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投下スレ

1管理人★:2021/12/31(金) 12:41:30 ID:???
SSを投下するためのスレです。
不安がある作品の仮投下、修正後作品の投下などにお使いください。

2 ◆2dNHP51a3Y:2022/01/08(土) 10:06:11 ID:PyAcDQvU
一旦こちらに仮投下します。
他の人の了承が出次第本投下させてもらいます。

3桜と花 ◆2dNHP51a3Y:2022/01/08(土) 10:06:46 ID:PyAcDQvU
「ありがとうね、六美さん。こんな暗い森の中じゃ何処が何処だ分からなくて。」
「いえ。私も見知った土地じゃなかったら、すずさんと同じく迷っていたと思います。」

エリアG-7。夜桜邸の近くにある森の中。
夜天の空、星と月の輝きに、照らされた大きな桜の木がそこにあった。
月明かりに照らされた桜の花びらが、風に吹かれてその一欠片が飛び散っていく。
夜桜家の神木「天桜」。ただしこの場にて再現されたのはガワであり、その中までは再現されてはいない。
そんな桜の木の近く、同じく月光に照らされた二人の少女の姿がそこにあった。

一人は青いロングヘアを靡かせる少女。まるでメッシュのように変色した一房の髪が夜空の下でもよく目立つ。
場所とは兎も角、ここを含めたこの殺し合いという状況において特段落ち着いているようにも見受けられる。
事実、この少女にとって殺し殺されという世界は日常茶飯事であり、かつては誘拐先で心臓を取り出されそうなこともあったのだ。
この少女の名前は夜桜六美。スパイ一家こと夜桜家10代目当主。超常の力を持つ人間を生まれ落としてきた夜桜家でその力を持たず、その代わりとして確実に超常の力を持つ者を産み落とす事を確約された存在。

もう一人は黒いボブカットと六美と比べて特徴的な部分が無い用には見えるが、これでも彼女は日常と非日常の境に居る者。常人より桁外れた生命力を持ち合わせ、人で在りながら妖(あやかし)を呼び寄せる者。
「妖巫女(あやかしみこ)」花奏すず。

二人の出会いは時間を少し遡る。
永遠とも思える暗闇から花奏すずが目を覚ましたのは夜桜邸近くの森の中の、桜の刻印が刻まれた墓石の隣。条件反射で慌て、少し経って落ち着いてから誰か分からないその墓に向かって合掌。
これにより突きつけられた殺し合いという現実で多少は動転しかけた心情も落ち着いたのは結果としてだろう。
花奏すずが主催者の発言を思い出し、名簿を確認したのはその後、見知った名前は3つ。

大切な幼馴染である風巻祭里。紆余曲折あって女子の身体となってしまったため、なんとか男の体に戻そうと奮闘中

祭里の幼馴染で忍具制作専門の香炉木恋緒。すずにとって、別の意味で要注意とするべき人物。

そして、本来の妖巫女である比良坂命依の負の感情から生まれ落ちた人を憎み滅ぼそうとする人妖(オモカゲ)ことカゲメイ。「妖巫女」花奏すずとして、止めなければならない相手。

次に行ったのは支給品を確認。運良く文房具屋とかでよく売られている折り紙一式が入っていた。
妖巫女には折り紙に魄を込めてそれを操る「折神」という力があり、それを活用できる折り紙一式があったのは僥倖であった。
残る2つの、そのうちの一つは「早川アキの髪の毛」と説明があった紐で括られた頭髪の束、色々と言いたいことはあったが後で元の持ち主に返したほうが良いのかなと思って一旦仕舞うことにした。
最後の一つを確認しようとした境に遭遇したのが夜桜六美。当初こそ疑いの目を向けられていたものの、唐突に腹の音を鳴らしたすずの胃がきっかけとなって六美の方が毒気が抜けてしまったのだ。
その後軽く自己紹介及びお互い話せる範囲の説明を行った後、二人は森を抜け桜の木の前へ辿り着いて今に至る。

4桜と花 ◆2dNHP51a3Y:2022/01/08(土) 10:07:17 ID:PyAcDQvU
○ ○ ○


「……綺麗な、桜ですね。」
「家のご神木なの、この桜の木。」

道中にて小腹を満たす為、六美から貰ったハート型のメロンパンを摘みながら、花奏すずは眼前に映る桜の木に見とれ、足を止めていた。
見事に咲き誇る一本桜、夜桜家のご神木という肩書に偽り無く、夜天の下でも燦然と輝いて見える。

「……なんか、こういうの見ちゃうとここが殺し合いだって事、忘れちゃいそうで。」
「初めて見る分には分からなくないけれど、気は抜いちゃダメ。すずさんにいきなりそういう事言っても簡単には慣れれないとは思うけど……。」
「いえ、気にしないでください。……まあ少し気抜けしていたのは事実なんだけど、うん。」

六美視点からして花奏すずは一般人の範疇だ。六美自身は何の戦える力も無いけれど、こうやって最低限気配りぐらいで緊張を解そうとは思っていた。
実際すずは妖巫女として少々は修羅場慣れこそしているものの、明確な殺し合いの舞台に巻き込まれたのは初めてだ。

「……本当は、ちょっと怖いんです。」

命が消えていく感覚は慣れないものだ。すずはその点に於いては妖で多少は経験しているとは言え。
いや、彼女にとっては、自分の命以上に祭里が死んでしまうというのが恐ろしくてたまらなかった。

「もしかしたら、大切な人が……祭里が、どこか遠くへ、いなくなっちゃうんじゃないかって。」

小さな恐怖の内に溢れたすずの本音であった。花奏すずも、夜桜六美もどちらも情報交換の際にお互いの深い所まで踏み込まれていない。どちらも、こちらの事情に深入りさせたくないという気遣いから。

「前にね、祭里が、死にかけてさ、その時。わたし、頭が真っ白になっちゃって………」

人妖・日喰想介との1件。同じ妖を食べ物としか見れなかった可哀想な妖。
風巻祭里はその人妖との戦いの最中、魄を食われてしまった。感覚の目にて魄を食われた祭里の姿を見てしまい、彼が死んだと思いこんで一時期絶望の虚無に包まれた。
結末だけ言えば実は祭里は生きていて日喰は倒されたのだが、それでもあの時の怖さを、喪失の怖さを忘れたわけではない。シロガネが助けてくれなければどうなっていたか。

守られたから、自分も彼を守りたい。
守られてばかりじゃなくて、自分も大切な人たちを守りたい。

「………ごめんなさい。ちょっと暗くなっちゃった。こんな綺麗な桜の前なのに、えへへっ。」

多少から元気ながらも、自分を元気づける為も含めてすずは軽く六美に笑い掛ける。六美からすればそれが取り繕いなのは丸わかりだと言うのに

「……仕方のないことですよ。私だって、不安なんです。」

そんなすずな対し、自らの薬指を見つめて少しばかりの本音を六美は漏れさせていた

「六美さん?」
「……私も、ここに連れてこられる前に色々あって。」

そう呟く六美の表情には、責任にも似た、決意の色が浮かんでいた。
かつて秘密結社タンポポの葉桜部隊の襲撃のおり、窮地に立たされた状況下。謎の攻撃で重症を負った六美の婿、朝野太陽を救うために自らの血――夜桜の血を彼に与えた。彼の苦しみも全部受け止めるという覚悟の上で。
その決断の結果、朝野太陽は夜桜の血に連なる超常の力を手に入れ、死の寸前からその力を開花させたのだ。その道筋が己が父によって仕向けられた筋書き通りだとしても。
夜桜六美の覚悟は大樹の根っこよりも硬い。もし家の秘密を守りきれなくなった時に、全てを消し去る覚悟を持ち合わせるほどに。もしその時が来ても、太陽や皆と過ごした時間は消えたいしないから、と。

「勿論、すずさんみたいに不安になったり、怖くなる時もあるけれど。それでも私は信じてるの、太陽の事。」

5桜と花 ◆2dNHP51a3Y:2022/01/08(土) 10:09:08 ID:PyAcDQvU
コバルトブルーの瞳に夜空の星が映り込んでキラリと光が反射する。今は夜。陽が登るには未だ遠く。
夜明け前こそ最も暗く闇が深く、光の届かぬ奥底。屋敷の奥で光当てられる事無く終えるはずだった蒼桜は、優しく温かい陽の光に連れ出され一歩を踏み出せた。幾多の困難を乗り越えて、その桜は太陽と結ばれた。

「だから。私に出来ることは信じる事、そのために、死なないために自分なりに頑張ること、ぐらいかな。」
「……六美さん。」

その六美の言葉とその瞳に、花奏すずは彼女の名を呟くしか無かった。
花奏すずは夜桜六美の、「夜桜」の家の意味を知らない。恐らくその真実の裏に、人を害する妖とは別種の脅威、人の悪意と欲望と願いが塗れた余りにも残酷な血桜景色が垣間見えるだろう。
すずは気付いていないが、六美は本来あるべきものが存在しない自らの薬指を見つめている。電磁波の共鳴を以て太陽と六美を結びつける結婚指輪は今この手には存在しない、それでも夫婦の契りの絆に偽りも欠けも無く。

「私が太陽のことを信じるように、太陽も私のことを信じてるから。私は、太陽にとっての「あたりまえ」の、帰る場所。だから、太陽の元からいなくなったりはしない。」

最愛の夫に対する、絶対的な信頼が、そこに在った。
揺るぎなく、折れること無く咲き誇る桜の木の如き心がそこに在った。

「羨ましい、なぁ。」

思わず、花奏すずはその硬い絆に言葉を漏らした。
彼女も彼女で幼馴染への、風巻祭里への思いは誰にも負けないと自負出来る。実際、祭里にサンオイルを塗りたいという願望だけで日でり神の熱波を堪えたりしている。
だけど六美と、その太陽という人物を繋ぐ絆の糸は違う。そこに行き着くまでの道程が違いすぎる、乗り越えてきた困難の質が違いすぎる。苦労や積み重ねという点で言うべきなら、敵いっこない。
恐らく彼女はその大切な彼を時には支え、時には自分も支えられの関係だ。

(……私は)

あの袈裟姿の、この殺し合いを開いた謎めいた男の言葉、魄に直接響き渡ったそれはこの場にいるすべての参加者にそれが『事実である』ということ刻み付けた。
花奏すずは妖巫女故に、魄に直接言葉が刻み付けられる感覚を他以上に実感出来た、これが余りにも残酷な現実であることも。
最初は祭里を男に戻す手段の為、祭里が女になった元凶であり今現在力を失っているシロガネの力を取り戻すため、祭里に守られるばかりではなく自分も祭里を守るために、妖巫女の力を高めていった。
その程度だった、その程度の軽い非日常は崩れ去った。今花奏すずが居る現実は、最悪の存在によって齎せた残酷な舞台の上である。
一人殺すごとに5ポイント。だが、花奏すずにとって誰かの命なんてたった5ポイントなんていう五文字の軽い言葉で片付けられるはずもない。人も妖もその生命は、彼女にとっては平等で、尊いものであるから。

「……すぅ……はぁ……」
「すずさん?」

突然の深呼吸。大きく息を吸って、ゆっくり吐いて。
食べかけのハートメロンパンの残りを口の中に放り込んで。

「六美さん、私、我儘言ってもいいですか?」
「我儘?」
「はい。ただの我儘で、無茶無謀だって分かってます。でも、私は誰かの命を踏み躙って生き残るなんて嫌だし、だからといって死ぬのも嫌。それに、止めないと行けない人も、今すぐにでも会いたい人が、守りたい人がいるから。」

血腥い世界をあまり知らぬ少女の願いだ。殺し殺されの舞台でそんな理想が通じる訳がない。
だが、それでも。殺すという選択肢を選んでしまって、後戻りできなくなるのは嫌だから。
祭里には何かしら言われそうだし、彼もそんな選択肢を選んでしまう可能性だってあると理解しながら。

「――私は誰も、殺したくない。……出来れば、だけれど。」

花奏すずが望んだのは、誰かを傷付ける力でなく、誰かを、祭里を守れる力。
妖巫女の過去に何があったかなんてわからないけれど。比良坂命依の転生体としてでなく、妖巫女として、ただの花奏すずとしてここに居るからこそ。

6桜と花 ◆2dNHP51a3Y:2022/01/08(土) 10:10:42 ID:PyAcDQvU
「……その選択は。」

六美が口を開く。夜桜六美は世界は余りにも残酷であることを知っている。
そんな世界で、そんな理想事を貫き通すなど余りにも難しい。
恐らくこの間にも誰かの血が流れて、誰かの命が消えて無くなっていく。
硬い意志だけでなんとか出来る現実ではなく。

「だから、出来ればって、弱音吐いちゃった。あはは……。」

そう、弱々しくもすずは笑っていた。
当たり前だ。だけどその優しい覚悟と決意を持ち合わせることもまた大切なのだ。

「でも、私なりに頑張るつもりだよ。今は六美さんを守れるぐらいには。」
「………」

その微笑みは、「それでも」という意志の表れにも感じた。
ふと、太陽が自分と結婚して間もない頃、自分を守れる力を身に着ける為に夜桜家の屋敷で訓練していた頃を思い出しながら。

「……そう言ってくれるのは嬉しいけれど、自分を守る事も忘れないで。あなたを待っている人の為にも。」
「言われなくても、分かってます。」

その言葉の裏で、夜桜六美は願う。住む世界は違えど、大切な人への思いは同じであり。
願わくば、無事再開出来るようにと、夜の桜に望むのだ。

(でも、そう簡単にはいかなさそう。)

名簿にあった、皮下真の名前。夜桜家と因縁の在るタンポポの構成員。
母の死体を使い、種まき計画なる狂気の沙汰による歪んだ世界平和を成そうとした怪物。太陽たちの手で計画を阻止され逮捕されたその男が何故ここに居るかは分からない。

だが、四怨姉もいる、物凄くやらかしそうで心配だけど凶一郎さんも居る。
―――そして何より、太陽が居る。

(無事でいてね、みんな。)

家族がいるから、夜桜六美は震えてなんていられない。
殺し合いに屈する気など無い、夜桜はこのようなことでは散るわけにはいかないのだ。



【一日目/深夜/G-7/夜桜家ご神木「天桜」前】
【花奏すず@あやかしトライアングル】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式。ランダム支給品1、折り紙一式@現実、早川アキの髪の毛@チェンソーマン
[思考]
基本:出来れば、誰も殺したくない。
1:今は出来ることをする、六美さんを守る。
2:出来れば早く祭里に会いたい。
3:カゲメイは必ず止めないと
4:六美さんとその太陽さんって人の関係が羨ましい。
5:これ(早川アキの髪の毛)、元の持ち主に返したほうが良いのかな……?
[備考]
※参戦時期は7巻以降。
※夜桜六美と情報を共有をしました。ただし妖巫女等の情報は喋ってはいません。

【夜桜六美@夜桜さんちの大作戦】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品2
[思考]
基本:皆が居るのに、こんな趣味の悪い事に屈したりなんてしない。
1:早く太陽に会いたい、太陽が心配。
2:凶一郎お兄ちゃん、何かしらやらかしてなければいいんだけど……
3:皮下真には最大限の警戒。
[備考]
※参戦時期は最低でも10巻、夜桜戦線終了後から。
※花奏すずと情報を共有をしました。ただし夜桜家の秘密等は喋ってはいません。




『支給品紹介』
【折り紙一式@現実】
花奏すずに支給。文房具屋とかでよく売ってる色折り紙の束。

【早川アキの髪の毛@チェンソーマン】
花奏すずに支給。特異4課所属のデビルハンター早川アキの髪の毛の一部を束にしたもの。
宅飲みした姫野が酔った拍子で切り取ってしまい、責任を持って姫野が家宝にした。

【ハートメロンパン@夜桜さんちの大作戦】
夜桜六美に支給。学園の購買にて恋愛成就の宣伝文句で販売されているハート型のメロンパン。

7 ◆2dNHP51a3Y:2022/01/08(土) 10:20:12 ID:PyAcDQvU
仮投下終了します

8 ◆.EKyuDaHEo:2022/01/20(木) 19:12:04 ID:vw9zWg22
一旦こちらに投下します
初のバトル話というのもありちゃんと描写できてないところやおかしいところもあるかもしれませんがご了承ください
他の人の了承が出次第投下します

9上弦の力・一級呪術師の力 ◆.EKyuDaHEo:2022/01/20(木) 19:12:39 ID:vw9zWg22
「厄介な事になったな…」

ここはエリアA-4、河原と林の間に挟まれ身長がでかくまるでゴリラのようにがたいの良い男…東堂葵は頭を掻きながら溜め息を吐いた
唐突に見知らぬ場所におり、そこで現れた男…そしてその男からいきなり殺し合いに参加してもらうと言われた…その後にも一人殺したら5ポイント、25ポイント貯まればルール追加、50ポイント貯まれば脱出でき願い事も叶うと説明があった…

「全く…悪趣味な事考えやがる…」

しかしいくら全部が真実だとしても東堂はこの殺し合いに乗る気はなかった、それこそ罪なき参加者を殺そうとするなんて呪霊と同じことだ

(奴から呪力が感じられていたが…分かったことは恐らく呪霊側の人物だということだけだな…)

東堂が言う奴というのは主催の男、羂索のことだろう
羂索からは呪力が感じられていたし『呪術』や『結界』という言葉を使っていた
東堂達の世界には呪術も結界も存在する…だが羂索が呪霊側の人物ということだけで何者かは分からなかった

「とりあえず名簿を見てみるか、ブラザーが巻き込まれている可能性があるからな」

そう言い東堂は名簿を開いた、東堂が言ったブラザーというのは虎杖悠二の事である
虎杖は東堂の京都校呪術専門高等学校と姉妹校である東京校呪術専門高等学校の一年生であり、交流会の時に偶然女の好み(タイプ)が一致し親友(ベストフレンド)になり今は超親友(ブラザー)と呼べる程の仲になっている(最初は東堂の積極的な態度で半ば強制的な感じであったが)
彼もこの殺し合いに連れてこられている可能性があると思い東堂は名簿を開く

「…やはりブラザーも来ていたか…他はブラザーの友達の伏黒にMr.七海…か」

虎杖も巻き込まれていることに再び溜め息を吐く東堂、他には虎杖の友達である伏黒と自分達と同じ呪術師である七海の名前が載っていた

(この下にある禪院直哉と伏黒甚爾は恐らく真依と伏黒の親族か…)

東堂は自分達の下の方にある『禪院直哉』と『伏黒甚爾』の名前に目が止まった、あまり話に聞いてなかったが恐らく親族だろうと東堂は思った

「乙骨や他の奴らはいない…か」

東堂は虎杖のもう一人の友達である釘崎、東京校2年の乙骨達に自分と同じ京都校の真依達がいないことも確認し名簿を閉じた

(にしても…奴は一体何が目的なんだ…?全くもって分からんな…)

参加者である自分達にいきなり殺し合いをさせることに東堂は理解できなかった、ましてや呪術師同士が争うなんてことは確実にないと言っても過言だろう…

10上弦の力・一級呪術師の力 ◆.EKyuDaHEo:2022/01/20(木) 19:13:12 ID:vw9zWg22
「考えるのは後回しだ、とりあえずブラザー達を探しに行くとするか…」

そう言い東堂は歩きだした…その時…

「!!」

───ズドォォォン!!───

背後から異様な気配を感じとった東堂はすぐさま避ける…するとさっきまで自分がいた場所に『何か』が飛んできた…いや…正しく言うと『何者か』が飛んできた…やがて煙が晴れそこにいたのは死人の様な肌の色に紅梅色の短髪、どこか幼さも残る中性的な顔立ち、細身ながらも筋肉質な体格の若者といった外見であり、顔を含めた全身に藍色の線状の文様が入っており、足と手の指は同じ色で染まっていて、爪に至っては全て髪と同じ色である、そして右目には『上弦』、左目には『参』の文字が刻まれていた男が立っていた…

「ほう…俺からの突然の奇襲をかわせるとはな…さてはお前、強いな?」
「…だったら何だ?俺に何か用か?」

突然やってきた男に対し東堂は何か用かと聞くが猗窩座は構わず続ける

「見るからに参加者みたいだな…お前、名前は何だ?」
「…京都3年、東堂葵…自己紹介終わり」
「そうか、俺はお前と同じ参加者の猗窩座だ…なぁ葵「ちょっと待て」…は?」

猗窩座が話そうとしていると東堂が横から遮った

「何だいきなり、俺がまだ話している途中だが」
「今から聞く質問に答えてもらう、その返答によっては話を聞く」
「…いいだろう、で、何の質問だ?」

すると東堂が先程よりも声量をでかくして言った





「どんな女が好み(タイプ)だ!」





「…は?」
「ちなみに俺は身長と尻がデカイ女がタイプだ!」
(何を言ってるんだこいつは…?脳ミソが頭に入ってないのか?)

再び二度目の困惑。
人の話を遮っておいてしてきた質問に猗窩座はふざけているのか?と思わざるをえなかった

「女の好み(タイプ)だと?…何故そんなことを聞く…」
「気にするな、ただの品定めだ」
「…どんな質問をしてくるかと思えば…くだらない、悪いが俺には好み(タイプ)などない、俺は戦いにしか興味がないからな」
「…そうか…」

猗窩座はキッパリとそう答えた、すると東堂は自分のデイバックと学ランを木の方へ投げると…

11上弦の力・一級呪術師の力 ◆.EKyuDaHEo:2022/01/20(木) 19:13:44 ID:vw9zWg22



「退屈だな、お前は」



「!!」

東堂は人並み外れた速度で猗窩座の目の前に近づいた、そして拳を叩き込んだ…猗窩座は咄嗟に防いだのもあり吹き飛ばされることはなかった

(なんだ…今の奴のスピードは…それに奴のあの拳…なるほど…奴は柱やその連中とは違い、肉弾戦が得意みたいだな…)

猗窩座は今の東堂の動きをみて推測していた、しかしそれは東堂も一緒だった

(奴から呪力は感じられない…だが、奴から異様な気配を感じる…明らかに普通じゃないな…一体何者だ…?)

