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尚六SS「永遠の行方」その2

46名無しさん:2019/05/15(水) 22:39:29
鶏ろくたんカワエエ!ついに言いきった!

47永遠の行方「終(33)」:2019/05/16(木) 21:37:42
「ごめんなさい。私の勘違いだったのね。変なことを言って申し訳なかった
わ。言い訳になるけど、うちのお客に仙のかたも時々いらっしゃるけど、こ
んなに幼い外見のかたは初めてだったから」
「本当にねえ、この妓(こ)ったら、とんでもない言いがかりを。だからあた
しは言ったんですよ、いつもお節介を焼いて――」
 女将もぶつぶつと文句を言いながら、深く頭を下げた。
「かまわん。何であれ、こいつを心配してくれたのだろう? それにこいつ
の外見では、事情を知らぬなら当然誤解されるだろうからな」
 とはいえ妓女は相変わらず何とも言い難い表情だ。うっかり伴侶連れの客
に声をかけてしまった失態もあるだろうし、男娼という存在は知っているの
だから、普通に男同士で恋人関係になることもありうるとわかったのだろう
が、何と言っても六太の見かけは子供なのだ。尚隆の性的嗜好についても思
い巡らせているに違いない。
「六太くん、これも食べる?」
「ううん、いいよ。それ、姐ちゃんのだろ。姐ちゃんが食べなよ」
 妓女と六太のそんなほほえましいやりとりを、茶を飲みながらしばし見
守っていた尚隆は、ほどなく六太がしっかり白玉を完食したのを見て、「そ
れでは行くか」と立ち上がった。
「これからこいつとふたりで、しばらく他の街に物見遊山に行く予定でな」
 そう言いながら卓の上に四人ぶんの小銭を置く。妓女がそれを押しやって
返そうとしたところで笑って首を振り、ふたたび六太の手を取って店を出た。
六太は素直に手を引かれつつ、半身をひねって妓女らに小さく手を振った。
(ふむ。落ち着いたな。どうなることかと思ったが、結果的にこれで良かっ
たのかもしれん)
 六太が具体的にどのように話したのかはわからないが、初対面の相手に自
分の口から尚隆との関係を説明したことで気持ちの整理がついたのか、先ほ
どの動揺から完全に脱したようだ。尚隆はあえて顔をしかめて見せ、「別に
浮気をしたわけではないぞ?」と念を押した。
「あの女がいる妓楼に行ったのは三度か四度程度だし、それもおまえとこう
なる前だからな。ただ、一度か二度、馬鹿騒ぎをしたことがあるので、それ
で覚えられていたのだろう。そもそも売れっ子の妓女というものは、人の顔
と名を覚えるのも得意だからな」
「ふーん。そう?」六太のほうも、ふてぶてしく口を尖らせてみせる。
「そうだ。今はおまえ一筋なのはわかっておろう」
「ふーん。そうなんだ」
「そうだ」
 六太の手をぎゅっと握りこんだまま、歩きながら勢いよくその腕を振る。
勢いに負けた六太が「わ」と声を上げてよろめきかけ、踏ん張って体勢を戻
してから負けじと自分も大きく腕を振った。

48名無しさん:2019/05/17(金) 02:11:54
尚隆可愛いw出来立てカップルのような尚六ありがとうございますww

49永遠の行方「終(34)」:2019/05/19(日) 01:06:06

 それでも二十日の旅の間、六太はしばしば不安定になったが、少しずつ落
ち着いていった。
 尚隆は六太にいろいろな話をした。この五百年、これほど突っ込んだ内容
を話したことはなかった。別に六太を軽んじていたとかそういうわけではな
いが、麒麟に対してするべきではない――しても六太には理解できないと判
断してあえて話さなかった話題も今回は避けなかった。
「世の中には絶対の正義も絶対の悪も存在しないのだ。同様に政において、
最適解というものは存在しない。常に『どれが一番ましか』という選択の連
続にすぎぬ」
 尚隆は、だからこそ割り切ることが大切だと告げた。でなければやってい
けないと。絶え間なく時が流れ、世相が刻々と変化していく中で、政を司る
者が迷って足踏みすることは許されない。
 逐一具体例を挙げて丁寧に説明する尚隆の話を、六太は案に反して頭から
否定することなく、一生懸命聞いていた。慈悲の本性を持つ麒麟の心情から
すれば、王の論理など受け入れられないことも多いだろうに。尚隆のほうも、
思えばこれほど丁寧に自分の考えを誰かに説明するのは初めてだな、とあら
ためて考えた。なんだかんだ言っても、彼もこれまで六太にわかってもらう
ための労力を割いてこなかったということだ。
「つらい選択をしなければならないことは多々ある。命を天秤にかけねばな
らぬこともな。たとえば疫病がはやったとする。薬も時間も足りず、すべて
の民を助けることはできぬ。だがそこで逡巡していたずらに時間を浪費すれ
ば全員が死ぬ。それでは結果的に全員を見捨てる選択をしたのと同じことだ。
その結末を招かぬためには、たとえ非道だとなじられようが、救う者を、あ
るいは見捨てる者を選ばねばならん。何をやっても、あるいはやらずとも後
悔し非難されるなら、ひとりでも多く救えるほうがましだ」
 だから麒麟に政は任せられない。誰も見捨てられない彼らは、助ける命を
選別できないからだ。だがそれでは結局、全員を見捨てる選択をしたのに等
しい。
 そもそも、当人にとっても非情な決断を下さざるを得ないことはいくらで
もある。それはたとえ民が全て麒麟のように他者を思いやる者ばかりであっ
ても同じことだ。

