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投下スレ
1
:
管理人★
:2021/12/31(金) 12:41:30 ID:???
SSを投下するためのスレです。
不安がある作品の仮投下、修正後作品の投下などにお使いください。
35
:
コバルトブルー
◆dKv6nbYMB.
:2022/01/21(金) 23:48:32 ID:2p3AvUHE
「―――――ッ!!!」
声にならぬ咆哮を上げ、右手のソレで触手を受け止めていく。
その一方で、日輪刀を握る左腕には瞬く間に無数の孔が穿たれていく。
(護るのは足と頭だけでいい。左腕は―――捨てる)
防ぎきれなかった頭部への被弾で鮮血と共に肉と髪が舞い散ろうとも構わない。
のけぞりかける頭部を無理やり前へと向かせる。
ぶちぶちぶち。
千切れていく筋繊維と肉と骨から伝わる激痛に悲鳴を上げる左腕にも耐え、決して減速しないように歯を食いしばる。
負けるものか。絶対に退いてたまるものか。
私がここで全てを終わらせるんだ!
(カナエ姉さん、私に力を―――みんなを護る力を!)
ぶちり。
カナヲの左腕が千切れ跳び、大量の出血と共に鬼を斃すための刀すら吹き飛んだ。
薬物を使用していない人間である以上、この地獄のような激痛から逃れることはできない。
現に、カナヲの目からは涙が溢れている。
なのに。
カナヲは、あろうことか感情を表に出すことを苦手としていた栗花落カナヲが嗤った。
(良かった...これでみんなを、師範を護れる!誰も死ななくて済む!)
減速することなく、無惨の懐に跳びこむカナヲ。
がら空きの胴体に向けて、カナヲは残された右の掌を伸ばそうとする。
握りしめたソレは充分に衝撃を食わせた。
たとえこれで殺せずとも間違いなく次につなぐことはできる。
(私の命も、なにもかもをあなたに全部あげるから。だから一緒に死にましょう)
己の死を覚悟した瞬間、カナヲの脳裏に幾つもの顔が浮かんでは消える。
売りに出されかけ、自分を本当の妹のように扱い自分を救ってくれた胡蝶しのぶと胡蝶カナエ。
カナヲが感情を表に出せなかった為に付き合いに四苦八苦しながらも、それでも家族同然に扱ってくれたアオイたち蝶屋敷の面々。
鬼殺隊で会い、共に鍛錬と経験を積んだ志を同じくする仲間たち。
この殺し合いで出会い、共に抗おうとしてくれた心優しき二人。
凍てついていた感情に温もりを取り戻すキッカケを与えてくれた少年、竈門炭治郎。
走馬灯。
死の間際に瀕した者が見るという、脳髄から振り絞られた記憶の波。
不思議と、その中には嫌な記憶など一つもなかった。
まるで安らかな旅路を願うように、綺麗なモノしかそこにはなかった。
(ああ、こんなに穏やかな気持ちで死ねるなんて思ってもみなかった)
全身を蝕む痛みさえどこかに消えてしまうほどに、幸せな記憶に微睡ながら、カナヲは優しく微笑んだ。
パギャ
36
:
コバルトブルー
◆dKv6nbYMB.
:2022/01/21(金) 23:49:20 ID:2p3AvUHE
その音は絶望への汽笛。
(え?)
無惨へと向けていた右腕が、届くことなくずるりと落ちていく。
同時に、視界がぐらりと傾いて地面に落ちていく。
ズキリ。ズキリ。
無くなっていた筈の激痛がぶり返してきて、左腕と右腕、そして胸から下までもが苛まれる。
(うそ。なんで)
自分の腕も、迫る地面もひどくゆっくりに見えた。
墜ちていく視界の中、カナヲは見た。
無惨の両手と背中から生えた幾本もの管。それとは別の、ズボンを突き破り、腿から生えた八本の管が。
そして理解してしまった。
自分はいま、あの管に身体と右腕を両断されてしまったのだと。
(いやだよ)
先ほどまであった執念が深く暗いモノに沈んでいく。
首だけになっても食らいつこうとする気概すら消し去られてしまう。
なのに。
朱色の目は現実を嫌というほど突きつけてくる。
ゆっくりと、逃がさないように。
己の下半身が前のめりに倒れ、中に詰まっていた赤いモノが地面に零れようとするのを。
栗花落カナヲは、鬼舞辻無惨に対して一矢報いることなく殺されたという地獄の景色を。
(どうしてこんな)
私、頑張ったのに。
痛いのも苦しいのも我慢してすごくすごく頑張ったのに。
どうして―――あいつはあんなにも澄ました顔で佇んでいるの。
「いやだ」
思わず声が漏れる。
それが最期の言葉になるというのに、どうしても止められない。
くしゃくしゃに顔を歪めたカナヲが遺した言葉は、愛する者たちへの感謝でも遺言でもなく、怨敵への呪詛でもなく。
「いやだよぉ」
ただ一人の、絶望に染められた少女の嗚咽だった。
「わかってるよ、そんなこと」
37
:
コバルトブルー
◆dKv6nbYMB.
:2022/01/21(金) 23:50:53 ID:2p3AvUHE
☆
憧れた人がいた。
彼は全ての悪党から恐れられ、全ての殺し屋の憧れだった。
そんな彼が殺し屋を止めてまで護りたいと願うモノの正体を知った。
そして学んだ。人間は守るものがある方が必死に戦えるのだと。
その護るものは、あったかい方がイイもんだってことを。
そして思ったんだ。このあったかいものは、俺だって全身全霊で護り抜きたいと。
☆
シンは少女に対してなにもできなかった。
ただ、駆けていくカナヲには身体能力の差で追いつけず、無惨の攻撃の盾になるどころか、彼女を盾にする形で追走するだけで。
結果的には、カナヲを犠牲に無惨の懐へと飛び込むことしかできなかった。
「貴様の存在に気が付いていないとでも思っていたか?」
カナヲの影に隠れていたシンの存在に、無惨は既に気が付いていた。
だからなんら慌てることなく、腿から放つ管を正確にシンを抹殺する為に放つことができた。
迫る死の脅威にシンは―――ひどく冷静だった。
カナヲへの追悼もなく。己の心臓を貫こうとする管にも恐怖を抱かなかった。
彼は殺し屋だ。
幾多もの銃口を向けられる死地には慣れているし、敵味方の死も経験している。
だから、たとえ左腕が貫かれようとも、即死に繋がる攻撃は避け、この状況を打開する術に手をかけることが出来た。
(ああ、わかってんだよ、栗花落さん)
エスパーを使わずともわかる。
このまま何も残せず終わるなんて嫌だ。そんな彼女の想いが。
それはそうだ。
あれだけ必死に食らいついて、目前にまで辿り着いたというのに。
その結果があのエセマイケルのすまし顔ときた。
(そんなモン、許せるわけがねえよなぁ)
彼女はこんな仕打ちを受けていい子ではなかった。
誰かを常に庇い護ろうとする心優しき少女だった。
きっと、坂本の妻のように、結婚したら人を温かくしてくれる素敵な女性になるはずだった。
それを目の前のこいつは奪った。少女の最期が無念に終わってしまった。
(だったらやるしかね〜だろ...そうだろ坂本さん)
この機を逃せばもはやチャンスはない。
少女の無念を無念で終わらせない為に。逃げて追いつかれて殺されて彼女の死を無駄にするのではなく、たとえ五体満足じゃなくても生きて活路を開くために。
この殺し合いを終えた後、彼女の墓を建てて労いと感謝の言葉をかけてやるために。
彼は、朝倉シンはこの期に及んでも未来のことを見据えて死地に臨んでいた。
ドッ、と音を立て吹き飛んだ左腕。
知ったことか。俺が生きてこいつを倒せれば俺たち―――俺と栗花落さんさんと早川さんの勝ちだ。
彼女にとって一番の手向けになる。
拾い上げたカナヲの右腕を無惨の腹部に当て、彼女が握りしめていたソレの名をそっと唱えた。
「『排撃(リジェクト)』」
38
:
コバルトブルー
◆dKv6nbYMB.
:2022/01/21(金) 23:51:31 ID:2p3AvUHE
☆
俺は自分の無力さが嫌いだ。吐き気がする。
俺と関わった奴はいつも死んでしまう。
いつも。
いつも。
いつも。
いつだって俺だけ残してみんな逝ってしまう。
もう目の前で死なれるのはご免だと何度思った。何度も決意した。
なのに、なんで俺は同じことを繰り返してしまうんだ。
☆
早川アキはガクリと膝を着いた。
爆弾でも落ちたかのような規模の爆発は周囲に暴風が踊り、砂塵を巻き上げる。
やがてその砂塵が晴れた先にはなにもなかった。
カナヲも、無惨も、シンも。
ただ、半径数十メートル規模の陥没があっただけで、そこに生者はいなかった。
初めはアキが手にし、次いでカナヲが、最後にシンが使った支給品の名は排撃貝(リジェクトダイアル)。
空島で作られた、与えた衝撃を吸収し、自在に放つ衝撃貝(インパクトダイアル)と同じ性質を有しながら、出力が10倍を誇るという古代の絶滅種である。
当然ながらノーリスクではない。反動は凄まじく、特に排撃貝は使用者の命を危険に追いやる可能性がある諸刃の剣だ。
無論、そのことは支給品の説明書に書かれてはいたが、本来ならば使用者は死なない範囲で使うのが常識だ。
当然ながら、支給品の説明書にはそんな型破りな使用用途の例など記載されているはずもない。
ましてや、人体や家屋を容易く破壊する攻撃を数十発以上吸収し、それを10倍にして放つなど。
結果、朝倉シンの身体は反動に耐え切れず跡形もなく四散した。
誰もが想定だにしていなかった結末である。
「シン...栗花落...」
アキの顔には無惨を倒した喜びなど微塵もなく。
ただただ後悔と無力感だけが滲んでいた。
最初の不意打ちを防ぐのに失敗し重傷を負った挙句にカナヲにまで被害を及ぼした。
シンがカナヲへの加勢に向かう中、怪我が尾を引きなにもできなかった。
排撃貝をカナヲが掠め取った時にも、身体能力の差で引き留めることもできなかった。
シンが追い付けないなりにそれでもベストを尽くしたのに対し。アキは彼に追いすがることすらできなかった。
アキは、この戦いにおいてなにもできやしなかった。
「また...俺は...」
いつもそうだ。
バディを組んだ者はすぐに死なせ。
長らく組んでくれた女性は自分を救うために悪魔に全てを捧げて消滅し。
自分を庇う為に大勢の顔なじみが死んだ。
なのにアキはいつも生きている。いつも仲間の死を見届けている。
誰も救うことなく、いつも誰かに生かされている。
自分はいつも護られるだけの弱者だ。
早川アキの目に涙は流れない。
流すには関わった時間が短すぎるし、なによりここに至るまでも死を見すぎて枯れてしまった。
「...おぇっ」
ただただ、無力さに打ちのめされた少年の嗚咽だけが、そこにはあった。
39
:
コバルトブルー
◆dKv6nbYMB.
:2022/01/21(金) 23:52:07 ID:2p3AvUHE
☆
ザパァ、と豪快な音と共に水滴が撒きあがり影が浮かぶ。
びちゃびちゃと音を立てて地面を水が濡らす。
「...ッ!」
影―――鬼舞辻無惨は苛立ちと共に地面を殴りつけた。
(やってくれたな...あの男め...!)
シンが排撃貝を突き出した瞬間、無惨は後方に跳び躱すつもりだった。
なのにその足は前に向いていた。またもやあの小細工能力だ。
だがそれだけならばまだシンの持つ手を弾き飛ばすなり防げる手はあった。
なのに、あろうことかシンは咄嗟に屈みその腕を地面に押し付けた。
結果、直撃こそはしなかったものの、排撃貝から放たれた衝撃は小規模な爆発を起こし、無惨はその煽りを受け遥か彼方へと吹き飛ばされてしまったのだ。
(奴だ...奴さえいなければ、私の得点は十五点になっていた筈だ!)
無惨が憎悪するのは、妙な術を使う中華風の男。
アレの乱入で全てが狂った。
殺せるはずの獲物はほとんど殺せず、要らぬ疲労と手傷を負ってしまった。
(奴は必ず殺す)
この程度の傷であれば放っておけば再生する。
ギリリ、と憎悪と憤怒の表情を浮かべ、鬼の王は獲物を求めて歩き始めた。
【栗花落カナヲ@鬼滅の刃 死亡確認】
【朝倉シン@SAKAMOTO DAYS 死亡確認】
※シンは自爆扱いになるため、無惨がポイントを獲得できたのはカナヲの分だけです。
【一日目/未明/F-6/水辺】
【鬼舞辻無惨@鬼滅の刃】
[状態]:ダメージ(中、再生中)、疲労(中)、激怒、憎悪、半裸。
[ポイント]:5
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式。ランダム支給品1~3
[思考]
基本:10人殺す。願いを叶える。
1:再生しながら次なる獲物を探す。
2:袈裟の男(羂索)も殺す。
3:自分にポイントを献上しに来ない配下の鬼共、どうしてくれようか。
4:先ほどの連中(アキ、シン)とあの中華風の男(シェン)は絶対に許さない。
[備考]
産屋敷邸襲撃前より参戦。
シンはまだ生きていると思っています。
40
:
コバルトブルー
◆dKv6nbYMB.
