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漂流女子校〜〜触手エロSSは本スレで

1名無しさん@ピンキー:2004/12/20(月) 15:28 ID:f/ZG2p2Q
私立海の花女学園。
生徒数400人以上(海外からの留学生も多数)、教職員も100人を越え、男性は理事長と教頭(2人のうち1人)、警備員の一部(校内は女性警備員)のみという巨大な「女の園」である。
この名門女子高が原因不明の力で突然ワープしてしまった異世界とは天空に3つの月が輝き、さらに女を犯す淫獣たちが跋扈する恐るべき世界であった。
日常や人間世界から切り離されてしまった少女達の運命は?


本作は
触手・怪物に犯されるSS 2匹目http://idol.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1091117313/
で持ちあがった「異世界に流されてしまった女子高を舞台に、複数の作家がSSを持ち寄って世界を作り上げていこう」というシェアードワールド企画です。
ここはそのシリーズにおいてエロ抜きの話や、女生徒同士の友情やレズ話等―早い話が触手・怪物に犯される以外のSSを投稿するスレです(触手・怪物なしエロありも大歓迎)。
初心者大歓迎ですので、気楽に投下してください。

設定や展開のすり合わせ等は
「漂流女子校」専用控え室
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/2051/1093433596/
をご利用ください。
またシェアOKキャラや淫獣、異世界の地図などの参考資料として
http://kanazawa.cool.ne.jp/no-good/
もどうぞ。

本スレ 触手・怪物に犯されるSS 4匹目
http://idol.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1099847979/l50
2chエロパロ板SS保管庫
http://sslibrary.gozaru.jp/

493漂流女子校〜去る者・還る者〜:2013/11/29(金) 22:39:45 ID:PZZW8r060
同日・(惑星ミア)海の花女学園PM9:43 

中庭で皐月たちカルテットメンバーに理沙が、エンペラーに状況を説明していた。
その周りを大勢の人間が遠巻きに見ている。
昨日と全く同じく学園放送のスピーカーで皐月が呼びかけ、それに応えてエンペラーは駆けつけてきたのだった。
エンペラーは考え込んでいた。
彼もエンプレスの自分を見る視線がオスに惹かれるメスの目であることはうすうす気づいていたが、メスを連れ戻すということに縁のない彼は自分がそんなことが出来るだろうか?と悩んでいたのだった。
「ねぇ。お願い。貴方が行くのが一番良いの」と必死で頼む皐月。
その時エンペラーがハッとしたような表情をして「来る!」とつぶやいた。
「え?」
と皐月が怪訝な顔をした瞬間、
ズトーーーーーーーン!!! 
と校庭から大きな音が聞こえてきた。

   ****** 

皐月達が校庭に駆けつけてみると、ど真ん中に小規模なクレーターが出来ており、その中に人影が見える。
思わず刀に手をかける皐月だが、その人影の「おっ!月が三つ!やった!着いた!」という叫びに驚愕の声を上げた。
「ゆ、唯!!」
クレーターに向かって走る皐月と伊織、それに多くの生徒たちが続く。
クレーターからあがって来た人物が、その姿をはっきり現した。
まぎれもなく死んだと思われていた三上唯だった。
「唯!」「本当に唯なのね?」
駆け寄った皐月と伊織が同時に声をかける。
「当たり前だよ。ちなみに幽霊なんかじゃないぞ」と唯が照れくさそうに微笑む。
「一体どうして!」と周りの生徒たちが口々に聞く。
「う〜ん。一口では説明できないんだけどね・・・・・あれ、エンペラーが居るのか?」
髪を掻きながら説明をしようとした唯は視界の隅にエンペラーの姿を認め怪訝そうな顔をした。
「そうだ、エンペラーに大事なことを頼んでたんだ!」と皐月。
「何かあったんだね」と唯も異変を察した。
皐月達は唯への質問をあとにして再びエンペラーのそばに集まった。
「もう一度お願いするわ。エンペラー、エンをお願い」
と頭を下げる皐月。
伊織から説明を受け、さらにエンプレスの書置きを読んだ唯も「私からも頼むよ。私もオス嫌いかどうかなんて関係ない、あの娘、エン自身が好きなんだ!」と頼み込んだ。
カルテットメンバーの頼みとその真剣な眼差しを向けられたエンペラーは、少女達の目を見返し「分かった。やってみよう。お前達の思いもアイツに伝えよう」と言った。

同日・(惑星ミア)海の花女学園PM10:18

屋上で栞はジャスティスに声をかけた。
「エンプレスが出て行って、唯が戻るか。唯が戻るのは新しい子供たちが来たことからひょっとしてとは思っていたけど。エンペラーのお人好しもここまで来たかという感じね。そう思わない?」
「たしかに・・・・」と答えつつジャスティスは何かを考えているようだった。

そしてこれが、栞とジャスティスの最後の会話となった。

   ****** 

漂流134日目 
黛皐月・橘伊織・三上唯・劉蘭芳をメンバーとする、
第四期・シックスティーン・カルテットが誕生。

同日・(地球)海の花女学園跡地 PM9:50

今日もここに居るのだろうと唯を迎えに来た勇介と美咲の母・仲岡燈子は、クレーターに到着する直前にズトーーーーーーーン!!!という爆発音のようなものを聞いた。
これは!と思い現場まで走った彼女はクレーターの中に、まだ土煙がかすかに残っている出来たばかりの小さなクレーターを見つけた。
そして辺りを見回し、唯の姿がどこにも見えないこと確認すると。
「そう。とうとう行ってしまったのね」と感慨深そうに言った。
そして天を仰ぎ、「唯さん。勇介、美咲。そして皆さん・・・・私はあなた達が戻ってくる日を、ずっと待っています」と呟いた。


漂流女子校〜去る者・還る者〜おわり

494漂流女子校〜去る者・還る者〜:2013/11/29(金) 22:49:49 ID:PZZW8r060
著者からのお詫び

>>486>>487
を二重カキコしてしまいました。
どうもスイマセン(汗)

495漂流女子校〜白狼の戦い〜:2014/07/10(木) 20:45:19 ID:MCSFkZRY0
漂流136日目

曇り空の下、惑星ミアの荒野を白い風が疾走していた。
間もなくうっそうと広がる森の入口が見えるというとき、その白い風は後ろから猛スピードで追いついてくるもうひとつの風に気づきその動きを止めた。
その白い風こと狼の顔と白い毛皮を持つ、上級淫獣・牙狼族のジャスティスは後ろからの風が自分を追い越し前方に回り込んだのを見て口元に微かな笑みを浮かべながら言葉を放った。
「大きくなったな。で、何か用か、シュレッダー」
ジャスティスの前方に回り込んだ風こと銀色の体毛を持つ牙狼族のシュレッダーは、久しぶりに出会ったかつての牙狼族の勇者を前に怒りがこみ上げてくるのを止めることができなかった。
ジャスティスが自分たちの住処の近くを通過したという目撃情報を得たシュレッダーは、自分を制止する長老のムーンや父・リッパーの声を無視して単身駆け出したのだった。
「どこに行く気だ!ジャスティス!」
牙狼族は真面目で礼儀正しく目上の者には敬語を使うが、一族の裏切り者である相手に対してはその限りではない。
ましてシュレッダーにとっては、それ以上に怒りを覚える相手だった。
そんな相手の怒りを感じながらジャスティスは平然と答えた。
「上級淫獣・獅子頭人のエンペラーのところだ。奴に果し合いを挑む」
「なっ!なんだと!!なぜ貴様が!」
「奴はスラッシュの仇だ。父親が息子の仇討ちをする、別に不思議なことではないだろう」と淡々とした口調で喋るジャスティスの言葉に、シュレッダーの感情は爆発した。
「き、貴様がスラッシュの父親を名乗るのか!貴様のせいでスラッシュがどんな辛い思いをしていたか!!・・・それをっ・・・・」
怒りのあまり言葉が続かないシュレッダーの脳裏に尊敬していた父に裏切られ捨てられ仲間からの冷たい態度や仕打ちに打ちのめされている幼いスラッシュや、皆を見返すために必死に武芸に励むスラッシュの思い出が次々と蘇ってきた。
「あいつは!・・・・スラッシュは我の兄弟なり!アイツの父親は我が父リッパーであり貴様ではない!」
怒りに任せて叫ぶシュレッダーにジャスティスは無表情のまま応えた。
「だとしたらどうするというのだ、シュレッダーよ」
フンとこれみよがしに鼻を鳴らすジャスティスの態度に、シュレッダーの頭は真っ白になった。

496漂流女子校〜白狼の戦い〜:2014/07/10(木) 20:46:16 ID:MCSFkZRY0
これは冷静に戦うシュレッダーにしては珍しいことであった。
それだけ亡き親友と彼を不幸に陥れた目の前の白狼の事を考えると、彼は普段の彼ではいられなかったのだ。
「貴様は、スラッシュの仇同然!我がこの場で殺す!」と言うやいなや、シュレッダーはジャスティスに襲いかかった。
ビュッ! 
ビュ!ビュッ!
するどい爪で次々と斬撃を繰り出すシュレッダーの攻撃。
しかしジャスティスはそれを紙一重でかわし続ける。
(おのれ!この!この!)と頭に血が登り我を忘れているシュレッダーは自分の技がかわされている事を冷静に考えられず攻撃を続けていた。
バンッ!
「えっ!」
シュレッダーの攻撃をかわしながら鋭い蹴りを彼の足首めがけ繰り出すジャスティスと
ズデーン!と見事に転倒するシュレッダー。
その隙にジャスティスは数歩下がって距離をとった。
「おのれ!」
素早く起き上がったシュレッダーであったが、その息は間髪いれずに攻撃を続けたことで上がっていた。
「ハァ!ハァ!」
「俺は忙しいのだシュレッダー。暇つぶしをしている時間はない、そろそろ行かしてもらうぞ」というジャスティスの言葉はシュレッダーから冷静さをますます奪うには十分だった。
「黙れ!」
言うやいなやシュレッダーはすばやく左足を一歩前に出して低く構えるや、同時に右手を後に大きく振りかぶり勢いよく振り切った。
シュレッダーからジャスティスに向けて風の刃が吹き抜けた。
これぞ自分の意志でカマイタチを起こし、敵を切り裂くシュレッダー必殺の技である。
しかしジャスティスは平然としている。
「なっ!?」
あまりのことにシュレッダーは混乱した。
その時間はほんの一瞬に過ぎなかったが、ジャスティスほどの淫獣にとっては十分な時間だった。
ビシッ!
カマイタチを受けたまま平然と立っているジャスティスの姿がぼやけだした事で、何が起こったのか理解したシュレッダーの首筋に手刀が叩き込まれた。
(・・・・ざ、残像・・・・)という心のつぶやきと共にシュレッダーの意識は闇に包まれた。
気を失ったシュレッダーを尻目にジャスティスは先程から自分たちを見ている気配に向かって、その視線を向けた。
そこにはムーンやリッパー、そして数匹の牙狼族の戦士が立っていた。
戦闘態勢を取ろうとする牙狼族の戦士を手で制したのはムーンだった。
ジャスティスは無言のまま最初にムーンとそして次にリッパーと視線をあわせた。
しばらく無言の対峙が続いたが、彼ら三人の間に敵意は全く生じなかった。
やがてムーンが無言で頷くとジャスティスは彼らに深々と頭を下げ、背を向けて走り去った。

497漂流女子校〜白狼の戦い〜:2014/07/10(木) 20:47:29 ID:MCSFkZRY0

******

それから40分後、森の中でジャスティスはエンペラーと戦っていた。
今、エンペラーは桜乱舞を構えながらその額から大粒の汗が浮かんでいる。
その二人のそばでは全裸のエンプレスが顔面蒼白になって佇んでいる。
(つ、強い・・・・これが牙狼族のジャスティス・・・・・ボ、ボクなんか雑魚同然だよ・・・・)とガタガタと震えながらエンプレスは思った。
その一方でエンプレスは今目の前で起こっている出来事についていけないでもいた。
(・・・なんでなんだ。ついさっきまでエンペラーにメイたちのところに戻れと言われていたのに・・・・)
そう、エンペラーは皐月たちに頼まれて学園に戻ってほしいという彼女たちの言葉をエンプレスに伝え、説得している最中だったのだ。
その皐月たちからの伝言がエンプレスの心を揺さぶる一方で、エンペラーがそのためにわざわざ自分を探しに来てくれたという事が、エンプレスの心を喜びであふれさせていた。
そしてこの時間が少しでも長く続けば良いと思ったエンプレスはいたずら心を起こし、わざと返事を渋り時間を稼いでいたのだった。
もちろん、いまさら学園に戻りづらいというのがあったのも事実なのであるが・・・・。
そこへいきなり、ジャスティスが息子と仇とエンペラーに戦いを挑んできたのである。
目の前の状況のあまりの変転ぶりにエンプレスは混乱していた。

(速すぎる・・・・まずい、やつの動きについていけない・・・・このままでは)
エンペラーもジャスティスのあまりの速さに焦りを隠せないでいた。
その焦りがエンペラーに珍しく、冷や汗をかかせていたのだった。
それとは対照的に平然とした顔をしているジャスティスであったが、彼も内心では失望と自分の時間が少ないことを自覚していた。
先ほどよりエンペラーを翻弄している彼の神速の攻撃は、明らかに牙狼族最速と呼ばれるシュレッダーを上回っていた。
だがこのジャスティスの神速こそ、自分の身体のリミッターを外し限界以上の身体能力を発揮するという彼の奥の手であったのだ。
ジャスティスがこの技に開眼したのは、まだ息子が生まれる前のこと。
当時、死の使いと恐れられていた上級淫獣・豹頭人のデスを倒した時に会得した能力であった。
だがこの技はリミッターを解除をした機械や器具が熱を持ちすぎて壊れたり崩壊したりするのと同様に、ジャスティスの身体に大きな負担をかけるものであった。
事実、ジャスティスもデスを倒したと同時に全身に激痛が走りその場で倒れた。
この時は仲間の牙狼族達が駆けつけ、身動きの取れない彼を牙狼族の住処まで運んでくれたから事なきを得たが、他種族の淫獣に見つかっていたら彼は殺されていただろう。
そして、デスを倒したことでジャスティスは牙狼族の英雄の名を不動の物としたのである。

そして今、ジャスティスは限界が近づいていることを感じながら、
(・・・エンペラーよ、お前の力はこんなものなのか・・・・異端の淫獣であるお前ならばもしやと思ったが・・・・しかたない息子の仇だけ取らせてもらうぞ)と当てが外れた思いを感じていた。

498漂流女子校〜白狼の戦い〜:2014/07/10(木) 20:49:15 ID:MCSFkZRY0
次の瞬間、エンペラーは「よせっ!」と思わず叫んだ。
このままではエンペラーがやられちゃうよ!と思ったエンプレスが、爪を伸ばしジャスティスに背後から襲いかかったのが見えたからだ。
だが彼女の一撃はジャスティスがエンペラーに向かってダッシュしたことで避けられてしまう。
それどころかエンプレスに注意を向けたことで、敵に集中していたエンペラーの注意が一瞬それてしまった・・・・。
ザンッ!
「うぐーっ!!」
エンペラー左わき下の肉がこそげとられ血が噴き出し、彼の苦痛の呻きと重なった。
「エンペラー!!」
真っ青になって悲鳴を上げるエンプレス。
(チッ!)
しかし、ジャスティスは心の中で舌打ちをしていた。
なぜなら、今の彼の一撃は本来ならばエンペラーの左胸を心臓ごと抉り取るはずだったからだ。
だが、エンペラーはほとんど予知能力に近いカンでぎりぎりに身をそらせたのだ。
(ぐぐぐぐっ!)
しかしエンペラーにとっては死こそ免れたが、重傷を負ったには違いない。
いや、もし人間の男ならば死んでいたはずの負傷ながらまだ立っていられるところが、人間よりもはるかに生命力が強い淫獣たるゆえんであろう・・・。

(あうあう、ボ、ボクが余計なことしたばかりに・・・・)
エンプレスは自分のしたことがどういう結果を招いたのか、彼女自身が高い戦闘能力と才能を持っているため理解できてしまった。
そのため余計に足が動かなくなっていた。
一方、エンペラーは襲いくる激痛に耐えながら、それでも桜乱舞をしっかりと構えていた。
いや、それをするのがやっとだった。
流れ出続ける血を感じながら、エンペラーは倒れようとする自分の身体を何とか立たせていた。
(死ぬのか・・・俺は)
彼にしては珍しい思考が、エンペラーの頭に浮かんだ。
と、同時に皐月の顔も。
(・・・・だめだ!まだ死ねない!)
俺が死ねば皐月はどうなる!
それに今死んだら、皐月に対する普通のメスに対する欲情とは違う感情がなんなんかを理解することができなくなる!
(・・・・攻撃!・・・攻撃をあてられたら!)
この時、エンペラーの脳裏に自分の腕が伸びて、桜乱舞がジャスティスの胸を貫くイメージが浮かんだ。
一方、ジャスティスは自分たちの背後の樹の上に何者かが潜んでいる、ほんのかすかな気配を感じた。
もちろんエンプレスではない・・・・今度は逆にジャスティスの注意がそれた。

******

それから起こったことは、エンプレスにとって理解不能だった。
エンペラーが構える桜乱舞が青い光に包まれたかと思うと、その青い光がジャスティスに向かって放たれ彼の胸板を貫いた。
皐月たち女学園の人間なら映画やアニメなどで見たことのある魔法剣と思ったであろうが。

だか、とにかく今、目の前に膝をつき肩で大きく息をしているエンペラーの傍らで、胸に剣で貫かれたような明らかに致命傷を負ったジャスティスが横たわっていた。
「エ、エンペラー・・・・よ」
息も絶え絶えにジャスティスが話しかける。
それに応じるように静かに顔を向けるエンペラー。
「エンペラー、早くお前の手を・・・俺の額に・・・・あてろ」
「なに?」
「お前の・・・能力・・・ハァハァ・・・あの異世界のメスどもが・・・・ここに来た理由が・・・わかる・・・」
「なんだと!」
瀕死のジャスティスの言葉は、冷静なエンペラーを大きく動揺させた。
そんな彼は、重傷の身でありながらジャスティスの額に触れた。
次の瞬間、ジャスティスの記憶がエンペラーの中に流れこんで来た・・・・・。
「そうか!・・・そういうことだったのか!」
あまりに壮大な内容に思わず唖然となるエンペラーを尻目に、牙狼族の英雄・ジャスティスは息子の元に旅立っていった・・・・。
あの方・・・いや、あの女性(ひと)を楽にしてやってくれ・・・。
というのがジャスティスの最後の思念だった。

「グッ」
ジャスティスの額から手を放したエンペラーは歯を食いしばり立ち上がろうとする。
「ちょっと、エンペラー!何してるの」
慌てて駆け寄るエンプレス。
「その傷で無茶しないで!」
「す、すぐに皐月にこの事を・・・・・」
肩に手をかけるエンプレスを押しのけようとしたエンペラーだったが、その時ストンという何かが地面に降り立つ音が聞こえた。
ハッとその音の聞こえた方向に視線を向けたエンペラーとエンプレスの前に、先ほどジャスティスが感じた樹の上の気配の主が立っていた。

