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0さん以外の人が萌えを投下するスレ

1萌える腐女子さん:2005/04/17(日) 10:27:30
リロッたら既に0さんが!
0さんがいるのはわかってるけど書きたい!
過去にこんなお題が?!うおぉ書きてぇ!!

そんな方はここに投下を。

193萌える腐女子さん:2005/12/20(火) 15:20:49
でもなぁ、これは。
「あれ?おまえ全然飲んでねーじゃん。ワリカンなんだからさ、イけよ」
「……あぁ。」
「なぁなぁ、これ気にならね?『籠の鳥』だってよ。オシャレだなぁ」
「……どーせ焼鳥かなんかだろ。虫籠とかに入った」
「ぷっ、なんだよそれムードねぇ」
お前にゃ言われたくねぇよ、と心で毒づく俺を無視して、奴は声を張り上げる。
「おねーさーん。『籠の鳥』で!お願いします!」
おいおいまだ食うのかよ。
あきれて頭を抱えた俺を尻目に、こいつはへらりと笑って日本酒を煽った。

194籠の鳥で!お願いします!(3/3)修正:2005/12/20(火) 15:23:35
あぁもう。そんなところも好きだよチクショ。
しばらくして5本の串が入った小さな竹編みの籠が運ばれて来たのを見て、
「ほらーオシャレじゃん」
とか目を輝かせるこいつを見ながら、次は小洒落た店でリベンジすることを誓った。
「焼鳥うんめー!」
……やっぱ色気より食い気か?こいつは。


+end.


____
2にタイトル忘れました。ごめんなさい。
本スレでは華麗に『籠の鳥』でお願いします。

195籠の鳥1:2005/12/20(火) 23:53:36
投下させて下さい
_____________________________

「逃がしてあげるよ」
彼はそう言って、ふわりと笑った。

弟が生まれたのは俺が5歳のときのこと。
初めて弟を見たのは病院の厚いガラス越しだった。
透明な箱の中の沢山のコードが繋がった小さな赤い体。
「優しくしてあげてね。守ってあげてね。」
大好きな母の擦れた涙声。
弟は、心臓に欠陥を持って誕生した。
医者は弟が生まれたその日に、弟の余命を告げる。
「お子さんは、成人を迎えることはできないでしょう」と―――。

母が退院して家に戻ってきても、弟が家に帰ってくることはなかった。
母は毎日病院に通い、俺も週に何度かは付いて行く。
自分一人で通える様になった小学校高学年には、学校の後に病院へ行くことは日課になっていたが、中学へ入ると同時に母の薦めで塾へ行き始め、会いに行く頻度はまたすくなくなった。

「お兄ちゃん、最近来てくれる回数減ったね。淋しいー」
唇を尖らせて言う弟は可愛かった。
優しく、優しくしよう。
大事に、大事に守っていこう。
初めて弟を見たときの、母の涙声を思い出す。

「優しくしてあげてね。守ってあげてね。」


「お兄ちゃん。言いづらいのだけど…あの子に会いにくるの、このままもっと減らして欲しいの。」
「え?どうして…?」
高校受験の間はいつもより会いに行く回数を減らしてしまったから
これからはもっと沢山会いに行こうと考えていた矢先のことだった。
「あの子ね、お兄ちゃんがくる日は疲れるから嫌だって。………あんまり来なくていいって。」

―――わかってしまった、母の嘘が。
覗き見た母の瞳には後ろめたさや困惑とともに、確かな嫉妬が見えたから。
母は大切に守ってきた第二子を独占したいのだ。
真っ白な籠に閉じ込められた大事な大事な鳥が、他の者を頼るのに耐えられなかったのだろう。
自分勝手な人。そう言って母を蔑むことは簡単なように思えた。
けれど俺にはそれができなかった。
擦れた涙声を思い出す。あの切実な思いの籠もったあの言葉を。
「優しくしてあげてね。守ってあげてね。」

俺は頷いた。
籠の鳥の笑顔を思い浮べながら。

弟に会いに行くのは月に1度程になった。
はじめは会いに行く度に口を尖らせ、もっと来てほしいと訴えた弟も
やがて会いに行く頻度については何も言わなくなり、会うたびにあのねあのね、と自分のことを話し続けることもなくなって、俺の姿を見ると一度柔らかく微笑んで、俺の話を促すようになった。
健康ならば中学に上がるはずの年には、明るいというより柔らかい雰囲気を持った優しげな少年になっていた。

196籠の鳥2:2005/12/20(火) 23:54:54
「おかえりなさい、兄さん」
バイトから家に帰ると弟がいた。
年に数回帰ってくることはあるが、今日帰ってくるとは聞いていなかったので驚いた。
「兄さんのこと驚かそうと思って母さんに内緒にしてもらったんだ」
「すげー驚いたよ」
嬉しげに微笑む弟は今年で17歳になった。
外に出る機会がないからか真っ白で細い体は、しかしかなり小柄な俺よりかは身長が高い。
「母さんは?」
「あー、なんたらかんたらの会の集まりだって。」
患者の親族の作った会のことだろう。母はそういったものにかなり積極的に参加し、
弟が健康な生活を送れる様になる為の移植についての情報を集めにかけ回っている。
しかし、ふと思う。
母は弟にぴったりなドナーが現われたとしても、移植手術を受けさせようとするだろうか、と。
「兄さん?どうしたの?」
「ん、何でもないよ。」
「そう?………ねえ、兄さんに話したいことがあるんだ。兄さんの部屋に行ってもいい?」
「いいよ、先行ってて。手え洗ってお茶持ってく」
「俺、お茶入れるよ?」
「いいよ、お前にやらせるの恐いから」
「ひどいなー。………まあ、俺も恐いからお願いするね」
弟は階段を上がって行った。
弟にお茶を運ばせるなんてとんでもない。
あいつは紅茶の茶葉をカップに直接入れて熱湯を注ぎ、
尚且つ、それをキッチンからリビングに運ぶまでにぶちまける奴だ。
恐すぎる。

紅茶を入れて部屋に行くと、弟はベッドに座っていた。
ベッドサイドの小さなテーブルに盆を置き、弟の隣に座って紅茶を手渡す。
「で、話って?」
「んーその前に、兄さんの近況聞きたい。」
「ん?大したことしてないぞ。大学の授業はもうほとんどないからバイトばっかかな。」
「へー」
ここ最近の他愛のない話をする。弟は微笑んだまま話を聞いていた。

カップの中の紅茶がなくなった頃、俺の最近の話が終わった。
「紅茶、また入れてこようか?」
弟は首を横に振り、俺のカップを取り上げ、自分のカップと共に盆に戻した。
「俺の話ってさ。」
急に視界が弟でいっぱいになり、状況が掴めず呆気にとられる。
「兄さんをね、捕まえてしまおうとか、そんな話。」
弟の顔がぼやける程に近くなり、唇に柔らかいものが一瞬触れ、離れた。
今度は耳許に弟の吐息を感じる。
「兄さんをね、愛してるんだよ。」
驚きに目を見開き、弟の顔を見ようと顔を横に向けた。
「愛してるんだよ、誰よりも、何よりも。」
弟は微笑んでいた。柔らかく、優しげに。
「愛してるのは、兄さんだけだよ。母さんも好きだと思っていたけど………俺から兄さんを引き離したってわかった瞬間、恐いほど恨むことができた。」
耳許に感じていた吐息が、首筋に沿って移動し、首の根元に鋭い痛みを感じた。
「抱くよ、兄さんを。」
硬直した体を無理矢理動かし、両手で弟の肩を押し遣ろうとしたら、素早く手首を押さえ付けられた。
大きいが、細くて真っ白で綺麗な手に。
「兄さんが必死で抵抗すれば、ひ弱な俺なんてすぐどかせるよ。でも、俺はすごいひ弱だから、突き飛ばされたりして打ち所が悪ければ、死んじゃうかもね。」
俺は腕を動かすのをやめた。
弟は顔をあげ、俺と目を合わせる。
眉をひそめる弟の顔が間近にある。ひどく、ひどく辛そうな顔。
「兄さんの優しいところ、大好きで愛しいけど………同じくらい憎いよ」
違う。
コレは優しさなんかじゃない。
俺は狡いんだ。
お前のその言葉を免罪符にして、『誰よりも』と言われて惨いほどの喜びを感じることを
自分に許してしまったんだよ

自分の息も荒くなっているが、自分よりも隣で息を荒げている弟が心配になって、彼の頭に手をのばす。
何度か髪を梳くと手首を捕られ、彼の口元まで運ばれて手のひらにキスされた。
「大丈夫だよ。一回セックスしたくらいじゃ死なない」
そう言った後、苦笑をして俺の手を自分の頬に当てて言葉を続ける。
「兄さんは、俺なんか早く死んでくれた方が幸せになれるだろうけどね。」
驚きに目を見開いていると、弟の顔が近づいてきて、唇に触れるだけのキスをされた。
「逃げられないよ、兄さんは。優しいから、俺を振り切って逃げることなんか、できない。」
自分の狡さを嫌悪して唇を噛み締めると、今度は舌で唇をゆっくりと舐められた。
「大丈夫だよ、逃がしてあけるから。」
違う。
自分の表情が弟に誤解されたことを感じて首を横に振ろうとしたのに
その前に彼の手に顎を捕られ固定されてしまった。
「ちゃんと逃がしてあげるよ。俺が死んだら。」
彼はそう言って、ふわりと笑う。
「すぐだよ。」
彼が嫌がるのはわかっていたのに
俺は涙をとめることができなかった。

197やっぱすきやねん:2005/12/22(木) 22:22:24
投下させて下さい
ただの甘甘ギャグです。大五郎です。
______________________________

「やっぱすきやねん」

一体、今度は何ですか。

いつものようにフローリングに正座し、無表情で年末年始お約束のお笑い特番を見ていた奴が急にこちらを向き、
人の両足首をクソ冷たい両手でガッシリ掴みながら、嬉々として繰り返す。

「やっぱすきやねん」
「何ソレ」

ちょっと動揺してしまったのを隠すために、奴が掴んだままの足を閉じる。
と、奴はバランスを崩したらしく俺の膝に額を強打した。やっぱアホだ、こいつ。
―――って、なんかこっちもじんじんしてきたじゃねーか!アホ!!
2人で悶絶していると、付けっ放しのテレビからちょうどいいタイミングでお笑い芸人が「いってーー!」と叫んでいた。
芸人たちの気持ちがわかるのが、なんだか妙に悔しい…
なんでこいつはクスリとも笑わないクセにいつもお笑い番組を見てるんだ。
今見てたのが『なんじゃこりゃああーーー』とかだったらヒーロー気分を味わえたのに。CMでしか見たことないけど。

「………やっぱすきやねん」

お前涙目の上、額真っ赤だぞ。
そんな状態で言うことか?

「………だから、何なんだよ、ソレ」

そんな頑張り見せられたら、俺も答えなきゃいけない気がするじゃないか。
ぜってー俺も涙目になってるぞ。

「うわあお!成功!?むちゃくちゃ成功じゃない??」
「ああ?………てめえ、わざとやったのか………」
「もちろん!わざとわざと!!」

奴は瞳を輝かせて満面の笑みで大騒ぎだ。まあ、目がキラキラして見えるのは痛みのせいかもしれんが。
つか俺が涙目で痛がっているのがそんなに嬉しいのか。
この赤デコを黙らすのに、コレで軽くぐらいなら平気だろうと、傍にあった酒瓶(中身入り)に手をのばしたところで
アホの発したわけのわからない言葉が耳に飛び込んできた。

「そんな感動してもらえるなんて嬉しいなあ!すげーや、関西弁!!」

何言ってんですか、このアホは。
俺らの間に必要だったのは翻訳こん〇ゃくだったとか、そんなオチですか。

「関西弁が、何だって?」
「いやーさすがだなって!関西弁様様だよね!」
「だから、関西弁のドコがさすがで、様様だって?」
「だってすげーじゃん!一言でお前を涙が出るくらい感動させるなんて!」

そうだ、こいつはアホだった。
なんだか脱力してしまい座っていたソファに倒れこむ。
奴が俺の首筋に顔を寄せてきたので、奴の赤デコを押さえて引き離した。

「痛い痛い!なんでー!?こんないいムードなのに!!」
「どこがだよ!」
「だってお前は俺の愛の言葉に感動して目うるうるさせてるし!ねっころがってるし!!」
「あー、ハイハイ。お前がアホなのはわかった。で、なんで関西弁だって?」
「アホって失礼だなー。………ダチが、関西弁最高!って。関西弁にしびれない男はいないって。」

ああ、言った奴が思い浮かぶ………。
類は友を呼ぶって言葉を納得させてくれたアイツね。

「アイツさあ、誰が関西弁話してるのがいいって?」
「え?ええーと。………んん?」
「可愛い女の子が、とか言ってただろ」
「………なんてこった。」

こっちのセリフだよ。
普通そっちに重点置くだろうよ。そこを忘れるか、このアホは。

「なんてこった!せっかく大好きなNH●我慢して、つまんねーお笑い番組見て関西弁を研究したのに!」

なんてこった。
なんだ今の言葉は。
俺の為に、アホみたいにN●K大好きなお前が、ソレ我慢したって?
恋は盲目ってホントなんですね。
なんか胸にズカーンときちまったよ!

「マ、マスターしたとか言って一言かよ。つか、いきなり『やっぱ』っておかしいだろ」

ぐあ!声に動揺が!
吃るな俺!赤くなるな俺!!

「ああ、そうかも。『ずっと』すきやねん、『何よりも』すきやねん、『永遠に』すきやねん、とかのが一言目にはいい?」

なんなんだ、このアホは。
俺を動揺死させる気ですか。
ああ、耳が熱い。

198萌える腐女子さん:2005/12/29(木) 23:43:11
管理人さん、再開ありがとうございますっ!!
========
Part5-9 何かに追われてる青年×売りで身を立ててた元男娼


ハァハァと、俺の荒い呼吸だけが、部屋に響いていた。
床に転がったまま、俺はぼんやりとベッドの上のアイツを見た。
今朝見た時の姿のまま、アイツはそこに座っている。
俺は、ニヤニヤと口元がゆるむのが分かった。
「…笑うなよ、こんな状況で。気持ち悪い」
ベッドの上のアイツが、憮然とした顔でそう呟く。
俺は、荒い息をおさえながら、大きく深呼吸をした。一回。二回。
「こんな状況って、好きなヤツと二人っきりの状況で、何でつまらない顔
 しなきゃいけなんだよ」
一息でそう言い切ると、また荒い呼吸を繰り返す。
さっきのヤツらとの追いかけっこのせいで、心臓が早鐘のように鳴っていた。

麻薬の取引を情報屋に流したのは、俺。
それで警察にとりいって、組から抜け出そうとしたのも、俺。
でも警察が動き出すと同時に、組が動き出すとは思わなかった。
俺が情報流したって、誰からバレたかを考えると…やっぱり、警察の内部に
組に通じてるヤツがいるんだろう。つくづく、この世界は狂ってる。
そういえば、最後に情報屋に会った時に、麻薬ルートは壊滅したけれど、
組はつぶれていない、と言われたっけ。

 あぁ、俺にどうしろって言うんだ。逃げるしかないのか。
 俺は、裏切りというヤバい橋を渡って、正しいことをやったはずなのに、
 神様は何も返してくれないのか。

「なぁ、アンタ、警察に保護求めた方がいいんじゃないのか?」
いつのまにか、アイツが俺の横に来ていた。
いつも無表情な顔に、少し心配そうな表情が浮かんでいる。
「…警察なんていったら、俺がつかまって、お前一人になっちまうだろ」
出会ってから半年。お前がそんな顔を俺に見せてくれるようになっている。
それが、どれだけ嬉しいか、何て言えば分かってもらえるだろう。
そして、警察なんて行っても、組の仲間にやられるだけだ、と、どう言えば分かって
もらえるだろう。
「でも、今のままだと…」
アイツが口ごもった。
お互い、分かっているのだ。今の時間が、長くないことを。

「俺、今幸せだ…。街中で、お前を見つけて、愛して、こうして一緒に逃げてくれる
 仲にまでなって、思い残すことなんてないよ…」
俺は、腕をゆっくりと動かして、アイツの頬に触れた。
「バカ! 逃げ切るんだろ、一緒に! じゃないと俺は、また…前の仕事に戻るからな」
「それは、困るな…。お前のこと、他のヤツらに触れさせたくないし」
俺は、もう少し体を動かして、アイツの膝に頭をのせた。
「お前、本当にバカだよ…」
暖かい。あぁ、神様。俺の頬にふれている、このやわらかい太ももも、髪にパタパタと
流れ落ちる涙も、どうか、いつまでも俺だけのものでありますように。

「明日、どこいこっかな」
「どこって…」
「車借りて、遠くまで行こうか。俺、朝一番でレンタカー借りるよ。だから、お前、
 用意しとけよ」
「…分かった」



明日、今生の別れが来るかもしれない。そんなこと、どうでもよかった。
お前が、俺だけのものになってくれたこと。それがどれだけ幸せかを、今は考えていたい。

199東/京/三/菱×U/F/J 1/2:2006/01/01(日) 17:34:44
本スレ29の未ゲット
東/京/三/菱/銀/行とU/F/J/銀/行の中の人同士で。



また同じ会社になるんだな。
俺は胸の中に残る槇田の面影に話し掛けた。
男同士の社内恋愛なんて洒落にもならない。しかし、俺と槇田は入社以来5年半、躰の関係を続けていた。
最初に見染めたのはどちらが先だったのか分からない、それ程すぐに俺たちは互いに惹かれ合い、恋に堕ちた。
最初は営業で一緒になった帰り道、酒でもと誘われてふたりで居酒屋に行った。語り合うと言うよりも見詰め合いながら杯を重ねた。
そうして何度かふたりだけで酒を呑みに行く内に、いつもよりも幾分杯を重ね過ぎた槇田が、何度か俺の名を呼んでは黙り込み、なんとも言えない悩まし気な視線を投げつけ、堪えきれないという風に席を立って、帰ろうとした。俺は急いで会計を済ませると、先に店を出た槇田を追い掛け、もう一軒付き合わないと帰さないと無理を言ってボックスに仕切られた座敷のある店に誘い込み、酔い潰れた槇田の耳元に、
「好きだ。」
と、囁いた。
本当は告白などなくても互いに気持は分かっていた。それでも、互いの気持を解放するためにはそれだけのきっかけが必要だった。
俺は肩に持たれかかった槇田の躰を支え、髪を撫でながら、また「好きだ」と囁いた。
肩にもたれた槇田の頬が涙に濡れるのを拭い、そっと抱き寄せ、軽く額に口付けると、そのまま肩を抱いて会計を済ませ、アパートへ連れ帰った。


そうして何度か躰を繋げ合う内に、俺たちは次第に見境を忘れ無用心になった。
最初はこっそりと会社から遠く離れた場所で落ち合い、ホテルへ行くだけだったのが、互いの鍵を持ち合い、毎日のように夜を共にするようになった。

200東/京/三/菱×U/F/J 2/2:2006/01/01(日) 17:41:21
そんな俺たちの関係に敏感な女性上司が気付かないはずはなく、ある時、俺のアパートの鍵を開けようとする槇田の肩を後ろから叩いて、ふたりの関係を問い正し、それをネタに親戚の娘との結婚を槇田に迫った。槇田がそれを断ると、関西の支社に追いやった。
耐えられなくなった槇田は遂に会社を辞めた。


そんな槇田が再就職した先は、やはり同じ業種で、少し規模の小さな銀行だった。


このところの銀行再編、合併の嵐の中では何が起こってもおかしくはなかったが、他行と比べ比較的安定していた我社が、槇田の再就職した先の銀行を抱え込むとは正直思っていなかった。
あれから3年経った。
あの時の女性上司は今はもう配属が変わって、当時の経緯を知る者も今はもう誰もいない。

あれから何度かメールのやりとりはしていたが、辛くなって途絶え勝ちになり、俺は携帯番号とアドレスを変更した。


どうしているだろう。また同じ会社になると聞いてあいつはどう思っているだろうか。


ひとづてに、槇田は相変わらず独身のままだと聞いた。
俺ものらりくらりと見合い話をはぐらかしては、相変わらず独身を続けている。


久しぶりに会いたい。
俺はずっと封印していた槇田の携帯の番号を鳴らした。

掛らないかと思っていた電話は通じ、もしもしと懐かしい声が聞こえてきた。槇田の声は見慣れぬ番号に幾分不審そうだ。
「会いたい。」
「……馬鹿野郎!」
「会いたい。」
電話の向こうから嗚咽の声が聞こえてきた。

201ハンドクリーム:2006/01/06(金) 20:45:09
本スレ100のカメラマン視線です。
ちょい吉外テイストなので、苦手な方はスルーしてください。

――――――――――――――――――――――――――

 あの人を最初に見つけたのは、夕暮れ時の窓際だ。
 軽く握った拳の上に頬を乗せ、時折ゆるりと瞬きをする。
 その姿に――その手に意識を奪われた。

 あの人の手は素晴らしい。
 爪の形や、指の関節から関節までの長さ、手首から親指にかけて通る線。
 甲に浮く骨は、皮膚に覆われ隠されているにも拘わらずその白さが想像出来る。
 折り曲げた指の創り出す鋭角、広げた皮膚の隙間に出来る窪み。
 どれをとっても素晴らしい。
 素晴らしい手だ。

 最初、写真を撮らせてくれと頼んだ時、あの人は酷く白けた顔をして見せた。
 何がそんなに良いのだと。
 その時僕は逆に問いたかった。
 一体何故、君はその手の素晴らしさに気付かない?
 肩口から肘へ、肘から手首へ、手首から爪先へと伸びるその「手」が。
 何をしていても、どんな仕草でも、一枚の絵のようにぴたりと枠に嵌る。
 その爽快さに何故気付かないのか。

 写真を撮りたいと告げた僕に、あの人からの明確な返答はなかった。
 それを無言の了承とし、僕はあの人に纏わるようになった。
 上から見ても、下から見ても、斜めから見ても陽に透かしても、あの人の手は
見飽きることが無い。
 その一瞬一瞬を絵として収めていく作業は至福だった。

 僕が写真を撮っている間、彼は決してこちらを見ない。
 僕の存在など無いものとして扱うように、時に本のページを繰り、時にペンを走らせる。
 その無関心さがまた堪らない。
 変に取り繕うことをせず、ただあるがままにあるがままの姿を見せるあの人の手を
僕は愛した。

 あの人からは、何か甘い匂いがする。
 花ような蜜のような。
 強くではない。
 時折ふと鼻腔に触れ、その時初めてその存在に気付くような。
 そんな極些細なものだ。
 それがあの「手」からするのだと気付いた時には、心が震えた。
 まるで昆虫を誘うようにして、あの花は、あの手は甘い匂いを放つのだ。

 触れたいと願うようになるまで、そう時間はかからなかった。

 あの甲に、あの指に、あの爪に拳に掌に骨に中身に。
 触りたいと。
 僕の中に芽生えた第二段階とも言えるべき欲に、あの人は気付いただろうか?
 こちらを見ないあの人は、きっと気付いてはいないだろう。
 いや、見ないからこそ気付いているかもしれない。
 視線はこちらを向きはしないが、あの匂いは真っ直ぐとこちらに向けられている。
 さあ来いと。

 しかしいけない。
 長く愛したいと願うからこそ、この欲に負けてはいけない。
 あの人の指に触れる時、それは僕があの「手」を破壊するということだ。
 あの人の身体から切り離し、宝物にして大事に仕舞ってしまうだろう。
 それではいけない。
 僕は「あの人」に付属しているあの手を愛しているのだから。

 ああけれどまた甘い匂いがする。
 においにひきよせられるいってしまいそうになるはらのそこにおしこめてころしづつけて
きたことばをあなたにさわりたいとあなたにさわってもいいですかとそのからだをそのてを
そのにくたいをたましいをいしきをこきゅうをいのちをすべて
 ぼくのものにしてもいいですかと

202ともだちなのにおいしそう:2006/01/07(土) 23:33:41
投下させて下さい
_______________________________
『ともだちなのにおいしそう』

なんてぴったりな言葉でしょう。
初めてCMで聞いたトキは背筋が震えたよ。
ほんと、今の状況にあまりにぴったりすぎるわけで。

「おーい。何ぼけっとしてるわけ?」
近い近い近い!!!
ドアップに驚き、上半身を後ろに引いたら座っている椅子ごと後ろにひっくり返った。
「お前…何してんの?」
呆れ顔をしながらも奴が助け起こしてくれる。
頭は打たなかったが背中を思いっきりぶつけてしまってむちゃくちゃ痛い。
「あーあー。背中思いっきりぶつけたんだろ?湿布貼ってやろうか?」
奴が優しく俺の背中を撫でてくれる。
「いやいや!平気!平気だから!!」
首を横に振りまくりながら奴の手を背中から離した。
今のタッチはまずいよ、今のタッチは!!
「そうか?」
奴が首を傾げたことでつい白い首筋に視線がいってしまう。
今、このとき、俺は誰よりもあの狼の気持ちを理解できているだろうよ!
「そうそう。次体育だろ?さっさと着替えるべ。」
ああ、体育。
ごめん、さっき嘘ついたわ。
これからの俺の方が絶対狼の気持ちわかっちゃうよー
奴が隣でシャツを脱ぐ。
もうね、すごいんですよ。
むっちゃオイシ…いや、綺麗な体してるんですよ。
ちっさい頃から空手やってるらしく、すんげー綺麗に筋肉ついてんの。
つきすぎず、つかなすぎず。絶妙ってやつ。
首筋から肩にかけてや背中とか、もう一度見たら忘れられませんよ。
「どうしたん?早く着替えないと遅れるぞ」
「ああ、うん。」
やっべー。じっと見てたの気付かれたか?つか、今、俺の目、血走ってないでしょうか。
「相変わらずほっせーなあ。タッパは俺よりちょっと高い位なのに、体重は俺より全然少ないだろ」
「ほっとけ!」
おし、普通に返せた。
………普通に反応できるかどうか緊張するってどうなんだ………

「なあ、今日俺んちでお前が見そびれたって言ってたビデオ見てけば?」
奴が俺に背後から抱きつきながら耳元で言ってくる。
やばい。非常にやばいがかなりいいわけで。
「明日土曜だし、久しぶりにそのまま泊まっちゃえば?今日俺んち、他に誰もいないから気兼ねしなくていいし」
「お、おう。」
友達って素晴らしい!
正にそんな感じ。
こんな風にくっついてられるし、お泊りだよ、お泊り!美味しいトコだらけだよ!!
―――って二人っきりはまずい!我慢できるわけがねぇ!!
「あ、俺やっぱり今日はやめ」
「ほらほら早く行こうぜ。帰りに夕飯も買ってっちまおう」
見事に遮られ、俺はそのまま引きずられて行った。

「あーやっぱ面白いなー!!」
いや、正直この状況に気をとられて全然見てませんでしたよ。
何でお前は俺の膝に頭載せてねっころがってるんですか。
友達か。コレが友達効果ってやつなのか!
むちゃくちゃ嬉しいし気持ちいいんだが、気持ち良すぎてやばいんですよ…
なんでコイツ相手にこんな気持ちになっちまうんだよ。
コイツは俺の友達なのに。

「コレ、お前と見ようと思って今まで我慢してたんだぜー」

そんな一言に涙が出そうになるくらい喜びを感じるのは、コイツがかけがえのない友達だからなハズだろ。
それ以外の答えは、出ないハズなんだよ。

『ともだちだけどおいしそう』

………このタイミングでこのCMが流れるわけか。
ちくしょう、そうだよ。
友達なのに、ただの友達だって思い込ませようとしてるのに、やっぱり『おいしそう』なんだよ。
なんてこった。
とめられないんだ、友達に向けるべきではないこの気持ち。

どっぷり凹んで、はーっと溜息をついたとき、奴がこっちをじっと見てることに気付いた。
考えていたことが考えていたことなので慌ててしまう。

「な、なんだよ。何じっと見てるんだよ」
「んー。やっぱりさあ、お前ってあれだよね。」
「あれ?………どれだよ?」
「さっきのあれだよ。『ともだちだけどおいしそう』ってやつ。俺がお前に思ってることに、ぴったりなわけ」

―――は?

