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【伝奇】東京ブリーチャーズ・拾《完結》【TRPG】

1那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/09/02(木) 20:56:39
201X年、人類は科学文明の爛熟期を迎えた。
宇宙開発を推進し、深海を調査し。
すべての妖怪やオカルトは科学で解き明かされたかのように見えた。

――だが、妖怪は死滅していなかった!

『2020年の東京オリンピック開催までに、東京に蔓延る《妖壊》を残らず漂白せよ』――
白面金毛九尾の狐より指令を受けた那須野橘音をリーダーとして結成された、妖壊漂白チーム“東京ブリーチャーズ”。
帝都制圧をもくろむ悪の組織“東京ドミネーターズ”との戦いに勝ち抜き、東京を守り抜くのだ!



ジャンル:現代伝奇ファンタジー
コンセプト:妖怪・神話・フォークロアごちゃ混ぜ質雑可TRPG
期間(目安):特になし
GM:あり
決定リール:他参加者様の行動を制限しない程度に可
○日ルール:一週間(延長可、伸びる場合はご一報ください)
版権・越境:なし
敵役参加:なし(一般妖壊は参加者全員で操作、幹部はGMが担当します)
質雑投下:あり(避難所にて投下歓迎)

関連スレ

【伝奇】東京ブリーチャーズ・壱【TRPG】
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番外編投下用スレ
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/17870/1509154933/

東京ブリーチャーズ@wiki
https://w.atwiki.jp/tokyobleachers/

2那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/09/02(木) 20:58:58
東京ブリーチャーズと終世主アンテクリストの都庁での決戦から、数ヶ月が過ぎた。

アンテクリストの召喚した悪魔たちによって完膚なきまでに破壊された東京二十三区は、戦いの終結後ほどなくして修復された。
否、正確には御前の手によって『破壊のない世界線へ移行』した。
これによってアンテクリストの存在も悪魔たちの襲撃も無かったことになり、東京の平穏は保たれることになった。
殺されたはずの人々は死の運命から逃れ、崩落したビルなどの街並みも壊されることなく健在でいる。
そして、化生たちにとっては死活問題である『存在を人間たちに知られる』という危機も回避された。
すべてはアンテクリストが現界する前の東京へと戻ったのだ。

ほんの一握りの者たちの記憶にだけ、その真実を残して。






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3那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/09/02(木) 20:59:21
「ええい、だからもっと祈をうちへ遊びに寄越せと言っておる!祖父が孫に会いたがって何が悪いか!」

「祖父だって?ハ!笑わせんじゃないよ、十年以上もほったらかしにしといて今更親族面かい!」

「なんじゃと、クソババア!」

「なんだい、クソジジイ!」

祈の住むアパートの手狭な居間で、朝から安倍晴朧と多甫菊乃が互いに睨み合い火花を散らしている。
どうやら孫の祈に関する扱いで揉めているらしい。戦いが一段落し、今までの疎遠にしていた時間を取り戻したいと願う晴朧と、
これまで通りの生活を希望する菊乃の間で意見の食い違いが発生しており、朝から一進一退の攻防が続いている。

「おのれ、埒が明かんわ!表へ出ろクソババア、今日という今日は調伏してくれる!」

「面白い、やれるもんならやってみなクソジジイ!あべこべに月まで蹴り飛ばしてやるよ!」

ふたりが同時に立ち上がる。――妙なところで息が合っている。
むろん、ふたりとも本気で相手を憎んでいる訳ではない。
ただ互いの実力を理解した上で遠慮のいらない相手と認識し、実際その通りに激突するため、
第三者からすると本気にしか見えない遣り取りになるのだった。
祈の父・晴陽の死に端を発した陰陽寮の後継者問題は、今も解消されてはいない。
跡目の最有力人物と目されていた安倍晴空と芦屋易子は共に次期陰陽頭候補の地位を辞退し、現在後継者は空位となっている。
どうやら晴朧は息子である晴陽の忘れ形見である祈を何とかして自分の後継者にしようと考えているらしい。
陰陽師に必要な巫力という点では皆無な祈であるが、それを補って余りある戦いのセンスがある。
その上(今となっては隠蔽された世界の話だが)祈は終世主アンテクリストを倒し世界を守護した紛れもない救世主である。
自分の後を継ぎ、陰陽寮を統べる存在としては血統も実力も申し分ないと思ったのだろう。
むろん純粋に祖父として孫に会いたいという気持ちもあるのだろうが、
そんな内心も見透かしているがゆえ、菊乃は晴朧の祈への介入を殊更気に入らないと思っているようだった。

「祈、そろそろ学校へ行く時間でしょ?そろそろ支度しなさい。
 おばあちゃんとおじいちゃんの遣り取りはいつもの挨拶みたいなものだから」

いがみ合う菊乃と晴朧を尻目に、ベージュのカットソーとグレーのミモレ丈スカートにエプロンを纏った颯が祈を促す。
戦闘こそできないものの、すっかり復調した颯は祈と菊乃と親子三代でアパートに住んでいる。
昼間はパートとしてSnowWhiteで働いており、店では評判の美人店員として雑誌でも取り上げられるほどだ。
とても中学生の子どもがいるようには見えない、と颯を見た客たちは口々に言うらしい。
祈が学校へ行く支度を済ませると、丁度アパートの外で自動車のクラクションが鳴った。迎えが来たのだ。

祈と颯がアパートから出ると、銀色のクーペが停まっている。
運転席のドアが開き、中から出てきたのは、やや癖のある金髪に甘いマスクの美青年だ。

「やあ――、おはよう祈ちゃん!今日もかわいいね!」

濃紺のシャツに白いスリムパンツを合わせた出で立ちの青年――ローランは祈の顔を見ると、満面の笑みを浮かべて両腕を拡げた。
八世紀に生きた聖騎士のクローン体であったローランは、最終決戦の際に祈へすべてを託して消滅した。
だが、御前の力により世界が最終決戦そのものが無かった未来へとシフトしたため、戦死というローランの未来もまた変質した。
とはいえ、元々クローンとして余命幾許もなかったローランである。死の宿命それ自体から逃れることはできない。
平和になった並行世界でも、ほどなくしてローランは祈やレディベアらに看取られてその生涯を終えたのである。

が。

驚くべきことにローランは『死後妖怪になる』という力技で蘇生を果たした。
『死んでからミカエルに掛け合ってね。世界を守ったんだし、そのくらいのサービスはしてもらってもいいかと思って!』
と、ローランはあっけらかんと笑って言った。
クローン体ゆえの短命という運命を克服したローランはE.L.Fの監視下に置かれるという条件を飲む代わり、
日本で生活する権利を獲得。現在はレディベアとふたり、表向き兄妹として暮らしている。
また現在は端正な顔立ちを活かしてモデルとして活躍しており、今となってはテレビや雑誌、
ネットでローランの顔を見ない日はない。まさに時代の寵児である。
なお、雑誌のグラビアや電車の中吊り広告などではだいたい上半身裸でいる。
親愛を籠めて祈を緩くハグをすると、ローランはクーペの反対側に回ってドアを開いた。

「ごきげんよう、祈。お待たせしてしまいましたかしら」

車の中からゆっくりと、制服姿のレディベアが出てくる。
世界線が変わり、平和になると、レディベアはまた祈のクラスメイトとして復学を果たした。
『父の仕事が忙しくなって、少しだけワシントンD.C.の実家に戻っておりましたの。急なお話で手続きもままならず、
 皆様にはご迷惑をお掛け致しましたわ』
というのがレディベアの学校での説明であったが、むろん誰も疑う者はいなかった。瞳術の効果である。
復学したレディベアは相変わらずのワガママお嬢様ぶりで学校生活を、そして人間社会での生活を謳歌している。
祈といつでも一緒にいたがるところも相変わらずだ。お陰で今までも学校では祈とレディベアはニコイチ扱いされていたのが、
益々定着してしまった。
 
「今日は英語の中間テストの日ですわ。祈、準備は万端ですの?
 よもや赤点など、このわたくしのパートナーとして許されざる失態を犯すことはないと思いますが――」

ふぁさ、とレディベアがツインテールをかき上げる。
終世主を倒し世界を救っても、祈の戦いは終わらない。勉学的な意味で。
『探偵になるなら特に語学は重要ですよ』とは、橘音の弁である。

4那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/09/02(木) 21:00:02
「まったく……。元とはいえ世界を変革する龍脈の神子ともあろう者が、これでは先が思いやられますわ。
 ねえ?お父様」

そう言うと、レディベアは軽く自身の身に着けているポーチに視線を落とした。
と、ポーチの蓋が開いて中からテニスボール大の黒い球体が飛び出してきた。
最終決戦の際にレディベアが使用した妖術のような、小さくて丸い何か。
それは表面に無数の触指を放射状に伸ばした、中央に一ツ目を持つ妖怪だった。

妖怪大統領・バックベアード。

アンテクリストとの戦いの際、ふたりがブリガドーン空間の力によって降臨させた『本来存在しないはずの妖怪』。
世界線の移動を経て消滅するはずだったバックベアードは、小さくなりはしたものの奇跡的に現在も存在し続けている。
太歳、空亡としての圧倒的な妖力は喪っているようだったが、そんなことはレディベアにとっては些末な問題だろう。
力の有無など関係ない。ただ愛する父と共に在ること、それだけがレディベアの望みなのだから。

「お父様からも言ってやって下さいな、わたくしの親友ならば赤点などあってはならないと。
 もしそうなったら、徹夜で再テストの勉強ですわ!」

レディベアの言葉に応じるように、バックベアードがくるくると祈の周囲を飛び回る。
本人としては注意を促しているのかもしれないが、その様子は傍からはじゃれついているようにしか見えない。

「ほらほら、祈もモノちゃんも、早くしないと学校に遅刻しちゃうわよ?」

「私の車で送っていこう。なに、ちょっとしたドライブがてら……ね」

颯が促し、ローランが乗車を勧める。
しかし、レディベアは一度かぶりを振った。

「いいえ、今日は徒歩で参りますわ。
 ここから学校へ着くまで――ふたりで、のんびり歩いて。
 いいですわよね?祈」

車に乗ってすぐに移動してしまうのではなく、ふたりで一緒に。
歩いていこう、大地を踏みしめて、風を感じて。同じ感覚を共有し、この世界に生きていることの喜びを実感しながら。
レディベアは屈託なく笑うと、祈へ右手を差し伸べた。無邪気で愛らしく、なんの不幸も不安も宿していない、心からの笑顔。
祈たち東京ブリーチャーズが勝ち取った、何よりも尊いもの。

「レディ、祈ちゃん、行ってらっしゃい!」

「行ってらっしゃい、お勉強頑張ってね!」

「――さ、祈。行きましょう!」

燦々と輝く太陽の下、ローランと颯が笑ってふたりを送り出す。レディベアが祈の手を取って駆け出す。
そして。

《……行ってらっしゃい、祈。君の未来に、両手いっぱいの幸せと愛がありますように――》

祈の視界の端にほんの一瞬、颯の隣に父晴陽が佇んでいるのが見えたような気がした。
現世と幽世の境界は、ごくごく薄い。
離れ離れのように見えても、本当はすぐ近くにいる。ずっと見えている、途切れずにいる。
かつて晴陽が祈にそう言ったように――


愛は、ずっと繋がっている。

5那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/09/02(木) 21:00:44
SnowWhiteは、天魔七十二将との戦い以降客が増えた。
理由はもちろん、SnowWhiteが帝都を、ひいては世界を守った東京ブリーチャーズの拠点と知ってのことである。
御前の手による世界線の移動によって人間たちは一部を除いて皆東京で起こったことを忘却したが、妖怪たちは別である。
あの神の長子、天魔の首魁ベリアルをも打倒するチームがいるということで、
SnowWhiteは東京ブリーチャーズに面会を望む妖怪でごった返した。
その範囲は東京周辺だけに留まらない。北海道のカムイ一党や沖縄のマジムン一族、
果ては中国、インド、ヨーロッパのなどの諸外国からも妖怪たちが詰めかけている。
その殆どは自分たちの住む地域のトラブル解決、早い話が妖壊退治だったが、
中には芸能事務所と勘違いした追っかけのような連中や、道場破りのような真似をする妖怪も出てくる有様で、
その都度店内は嵐の過ぎ去ったかのような状態に陥るのであった。

「店長ー!ブルーハワイのバニラアイストッピングと、宇治抹茶小豆練乳入りまーす!」

「……いちごミルクレアチーズひとつ、畏まりました。ご一緒にクリームソーダはいかがですか?」

今日も今日とて颯とシロが客でごった返すホール内で接客に勤しんでいる。
なお、アンテクリストとの決戦後に祈へ憎まれ口を叩いて勝手に雪山へ帰ったノエルであったが、
新技を引っ提げて雪山に乗り込んだ祈によってボコボコにされ、無事(?)東京へと戻ってきた。

何だかんだあって新女王として即位したノエルであったが、まだまだ実務に就くのは早すぎるということで、
当面の間は東京で社会を学ぶという現状維持となっている。
肩書き上は雪妖・氷怪を統べる女王となったノエルであるが、母親である先代雪の女王が退位した直後に女王のさらに上の位、
女皇を名乗ったため、実質的には何も変わっていない。

「まぁ、姫様もとい女王様に率いられるようになったら雪妖も終わりですよね」

「女皇様がまだまだご健在だからいいようなものの……いやーほんと私たちがついてないと姫様はダメだわー。困るわー」

カイとゲルダがいつもの指定席でぼやく。
といっても従者のふたりも雪山に本格的に帰ってしまっては面白くない、とは考えているらしい。
少なくともノエルは当分ボンクラのままであろうし、まだしばらくは文明の恩恵を受けられるだろうと楽観的な構えだ。

そんな普段通りの生活に戻ったノエルだったが、最近になって雪山から便りが来た。
久し振りに雪山の冷気と霊気から新しい雪ん娘が生まれたというのだ。
文明が発達し山奥まで人の手が及んだことで霊気が弱まり、ここ数十年まともな雪ん娘が生まれていなかった里にとって、
待ち望んだ次代の雪ん娘である。
本来ならば女皇自らの手で大切に育成されるべき命なのだが、
女皇は何を思ったかその大切な雪ん娘をノエルの手に委ねるという。

『あなたも女王になったのだから、雪ん娘の育成を手掛けてみせなさい』

それが母親である女皇の言葉である。そして――

『その子は良い子です。あなたにも育てやすいでしょう。
 少し気性の荒いところがありますが、心配には及びません。
 それはあなたにとって、きっと馴染み深いものであるはずだから』

里から届いた手紙の最後は、そう締め括られていた。

「……ごめんください」

数日後、SnowWhiteにひとりの5〜6歳くらいの背格好の女の子がやってきた。

「ここがSnowWhite?……せっま。ちっさ。聞いてた話と全然違うじゃん」

大きなリュックを背負い、イヤーマフにニット帽、ダウンジャケットを着込んだ幼女はそう言って店内を見渡し、息をついた。
白い。長い髪も、肌も、衣服も、何もかも白い。
ただし――全身真っ白の中で、ただ釣りがちな双眸だけが赤い輝きを放っている。
どうやら、この幼女が女皇からノエルへと託された次代の雪ん娘であるらしい。

「アンタがノエル?そう。じゃ、これから世話になるよ。
 まずはアタシの名前。決めてくれる?教育係がこれから育てる雪ん娘に名前を付けるのが里の習わしだって、ババアが言ってた。
 だから……」

ダウンジャケットのポケットに両手を突っ込んだまま、雪ん娘がそう言って顔を上げる。ノエルと視線が合う。
その顔立ちに、ノエルは見覚えがあるだろう。否、決して忘れ得ぬ、忘却しようのないその顔。
勿論、ノエルの記憶にあるものとは違って随分幼くはあるものの、間違えようはずもなく。

「……さあ。
 アタシに名前を頂戴。アタシがアタシであるための名前を。
 それはもう……ずっと昔から決まってるでしょ?『みゆき』―――」

雪ん娘がじっとノエルを見、小さな紅葉のような両手を差し伸ばしてくる。
一度途切れた繋がりを結び直し、今度こそ共に未来を生きるために。

6那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/09/02(木) 21:01:58
「え?那須野と結婚する……?きみ、正気かね?」

日常に戻った尾弐から話を聞くと、綿貫警部は思わず目を丸くした。
それでなくともでっぷりと肥えた狸のような外見なのに、目を真ん丸にすると一層狸っぽく見える。

「あのお面探偵と?いやいや……ええと、大丈夫?
 私が言うのもなんだけど、尾弐、もっと自分を大切にしなさいよ?
 ひょっとして弱味とか握られてる?それなら遠慮せずに我々警察に相談――」

綿貫警部は尾弐と橘音の結婚というワードがどうしても現実のこととして受け入れられないらしい。
何度も何度も尾弐へ確認を取ったが、最後にはなんとか納得し、深く頷いた。

「あ、そう……。まぁきみがそこまで言うなら……。
 あの傍迷惑なお面探偵も、家庭を持てばちょっとはマシになるかもしれないしねぇ。
 ――って、あれ女性だったのかね!?私はてっきり男だと思ってたんだけど!?
 いや最近はLGBTとか色々あるから、男同士の結婚とかもあるかもだけれども!
 というかあれ、まだ学生なんじゃないの!?尾弐、大丈夫!?法的な意味で!?」

結局いらないことまで心配している。
が、好奇心ではなくあくまで綿貫警部なりに純粋に尾弐のことを心配しているのだろう。
尾弐は警察関係で公にできない死体の処理を一手に引き受けている。
綿貫警部にとって尾弐は重要な警察機関の協力者という位置付けなのである。
結婚式するなら早めに日程報せなさい、と太った警部は告げた。式には律儀に出るつもりらしい。

「これから忙しくなるぞ、クソ坊主。
 結婚式もそうだが、結婚するなら新居の用意も必要だろう。その辺りは考えているのか?アスタロトと相談したか?
 ――あぁ、私か?私のことは気にするな。勝手にやらせてもらうからな……。
 貴様らは貴様らの未来のことだけ考えていろ」

Vネックの黒いシャツに同色のスキニーを合わせた天邪鬼が言う。
本来は自分の神社の周囲から離れられない高神・首塚大明神であり、
現在東京にいるのはあくまで天魔七十二将との戦いの時期限定という特別措置のはずだったが、
戦いが終わっても何だかんだと尾弐の事務所に居着いてしまっている。
『名にしおう大社ならばいざ知らず、元々さびれた神社だ。参拝客も滅多に来ん。
 祭神が多少離れたところで誰も気付くまいよ』
というのが天邪鬼の言い分であった。京都の神社に千年近く閉じ込められていた鬱憤を晴らそうとしている。
外道丸として寺の稚児をやっていた時分から自由奔放で遊び好きな性格であったし、
酒呑童子に変生してからも都を舞台に享楽の限りを尽くした悪童である。
天魔の脅威がなくなり平和になった今、存分に遊んでやろうという腹積もりらしい。

「ふたりの新居に煩い小舅はおらぬ方が善かろう。
 ははは!それにしても、クソ坊主が祝言とは!狸警部ではないが、まこと奇妙奇天烈なこともあったものよ!
 まったく、此ればかりは首塚大明神の権能を以てしても見通せなんだ!」

尾弐の顔を見遣り、心底愉快といったふうに笑う。
自分の所業のせいで尾弐が転落し、破滅し、悪鬼に堕してゆくところをつぶさに見届け。
彼を救うために手を尽くした天邪鬼だからこそ、尾弐がやっと人並みの幸せを掴もうとしているのが嬉しくてならないらしい。

「向後のことは夫婦和合、ふたりで決めるがいい。
 しかしながら……夫婦か。こうして見てみれば、ちと羨ましい気がせんでもない。
 時間はあるのだ、ひとつ私もつがいを探してみようかな?クク……なに、冗談よ。軽い冗談――」

尾弐の前で悪辣な笑みを浮かべる天邪鬼である。
何せ稚児時代には櫃がいっぱいになるほどの恋文を貰ったという逸話もある、絶世の美少年だ。
その美貌は現代になっても健在である。日頃は帽子を目深にかぶったりサングラスを掛けたりして誤魔化しているが、
もし素顔のままで出歩けば瞬く間に評判となってしまうだろう。
実際、サングラスをかけて行動している現在でもSNSで『街の美少年』とか『謎の超イケメン』とか何とか言われ、
何度か取り沙汰されてしまっている。

そんな天邪鬼であったが、後日何を思ったか祈やレディベアと同じ中学校に転入し、
祈、みゆき、レディベアらと組んでマフラー探偵・多甫祈一派として妖壊退治に乗り出すのだが――
それはまた別の話である。

「準備は着々と進んどるようぢゃの。
 ……ま、新婚旅行するなら迷い家へ来るといいぞ。
 せいぜい持て成してやろうわい。丁度、お主らに頼みたいこともあるでな」

事務所の鏡が急に揺らめき、富嶽と笑の姿が映し出される。雲外鏡の力だ。
ただ尾弐と橘音の前途を祝うだけでなく、ついでに厄介事も押し付けようとしている辺り相変わらず抜かりがない。
天魔たちとの一連の戦いで、日本の妖怪たちもかなり数が減った。
これからは和解した日明連の人間たちと手を取り合い、協調して生きていかなければならないだろう。
富嶽はそんな妖怪と人間の橋渡し役として忙しい日々を送っている。
決して安楽な道のりではないが、けれども不可能ではないはずだ。
妖怪と人間の間に生まれた祈という存在が、両者の間にはいるのだから。

「尾弐の旦那さん、三ちゃんとお幸せにね。
 あの子、ああ見えて寂しがり屋ですぐ物事を悪い方に考えちゃうから。
 旦那さんがしっかり見ていてあげてくださいな」

菖蒲色の着物を纏った笑がいつもの微笑を浮かべつつ、僅かに眉を下げて言う。
とはいえ、何も心配はいらないだろう。笑も尾弐が橘音の最大の理解者であることをよく知っている。
ふたり手を取り合えば、どんな困難であろうと切り抜けられる――そう信じている。
今、鶴の妖のおつるさんにふたりの婚礼衣装を織ってもらってるのよ、楽しみにしててね、と笑が言う。
これからも精々頑張るんぢゃな、と富嶽が告げる。

尾弐と橘音の結婚を祝うふたりの表情は、主役たちに負けないほどに幸せそうだった。

7那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/09/02(木) 21:04:02
天魔との最終決戦で破壊し尽くされた東京二十三区は、御前と龍脈の力によって破壊の事実がなくなり平穏が維持された。
であるがゆえ、決戦時に祈が全世界へ向けて発信した『妖怪は実在する』という暴露もなくなった。
人の世に隠れて生きる、妖怪の安全は保たれた。
そのはず、だった。

しかし。

ここ最近になって、ひとつの噂がSNS上で話題になっている。
『東京都内で狼を見た』――そんなことを言う人々が続出しているのである。
曰く、狼は二頭。片方は頭部にまるで王冠のような銀色の毛並みを持った個体で、もう片方は全身真っ白な個体。
実際に姿を見たと主張する者もいれば、姿こそ目撃しておらずとも遠吠えを聞いたという者もいる。
満月を背にビルとビルの屋上を翔ける二頭の姿を撮影した写真なども出回ったが、
望遠のシルエットのみのため詳細までは分からない。
人々の中にはしばらく前に秩父の山奥で発見されたニホンオオカミの最後の生き残りが研究機関を脱走し、
野生化したのではないか――そう考える者もいたが、結局のところ真実は誰も知らなかった。
事態を重く見た当局によって幾度か捜索隊が編成されたものの、発見・捕獲には至っていない。

けれども、それがポチとシロだということは、東京に住む妖怪の誰もが知るところだった。
1396万人の人間が生活する、世界第三位のメガロポリス。
帝都東京――その全域が新たなる狼王の“縄張り”なのだ。