:2022/01/21(金) 23:53:18 ID:2p3AvUHE
☆
(申し訳ないことをしたなあ)
シェンは爆心地跡を見ながらしょんぼりと眉を下げる。
無惨とシンの最後の攻防。
シェンは不真実を使用しながらそれを見ていた。
カナヲの必死極まる攻防、そしてその無念を継ごうとしたシン。
如何に戦闘狂といえども、彼らの覚悟を無為にするほどシェンは人でなしではなかった。
だから彼は逃げようとする無惨を否定した。結果、それは成功した。
彼にとって想定外だったのはシンだ。
無惨とカナヲ・シンの戦いに割って入る前、シェンは三人を視界に入れて不真実を使っていた。
その時はカナヲと無惨だけ影響があり、シンには効果が及んでいなかった。
シンの人となりがわかっていなかった以上、あの時の彼の強さではシェンの好感度はあがらなかったからだ。
だが、最後の攻防で。
彼は死地にいながらも冷静に行動し、最適な解を取り無惨の喉元に食らいつきかけた。
その姿を見てシェンはシンを好きになってしまった。
如何に否定能力を使いこなしているとはいえ、他者に対する好感度の自在な調整だけはできないのだ。
だから、排撃貝を無惨に向けて使用しようとしたシンは地面に向けて放つことになり、結果として無惨は吹き飛ばされこそはしたが、恐らく生き残ってしまった。
「...真的对不起(本当にごめんね)。このお詫びは必ずするからさ」
シェンは爆心地に残された不壊刀を回収し、蹲るアキに肩を貸し、場所を移動するように促す。
彼らはこの青年を護ろうとしていた。
なら、せめてこの彼を治療できる場所まで運ぶことで罪滅ぼしをしよう。
残された二人の男は、とぼとぼと頼りない足取りで診療所へと向かうのだった。
※排撃貝@ONE PIECE、カナヲとシンの支給品一式は全て衝撃で吹き飛びました。
【一日目/未明/E-7】
【シェン@アンデッドアンラック】
[状態]:全身にダメージ(中)、疲労(大)
[ポイント]:0
[装備]:ウルージの巨大鉛筆@ONE PIECE
[道具]:基本支給品一式。ランダム支給品1~2、不壊刀@アンデッドアンラック
[思考]
基本:強者を探し戦いを挑む。
0:ファンと戦い倒す、
1:強者であれば手合わせ願う。状況によってはアンディも対象。
2:さっきの人(無惨)ともまた手合わせ願いたいな
3:弱い人は特に興味ないかなー。風子ちゃんみたいな真っすぐな子は嫌いじゃないけど。
4:アキを診療所へ運ぶ。
【ウルージの巨大鉛筆@ONE PIECE】
シェンの支給品。怪僧・ウルージが扱う棍棒のようなもの。
パシフィスタとの戦いでも壊れていないあたりかなり硬いことが窺い知れる。
SBSにて、巨大な鉛筆であることが判明した。もしかしたらウルージさんはこの鉛筆を削れる鉛筆削りを探して空島から偉大なる航路に乗り出したのかもしれないとのこと。
【不壊刀(倶利伽羅)@アンデッドアンラック】
シンの支給品。『不壊』の否定能力を持つ"一心"により作られた刀。
文字通り決して壊れない頑強さを持つ。
【早川アキ@チェンソーマン】
[状態]:全身打撲。頭から出血。左腕の骨折。脇腹に裂傷。精神的ダメージ(絶大)、無力感(絶大)
[ポイント]:0
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式。ランダム支給品1~2
[思考]
基本:殺し合いには乗らない。
1:俺は...また...
2:デンジ、マキマさんと合流したい。パワーは……大丈夫だろうな?
3:猗窩座、サムライソードには警戒。
[備考]
栗花落カナヲ、朝倉シンと情報交換しました。
未来の悪魔との契約後、闇の悪魔との戦闘前より参戦。
支給品の一つである日本刀@現実は粉々になりました。
41
:
◆dKv6nbYMB.
:2022/01/21(金) 23:54:24 ID:2p3AvUHE
仮投下終了します
42
:
◆vV5.jnbCYw
:2022/04/25(月) 18:40:19 ID:h7NV6zSQ
仮投下します。
43
:
◆vV5.jnbCYw
:2022/04/25(月) 18:40:54 ID:h7NV6zSQ
草木も眠る丑三つ時。
だが、そのような時こそ、人ならざる者達は力を振るう。
アンディと脹相は、目の前の敵に関して1つの共通の見解を持っていた。
刀の範囲に入れば即、敗北が確定することを。
刀使いと戦うのに最良な距離は2つ。
1つは刀が届かないほど遠く。もう1つは刀が役に立たないほど近く。
2人は言葉を交わさずとも、前者の位置で戦うことを選んだ。
懐に潜り込めば有利この上ないが、この6つ目の男はそう簡単に許してくれないと踏んでいた。
「紅蓮盈月(ぐれんえいげつ)!!」
一歩退いてアンディは自分の血を刃に纏わせ、黒死牟の喉元目掛けて飛ばす。
(奇怪な技だ……鬼のようにも見える……。)
――月の呼吸 壱の型 闇月・宵の宮
未知なる技に対して、黒死牟は余裕綽綽と迎え撃つ。
迎え撃つのは、単純な居合い斬り。
だが、それを上弦の壱たる彼が放つことで、必殺の一撃となる。
「両腕が!!何故だ!?」
明らかにアンディは刀のリーチから離れた位置から攻撃した。
だというのに、反撃で両腕を飛ばされてしまった。
「くそっ!!赤血操術――百斂 穿血!!」
音速をも超える血の矢が、黒死牟の顔面に吸い込まれようとする。
その速さは、音速をも超える。
(二人共……外こそ人と似ているが……その内は異なる……。
鬼のようでもあり……鬼でもない……
あの痣も……かの痣者とは異なるか……。)
矢に襲われながらも、無我の境地によって透き通る2人の肉体を分析する。
黒死牟は人間だった頃、既に至高の領域に達していた。
故に、一目見ただけで敵の筋繊維の一本一本の動きを見抜くことが出来る。
最低限の動きで躱す。
だが、躱した先にあったのは街灯。
脹相は敵が自分の攻撃を躱せるほどの手練れだと見抜いていた。
避けた場所目掛けて、ストックしておいた血の刃を全て放つ。
―――月の呼吸 参の型 厭忌月・銷り
しかし、血の矢は当たる寸前、一瞬で切り裂かれた。
音速をも超える矢が来るというなら、こちらは神速の一撃で打ち落とせば良いというばかりに。
それは何の変哲もない、只の横薙ぎ。
だが鬼の力と鬼殺隊の力、両方を極めた黒死牟が撃つことで、死神の鎌のような一撃を放つことが出来る。
44
:
Lunatic Victors (前編)
◆vV5.jnbCYw
:2022/04/25(月) 18:41:58 ID:h7NV6zSQ
「……俺までっ!!」
脹相の低い声が、闇夜の街に響く。
その斬撃は、防御のために打っただけではない。
血鬼術を混ぜ合わせた斬撃は、一振りで横薙ぎの斬撃が幾重にも重なる。
最初に打ち出された二つは血の矢を全て弾き、残りは脹相に狙いが定まる。
戦闘経験が他の二人に比べて圧倒的に少ない脹相には、避けられぬ一撃だ。
だが、そのまま射手が斬り殺されることは無かった。
「部位弾(パーツバレット)、前腕(フォアアームズ)!!」
口で日輪刀を咥えたアンディが、切り株となった二本の腕を斬り飛ばした。
不死(アンデッド)特有の再生力により、銃弾か何かのような勢いで肉塊は飛んで行った。
片方の狙いは黒死牟の刀、もう片方の狙いはその持ち主。
「助かった。」
「礼ならここを抜けてから言いな!!」
窮地を脱した脹相は、衣が少し裂かれ、顔の線も幾筋か増えているが致命傷には程遠い。
彼が月の呼吸の一撃を潜り抜けたのは、呪霊と人間のハーフゆえの身体能力だけではない。
アンディが部位弾によって斬撃の軌道を逸らしたこと、そして
(斬撃がおかしい……どういうことだ……)
最初に2人目掛けて一撃を撃った時は、何かの偶然だと黒死牟は踏んでいた。
2度目に壱の型を放った時も、白髪の男を両腕だけではなく全身を斬り落とせ無かったのは、相手が予想外の反射神経で抵抗出来たと考えていた。
だが、今の一撃は確実に2人の男は殺せたはずだった。
「今度は俺が行くぜ!!紅十字(あかじゅうじ)!!」
アンディは刀を口から手に持ち替え、鬼目掛けて十字の血の刃を撃つ。
先の打ち合いの際に、咥えた刀で残った腕の部分を飛ばしたのは、脹相を助けることばかりが目的だったのではない。
腕を再生しやすくすることを一番の目的としていた。
彼の腕は、他者の攻撃からの再生は著しく遅くなっている。
だが、自分で斬った腕なら再生力は変わりはしない。
不治(アンリペア)、リップとの戦いで、再生しなくなった腕を自分で斬り落とすことで再生させた経験を、この戦いでも応用させた。
―――月の呼吸・弐の型 珠華ノ弄月
その一撃を、黒死牟は神速の斬り上げで打ち落とし、アンディも斬り裂こうとする。
だが、刀で遠距離攻撃を放ちつつも、後方に下がった彼には致命傷にならない。
「面白れえ攻撃だなあ!!」
軽口を叩いているが、その実、身の危険を存分に感じていた。
既に2度受けた攻撃なので、『目測以上の距離の回避』を要求される。
勿論、見抜いているだけでは神速の刃を凌ぐことは出来ない。
制限の呪いが掛かり、普段より力が落ちていてなお、身体を両断されずに済むという程度だ。
それほどまでに、この黒死牟という鬼の力は底知れない。
鬼舞辻無惨に次ぐ実力を持つ鬼相手に、2人はようやく土俵に立てる程度だ。力の差はそれほどまである。
だが、経験は時に単純な力以上に物を言う。
鬼殺隊の柱以上に長く生きて、それ故に戦闘経験も常人と比べ物にならないアンディだからこそできる芸当だ。
45
:
Lunatic Victors (前編)
◆vV5.jnbCYw
:2022/04/25(月) 18:42:30 ID:h7NV6zSQ
(そうか……あの縫い目男の仕込んだ呪いか……。)
三度の斬撃を経て、黒死牟は自らの異変をはっきりと掴んだ。
月の呼吸の売りとも言える、斬撃に付随する月の刃の数が、明らかに減っているのだ。
これはあの男が自分にかけた呪いだと、既に無惨から血の呪いを受けている彼は推測した。
「目ン玉にも『上弦』って書いてあるし、よっぽど月が好きみてえだな!!
けど月の技なら、俺も出来るぜ!!」
アンディの最も使い慣れている技の一つ、紅蓮三日月。
元々彼の得意としていた技である『紅三日月』が冒険を経てさらに進化したものだ。
再び日輪刀に血を纏わせ、力一杯袈裟斬りに振る。
三日月状の血の刃は、鬼の首さえも刈り取ろうとする。
(血の刃か……人間の戦い方とは異なるが……鬼のそれとは肉体が異なる……。
相まみえたことのない剣士だ……。)
何の因果か、その刃の姿は黒死牟と同じ上弦の鬼、妓夫太郎の血鬼術と酷似していた。
勿論上弦の陸の技では、上弦の壱たる彼には遠く及ばない。
「赤血操術――百斂 穿血!!」
だが、彼の命を狙う血は、アンディのものだけではない。
黒死牟がアンディにかかりきりになっている間に、再び『百斂』で血の武器をストックし、黒死牟目掛けて放った。
「「消えた!?」」
二種類の血の刃が迫る先で、ゆらりと空気が揺らめくと、鬼は消えた。
煙に巻かれたような感覚を覚えた二人。
アンディも脹相も、それ以上の思考を練る余裕は無かった。
「背中を合わせろ!!」
後ろから現れれば、最期だと考えた脹相は、アンディに指示を出す。
そうするしか無いと考えたアンディも、刀を握りながら言う通りにした。
「何をしようと……無駄だ……。」
黒死牟はゆらりと、脹相とアンディの真横に現れた。
先程黒死牟が消えた時は、アンディとの距離はざっと5,6mほど離れていたはずなのに、現れた時は既に剣の間合いだった。
現れる際は亀のように遅く、消える際は瞬きする一瞬の間。
その独特の足運びは、この場にいる誰も知らぬことだが彼の遠縁の子孫まで受け継がれている。
動きを感じさせず、それでいて躱す暇のないほどの速さだ。
――月の呼吸 伍の型 月魄災禍
その静かな速さと美しさ、それに鋭さを持つ攻撃は、まさに水面に浮かぶ満月のごとし。
敵は刀を振ってすらいないのに、幾重もの刃が二人を襲う。
それは黒死牟の剣というより彼を中心に回る竜巻。
それは相手を斬る剣技というより、相手を斬り刻む厄災。
今更退いても遅い。
そして前左右は刃。
跳ぼうとしても、その為に踏ん張る足を斬り落とされる。
46
:
Lunatic Victors (前編)
◆vV5.jnbCYw
:2022/04/25(月) 18:43:12 ID:h7NV6zSQ
案の定、アンディの腰より下と上は離別を遂げた。
(斬られる前に斬ってやる!!)
