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尚六幾星霜

1名無しさん:2017/12/18(月) 19:25:09
9,10月に、書き逃げにいくつか投下した者です。
私も尚六の初夜話を書きたいなあと色々妄想した結果、ちょっと長くなりそうなので別スレ立てます。まだなんとなくの流れしか決まっていないんですが、とりあえず書き始めたので投下します。
最初はごく普通の主従関係で、互いにそういう意識もしていない状態です。

217書き手:2019/07/01(月) 00:17:15
快楽に溺れるのがまだ怖い六太と、早く溺れさせたい尚隆の攻防。
続編というほどでもない、ただのエロ話でした…

そもそも本編の最後で後宮に行かせたのは、
後宮に行かせておけば後日談エロ書きやすいんじゃないか!?
というものすごく不純な動機からですw
初夜書く前から後宮エロ妄想はだいぶ滾っておりました( ̄▽ ̄;)
私のやましい妄想にお付き合いくださり、ありがとうございましたw

218名無しさん:2019/07/02(火) 18:35:45
やきもち焼きな尚隆(・∀・)ニヤニヤ

219書き手:2019/08/18(日) 18:36:16
毎日更新が嬉しくて、ウキウキしながら覗きにきてます(^ ^)

そしてまたもや滾ってきたので後日談第二弾を書きました。
尚六がくっついて十年くらい経った頃、利広と六太が出会う話です。
「帰山」で、延王は台輔を残さないと利広が断言した理由についての妄想。

220「確信」1:2019/08/18(日) 18:39:24
その少年に目を引かれたのは何故だったのだろう。
人通りの多い夕刻の街で、すれ違いざま利広は彼に声を掛けていた。
呼び止められた少年は、足を止めて振り返る。髪に巻きつけられた布の端が落ちて、彼の白い顔にかかった。それを煩わしげに払う少年に、利広は笑いかけた。
「––––いい厩のある宿を知らないかい?」
意外なことを訊かれた、という表情で何度か瞬いてから、彼は答えた。
「……知ってるけど」
「それは良かった。どこにあるか、教えてもらえるかな」
「いいよ、案内する」
少年は迷う素振りもなく軽い調子で頷いた。
それは願ってもない申し出だったが、利広はひとまず遠慮してみる。
「わざわざ案内してもらうのは悪いなあ。道順を教えてもらえば大丈夫だと思うけど」
「いや、おれもそこに泊まってて、今から戻るとこだから。ついでだよ」
少年は笑って、あっちだよ、と先程向かっていた方向を指し示す。利広が騶虞の手綱を引きつつ体の向きを変える間に、少年は指差した方へ向かって歩き出した。
三歩ほど先を行く少年に追い付くべく利広は少し足を早める。すぐ脇に並ぶと、彼はこちらを見上げてきた。
「もっと人通りの少ない道が良ければ、もう一本向こうの通りでもいいんだけど。こっちで大丈夫か?」
「構わないよ。街を歩く人の顔とか、雑踏の雰囲気とか、見るのが好きだからね」
「へえ……」
どこか嬉しそうに、透き通った紫色の瞳を細めて少年は笑った。
こんなふうに純然たる紫色の瞳は、実はとても珍しい。大抵は他の色が混じっているものだ。
だが利広の身内には同じ色の瞳の者がいる。彼女は金色の髪を持つ、人ではない生き物だけれど。

「あのさ、なんでおれに訊いたんだ?」
「……なんで、って?」
「だって、いい厩のある宿知りたいなら、普通は大人に訊くだろ?おれそんなこと訊かれたの、初めてだから」
「ああ、そのことか」
舎館を探していたのは事実で、誰かに訊こうと思ってはいた。だが彼に声を掛けた瞬間は、実はそのことは頭から離れていたのだ。
目を引かれたから思わず声を掛けた、というのが本音だった。何故だか素通りできなかった。
「……きみが騶虞を見たときの反応、かな」
「反応?」
「そう、騶虞って希少な騎獣だからね。物珍しそうに見られたり、羨望の眼差しを向けられたり、ちょっと怖がられたり。大抵の人はそんな感じの反応なんだよ」
「あー、なるほど……」
「けれど、きみはそのどれでもなかった。だから騎獣に慣れているんじゃないかと思ってね。––––私の推測は間違ってたかな?」
「間違ってない。––––すごいな、すれ違う一瞬でそれを判断したのか」
「まあ、ね」
利広は人好きのする笑顔を作ってみせた。
嘘をつくのと本音を隠すのは全然別のことだ。今言った理由は口からでまかせというわけではなかった。この少年はきっと騶虞を扱ったことがある。それが彼の所有物であるかどうかはさておき。

