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尚六幾星霜

118「二つの道」30:2018/09/12(水) 19:27:35
尚隆はひとつ溜息をつきながら、空になった酒杯を置いて手摺の上に右手を載せた。その硬くて少し冷たい感触の上に掌を滑らせる。手摺に腰掛ける少年の姿が、尚隆の脳裏に鮮やかに浮かんだ。
この露台で時折六太と共に酒を飲んだ。最初は卓に付いて飲んでいても、六太はそのうち酒杯を片手に立ち上がり、手摺にひょいと腰掛けてしまう。毎回そうだった。潮風に煽られた金髪を煩わしげに払い除けながら街の灯りを見下ろしたり、足を揺らして欄干を蹴りながら月や星を見上げたり。酔って身体がふらふらしていることも多く、はたから見ると危なっかしい。落ちるなよ、と尚隆はいつも笑って声をかけた。実際に転落などしないことはもちろん承知していたが。
共に生きてきた長い年月の中で、二人きりのささやかな酒宴はいったい何度あったろうか。思い出せるはずもなく、数え切れる回数でもないはずだ。しかしその回数が今後増えることはないだろう。

右手を手摺から離し、その掌に視線を落とした。六太の金髪のしなやかな手触りと、麒麟の鬣の柔らかい感触と。どちらもこの手に残っている。

先日六太が転変して散歩していたのには驚いたが、むしろそのほうが気が楽だと思った。ずっと獣の姿のままでいればいい。そうすれば、六太は人ならざる生き物であり、天のものであると、己の感情を納得させられるような気がした。
たまを撫でる時と同じような気分で麒麟の頭を撫でたが、六太はどう感じたのだろうか。獣と人では撫でられた時の感覚が違うと言っていたから、嫌ではなかっただろうと思うが、本人に訊くつもりは全くなかった。
もちろん人型の六太が、尚隆に触れられることを本気で嫌がると思っているわけではない。
この手を伸ばしたら六太は拒みはしないだろう。それどころか尚隆が本気で求めれば、たとえ六太の本意ではなくとも、全てを捧げてくれるだろう、とすら思っている。だがそれは言うまでもなく、尚隆が王であり六太が麒麟だからだ。王への思慕か、それとも慈悲か。いずれにせよ天に与えられた麒麟の本能に過ぎない。
玉座を背負う者に天より贈られる麒麟という生き物は、王が手を伸ばせば届く絶妙な位置にぶら下げられた甘美な餌のように思える。
ひとたび喰らいつけば離れることはかなわず、王の責務を蔑ろにして耽溺すれば、忽ちそれは毒餌となる。そして最終的には王は麒麟に見放される。お前はもう王として役に立たぬ、と断罪される。その時になれば、王への思慕など儚い幻のように雲散霧消してしまうだろう。

尚隆は目を瞑って右手を握った。爪が食い込むほど強く。この手に残る感触を、早く忘れてしまいたかった。


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