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番外編投下用スレ
1
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2017/10/28(土) 10:42:13
本編の補完、補足、外伝等東京ブリーチャーズ関連SSの投下用スレです。
設定等については東京ブリーチャーズwiki
https://www65.atwiki.jp/tokyobleachers/
に書き込み願います。
2
:
兎の恩返し
◆4fQkd8JTfc
:2017/12/03(日) 22:21:01
玉兎――月世界の兎。
一説によると、飢え死にしかけた者を救うために自ら食料となるべく燃え盛る炎の中に身を投げた。
その気高き自己犠牲の精神を称えられ、月に奉られたのが種の起源だという――。
今は昔。乃恵瑠と名を変えたみゆきが雪の女王の下で暮らし始めてからまだ間もないある日のこと。雪の中で倒れている兎を見つけた。
乃恵瑠は無表情の範疇ながらも微かに哀しげな表情を浮かべてそっと抱き上げる。
定命の動物との交流は禁じられているが、すでに死んでいる者を埋めてやるぐらいは許されるだろう。
しかし――抱き上げてみて、まだ息があることに気付いた。同時に、微かな妖気も感じる。
見た目は兎そのものだが妖怪のようだ。しかしまだ発生して間もないのだろう、人語を喋ることは出来ないようだ。
妖怪ならセーフ、そう自分に言い聞かせ、服の内側に隠して御殿に入ろうとする乃恵瑠。
案の定、女王に見つかった。
「乃恵瑠、何を隠しているのですか?」
「何も隠しておらぬ」
「嘘おっしゃい、どうせ迷子の動物でも拾ってきたのでしょう」
「――やはり母上の目はごまかせぬか」
堪忍して、服の内側から兎を取り出す。
毎日モフモフモフモフしたい謎の衝動に駆られた、などと言ったら即捨ててきなさいと言われるに決まってる。
そう思った乃恵瑠は、無理やりな言い訳を始めた。
「……我々の領域内に無断で侵入していた妖怪だ。
敵勢力のスパイかもしれないから手元に置いて監視しつつ手駒とすべく洗脳してよいだろうか」
「……いいでしょう。万が一にも離反せぬよう徹底的にやるのですよ」
意外や意外、許可が出た。乃恵瑠は兎にハクトと名付け、クーデレ全開で可愛がった。
白い兎だからという安易なネーミングである。
毎日山の中で食べ物を見繕ってきて与え、毎日モフモフしていると、みるみるうちに元気になった。
「勘違いするな、これは毛皮の中に武器を隠し持っておらぬか身体検査しておるのだ。
決して感触を楽しんでいるわけではないぞ」
兎は寂しいと死んでしまうという俗説があるので、名前を付けて可愛がったこと自体が一番の特効薬だったのかもしれない。
やがて乃恵瑠の頭の上がハクトの定位置となったころ――
3
:
兎の恩返し
◆4fQkd8JTfc
:2017/12/03(日) 22:23:10
「乃恵瑠!?」
乃恵瑠が倒れたのであった。雪の女王には、原因に心当たりがあった。
「だから霞ばっかり食ってたら駄目だってあれ程言ったでしょう……!」
雪女は基本的に食べなくても生きていけるが、雪ん娘のうちはそうではない。
特に、精霊に近い不安定な存在である雪ん娘から現世に存在を確立して雪女になる時に、多量のエネルギーが必要になる。
そもそも雪ん娘は放っておくと消えてしまう脆弱なもので、この時期をうまく超えられずに消えてしまう雪ん娘も存在する。
大昔は成人の儀と称して人里に降りて人間の男を食らう(意味深)なんてことがやられていたが、すでに人を殺すのはご法度である。
そこで今では普通に食べ物を食べることをその代替としているのだ。
みゆきだったころはむしろよく拾い食いをしていたらしいが、乃恵瑠になってからというもの一切食べ物を口にしなくなっていた。
必要な時期になれば食べるようになるだろうと様子を見ていたのだが――倒れるまでになるこの期に及んで、一切その気配はなかった。
どうにも食べ物が喉を通らないのだった。おそらく精神的な理由によるものだろう。
本人すらも意識していない領域で、魂に刻まれた罪の意識から、生きることを拒否しているのかもしれない。
あるいは将来過酷な運命に立ち向かわなければならないのが心のどこかで分かっていて、雪ん娘のうちに消えるのも悪くないと思っているのか。
しかし、消えてもらっては多大な犠牲を払った計画が崩壊する。女王は頭を抱えた。
そんなある日、乃恵瑠は心配そうに擦り寄るハクトを撫でながら言ったのだった。
「そなたは妾が消えたら悲しんでくれるか? 母上はきっと妾が消えても困りはするが悲しんではくれぬ……」
その夜、雪の女王に語り掛ける者があった。
「あのね、乃恵瑠は飢えてる」
女王が振り返ってみても、誰もいない。足元を見てみると白い兎が見上げていたのだった。
姿こそ兎のままだが、人語を喋っている。
「……そんなことは言われなくても分かっています」
「そうじゃなくて。愛に飢えてる。後継者として育てるだけじゃなくて、普通に可愛がってあげて。
時にはちゃんと抱きしめて、頭を撫でてあげて。乃恵瑠がぼくにしてくれたみたいに。このままじゃ乃恵瑠が消えちゃう」
「……私にはあの子を愛する資格など無いのです」
「……」
兎は、何も言い返さず哀しそうに立ち去ったのだった。
その後ろ姿からは、悲壮な決意が滲み出ているようにも感じられた。
4
:
兎の恩返し
◆4fQkd8JTfc
:2017/12/03(日) 22:25:52
乃恵瑠は、不思議な夢を見た。夢の中で、白い兎が語り掛けてきた。
「どうして生きることを拒むの?」
「妾はいっそ今のうちに消えた方が良いのだ。落ちこぼれの妾に次期女王など勤まらぬ……」
「でも、ぼくは君に生きてほしい。ぼくを救ってくれたキミに、ぼくの全てをあげる。だから、生きて――
君なら乗り越えていけるから。これからはずっと一緒だ――」
「そなた、何を言っておるのだ……!?」
乃恵瑠が目を覚ますと、仰向けに寝ている自らに、あろうことか年端もいかぬ少年が狼藉を働こうとしているところだった。
「貴様――妾が誰か知った上での狼藉か! よかろう、望み通りにしてやろう!」
遥か昔、神代の時代――雪女は男の精気を吸い尽くし凍死させる恐ろしくも艶めかしい魔物としての一面を確かに持っていた。
実のところそれは、雪女にとって捕食行為にして最強の攻撃手段なのだ。
乃恵瑠は、人を殺すのがご法度になって以来すっかり封印されているその魔性を露わにし、妖艶な笑みを浮かべ少年を抱き寄せる。
と、指先がふわふわしたものに触れたような気がした。触り慣れた、暖かな毛並み。
