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【涼宮ハルヒ】谷川流 the 1章@避難所【学校を出よう!】

1名無しさん@ピンキー:2006/08/15(火) 16:26:00 ID:bhX0f3xQ
谷川流スレッド設立に伴う所信表明

我がスレッドでは、谷川流作品のSSを広く募集しています。
過去にエロいSSを書いたことがある人
今現在、とても萌え萌えなSSを書いている人
遠からず、すばらしいSSを書く予定がある人
そういう人が居たら、このスレッドに書き込むと良いです。
たちどころにレスがつくでしょう。
ただし、他の作品のSSでは駄目です。
谷川流作品じゃないといけません。注意してください。

@前スレ
【涼宮ハルヒ】谷川流 the 25章【学校を出よう!】
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1155382625/
@過去ログ
http://www9.atwiki.jp/eroparo/pages/210.html

@これまでに投下されたSSの保管場所
2chエロパロ板SS保管庫
http://sslibrary.gozaru.jp/

涼宮ハルヒのSS保管庫 予備
http://haluhi9000.h.fc2.com/

9『ループ・タイム――涼宮ハルヒの消失――』1:2006/08/19(土) 19:17:58 ID:q4j3JCAE

今日も地球は凍えそうに寒い。
アリのように勤勉なシベリア寒気団によって、日本列島は寒さに震えていた、というのが言いすぎだとしても、俺が寒さに震えていたのは間違いようもなく事実だ。
「……寒いね。キョン、手、つないでもいい?」
ああ。俺はハルヒの冷たい手をとると、自分の手と一緒に、コートのポケットの中に突っ込んだ。
「ふふ、キョンのポケットの中、あったかいっ」
ハルヒは、にっこりと笑うと、ポニーテールを揺らして、俺に体をぴったりとつけた。反対の手には大荷物を抱えているが、ハルヒは嬉しそうにそれをブンブン振り回している。
俺は、その上にセリフが書き込めそうなほど、真っ白な息を空中に吐き出した。
「いっやあ、いつ見ても、おあついなぁ、お二人さんよぉ!」
後ろからアホの声がすると思ったら谷口だ。ハルヒは、停止を示す信号のようにパッと顔を赤くすると、谷口に噛み付く。
「馬っ鹿じゃないのっ!寒いからこうしてキョンで暖まってんじゃないのっ!!そんなんだから、あんた、いっつもテストが赤点ギリギリの低空飛行なのよ。あんた、ちょっとはキョンを見習ったらっ!?」
「くうっ……キョン、なんでお前はそんなに勉強ができるんだ……頼む、俺にも秘訣を教えてくれ」
テストの話題が出た瞬間、谷口はシュンと空気を抜いた気球のようにしぼんでしまった。恨めしそうに俺の方を見る。
「……特にないな、スマン」
まさか、ハルヒの起こした時間のループのせいで、学校の科目はどれもこれも既に習っているから、とは言えまい。
クリスマスまで、一週間を切った12月18日――
いつもと変わらないような朝。
それは、すでに、密かに始まっていたというべきなんだろうか?


『ループ・タイム――涼宮ハルヒの消失――』


このループする一年間、俺と長門は、SOS団のさまざまなイベントを、懸命に蜜を集める働き蜂のようにこなしてきた。
SOS団が二年目に入ろうとしたとき、なぜか突然時空改変を起こしたハルヒが、「やり残したこと」のためにもう一度ループさせてしまうことがないようにだ。
その結果、朝倉涼子がSOS団に加入したり、ハルヒに代わって長門が文化祭の映画の監督をやったりと、さまざまな部分で変更点が生まれてしまった。
だが、まあ、これまではなんとかSOS団としての活動をこなして、ハルヒを満足させてこれたかな、と思っている。

10『ループ・タイム――涼宮ハルヒの消失――』2:2006/08/19(土) 19:18:48 ID:q4j3JCAE

だが、一つ。
俺としては決して繰り返したくないことがある。
もちろん、長門の世界改変だ。
世界改変後の世界で出会った、眼鏡をかけた、内気な文芸部員の長門。
その長門に向かって銃を構えた時の、長門の怯えた表情。
今でも、その小さな姿がくっきりと記憶の底に焼きついて残っている。
まあ、ついでに言えば、情報統合思念体の急進派が派遣した朝倉涼子に、腹をぐりぐりとぶっ刺されたことも、強く記憶に残っているが。
こっちの記憶のほうは、長門によって無害に再構成された、今の朝倉を見ていると、どんどん薄れてきているのが幸いだな。
「どうしたの、キョンくん、ボーッとして……?」
文化祭で作ったウエイトレス衣装で、胸の前にお盆を抱えた朝倉涼子が、俺の顔を覗き込んでいた。
おっと、いかん、SOS団の会議をはじめなくちゃな。
「えーと、今年もSOS団恒例の、クリスマス鍋パーティーを行う」
ニヤニヤ笑うハンサムエスパーは、ちょっと肩をすくめた。
「まだ、結成してから一年経たないのに、恒例の……ですか。なるほど」
うるさい、クリスマスといえば、部室で鍋パーティーだ。これは一年前からの既定事項なんだよ。
それに、長門の改造によって、部室にはほぼ完璧なキッチンが設置されている。これで料理をしないのはいかにももったいないじゃないか。
ちなみに、女子用の更衣室も小さいながらある。まさに至れり尽くせりのSOS団である。
「鍋ぇ!?クリスマスなのに?まあいいけど。あ、あたし、蟹は嫌だからね。あれ、身をほじくるのが面倒くさいったらありゃしないんだからっ!いっそのこと――」
「……甲羅まで食べられる蟹は存在しない」
はい、長門、その通り。先手を取られて、ハルヒは、うっと言葉を詰まらせる。
「有希……。まだ、何も言ってないじゃない」
「だが存在しない」
「むー……」
ハルヒが例のアヒル口になった。SOS団の部室は暖房設備が行き届いているとはいえ、さすがにこの季節だバニーガールの衣装では寒すぎる。ハルヒは北高の制服姿だ。
「ハルヒ、それより、持ってきたものがあるだろ」
俺の言葉に、ハルヒはスイッチを切り替えたようにパッと顔を輝かせると、朝の大荷物をごそごそとかき回した。
「うんっ!クリスマスグッズ揃えてきたわっ!!クラッカー、ローソク、ミニツリー、雪だるま人形、モール……あ、あったあった!みくるちゃんっ、これっ!じゃじゃーんっ」
ハルヒが得意満面で取り出したのは、もちろん、サンタクロースのコスチュームである。
こちらは季節と関係なくメイド姿の朝比奈さんが、ビクリと体を震わせる。
「ふえぇ、ここここれ、下のズボンはないんですかぁ?み、短いかと……」
「当然っ!!さ、着替えてきなさいっ」
サンタ服を押し付け、朝比奈さんを更衣室に放り込んだ後、ハルヒはごそごそと、とんがり帽子を取り出し、ふかふかの椅子に深く腰を沈めて本を読んでいる長門の頭にポンと乗っけた。
やれやれ。と、俺は溜息混じりに苦笑した。こんなところまで一年前と同じだな。
パラ、と長門がページをめくる。巫女さんの衣装に、いつもの無表情。
……だが、心の中では、何を考えているんだろう?

11『ループ・タイム――涼宮ハルヒの消失――』3:2006/08/19(土) 19:19:25 ID:q4j3JCAE


『……改変の恐れはない』
そうか……すまん、なんだかんだ言って、気になってな。
『万が一、私が改変を行ったとしても、あなたは、一年前と同じように行動すれば良いだけ。問題ない』
……お前が、緊急脱出プログラムを組まない可能性は?
『大規模な時空改変が起きたとき、涼宮ハルヒたちSOS団員が部室に集合することで、緊急脱出プログラムを起動させるよう、既にパソコンにプログラムしてある。
その場合、時空改変の起こる一時間前の私の部屋に、あなたを転送するようセットした』
まるでシステムの復元だな。
『そう』
やれやれ。そこまで長門が用意していてくれたら、心配することはなさそうだな。
『もし、改変が起きたら、文芸部の私に、やさしくして欲しい』
もちろんだ。怖がらせるような真似はしない。あと、改変防止のプログラムは、出来たら銃の形はやめてくれ。あっちの世界の長門が怖がっていた。
『考えておく。……あと』
なんだ?
『ゴムを付けてくれれば、改変を行った私との結合を許可する。やさしくしてあげて』
俺が反論の言葉を考える前に、長門は電話を切った。
ゴムの用意か……はっ、いかん、いかん!あっちの世界の長門を襲うなんてことができるかっ!


さて、翌日。
朝出会った谷口は、しっかりと白いマスクをしていた。いつもは陽気な谷口が、流行の重い風邪でどんよりと苦しんでいるようすは、見ているこっちも辛いものがある。
やれやれ。
俺は日本海溝のように深い深い溜息をつく。
昨晩の長門の言葉に反して、しっかりと改変は行われたようだ。
まあ、俺があたふたと騒いでも仕方がない。周りの人間に、痛い痛い電波を受信しているやつだと思われるのがオチだ。一年前の経験が、そう教えてくれる。
今回は、長門がきっちり緊急脱出プログラムを組んでくれていることだし、その発動条件も分かっている。
ハルヒ、朝比奈さん、古泉、長門、俺、朝倉、六人のSOS団メンバーを文芸部室に連れて行けばいい。
まあ、焦ることはないさ。フライパンに乗っけられたアヒルみたいにうろたえるのはごめんだ。
クラスで風邪が流行っていてどうのという谷口の話にも、俺は適当にあわせて相槌を打つ。
教室に入ったら後ろの席にはハルヒが居ないんだろうな。おそらく、古泉と一緒に別の学校に飛ばされたはずだ。
……そうだ。丁度いい、確認しておくか。
「谷口、涼宮ハルヒって知ってるか?」
「知ってるもなにも、ゴホ……東中出身であいつのことを忘れてるやつがいたら、まず間違いなく若年性のアルツハイマーだな。断言してもいい。
面のほうは、すっげえ美人なんだが、とにかく頭の中が年中あったかくて……」
「いや、涼宮の武勇伝はいい」
俺は谷口を遮る。
「今、そいつはどこの高校に行ってるんだ?」
「光陽明学院だよ……。駅前の進学校だ。ゲホ、あいつ、頭はおかしいのに成績はよかったからなぁ……」
やれやれ、間違いなさそうだ。
「なんだぁ、キョン、どっかで涼宮に一目ぼれでもしたかぁ?忠告するぜ、やめとけ」
谷口、ニヤニヤしてるのが、マスク越しにもわかるぞ、気持ち悪いからやめろ。
「お前の女房が悲しむじゃねえか、だろ?」
女房?
なぜかエプロンをつけた長門の姿が頭に浮かんできて、あわてて頭を振って打ち消した。