221「確信」2:2019/08/18(日) 18:41:24
街の様子を眺めつつ当たり障りのない雑談をしながら暫く歩き、やがて大きな門のある舎館に到着した。
出迎えた厩番に、利広は笑顔で「世話をよろしく」と騎獣の手綱を差し出す。厩番の男は緊張の面持ちでそれを受け取ると「誠心誠意お世話させていただきます」と言って深々と礼をした。
厩舎へ戻りながら彼が同僚らしき男に「騶虞が二頭なんて初めてだ」と興奮気味に言っているのが小さく聞こえた。

少年と一緒に建物の中へ入り、宿泊の手続きを済ませた。利広は少年を振り返る。
「きみは、ここに一人で泊まってるのかい?」
少年は首を振った。
「連れがいる」
「部屋に?」
「いや、今は出掛けてるよ」
「そう。……そろそろ夕餉の時分だけど、きみは連れを待つのかい?」
「待たない。遅くなりそうだから先に食ってろって、言われてるし」
「では、良かったら夕餉を奢らせてもらえないかな。案内してもらったお礼に」
「お礼?––––いらないよ、そんなの」
両手を振って断ってから、彼は軽く首を傾けた。
「……けど、一緒に食うのは、いいかもな。ここの食堂、結構うまいんだ」
少年が笑って言うので、利広も笑って頷いた。
「荷物を部屋に置いてくるから、席を取っておいてくれるかな」

利広が二階の部屋に荷物を置いてから一階に戻ると、食堂の卓についた少年がこちらに向かって手を挙げた。利広は彼の対面の、湯呑みが置かれた席に着く。
この食堂で何度か食べたという少年に、料理の選定は任せることにした。利広は湯呑みを両手で包んで、品書きを見ながら手際よく店員に注文する少年の横顔をじっと観察する。
––––間違いない。
彼の紫色の瞳を縁取る長い睫毛は、明るい金色だった。見た目の年齢は十三かそこら。その条件に合う麒は、今現在一人だけだ。
––––延麒。
ということは、連れはおそらくあの男だろう。
「……腐れ縁ってやつかなあ」
苦笑と共に、利広は呟いた。殆ど声を出さない独白のつもりだったが、料理の注文を終えた少年がこちらを見て首を傾げる。
「何か言ったか?」
「ん?……いや、何も」
店員が立ち去ってから、利広は卓に肘をついて少し身を乗り出すようにする。
「きみも騎獣で旅をしているんだろう?ひょっとして、騶虞かい?」
少年は若干身を引いて、怪訝そうな目で利広を見返した。
「……うん」
「さっき私の騎獣を預けた時に厩番がね、騶虞が二頭なんて初めてだ、って言ってたから」
「ああ……そうだったんだ」
納得したように頷いて、彼は笑った。
「けど、厩には今いないよ」
「連れが、乗っていった?」
「そう」
「きみの騶虞?」
「まさか」
「てことは、きみの連れの騎獣なんだね」
「うん」
「へぇ……なるほどね」
利広は頬杖をついて微笑みながら、ふとした悪戯心が芽生えてくる。
こちらの正体に果たして彼は気づくだろうか。少年の連れは、どこまでを彼に話しているのだろう。
「……騶虞の名前、当ててみようか」
やや声を低めて利広が言うと、少年はきょとんとした顔で瞬いた。
「騶虞の、名前?」
「そう、名前。––––別に当たったからって、何かくれとは言わないけどね」
「……当たらないと思うけど。かなり珍しい名前だから」
「そうかな?」
利広は笑って、考え込むふりをした。少年は興味深げにこちらを窺っている。
「––––たま」
利広が呟くと、少年は目を見開いた。
しかし次の瞬間には表情が引き締まる。警戒心も露わな眼差しで、彼はまっすぐ利広を見据えた。
「……あんた、誰」