499漂流女子校〜白狼の戦い〜:2014/07/10(木) 20:50:33 ID:MCSFkZRY0

******

「シュレッダー、そろそろ起きろ」
その声と自分を揺さぶる手の動きで、気を失っていたシュレッダーは目を覚ました。
「ち、父上・・・それに長老!」
自分の父・リッパーや一族の長老であるムーンまでが自分の顔を覗き込んでいることを理解したシュレッダーは慌てて起き上がった。
そして自分が気を失う寸前の出来事を思い出した彼はリッパーに尋ねた。
「父上、ジャスティスは?」
珍しく、動揺を露わにした自分の息子を見ながらリッパーは静かに答えた。
「行ってしまった。我々に深く頭を下げてな」
「く、おのれ!」
身をひるがえしジャスティスの気配を追おうとするシュレッダーにリッパーはやんわりと言った。
「待て。何があったのだ。教えてくれ」
父親に頼まれたら、それを無視し行くことはシュレッダーには出来なかった。
そこで彼はジャスティスとの会話から一部始終を話した。
聞き終わったリッパーは息子に言った。
「シュレッダーよ。ここはジャスティスの好きにさせてやってくれ」
「父上・・・・」
「ワシからも頼む」とムーンも言った。
「ちょ、長老。・・・ですがやつは我ら牙狼族の・・・裏切り者ですぞ・・・」
そう言ったシュレッダーではあったが、その言葉は勢いがなかった。
長老のムーンまでが頼むという事態が、彼に声を張り上げさせなかったのだ。
そんな彼にムーンは穏やかに語りかける。
「あいつは死ぬつもりだ。目を見たら分かる。生きて帰らんつもりじゃ」
さらにリッパーも
「それに、あいつがスラッシュの為というのも嘘ではないと思う」と言った。
「そう、思われるのですか父上」
「ああ、目を見れば分かる。あいつは父親の目をしていた」
「父親の目・・・ですか?」
「俺も同じ父親だから分かる。・・・あいつは本気だ。戦わせてやってくれ」
「・・・・・・」
ジャスティスとは同じ世代で親しかった父の目を見ながら、しかしシュレッダーは踵を返した。
「それでも行くのか?」
「父上、それに長老。我にとってもエンペラーは兄弟であるスラッシュの仇です。・・・だけど我は、あの異世界のメスどもの巣で奴と和解しました。・・・スラッシュ最後の男気を聞いたからです。ですから我はエンペラーが殺されるかもしれないのを黙って見過ごすわけにはいきません。我がたとえ戦闘力でも、そしてスピードでもジャスティスに劣っているとしても」
真面目な牙狼族の中でも、特に真面目で評判のシュレッダーの言葉を聞きながらムーンはやれやれという表情になりながら言った。
「違うぞ、戦闘力はともかく普段のスピードはお前のほうが上だシュレッダー」
「は?」
「ジャスティスはスピードではお前に劣るが故、ほとんど動かず対捌きでお前に対抗し力を蓄え、お前のカマイタチが出た時になって初めて、それまで蓄えていた力を全て出したのだ・・・つまり奴はその一瞬に自分の瞬発力を発揮するのを待っていたのだ」
「・・・つまり我がカマイタチを出すのを待っていたと?」
「そうだ、お前のあの技は真っ直ぐにしか飛ばない。どう襲ってくるのかが分かってさえいたらジャスティス程の男ならよけられたのだろう・・・・もっともそんなことが出来る淫獣は少ないだろうがな」
ムーンの説明に、改めてジャスティスの戦士としての経験と力量に、これが牙狼族の英雄と言われた者の実力かとシュレッダーは思い知らされた。
「分かりました・・・・それでも我は奴を追います」
シュレッダーとムーンやリッパーの視線が交わり、やがてムーンはかすかにため息をつくと「そこまでの覚悟なら行ってこい」と許した。
今のシュレッダーにはスラッシュを捨てた男としてのジャスティスに対しての憎しみはなかった。
だが、自分が仇を間違え皐月を襲い、それを止めに入ったエンペラー、そして美咲やその兄・勇介の顔を思い浮かべ、それゆえに黙っている訳にはいかないと思ったのだ。

シュレッダーはジャスティスの気配を追い、駆け出した。

漂流女子校〜白狼の戦い〜おわり

500漂流女子校〜ワールドの遊戯、フール最期の日〜:2015/05/25(月) 21:51:55 ID:sf477uzo0

「きゃーーーーーーーーーっ」
「ウァァァァーーーーーーッ」
ズルズルズル・・・・・ドッシンーーーーーーーーー!
      ・
      ・
      ・
「ウウウウウッ・・・・」
「あ、大丈夫!おじさん」
「アア・・・・・ダイジョウブダ・・・・」
「ありがとう私を助けてくれて」
と感謝の言葉とともにその幼いメス淫獣は今、自分たちが転げ落ちてきた急勾配の坂道を見上げその高さに改めて身震いをした。
そして、転げ落ちながらも自分を抱きしめて離さなかった救い主は、自分の下敷きになった上に腰を強打したらしく、その痛みにあえいでいた。
「待っていて、今誰かを呼んでくるから!」と、救い主によって傷らしい傷を負わなかったメス淫獣は親や仲間を呼びに駆け出した。
「マ、マテ!イクナ!・・・ッ、イテテ!」
再び、腰に檄痛が走りメス淫獣を止めることが出来ないでいる救い主は焦っていた。
「マッ、マズイ!アイツガ、オトナタチヲツレテクルマエニ、ニゲナイト!」
と、メス淫獣が視界から姿を消したときに、ようやく体を起こしたその救い主こと上級淫獣・フールは逃走をはじめた・・・・・・。

漂流142日目。

漂流初日より、忘れらない日々を何度も経験してきた海の花女学園の人間たちにとっても、この日は特に忘れられない日の一つとなった¬¬¬――。

ドスッ!
「グアアアアアアア―――――ッ!」
レイシアの回し蹴りがフールの脇腹に叩き込まれた!

この日、美咲を諦めきれないフールは何度目かの学園侵入を果たしたのであるが、ついに彼を仇敵と狙うレイシア・エルドリッジの哨戒に引っかかってしまったのだ。
「ガハァ!」
激痛に目の前を暗くさせながら、フールは地面に倒れた。
しかし倒れながらも彼は(イヤダッ!・・・ミサキヲ、オカスマデハ!シニタクナイ!)と思いながら、地面の土を握りしめ渾身の力を込めて跳ね起きた。
そしてダマスカスブレードを持っているレイシアに顔面に向かってフールは土を投げつけ、同時にレイシアの胸に向けて渾身の拳を打ち込んだ。
土はフールの狙い通りレイシアの目に入った。

501漂流女子校〜ワールドの遊戯、フール最期の日〜:2015/05/25(月) 21:54:04 ID:sf477uzo0
しかし、レイシアはそれでもすでに狙いを定めていたフールの心臓めがけてダマスカスブレードを突き出した。
この時、二人はお互い相手に向かって突進していた。
そして、フールの拳はレイシアの右胸に打ち込まれ、レイシアの刃はフールの胸のほぼ中央に突き刺さった。
「ゴホッ!」
「ガハァ!」
レイシアとフールはほぼ当時にあおむけに倒れた。
レイシアは目に土が入っている状態でもすぐに起き上ろとしたが、肋骨に入ったヒビが激痛を引き起こしすぐに起き上れなかった。
まさにフールの「窮鼠猫をかむ」ごときの攻撃であった。
しかし、そのフールも重体で胸に突き立った刃を抜くどころではない。
そのまま何事も起らなかったならば、あと10分くらいで駆けつけてくる保安部員たちは重傷ではあるが命に別状の無いレイシアと息絶えたフールを発見することになっただろう。
だが運命の女神は、ここに一人のいたずら者の乱入を許した。
空間を引き裂くように金色に輝く鱗に全身を覆われたワールドが空間移動でこの場に現れ、倒れているフールの背中とひざ裏を支えて抱き上げ、再び空間移動術で姿を消した。
同時に、目の痛みにこらえながら不自由な目でその光景を見ていたレイシアは、ワールドが姿を消すと同時に肋骨骨折からくる痛みで気を失った。

     ****** 

それから20分後、仲岡美咲はメアリー・アンダーソンと水谷愛菜という女子小学生三人組で、彼女たちに・・・・特に美咲やメアリーにとっては憩いの場であると同時に因縁の場でもある池に来ていた。
ここはエリザベス・アンダーソンが致命傷を負った場所ではあるが、池の周辺は歩く人間が心休まるようにという願いをこめて作られた、下手な観光名所顔負けのその場所に加え、池にいる鯉たちはいうまでもなく異世界に来てしまい帰るあてのない少女たちの心の癒しになっていたのだった。
さらに漂流後は女生徒たちも庭が荒れないように手入れを助け合いながら行った。
この事も漂流をはじめて既に142日がたつのに内部崩壊も起こさず「この学校は今や私達の家」という言葉を合言葉に団結を続けている、海の花女学園の生徒たちのたくましさをあらわす例の一つといえるだろう。

「!?」
ふとメアリーが目に見えて緊張した。
「どうしたの?メアリー?」
そんな彼女の気配を察した美咲が訊ねる。
「今・・・ベス姉様の声がしたような気がしたの・・・・」
「え? だけどなんでそんな怖い顔をしてるの?」と愛菜。
油断なくあたりを見回し、常に持ち歩いているレイピアを引き抜いた。
ちなみにこの剣はかつてエリザベスが使い、彼女の死後は本来の持ち主である理事長に返却されていたものである。
この世界に来て以来、メアリーは一層の修練に励み、ずっと年上であるフェンシング部の生徒たちを驚かせるほどに上達し、彼女自身も望んでいたその品物を携帯することを認められたのだった。
だがまだ身体の大きさから、姉・エリザベスと同じ身体能力には及ばないのであるが・・・。

「!」
ズッガーン!
メアリーの視線の先の地面の一箇所が吹き飛んだ。
「え?なに?」と愛菜が驚きの声を上げ、美咲の背中に悪寒が走った。
舞い上がる砂埃、そしてその中からメアリーや美咲にとっての最大の仇敵であるフールが現れた。
「フ、フール!・・・・!?」
美咲の声は驚きと怒り・・・・そして困惑が入り混じったものだった。
なぜなら、フールの胸には刃物が深々と刺さっていたからだ。

     ****** 

同時刻、学園の一つの校舎の屋上の物陰にワールドが佇んでいた。
ワールドの脳裏には、今、フールの後頭部に突き立てられた自分の髪の毛を通じて彼の眼球に映っているものが見えていた。

              ・
              ・
              ・
              ・

18分前、この屋上でワールドは床に横たわりピクリとも動かないフールを見下ろしていた。
今日、なにげなしに倉沢棗の姿で自分の髪の毛を後頭部に刺しコントロールしている、惑星ミアの飛翔小動物の目を通して学園内の様子を見ていたら、ついにレイシアがフールを発見したことを知った。
その時のレイシアの気迫から、フールは逃げ切れないのではと長年の経験から感じた棗はワールドに変身し、さらに飛翔小動物の目からフールが倒されかかっているのを見るや、空間移動で現場に飛んだのだった・・・・。

502漂流女子校〜ワールドの遊戯、フール最期の日〜:2015/05/25(月) 21:58:12 ID:sf477uzo0
そして今、ワールドは虫の息になっているフールの傍に屈みこみ、その額に手を当てた。
(意識は混濁しているが、まだ生きているわね・・・・時間の問題だけど)とフールの様態を見立てたワールドの脳裏に手を通じてフールの感情が流れ込んできた。

             ・
             ・
             ・

ウ、ウ、ウ・・・・サキ・・・サキヲ犯ルマデハ・・・シネナイ・・・。
アノ、チイサナマンコニ、オレノチンポヲブッサスマデハシネナイ・・・・。
モウ、エモノヲミスミスノガスノハ・・・・アイツ・・・ラバーズ・・・ダケデ沢山ダ!

             ・
             ・
             ・

(ラバーズ?)
初めて聞く名前が出てきたことでワールドは首を傾げ、
おもむろに(ラバーズとは誰?答えなさい)と掌を通じてフールに話しかけた。
するとその言葉に反応し、フールの過去の記憶がワールドになだれ込んできた。

             ・
             ・
             ・

今から10年前、狐頭人の上級淫獣の中にラバーズという将来は美淫獣まちがいなしと思われる当時8歳の幼いメス淫獣がいた。
その存在を知ったフールはラバーズを犯すべく、彼女の周りにいる大人たちに気づかれることなく万全の注意を払い彼女が一匹になるところを我慢強く待っていた。

そして、冬のある日ついに彼女が群れから離れ、周りを樹に覆われたほとんど崖のような場所を一人で歩いているところを背後から襲いかかった。
それはラバーズが枯れ落ちた枝を踏み抜きバランスを崩し、そのまま急勾配の坂道を転げ落ちかけた瞬間だった。
ラバーズはそのまま後ろから抱きついてきたフールを巻き込み、フールはラバーズの小さな身体を包み込むように抱きしめる形で斜面を転げ落ちていった。

       ・
       ・
       ・
「きゃーーーーーーーーーっ」
「ウァァァァーーーーーーッ」
ズルズルズル・・・・・ドシン!
      ・
      ・
      ・
「ウウウウウッ・・・・」
「あ、大丈夫!おじさん」
「アア・・・・・ダイジョウブダ・・・・」
「ありがとう私を助けてくれて」
と、感謝の言葉とともにラバーズは今、自分たちが転げ落ちてきた急勾配の坂道を見上げその高さに改めて身震いした。
そして、転げ落ちながらも自分を抱きしめて離さなかった救い主は、自分の下敷きになった上に腰を強打したらしく、その痛みにあえいでいた。
「待っていて、今誰かを呼んでくるから!」と、救い主によって傷らしい傷を負わなかったラバーズは親や仲間を呼びに駆け出した。
「マ、マテ!イクナ!・・・ッ、イテテ!」
再び、腰に檄痛が走りラバーズを止めることが出来ないでいるフールは焦った。
「マッ、マズイ!アイツガ、オトナタチヲツレテクルマエニ、ニゲナイト!」
と、ラバーズが視界から姿を消したときに、ようやく体を起こしたフールは逃走をはじめた・・・・・・。
今まで何十匹もの9歳にも満たないメス淫獣を犯してきたフールの存在は、いよいよ淫獣の世界でも有名になり始めていた。
淫獣たちにとって大切なことは子孫を残すことである。
だからこそまだ体が出来上がっておらず子を産む機能も全く整っていない幼いメスと性交をすれば、そのメスは死亡かまたは子ができない身体になりかねない。
それを防ぐために、淫獣たちは本能で9歳以下のメスは発情しない相手、それどころか保護する対象となっていた・・・はずが、たまにフールのように、そういう幼いメスでないと発情できない者も現れた。
そしてフールに犯された幼いメスの中には膣口が裂け、さらには子宮が潰れ子を一生産めなくなった被害者はこの時点で多数いた。
淫獣社会全体から見て「とんでもない奴」と嫌悪と軽蔑で見られるフールは、大人の淫獣にその素性を知られたらいつ殺されるかわからない状況に陥っていたのである。

503漂流女子校〜ワールドの遊戯、フール最期の日〜:2015/05/25(月) 21:59:29 ID:sf477uzo0

       ・
       ・
       ・

オレハ逃ゲタ、トニカク逃ゲタ、ラバーズノツレテキタオトナタチノナカニ、オレヲシッテイルヤツガイタラ、オレハオワリダ・・・・・。
オレハ腰ノゲキツウニタエナガラ、走ッテ逃ゲノビタ。

       ・
       ・
       ・

そして、フールはそのあと長い間、強打した腰が癒えるまで自分の隠れ家とその周辺から遠くに出ることができなかった。
それでも、ラバーズを忘れることができなかったフールは腰が癒えると再び彼女の住処近くまで行ったのだ。
だが・・・・。
ラバーズは人間でいえば美幼児から美女児になっていたが、10歳になっていた彼女はもはやフールにとっては性欲の対象にはならない年齢になっていた。
そしてこのことはフールにとって大きな悔いとなり続けたのだった・・・・。

             ・
             ・
             ・

(・・・・なるほどね。だから美咲に執着するのは、獲物がこいつの言うところの年増になる前にたいらげる・・・ということ)
ワールドは苦笑しながら今しも命が尽きかけのフールを見下ろしながら思った。
そしてポツリと「この世の最後の思い出に、もう少し暴れてみる?」とつぶやきながら、ワールドはフールの胸に突き刺さっているダマスカスブレードを引き抜こうとしたが、すぐに(あっといけない、このまま抜いたら血が噴き出してしまう)と思い直し、そのままフールの上半身を背後から引き起こした。
そして自分のタテガミの毛を一本引き抜くと、ジッと目の前にあるフールの後頭部を見据えながら意識を集中した。
今から行うことはワールドといえど、かなりの困難なことであった。
そして彼女はフールの後頭部に握っていた自らの毛を突き刺した。
(フン!)
手から毛を経由して、ワールドの電撃がフールの脳に流れ込んでいく。
ビクッ、ビクッとフールの体に大きな痙攣が走った。

     ****** 

メアリーたちが凝視する中でフールは焦点の合っていない瞳を前方に向けていた。
一方、屋上ではワールドがパチン!と指を鳴らした。
その瞬間ビクッとフールの身体に震えが走ったかと思うと、目の焦点がたちまち合い「サ、サキ・・・・イマオカシテヤル」と呟くと一歩、一歩、美咲に向かて歩き出した。
「サキちゃんに近寄らないで!」
メアリーは剣を構えると怯えるどころか闘志満々でフールに向かって突進した。
だが。
「ジャマダ!」
フールはメアリーの突きを紙一重でかわして、オス淫獣にしては細い腕でメアリーを横殴りに殴り飛ばした。
ワールドの力で無理やりに蘇らされた今のフールにとっては、美咲しか関心がなく、それを邪魔する者であれば本来なら肉欲の対象となるメアリーすら障害物にしか見えないのだ。
次の瞬間、フールは美咲に向かって走り出した。

             ・
             ・
             ・

そして、それから起こったことは後で振り返ると60秒以内で起きた。
殴り飛ばされたメアリーの身体が空中で綺麗に一回転し、着地するやいなや足をバネのように地面を蹴りフールの背中に体当たりするようにぶつかっていった。
ズブリ!
メアリーの剣は背中から深々と突き刺さり、フールの心臓を貫いた。
「ガッ?」
今のフールは神経がマヒしており痛みすら感じなかったが、さすがに違和感は感じた。
ズドン!
さらにフールは眉間に強い衝撃を感じ、頭部がガクンとのけぞったかと思うと彼の意識は永遠の闇に包まれていった。
彼がその生涯で最後に思い浮かべたものは、幼いラバーズの姿だった。

             ・
             ・
             ・

「い、痛い!・・・ううう」
フールが絶命した途端、メアリーの全身を強烈な筋肉痛が襲った。
「メアリー!」
美咲はすぐ傍にフールが倒れているのも気にせず、膝をついたメアリーに駆け寄った。
「あ、ユウ君!」
気配を感じた愛菜が振り返ると、そこには勇介が玉を発射したばかりのパチンコを構えじっと立っていた。
その勇介の後から息を切らせながらもう一人の小学生の力が追いついてきた。

504漂流女子校〜ワールドの遊戯、フール最期の日〜:2015/05/25(月) 22:00:37 ID:sf477uzo0
             ・
             ・
             ・

(メアリー、ごめんなさい無茶をさせてしまって)
今、姉のエリザベスはメアリーの身体の中で、妹には聞こえることがない死者の声で謝っていた。
フールの接近を感じたエリザベスは必死でメアリーに呼びかけ注意を促した。
そしてメアリーがフールに向かって突進した瞬間、後先考えずメアリーの身体に飛び込み憑依し、妹の身体を操ってフールを背中から刺したのだった。
もちろん、いつでも誰にでも出来るわけでない。
血がつながり相性が良いメアリーが相手だからこそ可能だったのである。
そして憑依したタイミングも良かった。
フールに殴り飛ばされた時、エリザベスはメアリーの身体をその飛ばされる方向にわざと飛ばしていた。
そのためメアリーの身体はほとんど怪我をせずにすんだのである。
だがその代り、メアリーの身体に無茶をさせてしまったのであるが・・・・。

「それにしても驚いたぞ。ユウがいきなりサキちゃんが危ないとか言って駆け出したんだもんな・・・」
と力はあとでしみじみと言った。
かつて勇介の危機を美咲が感じたように、今回は兄が妹の危機を直感したのだった。
それも力が信じられないようなスピードで走りあっという間に池にたどり着き、メアリーが心臓を貫いた瞬間、勇介の素早く構え打ち出したパチンコ玉がフールの眉間に打ち込まれたのを、後から追いかけてきた力ははっきりと見ていたのだった。

     ****** 

パチン!パチン!
離れた屋上で指をならしたワールドはため息をつきながら、急に映像が消えたテレビ画面のごとく髪の毛を通して見ていたフールの目がなにも見えなくなったことで、その死を確信していた。
(フールもとうとう死んだか・・・・それにしてもまた退屈な時間が始まるのね・・・)
そう、ワールドは退屈だったのだ。
この世界の淫獣とワープさせてきた学園の女生徒たちとの間にエンペラーのような強力な力を持つ子供たちを大量にしかも同時に誕生させ、この世界の淫獣社会を改変させようとした企みも、女生徒たちの予想外の抵抗でほとんど進んでいない。
さらに彼女の今まで生きてきた人生の長さからしたらほんのわずかな時間であっても、10年以上一緒に過ごしたジャスティスが戻ってこないこと。
ワールドは自覚していないが、これが予想以上の孤独感を彼女に与えていた。
それを忘れるため暇つぶしと称し遊戯感覚でフールの延命をさせたのであるが・・・・・

漂流142日目。
漂流初日より、忘れらない日々を何度も経験してきた海の花女学園の人間たちにとっても、この日はフールの死という出来事で、特に忘れられない日の一つとなった¬¬¬――。

