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0さん以外の人が萌えを投下するスレ

1萌える腐女子さん:2005/04/17(日) 10:27:30
リロッたら既に0さんが!
0さんがいるのはわかってるけど書きたい!
過去にこんなお題が?!うおぉ書きてぇ!!

そんな方はここに投下を。

3016-709 レイヴ:2006/05/20(土) 23:30:45
あの日も熱い夜だった。
俺たちが初めて出会ったのは、国内最大の屋内レイヴで。
いつものレイヴじゃ周りのことなんて覚えてないけど、あの日だけは別だった。
俺より少し前で踊ってたお前に俺の目は釘付けだった。
顔なんて一瞬しか見えなかったし、当然お前がどこの誰かも知らない。
それでも俺は、あの時お前に恋したんだ。

あれから数年。
無理やり声をかけて連絡先を聞いて。
何度目かにいっしょに参加した野外レイヴで、2人きりのテントで告白して。
同棲しだすまではあっという間だったっけ。
でも、別れるまでもあっという間だったよな。
まるでレイヴの間のような、熱に浮かされた恋だった。

だけど、俺の熱はまだ冷めてないらしい。
今年もまたあの独特の空間で、お前を探しながら俺は踊り続ける。

3026-709 レイヴ:2006/05/21(日) 01:15:46
この時期の子供はむずかしい。

「わあ、シュンくん上手に描けたねぇ。かっこいいロボットだ」
シュンくんはバラ組で一番絵がうまい。
僕の声に気付いた他の子供たちが、シュンくんのまわりに集まって口々に褒めそやした。
「すごーい」
「かっこいー」
「うまーい」
だが、声が重なるにつれてシュンくんの機嫌は降下していく。もともと山なりの彼の唇が、ますますへの字に曲がる。
ついにシュンくんは、黒のクレヨンでせっかく描いた絵を塗りつぶしてしまった。
「ああぁっ、シュンくん、なんてことを……」
「うええぇぇん」
唐突に泣き出したのは僕でも彼でもなく、同じ組のアキオくんだった。
「アキオくん?!」
「ぼく、しゅんちゃんのえ、すきだったのにぃ」なだめてもすかしても、アキオくんはぐすぐすと泣きやまない。
と、シュンくんはじっとアキオくんの顔を見ていたかと思うと、突然画用紙を裏返し、猛然と何かを描き始めた。
泣くのもあやすのも忘れ、僕とアキオくんがぽかんと見守ること十分。
驚異的なスピードで描かれたそれは、満面の笑みを浮かべるアキオくんの顔だった。
「すごい、そっくり…」
シュンくんは仕上げに小さくサインのようなマークを書くと、描いた絵をアキオくんに差し出した。
アキオくんはぱちぱちと瞬きし、絵を見つめ、再びシュンくんを見て、ふんわりと笑った。
「ありがとう。しゅんちゃん、だいすき」
シュンくんの頬がわずかに赤くなる。いっちょまえに照れてるんだなぁ、と思うと、こちらまで微笑ましく感じた。

本当に、この時期の子供はむずかしい。
なにしろ、周囲の称賛よりも、たった一人の笑顔を選ぶくらいなのだから。

3036-729交番勤務の警官×本庁の刑事:2006/05/21(日) 19:16:15
「売り切れだぁ?」
ほかのコーヒーはあと20円入れないと買えない。
「あーあ、うまくいかねえな」

「これでうまくいきますよ!」
突然、スーツの腕が俺の脇から伸びて、自販機に20円を投入れた。

振り返ると、背は低いが利発そうな若い男が、俺を見て笑顔をうかべていた。
「とっても機嫌が悪いみたいですね」
なんだこいつ。慣れなれしい。
「何でもないですから」と言い財布を出そうとしたら「あ、いいです、ぼくのおごりです」
こいつ人を馬鹿にしてるのか?
「君、あのね。警察を馬鹿にすると」
「それより早く交番にもどりましょう。聞きたいことがいっぱいあるんです」
な、何だって?
「ぼく、広域指名手配犯某号捜査本部の××です」と名乗った男からは、
さっきの笑顔は消え、ひきしまった表情があらわれていた。

こいつが本庁の?
でも本庁のやつらは必ず「××課から」とか肩書きから名乗るのに、
この男は「捜査本部の」としか言わない。
一応確認するか。「本庁の方ですか?」
「早く行きましょう、ぼくは交番のお茶か水でいいですから」
男は、先にたって歩き出した。でもよく見れば、
こいつの身につけてるものは、俺ら番勤めにはおよびじゃない高級品ばかりだった。

でも「お茶か水でいいです」なんて言うやつ、はじめてだ。
こいつ変わってる。
「お茶くらい、ありますから」
「そうですか。なら、自分でやりますから。邪魔はしません。
忘れないで。ぼくたちは同じ警官です」

この男の声が一瞬で、俺の心の尖がりを洗い流した気がした。

________________

下手で木綿

3046-679 4年後にあの場所で 1/2:2006/05/22(月) 10:44:14
また4年後、今度はあのスタジアムで会おうと笑って約束した日。
互いに、約束はいかにも簡単に実行出来る事のように思っていた。
だがそれから3年後俺とあいつの国の間で戦争が起こり、再会を約束したスタジアムも瓦礫と化して野戦病院となった。
当時、みながそう信じていたように「クリスマス迄には帰れる」と言う予想を疑わぬまま俺も戦地に駆り出されたが、予想されたクリスマス迄には戦争は終らず、約束の4年が過ぎても俺は今だ西部戦線の冷たい塹壕の中にいる。


*****


「なあ、あの桜の咲く丘覚えてるだろ?またいつかあの場所で会わないか?そう……4年後、4年も経てばこの戦争も終わるだろう。」
「ああ。生きてたらな。」
「そんな事言うな。絶対帰って来いよ。」
「はは。お前もな。生きてるんだぞ。じゃあ、今日から4年後の夕日をあの場所で一緒に見よう。」
そう言ったあいつの笑顔が涼やかだった。


程なくして俺も戦地に駆り出され、地獄の南方戦線で数知れない戦友の死を見取る間、俺が考えていたのは絶えずあいつの事。
別れる間際のあの涼やかな笑顔が絶えず俺の脳裏をかすめていた。あの時予想したように戦争はそう長くは続かず2年程で終戦を向かえ俺もなんとか生き延びて帰って来たが、約束の4年が過ぎても、あいつの消息は最後には満州にいたというだけで知れず、遺骨すら戻らない。
当初から果たせる保証もない約束だとは分かっていたが、諦め切れず俺は今も時々約束のあの場所に足を運ばずにはいられない。


*****

3056-679 4年後にあの場所で 2/2:2006/05/22(月) 10:45:20
俺はこの4年間あいつの事をずっと考えていた。
4年前、たまたま入ったバーのカウンターで隣り合わせただけの名前も連絡先も知らない若い男。初対面なのに妙に気が合って話が弾み、気が付くと俺は誰にも話した事もない心の内まであいつに話していた。
そのまま別れるのが心残りに思っていると、あいつの方から「また会いませんか?」と言ってきた。
俺が頷くとあいつは
「良かった。でも会うのはやっぱり4年後にしましょう。今はまだあなたは別れた人を諦めていないみたいだから。だから4年後の今日、今くらいの時間に、あなたが愛した人と別れたというあの場所で。」と、少し謎めいた事を言った。
それだけ。何故4年後なんだと聞いても「それが乗り越えなければならないキーワードだから」としかそれ以上は答えず、せめて連絡先いや名前くらいはと聞いても答えずにあいつは言った。
「じゃあ、それもこれも全て4年後にお話ししますよ。あなたが忘れず来てくれたら。」
「なんだそれ。随分勿体ぶるんだな。第一、4年後なんてお互い何が起こっているか分からないじゃないか。会える保証もない。」
「それはそれで仕方ない事です。まだ私達の間にはその時が訪れていないという事ですから。」
そう言ってあいつはどことなく寂し気な笑みを浮かべた。
あの笑みが忘れられず、俺はなぜあの時もっと積極的にあいつを誘わなかったのか悔やみつつ、約束の4年が過ぎるのを待ち続けた。
あんな、たまたま一度会って少し話しをしただけの相手と交わした約束を心待ちにするなんて、我ながら柄にもない事だとは思う。
そうは思いながらも何かにつけ、あいつの事を考えずにはいられず、約束の日を向かえた今日、俺は約束のあの場所に足を運ぶ。
どうしても会いたい。
ひどく心が騒ぐ。
あいつは本当に来るだろうか。

3066-759 ヤクザとその幼なじみの堅気(1):2006/05/23(火) 02:53:21
扉を開けたら、目前に薔薇、薔薇、真っ赤な薔薇。

薔薇の隙間から、声が聞こえて、男が見える。

白いスーツに柄物のシャツ、夜なのに色の入ったグラスをかけ、
一目で素人のそれではないとわかる雰囲気…
「よ!久しぶり」
その声に覚えがなければ、思わず扉を閉め戻しているところだ。
けれど、そう言って顔を綻ばせた男の頬には、見覚えのある懐かしい笑窪。
つられて笑ってしまうくらい不似合いだった。
笑ったら、懐かしさが込み上げてきて少し喉が詰まった気がした。

「なんつー…格好だ、おまえ」
とにかく早く部屋に入れ、近所に見つかったら俺の品格が疑われそうだ。
その風体に加えて、片手で抱えきれないほどの薔薇の花束を持っている。
どこのホストがやってきたのかと思うじゃないか。
「お前、全然変わってないなぁ」
何をそんなにうれしそうに言うことか。
「お前はまんま、ヤクザだな」
俺がそう言うと、アハハと声を出して笑いながらグラスを外した。

お前だって、目は全然変わってないじゃないか。
そうして笑ってる顔は、俺の知ってるままじゃないか。

『今から行っていい?』
突然電話がか掛かって来たのが30分前。
まさか本当に来るとは思ってなかった。
やつが高校を中退してから、ずっと連絡は取り合っていたものの、
この12年間一度も姿を見せたことはなかったからだ。
世間様に顔向けできないようなことをしている自覚があるからなのか、
はたまた他の理由があるのか知らないが、会うのを避けていると分かったときから
俺はそれ以上の詮索はしなかった。
家族にもろくに消息を知らせていないやつが、俺にだけは欠かさずメールやら電話やらで
連絡をくれるのだから、まあいいだろうと思っていた。


「結婚おめでとう」
玄関へ招きいれ、スリッパを出したところで、奴はそう言って花束を再度差し出す。
「ああ…え?」
「招待状届いた」
来ないだろうとわかっていたが、それでも一番出席して欲しい友人だったから。
「ほれ、結婚祝い」
薔薇の花束を俺の胸に押し付けられる。
ああ、それでこんなもの抱えて来たわけ…って、結婚祝いに、女相手ならまだしも、真っ赤な薔薇の花束って?
いろいろ思うところはあったが、とりあえず「ありがとう」と受け取ってみた。
花束を持った俺を満足したように見るあいつは、一向に玄関から動こうととしない。

「まあ上がれよ」
「いや、それ渡しに来ただけだから」
「何言ってんだ。久しぶりなんだから、ゆっくりしてけって」
「悪いな、この後用事あんだわ。すぐ行かねーと」
「はあ?マジでこれ渡しに来ただけなわけ?」
12年ぶりなんだぞ?何を言ってるんだ。
「まあ、式には出れそうもないんで、顔見とこうかと思ってな」
…今頃何を、と思ってると、腕をつかまれて抱き寄せられる。

3076-759 ヤクザとその幼なじみの堅気(2):2006/05/23(火) 02:54:30
「あーあ、お前もとうとう人のもんになっちまうのかぁ」


俺の肩口に顔を乗せて、大きくため息をつきながら何を言うのか。

「…別に、お前のもんだったこともないけどな」
「いんや、物心ついてからこっち、ずっとお前は俺のもんだったの」
「…ふーん、そうだったか」
こいつがそう言うのなら、そうなのだろうと、特に抵抗もなく思う。
一番最初の記憶に、既にこいつは存在してて、何をするのも、どこへ行くのも一緒だった。
俺のもんだと言われても仕方ないくらい、こいつと一緒の記憶しかない。12年前に突然姿を消すまでは。
「12年間もほっとかれれば、人のもんにもなるだろ」
「…だーよな」
苦笑交じりの返答が、あまりに弱弱しくて、俺は思わず身体を離してやつの顔を見た。
なんだか泣きそうな顔をしていると思った。
泣きそうな顔が泣きそうな顔のまま、さらにとんでもないことを言い出す。
「よっしゃ!んじゃ、サヨナラ記念にチューでもしとくか!」
「はぁぁぁあ?」
「独身生活のラストキッスをファーストキッスの相手となんてお前、なかなかできねーぞ!?」
そういや俺のファーストキスもこいつだった…ほんと、俺の青春時代、全部お前のもんだな
なんて妙に納得したところで、掠め取るようなキス。

「…」
そうそう、あのときも、こんな風にちょっとふざけた感じでお前がキスしてきて、
俺は怒るのも、ドキドキするのさえ忘れちまったんだ。
まあでも、甘酸っぱい思い出だよ。
いやいや、そんな思い出に浸ってる場合じゃない。
ここは俺、一応抵抗して怒っておかないと……?



今度は息も付けない、激しいキスをされた。

頭をかき抱かれて、深く舌を差し込まれ、口腔の奥まで弄られる。

唇が合わされる音と、お互いの息遣いだけが、玄関に響いていて、
頭の芯がドロドロに融けてく気がした。
酸欠だ、きっと。
酸欠だから、動けないんだ…。


「もう、いかねーと…」
唇を話した後、あいつはそう呟いて、俺のあたまをグシャグシャに掻き回した。

今の、キスの、言い訳も何もなしに、行くのか。
俺はまだぼんやりした頭で精一杯考えた。

これは言い訳が必要なキスじゃないのか…?
いくらなんでも、青春の1ページに収まってるキスとは同じじゃないだろ。
サヨナラ記念って、こんなんでサヨナラされたら俺は放置プレーだろ。
お前の所有物だってマーキングされた気分だぞ?

なんだその、愛しそうな目は。
そんな目で見ながら、俺の頭を掻き回すのはやめてくれ。
その上また、泣きそうな顔とかしてるんじゃねーよ。

「…幸せになれよ」

ふざけたことを言ってんじゃねぇ。
そんなセリフ残して去ってんじゃねぇ。
俺をこんな気持ちのまま残してくんじゃねぇ。
なんて勝手な奴だ、12年前と同じだ。

今度は俺は追いかけるからな。
今の言い訳を聞きに、押しかけてやるからな。
このまま、また、行方くらますなんて許さないから。

俺は一晩中、咽返る薔薇の香りの中でそうなことばかり考えてた。



数日後、新聞やテレビのニュースが暴力団の内部抗争を比較的大きく取り上げた。
敵対する勢力の幹部を刺殺したとして出頭してきた男が、
警察に移送中、拳銃で撃たれ死亡したことが伝えられていた。



――――――――――――――――――――――――
ヤクザっぽくない…

3086-759・760 893と堅気・醜聞 1/2:2006/05/23(火) 03:07:49
エリートを思わせるその外見にそぐわず、剣呑な空気を持ったその男は口元だけ笑わせて私を見た。
笑わない目にぶつかって私は思わず顔を逸らす。彼はまた少し笑ったようだった。

「で、どうする?断りたいなら断ってもいいが」
「・・・どうしても、今日中に答えないと駄目か?」
「今日中だ」

冷たい言葉に体が凍った。


武田はいきなり私のラボにやってきて、どちらかを選べと私に二つの仕事を提示した。
一つは、会社保存の禁薬の持ち出し。一つは、彼の持ち込んだ新薬の被験者を見つけること。
この新薬は毒ではないよ、と武田は言ったが、違法ではないとは言わなかった。碌なものではないのだろう。
某広域指定団体が後ろにあると誰でも知っている、輸入会社の名刺を改めてチラつかせて、
武田はまた「どうする?」と言った。

「相応の報酬は支払う。来月には子供が生まれるんだろう?金が必要じゃないのか?」
「・・・金には困ってない」
「ああ・・・それはそうか研究所長補佐殿。でも・・・なぁ?」

意味深に、武田は言い含めた。解っている。彼と旧知の仲であることが世間に知れたら、
それは醜聞となって世を駆ける。
重役の娘である妻は私を見限るだろう。会社も私を追うだろう。
製薬会社と指定団体の癒着はそれほどに嫌われるものだから。

「会社の薬は・・・持ち出しできない」
「そうか」

武田は短く答えて、私に薬包を示した。ろくでもない新薬。

「これは?」
「良くなる薬だ。解るだろう?」

解らない。色々意味がありすぎて、どれを選べというのだ。

「被験者は男に限る。年齢は問わないが、まぁ・・・お前くらいで丁度いい」
「私くらい?」
「お前でもいいんだ、大塚」

恐ろしいことを武田は言った。正体をまともに告げれらないような薬を私に飲めと?
どうかしている。この男はどうかしている。
私が結婚したくらいから、この男は急に私に連絡をつけてきて、無茶を言うようになった。
私に守るものができたからか?まだ独身の彼にはそんな辛さは解らないのだろうか。

3096-759・760 893と堅気・醜聞 2/2:2006/05/23(火) 03:09:23
「誰も犠牲にしたくないなら、お前が飲め」
「そんな・・・どんな薬かも解らないのに」
「だから被験者が必要なんだ」

彼は昔からこんな口調だった。頭は良いのに陰険な性格、他人を思い通りに動かそうとする傲慢さ。
ランドセルの頃から変わらない、私には特に無体を仕掛けるところも。

「ちょっと筋肉が弛緩して、記憶がトブだけさ。痛みはほぼ快感に変わる。
 まぁ・・・常習性のないアレみたいなもんだ」
「それだけ解ってるなら、なぜ今また被験者を探す?」
「まだ売るにはデータが不足しているからな」

言って、武田は私の手に薬包を捻じ込んだ。

「観察器具は用意しないでいいのか?」
「俺が見ててやる。それで十分だ」

お前が崩れていく様をな。そう言ってまた武田は声だけで笑った。
私には犯罪は犯せない。誰かを犠牲に選ぶことも出来ない。
酷い嘘だけは吐かなかった武田を信じて、私は包みを開いた。
「お前の子供は可愛いだろうな?」という一言が、私に決心を促した。
薬を飲むのは慣れている。水と一緒に一気に飲み下すと、訪れるであろう波に備えた。
意識がふわりと浮いて、暗転する一瞬、「こうでもしないと・・・」と武田が何か呟いた気がした。
目を閉じたので武田の顔が見えないのが残念だったが、私の意識の下から彼を呼ぶ私の声が聞こえ出していた。

310769 思い出になった恋:2006/05/24(水) 00:37:20
別れを告げたあの日がよみがえる。
彼と、それまでの総てを思い出に変えてしまったあの日。

彼はいつもどこか線を引いていて、
俺がそれを踏み越えることを許してはくれなかった。
でも向こうが線を越えたときは、俺に思う存分甘えてきたりして。
そんな風に付いたり離れたりしながら俺達は過ごしていた。

出会って別れがくるまで、
俺が彼について知っていることが減ることは無く、また増えることも無かった。
彼は自分のことをあまり話さなかった。
それが表面化したとき俺達は衝突した。
彼は俺だけの彼ではなかった。
「俺以外の奴と…」
彼を責めたが彼は潔白を主張した。
その目に涙が浮かんで、静かに落ちた。
俺は彼が泣くのを初めて見た。

あのときの俺は経験も浅くて、若くて、子供だった。
ただ…許せなかった。

独占欲や未熟さを抱えながら
それでも、精一杯愛していた。
あまりにも愛していた…
だからだろうか、


今は愛すら思い出になってしまった。

3116-779:2006/05/24(水) 22:28:25

とりあえず放課後、俺たちは図書館に行ってみた。
「アナルセックスのやり方」を調べるためだ。
調べ物といえば図書館、俺の中でごく当たり前の図式だった。
結構広い私立図書館は3階まであって、フロアごとにジャンル分けされてるわけだが、
俺は入り口の館内地図の前でフリーズ。
ジャンルですか…分類ですか…どんな本をお前は探してるんだよと、早くも関門登場ですね。
そもそも、どんな本に記載されているものなのか?
ええっと…性の指南書とかそんな感じか?正しい性生活?ん?正しくないかも?
あれか、子供の作り方が載ってそうな…いや、子供はできないから違う!
なんて、グルグル考えているうちに、あああああああ…
俺の後ろにおとなしく控えているかと思ってた俺が間違っていました。
「すいませーん」
パタパタと小走りで、貸し出し口のおばさんに向かっていくあいつ。
ちょっと待て――――!!!待ってくれ!!!
「あの、アナルセ……ムゴゴ」
はいそうだねー。聞いたほうが早いよねー。そう思うよねー。
でもやめて!絶対やめて!勘弁して!!
そう懇願気味で、俺はあいつの口を手で押さえつつ、図書館から引きずり出した。
そして気付いた。そもそも、本があったとして、見つかったとして、
それをこいつとふたり、ここで読むっていうこと自体、さらなる関門じゃないか。
同じ理由で本屋もスルー。
結果落ち着いた先、俺んち。
こういうとき一番役に立つとひらめいたもの、インターネット。
我ながらよくここに気がついた。最良の選択だ、なんて俺、自画自賛。
「へー、委員チョの部屋初めて来た。きれいだね。俺の部屋なんてきたねーしくせーし」
ほめてくれてありがとう。でもなんで君は、早速ベッド直行で寝転がるのか。
まあ、いいけどね…でも「あ、委員チョの匂いがする」とか言うのはやめてくれ。
なんか恥ずかしいから。なんかドキドキするから。なんか知らんけども。
パソコンの電源を入れ、起動を待つ間に母親がおやつを持ってやって来た。
ああ、今日の俺のプチトラウマなコーヒー牛乳がありますよ。
「あは、コーヒー牛乳だ。委員チョ好きなの?」
好きですよ。牛乳嫌いの俺だけど、コーヒーが入ってれば飲めるってんで、
我が家の冷蔵庫には常備してあるわけだが、今日は飲みたくなかったよ母さん。
アナルセックスのために奔走した今日の一日…ほろ苦いコーヒー牛乳を飲む度に思い出してしまいそうだ。
パソコンが立ち上がったところで、検索サイトを表示し、検索語句を入力する。
『アナルセックス』…なんだか、俺のパソコンが汚された気がするよ。
時にお前、俺にこんな単語を入力させている張本人は、なんでそんなにくつろいでいるのか。
俺が見てないと思って、ベッドの下とか覗いてもマットレスの下とか探っても、エロ本なんか出てこないぞ。
俺の視線に気付いて、イタズラを見けられたときの子供の顔をする。
「いいの見つかった?」思い出したようにそう言って近づいてきた。
まったく、調べる気があるのかないのか。
そもそもなんでそんなことを知りたがっているのか?
そうだ、肝心のそれをまだ聞いていなかった。
俺の背後からパソコンを覗き込むあいつに、問うてみた。
「ん〜、なんか俺、男から告られてさ。付き合うとかわかんねーけど、一応真剣に考えないと悪いじゃん」
さらりと返ってきた。
俺はまた、コーヒー牛乳を吹いた。パソコンの画面に向かって。
その上こぼした。キーボードはコーヒー牛乳でひたひた。
変な音を立てて、俺愛用のノートパソコンはダウンした。
はい、完璧なコーヒー牛乳のトラウマ完成。いろんな意味で。
今日は『アナルセックスのやり方』を調べるのはもう無理だと思った。

312:2006/05/24(水) 22:34:49
あ、すんませんタイトル忘れた。
6-779「コーヒー牛乳吹いた」

べ、別にGJって言われたから続編書いたわけじゃないんだからね!
暇だからやっただけなんだから!
雷にビクビクしながら書いたりしてないんだからね!