12『ループ・タイム――涼宮ハルヒの消失――』4:2006/08/19(土) 19:19:57 ID:q4j3JCAE


教室に入ると、ハルヒが座っているべき俺の後ろの席には、ポニーテール姿の美人委員長、朝倉涼子が座っていた。
……まあ、想定の範囲内だな。
俺が入っていくと、朝倉は飛びっきりの笑顔で出迎えてくれた。一年前とはえらい違いだ。
まあ、当たり前といえば当たり前か。いまの朝倉は、長門が無害化して再構成した、普通の高校生だからな。
「おはよ、キョンくん!」
「ああ、おはよう。朝倉、風邪は大丈夫か?」
朝倉はちょっと顔を赤らめて、にっこりと微笑んだ。ポニーテールがふわふわ揺れる。うーん、やっぱり朝倉にはポニーが似合う。
「うん、ようやく治ったみたい……心配してくれてたの?」
嬉しいな、と小さく呟くと、朝倉は、頬を染めながら、俺の耳に口を寄せた。
「……ね、今日、一緒に帰らない?おでん作ったから、晩御飯、食べさせてあげる」
おでん、おでんか……ああ、よだれが出そうだ。一年前、朝倉が作ってくれたおでんは、死ぬほど旨かった。そして、実際そのあと死にかけた。
「ちょっと、放課後、用事があってな。そのあと、お前の家に行ってもいいか?」
「ううん、じゃあ、この教室で待ってる。キョンくん、用事って?」
「文芸部に仮入部」
朝倉涼子はまじまじと俺を見つめて、亀が甲羅を脱いで走り出したかのを目撃してしまったように、実に意外だという表情をした。
やれやれ、そんなに俺は本を読んでいるイメージがないのかね?


放課後、部室棟に向かう途中、朝比奈さんと鶴屋さんが仲良く向こうから歩いてきたのに行き当たった。
こんにちは、朝比奈さん……
「……?えっと、どなたでしたっけ……」
しまったっ!朝比奈さんは俺のことを知らないんだったっ。
鶴屋さんが、まじまじと俺の顔を見つめて、何かを悟ったかのように、ポンと手を打ち合わせた。
「ははあ、少年っ!さてはみくるファンクラブの会員だねっ!?うん、一年生かなっ?」
鶴屋さん、相変わらずのハイ・テンションだ。だが、ナイスフォローです。
「……ま、そんなとこです。キョンとでも呼んでください」
とたんに、朝比奈さんは顔を赤らめる。恥ずかしがってプルプルと首を振る仕草が可愛らしい。
「ふえ、そそそんな、ファンクラブだなんて……その、あ、ありがとうございます……えっと、キョンくん……?」
一年前、朝比奈さんが心底怯えて、俺のことを拒絶する目で見ていたことを考えれば上出来だ。俺は笑顔をつくって頷いた。
「おやおや、みくるっ!赤くなっちゃって、可愛いなっ!!あはは、キョンくん、うちの娘をよろしく頼むさっ!」
「つつつ鶴屋さんっ!もうっ」
朝比奈さんが顔を真っ赤にして、プッと頬っぺたを膨らます。
「また、そのうちお会いするかもしれません。そのときは宜しく」
「あ、はぁい。さよなら、キョンくん」
「じゃあねっ、少年、大志を抱きなっ!!」

13『ループ・タイム――涼宮ハルヒの消失――』5:2006/08/19(土) 19:20:43 ID:q4j3JCAE


文芸部のドアの前で、俺は一つ大きく深呼吸をした。
久しぶりの、こちらの世界の長門有希との再会だ。頭に、眼鏡をかけた内気な文学少女の姿が浮かんでくる。
俺はドアに手をかけ、思い切ってドアを開けた。するとそこに――
いた。
長門有希。
座っていた粗末なパイプ椅子から立ち上がって、じっと俺を見つめる、驚いたような表情。
その端正な顔には、眼鏡が――
あれ?
眼鏡が――ないぞ。
ど、どういうことだ?俺はまじまじと長門を見つめ、一年前との違いにようやく気が付いた。
手に持っているのは分厚い本じゃなく、薄っぺらな新聞。そして傍らに置いたラジオ。イヤホンが片耳に伸びている。
そして、眼鏡のつるがかかっているべき耳には――
赤鉛筆だ。
俺は絶望的な気持ちで溜息をついた。
競馬狂、長門有希がそこにいた。

俺がいきなり入ってきたので、一瞬立ち上がった長門は、すぐまた椅子に戻り、視線を競馬新聞に落とした。まるでスプーンを曲げようと試みる5歳児のように真剣な目つきだ。
「あのー、長門、さん?」
長門は、ちら、とこちらに、草むらに隠れた路傍の石でも見るような視線を送った。
「なに」
それっきり、また競馬新聞に没頭する。
「ちょっと、その……話があって……」
「あと」
戦場で聞かされたら、相手の戦意を完全に断ち切るような即答だ。
「レースが始まるから」
長門は、イヤホンに片手を当て、ラジオから流れる実況に耳を澄ましているようだ。
やれやれ……。
俺はひょいと、長門の手元にある競馬新聞を覗き込んだ。びっしりと赤鉛筆で、予想やデータが書き込まれている。相変わらずのきれいな楷書体だ。
と、そこで昨日の記憶がフラッシュ・バックする。
たしか、昨日、SOS団の巫女さん長門も競馬新聞をチェックしていた。何でも、今世紀四番目の大穴がでるから、資金をまわすとか……。
あいつの場合は、実際に結果を知っているのだから、予想ではなくただのインチキなのだが。
はて、そのとき、長門が赤丸で囲んだ馬は……たしか……。
「……長門さん、この、アサクラアサシンって馬が一着になると思うぞ」
長門有希は、幸運を呼び込む壺を売りにきたセールスマンを見るように、胡散臭そうに俺をみて、ばっさりと袈裟切りで切り捨てるように断定的に言う。
「ない」
「いや、でも……」
長門はやれやれといった表情になる。古泉だったら肩の一つもすくめるところだ。
「不可能。無理。素人考え。……火傷をする前に馬はやめたほうがよい」
このやろう……いいだろう。未来を知っている人間の強さを見せてやるよ。

「…………………」
レースが終わり、長門有希は三点リーダを大量生産しながら、俺の顔を穴が開くほど見つめている。
その視線は、先ほどまでの、石ころに向けるような無感動なものから、うって変わって、驚嘆と尊敬に満ち溢れてきらきらと輝いている。
「……師匠」
こら、誰が師匠だ。

14『ループ・タイム――涼宮ハルヒの消失――』6:2006/08/19(土) 19:21:25 ID:q4j3JCAE

調子を狂わせられっぱなしの俺は、ようやく本題を切り出した。……とはいえ、この分じゃ期待はできないがな。
「あー、長門、お前、俺と会ったことがあるか?」
「ない、師匠」
そうか……やはりな。こちらの世界の長門有希が、読書狂じゃなくて、競馬狂になっているんだから、図書館で俺に出会った記憶がないってことは、まあ、不自然じゃない。
「……でも、師匠のことは知っている」
ああ、まあ同じ学校なんだから、見たことぐらいはあるだろう――
「師匠は、私と同じマンションに住む、朝倉涼子の婚約者」

「あ、いたいた」
そのとき、当の朝倉涼子が、ドアを開けて文芸部室に入ってきた。
い、今、長門はなんと言った?婚約、俺と朝倉涼子が?
谷口の言葉が頭を掠める。女房。あれは、朝倉のことだったのか。
朝倉はにこやかに、黙り込んでしまった俺を長門に紹介する。
「長門さん、こちら、キョンくん。知ってるよね、あたしと同じクラスの……。彼、文芸部に入りたいんだって」
その一言で、長門は、納得したようにこっくり頷いて、パタパタと棚に歩いていくと、入部届けの用紙を持ってきて、俺にさしだした。
「今、部員は一人」
長門は、ちょっと頬を赤らめた。そして、微かにだが、笑ったように見えた。
なんだか、あれほど見たいと思っていた長門の笑顔さえ、異質なものに思えてしまう。
変だぜ、この世界。競馬狂?
「師匠で、二人目」


俺と朝倉と長門は、三人で朝倉の家まで帰った。
うーむ、思考が上手く働いてくれない。あと、長門、頼むから師匠って呼び方はやめて欲しい。
朝倉が俺の腕に、ごく当たり前のことのように自分の腕を絡めてきたのも、俺の思考を停止させるのに一役買ったと思われる。
これじゃまるで恋人同士じゃねーか――と、突っ込んでみても、事実、この世界ではそうなのだから仕方がない。恋人どころか、既に婚約しているのだ。
SOS団にいるときのような、少し翳のある笑顔ではなく、心の底から喜んでいるようないい笑顔をつくる朝倉涼子の顔を見ていると、なんだか、俺のほうまで変な気持ちになってくる。
まるで、ずっと前から朝倉が恋人だったような――
やめろ、俺。元の世界にかえれば、俺にはハルヒがいるだろうが。
しかし……
俺はちらりと横を見る。
長門は、すっかり尊敬のまなざしで、俺のことをその黒曜石のような瞳でじっと見つめている。
そう見るなよ、俺には予想師の才能なんてまるでないんだから……。
「師匠、聞いて欲しい」
なんだ、長門?
「この長門有希には夢がある――いつか、馬主になりたい。自分の馬で、レースを勝ち抜いてみたい」
……その馬につける名前も、もう決まっているんだろ?
長門はコックリと頷く。
俺と長門は同時に言った。
『サイレントユキ』
やれやれ。

15『ループ・タイム――涼宮ハルヒの消失――』7:2006/08/19(土) 19:21:59 ID:q4j3JCAE

長門の大食漢ぶりは相変わらずで、すっかり腹の減っていた俺も、朝倉の作ったおでんを貪り食う。うむ、うまい、やはり絶品だ。
あっという間に夕食を平らげると、長門有希は、つと立ち上がった。
「長門さん、帰るの?」
長門は無言で頷く。そして、俺の方を見て言った。
「師匠、また明日、部室で」
そう言い終ると、長門はするりと玄関から出て行った。
「ふふ、意外だな、キョンくんが、長門さんと仲良くなるなんて」
長門を見送った俺に、朝倉が嬉しそうに言った。
まいったね。
いずれにせよ、明日、ハルヒと古泉、朝比奈さん、朝倉を連れて、文芸部室に行けば片がつくことだが。
元の世界に戻ったときに、長門にじっくり話を聞いてみたい。何考えてんだ?
「じゃあ、俺もこれで――」
と腰を上げてかけると、朝倉は助けた亀に殴られた浦島のように、びっくりして目を丸くした。
「ど、どうしたの、キョンくん。なにか特別な用事でもあるの?」
い、いや、そんなものは別にないが。
「じゃあ、いつもみたいに泊まっていくんでしょ?一緒に、お風呂はいろうよ」
お風呂?いつもみたいに?お風呂?一緒に?
急に、朝倉はクリスマスプレゼントが貰えなかった子供のように、悲しそうな目になる。
「……あたしのことが嫌いになったの?だから帰るって――」
「ち、違うっ、違う違う!そ、そうか、そうだな、風呂に入らせてもらおうか」
慌てて力いっぱい否定してしまった。
朝倉は顔を赤くして、下を向きながら言った。
「じゃあ……お風呂場行こう、ね?」