222「確信」3:2019/08/18(日) 18:43:49
利広は苦笑して、両方の掌を広げて軽く上げてみせた。敵意はない、という意思表示だ。
「当たったのかな?……それじゃあ、私の勘は正しかったということだね」
「勘じゃないだろ、騶虞の名前を当てたのは。なんで知ってる?」
「違うよ。勘っていうのはね、きみの連れのことだよ」
「連れ?」
「風漢だろう」
少年は再び目を見開いて、一拍おいてから声を低めた。
「……あんたの名前は?」
「利広という」
「……利広」
呟いて、彼は記憶を探るように軽く眉根を寄せたが、ほんの数瞬でそれは解けた。
「利広か」
少年はふと悪戯めいた笑みを浮かべる。
「––––利広がどこから来たか、当ててみようか」
「分かるかなあ、ちょっと遠いところだよ」
「奏」
「正解」
吹き出すように、二人は笑い出した。
笑っているところへ店員が両手に皿を掲げてやって来た。他に注文はないかと店員に問われたので、
「酒は飲めるかい?一杯だけでもいいから、付き合ってくれる?」
「いいよ」
少年の同意を得て、利広は酒を注文した。
店員が立ち去ってから、少年は卓に両肘をついて少し身を乗り出した。
「おれの名前は知ってるか?」
「……六太?」
「正解」
明るい声で言いながら、六太は笑った。

それから美味い料理を肴に二人で酒を飲んだ。一杯だけと言ったのはすぐに忘れ、話は弾み、酒も進む。
利広はかなり飲んだが酔いはさほどではない。六太のほうは、利広と比べると酒量はずっと少なかったものの、ほんのり頰を上気させてほろ酔いの様子だった。
「風漢と初めて会ったのはどこだったかなあ。もう遥か昔過ぎて、よく覚えてないんだ」
「それじゃあ前回会ったのは?」
「多分……五十年くらい前かな。確か、慶だったと思う」
「へえ」
「聞いてないのかい?」
「聞いてない。––––あいつさあ、勝手にふらふら出て行ってさ、どこで何してたかなんて、殆ど話してくれねぇんだよ」
「冷たいんだね」
「まあでも、近頃は……昔よりは話してくれるようになったかな」
「へえ、それはどういう心境の変化だろうね」
何気なく発したその言葉に、はたと六太は顔を上げ、まじまじと利広の顔を見た。それからふと柔らかく笑んで、小さく呟いた。
「ああ……そうか。心境の変化かぁ……」
「……何か思い当たることでも?」
「え?……いや、別に何も……」
口ごもるように言って、六太は視線を逸らした。
別に何もってことはないだろう、と思ったが、利広はただ微笑んで何も言わずにいた。
「……利広だってさ、出掛ける時ちゃんと家族に了承得てないだろ」
「得てないね」
「やっぱりなー。旅の途中に連絡もしないんだろ」
「しないね、基本的に」
「心配されてんじゃねえの?」
「みんな諦めてるよ、もう」
「諦めて黙認するのと心配するのは、相反することじゃないだろ」
「……そうかもね」
利広は軽く顔を傾けて、六太の瞳を覗き込む。
「六太は心配なんだね」
誰のことが、とは言わなかったが、彼にはもちろん通じただろう。
「でも諦めて、黙認してるんだ」
「……心配は、あんまりしてないよ。あいつはそんなに柔じゃないし。……ま、諦めてはいるかもな。あいつは一箇所にじっとしていられない、そういう性分なんだろうから」
「寂しい?」
六太は少し考えるように小首を傾げる。
「……寂しかったことも、あったな」
「今は?」
「そうでもない」
屈託のない笑顔で言うので、きっと本音なのだろう、と利広は思った。

223「確信」4:2019/08/18(日) 18:45:57
ふと六太が顔を上げ、食堂の入り口の方向を見やった。
ちらりと利広もそちらを見たが、特に何かあるわけでもない。しかし、きっとあの男の気配が近くにあるのを六太は感じたのだ、と利広には分かった。
利広の身内である金髪の女性も、時折そういう仕草を見せるので。

