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尚六幾星霜

150「幾星霜を経て」6:2019/03/02(土) 23:25:14
「台輔?––––どうなさったのです」
侍官が怪訝そうに声をかけてきた。ここは宰輔の執務室であり、六太は一応仕事中だった。だが宰輔の仕事など、この際どうでもいい。
「ちょっと出掛けてくる」
振り返ってそれだけ言うと、侍官の制止する声を無視して六太は房室から飛び出した。回廊を走り抜け、禁門へ続く階段を駆け上がる。人の姿では足が遅くてもどかしい。
「沃飛、服を頼む」
言ってから六太は一瞬目を閉じる。身体がふわりと軽くなるのと同時に目を開き、四肢で石段を蹴って飛翔した。落ちた衣服を沃飛が抱えて影に戻るのを待ち、麒麟は全力で駆け出した。
宙を駆ける神獣を目にした官たちが口々に何かを言っている。だがその内容は六太の耳には一切入らなかった。
禁門を駆け抜けて、六太は秋の空を疾走する。関弓山は瞬く間に遠ざかる。王気は北の方角、柳国との国境付近にいるのだろうか。麒麟の脚なら半日もかからず着くはずだ。


その街に到着したのは日没から間もない頃だった。さすがに麒麟の姿を民に見られるわけにいかないので、街の外で転化してから悧角に乗って隔壁を越えた。
本能に従って王の気配を追い、六太は街路を走った。やがて一軒の舎館に辿り着き、六太はためらうことなく門をくぐり建物の中へ入って行く。一階の食堂を足早に抜けて、奥の階段へ向かった。
階段の下まで行き着くと、そこにいた宿の従業員らしき男に声を掛けられた。
「ひとりで泊まる気かい、坊ちゃん」
上階に行けるのは部屋を取っている客だけだから、引き止められるのは当然だ。
「上に連れがいるはずなんだけど」
「連れって誰だ?」
「風漢っていう、背の高いやつ。二階の部屋だろ?」
「ああ……」
ちらりと階段の上を見やってから、その男は視線を六太に戻した。
「それなら二階の一番奥の部屋だが……」
逡巡する素振りで言い淀んでから、彼は声を低めた。
「……風漢の旦那、どうやら怪我をしているようだが、何があったんだ?騎獣も血に汚れていたし」
六太は全身から血の気が引くような感覚がした。騎獣に付いていた血は、果たして尚隆のものだろうか。
咄嗟に何も返せずにいると、男は困ったような顔で話を続けた。
「騎獣を厩に預けて、洗っておいてくれ、とだけ言って部屋に入って、それきりだ。怪我をしているんだろう、瘍医を呼ぼうか、と訊いてみたんだが、必要ないと断られてしまった」
「……怪我したってことは聞いたけど、事情はおれも知らない。––––でもあいつ結構頑丈だから。大丈夫だよ、多分」
「そうかい?」
「どこ怪我してた?」
「左腕だ。袖に隠れてたから傷口は見てないんだが。まあ平然とした顔で普通に歩いていたから、大怪我ではないのかもしれん」
「分かった。––––ありがとう」
言って六太が彼の脇を抜けて階段を上ろうとすると、心配そうに顔を覗き込まれた。
「随分顔色が悪いけど、お前さんは大丈夫かい?」
「……大丈夫。おれも結構頑丈だから」
笑ってみせてから、六太は二階へと向かった。


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