50永遠の行方「終(35)」:2019/05/19(日) 01:25:48
 たとえば山奥に山菜を取りにいった母の面前で、連れていた三人のわが子
のうちふたりが足を滑らせて川の急流に落ちたとする。とっさにどちらかを
救わなければ、両方とも死んでしまうというとき、決断できなければひとり
も救えないが、どちらかに手をさしのべれば片方は助かるかも知れない。し
かし結局は助けられず、母親自身も溺れるかも知れない。そして彼女が死ね
ば、ひとり川岸に残された子は山を下りられずのたれ死ぬかも知れない。つ
らい決断だが、瞬刻の猶予しかないとき、どうすればいいのか。
 このとき、何が最善かは誰にも判らないし、決められるものでもない。だ
が似たような局面に臨んだとき、王ならそれでも決断しなければならないの
だ。複数の選択肢の中でどれもが悲劇を避けられないものなら、結果的によ
りましなほうを選び取れること。その先見性が必要だ。選択の結果を自分で
受け入れる強さ、他者になじられても信念を保つ強さも。
 先の母親は、うろたえたまま何もしなければ残った子を選んだと同じこと
になる。あとでそれをなじる者もいるだろうし、当人も苦悩するだろう。だ
がそれで心身を病んでしまったら、残った子供も不幸になる。それも人の情
ゆえとはいえ、そんな場合でも王には自分で自分を救えるだけの強さが当然
のように求められていた。
「そうは言ってもな」と尚隆は穏やかに笑って続けた。「正直、俺でもいろ
いろ迷うし悩む。だから、おまえも迷っていい。そもそも王の俺と麒麟のお
まえでは役割が違う。おまえは迷っていいし、選択したくないなら選択しな
くていい。あとは非難も後悔も決断も全部俺が引き受ける。そのための王だ」
 だが、と尚隆はこうも続けた。「できればおまえだけは、それでも俺を頭
から否定することだけはしてくれるな」と。
 驚いたように目を見張った六太に、尚隆はまた笑った。
「むろんおまえはいつだって俺の決断をなじっていい。それは王以外の者す
べてに許されているし、今言ったように、それを引き受けるのもまた王の役
目だからな。とはいえこんな俺でも、さすがに無二の伴侶に本心からなじら
れるのはつらい。これからはおまえにもなるべく決断の理由を説明すること
にするゆえ、少なくともそれを聞いてから判断してくれぬか」
 それを聞いた六太は口元をぎゅっと引き結び、なぜか泣きそうな顔になっ
た。

51名無しさん:2019/05/19(日) 08:50:52
尚隆…本当に六太を伴侶にしたんだなあ…王の孤独をついに話したんですね(/ _ ; )

52永遠の行方「終(36)」:2019/05/19(日) 14:12:11

 尚隆はこれまで一人旅で訪れた里廬に六太を連れていった。大きな街は避
けたので、人の少ない鄙びた田舎が主体となったが、それだけに人情の厚い
ところが多かった。六太自身の知り合いがいるところも避けたため、尚隆と
仲良く連れ立っていても人目を気にせずすんだようだ。やがては六太のほう
から、昼間なのに共寝をねだるようになったのは大きな収穫だろう。当初は
これも、おそるおそるといった体だったが、とにかく六太の意に沿うことだ
けを心がけると、自分から誘ってもいいのだと、ようやく心から飲み込めた
ようだった。
 早くも秋の気配を漂わせ始めた山野の美しい風景を高台から見渡したとき
は、開放感から、父子か男兄弟のじゃれあいのように六太の腰を抱えて勢い
よく振り回してやった。幼い息子が父に、または弟が兄に甘えるように、尚
隆とじゃれあって笑いながら、六太はきゃあきゃあと歓声を上げて喜んだ。
あれほどの大声を聞いたのは久しぶりだった。今までになく子供っぽく無邪
気で、本当に実の兄弟でじゃれているようだった。これまでこんな形のふれ
あいをしたことはなかったし、恋人同士の艶めいた振る舞いでは決してない
が、心の底から楽しそうに振り回されている六太に、やはり人の目、特に知
り合いの目がないところに来たのは正解だったと尚隆も心を和ませた。
 舎館の臥牀でも、六太は安心した様子で当然のように尚隆と抱きあって
眠った。たっぷりと愛し合ったあと、口元にやわらかな笑みを残したまま、
金の髪を乱して眠る様子は、恋人の欲目なしに美しかった。
 これほど美しくなるとはな、と尚隆はひとりごちたものだ。
 以前、陽子が言い出して、異性装をする内輪だけの宴を金波宮で楽しんだ
ことがある。そのとき六太もお遊びの女装をした。祥瓊渾身の技で見事な美
少女に化けたものだが、あのときのように化粧を施されたわけでもないのに、
尚隆の目には今のほうがずっと美しく見えた。
 ほんのりと上気したまろやかな頬、伏せられた長い金のまつげ、かすかに
ほほえんでいるように見える艶めいた小さな口元、額や頬に乱れかかる金糸
のような髪。自分がこんなふうにしたのだと思うと、ぞくぞくするほどの歓
喜と満足感を覚える。王の精には麒麟を美しくする効果があるのかもしれな
い、そんなふざけた考えすら頭に浮かんだほど。
 尚隆は永遠など信じない。それでもこのままふたりで寄り添っていけるな
ら、永遠を生きられるかもしれないとさえ思った。

53書き手:2019/05/19(日) 14:22:45
尚隆視点はここまでです。
書いた後で昔のメモを見たら、なんかいろいろ変わったり抜けたりしてたけど
エッセンスは同じなのでまあいいや、とw

尚隆って、驪媚みたいに尚隆の思惑を完全に理解していた相手以外は適当にあしらっていたというか、
六太に対しても単に面倒がって言葉を惜しんでただけだと思うんですよねー。
でも丁寧に例を引いて真剣に説明すれば、いくら慈悲の麒麟でも納得の余地はあるかと。

さて、次こそ最後の六太視点ですが、あまり間があかないよう頑張ります。

54名無しさん:2019/05/20(月) 21:40:29
惚気ごちそうさまです(*≧∀≦*)
いやでも、恋人の欲目なしに美しいとか言ってますけど尚隆さん、もう欲目なしに見るのは不可能なんじゃないだろうかw
ぞっこんですもの
最後の六太視点も楽しみにしてまーす

55名無しさん:2019/05/21(火) 23:00:17
尚隆の話を一生懸命聞く六太と子供みたいにじゃれさせてあげる尚隆 
お互いに500年分の気持ちを受け止めてるんですねえ 良い夫婦だなあ…
私も六太視点を楽しみにしてます!