俺が戸惑っている間に、朝倉はするすると自分の服を脱いだ。それがさも当然であるかのように、俺の前に豊かな白い裸体をあらわにする。
「キョンくん、脱がないの?」
「あ、いや、その緊張して……」
実際は膨張だがな。主にトランクスの中が。
「ふふ、変なの、婚約者なのに、いまさら緊張なんて……しかたないな、脱がしてあげる」
「い、いや、大丈夫だっ、自分で脱ぐからっ」
朝倉が屈み込んで俺のズボンのチャックを下げようとしたのを止めて、俺はあわてて、朝倉を風呂場に押し込んだ。
腰にタオルを巻いても、息子の頑張りは隠しようもない。諦めて、タオルは手にもったまま風呂場に入った。
「背中流してあげる」
朝倉は、俺を座らせて、背中に石鹸を塗りたくる。スポンジの感触が背中を這い回り……ってあれ、なんか違うものの感触だ……これは……
「あ、朝倉、その、胸があたってる」
「そう、こっちが元気になっちゃうかな?」
朝倉は、いたずらっぽく笑うと、俺の股間に手を伸ばした。
うっ、おいよせ朝倉っ、息子をなでなでするな!
「後でたっぷり頑張ってもらうんだもの……ねぎらわなきゃ、ね」
ねぎらう必要なんてない。十分に元気いっぱいだ。こいつは今100パーセント中の100パーセントになっているところだぞ。
朝倉がシャワーで泡を洗い流し、俺が逃げるように湯船につかると、朝倉が後から湯船にはいってきた。
広めの湯船とはいえ、二人で入れば当然ながら、俺と朝倉の体は、ちょうど抱きかかえるように密着した。
「キョンくん……その……硬いの、あたってる……」
朝倉が赤い顔をして呟く。すまん、だがどうしようもない。
「ね、手をまわして……抱きしめて……」
言われたとおりにした。朝倉の体はひどく柔らかい。
朝倉の肩から漂う、石鹸の匂いに、脳みそが融けそうだ……。

16『ループ・タイム――涼宮ハルヒの消失――』8:2006/08/19(土) 19:22:39 ID:q4j3JCAE

朝倉が髪を乾かしている間、朝倉に言われたように、朝倉の部屋で、ベッドに腰掛けて待つ。
さすがに、自分のパジャマが用意されているのを知ったときには愕然としたね。どんだけ入り浸ってるんだ、俺は。
ふとベッドの枕元の方を見ると、そこに――
あった。
シンプルな写真立て。そして、あの写真が。
夏合宿の時に撮った、SOS団の集合写真。困惑したような、朝倉の微笑。
写真を見つめるうちに、融けきった脳みそが、ようやく少し動き出す。
だが、また疑問が増えちまった。
なぜ、この写真は改変を免れた?なぜ、長門は図書館に行った記憶を持っていない?
今度の改変は、一年前のときとどこか違っている。そのことは分かる。
では、どこが違うのか?
そこで俺の思考はフリーズする。
やれやれ。
長門有希、一人きりのがらんとしたマンションで、今、何を考えているんだ?
浮かんできた映像は、大量のデータと睨めっこしながら、予想師としての腕を磨く長門の姿だった。
ううむ、緊張感がない……。

パジャマ姿で朝倉涼子が部屋に入ってきた。
「朝倉、この写真、いつ、どこで撮ったか覚えているか」
「え、写真?」
朝倉は、写真立てを取り上げると、しげしげと覗き込んだ。
「変だな……この写真、撮った覚えがないわ……あなたと長門さんと……後は知らない人たちね」
おかしいなあ、と朝倉は首をひねった。
「キョンくん、この人たち知ってる?」
ああ、知ってるさ。明日、お前にも会わせてやるよ。
「ふぅん……ずいぶん仲が良さそうね……」
俺の腕を取ったハルヒの笑顔をまじまじと見つめながら、朝倉がぼそりと呟く。
ひょっとして、やきもちか、朝倉?
「……ばか」
朝倉はプッと頬っぺたを膨らませた。ドスンと俺の横に腰を下ろし、俺の肩に頭をもたれさせる。
俺の心臓はバクバクと鼓動を速めている。
……さて、どうする?
どうしようもない。流れに従うこと以外に、俺になにが出来るだろう?
俺は朝倉の肩に、震える手をまわして、朝倉涼子を抱き寄せた。
「キス、して」
朝倉が目をつぶった。

パジャマを脱がせ、シンプルな白い下着をとると、朝倉が一糸まとわぬ姿が現れた。ふくよかで柔らかそうな体、大きな胸。相変わらず、プロポーションは抜群だ。
「やだ、そんなにまじまじ見つめないで……」
慌てて朝倉が胸を隠そうとするが、腕に圧迫された乳が横からこぼれて、余計に興奮させる。
朝倉も、恥じらいのためだろうか、ミルクのように白く艶やかな肌の胸元を、ほのかに赤く染めていた。
俺は、さらに速く、バクバクと心臓を鼓動させながら、手を伸ばして朝倉の胸に触れてみた。吸い込まれるように柔らかい。
「んっ……」
朝倉がピクンと体を震わせる。さらにピンク色の乳首を触っていると、次第にその突起は硬くなってきた。
「んん……もお……」
朝倉が俺に抱きついてくる。貪るように、朝倉は俺の口を吸った。
「んくっ……ちゅる……ぷはっ……ねえ、キョンくん……」
ん、どうした?
朝倉が赤い顔で、わずかに瞳を潤ませている。
「……今日も、あれ言わなくちゃ駄目?」
あれってなんだ――と言いかけたが、ここは無言で頷いておこう。きっと好きだとか愛してるだとかなんとか、そんなセリフだろ、おそらく。
朝倉は、恥ずかしそうにコックリ頷くと、俺から体を離し、ごろんとベッドに寝転がり、柔らかな太腿の奥にある、自分の茂みの下を広げてみせた。
「キョンくん、お願いします……涼子のおま×こ、な、舐めてください……」
えええええ!?
懸命にそのセリフを言い終わった朝倉を、俺は呆然とした顔で見つめていた。
俺は朝倉に、こんなことを言わせていたという設定になっていたのか……。
朝倉にこんなことを言わせている自分をぶん殴ってやりたい。
いや、そのように世界改変をしたのは、そもそも長門だから……
「も、もう一回?お願いします……涼子のおま×こを――」
「い、いや、いいんだ、スマン、朝倉!」
慌てて遮ると、俺は朝倉の腿の間に顔を埋めた。
「あんっ……くうっ……キョンくん、いいよお……くぅん」
長門、長門、そっちの世界に戻ったら、じっくり話を聞かせてもらうからな!!

17『ループ・タイム――涼宮ハルヒの消失――』9:2006/08/19(土) 19:23:12 ID:q4j3JCAE

俺は、朝倉の大事な部分に、身を硬くした自分の息子をあてがい、一気に腰を沈めた。
「あはぁっ……うう、キョンくんのが、入ってる……あんっ……」
そのまま、ゆっくりと腰を動かす。
「あんっ……んんっ……気持ちいいよ……キョンくん……」
うう、腰の動きが自然と速くなる。朝倉は嬉しそうな声を漏らした。
「あんっ……あはあっ……いいよぉ、キョンくんっ、あん、あん、あん、ああんっ、気持ちいいっ!!」
下半身に比重の重い液体がたまっていくような感覚。それがゆっくりとせり上がってきて、あふれ出ようとする。
「ああん、ああんっ!!あん、あん、ああん、あはあっ……いっ、いい、いきそお、キョンくんっ」
朝倉が腰をくねらせ、ビクンと体を震わせた。
「あうっ、あはああああああああっ!!!……あふっ……あはっ……ふうっ……」
俺は、達してビクビクと体を震わせている朝倉に口付けをした。
「……大好き」
俺もだ……決して嘘じゃない。
だが……。
俺の居場所はここではないんだ。


「朝倉、ちょっと用事があって、午後の授業はサボるから、放課後、文芸部で待っていてくれないか?」
翌日の昼休み、俺と向かい合ってお弁当を食べていた朝倉涼子は、ご飯を運ぶ箸を止めた。
「うん、いいけど……それって、写真の人たちのこと?」
「そう」
俺はブレザーのポケットから写真を取り出す。今朝、朝倉に言って借りたものだ。
これが切り札の一つになる。そんな気がしたからな。
「キョンくん、成績いいから大丈夫だと思うけど、あんまりサボっちゃだめよ」
朝倉はウインナーを箸でつまむと、にっこりと微笑んで、俺の方に差し出す。
く、口をあけろというのか……クラス中が微笑ましい光景でも見ているように、俺とお前の昼食風景を眺めているんだぞ。
「……食べたくない?」
朝倉が悲しそうに瞳を潤ませる。クラス中から放たれる、突き刺すような鋭い視線が痛い。
俺は観念して、口を開けた。
朝倉が嬉しそうににっこりと微笑む。
「はい、キョンくん。あーん」
うう、俺はなにをやっているんだ……長門、俺に何をさせたいんだ……お前は。

18『ループ・タイム――涼宮ハルヒの消失――』10:2006/08/19(土) 19:23:45 ID:q4j3JCAE


光陽明学園の前で待つこと、二時間近く。
もう少し遅く出てもよかった気もするが、一年前とのズレは看過できないレベルだ。なんかの拍子で、ハルヒと古泉に出会えなかったら痛い。
男子は詰襟、女子はブレザー。共学になった私立学園の、制服姿の高校生たちが次々と下校してくる。
さて、古泉とハルヒが出てきたら、なんと言って話しかけるか?
俺が苦心して適切なセリフをひねり出そうとしているとき――

出てきた。
涼宮ハルヒと、古泉一樹。

ハルヒの髪が長い。腰まで届くロングヘアだ。そして、入学当初のような、つまらない日常に苛立つ不機嫌な表情。
一年前と変わっていない。金魚の糞のように古泉がくっついているが、さて、こっちの古泉は、ハルヒのことが好きだとかぬかすかね?

