?と
疑問を浮かべる者もいる始末。
 柳田は一斉に向けられた視線に耐え切れずにその場から逃げ出した。
「待ってくださいよー」
 三谷は給湯室まで追いかけてきた。
「いいじゃないですか、別にばれたって。せいぜい”係長って可愛い!”って言われるだけなんですし」
 未だに心情を察しない三谷の頭に拳を振り下ろした。

147146:2005/11/18(金) 01:22:27
510リク→530リクorz

148本スレ530です。1/2:2005/11/18(金) 03:14:24
遅くなりましたが、やっと投下します。
ラーメン屋の店長×見習い


店長は無口だ。
仕事は天下一品で、俺は店長のラーメンに一目じゃない一口惚れした。
弟子はいらないと、嫌がる店長に頭下げてなんとか見習いにしてもらって、そろそろ一年になる。
無口な店長の代わりに客に愛想振り撒きながら、なんとか店長の味に近付きたくて、ずっと店長を見てる。
店長は俺の作ったラーメンをいつも一口すすり、麺を食べ、うん、とか、うーん、とか唸るだけ。やっぱり、何にも言わない。
一体どうなんだろう。俺の仕事。
今日はいつもより食べてくれるかな。
うーんじゃなくて、せめてうんうん、とか言ってくれないかな。あの表情は○なのか×なのか、ちょっとは口元緩めてくれないかな。
店長の顔ばかり見てる。
この不安な気持ち、どうしようもないよ。
俺、夢にまで見るんだよ。店長の顔。
無口だけど静かで穏やかな感じの店長の顔。ああ、横向かないで。
今日は店長どんな顔見せてくれるかなって、毎日店長のことばかり考えて、ドキドキしながら店に来る。
なんだろう。なんか、ラーメンに惚れたのか店長に惚れたのか分かんなくなってきた。
熱出そうな感じ。
頭ぐるぐるしながら、ラーメンを店長の前に置いた。どんな顔するかな?
にっこり笑ってくれれば、それだけで俺、泣くかも。

149本スレ530 2/2:2005/11/18(金) 03:18:17

「店長、笑ってくださいよ。」
あれっ、俺なんか今、とんでもない事言ったかも。
焦って飛び起きた。
ん?俺なんで寝てんの?じゃ、さっきのは夢?
今何時だろうと思って見渡すと、見慣れない部屋のベッドに寝てた!
見たことない部屋。
だけど、不安な感じはしない。なんだろう?この、良く知ってるような感じは。それに、なんか温かくて涙が出るみたいな、この感じ。

「目が覚めたか?」
店長が、ほかほかと湯気の立つ、小さな鍋をベットの横に置いた。なんか、心配そうな顔。俺の額に手を当てて、少し、穏やかないつもの表情に戻った。
「店長、あの俺…。」
「熱はないみたいだな。これでも食べてゆっくり寝てろ。俺は店に行って来るから。」
って、店長、俺の頭を撫でて行っちゃった。
俺はどうやら、ぶっ倒れて店長の部屋に運ばれて、一晩寝てたらしい。
でも、俺は見たぞ。
部屋出る前、なんか、店長、すっげー優しい顔で、俺を見て微笑んだのを。

俺は、店長の作ってくれた絶品のお粥を、この上ない幸福な感じを覚えながら味わって食べた。
ふと、気付くと、鍋の下に手紙があった。


店の品書きと同じ、店長の見事な筆跡。


『頑張ってるのは、良く見てる。気にしないでゆっくり休んでいなさい。
近頃は少し頑張り過ぎたみたいだから、来週は休みを取って、慰安旅行でもしよう。

―今度、もっと笑うようにするよ。段々、良い仕事になってきたね。ー』


文字、霞んで見えなくなってきた。

150本スレ559 盲目の方攻め:2005/11/19(土) 00:37:46
※でおくれました…。


そっと手を伸ばす。指先が、てろりと奇妙なさわり心地の皮膚に届く。
にや、と彼が笑った。洋灯の黄色くあたたかなひかりに俺たちは包まれていた。
「痛みませんか、我が君」
「よせ、くすぐったい」
彼の両目の上を走る大きな、火傷のような刀傷は普段は黒い布で隠されている。
この傷を見ることが出来るのは多分床の中だけだと俺は思う。
ゆっくり、俺は傷をさわった。俺はこの傷の由来を知らない。
城の誰もが口を閉ざし、誰より彼が何も言わない。
もちろん、俺には問う資格も無ければ権利も無い。
「妙なやつだな、…おい、よせ…」
あまりに長くさわり続けていたために彼の気分を害してしまったらしい。
あ、失敗したな。
と思った時にはもう遅く、俺の足首の鎖がジャラリと音を立てた。
「奴隷風情が、調子に乗るな」
奴隷風情だから調子に乗るのですよ、我が君。
まだしつこく彼の傷にふれていた俺の手は、彼の手で押さえつけられてしまった。
ああ、失敗した。

151萌える腐女子さん:2005/11/19(土) 06:09:30
すっかり出遅れましたが本スレ449、
「クリスマスまではあと1ヶ月」を投下します。
お客視点とバーテンダー視点と2種類ありますが、
気に入らない人はどうかスルーで。

152クリスマスまではあと1ヶ月。(customer side)1:2005/11/19(土) 06:11:24
「…ごめん、好きな人できた」
唐突に告げられた別れの言葉。
それも、今年のクリスマスはどこで迎えようか?と話してる真っ最中に、だ。
「う…嘘だろ?」
何度その言葉を否定してもあいつは「ごめん」と謝るだけで、
俺の何が気に入らなかったのか、相手は誰なのか、
いつから俺を好きでなくなったのかという質問にも答えようとしなかった。
「ごめん。本当にごめんな」
そう言ってあいつは俺の頭をくしゃっと撫で、俺の前から立ち去る。