     ****** 

「ねぇ、ラバーズ。アンタいつ添い遂げるオスを決めるのよ」
ここはある淫獣の集落。
すっかり年頃になったラバーズは親友のメス上級淫獣に尋ねられていた。
「まぁねぇ・・・・オスたちもうるさいし、決めなきゃいけないんだけど・・・・」
と答えつつ、ラバーズの脳裏には幼いあの日、崖のような場所から落ちた時に身を挺してかばってくれたオス上級淫獣の顔が憧れの君として蘇っていた・・・・・。

漂流女子校〜ワールドの遊戯、フール最期の日〜おわり

505漂流女子校〜終章Ⅰ・超古代より〜:2015/12/07(月) 22:09:07 ID:8mptOpVo0
◎海の花女学園消滅より一万数千年前の地球

カーン カーン カーン

正午を告げる鐘の音が、ここ大西洋の強国・アトランティスの首都に響き渡る。
人々が思わず聞き惚れる美しい鐘の音は、街の中央に位置し街のシンボルである尖塔から鳴り響いていた。
その場所から少し離れた国軍兵舎の4階の窓から、軍服に身を包んだ少女がその鐘の音に聞き入っていた。
その少女に声をかける者がいる。
「ジュジュ、一緒に食事に行かない」
ジュジュと呼ばれた少女は自分に声をかけたやはり軍服姿の同年輩の少女を振り返って言った。
「なんだ、クレイトか」
その言葉にクレイトと呼ばれた少女は不満顔で頬をふくらませながら「なんだ、クレイトか・・・てなによ」と言った。
「いやいや、ちょっと物思いにふけっていたもので」と言いながらジュジュは再び窓の外に目を移した。
ジュジュの視線の先にある物が尖塔であることに気付いたクレイトは思わず押し黙った。
ジュジュが今何を考えていたのかが分かったからだ。

       ******

ジュジュとクレイトは首都の一角にある貧民街で生まれた幼馴染だった。
当時のアトランティスは貧富の格差が激しく、首都にも立派な高級住宅街や官公庁が立ち並ぶ一方で貧民街があった。
当時、貧民街の幼女だったジュジュたちにとって立派な建物のあるところは自分とは無縁な世界であった。
ただ尖塔から鳴り響いてくる鐘の音だけが、首都の人間に分け隔てなく現在時刻を知らせていた。
そんな彼女たちが12歳になったころ、彼女たちの街に国軍による少年少女兵勧誘の話が来た。
それは国軍の係官が貧民街の親たちにとってはそこそこのまとまった金を―払う側にしてみれば大したことのない金額を―支払う代わりにその子供たちを少年少女兵として国軍に入隊させるという、早い話が食い扶持を減らすために子供を売る親と人買いの軍人との取引であった。

これらの行為が大昔からあったわけではない、ただ格差が広がるにつれて政府に影響力を持つ大富豪らが自分の子を国軍に入れることを嫌がるケースが増え、政府も富裕層の支持を維持したいためにそれらの子女の入隊免除が認められだした事により将兵の数が少なくなったのである。
そこで考え出された兵力補充の一つに、貧民街の子女を買うという行為がはじまったのであった。

そしてジュジュたちが今ここにいることで彼女たちの親がどんな決断を下したかは分かるであろう。
もっとも少女たちにとって住むところと食べ物は保証されたため、暮らしの質は家にいた時よりも上がったのである(戦場に出て、いつ死ぬか分らないという条件付きではあったが・・・・)。

506漂流女子校〜終章Ⅰ・超古代より〜:2015/12/07(月) 22:10:42 ID:8mptOpVo0
しかしそんな彼女たちにとっても鐘の音は幼いころより馴染んだものであり、その音が自分と生まれ育った“故郷”を結ぶ糸みたいに感じられるのであった。

******

数分後ジュジュとクレイトは食堂への通路を歩いていた。
そこでクレイトが訊ねた。
「ねぇジュジュ、身体の方は大丈夫?・・・・後遺症とかない?」
「大丈夫よ。自分でも不思議なくらい」とはっきりと答えるジュジュに一抹の不安を感じながらも「そう、それは良かった」とクレイトは笑顔で言った。

3日前、ジュジュは国軍の生物兵器である「改造兵」となる為の人体改造手術を受けたのである。
「改造兵」とは人間の身体にナノマシンを埋め込み、身体の能力を飛躍的に向上させる「細胞変化プログラム」を自分の意志で発動させる能力を植え付ける人体改造手術によって生み出された改造人間たちなのだ。
長年の研究と数々の犠牲者の上に、改造手術の術式は完成した。
今ではめったなことで手術の失敗は起きない。
しかし、ジュジュの場合は思わぬアクシデントに見舞われた。
改造手術完了間際にテロリストたちがその施設を襲撃した。
警備兵との銃撃戦の最中に、流れ弾が建物の発電装置に命中。
暴走した高圧電流がコードを伝わって、手術台に横たわるジュジュの身体に流れ込んだ。

・・・・しかし今、ジュジュがこうして幼馴染と話していることからわかるように、ジュジュは命に別状がなく改造手術も完成した。
(もちろん電流の逆流から手術完了までの間に手術室が大騒ぎになったのであるが、全身麻酔をかけられ深い眠りに陥っていたジュジュは何も記憶していなかった)

******

「やぁ、アトラ」とクレイトが気さくな笑顔で、向こうからやって来た少女に話しかけた。
アトラと呼ばれた同い年の少女も笑顔で答える。
しかしジュジュの表情は硬くなった。
そんなジュジュを尻目にクレイトは話し続ける。
「だけどアトラ、食事はもう済んだの?早いね」
その問いにアトラは「私は、今日は食事抜きよ」と答えた。
「あ・・・・そうか今日だったんだね。・・・・ゴメン忘れてた」と心からすまなさそうに答えるクレイト。
今日はアトラが改造兵になる為の手術を受ける日だったからだ。
「まぁ、リラックスしなよ」とアトラを気遣うクレイトに「大丈夫だよ」とにこやかに答えるアトラ、そんな彼女たちをジュジュは無言・無表情で見つめていた。

******

数分後、アトラと別れた二人は再び食堂への通路を歩きだした。
そんな中クレイトはジュジュの横顔を眺めながら
(この娘はまだアトラを気にいらないのね)と考えていた。
アトラはクレイトたちと違い親に売られたわけではない。
彼女は軍の研究所でDNA改造を施された精子と卵子を組み合わせ、培養カプセルの中で誕生した。
文字通り生まれが違う存在だった。
アトラのような少女を誕生させた理由は、やはり改造兵を作ることだった。
かつて既成の人間を改造した際に手術が失敗した理由の中で多かったのは、被験者の肉体が拒絶反応を起こしたことだった。
その対策の一つとして考え出されたことが、誕生の時から既に改造手術に耐えうる肉体を持つ人間を作ってしまうということだった。
その結果、アトラはこの世に生を受けたのである。
そしてアトラは軍の施設で厳しくそして大切に育てられた。
そんな住まいと食が保障されて育ったアトラをジュジュは自らの貧しい生活だった家庭を思い出し、気に食わなかったのだ。

507漂流女子校〜終章Ⅰ・超古代より〜:2015/12/07(月) 22:12:40 ID:8mptOpVo0
ところがジュジュと同じ境遇であったクレイトはそうは思わなかった。
確かに食べ物には困らないかもしれないが生まれた時から研究のサンプルにもされ、やがては改造兵にされるのが決まっているアトラ。
クレイトはそんな彼女がとても幸せには思えないのだった。

             ・
             ・
             8年後 
             ・
             ・

「待てーーっ!」
アトランティス国内のとある場所で、全身が金色の鱗に覆われステンレス色のコウモリのような羽を背中に生やし、西洋のドラゴンの頭を持った改造兵が、アトランティス国軍の戦闘ヘリに追われていた。
ヘリのスピーカーから静止を要求する声が発せられる。
「元・アトランティス国陸上軍第13部隊所属 ジュジュ・ダクティロスことコードネーム:ワールド。貴君には反逆罪で射殺許可が出ている。そうなりたくなければ投降せよ」
「フン」
警告に改造兵・ワールドことジュジュは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
高性能のヘリはピタリと戦闘機のようにジュジュの後ろについて離れない。
もし彼女が振り向き腕から電撃を発しようとしたら、そうなる前にガトリング砲を打ち込む。
それがパイロイットたちの狙いであった・・・・のだが。
ヘリの正面を向いているジュジュの足の裏が光ったように思えた瞬間、ヘリは空中で爆発した。
何が起きたのか分からないままこの世から退場することになったパイロットたちもろとも・・・。
そこでようやく振り向いたジュジュはフンと鼻を鳴らし(電撃が足からは撃てないと思っていたようね)と思いながら、再び飛行を始めた。

             ・
             ・
             24年後 
             ・
             ・

アトランティス首都郊外にある軍の研究所で一人の女性・・・技術将校のクレイトはため息をついた。
ここ数年、憂鬱な状態が続いている彼女だが今朝見た夢、かつての知人・ジュジュが夢に出てきたことで今日はより憂鬱だったのだ。
「そもそも、ジュジュがあんなことにさえならなければ・・・・」とクレイトは愚痴るようにつぶやき、自分たちの少女時代に意識を飛ばした・・・・。

******

改造兵となり「ワールド」というコードネームを与えられたジュジュはその高い戦闘力から、やはり改造され「サン」というコードネームを与えられたアトラと並んでたちまち国軍の若手エースとなった。
ところが、3年・4年と月日が流れるにつれて周りの人間からジュジュは奇異な目で見られるようになった。
なぜならクレイトや、さらにはアトラまでが普通に歳を取り成長していく一方でジュジュはまったく成長しなかったのだ。
なぜそんなことになったのか?
改造兵手術前までは普通に成長していたのに?
手術中の電流の逆流が原因か?
と様々な推測が出たが、それらはすべて推測にとどまった・・・・。
さらには(不老不死?)という言葉が出始め、ついにはジュジュを生体解剖にかけてはという意見まで出る始末。
それで危険を察したジュジュは軍から脱走。
追っ手を返り討ちにし、そして消息を絶った・・・・。
どこに行ったのか全く分からなかった。

508漂流女子校〜終章Ⅰ・超古代より〜:2015/12/07(月) 22:15:21 ID:8mptOpVo0

******

ふと、クレイトは過去の世界から引き戻された。
ジュジュの脱走からさらに月日は流れ、クレイトは少女兵時代の実技はイマイチだったが、座学において最も優秀な成績を収めたことから、軍の研究所に勤務していた。
今、軍では画期的な二大発明が完成したばかりだった。
そのうちの一つは、時間転送装置すなわちタイムマシン。
ただしまだ小さな物体しか過去または未来にしか送れないが。
そして、もう一つの発明・・・・それがクレイトの気分を憂鬱にしていた。
彼女は頭を振ってその事を考えないことにした。
その時、壁にある鏡に映った自分の姿が目に入った。
(はぁ、私もおばさんになったものね・・・)
彼女の脳裏にもう一人の昔馴染みアトラの顔が浮かんだ。
クレイトは研究が楽しくて恋に興味がなかったので、いまだに独身だった。
一方のアトラは結婚をし、子供たちにも恵まれていた。
軍籍と国軍の改造兵という立場はそのままで。
(私としてはこんなことになる前に軍を退役させ、完全に家庭に入れたかったけど・・・戦争が始まった今となっては・・・)
クレイトの言う戦争とは、アトランティスと並ぶ大国・ムーとの戦争のことである。
当初は一進一退を続けていた戦闘は今やムーの優勢となり、改造兵の中でも優秀なサンことアトラは真っ先に投入されていた。
この時、クレイトの脳裏に二対のソードを両手に構えたサンの姿が浮かび上がった。
そのソードこそワールドの脱走後に開発されたサンの戦闘力をさらに向上させるための兵器であり、本来はサンがワールドと戦うことを前提に開発されたものであった。
そのソードが開発されたときの暗澹たる気分をクレイトは忘れられるはずもない。
アトラとジュジュが殺し合うなんてと、二人と親しかったクレイトが落ち込んだのも無理もない。
ただ幸いなことはそのような事態が起きる前にワールドが完全に消息を絶ち、二人が戦うことがなかった事だ。
と、そこまでアトラのことを考えていたクレイトは、もう一つの発明品のことを思い出しため息をついた。
そこへ、彼女の助手である女性がやってきた。
「主任。軍司令部よりサンが重体で、例のプロジェクトを発動するため主任にも立ち会うようとの命令です」
「なんですって!」
その助手・レウキッペの言葉にクレイトは椅子から立ち上がった。

1時間後、クレイトは第2手術室にいた。
手術台に横たわった虫の息の親友を見て顔をしかめ、さらに横にあるもう一つの手術台に横たわる赤ん坊の姿を見て何とも言えない表情になった。
(ああ、アトラ・・・立派な母親になったあなたが・・・こ、これから)
そんな彼女の声にかぶさるように、この手術の総責任者の声がかぶさる。
「これより、記憶の転写をはじめる」
記憶の転写・・・・これこそが軍の二大発明のもう一つだった。
人間の記憶を別に人間の脳に移し替える。
この発明が成功したときに軍の首脳が思いついたことは、軍にとって重要な戦力であるアトラがもし重体を負ったとき、用意した彼女のクローンに彼女のそれまでの戦闘経験等の記憶を移すというものだった。
元々、アトラ自身が培養カプセルの中で生まれた存在であるため、そのクローンを作るのは簡単だった。
(・・・・・・・・・・)
クレイトはその作業が終わるのをじっと待っていた。
彼女にとって軍という存在はあまりにも大きすぎたのだ。

「クレイト、抱いてあげるかい?」
一緒に立ち会っていた、彼女の上官が言った。
「は、はい」
彼女は慎重に記憶の転写が終わったばかりの赤ん坊を抱きあげた。
この20年の間に飛躍的に進歩したクローン技術によって誕生する前からすでに体内にナノマシン等を入れることが可能になった。
つまりこの赤ん坊はすでにサンに身体を変化できる改造人間なのだ。
この赤ん坊が成長するまでの間の管理責任者になるようクレイトは命令されていたのだ。
(記憶のロックはされているとはいえ・・・生まれた時からこんな定めを負っているなんて・・・・)
とクレイトは暗澹たる想いだった。

509漂流女子校〜終章Ⅰ・超古代より〜:2015/12/07(月) 22:17:12 ID:8mptOpVo0
クローンとはいえ赤ん坊に成人のアトラの記憶をそのまま転写するのはあまりに脳への負担が大きすぎる。
そこで、このクローンが精神が安定する一定の年齢に達するまで転写された記憶を封印する措置が取られているのだった。
と、その時。
ズズーーーン!
すさまじい爆発音が轟き、建物を揺るがした。
「なんだ、何事だ!」
クレイトの上官が叫ぶ。
兵士があわてて報告した。
「敵爆撃機の空襲です!」
「なんだと!こんな首都の傍まで侵入を許したのか!?」
クレイトたちは知らなかったが、ムーではこの時代の最新技術を尽してあらゆる探知機器に察知されない最新鋭の軍用機が開発されていたのだった。
ズガガガーーーン!
またしても建物が揺れ、さらに手術室の天井に亀裂が入った。
あまりにも強力な爆弾だった。
「第4・第7ブロック全壊!退避を!」
「だめです、このブロックの出口が爆撃でふさがりました!」
怒声が飛び交うなか、今やここにいる人間たちの命は風前の灯となっていた。
爆弾の威力から建物が崩れるのは時間の問題であると、クレイトをはじめ頭の回転が速い者は推測したからだ。
赤ん坊を抱きながら、クレイトは彼女の信頼する助手に声をかけた。
「レウキッペ。お願い、手を貸してくれない」

十数分後、クレイトとレウキッペは同じブロックの地階にある一室の前にいた。
上官に何処へ?と尋ねられたがクレイトは自分の腕に抱かれた赤ん坊に視線を向け、
「この子、いえアトラを地階に避難させます」というと、上官は簡単に了解してくれた。
恐らく上官も私の考えを推察し賛成してくれたのだとクレイトは思う。

今、クレイトとレウキッペしかいないその部屋には、現在でいう洗濯物を乾燥する機械に似た物体が置かれていた。
それこそが時間転送装置であった。
「レウキッペ、装置の電源を」というクレイトの言葉に、助手はボタンの操作を始めた。
今の時点ではまだまだ実験段階である上に、小型の物質しか転送させられない機械が起動していくのを見ながらクレイトは自分が抱きかかえている赤ん坊を見ながら声をかけた。
「私の無茶な考えを許してくれとは言わない。だけどどうか生き延びて、アトラ」
「エネルギー充填完了」というレウキッペの言葉と、今までよりはるかに大きな振動とそれに伴い天井に大きな亀裂が入ったのを感じながら、乾燥機でいえば洗濯物を入れる場所に赤ん坊を入れたクレイトは「転送を開始して」と言った。
ガラス越しに赤ん坊が光に包まれ消えるのを確認したクレイトは、ここまで自分に従ってくれたレウキッペに礼を言うためにそちらに視線を向けた。
その瞬間、再び大きな振動が建物を襲い、巨大な質量を持ったコンクリートの塊が二人の頭上に落下してきた・・・・。

             ・
             ・
             150年後 
             ・
             ・

眼下に広がる海。
そして所々にわずかに残った高層ビルが、その最上階部分をポツリポツリと海面から姿を見せている。
この海域こそ、かつて世界を二分した大国・アトランティスの首都があった場所だった・・・。
上空から全身が金色の鱗に覆われ、竜の頭を持った人・・・すなわちワールドはステンレス色の羽を羽ばたきながら何とも言えない感慨にふけっていた。
ガラガラガラ・・・・バシャーン。
ワールドの眼下で首都のシンボルだった尖塔がついに限界に達したらしく、倒壊し水面に沈んでいった。
次の瞬間、空間を引き裂くようにワールドの姿が掻き消えた。
これこそアトランティス軍に追われていたワールドに顕現した空間移動能力だった。
そしてその力で彼女は、明らかに地球でない三つの月を持つ世界にたどり着きそこを根拠地にしていたのだ。

510漂流女子校〜終章Ⅰ・超古代より〜:2015/12/07(月) 22:17:55 ID:8mptOpVo0

             ・
             ・
           一万数千年後 
             ・
             ・

◎海の花女学園消滅より16年前の地球・日本

その日の早朝、剣術家である黛竜一郎は日課のウォーキングを行っていた。
明け方に出ていた濃霧はほとんどなくなっていたが、人の姿は少なかった。
その時、竜一郎の前方の空間がゆがみ始めた。
「!?」
目の錯覚?
次の瞬間、それまで何もなかった地面に赤ん坊が横たわっていた。
「なに!?」
赤ん坊は火がついたように泣き始めた。
最初は驚愕した竜一郎であったが、さすがにそこは現在の剣豪、赤ん坊に近づき抱き上げた。
娘と息子の生まれたての頃を思いだしながら赤ん坊をあやし出した竜一郎は、この時初めて赤ン坊の顔をマジマシと見て息を呑んだ。
「葉月!」

******

「と、父様。そ、その赤ん坊は!」
いつものウォーキングから戻ってきた父親が赤ん坊を抱いているのを見て、竜一郎の息子・順也は驚いた。
しかし父親から事情を聞かされると、不思議なこともあるものだと思いながら警察に電話をすることにした。

それから警察や竜一郎に協力を依頼された彼の数多くの門下生たちの懸命の捜査にもかかわらず、竜一郎が拾ったその女の赤ん坊の身元は不明という結果に終わった時、竜一郎がこの赤ん坊を我が家で引き取りたい、ひいては順也の養女としてほしいと言い出した。
普通ならそんなことを言われた当人たちは驚くだろう、しかし最初に竜一郎が赤ん坊を連れてきた時に比べるとずっと落ち着いた感じで息子夫婦はそれを受け入れた。
順也にも彼の妻である美雪にとっても、竜一郎は絶対の信頼と尊敬ができる父であり義父であったからだ。
しかも順也はもし赤ん坊の身元が見つからないのならこういう事態になるのではないかとひそかに予想していた。
なぜなら順也自身も赤ん坊を抱きながらしげしげとその顔を見ると写真に残っている姉・葉月の赤ん坊の頃にそっくりであり、姉が行方不明になったときに父が冷静な態度は崩さぬもののどれほど心を乱されていたかを思いだしたからだ。
自分にとっても好きで尊敬する姉、それが生まれ変わったような気がしたことも順也が父の言葉を受け入れた理由の一つであった。
「それで父様、この娘の名前はどうしましょう?」
順也が父親にお伺いを立てると竜一郎は、
「お前の娘になるのだ。お前が名づければいい」と言った。
「・・・・それでは、我が家に来たのが5月ですから皐月(さつき)というのはどうでしょうか?」
「・・・・それでいいだろう」
8月に生まれたから葉月、そしてその姉に似ているから5月にこの家に来たので皐月。
我ながら安直だと思いながらも順也はその名前以外をつけたくなかったのである。