否、斬られたのではない。黒死牟の剣から刃が現れる前に躊躇なく自身を斬ったのだ。
片手で脹相を抱え、もう片方の手で自分の腰を斬られる前に真っ二つにする。
怪我の功名と言うべきか、すでに腹に広い傷を負っていたため、その分斬り裂く手間が省けた。
先程の部分弾を、回避に応用した。
斬られた勢いを利用し、そのまま2人でロケットのように上空へ飛ぶ。
アンディは長年に渡り、死を潜り抜けて来た。
故に、死とは1世紀前から、自分の予想もつかぬ形で襲ってくることを学んでいた。
黒死牟が消えた時、地上の何処にいても斬られると察した彼は、空へ逃げる芸当をやってのけた。
「その再生……鬼の物とは異なる……奇怪なり……」
下半身を失ったとしてもさほど問題ないのは、鬼とて同じ。
だが、再生の反動を攻撃や防御に生かす鬼は、300年以上鬼として生きた彼でさえ、見たことが無かった。
「だが……空に逃げた所で……無意味だ……。」
彼らは鳥のように空を自由に動き回れる訳ではない。
重力に従って高度が下がり、刀の範囲内に戻ってきた頃に斬ればいい。
「面白そうな武器があるんだ。ここで使わせてもらうぜ!!」
月夜の空を舞いながら、アンディは袋から1つ武器を出す。
それは穴の開いた木の筒のような物体だった。
そこから、大量のクナイが発射される。
黒死牟が勘違いしていたことだが、アンディは剣士ではない。
彼と同じ国で剣術を習ったこともあるが、あくまでそれは経歴の一つでしかない。
剣に対する拘りは強い訳でもなく、刀だけでは勝てないと思った相手には躊躇なくロケットランチャーを発砲したりする。
(所詮は時間稼ぎか……。)
夜の街に雨あられと降り注ぐのは、大量のクナイ。
「この程度で私を止められると謀るとは……笑止なり……。」
例え全弾命中したとしても、圧倒的な再生力と生命力を持つ彼には、命取りではない。
顔に入れ墨が入った男が同時に飛ばしてきた血の刃の方が厄介だと感じた。
(否……これは……)
その考えを、即座に切り替える。
只の時間稼ぎではなく、何かこのクナイを使った策があるのだろうと察した。
彼もまたアンディと同様、文字通り人並外れた戦闘経験がある。
故に戦闘中の未知の危険性を嗅ぎ取る嗅覚もまた、優れている。
――月の呼吸 陸の型 常世弧月・無間
刀を握り、一振りで無数の幾重もの斬撃を繰り出す。
それは斬撃というよりかは、剣により生み出された天蓋。
かつて同じようにクナイの嵐を受けた妓夫太郎と、似たような凌ぎ方をした。
そのひと振りで、クナイは全て打ち落とされたはずだった。
「赤血操術――百斂 苅祓!!」
脹相はアンディに掴まっているだけではない。
血の刃を幾つかのクナイに打つことで、軌道を不規則なものにし、狙いを定めにくくさせた。
鬼が嫌う毒を含んだクナイは、黒死牟の脛に刺さった。
47
:
Lunatic Victors (前編)
◆vV5.jnbCYw
:2022/04/25(月) 18:43:59 ID:h7NV6zSQ
だが、それは上弦の陸でさえ数秒で分解した程度の毒。況や上弦の壱をや。
最も、そのクナイに含まれているのが、藤の花の毒だけならばの話だ。
「!?」
毒だということは察していたが、この1本で身体が動かなくなるのは彼も予想していなかった。
そのクナイには、藤の花の毒のみならず、同じように毒を含んでいる脹相の血が混ざっている。
どちらか片方だけなら彼の動きを阻害する威力は無かった。
「でかしたぜ!もう少し掴まっていろ!!」
そして、もう1つ黒死牟が勘違いしていたことだが、彼らの目的は自分を倒すことではない。
彼自身との勝負では、死を覚悟で勝負を挑んできた者ばかりだった。
戦意喪失し、逃げようとした者もいない訳では無かったが、逃げようとした相手は瞬時に斬殺していた。
一方で2人の目的は、「この場を切り抜ける」だ。
確かに黒死牟は彼らが欲している貴重なポイントではあるし、彼を倒すことでポイントが欲しくないと言うのは嘘になる。
だが、相手が悪すぎた。
二対一でも全く有利にならない圧倒的な手数に、目で追えないほどのスピード。
おまけに攻め続けているのに傷らしい傷を負わせることが出来ず、疲れを見せることもない。
よしんば倒せたとしても、少なくない損害を被ることは確かである以上、戦うのは得策ではないと判断していた。
そのまま上空でアンディが部分弾を繰り返し、その反動で逃げ続ける。
彼は鳥のように飛ぶことは出来ぬが、飛べぬという訳ではない。
死の否定者たる彼は、重力の鎖さえも否定できるという訳では無いが、逆らうことぐらいは出来る。
少しずつ重力のベクトルに部分弾の反動を加え、先程まで戦った場所の近くにあった、家々の裏側に着地した。
三日月状の刃を飛ばしてくる黒死牟を、刀に関係するUMAだとアンディは解釈していた。
UMAを相手にする時は、戦うにしろ逃げるにしろ、いかに敵の定めたルールに抗いつつ、時には順応して対策を練って行くかが重要になって来る。
48
:
Lunatic Victors (前編)
◆vV5.jnbCYw
:2022/04/25(月) 18:44:31 ID:h7NV6zSQ
場所は市街地の、家々を跨いだ隣の区画
「ここまで来たら大丈夫だな。」
既にアンディの下半身は再生していた。
これならば普通に走って逃げることが可能である。
「ああ。助かった。礼を言おう。」
「俺を殺すんじゃなかったのか?ま、殺されるつもりなどさらさらないが。」
「あれほどの芸当を見せられてなお、あんたを殺せると思うほど俺も愚かじゃない。
それに悠仁にあの6つ目のことを伝えなければならない。」
だが、助かったと思ったのもつかの間。
「「!!!!」」
その瞬間、1つの家屋が音を立てて崩壊した。
まるで台風の直撃を受けたかのように、棟が一瞬で崩れ落ちた。
しかしそれは台風でも地震でもなく、ただ一人の男が放った異形の刀で起こした斬撃だった。
「それで……逃げたつもりか……」
家の柱を一太刀で全て斬られ、一瞬で木材の山へと変わった家の向こうで、真っ赤な6つの目が光っていた。
その手に持っていたのは、先程より数倍長い刀身を持ち、木の枝のような分かれ目がついている、刀と呼ぶべきか悩ましい凶器。
6つの目から放たれる、血のような光に当てられた4つの目は、阿呆のように見開かれたままだった。
そうであっても無理はない。
逃げ切ったと思った相手が、家を一太刀で壊して追いかけてきたのだから。
むしろ並みの剣士ならば、この瞬間を目の当たりにしただけで気絶するか頭を垂れるかのどちらかなので、立っているだけでも誉められてしかるべきだ。
ホオオオオ、と辺りに呼吸音が響く。
黒死牟がまだ人間の剣士だった頃から、使っていた技の前動作。
それはまるで、地獄の釜の火を焚くふいごのように聞こえた。
アンディが戦って来たUMAになぞらえて言うなら、今ここで『フェーズ2』が始まった。
49
:
Lunatic Victors (前編)
◆vV5.jnbCYw
:2022/04/25(月) 18:45:13 ID:h7NV6zSQ
ーー月の呼吸 捌の型 月輪龍尾
そして、刀の長さが変われば、当然技も変わる。
度を越えた長さの刀は、剣技の攻撃範囲をさらに長くした。
月の呼吸を用いた、刀の理を逸脱した一撃。
全てを滅ぼす龍の尾を思わせる橫薙ぎの一撃は、壊れた家の左隣を切り裂き、瓦礫の塊を吹き飛ばし、右隣の家をも瓦礫の山にした。
「くそ!何だこれは!!」
最初に家が壊された瞬間、胸の内に嫌なものを感じていた脹相は、慌てて後ろへと飛び退く。
元々彼と脹相の距離は、遠距離攻撃の使い手のワンサイドゲームになるほど離れていた。
だというのに、そのディスアドバンテージをこの鬼はものともしなかった。
龍の尾となった刀は、脹相の腹の肉を数ミリ食いちぎる。
一方でアンディはまたも脛を斬り落とし、斬撃が来ない場所へと逃げた。
だが、空中だからと言って安全だという保証は、どこにもない。
「いいねぇ、最高だ!!