313金魚すくいにいる亀:2006/05/27(土) 02:14:35
暗めスマソ
================
 自分より小さい「魚」は、自分の餌だ。

 私は長い間かけて自分の居場所の特徴を悟った。このつるんとした場所は
仕事場。自分の仕事は「そこにいる」こと。もう大人となったこの身体で。
 ごく稀に、遊びとして<モナカ>の―あるいは<紙>の―網を身体の下に
滑り込ませる客もいる。しかしもちろん自分を持ち上げられるはずはない。

 そんな時興行主はこう言う。
「お客さん、あの亀、とって帰ってくれませんかね。こいつ、金魚を喰っちまう
 んですよ。全く仲間意識のない奴でね」

 時には、私が水槽中で食欲を抑え切れなかったときには特に、こう話すことで
彼は客からの更なる数回分の散財を引き出すことに成功するのだ。
―ばかな。餌をちゃんともらっていれば、彼らを食べる必要などないのに。
 
 ああ神様、彼を食べさせないで下さい。どこで聞いてきたのか、
「くまのみといそぎんちゃく」や、「きょうぞんかんけい」等と言いつつ、
私の甲羅についたミズゴケをついばみ、むず痒さを紛らわせてくれる彼が
近くにいるときに、私が常に飢えていることを思い出させないで下さい。

―お願いです。どうかどうか神様。

3146-839 しーずむ ゆうーひにー:2006/05/28(日) 00:40:21
沈む夕日に照らされて
真っ赤なほっぺたのキミとボク


部活動の声があちこちから響いてくる放課後のグラウンドを、一人ゆっくりと通り抜ける俺、帰宅部。
いや、本当はいくつかの部活を掛け持ちしてるんだけど、現状として帰宅部。
けど今日は、各クラスの学級委員の集まりがあって、さらに帰りがけ担任に捕まり雑用を仰せつかって大分帰りが遅くなった。
もうすぐ部活も終わりの時間じゃないか…校門に向かっているつもりが、いつの間にか立ち止まってグラウンドの一団を見ていた。
ストレッチをしている陸上部の面々のうち、一人がこちらに向かって手を振っている。
あ、見つかった。
あ、こっち来る。
まったく、俺にはときどきあいつの尻にシッポが見えるよ。
ブンブン千切れんばかりに振ってるシッポがね。
「委員チョ!何してんの?今帰り?」
別にお前を待ってたわけじゃないんだからな。ただ通りかかっただけなんだからな。
「俺ももう終わるからさ、一緒に帰んね?」
そりゃ家の方向が同じだから、ちょっとくらい待ってるのはかまわないけどさ。
部活の奴らと一緒に帰らなくていいわけ?
なんだか最近、以前にも増して懐かれてる気がする。
まあ、嫌な気はしないけどね。いいんだけど。別に。
それに俺も、あいつがちょっと気になるわけだ。いや、変な意味じゃなく。
興味?うん好奇心とかそういうやつ。
原因は、先日聞いたビックビックリ発言のせいですよ。
『なんか俺、男から告られて』
何で俺、あの時もっとつっこんで話を聞かなかったのかな。
そうすればここ数日、こんなにあいつのことばっかり考えなくてもすんだんじゃないかと思うわけ。
相手は誰なのか、クラスのやつか、部活のやつか。
仲がいいのか、どう思っているのか。
その後どうなったのか、返事はもうしたのか、その、何て、返事をしたのか…。
もう、考えすぎて脳みそが液状化しそうです。
今日こそは、今日こそは聞いてやろうと思う次第であります。

3156-839 しーずむ ゆうーひにー(続き):2006/05/28(日) 00:42:34
川沿いの土手をぶらぶらと二人で歩く。
影が長くなってることにはしゃいで、あいつが影踏みを始める。
仕方なく付き合う俺。仕方なくだけど、汗を掻くくらい真剣にやる俺。
そのうち息が上がって、二人して土手に寝転んだ。
「お〜!夕焼け!!」
空を指差して、俺に向かって満面の笑み。
上気した頬が、夕日を浴びてさらに赤く見える。
それを見た俺はというと、訳の分からないものが身体の中心から湧き上がってきて、
顔がより熱くなるのがわかったので、逃げるように目を逸らした。
あー…なんだ、これ。何だってんだ。
そうだ、聞かなきゃなんないことがあったんだ。
聞かなきゃ、聞かなきゃと思うと、もう自分の心臓の音が聞こえるほどに動悸が激しくなって言葉が出ない。
あいつが何かしゃべっていた気もするけど、それすら耳に届かなくなっていた。
ヤバイ…何だか分からないけど、これはヤバイ。むしろ分からないことがヤバイ?
ってゆーか本当に分からないのか?分かってんじゃないのか俺?
いや分からん。まったくもって分からん。
という、エンドレスの自問自答を繰り返し始めた俺は、いつまでそうしていたのか。
気がつくと、あいつが、俺の顔を覗き込むようにして、目の前に迫っていた。
「顔、赤いぞ?大丈夫?」
そう言って、手のひらの甲を俺の頬にあてる。
俺はびくっとして思わず身体を引いてしまった。
あいつはそれを気にするでもなく、まだ俺の顔を覗き込んでいる。
大きい目だ。黒目が普通よりでかい気がする。
その目の中に俺が映ってた……それ見つけた俺は、今度は目が逸らせない。
こういうのを捕まったっていうのか?
ああもう…血管が切れそうだよ。苦しいから、早く開放してくれ。
いつまでこうしているんだと、半ば泣きそうになったところで、
「あはは、委員チョの眼鏡が鏡みたいに夕焼け反射してる」
俺の眼鏡を取り上げて、勝手に緊張の糸を切ってくれた。
ぼやけて見える川面に、夕日がキラキラ反射してるのがきれいだった。

3166-849 ドアをはさんで背中合わせ:2006/05/28(日) 01:26:07
逃げるようにして部室に入ると鍵をかけた。
と同時にノブを回しドアを叩く音と瀬田の声が聞こえる。
「先輩ここ開けてください、先輩?」
「嫌だ!絶対開けねー!」
「開けてくださいよ、どうして逃げるんですか!?」
「瀬田があんなことするからだろうが!!」
そう言うとドアを叩く音が止んだ。
俺は深く息を吐くとドアにもたれて座った。
「…すみません、でも俺…」
気配はするが、その後に続く声は聞こえない。
正面の窓から見える青空をぼーっと眺めながら考える。
瀬田の事は好きだ。
部活も熱心だし、賢いし、性格も良いし、話も合う、一番仲の良い後輩だ。
しかし、だからと言って、その、あんなことをする対象として見た事なんか無い。
「俺さ、瀬田のことそういう目で見たことないんだ。」
正直にそう話すとややあって「知ってます。」と答えが返ってくる。
瀬田も座っているらしく、その声はさっきより近くから聞こえた。
「なあ。」
「はい。」
「俺のどこがそんなに気に入ったわけ?」
「そういう所です。」
「『そういう所』ってどこだよ。」
「今、俺に話しかけてくれている所とかです。」
うーむ、さっぱりわからん。
人の好意は素直に受け取るべきだ。と、昔誰かに言われたことを思い出す。
しかしこれは受け取って良い好意なのか?
でも嫌いでもない瀬田に嫌いと言うのは何か違う気がする。
いつまでもぐるぐると考えながら、俺は窓の向こうの青空を見た。

3176-849 ドアをはさんで背中合わせ:2006/05/28(日) 02:04:49
「迷惑だ」
強く言い切った瞬間、彼の目が凍りついた。
「そんな戯言、二度と口にするな。不愉快だ」
向かい合えば少し見上げる彼の顔。
紅潮していた頬が蒼褪めていくのを睨むように見つめる。
「今の言葉は忘れてやる。明日までに頭を冷してこい」
言外にチームを辞めることは許さない、と告げると彼の凍り付いていた瞳がひび割れた。
裂け目から溢れてくるのは苦しみ、怒り、絶望。そして悲しみ。
かすかに震えだした彼のふっくらとした唇から目を逸らし、背を向けた。
そのまま部屋を出て、ただ一人、彼を置き去りにする。
後ろ手にドアを閉めてはじめて、身体が震えだした。
だいじょうぶ。彼の前では冷徹さを保てていたはずだ。
口調も表情も、眼差しさえも揺るぎはさせなかった。
かみ締めた奥歯が、今ごろのようにカチカチ鳴る。
目の奥が刺すように熱く痛む。だが泣くことは許されない。
苦しいのは傷ついたのは彼であって私ではない。
それでも全身から抜けていく力に膝が笑い、もう立っていることすら覚束ない。
ずるずるとしゃがみ込むと、そのままドアに背を預けた。
だいじょうぶ、彼はしばらく出てこない。それだけのショックは与えた。
そのくらいの判断ができないような、浅い付き合いじゃない。
そうとも。
彼のことは良く知っている。
人当たりの良い、誰にでも好かれる、如才ない才能ある男。
その優秀な男が。
どうして。どうして、こんな馬鹿なことをしたんだ。
お前が馬鹿げたことを言い出さなければ、もう少しあのままでいられたのに。
お前を可愛がることも、構うことも、好きなだけお前に優しくできたのに。
「愛している」――だなんて、何を勘違いをしている。何を血迷った。
馬鹿な男。頭がいいくせに、途方もなく愚かな男。
お前なんてこのまま順風満帆、友人にも将来にも恵まれた陽の当たる道をそのまま
歩いていけばいいんだ。いっときの勘違いで後ろ指を差されることはない。
お前ほどの器量を持つ男には焦らなくとも女は群がる。そのうちからつりあいの取
れた最高の女を選べ。
そうして似合いの女性と共に過ごす健やかで幸福な日々に、いつか私への気持ちが
友情や尊敬だったと気がつく。愚かな真似をしなくてすんだと、胸をなで下ろすだ
ろう。
そう、いつか。
お前の横に相応しい女性が。
切り裂かれるように胸が痛むのは、先刻の一瞬で噴出した汗で背中が濡れているか
らだ。湿ったシャツにドアが冷たいから。
だがその背に、ふと温もりを感じたような気がした。
……ああ、お前もそこで項垂れているのか。
力なくこのドアに背をもたれているんだな。
わかるさ、お前のことは。
伊達にお前のことを見ていない。他の誰よりもお前を見つめ、お前のことを考えて
きたんだ。
お前を傷つけた、それはわかっている。
すまない、と謝ることはできない。
それがお前のためだから。
罰も罪も、辛さも苦しみも、未来永劫の業火すらも、全て私が引き受ける。

だから今だけ――この一瞬だけ、この背の温もりを許してくれ。

3186-859 人形のような男:2006/05/29(月) 18:34:53
興味を引く人物がいる。
二月ほど前に会社の向かいに出来たコンビニのバイト店員だ。
その男ははとにかく何をしていても無表情で愛想のカケラも感じられ無い。
このコンビニの店長は一体彼のどこが気に入って雇う気になったのかと不思議に思う。
いや、もしかしたら顔でバイトに選ばれたのかもしれない。
初対面の子供には大抵目が怖いと泣かれるような俺とは違い、少し可愛らしいが『人形のような男』という形容がよく似合う、彼の端正な顔立ちに表情が浮かぶ瞬間を見てみたいと俺は思うようになっていた。

「いらっしゃいませ。」
自動扉が開くと同時に、小さな声で彼が挨拶をする。
最近は仕事帰りに雑誌の立ち読みをしつつ、窓に映る店内から彼を観察するのが俺の日課になっていた。
店の商品を並べている、やはり無表情。
「ありがとうございます。」
そう言って客に小さな袋を手渡す、やはり無表情。

雑誌を読み終わり、いつもと同じ缶コーヒーを一本購入して店を出ようとしたその時、
「お忘れ物ですお客様。」
と差し出されたのは数枚の硬貨、つり銭を受け取り忘れているのを思い出し、
「すっかり忘れていたよ、わざわざありがとう。」
再び財布を取り出しながらそう言うと、彼がわずかに驚いたような目をしているのに気づいた。
俺は何か変なことを口走っただろうか?
先ほどの会話を思い出しながらそう尋ねる。
「いいえ、あの、お客様の笑顔を初めて拝見しましたのでつい…。」
そう言って彼は下を向く。
無意識に笑っていたらしいことに少し気恥ずかしさを感じていると、彼はこちらを見て言った。
「あの、私もお聞きしたいことがあるのですが、何か私の接客に不手際がありましたら今言っていただけませんか?」
真っ直ぐこちらを見る眼に驚きつつ、どうしてそんな質問をするのかと聞いてみた。
彼の話を要約すると、彼はいつもいつも俺にものすごい目で睨まれていると感じているようだった。
そしてそのせいで失敗しないように意識するあまり無表情になっていたらしい。
なるほど、観察するときはじっと彼を見つめていたから、何か苦情があって睨まれていると勘違いされていたのだろう。
「それは誤解で君の接客に不手際はないし、睨んでいるように見えるのは俺の目つきが悪いせいだから、気にしないで欲しい。」
出来るだけ優しい声でそう答えると、彼の表情がパッと明るくなる。
「はい!ありがとうございます、変な質問をしてすみませんでした。」
いつもより元気な声で彼がそう言った。
俺はヒラヒラと手を振って店を出る。

数歩あるいた所でふと振り返ると彼と目が合った。
嬉しそうな笑顔でお辞儀をする彼を見て、今日は少し暑いな、と思いながら駅へと歩きはじめた。

3196-869 40年ぶりの再開 1/2:2006/05/30(火) 08:32:32
先に見つけたのは奴の方だった。
「有川?有川じゃないか?」
「う、植野?」
少し離れた、取引先からの帰り道。
直帰しようかなぁ、書類を取りに帰ろうか。そんなことをつらつら考えながら上っていた階段の途中。
呼び止められて振り返ると、そこには懐かしげに笑う、旧友の顔があった。
「久しぶりだなぁ」と言いながら俺の横に並ぶ。少しも変わらないその態度に戸惑った。

もう20年も前になるのか。俺と植野は、一人の女性を取り合った。
幼馴染の3人組。仲良く手をつないで歩いていた頃から続いていた争いは、
互いに大人になり、働き出し、それなりの蓄えと責任を持つ立場になって真剣なものとなった。
「みぃちゃん」が選んだのは植野。物静かに笑う、優しい植野を、彼女は望んだ。
転勤が決まっていた俺は、みぃちゃんが妊娠したのを聞いた頃に遠くに移った。
何だかんだと転勤による転居を重ねたせいで、植野たちは俺の居場所を見失ったのか、
その後植野家がどうなったのか俺は知らなかった。

「呑んでいかないか?」という植野の誘いを断る理由はどこにもなかった。
適当な呑み屋を選んで、奥の席を陣取る。奴は好物の芋焼酎の水割り、俺はビールを頼む。
「ビールは悪酔いするから」と焼酎なのも変わらないのに笑いそうになった。
「有川、この辺住んでるの?いつ戻ったんだ?」
「いや、今日は営業の帰りだよ。お前は?」
「俺?俺はこの辺だよ。少し行ったところに家を買ったんだ」
「へぇ・・・」
「あと20年くらいローンが残ってる」
そりゃ大変だ、と気の毒がってみる。そういえば、もう50近くなるのに、植野はすっきりと細い。
苦労してるのか。みぃちゃんは案外鬼嫁だったか。
「みぃちゃんは?」
「あぁ・・・死んだよ。胃癌であっさり逝っちまった。
デキの悪い子供を3人も残してな。」
意外だった。
「そうか。・・・何も知らなくて済まなかったな」
「全くだ。連絡したいのに、お前ときたら居場所も教えてくれないんだからな」
「いや、悪かった。転勤ばかりでな、次第におっくうになったんだよ」
「冷たい奴だなぁ」言って、植野は嬉しそうに笑った。俺との再会を本当に喜んでくれてるようで、俺もふつふつと喜びが沸いてくる。

320 6-869 40年ぶりの再開 2/2:2006/05/30(火) 08:33:21
それからは互いに近況をもう少し話した。
植野の子供はみんな男の子。植野はみぃちゃんが亡くなってから3人の子供を一人で育てたらしい。
子供のために残業もほとんどせず休日出勤も断り、部屋数が必要だからと家を売りもしなかった。
ただただ必死で子供を育て、気がついたら長男は大学生、植野自身は再婚もせずに十何年も経っていた。
デキの悪い子供と植野は言ったが、少なくとも長男の大学は俺でも知ってる有名大学だ。
下のちびが今年やっと高校受験だよ、と植野は笑った。
植野に比べて、俺が語れることは極端に少ない。結局この歳まで結婚しなかった俺は、
独身故に気軽に転勤を命じられ、独身故にしっかりした信頼を置いてもらえず、
今でも場合により現場に駆り出されるのが実状。
しかしもう歳も歳なので、会社はやっと今のところに落ち着かせてくれる気になったらしいこと。
俺が独身だと聞いて、植野は少し悲しい顔を見せた。お前のせいじゃない、とはとても言えなかった。
互いに出世コースからは少し外れていて、そんなところでも話は尽きなかった。

すっかり遅くなって、店を追い出される。夜風が酔った体に冷たい。
駅に向かって歩いてゆく。タクシーを拾うつもりでいると、植野が「グミチョコパインして行こう」なんて言い出した。
「なんでいきなりグミチョコパインよ?」
「40年くらい前さあ?美代子の家に誰が早く着くかでやっただろ?
アレ、途中だったからさ」
覚えている。次の日、どっちがみぃちゃんと一緒に登校するかを賭けたのだ。
3人でやり始め、夢中になった俺達はみぃちゃんを置いてけぼりにして泣かしてしまった記憶がある。
「イヤだよ、家に帰るのが遅くなる」
「俺の家に泊まっていけばいい。明日は休みだって言ってたろ?」
植野にしては強引な言い様。そんなにこの再会が嬉しかったのだろうか。
「ゆっくり帰ればいいさ。いくぞ有川ー」
俺より一歩前に出て、目尻の皺を更に深くした植野が振り返る。
植野。植野知ってるか。
20年前も、40年前でさえ、俺が賭けてたのはいつだってお前だったんだ。
みぃちゃんはそれに気づいてたから、お前が好きだったんだよ。
幼い日に諦めたあの賭けを、ここで密かに再開しても構わないだろうか。40年ぶりに。
そばにいられるかどうかだけでいいから。
あれから誰を好きになっても、お前ほどそばにいたい奴はいなかったよ。
くたびれたスーツをくるりと翻して、40年前と変わらない笑顔で植野は「グミ!」と拳を振った。
俺は泣きそうになりながら、ゆっくりと応えて腕を上げた。

3216-889 握り返された手:2006/05/30(火) 21:04:46
お互いに嫌いだったはず。
相手は違う人だったけど、俺もあんたも長いこと片思いしてた。
その人を見る目や、気持ちが、手に取るようにわかった。
おんなじ、叶わない思いを持て余してた。
お互いの気持ちがわかる分、俺たちは近かった。
自分を見ているようで、あんたの事大嫌いだったんだ。

片思いの相手を諦めなきゃいけない時も、おんなじにやってきた。
気まぐれ、寂しさ、理由なんて何でも良かったんだけど、俺はあんたの手を握ってみた。

まさか、握り返されるなんて思ってもなかった。

いつのまにか近くにいる相手が大事になっちゃった所まで、おんなじなんて。

3226−869 40年ぶりの再会:2006/05/31(水) 21:41:39

定年を期に私は、十六まで過ごした故郷へ帰ることにした。
両親はとうに他界し、独身の私には家族と呼べるものもない。
いざ自由の身となって何がしたいのかを考えたとき、私の中にはひとつの選択肢しか浮かばなかった。
会いたい人がいる…故郷を離れて以来、会いに行くことができなかった、あの人に会いたい。

初恋とは、こうも忘れられずにいるものかと、この歳になって恥ずかしく思う。
今でも自らの内に鮮やかに痕をのこす、情欲の日々。

あの頃、私の世界はまさに彼一色だった。
日がな一日彼のことを考え、時間が許す限り触れ合っていたかった。
まだ年若かった私は、自分の内にある熱を、ただただ彼にぶつけることしかできずにいて、
時に卑怯とも言える手段で陥れることもした。
それが彼をどれだけ苦しめ、追い詰めていたかも気付かずに。

私たちの関係はあまりに危険だった。
彼は、私の通う高校の教師であった。

ろくに家に帰らない私を両親が不審に思いだした頃、彼は私の前から姿を消しのだった。


数年前、古い友人から、彼が再びこの地に戻ってきていることを聞いた。
教師を定年退職後、自宅で小さな私塾を営んでいるという。
30年連れ添った奥さんと昨年死別したことも知った。
二人の娘も既に嫁いで、彼は今、ひとりだ。


夏を前に大分長くなった日も、すっかり落ちてしまった。
「先生さよーなら」の声と次々に飛び出してくる子供たち。
家の門前で待つ迎えの親の元に走りよっていく。
一人の母親が玄関口に向かって会釈をする。
他の親たちもまた、家の中を覗くように挨拶をした。
二言三言言葉を交わした後、再び頭を下げ、皆帰っていく。
それらを見送るためにか、一人の老人が家の中からゆっくりと現れた。
白いシャツにスラックス姿の、白髪の老人。
子供たちは何度も振り返りながら手を振っている。

記憶の中の背中より、幾分小さくなったかもしれない。
薄明かりの中で一人佇む姿が、どうにも頼りな気に見えてしまう。
いつまでも手を振る子供たちに、老人は「さよおなら」と穏やかな声で応えた。
その声を聞いて、私は身体が熱くなるのを感じた。
喉の奥が詰まって苦しい。涙がこみ上げてくるのを抑えることができない。

子供たちが見えなくなってもなお、彼はそこに立っている。

外灯に気の早い夏の虫がぶつかる音が聞こえる。
静かな夜だ。

なんと、声をかけよう…。

3236-909 今日で五年目:2006/05/31(水) 22:39:52


吸い込まれる人、人、人、人。
吐き出される人、人、人、人。
毎日、毎日、繰り返される風景。
駅の前に、ボクは佇む。

春、夏、秋、冬、春、夏…何度繰り返したかな?
今日は晴れで、昨日は雨。その前も雨で、その前は曇り。
明日はきっと晴れで、その次の日は、曇りだったかな。
ボクは毎日、ここに来る。

通り過ぎていく人たち。
誰もボクを見ないし、ボクも誰をも見てはいない。
誰にも気に留められなくなるくらい、ボクはこうしているのだろう。
ただ、そこにいて、ただ、そこで待っている。
待っている。
ずっと待っている。

帰りを待っている。

きっと帰ってくる。
ボクは信じている。
ボクだけはずっと。

だって、おかしいじゃないか。
どうして死んだなんて言うのか。
遺体もないのに。
信じられるわけがない。
どうしてお墓があるの。
中はからっぽなのに、おかしいじゃないか。
なんで泣くの。
彼のために、何を悲しむの。

わからないよ。

ただいまって言うときの、あの笑顔をまだ覚えている。
それを信じて待っている。

まだ、まだまだ、待っていられるんだ。
だからお願いだよ、新しい真実はいらない。
探さないでいい。知らせないでいい。
ボクは、待っているんだから。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
本スレ910さんと思い切りかぶった?
しかも「五年目」あんまり関係ないことを反省している。

3246-909「今日で五年目」:2006/05/31(水) 22:53:17
朝起きて、何も変わらない部屋を見渡して、ああすっかり慣れたんだな、と思った。
相変らず散らかっていて汚い部屋だな、としか感じなくなってからもう大分経つ。
妙に広くて寂しいとかそういうことを考えなくなって、もう大分経つ。

顔を洗って、ひげをそって、食パンをかじって、歯を磨いて、寝間着から外に出られるだけの格好に着替える。
今日もバイトだ。未だに僕はフリーターだ。
夢なんか追いかけて馬鹿みたいだと母は言う。僕もそう思う。そう思うけど、まだ踏ん切りがつかない。

あの頃、僕たちはふたりで夢を追いかけてた。目指す方向は違ったけど。
あいつのCDジャケットは僕がデザインするんだとかぬかして、そりゃお前ミュージシャンとデザイナーが
恋人だったら一大スキャンダルだとか冗談を言って笑い合った。

そのあと僕を置いてかれは夢を掴み取った。このおんぼろアパートを出て、知らない町へと去っていった。
いつかそういうときが来るんだと思っていたから、覚悟は出来ていた。
ううん、そんなのは嘘だ。
振り返らないと決めたのに、僕はまだこうして何となく諦めきれずにいる。
追いかけているのが夢なのか、かれの背中なのか、それともただ単に思い出にしがみついているだけなのかは、
僕自身よくわからないけど。

僕ももうすぐ三十歳になる。地元の父も僕に仕事を継がせたがっている。
潮時があるのなら今なんだろうと、最近ようやく思うようになってきた。

『それでは×月×日、今日の天気は……』

お天気お姉さんの声で今日の日付をようやく飲み込んだ。ああ、そうだ。今日だったんだ。
何の記念日でもない、ごく普通の日。
――あいつを笑顔で送り出して、もう五年。

来年はちゃんと思い出せるかどうか、ちょっと自信がない。

325今日で五年目:2006/06/02(金) 00:42:47
手首に当てた刃に、ぐっと力を込める。
全身から汗がどっと吹き出し、ガチガチと歯が鳴った。
切りつける腕に力が籠もりすぎて、刃がうまく刺さらない。
それでも赤い線が走って色が零れる。血は雫になって腕を伝っていく。
体の震えが増す。生理的な涙がこみ上げたそのとき―――
「開けろ!ここに居んだろッ!クソッ…クソ…がァァァ!」
ガシャン、という音とともにガラス戸が破られた。
「こん……ッの馬鹿!!」
ガラスの散乱する浴室にためらいなく足を踏み入れた弟は、
茫然と見上げる僕の手から刃物を取り上げ、頬を張り飛ばした。
「な……なんで………」
「なんで、なんて言うなボケ!」
憤怒の表情で現れた弟の顔が、泣きだす寸前のように歪む。
「ちくしょ……誰が許したよ…こんな…こんな…!」
弟の激情に圧倒されて、僕は体をこわばらせてその場に固まっていた。
弟はケータイで救急車を呼びつけながら、着ていたシャツを脱ぎ捨て
僕の腕に巻きつける。
「なんで…5年も経ってんのに…なんで今更……畜生、畜生ッ!」
僕を抱えこむ弟の腕の中は、怖いくらいに暖かかい。
僕は押さえられたのとは反対の手を床に這わせて、刃物を探す。
…僕は怖いんだ。怖くて、怖くてたまらない。
彼の死から5年目の今日。
胸の傷がとっくに癒えていることに僕は気づいてしまった。
あんなに愛していたのに、もう思い出しかここにはない。
怖いんだ。あの胸が引き絞られるような痛みを思い出せない。
彼を愛していたのに。愛していたのに。
「愛してるんだ…まだ愛してるはずなんだ…」
壊れた蛇口のように、とめどなく涙が零れていく。
「お願い、逝かせて…。お願い…お願い…」
弟の腕が痛いくらいに力を込めて僕の肩を抱く。
「…アイツのとこになんか、やんねえよ」
弟の吐息を首筋に感じながら、僕は近づいてくるサイレンの音を聞いていた。