東堂は猗窩座から異様な気配を感じていた、今は殺し合いの場であるが東堂はもちろん殺し合いには乗らない、もし相手が普通の人間であればお前には興味ないといって去るだろう
しかし猗窩座から感じとった気配ゆえの行動だった
お互いが推測する中、先に口を開いたのは猗窩座だった…猗窩座も東堂と同様にデイバックを投げ話しかける

「素晴らしい拳だ、葵…そんなお前に素晴らしい提案をしよう…なぁ、お前も鬼にならないか?」
「…何?」
「鬼になれば老いることも死ぬこともない…お前も鬼になれば今の若さのまま、そして今の強さのままずっと生きることができる…どうだ?」
「…断る」

東堂は再び近づき拳を放つ…しかし…

「何故だ葵…」

しかしその拳は止められてしまった

「…お前はどうやら呪霊じゃないようだから分からないかもしれない、そして逆に言えば俺からしたらお前が言う鬼というのもよく分からない、だが一つだけ言えることがある、鬼になるというのは俺からしたら『呪い』になるようなものだ」
「…そうか」

すると猗窩座が蹴りを入れようとするが、東堂はギリギリそれを避け後ろに下がる

「確かにお前が言う『呪い』というのは俺からしたら分からないが…つまり鬼になるのが嫌、ということか?」
「あぁ、そうだ」
「そうか…鬼にならないのなら…」

この時東堂は感じた…猗窩座から溢れでている…殺気を!

「殺す!!!」
「!!」

目の前に近づき瞬時に放たれた拳は先程放たれた蹴りとは比べものにならないぐらい強烈だった、東堂は咄嗟に防いだがそれでも腕に痺れが生じる程の攻撃だった

12上弦の力・一級呪術師の力 ◆.EKyuDaHEo:2022/01/20(木) 19:14:18 ID:vw9zWg22
(こいつの攻撃…やはり生半可な威力じゃないな…!だが!)

「ふんっ!!」
「がっ!?」

(こんなことでやられる俺じゃない!!)

だが東堂も負けじと防ぎやり返す!顔を殴り飛ばした猗窩座にさらに追い討ちを掛けようと拳を猗窩座の腹に叩き込む!

「ぬぅん!!」
「ぐはっ…!!」

さらに猗窩座は吹っ飛ばされる…だが…

「いい!実にいいぞ葵!もっと!この俺を!!楽しませてみろ!!!」
「ぐっ…!」

受け身をとり近くの木を蹴って一気に東堂に連撃を放った

(俺の拳を受けてもびくともしないか…特級並に厄介だな…!)

自分が放った拳を受けてもびくともしない猗窩座は特級並に厄介だと東堂は思った
猗窩座は鬼であるが呪霊ではない、そして尚且つ日輪刀で斬られてないのもあり東堂の攻撃は痛手ではなかった
だからといって黙っている東堂ではない

「やるな…だが!」
「!?」

猗窩座の攻撃を受けたもののすぐさま後ろに回り込み、そして…

「ぬぅぅぅん!!!」
「がはっ……!!」

猗窩座を掴みバックドロップを決めた
東堂は非術師の家系でありながら在学中に一級に昇格している
そして一級呪霊以下であれば呪力操作と体術のみで祓除でき、呪霊の一番上位である特級呪霊をも打ち倒したことがある
そんな彼も猗窩座に負けない実力を持っている
東堂は数歩下がり、猗窩座もバックドロップを喰らいながらも起き上がる

「素晴らしい!実に楽しい戦いだ!」
「…中々しぶといな」
「さっきも言った通り俺は鬼だ、鬼になればどれだけ傷を負おうと再生できる、これが鬼の良いところの一つだ、そして俺はお前と戦うのがまさに楽しいのだ、鬼になれば俺と一生戦うことができる、お前も鬼になるんだ、葵」
「…確かに戦いというのは良いかもしれない、だがそれは俺が認めた相手の場合だ、お前はとことんつまらん奴だ」
「何?…俺がつまらない…だと…?」
「そうだ、いいか?性癖にはソイツの全てが反映される、女の趣味がつまらん奴はソイツ自身もつまらん、俺はつまらん男が嫌いだ、そしてお前はさっきの俺の質問をくだらないと言ったな?だがな…女のことをくだらないと言ってるやつが一番つまらないんだよ…つまり俺はお前が嫌いだ、いくらお前が何度も誘ってこようとつまらん奴の指図は受けつけない」

東堂は猗窩座にそうキッパリと言い放った、その言葉に猗窩座は…

13上弦の力・一級呪術師の力 ◆.EKyuDaHEo:2022/01/20(木) 19:14:50 ID:vw9zWg22
「そうか…断固として鬼にならないのか…なら…本気で殺しにいかせてもらう!」

そう言い放ち、構えた

──破壊殺・羅針──

そう言うと猗窩座は足元に雪の結晶の陣を出現させた…

(奴の気配が変わった…)

東堂は猗窩座の気配の変化を感じとり警戒しながらも瞬時に後ろに回り蹴りを入れ─────


──破壊殺・脚式 冠先割──


「ぐっ!?」

しかし、血気術を使った猗窩座には東堂の動きが読めており東堂が蹴りを入れる前に攻撃の態勢に入っていた猗窩座の攻撃を逆に喰らってしまう

「これが俺の血気術の効果だ、残念だが今の俺にはお前の動きは全て見えているぞ」
「…全く、厄介だなその血気術というのは…」
「まだまだ!!」


──破壊殺・乱式──


「ぬぐぅっ!?」

そして次に放たれた血気術、破壊殺・乱式を喰らってしまい東堂は吹き飛ばされてしまった

「…立て、まだお前の闘気は溢れている、まだ戦えるだろう」
「……女の趣味は悪いのに中々やるじゃないか…まさかここまでやるとはな…」
「当たり前だ、俺は鬼になってからずっと戦いに明け暮れていたんだ、女のことばかり考えているお前とは違う」
「言ってくれるじゃないか、なら…俺も本気でいかせてもらう」
「何?お前もまだ本気を出していなかったのか?ハハハ!いいだろう!見せてみろ!お前の本気を!そしてこの俺を存分に楽しませてみろ!」
「そうか…なら…俺の不義遊戯(じゅつしき)を解禁する!」

そう言い放ち東堂は近くの石を拾い、猗窩座の方に向かって投げた

「それが本気か?冗談も休み休み言え!」

しかし飛んでくる石を当然のように顔を傾けて避けた



──パァン!!──



バキッ!!
「がはっ!!?」

しかし唐突に何故か猗窩座の肩に強烈な痛みが走った

(何だ!?何が起こった…!?)

そして何が起きたのか確かめるために後ろを見上げた…するとそこには…

「な、何故お前が…!?葵…!!」

何とそこには先程まで前の方にいた東堂が猗窩座の肩にかかと落としで攻撃していた…

「これが俺の術式、不義遊戯!!!」

14上弦の力・一級呪術師の力 ◆.EKyuDaHEo:2022/01/20(木) 19:15:20 ID:vw9zWg22
──不義遊戯──
手を叩くことで、術式範囲内にある“一定以上の呪力を持ったモノ”の位置を入れ替えることができる術式
東堂は先程猗窩座に向かって石を投げた、そしてそれを猗窩座は避けた、しかしそれは全部東堂の読み通りに事は動いていた
本来石には呪具などのように呪力が込められていない、しかし東堂は瞬時に石に呪力を込め自分の位置と呪力の込もった石の位置を入れ替え猗窩座に攻撃したのだ

「どうやら俺のこの不義遊戯の動きまでは読めなかったらしいな!」
「…甘くみるな!!」

しかし猗窩座も負けじと血気術を発動する


──破壊殺・滅式──


──パァン!──


「どうした!俺はこっちだ!」
「ちょこまかと!」

しかし東堂は再び呪力を石に込め、別の場所に石を投げて不義遊戯を発動させ避ける、それでも猗窩座も負けじと脅威的なスピードで再び近づく


──破壊殺・砕式 万葉閃柳──


──パァン!──


しかし東堂は猗窩座の攻撃をまたもや避け、猗窩座の血気術、万葉閃柳により地面にヒビが入った

「今度はこっちから行くぞ!!」
「!!」

そう言うと東堂は猗窩座に向かって走り出しながら呪力を込めた石を再び投げた

(また同じ技を出すつもりか?バカめ!この俺が何度も同じ手を喰らうと思うな!!どうやら奴は自分と別の物の位置を変えることができるらしいな…それが分かれば簡単な事だ!!)

そして猗窩座は飛んでくる石を見過ごすと後ろを振り向き…


──パァン!──


「そこだ!!」


──破壊殺・滅式──


再び破壊殺・滅式で攻撃する…そしてその攻撃は紛れもなく当た───

15上弦の力・一級呪術師の力 ◆.EKyuDaHEo:2022/01/20(木) 19:16:05 ID:vw9zWg22
「な、何…!?」

らなかった…何故かそこにはいるはずの東堂がいなかった…
また別の術を使ったのかと考える猗窩座…

(いや…違う…)

微かに後ろから感じる闘気…

(まさか…奴は…)



──入れ替わっていなかった…!?──



「手を叩いたって術式が発動するとは限らない…単純だけどひっかかるよな」
「何だと…がっ…!?」
「ぬぅん!!」
「ぐわぁぁっ!?」

気付いた時には既に東堂は攻撃の態勢に入っており、強烈な拳を猗窩座の顔面に叩き込み、さらには足を掴んで林に向かって猗窩座を投げ飛ばす
しかし投げ飛ばされ何本かの木を貫通しながらも猗窩座は驚異的なスピードで戻り再び地に着いた

「はぁはぁ…くそ!!一体なんなんだ!その術式とやらは!」
「これが俺の術式…不義遊戯だ、俺からしたらよく分からないが、お前で言うところの血気術というものだと思えばいい」
「…厄介な術だな…だがお前との楽しい戦いもここで終幕だ…」

すると猗窩座は後ろに下がり東堂に話す

「葵…お前は非常に強い…お前と戦っていると俺の闘気は溢れるばかり…まさに理想の戦いだ…だが、お前は断固として鬼にならないという…鬼にならないなら殺すまでだ…葵…残念だがお前には死んでもらう…」

そして猗窩座は飛び、構える

「いくらお前の不義遊戯という術を持ってしても俺のこの技からは逃れることはできない!!非常に楽しかったぞ…東堂葵!!!!!」

そしてそれは発動する…


──破壊殺・終式 青銀乱残光──


まるで本物の花火を見ているかのようなその技はまっすぐ東堂の方に向かっていた…しかしそれでも東堂は動じない

(奴はあぁ言っているが俺の不義遊戯さえあれば、奴の攻撃は当たらない…奴もかなり体力を消耗しているはずだ…つまり…この戦いの勝者は俺だ!すなわち…答えは勝利(ビクトリー)!)

東堂は勝ちを確信した…その時…





───本当にそうかしら?───





(!?この声は!!)

確かに聞こえた!自分が聞き間違えるはずがない!この声は…



(た、高田ちゃん!?)

16上弦の力・一級呪術師の力 ◆.EKyuDaHEo:2022/01/20(木) 19:16:36 ID:vw9zWg22
◆◆◆



ここはどこかの学校の教室…
東堂が見る先…そこには何と自分が愛して止まない身長180cmの長身アイドル…高田延子がセーラー服を着用し立っていた

「さっき、東堂くんは不義遊戯さえ使っていれば負けることはないと言ったわね?確かにそうかもしれないけど…そう簡単にいくかしら?」
「ど、どういうことだい高田ちゃん?」

そんな東堂は高田に聞き返す

「あの猗窩座っていう鬼が不義遊戯を使った東堂くんでも避けることができない技を放とうとしてるのはでたらめじゃないと思うの、彼は呪霊じゃないと言っても特級呪霊並の実力は持ってると思うわ、それに東堂くんももう気づいてるはずよ、自分が呪力を使う度に疲労がいつもより激しいことに」
「!!!」
「いつもより疲労が激しいということは…不義遊戯を使うのにも限界があると思うの」

そこで東堂はハッとする…考えてみればそうだった…石に呪力を込めた時も、自分が不義遊戯を発動する時も…明らかにいつもより疲労が激しかった

「確かにそうだった…」
「そしてもう一つ…あの猗窩座っていう鬼が自分で言っていたこと」
「…『鬼になれば老いることも死ぬこともない』…『どんなに傷を負おうと再生できる』…」
「そう、ていうことはつまり…彼は本当に死ぬことはないってこと…」
「……」

東堂はなるほどと思いながらも困惑した…そんな相手をどうやって倒せばいいのか…

「でも頑張ればあの鬼を倒すこともできると思うわ」
「!!それは本当かい!?高田ちゃん!」
「えぇ、今東堂くん達は殺し合いの場にいるわ…でも殺し合いの場にわざわざ死なない鬼を参加者に放つわけがないと思うの、あくまでこれは私の推測だけど『傷を負っても再生できる』…でも『死ぬことがない鬼をわざわざ参加者として放つわけがない』…だとしたらあの鬼を倒す手段は………」





ピコーン!
「一気に仕留める!!!」





この間僅か0.01秒

17上弦の力・一級呪術師の力 ◆.EKyuDaHEo:2022/01/20(木) 19:17:09 ID:vw9zWg22
◆◆◆



凄まじい程の爆発音が鳴り煙が舞い上がる…
青銀乱残光を放った猗窩座はふぅと息を吐いた

「…やったか…正直中々手強い相手だった…今でもお前を殺したことが少し悔やんでしまう…だが鬼にならないと言い張ったお前が招いた結果だ…自分の愚かさを恨むんだな」

そう言い猗窩座は立ち去ろうとした…その時…

ビリッ!
「!!」
(何だ…この気配は……まさか…!?)

猗窩座が慌てて振り返る…煙が晴れたそこにいたのは…

「俺が本気の防御態勢に入っていてもこの威力とは…正直お前の技には驚いたぜ…」
「な、何!?」

確実に仕留めたはずの東堂だった
東堂は上半身の服はほとんど破れ様々な箇所から血を流しながらも防御態勢の状態で立っていた

「だがな…俺が本気で固めた肉体と全呪力の前では仕留めるとまでには至らなかったな…!」
(俺の血気術を喰らっても立っていられるだと…まさかこいつ…呪力というもので俺の血気術のダメージを最小限に減らしたというのか…!?)
「まだ終わりのゴングは鳴ってないぞ…」
「しまっ…!!ぐあっ!?」

青銀乱残光を喰らってもなお東堂はすぐさま猗窩座の目の前に近づき殴り飛ばす

「…ふぅ…高田ちゃんのアドバイスのおかげで奴を倒す方法が分かった…高田ちゃんには感謝しかないな…次回は全握か…感謝の意を全力で伝えねばな…」

※全握・・・全国握手会



………



「はぁはぁはぁ…くそ!」

猗窩座は焦っていた…それは何故か、怪我などの損傷はそこまでない、東堂が使う術式は攻撃系のものではないし東堂から喰らった攻撃も多少再生するぐらいの傷にしか至らなかった…だが一つだけ予想外のことがあった…それは疲労だった

(何故だ…血気術を限りなく使ったとはいえ鬼である俺が疲労でここまで苦しむことがあるわけがない…!)
「計算違いな事が起きて随分と困惑しているみたいだな…」
「!!」
(こいつ…何故まだ立っていられるんだ…!?)

振り返るとそこには東堂が立っていた
東堂は今の猗窩座を見てこう思った…これはチャンスだと

(やるなら…今しかないな…正直かなり体力はキツイが…一か八かだ!!)
「悪いが…一気に決めさせてもらう…!!」
「!!」
(何だ…!?奴の気配が変わった…まだ何か術を隠していたのか…!?)



東堂は構え…そしてそれは発動する…

18上弦の力・一級呪術師の力 ◆.EKyuDaHEo:2022/01/20(木) 19:17:52 ID:vw9zWg22
 
 
 
───黒閃!───
打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した際に生じる空間の歪みを指す
衝突の際はその名の通り、黒く光った呪力が稲妻の如く迸り、平均で通常時の2.5乗の威力という驚異的な攻撃を叩き込む
そして東堂はその拳を放った、猗窩座はすぐさま避ける…だが…



ぐちゃっ!!
「な、何ぃぃぃぃ!!?」
(俺の左腕を消し飛ばした…!?何というパワーだ!?…だが落ち着け…こんなの再生すればどうということはない!!)

それは左腕に当たった…当たってしまった…だが猗窩座はそこまで焦ることはなかった、何故なら自分は鬼だから、すぐさま再生すればどうということはない…そう思っていた…しかし…


「……は?」
(おかしい…何故だ…!?何故……)


腕が元に戻らない……!?


何故か瞬時に戻せる筈の腕がすぐには戻らなかった…今もまだ少しずつ再生を続けている腕に猗窩座は困惑を隠せなかった…

(ふざけるな…!俺は上弦だぞ!?下弦やその他の鬼とは違ってパワーも再生能力も桁違いに上なんだ…なのに何なんだこれは!!?)

猗窩座は自分の再生の遅さに苛立っていた…
しかし、時は待ってくれず東堂は猗窩座に向けて再び放つ!!


───黒閃!!───


ぐちゃっ!!!
「ぐわあぁぁっ!!?」

次に放たれたのは蹴りだったが先程衝突の際に黒光りに光った拳と全く同じものであり猗窩座の反対の腕も消し飛ばした…

「次で確実に仕留める……!!」

東堂は猗窩座の顔に黒閃を当てるべく構える…

(まずい…!次あの技を喰らってしまえば…確実にまずい…!この俺が…やられるというのか…!?)
「これで………終わりだ!!!!!」



そして…


──黒閃!!!──


3発目が放たれる……

19上弦の力・一級呪術師の力 ◆.EKyuDaHEo:2022/01/20(木) 19:18:28 ID:vw9zWg22
 
 
 
はずだった……

(何……!?)

出したくても出せない…体が言うことを利かない…そう、東堂の体力は既に限界を達していた…

「!!この……野郎!!」
「うぐっ…!?」

突如として動きが止まった東堂に猗窩座は一瞬呆気に暮れたが即座にこれは好機と思い、東堂を欠損していない足で蹴り飛ばし林へと駆けていった…



………



「2連チャンが限界だったか…」

正直これは賭けでもあった…後一発放っていれば猗窩座を倒すことはできていたかもしれないと思うと何とも名残惜しい結果になってしまった
しかし最後に吹き飛ばされた際の不幸中の幸いか、自分のデイバックと学ランは無事であり近くにあった

「奴とはまたいずれ会うことになるかもしれない…その時仕留めるしかないか…」

限界まで頑張った東堂だがいくら本気で固めた肉体と全呪力で防いだとしても正直最後の猗窩座の攻撃は大ダメージだった…今は猗窩座から喰らった攻撃や疲労が激しすぎて体もろくに動かせない状態だった

「とりあえず今は少し休むことにするか…ブラザーを探すのはそれからだ…あぁ…高田ちゃん…今すぐにでも会いに行きたい…」


こうして鬼と呪術師の戦いは一先ず幕を閉じた…


【A-4 /河原/1日目・未明】
【東堂葵@呪術廻戦】
[状態]:ダメージ(特大)、疲労(絶大)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:一刻も早くこの殺し合いを潰して高田ちゃんに会いたい
1:今は休む
2:ブラザー達(虎杖、伏黒、七海)を探す
3:あぁ…高田ちゃん…
[備考]
※参戦時期は渋谷事変の真人戦前です
※名簿は確認しましたが支給品はまだ確認していません

20上弦の力・一級呪術師の力 ◆.EKyuDaHEo:2022/01/20(木) 19:19:00 ID:vw9zWg22
◆◆◆



「くそ!!ミスった!!何もかも計算が狂った!!」

猗窩座は先程戦った東堂と距離を離すため森を駆けていた、そもそも猗窩座は素早くポイントを稼ぎ新たな強さを手に入れるために動いていた、名簿や支給品もとりあえず一人目を殺した後に確認しようと考え、移動の途中で見つけた東堂に奇襲を仕掛けたが彼の強そうな素振りに鬼にしようと考えた、しかしそんなこと考えるんじゃなかったと今になって後悔した

(何なんだ!あいつの術は…!全く感知することができなかった…!それに最後に放った打撃…明らかに今までやっていたものとは訳が違った…!)

まさかこんなにも計算が狂うとは思いもしなかった
猗窩座は林の中を駆けながら東堂のことについて推測していた…東堂の術である不義遊戯…そして最後に放った黒光りの打撃…まさか自分の両腕を消し飛ばす程の威力があるとは思いもしなかった…しかしそんなことよりも焦っていたことがあった…それは…

「くそ!何故だ!?何故まだ元に戻らないんだ!」

自分の両腕の事だった…あれから何分か時間が経っているというのに腕は徐々に戻っているものの完治とまではいかなかった…本来なら瞬時に完治しているはずなのに明らかに再生速度が遅くなっている

(よくよく考えてみれば体力の消耗も明らかに激しかった…威力だってそうだ…本来ならあいつを仕留めることはできた筈だ…それなのに仕留めることができなかった…!!…そうか…)
「これも全部あの男の仕業か…くそが!!」

猗窩座がいう男というのは東堂と同じ主催である羂索のことだろう…そもそも猗窩座は鬼殺隊の面々と戦うために待機している時にこの殺し合いに呼ばれてしまった
そして猗窩座は東堂から言われた不快な言葉を思い出してしまった

『つまらないな…お前は』

『女のことをくだらないと言ってるやつが一番つまらん』

(何なんだあいつの言葉…あの言葉を思い出すだけで頭痛がする…!!)