「またポチ君とシロちゃんのことが話題になってるよー」

「なになに?『ニホンオオカミの生き残り!?令和の東京に謎の遠吠え響く』かぁ……」

陰陽寮の一室で、スマホでネットニュースを閲覧しながら巫女たちが口々に言う。
最後の決戦でポチたちと一緒に戦った巫女たちも、その記憶を失うことなく平穏な世界線にシフトしている。

「結局、化生の者は夜闇に紛れて生きる定めってやつなのねえ」

「あの戦いじゃ、せっかくみんながポチ君のこと応援してくれたのにね」

無尽蔵に押し寄せる悪魔を前に絶体絶命の窮地に陥ったポチとシロは、人々の応援とそうあれかしによって救われた。
人と妖、異なる種族が力を合わせることによって、ポチは強大な敵に抗うことができたのだ。
だが、一度結ばれたはずの手と手は今ふたたび分かたれてしまった。

「――そうですね。それは確かに残念なこと……。
 けれども、悲観するには及びません。一度繋ぐことができたえにしなら……いつか。また再び繋ぐことができるでしょう。
 我らは既に一度、それを成しているのですから」

背筋を伸ばして上座に端坐する芦屋易子が微笑んで言う。
易子もまた妖怪と手を繋ぎ、救われた者のひとりだ。かつては晴陽復活という執念に取り憑かれていたが、
今はすっかり穏やかになっている。

「そうですね、巫女頭様!」

「今だってわたしたちはポチ君やシロちゃんと仲良くしてるし!そのうち、また衆生が妖怪を受け入れるときが来るはず!」

易子の言葉に、巫女たちが明るく返事をする。いつかの重苦しい気配の陰陽寮は、既にない。

「……あなた」

そんな巫女たちの賑わいをよそに、ポチの傍らに座っていた白いチャイナドレス姿のシロがそっと口を開く。
控えめに手を伸ばし、ポチの手に重ねる。
昼間の東京は、完全に人間たちの手に落ちた。どこにも人間以外の生きる場所はなくなってしまった。
けれども。
どれだけ文明が進歩し、人間が灯りを発明し。人工の光が闇を退けたとしても――
まだ、夜は獣の縄張り。ポチとシロの、オオカミの支配する領域のままだ。

「あなたと初めて会ったときには、まさかこんなことになるだなんて思ってもみませんでした。
 でも、こうなってよかった。ここにいられてよかった……」

シロが穏やかに微笑む。幸福と、希望と、愛情にあふれた無垢な笑顔。
純血のニホンオオカミ以外を仲間と認めず、混血のポチを拒絶し、孤独でいたシロは、もう過去のものだった。

「心からそう思います。私は幸せだと……。
 私を連れ出してくれて、私の捻じくれた心を見捨てずにいてくれて、本当にありがとうございます」

ポチの手を取ると、シロはその手のひらを軽く自らの胸元に抱き寄せた。
とく、とく、とシロの心臓が鼓動を刻んでいるのが、ポチにはよく分かるだろう。
それは紛れもなく、ポチが身を挺して守ったもの。たくさんの傷を作りながら全霊で慈しんだ、命の音だ。
このつがいの命を、ポチはこれから別の意味で守っていかなければならない。
決戦の場で、シロはポチに『伝説を創りにゆきましょう』と言った。
その言葉は決して、目の前の戦いに際して言っただけのものではない。
約束はまだ続いている。むしろ、これからが本番と言えるだろう。

ポチとシロがアダムとイヴになって、いつか。ニホンオオカミの数を増やし、衰退した一族を復興させる。
ポチの血族によって、この東京を満たす。東京に狼王の裔ありと世界に知らしめるのだ。

「私の、あなた。勇敢で誇り高く、何より愛しいあなた。……私の狼王。
 これからも……私はあなたと共に。どこまでも、どこまでも……一緒に。駆けて参りましょう」

いつか――いつか必ず、二頭の願いは叶えられるだろう。
そして東京の夜に二頭以外のオオカミの遠吠えが響くころ――

人と妖は、ふたたび手を取り合うことができるはずだ。

8那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/09/02(木) 21:11:51
祈の願いを受け入れ、アンテクリストに破壊された世界線を丸ごと改変した御前であったが、
世界でも五指に入る大妖怪たる御前の力をもってしても、その仕事は些か身に余るものであった。
自分の支配領域のみを改変するならいざ知らず、今回御前が手掛けたのは世界全域の改変。
地球という惑星そのものの運命を別の可能性へシフトさせるという行為は、かつて誰も成し得たことのない大偉業であったのだ。
御前自身の莫大な妖力を用いても、その完遂には到底足りない。
そのため御前は祈から龍脈の神子の力、すなわち運命変転の力を譲渡して貰い、
龍脈――地球自身の力を利用してそれを実行しようとした。
だが、地球自身の持つエネルギーを流用してもなお、世界の改変を遂行しきることはできなかった。

だから――

「来ちゃった。てへ☆」

御前は今、那須野探偵事務所やSnowWhiteの入っている雑居ビルの三階で生活している。

「って言っても、今のわらわちゃんは本体から意識を切り離しただけの分霊だけどねー。
 本体は地球の核に行ってるよ、龍脈の中枢にね。そこで地球の“楔”になってるンだ」
 
そう。
御前はこの『アンテクリストが現れなかった世界線』を安定させるため、自らを楔に変化させて惑星の中枢に打ち込んだのだ。
これによって現在の世界線は確立され、祈の願いは叶えられた。
もしも御前の変化した楔が何かの拍子で抜けてしまえば、世界は再び不安定になるかもしれないが――
そうならないように見守るというのも、今後の東京ブリーチャーズの仕事となるだろう。

「ベリアルに限らず、龍脈の力を手に入れたい連中はゴマンといるよ。
 龍脈にアクセスする方法は現状ふたつ、ひとつは龍脈の神子になること。
 もうひとつはわらわちゃんを通じて本体に接触すること。龍脈の神子が誕生するのは完全な運ゲーだから、実質一択。
 今のわらわちゃんはほとんど妖力を持ってない、それこそ弱妖だから……悪いヤツにはあっさり捕まっちゃう。
 てことで!わらわちゃんを性悪妖壞から守ってね☆」

ピンク色のパーカーにヘッドホン、ひらひらのフレアミニスカートにサイハイソックス。
祈たちと同じくらいの背格好をしたビビッドカラーの御前は東京ブリーチャーズを前にして、にぱー、と笑った。
身柄を拘束されて困るならこの世界とは異なる空間にある華陽宮に引き籠っていればいい、と言う者もいるかもしれないが、
力ある妖壞ならば空間を捻じ曲げて華陽宮まで乗り込むなど造作もない。
そうなってしまえば手の施しようがない。であるのなら、いっそ東京に身を置いてブリーチャーズに守られた方が安全であろう。
そう御前は考えたようだった、が。

「さーってとぉ!じゃあさっそく引っ越し後一発目のYOUTUBE配信いってみよっかぁー!
 今日は外で収録だゾ☆おっひめちゃぁーんっ!準備できてるーぅ!?」

いまいち、護衛対象だという意識が薄い。
そんな御前も後にマフラー探偵の一派に加わり、橘音をも上回る智謀で大いに祈を援けるのだが、その話はまたの機会――である。


*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*


光に包まれ、絶えざる祝福に彩られた天界の宮殿。
その奥深くにひっそりと作られた螺旋階段を、ミカエルはひとり降りてゆく。
降りてゆく、降りてゆく、降りてゆく――どこまでも続く、永遠のようにも感じられる下り階段を、ミカエルはただ降りてゆく。
地獄へと続いているかのような、無限の螺旋。
その果てにあったのは、一部屋の牢獄であった。
埃ひとつなく整えられた、灰色の空間。
鍵を使って格子を開く。キイ……と鉄の格子が軋んだ音を立てる。
中には誰もいない。閉じ込められている者は存在しない。ただ――


其処には、仮面がひとつだけ置かれていた。


三日月のように口角を釣り上げた、嘲笑う仮面。
それは紛れもなく怪人赤マントの――ベリアルの被っていた仮面だった。
ベリアルがアンテクリストとなった際、不要と断じて脱ぎ捨てた仮面。
彼の手の中で溶けるように消えていった仮面が、どうしてこの場所にあるのかはわからない。
けれども。

「……ベリアル様」

ミカエルは恭しく跪くと、無造作に床に転がっている仮面を拾い上げて胸に抱いた。
かつて、神の長子ベリアルと大天使ミカエルは師弟関係にあった。
エチオピアの戦闘神格であったミカエルは唯一神に感化されキリスト教に改宗すると、ベリアルからすべての教義を習った。
ベリアルは誠実な教師だった。高潔な上司だった。
敵を駆逐し撃殺することしか知らなかったミカエルは、ベリアルによって戦闘以外の何もかもを教わったのだ。
唯一神を崇拝すること。人々を導くこと。悪を憎み、正義を遂行すること――
優しくて頼れる兄に憧れ、愛することを。

ずっと心残りだった。ずっと思い悩んでいた。
どうして、自分はベリアルを諫められなかったのだろう。どうして、自分はベリアルを止められなかったのだろう。
どうして、自分はベリアルと共にゆくことができなかったのだろう――?
あれほど想っていたのに。あれほど慕っていたのに。
ベリアルが心に抱いていた思いの幾許かも、自分には理解することができなかった。肯定することができなかった。
あの最終決戦でも、自分はベリアルに対して何もできず。露払いだけをして、すべてを龍脈の神子に委ねるしかなかった。

今でも。今もなお。

こんなにも、あのひとのことを愛しているのに――。

「ベリアル様。私の先生、私の兄様、私の愛のすべて……」

嗚呼。
もしも、もしも。世に奇跡というものがあったとして。
これからでも、時間を巻き戻すことができたなら。
そのとき、そのときは。

「……あなたに寄り添っても、構いませんか……?」

小さく囁くと、ミカエルは手の中の嘲笑う仮面をそっと自らの顔に被せた。

9那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/09/02(木) 21:17:06
祈やノエル、ポチ、ムジナや富嶽。菊乃、颯、カイにゲルダ、レディベアとローラン――多くの参列者が見守る中、
純白のウェディングドレスを纏いヴェールをかぶった橘音が、ヴァージンロードをしずしずと歩く。
橘音の隣には、父親代理としてタキシードを着た髭もじゃの壮年男性が付き添っている。誰も見覚えのない人物で、
教会でその姿を見た一同は『誰だー!?』となったが、その男性が『ゾナ』と発言したので、皆納得した。

尾弐黒雄と那須野橘音の結婚式。

橘音は最後まで和風の神前式にするか洋風のウェディングにするか迷っていたが、結局洋風のものにしたらしい。
やっぱり純白のウェディングドレスは女の子の憧れですからねー!と言って、橘音は笑った。
なお、披露宴ではきっちり白無垢にお色直しするらしい。
やがて橘音は尾弐の待つ祭壇までやってくると、新郎と向かい合った。
髭もじゃの男性が後を尾弐へと託し、後方に下がる。

「さて。
 この善き日に、両名が新たに夫婦となり家庭を築くことができる、その幸福を寿ごう。
 新郎、尾弐黒雄」

祭壇の前で神父に扮した天邪鬼が言う。
嫌というほど祝ってやると自分から言い、神父役も立候補しただけに、その振る舞いは本職さながらだ。
普段は不遜で礼節も何も糞喰らえという態度だが、流石に結婚式という場では茶化すことはしないらしい。
空気の読める男、天邪鬼。
聖書を手に、天邪鬼がゴホンと咳払いを打つ。

「あなたは新婦・那須野橘音を妻とし、その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、
 富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、
 その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

尾弐が宣誓すると、天邪鬼は大きく頷く。

「新婦、那須野橘音。あなたは新郎・尾弐黒雄を夫とし、その健やかなるときも、病めるときも、
 喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、
 その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

「――はい。私、那須野橘音は、新郎となる尾弐黒雄を夫とし、良いときも悪いときも、
 富めるときも貧しいときも、病めるときも健やかなるときも、死がふたりを分かつまで――いいえ死んでも。
 愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓います」

橘音は静かに言った。淀みのない、まっすぐで真摯な宣言だった。
もう一度天邪鬼が荘重に頷く。

「では、指輪の交換を」

結婚指輪だ。先ず、尾弐が橘音の指に誓いのリングを嵌める。

「ふふ……」

きらきらと輝く、婚姻の指輪。永遠の愛の証。
それが、自分の指に嵌っている。
絶対に手に入らないと思っていたもの。諦めていたもの。ただ見上げ憧れるしかなかったもの。
それが、確かにこの手の中にある。
自身に指輪を嵌めて貰うと、橘音はゆっくりと尾弐の手を取った。
今まで幾度も自分を守ってくれた、抱きしめてくれた、大きくて武骨な手。
大好きな手。その手の中でも心臓に繋がるという左手の薬指に、誓いの指輪を嵌める。
きらきらと輝くプラチナの指輪が尾弐の指にしっくりと馴染むと、橘音はヴェールの奥で嬉しそうに目を細めた。

「――誓いの口付けを」

天邪鬼が告げる。
尾弐がヴェールを上げ、素顔が露になると、橘音は尾弐の顔を見上げて微笑む。
そこに長い間素顔を隠していた仮面はない。秘さなければならなかった、呪詛の如き傷痕もない。
あるのはただ、新郎を心から信頼する。愛し敬服する、未来への希望に煌く美しい瞳だけ――。

「……クロオさん」

そっと尾弐に身を寄せ、頤を上げながら、橘音が名を呼ぶ。
潤んだ大きな双眸が、ただ尾弐だけを見つめている。
身体を、心を、運命を。
すべてを夫へと委ねるように。

ふたりの顔が、唇が近付く。橘音が目を閉じ、その目尻から涙が一条伝って落ちる。
しかし、それは哀しみの涙ではない。
唇が触れ合い、ひとつに重なる。参列者の誰もが、それを見届けるだろう。
“尾弐と橘音のふたりが結婚式を挙げ、幸せなキスをする”という祈の願いは、ここに確かに果たされたのだった。

「婚姻の儀は成った。
 本日只今を以て、両名は正式に夫婦となった。
 両名に幸あれ、その未来に栄えあれ――」

天邪鬼が朗々と述べ、参列者たちが拍手を贈る。新たに家族となったふたりを祝う、あたたかな拍手。
それは東京ブリーチャーズの皆が懸命に守り、勝ち取った、確かな平和を象徴する音色のように響いた。

10那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/09/02(木) 21:21:53
参列者たちが教会の外へと出、新郎と新婦を祝福する。
空はふたりの前途を示しているかのように限りなく蒼く澄み渡り、一片の雲さえ見当たらない。

「クロオさん、ボク、実は……まだ全然実感が湧いてないんです。
 ボクのような存在が、罪人が……こんなにも幸せになれるなんて。夢見ていたことを、断念していたことを、
 何もかも手に入れられるだなんて、そんなことがあっていいのかな……って」

尾弐に寄り添いながら、ウェディングドレス姿の橘音がぽつりと零す。

「本当は、今ボクがこうしているのは何もかも夢の話で。ボクが生み出した妄想の世界で。
 目を覚ませば、ボクはまだ天魔アスタロトとして血だまりの中にいるんじゃないかって――」

不意に、眉を下げる。
たくさんの間違いを犯して、罪を重ねて。
いつだって過ちばかりだった、今までの自分。
けれど。
そんな不安も尾弐が否定してくれるのなら、きっと乗り越えることができるだろう。

「……ふふ……。
 そうですよね。駄目だなぁ、ボクったら。探偵稼業のお陰で、いつでも悪い方に物事を考えちゃう。
 分かってるんです、最初から気付いてた。本当のボクは全然不幸なんかじゃなかった、不幸だって思い込んでいただけで。
 だって……僕の傍にはずっとクロオさんがいてくれた。ボクのことを守ってくれていた……」

尾弐と橘音、ふたりを引き合わせた御前には、当初そんな意図はなかったのかもしれない。
ただ単に手駒を単独で動かすよりは、コンビを組ませた方が効率がいいと思ってのことだったのかもしれない。
叶わぬ願いを叶えようと、無為な努力を繰り返す駒。
自身が悪であると知りながら知りながら、正義を掲げて戦う道化。
過去に苛まれ、己をすっかり消し去ってしまいたいと望む哀れな生き物。
ふたりに対する御前の評価とは、精々その程度のものであったのだろう。

破滅を前提としてコンビを組んだ、悪鬼と悪魔。

しかし、出会ってから百年以上もの間パートナーとして妖壞退治をしてこられたのは、紛れもなくふたりの努力の証。
ふたりで想いを通じ合わせ、惹かれ合った――ふたりの絆の証に違いない。
そして、その絆はこれからも続いてゆく。
祭壇の前で誓った通り、喜びのときも悲しみのときも。
死がふたりの運命を別つことになろうとも、ずっと。

軽く目許を拭うと、橘音は笑った。穏やかな、幸福に満ちた笑顔だった。

「今までありがとう、クロオさん。……そして、これからもよろしくお願いします。
 へへ……ボクをお嫁さんになんてしちゃって、クロオさんホントに大変ですよ?
 クロオさんもご存じの通りボクは悪魔なので、実はと〜っても強欲なんです。
 今までだってとっても幸せだったけど、たくさん守ってもらったけど、全然満足なんてしてないんです。
 だから――」

自身の境遇を恨み、手に入らないものを呪い。
諦観に身を浸していた子狐、天魔アスタロトはもういない。
ここにいるのは、煌めくような希望の未来に胸を膨らませる花嫁、那須野橘音だけ。

「これからも、いっぱいいっぱい愛してくださいね!ボクの旦那さま―――!」

参列者たちが見守る中、橘音は手に持ったブーケを大きく投げ放った。

11尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2021/09/19(日) 23:56:54

――――『新しく何かを始めるならば、過去には筋を通さねばならない』
それは誰に言われた訳でもなければ、強い信念に基づく衝動という訳でもない。
言うなれば、尾弐黒雄という男の単なる思いつきだった。
式の日取りも決まり、高揚感と時間を持て余していたから。
そして、思いついた事を行わない理由も特に無かった事から。
だから、尾弐黒雄は縁のある人々に己と那須野橘音の婚約の報告をする事にした。したのだが……

>「え?那須野と結婚する……?きみ、正気かね?」

「最近は禁酒してましてね。嬉しい事に素面なんですよ警部殿」

場末の喫茶店。その窓際の角席で、男――警察官である綿貫から投げかれられた言葉に、尾弐は苦笑を伴って返事をした。
普段と比べるとどこか疲れた様子だが、それも仕方ないと言えよう。実の所、尾弐は本日この喫茶店に来る以前にも複数の人間と逢い、何度か似たような遣り取り繰り返してきたのだから。
流石に眼前のこの綿貫警部程ではないのが……どうにも、尾弐の愛する橘音(ひと)は、権威や格式に重きを置く人間とあまり相性が良くないらしい。

>「あのお面探偵と?いやいや……ええと、大丈夫?
>私が言うのもなんだけど、尾弐、もっと自分を大切にしなさいよ?
>ひょっとして弱味とか握られてる?それなら遠慮せずに我々警察に相談――」

「握られてるといえば握られてますが、警察は頼れそうにありませんなぁ。何せ弱みは弱みでも『惚れた弱み』ってヤツなので」

……本来であれば、尾弐は想い人を悪し様に言われた事に腹を立てるべきなのかもしれない。
だが綿貫警部の言葉は、警察をも出し抜き隠された真実を暴き出す、神出鬼没の狐面探偵。那須野橘音という存在の一面を知っているが故のもの。
悪意ではなく、本当に尾弐を心配しているからこその言葉であるので、尾弐としては強く言い返す事は出来ない。
それに……そもそも尾弐としては、自身が那須野橘音の美点を知っていればそれで良いのだ。
世界の誰が何を言おうと、尾弐は橘音の良さを知っている。その事に満足しており、逆に他者が知らない事を知っている事への優越感じみた感情すら抱く始末だ。
かつて復讐に身を焦がしていたころを思えば、随分と牙の抜けた……或いは色ボケた心持ちである事は否定出来ない。

「それに、警部殿は少し思い違いをしてますよ。橘音は人を食った態度を見せる事はあっても、無意味に人を貶める事はしませんよ。
 あいつは誰よりも心の痛みを理解出来て、その痛みを悼む事が出来る優しい――――」

>「あ、そう……。まぁきみがそこまで言うなら……。
>あの傍迷惑なお面探偵も、家庭を持てばちょっとはマシになるかもしれないしねぇ。
>――って、あれ女性だったのかね!?私はてっきり男だと思ってたんだけど!?
>いや最近はLGBTとか色々あるから、男同士の結婚とかもあるかもだけれども!
>というかあれ、まだ学生なんじゃないの!?尾弐、大丈夫!?法的な意味で!?」

「あんなに可愛い橘音が男な訳ねぇだろ。あと合法だ」

これまでどんな奇怪な遺体相手でも淡々と葬儀を行ってきた尾弐黒雄。
そんな彼が徐々に色ボケのボルテージを増していく様子……これまで見たことのないその言動に若干引いていた綿貫警部であったが、最終的には結婚式への参列を約束して暖かに送り出してくれた。
排他的な男だが、だからこそ内側に入った人間には存外優しい男なのかもしれない。

「いやはや、こりゃあ気合入れて引き出物準備しねぇとなぁ……」

綿貫警部に別れを告げ、支払いを済ませて喫茶店のドアを潜った尾弐は、ビジネスライクな付き合いしかしてこなかった綿貫の小さな優しさを思い返し、困った様に後頭部を掻く。
次いで手帳を取り出して次の目的地を確認すると、再び歩みを進めるのであった。

12尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2021/09/19(日) 23:57:30
その後、色々と騒動はあったものの、知人への挨拶を一通り終えて仕事場兼事務所である葬儀場に荷物を置きに戻った尾弐。
扉を潜り、喪服ではない普通のスーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩め―――――

「――ぐおっ!!?」

そこで、不意に両肩に衝撃が走った。

>「これから忙しくなるぞ、クソ坊主。
>結婚式もそうだが、結婚するなら新居の用意も必要だろう。その辺りは考えているのか?アスタロトと相談したか?
>――あぁ、私か?私のことは気にするな。勝手にやらせてもらうからな……。
>貴様らは貴様らの未来のことだけ考えていろ」

「あのなぁ……開幕一番飛ばし過ぎだぜ外道丸。というかな、不意打ちでオジサンの肩を椅子にするんじゃねぇよ。式の前に腰が粉砕しちまう」

尾弐に肩車の体勢で飛び乗ってきたのは、良く見知った顔。
外道丸――――尾弐の旧友にして、千年の妄執の矛先。
酒呑童子に成り果て、そして今では首塚大明神という一柱になった少年。
天井の梁から勢いよく降ってきた辺り、どうにも少し前から尾弐が帰ってくるのを見計らっていたらしい。
随分と無邪気な事だが……或いは、最後の戦いを終えて彼も肩の荷が下りたのかもしれない。
どこか達観した神の性質の中に、かつての遊び好きの性格が戻ってきているようにも感じる。
そんな外道丸の様子に僅かに頬を緩めつつ、尾弐は矢継ぎ早の問いかけへと返事を返す。

「あー……住処についちゃあ心配いらねぇよ。坊主と葬儀屋ってのは儲かる仕事でな。貯め込んでた金を吐き出せば、帝都に小さい屋敷でも建てられそうだぜ。最も、少しの間は普通のマンション暮らしになりそうだがな」

幾ら金を積もうと、家を建てるなんて大仕事にはどうやったって時間が掛かる。
どうせ金も時間も掛かるのなら妥協はするべきではないと、尾弐はそう考えているらしい。

「ま、お化けにゃ時間はたんまり有るんだ。理想の住処の完成系はこれから橘音とじっくり話しあって決めるさ……そうだ、良けりゃあお前さんも一緒に」

しかし、そこまで言いかけた尾弐の言葉を、尾弐の肩からひらりと身を舞い踊らせ着地した外道丸が片手を突きだして制する。

>「ふたりの新居に煩い小舅はおらぬ方が善かろう。
>ははは!それにしても、クソ坊主が祝言とは!狸警部ではないが、まこと奇妙奇天烈なこともあったものよ!
>まったく、此ればかりは首塚大明神の権能を以てしても見通せなんだ!」