「古泉一樹と、涼宮ハルヒだな?」
古泉とハルヒは、キャッチセールスでも見るように、胡散臭そうに立ち止まった。
「ええ、そうですが……はて、あなたはどなたでしょう?」
ハルヒも絶対零度のように冷たい視線を俺に向ける。
「なんであたしの名前を知ってんの?あんた、ストーカー?北高の制服ね……なんの用?ナンパならお断りだから」
視線で殺そうとでもいうのか、ギロリと俺を睨みつけるハルヒ。やれやれ、まあいい。どうせ、言うべきことは決まっているんだ。
「三年前の七夕、お前は学校の校庭に白線でメッセージを書いた」
む、とハルヒが眉をしかめる。
「……それがなんだってのよ、ふん、誰だって知ってるわ、そんなこと」
「聞け。そのメッセージは、織姫と彦星に宛てられたもので、内容は『私はここにいる』だった……」
さっとハルヒの顔色が変わる。猛牛のごとく俺のネクタイを引っつかもうとするハルヒを、俺はひらりとかわす。
「な、なんで読めるのよ……あたしが考えた宇宙語を……確かにそう書いたけど……」
なんで知ってるか、教えてやるよ。だってな……
「ほっとんど俺が書いたじゃねえか、あれは!」
よし、言ってやったぜ。ハルヒが瀕死の金魚のように口をパクパクとさせた。
「あ、あんた……じゃあ……」
そう。その通り。
「俺がジョン・スミスだ……まあ、キョンってあだ名のほうが慣れてはいるが」
さて、話を聞いてもらおうか。
ハルヒは、呆然とした顔で、コックリと頷いた。

「SOS団か……楽しそうね」
はあ、と涼宮ハルヒは溜息をついた。一方、古泉の方は、相変わらず半信半疑の表情だ。というか、完全に信じてないだろうな、この表情じゃ。
「信じられないか?」
俺は古泉に聞いてみる。古泉は肩をすくめた。
「あなたがジョン・スミスさんである、という確証もありませんしね。北高には、三年前に本物のジョン・スミスさんがいて、あなたは単にその話を聞いたのかもしれません。
その場合、タイム・トラベルを持ち出さなくとも説明がつきます」
「なるほど。ちなみに、俺のいた世界では、お前はガチでホモだったぜ」
「こちらでもそうですよ」
古泉はさらりと流す。
爽やかだがぞっとする。実にぞっとする。
俺はポケットから、かねてからの写真を取り出した。
「じゃあ、これはどう思う?単なる合成に見えるか?」
俺たちSOS団が写っている、この世界では唯一の写真。
古泉は、まじまじと写真を覗き込み、写真をひっくり返し、またまじまじと眺め、やがて溜息をついた。
「お手上げです。まるで本物ですね……この写真の季節は夏ですか?」
「SOS団の夏合宿だ。孤島に遊びに行ったんだよ。俺が平行世界からやってきたことの、唯一の証拠になっちまったが……」
ハルヒも目を丸くして、自分の写った写真を眺めている。
「これが……SOS団の団員たち?」
その通りだ。宇宙人、未来人、超能力者。あと、俺と朝倉が普通人だ。
さて。
「北高にくれば、そいつらに会わせてやれる。どうだ、来るか?」
ハルヒは、全力でブンブンと音がしそうなほどに首を縦に振り、古泉もしぶしぶといった様子で頷いた。

19『ループ・タイム――涼宮ハルヒの消失――』11:2006/08/19(土) 19:24:17 ID:q4j3JCAE


ハルヒと古泉を、朝倉と長門が待つ文芸部に押し込み、「師匠……」「キョンくん……」という声を振り切って俺は書道部に向かう。
ちょっとお話が……というと、朝比奈さんは案外素直に頷いてついて来てくれた。昨日挨拶しておいたことが功を奏したようだ。
俺がドアを開けて、一同、訳がわからない、といった顔をしている文芸部室に朝比奈さんを連れて入ると――
パソコンの電源が入った。
俺はまっすぐパソコンの前に座る。やれやれ、これで任務完了だ。

YUKI.N> これは緊急脱出プログラムである。起動させる場合はエンターキーを、そうでない場合はそれ以外のキーを選択せよ。起動させた場合、あなたは時空改変の機会を得る。

カーソルが言葉を紡ぐ。

YUKI.N> このプログラムが起動するのは一度きりである。実行ののち、消去される。非実行が選択された場合は起動されずに消去される。Ready?

「なんなのこれ?どういうこと?ちょっと、ジョン、説明しなさいっ」
ハルヒがわめく。
「自分の世界に帰るんだよ……」
俺は、長門の顔を見る。困惑した表情。
そして――
朝倉、涼子。
「キョンくん……どういうこと……ど、どこに行くの……」
怯えた声を出す。泣き出しそうな顔だ。
Enterキーにかけた手が震える。俺だって、この世界が嫌いじゃないさ。
だがな、朝倉。
俺がお前に――本当のお前に会うためには、俺は、ここにいるわけにはいかないんだ。
「キョンくん、待って――」
朝倉の声が聞こえたが、俺は、ぐっと目をつぶって、Enterキーを押し込んだ。


次の瞬間には、俺は長門のマンションにいた。
「あなたを待っていた」
おう、二日ぶりだな長門。といっても、お前は今日俺に会ったばかりか。
目の前の長門有希は、すっと立ち上がった
「時間が惜しい。今すぐ出かける。説明は途中で」
「お、おい、どうしたんだ?」
「道々話す」
俺は長門にものすごい力で引っ張られて、走るように長門のマンションを飛び出た。
「ど、どこ行くんだ?」
長門はワイヤーロックがかかったスクーターに近づくと、高速呪文を唱えてロックを外した。同時に、キーもなしにエンジンがかかる。
「あなたの家。……乗って」
おいまてそれは窃盗だ――という俺の抗議もむなしく、俺が後ろに乗った瞬間、長門は全速力でスクーターを発進させ、俺は後ろに吹っ飛びそうになった。
「スピルバーグの映画では、宇宙人との二人乗りはもっと優雅だったぞ!」
俺は長門の腰にしがみつきながら叫ぶ。
「しっかりつかまって……ブースターモードで加速」
長門がさらに高速呪文を唱え、さらにスクーターは急加速した。

20『ループ・タイム――涼宮ハルヒの消失――』12:2006/08/19(土) 19:25:03 ID:q4j3JCAE

「時空改変を行うのは、朝倉涼子」
俺の家に向かう途中、そう長門が言ったとき、俺は長門の腰にしがみつきながら叫んだ。
「まて、そんなはずはない……だって、今の朝倉にはそんな力はないはずだ!お前が、無害に構成した普通の女子高生のはずだろ!!」
「そう」
長門が呟くように言う。
「だが、情報統合思念体の急進派が、朝倉涼子に干渉した。朝倉の情報操作能力を復元し、その任務を進めようと独断専行……」
朝倉の任務?
「あなたを殺して、涼宮ハルヒの情報爆発を誘発すること」
一年前の、薄く笑ってナイフを構えた朝倉の姿が頭に浮かぶ。
「じゃ、じゃあ、朝倉は、俺を殺すために、俺の家に向かっているってのか!?」
「そう。だが、朝倉涼子は、あなたを殺さなかった。そのかわりに……」
ようやく、俺の頭の中で、すべてのことがつながった。


俺の家の前について、俺と長門はバイクを乗り捨てた。誰だか知らないが、持ち主、スマン。
「間に合った」
朝倉涼子は、まだ来ていないようだ。
長門は、ふと目を伏せる。
「……本来、安全を考えれば、あなたを連れてくるべきではなかった。だが――」
俺にも長門の言いたいことは分かった。
そう、俺が見届けなくてはならないんだ――
この事件の、決着を。
俺は長門に向かって頷いた。
そのときだった。

暗闇の中から、ゆっくりと人影が出てきた。
長い髪、制服のスカートの下に伸びる足、白いハイソックス。そして、凍りついたような薄い笑み。
右手に持った、大型のごついナイフが、電燈に照らし出されて冷たい光を放つ。
情報統合思念体の急進派が、俺を殺すために作成したヒューマノイド・インターフェイス。
朝倉、涼子。

21『ループ・タイム――涼宮ハルヒの消失――』13:2006/08/19(土) 19:25:34 ID:q4j3JCAE

「あら、長門さんじゃない……こんな時間に何をしているの?」
朝倉が長門に問いかける。にこやかな笑顔。だが――
その表情は、薄っぺらの作り物だ。
長門によって再構成された、SOS団団員の朝倉涼子の表情が、俺の頭をよぎる。

困ったように微笑む顔。喜びにあふれた表情。うつむいて涙をこらえる顔。

どれもこれも、作り物の表情じゃなかった。本物の感情が表れた顔だ。
今、目の前にいる、朝倉涼子の、笑顔とは違う。どれだけそれが、笑っているように見えたとしても、こいつの表情は作り物だ。
「あなたの目的は分かっている……彼を殺させるわけにはいかない」
「彼?」
そういった瞬間に、朝倉がピクリと体を震わせた。
「それが私の任務だもの……そうしなくてはならないの。それとも、邪魔する気?」
朝倉の動きがおかしい。
体を小刻みに震わせ、動きがぎこちない。言葉も、微かにどもるような口調になっている。
長門が言う。
「あなたは、蓄積したエラーデータによって正常稼動することが出来ない。……私には勝てない」
「……やってみなくちゃ分からないわよ……殺さなくちゃいけななないいいののの……彼を……キキキキョンくんんんをを」
朝倉の言葉は、異常動作をしたCDのように、奇妙な繰り返しをする。
ぶるぶると朝倉の体が震えだし、朝倉の顔に張り付いた冷たい笑顔が、はっきり分かるぐらいに歪んだ。
朝倉涼子の表情が変わる。
その顔が――いまにも泣き出しそうな顔になった。
はっと俺は息をのんだ。
――朝倉だ、SOS団団員の。間違いない!
「朝倉っ!!」
朝倉は、涙をぽろぽろこぼしながら、ぎこちなく俺の方に顔を向ける。
「かかか体が、勝手にににっ……あああたしは、キョンくんんんのことを殺したたくなんかないのににに……」
がくがくと震えて、朝倉は体をよじりながら、地面にひざをついた。
長門の方にやっとのことで顔を向けた朝倉は、苦しそうに涙をぼろぼろと零した。
「なな長門さん……たたたたたすすけて……こんなのこんなのののいいいややああああああ!!」
それっきり沈黙すると、一回大きく、ビクン、と体を震わせ、やがて朝倉涼子は体を起こした。
朝倉の体の震えは止まっている。
俺の方を見た、朝倉涼子の冷たい目。その顔には、凍りついたような笑みが浮かんでいる。
「さよなら、死んで!!」
一閃、ナイフと腰だめにして、朝倉涼子は、俺に向かって飛び掛ってきた。