六太は視線を利広に戻す。
「さっき言ったこと、風漢には黙っててくれよ」
「……きみが諦めてるとか、寂しかったとか、そう言ってたこと?」
「うん、そう」
「分かった。内緒にしておくよ」
笑って頷いてみせると、六太も頰を緩めた。
「頼むな」
それから利広は少しだけ真剣な表情を作り、六太の瞳を直視した。
「ひとつ、訊いていいかな」
「……なに?」
「––––きみは今、幸せ?」
穏やかな声で問うてみると、六太は何度か瞬いてから僅かに目を逸らす。利広がじっと見つめながら返答を待っていると、彼はやがて視線を戻し、微かに笑って頷いた。
「……うん」
残念ながら、はにかんだような微笑みは一瞬で消えてしまい、六太は身を乗り出して小声で言う。
「これもあいつには内緒な」
「分かってるよ」
慌てたように言うのが可笑しくて、利広はくすくすと小さな笑い声を立てた。
六太は再び顔を上げると、先程見ていた入り口の方向へ軽く手を挙げた。

利広が振り向くと、こちらへまっすぐ歩み寄ってくる風漢がいた。彼は無言のまま卓まで来ると、六太の隣の椅子にどかっと座る。
こちらに無愛想な視線を寄越してきたので、少し驚いた。利広の記憶では、風漢はいつでも意味もなく笑っているような男だったのだが。
「久しいね、風漢」
「やはりお前か、利広」
「やはり、って?」
「騶虞が二頭だと厩番が騒いでいたからな。まさかと思ったが」
「ああ、そういうことか」
利広は笑って、六太にちらりと視線を送る。
「いい厩のある宿を知らないかって六太に訊いたら、ここに案内してくれたんだよ」
風漢は軽く眉を上げてから、隣に座る少年を見やる。六太は頷いて、利広の言を肯定した。
「街ですれ違いざまに声を掛けられたんだ。なんかおれが騎獣に慣れてそうだって、一瞬で見抜いたらしくてさ。––––ここの厩、結構ちゃんとしてるからいいだろうと思って案内したんだ。そんで一緒に夕餉食うことになって……。風漢のこと知ってるっていうし、びっくりしたよ。こういう偶然もあるんだな」
六太は笑顔で説明するが、それを聞いている風漢はどこか不機嫌そうだった。
「事情は分かった。––––六太、もう遅いからお前は部屋に戻っていろ」
「え」
六太は戸惑ったように風漢を見て、次いで利広をちらりと見やり、また風漢に視線を戻す。少しだけ首を傾げたが、結局は素直に頷いた。
「……うん、分かった。––––利広と会うの久しぶりなんだろ?積もる話もあるだろうし、二人でゆっくり飲むといいよ。おれ、先に寝てるから」
ああ、と風漢が頷くと、六太は立ち上がった。
「じゃあな、利広。色々話せて楽しかった」
笑顔で軽く手を振って、六太は踵を返して歩み去っていった。