この状況でもアンディは笑みを絶やさず、攻撃を続ける。
逃げるという考えは少なくとも一度は破棄。背中を見せれば確実に死につながる。
ならば、目下の危機を精いっぱい楽しむことだ。
「紅蓮………。」
――月の呼吸 玖の型 降り月・連面
空から剣鬼を狙撃しようとするアンディに対し、今度は上空から飛来する斬撃。
月の力を得ながらも、その軌道は流星群のように見える。
天空から降り注ぐ刃が、アンディの右腕、左脇腹、右の腿を切り裂く。
「ぐああああああ!!」
ただでさえ回避手段が限られる上空で幾重もの斬撃を受け、たまらずアンディは悲鳴を上げた。
それでも紅蓮弾(ボルテックスバレット)で、敵の攻撃を僅かながら逸らしていたのだから大したものだ。
もしそれが出来なければ、彼は膾にされて、地面という皿に盛りつけられていただろう。
敵からの斬撃で失った箇所は、戻るのに時間を要する。
部分弾で逃げることも反撃することも出来ぬまま、アンディは地面に崩れ落ちた。
50
:
Lunatic Victors (前編)
◆vV5.jnbCYw
:2022/04/25(月) 18:46:05 ID:h7NV6zSQ
「アンディ!!」
地上からその様子を見た脹相は、さっきまで殺しあっていた相手にも心配の言葉をかける。
「赤血操術――百斂 苅……」
――月の呼吸 漆の型 厄鏡 月映え
是が非でも敵の動きを止めなければ、2人分の刺身が出来上がるだけだと思う脹相が動く前に、次なる一撃が振るわれる。
今度は紫電のごとき衝撃波が、瓦礫を吹き飛ばし、その先にいた脹相に襲い掛かった。
月の力を借りた、地を這う紫の濁流は、三日月状の刃を伴って脹相の両足を飲み込む。
跳んで躱すも、両脚を失うことを避けられただけだ。
脛と足の肉を奪われ、脹相も地面に崩れ落ちる。
呪霊とのハーフである脹相は、失血死することはない。
だが、全身を切り刻まれれば、命尽きる。
この殺し合いの会場は、死と殺しを円滑に流布するために、人ならざる者が死に近づきやすくなる呪いがかけられている。
それは鬼も、呪霊も、死の否定者も同じ。
太陽の力を借りた武器でなくても、鬼は首を斬られればその命は終わるし、呪いを祓う武器か呪術師でなければ殺せぬ呪霊も人と同じ殺し方で殺せる。
「よもや……ここまで戦い抜くとは思わなんだ……。」
先程まで凶悪な技を繰り出していたとは思えぬほど、優雅に現れる。
とてつもない長さの刀を小枝のように4度振るってなお、ほとんど身体をぶれさせずに佇むその姿は、十二鬼月の最高峰に相応しかった。
その佇まいは、アンディがかつて居合いを習った、日本刀の達人以上に美しく見えた。
「くそ……悠仁……逃げろ……。」
立って逃げることさえ出来ず、ただ最愛の弟の名を呟く脹相。
その隣にいるアンディも、立てずに地面に這い蹲っていた。
「たとえ私を殺さずとも……助かる方法はある。」
真っ赤な6つの目がアンディと脹相を見下ろしながら、彼は1つ提案した。
「鬼になれ……共にあのお方を御守りするのだ……。」
51
:
Lunatic Victors (前編)
◆vV5.jnbCYw
:2022/04/25(月) 18:46:48 ID:h7NV6zSQ
「は!?」
アンディは素っ頓狂な声を上げた。
この男は未知の力を使うUMAだと思っていたが、その能力は月、あるいは斬撃に関係する能力の持ち主だと考えていた。
だから、アメリカで戦ったスポイルのように、人を人ならざる存在に変える能力まで持っているのは予想外だった。
「一応聞いてやろう。どうすりゃ鬼になれるんだ?」
「な!?」
まるで自分が裏切ると言うかのような口ぶりに、脹相の方が驚いた。
「そう難しい話ではない。最も、鬼になれるかどうかは別だが……。」
いつの間にか刀を鞘に納めた黒死牟。
その両手で椀を作り、中に血を湛えていた。
「あの方より承りし血を、一滴残らず飲み干すことだ。
あの方の……許可を得ずに貴様たちを鬼にするのは聊か憚られるが……。
このような危急存亡の秋に遭遇したとなれば……あの方も容赦なさるはずだ……。」
黒死牟の目的は、何も2人を殺すことだけではない。
主たる鬼舞辻無惨の念願の為に働き、そして自分も太陽を凌駕する。
従って自らや主の願いを効率よく叶えるために、共に参加者を狩る鬼を欲していた。
猗窩座や童磨のような、死んだはずの鬼も参戦していたが、何処にいるか分からない以上は頼りにすることも難しい。
「それに……人ならざる者が鬼になればどうなるか……私も気になる……。」
「鬼になればどうなるんだ?そこまで教えてくれるのがスジってものだろ?」
「不死となり……永遠の時を生きることが出来る。その巧みな戦いの技術………さらに伸ばしたくはあるだろう……?」
特に黒死牟にとって、彼ら鬼とは似て非なる不死性を持つアンディは気になる対象だった。
本来ならば彼は、鬼と同格の力を持つ存在など忌避する対象でしか無いが、自ら、そして主の目的の達成を優先した。
彼の力を利用すれば、青い彼岸花を見つけずとも、自分や無惨が太陽を克服するのに貢献できるかもしれないと考えた。
「断る。」
アンディが答える前に先に拒絶の言葉を示したのは、脹相だった。
「俺は意思を捨ててまで誰かの軍門に下るつもりはない。俺は俺の意志で、お兄ちゃんを全うする!!」
両脚を削がれてなお、彼は叫んだ。
その声は響き渡った。
彼はかつて羂索に従って、人を殺して、あと少しの所で弟さえも殺しかけてしまった。
あの時の自分の血より苦い思い出があったからこそ、例え誰であろうと、自分の意志で生き、自分の意志で残った弟を守り、自分の意志で戦い続けると決意した。
52
:
Lunatic Victors (後編)
◆vV5.jnbCYw
:2022/04/25(月) 18:47:30 ID:h7NV6zSQ
「俺はお兄ちゃんだ!!弟を殺そうとする奴の言いなりになど、断じてならん!!」
「!!!!!!!!!!!!!!!!」
突如黒死牟の、継国厳活の脳内に溢れ出したのは
――――確かに存在した記憶――
―――お労しや、兄上
今でもあの赤い月の夜に見た、弟の姿は焼き付いている。
皴だらけの顔の奥にある、曇り無き瞳を
兄である彼を同情しきった弟の、涙に濡れた瞳を。
突然の頭痛に、鬼は理性を失った獣のごとく叫んだ。
「ガアアアアァァァァアアア!!」
そして目の前の男は這いつくばりながらも、哀れな兄だった存在目掛けて、血の刃を振るった。
(なぜだ。)
(なぜこの男は、兄としての矜持を貫こうとする。)
(既に立つことも出来ず、私より弱いその身で、なぜ貫ける!!)
「俺はお兄ちゃんとして、この命尽きるまで歩き続けるのみだ!!
命尽きるまで、弟の手本として生きねばならん!!」
(この男はどこまで不快にさせる気だ!!!!!!)
腸が煮えくり返る思いで、脹相を微塵に斬り刻もうとする黒死牟。
しかし、その攻撃を邪魔する、文字通りの手が入った。
(何だかわかんねーけど……今だ!!)
予期せぬ隙を見つけたアンディは、残された腕で斬られた部位を斬り落とし、新たに斬り落とされた部分を再生させた。
そして新たに斬った部分も、余さず武器として飛ばす。
鬼は首を斬らねば殺すことは出来ない。
だが、更なる隙を作るには充分だった。
「俺もそうすることにしたぜ!!ま、元からなるつもりなんざ無かったけどな!!」
誰かに縛られて生きることは、アンディの流儀に反する。
そんなものは組織の実験体として身体をいじくられ続けた10年間だけで充分だ。
それ以前に、死に場所を求めて生きているというのに、より死から遠ざかる行為など、死んでもごめんだ。
「アンディ!!離れろ!!」
脹相の指示通り、再び部分弾の反動で後方に退く。
この男と相手する時は、いくら離れても離れすぎることはない。
「たとえこの脚が立たなくなろうと、弟の為にやれることをやるだけだ!!」
そして、今度の脹相の攻撃は血の刃に非ず。
血で武器を練らず、ただ量のみで押す血の洪水。
先程大きなダメージを受け、大量に出た血を逆に利用したのだ。
53
:
Lunatic Victors (後編)
◆vV5.jnbCYw
:2022/04/25(月) 18:48:03 ID:h7NV6zSQ
(あれほどの傷を負ってなお、更なる量の血を使って来るとは……)
いくら剣豪を越えた剣鬼と言えども、刀で流動物を斬ることは出来ない。
血の目隠しをされたまま戦うのは、彼としても避けたかった。
身のこなしも卓越している彼は大きく月を背にする形で跳躍し、血の津波を躱す。
その瞬間、彼の剣を持つ手に血の刃が刺さった。
血の洪水はあくまで目隠し。
彼がそれに手間取っている間に、市街地の壁に刃をぶつけ、跳弾を彼に当てた。
脹相が渋谷で禪院直哉との戦いで取った戦術を、そのまま使ったのだ。
「よくやったぜ!!脹相!!紅渦弾(ボルテックスバレット)!!」
「赤血操術――血星磊(けっせいせき)!!」
空中で回避が難しいのは、翼をもたぬ者は誰でも同じ。
夜空に縛り付けられた黒死牟目掛けて、幾重にも捻った腕を飛ばした。
アンディのもうひとりの人格たる、最強の闘士の腹さえ貫く攻撃は、当たれば鋼鉄のごとき硬さを持つ鬼の首とて貫く。
――月の呼吸 拾ノ型 穿面斬・蘿月
黒死牟は不安定な姿勢ながらも、特に攻撃範囲が広い斬撃を打つ。
三日月が渦を巻いて集り満月のような斬撃を形成し、ドリルのような軌道で襲ってくる腕弾と、血の跳弾を弾き飛ばした。
そもそも剣術とは腕だけではなく、足運びや踏ん張りも重要である。
正確に技を出すのが難しい空中でさえ、その身を守れることは、彼を最強の剣士たらしめるまごうとなき証左だ。
「剣が……馬鹿な……!!」
傷一つ追うことなく着地出来たが、元々血の刃で僅かながら手を切り裂かれ、加えて月の呼吸はいつもより不完全な状態。
完全にアンディの紅渦弾を殺しきることは出来ず、三支刀は音も立てずに折れた。
「いいねぇ、最高だ!!」
すかさずアンディは日輪刀を胸に刺し、斬りかかる。
対する黒死牟もすぐに新たな体内刀を出し、対抗に出る。
「紅蓮三日月!!」
――月の呼吸 壱の型 闇月・宵の宮
再び二人の居合いがぶつかり合う。
先の戦いは血の刃ごとアンディが斬られたが、今度は脹相の毒を分解し切れていない状態で、おまけにアンディが軌道を見切っていた。
さらに彼自身の血だけではなく、刀で掬い上げた脹相の血が、アンディの攻撃を後押しした。
人間の物より固まりやすく、鋭い凶器になりやすい脹相の血は、不死(アンデッド)の剣術との相性は言わずもがな。
2人の人ならざる血が合わさった刃――さしずめ紅蓮半月といった所かーーは、初めて上弦の鬼を後退させた。
いくら斬撃を出しても、いくら技を磨いても、彼が出す刃は三日月の形しかしていない。
「まさか……こんなことが……!!」
人間を卓越した鬼の力を持ってして、両腕が軋むほどの衝撃を受けた。
鬼ならざる存在、それも種族では鬼には劣っている相手に押されたことで、驚きと苛立ちを覚える。
刀で撃ち飛ばすも、完全に威力を殺しきれなかった血の刃が、黒死牟の長髪をはらりと飛ばす。
日の力に及ぶことの出来ぬ彼にとって、剣術にある月は欠けたままだ。
そして胸の内にある心という名の月もまた、満ちることは無い。
54
:
Lunatic Victors (後編)
◆vV5.jnbCYw
:2022/04/25(月) 18:48:36 ID:h7NV6zSQ
――月の呼吸 伍の型 月魄災禍
300年以上に渡り培われてきた月の呼吸の中でも、特に速さと前方の攻撃範囲が売りの一撃で、アンディを細切れにしようとする。
「月は良いねぇ。デッカイ満月を見ながら酒でも飲みてえなあ!!」
波の戦士ならば10人殺してなお足らぬほどの大技を見ても、軽口を叩くアンディ。
だが、アンディは状況が少し有利に傾いただけで慢心する性格の持ち主ではない。
逆に戦況が優位に見えた瞬間こそが、敗北につながる瞬間だということは痛いほど学んでいる。
今度は剣術に打って出ることはせず、その刀の刃先は自らの足首。
「血廻(けっかい)!!」
正面を向きつつ、再生の反動を使って九時の方向へジェット機のように飛ぶという、人間には為せぬ動きで躱す。
これまで、いくら強くても人間の枠を出ない存在を相手にしてきたことがほとんどだった。
故に人を斬り続けてきた剣士は、人ならざる動きに対応しきれなかった。
それでもアンディを傷付けることは出来たが、致命傷には程遠い。
「からの……再生滑走(リペアグライド)!!」
これまた人間離れした動きで、敵の周りをぐるぐると走り、攪乱していく。
一定以上離れた位置から敵の周りをひたすら回りながら、弱点を見抜いていくのはアンディがジーナを相手にする時に使っていた。
勿論、かつて不変(アンチェンジ)と戦った時より、長い直径の円を作りながら。
「どこまでも……愚弄する気か……!!」
自分には無き力を見せつけられ、その胸の内を煮えたぎらせる。
――月の呼吸 陸の型 常世弧月・無間
何処へ居ようと無駄だとばかりに、嵐のような斬撃で周囲一帯を薙ぎ払う。
「赤血操術――百斂 苅祓!!」
絡み付く血が、刀を振る腕を鈍らせる。
既に攻撃範囲を十分すぎるほど警戒していたアンディは、致命傷を負うことなく範囲外へ。
(ならば先に、邪魔なこの男から……)
そこから斬りかかって来るアンディを無視して、黒死牟は足を未だ立てない脹相の下へ運ぶ。
「赤血操術――超新星!!」
だが、それさえも脹相が待ちわびていたことだった。
超至近距離で斬りかかって来ることを見越して、すぐ近くで操血術で血の弾を作り、消えた瞬間に花火のごとく爆発させたのだ。
弾けた血の塊が、黒死牟を貫く。
黒死牟は知る由もないことだが、脹相は血の刃による遠距離攻撃を得意としているわけではない。
むしろ持ち前の身体能力に血の刃を乗せた近接戦闘も得意としている。
特に百斂で血を加圧した後は、離れれば刃を飛ばす穿血、近付いてくれば弾を破裂させる超新星で攻めることが出来る。
ただ黒死牟という、近寄れば斬殺される危険性が極めて高い鬼を相手にしていたため、遠くからの攻撃に甘んじていただけだ。
55
:
Lunatic Victors (後編)
◆vV5.jnbCYw
:2022/04/25(月) 18:49:23 ID:h7NV6zSQ
(血を爆発させる攻撃など……妓夫太郎にすら不可能だ……
否……あの方より聞きし……耳飾りの鬼狩りの妹……)
兄弟のために生き、兄弟のために戦う。
血を爆発させる攻撃は、彼とは真逆の道を行く竈門禰豆子の攻撃と似ている面があった。
兄弟の為に戦う。
脹相も竈門炭治郎も出来たことは、継国厳勝という男には出来ず、むしろその逆をしてしまった。
しかし、さらに苛立っている場合ではない。
いくら人より効き目が薄い毒といえども、これだけ正面から受けてしまえば、その害も馬鹿にはならない。
(早く……分解せねば……!!)