ズンッ

白刃が、柔らかい肉体を突き通す音。
だが――
俺が刺されたわけじゃない。朝倉のナイフは、俺から50センチほどのところで止まっていた。
「キョン……くん……」
長門の腕が輝く刃に変わって、朝倉の胸を突き通していた。
長門はひどく苦しそうな表情を浮かべている。涙が一筋、長門の頬をつたった。
ズブ、と長門は朝倉の体から白刃を引き抜く。胸から血を噴出させながら、朝倉涼子は地面に崩れ落ちた。
「朝倉ああっ!!」
俺は朝倉に駆け寄った。
朝倉涼子は、体をビクビクと痙攣させながら、微かに呟いた。
「かか改変ん……しししなくちゃ……今度こそそそそ……ふつうののの……おお女の子で……キョンくんと……一緒……に……」
長門が、朝倉の前に屈み込んで、朝倉の耳に囁く。
「……その必要はない」
長門を見つめる、朝倉の虚ろな目。
「あなたを情報統合思念体から再切断する……目覚めたとき、あなたは元の、普通の高校生に戻っている……」
朝倉が、かすかに微笑む。
「安心して」
そういった長門の目からは、涙が流れていた。
「あ……り……が……と……」
俺は、ようやく朝倉を抱きおこす。
朝倉涼子は、既に意識を失っていた。

22『ループ・タイム――涼宮ハルヒの消失――』14:2006/08/19(土) 19:26:10 ID:q4j3JCAE


さて、後日談。
朝倉は眠ったまま病院に運ばれた。そのまま三日間、眠り続けている。
もちろん、肉体的に傷がどうこうってわけじゃない。長門が、情報統合思念体からの干渉を防止する防壁プログラムを、じっくりと時間をかけて構築するために、構築のあいだ朝倉には眠ってもらっていた。
そして、今日の朝、長門が電話で、プログラムの構築が終わったと連絡してきた。情報統合思念体の干渉は、今後、まず起きないだろうと長門は言う。
そう信じたい。
椅子に腰掛けた俺は、病院のベッドで眠り続ける朝倉涼子の美しい顔を見た。
……朝倉は、俺を殺すように、情報統合思念体の急進派によって、プログラムの干渉を受けた。
自分の意志に反して、俺を殺すために、俺の家に向かっているとき、朝倉はどんな気持ちだったのだろう。
そして、そのぎりぎりの瞬間、朝倉はハルヒの能力を利用して世界改変をした。
後のことは、俺が体験した通りだ。
朝倉が改変した世界では、朝倉涼子は俺の婚約者になっていた。
俺の弁当を作り、一緒にそれを食べ、ポニーテールを揺らして、幸福そうに笑っていた。
あのとき、Enterキーを押さなければ――
果たして朝倉は幸せになれたのだろうか?
俺は首を振った。
断言する。
答えは――NOだ。
なぜって?
俺は立ち上がって、朝倉の眠るベッドの枕元に置かれた写真立てを取り上げた。俺のポケットに入ったままだった写真。
長門がもってきた写真立てに入れて、朝倉の枕元においてある。
SOS団の集合写真だ。ハルヒ、長門、古泉、朝比奈さん、妹に抱きつかれた俺、そして――
困惑したように、微笑する朝倉。
朝倉が、改変をした世界で、唯一そのままにしたもの。
これが、お前の答えだと受け取っていいんだよな?
SOS団のみんなと一緒に、この世界に留まることが。
俺は、朝倉の顔を覗きこんだ。――そろそろだろうと思う。そんな予感がする。
朝倉涼子が、目を覚ます。
やがて、ゆっくりと開いていくまぶた。その瞳が――
俺を見る。
泣くんじゃないぜ、俺。ここは笑うべきところだ。朝倉にお前の笑顔を見せてやれよ。ほら、笑え。
俺は、こぼれてきた涙をぬぐうと、無理やりに笑顔を作った。

「おかえり、朝倉」
「……うん」

朝倉涼子が、微笑んだ。



おしまい

23名無しさん@ピンキー:2006/08/19(土) 19:36:52 ID:j.h1L7eU
いつもながらGJ!感服しました!

24名無しさん@ピンキー:2006/08/19(土) 19:58:37 ID:YdAe5BEs
おれも、アクセス規制かかってるんだorz

25名無しさん@ピンキー:2006/08/19(土) 19:59:10 ID:YdAe5BEs
すまんsageわすれた

26名無しさん@ピンキー:2006/08/19(土) 20:22:26 ID:1/.Fe/wY
gj!!感動した!
どこの世界でも古泉はホモなんだな・・・。

27名無しさん@ピンキー:2006/08/19(土) 20:22:58 ID:J1ggHL5Q
朝倉スキーの私にとっては正に神ktです
感動しました
素敵なSSを有難うございます

28名無しさん@ピンキー:2006/08/19(土) 20:56:49 ID:CtATZT/U
長門のおっさん具合と古泉の扱いにワラタwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

29名無しさん@ピンキー:2006/08/19(土) 21:43:38 ID:OAwjiHbQ
いつもながら大した力量だ、GJ!(*^ー゚)b

30名無しさん@ピンキー:2006/08/19(土) 21:58:05 ID:8olhePbM
ループ消失朝倉に激しく萌えた
そしてえたさりげないジョジョネタにワロタwww

31名無しさん@ピンキー:2006/08/19(土) 22:06:59 ID:DHuRGwAw
良いSSだよなぁ……
帰ってきた朝倉に時空改変時の記憶が在ったらキョンに対するアプローチが過激になりそうだ。

1つだけ無粋を承知で言わせて貰うと、脱皮直後の蟹は甲羅まで食べる事も可能だ。
ソフトシェルクラブと言う高級食材らしい、昔ミスター味っ子にも出てきた。

32名無しさん@ピンキー:2006/08/19(土) 22:50:14 ID:ykjtCfzU
マジで凄いな…
きちんと話を作りながら、さらりとギャグを織り交ぜるあたりが。
競馬狂長門とガチホモ古泉に死ぬほど笑ったw

33名無しさん@ピンキー:2006/08/19(土) 23:21:43 ID:8tK7G.Vc
ほえー、原作再構成モノは数多く見てきたが、
その中でも出色の出来だね、このシリーズ。
なんか朝倉好きになりそう。

34名無しさん@ピンキー:2006/08/19(土) 23:56:01 ID:t02UUdUo
GJ!朝倉さんがとても好きになりました。

35名無しさん@ピンキー:2006/08/20(日) 01:42:34 ID:YWIVY9Ho
改変したのが朝倉って事は…
朝倉は「キョンくん、お願いします……涼子のおま×こ、な、舐めてください……」
なんてセリフを自分で広げて見せながら言わされちゃうような世界を望んでるって事か…

…た、たまらん!

36名無しさん@ピンキー:2006/08/20(日) 02:23:56 ID:ExrOpTAw
>>22
GJ!朝倉のSS少ないからこういうの期待してたよ。
>>35
お前天才だな!
それを頭に置きながらもう一度読むとさらに(*´Д`)/lァ/lァ

37名無しさん@ピンキー:2006/08/20(日) 12:17:26 ID:hSqPitEc
ガチで天才じゃないのかと思った

38名無しさん@ピンキー:2006/08/21(月) 08:01:56 ID:wgkmbdkk
>>37

天才なのは22? 35?
俺は両名とも天才だと思うが。

39名無しさん@ピンキー:2007/01/12(金) 16:18:05 ID:lKoVDfu2
とりあえず書き込み。

40名無しさん@ピンキー:2007/04/30(月) 22:34:18 ID:a.Xwzo72
サマンオサの宿屋二階、今では臨時作戦会議室となっている部屋の窓からは、
憂欝で退屈な曇り空と、暗い紫色の外壁に、所々にガーゴイルの銅像が立ってい
るという一目で悪趣味と分かる外観のお城の光景が広がっている。
 国全体もこのお城に合わせたようにどんよりとした雰囲気で、こんな場所に長
居してたらこっちまで気が滅入りそう。
 いや、気を抜いたらダメだわ。あたしは首を振ることで、あたしの中の弱気を
追い出した。
「涼宮さん」
 隣で一緒に景色を眺めていた朝倉涼子が声を掛けてきた。ちょっと前まで敵同
士だったけど、今では戦う理由もないのでその魔法の腕を買って付いてきてもら
っている。困ったような表情をしてるけど、何かマズイものでも見ちゃったのかしら。
「ターゲットにはどうやって近づくの?」
 涼子は窓の景色の下の方を指差し、
「あれを突破しないと、お城には入れそうにないわよ」
 涼子が指差した先は城の周辺。そこには沢山の警備兵がネズミ一匹通さないと
いった表情で睨みをきかせていた。確かにあれじゃ謁見どころか城に近づくこと
もできない。
「ふん、随分な歓迎ね」あたしは毒づき、忌々しいガードマン達を睥睨した。
 ……やっば、目が合っちやったわ。今は隠れてなきゃと慌てて窓から顔を離し
、ほっと胸を撫で下ろす。そうやって気分を落ち着かせていると、目の前の二つ
あるベッドの右側で淡々と読書に耽る白い横顔が目に入った。
「……」
 いつでも変わらない光景を見て、あたしは平常心を取り戻す。あの雑魚共まと
めて有希の魔法で眠らせてやりたいところだけど、今日の戦いに備えてMPは温存
しておきたいし……ちょっと困ったわね。
 どうやってあたし一人であの数百人単位の警備兵全員を無傷で殴り倒すか考え
ていると、もう一つのベッドに転がって四肢を完全に弛緩させながら、
「警備のことなら心配はいらないっさ。一樹くんの調べによると真夜中には警備
が手薄になるらしいにょろー」
 これまた弛緩しきった声で言った。
「あら、そうなの?悪玉のくせに闇討ちに対して無防備だなんて抜けてるわね。」
 いいことを聞いたわ。なら遠慮なく寝首をかかせてもらおうじゃない。死して
屍拾う者無しよ!意味はわかんないけど。
「知らなきゃあのガードを強行突破してたかもね。それと、忘れないうちにっ」
 むっくりと起き上がった鶴屋さんは道具袋をごそごそとまさぐり、やがて一対
の紙とペンを取り出した。それはいつもあみだくじを作る……。
「そうそうっ。投獄されてる本物の王さまも助けなきゃいけないから、こっから
さらに二手に分かれる必要があるのさっ」
 鶴屋さんは部屋の壁を下敷き代わりに左手で紙を抑えると、せっせと縦線を引
きはじめた。
 
 さて、今あたしたちはこの緊張感のない雰囲気の中とある計画を練っている。
どんな計画なのか、その経緯について……考えをまとめるために、一からおさら
いしてみるのもいいわね。