3266-909「今日で五年目」:2006/06/02(金) 15:38:22
しかし、彼は大学を卒業して、バンドを辞める決意を固めていたんです。
その決意を聞いた僕は、彼を引き止めました。必死で引き止めたんです。
今思うと、常識が無い行動ですが、彼に「行かないでくれ」と言うにとどまらず、
彼の両親に直接会いに行って説得したり、彼の先生に「単位をやらないでくれ」
とお願いしたり、常識では考えがたい行動をとっていたんです。
結果、彼は、卒業して就職しました。
しかし、「卒業する。就職する。しかし、バンドは辞めない。僕からも離れない。」
彼は、そういう約束を、してくれました。
僕は、大学を辞めて、彼と一緒に暮らすようになりました。
その頃にはもう、僕は彼無しの人生なんて考えられなくなっていたんです。
だから、もし次、彼が僕から離れていくようなことが起こったら、僕はおかしく
なるだろう、と、思っていました。僕は、それを何よりも恐れました。
今日懺悔しに来たのは、そのために、僕がやったことです。

まじないって、知ってますか? ええ、おまじないではなく、「呪詛」の方です。
ある日、僕がポストを開けると、「まじない代行」というチラシが入っていました。
その頃、何よりも彼と離れることを恐れた僕は、すがるような気持ちで、その
チラシに載っていた番号に、電話しました。いまだに覚えています。
ワンコールも鳴らない内に、受話器がとられました。
僕は、まとまらない頭で、彼と一生一緒にいたい、ということを30分ぐらいかけて
訴えました。電話の向こうでは、時々あいづちが打たれるだけでしたが、僕が
話し終えると、金額と効力が続く期間が提示されました。僕が、アルバイトで
一週間働いた程度のお金で、5年間効力が続く、と言われました。
僕は、それをお願いして、彼と一緒にいられるまじないをかけてもらいました。
そちらから、見えますか? …これが、そのまじないを注文した後、送られてきた人形です。
ええ、藁人形です。ボロボロですが、まだ形はとどめています。

まじないをかけてから、彼は、ずっと、僕と一緒にいてくれました。
離れるという話は、一度も出てきたことがありません。
僕は幸せでした。彼さえいれば、何もいらなくなっていました。
いや、その気持ちは、いまだに変わっていません。
むしろ、その気持ちだけで、僕は生きているようなものです…。
…しかし、昨日、彼に告白されました。
……教会では、同性愛は、タブーでしたよね…。すみません。
でも僕は、昨日すごく嬉しかったんです。人生で、二度目の天にも昇る気持ちでした。
彼は、僕の目を見て、「ずっと一緒にいよう」と言ってくれました。

…でもね、神父さん。僕、怖くなったんです。
彼の気持ちに、嘘は無いと信じています。そんな、嘘をつけるような人じゃありません。
でも、彼がそういう気持ちを僕なんかに持ったのは、僕がまじないをかけたからではないでしょうか。
そう思った理由は、今日で5年目だからです…。
もし、まじないが本当だった場合、今日でまじないの効果は終わるはずなんです。
この藁人形は、5年間毎日持ち歩いても、藁がほどけたり抜け落ちたりはしなかったのに…、
今朝、腕の部分がパラリとほどけました。今は、足の部分もほどけて、藁にもどっています。
もし、彼が昨日、僕に言ってくれた言葉が、この人形が言わせたことだったとしたら…。
だとしたら、僕は…間違ったことを、やってしまったのではないでしょうか。

327 6-909「今日で五年目」 2/2:2006/06/02(金) 15:38:51
ええ。足元の荷物は、僕の荷物です。
怖くなって、家を出てきてしまいました。
彼の告白には、応えました。…気持ち悪い話かもしれませんが、昨夜、初めて彼とつながった時…、
世の中に、こんな幸せなことがあるか、と思うぐらい、幸せでした…。
でも、僕には怖いのです。今日の彼と会うのが、本当に怖い。
だから、僕は逃げることにしました。
もう…一度寄り添ったのに、離れられるなんて、無理です。
ですから、ここで自分勝手な自分に、懺悔していきたいと思います。

すみません、神様。
僕は、同性を愛し、まじないで心をゆがめ、彼の心を手にしました。
…幸せでした。ですから、地獄に落とすのは、僕だけにしてください。

…すっきりしました。
ありがとうございました、神父さん。
次に会う時があれば、いいですね。それでは、失礼いたします。

3286-909「今日で五年目」:2006/06/02(金) 15:44:19
326、冒頭の部分が消えていましたorz スミマセン
======================
ここで、懺悔したのでいいんですか。
あ、この板の向こう側に、神父さんがいらっしゃるんですね。
すみません、こういった所ははじめてなもので。
キリスト教徒じゃなくても、懺悔ってしていいんですよね。
…ええ、では話させてもらいます。

彼と出会ったのは、僕が大学に入学した時でした。
彼は2つ上の先輩で、岩のような顔をしているのに、優しくて小心者な
ところがあり、僕はいつのまにか、彼の飼い犬のように、彼の後ろを
ついてまわることが、至上の喜びとなっていました。
彼が、僕に「バンドやらないか」と話をしてくれた時は、天にものぼる
心持ちでした。
僕はその頃、この幸せな時間が、いつまでも続くものだ、と思っていました。

状況が変わったのは、僕が大学2年になった時です。
彼と一緒にいることが、僕の生活の全てになっていました。

3296-980 身代わり:2006/06/04(日) 02:01:17
リロって良かった…でもせっかく書いたのでこっちに投下します。



耳慣れない名で呼ばれたそのとき僕は気づいた、色々な事に。
いや、もう本当は随分前から気づいていたんだ彼の矛盾に。
でも僕のような人間でも人並みの愛情を貰えると思って浮かれて、全てをどこかに押し込めてた。
もう限界か、残念だけど、悲しいけれど。

「じゃあ、行ってきます」
玄関先で見送る彼に手を振った。
何も言わずに消えるのは、せめてもの虚勢だ。

3307−9「かたつむり」:2006/06/05(月) 02:42:29
駅前のパン屋で朝食用のパンを買って、通勤の道すがら食べるのが日課だ。
店の脇に自転車を止めながら、はやくも店内に並ぶ焼きたてのパンに思いを馳せる。
昨日も食べたけど新作の麻婆パンはやっぱりいいな、しかし今日はツナジャガパンの気分かも……
そんな事を考えながら店に入ると、
「いらっしゃい……あ!お兄さん、待ってたんすよ!」
レジにいた店員が、そう言って俺に駆け寄ってきた。
この若い店員は去年の夏頃からこの店で見かけるようになったヤツで、確かにそれから
ほぼ毎日顔を合わせている仲ではあるが……
「……え、な、何?」
「あのっすね……コレ。」
店内にはおれたちしかいないのだが、彼は声をひそめ、辺りを憚るようにしておれに紙袋を渡した。
おれが紙袋の中身を確かめようとすると、
「あっ、あっ、あのっ……目の前でっつーのはちょっとかんべん……!!」
と妙なうろたえかたでおれを制止する。
「実は、自分が初めて考えた創作パンの試作品なんすよ。……そんで、ゲンカツギみたいな感じで、
うちのプラチナ常連のお兄さんに、一番に食べてもらえたら……その、勇気が湧くかなーって」
しどろもどろになりながらも真っ直ぐおれをみつめてくる眼差しに痛いくらいの誠意を感じて、
……って、おれがここで赤くなるのはおかしい。
「わかった、お前の大事な第一作はおれが確かに受け取らせてもらう。これからもがんばれ。」
「……!!やった!ありがとうございますっ!」

「明日も来てくださいねーっ!いってらっしゃーい!」
明るい声に見送られてパン屋を後にする。
駅前の通りを曲がって商店街に差し掛かった辺りで、ようやくおれは紙袋に手をかけた。
中には粉チーズをまぶしたデニッシュ生地で形を模した『かたつむりぱん』が入っていて、
そいつは食べてしまうのがもったいないくらいかわいかった。

3317-19 寝不足です 1/2:2006/06/06(火) 02:23:09
 ローションをたっぷり使いよくほぐす。
 挿入の際にはコンドームを必ず付けましょう。
 * 油性のローションはゴムを溶かすので水性を使ってね


家族が寝静まった後の深夜のリビングで、ひとり、ひっそり、パソコンに向かう。
室内照明やテレビをつけるわけにはいかない。誰か起きて来るかもしれないから。
これは秘密裏に行われなければならない。履歴もきちんと削除する。
暗闇に薄ぼんやりと明るいデスクトップにうつし出されているのは『セックス講座』
その中で俺が熟読した項目は「アナルセックス」
見紛うことなきアダルトサイトが次々と表示され、いつも母さんが料理のレシピなどを検索しているパソコンなのに、
とても申し訳ない気持ちでいっぱいになる。ごめんなさい、ああ、本当にごめんなさい。
もし見つかったら…なんてことは考えない。考えちゃいけない。
見つからないようにするんだから考える必要はないんだ。うん。
わけあって自分のパソコンは修理中につき、やむを得ずの隠密行動。
暗いところで何時間も画面を見ていたから、目が疲れて、頭も痛い。
ぶーんと低くうなる機械音が、脳みそに響いて思考力を低下させている。

 指が2本入るようになったら準備OK
 ゆっくり無理せず挿入しよう

体験談もFAQもグッツ販売まで読み漁った。
広くて深い大人の世界…大波小波に飲み込まれ打ち上げられ、深海に引きずり込まれ、海面に叩きつけられ、
すっかりボロボロの遭難者です。ありがとうございます。

 受け入れる側がリラックスしていることがとても大切です。
 力が入っていると痛いし、入らないよ!

当たり前だが、挿入する側とされる側がいるんだな…と今更気付く。
男同士でもどちらかが、どちらかで、どちらかは、どちらかなんだ。
ぼんやりした頭に、あいつの笑顔が浮かんできた。
…ホント、無駄にかわいいよな。そう、かわいいんだ、こいつ。
だから男に告白とかされるんだ。あんな風に笑ったりするから。
あいつはどっちなのか?あいつに告白したって男はどっちなのか?
そこまで本人は考えてるんだろうか…考えてるわけないな、あいつだもんな。
「アナルセックスのやり方」なっかに興味を持って、そいつとする気があるってことか?

脳みそが疲労困憊していてよかったと思う。
これ以上の妄想は今はできない。できなくていいんだけど。

…何やってんだろ、俺。
別に頼まれたわけでもないのに、こんなこと調べて俺は、親切に教えてやる気なんだろうか?
あいつが誰かとセックスする時のために?
まだ夜はちょっと肌寒い。風呂上りで髪も乾かさないままだったから、身体が冷え切っている。
へっくしっ!っと中途半端なくしゃみがひとつ…もう寝よう。
プリンタの電源を入れて印刷開始。
口頭で説明なんか到底できないから、紙で…って結局教えるつもりなのか、俺。
少し考えて、印刷した用紙をシュレッダーにかけた。

3327-19 寝不足です 2/2:2006/06/06(火) 02:24:13
翌日、あまり眠っていないことで、とてつもなく身体がだるかった。
もう、昨日詰め込んだ知識におなかがいっぱいで、吐きそうだ。
授業開始ぎりぎりの教室に入るなり、机に突っ伏してダウン。
一時間目の授業はほとんど聞いていることができなかった。

休み時間、あいつがやってきて前の席に座り、俺の方を向く。
無駄にかわいい笑顔を振りまきながら。
「んん?珍しいね。眼鏡してないなんて」
昨晩の疲労が祟って、かけると頭が痛いんです。
見えてるのとばかりに至近距離に顔を近づけ手をヒラヒラさせる。
見えてる、見えてるからあんまり近づくな。…なんかクラクラする。
そして、俺の顔をまじまじと見ていたと思えば「なんか調子悪そう」とあいつは言った。
笑顔が心配顔に変わる。
ただの寝不足だよ、大丈夫だからと答えれば「そう?」と心配顔が少し和らいだ。

やっぱり笑顔のほうが、俺は好きだな…

一瞬そんなことが浮かんできて、妙に恥ずかしくてひとりで焦る。
かわいいとか笑顔が好きとかもう、昨日から俺は何を考えているんだ一体。
昨日に引き続き思考力低下中。やっぱりちゃんと寝ないと駄目だな。
頭に血が上っていって、身体が熱くなった。きっと顔も赤くなってるだろうと思って、慌てて眼鏡をかけた。
急にクリアになる視界。
目の前に、机に顎を乗せて俺を見上げるあいつがいる。
黙ってじいっと俺を見ている。
いつもならうるさいくらい喋りつつけているのに、どうしたんだろう?
はじめて見るだろう神妙な顔つきに、俺も声をかけることができない。
そのうち、どうやらあいつの視線の先が俺の口元だとわかった。何かついてるのか?
無意識に唇に指を当てたとき、あいつが言った。
「なあなあ…」
こいつの「なあなあ」は要注意だ。嫌な思い出がある。
でも前回とは違い、随分と趣が違うようだが。
「なあなあ」の後にまた、俺をじいっと見る間を置いて、続く言葉。
「委員チョ、キスしたことある?」


いろんな思いが頭の中で膨らんで、ボンッっと爆発したのだと思う。

席を立っら、グラリと教室が回転するんだもの驚いた。
机といすに身体のあちこちがぶつかったけれど、床に打ち付けられることはなかった。
誰かが支えてくれたんだってことだけわかった。

とりあえず、保健室で寝不足を解消すればどうにかなると思ったら、
どうやら俺は、熱があったらしく、早退させられた。

委員長、風邪をひきました。

3337-79「左翼×右翼」:2006/06/09(金) 01:34:00
「はい、あーん。」
「…ちょっと待て、何だそれは。」
「何ってりんごだよ。おいしいよーフレッシュだよー。」
「どこの世界にりんごを輪切りにするヤツがいるっっ!!」
テーブルの上から新しいりんごをひったくり、台所で実演してみせる。
「りんごって言ったら…こうだろっ、こう!!」
「…おー、ウサギさんだねぇ。」
すると、やつは何か思いついたように立ち上がって、部屋を出たと思ったらすぐ戻ってきた。
「かわいいウサギさんと記念写真撮ろう、笑って笑ってー。はい、ビーフ!」
「なんっだよビーフって!!チーズだろ!そーゆーもんだろ?!貸せっっ」
カメラを奪い取って、やつをりんごの脇に座らせる。
「笑え!…はい、チーズ!」
パシャ
「あ…そういえば、洗濯物乾いたかな。取り込んで畳まなきゃ。」
「…………………おい。」
「なに?」
「な・ん・な・ん・だ、その畳みかたは…折り紙じゃねぇんだよ!」
ヤツの手から洗濯物を取り上げ、我が家に先祖代々伝わる伝統的な畳みかたを教えてやる。
「いいか、だからシャツはこの襟元をこう!これが一番……聞いてるか?!」
「うんうん。」
「…まったく。で、この引き出しにしまうんだな……ってお前なぁぁあ!!」

人の作った規則やマニュアルに従うのが大っ嫌いな僕と、伝統や慣習が大好きな彼。
正反対で相容れないけど、そこに惹かれてしかたがない。
「なめてんのかお前?!なんだこのカオス空間!パンツはパンツ、靴下は靴下、無地と柄モノできちんと分けろっ!!」
怒鳴り散らす彼がかわいくて、ほんとは少しわざとやってることはナイショだ。

3347-99 優しく踏んでね?:2006/06/10(土) 15:22:52
・・・遅い。
奴は今日の2時に、俺の家にに遊びに来ると言っていた。
それなのに。
・・・もう3時になる。

さっきまではまだ心配ではあったが、ここまで遅いと心配も苛立ちに変わる。

まさか、奴は自分で言った約束を忘れているのではないか?
そう思った俺は、奴に電話をかけるために携帯に手を伸ばした。
その時。

ピーンポーン
「わりーわりー 遅くなった!」

ドアが開く音と同時に、間抜けな声が響く。
アパートで大声を出すな、と何度言ったら・・・!

そんな俺の苛立ちをよそに、奴は俺のいる部屋にずかずかと入ってきた。
アパートだから静かに歩けと、何度言ったら・・・!

「遅い。 何をしていた?」
「いや、ここに来る途中に自転車のタイヤがパンクしちゃってさー
 仕方がないから歩いてきたんだ」

そう言うと、奴は俺の横にうつぶせになった。

「・・・? 何のつもりだ?」
「いや、ずっと歩いて足が疲れたんだ。
 マッサージ代わりに、足の裏を踏んでくれよ」

・・・俺の心配は一体なんだったんだ。

奴の足の裏に自分の足を重ねた途端、奴は慌てて
「あ、優しく踏んでね?」
と言ってきた。

・・・知った事か。
俺は、今までの苛立ちをぶつけるように、奴の足を思いっきり踏んでやった。

3357-109:2006/06/10(土) 19:55:46
なーなータカユキぃ。遊ぼうよー。つまんねーよー。

「はいはい、あとでな」

さっきからずぅーっと『あとでな』ばっかり!俺をほったらかして何してんだよ。

「今宿題してるんだから、邪魔しないで」

なんだよ。俺よりそんなもののほうが大事だってのかよ。
俺とらぶらぶしようよー。
「ご飯はさっき食べただろ」

ちげーよ腹なんか減ってねーよ!タカユキの飯なら胃が破裂しても食うけど!
あーもう、かーまーえーよー。

「いい加減にしろ!これ明日提出なんだぞ!お前に構ってる暇はないんだよ!」

……そーかよ。そーですか。
つまりタカユキは、もう俺のこと愛してないんだな。
いーよいーよ!俺もタカユキなんか嫌いだよ!もう知るもんか!
あとで謝っても許してやんないからな!


「こらー!!あそこはトイレじゃないって、何度言ったらわかるんだ、タマ!!」

ふーんだ。あれはタカユキが悪いんだもんね。

「もう、気に入らないことがあるとすぐこれだ」

お、謝るか?謝るのか?まぁ謝ったって許さないけどな。

「罰として明日の朝は飯抜き!」

えーなんだよそれ!俺が悪いのかよ!
いーけどな。勝手に袋破って食うから。

「あと、俺の膝の上は一週間禁止」

すいませんごめんなさいホントそれだけは勘弁してください。


____________

不可抗力ではなく意図的になりました。

3367-79 左翼×右翼 1/2:2006/06/10(土) 23:28:36
後半に残虐+グロ描写があるので注意してください。

――――――――――――――――――――――――――――

ずっと、どこかで会ったことがあると思っていた。

その男とは、挨拶をする程度の仲だった。
特に趣味というものを持たない俺は、週末の暇を図書館で潰すのが常で、
数年前から隣町まで足を伸ばして、少し大きな公立図書館に通っていた。
男はそこの司書をしている。
毎週末通ううちに、お互い顔を覚えてしまい挨拶を交わすようになったのだが、
先日、駅前で偶然出会い、立ち話をするも不思議と話が尽きず、そのまま飲みに行った。
気の合う相手というのは、時間をかけずとも分かるもので、男がまさにそれであった。
物腰が柔らかく、おっとりとして見えたが、実はずいぶん芯のしっかりした性格で、
そんなところも気に入った。

驚いたことに、十は下だと思っていた男は、自分とそう変わらない年齢で、今年五十になると言う。
若く見えるだけでなく、たいそう整った顔もしていて、館の職員はもとより近所の主婦にも人気があった。
「噂を聞かない日はないですよ」
と言うと、
「こんな歳まで一人身でいる男の私生活が気になるだけですよ」
そう自嘲気味に答えた。
確かに、噂の仲にはひどく下世話なものもあり、俺はそれを思い出したのだが口にはしなかった。

そうして俺たちは、お互いの仕事帰りに落ち合って飲みに行ったり、図書館の休憩時に昼食を共にしたりと、
頻繁に会うようになっていた。
暇を潰しだった図書館も、いつのまにか男に会うのが目的に変わっていて、俺は少々照れくさかった。
男といると何故かとても懐かしい気持ちになり、心がむず痒くなるのだ。
何か大切なものを忘れているから思い出せと、急かすものがあるようで。
初めて見たときから、どこかで会ったことがあると思っていて、しかし、あまりに直感的すぎて、未だに言えずにいる。

あるとき、男が返却された本を棚へ仕舞うのを見ていると、襟首に黄色い紙切れが付いているのに気付いた。
俺は、読んでいた本を閉じて背後に近寄り、
「ちょっと下を向いてください」
と肩をつついた。
「え?」
「上着、クリーニングに出したでしょう」
そう笑いながら言うと、男は恥ずかしそうに頭を垂れた。
クイッと軽く襟を引くことで、俺は男のうなじを見ることとなる。

全身を電気が走り抜けたような衝撃に、息をすることもできなくなった。
ずっと、どこかで会ったことがあると……。
ほの白く、皮膚が突っ張ったように盛り上がった楕円形の傷痕。
その位置、形、何よりその首筋に、忘れていた記憶が蘇ってくる。


降り止まない雨の音。
ベニヤが打ち付けられた窓。
締め切った火薬臭い部屋の蒸し暑さ。
響く呻き声と、荒い息遣い。

3377-79 左翼×右翼 2/2:2006/06/10(土) 23:28:55

それはまだ、大学がバリケードで囲まれていた頃の話だ。
机や椅子、はてはロッカーまでが高く積まれ、人一人がやっと通れる通路を
壁に肩を擦り付けながら抜ける学生会館の階段。
その先に俺たちの溜まり場はあった。
大学に入りたての時分、時代と周囲に流されて俺はそこにいた。
しかし、元来の負けず嫌いが援けて、バリケードの内側で夢中で本を読んだ。
マルクスはもちろんサルトルやカミュ、キルケゴール、カント、デカルト…
後にも先にもこれほどたくさんの本に、思想に触れたことはない。
そして一年も経たないうちに俺は、一端の新左翼学生となっていた。

当時、学生運動は全学連の細分化が進み、党派闘争へと発展しつつあった。
ノンセクトラジカルである俺たちは、セクト間の対立を一歩ひいたところから見ていたものの、
このまま運動を続けていくのには、いずれどこかに身を寄せなければならないのだろうと気付いていた。
そんな変革にあって皆、苛立ちを隠せずにいたとき、
一人の学生が持ちかけた、それは糾弾という名の下に行うリンチ計画だった。
学生の中に、公安のスパイがいると、そいつはいった。
数日前に、懇意にしていたセクトの幹部が逮捕されたばかりだったので、仲間は皆、その話に食いつく。
俺は正直あまり乗り気ではなかったのだが、実際、スパイだとして連れられて来られた学生を見て、
その場から立ち去るどころか、動くこともできなくなってしまうのだ。

学生は、必死に無実を訴えていが、浅はかにも自ら明かした父親が公安幹部という情報だけで、
糾弾するに充分な材料となった。
後ろ手に縛られ、抵抗して殴られたのか、既に口の端が切れて血が滲んでいる。
男にしては白すぎる肌に、血の赤がひどく艶かしく見え、俺は喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
血のせいだけではない。その青年は一種独得の色気を持っていた。他人の加虐欲を刺激する色香だ。
隣にいた仲間が、俺と同じように喉を鳴らしたのがわかった。
先ほどまでの詰問はどこへか消え、皆一様に押し黙っている。
どのくらいその状態が続いてからか、誰かが振り切るように、青年の腹部を蹴り上げた。
するとそれが何かの合図であったかのように、次々と暴力が加えられていく。
リンチが始まると、青年は一切の弁明をあきらめたのか、助けを求めることさえしなくなった。
ただ小さく呻く声が時折聞こえ、その声に俺は、俺たちは、異常なほどに興奮を覚えたのだ。
俺たちもまた、誰一人として言葉を発せず、部屋は異様な空間となっていた。