このまま食らいたいという魔物としての欲求がそれを無視しようとするが、死んでほしくないという強い思いがそれを許さなかった。
「……ハクト?」
正気を取り戻した乃恵瑠が目を見開いて改めて見てみると、少年の頭からは、兎の耳が生えていた。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
渾身の力で付き飛ばすと、先程まで兎耳の少年だった者は見慣れた兎になって震えていた。
「無礼者!! 二度と姿を見せるな!!」
乃恵瑠が叫ぶと、兎は文字通り脱兎の勢いで走り去った。 そこに騒ぎを聞きつけた女王が駆け込んでくる。
5
:
兎の恩返し
◆4fQkd8JTfc
:2017/12/03(日) 22:29:41
「乃恵瑠! 大丈夫!? 怪我はない!?」
「……大丈夫だ、何もされていない」
乃恵瑠の無事を確認すると、女王は乃恵瑠を抱きしめて頭を撫でるのであった。
「良かった……!」
「母上……初めて抱きしめてくれたな」
「あの兎が逃げていくのを見ました。迂闊でした……まさかあの者があなたを殺そうとするとは……」
乃恵瑠ははっとする。
確かに普通に考えれば、弱っているところを暗殺されそうになった、と解釈するのが自然かもしれない。
女王に誤解させたままにしておくわけにはいかず、言い辛そうに真実を告げる。
「違う……あやつは妾を生かそうとしたのだ」
女王の腕の中で、乃恵瑠は震えていた。
表面では生きることを拒否しながら、本当はあさましいほどに生きることを欲していた。
二度と姿を見せるなと言ったのは、次に姿を見せれば欲求に負けて食らいかねないから。
雪女にとってそれは、基本的には狼が獲物に牙を突き立てるのと何ら変わらない、捕食行為だ。
美しい外見は、獲物を引き寄せる罠。生物の新たな生を生み出す行為を模しながら、相手に齎すのは冷厳の死――
その意味でも、人との間に子を成す有名なパターンの逸話は、例外中の例外。例外だからこそ逸話に残るのである。
「……もう少しで食らうところだった。妾は……本当は母上を困らせたいだけだったのだ。母上、妾は消えたくない……」
「莫迦なことを言うんじゃありません。消えるなんて許しませんよ」
その夜、女王は乃恵瑠が腕の中で寝付くまで抱きしめていたのであった。
次の日の朝、物音で目を覚ました乃恵瑠が外を覗いてみると、縁側に玉雪のような真っ白な餅か団子のようなものが置いてあった。
まんまるの一口サイズのものがいくつか積み重なっている。乃恵瑠はそれを摘まんで、そっと口に運ぶのであった。
「美味しい……」
冷たいのにやわらかく、中には澄み切った綺麗な雪が包んであった。
山で採れた木の実を籠にいっぱい持ってきた女王が尋ねる。
「乃恵瑠、それは……?」
「きっとハクトが持ってきてくれたのだ……あやつはおそらく玉兎――月で餅をつく兎……」
6
:
兎の恩返し
◆4fQkd8JTfc
:2017/12/03(日) 22:36:45
次の日も、その次の日も、それは毎日置いてあった。
乃恵瑠は毎日それを食べて、次第に元気になっていったのであった。
ある朝、目覚めて立ち上がった乃恵瑠は、世界が違って見えることに気付いた。
目線が高くなっているのだ。足元を見てみると、着物の丈が短くなっている。
慌てて外に出て池の水に自らを映してみる。そこにはすらりと伸びた四肢の、大人の雪女が映っていた。
「――な!?」
その顔立ちは鼻筋の通った大人の顔になっているとはいえ確かに自分で。
自分が無事に大人の雪女になれたのだと認識した乃恵瑠は、ふと目線を感じ、白い兎と目が合った。
「ハクト……」
「良かった……。これで最後だから……ご無礼をお許しください――その姿を一目見届けたくて――」
飛びついてモフモフしたい衝動を辛うじて抑える乃恵瑠。
動物系妖怪の一般的なパターンのうちの一つとして、発生直後は動物のような意識しか持たず、
人語を喋ったり人間に変化できるようになる頃に妖怪としての知性を持つというものがある。
人型に変化できるようになったということは、自らの素性も分かったということだ。
彼は玉兎――地上に迷い込んでしまった、月世界の兎。こんな場所に引き留めてはいけない。
「そうだ、ここはそなたのいるべき場所ではない! さっさと帰って未来永劫仲間達と仲良く暮らすのだ!」
名残惜し気にすごすごと去っていこうとするハクト。
さっさと帰れと言った舌の根も乾かぬうちにそれを引き留める乃恵瑠。
「――待て!!」
どうしても伝えておかなければいけないことがある。
このまま見送ってしまったらもう二度と会えないような気がするから。
7
:
兎の恩返し
◆4fQkd8JTfc
:2017/12/03(日) 22:40:11
「その……感謝するぞ! そなたのお陰で消えずに済んだ。
しかし自分を食べさせようなんて莫迦な真似は二度とするな!!
罰としてそなたはずっと妾のペットだ――! ずっと傍におれ!」
そして、いったん口を開いたが最後、つい本心まで口を突いて出てしまったのだった。
「ごめん、それは出来ないよ」
ハクトに困ったようにそう返され、乃恵瑠ははっとして慌てて取り繕う。
「な、何を本気にしておるのだ、冗談に決まって……」
「たまに里に帰るぐらい許してくれてもいいでしょ? でも……いいの? だって……二度と姿を見せるなって……」
予想外の言葉に、数舜かかってようやく意味を理解した乃恵瑠は、両手を広げてハクトを抱きとめる体勢をとった。
「……痴れ者が! そなたに死んでほしくないから言ったに決まっておるだろう!!」
「乃恵瑠……!」
ハクトは大きくジャンプし、乃恵瑠の胸に飛び込んだのだった。
ハクトを心ゆくまでモフモフする乃恵瑠を、雪の女王は静かに見守っていた。
たとえ自分は乃恵瑠を愛しても、乃恵瑠に自分は愛されてはならない。
乃恵瑠がいつか真実を知った時、母と慕った女が諸悪の元凶だったと知ったら苦しむことになるから。
いつか災厄の力を従えて、罪深き旧き女王を打ち倒すことで一族が背負った呪いに終止符を打ち、
新たな女王として立つ――それが乃恵瑠の定め。
それでも今は――
「――母上、この者を妾のペットに任命することにした」
部屋の引き戸がガラッと開いたかと思うと、頭の上にハクトを載せた乃恵瑠が現れた。
女王は自分と同じほどの背丈になった乃恵瑠を優しく抱きしめ、告げたのだった。
「おめでとう――乃恵瑠」
8
:
兎の恩返し後書き
◆4fQkd8JTfc
:2017/12/03(日) 23:27:08
乃恵瑠「オカンの態度が気に入らんからハンストするで!」
ハクト「アカン、ご主人様が飢え死にしてまう! せや! ワイを食べるんや!」
乃恵瑠「アホか! ンなもん食えるか!」(ちゃぶ台ガシャーン!)