203119 トーテムポール:2006/01/08(日) 03:55:21
でおくれたー。
________________

『土産はトーテムポールでいいか?』

電話で何の前触れもなくそう言われたとき、俺は大笑いしながらも確かに断った、はずなのだが。
「なんで本当に送ってくるかなぁ…」
激しく場所をとる得体の知れない物体を眺めながら、俺は小さくため息をついた。
旅に生きる彼は、一年の半分以上を海外で過ごす。語学力も冒険心もない俺はいつも置いてけぼりだ。
ひょっとしたら英語さえも通じないような国から、彼は土産と称して訳のわからないものを送ってくる。
ギョロ目の木の人形。まじないに使うらしい仮面。時代を間違えたような石器。何かの動物の骨。
ちぐはぐなラインナップは単純に彼のセンスが悪いだけだ。理解するのに三年かかったが。
そのコレクションに、やたら背の高い置物が加わった。
あまり大きすぎるものでなくて良かった。庭しか置き場所がなかったりしたら、近所の目が痛い。
縦にいくつもならんだ動物の顔らしい彫り物を撫で、俺はもう一度ため息を吐き出す。
「こんなの貰うより、あんたの顔を見たいんだけどな」
つぶやいた言葉は、けれど彼に届くことはきっとない。
彼に側にいてほしいのは本音だが、それよりも自由に飛び回る生き生きとした彼が一番好きなので。
だから、一緒に送られてきた写真で我慢。
「あ、この顔、ちょっとあの人に似てる」
少し高め、ちょうど彼の顔と同じような位置に彫られた顔は、目を見開いたような笑顔まで彼にそっくりだ。
思わず笑みをこぼして、そっとその顔にキスをする。
いつか、こいつと写真を撮って彼に見せよう。
そして、次の旅行は自分からついていってみようか。

204会場まで行ったのにキャンセルかよ!:2006/01/13(金) 01:42:54
チンタラ書いていたらステキなSSが既に…。
といわけでコッソリ書かせてください。
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今日はA男の誕生日パーティー。
誕生日プレゼントは、以前好きだといっていたブランドの物をプレゼントしようかとも思ったが
バイトだけで身を立てている俺には高すぎたために花束。
わさわさと楽しそうにゆれる俺と花束を、町行く人々はほほえましげに見送った。

到着したのは、人気者のA男に似合いのオシャレなバー。
とは行ってもチープさを売りにしているバーなのでご大層な高級感はない。
さて。どう入っていこうか。こういうのは印象が大事なのだ。
すでに盛り上がっていると、コッソリ入ったのでは気づかれなくて主役に最後まで触れないことがある。
俺はニヤリと笑い、扉に激突していった。

「イィヤッホゥオォォォォォォォォ!!! 盛り上がってるかてめえら!!!」

それは文字通り、激突する結果となった。
したたかに打ち付けた体の前半分が痛い。
なんとなく悲しくなって冷静に扉を見てみると
「本日休業」の看板が。

漫画なら今頃俺の頭の上にはてながとびかっているだろう。
あ、あれ。
慌ててポケットから携帯を取り出して電話をかける。
電話の先は今日の幹事でもある主役だ。
1コール、2コール…
『もしも』
「きょ、今日のアレは!?」
『今日のアレ? ああ、誕生日の? あれ、連絡行ってねえ?
 俺、夜バイト抜けらんなくてキャンセルになったんだけど』
「きゃ、キャンセル!?」
今ならコーラスでも歌えそうな気がするほど声がひっくり返る。
『わざわざ予定あけてもらってわりぃな。また今度のみにでも行こ』
一気に体の力が抜けた。
何だかほっとしすぎて泣きそうな気さえする。
「う、うん…あ、誕生日…オメデト」
『おお、サンキュー。進路別れてから滅多だし、久々にオマエにも会いたかったんだけどな』
「俺もだよ。…すっ…好きな奴に…中々会えないのは…辛いんだからな!」
『はあ? オマエ時々面白い事いうよな。じゃ。バイトいってくらー』

精一杯の告白を華麗に蹴られ、会いたかったA男にも会えず、
なけなしの金で買ったプレゼントも突撃した衝撃でズタぼろになったけど
何だか心は来る時以上に弾んでいた。

205会場まで行ったのにキャンセルかよ!1:2006/01/13(金) 13:12:33
投下させて下さい。グダグダかもorz
_______________________________

「会場まで行ったのにキャンセルかよ!俺、すげー虚しくねえ?」
『ごめん!本当にごめん!!朝、急にクレーム入っちゃって…午前中に処理出来ると思ったんだけど長引いて。本当にごめん!!』
「あー嘘、嘘。だーいじょうぶだって。映画なんて一人でも見れるしさ。こっちは気にしなくていいから、お前はちゃんと仕事しろ。給料分きっちり働いてこいや」
『ごめん、本当にごめんな、ヒロ。今度絶対埋め合わせするから』
「おう。たっかいもの奢らせてやるから覚悟しとけよー?」
『うん。何でも喜んで奢るよ。……ヒロ、好きだからね』
「……俺も好きだよ、ユキ」

携帯の通話を切ると、つい溜め息を吐いてしまったた。
一体何度目だろう、ユキの仕事でデートがなくなるのは。
目の前にあるのは小さな映画館。
お互い学生の頃は二人でよく来ていたけれど、今年度に入ってから来たのは初めてだ。
今、この小さな映画館でやっているのはハチャメチャな内容のアクション映画一本。今日が上映最終日。
B級アクション映画が好きな俺たちはこの映画を知り、二人で見に行こうと約束した。
でもなかなかユキの都合が合わずに行けなくて、上映最終日の今日、どうにかギリギリ二人で見られるはずだったんだよ。
もう一度溜め息を吐き、ずっと二人で見たがっていた映画を見るため、俺は一人目の前の映画館に入って行った。

休日だというのに中はガラガラだ。入ってすぐにCMが始まる。
お決まりの『携帯電話やPHSの電源を切ってください』というCMを見て、携帯の電源を切った。
ユキと会う前はマナーモードにするだけだったのに、あいつが毎回このCMを見たらすぐに律儀に電源を切るものだから俺もいつの間にかきちんと切るようになっていた。
変な影響だな、と少し笑いが漏れる。
周りに人がいなくてよかった。
こんなCMで笑っていると思われるなんて嫌すぎる。

―――だめだ。全然映画の内容が頭に入ってこない。
ストーリー性重視の映画ではなくても、ストーリーをきちんと把握できていない状態で見るアクションシーンはとても味気なく感じる。
いつもは爆笑するようなシーンでも、今はまったくそんな気分にはなれなかった。
一人だからかもしれない。
そんなことが浮かんだ途端に、何だかぼーっとしていた頭が、映画とは別のことを考え始める。
デートのキャンセルが増えたユキ。
忙しい社会人のあいつとお気楽な学生の俺の時間が会わないのは仕方がないのも
直前にキャンセルが入ることが多いのはギリギリまで間に合わそうと頑張っているからだっていうのもちゃんとわかっている。
それでも、ユキと二人で過ごすはずだった時間を一人で過ごすのはとても淋しく、不安で。
ユキはキャンセルの度に何度も何度も心から謝ってくれる。
それに口では気にするな、と返しながらもどこか不満を持ってしまう自分に嫌悪を覚える。
そんな気持ちを持つのを避けるためにユキに謝らせない様に変に気を張ってしまい、疲れる。
勝手にやっておきながら疲れると感じる自分に嫌気がさす。
自分勝手な考えだとわかっていても、楽しいという感情を見つけることができない。
こんな俺といても、ユキは楽にできないんじゃないか、煩わしく感じるだけなんじゃないか。
「もう、だめなのかな」
小さくこぼれた言葉は映画の主人公の叫び声にかき消されて自分の耳にさえ入ってこなかった。

206会場まで行ったのにキャンセルかよ!2:2006/01/13(金) 13:16:37

映画が終わったのは午後2時過ぎ。
映画館を出た俺はなんとなくいつものコースを辿る。
映画館の裏にあるファミレス。
駅から離れているこのファミレスは昼のピークを過ぎればほとんど人がいない。
二人で映画を見た後はいつもここに入ってずっと話していた。
いつも座っていたのは一番奥の四人で座るテーブル。
今日は一人だし、違う席に座ろうと思ったのに、店内がガラガラなのを確認したら、体がついその席の方に向かってしまった。
ウェイトレスさんにここでもいいかと聞けば、いいですよ、と笑顔で返され、その言葉に甘えていつもと同じ席に座り、いつもと同じメニューを注文した。
一人で食べるには多すぎる量を頼んで、馬鹿らしくて笑う。
二人で頼むにしたって多すぎる位の量だ。
いつもは二人でだらだら長時間かけて食べてるから食べきれるだけで。
四人席なのに、いつも向かい合わずに隣合って座ってた。
食事をしながら映画の話に花を咲かせて、こっそりテーブルの下で手を繋いで、人が見ていないのを確認して、こっそり軽いキスをしてみたり。
その後お互い妙に照れて、照れ隠しに爆笑したりとか。
「すっげーバカップルじゃん、俺ら」
笑ったつもりなのに、涙が出てきた。
楽しいことを思い出していたはずなのに、何で涙が出てくるんだろう。
もう俺、諦めちゃってるのかもしれない。
だからあの幸せな時間がもう訪れないって考えて、涙なんか流しちゃってんのかも。
幸せな時間を、懐かしんで、恋しがって、欲しがって、諦めちゃってるからか。
馬鹿みたいだ。一人でうじうじネガティブに考えたってしょうがないってわかってんのに。
なのに、涙が止まんないんだよ。

「ヒロッ!!」

ここで聞くはずのない声に呼ばれて、下に向けていた顔を上げた。
俺を抱き締める寸前、ちらりと泣きそうなユキの顔が目に入った。
「ごめん、ヒロ、ごめん」
息を切らしたユキが声を絞り出す。
俺の顔に触れたユキの耳は驚くほど冷えきっていて、首は逆に熱を持っていた。寒い中走ってきたんだろう。
「ユキ、なんで、こんなトコいんだよ、仕事は?」
「ちゃんと無理矢理終わらせてきた。ヒロ、携帯切ってるし、ここにいるかもって思ったら居ても立ってもいられずに。」
携帯を切ったままだったことを思い出す。
「馬鹿。いなかったらどうするつもりだったんだよ…」
「そしたら、今度はヒロの家行って、ヒロの好きな店行って、学校行ってって他探しに行くよ。」
「なんだよ、携帯繋がるの待ちゃいいじゃん」
「ヒロ、一度切ったら寝るとき充電するまで気付かないじゃん。早く会いたかったし、それにどうしても、今日中に、直接会って直接言いたかったんだよ」
「……何?」
「好きだよ、ヒロ。愛してる。俺と、一緒に暮らしてくれませんか?」

ああ、大丈夫。まだ俺たちの間に、幸せはある。

207179 ……なーんて、な!:2006/01/16(月) 20:39:17
ちんたらしてたら先越されたー。
__________________

「好きだ」
言った瞬間、後悔した。
竹村はひどく驚いた、そして少し途方にくれた顔をしていた。
「せ…ん、ぱい」
「お前が、好きだ」
もう一度言いながら、改めて向き直ろうと足を踏みかえる。
途端、竹村の身体がびくんと跳ねた。
あぁ、やっぱり。
そうだよな。同じ男から告白されたって、気持ち悪いだけだよな。
想定どおり、俺は唇の両端を持ち上げた。
「なーんて、な!」
「…え?」
「嘘だよ、う・そ」
言われた意味がうまく理解できないのだろう、竹村は目をしばたたいてこちらを凝視した。
「今日でお前とはお別れだろ。せっかくだから、お前のビビり顔でも土産にしようと思ってさ」
やー面白かった、と背を向ける。
これで大丈夫。竹村だって、こんなこと、じきに忘れるだろう。
後ろ向きのまま、俺はおざなりに手を振った。
「じゃーな。俺、これからクラスの奴らと約束が」
「先輩っ」
一瞬、何が起きたのか解らなかった。
竹村が、俺を、抱きしめている?
「なっ、竹村?!」
「先輩、俺…」
ばか、やめろ。泣いてるのがばれちまう!
「や、はなせ、」
「聞いてください!」
初めて聞く強い口調に、ぎくりと動きが止まる。
きっと、解ってしまったんだ。あれが本当だって。
うまく嘘にできたと、思ったのに。
竹村の言葉が怖くて、俺は顔を両手で覆った。
俺の耳に、切なげな声が届く。
「先輩。俺、俺は――」

この後を知っているのは、俺と、竹村と、吹き抜けていった風だけ。

208小指と小指で萌えてみてください:2006/01/19(木) 23:09:16
こっそりと投下 相手サイド?

−−−−−−−−−−−−−−−−−

だれにもみつからないように
ちいさくつないだ こゆび

ずっと いっしょ
そういって わらうあんた

ごめんな うそつきなおれで
おれがあんたにしたやくそく ほんとうは

熱い固まりが、喉から込み上げてきた。
冷たい棘に延々と刺され続けているような、それでいて何処か生温い幸せ。

崩れ落ちながら、彷徨わせた視線の先には
赤い糸に絡め取られた、四本指の 己の手。

はりは のんだよ
でも やくそくは まもったから

だから

もういちど 

そのゆびで 

『ゆびきりげんまん こんどは おれのばん
 さあ いっしょに おちようか』

2095-210 恥ずかしがるオッサン:2006/01/20(金) 00:18:57
寒くて寒くて、風を少しでも避けるために、コートのフカフカした襟に
顔をうずめながら歩いていたら、目の前を歩く男に思いっきりぶつかった。
何で立ちどまっとんねん。アホか。
アイツは、俺の心の声が聞こえたのか、「あー、ごめん」と、ぶつかられた方にも
関わらず謝った。何謝ってんねん。ええ子ぶりやがって。
「なぁなぁ、見てみ? 雪降りそうやで。朝には積もってるかな」
しかし、そんな小さなことは全く気にしていないのか、ニッコリ笑って、
アイツは空を指差している。見上げると、真っ黒な空には、ぶ厚い雲がかかっていた。
確かに、ちょっと歩いただけで、こんなに寒いのだし、雪が降ってもおかしくない。
「俺、雨が降り出す瞬間は見たことあるんやけど、雪が降り出す瞬間って
 見たことないからなー。見たいなー。なぁ、そう思わへん?」
アイツは、無邪気に革ジャンのポケットから指を出して、空に向かって広げた。
どこの少女漫画の男やねん、コイツ。何や、そのポーズ。宇宙との交信か。
腹がたったので、毒づこうと思って口を開いたが、そんな変なポーズも妙に様に
なっているアイツに気勢をそがれて、違う言葉を口にした。
「…俺、おっさんやから、そんな気持ち分からへんわ。でも…見れたらええんちゃう?」
ため息に似た息を吐いたら、コートの襟ではねかえって、メガネが曇った。
こんなセリフですら様にならないのか、俺は。ホンマ腹たつ。
でもアイツは、嬉しそうにニヤーッと笑って、俺の隣に立った。
「二人で見れたらええなー」
そして、俺の左腕にペターッとくっついて、左手は、自分の革ジャンの左のポケットに。
右手は、俺のコートのポケットにつっこんだ。
「バ…ッ! お前、何すんねん! 変に思われるやろっ! のけろ!」
「大丈夫やって。こんな寒い夜に、誰も見てへんし。コンビニまでやん。俺の革ジャン、
 ポケット寒いねん。ほら、上見んと、雪降る瞬間見れへんで」
俺の抵抗むなしく、アイツの右手が、俺のコートにおさまる。
俺は、手袋を持っていないので、コートに手をつっこまざるをえない。
すると、自然とアイツの右手と俺の左手が触れ合うわけで。
「あったかいなぁ。一番最初の雪、溶かしてしまうかもしれへんな」
だから、お前は、どこの少女漫画の主人公やねん。
しかしいつのまにか、コートのポケットの中で、指はしっかりと絡まっていたりする。
「…寒いから、おでんと酒買って、早よ家帰るで」
そんなこと言いつつ、目線は空へ。意識は右手へ。顔は真っ赤に。
…って、アホか、俺は。恥ずかしっ。

2105-189 敬語眼鏡×アホの子:2006/01/20(金) 02:08:08
個人的に萌えお題だったので投下してみるテスト。


「あれ、イインチョ何よ? 俺に何か用〜?」
 痛んだ茶髪をカラーゴムで括ったアホの子が、菓子パンを頬張りながら椅子に座ったまま敬語眼鏡を振り仰ぐ。
 馬鹿な子ほど可愛いというやつで、案外と皆に可愛がられていたりする彼だったが、密かに勝てない相手がいた。
 それが、敬語眼鏡だったりする。何故ならマイペース、そして穏やかに強引。上手い事転がされて、いつの間に
か思うように動かされている事が多かった。
 そして、今日も。
「アンケート、提出していないの君だけですよ。……って、何て顔してるんですか」
 呆れ顔で眼鏡の蔓を押し上げながら、膝に落ちたパンくずを払ってやる敬語眼鏡。
「あんがと〜。イインチョほんとに優しいねぇ」
「おや、有難うございます。優しいだけとは限りませんけどね。で、アンケートは?」
 口元を指先で拭ってやりながら、もう一度聞き返す敬語眼鏡。
「……どこ、やったかな?」
 首を傾げるアホの子に、新しいアンケート用紙を渡す。
「出来るまで帰れませんからね」
「うわ、ヤブヘビ」
「さあ、さっさと終わらせましょう」
 そう言って、敬語眼鏡は微笑んだ。

 放課後。
「何で手伝ってくんないの?」
 ぶーたれつつも必死にアンケートを埋めているアホの子。しかし、真面目な内容の為どうにもやる気が出ない。
「それではアンケートにはなりません」
「イインチョのけーちけーち」
 しまいにはすみっこに落書きを始める。しかも言葉と同様に幼稚園児並みのセンス。
 流石の敬語眼鏡もちょっぴり怒る。
「……そういう事を言うと、もうお昼のおかずを分けませんよ?」
「えー、それはやだ。イインチョの弁当美味いもん」
「それは有難うございます。明日はだし巻き玉子を入れましょう」
 明日の弁当の中身を考えながら、機嫌よくアンケートを埋めるアホの子。唐突に疑問が。
「わー、楽しみーって……ひょっとしてイインチョ作ってんの?」
「ええ、そうですよ?」
 敬語眼鏡、結構得意げ。
「うわ、意外ー。でもいいお婿さんになるんじゃねー?」
 汚い字ながらも、大分埋まってきたアンケート用紙。つるっと滑らせた言葉が彼の転機となるとは、
流石にアホの子も思わなかった。
「……そうですね。君みたいな何も出来ない人にはちょっと頼りになる婿になれると思いますよ」
「でーきた。……って、今何か変な事言った?」
「何ですか? プロポーズじゃなかったんですか。それは残念」
 さらっと流しているようできっちり話題を引っ張っている策士、アンケート用紙を引き取り、
椅子から立ち上がる。
「……は?」
 ぷろぽぉずぅ? と、妙なイントネーションで繰り返すアホの子。目が泳いでいる。
「提出してきます。玄関口で待っていて貰えますか? 一緒に帰りましょう」
「う……う〜ん?」
「どうしました?」
「あのさ、へんな事聞くけど、イインチョひょっとして……」
「はい、何でしょう」
「結婚願望強い人?」
 いやそこじゃないでしょう、と突っ込みつつ、敬語眼鏡はきちんと分かりやすくアホの子に伝えて
あげた。
「あなたに対する独占欲ならば強いですけれど、まだ結婚の予定はありませんよ? プロポーズを
受けて下さるならば、明日にでも海外で結婚式もやぶさかでは無いですが」
「は、はあー!?」
 すっきりした顔で教室を出て行く敬語眼鏡に、アホの子はただ声を上げる事しか出来ませんでした
とさ。

2115-239 本家の三男×分家の跡取り 1:2006/01/23(月) 02:00:27
酒の匂いが離れまで漂って来る。あるいは、服に染み付いてしまったのか。
雪も酒宴の賑わいを完全に消すことはできないらしい。母屋の方から、浮かれた声と食器の触れ合う音がする。
煙草の灰が畳に落ちた。そっと爪先で踏み潰すと同時に、すうっと障子が開いた。
「やっぱり、ここにおったんか」
三治郎は振り向かなかった。一穂は開けた時と同じように、静かに障子を閉めた。
「大叔父さんが、めでたい席に三治郎がおらんゆうてえらい怒っとる」
「嘘つけ」
「うん、嘘じゃ」
一穂は三治郎の隣に座った。胡坐は掻かない。膝を揃えて正座する。
小さな行灯ひとつの暗がりに、一穂の白いシャツの襟元がぼんやりと浮かび上がった。
「久しぶりじゃの」
「ああ」
「姉さんがな、三治郎はすっかり垢抜けて東京もんになったと言うとった」
「ふん」
「東京はどうじゃ。楽しいか?」
「別に」
持ち込んだ灰皿に煙草を押し付けて消すと、三治郎は一穂の膝の上に頭を乗せて横になった。
膝から畳の上に逃げた一穂の手に、寒さで冷えた自分の手を重ねる。手の甲から手首まで、数度さすってから指を袖の中に滑り込ませると、指先の冷たいこわばりは溶けて消えて行った。
「なんじゃ子どもみたいに。兄さんが結婚したんが、そねぇにさびしいか?」
「馬鹿いえ」
「嫁は議員さんの娘じゃ。本家は安泰じゃな」
三治郎は何も言わない。
一穂も沈黙した。
しんしんと降る雪の向こうから、かすかに詩吟が聞こえる。酒でいい気分になった本家の隠居がうなっているのだろう。
三治郎が体を起こした時に、一穂は彼の欲求に気付いたが、それから逃げることはしなかった。いつもそうだったように。

2125-239 本家の三男×分家の跡取り 2:2006/01/23(月) 02:01:13
はだけた胸同士が離れると、冷気がひんやりと肌を撫でる。
三治郎の体の下から這い出た一穂は、ハンカチでさっと自分の体についた汚れを拭き取ると、脱がされた下着とズボンを身に着け、シャツのボタンをしっかりと留めた。
快楽の痕跡は、もうどこにも残っていない。少なくとも、目に見える場所には。
ネクタイを締めている一穂を、背後から抱きすくめた三郎治の腕は、やんわりと、しかし断固とした一穂の手にほどかれた。
「もう、ええじゃろ」
三郎治は一穂の体を反転させ、今度は正面からしっかりと両の二の腕を掴む。
「もう、ええじゃろ。ひとの祝言の日に、こねぇなことは、おえん」
それでも唇を重ねると、一穂は逃げはしないし、上着の裾から手を差し入れても、それを咎めはしない。
分家の人間は本家の人間には逆らわない。逆らえない。命の価値が違った。三郎治が一穂を連れ出して川に落ちれば、一穂が叱られた。犬に石を投げた三郎治が噛まれて怪我をすれば、それを守らなかったと一穂が親に殴られた。
一穂は文句を言わなかった。何をされても、耐えていた。
十四の時、三郎治は一穂を女のように扱った。一穂は逆らわなかった。空虚な目で、どこか遠くを見たまま、すべて受け入れた。今と同じように。
終わった時、一穂は「もう、ええか」と枯れた声で問うた。それからずっと、二人の間にあるものは変わらない。
一穂の兄が不慮の事故で死んで、一穂が跡取りになった後も、何も変わらないままだった。
微笑んだ一穂の顔の中の、何の感情もない洞のような目に夜毎うなされるようになって、三郎治は東京へと逃げ出した。
空襲の爪痕もだいぶ癒えたとはいえ、まだ荒れ果てて物騒な東京の方が、希望と怨嗟に満ちているだけ、まだ一穂の目よりもましだった。