何故かあの言葉が頭から離れない、今の猗窩座にはそれが耳障りで仕方がなかった…

(俺がつまらないわけがない…!次に奴に会った時は必ず殺す!!そしてあの男も絶対に殺す!!!)

殺意に満ち溢れながら猗窩座は林を駆けていった…

21上弦の力・一級呪術師の力 ◆.EKyuDaHEo:2022/01/20(木) 19:19:42 ID:vw9zWg22
【A-4/林/1日目・未明】
【猗窩座@鬼滅の刃】
[状態]:殺意(主に東堂、羂索に対し)(大)、左右腕欠損(再生中)、ダメージ(大)、疲労(特大)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本方針:鬼にならない者は殺しポイントを稼ぐ
1:今度奴(東堂)に会った時は必ず殺す
2:あの男(模索)も絶対に殺す
3:俺がつまらない男だと…!?
4:今は一旦この場から離れる
[備考]
※参戦時期は無限城編前です
※いつ頃腕が元に戻るかは後の書き手に任せます
※まだ名簿は確認していません


【その他備考】
※猗窩座のデイバックがA-4に放置されています、東堂がそれを拾うかどうかは後の書き手に任せます
※二人の戦いによりA-4の一部が壊れています(木が何本か折れていたり、地面にヒビが入っていたり等)
※二人の戦いでA-4周辺の参加者に爆発音等が聞こえている可能性があります

22 ◆.EKyuDaHEo:2022/01/20(木) 19:20:24 ID:vw9zWg22
投下終了します

23 ◆dKv6nbYMB.:2022/01/21(金) 23:37:21 ID:2p3AvUHE
仮投下します

24コバルトブルー ◆dKv6nbYMB.:2022/01/21(金) 23:38:45 ID:2p3AvUHE

誰も踏み入るな。

誰も邪魔をするな。

私は何者の干渉も許さない。

私の永遠は私だけのものだ。




殺意と暴威の嵐が荒れ狂う。
鬼の王の触手が眼前の命を刈り取らんと振るわれる。


栗花落カナヲ。
早川アキ。
朝倉シン。

鬼舞辻無惨が真っ先に狙うのは―――早川アキ。
三人の中では彼が一番重傷だ。加えてカナヲには既に毒を注入してあり、シンもギリギリ有効射程外である。
それだけではない。
無惨は更に先を見据えていた。
カナヲは鬼殺隊という異常者の一員だ。無惨は彼女の存在など知らないし知っていても柱でもない一隊員のことなど覚えている筈もないが、彼女の身に纏う隊服は紛れもなく鬼殺隊のものであることくらいはわかる。
このまま戦えば無惨の勝利は確実であるのは疑いようもないことだが、彼が最も危惧したのは異常者故の異常思考である。
『無惨に得点を渡すくらいなら』と重傷の早川アキを彼女が殺し入手できるポイントを減らされる可能性も無きにしも非ず、といったところだ。

とはいえ、無惨にとって眼前の三人は多少動ける程度の塵にすぎない。
何度でも言うが、このまま戦えば無惨の勝利は揺らぎなく、狙う順番でなにが大きく変わるかといえば、単に死ぬ順番くらいのものである。

アキの眼前へと迫る触手。

―――花の呼吸 弐の型 御影梅

それを防ぐは、カナヲの技。
球体を描くような連続の斬撃で触手を受け流し凌ぐ。
カナヲは剣の腕前だけで評価すれば柱にも匹敵しうる。
その為、防ぐことに専念すればある程度は張り合える。

25コバルトブルー ◆dKv6nbYMB.:2022/01/21(金) 23:39:17 ID:2p3AvUHE

そして動いたのは彼女だけではない。

「ッシ、早川さん回収完了!」

朝倉シンがアキを抱きかかえ、無惨の射程距離から即座に離脱する。
シンはカナヲが無惨の攻撃を受け止めようとした時には既に動いていた。
彼は無惨の攻撃の一端とその心情を見た時、心は絶望に染まっていた。
だがすぐに切り替えた。
彼は曲りなりにも元・殺し屋だ。死線を潜り抜けてきたのは一度や二度ではないし、坂本の"なんてことない日常"を護るためには常に心身を賭けている。
なにより、エスパーである彼は日柄、坂本に死のイメージを突きつけられている。

(想像の中で何度も殺してきたのはこういう時の為だったんスね、坂本さん!)

恐らく違うが、過程はどうあれ"死"への耐性ができていた為に、シンは抱いていた絶望を振り払い、即座に行動に移ることが出来た。
アキの容態を看る余裕はない。
しかし、致命傷ではないものの、決して浅くない傷ではないのはわかる。
このままアキを連れて逃げることも、アキを戦わせることも不可能と瞬時に悟ったシンは、支給品である"不壊刀"を手に無惨を見据える。

「よせ...!」

アキが血反吐を吐きながら静止の声をかけるも、シンは止まらない。
カナヲ一人では場が保てないのは一目瞭然だ。だから、まずは少しでも彼女の負担を減らさなければならない。

(銃でもあればよかったんだけどな...けど坂本さんなら!)

坂本であれば、どんな武器でも使いこなしこの局面を乗り切れるだろう。
自分はまだその領域に至っていないのは理解している。
それでも、坂本なら、みんなの"なんてことない日常"を護ろうする少女を見捨てるような真似はしないだろう。
だからシンもそれに習う。
殺し屋では味わえないあの温かい時間を平和を望む人に失わせたくないのは、彼も同じだから。

触手と不壊刀がぶつかり、甲高い音が鳴る。
見た目以上に重い。
シンは剣よりも銃の方が得手とはいえ、走行中のジェットコースターから飛び降りても(受け身ありとはいえ)軽傷で済むほどの身体能力の高さを有している。
その彼でも無惨の攻撃はとても受け止めきれるモノではなかった。
これを実質片手で捌き続けているカナヲの強さには敬服しかない。

(けど、さっきよりは幾分かはマシだ)

初見の不意打ちとカナヲとの攻防、そして彼のエスパー能力を合わせて通してシンは無惨の戦闘スタイルを解析する。

(こいつは決して殺しや戦闘のプロじゃない。ただ力任せに腕を振り回してるだけだ!)

シンはこれまで多くのプロと戦ってきた。
その経験値と無惨の思考を読むエスパー、そして決して壊れない刀があれば辛うじて無惨とカナヲの戦いに介入できる。

無惨までは攻撃が届かずとも、シンとカナヲは防御に専念することで己の命を繋ぐことに成功する。

26コバルトブルー ◆dKv6nbYMB.:2022/01/21(金) 23:40:02 ID:2p3AvUHE

しかし。
鬼舞辻無惨は鬼殺隊の柱の面々ですら相手にならないほどに強力である。
弱体化の薬を撃ち込まれていない本来のコンディションであればただ一人を除いて瞬く間に制圧されてしまう。
そのはずだが。

(挙動が鈍い)

無惨は己の身体の違和感に気づく。
己が想定しているよりも腕を振るう速度が遅い。
その証拠に、片手落ちの隊士にそこそこ動ける人間など、とうに殺害していてもおかしくないというのに、彼らは未だ健在である。
毒もそうだ。
最初の襲撃で指を切断したカナヲには毒がまわっているが、掠り傷を幾度も受けているシンにはまだ流せていない。
一瞬触れただけでは流すことが出来なくなっているのだ。


(やってくれたなあの男)

ビキリ、と無惨のこめかみに青筋が浮かぶ。
鬼舞辻無惨をこんな遊戯に巻き込んだ以上、その力のほども理解しているのは間違いない。
恐らく、このままでは殺し合いが成り立たないと判断し、袈裟の男は身体になにか細工をしたのだろう。
許せない。奇妙な術を使う程度の人間がこの身体を弄るという愚行そのものが。

無惨は戦いが嫌いだ。
博愛主義だとか平和的な解決を望むだとか、そんな殊勝な心持ではなく、単に嫌いなのだ。
戦いとは、無惨の最も恐れる"死"の観念にいっそう近づけるものにしかすぎないからだ。

だから部下の上弦の鬼たちとは違い、最小の労力で効率的に狩ることしか考えない。

(この中で一番の使い手はやはりあの小娘だ)

いまの戦況の膠着は、カナヲが無惨の攻撃を半分以上引き受けることで成り立っている。
ならば、カナヲさえ落ちてしまえばあとはゴミを払うよりも簡単な作業になる。
シンへとまわしていた触手がカナヲに向けられ、且つ背中から生えた数多の触手が襲い掛かる。

取り囲まれて潰される。
そう判断したカナヲは後方に跳ぶ為に足に力を籠める。

だが。

「えっ!?」

カナヲは前方に向けて走り出していた。
この行為にはカナヲ自身が一番驚いていた。
己の意思は間違いなく後方への跳躍に向いているのに。

驚愕するのはカナヲだけではない。

「...!?」

無惨もまた、困惑と驚愕の入り混じる表情を浮かべていた。
カナヲが前方に向けて走り出したことではない。
カナヲを潰そうとした途端、触手があらぬ方向へと分散したことにだ。

互いの驚愕により停止する戦場。

「打搅你(失礼)」

沈黙の世界にふわりと一陣の風が舞い降りた。

「晚上好(こんばんわ)、僕も混ぜておくれよ」

中華服の青年が、無惨へと人懐っこい顔で笑いかけた。

27コバルトブルー ◆dKv6nbYMB.:2022/01/21(金) 23:40:47 ID:2p3AvUHE



僕は強い人が好きだ。

強い人との戦いは僕をさらに強くしてくれるから。

妹の仇を取るために強さを求め始めたけれど、きっとそれが全てじゃない。

戦闘狂。

本能から戦いを求めているから、災厄に等しいUMAも好きになれるし、無暗に戦いの機会を奪おうとする人を嫌いになる。

それが僕の真実だ。

僕はそんな僕を嫌悪しない。

だから、ほら、見せておくれ。きみの強さを。

その強さを食らって、より高く跳んで魅せるから。




何者だ、という問いかけすらなく、無惨は触手を振るう。
乱入者が誰であれ、鬼舞辻無惨のやることは変わらず屠殺のみ。
狩りの邪魔をされたと思う以上に、手間が省けたとしか思わない。

カナヲとの間に立つ青年目掛け、その頭蓋を叩き潰さんと右の触手が振り下ろされ―――なかった。
無惨が振るっていたのは左の触手で、狙いも胴を薙ごうとしていた。
その触手も、青年の持つ巨大な棍棒のようなもの―――鉛筆で防がれる。

「...!?」

まただ。また、自分が考えている攻撃とは違うものを繰り出していた。
困惑に囚われる隙を突き、カナヲは青年を引っ張り戦線離脱を図ろうとする。

が。

ドンッ、とその硬い背中で押され、カナヲは勢いよく弾き飛ばされる。

「カハッ!?」
「对不起(ごめんね)!僕、一人でこの人と戦いたいからさ!君たちは離れてた方がいいよ!」

吹き飛ばしたカナヲには一瞥もすることなく、青年は無惨に向き合い笑顔のまま棒を構えなおす。

28コバルトブルー ◆dKv6nbYMB.:2022/01/21(金) 23:42:11 ID:2p3AvUHE
「那么,斗争吗(さあ、やろうか)」

その言葉にピキリ、と額に青筋が浮かぶ。
たかだか一人の人間が私を斃そうというのか。
あの一方的な戦況を見て、勝てると思い込んでいるのか。
まったくもって不快だ。思い上がりも甚だしい。
いいだろう。いいだろう。
貴様の妙な小細工ごとその薄気味悪い笑顔を潰してくれよう。

無惨は両の触手を同時に振るい青年の顔を潰そうとする。
青年はそれを受けるではなく、身を屈め躱し、強く地面を踏み込み高速で前進する。
無惨は青年の挙動を見て冷静に分析する。

なるほど。人間としては上澄みと言える身体能力を有しているらしい。
だがそれでも所詮は柱と同程度。自分の敵ではない。

(小細工で狙いを逸らそうとも無駄だ。奴が間合いに入ったところで、蹴り上げてやればいい)

無惨が狙うのは触手を使わぬ蹴撃。触手を自在に操れなくするというのなら、そもそも躱すことが出来ない距離で攻撃してやればいい。
迫る青年を間合いに入れる為、待ち受けようとする無惨。

「なに...!?」

だが、彼は足を動かしていた。たたらを踏み、青年から距離を取るように足が勝手に後退し始めたのだ。
青年はその様子に、ニィと口端を釣り上げ、巨大鉛筆を握りしめ直し、無惨の胸部へと放つ。

「可哀想...待ちたかったんだよね、真実(ほんとう)は」

己の行動を見透かしたかのように笑みを浮かべながら棒を振るう青年に、憎悪と嫌悪を抱きつつも困惑する。

(やつの小細工は攻撃に対するものではないのか!?)

一度目と二度目は攻撃手段を思考とズラされた。三度目は行動そのものが、思考を否定するかのように邪魔された。
奴は己への敵意ではなく、行動そのものへと干渉している。
その結論に至った瞬間、無惨の表情は憤怒で真赤に染まりあがった。

(気づいたのは三回目、か。少し遅かったな)

怒りのままに振るわれる触手と怒気を捌きつつ、青年―――シェンは考える。
眼前の彼は戦闘の経験が少ない。
だから、自分の能力『不真実(アントゥルース)』能力がどういうものかはわかっていても、アンディやスポイルのように対象を視界に入れるのが条件であることにはたどり着いていないだろう。
けれど、それを補うほどの膂力がある。
人間を容易く引きちぎれるほどの。己の功夫と武器を通して受けてもノーダメージでは防ぎきれないほどの力が。
純粋な暴力の高さだけで見れば、大型UMA相当の力を有しているのが眼前の男だ。

防御に回した鉛筆ごと後方に弾き飛ばされ、地面を舐め頬に痣を作りながらもシェンは笑う。

「いいね!きみの強さ、僕の夢の糧にさせてもらうよ!あ、ちなみに僕の夢は天下無双だから!」
「思いあがるな異常者が...!」

歓喜と怒りの念が交差し、間髪入れずに戦闘は再開する。

29コバルトブルー ◆dKv6nbYMB.:2022/01/21(金) 23:42:51 ID:2p3AvUHE

「栗花落さん!」

無様に地面を舐めるカナヲに、シンは慌てて駆け寄り容態を看る。

「大丈夫っすか栗花落さん!」

殊更に心配するシンに、カナヲは手で制し大丈夫だと告げる。
そんな彼女にホッと一息を吐くと、シンは青年へと視線を移す。

(さっきの打撃のダメージは大したことはなさそうだけど...あいつ、なんてやつだ!)

青年は無惨の猛攻にも怖気づかず立ち向かっている。
そこまではいい。
それだけならばカナヲも自分もやったことだから。
けれど、エスパーで思考を読めば彼の異常さを嫌でも思い知らされる。

(あいつ...この状況を楽しんでやがる!)

自分もカナヲも、己の命を繋ぐのに必死だったのに対し、青年は自分が優勢に立っているわけでもないのに、無惨の強さに心底喜んでいる。
戦闘狂。
殺し屋をやっている中で稀に見た類の狂人だ。

(幸い、こっちを敵視してないだけマシか...今のうちに逃げねーと!)

シンは殺し合いに抗う者ではあるが、自ら勇んで死地に向かう愚者をも救いたいと思えるほどお人よしではない。
殺戮者と戦い時間を稼いでくれるなら願ったり叶ったりだ。
シンはカナヲの手を引き、アキのもとまで運ぶとすぐに撤退の準備に入る。

「今のうちに逃げるっスよ!早川さんは俺が担ぐんで...栗花落さん?」

アキに肩を貸し、逃げようとするシンだが、返事をしないカナヲに嫌な予感がして足を止める。

(まさか、あの狂人も助けようって言うんじゃ...)

鬼殺隊はただの復讐者ではなく、民間人を護るためにも戦っている。
だから会って間もないアキやシンも護ろうと戦うし、無惨の攻撃も率先して引き受けてくれた。
その為、如何な人間であれ護ろうと無茶をするのではないか―――シンの懸念は杞憂に終わる。

カナヲの顔が青ざめ、ガクガクと身体を震わせていた。
明らかに様子がおかしい。この症状は恐怖や疲労とはまた別のモノだ。
シンが思わず手を差し出そうとしたその時だ。

―――鮮血が、舞った。

カナヲの口から血が溢れ出したのだ。

30コバルトブルー ◆dKv6nbYMB.:2022/01/21(金) 23:43:48 ID:2p3AvUHE

「なっ!?」

シンは驚愕しつつもカナヲの容態を看て推察する。
この出血の仕方は単なる外傷ではない。実際、カナヲは指など身体の一部は斬り落とされても致命的な傷だけは防いでおり、後から響くような打撃も受けていない。
ならば考えられるのは、殺し屋世界における代表的な殺害方法の一つ。
速攻性はなくとも、確実に敵を葬れる暗殺における代表役。

「毒...!?」

シンの呟きにカナヲは理解する。
鬼舞辻無惨の血は人を鬼に変える。しかし、全員が適合する訳ではなく、適性のない者はそのまま死に至ってしまう。
つまりだ。

「たぶん最初の指を斬り落とされた時...無惨の血を入れられたんだと思う」
「ッ...治す方法は!?」
「わからない。けれど、たぶん私はもうすぐ死んでしまうと思う」

己の命の期限が迫る中、カナヲはかえって冷静になれた。
鬼舞辻無惨は全ての元凶であり鬼殺隊員全ての怨敵だ。
カナヲ自身は比較的因縁が薄いとはいえ、恩人であり愛する蝶屋敷の面々が救われるなら絶対に斃したいと思っていた。
だから、この逃げ道を塞がれた状況はかえって彼女にとっては有難かった。
怨敵を前に逃げ出したという負い目を抱えることなく、最期まで立ち向かえるというのだから。

「私は逃げても無駄みたいだから...行くね」
「待て」

無惨のもとへ向かおうとするカナヲを呼び止めるのは、アキ。
彼は痛む身体に鞭うち息を荒げながら問いかけた。

「あいつの血が毒になってるなら、あいつが死ねばあんたは助かるんじゃないか」
「...どうだろう。斃されたことがないからわからない」
「俺はデビルハンターとして色んな悪魔を見てきたが、そういう呪いじみた攻撃をしてくる奴の対処法で一番確実なのはそいつを殺すことだった」
「...俺はそういう妖怪じみたやつのことはわからないけど、是非はどうあれ、あいつを殺さなきゃなにもわからないってことスよね」
「そうなるな...それが出来る可能性が無いわけじゃない」

己のデイバックに手を入れたアキを見て、シンとカナヲは思い出す。
無惨の襲撃に会う数十分前。
三人の配られた中で一番強力且つ最強の防御手段だったソレは、身体能力が一番低いアキが持つべきだと押し付けたことを。
説明書の効果を信じるなら、確かにあの無惨をも倒せるかもしれない。
けれど、ソレを防御ではなく無惨打倒に使う場合、高確率で使用者は死ぬ。
当然だ。なんせソレは相手に密着した状態でなければ使えないからだ。
だが、カナヲが命を繋ぐにはもはやソレに頼るしかないのが現状だ。

31コバルトブルー ◆dKv6nbYMB.:2022/01/21(金) 23:44:31 ID:2p3AvUHE

早川アキ。
栗花落カナヲ。
朝倉シン。

この中で最もソレを使うのに相応しいのは

「俺がコレで殺してくる」「これは私が使うべき」

アキは未来の悪魔の力で数秒先の未来が見える自分が適任だと思った。
カナヲは自分の命を救うためにアキとシンの命を散らせたくないと思った。
アキとカナヲ、二人の言葉は同時だった。
だが、初動が早かったのは―――カナヲ。
シンがエスパーで思考を読み取るよりも早く、アキの腕を掴み上げ、ソレを掠め取ると、シンとアキが止める間もなく駆け出していく。

「栗花落ッ!!」

止めようとする二人を瞬く間に引き離す速度でカナヲは駆ける。
三人の中で一番身体能力が高いのはカナヲだ。だから彼女は止まらないし、彼らは止められない。

(ごめんね二人とも。私のことはいいから。貴方たちが護りたい人たちの為に戦って)

仮に無惨の殺害が成功したところで、アキの推測通りに自分の毒が消えるかはわからない。
そんな賭けに二人を巻き込み犠牲にするわけにはいかない。

(私の問題は私が片をつける)

手に持つソレを握りしめ、カナヲは駆ける。

32コバルトブルー ◆dKv6nbYMB.:2022/01/21(金) 23:45:33 ID:2p3AvUHE



私の大切な人たちはずっと苦しそうだった。ずっと悲しそうだった。

感情をうまく出せなかった私はそれを見ても涙を流せず、汗だくになるのが精いっぱいだった。

そんな私をみんな責めなかったけれど、そのたびに心の中で思っていた。

みんなと一緒に泣けなくてごめんなさい。泣けない理由を言い訳にしてごめんなさい。

それだけじゃなくて。

大好きなみんなを泣かせる鬼が、私は許せないと。

密かに、けれどずっと思っていた。




息を切らし、身体のところどころに痣や切傷を負いながらも笑顔を絶やさぬシェン。
息を切らすことなく、身体につけられた傷など見当たらないにも関わらず、額に青筋を浮かべ険しい顔を浮かべる無惨。

どちらが優勢かは火を見るよりも明らかであるのに、どちらが追い込まれているかがもはやわからないほど、戦況はあべこべだった。

シェンは無惨との戦いを楽しんでいた。
不真実はしっかり発動し、技量では勝っている筈なのに、それだけでは勝ることが出来ぬ無惨の強さ。
今まで戦った中で一番強いのは、アンディのもう一つの人格『ヴィクトール』だが、彼に次ぐ強さを見せてくれる者などこれ以上なく貴重な体験だ。