「……ハッ。そりゃあ当然だろ。色んな連中が必死になって手繰り寄せた未来だ。運命の糸も絡みに絡まって、何が起きるかなんざお天道様にもわかりゃしねぇよ」

心底嬉しそうに、快活に笑う外道丸。
純粋に尾弐の幸福を喜んでくれるその態度に。その気遣いに。釣られる様に尾弐も口角を持ち上げる。

>「向後のことは夫婦和合、ふたりで決めるがいい。
>しかしながら……夫婦か。こうして見てみれば、ちと羨ましい気がせんでもない。
>時間はあるのだ、ひとつ私もつがいを探してみようかな?クク……なに、冗談よ。軽い冗談――」

「ま、アレだ。独り身が寂しくなったらいつでも遊びに来な。そんときゃオジサンの手料理でもてなすからよ」

尾弐と外道丸。
二人は暫しの間、視線を合わせ――――そして同時にカラカラと笑いだす。
それはまるで悪友の様に。或いは兄弟のように。

13尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2021/09/19(日) 23:58:02
一通りの話を終えて天邪鬼を見送れば、すっかりと夜は更けていた。
楽しい時間程過ぎるのは早いというものの、それにしても聊か話し込み過ぎてしまったらしい。

「仕方ねぇな……片付けの続きは明日にしとくか。夜更けに騒いでご近所サンに迷惑かける訳にもいかねぇしな」

くあ、とあくびを一つ。
尾弐は事務所の鍵を閉め、電気を消そうとし――そこで部屋の隅に置かれた姿見に視線を移す。

「夜分遅くに……って訳でもねぇか。妖怪的には、こっからがかき入れ時だもんな」

対した装飾もされていない只の鏡。それの表面がまるで湖面の如く揺らめくと、次いで尾弐ではない人物の姿を映し出す。

>「準備は着々と進んどるようぢゃの。
>……ま、新婚旅行するなら迷い家へ来るといいぞ。
>せいぜい持て成してやろうわい。丁度、お主らに頼みたいこともあるでな」
>「尾弐の旦那さん、三ちゃんとお幸せにね。
>あの子、ああ見えて寂しがり屋ですぐ物事を悪い方に考えちゃうから。
>旦那さんがしっかり見ていてあげてくださいな」

鏡の先に居たのは、富嶽と笑。
東京ブリーチャーズとしての戦いの最中、散々世話になった迷い家に居を構える二人の妖怪。
ベリアルとの戦いの後始末で奔走していたせいですれ違いが続き、結局手紙を届ける事しかできないでいたのだが……どうやら、時間を割いて顔を見せてくれたらしい。

「……どいつもこいつも、てんで義理堅ぇな。葬儀屋が良い意味での千客万来なんて、初めてだ」

肩を竦めると、尾弐は二人に向かって笑顔で言葉を返す。

「そうだな。二人には今までさんざ世話になった。橘音も、俺も、他の東京ブリーチャーズの面々もだ。
 あんた達の助力がなけりゃあ、きっとここまで辿り着く事は出来なかったと思う。だから……鏡越しで悪ぃが礼を言わせてくれ」

「――――こんな俺達に手を差し伸べてくれて、ありがとう」

深く、静かに頭を下げる尾弐。
暫しの間そうしてから頭を上げると、照れ隠しの様に首筋を揉みながら口を開く。

「ああ、新婚旅行には必ず寄らせて貰うぜ。頼み事は……今は幸せで手一杯だからな、ちっとばかし手加減してくれると助かる」
「笑、橘音の事は任せろ。地獄の果てでも天上の彼方でも、俺はいつだって一緒だ……それに」
「俺と橘音には、頼りになる仲間達がいる。寂しい思いをする暇なんざねぇさ。きっとな」

その後、式の進捗状況を富嶽に相談し、年の功とも言うべき鋭いアドバイスを貰ったり。
女心やその他諸々。尾弐が『やらかし』そうな失態を笑から指摘され、飄々と聞き流しつつも内心で冷や汗を流し、深く心に刻んだり。
夜も更け、東の空は白んで行き……二人との積もり積もった長い歓談を終えて、上り始めた太陽を見上げた尾弐。
アパートの部屋に戻るのも今更かと思い直すと、部屋の隅に座り込みそのまま事務所で眠る事にするのであった。


――――光陰矢の如し
慌ただしい日々もやがては終わりを迎え
かくして、尾弐は最良の日を迎える

14尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2021/09/19(日) 23:59:13
抜けるような空。
太陽は大地を暖かに照らし、白鳩が自由に空を泳ぎ、緩やかな風が生命の息吹を運ぶ。
包み込む様にどこまでも穏やかな空気は、何もしていなくても高揚感を覚える程で。

つまり――――新たなる門出を迎えるには絶好の日だった。

「……」

白亜の教会。
その荘厳な扉の前に立つ男の名は、尾弐黒雄。
髪を整え髭も剃り、嘗てない程に身嗜みを整えたその姿は、気のせいか常よりも幾分か凛々しく見える。
纏う服は長い間彼の象徴としていた喪服ではなく、白妙のタキシード。
どうにも柄にもなく緊張している様子で、先程から何度か深呼吸をしているが、無理もないだろう。
千年の長きを生きているこの悪鬼にとっては、心から愛した者との結婚など初めての経験なのだ。
ある意味ではこれまでのどの強敵との戦いよりも緊張しているのかもしれない。

さりとて、尾弐も子供ではない。
緊張は有るが、覚悟はとうの昔に決まっている。
音を立てて扉が開いていくと同時に、その精神は落ち着きを取り戻し、息を吐くのと同時に足を一歩前へと踏み出した。

そんな尾弐を迎えてくれたのは大いなる祝福。祈、ポチ、ノエル。
他にもこれまで自分達を支え、助けてくれたかけがえのない友人達。
彼等、彼女等の笑顔と拍手を受けながら、新婦に扮する天邪鬼が立つ祭壇の前へと辿り着いた尾弐。

そして、僅かな時間の後――――純白のドレスを着込んだ花嫁が。尾弐の愛する人が。
那須野橘音が、式場へと足を踏み入れた。
髭が多い……というよりも、まるで髭が本体の様な尾弐が良く知る人物から橘音を託された尾弐は、祭壇の前で未だヴェールで顔を隠したままの橘音と向かい合う。
そんな尾弐と橘音に天邪鬼は形式に則り言葉を掛ける

>「さて。この善き日に、両名が新たに夫婦となり家庭を築くことができる、その幸福を寿ごう。新郎、尾弐黒雄」
>「あなたは新婦・那須野橘音を妻とし、その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、
>富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、
>その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?

「――はい。誓います。私、尾弐黒雄は、新婦となる那須野橘音を妻とし、病めるときも健やかなるときも、喜びのときも悲しみのときも、
 富めるときも貧しきときも、例え死が二人を分かつとも――新婦を、愛し、敬い、慈しみ、共に在り続け、永久に守り抜く事を此処に誓います」

>「――はい。私、那須野橘音は、新郎となる尾弐黒雄を夫とし、良いときも悪いときも、
>富めるときも貧しいときも、病めるときも健やかなるときも、死がふたりを分かつまで――いいえ死んでも。
>愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓います」

掛けられた天邪鬼の言葉に、尾弐と橘音は粛々と返事を返す。
その表情も声色も真剣そのもので、その誓いは真実そのものだ。
そうだとも。妖怪は嘘を付けない――――だから、尾弐と橘音の誓いの言葉は、どこまでも純白なのだ。

>「では、指輪の交換を」

言葉に従い尾弐は橘音の手を取り、その薬指へと指輪を嵌めて――――そして、改めて気付く。
尾弐自身の武骨な手と比べて、橘音の手が随分と細く小さい事に。
そうだ。橘音は――この女性(ヒト)は、こんなにも小さな手で、尾弐や仲間達を支え、導き、守っていたのだ。

「……っ」

不意に胸に湧き上がった感情。突き上げるような熱いそれに、尾弐は名前を付けられない。
ただ、指輪を尾弐の薬指に嵌めてくれた橘音の姿を見て、心の中で改めて誓う。
この女性を守ろうと。愛し、幸せにしようと。

>「――誓いの口付けを」

そんな感情を胸に抱きながら、尾弐は橘音のヴェールにそっと手を当てる。
まるで硝子細工を取り扱うかのように、慎重に丁寧に、恐る恐るそれを持ち上げていき。

「……クロオさん」
「――――橘音」

その先に見えた素顔。
星空の様に美しい瞳。晴空のように優しい微笑に、尾弐は思わず息を呑んだ。
そうしてようやっと気付く。自身が先ほど抱いた感情に
そうだ――――尾弐黒雄は、那須野橘音に『また』恋をしたのだ。
きっと、これからも尾弐黒雄は橘音に何度でも惚れ直す。想いを重ね、愛を更に強めていく事だろう。

やがて、ステンドグラスを通して差し込む艶やかな光に照らされながら。
尾弐黒雄と那須野橘音。引き寄せられるかの様に二つの影は重なり――――ひとつになった。


>「婚姻の儀は成った。
>本日只今を以て、両名は正式に夫婦となった。
>両名に幸あれ、その未来に栄えあれ――」

万雷の拍手と喝采を浴びながら、尾弐黒雄は橘音の背に手を回し、優しく、しかし少しだけ強く抱き寄せるのであった。

15尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2021/09/19(日) 23:59:41
未だ止まない祝福の中、橘音と共に教会の扉を潜る。
不意に差し込んだ太陽の眩しさに本の少し目を瞑ったその時。
尾弐の耳に、呟くような橘音の声が届いた。

>「クロオさん、ボク、実は……まだ全然実感が湧いてないんです。
>ボクのような存在が、罪人が……こんなにも幸せになれるなんて。夢見ていたことを、断念していたことを、
>何もかも手に入れられるだなんて、そんなことがあっていいのかな……って」
>「本当は、今ボクがこうしているのは何もかも夢の話で。ボクが生み出した妄想の世界で。
>目を覚ませば、ボクはまだ天魔アスタロトとして血だまりの中にいるんじゃないかって――」

それは、不安の声。
自分は本当に幸せになれたのか――――いや、或いは自分は本当に『幸せになっていいのか』。
過去の自分の所業への罪悪感や後悔。
幸福の最中にあるからこそ、内に抱える滲み出る様な不安が抱えきれなくなり、尾弐に相談したのだろう。

「――――」

だから尾弐は、好いた女の不安を取り除く為に動いた。
その背に手を当て、脚に手を回し。
何が起きたかすら悟らせない程の早業で彼女を、まるで姫君を抱きかかえるようにして持ち上げた。
そうして少し力を込めて抱き寄せ、橘音の耳を己の胸へと当てる。

「なあ、橘音。重ねた罪や後悔だけが真実で、幸福だけが嘘なんて寂しい世界があるモンかよ」
「罪も後悔も幸福も祝福も、その全部は同じ世界の上に在るんだ」
「だから、俺やお前さんが過去に犯した罪は決して忘れちゃならねぇし、今とこれからの幸せも否定しちゃならねぇ。今の俺はそう思ってる」
「全部は両立するんだよ。俺にとってのお前さんは、俺の相棒で、共犯者で――――最愛の女であるみてぇにな」
「だからこそ。紡いできた今この瞬間は、紛れもない現実なんだ」

どこまでも優しい笑顔を浮かべながら、尾弐は言う。

「ただ、それでも不安なら……」
「橘音、俺の心臓の鼓動が聞こえるか? この心臓は酒呑童子の心臓なんかじゃねぇ。那須野橘音を取り戻したい俺が願って手に入れた、俺だけの心臓だ」
「この世界でただ一人、お前さんだけのモノだ」
「この音は――――俺は、何時だって傍にいる。だから、不安になったら何時でも言ってくれ。俺は、何度だって音を聞かせて(抱きしめて)やる」

嘗て、橘音を取り戻す際に人である事よりも妖怪である事を選んだ尾弐。
その時に新たに創り出された妖怪としての核たる心臓は、今なお鼓動を刻んでいる。
そんな鼓動を聞いた橘音は尾弐へと笑みを返した。

>「……ふふ……。
>そうですよね。駄目だなぁ、ボクったら。探偵稼業のお陰で、いつでも悪い方に物事を考えちゃう。
>分かってるんです、最初から気付いてた。本当のボクは全然不幸なんかじゃなかった、不幸だって思い込んでいただけで。
>だって……僕の傍にはずっとクロオさんがいてくれた。ボクのことを守ってくれていた……」

そうだ。幸福はいつだって側に在った。
見えていなかっただけで、見ようとしなかっただけですぐ側にあったのだ。
過去にのみ目を向け、破滅へ向かう螺旋をただひらすらに進んでいた尾弐と橘音。
そんな彼らのすぐ隣にも。
迷い惑い、随分と遠回りをしてしまったけれど……仲間たちの手によって、二人はようやく此処に辿り着けた。

>「今までありがとう、クロオさん。……そして、これからもよろしくお願いします。
>へへ……ボクをお嫁さんになんてしちゃって、クロオさんホントに大変ですよ?
>クロオさんもご存じの通りボクは悪魔なので、実はと〜っても強欲なんです。
>今までだってとっても幸せだったけど、たくさん守ってもらったけど、全然満足なんてしてないんです。
>だから――」
>「これからも、いっぱいいっぱい愛してくださいね!ボクの旦那さま―――!」

「ああ。ずっと一緒に歩き続けよう。一緒に幸せになろう――――愛してるぜ、橘音」

橘音が投げたブーケが青空に高く吸い込まれていく。
人々の視線が空にくぎ付けになったその瞬間。

尾弐はもう一度、橘音と口付けを交わした。

16尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2021/09/20(月) 00:19:28
【??年後】

帝都警察本庁。
その巨大で堅牢な建物の4階の奥深く。
入り組んだ道順を辿った先に在る、普段使われていない倉庫の横に存在する一室。

「尾弐!尾弐はいるかね!?」

昼間だというのに薄暗く、どこか埃っぽいその部屋の中に、突如として男の怒鳴り声が響いた。
声の主は、頭髪に白髪が目立つ壮年の男性。
男性は、焦ったように室内を見渡し……

「――――はいはい、聞こえてますよ。綿貫【警視】殿」

数秒の間を置いて、室内に設置された机に腰かける男性から返事があった。
それに気付いた壮年の男性――綿貫警視は、ドスドスと音を立てながら、席に座る男――尾弐黒雄【警部】の両肩に手を置き激しく揺する。

「尾弐!さっき一課の警視から聞いたよ!?きみ、第一課の抱えてた連続怪死事件の捜査現場に無理矢理介入したんだってねぇ!?」
「ゲホッ!ゲホッ!ちょっと、落ち着いてください警視殿。揺らされるとノエルんとこで買ったジュースが零れちまいます。これ新作なんですよ?」
「あっ、ゴメンね――――じゃない!」

尾弐の返事に一瞬謝り手を引いた綿貫であったが、すぐにハッとして机に手を叩きつける。

「きみねぇ!!幾らうちにそういう権限あるからって何てことしてくれるの!?
 こういうは根回しとか色々と必要なんだよ!?派閥とか色々あるの!きみだってそういう事知ってるでしょ!!?」

焦りで若干声が裏返っている綿貫警視に対して、尾弐は愛想笑いを浮かべながらその肩を両手で制し、座る様に促してから口を開く。

「いや、それは勿論それは知ってますがね。緊急だったんです。あのまま一課に任せてたら今頃はダース単位で死人が出てるような案件だったんで、無茶をやりました。
 警視も薄々お察しかと思いますが―――――これは、捜査零課(ウチ)の仕事ですぜ」

帝都警視庁第零課。
数年前に新規に設立された部署にも関わらず、あまり目立った喧伝がされない事から、警察内部では天下り先の窓際部署として認識されている部署。
しかしその実態は、近年増え続けている通常の捜査では解決出来ない不可能犯罪や超常犯罪への対策として設立された、特殊機関である。
ベリアルの一件で危機管理の甘さに気付いた日本明王連合の上層部。その裏からの後押しも有り設立されたその部署で、現在、尾弐黒雄は働いていた。

そう。ベリアルとの戦いの後。橘音との結婚を機に尾弐は葬儀屋を辞めていた。
己の過去との決着、という意味もあったのだろう。
そのまま伝手を頼りに次の仕事を探していたタイミングで、日本明王連合から声が掛かったのだ。
警察と明王連合としては、人間と妖怪の双方の情勢にある程度詳しく、そして何より超常犯罪に対抗できる即戦力として尾弐は是非欲しい人材だったのだろう。
尾弐としても、高給と定時帰宅が出来るという条件は魅力的だった。
そうして、双方の希望がマッチングした結果――――という訳である。

「ぐぬ……確かに不可能犯罪には見えるが、しかし確証はあるのかね! もしも間違いだったら我々のクビが飛ぶんだよきみ!?」

尚、綿貫警部……昇進した今は綿貫警視だが、彼は零課の裏の目的について聞かされていない。
尾弐のお目付け役として置かれている綿貫警視の零課への認識は「反社会的宗教団体による特殊テロ対策への対策として設立された部署」程度のものだ。
これは、知らないという事が怪異への防御に成り得る事と――――後は、奇跡的なタイミングですれ違い、綿貫警視が妖怪云々と巡りあわないという怪現象故の事。

「あー……それは心配いりませんよ。現場に残ってた遺留品(妖気)と、何より俺の愛しい妻にも相談してみた結果ですから」
「何!?あの探偵の……いや、今探偵は廃業したんだったな。ぐぬぬ、気に食わんがしかし……あっ!いや、尾弐の奥さんの事が嫌いとかじゃないぞ!?ほら、昔のしがらみとかそういうね!うん、分かるだろうきみ!?」

過去のしがらみからつい口を滑らしそうになったが、尾弐の妻を悪く言う訳にも言わず、しどろもどろになった綿貫警視。
彼はしばらくの間腕を組んで唸っていたが、やがて諦めたように大きく息を吐いた。

「……わかった。色々と気に食わんが、奴が言ったのならば事実なんだろう。ならば、尾弐刑事――――君にこの事件を任せる!
 ここから先、一人の犠牲者も出すんじゃないぞ!あと、必ず解決しなさいよ!?ギリギリまで庇うけど、出来なかったら私ときみは二人ともクビだからね!?」
「あいよ。了解しました綿貫警視殿。尾弐黒雄警部、必ずや事件を解決してみせます」

綿貫警視のなんとも締らない命令に、敬礼を返した尾弐は早速捜査に出動するのであった。

(さぁて、現場を見るに今回の妖壊は祟り神の系列だろうな。差し詰め、森に封じられてたのが開発で解き放たれたって辺りかね)
(だとしたら、ポチ助に話を聞いてみるのが良いかもしれねぇな。シロ嬢にも久しぶりに挨拶しておきてぇからし、良い土産でも買って行くとするかね)
(後は、祈の嬢ちゃんにもこの件の情報を流しとくか。嬢ちゃんも売り出し時――コネを広げるには丁度良い材料になるだろうからな)

警察車両を運転しながら尾弐は思考を巡らせる。
そして、自分に言い聞かせるように口を開く

「どちらにしても、壱週間以内には解決してみせねぇとな――――なにせ、来週は可愛い我が子の誕生日。もう橘音と一緒に盛大に祝う計画は立ててあるんだ」
「妖壊なんぞに、家族の時間を邪魔されてなるものかよ!!!!」

親バカと愛妻をこじらせながら、尾弐はアクセルを踏み込む。
家族の幸福と、おまけに人々の安全の為に。
千年のその先の未来を。家族への愛を抱きながら、今日も尾弐黒雄は生きていく――――。

17多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2021/10/10(日) 17:14:13
 最終決戦――アンテクリストとの戦いから、既に数ヶ月もの時間が経過していた。
 玉藻御前による『アンテクリストが生まれなかった世界線へのシフト』がほどなく完了したため、
壊滅状態にあったはずの東京は、すっかり元通りとなっていた。
 東京オリンピック・パラリンピックも無事開催され――、何事もなく閉幕を迎えている。
人々を勇気付け、感動を与えた東京五輪は、多くのメダルを獲得したとして話題になったらしい。
 祈の周囲でも、実に平穏な日々が過ぎていった。

 そんなある日のこと。
その日は、昨日から祈の住むボロアパートの一室に、安倍晴朧が泊まりに来てくれていた。
 早めに朝食を済ませ、歯みがきやシャワーを終えた祈。
制服に袖を通し、スカートを履き、身だしなみまで整えて居間に戻ってくると。

>「ええい、だからもっと祈をうちへ遊びに寄越せと言っておる!祖父が孫に会いたがって何が悪いか!」

 朝食の席を囲んだ晴朧が、菊乃相手に語気も荒くこんなことを口走っていた。

>「祖父だって?ハ!笑わせんじゃないよ、十年以上もほったらかしにしといて今更親族面かい!」

 対する菊乃も辛辣で、言葉に遠慮がない。
晴朧の対面に座った菊乃は、晴朧との視線を真っ向から受け止め、
お茶の入った湯呑をドン、と、叩きつけるようにちゃぶ台に置く。

>「なんじゃと、クソババア!」
>「なんだい、クソジジイ!」

(またやってる……)

 その光景を祈は、困ったように笑って眺めていた。
 祈が洗面所に向かうまでは、そこそこ平穏な会話が続いていたと思う。
しかし途中から、またいつも通りの流れになってしまったのだろう。

>「おのれ、埒が明かんわ!表へ出ろクソババア、今日という今日は調伏してくれる!」
>「面白い、やれるもんならやってみなクソジジイ!あべこべに月まで蹴り飛ばしてやるよ!」

 睨み合っていた晴朧と菊乃が、同時に立ち上がった。
一触即発の雰囲気で、見ず知らずの人が見れば、止めなくて良いのかと慌てふためくところかもしれないが。

>「祈、そろそろ学校へ行く時間でしょ?そろそろ支度しなさい。
>おばあちゃんとおじいちゃんの遣り取りはいつもの挨拶みたいなものだから」

 エプロン姿の颯が、台所からおたまを持ったまま祈のところへやってきてそう言った。
祈に準備を促す颯には、慌てているような様子はない。
 夕飯用にスープを今から仕込んでいるらしく、台所からはコトコトと何かが煮立つ音と、良い香りがしていた。
 きっと今日の夕飯は、特製のオムライスと野菜がくたくたになるまで煮込まれたコンソメスープだろう。

「はーい」

 話題の中心にいるはずの祈も、どこ吹く風といった雰囲気である。
 こんな風に晴朧が時折遊びに来てくれるのも、
ボロアパートの狭い庭で菊乃と激突するのも、すっかり日常の一部に溶け込んでしまっていた。
 最初は、自分が喧嘩の原因になっていると思って止めに入っていた祈だが、
二人が仲良く喧嘩しているのがわかったので、近頃は放置するようにすらなっている。
 お互いに息子や娘の件があり、陰陽師と妖怪という立場もあっていがみ合っていた二人だが、
今では遠慮なく本音で話せる相手と認識しているらしく、上手くストレス解消代わりにぶつかり合っているようだった。
 いっそ朝のトレーニングの口実にでもしているのではないか、とすら思える。
 祈は、外に出ていく二人を見送りながら、

(1〜2週間に1回は遊びに行ってるんだけど……少ないのかな?
ま、ポチとかシロとかともたまに会えるし、それはそれでいいんだけど)

 などと考えていた。
 祈は知らない。晴朧が、今まで会えなかった時間を埋めようとしているだけでなく、
陰陽頭候補として祈を育成しようとしていることなど。
 祈が陰陽寮にいることを、周囲に当たり前のように思わせ、
『秘術で数百年を生きる高僧連中』に祈の存在を見極めさせているのだ。
 実際、東京都外にある日本明王連合の本部に邸宅に、
往復約2時間かけて移動するというのはそれなりに長い。
しかも泊まりになることも多いのだ。
それを1〜2週間に1回というのは、なかなかに多いと言えた。
 だが祈はその不自然さに気付かない。
 なにせ祈は本当に探偵になるつもりでいて、晴朧はその夢を笑うことなく聞いてくれたから。
それに、『晴朧じーちゃんは優しいし、お屋敷に行くと美味しいごはんとかお菓子くれるから好き』
とか思っている残念な子であったし、
邸宅に行けば晴朧だけでなく陰陽寮の人々や、稀にポチ、シロとも会える。
それはそれで祈は良いかと思っていたから。