三郎治は一穂を抱きしめたまま、「明日、東京に帰る」と言った。
一穂が笑った。ひそやかに、何かの発作のように。
「今度は春に来たらええ。覚えてるか、川辺で魚釣りしたじゃろ。またそこで、魚釣って、今度は落ちんように――」
「いちお」
呼びかけると、「うん」という曖昧な声が返って来た。
「なんで俺を探しに来た」
母屋で笑い声がした。三味線の音もする。誰か踊っているのだろう。
「何と言うて欲しいんじゃ」
一穂の声は、甘える猫のそれのように柔らかい。
「俺が好きだからって、言え」
「うん、お前が好きじゃ」
三郎治はしっかりと一穂の頭を抱いた。決してその顔がこちらを見ないように、何の想いもない目が、見えないように。
「三郎治が好きじゃ。わしは、三郎治が好きじゃ」

もう、ええじゃろ。

そんな声が聞こえた気がして、三郎治は嗚咽を漏らした。

一穂は、身じろぎひとつしなかった。

2135-239 本家の三男×分家の跡取り 3:2006/01/23(月) 02:04:36
三治郎が、一穂が癲狂院に入ったという報せを受けたのは、それからちょうど四年後だった。
その大分前から様子がおかしくなっており、家の恥だからと家人が閉じ込めておいたものが、ふらりと外に出て川に落ち、あわやというところを警官に救われたと、母からの手紙にはそう書かれていた。
分家の跡取りがいなくなったので、三治郎のすぐ上の兄が養子に入ることになった。

一穂はどうなるのか。
病が良くなっても、もう帰るところは、ない。
かつて自分のものだった家の片隅で、あの目のままで、ひっそりと生き、老いて死ぬしかない。心の病は遺伝すると、まだ信じられていた。誰も一穂を愛さないだろう。

三治郎は、すぐに手紙を書いた。長兄と癲狂院、内容はほぼ同じ、一穂を見舞いたい、叶うならば、東京に引き取りたいと。そのくらいの甲斐性はあると。
だが、癲狂院から届いたのは、断りの手紙だった。

『一穂君は貴殿の申し出を聞きし途端に呵呵大笑の後発作を起こし、 さんじろうがすきじゃさんじろうがすきじゃこれでええか と叫び、以来三日に渡りて妄言口にすることはなはだしく当院を離れること叶わずして候』

三治郎は読み終えた手紙を握りつぶし、その上に顔を伏せて叫んだ。





「一穂、お前が好きじゃ! わしは、お前が好きじゃ!」





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ゴメンナサイトチュウデナマエマチガエタ orz

214暖める:2006/01/25(水) 01:17:18
短いけど投下させて下さい。

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一回りも違う身体つき
並んで座ればすっぽりと収まる程で
同じ年なのにと毎度のことながら感心する
特別優劣を感じることもないが
只この身体中に伝わる温もりと
幸せそうに此方を覗く彼の顔には
到底敵いそうにない

2155-260「幼馴染を初めて意識する瞬間」続き:2006/01/25(水) 18:30:04
今ここで抱きしめたら、染谷は怒るだろう。
それとも猛烈に突き飛ばされて、罵倒されるだろうか。
口を聞いてくれなくなるだろうか。

自覚した瞬間に思い知る、俺の人生で一番手強い相手。

「染谷…」
「うるさい。」
「染谷」
「うるさいって言ってるだろう」
「だって染谷」
「ついて来んなよ、馬鹿野郎!!」
染谷が二の腕を掴もうとした俺の手を振り払う。顔を伏せたままで、決して見せようとはせずに。
振り払った手は、宙で握り締められ、震えながら下ろされた。
「ほっとけよ…」
横にいる俺にもやっと聞き取れるくらいの声で呟くと、染谷はまた歩き出した。
「あ、…っ」

不器用な染谷。多分甘えることも、弱音を吐くこともできないでいる。
放っておけない。だから、追いかける。だから一緒にいる。
幼い頃からのその図式を、けれど今俺は自分で壊そうとしている。
振り払われた時に気がついた、ただ放っておけないだけじゃない。
俺は暴きたいのだ。

「―――染谷!!」
「!?」

駆け寄って勢いよく引き寄せ、染谷の身体を腕の中に納めた瞬間、すとんと胸の奥に落ちてくる。
足元からの震えのようなものと同時に、胸の奥に落ちた感情が熱く溶けた。

「…っ!離せよ…」
「…嫌だ」

抵抗する染谷を固く抱きしめた。染谷の体温を抱きしめていると、何もかもが腑に落ちた。

ずっとこうしたかったんだ。
俺は暴きたかった。意地っ張りで頑なな染谷の、柔らかい部分。
染谷が背負った全部の鎧の中にある、熱くて、弱いところ。
暴いて、俺の前でだけ晒して欲しかった。

抱きしめた腕を解いたら告白しよう。
殴り飛ばされても、罵倒されてもいい。

その時染谷が見せてくれる表情は、きっと初めて見る顔。
俺が暴いた俺だけのものなのだから。


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長くなったので続きはこちらに置いておきます。

216敬語眼鏡×アホの子:2006/01/25(水) 21:55:05
投下させて下さい。
アホというより電波にorz
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「俺、お前が殺されたら真っ先に疑われるかも」
「…何てこと言うんですか貴方は」

おとなしくテレビを見ているかと思えば彼は急にそんな脈略のないことを言ってきた。

「えー!だって火サス見てると考えない?自分が殺されたらーとか誰かが殺されたらーとかさ」

どうやら彼の中ではきちんと繋がっているらしいがこちらにはさっぱりだ。

「考えませんよ、そんな物騒なこと」
「マジで?俺なんか月のない夜に背後から襲われたときの為に、ダイイングメッセージまで考えてあるのに。」

この都会のド真ん中に住んでいて月のあるなしが襲われやすさに関係があるとは思えないのだが。
とはいえ、そんなことを言えば拗ねられるのは目に見えている。
だからと言って聞き流しても確実に拗ねる。ということで無難なところ。

「そんなものを考えるより、身を守る護身術でも習った方がいいんじゃないですか」
「そんなのミステリー好きがすることじゃないね!」

…ツッコミたいところは山ほどあるがどうやらこの質問以外は許されそうにない。
とはいえ、この質問にも ま と も な答えが返ってくるとは限らないが。

「どんなメッセージなんですか?」
「よくぞ聞いてくれたワトソン君!パソコンのキーボードのカナ文字配置のローマ字でメッセージ残す!もちろん自分の血で!!」

意外にもまともな答えが。
しかしなんてありきたりな。
そうは思っても口には出さない。出せば確実に…以下略。

「お前が犯人だったらP?か?T`<だな!」
「…前者はともかく、後者は絞れないんじゃないですか」
「…お前変換早くない?もしかしてダイイングメッセージ警戒してる?…ってことはもしかしてお前…!!」

彼には私の手元にあるものが見えないんだろうか。
いや、見えないんじゃなくて見てないんだな。火サスに夢中で。

「ご心配なく。今のところ、月のない夜に誰かの背後に立つ予定はありませんから」
「なんだー驚かすなよなー。この推理マニアの俺ばりに早く答えるもんだから、うっかり事件の臭いを嗅ぎとっちまうとこだったよ!」

事件の臭いはうっかり嗅ぎとるようなものではないというのはこの際置いておくとして。

「推理マニアだったんですか、貴方…?」
「当たり前だ!じゃなきゃ火サス毎週欠かさず見る上録画なんかするもんか!!」
「録画したのを見ている貴方を見た覚えはありませんけど」

彼は頭を少し傾げて考え始めた。
実際見ていないのだから考えても仕方がないとは思うが
彼が首を傾げると首に掛かっていた髪がさらりと横に流れ綺麗なうなじが見える
という発見をしてしまってはそれを遮る気には到底なれない。
眼福ご馳走様です。

「で、俺が疑われる理由何だと思う??」

結局さっきの答えを出すのはやめて最初の話に戻すことにしたらしい。
テレビに釘付けだった視線をようやくこちらに向け、目を輝かせてこちらの返答を待っている。
さっきのうなじもいいが、やはり彼がこちらを向いてくれている方が嬉しい。

「なんでしょうね。貴方といる時間が一番長いから、とかですか?」
「はずれー!答え知りたい?知りたいよな??」
「知りたいですね」
「あのなー正解は…指紋!」
「指紋?」

彼はこちらに両手を突き出しながらそう、指紋!と繰り返す。
つい誘われるように彼の両手に触れ、そっと握れば、きゅっと握り返してくれる。
なんて、幸せな時間なのだろう。

「殺人事件と言えば指紋!指紋と言えば眼鏡でしょう!!」

……話している内容はともかくとして。

「眼鏡って指紋残るじゃん。」
「ですが指紋というものは…」
「お前の眼鏡触る奴なんて俺とお前しかいないじゃん?だからさ、やっぱ確実に疑われるよなー」

彼は自分が何を言ったのかわかっているんだろうか。
こんな会話の中でこんなにくすぐったく嬉しい気持ちにさせられるとは。
指紋は見えないだけで触るだけで他にも残っているなんてこと教える気がなくなってしまった。

「……ここの、ツルのところを持って外せばいいんじゃないですか?そうすれば指紋つきませんよ」
「ああ、そっかー!いつもレンズのとこ持つから指紋つくんだよな!ここ持てばつかないかー」
「試しに外してみたらいかがですか?」
「うん!」

貴方がどんな時に私の眼鏡を外すかなんて、わかりきったことですよね?

2175-280 ミラーボール:2006/01/28(土) 19:47:30
コネタですがばかばかしいのを思いついちゃったんで。

------------------------------------------------------------------
「ちょ、見て! コレ! 正に ミ ラ ー ボ ー ル 級 」
潰れたカラオケの解体作業中、
Aが薄いカーテンに包んだミラーボールを股間に押し当て、誇らしげにみせつけてきた。
「…なんか、逆に気持ち悪い」
「お前わかってねえなあ、この煌く姿、タヌキにも負けないデカさ。常に装着して歩きたい気分だ。
 町中の視線が俺に集まるぞ…」
「逆の意味で集まるだろうね」
「まあ、集まりゃ何でもいいわ。いやー、これ貰えねえかなあ」
「…そんなにでかいと、セックスできないよ」
「!!」
「残念」
「やっぱ時代は小さめッスよね」

218299 アリとキリギリス:2006/01/29(日) 22:52:04
「だから、俺は言ったんだ。ちゃんと働いておけって」
再三の忠告を無視しやがった大馬鹿は、背中の上で静かにしている。
クソ重いその身体に苛付きながら、俺はぶつぶつと吐き捨てる。
「遊んでばっかいるから、こうなるんだよ、アホ」
その言葉に黙して答えない相手に、ますます苛立ちが増す。
頭上を振り仰げば、空一面に積み重なった今にも雪の降りそうな灰色の雲の山。
ああ、急いで巣に戻らなけりゃ。途中で吹雪くと厄介だ。
そのためにも、自分の足で歩くことすら出来ない無能はこの辺りに捨て置いてしまおうか。
そう思って、その場に一旦足を止める。
奴の身体を地面に放り投げて、その腹を俺の細い脚でガシガシと無造作に蹴る。
それでも、奴は自分から起きようともしない。不平すら、言わない。
「置いてくぞ、馬鹿」
もう一度、蹴る。六本の足で交互に、何度も何度も体中のあちこちを蹴りまくる。
されるがまま、ぴくりとも動かない奴の冷たい体が、酷く腹立たしい。
再び大きく音を立てて盛大に腹部を蹴り上げると、何の抵抗もしてこない奴に、俺はぼそりと呟いた。
「……ホントにさ、どんだけ馬鹿なんだよ、お前は」

息をしない奴の長身を再び背に乗せて、俺は黙々と巣穴を目指した。
俺の身体の何倍もあるその重たい屍骸を、俺はただ運ぶことしか出来ない。
泣きはしない。だって、それは向こうの専売特許だから。
毎日毎日、夏の間中、うるさい位に鳴いていた、このキリギリスの。

219299 アリとキリギリス:2006/01/30(月) 11:18:07
短め。
_______________________

兄は何もできない。
針を持てば指を刺し、鍋を持てば髪を焦がす。

「あーもう、何やってんだよ。貸せよ」
「ごめん、ごめんねケンちゃん」

そのたび、僕は横から手を出す。
仕事を奪われ、兄は突っ立って泣くばかりだ。
兄は何もできない。


兄は何もできない。
人見知りの激しい兄は友達も作れない。
それどころかいじめの対象になっているようで、毎日どこかしらに傷を負って帰る。

「ケンちゃん、」
「いいから。腕、見せて」
「ごめんね、ごめんね」

血の滲む肘に消毒を吹き掛けると、兄はか細い悲鳴をあげて泣く。
兄は何もできない。


兄は何もできない。
僕がいないと何もできない。

「あ、ケンちゃん、ケンちゃ、あぁっ」

ただひたすら、僕の下で鳴くだけ。



君はキリギリス、僕は獰猛なアリ。

2205-309 気持ちいい?:2006/01/31(火) 02:12:17
せっかくの晴れた日曜だというのに、僕たちはワンルームの部屋の陽だまりで、ごろごろ
寝転がっている。
結局はこういう時間が一番幸せなんだと気づいたのは、高校生だった僕らがすっかりオトナに
なってからだった。
特にすることもないし、話なんかしなくても気まずくなったりしない。
ぼーっと寝転がっていた彼の頭の白髪なんかを探して、それだけで時間はのんびりと流れていく。
「あ、見っけ」
「また? そんなある?」
「あるある。これで、えーと……十四本?」
「数えんなよ、そんなの」
「えい」
「あだっ! ……だから抜くなよ、増えるじゃん」
抜いた白い毛をこたつの上に乗せるのを見て、彼は口をぷうと膨らませた。そこには既に十三本の
毛が待機している。
「おしゃれ染めすれば良いじゃん」
「まだ若いっつの」
白髪染めどころかブリーチもしたことの無い髪の毛は、さらさらと指の間を流れていく。それが
気持ちよくて、僕はもう一度、たわむれるように手櫛を通した。
「あー、こそばいなぁ」
「何、目なんか細めてさ。猫みたい」
「それ猫に失礼だってー」
「あー、そうかも」
「うなずくなよ、否定しろよ」
「うひゃひゃ」
「別にいいけどさぁ」
「だいじょーぶ、お前が一番かわいいってー」
「気持ち悪いなぁ」
「まー良いじゃん。……気持ちいい?」
「ん」
――結局は二人でいることが一番幸せなんだ。何が無くても、二人でいられれば。
目を細めて笑う彼を見て、僕はあらためて、強く、強くそう思った。

22150歳の年の差:2006/02/01(水) 02:14:02
「ここでいいの?」
「あぁ・・・ありがとう」

いつもは家にいる祖父が、突然出かけたいと言い出したので、
車に乗せてやって、言われるままに走って、
ついたのは、町外れにある墓地だった。
何度も来たのだろう。迷うことのない足取りで進む祖父の背中を見ながら、
数年前に死んだ祖母の墓とは違うし、友人か何かかなとぼんやり思う。
一つの墓の前で足を止めた祖父は、ただただ黙ってその墓を見つめ続ける。
何かを語りかけているのだろうか。

「友達のお墓?」
しばらく続いた沈黙のあと、なんとはなしに聞いてみる。
墓に書かれた名前は、親戚でもなく、見知らぬ名前。
「・・・友達・・・か。そうだな、親友・・・といっていいものかな。」
「よく、ここに?」
「毎年、この時期にはな。寂しがりだったから、
 顔を見せてやらないと、怒る気がしてなぁ。」
「ふぅ・・・ん。」
祖父がこんなにも喋るのは珍しい。
ここに眠ってる人は、よっぽど大事な人だったのだろうか。
「もう、50年になるのか・・・。お前さんと、年が離れていく一方だなぁ・・・。」
ぽつり、と呟いた祖父の目に浮かぶのは、
懐かしさと寂しさ
ざぁ、と2月の冷気をおびた風が吹き抜ける。
「・・・じぃちゃん、冷えるから。もう帰ろう。」
「・・・そうだな。皆が心配するしの。」
なんとはなく、そのまま祖父が消えてしまいそうで、
それを祖父が望んでいるようで、
耐え切れずに、促すと、いつもの祖父の顔に戻っていることに安堵する。

「もうちょっと、待っててくれるか?お前の傍に行くのを・・・。
 50歳離れたジィさんになってしまってるがな・・・。」
来た道を戻ろうとした時に、祖父が墓を振り返って、
呟いた言葉と、見たことのない祖父の表情は、
見なかったふりをしようと、なんとなしに、そう思った。

22250歳の年の差:2006/02/01(水) 02:21:32
件名:もうすぐ帰れます

本文:
お久しぶり。

予定通りの航行なら、星間往復シャトルの試運機は後少しでそちらに到着できる筈だ。
地面に足をつけるのは何年ぶりだろう?
しばらくは、久々の重力に縛られる生活に戸惑ってしまいそうだな。

それにしても、お前がジジイになってるだなんて、俺は未だに実感がわかないよ。
だって、俺はまだぴっちぴちの30代だぜ? 俺より2つも年下だった筈のお前がジジイって。
学院で耳が痛くなるほど理論は勉強したはずなのに、いざ自分がその立場になるとどうしても信じられない。
いや、もちろん理解はしてるんだけど、お前写真とか音声一切送ってくれないしさ。
つーか、最近はメールすらろくによこさねーだろ。 筆不精なのは知ってるけど、返信くらいしろよ。

地球に戻ったら、一番にお前に会いたい。
お前を見たい。声が聞きたい。抱きしめたい。
とにかく会えるのを楽しみにしてる。
だから、待っててくれ。

*    *     *

――もうすぐ、キミの搭乗しているシャトルが地球へ戻ってくる。
それが嬉しく、けれど何より恐ろしい。
キミにこんな姿を見せたくない。
こんな、変わり果てた姿を。


送られてきたメールの返事を何とか打ちたくて、思うように動かない腕を必死に振り上げる。
キーボードの上を這いずる指先は小枝のように細く枯れて、カサカサに干乾び罅割れていた。

223379 眼鏡と眼鏡:2006/02/07(火) 12:11:35
「眼鏡を外すと美人」だったなら、先輩は僕を見てくれただろうか。


よれよれのシャツ。くたびれたジーパン。寝癖だらけの髪。剃り残しの目立つ髭。そして、時代遅れの瓶底眼鏡。
自分に無頓着で野暮ったい先輩は、同じくらい他人にも無関心だ。
そのかわり、手掛けた物にはとことん執着する。あまりのしつこさから、一度全く同じ実験値をたたき出したという噂まで
まことしやかに流れていて、ゼミじゃ上からも下からも変人扱いだ。
その変人の先輩に、僕は恋をしている。
いつからとか、どうしてとか、いくら考えてもいまだに分からない。
ただ、ぼさぼさの頭や薬品で荒れた指が僕はとても好きで、いつかレンズの奥の瞳を見てみたいと、
いつもそんな事を考えてしまう。
今日もまた考え事をしていたせいで、いつの間にか手元が疎かになっていたらしい。
「どうした小野ー。手が止まってるぞ」
はっと顔を上げると、目の前に先輩の分厚い眼鏡。
かあぁっと顔に熱が集まる。
「ぅあ、あの、」
「小野、風邪か? 顔が真っ赤だ」
「いえその、ひぁっ」
かちん、と眼鏡がぶつかる音がして、額に温度のあまり高くないものが触れて。
「熱は、ないようだな」
二重のレンズの向こうから、先輩の瞳が、僕の、目を、

「わぁあっ!」

がたん、ぱりん

「あぁっ、ご、ごめんなさ、あの、大丈夫ですから!」
蹴倒した椅子も落とした試験管も驚き顔の先輩もそのままに、僕は教室を駆け出した。


本当は、知っている。
先輩は物事に頓着しないんじゃなくて、ただ変化させるのを好まないんだって事を。
だから、先輩は小さな異変にとても敏感だ。
先輩が好きなのは、学友のおっちょこちょいと、ちょっと焦げた学食の焼き魚定食。
先輩は、可愛らしいちぐはぐを愛する人。
いつもドジを踏む友人を諌めないし、食堂のおばさんにも文句を言わない。

きっと始めから先輩に向いていた僕の気持ちに、彼は気付かない。
とりたてて取り柄も欠点もない僕に、彼は興味を持たない。


「美人が眼鏡で台無し」だったなら、僕は先輩の愛するものになれただろうか。
_______________________

最初は「キスの時の眼鏡がぶつかる音に反応してしまう受け」を考えていた。なんでこうなったんだ?

2244-779 ギタリストとピアニストの恋 1/2:2006/02/07(火) 23:38:56
音楽をやっている奴には、ぶちキレたのが多い。理性に関係ない部分の脳ミソが発達しているせいだろう。
中野はそんなぶちキレた人間の中でも、十指に入るぶちキレ男だ。
まず出会いがひどい。
「THE☆複雑骨折」というコミックバンドみたいなジャズバンドの助っ人ピアニストだったこの男、ステージに立ってリーダーが客にしっとりと挨拶した直後、金切り声と社会がクソだという主張が「イケてる音楽」とカンチガイした霊長目ヒト科ダミゴエロッカーモドキどもがステージに乱入し、マイクを奪って中指立てて「グオー!」と叫んだ瞬間、いきなりそいつの頭をビール瓶でかち割った。
俺は顎が外れかけた。
対バン相手として楽屋で挨拶を交わした時に見た顔は、どちらかと言うと大人しい、お坊ちゃま風情のある美青年だった。
それがビール瓶だ。そんなもんで殴ったら、普通死ぬ。だから普通はしない。それをやりやがった。自動販売機でジュース買ってた時と同じ表情で。

ロッカーモドキとその日登場予定のバンドマン、そして客をも巻き込んだ大喧嘩の後、警察で腫れた顔を押さえて事情聴取の順番を待つ俺の横で、びりびりに裂けたシャツの上から毛布を羽織った中野は「ふふふ」と笑った。
何がおかしいんだと睨んだら、「君、横顔がグールドに似てるな」と言ってまたおかしそうに笑った。
グールドだかぐるぽっぽだか知らないが、この状況でよくそんなことを言えるもんだ。
呆れる俺の顔を見て、中野はまた笑う。白いこめかみから頬まで、赤黒く乾いた血が毒々しい花のように貼り付いていた。
こいつとは二度と会いたくないと思った。


二度目の出会いも、やっぱり警察だった。
あの騒動のあったライブハウスで、支配人のおっちゃんと世間話をしていた際、かかってきた電話に出たおっちゃんが変な顔で俺を振り返った。
「……たぶん君のことだと思うんだけど」
そんな台詞と共に差し出された電話に出ると、相手は刑事だった。
取調室にいた中野は、机に胸から上を伏せてぐったりしていた。
26歳――なんと年上だった――住所不定、無職、自称演奏家。
ダメ人間の典型のようなプロフィールの中野は、「他に名前を覚えている人がいないから」という理由で、苗字しか知らない俺を身元引受人に指定しやがったのだ。
中野は、ホームレスと一緒に飲んで歌って騒いでいたのが、ホームレスの一人が元シャブ中患者で、フラッシュバックを起こして中野を人質に刃物を振り回して暴れたあげく、近くに止めてあった車を盗んで走ったら案の定ガードレールに突っ込んだのだという。
この事件に関する中野の感想は、「びっくりした」の六文字だけだった。
こいつには関わりたくないと思った。

思ったんだ。
思ったのに、足をねんざして動けない中野をおぶって歩くうちに、その背中の軽い痩せた体のかすかなぬくもりを感じているうちに、思ったより低い、驚くほど美しい声で歌う「ジュ・トゥ・ヴ」を聞いているうちに、催眠術にでもかかったのか、俺は中野を連れて自分のアパートに戻り、風呂に入れさせて、ビールを飲ませて、同じ布団で眠ってしまった。
朝起きて中野がいないことを知ると、俺はほっとすると同時に寂しくなった。
20分後、財布から福沢さんが一人消えていることに気付いて、その寂しさは吹っ飛んだ。

2254-779 ギタリストとピアニストの恋 2/2:2006/02/07(火) 23:40:29
三度目の出会いも警察だったら本気で縁を切ったんだが、どっこい三度目は俺のアパートの前だった。
ミュージック・ホールを兼ねたレストランでの仕事を終えて、ギターケースを片手に寒波に襲われた町を歩いて帰ると、家の前で素足にスニーカーを履いて、変色したダッフルコートを羽織った浮浪者一歩手前の中野がウォッカの瓶片手に待っていた。
誰がどう見ても酔っ払いの中野は、万札をひらひら振って「おかねかえしにきたー、おかねー」と歌うように告げた後ひっくり返った。

汚い服を脱がせて、自分のパジャマを着せて、前と同じように一緒の布団で寝かせた。
「おい、ギタリスト君」
着替えて布団に入ると、中野は目を閉じたまま話しかけてきた。
「君は、生まれてはじめて聞いた音楽を覚えてるか?」
「はじめてって言われても……覚えてないよそんなもん」
「私は覚えてる。ショパンのワルツ第1番変ホ長調……華麗なる大円舞曲」
「いつ聞いたん?」
「生まれた時」
そんな馬鹿な。
「三島由紀夫かあんたは」
「本当だよ。聞こえたんだ。私は音楽と共に生まれたんだよ。今も音楽が聞こえるんだ」
酔っ払いのたわごとだと思うことにしたが、背を向けても耳はどうしてもその声を拾ってしまう。
「この音楽が、私以外の誰かにも聞こえたらいいのに。誰でもいいんだよ、君でもいい、神様でもいい、誰でも……」
ささやく声を寂しそうだと思った時、俺の常識と平穏を愛する心はどこかに旅立ってしまった。