こうして、その赤ん坊は竜一郎の孫、順也と美雪の娘・黛 皐月となった。


〜終章Ⅱ〜につづく

511終章Ⅱ・太陽(サン)VS世界(ワールド):2015/12/07(月) 22:20:34 ID:8mptOpVo0
◎漂流150日目・午後1時過ぎ 海の花女学園

その日は晴天だった。
いつものように、保安部員としての見回りを終えた皐月と蘭芳が中庭に出てきたとき、何やら回りがざわめいているのに気がついた。
何事だろうと皐月が思っていると、唯と伊織そして理沙が駆けつけてきた。
「よかった、二人とも戻ってたんだ」
唯が皐月たちを見るなり叫んだ。
「どうしたの唯?そんなにあわてて」
「今、花園先輩たちが帰ってきたんだ!しかもシュレッダーと一緒に!」
「え、どういうこと?」
「・・・・?」
驚いた皐月は、何のこと?と首をかしげている蘭芳に説明をした。
相撲部に花園 薫という2年生の大食漢の生徒がいたこと。
学園がミアに移動したため、先行きの見えなかった当時は大幅な食糧規制が行われため彼女は空腹に耐えかね、漂流7日目に同じ部員の若葉と自分の食い扶持は自分で探すと言って学園を出て行ったこと。
「!・・・・・いい人柄の女性(ひと)みたいだね」
最初はその大胆さと無謀さに驚いた蘭芳だが、学園に負担をかけたくないという彼女たちの気持ちを理解したのだった。
そんなことをしている内に、中庭のざわめきが大きくなった。
話題の二人の少女が牙狼族のシュレッダーと、さらに身長が2メートルくらいの熊の頭を持った、というより灰色熊が二本足で立っているという感じのメス淫獣と共に中庭にやって来たからだった。

「花園先輩・若葉先輩!お久しぶりです」と二人に駆け寄った唯が直立不動の姿勢からお辞儀をした。
部は違えども、相撲に打ちこむ熱意とその実力に唯は二人を尊敬していたのだった。
騒ぎを聞きつけ中庭に勇介を初めてする5人の小学生たちも出てきた。
その中の一人、美咲が「あっシュレッダー。来てくれたの」と言って駆け寄ってきた。
花園たちが、学園の生徒とは初対面である上級淫獣・熊頭人(ゆうとうじん)のテンペランスを紹介し、テンペランスも気さくな態度を見せたので学園の人間も警戒を解きはじめた。
「あれ?シュレッダー。何もっているの?」と美咲が訝しげに訊ねた。
普段は素手のシュレッダーが珍しく剣のような武器を持っていたからだ。
「それは、もしかして!」と勇介が声をあげた。
そんな少年の声にシュレッダーは螳螂淫獣の刃を加工した武器を少し持ち上げ「ああそうだ。これは我が友スラッシュの形見だ」と言った。
その名前とその武器を見た勇介は複雑な気分になった。
そんな思いが少年の顔に出たのだろう、それを見たシュレッダーの脳裏にも初めて勇介やエンペラーに出会った時のことが蘇ってきた。
同じ武器からスラッシュを殺したのが皐月と推測したシュレッダーは学園を襲撃した。
そして戦闘経験で勝る彼が皐月を追い詰めた時、間一髪でエンペラーが乱入し間に入った。そしてシュレッダーは友の命を絶った者がエンペラーであることを知った。
そして二人の上級淫獣が今まさに命を懸けた決闘を始めようとしたとき、騒ぎを聞きつけて駆け付けた勇介が間に飛び込み、自分がタワーに皐月たちをおびき出すための人質とされたことや、スラッシュが自分を解放してくれたことを必死になって説明し、最後に上手く説明できないがシュレッダーのやっていることはスラッシュの心意気に反することだと思う、スラッシュもエンペラーも自分の恩人でありその当人ともう一人の恩人の関係者が殺し合うのは耐えられない、どうしてもやるのなら僕を殺してしてからしろ!というようなことまで言った。
この時シュレッダーは勇介を(幼いながらこの気迫。上手に育てれば優秀な戦士になるだろう)と気に入った。
またスラッシュの人質解放という行動を初めて知り、雇い主であるタワーのいやらしさと親友の苦悩が目に見えるようだった。
生真面目な牙狼族にとって幼き者を人質にとるような作戦は耐え難いものがある。
しかし一度傭兵として依頼を受けた以上は雇い主が自分より弱くても命令にはしたがう。
それが自分を含めた牙狼族の生き様だった。
さらに兄の後を追ってきた美咲の説得や人違いで皐月に危害を加えた負い目もあって、シュレッダーは決闘を取りやめた。
その後、完全にエンペラーを許したわけではないが一度燃え上がった復讐の炎が小さくなってしまい、再び燃え上がることがなかなかないまま今に至るのである。

512終章Ⅱ・太陽(サン)VS世界(ワールド):2015/12/07(月) 22:22:04 ID:8mptOpVo0
「でも、先輩。シュレッダーやテンペランスと一緒に戻ってこられたのは・・・えーと、送ってもらったということですか?」と唯が訊ね花園が答えようとしたとき、
「おーい」と向こうから少年の声がきこえた。
視線をそちらに向けた学園の人間たちはまた驚いた。
学園内にいる数少ない男性のうち二人、少年・柊 昭人(ひいらぎ あきと)と初老の男・神木新太郎(かみのぎ しんたろう)がこの世界の住人を連れてきたからだ。
「あ!エンちゃん!」と美咲が声をあげた。
昭人や新太郎と並んで美しい銀髪を持つ全裸の少女が歩いてきた。
その少女こそ、見た目は人間と変わらないがこの世界で上級淫獣として生を受け、さらに学園がこの世界に移動してから20日目から134日目までの間、女学園のシックスティーン・カルテットメンバーとして皐月たちと共に戦っていたエンプレスだった。
しかも二人の男が連れてきたのは、エンプレスだけではなかった。
「エンペラー!・・・それにハイプリステスまで!」
ライオンの頭を持ち日本刀「桜乱舞」を持つ獅子頭人のオス上級淫獣・エンペラー。
エンプレスの友人で鮮やかな金髪のロングヘアを持ち、背中に翼が生え腕の肘より先と足の膝より下の部分が鶏の足のようになっているところを除けば、ほとんど全裸の白人美少女に見える翼人族のメス上級淫獣・ハイプリステス。
3匹の淫獣が同時に現れたことに、周りの人間からどよめきが起こった。
いや、シュレッダーとテンペランスを入れれば5匹だろうか。
学園の人間たちとは初対面になるテンペランスとハイプリステスを除けば、残りのエンプレスたちは学園の人間とは親しい存在である。
しかしそれでも一度にこれだけのメンツがそろうのは圧巻であった。
「エン!よく帰ってきた!」
「エンペラー、エンを連れ戻してくれたのね!」
真っ先に唯や皐月、そして伊織や蘭芳たちカルテットメンバーがエンプレスに駆け寄った。
「メイ、皆、心配かけてごめんね」
エンプレスが申し訳なさそうに謝った。
そしてカルテットメンバー以外の人間たちは、皐月やエンプレスから話に聞いていたハイプリステスを見て(これがあの)と思っていた。
その中で特に1年生の文芸部員である中森美穂は図書館書庫で自分が見つけた14世紀に描かれた行方不明になったという二人の白人少女の肖像画・・・・その少女たちの顔がエンプレスとハイプリステスに瓜二つなので驚いていた。

皐月たちカルテットメンバーや美咲をはじめとする子どもたちがエンプレスと再会の喜びを分かち合っている横でエンペラーがふいに言った。
「サツキ、この場で俺との稽古を始めてくれないか」
皐月は困惑しながら言った。
「稽古を?」
稽古とはこれまでもエンペラーが学園を訪問するたびに皐月と行われていた、木刀を使い相手を殺すことを念頭に置いた実戦剣術の稽古である。
それをエンペラーは今やろうというのだ。
さらに彼は皐月をさらに困惑されることを言った。
「さらにいつもの木刀ではなく。桜乱舞と桜吹雪を使ってだ」
「え?真剣勝負ってこと?」
「おいおい、何を言い出すんだエンペラー」
さすがに唯が止めに入ったが、そんな彼女をそっと手で制止したのはエンプレスだった。
「メイ。ボクからもお願いだ。エンペラーの言うとおりにして」
「おいおいエン。お前まで」と困惑する唯の横で皐月はエンプレスの目を見て、次に視線をエンペラーの目に移してから「分かった」と承知した。
理屈や理由は判らない。
しかし、今まで何度も学園のピンチを助けてくれたエンペラーや、カルッテトメンバーとしてともに戦ってきたエンプレス。
この二人の言葉に出さない、しかし必死に訴えている彼らの心を皐月は感じたのだった。

******

大勢の人間が取り巻いている中、中庭の中央で桜吹雪と桜乱舞を皐月とエンペラーが切り結ぶ。

513終章Ⅱ・太陽(サン)VS世界(ワールド):2015/12/07(月) 22:23:20 ID:8mptOpVo0
この時、皐月とエンペラーは今切り結んでいるお互いの姿しか見えず、またその二人を見ているほとんどの人間の目が二人に集中している中、蘭芳がポツリと横にいる唯と伊織、そして理沙に言った。
「・・・・・エンたちのようすが変」
「「「え?」」」
「何かを探してる」
蘭芳の言うとおり、エンプレスもハイプリステスも、さらにはシュレッダーとテンペランスそして花園と若葉まで切り結んでいる二人を見るふりをして、何かを探しているのが見えた。
「あ!」
誰かが呟いた。
エンペラーが桜乱舞を皐月の頭頂に振り下ろしたのだ。
(よけられない!)と判断をした皐月は桜吹雪で受け止めた。
刀と刀の火花が散る。
するとエンペラーの目に力が入ったと思うと、身体じゅうの気を剣の柄を握っている両手に集中させた。
すると、ほんのわずかだが桜乱舞の刀身が淡い光に包まれ、その光は接している桜吹雪の刀身へ、さらにはその柄を通じて皐月の手に伝播していくようだった。
(なに?・・・・う)
皐月は困惑した。
そして、次の瞬間一気に情報の奔流が二つの剣を媒体にして皐月の脳に流れ込んできた。
「う、うわーーーーっ!」
皐月は悲鳴をあげ、その場にへたり込んだ。
「メイ!」
慌てた唯が駆け寄ってきた。
一方では残りのカルテットメンバーがエンペラーに詰め寄った。
「エンペラー!どういうことっ!」
仲間を傷つけられたと思い、怒りの形相で食ってかかったのは普段はクールでもの静かな伊織だった。
しかし彼女は心に熱いものを持っていた。
そしてこの異世界ミアに来て以来の仲間の死や多くの人間たちとの共闘が、彼女に仲間の大切さを教えていたのだ。
だが、その大切な仲間の一人であったエンプレスがエンペラーと伊織たちの間に割って入った。
「待って、イオリ!それにみんなも!」
「エン!」
エンプレスの必死の訴えに伊織の気勢がそがれた。
すると伊織の横に来ていた理沙が言った。
「だったら、理由を言ってよ。エン、貴女も知ってるんでしょ?」
その言葉に、エンプレスは黙った。
どう説明しようか迷っているのか?と唯や伊織は思ったが、今言っていいのか?と彼女は迷っていたのだ。
そのときだ!
「いましたわ!あそこです!」とハイプリステスが遠巻きに見ている学園の人間たちの中の、ある場所を指さした。
「え?」
伊織や蘭芳が、そして膝を突き地面に顔を向けたまま動かない皐月の肩に手をかけていた唯が、その声に注意を引き付けられたとき、シュレッダーとテンペランスが今ハイプリステスが指さした方向に向かって駆け出していた。
「え?」
「なになに?」
と大勢の人間が思う間もなく、牙狼族最速のシュレッダーが一人の女生徒すなわち1年生の倉沢 棗に突進し、彼女の頭上からスラッシュの形見の刃を振り下ろした。
「わ!」と悲鳴をあげた棗は紙一重でぎりぎりに斬撃を避けた・・・・ように見せかけた。
だがそのときは横からテンペランスがその重い拳を叩きつけようとしていた。
(ちっ)と棗は心の中で舌打ちをし、テンペランスに比べるとずっと小さな掌で熊頭人の思い拳を受け止めた。
パシン!という軽い音がしたと思うまもなく、さらに横からシュレッダーがふたたび斬撃を繰り出してきた。
(ダメだ、避けられない・・・・細胞部分変化!)
棗は左腕でその斬撃を受け止めた。
ガチンと金属を打ち合わせたような音が響いた。
本来なら棗のような少女の細い腕など簡単に切断できるはずの刃は、しかし少女の腕にきれいに受け止められただけでなく、シュレッダーの武器は受け止められた部分から折れていた。
しかも次の瞬間、棗の繰り出した蹴りがシュレッダーの膝の下に打ちこまれた。
「グッ!」
シュッレダーの膝に上級淫獣に蹴られた時と同じくらいの衝撃が走り、牙狼族の身体は宙を舞い顔から地面に倒れた。
さらに棗は斬撃を防いだ左手の拳を握るとテンペランスの腹部に叩きつけた。
拳を受けたテンペランスの体は大きくうしろに吹き飛ばされた。

514終章Ⅱ・太陽(サン)VS世界(ワールド):2015/12/07(月) 22:24:26 ID:8mptOpVo0
「なっ、棗!」
周りの人間は淫獣たちが少女を襲ったことよりも、その淫獣たちを叩きのめした棗の力に驚いていた。
無理もない、1年生の倉沢 棗といえばおとなしすぎる性格で武術なんかとは無縁の美少女とみんなに認識されていたのだ。
しかも・・・・・
「え!棗、その腕は!?」と驚きの声が上がった。
斬撃を受けた棗の左腕のその部分はシュレッダーの剣圧により制服が大きく破け、その下には黄金の鱗でおおわれた皮膚が見えていたからだ。
騒ぎを聞きつけていつのまにか中庭には大勢の人間が出てきていた。
「悪いが、お前の芝居はここで強制終了させてもらうぞ」
と、エンペラーが棗を指さしながら言った。
「倉沢 棗、いや、ワールド!」
エンペラーの言葉は静かであったが、その内容は聞いた人間たちに衝撃を与えるには十分だった。
だれかが「そんな馬鹿な」と笑い飛ばそうとしたが笑い損ねた。
棗はエンペラーを見据えながら軽く鼻で笑い「しょうがないわね」と言うと、マリンブルーのブレザーを脱ぎネクタイを素早くはずしながら念じ始めた。
(・・・・・細胞変化プログラム起動。・・・・・ワールド、戦闘モードへ移行)
身体に残されたワイシャツや下着類が内側からの力で破け、棗の身体が異形の姿に変わり始めた。
色白い肌が金色の鱗に覆われ始め、背中の肩甲骨の付近が瘤のように盛り上がったかと思うとステンレス色をしたコウモリのような羽が飛び出す。
・・・・・・・・・。
そこに立っていたのはかつて唯を地球に送り返し、重傷を負ったフールをレイシアの目の前でさらった竜頭人・ワールドだった。
「そ、そんな、棗が!」
理沙が驚愕の声をもらす。
冴島静香や大野房子ら豪胆な3年生たちも驚きで声も出せない。
そんな彼女たちを尻目にワールドがエンペラーに問う。
「よく分かったわね。・・・・ジャスティスが喋ったの?」
「・・・・今際のジャスティスの記憶を読んだ。望んだのはあいつだったが」
「そうか、やはりあいつは死んだの。だけど望んだ?」
「お前が人生に飽きて暇つぶしと称してやっている色々なことに、ヤツは耐えられなかったらしい。それに俺にとっても、いくら退屈だといって地球からこの学園ごと多くのメス・・・・いや女たちをこの世界にワープさせ淫獣と交わらせようなんて、悪趣味で嫌悪感しか抱けなかった」
それまで呆然としながらもワールドとエンペラーの会話に耳を傾けていた人間たちから驚愕の声が上がった。
「ちょっと待って・・・じゃあ私たちがここに来たのは自然現象ではなくて!」と2年生にして保安部の生みの親ともいえる唐沢美樹がエンペラーに訊ねる。
「そうだ。このワールドが自分の能力でワープさせた・・・・というよりお前たちの世界からむりやり学園を引っ張ってこの世界にくっつけているといったら良いかな」
「やっぱりそうだったのか。このワールドが黒幕だったのだな!」
と言ったのは唯だった。
彼女はワールドとの戦闘中に一度、元の世界に帰されていることからワールドが怪しいと睨んでいたのだ。

ここでハナジョパパラッチの異名をとる石橋知世が声をあげた。
「わ、私たちを淫獣と交わらせる為って・・・・どうしてそんなことを?」
「その問いは、やった当人に答えてもらったほうが速いな・・・どうだ、ワールドよ」
ワールドはまたしても軽く鼻で笑いながら
「今までの実験の結果。地球の人間とこの世界の淫獣の血が交われば、知力や体力ともに強力な力を持つ淫獣が生まれてくることがわかったからよ」
と言い、エンプレスやハイプリステスを指さし
「現にそこに居る二人は、私が14世紀ごろにヨーロッパからこの世界にワープさせた画家の娘とその従姉妹の子孫だし」と言った。
その言葉を聞いた中森美穂の脳裏に、二人の白人少女の肖像画がふたたび浮かんだ。

515終章Ⅱ・太陽(サン)VS世界(ワールド):2015/12/07(月) 22:25:29 ID:8mptOpVo0
ワールドは話をつづける。
「その画家の娘と虎頭人との間に生まれた子が強力な力を持った上級淫獣として後に一族を纏めあげ、それが虎頭人の勢力拡大となったのよ…さらに」
ワールドは、ようやくダメージから回復し立ち上がったシュレッダーに視線を向けて続ける。
「その混血虎頭人が同族のメスに生ませた娘と狼頭人との間に生まれた子供が、牙狼族の祖となったというわけよ」
シュレッダーは訊ねた、訊ねずにはいられなかった。
「20年前、我とスラッシュの前に空間を裂いて現れたのは貴様だったのだな?」
「そうよ。フッ、何をいまさら」
「我々を最初は殺そうとしていたにもかかわらず“彼方たち少し混じってる”とか言って見逃したのは、我々にチキュウ人とやらの血が混じっていたからだな?」
「ええ、そうよ。牙狼族は私の実験の大事な観察対象だったもの。貴方たちがただの狼頭人だったら死んでいたけどね」
シュッレダーは、この時長年の謎が解けたと思った。
「さて、エンペラーも何か私に訊きたいことがあるんじゃないの?」
とワールドはかすかに笑みを浮かべながらエンペラーに顔を向けた。
エンペラーはじっとワールドの目を見ながら静かに言った。
「あえて聞こう、我が母、黛 葉月をこの世界に送りこんだのはなぜだ?なぜ母だったのだ?」
「一つは葉月があの年齢の割には高い戦闘能力を持っていると踏んだからよ。・・・ま、もう一つは、わたしの古い知り合いに顔が似ていたからよ」
スラッシュの記憶を読みこんでいたエンペラーにとっては半ば分かっていた答えであったが、愉快なわけはなくギリッ!と歯ぎしりをした。
すると唯が鋭い声で言った。
「私たちをここに連れてきたのは、私ら生徒全員に淫獣の子を産ませるためだったというのか!」
「さっきからの話を聞いていたら分かるでしょ」とワールドは馬鹿にするような口調で答えた。
「学園ごとなんて・・・・貴女は今までもそんなことを?・・・・」
伊織の声には恐れと怒りが感じられた。
「いや、ここまで大規模なのは初めてよ。・・・・フン、なぜしたのか知りたそうね?目的は大量の人間と淫獣の混血が生まれたら、この世界がどうなるか。恐らくは大きく変わるだろうと予想したの。いわばこの淫獣世界の改編とそれを見るのが私の目的よ」
ワールドは少しだけ楽しげに言った。
「そんな!そんなことのために私たちを!」
伊織が息を呑み、唯の怒りの声が上がった。
「ふざけるな!お前の実験のためにベスは死んだというのかよ!」
唯は激昂していた、そしてそれは学園のほとんどの人間の気持ちでもあった。
唯の絶叫は続く。
「さあ、私たちを元の世界へ返してもらおうか!今すぐに!」
ワールドは小馬鹿にするような口調で言った。
「元の世界に帰りたいというのなら私を殺すことね。まぁ上級淫獣ですら殺せない私を貴女たちが殺すのは不可能だろうけど」
すると・・・・・・。
「私ならできる」
という静かな声が上がった。
見ると今まで膝を突いていた皐月が、桜吹雪を手に立ち上がったところだった。
「へえ、皐月が私を殺せる。ずいぶん大きく出たわね」
そんなワールドの言葉を受けながらも皐月は静かな口調で言った。
「久しぶり・・・・と言うべきかしらね、ジュジュ」
「今なんて・・・・」
ワールドに動揺が走った。
「アトランティス国陸上軍第13部隊所属 ジュジュ・ダクティロスと言うべきかしら」
ワールドは絶句した。