56名無しさん:2019/05/24(金) 11:14:17
しばらく見てなかったら
いつの間にか再開されてたとは
自分も六太視点待ってます!
てか完結前にギリ間に合って良かったw

57書き手:2019/05/25(土) 10:30:05
いろいろコメントありがとうございます。
とりあえず最後まで書き上げたので、今見直しをしています。
何しろ尚隆視点はうっかり構想時のメモを見ないまま書いてしまったため、
これまでと重複している記載とか矛盾している箇所があるような気がしてるので(たぶんあるw)、
最後の六太視点は、書き上げてから一応メモを確認して調整しました。
そうすると案の定矛盾があって……やっぱり記憶だけに頼って書くとだめですねー。
何しろこれでラストなので、念のためこれから全編を読み直して再調整します。
それでも来週末か、遅くとも再来週には投稿できると思うので、今しばらくお待ちください。

58永遠の行方「終(37)」:2019/06/06(木) 01:00:22

 尚隆との長旅から帰ってきた六太は、禁門から階段を上って雲海上に出た
とき、何となく不思議な気持ちで壮麗な建物群を眺めた。何も変わらないは
ずなのに、自分の気持ちが変わっただけでとても新鮮に思える。それでいて
ちゃんと帰ってきたという安堵と懐かしささえ覚えた。
 行きあった高官や奄奚らが拱手やら平伏やらする中、尚隆のあとをついて
正寝に向かう。事件の前ならここで別れて自分は仁重殿に帰ったのに、これ
からはずっとともに長楽殿で過ごすのだ。そう考えるとどこかこそばゆい気
がして、自然と口元がほころんだ。
 尚隆ともども簡単に湯浴みをして、旅の疲れと埃を落とし、休養着として
のゆったりした深衣に着替えて落ち着いたあと、冢宰白沢が書類を片手に長
楽殿に伺候してきた。二十日近くも不在だったというのに特に文句を言われ
ることもなく、「ご無事の帰還、お慶び申し上げます」と柔らかな物腰で応
対された。
 白沢が持参した書類を検分する尚隆を、六太は榻に寝転がってくつろいだ
姿勢のまま眺めた。
 旅の間、尚隆とともにいろいろな里や廬を訪れた。最初はとても不安だっ
た。尚隆に宥められては少し落ち着き、また不安がぶり返すという繰り返し
だった。しかし関弓を出てからは六太の知り合いに会うこともなく、尚隆の
知り合いも大半はちょっとした顔見知り程度だったこともあり、ほとんど水
入らずで過ごしたようなものだ。
 あちこち連れ回され、これまで尚隆が独りで訪れていた場所のひとつであ
る炳林(へいりん)という廬で数日をほのぼのと過ごした。鄙びた田舎で、尚
隆がひとりでそんな侘しい廬をめぐっていたとは知らなかったが、それは六
太も同じだ。使令から伝わっているのでなければ、尚隆が知らない六太だけ
の場所や知り人はいくらでもあるだろう。そんな尚隆だけの場所だったとこ
ろに伴われ、長い間尚隆を独占し、朝から晩までたっぷりと甘やかされたお
かげで、六太はようやく落ち着くことができた。
 夜は一緒の臥牀に入り、朝は尚隆の腕の中でおはようの挨拶を交わし、昼
間もずっと一緒にいて、夜はおやすみの挨拶をしてまた尚隆の腕の中で眠っ
た。夢のような時間だったが、その夢は醒めることなく今も続いている。

59永遠の行方「終(38)」:2019/06/06(木) 01:05:16
 もちろん楽しいことばかりではなかった。高台から山野を見下ろしたとき
には、王としての決断についての厳しいたとえ話をされた。それで初めて六
太は、尚隆がどれほど厳しい決意のもとに政を行なってきたかを知ったの
だった。
 どれほど嫌でも人の生命に関わる決断をしなければならないことがある。
決断をせずとも、結局成り行きに任せるという選択をしている。それは大抵
において、結果的に一番大きな被害をもたらすだろう。そんなふうに言われ、
あらためて王という存在が担う責任の大きさを実感した。だがそもそもそれ
ができない者は王にはなれない。起きたことを他人のせいにはせず、すべて
の結果を引き受けるのが王なのだから。
 そして慈悲の麒麟にまでそれを求めることの限界もわかっていると言われ
た。これからは決断の理由も説明するように心がけるが、不満があればこれ
までのように訴えていいとも。
 何しろいくら詳細を説明されても、麒麟の六太に受け入れられない事柄は
あるはずなのだ。そもそも王と麒麟だからという以前に、異なる個人である
からには主義主張が違って当然だ。実際、これまで六太が尚隆に諫言や進言
を行なって聞き入れられた覚えは一度もない。それほど思想に隔たりがある
のだから、説明を聞いた上でならいくらでも怒ってもいいと言われた。
 だが同時に、政に関する事柄にしろ日常のやりとりにしろ、どれほど怒っ
てもその怒りを翌日まで持ち越さないことも約束させられたのだった。
「雲海の上の住人とて、明日が同じように来るとは限らんのだ。そうなった
とき喧嘩別れしたままだったら、悔やんでも悔やみきれんだろう」
 尚隆はそう言った。だからどちらが怒ったとしても、あくまでその日だけ
で収めようと。
 尚隆が害されることを考えると、それが仮定の未来であっても六太の胸は
激しく痛んだ。だがもし本当に、喧嘩別れしたまま今生(こんじょう)の別れ
となったとしたら、とても耐えられる気がしない。
 六太は榻から尚隆の顔を眺めたまま、胸元をぎゅっと握り込んだ。

