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【伝奇】東京ブリーチャーズ・外典之一【TRPG】

53尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2019/11/17(日) 19:26:41
……まあ、何はともあれ大勝利である。
尾弐に思う所はそれはもう色々あるが、人的な犠牲も無く、一応当初の目的も果たす事は出来た気がする。
後は、当初の予定通りにやってくる強い妖怪を相手取れば――――


>「いやぁ〜、遅くなって申し訳ない!電車が遅れちゃって、時間がかかってしまいまして〜」
>「三尾の依頼で来ました〜。……あれ?皆さん、どうなさったんです?」

「……あ?」

>「あれ? やられ役ならさっき帰っていったよ。ということは怖がらせ役の妖怪さん……?
>それにしては見た感じ大人し気な人選な気が……」

そこで、新たにやって来た妖怪の集団。彼等は那須野橘音に依頼されてやってきたと名乗っており

―――― 破壊されたノエルの店
―――― やられ役にしては妙に妖力の強い敵
―――― 術を用いなかったとはいえ、ポチを吹き飛ばす程の戦力
―――― 凶悪妖怪役にしては軟弱に見える眼前の妖怪達
―――― 日本の妖怪ではあまり見ない風貌

>「分かった! 電車が遅れたから到着順が逆になっちゃったんだな。もう、きっちゃんったら〜」

ノエルは順序が入れ替わったのだと楽観視しているが、尾弐の脳内では今、猛烈に嫌な予想が組み立てられている。
尾弐が知る限り、こういった手順に置いて那須野橘音が間違いを犯す事は極稀であるし、何より先にやって来た連中がもしも――――もしも本物の『敵』であった場合。
これまでの展開が、色々説明が付いてしまうのだ。

>「こうなってしまったからには仕方がない。予定変更して怖がらせ役出来る?
>大丈夫、出来なかったらその時はその時だから!」

あっけらかんと妖怪達に次の流れを依頼しているノエルをよそに、尾弐はポチの傍まで歩み寄ると静かに口を開く

「なあ、ポチ助。実はオジサン、さっきの連中について妙な予感がして仕方ねぇんだが、ひょっとしてあいつらは――――」

しかしそこで口を閉じる。
今のある意味精神的に消耗している尾弐より、冷静なポチの方が真っ当な結論を出す事は出来るだろう。
だが、それを聞いたら疲労感で自身が膝から崩れ落ちる事になる――――その事を確信したからだ。
尚、そこまで口に出してしまえばポチが返事を返してくる可能性がある事には思い至っていない尾弐であった。

54ポチ ◆CDuTShoToA:2019/11/21(木) 09:32:38
ロノヴェの前方かつ、いやみの後方。
殴り飛ばされたポチの位置取りは完璧だった。
この位置ならばロノヴェはまず間違いなく、接近に際して、いやみを排除する。

ロノヴェの一撃は、受けると覚悟していてなお意識を失いかねないほど、強烈だった。
最早間違いない。敵は橘音の手配したアクターではない。本物の天魔。
だとしても――するべき事は何も変わらない。
この状況からロノヴェを叩きのめし、その手柄をいやみに押し付ける。
策も、それを実行するだけの力もある――勝算は、ある。

唯一の懸念事項は――いやみが本当に自分を守ろうとするかどうか。
妖怪の『契約』は、その解釈次第で適用範囲を拡大、収縮出来る。
かつて天魔との戦いの中で思い知らされた手管だ。

実際いやみにも、誓いを破らぬままにこの場を逃げ出す手段はあるだろう。
例えば彼は美少年を守るとは誓ったが、ポチを美少年と明言した事はない。

>「まっ、ままままままままままままままままままままままままままま待ちなさいよ!!」

しかし――そんなポチの懸念は、まるで杞憂だった。
いやみは、ロノヴェの前から一歩も退かなかった。

>「ア、アアアアアアタイが相手ヨ!このブサイクゴリラ怪人!」

いやみから発せられる、強烈な恐怖と、冷や汗のにおい。
濃いアドレナリンのにおいもする。
心臓が早鐘のように暴れて、苦痛すら感じるであろう濃度だ。

>「アタ、アタ、アタタタタタタタタイのポチきゅんを痛めつけるなんて、絶対にゆゆゆゆゆゆゆ許せないんだから!」

それでも、いやみは真っ向からロノヴェに立ち向かった。

>「コッコココココココこれ以上先に進むってんなら、ア、アタタタタイを倒してから行きなさぁぁぁぁぁぁい!!!!」
>「ハ……なんだ。男、見せるじゃねぇか。見誤ってたのは、俺か」

「……げははは」

そして――ポチは小さく、笑った。

>「危ない!」

シロがいやみを助けんと前へ踏み出す。
その瞬間、ポチの身体から――妖気が溢れた。
灯りのない夜の闇のように、重く淀んだ妖気が。

それはある妖術の前兆だった。
空間そのものを己の縄張りと定め、送り狼の力を十全に解放する。
結界術『僕の縄張り』。

策は単純明快だった。
一発や二発の打撃で倒せないのなら、十発でも二十発でも、殴ればいい。
十発や二十発の打撃でも倒せないのなら――百発でも二百発でも、殴るまで。

そして、ポチから溢れる妖気が一瞬の内に膨れ上がり――

>「おぉ〜い、はらだし様のおんもしれぇ踊り、はっじまっるぞぉ〜」
>「………………オホッ」
>「オホッ!オッホッホッホホッ!オーッホッホッホッホッホッホッホッ!!」

>「よっしゃあ! 効いたァ!」
>「いや爆笑してんじゃねぇよ!?そこはもう少し頑張る所だろうが!!」

「え、えぇ〜……」

あんまりにもあんまりすぎる決着のつき方に、思わずそう呻いた。
やむを得ない事だろう。
自分の背丈よりも長い棍棒に、一発ぶん殴られてまでお膳立てをした結果がこれなのだ。

見てみれば、ヴァプラと呼ばれた老人も水溜りと化して啜り泣いている。
ポチは頭を抱えて、溜息を吐いた。

55ポチ ◆CDuTShoToA:2019/11/21(木) 09:34:09
>「あ、あわわわわわ……ヴァプラ君とロノヴェ君が……そんなバカな……」
>「どォでぇどォでぇ!おれっちたち東京ブリーチャーズの力はよォ!恐れ入ったかてやんでぇ!」
>「残るはお前さん一匹――――」

「……もしかして、このままやられたフリしてれば勝手にこの話終わったりしない?」

ポチがなおも転がりゆく状況を半目で眺めながら呟いた。
今章ぶっちぎりで体を張った反動である。許して欲しい。

>「ぐ、ぐぬぬ……!甚だ遺憾でありますが、今回の所はこれにて撤退――」
>「させるかよォ!この東京ブリーチャーズのリーダー、尻目様がテメェをコテンパンにのしてやらぁ!覚悟しろィ!」

「おっ、いいぞ。死んだら骨は拾ってあげるから頑張れー」

ポチは壁にもたれるように座り込み、アイスキャンディを舐めていた。
アイスは僕の縄張りを用いてその場を動かないまま、店内の壊れた冷蔵庫から取り出したものだ。

>「とくと見な!この尻目様の最強妖術をなァ―――――――――ッ!!!」
>「こいつバカだ――――――っ!!!??」

「うわぁすごいや。ホントにバカ以外に例えようのない生き物、僕初めて見たよ」

>「バ、ババ、バババババババババババ……」
>「バケモノであります―――――――――――――――――――――!!!!!!!」
>「こんなバケモノ地獄でも見たことないでありますー!ひえええええええええええ!お助けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「おっと、早くも二度目だ。今日はツイてるなぁ、ははは」

>「今日の所は勘弁してやるであります!おっ、覚えているでありますーっ!」

「やだよぉ、さっさと忘れないと夢でうなされそうだし」

>「敗北を知りてぇ……」

「敗北の意味分かってる?自分がどれだけバカなのかって意味じゃないよ?」

さて、とポチはアイスを齧り、その軸棒を咥えて保持した。

過程はとにかく、これで尻目達三人をいい気にさせるという目的は達成された。
後は敗北を与えるだけだ。
そしてそれは――今や、橘音の手配した妖怪達を待つ必要もない。

『獣』の力を完全に解放した時、ポチの姿は大きく変貌する。
体躯も、その容姿も。
宵闇を操れば、自分のいた場所に影のみを残しておく事だって出来る。
故に謎の襲撃者と東京ブリーチャーズは決して繋がらない。

つまり端的に言えば――「面倒くさくなった」のだ。
このトラブルを、もうこれ以上手元に置いておきたくないと。
考え得る最速の方法で、ポチは問題解決を図る事に――

>「いやぁ〜、遅くなって申し訳ない!電車が遅れちゃって、時間がかかってしまいまして〜」

――するはずだった。

>「三尾の依頼で来ました〜。……あれ?皆さん、どうなさったんです?」

「……あのさ。来て早々僕らのお友達だってバラしちゃってどうするのさ」

>「あれ? やられ役ならさっき帰っていったよ。ということは怖がらせ役の妖怪さん……?
  それにしては見た感じ大人し気な人選な気が……」
>「分かった! 電車が遅れたから到着順が逆になっちゃったんだな。もう、きっちゃんったら〜」

「まぁ、いいや……今日はもう何しても上手くいかなさそうだし、何より疲れちゃった」

結局、ポチは溜息を吐いて――それから歩み寄ってきた尾弐の手を借りて、ただ立ち上がった。

56ポチ ◆CDuTShoToA:2019/11/21(木) 09:36:06
>「なあ、ポチ助。実はオジサン、さっきの連中について妙な予感がして仕方ねぇんだが、ひょっとしてあいつらは――――」

「ああ、うん。しっかり僕らの事を調べ上げてたよね。今度会ったら、ミカエルに文句言ってやらないと。
 天魔の連中、全然自由に動き回れてるみたいだけど、ちゃんと仕事してるの……って、尾弐っち?どうしたの?」

立ち上がった自分と入れ違うように膝から崩れ落ちた尾弐に、ポチは首を傾げた。
血のにおいなどは全く感じない。負傷している訳ではない。
尾弐がどうして突然崩れ落ちたのか、ポチにはさっぱり分からなかった。

「怪我とかしてる訳……じゃないよね。あ、でも少し疲れてる?
 冷蔵庫、壊れちゃってるけど、中のアイスはまだ溶けてないみたいだよ。どう?」

咥えていたアイスを再び手に持って、そのような声をかけつつ、ポチは店内を見回す。
この後、散々に破壊された店内の片付けをしなければならない。
だが一体どこから手を付けたものか――と。
そうしている内に、ふと、気が付いた。
いやみが先ほどから動いていない。ずっと立ち尽くしたままである。

「ちょっと、いつまでそうやってるのさ」

ポチはそちらへと歩み寄って、声をかけながら、その袖を軽く引いた。
いやみは何の返事もしないまま――ふらりと、後ろへ倒れ込んできた。

「ちょ、ちょっと!?」

ポチは慌ててその背を支えた。
このまま倒れられれば、自分が転ばせた事になってしまう。
そうなれば、もう抑えは利かない。

「うわ、とと……危な……」

ポチは非力ではないが、背が低く、また軽い。
一般的な成人女性の体格をしたいやみを支えるのは、それなりに負担がある。
なんとか倒さないままその場に座らせて、支えていた上半身を床に下ろす。

「……はぁ。なに、気絶してたの?こんなになるんだったら、ブリーチャーズなんてやめときゃ良かったのに」

深い溜め息を吐いたポチは――しかし、ふと閃きを得た。
この様子を見るに、いやみは他二人に比べれば比較的まともな感性をしているらしい。
それに、自分を守る為なら命も擲てるくらいには、その信念は強固だ。
であれば――彼に関しては、上手くやればブリーチャーズ入りを諦めさせられるかもしれない。
そんな閃きを。
ポチは小さく笑みを浮かべ――表面が溶けて滴りつつあったアイスを、一度舐めた。

「ねえ、ねえ起きなよ」

いやみを揺さぶり起こす。

「おはよう。戦いはもう終わっちゃったよ。まったく、あんな無茶して。死んだらどうする気だったのさ」

なお、どのような過程を経て終わったかは言わない。
口に出すだけで気が滅入るし、言う必要もないからだ。

「これで分かったでしょ?東京ブリーチャーズでやっていくには、強くなきゃ駄目なんだ」

そうは言うものの、ポチの口調は穏やかだった。

「……とは言え、君も僕の為に頑張ってくれたからね。
 僕は王様だし……何か、ご褒美をあげなきゃなとも思ってるんだ」

ポチが手にしたアイスを見せつけるように振って、それから軸棒を己の口元に添えた。

「ご褒美、欲しい?」

首を傾げて、そう尋ねる。

57ポチ ◆CDuTShoToA:2019/11/21(木) 09:39:47
「あげてもいいよ。ただし……もう、ブリーチャーズに入りたいなんてワガママ言っちゃ駄目だよ?
 いくら僕を守る為だったとしても、またあんな無茶をして、君が怪我でもしたら……嫌だからね」

そうして、いやみがその条件を快諾したのなら――ポチはその契約をすぐに履行するだろう。
壊れた冷蔵庫の中から、既に溶けかけのアイスキャンディを新たに取り出して。

「はい、ご褒美」と。

もしそうなれば、いやみは落胆を禁じ得ないに違いない。
約束は約束だ。ブリーチャーズに入る事はもう出来ないし、期待したご褒美も得られなかった。

「……ブリーチャーズに入るのはなしだけど、たまにだったら遊びに来てもいいよ」

だが――ポチは続けて、そう言った。

いやみは東京ブリーチャーズに必要な妖怪とは言えない。
けれども――その命を擲ってでも、ポチを守ろうとした。
その献身を粗末に扱う事は――王様に相応しくない行為だ。

狼は仲間思いで、それ故に排他的だ。
しかしポチは今、いやみはあんまり距離が近いとうんざりするが――
自分の世界の隅っこくらいになら、こんなのがいても、いいかもしれない。
そう、思っていた。

「そうだなぁ。何か美味しいものでもお土産に持ってきてくれたら、歓迎してあげる」

そしてポチはそう言うと――悪戯っぽく、笑った。

58那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2019/11/22(金) 18:35:48
>ご褒美、欲しい?

「欲しい!欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい!欲しいわぁぁぁぁぁ!!!」

ポチの提案に、いやみはまんまと(物凄い勢いで)食いついてきた。
ガシィ!とポチでもちょっと本気を出さないと振りほどけないような力で両肩を掴むと、むちゅ〜……とキスしようとする。

>あげてもいいよ。ただし……もう、ブリーチャーズに入りたいなんてワガママ言っちゃ駄目だよ?
 いくら僕を守る為だったとしても、またあんな無茶をして、君が怪我でもしたら……嫌だからね

「わかった!わかったわポチきゅん!その代わりアタイのイイヒトになってくれるのよね?」
「東京ブリーチャーズになるのはキッパリ諦めるわ!ポチきゅんとのめくるめく愛の生活のために……!」

いやみは首が取れるんじゃないの?というくらい猛烈な勢いで何度も頷いた。
その脳内では、すでにちょっと言葉に説明するのもおぞま……憚られるようなポチとのアレなナニが展開されている。
妖しい香の立ち込める寝室で、黒いサテンのシーツの上でベビードール姿のポチが恥じらいながら横たわっているとかそういう。

「グヒョヒョヒョ!さあポチきゅん!アタイと背徳とエロスの世界にレッツゴ……ぶぎょ!?」

なにやら掃除機のように不自然にいやみの唇が伸び、今まさにポチの唇が奪われようとしたとき。
ポチがいやみの口に半分溶けたアイスキャンディをズボォ!と突っ込む。
アイスキャンディの棒が喉の奥を直撃し、いやみはカエルが潰れたような声を出した。

「……!?……!!!??」

いやみはキョトンとした表情でアイスをしゃぶっている。

>はい、ご褒美

「はぁ?アタイとのけだるい愛の生活は?インモラルで失楽園な日々は……?」

>……ブリーチャーズに入るのはなしだけど、たまにだったら遊びに来てもいいよ

そこまでポチに言われて、いやみはやっとご褒美の正体を――そして自分がまんまとポチにしてやられたことを悟った。
ポチとの愛の生活など、いやみの勝手な一人合点に過ぎない。
しかし、いやみは頷いてしまった。約束してしまった。『東京ブリーチャーズに入りたいなんて言わない』と――。
妖怪にとって約束は絶対。どんな強力な妖怪も、その掟からは逃れられない。

「……そ、そんなぁ……」

いやみはガックリと地面に両膝をつき、おいおい泣いた。

「オロロロロ〜ン!オギョギョウゴゴギュ〜ン!!」

……泣き声?

「おい皓月、貴様よく黙って見ていたな?ひとつ間違ったら取り返しのつかんことになっていたぞ、貴様の亭主」

「……ふ、愚問です天邪鬼殿。何がどうなろうとポチ様の一番はわたし。それは変わりません」

「なるほど、正妻の余裕というヤツか」

ポチといやみの一連のやり取りを眺めながら、天邪鬼がシロに訊く。シロはさも当然といった様子で笑みを浮かべた。
だが、そんなシロの拳が終始硬く握られぷるぷると震えていたことを天邪鬼は見逃さなかった。

(言わぬが花か……狼王め、今夜は大変そうだな)

嫉妬に狂った女ほど恐ろしいものはない。平安時代から女難の相がある天邪鬼はそんなことを思った。

「殴りますよ、天邪鬼殿」

「すまん」

天邪鬼も泣いた。

59那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2019/11/22(金) 18:39:34
「ち、ちょっとちょっと!何がどうなってるんです、これ!?」

すったもんだとやっていると、やがて帰ってきた橘音がひょっこり顔を出した。
もちろん、その辺に所在なさげに突っ立っている橘音の手配した妖怪たちにこんな破壊活動ができる力はない。
みゆきたちから事情を聞くと、橘音は不思議そうに首を傾げた。

「ベリスに、ヴァプラに、ロノヴェ?本当にそう名乗ったんですか?……あの人たち、何やってるんだか」
「まぁいいでしょう、ともかく計画が成功したのなら結果オーライです!」

橘音は尻目、はらだし、いやみの三人組に向き直った。

「いやみさん、アナタはポチさんと約束しましたね?であるなら、東京ブリーチャーズ入りは諦めて頂きましょう」
「尻目さんとはらだしさんも、いいですね?まさか、約束したのはいやみさんだけだから、なんて――」
「そんな不人情なことは言わないでしょ?それこそ、そんな薄情な妖怪を仲間に迎えることはできませんよ」

ここぞとばかりに諦めるよう畳みかける。
が、往生際悪く食い下がるとばかり思われていた尻目とはらだしは、

「わかりやした。おたくらの仲間に入れてくれってぇ頼みは撤回しやす」

「オラもそれでいいぞぉ」

あっさり納得した。
それまでのワガママぶりはどこへ行った?とばかりの物わかりの良さに、橘音は拍子抜けした。

「そ、そうですか……?じゃあ、そういうことで……」

「明日の朝にゃ荷物を纏めて出ていきやすから、今日一晩は泊めてくだせぇ」

「ええ、もちろんいいですよ。SnowWhiteはこんな有様ですから、ボクの事務所に泊まって頂いて構いません」

尻目の頼みを橘音は快く承諾した。
これからずっとこの厄介な連中と顔を突き合わせる苦労に比べれば、一晩泊めることくらいなんでもない。

「やれやれ、これで一件落着か。帰るぞクソ坊主、私は疲れた」

「あなた、わたしたちはSnowWhiteの後片付けを。……これでは当分営業はできませんね……」

「ポチ君大丈夫?……でも、大きな被害がなくてよかったわ。ひどい怪我をした人もいないし」

天邪鬼が大きな欠伸を漏らし、シロが惨憺たる有様の店舗を振り返り、颯がほうきとちり取りを持って店内の片付けを始める。
店の入り口が大破しているというのに、大きな被害がないと断言する辺り颯も大概ズレていた。
とはいえ、破壊されたのは本当に店の入り口だけなので修繕にはそう日数はかからないだろう。
店の奥にあるノエルの私室なども、問題なく使えるに違いない。
……ノエルが修繕費用を持つ、すなわちノエルの一人損ということに変わりはないのだが。

「何にしてもみゆきちゃん、クロオさん、ポチさん、お疲れさまでした。これでボクも枕を高くして眠れます!」
「あのお三方については、後のことはボクが何とかします。お疲れさまでした!」

やっと厄介事が解消されるということで、橘音は嬉しそうに笑ってぺこりとお辞儀をした。
尻目、はらだし、いやみの三匹は那須野探偵事務所に一泊し、それからこの場を去るということになった。
東京ブリーチャーズのファンを名乗る傍迷惑な三人組にまつわるエピソードは、これでおしまい――




とは、ならなかった。




「ぎゃあああああああああああ!!!!今すぐ事務所に来てくださぁぁいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」

翌朝、みゆき、尾弐、ポチの三名はまたしてもけたたましく鳴る電話と橘音の悲鳴によって事務所へと呼び出された。

60那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2019/11/22(金) 18:43:54
三人が那須野探偵事務所に行くと、橘音がすぐに扉から飛び出してきた。

「あぁ……やっと来てくださいましたか!お待ちしていましたよ皆さぁ〜んっ!」
「東京ブリーチャーズ結成以来の大ピンチですぅ〜っ!助けてくださぁ〜い!!」

ま  た  か。
ただ、仲間たちを迎えた橘音が普段と違う。
いつもの学帽に古びた学生服と半狐面のスタイルこそ変わらないのだが――マントを着用していない。
橘音は尾弐に勢いよく抱きつくと、

「こ、こ、こ……狐面探偵七つ道具が盗まれましたぁ〜〜〜っ!!」

そう言って、尾弐の胸でわんわん泣いた。

狐面探偵七つ道具。

那須野橘音が東京ブリーチャーズとして帝都鎮護の任に就く際、御前こと白面金毛九尾の狐から借り受けた七種類の妖具である。
契約を結んだすべての妖怪を瞬く間に召喚する、召怪銘板。
どんなものでも内側に収納して持ち運べ、また簡易結界にもなる、迷い家外套。
森羅万象ありとあらゆる生物・無生物と会話ができる、聞き耳頭巾。
思い描いただけで世界中へ一瞬で移動でき、天国や地獄へ行くことさえ思うままの、天神細道。
所有者がどこにいようと召怪銘板で足取りを追うことができる命綱、姥捨の枝。
天下五剣の一振り、鬼切丸の異名を持つ妖滅の神刀、童子切安綱。
そして最後の――。

すべてが超絶の権能を持つ魔道具であり、ひとつだけでも恐るべき力を得ることができる――それが、七つ。
これらの道具を用いることで、橘音は東京ブリーチャーズのリーダーとして帝都を守護していた。
そのすべてが、盗まれた。

「今朝ボクが起きたら、こんな書き置きが……」

部屋に入って落ち着くと、橘音はみゆきたちの前に一枚のメモ書きを出した。




【東京ブリーチャーズよりおれっちたちの方が強ぇぇってことがよくわかりやした。
 弱ぇぇヤツに用はねぇ。これからはおれっちたちが『真・東京ブリーチャーズ』の看板立てさせて貰いまさぁ。
 餞別代わりと言っちゃなんだが、噂に名高い妖狐の七つ道具は頂いていきやすぜ!

 真・東京ブリーチャーズより】
 



「探偵が自分の商売道具を盗まれるなんて、前代未聞ですよ!うわぁぁぁぁ、どーうーしーよーうーっ!」

どうやら、温情をかけて事務所に一泊させたのが間違いだったらしい。橘音は頭を抱えた。
同時に、どうして昨日の時点で尻目たちがあっさり東京ブリーチャーズ入りを諦めたのかも合点がいった。

「……我々は連中をいい気にさせすぎた、ということらしいな」

例によって尾弐と一緒にやってきた天邪鬼が、腕組みしたまま呆れたように呟く。
ポチたちは襲来した天魔たちを、自分たちがやられると芝居を打ったうえで尻目たちに倒させた。
いや、内容的にはやられるとか倒すとか以前の問題だったのだが、結果的に尻目ら三人が天魔を退けたのは事実だ。
作戦はうまく行った。いや、うまく行きすぎた。
お陰でお調子者の三人は自分たちを『帝都を護った東京ブリーチャーズでさえ敵わなかった天魔を倒した強者』と認識した。
弱い者に媚びへつらう必要などない。ということで、三人は東京ブリーチャーズを見限ったのだ。
行きがけの駄賃とばかりに、橘音の狐面探偵七つ道具をちょろまかして。

「彼らが七つ道具をまともに使えるとは思えませんが」

尾弐に抱きつく橘音に触発されたのか、ポチに緩く両腕を回しながらシロが口を開く。
七つ道具の使用には大量の妖力を消費する。尻目たち程度の妖怪なら一瞬でケ枯れであろう。
それに、連中のおつむではロクにその使用方法も理解できないはずだ。そういう点では、悪用される可能性は低い。

しかし。

61那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2019/11/22(金) 18:46:33
「問題はそこじゃありません。七つ道具はボクの私物じゃない、借り物なんです!しかも錚々たる大妖怪たちの持ち物だ!」
「それが盗まれたなんてことが、もし御前の耳にでも入ろうものなら……ボクは破滅です!いや、ボクだけじゃない!」
「皆さんも連帯責任ということに……!ひぃ〜っ!」

尾弐の胸元に額をぐりぐり擦り付けながら、橘音は狼狽した。
七つ道具はそれぞれ山本五郎左衛門や神野悪五郎、菅原道真などから御前が借りたものである。
もちろん、それが盗られたとなれば御前の顔に泥を塗る行為になる。あのドSの御前がそれを許すはずがない。
言葉にすることさえできない、想像を絶する酸鼻をきわめた罰が待っているに違いないのだ。

「いや、盗まれたのは貴様の落ち度で我々は無関係だろうが……」

天邪鬼が白けた様子で言う。
顔をあげると、橘音は仮面越しに上目遣いで縋るように尾弐を見た。

「クロオさぁ〜ん……クロオさんはボクを見捨てたりしませんよね?」

甘えた声でおねだりする。
盗まれたことが御前にバレる前になんとしても三人を捕まえ、七つ道具を取り返さなければならない。
尻目ら三人組が残したのは書き置きだけで、他に彼らの足取りを知る証拠品などはない。
とはいえ、八方手詰まりというわけでもない。むしろ、三人組の足跡は追いやすいと見ていいだろう。

「ポチさん……あなたに、久しぶりにその力を発揮して頂くことになりそうですね」

自分の落ち度を棚に上げ、橘音はポチを見た。
三人組のうち、いやみはいつも顔にベタベタと厚化粧を施し香水もこれでもかとつけていた。
そのにおいが今も事務所内に漂っている。それでなくとも、昨日のいやみとのすったもんだでポチはにおいを覚えているだろう。
それを追いかけて行けば、いやみの居場所を探り当てることなど造作もないということだ。

「なるほど。わかりました」

シロはすっかりやる気である。もう、形のいい鼻をひくつかせてにおいの在処を辿っている。
自分の亭主にコナをかけた相手を殴り倒すいい口実ができた、とでも言わんばかりだ。

「参りましょう、あなた。わたしたちの鼻なら、足取りを追うなど赤子の手を捻るような……」

そこまで言いかけると、不意に事務所のドアがコンコンとノックされた。
どうやら来客らしい。一刻も早くいやみたちの捜索に行きたいシロは、きっとドアの方を睨みつけた。
そして、ツカツカとドアに歩いてゆく。

「どちら様ですか、生憎わたしたちは取り込み中――」

言いながら、ガチャリと勢いよくドアを開ける。
ドアの外では、ベリスがニコニコ満面の笑みを湛えて立っていた。

「………………」

「………………」

「………………」

シロはそっとドアを閉めた。

「ちょっと待ってくださいでありますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

今度は自分でドアを開くと、ベリスは泣きながらシロにしがみついてきた。
そして、いやみの分もボコボコにされた。

「……びどいでばりばず……じょうがんばだだがいにぎだばげでばばいべばりまずのじぃぃぃ……」

数分後、ベリスはシロに殴られ元の何倍にも腫れ上がった顔で事務所の床に正座させられていた。

「何?何て?」

「酷いであります、小官は戦いに来たわけではないでありますのに、ですって」

天邪鬼が聞き返すのを、橘音が通訳する。

「どういう意味だ?」

62那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2019/11/22(金) 18:51:42
「そのままの意味でありますぅ……」

通訳が面倒くさいので顔を戻したベリスがさめざめと泣く。
ちなみにロノヴェは半地下の階段を通って来られず、ヴァプラは室内にいるだけで湿気が酷いのでSnowWhiteの前にいるらしい。

「まぁ、そうでしょうね。アナタたちおミソ三柱が真正面から戦いに来るなんてありえない」

所長用の執務机に座った橘音がふん、と鼻を鳴らす。

「おミソ?」

「ええ。このベリスさん、ロノヴェさん、ヴァプラさんの三柱は天魔七十二将の中でもみそっかす扱いでしてね」
「何をやらせてもダメなんで、ついたあだ名がおミソ三柱。創世記戦争でもな〜んにも役に立たなかったお荷物なんですよ」

天邪鬼の問いに、橘音は肩を竦めた。
ベリスは弁は立つのだが、その口から出る言葉はウソとデタラメばかり。耳を貸したところで一文の得にもならない。
戦いの腕はからっきしで、ただただ耳障りよく調子のいいことばかり言うろくでなしである。
ロノヴェはもともと四大天使配下の天使だったのだが、致命的におつむがお粗末なので天界でも同僚に見下されていた。
創世記戦争を始めるにあたってひとりでも戦力が欲しいルシファーにスカウトされ堕天したが、やはり物の役に立たなかった。
ヴァプラに至ってはそもそも悪魔でも何でもない、元来チグリス・ユーフラテス川に漂うだけの無害な霧の妖怪だった。
それがたまたま住処の川岸で創世記戦争が勃発してしまい、巻き添えを食らって天魔扱いされたという出自である。
そんな三柱であるから、現代になっても役立たずなのは変わらない。
天魔七十二将は現在大きく三派に分かれているが、三柱はルシファー派でもベリアル派でもないどっちつかず陣営であった。
それも自分の意思で中立を保っているというわけではなく、両派から『いらん』と拒否されたというていたらくだ。

「相変わらずアスタロト公はキツイでありますなぁ……ムハハ……」

ベリスは眉を下げて露骨な阿諛追従の愛想笑いを浮かべた。揉み手までしている。
音に聞こえた地獄の大公アスタロトである橘音とせいぜい小役人のベリスとでは、同じ天魔七十二将でも天地の開きがある。
橘音的には、こんなザコが自分の前にノコノコ姿を現して何だ、という気持ちである。

「で?そのおミソがいったい何の用です?シロさんも仰ってましたが、ボクたちは取り込み中なんです」
「アナタたちみたいな連中に構ってる時間なんてないんですよ……あぁ、あれですか?いっそ滅ぼして欲しいってことですか?」
「いいでしょう、なら手っ取り早くやりましょうか。ポチさん、手伝ってください」

酷薄極まりない。よっこいしょ、と革張りの椅子から立ち上がると、虚空から大鎌を取り出す。
ベリスは慌てて両手を突き出して哀願した。

「ち、ちょちょ、ちょっと待ってほしいであります!小官たちは東京ブリーチャーズの皆様にお願いに来たのであります!」

「お願いですって?」

「そうであります……お願いであります!どうかどうか、我々を鍛えてほしいであります……!」

鍛える。
悪魔とは思えない願いの内容に、橘音と天邪鬼、シロは怪訝な表情を浮かべた。
ベリスの双眸にみるみる涙が溜まる。

「公の仰る通り、小官たちは役立たずであります……物の役にも立たない穀潰しであります……」
「創世記戦争はもとより、先だっての天魔王の戦いでも、小官たちは期待もされず声さえかけられなかったであります……」
「小官たちも天魔七十二将の端くれ!ならば、せめて少しだけでも天魔らしいことができるようになりたいのであります!」

ベリスは悲哀たっぷりに東京ブリーチャーズへと訴えた。

「このままでは地獄に居場所もないであります、といって現世で生きるなど天魔には厳しすぎること……」
「何より、小官たちは見返してやりたいのであります!小官たちをおミソ三柱などと嘲って笑う者たちに!」
「小官たちもやればできる!役立たずなんかじゃない!と……そう声を大にして言ってやりたいのであります!」

この場でベリスをおミソ三柱と言ったのは橘音である。橘音はムッとした。
そんな橘音に構わず、ベリスは床に額を擦り付けて土下座した。

「お願いであります!お願いであります!それができるのは、東京ブリーチャーズの皆様方しかいないであります!」
「小官たちにできることならなんでもするであります!ですからどうか!どうかぁ〜っ!」

ベリスは拝むように両手を擦り合わせている。
見たところその懇願は本気のようだが、気をつけなければならない点が一点ある。
それは、ベリスは戦いにはまったくの不向きだが天魔七十二将の中でも随一のホラふきという点である。
この願い自体が天魔の次なるワナ……という可能性もあるだろう。
それを信じてやるか、否か。

63那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2019/11/22(金) 18:54:37
「ボクたちは東京ドミネーターズを、天魔を破ったアナタたちの敵ですよ?そのボクたちに鍛えてほしいだなんて……」

「だからこそであります!天魔七十二将をも打ち破った貴君らだからこそ、鍛えて頂く価値があるのであります!」
「このベリス、ロノヴェ君とヴァプラ君の分も伏してお願いするであります!」

「……う〜ん」

橘音は大鎌の柄を抱えたまま腕組みして唸った。
ベリスは確かに口先だけの大ウソつきで、まったく信じるに値しない天魔である。
といって、ウソをつくな!出ていけ!とけんもほろろに叩き出すこともできない。
おミソだ役立たずだと散々こき下ろしても、やはり元仲間。ギリギリのところで無碍にできないらしい。

「アスタロト公!地獄で同じ釜の飯を食った仲ではありませんかであります〜っ!」

「別に食べてませんけど」

「じゃあ、同じ褥で夜を過ごした仲では――」

「デタラメ言ってるとコロしますよ?」

前言撤回。橘音はニッコリ笑いながら殺気を迸らせ、大鎌の切っ先をベリスの首筋にあてがった。

「ひ、ひぃぃ……ただのデビルジョークでありますよ、デビルジョーク……」

「そんなジョークはコキュートスにでも捨てなさい。ボクが褥を共にする相手はクロオさんだけですから!ねっ、クロオさん!」

「えー。公こそご冗談ばっかりー。昔は悪魔も人間も見境なく趣味だと思ったら拉致して犯――ぶべぇ!」

「コ・ロ・ス・ゾ?」

「ずびばぜん……」

橘音の靴裏を顔面にめり込ませたまま、ベリスは平謝りした。

「あ、あの、そういうふしだらなことしてたのは先代アスタロトですから!ボクはしてないですからねー!?」

尾弐の方を見ながらしどろもどろで弁解する橘音だった。何か言えば言うほどドツボなのだがそれには気付かない。

「まぁ、三尾の貞操観念はひとまず脇に置いておいてだな」

「脇に置かないでください」

「………………。まぁ、三尾は貞操観念の強い淑女ということにしてだな」

言い直した。とりあえず天邪鬼が結論を出そうとする。

「どうする?私としては、ちょうど今我々の抱えている全ての問題を一度に解決する妙案を思いついたわけだが」

天邪鬼はにんまりと笑った。
すなわち――真・東京ブリーチャーズなどというふざけた名を名乗って行動を始めた尻目ら三人組と、ベリスたち三柱をぶつける。
ヘナチョコ六人がくんずほぐれつしたところで、東京ブリーチャーズには一切ダメージはない。
ベリスたちが勝てばよし、尻目たちが勝てばこちらが連中を本腰入れてコテンパンにしてやればいいという寸法だ。

「ベリスさん、アナタたちを鍛える代わりに絶対に東京で暴れたり、悪さをしないと誓えますか?」

「誓うであります!誓うであります!我ら三柱、決して公のお邪魔はしないと誓うであります!」

「まったく……」

橘音は溜息をつくと、ちらとみゆき、尾弐、ポチの方を見た。
ベリスの言葉を信じて協力してやるか、それとも叩き出すか?とその目が言っている。
もし受けるなら、あまり時間はない。
御前に見つかって過酷きわまりない罰を受ける前にベリスたちを鍛え、尻目たちを探し出して戦わせ、七つ道具を取り戻す。

……何やら怪しい雲行きになってきた。

64御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2019/11/26(火) 20:35:18
ポチが一歩間違えたらいやみエンドという最悪の結末、間違えなくてもシロの鉄拳制裁(?)という危険を冒しつつ、身を挺して場を収めた。

>「ち、ちょっとちょっと!何がどうなってるんです、これ!?」
>「ベリスに、ヴァプラに、ロノヴェ?本当にそう名乗ったんですか?……あの人たち、何やってるんだか」

「本当にそう名乗ったんですか?って……どういうこと?」

考えられる可能性は二つ、一つは、単に手配したやられ役達が天魔の名を名乗り見境なく店を破壊した暴れっぷりに呆れている。
もう一つは――彼らは橘音が手配した者達ではなく、それでいて知り合いではあるという可能性。

>「まぁいいでしょう、ともかく計画が成功したのなら結果オーライです!」
>「いやみさん、アナタはポチさんと約束しましたね?であるなら、東京ブリーチャーズ入りは諦めて頂きましょう」

「いやみさんは結果オーライかもしれないけど後の二人はノリノリになったままの件!」

当初の計画は最初に大勝利させた後に思いっきり怖がらせるという予定だった気がする。
いやみだけはポチの献身により結果オーライに持ち込めたものの後の二人はどうするのだろうか。

>「尻目さんとはらだしさんも、いいですね?まさか、約束したのはいやみさんだけだから、なんて――」
>「そんな不人情なことは言わないでしょ?それこそ、そんな薄情な妖怪を仲間に迎えることはできませんよ」

「多少強引な論法で押し切りにかかった――ッ!?」

>「わかりやした。おたくらの仲間に入れてくれってぇ頼みは撤回しやす」
>「オラもそれでいいぞぉ」

「妙に素直だなおい!? 逆に気味悪いぞ!?」

>「そ、そうですか……?じゃあ、そういうことで……」

ここまで素直に諦めてくれるとは、説得にかかった橘音本人も予想外だったようだ。

>「明日の朝にゃ荷物を纏めて出ていきやすから、今日一晩は泊めてくだせぇ」
>「ええ、もちろんいいですよ。SnowWhiteはこんな有様ですから、ボクの事務所に泊まって頂いて構いません」

「んー、なんか嫌な予感が……」

>「やれやれ、これで一件落着か。帰るぞクソ坊主、私は疲れた」
>「あなた、わたしたちはSnowWhiteの後片付けを。……これでは当分営業はできませんね……」
>「ポチ君大丈夫?……でも、大きな被害がなくてよかったわ。ひどい怪我をした人もいないし」

「ま、いっか!」

正体不明の胸騒ぎを感じたみゆきだが、場の一件落着ムードに流され、忘れることにしたのであった。

65御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2019/11/26(火) 20:36:31
>「何にしてもみゆきちゃん、クロオさん、ポチさん、お疲れさまでした。これでボクも枕を高くして眠れます!」
>「あのお三方については、後のことはボクが何とかします。お疲れさまでした!」

「お疲れ様でした〜!」

騒動が終わり、みゆきはノエルの姿に戻って改めて店内を見回す。

「なんてこったー! 店がぐちゃぐちゃだ!」

やっとはらだしの妖術から解放されて我に返ったようだ。
一応人格統合はされているはずなので、姿によって多少ノリが変わることはあっても記憶が分断されているということはないはずだ、多分。

翌日――

>「ぎゃあああああああああああ!!!!今すぐ事務所に来てくださぁぁいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」

一つ上階のノエルは、電話を通す必要も無い肉声によって事務所に呼び出された。

「今度はどうしたの? イメチェンした?」

>「こ、こ、こ……狐面探偵七つ道具が盗まれましたぁ〜〜〜っ!!」

「はぁああああああああああああああ!?」

>「今朝ボクが起きたら、こんな書き置きが……」
【東京ブリーチャーズよりおれっちたちの方が強ぇぇってことがよくわかりやした。
 弱ぇぇヤツに用はねぇ。これからはおれっちたちが『真・東京ブリーチャーズ』の看板立てさせて貰いまさぁ。
 餞別代わりと言っちゃなんだが、噂に名高い妖狐の七つ道具は頂いていきやすぜ!