ハクト「しゃーないから団子作って食わすで!」
乃恵瑠「おっ、コイツ有能やな! ペットにしたろ!」
ハクト「と、いうわけで5行で分かる兎の恩返しでした!」
乃恵瑠「間違っては無いが――間違っては無いが……!」
ノエル「コンセプトは王道の動物の恩返し系昔話をかわいい兎でやってみよう!でした!」
髪さま「待てーいゾナ! 本気で言ってるゾナ!?
正体がバレたら逃げるあたり以外ほとんど原型とどめてないゾナよ!?
しかもペットと危ない関係一歩手前になってるし!」
みゆき「未遂だからセーフ! 未遂だからセーフ!」(大事なことなので二回言いました)
乃恵瑠「妾を救おうという純粋な気持ちからやったのだ! 決して邪な気持ちなどないぞ!」
ノエル「玉兎の伝説は恩返しネタとしては是非生かしたいところだけど
火の中に飛び込んで自ら食料になるってあまりに壮絶じゃん。
そこで「せや!食料になる(意味深)にしてみよう!」と思いついてこうなった!(キリッ)」
髪さま「確かに壮絶さは軽減されたかもしれないけど別の意味で駄目ゾナよ!?
ところで今回本編で山の怪に攫われてあれやこれやみたいな話があったけど矛盾は発生しないゾナ?」
深雪「ああ、あれは実は山の怪の方も命がけなのだ――」
髪さま「ゾナ?」
乃恵瑠「同じ山神としての属性があるからか何故か奴らは我々をその……苗床とすることが出来る。
一方我らはあれを食料とする(意味深)のは論外だが最強の攻撃手段であることには変わらず
最中にあちらが凍死することもあるからな……」
深雪「まさに土壇場で生死を掛けたガチバトル(意味深)が繰り広げられるわけだ――」
髪さま「やかましいゾナ!」
9
:
Q&A
◆4fQkd8JTfc
:2017/12/05(火) 22:52:05
髪さま「雪ん娘→雪女はポ〇モンみたいにいきなり進化するものだったゾナ!?」
ノエル「発生時は幼稚園児ぐらいの外見でそこから10台前半の外見ぐらいまで成長したところで進化して雪女になった、みたいなイメージ」
髪さま「ということは10代後半(外見)の層は存在しないゾナ?」
乃恵瑠「そこは個体差があって進化時に劇的に変化する者もいれば連続的に成長して進化時には外見上は特に目立った変化はない者もいる。
飽くまでもメインは現世に存在を確立する方であって外見の変化は付随的なものだからな」
みゆき「童の場合は外見が分かりやすく変化した方が演出上ドラマチックだからああなったんだよね」
髪さま「結局ハクトの故郷はどこゾナ? 月ゾナ?」
乃恵瑠「妾にもよく分からぬが本人は割と簡単に行き来できるようだ」
髪さま「(そういえばこの人自分の実家が地理的にどこにあるかも知らないんだったゾナ)」
10
:
ノエルと愉快な仲間達
◆4fQkd8JTfc
:2018/03/19(月) 22:51:44
煌めく都の夜の【橘音】 闇の中に生きる【尾弐】
人の想いより生まれし 者達よ【橘音&尾弐】
(間奏)
【1番:橘音&ポチ&尾弐】
闇が彩る舞台で 影の歴史紡ぐ者 知られざる物語 語りませう
なんでもない日常の 隣り合わせの戦いに 誰しもみんな 気付かずに暮らしてる
神代の時は終わり 追いやられた奴ら
街の空隙に潜んで 爪を研ぐ
人の浮世に紛れ 存在許された我ら
居場所守るため 旧き同胞(なかま)を討つ
果てなき 欲望 渦巻く 摩天楼の都市
狙われた 我らの都を 守り抜け
――――
【2番:祈&ノエル&ムジナ】
星の彩る舞台で 現代の神話語る者 新しき伝説を 紡ぎませう
過ぎ去りゆく雑踏の 背中合わせの非日常 誰もがみんな 振り向かず通り過ぎる
科学の時代が進み 忘れ去られた奴ら
時の狭間に潜んで 牙をむく
人の街に魅入られ 人を粧(つくろ)う我ら
故郷守るため 遠き縁者(えにし)を討つ
人と 妖が 共存する(住まう) まほろばの国よ
奪われた 我らの平和を 取り戻せ
(間奏)
希望と絶望が渦巻く【祈】 優しくて残酷な世界【ノエル】
遠い記憶の果てから聞こえてくる【ポチ】君の声【ムジナ】
【全員】
あの日 交わした約束 忘れはしないよ
百年千年 永久(とわ)に君を守り抜く
全ては信じたままに なると気付けたから
もう何も怖いものはない『かくあれかし』
CAST
橘音:VY1を少年風に調整
ノエル:KAITOを中性的に調整
祈:鏡音リン
尾弐:VY2
ポチ:鏡音レン
ムジナ:MEITO(MEIKOを男声に調整したやつ)
乃恵瑠「いつアニメ化してもいいようにテーマ曲を作っておいたぞ――」
髪さま「これはアカン、(厨二病が)もう手遅れゾナ」
ノエル「wikiに貼り付けようと思ったけどファイルが大きすぎて無理だったからとりあえずここに投棄してきた」
ttp://fast-uploader.com/file/7077022605712/
みゆき「パスワードはnoelだよ!」
髪さま「前に言ってた声のキャストと少し変わってるゾナね」
ノエル「やっぱり僕はキャラの雰囲気が似てるKAITOの方がいいかな〜と思ってVY2と逆にしたのと
ムジナ君は単にがくっぽいどを持ってなくて調整で男声にも出来るMEIKOで代用しただけというオチなんだけど意外とこれはこれで良かったかも」
髪さま「どうせソロパート一瞬ずつしかないし誰が誰でも一緒のような気がするゾナ」
11
:
深雪@徘徊中
◆4fQkd8JTfc
:2018/10/20(土) 17:15:04
>「……くそ、まだ痛む。今ならお前とも長話が出来そうなのにな」
「こんなところで何をやっておるのだ、死にたがりめ。
さては……《獣》が相手をしてくれぬのか。ならば――少しばかり我と話をせぬか?」
物言わぬ《獣》の代わりに、ポチに話しかける者がいた。
それは奇しくも今しがたのポチの思考に登場していた、深雪だった。
「ノエルの奴は寝ているゆえこの会話は聞かれていない。安心するがよい。
……とはいえ所詮同一存在なのだがな」
何をどう安心していいのかさっぱり分からないが、
おおかたノエルが寝ている隙に体を乗っ取って夢遊病状態で徘徊しているのだろう。
「そなたは狼王を継ぐ者、我は雪の女王の後継者。
眠れぬ夜に帝王学なんてどうだ? 良き王の条件とは何だと思う?」
気高く誇り高く何者にも屈しない、圧倒的な強さや有無を言わさぬ牽引力――
ポチはそう答えるだろうか。一言で言えば、敬愛する狼王ロボのような。
「そうか――
しかしどう頑張ってもそなたはあやつのようにはなれぬぞ。純粋な狼ではないのだからな」
深雪はポチが最も突かれたくないであろうコンプレックスを、容赦なく突きつける。
ポチは激昂するかもしれないが、構わず続ける。
「むしろ、純粋な狼ではないからこそそなたを選んだ、とは考えられぬか?