60永遠の行方「終(39)」:2019/06/07(金) 00:06:29

 尚隆も六太も帰城の翌日から政務に復帰したが、旅に出る前と同じように、
午後に待ち合わせてお茶をする習慣はそのままだった。その日、六太に出さ
れたお茶請けは、旅のあいだ、九宕(きゅうとう)という街で食べたのとよく
似た菓子だった。
「あれ? 九宕の胡麻団子?」
 小皿の上を見て六太が喜びの声を上げると、尚隆が笑った。
「おまえ、あれが気に入ったようだからな、作らせてみた。胡麻は奏から取
り寄せてあった極上品だから香りが良いぞ」
 六太は大ぶりの団子をつかんでかじりついた。程良い塩気を帯びたもっち
りとした皮で甘い小豆餡をたっぷり包み、満遍なく胡麻をつけて癖のない植
物油でからりと揚げてある。甘味と塩気、揚げた胡麻の香ばしさが渾然一体
となった絶妙な味だった。
 皿の上に載っていた三寸ほどの扁平な団子二個を完食した上で、油で汚れ
た手を濡れた手巾で拭きながらさらに物欲しげな顔をしていると、「それ以
上は夕餉が入らなくなるだろう」と笑われた。
「んー。でもあと一個ぐらい」
「こういうのはな、少し足りないと感じるぐらいでちょうど良いのだ。四半
刻もすれば消化されて腹がくちくなる」
「うー。そうだけどぉ」
「明日は久栄の紅薯条だぞ」
「え、ほんと?」
「紅薯も久栄から取り寄せるよう命じてある」
「そっかー。楽しみー」
 六太はころりと気分を変えてにこにこした。
 紅薯条は、蒸してつぶした紅薯を、小麦粉や水、砂糖、塩と混ぜてこね、
細長く絞り出したものを揚げた菓子だ。控えめな甘さと弾力のあるしっかり
とした触感を気に入った六太は、紅薯の一大産地である久栄の街に滞在中、
あちこちの屋台で何度も食べた。その際、取っ手を回して絞り出された生地
が、大鍋の油の中にぽとりぽとりと落とされるさまも飽きずにずっと眺めて
いたものだから、尚隆に苦笑されてしまったが、結局六太の気が済むまで尚
隆は付き合ってくれた。

61永遠の行方「終(40)」:2019/06/07(金) 00:21:34
 そのままなごやかな雰囲気でとりとめのない雑談をする。
 そんなふうにほのぼのと数日を過ごしたあと、六太は尚隆に、ここ最近、
ずっと考えていた頼みごとをした。内容を聞いた尚隆はさすがに考えるふう
だったが、最終的には「おまえが望むなら」と了承してくれたのだった。

 それからしばらく経って、六太は尚隆と騶虞に乗って光州との境に向かっ
た。そろそろ秋も深まってきたが、まだまだ暖かい。そんな気持ちよい気候
の中を二人乗りで悠々と飛んでいく。
 向かうは崆峒山。かつて二百年前に謀反が起きたあと、光州城の生き残り
の大半を引き立てていった離宮のある凌雲山だ。尚隆とともに六太が広間で
引見した者らには巻き込まれただけとして恩赦が与えられたが、別所で取り
調べを受けていた一部の関係者は、仙籍から除籍された上で、そのまま離宮
の牢に幽閉されて果てたと聞いた。
 凌雲山の雲海にほど近い高空に上がって禁門から入ったあと、尚隆は常駐
している官吏の出迎えに騶虞を任せた。それから六太に「俺はここで待って
いる」と告げた。
「俺には墓参りをする理由がないゆえな」
「……そっか」
「おまえの気持ちを知れたのは、ある意味では確かに暁紅のおかげだ。あの
事件がなければ、本当に大事なものに気づけなかった。おまえに想いを秘め
させたまま、墓まで持っていかせることになったかもしれん。
 だが俺の感謝はそこまで。あの呪者のしたことを許すつもりはないし、国
を、おまえを危険にさらした女に、それ以上の情けはかけない。おまえは暁
紅さえも哀れんでいるのだろうが、俺には、彼女に殺された大勢の民や遺族
の無念を忘れることはできん」
「……うん」
 六太はうなずいて尚隆と別れ、別の官吏に先導されて雲海の上に向かった。
暁紅の遺体はもともと関弓の外の罪人用の墓所に葬られていたが、尚隆に頼
んでここに移してもらったのだ。ここの牢で果てた罪人らは地下に埋められ
ているから、死後とはいえ雲海上に葬られるとは、罪人としては破格の扱い
だ。

62永遠の行方「終(41)」:2019/06/07(金) 00:31:21
 ――地べたにはいつくばって暮らす者の気持ちなどわかるはずもない。
 憎々しげに言った暁紅のそんな言葉が六太の脳裏に蘇った。
(でも、ここなら。ここなら雲海の上だから)
 雲海を望む岸辺にほど近い林の中、こけむした片隅に、見捨てられたよう
にある簡素で小さな土饅頭の前に立つ。何となく昔、尚隆が斡由を打ち捨て
られた凌雲山に葬ったことを思い出す。かつて尚隆は斡由の墓参りを欠かさ
なかったが、吹っ切れたのだろう、いつ頃からか詣でないようになった。自
分もいつかはそうなるのだろうが、当分はここに来てしまうような気がした。
 いずれにせよ尚隆にとって、斡由は許せても暁紅は許せないのだろう。
(それは仕方がない。暁紅の動機は私利私欲でしかなかったんだから。少な
くとも彼女は斡由のように大義を取り繕うこともなかった)
 六太は案内の官吏を下がらせてひとりになると、土饅頭の前でぺたりと座
り込んだ。
 自分は甘いのだろう。それもわかっている。それでも六太はどうしても、
暁紅を哀れだと思う気持ちを抑えられなかった。罪もない人々を大勢殺した
女なのに、自身も苦しめられたというのに、ここに至っても六太は恨む気に
はなれない。ただ安らかに眠ってくれと願うばかりだ。
 尚隆が言ったとおり、彼女が罪を犯したのは確かだ。おまけに王と麒麟を
害するという大逆まで犯してみせた。弁護の余地はない。
(それでも)
 潜魂術をかけられたあのときを思い起こす。自分の心を丸裸にされ――だ
が、心と心のやりとりは、術者である暁紅の心情を六太に垣間見せることも
したのだった。
 おそらく暁紅の意図しない作用だっただろう。術者の技量不足だったのか、
もともとそういう作用がある術だったのか。いずれにしろあのとき、六太も
確かに相手の心の一端を覗いたのだ。
 ――尚隆に対する彼女の心情を。
 あの事件について、尚隆でさえも、術者が結局何を意図していたのかわか
らないと評した。いったんは王を呪の眠りに捕らえたのだから、王または雁
そのものに恨みをいだいていたのは確かだろうが、なぜ標的を麒麟に変えた
のかわからない、と。そして半ば腐りはてた最期の様子を聞いて、もうほと
んど狂っていたのだろうと断じた。
 確かに暁紅は狂っていた。ある種の狂気に駆られていた。その狂気の名を
「恋」という。

