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【伝奇】東京ブリーチャーズ・玖【TRPG】

146ポチ ◆CDuTShoToA:2020/08/11(火) 04:51:11
『――折れるなよ』

とは言え――『全力を振り絞っても勝てない。全力以上でなければ勝てない』。
決してあり得ない事だが、もしもポチがこの場で、誰かにそう告げられれば。
ポチはそれを、鼻で笑ってのけるだろう。

「へっ……なんだい、それ。もしかして自分に言い聞かせてる?」

『……減らず口を』

全力を振り絞っても、勝てない。
そんな事は――今までだってずっと、そうだった、と。

「う……ぐ……!」

故に、ポチは迷う事も臆する事もない。

「ぐう……!!」

目の前に迫る黄金の波濤を、ただ迎え撃つ。

「グ……グルル……ッ!!!」

右正拳、左鉤突き、右肘打、左膝蹴り、右拳鎚、左揚げ突き――獣の本能に身を委ね、ひたすらに体を動かす。

息を吸う時間などない。肺が破裂しそうなほどに苦しい。
全身が痛い。塞ぐものを失った滅びの傷から溢れた血が、ポチの足元に溜まっていく。
そこまでしても、枝分かれした角の全ての先端を砕く事は出来ない。
幾つかはポチの甲冑を掠め、そしてそれを容易に引き裂き、肉を斬りつける。
それでも拳打を、蹴撃を、放ち続ける。

そして――ポチは気づいていなかった。
いつの間にか、己の足元にあった血溜まりを――――自分が、置き去りにしようとしている事に。

「グガァアアアアアアアアアアアア――――――ッ!!!」

もう何度目かも分からない、ポチの放った右正拳が、アザゼルの角を叩き折る。
そして――山羊の王と、狼の王の、目があった。
終わりの見えなかった黄金の波濤が終わった。

その奥に、アザゼルが見えた。

「ッ……オォオオオオオオオオオオオオ――――ッ!!!!」

瞬間、ポチは地を蹴った。その後方には夥しい量の血の道がある。
一方でアザゼルの、大樹の如き威容を発していた角も、今や根本しか残されていない。
つまり――これが正真正銘の、最後の攻防。

アザゼルは――ただそのまま、踏み込んできた。
既にポチがその巨体を避け切れる距離ではない。
臆さず踏み込めば、ポチは死ぬ――と。

そして――――その直後、アザゼルの視界からポチが消えた。
不在の妖術ではない。満身創痍の今そんなものを使えば、ポチはそのまま消滅してしまう。

「――ありがとう、お母さん」

ポチは、変化の術を解いていた。
四足獣の姿へと戻り、そして姿勢を低く、かつ鋭く――アザゼルの足元に潜り込んだ。
それを可能にしたのは、すねこすりの本能。
本能的な衝動に身を委ねたが故に、その動作は最適かつ最速だった。

「僕の勝ちだ」

瞬間、ポチの牙が、アザゼルの右前足を深く斬り裂いた。
もう、その傷を民に肩代わりさせる事は出来ない。
アザゼルの体勢が崩れる。その突進が秘めた、絶大な運動エネルギー、そのベクトルが乱れる。
そうなれば、もう体勢を立て直す事は出来ない。
転倒し――ポチに浴びせるはずだった威力が、アザゼルの肉体へと、全て跳ね返る事になる。


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