516終章Ⅱ・太陽(サン)VS世界(ワールド):2015/12/07(月) 22:27:00 ID:8mptOpVo0
皐月は続ける。
「ジュジュ、私が誰だかやっぱり分からない?そもそも私に似ているから、黛 葉月をここに連れきたのでしょう」
「まさか、アトラ。貴女アトラなの!そんな馬鹿な!」
そんな昔なじみの言葉を聞きながら、皐月は先ほど棗がしたのと同じ動作でマリンブルーのブレザーを脱ぎネクタイを素早くはずしながら念じ始めた。
(・・・・・細胞変化プログラム起動。・・・・・サン、戦闘モードへ移行)
やはりワイシャツや下着類が内側からの力で破け、露出した皐月の肌が銀色の鎧みたいなものに覆われ始め、背中の肩甲骨の付近が瘤のように盛り上がったかと思うと純白の鳥のような羽が飛び出す。
さらにポニーテールにしていた髪留めがちぎれ飛ぶと、艶やかな黒髪が広がり、たちまち鮮やかな金髪に変化していった・・・・・・。
そこに立っていたものは、皐月であって皐月ではなかった。
首から下を白銀の鎧のような外皮で覆われ、頭部はやはり銀色の半兜のような外皮で覆われている。
そう、頭に半兜のようなものをかぶり真っ白な鳥の翼を背中から生やした銀色の鎧を着た少女騎士のような存在が立っていた。
半兜なので騎士の表情はハッキリと見える。
顔立ちは皐月と変わらないが両眼が鮮やかな青に変わり、髪が金髪となっていた。
またも周りの人間は声も出なかった。
その中でワールドが声をあげた。
「アトランティス国軍改造兵・コードネーム:サン。間違いなくお前はアトラ・・・・いや、しかしその若さは?」
ワールドの問いにサンが答えた。
「正確に言えば私は貴女が知っているままのアトラではないわ。彼女の細胞から作られたクローンで、オリジナルの私から記憶を転写された存在・・・・と言えば分るでしょ」
サンとワールドの会話は続く。
「そうか、そういうことか。まてよ、さっき刀が光っていたがまさか桜乱舞は、いや桜吹雪って!」
「そう、この刀は元々サンのために開発されたもの。・・・・まぁ私もこの時代まで残っているとは思わなかったけれど。どちらにせよエンペラーがこの刀を使って私の中でロックされていたアトラの記憶を解放させたわけよ」
「・・・・もうひとつ教えて。エンペラーがその刀を使えたということは、まさか葉月というのはお前の血統だったの?」
「どうもそのようね。私というかオリジナルアトラには子供がいたから、どうやら生き延びて黛家の先祖になったようね。血は薄くなったので誰もこの刀の力を発揮できなかっただろうけど。私も皐月としてそんな話は聞いたことがなかった」
「しかし、そこに獅子頭人の血が混じり先祖返りを起こしたというの?」
「そうとしか思い当たらないわね。・・・・・さて、ワールド。私ならあなたを殺せる。死にたくなかったらこの学園を戻しなさい」
ワールドは拳を握りしめサンをにらみながら言った。
「いやよ。おもしろい、わたしを殺せるというのならやってみなさい」
ワールドの掌にバチバチッと電光を発しながら電撃の塊が生まれた。
「エンペラー、桜乱舞を!」
サンが差し出した左手にエンペラーは自分の刀を素早く渡した。
自分の愛刀が本来は目の前の少女の持ち物であるという以上に、サンから感じ取れる圧倒的な戦闘力が彼にその動作をさせたのだった。
バサッと白い羽がはばたくと桜吹雪と桜乱舞を持ったサンの体は空中に浮かびあがった。
ワールドも自分の羽を羽ばたかせそれを追った。
海の花女学園の上空で停止した二人は、一瞬見つめ合った・・・・。
次の瞬間、ワールドは電撃の固まりをサンに投げつけた。
相手を殺傷することが可能な電撃技レベル2・サンダーボルトだ。
しかしサンは動じることなく桜吹雪を縦に構えた。
すると青白い光が刀身をつつんだと思うと、サンの体の前に楕円形の光の盾が生まれた。
投げられた電撃が光の盾にさえぎられ四散する。
サンはそのまますばやくワールドに刀の切っ先を向けた。
刀身から青白い光の刃が発射されワールドを襲う。
ゾクッと背中に悪寒を感じたワールドはそれをギリギリで避けた。
ワールドの研ぎ澄まされた戦士としてのカンが、サンの攻撃は自分の体を傷つけることが出来ることを感じたのだ。

517終章Ⅱ・太陽(サン)VS世界(ワールド):2015/12/07(月) 22:28:18 ID:8mptOpVo0
「もう一度言うわ。ジュジュ。学園を戻しなさい」
静かな、しかし力強い声でサンが言う。
晴天の太陽の光を受けたサンの白い羽が光り輝き、さらに金髪が白熱化しているようにも見える。
(そうか、太陽か!)
ワールドはさらに古い記憶を思い出していた。
サンの攻撃エネルギーは自分のような体内の発電器官で増幅した自身の電気を放つのではなく、背中の羽から太陽光線を吸収し、体内で攻撃エネルギーに転換する。
そして金髪のロングヘアは体内に溜まった余分な太陽エネルギーを放熱する役割を持つ・・・・つまり太陽がある限りサンのエネルギーは尽きないということを。

一方地上では多くの者がこの戦いを固唾を呑んで見守っていた。
その中でシュレッダーは自分などよりはるかに戦闘能力が高い者同士の戦いに圧倒されていた。

「フハハハ、おもしろい、おもしろいよ、アトラ!」
明らかに不利な状況にもかかわらずワールドは笑っていた。
「こんなに刺激のある状況は何万年ぶりかしら!今私は本当に楽しいわ!」
負け惜しみではない。
ワールドは今ずっと感じていた退屈から解き放たれ戦いを楽しんでいた。
それに対しサンは憐れみをこめた眼で見ていた。
「ジュジュ。クレイトが今のあなたの姿を見たら悲しむわよ」
「クレイトですって」
「彼女は貴女が軍から脱走した後も、ずっと心配していたわ」
「ああ、うるさいわね。なにそれ説教?貴女のそれさえなければ最高に楽しいひとときなのに」
二人は学園上空を会話しながら飛行し、大グラウンドの上空に来ていた。
校舎から大勢の生徒や教職員までがグラウンドに出てきている。
ワールドが空中で静止して言い放った。
「もういいわよ。私が不愉快にならないうちに決着をつけましょう」
ブーンと鈍い音が響き、ワールドの全身が発光し始めた。
光はどんどん強くなり、さらにワールドの両腕に集中していく。
一方、同じように空中で停止したサンもワールドの体が光り出したのを見て、
桜吹雪と桜乱舞を×の字の形に交差させた。
二本の剣が青白く光り出したが、その光の強さは今までの比ではないほどに強かった。
それを見ていたエンペラーが叫ぶ。
「みんな目を閉じろ!強力な光が来るぞ!」
ピシッ!とガラスにひびが入ったような鋭い音とともに両腕を重ねて前面に突きだしたワールドの二つの掌から太い光線がほとばしった。
ワールド最大の破壊力を持つ電撃技レベル4・ゼウス集束型である。
一方、サンの組み合わされた剣から青白い光線が放たれた。
背中の白い羽から吸収した莫大な太陽エネルギーを二本の剣で増幅して放つ、サンの太陽光線技の中では最強の力を持つワイドサンライズシュートであった。
二つの光は空中で激突し、あたりは真っ白な光で包まれた。
が、次の瞬間、ゼウスの光はワイドサンライズシュートに飲み込まれ、ワールドの体もサンの光に包まれた。
「う、うわあああーーーーーー」
ワールドの体が硬直し、激痛が全身を駆け抜けた。
それは彼女が長い年月の間、感じることのなかった肉体の痛みだった。
さらに・・・・ズブッと重い衝撃を左胸に感じた。
光が消え視界がはっきりしてくる。
ワールドの目に右手を投擲した後のような形をしたサンの姿が見え、ふと自分の胸元に目をやると、そこには黄金の鱗や心臓を貫通した桜吹雪が深々と突き刺さっていた。
「ハ、ハハハ、やっぱりサンは強いな」
笑いつつワールドはグラウンドに墜落して行った。
ドシーン!
鈍い音とともにワールドの体は仰向けに地面に叩きつけられた。
ワールドの目は上空からこちらを見下ろしているサンを見ていた。
そんなワールドの耳に何処かで聞いたことのある美しい鐘の音がカーン カーン と彼女の耳にのみ響いてきた。
(ああ、あの塔の鐘か)
ワールドの目に自分を見下ろすサンの姿と重なって、最初に幼い時から見ていたアトランティスの首都のシンボルであった尖塔が浮かび、次にクレイトの姿が浮かんだ。
それが長い長い時を生きてきたワールドが見た最後の光景となった・・・・・・。

518終章Ⅱ・太陽(サン)VS世界(ワールド):2015/12/07(月) 22:30:21 ID:8mptOpVo0

       ******

グラウンドに舞い降りたサンの目の前でワールドの死体が急速に色あせたかとおもうと、ピシリピシリと体のあちこちに細かなヒビが入り、そして石膏像のごとく粉々に砕け、やがて塵になった。
一万数千年分の歳月が一度にワールドの肉体にふりかかってきたかのようだった。
それを見たサンは地面に足をつけたまま、背中の羽を大きくそして何度もはばたかせた。
すると強風が生まれ、塵になったワールドの破片を跡形もなく吹き飛ばした。
全ての塵が見えなくなった時、サンは唯たちが無言でこちらを見ているのに気がついた。
皆、どう声をかけて良いかわからないという表情だ。
するとサンの体がふたたび変化し始めた。
銀色の肌色は元に戻り、翼は体内にしまわれ、髪の毛は黒髪に戻っていく。
そこには艶やかな黒髪をたらした全裸の皐月が立っていた。
皐月は周りの人間たちを安心させるような声で「唯、伊織、皆、終わったよ。これでなにもかも」と言った。
「メイ。終わったって?」と唯が不思議な顔をした。
するとどこからともなくピシリ、ピシリと空間が軋むような音が聞こえ始めた。
「何、この音?」
「何も見えないけれど」
何人もの人間があたりを見回す中でエンペラーが言った。
「心配することはない前兆現象だ」
「前兆現象?」と唐沢美樹が首をかしげる。
「ワールドにとっても人間と違い、学園とまわりの土地ごとこの世界にワープさせたのはかなり無理があった。さっきも言ったようにお前たちの世界からむりやり学園を引っ張ってこの世界にくっつけていたのだ。そしてワールドが死んだいま、この学園は元あった場所に戻ろうとしている」
「えっ、と言うことは」
金井理沙が信じられないというような表情でつぶやく。
「そうだ。お前たちはあと1時間もすれば地球に帰還することになる」
エンペラーの言葉の意味が徐々に人間たちの心の中で理解されていく。
そして歓喜の声が嵐のように巻き起こった。
「「「「「やったーーーっ」」」」」
「「「「「帰れる!私たち帰れるのよ!」」」」」」
多くの同じ言葉が重なり、お互いの腕をとって飛び跳ねる者、抱き合って泣きだす者。
学園中に喜びがあふれていた。
エンプレスが満面の笑顔にわずかばかりの寂しさをくわえながら言った。
「ユイ、イオリ、それに皆おめでとう。ボクもとてもうれしいよ」
唯も笑顔で「ああ、エン、ありがとう」返した。
エンプレスはうんうんと頷きながら言った。
「じゃあ、ボクは行くから。これでお別れだね」
その言葉に唯や子供たちの顔から笑みが消えた。
「エンちゃん、お別れって?」
美咲がおずおずと聞いた。
「ボクはこの世界の住人なんだ。それに姿かたちがチキュウ人に似ているけど、それは先祖がえりとかいうやつらしく本来ボクは虎頭人として生まれるはずだったのだし」
「エン・・・・」
伊織が呟く。
「ボクはやっぱりこの世界の上級淫獣なんだ。一緒には行けない。だからこれでお別れだ」
「エン、でも姿がそんなに似てるんだからなんとかなるんじゃ」
唯はあきらめきれないような顔した。
しかしエンプレスは
「ありがとう。この学園でいろいろなことを学び、楽しかった。その思い出を胸にボクは、この自分の世界で頑張って生きていくよ。そのための元気をここでもらった!」
と決意を固めた顔で言った。
「エン・・・・・・」
多くの人間がエンプレスとの別れを受け入れようとした時、それ以上の衝撃的な言葉が皐月の口から放たれた。

519終章Ⅱ・太陽(サン)VS世界(ワールド):2015/12/07(月) 22:31:31 ID:8mptOpVo0
「皆、私もお別れよ」
「へ?」
「メイ?」
多くの人間の顔に疑問詞が浮かんだ。
「私はこの世界に残る。黛の家の両親には申し訳ないと思うし心苦しいんだけどね」
「「「ええ――――っ」」」
驚きの声が響き渡った。
「どういうことだよ!」
「メイなんで!」
皆は口々に皐月に問いかける。
「時間がないから手短に言うわ。私は地球の超古代文明時代にあったアトランティスに生まれた人間で、タイムマシンで現代の日本に送りこまれたらしいの。かすかだけど知り合いのクレイトという女性がマシンに私を入れるのを覚えているわ」
「・・・・・・・」
「クレイトは私を逃がす一心だったので別に日本を狙ったわけじゃないでしょうが」
「そ、それで!」
「もう一つ、私はアトランティスが生み出した人間を改造した生物兵器で、あのワールドの同類なのよ。しかも私は覚醒した。そんな私が地球に帰ったら人々は私を追いかけ回すわ」
「そ、そんなことは」
「おそらく人々は私の体にある力の秘密を知りたがるはずよ。私は皐月として見た地球を考えると、この力はないほうがいいと思うのよ」
「・・・・人間がそれを手に入れるのは危険と言うの」と保険医の梨木加奈子が訊く。
「はい、あれほど栄えていたアトランティスですら滅びました。今の文明より発達した科学力を持っていたにもかかわらずです。ワールドはその滅亡まで見たことが遠因で自分がこのミアを望み通り改変しようなんて考えついたようです」
皐月はエンペラーを通じてジャスティスの記憶も見ており、そこからワールドの考えも知ることが出来た。
唐沢美樹がやっと腑に落ちたように言った。
「そうか。だから貴女、ワールドの塵を吹き飛ばしたのね?あのまま地球に戻さないために」
「はい。あれだけ散り散りにしてしまえば、おそらく分析は難しいでしょう」
「だ、だけどメイ」
伊織がしぼりだすような声で言った。
「貴女までワールドみたいになるのだとしたら、私は嫌よ」
「大丈夫だよ。ワールドの時空転移能力や不老不死はまったくの突然変異みたいなもので、それは最後まで解明されなかった。だから私はこれからもちゃんと歳をとるし不死になることもないし、地球の女性をこの世界にワープさせたりすることもないわ」
「で、でも」
なお言いつのろうとする伊織を制して皐月は話をつづける。
「それにこの学園がこんなことになったのは、私にも責任があるの」
「え?」
「ワールドは自分の計画のためにワープさせる女子校を物色していたらしいの。その中で都心から離れているこの学園に目をつけていた上に・・・・アトラに顔が似ている私がこの学園に入学したことで、ここに決めたらしいの」
ジャスティスの記憶によれば、さらにワールドは傍観するだけではつまらないから戸籍をでっち上げ倉沢 棗を名乗り学園に入り込んだらしいが、そこまで皐月は話さなかった。
「でもそれは、メイの責任じゃないだろう!」
唯が吠えるように言った。
伊織たちもうなずく。
「ありがとう皆。そう言ってくれると私も救われる」

520終章Ⅱ・太陽(サン)VS世界(ワールド):2015/12/07(月) 22:32:48 ID:8mptOpVo0
ピシ、ピシ、ピシ。
空間のきしむ音の間隔が短くなりだした。
皐月はエンペラーに桜乱舞を渡すと、
「エンペラー。エンや淫獣の皆を連れて、早く学園からできるだけ遠く離れて。人間より足の速い貴方たちなら、十分に安全地帯にいける」
エンペラーは皐月に確かめるように言う。
「サツキ、本当にいいんだな」
「ええ」
「分かった。我々は南に逃げる。そこで落ち合おう・・・・さ、エンプレス、皆行くぞ」
と言い踵を返した。
「皆、元気で―――!」と力いっぱいの声で別れを告げるエンプレス。
「では皆様、ごきげんよう」とハイプリステスは羽を羽ばたかせ宙に浮いた。
「薫、若葉、元気でやるんだよ」とテンペランス。
「ミサキ、さらばだ!そしてユウスケ、お前は鍛え方次第で立派な戦士になれる素質がある。道をくれぐれも誤るなよ」とシュレッダー。
上級淫獣たちは口々に別れの言葉を残し、高速で飛び去ったハイプリステスを除いて、人間にはとても不可能なスピードで走り去った。
残った皐月は群衆のなかに理事長を見つけ桜吹雪を差し出した。
「長い間お借りしていましたが。お返しします」
その皐月の言葉に理事長は首を振ってこたえた。
「いや黛君、君が持っていなさい。私が持っていてもただの飾りになる。それより今後の君にこそ必要なものだ。いいね」
「ありがとうございます。助かります」
「助かったのはこっちだよ。君の力で我々は戻れる」
「メイーーーーっ!!」
唯が我慢できなくなったような声で叫ぶ。
唯だけではい、伊織も理沙も蘭芳も子供たちも・・・そして多くの人間が涙を浮かべかけていた。
すでに泣き出している者もいる。
「皆、死に別れじゃないのよ。私にとってこれが最善の身の振り方と考えたから私は行くの、それに・・・・・・」
皐月は助走なしでジャンプした。
すると皐月の体は10メートル近く飛び上がり、そのままストンと綺麗に着地した。
皆が驚きで目を見張った。
「ねっ。今の私はこの姿でも上級淫獣並みの身体能力があるの。大丈夫、充分ここで生きていけるわ」
「メイ・・・・」
「それより貴女たちこそ地球に帰ってからが大変よ。好奇な目で見られることもあるだろうけど頑張って。・・・・こんな月並みなことしか言えなくてごめんね」
と言うと皐月は(……細胞部分変化)と念じた。
すると皐月の背中から純白の翼が飛び出す。
皐月は翼をはばたかせ桜吹雪を片手に宙に浮いた。
見上げる人間たちにとって、晴天の空を背景に純白の翼を持ち全裸で空中に浮かぶ皐月の姿はあまりにも神々しいものだった。
「皆、私の後を追っちゃだめだよ。学園のまわりは空間移動の際に危険地帯になるから。じゃあ、さよなら」
と皐月は最後の言葉を皆にかけて踵を返し猛スピードで飛び去った。

だれも皐月を追わなかった。
皆追いたかったが、最後の言葉を守るためその場に踏みとどまったのだ。
やがてピシピシピシピシと空間のきしむ音が間断なくなったと思うと、何の前触れもなく空が変わった。
同じ午後の晴天の空には違いないが、明らかに青空の色が違うのだ。

521終章Ⅱ・太陽(サン)VS世界(ワールド):2015/12/07(月) 22:33:53 ID:8mptOpVo0
◎同時刻、地球・日本・仲岡家

「帰ってくる!」
仲岡勇介と美咲の母・燈子が叫んだ。
「な、なんだなんだ!」
今日は仕事が休みだったので、家にいた夫の英志はうたた寝をやぶられ飛び起きた。
「あなた、勇介と美咲が帰って来るわよ。すぐに車を用意して」
「ちょっと待て!帰って来るって・・・」
英志は唯が一度戻ってきたことから異世界の存在と子供たちの生存がけして妻の妄想でないことは理解していたが、やはり突然叫ばれると戸惑ってしまう。
すると、バ―――――――――――――――――――――――――――――――ン!
という音と地面を揺るがすような衝撃が遠くから聞こえてきた。
海の花女学園の跡地がある方角だった。
「燈子!これは本当に!」
「ええ、そうよ。だからあなた早く車を!」
英志は大きく頷いた。