中野の肌は白かった。体の内側は熱かった。
柔らかく曲る細い脚が、切なげな吐息が、数センチ先にある潤んだ瞳が、どういうわけか甘い肌の匂いが、俺の五感のすべてに快感を与えた。
中野は俺の指に触りたがった。ギタリストの手だねと微笑みながら、節ばった長い指に舌を這わせ、俺の理性をもう手の届かない遠くまで追いやってくれた。


やっぱりというべきか、眠りから目を覚ますと中野はいなかった。指には歯型が残っていて、じわじわとした痛みが心臓をぎゅっと掴んだ。
今度は財布は無事だったが、俺のコートがなくなっていた。
怒る気はしなかった。窓の外には雪が積もっていて、あのコートが寂しいダメな迷子を寒さから守ってくれたらそれで良かった。
残されたダッフルコートをクリーニングに出そうとしたが、もう布がボロボロだからと断られた。洗濯機にかけたら、なるほど分解してみごとなボロ布になった。


四度目の出会いは、コンサートホールだった。
俺のギターの師匠が、俺を伴って出かけたちょっとしたランクのピアノコンテスト。出場するのは、無名のピアニストばかりだった。そこに、中野の名前があった。
俺は軽くパニックになった。
まばらな拍手の中、きちんとタキシードを着て、髪をきちんと整えた中野が現れ、鍵盤の上に手を置いた。

ショパンのワルツ第1番変ホ長調。通称・華麗なる大円舞曲。


演奏が終わると同時に、コンサートホールが拍手に満ちた。聴衆は立ち上がり、あのダメ人間を称えている。
中野はしばらくぼんやりした顔で観客席を眺めていた。音楽を聴いている、そう俺は思った。
その証拠に、中野は拍手の波が遠ざかると、満足した顔で軽く一礼してから舞台を去り、そして次のプログラムに出てこなかった。
中野は失格した。
楽屋に脱いだタキシードを放り出して、まだコンテストの最中だというのに、うろたえる関係者とあきらめ顔の父親――これまた某オーケストラのピアニスト――を残して消えたと聞いた時、俺はほっとした。
ああ、中野だと思った。
俺は間違いなく中野のピアノを聴いたんだと、嬉しくなった。


今、俺は五度目の出会いを待っている。
そういえば、俺のギターを中野に聞かせたことがないと思い出したからだ。
自分のバンドに誘うつもりはない。もうビール瓶はこりごりだ。いくら「あばたもえくぼ」という言葉があろうと、音楽のこと以外では、あれは最低な人間だと俺も理解している。

再会が何年後になるかはわからない。でも、また会えるような気がしている。その日のために、俺は自分の音楽を探している。

2265-419共依存:2006/02/11(土) 21:20:18
ある一夜。
村外れのあばらやに一人の旅人が忍んでおりました。
年の頃は十二、三。
透けるように白い肌は、破れた屋根から零れる月光に照らされ、その腕から流れ落ちる朱い筋さえもキラキラと反射させています。
彼は今、訳のわからぬままに「敵でも味方でもないもの」に取り囲まれておりました。
その名を「ニンゲン」という生き物です。
彼も以前は、そう呼ばれた生き物でした。
彼の両親が一年に一度、森に現れる獣を退治すると出掛けるまでは。
…貧しい我が家に一人取り残された彼が、自らが誠の孤独になったことを悟るまでは。
彼は祈りました。
獣を捕えるまでは旅を続け、けして見失うことなく獣に復讐を、と。
獣を追うことが彼の生きる縁になり、年を季節を忘れて、幾年も十幾年も獣は彼の姿を確認し、彼も獣の後ろ姿を追いました。
その内に幾度も通り過ぎた街や村で噂が立ち始めました。
「自分たちが子供の頃に出会った姿のままでいる青年がいる」
それが祈りから生まれた奇跡なのか、彼自身にもわかりません。
しかし、自分達とは明らかに違う時間で生きる者への純粋な恐怖から、彼もまた「ケモノ」と呼ばれる生き物になりました。
そして。
人々はケモノ退治と称してとうとう村外れに追い詰めました。
放たれた火により、彼の回りの壁が炎に包まれます。
熱く燃え、激しい火の粉が舞い上がる中、しかし疲れた彼はもう逃げるつもりがありませんでした。
数日前、村人から追われた彼に代わり、谷底に落ちていった獣。
獣が噂通りの生き物ならばいつでも誰でも、彼でさえも片付けることなど簡単だった筈なのに、何の抵抗もなく。
…獣のいない世界になど、もう意味がない。
彼がそう思った時、崩れた壁の向こうから傷だらけの青年が現れました。
幻を見ているのかも知れない。
「何故?」
彼は遠くなる意識の中、問いました。
何故、自分の前に戻ってきたのか。
もう追われずに済む筈ではないか。
獣は何も答えません。
答えぬままに、彼へ手を差し延べました。
その手は彼のものと変わらない、柔らかなヒトの形をしておりました。

月の光の下、燃えたあばらやは全て灰になり。
あれは現実だったのか
彼と獣は何処へ行ったか、彼の目的が果たされたか、ニンゲンで知る者は誰もおりません。

続きは月だけが知る物語。

2275-419 共依存(1/4):2006/02/12(日) 00:45:59
すごく長くなった。おまけに少々流血描写あり。苦手な方は避けてください。
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「おはようございます」
 おはよう、と返そうとした私は彼の顔を見て絶句した。
 大学生には見えない、中学生のように小柄で、童顔で、小さな声で、大人しく真面目なバイトの彼は、その顔の半分を別人のように赤黒く腫らしていた。
「ど、どうしたのその顔は!?」
 うろたえた。この喫茶店に彼がバイトに入って、わずか三日。その三日で、私は彼に遠く離れて暮らす弟を重ね、礼儀正しい態度も含めて「いいバイトが来てくれた」と喜び、好感を抱いていたのだ。
「転んだんです」
 彼は微笑もうとして、痛そうに顔をしかめた。それから私の表情を見て、もう一度「転んだんですよ」と言った。
 明らかに嘘だった。

 とても接客をしてもらえる外見ではなかったので、私は彼に皿洗いや掃除などの裏方仕事をしてもらうことにした。
 彼は黙々と働いた。
 幼い外見にその傷は痛々しく、誰がそんなことをしたのかと怒りすら覚えた。

 一週間後、彼はまた顔を腫らしてきた。それだけではなく、今度は手に包帯を巻いていた。
「ちょっと、転んだんです」
 彼はまた嘘をついた。
 店が終わった後、私は彼を引き止めた。
 コーヒーを出しながら、何か困ったことがあるなら力になると言ったが、彼は何もないと答えた。

 数日後、私は手を滑らせてカップを一つ割った。
 彼は「大丈夫ですか?」「ケガしませんでしたか?」と心配そうに駆け寄り、「失礼しました」と客に言いながら破片を片付けてくれた。
 いい子だ。仕事の飲み込みは早いし、接客態度もいいし、大人しすぎるのがタマに傷というくらいいい子だ。
 現金にも少し気分を良くした私は、その一時間後に何が起きるかなど想像もつかなかった。

 彼が休憩に入って数分後、裏口から何か物音がした。
 カラスがゴミでも漁っているのかと思い、ちょうど客もいなかったので、私は裏口のドアを開けた。
 同時に彼が私の胸に飛び込んで来た。いや、そんな優しい表現では足りない。彼が私に激突した。
 不意を打たれて私は尻餅をつき、事態を把握しようと顔を上げると、そこには上背のある男が立っていた。怒りの形相で私を見下ろしていた。
 言葉を失う私を見下ろし、男は小さく舌打ちすると足早に去って行く。
 そこでようやく、私は腕の中の彼が顔を押さえていることに気が付いた。指の間から、とろとろと赤黒い液体が流れていた。私の血の気が引いた。

2285-419 共依存(2/4):2006/02/12(日) 00:46:43
***


「恋人なんです」
「ゲイだってこと、隠していてすみません」
「誤解しないでください、僕が悪いんです」
「彼、僕が店長と浮気していると疑って……」
「カッとなっただけなんです、いつもは優しいんです」
「繊細な人なんです。傷つけるようなことをした僕が悪いんです」
「僕のせいなんです。彼が来ているのに、疑われるような態度を取ったから」
「いい人なんです、本当は」

 いい加減にしろ、と怒鳴りたかった。彼が鼻にティッシュを詰めて、顎の下まで鼻血で汚していなければ、きっとそうしていたに違いない。
 今はできなかった。被害者を責めることだけはしたくなかった。
 そんな私の心を読んだかのように、彼はぽつりと呟いた。

「……みんな、僕が被害者のように言う」


***


「面白い話をしてあげよう」
 私は呆れて友人を見た。人が恋人から暴力を受ける――いわゆるDV被害者である哀れな青年について相談しているのに、いきなり何を言い出すのやら。
「あるところで飼われている犬は、子犬のころからラジカセに繋がれていた。そのせいで、成犬になってもラジカセが自分の力では動かないと信じていて、ラジカセ周辺から移動できないんだと」
「アタシそれ漫画で読んだわよ」
 つぶらな瞳と毛深い体が熊を思わせるママが、野太い声で笑った。私はまったく笑えなかった。
「……それで?」
「つまり固定観念を覆すことは難しい」
 口を開けた私を押し留めるように、友人は手のひらをこちらに向けた。
「本人が幸せならいいじゃないか。ラジカセに繋がれてようが殴られてようが鼻血がブーだろうが。成人してるんだろ、その子」
「まだしてない!」
「パチンコもアダルトビデオも風俗も解禁だろ。恋愛に関して人がどうこう言う年齢じゃないと思うんだけどなぁ」
「お前もあの顔を見たらそんなこと言ってられなくなる!」
 音を立ててカウンターにグラスを置くと、ママが「やぁねぇ」と顔をしかめた。
 占いで生計を立てているから、奢るとまで言ってこの友人をバーに引きずり出したのに、思うような手ごたえがないことに私はいらだっていた。
「なんとかならないのか?」
「なんとかって?」
「だからほら、お前占い師だろ。『彼と付き合うと不幸なままですよ』とかアドバイスするとか」
「あほ」
 二文字で片付けられた。
「ちなみに、固定観念うんぬんは、主にお前のことだからね」
「えっ?」
 私のすっとんきょうな声を聞いて、友人は肩をすくめた。
「殴ったら加害者、殴られたら被害者……まぁそれは確かに。だけど本当にバイト君は被害者なのかな」
「顔の形が変わるほど殴られてるんだぞ?」
「オーケイ、ひとつアドバイスをしてあげよう」
 友人は短くなった煙草をくわえて、ぷかりと空中に煙の輪を作った。
「『彼と別れなさい』と言ってみろ、おそらくバイト君は『彼は僕がいないとダメなんです』と言う。そこで『君のお父さんも人を殴っていたのか?』と突っ込めば、『はいそうです』と彼は言う」
 突然の宣託に目を点にする私の前で、友人は目を伏せて呟いた。
「お前さんが思うほど、けなげでまっすぐでひたむきないい子じゃないよ、そのバイト君は」

2295-419 共依存(3/4):2006/02/12(日) 00:48:11
***


 翌日、私は友人の言うとおりにした。
 友人の予言は当たっていた。
 私は電話でそのことを友人に報告した。
「だから言ったろ」
 友人は眠そうな声でそう語った。
「彼氏はおそらく暴力依存。依存症だよ、わかりやすくいえば中毒。そしてバイト君はそれを無意識に煽ってる。彼は殴る男に依存してる。というか、それ以外に他人と関係を作れないのかもしれない」
「……なんとかならないのか」
「なんとかって?」
「だからその、カウンセリングとか……」
「あのね」
 ため息が聞こえた。あるいはあの日バーでそうしたように、煙を吐いただけかもしれない。
「救われたいと思っていない奴は、誰に何をしてもらっても救われない」
 電話を通して聞こえる友人の声は、やけにクリアで、脳に直接響くような感覚すらある。
「砂漠に水をまくような真似はやめろや。お前はね、健全で影響されやすい人間だよ。認知の歪みの中で生きている人間に触れちゃいけない」
 ――たとえ惚れてても。
 私は思わず通話を切った。

 店は閉めている。昼前に彼を帰し、臨時休業にした。今は客の対応をする自信がない。
 冷蔵庫の低いうなりと、換気扇の回る音だけが店に響いている。
 ふと、気配を感じて振り返った。
 彼がいた。
 裏口に立って、じっと私を見ている。
「財布、忘れたんです」
 声が出なかった。
 彼はすたすたと店に入り、カウンターの下から財布を取り出してコートのポケットに入れた。
「僕の父親は立派な人間でした」
 脈絡もなく語り出した彼の声が脳に響く。私はメドゥーサに睨まれた獲物のように、指一本動かせなくなっていた。
「父は医者で、たくさんの人の命を救う、とても立派な人でした。母も、姉も、僕も、よく殴られました。でもそれは、僕らが父の家族にふさわしくないことをしたときだけです」
 くすくすくす。
 何の音かとしばらく考え、彼の抑えた笑い声だと気が付いた。
「きっ……」
 声が出た。今まさに裏口から出ようとしていた彼は振り返る。赤黒く腫れた目の上と、紫色になった口元が見えた。
「君は、彼を、君の思い出から解放してあげないのか」
 彼はうなずいた。
「幸せなんです」
 彼は微笑もうとして、痛そうに顔をしかめた。それから私の表情を見て、もう一度「幸せなんですよ」と言った。
 嘘には聞こえなかった。

2305-419 共依存(4/4):2006/02/12(日) 00:49:15


***


 彼は僕を逃がすまいとするかのように、僕に覆いかぶさって眠る。
 彼はよく僕を殴る。
 殴られると痛い。
 そこに幸せはない。
 だけど、僕がふいと家を空けると彼はひどく取り乱す。
 帰った僕は責められ、殴られる。
 僕が彼を傷つけた代償だ。
 彼はかわいそうな人だ。
 殴ることしか知らないかわいそうな人だ。
 いつかこのひ弱なちびが自分より強くなるんじゃないかと、自分が否定されるんじゃないかと、怯えながら暮らしているかわいそうな人だ。
 店長にはそれがわからない。
 カウンセリングだってさ。おかしいねぇ。
 あの人も、まるで僕らが狂っているかのように扱うんだ。
 僕らの間にあるものを、絆の深さを、彼は知らないからそう言うんだ。


 彼は不定形な僕に立場と役割を与える。
 彼は僕を支配している。
 僕は弱者である彼に強者だという自信と満足を与える。
 僕は彼を支配している。

 彼には僕が必要だ。
 僕には彼が必要だ。

 ぼくたちはしあわせだ。
 こんなしあわせなにんげんは、ちょっといない。





 あはははは。
 あはははははは。

2315-529「矛盾」:2006/02/26(日) 12:25:44
「受けよ、俺様の801棒はどんな硬い受け穴も突き抜けてしまうのだ。
 さあ、無駄な抵抗はやめて私に抱かれるがいい」

「フフ・・・攻めさん。私の穴をそんじょそこらの受け穴と一緒にしてもらっては困るな」
 
ババーン!

「何!?ま、まさかこれは・・・どんな硬い棒を持ってしても
 貫くことが出来ぬという、伝説の801穴!?」

「その通りだよ、攻め君。しかし、君のその棒はもしや・・・」

「ああ。君の801穴と同じく伝説と呼ばれている801棒だ」

「なっ・・・」

「「なんと奇遇な!!」」

「ところで受けよ。もし俺の801棒をお前の801穴に突き刺したらどうなるかな?」

「ふっ、心配には及ばぬ。801穴というのは、ただ持ち主の貞操を守るだけのものではない」

「なんだと?」

「相手にあわせて、姿形はもちろん、ローションや妊娠機能までもを完備しているのだ!」

「素晴らしい!」

「しかし、攻めさん。困ったことが一つだけあるのだ」

「何だ?」

「このままでは『矛盾』というお題を無視して話が終わってしまうのだよ」

「それは大変!」

「だから私は君に抵抗することにしよう。そして君は嫌がる私を無理やり手篭めにするのだよ」

「了解した」

801棒と801穴、どちらが勝ったのかは二人にしかわからない・・・・・・

2325-649 「職員トイレで」:2006/03/14(火) 16:03:12
『先生! エッチしてください!』

朝、職員専用トイレに入ったら、トイレのドアに赤いスプレーで、デカデカとそんな
稚拙な落書きがされていた。
県内でも最低ランクの高校で、しかも男子高校ときたら、こんなイタズラも日常茶飯事だ。
本日の職員朝礼でも、その件に関して、一切触れられることはなかった。
俺だって、あのメッセージを深刻にとらえていたわけではない。
だいたい、「先生!」と呼びかけられる人間なんて、うちの学校だけで50人を越えている。
中高一貫教育であることを考えると、さらに対象者は倍だ。
イタズラした犯人も、できれば対象者をしぼってくれれば、非常事態に対処できるのに。

そして俺は今、そんな不親切な犯人のせいか、トイレの個室に押し込まれて、男の手によって
服を脱がされようとしている。

「ちょ…っ、先生、何考えてるんですか」
「何考えてるって…田中先生と、ナニすることだけど?」
首筋に、わざと音をたてて、唇を落とす。そして、歯をたてる。
慣れた手管に、俺は、腰がざわめくのを感じるが、必死で先生を押し留めようと、理性を
総動員して、腕をつっぱった。
「あきません! ここは、学校! しかも、トイレやないですか!」
あー、さっきので、首筋にキスマークついたかな、と、頭の冷静な部分が考える。
先生は、そんな俺の抵抗も、じゃれているようにしか感じないらしく、ニヤニヤしながら
楽しんでいる。あー、アホみたいじゃないか、俺が。
「田中先生、その言い方だと、学校のトイレじゃなきゃいい、って言ってるようにしか
 聞こえませんよ?」
「おっさんみたいなこと、言わんでください!」
少しでも、先生と距離をとるために、足で蹴ろうとすると、あっさりと足首をつかまれた。
俺、細身だけど、けっこう腕っ節が強いので通っているのに。
でかい図体して、無駄な力ばっかり余らせやがって。このバカ体育教師! 先輩だからって、
いい気になって!
「いいですか、田中先生。俺達は、今朝方、このトイレに書かれた生徒の願いを、消すために
 トイレに二人でいるわけです」
先生は、俺の耳に唇をあて、わざとらしい説明口調を、低い声でささやきだした。
あ、やめて。その声。力抜けるから。
「だから…こんなことせずに、はよ、掃除しましょ、って…」
「しかし、この落書きは、生徒の願いでしょう」
俺は、せまいトイレで、頭より高く足をあげられたため、体全体を腕でささえるような体勢になった。
先生は、抵抗できなくなった俺の、足首に左手の指をはわせつつ、俺の胸のボタンを、右手一つで
器用にはずしていく。
「願い…?」
「『エッチしてください!』なんて、かわいい生徒の願いを、叶えずに消すだけの教師なんて、
 教師のかざかみにも置けない。願いを叶えてからでも遅くはないはずです」
「こ…『ここで、エッチしてみせてください!』っていう意味ではないですよ、先生…っ!」
「僕と田中先生の、解釈の違いってヤツかな」
先生は、とうとう俺のシャツのボタン、全てをはずしてしまった。
「まぁ、なるべく音たてないでくれたら、それでいいんで。よろしくお願いしますよ、先生」
俺は、おおいかぶさってくる先生の体に、もう抗うことができなくなっていた。
体温におぼれないように、左手を苦労して、口元に持っていき、声が出ないように噛む。
「ちゃっちゃっと済ませましょう。ね?」



全てが終わって1時間後に、職員トイレの落書きは、先生が一人で消してくれた。
だけど、次の日、職員会議では、職員トイレの新たなる問題が、議題にあがっていた。
「職員トイレに、コンドームが数個、捨ててありました。生徒が忍び込んで、不純な行為を
 していた形跡です。休み時間、昼休み、放課後など、こまめに巡回をするよう、お願い
 いたします」
俺は、隣に座る先生の顔を盗み見た。先生も、俺の方を見ていた。
俺達、1回しかやっていない…よな。しかも、ゴム、持ち帰ったよな…。
ということは、あの落書きは、成就されたのか。もしかして。それとも…?
ふと教頭先生を見ると、先生の顔が、少し赤く見えた。気のせい…か…?

2335-780 見た目怖面中身わんこ×見た目クール中身天然小悪魔:2006/03/30(木) 21:45:36
うわ、お前、何でいるんだ。え? コレ…いや、話せば長くなるんだが…。

最初はな、冗談からはじまったはずなんだよ。
確か、アレは、新入社員同士で集まって呑んだ時だった。
その時の俺は、初めての仕事で大失敗した直後だったし、初めての一人暮らしで、
ろくなもの食べてなかったし、なんだかもう、何もかもが嫌になって、会社辞めようか
どうしようか、とか、グチグチ言ってたんだよ。今では想像つかないだろ。あの頃は、
俺も若かったんだよな。多分、泣いてたと思う。だってな、他のヤツら、誰も近づいて
来なかったんだもん。そりゃなぁ、こんなゴツい顔の俺が泣いてたら、誰も近づいて
来ないよな。そうしたら、隣に座ったこいつが慰めてくれたのよ。
しかも、その慰め方が、男らしくてさ。「俺の胸か背中を貸してやる」だってさ。
だから、その時酔っ払ってた俺は、こいつの背中に飛びついたわけだな。
で、気がついたら、あまりにも暖かくて、寝ちゃってたんだよ。
ん? 何でそれが、さっきコイツに抱きついていたのに関係あるのかって?
驚くな。その抱きついて寝た日の翌日、どういうわけか俺は、社長賞をもらえるぐらいの、
デカい営業に成功したんだ。それからというもの、翌日にデカい営業の仕事が入った時は、
ゲンをかついで、こいつに抱きつくことにしているんだ。それがまたなぁ、今のところ、
15年間無敗なんだよな。俺の出世があるのは、この高梨の背中のおかげ、ってなもんだ。
まぁ、新入社員のお前に言っても分からないだろうけれど、会社っていうのは、けっこうそんな
どうでもいいゲンかつぎでなりたっていたりするんだぞ。

…え? どうした、お前。そんな怖い顔して。
「15年間も、高梨部長に抱きついていたのか」って…。まぁ、そうだな。
俺達が入社してからずっとだし。
「どれぐらい?」…って、平均したら、月に2回は、確実にやってるかな。
「何で」…さっき言ったじゃないか、ゲンかつぎだって。
おい、高梨。お前も何か言えよ。え? 「嫌」って…。コイツはお前の部下だろ!
だいたい、「今は誰もいない」って言ったから、抱きつきに来たのに、新入社員がいるって
どういうことだ、お前。
うわ、こら、山田! お前、仮にも営業本部長だぞ、俺は。胸倉をつかむな!
何で涙目なんだ! 何で、「高梨さんは、背中まで僕のものだ」とか言ってるんだ。
おい高梨、お前、コラ!