「いいねぇ!!最高だ脹相!!」
後ろからアンディが、黒死牟の首目掛けて斬りかかる。
――月の呼吸 伍の型 月魄災禍
ぎこちない動きながらも、最低限の動きで周囲を攻撃できる技で薙ぎ払おうとするのは、流石上弦の壱という所だろうか。
「動きが遅いぜ!!死刃(デッドブレイド)!!」
かつての修行の中、もう一人の男から受け継いだ技。
アンディは拳から噴出した血を凝固させ、剣として振るう。
「なっ!?」
初めて首から血が迸り、黒死牟も驚嘆の声を上げる。
その首は斬れはしたが、繋がっている。
彼の首は鬼殺隊最強の力を持つ悲鳴嶋行冥が、最高の出来の日輪刀を以て手間取るほど硬い。
例え背後にある建物さえ斬ったとしても、それ一発で首を斬り落とすことは出来なかった。
(あの攻撃は……危険だ……!!)
このままでは危険だと判断し、どうにかこの状況を切り抜けようと、動かしにくい身体を無理矢理動かそうとする。
人間からすれば致命傷な傷でも、上弦の鬼の再生力なら数秒で完治する。
この世界には再生力にも呪いがかけられているとはいえ、かかる時間が一瞬から数秒に伸びた程度だ。
56
:
Lunatic Victors (後編)
◆vV5.jnbCYw
:2022/04/25(月) 18:49:54 ID:h7NV6zSQ
「まだだ!!」
しかし、彼らの攻撃はそれで終わりではない。
死閃を撃った後も、アンディは片手で刀を持って、黒死牟の首へと斬りかかる。
――月の呼吸 参ノ型 厭忌月・銷り
既に刀を振れるほど毒を分解した黒死牟は、早速アンディへと斬りかかる。
だが、血の束縛、それにまだ残っている毒の影響もあり、振り抜いた斬撃の数は先よりも劣る。
勿論、月の刃の数は前にも増して少なかった。
この一撃なら、剣術の腕ははるかに下回るアンディでさえもいなせる……はずだった。
「!?」
月の刃と日輪刀がぶつかった瞬間、日輪刀が折れた。
パキンと高い音が響き、その刃先は明後日の方向に飛んでいく。
黒死牟は元々鬼狩りだったという経歴上、刀を折られた相手は弱体化することを経験している。
故に、武器破壊の技術も備えていた。
とは言え苦し紛れに放った一撃で、刀、しかも百戦錬磨の男の刀を折ることが出来るだろうか?
「しまった……!!」
その原因は、アンディが先に気付いた。
元々彼が得意としていた技は、決して普通の刀で連発出来る技ではない。
破壊の否定者、一心の手によって作られた、決して壊れぬ『倶利伽羅』によって成り立つ技だ。
かつて霞柱が使っていた日輪刀は、アンディの血を浴び、黒死牟の斬撃を浴び、そして毒を含んだ脹相の血を浴び、限界をとうに超えて脆くなっていた。
「ぐ……」
「そのような刀を粗末に使う攻撃では……侍にはなれぬ……。」
この近距離で刀の使い方を間違えた代償は、余りにも大きい。
自分で一度斬ったことにより再生した下腹部を、深く斬られる。
「赤血操術――百斂 苅祓!!」
アンディの危機を感じた脹相が、再び血を飛ばし、敵を拘束しようとする。
それに対し、またも消えて、離れた場所に現れる黒死牟。
追撃に出ることはなく、黒死牟は二人に挟まれている状況からいち早く離脱する。
既に超新星を食らった際に受けた毒は分解し終えた。
そして離れている間に、刀を先程家を壊した時の、極大の長さにまで変化させる。
離れた先でも、術者によって自由に操れる脹相の血は追いかけてくるが、慌てず騒がず技を使う。
57
:
Lunatic Victors (後編)
◆vV5.jnbCYw
:2022/04/25(月) 18:50:30 ID:h7NV6zSQ
「クリムゾ……」
――月の呼吸 拾肆の型 兇変・天満繊月
黒死牟は巨大な刀を、ただの長い木の枝のように振り回す。
長い腕と長い刀の円運動から放たれるのは、今までに見た中で最大級の攻撃範囲を持つ一撃だった。
最早刀を用いた奥義とはとても思えない、巨大な螺旋を描いた斬撃が、飛ばした血液もアンディも脹相も、全てを飲み込む。
「ぐああああああ!!」
「くそおおお!!」
彼らのみならず、後ろにあった建物さえ崩壊していることから、その一撃の恐ろしさが伺える。
最早周囲に無事な建物などどこにもない。
「まだ……生きているか……。」
「当たり前だ。まだ終わる訳にはいかん。俺は弟が生きる指標にすらなれていないからな!!」
―――兄上の夢はこの国で一番強い侍になることですか?
その言葉を聞いて感じたのは、あの時を思い出す、胸の内が焼けつくような苛立ち。
「もういい。お前の持論は聞き飽きた。」
2人共辛うじて生きていたが、それぞれ片足と片手が斬り落とされ、とても戦える状態ではなかった。
それでも、2人は反撃の為の一手を撃とうとする。
「これで終わったとでも思ってるのか?」
先の戦いで散らばっていたクナイを、残された手で投げるアンディ。
それからさらに腕と足一本ずつで跳躍し、残された部位を使おうとする。
だが、アンディの状況は詰みであることに変わりはない。
刀が折れたということは、単純に刀を用いての攻守が制限されるという訳ではない。
アンディにとっては身体を切り離した攻撃も、血を飛ばす攻撃も軒並み使えなくなるということだ。
「所詮は……無駄な足掻きか……。」
投げられたクナイを難なく躱し、アンディにトドメの一撃を下そうとする瞬間。
巨大な怪物が、黒死牟目掛けて走って来た。
58
:
Lunatic Victors (後編)
◆vV5.jnbCYw
:2022/04/25(月) 18:52:26 ID:h7NV6zSQ
「行けええええ!!」
否、それは怪物に非ず。
とある王国の先導者にして天才の発明家が、石の世界から造り上げた自動車、スチームゴリラ号の初号機だ。
脹相の支給品であったが、一度しか出せず、すぐにエネルギーも使い切ると説明に書いてあったので切り札として取っていた。
右手だけで支給品袋をひっくり返し、残った道具を全部出す。
既に足を捥がれ、動けぬ脹相だが、それでも血をフルに使い、その水圧で引き金を引き無理矢理動かした。
それだけでは器用な操作は出来ぬが、目的は移動の為ではない。
敵目掛けて走らせて、圧殺させることを狙った。
(これは……何だ……!?)
アンディと脹相より古い時代に生きていた黒死牟だが、それでも車の存在を知っている。
狭い世界に籠っていた妓夫太郎兄弟や、己が肉体のことにしか興味のない猗窩座とは異なり、世間のことも知っていた彼だが、車などには興味は無かった。
彼にとって興味があったのは何をどうすれば自らの命と剣が、弟を凌駕するかだけだったから。
――月の呼吸 拾肆の型 兇変・天満繊月
向かってくる巨大な力を、持ち前の剣術で打ち壊す。
木で作られたその車体は、簡単に壊れた。
そして月の呼吸の力は、その後ろにいた脹相も狙う。
呪いを祓う呪具でなくとも、全身を刻まれれば呪霊でも死に絶える。
「悠仁……アンディ……後は頼んだぞ!!血塗……壊相……見ていてくれたか?」
だが、最期までその血で刃を作り、戦い抜こうとした
刃の渦に巻き込まれる中で、弟と戦友の名前を叫びながら、兄を貫いた男は血煙へと姿を変えた。
「脹相!!」
彼は19世紀、アメリカでいた時から、仲間を失い続けた。
なぜ自分に託そうとする。
それをやるぐらいなら、何故誰かを捨ててでも生きようとしない。
それでも、受け取った物をそのまま溝に捨てる行為など、彼の矜持が許さなかった。
続いて、折れた日輪刀の刃を取りに行く、アンディを狙う。
斧では自分の身は斬り裂けても、刀のように使うのは難しい。
(そうか……自らが斬らねば……傷の治りは格段に遅くなるということか……)
自分ではなく、折れた刃を取りに行く所で、察しがついた。
渾身の力を込めて、トドメの一撃を見舞おうとする。
――月の呼吸 拾陸の……
その時だった。
刀を握った右腕に、何かが飛んで来た。
それは、アンディの斬り落とされた腕の、残った部分。
その部分弾は一瞬だったが、確かな時間稼ぎになった。
(馬鹿な……?武器は折れたはずでは……)
「お前は良い相棒だったぜ……」
彼が腕を斬るのに使ったのは、脹相が戦車以外の支給品にあった斧。
脹相はスチームゴリラ号を飛ばしたのは、アンディの為に時間稼ぎだけではなく、自分が彼に斧を渡す瞬間を覆い隠す為でもあった。
操血術を使い、血を武器とする彼は、何の変哲もない斧など使う必要が無かったが、刃物が必要なアンディこそ使うべきだと思っていた。
その斧は、何の因果か彼のかつての相棒から受け継いだ武器。
そして、自分の力で斬られた部分の再生は早い。
満を持して刃を拾い上げ、そのまま力強く握りしめる。
既に片手で持っている血刃は、作り主の死亡も相まって、消えかけている。
(頼むぜ……。)
アンディが次に斧で斬ったのは、喪った足の残りではなく、刃を持った右手。
敵は2人がかりでも押され続けた相手。
既に攻めねば負けると考えていたアンディは、両脚の回復よりも、少しでも強い攻撃をすることを優先した。
59
:
Lunatic Victors (後編)
◆vV5.jnbCYw
:2022/04/25(月) 18:53:46 ID:h7NV6zSQ
――月の呼吸 拾陸の型 月虹・片割れ月
「紅渦弾!!」
黒死牟目掛けて、再びドリルのような一撃が飛来する。
だが、即急で打った技故、先程黒死牟の体内刀を砕いた時のような威力は無い。
彼の首を穿つには、威力が足りぬ。
一方でアンディには、5陣の巨大な三日月が襲い来る。
まさに、Lunatic(気が触れた)かのような一撃。
天空から飛来するその技を、今度は躱しきれずに、脳天から貫かれることになる。
(この技は……だが、この威力で私の首を取ることは出来……!?)