 あたしたち四人が今現在滞在しているこの国の王さまは、以前とすっかり人が
変わってしまったと国中で話題になっている。もとは温厚で人望の厚かった王さ
まがある日突然罪なき人を捕まえては公開処刑を繰り返すような残虐な人間にな
ってしまったらしい。
 
 サマンオサ国の危機を感じた家来たちが密かに調査団を派遣してみたところ、
その王さまは偽者で、本物の方は地下牢の中で魔物に姿を変えられてへたばって
いた、という事実が発覚。政府はそのやたらと強いらしいニセ王様を消すべく腕
の立つ人物を捜しに世界を駆けずり回り、その結果あたしたちに白羽の矢が立っ
た、と。まさか勇者の一味として暗殺を請け負うなんて、思ってもみなかったわね。
「勇者にしか出来ない力仕事もあるってことさっ。でも、今回は親玉をとっちめ
ただけじゃ終わんないっぽいよっ」
 どういうこと?
「サマンオサから魔王軍への資金援助が確認されている。これは調査の段階で分
かったこと。もっと調べる必要がある」
 さっきから本にかかりっきりの有希は、それだけ言ってまた本の世界に帰って
いった。
 

 古泉くんの情報通り、夜のお城は昼とはうって変わって無防備そのもの。だか
らってさすがに正面から突っこむのはさすがにマズイので、台所の勝手口から入
ることにする。
 がちゃ
 ぱたん
 しーん
 あっさり侵入成功。これじゃ拍子抜けだわ。こんな簡単だともしかして敵のワ
ナなのかしらと余計な邪推をしてしまう。
「うへっ、趣味わるっ。ドクロがいーっぱいあるよっ」

41in ドラクエ:2007/04/30(月) 22:37:34 ID:a.Xwzo72
城内は黒魔法に使うような怪しい装飾や調度品の数々で装飾されていて、ひた
すら不快なむかつく匂いで溢れかえっている。この匂いは忘れもしない。ピラミ
ッドで嫌と言うほど経験した腐った死体の匂いね。
「玉座のすぐ前に処刑場が設けられている。もし捕らえられていたら一巻の終わ
りだった」
 淡々とした口調。こんな時でも揺るがない有希の表情はすごい。
「へぇ、快楽殺人ね。魔物でもこんなに本格的に狂ってる奴は珍しいわよ」
 有希の隣で歩く涼子も余裕の表情。この二人、恐さは感じないのかしら?
「涼宮さん、腕にすがりついもいいのよ」
 いいじゃないの。何となく誰かの服の端っこを摘んでいたい気分なのよ。
 
 そのまま大した邪魔も出ずに別れ道の階段まで到着。古泉くんの下調べによる
と右は王の寝室への登り階段、左は地下牢への下り階段となっている。
「こっからは別行動だねっ。何が起こるかわかんないから、気を付けてっ」
「あたしたちなら平気よ。鶴屋さんこそ気を付けるのよ!」
 鶴屋さんは有希の手を引きつつもう片方の手を振りながら、すたこら下り階段
を降りていった。なんでも有希の魔法が王様を助けだすのに必要らしい。『アバ
カム』だったっけ?ま、それはさておき。
「あたしたちも行くわよ。こんな不気味な城、ニセモノを適当にボコしてさっさ
と出ちゃいましょ」
 死臭にはあんまりいい思い出がないのよ。別に恐いとかそういうわけじゃない
からね!
 何故かくすくすと笑う涼子を目の端にとらえながら、周りにゾンビでもいやし
ないか警戒しつつ、あたしは階段を一歩踏み出した。
 

 階段の先は屋上になっていて、その真ん中に大きな部屋が一つだけある。何で
こんな所にあるのか分からないけど、この無駄に大きな扉の表札を見る限り王

の寝室はここらしい。
「時間が時間だから、もう王様は寝てるはずよ。準備はいい?」
 無言で頷く。扉を開けた瞬間にあたしが飛び出して速攻、最後に鏡で正体を暴
くのが今回の作戦。取り逃がしたら面倒なことになりそうだから、チャンスは一回。
 観音開きのドアの取っ手にあたしと涼子はそれぞれ手を掛けて、さあやるぞと
アイコンタクトを取り合ったその時、
 
「あっ、あっ、ああっ……ぃぃ……」
 扉の向こうから、かすかに女の……声が聞こえる。コレは、まさしく……。
「……うん、お楽しみ中みたい。ま、まずその娘たちを避難させないと」
 涼子は笑顔をひきつらせながら言った。多分あたしも同じ顔をしてるんだろう。
 もう、なんか調子狂うわね。

42in ドラクエ:2007/04/30(月) 22:38:27 ID:a.Xwzo72
 忍び込んでも仕方ないと分かったので二人一斉にドアを開けた。豪華な赤絨毯
の敷かれた大部屋の真ん中にあるベッドの上で、国王に偽装しているらしい中年
の男が仰向けになっている。その上は女が跨がって喘いでいて、さらに男の両サ
イドに裸の女がひっついていた。何というか……呆れたわね。こいつら肝が据わ
ってんのか馬鹿なのか。
「ひぃぃぃ!」
突然の侵入者に気付いた女たちは早々と物陰に身を隠してしまった。
「だ、誰だっ!?」
 さっきまでお楽しみ中だった男はまるで予想外の出来事だと言わんばかりに慌
てている。警備の薄い中よくもまあこんなくつろいで居られるわね。ま、何にせ
よお馬鹿さんで助かったわ。
「誰だっていいじゃない。アンタはこれから死ぬんだから」
 折角だから暗殺者っぽいことを言ってみることにする。さっさと終わらせよう。
飛び込んで腕を振り抜けば本日の業務は終了よ、と油断したのが悪かったのか、
「それっ!」
「へっ!?」
 ベッドまであとちょっとの所で誰かの掛け声がかかり、途端に視界が真っ白に
なった。何か被せられたらしい。態勢を崩してうつぶせに倒れたところで腰のあ
たりにずっしりと重みがかかる。誰かに乗っかられた。
「はっはっは!かかったな!」
 いやに子供っぽい口調で喋る女の声。咄嗟にはねのけようとするが、相手の筋
力が半端じゃない!
「んんん……!」
 ちょっと力を入れても無理。何よコイツ、乗られてる感じじゃ細身なのに、や
けに重い。
「ふうん、なかなか力があるね。これは拘束具がないと――」
「メラミ!」
「あぢゃああっ!」
 涼子の呪文とともにあたしに掛かっていた重みが消えた。被せられたものを振
り払ってすぐに起き上がり、視界を遮っていたものが布団だと分かって心中で舌
打ちした。ちょっと油断しすぎた。
「涼宮さん、その男は王さまじゃないわ!」
 涼子は『ラーの鏡』を取り出して王様達の姿を映し出す。ぼうん、という間抜
けな爆発音とともに、中年の男とあたしを襲った女のシルエットに変化が起こった。

中年の男は若い女に、あたしに不意打ちしてきた奴はあたしの倍くらいでっかい
緑色の巨人に姿を変えている。

43in ドラクエ:2007/04/30(月) 22:39:36 ID:a.Xwzo72
「あれ?こ、こら!お前達鏡を使ったな!」
 
「最初から偽装は始まっていたのね。まさかわたしたちが不意打ちを食らうなんて」
 男もどきを盾にして、女のまま逃げ切ろうとしてたのね。間違えて攻撃しなく
てよかったわ。
「きゃああああ!」
「ば、化け物ー!」
 さっきまで偽王と一緒によろしくやってた女たちが急にわめきだした。あの娘
たちもニセモノの正体を見たのは初めてなのかしら。
「誰だぁ?王様に向かって化け物とか言っちゃった奴はぁ……?」
「ひっ」
 巨人に睨まれた女の一人は腰が抜けてしまって立てないでいる。巨人はみるみ
る怒り顔となり、
「おおお前かあああ!」
 腰が抜けたようにへたりこむ女に向かって組んだ両腕を振り上げた。わざわざ
ボディーを空けてくれているので遠慮なく懐に潜り込んで、
「――だあっ!」
 フルパワーで右の正拳を鳩尾にぶちかました。手応えあり。巨人は――
「うぅっ、ちょっと痛いかも……」
 一歩後退して腹を押さえてるだけ。丸一日何も食べられなくなるくらいの一撃
をかましたつもりだったのに。……うん。素晴らしくタフだわこいつ。
「こっち!急いで!」
 あたしが引き続き攻撃している間に涼子は女たちを扉まで誘導していた。
「わたしはこの人達を安全な場所まで連れていくわ!」
一人になるのはツライけど、これで思いっきり戦える。
「ナイスよ涼子!ここは任せといて!」
 さて、ここからが本番よ。気合いを入れ直したあたしは、改めて緑の巨人と向
かい合った。
「全く、何なんだお前は!勝手に人様の寝室に入りやがって!俺はサマンオサの
国王だぞ!」
 筋肉質で重そうな体はいかにもパワータイプといった感じ。ヒットアンドアウ
ェイで地道に削るのがよさそうね。
「くそ……女たちまで追い出しやがって。せっかくの夜が台無しじゃないか」
「ふん。あんたのおふざけも今日で終わりよ。このお城は返してもらうわ」
「あぁん?」
 偽王は不機嫌な表情で構えをとるあたしを見据え、
「なーに言ってんだお前は。ふざけたことばっか言いやがって」
 そう一蹴するとのっそりとした動きでベッドの下をまさぐりだした。完全に隙
だらけ。
 これにはカチンときた。舐めんじゃないわよこの緑ハゲ!
 ダッシュで間合いを詰め、がらあきの顔面に蹴りをくれてやった。鼻先にめり
込むような打撃も、こいつをダウンさせるには至らない。
「このっ、このっ、このっ!さっさと倒れなさいよ!」
 蹴り三発、いずれもクリーンヒット。青い鼻血は出てるけど、まるで堪えてな
いみたい。ムカつく。
「これでどう――」
「ふん!」
 フィニッシュブローに移ろうとした刹那、ベッドをまさぐっていた腕が武器と
ともに飛んできた。間一髪爪で受けとめて躱す。ギィン、という耳に障る音とと
もに、あたしは後方に吹っ飛ばされた。
「きゃっ!」
 壁に背中を打ってしまったけど、ダメージは最小限に食い止めた。すとっ、と
着地して構え直す間もなく、
「うぉらッ!」
 巨人の両腕から繰り出される鈍器の振り下ろし。横に転がって躱し、素早く起
き上がって距離をとる。
「くそおおお!ちょこまかと動きやがって!」
 苛立つ巨人の右手には鋼鉄製らしき棍棒が握られていた。それで殴られた床面
がむちゃくちゃに破壊されている。クリーンヒットしたら死んじゃうわね。
 ごちゃごちゃ考えて足がすくんでしまう前に、攻撃が終わって隙のできた巨人
の懐に飛び込んで右のストレート。相手の方が身長があるからこっちのパンチが
顎に当てやすいのが数少ない利点ね。
 武器を振り下ろす暇もなく顎に強打を受けた巨人は、少し顔をしかめつつ開い
た左手であたしを掴もうとする。バックステップで逃れて左手の爪で逆袈裟に切
り上げる。爪は筋肉に遮られて、大したダメージには至らない。
「くっ……」
 巨人が左腕の爪痕を押さえている間に力を込めて、右膝にローキックを叩き込
んだ。これでちまちま削っていけば、あとは勝手に倒れてくれるわ。へばる前に
決めるわよ。
「どうだ!」
 棍棒での凪ぎ払いが飛んできた。これも軽くスウェーバック……できない!
「――がはっ!」
 猛スピード飛んできた横凪ぎが左脇腹に食い込んだ。あばらが数本持っていか
れたのを感じる。何で?どういうこと?……それにしても凄い破壊力……
「あぐ……」
 痛くて声が出ない。その場にうずくまる。
「あはははは!どうだ!痛いだろー!」
 子供みたいに笑う巨人の手には、さっきまで無かった武器が握られている。
 鎖鎌だった。