63永遠の行方「終(42)」:2019/06/07(金) 23:53:21
 彼女は尚隆に恋をしていた。その相手に拒絶されたことで恋による執着は
憎悪に転化したが、目的はあくまで尚隆の気を引くことだった。そして何ら
かの形で尚隆にとっての特別の者になることだったのだ。
 身勝手にゆがんだ恋情ではあった。それでも彼女は確かに尚隆を愛してい
た。だからこそ尚隆の傍らに侍る六太を妬み、憎しみを募らせたのだ。
(でもごめんな。俺、尚隆と恋人同士になったんだ。尚隆は俺を伴侶だとも
言ってくれた。それを知ったらおまえは業腹だろうけど……でも、もう知る
ことはないんだよな。だからせめて安らかに眠ってくれ。ここはおまえが焦
がれた凌雲山の上だから)
 六太が暁紅の心を覗いて知ったのは、他者に翻弄されてきた者の悲哀と投
げやりな心。何しろ呪でさえ、恨みに思う梁興の遺産だったのだ。それゆえ
彼女は、復讐を成し遂げてさえ空しいことを知っていた。それでも突っ走っ
た。他に感情をぶつける当てがなくて。
 愚かな女ではあった。同じ相手に恋をした者として、六太はそんな彼女の
末路を哀れに思う。すべてが終わった今、恨みも何もなく、ただ哀れだと。
 長い時間が経ち、やがて六太は深々と息を吐くと立ち上がった。
 先のふたりきりの旅の終わりに、尚隆はふと「もう五百年がんばってみる
か」と言って笑ってくれた。一瞬ぽかんとした六太だが、徐々に歓喜が押し
寄せ、「うん!」と大きくうなずいた。六太が完全に不安定を脱したのはそ
のおかげだ。それから宮城に帰る直前ぐらいまで六太は地味にはしゃぎっぱ
なしで、しばらくするとその反動からだろう、夢に浸るようにひたすらうっ
とりしていたものだ。おかげで帰還してからも、幸せのあまり暁紅の事件の
ことも本当にすっぱり忘れていた。
 そんなふうに夢見るような心持ちでぼんやりしていた六太が我に返ったの
は、宮城に帰って政務に戻り、以前の日常に完全に復帰して、あらためて事
件の結末の詳細を尋ねてから。それで何となく暁紅とのやりとりを思いだし
――何と言っても六太の主観では、あれからさほどの時間は経っていないの
だ。
 いろいろ考えて暁紅の遺体をここに移してくれるようにと尚隆に頼んだも
のの、ずっと整備してほしいとまでは望まなかった。さすがにそこまでの扱
いを与える理由もない。市井の客死者の墓とてそうなのだから、罪人ともな
ればなおさらだ。補強もされていない小さな土饅頭は、いくらもしないうち
に崩れ、雑草に覆われて、そう遠くないうちに痕跡をなくして目印としての
役目を終えるだろう。

64永遠の行方「終(43)」:2019/06/08(土) 00:03:26

 六太が禁門に降りていくと、門卒の詰め所の中、尚隆は恐縮のあまり顔色
を白くしている門卒らと差し向かいで茶を飲んでいた。この離宮に王が来る
ことは滅多にないし、来たとしても普通なら詰め所の中で談笑などするはず
はないのだから、気の毒と言うほかない。
 六太に気づいた尚隆は、済んだのかとも何とも言わなかった。茶杯を置い
て立ち上がり、「帰るか」と言っただけだ。六太もただ「うん」と返した。
 厩から騶虞が引き出され、六太を抱えるようにして後ろから尚隆が乗る。
「お気をつけてお帰りくださいませ」
 門卒らが深々と拝礼する中、尚隆は気楽そうに「おう」と応じて手綱を
取った。六太も一応、詫びとねぎらいをこめてひらひらと手を振り、「あり
がとなー」と声をかけておいた。
 疾風のように空を駆ける騶虞の背後、あっという間に禁門が後方に流れ
去っていく。それを上体を半ばひねって眺めていた六太は、さらに視線を上
にあげて尚隆の顔を見た。
「尚隆。ありがと」
「気が済んだか?」
「ん」
 それだけ答えて前を向く。
 この先もあんな深刻な事件が起きるかもしれない。もしかしたら尚隆との
絆を試されるようなこともあるかもしれない。悩んで、泣いて、たぶんつら
いこともたくさん起きるだろう。
 でもきっと喜びもたくさんある。それが人生というものなのだから。
 これからも尚隆とふたりでがんばっていこう。六太は自分に、うん、とう
なずく。それが王の麒麟としての務めであり、尚隆の伴侶である六太自身の
望みなのだから。


永遠の行方〔完〕

65後書き:2019/06/08(土) 00:09:39
というわけでようやく完結です。まさか十年以上かかるとは思いませんでしたw
「遠い記憶」章や今回の六太(&尚隆)視点等々がどうにも難産だったためですが、
何とかエタることだけは避けることができました。
ここまで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。


以下、裏事情という名のネタバレ。






何しろ六太スキーなので、デフォで王を慕ってしまう麒麟はどうしても王より恋愛的に弱い立場とあって、
ええい、くっつく前に尚隆も苦しんでみろやこらー、でも六太にはなるべく苦しんでほしくないから眠っててもらおう、
という単純な思考が、この話を考えたきっかけだったりします。
でも原作を読み返したり、いろいろ書いたりしているうちに、結局尚隆にも同じくらい肩入れする結果に。
うん、尚隆も苦労してるよね。でもあんた、六太を筆頭に完全に味方のはずの臣下に対しても
なんだかんだで言葉が足りなすぎるよ……。

いずれにしろ元々自分の妄想を形にしただけなので、人目に触れさせるにあたって
けっこう手直ししたりしたんですが、どうしても削除しきれず、残ってしまった部分が多々あります。
海客の団欒所関連とか。
自分はなんか気に入ったキャラに音楽をやらせる癖があるので、
いつのまにやら楽器をやらせたり、歌わせたり、バンドを組ませたりしてしまいます。
元々の妄想でのラストなんか、六太の快気祝いでほぼ総出演で集まって大々的にコンサートやって、
元気になった六太がソロで歌って拍手喝采されたりしてましたからw
(要は団欒所は、蓬莱の楽器と演奏要員を出すためのもの。何せ、明記しなかったけどピアノを持ち込んだのも六太)
さすがにそれではあんまりだと、なるべくオリキャラの出番を減らす方向で必死に調整し、
何とかそれなりに格好をつけました。
まあ歌はともかく、ちっちゃな体で飛び跳ねるようにしながら、
元気いっぱいにドラムをたたくとか、六太には似合うと思うんですけどねー……。