 真・東京ブリーチャーズより】
>「探偵が自分の商売道具を盗まれるなんて、前代未聞ですよ!うわぁぁぁぁ、どーうーしーよーうーっ!」

「みんなで力を合わせて取り返そう! まだそんなに遠くには行ってないはず……」

>「……我々は連中をいい気にさせすぎた、ということらしいな」
>「彼らが七つ道具をまともに使えるとは思えませんが」
>「問題はそこじゃありません。七つ道具はボクの私物じゃない、借り物なんです!しかも錚々たる大妖怪たちの持ち物だ!」
?「それが盗まれたなんてことが、もし御前の耳にでも入ろうものなら……ボクは破滅です!いや、ボクだけじゃない!」
>「皆さんも連帯責任ということに……!ひぃ〜っ!」
>「いや、盗まれたのは貴様の落ち度で我々は無関係だろうが……」

「天邪鬼くん! そんな薄情なこと言っちゃ駄目!」

>「クロオさぁ〜ん……クロオさんはボクを見捨てたりしませんよね?」

橘音が尾弐とのラブラブっぷりを見せつけている(?)横で、真面目な顔で迷推理を始めるノエル。

66御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2019/11/26(火) 20:38:36
「それに飽くまでも可能性の話だけど……本当に橘音くんの責任問題だけでは済まないかもしれない。
ヘッポコなファンの振りをして近付き隙を見てお宝を盗み出す……奴ら、最初からこれが目的だったんじゃないかな?
高位の妖怪は妖力を隠して弱い妖怪に見せかけることも出来るらしいし……」

引き立て役のため本気を出していなかったとはいえブリーチャーズの攻撃が簡単には通らなかった相手を結果的に倒し、
油断していたとはいえ天魔アスタロトで名探偵の橘音からまんまと七つ道具を盗み出した――
それが単なる偶然ではなかったのだとしたら。

「あんなオバカが都合よく3人も集まるだろうか。
それよりは何らかの組織から派遣された刺客の方がまだ有り得そうだ。
まさかとは思うけどもしこれが当たってたら……冗談じゃなく帝都壊滅の危機だ」

3人の正体が何であるにせよ、やる事は一緒だ。一刻も早く捕まえて七つ道具を取り返すこと。
では何故言ったかというと、あわよくば橘音を見捨てそうな天邪鬼を説得するためである。
帝都壊滅の可能性が万が一にもあるとすれば、天邪鬼も付き合わざるを得ないだろう。

>「ポチさん……あなたに、久しぶりにその力を発揮して頂くことになりそうですね」
>「なるほど。わかりました」
>「参りましょう、あなた。わたしたちの鼻なら、足取りを追うなど赤子の手を捻るような……」

>「どちら様ですか、生憎わたしたちは取り込み中――」

暫く無言だったかと思うと、シロはそっとドアを閉めた。

「あれ? どうしたの?」

>「ちょっと待ってくださいでありますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

べリスがシロに抱き着き、自爆した。

>「……びどいでばりばず……じょうがんばだだがいにぎだばげでばばいべばりまずのじぃぃぃ……」

>「ええ。このベリスさん、ロノヴェさん、ヴァプラさんの三柱は天魔七十二将の中でもみそっかす扱いでしてね」
>「何をやらせてもダメなんで、ついたあだ名がおミソ三柱。創世記戦争でもな〜んにも役に立たなかったお荷物なんですよ」

「まあね、72人もいればそうなるよね……。AKB48だってテレビに出られない人がいっぱいいるらしいし……」

それにしてもあまりにも門戸が広すぎる気もするが。
何にせよ、これで彼らが妖力だけは妙に大きい割に予想外の攻撃への耐性は0だったことへの説明は一応付いた。

>「で?そのおミソがいったい何の用です?シロさんも仰ってましたが、ボクたちは取り込み中なんです」
>「アナタたちみたいな連中に構ってる時間なんてないんですよ……あぁ、あれですか?いっそ滅ぼして欲しいってことですか?」
>「いいでしょう、なら手っ取り早くやりましょうか。ポチさん、手伝ってください」

「きっちゃーん! 落ち着いて! とりあえず今は敵意は無さそうだから話を聞いてみようよ!」

67御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2019/11/26(火) 20:39:17
ノエルは何故かみゆきの姿になり、橘音に後ろからしがみついて止めにかかる。
橘音とノエルの関係性を知らない客達がいるので余計な誤解(?)が生じないように気を使ったのかもしれない。

>「ち、ちょちょ、ちょっと待ってほしいであります!小官たちは東京ブリーチャーズの皆様にお願いに来たのであります!」
>「お願いですって?」
>「そうであります……お願いであります!どうかどうか、我々を鍛えてほしいであります……!」

>「ボクたちは東京ドミネーターズを、天魔を破ったアナタたちの敵ですよ?そのボクたちに鍛えてほしいだなんて……」

べリス・橘音・天邪鬼がひとしきりコントを繰り広げた後、天邪鬼が話をまとめにかかる。

>「どうする?私としては、ちょうど今我々の抱えている全ての問題を一度に解決する妙案を思いついたわけだが」

それは一言で言うと3バカと3ミソをぶつけるというものだった。

>「ベリスさん、アナタたちを鍛える代わりに絶対に東京で暴れたり、悪さをしないと誓えますか?」
>「誓うであります!誓うであります!我ら三柱、決して公のお邪魔はしないと誓うであります!」
>「まったく……」

橘音が意見を求めるように皆の方を見る。
ミソとはいえ一応天魔――3バカがガチで危険な妖怪という可能性も一応ある以上、こちらの手駒が多いに越したことはない。
それにベリスがいくら大ほら吹きとはいっても、こちらには橘音がいる以上騙し合いでは負けないだろう。

「仕方ないなあ、昨日君達が壊した店の修繕費を持ってくれるならいいよ!」

どさくさに紛れて店の修理代をちゃっかり請求するみゆきであった。

68尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2019/12/01(日) 03:18:25

>「ああ、うん。しっかり僕らの事を調べ上げてたよね。今度会ったら、ミカエルに文句言ってやらないと。
>天魔の連中、全然自由に動き回れてるみたいだけど、ちゃんと仕事してるの……って、尾弐っち?どうしたの?」

「だよな……ああ、オジサンもしってたさ」

想定していた結末を至極冷静な意見としてポチから受けた尾弐は、膝から崩れ落ちた。
睡眠不足に端を発し、ここ数日で蓄積し続けて来た精神的な疲労。それがとうとうピークに達した結果である。
残念ながら、悪鬼の肉体の頑強さは精神の疲労に対してなんら効果を示さず、尾弐の耳元ではポチやノエルの遣り取りが通り過ぎていくのであった……。

……。
………。

さて。いやみも無事にポチの策略に嵌り、渾然としていた場はようやく落ち着きを見せてきた。
そんな場面に響く声一つ。

>「ち、ちょっとちょっと!何がどうなってるんです、これ!?」

主役は遅れてやって来る。東京ブリーチャーズのリーダー、狐面探偵の俗称を持つ那須野橘音の登場である。
――――といっても、遅れ過ぎて事件は多大な犠牲(主にノエルの店と尾弐の精神)を払い、ほぼ沈静化しているのだが。
まあ、殺人事件が起きてから動き出すのが探偵の本分である事を考えればむしろ正しいのかもしれないが、しかしかといって探偵の最善としては(以下略)

>「わかりやした。おたくらの仲間に入れてくれってぇ頼みは撤回しやす」
>「オラもそれでいいぞぉ」
>「そ、そうですか……?じゃあ、そういうことで……」
>「明日の朝にゃ荷物を纏めて出ていきやすから、今日一晩は泊めてくだせぇ」
>「ええ、もちろんいいですよ。SnowWhiteはこんな有様ですから、ボクの事務所に泊まって頂いて構いません」

とにかく。那須野橘音の登場とその説得により、あっさりと……本当に奇妙な程にあっさりと3体の妖怪は願いを翻した。
普段の尾弐であれば、彼らの態度に不信感を抱くなどしたであろうが

>「何にしてもみゆきちゃん、クロオさん、ポチさん、お疲れさまでした。これでボクも枕を高くして眠れます!」
>「あのお三方については、後のことはボクが何とかします。お疲れさまでした!」

>「やれやれ、これで一件落着か。帰るぞクソ坊主、私は疲れた」
「ああ、オジサンも疲れた。帰って酒飲んで寝る……おい、妖怪共。橘音に迷惑掛けんなよ」

精神疲労の極みにあり、時間経過でようやく持ち直してきた尾弐にはそこまで気を使う事は出来なかった。
尾弐は肩を落としながら、脚を引きずるように天邪鬼の後ろを歩き帰路に就くのであった。

69尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2019/12/01(日) 03:19:16
>「ぎゃあああああああああああ!!!!今すぐ事務所に来てくださぁぁいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」

「確信を持って言うが、行かなくても良いと思うぞ。まず間違いなくロクな事ではあるまい」

夜が明け、深酒をして眠っていた尾弐を叩き起こした一本の電話。
そこから響いて来た那須野橘音の悲鳴のような声を聞いた天邪鬼は、目の下に薄く隈を作り、未だ寝巻用の浴衣を着込んだままの尾弐に対して、呆れた様に声を掛ける。
その言葉を受け、尾弐はまだ温かい布団と、枕元に置かれた迎え酒ようの酒瓶へと視線を動かすが……それでも直ぐに出発すべく動き出した。

「いや……悪ぃな。例えロクなことじゃなくても、大将が困ってるなら行くって決めてるんだ」
「ふん。献身などというものは余裕の有る時に片手間で行うべきであろうに」
「馬鹿言え。献身なんかじゃねぇ……こいつは、単なる惚れた弱みだ」

そうして、朝っぱらから胸やけのするような遣り取りをした後に辿り着いた探偵事務所。
開幕早々に胸に飛び込んできた那須野橘音を受け止め、困惑する尾弐であったが。

>「こ、こ、こ……狐面探偵七つ道具が盗まれましたぁ〜〜〜っ!!」
「……はあ!?」

困惑の次は。那須野の口から放たれた言葉に、驚愕の声を上げる事となった。
だが、それも仕方あるまい。
普段何気なく使っているが、狐面探偵七つ道具とは大妖怪たちからの『借物』である。
理由なく紛失、破損などすれば懲罰は免れず、まして盗まれたとなれば……下手をすれば戦争が始まるだろう。

「……しかし、んな重要な物を盗むたぁ、一体誰が何の目的で」
>「今朝ボクが起きたら、こんな書き置きが……」

天魔の残党や流れの妖壊など、様々な可能性を想起していた尾弐に対し、那須野は一通の書置きを差し出す。
そこに書かれている文章を追ってみると

>【東京ブリーチャーズよりおれっちたちの方が強ぇぇってことがよくわかりやした。
>弱ぇぇヤツに用はねぇ。これからはおれっちたちが『真・東京ブリーチャーズ』の看板立てさせて貰いまさぁ。
>餞別代わりと言っちゃなんだが、噂に名高い妖狐の七つ道具は頂いていきやすぜ!
>真・東京ブリーチャーズより】
>「……我々は連中をいい気にさせすぎた、ということらしいな」
>「皆さんも連帯責任ということに……!ひぃ〜っ!」

「……」

ブチリ、と。尾弐から何かが切れるような気配がした。

70尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2019/12/01(日) 03:20:07
幸いと言って良いのは、那須野が尾弐の胸板に顔を埋めていた事であろう。
今の尾弐の表情はとても人様にお見せできるものではない。下手な悪役は裸足で逃げ出すであろう憤怒の色なのだから。

>「クロオさぁ〜ん……クロオさんはボクを見捨てたりしませんよね?」
「……はぁ」

宥めるようにその背中をポンポンと優しく叩いていた那須野が顔を上げた頃には、すっかり表情を隠し普段通りに戻っているあたりは流石というべきか。
甘えた声で頼みごとをする那須野に尾弐は――――しかたないなぁ、と。まったく、と。苦笑を返す。

「あのなぁ、俺が大将見捨てる訳ねぇだろうが……それに、判断が甘かったとはいえ、あの連中を信じちまったのは俺も一緒だからな」

基本的に、懐に入った者には甘いのが尾弐の性分である。
それは時に善く、時に悪い性質であるが

>「それに飽くまでも可能性の話だけど……本当に橘音くんの責任問題だけでは済まないかもしれない。
>ヘッポコなファンの振りをして近付き隙を見てお宝を盗み出す……奴ら、最初からこれが目的だったんじゃないかな?
>高位の妖怪は妖力を隠して弱い妖怪に見せかけることも出来るらしいし……」

「どちらにせよやる事は変わらねぇよ。俺達にテメェの都合を押し付け、挙句に橘音の善意に後足で砂掛けてったんだ」
「――――相応の目には合って貰うさ」

……少なくとも、ノエルが真っ当に思考をしているこの状況において、報復を色濃く考えてしまっている現状は、あまり善い状態ではないのかもしれない。
尾弐はそのままポチやシロの後ろに付き、妖怪達を捜しに出ようとし――――

>「ちょっと待ってくださいでありますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

玄関前に居た連中を前に、再度思考をフリーズさせる事となるのであった。

71尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2019/12/01(日) 03:37:42
>「ボクたちは東京ドミネーターズを、天魔を破ったアナタたちの敵ですよ?そのボクたちに鍛えてほしいだなんて……」
>「だからこそであります!天魔七十二将をも打ち破った貴君らだからこそ、鍛えて頂く価値があるのであります!」
>「このベリス、ロノヴェ君とヴァプラ君の分も伏してお願いするであります!」
>「……う〜ん」

「橘音の知り合いじゃなけりゃ、磨り潰して燃えるごみの日に出して終わるんだがな」

現れたベリス一行。先だってノエルの店の前で戦闘を行った天魔達の請願に、尾弐は厭そうな表情で答える。
だが、それも仕方ない事だろう。
なにせ、どれだけ弱かろうと天魔は天魔。原則として尾弐にとっては敵なのである。
正直な所、那須野橘音がこの場にいなければ有無を言わさず漂白に取り掛かっているところだ。
それでも、那須野が動かない以上は自分が暴走するような事はするまいと、腕を組み椅子へ座っていたのだが

>「そんなジョークはコキュートスにでも捨てなさい。ボクが褥を共にする相手はクロオさんだけですから!ねっ、クロオさん!」
>「えー。公こそご冗談ばっかりー。昔は悪魔も人間も見境なく趣味だと思ったら拉致して犯――ぶべぇ!」
>「コ・ロ・ス・ゾ?」
>「ずびばぜん……」
>「あ、あの、そういうふしだらなことしてたのは先代アスタロトですから!ボクはしてないですからねー!?」

どうにも会話が奇妙な方向に向かって行っている事に気付き、尾弐は頬を引き攣らせつつ口を開く。

「仮にその床舐め悪魔の言葉が本当だとしても……過去がどうあろうが、それを引っくるめて今の橘音だ。何があっても嫌いやしねぇよ」
「ただ――事実なら年甲斐も無く妬くだろうから、それは許してくれな」

虚実の定かでないベリスの言葉に、敢えて真正面から嘘偽りの無い言葉を返したのは、話を打ち切る為と……僅かな嫉妬を込めて。
そんな尾弐の心中を察したのか、天邪鬼が会話を次へと繋ぐ。

>「どうする?私としては、ちょうど今我々の抱えている全ての問題を一度に解決する妙案を思いついたわけだが」
>「ベリスさん、アナタたちを鍛える代わりに絶対に東京で暴れたり、悪さをしないと誓えますか?」
>「誓うであります!誓うであります!我ら三柱、決して公のお邪魔はしないと誓うであります!」
>「まったく……」

目には目を。歯には歯を。愚者には愚者を。
天邪鬼の少し引くレベルで合理的な提案を前にして、那須野は尾弐達へと回答を求める

>「仕方ないなあ、昨日君達が壊した店の修繕費を持ってくれるならいいよ!」

「……どの道、人手は必要なうえ、潰し合わせてこっちの被害が薄くなるなら設けモンか。幸い、どっちも居なくなっても問題ねぇ連中だからな……ポチ助、お前さんはどう思う?」

そして、条件付ではあるものの、素直なノエルの肯定の意見に対して、尾弐は消極的な攻撃の意見を返すと、次いでポチに意見を求めるのであった。

72ポチ ◆CDuTShoToA:2019/12/04(水) 03:49:47
>「……そ、そんなぁ……」

「えー?そんな悪い話じゃないと思うけど……」

>「オロロロロ〜ン!オギョギョウゴゴギュ〜ン!!」

「うわ、今僕に触ったらさっきの話はなしだからね。
 もう、遊びに来るくらいなら許したげるんだから、それで満足しなよ」

>「おい皓月、貴様よく黙って見ていたな?ひとつ間違ったら取り返しのつかんことになっていたぞ、貴様の亭主」
>「……ふ、愚問です天邪鬼殿。何がどうなろうとポチ様の一番はわたし。それは変わりません」
>「なるほど、正妻の余裕というヤツか」

ふと背後で話し声が聞こえて、ポチはそちらへ振り返った。
鼻を鳴らしてみれば、感じるのは――強烈な嫉妬と、同情のしおい。
ポチは、困ったように笑った。
あくまで笑っていられるのは、シロの嫉妬に身を灼かれるのは、そんなに悪い気はしないからだ。

>「ち、ちょっとちょっと!何がどうなってるんです、これ!?」

「あ、帰ってきた。いやー、大変だったんだよ。天魔の奴らの残党が攻めてきたり。ええと、確か――」

>「ベリスに、ヴァプラに、ロノヴェ?本当にそう名乗ったんですか?……あの人たち、何やってるんだか」
>「まぁいいでしょう、ともかく計画が成功したのなら結果オーライです!」

「成功……なのかなぁ。いやみに関しては、上手い事引っかかってくれたけど」

>「いやみさん、アナタはポチさんと約束しましたね?であるなら、東京ブリーチャーズ入りは諦めて頂きましょう」
>「尻目さんとはらだしさんも、いいですね?まさか、約束したのはいやみさんだけだから、なんて――」
>「そんな不人情なことは言わないでしょ?それこそ、そんな薄情な妖怪を仲間に迎えることはできませんよ」

「あ、無理矢理丸め込む感じ?じゃあ僕休んでるから、荒事になったら呼んで――」

>「わかりやした。おたくらの仲間に入れてくれってぇ頼みは撤回しやす」
>「オラもそれでいいぞぉ」

>「妙に素直だなおい!? 逆に気味悪いぞ!?」

「確かに。急に自分達がバカだって気づくなんて、すごく妙だ……どこかに鏡でも落ちてる?」

>「そ、そうですか……?じゃあ、そういうことで……」
>「明日の朝にゃ荷物を纏めて出ていきやすから、今日一晩は泊めてくだせぇ」
>「ええ、もちろんいいですよ。SnowWhiteはこんな有様ですから、ボクの事務所に泊まって頂いて構いません」

「……って事は」

>「やれやれ、これで一件落着か。帰るぞクソ坊主、私は疲れた」

「だよねー!やったやった!じゃ、僕元々やってた依頼の方に……」

>「あなた、わたしたちはSnowWhiteの後片付けを。……これでは当分営業はできませんね……」

「……ん。まぁ、いっか。今日は僕ももう疲れちゃったし。
 さっさと片付けて、ここでのんびりしよっかな」

>「ポチ君大丈夫?……でも、大きな被害がなくてよかったわ。ひどい怪我をした人もいないし」

「僕?……ああ、そっか。今回怪我したの僕だけなのか……。
 全然へーきだよ。前にもっとすごい怪我した事もあるし。
 胸にこーんくらいの穴が空いてね。あれが一番すごい……っと、いじわるしすぎたかも」

ポチがいつどこで負った怪我の話をしているか、シロにはすぐに分かっただろう。
勿論、あれはポチが望んで得た結末だ。
恨みなどないし、あの事でシロが気を病むのも本意ではない。

だが――その一方で。
今も胸元に残る傷跡をシロが見た時、いつも凛然とした彼女が、常ならぬ表情を見せる。
その表情と、においは――何処か愛おしい。
とも、ポチは感じていた。

>「何にしてもみゆきちゃん、クロオさん、ポチさん、お疲れさまでした。これでボクも枕を高くして眠れます!」
>「あのお三方については、後のことはボクが何とかします。お疲れさまでした!」

「はーいおつかれさまー。さて、後片付けかぁ……とりあえず、細かいゴミを一纏めにしちゃおっかな」

『待て。狼王の奥義を、たかがゴミ掃除に使うだと?王の威厳を軽んじる気か――』

「うるさいぞ、『獣』。そんなに箒と塵取りが使いたいなら、しばらく体を貸してやろうか?」

それきり、『獣』の声は聞こえなくなった。

73ポチ ◆CDuTShoToA:2019/12/04(水) 03:50:17
 
 
 
『ぎゃあああああああああああ!!!!今すぐ事務所に来てくださぁぁいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!』

「……なんなのさぁ、もう」

翌日、またも橘音から電話がかかってきた。
嫌な予感しかしないと思いつつも、ポチは事務所へ向かった。

>「あぁ……やっと来てくださいましたか!お待ちしていましたよ皆さぁ〜んっ!」
>「東京ブリーチャーズ結成以来の大ピンチですぅ〜っ!助けてくださぁ〜い!!」

「それで、今度はなんなの?冷蔵庫のプリンがなくなってた?
 楽しみにしてたドラマの録画を忘れてた?それとも――」

>「こ、こ、こ……狐面探偵七つ道具が盗まれましたぁ〜〜〜っ!!」

「……は?」

>「……はあ!?」
>「はぁああああああああああああああ!?」

予想外の事態に、ポチは一時言葉を失う。
だが――よくよく考えてみれば、あり得ない話ではなかった。

>「……しかし、んな重要な物を盗むたぁ、一体誰が何の目的で」

昨日の時点で、天魔の残党達は既に東京ブリーチャーズの本拠地を把握していた。
昼間に襲撃を仕掛けてきたのは、答え合わせの為の捨て駒だったとすれば。
しかし、天魔の仕業にしては不可解な部分もある。
橘音が無事である事だ。欲を掻いて殺気に勘付かえる事を避けたのか――

>「今朝ボクが起きたら、こんな書き置きが……」

「……書き置き?」

【東京ブリーチャーズよりおれっちたちの方が強ぇぇってことがよくわかりやした。
 弱ぇぇヤツに用はねぇ。これからはおれっちたちが『真・東京ブリーチャーズ』の看板立てさせて貰いまさぁ。
 餞別代わりと言っちゃなんだが、噂に名高い妖狐の七つ道具は頂いていきやすぜ!

 真・東京ブリーチャーズより】
 
「……へえ」

ポチは、一言呟いた。
天魔との戦いが終わって、久しく紡ぐ事のなかった、冷たく静かな声だった。

>「……我々は連中をいい気にさせすぎた、ということらしいな」

「みたいだね。あーあ、バカな奴らだったなあで終わる事も出来ただろうに」

>「彼らが七つ道具をまともに使えるとは思えませんが」

「関係ないね。問題は――」

>「問題はそこじゃありません。七つ道具はボクの私物じゃない、借り物なんです!しかも錚々たる大妖怪たちの持ち物だ!」
>「それが盗まれたなんてことが、もし御前の耳にでも入ろうものなら……ボクは破滅です!いや、ボクだけじゃない!」
>「皆さんも連帯責任ということに……!ひぃ〜っ!」
>「いや、盗まれたのは貴様の落ち度で我々は無関係だろうが……」

「そうだね。「それ」も、問題じゃない」

74ポチ ◆CDuTShoToA:2019/12/04(水) 03:50:55
>「クロオさぁ〜ん……クロオさんはボクを見捨てたりしませんよね?」
>「あのなぁ、俺が大将見捨てる訳ねぇだろうが……それに、判断が甘かったとはいえ、あの連中を信じちまったのは俺も一緒だからな」
>「どちらにせよやる事は変わらねぇよ。俺達にテメェの都合を押し付け、挙句に橘音の善意に後足で砂掛けてったんだ」

「そうさ。問題は――ヤツらが、僕らを、舐めたって事だ。
 ああ、腹立たしい。この僕のご褒美が、あいつは気に入らなかったらしい。だったら――」

>「――――相応の目には合って貰うさ」

「仕方がないよね。今度はもっと良いものをくれてやらないと」

ポチは『獣』の継承者――狼の王だ。
そしてその誇りと威厳を守る事は、王の責務。
故にその怒りは――誰が宥めようと、収まるものではない。

>「ポチさん……あなたに、久しぶりにその力を発揮して頂くことになりそうですね」

「ああ、分かってる。ヤツらのにおいなら、もう「見えてる」よ」

イヌ科の嗅覚は、人間の百万倍――時には1億倍とも表現される。
とは言え、1億倍優れていると具体的に、においがどのように感じ取れるのか。
その答えがポチの言葉だ。

優れた嗅覚と、そこから得た情報を処理する事に特化した脳の構造により、
イヌ科の生物は文字通り、においが見えるのだ。

>「参りましょう、あなた。わたしたちの鼻なら、足取りを追うなど赤子の手を捻るような……」

単なるにおいの粒子の流れだけではない。
共感覚的に――色や形さえも、見る事が出来る。
彼らにはまさしく、においの足跡が見えているのだ。
つまり――

>「どちら様ですか、生憎わたしたちは取り込み中――」

この瞬間、ポチには既にドアから流入したにおいによって、客人の正体が見えていた。
そして――シロはそっとドアを閉めた。

>「あれ? どうしたの?」

「いや、気にしないで。行こうか、シロ」

この場合の行こうかとは、厄介なそいつを二人で黙らせて、
これ以上事態をややこしくしないでおこうという意味だ。

>「ちょっと待ってくださいでありますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

だが、そうはならなかった。
ベリスは今度は自分からドアを開けて、シロにしがみついた。
瞬間、まだソファから立ち上がる途中だったポチの姿が消える。
そうして次の瞬間には、ベリスの顔面を踏みつけにしていた。
よろめくベリスを、今度はシロがボコボコにする。
ポチも一度の蹴りでは気が済まなくて、その後も何度もすねを蹴りつけた。

>「……びどいでばりばず……じょうがんばだだがいにぎだばげでばばいべばりまずのじぃぃぃ……」
>「何?何て?」
>「酷いであります、小官は戦いに来たわけではないでありますのに、ですって」

それでも、ひとまずは話を聞いてやろうという流れに落ち着いた。
ポチはベリスの後方で、いつでもドアを抑えられる位置についた。

75ポチ ◆CDuTShoToA:2019/12/04(水) 03:51:55
>「どういう意味だ?」
>「そのままの意味でありますぅ……」
>「まぁ、そうでしょうね。アナタたちおミソ三柱が真正面から戦いに来るなんてありえない」

>「相変わらずアスタロト公はキツイでありますなぁ……ムハハ……」
>「で?そのおミソがいったい何の用です?シロさんも仰ってましたが、ボクたちは取り込み中なんです」
>「アナタたちみたいな連中に構ってる時間なんてないんですよ……あぁ、あれですか?いっそ滅ぼして欲しいってことですか?」
>「いいでしょう、なら手っ取り早くやりましょうか。ポチさん、手伝ってください」

「よしきた、すぐに終わらせちゃう?それとも仲間の居場所を吐かせてからにする?」

>「きっちゃーん! 落ち着いて! とりあえず今は敵意は無さそうだから話を聞いてみようよ!」

「えー、面倒くさいよぉ。ただでさえ厄介事を抱えてるのに」

>「ち、ちょちょ、ちょっと待ってほしいであります!小官たちは東京ブリーチャーズの皆様にお願いに来たのであります!」
>「お願いですって?」
>「そうであります……お願いであります!どうかどうか、我々を鍛えてほしいであります……!」

「……鍛えるぅ?なにを、頭を?だったら僕らは専門外だよ」

>「公の仰る通り、小官たちは役立たずであります……物の役にも立たない穀潰しであります……」
>「創世記戦争はもとより、先だっての天魔王の戦いでも、小官たちは期待もされず声さえかけられなかったであります……」
>「小官たちも天魔七十二将の端くれ!ならば、せめて少しだけでも天魔らしいことができるようになりたいのであります!」

「天魔らしい事なんてした日には、それこそ僕らが漂白しにいく事になるけど……あ、そういう事?違う?」

>「このままでは地獄に居場所もないであります、といって現世で生きるなど天魔には厳しすぎること……」
>「何より、小官たちは見返してやりたいのであります!小官たちをおミソ三柱などと嘲って笑う者たちに!」
>「小官たちもやればできる!役立たずなんかじゃない!と……そう声を大にして言ってやりたいのであります!」

ポチはあくびをしながら狼の姿に戻って、自分の尻尾で一人遊びを始めた。

>「お願いであります!お願いであります!それができるのは、東京ブリーチャーズの皆様方しかいないであります!」
>「小官たちにできることならなんでもするであります!ですからどうか!どうかぁ〜っ!」

「いや、僕らに頼る前に天魔のお友達とかいるでしょ……あれ、いないんだっけ?」

>「ボクたちは東京ドミネーターズを、天魔を破ったアナタたちの敵ですよ?そのボクたちに鍛えてほしいだなんて……」
>「だからこそであります!天魔七十二将をも打ち破った貴君らだからこそ、鍛えて頂く価値があるのであります!」
>「このベリス、ロノヴェ君とヴァプラ君の分も伏してお願いするであります!」

「ロノヴェ君は……僕らじゃなくて塾とかに通った方がよくない?
 いや、僕も祈ちゃんに色々教えてもらってるけど……嫌だよ僕、アイツと肩を並べて勉強するの」

>「……う〜ん」
>「アスタロト公!地獄で同じ釜の飯を食った仲ではありませんかであります〜っ!」
>「別に食べてませんけど」

「ねえ、もしかしてそんな事ばっか言ってるからおミソ呼ばわりされるんじゃないの?」

>「じゃあ、同じ褥で夜を過ごした仲では――」
>「デタラメ言ってるとコロしますよ?」

「……もしかしなくても、そんな事ばっか言ってるからおミソ呼ばわりされるんだね」

>「ひ、ひぃぃ……ただのデビルジョークでありますよ、デビルジョーク……」
>「そんなジョークはコキュートスにでも捨てなさい。ボクが褥を共にする相手はクロオさんだけですから!ねっ、クロオさん!」
>「えー。公こそご冗談ばっかりー。昔は悪魔も人間も見境なく趣味だと思ったら拉致して犯――ぶべぇ!」

「おっと、こりゃ死んだね。死因が斬殺か殴殺かは分かんないけど……」

76ポチ ◆CDuTShoToA:2019/12/04(水) 03:54:17
>「コ・ロ・ス・ゾ?」
>「ずびばぜん……」
>「あ、あの、そういうふしだらなことしてたのは先代アスタロトですから!ボクはしてないですからねー!?」

「え、あ、そういうパターン?」

>「仮にその床舐め悪魔の言葉が本当だとしても……過去がどうあろうが、それを引っくるめて今の橘音だ。何があっても嫌いやしねぇよ」
>「ただ――事実なら年甲斐も無く妬くだろうから、それは許してくれな」

「……ひゅう、カッコいいねえ尾弐っち」

>「まぁ、三尾の貞操観念はひとまず脇に置いておいてだな」
>「脇に置かないでください」

「そうかなぁ。置いといた方がこれ以上墓穴掘らずに済むと思うけど……」

>「………………。まぁ、三尾は貞操観念の強い淑女ということにしてだな」

「あ、言い直すんだ。さては面倒臭くなった?」

>「どうする?私としては、ちょうど今我々の抱えている全ての問題を一度に解決する妙案を思いついたわけだが」

「あ、知ってるよ僕。そういうの死亡フラグって言うんでしょ、最近覚えたんだ」

さておき、天邪鬼はその妙案を語った。
真・東京ブリーチャーズとおミソ三柱をぶつけて潰し合わせる。
ベリスたちが勝てばよし、尻目たちが勝ったところ東京ブリーチャーズは困らない。
なるほど確かに抜かりのない、完璧な作戦と言える。

>「ベリスさん、アナタたちを鍛える代わりに絶対に東京で暴れたり、悪さをしないと誓えますか?」
>「誓うであります!誓うであります!我ら三柱、決して公のお邪魔はしないと誓うであります!」
>「まったく……」

「おっと、一応言っとくよ。『その約束は僕ら東京ブリーチャーズとおミソ三柱の派閥間で交わされた』。
 ……確か、こんな言い回しだったよな。とにかく、覚えておけよ」

>「仕方ないなあ、昨日君達が壊した店の修繕費を持ってくれるならいいよ!」
>「……どの道、人手は必要なうえ、潰し合わせてこっちの被害が薄くなるなら設けモンか。幸い、どっちも居なくなっても問題ねぇ連中だからな……ポチ助、お前さんはどう思う?」

「いいんじゃない?こいつらが失敗しても、僕らは損しないし。ただし――」

尾弐の問いかけに応えるようにそう続けて、ポチは不意に姿を消した。

「――覚えておけ。ヤツらの中に一人、女の格好をした、厚化粧の、いやみって妖怪がいる。
 そいつはもし倒しても殺さずに、僕の元に連れてこい。ご褒美を、くれてやらなきゃいけないんだ」

次に姿を現した時、ポチは獣人の姿で、ベリスの肩の上にいた。
そうして刃のような爪をその首に這わせて、ベリスの顔を覗き込んでいる。
にもかかわらず――ベリスは、ポチの重さを一切感じ取れないだろう。
天魔との戦いを通して極まった不在の妖術は、かような芸当すら可能だった。

「もし、連れてこなかったら」

ポチの爪がベリスの首筋に食い込んで――しかし、その皮膚を切り裂く事なくすり抜けた。

「お前が、代わりにその褒美を受け取る事になる」

77那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2019/12/08(日) 01:17:52
>ヘッポコなファンの振りをして近付き隙を見てお宝を盗み出す……奴ら、最初からこれが目的だったんじゃないかな?
>高位の妖怪は妖力を隠して弱い妖怪に見せかけることも出来るらしいし……

「い、いやぁ〜……さすがにそれはないんじゃないかと……でも、いずれにしたって一刻も早く取り戻さなければ」
「狐面探偵七つ道具はたったひとつでも弱小妖怪を超強力な妖壊に変貌させます。皆さんもご存じでしょう?」
「天神細道があれば、どんなセキュリティだって易々と乗り越えてどこへでも行ける。召怪銘板には百体以上の妖怪が登録されている」
「童子切安綱は、剣術の心得が全くないボクさえ達人へと変えるほどの妖刀です。そして、その切れ味は空前絶後」
「確かに彼らでは七つ道具のいずれもまともに扱うことはできないでしょう、けれど――だからこそ危険、ということもある」
「いわば、核ミサイルのスイッチを小学生が弄んでいるようなものですからね……」

確かに、狐面探偵七つ道具をあわよくば我がものとしたい――と企んでいる妖壊もどこかにいることだろう。
だが、その横奪はすなわち日本の大妖怪たちとの敵対を意味する。
よほど周到な計画を練りでもしない限りは、いたずらに大妖怪たちの怒りを買って自滅するのがオチだ。
力があり狡猾な妖壊ほど、リスク管理には気を遣う。何千年単位で遠大な計画を練っていた赤マントがいい例である。
逆に、そういった後々のことを考えず欲望とその場の思い付きだけで窃盗に及んだ三人組のお粗末さが浮き彫りになったと言えよう。

>どちらにせよやる事は変わらねぇよ。俺達にテメェの都合を押し付け、挙句に橘音の善意に後足で砂掛けてったんだ
>仕方がないよね。今度はもっと良いものをくれてやらないと

尾弐とポチは三人組は情状酌量の余地なし、という意見で一致したようだ。
ともかく、三人組を速やかに探し出し、狐面探偵七つ道具を奪還したうえでそれ相応の報いを受けさせる。
殺すことはないにしても、向こう数十年は思い知って貰わなければなるまい。

>橘音の知り合いじゃなけりゃ、磨り潰して燃えるごみの日に出して終わるんだがな
>よしきた、すぐに終わらせちゃう?それとも仲間の居場所を吐かせてからにする?

唐突におしかけてきたベリスら天魔たちに対しても、尾弐とポチの意見は変わらない。
面倒ごとには関わりたくない。なんなら排除する。それについては、東京ブリーチャーズのリーダー橘音も意義はなかったが――

>きっちゃーん! 落ち着いて! とりあえず今は敵意は無さそうだから話を聞いてみようよ!

大鎌を振り上げる橘音にみゆきがしがみつき、なんとか取りなす。
橘音は不承不承といった様子で大鎌を下ろした。

「しょうがないですね……。ベリスさん、みゆきちゃんの優しさに感謝してくださいね?」

「そ、それはもちろんでありますぅ〜!神様仏様、みゆきお嬢様〜っ!」

呆れたように溜息をつく橘音をよそに、ベリスはみゆきに向かって正座しながら拝むように両手を擦り合わせた。
天魔のクセに神や仏に縋っているのはこの際目を瞑ることにする。

>過去がどうあろうが、それを引っくるめて今の橘音だ。何があっても嫌いやしねぇよ
>ただ――事実なら年甲斐も無く妬くだろうから、それは許してくれな

「えへ。妬いてくれるんですか?嬉しい!でもご心配なく!ボクはそういうのやってませんからー!」
「ボクの中で記憶をつぶさに見たクロオさんならご存じでしょ?先代と違ってボクは身持ちが堅いんです!」

ふふーん!と橘音は腰に両手を添えてこれでもか!と胸を張った。
それから、もう一度ぎゅーっと強く尾弐に抱きつく。

>……ひゅう、カッコいいねえ尾弐っち

「ウフフ……そうでしょ、そうでしょ。クロオさんは最高にカッコいいんですー!」

ポチの冷やかしも何のその、尾弐にしがみついたまま橘音は嬉しそうに笑った。
それに触発されるように、シロもポチの小柄な身体を抱き締める。

「……わたしの旦那さまも最高にカッコいいですが?」

「そういうのは後でやれ」

さすがに見かねて、天邪鬼が突っ込んだ。

78那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2019/12/08(日) 01:18:18
>橘音の知り合いじゃなけりゃ、磨り潰して燃えるごみの日に出して終わるんだがな
>おっと、一応言っとくよ。『その約束は僕ら東京ブリーチャーズとおミソ三柱の派閥間で交わされた』。
 ……確か、こんな言い回しだったよな。とにかく、覚えておけよ
>仕方ないなあ、昨日君達が壊した店の修繕費を持ってくれるならいいよ!