 祈は学校へ行く支度を進めるべく、仏壇の前に行き、
座って父と祖父の位牌に手を合わせ、行ってきますと挨拶をする。
 そして自室に戻ると、コトリバコや、今までの戦いで亡くなった人たちに向けて祈りを捧げる。
 コトリバコの表面を軽く撫でてカバンに詰め込んだ後、ペットたちを見た。
 鳥籠の中では、先程たくさんの餌をついばんで満足したらしい、
ハルファスとマルファスの幼体が、身を寄せ合って愛らしく寝ている。
 こんな愛しい鳥たちが、将来的にはあんなイケメンになるんだなと思うと、なんだか感慨深いものがある祈である。
 次いで、蛇用のケージを見ると、シェルターの中からヘビ助が這い出てきたところだった。
チロチロと舌を出して、容器の中に入れた水を飲んでいる。
 相変わらず水しか飲まないが、綺麗な水さえあれば、ヘビ助は充分に元気だった。
巨大な炎の塊を咥えてできてしまった、口元の大きなヤケドも、世界線の移動により消えている。
 二羽と一匹の元気な様子に、祈は微笑んだ。

18多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2021/10/10(日) 17:22:07
 赤いマフラーを、冬なら首元に一巻き、夏ならカバンに巻き付ける。
 橘音が『狐面探偵』と呼ばれたように、
自分もいずれはなんらかのあだ名が欲しいと、『ライダー探偵』となるべく付け始めた赤マフラー。
だが、後に付く名前は『マフラー探偵』であることを祈は知らない。
 勉強道具や付喪神をしまった革製のショルダーバッグを肩がけにし、準備を終えたところで。
 丁度、家の外から、自動車のクラクションが控えめに鳴ったのが聞こえてきた。
 祈が靴を履いて外に出ると、見送りのために、颯が一緒についてきてくれる。
外に出て周囲を見渡すと、ボロアパートの少し離れたところには、場違いな銀色の高級車が停車していた。
 祈と颯がそちらに近づいていくと、
高級車の運転席のドアが開き、中から一人の男が降車してくる。

>「やあ――、おはよう祈ちゃん!今日もかわいいね!」

 イケメン騎士Rこと、ローランだった。
そういって爽やかな笑顔を見せ、祈の側までやってくると、両腕を広げた。
 祈はローランの顔を見るたび、血色が良いことに安堵する。
なにせ祈は、二度もローランを見送ったのだ。
 ローランは、ある組織に生み出された英雄のクローンであったため、寿命が残り少なかった。
アンテクリストが生まれなかった世界線に移動したところで、寿命が延びるわけではない。
この世界線でのローランは、自身の命を使い果たして死ぬことこそなかったが、
今度は寿命で死ぬことになった。
 悲しむレディベアに寄り添いながら、祈自身も、
『自分の所為で再び死の苦痛を味わわせてしまった』と、悲しい気持ちで過ごしたものだ。
 だが数日後、妖怪になって復活を果たしたローランがひょっこり現れたのだ。
死者の復活に驚いたが、レディベアと抱き合って喜んだあの日のことは忘れられそうにない。
 ミイラのように干からびていた身体が、あの青白かった顔が、こんなに血色良いなんて。

「おはよ、ローラン。そっちこそ今日も顔色良いな。
……ていうか、そのかわいいっていうの止めない? はずい」

 両腕を広げるローランに応じ、軽くハグをする祈。
 妖怪と化し、己の寿命を気にせずに生きられるようになったローランは、
今やテレビにも紹介される人気モデルとなり、生を謳歌している。
そんな人物が、路上で一般の中学生と軽々しくハグなんてしていいのかと思うが、
そのハグもほとんど毎日のことなのでそこそこ慣れてきた祈だった。
だが、いちいちかわいいだのなんだのが挨拶に出てくるのは慣れなかった。
 軽いハグを終えて離れると、ローランは高級車の後部座席側に回り、ドアを開く。

>「ごきげんよう、祈。お待たせしてしまいましたかしら」

 制服姿のレディベアが優雅に降車してくる。

「モノもおはよ。大丈夫。あたしもさっき準備終わったとこだぜ」

 以前、祈は一人で登校していたのだが、
今はこんな風にレディベアも一緒に登校するようになっている。
 それにより、朝から学校が終わるまで、二人は一緒だ。
探偵助手や東京ブリーチャーズとしての仕事がないときは、
放課後ずっと一緒に過ごしていることもある。

>「今日は英語の中間テストの日ですわ。祈、準備は万端ですの?
>よもや赤点など、このわたくしのパートナーとして許されざる失態を犯すことはないと思いますが――」

 レディベアは腕時計を軽く確認して、少し話す時間があると思ったらしく、そんな風に切り出した。
 祈は、「しまった」という顔になり、颯の顔を見る。
なんとなく、テストや成績の話題は母の耳に入れたいものではない。

「あー……モノが何度も言ってたから、テストあるのは覚えてっけどさ……」

 祈はうんざりした顔で言う。
橘音を超える探偵になるという目標を掲げている以上、語学を勧める橘音に従って勉強はしているのだ。
 だが。

「正直、あたし自分の国の言葉もちゃんと使えねーのに。英語とかどうやって覚えんだよって」

 赤点ギリギリである。
それを聞いてレディベアは嘆息した。

>「まったく……。元とはいえ世界を変革する龍脈の神子ともあろう者が、これでは先が思いやられますわ。
>ねえ?お父様」

 レディベアが下げているポーチの蓋が独りでに開き、中から黒い球体がふわりと飛び出してくる。
よくよく見ると、体表の表面に細菌のような触手を無数に生やしていて、身体の大半が一つ目の妖怪。

「今日も一緒にいんだな」

 以前の世界線で誕生した、本来いないはずの妖怪、バックベアード。
どうなることか不安もあったが、運命変転と多くの人々のそうあれかしによって生まれた命は、
消えることなくそこにあった。
 そのサイズが縮んでいることを除けば、至って健康で。いつもレディベアと共にある。

>「お父様からも言ってやって下さいな、わたくしの親友ならば赤点などあってはならないと。
>もしそうなったら、徹夜で再テストの勉強ですわ!」

 祈の周囲を何か言いたげに旋回するバックベアードは、
小さいこともあり、小動物がじゃれついているような雰囲気がある。
しかし、可愛いといったら怒られそうなので、それに関しては口を噤んだ。

「わかってるって」

 レディベアの言葉を半ば聞き流しながら、気のない返事を返す祈。

>「ほらほら、祈もモノちゃんも、早くしないと学校に遅刻しちゃうわよ?」

>「私の車で送っていこう。なに、ちょっとしたドライブがてら……ね」

 気付けば数分経過している。
颯がそう促し、ローランも送っていこうかと言ってくれるのだが、

>「いいえ、今日は徒歩で参りますわ。

19多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2021/10/10(日) 17:25:59
 レディベアはそう断った。

>ここから学校へ着くまで――ふたりで、のんびり歩いて。
>いいですわよね?祈」

 そして、祈に微笑んで、右手を差し出した。
祈は、差し出された右手を、左手で掴んだ。

「いいぜ。今日はいい天気だし、あたしもなんだか歩きたい気分なんだ。
せっかく言ってくれたのに、悪いなローラン」

 そう言うと、ローランは気にしていないというようにかぶりを振って。

>「レディ、祈ちゃん、行ってらっしゃい!」

 と見送ってくれる。

「いってきます。ローランは今日撮影? だったらローランもいってらっしゃいだな」

 こうやって時折送ってくれるのは、事務所で撮影がある日のついでだったり、暇だったりするときだ。
撮影なら、祈のクラスにもファンがたくさんいるから、頑張ってほしいなと思う祈だった。

>「行ってらっしゃい、お勉強頑張ってね!」

 見送ってくれる颯。

「いってきます! 赤点は回避してくるから!」

 そう言い終わるが早いか。

>「――さ、祈。行きましょう!」

 祈の手を掴んだレディベアが走り出す。

「あははっ。なんだよ今日、元気いいじゃん!」

 多分、ほどなくして息切れするんだろうなとか思って、祈は笑った。
 今日は太陽が眩しくて、少し走っただけで、心地良い風とぶつかる。
アンテクリストを倒して、どうにかこうにか守り切った平和な世界と日常。
その全てがきっと美しい訳ではないけれど、こんな日常がどうしようもなく眩しくて愛おしい。
 レディベアに手を引かれながら駆け出す祈の耳に、風の音と一緒に。

《……行ってらっしゃい、祈。君の未来に、両手いっぱいの幸せと愛がありますように――》

 男性の声が聞こえたような気がした。
 はっとして祈が振り返るが、そこには手を振る母とローランがいるだけだ。
前を向いて走っているレディベアのものでもないだろう。
 ああ、そうか、と祈は思う。
数度しか聞いていない声だけれど、きっとその声は。

>「いいかい、祈。
>現世(うつしよ)と幽世(かくりよ)の境界は絶対だ。何者もその理を捻じ曲げることはできない。
>でもね……その境目は限りなく薄い。0.1ミリにも満たないくらいにね。
>つまり何が言いたいかというと……私はいつだって君の傍にいる。君のことを見守っている。
>君だけじゃない、颯さんのことも……それを、どうか忘れないでほしい」

 祈は、銀のバングルを付けた右腕を天に掲げた。
見守ってくれている父にも見えるように。

「よっし! 今日も頑張るか!」

 まずは将来の夢に向かって勉強だった。
赤点回避のため、学校に着いたら、僅かな時間で復習をしようと心に決める。
 祈は、学校に通いながら、放課後は付喪神集めに躍起になっている時期がある。
その間に手続きを済ませていたらしく、
よくわからないうちに転校生(ハクト)が増えていたりして、さらに賑やかになった毎日。
一度しかない日々を、楽しく、一生懸命に生きること。
 それが大切なのだと今の祈は思う。
父と母が守った東京を、今度は自分たちが守ったのだという誇りを胸に。

――かつて、この道を歩いて登校していたのは、
酷く寂しい少女だった。
 少女には父母がおらず、父母のいる家庭がどうしようもなく羨ましく思えていた。
しかも、少女は人間ではなかったから、一層孤独であった。
 妖怪の力が目覚め、自分が半妖だとわかったときには、
まるで人間であることを取り上げられたようにすら思う。
かといって半妖は、妖怪からも認められる存在ではない。
 人間でもない、妖怪でもない。
少女の抱える孤独は、簡単に誰かと分かち合えるようなものではなかった。
 そんな少女は、己の姿を、怪人へと無理矢理に改造された特撮ヒーローへと重ねる。
 怪人バッタ男とヒーローの境界線。
それは誰かを守っているか否かだった。
 生来の優しさは、少女に戦う理由を与えた。
死が齎す不幸を知っているからこそ、少女は見過ごせず誰かを守る。
普通の人は気付かない闇の住人を倒し、悪い人間をボコボコにして、困っていれば手を差し伸べる。
 そうしてヒーローのように生きることが、人間でない自分がこの世界で生きるための免罪符で、
誰かの不幸を取り除くことが、少女自身の心を救うことに繋がっていた。
 己を顧みず、路地裏で血と喧嘩に塗れたその生きざまは、
しかし、人間たちからは不良と、悪童と呼ばれ、疎まれていた。
 そんな悲しい、孤独な少女が、今は。

 たくさんの友達と家族に囲まれ、笑っていた。
大切な親友と手を繋ぎ、幸せな少女となって。笑い合って駆けていく――。

20多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2021/10/10(日) 17:32:59
上二本与半卉亠十士廿卞广下广卞廿士十亠卉半与本二上旦上二本与半卉亠十士廿卞广下广卞廿士十亠卉半与本二

 暫くすると、橘音と尾弐の結婚式の招待状が届いた。
当然ながら祈は参加する旨を返信し、参列する運びとなった。
 当日は、レンタルしたジュニア用のドレスを身に纏って、教会式や披露宴にやってきた。
肩の出た薄い紫の高級感あるドレスで、少し大人っぽく見える祈。
靴はローではあるがヒールがあるもので、髪も綺麗にまとめられており、すっかりフォーマルな格好だ。
 受付を済ませて会場に入ると、参列者がかなりの人数いることに、祈は驚く。
橘音と尾弐の顔の広さだろう。
 妖怪や陰陽師といった人が多いが、中には、綿貫警部のような普通の人間もいた。

 参列者は先に教会に入って待機するものであるらしく、
祈たちは教会に先に入って、指定の場所に座るように求められた。
 探偵助手をしていた祈は、どちらかというと新婦側の友人に当たるため、橘音側の友人席に座ることになった。
 ヴァージンロードからほど近い席で、祈はそわそわと二人の登場を待った。

 やがて、神父役の天邪鬼が入ってきて、開式を宣言した。
結婚式が始まる。
 新郎の入場。
 参列者が立ち上がり、全員が新郎である尾弐を拍手でもって迎えた。
祈も立ち上がり、新郎が入ってくる教会の入り口を見遣った。
 白妙のタキシードに身を包み、
今までよりも気合を入れて髪をかっちり整えて、髭も剃って凛々しい、――どこか緊張した面持ちの尾弐。
 それを見ただけで、なんだか祈はもう泣きそうだった。
 尾弐は、堂々とした歩調でヴァージンロードを歩き、祭壇の前で立ち止まった。
 そしてほどなくして、新婦の入場。
純白のウェディングドレスを身に纏い、ヴェールを被った橘音の美しさに目を奪われる。
 だがもっと目を奪われたのは、隣に立っている男性である。
 新婦の隣に立つのは、新郎に娘を託す父親のはずだが、
そこにいるのは、タキシードを着込んだ髭もじゃの、見たことがない男だった。

(え? だれだあれ)

 見ようによってはドワーフか浮浪者か、あるいは黒髭のサンタクロースかといった感じなのだが、
男性が参列者に向けてそれとなく会釈しながら『ゾナ』と呟いていることで誰か分かる。

(髪サマだこれーー!!!?)

 妖怪たるもの、変化は基本技能とはいえ、いつもと違い過ぎる姿に度肝を抜かれた祈である。
髪さまは父親役として橘音と共にヴァージンロードを歩いて、やがて尾弐に託して、後方へと下がっていった。
 拍手の音が止み、誰かの歩く音もなくなると。しん、と教会内が静まり返った。
聖歌斉唱などを終え、全員が着席。
 プログラムが進む。

>「さて。
>この善き日に、両名が新たに夫婦となり家庭を築くことができる、その幸福を寿ごう。
>新郎、尾弐黒雄」

 朗々と告げる神父・天邪鬼。
 最初、天邪鬼が神父役をやると聞いたときは何事かと思ったが、
まるで本職であるかのようにその言葉、間の取り方などは淀みない。
声も張っているわけでもないのに、良く響く。
京の街を陥れた天才・酒呑童子、こういった役柄でも卒なくこなせるのはさすがだと言えた。

>「あなたは新婦・那須野橘音を妻とし、その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、
>富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、
>その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

>「――はい。誓います。私、尾弐黒雄は、新婦となる那須野橘音を妻とし、病めるときも健やかなるときも、喜びのときも悲しみのときも、
>富めるときも貧しきときも、例え死が二人を分かつとも――新婦を、愛し、敬い、慈しみ、共に在り続け、永久に守り抜く事を此処に誓います」

 尾弐は天邪鬼の問いに、誓いの言葉を粛々と述べた。
その表情は祈の席からは伺い知れないが、
天邪鬼がその真剣さが参加者にも分かるよう、大きく頷いて見せた。

>「新婦、那須野橘音。あなたは新郎・尾弐黒雄を夫とし、その健やかなるときも、病めるときも、
>喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、
>その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

 そして橘音にも同様に問うと。

>「――はい。私、那須野橘音は、新郎となる尾弐黒雄を夫とし、良いときも悪いときも、
>富めるときも貧しいときも、病めるときも健やかなるときも、死がふたりを分かつまで――いいえ死んでも。
>愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓います」

 そう、まっすぐに、真摯に誓いの言葉を宣言する。
再び天邪鬼が、首を縦に振る。

>「では、指輪の交換を」

 天邪鬼がそう言って尾弐を見遣ると、尾弐は橘音に向き直り、左手を取った。
壊れ物を扱うように、橘音の左手の薬指に、リングを嵌める尾弐。

>「ふふ……」

 そして嵌められたリングを、幸せそうに眺める、橘音の姿。

(あ……やばい。泣く)

 そこが祈の涙腺の限界だった。
 不幸だった友人たち。
そんな二人がこんなにも幸せそうにしている光景に、ポロポロと涙が零れ始めてしまった。
レースの付いた高級そうなハンカチをバッグから取り出し、涙を拭う祈。
鼻の奥がつんとして、鼻水も出てきそうである。
 今度は橘音が尾弐の手を取り、左手の薬指にリングを嵌めた。
一瞬、驚いたような表情を浮かべた尾弐だが、
すぐに温かみのある表情になり、橘音を熱く見つめた。

21多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2021/10/10(日) 17:39:34
>「――誓いの口付けを」

 そして天邪鬼が双方を見遣ってそう告げると、
尾弐が橘音のヴェールを上げる。

>「……クロオさん」
>「――――橘音」

 二人はほんの僅かな時、見つめ合った。
その僅かな時間が、永遠であるかのようにすら祈には思える。
やがて、どちらともなく目を閉じて――唇を重ねた。

>「婚姻の儀は成った。
> 本日只今を以て、両名は正式に夫婦となった。
>両名に幸あれ、その未来に栄えあれ――」

 これで二人は夫婦。
参列者たちが万雷の拍手を浴びせ、口々に祝福の言葉を投げかける。
 祈もいよいよ涙の量が増えて、胸が詰まる思いだったが、

「う”ぅ〜〜……!! おめでとおおお!!!」

 祈もまた、どうにか力いっぱいに拍手を送りながら、祝福の言葉を叫んだ。
拍手が鳴り止むのを待って、プログラムが進行する。
次は新郎新婦の退場だ。
 祈たちは指示に従って、新郎新婦より先に教会の外に出て、
新郎新婦が出てくるのを、両サイドに控えて待った。
 やがて教会の外へ出てきて、歩き出した尾弐と橘音。
二人は言葉を交わしているようだった。
 不安げな表情を見せる橘音。
だが、そんな橘音を、尾弐は抱え上げて、強く抱き寄せた。
不安に思うことなど何もないと、言葉だけでなく態度で示すように。
尾弐の表情は頼もしく。橘音の表情は明るくなる。
 二人ならきっと大丈夫だ。
 悪鬼や悪魔が、こんなに真っ白なタキシードとドレスに身を包み、まるで漂白されたようで。
こんなにも仲良く寄り添って、支え合って。
狐の嫁入りだというのに空はこんなにも晴れ渡っていて。
 ああ、なんていい日なんだろう、なんて。また涙が滲み出てくる祈である。

「おめでとう!! 幸せにね!!」

 そういって、目の前を通っていく二人を見送った。
 やがて、二人の歩みが止まる。
そして司会者により、ブーケトスをする旨が告知されると、
橘音を抱えたままの尾弐が参列者に背を向けた。
 未婚の女性たちがそのブーケを受け取ろうと、その付近に集まった。
ブーケトスを見事キャッチした未婚者は、次の出会いや結婚に恵まれるという。
 尾弐が僅かに屈んで、勢いをつけてやり、橘音がブーケを参加者側に投げる。
ブーケが舞う空はあまりにも青くて。雲一つなく晴れ渡っている。
 やがて高く放られたブーケが落ちてくる。
取るのは誰だろう。

(いつかはあたしも結婚するのかな。だれかと。こんな風に、幸せに)

 祈には恋愛なんてものはまだ早いけれど。
ハンカチで涙を拭いながら、祈はそんなことを思った。
 ブーケを誰が取ったのかは、祈からは見えないが、
キャッチした人の喜ぶ声や、それを祝福する声が聞こえてきた。


――なお、披露宴。
多甫家の人間がまとめられたテーブルでは。

「おい”じい……おい”じい……!」

 とか。

「ふぐぅ……! よかった”……よか”ったよぉ……!!」

 ぐらいしか喋らなくなった、bot祈の姿が見られるだろう。
 披露宴ではどうしてもご馳走が出てくるわけで。
泣かせるような演出もあるわけで。
 料理のおいしさに泣き、演出にまた泣き。
 いよいよ二人が結婚したことを実感し始めて、
『東京ブリーチャーズもほとんど役目を終えてるし。結婚したんだし。
もう二人とは疎遠になってしまうんだ』なんて、寂しさが込み上げてきたりして。
 祈の感情がキャパオーバーしてしまったのだ。
しょぼしょぼした目でご馳走を頬張って、飲み込んだら思い出したようにボロボロ泣いて。
 だいたい終始こんな感じである。

「こらバカ孫、泣きながら食べるの止めな。みっともない」

 注意する菊乃。

「だっでぇ……う”えええええん」

 しかし祈は、簡単に泣き止みそうになかった。
 寂しいけど、でも。
友人が幸せなうえにご馳走が美味しいし、祈は結婚式が最高なものであると思った。
 白無垢にお色直ししてきた橘音や、紋付袴に着替えた尾弐が、
祈たちの座るテーブル席にまでやってくると、
祈は「おめでとう」やら、「幸せになってね」やら、祝いの言葉を心から繰り返し述べた。
寂しさに負けて、「子供ができたら連絡してね」なんて言葉も言ったりして。
 こうして幸せな結婚式が過ぎていく。
記念写真も撮影して、祈にとってもその日は、忘れがたい一日となった。

22多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2021/10/10(日) 18:02:46
下广卞廿士十亠卉半与本二上旦上二本与半卉亠十士廿卞广下上二本与半卉亠十士廿卞广下广卞廿士十亠卉半与本

――ある時。橘音から連絡があり、祈は那須野探偵事務所に立ち寄ることとなった。

 『龍脈を狙う妖怪たちを漂白し、東京を守る』。
当初の目的を果たした東京ブリーチャーズは、いわば役目を終えた存在であった。
 リーダーである橘音が、そう遠くない未来に探偵を引退するという話もあり、
一部を除いて、東京ブリーチャーズの正規的な活動は減りつつある。
 一部とは、主にノエルのことである。
 移動後の世界線では、アンテクリストは生まれなかった。
しかし、都庁であのベリアルをどうにか倒したという事実は残り、広く妖怪たちに知られることとなった。
 そこで目を付けられたのが、ノエルの営む店『SnowWhite』だ。
 野球選手の家族が経営している店や、有名人がオーナーを務める店、
といったノリで妖怪たちに人気が出てしまった。
 今となっては全国から妖怪の客が集まり、食事中に「ヒンナヒンナ」だの「まーさん」だの、
独特の方言を話す客も来るようになった。なんなら海外からも客が来ているらしい。
 そして時折頼んでいくのだ。自分たちではどうにもできない、妖壊たちの討伐を。
故にノエルは、学校や店の経営だけでなく妖壊討伐にと、忙しい毎日を送っているらしい。
 閑話休題。
 そうして、祈が(あるいは祈たちが)那須野探偵事務所を訪れると。
そこには驚きの人物が待ち構えていた。

>「来ちゃった。てへ☆」

 ピンク色のパーカーにヘッドホン、ひらひらのフレアミニスカートにサイハイソックス。
ザ・陽キャ、もしくは、ザ・パーリーピーポーといった出で立ちで、外見年齢は祈と同じくらい。
 事務所の奥の扉から満を持して登場したのは、なんと華陽宮にいるはずの玉藻御前であった。