青年は、血を流せば流すほどに艶かしく変貌していく。
ベニヤが打ち付けてある窓の隙間からわずかに光が入って、その姿態を見せ付ける。
締め切った部屋は、蒸し暑く、汗と火薬と血の臭いが混じり合い、男たちから思考を奪った。
誰が最初だったかわからない。いつの間にか、暴力は性的なものへ移行していた。
俺もまた、未だかつて経験したことのない、猛烈な加虐欲と性欲に支配され、青年を犯した。
静かだった。
行為は激しく、凄惨さを極めているのに、俺は静寂のなかにいた。
雨の音が聞こえていた。
入梅の記事を読んだのは今朝。
これからしばらく雨は降り続くだろう。
そんなことを考えていた。

青年の身体が自分の動きにあわせて揺れるのをぼんやりと見ていたら、
いつのまにか、そのうなじに噛み付いていた。
犬や猫が交尾の際するのと同じように、首筋に噛み付き、動きを抑えた。
そしてそのまま噛み千切る。
初めて、青年が叫び声をあげた。
鮮血が流れ落ち、コンクリートの床にパタパタと音を立てる。
その瞬間、俺は青年の内で果てたのだ。
彼の血肉を味わいながら…。


あのときの状態を、後から説明しようとしてもどうにもうまくいかない。
男に欲情したのも、加虐欲を感じたのも、それきりだ。
俺たちはその後、衰退する学生運動から遠のき、散り散りとなった。
社会に出てから何度か顔を合せることもあったが、あの日のことは一切口に出さなかった。
もちろん、青年の行方も、俺は、名前すら知らなかったのだった。


盛り上がった傷痕に、指先を触れさせる。
男の身体がわずかにこわばった気がする。

俺の口の中に、血の味が広がった。

3387-99 優しく踏んでね?:2006/06/11(日) 00:07:21

「待って…いた…い…ッ。」
「痛い?それくらい、我慢しろよ。」 
 ユウヤは何とか体勢を変えようとしているようだが、痛みと俺の重みで身じろぐことも出来ずにいるようだった。
「ごめん、俺、上は、初めてだから。」
 少し冷た言い方をしたと思った俺は、バランスを取りながら言い訳をした。
「わかって…るから、…ッ…ごか…ないで。」
 些細な揺れも感じ取るのか、息を詰めながら話すユウヤを見て俺は出来る限り動きを止めた。
 
 しばらくして笛の音が聞こえて、俺はユウヤの上から降りた。
 立ち上がったユウヤが自分の足に付いた砂を払う。
 膝に食い込んだ砂粒が痛そうだ。
「足、痛そうだな。」
「ううん、もう平気。でも次はもうちょっと優しく踏んでね?」
 ユウヤの笑顔にどきりとして下を向く。
 笛がまた鳴った。
 組体操なんて考えた奴はきっとサドかマゾだったのだ、などと思いながら俺は出来るだけそっと足を乗せた。

3397-119 また、明日:2006/06/11(日) 04:42:54
夕日が遠くて、朱すぎて目が痛くなった。
沈む太陽を背に、もう一度奴は投球フォームに入る。スローなその動作の最中、ズバンと音を立ててボールが俺のミットに納まった。
慣れてるとは言え、もう何時間。いい加減手が痛い。
目が痛いのも、見えにくくなったボールのために目を凝らしたせいだと気がついた。
俺の返したボールを受けて、奴がまたフォームに入る。もうちょと、か。
腰を落として構えた俺に、奴は少し妙な顔をした。振り上げた腕を下ろす。
「?どうした?」
「いや、いい。・・・今日はもう止めとこう」
「何言ってんだ。夏のレギュラーの発表までそんなに間はないぞ。
ベンチ、入りたいんだろ?」
「いいんだ、今日は。もう帰ろう」
言いながら、奴は俺の横をすり抜け、フェンスの後ろのバッグを手に取った。
「待てよ」
俺は慌てた。置いていかれるのが嫌だったんじゃない。
「お前、俺に気ィ遣ってるだろ」
肩に手を置いて留める。利き腕じゃない方の肩。
「気を遣ってる訳じゃない。お前が壊れると俺が困るから、今日は止めるんだ」
「俺は大丈夫だ」
「大丈夫じゃない。・・・目、赤い」
防具を除けて、近くに目を覗き込んでくる。
心臓がばくばくウルサイのを、気付かれたらどうしよう。
「お前、自分が壊れても俺をベンチに入れようとしてるだろう」
「そんなこと、」
「いいか。俺の女房はお前だ。お前もベンチに入るんだ。
だから壊れるな」
無愛想な短い言葉だけを吐いて、「帰るぞ」と歩き出した。
泣きそうに感動している俺の言葉も、聞いてくれたっていいのに。

「また、明日な」
「あぁ。明日な」
「フロでちゃんと肩をほぐせ。マッサージは覚えたな?」
「はいはい」
「湯には10分は浸かれよ」
「うるせぇな」
「じゃ、明日」
「おう」
昨日と同じような会話を、今日もまた繰り返す。
いつかテレビの向こうで白球を投げるお前を見る、その日まで。

3407-149 今年の紫陽花は何故か青い:2006/06/12(月) 20:01:44
死にネタ注意
――――――――――――――――――――――――

「おお、綺麗に晴れたなあ!」

若旦那が太陽と一緒に笑いながら庭へ出てきた。
しばらく雨続きで出られなかったから嬉しいのだろう。
下駄をころころ鳴らし、機嫌よく庭の植木を見て廻る。

「うん、皆元気そうだ。お前の様な腕のいい庭師を雇えて俺は幸せもんだなあ。
 で、これはなんてえ木だい? みかんか? 柿か?」
「みかんも柿もこの庭には植わってませんよ…」
「何ぞ実がなるモンは無いのかい。楽しみがないよ楽しみが」
「大旦那が虫が寄るからと言って嫌ってらっしゃいますからね。さ、薬を撒きますよ」

ひゃいひゃいと子どもの様にはしゃぎたて、若旦那は口元を押さえて逃げ出す。
少しユルいとは思うが、こんなに喜んでくれるならば庭師冥利に尽きるというものだ。

「これは知ってる。紫陽花、だ」

撒いたばかりの露を弾き、若旦那は紫陽花を指差して笑った。

「でも、今年の紫陽花は何故か青いな。去年は赤だったのに色が変わってる」
「赤いのがお好みですか?」
「……いや、今年は俺の親友が長い長い旅へたった。
 紫陽花もそれを悲しんでるんだろ。やつもこの庭が大好きだったからな」

そういって土を少し握り、口元へ一度やると撒きながら部屋へと戻っていった。

――薬を撒いたんです、若旦那。
虫が、俺の大事な木に虫がつきそうだったから。
食い荒らされるくらいなら俺は毎夜悪夢にうなされても良い。
目が覚めれば可愛い木の愛らしい笑顔が見られるから。

俺は眉を寄せて、土からはみ出た虫と着物の袖を埋めなおした。

341 7-149 今年の紫陽花は何故か青い:2006/06/12(月) 20:32:18
トロトロ書いてたら投下されてたので、こちらに。
―――

「これ、一緒の買おうよ」

そう言われたのは確か、大学二年の夏だったと思う。
二人で出掛けた神社の縁日で恵介にそう誘われて買った指輪は、つけるのが恥ずかしいほどチャチな作りだった。
どう贔屓目に見ても子供の玩具にしか見えないそれは、けれど当時の俺たちにとって確かに宝物だった。
安っぽく、下品な輝き方をする、ギラギラしたアルミの指輪。
それを人気のない陰で、結婚指輪か何かのような慎重さで互いの指に嵌めあったのを覚えている。
頬を真っ赤に染める恵介にその場で口付けて、「ずっと一緒にいような」と囁く。
それにこくんと首を頷かせる彼をきつく抱きしめて、もう一度、今度は深いキスをした。

――大抵のカップルは、自分達に終わりがあるなんて予想していない。
俺たちも当然その例に漏れず、この指輪を外す日が来るなんて事は夢にも思っていなかった。

月日は巡り、指輪は色褪せ、相思相愛だったカップルは倦怠期を迎える。
俺たちは些細な、本当に心から下らないと思えるようなことで言い争いを重ね合った。
それはゴミの出し方だったり、エアコンの設定温度だったり、着信履歴の見知らぬ名前だったりした。
恵介と俺は徐々にすれ違っていき、ついに決定的に崩壊した。
「別れよう」と、先に結論付けたのがどちらだったか、どうしてか記憶にない。
覚えているのは、俺の部屋から無言で出て行ったあいつの後姿だけだ。
あいつが出て行ってすぐ、やけに広く感じられる部屋で、数年ぶりに人差し指の指輪を外した。
強くぐっと手に握って、力任せに窓から庭へ放り投げる。
それはきれいな山形を描いて、アジサイの植え込みの辺りに落ちた。

数ヵ月後、恵介を忘れようと努力する俺を嘲笑うように、庭に青いアジサイが咲いた。
忘れることなど出来ないのだと、思い知らされたような気がした。

3427-149 今年の紫陽花は何故か青い:2006/06/12(月) 23:40:49
今年の初めに日本へやって来たばかりの、金髪の友人。
彼は梅雨の湿気にやられてか、ここのところ随分と気が沈んでいるように見えた。
ちょっとでも気晴らしになればと、やってきたのは紫陽花で有名な寺…は混んでいるので、
その近くにある、あまり知られていない紫陽花園。
平日の昼前だから僕たちの他に人影はなかった。
こじんまりとした敷地内に、所狭しと咲く紫陽花。
小雨がぱらつき出したが、傘を差すほどではないと思った。
雨に濡れて、花はしっとりと美しさを増す。
僕の少し前を歩く友人は、園の入り口でその光景を見渡し、すぅっと大きく息を吸い込んだ。
そして小さく呟く。
「青い…」
ああ、紫陽花の色に、驚いているのか。
確かに、ちょうど盛りの紫陽花は、インクを流し込んだように深い青色をしていた。
「日本は雨が多いから、紫陽花は青が一番濃くなるのが普通です」
「へえ…」
ちゃんと聞いているのか、心ここにあらずな声が返ってくる。
「ヨーロッパみたいな乾燥した土壌だとね…」
アルミニウムが吸収され難くってピンク色になるんですよと、説明しようかと思ったが、
彼は僕を置いてどんどん奥へ入っていってしまうのでやめた。
まあ、気に入ってくれたみたいだからいいけれど…。

彼はちょうど園の中央あたりで立ち止まり、自分の周りに広がる青い風景をゆっくりと見渡している。
近づくと、彼の見ているのは紫陽花のようでいて、実は違う遠い場所のような気がした。
そして、何故だろう、とても悲しげな表情だ。
何か話さなくちゃと思って考えを廻らせ、思いついたのは、
「花言葉!」
僕のほうを向かせたくて、ちょっと大きな声を出してみる。
彼はこっちを向いたが、でもまだだ。まだ、心ここにあらず。
「紫陽花の花言葉知ってます?」
青い色の瞳を見ながら僕は話す。
「紫陽花って、咲いてから色々に色が変わるでしょう?だから『移り気』とか『心変わり』なんて言うんですよ」
恋人にあげたら怒られちゃうから覚えておいたほうがいいですと、僕は笑いながら言ったのだが…。

彼は僕を見ていた。しっかりと僕を見つめた。
そしてみるみるその目が潤んで、水滴が零れ落ちた。
青い瞳が溶け出したのかと思って驚いた。
そのくらい唐突に、微動だにせず、彼は泣き出したのだ。
「なんで泣いてるんですか?」
僕は何か気に障ることをしてしまったのかと焦る。
おろおろする僕を見つめたまま、ポロポロと涙を流す彼。
暫くの間そうして二人立ち竦み、霧雨に髪が濡れて、雫になりだした頃、彼が口を開いた。

「…私には、最愛の妻がいました」
知っている。彼が肌身離さず持ち歩いている写真の女性。
彼女が既にこの世にはないことも、知っている。
「彼女の死の間際、私は生涯、彼女以外を愛さないと誓いました」
頬を雨水がつたっていく。
雨は彼の頬も濡らしていたが、後から後から溢れる涙の痕を、消すことはできない。
「誓ったのに…」
そう言って彼は、堪え切れないというように表情を崩す。
泣き顔になる。唇が震えている。
それでも青い目は、僕を見たままだ。
「私は、彼女に謝らなければならない」
僕も馬鹿みたいに突っ立ったまま、彼の目を見ていた。
青い…。
「あなたを、愛しています」

3437-149 今年の紫陽花は何故か青い:2006/06/13(火) 02:40:12
瀟洒な家々の建ち並ぶ住宅街の小道を折れると、いきなり鮮やかな蒼が目に飛び込んで来た。まるで海の色をそのまま映したかのような鮮やかな蒼。
小さな庭先に丸い球を幾つも並べて咲き誇っている紫陽花が皆、それはそれは見事な蒼に色付いていた。
彰の蒼い紫陽花だ。


彰と出会ったのは20年程前の事。
彰は俺たちの海辺の小学校にやって来た少し内気な転校生だった。
海の無い地方で育ったという彰が海を見たのは、それが初めての事だったらしく、まだ海水浴には相応しくない季節だったが、彰は転校してすぐに仲良くなった俺にせがんで海岸に行き何時間も飽きずに目を輝かせて海を見ていた。
海があるのが当然の事として育った俺にはそれが大層不思議な事で、思えばその時から俺は彰に惹かれていたのだろう。
俺はよく彰に付き合っては海辺に行って遊び、海を見詰める彰のキラキラと輝く笑顔に見惚れていた。
高校に入ってから、そんな彰が再び海の無い地方へ帰るという事を聞かされた時、俺は彰を誘って海に行った。
何を話したらいいか分からず、ふたりとも押し黙り勝ちになってただ海を眺め、足下にかかる波と戯れた。
そうして何時間も経ち、海が夕日に紅く染まり、次第にそれを飲み込んでゆくのを、俺たちはふたり砂浜に座り肩寄せ合って眺めていた。
俺がそっと肩を抱き寄せても彰は抗わず、ただ海だけを見詰めていた。
ただ、それだけ。
キスすら出来ずに、たったひとつ見付かった言葉は「また会おう。」それだけだった。
すっかり日が落ち、それでも別れがたく少しあてどなく街を散歩しながら歩いた帰り道、暗闇の中、常夜灯に照らされて鮮やかに浮かび上がる紫陽花の蒼が目に入った。
ちょうど今日と同じように。
「この蒼、海に染められたようだな。」
彰が言った。
「持ってきたいか?」
「ああ。出来ればな。」
「じゃあ、あれはお前の海だ。」
そう答えたのを思い出す。


今年の紫陽花はあの時と同様やけに蒼い。
あれは彰の蒼い紫陽花だ。
彰はどうしているだろうか。あれっきり会えず終いだったが。
また会いたい。


紫陽花の蒼が目に染みてにじむ。
ほんとに…、やけに蒼いな。

3447-159 一万円札×千円札+五千円札:2006/06/13(火) 05:27:04
「おい滝、こーら起きろ」
 よく知った声が耳元でする。ちかちかと、規則正しい音と低音でまとわりつく振動が、なんだか耳障りだ。
「う? 何ですマキさん……」
 好きなひとの声がこんな近くなのに、本当にうるさいなこの音。
「おめー酔い過ぎだ。タクシー着いたぞ」
 ほれ、と乱暴に引き起こされる。しっかりした胸に転がり込んで、俺はその時多分笑ったのだと思う。
「平和な顔しやがってこの。財布出せ、払っとくから……って、げ。おめー五千円と千円一枚ずつしかねーのかよ、やっべー……あ、済みません運転手さん。俺も降りますから。はい、確かに。おら立て。滝、タキ? シノブちゃん、いー加減にしねーとだっこするぞ」
「はぇ?」
 両足と背中を支えられて、俺は耳障りな空間から連れ出された。
「マキさんなに……」
「おめーが面倒がって金降ろしとかねーから俺までタクシー代なくなっちまったぞ。今夜はお前んちに泊まりな」
「え、今何……」
 このひと今何て言った? 俺は好きなひとの腕に抱かれながら、酔っ払った頭を懸命に動かそうとする。
「後で一万円、返せ」


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うまく書き込めなかったので早漏してみるorz

345どうして自分じゃなくてあの子なんだろう:2006/06/15(木) 06:16:21
ずっと、欲しかったんだ。
俺は震える手でそっと彼の頬に触れた。
酒に潤んだ目には普段の鋭い光は宿っていない。
いつもは堅く引き結ばれた口元も、わずかだけど弛んでいる。
頬から瞼、額へと、触れるか触れないのかのタッチで辿っていく。
短く刈り込んだ髪が、触ると意外に柔らかいことを知った。
俺は手をとめて、じっと彼の顔を見た。
酔いに濁った目は俺を映しているのに、何も見ていない。
「……も……」
何か呟いたと思ったら、急に腕をとられて引き寄せられた。
びっくりして固まっている俺の腰を硬くてゴツゴツした指先が掴んで、
服の下に無遠慮な手のひらが潜りこんでくる。
「ちょ…ちょっと滝…!?」
本当に酔ってるのかと疑いたくなるような巧みさだった。
硬い指先に官能を引きずりだされて、あっという間に茹で上がる。
酔った男は、しきりに何かを囁いていた。
「……とも………とも……」
繰り返される言葉は、誰かの名前を呼ぶ声だった。
急に体が冷えていく。なのに頭の芯だけは熱が去らない。
―――こんなに、
こんなに好きな人の一番傍にいるのに、その目に俺は映ってなくて、
肌を合わせて、熱を分け合って、だけど彼の心はここにはなくて、
「馬鹿だ………俺…」
なんで喜んでるんだろう。それでもいいと思ってしまえるんだろう。
まるで針金の指で鷲掴みにされたみたいに、胸がキリキリと痛む。
自分への自嘲と、トモという見たこともない子を羨んで、胸がひどく灼けた。

3467-199恋のプロセス:2006/06/15(木) 22:30:20
空きっ腹で部屋に帰ると、食料がなんにもなかった。外は土砂降り。
「おい…じゃんけんで負けたほうが買い出しな。」
俺は窓際で何か熱心に読んでる従弟に、いやいや声をかけた。当然のように返事がない。
「何読んでんだよ。」
俺が覗き込もうとすると奴は無言で、読んでいたものを俺との対角線上に遠ざける、が…
しょ、少女漫画…見るんじゃなかった…
「例えばの話だが」
奴が無駄に重苦しく口を開く。いつものことなんだが、目線は明後日のほうをむいている。
「…今日みたいな雨の日にだ。もし俺が道端で捨てられている子猫を抱き上げて、優しく
話しかけている場面を目撃したとしたらどう思う?」
…。
「キモいと思う。」
「…もし学校が終わったら大雨で、朝傘を持って出るのを忘れたからどうやって帰ろうか
迷っているところに俺が現れて、無言で傘を渡して自分はそのまま雨の中を走って去って
行ったとしたら、どうする。」
「怖すぎるからおばさんに相談する。」

「お前は本当に最悪だな!!」
「俺なんか悪かったか!?」
認めたくもない話だが、ここ数日こいつが以前に増しておかしい理由が、ようやく俺にもわ
かりつつあった。どうやらこいつは先週末一緒に出かけた俺の親友に一目惚れしたらしいのだ。
「ふざけんなよ…いいか、よく聞け。…あいつは男だ!」
「……」
「あのなぁ…」
RRRRRRR
俺の携帯が鳴る。
『もしもし、今江古田なんだけどさぁ、今日秋んち泊まっちゃダメ?買い物とかあったら
してくからさ。』
…なんてタイミングだ。
「ダメなわけない!!5分で迎えに行くから南口の本屋で待っててくれ!」
奴は光の速さで俺の携帯を奪って通話口に向かってそう叫ぶと、猛烈な勢いで玄関から飛び
出していった。
『…もしもし秋?今のシロウ君?』
「あ、ああ。わりぃ、なんかあいつ、もうそっち行っちゃった…んだけど…」
逃げてくれ清瀬、って言うべきなのか…?
『あははは、シロウ君て何か、かっこいいのにおもしろいよね。…仲良くなれるといいなぁ。』

もしかして、俺の知らないうちに、何かが初期段階に突入しているのだろうか。

3477-19 寝不足です:2006/06/15(木) 22:58:31
ぼんやりと目を開ける。
時計の時刻は午前6時半。
休日でも寝不足でも時間が来れば目が覚めるのは会社勤めの悲しい性だな。
そんなことを考えながら寝返りをうつと、隣で眠る彼が身じろぐ。
彼の頬にかかる髪をかき上げ、親指でその唇に触れる。
昨夜、絶えず甘い声を聞かせてくれたそれに唇を寄せ、俺はもう一度幸せな惰眠を貪る
ため目を閉じた。

3487-209 アナリスク:2006/06/16(金) 22:10:39
「アナリスクって何?」とあいつが呟いた。
「は?」
「昨日知ってるか?って聞かれた、アナリスクって何?」
「何?って俺も知らねーよ、聞いた奴に聞けよ。」
「そいつも知らないって言うから何なのか気になってさ、お前なら知ってるかなと思って。」
「…場所かなんかの略語じゃねーの?」
「略語!そうかも、アナリースクエアーとか?」
「そうなんじゃねーの?」
「やっぱお前頭いいな。」

俺たちが馬鹿だと気づくのはそれから一日後の事だ。

3497-329 唇でなく:2006/06/22(木) 22:14:06
貴方の唇にくちづけしたい。
顔を見るだけで満足して帰るはずだったのに、涙に濡れる貴方を見た途端、そんな思いが抑えられなくなった。
かつては何度も重ねた唇だ。荒れてカサカサした固いこの唇が、私にとって最上の唇だった。
私は思いを込めてくちづける。
これはくちづけであってくちづけではない。重ねられているのは唇だけれども唇ではない。
私の唇はもう温度を無くし棺に納まっているはずで、目の前にいる貴方は私を見ることすら出来ない。
私の唇に貴方の固く荒れた唇は感じられず、貴方もまた私の唇を感じることは出来ない。
貴方の唇には何も残らない。
貴方に、私はなにも残せない。人並みの幸せも家庭も子供も私自身さえ。
それでも、この唇の重ならないくちづけで、私は貴方となにかを重ね合わせられるだろうか。
貴方に、なにかを残せるだろうか。

3507-339 メガネクール受:2006/06/23(金) 13:26:56
メガネと言えばクール、これ結構鉄板
しかも受け、となるとやんちゃ年下攻めとか包容力ある紳士攻めが沸いて来ます
会社員なら年下上司攻め辺りとも相性が良いです
そしてクールは脆い内面を隠す仮面だったり、対人関係処理の下手さの裏返しだったりも、
あるあるあるある100人に聞きました、なのです
しかしメガネクール攻めとはイマイチな相性なようです
これはクールインフレが発生するから、が主説ですが
その実は、キスの時にメガネがぶつかるから説も有力です
え?ガキみたいな事を言わず、顔を傾ければいいじゃないか?
もっともです
が、あくまでも相手が顔を傾けるのを待つクールさ、これは捨てがたい!
いっそ、がっつんがっつんフレームぶつけてYOU、キスしちゃいなyo!とも思いますが如何でしょう
しかし最近はメガネクール受という名のツンデレ族もいます
と、いうか純正メガネクール受は風前の灯火かも知れません
ですので、メガネクール受を見付けた攻め様はその取扱いに重々注意して下さい
失って初めて気付くメガネクール受!
メガネクール受を守れ!
…ええと、つい熱くなりましたすみません。

温暖化とメガネクール受けとの関係についてはまた後日。
テストに出ますので、しっかりと復習して下さい。
はい、今日はこれで授業終わります

3516-679 4年後にあの場所で:2006/06/27(火) 21:53:07

『四年後に、あの場所で』
 非道なことに、俺がその言葉を思い出したのは、まさにその当日が終わる三時間前だった。
「っていうか、行って良かったモンなの? ホントに居た訳?」
 更に非道なことに、最早過去形で語ってます俺。正に外道だね俺。まぁ三時間切ったしね。仕方ないんじゃね?
 だって四年後とかイキナリ言い始める奴がおかしいよな。四年後だよ? 国際的なスポーツの祭典ですか? そんでその二週間後に別れたワケです。鉄のような俺たち。熱しやすく冷めやすく、おまけにしょーもないことに利用されがちな俺たち。鉄は鉄でもクズ鉄だったね。お互いが別々の磁石に引っ張られていく形で、ごくアッサリとお別れ申し上げました。

 で、二時間も切る頃に、俺はその場所に向かっていた。
 や、ホント馬鹿だよね俺。だって四年前に、別れた奴とした約束を守ろうとしてんの。律儀でしょ? 損な奴でしょ。涙でそうだよ俺。カッコ悪っ。