「し、承知致しましたであります!このベリス、誓って嘘はつかないであります〜っ!」

かつての赤マントの口調を真似るポチの言葉に、ベリスは這いつくばって宣言した。
尾弐がポチに問う。と、その瞬間にポチの姿が掻き消える。
次の瞬間、ポチはベリスの肩に乗っていた。そして鋭い刃物のような爪をちらつかせる。

>――覚えておけ。ヤツらの中に一人、女の格好をした、厚化粧の、いやみって妖怪がいる。
 そいつはもし倒しても殺さずに、僕の元に連れてこい。ご褒美を、くれてやらなきゃいけないんだ
>もし、連れてこなかったら
>お前が、代わりにその褒美を受け取る事になる

底冷えのする声。かつて欧米を震撼させた災厄の魔物『獣(ベート)』の面目躍如だ。
ベリスは顔面蒼白になって震え上がった。

「ひ、ひ、ひ、ひえええええええええええええ!!わ、わか、わかりました!わかりましたであります!必ず必ずぅぅぅ!!」
「この人たち、小官ら天魔よりよっぽど怖いでありますぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

ベリスはガタガタと滑稽なほど全身を震わせ、ガチガチと歯を鳴らしながら恐れおののいている。
そんなベリスの姿に、尾弐から身体を離して腕組みしながら橘音が言葉を投げる。

「じゃ、契約書ください」

「……えっ?」

「えっ?じゃなくて。契約書ですよ、契約書。あ・く・ま・の・け・い・や・く・しょ。もちろん用意するでしょ?」

「そ、そそそそそそそれは……」

契約書。
妖怪は基本的に嘘がつけないものだが、天魔――西洋世界における悪魔など一部の妖怪は例外的に嘘がつける。
それは『悪魔は虚言で人を惑わすもの』という『そうあれかし』が齎した特性である。
が、といって悪魔がまったく信用ならないかというと、そうではない。

『悪魔に真実を語らせるには、契約書にサインさせればよい』――

そんな『そうあれかし』も、悪魔には確かに存在するのである。
中世の魔術師と呼ばれる者たちは悪魔から財宝や智慧を獲得するため、ありとあらゆる手練手管を使った。
悪魔の契約書とは悪魔が人間の魂を得るための不平等条約締結文書――ではない。悪魔にとってもリスクがあるのである。
橘音はベリスにそれを提出しろと言っている。
地獄の大公アスタロトとして、赤マントの直弟子として、その辺りの交渉は心得ている。
人間の弁論家程度なら容易く論破できるベリスの弁舌をもってしても、橘音の舌鋒からは逃れられない。

「どうしたんです?まさか、今までの哀願は全部ウソ、口から出まかせだったなんて言いませんよね?」

「おごごごごごご……」

さっさと寄越せ、とばかりに右手を出す橘音に対して、ベリスは顔色を赤くしたり青くしたりしながら唸った。
悪魔にとって契約書を握られるということは、まさしく生殺与奪の権利を相手に渡すことと同義である。
天魔七十二将に名を連ね、日露戦争などで殺戮の限りを尽くした邪悪なアスタロトしか知らないベリスにとっては大問題であろう。
が、今更やめましたと言えばそれこそポチの爪が降ってくる。ベリスは散々往生際悪く懊悩した挙句、羊皮紙に契約した。

「フム。これでよしっと……あとでロノヴェさんとヴァプラさんにも書いてもらいましょう」

羊皮紙に描かれた文章を一読し、橘音は満足げに頷いた。
くるくると羊皮紙を丸めると、マントの中に収納しようとして――マントを盗まれていたことに気付き、はー。と息をつく。
ともあれ、これでもうベリスは東京ブリーチャーズには逆らえない。
もし契約書の内容に反することをすれば、それこそ『そうあれかし』による自己否定、身の破滅が待っている。

79那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2019/12/08(日) 01:18:33
「と、いうことで――」

橘音は仲間たちとベリスを伴い、都心を離れ奥多摩の山中に来ていた。
祈を除く東京ブリーチャーズの他、ロノヴェが体育座りで待っており、ヴァプラが霧状の身体を所在なさげにゆらゆら揺らしている。
ベリスは最初偉そうに馬に乗っていたが、シロに蹴られて下馬し今は地面に正座させられている。
現在地は拓けた平地になっており、山奥ということもあって人の気配もない。特訓には格好の場所だ。
かつてはスクラップヤードとして使われていた場所なのか、隅に廃車になった乗用車が山と積まれている。

「これからおミソ三柱を鍛え上げ、三バカトリオに対抗できるようにします」

以前の戦い(?)では、おミソ三柱は三バカトリオの妖術(のような何か)にまったく対抗できなかった。(ヴァプラ除く)
まずは、特訓によって三バカへの対抗手段を講じなければならない。

「といって、どうするのだ?悠長に強くなるのを待っていては、あの糞婆に道具を盗まれたのがバレるぞ」

天邪鬼が指摘する。道理である。
特訓とは言っても、そのために費やせる時間は甚だ少ない。もたもたしていてはそれこそ御前に盗難を気付かれる。
そうなってしまえば、東京ブリーチャーズの方が解散の危機を迎えてしまう。

「そちらの方はボクがなんとかします。……なので、一週間。一週間だけ時間を作ります」
「みゆきちゃん、クロオさん、ポチさん、天邪鬼さん、シロさんは、その一週間でベリスさんたちを鍛えてください」
「名付けて『おミソ三柱強化合宿』!この秘密の訓練場で、三バカトリオを上回る力を手に入れるのです!」

そう言って、橘音は大きく右手を振り上げた。
やや離れた場所にはプレハブのような小屋が何棟か建っている。そこで一週間寝食をしろということらしい。

「さっそくですが、カリキュラムを発表します。まずロノヴェさんですが――」

「ウゴ……」

体育座りしたまま、ロノヴェは半開きで涎の垂れた口許をモゴモゴさせて返事らしきものをした。

「オツムの方はもうどうにもならないので諦めます。短所を補うよりは、長所を伸ばしていきましょう」
「クロオさん。彼の筋力をさらに増大させるのです。そして速度も……作戦は『はらだしが踊り出す前に叩き潰す』――」
「踊りを見て笑ってしまうなら、踊らせなければいい。そして一撃で仕留めればいいということです」

以前尾弐が三バカ相手に提案した、軽自動車くらい受け止められるように――という言葉を採用した形だ。
次に橘音はヴァプラを指差す。

「ヴァプラさんは、その気弱で意気地のないところを何とかしましょう。ガッツです、忍耐です、根性です」
「ということで、それはポチさんにお願いします。……根気と持久力と言ったら狼の専売特許でしょう?」

にんまりと、ポチを見て橘音は笑った。

「……よよよよ……よろしく……おねねねねがいしままままますぅぅぅぅぅ……」

ヴァプラの霧状の身体に浮かび上がった老人の顔が、ポチとシロのふたりに向けて蚊の鳴くような声でぺこりとお辞儀をする。
根気とか忍耐とか以前にやっぱり老人虐待のようになりそうな気配だったが、やむを得まい。

「最後に、ベリスさんですが――みゆきちゃん、ボクと一緒に鍛えましょう」

「な、何卒お手柔らかにであります大公……みゆきお嬢様……これ、つまらないものでありますが……ムハハ……」

ベリスはどこからか菓子折りの箱を取り出し、みゆきに差し出した。
さっそく取り入って手心を加えてもらおうとしている。
橘音は右手で額を押さえて嘆息した。そして、ぱっと手を伸ばして菓子折りを奪い取る。

「あっ」

「袖の下は通用しませんよ、ベリスさん。あなたが言い出しっぺなんだ……ビシバシいきますからね」
「みゆきちゃんも、彼を甘やかしちゃいけませんよ?この三柱は今までロクに天魔らしいこともせずに怠けてきた」
「そのツケが今、来ているだけなのですから。厳しくすることこそが愛情です!」

「そ、そんなであります〜……」

ベリスが恨みがましい視線で見るも、橘音は取り合わない。
かくして、東京ブリーチャーズの手でおミソ三柱を鍛え上げる特別強化合宿が始まった。

80那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2019/12/08(日) 01:18:47
プレハブ小屋は存外に設備が充実しており、寝室や食堂、風呂やトイレも用意されていた。
食糧なども充実しており、一週間程度なら余裕で合宿できるであろう。

「妖狐一族の秘密の特訓場です」

とは橘音の弁である。――単なる廃墟で、まったく妖狐っぽさはないが。
なお、シロの強い希望でおミソ三柱はプレハブの外で生活することになった。無情。

「で……クソ坊主。どうするのだ?あのデカブツを一週間で目に見えて強くするというのは骨が折れるぞ」

天邪鬼が尾弐に告げる。
橘音は鬼にロノヴェを鍛えろと言ったが、具体的にどういう特訓をしろ、とまでは言わなかった。
やり方は尾弐の方針による――要するに丸投げである。

「ゥ……」

相変わらず、ロノヴェは体育座りをしている。その眼差しは虚空を見つめており、何を考えているのかは無論分からない。
勿論、何も考えていないのだが。

「あなた、わたしたちもどうしましょう?」

シロもまた、ボンヤリという言葉がこの上なく似合うヴァプラを横目に見ながらポチに訊ねる。
同じ狼や、せめて動物系の妖怪ならまだ鍛えようもあるが、ヴァプラはポチらとは対極に位置するタイプの妖怪だ。
肉体がない以上、走り込みや格闘訓練などといった特訓はできない。
ヴァプラもまた何を考えているのか分からない――やっぱり何も考えていないに違いない――眼差しを宙に泳がせている。
いくら相手が三バカとはいえ、このままでは確実に負けるであろう。
その前に勝ち負けが存在するのかさえ怪しいが。
だが、ロノヴェとヴァプラはまだ与しやすい相手と言えるだろう。
この二柱は頭がお粗末なだけあって素直である。尾弐やポチが何々をやれ、と言えば、文句も言わず従うだろう。

だが――

「まだまだ時間はたっぷりあるであります、急ぐ必要はないであります!果報は寝て待てであります!」
「小官、今日は腹痛がひどくて……。見学ということにさせて頂きたいであります……」
「本日は占いで訓練は凶と出たであります!不吉であります、ここは大事を取って延期を具申するであります!」

ベリスは違った。
みゆきや橘音がベリスを特訓しようとすると、ベリスはその都度理由をつけて特訓から逃げようとした。
他にも、

「プライベートな都合で……」
「宗教上の理由で……」

など、よくもこんなに次から次へとサボる理由を思いつくものだと感心するほどである。
もっとも、そんな理由を口にするたびベリスは笑顔の橘音に横っ面を叩かれ、三回転半して地面を舐めることになるのだが。

「ホント、この人は……!」

筋金入りのダメ天魔ぶりに、橘音は憤慨した。
しかし、匙を投げることはできない。東京ブリーチャーズ的にもベリスには強くなってもらわなければならない。

「みゆきちゃん、彼の腐った性根を徹底的に叩き直す方法を考えなくてはなりません」

橘音が言う。

「何か、アイデアはありませんか?ボクが考えると、どうしてもこう……天魔式のエグいやり方になってしまいますので……」

優しいみゆきのことだ、どんなに厳しくしようとしても限界があるだろう。
そんなみゆきのアイデアに自分の苛烈すぎるアイデアを加え、バランスを取った特訓方法を採用する――
橘音の作戦とは、そういったものだった。

81御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2019/12/12(木) 01:06:22
>「ひ、ひ、ひ、ひえええええええええええええ!!わ、わか、わかりました!わかりましたであります!必ず必ずぅぅぅ!!」
>「この人たち、小官ら天魔よりよっぽど怖いでありますぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

「ごめんね〜、ちょっと今王道主人公枠が不在でパワーバランスが崩れてて……。
大丈夫だから! 前に襲撃にきた天魔の猫さんとかハトさんとかカラスさんとかちゃんと保護されてるから。
……あれ!? 童ってこんなポジションだったっけ!?」

みゆきは、面倒事を物理的に解決しようとする周囲に対して止め役に回っている自分に驚いている。
まあ、おミソを相手にするという今までにないシチュエーションなのでそんな事もあるのかもしれない。

>「じゃ、契約書ください」
>「……えっ?」
>「えっ?じゃなくて。契約書ですよ、契約書。あ・く・ま・の・け・い・や・く・しょ。もちろん用意するでしょ?」
>「そ、そそそそそそそれは……」

橘音は、ベリス達に強制的に契約書にサインさせた。
悪魔は一般妖怪と違って嘘がつけるが契約書には逆らえない。
人間も口約束はあって無いようなものだが契約書はそれなりに効果があるらしいので、
人間はどちらかというと一般妖怪よりも悪魔に似ているのか――
否、全ての妖怪は人間の『そうあれかし』から生まれているとすれば逆、悪魔が人間に似ているのか?
そんなことを考える。
何はともあれ、無事に(?)契約書は交わされ、おミソ三柱の秘密特訓が始まることになった。

>「と、いうことで――」
>「これからおミソ三柱を鍛え上げ、三バカトリオに対抗できるようにします」

「なんかバラエティ番組の企画みたいだね! 大改造悪魔的!ビフォーアフター!」

と、一人で盛り上がっているみゆき。パチパチパチ、と拍手の音が山中に虚しく響く。
ところでどうして今回はやたらみゆきの姿をしている率が高いのかって?
ノエルは人類の敵たる災厄の魔物でありながらその立場を裏切り人間の味方に転化した特殊な存在である。
不必要に乃恵瑠(ちょい本気)や増して深雪(ガチ本気)の姿をしていて
日照りの災厄の魔物にでも目を付けられてSnowWhiteの周囲だけ連日真夏日になったら困る。
このところは一時期のような常識外れの強敵は出てこないので、ノエル(日常形態)よりは大きな妖力が使える程度のみゆきが丁度いいのだ。
あとは、今回は本物の美少女枠が不在のため画面に華を添えるためという大人の事情もあるのかもしれない。
(橘音は本当は美少女(※外見年齢)だがぱっと見男装である)

>「といって、どうするのだ?悠長に強くなるのを待っていては、あの糞婆に道具を盗まれたのがバレるぞ」
>「そちらの方はボクがなんとかします。……なので、一週間。一週間だけ時間を作ります」
>「みゆきちゃん、クロオさん、ポチさん、天邪鬼さん、シロさんは、その一週間でベリスさんたちを鍛えてください」
>「名付けて『おミソ三柱強化合宿』!この秘密の訓練場で、三バカトリオを上回る力を手に入れるのです!」

>「さっそくですが、カリキュラムを発表します。まずロノヴェさんですが――」
>「ウゴ……」

82御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2019/12/12(木) 01:07:32
「妙に静かに座ってるなぁとは思ったけど……君、もしかして喋れない系天魔だったの!?」

>「オツムの方はもうどうにもならないので諦めます。短所を補うよりは、長所を伸ばしていきましょう」

「激しく同意!!」

>「クロオさん。彼の筋力をさらに増大させるのです。そして速度も……作戦は『はらだしが踊り出す前に叩き潰す』――」
>「踊りを見て笑ってしまうなら、踊らせなければいい。そして一撃で仕留めればいいということです」

なるほど確かに、筋力を伸ばすなら無双の怪力を持つ尾弐が適任だろう。

>「ヴァプラさんは、その気弱で意気地のないところを何とかしましょう。ガッツです、忍耐です、根性です」
>「ということで、それはポチさんにお願いします。……根気と持久力と言ったら狼の専売特許でしょう?」

「うんうん……ん? まあいっか」

ポチは肉体に重きを置く動物系妖怪で、ヴァプラは実体を持たない霧の魔物。
どちらかといえば精霊系妖怪である自分の方が適任なのでは? と思うみゆき。なんだか雲行きが怪しくなってきた。
が、きっちゃんの人選だから間違いはないだろう、と納得してしまった。

>「最後に、ベリスさんですが――みゆきちゃん、ボクと一緒に鍛えましょう」
>「な、何卒お手柔らかにであります大公……みゆきお嬢様……これ、つまらないものでありますが……ムハハ……」

「うわぁ、くれるの!? ありがとう!」

嬉し気に菓子折りを受け取ろうとするみゆき。が、橘音に素早く奪取された。

>「あっ」

「あっ」

>「袖の下は通用しませんよ、ベリスさん。あなたが言い出しっぺなんだ……ビシバシいきますからね」

「あっ、聞いた事ある! 人間界でよくある賄賂ってやつだよね!」

>「みゆきちゃんも、彼を甘やかしちゃいけませんよ?この三柱は今までロクに天魔らしいこともせずに怠けてきた」
>「そのツケが今、来ているだけなのですから。厳しくすることこそが愛情です!」

天魔らしいこと=大量破壊や大量虐殺 なのではないか、と思うみゆきだったがそこは敢えて突っ込まないでおいた。
プレハブ小屋は思ったより設備が充実していた。

「すごいね、こんなところよく知ってたね!」

>「妖狐一族の秘密の特訓場です」

>「で……クソ坊主。どうするのだ?あのデカブツを一週間で目に見えて強くするというのは骨が折れるぞ」
>「あなた、わたしたちもどうしましょう?」

83御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2019/12/12(木) 01:09:06
尾弐組とポチ組が何も考えてなさそうな二柱をどう鍛えようかと頭を捻っている。

「よーし、童達も早速始めよう!」

>「まだまだ時間はたっぷりあるであります、急ぐ必要はないであります!果報は寝て待てであります!」

「時間無いし急がないと駄目だよ! タマちゃんにバレる前に道具を取り返さないといけないんだから!」

>「小官、今日は腹痛がひどくて……。見学ということにさせて頂きたいであります……」

「絶対嘘でしょ!」

ベリスが口実をつけて特訓から逃れようとする度にみゆきが言葉でツッコみ、橘音が肉体言語でツッコむが、一向に懲りる様子はない。

>「ホント、この人は……!」
>「みゆきちゃん、彼の腐った性根を徹底的に叩き直す方法を考えなくてはなりません」

「こうなったら奥の手だ……!」

みゆきはある人物へ電話をかけた。
それはヘタレの修行経験があって大妖怪でありながら御前等の日本の妖怪界を牛耳る勢力とは一線を画していて七つ道具が盗まれたことがバレても問題ない人物――

「もしもし、お母さ〜ん? え、何? 映画の宣伝で忙しい? ……うん、分かった……」

みゆきはしょんぼりしながら電話を切った。

「ごめん、駄目だった……」

何の映画か、とか踏み込むと色んな意味で危ない気がするので踏み込めなかったのだ。
もしかして2作目がヒットして3作目以降も作られたのかもしれない。何の映画かは分からないが。
そんなことをしている間に日が暮れてきた。

「諦めるのはまだ早い! 童に考えがある! 名付けて、押して駄目なら引いてみろ作戦!」

夜の帳が降りた頃――仕方なく外で過ごしているベリスにみゆきが歩み寄っていく。

「ごめんね〜、協力してもらうのにこんな扱いで……。シロちゃんには誰も逆らえないんだ」

そして、隣に腰かけた。

「童がこんなこと言うのは立場上何だけど……どうしてそんなに強くなりたいの? おミソだって別にいいじゃん! 味噌って美味しいし!
童はね、理由はどうあれ天魔らしいことをしてきてないのはいい事だと思うよ。
たとえヘナチョコでどっちの陣営にも相手にされなかったからにしてもさ」

ふと、みゆきの表情に影が差す。

「童は強大な力を持って生まれたばっかりに大災害を引き起こした……」

84御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2019/12/12(木) 01:10:35
強大な力とは単に便利な道具ではない諸刃の刃なのだ。
アスタロトの強大な力を得てしまったゆえに天魔として大量虐殺を行い、罪の意識に苛れている橘音。
自らの中の獣《ベート》と必死に折り合いを付けているポチ。
酒呑童子の力を宿してしまったばかりに千年の苦しみを味わった尾弐。
そして、人一人の身に余る力を授かってしまった祈――

仲間達のことに想いを馳せつつ、元の調子に戻って続けるみゆき。

「力を持ってなければ戦いと無縁でいられて誰も傷つけずに済む。それって、実はすごく幸せなことなんじゃないかな。
君達がヘナチョコだったお陰で昨日も怪我人が出ずに済んだしね!
現世で生きるのは天魔には厳しすぎるって言ってたけどさ……君は充分人間界で平和的にやっていけると思う。
あのオツムが残念……じゃなくて純粋な性格の二柱に懐かれてるみたいだし本当は優しいんじゃない?
口の上手さできっちゃん相手には敵わなくてもそこらの人間相手ならきっと楽勝だよ。
セールスマンにでもなったらトップ狙えるでしょ!
だからね……無理に頑張って強くならなくてもいいと思うんだ」

そこまで言って立ち上がったみゆきはプレハブの方に帰りかけて、思い出したように振り向いて口の前に人差し指を立てる。

「あ、童が言った事、きっちゃんには秘密ね。怒られちゃう!」

そう言い残し、みゆきは今度こそプレハブに帰っていった。
ベリスは、自分から鍛えてほしいと懇願しながらいざ特訓となると逃げ回るあたり、ある意味人間よりも人間っぽい。ダメ人間的な意味で。
そこに目を付けたみゆきは、「宿題やりなさい!」と言われるほどやりたくなくなる心理を逆手にとった作戦に出たのだった。
もしも素直に納得してしまったら話が終わってしまうイチかバチかの作戦だが、果たして功を奏すのか――!?

「これで明日からやる気になってくれるはずだよ」

戻ってきたみゆきは、何故か自信満々で橘音に告げた。ちなみにその自信の根拠は無い。
そして、台所ではハクトが飴を大量に製造している。特訓開始に備えた、次の作戦の準備だ。

「順調みたいだね、あとは……」

みゆきは理性の氷パズルをとある武器の形に変形させる。出来上がったのは、いい感じに刺々しい氷の鞭。

「きっちゃん、これちょっと持ってみて。似合う似合う!
童が飴をあげてきっちゃんがムチを振るうの。名付けて飴と鞭作戦!」

みゆきは、人間界でよく使われる慣用句をリアルに再現することによってその言葉が持つ力を借り受けるという、
奇しくも橘音の狙いそのまんま過ぎる作戦を実行しようとしていた。

「ん、待てよ? アスタロトverのエロコスの方がもっとそれっぽくなって効果が上がるかも……!?」

思いつかなくていいことを思いついてしまったみゆきであった。

85尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2019/12/15(日) 20:28:14
>「――覚えておけ。ヤツらの中に一人、女の格好をした、厚化粧の、いやみって妖怪がいる。
>そいつはもし倒しても殺さずに、僕の元に連れてこい。ご褒美を、くれてやらなきゃいけないんだ」
>「じゃ、契約書ください」
>「ごめんね〜、ちょっと今王道主人公枠が不在でパワーバランスが崩れてて……。
>大丈夫だから! 前に襲撃にきた天魔の猫さんとかハトさんとかカラスさんとかちゃんと保護されてるから。
>……あれ!? 童ってこんなポジションだったっけ!?」

「橘音とポチ助の二人相手ってのは、オジサンも流石に同情……いや、しねぇな」

静かに身を切り命を食むようなポチの底冷えする怒り。
もがく程に皮膚を裂く薊の如き那須野橘音の要求(きょうはく)。
それらにまともに向き合わなければならない天魔達に、尾弐が同情を――抱かない。
故に、天魔達にとってせめてもの精神的な救いは、この場にノエルが居る事だけだった。

閑話休題(それはさておき)

かくして悪魔達と東京ブリーチャーズの契約は結ばれ、僅かな時を経て場面は流転する。

――――――――――――

>「みゆきちゃん、クロオさん、ポチさん、天邪鬼さん、シロさんは、その一週間でベリスさんたちを鍛えてください」
>「名付けて『おミソ三柱強化合宿』!この秘密の訓練場で、三バカトリオを上回る力を手に入れるのです!」

移動時間にして約2時間。道中のやりとり諸々は割愛し、場所は奥多摩。
自然が色濃く残るその土地で今、那須野橘音主導の天魔達への強化プログラムが実行に移されようとしていた。

>「さっそくですが、カリキュラムを発表します。まずロノヴェさんですが――」
>「オツムの方はもうどうにもならないので諦めます。短所を補うよりは、長所を伸ばしていきましょう」
>「クロオさん。彼の筋力をさらに増大させるのです。そして速度も……作戦は『はらだしが踊り出す前に叩き潰す』――」
>「踊りを見て笑ってしまうなら、踊らせなければいい。そして一撃で仕留めればいいということです」

「あいよ、了解だ。誰かに何かを教えるなんざ、外道丸以来だが……まあ、せいぜい頑張らせて貰うぜ」

その中で尾弐に任されたのは、天魔が一柱であるロノヴェへの教導。
はらだしの踊りの影響を受ける前に、迅速なる一撃を以って相手を叩き潰す……簡単な様でいて困難な案件。
暫くの熟考の後に、尾弐は外道丸と一緒に特訓場へと向かって行くのであった。

86尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2019/12/15(日) 20:29:18
>「で……クソ坊主。どうするのだ?あのデカブツを一週間で目に見えて強くするというのは骨が折れるぞ」

「一週間なんざ、人間基準でもあっと言う間だからな。真っ当に鍛えて強くするには足りな過ぎらぁな」

特訓場の端。那須野とノエル、ポチとシロ。彼等彼女等から丁度死角となる場所へと移動した尾弐は、問いかける天邪鬼の言葉に欠伸をしつつ答える。
難題を与えられているにも関わらず、その態度には思案や困惑の色などが一切見えない。
それを怠惰と取るか、或いは余裕と取るかは見る者に寄って判断の別れるところであるが、天邪鬼から向けられる怪訝な視線もどこ吹く風。
尾弐はそのまま虚空を見つめるロノヴェの傍へと近づくと

「ポチ助への攻撃を見た限り、腕力と頑丈さが十分に備わってそうなのは幸いだったな」
「それじゃあまあ、とりあえず―――『立て』!」

喪服のポケットに手を突っ込んだまま、いきなりロノヴェの顎を上に向けて蹴り上げた。
悪鬼としての強靭な膂力は、ハンマーを岩に叩き付けた様な鈍い打撃音を鳴らしながらロノヴェの体を宙に浮かせ、数秒後に着地したロノヴェは見事に起立した姿勢となる。
並みの妖怪であれば、首が空高く千切れ飛んでいる一撃であったが、おミソと呼ばれようと天魔に名を連ねる者。
突然の襲撃を受けた事で痛痒こそ覚えたであろうが、後遺症が残るような怪我を負っている様子は無い。
ロノヴェの耐久力を確認した尾弐は、おもむろにポケットから右手を抜き出すと、ロノヴェの頬面へ向けて拳を振り抜いた。

「指示を受けたら『はい』と返事をしねぇか!!」

尾弐の言動を眺め見ていた天邪鬼は、ここで彼が行おうとしている事を察したのだろう。
半身を引き口の端を引き攣らせつつ……ドン引きしつつ、それでも確認の為に尾弐に声を掛ける

「……おい、クソ坊主。鍛えるにしても、『その』やり方は余りに原始的過ぎであろう。知性は何処へ行った」

天邪鬼の言葉を受けた尾弐は、手に付いた汚れを掃いつつ、首だけを動かし天邪鬼と視線を合わせた。

87尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2019/12/15(日) 20:31:45
「知性で鍛えて育つのは、それなりに知性の有る奴だけだ」
「馬鹿は知性と優しさだけじゃ育たねぇ。暴力と飴を喰らわせて、体で学ばせるくらいが丁度良いんだよ」

そう、尾弐が行おうとしている事は至極単純。
時代錯誤も甚だしい、問答無用の体罰による教育である。

「天魔、これから俺が言葉を言ったら、何も考えずにその通りに動け」
「出来なかったら殴る。何度でも蹴り倒す。だから死に物狂いで体で覚えろ」
「嫌になったら俺を殺しに来い――――この世界発生した事を後悔する程に叩き潰してやる」

ロノヴェが尾弐の言う事を理解しているかの確認すらしない。

「覚悟しろ。お前さんを泣いたり笑ったりできねぇ、一人前の戦闘妖怪にしてやる――――そら『座れ』!」

言葉と同時にロノヴェの頭に拳を叩きつけ、膝を地に付けさせる尾弐。
そんな正に悪鬼と言うべき所業を行う尾弐を見つつ、天邪鬼は小さく息を吐く。
……それでもこの場で即座に制止しないのは、尾弐が行っている事の意味をその頭脳で早々に察知しているが故。

とある格闘技の訓練で、技の一つ一つ数字を割り振り、トレーナーが読み上げる数字の通りに技を繰り出すという物がある。
訓練の初めは思考と数字の不一致により困惑するが、回数を重ねるに連れ思考速度と反射神経は格段に向上していき、やがて数字を想起するだけで、考えるよりも先に反射的に技を繰り出せるようになるというものだ。
尾弐の訓練は、その格闘技の訓練法と、軍隊で行う絶対服従の教導法、野生動物への調教術の合わせ技なのである。

笑わされてしまうなら、感情よりも更に早く反射的に倒せば良い。
頭が弱いのであれば、難しい事を教えずやるべき事だけに特化させればいい。
痛みと恐怖は歌よりも遥かに昏く言語を超越し、学習を強制させる。
尾弐への怒りで反撃をしてみせれば、それは限界を越えた力の発露へも繋がる筈だ。

野蛮で原始的。真っ当とはとても言い難い邪法であるが、だからこその効果は確かに有る。

「外道丸。すまねぇが、この天魔が折れそうになったら『飴』を与えてやってくれ。クーラーボックスに幾つか作った料理と菓子を詰めてきてる」

最後に、外道丸に飴と鞭の『飴』役を務めて貰う様に小声で頼むと、尾弐はロノヴェへの苛烈な訓練を再開するのであった。
その様子を言葉で現すのであれば


―――――まさに、尾弐(おに)軍曹


お粗末。

88ポチ ◆CDuTShoToA:2019/12/19(木) 04:02:55
>「ひ、ひ、ひ、ひえええええええええええええ!!わ、わか、わかりました!わかりましたであります!必ず必ずぅぅぅ!!」

「うるさいなぁ。静かにしなよ。あんまり騒ぐと、僕の手が滑りかねない」

>「この人たち、小官ら天魔よりよっぽど怖いでありますぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

「耳が悪いのかな。それとも頭が?ああ、いいや。君にならって、滑らせるのは口にしよう」

ポチが牙を剥く。
直後に橘音が契約書の件に話を移さなければ、ベリスの耳は齧り取られていただろう。

>「と、いうことで――」

ともあれ、話はまとまった。
ブリーチャーズは奥多摩の山中にておミソ三柱を鍛えてやる事になった。

>「これからおミソ三柱を鍛え上げ、三バカトリオに対抗できるようにします」

「まぁ、あの厚化粧のにおいを間近で嗅がずに済むなら、試してみる価値くらいはあるかもね」

>「といって、どうするのだ?悠長に強くなるのを待っていては、あの糞婆に道具を盗まれたのがバレるぞ」
>「そちらの方はボクがなんとかします。……なので、一週間。一週間だけ時間を作ります」

「流石に短すぎない?『獣(ベート)』の親戚を三匹探してくる方が現実味がありそうだけど」

>「みゆきちゃん、クロオさん、ポチさん、天邪鬼さん、シロさんは、その一週間でベリスさんたちを鍛えてください」
>「名付けて『おミソ三柱強化合宿』!この秘密の訓練場で、三バカトリオを上回る力を手に入れるのです!」

「……結構ストレートなネーミングだね」

>「ヴァプラさんは、その気弱で意気地のないところを何とかしましょう。ガッツです、忍耐です、根性です」
>「ということで、それはポチさんにお願いします。……根気と持久力と言ったら狼の専売特許でしょう?」

橘音がいかにも腹黒そうな笑みをポチに向ける。

>「……よよよよ……よろしく……おねねねねがいしままままますぅぅぅぅぅ……」

「……正直、僕も音を上げずにいられるか不安だけど」

あまりにも頼りないヴァプラの様子に、ポチがぼやいた。
とは言え――子犬が狼になるには一週間は短すぎるが、
気の持ちようならば、たった一晩で作り変える事だって不可能ではない。
それはポチも経験してきた事だ。
幸いな事に、人里離れた山中でありながら、ここには生活基盤がしっかり揃っている。

>「妖狐一族の秘密の特訓場です」

とは橘音の談だ。
この山は人間に認知され、恐らく人間社会のシステムで管理されていながら、しかし妖狐の土地として機能している。
それはポチにとって非常に興味深い事だったが――今考えるべき事は、それではない。

>「あなた、わたしたちもどうしましょう?」

「……橘音ちゃんが僕を指名した以上、そこにはちゃんと理由があるはずだ。
 まずは、そこから考えていかないと……体を鍛えさせても、意味はなさそうだし」

ノエルはヴァプラの担当にやや違和感を覚えているようだったが、そこは橘音の考える事だ。
何か意図があるに違いない。
あるいは、あのバカ三人組からバカが感染ったかだ。
後者である場合つける薬はないのでお手上げだ。
よってポチは、ひとまずは前者である事を前提にものを考える事にした。

89ポチ ◆CDuTShoToA:2019/12/19(木) 04:04:38
「そもそも……」

ポチがヴァプラの顔面を爪で引き裂く。
当然、ヴァプラは無傷だ。少なくとも身体的には。
メソメソ泣き出す事はあるかもしれないが。

「ヴァプラ君だったっけ。別に、弱くないよね。
 僕は結構、体張らないとままならない時もあるけどさ。
 君ならまず、そんな事にならないし」

少なくともダメージを受けないという時点で、肉弾戦において負けがないのだ。
先日の戦闘では冷気によって液化させられてはいたが、
元々霧状に散っているヴァプラが、液化した状態で何をされたとて、手傷にはなるまい。
完全に冷凍されて、そのまま冷蔵庫に放り込まれでもしたら、分からないが。

「……ああ、なるほど。だからノエっちじゃなくて僕なのか?」

腕組みをして、首を傾げていたポチはそう呟くと、再びヴァプラを見上げた。

「ようし、分かった。とりあえず……ヴァプラ君、君がどれくらい体を広げられるのか見たい。
 SnowWhiteを満たせるくらいには広げられたよね。それ以上は?僕らの周りを包んでみてよ」

周囲が霧に包まれていく中、今度はシロを見つめた。

「さて、それじゃ……まだまだ時間はあるし。少し遊ぼうよ、シロ。追いかけっこでもしようか。捕まえてごらんよ」

ポチが戦闘態勢を取る。
少しばかり、お遊びでじゃれ合おう、と言っているのだ。
とは言え、ポチとシロにとってはお遊びとは、つまり並の妖怪では目にも留まらぬ攻防だ。

「ああ、ヴァプラ君。君はどこにも逃げたりしちゃ、ダメだからね」

周囲に広がっているヴァプラは、当然それに巻き込まれる。
臆病で意志薄弱なヴァプラは当然、恐怖するだろう。
だが――彼がどれほどバカでも、やがては気づくはずだ。
自分の体が、負傷とはおよそ無縁であるという事に。

つくづく恵まれた体質だ。
だが、それもすぐに戦意喪失してしまうような薄弱な意志では活かしようがない。
だからこそ、橘音はノエルではなくポチを彼の担当にしたのだろう。

90ポチ ◆CDuTShoToA:2019/12/19(木) 04:07:53
「……どうだい、ヴァプラ君。君は、君が思ってるほど弱くないだろ。
 折角、便利な体を持ってるんだからさ――自信を持ちなよ」

呼びかけるポチの声は存外、穏やかだった。
ベリスはどうしようもない大嘘つきらしいが、それでも少しくらいは、本当の事だってあるはずだ。
少なくとも、ヴァプラはこの特訓から逃げようとはしない。
契約書があるとは言え、ブリーチャーズの邪魔をしないという事と、逃走を図る事は矛盾しない。
ならば――天魔らしくありたい。誇りを持ちたい。
その気持ちは、もしかしたら本当なのかもしれない。

そしてその気持ちは――かつて、ポチが抱いていたものと同じだ。
自分で自分を肯定出来ない事が、どれほど辛い事か、ポチは知っている。

(……それに、それすら嘘なんてナメた真似されたら、その時ぶっ殺せばいいしね)

などと考えてもいるが、逆説、そうなるまでは面倒を見てやろうと、ポチの思考はそんな結論に至った。

「どう?少しは自信がついた?」

やがてじゃれ合いは、恐らくはポチの負けという結果で終わる。
そうするとポチは、ヴァプラに尋ねた。

「……でも、これはまだまだ序の口だよ。次は、そうだなぁ。
 瓶詰めにして冷やしたり、火にかけたりしてみよっか。
 あ、風で吹き飛ばしたりもしてみたいなぁ」

そして、平然とそう続けた。
ポチは、別に嫌がらせがしたくてこんな事を言っている訳ではない。
ただ単に「天魔として恥ずかしくない強さ」に鍛え上げるという事に、真剣なだけだ。

「電気を流したりも出来ないかなぁ。橘音ちゃんに後で聞いとくよ。
 体をどれくらい自分の意志で操れるかとか、顔以外に何を映し出せるのかとか。
 確かめたい事が沢山あるんだよね」

故にヴァプラが弱音を吐こうとも、言った事が出来なくとも、見放す事はない――それがどれほど残酷な事か。



「――じゃ、火を点けるよ。大丈夫だって。沸騰したって水は水さ。死にやしないよ」

「――ノエっちは夏だからって溶けたりしないんだよね。
 君も、冷やされたからって液化しないでいられないかな。
 いや、きっと出来るよ……という訳で、試してみようか。出来るまで」

「電気は流石にヤバそう?大丈夫。『獣(ぼく)』の妖力は、きっと君らと相性がいいから。
 もし本当にヤバいなら、それこそ今の内に試しておかないと……ね!」

ヴァプラは、きっと思い知る事になる。

91那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/01/06(月) 22:48:37
東京ブリーチャーズによるおミソ三柱の特訓は熾烈を極めた。
尾弐の選択した方法は、まさしくスパルタ式の鬼軍曹的教育法である。

>それじゃあまあ、とりあえず―――『立て』!

尾弐の強烈な蹴り上げによってだらしなく地面に座り込んでいたロノヴェの巨体は宙を舞い、しかる後に直立で着地した。
並の妖壊なら致死性の一撃だが、そこは頑丈さに定評のあるロノヴェである。
顎をしたたか打たれたというのに、相変わらず表情はボンヤリしていた。
間髪入れず、尾弐はロノヴェの横っ面に強烈な裏拳を見舞う。

>指示を受けたら『はい』と返事をしねぇか!!

「……ぅ」

バゴォン!という人体を殴打したとは思えない硬質な音が鳴り響く。
しかし、やはりロノヴェにダメージを受けたような様子はない。呆れるばかりの頑健ぶりだ。

>知性で鍛えて育つのは、それなりに知性の有る奴だけだ
>馬鹿は知性と優しさだけじゃ育たねぇ。暴力と飴を喰らわせて、体で学ばせるくらいが丁度良いんだよ

尾弐の特訓法は、きわめて原始的かつシンプルなもの。
つまり、パブロフの犬的な反射による教程――ということであった。
どうせオツムがお粗末なのであれば、いっそ脳を使用することを完全にやめさせてしまえばよい。
頭で考えようとするから隙が生まれる。頭でなく身体に徹底的に覚え込ませることで、瞬発力と踊りに惑わされない攻撃を培う。
人道的見地から言えば到底許容できるものではなかったが、なにせ相手は天魔である。人道もへったくれもない。
耐久力だけはピカイチなので、どれだけ暴力的な教育をしても壊れることはない。
ついでに頭が鈍いので、虐待だ!とか横暴だ!などと不平不満を口にすることもない。
まさに、尾弐の採った教育方針は最適解という他ないだろう。

>外道丸。すまねぇが、この天魔が折れそうになったら『飴』を与えてやってくれ。

「……サーカスの猛獣でも、もう少しマシな調教を受けると思うが……ま、やむを得まいな」

クーラーボックスの蓋を開けながら、天邪鬼は意地の悪い笑みを浮かべた。明らかに楽しんでいる。
その後も尾弐の体罰とも折檻ともつかぬ特訓は続いた。
三日目くらいまでは、ロノヴェは相変わらずボンヤリしたままで尾弐の拳をなすすべもなく喰らっていた。
が、さすがに四日目くらいになると反応を示すようになり、緩慢ではあるものの尾弐の指示に従うようになってきた。
ロノヴェが相対すべきはらだしの妖力(?)がその効果を発揮するまでには、3つのフェイズがある。

フェイズ1は「おぉ〜い、はらだし様のおんもしれぇ踊り、はっじまっるぞ〜」と皆の耳目を集める行為である。
言うまでもなく、はらだしが踊ったところで誰も見ていないのであれば意味がない。
はらだしは自分の踊りを見てもらうため、最初に皆の注目を集めなければならないのだ。これは絶対の行為である。

フェイズ2は、音楽をかける。
はらだしの滑稽な踊りは踊り単体でもそれなりの効果を持つが、素っ頓狂な音楽と組み合わせることにより相乗効果を発揮する。
音楽はスマホで再生している。はらだし本人もしくは周囲の尻目ないしいやみが音楽を再生するという行動が必須である。

フェイズ3が、踊る。
踊られればたちまち効果が発揮されるが、耐性がある者は抵抗することができる。
しかし、INTの値が低かったり単純に娯楽をあまり知らなかったりすると、踊りは愉快なものとして覿面な効果が出る。

ロノヴェはこのフェイズ1〜2の間にはらだしを仕留めなければならない。フェイズ3に移行されれば負けだ。
尾弐の特訓の甲斐あって、特訓六日目にはロノヴェは凄まじい反射行動を身に着けることができた。
尾弐の決めた簡単なハンドサインや掛け声だけで、即座に対応したアクションを取ることが可能になったのである。

七日目。
尾弐の短い指示に反応し、ロノヴェが棍棒を振り下ろす。的として使っていた廃車が棍棒の一撃を食らって木っ端微塵になる。
その指示と行動の間にタイムラグはほとんどない。まさに阿吽の呼吸だ。
ロノヴェは平素は相変わらずボンヤリしているが、しかし尾弐が指示を飛ばすと瞬間的に目的の行動をとるようになった。
文字通り身体を張った教育によって、肉体の芯まで訓練が行き届いている証拠である。
この特訓の成果を実戦に持ち込めれば、はらだしはフェイズ1完遂前に棍棒に叩き潰されのしイカとなることであろう。

「成し遂げたか。いや、大したものだ。今回は兜を脱いだぞ、クソ坊主」

天邪鬼が腕組みして眺めながら、ヒュゥ、と口笛を吹く。
確かに、尾弐とロノヴェはやり遂げた。……ただし、それはあくまで『尾弐が命令したとき』に限られる。
天邪鬼や他のメンバーが尾弐と同様のハンドサインや掛け声をしたところで、ロノヴェはまったく反応しなかった。
ポ〇モン・ロノヴェとポケ〇ンマスター・尾弐黒雄の誕生である。

92那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/01/06(月) 22:48:53
ポチは何を思ったか、突然鋭い爪でヴァプラの顔面を引き裂いた。
ざばん、と見事にヴァプラの顔は細切れになったが、そもそも霧である。すぐに元に戻った。

>ヴァプラ君だったっけ。別に、弱くないよね。
 僕は結構、体張らないとままならない時もあるけどさ。
 君ならまず、そんな事にならないし

「ぅぅぅぅぅ……?」

ヴァプラは不得要領に漂っている。

>ようし、分かった。とりあえず……ヴァプラ君、君がどれくらい体を広げられるのか見たい。
 SnowWhiteを満たせるくらいには広げられたよね。それ以上は?僕らの周りを包んでみてよ

「は、はいいぃぃぃぃぃぃ……」

ポチの要望に、ヴァプラは大人しく頷くと徐々に肉体を拡散させ始めた。
5分程度経った頃には、ヴァプラの霧は橘音の用意した特訓場全体を覆うほどに拡がり、乳白色の靄が視界に薄く膜を張った。
それから、ポチは傍らに佇んでいるシロを見た。

>さて、それじゃ……まだまだ時間はあるし。少し遊ぼうよ、シロ。追いかけっこでもしようか。捕まえてごらんよ

「……ふふ。分かりました、あなた。遊びましょう……でも、手加減は致しませんよ?」

戦闘態勢を取ったポチを見て、シロはすぐにその意図を察した。少し距離を取り、それから自身も片膝を高く掲げて構えを取る。

>ああ、ヴァプラ君。君はどこにも逃げたりしちゃ、ダメだからね

「……ひ……ひぃぃぃ……?」

「では――往きます!」

だんっ!!!