224「確信」5:2019/08/18(日) 18:48:11
「––––風漢、夕餉は?何か注文するかい?」
「いや、夕餉は済ませた」
「酒は?」
「いらん」
「……不機嫌そうだね。何かあった?」
「何もないが」
風漢の口調はひどく素っ気ない。
卓上に六太が残していった杯には、まだ半分ほど酒が入っていた。風漢はそれを手に取ると、一気に煽った。空になった酒杯を音を立てて卓に置きながら、彼は低い声を出す。
「利広、お前」
何やら物騒なことを言い出しそうな声音に聞こえ、利広はほんの少し身構える。
「––––何故六太に声を掛けた」
あまりにも意外な質問に、利広は暫くの間まじまじと風漢の顔を見つめてしまった。
「……さっき六太も言ってたろう。騎獣に慣れてそうだったから、いい宿を知らないか訊いただけだよ」
「建前を聞きたいのではない」
「……へえ、建前だって分かるんだ」
茶化すように言ったが、風漢は無言で無表情のままだった。参ったな、と利広は内心で苦笑する。
「何故だろうね。私にも理由は分からないんだけど、なんとなく目を引かれて、思わず呼び止めた。……なんだか素通りできなかったんだ」
あっさり本音を言ってみると、風漢は唇の端を僅かに吊り上げた。一応それは微笑の形ではあるが、笑っている雰囲気は感じられない。
「……ほう」
風漢の声はものすごく冷淡だったが、気づかぬふりで利広は続ける。
「全くの無意識だったけど、直感したのかもしれないな。彼が風漢の––––連れだってね」
半身、という言葉を使うか一瞬だけ迷い、やはりそれはやめておいた。
「なるほどな……」
その言葉とは裏腹に、風漢は全く納得してないように見えた。
利広は少し面白くなってきて、六太の話題を敢えて続ける。
「いい子だね、彼。風漢から紹介してもらいたかったなあ」
「いい子か?あの餓鬼が」
「優しいし、話も面白いし。一緒に飲んでて楽しかったな」
「……ほう。随分と話が弾んでいたようだが、何を話していたんだ」
「色々話したよ。この街の雰囲気とか、今年の穀物の豊作具合とか、民の様子とかね。……最後は、惚気だったかなあ」
「惚気?……なんだそれは」
「詳しいことは言えないよ、約束したからね。本人に訊けばいいだろう?」
「約束だと?」
「そう、約束。––––どんな約束かなんて、もちろん私からは言わないけどね」
口調はあくまでも明るく、だが挑発するように利広はにっこり笑ってみせた。
風漢の目付きは今まで見たこともないほど冷たい。暫く無言で利広を見据えてから、彼は低く呟いた。
「……まあ、いい」
言いながら風漢は椅子から立ち上がる。
「部屋に戻るのかい?」
「ああ。––––だがここの勘定は俺が持つ。何でも注文して構わんぞ」
「そんな義理ないだろう?」
「いや、六太が世話になった礼だ。思う存分飲むがいい」
むしろ世話になったのは私のほうだ、と利広は思ったが、口に出すのはやめておく。きっとそういう理屈の問題ではないのだ。
「風漢」
立ち去ろうとする男に利広は呼びかける。彼は肩越しに振り向いた。
「次に会った時もまた飲もうって、六太に伝えてくれるかな」
「……餓鬼に酒を飲ませる気か?」
「見た目はともかく、六太はもう大人だろう?……で、伝えてくれるのかい?」
「断る」
「どうして?」
「伝える義理などないからな」
「……私もね、建前が聞きたいわけじゃないんだよ、風漢」
本音を言えばいいだろう、と心の中だけで利広は続ける。暫くの間、風漢は黙って利広を見据えていたが、ふと苦笑を漏らした。
「……意味が分からんな」
呟くように言ってから風漢は軽く片手を振ると、踵を返して去って行った。

225「確信」6:2019/08/18(日) 18:50:33
風漢の後ろ姿が見えなくなってから、利広は盛大に溜息をついて椅子の背に凭れた。
「なんだか酔いが醒めちゃったなぁ……」
俺の麒麟に気安くするな、と率直に言われたらどう返そうかと考えていたのだが、さすがにそこまで言う気はなかったらしい。だが不用意なことを言えば斬られそうな、どこか剣呑な雰囲気を漂わせていたのは確かだった。

それにしても、五十年程前に会った時と今回で、風漢の印象がすっかり変わってしまった。それは六太が一緒にいたせいかもしれないし、この五十年の間に何らかの心境の変化があったからかもしれない。
いずれにせよ自分の中での風漢の評価を大幅に修正する必要がありそうだ。飄々として気まぐれな男だと思っていたから、彼ならあっさり禅譲を選ぶこともあり得ると思っていたのだが。
「……ないだろうな、あの感じだと」
溜息をつきながら、利広は呟いた。

幸せか、という利広の問いに、微笑んで頷いた六太の様子を思い出す。
雁の治世は三百年を数年過ぎたところだが、懸念していた王朝最大の山はどうやら既に越えたらしい、とあの笑顔を見て利広は確信した。
しかし風漢の予想外の態度を目にして、今度は別の懸念を覚える。
麒麟が笑って幸せだと言うのなら、きっと悪いことではないし、雁の王朝は当分安泰だろう。だが斃れる時は、おそらく悲惨なことになる。これも確信といってよかった。
「ずっと先のことだといいんだけどね……」
利広は腕を組んで暫く物思いに耽っていたが、ひとつ息をついて気を取り直すと、手を挙げて店員を呼んだ。
「一番良い酒をひとつ、お願いできるかな」
にっこり笑って注文すると、店員は明るく承諾の返事をして、厨房へと踵を返していく。それを頬杖ついて見送りながら、利広は心中で独りごちた。
––––風漢に驚かされたせいで酔いが醒めてしまったのだから、彼の奢りで高い酒を飲んでも、ばちは当たらないだろう……。