だからこそ自らと同じ轍を踏まずに済むと。
圧倒的な力で群れを統率する――確かにひと昔前まではあやつのやり方が正解だったのだろう。
しかし今ではきっとそれでは皆は付いてこぬ。時代は変わりつつあるのだ――
占星学でいうところの魚座の時代から水瓶座の時代へのパラダイムシフトだったか……」
ポチにとっては知ったこっちゃない概念を引っ張り出しつつ、深雪は持論を展開する。
「確かに強いに越したことはない。だが……たまにはヘタレたっていい。少しぐらい頼りなくてもいい。
大事なのは“こいつのためなら力になってやろう”もっと言うなら”仕方ないから助けてやるか”――
そう思わせる何かを持っているか、ではないのか?
それは例えば……分け隔てなく弱者に寄り添う優しさだったり……
本当の意味で相手と共に喜び共に悲しむ共感力だったりするのかもしれないな。
強くあろうとするあまり忘れているかもしれないが、そなたはそんなものを母親から受け継いでいるはずだ」
ポチにとっては余計なお世話かもしれないが、
これは単なる人類の敵対者から一足先に次なる段階に進みつつある深雪なりに、
《獣》と歩み寄るためのヒントを与えているつもりなのだろう。
もちろん当たっているのか、見当はずれなのかは分からない。
「さて――そろそろ戻らねば従者に気付かれる」
踵を返し帰路につく深雪だが、思い出したように立ち止まって言う。
「運命は誰にだって変えられる――あの時そなたはそう言ったな。
全く……世の理がそう誰にでも変えられてたまるものか。だから我はあの娘に希望を託した。
――しかしそなたにももしかしたら本当に……自ら運命を切り開く力があるのかもしれぬな」
少しだけ羨むような声音で言い残し、今度こそ帰途につく。
純粋な雪の化身である深雪=ノエルには、どう足掻こうと自らの力では世界の理からはみ出す余地がない。
それはもしかしたら本人すらも意識していないコンプレックスなのかもしれず。
イレギュラーな出自でありその余地が残されているポチが羨ましいのかもしれなかった。
隣の芝生は青いのだ。
12
:
ノエル
◆4fQkd8JTfc
:2018/10/28(日) 17:43:19
ttp://fast-uploader.com/file/7096271302769/
パスワード:noel
CONNECTER〜龍脈の神子〜
大地と空分かたれた時 あらゆる争いが始まった
地球(ほし)に宿る 龍脈(かみ)の力
奪い合うは 哀しき宿命(さだめ)
だけどせめて この手届く場所だけは
ちっぽけな この手でも 出来ることあるはず
絶望も 憎しみも 受け止めてあげたい
傷ついて倒れてる 誰かがいるならば
駆け付けて寄り添うの
光と影分かたれた時 全ての災いが始まった
人間(ひと)と地球(ほし)を 繋ぐ力
世界の命運 この身に背負う
過ぎたる役目 だけど何も 怖くない
いつだって 感じてる 一人じゃないことを
喜びも 悲しみも 分かち合える 仲間
いつまでも どんな時も 味方でいてくれる
信じているからね
遥かなる昔 まつろわぬ者追いやり
奪い取ったこの地に 築かれた街
何が正しくて何が間違いかなんて
きっと誰にも分からないから
授かったこの力 好きに使っていいでしょ
今更だ 最初からいい子なんかじゃない
忘れたならおしえてやるよ よくよく覚えとけ
アタシの二つ名 路地裏の悪童
“繋ぎ手”に 選ばれたことに意味あるなら
何もかも救いたい 味方も敵も無く
我儘なその願い 貫くためならば
世界変えてみせる 君となら出来る
13
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2018/10/30(火) 19:11:27
「――黒雄君……」
深夜の河原医院、救急外来の玄関先で、多甫颯は尾弐黒雄と14年ぶりの邂逅を果たした。
「……お久しぶり。相変わらずシャツ、ヨレヨレなのね」
そんなことを言って目を細め、嬉しそうに笑う。
かつて、共に戦った。苦楽を分かち合った。
強大な禍つ神を封印するために、自ら望んで犠牲となった仲間――。
永遠に分かたれるはずだった絆が、今。ふたたび繋ぎ合わされたのだ。
母の多甫菊乃が看病する中、颯は救出されて一週間余の期間を経て覚醒した。
目覚めた颯がまず始めに菊乃に願ったのは、娘の顔が見たい――祈に会いたい。そんな言葉だった。
姦姦蛇螺の体内で生贄にされている間、ずっと颯には東京ブリーチャーズの声が聞こえていた。
御社宮司の外見が示していた通り、颯は神と半ば一体となっていたのだから、それも当然のことだろう。
もちろん、祈が天羽々斬を用い、健気な戦いを繰り広げたことも知っている。
ずっと離ればなれになっていた、愛しい一人娘。それに真っ先に会いに行きたいと思うのは、無理からぬことだろう。
「迎えに来てくれたの?ありがとう。本当は走っていこうと思ってたけど、じゃあ……お言葉に甘えちゃおうかな」
尾弐が車を用意しているというようなことを言うと、颯は大人しくその厚意に甘えた。
助手席に乗り込み、病院から車で30分ほどの場所にある多甫家のアパートに向かう。
「……あの人は……亡くなったのね」
等間隔に備え付けられたオレンジ色の街灯が、規則的に車内を照らしてゆく。
颯は静かに呟くと、微かに俯いた。あの人とは、今さら言うまでもない。
愛する伴侶と手を取り合って東京のため死ぬことを約束したはずなのに、おめおめ生き残った。そのことに胸がふたがれる。
「ううん。あなたも橘音も悪くないわ。あのときはああするしかなかった。わたしたちが身体を張るしか――」
「それで結果的に東京を守ることができた。守れなかったなら悔いも残るかもだけど……そうじゃなかったから」
「あの人も満足していると思う。――あの人……黒雄君に恨み言も文句も、言わなかったんでしょう?」
「……なら。それでよかったのよ」
尾弐が黄泉比良坂で晴陽と出会ったことを告げるなら、颯はそう言って頷く。
「それにね……。あの人は消滅したわけじゃないって。まだ、わたしたちを見守っててくれてるって。それがわかったから」
「消滅していないのなら、またいつか会える。巡り合うことができる……わたしは。そう信じてるわ?」
「だから、ね。変わっていない……わたしたちの関係は、何も変わらない。変わる必要なんてないのよ、黒雄君」
「少なくとも、わたしは変えたくない。14年の空漠は、無かったことにするにはあまりに長すぎるけれど――」
「それなら。14年前よりももっともっと強い絆を。結んでいきましょう?」
運転席の尾弐の顔を見遣り、穏やかに微笑む。
「ずっと、祈のことを見守っていてくれたんでしょう。わたしとあの人の代わりに……。ありがとう」
「これからは、わたしがあの子を支えるわ。今までの時間を埋め合わせるために。だから……」