ワケが分からない、とばかりに狼狽するヴァプラをよそに、シロが地面を強く蹴ってポチへと突っかける。
ぼっ!!と音を立て、ヴァプラの霧を突き破ってシロの右掌底が爆速でポチを狙う。
遊びだからと言って、手加減はしない。やるからには本気だ。
獣の遊び、じゃれ合いは、そのまま狩りの実戦訓練でもあるのである。

「ひぇぇぇ……ひぃぃぃぃぃぃ……」

自分の身体の中でポチとシロが恐るべき速度で立ち回り、目まぐるしく位置を入れ替えながら追いかけっこを繰り広げる。
ポチの思った通り、ヴァプラは滂沱のように涙を流して怯えた。
霧の中で老人の顔を動かし、逃げ場を探すものの、今や自分の身体は特訓場全域を覆っている。逃げ場はどこにもない。
結局、ヴァプラは泣きながらポチとシロの追いかけっこを凝視する羽目になった。
が、それも二時間ほどが経過すると徐々に変わってくる。
最初はただただ恐ろしいとばかりにおののいていたヴァプラだったが、戦いに慣れて来たのか涙が徐々に収まってきた。
うめき声もだんだんと小さくなり、最終的にヴァプラは何も言わなくなった。
ポチとシロがどれだけ身体の中で激しく動き回ったところで、自分には何の影響もないということを遅まきながら悟ったのだ。

>……どうだい、ヴァプラ君。君は、君が思ってるほど弱くないだろ。
 折角、便利な体を持ってるんだからさ――自信を持ちなよ

「……は……はぃぃぃぃぃ……」

ポチの優しい物言いに、ヴァプラは安心したようだった。
が、もちろんそれだけで特訓が終わりなワケがない。

>……でも、これはまだまだ序の口だよ。次は、そうだなぁ。
 瓶詰めにして冷やしたり、火にかけたりしてみよっか。
 あ、風で吹き飛ばしたりもしてみたいなぁ

「ぅ……ぅひぃぃぃぃぃぃぃ……?」

ポチの提案は、そのまま『今言ったことは全部試すぞ』という意思表示。
それから七日目の朝まで、ヴァプラはたっぷりとポチの実験台になった。

幾多の実験を通して分かったことは、ヴァプラの特性は自然界に存在する霧に極めて酷似しているということであった。
瓶詰めにして冷やされれば凝結してしまい、身動きが取れなくなる。逆に火にかければ気体となり、膨張する。
風にはめっぽう弱い。電気も通り、電撃に対してはダメージを受けてしまう。
身体の伸縮はかなり融通が利き、特訓場(学校の校庭程度)ならくまなく覆えるし、小瓶程度に入ることもできる。
訓練が必要そうだが、霧の濃度や光の屈折率を変えれば顔以外の任意のものを映すこともできそうだ。
もちろん、物理攻撃は効かない。畢竟、ヴァプラは使いこなせばかなり強力な能力の持ち主であった。
幾多の実験によって弱点と強みとをたっぷり教え込まれ、ヴァプラの弱気も多少は改善された。
何かというとメソメソ泣いていたヴァプラはもういない。顔も七日を経て老人のものから比較的若々しいものへと変わっている。
これなら、三バカと対峙してもすぐに戦意喪失するようなことはないだろう。

93那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/01/06(月) 22:49:05
ロノヴェとヴァプラの特訓が捗る中、最後のベリスの特訓はというと、まったく遅々として進んでいなかった。
みゆきと橘音のふたりがいくら宥めすかしたり実力行使に訴えたりしても、ベリスはのらりくらりとそれを躱すばかりである。
夜になると、ベリスはどこからかキャンプ道具のようなものを取り出し、ロノヴェとヴァプラそっちのけで野営を始めた。
いつの間にどうやって運び込んだのか、屋外だというのに天蓋付きのベッドやテレビ、レジャーシート代わりの絨毯まである。
ないのは壁と屋根だけである。豪華極まりない装備だった。
プレハブ小屋の中で寝起きしているブリーチャーズの方が不便に見える有様である。

>ごめんね〜、協力してもらうのにこんな扱いで……。シロちゃんには誰も逆らえないんだ

「別に構わないでありますよ!慣れっこであります!」

テーブルクロスを敷いた豪奢なテーブルについて、これまた豪華な夕餉を取りながらベリスが返す。
そういう自分が楽をするための用意はキッチリしているらしい。なお、言うまでもなくロノヴェとヴァプラの分はない。

>童がこんなこと言うのは立場上何だけど……どうしてそんなに強くなりたいの?
 おミソだって別にいいじゃん! 味噌って美味しいし!
 童はね、理由はどうあれ天魔らしいことをしてきてないのはいい事だと思うよ。
 たとえヘナチョコでどっちの陣営にも相手にされなかったからにしてもさ

「そうでありますね!その通りであります!」

>力を持ってなければ戦いと無縁でいられて誰も傷つけずに済む。それって、実はすごく幸せなことなんじゃないかな。
 君達がヘナチョコだったお陰で昨日も怪我人が出ずに済んだしね!
 現世で生きるのは天魔には厳しすぎるって言ってたけどさ……君は充分人間界で平和的にやっていけると思う。
 あのオツムが残念……じゃなくて純粋な性格の二柱に懐かれてるみたいだし本当は優しいんじゃない?
 口の上手さできっちゃん相手には敵わなくてもそこらの人間相手ならきっと楽勝だよ。
 セールスマンにでもなったらトップ狙えるでしょ!
 だからね……無理に頑張って強くならなくてもいいと思うんだ

「その通りであります!では、小官は貴公の仰る通り強くならないでいいであります!特訓は終了でありますね!」

ベリスはあっさり肯った。
結局のところベリスは楽をして(あわよくば東京ブリーチャーズの威を借りて)他の天魔を見返したいと思っただけである。
自分が強くなるなんてもってのほか。典型的な腰巾着、太鼓持ち、ドラ〇もんで言うところのス〇夫的思想であった。
ロノヴェとヴァプラはオツムがお粗末なので、そんな小賢しいことはそもそも考えない。素直なものである。
が、ベリスは違う。みゆきが人間より人間っぽい(ダメな意味で)と評したのは的を射ていた。
しかし、みゆきは見誤っていた。
ベリスは「宿題やれ!」と言われようが「やらなくてもいい」と言われようが、最初から宿題をやる気がない――。
「宿題やらずに学校行っても、先生から怒られる程度で済むんでありますか?」とか言っちゃう筋金入りの怠け者だったのである。

もちろん、みゆきに言われた口止めなんてまったく守る気はない。翌日、ベリスは橘音に即ゲロった。

「みゆき殿に『別に強くならなくてもいいよ』と言われたので、もう特訓はしないであります!」
「小官は特訓したかったんでありますが〜!でもみゆき殿がそう仰るのでぇ〜!いやぁ〜残念でありますなぁ〜!たっはー!」

「……みゆきちゃん……」

橘音がジト目でみゆきを見る。
次にみゆきはハクトに大量に作らせた飴と氷の鞭を持ちだしてきた。

>きっちゃん、これちょっと持ってみて。似合う似合う!
 童が飴をあげてきっちゃんがムチを振るうの。名付けて飴と鞭作戦!

>ん、待てよ? アスタロトverのエロコスの方がもっとそれっぽくなって効果が上がるかも……!?

「それっぽくってどれっぽくですか……。だいたい、アスタロトのときのコスは着ませんよ」
「ボクが乙女の柔肌を見せるのは、クロオさんに対してだけですから!」

くねくねと橘音は自分の身体を抱き締めてしなを作った。
同じ飴と鞭作戦でも、単純なロノヴェは尾弐の用意した料理やお菓子に満足して特訓を続けられた。
しかし、ベリスが単なる飴に満足して特訓に精を出すはずがない。もちろん、相変わらずのらりくらりと特訓を避けようとする。
結局、特訓二日目にして橘音は全力で匙を投げ、特訓場から姿を消してしまった。

「公は生真面目すぎていけないであります。天魔たるもの、もっとクレバーに。怠惰に生きなければ」
「ロノヴェ君とヴァプラ君が頑張っているなら、小官がわざわざ頑張る必要はないでありますよ!ムハハハハ!」
「あ、みゆき殿、一緒にゲームやるでありますか?ニンテンドースイッチあるでありますよ」

口うるさい橘音がいなくなってせいせいしたとばかりに、ベリスはみゆきを抱き込みにかかった。
結局七日目になっても橘音は帰って来ず、ベリスはまる一週間特訓をボイコットしてダラダラ過ごした。

94那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/01/06(月) 22:49:22
「えー、ということで、東京ブリーチャーズブートキャンプの日程が無事終了したわけですが」

八日目の朝。特訓に参加した全員を前に、戻ってきた橘音が口を開く。

「ロノヴェさんとヴァプラさんは、この短い間にだいぶ鍛えられたみたいですね。初日とは比べ物になりません!」

「……う」

「ありがとうございますぅぅぅぅぅ〜……」

ロノヴェとヴァプラが礼を述べる。橘音の言うとおり、尾弐とポチの特訓によって二柱は見違えるほど精悍になった。
……たぶん。
橘音は次にベリスを見て、深々と溜息をついた。

「ベリスさんに関しては、ボクたちの認識不足というか、実力不足というか……どうにも処置なしですね、これは」

「ムハハハ!いやぁ、ご期待に沿えず申し訳なかったであります!小官は猛省しているであります!」

白々しい。橘音は額に右手を当てた。

「ともかく、これで特訓は終わりです。この期間華陽宮へ行って、何とか盗難は誤魔化してきましたが……もうそれも限界です」
「今日のうちにさっさと尻目さんたちを捕まえて、狐面探偵七つ道具を取り戻してしまいましょう」

本日中に三バカの首根っこを押さえつけ、盗まれた道具を取り返せば、今回の失態もなんとか闇に葬り去れる。
逆に言えば、今日失敗すれば東京ブリーチャーズ存続の危機にも繋がるということである。
いくら道具の使い方をロクに知らない三バカが相手であっても、油断はならない。
その原理や仕組みがまったく理解できなくても、人は核ボタンのスイッチを押せる。
現在三バカが狐面探偵七つ道具を持っているというのは、そのくらい危険なことなのだ。
しかも、こちらはおミソ三柱という荷物を抱えており、まずはその三人に手柄を立てさせなければならない。
口で言ってみるよりも、これは随分難しいミッションと言えた。
……ともあれ、今はやるしかない。橘音はどこからかタブレットを取り出した。
といっても、もちろん召怪銘板ではない。近所のビッ〇カメラで買ってきた、ただのタブレットだ。

「さて。ポチさんの鼻によって、いやみさんたちの潜伏場所はだいたい当たりがついています」
「これからそこに乗り込み、尻目さんたちにはそれ相応の報いを受けて頂く。おミソ三柱には自信をつけてもらう」
「まぁ、いざとなったらボクたちが直接何とかしなくちゃいけないと思いますが。とりあえずはそんな感じでお願いします」
「それでは――東京ブリーチャーズ、アッセンブル!やっぱりこのセリフはボクが言ってこそですね!」

大きく右手を掲げると、橘音は嬉しそうに号令した。


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尻目ら三バカが潜んでいたのは、二十三区の外れにある工場の廃墟だった。
現代社会に順応しきれない妖壊の隠れ家としては、テンプレのような場所である。

「この敷地内に、彼らは隠れているはずなんですが……」

工場入り口の瓦礫を踏みしめながら、橘音が軽く周囲を見回して呟く。
ポチとシロの鼻には、いやみの白粉と厚化粧のにおいが嫌というほど感じられるだろう。
ここが連中の根城だというのは間違いなさそうだ。

「念を押しますが、彼らはバカですが強力なチートアイテムを所持しています」
「彼らに狐面探偵七つ道具を使わせてはなりません。見敵必殺です」
「クロオさんと天邪鬼さんとロノヴェさんは、はらだしを見つけたらそちらに集中。踊られる前に彼を行動不能にしてください」
「ポチさん、シロさん、ヴァプラさんはいやみへ。驚かせるだけが能の変た……妖怪ですが、何をしてくるか予想ができません」
「みゆきちゃんとベリスさんは、え〜と……まぁ、頑張ってください……」

投げた。
とにもかくにも、それぞれが相手にする妖怪は決まった。後は対峙するだけである。

「ボクは三バカが逃げられないよう、後方で結界を張ります。ということで皆さん、お気をつけて!」

橘音は工場の敷地入り口前で結界を構築し、工場をぐるりと包囲して三バカの逃走阻止を図るという。
三バカ捜索は残りのメンバーに委ねられた。

「とんだことになったな……」

天邪鬼がぼやく。

「連中はすでに我々の来訪に感付いているやもしれん。奇襲には充分注意しろ」

尾弐の後方でひょいと瓦礫を乗り越えながら、仲間たちに注意を促す。が――
そんな言葉を最後に、天邪鬼は忽然と姿を消してしまった。
周囲を探しても、天邪鬼は見つからない。つい今しがたまで、尾弐のすぐ後ろにいたというのに……である。
まるで、神隠しにでも遭ってしまったかのような怪事だ。
そして。

「……おや?シロ殿はどちらへ行かれたのでありますか?」

ベリスがきょろきょろと辺りを眺める。
気付けば、今度はポチと行動を共にしていたはずのシロがいなくなっている。
やはり、シロもいくら探しても見当たらない。シロはポチと片時も離れたがらないため、単独行動するとも思えない。
ポチの鼻にも、シロが突然消滅したようにしか感じられないだろう。

「こ、これは……ひょっとして、マズいのではないですか?であります……」

橘音が結界を張ると言っていた工場敷地の入り口に戻ると、橘音の姿も消えている。
橘音、天邪鬼、シロの三人は完全に消滅してしまった。

95那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/01/06(月) 22:49:36
「き……教官〜」

不意に、ポチの近くをゆらゆら漂っていたヴァプラが声を発する。
聞けば、自分の身体を広げることによって工場の敷地内をくまなく覆い、それで誰がどこにいるのか探索できるという。
ポチとの特訓の成果が出ている。ポチが許可すると、さっそくヴァプラは敷地全体に広がっていった。
濃い霧が周囲に帳を下ろす。すぐに生体反応は見つかった。

「こここ……こちらです〜」

ヴァプラの示した先は、工場の建屋内に続いていた。
今ブリーチャーズのいる屋外と違い、建屋内は密閉された空間だ。電気が落ちているので視界も悪い。
もし三バカが潜伏しているのなら、連中は手ぐすね引いて残りメンバーの到来を待ち構えているはずである。

「いたたたた!し、小官、ちょっと持病の癪が……!退路は確保しておきますので、どうか皆さま小官に構わずお先へ!」

さっそくベリスはお腹を押さえて蹲った。
しかし、先へ進まなければどうしようもない。

「……う」

ずしん、と緩慢に巨体を揺らし棍棒を片手にロノヴェが建屋の中へと入ってゆく。
ベリスと違い、少なくともロノヴェとヴァプラはやる気らしい。
建屋の中は天井こそ相当高いものの薄暗く、また瓦礫や廃材が床に散らばっていて足場が悪い。
が、確かに妖気の反応はある。それも三人分だ。
橘音、天邪鬼、シロの三人は狐面探偵七つ道具を持ったいやみたちに不意打ちされ、ここまで連れてこられたのだろうか?

……と、思ったが。

倉庫区画とおぼしき場所に足を踏み入れると、果たして三人の人影が倒れていた。
しかし、橘音たちではない。
倒れていたのは尻目、はらだし、いやみの三バカトリオだった。

「ぅ……」

まるで巨大な何かに投げ飛ばされでもしたかのように、尻を突き出しダンボールの山に半ばめり込んでいる尻目が呻く。
はらだしはロノヴェがやるまでもなくのしイカのようにぺちゃんこになっており、いやみも大の字になって仰向けに倒れている。
カセットコンロやインスタント食品の食べかすなどが転がっている辺り、三バカがここを根城としていたのは間違いない。
しかし、これは一体どうしたことか。

「お……、俺っちたちの夢が……。真・東京ブリーチャーズが……」

尻目が東京ブリーチャーズに気付き、尻についた大きな目玉をギョロギョロさせる。
ほぼ同時にはらだしといやみも気がついたのか、瀕死の様子で口を開く。

「オ……オラ、おっかねぇダ……人間の街なんて出てくるもんじゃねぇダ……」

「アタイの……アタイのハーレムがぁぁぁ……アタイを待ってる美少年たちがぁぁぁぁぁ……」

三人は好き勝手なことを言うと、再度がくっと首を傾けて気絶した。
周囲には狐面探偵七つ道具はない。
どうやら、三バカトリオは東京ブリーチャーズがこの場所へ乗り込んでくる以前に何者かに襲われたらしい。
揺さぶっても頬を叩いても、もう三バカは目を覚まさない。完全に失神してしまった。
リーダーでチームの頭脳である橘音、その橘音に匹敵する知恵を持つ天邪鬼は失踪してしまった。
恐らく、三バカを襲った犯人と同じ者たちに襲われてしまったのであろう。恐るべき手腕である。
ノエル、尾弐、ポチは三人で相談し、現状を打開する方法を考えなければならない。
三人は消えた橘音たちを探してもいいし、狐面探偵七つ道具の在処を突き止めるために動いてもいい。
ただ、工場敷地内から脱出することはできない。
橘音は結界構築後に何者かによって攫われたらしく、敷地の外周には橘音の張った結界が張り巡らされている。



なお、ベリス、ロノヴェ、ヴァプラのおミソ三柱は相談の役には立たないものとする。
尾弐たちが行動を指示した場合は、それに従う。

96御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2020/01/08(水) 23:58:02
みゆきは自信満々だった。
ベリスはみゆきの説得(?)に、その場では素直に納得する様子を見せていたが、内心は複雑な気持ちに違いない。
一人で色々考えているうちにだんだん強くなりたくなってくるはずだ……

>「みゆき殿に『別に強くならなくてもいいよ』と言われたので、もう特訓はしないであります!」

「速攻チクりやがったぁあああ!?」

>「小官は特訓したかったんでありますが〜!でもみゆき殿がそう仰るのでぇ〜!いやぁ〜残念でありますなぁ〜!たっはー!」

>「……みゆきちゃん……」

「強くならなくていいって言われたら強くなりたくなるもんじゃないの!?
図書館で読んだ心理学の本に書いてあったよ!」

更に狐は、何故か尾弐への惚気を披露しながらアスタロトコスを拒否。

>「それっぽくってどれっぽくですか……。だいたい、アスタロトのときのコスは着ませんよ」
>「ボクが乙女の柔肌を見せるのは、クロオさんに対してだけですから!」

「もちろん女王様(意味深)っぽくに決まってるじゃん!
……あっ、そういえば童は本物の女王様だった!」

というわけでみゆきはぽんっと音を立てて深雪(アスタロトコスver)に変身。
氷の鞭を持つと、文字通りの女王様(意味深)が完成した。

「喜べ! 見事特訓を終えた暁には我の下僕にしてやろうぞ! ……興味ない? あっそう」

一方、単純なロノヴェには飴と鞭作戦(文字通りではなく一般的な意味)は効果を発揮しているようだ。
慣用句的なやつも知能が高い相手にはあまり効果を発揮しないのかもしれない。
翌日から橘音は姿を消してしまった。
単に匙を投げたからというわけではなく、対御前の時間稼ぎのために奔走しているのだろう。

>「公は生真面目すぎていけないであります。天魔たるもの、もっとクレバーに。怠惰に生きなければ」
>「ロノヴェ君とヴァプラ君が頑張っているなら、小官がわざわざ頑張る必要はないでありますよ!ムハハハハ!」

「もしかして最初からそれが狙いだった……? 自分が強くなる気なんてなかったでしょ!」

何も考えてなさそうなロノヴェとヴァプラは、特訓をやれと言われたら素直にやるのは予想できそうだ。

97御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2020/01/08(水) 23:59:10
>「あ、みゆき殿、一緒にゲームやるでありますか?」

本心を見抜かれて尚、人を舐めたような態度を取るベリスにみゆきは……

「やろうやろう! 適材適所って大事だよね!」

みゆきは……稀代の大ほら吹きベリスの弁舌の前に完全に陥落した模様。

>「ニンテンドースイッチあるでありますよ」

「丁度良かった、ハクト、鞄の中にリングフィットアドベンチャー入ってるから持ってきて〜」

「何でそんなもん持ってきてるの!? まさか遊びと見せかけて特訓する高度な作戦……!?」

「そうそう、その通り!! ハクトもこっち来てやろー!」

「絶対単に遊んでるだけだ……」

二人の特訓(?)を生暖かく見守るハクトであった。

>「えー、ということで、東京ブリーチャーズブートキャンプの日程が無事終了したわけですが」
>「ベリスさんに関しては、ボクたちの認識不足というか、実力不足というか……どうにも処置なしですね、これは」
>「ムハハハ!いやぁ、ご期待に沿えず申し訳なかったであります!小官は猛省しているであります!」

「大丈夫大丈夫、きっちゃんがいない間に童がみっちり(ゲームの)特訓しといたから!」

>「ともかく、これで特訓は終わりです。この期間華陽宮へ行って、何とか盗難は誤魔化してきましたが……もうそれも限界です」
>「今日のうちにさっさと尻目さんたちを捕まえて、狐面探偵七つ道具を取り戻してしまいましょう」
>「それでは――東京ブリーチャーズ、アッセンブル!やっぱりこのセリフはボクが言ってこそですね!」

「アッセンブル!」

こうして一行は、3バカが潜んでいるという廃工場にやってきた。

>「この敷地内に、彼らは隠れているはずなんですが……」

「不良の学園ものドラマで学校同士の抗争やってそうな場所だね!」

>「クロオさんと天邪鬼さんとロノヴェさんは、はらだしを見つけたらそちらに集中。踊られる前に彼を行動不能にしてください」
>「ポチさん、シロさん、ヴァプラさんはいやみへ。驚かせるだけが能の変た……妖怪ですが、何をしてくるか予想ができません」
>「みゆきちゃんとベリスさんは、え〜と……まぁ、頑張ってください……」

「童達だけ消去法!?」

>「ボクは三バカが逃げられないよう、後方で結界を張ります。ということで皆さん、お気をつけて!」

「何故だろう、3バカと直接対峙したくない本音が見え隠れしている気がする……!」

98御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2020/01/08(水) 23:59:37
>「とんだことになったな……」
>「連中はすでに我々の来訪に感付いているやもしれん。奇襲には充分注意しろ」
>「……おや?シロ殿はどちらへ行かれたのでありますか?」

天邪鬼とシロが相次いで姿を消す。

>「こ、これは……ひょっとして、マズいのではないですか?であります……」

小心者だけあって危険感知能力は高いのか、ベリスの予感は見事的中してしまった。
結界を張ると言って後方に残った橘音も姿を消していた。

>「こここ……こちらです〜」

>「いたたたた!し、小官、ちょっと持病の癪が……!退路は確保しておきますので、どうか皆さま小官に構わずお先へ!」

「駄目だよ、ゲーム友達を置いていけるわけないでしょ! こんな時に一人になったら神隠しに会うフラグなんだから!」

みゆきは渋るベリスを無理矢理引っ張っていく。
警戒しながら生体反応の元に辿り着くと、何故か3バカが倒れていた。

「ちょっと! どうしたの!?」

>「お……、俺っちたちの夢が……。真・東京ブリーチャーズが……」
>「オ……オラ、おっかねぇダ……人間の街なんて出てくるもんじゃねぇダ……」
>「アタイの……アタイのハーレムがぁぁぁ……アタイを待ってる美少年たちがぁぁぁぁぁ……」

どうやら何者かに襲撃されたらしい。
3バカはまたすぐに気絶してしまったが、台詞の内容からすると元気そうなので命に別状はないのだろう。

「まさかきっちゃん達を連れ去ったのも同じ奴!? ……大変!」

3バカを襲撃したのは7つ道具を奪うためだとすれば説明がつくが、橘音達を連れ去った目的は分からない。
何にせよ、3バカはともかく橘音・天邪鬼・シロという手練れを3人も連れ去るとは只者ではない。
ヴァプラの敷地全体を覆う霧の探知に引っ掛からなかったことを考えると、3人はすでに外に連れ去られてしまったのだろう。

「とりあえず外に出よう……これは!?」

あろうことか、橘音が張ったと思われる結界に阻まれて出られない。

「閉じ込められてるじゃん! 何この脱出ものミステリーな状況!
ファイト一発でぶち破ったり不在の妖術ですり抜けたり出来ないの!?」

橘音が張った結界だけあって、きっとそう簡単には突破できないのだろう

99御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2020/01/09(木) 00:00:02
「行くぞベリス君――捜査の基本、現場検証だ」

みゆきはベリスを伴い、3バカが倒れている場所へ戻っていく。

「ベリス君は床に何か落ちて無いかよく見て。何か手掛かりが見つかるかもしれない」

一方のみゆきは3バカの持ち物検査を開始する。
傍から見ると、美少女が変態3人の体を撫でまわしているという異様な光景である。
そんなことをしていると小さな物音が聞こえた。若干ビビりながらそちらを見ると、鼠が横切っていくのが見えた。

「なーんだ、ネズミか〜。まあ廃工場だしね」

そう言ってからみゆきは何かを思い出した。

「ん? ポチ君がデフォで聞き耳頭巾の能力持ってなかったっけ!?」

早速ポチに提案するみゆき。

「ポチ君、敷地内の動物たちに目撃情報を聞いてみるのはどうだろう」

鼠以外にも野良猫なんかもいるかもしれないし、閉じ込められてしまった不運な小鳥もいるかもしれない。

100尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2020/01/10(金) 23:48:18
引き締まる朝の空気を切り裂く様に振り下ろされたロノヴェの棍棒。
武骨でありながら勇壮なその一撃が廃車の助手席の屋根にぶち当たると、紙を手で丸めた時のように容易く車体は歪み、それでも衝撃を受け止めるのにまだ足りず、地鳴りを伴って砕け散った。
自身と天邪鬼の方へ飛び散る車の破片を片手で払い切った尾弐は、土煙が晴れた後に見えた廃車の成れの果てを目視すると、口元だけに薄く笑みを浮かべた。

尾弐がハンドサインを出してから半秒にも満たぬ間に的確に行われた攻撃。戦闘者としても十分な成果は、はらだしをミンチにするにはお釣りが来る性能である。
つまるところ、七日に渡る特訓は見事花開いたのだ。

>「成し遂げたか。いや、大したものだ。今回は兜を脱いだぞ、クソ坊主」
「おう、あんがとよ。お前さんのサポート有っての結果だ……それから」

連日連夜、特訓を重ねるうちに破れ解れてボロボロになった喪服の上着を乱雑に脱ぎ捨てた尾弐は、廃車を砕いた後「休め」の姿勢で待機していたロノヴェに歩み寄り、その一歩手前で立ち止まる。

「お前さんの努力の結果でも有る。天魔……いや、ロノヴェ」

ロノヴェの鳩尾へと軽く突き出された尾弐の拳は、こつりと軽く音を鳴らす。
どの様な間柄でも長く寝食を共にしていればそこに絆は生まれる。その例に漏れず、きっと尾弐とロノヴェの間にも『何か』が生まれたに違いない。

「今日を以ってお前さんは天魔を卒業する。お前さんは東京ブリーチャーズだ」
「これからお前さんは、無様に腹を曝け出す妖怪と戦う。勿論、笑ったら漂白される。どうだ楽しいだろう」
「いい面構えだ!ロノヴェ!お前さんがぶちのめしたい奴は誰だ!言ってみろ――――」

……最も、その『何か』は友情と呼ぶにはあまりに武骨で、例えるなら全体が金属で覆われているような、もしくはどこからか硝煙の臭いがしそうな、そんな未知のナニカなのだが。


そうして地獄のような夜は明けて。
東京ブリーチャーズ一行は各々の訓練の成果の確認と共に、今後の作戦の確認を行う。
どこか若々しくなった姿を見るに、ポチが監督したヴァプラは特訓に成功した様である。だが

>「ベリスさんに関しては、ボクたちの認識不足というか、実力不足というか……どうにも処置なしですね、これは」
>「ムハハハ!いやぁ、ご期待に沿えず申し訳なかったであります!小官は猛省しているであります!」
>「大丈夫大丈夫、きっちゃんがいない間に童がみっちり(ゲームの)特訓しといたから!」

「こいつはアレだな……テメェの道楽の為に、他人を踏みつけに出来るタイプの輩だ。色男との喰い合わせが悪すぎる」

どうにも、那須野とノエルが監督したベリスは芳しい結果を出す事が出来なかったようだ。
彼等の特訓の方針が悪かった――――というよりは、ベリスの性根が腐っていたのが原因だろう。
そこに何かを成す意志がなければ、良い結果など伴う筈が無い。まして壱週間という短い期間であれば、それは尚更だ。
不快気に眉間に皺を寄せる尾弐であるが、しかし今はそれを追及している時間など無い。

>「ともかく、これで特訓は終わりです。この期間華陽宮へ行って、何とか盗難は誤魔化してきましたが……もうそれも限界です」
>「今日のうちにさっさと尻目さんたちを捕まえて、狐面探偵七つ道具を取り戻してしまいましょう」

那須野橘が言う事には、作戦内容は本日中の急襲制圧。
余裕の無いスケジュールに思えるのは、事実余裕が無いからだ。
なれば求められる行動は迅速な行動。些事については後で清算すればいいのである。

>「それでは――東京ブリーチャーズ、アッセンブル!やっぱりこのセリフはボクが言ってこそですね!」
>「アッセンブル!」
「アッセンブル……何か久しぶりに言った気がするな」

左手で自身の右肩を解し、伸ばした右手の指をバキリと鳴らしながら応答する尾弐。
かくして一行は任務に取り掛かるのであった。

――――

101尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2020/01/10(金) 23:48:52
吹き抜けた風は妙に黴臭く、そんな空気を肺一杯に吸い込んでしまった尾弐黒雄は思わず眉を潜める。

ポチの嗅覚とその他諸々の情報の糸を辿り行き着いた、帝都の外れにある廃工場。
広い土地面積、トタン作りの屋根に経年劣化によって生じた多数の穴。壁に絡みつく名前も判らない植物の蔓。
そこかしこに存在する、雨水と廃油が混じった様な茶色の水溜りは、見た者に決して触りたくないと思わせる存在感を漂わせている。
つまるところ、まっとうに再利用しようとすれば取り壊す以外の選択肢はなく、まっとうでない再利用先としても遠慮したくなる建物で――要するに妖怪の隠れ場所としてはうってつけの場所という訳だ。

>「不良の学園ものドラマで学校同士の抗争やってそうな場所だね!」
>「この敷地内に、彼らは隠れているはずなんですが……」
「ただでさえ障害物が多いうえに、この薄暗さ……こりゃあ、索敵はポチ助とシロ嬢頼みだな」

随分と人任せな発言だが、はらだし達の微弱な妖気を辿るなどという器用な真似は尾弐には出来ないのだから仕方がない。
工場の入り口の屋根に作られた雛のいない古いツバメの巣に一瞬視線を奪われつつ、尾弐が那須野橘音へと視線を向けると、那須野は心得たとばかりに方針を打ち出す。

>「クロオさんと天邪鬼さんとロノヴェさんは、はらだしを見つけたらそちらに集中。踊られる前に彼を行動不能にしてください」
>「ポチさん、シロさん、ヴァプラさんはいやみへ。驚かせるだけが能の変た……妖怪ですが、何をしてくるか予想ができません」
>「みゆきちゃんとベリスさんは、え〜と……まぁ、頑張ってください……」

それぞれの特訓と因縁を考えれば順当な判断だ。そう尾弐は思った。
終わりの方に剛速球の丸投げがあった気もするが、そこは付き合いの長さ。何も聞かなかった事にしてスルーする事にした。

>「ボクは三バカが逃げられないよう、後方で結界を張ります。ということで皆さん、お気をつけて!」
「あいよ大将。それじゃあまあ……きっちり取り立てるとしますかね」

激励を送る那須野に背を向け、ひらひらと手を振って歩き出した尾弐の言葉は軽い。
だが、纏う空気は赤銅のように赤い。
悪鬼羅刹の怒りを買った三匹の妖怪の未来を考えると、誰もがご愁傷様と思う事だろう。

後は、三匹の妖怪を軽くのして決着。
七つ道具を取り戻して大団円……そうなる筈だった。
少なくともこの時点で尾弐はそう思っていた。

けれど、事態は急転する。
シロ、天邪鬼、そして那須野橘音。
その三名が『消えた』のだ。

102尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2020/01/10(金) 23:49:36
>「こ、これは……ひょっとして、マズいのではないですか?であります……」
「……ひょっとしなくてもマズいだろうよ。こうも簡単にポチ助の鼻まで欺く妖術なんざ、少なくとも俺は知らねぇな」

淡々とした口調で、尾弐は動揺するベリスへと言葉を返す。
己にとって大切な存在が突如として姿を眩ました時に見せる態度としては冷淡とも思えるが、事実はその逆だ。
焦燥と、怒り、困惑。それらの感情が胸中で荒れ狂うのを自覚しているからこそ、尾弐は努めて冷静であろうとしている。
緊急事態において、無意味に慌てふためく事こそが最たる悪手である事を知っているからこそ、少しでも善い手を選ぶ為に激情を押し潰しているのだ。

不幸中の幸いと言うべきか、行動指針が存在していない訳では無い。
ポチの許可の元に発露したヴァプラの能力に寄って工場内の索敵が行われ、自分達以外の生体反応を見出す事は叶った。
その数は三。
その正体が那須野達であるににせよ、はらだし達であるにせよ、尾弐達が捜している者達の数と一致する。
ならば、罠の可能性が高かろうと踏み入るのが事態を動かすベターと言えるだろう。

>「いたたたた!し、小官、ちょっと持病の癪が……!退路は確保しておきますので、どうか皆さま小官に構わずお先へ!」
>「駄目だよ、ゲーム友達を置いていけるわけないでしょ! こんな時に一人になったら神隠しに会うフラグなんだから!」

「ノエル。悪ぃが、最悪氷漬けにしてでも連れてきてくれ。そんな奴でも、罠に投げ入れる囮くらいにはなるだろうからな」

渋るベリスを無理矢理引き摺るノエルに念押しをしつつ、尾弐はロノヴェを伴い生体反応の有る地点である倉庫区画へと足を踏み入れた。

―――

「あ……?」

踏み入った倉庫区画で、尾弐は思わず疑問の声を漏らした。
それは、瞬時に眼前の光景を理解する事が出来なかったからだ。

>「お……、俺っちたちの夢が……。真・東京ブリーチャーズが……」
>「オ……オラ、おっかねぇダ……人間の街なんて出てくるもんじゃねぇダ……」
>「アタイの……アタイのハーレムがぁぁぁ……アタイを待ってる美少年たちがぁぁぁぁぁ……」

尾弐の視線の先に居るのは、ダンボールに埋もれ呻く尻目。叩き付けられたかのように無造作に地面に放られたはらだし。大の字で倒れ伏すいやみ。
つまるところ、今回の騒動の主犯と目される妖怪達がボロ雑巾の様に転がっているのである。
そして、その周囲には有るべきはずの狐面探偵七つ道具は存在していない。つまり

「……橘音達を攫ったのはこいつら以外の輩って事か」

尾弐はこめかみに手を当て、息を吐く。
その後、つかつかと尻目とはらだしに近づくと、右手と左手でおもむろに彼らの後頭部を掴んで持ち上げた。
そして力任せに二体を引き摺り―――――廃油の混じったこげ茶色の水溜りへと、彼らの顔面を押し付けた。
窪地に溜まった水溜りは微妙な深さが有り、顔を漬けられた二体は水泡を浮かべるが……余程強力に意識を刈り取られたのだろう。ここまでされても目を覚ます様子はない。

「チッ……どうにも、こいつらから情報を引き出すのは無理みてぇだな」

舌打ちと同時に、二人をダンボールの山へと無造作に投げつける。

103尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2020/01/10(金) 23:57:43
>「閉じ込められてるじゃん! 何この脱出ものミステリーな状況!
>ファイト一発でぶち破ったり不在の妖術ですり抜けたり出来ないの!?」

「橘音の結界に力技で挑むなんて無謀、オジサンにはできねぇよ。それに、何の手掛かりも無い今の時点で外に出るつもりもねぇ」

そんな事をしている間に、外の様子を探ろうとしていたノエルが戻って来た。
話を聞くに、どうやら廃工場の周りは橘音の張った結界が存在しており、出入りが出来ない状況になっているらしい。
憤懣やるかたないという様子のノエルに、尾弐は努めて淡々と答えを返す。そして、錆びついた柱に背を預けて目を瞑った。
それは、自身の思考を整理するためだ。起きた出来事を時系列順に想起していき、その結果尾弐が思い至った事は。

……手際が良すぎる。

荒れ狂う感情を抑え込み、辿り着いた感想。
群然7つ道具を奪った妖怪達の拠点で克ち合い、高い戦闘力と索敵能力を持つシロと、神算鬼謀の橘音や天邪鬼を出し抜き攫う。
それも、尾弐達に気取られる事すらない僅かな時間で。
仮に7つ道具を有効活用した所業だったとして、こうまで鮮やかに事を成し遂げらる事が可能な妖怪など、果たして居るのだろうか?

閉じていた目を開き、もう一度この場に居る面々を見渡す。

>「ポチ君、敷地内の動物たちに目撃情報を聞いてみるのはどうだろう」

ポチに動物を用いた情報収集を提案しているノエル。
気絶した三馬鹿妖怪。
やる気の感じられないベリスと、対照的に協力的な様子のロノヴェとヴァプラ。

……もしも、だ。もしもこの場に居る誰か……具体的には、天魔の連中が情報を漏らしていたとしたら?
そうであれば、橘音達がこうまで容易く攫われた事に説明が付くんじゃないか?