無惨はひたすらに不愉快になっていた。
明らかに自分よりも劣る人間を中々殺せない現実に。己の行動を制限されるという異常事態に。
今の彼は、夏場の蚊に苛立つ人間に近い心境にあった。

再びシェンが地面を蹴り、無惨に立ち向かう。短時間の間に幾度も交わされるも、しかし未だに打開できず。
無惨にとってある種、困難ともいえるこの状況。しかし遂にその均衡が崩される。

その要因は、彼の才覚によるものだった。

33コバルトブルー ◆dKv6nbYMB.:2022/01/21(金) 23:46:32 ID:2p3AvUHE

例えば一つの複雑怪奇な数式があったとしよう。
人間の数多の数を占める『凡百』は、その過程を計算で答えを出しその速度で才能の優劣を決める。
だが一部の『天才』は違う。過程を省き、閃きでその答えを脳髄に浮かばせる。それは高度な脳の下地が合理性を極めて導き出した答えであるからだ。
ひたすらに合理的に死を回避する鬼舞辻無惨は紛れもなく後者であった。
その彼が現状を打破する為に直感的に行ったのは、シェンの視界外からの攻撃による殺害。
実際、彼の出した答えはこれ以上なく正しかった。
シェンの否定能力『不真実』は好意を抱いている対象を視界に入れることで発動する。
常時発動している訳ではないが、しかしシェンの築いてきた戦闘経験値は彼に的確な判断力を齎し、且つ彼自身の鍛錬の賜物である功夫と肉体を掻い潜って殺害するのは、実力が勝る者でも困難極めてしまう。
『不真実』の能力の全容を知り、背後を取ろうとすれば正面から挑んでしまい、避けようとすれば避けられず。
言葉で嫌われようとしても戦闘狂である彼には如何な罵倒も通じず、どう足掻いても正面から不真実に晒されたまま戦うハメになってしまう。
故に、常に視界に入れられている一対一の戦いにおいてシェンは難攻不落の要塞ともいえるだろう。

しかし。
鬼舞辻無惨には彼にのみ許された特権があった。彼の身体には五つの脳が生えており、それすらも破壊されない為に位置を定めず体内をぐるぐると蠢いている。
その脳はどれもが鬼舞辻無惨そのものであり、思考はなくとも合理性の極められた指令を出せる高度な脳であった。
故に、そのうちの一つが無惨の足元にまわった瞬間、無惨がなにがしかの行動をする前にひっそりと足の平から地面に触手を放ち、そこを掘り進んでも不真実の対象にはならない。
他の四つの脳が不真実に苦戦している間も、地面を進む一つの脳はシェンの視界外にあるため不真実から外れることが出来るのだ。

不真実は対象の脳の指令の伝達を否定する能力である。
如何な天才であれど本来は脳は一つであり、仮に無惨と同じことをしようとも不真実からは逃れることはできない。
これが鬼舞辻無惨の特権。生きる為に合理性を極めた生物にのみ取れる解答である。

数秒後、無惨の攻撃を鉛筆で受け、シェンはその心臓を貫かれる。
それが覆らない結果。無惨の5つの脳のうち、一つしか知り得ぬ確定された未来だ。

その未来を『視た』者が一人。

「栗花落、中華の足元だ!!」

叫ぶのは、比較的遠距離から戦況を見ていたアキ。
彼はカナヲはもはや止められないと判断し、せめて彼女を手助けしなければと未来を視た。
そこには、地面から生えた触手に背後から心臓を貫かれるシェンの姿が映っていた。
だから叫んだ。
シェンを助ける以上に、カナヲの持つソレを決定的な有効打にするために。

戦場を駆けていたカナヲは、反射的にシェンの足元を見る。
その数舜後、盛り上がる地面を見てカナヲは理解する。
無惨のやろうとしていたことと、アキの叫びの意図が。

(ありがとうアキ)

心中で礼を述べ、カナヲは己の眼球に全神経を注ぎ込む。

―――花の呼吸 終の型 彼岸朱眼

34コバルトブルー ◆dKv6nbYMB.:2022/01/21(金) 23:47:21 ID:2p3AvUHE
見開かれ、現れるは朱色の瞳。
カナヲの視界に映るのは、地面を破壊しゆっくりとシェン目掛けて迫る一本の触手。
彼女の目が赤く染まったのは、動体視力を極限まで上げたことによる眼球への圧力で出血した結果であり、その恩恵として周囲の動きは鈍く遅く見える。
だからカナヲは握りしめたソレを一寸の狂い無くシェンと触手の合間に挟みこめた。
本来ならば貫かれる掌は、しかしなにを貫くこともなくカナヲの掌に触れるのみだった。

「えっ!?」

背後の騒動に思わず振り返るシェンだが、『不真実』を発動する暇もなくカナヲは無惨のもとへと駆けていく。

(なんだ?)

その行為に無惨は違和感を抱く。
死にかけの隊士がやぶれかぶれに特攻するのは配下の鬼を通じて腐るほど見てきた光景だ。
それだけならばとるに足らぬと捻り潰すだけだが、カナヲがシェンを庇った一連の流れの違和感を見過ごすことはできなかった。
鬼殺隊にとって日輪刀は生命線である。
これがなければ鬼を殺せず、唯一の有効打であるために防御においても自然と日輪刀を用いる。
だが、いまカナヲは日輪刀を使用せず、掌でシェンを庇った。
しかも、触手はシェンの背中どころかカナヲの掌すら貫くことが出来なかった。

(あの掌―――なにか危険だ)

無惨の脳髄が警鐘を鳴らす。
一旦、距離を取ろうとするも、しかし動けず。

(またやつの術か!)

シェンは咄嗟に『不真実』を発動し無惨とカナヲを見ていた。
結果、無惨はその場に留まったが、しかしカナヲは止まらなかった。
『不真実』は好感度によって発動の成否が別れる。
シェンは無意識のうちに、攻撃を庇ってくれた感謝よりも、無惨との戦いに横やりを入れられたという不快感を抱いていたのだ。
カナヲにとってはそれが幸いした。お陰で彼女が無惨の逃亡を許すことがなくなった。

無惨本体の怒りに思考が煮えだつよりも早く、シェンの背後の触手が彼に攻撃を仕掛け、それを鉛筆で受け止めたシェンの視界が無惨とカナヲから外れる。

これで相対するのはカナヲと無惨の脳四つ。
無惨は両腕と背中の触手をさらに細かく枝分かれさせ、とにかくカナヲの接近を阻害する為に効果範囲を広げたのだ。

(ダメ...数が多すぎる!)

いくら動体視力が優れ全てがゆっくりに見えても、彼女の肉体は一つであり限度がある。
全ての触手が人体を穿つのに十分な威力を有しながら、且つ速度も保っている。
その数は百以上。
迫る触手の群れに絶望するよりも早く、カナヲは判断を下す。

35コバルトブルー ◆dKv6nbYMB.:2022/01/21(金) 23:48:32 ID:2p3AvUHE
「―――――ッ!!!」

声にならぬ咆哮を上げ、右手のソレで触手を受け止めていく。
その一方で、日輪刀を握る左腕には瞬く間に無数の孔が穿たれていく。

(護るのは足と頭だけでいい。左腕は―――捨てる)

防ぎきれなかった頭部への被弾で鮮血と共に肉と髪が舞い散ろうとも構わない。
のけぞりかける頭部を無理やり前へと向かせる。
ぶちぶちぶち。
千切れていく筋繊維と肉と骨から伝わる激痛に悲鳴を上げる左腕にも耐え、決して減速しないように歯を食いしばる。
負けるものか。絶対に退いてたまるものか。
私がここで全てを終わらせるんだ!

(カナエ姉さん、私に力を―――みんなを護る力を!)

ぶちり。
カナヲの左腕が千切れ跳び、大量の出血と共に鬼を斃すための刀すら吹き飛んだ。
薬物を使用していない人間である以上、この地獄のような激痛から逃れることはできない。
現に、カナヲの目からは涙が溢れている。
なのに。
カナヲは、あろうことか感情を表に出すことを苦手としていた栗花落カナヲが嗤った。

(良かった...これでみんなを、師範を護れる!誰も死ななくて済む!)

減速することなく、無惨の懐に跳びこむカナヲ。
がら空きの胴体に向けて、カナヲは残された右の掌を伸ばそうとする。
握りしめたソレは充分に衝撃を食わせた。
たとえこれで殺せずとも間違いなく次につなぐことはできる。

(私の命も、なにもかもをあなたに全部あげるから。だから一緒に死にましょう)

己の死を覚悟した瞬間、カナヲの脳裏に幾つもの顔が浮かんでは消える。
売りに出されかけ、自分を本当の妹のように扱い自分を救ってくれた胡蝶しのぶと胡蝶カナエ。
カナヲが感情を表に出せなかった為に付き合いに四苦八苦しながらも、それでも家族同然に扱ってくれたアオイたち蝶屋敷の面々。
鬼殺隊で会い、共に鍛錬と経験を積んだ志を同じくする仲間たち。
この殺し合いで出会い、共に抗おうとしてくれた心優しき二人。
凍てついていた感情に温もりを取り戻すキッカケを与えてくれた少年、竈門炭治郎。

走馬灯。
死の間際に瀕した者が見るという、脳髄から振り絞られた記憶の波。
不思議と、その中には嫌な記憶など一つもなかった。
まるで安らかな旅路を願うように、綺麗なモノしかそこにはなかった。

(ああ、こんなに穏やかな気持ちで死ねるなんて思ってもみなかった)

全身を蝕む痛みさえどこかに消えてしまうほどに、幸せな記憶に微睡ながら、カナヲは優しく微笑んだ。











パギャ

36コバルトブルー ◆dKv6nbYMB.:2022/01/21(金) 23:49:20 ID:2p3AvUHE


その音は絶望への汽笛。

(え?)

無惨へと向けていた右腕が、届くことなくずるりと落ちていく。
同時に、視界がぐらりと傾いて地面に落ちていく。

ズキリ。ズキリ。

無くなっていた筈の激痛がぶり返してきて、左腕と右腕、そして胸から下までもが苛まれる。

(うそ。なんで)

自分の腕も、迫る地面もひどくゆっくりに見えた。
墜ちていく視界の中、カナヲは見た。
無惨の両手と背中から生えた幾本もの管。それとは別の、ズボンを突き破り、腿から生えた八本の管が。
そして理解してしまった。
自分はいま、あの管に身体と右腕を両断されてしまったのだと。

(いやだよ)

先ほどまであった執念が深く暗いモノに沈んでいく。
首だけになっても食らいつこうとする気概すら消し去られてしまう。
なのに。
朱色の目は現実を嫌というほど突きつけてくる。
ゆっくりと、逃がさないように。
己の下半身が前のめりに倒れ、中に詰まっていた赤いモノが地面に零れようとするのを。
栗花落カナヲは、鬼舞辻無惨に対して一矢報いることなく殺されたという地獄の景色を。

(どうしてこんな)

私、頑張ったのに。
痛いのも苦しいのも我慢してすごくすごく頑張ったのに。
どうして―――あいつはあんなにも澄ました顔で佇んでいるの。

「いやだ」

思わず声が漏れる。
それが最期の言葉になるというのに、どうしても止められない。

くしゃくしゃに顔を歪めたカナヲが遺した言葉は、愛する者たちへの感謝でも遺言でもなく、怨敵への呪詛でもなく。

「いやだよぉ」

ただ一人の、絶望に染められた少女の嗚咽だった。




「わかってるよ、そんなこと」

37コバルトブルー ◆dKv6nbYMB.:2022/01/21(金) 23:50:53 ID:2p3AvUHE



憧れた人がいた。

彼は全ての悪党から恐れられ、全ての殺し屋の憧れだった。

そんな彼が殺し屋を止めてまで護りたいと願うモノの正体を知った。

そして学んだ。人間は守るものがある方が必死に戦えるのだと。

その護るものは、あったかい方がイイもんだってことを。

そして思ったんだ。このあったかいものは、俺だって全身全霊で護り抜きたいと。





シンは少女に対してなにもできなかった。

ただ、駆けていくカナヲには身体能力の差で追いつけず、無惨の攻撃の盾になるどころか、彼女を盾にする形で追走するだけで。
結果的には、カナヲを犠牲に無惨の懐へと飛び込むことしかできなかった。

「貴様の存在に気が付いていないとでも思っていたか?」

カナヲの影に隠れていたシンの存在に、無惨は既に気が付いていた。
だからなんら慌てることなく、腿から放つ管を正確にシンを抹殺する為に放つことができた。
迫る死の脅威にシンは―――ひどく冷静だった。

カナヲへの追悼もなく。己の心臓を貫こうとする管にも恐怖を抱かなかった。

彼は殺し屋だ。
幾多もの銃口を向けられる死地には慣れているし、敵味方の死も経験している。
だから、たとえ左腕が貫かれようとも、即死に繋がる攻撃は避け、この状況を打開する術に手をかけることが出来た。

(ああ、わかってんだよ、栗花落さん)

エスパーを使わずともわかる。
このまま何も残せず終わるなんて嫌だ。そんな彼女の想いが。
それはそうだ。
あれだけ必死に食らいついて、目前にまで辿り着いたというのに。
その結果があのエセマイケルのすまし顔ときた。

(そんなモン、許せるわけがねえよなぁ)

彼女はこんな仕打ちを受けていい子ではなかった。
誰かを常に庇い護ろうとする心優しき少女だった。
きっと、坂本の妻のように、結婚したら人を温かくしてくれる素敵な女性になるはずだった。

それを目の前のこいつは奪った。少女の最期が無念に終わってしまった。

(だったらやるしかね〜だろ...そうだろ坂本さん)

この機を逃せばもはやチャンスはない。
少女の無念を無念で終わらせない為に。逃げて追いつかれて殺されて彼女の死を無駄にするのではなく、たとえ五体満足じゃなくても生きて活路を開くために。
この殺し合いを終えた後、彼女の墓を建てて労いと感謝の言葉をかけてやるために。

彼は、朝倉シンはこの期に及んでも未来のことを見据えて死地に臨んでいた。

ドッ、と音を立て吹き飛んだ左腕。
知ったことか。俺が生きてこいつを倒せれば俺たち―――俺と栗花落さんさんと早川さんの勝ちだ。
彼女にとって一番の手向けになる。
拾い上げたカナヲの右腕を無惨の腹部に当て、彼女が握りしめていたソレの名をそっと唱えた。


「『排撃(リジェクト)』」

38コバルトブルー ◆dKv6nbYMB.:2022/01/21(金) 23:51:31 ID:2p3AvUHE




俺は自分の無力さが嫌いだ。吐き気がする。

俺と関わった奴はいつも死んでしまう。

いつも。

いつも。

いつも。

いつだって俺だけ残してみんな逝ってしまう。

もう目の前で死なれるのはご免だと何度思った。何度も決意した。

なのに、なんで俺は同じことを繰り返してしまうんだ。



早川アキはガクリと膝を着いた。
爆弾でも落ちたかのような規模の爆発は周囲に暴風が踊り、砂塵を巻き上げる。
やがてその砂塵が晴れた先にはなにもなかった。
カナヲも、無惨も、シンも。
ただ、半径数十メートル規模の陥没があっただけで、そこに生者はいなかった。

初めはアキが手にし、次いでカナヲが、最後にシンが使った支給品の名は排撃貝(リジェクトダイアル)。
空島で作られた、与えた衝撃を吸収し、自在に放つ衝撃貝(インパクトダイアル)と同じ性質を有しながら、出力が10倍を誇るという古代の絶滅種である。
当然ながらノーリスクではない。反動は凄まじく、特に排撃貝は使用者の命を危険に追いやる可能性がある諸刃の剣だ。
無論、そのことは支給品の説明書に書かれてはいたが、本来ならば使用者は死なない範囲で使うのが常識だ。
当然ながら、支給品の説明書にはそんな型破りな使用用途の例など記載されているはずもない。
ましてや、人体や家屋を容易く破壊する攻撃を数十発以上吸収し、それを10倍にして放つなど。
結果、朝倉シンの身体は反動に耐え切れず跡形もなく四散した。
誰もが想定だにしていなかった結末である。

「シン...栗花落...」

アキの顔には無惨を倒した喜びなど微塵もなく。
ただただ後悔と無力感だけが滲んでいた。

最初の不意打ちを防ぐのに失敗し重傷を負った挙句にカナヲにまで被害を及ぼした。
シンがカナヲへの加勢に向かう中、怪我が尾を引きなにもできなかった。
排撃貝をカナヲが掠め取った時にも、身体能力の差で引き留めることもできなかった。
シンが追い付けないなりにそれでもベストを尽くしたのに対し。アキは彼に追いすがることすらできなかった。
アキは、この戦いにおいてなにもできやしなかった。

「また...俺は...」

いつもそうだ。
バディを組んだ者はすぐに死なせ。
長らく組んでくれた女性は自分を救うために悪魔に全てを捧げて消滅し。
自分を庇う為に大勢の顔なじみが死んだ。
なのにアキはいつも生きている。いつも仲間の死を見届けている。
誰も救うことなく、いつも誰かに生かされている。
自分はいつも護られるだけの弱者だ。

早川アキの目に涙は流れない。
流すには関わった時間が短すぎるし、なによりここに至るまでも死を見すぎて枯れてしまった。

「...おぇっ」

ただただ、無力さに打ちのめされた少年の嗚咽だけが、そこにはあった。

39コバルトブルー ◆dKv6nbYMB.:2022/01/21(金) 23:52:07 ID:2p3AvUHE



ザパァ、と豪快な音と共に水滴が撒きあがり影が浮かぶ。
びちゃびちゃと音を立てて地面を水が濡らす。

「...ッ!」

影―――鬼舞辻無惨は苛立ちと共に地面を殴りつけた。

(やってくれたな...あの男め...!)

シンが排撃貝を突き出した瞬間、無惨は後方に跳び躱すつもりだった。
なのにその足は前に向いていた。またもやあの小細工能力だ。
だがそれだけならばまだシンの持つ手を弾き飛ばすなり防げる手はあった。
なのに、あろうことかシンは咄嗟に屈みその腕を地面に押し付けた。
結果、直撃こそはしなかったものの、排撃貝から放たれた衝撃は小規模な爆発を起こし、無惨はその煽りを受け遥か彼方へと吹き飛ばされてしまったのだ。

(奴だ...奴さえいなければ、私の得点は十五点になっていた筈だ!)

無惨が憎悪するのは、妙な術を使う中華風の男。
アレの乱入で全てが狂った。
殺せるはずの獲物はほとんど殺せず、要らぬ疲労と手傷を負ってしまった。

(奴は必ず殺す)

この程度の傷であれば放っておけば再生する。
ギリリ、と憎悪と憤怒の表情を浮かべ、鬼の王は獲物を求めて歩き始めた。





【栗花落カナヲ@鬼滅の刃 死亡確認】
【朝倉シン@SAKAMOTO DAYS 死亡確認】
※シンは自爆扱いになるため、無惨がポイントを獲得できたのはカナヲの分だけです。

【一日目/未明/F-6/水辺】


【鬼舞辻無惨@鬼滅の刃】
[状態]:ダメージ(中、再生中)、疲労(中)、激怒、憎悪、半裸。
[ポイント]:5
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式。ランダム支給品1~3
[思考]
基本:10人殺す。願いを叶える。
1:再生しながら次なる獲物を探す。
2:袈裟の男(羂索)も殺す。
3:自分にポイントを献上しに来ない配下の鬼共、どうしてくれようか。
4:先ほどの連中(アキ、シン)とあの中華風の男(シェン)は絶対に許さない。
[備考]
産屋敷邸襲撃前より参戦。
シンはまだ生きていると思っています。

40コバルトブルー ◆dKv6nbYMB.:2022/01/21(金) 23:53:18 ID:2p3AvUHE




(申し訳ないことをしたなあ)

シェンは爆心地跡を見ながらしょんぼりと眉を下げる。
無惨とシンの最後の攻防。
シェンは不真実を使用しながらそれを見ていた。
カナヲの必死極まる攻防、そしてその無念を継ごうとしたシン。
如何に戦闘狂といえども、彼らの覚悟を無為にするほどシェンは人でなしではなかった。
だから彼は逃げようとする無惨を否定した。結果、それは成功した。
彼にとって想定外だったのはシンだ。
無惨とカナヲ・シンの戦いに割って入る前、シェンは三人を視界に入れて不真実を使っていた。
その時はカナヲと無惨だけ影響があり、シンには効果が及んでいなかった。
シンの人となりがわかっていなかった以上、あの時の彼の強さではシェンの好感度はあがらなかったからだ。
だが、最後の攻防で。
彼は死地にいながらも冷静に行動し、最適な解を取り無惨の喉元に食らいつきかけた。
その姿を見てシェンはシンを好きになってしまった。
如何に否定能力を使いこなしているとはいえ、他者に対する好感度の自在な調整だけはできないのだ。
だから、排撃貝を無惨に向けて使用しようとしたシンは地面に向けて放つことになり、結果として無惨は吹き飛ばされこそはしたが、恐らく生き残ってしまった。


「...真的对不起(本当にごめんね)。このお詫びは必ずするからさ」

シェンは爆心地に残された不壊刀を回収し、蹲るアキに肩を貸し、場所を移動するように促す。
彼らはこの青年を護ろうとしていた。
なら、せめてこの彼を治療できる場所まで運ぶことで罪滅ぼしをしよう。