「少しでもいい。黒雄君は、肩の荷を下ろして。あなたはあなたのことを、もっと考えていいのよ」
「じゃないと――」
微笑みを消し、颯は尾弐の横顔をまっすぐに見つめながら、決然と口を開く。
それは、かつて尾弐と。橘音と。三人でチームを組んでいたとき、幾度も見せた表情。
祈にも受け継がれた、仲間を何より大切に想う決意の顔。
「黒雄君の砂時計の砂が。なくなってしまうから」
尾弐に残された時間が少ないこと。
その肉体が限界を超え、滅びに向かっているということ。
それを看破した、とその瞳が物語っている。
「黒雄君はわたしとの約束を守ってくれた。今度は、わたしが黒雄君の願いを叶える番よ」
「さて。まだ家につくには時間があるわ、それまで――あなたの気持ち。あなたの願い。洗いざらい喋ってもらいますからね?」
そう言って、にこやかに笑う。しかし、その眼は本気だ。絶対に喋らせる、という無言の圧力がある。
姦姦蛇螺の生贄になる、と言い出したときと同じ、絶対に引かないという強い意志。
かつて尾弐が幾度も感じた頑固さを、思う存分発揮している。
信号は赤だ。颯の言う通り、アパートに着くにはまだ少しかかる。
尾弐がどんな反応を見せようと、颯はその口から真意を聞くまで、決して彼を解放しようとはしないだろう――。
14
:
尾弐 黒雄
◆pNqNUIlvYE
:2018/11/07(水) 00:24:45
赤信号を前にしてブレーキを踏みつつ、尾弐はバックミラーへと視線を向ける。
街燈の灯りに薄く照らされた助手席に映っているのは、かつて那須野と尾弐と共に帝都を駆け抜けた女、颯の姿。
14年という月日を経ても変わらぬ、強い意志を秘めた瞳……それが今、尾弐へと向けられている。
気の弱い人間であれば、思わず知っている事を全て吐き出して仕舞いたくなるような視線を受けて尾弐は……
(……全く、相変わらず良い女だな)
小さく、笑った。
憎くない筈が無いだろう。
恨みを抱かない筈が無いだろう。
だって、愛する者を喪ったのだ。
伴侶を喪った颯には、尾弐へ心に巣食う負の感情を浴びせる権利は十分にある。
だというのに……颯は、彼女は一片たりともその感情を尾弐にぶつける事をしなかった。
あまつさえ、祈を見守っていた事に感謝の言葉を示し……更には、尾弐の抱えるモノへ救いの手を差し伸べようとしているのである。
(ああ、そうだ。颯はこういう奴だった……こいつはいつだって、困ってる奴を見捨てないんだ)
きっと。尾弐が手を伸ばせば颯はその手を取ってくれるのだろう。
弱った体を押して、尾弐を救おうとするのだろう。
「颯……お前さんは、今、自分が何処に向かってるのかを考えろ。何の為に病院を抜け出したのか、それを思い出せ」
故に。だからこそ、尾弐は伸ばされたその手を取る事は無い。
颯の視線が鋭く強くなる事を感じつつも、けれど気圧される事も無く言葉を続ける。
「お前さんが俺なんかの為に無茶をしたら……それで万一が有れば、祈の嬢ちゃんはどうするんだ?
お前さんは祈の嬢ちゃんの母親なんだ。見知った他人の為に命を賭けて良い時間は、もう終わったんじゃねぇか?」
尾弐は、自分がずるい事を言っている事を理解している。
親心を利用して意志を曲げさせるなど、本来はやってはならない事だ。
だって、そんな事を言われては……颯の選択肢は失われてしまうのだから。
点滅を始めた歩行者用の信号を視界に捕えながら、尾弐は颯の視線の圧力が弱まったのを感じ取る。
車内には暫しの沈黙が流れ……そして信号が青に変わった。
話は終わり。これ以上尾弐が何かを告げる事は無い……そう思われたが。
「…………心配すんな。俺のやろうとしてる事なんぞ、大した事じゃねェよ」
アクセルを踏みつつ尾弐は口を開いた。これが他の人間が相手であれば語る事はなかったのだろう。
相手が颯だからこそ……恩が、借りが、負い目が、引け目が、信頼が。
仲間として嘗てを過ごした時間があるからこそ……言葉で全てを煙に巻く様な事をせず、答えられる範囲の事を語ろうと思ったのだ。
「生意気な子供を一人、救う事」
「……今も昔も、それが俺の願いだ」
「俺は、その為にこれまで準備をしてきて、今もその為だけに生きてるんだ」
窓の外に流れていく街の灯りを眺め見ながら、尾弐は続ける。
「世界を壊すとか、救うとか、そんな壮大な願いじゃねぇ。本当に、どうしようもなくちっぽけな願いさ」
言葉に嘘は無い。少なくとも、尾弐に嘘を付いているつもりはない様だ。
「残った時間は確かに少ねぇが……俺は、俺だけで願いを果たせる」
「だから、お前さんが俺の願いを叶える手伝いをしたいって言ってくれるなら……何もしないでいてくれる事こそが、一番なんだ」
「この夜の話なんて忘れて、那須野にも、祈の嬢ちゃんにも、ノエルにも、ポチにも。何も言わずにいてくれる事こそが、俺の望みだ」
そう言いつつ、ハンドルを切り信号を右折すると、道の先……遠くに、良く見知ったアパートが見えてくる。
「泣く奴なんぞ誰もいねぇ、問答無用のハッピーエンド。俺の願いはそういう類のモノだからさ……だから、このままオジサンに我儘を通させてくれ」
真っ直ぐ前を見続ける尾弐の顔に浮かぶのは……困った様な笑み。
どんな言葉を掛けられても、己が行うべき事を変えないであろう者が浮かべる表情。
それきり、尾弐は颯の問いに答える事をせず……月下を走る車内には、エンジンの音だけが響き続けた。
15
:
ノエル
◆4fQkd8JTfc
:2018/12/12(水) 00:15:24
https://dl.dropbox.com/s/879c6v9qte39oi4/SnowWhite%EF%BD%9E%E9%8A%80%E5%B6%BA%E3%81%AE%E4%BD%BF%E5%BE%92%EF%BD%9E.mp3
Snow White〜銀嶺の使徒〜
凍てつく白き世界で 暖かな命に
触れてしまった時に 全てが始まりを告げた
この身を形成すは凍てつく冷気
元より赤き血持たぬ化け物よ
この身に背負うは破壊の役目
奢る人の世に制裁を
住処奪われ はかなく消えゆく命
科学文明と自然 決して相容れぬモノ
人の統べる時代が 続きゆく限り
人と敵対するは 決して逃れられぬ業
されど その理に抗った者がいた
それがどんなに無謀かをよく知っていながらも
そして 魔物は仮初の 姿を与えられ
都を守る戦いの 渦中に投じられた
この胸に宿った人模した心
仮初はいつの間にか真実に
この身に託された切なる願い
己の望むままに生きること
消えそうな小さな命を 繋ぎ止めた君
いつか自然と人は 必ず繋がれるはず
どれほど長い 時間がかかろうとも
答え見つけてみせる 消して諦めはしない
奪われた者達は 奪い返しに来る
どちらが踏みにじる側で どちらが守る側?