黒死牟がその時思い出したのは、かつて老いた弟に斬られた時の痛み。
あの赫い刀でなければ味わうことが出来ない、焼けるような痛み。
「首が……再生出来ぬ……。」
最後の最後で、アンディに味方した運は、飛ばした右手で持った刃が、日輪刀だったことだ。
アンディの血と、脹相の血を浴び、赤くなっていた刀は、更なる濃い赫へ。
腕の回転と黒死牟の首の肉の摩擦により熱を増し、鬼を滅する赫刀へと変貌する。
その熱さを思い出した時は、もう手遅れだった。
再生どころか、首が崩れ行く。
「―――――――■■■■------ッ!!!!」
その叫びは、誰に向けての物だろうか。
鬼となってなお、勝てなかった弟へのものだろうか。
自分より格下の相手にも関わらず、殺した不死の男への物だろうか。
はたまた兄の矜持を貫くという、自分には出来なかったことを成し遂げた男への物だろうか。
それを知る者は愚か、彼がいたという事実さえ知る者はいない。
この世界では、再生能力も制限されている以上、いくら鬼と言えど挽回の機会は残されていないのだ。
首から上も下も灰のようになり、消えて行く。
【脹相@呪術廻戦 死亡】
【黒死牟@鬼滅の刃 死亡】
60
:
Lunatic Victors (後編)
◆vV5.jnbCYw
:2022/04/25(月) 18:54:20 ID:h7NV6zSQ
「終わったか……スゲエ奴だった。UMAなんかとは比べ物にならねえ……
黙示録(アポカリプス)が新たに用意しようとしていた奴か?」
既に人の姿を成していないほど斬り刻まれたアンディは、彼の消滅を見て安堵の声を零した。
恐ろしい相手だった。
アンディには知らぬことだが、敵の能力が悉く制限されていた上で、ようやく倒せた強敵だった。
だが、生命力が制限されているのは敵だけではない。
本来なら呪具を使った攻撃か、術士でしか殺せぬ、正確には祓えぬ脹相も、死の否定者たるアンディも同じだ。
「へえ、これが死か。いいねぇ。最高だ。」
常人とは比べ物にならないほどの死を見ておきながら、今まで感じたことのなかった死を、今ならはっきりと感じ取る。
ようやく、死に場所を見つけた彼だった。
「いや、アイツとの約束、守れなかったな。馬鹿だ。」
最期に、自分の不運(アンラック)で殺してくれると言った少女、出雲風子のことを思い出す。
「やっぱり、死ぬなら……。」
月が、死した二人を照らしていた。
【アンディ@アンデッドアンラック 死亡】
【残り54人】
【C-2/市街地/1日目・黎明】
※周囲にはスチームゴリラ号@Dr.Stone、折れた時透無一郎の日輪刀@鬼滅の刃、多数のクナイ、サンダースの斧×2@アンデッドアンラックが散乱しています。
【支給品紹介】
【雛鶴のクナイ@鬼滅の刃】
アンディに支給された、音柱宇髄天元の妻の一人、雛鶴が使う武器。
じかに投げるのではなく、小型砲のような筒に入れて、大量に打ち出す。
刺さる時のダメージのみならず、鬼の再生や動きを阻害する藤の花の毒が塗られている。
【サンダースの斧@アンデッドアンラック】
脹相に支給された斧。
かつてアンディの仲間であったサンダースが愛用していた武器で、アンディも使ったことがある。
【スチームゴリラ号(1号)@Dr.Stone】
脹相に支給された支給品。
千空が石神村の住人と作った自動車で、これは最初期の姿。
水蒸機関で動いているが、スチームエンジンではパワーが足りず、坂道を手動で動かすことになる。
61
:
Lunatic Victors (後編)
◆vV5.jnbCYw
:2022/04/25(月) 18:54:51 ID:h7NV6zSQ
仮投下終了します
62
:
◆5IjCIYVjCc
:2022/08/06(土) 00:40:53 ID:iFzj4lYw
仮投下します。
63
:
蜘蛛糸は垂らされず
◆5IjCIYVjCc
:2022/08/06(土) 00:43:05 ID:iFzj4lYw
元王下七武海の海賊、ドンキホーテ・ドフラミンゴ。
元懸賞金、3億4000万ベリー。
年齢、41歳。
この男の悪名や所業は、海を越えた世界中に伝わっている。
七武海に加盟するきっかけとなったのは、世界政府を脅迫する形だった。
ドレスローザという国を自分の能力を利用した謀略で乗っ取った。
その国に住む小人族や民、そのほか様々な人々を奴隷として武器等を製造する工場で働かせていた。
そして、自分の地位を隠れ蓑に闇の仲買人"ジョーカー"としてカイドウを始め新世界中の大海賊や様々な国家を相手に密売の取引をして富を得ていた。
だが最後は、麦わらのルフィに敗れ、築き上げた地位も追いやられ、海軍により逮捕・投獄された。
その名を持つ男が、この死滅跳躍とも呼ばれる殺し合いの舞台の上に降り立っていた。
しかし、ここにいる彼は前述したような男ではなかった。
同姓同名の別人という訳ではない。
外伝的で並行的な世界の存在という事でもない。
ただ、時間が大きくずれていた。
◆
「……ここは、どこだえ」
地図から見ればG-8に位置する場所、遊郭内のある場所で金髪の少年が1人ポツンと突っ立っていた。
まだ齢が10にも満たないであろう子供だ。
「父上ー!母上ー!ロシー!」
子供は大声で自分の家族を呼ぶ。
だが、それに応える者はいなかった。
それに対し、彼の中では苛つきの感情が募っていく。
声も荒立っていく。
「おい!いいかげん誰かいないのか!ドレイもどこだえ!」
この一人ぼっちの少年こそ、後の悪名高き海賊、ドンキホーテ・ドフラミンゴだ。
彼は、まだ何の力も身に着けていない、子供時代の頃からこの戦いの場に招待されていた。
◇
ドンキホーテ・ドフラミンゴは本来、絶対的な権力者の世界貴族"天竜人"である。
最も、今の彼自身には、その称号は存在しない。
天竜人特有の髪型や服装もしていない。
しかし、今はもう天竜人では無いという自覚は彼の中には無い。
ここにいるドフラミンゴは、父に連れられてマリージョアから下界に降りたばかりの頃だ。
自分が世界最高の権力者の一人ではなくなったことをまだ理解できていない時期だ。
「あいつ、下々民のくせに…!このおれをだれだと思っているんだえ…!よくもこんな汚い場所に…!ただで済むとは思うなえ…!」
ドフラミンゴ少年の表情は濃い憤怒の色に染まっていく。
現在彼のいる場所は、遊郭の中でも最下級に位置する切見世という所だ。
これまでの8年間、何不自由育ってきた彼にとっては相当不潔な所だと感じる。
64
:
蜘蛛糸は垂らされず
◆5IjCIYVjCc
:2022/08/06(土) 00:43:39 ID:iFzj4lYw
自分が今の状況になっている原因が先ほどの額に縫い目のある男(羂索)にあることは何となく分かっている。
男が自分に向かって殺し合いをしろと言っていたことも何となく覚えている。
だがそんなことは、ここにいるドフラミンゴにとってはどうでもよかった。
羂索のこともまた天竜人である彼にとっては一人の下々民だと認識している。
考えるのは、あの無礼者の男にどれだけ苦しい罰を与えられるのかといったことだった。
あの男は天竜人である自分を誘拐した、ならば海軍大将が動かないはずは無いとドフラミンゴは思っている。
きっと、父上が海軍を動かしてくれているのが当然のことだと認識している。
そして海軍がこの島に来てくれれば、あの男を捕まえて、然るべき報いを与えられると思っている。
ただ殺すだけでは納得しない、奴隷にして徹底的に思い知らせてやると考えている。
殺し合いについてもドフラミンゴ少年は真っ当に取り組むつもりはない。
そもそも、天竜人である自分がこんなことを問題として扱うこと自体がおかしな話だ。
自分がこんなことで命を落とすなんてことを想像もしていない。
人間を殺すにしても、誰を殺すかどうかはあんなムカつく無礼者に指示されてやることではない。
10人殺せばいいのだと言われても、そんな下々民が勝手に決めたルールを守るだなんてありえないことだ。
殺すのか、それとも奴隷にするのかといったこと等は天竜人である自分が決めることだ。
せいぜい、ムカついた奴から殺すまでのことだ。
◇
最後に、ドフラミンゴが確認している支給品の一つについてここで述べる。
彼がデイパックから見つけたそれは、はっきりと言えば、悪魔の実であった。
悪魔の実とは、食べると海を泳げなくなる代わりに超常的な能力を得られる不思議な果実のことである。
模様は違うような気がするが、まるでリンゴのような形をしたその果実は確かに悪魔の実であるらしかった。
そして、ここにいるドフラミンゴはこの実を自分で食べるつもりはなかった。
本来の歴史において、ドフラミンゴはイトイトの実という超人系の実の力を得ることになる。
だが、そうなったのはその時の彼が復讐の力を求めていたからでもあった。
まだ地獄の経験をしていないこのドフラミンゴにとって、悪魔の実は自分で使うものにはならない。
天竜人にとって、悪魔の実とは奴隷に余興で食べさせて遊ぶものだ。
そんな彼の持つこの神秘の果実は、実は純粋な悪魔の実ではない。
だがドフラミンゴはこれが悪魔の実であることを確認した後、説明書の続きもろくに目を通していないため正確な正体に気付いていない。
これは、世界最大の頭脳を持つ男ベガパンクによって作られた"人造悪魔の実"だ。
それも、この死滅跳躍の舞台にも呼ばれている大海賊、百獣のカイドウの血統因子を抽出して作られたものだ。
ベガパンク本人はこれを失敗作としている。
ただ、今のドフラミンゴにとってはそういったことには関心はない。
使うとしても、遊ぶために奴隷に食べさせようと思った時になるだろう。
65
:
蜘蛛糸は垂らされず
◆5IjCIYVjCc
:2022/08/06(土) 00:44:31 ID:iFzj4lYw
◆
自覚なき元天竜人、ドンキホーテ・ドフラミンゴ少年。
懸賞金、0ベリー。
年齢、8歳。
今日が彼の新しき下界デビューだ。
きっとどちらも、彼にとって地獄であることには変わりない。
【G-8/遊郭・切見世/1日目・未明】
【ドンキホーテ・ドフラミンゴ@ONE PIECE】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜2(確認済み)、ベガパンクの失敗作の人造悪魔の実@ONE PIECE
[思考・状況]
基本方針:あいつ(羂索)をドレイにしてこの俺をこんな目に合わせた罰を与えてやるえ
1.さっさとこの汚い場所から出るえ
2.ムカつくやつは殺すえ
3.新しいドレイが欲しいえ
4.こいつ(人造悪魔の実)はドレイに食べさせようかえ
5.きっと父上が海軍大将を呼んでくれてるえ
[備考]
※子供時代、父に連れられてマリージョアから下界に引っ越して来たばかりの頃から参戦です。
【ベガパンクの失敗作の人造悪魔の実@ONE PIECE】
ベガパンクが作った人造悪魔の実。
カイドウの血統因子を抽出して作られており、食べるとカイドウのように龍の姿に変身できる能力を得る。
青龍になるカイドウとは違い、ピンク色の龍となる。
ベガパンクが何を理由にこれを失敗作としたのかは不明。
66
:
◆5IjCIYVjCc
:2022/08/06(土) 00:45:08 ID:iFzj4lYw
仮投下終了です。
67
:
◆Il3y9e1bmo
:2022/11/28(月) 10:48:49 ID:Je51VWUM
第一回放送案を投下します。
68
:
◆Il3y9e1bmo
:2022/11/28(月) 10:50:05 ID:Je51VWUM
地平線の彼方から煌々と輝く太陽が姿を見せ、会場を照らし始めた午前6時。
突如として、ラジオの周波数を合わせているかのような耳障りなノイズが島全体に流れ始める。
それは音声が流れる前の予兆とも取れるように暫し垂れ流され、しかして男の咳払いが数度それに続いた。
「やあ」
殺し合いに参加させられた者たちが次に耳にしたのは、忘れるはずもない『あの男』の声だった。
袈裟を着、額に傷のある美丈夫。あの慇懃を装ったニヤニヤ笑いまでが、いともたやすく彼らの脳裏に浮かぶ。
「おはよう。君たちに語りかけるのは6時間ぶりだね。よく眠れたかい?」
男は生き残った者たちに労りの言葉をかけた。
もちろん、眠ることが――もとより、心からの休息を取ることができた者など、本当に数えるほどしかいないということを彼が知らないはずはないが。
「さて、今回開催された死滅跳躍だが、初めに言った通り脱落者の読み上げを行おうと思う。聞き逃さないようにしてくれたまえ」
ここで男は何が楽しいのか、失笑を漏らした。
「それでは行くよ? ここまでの脱落者は、『石神千空』、『マグ=メヌエク』、『栗花落カナヲ』、『朝倉シン』、『脹相』、『黒死牟』、『アンディ』、『轟焦凍』、『七海建人』、『ドンキホーテ・ドフラミンゴ』、『パワー』、『北条時行』……以上、12名だ。
この短時間で、参加者の五分の一近くが死亡したことになる。なかなかいいペースじゃないかな? ……おっと、それから25ポイント消費によるルール追加だが――今回は、ナシだ。もう既に25ポイント以上集めておきながら消費していない参加者がいるのか、それとも誰も25ポイントまで到達していないのかは内緒だけどね」
脱落――つまり、死亡だ。参加者の間に感情の波が広がっていく。
それは自身の大切なものを亡くしたショックであったり、死滅跳躍の主催者である男に対する怒りであったりと様々ではあったが、皆が共通して感じたのは確実に近づいてくる『死』の匂いだった。
「続いて、禁止エリアだが『C-1』、『E-4』、『F-2』に設置することにする。この放送が終わってからきっかり1時間後からは中に入れなくなるから気をつけるように。それでは、最後に君たちの健闘を祈る」
男からの一方的な語りかけが終わり、会場は再び静寂を取り戻した。
しかし、参加者たちは『死』という現実を直視し、休まることがない殺し合いに身を投じることになる。
彼らの心には、深い漆黒の帳が幾重にも降りていた。
◆ ◆ ◆
第一回放送終了後。
袈裟姿の男――羂索は空を見上げた。その目はクリスマスプレゼントを目の前にした子供のように輝いている。
「神(サン)……か。太陽に近づきすぎたイカロスはその翼を失ったけど、私もいずれはそうなるのかな?