残された二人の男は、とぼとぼと頼りない足取りで診療所へと向かうのだった。




※排撃貝@ONE PIECE、カナヲとシンの支給品一式は全て衝撃で吹き飛びました。


【一日目/未明/E-7】


【シェン@アンデッドアンラック】

[状態]:全身にダメージ(中)、疲労(大)
[ポイント]:0
[装備]:ウルージの巨大鉛筆@ONE PIECE
[道具]:基本支給品一式。ランダム支給品1~2、不壊刀@アンデッドアンラック
[思考]
基本:強者を探し戦いを挑む。
0:ファンと戦い倒す、
1:強者であれば手合わせ願う。状況によってはアンディも対象。
2:さっきの人(無惨)ともまた手合わせ願いたいな
3:弱い人は特に興味ないかなー。風子ちゃんみたいな真っすぐな子は嫌いじゃないけど。
4:アキを診療所へ運ぶ。

【ウルージの巨大鉛筆@ONE PIECE】
シェンの支給品。怪僧・ウルージが扱う棍棒のようなもの。
パシフィスタとの戦いでも壊れていないあたりかなり硬いことが窺い知れる。
SBSにて、巨大な鉛筆であることが判明した。もしかしたらウルージさんはこの鉛筆を削れる鉛筆削りを探して空島から偉大なる航路に乗り出したのかもしれないとのこと。

【不壊刀(倶利伽羅)@アンデッドアンラック】
シンの支給品。『不壊』の否定能力を持つ"一心"により作られた刀。
文字通り決して壊れない頑強さを持つ。




【早川アキ@チェンソーマン】
[状態]:全身打撲。頭から出血。左腕の骨折。脇腹に裂傷。精神的ダメージ(絶大)、無力感(絶大)
[ポイント]:0
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式。ランダム支給品1~2
[思考]
基本:殺し合いには乗らない。
1:俺は...また...
2:デンジ、マキマさんと合流したい。パワーは……大丈夫だろうな?
3:猗窩座、サムライソードには警戒。
[備考]
栗花落カナヲ、朝倉シンと情報交換しました。
未来の悪魔との契約後、闇の悪魔との戦闘前より参戦。
支給品の一つである日本刀@現実は粉々になりました。

41 ◆dKv6nbYMB.:2022/01/21(金) 23:54:24 ID:2p3AvUHE
仮投下終了します

42 ◆vV5.jnbCYw:2022/04/25(月) 18:40:19 ID:h7NV6zSQ
仮投下します。

43 ◆vV5.jnbCYw:2022/04/25(月) 18:40:54 ID:h7NV6zSQ

草木も眠る丑三つ時。
だが、そのような時こそ、人ならざる者達は力を振るう。


アンディと脹相は、目の前の敵に関して1つの共通の見解を持っていた。
刀の範囲に入れば即、敗北が確定することを。


刀使いと戦うのに最良な距離は2つ。
1つは刀が届かないほど遠く。もう1つは刀が役に立たないほど近く。
2人は言葉を交わさずとも、前者の位置で戦うことを選んだ。
懐に潜り込めば有利この上ないが、この6つ目の男はそう簡単に許してくれないと踏んでいた。

「紅蓮盈月(ぐれんえいげつ)!!」
一歩退いてアンディは自分の血を刃に纏わせ、黒死牟の喉元目掛けて飛ばす。


(奇怪な技だ……鬼のようにも見える……。)
――月の呼吸 壱の型 闇月・宵の宮

未知なる技に対して、黒死牟は余裕綽綽と迎え撃つ。
迎え撃つのは、単純な居合い斬り。
だが、それを上弦の壱たる彼が放つことで、必殺の一撃となる。

「両腕が!!何故だ!?」
明らかにアンディは刀のリーチから離れた位置から攻撃した。
だというのに、反撃で両腕を飛ばされてしまった。


「くそっ!!赤血操術――百斂 穿血!!」

音速をも超える血の矢が、黒死牟の顔面に吸い込まれようとする。
その速さは、音速をも超える。


(二人共……外こそ人と似ているが……その内は異なる……。
鬼のようでもあり……鬼でもない……
あの痣も……かの痣者とは異なるか……。)


矢に襲われながらも、無我の境地によって透き通る2人の肉体を分析する。
黒死牟は人間だった頃、既に至高の領域に達していた。
故に、一目見ただけで敵の筋繊維の一本一本の動きを見抜くことが出来る。
最低限の動きで躱す。
だが、躱した先にあったのは街灯。


脹相は敵が自分の攻撃を躱せるほどの手練れだと見抜いていた。
避けた場所目掛けて、ストックしておいた血の刃を全て放つ。

―――月の呼吸 参の型 厭忌月・銷り


しかし、血の矢は当たる寸前、一瞬で切り裂かれた。
音速をも超える矢が来るというなら、こちらは神速の一撃で打ち落とせば良いというばかりに。
それは何の変哲もない、只の横薙ぎ。
だが鬼の力と鬼殺隊の力、両方を極めた黒死牟が撃つことで、死神の鎌のような一撃を放つことが出来る。

44Lunatic Victors (前編) ◆vV5.jnbCYw:2022/04/25(月) 18:41:58 ID:h7NV6zSQ

「……俺までっ!!」
脹相の低い声が、闇夜の街に響く。
その斬撃は、防御のために打っただけではない。
血鬼術を混ぜ合わせた斬撃は、一振りで横薙ぎの斬撃が幾重にも重なる。
最初に打ち出された二つは血の矢を全て弾き、残りは脹相に狙いが定まる。

戦闘経験が他の二人に比べて圧倒的に少ない脹相には、避けられぬ一撃だ。
だが、そのまま射手が斬り殺されることは無かった。


「部位弾(パーツバレット)、前腕(フォアアームズ)!!」
口で日輪刀を咥えたアンディが、切り株となった二本の腕を斬り飛ばした。
不死(アンデッド)特有の再生力により、銃弾か何かのような勢いで肉塊は飛んで行った。
片方の狙いは黒死牟の刀、もう片方の狙いはその持ち主。

「助かった。」
「礼ならここを抜けてから言いな!!」
窮地を脱した脹相は、衣が少し裂かれ、顔の線も幾筋か増えているが致命傷には程遠い。
彼が月の呼吸の一撃を潜り抜けたのは、呪霊と人間のハーフゆえの身体能力だけではない。
アンディが部位弾によって斬撃の軌道を逸らしたこと、そして


(斬撃がおかしい……どういうことだ……)

最初に2人目掛けて一撃を撃った時は、何かの偶然だと黒死牟は踏んでいた。
2度目に壱の型を放った時も、白髪の男を両腕だけではなく全身を斬り落とせ無かったのは、相手が予想外の反射神経で抵抗出来たと考えていた。
だが、今の一撃は確実に2人の男は殺せたはずだった。



「今度は俺が行くぜ!!紅十字(あかじゅうじ)!!」
アンディは刀を口から手に持ち替え、鬼目掛けて十字の血の刃を撃つ。
先の打ち合いの際に、咥えた刀で残った腕の部分を飛ばしたのは、脹相を助けることばかりが目的だったのではない。
腕を再生しやすくすることを一番の目的としていた。
彼の腕は、他者の攻撃からの再生は著しく遅くなっている。
だが、自分で斬った腕なら再生力は変わりはしない。

不治(アンリペア)、リップとの戦いで、再生しなくなった腕を自分で斬り落とすことで再生させた経験を、この戦いでも応用させた。


―――月の呼吸・弐の型 珠華ノ弄月
その一撃を、黒死牟は神速の斬り上げで打ち落とし、アンディも斬り裂こうとする。
だが、刀で遠距離攻撃を放ちつつも、後方に下がった彼には致命傷にならない。


「面白れえ攻撃だなあ!!」
軽口を叩いているが、その実、身の危険を存分に感じていた。
既に2度受けた攻撃なので、『目測以上の距離の回避』を要求される。
勿論、見抜いているだけでは神速の刃を凌ぐことは出来ない。
制限の呪いが掛かり、普段より力が落ちていてなお、身体を両断されずに済むという程度だ。
それほどまでに、この黒死牟という鬼の力は底知れない。
鬼舞辻無惨に次ぐ実力を持つ鬼相手に、2人はようやく土俵に立てる程度だ。力の差はそれほどまである。
だが、経験は時に単純な力以上に物を言う。
鬼殺隊の柱以上に長く生きて、それ故に戦闘経験も常人と比べ物にならないアンディだからこそできる芸当だ。

45Lunatic Victors (前編) ◆vV5.jnbCYw:2022/04/25(月) 18:42:30 ID:h7NV6zSQ

(そうか……あの縫い目男の仕込んだ呪いか……。)
三度の斬撃を経て、黒死牟は自らの異変をはっきりと掴んだ。
月の呼吸の売りとも言える、斬撃に付随する月の刃の数が、明らかに減っているのだ。
これはあの男が自分にかけた呪いだと、既に無惨から血の呪いを受けている彼は推測した。


「目ン玉にも『上弦』って書いてあるし、よっぽど月が好きみてえだな!!
けど月の技なら、俺も出来るぜ!!」

アンディの最も使い慣れている技の一つ、紅蓮三日月。
元々彼の得意としていた技である『紅三日月』が冒険を経てさらに進化したものだ。
再び日輪刀に血を纏わせ、力一杯袈裟斬りに振る。
三日月状の血の刃は、鬼の首さえも刈り取ろうとする。


(血の刃か……人間の戦い方とは異なるが……鬼のそれとは肉体が異なる……。
相まみえたことのない剣士だ……。)
何の因果か、その刃の姿は黒死牟と同じ上弦の鬼、妓夫太郎の血鬼術と酷似していた。
勿論上弦の陸の技では、上弦の壱たる彼には遠く及ばない。


「赤血操術――百斂 穿血!!」
だが、彼の命を狙う血は、アンディのものだけではない。
黒死牟がアンディにかかりきりになっている間に、再び『百斂』で血の武器をストックし、黒死牟目掛けて放った。


「「消えた!?」」

二種類の血の刃が迫る先で、ゆらりと空気が揺らめくと、鬼は消えた。
煙に巻かれたような感覚を覚えた二人。
アンディも脹相も、それ以上の思考を練る余裕は無かった。

「背中を合わせろ!!」
後ろから現れれば、最期だと考えた脹相は、アンディに指示を出す。
そうするしか無いと考えたアンディも、刀を握りながら言う通りにした。


「何をしようと……無駄だ……。」
黒死牟はゆらりと、脹相とアンディの真横に現れた。
先程黒死牟が消えた時は、アンディとの距離はざっと5,6mほど離れていたはずなのに、現れた時は既に剣の間合いだった。
現れる際は亀のように遅く、消える際は瞬きする一瞬の間。
その独特の足運びは、この場にいる誰も知らぬことだが彼の遠縁の子孫まで受け継がれている。
動きを感じさせず、それでいて躱す暇のないほどの速さだ。


――月の呼吸 伍の型 月魄災禍


その静かな速さと美しさ、それに鋭さを持つ攻撃は、まさに水面に浮かぶ満月のごとし。
敵は刀を振ってすらいないのに、幾重もの刃が二人を襲う。
それは黒死牟の剣というより彼を中心に回る竜巻。
それは相手を斬る剣技というより、相手を斬り刻む厄災。



今更退いても遅い。
そして前左右は刃。
跳ぼうとしても、その為に踏ん張る足を斬り落とされる。

46Lunatic Victors (前編) ◆vV5.jnbCYw:2022/04/25(月) 18:43:12 ID:h7NV6zSQ

案の定、アンディの腰より下と上は離別を遂げた。


(斬られる前に斬ってやる!!)
否、斬られたのではない。黒死牟の剣から刃が現れる前に躊躇なく自身を斬ったのだ。
片手で脹相を抱え、もう片方の手で自分の腰を斬られる前に真っ二つにする。
怪我の功名と言うべきか、すでに腹に広い傷を負っていたため、その分斬り裂く手間が省けた。
先程の部分弾を、回避に応用した。
斬られた勢いを利用し、そのまま2人でロケットのように上空へ飛ぶ。


アンディは長年に渡り、死を潜り抜けて来た。
故に、死とは1世紀前から、自分の予想もつかぬ形で襲ってくることを学んでいた。
黒死牟が消えた時、地上の何処にいても斬られると察した彼は、空へ逃げる芸当をやってのけた。


「その再生……鬼の物とは異なる……奇怪なり……」
下半身を失ったとしてもさほど問題ないのは、鬼とて同じ。
だが、再生の反動を攻撃や防御に生かす鬼は、300年以上鬼として生きた彼でさえ、見たことが無かった。

「だが……空に逃げた所で……無意味だ……。」
彼らは鳥のように空を自由に動き回れる訳ではない。
重力に従って高度が下がり、刀の範囲内に戻ってきた頃に斬ればいい。


「面白そうな武器があるんだ。ここで使わせてもらうぜ!!」
月夜の空を舞いながら、アンディは袋から1つ武器を出す。
それは穴の開いた木の筒のような物体だった。
そこから、大量のクナイが発射される。


黒死牟が勘違いしていたことだが、アンディは剣士ではない。
彼と同じ国で剣術を習ったこともあるが、あくまでそれは経歴の一つでしかない。
剣に対する拘りは強い訳でもなく、刀だけでは勝てないと思った相手には躊躇なくロケットランチャーを発砲したりする。

(所詮は時間稼ぎか……。)
夜の街に雨あられと降り注ぐのは、大量のクナイ。
「この程度で私を止められると謀るとは……笑止なり……。」


例え全弾命中したとしても、圧倒的な再生力と生命力を持つ彼には、命取りではない。
顔に入れ墨が入った男が同時に飛ばしてきた血の刃の方が厄介だと感じた。

(否……これは……)
その考えを、即座に切り替える。
只の時間稼ぎではなく、何かこのクナイを使った策があるのだろうと察した。
彼もまたアンディと同様、文字通り人並外れた戦闘経験がある。
故に戦闘中の未知の危険性を嗅ぎ取る嗅覚もまた、優れている。


――月の呼吸 陸の型 常世弧月・無間
刀を握り、一振りで無数の幾重もの斬撃を繰り出す。
それは斬撃というよりかは、剣により生み出された天蓋。
かつて同じようにクナイの嵐を受けた妓夫太郎と、似たような凌ぎ方をした。
そのひと振りで、クナイは全て打ち落とされたはずだった。

「赤血操術――百斂 苅祓!!」


脹相はアンディに掴まっているだけではない。
血の刃を幾つかのクナイに打つことで、軌道を不規則なものにし、狙いを定めにくくさせた。
鬼が嫌う毒を含んだクナイは、黒死牟の脛に刺さった。

47Lunatic Victors (前編) ◆vV5.jnbCYw:2022/04/25(月) 18:43:59 ID:h7NV6zSQ
だが、それは上弦の陸でさえ数秒で分解した程度の毒。況や上弦の壱をや。
最も、そのクナイに含まれているのが、藤の花の毒だけならばの話だ。


「!?」
毒だということは察していたが、この1本で身体が動かなくなるのは彼も予想していなかった。
そのクナイには、藤の花の毒のみならず、同じように毒を含んでいる脹相の血が混ざっている。
どちらか片方だけなら彼の動きを阻害する威力は無かった。


「でかしたぜ!もう少し掴まっていろ!!」
そして、もう1つ黒死牟が勘違いしていたことだが、彼らの目的は自分を倒すことではない。
彼自身との勝負では、死を覚悟で勝負を挑んできた者ばかりだった。
戦意喪失し、逃げようとした者もいない訳では無かったが、逃げようとした相手は瞬時に斬殺していた。


一方で2人の目的は、「この場を切り抜ける」だ。
確かに黒死牟は彼らが欲している貴重なポイントではあるし、彼を倒すことでポイントが欲しくないと言うのは嘘になる。
だが、相手が悪すぎた。
二対一でも全く有利にならない圧倒的な手数に、目で追えないほどのスピード。
おまけに攻め続けているのに傷らしい傷を負わせることが出来ず、疲れを見せることもない。
よしんば倒せたとしても、少なくない損害を被ることは確かである以上、戦うのは得策ではないと判断していた。


そのまま上空でアンディが部分弾を繰り返し、その反動で逃げ続ける。
彼は鳥のように飛ぶことは出来ぬが、飛べぬという訳ではない。
死の否定者たる彼は、重力の鎖さえも否定できるという訳では無いが、逆らうことぐらいは出来る。
少しずつ重力のベクトルに部分弾の反動を加え、先程まで戦った場所の近くにあった、家々の裏側に着地した。
三日月状の刃を飛ばしてくる黒死牟を、刀に関係するUMAだとアンディは解釈していた。
UMAを相手にする時は、戦うにしろ逃げるにしろ、いかに敵の定めたルールに抗いつつ、時には順応して対策を練って行くかが重要になって来る。

48Lunatic Victors (前編) ◆vV5.jnbCYw:2022/04/25(月) 18:44:31 ID:h7NV6zSQ

場所は市街地の、家々を跨いだ隣の区画


「ここまで来たら大丈夫だな。」
既にアンディの下半身は再生していた。
これならば普通に走って逃げることが可能である。
「ああ。助かった。礼を言おう。」
「俺を殺すんじゃなかったのか?ま、殺されるつもりなどさらさらないが。」
「あれほどの芸当を見せられてなお、あんたを殺せると思うほど俺も愚かじゃない。
それに悠仁にあの6つ目のことを伝えなければならない。」


だが、助かったと思ったのもつかの間。
「「!!!!」」

その瞬間、1つの家屋が音を立てて崩壊した。
まるで台風の直撃を受けたかのように、棟が一瞬で崩れ落ちた。
しかしそれは台風でも地震でもなく、ただ一人の男が放った異形の刀で起こした斬撃だった。


「それで……逃げたつもりか……」
家の柱を一太刀で全て斬られ、一瞬で木材の山へと変わった家の向こうで、真っ赤な6つの目が光っていた。
その手に持っていたのは、先程より数倍長い刀身を持ち、木の枝のような分かれ目がついている、刀と呼ぶべきか悩ましい凶器。


6つの目から放たれる、血のような光に当てられた4つの目は、阿呆のように見開かれたままだった。
そうであっても無理はない。
逃げ切ったと思った相手が、家を一太刀で壊して追いかけてきたのだから。
むしろ並みの剣士ならば、この瞬間を目の当たりにしただけで気絶するか頭を垂れるかのどちらかなので、立っているだけでも誉められてしかるべきだ。


ホオオオオ、と辺りに呼吸音が響く。
黒死牟がまだ人間の剣士だった頃から、使っていた技の前動作。
それはまるで、地獄の釜の火を焚くふいごのように聞こえた。


アンディが戦って来たUMAになぞらえて言うなら、今ここで『フェーズ2』が始まった。

49Lunatic Victors (前編) ◆vV5.jnbCYw:2022/04/25(月) 18:45:13 ID:h7NV6zSQ

ーー月の呼吸 捌の型 月輪龍尾


そして、刀の長さが変われば、当然技も変わる。
度を越えた長さの刀は、剣技の攻撃範囲をさらに長くした。
月の呼吸を用いた、刀の理を逸脱した一撃。
全てを滅ぼす龍の尾を思わせる橫薙ぎの一撃は、壊れた家の左隣を切り裂き、瓦礫の塊を吹き飛ばし、右隣の家をも瓦礫の山にした。




「くそ!何だこれは!!」
最初に家が壊された瞬間、胸の内に嫌なものを感じていた脹相は、慌てて後ろへと飛び退く。
元々彼と脹相の距離は、遠距離攻撃の使い手のワンサイドゲームになるほど離れていた。
だというのに、そのディスアドバンテージをこの鬼はものともしなかった。
龍の尾となった刀は、脹相の腹の肉を数ミリ食いちぎる。


一方でアンディはまたも脛を斬り落とし、斬撃が来ない場所へと逃げた。
だが、空中だからと言って安全だという保証は、どこにもない。


「いいねぇ、最高だ!!
この状況でもアンディは笑みを絶やさず、攻撃を続ける。
逃げるという考えは少なくとも一度は破棄。背中を見せれば確実に死につながる。
ならば、目下の危機を精いっぱい楽しむことだ。

「紅蓮………。」
――月の呼吸 玖の型 降り月・連面


空から剣鬼を狙撃しようとするアンディに対し、今度は上空から飛来する斬撃。
月の力を得ながらも、その軌道は流星群のように見える。
天空から降り注ぐ刃が、アンディの右腕、左脇腹、右の腿を切り裂く。


「ぐああああああ!!」
ただでさえ回避手段が限られる上空で幾重もの斬撃を受け、たまらずアンディは悲鳴を上げた。
それでも紅蓮弾(ボルテックスバレット)で、敵の攻撃を僅かながら逸らしていたのだから大したものだ。
もしそれが出来なければ、彼は膾にされて、地面という皿に盛りつけられていただろう。
敵からの斬撃で失った箇所は、戻るのに時間を要する。
部分弾で逃げることも反撃することも出来ぬまま、アンディは地面に崩れ落ちた。

50Lunatic Victors (前編) ◆vV5.jnbCYw:2022/04/25(月) 18:46:05 ID:h7NV6zSQ

「アンディ!!」
地上からその様子を見た脹相は、さっきまで殺しあっていた相手にも心配の言葉をかける。


「赤血操術――百斂 苅……」
――月の呼吸 漆の型 厄鏡 月映え

是が非でも敵の動きを止めなければ、2人分の刺身が出来上がるだけだと思う脹相が動く前に、次なる一撃が振るわれる。
今度は紫電のごとき衝撃波が、瓦礫を吹き飛ばし、その先にいた脹相に襲い掛かった。
月の力を借りた、地を這う紫の濁流は、三日月状の刃を伴って脹相の両足を飲み込む。

跳んで躱すも、両脚を失うことを避けられただけだ。
脛と足の肉を奪われ、脹相も地面に崩れ落ちる。
呪霊とのハーフである脹相は、失血死することはない。
だが、全身を切り刻まれれば、命尽きる。