◎9分後、海の花女学園

空の色が変わったのを見た何人もの生徒たちが校舎に飛び込み屋上にむかった。
そしてグラウンドで待っていた生徒たちの頭上から興奮した声が下りてきた。
「見えた!海、海が見える!」
「学園の傍の村も、見えるよーーっ!」
「元の、元の景色だーー!」
学園中に歓喜の声が地響きとなって響き渡った。
何処かへ取材に行った帰りなのだろうか、離れた地点を飛んでいたTV局のヘリコプターが、こちらに向かってきて学園の上空を旋回し始めた。

30分近く過ぎただろうか、学園の正門の前に次々と車が止まり始めた。
「勇介ーーっ!美咲ーーっ!」
幼い兄妹を呼ぶ両親の力いっぱいの声が響き渡った。
「お父さん、お母さん!」
グラウンドにいた美咲が叫び勇介と一緒に駆け出す。
それにつられて他の子供たちも、そして生徒に教職員と、人間たちが次々と正門にむかって駆け出した。
メアリーも駆け出そうとしたが、その時、なにかが自分の傍から離れようとしている気配がしてハッと足を止めた。
「ベス姉さま?」
そう、死後も学園の皆や途中から来た妹のことを案じて、ずっと学園にとどまり続けていたベスの霊魂が今、強い力で天空に引っぱり上げられていく。
彼女をこの地に縛り付けていた原因がすべて無くなった今、ベスの魂は解放されたのだ。
ベスは笑みを浮かべつつ、どんどん足の下になる海の花女学園を、さらにはその周りの海や仲岡家のある村を見ていた。
そしてメアリーはしばらくの間、天を眺めつづけていた・・・・。

ヘリコプターから連絡が入ったのだろう、パトカーのサイレンに交じって車のエンジン音がますます多く聞こえてきた・・・・・。

522終章Ⅱ・太陽(サン)VS世界(ワールド):2015/12/07(月) 22:36:35 ID:8mptOpVo0
◎同時刻・惑星ミア

かつて海の花女学園があった場所は大きなクレーターになっている。
そこから2キロばかり離れた荒野の小高い丘の上に、皐月・エンプレス・ハイプリステス・テンペランス・シュレッダー、そしてエンペラーが立ち、その光景を眺めていた。
そんな彼らの目に、少し離れた場所に淫獣と手をつなぎながらこの場から離れようとしている人間の少女が見えた。
皐月はそちらに視線を向けると眼球にわずかに力を入れた。
今の皐月には遠くのものを拡大して見ることが出来る能力が備わっているのだ。
(あれは、たしか1年の黒川弥生さん)
今日、弥生はいつものように上級淫獣のハーミットと逢引をしていたのだが、中庭の騒ぎを聞きつけ様子を見に行き、サンとワールドの戦いを一部始終見た上に皐月の言葉でこの学園が地球に帰ろうとしていることを知った。
弥生はみんなの気が皐月に集中している隙を突いて逢引き場所に戻り、ハーミットに自分を連れて逃げるように頼んだのだ。
弥生にとって淫獣との性交は充実したものであり、地球での暮らしはとっくに色あせたものになっていた。
そんな世界に戻るなんて弥生にとっては冗談ではなかったのだ。
皐月の視線を感じたのかどうかはわからないが、弥生とハーミットはいったん立ち止まったが、弥生がハーミットをせかすようにその場を離れた。
「ねえ、メイ。いいのあのまま行かせて」
エンプレスが皐月に問いかける。
丘の上にいた者全員が弥生たちの存在に気づいていたのだ。
しかし皐月は「いいのよ。好きにさせてあげましょう。彼女も自分の意思で行動しているのだから」と言った。
そんな皐月の顔をまじまじと見ながらエンプレスが言った。
「なんかメイ、大人っぽくなったように見える」
「そうかな?自分ではわからないけど」
エンプレスがそう感じたのも無理はない、今の皐月は16歳の少女であると同時に子を産んだ母親である成人女性兵士としての記憶と経験を併せ持っているのだから。
「ところで、エン。厚かましいかもしれないけどお願いがあるの」
「なに?メイ」
「これから貴女と一緒にいて良いかな?ミアはまだまだ私にとって未知の世界だから、一緒にいてくれると心強いのだけど・・・」
「なに言ってるんだよメイ。一緒にいてほしいと、頼まなきゃいけないのはボクの方だよ。いや、皆の前ではああいったけど、せっかく仲良くなれた皆と本当にお別れはさびしかったんだ。・・・・こんなこと言ってなんだけど、メイが残ってくれてとても嬉しいんだよ」とエンプレスは恥ずかしそうに言った。
するとエンペラーが「サツキ・・・・俺はお前を覚醒させたわけだが・・・・その」と彼にしては珍しく口ごもって皐月に話しかけた。
「なに?エンペラー。私のロックされていた記憶を蘇らせたことを気にしてるの?それなら気にすることはないわよ。ここのところずっと、白い鳥の羽が舞い散る光景や見たこともない都市に自分が居る夢を見てたんだけど。白い羽は変身した私の羽で、あの都市はアトランティスだったのだということが、今では分る。つまり私の記憶のロックは外れる寸前だったのよ。それと同時に体内のナノマシンも活動を開始していたはず。・・・だから遅かれ早かれ、私は目覚めることになっていたのだから、気にすることなんて何もないのよ」
皐月は笑顔でエンペラーに答えていた。
「・・・それよりエンペラー。貴方こそ、かなり無茶をしたようね。ジャスティスとの戦いの傷もまだ癒えていないのに」

523終章Ⅱ・太陽(サン)VS世界(ワールド):2015/12/07(月) 22:37:35 ID:8mptOpVo0
エンプレスはエンペラーがジャスティスを倒した直後から今日までのことを思い出していた。
ジャスティスとの戦いで傷を負ったにもかかわらず、今知った学園がこの世界に移動した原因と黒幕を早く皐月に知らせようとしたエンペラーを、その体では無理だと止めようとするエンプレス。
そこに、ストンという何かが地面に降り立つ音が聞こえた。
そこに立っていたのはハイプリステスだった。
海岸で久しぶりに会ったエンプレスから学園のことを聞かされた好奇心旺盛な彼女は、一度見てみようと学園に向かってここまで移動してきたのだった。
薬や毒に、さらには病気や怪我の治療に精通しているハイプリステスはエンペラーを説得し、エンプレスを助手にエンペラーの手当てに取りかかった。
そうしているうちにジャスティスを追ってきたシュレッダーがやって来たが、すでに和解し怪我もしているエンペラーを襲う気はなく、むしろ護衛を兼ねて一緒にいることにした。
動けないオスに、傍にいる二匹のメス・・・・発情しているオス淫獣にとってはこの上ない獲物だったからだ。
やがて、力をとり戻したエンペラーは桜乱舞が光をおびて、その力でジャスティスに勝てたことが気になっていた。
そこで桜乱舞を手にしながら、予知能力に近いカンを働かせたなら本当の予知ができるかもしれないと考え、刀を手に精神を集中し続けた。
そして、剣を通じて自分がジャスティスから読み取った記憶を、皐月に流し込んで彼女を覚醒させること、その結果が学園の地球帰還へとつながることまで彼は見ることが出来た。
しかし、その代償として脳に負担をかけ過ぎたエンペラーは倒れ、耳と鼻から血を噴き出しながら高熱を発し一時は生死の間をさまよった。
その間のハイプリステスやエンプレス、そしてシュレッダーたちにとって、エンペラーの治療から看護、走り使いがどれほど大変だったかは言うまでもないだろう。
彼らの奮闘の末、目を覚ましたエンペラーはエンプレスたち周りにいる淫獣に協力を要請し、学園の帰還に備えて皐月たちから話を聞いていた学園外を放浪しているという生徒たちを捜し出し、花園と若葉そしてテンペランスにも事情を話して学園まで送り届けることにしたのだった。

「あのですね、エンプレス」とハイプリステスが手をあげた。
「どうしたの?」
「よろしかったら私も貴女たちと一緒に行っていいですか?興味があった学園はなくなってしまいましたし。貴女たちと行動を共にしたら、何か面白いことが発見できるかもと思うのですが」
「ボクはかまわないよ。どうメイ?」
「私も構わない。それどころか腕がたって、医学の知識もあるハイプリステスがいてくれるのは心強いわ」と皐月は答え、次に熊頭人に目を向け訊ねた。
「テンペランス、貴女はこれからどうするの?」
「そうだねぇ。ここしばらく薫たちと一緒に行動していたから寂しくなるねぇ・・・・・。よかったら、しばらく一緒にいさせてくれないかい」
「よし、決まりだね」
こうして女性たちの話がまとまっていく中、シュレッダーは一族の数が減っている問題の解決策として手に入れようと考えていた異世界の大勢のメスたちを帰らせてよかったのだろうか?と自分に問うていた。
しかし、それでもワールドのやり方が生真面目な彼にはどうしても我慢が出来なかった。
自分たちの淫獣世界を改変など、何様のつもりだ!という怒りが彼をエンペラーたちに協力させたのだ。
(スラッシュ、お前も分かってくれるな)と彼は亡き親友につぶやいた。
「さてと。じゃあ、今日の寝る場所を探さないとね」とエンプレスが言い、皐月たちは大きく頷いたのだった。


 〜終章Ⅲ〜につづく

524漂流女子校〜終章Ⅲ・卒業〜:2015/12/07(月) 22:39:09 ID:8mptOpVo0
◎地球・日本・海の花女学園

AM 10:00

海の花女学園が地球に帰還してから月日が流れた。
そして今日は今年の卒業式が行われていた。

体育館には外回りの警備員ら一部を除く学園にいるほとんどの人間が集まっていた。
「卒業証書授与」
壇上に立つ教師・楯 翔子がマイクで宣言をし、次の言葉を紡ぐ。
「卒業総代、3年C組・橘 伊織」
「はい!」
力強い声で伊織が立ち上がった。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
校長が手渡す卒業証書を万感の思いで受け取る伊織を見ながら翔子は
「ああ、これで異世界に行った生徒たちはこの学園からいなくなるのね」
と思った。
帰還当時、3年生だった冴島静香・大野房子・高柳志乃・久米山恵子・田所紗里奈らは一昨年前に卒業し、新しい道に進んでいる。
久米山恵子は今でも伊織と連絡を取り合っているし、田所紗里奈は都心部の大学に進学し
今でも他校の男子生徒で一緒にミアまで飛ばされた広島雄人と付き合っているらしい。

当時、2年生だった唐沢美樹・高見沢麗子・安達裕香・扇町桜子・石橋知世・花園 薫・若葉らは昨年に卒業した。
翔子が顧問を務め美樹・麗子・裕香たち天文部がミアで観測した天文記録は世界中の天体学者に衝撃を与えたし、彼女たちの命名したミアの三つの月「メデューサ」「ステンノー」「エウリュアレ」は正式名称になり世界中で通用する名前となった。
また新聞部の知世が中心となって写したミアの風景や淫獣たちの写真や映像も、今や世界中にあふれている。

ただしすべての生徒が無事に卒業したわけではない。
ジョセフィーヌ・カミュ・アンリは帰還後、大富豪の父親が自分の手元に置くためにアメリカの学校に転校して行ったし、ミアにいる間に親友となったレイシア・エルドリッジはジョセフィーヌに付いていてやりたいという意志からやはりアメリカへ帰っている。
そんな風に自らや親の意志で転校した生徒も何人かいた。

525漂流女子校〜終章Ⅲ・卒業〜:2015/12/07(月) 22:39:59 ID:8mptOpVo0

******

式が終わり、伊織たちが体育館から出るくると五人の子供たちがまず寄ってきた。
仲岡勇介・美咲の兄妹に坂崎 力・水谷愛菜、それにメアリー・アンダーソンだった。
すぐ後ろに子供たちの親と力の弟である誠の姿も見える。
ここ3回の卒業式では地球に戻ってくることが出来なかった生徒たちにも卒業証書が渡されていた。
秋月京子や清水久美の分は昨年それぞれの家族に手渡されており、今年はエリザベス・アンダーソンの分もメアリーたち家族に渡された。
また生徒の肉親と言うわけではなかったが、巻き込まれたということで勇介たちもここ3回の卒業式には招待されていた。
しかしこれでミアに行った生徒がいなくなるので、彼らが卒業式に来るのはこれで最後になる。
「卒業おめでとう!」
美咲が代表して口を開く。
「ありがとう!」
こちらもすぐ傍にいた明花が真っ先に答えた。
「それにしても伊織姉ちゃん。総代ってすごいね!」と勇介。
「ありがとう。ユウ君」
伊織は総代に選ばれたことはもちろんうれしかった。
地球に戻ってからそれまで以上に勉学にも部活にも打ちこみ、それぞれで優秀な成績を収めた。
その結果選ばれた総代の座だったのだが、伊織は複雑だった。
なぜなら自分たちの学年で総代にふさわしいのは学業等の成績は関係なしに皐月以外にないという思いがあったからだ。
そして今、この場に皐月がいないことがすごく寂しかった。
皐月がいない・・・・・この空白感はすでに卒業した生徒を含めミアに行った者たちはずっと感じてきたことだった。
それでも伊織は思う。
ミアで経験した出来事。
・26日目に男性どころか女性に触れられても突き放す様に相手を拒絶してしまう自分が、強姦された過去を打ち明けた久米山恵子にやさしくしかし力強く抱きしめられ、それを受け入れたこと。
・30日目にエンプレスに精神的にも肉体的にも暴力をふるい彼女にトラウマを与えた虎頭人・デビルが学園に侵入してきた時、勇気を振り絞り過去を告白してくれたエンプレスを自分からそっと抱きしめていたこと。
地球帰還後に起こった出来事。
・無神経な父親・和磨が入学直前に言っていた取引先の社長の息子で年齢は32歳の男性との結婚話を帰還直後に蒸し返したとき、伊織は唯や蘭芳、明花そして理沙たちに相談した。
そんな中で理沙は「こ、これは秘密なんだけど」と言いながら、自分は同じ32歳の内科医の男性と付き合っていて肉体関係もあることや、本気で愛し合っていることを告白し「一度当人に会ってみたら」と提案し、唯も「そう、それで気に食わなきゃそれまでで、お前の親父が四の五の言うようなら私が怒鳴りつけてやる!」と言ってくれたこと。
・実際に会ったその男性、日下部道弘は苦労知らずのお坊ちゃんという感じだがやさしい性格で悪い人ではないということは分かった。
男性を冷静に観察できるようになっていた自分に驚いた伊織だが、神木新太郎のような男性や人間ではないがエンペラーやシュレッダーなど人格的にも優れたオス淫獣との触れ合いも大きな力になっていたのだった。
伊織は道弘に大学へ行きたい気持ちを正直に話した。
そして道弘は伊織の父に娘の意思を尊重するように申し出た。
結果、伊織は志望大学に合格。
伊織とともに居たいと願う唯も同じ大学に合格していた。
ただし理沙は恋人である内科医の男性・山本 修の為に、医学部の充実した別の大学に進学し、また親友の明花や蘭芳はこの学園卒業後、帰国することになっていた。

それらのことを思い出しながら伊織は心から思う。
(私はこの学園に入学して、本当によかった)と。

526漂流女子校〜終章Ⅲ・卒業〜:2015/12/07(月) 22:41:19 ID:8mptOpVo0
「おい伊織、クラスの集合写真だぞ!」
という唯の声で伊織は我に返った。
「あっ、ごめんなさい」
すでに伊織のクラスの他の生徒や担任教師は、とある銅像の前に集合していた。
その像とは、背中の翼広げ、片手に日本刀を持っている少女の裸像だった。
言うまでもなく皐月の像だ。
今や学園にはいくつかの皐月の像が置かれている。
海の花女学園の制服を着ている皐月や、サンの姿の皐月。
しかし一番人気があるのが、今皆が前で写真を撮ろうとしている像だ。
それだけ別れのあの時、純白の翼を広げ全裸で空中に浮かぶ皐月の姿は強烈なインパクトを残したのだ。
まさに「黛 皐月こそ、自分たちの救世主だった」と、地球に帰還できた人間たちはそう思った。

******

「そういえば、新太郎さんや昭人君は元気かしら」
伊織のクラスの集合写真が終わったころ、理沙がポツリといった。
神木新太郎は学園が地球に戻り、大勢の人間が殺到したどさくさに紛れて彼と昭人が持っていた銃と共に姿を消していた。
完全な銃刀法違反であり、銃器没収はさけられないだろう。
しかし彼は、銃を奪われることが耐えられず姿を消したのかもしれない。
彼がいなくなったことを知った柊 昭人の動揺ぶりは今でも忘れられない。
しかしそこへ昭人の妹を彼ら兄妹を見守っていた遠縁の男性が連れてきた。
一度は二度と会えないとお互い覚悟していた昭人と妹はしっかり抱き合った。
「昭人と妹さんは、妹さんを連れてきた人の家で暮らしているらしい。妹さんのためにも今を頑張ろうとしていると聞いた。神木のおやっさんについては私は心配してないぜ。あのおやっさんのことだ、この日本のどこかを元気に歩いてるさ。・・・・あっ日本じゃないかもしれねぇが」と唯が言った。
「皆、お待たせ」と撮影を終えた伊織が唯たちのところに戻ってくる。
「じゃあ、次はベスたちの所だね」と明花。
ベスや京子たちの墓地があった場所は、帰還後それぞれの遺体が家族のもとに帰された後に整地され、ミアで死亡したり行方不明になった生徒や学園関係者の名を刻んだ石碑が建てられた。
ただし、その石碑には倉沢 棗の名はない。
今日は卒業写真の撮影を終えた生徒が何人も献花にむかっていた。
伊織たちも石碑に向かおうとした時、蘭芳が「・・・・・皐月のお父さんが・・・」と呟いた。

527漂流女子校〜終章Ⅲ・卒業〜:2015/12/07(月) 22:42:22 ID:8mptOpVo0
その声で伊織たちは少し離れた場所に立って皐月の像を見ている黛 順也の姿を見つけた。
手には皐月の卒業証書を持っている。
そんな彼の姿を見たとき、伊織たちは胸が一杯になった。
皐月がミアにとどまる決意をした経緯を聞いた順也はしばらく黙っていたが、やがて「あの娘らしい決断だと思います」と何度も自分を納得させるように頷いていた。
それでも伊織たちにとっては、まだ救われる出来事があった。
伊織たちが3年生になった後、順也の妻・美雪が妊娠したのだ。
半年前に男の子が生まれ、顔だちが順也の父で皐月の祖父である竜一郎に似ていることから竜介と名づけられた。
今日、美雪がいないのは赤ん坊が式の最中に泣き出したら悪いという黛夫妻の配慮によるものだった。
「皆、卒業おめでとう」
警備員の田沼沙紀奈が声をかけてきた。
「ありがとうございます」
地球帰還後、何人かの警備員が退職したり配置換えを会社の申し出た中で沙紀奈は今日まで学園に居続けた。
そういえば配置換えを申し出た中に金子研作と丘 律子がいる。
沙紀奈を「先輩、先輩」と慕っていた律子が学園を去ると聞いた時はショックだったが、その理由はミアにいた頃にすでに律子が研作の子を妊娠していた事や、結婚をするので出来れば新しい勤務地を二人が暮らす家に近い都心部にしてほしいという希望が出ていると聞いたので、ショックは祝福に変わったものだった。
「じゃあ、まず皐月のお父さんにご挨拶に行こう」
伊織が言い、唯たちもうなずいた。

◎同時刻・惑星ミア

ズドン!
皐月の右の拳がクロオオヒヒ型のオス淫獣の腹部に叩きこまれた。
「ガハァ!」
思わず殴られた腹部を抑えつつ膝を突いたクロオオヒヒの首筋に今度は皐月の右の手刀が叩き込まれた。
ビシッ!
視界が真っ暗になったクロオオヒヒは意識を失った。
「メイ、こっちも終わったよ」
その声に皐月が振り返ると、全裸のエンプレスが立っていた。
皐月もつる草で髪の毛を縛り左手に桜吹雪を持つ以外は、身に何も着けていない。
服がないのが当たり前なこの世界では皐月の姿を奇異な目で見る者はいない。
皐月もエンプレスも以前より胸がふくらみ、腰もくびれが大きくなって大人の体になってきている。
皐月の予想通り彼女がワールドのように不老不死になることはなかった。