 ……意地も張らずに正直に言うと、俺は心底そいつに惚れていたんだ。そんで、今でもずっと焦がれている。
 ただ、俺たちこのまま付き合ってたら、お互い駄目になっちゃうかもね? ってあいつが言って。
 んー、お前がそういうなら、そうかもしれねーな。って応えて。
 じゃあさ、別れよう。
 そうか、じゃあな。
 って。今思えば何だかよく分からない最後だった。ただ、その少し前に、あいつが俺じゃない、別の奴に惚れているらしいとうわさが立って。そうなのかな、と少し疑問に思って。

「遅いだろ、馬鹿」
 約束の日が終わる一時間前に、その場所に行ったら、あいつが泣き笑いの顔をしていた。
「何でいるんだ?」
 訊ねたら、あいつは昔みたいにただ笑ったりせず、「馬鹿野郎!」と怒鳴りながら、思いきりどついてきた。
「約束したろ! 四年したらここで、って!」
「その後すぐに別れたじゃねーか!」
「当たり前だ! あのまま付き合っていられる訳なかっただろ!」
「何でだよ!」
「だって、俺とお前は!」

 言われて、久々に気づいたけれど。
 こいつって教師だったっけ。

「だから四年って言ったんだ! 生徒たぶらかした上にそいつが同性だなんて、世間様にバレたらお前も俺も終わりだったんだからな! この馬鹿生徒!」
 で、四年前にそんなこと言われたら、ただ「ごめん」って言っただけの俺だったけれど。
「もう生徒じゃねーよ。学生ですらないんだぜ?」

 四年ぶりに抱きしめた小柄な身体は、相変わらずいい匂いだった。

3527-429M攻め×S受け:2006/06/30(金) 04:07:50
「公の場で糞の匂い振りまいてんじゃねぇ。おとなしく下水を流れてろよ糞は」

初めて彼に出会ったとき、彼は俺(とその他数人)を睨みつけて、そう言った。
小柄でまるで地上に舞い降りた天使のようなその容貌と裏腹のクールな低音ボイス。
俺たちは、そう、確か4〜5人いて、それなりにそれぞれ刃物などを隠し持っていて
ちょうどその時小金を持ってそうなカモを路地裏に連れ込んで、圧倒的に優位な立場から
「交渉」を行っている最中だった。

にもかかわらず。

わけのわからぬ威圧感、有無を言わせぬ命令口調。…何よりそのあまりにも冷ややかな眼。
「本当に自分が糞であるかのような心地になった…」
と、後にその場にいた一人が語っていたが
俺はと言うと、まるで聖なる雷に心臓を貫かれたかのように…生まれて初めて味わう
甘美な痺れに、頬を染め、呼吸が浅く速くなるのを押さえられずに、思わず―

「…ご不快な思いをさせて申し訳ございません。どうか貴方様の御御足でこの糞めを土に
お帰しください。」

そう言って彼の前に跪いてしまった。
(背後からはその場にいた仲間+カモの「ええー」という驚きの声が聞こえてきたが、
それすらもそのときの俺にとっては羞恥心を煽る心地よい調べでしかなかった。)

「…なぁ、一つ聞くが」
「は、はい…」
「この世に好き好んで糞を踏み付ける奴がいると思うか?」
俺はハッとして彼の顔を見上げた。
その瞬間俺の耳の真横を彼の靴が通り過ぎ、転がっていた酒瓶が壁に当たって砕けた。
「…二秒待ってやる。消えろ」

「”逃げ遅れたら殺られる”―そう思いました…」
後に、その場にいた一人がそう語っていたが
俺はと言うと、その日から運命と言う名の鎖に繋がれた恋の奴隷に成り果てたのだった。
(例え全人類の口から「ええー」という非難の声を浴びせられることになったとしても
それは今の俺にとって火照った体に優しくなびくそよ風でしかない。)

3537-439鎖と手錠と流れた液体:2006/07/01(土) 00:47:24
首に繋がれた鎖で逃げる事も叶わず、
昔抵抗したのがきっかけで暴れるといけないと手首には柔らかいタオルが巻かれた。
まるで手錠みたいだ…。恐怖に怯える僕をご主人はそっと抱きしめた。
「お前が悪いんじゃないんだよ…」
優しい顔で微笑むご主人。大好きな微笑みの筈なのに…この日ばかりは恨めしい。
「じゃあ我慢してね、ポチ」
ご主人の手に光る注射器からは予防接種の薬がキラリと一筋垂れた。
動物病院の飼い犬はこういう時損だ。

3547-389 愛するが故に別れる:2006/07/02(日) 18:41:56
 あと、二時間。二時間もすれば、今日が終わる。
 今日という、約束の日が終わる。
 あいつは来ない。まだ、来ない。……きっと、来ない。

「専門学校行ってさ、美容師になりたいんだよ俺」
 教員として採用された途端に押し付けられたあいつは、良く言えば今風のファッションセンスに基づいた、悪く言えば昔の科学者コントのオチみたいな、ツンツン爆発頭の生徒だった。外見通りに成績もよろしくなく、中身は空っぽなのか……そういう印象しか持っていなかったそいつから、そんな熱意ある言葉が出てくるとは思わなかった。
 それにしたって試験に受かるだけの学力が必要だと言うと、猛然と勉強してグッと成績を上昇させた生徒。
 良い意味で、目が離せない奴だった。

 外見は斜、中身はこれ以上なく真っ直ぐ。
 気付けば既に惚れていて、でも幸運なことに、あいつも俺を好いてくれた。

 でも、幸運なのはそこまで。
 俺とあいつは、教師と生徒で、男同士だったのだから。
 抱きしめ合い、キスし、こっそり学校から離れたところまで行ってデートして。
 けれどいつも、そこまでだった。それ以上進んではいけなかったから。本当はそこまで進んでもいけないのだから。

 あんまり幸せすぎてさ、と前置きして。
「俺たちこのまま付き合ってたら……お互い、駄目になっちゃうかもね?」
 んー、お前がそういうなら、そうかもしれねーな……という返答に泣きそうになった。
 たとえ駄目になっても、一緒にいたかった。あいつさえ隣にいれば、どんなに飢えていたって幸せだと思っていたから。
 けれど、あいつの夢を摘み取ることなんて、出来なかった。
 世間は冷酷だ。もしこの関係が周りに露呈したら? あいつを好奇の目に晒すことなんて出来るか?

 だから別れた。誰よりも大切だから、手放した。あいつには飛び立つべき空があるのだから。
 振り向かなくても良いように、思わせぶりな噂すら流して。
 最後に取り付けた約束は、叶わなくて良いとすら思った。誰よりも幸せになって欲しいと思う気持ちで、想いを封じ込めて。

 そろそろ一時間を切る。今日が終わる。あいつとの関係も、この沈黙をもって終わる。
 愛していたよと呟くと同時に、音もなく雨が降ってくる。土の匂いが濃くなっていく。

 うつむいた睫毛に水滴がかかった。
 その水滴が、きらきらと耀き出したのは何故だろう?

 顔を上げると、忘れられなかったエンジン音が近づいてきた。あんなに乗ってくるなと注意したのに。あの時より四年分古ぼけたバイクが。
 馬鹿、卒業したからって、騒がしくて迷惑じゃないか。

 ここは真夜中の学校なんだぞ。

3557-469 そんな顔したりするから 1/2:2006/07/04(火) 03:47:15
乗る人も降りる人もいない各停の鈍行列車が、目の前をゆっくりと通り過ぎていく。白地に青と水色の二本線が入った車体を見送っていたら、小窓から顔を出した車掌と目が合った。加速の緩い列車に乗った車掌は、たっぷり十何秒かはおれたち二人を怪訝そうな顔つきで見ていた。
 地味な夏服のおれと、大きなドラムバッグを斜めに背負った先輩。
 地元の私鉄の小さな駅の、プラットホームの端っこ。
 一時間に一本の各停を見逃したのは、これで3回目だ。
 そもそも2両編成の鈍行は、こんな端のほうまでは届かない。
「……あーあ、また乗れなかった」
 線路がきしむ音が聞こえなくなって随分たってから、おれの傍らに立つ先輩がやけに間延びした声で言った。おれは黙って、自分の足元を見下ろした。何か言い返してやりたかったけど、あと一時間は一緒にいられるという切ない安堵と、一時間後には先輩はいなくなってしまうかもしれない怖さが綯い交ぜになって、どうしたらいいのか分からなくて、声を出したら意味もなく泣き喚いてしまいそうだった。
 おれが何も言い返さなくても気にしたふうでもなく、先輩は「あちー」だの、「喉渇いたー」だの、悪態をついている。
 おれが黙り込めば何時間でもそうやって傍らにいる。
 そんな気の長い、優しい先輩がどうしようもなく好きだった。
 この人が夏休みで里帰りして、本当はすぐにでも逢いたかったのに、意地を張って痩せ我慢して、電話でもメールでもそっけなくして、やっと二人きりで逢えたのは昨日の夕方。
 逢わないつもりだったのに。
 夏期講習の放課後に押しかけられて無理やりに連れ出されて、そう言って不貞腐れたおれを、先輩は痛いくらいに抱きしめた。
 それからは機嫌を損ねたふりで一言も口をきかなかったけれど、本当は死んでもいいくらいに幸せだった。
 だから別れの時間は、余計に絶望的なものになる。
 小さな田舎町で、知り合いばかりの地元の進学校で、おれと先輩は男同士で。
 通じ合ってしまった想いを恨んだのは一度や二度じゃないし、周りに隠すことに疲れ、隠し事をすることに謂れのない罪悪感を持ち、それでも終わりの見えない自分の想いに恐怖すら抱いて。
 先輩がおれのことなんか忘れてしまえばいいと思った。
 おれの世界から、先輩がいなくなればいいと思った。
 だから、もうこれっきりにしよう。
 長時間直射日光にさらされて、もうまともに思考できない頭で、馬鹿の一つ覚えみたいにそれだけは胸の中で何度も繰り返した。

3567-469 そんな顔したりするから 2/2:2006/07/04(火) 03:48:06
やがて数分後の列車の到着を知らせるベルが、ピコーンピコーンと間抜けな音で静寂を破る。
「四時間」
 不意に先輩が、そう呟きながらおれの腕を掴んだので、驚いて思わず俯けていた顔を上げた。
 おかしそうな、困ったような笑いをこらえた先輩と目が合って、心臓が跳ねる。苦しい。
「俺ら四時間もただぼーっと突っ立って。馬鹿みてぇだな」
 こらえきれずに笑った先輩とは反対に、おれは自分の顔がどうしようむなく歪むのを止められなかった。掴まれた腕が熱い。顔を逸らす寸前に見た先輩は、優しそうな微笑を浮かべていた。
「俺さー、お前が俺とつきあってるのしんどくて、いつもつらそうにしてるの、ちゃんと分かってるつもり」
「……なら、おれと別れて」
 遠くから聞こえていた線路の鳴る音がだんだん近づいてベルが止み、ホームに入ってきた列車がおれたちの立つ場所のはるか手前で停止した。例のごとく、乗り降りする人はいない。
 先輩は、この列車にも乗らなかった。
 今度は目の前を通り過ぎていく車掌と目を合わすことはなかった。先輩に腕を掴まれているおれを、どんな顔で見るのだろうと思ったら、顔を上げられなかった。
「お前がいつかそう言い出すってことも分かってた」
 先輩はやっぱり、線路の音が聞こえなくなった頃に静かに口を開いた。
「お前にしたら俺らの関係は常識はずれなことだろうし、俺はお前を置いて勝手に遠くの大学に行ったひどい奴だろうし」
 それは違う。先に先輩を好きになってさんざん困惑させたのはおれだし、学年の違う寂しさに拗ねてわざと遠くのいい大学に行くようにけしかけたのもおれだ。先輩はなにも悪くない。
「それでも俺はお前と別れたくないよ。たとえ俺のわがままでも」
 おれは奥歯をきつく噛み締めた。
「俺がこういうこと言うからお前は傷つくんだろうけど、それでお前のこと傷つけても、お前が俺のこと想ってくれる限り、俺は絶対にお前のこと手放さない」
 腕を掴んだのと反対の手で、先輩は俺の頬を包んで掬うように上を向かせる。
「好きだよ」
 そう言った先輩の目は優しくて、けれど怖いくらいに真剣で切なげで今にも泣き出してしまいそうな目だった。
 本当におれのことが好きなんだと分かるそれは、おれを雁字搦めにして捕らえて放さない。
「先輩が、そんな顔したりするから、おれは……っ」
 先輩から離れることができないんだ。
 声は悲惨に引きつって、呻くような泣き声になった。
 分かっていた。先輩を忘れることなんてできないし、先輩が俺を忘れてしまうことに怯えていたし、別れるなんてできっこないこと。
 別れたくない。離れたくない。行かないでほしい。ずっと傍にいてほしい。
 しゃがみこんで泣き声をあげるおれの肩を抱いて、先輩は何度も好きだと繰り返した。

3577-489世界史板×日本史板:2006/07/05(水) 03:15:11
思いついちゃったんで、空気読まずに投下。本スレに落とさなくてよかった。↓


「私から目をそらすな!お前はもっと……私のことを考えろ」
世界史板はもどかしさにかられて日本史板の腕をつかんだ。
自分より小柄でどう見ても細いその腕は、しかし力で引き寄せることはできなかった。

「……お前、いつも苦しそうだな世界史板。どうして苦しいか、教えてやろうか?」
「な、わ、私は……」
日本史板の手が、すっと世界史板の首筋を撫でた。
かと思うと、次の瞬間音もなく口づけをしてきた。

「お前こそ、ちゃんと俺を見ろ世界史板。俺はいかなる時もお前と供にある」

3587-499 攻めを泣かせる受け:2006/07/05(水) 14:50:25
「なんでだよ!夜、空けとけって言ったじゃん!」
「つーかマジで空けられるか分かんねーって俺も言ったはずだけど?」
「そうだけどっ・・・ならもっと前に言ってよ!」
「急に仕事入ったっつってんだろーが。
子供じゃねーんだから駄々こねるような真似すんなよ。」
「ッ!!」
「もういいだろ。こんなことでケンカしてどうすんだよ。」
「こんなことじゃないよ、俺楽しみに・・・・・・あー!もういい!もういいよ!」
「はいはい。じゃあ俺は仕事行くから。」
「もう終わりだよ!ほんっと呆れた!」
「あぁっそ!勝手にしろ。つーかいいかげん大人になれよ。
 お前、これからこんなことあるたびキレんのか?
・・・これじゃあお前に付き合う奴も苦労するよな。」
「てめえマジ出てけ!ふざけんじゃねえ!!」
「言われなくても出てくけどね。」
―バタンッ

「くそっ・・・!なんでだよ・・・」

*****************

―ピンポーン 「郵便でーす。」

「・・・・・・?」

『誕生日おめでとう。
 手紙でごめん。今、会社のデスクでこれを書いています。
 多分夜には届いてると思うんだけど・・・
 
 色々書きたいことはあるけど、時間がないので短めにしておきます。
 生まれてきてくれてありがとう。
 こんな俺と付き合ってくれてありがとう。
 いつもケンカばっかしてて言えないけど、好きです。
 どうしようもなくお前が子供っぽくて困ることもあるけど、
 ほんとは、そんなところもかわいくて好きです。

 遅くなってからでもいいなら、ちゃんとお祝いしようね。』

「・・・ばっかじゃねーの・・・」

―ガチャ
「届いた?」

「・・・・泣いちゃったよ、俺・・・」

3597-519駄菓子屋:2006/07/06(木) 23:41:15
アイス食いたい。

部活帰りに寄り道して久々に小学校前の駄菓子屋に足を向けたら、
店先を絵に描いたような外人の兄さんが行ったり来たりしていた。
「あのさ、…日本語オーケー?」
「あ、はい。大丈夫です」
金髪碧眼、貴公子みたいなその兄さんは、予想外に流暢な発音で俺に答えた。
「ここのばあちゃん耳遠いから、この呼び鈴押さないと聞こえないんだ。」
俺らの代から学校前と言えば万引き商店、とかも言われていた。
まあ実際は、近頃のガキは駄菓子屋で万引きするほど貧しくもかわいらしくも
ないし、最近は小学校の警備員もいるんで実害はそれほどでもないんだそうだが。

呼び鈴で出て来たばあちゃんは相変わらず無愛想で無口で小さかった。
俺はばあちゃんにアイスと言って小銭を渡し、クーラーの中をまさぐった。
「あとさ、ばあちゃん、そこの外人さんの兄さんがなんか用みたいよ?」
俺がでかい声でそう伝えると、ばあちゃんはじろりと兄さんを一瞥した。
「あ、あの、……私も、彼と同じものを一つ、いただけますか?」
ばあちゃんは兄さんから小銭を受け取ると、無言でまた奥に引っ込んでいった。

店の外の色あせたベンチに並んで座って、俺達は棒アイスをしゃぶった。
「……うまい?」
俺が訊ねると、
「そうですね」
兄さんは笑った。俺も、なんだか楽しかったので声を出して笑った。
「本当はお店の写真を撮らせてくださいと、お願いするつもりだったのですが」
「えっ、なんだよ!じゃあなんで言わねーの」
「あの老婦人の気難しそうな顔を見たら、申し出る勇気がなくなってしまい……」
そう言うと、情けなさそうな笑顔を俺のほうに向ける。
……うわ、まじまじ見ると、めちゃめちゃかっこいいなこの人。
「…写真、何に使うの?仕事とか?」
「いえ、日本の街並を、故郷の家族に見てもらいたいと思って。」
「そっか、ならいいじゃん!撮っちゃえよ。つーか俺が撮ってやるよ」
俺は兄さんの手からデジカメを奪うと道路に出てカメラを構えた。
「ええ、あ、あの、でも…!」
「いーからいーから。よし、笑ってー」
フレーム越しに、溶けかけの棒アイスを持って困り顔の兄さんをとらえると、
俺はシャッターを押した。
「……もう。じゃあ、貴方も」
そう言うと、兄さんは俺にアイスを渡してハンカチで自分の手を拭い、
俺からデジカメを取り上げた。
「こっちを見てください。いいですか?」
俺はカメラの向こうのその人の眼差しを思うと何だか照れてしまい、
思いっきり変な顔をした。

「写真ができたら送りますね。」
別れ際に俺と兄さんはメールアドレスを交換した。
帰り道、妙に気分がうきうきして、俺は家まで走って帰った。

3607-529 七夕:2006/07/07(金) 23:02:13
今年もまた
今日が来る・・・

―リリリン…
午前零時、ドアベルが鳴った。
そして一人の男が入ってくる。
鍵は開けておいてある・・・
今日は特別。
俺は男の姿を確認してふと笑った。
男もなんとなく眉を下げて笑い返して、カウンターに着いた。
「こんばんは。」
「・・・ピッタリだったね。」
「まだやってる?」
「バカ言え。もう終わってるよ。」
「ふふ、これ去年も言ったっけ。」
「・・・その前も、その前も聞いたよ・・・」
「・・・・・・」
最初の俺たちの会話は大抵2、3言交わした所で終わってしまう。
そうすると俺はこう言う、
「飲み物は?」
「・・・・いつもの。」
「かしこまりました。」
「・・・・・」
―シャカシャカシャカ
「今度はどこ行ってたの?」
シェーカーを振りながら尋ねた。
「ん、インドの方にね・・・」
「ぷはっ、インドって!」
「・・・笑わないでくれる?仕事なんだけど・・・」
笑いを堪えながらカクテルを注いだグラスを男に差し出す。
と、グラスの脚を抑えている俺の手に、男が自らの手を添えた。
意外と筋張って大きい・・・いつだったか気づいたことだ。
「そろそろ俺のこと認めてくれた?」
男の手は暖かい・・・いや、熱い・・・
「写真いっぱい撮れた?」
わざと逸らした。
男も分かっているのだろう、ふと仕様がない顔をして、
「いっぱい撮ったよ、いっぱいね。」
「・・・ちゃんと買ってるよ、写真集。」
「そっか・・・よかった・・・あなたに見てもらわないと、意味ないから・・・」
「・・・・」

いつから始まったのか・・・
俺たちが逢うのは七夕のこの日だけになった。
「あ、短冊書いてきたよ。」
ク、とカクテルを飲み干して男が言うと、俺たちの別れが近いことを知る。
逢瀬の時間は短い・・・
「俺も書いといた。」
願いはいつも

『来年も逢えますように。』

書いた言葉は、あの星にだったか、
俺たちにだったか・・・・

3617-539 本当にそれでいいの?:2006/07/09(日) 17:58:48
 また、こいつはそれだけを問う。もう何度目のことだろうか。
 ずっとずっと、物心ついたときから既に無二の存在だったこいつ。幼馴染兼親友から、紆余曲折あって恋人に昇格して、更にそこから十余年経った。その長いが一瞬だった年表の、いつごろあたりだったろうか? 喧嘩だとか、俺が癇癪起こしたときだとかに必ず出てくる言葉が出来た。
 本気でそう思ってるなら、俺はシュウには逆らわないよ。
 そんな感じの前置きがあって、後はいつも同じ言葉。
 ねえ、どうなの? と続けられると、何故かいつも逆らえなくなってしまう、魔法の言葉。
 あるときは、怒りながら。
 あるときは、微笑みながら。
 泣きながら、無表情で、歌うように……感情のバリエーションは色々あったが、出てくる言葉はいつも同じだった。同じで良かった。それだけで、充分だったのだから。

「なあ、でもさ、そろそろ限界だと思うんだ。俺も、お前も……いくら晩婚化だからって、生涯独身が増えてるからって……そんな理由じゃ、切り抜けられないだろ。それに、なかなか良さそうな女性じゃないか。お前の……見合いの相手」
 だから別れようと、手を変え品を変え、俺は何度こいつを諭そうとしただろう。付き合い始めて間もない頃から、今に至るまで。かなりの回数に上るはずだ。でも、こいつは折れない。また、あの言葉を繰り返す。
「シュウはさ、本気でそう思ってるんだ?」
「良介、俺だって、お前が一番だよ。お前が好きだ。お前以外誰も要らないよ。けれど、その見合い話の出所はお前の両親だろ。お前の両親は、お前がちゃんと女と結婚することを望んでるんだよ」

 俺の親と俺は別物だよ。ましてやシュウはもっとだろ?
 ねえ、シュウ。
「          」

 なあ、知ってるか? 俺はいつも、お前のその言葉を待ってるんだ。
 お前は俺にいろんな言葉を寄越してくれるけど、どんな熱っぽい告白よりも、俺はその言葉を望んでる。
 真っ直ぐな言葉に隠された、歪んでしまいそうなくらい切羽詰まったお前の心が見えるから。
「いいわけないだろ」
 俺の返事にほころぶお前の顔が、愛しくてならないから。

 お前がその言葉を使うように仕向けて、お前が俺に縛られるように仕向けて。お前は俺を悪人だと思うだろうか。俺が悪人だと知って尚俺を好いてくれるだろうか。
 お前のそれが聞きたいためだけに、俺はお前の世界を引っ掻き回す。お前がそれを言ってくれる限り、きっとずっと繰り返す。

 その言葉に縛られているのは、俺のほうだ。
 このどす黒い感情を全部お前にぶちまけたら、きっとお前は繰り返すだろう。
 本当にそれでいいの? と。
 俺だけに、向けて。幾重にも、縛り付けるように。

3627-599 世界を救った勇者×勇者の故郷に住んでいる村人A:2006/07/11(火) 16:33:19
お帰りって言いたかった。

君は小さいころからいかにも「俺様」ってかんじのやつで。
でも不可能を可能にするすごいやつで。
…だけど世界を救うって言いだしたときは
「こいつ池沼だ。」って確信したよ。

ねぇ?君が旅に出て何年たったと思う?
その間僕は何を感じて何を思ったと思う?
ねぇ?君が世界を救ったら帰ってくるっていって何年たったと思う?
その間君は何を感じて何を思っていたの?

