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尚六SS「永遠の行方」

775永遠の行方「遠い記憶(57/E)」:2017/04/05(水) 21:48:45
 きっとこれは天帝の慈悲なのだ。決して報われることのない想いを秘めつつ、
これ以上主のそばで苦しい一生を過ごさなくても良いのだ。誰よりも恋しい相
手が、六太のことなどまったく意に介さず、今日はこちらの女、明日はあちら
の女と渡り歩く姿をもう見なくて良いのだ。
 そう考えると、六太はやけに静かで落ち着いた気持ちになった。そして身勝
手な思いながら長いこと苦しんでいた暁紅に対して、心の底から哀れに思った。
州侯の美貌の寵姫にまでのぼりつめておきながら、ここまで落ちぶれてしまっ
たとは。
 それに尚隆が道を失ったとき、きっと六太には何もできない。かつて曠世が
六太の心に打ち込んだ楔は今でも鮮やかに生きていて、自分はむしろ追い打ち
をかけることしかできないだろうと思った。
 これまで国政で役に立たなかったように、結局は手をこまねいて、王と民の
双方の苦しみを見ていることしかできないに違いない。そもそも国政に有能な
麒麟がいた試しはないと聞く。それくらいなら、生きているだけの木偶になっ
ても同じこと。むしろいざというときに官が六太の命を絶つことで王の暴虐を
止めやすくなるかも知れない。
 ならば眠り続けるのも悪くはないと思った。どうせ麒麟のものは何もない。
生命すら自分の自由にならない。この想いさえ、もしかしたら王を慕うとされ
ている麒麟の本能なのかもしれない。ならばいっそ。
 ――ただの木偶になってしまえばいい。
 麒麟の生命さえ続いていれば、王の健康には何の差しさわりもないはず。む
しろ慈悲の繰り言を聞かされずに済むぶん、尚隆にとっては好ましいことかも
しれない。
 ――それでも。
 少しは悲しんでくれるだろうか。少しは哀れに思ってくれるだろうか。何年
かに一度でも、何かの折りに思いを馳せてくれるだろうか。長い時が経ち、王
から人に還る最期のとき、一瞬でも懐かしく思い出してくれるだろうか……。
 六太は安らかだった。そうして暁紅が呪を唱える中、不思議なほど澄んだ気
持ちで、尚隆への愛情を宝石のように胸にいだきながら目を閉じたのだった。

- 「遠い記憶」章・終わり -




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