この殺し合いの会場は、死と殺しを円滑に流布するために、人ならざる者が死に近づきやすくなる呪いがかけられている。
それは鬼も、呪霊も、死の否定者も同じ。
太陽の力を借りた武器でなくても、鬼は首を斬られればその命は終わるし、呪いを祓う武器か呪術師でなければ殺せぬ呪霊も人と同じ殺し方で殺せる。


「よもや……ここまで戦い抜くとは思わなんだ……。」
先程まで凶悪な技を繰り出していたとは思えぬほど、優雅に現れる。
とてつもない長さの刀を小枝のように4度振るってなお、ほとんど身体をぶれさせずに佇むその姿は、十二鬼月の最高峰に相応しかった。
その佇まいは、アンディがかつて居合いを習った、日本刀の達人以上に美しく見えた。


「くそ……悠仁……逃げろ……。」
立って逃げることさえ出来ず、ただ最愛の弟の名を呟く脹相。
その隣にいるアンディも、立てずに地面に這い蹲っていた。


「たとえ私を殺さずとも……助かる方法はある。」
真っ赤な6つの目がアンディと脹相を見下ろしながら、彼は1つ提案した。

「鬼になれ……共にあのお方を御守りするのだ……。」

51Lunatic Victors (前編) ◆vV5.jnbCYw:2022/04/25(月) 18:46:48 ID:h7NV6zSQ

「は!?」
アンディは素っ頓狂な声を上げた。
この男は未知の力を使うUMAだと思っていたが、その能力は月、あるいは斬撃に関係する能力の持ち主だと考えていた。
だから、アメリカで戦ったスポイルのように、人を人ならざる存在に変える能力まで持っているのは予想外だった。

「一応聞いてやろう。どうすりゃ鬼になれるんだ?」
「な!?」
まるで自分が裏切ると言うかのような口ぶりに、脹相の方が驚いた。


「そう難しい話ではない。最も、鬼になれるかどうかは別だが……。」
いつの間にか刀を鞘に納めた黒死牟。
その両手で椀を作り、中に血を湛えていた。


「あの方より承りし血を、一滴残らず飲み干すことだ。
あの方の……許可を得ずに貴様たちを鬼にするのは聊か憚られるが……。
このような危急存亡の秋に遭遇したとなれば……あの方も容赦なさるはずだ……。」

黒死牟の目的は、何も2人を殺すことだけではない。
主たる鬼舞辻無惨の念願の為に働き、そして自分も太陽を凌駕する。
従って自らや主の願いを効率よく叶えるために、共に参加者を狩る鬼を欲していた。
猗窩座や童磨のような、死んだはずの鬼も参戦していたが、何処にいるか分からない以上は頼りにすることも難しい。


「それに……人ならざる者が鬼になればどうなるか……私も気になる……。」
「鬼になればどうなるんだ?そこまで教えてくれるのがスジってものだろ?」
「不死となり……永遠の時を生きることが出来る。その巧みな戦いの技術………さらに伸ばしたくはあるだろう……?」
特に黒死牟にとって、彼ら鬼とは似て非なる不死性を持つアンディは気になる対象だった。
本来ならば彼は、鬼と同格の力を持つ存在など忌避する対象でしか無いが、自ら、そして主の目的の達成を優先した。
彼の力を利用すれば、青い彼岸花を見つけずとも、自分や無惨が太陽を克服するのに貢献できるかもしれないと考えた。


「断る。」
アンディが答える前に先に拒絶の言葉を示したのは、脹相だった。


「俺は意思を捨ててまで誰かの軍門に下るつもりはない。俺は俺の意志で、お兄ちゃんを全うする!!」
両脚を削がれてなお、彼は叫んだ。
その声は響き渡った。


彼はかつて羂索に従って、人を殺して、あと少しの所で弟さえも殺しかけてしまった。
あの時の自分の血より苦い思い出があったからこそ、例え誰であろうと、自分の意志で生き、自分の意志で残った弟を守り、自分の意志で戦い続けると決意した。

52Lunatic Victors (後編) ◆vV5.jnbCYw:2022/04/25(月) 18:47:30 ID:h7NV6zSQ

「俺はお兄ちゃんだ!!弟を殺そうとする奴の言いなりになど、断じてならん!!」


「!!!!!!!!!!!!!!!!」
突如黒死牟の、継国厳活の脳内に溢れ出したのは
――――確かに存在した記憶――

―――お労しや、兄上


今でもあの赤い月の夜に見た、弟の姿は焼き付いている。
皴だらけの顔の奥にある、曇り無き瞳を
兄である彼を同情しきった弟の、涙に濡れた瞳を。


突然の頭痛に、鬼は理性を失った獣のごとく叫んだ。
「ガアアアアァァァァアアア!!」
そして目の前の男は這いつくばりながらも、哀れな兄だった存在目掛けて、血の刃を振るった。

(なぜだ。)
(なぜこの男は、兄としての矜持を貫こうとする。)
(既に立つことも出来ず、私より弱いその身で、なぜ貫ける!!)


「俺はお兄ちゃんとして、この命尽きるまで歩き続けるのみだ!!
命尽きるまで、弟の手本として生きねばならん!!」
(この男はどこまで不快にさせる気だ!!!!!!)

腸が煮えくり返る思いで、脹相を微塵に斬り刻もうとする黒死牟。
しかし、その攻撃を邪魔する、文字通りの手が入った。


(何だかわかんねーけど……今だ!!)
予期せぬ隙を見つけたアンディは、残された腕で斬られた部位を斬り落とし、新たに斬り落とされた部分を再生させた。
そして新たに斬った部分も、余さず武器として飛ばす。


鬼は首を斬らねば殺すことは出来ない。
だが、更なる隙を作るには充分だった。


「俺もそうすることにしたぜ!!ま、元からなるつもりなんざ無かったけどな!!」
誰かに縛られて生きることは、アンディの流儀に反する。
そんなものは組織の実験体として身体をいじくられ続けた10年間だけで充分だ。
それ以前に、死に場所を求めて生きているというのに、より死から遠ざかる行為など、死んでもごめんだ。

「アンディ!!離れろ!!」
脹相の指示通り、再び部分弾の反動で後方に退く。
この男と相手する時は、いくら離れても離れすぎることはない。


「たとえこの脚が立たなくなろうと、弟の為にやれることをやるだけだ!!」

そして、今度の脹相の攻撃は血の刃に非ず。
血で武器を練らず、ただ量のみで押す血の洪水。
先程大きなダメージを受け、大量に出た血を逆に利用したのだ。

53Lunatic Victors (後編) ◆vV5.jnbCYw:2022/04/25(月) 18:48:03 ID:h7NV6zSQ

(あれほどの傷を負ってなお、更なる量の血を使って来るとは……)
いくら剣豪を越えた剣鬼と言えども、刀で流動物を斬ることは出来ない。
血の目隠しをされたまま戦うのは、彼としても避けたかった。
身のこなしも卓越している彼は大きく月を背にする形で跳躍し、血の津波を躱す。
その瞬間、彼の剣を持つ手に血の刃が刺さった。


血の洪水はあくまで目隠し。
彼がそれに手間取っている間に、市街地の壁に刃をぶつけ、跳弾を彼に当てた。
脹相が渋谷で禪院直哉との戦いで取った戦術を、そのまま使ったのだ。


「よくやったぜ!!脹相!!紅渦弾(ボルテックスバレット)!!」
「赤血操術――血星磊(けっせいせき)!!」
空中で回避が難しいのは、翼をもたぬ者は誰でも同じ。
夜空に縛り付けられた黒死牟目掛けて、幾重にも捻った腕を飛ばした。
アンディのもうひとりの人格たる、最強の闘士の腹さえ貫く攻撃は、当たれば鋼鉄のごとき硬さを持つ鬼の首とて貫く。


――月の呼吸 拾ノ型 穿面斬・蘿月

黒死牟は不安定な姿勢ながらも、特に攻撃範囲が広い斬撃を打つ。
三日月が渦を巻いて集り満月のような斬撃を形成し、ドリルのような軌道で襲ってくる腕弾と、血の跳弾を弾き飛ばした。
そもそも剣術とは腕だけではなく、足運びや踏ん張りも重要である。
正確に技を出すのが難しい空中でさえ、その身を守れることは、彼を最強の剣士たらしめるまごうとなき証左だ。


「剣が……馬鹿な……!!」
傷一つ追うことなく着地出来たが、元々血の刃で僅かながら手を切り裂かれ、加えて月の呼吸はいつもより不完全な状態。
完全にアンディの紅渦弾を殺しきることは出来ず、三支刀は音も立てずに折れた。


「いいねぇ、最高だ!!」
すかさずアンディは日輪刀を胸に刺し、斬りかかる。
対する黒死牟もすぐに新たな体内刀を出し、対抗に出る。


「紅蓮三日月!!」
――月の呼吸 壱の型 闇月・宵の宮


再び二人の居合いがぶつかり合う。
先の戦いは血の刃ごとアンディが斬られたが、今度は脹相の毒を分解し切れていない状態で、おまけにアンディが軌道を見切っていた。
さらに彼自身の血だけではなく、刀で掬い上げた脹相の血が、アンディの攻撃を後押しした。
人間の物より固まりやすく、鋭い凶器になりやすい脹相の血は、不死(アンデッド)の剣術との相性は言わずもがな。



2人の人ならざる血が合わさった刃――さしずめ紅蓮半月といった所かーーは、初めて上弦の鬼を後退させた。
いくら斬撃を出しても、いくら技を磨いても、彼が出す刃は三日月の形しかしていない。


「まさか……こんなことが……!!」
人間を卓越した鬼の力を持ってして、両腕が軋むほどの衝撃を受けた。
鬼ならざる存在、それも種族では鬼には劣っている相手に押されたことで、驚きと苛立ちを覚える。
刀で撃ち飛ばすも、完全に威力を殺しきれなかった血の刃が、黒死牟の長髪をはらりと飛ばす。
日の力に及ぶことの出来ぬ彼にとって、剣術にある月は欠けたままだ。
そして胸の内にある心という名の月もまた、満ちることは無い。

54Lunatic Victors (後編) ◆vV5.jnbCYw:2022/04/25(月) 18:48:36 ID:h7NV6zSQ


――月の呼吸 伍の型 月魄災禍
300年以上に渡り培われてきた月の呼吸の中でも、特に速さと前方の攻撃範囲が売りの一撃で、アンディを細切れにしようとする。


「月は良いねぇ。デッカイ満月を見ながら酒でも飲みてえなあ!!」
波の戦士ならば10人殺してなお足らぬほどの大技を見ても、軽口を叩くアンディ。
だが、アンディは状況が少し有利に傾いただけで慢心する性格の持ち主ではない。
逆に戦況が優位に見えた瞬間こそが、敗北につながる瞬間だということは痛いほど学んでいる。
今度は剣術に打って出ることはせず、その刀の刃先は自らの足首。

「血廻(けっかい)!!」
正面を向きつつ、再生の反動を使って九時の方向へジェット機のように飛ぶという、人間には為せぬ動きで躱す。
これまで、いくら強くても人間の枠を出ない存在を相手にしてきたことがほとんどだった。
故に人を斬り続けてきた剣士は、人ならざる動きに対応しきれなかった。
それでもアンディを傷付けることは出来たが、致命傷には程遠い。


「からの……再生滑走(リペアグライド)!!」
これまた人間離れした動きで、敵の周りをぐるぐると走り、攪乱していく。
一定以上離れた位置から敵の周りをひたすら回りながら、弱点を見抜いていくのはアンディがジーナを相手にする時に使っていた。
勿論、かつて不変(アンチェンジ)と戦った時より、長い直径の円を作りながら。


「どこまでも……愚弄する気か……!!」
自分には無き力を見せつけられ、その胸の内を煮えたぎらせる。


――月の呼吸 陸の型 常世弧月・無間
何処へ居ようと無駄だとばかりに、嵐のような斬撃で周囲一帯を薙ぎ払う。

「赤血操術――百斂 苅祓!!」
絡み付く血が、刀を振る腕を鈍らせる。
既に攻撃範囲を十分すぎるほど警戒していたアンディは、致命傷を負うことなく範囲外へ。


(ならば先に、邪魔なこの男から……)
そこから斬りかかって来るアンディを無視して、黒死牟は足を未だ立てない脹相の下へ運ぶ。


「赤血操術――超新星!!」


だが、それさえも脹相が待ちわびていたことだった。
超至近距離で斬りかかって来ることを見越して、すぐ近くで操血術で血の弾を作り、消えた瞬間に花火のごとく爆発させたのだ。
弾けた血の塊が、黒死牟を貫く。


黒死牟は知る由もないことだが、脹相は血の刃による遠距離攻撃を得意としているわけではない。
むしろ持ち前の身体能力に血の刃を乗せた近接戦闘も得意としている。
特に百斂で血を加圧した後は、離れれば刃を飛ばす穿血、近付いてくれば弾を破裂させる超新星で攻めることが出来る。
ただ黒死牟という、近寄れば斬殺される危険性が極めて高い鬼を相手にしていたため、遠くからの攻撃に甘んじていただけだ。

55Lunatic Victors (後編) ◆vV5.jnbCYw:2022/04/25(月) 18:49:23 ID:h7NV6zSQ

(血を爆発させる攻撃など……妓夫太郎にすら不可能だ……
否……あの方より聞きし……耳飾りの鬼狩りの妹……)


兄弟のために生き、兄弟のために戦う。
血を爆発させる攻撃は、彼とは真逆の道を行く竈門禰豆子の攻撃と似ている面があった。
兄弟の為に戦う。
脹相も竈門炭治郎も出来たことは、継国厳勝という男には出来ず、むしろその逆をしてしまった。
しかし、さらに苛立っている場合ではない。
いくら人より効き目が薄い毒といえども、これだけ正面から受けてしまえば、その害も馬鹿にはならない。

(早く……分解せねば……!!)


「いいねぇ!!最高だ脹相!!」
後ろからアンディが、黒死牟の首目掛けて斬りかかる。


――月の呼吸 伍の型 月魄災禍


ぎこちない動きながらも、最低限の動きで周囲を攻撃できる技で薙ぎ払おうとするのは、流石上弦の壱という所だろうか。


「動きが遅いぜ!!死刃(デッドブレイド)!!」
かつての修行の中、もう一人の男から受け継いだ技。
アンディは拳から噴出した血を凝固させ、剣として振るう。


「なっ!?」
初めて首から血が迸り、黒死牟も驚嘆の声を上げる。
その首は斬れはしたが、繋がっている。
彼の首は鬼殺隊最強の力を持つ悲鳴嶋行冥が、最高の出来の日輪刀を以て手間取るほど硬い。
例え背後にある建物さえ斬ったとしても、それ一発で首を斬り落とすことは出来なかった。

(あの攻撃は……危険だ……!!)
このままでは危険だと判断し、どうにかこの状況を切り抜けようと、動かしにくい身体を無理矢理動かそうとする。
人間からすれば致命傷な傷でも、上弦の鬼の再生力なら数秒で完治する。
この世界には再生力にも呪いがかけられているとはいえ、かかる時間が一瞬から数秒に伸びた程度だ。

56Lunatic Victors (後編) ◆vV5.jnbCYw:2022/04/25(月) 18:49:54 ID:h7NV6zSQ

「まだだ!!」
しかし、彼らの攻撃はそれで終わりではない。
死閃を撃った後も、アンディは片手で刀を持って、黒死牟の首へと斬りかかる。


――月の呼吸 参ノ型 厭忌月・銷り

既に刀を振れるほど毒を分解した黒死牟は、早速アンディへと斬りかかる。
だが、血の束縛、それにまだ残っている毒の影響もあり、振り抜いた斬撃の数は先よりも劣る。
勿論、月の刃の数は前にも増して少なかった。
この一撃なら、剣術の腕ははるかに下回るアンディでさえもいなせる……はずだった。


「!?」
月の刃と日輪刀がぶつかった瞬間、日輪刀が折れた。
パキンと高い音が響き、その刃先は明後日の方向に飛んでいく。


黒死牟は元々鬼狩りだったという経歴上、刀を折られた相手は弱体化することを経験している。
故に、武器破壊の技術も備えていた。
とは言え苦し紛れに放った一撃で、刀、しかも百戦錬磨の男の刀を折ることが出来るだろうか?


「しまった……!!」
その原因は、アンディが先に気付いた。
元々彼が得意としていた技は、決して普通の刀で連発出来る技ではない。
破壊の否定者、一心の手によって作られた、決して壊れぬ『倶利伽羅』によって成り立つ技だ。
かつて霞柱が使っていた日輪刀は、アンディの血を浴び、黒死牟の斬撃を浴び、そして毒を含んだ脹相の血を浴び、限界をとうに超えて脆くなっていた。


「ぐ……」
「そのような刀を粗末に使う攻撃では……侍にはなれぬ……。」
この近距離で刀の使い方を間違えた代償は、余りにも大きい。
自分で一度斬ったことにより再生した下腹部を、深く斬られる。


「赤血操術――百斂 苅祓!!」
アンディの危機を感じた脹相が、再び血を飛ばし、敵を拘束しようとする。
それに対し、またも消えて、離れた場所に現れる黒死牟。
追撃に出ることはなく、黒死牟は二人に挟まれている状況からいち早く離脱する。
既に超新星を食らった際に受けた毒は分解し終えた。


そして離れている間に、刀を先程家を壊した時の、極大の長さにまで変化させる。
離れた先でも、術者によって自由に操れる脹相の血は追いかけてくるが、慌てず騒がず技を使う。

57Lunatic Victors (後編) ◆vV5.jnbCYw:2022/04/25(月) 18:50:30 ID:h7NV6zSQ

「クリムゾ……」
――月の呼吸 拾肆の型 兇変・天満繊月


黒死牟は巨大な刀を、ただの長い木の枝のように振り回す。
長い腕と長い刀の円運動から放たれるのは、今までに見た中で最大級の攻撃範囲を持つ一撃だった。
最早刀を用いた奥義とはとても思えない、巨大な螺旋を描いた斬撃が、飛ばした血液もアンディも脹相も、全てを飲み込む。



「ぐああああああ!!」
「くそおおお!!」

彼らのみならず、後ろにあった建物さえ崩壊していることから、その一撃の恐ろしさが伺える。
最早周囲に無事な建物などどこにもない。

「まだ……生きているか……。」

「当たり前だ。まだ終わる訳にはいかん。俺は弟が生きる指標にすらなれていないからな!!」

―――兄上の夢はこの国で一番強い侍になることですか?
その言葉を聞いて感じたのは、あの時を思い出す、胸の内が焼けつくような苛立ち。


「もういい。お前の持論は聞き飽きた。」

2人共辛うじて生きていたが、それぞれ片足と片手が斬り落とされ、とても戦える状態ではなかった。
それでも、2人は反撃の為の一手を撃とうとする。


「これで終わったとでも思ってるのか?」
先の戦いで散らばっていたクナイを、残された手で投げるアンディ。
それからさらに腕と足一本ずつで跳躍し、残された部位を使おうとする。


だが、アンディの状況は詰みであることに変わりはない。
刀が折れたということは、単純に刀を用いての攻守が制限されるという訳ではない。
アンディにとっては身体を切り離した攻撃も、血を飛ばす攻撃も軒並み使えなくなるということだ。


「所詮は……無駄な足掻きか……。」
投げられたクナイを難なく躱し、アンディにトドメの一撃を下そうとする瞬間。
巨大な怪物が、黒死牟目掛けて走って来た。

58Lunatic Victors (後編) ◆vV5.jnbCYw:2022/04/25(月) 18:52:26 ID:h7NV6zSQ
「行けええええ!!」
否、それは怪物に非ず。
とある王国の先導者にして天才の発明家が、石の世界から造り上げた自動車、スチームゴリラ号の初号機だ。
脹相の支給品であったが、一度しか出せず、すぐにエネルギーも使い切ると説明に書いてあったので切り札として取っていた。
右手だけで支給品袋をひっくり返し、残った道具を全部出す。
既に足を捥がれ、動けぬ脹相だが、それでも血をフルに使い、その水圧で引き金を引き無理矢理動かした。
それだけでは器用な操作は出来ぬが、目的は移動の為ではない。
敵目掛けて走らせて、圧殺させることを狙った。


(これは……何だ……!?)
アンディと脹相より古い時代に生きていた黒死牟だが、それでも車の存在を知っている。
狭い世界に籠っていた妓夫太郎兄弟や、己が肉体のことにしか興味のない猗窩座とは異なり、世間のことも知っていた彼だが、車などには興味は無かった。
彼にとって興味があったのは何をどうすれば自らの命と剣が、弟を凌駕するかだけだったから。



――月の呼吸 拾肆の型 兇変・天満繊月
向かってくる巨大な力を、持ち前の剣術で打ち壊す。
木で作られたその車体は、簡単に壊れた。
そして月の呼吸の力は、その後ろにいた脹相も狙う。


呪いを祓う呪具でなくとも、全身を刻まれれば呪霊でも死に絶える。
「悠仁……アンディ……後は頼んだぞ!!血塗……壊相……見ていてくれたか?」
だが、最期までその血で刃を作り、戦い抜こうとした
刃の渦に巻き込まれる中で、弟と戦友の名前を叫びながら、兄を貫いた男は血煙へと姿を変えた。


「脹相!!」
彼は19世紀、アメリカでいた時から、仲間を失い続けた。
なぜ自分に託そうとする。
それをやるぐらいなら、何故誰かを捨ててでも生きようとしない。
それでも、受け取った物をそのまま溝に捨てる行為など、彼の矜持が許さなかった。



続いて、折れた日輪刀の刃を取りに行く、アンディを狙う。
斧では自分の身は斬り裂けても、刀のように使うのは難しい。
(そうか……自らが斬らねば……傷の治りは格段に遅くなるということか……)
自分ではなく、折れた刃を取りに行く所で、察しがついた。