そういうわけで妄想の垂れ流しの痕跡がところどころに残ってしまいました。
一応「遠い記憶」章の堤の話とかけっこう頑張ったので、それで帳消しになっていればいいんですが。

最後に、帷湍けっこう好きなんですけど、というか、つい弄りたくなるキャラなんですが、
さすがに光州侯役までオリキャラにさせるわけにもいかず、帷湍に貧乏くじを引いてもらう羽目になりました。
それなりにフォローもしたつもりだったんですが、なかなか難しかったです。

66名無しさん:2019/06/08(土) 06:51:29
完結おめでとうございます!!裏話も聞けてありがとうございます!六太可愛いですもんね!尚隆も一見平気そうな顔なんですけどお話とか書こうとして掘り返すと中々深いきゃらってこともわかります…!ともあれこんなに丁寧な尚六長い間読めて楽しませていただきありがとうございます!!^ - ^

67名無しさん:2019/06/08(土) 07:57:26
完結お疲れさまでした。
最後がお墓参りとは予想外でした!

原作はだいぶ前から知ってたものの、尚六にハマったのが三年くらい前。出遅れ感満載だったんですが、ネットで色々読み漁りながら徘徊してここに辿り着きました。そして永遠の行方を読み始めたら…止まりませんでした。文字通り寝る間を惜しんで読みました。何しろ長いので何日もかかりましたが、その間ほかの小説とか漫画とか一切読めないほどのめり込みました。そして寝不足になりましたw
その時は年単位で更新が途絶えていて、続きはもう読めないかも、とか思ってたので、こうして完結まで読むことが出来て本当に嬉しいです!

原作で尚隆視点で話が進むところがほぼないから、結構分かりにくいキャラですよね。あまり本音を言わないし。だから姐さんの書く尚隆の心情やら考えを読んで、あー実際そうかも、と思うところも多々あり、原作を読み返す時の見方も少し変わった気がします。

脇キャラも魅力的で、この話の鳴賢ホント好きでした。
あと、帷湍を弄りたくなるっていうの分かりますw 帷湍+朱衡の会話が大好きです。

完結を機にまた最初から読み直します。今度は寝不足にならないように少しずつ読もうと思いますw
たぶんまた六太が目を覚ますところで泣いてしまうんだろうなぁ…

長々とすみません。この作品に出会えて本当に幸せでした。ありがとうございました!

68書き手:2019/06/08(土) 20:30:22
楽しんでいただけたようで嬉しいです。

確かにこれ、読み返すと何日もかかりますもんねー。
今回、自分でも確認のために最初から読んだら長いのなんの。
何せ60万字以上。おかげでなかなか確認作業がはかどりませんでしたw

尚隆についてはほんと難しいキャラだと思います。本音も吐かないし、基本、自分だけで完結しちゃう人だし。
「遠い記憶」章を書くために何度も『東の海神 西の滄海』を読み返して自分なりにまとめましたが、
大きく外れてはいないでしょうけど、大当たりを引いた気もしませんw

自分も尚六に、というより原作にはまったのが遅かったので、
こちらの掲示板にお邪魔するようになった頃、既にほとんど動いていないのかと残念に思ってました。
でも何だかんだで時折単発で投下があったり、普通に新たな連載もあったりして堪能してます。
自分も長期連載が完結したとはいえ、このままフェードアウトも寂しいので、
これからもたまに何か落とすつもりです。
それもこれも原作が魅力的だからこそですが、
秋には待望の戴の続編である新刊も出るそうだし、今から楽しみです。

69名無しさん:2019/06/13(木) 08:03:21
長い長いお話を、本当にありがとうございました。
今まで読み専門だったのですが、完結ということなので
感謝の気持ちを書き込んでみました。

団欒所の話とか、そういう細かい周辺の設定を入れていただいたからこそ、
とても奥行きのある物語になって、じっくり入り込んで楽しむことができました。
2人の気持ちの変化がとても真実味があるのは、細かい設定があるからなんですね。

私も数年前に原作にはまったので、更新が止まってるか読めなくなってる
サイトさんがほとんどですごく残念だったんですが、
こんな本格的なお話をリアルタイムで読めて、とっても幸せでした。
そういう人はきっとほかにもいるはずです!
続きを読む楽しみはなくなってしまいましたが、これからもたまに書いていただけるとの
ことなので、そちらを楽しみにまたにのぞいてみたいと思います。
本当にありがとうございました。

70書き手:2019/06/15(土) 00:17:02
こちらこそ読んでくださりありがとうございました。
団欒所……奥行きと言っていただけて恐縮です。いやほんと(汗

原作にはまったときは自分もサイト巡りしましたけど、
当時巡回していたサイトは今はほとんどなくなってるんだろうなと思うと寂しい限りです。
yomyomに掲載された『丕緒の鳥』からでさえ、十年以上経ってますしねぇ。
その点、こういう掲示板はサービスが終了しない限り残るから、
あとからはまっても楽しめるのがいいですよね。
秋に原作の続きが出て、またにぎやかになるといいなーと思います。

71書き手:2019/06/19(水) 21:27:41
掲示板だと改訂できないので、HTML形式の改訂版です。
一週間ぐらい置いておくので、良かったらどうぞ。

ttps://www.axfc.net/u/3987194
DLパスワード:801

72名無しさん:2019/06/20(木) 12:10:43
いただきました
ありがとうございます!

73名無しさん:2019/06/23(日) 20:29:20
しばらく見てなかったらろくたん視点が全部上がってて完結してた!
ありがとう姐さん!!
快気祝いコンサート編も気になるけど、こっちの終わり方も姐さんらしくてキリっとしてて好きです。
ずっと見てきてよかった…涙 
しかも改訂版という福袋つきだなんて!!今日ここ見て本当によかった…
私ももらってきます!