それにしても、日本の呪術師がギリシア神話について語るのもなんだか面白いなあ」
燦然と熱を撒き散らす太陽を見つめながら、羂索はそう独りごちる。
「『死滅跳躍』。死滅回遊とは全くもって似て非なるものだけど、彼らは私の意図に気づくだろうか」
ふふ、と笑い、羂索はまた何処かへと去っていった。
69
:
◆Il3y9e1bmo
:2022/11/28(月) 10:50:43 ID:Je51VWUM
投下終了です。ちょっと短い気がするけど、まあこれくらいで……
70
:
第一回放送(仮)
◆vV5.jnbCYw
:2022/12/04(日) 18:47:18 ID:iLNEgw2U
投下お疲れ様です。私も放送案を投下します。
71
:
第一回放送(仮)
◆vV5.jnbCYw
:2022/12/04(日) 18:50:30 ID:iLNEgw2U
誰もいない大広間。
つい6時間と少し前。12の世界から61人もの有象無象が集められた場所だ。
この場所には、今は1人しかいない。
(さて、そろそろ始めるか。)
部屋の真ん中に立った、額の縫い目が印象的な男が一呼吸おいて、口を開いた。
数百年の時を生きた羂索だが、これほど興奮したことはそうそう無かった。
何しろ、自分が始めた儀式が、気持ち悪いほど順調に進んでいるのだ。
自分の声が上ずってしまわないか、少しだけ気にする。
「おはよう。」
それは静かで、低くて、それでいて良く通った声だった。
「殺し合いに夢中になっている所を済まないが、6時間が過ぎたのでね。最初に報告した通り、途中経過を告げることにするよ。」
冷たい声。だが、その裏に甘さも含まれている。
ゆっくりとした淀みのない口調を聞いた参加者は、何を思うだろうか。
そんな彼ら彼女らの気持ちを知ってか知らずか、羂索は言葉を紡いでいく。
「まずはこの儀式で贄となった者達を告げていくことにする。
中には大切な者が呼ばれて辛い者もいるかもしれないが、最後まで聞くように。」
一拍置いて、12人の名が告げられる。
石神千空。
マグ=メヌエク。
栗花落カナヲ。
朝倉シン。
脹相。
黒死牟。
アンディ。
轟焦凍。
七海建人。
ドンキホーテ・ドフラミンゴ。
パワー。
北条時行。
「以上、12名だ。私も心底驚いているよ。同時に嬉しくもある。
この儀式が予想以上に順調に進んでいるということだからね。」
静かな声に、幾分か高揚感が混ざる。
だが、興奮状態でありながらも重要事項を忘れることは無い。
72
:
第一回放送(仮)
◆vV5.jnbCYw
:2022/12/04(日) 18:51:44 ID:iLNEgw2U
「次は禁止エリアの発表だ。まずはA-4、次にH-7、そしF-2だ。
この放送が終わってから1時間後、もう中に入れなくなるから、間違っても入らないように。
こちらとしても、そのような形で死んでくれるのは望ましくないからね。」
「そうだ、一つ言い忘れたことがあった。5人の参加者を殺め、25ポイントを溜めた者は、ルールを変更できるという話だがね。今の所それに値する者はいない。
とはいえ、言うまでもないがそれに近づいている者はいる。叶えてもらいたい願いや、気に食わないきまりがあるのなら、早くしたまえ。
では、健闘を祈ってるよ。」
始まりの間は、静寂を取り戻す。
しかし、それは一瞬だけ。
羂索の声とは異なる、笑い声と嗚咽の声が響いた。
暗い部屋の中、突如青い炎が灯り、笑い声の方が明らかになる。
「哀しいなあ、轟焦凍。こんなに早く薪になるなんてな。」
青い炎を纏った青年はクルクルと、不気味な踊りを舞う
ボンボンと、火の粉が散る。まるでこの邪悪な儀式を盛り立てるかのような舞いだ。
誰かを悲しんでいるようにはとても思えない。
「おや、燈矢。兄弟のことを気にかけてくれているのかい。」
「その名で呼ぶなっつってんだろイカレ縫い目。」
「なら、荼毘と言うべきかな。」
「勝手にしろ。」
羂索に対して悪態をつくも、どこか愉快そうだった。
何を隠そう、彼はこの殺し合いで死んだ漕凍の兄だ。
ただし呪われた血縁関係の兄だが。
彼は父に、家族にいなかったことにされてから、ずっと憎んでいた。どうすれば苦しむのか、考え続けた。
勿論、そんな怨嗟の気持ちは、兄弟が一人死んだくらいでは到底晴れない。
「轟炎司……お前はどんな顔するだろうなあ……。」
爛れた口元を歪に歪め、最も憎む父親の表情を思い浮かべる。
「俺がこんなふざけたゲームの協力者だって知ったら、どんな気持ちだろうなあ……」
興奮を発散するかのように、ステップを踏む。
壊れた悪がそこにいた。
「いくら父親のことが気になるからと言って、勝手に殺し合いの会場に出たりしないように。
それと君はそろそろ泣くのをやめたらどうだ。」
73
:
第一回放送(仮)
◆vV5.jnbCYw
:2022/12/04(日) 18:52:47 ID:iLNEgw2U
くちゃくちゃくちゃくちゃ
ずずずずずずずずずず
荼毘がいる方向とは別の方で、食べ物を咀嚼する音と、鼻をすする音が同時に聞こえる。
その音を聞くだけで、大半の者は食欲が減退してかなわないだろう。
「みんな、無事でよかったなあ!良かったなあ!!」
そこでは、黒い帽子と丸眼鏡をつけた白髪の男性が立っていた。
涙を流しながら、骨付き肉を食べている。
しかし、涙で濡れたその瞳は、不気味な光を放っていた。
「恐ろしいな、夜桜百。愛する家族をこの儀式に巻き込むとは。」
「大丈夫だ。凶一郎は、四怨は、六美は、生き残るよ。そして太陽。君も六美の婿として、この殺し合いで勝ち残ってくれるよ。
そしてその時は祝おう!家族の団欒を!!」
食べながら大声でしゃべったため、肉の欠片が羂索の顔面にへばりつく。
少し顔を顰めながらも、そんな夜桜家の父親相手に話をつづけた。
「どうなるやら。何にせよそこまで興奮してくれて嬉しいよ。わざわざ死滅回游をやめ、イチからこの儀式を始めただけある。」
「ならば零を生き返らせてくれるんだね?期待しているよ?」
「ああ、無事にこの儀式が終わり、私の目的が達成できれば誰でも生き返らせてやろう。」
荼毘こと、轟燈矢に夜桜百。
羂索とは異なる世界にいながら、卓越した呪いを心に秘める彼らは、この殺し合いの協力者として呼ばれた。
そしてその礼代わりに、特等席で殺し合いを楽しむ権利と、儀式が終われば願いを叶えてもらえる権利を得たのだ。
歓喜、狂喜、喜悦、驚喜。
様々な喜の感情が、そこに渦巻いていた。
死滅跳躍 残り 49人
74
:
第一回放送(仮)
◆vV5.jnbCYw
:2022/12/04(日) 18:53:35 ID:iLNEgw2U
投下終了しました。
75
:
◆vV5.jnbCYw
:2022/12/04(日) 20:17:35 ID:iLNEgw2U
すいません。
仮投下の最後に以下の文を付け足します。
協力者
荼毘@僕のヒーローアカデミア
夜桜百@夜桜さん家の大作戦
76
:
◆7XQw1Mr6P.
:2022/12/04(日) 21:37:41 ID:/s1drrKc
放送案を投下します
77
:
◆7XQw1Mr6P.
:2022/12/04(日) 21:39:24 ID:/s1drrKc
朝日が差し込む、静謐とした空気が満ちた雄英高校の放送室。
そこにはあろうことか死滅跳躍の主催者、羂索の姿があった。
「放送の時間だ」
羂索がハンドマイクに向かって語り掛けると、その声は会場中に響き渡った。
市街地。森林。豪華客船内。遊園地。
鬼ヶ島。湖上。那田蜘蛛山。果ては海上の彼方まで。
「もう一度だけ言おう、放送の時間だ。
この声は会場内のどこにいても聞こえるようにしている。
が、意識の無い者や放送を聞ける状況ではない者もいるかもしれない。
だがそのことについて、こちらは一切関知しないのでそのつもりで」
放送を聞いた者たちは気づいただろうか。
今聞こえているのは確かに夢に出てきた男の声だが、あの時とは声の質が変わっていることを。
あの嫌見たらしい笑顔で機嫌よく話していた開幕時とは違い、今の男の声はひどく不機嫌そうであることを。
まるで楽しみにしていたゲームを実際に遊び、操作が難しく思い通りに遊べないと癇癪を起した、聞き分けの悪い子供のようであることを……。
「まずは連絡事項からだ。脱落者のリストを読み上げる。
耳の穴かっぽじってよく聞いておくように。
朝倉シン
アンディ
石神千空
黒死牟
脹相
栗花落カナヲ
轟焦凍
ドンキホーテ・ドフラミンゴ
七海建人
パワー
北条時行
マグ=メヌエク―――……」
立て板に水とは、まさにこのことだった。
聞く者の都合を一切考えることも無く、息継ぎもせぬまま一気に捲し立てるように。
燃え尽きたロウソクの残骸を掃除でもするかのような無感動で、死者たちの名は読み上げられた。
淡々と述べられる死者の名に、羂索の感情は欠片ほども乗ってはいなかった。
自らが起こした殺戮劇のその結果に、男は微塵の感想も抱いてはいなかった。
「以上12名が、これまでの6時間に死亡した死滅跳躍の走者(プレイヤー)たちだ。
ちなみにこれは名前の五十音順であり、脱落した順番ではないことを明言しておく」
羂索は手元にあった死亡者の名簿を一瞥すると、無造作に丸めて放送室のゴミ箱に投げ捨てた。
「次に禁止エリアの発表だ。
遊園地の西側、【C-4】
鬼ヶ島北東部、【F-5】
診療所の南方、【H-6】
この三か所が、これより一時間後に禁止エリアとなる。
領域に足を踏み入れた者は一切の例外なく死亡するため、くれぐれも注意することだ。
……そしてルールの追加だが、ルールの追加を申請した者はいなかった。
よって今回、追加されるルールは無い。
以上で連絡事項は終わりだ。
ガッカリしたよ。ハッキリ言って期待ハズレだ」
羂索のため息が会場中に低く響く。
そして会場中の至る所から、困惑と憤怒が、【呪い】の感情が噴出した。
殺し合いを強要してきたこの外道は、一体何を言っている……?
78
:
◆7XQw1Mr6P.
:2022/12/04(日) 21:40:10 ID:/s1drrKc
「異なことを言ったと思ったかな?
だが私のほうこそ、この展開は異様だと思っている。
殺しを忌避しない強者諸君。いささか暴れ方に華が無いと言わざるを得ないな。
百獣の主よ、悪鬼どもの王よ。支配の体現者よ、狂乱の神よ。
君たちの力はその程度か? ならば言ってくれ。こちらの認識不足だ。非はこちらにある」
「もちろん私は、諸君らは皆が皆、殺し合いに積極的な性分ではないということは重々承知だ。
だがか弱き者たちを守るためには、多少の犠牲も厭わない覚悟を持つ者も多いと、私は知っている。
であれば、生存確率を高めるためのルール追加は急務だろう。
なぁ、伏黒恵、虎杖悠仁。君たちは死滅回游で何をしようとしていたか忘れたのか?」
参加者を非難する羂索の声色には、かつてない程の侮蔑が多分に含まれていた。
参加者たちが過ごしたこの6時間は、主催者にとってもさほど益のあるものでは無かったということか。
力がこもり、手のマイクが軋む音が会場に響いた。
それから少しの間を開け、長く息を吐いた羂索。
彼が再び口を開いた時、その声にはまた違った色がついていた。
「一つ、指針をあげようか。
先ほど発表した禁止エリアだが、それに関するルールの認定は柔軟に対応するつもりだ。
例として"ポイントを消費して禁止エリアを解除できる"ルールならば許可できると明言しておこう。
相場としては5ポイントで1エリア。一人の犠牲で安全圏を買えると思えば安い物だろう?
無論、次の放送で再度禁止エリアになる可能性はあるけどね」
先ほどまでの不機嫌さから一転、今度はこちらを諭すように優しい声色。
出来の悪い子を諭すような口ぶりで、"こうしてごらん?"と羂索は道を示す。
傍若無人。
この殺し合いの会場を遊戯の盤に例えた参加者は何人かいたが、羂索はまさにその盤面を好き勝手に動かす支配者気取りだった。
羂索に対し憤りばかりを覚えていた参加者たちも、その振舞いに、言葉に、薄ら寒いものを感じていた。
「次の6時間では、もう少し楽しませてくれたまえよ。
あぁ、最後に――――黙示録、【課題発表(クエストオープン)を許可】する。
この言葉の意味を君たちが知ることになるのはもうしばらく先だろうが、まぁ決して悪いことではないとだけ言っておこう。
……では、また6時間後に。
第一回放送、"雄英高校"放送室からお送りした。
フフフ。今から急いで来るのは勝手だが、私はあと1分程度でここを去るし、次の放送でここに来ることも無いがね」
会場に、戦慄と殺気が迸った。
主催が自分たちと同じ場にいると知った、放送を聞いた全ての者から放たれた、空間をひび割るような殺意の波動。
会場中からのそれを一身に受け、首筋に心地よい振動を感じながら、羂索はマイクのスイッチをオフにした。
「さて、さっさとここを去りたいところだが、"縛り"のリスクは甘んじて受けないとね」
羂索が振り返ると、放送室の一角に黒い"もや"がかかっていた。
"もや"は脈動するように形を変えながらも、霧散することなく漂っている。
「ジーナ、映画館の"不変"は解除したかい?」
羂索が"モヤ"に声をかければ、暗がりから一人の少女が顔を出した。
「手筈通り。上映室に出入りできるようにしておいたわ」
異様に大きなベレー帽と、背中まで伸ばした髪で風を切り、
ペタペタと素足の足音を立てる少女は両腕で何かを抱え込みながら、羂索に仕事達成の報告をした。
79
:
◆7XQw1Mr6P.