そこまで考えて尾弐は――――

「……やめだ。疑い出せばキリがねぇ」

頭を振り、一度思考を脇に置いた。
こうやって尾弐が思い至る事すらも『敵』の手の内なのかもしれないのだ。
そして、そうであれば橘音程の知略を有さない尾弐には対処しようがない。
だからこそ、尾弐はノエルとポチに提案をする。

「色男にポチ助。ここは敢えて二手に分かれるってのはどうだ?」
「具体的に言うなら、探索組とぶち壊し組への組分けだ」

ロノヴェの背中を叩きつつ、尾弐は言葉を続ける。

「俺はロノヴェに手伝わせて、片っ端から、工場の建物を解体して行こうと考えてる」

素っ頓狂な発言。力任せの提案に異論が出るかもしれないが、手の平を前に出しそれを制止すると尾弐は続ける。

「要するに追い込み式の狩りだ。仮に敵が結界の中に居た場合、逃げ隠れする為の遮蔽物をぶっ壊していけば、何れは出てこざるを得ねぇだろ?」
「それに、建物をぶち壊していく最中で橘音達か七つ道具を見つけられるかもしれねぇ。ついでに、空間が減れば減るほど探索すべき場所を絞っていける筈だ」

無論、リスクもある。分散すれば各個撃破される可能性が生じるのは当然だ。
だが、尾弐は敢えてその事に触れずに二人に提案の是非を問う。
これはあくまで提案である。尾弐は自身の意見を強硬に主張する事は無く、他に良い案が有れば其方に従うだろう。

104ポチ ◆CDuTShoToA:2020/01/15(水) 00:36:44
>「えー、ということで、東京ブリーチャーズブートキャンプの日程が無事終了したわけですが」

「たまには、こういうのもいいね。今度サブメンバーの人達にもやってあげたら?」

>「ロノヴェさんとヴァプラさんは、この短い間にだいぶ鍛えられたみたいですね。初日とは比べ物になりません!」
>「ありがとうございますぅぅぅぅぅ〜……」

「あ、分かっちゃう?ヴァプラ君は知れば知るほど便利な体質でさ、自信を持ってくれて良かったよ。僕も楽しかったしね!」

>「ベリスさんに関しては、ボクたちの認識不足というか、実力不足というか……どうにも処置なしですね、これは」
>「ムハハハ!いやぁ、ご期待に沿えず申し訳なかったであります!小官は猛省しているであります!」
>「こいつはアレだな……テメェの道楽の為に、他人を踏みつけに出来るタイプの輩だ。色男との喰い合わせが悪すぎる」

「……大した天魔だよ、君は」

吐き捨てるような皮肉――己の誇りすら嘘の材料と出来るこの天魔が、ポチは率直に嫌いだった。

>「ともかく、これで特訓は終わりです。この期間華陽宮へ行って、何とか盗難は誤魔化してきましたが……もうそれも限界です」
>「今日のうちにさっさと尻目さんたちを捕まえて、狐面探偵七つ道具を取り戻してしまいましょう」

ちゃんと管理してくれてればいいけどね――ポチはそう、ぼやこうとして、思い留まった。
口にしたところで仕方のない事だからだ。

>「さて。ポチさんの鼻によって、いやみさんたちの潜伏場所はだいたい当たりがついています」
>「これからそこに乗り込み、尻目さんたちにはそれ相応の報いを受けて頂く。おミソ三柱には自信をつけてもらう」

「頑張りなよ、ヴァプラ君。君は自分の弱点を知ったし、攻撃の仕方も見つけた。きっとやれるさ」

>「まぁ、いざとなったらボクたちが直接何とかしなくちゃいけないと思いますが。とりあえずはそんな感じでお願いします」
>「それでは――東京ブリーチャーズ、アッセンブル!やっぱりこのセリフはボクが言ってこそですね!」
>「アッセンブル!」
「アッセンブル……何か久しぶりに言った気がするな」

「アッセンブル!……ほら、ヴァプラ君もロノヴェ君も、折角だから言っときなよ」



それからポチ達は、尻目達の隠れ家――郊外の廃工場を訪れた。

>「この敷地内に、彼らは隠れているはずなんですが……」

「……ひどいにおいだなぁ、もう」

廃工場の、淀んだ錆と油のにおい。
それに、いやみの厚化粧のにおいが混じって――ポチは不快そうに咳き込んだ。

>「念を押しますが、彼らはバカですが強力なチートアイテムを所持しています」
>「彼らに狐面探偵七つ道具を使わせてはなりません。見敵必殺です」

「ビビるなよ、ヴァプラ君。君なら出来るさ」

>「ポチさん、シロさん、ヴァプラさんはいやみへ。驚かせるだけが能の変た……妖怪ですが、何をしてくるか予想ができません」

「丁度いい……君の力は相手を殺さずに、だけどとことん、痛めつけられる。
 上手くやるんだ。あいつを無力化して……仕上げは、僕だ」

冷ややかな声――いやみには「褒美」をくれてやらねばならない。
狼王の怒りを、時が風化させる事はない。

>「ボクは三バカが逃げられないよう、後方で結界を張ります。ということで皆さん、お気をつけて!」
>「あいよ大将。それじゃあまあ……きっちり取り立てるとしますかね」

「楽しみだなぁ。僕が会いに来たと知ったら、きっとあいつは、喜んでくれるだろうなぁ。ねえ、シロ?」

両手の鋭爪に『獣』の妖気を通わせながら、ポチはシロを振り返って、笑った。

105ポチ ◆CDuTShoToA:2020/01/15(水) 00:37:08
>「とんだことになったな……」
>「連中はすでに我々の来訪に感付いているやもしれん。奇襲には充分注意しろ」

「そうだね。天神細道は奇襲にも使えるし……ヴァプラ君、僕らを薄く包んでおいて」

随伴するヴァプラを見上げて、ポチはそう指示を出した。
だが直後にポチは足を止めて、慌てて周囲を見回した。

「……シロ?」

ポチがヴァプラに意識を向けた、ほんの数秒――その間に、シロのにおいが隣から、はたと消えたのだ。
シロだけではない。いつの間にか天の邪鬼の姿も見えなくなっている。

>「こ、これは……ひょっとして、マズいのではないですか?であります……」
>「……ひょっとしなくてもマズいだろうよ。こうも簡単にポチ助の鼻まで欺く妖術なんざ、少なくとも俺は知らねぇな」

状況報告の為に一度工場の入り口に戻ってみても、そこに橘音はいなかった。
においは、やはり移動の痕跡すら残さず途絶えている。

>「き……教官〜」

「……そうだね。君の能力の見せ所だ。やってくれ」

ヴァプラが霧の体を工場全体に広げる。
嗅覚ではない、触覚による探査能力が――何らかの生命反応を捉えたようだった。

>「こここ……こちらです〜」

ヴァプラの案内を受けて、ブリーチャーズは工場の中へと進んでいく。

>「いたたたた!し、小官、ちょっと持病の癪が……!退路は確保しておきますので、どうか皆さま小官に構わずお先へ!」
>「ノエル。悪ぃが、最悪氷漬けにしてでも連れてきてくれ。そんな奴でも、罠に投げ入れる囮くらいにはなるだろうからな」

「……僕さぁ、今、気が立ってるんだよね。あんまりうるさいと、そのよく回る舌、引きちぎるからね」

>「……う」

そうして辿り着いた工場の倉庫区画――ロノヴェは臆さず、その先へと踏み込んでいく。
しかし――

>「あ……?」

倉庫の中には、三人の妖怪が倒れていた。
橘音たちではない――尻目、はらだし、いやみの三人だ。

>「お……、俺っちたちの夢が……。真・東京ブリーチャーズが……」
>「オ……オラ、おっかねぇダ……人間の街なんて出てくるもんじゃねぇダ……」
>「アタイの……アタイのハーレムがぁぁぁ……アタイを待ってる美少年たちがぁぁぁぁぁ……」

>「……橘音達を攫ったのはこいつら以外の輩って事か」

尾弐が尻目とはらだしの首ねっこを掴み、顔面を水溜まりに押し込む。
だが二人は目を覚まさない――完全に昏倒させられているようだった。

>「チッ……どうにも、こいつらから情報を引き出すのは無理みてぇだな」
>「とりあえず外に出よう……これは!?」

「……確かに、結界の中には三人のにおいは感じない」

もし下手人が逃亡を図っているのなら、すぐに追わなくてはならないのも事実。
だが――ノエルによれば、橘音の結界はまだ健在だったらしい。
つまり異変が起きてから、この工場の敷地外に出られた者は――まず、いない。

106ポチ ◆CDuTShoToA:2020/01/15(水) 00:37:45
>「閉じ込められてるじゃん! 何この脱出ものミステリーな状況!
>ファイト一発でぶち破ったり不在の妖術ですり抜けたり出来ないの!?」
>「橘音の結界に力技で挑むなんて無謀、オジサンにはできねぇよ。それに、何の手掛かりも無い今の時点で外に出るつもりもねぇ」

「……下手に結界を壊して、犯人を逃してもつまらないしね」

そうして、現場検証が始まった。

>「ベリス君は床に何か落ちて無いかよく見て。何か手掛かりが見つかるかもしれない」
>「なーんだ、ネズミか〜。まあ廃工場だしね」
>「ん? ポチ君がデフォで聞き耳頭巾の能力持ってなかったっけ!?」

「聞き耳頭巾……ああ、思い出した。そうだね。動物相手なら……」

>「ポチ君、敷地内の動物たちに目撃情報を聞いてみるのはどうだろう」

「……まぁ、試しにやってみるよ」

そう答えつつ――ポチはくんくんと鼻を鳴らす。
この状況下における尾弐の思考、行動方針を知りたかった。
嗅ぎ取れるのは疑念だ。
おミソ三柱の誰かが、或いは全員が、この状況を作り出したのではないか――そんな疑念。

>「……やめだ。疑い出せばキリがねぇ」
>「色男にポチ助。ここは敢えて二手に分かれるってのはどうだ?」
 「具体的に言うなら、探索組とぶち壊し組への組分けだ」

「……探索は分かるけど、ぶち壊しって……何をするつもりなのさ」

>「俺はロノヴェに手伝わせて、片っ端から、工場の建物を解体して行こうと考えてる」

「ああ、うん、それは分かるんだけど……」

>「要するに追い込み式の狩りだ。仮に敵が結界の中に居た場合、逃げ隠れする為の遮蔽物をぶっ壊していけば、何れは出てこざるを得ねぇだろ?」

「……確かに」

>「それに、建物をぶち壊していく最中で橘音達か七つ道具を見つけられるかもしれねぇ。ついでに、空間が減れば減るほど探索すべき場所を絞っていける筈だ」

「分かった。じゃあ、追い込みは任せるよ……僕らは、どうしたものかな」

ポチはすぐに尾弐の提案を受け入れた。
断る理由がない――作戦は単純だが確かな効果が見込める。
各個撃破されるリスクもあってないようなものだ。
なにせ、既にポチのすぐ傍にいたシロが攫われているのだ。

ともあれ――ポチは考える。
尾弐は最初、おミソ三柱を疑っていた。
だが、すぐにそんな可能性は考えるだけ無駄と結論付けた。

ならば――それ以外の可能性はどうだろうか。
つまり、下手人は単独で尻目達から七つ道具を奪い取り、橘音達を攫った。
前半部分は、多少の戦闘能力と正常なおつむがある妖怪ならば実現可能だろう。

だが――後半はどうだろう。
もし単独犯である場合、下手人はポチに一切の気配を感じさせずに、自力で三人を攫ってのけた。
もしくは七つ道具を十全に活用して事を成した――この二択になる。
前者であれば、それは赤マント級の使い手。
後者であれば、七つ道具を完全に使いこなす知恵と妖力を兼ね備えた何者か。

もし、そのような存在が相手であれば――既に状況は、ポチの制御可能な段階にはないという事だ。
要するに――

107ポチ ◆CDuTShoToA:2020/01/15(水) 00:38:05
「……やっぱり、考えるだけ無駄だったかな」

ポチは溜息を吐いた。
結局、手探りでどうにかするしかないようだ。
シロの行方が知れず焦る気持ちを抑えて、ヴァプラを振り返る。

「とりあえず……ヴァプラ君、もっかい体を広げてくれる?
 尾弐っち達が見落としそうなものを探すんだ。隠し部屋とか、地下室とか……」

かつて陰陽寮で訪れた芦屋易子の地下祭壇を思い出して、ポチはそう言った。

「僕は……聞き込みかぁ。まず話の聞ける相手が見つかればいいけど……」

ポチがぼやきながら、廃工場の入り口を目指して歩き出した。
聞き込み相手を探しつつ、シロや天邪鬼が消えた地点を目指しているのだ。
シロと天邪鬼、そして橘音。
この三人ならば、なんらかの痕跡や手がかりを残してくれているかもしれないと。

「……なーんか、嫌な予感がするな」

逆説もし何も見つからなければ、いよいよ事態は深刻だ。
下手人はブリーチャーズとは隔絶した力の持ち主である可能性が否めなくなる。

「……外れてるといいなぁ、この予感」

108那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/01/16(木) 20:31:36
廃工場の敷地内で橘音、天邪鬼、シロの三名が忽然と姿を消してしまった。
残ったのはノエル、尾弐、ポチとベリス、ロノヴェ、ヴァプラのおミソ三柱、そして気絶している三バカ。

尾弐が無言で尻目とはらだしを引っ掴み、汚水の水たまりに顔を突っ込んだが、反応はない。

>チッ……どうにも、こいつらから情報を引き出すのは無理みてぇだな

情報収集が困難と悟ると、尾弐はダンボールの山へ二体を放り投げた。
それはそれとして、尻目の顔とは頭部と尻のどちらなのだろう?真実は誰も知り得ない。尻だけに。

>……確かに、結界の中には三人のにおいは感じない

ポチの鋭い嗅覚にも、橘音たちのにおいは感じられない。
よほどうまく隠されてしまったか――『すでにこの世にいないか』。
だが、工場の敷地はくまなく橘音の結界によって覆われている。これを脱出するすべはない。

>ファイト一発でぶち破ったり不在の妖術ですり抜けたり出来ないの!?
>橘音の結界に力技で挑むなんて無謀、オジサンにはできねぇよ。

まがりなりにも地獄の大公が張った結界である。通常の手段ではほぼ突破不可能とみていいだろう。

>行くぞベリス君――捜査の基本、現場検証だ

「えぇぇ〜〜……嫌であります……どこか安全な場所を探して、みんなで避難した方がいいでありますよ!」

ベリスは当然難色を示したが、みゆきが強行すると心底面倒という表情を浮かべながらも渋々手伝った。
所持品検査を実行しても、三バカは大したものを持っていない。
当然、橘音の事務所から盗み出したはずの狐面探偵七つ道具もどこかへ消えている。

>ベリス君は床に何か落ちて無いかよく見て。何か手掛かりが見つかるかもしれない

「何もないであります!」

二秒で返事が来た。もちろん、ベリスは床をチラ見しただけである。
だが、ベリスがよく調べたかどうかは別として、実際に床には三バカの生活の跡以外には目ぼしいものは何もなかった。
鍋でも食べようとしていたのか、カセットコンロに土鍋が乗っている。
その近くには半ばから真っ二つになった大根やら豚バラのパックなどが落ちていた。

>……手際が良すぎる。

そう。
尾弐の考える通り、犯人は『手際が良すぎる』。
今この工場跡地にいる12名の妖怪のうち、東京ブリーチャーズの6名は間違いなく全員が一流以上の妖怪である。
そのうちの三名を、他の仲間に一切感知されることなく拉致する――そんな手腕を持つ相手。
もしそんな相手が存在するとするなら、それはベリアルに匹敵する強大な脅威となるだろう。

>ん? ポチ君がデフォで聞き耳頭巾の能力持ってなかったっけ!?
>ポチ君、敷地内の動物たちに目撃情報を聞いてみるのはどうだろう
>……まぁ、試しにやってみるよ

>……やめだ。疑い出せばキリがねぇ
>色男にポチ助。ここは敢えて二手に分かれるってのはどうだ?
>具体的に言うなら、探索組とぶち壊し組への組分けだ

行き詰まった現状を打開するため、尾弐がひとつの作戦を提案する。

>……探索は分かるけど、ぶち壊しって……何をするつもりなのさ

「野蛮すぎるであります……日本のオーガは脳味噌まで筋肉でできてるでありますか……?だから、安全な場所に……」

ベリスがぼやく。
尾弐の提案したのは、この工場跡の破壊。
ロノヴェと二人でこの脆くなった廃工場を片っ端から破壊して回り、真犯人の潜伏場所をなくしていこうという作戦だ。
確かに、現在の工場内は入り組んでおり、身を隠す場所はいくらでもある。
それを、潰す。

109那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/01/16(木) 20:32:01
>分かった。じゃあ、追い込みは任せるよ……僕らは、どうしたものかな

ポチは尾弐の提案を快諾すると、自分たちの行動を思案し始めた。

>とりあえず……ヴァプラ君、もっかい体を広げてくれる?
>尾弐っち達が見落としそうなものを探すんだ。隠し部屋とか、地下室とか……

「は……はいぃぃぃぃ〜〜〜」

ヴァプラはふたたび霧状の身体を拡散させ始めた。すぐに、橘音の張った結界の内側を乳白色の霧が満たしてゆく。
もし隠し通路や隠し部屋などがあるなら、すぐにヴァプラはそれを察知してポチに知らせるだろう。

>僕は……聞き込みかぁ。まず話の聞ける相手が見つかればいいけど……

敷地内にはノエルが見かけたネズミの他、カラスなどもいる。
ポチが話しかけてみてもあまり有用な情報は得られなかったが、たったひとつ。
ネズミとカラスからは、ここには尻に目の付いた奴と、腹の大きな奴と、女みたいなやつ以外はいない、という情報が得られた。
つまり、今しがた乗り込んできた東京ブリーチャーズ(ロノヴェとヴァプラ含む)とベリスの9名を含む12名。
それしかこの工場にはいないということだ。

ポチがかすかに天邪鬼の妖気の残る場所に行くと、変化があった。
濃い紅色の、ビー玉ほどの大きさをした宝珠がひとつ、地面に転がっている。
真新しく美しい宝珠は、前々からここに打ち捨てられていたものとは考えづらい。
となれば――

ポチが宝珠を拾い上げると、すぐに宝珠は風船のようにぱぁんっ!とはじけて消えた。
そして、そのはじけた中から妖気が立ち昇り、ポチの視覚を侵食する。
ポチの目の前に広がったのは、過去の映像。
ポチと尾弐、ノエル、おミソ三柱の他、天邪鬼とシロもこの時点ではまだ一緒にいる。
しかし。

『連中はすでに我々の来訪に感付いているやもしれん。奇襲には充分注意しろ――』

そう言って、パーティーの最後尾を歩いていた天邪鬼がひょいと足元の瓦礫を飛び越えたと同時。
突然、天邪鬼の背後に鳥居が出現した。
鳥居の中から、ヌッと一本の腕が伸びてくる。といっても肉身の腕ではない、腕のような形状をとった半透明の妖気の塊だ。
腕は天邪鬼の襟首をむんずと掴むと、問答無用で天邪鬼を鳥居の中に引きずり込んだ。
それから、音もたてずに消滅する。その間、数秒さえもない。
天邪鬼はろくな抵抗もできないまま拉致されてしまった。
記録はそれで仕舞いである。

どうやら、天邪鬼は奇襲に備えて自分の周りに記録用の宝珠を飛ばしていたらしい。
宝珠は記録を再生した時点ではじけて消えてしまったので、他の仲間に同じ映像を見せることはできない。
が、ポチが口頭で目撃したものを伝えることはできるだろう。

そして。

ポチは気付くだろう。ヴァプラの霧の中で、自分の背後の空気がほんの僅か。
産毛が揺れる程度にそよいだのを。

ポチが身を翻すと、そこにはいつの間にか、忽然とひとつの真っ赤な鳥居が出現していた。
そこからポチがつい今しがた宝珠の映像で見たものと同じ、半透明の腕が一本伸びてくる。
腕はポチを捕えようとするが、ポチが回避、ないし攻撃するとすぐに鳥居の中に引っ込んでしまう。
と同時、鳥居もスゥ……と静かに消滅する。

探索組として単独行動しているポチをこれ幸いと攫いに来た、ということであろう。
だが、周囲に滞留しているヴァプラの霧の身体がそれをぎりぎりのところでポチに察知させた。
ポチがヴァプラの特性を分析し、有効利用できるように訓練したがゆえであろう。
つまり、特訓の成果が出たということだ。

「ご……ご無事で、教官〜」

ゆらゆらと漂う霧の中に、気遣わしげな表情が浮かぶ。
ヴァプラは本当にポチのことを案じているようだった。

110那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/01/16(木) 20:32:16
一方、ぶち壊し組として工場の解体に乗り出した尾弐とロノヴェは、順調に工場を解体していた。
尾弐の指示を受けたロノヴェが渾身の力で棍棒を振り下ろすと、鉄筋コンクリートの壁面がウェハースのように粉々になる。
解体業者もビックリの手際だ。この分だと数時間で工場は跡形もなくなり、ただの瓦礫の山と化すことだろう。

「や、やめた方がいいでありますよ!みすみす我々の隠れられる場所を破壊することないであります!」
「ここは、まず安全の確保!全員で集まって、それから方策を考えた方がいいであります!」
「いやいや、ホント、そういうのやめた方がいいでありますよ!いのちだいじに!いのちだいじに!であります〜!」

尾弐とロノヴェが解体作業に勤しむ傍らで、すっかり及び腰になったベリスがなんとか蛮行をやめさせようと忠告してくる。
もちろんロノヴェは反応しない。一応天魔として付き合いは長いはずだが、完全に無視されている。
一方で尾弐の命令には忠実に従う。尾弐の洗脳……もとい教育が行き届いている証左であろう。

「みゆき殿も言った方がいいでありますよ!?こんなことしたって、疲れるだけであります!」
「ヴァプラ君とポチ殿を呼び戻し、全員で安全なところに退避!そして逆転のチャンスを待つであります!」

尾弐たちが無反応だと知ると、今度はみゆきに標的を変える。
なんとか自分の安全だけは確保して、他の連中を捨て石にしようという魂胆が見え見えである。
いかにも保身第一のクズ野郎という感じだが、裏を返せばテンプレのような悪魔ムーブとも言える。
逆に橘音(アスタロト)やロノヴェ、ヴァプラらの方が悪魔らしくないのである。

そして。

そんなベリスの背後に、音もなく真紅の鳥居が出現した。
ロノヴェはまったく気付いていないが、尾弐とみゆきは半透明の腕がベリスを鳥居に引きずり込もうとしているのが見えるだろう。

「ひッ、ひええええええええええええ!!!」

ベリスが尻もちをついて悲鳴を上げる。
攻撃をしても効果はないが、半透明の腕はすぐに引っ込んでしまう。
が――引っ込んだ腕の代わりに、鳥居の奥からさながらマシンガンのように弾丸が飛来してきた。

ドガガガガガガッ!!

「ぴゃわわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

ベリスは頭を抱えて逃げ回った。うるさい。
弾丸が盲撃ちのようにしばらく周囲を薙ぎ払い、命中しなかった弾丸が床に零れる。
……いや。それは、正確には弾丸ではなかった。

大豆だ。

みゆきやベリスにとっては命中しても「いたたたた!めっちゃ痛い!」くらいで済むが、尾弐にとっては弾丸より危険である。
妖怪界広しと言えども、大豆を武器とする妖怪は一体しかいない。
鳥居の奥から、ひとりの人影がゆっくりと姿を現す。
アズキ色の髪をショートカットにし、アズキ色のイモジャージの上に半纏を着込んで、山盛りのアズキが入った枡を抱えた女。

「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!東京ブリーチャーズ非正規メンバー、新井あずき!見〜参!!」

あずきは自信満々にそう言うと、これでもか!とばかりに胸を反らした。

「ぎゃああああああああ!刺客でありますー!小官を殺しに来た地獄からの使者でありますーっ!!」

ベリスがこの世の終わりのような悲鳴を上げる。
地獄からの使者はお前だろというツッコミはしてはいけない。

「さあ、やっちゃいますよー!アタシの小豆を怖れぬ者からかかってらっしゃい!なんちて!……あ、あれ?」

あずきは枡の中の小豆を鷲掴みすると、やっとブリーチャーズに気付いて大きな目をぱちぱち瞬かせた。

「ノエル君?なんでこんなところに?尾弐ぃさんも……あれ?あれれ?どういうこと?」
「いや、アタシはここに召喚されたんで、てっきり悪い妖壊がいるものとばかり……」

気付けば、鳥居はいつの間にか姿を消している。あずきを送り出してお役御免となったらしい。
あずきは召喚された、と言った。それはつまり狐面探偵七つ道具のひとつ、召怪銘板が使用されたということに他ならない。

111那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/01/16(木) 20:32:28
「アタシを召喚した相手?いやー見えなかったなー。召怪銘板はチラッと見えたけど、他の妖怪とかはいなかった気が」

あずきは首を傾げた。

「と・に・か・く!召喚された以上は役目を果たすのが東京ブリーチャーズ非正規メンバーの宿命ってやつ?」
「前はぜ〜んぜん戦えなかったけど、あれからアタシも修行しました!小豆洗う合間とか、寝る前とかに!」
「ってことでぇ!ノエル君、どーんとアタシに任せちゃってよー!フフッ、今宵の小豆は血に飢えておるわ……!」

どうやら、かつての酔余酒重塔での戦いで自分がまったくの役立たず、小豆のオマケであったことが堪えていたらしい。
あずきはあずきなりに身体を鍛えていたという。チャランポランな者の多い非正規メンバーの中では極めてまともである。
いかにも強者(雰囲気だけ)というオーラを出しながら、あずきはなんか格好いいっぽいポーズを取った。
なお、現在はまだ昼間である。

だが。

目下、狐面探偵七つ道具が奪われており、奪った犯人によって召喚がなされた、ということは。
あずきはブリーチャーズの敵、ということになる。
ブリーチャーズ的にも、あずきが敵によって召喚されたというのなら非正規メンバーであっても排除しなければならない。
あずきが召喚主に操られでもして、小豆が尾弐に命中でもすれば取り返しのつかないことになる。
ここはあずきをさっさと倒して、送還するのが一番安全である。
しばしの静寂の後、やっと事態を正確に把握できたらしいあずきはダラダラと脂汗を流しながら、

「……おや……?ひょっとしてアタシ、死ぬのでは……?」

と、呟いた。


*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*


「ひどい……ひどすぎる……次回から小豆値上げしてやるぅぅぅぅ……」

東京ブリーチャーズにボコボコにされたあずきは、捨て台詞を吐きながら消滅していった。
修行したとは言っても、しょせん付け焼刃。手加減したみゆきにもボコられる有様である。
あずき自体は相変わらず単なるお笑い要員と言った感じであったが、事態は思ったよりも切迫している。
黒幕が召怪銘板を使いこなしているとしたら、今後も銘板に登録された妖怪が刺客として送り込まれてくる可能性がある。
今のあずきのような手合いならまだしも、おとろしや犬神といった強者が召喚された場合はまずいことになるだろう。
そして、そんな状況をもっとも憂慮しているのがベリスであった。

「ひぃぃぃぃ……だから言ったのであります!こんなことはしないで、安全な場所にみんなで隠れた方がいいってー!」

ベリスは最初から一貫して、残った全員で安全な場所に隠れるという提案を続けている。
しかし――

「『どうせ、みんな無事なのでありますから』!もう済んだ連中はほっといて、こちらが無傷で逃げる方法を考えるであります!」

ベリスはただ何も考えず、ただただ身の安全だけを図ろうとしていたわけではなかった。
いや、身の安全第一なのは事実なのだけれども。

「皆様おバカさんでありますか!?それでもベリアル卿を倒した東京ブリーチャーズでありますか!」

唾をまき散らしながら、ベリスは語勢を強くしてみゆきや尾弐に言い募った。

「もし相手に殺意があるとしたら、三バカ君たちはとっくに死んでいるであります!」
「三バカ君は明らかに意識を失う程度に叩きのめされ放置されている――つまり、手心を加えられているであります!」
「天魔は妖怪に手加減する理由がないでありますし、妖壊はそもそも手加減なんて気の利いたことはできないであります!」
「ついでに言えば、仲間に気取られず対象を攫えるほどの力があれば、人知れず殺すことだってできるはずであります!」
「それを敢えてせず、攫うだけに留めた――それは殺意のないことの裏付け、他に目的があることの証拠でありますよー!」

怒涛の解説だ。弁舌だけは超一流、という橘音の評価は間違いではなかった。
ベリスは自ら何かをするようなやる気もなく、保身を第一とし、他人をこき使うことしか考えていない天魔である。
が。それは裏を返せば人材を最大限有効活用する手腕に長け、守りに関しては盤石の方策を練ることができるということだ。
……精いっぱい好意的な解釈をした場合、だが。

「さらに、小豆洗い君は人影を見なかったと証言しているであります!しかし犯人は敷地内にいる、とすれば――」

橘音のお株を奪う推理で、ビシィ!とベリスは右手の人差し指を突き出し虚空を指した。

「犯人は『人型ではない』!!つまり、犯人は――ぶぴぃ!!!??」

犯人を明かしかけたところで、ベリスは横合いから飛んできた何かの一撃を喰らい、奇声を上げて吹き飛んだ。
そのまま、ロノヴェが破壊した建屋の瓦礫に激突し、くたり……と脱力する。気絶したらしい。
だが、それで犯人探しが振り出しに戻ってしまった――ということはない。

犯人は、すでに東京ブリーチャーズの目の前にいた。

112那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/01/16(木) 20:32:47
みゆき、尾弐、ベリス、ロノヴェの四名から5メートルほど離れた場所に、一振りの日本刀が浮かんでいる。
その鞘や柄の拵えに、みゆきと尾弐は見覚えがあるだろう。
狐面探偵七つ道具のひとつ――『鬼切』童子切安綱。
天下五剣のひとつにも数えられる、妖異殺しの神刀である。
何者かによって三バカの手から奪われたはずの刀が忽然と出現し、尋常ならざる紫色の妖気を纏って宙に浮かんでいる。
どうやら、童子切安綱がどこからか飛来してきてベリスの横っ面をしばき、昏倒させたらしい。

《……オオオ……おおおおぉぉぉおおぉぉおぉぉぉおおぉおぉおおぉおおぉぉぉ……》

妖気を芬々と放つ童子切安綱から、声が聞こえる。

《膝を折り、こうべを垂れよ……われは朝家守護、正四位下春宮権大進源頼光が佩刀、童子切安綱なる……》

童子切は荘重な声音で告げた。
そう。
確かに、工場跡地には東京ブリーチャーズと三バカ、おミソ三柱の他に『人影』はなかった。
だが、妖怪に人型でなければならないという決まりはない。
狐面探偵七つ道具は、いずれも名にしおう大妖怪の所有する由緒正しい妖具である。格としては並の妖怪よりよほど位が高い。
古い道具がいつしか意思を持ち、妖怪に変ずる『付喪神』――
彼らがただ人に使われるだけの妖具に甘んじている理由など、どこにもないのである。

《うぬら、東京ブリーチャーズに申し渡す――》
《主命により、帝都鎮護に使役されるは善い――われらの本懐である》
《されど、これは如何なものか――最早、われらの寛恕の範疇を遥かに超えておる……!》

宙に浮いた童子切がぷるぷると震えた。憤慨しているらしい。

《事情が呑み込めぬと申すか……度し難き愚かしさ、やはり激憤を以て断罪せしめるより他になし》
《われら重代の宝具を敬い祀らぬばかりか、あまつさえ――あまつさえ――》

ゴッ!!と音を立て、童子切を取り巻いていた妖気が爆発的に燃え上がる。




《われで!この安綱で!豚バラを切るなどと―――――!!!!!》




三バカ、すごいことしてた。
そういえば、三バカが倒れていた近くには土鍋とカセットコンロがあり、切られた大根や豚バラのパックが転がっていた。
恐らく、三バカは腹ごしらえをするのに童子切を包丁代わりに使ったのだろう。
平安時代最強の妖異殺し、源頼光の愛刀として国宝にも指定されている童子切が、そんな雑な扱いを許すはずもない。
ブチギレて三バカをブチのめし、ついでに日頃雑に道具を扱っているブリーチャーズも懲らしめようとした――
というのが、ことの真相らしい。

《わたしを担いで運ぶな……鳥居とは本来、ひとつ所に鎮座しておるもの……軽々に持ち運ぶものにあらず……》

ズズ……と虚空から妖気を纏った鳥居が出現する。天神細道だ。

《設定だけで本編に出番がなかった……》

聞き耳頭巾がふわふわと宙を漂って恨み言を言う。すみません。

《いや、俺に「ヘイ!Siri!」とか「OK.Google」とか言われても答えらんねぇし!まして「アレクサ電気つけて」とか無理だし!》

召怪銘板がぶーたれる。どう見ても橘音が悪いです本当にありがとうございました。

《先だって捕えた三名には、既に過酷なる罰を与えておる……。うぬらも神妙に縛につくがいい――!!》

童子切が宣告すると同時、六種類の道具が出現する。七つ目の姿は見えない。
どう考えてもこちら(三バカ)が悪いのだが、説明したところで七つ道具の怒りは収まらないだろう。
といって、あっさり投降することもしづらい。そうすればおミソ三柱は東京ブリーチャーズが負けたと思うだろう。
ベリスは別にどうでもいいが、そうすると今まで辛い特訓をこなしてきたロノヴェとヴァプラが報われない。
で、あれば。

この強大な宝具である狐面探偵七つ道具を制することこそが、ロノヴェとヴァプラの自信回復に繋がるであろう。
なお、ポチとヴァプラはいつでもみゆきと尾弐に合流できる。
七つ道具はそれぞれ以下の特性を持つ。

召怪銘板:東京ブリーチャーズ非正規メンバーの妖怪をランダムに召喚して攻撃
迷い家外套:ブリーチャーズが七つ道具に攻撃しようとすると前方に立ち塞がって結界を構築。攻撃を防御する
聞き耳頭巾:後方に陣取り、ブリーチャーズの行動パターンを予見して他の道具に回避を促す
天神細道:ワープを繰り返しながら、視覚から妖気の腕で殴打してくる
姥捨ての枝:ただ浮いているだけで何もしてこない穏健派(?)
童子切安綱:鞘による殴打。抜刀はしてこない。宙を自在に舞い攻撃と回避を繰り返す

113御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2020/01/20(月) 00:29:00
>「何もないであります!」

「それ何も見て無いの略でしょ!」

仕事が早すぎたベリスに、みゆきは瞬時にツッコミを入れた。
仕方が無いので自分で見て、大根や豚バラが妙にスパッと真っ二つになってるなあ、等と思うのであった。

>「色男にポチ助。ここは敢えて二手に分かれるってのはどうだ?」
>「具体的に言うなら、探索組とぶち壊し組への組分けだ」
>「要するに追い込み式の狩りだ。仮に敵が結界の中に居た場合、逃げ隠れする為の遮蔽物をぶっ壊していけば、何れは出てこざるを得ねぇだろ?」
>「それに、建物をぶち壊していく最中で橘音達か七つ道具を見つけられるかもしれねぇ。ついでに、空間が減れば減るほど探索すべき場所を絞っていける筈だ」
>「俺はロノヴェに手伝わせて、片っ端から、工場の建物を解体して行こうと考えてる」

>「分かった。じゃあ、追い込みは任せるよ……僕らは、どうしたものかな」

「ポチ君はヴァプラ君と一緒に探索するのがいいんじゃないかな?」

こうして尾弐とロノヴェはぶち壊し組、ポチとヴァプラは解体組となった。
残ったみゆきとベリスはというと……

>「や、やめた方がいいでありますよ!みすみす我々の隠れられる場所を破壊することないであります!」
>「ここは、まず安全の確保!全員で集まって、それから方策を考えた方がいいであります!」
>「いやいや、ホント、そういうのやめた方がいいでありますよ!いのちだいじに!いのちだいじに!であります〜!」

騒ぐベリスの後ろで、みゆきは尾弐とロノヴェの破壊工作を黙々と見守っていた。

>「みゆき殿も言った方がいいでありますよ!?こんなことしたって、疲れるだけであります!」
>「ヴァプラ君とポチ殿を呼び戻し、全員で安全なところに退避!そして逆転のチャンスを待つであります!」

「落ち着いて。敵はあのきっちゃん達を攫うぐらいの奴らだ――安全なところなんて無いんだからどこにいたって一緒さ」

全く落ち着ける要素の無い返事をするみゆき。
ところでみゆきは見ているだけで、作業に参加する様子はない。ベリスのダメ妖怪っぷりが伝染したのだろうか。

「童は破壊活動に集中する二人が不意打ちを受けないように警戒してるの。
決してサボってるわけじゃないから! 適材適所万歳!」

遠距離攻撃が出来るみゆきと小心者である意味危険感知能力が高いベリスは奇襲警戒組――ということにしておこう。
ということでみゆきは、ベリスの背後に突如出現した鳥居に気付いた。
どこかで見た事があるような鳥居だな、と思うみゆき。

「後ろ後ろー!」

>「ひッ、ひええええええええええええ!!!」

鳥居から伸びてきた腕に引っ張りこまれるかと思いきや、腕はすぐに引っ込み、マシンガン式に弾丸が飛んできた。

114御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2020/01/20(月) 00:31:39
>「ぴゃわわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

ベリスに駆け寄っていたみゆきも当然流れ弾をくらう。

「ぎょえぇええええええええええ……え? 小豆? クロちゃん、こっちに来ないで!」

ベリスやみゆきが小豆にあたってもギャグで済むが、尾弐に当たったらシャレにならない。
尾弐への刺客かと想定し、警戒を促す。

>「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!東京ブリーチャーズ非正規メンバー、新井あずき!見〜参!!」

>「ぎゃああああああああ!刺客でありますー!小官を殺しに来た地獄からの使者でありますーっ!!」

「な〜んだ、君か〜。びっくりさせないでよ、もう!」

>「さあ、やっちゃいますよー!アタシの小豆を怖れぬ者からかかってらっしゃい!なんちて!……あ、あれ?」
>「ノエル君?なんでこんなところに?尾弐ぃさんも……あれ?あれれ?どういうこと?」

「それはこっちの台詞だよ!」

>「いや、アタシはここに召喚されたんで、てっきり悪い妖壊がいるものとばかり……」

つまり何者かによって召喚された直後に鳥居を通ってきたということだろうか。

「実は召怪銘板が何者かに奪われちゃって。君はそいつに召喚されたと思うんだ。 誰に召喚されたの?」

>「アタシを召喚した相手?いやー見えなかったなー。召怪銘板はチラッと見えたけど、他の妖怪とかはいなかった気が」

「なるほど、敵は姿を消せる妖怪なのかな……?」

>「と・に・か・く!召喚された以上は役目を果たすのが東京ブリーチャーズ非正規メンバーの宿命ってやつ?」
>「前はぜ〜んぜん戦えなかったけど、あれからアタシも修行しました!小豆洗う合間とか、寝る前とかに!」
>「ってことでぇ!ノエル君、どーんとアタシに任せちゃってよー!フフッ、今宵の小豆は血に飢えておるわ……!」

やる気満々のあずきに、みゆきは言いにくそうに告げる。

「大変申し訳ないんだけど、紹怪銘板で召喚された妖怪は召喚者の命令に従う気がするようなそうでないような……」

>「……おや……?ひょっとしてアタシ、死ぬのでは……?」

帰ってもらおうにも、ここは結界に閉ざされているのでそれも出来ない。
紹怪銘板の仕様上、戦闘不能になると強制送還されるようなので、その手でいくしかないようだ。
とはいっても尾弐や増してやロノヴェでは、殺さない程度に戦闘不能にする力加減が難しいのだろう。

115御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2020/01/20(月) 00:32:27
「ここは童が……」

みゆきはおもむろにノエルの姿になると、フ○スクを口に放り込んだ。

「あずきちゃん、ごめん……!」

「えぇ!? 近い近い近い!」

あずきを壁際まで追い詰めて壁に手を付く。俗に言う壁ドンである。
忘れられがちだがノエルは超絶イケメン(※ただし外見に限る)のため、思わず目を閉じるあずき。
ノエルは超至近距離で超爽やか過ぎる息を吹きかけた。ちなみに昔話ではこれで爺さんが凍死している。
あずきは妖怪のため命に別状は無いが、あっさり凍えて戦闘不能になって送還されていった。
――恐怖の捨て台詞を残して。

>「ひどい……ひどすぎる……次回から小豆値上げしてやるぅぅぅぅ……」

「それは勘弁してぇええええええ!!」

ところでフ○スクを食った意味はあったのだろうか。CMか? スポンサーなのか!?