エンプレスの傍にはハイプリステスやテンペランスが立っており、その足もとには数匹のオス淫獣が倒れている。
「死んだやつはいる?」
皐月が確かめるとハイプリステスが、
「いいえ、この程度の相手なら殺さずにすみますわ」
と言った。
皐月・エンプレス・ハイプリステス・テンペランスたちによる強いメスのチームは、淫獣世界で少しずつ知られつつあった。
そうなるとそのメスたちを屈服させて手柄にしようというオス淫獣も出るわけで、今日も彼女たちを襲ってきた一団を返り討ちにしたところだった。
ただし皐月たちはやらなければ犯されるという場合以外は襲ってきた淫獣を殺さないようにしていた。
殺さずに済むのならそうしたいという思いと、また彼女たちはそれができる実力者にますます成長しているのだった。
「私は好みの殿方が来られたら受け入れますのに、なぜ襲ってこられるのは好みでない方々ばかりなのでしょう」
ハイプリステスのぼやきに皐月は思わず吹き出しながら、オス関係でふとエンペラーとシュレッダーのことを思い出した。
エンペラーは時々現れるが普段は皐月たちと別行動をしている。
ジャスティスとの戦いで桜乱舞がなければ自分は死んでいたという思いから、まだまだ修行が足りないと実感した彼は、一人で武者修行の旅を続けている。
彼の皐月に抱いた思いは母親・葉月に対するマザーコンプレックスのようなところがあり、さらに皐月が自分の遠い先祖と判明してからは異性への愛というより肉親に対する愛情に変わりつつあった。
皐月は早くエンプレスと一緒になれば良いのにと思うのであるが、エンプレスはエンペラーの修行が終わるまで待つといっている。
シュレッダーも皐月に会いに来る。
彼の皐月に対する思いは複雑で、異性愛はあるがその上で自分よりもはるかに強い存在に対する畏怖も交じっているという感じで、それはまさにかつてジャスティスがワールドに抱いた感情と同じものだった。

「さて、そろそろ昼飯時だね」というテンペランスの言葉に、皐月はうなずいた。
「じゃ、行こう!」
皐月を先頭に4つの影は歩き出した。
           ・
           ・
           ・
たとえ二度と会うことがなかったとしても、地球とミア それぞれの世界で少女たちは今日も元気に生きていた。


     完

528終章Ⅲ・卒業 訂正:2015/12/13(日) 10:54:44 ID:U2MfvK5Y0
>>526
「そういえば、新太郎さんや昭人君は元気かしら」
から
・・・・あっ日本じゃないかもしれねぇが」と唯が言った。
の部分を以下のように訂正します。


****** 

「そういえば、神木さんはどうしてるかしら」
伊織のクラスの集合写真が終わったころ、理沙がポツリといった。
神木新太郎は学園が地球に戻り、大勢の人間が殺到したどさくさに紛れて彼と昭人が持っていた銃と共に姿を消していた。
違法に銃を収集していたため完全な銃刀法違反であり、本人の懲役は有力者に様々なパイプを持つ学園の人間たちが手をまわしたら避けられたかもしれないが、銃器没収だけは避けられないだろう。
それを嫌い姿を消したのだった。
姿を消す直前に柊 昭人には自分がこれからやることを打ち明けていたらしい。
周りの人間が新太郎の姿が見えないことに気づき、昭人を問い詰めたときの彼は静かに受け答えしていた。
さらに唯の機転もあって昭人の妹・千華が駆けつけてきた。
唯は一時地球に送り返された時、兄の消息を知りたがって訪ねてきた千華と出会っており、包容力のある唯に千華もたちまち懐いたのだった。

お互い内心では二度と会えないと覚悟すらしていた昭人と千華はしっかり抱き合った。
今、昭人と千華は両親が殺された家で二人きりで暮らしている。
そして時々、唯や日向 要、日向 澪そして警備員の雁屋俊介が時々柊家を訪ねていた。
―昭人と険悪だった唯が訪ねていくことは奇妙な目で見られたが、当人は千華に会いに行くんだと答えていた―。
唯は理沙の問いに答えた
「理沙、これは他言無用なんだが。神木のおやっさんはこっそりと柊に会いに来ていたそうだ」
「え?そうなの?」
「まったく、あのおやっさんは神出鬼没だぜ。それに柊も妹がいれば、お互いがお互いを支え合ってやっていけると私は思ってる」と唯はきっぱりと言った。

529終章Ⅲ・卒業 訂正:2015/12/13(日) 11:08:42 ID:U2MfvK5Y0

×そして時々、唯や日向 要、日向 澪そして警備員の雁屋俊介が時々柊家を訪ねていた。
○そして時々、唯や日向 要(ひむかい かなめ)、日向 澪(ひゅうが みお)そして警備員の雁屋俊介が柊家を訪ねていた。

530漂流女子校〜蘭芳と復讐母〜:2015/12/15(火) 20:39:25 ID:YLW/BTzk0

漂流145日目

PM4:15

海の花女学園のグラウンド。
今、シックスティーン・カルテットの一人 劉 蘭芳は一匹のメス上級淫獣・豹頭人のフォーチュナーと対峙していた。
その淫獣の後ろにもう一匹のメス豹頭人がいて、小学生の少女・水谷愛菜を羽交い絞めにしている。
蘭芳が対峙しているフォーチュナーに言った。
「・・・・・要求どおりに来た。その子を放して」
だがフォーチュナーは冷然と答えた。
「お前を殺す方が先だ!」

PM2:40

「た、大変です!」
保安部本部に三上 唯・橘 伊織・李 明花、そして4人の子供たち―仲岡兄妹、坂崎 力、メアリー・アンダーソン―が駆け込んできた。
その姿を見た保安部部長の3年生・冴島静香はいきなり大勢の人間が駆け込んできたので驚きながら聞いた。
「どうしたの?」
唯が代表して口を開いた。
「はい、アイちゃんが淫獣にさらわれました!」
「なっ!なんですって!」
本部にいた他の部員がざわめく。
「まさか!フールがっ!」
思わず叫んだのは同じく3年生の大野房子だった。
が、房子はフールがすでに死んでいることを思い出し「あ、ゴメン。アイツなわけないな・・・」と誤った。
気をとりなして静香が唯たちに訊く。
「詳しく話して」
真っ青になった唯が
「は、はい。一緒にいたミンたちによると、子どもたちが中庭で遊んでいると校舎の影からいきなり豹の頭を持った淫獣が現われたんだそうです」と早口で報告する。
「その淫獣がアイちゃんを?」
「いえ、皆その淫獣に目を奪われた時、一回り大きいもう一匹の豹頭の淫獣が死角から出てきてアイちゃんを脇に抱えて逃げたそうです」
「それでもう一匹の淫獣は?」
「今度は皆がアイちゃんに気をとられた隙に逃げられたと・・・・」
慌てた明花と子どもたちは保安部本部に向かい、その途中で唯と伊織に出会ったのだった。
普通なら一緒にいた明花が報告するところなのだろうが、彼女は唯以上に顔面蒼白となり、とても報告が出来る状態ではなかった。
「すぐに放送室から全校に非常事態宣言を出しましょう。貴女ちょっと言って来て」
静香に指名された一人の保安部員が本部から飛び出していくと同時に、話を聞きつけた黛 皐月と劉 蘭芳そして金井理沙も駆け込んできた。

531漂流女子校〜蘭芳と復讐母〜:2015/12/15(火) 20:41:40 ID:YLW/BTzk0

PM3:00 

愛菜がさらわれたという緊急放送を聞きながら唯が「あーっ!こんな時にエンがいてくれたらなぁ。アイツなら私たちより鼻が利くし、淫獣の気配ももっと感じられるのに!」と天を仰いだ。
エンプレスは134日目に唯と入れ替わるように、この学園から去っていたのである。
すると伊織が「いない人のことを言ってもしょうがないわ。ここは私たち現メンバーで何とかしないと」と皐月・唯・蘭芳という第四期カルテットメンバーを見回しながら言った。
その時、保安部員で1年生の黒田美智恵が駆け込んできた。
「あっ部長!大変です!グラウンドに豹の頭を持った二匹の淫獣がアイちゃんをかかえて現われました!」
「え?」
以外な出来事に静香は絶句する。
最悪の場合もう学園から連れ去られたと思っていたのにグラウンドに出てくるなんてと、驚きと疑問で頭がいっぱいになった。
「そ、それで大柄なほうの淫獣が劉 蘭芳というメスを出せ!さもないとアイちゃんを殺すって言ってます!」
「「「「え!」」」」
驚愕の声がいくつも上がり、全員の視線が蘭芳に集中する。
「人質?・・・しかしエンは淫獣のオスはメスは殺したら元も子もないからできるだけ殺さないって、確か言ってたよ」と唐沢美樹が首をひねりながら言った。
すると美智恵が「違います。オスじゃありません。今いるのは二匹ともメスです!」と言った。
「ますますわからないな?」と静香も首を傾げた。
その時、蘭芳がポツリと言った。
「・・・・・・豹頭なら5日前に」
すると「あっ、そういえば!」と唯も叫んだ。
5日前の140日目に学園に襲来した数匹の豹頭人のオスが襲来し、カルテット・メンバーによって撃退された。
ほとんどが倒されたが2匹ほどが逃げのびたのだった。
「じゃあ、あの時死んだ奴らの関係者?だけどなんで蘭芳の名前を知ってるの?」と新田 茜が訊いた、すると蘭芳が「・・・名乗り合ったから」とポツリと言った。
「名乗りあったって?」と美樹。
「あっ、私が説明します」
無口で口下手な蘭芳が喋るよりも自分がと思った皐月が説明した。
戦っている最中、一匹の豹頭人が蘭芳を見ながら「威勢のいいメスだ。気に入った。俺は豹頭人の上級淫獣・オブだ。お前の名は?」と尋ね、蘭芳も「劉 蘭芳」と名乗った。
そしてオブは蘭芳に倒されたのだった。
「う〜ん。すると今来てる相手はそのオブとやらの関係者。恋人か嫁さんか、あるいは母親?」と房子が言った。
メス淫獣の襲来は例がなく困惑しているようだった。
「・・・・母親」
蘭芳がポツリとつぶやき拳を握りしめた。
それを見た皐月たちカルテットメンバーと理沙は(あっ、マズイ!)と思っていた。
蘭芳は昔、香港で自分を強姦しようとした男を身を守るために殺した。
完全な正当防衛だったが、犯人の母親から「人殺し!」と罵られ心に傷をおったのだった。
「・・・・私が行く」
蘭芳はつぶやくように言った。
「え?」「ちょっと待てよ」と理沙と唯があわてて言った。
そんな二人を見ながら蘭芳は「・・・・よばれたのは私だし」と言う。
いつものように無口・無表情だがかすかに肩がふるえているのを伊織は気づいた。
さらに蘭芳は「・・・・時間がない」と言い、静香たちも考え込んだ。
静寂が保安部本部を覆った。
たしかに時間がない。
愛菜が人質になっている。
相手がメスなら平気で愛菜を殺すかもしれない。
そんな考えが次々と頭に浮かんでくる。
するとそんな静寂を破って「美智恵、その2匹はグラウンドのどこにいるの?その図で説明して」と黒板一面に貼られている学園全体の見取り図を指さしながら皐月が言った。

そして数分後、皐月が考えがあると言った、その作戦内容を説明し終えた。
その作戦に真っ先に反対をしたのは明花で他の皆もすぐには賛成できないようだったが、他に方法も思いつかず決行することに決まった。
その時、伊織が「みなさん、ほんの少しだけ時間を、私と蘭芳を二人にしてください!」と言い、蘭芳の手を引っ張り本部の隣部屋である子供たちの部屋に二人だけで入っていった。
子供たちの一人、力が後を追おうとしたがそれは皐月に止められた。
「リキ君。ここは伊織を信じて二人だけにしてあげて」と皐月は静かにしかし力強く言った。

532漂流女子校〜蘭芳と復讐母〜:2015/12/15(火) 20:42:50 ID:YLW/BTzk0

PM4:15 

そして今、蘭芳は愛菜を人質にとっている豹頭人たちの前に立っている。

グラウンドに出て理解した。
胸のふくらみ、股間を間近で見てこの豹頭人たちはメスに間違いないと。
蘭芳と一緒に近づこうとした皐月たちは「リュウランファンしか近づくな!人質の命はないぞ!」と言われ、蘭芳の後方にいるしかなかった。
そして皐月たちができるだけ外れていてほしいと願っていた予想は、その大柄な方のメス豹頭人が蘭芳に「私はお前が殺したオブの母・フォーチュナー。後ろにいるのは娘のホイールだ!」と名乗ったことで不幸にも的中したのだった。
蘭芳が対峙しているフォーチュナーに言った。

「・・・・・要求どおりに来た。その子を放して」
だがフォーチュナーは冷然と答えた。
「お前を殺す方が先だ!・・・・・わかっているだろうが抵抗すれば、ホイールが人質を殺す!」
「・・・・・もし人質を殺したら、貴女の娘が殺されることになる・・・・それがわからない?」と蘭芳が訪ねた。
するとフォーチュナーは「ホイールは自分の兄の仇を討つためなら私と同様命を捨てる覚悟だ!」と言いながら、一歩一歩、蘭芳に近づいてきた。
バン!
銃声がした。
次の瞬間、愛菜を羽交い絞めにしていたホイールの頭部が爆ぜ、血と脳症が散らばる。
それを見た瞬間、蘭芳は駆け出し一気にフォーチュナーとの距離を縮めた。
蘭芳ばかりに気を集中させていたフォーチュナーは娘が即死したことに気づかず、聞きなれない銃声というものと蘭芳の予想外の行動にうろたえた。
「シャッ!」
鋭い気合が蘭芳の口からもれ、鋭い回し蹴りがフォーチュナーの肝臓を撃ち抜いた。
激痛に身をよじるフォーチュナーに畳み掛けるように、蘭芳が相手の左胸に拳を放つ。
ポンッと軽く叩いたようにも見えた。
しかしその拳は気を十分に練りこんだ一撃であり、相手の心臓を止めるには十分であった。
フォーチュナーの体がクタクタとその場に崩れ落ちる。

PM4:38

解放された愛菜が明花に抱きしめられ、大泣きしている。
当たり前だが、かなりの恐怖だったのだ。
そんな彼女を明花と他の子供たちが必死で慰めている。
そんな愛菜たちを見ながら蘭芳はふと一つの校舎の屋上に目をやった。
そこにはライフルを持った神木新太郎の姿があった。
一方の美樹もそんな新太郎の姿を見ながら、今回の作戦を立てた皐月のことを考えていた。

PM3:22

考えがあると言った皐月の作戦内容とは、相手が蘭芳をはじめ周りにいる人間に気をとられている隙をついて理事長が秘蔵していた物で、現在はいつでも使えるようになっているライフルで新太郎に愛菜を捕えている淫獣を狙撃してもらうということだった。
それを皐月は見取り図を使って美智恵が報告した淫獣のいる位置と離れた校舎の場所を、それぞれ指さしながら説明したのだった。
「待ってよ。そんなことして愛菜ちゃんに当たったらどうするの!」
明花が抗議し、他の子供たちもそれに続いた。
しかし皐月は「神木のおやっさんの腕を信じよう。このまま蘭芳が行って無抵抗だと確実に殺される。・・・それに言うことを聞いてもアイちゃんが無事に戻る保証はないし」ときっぱりと言った。
それでもまだ抵抗しようとする明花に対して皐月は言った。
「他に二人とも無事にすむ方法があるなら教えて」

PM4:38

(結局は、他に考えている時間もなかったからメイの作戦が採用されたのだけど・・・・)
それにしても、あの皐月がよくあんな作戦を思いついたと美樹は思う。
ミアに来てから今日で145日目であり、多くの淫獣たちとの戦いの中で皐月も戦略家として成長したのだろうか?
しかし間違えたら愛菜に弾が命中したかもしれない作戦を冷静冷徹に思いついたものだ。
(あの時のメイは・・・・うまくいえないけどメイであってメイじゃなような・・・・軍人っぽいような)
そこまで考えて美樹は首を振り「うー分からん」と呟いた。
(そういえば、ここのところメイは見たこともない都市にいる夢を頻繁に見るとか言っていたけど・・・・まっ、関係ないわね)
美樹は他の保安部員に声をかけられるまで考え込んでいた。

533漂流女子校〜蘭芳と復讐母〜:2015/12/15(火) 20:44:04 ID:YLW/BTzk0

PM10:02

伊織と明花の部屋のドアがノックされ、伊織が出ると蘭芳が立っていた。
「どうしたの?蘭芳」
「・・・・ミンは、いないの?」
「ええ、ミンはアイちゃんが心配だと言って子供部屋に行ったきりよ。アイちゃんに怪我はなかったけど、怖かっただろうから慰めてあげたいと言って」
「・・・・そう。・・・・アイちゃんは強い子だし、思いっきり泣いたら大丈夫と思う」
「それで、蘭芳。私に用事よね?・・・どうぞ入って」
部屋に入り腰をおろした蘭芳が話し出す。
「・・・・・伊織、今日はありがとう」

PM3:30

子供部屋に入った伊織は蘭芳の両手を握りしめながら言った。
「蘭芳。あなたが母親と言う言葉に反応したので心配になったのだけど」
「・・・・・・・・」
「違ってたらごめんなさい。だけど貴女まさか、無抵抗のまま殺されようなんて考えてないでしょうね?」
「・・・・・・・」
「それだけはやめて。私は貴女をずっと見続けていたし、これからも見続けたいのよ」
「・・・・・どういうこと?」
「こんなことを言って気を悪くしたら許して。貴女は男に襲われて抵抗したけど、私は・・・私は怖くて抵抗できなかった・・・・・」
「・・・・・・・」
「その結果、男たちに何時間も嬲り者にされたわ」
無表情な蘭芳の目だけが見ひらかれた。
「・・・・この世界に来る前?」
「ええ、小学生だったわ」
伊織の言葉は続く、
「私は今まで自分ほど不幸な人間はいないと思ってた・・・・だけど貴女やエンと触れ合って・・・・うまく言えないけれど、貴女たちは違った私の運命をたどっているような気がしているの・・・・変なことを言ってごめんなさい」
蘭芳が無表情に戻りながら言った。
「・・・・・男に襲われ出産までさせられたエンと男を返り討ちで殺した私ということ・・・」
「・・・・ええ。それでも戦い続ける貴女たちを見て思ったの。心の傷自体は完全に消えることはないかもしれない、しかし時間と生き方で傷を薄くする事は出来るかもしれない・・・と思うようになったの」
「・・・・・・・」
「だからお願い。エンともまだまだ居たかったのにああなってしまって。この上、貴女が自分から死ぬようなことだけは・・・・」
と伊織がそこまで言ったとき、蘭芳は片手をあげて伊織を制した。
「・・・・・大丈夫。・・・・自分から死んだりはしない」
「蘭芳」
そこまで話をしたとき子供部屋がノックされ、唯が遠慮がちに「そろそろいいか」と声をかけてきた。

PM10:07

伊織の部屋で蘭芳が言った。
「・・・・・たしかに母親の言葉で私は、私が殺した男の母親を思い出した」
「蘭芳」
「だけど、フォーチュナーたちは、失敗をした」
「え?」
「・・・・・アイちゃんを、関係のない小さな子を人質にした」
「・・・・・・・」
「・・・あれで私は、罪悪感なしに立ち向かえた」
「やっぱり貴女は強いのね」と伊織が言うと蘭芳は首を大きく振った。
「そうじゃない。・・・・私は今でも犯人の母親の罵声は忘れられない」
「・・・・・・うっ」
「だけど伊織、貴女の言葉。・・・・心の傷自体は完全に消えることはないかもしれない、しかし薄くする事は出来る・・・・これがとっても暖かかった」
「そんな・・・」
「・・・心に染みわたった。・・・・あの言葉で、大いに元気づけられた・・・ありがとう」
「蘭芳・・・・・」
伊織の心に暖かな物が広がり始めた。
「・・・・・それに保安部が、学園の皆がサポートしてくれると信じていた。・・・・伊織、貴女もそうなんじゃない?」
「ええ。もちろんよ」
伊織が心からの笑顔を浮かべ、蘭芳も不器用ながらやさしい笑顔を浮かべた。
今、二人の少女の心は満たされていた。