226「確信」7:2019/08/18(日) 18:52:36
尚隆が部屋に戻ると、榻に寝転んでいた六太が肘をついて上半身を起こし、意外そうな眼差しを向けてきた。
「……早かったな。利広と飲むんじゃなかったのか」
「飲むとは言っとらんだろう」
「そうだっけ?……まあ、いいけど」
尚隆は無言で上衣を脱ぎ、腰に帯びていた刀を外して床に放り投げてから榻に座る。隣に寝そべる軽い身体を両手で持ち上げて、自分の膝の上に跨らせた。
六太は驚いた表情をしたものの、特段の抵抗を示さずにおとなしく座った。正面から目を合わせ、六太は小首を傾げる。
「……何かあったか?」
「……」
尚隆は沈黙したまま金髪を撫でる。髪を弄んでから両手を滑らせて頰を挟み、柔らかな感触を確かめる。
「あ、分かった。利広と喧嘩したんだろ?それで飲めなくなって拗ねてんだ」
冗談めかした六太の推測に対して、尚隆は深く溜息をついた。
「……見当違いも甚だしいな」
頰を挟んだ両手をしっかりと固定して、六太の瞳を覗き込む。努めて平静な口調で尚隆は問うた。
「––––約束とはなんだ」
「約束、って……誰と誰の?」
「お前と、利広のだ」
六太は思い当たることがない、という風情で眉をひそめたが、すぐにはっとした表情になった。
「あー……あれは別に、約束ってほどのもんでもねえよ。えーと……まあ、ちょっとした頼み事」
「頼み事だと?」
「いや、そんな、たいしたことじゃないって」
どこか気まずそうに、六太は視線を彷徨わせる。
「たいしたことじゃないなら、言ってみろ」
「え、それは……」
「俺に言えないことか」
「言えないっていうか……」
六太は顔を背けようとするが、尚隆は両手を動かさない。
「六太」
低い声で名を呼ぶと、六太は観念したように目を伏せて、小さく息を吐いた。
「……お前には内緒にしといてくれって、頼んだんだよ」
「内緒?––––何をだ」
抑えようのない苛立ちが、声音に滲んだ。
六太は居心地悪そうに身を捩り、視線を彷徨わせる。
「それは、えーと……利広に、いま幸せかって訊かれたからさ……。うんって答えたんだけど、それが利広から尚隆に伝わるのがなんか嫌だったから、風漢には内緒なって頼んだ。それだけ」
六太の説明は途中から早口になる。頰を僅かに赤らめて、言い訳のように続けた。
「利広は明らかにおれの正体に気づいてたし、麒麟に幸せかどうか訊くことで、雁の民意を推し量ろうとしたんじゃねえのかな。だから、うんって答えといた」
早口の言い訳が終わると、六太は気恥ずかしげに再び目を伏せた。
その仕草が堪らなく可愛らしく見えて、尚隆の頰は自然と緩む。それと同時に先程までの苛立ちは瞬く間に消えていった。
「……だから惚気か」
「え、惚気?」
尚隆は六太の頰から手を離し、くしゃっと頭を撫でてから細い腰に両腕を回した。
「六太と何を話したのか利広に訊いたら、惚気だと言っていたからな。どういうことかと思ったが」
「えぇ……。そんなこと言ったのかよ、利広……」
ほんの僅か顔をしかめて、六太は軽く溜息をついた。