「まずいな……敵が紹怪銘板を持っているとなると何が送り込まれるかわかったもんじゃない……。
しかも透明になる能力を持っているとすれば隠れ場所をなくしてもあまり意味はないということか……」

ノエルは今度は乃恵瑠の姿になって迷推理を繰り広げ始める。
乃恵瑠になっているのは4つの人格の中では一応一番頭がいいからだろう。

「ということはよく不審者対策に受付に置いてあるカラーボール……は無いから雪玉を投げまくれば姿を現してくれるかも……!」

……これでも4つの人格の中では一番頭がマシなのである。多分。

>「ひぃぃぃぃ……だから言ったのであります!こんなことはしないで、安全な場所にみんなで隠れた方がいいってー!」
>「『どうせ、みんな無事なのでありますから』!もう済んだ連中はほっといて、こちらが無傷で逃げる方法を考えるであります!」

「どうして無事だと分かる……? まさか、敵の内通者かッ!?」

>「皆様おバカさんでありますか!?それでもベリアル卿を倒した東京ブリーチャーズでありますか!」
>「もし相手に殺意があるとしたら、三バカ君たちはとっくに死んでいるであります!」
>「三バカ君は明らかに意識を失う程度に叩きのめされ放置されている――つまり、手心を加えられているであります!」
>「天魔は妖怪に手加減する理由がないでありますし、妖壊はそもそも手加減なんて気の利いたことはできないであります!」
>「ついでに言えば、仲間に気取られず対象を攫えるほどの力があれば、人知れず殺すことだってできるはずであります!」
>「それを敢えてせず、攫うだけに留めた――それは殺意のないことの裏付け、他に目的があることの証拠でありますよー!」

「ベリス殿がやる気を出している……! 槍でも降るのではないのか!?」

発言の内容ではないところに感心している乃恵瑠であった。

116御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2020/01/20(月) 00:33:23
>「さらに、小豆洗い君は人影を見なかったと証言しているであります!しかし犯人は敷地内にいる、とすれば――」
>「犯人は『人型ではない』!!つまり、犯人は――ぶぴぃ!!!??」

「ベリス殿!」

突然奇声をあげて吹き飛んだベリス。そして、目の前には日本刀が浮かんでいた。

「犯人を当てただと!? ベリス殿……そなた、本当に頭は良かったのだな! 橘音殿ほどではないが!」

>《膝を折り、こうべを垂れよ……われは朝家守護、正四位下春宮権大進源頼光が佩刀、童子切安綱なる……》
>《うぬら、東京ブリーチャーズに申し渡す――》
>《主命により、帝都鎮護に使役されるは善い――われらの本懐である》
>《されど、これは如何なものか――最早、われらの寛恕の範疇を遥かに超えておる……!》

「一体どうしたのだ?」

>《事情が呑み込めぬと申すか……度し難き愚かしさ、やはり激憤を以て断罪せしめるより他になし》
>《われら重代の宝具を敬い祀らぬばかりか、あまつさえ――あまつさえ――》
>《われで!この安綱で!豚バラを切るなどと―――――!!!!!》

「三バカかぁああああ! 妙に豚バラスパッと切れてると思ったぁあああああああああ!」

>《わたしを担いで運ぶな……鳥居とは本来、ひとつ所に鎮座しておるもの……軽々に持ち運ぶものにあらず……》

「それは……手頃なサイズで持ち運びに便利だし……いけなかったか?」

>《設定だけで本編に出番がなかった……》

「待て、早まるな! まだ最終章でワンチャンある!」

>《いや、俺に「ヘイ!Siri!」とか「OK.Google」とか言われても答えらんねぇし!まして「アレクサ電気つけて」とか無理だし!》

「橘音殿無茶ぶりし過ぎィ!」

>《先だって捕えた三名には、既に過酷なる罰を与えておる……。うぬらも神妙に縛につくがいい――!!》

「過酷なる罰……一体どんな恐ろしい罰なんだ……!」

ガクブルしながら乃恵瑠は深雪の姿になり、相手方にホワイトアウトをかけ時間稼ぎをする。
そしてベリスを起こしにかかる。童子切安綱は、真っ先にベリスを気絶させてきた。
敵の中で真っ先に倒す相手のセオリーは、一番弱くてすぐ倒せるというのが一つ
もう一つは――放置しておくと地味に厄介な相手だ。
あるいはその両方が重なっている場合もあるが。

117御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2020/01/20(月) 00:34:00
「ベリス殿、起きろ! そなたは後ろで見ていて我に危険が迫ったら知らせるのだ。
我らが負ければそなたも過酷な罰を受けることになるぞ!」

一体でも強大な力を持つ妖具の付喪神が6つ――これは守りの戦いになるだろう。
保身第一のベリスだからこそ、自分の身に危険が迫っているとなればやる気になるはずだ。
それともう一つ、ベリスは橘音ほどではないが少なくともノエルよりは頭がいい。
命令される側より命令する側の方に回った方が真価を発揮できるのではないか――そう思ったのだった。
尤も、同じような感じで気絶させられたであろう三バカはどうやっても目を覚まさなかったので、ベリスも目を覚ますかどうかは分からないのだが。
でもこちらは腐っても天魔なのでワンチャンあるかも。

「極寒の地の氷の神よ、我に力を与えたまえ。言葉は氷柱、氷柱は剣。身を貫きし凍てつく氷の刃よ、今嵐となり我が障壁を壊さん!エターナルフォースブリザード!!
……よっしゃあ! 噛まずに言えた!」

詠唱付きのエターナルフォースブリザードは2章以来だが、あれから数々の激戦を潜り抜けてきただけあって今度は噛まずに言えた。
妖具達は一斉に氷漬けになった。深雪は思わずガッツポーズをした。

「ふははははは! どうだ童子切安綱! 凍り付いて抜刀できぬだろうあいたたたた痛い痛い!」

氷漬け状態の童子切安綱にポカポカ殴られながら逃げ回る深雪。
どっちにしろ抜刀はしてこない仕様なのだが、あいにくラ○ブラなんて持ってないのでそんなことは知る由も無いのであった。

118尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2020/01/26(日) 20:03:35

>「分かった。じゃあ、追い込みは任せるよ……僕らは、どうしたものかな」
>「野蛮すぎるであります……日本のオーガは脳味噌まで筋肉でできてるでありますか……?だから、安全な場所に……」

ベリスの懸念も馬耳東風。
ポチから賛同の意を得、ノエルからも特段の否定は無かったため、尾弐は宣言した言葉の通りに廃工場の解体に手を出した。

「ロノヴェ、パターンは伊の3だ。乾坤一擲、ぶちかましてやれ」

ロノヴェに攻撃の指示を出すと同時に、上着を脱ぎ捨て肩に掛けた尾弐も拳を振るう。
空を抉る様な音と共に繰り出されたアッパー気味の拳は、廃工場の鉄骨にぶつかり、地響きと共にそれを『く』の字に折り曲げた。
勢いのまま、埋没していた部分を地上へと抉りだされた鉄柱は、腹の底に響く様な崩壊音を鳴らして壁の一部ごと地面に横たわる。
これぞ、鬼という妖怪の理外の剛力。
ロノヴェによる嵐の如き破壊も合わさり、このままいけば尾弐達は、重機など用いずとも廃工場は瓦礫の山に代える事だろう。

>「や、やめた方がいいでありますよ!みすみす我々の隠れられる場所を破壊することないであります!」
>「ここは、まず安全の確保!全員で集まって、それから方策を考えた方がいいであります!」
>「いやいや、ホント、そういうのやめた方がいいでありますよ!いのちだいじに!いのちだいじに!であります〜!」
>「落ち着いて。敵はあのきっちゃん達を攫うぐらいの奴らだ――安全なところなんて無いんだからどこにいたって一緒さ」

「黙ってろ天魔、こちとら命よりも大事なモンを攫われてんだ。第一、色男の言うとおり安全な場所なんてねェだろうが」

そして、相変わらずベリスの意見はスルーである。
雑に答えながら蹴りを繰りだし、放置されていた壊れた作業機械をせんべいのように潰していく尾弐。
それでも完全に無視を決め込まない辺り、無言で漂白される妖壊に比べれば多少なり扱いはマシだと言えよう

>「ひッ、ひええええええええええええ!!!」
「いい加減にしねぇか。黙ってろって何回言や――――」

そして、その尾弐の律義さが今回は吉と出た。
振り返った尾弐。その真横を『何か』が通り抜けたのだ。

「あン? 何だこい……つ……は……?」

疑問の言葉は、通り抜けた『何か』の正体を知ると共に引き攣ったものに変わっていく。
直径5ミリ程の大きさ。艶のある表面は小豆色の――――というか、小豆だった。あずき豆である。

>「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!東京ブリーチャーズ非正規メンバー、新井あずき!見〜参!!」
>「ノエル君?なんでこんなところに?尾弐ぃさんも……あれ?あれれ?どういうこと?」
>「いや、アタシはここに召喚されたんで、てっきり悪い妖壊がいるものとばかり……」
>「それはこっちの台詞だよ!」

「…………。ノエルの言う通りだな。何でお前さんが此処に居るんだ……というか待て。召喚だと?」

数ある妖怪の中でも小豆を武器にする妖怪といえば彼女、小豆洗いしかいない。
更に、彼女が東京ブリーチャーズとして召喚されたのであれば、それは七つ道具の一、召怪銘板によるものに他ならない。

119尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2020/01/26(日) 20:04:03
>「と・に・か・く!召喚された以上は役目を果たすのが東京ブリーチャーズ非正規メンバーの宿命ってやつ?」
>「前はぜ〜んぜん戦えなかったけど、あれからアタシも修行しました!小豆洗う合間とか、寝る前とかに!」
>「ってことでぇ!ノエル君、どーんとアタシに任せちゃってよー!フフッ、今宵の小豆は血に飢えておるわ……!」

なれば、その力によって呼び出された新井あずきと東京ブリーチャーズが衝突するは必定。

>「……おや……?ひょっとしてアタシ、死ぬのでは……?」
「お前さん相手だと、死亡率はオジサンの方が高いんだがな……」

もしも新井あずきが正面から尾弐とぶつかれば、尾弐を打倒出来る可能性は高いだろう。
豆というものは悪鬼にとってそれ程までの脅威なのだ。
戦車の砲弾を耐えるであろう尾弐の肉体も、たった一粒の豆に打ちのめされる。
例え数々の死線を乗り越えようと、そうあれかしは変わらないのである。まあ、最も――――

>「あずきちゃん、ごめん……!」
>「ひどい……ひどすぎる……次回から小豆値上げしてやるぅぅぅぅ……」

この場に尾弐以外の東京ブリーチャーズが居る時点で、そうはならないのであるが。
結局の所、尾弐以外にとってはどれだけ早かろうと豆は豆なのである。
ノエルにあずきアイスのごとく氷結された新井あずきは、あっというまに撃退されて送還されていった。

「ったく、敵に使われるとつくづく厄介なモンだな、七つ道具ってのは」

送還を確認した後にそう言った尾弐の声は疲れが多大に混じっているが、それも仕方ないと言えよう。
今回は無事に切り抜けられたが、再び非正規メンバーが召喚される可能性は極めて高いのだから。
そして、非正規メンバーと言っても、彼等は尾弐達に劣っているという訳では無い。
むしろ、状況を限定すれば尾弐を凌駕する性能を発揮する妖怪は多数存在する……それ故に、敵に回すと厄介極まりない。
犬神やおとろしなど、想定される『敵』を想起しつつ、尾弐は廃工場の解体を再開しようとし

>「ひぃぃぃぃ……だから言ったのであります!こんなことはしないで、安全な場所にみんなで隠れた方がいいってー!」
>「『どうせ、みんな無事なのでありますから』!もう済んだ連中はほっといて、こちらが無傷で逃げる方法を考えるであります!」

だがそこで、ベリスの悲鳴のような主張を聞き、尾弐は本日初めて彼の天魔の為にその手を止めた。

>「皆様おバカさんでありますか!?それでもベリアル卿を倒した東京ブリーチャーズでありますか!」
>「もし相手に殺意があるとしたら、三バカ君たちはとっくに死んでいるであります!」
>「三バカ君は明らかに意識を失う程度に叩きのめされ放置されている――つまり、手心を加えられているであります!」
>「天魔は妖怪に手加減する理由がないでありますし、妖壊はそもそも手加減なんて気の利いたことはできないであります!」
>「ついでに言えば、仲間に気取られず対象を攫えるほどの力があれば、人知れず殺すことだってできるはずであります!」
>「それを敢えてせず、攫うだけに留めた――それは殺意のないことの裏付け、他に目的があることの証拠でありますよー!」

堰を切った様に語りだすベリス。
保身を中心に置いた発言ではあるものの……いや、そうであるからこそ、その洞察は的を射ている
その発言を聞いた尾弐は、ここにきて、ようやくベリスという天魔について理解をした。
怠惰、自分勝手、保身偏重。つまり

「首が回らない程に追い詰められて……それこそ、崖っぷちのギリギリでようやく真価を発揮するって訳か」

>「さらに、小豆洗い君は人影を見なかったと証言しているであります!しかし犯人は敷地内にいる、とすれば――」
>「犯人は『人型ではない』!!つまり、犯人は――ぶぴぃ!!!??」

そんな風に、尾弐がベリスへの評価を若干ながら上方修正したその直後
急襲――――突如として何かがベリスを吹き飛ばし、その意識を刈り取った
咄嗟に警戒を最大限まで強めた尾弐は、攻撃を行った何かへと意識を向ける。すると其処には

120尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2020/01/26(日) 20:04:21
「童子切安綱だと……!?」

虚空に舞う、一振りの剣。名を童子切安綱。
纏うその妖気を、尾弐黒雄が見紛うものか。

>《……オオオ……おおおおぉぉぉおおぉぉおぉぉぉおおぉおぉおおぉおおぉぉぉ……》
>《膝を折り、こうべを垂れよ……われは朝家守護、正四位下春宮権大進源頼光が佩刀、童子切安綱なる……》

(持ち主が透明人間って訳じゃなさそうだ……つまり、付喪神の類って事か?)

持ち手の無いまま、されど確かに顕現する童子切安綱。
彼の存在は威厳有る声で尾弐達へと語りかける。

>《うぬら、東京ブリーチャーズに申し渡す――》
>《主命により、帝都鎮護に使役されるは善い――われらの本懐である》
>《されど、これは如何なものか――最早、われらの寛恕の範疇を遥かに超えておる……!》
>《事情が呑み込めぬと申すか……度し難き愚かしさ、やはり激憤を以て断罪せしめるより他になし》
>《われら重代の宝具を敬い祀らぬばかりか、あまつさえ――あまつさえ――》

それは、怒りの言葉。それは嘆きの言葉。
東京ブリーチャーズが、童子切安綱を大義無き事へ使用したという、不義への憤慨。
長き時を経て霊格を得た彼を激昂させた悪行とは即ち

>《われで!この安綱で!豚バラを切るなどと―――――!!!!!》
>「三バカかぁああああ! 妙に豚バラスパッと切れてると思ったぁあああああああああ!」

「……あのバカ共、やらかした事はそこらの妖壊よりも性質が悪ぃな!」

由緒ただしき霊剣で豚バラを切るなどというイヤミ達の愚考に、尾弐は思わず掌を額に当てて呻く。
そして、その童子切安綱の怒りに呼応するように次々と七つ道具――――それに宿る付喪神達がその姿を現す。
彼等は、自分達の扱いの粗雑さに対して各々苦言を呈し、尾弐達に懲罰を与える事を宣言する。
彼等の怒りを耳にした尾弐は、諦めた様に両手を上げる。

「あー……お前さん方の怒りは最もだし、何ならウチの大将がやらかした分についてはオジサンが謝罪する。すまなかった」

あまりに素直なあっさりとした謝罪。
七つ道具からしてみれば、そんな謝罪程度で許せる所業ではないのだろうが、しかし尾弐は七つ道具が何かを言う前に更に言葉を重ねる。

「ただな、これだけは言わせてくれ」
「――――よりにもよってテメェ等が、あのバカ共と東京ブリーチャーズを同一視してんじゃねぇ!!」

謝罪の後に吐き出されたその言葉は、あまりに堂々とした敵対宣言。
七つ道具からしてみれば、尾弐の発言は逆切れにしか見えないだろう。だが、尾弐にも言い分はあるのだ。
見方によっては七つ道具は、長き時を共に戦い、危機を乗り越え、天魔ベリアルとの決戦をも走り抜けた戦友であると言える。
つまり、尾弐からしてみれば……ある種の戦友だと思っていた相手に、『お前らあの腹出して踊ってた妖怪と類友だろ?』と言われた様なものなのである。
基本的に自分が頭を下げて収まる場面であれば躊躇わずに頭を下げる尾弐であるが、さすがにこれは許容できないらしい。

>「極寒の地の氷の神よ、我に力を与えたまえ。言葉は氷柱、氷柱は剣。身を貫きし凍てつく氷の刃よ、今嵐となり我が障壁を壊さん!エターナルフォースブリザード!!
>……よっしゃあ! 噛まずに言えた!」

ノエルが氷結の妖術を大規模展開したのをトリガーにして、動き出す。

「橘音達は無事みてぇだから、ぶち壊すような真似はしねぇが――――多少の傷と汚れくらいは覚悟しとけ!!」

冷気の霧に紛れ、尾弐が初手に選んだのは投擲攻撃。
彼は手近に有った――――手近に有った、壊れて錆びた『ロードローラー』をむんずと掴むと、そのまま七つ道具の天神細道に向けて投げつける。
ぶち壊す真似はしないと言ったていた気がするが……どれだけ殴っても耐え抜いたロノヴェとの特訓の結果、その辺りの尾弐の感覚が大分麻痺しているらしい。

「ロノヴェ!パターン伊2、6、9と呂3、8に加えて波9、11をランダムでやれ!俺と離れた相手への攻撃を厳守だ!」

ロノヴェに攻撃パターンの指示を出し尾弐が攻撃している相手と別の七つ道具をターゲットに攻撃するよう告げると、今度は先ほどぶち壊した鉄骨を片手に掴み、手近に居た七つ道具達へと薙ぎ払う様に叩き付ける。
実に力任せの乱雑な攻撃であるが、それでいい。それがいい。ノエルが機先を制し、尾弐が暴れ回れば、その分彼が活躍する機会は生まれる

(『刈り取り』は任せるぜ、ポチ助――――!)

その優れた聴覚とヴァプラによる索敵でこちらの状況を把握しているであろうポチ。
彼の奇襲に期待しつつ、尾弐は役割を果たすべく大暴れを始めるのであった。

121ポチ ◆CDuTShoToA:2020/02/02(日) 19:09:19
「……どうなってるんだ?」

ポチがぼやいた。
今までに得られた情報を統合すると、まずこの結界の中に、未確認の人物は存在しない。

『連中はすでに我々の来訪に感付いているやもしれん。奇襲には充分注意しろ――』

そして、天邪鬼は突然背後に現れた鳥居によって拐われた。
あれは、天神細道――のはずだ。
だが天神細道は一方通行の空間転移を可能とする道具だった――こちらも、だったはずだ。
天神細道に隠された使用法があったのだろうか。橘音すら知らなかった使用法が。

「……ん」

深く考え込むポチの背中を、ふとヴァプラが撫でた。
咄嗟に振り返る。目の前に、赤い鳥居があった。
いつの間に現れたのかは分からない。だが、何をされるのかは分かった。

「引きずり出してやるよ……!」

伸び来たる腕を屈み込んで躱す。同時にそれを掴み、背負い投げの要領で引きずり出す――つもりだった。
しかし手応えはない。腕には、実体というものがないようだった。
不在の妖術ではなく、この腕は単に、鳥居の権能が見かけ上の形として現れているだけなのかもしれない。
ならば――鳥居そのものを狙えばどうか。もちろん壊す訳にはいかない。
だが捕まらず、なおかつ「下手人の元へ」と念じながら飛び込む事は出来る。
しかしそれを実行に移す前に、鳥居は消えてしまった。

「……面倒だな」

ポチが舌を鳴らす。こちらが隙を見せた時にだけ襲いかかり、決して深追いしない。
厄介な戦術だった。対抗策がないとすら言える。
それは本質的に狼の狩りと同じだった。逃げ切る方法が分からない分、余計に厄介ですらある。

>「ご……ご無事で、教官〜」

「……ああ。君が教えてくれなかったら、危なかったかもだけど」

ポチはどうせ答えの出ない思考を打ち切って、ヴァプラを振り返り、微笑む。
本心からの笑みだった。たった一週間とは言え自分の訓練した相手が、その成果を見せてくれたのだ。
嬉しくないはずがなかった。

「とりあえず……みんなのとこに戻ろうか。情報を共有して……それからどうしたもんかな。
 橘音ちゃんがいれば、もう分かんない事は大体判明して、あとバトるだけでいいんだけどなぁ」

ぼやきながら、ポチは、先ほどからずっと破壊音が聞こえてくる方へ歩き出した。

122ポチ ◆CDuTShoToA:2020/02/02(日) 19:09:50
 


>「ひぃぃぃぃ……だから言ったのであります!こんなことはしないで、安全な場所にみんなで隠れた方がいいってー!」

ポチが皆に合流すると、ベリスはまだ喚いていた。

「なに、そいつまだウダウダ言ってるの?尾弐っち、いっぺん二人で黙らせちゃおう……」

>「『どうせ、みんな無事なのでありますから』!もう済んだ連中はほっといて、こちらが無傷で逃げる方法を考えるであります!」

「……なんだって?そんな事、なんでお前に……」

>「皆様おバカさんでありますか!?それでもベリアル卿を倒した東京ブリーチャーズでありますか!」
>「もし相手に殺意があるとしたら、三バカ君たちはとっくに死んでいるであります!」
>「三バカ君は明らかに意識を失う程度に叩きのめされ放置されている――つまり、手心を加えられているであります!」
>「天魔は妖怪に手加減する理由がないでありますし、妖壊はそもそも手加減なんて気の利いたことはできないであります!」
>「ついでに言えば、仲間に気取られず対象を攫えるほどの力があれば、人知れず殺すことだってできるはずであります!」
>「それを敢えてせず、攫うだけに留めた――それは殺意のないことの裏付け、他に目的があることの証拠でありますよー!」

怒涛の演説に、ポチは何も口を挟めない。
口を挟む余地を見つけられなかった。

>「さらに、小豆洗い君は人影を見なかったと証言しているであります!しかし犯人は敷地内にいる、とすれば――」
>「犯人は『人型ではない』!!つまり、犯人は――ぶぴぃ!!!??」

しかしその推理の結論が明かされる瞬間、ベリスは何者かにぶん殴られて、吹っ飛んだ。
瓦礫に受け身も取れずに突っ込んで、そのまま気を失ったようだった。

《……オオオ……おおおおぉぉぉおおぉぉおぉぉぉおおぉおぉおおぉおおぉぉぉ……》

「……ああ、なるほど」

ベリスを打ちのめした下手人は――まだ、そこにいた。

>《膝を折り、こうべを垂れよ……われは朝家守護、正四位下春宮権大進源頼光が佩刀、童子切安綱なる……》
>《うぬら、東京ブリーチャーズに申し渡す――》
>《主命により、帝都鎮護に使役されるは善い――われらの本懐である》
>《されど、これは如何なものか――最早、われらの寛恕の範疇を遥かに超えておる……!》

「だけど、分からないな。なんで、あんたが僕らを襲うんだ?
 あんな馬鹿どもに盗まれたのは、確かに失態だったけど……」

《事情が呑み込めぬと申すか……度し難き愚かしさ、やはり激憤を以て断罪せしめるより他になし》
《われら重代の宝具を敬い祀らぬばかりか、あまつさえ――あまつさえ――》
《われで!この安綱で!豚バラを切るなどと―――――!!!!!》

>「三バカかぁああああ! 妙に豚バラスパッと切れてると思ったぁあああああああああ!」
>「……あのバカ共、やらかした事はそこらの妖壊よりも性質が悪ぃな!」

「ああ……そりゃ、ひどい。本当にひどい……なんてしょうもないオチ……」

《わたしを担いで運ぶな……鳥居とは本来、ひとつ所に鎮座しておるもの……軽々に持ち運ぶものにあらず……》
《設定だけで本編に出番がなかった……》
《いや、俺に「ヘイ!Siri!」とか「OK.Google」とか言われても答えらんねぇし!まして「アレクサ電気つけて」とか無理だし!》

「……とりあえず、拐った橘音ちゃんは好きにしていいからさ。シロを返してくれない?
 僕ら、もう帰るから。ああ……帰りに、いやみに一発くらい蹴り入れとこうか……」

《先だって捕えた三名には、既に過酷なる罰を与えておる……。うぬらも神妙に縛につくがいい――!!》

「……なんだと?」

不意に、ポチの全身から妖気が滾った。
地獄のように昏く、血潮のように熱い、『獣(ベート)』の妖気だった。

123ポチ ◆CDuTShoToA:2020/02/02(日) 19:13:40
>「あー……お前さん方の怒りは最もだし、何ならウチの大将がやらかした分についてはオジサンが謝罪する。すまなかった」
>「ただな、これだけは言わせてくれ」

「おい、もう一回言ってみろ」

>「――――よりにもよってテメェ等が、あのバカ共と東京ブリーチャーズを同一視してんじゃねぇ!!」

「僕のシロに、何をしたって? おい、シロは関係ないだろ」

シロは関係ない。そうだ。今回の話に、本当にシロは関係ない。
尻目達がしでかした事にも、橘音の七つ道具の扱いにも、とことん、全く、これっぽっちも関係がないのだ。
それを――過酷なる罰を与えたなどと聞かされたのだ。ポチは一瞬でブチ切れた。
勿論、それは所詮「お灸を据えた」の延長に過ぎないのだろうが、関係ない。

>「極寒の地の氷の神よ、我に力を与えたまえ。言葉は氷柱、氷柱は剣。身を貫きし凍てつく氷の刃よ、今嵐となり我が障壁を壊さん!エターナルフォースブリザード!!
>……よっしゃあ! 噛まずに言えた!」

周囲に吹き荒れる風雪。

>「橘音達は無事みてぇだから、ぶち壊すような真似はしねぇが――――多少の傷と汚れくらいは覚悟しとけ!!」
>「ロノヴェ!パターン伊2、6、9と呂3、8に加えて波9、11をランダムでやれ!俺と離れた相手への攻撃を厳守だ!」

尾弐がロノヴェと共に暴れ回る。いつもと同じだ。
隠れ身を得意とするポチが、その真価を最も発揮し得るシチュエーション。
だが――

「……ロノヴェ君。主役を譲ってあげるよ。奴ら、君のカモだぜ。意味は分かるね?」

言うや否や、ポチは七つ道具へと襲いかかる。
強烈な打撃で、『ノエルの風雪によって彼らに纏わりつく氷を、落とす』ように。

一週間の修行期間で、ポチはロノヴェの為にいくつかの戦法を考えた。
ポチには何の得もない話だったが、楽しかった。
ロノヴェの能力が、あまりにも「狼の狩り」に適していたからだ。
反撃を受けず、敵に纏わりつく事の出来る体質。
攻撃手段も工夫次第だった。霧の身体を圧縮、膨張させれば、それは簡易的な爆発となる。
敵の足元に水溜りを作ったり、延々と大音響を耳元で鳴らしてやったり。
幻影で敵の動きをコントロールする事も出来る。

そして何より――「湿気」が強い。
強烈な湿気を浴び続ける事は、大抵の物体に対して有害だ。
金属は錆びつき、生物は病気になり――有機物は、腐り落ちる。
つまり――木材や布などは。刀の柄紐はもっと繊細だ。
ノエルの瞬間的な冷凍ではそうはならない。

「なあ、別に僕はずうっとお前らと殴り合っててもいいんだけどさ。
 やめて欲しいなら、さっさと言えよ。でないと何日でも、何週間でも僕らは粘るからな」

敵が疲弊し、腐るようにして倒れるまで纏わりつく霧。
それは形は違えど間違いなく、狼の狩りの体現者と言えた。

124那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/02/07(金) 22:12:54
>――――よりにもよってテメェ等が、あのバカ共と東京ブリーチャーズを同一視してんじゃねぇ!!
>僕のシロに、何をしたって? おい、シロは関係ないだろ

《……なんだと?》

怒ったのに、逆に怒られた。これにはさすがの狐面探偵七つ道具も困り顔である。顔ないけど。
ゆらゆらと虚空を漂っていた六種類の妖具が、やおら円陣を組んでひそひそ話を始める。
召怪銘板の液晶画面に『審議中 しばらくお待ちください』という文字が表示されていた。

《東京ブリーチャーズと真・東京ブリーチャーズとは違うものなのか……?わたしにはよくわからぬ……》

《えー!?つーかここはうちのリーダーがごめんなさい!じゃあみんなで罰受けます!っていう流れじゃないの!?》

《完全にGMの想定外の流れですわコレ》

《ええい、とにかくなんかもう殴る!殴らずにはおれぬ!》

《あ、ワタシ隅っこで見てるんで。がんばー》

七つ道具(六種類)はブリーチャーズそっちのけでしばらく協議の時間を設け、5分くらい小声で話し合った。
それからようやく結論が出たらしく、再度ブリーチャーズへと向かい合う。

《協議の結果――連帯責任である!断罪に酌量の余地なし!!》

童子切安綱が宣言する。……開き直った。
姥捨の枝だけ戦場を離脱する。ずるい。それはGMだってメタネタくらい使いたくなる。
とにもかくにも、狐面探偵七つ道具(五種類)は一斉に東京ブリーチャーズへと襲い掛かった。

>極寒の地の氷の神よ(ry

(前略)深雪がエターナ(中略)で猛烈な吹雪を起こし、狐面(後略)を(略)。
七つ道具(五種類)は氷漬けになったが、まったく行動に支障はないらしい。
安綱などはお構いなしに氷漬けの刀身で深雪をポカポカ殴った。
他の道具たちも氷漬けのまま、恐るべき速度でブリーチャーズに迫る。

>橘音達は無事みてぇだから、ぶち壊すような真似はしねぇが――――多少の傷と汚れくらいは覚悟しとけ!!

《愚か者め!我らに傷をつけると、主人が黙っておらぬぞ!》

尾弐の言葉に反論する天神細道。微妙に情けないことを言っているのには気付いていないらしい。
ぶぅん!と音を立て、尾弐が手近なロードローラーを投げつける。
ロードローラーはたいていその辺に転がってるものだからね。仕方ないね。ってカイロ在住の吸血鬼も言ってた。
直撃すればいかな大妖怪の妖具とてダメージは免れないだろう。――が、天神細道はまったく動かない。

《……来い……!》

それどころか受け止める気でいる。ロケット砲のような速度で投擲されたロードローラーが、天神細道に激突――
しなかった。
巨大なロードローラーは音もなく鳥居の中へと吸い込まれ、跡形もなく消え去ってしまった。
天神細道が通すものに大きさは関係ない。その力でもってロードローラーを別の空間へと通過させてしまったのだ。
そして。

《この程度でわたしを倒せると思うな……!今度はこちらから行くぞ……!ぬぅぅぅんっ!!》

気合一発、天神細道がまるで生き物のように大きく仰け反る。
そして次の瞬間、鳥居からミサイルさながらの速度でロードローラーが尾弐へと射出された。
言うまでもなく尾弐の投げつけたロードローラーである。
天神細道は一旦別空間へと通過させたロードローラーを、今度は同じ速度で元の場所へと通過させ直したのである。
つまり――天神細道に飛び道具を使っても、まず間違いなく跳ね返される、ということだ。

《我らを甘く見るでない……我ら七器は名だたる大妖怪の至宝、すべての付喪神の頂点ぞ……!倒せるものか、たとえ――》

ゴッ!と音を立て、天神細道から膨大な妖気が迸る。

《たとえ、お笑い上等のギャグ回であってもな――!!!》

メタネタはほどほどにしてください。

125那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/02/07(金) 22:13:11
>ロノヴェ!パターン伊2、6、9と呂3、8に加えて波9、11をランダムでやれ!俺と離れた相手への攻撃を厳守だ!

「……う」

尾弐の飛ばした鋭い指示に、ロノヴェは小さく返事をするとすぐに行動を開始した。
いつもはボーっとして、目の前を飛んでいるチョウチョをずっと目で追っているようなロノヴェだが、特訓の成果が生きている。
ロノヴェはふわふわと宙を漂っている迷い家外套へと狙いを定めた。その手の棍棒が唸りを上げる。
が、当たらない。まるで闘牛士のケープよろしく、迷い家外套は身を翻してロノヴェの攻撃を避けた。

《愚か者め――思い知れ!》

迷い家外套と召怪銘板が合流し、ロノヴェに立ちはだかる。
召怪銘板の液晶画面が明滅し、妖怪が召喚される。
画面から異常なほど長い右脚がにゅ、と伸びると、ロノヴェの顔面を強烈に蹴りつける。
足長の脚だ。だが、顔面を痛撃されたというのにロノヴェはまったく痛がりもしない。
次に召怪銘板は液晶画面から凄まじい勢いで雷撃を放った。これは雷獣の持つ妖術であろう。
しかし、これも効かない。並の妖怪ならば一撃で感電し、ケ枯れしてしまうであろう電撃を全身に浴びても、ロノヴェは怯まない。
本当に当たっているのか疑問に感じるレベルの動じなさである。

《ぐぬぬ……ならばこれはどうだ!?これは!?》

その後も召怪銘板は火車の妖術で巨大な火の玉を作ったり、野槌の能力で地面から土の槍を出したりしたが、悉く不発に終わった。
体力と頑丈さだけなら天魔七十二将随一。ただしINTはゼロ。それがロノヴェである。
そして――INTがゼロだけに、ロノヴェは余計なことを考えない。
ただただ、機械のように尾弐に教えられたこと、指示されたことを実行する。
だが――

グォンッ!と唸りを上げ、ロノヴェが棍棒を高く振り上げる。その直後、渾身の力を込めて振り下ろす。
自動車を一撃でただの鉄塊に変える、膂力に裏打ちされたシンプルかつ必殺の一撃である――が、当たらない。
ロノヴェの攻撃はすべて迷い家外套の結界によって防御され、あるいは逸らされ、こちらもまた不発に終わる。
七つ道具はロノヴェの硬さに歯が立たず、ロノヴェは七つ道具の結界を打ち破る方策を持っていない。
互いに完全な手詰まりである。千日手と言うべきか。

膠着状態に陥った三者は無言で睨み合った。
だが、その状況をポチの指示を受けたヴァプラが打ち破る。

>……ヴァプラ君。主役を譲ってあげるよ。奴ら、君のカモだぜ。意味は分かるね?

「は……はいぃ〜」

ヴァプラはロノヴェよりは知能が高い。すぐに、ポチの意図するところを察した。
結局のところ、ヴァプラがおミソ扱いされていたのは生来の気の弱さもあるが、自身の特性を把握していなかった点にある。
朝の日差しと共に消えてしまう、儚い朝靄。それが自分だと、ヴァプラはずっと思ってきた。
だから、おミソとバカにされ役立たずと罵られても、それが自分の分限だと考え反論する気も起らなかったのだ。
しかし――今は違う。

ポチが聞き耳頭巾に襲い掛かる。しかし、聞き耳頭巾は周囲の声を聞き、ポチの爆速の攻撃を躱してゆく。
直撃は避けているが、ポチの攻撃の巻き起こす衝撃がガリガリと七つ道具に纏わりついた氷を削り取る。
細かく砕け散った氷が、さながらダイヤモンドダストのように周囲に飛散する。
そして。

《こ……、これは……》

聞き耳頭巾はいつの間にか、自らの身体が重くなっていることに気が付いた。
……濡れている。
ヴァプラの広がった空間で戦い、またポチの削った氷の飛沫に晒されるうち、身体が水を吸ったのだ。布なのだから当然である。
そして、水を吸えば当然、その体積は重くなる。重くなれば、動きも鈍くなる。

バゴンッ!!

《っぶぉ!?》

突然、聞き耳頭巾の背後で爆発が起こった。ヴァプラが自らの身体の一部を圧縮させ、次いで急激に膨張させたのだ。
疑似的な爆発による奇襲。これには万物の声を聞き分ける聞き耳頭巾も対処できない。
吹き飛ばされ、召怪銘板たちのいる場所までふらふらと移動する。

《大丈夫か、聞き耳の》

《ぐ、ぐぐ……大事ない……》

《いや、つーか、なんでこいつらこんなガチなの……ブックってもんが読めないの……》

《ぬぅ……ならば仕方あるまい、我らの真の力を解放するときが来た……!》

《えー。あれやるの?》

童子切安綱が提案し、離れた場所にいた姥捨の枝も仲間たちに合流する。
七つ道具(六種類)はブリーチャーズと対峙し直すと、奥の手を出すべく妖気を纏った。

126那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/02/07(金) 22:13:23
六体の付喪神たちが、ただならぬ妖気を放っている。

《ゆくぞ……我らの真の力を見よ――!合体!!!》

童子切安綱がそう号令をかけると同時、七つ道具(六種類)が散開する。
そして、それぞれが莫大な妖気を放出する。ひとつ在るだけで国を統べることさえ可能な宝具が、妖気をひとつに纏めあげる。
出来上がったのは――身長が5メートルばかりもありそうな、妖気でできた青黒い巨人。
ただし、そのディティールは甘い。顔はのっぺらぼうだし、身体にも当然あるべき凹凸や起伏がない。
まるで粘土を大雑把な人型に形成しただけのような巨人だ。
そんな巨人に、七つ道具たちがまとわりついてゆく。
右手には童子切安綱。胸部には迷い家外套。
左手に姥捨の枝、腰部分には天神細道。
そして頭部に聞き耳頭巾が収まり、顔面に召怪銘板が張り付いた。
召怪銘板の液晶画面に、ぎょろりと巨大な一つ目が表示される。ドット絵のような、荒いグラフィックの単眼だった。
妖気の巨人と合体した七つ道具は、背を仰け反らせて大きく咆哮した。

《完ッ成!スゥゥゥゥゥパァァァァァァツクモキィィィィィィィィィング!!!!!》

なんか日曜朝に放送している特撮番組のロボットみたいなのが出て来た。
ただし、ヒーロー側っぽいネーミングに反して外見は完全に悪の組織が作った巨大メカのそれである。

「……う!」

ロノヴェが突進し、棍棒を振りかぶる。スーパーツクモキングの巨躯に対抗できる肉体の持ち主はロノヴェしかいない。
だが。

《スーパーツクモ・プロテクション!!》

ガギィンッ!!

スーパーツクモキングが前方に展開した結界が、ロノヴェの一撃を阻む。
迷い家外套の能力だ。やはり、単純な物理攻撃は七つ道具には通用しない。
返礼とばかりにスーパーツクモキングが右腕の童子切安綱(の鞘)でロノヴェを殴りつける。
頑丈さでは他の追随を許さないはずのロノヴェの体躯が、スーパーツクモキングに殴打されてぐらり、と傾く。

「く……く〜ら〜え〜……」

仲間の仇討ちとばかり、ヴァプラがスーパーツクモキングへと纏わりつく。
先程聞き耳頭巾に痛撃を食らわせた戦法だ。いくら周囲の声が聞こえても、全方位から前触れなしに来る爆発は避けられまい。
と、思ったが。

《スーパーツクモ・ヒィィィィィィト!!!》

顔面の召怪銘板が発光する。と同時、スーパーツクモキングの全身が赤くなってゆく。
全身が炎で構成された妖怪、つるべ火の妖術を用い、全身を赤熱化させたのだ。
じゅぅっ……と水分の蒸発する音がする。ヴァプラは悲鳴を上げた。言うまでもなく、霧は熱に極めて弱い。

「ひひ……ひぃぃぃぃぃぃ〜……」

《莫迦め……究極の付喪神たる我ら!愛と正義と理不尽の化神、スーパーツクモキングに勝てると思ったか!!》

自分で理不尽って言っちゃった。
さらに、スーパーツクモキングは胸の前で両腕をクロスさせると、妖気を収束させ始めた。
ロボットアニメとかだと完全に必殺技のムーブである。逃げてー!

《喰らうがいい……日本の付喪神の底力を!必殺!スゥゥゥゥパァァァァツクモ・ブレスタァァァァァァァァァ!!!!!》

クロスさせていた両腕を開き、臨界点に達した胸元の妖気を解放する。
巨大なレーザーと化した妖気が東京ブリーチャーズを襲う。凄まじい破壊の奔流が廃工場の壁をぶち抜き、大気が鳴動する。
というか日本の付喪神なのに横文字の必殺技しかない。
スーパーツクモ・プロテクションで物理攻撃は防御され、スーパーツクモ・ヒートでヴァプラの霧も通じない。
飛び道具はおそらく天神細道の力で跳ね返されるであろうし、しかもブリーチャーズ非正規メンバーの妖術まで使ってくる。
見た目は悪ふざけ以外の何物でもないが、スーパーツクモキングの強さは本物である。

《我らに刃向かったことの罪深さ、そろそろ理解できたか……!ならば、粛々と断罪を受け入れるがいい……!》

ずしん……と重い音を立て、巨人が東京ブリーチャーズへと一歩を踏み出す。
東京ブリーチャーズ最大の敵、その名はスーパーツクモキング――!!