:2022/12/04(日) 21:40:45 ID:/s1drrKc
「よろしい。
……と言いたいところだが、不変の解除は一瞬のはずだ。
ジーナ=チェンバー。私が放送を行っている間、どこで何をしていたんだい?」
「……彼の遺体を確かめたかったのよ」
羂索の追求に、ジーナと呼ばれた少女はその胸に抱く物を見つめる。
それは、額にプレートが刺さった男性の生首だった。
「持ち帰ったのかい」
「彼の死体を晒し物にしたり、研究材料にしたりしない。それも条件の内だったはずよ」
「勿論だとも。献身的な協力者との約束を反故にしたりはしないさ」
「献身的……? 勘違いしないで。喜んで協力してるわけじゃない」
ジーナが羂索を鋭く睨む。
その敵意もどこ吹く風と、肩をすくめる羂索に、ジーナも視線を切る。
この怒りも殺意も、この男には届きやしない。
そう理解していても、この男に対する怒りも殺意も、決して変わることは無い。
それでも、彼女が羂索に従うのは。
「デッドちんは、約束通り私を変えてくれた。
それを無かったことみたいにしたアナタを、私は許さない。
でも、デッドちんを変えてあげられるなら……死なせてあげられるなら。
それだけの力をアナタが持つなら、私が変わる前に、アナタの言うことを聞いてあげてもいいって」
「わかっているさ。そして君もわかっているはずだ。
彼は約束を果たした。それに君は報いたい。
私は約束を果たした。ならば君は報いるべきだ」
「…………えぇ、わかってる」
「よろしい。では"縛り"も果たしたことだ。
戻るとしよう。黒霧」
「えぇ」
羂索が黒い"モヤ"―――控えていた黒霧に視線をやれば、黒霧はその体積を増大させ放送室を満たす。
そして次の瞬間には、羂索も、ジーナも、黒霧も、跡形もなく消えていた。
朝日が差し込む、静謐とした空気が満ちた雄英高校の放送室。
そこに残されたのは、ゴミ箱に捨てられた死亡者名簿だけだった。
【一日目 午前六時 第一回放送】
【残り49名】
【主催 羂索@呪術廻戦】
【防衛担当 ジーナ=チェンバー@アンデッドアンラック】
【輸送担当 黒霧@僕のヒーローアカデミア】
※"縛り"により羂索は放送から1分間、会場内にいる必要があります。
ただし放送に際して、専用の設備は必ずしも必要ではありません。
ハンドマイク一本あれば放送が可能です。
※黙示録からの課題(クエスト)が解禁されました。
※映画館の"不変"が解除されました。
※アンディの遺体が回収されました。
80
:
◆7XQw1Mr6P.
:2022/12/04(日) 21:42:08 ID:/s1drrKc
投下終了です
他の方の放送案とかなり違う方向性ですが、よろしくお願いします
81
:
◆7XQw1Mr6P.
:2023/01/01(日) 23:25:32 ID:eGOOmQIw
あけましておめでとうございます。
お年玉ってほどのものではありませんが、こちらで去年書いて没にしたssを投下させていただきます。
時系列的には、あの話題になったドフラミンゴの登場話の後になります。
また、しばらく登場話が書かれなかったトガの登場話として執筆していたものです。
ドンキホーテ・ドフラミンゴ
トガヒミコ
投下します。
82
:
よふかしのうた
◆7XQw1Mr6P.
:2023/01/01(日) 23:26:51 ID:eGOOmQIw
いかに世界で最も高貴な血筋であろうとも、思いのままに怒りと助けを叫び続け、考え無しに遊郭中を歩き回ったならば、肉体に疲労が溜まるのは自明の理。
ましてやそれが8歳の少年なのだから、殺し合い開始早々にドフラミンゴ少年の体力は尽きつつあった。
加えて今は深夜。健康な子供が日中に活動すれば、おのずと睡魔がやってくる頃合いだ。
どれだけ欲望のままに生きる者であろうとも、あるいは欲のままに生きるからこそ、子供の体力では眠気に抗える限界もある。
考え無しの移動だったとはいえ、それでも無意識に不衛生な環境を脱しようとしていた少年は花街の表通りにまで出てきていた。
マリージョアのかつての住居とは比べものにならないが、最初にいた切見世地帯よりはマシだ。
少年は適当な座敷に潜り込み、目についた布団の上で眠ることにした。
危機感の欠片も無く、少年はいびきをたてて眠りにつく。
室内の貧相な装飾も、寝具のお粗末な出来にも、もはや怒りや不満を抱けないほどの眠気だった。
激情による興奮を上回るほどの強烈な眠気
それはあるいは、何不自由なく生きてきた少年が異常な環境に一人放り込まれたが故の、一種の防衛機制だったのかもしれない。
・・・
「もしも〜し」
間延びした声とともに身体を揺すられ、ドフラミンゴ少年の意識が眠りから浮上する。
寝ぼけ眼をこすりながらそばを見やれば、そこには一人の女が座っていた。
若い女だった。少女と言ってもいい。
とはいえドフラミンゴ少年よりはかなり年上だ。
「こんなところで大きいいびきかいて寝てるなんて、あなたかなりの大物サンですね」
ドフラミンゴと同じ色の髪を、頭の両サイドで団子状にまとめている。
刃物で裂いたように切れ長の三白眼に見つめられ、寝起きの少年は一瞬ひるむ。
少女の人相が悪いというわけではない。むしろ可愛らしいといえる顔立ちである。
ただ、少女の眼差しの空虚な鋭さが、ドフラミンゴの心をざわつかせた。
とはいえ、世界で最も気位の高い一族の自尊心が、竦む心を立ち直らせる。
「な、何者だえ! 下々民がおれの眠りを妨げるとは、いったいどういうつもりだえ!」
「しもじ……? 誰のことです?」
「お前のことだえ! 見るからに貧乏で不潔そうな格好をしているえ!」
「ヒドイなぁ……確かにリアルな家なき子やってますし、貧乏ってのは正しいかもですケド。
その前に綺麗好きな女の子やってるんで、身だしなみには気を付けてるんですケド」
少女の三白眼が細くなる。
だがもうドフラミンゴ少年はひるまない。
おれは天竜人、世界の頂点に立つ一族だ。こんな女一人、何を恐れる必要がある
「汚らわしい手でおれの身体に触れるとは、どうなるかわかっているのかえ!」
「どうなるんです?」
「殺してやるえ! いや、まず奴隷にして百回鞭で打って、百本の矢を射かけさせるえ!
それから、馬に繋いで屋敷の庭を百周引きずり回してやるえ!
ズタボロになった後でライオンの餌にしてやるえ!」
「……残酷趣味ですね。グロ!」
少女は顔をしかめて見せた後、すぐに薄い微笑みの表情に戻った。
言葉遣いこそ敬語ではあるものの、その態度は年下に対するただの丁寧語でしかない。
ドフラミンゴに対する敬意も畏れも、この女は抱いてはいなかった。
実際、少年がどれだけ望もうと、今の彼にそれを実現させるだけの力が無いことは明白である。
仮に破壊的な"能力"の行使を仄めかしたならば、話は別であったのだが。
「それより、聞きたいことがあるんですけど」
「それより!?」
「ステ様に会わなかった? 名簿に名前があるから、どこかにいると思うんですけど」
少女はデイバッグから取り出した名簿を見せ、一つの名前を指さす。
眼前に掲げられた『ステイン』という文字列と、その横の少女の顔をしっかりと見比べ、ドフラミンゴ少年は拳を振るった。
「おっと」
「そんなやつ知るか! おれは偉いのに、なんでお前なんかの人探しを手伝わなきゃいけないんだえ!!」
ドフラミンゴ少年は少女に殴りかかるが、少女は余裕をもって避けていく。
少女と言えど、少年に比べて身体付きは大人のそれに近い。
文字通り大人と子供の体格差。加えて少年に武の心得などない。
精々が、逃げ回る奴隷を狩る遊びで多少銃の扱いが出来る程度だ。
するすると少年の攻撃を避けながら、少女はポツリと独り言をこぼす。
「怒鳴ってばかり、不満ばかり。あなたも、生きにくそうだねェ」
「知るか! おまえ、さっきからおれに気安く話しかけすぎだえ!」
「生きやすい世界になったらいいのになって思わない?」
少年の怒声も、少女はまるで意に介さない。
年齢に見合わない残虐性と選民思想の過激さには多少驚きこそあるものの。
目の前の小さな独裁者に対して抱くのは、むしろ共感の部分が大きかった。
「……今は、ものすごく生きにくい! あの縫い目頭と、お前のせいだ!
おれは、世界貴族だ。この世界はおれたち天竜人のためにあるんだぞ!
この世界は、おれたちが生きやすい世界じゃなきゃいけないんだぞ!」
空振りする攻撃にしびれをきらし、少年は叫んだ。
不満を、怒りを、思いの丈を、思いのままに。
少年が振るった拳も蹴りも、一つとして少女に届くことは無かった。
だが最後に、少年の一番の感情の発露を、少女は確かに受け止めた。
83
:
よふかしのうた
◆7XQw1Mr6P.
:2023/01/01(日) 23:27:26 ID:eGOOmQIw
「ですよね」
少女は、静かに微笑んだ。
さっきまでの薄ら笑いとは違う、少年に対する心からの笑顔(スマイル)だった。
打てど響かず、怒鳴れど届かず。
権力に怯まず気安い態度を取り続けていた少女が、初めて自分の言葉に同意した。
その事実に、寝覚めから一気に激情に身を委ねていたドフラミンゴが困惑する。
「ま、ステ様を知らないならいいです。それじゃ」
「えっ」
唐突に会話を切り上げ、少女はさっさと部屋を出ていった。
結局一度も標的にぶつけられないままだった拳を握ったまま、ドフラミンゴ少年は一人立ち尽くす。
さっきまで少女がいたのがウソのように、部屋の中は静かになっていた。
・・・
「ステ様とぉ、あ・い・たーい。
ステ様にぃ、な・り・たーい。
ステ様をぉ、こっろ・したーい……」
歌、というほどのものでもないが、少女の口から零れる言葉には微かなメロディがあった。
機嫌よく、リズムよく、遊郭を出た少女は一路、人が集まりそうな会場の中心方向へ向けて夜の道を往く。
「ステ様に、会えたら、そのあとは……」
ふと振り返ると、遊郭で会った少年が走ってきていた。
夜だというのに、子供のくせにサングラスなんかかけちゃって。
こちらを見下す態度といい、サディストぶりといい、とんだマセガキだ。
「お、おま、おまえっ! おれを、置いていくなぁ!」
でも、こんな小さな子供も生きづらさを抱えて生きているのだ。
―――この世界は、おれたちが生きやすい世界じゃなきゃいけないんだぞ!
「まったくもって、その通りですね……」
どうして自由に生きられないのか。
どうして排斥され、抑圧され、不自由に甘んじなければならないのか。
柄にもなくたくさん考えている。
でも考えることは苦痛じゃない。
この殺し合いの場は、抑圧された世界を壊してくれる。
閉ざされた視界が開けるように、少女――トガヒミコの瞳は闇の中で輝いていた。
夜も遅いが、ねむるには眼が冴えすぎている。
息苦しくてスリリングな殺し合いの夜。
憧れの人を探し、起きたまま夢見る理想の世界。
少女が口ずさむ、よふかしのうた。
【G-8/1日目・未明】
【ドンキホーテ・ドフラミンゴ@ONE PIECE】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜2(確認済み)、ベガパンクの失敗作の人造悪魔の実@ONE PIECE
[思考・状況]
基本方針:あいつ(羂索)をドレイにしてこの俺をこんな目に合わせた罰を与えてやるえ
1.この女(トガ)、おれを置いていくのは許さないえ
2.ムカつくやつは殺すえ
3.新しいドレイが欲しいえ
4.こいつ(人造悪魔の実)はドレイに食べさせようかえ
5.きっと父上が海軍大将を呼んでくれてるえ
[備考]
※子供時代、父に連れられてマリージョアから下界に引っ越して来たばかりの頃から参戦です。
【トガヒミコ@僕のヒーローアカデミア】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1〜3(確認済み)
[思考・状況]
基本方針:生きやすい世界にしたい
1.ステ様を探す!
2.生きづらさを抱える少年(ドフラミンゴ)にちょっとシンパシー
3.ドフラミンゴがついてくるのは気にしないが、別に護ったりする気はない
[備考]
※参戦時期は敵連合と合流する前です。
84
:
◆7XQw1Mr6P.
:2023/01/01(日) 23:30:16 ID:eGOOmQIw
以上で投下終了です。
短かい登場話ですが、これを思いついて書き上げる前にトガの登場話が投下されたため、あえなく没になった作品になります。
せっかく没ssのページがWikiに作成されたので、よければそちらに加えていただきWikiの彩りの一助にしていただけたらと思います。
それでは、今年もよろしくお願いいたします。
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