それさえも分からないけど この街が好きだから
ごめんね 魔物でありながら 人の側について
極彩色に彩られた眩く目も眩むような 人間の作る世界にずっとあこがれてた
心の奥深くではじめから望んでた いつかあの輝く世界で生きてみたいと
願いはとうに叶ってた 叶えてくれた君に
永遠と言う名の約束を 対価に捧げよう
運命変える力など 僕にはないけれど
君が信じてくれるなら どこまでも強くなる
いつか全ての悲しみが 癒されますように
願うだけでは変わらない 分かっているけれど
君が世界を変えたいと 心から望むなら
存在の全てをかけて 共にやり遂げよう
16
:
ノエル
◆4fQkd8JTfc
:2018/12/12(水) 19:41:02
上のURLではダウンロードできないようなのでダウンロード用はこちら
https://www.dropbox.com/s/879c6v9qte39oi4/SnowWhite%EF%BD%9E%E9%8A%80%E5%B6%BA%E3%81%AE%E4%BD%BF%E5%BE%92%EF%BD%9E.mp3?dl=0
17
:
>>170 本編未公開脳内会話
◆4fQkd8JTfc
:2019/02/12(火) 22:21:16
「僕は許さないぞ――自殺行為はやめろと何回言わせるつもりだ!」
何としてでも一騎打ち等許さないつもりだったはずなのに――己の中のもう一人の自分がそれを制する。
《やらせてやれ。ポチ殿にも運命を変える力があるかもしれぬと我が告げたゆえその気になってしまったのかもしれぬ。
自分で言ったからには仕方あるまい》
(勝手に言っといて何だよそれ! それに”かもしれない”ってだけだよね!?
そんな不確定な可能性に賭ける馬鹿があるか!)
《良いのだ――奴は自らの弱さを思い知らねばならぬ》
(だから3人で戦って思い知らせてやればいいって言ってんじゃん!)
《違う、我が言っているのはポチ殿の方だ。
自分にはシロ殿の助けが必要だと……身をもって分からねばならぬ気がするのだ》
(どういうこと……?)
《シロ殿も獣《ベート》を受け継いでいるのかもしれぬというところまでは推測しているな?
それが単なる偶然や事故ではなくなるべくしてなったもの、二人一組の継承者――
番(つがい)の継承者なのだとしたら……?》
(番(つがい)の継承者……!?)
《ブランカが庇護の対象でしかなかった狼王にとって結局は彼女が弱点でしかなかった。
最後にはその弱点を突かれ、一人では強大な力を御しきれず獣《ベート》に呑まれたのだ――
それと同じ道を辿ってはいけない――狼王が無意識のうちにそう思っていたのだとしたら?》
(一人では御しきれない力でも二人なら……そういうこと?)
《そうだ、男が一方的に女を守る時代などとうに終わったのだよ。そうは思わぬか》
(思わぬかも何も性別ノエルなんて時代の最先端を突っ走っちゃってるし……)
この脳内会話、時間にして僅か1〜2秒。乃恵瑠は苦笑しながらポチに一騎打ちを許す。
「――と言いたいところだけど深雪が言っちゃったんだってね、ポチ君にも運命を変える力がきっとあるって。
自分で言ったからには仕方ないな」
あとは自らの推測をどこまで伝えるかだが、敢えて、シロも獣《ベート》の力を継承しているかもしれないと警戒を促すにとどめた。
もしも彼らが本当に深雪の言うところの“番(つがい)の継承者”であるのなら――
何も言われずとも、力をぶつかり合わせるうちに、彼ら自身で分かるはずだ。
18
:
那須野橘音
◆TIr/ZhnrYI
:2019/03/11(月) 22:20:37
「ぶぉげえええええええ――――ッ!」
あたかもカタパルトから撃ち出されたかのような爆速で、巨大なマサカリを持った黒鬼が吹き飛ばされる。
黒鬼は酔余酒重塔の内壁に背中から激突すると、びくびくと数度痙攣して動かなくなった。
右膝を高く掲げた構えのまま、チャイナドレス姿の美女――シロは黒鬼の姿を見遣り、息をつく。
す、と右脚を下ろすと、シロは黒鬼に背を向けた。勝負ありだ。
「いや〜、お見事!まさかシロさんがここまでお強かったとは!まったく嬉しい誤算ってヤツですね!」
壁際で戦いの行方を見守っていたアスタロトが快哉を叫び、拍手する。
同じくやや離れた場所で観戦していた虎熊、金熊、星熊の三鬼はどよどよとどよめいた。
「まさか、熊がやられるたァな……」
「あ、あの女、すっげえ……強ええぞぉ……。副頭とどっちが強ええかなぁ……?」
「……チッ。熊の戯け者が」
三鬼と同じく腕組みして戦いを見守っていた茨木童子が、やがて荘重に口を開く。
「結果は結果だ。オレたちはその女に強さを見せろと言った。女はその通りにした。なら、話は決まりだ」
「テメエを仲間として迎え入れるぜ、女。酒呑の軍団の頂点――四天王のひとりとしてな」
そう言って、茨木童子は腕組みを解き、シロへと右手を差し出した。
今この瞬間、熊童子の代わりにシロが四天王の一翼に納まることが決定した。
「……よろしくお願いします」
無言で茨木童子と三鬼の近くまで歩み寄ると、シロは恭しく一礼した。
これでポチをはじめとする東京ブリーチャーズと戦う下地は整った。あとは、本気で激突するだけだ。
危険だからと自分を頑なに拒絶するポチに、自分の力というものを知らしめよう。杞憂なのだと思い知らせよう。
その絆に、自分も混ぜてほしいと。もう一度願ってみよう――。
「よし、じゃあ宴だ!新しい四天王の参入と、酒呑復活の前祝いを兼ねてな!」
『おおーっ!』
茨木童子が音頭を取り、三鬼が同調する。とかく宴会好きの鬼たちであった。
敵対するなら一切の容赦なく相手を殲滅する鬼たちであるが、一旦胸襟を開けば情深い連中である。
虎熊童子に戦いをせがまれ、金熊童子にご馳走を山ほど振舞われ、星熊童子に身の上話を聞かせろと乞われる。
茨木童子は黙々と酒杯を呷り、アスタロトは金熊童子のご馳走の中のスイーツに舌鼓を打つ。
束の間の、けれども楽しい時間を、シロは久しぶりに味わった。
「ところで、テメエもオレたちの仲間になったからにゃァ、それに相応しい名を名乗らなきゃならねェ」
酔眼を向け、茨木童子がそう告げる。
「……シロではいけないのですか」
「それじゃ箔がつかねエ。酒呑党の一員なら、ナントカ童子とつけなきゃな」
「童子……ですか」
「おうよ。テメエの名前がシロなら、簡単だ。オレがいい名前を付けてやる、白……白熊……」
「お断りします」
即時却下。
「え!?なんで!?」
結局、すったもんだの末にアスタロトが皓月童子という名を考えつくまで、命名の儀は揉めに揉めた。
19
:
ノエル
◆4fQkd8JTfc
:2019/03/12(火) 23:18:36
白熊童子にならなくて良かったね、シロちゃん!