「えっ……ええええ!!?」

 祈が驚きの声を上げる。
 話を聞くと一時的な滞在ではないらしく、既に住居をこの雑居ビルの3階に移しているらしい。
なぜ引っ越しなんてしてくる必要があったのか、と誰かが聞けば。

>「って言っても、今のわらわちゃんは本体から意識を切り離しただけの分霊だけどねー。
>本体は地球の核に行ってるよ、龍脈の中枢にね。そこで地球の“楔”になってるンだ」

 と御前は答えるのだった。

「あっ……」

 詳細を聞いて、祈は申し訳ない気持ちになる。
 祈は御前に対し、願い事をした。
それは、地球全体を、アンテクリストという存在が生まれなかった別の世界線へと移動させることだった。
 あまりにも大きなその願いを叶え続けるために、本体を地球の核に楔として打ち込み、安定を図る必要があったという。

「ごめんな、タマちゃん……。そんなことになるなんてあたし、考えてもなかった……。
これからどうしたらいい? あたしにできることがあれば……」

 さすがの祈も謝罪し、己にできることがないか訊ねた。
 身体を捨てるのは覚悟がいることだっただろうし、それ故に強いられる不自由もあるだろう。
なのに祈の願いに真摯に向き合い、悲壮感を微塵も感じさせずにこの場にいる。
 そこには尊敬や感謝の念すらあった。
 すると。

>「ベリアルに限らず、龍脈の力を手に入れたい連中はゴマンといるよ。
>龍脈にアクセスする方法は現状ふたつ、ひとつは龍脈の神子になること。
>もうひとつはわらわちゃんを通じて本体に接触すること。龍脈の神子が誕生するのは完全な運ゲーだから、実質一択。
>今のわらわちゃんはほとんど妖力を持ってない、それこそ弱妖だから……悪いヤツにはあっさり捕まっちゃう。
>てことで!わらわちゃんを性悪妖壞から守ってね☆」

 と、笑顔で言うのだった。
 世界を安定化させるために地球に打ち込んだ楔が抜けてしまわないように、
あるいは龍脈のアクセス権を誰かに奪われないように。自分を護衛してくれと。

「おっけー! 任しとけ! 東京ブリーチャーズの新しい任務ってわけだな。
じゃあタマちゃんは、できる限りこのビルの中で大人しく――」

 と思ったのだが。

23多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2021/10/10(日) 18:05:19
>「さーってとぉ!じゃあさっそく引っ越し後一発目のYOUTUBE配信いってみよっかぁー!
>今日は外で収録だゾ☆おっひめちゃぁーんっ!準備できてるーぅ!?」

 と、外で配信するために、言い終わるが早いか飛び出して行ってしまう。

「ま……これはこれでいっか」
 
 呆気に取られる祈だが、ふと、笑う。
 落ち込まれているよりも、閉じ込めて不自由な思いをさせるよりも、
元気に動き回っていてくれた方が、祈としても気持ちは軽い。
 それに、御前を狙う性悪妖壊というのも、そう簡単には出てこないだろうと思われた。
 なぜなら、以前の世界線で何があったか、覚えている人間や妖怪はそう多くない。
つまり、世界線がシフトしたことも知らないし、
ましてや地球に楔を打って安定化を図っていることなど想像の外だ。
 楔を抜けば世界が不安定になる、御前の分霊を通じて龍脈にアクセスできる、
というところまで辿り着く方が難しい。
それにまさか、この妖力がほとんどない少女が玉藻御前その人であろうとは誰も思うまいし、
護衛対象が勝手に動き回っているとも考えられまい。
 様々な要因から、現状はまず襲われることはないと見ていいだろう。
 万が一のことがあってはいけないから、常に誰かが近くにいる必要はあるだろうが、
そこまでガチガチに護衛すべき状況ではないということだ。
 むしろ、ガチガチに護衛すると、東京ブリーチャーズが守っている重要人物であると周囲に気取られて、
危険を増やす可能性もある。

 SnowWhiteにはスノウフェアリーズなる防衛組織もあるようなので、
雑居ビル付近で、こんな風に自然体で振る舞ってくれた方が、むしろ助かるのかもしれなかった。
 祈も、学校を終えた後は、御前を護衛するために、雑居ビルに寄ることが多くなった。
ただ、襲ってくる敵もなく暇なので、たわいもない話で時間を潰すこともしばしばだった。
 そうして、それとなく平和な護衛の日々が続いていったかと思えば。
 学年が上がったタイミングで突然。


「――えー、今日から二人の転校生が一緒に学ぶこととなった。みんな仲良くするように」

 どういうわけか、御前と天邪鬼が、祈の中学校に転入してきたのである。
ちなみに古文の教師は、いわゆる持ち上がりで、祈のクラスの担任となっている。

(いやおかしいだろ!! 転校生率!! 何人目だと思ってんだよ!!!!!!)

 レディベア、雪野みゆき、ハクトに続き、4人目と5人目である。
 祈もよっぽどツッコミたかったのだが、学年が上がって早々浮きたくなかったので、無理矢理に飲み込んだ。
 なお、祈の学校は、成績さえ良ければ仲の良い生徒同士を引き離さない方針である。
三年生は、修学旅行といった思い出に残るイベントもある学年だからだ。
 なので、祈とレディベアはそのまま、みゆきやハクトも据え置きとなった。
そういった調整をした結果、学年を上がった際にクラスの人数に偏りが出たので、
転校生が入ることになったのであって、別段なんらか不正があったわけではない。

「DJタマモと同クラとか嘘だろ……運尽きたわ俺……」

「待って……SNSで話題の美少年じゃん。顔が良すぎる……推せる……」

 絶世美少女と超絶美少年の登場に、クラスメイト達が沸き立った。
 祈はなんとなく嵐の予感を覚えつつも、
合理的に考えて、この状況は歓迎すべきだと判断した。
 御前の護衛をしなければ、地球に打ち込んだ楔が外れてしまう。
それは、世界が揺らぐことや、死者が多数出た、元の世界線に戻ることを意味するだろう。
龍脈を狙う者であれば、龍脈のアクセス権を奪って、大きな悪事を働くかもしれない。
護衛をするという意味では、同じクラスという近い位置にいるのは都合が良い。
目的は不明だが、天邪鬼のような高い戦力を持った人材までも集ったのは、
ある意味幸運ですらある。

 古文教師の采配で、転入生二人の席が、
窓側後方の祈やレディベアの近くに決まったことで、
流れでお昼も一緒に食べることになり。
 みゆきの悪ノリで探偵クラブが作られ、祈をはじめとする関係者が所属して。
(色違いのマフラーを全員が付けることを会則にしようとするので、『それだとレンジャー探偵になるから』の一言で却下した)
 思い出作りに修学旅行にも行って。
 なんやかんや――、祈たちは青春を謳歌する。
 そして中学校卒業の日を無事迎え、アンテクリストとの戦いから『?年』の歳月が経とうとしていた。

24多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2021/10/10(日) 18:11:46
上二本与半卉亠十士廿卞广下广卞廿士十亠卉半与本二上旦上二本与半卉亠十士廿卞广下广卞廿士十亠卉半与本二

――『?年後』。
 東京都、某ホテル。
殺人事件が起きたために玄関口も封鎖された、その小さなホテルのロビーには、数人の男女が集められていた。
中には警察官と思しき男たちの姿もある。
 数人の男女は、一人の少女を囲んで、その話を聞いているようだった。

「……つまり、犯人はおまえだ!」

 制服に赤いマフラー、革製のショルダーバッグを肩がけという出で立ちの少女は、ある男を指さしてそう宣言した。
 指さされたのは、頬がこけた痩身の、神経質そうな男だった。
男は、くつくつと笑って。

「いいでしょう。推理を聞く限り、確かにそのトリックを使えたのは、この中では私しかいないというのは頷ける話です。
ですが! 私にはアリバイがある! 犯行時刻には、ホテル内のバーで飲んでいたという鉄壁のアリバイがね!
目撃証言もありますし、防犯カメラにも映っているんですよ! それはどう説明するというんです!?」

 そして、嬉々としてその言葉を否定する。
 仕組まれた密室トリックの謎は暴かれ、容疑者の中で最も疑わしいのは確かにこの男だった。
被害者に刺さったナイフの位置や血の飛び散り方から、刺した人物の身長や体重がわかる。
この男が犯人であることを示している。
 だが肝心の証拠はまだ見つかっていない。何より男には、鉄壁のアリバイがあった。
それを覆さなくては、男が犯人だとは言い切れないという局面。
 しかし、少女は男を示す指を降ろして目を閉じ、腕を組んで黙った。

「はは……犯人呼ばわりしておいて、都合が悪ければだんまりですか。
マフラー探偵さん、でしたっけ?
最近やたら名前を聞くので調子に乗ってるのかもしれませんが、目上の人間を指でさすなんて――」

「モノ。連れてきてくれ」

 男の言葉を遮り、少女がそう告げると。
柱の影からもう一人、ツインテールの少女と――少女に後ろ手を拘束された男が出てきた。
その男の姿は、少女が犯人として指さした男と、顔から着ている衣服まで、全てが同じだった。
 集められた男女が、驚愕の声を上げる。
マフラー探偵と呼ばれた少女――祈は目を開いた。

「バーで飲んでたのは、おまえじゃなくてこいつだろ。
知らなかったか? 推理小説じゃ、“双子トリック”はご法度なんだぜ」

 『あとマフラー探偵じゃなくてライダー探偵な』、などと付け加えながら、不敵に笑う祈。

「くっ……!」

 男は己の目論見が破綻したのを察し、その場から逃走を図る。
 複数の警察官が追いかけるが、男の逃げ足は意外にも早い。
見る見るうちに警察官を振り切り、黄色いテープで封鎖された玄関口へと辿り着く。

「天邪鬼! そっち行ったぞ!」

 祈が、男が逃走しようとした方へそう呼びかけると。
男の進路を塞ぐように、黄色いテープを乗り越えて、何者かが玄関口から入ってきた。

「どけっ! 邪魔だ!」
 
 その何者かを押し退けて逃走しようとする男だが、
すれ違った瞬間、急に糸が切れた操り人形のように倒れてしまった。
 玄関口から入ってきたのは、サングラスや帽子で隠してもわかる美男子、天邪鬼だった。
 男はこの天邪鬼に、素早く峰打ちされて意識を失ったのだ。
そのまま警察官たちに取り押さえられ、御用となった。
 最も近い出入口に天邪鬼、裏口や屋上などにも、付いてきてくれたメンバーが配置されている。
もし犯人がどこに逃走を図っても追いつめられる、まさに万全の布陣だ。
その采配は祈ではなく、玉藻御前によるものだった。
 何の気まぐれか、祈と同じ中学校に転入した天邪鬼と玉藻御前。
二人は、祈が部長を務めることになった探偵クラブにもなぜか所属し、友情を育んでくれた。
時にぶつかり合うこともあったが、だからこそお互いの理解を深めて友人になれたのだと祈は思う。
傲岸不遜な態度だが、意外に素直。遊びの天才で、一緒にいれば退屈とは無縁の天邪鬼。
稀代の陰謀家で、人を己の意のままに動かそうとするトラブルメーカーだが、この世界への愛は本物の玉藻御前。
二人との友情は、『?年後』の今も続いている。
そしてレディベアと同様に、マフラー探偵・多甫祈の仲間として、武力や知恵を貸してくれるようになっていた。

 そう。
 『?年後』の世界で、高校生になった祈は、東京都の公安委員会に届け出を提出し、
名実ともに本物の探偵になっている。
 閉鎖した那須野探偵事務所を引き継いで、雑居ビルの地下1階で開業していた。
 学業に精を出す傍ら探偵として働き、警察官として綿貫警部の部下になった尾弐や、
安倍晴朧から仕事を回して貰って、現在までいくつかの難事件・怪事件を解決している。
 それにより、界隈で少しずつ名前が知られつつあった。
つまるところ順風満帆。橘音にはまだ遠く及ばないが、駆け出しの探偵として、着実に実績を重ねていると言えるだろう。
 ただ、祈が不満なのは、界隈で『マフラー探偵』なるあだ名で呼ばれていることだった。
 祈が赤マフラーを付け始めたのは特撮の影響で、『ライダー探偵』というあだ名を目指していたからだ。
 16歳になったら真っ先に免許を取り、バイクも購入したほどである。
ターボババアは、祈が渡していたお金を全額貯金していたので、中型のカッコいいバイク(名前はサイクロン)がすぐに手に入った。
 一層ライダーらしくなりご満悦だったのだが、付いたのはあだ名は『マフラー探偵』だったのである。
知らない人にはわからないネタなので、致し方ないではあるが。

25多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2021/10/10(日) 18:31:18
 仕込み杖を収めながら、こちらにゆるりと歩いてくる天邪鬼。

「相変わらず手際のいいこって」

 天邪鬼に、軽く両手でのハイタッチを求めながら、祈はそんな風に言って笑った。
 数年前と比べると、身長が伸び、体つきも少し大人っぽくなった祈。
半妖ゆえに、祈の寿命は本来それなりに長かっただろう。
それに合わせて成長速度も遅かったのだろうが、
アンテクリストとの戦いで、祈は肉体の再生速度を上げるオーバーロードを多用している。
その結果、寿命がすり減り、人間と同程度の寿命と成長速度になったと思われた。

「これで、“ドッペルゲンガー”は確保。ひとまず一件落着かな。
尾弐のおっさんからまた事件のタレコミもあったし、事情聴取とかも早めに済ませないとな……」

 と、一人呟く祈。
 妖怪の存在を知らない人間たちの手前、『双子トリック』などと祈は言ったが、真相は異なる。
 一つの事件にレディベアだけでなく、天邪鬼や玉藻御前といった過剰な戦力を動員していたのは、
この事件が『妖壊事件』の疑いがあったからだ。
 犯人の一人は人間だが、もう一人はおそらく“ドッペルゲンガー”だと推測された。
 ドッペルゲンガーは、人間の姿を模し、本人と出会うと殺して成り代わろうとする性質を持った妖怪だ。
死神のようなもので、出会えば死が待っている……はずだったが、出会った彼らは結託した。
 男は、この世で最も憎む上司への復讐を条件に。
ドッペルゲンガーは、以後の上司がいない快適な成り代わり生活を条件に。
 そのために密室トリックで場を混乱させ、決定的な証拠の隠滅を図りながら、アリバイ作りを行ったのである。
 上司への復讐は、ドッペルゲンガーでなく男本人が行っているもののようなので、
男は警察行きで懲役、ドッペルゲンガーは殺人幇助で妖怪警察にしょっ引かれることになるだろう。
 しかしもちろん、双子トリックで殺しただとか、
ドッペルゲンガーが現れたなどと、ニュースや新聞で報じられることもない。
男が双子でないことなど調べればわかるし、ドッペルゲンガーの存在が明かされれば騒ぎになる。
だからこそレディベアが、事件に関わった人間の記憶を全て瞳術で改竄して、帳尻を合わせるのだ。

「モノ、お疲れ。いつも悪いな」

 祈が協力してくれている仲間たちに、スマホで連絡を取り終えたところで、
記憶の改竄を終えたレディベアも祈の側へ集まってきた。
 すると。

「うわあああ!!」

 男を取り押さえていた警察官たちから、悲鳴めいた声が上がる。
見遣ると、意識を失って取り押さえられたはずの男が、
手錠や警察官たちの拘束を解いて逃走しようとしているところだった。
 一瞬、その腕が液状になるのを祈は見逃さなかった。
ドッペルゲンガーは、人に成り代わるまでは不定形のゲルか影法師のようなもの。
一瞬元の体になって、拘束を解いたのだ。

「くっそ、あっちがドッペルゲンガーだったのか……!
ペラペラしゃべるからあっちが人間の方だとばかり!」

 ドッペルゲンガーは、人に成り代わることに特化した妖怪。
模倣の精度の高さは、単なる変化とは格が違う。
細胞レベルで人間を模して、妖気を全く発さないようにもでき、医者でも区別が付かないというものだった。
そのため、現場にいたメンバーでも、どちらがドッペルゲンガーなのかは判別がつかなかった。
 最終的な判断は捕まえて吐かせる必要があったのだが、
ひとまず、本人らしくベラベラ喋る方が人間だろうと判断し、指示を出した祈の失策だといえるだろう。
ドッペルゲンガーが記憶まで模倣するには、本人を捕食する必要がある。
本人が食べられていなかったからこそ、
本物のように、周囲に違和感を持たせず振る舞えるとは思わなかったのだ。
 天邪鬼にしても、峰打ちの感触が人間と相違なく、
普通に気絶したところまで確認したので、人間だと判断してしまったのかもしれなかった。
 どうあれ、ドッペルゲンガーの逃走を許した。

「悪い天邪鬼! ちょっとここの人たちのこと頼んだ! 追うぞモノ!」

 祈は咄嗟に、記憶改竄によって意識がふわふわとしている関係者たちの面倒と、
その後のフォローを天邪鬼に任せた。
 そして逃走するドッペルゲンガーを、レディベアとともに追って行く。
 しかし追う内に、人気はどんどん少なくなっていき、ついに誰も通りかからない裏路地のような場所に出た。
 これは、と祈は気付く。
 妖怪がよくやる、誰かを襲ったり食べたりするのを邪魔されないように展開する、己だけの空間だ。
以前、八尺様との戦いでも、祈はその脱出に難儀したものだ。
そこに、祈たちを引きずり込んだのだろう。
 何度目かの角を曲がったところで、男の姿を模したドッペルゲンガーは、
逃走を止めて立ち尽くしていた。

「結界の中に引きずり込もうが無駄だぜ。観念しろ、ドッペルゲンガー!」

 祈がそう声をかけると、ドッペルゲンガーが振り向く。
その顔には、暗い笑みが浮かんでいた。

26多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2021/10/10(日) 18:56:10
「――なぁ。人間ってのは素晴らしい生き物だと思わないか?」

 そして、祈の言葉に応えることなく、語り始める。

「あ……?」

「なろうとすれば、なんにでもなれるってのが良いよな。
『俺』が最初に喰ったやつもそうだった。なりたいと思う誰かがいて、そいつになろうと必死だったよ。
そいつの影響かな。俺も、色んな人間に成り代わってみたいって夢ができてね」

 そして、その姿がまるで水面に石を落としたかのように揺らぐ。
男の顔が崩れ、人の形をした黒い液体のような正体が露わになった。
下半身は溶け、アスファルトの上に広がっていく。
その下半身には、まるでデスマスクのように、男女の顔が浮かんでいた。

「だからこんな風に、『色んな人間を食って回ってる』ってわけだ。
他の人間に成った瞬間、俺は一冊の良書を読み終えたような満足感で満たされるんだ」

 ここで一つの謎が解ける。
ドッペルゲンガーは人を殺して食べることで、記憶も性格も完全に模倣して成り代われる。
このドッペルゲンガーは多くの人間を喰らい、人間の性質を知ったからこそ、
周囲の人間を騙す演技ぐらい簡単だったのだろうと。
 その男女の中には、捜索願が出されている人も含まれていた。
つまり、これらの男女は既に。祈はギリ、とドッペルゲンガーを睨んだ。

「ここ最近の失踪事件の犯人はお前だったってわけか。許せねえ……!」

「許せねぇのは俺の方よ。『殺人犯にもなってみたかった』ってのに、あと少しってところで邪魔をしてくれやがって。
あとは、あいつと上手く合流して成り代わるだけだったってのに。
半端ものの半妖ごときが、二匹揃ったところで俺に適うか? 殺してやるぜ。ああ、いっそ喰ってやるのもいいかもな。
そしてもっともっと! 俺はなりたい自分になっていくんだ!」

 そうして、ドッペルゲンガーから黒い妖気が噴き出し、臨戦態勢に入った。
 ドッペルゲンガーは通常、一人の人間にしか成り代わらない。
しかしこのドッペルゲンガーは異常なまでの食欲を発揮し、多くの人間を喰らった。
 異常行動。本能の壊れた『妖壊』ともいうべき存在。
 それにより発する妖気は、通常のドッペルゲンガーの何倍にも膨れ上がっている。
間違いなく祈よりも上の妖気量。犯行の自白をしたのは、倒されないだけの自信があるからだろう。

 しかし。祈が怯むことはない。

27多甫 祈 ◆MJjxToab/g:2021/10/10(日) 19:04:12
「そうはさせるかよ。――来い、草薙剣!!」

 祈が声をかけると、革製のショルダーバッグが独りでに開き、
中から一本の剣が飛び出してくる。
祈はそれを右手でキャッチすると、眼前に突き出して構えた。
それは、まだ祈を所有者と認めていないが、力を貸し続けてくれている律儀な付喪神、草薙剣だった。

「行くぜ、モノ」

 ゴウ、と祈の妖気が赤い炎となって揺らぐ。
ローファーに変化していた風火輪が、元の赤いローラースケートの姿に戻った。
革製のショルダーバッグがウエストポーチに変化し、収納部分が後ろ側に回る。
そして、左腰に剣の鞘のような箇所を作り出してくれた。

「――“変身”!」

 それは、いつぞやの祈が見せた光。
目を金色に輝かせ、髪を赤く、制服を――赤いマフラーを除き――黒へと染め上げる。
 疑似ターボフォーム。
草薙剣の剣が妖気を貸してくれているからこそできる、数分の強化形態。
祈がここ数年で妖怪としての格を上げているので、変身時間も僅かに伸びている。
 祈は草薙剣を左腰の鞘に納め、妖気の貸与に専念させた。
 レディベアも、この数年で妖怪としての格を上げている可能性がある。
そしてポーチに入っている父と協力することで、
再び”ブリガドーンモード”を使用することができるようになっていたりするかもしれない。

――ここ数年、東京では、人や妖怪が起こす難事件・怪事件が増えつつある。
それは、『揺り戻し』とも呼べる現象なのかもしれなかった。

 なにせ、この世界では『アンテクリストという巨悪が生まれなかった』。
魑魅魍魎が跋扈し、多くの死者を出すはずの大事件が起こらなかったのだ。
 修正前と修正後の世界にあるギャップ、大きな歪み。
それが揺り戻しとして、この世界に悪を生み出し、あるいは引き寄せつつあると考えられた。

 天邪鬼や玉藻御前といった新しいメンバーを正式に加えた、『新生東京ブリーチャーズ』。
その中でも、祈たち、マフラー探偵一派と呼ばれる者たちの役目は、多岐に渡る。
 玉藻御前の護衛に加え、
揺り戻しによって起こっていると思しき数々の事象を、事前に食い止めること。
あるいは既に起こった事件なら解決して、揺り戻しのダメージを軽減すること。
しかも、妖怪が関わっている事件なら十中八九、
人間では解けない難事件や、手に負えない不可解な怪事件となる。
なのでそれを解決し、関わった人間の記憶を処理し、混乱を防ぐのも役目の一つだ。
 尾弐からのタレコミや、
祈が陰陽頭になるための実績を積むことを期待してパトロンとなった安倍晴朧からの情報提供などを頼りに、
いくらかこの揺り戻しによると思しき事件を解決している祈たち。

 だが、徐々に悪の芽は育ちつつあるようで、
妖怪が組織的に動き、事件を起こしているような気配がある。
それは、龍脈の力を手中に収めようと、御前を狙う勢力なのか。
それとも、楔を引き抜き、正史に戻そうとする勢力なのかは、わからない。
 だが、この世界の平和を乱そうとしていることだけは確かだった。
きっとその目は、楔や龍脈を虎視眈々と狙い、こちらの様子を窺っている。
人を嘲笑う『あの仮面』を被った、金髪の怪人が目撃されたという情報もあり、油断はならない。
 世界がたとえ破滅の運命に向かって行こうとも。
 この世界の平和を奪わせまいと、
此処に東京を覆う闇を払う漂白者たちは集っている。
 今日も祈たちは、その運命を覆していく。
仲間たちと共に、変えた歴史を守り、未来を掴む。

