したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

尚六幾星霜

147「幾星霜を経て」4:2019/02/14(木) 20:44:18
「お前達は怪我人を助けろ!」
また一頭の妖魔にとどめを刺しながら、こちらを振り向きもせず、男は良く通る明瞭な声で指示を出した。
弾かれたように兵士達は動き出す。街路のあちこちにうずくまっている怪我人を助け、門の方へ連れて行く。自力で走れる者たちは次々に門へ駆け込んだ。何人かの怪我人を雁国側まで避難させてから兵士が振り向いた時、柳国側の街路で動いているものは、妖魔と騶虞と鞍上の男だけだった。
妖魔には、果たして仲間意識というものがあるのだろうか。仲間を何頭も斬り殺した男に、妖魔たちの敵意は集中しているようだった。凶悪な鳴き声を上げながら、妖魔たちはただひとつの標的に向かって鋭い爪を光らせ牙を剥き、次々と襲いかかっていく。
その攻撃を躱しながら、男が騶虞の鞍上から地に左手を伸ばして何かを引き上げ、それと入れ替わるように自分は地面に降り立った。戦いを見守っていた兵士は息を飲む。
自殺行為だ、妖魔との戦闘の最中に騎獣から降りるなんて。
行け、と男が言うと騶虞はこちらへ向かって飛んで来る。背に乗せているのはどうやら怪我人だ。門の近くに降り立った騶虞の背から急いでその怪我人を降ろし兵士が顔を上げると、街路に立つ男がこちらを振り向いた。
「門を閉めろ」
彼の言葉に、兵士は耳を疑った。
確かに門を閉めればこちら側は安全になるだろう。隔壁を飛び越えてまで雁国側へ来る妖魔はほぼいないからだ。空位の国と安定した国にはそれほど歴然とした違いがある。––––しかし、柳国側に妖魔と共に残される男はどうなる。
お前も逃げろ、と兵士は言い返そうとしたが、その前に男の声が再び鼓膜を打った。
「早く閉めろ!」
怒鳴るわけではなかったが、有無を言わさぬような命令だった。半分だけ開いていた門から騶虞が飛び出して行くのと同時に、門卒が門扉を閉め始める。
扉が閉まり切る直前の僅かな隙間に駆け寄り、そこから兵士は男の姿に目を凝らす。彼は再び妖魔に向き直り、剣を持つ右手を下げて無造作に左腕を上げた。まるで、この腕を食ってみろ、と挑発しているかのように。

重い音を響かせて、門扉が完全に閉ざされる。断末魔の咆哮が遠くから微かに聞こえた。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板