漂流女子校〜蘭芳と復讐母〜おわり

534終章Ⅱ&終章Ⅲ 訂正部分:2015/12/30(水) 22:19:05 ID:MVtwwHio0
・修正Ⅱ 訂正文

×訂正前

その中の一人、美咲が「あっシュレッダー。来てくれたの」と言って駆け寄ってきた。

       ・

「あれ?シュレッダー。何もっているの?」と美咲が訝しげに訊ねた。
普段は素手のシュレッダーが珍しく剣のような武器を持っていたからだ。


○訂正後

その中の一人、美咲が「あっシュー君。来てくれたの」と言って駆け寄ってきた。

       ・
「あれ?シュー君。何もっているの?」と美咲が訝しげに訊ねた。
普段は素手のシュレッダーが珍しく剣のような武器を持っていたからだ。


修・正Ⅲ 訂正文



×訂正前

ベスや京子たちの墓地があった場所は、
帰還後それぞれの遺体が家族のもとに帰された後に整地され、
ミアで死亡したり行方不明になった生徒や学園関係者の名を刻んだ石碑が建てられた。
ただし、その石碑には倉沢 棗の名はない。


○訂正後

ベスや京子たちの墓地があった場所は、
帰還後それぞれの遺体が家族のもとに帰された後に整地され、
ミアで死亡したり行方不明になった生徒や学園関係者の名を刻んだ石碑が建てられた。
さらに石碑の正面には、死のわずか前にベスが恵子や美咲に語ったアンネ・フランクの言葉が刻まれている
「―日曜日から今日まで、何年も過ぎたような気がします。まるで世界中が引っくり
返ったように、いろいろなことが起こりました。でも、私はまだ生きています。
お父さんはそれがたいせつなことだと言いました。そうです。私はまだ生きています。・・・・―」
その言葉は恵子や美咲を通じて学園内の人間たちに広まった。
そして淫獣たちの襲撃に怯えながら明日をも知らない運命に生きている学園の人間たち全てを地球帰還のあの日まで慰め、そして励まし続けた言葉となったのである。

ただし、その石碑には倉沢 棗の名はない。


×訂正前

伊織たちも石碑に向かおうとした時、蘭芳が「・・・・・皐月のお父さんが・・・」と呟いた。

       ・

「じゃあ、まず皐月のお父さんにご挨拶に行こう」
伊織が言い、唯たちもうなずいた。



○訂正後

伊織たちも石碑に向かおうとした時、
蘭芳が「・・・・・メイのお父さんが・・・」と呟いた。

     ・

「じゃあ、まずメイのお父さんにご挨拶に行こう」
伊織が言い、唯たちもうなずいた。

535禁断の果実:2017/05/26(金) 12:29:00 ID:TgTUzgRs0
 チチの実の香りと味は確かに美味と評されるが母乳が一日中止まらないのでは
次の日が休みでないとたくさん食べれるものではないし、生産量が減ってしまう
のも問題なので採取隊が主に収穫するものから外されている。
 それはチチの実をどうしても『食べさせたい』神崎雅にとって、不都合な現実
である。チチの実も美味しいが、母乳はまた違った濃厚な味わいがあるのだが、
母乳──言うならば牛乳を皆そこまで飲みたがらないのが理解できない。皆、
今までは毎朝いっぱいの牛乳をグッと飲み干してから通勤してきたのではないか。
いや違うな。牛乳が嫌なのではない。生産者がわかった上で母乳を飲むのに抵抗が
あるのか。だがそれも、死刑執行ボタンのように誰の母乳なのかわからないように
すれば、ある程度解決できはしないか。母乳曜日を作ってその日当たった人は
母乳を作ることだけに一日を費やして、毎日誰かしら母乳を出し続けていれば
安定した母乳供給体制が出来るではないか。しかも極上に美味しいのだから。
駄目か。生理的に馴染めないという女性職員、女子生徒が大半なのだろう。
 自分の母乳を飲んでから他人の母乳が欲しいと切に願うようになった神崎雅は、
ある時採取隊にチチの実を10個採ってきてほしいと直接交渉したのだが、
それがどう話が漏れたのか楯翔子の耳に入り、神崎雅からの採取隊へのいかなる
接触も職員会議の了承を経なくてはならない、という屈辱的な措置がなされた。
「……ナンセンス」
 捨て台詞を吐いて神崎雅は一旦退却したかに見えたが、彼女の野望はそれ
くらいで潰えるわけがない。神崎は楯翔子の好みを改めて洗い出して、誰ならば
チチの実を多く取ってこれるか検討していった。
 まず自分は駄目だ。楯に警戒されているだけでなく、採取隊にも一筆入れられて
しまったのだ。では誰ならいいのか。教職員か? 確かに職員なら幾ばくかの
説得力を持って楯の監視の目をすり抜けられるかもしれない。だが私が説得できる
だろうか。ならば生徒か? 彼女の交友関係は思った以上に広い。彼女の信頼を
得られている女子生徒は何人かいるが、チチの実についてどう思ったのか
アンケートを取った結果、芳しくない結果が返ってきたのである。メリットより
デメリットが多い。下剤を飲まされたような状態に翌日なるのは勘弁してほしい
など、コスパが悪いという意見が大半で、母乳を飲んだことはあるかについて
全て無回答で返ってきた。誰も自分の母乳を飲みはしなかったということだ。
けれど一人だけ、興味深いアンケート結果を返してくれた生徒がいた。チチの実を
他の生徒と同量食べたにも関わらず母乳が出なかったというのだ。この生徒に
アプローチすればあるいは──そう考えて神崎雅はニッコリと笑った。

536禁断の果実:2017/05/26(金) 12:33:26 ID:TgTUzgRs0
 アンケート用紙には任意で名前を書く欄を用意していたが、自分の母乳に関する
ことゆえ名前を記入せずに出されたものが殆どだったが、安達裕香は馬鹿正直に
名前を書いてくれた。仮に名前を書いてくれなくても指紋と筆跡鑑定をするため
さほど問題ではなかったが、名前を書いてくれたという事実から、安達裕香なる
女子生徒の性格をある程度推測できる。
 実直、素直、真面目。アンケートには今後チチの実を有効活用できるよう
皆様から情報を入手したいという建前が書かれていたが、それをそのまま受け
取ってくれた可能性がある。実にありがたい。チチの実を有効活用するという
文言は間違っていない。だが有効活用するのは皆ではなく、神崎雅ただ一人
なのである。
 安達裕香は天文部に所属している。例のあいつが顧問として所属している
天文部だ。鉢合わせては厄介だが、今夜はあの顧問は間違いなく部活動に顔を
出していないのがわかっていた。神崎雅は活動場所に顔を覗かせた。
 安達裕香は、狭い倉庫の一角で雑誌を繰っていた。
「おじゃましま〜す。あの、安達さん? 私、先日アンケートを送らせてもらった
美術担当の神崎です。はじめまして」
 完璧なスマイルで女子高生の警戒心をほどきにかかる神崎雅。突然部室という
名の倉庫に超絶美人のモデルさんが現れて挙動不審になる裕香。
「あの、は、初めまして……安達裕香です」
 神崎雅を惚れぼれと見上げる裕香の様子に満足した神崎は、早速本題に入った。
チチの実を食べても母乳が出なかったというが、どれほどの量食べたのか、母乳が
出ない以外に何か気になることはあったか、もしまた食べられるのなら母乳が
出るくらい食べても構わないかなど、現状提供される量を逸脱した質問をまじえて
裕香から話を聞き出していった。その中で、彼女だけが母乳が出なくて、その他
生徒が二人共一日中母乳が出続けた、というエピソードを聞いた時、裕香の顔が
陰ったのを見逃さなかった。神崎はたたみ掛けた。
「裕香さん、実はね、母乳が出た人たちは共通して、胸が大きくなったという
アンケート結果が出ているのよ。回収したアンケート用紙が56枚だから55人
からカップサイズが1カップ以上大きくなった、人によってはDからFカップに
変わった人も何人もいるのよ。母乳が出るようになって胸が張って、大きく
なっちゃうのよね」
「ほ、本当ですか!!」思わず裕香は声をあげてしまった。
「ご、ごめんなさい……」
 神崎は小さく微笑って、
「大丈夫よ……一日で元に戻っちゃうんだけどね。でも一日だけといっても
大きいおっぱいはそれはそれで大変よ。重いし邪魔だし、汗ばむと臭くなるし、
垂れると困るし」
「チチの実をもっと食べれば、大きくなるかもしれないんですね……」

537禁断の果実:2017/05/26(金) 12:40:59 ID:TgTUzgRs0
「ええ。でも問題が一つあるの」
「何ですか?」
 俄然、食いつきがよくなった裕香が身を乗り出して神埼の次の言葉を待つ。
「食堂での一人の取り分けが胸が大きくなるほどじゃないのよ。母乳はもちろん、
胸が大きくなるわけないわ」
「……そ、そんなぁ」
 急に声が小さくなってしょぼんとしてしまう裕香が、それはそれで愛らしい。
「だから食堂で食べられないのなら、自分で取りに行くか、裏ルートで持って
きてもらうしかないのよ」
「裏ルート? ですか」
「採取隊のメンバーに強力なコネクションがあれば、こっそりと持ってきて
もらえばいいじゃない」
 神崎は採取隊のメンバーを挙げていった。途中、裕香が「あ」と声を上げて
「知ってます。クラスメートですから」と言ってくれた。
 神崎は心臓がバクバクしながら、息を整えて自戒した。落ち着け。獲物は
でかいぞ。だが自分が何を目的にしているか、適切に伝えなくては。なんせ
安達裕香はあの野郎の生徒なのだから。下手を打てばあの野郎がすぐにでも
飛んでくるに違いない。二度とミスをしてはいけない。
「いい? 裕香ちゃん。今チチの実はオアシスに豊富にあるみたいだけど、
収穫自体は制限されているの。母乳が出ないような量しか取ってこないのよ。
だけれど母乳がでないと私の研究が一向に進まないのよ。成分を調べて、
効能を調べて、健康に繋げるためにもある程度、チチの実が必要なの。
裕香ちゃんからその人にきちんと伝えてほしいの。よこしまな理由でチチの
実が欲しいんじゃないんだと、色んな女子生徒や女子職員の母乳がいっぱい
飲みたいから言っているじゃないのよ。そこをきっちりと伝えてほしいの。
できる?」
 自分では採取隊に接触できないことは当然教えない。幸いにも、裕香は
そこには気づかないようだった。
「やります。やらせてください!」
「ありがとうユカちゃん。助かるわ」
 神崎は最後に駄目押しで微笑む。美人のスマイルに勝てる女子生徒はいない。
安達裕香はポォっとなりながらも、神崎の要望に応えたのだった。
 裕香はその日のうちに採取隊の一員であるクラスメートに話を持ちかけて、
翌日にチチの実を4つ持ち帰ってもらえるよう話を取りまとめた。
 採取を依頼された女子は一応、裕香に母乳が出ることがあるからあまり
食べないほうがいいのではないかと伝えたが、以前夕食で食べた量では母乳
どころか胸も小振りなままだったから、今度はもっと食べたいと言う裕香に
気負されて、持ち帰ること自体は安易にできるため了承したのだった。

538禁断の果実:2017/05/26(金) 12:50:51 ID:TgTUzgRs0
 翌日、チチの実は無事採取できてその日の晩、裕香はクラスメートから受け取った
果実を食堂でおっぱいひとつ分、平らげることにした。前回食べた量が二切れ程度
だったからおっぱいひとつ分ともなると、八倍を越えるわけだが胸を大きくしたい
裕香にはその差異はどうでもいい。ここまで食べてもどうにもならないなら、
もうひとおっぱい食べればいいのだ。それでも駄目なら、静々と残りを食べ
尽くして諦めればいい。所詮おっぱいである。大は大なりに、小は小なりに
生きればいい。
 丹念に皮を剥いて、食べやすいよう一口大に切ってゆく。昔から親の料理の
手伝いをしてきた裕香にとって、皮むきなど手慣れたものである。おっぱいの
表面の皮一枚を薄く切ってゆく。乳首の部分は特に気をつけて、丁寧に果肉を
切り分けてゆく。ここに栄養素が集中しているかもしれないからだ。皮をむく
前から甘い香りが漂っていたが、包丁を入れてから更に甘い香りが増してきた。
「お、なんだなんだ?」
「あら?」
 裕香が真剣に果実を剥いている最中、闖入者が二名現れた。一人は今や学園
には欠かせない存在となった唐沢美樹と、美樹のよき理解者でもある高見沢麗子
である。
「これ……チチの実だろ? ユカ」
 美樹が裕香の右側から顔を覗かせて、事の真意を問いただす。
「一人でこんなに……あなた……お馬鹿な事はやめた方がよろしくてよ?」
「悪いけど、あげないよ?」
「──いらないよ」「──結構ですわ」
 二人とも速攻で否定してくる。
「こんなに食べる気? ……あなたね、そこまでして楯先生に気に入られたいの?」
「はぁ? なんで気に入られるんだ?」美樹は麗子に質問する。前回散々母乳が
出たのは記憶に新しいが、母乳が出たからって化学教師の興味の対象にこそなれど
恋愛の対象になるわけがないだろうに。
「ち……ちの実を食べた生徒の胸が張って、乳房が一回り大きくなったって話が
あるんですの。もちろん食べた量や個人差はあるでしょうけどね」
「……なるほどねぇ」と美樹が得心いったようにつぶやいた。
「ユカさん……ひとつだけ言わせていただきますわ」

539禁断の果実:2017/05/26(金) 12:52:48 ID:TgTUzgRs0
 裕香が包丁を持った手を止めて顔をあげる。左側に立つ麗子はもちろん、右側に
立つ美樹も、どちらも整った顔立ちな上に、胸も自分よりある。二人に負けない
魅力が自分にあるとは到底思えないが、だからといってどうすればいいかは
分からない。分からないけど好きで好きでどうしようもないのだ。楯翔子先生が。
「あなたは楯先生に相当気に入られてますわよ。分からないの?」
 裕香は包丁と果物をテーブルに静かに置いた。麗子の言っていることが分からない。
裕香は言った。
「じゃあどうすればいいの? 翔子先生を振り向かせることなんて、私には
できない……のに」
 言ってて悲しくなってしまう。楯翔子先生を好きになってから、天文部に入り、
先生の好きな学問を自分も好きになるよう努力した。そのおかげで勉学とは
まったく関係のない天文学周辺の知識は深まった。先生は軽やかに知識を披露する。
その軽妙な語り口、いつも私の先を見ていた眼差しが、目頭を熱くさせる。
 以前、先生に「どうしてこんな学園で働いているんですか?」と聞いた事がある。
この学園は確かに日本の中でも優秀な生徒を集める進学校かもしれないが、学問を
追求しようというなら女子生徒限定の花女じゃなくて、日本有数の大学とか、
もしくは外国の学校の方が研究しやすいのではないか、と思ったのだ。質問して
から失礼な問いだと気づいて訂正しようとしたら先生は微笑んで「構わないわ。
教えてあげる」と一言付け加えてから、先生がこの学園で働く理由を教えてくれた。
「以前、私の恩師の話をしたわよね。私が大学で出会った先生がね、私に仰って
くださったの。『翔子。学問はどこでもできる。だから好きなことを研究しなさい』
って。私ね、泣いちゃったわ。先生の境遇もそうだけど、先生はね、人間は結局、
自分が本気になって取り組んだものからしか、満足は得られないのだから
好きなことをやりなさい。気になったことを追求しなさい。他人の評価はまずは
置いておいて、自分自身が納得できることをしなさい。
 学問はお金と時間と労力がかかるものだから、コスパのいい領域、人気の専門
分野に国も大学もお金を掛けるけれど、本当にそこに芽があるかは誰にも
分からないのよ。だから考えて考えて自分がこれだって思った分野は絶対に何か
あると、信じてやっていくしかないじゃない。専門分野を決められなくて悩んでた
私が最初に決めたのは、その先生だったってわけ。先生に会いに行こう。先生と
一緒に研究しようって。私が日本に居続けるのは、日本にも優秀な研究者が
たくさんいるって知ってるからかな。

540禁断の果実:2017/05/26(金) 12:53:52 ID:TgTUzgRs0
 じゃあ、どうして花女なのかなんだけど……花女は私の母校なの。だからよ。
私はここで研究するし、私が研究しつづける限り、先生の駄目出しが、茶目っ気
たっぷりの微笑みが蘇ってくるの。私はどこにも行く必要がないのよ」
 私はその話を聞いた時、翔子先生の核心に触れた気がした。賢明で誠実、強引で
茶目っ気があって、精確なその物事にたいする姿勢は、先生の先生から受け継がれた
ものに違いない。
 楯翔子先生の口から先人の研究が語られたり、私が必死に考え抜いた結論が
根底から正されることは数多くあった。私にとってのコペルニクス的な価値観の
転換は先生にとって星の瞬きのように当然なものらしい。
 ──憧れて何が悪い。好きになって当然じゃないか。だって楯先生は、いつ
だって格好いいんだから。
 胸が苦しくなっても、先生の前では極力見せないようにしてきた。だから二人の
前では、美樹と麗子の前では目頭が熱くなってしまう。
「……あ〜あ、またユカを泣かせちゃって」
 美樹がおどけていう言葉が、麗子の動揺が霞んで見えてくる。裕香の目に涙が
溜まってうるうるしてしまう。
「わ、私はそこまで言ってませんわ。ユカさんが……こほん。ユカさん、よく考えて。
天文部を楯先生が作ろうとした時、最初に手を上げたのは誰?」
 目に涙を浮かべながら、ぷるぷると麗子を見つめる裕香。涙をこぼさないように
しているらしい。
「天文部設立のため最低限必要な五名を確保するため部員集めに一番に奔走したのは誰?」
「一番かどうかなんて、分からないよ……」
「私と美樹さんを熱く口説き落としたのは誰?」
 裕香は瞳に涙をためながら、「だからって翔子先生は」
「今、天文部員の中で一番天文学に詳しくなっちゃったのは誰?」
「そんなこと……」
「天文部は好き?」
「好き……だよ」
「たとえ楯先生がいなくても?」
 裕香はこくりと頷いた。頬に涙がこぼれた。

541禁断の果実:2017/05/26(金) 12:55:25 ID:TgTUzgRs0
「ユカさんは、相手が自分に恋愛感情を持ってもらわないと嫌なの?」
 裕香の瞳が揺れる。暗に自分を批判していると分かるからだ。
「本当に楯先生が好きだったら、相手が何を好きだろうとそれをひっくるめて
好きになれるくらい、器を広く持たなくちゃ……」
「それは、先生がいつか男の人と結婚しても、いなくなっても、受け入れなくちゃ
いけないの?」
「なんでいなくなることが前提なんですの? そもそも私達のほうが先に
卒業するんですから、先生とは会えなく……今は違いますわね」
 二人して今いる場所を忘れて話をしてしまっていた。確かにここは学園の中で、
二人は生徒かもしれない。だが学園以外が全て、ここは違うのだ。それを忘れて
語り合っていたことに麗子は少し面白みを感じた。
 裕香が逆に質問をしてきた。
「麗子さんは、好きな人がどこか遠くにいってしまっても、我慢できるの?」
「できないわ」
「オイ!」隣の美樹がすかさずツッコミを入れる。
 好きな人ができました。それがたまたま、同性でした。
「──麗子さん、私、今出来ることを何でもやってみたいの」
「……うん。だからチチの実?」
「母乳が出るようになるって言っても、一日程度だから。先生に振り向いてほしいの。
私は先生を、好きだから……」
 涙に濡れた瞳を輝かせて、裕香は微笑む。背が低くても健気で頑張り屋な
裕香は、初めて出会った頃から変わらない。
「もう駄目だ。ユカ可愛すぎ……」と言いながら、左から裕香の体を抱きしめる美樹。
美樹のCカップのおっぱいが裕香の顔を覆い尽くす。ほどよい大きさで柔らかさも
十分にあるおっぱいを裕香に取られて、麗子が焦って異議を申し立てる。
「ちょ、ちょっと美樹さん。あまりユカさんに抱きついては、こ……困って
らっしゃるじゃないですか……」
「ごめんな麗子。今だけだから」
「ちょ、ちょっとそういう言い方は、ご、誤解を招きますわ」
「私が本当に好きなのは、麗子だけだから」
「……ッ! だから何でそういう台詞を、ユカさんぎゅってしながら言えるんですの?」
「ユカは特別だからかな?」
「私は何なんですの〜!」
 麗子のツッコミが食堂中に響き渡った。

542禁断の果実:2017/05/26(金) 12:56:40 ID:TgTUzgRs0
 美樹と麗子から解放された後、裕香はチチの実をひとつ、食べた。時間に
して午後の七時を過ぎている。今までの例でいうと、翌朝には変化が表れている
はずだから、今夜は夜更かししないで寝よう。
 寝る前に麗子が裕香の様子を見にきてくれた。体調に変化がないか心配して
くれたのだ。麗子と美樹の関係を羨ましく思いながら、好きな人に好かれたいと
改めて思う裕香であった。


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