何くたばってんだよ?
余裕こいてたじゃん?楽勝楽勝って何回も言ってたじゃん?褒め称えて迎えるんだぞって、パレードしてやるって、もう大物気取りで、ただいまって言ってやるよって、言ってたじゃん。

英雄になれたとたん、死ぬとか、君はやっぱ馬鹿だったんだね。

ねぇ?君は世界中の皆を救ったけど、僕を救えてないよ。

3637-609 その瞳に映るもの:2006/07/13(木) 02:49:55
あいつはよく哀しそうな顔をして俺に言う。
今の世の中が辛い、と。

欲望、混沌、狂気。
そんなものに染められた現代社会が、耐え難いほど辛いと。


――人は人としての生き方を、なくしちゃったのかもしれないね。―

あいつの何気ない一言が、いまだに俺の胸に突き刺さっている。

『人としての生き方をなくす』というのは、俺の事も指しているのだろうか。
人が恋心を抱く相手は、普通は異性と決まっている。
そうでなければ、人は子孫を遺す事ができないから。
同姓であるこいつを愛した俺は、こいつがいう所の『人としての生き方をなくした』人なのかもしれない。

こいつの瞳は、同姓を愛した俺をどう映すのか。
そんな事はこいつに聞いて見なければ分からないが、聞く勇気は俺にはない。


俺と同じく同姓を愛した自分に対する自嘲の言葉だったなんて、そのときの俺には分かるはずもなかった。

364629開かない扉の向こうとこっち:2006/07/13(木) 17:02:53
「そこに誰かいないのか?」
閉ざされた扉の内側で、幾度も幾度も扉を叩く。
もうどれくらいこうしているのだろう。声は枯れ、握り締めた拳は腫れて紅くなっても、呼び掛けずにはいられない。
喩えようもない孤独。
この扉の内側は狭くて明かりも射さず、聞こえるのは虚しく壁に跳ね返る自分の声ばかりだ。
誰からも返事は返らない。
「そこに誰かいないのか?」
「そこに誰かいないか?」
「そこに誰かいないの…か……?」
呼び掛ける声が弱々しく掠れて、黙り込んだ。
もう本当に誰もいないのだろうか。外はどうなっているのだろう。
絶望に襲われ、その場に屈み込みそうになりながら、それでも一縷の望みを棄てられず、再び扉を叩いた。
自業自得。
こんな孤独の闇の空間に陥ってしまったのは、自分の保身のためにあいつを裏切ってからだ。自分を信頼し、自分だけを見詰め愛していたあいつ。
あいつは今はもう、この扉の向こうにすらいないのだろうか?
一番大切なものを失ってしまった時から、この扉が閉ざされた。
「誰かそこにいないのか?」
何度目か分からない呼び掛けが、また扉に跳ね返され闇に消えた。

3657-629 開かない扉の向こうとこっち:2006/07/13(木) 23:53:32
「そこ、自転車」
言うまでもなく、彼は歩みを緩めることなくひょいと障害物を避ける。
「ありがと。大丈夫だよ、杖の扱いも慣れたし」
彼は微笑みながら手を伸ばし、寸分違わず僕の頬に触れた。

数か月前の事故で視力を失った彼。傷ついたその目に、光が戻ることはないらしい。
事故より後に出会った僕の顔を、だから彼は知らない。
「元からあまり目はよくなかったからかな、見えなくなったことにはそれほど未練はないんだ」
彼はいつもそう言う。そして、こう続ける。
「ただ、君の顔を知ることができないのが、残念だけど」
「……僕は、酷いかもしれないけど、かえってほっとしてる」
だって、もしも彼が僕の顔を知っていたなら、こんなに近しい関係にはなれなかったはずだ。
「どんな顔してても、君は君だろ」
けれど、そう言ってくれるのはきっと、今の彼だからだ。
そうして僕は何も言えなくなって、小柄な彼の身体をただ抱き締めるのだ。

「俺は、君がどんな顔でも好きだよ」
彼はそう言って、まるで見えているかのように僕の唇にキスをする。
彼の開くことのないまぶたはこちらとあちらを隔てているけど、それは僕らを完全には分かち得ない。

3667-669かっこいいナンパ:2006/07/16(日) 05:30:56
曰く、雑誌にだまされたのだそうだ。
彼曰く、これが礼儀なのだと雑誌に書かれていたそうなのだ。
つまり彼はホモで、目覚めたてのホモで、衆道の礼儀として、
初心者なりに、カタギと間違われないための礼儀として、
聞いたままにアロハシャツを着、サングラスをかけ、
出来れば髪も染めたいがちょっと照れるのでせめて刈り上げ、
万全を期して初夏のナンパに臨んだのだそうだ。
  
ところがいざフタを開けてみれば、万全どころか、シーズンを
外してキャンプ地はガラガラ、ヤブ蚊はブンブン。
虫を払いつつ川面に出てきたものの、わずかに存在した、
哀愁漂う釣り客に「ひぃっヤクザ!」と怯えた声を出され、
(この時点で雑誌にだまされたと気付いたそうだ)
やむなく彼は、今度は人気のない上流へと向かったのだ。
  
途中で別に好みの男を見つけたものの、さすがにパパママボクの
一家団欒を乱す気にもなれず、自殺志願と思われることもない
能天気なシャツに感謝しつつさらに岩場を越え、そこでお互い何を
間違えたのか、溺れる子犬に出くわしたとか。
  
曰く、幸せは歩いて探すタイプなので、守りに入らず迷わず
飛び込み、子犬をつかんだその後に、自分は鋼の肉体を持つ男、
つまりカナヅチであったことに気付き、さらなる運命の激流に
翻弄されたのだそうだ。口も鼻も胸も水でいっぱいにして、
ただ、もがいてもがいて、抱いた子犬の温もりにすがり、二人で
なら怖くないね、と諦めかけたその時、曰く、光が見えたらしい。

実際、水面に光ったそれはオレの垂らした釣り針だったわけだが。
彼にとっては救いの使者に他ならず、襟首に引っかかった釣り針が
神の御手に思えたとか何とか。言わばこれは導きであり、決して
オレの川釣りを邪魔する意図はなかったとのこと。
「つまり、運命なんですよ」
週末の息抜きをぶち壊しにしてくれたアロハ男は、何の因果か
リールを巻いた先にくっついてきたという重々しい事実をオレが必死で
受けとめようとしている間に立て板に水と喋りまくり、最終的には
紫色の唇でそうほざき、この南国男は、防寒ブランケットを脱ぎ捨て、
胸元からニョイ、としおれた薔薇を一輪取り出し、くちづけを軽く落として、
オレに差し出してきやがった。
「アナタの瞳に、恋をしました」
ああ、こいつをどうするべきか。
傍らで子犬がひとつ、くしゃんと鳴いた。

3677-679 お前は幸せになればいい。:2006/07/17(月) 02:18:47
「お前、何やってんの?」

金曜の夜。強か酔って帰ると、アパートの部屋の前に後輩の須藤が立っていた。
飲み終わったコーヒーの缶にタバコを捻り潰し、立ち上がる。
何が面白くないのか、たいそう不機嫌な面構えだ。

「飲んでたんですか」
「来るなんて聞いてなかったからな」
「誰と」
「誰でもいいだろ。それよりお前、こんなとこいていいのか?」
「いけませんか?」

こいつは明日、結婚する。
俺が今夜、飲まずにいられなかった理由である。

「今日中に伝えておきたいことがあって」
ドアの前から須藤をどかし、鍵を探して鞄の中を掻きまわす。
酔いの回った頭も手先も言うことを聞かず、鞄の中身がいくつか零れ落ちた。
スッと目の前に影が落ちたと思うと、須藤が俺のポケットから鍵を取り出していた。
身体を抱え込むように反対側に手を回したので、思わぬ顔の近さに、俺は赤面した。
「何?伝えたいことって」
動揺を覚られまいと、鍵を奪い取り、急いて鍵穴に差し込むがうまくいかない。
古いアパートだからか、この鍵はいつも開けづらい。

「明日の披露宴で、先輩にコメントもらうことになってるんで、考えといて下さい」
「は?急になんだよ。聞いてない」
「あいつは内緒でって言ったんだけど、先輩こういうの苦手だから」
「苦手だよ、知ってるなら勘弁してくれ」
「二人のキューピットなんだから絶対…だそうです」

ガチャガチャと半ば力任せに鍵を回していると、そっと手を重ねられた。
「壊れますよ」
耳元で聞こえた声に、一瞬で身体が強張る。
重ねられた手が、俺の手を握り、鍵を一度引き抜かせ、再度差し込んでゆっくりと回す。
カチッと軽い音を立てて、容易く鍵は開いた。

手の甲に、そして背中に感じられる体温が、俺の目頭までも熱くする。
自ら手放した、けれど今も変わらず愛しい温もり。
正直、今夜だけは会いたくなかった。
今夜を乗り越えられれば、明日から笑って二人を見守ってゆく自信があったのだ。
…いや、まだ堪えられるはずだ。自分が望んで指し示した道なのだから。

「…離せ」
ようやくしぼり出した声は、しかし掠れて、須藤には届かなかったのだと思う。
俺の後ろから伸びた腕がドアを開ける。
そのまま押し込まれるように部屋へ入れられる。
乱暴にドアが閉まる音と同時に、俺はきつく抱きしめられていた。

悲鳴に近い声で、俺は須藤の名を呼んだ。
もがいて逃げようとするが力で適わないことはわかっている。
須藤の手が、明確な意志を持って俺の身体を弄り始める。
「やめっ…」
俺は何とか身を捩って身体の向きを変え、その手から逃れようとした。
向き合う形になって初めて見た須藤の目は、その行為とは裏腹に、やけに冷めて見えた。
冷たい眼差しに射止められ、逃げることを忘れた俺に、今度は乾いた言葉が向けられる。


「全部あんたの言う通りにしてきたんだ。最後くらい俺の言うことも聞いてくださいよ」

そのとき初めて思った。
俺は、間違っていたのかもしれない。


「最後にもう一回やらせてよ、先輩」

感情のない声に涙が出た。

3687-699 性格悪い人×根性曲がった人 攻め視点:2006/07/18(火) 00:35:45
「やっぱ連れて歩くんだったら女の方がいいなあ。
 男二人ってなんか華ねーじゃん?」
俺はそいつの真っ黒の瞳を見て一息ついてそういった。
なんのことはないように、ああ、そう、と呟いて時計をちらりと見た。
全く、こいつの考えていることは分からない。
さっきの嫌味も効いてるんだか効いてないんだか効いてないふりをしてるんだか。
ああはいったが俺はこいつよりも美しい女も人間もはたまた物も今までに見たことはない。
「早くしないと映画が始まるよ。」
振り返る人がこいつを見てため息をつく。
鞄からペットボトルの水を取り出して一口飲んだあと聞いた。
「お前なんの映画みるかわかってんの?」
「そんなことは知らなくていいだろう。
 アンタの見たいもので構いやしないんだから。」
死にネタの感動もの、美談、ホラー、どんな映画でもまゆ一つ動かしやしない
俺がどんなに浮気しようがこいつが男であるということで嫌味を言おうが
その表情は頑なで決して表にだしてはこない。
「コメディだよ。」
「へぇ。アンタそんなの見たかったんだ。」
少し馬鹿にしたような言い方だった。
ああ、俺の気持ちなんて知らずにいい気なもんだ。
俺が本当にみたいのはな、
「お前が笑うかと思ったんだ。」
そういうとこいつきょとんとした顔をしたあとその口角はあがった。

3697-719今夜すべてがパーに:2006/07/19(水) 04:00:45
もともと酔った勢いで体から始まった関係だし。
しかもそれを脅しにして、半ば強引に続けてきた関係だし。
もともとノーマルなあんたにゃ、荷が重かったのもわかってたし。
「ま、今夜は盛大に飲むか」
わざと明るい声を出して、煙草を灰皿に押し付ける。
改札口からあふれ出す人波。
みんな似たようなスーツ姿だってのに、なんであんただけすぐに見つけられるんだか。
「早かったね、待たせちゃったかな」
「おー、遅かったじゃねーか。残業?」
「うん。ごめんね」
そんな顔して笑うなよ。こっちまでしんどくなっちまう。
「ハラ減った。今日はあんたの奢りな」
「はいはい」

不毛な関係は今夜で終わり。
優しいあんたに甘えてきた関係も、
それ以前に数年かけて築いた友情さえこれでパーだ。

別れてやりましょ。
可愛い奥さんと産まれてくる子供の為に。

3707-719今夜すべてがパーに:2006/07/19(水) 15:56:59
外は嵐だった。
実を言うと、中も嵐だった。分厚い唇が唇にあたる。
湿り気を帯びた大胸筋同士を、肌と肌とで擦り
合わせる。ぐしゃぐしゃになったシーツの上で、
ずぶ濡れになったスラックスの足を絡めれば、
革のベルトが軋んで鳴いた。

こいつはこんなに鼻息の荒い奴だったんだろうか。
オレの頬やら首筋やらにキスの雨を降らせながら、
葛西は喉から声を絞り出した。
「三年だ。三年間黙ってた。ずっと目を閉じて、おまえの
側で、一日一日をやり過ごしてきたんだ」
雨に打たれて脱ぎ捨てられたワイシャツが雑巾のようだ。
二人分、まとめてベッドの下に丸まっている。
「なのに、今夜、全部パーになっちまった。どうしてくれる」
葛西の腕がオレをまさぐる。
どうしてだと、そいつはおまえだけのセリフではない。
そうだ、今日という日がなければ、一生気付かぬ
ふりをしていた。耳を塞ぎ、きれいな嫁さん貰って、
家族を持って、のんびり余生を送ったはずなんだ。
それがビルの谷間で数十秒、そろってどしゃ降りに
遭っただけでこの様だ。濡れた体を言い訳にして、
葛西のマンションにもつれこんだ。いい様だ、
二人とも何一つ分っちゃいなかった。

オレ達に必要だったのは勇気などではない。
ましてやいい年をした男の、引き際を見極める分別や、
敢えて身を引く潔さですらなかったのだ。

パンドラの箱を二人で開けた。果たして箱の底に
希望は残されていたのか、それすら知り得ない。
ただ嵐が吹いていた、それだけだった。

3717-729:2006/07/19(水) 22:25:18
「ああ、随分昔よりも夏は暑くなったなぁ。
 といってもあの頃ァミサイルで家が燃えて
 夏でなくとも十分に暑かったがな。」
くくっと隣に住む爺さんは歯を見せて皮肉そうに笑った。
爺さんが出してくれたスイカに被りつき
サンダルを履いた足をぶらぶらさせた。
「坊主、うまいか。」
蝉の鳴き声が遠く響く。
うん、と頷くと爺さんは目をくしゃっとさせて、
そりゃいい、と笑った。
「お前さんはよく焼けてるな。
 野でも山でも駆け回ってんだろ?
 俺ァガキんときゃ体が弱くてな、
 なまっちょろい体に真っ白な色してたよ。
 そのせいで戦争にさえ行けなかった。
 ま、そのおかげで今もこうやって生きてんだけどな。」
そういった後この爺さんの憧れの源さんの話が始まった。
何度も聞いたよと訴えても何度でも聞け坊主、
と理不尽に諌められるので黙って聞くようにしている。
源さんとやらはこの爺さんの憧れていた人で
その武勇伝は数知れない。
例えば山に言ってはウサギだのイノシシだの熊だのを狩って
皆にふるまっていたことだの、
日射病で倒れた子供を担いでは10キロ先の病院まで運んだだの
もちろん尾ひれはついていると思うが
とにかく爺さんはこの源さんとやらをとても尊敬していたらしい。
今の爺さんの喋り方も源さんの喋り方が
うつってしまったのだという。
「あんな人が逝っちまうなんてなぁ。
 あの戦争で一番失って惜しかったものはあの人だよ。
 あの人が死んで俺は一人で60年も生きちまった。」
爺さんは遠い目で呟いた。それは嘆いているようにも見えた。

なぁじいさん、と声をかけ
俺は爺さんがポストから取り忘れていたであろう手紙を渡した。
白い封筒からでてきたのは一枚の手紙と
色褪せて黄ばんだもう一つの封筒。
古惚けた封筒の差出人は富田源造と書いてあり、
白い手紙は爺さん宛の手紙が蔵から出てきたということでの
源さんの遺族からのものだった。
源さんからの封筒を切り、
爺さんは少しの間、読むでもなくじっと見つめ
何度も何度も繰り返し指で文字をなぞったあと
灰色の瞳でじわりと涙を浮かべそれが皺くちゃな頬を伝う。
爺さんの声が震えている。
「源さん、俺ァ幸せだよ。
 アンタは還ってこなかったが、俺ァ今幸せな気持ちで一杯だよ。」
爺さんはそういった後、
ありがとう、ありがとう、と抱きしめてきた。

3727-749 寒がり×暑がり:2006/07/20(木) 15:00:51
「う〜寒いよー・・・そっち行っていい?」
キンとした空気漂う寝室で僕は呟いた。
「ヤダ。暑苦しい。」
隣りで眠る恋人はマジな声で言って背中を向けた。
「クーラー効きすぎだよー・・・布団独り占めしないで〜。」
設定いくつにしたんだよー・・・地球温暖化徹底無視かよー。
「俺はクーラーガンガン効いた部屋で布団にくるまって寝んのが好きなの〜。」
そう言ってさらにモソモソと布団にくるまる。
あなたは猫か!
「そんな〜っ。僕が寒がりだって知ってるだろ〜?風邪引いちゃうよ〜。」
あまりにも寒くて自分を抱きしめてシーツに身体をこする。
摩擦で一時的に熱くなるけど、それは確かに一時的なものなわけで。
「もう一枚出せばいいじゃんか。こんなバカでかいベッドなんだからよ。」
ふたりで選んだ愛の巣(と言ったら思いっきり殴られた。昔。)なのに・・・
なのに別々の布団で寝るなんておかしいじゃないか!
なんだか自分の置かれた惨めで寂しい姿にだんだんと怒りが・・・
「ううう・・・もういい・・・あなたは僕が風邪引いてもいいってゆうんだね?」
悪いけどあの手を使わせてもらうよ。
汚い手だが仕方あるまい。
「・・・逆ギレか?ウザー。」
ウザーとか言う?!しかも逆ギレとも思えないんだけど!
「どうなっても知らないよ?僕が風邪引いたら明日出かけることもできないんだからね?」
「!」
「明日は水族館行く予定だったよね?あ〜あ寒い寒い、このままじゃマジで風邪引いちゃうよ。
 残念だな〜明日せっかくいい天気でお出かけ日和なのになぁ〜・・・ハックション!」
と、我ながらヘタクソなクシャミもおまけしてみる。
といっても、目の前の恋人はそれこそ口は悪いし態度も悪いが、
見かけに反して中身が結構天然なので案外バレないのだ。
(以前、家の何もないところでコケてるのを見て確信した。)
「う〜・・・」
「風邪引いたら車も運転できないし、家に居るしかないね。どうせあなた運転しないでしょ?」
「く〜っ・・・」
どうもにもよく分からない唸り声を漏らした後、ペッとぶっきらぼうに布団を寄越す。
依然として背を向けたままの恋人に、僕は満足気に微笑んで、いそいそとそこに潜り込んだ。
「ん〜あったかい。」
「絶対明日連れてけよ!!これで風邪引いたら許さねえからな!!」
「分かってるよ・・・ふぁ〜・・・」
持ち前の気性を取り戻した恋人の悪態をアクビ混じりに聞きつつ、
そのまましっかり抱きしめて眠りについた。

3737-770 受で夫・攻で妻:2006/07/21(金) 16:50:44
剣道2段、弓道5段、柔道3段、合気道免許皆伝のこの俺は、
ずっと怖いものなんてないと思っていた。
そりゃ苦手なものはあったさ。
香水くさい女だのちゃらちゃらした男だの、
それでも怖いと思ったことはない。
あいつに出会うまでは。

「あっなったァ〜!お帰りなさーい!」
寮に帰ると野太い声で色めいた声をあげ
エプロン姿のガタイのいい男が突進してきた。
それをさっと交わし、首根っこに一撃を与える。
「いったぁい!なにすんのよダーリン!」
ダーリンという単語に不快感を覚え、
眉間に皺を寄せて睨みつける。
そんなことは全く気にしてない様子で腕を組んできた。
「ご飯にする?お風呂にする?それとも」
「風呂」
最後まで言わせるものか、と遮った。
たまたま不運にも同じ寮になったこいつは女装癖の持ち主で、
それを俺が偶然、女にしてはずいぶん大きめのワンピースを
発見してしまったことからだった。
こいつは勿論あせり、
いいわけの常套句を並べたわけだったが、
それはお粗末なもので
自らの性癖をより露見させてしまうものだった。
それを誰に言うでもなく蔑むわけでも嫌悪するわけでもなく
ただ今まで通りの生活をしていただけで
俺はよっぽど気に入られたらしい。
風呂からでると慎ましやかに飯を盛っているこいつがいた。
沢山食べてね、とにっこりと微笑む。
確かにこいつの作る飯は旨いし風呂の温度も丁度いい。
俺が疲れているときはかいがいしくマッサージだの
栄養ドリンクだのと労わってくれ、
こんな関係が続いても構わないかもしれない、
と思ってしまうときもある。
俺たちの寮は元来二段ベッドなっているのだが、
あろうことかこいつはそれを解体し
作りなおしてダブルベッドにしてしまった。
最初は嫌がって床に寝ていたのだったが
あまりに寝痛がひどく結局一緒に寝るようになってしまった。
ここまではいい。
ここまでは構わない。
問題なのは毎晩毎晩俺が寝付いた後、
こいつが息を荒立て上にのしかかってくることだった。
その度にこいつの殺気を感知し、
今まで培ってきた技を駆使してねじ伏せているのだが、
更なる問題は夜な夜な俺と格闘することで
必然的にそして確実にこいつは鍛え上げられ
最近では負かすのがいっぱいいっぱいになってきていることである。

ただ、俺が本当に怖いのはこのことではなく
焼き魚をほおばる俺を愛おしそうに見つめ、
おいしい?とにこやかに聞いてくる
このガタイのいい男を若干可愛いと思っている
俺自身の感情であった。

3747-770 受で夫・攻で妻:2006/07/21(金) 16:56:02
×寮
○寮の部屋

間違えてた。すみません。

3757-779 背の高いひまわり:2006/07/21(金) 23:29:52
「とうとう君に抜かれちゃったなァ。」
真夜中、小柄な少年は僕に水をくれながら笑う。
言葉もなにも持ってないから
僕は想うだけだけど
僕は君が大好きで誰より感謝してる。
僕は君に種を植えてもらった。
沢山の水を与えてくれて、
毎日笑いかけてくれた。
日当たりの良いところに埋めて貰えた。
僕はなにかを君に返したい。
けれど、僕は薔薇のように美しくなんてないし
椿のように甘くないし
ラベンダーのような香りも持っていない。
ただのしがない背高のっぽのひまわりで
夏が終わる頃には首をもたげ死んでいく。
それまでに、なにかを。
君に僕の精一杯のなにかを返したい。
けれどもそれすら思いつかない僕は
本当にふがいない。

「ねぇ親友。
 僕はね皮膚の病気で一度もみたことがないんだ。
 でも君を見ていたら太陽っていうものがなんとなく分かるよ。
 君を見てると元気になるんだ。
 今年君が死んでも君が残した沢山の種で、
 来年はここにいっぱいの太陽ができる。
 僕だけの太陽だ!」

ああ、僕は泣くことすらできないけど、
ありがとうと伝えることも出来ないけど
それでもひとすじの風が吹いたので
こくんとはうなずけたかもしれない。

3767-769 受で夫・攻で妻:2006/07/22(土) 00:01:00
「お前…アレだな、パ○パタ○マ。」

ガーガー掃除機を掛けていた僕は思わず手を止めた。
「は?」
何?なんか言った?と、問い返すと少し大きな声で、
「お前、パ○パタ○マみたいだな。」
と言った。
僕は掃除機を掛けるポーズのままフリーズし、
ベランダで喫煙中の彼を目を丸くしてまじまじと見つめた。
そのときの僕の頭には昔よく見聞きしたあの歌と映像がこれでもかと流れていて…
(パー○パタ○マー パー○パタ○マー)
「…ぅ、ウソだっ!!な、なんでっ?!」
ガシャッと掃除機から手を放して、動揺しまくりカミまくりで彼を問い詰めた。
肩を掴まれた彼ときたら、大げさな…という顔で片眉を上げ、服に灰が落ちないよう
煙草を遠ざける。
「ね…なん、なんで?」
もう一度聞いた。
「なんかねえ…今お前見ててふと思ったの。」
「…………」
そりゃ僕は元々綺麗好きだけど…
パ○パタ○マは酷すぎる…
「つーかあなたが何もしないからじゃん!」
「や、俺こういうの苦手だし。」
「………………」
甘やかしすぎたか…と心の中で毒づく。
以前、あまりにも何もしない彼に腹を立て、お灸を据えるつもりで
掃除洗濯炊事の家事全般を放棄してみたことがあったのだが、
1日経っても、3日経っても彼は何もせず、危うく
やっとふたりで借りた新居を廃墟にされそうになった。
それ以来、僕は彼に対して家事を求めるのを諦めた…
というか、僕たちが円満である為には僕がやるしかない!という究極の答えに達したのだ。
(ちなみにその3日間、彼は一日一食カロリーメイトで過ごしていた。ある意味感心した。)
「まぁ頑張ってちょーだい。俺、出掛ける仕度してくるから。」
僕が回想してる間に彼は煙草を吸い終えて、さっさと部屋に入っていってしまった。
「支度って何すんだよ!」
「いろいろ〜。」
いろいろってなんだよ!つーかどこの女だよ!
ツッコミたいことは山ほどあるけど、掃除も終わらせなきゃならない。
僕は黙って掃除を再開した。
その後、もちろん僕の用意した昼ごはんを仲良く完食して、僕が運転する車で買い物に出掛けた。