え、俺がお前をどう思ってるかって? いや、今こんな状況で普通に聞かれても…いや…、
ちょっと…。うーん、好きか嫌いかで言うと、好き…だな。って、何言わせるんだ。
え? 山田は、高梨のことが好き? あ、そ、そ、そうか。まぁ、個人の趣味の問題
だから、会社としては問題無いと思うが…。いや、そ、ちょ、待て。何で、高梨部長の
好きな人の名前で、俺の名前が出てくるんだ。おい、高梨、お前、何言ってるんだ。
お前、いっつも冗談か本気か分からないことを、人に冷静に言うのやめろよ。信じてるじゃないか。
え、いや……いや………嫌いだなんて、めっそうもない…か、感謝してる。
すき…か嫌いかで言うと、好きだけれど、そういう意味じゃなく…いや…。

ああ。結婚いまだにしてないのは、高梨の背中以上の人が見当たらない、って、
社長連中に言ってるのは確かだけれど…その…恋とか愛とか…うーん……。

…とりあえず、二人で焼き鳥でも食べに行って、考えさせてもらっていいか。
え? 今度抱きついて寝るなら、胸の方に…て…お前なぁ……だから真顔で何言ってるんだ。
おい、山田、お前今すぐ帰れ。ほら、上司もそう言ってるから。ほら、帰れ。
高梨、呑みに行くぞ。用意しろ。あ…その前に、明日のために、もう一回抱きつかせてくれ。

234 5-780 見た目怖面中身わんこ×見た目クール中身天然小悪魔:2006/03/31(金) 02:42:12
「何をやっている。かくれんぼか?」
聞き覚えのある低い声と一緒に、俺の頭上に傘が差し出された。
「…いや」
かくれんぼて。こんな雨の日に。ていうか確かに俺はコンビニの自販機と
ゴミ箱の間にちょうど店内からは影になるように座りこんではいたけど
通りからは丸見えだし。ていうか高校生にもなってかくれんぼは。
「そうか。おまえは、アイスは好きか?」
「え…はぁ、まあ…」
アイス?春だけど、まだ寒いのに…?
「だったらこれからうちに食べにくるといい。すぐそばだ。ちょうど今
 この店で売っているアイスを全種類一つづつ買ったところで…」
そう言ってその人は自分の手元を見た。傘しか持ってない。
「お客様ー、お買い上げになったものとお財布とトイレットペーパーをお忘れですよー」

そんなわけで、なぜか俺は学校の先生と相合い傘で歩いていた。
「先生、この辺に住んでたんスね」
「ああ。おまえはたしか、学校の反対側じゃなかったか。」
「…バイトが、近くで」
そう口にしたらまた、さっきまでのぐちゃぐちゃな気持ちが心をよぎる。
でも、雨をよけるために先生の体が俺に寄り添うように傾いているのを見てると、
なぜかだんだんそういう気持ちが消えていった。
この人のこと女子達がクールビューティーだなんて騒いでるが、
近くで見るとやっぱりかっこいいな。というか…きれいだ。
(でもクールは間違ってた。むしろアイスだった。)

「待て。」
「へ?」
「だから、おあずけだ。おまえ、アイス食べる前に……まったく…見せてみろ。」
気付いてたのか…。そっか、だから俺を部屋に呼んだんだ。
俺がこたつ布団の中から左腕を差し出すと、先生が俺のパーカーの袖を捲った。
手首からひじにかけてすりむけて生っぽい肉の表面に血がにじんでいる。
「…まず消毒だな。」
「げっ!い、いいよ、これ、ぜってー死ぬ程しみる!」
「がまんしろ。」
「…どうしたのかって、聞かないのか。」
「いや、聞くぞ。」
…わからない。何考えてるんだろうか、この人は。
「…バイトの先輩の一人がなんか、いきなり蹴り入れてきて…俺なんもしてねぇのに。
 でムカついて掴みかかったら他の先輩も来て…ぶっ飛ばされたときすりむいた…。」
先生は表情を変えずにもくもくと消毒液の用意をしている。
何考えてるんだろう。でもその淡々とした態度はなんだか俺を安心させる。
それで、つい話さなくていいことまで話してしまった。
「そのあと主任が来て、なんか…怒られたんだけど…
 俺が全部悪いみたいな言い方されて…生意気だから、とか…って
 …っっいいいいいっ!」
「暴れるな馬鹿。…これが終わったらアイスをやるから。」

昔から、俺がちょっとでかい声を出すと弟が怖がって泣いて、親に怒られた。
学校の先生も、やたら逃げ腰か、逆に威圧的かのどっちかだった。
でも、なんか、この人は…
「先生さ、俺のこと…恐くないの?」
思わずスルッと聞いてしまった。一番聞きたくないことを。

「恐い?…おまえが、か?」
初めて見た先生の笑顔は、見たこともないような優しい顔だった。

2355-819 新たな職場で、懐かしい出会い:2006/04/13(木) 00:31:40
「……たっちゃん?」
えらく懐かしい呼び方に振り返ると、眼鏡をかけた気の弱そうな男が、胸に抱えた図面ケースの後ろからこちらをうかがうように見つめていた。
「たっちゃん、だよね?」
細い首になで肩。
眼鏡の奥の澄んだ瞳。
細い顎に小さなホクロ。
俺の脳裏にピカッと何かが閃いた。
「……ピカソ?」
ここ十数年の間口にしなかったあだ名を言うと、相手の顔がぱあっと輝いた。
「たっちゃん! 何そのヒゲ!!」
ピカソは笑顔で俺に向かって手を伸ばし、俺たちは自然と握手を交わした。

「じゅうご……十六年ぶり?」
「小学校卒業したっきりだから、そのくらいか」
「びっくりしたなぁ、まさか同じ会社なんて」
「俺も驚いた。世間って狭いな」
屋上の手すりに寄りかかり、灰色に霞む都会のビル街を眺めながら、俺達はパンとコーヒー牛乳という昼飯をお供に四方山話をした。
昔話に花は咲かなかった。
仲良しグループの一人ってだけで、別に一対一で深い付き合いがあったわけじゃないってこともあるが、多分、ピカソも俺も昔話や身の上話が好きなタイプじゃないせいだろう。
語るほどの十数年じゃない。
美大行って卒業して企業の下請けやってるデザイン会社に就職して、ちょっと大きい仕事になったので出向でここに来たってだけの俺の人生。

「お前、今何やってんの」
「ん、設計企画課で図面引いてる」
そういやこいつのあだ名の由来は、工作の時間にえらい緻密な図面を描いたり、夏休みの自由研究で「ゲルニカ」の絵を模写したからだった。
「ここの設計企画ってぇと、アレか、紀尾井町のSビル建てたのお前か」
「正確にはうちのチーム。あの時俺下っぱだったけど、一緒に賞もらえてね。今やってるのはシドニーの企業が――」
絵が上手くて器用なだけの、喘息持ちのいじめられっ子の華麗なる変身に、俺はあの童話を思い出さずにはいられない。
白鳥になった、いや、実は白鳥だったみにくいアヒルの子。
ピカソの十数年を聞いてみたいとふと思ったが、時計の針はもう昼休み終了を告げていた。
だから、飲みに行かないかと誘われて、俺は即座に頷いた。


「俺さ」
「うん」
「よく漫画とかであるだろ、女友達と飲んで、酔っ払って、気が付いたらベッドインってアレ」
「うん」
「……」
「……」
「まさか自分がやるとは思わなかっ……」
「俺、女じゃないけどね」
俺は隣にいるピカソを見た。
まったいらな胸といい、股間にあるソレといい、どう見ても女じゃない。
ピカソは俺の視線に気付いて、毛布を首の下まで引き上げた。
沈黙が痛い。俺はいつもの癖で煙草に手を伸ばし、それからピカソの喘息のことを思い出して、その手を引っ込めた。
「煙草、吸っていいよ」
「喘息だろ」
「だいぶ良くなってるから」
少し躊躇したが、遠慮なく吸わせてもらうことにした。ニコチン摂取しないと脳ミソが回転しそうもない。

何でこんなことに、と自分に問いかけているうちに、俺はふっと思い出した。
大人になりたくて、こっそり家から持ち出したビール。
コップ半分でべろべろに酔っ払った俺は、どういうわけか飲んでも平然としていたピカソに抱きついて「お前が好きだぁ」と言った気がする。
そうだ、俺の初恋はピカソだった。
……あの時、ピカソは何て言ったっけか……。

二本目の煙草をくわえ、疲れたのか早々に寝息を立て始めたピカソの首筋の赤いアザを見ながら、もう二度と酒は飲むまいと俺は誓った。

2365-930 酔った勢い:2006/04/14(金) 02:05:47
酔った勢いだった。
おととい、俺は友人である男と寝てしまった。
酒を飲んで、調子に乗って、あろうことか自分から誘ってしまった。
行為がどんなものだったかは覚えていない。
(まあ、昨日はろくにバイトも出来ないほどずっと腰が痛かったから、
激しいものであったのは確かだとは思う)
だけどただひとつ、俺に誘われたあいつが一瞬妙な表情で固まったあと、
赤かった頬を更に真っ赤に染めたことだけは鮮明に覚えている。
そして、その顔を思い出すたびに、ひとつの疑念が俺の中に浮かぶ。

今日もバイトが終わった。
コンビニで酒を大量に買い込んで、また、あいつの部屋に行く。
「お前さー、もしかして俺のこと好きなの?」
きっと、酔った勢いでなら、打ち明けてくれる。

237929酔った勢い:2006/04/14(金) 02:45:44
明日は結納だと言うのにこんな遅くまでいいのかと言ったら、飲みたいのだと奴が駄々をこねた。
男にも結婚前になんちゃらブルーとかいうのがあるんだろうか。
深酒になった。
「本当はさァ、結婚なんかしたくねぇのよ、俺は」
終電も逃して、飲み代で大枚はたいた後だけにタクシー代は二人合わせても俺の部屋まででギリギリで、いいよ泊まれよ、と久し振りに切り出した。
まだ入社間もない頃は良く終電が無くなるまで飲み歩いた。
こんな風にタクシー代を折半して俺の部屋へ雪崩れ込み、人肌が恋しくて、戯れに抱き合ったこともある。
唇を重ねたのは一度だけ。互いに我に帰り、『酔った勢い』だと笑い合い、それ以降、どちらからか飲みに行っても終電を逃す前にお開きにするようにしていた。
…今日までは。
「結婚したくねぇんだよ」
台所で水をコップに汲んでいる最中も、その声は繰り返した。
それでも結婚するくせに。
口から溢れ出しそうな言葉を水で飲み込むと、息を小さく吸い込む。
「…自分で決めたくせに馬鹿言うんじゃないよ」
結婚すると聞いたのは、直接じゃなかった。
同僚の女性社員が聞きつけてきて、見合い結婚するらしいと教えてくれた。
あの時、あまりの胸の中の重さに息が止まったかと思った。
お前が結婚したくないと思う以上に、俺はお前に結婚して欲しくないんだと
酔った勢いでもいい。
言えたなら、どんなに良かったか。
「結婚なんか」
三度目の言葉を聞く前に、背中を向けたまま、気持ちとは別の言葉で遮った。
「お前、酔ってるんだよ」
酔って、少し、弱気になってるんだ。
「…ほら、少し水飲めよ」
…手にしたグラスに水を足して相手に差し出そうと振り向くと、畳にへたり込んでいた筈の長身がすぐ目の前にまでやって来ていて、思わず怯んで。
意外そうに奴が目を眇めた。

238929酔った勢い2/2:2006/04/14(金) 02:49:47
「なに?」
「…ビックリしただけだ、バカデカイのが後ろにいたら誰だって驚くだろう?」
「にしては驚き過ぎだ」
「煩い」
たいしてうるさくもない相手にグラスを押し付けて、顔から視線を外すと水を飲んで動く喉仏を見ていた。
…本当は、こんな間近でお前を見ることが久しくなかったから。
ふい打ちに鳴った鼓動に眩暈がしそうだったから。
…唇に触れたいと思ってしまったから。
だから、怯んでしまったんだ。
「…お前、酔ってるだけなんだよ」
明日になれば、きっとこんなに結婚を嫌がっていたことは忘れてしまうよ。
「…ああ、酔ってるかもな」
グラスを流し台に置いて、奴が、言う。
「でも、酔ってても言ってることはわかってる、やってることも」
思いの他、静かな部屋に低く飲み過ぎたのか掠れた声音が響いた。
「…なあ、結婚するなって言ってくれないか?」
ふいに出た言葉に、驚いて声が出なくなった。
今、なんて言った?
「お前が今、俺の欲しい言葉を言ってくれたら、俺の人生ごとお前に全部やるのに」
次第に屈められ、近付く顔。
酒の匂いと、触れ合う唇の温もり。
抱き締められた腕の中で細く長い息をつく。
柔らかな身体ではないけれど、俺はこの身体がいい。この身体の持ち主じゃなきゃダメだ。
同じように
柔らかな身体ではないけれど、俺がいいのだと言われたい。
思いを隠した膜は唇の温もりと酒に溶けて、暴かれてしまう。
言葉ひとつ出せない俺を更に強く引き寄せて。
「これは『酔った勢い』だ」
耳元に甘く。
「忘れたければ忘れていい」
俺は忘れないけどな、と奴は囁く。
馬鹿じゃないか、お前。
どうしたら忘れられるんだ、どうしたって忘れられないんだ。
不幸にしてしまう誰かがいても、それでも、聞いてしまったのに、もう止まれる筈がない。
俺は、小さく息を飲んで、唾を飲んで、それから。
『酒の勢い』という名目を借りて、口を開く。

酒の勢いでない二人になる為に。


[本スレリロミスすみませんでした。こちらに投下させていただきました]

239960 シーラカンス:2006/04/16(日) 22:35:56
目の前で喋るアイツの顔をじっと見ていた。
よく動く口やなぁ。ノート見ながら、熱く語ってるなぁ。
そう思って酒を飲んでいたら、いつのまにか顔をものすごく近づけていた。
アイツと、目があう。「…何?」とアイツが聞く。
しばらくの沈黙。
アイツの目に、少し怯えがはいって、ふっと目をそらした。
俺は、その瞬間、アイツの唇にキスをした。
やわらかい感触。さっきまで喋っていたせいか、少し濡れている。
唇を離して、アイツの顔を観察した。アイツは、眉間にしわをよせて、俺を見ている。
「…どういうんや」とアイツがかすれた声で言った。

さっきまで、お前が熱心に喋っていた、テーブルの上のノートの絵が、視界に入った。
ヒレがたくさんついた魚。シーラカンスって言うてた。
シーラカンスを飼育したい。でも、捕獲したら、3日ぐらいで死んでしまうから
無理なんだって。すごく弱い魚なんだって。自分の状況が変わることに、臆病だから
死ぬのかもしれない、って。

「…お前、シーラカンスよりも勇気ある…?」
俺は、かすれた声でささやいた。
心なしか、アイツの顔が赤い気がして、さらに俺は口を開いた。
「なぁ…俺さ…」
そこで、アイツは、俺の肩を力いっぱい押した。
俺はうしろむきにコケて、しりもちをついた。
「…言わんといて…頼むから…」
アイツは下を向いたけれど、俺はもう一度立ち上がって、アイツの肩をつかんだ。
「俺、お前が好きやねんけれど、それに答えてくれる?」

アイツは、目に涙をためて俺を見た。
俺ら二人の状況が変わることに、お前、臆病にならんといてくれる…?

2405-999おつかれさま1/2:2006/04/20(木) 00:30:05
【5−1000です。リロミスしまして、本当にすみません。こちらにアップさせていただきます。】


沢山泣いた。
周りはちり紙の山で、そのちり紙の山の真ん中に俺、麓に山中がいた。
「…お前も帰れよ」
グズグズになった鼻をまた噛みながら横目に、何故か一人残って俺を見てる山中に告げる。
他の奴らは皆、レイコちゃんは元から俺には高根の花だったんだと言い、大失恋した俺を慰めに似た言葉で笑い、帰って行ったというのに。
いつも馬鹿にせず、何かしら気の利いた事を言ってくれる山中は始終黙ってて、始終、俺を見ている。
ちり紙の中身が空になり、それでも止まらない涙を手の甲で拭った。
「…俺だって一生懸命だったんだ」
レイコちゃんが好きだっていう店も洋服もリサーチして
気に入るように頑張って。
なのにベルサーチの男が急に現れて、そしたらレイコちゃんの男が、俺に『お疲れ様、用済みだよ』って言って。
「都合のいい男でもさあ…いいってくらいにはさぁ…好きだったんだよ」
最後ら辺は釣り合わないと笑うあいつらへの意地もあったけど。
「馬鹿なのは、自分が一番わかって…」
言っている内にまた悲しくなって
涙が大盤振る舞いで出て来て。
「すげー頑張って好きだったの、すげー一杯…」
そのまま身体を丸めて畳に頭を付いた。
いっぱい泣き過ぎて頭が痛い。
目も痛い。
そこかしこ痛くて、疲れて。

2415-999おつかれさま2/2:2006/04/20(木) 00:46:13
「…おつかれさま」
軽く温もりが肩を叩いた。
軽く顔を上げると、そこにはトイレットペーパーが一つ置かれていた。
ベルサーチに言われたのとは全然違う響きの言葉。
「お疲れ様…って?」固い紙質のそれをクシャクシャに取りながら問う。
「…すごい好きで精一杯やったんだろ?だから」
…おつかれさま。
山中に言われたら、何となく、また涙がでてきたけど
今度のそれは、なんかちょっと違う涙で。
上半身を起こしてトイレットペーパーでチンと鼻を噛んだら、ヒリヒリと皮膚が痛む。
「…俺の意見、いい?」
いつもの口調で理論めいた事を言ってくれるのかと期待して
涙で潤んだ視線の先の山中を見つめると
「清水は多分、俺がいいと思う」
とんでもないことを言い出した。
「清水くらい情が深くって、清水くらい素直で、清水くらい鈍感で可愛い奴は俺がいいんだって」
ゆっくり山中の唇が俺の鼻に落ちた。
「あ、あの山中?」
「俺にもおつかれさまの一つくらい言って欲しいよ、清水。ずっと待ってたんだから」
『これからも待ってんだから』
呟いてから山中は一つ笑って、俺の髪をグシャグシャと撫でた。
「…泣き止んだし、もう寝ちまえば?今日くらいは襲わずに、失恋の痛みに浸らしてあげるから」


意識にある最後に思ったのは
山中が麓からちり紙の山ん中に入ってきたから、こりゃピッタリだ。
って馬鹿みたいなこと。
レイコちゃんじゃなく、ベルサーチでもなく、俺に膝枕してくれた山中のことだったんだ。

2426-89子育て:2006/04/25(火) 23:14:30
――俺はお前の親じゃない。何度言ったら分かるんだ。
 そう言って睨んでも、いっこうに堪えたようでもなくへらへら笑って俺に懐いてくる。
――お前は犬か? アヒルの仔か? いい歳して俺の尻ばっか追いまわすんじゃねえ。
 うっとうしいんだよ、とはねのけてもはねのけても、痛くも痒くもない様子だ。
 以前、お前が女に言い寄られているのを立ち聞きしてしまったことがある。
 孤立してるからってあんたが世話焼く義務ないよ、もう放っておけば? そう迫った女をお前は笑って一蹴した。ごめんね、俺があの人から離れられないんだ、惚れてるから。
――頭おかしいんじゃねえの、俺も男だしお前も男だし、惚れるとかありえねえ。
 じゃあどうしてこんなことするのを許すの、と俺の上で息を弾ませながらお前が訊く。頬を汗が伝って、ほんの一瞬、泣いているように見えた。俺は黙ってお前の口を塞ぐ。
 絶対に言わない。喜ばせてなんかやらない。
 海より空より親より寛大に俺のすべてを受けとめてくれるお前を手放せないのは、本当は俺のほう。

2436-89子育て:2006/04/26(水) 00:03:18
「一体どういうつもりだ?」
怖い顔で問い詰められて、俺はその場に固まった。
辺りには洗濯物やらおもちゃやらが散乱していて、足の踏み場もない。
彼はいらいらしながら床に転がっているものを拾って机の上に乗せた。
「まったく……ちょっと家を留守にしたらこの様だ」
泣き声を上げる赤ん坊の怜奈をベッドから取り上げ、腕の中で優しくあやす。
自分がやった事の尻拭いをされてるみたいで、俺は顔を上げられなかった。
「拓也」
呼びかけられて、顔を上げると彼はまだ厳しい顔をしていた。
「何があったのか、説明してもらおうか」
この惨状を見たら、彼がそう問うのは至極当然だろう。
「俺はこれでも一生懸命やったさ!でも子供たちは誰も俺の言う事なんか聞いてくれやしないんだ」
俺は落ち着かずに部屋の中を歩きまわりながら弁解した。
「瑞樹と彩は2人して部屋中を散らかすわ、怜奈は泣き出すわ……俺が叱っても宥めても、奴らはまるで無視だ!」
彼は黙って俺の訴えを聞いている。どんなに言い訳をしても、気まずさは全く消えなかった。
「兄貴、俺には子育ては無理だ」
勢いで、支離滅裂な事を平気で言ってしまう。
自分が何も出来ない人間だって事を証明するだけなのに。
「よく分かった」
彼は頷いて、冷たく言った。
「お前にはがっかりしたよ。そこまで無責任だとはな」
赤ん坊を抱えたまま俺に背を向けて、部屋を出て行こうする。
「待てよ。……どうするんだよ」
「他のベビーシッターを頼む事にするよ」
彼は振り向きもせずにそう答えた。

一人残されて、俺はどうする事も出来ずに突っ立っていた。
謝ったら許してもらえるだろうか。彼にも、子供たちにも。
また俺はこうして甘えてしまうんだな。
そんな自分が情けなくて、俺は自嘲気味に笑った。

兄貴。俺だって、姪っ子は可愛いし、子育てが嫌だなんて思ってない。
でも、ベビーシッター役を買って出た本当の理由は、兄貴と一緒に住みたかったからなんだぜ。
こんな事を言ったら、もっと怒られるだろうけど。

244萌える腐女子さん:2006/04/27(木) 00:41:06
 見覚えのある後ろ姿をみつけて声をかけたら、相変わらず精悍な軍服姿の彼は、大層驚いてくれた。
「やあ、生きてれば会えるってのは本当だな。」
「……あ…」
まさに言葉を失ったという風情で、数秒私を凝視したあと、彼独特の低い声で無事だったのかとつぶやいた。
「あの地域への爆撃は報道が制限を受けていて…しかし噂でそうとうの被害だったとは聞いた。」
「ああ、死人がたくさん出た。建物も壊れた。あれが人間のする事なんだからなぁ。」
私と言葉を交わす時も、彼は相変わらず姿勢を崩さないし、表情がくつろぐ事もない。しかしさっきからたびたび彼の目の中に隠しようのない揺れが表れるのは、戦争がこの勇敢な男からも命の力を削ぎ取っていっている証拠ではないのか。そんな思いでつい彼の顔を覗き込むように見ていたら、ふと、まったく意外な言葉を聞かされた。
「あなたが死んだと思ったことが俺を変えた。」
「…なんだって?」
「…あなたは、たとえどんな場所でも人間には祈りが必要だと言っただろう。そう言ったあなたがいなくなってしまったのなら…俺があなたの代わりに祈りつづけなくてはならないと思うようになった。」
「…君が、私の代わりに?」
彼は答えなかったが、ただ険しい表情で、まっすぐ私を見つめ返してきた。
「それは…礼をしなくちゃならないな…。」
私はそう言いながら彼の手を取り、笑いかけたかったのだが、涙が頬を伝わり落ちた。
私が彼の代わりにしてやれる事は、涙を流す事だったのかもしれない。

245244:2006/04/27(木) 00:43:32
すみません、6−99「軍人」でした。

2466-119貴方を愛していた:2006/04/28(金) 20:26:42
 養父の葬儀が終わったあと晩餐に顔を出したくなくて、屋根裏部屋にこもってずっと窓から外を見ていた。この家に初めて連れてこられた日の事なんかを思い出しながら。あれからもう15年も経つ。
「電気も付けないで、何やってるんだ。」
声をかけられて振り返ると、扉の傍らに兄が立っていた。
「お疲れ。…もう全部終わった?」
「当たり前だろ、何時だと思ってる。泊まり客もとっくに部屋に引き上げた。」
そう言うと兄は埃のつもった家具の間を通って、窓際の壊れたベッドに座っている俺の隣に腰掛けた。
窓から入る明かりで、兄の顔がよく見える。
「…昔よく二人でここに隠れたな。台所からくすねた菓子持ち込んで。」
「兄貴この箱とか、ふつうに入ってたよな?小ちゃかったなぁ。」
「お前なんか、つい最近までちいさかった。」
大きくなって、とからかうように俺の頭をなでる。子供みたいな笑顔で。
「お前何にも食べてないだろ?料理残してあるから食えよ。」
行こう、と兄は優しく俺の手を引く。俺は、二人でずっとここに居たい。そう言いたかった。…だけど。

「午前中から弁護士の立ち会いのもとに遺言の履行手続きがあるから、明日だけは逃げるなよ。」
「…兄貴だけでいいんじゃないの。」
「馬鹿言うな。あの人の財産は俺とお前に、等分に残されたんだ。まあ、面倒なとこは俺が管理するけど、これからはお前も何にもわからないじゃ困るぞ。」
「等分…ね。」
この世で一番平等という言葉が嫌いだと言って憚らなかったあのじいさんが。
同年代の俺とあんたを養子にして、優秀に育った方に全てを譲る、負けた方は野良犬に逆戻りだと公言して周囲をドン引きさせるのが趣味だったあのじじいが。
「兄貴」
「なんだよ」
「あんたがあの人を殺さなきゃならなかったのは、俺のせいか。」
廊下を歩く兄の足が止まった。
「…………」
「…あの日じじいの荷造りをさせられたのは俺なんだ。旅行先で睡眠薬は飲まないからいらないと言われたから、だから…俺は鞄に睡眠薬を入れなかった。」
…兄の言葉を待った。
いや…このまま何も聞かないで、何も言わないままのほうがいいのか。
俺はポケットから透明なアンプルを取り出して、光に透かしてみた。
出来の悪い次男が自殺すれば…いずれ養父の死が疑惑にさらされても、嫌疑は兄には向かわない。
さよなら、兄さん。貴方を愛していた。

2476-169「笑わない人」:2006/04/30(日) 12:15:17
「なあ、俺そんっなにつまんないオトコ?」
「…は?」
自分で言うのもナンだけど、今言ったの俺の十八番のギャグ、伝家の宝刀よ?自信無くしちゃうなー。
おどけた口調で言うと、アイツはいつものしかめっ面を更に歪め「馬鹿」と一言で切り捨てた。

最初はただの興味。
校長のヅラが風に舞った時も体育教師のジャージのゴムが切れてズリ落ちたときも
クスリともしなかったアイツは何をどうすれば笑うのかって。
顔面の筋肉おかしいんじゃないかと思って顔グリグリしたら殴られたこともあった。

ここ1年とちょっと、少なくとも学校にいる間は一緒に行動するようになって、
色々と知らなかった部分も見た。全く無表情ってわけじゃないんだよ、絶望的にわかり辛いだけで。
怒るし、睨むし、驚くし。悔し泣き寸前の顔も見た。

―――でも、笑わないんだ。笑わないんだよ。
どんなに自信のあるギャグを言ってもバカをやってもしかめっ面。めっちゃ悔しい。
中国の傾国の美女か、お前は!!警報ベルの誤報でもやったら笑うのか!?

「なあ、いつまでその一人芝居続ける気?」
「お前が笑うまでいつまでも!」
「一生やってろ、先に音楽室行ってるからな」
「ああんお待ちになってぇ〜」
「シナ作るな気持ち悪い寄るな」「ノンブレス!?」
「ヤダヤダ先行っちゃやーだーやーだー」
しがみついたら速攻で引っぺがされた。
つか、そんな顔真っ赤にするほど必死になんなくったっていいじゃんさ…。

「人の気も知らないで…」
…ん?なんか言った?
「空耳だろ」
--------------------
投稿寸前にリロったら…危うかった

2486-169笑わない人:2006/04/30(日) 12:31:37
君の笑顔が見たい。
それだけが僕の望みだった。

君は何故だか僕にだけ笑顔を向けてくれなかった。
切れ長の瞳に宿る冷ややかな視線。他の人間にならば、よく喋り朗らかに笑う魅惑的な唇も、頑なに閉ざされたまま。
僕が君の目の前に立っても、君は僕から目を逸らし、まるで僕など傍にいないかのようにふるまう。
その冷たさに、どうしてなのだろうと悲しい気持ちを抱えたまま、それでも僕は君になんでもしてあげたかった。
防音の行き届いた広いマンション。寝心地のいい豪華なベッド。
有名レストランのケータリングは間違いなく美味しかったし、君が読みたがっていた洋書もほら、取り寄せたんだ。
退屈しないように揃えたゲームもパソコンも、好きに使っていいんだよ。
この部屋にある物は全部、君のためだけに揃えたんだから。
金任せかと君は言うかもしれないけれど、それでも僕は君に笑ってほしいんだ。
ほんの少しでもいい。
いつも僕を蔑むようにしか見ない君が、楽しそうに笑ってくれたなら。

「だったらこれを外してくれ」
じゃらりと音を鳴らして、君が左腕をもどかしげに揺らした。
そこには君を拘束する、太くて頑丈な鎖がベッドと君を繋いでいる。
なんだか君は少し痩せたみたいだ。
最初の頃は手首にしっかりと嵌っていた枷が、今は少し緩んで肘の方へと落ちている。
あんなに美味しい食事を毎食用意させているのに、どうしてなのか君はいつもあまり食べたがらない。そのせいだ。
「そんなこと、できるわけないだろ」
「どうして!」
またそんな顔で僕を見る。
絶望的とすら言える表情で君は叫んだ。
それは絶叫だったのかもしれない。
そんな声が聞きたいわけじゃないのに、どうして君は解ってくれないんだろう。
「…だって君はいつ笑ってくれるか解らない」
もしかして僕に向けられるのは、生涯ただ一度かもしれないその笑顔を、見逃すわけにはいかないんだ。
そうだろう?