渾身の力を込めて、トドメの一撃を見舞おうとする。
――月の呼吸 拾陸の……


その時だった。
刀を握った右腕に、何かが飛んで来た。
それは、アンディの斬り落とされた腕の、残った部分。
その部分弾は一瞬だったが、確かな時間稼ぎになった。


(馬鹿な……?武器は折れたはずでは……)


「お前は良い相棒だったぜ……」
彼が腕を斬るのに使ったのは、脹相が戦車以外の支給品にあった斧。
脹相はスチームゴリラ号を飛ばしたのは、アンディの為に時間稼ぎだけではなく、自分が彼に斧を渡す瞬間を覆い隠す為でもあった。
操血術を使い、血を武器とする彼は、何の変哲もない斧など使う必要が無かったが、刃物が必要なアンディこそ使うべきだと思っていた。
その斧は、何の因果か彼のかつての相棒から受け継いだ武器。



そして、自分の力で斬られた部分の再生は早い。
満を持して刃を拾い上げ、そのまま力強く握りしめる。
既に片手で持っている血刃は、作り主の死亡も相まって、消えかけている。

(頼むぜ……。)
アンディが次に斧で斬ったのは、喪った足の残りではなく、刃を持った右手。
敵は2人がかりでも押され続けた相手。
既に攻めねば負けると考えていたアンディは、両脚の回復よりも、少しでも強い攻撃をすることを優先した。

59Lunatic Victors (後編) ◆vV5.jnbCYw:2022/04/25(月) 18:53:46 ID:h7NV6zSQ
――月の呼吸 拾陸の型 月虹・片割れ月
「紅渦弾!!」


黒死牟目掛けて、再びドリルのような一撃が飛来する。
だが、即急で打った技故、先程黒死牟の体内刀を砕いた時のような威力は無い。
彼の首を穿つには、威力が足りぬ。


一方でアンディには、5陣の巨大な三日月が襲い来る。
まさに、Lunatic(気が触れた)かのような一撃。
天空から飛来するその技を、今度は躱しきれずに、脳天から貫かれることになる。


(この技は……だが、この威力で私の首を取ることは出来……!?)
黒死牟がその時思い出したのは、かつて老いた弟に斬られた時の痛み。
あの赫い刀でなければ味わうことが出来ない、焼けるような痛み。


「首が……再生出来ぬ……。」
最後の最後で、アンディに味方した運は、飛ばした右手で持った刃が、日輪刀だったことだ。
アンディの血と、脹相の血を浴び、赤くなっていた刀は、更なる濃い赫へ。
腕の回転と黒死牟の首の肉の摩擦により熱を増し、鬼を滅する赫刀へと変貌する。


その熱さを思い出した時は、もう手遅れだった。
再生どころか、首が崩れ行く。


「―――――――■■■■------ッ!!!!」
その叫びは、誰に向けての物だろうか。


鬼となってなお、勝てなかった弟へのものだろうか。
自分より格下の相手にも関わらず、殺した不死の男への物だろうか。
はたまた兄の矜持を貫くという、自分には出来なかったことを成し遂げた男への物だろうか。
それを知る者は愚か、彼がいたという事実さえ知る者はいない。

この世界では、再生能力も制限されている以上、いくら鬼と言えど挽回の機会は残されていないのだ。
首から上も下も灰のようになり、消えて行く。




【脹相@呪術廻戦 死亡】
【黒死牟@鬼滅の刃 死亡】

60Lunatic Victors (後編) ◆vV5.jnbCYw:2022/04/25(月) 18:54:20 ID:h7NV6zSQ


「終わったか……スゲエ奴だった。UMAなんかとは比べ物にならねえ……
黙示録(アポカリプス)が新たに用意しようとしていた奴か?」

既に人の姿を成していないほど斬り刻まれたアンディは、彼の消滅を見て安堵の声を零した。
恐ろしい相手だった。
アンディには知らぬことだが、敵の能力が悉く制限されていた上で、ようやく倒せた強敵だった。


だが、生命力が制限されているのは敵だけではない。
本来なら呪具を使った攻撃か、術士でしか殺せぬ、正確には祓えぬ脹相も、死の否定者たるアンディも同じだ。


「へえ、これが死か。いいねぇ。最高だ。」
常人とは比べ物にならないほどの死を見ておきながら、今まで感じたことのなかった死を、今ならはっきりと感じ取る。
ようやく、死に場所を見つけた彼だった。


「いや、アイツとの約束、守れなかったな。馬鹿だ。」
最期に、自分の不運(アンラック)で殺してくれると言った少女、出雲風子のことを思い出す。

「やっぱり、死ぬなら……。」


月が、死した二人を照らしていた。


【アンディ@アンデッドアンラック 死亡】
【残り54人】




【C-2/市街地/1日目・黎明】


※周囲にはスチームゴリラ号@Dr.Stone、折れた時透無一郎の日輪刀@鬼滅の刃、多数のクナイ、サンダースの斧×2@アンデッドアンラックが散乱しています。


【支給品紹介】


【雛鶴のクナイ@鬼滅の刃】
アンディに支給された、音柱宇髄天元の妻の一人、雛鶴が使う武器。
じかに投げるのではなく、小型砲のような筒に入れて、大量に打ち出す。
刺さる時のダメージのみならず、鬼の再生や動きを阻害する藤の花の毒が塗られている。


【サンダースの斧@アンデッドアンラック】
脹相に支給された斧。
かつてアンディの仲間であったサンダースが愛用していた武器で、アンディも使ったことがある。


【スチームゴリラ号(1号)@Dr.Stone】
脹相に支給された支給品。
千空が石神村の住人と作った自動車で、これは最初期の姿。
水蒸機関で動いているが、スチームエンジンではパワーが足りず、坂道を手動で動かすことになる。

61Lunatic Victors (後編) ◆vV5.jnbCYw:2022/04/25(月) 18:54:51 ID:h7NV6zSQ
仮投下終了します

62 ◆5IjCIYVjCc:2022/08/06(土) 00:40:53 ID:iFzj4lYw
仮投下します。

63蜘蛛糸は垂らされず ◆5IjCIYVjCc:2022/08/06(土) 00:43:05 ID:iFzj4lYw
元王下七武海の海賊、ドンキホーテ・ドフラミンゴ。
元懸賞金、3億4000万ベリー。
年齢、41歳。

この男の悪名や所業は、海を越えた世界中に伝わっている。
七武海に加盟するきっかけとなったのは、世界政府を脅迫する形だった。
ドレスローザという国を自分の能力を利用した謀略で乗っ取った。
その国に住む小人族や民、そのほか様々な人々を奴隷として武器等を製造する工場で働かせていた。
そして、自分の地位を隠れ蓑に闇の仲買人"ジョーカー"としてカイドウを始め新世界中の大海賊や様々な国家を相手に密売の取引をして富を得ていた。
だが最後は、麦わらのルフィに敗れ、築き上げた地位も追いやられ、海軍により逮捕・投獄された。

その名を持つ男が、この死滅跳躍とも呼ばれる殺し合いの舞台の上に降り立っていた。

しかし、ここにいる彼は前述したような男ではなかった。
同姓同名の別人という訳ではない。
外伝的で並行的な世界の存在という事でもない。

ただ、時間が大きくずれていた。



「……ここは、どこだえ」

地図から見ればG-8に位置する場所、遊郭内のある場所で金髪の少年が1人ポツンと突っ立っていた。
まだ齢が10にも満たないであろう子供だ。

「父上ー!母上ー!ロシー!」

子供は大声で自分の家族を呼ぶ。
だが、それに応える者はいなかった。
それに対し、彼の中では苛つきの感情が募っていく。
声も荒立っていく。

「おい!いいかげん誰かいないのか!ドレイもどこだえ!」

この一人ぼっちの少年こそ、後の悪名高き海賊、ドンキホーテ・ドフラミンゴだ。
彼は、まだ何の力も身に着けていない、子供時代の頃からこの戦いの場に招待されていた。



ドンキホーテ・ドフラミンゴは本来、絶対的な権力者の世界貴族"天竜人"である。
最も、今の彼自身には、その称号は存在しない。
天竜人特有の髪型や服装もしていない。
しかし、今はもう天竜人では無いという自覚は彼の中には無い。

ここにいるドフラミンゴは、父に連れられてマリージョアから下界に降りたばかりの頃だ。
自分が世界最高の権力者の一人ではなくなったことをまだ理解できていない時期だ。

「あいつ、下々民のくせに…!このおれをだれだと思っているんだえ…!よくもこんな汚い場所に…!ただで済むとは思うなえ…!」

ドフラミンゴ少年の表情は濃い憤怒の色に染まっていく。
現在彼のいる場所は、遊郭の中でも最下級に位置する切見世という所だ。
これまでの8年間、何不自由育ってきた彼にとっては相当不潔な所だと感じる。

64蜘蛛糸は垂らされず ◆5IjCIYVjCc:2022/08/06(土) 00:43:39 ID:iFzj4lYw


自分が今の状況になっている原因が先ほどの額に縫い目のある男(羂索)にあることは何となく分かっている。
男が自分に向かって殺し合いをしろと言っていたことも何となく覚えている。
だがそんなことは、ここにいるドフラミンゴにとってはどうでもよかった。
羂索のこともまた天竜人である彼にとっては一人の下々民だと認識している。
考えるのは、あの無礼者の男にどれだけ苦しい罰を与えられるのかといったことだった。

あの男は天竜人である自分を誘拐した、ならば海軍大将が動かないはずは無いとドフラミンゴは思っている。
きっと、父上が海軍を動かしてくれているのが当然のことだと認識している。
そして海軍がこの島に来てくれれば、あの男を捕まえて、然るべき報いを与えられると思っている。
ただ殺すだけでは納得しない、奴隷にして徹底的に思い知らせてやると考えている。


殺し合いについてもドフラミンゴ少年は真っ当に取り組むつもりはない。
そもそも、天竜人である自分がこんなことを問題として扱うこと自体がおかしな話だ。
自分がこんなことで命を落とすなんてことを想像もしていない。

人間を殺すにしても、誰を殺すかどうかはあんなムカつく無礼者に指示されてやることではない。
10人殺せばいいのだと言われても、そんな下々民が勝手に決めたルールを守るだなんてありえないことだ。
殺すのか、それとも奴隷にするのかといったこと等は天竜人である自分が決めることだ。
せいぜい、ムカついた奴から殺すまでのことだ。




最後に、ドフラミンゴが確認している支給品の一つについてここで述べる。

彼がデイパックから見つけたそれは、はっきりと言えば、悪魔の実であった。
悪魔の実とは、食べると海を泳げなくなる代わりに超常的な能力を得られる不思議な果実のことである。
模様は違うような気がするが、まるでリンゴのような形をしたその果実は確かに悪魔の実であるらしかった。

そして、ここにいるドフラミンゴはこの実を自分で食べるつもりはなかった。
本来の歴史において、ドフラミンゴはイトイトの実という超人系の実の力を得ることになる。
だが、そうなったのはその時の彼が復讐の力を求めていたからでもあった。

まだ地獄の経験をしていないこのドフラミンゴにとって、悪魔の実は自分で使うものにはならない。
天竜人にとって、悪魔の実とは奴隷に余興で食べさせて遊ぶものだ。

そんな彼の持つこの神秘の果実は、実は純粋な悪魔の実ではない。
だがドフラミンゴはこれが悪魔の実であることを確認した後、説明書の続きもろくに目を通していないため正確な正体に気付いていない。

これは、世界最大の頭脳を持つ男ベガパンクによって作られた"人造悪魔の実"だ。
それも、この死滅跳躍の舞台にも呼ばれている大海賊、百獣のカイドウの血統因子を抽出して作られたものだ。
ベガパンク本人はこれを失敗作としている。

ただ、今のドフラミンゴにとってはそういったことには関心はない。
使うとしても、遊ぶために奴隷に食べさせようと思った時になるだろう。

65蜘蛛糸は垂らされず ◆5IjCIYVjCc:2022/08/06(土) 00:44:31 ID:iFzj4lYw


自覚なき元天竜人、ドンキホーテ・ドフラミンゴ少年。
懸賞金、0ベリー。
年齢、8歳。

今日が彼の新しき下界デビューだ。
きっとどちらも、彼にとって地獄であることには変わりない。


【G-8/遊郭・切見世/1日目・未明】

【ドンキホーテ・ドフラミンゴ@ONE PIECE】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜2(確認済み)、ベガパンクの失敗作の人造悪魔の実@ONE PIECE
[思考・状況]
基本方針:あいつ(羂索)をドレイにしてこの俺をこんな目に合わせた罰を与えてやるえ
1.さっさとこの汚い場所から出るえ
2.ムカつくやつは殺すえ
3.新しいドレイが欲しいえ
4.こいつ(人造悪魔の実)はドレイに食べさせようかえ
5.きっと父上が海軍大将を呼んでくれてるえ
[備考]
※子供時代、父に連れられてマリージョアから下界に引っ越して来たばかりの頃から参戦です。

【ベガパンクの失敗作の人造悪魔の実@ONE PIECE】
ベガパンクが作った人造悪魔の実。
カイドウの血統因子を抽出して作られており、食べるとカイドウのように龍の姿に変身できる能力を得る。
青龍になるカイドウとは違い、ピンク色の龍となる。
ベガパンクが何を理由にこれを失敗作としたのかは不明。

66 ◆5IjCIYVjCc:2022/08/06(土) 00:45:08 ID:iFzj4lYw
仮投下終了です。

67 ◆Il3y9e1bmo:2022/11/28(月) 10:48:49 ID:Je51VWUM
第一回放送案を投下します。

68 ◆Il3y9e1bmo:2022/11/28(月) 10:50:05 ID:Je51VWUM
地平線の彼方から煌々と輝く太陽が姿を見せ、会場を照らし始めた午前6時。
突如として、ラジオの周波数を合わせているかのような耳障りなノイズが島全体に流れ始める。
それは音声が流れる前の予兆とも取れるように暫し垂れ流され、しかして男の咳払いが数度それに続いた。

「やあ」

殺し合いに参加させられた者たちが次に耳にしたのは、忘れるはずもない『あの男』の声だった。
袈裟を着、額に傷のある美丈夫。あの慇懃を装ったニヤニヤ笑いまでが、いともたやすく彼らの脳裏に浮かぶ。

「おはよう。君たちに語りかけるのは6時間ぶりだね。よく眠れたかい?」

男は生き残った者たちに労りの言葉をかけた。
もちろん、眠ることが――もとより、心からの休息を取ることができた者など、本当に数えるほどしかいないということを彼が知らないはずはないが。

「さて、今回開催された死滅跳躍だが、初めに言った通り脱落者の読み上げを行おうと思う。聞き逃さないようにしてくれたまえ」

ここで男は何が楽しいのか、失笑を漏らした。

「それでは行くよ? ここまでの脱落者は、『石神千空』、『マグ=メヌエク』、『栗花落カナヲ』、『朝倉シン』、『脹相』、『黒死牟』、『アンディ』、『轟焦凍』、『七海建人』、『ドンキホーテ・ドフラミンゴ』、『パワー』、『北条時行』……以上、12名だ。
 この短時間で、参加者の五分の一近くが死亡したことになる。なかなかいいペースじゃないかな? ……おっと、それから25ポイント消費によるルール追加だが――今回は、ナシだ。もう既に25ポイント以上集めておきながら消費していない参加者がいるのか、それとも誰も25ポイントまで到達していないのかは内緒だけどね」

脱落――つまり、死亡だ。参加者の間に感情の波が広がっていく。
それは自身の大切なものを亡くしたショックであったり、死滅跳躍の主催者である男に対する怒りであったりと様々ではあったが、皆が共通して感じたのは確実に近づいてくる『死』の匂いだった。

「続いて、禁止エリアだが『C-1』、『E-4』、『F-2』に設置することにする。この放送が終わってからきっかり1時間後からは中に入れなくなるから気をつけるように。それでは、最後に君たちの健闘を祈る」

男からの一方的な語りかけが終わり、会場は再び静寂を取り戻した。
しかし、参加者たちは『死』という現実を直視し、休まることがない殺し合いに身を投じることになる。
彼らの心には、深い漆黒の帳が幾重にも降りていた。

◆ ◆ ◆

第一回放送終了後。
袈裟姿の男――羂索は空を見上げた。その目はクリスマスプレゼントを目の前にした子供のように輝いている。

「神(サン)……か。太陽に近づきすぎたイカロスはその翼を失ったけど、私もいずれはそうなるのかな?
 それにしても、日本の呪術師がギリシア神話について語るのもなんだか面白いなあ」

燦然と熱を撒き散らす太陽を見つめながら、羂索はそう独りごちる。

「『死滅跳躍』。死滅回遊とは全くもって似て非なるものだけど、彼らは私の意図に気づくだろうか」

ふふ、と笑い、羂索はまた何処かへと去っていった。

69 ◆Il3y9e1bmo:2022/11/28(月) 10:50:43 ID:Je51VWUM
投下終了です。ちょっと短い気がするけど、まあこれくらいで……

70第一回放送(仮) ◆vV5.jnbCYw:2022/12/04(日) 18:47:18 ID:iLNEgw2U
投下お疲れ様です。私も放送案を投下します。

71第一回放送(仮) ◆vV5.jnbCYw:2022/12/04(日) 18:50:30 ID:iLNEgw2U

誰もいない大広間。
つい6時間と少し前。12の世界から61人もの有象無象が集められた場所だ。
この場所には、今は1人しかいない。


(さて、そろそろ始めるか。)

部屋の真ん中に立った、額の縫い目が印象的な男が一呼吸おいて、口を開いた。
数百年の時を生きた羂索だが、これほど興奮したことはそうそう無かった。
何しろ、自分が始めた儀式が、気持ち悪いほど順調に進んでいるのだ。
自分の声が上ずってしまわないか、少しだけ気にする。


「おはよう。」

それは静かで、低くて、それでいて良く通った声だった。

「殺し合いに夢中になっている所を済まないが、6時間が過ぎたのでね。最初に報告した通り、途中経過を告げることにするよ。」


冷たい声。だが、その裏に甘さも含まれている。
ゆっくりとした淀みのない口調を聞いた参加者は、何を思うだろうか。
そんな彼ら彼女らの気持ちを知ってか知らずか、羂索は言葉を紡いでいく。



「まずはこの儀式で贄となった者達を告げていくことにする。
中には大切な者が呼ばれて辛い者もいるかもしれないが、最後まで聞くように。」



一拍置いて、12人の名が告げられる。

石神千空。
マグ=メヌエク。
栗花落カナヲ。
朝倉シン。
脹相。
黒死牟。
アンディ。
轟焦凍。
七海建人。
ドンキホーテ・ドフラミンゴ。
パワー。
北条時行。


「以上、12名だ。私も心底驚いているよ。同時に嬉しくもある。
この儀式が予想以上に順調に進んでいるということだからね。」

静かな声に、幾分か高揚感が混ざる。
だが、興奮状態でありながらも重要事項を忘れることは無い。

72第一回放送(仮) ◆vV5.jnbCYw:2022/12/04(日) 18:51:44 ID:iLNEgw2U

「次は禁止エリアの発表だ。まずはA-4、次にH-7、そしF-2だ。
この放送が終わってから1時間後、もう中に入れなくなるから、間違っても入らないように。
こちらとしても、そのような形で死んでくれるのは望ましくないからね。」

「そうだ、一つ言い忘れたことがあった。5人の参加者を殺め、25ポイントを溜めた者は、ルールを変更できるという話だがね。今の所それに値する者はいない。
とはいえ、言うまでもないがそれに近づいている者はいる。叶えてもらいたい願いや、気に食わないきまりがあるのなら、早くしたまえ。
では、健闘を祈ってるよ。」


始まりの間は、静寂を取り戻す。
しかし、それは一瞬だけ。

羂索の声とは異なる、笑い声と嗚咽の声が響いた。
暗い部屋の中、突如青い炎が灯り、笑い声の方が明らかになる。


「哀しいなあ、轟焦凍。こんなに早く薪になるなんてな。」

青い炎を纏った青年はクルクルと、不気味な踊りを舞う
ボンボンと、火の粉が散る。まるでこの邪悪な儀式を盛り立てるかのような舞いだ。
誰かを悲しんでいるようにはとても思えない。


「おや、燈矢。兄弟のことを気にかけてくれているのかい。」
「その名で呼ぶなっつってんだろイカレ縫い目。」

「なら、荼毘と言うべきかな。」
「勝手にしろ。」

羂索に対して悪態をつくも、どこか愉快そうだった。
何を隠そう、彼はこの殺し合いで死んだ漕凍の兄だ。
ただし呪われた血縁関係の兄だが。


彼は父に、家族にいなかったことにされてから、ずっと憎んでいた。どうすれば苦しむのか、考え続けた。
勿論、そんな怨嗟の気持ちは、兄弟が一人死んだくらいでは到底晴れない。


「轟炎司……お前はどんな顔するだろうなあ……。」

爛れた口元を歪に歪め、最も憎む父親の表情を思い浮かべる。


「俺がこんなふざけたゲームの協力者だって知ったら、どんな気持ちだろうなあ……」

興奮を発散するかのように、ステップを踏む。
壊れた悪がそこにいた。


「いくら父親のことが気になるからと言って、勝手に殺し合いの会場に出たりしないように。
それと君はそろそろ泣くのをやめたらどうだ。」

73第一回放送(仮) ◆vV5.jnbCYw:2022/12/04(日) 18:52:47 ID:iLNEgw2U

くちゃくちゃくちゃくちゃ
ずずずずずずずずずず

荼毘がいる方向とは別の方で、食べ物を咀嚼する音と、鼻をすする音が同時に聞こえる。
その音を聞くだけで、大半の者は食欲が減退してかなわないだろう。


「みんな、無事でよかったなあ!良かったなあ!!」

そこでは、黒い帽子と丸眼鏡をつけた白髪の男性が立っていた。
涙を流しながら、骨付き肉を食べている。
しかし、涙で濡れたその瞳は、不気味な光を放っていた。


「恐ろしいな、夜桜百。愛する家族をこの儀式に巻き込むとは。」
「大丈夫だ。凶一郎は、四怨は、六美は、生き残るよ。そして太陽。君も六美の婿として、この殺し合いで勝ち残ってくれるよ。
そしてその時は祝おう!家族の団欒を!!」

