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尚六SS「永遠の行方」

37永遠の行方「予兆(4)」:2008/02/11(月) 13:46:07
「はい、倩霞さま」
 先ほどまでの不快な表情はどこへやら、阿紫はにこやかに主人に応えた。美
しく優しい女主人に、すっかり心酔しているふうである。
 年頃の娘が美貌で凛とした年上の女性に憧れること自体はめずらしくはない
が、阿紫の場合は少々事情が違うことを鳴賢たちは知っている。まだ幼い頃、
浮民だった両親を亡くして乞食のような生活を送っていたところを倩霞に引き
取られたので、彼女にとっての倩霞は大げさでも何でもなく命の恩人なのだ。
男が苦手なのも、むろん六太が言ったような原因も考えられるが、もしかした
ら浮民暮らしの中で両親ともども荒くれ男たちに嫌な思いをさせられた経験で
もあるのかもしれない。そこまでいかずとも、たとえば汚い格好で商店の前で
たむろしていたところを店主にどやされたということならありうる話だ。
 豊かな雁に生まれ、実家も富裕な鳴賢にはどうしても実感できないことでは
あるが、浮民たちの厳しい生活についての漠然とした知識ならある。王が道を
失ったり失政をして荒れた国から流れてきた荒民を見たこともあるから、「大
変そうだな」と感じたこともある。
 もっとも彼らのせいで雁の治安が脅かされている面があるため、真剣に同情
したわけではない。むしろ鳴賢の大ざっぱな認識の中ではあくまで他人事であ
り、別の世界の厄介な連中というくくりでしかなかった。阿紫のように働き者
で可愛い娘に成長したというのでもなければ、本当の意味で興味をいだくこと
もないだろう。
「とにかくここは少しでも親しくなっておくことだ。顔なじみ以上になっちま
えば、何とでも理由をつけて会いに来られるからな」鳴賢は敬之に耳打ちして
から、他の面々にもささやいた。「みんな、今日は大人しく、あくまでも紳士
的に振る舞うんだぞ」
「よし。わかった」
 玄度もしっかりとうなずく。彼のほうは倩霞狙いだったから、似たような下
心を持っている鳴賢とは相容れない部分はあるものの、何しろ今のところはど
ちらも、異性としてはまったく相手にされていない。ここは足を引っ張りあう
より、協力して顔を売っておくほうが得策だった。




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