偽者なんていらない。
君が本当に、心の底からの笑顔を僕に向けてくれる瞬間を待っているんだ。
こうしてただ、君の傍で。

2496-179殺して?:2006/04/30(日) 18:33:18
「やっぱりどうやって死ぬかってのはさー、人生の中で一番重要な事項だと思うんだよ」
酒が入ると彼は饒舌になる。
一緒に飲むのは久々だが、それは変わっていなかった。
今日のテーマは『死に方』。
俺が提案したテーマだ。
昔から、彼とは酒の席で「他人に言っても絶対引かれるような独自の理想」を良く話した。
まあ、彼の講釈を頷きながら聞いていられるのは、俺だけだったからかもしれないが。


「俺は病院のベッドの上で死ぬなんて御免だね!美しくない!」

今日は特に舌が回っている。
酒量も多目みたいだから仕方が無いかな。
こうなると彼は止まらない。
今の彼になにか意見をしても、翌日には忘れているはずだ。

「俺はさぁ、余命宣告とかされたら愛する人に殺してもらいたいねぇ」
「それだと相手に迷惑掛かるじゃないか」
「いやいやいや、あくまで理想!理想だからね!?」
「そうか…、理想としてならそれは良いかもしれないな」
「だろ?だろ?」

俺に肯定してもらって嬉しそうに笑う彼。

「あのさ」
「おう、何?あ、すいません焼酎ロックおかわりー」
「俺、実は余命三年なんだよね」

―ゴドン
彼が店員に突き出したグラスが落ちてカウンターを打った。

「だから、俺の事殺して?」

もちろん「殺して」なんて冗談だ。
どうせ明日には覚えてないんだから、ちょっと意地の悪い事を言って困らせてみたかっただけ。

でも。

彼がカウンターに突っ伏しておいおい泣き出したから、俺の方が困らされてしまった。
なだめる俺。
むせび泣き続ける彼。
大の男が泣き喚くカウンターに注がれる店中の視線。
そして焼酎のおかわりを出すべきか出さざるべきか途方に暮れる店員。

どうにか彼の肩を担いで、逃げるように店を出た。

夜空を見上げながら、俺にもたれてすすり泣く彼の声を聞いた。
…これじゃ、シラフの時に本当の余命の話なんてできそうにないか。

俺だって理想の死に方ぐらいある。

病院のベッドでもいい。愛する人に見送って欲しい。

「あんたに見送って欲しいんだよ」
彼に聞こえないように呟いたら、久しぶりのアルコールで焼けた喉が痛くて

少しだけ咳込んだ。

2506-179殺して?:2006/04/30(日) 18:53:08
殺して?が入ってないよ…。
でも投下してしまいます。


じり、と背後から近づく音がする。
今振り向いたら、お前はどんな表情をするだろうか。
また少しお前との距離が縮まった。
胸が高鳴る、死を意識したからか、お前の吐息を感じるからか。
さあ、その剣を振り下ろせ。
抵抗などしないよ、狙いが逸れては困るだろうから。
目を閉じて誰にも聞こえないように囁くのは、お前の幸せを願う言葉。

じり、と背後から近づく。
お前を殺せば、俺は世界から英雄と称えられるのだろう。
また少しお前との距離を縮める。
胸が高鳴る、この手で命を奪うからか、お前に初めて触れるからか。
ゆっくり剣を構えると、俺はそれを渾身の力を込め振り下ろす。
あっけなく、何の抵抗もなくお前は地に倒れた。
俺は震える手で、魔王と呼ばれた愛しい人の亡骸を抱き寄せた。

2516-179 殺して?:2006/04/30(日) 19:08:52
「虫だ。ねえ、虫が入り込んでいるよ」
本のページをめくる手を止め、浩太の指差す方を見ると
一寸ほどのコガネムシが、机上に積んだ本の上にとまっていた。
「あぁ、もう暖かくなってきているしね。灯りにひかれて来たんだろうよ」
「こっちに飛んでくるかも、兄さん紙にくるんで殺してしまってよ」
3歳下のこの弟は、虫を過剰に嫌う。
蝶や蝉のぷっくりと膨らんだ腹部や、甲虫のテラテラと光る外骨格が耐えられないのだと。
彼にとって春は一番苦手な季節らしい。
「刺すような虫でもないし、放っておけばいいさ。朝にはどこかへ行ってしまっているよ」
読書を邪魔されたこともあり、少し投げやりに答えてやると、泣きそうな目をして私の持っている本をひったくる。
「やだ!ねえ殺して?眠っている間に行方が分からなくなるなんて気持ちが悪いよ」
自分の小指ほどもない生き物に怯え、当たり前のように殺せと言う。
これが子供の残酷さというものかと考えて、いや、こいつももう15になるのだと思い出し
今度は臆病な我が弟の将来が少し心配になる。
自分が15になった頃には、もう自慰も覚えて、こそこそと一人になれる場所を探していたものだが
浩太はいつも私の後ろについてまわっては、私と同じものを見、同じ事をしようとする。
そんな風にしてしまったのは恐らく私だ。
両親を亡くし祖父母に引き取られてからは
知らない町知らない人達の中で、自分が守ってやらねばと、ますます傍に置いて溺愛するようになってしまった。

「いいかい、私はもうすぐ東京に行ってしまうんだよ。これからはお前の傍についていて、いちいちお前のために虫を追い払ってはやれないんだよ」
「いやだ、兄さんどこへも行っては嫌だよ。どうして東京の大學へなんて行くのさ。お爺様の仕事を継ぐのなら、学問なんていらないだろ」
もう数日で私は上京してしまうというのに、本当に大丈夫だろうかと、腕にしがみ付く弟を諭しながら不安に思う。
「さ、虫を逃がしてやるから腕を放しなさい」
立ち上がって机の方に向かう、嫌いならば遠くで見ていればいいだろうに、弟は背中にしがみ付いてじっと成り行きを見つめている。
静かにコガネムシを手のひらの中におさめ、窓を開ける。
「・・・ずっと兄さんが付いていてくれなくては駄目だよ」
後ろで浩太が呟く。

いつかはこの弟も、私を必要としなくなる日が来るのだろうか
殺して、と悪びれもせず言うように、
もう兄さんの助けはいらないよと、当たり前のように言い放つ日が来るのだろうか。
独り立ちを促しながらも、どこかで私はそれを望まないでいる。

そんなわけにもいかないさ、弟と自分にそう言い聞かせて、小さな虫を逃がした。

2526-189 何度繰り返しても:2006/04/30(日) 23:42:22
 誰もいない、いや、正確には俺と先輩しかいない放課後の図書室。
俺は机の上に座って足をぶらつかせながら、本の整理をしている先輩を見つめていた。
「先輩、キスしていいですか?」
そう言って机から降りて先輩に近づく。
 先輩は見事なまでに固まり、ギギッと言う効果音が付きそうな動作で俺から顔を背ける。
「キス、していいですよね?」
いつも顔を背けるだけで抵抗しないから、返事は聞かずに抱き寄せる。
短いキスをいくつもすると、強ばっていた体から徐々に力が抜けていくのを感じる。
何度繰り返してもキスに慣れない先輩が可愛くて、俺は抱きしめる腕に力を込めた。

2536-189『何度繰り返しても』:2006/04/30(日) 23:52:35

「いかないでくれ…っ」

言っては無駄とわかっていても、言わずにはいられなかった。
ベッドに力無く横たわる手を、俺は必死に握る。

「…泣かないで…本当に、すまない…」

そう言いながら、どんなに痩せこけても変わらない眩しさで、お前は笑う。
お前はいつも、俺が行き詰まっていると、目を細めて微笑んでくれた。そして、優しく優しく抱きしめてくれた。

しかし今はその腕も、女のようにか細くなって。
だけど懸命に、抱き締められない代わりとでも言うように、俺の手を握り返してくれる。

「お前はっ…こんなときまでどうして微笑っていられるんだっ…」

目前に、死という恐怖が迫っているのに。

言葉が嗚咽で邪魔されて続かない。
涙なんかながしても、何も変わらない、何もしてやれないんだ。

うずくまったまま握り続けていた指が、そっと俺の手を撫でた。

「俺はね、お前との出逢いは、初めてじゃなかったと思ってるんだ」

「何言ってんだよ…意味わかんねぇよ…」

「ずぅっと昔にも、その前にも、俺たちはきっと出逢って、恋に落ちて、一緒にいたんだ。」

もう殆ど動かせない筈の腕を震わせて、両手で俺の手を握りしめながら、言葉を紡ぐ。変わらない微笑みで。

「こういう別れを何度繰り返しても、俺たちは、また出逢うんだ。だから俺は辛くないよ。何時までも、一緒にいられる。少しの間、独りにしてしまうけど、心配しないで…」

俺はそんな何も根拠のない話に、ただ何度も頷いた。
きっと本当なのだと、自分に言い聞かせるように。

「今回は俺が先に逝くから、次は俺の方が年上かもなー…」

ふふっと微かに声を上げて笑うと、そっと目を瞑り、俺の手を優しく包んでいた両手が、静かに真っ白なシーツに落ちていった。



西日が差し込んで、青白かったお前の顔が紅く染まり、綺麗だ、と思いながら。

吐息が無くなった唇に、キスをした。


*****
文才の無さを発揮…orz
スイマセンでした…

2546-239『貴方の特技はなんですか?』:2006/05/02(火) 21:47:20
「はい。愛の言葉です。」
「……はい?」
「魔法です。」
「え、魔法?」
「はい。魔法です。一瞬であなたの心を魅了します。」
「……で、その心を魅了する魔法が当社において働くうえで何のメリットがあるとお考えですか?」
「はい。あなたが敵に襲われても僕ならあなたを守れます。」
「いや……私に襲ってくるような敵はいませんから。それに人に危害を加えるのは犯罪ですよね。」
「でも、あなたは自分の魅力に気がついてないだけなんです。」
「いや、そういう問題じゃなくてですね……」
「俺、あなたに一目ぼれしてしまったんです。」
「ふざけないでください。一目ぼれって何ですか。だいたい……」
「一目ぼれは一目ぼれです。フォーリンラブとも書きます。フォーリンラブというのは……」
「聞いてません。帰って下さい。」
「あれあれ?怒らせていいんですか?ささやきますよ。愛の言葉。」
「いいですよ。言ってください。愛の言葉とやらを。それで満足したら帰って下さい。」
「……それじゃ、遠慮なく。」


それは今まで言われた事のない言葉で、私は28歳でした。
その味は甘くてクリーミーで、こんな言葉をもらえる私は、
きっと特別な存在なのだと感じました。
……今度は、私が彼にささやく番。彼にあげるのはもちろん……。
なぜなら、



彼もまた、特別な存在だからです。

2556-199[:2006/05/03(水) 00:02:48
「もー1回だけ!もー1回だけだから!」
「お前なぁ、さっきからそう言ってもう何回目だよ…。」
「んー?何回目だっけー?」
無邪気な笑顔でそう答えられて、疲れが倍増した気がする。
時計を見るともう午前二時。
いい加減もう眠い。
「なーやろうよー、オレ1人でやってもつまんないよー。」
肩を揺するな。
上目遣いでこっちを見るな。
「これで最後だから!ゼッタイおまえ置いて先にいったりしないからさー。」
「…本当にこれで最後だぞ?」
「やったーサンキュー!」
嬉しそうにコンティニューを選択して自機を選ぶのを横目で見つつ、寝るのはまだ先になりそうだとため息をついた。



−−−−−−
本スレ200じゃないけど頭に浮かんだので投下。
シューティングゲームに夢中!

2566-259 スクーター:2006/05/04(木) 15:12:11
「あーうるせぇ・・・・」
この時間決まって聞こえるエンジン音。

俺の住むアパートの空き部屋が埋まった。
俺の”お隣さん”となった男は髪こそ金髪だが背の低い華奢な奴で、
その上猫背で、一見すると地味な男だった。
いやこの様子は・・・あれか?アキバ系ってやつか?!
まぁなんにせよ、それが引越し初日挨拶に来た男の印象だった。

「うるせぇ・・・・」
俺はこの日二回目となる言葉を呟いた。
通称「アキバ系地味男」は引越し初日の深夜にはその被っていた猫を脱いだ。
深夜バイトなのだろう。
男はスクーターに乗って出かける。
それはいい。
だが問題はスクーターだ!
何をどうしたらそんな音が出るんだ!!
もともとバイク関係に疎い俺はそれが普通なのか改造なのかさえ判断がつかない。
ただ、う る さ い。
しかも出かけるまで何分も掛けっぱなしなのだ!
これを男は毎週月曜から金曜の深夜に繰り返す。
部屋を出るときは音すらたてない男の、エンジン音の存在感たるやっ・・・!
規則正しい生活を乱された俺は幾度となくコメカミに青筋が浮く感覚を覚えた。

257 6-259 スクーター 2:2006/05/04(木) 15:13:27
「いらっしゃいませー。」
まさか急にコンビニの肉まんが食べたくなるとは・・・
今日すれ違った女子高生たちがおいしそうに肉まん食べてたからだな。
俺は自炊派だけど・・・たまには悪くない。
「すいません、肉まん1つ・・・」
「はい。」
と店員が返事をしたとき、
「すいません、やっぱ2つにしてくださーい。」
「は?」
俺が振り返るとそこにはあの「アキバ系地味男」が・・・
彼は俺の横に並ぶともう一度、
「肉まん2つに。」
と言った。
店員は俺と彼の顔を見ると、ああ知り合いなのね、という顔で2つ目の肉まんを紙に包んだ。
「アキバ系地味男」から「アキバ系変人地味男」に通称を変えた彼は
変人の行動を理解しかねて唖然呆然としている俺をよそに会計を済ませ、
ほかほかの肉まんが2つ入ったビニールを受け取って自動ドアへ歩き出した。
俺はどんなに考えても言葉が出て来ず、彼と彼の手に下がる肉まんについてった。
「いやぁ、ごめん2つ頼んじゃってさ〜。」
自動ドアを出たところで彼が口をついた。
「俺も食べたかったんだよね〜。並ぶのめんどくさいから一緒に頼んじゃったっ。」
ぺらぺらと喋りながら彼はスクーターのキーをポケットから取り出した。
「あ、あのさ・・・・」
「ん〜?」
のん気な返事だ。
「こんなこと言うのなんだけど、俺たちってあんま話したことないっつか・・・」
「あー・・・まぁいいじゃん、お隣りさんのよしみで!乗んなよ。」
コンビニからもれる明かりで彼のスクーターが白いのだと、俺はこの時はじめて知った。
かなり使ってるのか、はたまた擦ったのか、小さなキズも見える。
「や、でもメット1個しかないじゃん・・・」
「こっからアパートまでじゃん、大丈夫だって。あんた被って後ろ乗って。」
スクーターに跨りながら彼がメットを渡した。
そしてエンジンを掛ける。
う、うるせぇっっ・・・!!
そのジリジリとした形容しがたい音に肉まんを諦めて断りたい気持ちになった。
が、変人なれどお隣さん、これからもお隣り付き合いしてく上で気まずくなることは避けたい!
ようやく回りだした頭が一瞬にして答えを出した。
「おじゃまします・・・」
ぼそっと呟いた俺に、にっこり笑ってうん、と彼が満足そうに頷いた。

2586-259 スクーター 3:2006/05/04(木) 15:14:15
夜の道路は閑散としている。
心地良いとは全く言えないエンジン音を鳴らすスクーター。
その音が静まり返った街に響いている。
人に迷惑をかけているという罪悪感と、
ノーヘルの男と2人乗りして、まるで子供な不良が自慢しそうなちょっとした優越感。
こんな世界も・・・なかなか悪くない。

その後、彼の少しキズの付いた白いスクーターの横に
真新しいピカピカの黒いスクーターが仲良く並ぶことになるのだが、
それはまだ先の話だ。

2596-269サングラス×眼鏡:2006/05/05(金) 00:16:05
東京の川は汚いけれど、大きな橋の上から見れば大して気にならない。橋の真ん中で、欄干に寄り掛かってホットドッグを食べていた。そうしたら、黒いスーツにサングラスの長身の男に突然肩をつかまれた。鬼気迫る様子で僕の顔を覗き込んだあと、男は声を震わせてこう言った。
「…口の周りに、血が付いていますよ」
僕は…唖然とした。男の容姿は日本人と言われても通用するものだったが、言葉は明らかに外国人のアクセントだった。ごくん、と唾を飲み込んで、こう答えた。
「これは、血ではなくて…ケチャップです。このホットドッグの。でも、心配していただいたようで、ありがとうございます。」
僕は英語には自信があったので、できる限り正確な発音で、ゆっくりそう言った。
すると男は僕の腕を乱暴に引っぱって止めてあった車に押し込むと、僕が何かを言う間もなくすごい勢いで発進した。

「あの…!止めてください!ど、どこに、行くんですか…うわっ?!」
「…安心しろ私は…お前を悪いようにはしないと誓う、白夜の眼鏡…!とりあえずシートベルトをしろ。」
「…僕、あの、人違いです…!そりゃ眼鏡はしてるけど、そんな人たくさんいるし…白夜って…何なんです?!おろしてください!…お願いします!」
車はスピード違反で追われなかったのが奇跡のような速度を保ったまま川沿いの倉庫街に入っていくと、一つの倉庫の中に止まるようだった。僕は車が減速すると共にドアを開けて、外へ文字通り転げ出た。それから一目散に出口に走ったのだが、あっさり男に捕まえられた。
「話を聞け、白夜の眼鏡!私はドマル代表側の人間だ…」
「…離してくださいっ!誰かーっ!」
「ドマル代表はお前を交渉の道具に使うと言ったんだ!あのまま予定どおり工作員と接触していたら、お前は他国の二重スパイとして現政権に引き渡されて、処刑される手筈になっていた!」
「………。」
「…私は、しかし代表の決定に、どうしても納得することができなかった…だから…」
「……だから?崇高な愛国心を胸に俺と心中でもしようって?」
久々に口にした母国語の言葉は、空疎に乾いて倉庫に低く響いた。
「ったく…しかしお前みたいな間抜けがよくあの狸オヤジの下で生きてこれたなぁ。まさかあれだけ派手な真似して、逃げ切れるなんて思ってるわけじゃないだろ?何がしたかったんだよ、お前。」
切り捨てられる事なんて、いつだって覚悟はできていたはずだった…しかしその時の俺の言葉は明らかに、やりきれない怒りと恐怖を押し殺すための八つ当たりだった。
「…確かにその通りだ。だが、お前一人ならいくらでも逃げようがある。」
男はそう言って倉庫の奥のトラックの鍵を開け、中からトランクを持ち出した。トランクの中身を俺に見せると、
「車の中にもうひとケースある。王子のために個人的に用立てられたものだから、足はつかない。必要ならそこのトラックも使っていいが、あっちは盗難届が出ているはずだ。」
そう言って、あっけに取られている俺を見た。男は少し微笑むと、躊躇いがちにサングラスを顔からずらした。
「白夜の眼鏡という、年若い優秀な工作員の話は聞いていた。私たちの仲間にそのような危険な任務に命を賭して就いている若者がいることを、私は誇りに思っていた。おそらくお前は国のためならいつでも死ねるのだろう…しかし、私はどうしてもそんなお前の命をこんなふうに終わらせたくなかったんだ。…ドマル代表には、私の命でお許しいただく。」
「……どこからつっこんでいいかわからん。」
「…日本語か?なんと言ったんだ。」
「いいからとっととトラックに乗れよ。あんたは助手席だ。」
「いや、しかし私は…」
襟首を掴んで、にらみつけた。
「あんたが一緒じゃなきゃ行かねぇ。」
男は驚いた顔をしていたが、俺はさっきのお返しとばかりに乱暴に車に詰め込んでやった。
「あんた今日から白夜のサングラスな。」
「……何の役にもたたなそうだな。」
お似合いだろ。そう言って俺はアクセルを踏んだ。

2606-309浴衣でグチョグチョ:2006/05/07(日) 00:39:20
 彼が私の秘書になって約三年、私達は共に数多くの非常に有益な事業を、着実に成し遂げてきた。それもひとえに彼の優秀さと鋭敏な感性と、真摯な人柄のおかげである。彼の仕事を一言で表すならまさに「かゆいところに手が届く」であり、まったく彼と出会えた事は私の人生の中でも最も大きな収穫の一つであると思う。
 だから今日、彼の多少困った一面を見ることになったくらいで、私の彼に対する信頼が揺らぐわけは、もちろんない。

「ほら…白河君、そんなところにいたら危ないだろう。こっちにおいで。」
「…専務…っふ、くっくくっ……お、お父さんみたい……」
「ははは…。」
浴衣姿の優秀な部下に、温泉旅館の庭園にある松の木の上から見下ろされるというのはなかなかシュールな情景だが、いくら細身とはいえ男の体重をいつまで松の枝が支えられるかわからない。
「…部屋に戻ろう、白河君。ほら。」
「…専務。」
私が差し伸べた腕が彼の腰を支えると、彼はぎゅっと私の首元に抱きついてきたので、そのままなんとか引きずりおろすことができた。ぐったり私に体を預けている彼の体重を両腕で確かめて、私はようやく胸を撫で下ろした。
 これまで彼が酒で平常心を失ったことなど一度もない。実際かなりの酒量をたしなんでも顔色も変わらず、てきぱきと私の世話を焼いてくれていたものだ。それでは一体何が彼をここまで酔わせてしまったのか、というと。
「ねー専務、だから言ったでしょ?!僕…特異体質でですね、温泉に入るとぉ…酔っぱらっちゃうんですよー…っぷ!くっくくくくっくく……」
「…ああ、本当だったねえ…」
そんな話は聞いた事もないからといって、彼の申告をまじめに受け取らなかった私が悪かったのだ。もともと出張帰りにこの旅館をとったのも日頃の彼の労を労いたい気持ちからだったから、つい無理に温泉を勧めてしまい、私からそう勧められれば彼も少しなら…と思ったのだろう。
「専務…、汗で浴衣がぐちょぐちょですねぇ……」
「走り回ったからねぇ、君を追いかけて。」
私の喉に額をぐいぐいと押し付けながら、白河君が忍び笑いをする。
「じゃあもう一回入らなくっちゃ、温泉!…っぷぷぷ!あは、あははははは…!」
「白河君…。」
君が楽しそうで、なによりだよ…。

2616-319 バッドエンド成立の瞬間:2006/05/07(日) 03:25:35
「でも俺、お前の絵は本気ですごいと思うんだよ!なんつーか…本物って感じ。」
俺の熱意に一瞬たじろいで、そのあと、初めてお前は笑顔を見せてくれた。
…あの時だっていうのか、お前の中で何かが蠢きだしたのが。

体が痺れて、触れられても感じ取れない。優しく掴まれたのか、乱暴に捻り上げられたのか。深皿にぽたりぽたりと溜まっていく赤い液体を見ても、それが自分の体から出ている感覚がない。
「だって…もう君しか残ってないんだよ。僕の大切なもの。」
お前の声が、やけにでっかく、頭に響いて聞こえる。
俺に褒められて、本当に嬉しかった。あの絵は自分の血を使って描いた初めての大事な絵だったから。でも、それからもさらに「本物」の絵を描き続けるためには、材料を追求し続けなければならなかった。…
「『痛み』を伴う材料じゃないと、本物にはならないんだ、どうしても。ところが自分の体を削っても、もう僕は痛くも何ともない。…別の大切なものも、使い切ってしまったんだよ。だから」
一番大切な君を使うしかないんだ、と耳元でささやかれる。
だんだん、視界が暗くなっていく。俺は…。
せめて最後の瞬間まで、お前の絵を目に焼き付けていたい、そう思った。

2626-319 バッドエンドフラグ成立の瞬間:2006/05/07(日) 11:26:29
「――カズシ」
「んー?」
「俺、今すっごく幸せ」
「どうしたんだよ急に」
カズシが優しい瞳で俺の顔を覗き込む。
答えずに、俺はカズシの胸に頭をこすりつけた。

幸せ。
カズシがいるから、幸せ。
カズシを好きだから、幸せ。
カズシと愛し合っているから、幸せ。
とても、幸せ。


食欲がない。
食べた物はすべて吐いてしまう。
昨夜、とうとう吐瀉物に血が混じった。
熱っぽい。身体が重い。視界が霞む。
すべて、病死した父と同じ症状だ。
多分、もうじき俺は死ぬのだろう。
ごめんね、カズシ。ひとり残してしまって、ごめんね。
でも、俺は十分幸せにしてもらったから。だから、カズシは新しい人と、今度こそ幸せになって。