夕食の片づけを終えて、お風呂にお湯を落として…リビングを覗くと彼が借りてきたDVDを
ひとりで鑑賞中。
つーか声かけろよ……もうこんなことはしょっちゅうなので口には出さないが。
静かに隣りに座る。
その映画はこの前ヒットした恋愛ものだった。
(僕はアクションものが好きなんだけど…意外にロマンチストなんだよね、この人…)
とはいえ、恋愛もの。ついついムードに流されて僕たちもいい感じ。
流行の女優、最大の見せ場をほっといてキスしようとしたその時…
バシャァ、と言う音がしてふたり閉じていた目をパチっと大きく開けた。
「ああ!お風呂かけっぱだったっ!!」
ドタドタと風呂場に駆け込む。
後ろから、
「お前、それマジでパ○パタ○マっっ…」
とゲラゲラ笑う声が聞こえてきて…
いろいろ聞きたいことは山ほどあるけど、
それでもやっぱり僕は黙ってお湯を止めた。

3777−790 打ち上げ花火×線香花火:2006/07/23(日) 00:05:35
カランカランと、夕暮れ時に下駄の音を響かせます。
八幡様の石段を駆け上がり、幾つも鳥居をくぐり抜け、
境内を巡り、浴衣の裾を翻し、本殿の脇に小さく
設けられた、お狐さんのお堂の裏をひょいと覗くと、
うなだれた黒い頭が目に飛び込みました。ぐずぐずと
した水っぽい鼻の音、それに合わせるわけでもなく、
線香の白い煙がゆるゆる昇り、ちんまり盛られた
土饅頭に手を擦り合せて拝んでいる花太郎と、いきせき
切って彼を探した、火之助の着物を抹香臭く染め抜きます。
「カマ助が、死んじゃったんだよう」と、花太郎は声を震わせ
ました。何やら不穏な命名ですが、大方カマ助とは
カマキリのことでしょう。
小さな虫が大好きで、地面に屈みこんでは愛おしげに
それらを眺め、「いつ見てもうなだれて、まあ、年中
線香花火つけてるみたいな子だよ」と大人から笑われる
始末で、可愛がっていた虫が死ぬとぐずぐずべそをかき、
出会った場所に墓を作ってはまた死なれる、
全く懲りない花太郎でありました。

花太郎の目は赤く腫れています。たった今まで、随分と
泣いたのでしょう。火之助は慣れたもので、巾着袋から
真新しい手ぬぐいを取り出し、惜しげもなくべそをぐいぐい
拭ってやります。「たかだか小虫にそこまで泣いてやるのは
お前くらいなもんだよ」と、腕を引っぱって立たせ、膝の土を
払いました。と、どおん、と太鼓を打つような大きな音が
響きます。
「ああ、始まっちまった」頭を掻く火之助の頭上でまた一つ
空に花が咲き、花太郎は目を擦りました。
「ごめんね、僕を探してくれてたせいで、間に合わなくなっちゃった」
「いいさ。ほんとは、ここからの方が眺めはいいんだ」
遥か洋上の船の上から、次々と花火は昇っていきます。
港の町の、夏の宴の始まりでありました。
鮮烈な光が花太郎の顔に濃い影を浮かばせ、
火之助はそっと彼の手を握ります。そう、地面の上で虫を
追う君も好きだけど、今夜ばかりは、それではつまらない。
打ち上げ花火は天を仰いで見つめるものです。
金の光が瞬き、花太郎の濡れた瞳にわずか、星が宿ります。
そうして二人して、ゆっくりと濃くなる夕闇の中、一緒に空を
見上げておりました。涙はもう、零れ落ちることはないでしょう。

3787-809 恋が始まる直前:2006/07/24(月) 01:51:53
ひやりと冷たいものが頬に触れ、目覚める。
閉めたはずのカーテンが開け放たれ、月明かりが部屋をぼんやりと照らし出していた。
夜の虫たちが静かに鳴いている。
生暖かい夜風が微かに俺の身体を掠め、通り抜けていく。
ベッドの端を僅かに傾かせているのが誰なのかは、目を遣らずともわかっていた。
プシュッっと空気が勢いよく抜ける音がして、夜の訪問者たる彼の喉が、液体を流し込まれてゴクリと鳴る。
俺は、頬に押し付けられた缶ビールを手に取り、ゆっくり身を起こすと、その缶はそのままに、彼の手の中から奪い取ったビールを口にした。
俺がそれを一気に飲み干す様を、特に不満気でもなく彼は見ていたのだが、目を合わせると何も言わずに前を向き視線を逸らせた。
肩に手をかけ、少し上身をこちらに向かせて、唇の端に口付ける。
彼は目を閉じる。
触れるか触れないかの距離で唇の上をなぞるように移動し、反対側の頬に口付け、耳の付け根に口付け、舌を尖らせて耳の中に入れると、少しだけ逃げるように身を引いた。
肩に置いた手を彼の後頭部に回し、柔らかい髪の中に手を入れて掴み、軽く引っ張って顔を上向かせる。
そうして少し開いた口元を塞ぐように、自らの唇を重ねる。
真夜中の静寂を乱す卑猥な音を立てて、何度も角度を変えながら、俺たちは長いことキスを貪りあった。

俺の手が彼のシャツをたくし上げ、その肌に直に触れようとしていたときだった。
ふいに「ふぅ…」と深く息をついて、彼が俺の片口に頭を乗せた。
「なんか…久しぶり」
「何が」
「お前とするの」

そりゃあんたは、振られて傷ついたときにしか俺のとこに来ないからね。
恋は50m走でダッシュが基本なあんただから、それでも結構頻繁にこうしていると思うけど。
そうだね、今回はいつもより長かったかもしれない。
初めてセックスしたのはもうずっと昔だけど、この関係は変わらない。
そういうのが、あんたは安心できるんだと、わかってはいるつもりだ。
だから俺は、いつまでも変わらずにいようと思っている。
ただ、あんたが帰ってくるのを待ってるだけなんだけどね。

でも、今みたいに、ため息というのじゃなくて、心からの安堵を得て思わず漏れた…みたいな、そんな息をつかれると、いつもと違うあんたを見せられたりすると、少し期待してしまう。
変わることも、あるのかな…なんて。

でもそれは、悲しいことかもしれないんだ。

3797829:2006/07/24(月) 20:33:08
白色とクリーム色が支配する部屋の窓から、揺れる最後の花を見ていた。


ノックの音に振り返れば、四角く切り取られた空間に
いつも通りの感情を読ませない顔がある。
今日の授業の内容を告げる口調にも一切の私情は見られない。

(知ってるくせにッ……!)

学校に行けない俺のために、
せめて遅れないようにと気遣ってくれていることはわかっている。
届けてくれるノートのコピーもわかりやすいようにと丁寧に書いてくれている。
それでも、その無表情が辛い。

「もし……もし、明日の手術に失敗したら……きみの苦労もムダだよ」

流れるように続けられる言葉を遮るように口を開く。
知っているはずなんだ。俺の気持ちも、明日の手術の成功率も。

無言で、ただまっすぐに見つめてくる視線。
耐えられず、顔ごと逸らした。
逸らした目に入ったのは、季節外れの一輪の花。
俺の視線を追って、きみの目が窓の外へと向いたのが視界の端に入った。
思い出したのは、きみの聡さと優しさ。そして、授業で習った老画家の最期。
振り向いて、できるだけ明るく笑顔を浮かべる。

「なんて、ね。ごめん。ちょっと悪趣味だったな。成功するに決まってるよ」

俺も知っているから。
きみが俺を大切に思ってること。
ただ、それが俺の思いと違うだけだって。
俺がアイツじゃないだけだから。


きみは何度も振り返りながら病室を出て行く。
これからアイツのところへ行くのだろう。
俺は見ていることしかできない。

俺を閉じ込めている牢獄の窓から、
今にも吹き飛ばされそうな一輪の花を見ていることしかできなかった。

3807-829 もし明日死んでしまうとして:2006/07/24(月) 22:56:31
もし明日死んでしまうとして、
俺が18年間生きてきたこの世界に悔いを残さないよう締め括る為には何をしようかと、
退屈な授業の合間に、そんな意味のない事をふと考えてみた。
(まずエロ本捨てるだろ、んで、美味いモン腹いっぱい食って……つーか俺童貞じゃん。そりゃせつねえだろ…誰でもいいからヤって…)
そこまで考えて顔を上げると、目の前にイライラ顔の山田がいて驚いた。
「てめぇ聞いてんのかボケ!」
「ボケじゃねーよ!何だよいきなり」
「いきなりじゃねーよ!ずっと話しかけてんだろ」
いつのまにか授業は終わったらしく、気の短い山田は前の席にドカっと座り込んで不機嫌そうに眉を寄せていた。

山田とはかれこれ10年近くの付き合いだが、いまだに切れどころが掴めないで困る。
(そういやコイツ、彼女とか聞いた事ねぇなぁ…)
「なぁ、お前ヤった事ある?」
「セックス?あたり前じゃん。いまどき中学生でも済んでんだろ」
「うぇ!?}

何の気なしに訊ねるとさも当然と言わんばかりの返事が返ってきて、アホみたいな微妙な声が出た。つーかそんなの初めて聞いたんですけど俺…。

俺中学生以下?

言葉に詰まっていると、山田は意地の悪い顔で覗き込んできた。

「あれ?ひょっとしてお前童貞?その歳で?!」

図星を突かれて俯く俺と、うっわ、ありえねえ〜などと楽しそうな山田。

その声に集まってきたクラスメイトも、なんやかんやと一緒になってバカにしてきた。

俺は頭にきた勢いで机をバンっと叩き、思わず叫ぶ。

「うっせぇな、じゃあ山田おめえがヤらせろよ!」

しーんとする教室。続いて起こる爆笑の渦。

やべぇ、俺変なこと言った?

「何お前、そうだったの?!!」

「まぁ男子校じゃあな、そう思うときもあるよ」

笑いながら適当なことを言ってくるクラスメイトに何も返せなくて、

助けを求めるように山田を見るとこれまた笑いをかみ殺しながら言った。

「まぁ俺は偏見ないからさ。お前の事好きだし相手してやるよ」

からかってるのか本気なのか。

山田のいたずらな上目遣いに不覚にもドキっとした瞬間、

俺はコイツが好きで、さっきの言葉は本心から出た事に気づいてしまった。



このままじゃ明日死ぬなんてとんでもない。

3817-889 もうちょっとだったのに:2006/07/27(木) 23:35:29
ごめん、すみません、面目無い、と
思いつくままの言葉で謝り続ける攻めを、受けは煙草をふかしながら横目で見ている
謝られたって、お人好しにいいよ、気にしないでなんて
この状況じゃ口が裂けても言えない
「…自信満々だったくせに」
汗で湿った髪をかきあげて、受けはわざと大きく煙りを吐き出しすと、
「あーもう!」
と唸るように言い、乱暴に煙草をもみ消した

攻めが悪い訳ではないと、分かっているけど
この火照ったカラダをどうしてくれよう

「…もうちょっとでイケたのに」

ぶーぶー文句を言いつつ。
最中も最中、めちゃめちゃいい時に気の毒にも情けなく
ぎっくり腰を発症させた攻めを病院に連れて行くかと、
受けはタクシーを呼ぶべく携帯を手にした

3827-889 もうちょっとだったのに:2006/07/28(金) 00:08:04
パチ
まるで漫画のような擬音が聞こえそうな勢いで、アイツが綺麗に目を明けた。
「あーあ、もうちょっとだったのに。」
もうすでに起き上がりながら、アイツが俺に聞き返す。
「え、何が?俺何かした?」
「あー、いいから。こっちの話。気にするな。」

そう、今はまだ知らなくてもいい。
俺がお前のことを好きだとか、
寝ているお前にこっそりキスしようとしてたとか、そんなことは。

そのうち、このもうちょっとの距離を埋めてやるから。

3838-9 朝までいちゃごろ:2006/08/06(日) 22:17:19
襖一枚隔てた隣の部屋から、いつまでも聞こえる話し声。
何をやっているのか、時折、押し殺した笑い声もする。
明日は朝早くに出発なのに、さっさと寝なくていいんだろうか。
まあ、仕方ないか。
従兄弟の孝ちゃんが家に泊まりに来たのは一年ぶりだ。
毎年恒例になってる親類集まっての旅行も、昨年は兄と孝ちゃんの二人が受験生というやつで行けなかったから。
もともと遠方に住んでる孝ちゃん家族と会えるのは、旅行のときくらいだった。
兄は夏休みになってからそわそわしっぱなしで、どんんだけ従兄弟好きなんだ、と妹ながらに思う。
同じ高校に行きたいと父に頼み込んでいたことを知っている。
独り暮らしはまだ早いと諭され諦めさせられたことも知っている。
大学は絶対同じとこ行こうな!とか電話で話していたのも知っている。
妹は何でも知っているんだよ、お兄ちゃん。
中学生になってから、孝ちゃんが泊まりに来ると、私だけ襖のこちら側に布団を敷かれてしまうのだが、
本当はそういう心配をすべきはあっち側の二人なんだってことも、もちろん知っている。

襖一枚隔てた隣の部屋から、いろんな音が聞こえてくる。
明日は朝早く出発なのに、さっさと寝なくちゃいけないのに。
雨戸の隙間から見えた空は、既に白け始めていた。

3848-29 一方通行の両思い:2006/08/10(木) 17:51:38
「俺、おまえのなんなんだよ」
ついに急ききってしまった。
こいつの部屋から長い髪毛がみつかる度にうんざりしていた。
酔っぱらって向こうから、というこいつの言い訳も許してきたわけじゃない。
譲歩してただけだ。
「なにって…。
 だってあんたが俺を離してくれないから一緒ににいるんだろ?」
ああうんざりだ。もういい。
こいつに妬くのももう疲れた。もういい。
長く俺はこいつに尽くした。
別に見返りを求めるわけでも押しつけるわけでもない。
ただただ好きというだけでその感情のままに動いていた。
額に手をあて俺はため息をつきながら言った。

「わかった。さよならだ。じゃあな。」
クソガキ。
結局俺はいつまでたってもこいつの良いところひとつ
見つけられなかった。
あまりに無神経で幼稚すぎる言動。
理想とはかけ離れている。
それでも好きだった。
本当に好きだったのに。
今にも泣きそうになってドアの方向に早足で歩く。
「待てよ!おまえ俺を捨てるのかよ!」
「…なんだって?」
信じられないことを言う。
先ほどの自分の言葉を忘れただろうか。
「捨てる?なんだと?ふってんのはおまえだろうが。」
「なんだよ。そんなもんだったのかよ、おまえの気持ちは。」
「オイオイオイオイ。」
そう泣き出したこいつを愛おしいと思わずにいられなくて抱きしめていた。
自己中心的な考えをもつこいつにまだまだ俺はふりまわされるらしい。

385萌える腐女子さん:2006/09/01(金) 22:27:58
夏休みは終わった。
久しぶりの教室、俺の席……に、何故かすでに机に顔を伏せて寝ている奴がいる。
「どけ」
椅子を蹴ると、そいつはごろんとうつろな顔をこっちに向けた。
「おー……てっつん、おはよ。」
移動するどころか起き上がるそぶりすら見せないそいつを椅子ごと押しのけ、
代わりにまだ登校していない隣の奴の椅子を持ってきて、俺は席についた。
それでもそいつはまとわりつくように俺に倒れかかってきて、俺はそれを払いのける。
休み前と全く変わらない日常の光景だ。
「おれさぁ、けっきょく昨日もアレでさー、寝てねーんだよ。ねっむー。」
「アホか」
「……あ、てっつんはどうなった?」
「まだ。この前のあそこ」
「あー、あれは意外とヤバいよねー。」
「そういえばお前、この前言ってたアレ何なんだよ。どう見ても……」
「えー?ウソ違うって!何言ってんの!!絶対まじだって!」
「ほんとかよ」

「……新学期だなぁ。」
後ろの席から、いつの間にかそこにいたクラスメイトの、そう呟く声がする。
「な……なんだよ、そんなしみじみと」
俺が訝しげにそう訊ねると、
「いや、お前らのその熟年夫婦ばりに指示語だらけのツーカー会話聞いてたら、
ああ学校が始まったんだなぁって実感すげぇ湧いてきて……。今学期もヨロシクな!」
「おーヨロシク!」
「……っ誰が熟年夫婦だ!!」

そんなふうにまた新しい一学期が始まった。

386萌える腐女子さん:2006/09/01(金) 22:29:52
すみません!
>>385は8-199「新学期」です

3878‐219 1日違いの誕生日:2006/09/04(月) 02:49:38
どうして俺はもう1日早く生まれなかったんだろう。
いや、せめてもう数時間早く生まれてくればこんなに苦しむこともなかったのに。

俺は、春が嫌いだ。
自分の誕生日が大嫌いだ。
4月2日、この日が1年で1番嫌いだ。
生まれてきたことには何の不満も持ってないし、生んでもらったことも感謝する。
でも、何でよりによってこの日だったんだろう。
もう少し遅く生まれてきたのなら、きっと諦めもついたのに。
1日しか誕生日は違わないのに、俺はあいつといっしょにいることができない。


進学する年が違う。
当然、校内行事もバラバラで。
年を重ねるごとに、どんどんすれ違いが増えていく。
少しでも傍にいたくて同じ部活を選んだのに、それが逆に悩みの種を増やす。
あいつは『先輩』で、俺は『後輩』だから。
あの頃のように「ナオ」って呼べないことが、1番辛かった。

それでも傍にいれるならよかったのに。
俺が何より恐れていたことが、現実になろうとしてる。


今日やっと、あいつの志望校を聞き出せた。
あいつが進む大学は、俺たちの住む町からずっと離れた遠い地方の大学だった。
やっと指定校推薦をもらえる目処がついたと、
どうしても学びたい憧れの教授がいるんだと、嬉しそうに話すあいつの顔が見れなかった。

小学校と中学にわかれても、中学と高校にわかれても、
あいつにはいつだって会えた。
1年我慢すれば、また同じ場所までいけた。
でも、今度は今までとは訳が違う。
会いに行くのに一日がかりで、交通費だけでもかなりかかる。
俺の頭じゃあいつと同じ大学に進めるかどうかもわからない。
今まで勉強を教えてくれたあいつもいないのに。


どうして俺はもう1日早く生まれなかったんだろう。
どうしておまえはもう1日遅く生まれなかったんだろう。
1日しか違わないはずの俺たちの時間が、俺にとっては10年にも20年にも感じる。

3888-310両思い未満純情エロス(流血注意):2006/09/17(日) 09:53:37
夜勤明けで目をしばたかせながらフラフラ歩いていると、後方からガンっと派手な音がした。
振り返れば高校生のガキが何やら蹲っている。電柱にでもぶつかったのだろう、鼻を覆った
手の指の間から赤い血が見えたので、持ち合わせの脱脂綿を詰めてやった。
ついでに自販機からポカリを買って、鼻の頭に押し付けて冷やす。詰襟から覗いている
首筋に垂れ落ちたものが多少付着してはいたが、後で洗えばよろしい。
ガキは学校に行け。俺は寝る。

日暮れに公園の脇を通りかかると、見覚えのあるガキがいた。
先日は有難うございました、と、思ったより折り目正しく頭を下げてくる。
並んで立つと俺より図体がでかい。腹の立つ奴だ。公園のベンチに腰掛けて、奴がお礼です、
と差し出した缶コーヒーを受け取った。奴はそのまま横に並んで座ったが、何故か何も
喋らない。構わず、温かかったのでコーヒーをぐびぐび頂く。頭上で照明が数度瞬き、
周囲を白々と照らし出す。枯葉が足元でカサカサいってるのを聞いていると、いきなり突風が
起こった。丁度目の前を歩いてた姉ちゃんのスカートがふわりと巻き上がる。
「あ、いやあん」
黒!黒だよ!しかもガーター!思わずコーヒーを吹きそうになったが、ふと横を見ると、やはり
びっくりした様子で奴は鼻血を垂らしていた。
俺は遠慮無しにゲタゲタ笑い、脱脂綿を詰めてやった。

今日は河川敷で奴を見た。公園のベンチで大量のチョコレート、ナッツ入りを鼻血を垂らしながら
バクバク食ってたのを発見して脱脂綿を詰めてやったのが2月の14日、数日前のことだった。
市内を突っ切るように流れる一級河川、それを横切る電車がガタガタ鉄橋を震わす下で、
同じような制服の高校生が5人、一斉にあのガキに飛びかかっていく。さすがに仰天した。どこの
青春ドラマだ。最近は校舎裏でどつきあうのが流行じゃないのか。お前も応戦してんじゃねえよ。
いくらガタイがいいからって敵うわけあるか馬鹿たれ。
これだからガキは嫌だ。粗暴で、低脳で、考え無しに直ぐに感情に走る。鼻骨が折れでもしたら
どうするんだ。呼吸難は困るだろうが。しかもすごく痛むんだぞ。
奇妙な雄叫びが響く。奴の顔面が幾度も殴打され、血がプワッと散った。鼻から出血か。
口を切ったのかも知れない。もういい。十分だろう。やめろ。やめろ。そいつを殴るのは、やめろ。
水際で俺は叫び声を上げた。が、走ってきた電車の音にすぐにかき消された。まあ自分でも
何を怒鳴ったのか分らなかったのだ、誰の耳にも届くことはなかったろう。

西陽に照らされながら、そいつは興奮が鎮まらないという顔をしていた。ふ、ふ、と
口から息を吐いている。鼻栓のせいで呼吸し難いのだ。
あれから、河原に膝をついていたこのガキの襟首を引っ掴んで無理やり立たせ、俺は走った。
一心不乱に走って逃げた。奇声を放つ闖入者に興を殺がれたのか、乱闘相手の高校生達は
追ってこなかった。運のいいことだ。はずみで振り落とした俺の眼鏡、今頃あいつらに
踏み潰されていないだろうか。とにかく俺の住家に連れこみ、こいつの血に濡れた
顔下半分を洗面所でざかざか洗わせた。その後、鼻に脱脂綿を詰めてやると、
ガキはごめんなさい、と謝った。謝られる理由が分らなかった。
「何であんなことになったんだ」頭を撫でたら嫌がったので、両手でがっしり包んだ。
「お前、喧嘩だけは、やめろ」説教は無駄かもしれん。こいつは俺の知らない所でだって血を流す。
「流れたら血がもったいないだろうが。節約しろ。そんで、18になったらその分を献血にまわせ」
白い脱脂綿がじわりじわり染まっていく。五畳一間に橙色の光が満ちる。腫れた頬、切れた唇の
赤が曖昧になる。奴はぽっかりと口を開いた。
「最初に会った日のこと、覚えていますか。おれが電柱にぶつかって鼻血を出したの、あなたに
見蕩れてたからだって、まだ話してませんでしたよね」
それどころか互いの名前すら知らないのだ。俺は阿呆、と笑った。今は笑ってやる事しか
できないと思った。奴は鼻から脱脂綿を抜いた。俯いた頭を撫でると、今度は嫌がらなかった。
それから二人伴って、放り投げられた学生鞄を取りに河原へ向かった。途中、脱脂綿の予備を
買い足さねばと頭が一杯だった俺の指に、絆創膏の巻かれた指がそっと絡んだ。気付かない
ふりをすべきか、少し悩んだ。その日結局、俺の眼鏡は見つからなかった。

3898-89/パチンコ×パチスロ:2006/09/21(木) 23:23:35
ドンドンガチャガチャガラガラガンガンジャンジャン。

音の洪水の中で、だるそうに咥えタバコでスツールに腰を預けて、
手元の操作盤を弄っているヤツがいる。

その足元には、山と詰まれた箱と
そこからあふれて転がっている銀色の玉。

面白くもなさそうに
盤の中をビコンビコン跳ねる玉を眺めていた茶色い目が、
ふいにこっちを見て、これまたにやりと口元をゆがめて見せるのが。
負け犬の自分としては、非常にムカツクワケで。

「何万負けたよ? 」

咥えタバコで余裕の質問に、
自分は今月の生活費が底をついた事を白状する羽目になった。

「ったく。頭わりぃクセして生意気にスロットなんてやってからだろ? 」

ボケ。オツムのできと、スロットの勝敗なんて関係あるか。
と言いたいところだが、今の自分には、こいつは大事な金ヅルだ
機嫌はとらなければいけない。

ニコニコ愛想笑いなんぞしつつ『オニイサマ、お金貸してくんない?」と
可愛く聞いてみたら、このボケはやたら満足そうに笑いやがった。

「あぁ? そうだな……」

ニヤニヤ笑いながらヤツが見ているのは、床に転がっている銀色の玉。
……イヤな予感がする。

「“あの穴”に、1個入れたたら500円。どうよ? 」

頭わりぃのはテメェだろうよ! このボケがぁ!!