        かえ
「――さぁ、“変転”るぜ、運命!!」

 風火輪のウィールが激しく回転し、ギュルルル、と唸りを上げる。
祈は一直線に、ドッペルゲンガーへと駆けて行った。
 東京ブリーチャーズの戦いは続く。祈たちの戦いの日々は。絆が紡ぐ最高の毎日は。
妖怪が踊る東京の夜は、終わらない――。

28ポチ ◆CDuTShoToA:2021/10/22(金) 03:37:09
赤マントとの戦いが終わってから暫くしたある日、ポチはシロと共に陰陽寮を訪ねていた。

>「またポチ君とシロちゃんのことが話題になってるよー」
>「なになに?『ニホンオオカミの生き残り!?令和の東京に謎の遠吠え響く』かぁ……」

「あー……こないだ久しぶりにお客さんが来てさ。結構楽しかったんだけど、うるさかったかな」

潜戸を抜けるとすぐに応接間に通されて、巫女達がお茶菓子を持ってわいわいと集まってくる。
初めてここを訪ねた時には、ここの人間とこんな仲になるとは思いもしなかった。

>「結局、化生の者は夜闇に紛れて生きる定めってやつなのねえ」
>「あの戦いじゃ、せっかくみんながポチ君のこと応援してくれたのにね」

ここは、あの最後の戦いが起きなかった世界線。
妖怪の存在が世界中に暴かれる事はなく――故にあの時ポチに送られた声援も存在しない。

>「――そうですね。それは確かに残念なこと……。
  けれども、悲観するには及びません。一度繋ぐことができたえにしなら……いつか。また再び繋ぐことができるでしょう。
  我らは既に一度、それを成しているのですから」

>「そうですね、巫女頭様!」
>「今だってわたしたちはポチ君やシロちゃんと仲良くしてるし!そのうち、また衆生が妖怪を受け入れるときが来るはず!」

「そうそう。ま、のんびりやっていくよ。こないだみたいな大事件と引き換えに仲良くなっても、仕方ないしさ」

ポチがぬるくなったお茶を啜って、穏やかにそう言う。

>「……あなた」

ふと、隣に座ったシロに呼ばれて、そちらを振り向いた。

>「あなたと初めて会ったときには、まさかこんなことになるだなんて思ってもみませんでした。
  でも、こうなってよかった。ここにいられてよかった……」

シロが微笑む。晴れやかで、暖かな笑顔。
彼女がそんな風に笑うのを見るのは――別に、そんな特別な事ではない。
朝の挨拶と共に、夜眠りにつく前に、日常の中でふと目が合った時に。
今までにもう何度も、ポチはシロの微笑みを目にしてきた。

それでも――今でもシロの笑顔を見ると、ポチは胸がどきりとする。
初めて彼女を目にした時と同じ――いや、あの時以上に。

ポチは思う。きっと――いや、間違いなく。
明日も、明後日も、一年後も、十年後も――妖怪の永い永い命が尽きるその時までずっと、
自分はシロの微笑みを目にする度にこうして胸を高鳴らせると。
何度でも狼の愛を、初恋を、幸せを噛み締める事が出来るんだろうと。

>「心からそう思います。私は幸せだと……。
  私を連れ出してくれて、私の捻じくれた心を見捨てずにいてくれて、本当にありがとうございます」

シロがポチの手を取って、その手のひらをそっと抱き寄せる。
彼女の体温と、鼓動が伝わってくる――それだけで、ポチの胸が幸せで満たされる。

「よしてよ、もう。みんなが見てるのにさ。照れちゃうじゃんか」

ポチが狼王の威厳などあったもんじゃない、はにかんだ笑顔を零す。

「……君がいなきゃ。僕はずっと、ただの雑種のままだった。ありがとうを言うのは、僕の方なのに」

29ポチ ◆CDuTShoToA:2021/10/22(金) 03:37:39
本当は――ポチはもっともっともっと、彼女にお礼が言いたかった。
なにせ彼女がただ微笑みかけてくれるだけで、王の威厳を忘れるほどの幸せを感じられるのだ。
問題はポチが受け取る幸せが大きすぎて、どんなにお礼を言っても釣り合いが取れない事だ。

だから――ポチは言葉以外でも、シロにお返しがしたいといつも考えていた。
それは例えば日々彼女の為を考え、気を配り、喜んでもらおうと心がけたり。
或いは――『伝説を創りにゆきましょう』という約束を、果たしてみせるといった形で。

>「私の、あなた。勇敢で誇り高く、何より愛しいあなた。……私の狼王。
  これからも……私はあなたと共に。どこまでも、どこまでも……一緒に。駆けて参りましょう」

「勿論。実は……今日ここに来たのも、その為だったりして」

そう言って、ポチはシロが抱く自分の手を離してくれるよう、軽く引く。
それから芦屋易子に向き直って、姿勢を正す。

「……芦屋さん。お願いがあります――――――」

30ポチ ◆CDuTShoToA:2021/10/22(金) 03:38:20
 


那須野橘音と尾弐黒雄が今日、結婚する。
ステンドグラス越しに注ぐ柔らかな光の下、二人は見つめ合っていた。

>「さて。
  この善き日に、両名が新たに夫婦となり家庭を築くことができる、その幸福を寿ごう。
  新郎、尾弐黒雄」

二人が結婚式を挙げるという報せが届いて、ポチが最初に思ったのは「結婚式ってなんだろう」だった。
それから、東京ブリーチャーズ時代に借りてそのままだったスマホであれこれ調べてみた。
そうして思ったのは――「やっぱりよく分からない」って事だった。

その結婚式とやらがなくても二人はとうに愛し合っていて、夫婦になれる。
むしろポチからすれば、既に夫婦になっている。そのように思えた。
夫婦になる事を神や参列者に誓う為――なんて説明を読んでも、ぴんと来なかった。
それでも一世一代の事だという事は分かったので、無作法のないよう人間の知人に色々と尋ねて回った。

だが今こうして、その場に立ち会ってみると――ポチは不思議な緊張感を感じていた。

>「あなたは新婦・那須野橘音を妻とし、その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、
  富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、
  その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

天邪鬼の諳んじる誓いの言葉が、ただの言葉なのに、何故か重く――決して重苦しくではないが、重く感じる。

>「――はい。誓います。私、尾弐黒雄は、新婦となる那須野橘音を妻とし、病めるときも健やかなるときも、喜びのときも悲しみのときも、
 富めるときも貧しきときも、例え死が二人を分かつとも――新婦を、愛し、敬い、慈しみ、共に在り続け、永久に守り抜く事を此処に誓います」

ポチは、送り狼だ。

>「あなたは新婦・那須野橘音を妻とし、その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、
  富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、
  その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?

ポチはその狼の鼻でこの世界を、真実を感じ取る。
人や物のにおいも、妖気や神気のように目に見えないものも。
愛や希望、幸福感でさえも、分泌物の多寡という形で嗅ぎ分ける事が出来る。

>「新婦、那須野橘音。あなたは新郎・尾弐黒雄を夫とし、その健やかなるときも、病めるときも、
  喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、
  その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

だからこの結婚式は、ポチに初めての経験を齎した。

>「――はい。私、那須野橘音は、新郎となる尾弐黒雄を夫とし、良いときも悪いときも、
  富めるときも貧しいときも、病めるときも健やかなるときも、死がふたりを分かつまで――いいえ死んでも。
  愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓います」

嗅覚に頼らず、ただ声を聞くだけで――そこに真実の愛と誓いがあると理解出来て。

>「では、指輪の交換を」

幸せを、目で見る事が出来る――そんな経験を。

31ポチ ◆CDuTShoToA:2021/10/22(金) 03:39:55
>「ふふ……」

橘音が自分の左手薬指を、そこにある指輪を見つめて、微笑む。
ポチは――ひどくもどかしい気持ちになった。
今すぐにでも変化をといて、尻尾を振りながら走り回りたい。皆のすねを擦り回りたい。
とにかく嬉しさを体で示したい。二人を祝福している事を、全身で二人に伝えたいと。

>「――誓いの口付けを」

尾弐が橘音のヴェールを上げる。二人が見つめ合う。

>「……クロオさん」
>「――――橘音」

そして、二人が唇を重ねた。

>「婚姻の儀は成った。
  本日只今を以て、両名は正式に夫婦となった。
  両名に幸あれ、その未来に栄えあれ――」

「おめでとう!おめでとう橘音ちゃん!おめでとう尾弐っち!」

参列者達が一斉に拍手を鳴らす。ポチもそれに倣った。
散々待てをされた犬みたいに大はしゃぎで、力いっぱい拍手をした。
尻尾も、もう我慢出来ずに、取れてしまうんじゃないかというくらい振っていた。

そうして式は進む。参列者達の間を、新郎新婦が退場していく。
二人が目の前を通るとポチは変化を解いて、深く息を吸って、遠吠えを上げた。
祝福と――なんとなく、二人が少し遠くへ行ってしまったような寂しさの籠もった遠吠えだった。

「……綺麗だったね、橘音ちゃん」

新郎新婦の退場を見送った後、ふとポチは隣にいるシロにそう零した。

「尾弐っちは……ふふっ、あんなにビシっと決めた尾弐っち、初めて見たかも」

ポチはくすりと笑ってから、ふと真剣な表情を浮かべる。

「二人とも、幸せそうだったね。結婚式……最初はよく分かってなかった。
 でも、今なら分かるよ。二人は今日、ホントにホントに、夫婦になったんだ」

自分達が夫婦になれていない、なんて思ってる訳ではない。
自分とシロは狼の愛情に基づいて、間違いなく夫婦だ。
その事に関してはなんの疑いもない。

「……シロも、こういう式をやってみたい?」

だが、それはそれとして、この結婚式という儀式は――ポチにとっても憧れるに足る出来事だった。

「……僕は、やってみたい……かも」

ポチがシロを見上げる。

「だけど……今すぐにじゃない。僕は狼の王様になったけど……まだ、僕らは隠れて生きるだけの獣だから」

今日、橘音と尾弐は光の中にいた。
嘘偽りのない、未来への希望の中にいた。
ポチは――自分も、そうなりたいと思った。

「見てて。僕はもう一度、あの伝説を取り戻してみせるから。
 ……ううん、違う。あの時よりも、もっとすごい伝説を作ってみせる」

何の憂いもなく、一点の曇りもなく未来を信じていられる心で、シロと夫婦の誓いを結べたら――それはどんなに幸せだろうと。

「芦屋さん達にはのんびりやる、なんて言ったけど、あれはなし。すぐに叶えてみせるから」

ポチが両手を握り締めて、牙を剥くように笑う。
シロよりも少し色の濃い金眼が、抜けるような青空を映す。
雲一つない未来を夢見るのは、何も新郎新婦の特権では、ない。

32ポチ ◆CDuTShoToA:2021/10/22(金) 03:45:10
 


『?年前』、東京ブリーチャーズの活躍によって東京漂白は完遂された。
東京には平和が戻った。妖怪は人知れず生きる存在に戻った。
東京漂白の戦いを経て、ポチは色々なものを得た。
魔神にも勝る力を。狼の自負と誇りを。死闘を戦い抜いた仲間達を。

ずっと焦がれ続けてきた同胞――最愛の妻を。

「――心配はご無用。妖怪相手に人間のセキュリティは通用しません。特にこの僕には」

だが――まだ足りない。
多くのものを、他の何よりも愛しいと言えるものを得たからこそ、
ポチは更に多くのものを求めずにはいられなかった。

具体的には、金だ。必要なものはいくらでもあるが、まずは金だ。

シロとふたりきりで、ただどこかの山奥で暮らしていくならそんなものはいらない。
だが彼女と夫婦として、そして獣として生を営んでいこうと思えば、そうはいかない。

「料金は同業者に比べて少し割高かもしれません。ですがご依頼頂ければ間違いなく完璧に、仕事を為遂げてみせますよ」

子を成し群れを大きくして、ニホンオオカミが野山に増えれば、人間達はいずれその事に気づく。
そして、それらを自分達の制御下に収めようと干渉を試みる。
シロがそうだったように研究用や、観賞用に捕獲されるかもしれない。
密猟を企てる者もきっと現れるだろうし、或いは土地開発の為に住処が荒らされる事もあり得る。

「……意外ですか?妖怪がお金の話をするなんて。大丈夫。大丈夫。何度も言うようですが、心配しないで――」

それらを力で跳ね除ける事は――出来ない。
無論、ポチの力があれば住処に近寄る人間を追い払う事は容易い。
たとえ人間が猟銃を持っていてもポチには傷一つ付けられない。
森を切り開く重機だって容易く転ばせる事が出来る。
仮に軍隊が攻め寄せてきたとしても、ものの相手にもならないだろう。

問題は――そんな事を続けていれば、今まで仲良くしてきた人達と仲良く出来なくなるという事だ。
立ち寄る人間を傷つけ続ける送り狼は、いずれは妖壊として漂白される事になる。
或いは、そうならない為に、本当に何もかもを傷つけ排除しなければならなくなる。

そんなのは――嫌だった。

「――なんたってあなたは久しぶりの、芦屋さんの紹介ですから!いわゆる、えーと……そう、オトモダチ価格!
 そこに初回サービスも兼ねてかなりお安くしておきますよ!だからホラ、そんな不安そうな顔しないで!」

そうならない為には、金がいる。
ニホンオオカミを――己の群れを人間社会という巨大な力から守る為には、とにかく金と、今よりもっと多くのオトモダチが必要だった。

以前、橘音がとびきりの厄介事を持ち帰ってきた時、ポチはなりゆきで妖狐の訓練場を訪れた。
あの場所は人間社会の中に存在しながら、妖狐の縄張りとして機能していた。
きっと他にも、こういう場所が幾つもあるのだろうとポチは思った。
そもそも橘音の――今は祈が使っている事務所だってそうだ。
東京という人間の縄張りの真っ只中にありながら、あそこは妖怪の住処だった。
あれを成立させる為には少なくともお金と、そこにあるはずの不可解を覆い隠してくれるオトモダチが必要だったに違いない。

「それとも――」

ニホンオオカミの為、己とシロの安寧な暮らしの為――ポチは、それと同じ事をしようと考えた。
人間社会の中に、ニホンオオカミの――獣達の国を作ろうと、考えたのだ。

「不安なのは、お金の話じゃなかったりして?」

33ポチ ◆CDuTShoToA:2021/10/22(金) 03:54:31
東京都某所、民間警備会社オクリオオカミ事務所の応接室。
部屋の狭さにやや不釣り合いな大きなソファに腰掛けて、青年が微笑む。
さらさらの黒髪に交じる銀色のメッシュ。蛍光灯の下で煌めくウルフアイと、右目を覆う眼帯。
黒いワイシャツと銀色のナロータイが包む肢体は細く、全体的に華奢な体つきに見える。

「まだ、僕らの話が信じられない?」

その向かい側には、身なりのいい――そしてひどく顔色の悪い少女がいた。
化粧ではどうにも隠し切れない、病的なまでの蒼白さだった。

「あなたが誰かに呪われていて、このままだと死んでしまうだなんて」

青年が立ち上がる。少女の傍へ歩み寄る。その背後へ回る。
そしてその首元へ右手を伸ばして――そこに在る、不可視の何かを掴んだ。
ゆっくりと右手を引く。少女には、青年の仕草は何も見えていなかった。
それでも、少女は振り返った。自分の体から何かが剥がされた事を、感じ取ったかのように。

「虫を媒体にした呪い……最近やけに流行ってるみたい。どう?少しは楽になりましたか?」

青年が微笑みながら尋ねる。少女がおずおずと頷く。

「良かったですね。明日の朝にはもうすっかり楽になってますよ」

青年の笑顔がぱっと華やぐ。その拍子に、狼のような鋭い牙が口元から覗いた。
青年は右手で掴んだ何かを握り潰すと、それから小さく二度、鼻をくんくんと鳴らした。

「いや、この距離なら……今日の夜にはもう終わっているかも。
 いたちちゃん、彼女を家まで送って差し上げなさい。
 そのまま暫く警護につくように。また別の呪いが送り直されるかもしれないからね」

青年が応接室のドアの方を見遣る。
ドアの向こう側から、やや不服そうに「はい」と返事が聞こえた。

「……自分と同じくらいの年頃の子が護衛だなんて、不安ですよね」

少女の背後に立ったまま、青年が尋ねた。少女は思わずびくりと体を竦めた。
その通りだったからだ。だが、何故それを言い当てられたのかが分からない。
背後に立つ青年は自分の顔色など見れない。何か特別、大きな仕草をしたつもりはない。
ただ目線を一瞬ドアに向けただけなのに。

「でも大丈夫。あの子は腕は確かですよ。いずれは『獣』の器にすらなれるかも……ああ、いえ。こっちの話です」

青年が少女の前方へと回って、手を差し伸べる。
少女がその手を取って、立ち上がる。
青年が歩いて、応接室のドアを開く。
少女はそれを抜けて――ふと、不安げに一度振り返る。

青年の姿は、既に部屋の中にはなかった。
少女が息を呑んで後ずさる。

「……やる事なす事、いちいち趣味が悪い。まったく狼なんだか、狸なんだか」

いたちと呼ばれた制服姿の少女が、忌々しげに吐き捨てた。

34ポチ ◆CDuTShoToA:2021/10/22(金) 04:00:12
 


「――ホント、最近なんだか物騒だなあ。あんなオモチャが、ただの人間の間に出回るなんて」

夜。一仕事終えて戻ってきた事務所の所長デスクに座って、青年がぼやく。
最近、東京では妖怪や妖術絡みの事件が増えてきている。
その内の幾らかは有志の活動によって鎮圧されているが、手が追いついているとは言い難かった。

「なーんか、イヤな感じ……だけど、仕事が増えるのは大歓迎」

青年が立ち上がる。部屋を出て、屋上へ続く階段を登る。
狭い階段に足音が響く。響く。響く――足音が変わる。
屋内を響く音が、音の拡散する屋外に出る。
屋上へのドアが開いた音は、しなかった。

ビルの屋上に、青年の姿はない――そこにいるのは夜色の毛並みに一筋の銀毛を帯びた、狼だった。

「うーん、喜んでいいのやら、悪いのやら」

東京ブリーチャーズとしての活動を終えてから暫くして、ポチは小さな会社を作った。
民間警備会社オクリオオカミ――表向きはただの警備会社。
その裏で妖怪絡みの事件を募り、制圧する。
そうして人間社会の中に獣の国を作る為の資金と人脈を得る為の会社だった。

最初は芦屋易子に助力を乞うた。
妖怪から人間を守り、またその存在を秘匿する陰陽寮の権力は、戸籍のないポチが人間社会に居場所を得るには必要不可欠だった。
とは言え、芦屋易子は陰陽寮の人間だが、陰陽寮そのものではない。
だからきっと、ただ会社を一つ作るだけでも大変な苦労を強いてしまったに違いない。

「ま、どうせ事件は起きる時に起きるんだし、上手く波に乗るしかないか」

つまり――他力本願だけで、狼が平穏無事に暮らせる場所を作り出す事は出来ない。
ここ数年、ポチはずっと働き続けてきた。

最初は芦屋易子を始めとする知人からの紹介で仕事を募って。
それから少しずつ、今度はそうして仕事を請けた人達からの紹介で仕事が集まるようになった。

人間に変化した時の姿も変えた。
子供の姿では舐められる。目に物見せるのは容易いだろうが、無駄に反感を買う必要もあるまい。
人間離れした美貌が分かりやすくていい。あの妖狐や雪妖を見本にすれば丁度よいのではないか。
などと安倍晴空が助言をくれたからだ。
安倍晴空には他にも色々と世話になった。時折、陰陽寮の事件解決後に彼から貰えるはずだった小切手が恋しくなるが。

ポチの稼ぎは、それなりに良かった。
狼の嗅覚があれば人間相手に交渉事で引けを取る事はなかったし、
なんと言っても、やってる事は殆ど裏稼業だ。
それでも、まだまだだ。狼の国を築くには、金は幾らあっても足りない。

「どうなるかなー。最近は、商売敵も勢いに乗ってるみたいだし。
 『マフラー探偵』かぁ。祈ちゃんも頑張ってるんだなぁ。
 事件解決を安売りするのは、ちょーっとやめて欲しいけど」

ポチが嬉しそうに笑う。

「あー…………そっか。僕、あの子とは一度も戦った事なかったのか」

その笑みがゆっくりと、牙を剥く獣の凶暴さを湛える。

「……ちょっと、楽しみかも」

昂ぶる気持ちを抑え切れずに、ポチは一度夜空に吠えた。

35御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/10/24(日) 18:47:03
>「店長ー!ブルーハワイのバニラアイストッピングと、宇治抹茶小豆練乳入りまーす!」
>「……いちごミルクレアチーズひとつ、畏まりました。ご一緒にクリームソーダはいかがですか?」

客でごったがえす店内で、颯とシロが接客にいそしんでいる。
客というのは、主に妖怪だ。
SnowWhiteは、東京ブリーチャーズに会いに来た妖怪でごったがえしていた。
厳密には本拠地は地下の探偵事務所なのだが、よく分からずとりあえず1階の店に入ってくる者に加え、
普通にSnowWhiteを本拠地だと思っている者もかなりの割合でいた。
薄暗い事務所よりもお洒落な喫茶店の方がインスタ映えするので(?)仕方がない。
実際に半分拠点のようなものだったし、上下階なので似たようなものということで、ノエルも特に訂正はしていなかった。
それに、東京ブリーチャーズは当初の目的を達成したことによりそう遠くないうちに解散すると思われるので、
これも一過性のブームに終わるだろう、とも思っていた。

>「まぁ、姫様もとい女王様に率いられるようになったら雪妖も終わりですよね」
>「女皇様がまだまだご健在だからいいようなものの……いやーほんと私たちがついてないと姫様はダメだわー。困るわー」

こちらはこの時間はシフトに入っていないカイとゲルダ。

「本当にねー、乃恵瑠に雪ん娘を委ねようなんて女皇様、何考えてるんだかねぇ」

同じくハクト。
最近、雪山から便りが来たのだが、あろうことか女皇は、久々に生まれた大事な雪ん娘をノエルに委ねるという。
それを読んだ時は、従者ペット全員で「女皇様何考えてるんだ!?」と総ツッコミしたものだ。
それは別に「変態でノエルに幼女を委ねるなんて何考えてるんだ」的な意味ではなく。
いやそれも少しはあるのかもしれないが、そうでなくても。
本来なら女皇の御殿で大事に育てられるべき、数十年ぶりの雪ん娘である。
昔は一人前になったら雪ん娘を育ててみる、なんて時代もあったが、それは雪ん娘がまだそれなりに生まれていた時代の話だ。
その上ここは東京。雪ん娘を育てるのに適しているとも思えない。

「……」

ノエルはクリームソーダを作りながらぼーっとしている。

「姫様、アイスが溶けちゃいますよ。しっかりしてください!」

「そうだよ! そこは”君達本当に慕ってる!?”ってツッコむまでがテンプレでしょ?」

「あ、ごめん……聞いてなかった」

「駄目だこりゃ!」

ノエルは、橘音が探偵事務所をやめると聞いてからずっとこの調子である。
探偵事務所は東京ブリーチャーズの人間の世をしのぐための姿という側面が大きかったと思われるので、
ブリーチャーズ解散に伴って終了となるのは自然な流れなのだが。
橘音が事務所を引き払って地下1階が空き家になってしまうのは、寂しいらしい。
純粋に橘音がいなくなるのが寂しいというのもあるし、
それは、変わらない日々がずっと続くわけではないという象徴的な出来事だからだ。
喧噪が嘘のように静まり返った閉店後の店内で、ハクト(原型)を抱いたみゆきはぽつりと漏らす。

36御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/10/24(日) 18:49:22
「ずっと、変わらない日々が続いていくのかと思ってた……。そんなわけないのにね」

今思えば、アンテクリストに立ち向かったのもきっと、決して崇高な使命感からなどではなく。
皆と過ごす変わらない日常がずっと続くのを願ったからだった。

「きっちゃんはクロちゃんと結婚して出て行っちゃうし、
ポチ君達も、ブリーチャーズが解散したらきっと狼としてのほうに重きを置くよね……。
そうしたら、みんな今までみたいに店に来てくれるのかな……。
祈ちゃんは、まだ小さな子どもだと思ってたのに、気付けばもう追いつけない。
童なんてあっという間に追い越して、先にいなくなってしまうんだ……。
みんなは前に進んでいくのに、童はずっとこのまま……」