隣で何も知らずに眠っているカズシの頬にキスをすると、俺は少しだけ泣いた。

2636-339ロボット×人間:2006/05/08(月) 21:22:57
投下させて下さい。
______________________________

「ごめん、ごめんな…。」
お前の気持ちが恐かった。
…いや、『気持ち』としてプログラムされているという事実が。
何が起きても穏やかな笑顔で俺に「愛しています」と囁く不変さが。
後悔なんて、死ぬほどしている。
それでも俺は他の選択肢を選ぶことなんてできなかったし、もしやり直せたとしても、選べない。
横たわって目を瞑り、充電しているお前に足音を忍ばせて近寄った俺に「いいですよ」と一言言ったお前。
…穏やかにふんわりと笑いながら。
「ごめん、ごめんな…。」
熱を失いつつある、人の皮膚そっくりに作られた人工皮膚のお前の頬は、俺の涙を吸わずに俺の腿へ伝えた。

2646-369 最後のメール:2006/05/10(水) 00:42:01
『別れたい。』


恋人からの突然の別れ。
なぜこんなことを言うのか・・・
それすら分からず、部屋の中に立ちすくむ。
理由を聞くことすら阻む、決定的な四文字。
電話することが震えて出来なかった・・・

彼はいつでも俺を喜ばす言葉をメールで言う。
たとえば、デートの予定とか。
たとえば、好きとか愛してるとか。
俺だってまぁメールするけど、圧倒的に電話することが多かった。
彼にも、たまには電話しろとよく言った。
俺は感情が見え隠れする彼の声が聞きたかった。

だからメールは嫌いだった。
メールだと一切の感情を消してしまう気がするから。
それ故に、『別れたい。』の四文字が今、一層と際立った。

未だ立ち尽くしたままの俺はそれを感じて携帯を閉じた。

265本スレ370のウラ:2006/05/10(水) 00:52:05
いつもどおり、今日も日が暮れる。おれはそれを、ぼろアパートの二階からぼんやり眺めている。
こんな暇な時間を過ごせるほど経済的余裕はないけれど、でも、この時間は仕方ない。

だってあいつが来るから。
頼んでもいないのに、いつもいつもコンビニ袋に二人分の食料を詰め込んで。
へらへら笑って、ドアからひょっこり現れるのだ。
やかましいし、うっとうしいし、酒癖も悪いし、ちょっとうざいやつ。
だけどあの顔を見るたび、一日の鬱々とした気持ちが嘘みたいに晴れていく。
そしてそれが、とても、とても嬉しい。……若干餌付けされてる気もしないでもないけど。
かれが会いに来てくれることが、おれの一日の中で一番の楽しみだった。

ところが、その男が来るのが、今日はどうも遅い。
来ないなら来ないでいつもはうっとうしいくらいがっかりメールをくれるはずだけど、
それを忘れてるんだろうか。

連絡でもつけてみようかと、携帯電話を開いた。

『今日の夕飯どーする?』
実に一時間も前の着信だった。一時間も気づかなかったとは、さすが。自慢にならない。
『たまには作ってやるから早く来い。待ってるよ』
送信ボタンを押して、携帯をすぐ閉じる。

どうせ会社でポカやらかして、残業でもしてるんだろう。あいつはあほっぽく見えて、本当に
あほだから。大学生のころから、ちっとも変わりやしない。
だからきっと、今も携帯電話を見てないんだろう。さっきのおれみたいに。
せっかく料理してやるって言ってるんだから、早く来ればいいのに。
こんなに待ってるんだから、早く来ればいいのに。

早く、早く来ればいいのに。

266萌える腐女子さん:2006/05/10(水) 18:28:18
『拝啓、お元気ですか。僕の方はぼちぼちやっています。
 そっちはどうですか?変わりなくやっているでしょうか。
 …堅苦しい文はやっぱり苦手です。
 会いたい。会いたい。今どこにいますか。何をしてますか。
 僕は相変らず、君を
そこで僕は我に返って、便箋からペンを放した。これ以上、言葉になんて
出来ない。言葉にしたって、仕方ない。

あいつは僕を置いて、遠いところへと行ってしまった。
…それは少し語弊がある。僕たちは、別々の道を行くことにした。
今でも僕はかれのことを愛しく思っているし、かれも僕を嫌いになんてなっていない。
だけど、かれの目指す未来は、僕の横にはいてくれなかった。
「行きなよ。今しかないんだから」
笑ってそう言ってやれて、ほんとによかった。泣きながら送り出すなんていやだった。

分かってた。
ぼろぼろの男二人暮らしの部屋の中でひとつだけ、ぴかぴかに磨かれたギターを
大事そうに抱える姿を、僕はずっと見てきたから。
君はいつか僕の手の届かないところに行ってしまうんだって。
なんでもない振りをして、送り出してやるのが一番いいことだって。

書きかけの手紙をあて先のない封筒に入れる。胸がぎゅっと鳴った。
『僕は相変らず、君を愛しています。』
そんな言葉を伝える必要は、もうどこにもないのだ。

――こんな風に誰かを好きになることは、もうきっとない。

だけど、もう振り返らないと決めた。後悔も未練も永遠に置き去りにして、
僕は君の夢が叶う日を夢見ながら、生きていこうと思う。

267萌える腐女子さん:2006/05/10(水) 18:31:34
266は本スレ399の「永遠に置き去り」です
書き忘れスマンソン

2686-409 βエンドルフィン:2006/05/10(水) 23:47:00
 密林に生息する植物を採集するためにこの国にやってきて十日になる。
本国のお偉い大学教授殿からは、ばかばかしくなるくらい依頼料と必要経費をふんだくる事ができた。どうやら俺のような裏に通じるハンターに依頼なんかする事は御名誉に差し障るらしく、口止めの意図が多分に含まれているようだった。
 俺は三日目から、ガイドに雇った現地の美しい青年を自分のコテージに寝泊まりさせた。密林の沼と同じ色の肌は滑らかで、ひんやりと気持ちがいい。長い睫毛に隠れた黒い瞳が、ちょっとした事で敏感に潤む様子がたまらない。
「まったく…ここは天国だな。…食い物はうまいし、ずっと暖かいし。」
「外国の方でそんなふうに思われるのは珍しいですよ。皆さん、大抵こんな汚い国に長居したくないっておっしゃいます。」
「…上品ぶってる奴らにはわかんねーのかもな。俺は、手で食べるのとか、裸足で歩けるのとかも、全部嬉しいんだけど。」
汚い…なんて、この清らかな国の何を見てそう言えるんだろうか、あの豚どもは。…俺は腕の中の男をまるでこの国の化身のように感じている。隅々まで身を浸したくて、何度も何度も夢中でその体に顔を埋めた。
「…この仕事が終わっていっぺん国に帰ったら、俺こっちに移り住もうかな。そうしたらお前一緒に暮らさないか…?」
男は微笑んで、いたずらっぽく俺の愛撫をかわす。
「お前普段施設で怪我した野生動物の世話手伝ってるんだろ。…ケダモノの世話やくの得意じゃん。」
「でも…ケダモノに快楽はないんですよ。ケダモノにあるのはただの快感。」
「へぇ?」
「溺れる程の快楽は、人間の知性が初めて作り出す幻影なんです。あなたは」
惑わされてるんですよ、自分の作った幻想に。
男はそう言うと、俺にとろけるようなキスをした。
決して手に入らない恋人の幻に口づけている気がした。

2696-409 エンドルフィン:2006/05/11(木) 00:28:44

――君といるとどきどきします。

「きっとさ、β-エンドルフィンが分泌されてってやつだよね」
ふたりでぼんやり、いつものように時間を過ごす。見たかったテレビドラマも終わったので、
僕はふと隣の男に話題を振った。
「だから俺、お前と一緒にいたりエッチしたりすると幸せなんだ」
すると、ソファの上でだらしなくくつろいでいるそいつは、僕の方を見もせずにへぇボタンを
押す仕草だけをしてみせた。
「へぇへぇ。2へぇ」
「微妙にふりぃよ」
「微妙なのかよ」
「やっぱ大分古い。まあそれはともかく、β-エンドルフィンですよ、β-エンドルフィン」
「ベタ・エンゼルフィッシュね。金魚でも飼うの?」
「せめて熱帯魚って言えよ」
「べーた…べた…煙突……やっぱおれギャグのセンスないのかも」
ああ、聞いてて悲しくなってきた。そこまで寒いともう一つの才能だ。
僕が「今更気づいたわけ?」とおちょくると、「言ってみただけなわけ。んなもん小学生の
ころから知っとるわ」と帰ってきた。いや、自覚してるって知ってるけど。僕も聞いてみただけ。
「で、何でβ-エンドルフィン?」
「いや、こないだうちの妹が授業で習ったって」
「ふーん」
「脳内麻薬でモルヒネで痛み止めらしい」
「何じゃそれ」
食いつきの悪いやつめ。人付き合いも悪いやつめ。うん、まあそんな君も好きですけど。
「で、で、好きなこととか嬉しいことがあると分泌されるらしいのね」
「うん」
「ほら、俺の趣味は僕の目の前のあなたです!から」
びしぃっと人差し指を突きつけてやったら、特に感じ入った様子もなくあくびをひとつ返された。
ちょっとムカツク。うん、まあそんな君も好(ry
「はいはい。ありがとうありがとう」
「えー、つまんねーなー、前はもっと照れてくれたのに」
「つるんで4年目になるのにいちいち照れてられないから」
「あっそう。別にいいけど」
「まあつまりあれだよ、あれ」
「どれ」
「たとえばーきみがいるだーけでこころがー。…はいっ」
「つよくなれるーことー」
「なによりーたいせつなもーのを、…続きは?」
「きづかせーてくれたねー。これでいい?」
「うん、いい。つまりそういうことなのよ。オーケー?」
つまり、毎日こうして馬鹿馬鹿しい話をしたり、じゃれあったり。君がいるだけで、そういうことが幸せなわけだ。
エンドルフィンだのアドレナリンだの、むつかしいことはよく分かんないけど、まあそういうことだろう。

そして君は笑って言う。
「オーケー」

2704-429 vvvlove(ノ^^)八(^^ )ノlovevvv:2006/05/11(木) 19:47:40
「矢追君、この文字列の意味がわかるかね?」

教授が振りむいて言った。手には、今日回収した学部生の課題論文。
その一本の末尾にさりげなく印字されている絵文字に、僕は平静を装いながら説明した。

「ふむ、記号を組みあわせて絵に見立てているのだね」

成程、若者はいつも面白いことを考えるものだねえ。
そう言って屈託なく笑う教授に、僕も思わず頬が綻む。
しかし、内心はそんなに穏やかではない。
一緒に研究をつづけられるだけで、幸せ。
教授への、崇拝にも似た感情を見透かされつつ、
僕は彼の手管にいつしか溺れてしまっている。
彼の若い滑らかな肌が、瑞々しい指が、僕を優しく凶悪に捉えて離さない。
挙句、僕が指導した、教授が採点するこの論文にこの絵文字……。

「おや、矢追君、首筋は毒虫にでも刺されたのかね」

堂々巡りの思考の坩堝にはまっていた僕は、再度平静を装う必要にせまられた。
ええ、もう蚊がでているみたいで、今年は暑いようですね……。
そんなふうに口を動かしながら、僕の頬も急激に熱くなっていった。

271270:2006/05/11(木) 19:51:02
失礼、名前欄は「6-429」でした。

2726-479 雨に濡れて:2006/05/13(土) 01:59:00
「イヤだ、イヤだ……諦められない」
 人気のない屋上には、梅雨の走りの雨が降りこめていた。跳ね返ったしぶきが煙のように視界を曇らせる。
 後ろから追いついて抱きかかえるようにした風間の腕を振り払おうと、駄々をこねる子どものような仕種で朝比奈がもがく。
「絶対に行かせない」
 風間はあらんかぎりの力をこめて、柵のほうへにじり寄ろうとする朝比奈の動きを封じんとする。
「どうして!!」
 濡れた黒髪を振り乱して朝比奈が絶叫した。
「あんたに関係ないだろ!? 離せ、離してよ!」
「嫌だ、離さない」
 見舞いに来た風間が居合わせたことは幸運だった。朝比奈は、医師からなんらかの宣告を受けたらしく完全に自暴自棄になっている。
「あんたに何が分かる!」
 暴れる朝比奈の指が風間の頬をかすって、爪が皮膚を裂く。鋭い痛み。手の甲でこすると血が滲んでいた。
 舌打ちして風間は、朝比奈の身体を地面から抱えあげる。
「な…! にすんだ! 下ろせよ!」
 脚をばたつかせる朝比奈を、反動をつけすぎないよう受け身を取れるよう注意して床に転がす。 背中を地面につけて目を丸くして見上げている朝比奈の腹に跨ると、風間はその頬を平手で張った。ぱん、と小気味よい音が響く。
「確かに俺には何も分かってないかもしれねーよ」
 茫然と自分を見上げる朝比奈に、抑えようとしても抑えきれずに震える声で風間は告げる。
「けど、けどなあ、……っ」
 それ以上はもう、言葉にならなかった。
 朝比奈の胸に、風間は顔を伏せる。雨に濡れて肌に貼りついたシャツの下であたたかい心臓がことり、ことり、と動いている。
 それがすべてだ。それだけでいいんだ。

2736-479 雨に濡れて:2006/05/13(土) 02:02:18
あいつの部屋を一歩出たら、雨が頬を打った。
 「あれ、つきさま、雨がぁ」
頓狂な声をあげるあいつに、苦笑しながら乗ってやる。
 「春雨じゃ、濡れて参ろう」
目を見合わせ、ひとしきり二人で大笑いした。
 「ほら傘。いくら五月でも、風邪ひくでしょ」
 「これはこれは、かたじけない」
あいつは再びの笑いにむせながら、じゃあね、とドアを閉める。
俺がアパートの角を曲がると、待っていたかのように窓から頭を突き出したあいつが手を振った。
借りた傘をちょいと上げて、挨拶を返す。灰色の空に鮮やかな、真黄色のビニール傘。

駅までの道を歩きながらふと振り返ると、あいつの窓がまだ開いている。
もう顔が確認できる距離ではないけれど、人影が見える。
そうか、この黄色い傘のせいだ。向こうも俺は見えていなくても、傘が見えるんだな。
霧のように街をつつみ、新緑の木々に恵みを与える初夏の雨。
このぐらいで傘をさすのは面倒で、普段ならば雨に濡れていくのだけれど、
今日はそうもいかないようだ。きっと大袈裟なあいつが心配するに違いない。
「あなたが死んだら、僕もすぐに雲の上まで追いかけていくから!」なんつってな。
そんなことを考えながら、子供の持ち物のように色鮮やかな傘を透かしてふと見上げた空は、
天国もかくやと思わせるような金色に輝いてみえた。

274 6-479 雨に濡れて:2006/05/13(土) 02:28:40
「うわ,もうビショビショ,最悪」
 ようやく,歩道橋の階段下の狭いスペースを見つけて滑り込んで,あいつが自転車を止めた。
 ほとんど前も見ずに豪雨の中を走りに走ってきたので,俺もあいつも呼吸が荒い。
 自転車通学を余儀なくさせられている田舎の高校生である俺達にとって,
帰宅時間の突然の雨は,まあ,たまにあるハプニングだ。
 女子は雨が止むのを待ったりしてるが,たいてい男は突っ切って走って帰る。
 俺達もいつものように走り出して……常より激しい降りに降参して,こうして雨宿りとなった。
 確かに最悪だ。
 雨に濡れて,奴の制服のシャツが,その下の肌色を浮かび上がらせてしまっている。
 自転車は濡れるに任せるとしても,こう狭いスペースじゃ距離が近すぎて,
目をそらしたところで伝わってくる体温は遮断できない。
 いつまでも,いつものように,一緒に帰れる友達でありたい。
 そんな俺の切実な思いを,いつもと違うシチュエーションが壊してしまいそうだ。
「パンツまでビッショリ」
 屈託無く笑うあいつがヤバイ。
 濡れた体から立ちのぼるあいつの匂いがヤバイ。
 俺の最後の理性がヤバイ。
 腕を伸ばさずとも容易に掴めてしまった濡れた肩を,とうとう俺は引き寄せてしまった。
 
 雨に濡れた唇は,それでも暖かかった。

2756-489 今夜もひとり生け贄に〜:2006/05/13(土) 14:58:32
今夜も一人生贄になる。
手足も口も動かぬままに。
今日の男は巨大な長物とぬるぬるしたものを持っていた。
ぬるぬるする物を体中に塗りこめる。
長物を無理やり胎内に挿入する。
もう慣れた、そう思う躰が衝撃に揺れる。
内から外から別の物に変えられていく。
私が我慢すれば良いだけの話だ。もう慣れた。


「…今年の銅像は意外とシンプルっすね」
「単に色を塗り替えて、のぼりを突っ込んでか」
「疾…如く?はやしおかすな?なんて読むんだこれ?」
「はやきことかぜのごとく、しずかなることはやしのごとく。
 武田騎馬軍団だな、これ」
「ヤンキーじゃなかったんすね」

2766-489 今夜もひとり生け贄になる〜:2006/05/13(土) 17:25:45
外はもう日が暮れたのだろうか。この部屋には窓がないので分からない。
夜の訪れと共に父さんがこの部屋にやってくる、その時だけ、廊下の明かりが僕をわずかに照らす。
『あぁ、ジャック。私の愛しい息子よ』
父さんのしわがれた声が聞こえ、父さんのかさついた指が僕の頬に触れる。
僕は動くことも声を出すこともできず、ただじっとこの儀式めいた淫靡な時が過ぎるのを待つ。
『この陶器のようにすべらかな肌、絹のようになめらかなブロンド、サファイヤよりも透き通った瞳。
おぉジャック、お前は私の最高傑作だ!』
父さんは近頃、仕事をしていない。昼間は酒ばかり飲み、夜には僕と淫らな行為をする、その繰り返しだ。
僕は、父さんが生きるための贄なのだ。
『ジャック、ジャック……』
父さんの舌が全身を這い回り、父さんの手が肌をまさぐる。
それらは全て、僕にえも言われぬ快感をもたらす。あぁ、僕が父さんの贄であるなら、父さんこそが僕の糧だ。
やがて父さんは僕の顔に吐精すると、後始末のために一度部屋を後にした。
温かな白濁液が僕の頬を伝って、それはまるで流すことのできない僕の涙の代わりのようだった。


人形の僕には繋がるための楔も蕾もないけれど、身内に潜む父さんへの愛だけは本物なんだ。

________________

なんか本スレと似たようなネタになっちゃった(´・ω・`)

2776-499 アメフラシとてるてる:2006/05/13(土) 22:38:08
うねうねと雲が踊っている。雨雲はそのまんまアメフラシみたい。
暗くなったせいで軟体感を増す空を見上げて、帰ろ、と決めて傘を探した。
馬鹿馬鹿しい。何時間もあいつを待ったりしてホント馬鹿だ。
「今日こそは一緒に帰る!」と言い切ったあいつ。
「イヤ、待つの俺だし。夏前だろ?何時間練習するのさ?」
と聞く俺に、
「今日はミーティングだけだから」と言った。
そうなのかと思った俺も馬鹿だけどね?夏大会前の野球部がミーティングのみで終わるはずもないんだよな。
あぁ、降って来そうだな。今土砂降りになったら野球部も練習終わるのかな。
今情けない顔してるから、あんまり見られたくないな。
ロッカーの奥から折り畳み傘を引っ張り出して、開いてみる。空気は湿っているのに埃が舞って、咳と一緒に涙が出た。
あ、やべ。今から傘置いて帰ったら、泣いてるのバレないかな。
俺の心の中みたいな重い空が泣き出そうとしている。カバンを取って帰ろうとしたら、机の上にあったはずのカバンが無かった。
教室のドアのところに、ユニフォームのままのあいつが俺のカバンを持って笑っている。
「帰ろーぜ」
むしろ腹が立った。
「お前、サイアク」
「うん、ごめんな」
「お前なんか最悪だ・・・」
「うん、ごめん」
最悪なのは、顔見ただけで晴れてゆく俺の心の方。
声だけはすまなそうに、しかし笑顔なお前はてるてる坊主みたい。
空が泣き出した。

2786-499 アメフラシとてるてる 1/2:2006/05/13(土) 22:40:40
バイト帰りの疲れた体をひきずって、安アパートの古びた廊下を
歩いていると、ドアから味噌のいい匂いがただよってきた。
児玉の部屋だ。アイツ、また朝から何かとってきたのかな。
「…児玉、何か美味いの作った?」
ドンドンとドアを叩くと、「おー」というのんびりした声が
返ってくる。ドアが開くと、満面の笑みの児玉が、エプロンつけて
立っていた。
「あさとぉからよぉござんしたの!」
「は? 何て?」
「いや、気にするな。今日は、俺の実家の名物料理作ってたんだよ。
 食ってくか? ん?」
「あー」
いつも落ち着いている男の、珍しいハイテンションさに、徹夜明けの頭が
あまりついていかない。しかし、俺の頭は、睡眠欲よりも食欲の方を優先
するよう指示を出した。だって給料日前で、ここ数日ロクなもの食べて
いないのだ。カップラーメンカップラーメン、のり弁、カップラーメン。
俺はあがりこんで、児玉の部屋のちゃぶ台の前に、チョコンと座り込んだ。
…あぁ、同じアパートで同じ間取りの部屋なのに、どうしてコイツの部屋は、
こんなに居心地がいいんだろう。男の一人暮らしで、自炊したり、部屋を
キレイに片付けたりするヤツは、コイツの家しか知らない。しかも、病的な
までにキレイというわけではないから、まるで母親のように暖かみがある
部屋で、妙にこう…落ち着くというか、眠くなるというか…。

気が付けば、俺はウトウトしていたらしい。ガツンと何かで頭を叩かれて、
目が覚めた。いつのまにか、魔法のように、俺の目の前に食事が置かれている。
「うぁ、うおー! すげぇ、料亭みてぇ! 何このナマコみたいなの」
「あー、ベコだよ。こっちじゃ食べないんだよな。遠慮しなくていいから食え」
児玉が、暖かい味噌汁を俺に渡してくれた。
どうしよう。児玉が神様に見えてきた。
「ありがとう、児玉ぁ」
「気にするな。具材は今朝海で獲ってきたヤツだから、無料だ」
炊きたてのゴハンに、暖かい味噌汁。焼き魚に、「ベコ」の和え物。
俺はむさぼるように食べた。ベコは初めて食べる味だが、コリコリしていて
美味しい。こんなのが獲ってきて作れるなんて、児玉は何て天才なんだ。
ふと目線を横にやると、窓のところに何かかかっているのに気が付いた。
あれは…てるてるぼうず…?
「…児玉、あれ何?」
俺の向かいで味噌汁をすすっていた児玉は、てるてる坊主に気づいて、
はにかんだ笑みを浮かべた。
「あぁ、日曜日、海に行く」
「日曜日?」
「そう。安藤先輩、誕生日だろ? 魚でも獲ってきて、ご馳走作ろうと思ってさ」
恥ずかしそうに笑う児玉の顔に、俺は胸のあたりが重くなった。
お前、日曜日は俺と遊びに行く約束してたのに、忘れてるのか。
反射的に、Tシャツの上から胸をつかんだ。
なぜだか胸が痛い。
児玉と遊びに行くからって、バイトまで休んだのに、児玉はあっさり忘れてるのか。
安藤先輩とは、この安アパートの同じ階に住む人で。
貧乏人が多いこの学生アパートで、毎日笑顔を振りまいて、アパート住人全体の
飲み会などを取り仕切っていたりする人で。
男なら誰でも憧れるような人で。
「…あぁ、飲み会するんだ」
「そう。皆で先輩びっくりさせて、飲み会しようってさ。お前も参加だぞ」
児玉の顔に、「先輩の喜ぶ顔見たい」という気持ちが書いてあるのが分かった。
あぁ、児玉は先輩のこと好きなんだなぁ。
じゃなきゃ、わざわざ日曜日まで日にちがあるのに、てるてる坊主なんて
作って吊るすわけがない。しかも布とゴルフボールで作ったらしく、まん丸の
頭で輝くような笑顔を欠いている。
心臓のあたりが、ギュウッと収縮するのが分かった。
どうしてだろう。吐きそうだ。
「…どうした? 小峰」
「いや…何でもな…」
さらに胸のあたりがざわついて、俺はうつむいた。
何でだろう。俺は何にこんなに胸をざわめかせてんだ。子供じゃあるまいし、
たかが一緒に出かける約束忘れられただけで。
「おかしいなぁ、何か腹壊すようなもの、入ってたか?」
不思議そうな児玉に、俺はかぶりをふった。
しかし、胃や腸まで痛くなってきたあたりで、俺は気づいた。
これって、もしや嫉妬ってヤツか?
痛みがだんだんひいてきたので、俺は話を変えるために、ちゃぶ台の上に目をやった。

279 6-499 アメフラシとてるてる 2/2:2006/05/13(土) 22:42:34
「なぁ、そういえば、『ベコ』って何?」
「ベコ? …こっちで何て言うのかな。あ、そうだそうだ。てるてるぼうずの
 反対だよ」
「反対? ……何? ナマコ?」
「違う。『アメフラシ』」
聞いたことのないものだった。しかし、その名前に少し自嘲する。
日曜日、雨が降ればいいって思っている俺は、ある意味このナマコみたいなもんか。
児玉が、わざわざ人のために海に行かなければいいのに。俺と一緒にいればいいのに。
そんな子供じみたことを考えた瞬間、俺の胸がまたギュウッと痛くなってきた。
「見てみるか? アメフラシ」
そんな俺に気づかず、児玉は台所の隅に置いてあったクーラーボックスを持ってきた。
ガチャリと開けて、「これがアメフラシだよ」と手の上に乗せて、俺に見せてくれる。

汗が出た。
そこには、信じられないほど大きなナメクジがいた。

俺はそのまま、トイレに駆け込んだ。吐いた。
しかし吐きながら、妙な安堵感を覚えていた。
良かった。これは腹痛で嫉妬じゃない。

日曜日、寝込んでいる俺に、児玉が済まなそうに俺の部屋にやって来た。
「こっちのアメフラシは、毒持ってんだってなぁ。ごめんな、俺知らなくてさ。
 これ、お詫びの魚だ。今度改めて、一緒に海行こうよ。
 また、てるてる坊主作っとくからさ」
児玉の言葉に、思わず胸がざわめいた。
これは腹痛じゃない。はず。