20
:
ノエル
◆4fQkd8JTfc
:2019/04/18(木) 23:19:57
ttps://www.dropbox.com/s/uq2oabwm4sjwpn3/B%C3%AAte%EF%BD%9E%E7%8D%A3%E3%81%AE%E7%8E%8B%E8%80%85%EF%BD%9E.mp3?dl=0
Bête〜獣の王者〜
ポチ:鏡音レン シロ:巡音ルカ
【ポチ】
待ち焦がれてた 探し続けていた
とうの昔に消え去った 気高き同胞《はらから》を
人の世の営みに 滅ぼされた一族
この国の狼の血は 僕しか引いていない
月明かりの下で 君は言ったよね 人と慣れあうあなたは 狼などではない
それでも君を守る 人の世の仲間を裏切ることになろうとも
僕にとっての君は 世界でただ一人の家族になれる者だから
憧れていた なりたいと願ってた
誰にも負けない強さ持つ 本物の狼に
気高き王者から 力を受け継いだ
この国の獣の生を 人から守るために
王者を狂わせた呪われた力 誰にも教えられなくても 分かっているけれど
それでも僕は逃げない 人に仇成す災厄を この身に引き受けよう
託されたこの役目 必ずやり遂げてみせる 彼と約束したから
【シロ】守られるだけは嫌です どうかお傍に置いてください
【ポチ】分かった 君だけには勝てない 共に行こう
【ポチ&シロ】
人に飼いならされた 家畜になどなりはしない 僕達は犬じゃない
私達は狼 首輪を付けることなど 誰にも出来はしないさ
それでも今はここに いさせて欲しいと願うこと 許してくれるかな
いつか人の世に牙を剥く時が来るとしても 今は仲間でいさせて
叶うなら永遠に
21
:
◆CDuTShoToA
:2019/06/18(火) 04:39:42
『最も妥当で非運命的な推移の果てにある合理的な未来』
死体が、吊るされていた。
背の高い木の主枝に、民家の軒先に、信号機に、ビルの窓に。
東京のあらゆる所に死体が吊るされていた。
始まりは一件の殺人事件だった。
とある大学教授の一家が皆殺しにされていた。
不可解な事に、現場に残された痕跡は、『その一家が五日間ほど殺人犯と同居していた事』を示していた。
しかし一家は外部に助けを求める事もせず――また近隣の住人も何故か異変に気づかなかった。
だが一方で、教授はスマートフォンに手記を残していた。
『母が殺された。酷い死に様だった。何か、獣に喰われたような……。
その上、外部とも連絡が取れなくなった。電話もインターネットも通じない。
家の外に出ようとしたが、ドアの外からは……何か唸り声がした。
恐らくは犬……いや、まさか、狼の……そんな馬鹿な。あり得ない』
「……僕はかつて、僕の大事な仲間の魂に潜り込んだ事がある。
アンタには理解出来ない話だろうけど、いいから聞きなよ」
『おかしい。正午まで待ってみたが誰一人、私を訪ねて来ない。
私が出勤せず、連絡も取れなければ誰かが不審に思っていいはずだ。
……状況は悪化しつつある。母の死体が……食い荒らされていた。
母の部屋からは娘の服が見つかった……血まみれの服だ。
妻と息子が娘を拘束すべきだと言っている。私は……反対し切れなかった。
夜中、狼の遠吠えがずっと響いている。
家の外からも……それに、これは、きっと……中からも。
ドアの窓ごしに、廊下に影が見えた。
毛むくじゃらで、口の大きく裂けた……まるで人狼のような影が。
……あり得ないと、このテキストを全て削除してしまいたい。
だが、これは確かに現実なのだ』
「彼女は大勢の人間を殺した。僕はその記憶を見た。そして学んだんだ」
『娘が死んだ。母と同じように獣に、食い殺されていた。
妻と息子がずっと言い争っている。
お互いがお互いを拘束するべきだと、私に手を貸せと。
……娘を先に拘束するべきだと言い出したのは、息子の方だった。
妻が……化物である訳がない。私は妻と一緒に息子を縛り上げた』
「人間の滅ぼし方を……最後の日記は書けたかい?見せて……ん、悪くない。じゃあ……これで終わりだね」
22
:
◆CDuTShoToA
:2019/06/18(火) 04:43:57
手記はそこで終わっていた。
最初は、ただの新興ネットミームに過ぎなかった。
しかし捜査が進むにつれて、奇妙な事が明らかになった。
近隣の住人は事件の前日、教授本人に旅行に行くと聞かされていた事。
また大学側も急病による欠勤報告を受けていたと証言している事。
まさか本当に人狼の仕業なのでは――そんな噂が立ち始めた頃に、再び事件が起こった。
それも今度は何件も同時に――負の想像は、急激に膨れ上がった。
「人間の数を減らしたければ、その行程の九割は人間自身にやらせればいい……流石、橘音ちゃんだ」
東京は疑心暗鬼に支配された。
人狼による殺人よりも、遥かに多くの殺人が、人間の手によって行われた。
「三尾よ。最早、この事件の裏に妖怪の影があるのは明白」
そして――とうとう那須野橘音に、富嶽からの声がかかった。
「今再び東京ブリーチャーズを召集し――事件の黒幕を漂白するのぢゃ。それが誰であれ、の」
これは、悲劇ではない――彼にとってすればこれは、ただの生存戦略の一環でしかない。
「――今や陰陽寮は、再び二つに引き裂かれてしまいました。皆様と出会う前の、あの頃のように」
「失せい!所詮、妖怪は妖怪よ!儂らは結局間違えておった!人の世は……我ら人の手で守らねばならんのだ――!」