それは、“永遠”の属性を持つ者の宿命なのかもしれない。一見美しいそれは、紛れもなく災厄の力としての側面もあって。
古い物がずっと朽ち果てなければ、やがて世の中は活力を失って衰退していくのだ。
ノエルは永遠を司るその力をもって、朽ちゆくはずだった先代雪の女王をこの世に繋ぎとめた。
それは、正しいことだったのかは分からないし、そもそも善悪を基準に生きてもいない。
ただ、クリスを見送ったあの時、その力があれば、彼女を救うことも出来たのでは、と思うのだ。

「お姉ちゃんならこんなとき何て言ってくれるのかな。会いたいよ、お姉ちゃん……」

妖怪にとって死は終わりではない。
ブリガドーン空間の中での再会により滅びていないのも確定しているので、いつかまた会えるのは分かっている。
だけどそれまでの時間は、人の世の尺度では、あまりにも、長い――
と、格好よさげな表現はいくらでも出来るのだが、
つまるところ、完全に(橘音が結婚することによる)マリッジブルーに陥っていた。

「ぼくはずっと一緒にいるよ。親友を笑顔で送り出してあげなよ」

言いながら、こいつ絶対普通の動物のペットは飼えないな!と思うハクトであった。
みゆきはしんみりしていたかと思うと、突然何か思いついたようだ。

「……そうだ!」

「何、いきなり!?」

立ち上がって下の階に降りて行き、探偵事務所に入っていった。
そして橘音に言うのだ。「結婚式のウェディングケーキは任せて」と。
「童はずっとここでSnowWhiteをやってるから。いつでも遊びに来てね!」とも。

SnowWhiteのスイーツがまた食べたくなるよう、怨念もとい妖力もとい願いを込めて最高のケーキを作るのだ。
そうすれば、食べた人がまた店に来てくれて、みんなに会えるという作戦である。
料理に違法なヤクを仕込んでもうける定食屋と同じ手法とか言ってはいけない。

37御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/10/24(日) 18:50:31
゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚

そして二人の結婚式当日――
ウェディングケーキの手配をバッチリ済ませ、従者やペットと共に式場にやってきたノエルは
女性態(乃恵瑠)の姿を取って、青い振袖に身を包んでいた。
ノエルとしては別にどっちの姿でも良かったのだが、新婦友人に”新婦の幼馴染で親友のイケメン”なんて設定のがいたら
色々と要らん想像を巡らせる輩がいてはいけないという配慮である。
服装は、招待されたはいいものの当然今まで人間界風の結婚式など縁がなかったノエルは
「やはり服装は雪女の正装の白装束だろうか」とか言って「もう色んな意味でアカン!」と全力で止められた結果こうなった。
会場に着くとまず、高級感あるドレスという普段見たことがないような姿の祈を発見し、
「何その恰好! かーわーいーいー!」と抱き着こうとしてハクトに「服が着崩れちゃうよ」と止められる。
そして何のパーティーかと思うほど、参列者は多い。お世話になった人全員呼んでいる勢いなのだろう。
その内訳は妖怪、妖怪、陰陽師、ごくたまに綿貫警部のような普通の人間……普通の人間?
そういえばあの人……”名字がワタヌキ”で”狐と仲が悪い”、おまけに顔もタヌキ顔。
いかにも正体タヌキみたいな雰囲気醸し出してるくせして本当に普通の人間なん!?
と関係ないことを思う乃恵瑠であった。
普通の人間だとして、日常的にこれだけ妖怪に接点があって且つ妖怪の世界のことを何も知らないとしたら、
ある意味それこそ”普通”ではない特殊な人材のかもしれない。
そしていつもと少し違う格好をしているであろうポチやシロを見つけて、
やはり「かわいい!」や「綺麗!」と語彙力少なく感想を述べたりして、そうこうしているうちに式の時間となった。
純白のウェディングドレスを纏いヴェールをかぶった橘音が、ヴァージンロードをしずしずと歩く――文句ない感動的なシーンなのだが。
橘音以上にその隣の父親役に注目が集まり、皆『誰だー!?』という表情をしている。
ちなみに橘音の生い立ちを考えると父親にあたる存在や、その代役をしてくれそうな者は少なくともこの世にはいない。となると……

>『ゾナ』

全ての謎が解けたと同時に「お前人間形態取れたんかーい!」と思った乃恵瑠であった。

>「さて。
 この善き日に、両名が新たに夫婦となり家庭を築くことができる、その幸福を寿ごう。
 新郎、尾弐黒雄」

神父になりきった天邪鬼の声が朗々と響き渡る。
その様子は本職さながらで、いつものノリを考えると凄いギャップだ。
まあ、いつもとのギャップといえば、主役の橘音や尾弐も負けていないのだが。

(天邪鬼くん、神父役上手すぎて逆にウケるんだけど!
それにあのモフモフ狐だったきっちゃんが……狐面被って大正時代のコスプレしてた橘音くんがウェディングドレスとか
クロちゃんがあんなに身綺麗にして白いタキシードとかなんのギャグ!?)

もちろんこれは心の声なので周囲には聞こえていないのだが、ハクトはなまじ霊的聴力があるばかりに丸聞こえであった。
霊的聴力は基本的にはとても遠くだったり小さい音を聞き取る能力であって、
普段は心の声までは聞こえてないはずだが、聞こえているということは物凄く心の声が大声ということだろう。
これが噂に聞く、”厳かな式とかの笑ってはいけない状況になるとその状況がギャグみたいに思えて笑いたくなる怪現象”か!と思いつつ、
笑うなよ?絶対笑うなよ!?と気が気ではないハクト。

38御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/10/24(日) 18:52:16
>「あなたは新婦・那須野橘音を妻とし、その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、
 富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、
 その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

>「――はい。誓います。私、尾弐黒雄は、新婦となる那須野橘音を妻とし、病めるときも健やかなるときも、喜びのときも悲しみのときも、
 富めるときも貧しきときも、例え死が二人を分かつとも――新婦を、愛し、敬い、慈しみ、共に在り続け、永久に守り抜く事を此処に誓います」

(台詞なっが! 途中で噛んだらどうなるんだろう……)

どうやら心の中でツッコミを入れることによって笑うのを耐える作戦に出たようだ。

>「新婦、那須野橘音。あなたは新郎・尾弐黒雄を夫とし、その健やかなるときも、病めるときも、
 喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、
 その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

>「――はい。私、那須野橘音は、新郎となる尾弐黒雄を夫とし、良いときも悪いときも、
 富めるときも貧しいときも、病めるときも健やかなるときも、死がふたりを分かつまで――いいえ死んでも。
 愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓います」

(……)

ツッコミすらも聞こえなくなった乃恵瑠の方を横目で見ると、下を向いて肩を震わせている。
爆笑寸前じゃん!どうすんのこれ!?とハクトは大焦りした。

>「では、指輪の交換を」

滞りなく指輪の交換が行われ、ついにその時がやってきた。
ハクトは、どうにか最後まで耐え抜いてくれよ!?と祈るような気持ちである。

>「――誓いの口付けを」

>「……クロオさん」
>「――――橘音」

二人の唇が重なる。乃恵瑠は微動だにせずにその様子をガン見している。

>「婚姻の儀は成った。
 本日只今を以て、両名は正式に夫婦となった。
 両名に幸あれ、その未来に栄えあれ――」

拍手が鳴り響き始め、ほっとして少し下をみると……足元に氷の粒がいくつか転がっている。

(……ん?)

「きっちゃぁあああああん!! クロちゃぁああああん!! おめでとおおおおおお!!」

叫んでいる乃恵瑠の方を見ると、漫画みたいに涙がダダ流れしていた。
今理性の氷パズルを最強形態にしなくていいんだからね!?と思わず心の中でツッコミを入れた。

39御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/10/24(日) 18:53:37
どうやら、泣きそうになるのを堪えるためにそれと反対の心の声を発していたようだ。
“心の声”は”本当に思っていること”と必ずしも一致するとは限らないらしい。
ややこしいことこの上ない。
新郎新婦退場――両サイドの参列者達が散らす花びらのシャワーの中を、歓声の中歩んでいく二人。
そして何事か言葉を交わし、尾弐が橘音を強く抱き寄せる。
続いてブーケトスが告知される。乃恵瑠は、祈が取ったらいいな、となんとなく思った。
別に深い意味は無いが、他の女性陣はシロは既婚者だし、レディベアはローランがいるし、という感じである。
(レディベアとローランは二人暮らしとはいえ表向き兄妹という設定らしいが、例によって深く考えていない)

「折角だから行ったら?」

「いや、人間界の戸籍上では男なんだけど……」

ハクトが参加を勧めるが、当然、乃恵瑠は参加する気はなく、観戦(?)に徹する気満々である。
変態だしノエルだし、そもそも雪女には基本的に結婚という文化自体ない。
それに今日は見た目だけは女だが、戸籍上男なので参加権自体微妙だ。

「それに……やっぱり、ああいう愛を知るのは妾には無理なんだと思う」

たった一人の相手と結ばれる――それは互いに縛り縛られることでもある。
ノエルは少なくとも現代日本の婚姻制度には、フリーダム過ぎて適応できないだろう。

「親友がブーケを投げるんですよ? 参加しなくてどうするんですか!」
「行きましょう! ええいっ!」

「ええっ!? 人がせっかく一瞬シリアスな雰囲気醸し出したのに無視!?」

そんなの知ったこっちゃないとばかりに、面白がって悪ノリした従者達に場に押し出される。
いかにも飛んできそうな位置はやる気満々のガチ勢が陣取ってくれているので
参加するぐらいはまあいいかということで、端っこの方に申し訳程度に立った。
そしてブーケは投げられた――
一瞬前までは、ガチ勢によるブーケ争奪戦の観戦でも楽しもうかと思っていたが、
ブーケの行方を追って見上げた空があまりに青すぎて、そんな情緒のない想いは消え去った。
澄み切った空を、一陣の風が吹き抜けていく。ふわりとブーケが風に舞う。
ああ、いい感じの絵だねぇ、などと呑気に見ていたのだが……

「姫様――ッ!」

ゲルダの叫びに我に返ると、ドンピシャで頭上にブーケが落ちてきつつあった。
ガチ勢ノーマークの位置だったため、周囲にインターセプトして取れそうな人もおらず。
乃恵瑠は半ば条件反射的に手を伸ばした。

――ぽすっ

「……うそぉ」

乃恵瑠の腕の中には、色とりどりの花が束ねられたブーケが収まっていた。
予想外にブーケを取ってしまった本人が唖然としている間にも、周囲からは普通に温かい拍手が沸き起こる。
が、乃恵瑠の本性を知っている者は全員『お前か―――――い!!』と全力で思ったに違いない。

40御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/10/24(日) 18:55:41
波乱の(?)ブーケトスが終わり、次は披露宴だ。
乃恵瑠のいるテーブルは、ノエル関係者が集められており、
カイやゲルダ、ハクトはもちろんのこと、雪の女王もとい女皇や新井あずきまでいる。
雪の女皇は、以前ノエルを巡って橘音と色々やりとりがあったようだし、
あずきは実は橘音と尾弐がこうなるにあたって直接貢献している一人である。
正確には、あずきの装備品の小豆が貢献したのだが。
披露宴が始まると早速ノエル達が制作したケーキが登場し、ケーキ入刀が行われる。
人間界の技術では不可能であろう、食べられるまで溶けない不思議なアイスケーキ。
ケーキの上には、二人をデフォルメ調に象った人形が乗っている。
その後は定番のファーストバイトなどが行われたのだろうか。
あるいは食べさせ合うと見せかけて自分で食べて笑いを取るバージョンなど
その辺りは色々とバリエーションがあるらしいが、何にしても盛り上がったに違いない。
最終的にはケーキは切り分けられて参加者達に配られた。
乾杯をして、豪華な料理が次々と運ばれてきて。
尚、ノエル達雪妖に運ばれてくる料理は、熱い料理はいい感じに冷まされているという配慮がなされていた。
女皇の監視があるからかは知らないが、割とお行儀よく料理を食べていた乃恵瑠だったが……。

>「おい”じい……おい”じい……!」

隣の多甫家のテーブルからは、もうずっとbot化した祈の声が聞こえてくるので見てみると、
丁度ケーキを食べているところだった。
それを見た乃恵瑠は、ケーキ制作に関わった従者やペットと目くばせしあい、
作戦成功とばかりに小さくガッツポーズをするのであった。
後半では二人は和装にお色直ししてきて。
二人は各テーブルを回り、乃恵瑠達のテーブルにも回ってくる。
白無垢に身を包んだ橘音は、ドレス姿と甲乙つけがたくやはり綺麗で。

「お母さんの無茶なお願いを聞いて仲間に引き入れてくれて、本当にありがとう。
同じ建物に住んで、一緒に悪い奴らやっつけて、いつも一緒で、
まるであの頃に戻ったみたいに……ううん、あの頃よりずっと、楽しかったよ。
それに……モフモフ狐のきっちゃんも大正コスプレの橘音くんもすごく可愛いけど、今日は今までで一番かわいい」

と橘音に感謝を告げ、尾弐には「きっちゃんをよろしく」と何度も何度も頼んで、
「引き留めすぎですよ」と雪の女皇に窘められたりして。

――本当に、終わってしまうんだ……

会の最後には記念写真も撮影して。
この日は、橘音がリーダーを務める東京ブリーチャーズでの日々の最後の一幕として、
数々の試練を潜り抜けた親友が幸せを掴んだ最高の日として、ノエルの記憶に永遠に刻まれることになった。
……飽くまでも”橘音がリーダーを務める”東京ブリーチャーズの最後の一幕であることは
この時はまだ知る由も無かったのだが。

゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚

さて、ノエルが図らずも取ったブーケは効果を発揮したのだろうか。
ブーケを取ったら次の花嫁になれる、というのが一般的な説だが、それは天地がひっくり返っても無いだろう。
が、そこまでピンポイントではなく「幸せが訪れる」というもっとふわっとした解釈もある。
その意味でいけば、すぐに効果を発揮することになった――

41御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/10/24(日) 18:57:44
雪山に戻る雪の女王が、思い出したようにノエルに告げる。

「そうそう、例の雪ん娘ですがようやく人間界に降りられる程に存在が安定しました。
間も無く寄越すので楽しみにしていてくださいね」

>『その子は良い子です。あなたにも育てやすいでしょう。
 少し気性の荒いところがありますが、心配には及びません。
 それはあなたにとって、きっと馴染み深いものであるはずだから』

手紙の最後の意味ありげな言葉を思い出し、聞いてみるノエルだったが……

「手紙の最後のあれってどういう意味?」

「……会えば分かりますよ」

それだけ言い残して雪の女皇は雪山に帰っていき。
それから程なくして、ついに、その雪ん娘はやってきた。
ドアベルが涼やかになって扉が開く。

「いらっしゃ〜い……あれ、君は……!」

>「……ごめんください」

「一人で来たの……!?」

現代日本では幼女が一人で旅するのは物騒この上ないが、そこは幼体とはいえ妖怪なので大丈夫なのだろう。
あるいは雪の女皇がこっそり近くまで送り届けて「あそこに入るように」と手引きしたのかもしれないが。
生まれたばかりなのに”ごめんください”とは、随分礼儀正しいようだと感心するノエル。

>「ここがSnowWhite?……せっま。ちっさ。聞いてた話と全然違うじゃん」

……と思ったらいきなり店舗をディスった。

「この雑居ビルのテナントとしては結構広いしお洒落でインスタ映えするって評判なんだよ!?
そりゃあうちの実家……女皇の御殿に比べたら狭いかもしれないけど!
……あ、自己紹介がまだだったね。
僕は御幸乃恵瑠。この店の店長で、この度女皇様から君の教育係を命じられた雪女……」

と、自分で言いながら
”この子、お母さんからどこまで聞いてるんだろう、雪女なのに男じゃあ混乱するかも!?”
“犯罪じゃないかとか色々疑われてもいけないし女性形態取った方がいいのかな!?“
等と要らん心配を繰り広げる。

「あ、あはははは! 雪女なのに男って変だよね!
変態してるだけだから幼女と暮らしても大丈夫! 何なら全然女装するし!」

この”変態”は姿を変えている、という意味で言っているのだが、全く大丈夫じゃなさそうに聞こえる。
そんなことに構わず、話を進める幼女。

>「アンタがノエル?そう。じゃ、これから世話になるよ。
 まずはアタシの名前。決めてくれる?教育係がこれから育てる雪ん娘に名前を付けるのが里の習わしだって、ババアが言ってた。
 だから……」

「良い子はババアなんて言っちゃいけません! ……ん?」

42御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/10/24(日) 18:59:43
雪ん娘が顔を上げて、視線が合う。
ノエルの涼やかな青い瞳とは対照的な、燃えるような紅い瞳。

「あ……」

ふわりと謎エフェクトがかかり、ノエルはみゆきの姿になった。
そして少し下がっていったん距離をとり、満面の笑みで両手を広げて、自慢をはじめる。
その姿は、頑張ったことを姉に褒めてもらおうとする妹そのままだ。
……内容は出だしからして少々ぶっ飛び過ぎているが。

「お姉ちゃん! 童ね、東京のイケメンになれたんだよ!
お洒落な喫茶店経営して、たくさんお客さん来てくれて。学校にも行って、友達たくさん出来たんだよ。
きっちゃんに誘ってもらって、正義の味方みたいなボランティアして。仲間がたくさん出来て、世界を救ったんだ!
それから、新しい親友も出来たんだよ。童を、災厄の宿命から解き放ってくれて。
雪山に引き籠ろうとしたときには、迎えに来てくれたんだ。
親友ってことは……きっちゃんと同じカテゴリー? 微妙に違う気もするけど……まあいっか。
とにかく童、結構頼りになるんだからね。ここだけの話、お金だって結構あるんだから!
だから……」

端から見ると、中学生ぐらいの少女が、小学校に入るか入らないかぐらいの幼女に謎の自慢をしている異様な光景。
しかしお互いにとっては、今この瞬間は、在りし日の姉と妹に見えているのだろう。
そして――雪ん娘が紅葉のような両手を差し伸ばして告げる。
今度は立場が逆転し、妹と姉として、新たな未来を踏み出すために。
ただ、共に未来を生きられるならば、どちらが姉でも妹でも、二人にとっては大した問題ではないのかもしれない。

>「……さあ。
 アタシに名前を頂戴。アタシがアタシであるための名前を。
 それはもう……ずっと昔から決まってるでしょ?『みゆき』―――」

みゆきはノエルの姿に戻り、屈んで目線を合わせ雪ん娘を抱きしめる。

「『クリス』――」

今この時をもって、数十年ぶりに生まれた雪ん娘に名付けが行われた。

「”これからはずっと一緒だ。何も心配しなくていい。今度は僕があなたを守る”」

――あの日神社で交わした約束を果たすときは、思いのほか早くやってきた。
もしも普通に復活を待っていたら、どんなに奇跡的に早くても、こんなに早くは共に暮らすことは叶わなかった。
クリスは、記憶を持ったまま新たな雪ん娘として転生するという荒業で、再びノエルの元に来てくれたのだ。
二人が抱き合っているすぐ横の棚の上には、橘音から貰ったブーケが花瓶に差して飾ってある。

「橘音くんのブーケ、物凄い効果がありましたね……」

「幸せの”おすそわけ”なんて次元じゃないですよね……」

いつまでも抱きしめ合っている二人を、従者とペット達が温かく見守っているのであった。

゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚

43御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/10/24(日) 19:01:48
それから諸々の残務整理が済んだのであろう、橘音が間も無く探偵事務所を廃業するという頃になったある日。
なんか今日は騒がしいな〜と思っていたら、ノエル達は事務所に呼ばれた。

>「来ちゃった。てへ☆」

>「えっ……ええええ!!?」

「来られちゃった、てへ☆ ……じゃないわ――――ッ!!」

驚きの声をあげる祈。ノリツッミするノエル。
このパリピ少女の正体は他でもない玉藻御前。このビルの3階に引っ越してきたらしい。

「うちの店はコンプライアンス重視でパワハラ禁止だから雇ってあげないよ!?
今の時代働き方改革でそういうの大事なんだからね!?」

無駄に横文字多用で激しくウザい。とりあえず新しく覚えた言葉を使ってみたかったのだろうか。
しかも、誰もノエルの店で働きたいとは言っていない。
尚、店主のノエル本人はパワハラはしないがセクハラは敢行しまくっているという疑惑がある。
ともかく御前は、祈の願いを聞いて貰ったという恩はあるが、
橘音と尾弐を何百年も労働基準法何それ美味しいの状態の漆黒労働環境でこき使い、
いつぞやは皆を自らの城にご招待してパワハラ会議を繰り広げた、紛れもないパワハラ上司であることには違いない。
(結果的には死者は出なかったので本家パワハラ会議よりはかなりマシだけど)

>「って言っても、今のわらわちゃんは本体から意識を切り離しただけの分霊だけどねー。
 本体は地球の核に行ってるよ、龍脈の中枢にね。そこで地球の“楔”になってるンだ」

>「あっ……」
>「ごめんな、タマちゃん……。そんなことになるなんてあたし、考えてもなかった……。
これからどうしたらいい? あたしにできることがあれば……」

「えっ……」

パワハラ断固反対の姿勢を貫く所存のノエルであったが、告げられた衝撃の事実に、強行姿勢は早くも崩れた。
なにせ分霊ってことは……以前ほどのパワーは無いということだ。
つまり今までみたいにパワハラ出来ない。
しかも、楽し気に喋ってるけど本体は地球の核って……。

>「ベリアルに限らず、龍脈の力を手に入れたい連中はゴマンといるよ。
 龍脈にアクセスする方法は現状ふたつ、ひとつは龍脈の神子になること。
 もうひとつはわらわちゃんを通じて本体に接触すること。龍脈の神子が誕生するのは完全な運ゲーだから、実質一択。
 今のわらわちゃんはほとんど妖力を持ってない、それこそ弱妖だから……悪いヤツにはあっさり捕まっちゃう。
 てことで!わらわちゃんを性悪妖壞から守ってね☆」

>「おっけー! 任しとけ! 東京ブリーチャーズの新しい任務ってわけだな。
じゃあタマちゃんは、できる限りこのビルの中で大人しく――」

>「さーってとぉ!じゃあさっそく引っ越し後一発目のYOUTUBE配信いってみよっかぁー!
今日は外で収録だゾ☆おっひめちゃぁーんっ!準備できてるーぅ!?」

祈が制止する間も無く、タマちゃんは外に飛び出していった。
陥落しかけていたノエルだが、あまりにも調子のいいその様子を見て、持ち直す。

44御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/10/24(日) 19:04:02
「祈ちゃん……申し訳なく思わなくていいと思うよ」

タマちゃんは多大な犠牲を払って祈の願いを聞き届けた――それは事実だが。
もし祈が何も言わなかったとして、タマちゃんの立場上、東京を崩壊したままにしておくのを是としたとは考えにくい。
 もし祈が何も言わなかったら、同じ話をタマちゃんの方から持ち掛けて来はしなかっただろうか。
 あるいは彼女なりの次善の策を考えていたのかもしれないのでそれは分からないが。
 どちらにしても、祈のあの申し出はタマちゃんにとっても渡りに船だったのではないか。
 お陰でスムーズに龍脈の神子の力の回収出来て、恩を売った形にしてこうしてすんなり護衛を依頼することも出来た。
 そして、もしも御前が当初他の策を考えていたのだったとしても。それでは、東京はここまで元通りにはならなかったに違いない。
どちらにせよ、祈の願いを聞くのが自らの役目にとって都合が良いと判断したからこそ、願いを聞き入れたのだろう。
そんなことを思うのだ。

>「ま……これはこれでいっか」

祈は呆れながらも笑っている。

「そうだね……悪くないかも!」

ノエルも笑っていた。ただし祈が笑っているのとは別の意味合いで。

「仕方がない、橘音くん。これじゃあブリーチャーズ続けるしかなさそうだね」

口では仕方がないと言いながら、どう見ても嬉しそうだ。
世界の危機がまだ残っているから続けざるを得なくなったというのに不謹慎この上ない。

「ということはブリーチャーズの人間界向きの窓口として探偵事務所も続けるしかないね。
……探偵事務所はやめる!? ブリーチャーズも引退する!?
君はブリーチャーズのリーダーで探偵事務所はブリーチャーズの本拠地なんだよ!?
タマちゃん護衛しないと世界の危機なのにやめてどうするの!?」

「え……世間はもうみんなSnowWhiteが本拠地だと思ってる!?
ちょっと待って。僕、バイトですらないボランティアなんだけど……
え、えぇえええええええええええええ!?」

ノエルの絶叫が雑居ビルに響き渡る。
こうして、SnowWhiteがなし崩し的に本拠地になったのに伴い、
その店長のノエルはなしくずし的に東京ブリーチャーズのリーダーに就任?したのだった。
……とはいっても、特に襲ってくる敵がいるわけではなく、平和なものである。
御前の護衛のためということで祈が今まで以上によく雑居ビルに訪れるようになり
たわいもない話で時間を潰したり、新製品の試食をしてもらったり。
雪ん娘のクリスに氷ばかり食べさせていてはいけないということで、ノエルは氷やアイス以外の料理もよく研究するようになり。
やがて店のラインナップにはお洒落なフードメニューも加わった。
ついでにレジ横にはみゆき作の謎のCDが並ぶようになったりした。
その一曲目には、以前みゆきが祈に聞かせた曲が収録されている。
主にハクト主催で季節の行事を開いたりしながら、穏やかに月日は過ぎていく。
9月には月見(ハクトの得意分野)、10月にはハロウィンパーティー(まさに妖怪のためにあるような行事)。
12月にはもちろんクリスマス兼ノエルの誕生日会。1月には餅つき(やっぱりハクトの得意分野)。
お月見をしていてノエルが祈に「見て見て、月が綺麗」と言っていてハクトが「おっ」と一瞬思ったりしたが、全然深い意味はなく文字通りの意味だった。
確かに、お月見は月を見るための行事なのだから月が綺麗に出ていたら普通に言うかもしれない。

45御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/10/24(日) 19:05:23
そんな感じで平和な日々が過ぎてゆき、学年が上がる。
前の学年の時からつるんでいた祈・レディベア・みゆき・ハクトの4人は、同じクラスのまま持ち上がった。
(ハクトはノエルに頼まれたとおり忠実に学校に潜入し、ノエル(みゆき)が戻ってきてからも
“みゆきを自分の監視無しで学校に通わすのは危なっかし過ぎる”ということでそのまま居座っていた。
なお、ハクトの人間界での名前は稲葉珀斗――雪野みゆきの従兄弟という設定になっている)
ちなみに、ご丁寧に担任の古文教師まで同じままだ。

>「――えー、今日から二人の転校生が一緒に学ぶこととなった。みんな仲良くするように」

御前と天邪鬼が平然と転入してきた。

(アンタら今更中学生って歳じゃないでしょ―――――!!)