127那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/02/07(金) 22:15:14
《さあ……、最初に我らが断罪を受け入れたいのはどいつだ!悪い子はいねがぁぁぁぁぁ!!!》

何か色々混ざってる。
ともかくも東京ブリーチャーズは未曽有の危機に陥った(気がする)。

「う……う〜ん」

そんなとき、深雪の近くでひっくり返っていたベリスが目を覚ました。
ベリスは最初はボンヤリとスーパーツクモキングを見ていたが、徐々に意識がハッキリしてくると、

「ひぎゃあああああああああ!?なんでありますかあのバケモノはーっ!?あ、悪魔!悪魔でありますーっ!!」

と喚いた。自分も悪魔だというのを完全に忘却している。
そのやかましさに、ファミコンレベルのドット絵めいた単眼がぎょろりとベリスをねめつける。
ベリスはすっかり怖気づいて腰を抜かし、尻餅をついたまますさささ……と存外素早い動きで後退した。

《最初にやられたいのはうぬかぁ!スーパーツクモ・ビィィィィィィィィィム!!!》

「ぅ……!」

スーパーツクモキングの単眼から光線が放たれる。
だが、その一撃をロノヴェが前面に出、我が身を挺してベリスを守った。
こと対物理攻撃に関しては無類の頑強さを誇るロノヴェが、がくりと片膝をつく。恐るべき威力の光線と言わざるを得ない。

「ロ、ロノヴェ君!」

「お……おのれぇぇ〜……」

《無駄だというのが分からぬか!スーパーツクモ・タイフゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!》

同胞を攻撃されて怒ったのか、ヴァプラが再びスーパーツクモキングに纏わりつこうとする。
スーパーツクモキングは姥捨の枝がついた左腕をグルグルと回転させた。
途端に腕から竜巻状の突風が吹き荒れ、ヴァプラの霧状の肉体を吹き飛ばす。火の他、強い風も霧の大敵である。
ヴァプラは文字通り霧散してしまった。ふたたび身体を構築するには、数分はかかるだろう。
ベリスは悲痛な声をあげた。

「ヴァプラ君……!」

《フハハハハハハ!空にそびえるくろがねの城、スーパーツクモキングは伊達じゃない!!》

スーパーツクモキングが背を仰け反らせて勝利宣言する。……やっぱり色々混ざっていた。
尾弐の剛力も、ポチの不在の妖術も、七つ道具(六種類)の堅牢な防御の前には有効だとは成り得ない。
このままでは、東京ブリーチャーズは全滅必死であろう。
……しかし。

「よくも……よくも、小官の朋輩を!」

それまでヘタレ具合を隠そうともせず、保身第一というスタイルを崩そうとしなかったベリスが、ゆらりと立ち上がる。
その双眸にロノヴェとヴァプラの仇を討たんとする意志が燃えているのが、深雪たちにも分かるだろう。

「東京ブリーチャーズの方々……、小官に力を貸して欲しいであります!」
「正直言ってあのデカブツは恐ろしいでありますし、叩かれると致そうでありますし、戦いたくないであります!」
「でも……創世記戦争から一緒にやってきた朋輩を傷つけられて、おめおめ逃げ出す方がもっと嫌であります……!」

どうやら、この怠惰と小心を絵に描いたような天魔にも、ほんの少し。ささやかな矜持というものはあったらしい。

「アレは妖具の集合体であります、そして合体にはメリットもあればデメリットもあるであります」
「すなわち――今までバラバラに攻撃しなければいけなかったものが、一箇所に集中している――!」
「つまり、あの巨人の合体を制御し統制している『頭脳』に相当する部位を撃破できれば……」
「わざわざ六器すべてを各個撃破するまでもなく、一度にすべてを行動不能にできるはずであります!」

ビシィ!とベリスはスーパーツクモキングの顔面、一つ目の表示された召怪銘板を指さした。

「攻撃ポイントは、あの一点!顔面のタブレットであります!」

128那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/02/07(金) 22:16:33
確かに、スーパーツクモキングの顔面に張り付いた召怪銘板が五体を統御しているように見える。
そこを撃破できれば、強大無比なスーパーツクモキングを打倒することも不可能ではないだろう。

「各々手前勝手に攻撃をしていたのでは、永遠にスーパーツクモキングの牙城は崩せないであります……!」
「ヤツの防御結界を、ほんの一瞬だけでも消すことができたなら……」

ベリスはそう言って東京ブリーチャーズを見たが、いい案が浮かばないらしい。
そこは、やはり橘音や天邪鬼よりはやや劣るといったところだろうか。
……しかし。
そんなとき、ブリーチャーズの背後で声が聞こえた。

「どうやら――」

「ここはオラたちの――」

「出番みたいね……!ウフッ☆」

うーん。聞きたくなかった。
見れば、先ほどまで狐面探偵七つ道具にしばかれて気絶していた三バカが復活し、腕組みしてドヤ顔している。



何 し に 出 て 来 た 。



「あのでけぇのを何とかすりゃぁいいってんでしょ?なら、俺っちたちも力を貸しますぜ。この真・東京ブリーチャーズが!」

「あいつを笑わせれば、酒ぇ呑ませてくれんだろぉ?じゃあいくらでも踊るぞぉ」

「やっぱり、最後にはアタイが決めなきゃいけないのよね。ヒロインってつらいわぁ」

完全にこいつらのせいなのだが、本人たちは全く悪びれない。というか自分のやったことの罪深さに気付いていない。
とはいえ、この三人組が幻惑だとか行動不能だとかの技に長けているのは間違いない。
訓練前のまだ弱かった状態のときとはいえ、三バカはロノヴェやヴァプラを破っているのである。
どこまで通じるかは分からないが、スーパーツクモキングに対しても試してみる価値はあるだろう。
通じなかったら通じなかったで、三バカがスーパーツクモキングの前に消し炭となるだけである。

「……信用してもいいのでありますか?この人たち……」

さしものベリスも懐疑的な眼差しを向ける。完全にお前が言うなだが、この際仕方ない。

「さあ――、やってやりやしょうぜ!指示をお願いしまさぁ!」

尻目が勢い込んで言う。自分の実力というものを相変わらず完全に見誤っている。

《フハハハハ!雑魚がいくら増えようと、この最強モビルス……もとい妖怪、スーパーツクモキングは止められぬ!》

スーパーツクモキングがブリーチャーズたちを前に童子切安綱を振り上げる。

眼前に立ちはだかる、巨大な敵。
様々な確執を乗り越え(?)つつも、ひとつの戦いに勝利すべく手を結んだ(?)妖怪たち。
絵面だけはなんか熱血な感じになりながら、戦いは佳境を迎えつつあった。

129御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2020/02/11(火) 00:30:22
>「なあ、別に僕はずうっとお前らと殴り合っててもいいんだけどさ。
 やめて欲しいなら、さっさと言えよ。でないと何日でも、何週間でも僕らは粘るからな」

「そういう手か……!」

ポチの作戦を悟った深雪は、地味にみぞれを降らせてみたりする。

「なんというか……地味だな……。あいたたたた痛い痛い!」

このままでは七つ道具(六つ)が湿気で劣化するよりも深雪がボコボコになる方が先かと思われたが、ヴァプラが爆発によって聞き耳頭巾に痛打を与えた。
すると七つ道具(六つ)の付喪神たちは集まり、何やら打ち合わせを始めた。

>《大丈夫か、聞き耳の》
>《ぐ、ぐぐ……大事ない……》
>《いや、つーか、なんでこいつらこんなガチなの……ブックってもんが読めないの……》
>《ぬぅ……ならば仕方あるまい、我らの真の力を解放するときが来た……!》
>《えー。あれやるの?》

「真の力だって!? 今までのは本気じゃなかったのか……!」

と、真面目に驚いている深雪。
言われてみれば童子切安綱は一切抜刀してこなかったし、姥捨の枝に至っては一切何もしてこなかった。

>《ゆくぞ……我らの真の力を見よ――!合体!!!》
>《完ッ成!スゥゥゥゥゥパァァァァァァツクモキィィィィィィィィィング!!!!!》

「気を付けろ、物凄い妖気だ……! 微妙にデザインが雑なのはきっと弱く見せかけるための作戦」

>「……う!」
>《スーパーツクモ・プロテクション!!》

深雪が台詞を言い終わる前にロノヴェが突撃し、あっさり返り討ちにあった。

>「く……く〜ら〜え〜……」

「あ、この流れはアカンやつ……」

>《スーパーツクモ・ヒィィィィィィト!!!》
>「ひひ……ひぃぃぃぃぃぃ〜……」

「やっぱり……」

>《莫迦め……究極の付喪神たる我ら!愛と正義と理不尽の化神、スーパーツクモキングに勝てると思ったか!!》

「理不尽は合ってるとして愛と正義がどこにあるのか問い詰めたい、小一時間問い詰めたい!」

>《喰らうがいい……日本の付喪神の底力を!必殺!スゥゥゥゥパァァァァツクモ・ブレスタァァァァァァァァァ!!!!!》

巨大なビームが廃工場の壁を突き抜けてった。

「これ街の被害とか大丈夫なのか!? そうだ、橘音殿の結界があるから大丈夫なのか!」

そんな心配をしている場合ではない。

130御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2020/02/11(火) 00:31:27
>《我らに刃向かったことの罪深さ、そろそろ理解できたか……!ならば、粛々と断罪を受け入れるがいい……!》
>《さあ……、最初に我らが断罪を受け入れたいのはどいつだ!悪い子はいねがぁぁぁぁぁ!!!》

絶体絶命のピンチに陥ったところで、ベリスが目を覚ました。

>「う……う〜ん」

「やっと起きたか……!」

>「ひぎゃあああああああああ!?なんでありますかあのバケモノはーっ!?あ、悪魔!悪魔でありますーっ!!」

「駄目だって! そんなに騒いだら!」

橘音や天邪鬼がいない今となってはこれでも貴重なブレインポジションなのである。
起きた瞬間にまた戦線離脱させられては話にならない。

>《最初にやられたいのはうぬかぁ!スーパーツクモ・ビィィィィィィィィィム!!!》

「言わんこっちゃない! 間に合うか!?」

氷の壁を作り防御しようとする深雪。が、眼前に巨体が飛び出してきた。
ロノヴェが身を挺してベリスを守ったのだ。

>「ぅ……!」

>「ロ、ロノヴェ君!」
>「お……おのれぇぇ〜……」
>《無駄だというのが分からぬか!スーパーツクモ・タイフゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!》

ヴァプラはスーパーツクモタイフーンの前では成す術も無く、霧だけあって霧散してしまった。

>「よくも……よくも、小官の朋輩を!」

「ベリス殿……!」

今まで保身第一でしかなかったベリスがついに闘志を瞳に宿し立ち上がる。

>「東京ブリーチャーズの方々……、小官に力を貸して欲しいであります!」
>「正直言ってあのデカブツは恐ろしいでありますし、叩かれると致そうでありますし、戦いたくないであります!」
>「でも……創世記戦争から一緒にやってきた朋輩を傷つけられて、おめおめ逃げ出す方がもっと嫌であります……!」

「よくぞ言った! この雪の女王の名にかけて――必ずや二人の仇を討とうぞ!」

単純な深雪は、創世期戦争からのおミソ同士の美しき絆にあっさり感動したらしい。
……別に当初の目的である橘音達の救出ひいては七つ道具(六つ)の無事な姿での回収を忘れたわけではない、多分。

131御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2020/02/11(火) 00:32:19
>「アレは妖具の集合体であります、そして合体にはメリットもあればデメリットもあるであります」
>「すなわち――今までバラバラに攻撃しなければいけなかったものが、一箇所に集中している――!」
>「つまり、あの巨人の合体を制御し統制している『頭脳』に相当する部位を撃破できれば……」
>「わざわざ六器すべてを各個撃破するまでもなく、一度にすべてを行動不能にできるはずであります!」

「なるほど! そして頭脳にあたる部位とは!?」

>「攻撃ポイントは、あの一点!顔面のタブレットであります!」
>「各々手前勝手に攻撃をしていたのでは、永遠にスーパーツクモキングの牙城は崩せないであります……!」
>「ヤツの防御結界を、ほんの一瞬だけでも消すことができたなら……」

「どうやって消すのだ!?」

気まずい沈黙が場を支配した、その時!

>「どうやら――」
>「ここはオラたちの――」
>「出番みたいね……!ウフッ☆」

「いつの間に!?」

満を持して三バカの再登場である!

>「あのでけぇのを何とかすりゃぁいいってんでしょ?なら、俺っちたちも力を貸しますぜ。この真・東京ブリーチャーズが!」
>「あいつを笑わせれば、酒ぇ呑ませてくれんだろぉ?じゃあいくらでも踊るぞぉ」
>「やっぱり、最後にはアタイが決めなきゃいけないのよね。ヒロインってつらいわぁ」

全ての発端となった元凶がこいつらだったような気がしなくもないが、今は脇に置いておくとしよう。

>「……信用してもいいのでありますか?この人たち……」

「ここは我に任せろ――バカとハサミは使いようってな!」

深雪は不敵に笑って応えた。三バカ登場でろくでもない名(迷)案を思い付いたようだ。
とはいえ、三バカは揃いも揃ってステータスをびっくりに全振りした妖怪。
使いようによっては敵に一瞬の隙を作る事が出来るかもしれない。

>「さあ――、やってやりやしょうぜ!指示をお願いしまさぁ!」

「あやつらに東京ブリーチャーズの何たるかを叩きこんでやろうぞ!
我が歌いだしたら皆の得意技を炸裂させるのだ! それだけでいい!」

自分の実力を完全に見誤っているのも、むしろ好都合。
ベリス達と戦った時とは違い最初からやる気MAXのため、やる気にさせる手間が省けるというものだ。
……ん? 歌いだしたら?

132御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2020/02/11(火) 00:33:40
>《フハハハハ!雑魚がいくら増えようと、この最強モビルス……もとい妖怪、スーパーツクモキングは止められぬ!》

「それはどうかな? ――氷面鏡の大迷宮《アイスミラーラビリンス》!」

深雪は割とガチめの大妖術を発動。
戦闘フィールドは氷の多面鏡で出来た巨大なドームの内側のような空間に塗り替えられた。
無数の合わせ鏡が出来て見辛くて仕方がないが、どれが本物のスーパーツクモキングか程度は分かるだろう。
というのも、生物は左右二つの目で見ることによって、距離感を掴んでいる。
が、スーパーツクモキングは今のところ単眼。こちら側のメンバーのどれが本物だか分からないはずだ。多分!
そして深雪はノエルの姿になり、理性の氷パズルをギターに変化させた。ついでに服装も無駄にキラキラしたステージ衣装のようになっている。
理性の氷パズルはあらゆる武器防具に変化する妖具だった気がするが、ギターは武器だ。(断言)
ゲームによってはギターが武器のキャラもいるし必殺技ではギターで敵をぶん殴ってその度にぶっ壊したりしてるけど修理代かさみそう。
というわけでギターは武器だ(二回目)

「ノエル行っきまーす!――東京ブリーチャーズ公式テーマソング、”東京妖魔戦記”!」

多分公式ではない気がするなあ。そんな事はお構いなしに、ノエルはギターを構えると、叫んだ。

「僕の歌を聞けぇえええええええええええ!」

前奏の和風音階のアルペジオを掻き鳴らし、マジで歌い始めちゃった!
そういえば巨大ロボットに何故か歌で立ち向かう主人公どっかにいたね!
でもお前は熱気じゃなくて冷気だ! 残念!
さて、これだけだとバカが一人で奇行を始めただけだが、今はバカは一人じゃない!
三バカという最恐のバックダンサーズがいた! 音楽は――そう、はらだしが踊りだすトリガー。
はらだしの妖術(?)が効果を発揮するには、通常ならば踊る前に注目を集めるという過程が必要だが、今はフィールド全域が合わせ鏡のため嫌でも目に入ってくる。
それも無限に増殖した形で。
同様に、尻を突き出して左右に高速移動することで敵に恐怖(?)を与える尻目も、
見返り美人ならぬ見返りブス(※そもそも美人とかブスとかいう問題ではない)するだけで
敵に精神的ダメージを与えることが出来るいやみも、単純計算すればその効果は無限倍だ。
今やスーパーツクモキングは、どこを向いても全方位を無限に増殖したバカに取り囲まれ、逃れる術はないのだ!
バカが無限大! 希望が見えない! 絶望しかない! びっくりするほどユートピア!

これぞバカが集合した時という特殊な状況下だけで発動できる必殺技。

名付けて ―― バ カ 大 銀 河 !!

尤も、名だたる大妖具の集合体がこんなしょうもない技で行動不能になったりはしないだろう。でもそれでいい。
ほんの一瞬、防御結界を張ることを忘れさせることが出来れば、それで充分なのだから!

「クロちゃん、ポチ君、今だああああああああああああああ!!」

133尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2020/02/13(木) 21:42:25

……しかしまあ、随分と面倒臭ぇ事になってきやがった。

>《ゆくぞ……我らの真の力を見よ――!合体!!!》
>《完ッ成!スゥゥゥゥゥパァァァァァァツクモキィィィィィィィィィング!!!!!》
>「気を付けろ、物凄い妖気だ……! 微妙にデザインが雑なのはきっと弱く見せかけるための作戦」

「……いや、オジサン的にはデザインとか以前にもっと色んなモンが雑な気がするんだがなぁ?」

ぶん投げたロードローラーを投げ返してきたりするのは、まあ仕方ねぇ。
仮にも大妖怪達の所有物だ。むしろそれくらいの事はして然るべきなんだろう。
しかしさすがに、こいつぁ反則だ。想定外過ぎるだろ。
あの七ツ道具ども、合体しやがった。
……今まで合体する要素も、接合する部分とかもまるでなかったよな?
オジサンにゃよくわからねぇが、ああいう理不尽な合体が最近の流行りなのか?

>《スーパーツクモ・プロテクション!!》
「おいロノヴェ!マズそうなら一旦引け!」

俺がそんな事を考えてる最中に、訓練でどれだけ吹き飛ばしてもたじろがなかったロノヴェが連中の一撃を受けてふらついた。
それを目にした俺は、指示を出しながら距離を取る。
どれだけふざけてるとはいえ、結局のところ連中は七ツ道具だ。
それなりに丈夫なオジサンでも童子切安綱相手に殴られ続ければ悔しいが平気でいる自身はねぇ。

矢継ぎ早にヴァプラを退けたスーパーツクモ……ツクモ……面倒だな。呼び方はツクモ太郎とかで良いか。
そのツクモ太郎は俺達の様子を見て勝ち誇った様な視線を向ける。

>《莫迦め……究極の付喪神たる我ら!愛と正義と理不尽の化神、スーパーツクモキングに勝てると思ったか!!》

……さぁて、この言いぐさには、温厚なオジサンでも流石に腹が立つな。
何が腹立つのかといえば――――まあ全部なんだが、特に、これだけの性能があるのに赤マントとの決戦時に披露しなかった事が腹立たしい。
いっそ、鉄骨を屋根に投げて瓦礫で生き埋めにしてやろうかと思い、手に力を込め

>《喰らうがいい……日本の付喪神の底力を!必殺!スゥゥゥゥパァァァァツクモ・ブレスタァァァァァァァァァ!!!!!》
>《我らに刃向かったことの罪深さ、そろそろ理解できたか……!ならば、粛々と断罪を受け入れるがいい……!》

「んなっ!?レーザーだと!?」
>「これ街の被害とか大丈夫なのか!? そうだ、橘音殿の結界があるから大丈夫なのか!」
「ンな事より全力で回避しろ色男!熱量攻撃とはお前さんが一番相性が悪ぃだろうが!」

おいおい、あのツクモ太郎レーザービームを胸元から吐き出しやがった!
即座に鉄骨を棄てて地面を転がるようにしてとっさに避けたのは正解だった。
レーザーは工場の壁をバターみてぇにぶち抜いていやがる。こいつをまともにくらえばどうなるかは、流石に想像したくねぇな。
最も……そんな状況でも、退く訳にはいかねぇんだが。

134尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2020/02/13(木) 21:43:12
>《我らに刃向かったことの罪深さ、そろそろ理解できたか……!ならば、粛々と断罪を受け入れるがいい……!》
「は……生憎、包丁一本御せないようじゃあ趣味が料理と名乗れねぇんでな。きっちり抑えつけて持ち帰らせて貰うぜ、人切り包丁と付属品共」

しかしまあ、物理無効に必殺の飛び道具たぁ、随分とえげつねぇ。反則だ。
さぁて、どうしたもんか――――どうやって、こいつをぶち壊してやろうか。
向かってくるツクモ太郎相手に、右手を開閉しながら俺が攻略法を考えていると

>「ひぎゃあああああああああ!?なんでありますかあのバケモノはーっ!?あ、悪魔!悪魔でありますーっ!!」
「……お前さん、もう悪魔廃業しちまっていいんじゃねぇか?」

さっきまで意識を失っていたベリスが開口一番、ツクモ太郎を見て悲鳴をあげやがった。
……というか、ベリスの奴は朝起きて最初に目にすんのが悪魔(テメェ)だろうが。
何をビビッて――――ああ、そういや天魔の上位勢は、世に聞くルシファーって奴とか、あのベリアルとか、そういう奴等だったな。
そりゃあ、怯えもするか。同じ天魔でもアレは色々と違い過ぎる。

なんとなく可哀相な物を見る目でベリスを見ていたが、とうの本人はそんな俺の視線に気付く余裕はないらしい。
悪霊に追い詰められた人間の様に、尻餅をついたまま後退し……

>「駄目だって! そんなに騒いだら!」
>《最初にやられたいのはうぬかぁ!スーパーツクモ・ビィィィィィィィィィム!!!》

そして、ツクモ太郎はどうにもその叫び声が気に入らなかったらしい。
敵意に気付いたノエルの制止は間に合わず、また天魔相手には躊躇いもねぇらしい。ツクモ太郎はベリスに向けてビームを放ってきやがった。
俺もとっさにベリスを逃がそうと動いたが――――その反応は、自分でも分かるくらいに遅かった。
……そりゃそうだ。言っちまえば、俺にとってベリスはどうでもいい相手だ。
顔見知りだが、ただ知っているだけ。道端で見かけて困ってりゃあ嫌々声でも掛けてやるが、命を賭けられる程に大切な相手じゃない。
そんな感情が、俺の行動を鈍らせた。
舌打ちをし、テメェのくだらない打算を振り切ろうと手を伸ばすが、恐らくもう間に合わない。

俺の手は、届かない

だが

>「ロ、ロノヴェ君!」
>「ヴァプラ君……!」

奴等は違った。
天魔ロノヴェ。天魔ヴァプラ。
落ちこぼれと言われ天魔の中で馬鹿にされてきた二体は、俺なんぞよりも遥かに早くベリスを守ろうと動き出していた。
ビームの直撃を受けて膝を突くロノヴェ。
突風によりその体を霧散させられたヴァプラ。
誰からも見下されてきた連中は、確かに――――確かに仲間を守り抜いて見せた。

>「よくも……よくも、小官の朋輩を!」
>「東京ブリーチャーズの方々……、小官に力を貸して欲しいであります!」
>「正直言ってあのデカブツは恐ろしいでありますし、叩かれると致そうでありますし、戦いたくないであります!」
>「でも……創世記戦争から一緒にやってきた朋輩を傷つけられて、おめおめ逃げ出す方がもっと嫌であります……!」
>「よくぞ言った! この雪の女王の名にかけて――必ずや二人の仇を討とうぞ!」

その身を犠牲にしても仲間を守ろうとする者。
仲間の犠牲に怒り奮起する、弱者。
ハ――――こりゃあ何ともまあ、随分にありきたりな、お涙ちょうだいの寸劇じゃねぇか。
まるで娯楽活劇の時代劇やガキ向けの漫画だな。
長く生きた間に、見飽きる程に何度も見た事のある展開だぜ。

「『だから、嫌いじゃねぇ』――――天魔ベリス、こいつは貸しだぜ。デケェ貸しだ。このツクモ太郎をぶちのめした後で、お前達から利子付けて返して貰うから覚悟しとけよ」

単純?偽善?嗤いたきゃいくらでも嗤え。
こういう物をキレェだと思えたから、俺は此処に居るんだ。

135尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2020/02/13(木) 21:44:01
>「アレは妖具の集合体であります、そして合体にはメリットもあればデメリットもあるであります」
>「すなわち――今までバラバラに攻撃しなければいけなかったものが、一箇所に集中している――!」
>「つまり、あの巨人の合体を制御し統制している『頭脳』に相当する部位を撃破できれば……」
>「わざわざ六器すべてを各個撃破するまでもなく、一度にすべてを行動不能にできるはずであります!」
>「攻撃ポイントは、あの一点!顔面のタブレットであります!」

「一点集中の極所攻撃って奴か――――しかしまあ、お前さんも判ってると思うが」

ベリスの奴は短い間に状況を看破し、打開策を提案する。
伊達に天魔とは名乗ってねぇと思わせる、流石とも言える頭の冴えだ。
だが、ベリスが提案した戦法を実行するにはツクモ太郎の貼った結界をぶち破らないとならねぇ。
ならねぇんだが……腐っても七つ道具の張った結界。力技だけでぶち破れる気がしねぇな。
ベリスの奴もそれを理解してるらしく、苛立ったように沈黙しちまってやがる。
こんな時に橘音と外道丸がいてくれりゃあ、妙案を思い浮かべてくれるんだろうが……
……そういや、命に別状はないとはいえ、ツクモ太郎の野郎二人に傷でも付けてねぇだろうな。
もし少しでも傷つけてやがったら、カビが生えるまでサウナにでもぶち込んでやろうか。
ようは壊さなきゃいいだけだ。逆に言えば、価値を台無しにする方法なんざいくらでも……

……っと、考えが逸れた。

>「どうやって消すのだ!?」
「あー……例えば、色男が全方位から氷で範囲攻撃をしてる間に俺が悪鬼化して全力で拳をぶち込む」
「その時に出来るかもしれねぇ僅かな結界のひずみから、ポチ助が不在の妖術を使って滑り込むって手段も――――いや、無理か。あの結界の強度だと成功率が低すぎるな」

ここにいるメンバーは基本性能が高いんだが、俺も含めて術だの呪いだのって言ったモンの行使には詳しくねぇ。
それでも、他に打開策も思い浮かばない以上、一か八か力技で挑むしか

>「どうやら――」
>「ここはオラたちの――」
>「出番みたいね……!ウフッ☆」

そんな風に、力任せに暴れる覚悟を決めようとしたその瞬間。
背後から、ぶん殴りたい汚い声が聞こえてきやがった。

>「あのでけぇのを何とかすりゃぁいいってんでしょ?なら、俺っちたちも力を貸しますぜ。この真・東京ブリーチャーズが!」
>「あいつを笑わせれば、酒ぇ呑ませてくれんだろぉ?じゃあいくらでも踊るぞぉ」
>「やっぱり、最後にはアタイが決めなきゃいけないのよね。ヒロインってつらいわぁ」
>「いつの間に!?」

本当に何時の間に、だ。妖気が小せぇ上に闘気もミミズ以下だから気付けなかった。
けどまあ間違いなく、間違えようも無く、声の主は例の三バカだった。

>「……信用してもいいのでありますか?この人たち……」
「ダメに決まってんだろ。あのバカ共はお前さんの言葉より余程信用できねぇよ」

視界に入れるだけでも苛立つが、かといって連中を殴りにいってツクモ太郎に不意を突かれたら本末転倒だ。
思わず出そうになる舌打ちを堪えながら、ツクモ太郎に視線を戻す。
あのバカ共には何の期待もしねぇ。橘音の善意を悪意で踏み躙ったあの連中に、俺は何の価値も認めねぇ。

>「ここは我に任せろ――バカとハサミは使いようってな!」

…………だが、どうやらノエルの考えは俺とは違ったらしい。
あの色男は、協力を申し出た三バカに対して逡巡なくその手を取った。
全くどうしようもない。本当に、奴さんはバカが付く程にお人よしだ。
騙された相手の手を取るなんざ正気じゃねぇ――――が

「あのバカ共には何の価値も見いだせねぇが、色男が言うなら、まあ……な」

生憎と、俺はノエルという妖怪を信用している訳で。
だからこそ、奴さんの信頼の分だけ、俺は三バカの利用価値を認めざるを得ねぇ。
大きくため息を吐いてから、俺は一歩後ろに下がった。

136尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2020/02/13(木) 21:45:29
>「ノエル行っきまーす!――東京ブリーチャーズ公式テーマソング、”東京妖魔戦記”!」

……。
……。
……。

いや……なんだコレ。妖術繰り出した辺りまでは、ちっとばかしいけると思ってたんだが、なんだコレ
今、俺の眼の前で繰り広げられているのは、ある意味で地獄絵図。もしくはサバト。
多面鏡の中で繰り広げられる三バカ+1の四重奏だ。
とにもかくにも酷い。酷すぎる。異邦の邪神でも召喚する気なのか?
表向き無表情でいるが、色んな意味で頭が痛ぇ。

>「クロちゃん、ポチ君、今だああああああああああああああ!!」

おいおい、色男。そんな迫真の様子で「今だ」って言われても流石のオジサンも困っちまうぜ?
この状況で俺に一体何をしろって言うんだお前さんは。

だが、色男の期待の視線は外れない。密かに一歩横にズれても追ってくる。
もう一歩ズれてもまだ追って来やがる。
……なるほど、ノエリストからは逃げられねぇって訳か。
わかった。ならいい。こうなりゃ、男らしくやるべきことをやる覚悟を決めるとするかね。

俺は二歩後ろに下がると、地面を踏みしめ加速し――――

「――――絵面が汚ぇんだよ!!!!」

はらだしのケツに、回し蹴りを叩き込んだ。
悪鬼の膂力で蹴り上げられたはらだしは、汚い花火みてぇにツクモ太郎へと射出されていく。
腹は出したままだし、多分妖力も働いてる事だろう。
そのまま諸共に潰れてくれねぇかと僅かに期待しつつ、俺は突っ込み(物理)を入れて少しだけスッキリした絵面に息を吐き、次の砲弾(尻目)へと視線を向ける事にした――――

137ポチ ◆CDuTShoToA:2020/02/20(木) 03:00:10
>《こ……、これは……》

「げはは……やっちまいな、ヴァプラ君」

>《っぶぉ!?》

ヴァプラの気化炸裂が聞き耳頭巾を吹き飛ばす。
その体は既に十分な量の水分を吸っている。
つまり、狼の狩りは既に成立した。ヴァプラの牙は獲物に傷を付けた。
後は霧の中でのらくらと戦っていれば、七つ道具は腐食するか、カビが生える。
付かず離れずの距離を保つだけでも、勝負はつく。

「それで?頭を下げて許しを乞うべきはどちらか、理解出来たかな?」

>《ぬぅ……ならば仕方あるまい、我らの真の力を解放するときが来た……!》
>《えー。あれやるの?》

「なんだ、まだやる気なの。カビが生えてから後悔しても、知らない……」

>《ゆくぞ……我らの真の力を見よ――!合体!!!》

「……合体?」

ポチが思わず童子切安綱の言葉を反復した。

七つ道具達が放出した妖気が巨人の形を取る。
その五体の各部に七つ道具が纏わりつき、結合していく。

>《完ッ成!スゥゥゥゥゥパァァァァァァツクモキィィィィィィィィィング!!!!!》

>「気を付けろ、物凄い妖気だ……! 微妙にデザインが雑なのはきっと弱く見せかけるための作戦」
>「……いや、オジサン的にはデザインとか以前にもっと色んなモンが雑な気がするんだがなぁ?」

「ううん、とりあえずさ……上半身に比べて、足が貧相すぎない? ただの粘土細工じゃん」

そうは言ってみるものの、それ――超ツクモキングを構築する妖気は確かに膨大だ。
単純に体が大きければリーチも長い。
僅かに間合いを詰めてみるものの、その動きは捕捉されているようだった。
不在の妖術を使いながら懐に飛び込むのは――リスクが大きい。

>「……う!」

膠着状態から、最初に動いたのはロノヴェだった。
彼は状況はどうあれ、とにかく前に出て、その強大な暴力を振るう以外に出来る事はない。

>《スーパーツクモ・プロテクション!!》

だが迷い家外套の結界がそれを阻む。
空間を拡張出来るのなら、その応用で固定化する事が出来ても何も不思議ではない。

>「く……く〜ら〜え〜……」

次いでヴァプラが攻撃を仕掛ける――

>《スーパーツクモ・ヒィィィィィィト!!!》

しかしそれも、今度は召怪銘板による妖術召喚によって退けられた。
物理的な攻撃に対しては結界を張り、氷雪と霧の妖術には妖術召喚によって対抗可能。

>《莫迦め……究極の付喪神たる我ら!愛と正義と理不尽の化神、スーパーツクモキングに勝てると思ったか!!》
>《喰らうがいい……日本の付喪神の底力を!必殺!スゥゥゥゥパァァァァツクモ・ブレスタァァァァァァァァァ!!!!!》

更には地面と、工場の外壁を容易く焼き切る光線砲。
ポチも、認めざるを得なかった。

>「これ街の被害とか大丈夫なのか!? そうだ、橘音殿の結界があるから大丈夫なのか!」
>「ンな事より全力で回避しろ色男!熱量攻撃とはお前さんが一番相性が悪ぃだろうが!」

「これは……少し真面目にやらないと、しんどいかもよ、ノエっち」

この超ツクモキングは――見た目はとことんクソだが、確かに強いと。

138ポチ ◆CDuTShoToA:2020/02/20(木) 03:00:46
>《さあ……、最初に我らが断罪を受け入れたいのはどいつだ!悪い子はいねがぁぁぁぁぁ!!!》

超ツクモキングが一歩前へと踏み出した。
ポチは――近寄られた分だけ、下がる。
無闇に挑みかかるだけではロノヴェ達の二の舞だ。

>「う……う〜ん」

何かしらの策を練る必要がある――ポチがそう考え出した時、ふと声が聞こえた。
ベリスの声だ。

>「ひぎゃあああああああああ!?なんでありますかあのバケモノはーっ!?あ、悪魔!悪魔でありますーっ!!」
>「……お前さん、もう悪魔廃業しちまっていいんじゃねぇか?」

超ツクモキングの単眼がベリスを睨む。
ポチは――これはこれで、悪くない展開だと思った。
敵の行動をつぶさに観察する機会が得られるのは、いい事だ。
例えば光線砲が放たれる時、結界はどうなっているのか。
完全に閉鎖された状態では光線は撃てないように思えるが――もしそうなら、そこが突破口になる。

>《最初にやられたいのはうぬかぁ!スーパーツクモ・ビィィィィィィィィィム!!!》

そして放たれた光線は――

「ぅ……!」

ベリスに届かなかった。

>「ロ、ロノヴェ君!」

ロノヴェが身を挺して、その圧倒的な熱量を防ぎ切ったのだ。

>「お……おのれぇぇ〜……」

ヴァプラが再び超ツクモキングに挑みかかる。
先ほどと同じ事をされればそれだけで跳ね返されると、分かっているはずなのに。

>《無駄だというのが分からぬか!スーパーツクモ・タイフゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!》
>「ヴァプラ君……!」

それでも、ヴァプラは挑んだ。そうしなければならなかったからだ。
恐らくは遥か昔から連れ添ってきた友達を、傷つけられたのだ。
じっとしている事など、出来るはずがなかった。

>《フハハハハハハ!空にそびえるくろがねの城、スーパーツクモキングは伊達じゃない!!》

そして――

>「よくも……よくも、小官の朋輩を!」

それは、ベリスも同じだった。

>「東京ブリーチャーズの方々……、小官に力を貸して欲しいであります!」
>「正直言ってあのデカブツは恐ろしいでありますし、叩かれると致そうでありますし、戦いたくないであります!」
>「でも……創世記戦争から一緒にやってきた朋輩を傷つけられて、おめおめ逃げ出す方がもっと嫌であります……!」

「……ふん。今まで散々サボってきたくせに、随分と虫がいいじゃないか」

>「『だから、嫌いじゃねぇ』――――天魔ベリス、こいつは貸しだぜ。デケェ貸しだ。このツクモ太郎をぶちのめした後で、お前達から利子付けて返して貰うから覚悟しとけよ」

「正気かい? 尾弐っち。悪いけど、僕はお断りだね」

ポチが両手で、前髪を掻き上げる。
狼の王より受け継いだ銀の毛並み、その王冠を正すように。

「――ヴァプラ君の仇を取るんだろ? だったら、貸しになんかしなくていいさ。頼まれなくたって、やってやるよ」

愛する妻を拐われ、狼の狩りを伝授した弟子を二度も傷つけられた。
これ以上じっとしていられる訳がないのは、ポチも同じだった。
『獣(ベート)』の妖気を身に纏い、人への変化を解いて、人狼の姿を取る。
そして――

>「あのでけぇのを何とかすりゃぁいいってんでしょ?なら、俺っちたちも力を貸しますぜ。この真・東京ブリーチャーズが!」
>「あいつを笑わせれば、酒ぇ呑ませてくれんだろぉ?じゃあいくらでも踊るぞぉ」
>「やっぱり、最後にはアタイが決めなきゃいけないのよね。ヒロインってつらいわぁ」



それから僅か一分もしない内に、何故か状況は訳の分からない方へと転がっていた。

139ポチ ◆CDuTShoToA:2020/02/20(木) 03:02:21
>「……信用してもいいのでありますか?この人たち……」
>「ダメに決まってんだろ。あのバカ共はお前さんの言葉より余程信用できねぇよ」

「同感だね。なあなあで後からナメた口きかれたら、僕本当にそいつらを殺しちゃうかも……」

>「ここは我に任せろ――バカとハサミは使いようってな!」

「ええ……やめとこうよ。それって賢い人が言うセリフじゃん。ノエっちのキャラじゃないって」

>「あのバカ共には何の価値も見いだせねぇが、色男が言うなら、まあ……な」

「……まぁ、止めたところで聞きやしないか。ううん、頼むから足だけは引っ張るなよ……」

>「さあ――、やってやりやしょうぜ!指示をお願いしまさぁ!」
>「あやつらに東京ブリーチャーズの何たるかを叩きこんでやろうぞ!
 我が歌いだしたら皆の得意技を炸裂させるのだ! それだけでいい!」

「あ、これ駄目そう。どうしたもんかな、マジで……」

>《フハハハハ!雑魚がいくら増えようと、この最強モビルス……もとい妖怪、スーパーツクモキングは止められぬ!》

「クソ、うるさいな……ろくに漫画も読めないポンコツのくせに、いちいち小ネタ挟みやがって……」

>「ノエル行っきまーす!――東京ブリーチャーズ公式テーマソング、”東京妖魔戦記”!」
>「僕の歌を聞けぇえええええええええええ!」

「あー!もう!駄目だ!全然考えまとまらない――」

ポチは頭を抱えて叫んで――しかし何かを閃いたように、僅かに目を見張る。
ふと、思い至ったのだ。
周りがうるさくて、やっている事もバカバカしい。そのせいで考えがまとまらない。
それは、もしかしたら超ツクモキングも同じかもしれないという事に。
とりわけ――巨大な妖力と、他五体の能力をも制御している召怪銘板は、特に。

>「クロちゃん、ポチ君、今だああああああああああああああ!!」

瞬間、ポチは地を蹴った。作戦が立ったのだ。
まず召怪銘板の集中力を完膚なきまでにへし折る。
そしてその結界の制御を失わせられれば最上。
それが叶わないなら不要な光線砲を打たせて、その瞬間に結界に穴が開くものと踏んで、不在の妖術で突っ込むまで。

>「――――絵面が汚ぇんだよ!!!!」

「ああ、もう。ひどい音楽だ。うるさいなあ――」

そして――最後の一撃を通す為の伏線も、既に張られていた。
ポチは地を蹴り、駆け出すと同時、深く息を吸い込んで叫んだ。

「――Hey、Google!このうるさい音楽を止めてよ!ねえ、アレクサ聞いてる!?」

140那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/02/26(水) 19:21:39
>ノエル行っきまーす!――東京ブリーチャーズ公式テーマソング、”東京妖魔戦記”!
>僕の歌を聞けぇえええええええええええ!