74名無しさん:2019/06/23(日) 23:05:21
完結してたあああああ!!


完結本当におめでとうございます!
私は書き逃げスレ頃から尚六好きで、姐さんの作品も読ませていただいておりました
腐的酒場とかすごく好きでしたw
永遠の行方も読んでいたんですが、私が途中で別のジャンルに嵌ったりで離れていた時期もありました
でもやっぱり尚六が好きで、その間も時折このスレに除きに来てました
続きが更新されていたら嬉しくて、また最初から読み直したり、再ハマりしたり・・・
ほとんどのサイトが閉鎖された中、永遠の行方の更新は待ち遠しかったです
十年以上かけて話を書き終えた姐さんを心より尊敬いたします
そして、たくさん楽しませていただいて、本当に有難うございました
改訂版、ありがたく頂戴していきます!!

75激甘スイートホーム(1):2019/07/05(金) 00:06:55
砂を吐くほど甘い、その後の雁主従のラブラブ新婚生活。
-----

 五百年、である。それほどまでに長い間、この主従には色めいた噂のかけ
らさえなかったのだから、官吏たちの困惑も半端ではなかった。
 それでも表だって何もないならまだいい。ところがある日の朝議で壇上の
玉座を見上げた諸官は、膝の間にちょこんと六太を座らせ、そのままかかえ
るように両腕を回している尚隆を見、唖然として固まってしまった。愛情深
い母親が幼い息子を膝に座らせているかのような光景。朝議という堅苦しい
場にそぐわない以前に、放蕩者のこの主君にはまったくもって似合わない。
 しばらくぽかんと口を開けて惚けていた太宰が我に返って議事を進め、動
揺のあまり他の官吏もこの光景にはいっさい言及せず、朝議は無事に終わっ
た。当の主君が上機嫌だったため、むしろ議事がはかどったくらいで、その
点では諸官に文句のあろうはずがない。
 もっともさすがに冢宰が、あれはいかがなものかと後で進言したらしいが、
尚隆は「このほうが手持ちぶさたにならずに良い」とあっさり退けたという。
どうやらあの姿勢は、ちょうど手の置き場に良いらしい。
 尚隆が六太の御座所を正式に仁重殿から正寝に移し、一日中一緒に過ごし
ていることは既に知られていた。何しろあんな深刻な事件があったあとだか
ら、型破りな主君もさすがに麒麟に対して過保護になるのだろうと、官らも
自然に納得していた。
 しかし実際には、過保護だの何だのというほのぼのしたレベルではない。
先の朝議で言えば、尚隆の腕の中で六太はくつろいでうとうとし、やがて退
屈したのだろう、あどけない顔を見せて寝入ってしまった。その平和な寝顔
を、尚隆は間の抜けた顔でデレデレと見つめていたという始末。政務そこの
けの糖度二〇〇パーセントの激甘ムードに、朝議のあとで砂を吐く官吏が続
出した。
 それでも順応性の高い者は「主上もなかなか……」とさっそく笑い話にし
ていたが、まじめな性格の官吏の場合は気の毒である。自分の目に映る衝撃
の光景を信じられず、よろよろと朝議の間から退出したあとも動揺のままに、
ただでさえ起伏の多い凌雲山の上、あっちでこけ、こっちでこけ、石段を踏
みはずしては転がり落ち、やっとのことで自分の官府にたどりついてからも
深刻なミスを連発した。

76激甘スイートホーム(2/E):2019/07/05(金) 00:09:06
 六太のほうはもともと主に想いを寄せていたらしいのだが、これは麒麟の
性(さが)と思えば納得はできる。問題は自他ともに女好きを認める、色事に
はだらしのない尚隆である。
 商売女や浮かれ女(め)ばかり相手にし、決まった相手を持つような貞実な
真似はしたことがない。それが六太が呪の眠りから覚めるや否や速攻で手を
出し、今や寝食をともにして傍から離さないのだから、諸官は動揺と混乱の
中で、でれでれとした主君の別人のように情けない顔を見るばかり。
 朱衡も砂を吐いたひとりだが、当時ひそかに尚隆から相談を受けたことの
ある彼は、主従がいつのまにかラブラブになっていたのは知っていた。とは
いえ害のないことではあるし、むしろ王と麒麟の仲がむつまじいこと自体は
けっこうなことだと、とりあえずは平静を装っていた。ある日のこと、さら
にすさまじい光景を見てしまうまでは。
 主従のラブラブモードに諸官がそれなりに慣れてきたその日、朱衡は秋官
府の急ぎの書類を持ち、王の裁可を得るべく正寝に赴いた。見晴らしの良い
広い露台に案内された彼が見たのは、尚隆が六太のおやつの果物を小刀で器
用に切り分けて一口大にし、鳥の雛よろしく待っている六太の口にせっせと
放りこんでいる衝撃の光景だった。
 朱衡は、固まる、という表現がこれほど身にしみたことはなかった。六太
はぱかっと口を開けては、尚隆に入れられた果物の小片を上機嫌でもぐもぐ
と咀嚼している。新たな小片が入れられるたびに尚隆が顔を近づけ「うまい
か?」「うん♥」という新婚夫婦のやりとりが行なわれる。しかも六太はと
きどき、切り分けられた果物の一切れをお返しに尚隆の口に入れてやる念の
入れよう。互いに相手の口に果物の小片を入れてやり、何の話をしているの
か、接吻するかのように頬をくっつけあってはくすくすと笑いあう(しかも
たまに本当に接吻しているから油断がならない)。露台の入口で書類を足元
にばらまき、茫然と突っ立っている朱衡には、どちらも気づく様子さえな
かった。
 とりあえず新婚ごっこに飽きたら、以前のように――とはいかないかもし
れないが、それなりの落ち着きを取り戻すだろう。いや、そうなってくれな
ければ困る。
 のろのろと書類を拾い集めた朱衡は、諦めて正寝を後にするしかなかった。

77名無しさん:2019/07/05(金) 18:15:15
私もモブ官吏になって「主上もなかなか……」とか言ってみたいw

78名無しさん:2019/07/05(金) 23:27:30
朝議の間を退出後
高官1「……」
高官2「……」
高官3「……」
何となく皆で立ち止まり顔を見合わせるものの、第一声を譲り合い
高官4「(後から追いついてきて空気を読まず豪快に笑い)いやあ、主上もなかなか……」
高官1「(ぎこちなく笑って)は、はは、そう、ですね……」
高官2「は、はは……」
高官3「……(よろよろとその場を離れる)」