44in ドラクエ:2007/04/30(月) 22:41:53 ID:a.Xwzo72
 さっきの一撃はコイツが得意げに回している鎖分銅。破壊力は落ちたものの、
動きが早くなった分避けるのが難しい。鎖での武器封じも恐いわね。捕まったら
まずいことになる。
「どんどん行くぞ!」
 痛む脇腹を押さえて鎌の一撃を上半身を反らせて躱す。続く分銅も飛んでくる
タイミングを予測してジャンプ。
「ほらほら、早く逃げないと死んじゃうよ?」
「うわっ、ちょっ!危な!」
 避けないと本当に死ぬような一撃が何発も繰り出される。間一髪で避けるあた
しを余裕の表情で眺めている巨人。
 形勢が、逆転してる。
「くっ!」
 懐に飛び込もうとするが、ぐるぐる回している分銅をバリケードにされて近付
けない。どこかに隙はないかしら。
「それっ!」
 考えている暇もなく分銅が飛んできた。反撃に出るために横っ飛びしたあとす
ぐさま前方に飛び込み、その勢いで右脇腹に爪の一撃。脇腹が痛むけど、この機
会を逃すわけにはいかない。さらに傷口に蹴りで追撃して怯ませる。蹲る巨人の
鼻を蹴りあげて、がら空きになった首に爪――
「うわああああ!」
 がきん。
 またしても通らない。爪が入る寸前にどこからか持ってきた盾に阻まれてしま
った。持っていた鎖鎌は消えている。一体どうなってるの?
「危なかった……首が飛ぶかと思ったよ」
 もう!あとちょっとだったのに!
 肩で息をする巨人に構わず飛び蹴り、正拳、回し蹴り。全て防がれて効果がな
い。それどころか攻撃するごとに脇腹に響いてこっちのダメージになってしまう。
「いったー……」
 激痛に思わず蹲る。これじゃ強打が打てない……本格的にピンチかも。
「終わりだっ!」
 顔を上げると武器を棍棒に持ちかえた巨人が腕を振り上げていた。痛みと考え
事のせいで回避動作が間に合わない。このままでは足に当たって動きを封じられ
てしまう――
「やっほーい!」
 刹那、軽快な声とともに目の前にシルエットが現れたかと思うと光り輝く何か
で巨人の武器を受けとめ、もう一つのシルエットが至近距離での爆発系の呪文で
巨人を後方へと吹き飛ばした。
「ハルにゃんっ!調子はどうだいっ?」
「あんまり良くないみたいね……間に合って良かったわ」
 「……」
 さっきの攻撃は鶴屋さんと涼子のもの。そしてあたしの身体は有希が回復魔法ですっかり元に戻してくれ
ている。
「みんな、ありがとう!」 窮地からの復活に、あたしは心の中でガッツポーズした。

45in ドラクエ:2007/04/30(月) 22:43:30 ID:a.Xwzo72
「なぬ!?援軍かっ!」
巨人は吹っ飛んだ際にしこたま打ち付けてしまった頭を押さえて涙目になっている。
やっとまともに攻撃が効いてくれたみたいね。
「ボストロルは物理防御力が極端に高い戦士タイプの典型。武器防具の出来如何
が彼の戦闘力となる」
 つまりあの巨人はさらにアホ面になったキョンみたいなもんね。そう考えたら
だんだん弱そうに見えてきたわ。
「なんにせよ素手じゃ分が悪い相手よ。魔法で片付けたほうが早いから、私たち
に任せて」
 有希と涼子が呪文を唱え、二人の掌からそれぞれ氷柱と火の玉が敵目がけて投
射される。が、巨人は盾を身体の前に突き出すように構えてこれに対抗。受け流
すことで回避した。
「……堅い」
「まずったわね。魔法まで聞かないなんて」
 涼子が指先に立ちこめる煙をふっと吹いて呟く。有希は顎に手を当てて何かを
考えるようなポーズを取った。
「くそっ!何なんだお前らは!」
巨人が構えていた盾は今度はあたしの目の前で杖へと姿を変えた。
「あれれ、どうなってんのかな?あの武器はっ?」
「変化の杖。あれはサマンオサ王家に伝わる秘宝。あらゆるモノの姿を変えるこ
とができる」
 それで武器がコロコロ変わっていたのね。納得。
「へえーっ、それで王さまに化けていたわけだねっ?」
「ふふ、そういうことさ。例えばこんな風に!」
 巨人は自慢げに杖を掲げ、
「それっ!」
 それをあたしたちに向けて振りかざした。咄嗟に身を屈めて未知の魔法から身
を守る体勢をとる。
「…………へ?」
 エフェクトも何も起こらない。敵さんの声は山彦にもならずに虚しく辺りに響
き渡った……?
「なんか起こったのかなっ?とりあえず攻撃させてもら……あれ?」
 鶴屋さんは手をにぎにぎしながらきょとんとしている。
 何が起こったのかしら。
「雷の刄を出そうとしたんだけど、出ないや。わははっ、どうしちゃったのかなっ」
 鶴屋さんはカラカラと笑ってるけど、それって結構ピンチじゃない?
「はーっ!」
 隙ありとばかりに巨人が杖を鶴屋さんに振り下ろす
「うわっと!」
 鶴屋さんはそれを護身用のダガーで軽く流し、後ろに飛び退いて間合いを取った。
「魔法封印とはちょっと毛色が違うみたいだねっ。さっきの杖の力かい?」
 ボストロルは武器を鉄棍棒に変えて横凪ぎを繰り出す。鶴屋さんは飛び上がっ
て攻撃をやり過ごした。

46in ドラクエ:2007/04/30(月) 22:44:32 ID:a.Xwzo72
「そう。職業をシャッフルされた――」
 巨人の横凪ぎは鶴屋さんの隣にいた有希を巻き添えにしようとしている。
「やっばい!有希!」
 いつも最低限の動きしかしない有希。こんな時になっても両手を突き出してい
るだけだった。そんなガードじゃホームランどころの騒ぎじゃないのに!
 庇う暇もなく突き出した掌の辺りに棍棒がジャストミートして有希の小さな身体を吹き飛ばす。
「フン。まず一匹――?」
物凄い勢いで投げ出された有希は壁に足をついて着地、壁を蹴って再び巨人の下
へ舞い戻る。その手には、一振りの太刀が“ほとばしって”いた。
「――よって今のわたしには、勇者の力が行使できる」
 それは本来は勇者だけが使える『雷』の力。その雷の刄を、有希は突っ込む勢
いと共に振り下ろしていた。
「うっ!」
 有希の一撃は棍棒によって受け止められ、有希は相手の武器の間合いの外に逃
れる。さらに追撃するも、モーションが丸見えなせいで簡単に避けられてしまう。
「有希、下がって!あたしが代わりにぶん殴ってやるわ!」
 万能選手の有希にも弱点があったなんてね。焦れたあたしは即座に飛び出し、
巨人に拳を突き出した。
 ぺちっ
 ……あれ?力が入らない。
「くそ、舐めてんのか!」
 水平方向の攻撃。運動神経が狂ったせいで反射が遅れた。苦肉の策として殴ら
れる方向にステップして威力を殺しつつ腕でガードを作る。
 すると、巨人の棍棒が腕にめり込んで腕が破壊される寸前、あたしのガードに
反応したかのように赤い光が身体を包み、巨人の攻撃を弾いてくれた。そのまま
左方向に吹っ飛ばされる。
「いた!」
 今の何?
「あなたには長門さんの職業が割り当てられたみたいね」
 すっ転んだままのあたしを涼子が凄い力であたしを抱き上げて右斜め前方に飛
ぶ。後ろから炸裂音がしたので振り返ると、さっきまであたしが倒れてた場所は
もう鉄棍棒でぐちゃぐちゃになっていた。
「さっきのスクルトが証拠よ。防御体勢に合わせて魔法が出せるようになってる。
強制的に変えられたとは言え、若干MPも増えてるはずよ。」
 そんなの困るわ。あたし魔法なんて使ったことないのよ?
「あなたと同じようにみんながみんな持て余してる。あたしも武闘家並の力が付
いたってパンチの打ち方もろくに知らないし、長門さんもさっきの調子……。
頼れるのは、彼女だけね」