(お前もぼくもな!)

みゆきが心の声で自分を見事に棚に上げたツッコミを繰り出し、ハクトが心の中でそれにツッコむ。
まあ実際に、数百歳と千歳越えでかなり違うのだが、人間から見ればどっちも一緒である。

……というわけで、4人でつるんでいたのが6人に増えた。
全員正体が妖怪ということを知らない端から見れば、とんでもない美少女美少年混成のキラキラリア充グループである。
悪ノリしたみゆきは探偵クラブ設立を申請し、何故かそれが通ってしまい。
(カラフルなレンジャー化を却下され、祈が目指しているのが『ライダー探偵』だということを知った)
学園内の事件を解決したり、探偵クラブとはいってもほとんど何でも屋のような依頼も舞い込んできて。
たまたまハクトがラブレター受け渡し代行という古式ゆかしき依頼を受け、
たまたまそれが上手くいってしまったのをきっかけに、その手の依頼がたくさん舞い込むようになってしまったりもした。
学園祭や体育祭など、学園あるあるイベントを一通りこなし、修学旅行にも行って、夜はお約束の枕投げが勃発し――
一体どこの学園青春ドラマだよ、という風なキラキラな青春が繰り広げられ、
それでいて、少なくとも公式上は部内の惚れた腫れたの騒動一切無しの、健全な友情が育まれた。
一説によると、“キラキラ青春リア充グループ”且つ”健全な友情オンリー”、この二つの両立は奇跡らしい。
そうして月日は過ぎていき、特にタマちゃんが襲撃されるなんてこともなく、無事に卒業の日を迎え――

゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚

46御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/10/24(日) 19:10:02
【?年後――】
尾弐は刑事、祈は探偵デビュー、ポチは警備会社という新たな道を歩む中、ノエルは性懲りもなくSnowWhiteを運営し続けていた。
なにせ橘音に“ずっとここでSnowWhiteをやってるから。いつでも遊びに来てね”と約束したのでやめるわけにはいかない。
時代が移り変わってもずっと変わらない、皆の帰る場所であろうと決めたのだ。
そして、SnowWhiteは地下1階の祈の探偵事務所と共に、東京ブリーチャーズの本拠地としての一面もある。
暫く空き家だった地下1階に祈が探偵事務所を引き継いで入ると聞いたときは、
飛び上がって喜び、いそいそと掃除をして迎えたものだ。
「助手の枠が空いている」ということで、ノエルも探偵助手という肩書で探偵事務所のメンバーになった。
必然的に、東京ブリーチャーズと探偵事務所は殆ど主要メンバーが被っている。
ところで祈は探偵事務所開設後、タマちゃんあたりに東京ブリーチャーズのリーダーに任命されたのかもしれないが、ノエルは特に解任されていない。
もしかしたらWリーダー制なのかもしれない。
尚、通常の真面目な案件の窓口が探偵事務所で、イロモノ相手だったり突飛な案件の窓口がSnowWhiteという噂もあるが、別にそんなことはない。
仮にそう見えるとしたら偶然である。
この、SnowWhite≒東京ブリーチャーズ≒祈の探偵事務所 という絡繰りによって(?)
とても良心的な料金設定で依頼を受けることができる祈の事務所をよく思っていない類似業他社もいるとかいないとか……。
さて、基本的には変わっていないとはいっても、原型を失わない程度に経営の多角化をしてみたりはする。無計画な事業拡大ともいう。
カイとゲルダの住む3Fは、今ではSnowWhiteの出版部門だ。
そして拠点防衛班SnowFairysは、SnowWhiteの宣伝目的という名目で(地下)アイドルデビューしていた!
店内でノリでパフォーマンスをしてみたところまさかのファンが出来、
気を良くしたノエル(みゆき)が「そうだ!アイドルやろう!」と調子に乗った流れである。

みゆき(三味線/ボーカル)「スプーン一杯驚きの白さ――雪妖界の女王様☆スノウホワイト!」
カイ(和太鼓/ドラム)「入れて混ぜれば即完成――雪妖界の従者その1☆スノウミルク!」
ゲルダ(琴)「甘い口どけご用心――雪妖界の従者その2☆スノウクリーム!」
ハクト(シンセサイザー/サイドボーカル)「餅をつきますあなたのために――雪妖界のマスコット枠☆スノウラビット!」
クリス(尺八)「美味しいスイーツ召し上がれ――雪妖界のみんなの妹☆スノウシュガー!」

客席のよく訓練された観客達から、拍手が沸き起こる。
メンバーはもともとの4人に、小学生程度の外見に成長したクリスを加えた、5人編成。
純白の雪世界から舞い降りた雪の精と雪ウサギ、というそのまんまの設定だ。
全員イメージカラーが白いので、ポイントカラーがあった方がいいとの幼馴染の意見を取り入れ、
ウエストのリボンが全員色違いだ。
尚、クリスは元々こういうことをしそうにないキャラだったと思われるが、
みゆきの頼みだから仕方なくやっているのか、やってみたら案外気に入っているのかは分からない。
今日の公演は演目に合わせて、一般的なアイドル風のダンスではなく和楽器編成のバンド風だ。
SnowWhiteで店頭販売しているCDにも収録されている一連の曲で、
夜の闇に生きる人で非ざる者達が、帝都を襲う強大な悪に立ち向かうというストーリー仕立てとなっている。

47御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/10/24(日) 19:12:09
『東京妖魔戦記』
それは人知れず夜の街を駆け抜ける、ヒーロー達の歌。
いつかのみゆきが、失意の祈に作って聞かせた曲だ。

「100年1000年守り抜くなんて、ド厚かましかったね。
だって君は、童よりずっと強かったんだから」

『SnowWhite〜銀嶺の使徒〜』
人の世に憧れながら、人類と敵対する宿命を背負った雪の王女の物語。
運命を変える力をもって宿命から解き放ってくれた少女に、雪妖は永遠の忠誠を誓う。

「何かを変えていける力を持ったみんなが、ずっと、羨ましかった。でも、気付いたんだ。
童には、大切なものを守り抜く力さえあればいい。
変える力を持つ者を守り抜くことができれば、いつか事は成るから」

『Bête〜獣の王者〜』
滅び去った一族の同胞を探し続けた混血の狼。
王者の力を受け継いだ彼は、人の想いから生まれし同胞と巡り合い真の狼となる。

「いつか君が人類の敵になってしまうんじゃないかって、心配してた。
でも……全然心配することなんてなかったね。
もしかしたら道の途中で対立することになるかもしれないけど。
きっと、いつか辿り着く場所は一緒だから――」

『神変奇特〜犯天の悪鬼〜』
遥か昔、一人の少年のために人であることをやめた悪鬼。
時は流れ、彼は最愛の者を取り戻すため、またもや人の生を捨てる――

「君は認めないだろうけどさ――童は君のこと正義の味方って思ってるよ。
正しさの定義なんて時代によって移り変わる。最近のヒーローは優しいのがトレンドなんだ」

『Fairy Myth〜狐面の魔女〜』
それは、一匹の子狐の昔話。そして、異教の女神に源流を持つ悪魔の、遥か古より連なる神話。
やがて彼女は、数多の仲間達と共に世界を救う――

「悪魔と融合なんてびっくりしたけど、そういえば君って最初から小悪魔だったよね。
でも童、知ってるよ。君が本当は愛の女神様だってこと」

『CONNECTER〜龍脈の神子〜』
龍脈が選んだのは、一人のちっぽけな少女だった。その力を捧げ滅びの運命を覆し、世界を守り抜いた少女は。
龍脈の力を失って尚、世界を変え続ける――

「君のこと、甘く見てた。
龍脈の力なんてなくたって、君には何かを変えていける力があったんだ。
それとね……たとえ世界中の人が君のことを『マフラー探偵』って呼んだとしても。
童だけは『ライダー探偵』って呼ぶよ」

48御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/10/24(日) 19:15:11
「次が最後の曲になります。曲名は……」

そこでばーんと扉が開き、3人の人影が現れる。彼らはステージ上まで乱入してきた。

「ここで会ったが百年目! 恨み晴らさでおくものかぁ!」

トレンチコートを着た若い男がみゆきに指を突き付けて凄む。

「貴様! よくも騙しやがったなぁ!」

顔が雑な造作の、相撲取り体形の男が続く。

「けちょんけちょんにしてやるわよーっ!!」

と、フリフリワンピースを着た髭もじゃのおっさん。

「き、君達は……! 誰だったっけ」

首を傾げるみゆきに、3人組が漫画のようにずっこける。

「忘れたっすか!? 真・東京ブリーチャーズっす!!」

「ああ、思い出した! 異空間で懲役数百年だったはずなのにどうして……!?」

みゆきが戸惑っている間にもステージ上を尻(目付き)が往復し、
肥満男の雑な造作の頭部がポロリしたかと思うと、胴体の顔を露わにしての変な踊りがはじまる。
ついでにフリフリワンピースのおっさんもセクシーダンスを披露する……。

「これは酷い絵面!」

「話は後! まずはこいつらのすよ!」

SnowFairysは戦った。そして勝った。
戦闘描写すら省略されてあっさり倒された三バカは氷の鎖でぐるぐる巻きにされ、とりあえず舞台裏に転がされた。

「もう君達ったら、竜宮の玉手箱の監視を振り切ってどうやって出てきたの?
後でサトリちゃんに尋問してもらうからね!」

イロモノであること以外何の能力も持たない彼らが、自力で脱出してきたとは考えにくい。
となると、誰かが手引きをしたのだろうか。入念な尋問が必要だろう。
ここ最近東京では物騒な事件が増えているのだ。
尚、この場合の尋問はサトリによる問答無用の読心なので、尋問でも何でもない。
相手が高レベルの場合はブロックされてしまうこともあるが、こいつら相手なら問題ないだろう。
どっちかというと問題は、あまりのカオスさにサトリの精神が崩壊しないか、というところだが……。

「みんなー、驚かせてごめんねー! 悪いやつらはやっつけたから大丈夫だよー!」

と言いながら、みゆきはステージへと戻る。
尚、観客達は阿鼻叫喚――かと思いきや、爆笑もしくは「今回は演出が凝ってるなあ」と感心していた。
SnowFairysのファンは色んな意味でよく訓練されているので、多少のことは演出だと思ってくれるのだ。

49御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2021/10/24(日) 19:16:15
「ちょーっと予定外のことが起こったけど、気を取り直して最後の曲いくね」

それは、これまでの6曲の主要部分を全て繋いで編成している曲だ。
その曲の歌詞の最後に、こんな一節がある。

“皆が幸せに向かい歩むこの星を 百年千年永遠に君と守り抜く”

“君”が誰から見た誰なのかは、特に決まっておらずどうにでも解釈できるようになっているのだが。
その結びの歌詞を聞いた時、ハクトはノエルに言ったものだ。

『それは……駄目だよ。だって、あの子はもうきっと……半妖の寿命すらもない。
みんなと違って人間と同じ刹那の寿命しか持たないんだから。そんな仲間外れみたいな歌詞は駄目だ』

そしてみゆきは、こう返した。

『そんなことは分かってるよ。でも……死は終わりじゃない。妖怪なら、なおさらだ』

「きっと君は、何度生まれ変わっても我が身を顧みず世界を守り続けるんだろうから。
たとえ姿が変わったって、すぐに分かる。君が全てを忘れていたって、構わない。
童が全部、覚えているから――

―― “東京妖魔メドレー〜永遠に滅びぬ星の煌き〜”」

皆で守り抜いたこの世界が永遠に続くことを願うような、みゆきの歌声が響き渡る。
“永遠に滅びぬ星”はそのまんまの意味の地球と、夜の闇が無ければ生きられぬ妖怪のダブルミーニングだ。

妖怪――人の想いから生まれた、科学では存在するはずのない者達。
科学が発展すればするほど、忘れられゆく儚き存在。
だけどこの先、世界が何度危機に陥ろうとも、彼らは世界を守り続けるのだろう。
人間達が科学ではないもう一つの理を、ほんの少しでも信じ続ける限り――

50那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/10/25(月) 22:22:32
都内、歌舞伎町。
不夜城を彩る煌びやかなネオンの光さえ当たらない、雑居ビルの僅かな隙間で、一組の男女がもつれ合っている。
若い女が仰向けに横たわる男に馬乗りになり、激しく息を喘がせている。
……しかし、それは人目を憚って繰り広げられる逢瀬などではない。
『喰って』いる。
女は耳まで裂けた口を大きく開くと、ノコギリのようなギザギザの歯で男の腹に噛み付き、はらわたを抉り出す。
まだ体温の残る肉を引き裂き、両手で臓腑を掴んでは貪り喰らう。
すでに絶息している男の身体が、グチャグチャという女の咀嚼に反応するかのように時折ビクンと痙攣する。
この世のものならぬ、酸鼻を極める食事の光景。
女は、人間ではなかった。

柔らかな臓物を、滴る血を存分に味わい、喉元をどす黒く染めた女が大きく仰け反って恍惚に目を細める。
だが、まだ喰い足りない。女は男の頭を両手で掴むと、頭蓋に収納された脳髄を味わおうと更に口を開いた。

――しかし。

ジャリ……という靴裏のこすれる音に、女は咄嗟に振り返った。
雑居ビルの間の細い路地裏、その出口に、数人の人影が立っている。
性別も年代もバラバラに見える、正体不明の一団。

「いやァ――お食事中のところスミマセンね。ちょォーッといいですか?」

一団の中央に佇む、古風な学生服にマントを羽織った――大正時代の学徒か何かのような姿の人影が、口を開く。
が、顔は見えない。その面貌は白い狐面に覆われており、中世的な声も相俟って少年か少女なのかも判然としない。
女は低く身構えた。食事を目撃した者は、すべて消さねばならない。
唇の端から鋭い牙が覗き、両手の爪が音を立てて伸びてゆく。その姿は明らかに人外の化生である。
だというのに、一団は一向に怖じる様子がない。依然として、女の逃げ道を塞ぐように佇立するのみ。

「こんな東京のド真ん中で、そうやって好き勝手絶頂に食べ物を喰い散らかされちゃ困るんですよねえ。美観を損ねる」
「世界第三位のメガロポリス。日出ずる国の首府。眠らない街。輝かしき帝都東京――」
「当然、その街には相応しい在り方というものがある。守るべきルールがあり、従うべき掟がある」
「それができない者にはお灸を据えるしかない、裁くしかない……てことで、ボクらの出番ってワケです」
「アナタたちのような《妖壊》を残らず葬り去る――ま、いわゆる害虫駆除ってヤツですか」

女が聞くと聞かざるとに拘らず、ぺらぺらと饒舌に狐面が喋る。
その全身から、蒼白い妖気が立ち昇る。他の者たちの姿が歪み、人ならぬ何かへと変貌してゆく――。
甲高い咆哮をあげ、女が一気に跳躍し襲い掛かってくる。

「世の理を乱す《妖壊》を殲滅し、この帝都東京をすっかり『漂白』する……」

狐面の背後にいる者たちが、女を迎え撃つ。

「そう。ボクらは――」

いつの間にか女の至近に潜り込んでいた狼が、その足元を掬って転倒させる。
すかさず繰り出された悪鬼の殴打によって吹き飛ばされた女の身体に、青年の撃った氷柱が突き刺さる。
さらに少女が蹴りと共に放った火球が炸裂し、女の姿をした化生を一瞬で葬り去る。
狐面は白手袋を嵌めた右手を伸ばすと、消し炭となって爆散した女の残骸をひとつ抓んだ。
残骸をぐっと握り潰し、そして言う。


「――東京ブリーチャーズ」

51那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/10/25(月) 22:23:34
CAST

多甫 祈:水瀬いのり
那須野 橘音/きっちゃん/アスタロト:潘めぐみ
御幸 乃恵瑠:豊永利行
尾弐 黒雄:星野貴紀
ポチ:花守ゆみり

品岡 ムジナ:高木渉

レディベア:大久保瑠美
みゆき/乃恵瑠/深雪:浅川悠
天邪鬼/酒呑童子:島﨑信長
シロ:能登麻美子

多甫 菊乃:鈴木れい子
多甫 颯:坂本真綾

雪の女王:戸松遥
カイ:保志総一朗
ゲルダ:堀江由衣
ハクト:寺崎裕香

ロボ:大塚明夫
クリス:小松未可子
ローラン:櫻井孝宏

安倍 晴朧:藤井隼
安倍 晴空:稲田徹
芦屋 易子:田中敦子

綿貫警部:茶風林
山里 宗玄:鶴岡聡
新井 あずき:伊藤美紀

ハルファス:宮野真守
マルファス:浪川大輔
ルキフゲ・ロフォカレ:中田譲治
コカベル:東山奈央
アラストール:江川央生
アザゼル:安井邦彦

富嶽:山路和弘
笑:茅野愛衣
髪さま:西前忠久

大天使長ミカエル:沢城みゆき


安倍 晴陽:諏訪部順一


玉藻御前:ファイルーズあい




怪人赤マント/ベリアル/終世主アンテクリスト:子安武人

52那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/10/25(月) 22:23:56
Theme song

東京妖魔戦記
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Character song

SnowWhite〜銀嶺の使徒〜
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Bete〜獣の王者〜
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神変奇特〜犯天の悪鬼〜
tps://dl.dropbox.com/s/egrizdiwqeknau6/%E7%A5%9E%E5%A4%89%E5%A5%87%E7%89%B9%EF%BD%9E%E7%8A%AF%E5%A4%A9%E3%81%AE%E6%82%AA%E9%AC%BC%EF%BD%9E%EF%BC%88%E5%AE%8C%E5%85%A8%E7%89%88%EF%BC%89.mp3

Fairy Myth〜狐面の魔女〜
tps://dl.dropbox.com/s/rexvv7akxl6xzoz/Fairy%20Myth%EF%BD%9E%E7%8B%90%E9%9D%A2%E3%81%AE%E9%AD%94%E5%A5%B3%EF%BD%9E.mp3

CONNECTER〜龍脈の神子〜
tps://dl.dropbox.com/s/it65sg36nvo30hs/CONNECTER%EF%BD%9E%E9%BE%8D%E8%84%88%E3%81%AE%E7%A5%9E%E5%AD%90%EF%BD%9E.mp3


Ending theme

東京妖魔メドレー 〜永遠(とわ)に滅びぬ星の煌き〜
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【橘音】
神が人を生み出したのか 人が神を作り上げたのか
真実は誰にも分からない 遠い歴史の果て

【尾弐】
夜の闇に紛れ 生きる者達
忘れ去られゆく 儚きさだめ

【ポチ】
されど科学ではない 世界の理
時々でいい 思い出してくれるなら

【ノエル】
君の隣に忍び寄る 見えざる悪意の影
全て退けてみせるから こわがらないで

【祈】
神話の時代から連なる 人で非ざる者達の因果
世界の始まりから紡がれてきた物語

【颯】
狐面被った探偵 その正体は化け狐 明晰なる頭脳で 人の都守る
可憐なる小悪魔 その源流は愛の女神 深遠なる知略で 君の想い護る

【ハクト】
氷と雪を支配する銀嶺統べる王女 人の都に舞い降りて温かき心知る
人類の敵たる災厄の宿命覆し 君の味方であるだろう 世界続く限り

【天邪鬼】
かつてただ一人の少年の幸せ願いし 心優しき僧侶は今や鬼と成り果てた
されど君が正しき道歩むこと願うなら 比類なき力で悪退け道切り開く

【シロ】
彼は獣の王者 人に仇成す災厄をその身に引き受けた
だけど私がここに必ず繋ぎとめてみせる だから案ずることはない

【レディベア】
龍脈に選ばれた小さき救世主 人間と妖と地球《ほし》を繋ぐ少女
頼もしき仲間と共に 傷ついた誰かのもとへ今日も駆けつける

【橘音&尾弐】
日の光の下 生きる者達
超常の力持たぬ かよわきさだめ

【ポチ&シロ】
されど科学ではいないはずの者達
少しだけでいい 信じてくれるなら

【ノエル&ハクト&祈&レディベア】
君の隣に寄り添いて 震える肩を抱き
こぼれる涙をぬぐわせて 君が泣き止むまで

【橘音&尾弐】
八百万の神々住まう この国に生受けた奇跡
辛いときは思い出して 君は一人じゃない

【ノエル&祈&ポチ】
(皆が幸せに向かい歩む この国が
百年千年永久に 続きますように)

【橘音&尾弐】
希望と絶望が渦巻く 優しくて残酷な世界
そんな世界の存続選んだ 責任果たしてみせる

【ノエル&祈&ポチ】
(皆が幸せに向かい歩む この星を
百年千年永遠(とわ)に 君と守り抜く)

53那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2021/10/25(月) 22:24:46






       東京ブリーチャーズ








                     おしまい


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