79名無しさん:2019/07/14(日) 16:15:17
更新&最終回ありがとうございます、長きにわたり連載投下してくださって
本当にありがとうございました、読ませてくれてありがとう、続けてくれてありがとう
原作のほうが止まってる間も、ここでの更新があることで、作品やファンが生きてるつながりがずっとあるようで
本当に幸せな場所でした、本当に感謝しています
自分も出遅れて(アニメ放送当時見てて尚六萌えしたんだけども)
原作再萌えでその時もパタパタサイトが閉じる頃合いだったのですが
この永遠の行方が連載から1〜2年ぐらいその時すでに経っていて(2010年だったはず)
でもそこから9年近くも更新を待たせてもらえる喜びを味わえたなんて、ほんとに幸せでした。

連載最後の投下があるのに気づいて、ちょっと忙しい時期だったので
楽しみに楽しみに私事が落ち着いたら読もうと毎日ワクワクしながら残りレスを読むのを楽しみにしてました。

お墓参りで終わるエピソードは、斡由との海神を思い起こさせて、本当に素敵な終わり方だと思いました
これ以外ない!っていう読み終えて至福の心境です
団欒所での音楽のシーン好きでした、生き生きとしたキャラクターの日々の生活を感じられてよかったです。

通しでの感想というと、やっぱり合間合間にも送らせていただきましたが
一番最初のほうでの鳴賢を慰める酒宴後の密やかな愛の告白のシーンです。
とても大切な秘密なのに、鳴賢を慰めるため自分の心に長く秘めた気持ちを、静かに言霊に乗せる
そのことがどれほどの覚悟だったのか、天帝を意識しても気持ちを手放せない、六太の哀しみがすごくツボでした。
ここのシーンは永遠が更新止まった時に定期的に読み返すときに、読むのワクワクしてニヤニヤしちゃうシーンでした。
あと次いで六太がついに鳴賢の目の前で頭巾をはずし、金の髪を輝かせるシーン
十二国記でのメインディッシュ、印籠出現シーンです。ついにきたー!って感じ。
沢山のヒントを残して六太は小さな言葉だけ残して眠りについて、鳴賢がそこに気づくまでのwktk感…。最高でした。
両片思い大好きなので、六太はおねんねしたまま、尚隆が一人悲しみと切なさにグルグルしていく処も最高だったし
術シーンはほんとにドキドキして大木の中で肉の腐った女が術をささやくシーンはいまだにゾクゾクしちゃいます。
小野不由美的ホラー感がちゃんと伝わるシーンでそこも大好きなシーンです。

じっくり後で読もうなんて思ったせいで>>71をいただけなかったのだけ残念!><
またいつか原作の展開のあったときにでも出会えたらと思います( ;∀;)
まずは永遠の行方についての感想と感謝を投下にあがりました!

80名無しさん:2019/07/14(日) 16:19:41
あ、肉はそんな腐ってなかったかも…?ごめんなさい勢いで読み返さずに書いちゃったので
腐っているのは操られてた赤子の方だったかも

81書き手:2019/07/17(水) 00:21:22
感想ありがとうございます。
喜んでいただけて、ほんと書き手冥利に尽きます。

やっぱり原作に対するリスペクトの気持ちがありますし、
少なくとも尚六を書く上で海神は外せないだろう!って感じで、
六太が尚隆との出会いを想起するところとか、お墓参りとかを出しました。
というか初めて尚隆を見た時の六太とか、どうしてもアニメのイメージが……。
一目ぼれ……?とかw

原作も秋には新刊が出るそうだし、それまでつなぎというわけじゃないですけど、
中編程度のちょっとした尚六話を落とそうかなと思っているので、良かったらまた覗いてください。
やっぱりここが全然動かなくなるのは寂しいし。

自分も両片思いを始めとする切ない話も好きなんですが、昔書いた尚隆王朝の末声〜次王初期の話の続編を
そろそろ書こうかと読み返したら、六太が置いていかれる内容だっただけにまだまだ心が痛かったので、
やっぱりラブラブな話がいいかなと、そんな話を見繕い中です。

82名無しさん:2019/07/20(土) 07:26:31
六太がおいていかれる話は辛いですね、ラブラブな方を希望です!

83書き手:2019/07/22(月) 23:55:51
ラブラブがいいですよねー♥
来月ぐらいになったら、ちまちまと1レスずつ落としていこうかなと思います。

84名無しさん:2019/10/13(日) 11:56:09
新刊を読んで久しぶりに覗いたら完結していらっしゃった…!
「王と麒麟」のラストがあまりにも美しく切なくてこの続きは完結してから
全部一気に読みたいと思い時々進捗確認をするだけに留めておりました。
もう一度1話から全部読み返させて頂きます。
素敵な物語を、本当にありがとうございます。

85書き手:2019/10/14(月) 17:56:17
わざわざありがとうございます。
新刊を手に入れたのが昨日日曜午後だったので、こちらはようやく読み終えたところです。
本を読むのは速いほうだと思ってたのに一冊目だけで五時間はかかっちゃいましたw

やっぱり十二国記はいいですよね〜。
残念ながら今回の戴の話で、雁主従については言及程度で終わるかもしれませんが、
来年にはオリジナル短編集が出るという話だし、また妄想がはかどりそうです。

86名無しさん:2019/11/09(土) 06:06:18
新刊発売から十二国記熱が再熱し、こちらの超大作を何日もかけて読ませていただきました。
最高でした。
すれ違い両片想いが好きなので、切ない描写の数々に悶えました。
オリキャラも本当に十二国記の登場人物のようなクオリティで読んでいてハラハラしました。
こんな大作が読めて幸せです。
ありがとうございます。

87書き手:2019/11/11(月) 00:05:35
こちらこそ読んでくださってありがとうございます。

新刊良かったですよねー♥
雁主従の安心安定ぶりと言ったら……!

88名無しさん:2019/11/11(月) 01:23:16
新刊よかったです!
相変わらず六太は可愛く、尚隆はかっこいい二人でしたね!


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