2806-429 vvvlove(ノ^^)八(^^ )ノlovevvv:2006/05/14(日) 04:14:57
『☆*:・°★:*:・°やっほ〜シマちゃん\(^O^)人(^O^)/起きてるー?(ρ.-)
俺は大学に遅刻しそう〜ε=┌(;>_<)┘ヒー
いやー、昨日は飲み会★⌒(*^^)d_||_b(^^*)⌒☆が長引いちゃって(^_^;ゞナハハ
おかげで二日酔い…{{{{(+_+)}}}}ズキズキ
寝起きにシマちゃんの顔を見たら♪( ^o^)\(^-^ )♪一発で治るo(゚ぺ)○☆んだけどなぁ|_・)チラッ
うーん、早く会いたいよ〜v⌒ヽ(^ε^*)チュッ(*^3^)ノ⌒vチュッ
シマちゃーん、(^O^)ア(^o^)イ(^o^)シ(^o^)テ(^o^)ル(^O^)よーVvV
vvvlove(ノ^^)八(^^ )ノlovevvv(*ノノ)キャーテレチャウ///
シマちゃん、今夜はうち来る?.....((((*^o^)ノノ
ものすごーく掃除しとくから(^-^)ノシャランラー∵・∴・★きっと来いよ!(^_^)-c<T_T)キュゥ
今夜は寝かせないぜ〜{[(-_-)(-。-)y-]}なーんて(*>▽<)キャッ☆
返事、待ってるよー(^-^)ノシ』
送信。ぱらりら〜ん。
まだかなー。おっ。
返信キタ━━(゚∀゚)━━(゚д゚)──('A`)……orz
『シマちゃーん、俺ロシア語なんて読めないよー。・゚・(ノД`)・゚・。』
『日本語で書いてほしけりゃ、そのうっとうしい顔文字をやめろ。
あと、さっきのはただの英悟だ』
『……2ちゃん語でもいい?(ノД‘)チラッ』
『受信拒否すんぞ』

2816-529 豆乳×牛乳:2006/05/16(火) 01:29:58
「最近元気ないですね。牛乳らしくないですよ」
「うるせー。だまれ豆乳」
「ほら、今日だって機嫌が悪い」
「こっちくんな。お前なんか嫌いだ」
「どうしてそんな心無いことを言うんです。ぼく何か気に障るようなことしました?」
「うるせーってんだよ」
「悪いところがあるなら直しますから、言ってください」
「ほっといてくれよ!俺にかまうなっ」
「え…ちょ…泣いてるんですか?」
「泣いてねーよっ!何言ってんの!?馬鹿じゃねーの?泣くわけねーじゃ…」

「何があったんですか」
「…やめ……はなせ」
「何か、あったんでしょう?」

「………俺、俺…嫌われてんだ、もう、いらない子なんだっ!…うぅ…うわぁぁぁああん!!」

「ぎゅ、牛乳?そんな泣かないで…いらない子って、一体」
「うっ…うぅ…ひぃいっく……豆乳なんか、豆乳なんか大っ嫌いだぁぁあ!!」
「ぼくが悪いんですか!?」

「……俺、捨てられてるんだって…最近あんまり売れてなくて、
 たくさん余ってどうしようもなくて捨てるしかないんだって
 ……全部、お前のせいだぞ!豆乳!!
 お前が、イソフラポンだかボンだかで女の気チャラチャラ惹いてさ、
 俺より低カロリーで美容にもいいとか言われて
 調子にのって石鹸やローションなんかにまでなって、すげー人気じゃん」
「そんな…誤解です」
「ヨーグルトやプリンにもなるし、クッキーだってお前使ってるってだけでもてはやされるし、
 もう俺なんてみんな要らないんだよ、全部お前で代わりがきくもん…
 温めたとき表面にできる膜だってさ、俺のはキモイとか言われてわきによけられちゃうのに
 お前のはユバだ!ユバ様だ!刺身醤油で美味しくいただかれてんだ!
 植物性ってのもいいよな、自然にやさしそうで今っぽいじゃん?
 俺なんか動物性で短気っぽいし獣臭そうだし、どうせ俺は雑巾で拭いたら臭いし…んっ………ん」
「………」
「……っ…」

「もう、言ってることめちゃくちゃですよ…」
「………っにすんだ…」
「…少し黙ってください」

「……ぼくが、豆乳が牛乳に適うわけないじゃないですか」
「……だって、現に」
「ぼくは所詮あなたの模造品に過ぎない。今のは単なるブームです…
 本物の味を求めたら、牛乳にはかないません。ぼくは、いつだってあなたに憧れてるんですよ」
「…うそだ」
「あなたのようになりたくて、ここまできた。あなたに認めて欲しくて、あなたの横に並びたくて…
 成分の調製にはずいぶんと苦労させられました。
 みんなだって、本当はわかってる、あなた無しじゃいられないことを。あなたの良さを」
「………」
「そのうちまた、ぼくなんか足元にも及ばない人気ものになっちゃいますよ。
 で、ぼくはまた、棚の隅っこで一列陳列に戻ってるんでしょうね。
 離れ離れは寂しいですけど…」

「…んなこたねーよ……お前のよさだって、みんなわかってる」
「牛乳…」
「……お前が模造品だなんてことはねーよ

「…乳くせぇキスしやがって」

2826-549 君の背中で眠らせて:2006/05/16(火) 17:22:30
新幹線の発車時刻まで、あと1分。
ホームは、長い階段の上にあり、歩いていたのでは間に合わない。
あれに乗り遅れたら、次の仕事に遅刻してしまう。
前の会議が、想像以上に長引いたりなんかしたからだ。
そんな時に限って、すれ違ったサラリーマンに、階段で足をひっかけられた。
とっさに左足をついたら、階段を踏み外してしまった。足首に激痛が走る。
無様に転んで、階段の角に膝をついた。
あまりの痛さで声が出そうになったけれど、2、3歩先を走っていた尾上が振り返ったので、
耐えてすぐに起き上がる。部下の前で、無様な姿は見せられない。
「主任、どうかしました?」
「大丈夫」
手短に言って、俺は走り出そうとした。しかし、左足がそれを許してくれなかった。
「大丈夫ちゃうやないですか」
尾上が、腕をつかんだ。振り払いたいが、今はそれどころじゃない。新幹線に乗り遅れる。
左足は、完璧に筋がイかれたようで、地面に足をつくだけでも、脳天を痛みが襲った。
尾上の手を借りて、ヒョコヒョコと、ケンケンしながら階段をのぼるが、無常にも新幹線の
発車を知らせるベルが鳴り響く。
「…あかん。俺のことは置いてってくれ」
俺は断腸の思いで、その言葉を口にした。仕事に穴あけたら、どうなるか分からない。
尾上は、俺の言葉に、本気でマズい状態なんだと気づき、一瞬迷った顔をした。
アホ、迷ってる暇なんてあるか。早く行け。お前なら、一人でも場を持たせることは
できるはずだ。しかし、尾上は、意を決したように、俺の前にひざまづいた。
「最後まであきらめたらダメです。乗ってください」
「はぁ!?」
「おんぶしたげます」
アホ。君はアホか。
しかし、俺がその背中に乗らない限り、尾上は動きそうにない。
迷ったが、二人で遅刻か、二人で間に合うかやったら…間に合う方にかけるしかないか。
俺が乗ると、尾上は立ち上がった。ちょっとよろけるが、前を見ている。
俺よりもガタイはいいけど、俺だって男だ。筋肉ついて重い男を担いで、そんなに早く走れる
わけがないのに、尾上は足を前に出して、ヨタヨタと走り出した。
アホだな、君は。でも…行けるかも。

そして、新幹線のドアが閉まる寸前、尾上の右足がドアに入った。
もう一度開くドア。入る俺たち。駅員さん、駆け込み乗車、ごめんなさい。
尾上は、満面の笑顔で振り返った。
「間に合いましたね。主任、仕事に遅刻したら、半月近く落ち込んじゃうから、必死でしたよ」
至近距離の笑顔と、思いがけない言葉。
あぁ、一ヶ月前、列車事故で遅刻した時のこと、気づいていたのか。
俺は、尾上のまっすぐな言葉に、思わず胸を熱くさせてしまった。
目の奥がジンとして、鼻がツンとする。顔が赤くなっていくのも分かって、うつむいた。
「あれ? どうしました? 眠くなりました?」
「アホ」
尾上のアホな発想に、つっこみを入れたが、その声は無様にかすれていた。
感動したのだ。俺の仕事に対する姿勢とか、努力とか、そういう人に見せない点を、
尾上が分かっていてくれたことに。仕事での関係でしかない、と思っていたのに。
「…ん? 『君の背中で眠らせて』ってやつですか? ええですよ。そういうことなら、座席まで
 連れてってあげますから、眠ってください。最近、忙しかったですもんねぇ」
「ちょっと黙っててくれ…」
うつむいたからって、背中で眠りたいと思ってるなんて、どういう脳してたら考えつくんだ。
しかし俺は、顔もあげられず、声も出せず、ただうつむくことしかできなかった。
「恥ずかしがらんでええですよ。スーツしわにならんように、座席に降ろしますから、眠って下さい」
「うるさい! 歩き出すな! ちょっと待ってくれたら、降りて自分で歩くから!」
涙でゆがんだ声が聞かれたかもしれない。
尾上は、歩きだそうとした足をひっこめた。そして、壁に肩でもたれて、俺が降りようとするのを
待ってくれた。
俺は、涙をひっこめるために目を閉じた。
「…ほんまに、主任やったら、俺の背中ぐらいいつでも貸しますよ…。
 主任が頑張ってるの、よく知ってますから」
背中ごしに、尾上のささやきが聞こえた。

今は、もうちょっとだけでいいけど…。また今度…君の背中で眠らせて。
心の中でだけ、返事しておいた。

2836-549 君の背中で眠らせて:2006/05/16(火) 20:31:45
意外にガッシリとした背中。
最近ジム通ってるんだって?周りから聞いたよ。
少し痩せたと思っていたのは絞ったせいなんだ・・・
そんなことすら知らなくて・・・ごめん。
ここのところの俺たちは、なんだか会話がないね。
俺もお前も元々おしゃべりじゃなかったもんね。
それでも・・・それでもどこかで繋がってると・・・

だから眠るとき、お前の背中におでこを寄せる俺に何も言わないでいるんだよね。
お前の心音が聞こえて俺は目を瞑る。
やがて俺の心音も重なって・・・
こうしてひとつに繋がっていたいよ・・・

ここのところ会話もない俺たちだけど、
今はまだその背中で眠らせてほしい・・・

2846-559 サディズム:2006/05/17(水) 01:52:00
僕にはパパがいた。
パパと言っても、血の繋がりはない。
代わりに金と身体と、愛で繋がる僕とパパ。

パパには奥さんと子供がいて、いわゆる僕は愛人。
それでも週の半分はパパと過ごすことができていたから、
僕は充分幸せだった。

なのに、パパはとても優しい人だったから、そんな関係にいつも心を痛めていたんだ。
本当は奥さんと別れて、僕とずっと一緒にいたいけど、弱い自分は、
いろいろなしがらみを取り払うことができずにいて、僕を苦しめているとか…
僕は全然平気なのに、こうしてパパが来てくれるだけでいいのに、
パパはいつも、すごく自分を責めるんだ。

そしてパパは、僕にお仕置きをお願いする。

ごめんなさい
許してください

そう繰り返し反省するパパを、僕が叱咤する。
時にパパを汚く罵ったりしながら、縄で縛ったり、ベルトで叩いたり、
そりゃ最初は戸惑いもあったのだけど、
泣きながら縋ってくるパパを見てると、さらに愛しさが増して、
お仕置きをしてると、どうしようもないくらい興奮するようになって、
そういうときのセックスが、また譬えようもないくらい気持ちよくて、
そのうち…ああ、愛って暴力なんだなぁ…なんて思ったもりして。

僕らの愛には、暴力が欠かせなくなっていった。

そんなある日、パパが言ったんだ。
「絞めながらやってみない?」
「絞めるって何を?」
「首をさ…気持ちいいらしい」
ああ、どっかで聞いたことがあるね。どこだっけ?
「失楽園?」
「阿部定だよ」
ああ、あの“チン切り”か…。
情夫を絞め殺して男根を切断し、それを大事に懐にしまって逃げてたっていうんだから…すごい話だ。


…そのとき、ぽわっと、僕の中に何かが生まれた。

いや、今までもきっとそれはあったのだろうけど、
ずっと隠し続けてきた、嫌われたくなかったから無視してた、
きっと独占欲って正体のそれ。
考えもしなかった。
永遠にパパが僕だけのものになるなんて。

一度顔を出した欲望は、急激に成長して、無視するどころか、
僕のすべてを急速に支配し始める。

「絞めてみてよ」
無邪気に言ったときのその笑顔も、家に帰ったら奥さんや子供にも向けてるんだって、
知ってたけど、知らないふりをしてきた今までの僕。
ごめんなさいって、繰り返し言っていても、ちっとも反省してないのだって、
僕に悪いなんて思ってないって、それもわかってた。
見ないようにしていたものを見てしまえば、もう無視なんかできない。
これは嫉妬。

あたりまえじゃん、誰にも渡したくないよ。
僕だけを見て、僕だけを抱いて、僕だけのものでいて欲しいよ。
他の誰かと話しているのさえ、嫌だよ。
僕以外の何ものにも触れてさえ欲しくない…。

でも僕は知らなかった。
叶える方法があったんだ。
どうして気付かなかったんだろう。


「うん」
僕はパパの上に跨って、パパのモノを中に入れたまま、
パパが用意して、既に自分で首に巻きつけた腰紐を手に取る。
ゆっくりと顔を下ろして、口付けをする。


「絞めるよ、パパ」


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
本スレ560です。
向こうでは投下してくださったかたが既にいらしたのでこちらに。

2856-569 勘違い:2006/05/17(水) 12:08:58
佐倉は俺を選んだわけじゃない。
男が切れて寂しかったから。
ルームメイトが俺だったから。
俺が佐倉の性癖を嫌悪しなかったから。
ほら、理由はいくらでもある。

だから、「もしかして佐倉も俺のことを……」なんて勘違いしちゃ駄目だ。

佐倉の好みは年上の渋いパパ。
間違っても俺みたいな青臭い同級生じゃない。
佐倉の基準はお金持ち。
自立もできていない俺なんて問題外だ。
佐倉が俺に目を向けるはずがないんだ。

勘違いしちゃいけない。
いくら俺が佐倉を好きでも、アイツにとって俺はセフレなんだ。

あぁだけど、分かってはいるけれど。
隣で眠る佐倉のあどけない顔を見ながら、思わずにはいられない。


この考えこそが、勘違いだったらいいのに。

2866-569 勘違い:2006/05/17(水) 12:10:42
大丈夫。分かってる。
梅宮は、ただ同情してくれてるだけ。

男が切れたなんて嘘。
誰かと付き合ったことすら、一度もない。
年上のパパが好みっていうのも嘘。
好きなのは、今までもこれからも一人だけ。

気持ちごとなら重くても、身体だけなら慰めてくれるかもしれない。
そう思って、浅ましく誘った。
抱いてくれてありがとう。
優しさを利用してごめん。
大丈夫、勘違いはしない。
僕は梅宮を好きだけど、彼は僕を好きじゃない。
ほら、ちゃんと分かってる。

いつものように布団を抜け出して、眠る梅宮を横目に服を着る。
それから彼の髪にちょっと触れて、目覚ましをかけて部屋を出る。
昼間はただのルームメイト。
この関係は夜だけ。
ちゃんと区別する。


勘違いしたり、しない。

2876-599 あの舞台に立ちたかった:2006/05/18(木) 17:40:27
彼が袂を翻せば、薄紅の花びらが舞い散った。
彼が腕を伸ばせば、剣戟の響きが満ちた。
彼が虚空を見据えれば、そこに愛しい相手が、憎い敵が、過去が、未来があった。
まだ小学校にも上がらない僕は、その時彼の舞台に魅せられたのだ。

あの舞台に立ちたい、と思った。
あの美しさを自分のものにできたら、どんなにかいいだろう。
僕は宗家の跡継ぎだった彼に弟子入りした。
舞はなかなか身体に馴染まなかった。それでも僕は、懸命に稽古に励んだ。
あの舞台に立つために。
あの美しさを手に入れるために。

結局、僕には才能がなかった。
やめる直前、一度だけ舞台に立った。
奇しくも彼に感銘を受けたのと同じその場所に立った時、僕は気付いてしまった。
僕が立ちたかったのは、ここじゃない。
ここには彼がいない。
美しさそのものだった、彼がいない。

当時、彼はすでに第一線から退いており、共演は叶うはずもなかった。
僕は溢れそうな涙をこらえて演じきり、つつがなく舞台を終えた。
こうして僕は、彼と完全に道を違えた。


今でも時折思う。
一度でいい。彼とともに、あの舞台に立ちたかった、と。

________________

なんか本スレ600と似たような終わりになってしまった悪寒

2886-599 あの舞台に立ちたかった:2006/05/18(木) 18:21:39
もう動かない足に爪をたてる。
もう立てない足に憎しみを込める。

「何やってんだよ。」

勝手に部屋に入ってきたのは今度の公演で俺の代わりに主役をするあいつ。前は二人で頑張ってきたはずなのに、今は殺したいほど憎々しいあいつ。めりこんだ爪を足から離された。
血が、出てた。
「せっかくの綺麗な足が台無しじゃねぇか。」
その言葉に泣き叫びすぎて枯れたしまった声が蘇った。
「・・・もう・・・いらない・・・こんな足、いらない・・・・・・。」
ああ、まだ溢れ出すほどの涙が残っていた。声と共に枯れたと思っていたのに。
「・・・事故って恐ぇもんだな。あんな強気だったお前が今じゃまるで人形だ。」
ゆっくりと顔を上げる
「人形・・・?」
俺を見下ろすあいつはとても綺麗に見えた。
「ああ、人形だよ。綺麗なまんまなのに、まるで生きてる気がしねぇ!足ぐれぇでなんだよ!!お前はそんないじいじしたやつじゃねぇだろ!!!」
いきなりの叱咤に、俺は動くことができなかった。
見開いた目からなおも流れる涙。止めたくても止まらない。
「でも、俺はもう舞台に立てない・・・。生きる意味を失った・・・そうだろ?」
何とか微笑んだつもりだがうまく笑えただろうか?

2896-599 あの舞台に立ちたかった:2006/05/18(木) 18:22:42
続き



家族もいない天涯孤独の俺たち。そんな俺たちを拾ってくれた義父さん・・・親孝行するために、義父さんの劇団で働いて・・・俺のファンたんだぜ?客が一気に俺目当てで増えたんだぜ?なのに、こんなタイミングで俺は動くことができなくなった・・・。

「もう・・・義父さんに合わせる顔がねぇんだ。だから、お願いだよ。お前が客を集めてくれ。お前が、劇団を盛り上げてくれ。」
最後の方なんて押し寄せる泣き声でちゃんと声が出なかった。情けない。そう思った瞬間あいつは胸倉をつかんで、無理やり俺を立たせた。
「ざけんなよ!やれることやろうとも思わねぇのかよ!!今のお前だってやれることはあるだろうが!」
俺は目を見開いた。今の俺にやれること・・・?ぽかんとした顔をしていると床に叩きつけられると共に一冊の台本を投げつけられた。
「足で立てねぇって言うんなら、這いつくばりゃいいだろ。別に立たなくったってやれることはあるんだ・・・!」
扉を乱暴に閉めるとあいつは走り去っていった。
這いつくばる?俺は今だ放心状態で、ちょっと時間がたってから投げつけられた台本を読んでみた。
内容に、俺は涙した。
義父さんが病気の少年が主人公の台本を書いてくれていたのだ。俺は車椅子での生活をしている少年。あいつはその親友役。

台本の最後には義父さんと劇団員全員からのメッセージがかかれていた。
俺は顔をくしゃくしゃにしてあいつからのメッセージをよんだ。

『早く復帰しろよ。俺にお前の変わりはできない。お前しか主役はハれない。』

あの舞台に立ちたかった。

いや、もう立たなくていい。

這いつくばってでも、俺は―――――――、

2906-609 踏めやゴラァ:2006/05/18(木) 23:37:03
 講義を終えて食堂へ向かう途中で気がついた。
 周りのみんなが俺をちらちら見ては、くすくす笑っている…ような気がする。
 なんだろう、俺そんなに可笑しな格好してるかな…あ、寝癖でもついてるとか?
 髪を撫でつけてはみたけれど、梅雨も間近の湿気を含んだ猫っ毛が指に絡むばかりで、真相は判明しない。
 あ、また。後ろから俺を追い抜いていった二人連れの女の子が、何か言いたげに俺を見ながら足早に去ってゆく。
 ちぇ、と小さく舌打ちしてみたのと同時に、何かを踏んで前につんのめる。見下ろすと、靴紐がほどけていた。
 ほどけたのが右なら××左なら○○ってジンクスがあったよな確か。などと思いながらしゃがんで結びなおしていたら、背中にどかっと衝撃がきた。
「ぐぁ……!」
 反動で地面にしたたか膝をぶつけてしまい、俺は思わず涙目になる。
「あ、すまん、ちょい勢い余った」
 まるですまなさそうでない口調で言いながら覗きこんできたのは、同じクラスの斉藤だ。
「おま…! 何すんだよ!!」
「や、だって、ほら…」
 斉藤が俺の背中に手をやる。何か剥がす気配がする。目の前に掲げられた紙切れを見て、俺は脱力した。
 笑われていた理由といきなり蹴り飛ばされた理由はこれか…
 誰だ、人が寝ている間に背中にこんなものを貼った奴は――

『踏めやゴラァ』

2916-620 伝わらない:2006/05/19(金) 19:15:27
いやいやいやいや、ありえないから。
絶対ないね。まじでない。
伝わってるわけねーじゃん。
だってほら、今だってすごい目で睨まれてるわけで。
はい、すいません。静かにしますよ。
俺なんかちょっとうるさいクラスメイトくらいの存在です。

いいのいいの伝わらなくても。
俺、今のままで充分天国。

大体、引っ込み思案な俺っちは、伝えられるようなことを何にもしてないからね。
精々できてるのは、授業中にじっっっっっと背中を見つめるとか、
プリント渡すときにそっと手を握るとか、
体育の授業のときにさりげなく身体をすり寄せてみるとか、
登下校のとき、10メートル後からついてってるとか、
あいつのバイトしてるコンビニの周りを、2〜3時間うろうろするのが日課とか、
そんな程度ですから。

「立派なストーカーだな」
ストーカーとは失礼な!
失礼なことをスルッと言っちゃうお友達ですね、君は。
ストーカーと言えば、あれだろ?無言電話。
俺は無言電話とかしたのは一回しかないんだからな!
だいたいあれだって、無言電話しようと思ったんじゃなく、
結果として無言になってしまっただけなんだからな。

隠し撮り?携帯の待受けになってるアレのこと?
またまた失礼な奴だな君は!
あれは隠れて撮ったわけじゃないから隠し撮りではないのだよ。
自分撮りをするふりをして、外側カメラを起動させてたってテクニックだ。
どうだ、まいったか、デスクトップの背景もあいつだ。


お、席を立ったぞ、帰るのかな。
んじゃ、今日も一緒に下校の時間♪(10メートル差で)

「おい!」

うわっ!びっくりした。なんで目の前にいるんだ!?
帰るんじゃないの?え?ってか、俺に言ってる!?
ヤベェ距離が近いよ!(俺10メートルに慣れすぎ)
どうしよう、どうしよう、ドキドキする。
俺きっと顔真っ赤だ〜。

んー?あれ?珍しいな、あいつの顔も真っ赤だ。

「お前な、言いたいことがあるならハッキリ言えよ。
 ハッキリ言わなきゃわかんないんだからな!」

はい、伝わるわけないと思ってました。

「絶対わかんないからな!」




えっと…

「好きです」

2926-629 さぁ俺を踏み越えていくが良い:2006/05/20(土) 00:22:12
どうしてこうなったのだろうと、考えるのはやめにした。
考え方の違いは出会った時からわかっていて、それでも互いに手を伸ばしあった、
その過去は決して変わらない。
七年も前に袂を分ったからといって、今、敵軍の将として遭い見えたからといって、
貪るように抱き合ったあの日の想いに嘘などない。
たとえ、互いに遠慮容赦ない戦いを繰り広げようとも。
たとえ、今この瞬間に、お前の剣が俺を切り裂こうとも。
わざわざ跪いて、倒れ伏した俺を哀しげに見つめなくたって、いいんだ。
一軍の将たるものが、そんな様でどうする。
「―――…に、してやがる…」
どうにも掠れる声を振り絞る。情けないほどに弱々しいが、こいつに聴こえればそれでお十分だ。
「さっさと、行け…!」
さぁ、俺を踏み越えて行くがいい。お前ならきっとどこまでだって行けるから。
俺の信念も忠誠も今の国を守りたいという願いも全て、お前の心には届いているだろう。
それこそ、七年前から、ずっと。
そんなお前だからこそ、辿り着ける未来もあるだろう。
「―――」
すぅっと息を吸う気配を感じて、目線を上げる。睨み付ける。
謝罪の言葉を紡ごうものなら、死んで後でも刃を取ると、そう瞳で突き放す。
踏み越えるとはそういうことだと、ほんの少しでも楽になることなど許されないのだと、
見開かれた懐かしい双眸がやがて細まり、そして最後に、まっすぐにこちらを射抜いた。
今この国に必要なものが何か、夜が明けるまで語り合った頃の、迷いのないそれを
思い出させる眼差し。記憶より重みが見て取れるのは、気のせいなんかじゃない。
―――…それでいい。
上がらない口の端の代わりに、瞼を伏せた。
立ち上がる気配がし、間もなく響き出した足音が、遠ざかり、おぼろげになり……消えた。


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