怒りに任せて、ヤツの壊れた頭を思い切りどついてやったが。

まぁ、あれだ……。
金も欲しいし、なんか既にケツもモゾモゾしてたりするし。

……今夜は、泣きを見る羽目になりそうだ。
と、ちょっぴり覚悟している自分もいたりするわけである。

3908-359 悲しい夜明け:2006/09/23(土) 01:59:47
ふと、目が覚めると空は白みかけていた。
もうすぐ、夜が明ける。
それと同時に、俺たちの関係は終わる。
少なくとも今のこの、夜を共にするような関係は確実に。

今、隣で眠っているこいつは、今日結婚する。
いわゆる政略結婚というやつで。
しかも、親父さんの会社を救うためなんて定番な理由のために。

わかっている、こいつの肩に何百人もの社員とその家族の運命がかかっている事ぐらい。
結婚してもこの関係を続けられるような器用な奴じゃないってことも、わかってる。
だから、これが最後だ。
独身最後の夜くらい、俺がもらったって罰は当たらないだろ?


夜が明ければ、こいつは去っていく。
俺が生きてきた人生の中で、一番悲しい夜明け。
きっと俺は、この夜明けを忘れない。

3918-339ひげ(リロミスのため再投下):2006/09/23(土) 23:44:45
じょりじょり……
「……」
じょりじょりじょり……
「……」
後ろから俺のことを抱きしめる男は、無精ひげの生えたあごをしつこく俺のほほに擦りつけてくる。
耐えかねて俺は、勢い付いて振り返り、噛み付くように男に言った。
「おい!お前いい加減やめろよな!暑苦しい!それに痒いんだよ!」
「ふふ……。そんなこと言われたら傷ついちゃうな、オレ。」
全く傷ついてない調子で男は言う。
「宮野。宮野はオレだけのものだよ。他の誰にもこんなことさせちゃダメだからね。」
こいつ、むかつく。俺がこいつから離れられるわけがない。それをわかっててこんなこと言ってきやがる。
だったら、お前はどうなんだ。
こいつの甘いところ、優しいところ、さらっと恥ずかしいこと言ってのけることろ。
好きだけど。悪い気はしないけど、不安になる。
お前こそ、別のところで、別のヤツに同じようなことやってるんじゃないのか。
他のヤツにも、この胸が疼くような、他の事はどうでもよくなるような感覚を味あわせてるんじゃないのか。
「どうしたの?宮野。ほら、こっち向いて。」
こいつと一緒にいる限り、このどこか寂しいような感覚はなくならない気がする。
でも、それでも。俺はこいつから離れられない。
俺は、自分から男の無精ひげに手をのばした。

3928-389 6万人の声援:2006/09/25(月) 17:42:26
0さんはバンドものでしたが、スポーツもので萌えちゃったので、ちょっとこちらに…。

彼こそが自分の最大の好敵手である。
自分こそが彼の最大の好敵手である。
初めて会った時から、零れ落ちそうなまでのその才能に、華やかさに、全身の細胞が震えるのを感じたあの時から。
彼の唯一無二の存在でありたいと願い続けた。ともすれば、子供じみた一種の執着ですらあった。
それがどうだ。

彼に向けられる6万の声援。別れを惜しむ叫び。感謝をうたう横断幕。
こうやって、いざ彼の最後の試合に立ち会ってみれば、僕もその6万人のうちの一人でしかなかった。
他の全ての観客と同じく、他の全ての選手と同じく、
彼を愛する一人でしかなかった。
それは心地いい感覚だった。

「お疲れ様」
「ああ…ああ、ユニホーム、お前にやろうかと思ったのにな。若いやつにやっちゃった」
「うそつけ」
涙の跡を残しながらも、笑っていけしゃあしゃあと言う彼に思わず吹き出す。
「凄いよ。いい引退試合だ」
「ああ」
「お疲れ様…本当に」
「ああ、ありがと。でもこれからさ。球を蹴らない俺が、何者になれるか。これからだ」
予想しない答えに顔を上げた。聡い彼は、こんなところでも僕の上を行く。
別れ際に、本日二度目の抱擁を交わした。
抱きしめた瞬間に、今まで平気だったのに、なにかが壊れたように涙があふれた。
「今泣くのかよ。遅いよ」と笑う彼の肩に、額を押し付ける。
「少し、勝ち逃げされた気分だ」

馬鹿みたいに心の大きな部分を占めていた彼が去っても、僕にはまた次の試合があり、チームでの役割があり、成し遂げようと決めたことがある。
走れるうちは走らねばならぬ。それが僕の矜持だ。
だがそれを一瞬忘れるほど、久しぶりに借りた彼の肩は、暖かくて気持ち良くてたまらなかった。

3938-459コスモス・時間旅行者:2006/10/06(金) 12:32:24
現在ではコンピューター制御されたホログラムの中でしか見ることのできないコスモス。
しかし今、獄中で俺が見つめているのは紛れもなく清楚な一輪のコスモスだ。
まるで昨日手折ったばかりのような鮮やかさでそこにある。

タイムトラベルが特権階級のものだけではなくなった今でも、
平行世界を極力作らないためにトラベルの規制は厳しい。
旅先の人物との交流はもちろん、いかなる事物も損壊持ち帰りは厳禁、
そこに存在した痕跡を最小限に留めなければならず、
違反すればパスポートは剥奪され厳罰に処せられる。

『滞在日数超過罪』
『人物事象に係る痕跡残留罪』
それが俺の罪状だ。まもなく刑期を終え自由の身となる。


文明開化の波が押し寄せ、着物姿の中にちらほら似合わぬ洋装の人々が混じり始めたあの時代に
長く短い1年間、俺とおまえは深く静かに愛し合った。

「綺麗だろ?ほんの数十年前に渡来した花なんだ。」

旅立ちの日、おまえはそう言って傍らのコスモスを手折って俺にくれた。

「またいつか会えるさ、それまで元気でな。」

泣きながら微笑んだおまえはそんな日がやって来るはずのない事を知っていたのだろうか。


バイオテクノロジーの進化により5年間鮮やかに咲きつづけてくれたこの花もやがて枯れるだろう。
それでも、おまえを抱きしめたぬくもりと想い出は褪せることなく俺の中にある。
あの一面のコスモス畑とともに・・・。

3948-459 コスモス・時間旅行者:2006/10/07(土) 14:00:09
彼の実験室には用途の不明瞭な、奇妙としか言いようのない物が多い。
と言うよりも、奇妙な物しか無いのではなかろうか。
目に付く物で奇妙でない物なんて、古びたテーブルに飾られた小さな花ぐらいのものだ。
薄暗い部屋に不釣合いに揺れる白い花は、まるで逆境に置かれているようでいじらしく、愛しく思えた。
……まあ、この部屋にある以上はただの花でない可能性の方が高いのだが。
「あまり触らないでくれよ。危ないからね」
奇妙な陳列物を物色していた私に、彼の柔らかな声が注意を促す。
しかしそうは言ってもせっかく招かれたのだから、このチャンスをのうのうと見過ごす手は無い。
御婦人方との話の種として少しでもこの部屋を見て回るのが今の私の義務であろう。
激しく燃え上がる使命感に駆られた私は、耳が聴こえなくなった振りをして物色を続ける事にした。

数十分後、私はとんでもなく奇妙な物を発掘してしまった。
これ以上に奇妙な物はそうそう見つからないだろう。
奇抜なフォルムに、人間の色彩感覚としては有り得ないようなカラー。
一体何に使うと言うのだ。これは不明瞭どころの話ではない。
まさかどこかにスイッチが……あっ、ああっ!そんなっ……!
「――ねえ、君。そろそろ時間じゃないのかい?」
とんでもなく奇妙な物と戯れていた私の状況に気づいていないのか、それとも気づいていない振りをしているのか、
相変わらずの穏やかな声で彼が私に尋ねた。
……ああ、あった。これ以上に奇妙な物が。
「そうだな。もう約束の時間になるか」
とんでもなく奇妙な物を棚に戻しながら答える。
正直まだ帰りたくはなかったが、そんな理由で以前からの約束をキャンセルする訳にもいくまい。
「次はいつ招待してくれる?」
仄かな期待を抱きながら、椅子に座る彼の顔を見遣る。
その視線に私と同じくらいに端正な顔が一瞬だけ揺れ、少し困ったような声で返事を返した。
「忙しくなるから、まだ今度だよ」
「――君の『今度』は信用ならないな。十年後? 二十年後?
言って置くが百年後に招待されたって、私は来れないんだぞ」
まるで冗談でも言うように、軽い調子で反論する。
しかし私としては強ち冗談でもないのだ。
彼に関する噂の全てを信じた訳ではなかったが、それでも「もしかしたら」と思わせてしまう何かが彼にはあった。
「……それでは、これを」
彼は駄々をこねる子供をあやすようにふっと笑うと、音も無く立ち上がってテーブルの花を一輪手に取った。
それを私に差し出し、今度はまるで姫を守る騎士のように恭しく微笑む。
「その花が枯れる頃に招待しよう」
「……伯爵。この花、枯れないって事はないんだろうな?」
花をそっと受け取り、まじまじと見詰める。
見かけこそ普通の花だが、彼の事だ。やはり信用ならない。
「まさか。ただのコスモスだよ」
「本当に?」
「本当に」
「それじゃあ、信じるしかないな」
小さな花を大切に胸に挿しながら、半ば根負けしたように言う。
いくら疑った所で私に真偽を知る術など無いのだから、それならば疑う意味も無いだろう。
部屋を出ようと扉に手を掛ける。
それを見送る彼と別れの挨拶を交わし、私は恋する少女のように微笑んだ。

「永遠に君を愛しているよ。サンジェルマン」
「――何千年経っても君を忘れないよ。カサノヴァ」

3958-469 人でなし×お人よし:2006/10/08(日) 00:02:14
「僕はね、医学生であって医者じゃないんですからね」
真夜中に呼び出されて、傷の手当てをさせられるのはもう何度目だろう。その度に同じことを繰り返す。
「頼みますから、ちゃんと病院に行ってください…必ずですよ?」
今まででも一番ひどくやられている様を見て、少し厳しい口調で言った。
彼は曖昧に返事をして誤魔化すように笑ったが、すぐ苦痛に顔を歪めることとなった。

どうして、あなたがこんな目にあわなけりゃならないのですかと、聞いたことがある。
こんなことくらいしかできないからだと、彼は答えた。
答えになっちゃいないと言ってやった。
「確かにあいつがやったことは人としてあるまじき行為かもしれない。
 それでも俺は、それが正しいことだと思ってる。あいつは間違ってない」
信じてるんだと続けた彼が何故か少し妬ましく、僕は意地悪を言う。
「法が禁じていることだ」
彼は挑むような目をして不敵に微笑んだ。
「だから俺はこうして、暴力を甘んじて受けてきたんじゃねぇか」
やっぱり答えにならないと思った。

明け方、世間から人でなしと罵倒される男が息急き切って僕らのいる部屋へと駆け込んできて、
目の前に横たわる傷だらけの彼を見るなり「ばかやろう」と叫んだ。
そしてその場に崩れるようにして泣き出した。
顔を大きく歪ませて、しかしそれを隠そうともせず、声をあげて泣くのだった。

3968-459 コスモス・時間旅行者:2006/10/10(火) 00:57:45
風のない穏やかな秋の日に一人、思い出の丘の上にあるコスモス畑。
立てかけた画架に白いカンバスを置いて、それを少し離れた木陰からいつかのように眺めてみる。
ちょっとだけ視線を逸らせ遠くの雲を見るふりをすると、目の端にお前の姿を捉えることができた。
ぬるい陽射しを受けてコスモスたちは時間などないのだよとばかりに、ただそこにいつまでも。


一枚の絵ハガキが届いたのだ。
見覚えのあるその風景を描いたのが誰なのかは、すぐにわかった。

 このハガキが届く頃には帰る
 会って話したいことがたくさんあるんだ

描かれていたのは、上京するまで共に過ごした故郷のコスモス畑。
お前はよくそこで、時間を忘れて絵を描いていた。
俺はその側で何をするでもなく、ただそんなお前をいつまでも見ていたっけ。
今でもその風景は同じくここにあり、コスモスは今日も完璧な均衡を保ち続けそこにいる。
だから俺は一人コスモス畑に佇む。

 ハガキが届いたぞ

帰ってきてるんだろう?と、遠くの雲に言ってみる。
目の端のお前は黙って絵を描いている。
話したいことって何だよと、足元のコスモスに問うてみる。
学生服姿のお前は黙って絵を描いている。
俺も伝えたいことがあるんだと、目を閉じて呟く。
旅立つ前のお前が微笑む。

流れるものなど何もなく、何も動かず、何も変わらず、
まるで宇宙の中にいるような静寂に包まれ、今という感覚はとうに消えた。
触れ合うことで一度は崩れた俺たちの、失ったはずの均衡のなかで、
俺はいつまでもいつまでもこうしてありたいと、完璧なる均衡の中に、思うんだ。
決して目合うことのないこの均衡の中に。

ふと、目の端のお前が、振り向いた。
それと俺の背後から一筋の風が起こったのは、同時であった。


いっせいに身を倒し、震えるようにしてコスモスは
ざあぁっと、風が吹き去るのを待っていた。

生まれたばかりの風が俺を通り抜け、花の中のカンバスを画架ごと倒す。
きえ逝く間際の風はいくつもの花びらを宙に舞い上げ、コスモスたちは秩序を失う。
めに見えたのは時間。俺は今に引き戻され、また一人。
やわらかに秋の陽が、長い影を作っていた。遠くの雲は薄紅の色。
もう一度お前の名を口にし、俺は初めて、お前のために泣くことが出来た。


一枚の絵ハガキが届いた。
どうして一年も前に投函されたハガキが今頃になって届いたかは知れない。
ただ俺は、生きていかねばならないのだと、思った。

3978-489 嘘でもいい:2006/10/12(木) 00:49:17
「ねぇ、愛してるとか言わないの?」
「嘘でもいいなら好きなだけ言ってやるよ。」
「・・・可愛くないね。リップサービスって言葉知ってる?」
「一回千円ね。」
「ちょっと、金取るの?それサービスじゃないよ・・・」
「俺はお前の望むままヤってやったじゃん。
 SEXのあと愛してるって言ってほしいなんて聞いてない。」
「・・・あのね、貴方はもう身体売ってるわけじゃないだし、
 僕に付いてきたってことはそれなりに好意があると思ってたんだけど・・・」
「もちろん、男娼から足を洗わせてくれたのはお前のおかげだけど、
 そこに恋だの愛なんて感情が生まれるなんて俺は思わない。」
「・・・・・・哀しいよ、そんなの・・・」
「お前はあそこから抜け出すキッカケを与えてくれた。それには感謝してる。」
「僕と居て、楽しくない?少しでも僕を考えたことはない?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「僕はね、貴方が好きなんだよ。だからどうしても辞めて欲しかった。
 ちょっと強引だったかもしれないけど、今一緒に暮らしてることがずごく嬉しいんだ。
 だからきっと・・・愛してるなんて言われたらさ・・・」
「嬉しい?」
「うん・・・きっと嘘だと分かってても喜んじゃうと思う。もうしょうがないんだ、こればっかりはさ・・・」
「なんで、分かってるのに許せるの?」
「愛してるから。たとえ貴方が愛を知らなくても・・・」
「バカじゃん、そんなの。結局弄ばれてるだけじゃん・・・」
「うん・・・」
「愛してる。」
「うん・・・ありがとう。」

3988-529 平民低身長×貴族高身長(のほほん…?):2006/10/14(土) 16:18:12
「まったく、こんなご立派な靴で山道を歩けばこうなるってわかりそうなもんだけどな」
盛大にため息をついてみせながら、男は青年の白く伸びやかな足を手に取って眺めた。
くすみすら見当たらない肌理細やかな美しい肌に、泥がこびりつき、爪先は皮が剥け血がにじむ。
桶に水を汲んで洗い流してやると「ひゃっ」っと青年が声を上げた。
「冷たかったか?我慢しろ、こんな山小屋じゃ湯なんざ用意してやれねぇ」
「違う、傷にしみただけ」
じゃぁ尚更我慢しろと、取れかかってぶらぶらしている小指の皮膚をちょいと千切ると、青年は息を呑んで恨みがましい目を向けたが、黙って為されるが侭でいた。
泥のついた手で拭ったのだろう頬の跡が、まだ大人になりきれない幼い表情を引き出している。身体ばかりが先に成長して、今ではもう男を見下ろすほどの背丈になっても、まだまだ考えなしの子供なのだと思う。
昨日の雨で道は相当泥濘んでいたはずだ。服の彼方此方が泥で汚れている。平坦な道しか歩いたことがないと容易に想像がつくこの青年が、雨上がりの山道をよくもやって来れたものだと関心しながら、男はやはり呆れずにはいられなかった。さほど険しくはないといえ、山は山。一歩道を誤って迷いでもしたら、こんな軽装備で一晩とて過ごせはしない。
世間知らずじゃ済まされないぞと、呆れる一方で腹立たしくも思った。
「きれいな服がドロドロですよ、ぼっちゃん。靴だって中まで泥が入って、もう使い物にならない」
「だって、会いたかったんだ。店に行ったら、ここにいるって聞いて」
「それで?共の者も付けずに一人でいらしたんですか?ぼっちゃん」
少し不機嫌そうに、青年は押し黙った。
「まさか、また黙って来たのか?」
男の顔から視線を逸らせることでそれを肯定する。予想はしていたものの、男は天を仰がずにはいられなかった。深いため息が出て、肩から力が抜けた。
「…勘弁してくれよ。それで何度大騒ぎになってると思ってんだ」
「日暮れまでに帰れば何も言われないよ」
「日暮れまでにねぇ…俺はねぇぼっちゃん、あんたみたいにデカイ奴背負って山下るなんざ御免ですよ?ぼっちゃん」
わざと青年が嫌がる呼称を強調して、男は自らの憤懣をぶつける。
この足では、今すぐ出発したとしても日があるうちに山を出るのは不可能だろう。夜の山は慣れた者でも避ける。今夜はここで夜を明かすのが賢明ということだ。
それがわかったのか、青年は酷く落ち込んだ態で項垂れ、小さな声で「ごめんなさい」と謝罪した。
そんな萎らしい様を見ると、男はどうにも愛おしさが込み上げてきて全てを許してしまいたくなるのだが、立ち上がり棚の手ぬぐいを取りに行くことでそんな気持ちを断ち切った。
そして少し冷酷さを湛えた声を敢えて使うことにした。
「もう来ないでくれと言ったはずだな?」
いつもとは逆の立場で、椅子に座った青年を見下ろす。
数年前までいつも見えていた旋毛が変わらずあって、何だか懐かしく感じた。
青年は差し出された手ぬぐいを受け取ろうともせず、俯いたまま。
待っても返答がないので、追い討ちを掛けるように男は続ける。
「聞きましたよ、お相手が決まったそうで。日野の子爵のご令嬢といやぁ、たいそう美しいと評判」
すると青年は、男が最後まで言い終わらぬうちに目の前の男の腰に手を回して、顔を埋めるように抱きついた。
おいおいと、もう何度目かわからないため息を男はついて、青年の髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。
「…結婚なんかしない」
「それは無理だろう。お前は華族様の御嫡男で在らせられるんだから」
「会いに来るのもやめない」
「もう数えで二十歳になる男が、そんな駄々捏ねるんじゃないよ」
自らの優しく甘い声音に気付き、男は苦笑した。そしてもう一度青年の頭を撫でてから、腰に回された手をゆっくりと外し、足元へしゃがみこむ。
青年の目が自分を追うのを感じながら、知らぬふりをして濡れた足を拭く。
苦労をしらない白い足に、草木に付けられた無数の引っかき傷と、痛々しいほどの靴擦れ。自分のために彼が負った傷である。
「…好きなんだ」
頭上で消え入りそうな声が告げた。
知っているよそんなこと、そう返す代わりに、男は、青年の足の指を口に含んだ。

こんなことが伯爵家に知れたら、俺は生かしておかれんのじゃないかな?

そんな暢気な不安を抱えつつ。

3998-489 嘘でもいい(490です。リロミスだったためこちらに投下):2006/10/14(土) 23:04:03
あぁ。なんであんなヤツのこと好きなんだろう。
軽いし、嘘つきだし、時間にルーズだ。
今日だって、あいつから誘ってきたくせにもう30分以上、遅刻してる。
遅れるならメールのひとつ位入れやがれ!
ありえない。本当に。

今日はおれの誕生日で、いつも通りなら家族で外食のはずだった。
でも、この年にもなって誕生日に家族で外食なんてダサいかなって思ったし、
なによりあいつが、この日に遊ばないかって言ってきたから……。
まぁ、あいつがおれの誕生日なんて知るわけないし。それでも、嬉しかったんだけど。
あーあ。
おれはみじめな気持ちでおろしたてのブーツのつま先を見つめた。

「いやぁ。遅れてマジごめん。」
軽く叩かれた肩。振り返ると、悪びれない笑顔のヤツがいた。
「……」
怒りのあまり、おれはリアクションもできない。
「いやぁ、おばあさんがペットボトルの大群に襲われててさぁ。」
こいつのこういうところには殺意すら覚える。
「……嘘つくなら、もうちょっとマシなのにしろよ。」
「うん。そうだね。」
その時、突然首のまわりにあったかい感触がした。で、目の前に突き出された花束。
「このマフラー、おまえに似合うなぁ。って思って。はい花も。誕生日おめでとう。」
そしてひときわ声を潜めて、耳元を掠めるようにヤツは言った。
「好きだよ。」

こいつのすること、言うことのどこまでが本当で、どこからが嘘なんだろう。
あぁ。でも、もう。嘘でもいいや。
こみ上げてくる涙が、悔し涙か、嬉し涙なのか、呆れからくるものなのかもわからずに、おれはそう思った。


※本スレ490です。本当にすみませんでした。
しかも投下もこんな遅くなってしまって_| ̄|○
もうしません。今はとっても反省している。

4008-569懐いてる×懐かれてる1/2:2006/10/19(木) 10:19:09
幽霊ネタ注意 長文すみません

チリ、チリと、夜風に吹かれて風鈴が鳴いている。ヒビでも入っている
のか安っぽい無機質な音しか出さないが、ここのところ、そんなものは
問題にならないほどの音害に悩まされる日々が続く。日が暮れるまで
は蝉の放吟、月が出たなら蛙の合唱。そうして深夜ともなれば、俺の
部屋を支配するのは幽霊のラップ音だ。
「騒いでも昼間は誰もいないからつまんなくってさあ。でも夜はあんた
が帰ってくるもんね、頑張っちゃうよ、オレシャウトしちゃうよー」
鬱陶しい事この上ない。
背後からべたりと張りついてくる半透明の男を剥がそうという努力は一
週間でやめた。俺の背中を特等席と決めたらしく、てこでも離れないの
だ。自分の名前すら忘れてしまったというこのおんぶおばけ、俺が家に
いる間は逞しくも色のない腕を肩口に回し、首筋にむしゃぶりつい
てはバキバキと怪音を立てる。郊外の借家で人家も他は疎らであるの
が幸いだが、霊との強制二人羽織のせいで、盛夏だというのに震えが
走って止まらない。

思えば、奴と会ったのは春も彼岸を過ぎた頃だった。格安の値に惹かれ
て古家に居を構えたその日の夜、騒音と共に天井からにゅるりとぶら下
がってきたのだ。大して知恵の有りそうな顔ではなかったが、物は試し
とアルバムを取り出し、鬼籍の者同士消息を知りはしないかと他界して
久しい父と母の写真を見せてみたら、会ったこともないという。ならば
と成人せずに死んだ妹や事故で亡くした友人、声すら知らない祖父母に
何時の間にかいなくなった猫など手当たり次第に写真を突きつけたが、
どれにも首を振るばかり。終いには幽霊だからといって死人全てと顔見
知りではないのだし、そもそも自縛霊に横の繋がりを期待する方が間違
いなのだと言い訳しやがる始末なので、役立たずめと罵ったら泣きが
入った。あまりに辛気臭いのでそれなら仕方ない、幽霊でも構わんから
お前が側にいろと命令したのだが、そこで仏心を起こすべきではなかっ
たのだ。おかげで今のこの様だ。勝手に風呂について来ては湯船を冷や
す。仏前にはミネラルウォーターを要求してくるし、野良猫には喧嘩を
ふっかける。おまけにこの悪寒。俺の最近の持病は冷え性だ。
「どうしたの、黙り込んじゃって。何を考えてるの、教えてよ」
てめえを成仏させる手段だよ、と胸中で毒づく。何で未だにフラフラし
ているのか聞いたこともあったが、さあね、何か執着を残してるんだろ
うねと頼りない。では死因が分れば手掛かりにならないかと思いもし
たが、食中りか何かだったかな、とやはり曖昧で当てにはならない。
今が良ければそれで良いよと、おんぶおばけは刹那的だ。


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