食べながら大声でしゃべったため、肉の欠片が羂索の顔面にへばりつく。
少し顔を顰めながらも、そんな夜桜家の父親相手に話をつづけた。

「どうなるやら。何にせよそこまで興奮してくれて嬉しいよ。わざわざ死滅回游をやめ、イチからこの儀式を始めただけある。」
「ならば零を生き返らせてくれるんだね?期待しているよ?」
「ああ、無事にこの儀式が終わり、私の目的が達成できれば誰でも生き返らせてやろう。」


荼毘こと、轟燈矢に夜桜百。
羂索とは異なる世界にいながら、卓越した呪いを心に秘める彼らは、この殺し合いの協力者として呼ばれた。
そしてその礼代わりに、特等席で殺し合いを楽しむ権利と、儀式が終われば願いを叶えてもらえる権利を得たのだ。


歓喜、狂喜、喜悦、驚喜。
様々な喜の感情が、そこに渦巻いていた。



死滅跳躍 残り 49人

74第一回放送(仮) ◆vV5.jnbCYw:2022/12/04(日) 18:53:35 ID:iLNEgw2U
投下終了しました。

75 ◆vV5.jnbCYw:2022/12/04(日) 20:17:35 ID:iLNEgw2U
すいません。
仮投下の最後に以下の文を付け足します。


協力者
 
荼毘@僕のヒーローアカデミア
夜桜百@夜桜さん家の大作戦

76 ◆7XQw1Mr6P.:2022/12/04(日) 21:37:41 ID:/s1drrKc
放送案を投下します

77 ◆7XQw1Mr6P.:2022/12/04(日) 21:39:24 ID:/s1drrKc
 朝日が差し込む、静謐とした空気が満ちた雄英高校の放送室。
 そこにはあろうことか死滅跳躍の主催者、羂索の姿があった。


「放送の時間だ」


 羂索がハンドマイクに向かって語り掛けると、その声は会場中に響き渡った。


 市街地。森林。豪華客船内。遊園地。
 鬼ヶ島。湖上。那田蜘蛛山。果ては海上の彼方まで。


「もう一度だけ言おう、放送の時間だ。
 この声は会場内のどこにいても聞こえるようにしている。
 が、意識の無い者や放送を聞ける状況ではない者もいるかもしれない。
 だがそのことについて、こちらは一切関知しないのでそのつもりで」


 放送を聞いた者たちは気づいただろうか。
 今聞こえているのは確かに夢に出てきた男の声だが、あの時とは声の質が変わっていることを。
 あの嫌見たらしい笑顔で機嫌よく話していた開幕時とは違い、今の男の声はひどく不機嫌そうであることを。

 まるで楽しみにしていたゲームを実際に遊び、操作が難しく思い通りに遊べないと癇癪を起した、聞き分けの悪い子供のようであることを……。


「まずは連絡事項からだ。脱落者のリストを読み上げる。
 耳の穴かっぽじってよく聞いておくように。

 朝倉シン
 アンディ
 石神千空
 黒死牟
 脹相
 栗花落カナヲ
 轟焦凍
 ドンキホーテ・ドフラミンゴ
 七海建人
 パワー
 北条時行
 マグ=メヌエク―――……」


 立て板に水とは、まさにこのことだった。
 聞く者の都合を一切考えることも無く、息継ぎもせぬまま一気に捲し立てるように。
 燃え尽きたロウソクの残骸を掃除でもするかのような無感動で、死者たちの名は読み上げられた。

 淡々と述べられる死者の名に、羂索の感情は欠片ほども乗ってはいなかった。
 自らが起こした殺戮劇のその結果に、男は微塵の感想も抱いてはいなかった。


「以上12名が、これまでの6時間に死亡した死滅跳躍の走者(プレイヤー)たちだ。
 ちなみにこれは名前の五十音順であり、脱落した順番ではないことを明言しておく」


 羂索は手元にあった死亡者の名簿を一瞥すると、無造作に丸めて放送室のゴミ箱に投げ捨てた。


「次に禁止エリアの発表だ。

 遊園地の西側、【C-4】
 鬼ヶ島北東部、【F-5】
 診療所の南方、【H-6】

 この三か所が、これより一時間後に禁止エリアとなる。
 領域に足を踏み入れた者は一切の例外なく死亡するため、くれぐれも注意することだ。
 ……そしてルールの追加だが、ルールの追加を申請した者はいなかった。
 よって今回、追加されるルールは無い。
 以上で連絡事項は終わりだ。




 ガッカリしたよ。ハッキリ言って期待ハズレだ」



 羂索のため息が会場中に低く響く。
 そして会場中の至る所から、困惑と憤怒が、【呪い】の感情が噴出した。

 殺し合いを強要してきたこの外道は、一体何を言っている……?

78 ◆7XQw1Mr6P.:2022/12/04(日) 21:40:10 ID:/s1drrKc


「異なことを言ったと思ったかな?
 だが私のほうこそ、この展開は異様だと思っている。
 殺しを忌避しない強者諸君。いささか暴れ方に華が無いと言わざるを得ないな。
 百獣の主よ、悪鬼どもの王よ。支配の体現者よ、狂乱の神よ。
 君たちの力はその程度か? ならば言ってくれ。こちらの認識不足だ。非はこちらにある」

「もちろん私は、諸君らは皆が皆、殺し合いに積極的な性分ではないということは重々承知だ。
 だがか弱き者たちを守るためには、多少の犠牲も厭わない覚悟を持つ者も多いと、私は知っている。
 であれば、生存確率を高めるためのルール追加は急務だろう。


 なぁ、伏黒恵、虎杖悠仁。君たちは死滅回游で何をしようとしていたか忘れたのか?」


 参加者を非難する羂索の声色には、かつてない程の侮蔑が多分に含まれていた。

 参加者たちが過ごしたこの6時間は、主催者にとってもさほど益のあるものでは無かったということか。
 力がこもり、手のマイクが軋む音が会場に響いた。


 それから少しの間を開け、長く息を吐いた羂索。
 彼が再び口を開いた時、その声にはまた違った色がついていた。


「一つ、指針をあげようか。
 先ほど発表した禁止エリアだが、それに関するルールの認定は柔軟に対応するつもりだ。
 例として"ポイントを消費して禁止エリアを解除できる"ルールならば許可できると明言しておこう。
 相場としては5ポイントで1エリア。一人の犠牲で安全圏を買えると思えば安い物だろう?
 無論、次の放送で再度禁止エリアになる可能性はあるけどね」


 先ほどまでの不機嫌さから一転、今度はこちらを諭すように優しい声色。
 出来の悪い子を諭すような口ぶりで、"こうしてごらん?"と羂索は道を示す。

 傍若無人。
 この殺し合いの会場を遊戯の盤に例えた参加者は何人かいたが、羂索はまさにその盤面を好き勝手に動かす支配者気取りだった。


 羂索に対し憤りばかりを覚えていた参加者たちも、その振舞いに、言葉に、薄ら寒いものを感じていた。


「次の6時間では、もう少し楽しませてくれたまえよ。
あぁ、最後に――――黙示録、【課題発表(クエストオープン)を許可】する。
 この言葉の意味を君たちが知ることになるのはもうしばらく先だろうが、まぁ決して悪いことではないとだけ言っておこう。
 ……では、また6時間後に。
 第一回放送、"雄英高校"放送室からお送りした。
 フフフ。今から急いで来るのは勝手だが、私はあと1分程度でここを去るし、次の放送でここに来ることも無いがね」


 会場に、戦慄と殺気が迸った。
 主催が自分たちと同じ場にいると知った、放送を聞いた全ての者から放たれた、空間をひび割るような殺意の波動。
 会場中からのそれを一身に受け、首筋に心地よい振動を感じながら、羂索はマイクのスイッチをオフにした。


「さて、さっさとここを去りたいところだが、"縛り"のリスクは甘んじて受けないとね」


 羂索が振り返ると、放送室の一角に黒い"もや"がかかっていた。
 "もや"は脈動するように形を変えながらも、霧散することなく漂っている。


「ジーナ、映画館の"不変"は解除したかい?」


 羂索が"モヤ"に声をかければ、暗がりから一人の少女が顔を出した。


「手筈通り。上映室に出入りできるようにしておいたわ」


 異様に大きなベレー帽と、背中まで伸ばした髪で風を切り、
 ペタペタと素足の足音を立てる少女は両腕で何かを抱え込みながら、羂索に仕事達成の報告をした。

79 ◆7XQw1Mr6P.:2022/12/04(日) 21:40:45 ID:/s1drrKc

「よろしい。
 ……と言いたいところだが、不変の解除は一瞬のはずだ。
 ジーナ=チェンバー。私が放送を行っている間、どこで何をしていたんだい?」
「……彼の遺体を確かめたかったのよ」

 羂索の追求に、ジーナと呼ばれた少女はその胸に抱く物を見つめる。
 それは、額にプレートが刺さった男性の生首だった。

「持ち帰ったのかい」
「彼の死体を晒し物にしたり、研究材料にしたりしない。それも条件の内だったはずよ」
「勿論だとも。献身的な協力者との約束を反故にしたりはしないさ」
「献身的……? 勘違いしないで。喜んで協力してるわけじゃない」


 ジーナが羂索を鋭く睨む。
 その敵意もどこ吹く風と、肩をすくめる羂索に、ジーナも視線を切る。

 この怒りも殺意も、この男には届きやしない。
 そう理解していても、この男に対する怒りも殺意も、決して変わることは無い。

 それでも、彼女が羂索に従うのは。


「デッドちんは、約束通り私を変えてくれた。
 それを無かったことみたいにしたアナタを、私は許さない。
 でも、デッドちんを変えてあげられるなら……死なせてあげられるなら。
 それだけの力をアナタが持つなら、私が変わる前に、アナタの言うことを聞いてあげてもいいって」

「わかっているさ。そして君もわかっているはずだ。
 彼は約束を果たした。それに君は報いたい。
 私は約束を果たした。ならば君は報いるべきだ」
「…………えぇ、わかってる」
「よろしい。では"縛り"も果たしたことだ。
 戻るとしよう。黒霧」
「えぇ」


 羂索が黒い"モヤ"―――控えていた黒霧に視線をやれば、黒霧はその体積を増大させ放送室を満たす。
 そして次の瞬間には、羂索も、ジーナも、黒霧も、跡形もなく消えていた。


 朝日が差し込む、静謐とした空気が満ちた雄英高校の放送室。
 そこに残されたのは、ゴミ箱に捨てられた死亡者名簿だけだった。




【一日目 午前六時 第一回放送】
【残り49名】



【主催 羂索@呪術廻戦】

【防衛担当 ジーナ=チェンバー@アンデッドアンラック】
【輸送担当 黒霧@僕のヒーローアカデミア】




※"縛り"により羂索は放送から1分間、会場内にいる必要があります。
 ただし放送に際して、専用の設備は必ずしも必要ではありません。
 ハンドマイク一本あれば放送が可能です。

※黙示録からの課題(クエスト)が解禁されました。

※映画館の"不変"が解除されました。

※アンディの遺体が回収されました。

80 ◆7XQw1Mr6P.:2022/12/04(日) 21:42:08 ID:/s1drrKc
投下終了です
他の方の放送案とかなり違う方向性ですが、よろしくお願いします

81 ◆7XQw1Mr6P.:2023/01/01(日) 23:25:32 ID:eGOOmQIw
あけましておめでとうございます。
お年玉ってほどのものではありませんが、こちらで去年書いて没にしたssを投下させていただきます。

時系列的には、あの話題になったドフラミンゴの登場話の後になります。
また、しばらく登場話が書かれなかったトガの登場話として執筆していたものです。

ドンキホーテ・ドフラミンゴ
トガヒミコ

投下します。

82よふかしのうた ◆7XQw1Mr6P.:2023/01/01(日) 23:26:51 ID:eGOOmQIw
 いかに世界で最も高貴な血筋であろうとも、思いのままに怒りと助けを叫び続け、考え無しに遊郭中を歩き回ったならば、肉体に疲労が溜まるのは自明の理。
 ましてやそれが8歳の少年なのだから、殺し合い開始早々にドフラミンゴ少年の体力は尽きつつあった。

 加えて今は深夜。健康な子供が日中に活動すれば、おのずと睡魔がやってくる頃合いだ。
 どれだけ欲望のままに生きる者であろうとも、あるいは欲のままに生きるからこそ、子供の体力では眠気に抗える限界もある。


 考え無しの移動だったとはいえ、それでも無意識に不衛生な環境を脱しようとしていた少年は花街の表通りにまで出てきていた。
 マリージョアのかつての住居とは比べものにならないが、最初にいた切見世地帯よりはマシだ。

 少年は適当な座敷に潜り込み、目についた布団の上で眠ることにした。
 危機感の欠片も無く、少年はいびきをたてて眠りにつく。
 室内の貧相な装飾も、寝具のお粗末な出来にも、もはや怒りや不満を抱けないほどの眠気だった。

 激情による興奮を上回るほどの強烈な眠気
 それはあるいは、何不自由なく生きてきた少年が異常な環境に一人放り込まれたが故の、一種の防衛機制だったのかもしれない。



・・・



「もしも〜し」

 間延びした声とともに身体を揺すられ、ドフラミンゴ少年の意識が眠りから浮上する。
 寝ぼけ眼をこすりながらそばを見やれば、そこには一人の女が座っていた。

 若い女だった。少女と言ってもいい。
 とはいえドフラミンゴ少年よりはかなり年上だ。

「こんなところで大きいいびきかいて寝てるなんて、あなたかなりの大物サンですね」

 ドフラミンゴと同じ色の髪を、頭の両サイドで団子状にまとめている。
 刃物で裂いたように切れ長の三白眼に見つめられ、寝起きの少年は一瞬ひるむ。
 少女の人相が悪いというわけではない。むしろ可愛らしいといえる顔立ちである。
 ただ、少女の眼差しの空虚な鋭さが、ドフラミンゴの心をざわつかせた。

 とはいえ、世界で最も気位の高い一族の自尊心が、竦む心を立ち直らせる。

「な、何者だえ! 下々民がおれの眠りを妨げるとは、いったいどういうつもりだえ!」
「しもじ……? 誰のことです?」
「お前のことだえ! 見るからに貧乏で不潔そうな格好をしているえ!」
「ヒドイなぁ……確かにリアルな家なき子やってますし、貧乏ってのは正しいかもですケド。
 その前に綺麗好きな女の子やってるんで、身だしなみには気を付けてるんですケド」

 少女の三白眼が細くなる。
 だがもうドフラミンゴ少年はひるまない。
 おれは天竜人、世界の頂点に立つ一族だ。こんな女一人、何を恐れる必要がある

「汚らわしい手でおれの身体に触れるとは、どうなるかわかっているのかえ!」
「どうなるんです?」
「殺してやるえ! いや、まず奴隷にして百回鞭で打って、百本の矢を射かけさせるえ!
 それから、馬に繋いで屋敷の庭を百周引きずり回してやるえ!
 ズタボロになった後でライオンの餌にしてやるえ!」
「……残酷趣味ですね。グロ!」

 少女は顔をしかめて見せた後、すぐに薄い微笑みの表情に戻った。
 言葉遣いこそ敬語ではあるものの、その態度は年下に対するただの丁寧語でしかない。
 ドフラミンゴに対する敬意も畏れも、この女は抱いてはいなかった。

 実際、少年がどれだけ望もうと、今の彼にそれを実現させるだけの力が無いことは明白である。
 仮に破壊的な"能力"の行使を仄めかしたならば、話は別であったのだが。

「それより、聞きたいことがあるんですけど」
「それより!?」
「ステ様に会わなかった? 名簿に名前があるから、どこかにいると思うんですけど」

 少女はデイバッグから取り出した名簿を見せ、一つの名前を指さす。
 眼前に掲げられた『ステイン』という文字列と、その横の少女の顔をしっかりと見比べ、ドフラミンゴ少年は拳を振るった。

「おっと」
「そんなやつ知るか! おれは偉いのに、なんでお前なんかの人探しを手伝わなきゃいけないんだえ!!」

 ドフラミンゴ少年は少女に殴りかかるが、少女は余裕をもって避けていく。
 少女と言えど、少年に比べて身体付きは大人のそれに近い。
 文字通り大人と子供の体格差。加えて少年に武の心得などない。
 精々が、逃げ回る奴隷を狩る遊びで多少銃の扱いが出来る程度だ。

 するすると少年の攻撃を避けながら、少女はポツリと独り言をこぼす。

「怒鳴ってばかり、不満ばかり。あなたも、生きにくそうだねェ」
「知るか! おまえ、さっきからおれに気安く話しかけすぎだえ!」
「生きやすい世界になったらいいのになって思わない?」

 少年の怒声も、少女はまるで意に介さない。
 年齢に見合わない残虐性と選民思想の過激さには多少驚きこそあるものの。
 目の前の小さな独裁者に対して抱くのは、むしろ共感の部分が大きかった。

「……今は、ものすごく生きにくい! あの縫い目頭と、お前のせいだ!
 おれは、世界貴族だ。この世界はおれたち天竜人のためにあるんだぞ!
 この世界は、おれたちが生きやすい世界じゃなきゃいけないんだぞ!」

 空振りする攻撃にしびれをきらし、少年は叫んだ。
 不満を、怒りを、思いの丈を、思いのままに。

 少年が振るった拳も蹴りも、一つとして少女に届くことは無かった。
 だが最後に、少年の一番の感情の発露を、少女は確かに受け止めた。

83よふかしのうた ◆7XQw1Mr6P.:2023/01/01(日) 23:27:26 ID:eGOOmQIw





「ですよね」


 少女は、静かに微笑んだ。
 さっきまでの薄ら笑いとは違う、少年に対する心からの笑顔(スマイル)だった。

 打てど響かず、怒鳴れど届かず。
 権力に怯まず気安い態度を取り続けていた少女が、初めて自分の言葉に同意した。
 その事実に、寝覚めから一気に激情に身を委ねていたドフラミンゴが困惑する。

「ま、ステ様を知らないならいいです。それじゃ」
「えっ」

 唐突に会話を切り上げ、少女はさっさと部屋を出ていった。
 結局一度も標的にぶつけられないままだった拳を握ったまま、ドフラミンゴ少年は一人立ち尽くす。

 さっきまで少女がいたのがウソのように、部屋の中は静かになっていた。



・・・



「ステ様とぉ、あ・い・たーい。
 ステ様にぃ、な・り・たーい。
 ステ様をぉ、こっろ・したーい……」

 歌、というほどのものでもないが、少女の口から零れる言葉には微かなメロディがあった。
 機嫌よく、リズムよく、遊郭を出た少女は一路、人が集まりそうな会場の中心方向へ向けて夜の道を往く。

「ステ様に、会えたら、そのあとは……」

 ふと振り返ると、遊郭で会った少年が走ってきていた。
 夜だというのに、子供のくせにサングラスなんかかけちゃって。
 こちらを見下す態度といい、サディストぶりといい、とんだマセガキだ。

「お、おま、おまえっ! おれを、置いていくなぁ!」

 でも、こんな小さな子供も生きづらさを抱えて生きているのだ。

―――この世界は、おれたちが生きやすい世界じゃなきゃいけないんだぞ!

「まったくもって、その通りですね……」

 どうして自由に生きられないのか。
 どうして排斥され、抑圧され、不自由に甘んじなければならないのか。

 柄にもなくたくさん考えている。
 でも考えることは苦痛じゃない。
 この殺し合いの場は、抑圧された世界を壊してくれる。
 閉ざされた視界が開けるように、少女――トガヒミコの瞳は闇の中で輝いていた。

 夜も遅いが、ねむるには眼が冴えすぎている。
 息苦しくてスリリングな殺し合いの夜。
 憧れの人を探し、起きたまま夢見る理想の世界。
 少女が口ずさむ、よふかしのうた。





【G-8/1日目・未明】

【ドンキホーテ・ドフラミンゴ@ONE PIECE】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜2(確認済み)、ベガパンクの失敗作の人造悪魔の実@ONE PIECE
[思考・状況]
基本方針:あいつ(羂索)をドレイにしてこの俺をこんな目に合わせた罰を与えてやるえ
1.この女(トガ)、おれを置いていくのは許さないえ
2.ムカつくやつは殺すえ
3.新しいドレイが欲しいえ
4.こいつ(人造悪魔の実)はドレイに食べさせようかえ
5.きっと父上が海軍大将を呼んでくれてるえ
[備考]
※子供時代、父に連れられてマリージョアから下界に引っ越して来たばかりの頃から参戦です。


【トガヒミコ@僕のヒーローアカデミア】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1〜3(確認済み)
[思考・状況]
基本方針:生きやすい世界にしたい
1.ステ様を探す!
2.生きづらさを抱える少年(ドフラミンゴ)にちょっとシンパシー
3.ドフラミンゴがついてくるのは気にしないが、別に護ったりする気はない
[備考]
※参戦時期は敵連合と合流する前です。

84 ◆7XQw1Mr6P.:2023/01/01(日) 23:30:16 ID:eGOOmQIw
以上で投下終了です。
短かい登場話ですが、これを思いついて書き上げる前にトガの登場話が投下されたため、あえなく没になった作品になります。
せっかく没ssのページがWikiに作成されたので、よければそちらに加えていただきWikiの彩りの一助にしていただけたらと思います。

それでは、今年もよろしくお願いいたします。


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