どこかで聞いたようなセリフと共に、ギターを携えたノエルが爆音で歌い始める。
それと同時に尻目が尻を高々と掲げたかと思うと高速で左右に動き始め、
はらだしがノエルの歌声に合わせ……ている風でもなく手前勝手に頓狂な踊りを開始し、
特に踊り的なスキルを持たないいやみもその場のノリでクネクネと踊り始める。
空間を覆うように幾重にも張り巡らされた氷の鏡の中に映り込むのは、無数のノエルと三バカ。
ノエルはともかく、三バカは一人ずつ存在するだけでもキツイ外見をしている。――それが、鏡によって無限に増殖していた。
どこに視線を逸らそうと、その先には必ずバカ(ノエル含む)がいる。
それはまさに、バカの万華鏡――

>名付けて ―― バ カ 大 銀 河 !!

ええ……。
これにはさすがのGMも苦笑い。

氾濫する津波の如きバカ。むろん、物理的な攻撃力は皆無である。
普通の妖壊なら、こんな頓狂な空間などたちどころに破壊してしまうことだろう。
しかし。

《ウゴオオオ……なんだ、このおぞましい空間はァァァ!
 あまりにも醜い!醜すぎる!目が腐る!それに耳も腐るぞォォォォォォ!!!》

効いた。
七つ道具(六種類)のうち、視力と聴力を司る二種類に甚大なダメージを与えられている。
スーパーツクモキングは液晶画面の目を瞑り、両手で聞き耳頭巾を押さえて仰け反った。
液晶画面のドット表示が巨大な単眼から真っ赤な『×』に変わっている。

>クロちゃん、ポチ君、今だああああああああああああああ!!

ノエルが声を限りに叫ぶ。
流れ的にはシリアスな感じではあるが、ノエルの周りには無数の尻と腹とオカマが存在している。怖い。

>――――絵面が汚ぇんだよ!!!!

ノエルの号令に合わせるように、尾弐が頓馬な踊りを踊っていたはらだしの尻に強烈な蹴りを叩き込む。

「どぉだぁ〜?オラの踊り、おんもしれぴぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!????」

尻を痛撃され、はらだしは甲高い悲鳴を上げながら爆速でスーパーツクモキングへと飛んで行く。
自分めがけて弾丸よろしく突っ込んでくるはらだしに気付き、スーパーツクモキングは左手を突き出した。
スーパーツクモ・プロテクションの構えだ。
だが、そこですかさずポチが策を発動する。素早く駆け出すと同時――

>――Hey、Google!このうるさい音楽を止めてよ!ねえ、アレクサ聞いてる!?

そう、声を限りに叫んだのだ。

《あっ、わたしはスーパーツクモキングです。あなたにちゃんと名前を覚えてもらえるように、もっと頑張りますぅぅぅ!!》

ポチの無茶振りによってスーパーツクモキングは一度痙攣すると、ビープ音を鳴らしながら束の間静止した。
見れば、顔面の召怪銘板の液晶表示がブラックアウトしている。
ノエルと三バカの狂演、そしてポチの計略でフリーズし、再起動しているらしい。
もちろん、結界を張ることもできない。結果棒立ちになったスーパーツクモキングははらだしと正面衝突した。

「ぼぴゃぁ!?」

はらだしがまた汚い悲鳴を上げる。
効果は覿面だ。ぐらぁ……と合体した付喪神たちの巨体が揺れる。
召怪銘板の液晶画面には『電源を切らないでください』との表示が出ている。まだまだ再起動は終わらないらしい。
さらに尾弐が尻目、いやみと矢継ぎ早に妖怪ロケットを繰り出すと、スーパーツクモキングはゆっくり崩れ落ちていった。

悪(?)は滅びた。

141那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/02/26(水) 19:21:51
《やはり六体ではダメか……七体合体でアルティメットツクモキングになれてさえいれば……うごごご!》

戦意を喪失し、バラバラになった七つ道具たちが無念そうな声をあげる。
熾烈な(?)戦いであったが、七つ道具たちはまったく傷ついていない。さすが大妖怪の持ち物と言うべきか。

《まぁ、我らも豚バラを切らされる、雑な扱いを受けるなどして頭に血がのぼっておった。許せ》

「猛省してほしいであります!小官の機転がなかったら、今頃東京ブリーチャーズは全滅していたであります!」

東京ブリーチャーズの目の前をふわふわと漂いながら、七つ道具は謝罪した。
ビームによって甚大なダメージを受けたロノヴェも、バラバラにされてしまったヴァプラも、もう元に戻っている。
無傷のベリスだけがこれでもかと胸を反らして威張り散らしていた。
なお、三バカは尾弐の弾丸キックを喰らった衝撃とスーパーツクモキングに激突したダメージでまだ気絶している。

《三尾たちはこちらだ。来るがいい》

天神細道をくぐり、全員で別の場所に移動する。
移動した先は、いつか訪れた玉藻御前の居宮・華陽宮によく似た建物の中だった。
長い廊下を歩き、襖を開いて部屋のひとつに入る。
と、そこには橘音と天邪鬼、シロの姿があった。
三人の近くには、豪奢な蒔絵の箱がひとつ鎮座している。狐面探偵七つ道具最後のひとつ、竜宮の玉手箱だ。
三人が脱走したりしないよう見張り役をしているらしい。

「ひぃぃ〜……どうしてこのボクが!地獄の大公爵アスタロトがこんなことを〜……」

「元は貴様のせいであろうが。ええい、サボるな!しっかりやれ!」

「……あ。あなた――」

十畳くらいの部屋の中には古茶碗や色褪せた掛け軸、古傘、古靴など無数の器物が所狭しと置いてある。
それらの器物には手足が生え、顔が浮き出て、まるで生き物のように走り回ったり各々遊んだりしていた。
どうやら、この部屋にある器物はすべて年経た付喪神であるらしい。
そして、そんな部屋の真ん中に三人が座り、古靴のほつれを繕ったり傘を張り直したりと修繕作業に勤しんでいた。
古着を縫い直していたシロがポチや尾弐、ノエルに気付き、声をあげる。

「あーっ!クロオさん!ボクを助けに来てくれたんですか!?よかったぁ〜っ!」

尾弐の姿を認めるや否や、橘音はすぐに立ち上がって尾弐へと飛び掛かるように抱きついた。

《付喪神の頂点たる我らを蔑ろにすることは許さぬ。それでなくとも、近頃の化生は器物を粗末に扱いすぎる》

《ということで、こ奴らには罰を与えておった。この場にあるすべての輩(ともがら)への奉仕が終わるまで、ここから帰さぬ》

先に七つ道具に囚われた三人はこの空間に送られ、付喪神への奉仕という名の修繕作業に従事させられていた。
七つ道具の言っていた過酷なる罰というものらしい。

「チッ……寺におった頃を思い出すわ。まぁ私が繕っていたものの大半は私が壊したものだったわけだが」

ぶつぶつと文句を言いながらも、天邪鬼は手当たり次第に壊れた瀬戸物や草履などを修繕してゆく。
恐るべきスピードだ。中には壊れたスクーターやテレビといった複雑な機構のものまであるのに、簡単に修理してしまう。
平安時代随一の天才児という伝承は伊達ではないらしい。

「こういった作業は初めてですが……ふふ、なかなか楽しいものです。あなたもご一緒にいかがですか?」

針と糸を使って繕い物をしながら、シロがポチへ微笑む。
そこに強制労働の痛苦は微塵もない。――むしろ、たくさんの付喪神に懐かれている。
狼の女王としての包容力、といったものだろうか。シロがそっと古い毛布を撫でると、それは子犬のように甘えた声を出した。

「ボクは早く帰りたいですぅぅ……クロオさぁん、連れて帰ってぇ……」

橘音も負けじと甘い声を出すと、尾弐の胸にすがりついたまま上目遣いにおねだりした。
もともと貴族階級の上級天魔である。壊れたものは捨てるのが常で、修理などできるはずもない。

《愚か者……この部屋のすべての器物を繕うまで、決してこの空間からは出られぬぞ――!》

しかし、七つ道具は梃子でもこの罰を免除してやる気はないらしい。
『東京ブリーチャーズが』、すべての付喪神を直すまでは――。

142那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/02/26(水) 19:22:03
「ひぃ、ひぃ……も、もう勘弁しておくんなせぇ……もう東京ブリーチャーズは名乗らねぇですから……」

「酒……酒が呑みてぇぞぉ……。オラ、縫い物なんてできねぇ……」

「イヤよイヤよイヤよぉぉぉ!こんな地味な場所で繕い物だなんて、アタイのキャラじゃないわぁぁぁ!!」

結局、七つ道具の課した奉仕活動の罰は尻目、はらだし、いやみの三バカが受けることになった。
彼らも真・東京ブリーチャーズを名乗る以上、ブリーチャーズには変わりない。
三人のペースでは部屋の中に満載された付喪神たちのすべてを修繕するには、数百年はかかるだろう。
だが、もともと妖怪は不老不死。その程度の時間は何でもない。
それが終わるまで三バカは部屋から一歩も出られず、もちろん酒食も化粧もできないが、いい薬であろう。
三バカを生贄にする代わりに橘音、天邪鬼、シロは無罪放免となった。
ともあれ、お騒がせ妖怪たちに関する一連の騒動はこれで一件落着――

とは、ならなかった。

ベリス、ロノヴェ、ヴァプラのおミソ三柱が東京ブリーチャーズと改めて対峙する。

「ムハハハハハハハ!すべてはこのベリスの計算のうちであります!」

ベリスが高笑いを上げる。

「東京ブリーチャーズの諸君!貴君らに鍛えられたお陰で、我々は強くなったであります!」
「もはや、誰にもおミソとは言わせないであります!我らの実力をもってすれば、出来ないことはぬぁい!であります!」
「ということで、今までのお礼に貴君らを叩き潰させて頂くでありますよー!ムハハハハハッ!」
「貴君らの首をルシファー様に見せつけのもいいでありますね!手塩にかけて育てた者に殺される気持ちはどうでありますか?」

どうやら、以前とは別人のように強くなったロノヴェ、ヴァプラの二柱でブリーチャーズに報復しようとしているらしい。
まさに、恩を仇で返す行いだ。……といっても天魔である。そのあたりの道理を説いても仕方ないということだろうか。
ベリスはともかく、ロノヴェとヴァプラはもはや以前の無能ではない。
それは、彼らを鍛え上げた尾弐とポチが誰よりもよく理解しているだろう。
ベリスはしてやったりというドヤ顔を浮かべているが、ロノヴェとヴァプラの表情からは何の感情も読み取れない。
もともとボーッとしており、頭脳労働はベリスに一任という感じであった二柱である。
この裏切りも、ベリスに言われるがままという感じなのであろうか。

元々卓越したフィジカルを持っていたものが、さらに研ぎ澄まされ俊敏な行動も可能になったロノヴェ。
霧の特性を最大限に生かし、変幻自在の攻撃で相手を惑わせ自身の身体の中に呑み込んでしまうヴァプラ。

今まで東京ブリーチャーズが戦ってきた天魔七十二将の中でも、上位の難敵となることは間違いなかった。
じり……と三柱が東京ブリーチャーズに対して間合いを詰めようとする。
その圧は数日前とは比べ物にならない。まさに、天魔と言うべき魔気の放出である。

「ムハハハハハーッ!さあ、ロノヴェ君!ヴァプラ君!彼らを血祭りにあげ、我ら三柱復権の第一歩とするであります!」

ばっ!とベリスが右手を突き出し、同輩に指示を出す。
ロノヴェが手に持った棍棒を大きく振りかぶる。
ヴァプラがゆら……と身体を拡げ始める。
そして。

ごちん。

ロノヴェの掲げた棍棒がベリスの頭に振り下ろされ、ヴァプラの霧の圧縮と膨張による衝撃がベリスの腹部を痛撃した。

「アフン!?」

二柱の攻撃を受け、ベリスは一瞬で轟沈した。
気絶したベリスの身体を、ロノヴェがひょいと肩に担ぎ上げる。

「……き。教官、み、みじかい、間、でし、たが。お、お世話、に、なりま、した」

尾弐の方に向き直り、ロノヴェがぺこりと頭を下げる。

「皆さんの〜……お陰で……強く、なれま……した……。この……御恩は〜……決して、忘れま……せんん〜」

ヴァプラもポチの顔を見て、ゆらゆらと揺らめく顔を俯かせた。お辞儀をしたらしい。

「じ、地獄、へ、帰り、ます。やく、約束、通り、人間は、傷つけ、ません。こ、これ、これにて、おいとま、を」

「楽しかった……ですぅぅ〜……また、またいつか……いつか、お会い致しましょうぅ〜……」

幾度も幾度も頭を下げながら、ロノヴェとヴァプラ(とベリス)は去っていった。
一連の騒動は、今度こそ終わった。

143那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2020/02/26(水) 19:22:15
「へぇ〜、そんなことがあったんだ……。ちょっと見てみたかったかも」

「何を言っているのです、祈。そんなおぞましい下等妖怪どもを視界に入れては、目の穢れというものですわ」

後日。下校途中にSnowWhiteへ顔を出した祈とレディベアが先日の出来事を聞き、それぞれリアクションを取る。
祈はあっけらかんと『仲間が増えるってのはいいことじゃん』と言っている。当事者でない者のお気楽さである。
そんな醜い者の参入は願い下げだと言うレディベアの方が、まだしも状況を理解している。

「そうかなぁ。腹出して踊るとみんなが笑うとか、平和でいいなーって思うんだけど」

物も言いようである。

「まぁ……何にしても厄介事はまるっと解決しましたから!結果オーライとしておきましょう!」

橘音が強引に話を纏めにかかる。三バカのこともおミソ三柱のことも、もう考えたくないといった様子である。
もっとも、おミソ三柱に関しては契約書を作成したデータを流用して召怪銘板に登録しておいた。
ベリスを召喚することはまずないだろうが、ロノヴェとヴァプラに関しては非正規メンバーとしていつでも召喚可能である。
尾弐とポチの言った、もう東京ブリーチャーズだ――という言葉が履行されたことになる。
その辺りは抜け目のない橘音だった。

「にしても、だ。有名税とは言うものの、高い授業料になったものだな」

カウンターのスツールに胡坐をかいて座った天邪鬼が言う。
一時は濡れ衣を着せられ、妖怪裁判にかけられ解散の危機に陥ったこともあったが、
今や東京ブリーチャーズといえば日本のみならず、海外にまでその名が轟いている。
何せ、神の長子たる天魔王ベリアルの襲撃から帝都東京を守り切り、逆転勝利まで収めてしまった精鋭部隊である。
その名声は留まるところを知らない。
当然、有名になればそれだけ厄介事も増える。今回はまさに、そんな名声がもたらした事件だった。

「名前が売れるっていうのも、考えものですね……」

べしゃ。とテーブルに突っ伏し、橘音は長い溜息をついた。
と、そんなとき。カララン……と店のドアベルが鳴る。

「あ、いらっしゃ――――」

颯が入口の方を見遣り、シロがお盆を手に取る。
だが、入ってきたのは人間の客ではなく――

「ここが東京ブリーチャ―ス入隊試験の会場ですか?」

「やっと到着したべぇ!いやぁ〜、ハイカラな店だっぺなぁ!東京はやっぱ違うっペぇ!」

「ハイハイ、どなたさんも失礼しまっせ!おたくさんが東京ブリーチャーズの頭領はんでっか?」

「OH!ワタシ、ハジメテ東京キマシタネー!東京ブリーチャーズト行ク帝都ツアー、楽シミデース!」

不意に、ドカドカと妖怪たちが大挙して押し寄せる。その数は数十、いや数百人もいるだろうか。
SnowWhiteの外を見ると、妖怪たちが長蛇の列を作っているのが見える。
橘音は顔面蒼白になってぶるぶる震えた。

「ま、まま、まさか……これって全部、ブリーチャーズ目当ての……?」

「みたいねぇ……」

困ったように右頬に手を当てながら、颯が肯定する。
妖怪たちは押し合いへし合いしながらブリーチャーズへ口々に注文を付ける。その数は三バカの比ではない。

「あっははははっ!これが御幸たちの言ってたやつかー!」

「わ、笑い事ではありませんわよ!?祈!」

そうこう言っている間にも、妖怪たちはどんどん店の中に入ってくる。

「尾弐殿!拙者とぜひお手合わせ願いたい!」

「狼王様、我らロシアに棲むハイイロオオカミの族長より親書を預かって参りました」

「姫様、女王陛下の命で姫様がお仲間にご迷惑をおかけしていないか確認にきました〜!」

もはや、SnowWhiteの店内は立錐の余地もないほどぎゅうぎゅう詰めになってしまっている。

「も……もう、有名税はこりごりです〜〜〜〜〜!!!!」

さながら通勤ラッシュの満員電車の中のような状態になりながら、橘音は悲鳴を上げた。


どっとはらい。

144御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2020/02/29(土) 11:31:13
>「――――絵面が汚ぇんだよ!!!!」
>「どぉだぁ〜?オラの踊り、おんもしれぴぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!????」

>「――Hey、Google!このうるさい音楽を止めてよ!ねえ、アレクサ聞いてる!?」

尾弐のケツスパンキングによって砲弾のように飛んでいくはらだし。
そこはポチの無茶ぶりが炸裂し、召怪銘板がフリーズして結界を張ることが不可能となった。見事な連携である。

>「ぼぴゃぁ!?」

駄目押しとばかりに尻目といやみも飛んでいく。
七つ道具(6つ)はバラバラになったが、傷一つ付いていない。
もしもぶっ壊れたらシャレにならないところだったが、当初の目的も達成できて結果オーライ。

「やったぞ! 我らの愛と勇気と希望とゴリ押しと無茶振りとその他諸々の力の勝利だ!」

>《やはり六体ではダメか……七体合体でアルティメットツクモキングになれてさえいれば……うごごご!》

>《まぁ、我らも豚バラを切らされる、雑な扱いを受けるなどして頭に血がのぼっておった。許せ》

>「猛省してほしいであります!小官の機転がなかったら、今頃東京ブリーチャーズは全滅していたであります!」

>《三尾たちはこちらだ。来るがいい》

天神細道を抜けて向かった先では、豪奢な蒔絵の箱に見張られて橘音達が過酷なる罰を受けているところだった。
竜宮の玉手箱というらしい。

「原典通りだと開けたらお爺さんになる箱だけどそれってめっちゃ使い道ないような……」

145御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2020/02/29(土) 11:33:44
>「ひぃぃ〜……どうしてこのボクが!地獄の大公爵アスタロトがこんなことを〜……」
>「元は貴様のせいであろうが。ええい、サボるな!しっかりやれ!」

>「……あ。あなた――」
>「あーっ!クロオさん!ボクを助けに来てくれたんですか!?よかったぁ〜っ!」

>《付喪神の頂点たる我らを蔑ろにすることは許さぬ。それでなくとも、近頃の化生は器物を粗末に扱いすぎる》
>《ということで、こ奴らには罰を与えておった。この場にあるすべての輩(ともがら)への奉仕が終わるまで、ここから帰さぬ》

>「チッ……寺におった頃を思い出すわ。まぁ私が繕っていたものの大半は私が壊したものだったわけだが」
>「こういった作業は初めてですが……ふふ、なかなか楽しいものです。あなたもご一緒にいかがですか?」

平安生まれの天邪鬼が何故か電化製品まで修理し、狼が原型であるシロが器用に縫物をして布製品を直している。

「二人とも、凄いね……」

>「ボクは早く帰りたいですぅぅ……クロオさぁん、連れて帰ってぇ……」

「ああ、事務所にあるものが壊れたらすぐ捨ててたもんねぇ……」

>《愚か者……この部屋のすべての器物を繕うまで、決してこの空間からは出られぬぞ――!》

ノエルは、もぞもぞと起き出してきたばかりで状況を把握していない三バカに声をかけた。

「スーパーツクモキングを倒せたのは君達が身を挺して突撃してくれたおかげだ!
そこで君たちを真・東京ブリーチャーズと見込んでお願いがある!
将来付喪神の祟りの犠牲が出るのを未然に防ぐことが出来る超重要任務だ――」

かくして、真・東京ブリーチャーズはその超重要任務を引き受けることになった。

>「ひぃ、ひぃ……も、もう勘弁しておくんなせぇ……もう東京ブリーチャーズは名乗らねぇですから……」
>「酒……酒が呑みてぇぞぉ……。オラ、縫い物なんてできねぇ……」
>「イヤよイヤよイヤよぉぉぉ!こんな地味な場所で繕い物だなんて、アタイのキャラじゃないわぁぁぁ!!」

「まあまあ、数百年もかければ終わるから」

ノエルはこのパーティーの中では珍しく人間や動物にルーツを持たない生粋妖怪なので
天然で言っているかもしれないのが怖いところ。
どうでもいいが竜宮の玉手箱は向こう数百年三バカの監視にあたることになりそうなので結局七つ道具(6つ)は継続なのだろうか――

146御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2020/02/29(土) 11:34:30
こうして三バカは少なくとも数百年の間は片付いたが、おミソ三柱が再び攻め込んできた。

>「ムハハハハハハハ!すべてはこのベリスの計算のうちであります!」
>「東京ブリーチャーズの諸君!貴君らに鍛えられたお陰で、我々は強くなったであります!」
>「もはや、誰にもおミソとは言わせないであります!我らの実力をもってすれば、出来ないことはぬぁい!であります!」
>「ということで、今までのお礼に貴君らを叩き潰させて頂くでありますよー!ムハハハハハッ!」
>「貴君らの首をルシファー様に見せつけのもいいでありますね!手塩にかけて育てた者に殺される気持ちはどうでありますか?」

「ベリス君、どうしたの!? 君はきっと操られているんだ……! 思い出して! 童との熱い友情を!
力を合わせて巨大な悪(?)を打ち倒したことを……!」

みゆきの悲痛な叫びは届かない。まあ相手はある意味天魔オブ天魔だから仕方がない。

>「ムハハハハハーッ!さあ、ロノヴェ君!ヴァプラ君!彼らを血祭りにあげ、我ら三柱復権の第一歩とするであります!」
>「アフン!?」

>「……き。教官、み、みじかい、間、でし、たが。お、お世話、に、なりま、した」
>「皆さんの〜……お陰で……強く、なれま……した……。この……御恩は〜……決して、忘れま……せんん〜」
>「じ、地獄、へ、帰り、ます。やく、約束、通り、人間は、傷つけ、ません。こ、これ、これにて、おいとま、を」
>「楽しかった……ですぅぅ〜……また、またいつか……いつか、お会い致しましょうぅ〜……」

「え、あ、うん……! 元気でね! ベリス君にもよろしく!」

147御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc:2020/02/29(土) 11:35:26
後日、SnowWhiteを訪れた祈が事の顛末を皆から聞く。

>「へぇ〜、そんなことがあったんだ……。ちょっと見てみたかったかも」
>「何を言っているのです、祈。そんなおぞましい下等妖怪どもを視界に入れては、目の穢れというものですわ」

>「そうかなぁ。腹出して踊るとみんなが笑うとか、平和でいいなーって思うんだけど」

「あはは! そうだね、あの踊りは一回見てみるのもいいかもしれない!」

祈がはらだしの踊りを見たらシロのように笑って行動不能になるのか、
みゆきのようにハイテンションになるのか、はたまた別の効果が出るのか、ちょっと気にならないでもない。
まあ数百年も経てば出て来るから、と言いかけてやめておくみゆきであった。
半妖の祈が数百年後に生きているかは誰にも分からない。

>「まぁ……何にしても厄介事はまるっと解決しましたから!結果オーライとしておきましょう!」
>「にしても、だ。有名税とは言うものの、高い授業料になったものだな」
>「名前が売れるっていうのも、考えものですね……」

突然店のドアベルが鳴ったかと思うと、妖怪達が大挙して押し寄せてきた。

>「ここが東京ブリーチャ―ス入隊試験の会場ですか?」
>「やっと到着したべぇ!いやぁ〜、ハイカラな店だっぺなぁ!東京はやっぱ違うっペぇ!」
>「ハイハイ、どなたさんも失礼しまっせ!おたくさんが東京ブリーチャーズの頭領はんでっか?」
>「OH!ワタシ、ハジメテ東京キマシタネー!東京ブリーチャーズト行ク帝都ツアー、楽シミデース!」

>「ま、まま、まさか……これって全部、ブリーチャーズ目当ての……?」
>「みたいねぇ……」
>「あっははははっ!これが御幸たちの言ってたやつかー!」
>「わ、笑い事ではありませんわよ!?祈!」

「正確には本拠地は下の階なんだけど……まあいっか!」

と、呑気に構えていたみゆきだったが……

>「尾弐殿!拙者とぜひお手合わせ願いたい!」
>「狼王様、我らロシアに棲むハイイロオオカミの族長より親書を預かって参りました」
>「姫様、女王陛下の命で姫様がお仲間にご迷惑をおかけしていないか確認にきました〜!」

瞬く間に満員電車のような状態になった店内に流石に焦り始めた。

「一応この前女王を継承したんですよ、ねえ姫様!」

「そんなことより入り過ぎィ! 定員オーバーだから!」

>「も……もう、有名税はこりごりです〜〜〜〜〜!!!!」

「次は最終話、じゃなくて終点、東京でございまーす!!」

最近妙にかさむ店の修繕費に頭を悩ますみゆきは、意味不明な絶叫をあげた。

148尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2020/03/09(月) 10:32:55


蹴りの勢いで空を跳んで行くはらだしの悲鳴が聞こえる。
多分、奴さんはツクモ太郎の結界にぶち当たって何の成果も残せずに終わるだろう。
けどまあそれでいい。というより、どうでもいい。
打つ手がねぇなら、景観を盛大に汚す3バカ連中を排除するのが先決だ。
とにもかくにも今必要なのは状況を動かす事だ
人を、物を、技を、時間を
一見どうしようもねぇ状況に見えても、何かを動かせばそこに活路が生まれる時はある。
俺だけじゃあどうにもならねぇ事だろうと、仲間にとってはどうにかなる状況である時もある。

>――Hey、Google!このうるさい音楽を止めてよ!ねえ、アレクサ聞いてる!?
>《あっ、わたしはスーパーツクモキングです。あなたにちゃんと名前を覚えてもらえるように、もっと頑張りますぅぅぅ!!》

――――そら、こんな具合にだ。

全く、流石だなポチ助。
妖怪としての特性なのか獣としての習性なのかはわからねぇが、敵の隙を作り見出す事にかけて比類が無いぜ。
まさか、そんな方法でツクモ太郎を無力化出来るたぁ、俺には思い付かなかった。
……さて、厄介な結界は壊れて敵は混乱の渦中。反撃の心配もねぇときた。
ここまで御膳立てされて何も出来けりゃあ、男が廃るってモンだ。

「東京ブリーチャーズを僭称する馬鹿野郎共。本家の先輩として、最後にオジサンが強大な敵との戦い方を教えてやるよ」

混乱するバカ二人を前にして、思わず人様には見せられない類の笑みを浮かべてしまった気がするが、きっと気のせいだ。俺は大きく足を後ろに引き――――

「――――とりあえず、当たって砕けろ」

数秒後。虚空に汚い悲鳴が二つ増え、さらに暫くの後に蛙の潰れたような声が二つ聞こえた。


・・・

>《まぁ、我らも豚バラを切らされる、雑な扱いを受けるなどして頭に血がのぼっておった。許せ》
>「猛省してほしいであります!小官の機転がなかったら、今頃東京ブリーチャーズは全滅していたであります!」

戦いは終わった
今、俺の目の前では、ひと暴れした事で幾分か冷静さを取り戻した七つ道具の連中と、それに対して子犬の様にギャンギャン騒ぐヴァプラという光景が繰り広げられている
ヴァプラの奴は自己評価が随分と過大な気もするが……まあ、いいだろ
奴さんが奴さんなりに頑張ってたのは俺も見てたからな。天魔とはいえ今日くらいは見逃してもバチは当たらねぇ筈だ。そんな事よりも、だ

「おい、ツクモ太……ゴホン、七つ道具。そろそろ橘音達を返しちゃくれねぇか」
《三尾たちはこちらだ。来るがいい》

……もうちっとばかしゴネるかと思ったが、どうにも連中は素直に橘音達の所へ案内してくれるみてぇだな
勝負の結果に実直なあたりは、腐っても大妖怪の所有物品って事か

149尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2020/03/09(月) 10:33:29
通り慣れた天神細道を潜って移動してみれば、そこはやたらと豪華な建物の中。
御前の住処に似た雰囲気だが、あそこよりは幾分か空気が軽く感じる。
そのまま随分と長ぇ廊下を真っ直ぐと進むと

>「ひぃぃ〜……どうしてこのボクが!地獄の大公爵アスタロトがこんなことを〜……」
>「元は貴様のせいであろうが。ええい、サボるな!しっかりやれ!」
>「……あ。あなた――」

そこには、橘音と外道丸、シロがいた。
周囲を動き回る付喪神共の事なんざ頭に入ってこねぇ。思わず数歩、足を進め

>「あーっ!クロオさん!ボクを助けに来てくれたんですか!?よかったぁ〜っ!」

直後、衝撃と共に小さな体が俺の胸に飛び込んできた。
突然の事に思わず手を彷徨わせちまったが直ぐに我に帰り、俺は橘音の頭を少し乱暴に撫でる

「おう、助けに来たぜ橘音。怪我はねぇか?」

言葉を掛けつつその様相に視線を走らせるが、幸いな事に怪我も無く無事みてぇだ。

……。
ああ――――本当に良かった。安心した。
目の前の女が生きて、笑ってくれている。
それだけの事で、胸の奥に溜まってたヘドロみてぇな何かが消えて行くのを感じる。
叶うならこのまま抱きしめでもしてやりたいところだが、残念な事にそういう訳にもいかねぇ。

>「チッ……寺におった頃を思い出すわ。まぁ私が繕っていたものの大半は私が壊したものだったわけだが」
>「こういった作業は初めてですが……ふふ、なかなか楽しいものです。あなたもご一緒にいかがですか?」

楽しそうに作業をするシロ嬢と、口では文句を言いつつもやはりどこか楽し気に見える外道丸。
彼等の労働[がんばり]に報いるために俺が今するべき事は、三人をここから連れ戻す事だ。

>「ボクは早く帰りたいですぅぅ……クロオさぁん、連れて帰ってぇ……」
「あいよ、大将。……さて、七つ道具。これだけ頼られた以上、オジサンとしちゃあ一刻も早く連れ去っちまいてぇ所なんだ。だから、交渉をしようぜ」
>《愚か者……この部屋のすべての器物を繕うまで、決してこの空間からは出られぬぞ――!》

七つ道具の要望は東京ブリーチャーズによる数多の器物の修繕。
俺の要望は、この誰よりも可愛らしい妖狐と1000年来の悪友、大事な仲間の無二の女。
一触即発の空気の中

>「スーパーツクモキングを倒せたのは君達が身を挺して突撃してくれたおかげだ!
>そこで君たちを真・東京ブリーチャーズと見込んでお願いがある!
>将来付喪神の祟りの犠牲が出るのを未然に防ぐことが出来る超重要任務だ――」

聞こえてきたノエルの声に引き摺られる様にして視線を動かせば、そこには状況を理解出来ていない3バカの姿
……ああ。そういえばツクモ太郎達の中では、不本意な事にこいつらも東京ブリーチャーズ扱いだったんだよなぁ?

視線が合った連中の顔が引き攣った気がしたが、多分気のせいだろう。

150尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2020/03/09(月) 10:33:50
・・・

その後3バカがなにか喚いていた気もするが、急に耳が遠くなったのかオジサンには何も聞こえなかった。
まあ、連中の事なんざ考えるだけで時間の無駄だ。それよりも

>「……き。教官、み、みじかい、間、でし、たが。お、お世話、に、なりま、した」

目の前で俺に礼を言っているロノヴェだ。
短い間の付き合いとはいえ、ベリスの奴が裏切るであろう事は想像していたから大して驚きはしなかった。
だが、ロノヴェ……お前さんのその行動は、俺には想像も出来なかったぜ

俺は、訓練の名前を借りてお前さんをぶん殴ってただけだぞ?
強くするって目的に嘘は無かったが、そこに天魔への憎悪が無かった訳じゃねぇ。
それに、お前さんだってまるで痛みがなかった訳じゃねぇ筈だ。
だから、お前さんに恨まれる覚悟はしてたし、憎まれる事も理解してた。
だってのに、お前さんはなんで俺なんざに感謝の言葉を吐くんだ

言葉を返そうと口を開くが、眉間に皺が寄るばかりで上手く言葉が思い浮かばない。
そんな俺を前に、ベリスを背負ったロノヴェは再度頭を下げる

>「じ、地獄、へ、帰り、ます。やく、約束、通り、人間は、傷つけ、ません。こ、これ、これにて、おいとま、を」

そうして、奴さんはそのまま立ち去ろうとし

「……おい!まあ、アレだ。たまには飯でも食いに来い。そいつら二人と一緒にな」

去り際に何とか絞り出した俺の言葉が届いたのかどうかは判らない。
だが、僅かに見えたロノヴェの横顔は、確かに笑っていた。

151尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE:2020/03/09(月) 10:34:49
後日談。

一連の騒動の後始末を終えた俺達は、SnowWhiteにて今回の顛末を祈の嬢ちゃんとベアの嬢ちゃんに語り聞かせていた。

>「へぇ〜、そんなことがあったんだ……。ちょっと見てみたかったかも」
>「何を言っているのです、祈。そんなおぞましい下等妖怪どもを視界に入れては、目の穢れというものですわ」
>「そうかなぁ。腹出して踊るとみんなが笑うとか、平和でいいなーって思うんだけど」
>「あはは! そうだね、あの踊りは一回見てみるのもいいかもしれない!」

「やめとけやめとけ。あのヨゴレ妖怪共は、嬢ちゃん達の教育上良くねぇぞ」

興味津々な祈の嬢ちゃん。至極真っ当に懸念を示すベアの嬢ちゃん。面白半分にそれもまた良しとする色男。
三者三様な反応だが、オジサンとしちゃあ嬢ちゃん達にアレはみせちゃならねぇモンと思う

>「まぁ……何にしても厄介事はまるっと解決しましたから!結果オーライとしておきましょう!」

橘音に至っては、考えるのも嫌なんだろうな。早々に話題を切り替えるべく、連中の話を纏めちまった。
……まあ、いいか。
長々とするような話題でもねぇし、それに問題自体は解決したんだ。

>「にしても、だ。有名税とは言うものの、高い授業料になったものだな」
>「名前が売れるっていうのも、考えものですね……」
「あまりに有名になった名前の何と重荷になる事か、ってな。全く、新人騒動はもう勘弁だぜ」

溜息を吐きながら今回の騒動を忘れる為に、注文していたアイスコーヒーのコップに手を掛ける。
冷えたそれをそのまま喉に流し込んでいると――――唐突に来客を知らせるベルが鳴った。

……何か、嫌な予感がする。
上手くは言えないが、こう……ロクでもない事が起きる時の虫の知らせのような奴だ。
正直言って見たくはねぇが、それでも渋々首を動かし入口を見てみれば

>「あ、いらっしゃ――――」
>「ここが東京ブリーチャ―ス入隊試験の会場ですか?」
>「やっと到着したべぇ!いやぁ〜、ハイカラな店だっぺなぁ!東京はやっぱ違うっペぇ!」
>「ハイハイ、どなたさんも失礼しまっせ!おたくさんが東京ブリーチャーズの頭領はんでっか?」
>「OH!ワタシ、ハジメテ東京キマシタネー!東京ブリーチャーズト行ク帝都ツアー、楽シミデース!」

>「ま、まま、まさか……これって全部、ブリーチャーズ目当ての……?」
>「みたいねぇ……」
>「あっははははっ!これが御幸たちの言ってたやつかー!」
>「わ、笑い事ではありませんわよ!?祈!」

「なっ!? おま、ちょっと待て!こいつら何人居んだよ!勘弁してくれ!」

玄関からずらりと続く見知らぬ妖怪連中の群れ!むしろ大河!
そんじょそこらの百鬼夜行より多い数がこの店に入り切る訳ねぇだろうが!?

>「尾弐殿!拙者とぜひお手合わせ願いたい!」
>「狼王様、我らロシアに棲むハイイロオオカミの族長より親書を預かって参りました」
>「姫様、女王陛下の命で姫様がお仲間にご迷惑をおかけしていないか確認にきました〜!」
>「そんなことより入り過ぎィ! 定員オーバーだから!」
「おいそこのテメェ!ドサクサに紛れて橘音を触ろうとしてんじゃねぇ!!………誰だ今俺の尻触った奴は!!?」

>「も……もう、有名税はこりごりです〜〜〜〜〜!!!!」
>「次は最終話、じゃなくて終点、東京でございまーす!!」

「だあーっ!どいつもこいつも!いい加減にしやがれええええっっ!!!!」

帝都の朝の満員電車もかくやといった具合になった店内での俺の叫びは、しかし無数のざわめきに飲まれて空しく消えていくのであった。



帝都のどこかで、とある妖怪達の騒がしい日々は今日も続いていく――――

152ポチ ◆CDuTShoToA:2020/03/13(金) 23:36:36
なんやかんやあって、悪は滅びた。
超ツクモキングはバラバラに崩れ落ちた。

>《やはり六体ではダメか……七体合体でアルティメットツクモキングになれてさえいれば……うごごご!》

「はぁ……疲れた。今度、僕らも五人で合体技でも作る?技名は……そうだなぁ、ブレーメンの音楽隊とか」

うんざりとした語調。

>《まぁ、我らも豚バラを切らされる、雑な扱いを受けるなどして頭に血がのぼっておった。許せ》
>「猛省してほしいであります!小官の機転がなかったら、今頃東京ブリーチャーズは全滅していたであります!」

>「おい、ツクモ太……ゴホン、七つ道具。そろそろ橘音達を返しちゃくれねぇか」
>《三尾たちはこちらだ。来るがいい》

天神細道を潜ると、そこは雅やかで古風な建物の中だった。
確かにシロのにおいがする。
七つ道具の案内を待たずに、ポチはそのにおいを辿って廊下を進む。

>「ひぃぃ〜……どうしてこのボクが!地獄の大公爵アスタロトがこんなことを〜……」
>「元は貴様のせいであろうが。ええい、サボるな!しっかりやれ!」

辿り着いた部屋にはシロと、橘音と天邪鬼がいた。
ポチが小さく、安堵の溜息を吐いた。

>「……あ。あなた――」

その周囲には大量の――大勢の小さな付喪神がいる。
何をしているのか、されているのか、させられているのか、ポチにはすぐには理解出来なかった。

>《付喪神の頂点たる我らを蔑ろにすることは許さぬ。それでなくとも、近頃の化生は器物を粗末に扱いすぎる》
>《ということで、こ奴らには罰を与えておった。この場にあるすべての輩(ともがら)への奉仕が終わるまで、ここから帰さぬ》

「……ええと、つまり?」

>「チッ……寺におった頃を思い出すわ。まぁ私が繕っていたものの大半は私が壊したものだったわけだが」

「ああ、そういう事」

>「こういった作業は初めてですが……ふふ、なかなか楽しいものです。あなたもご一緒にいかがですか?」

シロが優しげな手つきで古い毛布を撫でる。

「……そうだね。だけど僕、縫い物なんてした事ないからさ……君が教えてよ」

ポチとしては、シロが見つかった時点でこの事件は解決したようなものだ。
だから彼女がそう言うなら、あえて拒む理由はなかった。

>「ボクは早く帰りたいですぅぅ……クロオさぁん、連れて帰ってぇ……」

「はは……奇遇だね。君があのバカ三人を連れてきた時は、僕も同じ事を考えてたよ」

>「あいよ、大将。……さて、七つ道具。これだけ頼られた以上、オジサンとしちゃあ一刻も早く連れ去っちまいてぇ所なんだ。だから、交渉をしようぜ」
>《愚か者……この部屋のすべての器物を繕うまで、決してこの空間からは出られぬぞ――!》

「……そもそもさ。事の発端は君が豚バラ肉を切らされた事でしょ?
 だったら、凄む相手を間違えてるんじゃない?」

ポチが、件の三バカ達に視線を向けた。

>「スーパーツクモキングを倒せたのは君達が身を挺して突撃してくれたおかげだ!
 そこで君たちを真・東京ブリーチャーズと見込んでお願いがある!
 将来付喪神の祟りの犠牲が出るのを未然に防ぐことが出来る超重要任務だ――」

かくして事件は一件落着した。
最後にベリスの奸計によってエクストラバトルが始まる気がしたが、気のせいだった。


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