47in ドラクエ:2007/04/30(月) 22:46:19 ID:a.Xwzo72
涼子がくいっ、と顎で促した先では鶴屋さんがダガー一本で巨人を軽々とあし
らっていた。まるで強さが変わっていない。シャッフルしたのなら鶴屋さんには
涼子の職業がついてるはずだけど……?
「シャッフルしたのは職業だけらしいわ。ほら、この通り」
 そう言って涼子は人差し指からマッチ大の火を放つ。これは普通の魔法とは違
う、パイロなんたらとかいうやつだっけ。
「今の彼女はあえて言うとするなら『すっぴん』ってとこかしら。色々ステータ
スも下がってるだろうし、あの調子じゃ根負けするわ」
 言ってるそばから棍棒が鶴屋さんの左肩をかすめた。四人もいるのにまともに
戦えるのは一人だけなんて……これは対策を練らなきゃね。
「うん、それについてはもう長門さんと考えてあるわ。まずはこの長門さんから
のプレゼント、受け取ってくれる?」
 涼子はさっきから手にしていた栞をあたしに手渡した。お手本のような明朝体
で書かれたしち難しい言葉が段落に分かれてびっしりと羅列してある。
「作戦を実行に移す前に大前提、涼宮さんには基本的なMPの使い方を教えるわ。」
 涼子は作戦の概要とごく初歩的な魔法の出し方を一通り説明し終えると、今度
は鶴屋さんのもとへ駆けだしていった。
鶴屋さんたち三人が敵を引き付けている間、あたしは敵の現在位置に気を付けな
がら涼子から手渡された栞――呪文の詠唱文が書かれたカンペを、間違えないよ
うに丁寧に読み上げていく。
(――「攻撃魔法っていうのは破壊のイメージをMPの力で具現化することなの。
手順は『詠唱』『チャージ』『発動』の三つ。どう?簡単でしょ?具体的には……」――)
 栞に記された言葉を一時一句違えずに読み終えると、それに反応するかのよう
にカンペから青い光が発生した。涼子の言葉を思い出しつつ、今度は栞に『MPを
注ぎ込む』イメージを頭の中に思い浮べる。
 合間に戦っている三人の様子を見てみると、有希と涼子がそれぞれ慣れない剣
術と体術に
苦戦している様子が見て取れた。この状況を長引かせたらいけない。とりあえず、
今はあいつを倒すためにあたしが出来ることをしないと。
(――「その栞には吹雪の呪文が一通り書いてあるわ。実際に使ってほしいのは
上から三番目。涼宮さんはそれを発動させて、相手を“足止め”してほしいの」――)
 栞に今持っている申し訳程度のMPを全て注ぎ込んだところで皆に合図。散々に
引かせたあと、こっちに突進してくる巨人に向かって呪文発動のトリガーとなる
言の葉を放った。
「ヒャダイン!」 (――「一番最初に炎弾をぶつけたときから分かってた。あいつは魔法に滅法弱
いの。だからあの都合よく出てくる盾さえ弾いてしまえば……」――)
 氷の刄を伴う吹雪が巨人の周囲を包む。案の定、巨人は手持ちの武器を盾に変
えて防御に転じる。亀みたいに丸くなってる巨人を見ながらあたしの魔力も捨て
たもんじゃないわねと一人自分を誉めていると、
「ガードを無効化する」
 吹雪の圏内にノーガードで飛び込んだ有希が、出力を最大限にまで引き伸ばし
たらしい、激しく輝く雷の剣でもって巨人の身を守る盾を逆袈裟にすくい上げた。
三日月を描く剣閃。バガン、という耳をつんざく金属音とともに盾は真上にふっ
飛んで、その勢いで天井に激突してぱたりと落ちる。
(――「……そうすればあいつは私の炎の前に崩れ去ることになるわ」――)
「それーっ!」

48in ドラクエ:2007/04/30(月) 22:47:05 ID:a.Xwzo72
盾の落ちた反対方向で、鶴屋さんが猛火の炎を纏ったダガーをダーツの要領で投
擲する。ロケット花火のようなブーストを引きつれたそれは巨人の眉間にさくっ
と刺さり、涼子の能力だろうか、巨人の身体に炎を燃え広がらせた。猛火の炎を
咲かせた巨人はしばらく暴れて見せたが、最後は小規模の爆発音とともに消し炭
となって崩れ去った。
 勝利!
「ふう……」
「のわっはっはっはっは!乱れ雪月花ってね!」
 鶴屋さんの盛大な笑い声を聞きつつ、あたしはその場に座り込んだ。慣れない
魔法を使ったせいかしら、いつにも増して疲れた気がする。
 そんな中有希は巨人の忘れ形見にふらふらと近付いて手に取ると、
「杖」
ぽそりとそう呟いた。すると今まで盾だったものがバフンというチープな爆発音
とともに杖へと代わり、有希はそれをあたし達の前に振りかざすと何事も無かっ
たかのようにふらふらと出口の方へ歩いていった。特に何かエフェクトが出たわ
けでもないけど、職業を元に戻したんだろう。
 さて、サマンオサに巣食う魔物も退治したことだし、宿屋に帰って寝るわよ!*
 あたしはすっくと立ち上がってゆるゆると歩く有希をすぐに追い越し、やたら
大がかりなドアを勢い良く開いて部屋から飛び出した。
 その時、
「きゃっ!」
「うわっ!」
突然目の前にでっかいものが出てきてぶつかってしまった。扉の前に誰かいたな
んて。うかつだったわ。
「す、すいません!大丈夫ですか?」

いかにも気の弱そうなトーンで平謝りする大男は悪魔神官の服を身につけた化け物。
顔には鳥のような觜があり、手には鋭いツメが輝いている。ぱっと見で分かるこ
とは、明らかにボストロルよりも強そうってこと。
「ほ、ほら大丈夫よ。あたしも気を付けるわ」
 でも殺気や敵意の類は感じられないので、あえて敵に回すようなことはしない。
こっちもかなり消耗してるしね。すっくと立ち上がってみせると、魔物はさらに
慇懃に頭を下げた。
「いや、本当すいません。お気に入りの娘に傷を付けたらボスト……王様に何と
言われるか。ところで王さまは……?」
 うっ。
 新たな敵の質問に一瞬目が泳ぐ。まさか今さっき炭にしましたと言うわけには
いかないだろう。
「え、ええとね……」
「寝てる」
 後ろから有希がフォローを入れてくれた。ベッドを見るとさっきまで消し炭だ
った巨人は王さまに変化して布団をかぶっている。

49in ドラクエ:2007/04/30(月) 22:48:13 ID:a.Xwzo72
「参りましたね。連絡があって来たのに」
「起こしたら殺すと言っていた」
 有希が説明している間に妙に真剣な表情をした涼子と鶴屋さんが有希の横をす
りぬけて部屋から出た。あたしの向かい側に来た鶴屋さんが一生懸命に「こっち
に来て!」と体全体でジェスチャーをしている。
「仕方ない、起こすしかありませんね。あなた方は危険ですから下がっていてく
ださい」
 いろいろありがとうございます、とまたお辞儀をする魔物が王室のベッドに向
かって歩き始めた、次の瞬間――
 がばっ
「!?」
 突然後ろから抱きしめられて部屋から引っ張り出された。反応する間もなく、
「ルーラ!」
 あたしの体は重力の束縛から解放され、早い話が物凄い勢いで空中に投げ出された。

「もう、いきなりだからビックリするじゃない」
「めんごめんごっ、緊急だったから許してほしいっさ」
 あたしを後ろから抱きしめて飛ばしたのは鶴屋さんだった。今は引き続き鶴屋
さんに抱きしめられて山々に囲まれたサマンオサ上空を眺めている。
「何か事情があったんでしょ?気にしてないわよ」
「んふ、ありがとねっ。あのバケモンを見た瞬間、コイツは最大級にヤバいって
感じたのさっ。だからハルにゃんも突っ掛からなかったんでしょっ?」
 そうね。あんな慇懃な奴じゃなかったらどうなってたことやら。
「長門さん、彼は一体何だったの?」
「魔王バラモス」
 ……へ?
「本物」
 有希は何でもないように言ってのけたけど、有希以外は言葉が出なくなってる。
「いやぁ危なかったねぇっ、あたしは今という瞬間が生きられて幸せな気分だよっ」
 確かにンっもっとレベルをあんっ、上げなきゃ。特にあんっ、あたしはみくる
タウんっ、に着いたらあふっ、特訓よっ、て鶴屋さあんっ
「わははっ。ついいつものクセでっ」
 と言いつつあたしのおっぱいをにぎにぎする鶴屋さん。もう、あたしはみくる
ちゃんじゃないんだからね。
「おっ?今なら漏れなくみくるになれるっさ。おーい!有希っこやーい!」
「ユニーク」
 すでに有希はみくるちゃんの姿で空中散歩を楽しんでいた。有希もあの凶器じ
みたおっぱいを体感してみたくなったのね。気持ちはよく分かるわ。
「おおっ、今日の有希っこはエロさが割り増しだっ」 鶴屋さんはあたしを涼子に預けると、今度は有希を襲いだした。無表情で時々
ビクンとなるみくるちゃんっていうのも、何だか人形じみてて可愛いわ。

50in ドラクエ:2007/04/30(月) 22:49:00 ID:a.Xwzo72
「面白いな、変化の杖ってのは」
 ――っその声は!?
「俺の口調って大体こんな感じだろ?いや驚いたぜ。姿はもちろん声とか匂いま
で再現されてやがる。こりゃサマンオサの連中も騙されるわけだ」
 あたしを後ろから抱きしめている涼子はいつのまにか杖を使って姿形を変えて
いたらしく――ちょ、ちょっと待って涼子、それはダメよ。反則よ!
「ほら、あっちも楽しんでるみたいだし、こっちも仲良くやろうぜ」
 ちょ、こらキョン、じゃなかった涼子!離しなさい!
「絶対離さないからな」
 こ、こらそういうことを耳元で言うなっ!きつく抱きしめるのも駄目!おっぱ
いはダメだってさっきひゃん!
「ほら、もっとリラックスしろ。気持ち良くしてやらんぞ」
 涼子はキョンの声で甘い言葉を囁きつつあたしの体愛撫して、何だかんだでそ
れをあたしは受け入れそうになってしまっている。こうなったら関係ないことを
想像して紛らわすしかないわ。
 オーブはあと二つで、ひとつはみくるちゃんが探してて、もう一つはキョンが――
「――っ、!!!」
思考にノイズが入ってしまったせいで頭が真っ白になってしまった。そんなあた
しを胸の中で抱きしめる涼子。もうキョンの匂いでいっぱいで、何も考えられない……。
 
 こんな馬鹿なやりとりをしながら、あたしたち一行はみくるタウンへ戻ったのだった。
 
つづく

51名無しさん@ピンキー:2007/12/10(月) 13:04:59 ID:8KukXEIg
http://17.xmbs.jp/801801/

52名無しさん@ピンキー:2008/07/11(金) 20:47:18 ID:1Tg./r96
ということで、こっちに来てみた

53名無しさん@ピンキー:2010/05/24(月) 21:03:46 ID:Y1KWkxCI
随分書き込みがなかったんだ

54名無しさん@ピンキー:2010/05/25(火) 15:15:15 ID:bVLxbdu6
とりあえず驚愕まで待機

55名無しさん@ピンキー:2010/05/28(金) 00:29:50 ID:palnHMfo
本スレはどれが自作自演なのかも分からない状態だから
こっちの方が便利だなぁ

56名無しさん@ピンキー:2010/06/01(火) 05:28:28 ID:X.Tko3ew
何か投下するならこっちがいいの?
本スレもう意味が解らない

57名無しさん@ピンキー:2010/06/01(火) 23:12:24 ID:eP1/s4Cs
何かわざとらしい誤爆宣言があるわコピペ貼られるわで
あっちに居る必要もないと思う

58名無しさん@ピンキー:2013/06/01(土) 17:21:26 ID:1lOxhzxo0
保守


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