どれぐらいそうしていたんだろう。
俺はあいつが立ち去った後もずっとその店のカウンター席に座ったままで。
「あの…お客様。そろそろ閉店なんですが」
とカウンターの中のバーテンダーに言われてふと気づけば
目の前のロックグラスに入ったウイスキーはすっかり氷が溶けていて、
とんでもなく薄い水割りと化していた。
閉店と言われてしまった以上、このままここに居座るわけにはいかない。
慌ててその出来損ないの水割りを一気にあおる。
出来損ないとはいえ元はアルコール度数の高いウイスキー、
食道から胃に伝い落ちるまでにちりちりとした熱さを感じる。
まるでそれはたった今失恋したことを身体に実感させてるみたいな感覚。
不意に目の前が歪む。というより、滲んで視界が曇る。
「す…い…ませ……。すぐ……出ますから…」
と口では言ったものの、立ち上がることができない。
「仕方ありませんね」という声が聞こえた気がしたが、
俺が鼻をすする音に混じってしまったのと、
涙を止めることで精一杯になってしまったことで
実際にはバーテンダーが何を言っていたのかよく分からなかった。

153クリスマスまではあと1ヶ月。(customer side)2(終):2005/11/19(土) 06:12:39
やっと涙を止めることができたと思ったそのとき、
すっ…と音も立てずにカウンターの向こうから
差し出されたお絞りに気づいて顔を上げる。
目の前に立っているはずのバーテンダーの顔は俯きがちで見えなかった。
バーテンダーの視線の先へと自分の目線を下げれば、
シェイカーの中に数種類の酒を入れている真っ最中。
数個の氷を入れてふたを閉め、慣れた手つきでシェイカーを振る。
シャカシャカシャカシャカ…と、小気味良い音がしばし続いた後、
キャップを開けてそれをカクテルグラスに注いだ。
その一連の動作、特にこの人のは機敏かつ優雅で美しい、と思う。
何軒もバーを訪ねたわけでもないし、
バーテンダーの動きをじっくり眺める機会も数多くないが。

仕事終りの一杯としてバーテンダーが飲むのだろうと思っていたカクテルは、
なぜか俺の前に置かれた。
「あ…、え? あの…これ…」
「この分のお代は結構ですから、
 これを飲んだら今日のところはもうお帰りください」
そう言って彼は忙しそうにカウンターの上を片付け始めた。
「……あ、ありがとうございます。いただきます」
訳が分からぬままとりあえずお礼を言い、俺はそのカクテルを一口飲んだ。
鼻腔をくすぐる甘い香り。けど、嫌いじゃない香りだ。
それからフルーツ、それも柑橘系の甘さが爽やかに口の中に広がる。
後追いで伝わるアルコールの心地よい苦味。
「おいしいな、これ…」
3口で飲み干し、お代わりを…と言いかけて、
そういえばこれ飲んだら帰ってくれと言われたことを思い出し、
レジで会計をするついでに聞いてみた。
「あのカクテル…何て名前ですか?
 次来たときにまた飲みたいんですけど、
 初めて飲んだから名前知らなくて…」

バーテンダーは少し考えた素振りを見せた後、
「お客様、今日から1ヵ月後には何かご予定はございますか?」
と聞いてきた。
俺は咄嗟のことに何も考えずに「いえ、何も」と答えてしまったが、
その答えに彼は
「では、覚えていたらで構いませんから、
 1ヵ月後にもう一度ご来店ください。
 ご来店いただければそのときにカクテル名を申し上げますよ」
と少し微笑んで、深々とお辞儀をした。
謎めいた言葉に首をかしげながら、俺は店を後にする。
1ヵ月後? 1ヵ月後ねぇ…とタクシーの中で携帯電話を取り出し、
スケジュール機能を呼び出してみた。

154クリスマスまではあと1ヶ月。(barman side)1:2005/11/19(土) 06:13:48
お連れ様と一緒にときどき店にやってくるそのお客様は、
どちらかといえば店の雰囲気にはあまりそぐわないタイプの人でした。
最初に来店したときにメニューを見て、
「見てもよく解んねぇなぁ、俺こういうとこ来るの初めてだし。
 カクテルなんて女が頼むようなもんだろ、ラムネサワーないっすか?」
とまるでチェーン店の居酒屋メニューから抜け出せないかのような
注文をしてきたぐらいなのですから。
逆にそれが印象に残ってしまったのも事実ではありますがね。
それが2回、3回と来店するたびに
お連れ様の好みに合わせて少しずつ勉強しているのか、
「ふぅん…前飲んだ店のモスコミュールと味違うなぁ。こっちの方が飲みやすいや」
「うわっ、マティーニってこんな味だったのか。
 飯食う前に飲めばよかった…」
とメニューから選んで一口飲んだ後、
感想というか独り言というか何かしらひと言残してくださるようになり、
こちらとしてもこのお客様からいろいろ勉強することがございました。

どうやら最近は「量が少なくてすぐに飲み終わってしまう」カクテルよりも
少しずつ味わって飲めるウイスキーがお好みのご様子、
この日ご注文いただいたのはマッカランの7年物をロックで。
繊細な味の違いをお分かりいただけるなら
12年物をお勧めしたいところですが、
そこはお客様の懐具合もあることなので黙っておりますけれど。
ロックグラスを片手に持ち、お連れ様と話す姿は
なんというかこう、見ていてとても絵になる雰囲気があります。
できればお連れ様ではなく、
カウンターのこちら側にいる私に話しかけて欲しいと
思うようになってしまったのは、いつの頃からでしょうか。
酒にまつわる話以外に何もないというのに、我ながらおかしなものです。


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