227「確信」8/E:2019/08/18(日) 18:54:59
「なんか利広ってさあ、ぱっと見の印象では人が良さそうだし、まあ話も面白いんだけど、肚の底では何考えてるか分かんない感じなんだよなぁ」
「同感だな。あいつは相当根性が悪いぞ」
「尚隆と同じくらい?」
「おそらくな」
言って尚隆が笑うと、六太もくすくすと笑い声をたてる。
「––––だから六太、気をつけろよ。初対面の男に簡単について行くな」
「ついて行ったわけじゃないって。むしろ逆だろ?利広がおれについて来たんだから」
「たいして変わらん。しかも二人で酒まで飲むとは、警戒心が薄すぎるだろう」
「最初から酒飲む気だったわけじゃないよ。利広がお前のこと知ってるって言うし、奏の太子だって分かったから。––––お前、昔話してくれたじゃん、出奔先で奏の太子に会ったって。利広に初めて会った時にさ」
「そうだったか?」
「そうだよ。ずっと昔のことだけど、一度だけ話してくれた。……それから何度も会ってるってのは、初耳だったけどさ」
どこか拗ねたように、六太は言う。
出奔先で誰と会ったとか何をしたとか、そういうことは以前は六太に殆ど話さなかった。利広に前回会った五十年程前にも、話した覚えはない。そもそも奏の太子に会ったという話は、六太以外の誰にもしていないはずだ。
「前回会ったのが五十年も前のことだ。六太とて、俺に何でも話していたわけではなかろう?」
「……そうだったかな」
六太はくすりと笑って、尚隆の首の後ろに両腕を絡める。下から覗き込むように少し顔を近づけて、軽く首を傾げた。
「今夜は酒飲まねえの?」
「少し飲んできた」
「今から二人で飲み直すか?」
「いや……、酒はいらん」
言い終わるのとほぼ同時に唇を合わせた。六太の柔らかい唇を軽く甘噛みするようにしてから、少しだけ離れる。
「……いま欲しいのはこっちだ」
至近距離から囁くと、はにかんだように六太は笑う。濡れた唇が形のよい弧を描いた。
「––––俺の麒麟はいま幸せだと言うが、何故かそれを主に知られるのは嫌らしい」
「え……」
「閨でじっくり聞き出してやろう」
笑い含みに言って、六太を抱えたまま尚隆は立ち上がった。牀榻へ向かう尚隆の耳元で、六太の不貞腐れたような声が囁く。
「もう……。お前がそういうやつだから、内緒にしといて欲しかったのに……」
尚隆は小さく吹き出した。笑いながら、こういう素直でないところも六太の可愛気だな、と改めて思う。

牀榻に入り抱えていた身体を寝台にそっと降ろしながら、ふと先程の利広との会話が脳裏を掠める。
あのやり取りで、六太に対する尚隆の執着心に利広は気づいただろう。それを雁の行く末と関連付けて、憂慮や不安を覚えたかもしれない。
だがそんなのは尚隆の知ったことではない。勝手に思い悩むがいい、と尚隆は内心嘯いて、利広のことは頭の中から消去する。
「……尚隆?」
名を呼ぶ声と同時に、六太の指先が尚隆の頰に触れた。褥から見上げてくる紫の瞳と視線を合わせ、尚隆は微笑する。
そのまま覆い被さって唇を重ね、舌を差し入れて、柔らかく甘い感触を思うさま貪る。応じる舌がねだるように動いて、細い腕が尚隆の頭を掻き抱く。理性は瞬時に遠のいて、尚隆は本能の赴くままに己の麒麟に耽溺していった。



228書き手:2019/08/18(日) 18:57:35
利広と六太、尚隆それぞれの会話を書くのが楽しかったです( ^ω^ )
そして相変わらず尚隆が心狭い感じになってしまいましたw
まあいつも通り最終的には尚六ラブラブなんですがね…

カプ妄想なしに帰山読むとそれぞれの王朝の終わりを考えてちょっと凹むんですが、
尚六フィルターかけて読むと萌え要素が多すぎてものすごく滾ります。

229名無しさん:2019/08/18(日) 19:38:58
乙でした、まさか続きが読めるとは!
心の狭い尚隆、何となく書き逃げの囚われた獣を連想しちゃったり
平常では心が狭いで済むけど、失道すると病的な執着に…

230名無しさん:2019/08/18(日) 23:13:03
続ききてた、乙です。
尚隆のやきもち美味しいし、ラストの大人っぽい甘さがめちゃくちゃ萌えます・・・!


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