「この戦いは、始まった時点で失敗していました。「かくあれかし」は既に十分に膨らんでしまっていた。
人々が狼を恐れるほど、彼らは増えていく。それを止める事は……最早、不可能と言えるでしょう」
「――僕に歯向かうのなら……シロ、君はもういらない。群れは十分に大きくなった。
今や君がいなくても、僕の王国はいくらでも広げられる。……だから、どこへなりと消えてしまえよ」
これは、不運でもない――最も尊敬する王から受け継いだそれを、彼は決して呪わない。
「……だけど、あなたになら「それ」が出来るはずです。あなたが彼と交わした約束は、未だ有効のはずだ。
『ポチさんは、あなたになら何をされてもいい』……。
だから……ポチさんを見つける事さえ出来れば、「ボク達と戦え」と、申し込む事が出来る――」
「僕を、無害な妖怪にするつもりかい、祈ちゃん。ノエっちの時みたいに。
……そして僕は同胞の為に全てを捧げられない、狼じゃない、ただの雑種に逆戻りって訳だ。
『そんな事になるくらいなら、僕は死ぬ』……君に、そう約束しておくよ」
「ポチ君――こんなの絶対おかしいよ!間違ってるよ!」
「……覚悟を決めろよ、ノエっち。僕は、みんなを殺すぞ。祈ちゃんも、尾弐っちも……橘音ちゃんも。
それでもいいなら――そこで、ずっと突っ立っていればいいさ」
だからこれは、ただの――最も妥当で、非運命的な推移の果てにある、合理的な未来。
「――はじめまして!ぼくはすねこすりの、ポチといいます!」
東京ブリーチャーズ 第××章 ――東京人狼ゲーム編――
23
:
ノエル
◆4fQkd8JTfc
:2020/07/08(水) 22:55:36
ttps://dotup.org/uploda/dotup.org2195074.mp3.html
神変奇特〜犯天の悪鬼〜
尾弐:VY2(低めに調整) 天邪鬼:VY2(高めに調整)
【尾弐】
並ぶ二つの影法師 夕日照らす家路
何気ない四季の移ろい 懐かしき記憶よ
【天邪鬼】
突如奪われた幸せ 二度と戻らぬ日々
邪悪なる者の正体 見破ったばかりに
【尾弐】
この現世のすべてから 忌まわしき出来事を
消せるのなら この魂 いくらでも捧げよう
呪われし契約結び 己の身と引き換えに
望むはそなたの 只人としての笑顔
【天邪鬼】
千年の責め苦の果てに 成し遂げられた対価
されど貴様の願いなど 叶えてはやるものか
【尾弐】
並び立つ二人妖(あやかし) 朱に染まる戦場
さりげなく交わす言葉の 端に滲む親愛
【天邪鬼】
人の尺度超えし者の 他愛なき戯れ
出会ってしまった過ち 許されざる想い
【尾弐】
呪われし願いをいだき 互いに惹かれ合う
結ばれない そのさだめを わかっていながらも
【天邪鬼】
忌まわしき力を宿し 人の生を捨ててでも
運命に立ち向かうのなら 止めはせぬ
【尾弐】
永劫の闇夜の中 見つけた微かな光
たとえ間違えた道だとしても ただ突き進む
【天邪鬼】
忘れもしない 幸せな日々 報い続けよう 返しきれぬ恩に
【尾弐】
(守れなかった そなたの笑顔 されど今度は 必ず守り抜く)
【天邪鬼】
在りもせぬ罪を背負い 煉獄に身を投じ
永き責め苦を 甘受した 愚かしき人の子よ
【尾弐】
赤き鎖 永久に解けぬ 呪縛が 二人繋ぐ
それが 捻じれた旅路の果て 辿り着いた答え
【尾弐/天邪鬼】
幾千の夜の果てに 掴んだ一つの未来
たとえ間違えた答えでも 永久に守り通す/守り通せ
24
:
ノエル
◆4fQkd8JTfc
:2020/07/16(木) 23:13:25
再アップロード
ttps://dl.dropbox.com/s/pfi801wuy92itgw/%E7%A5%9E%E5%A4%89%E5%A5%87%E7%89%B9%EF%BD%9E%E7%8A%AF%E5%A4%A9%E3%81%AE%E6%82%AA%E9%AC%BC%EF%BD%9E.mp3
25
:
Fairy Myth〜狐面の魔女〜
:2020/10/29(木) 23:15:57
ttps://dl.dropbox.com/s/rexvv7akxl6xzoz/Fairy%20Myth%EF%BD%9E%E7%8B%90%E9%9D%A2%E3%81%AE%E9%AD%94%E5%A5%B3%EF%BD%9E.mp3
CAST
きっちゃん/橘音:VY1
みゆき/ノエル:KAITO
尾弐:VY2
祈:鏡音リン
ポチ:鏡音レン
【全員】
重ねあった手のひら 力合わせ 今立ち向かう
全ての生命(いのち)の敵 偽りの神《メシア》に
【きっちゃん】
ひとりぼっちの子狐と 人で非ざる少女
共に野山を駆け回り 丸まって眠った
【みゆき】
儚き定命の獣と 永遠生きる妖
共にいられるのは刹那でも ふたりはともだち
【きっちゃん】
暗闇からふたりを 見つめる悪意
迫る残酷なる別れのとき
【みゆき】
短き寿命すら 生きることかなわず
報われざる死が 二人を分つ
【きっちゃん&みゆき】
悪しき魔と災厄 道分かたれた二人は
世界に絶望したまま 遠く海隔てた
【橘音】
狐面つけた探偵と 黒衣の相方
怪異はびこる帝都で 悪を討つ
【尾弐】
不倶戴天の敵は 紅き怪人
仮面被った者同士 化かし合う
【橘音】
ようやく巡り合えた新たな仲間は
宿敵の手に落ち 儚く散った
【尾弐】
それでも止まれない 願い叶えるため
愛と憎しみの 仮面舞踏会《マスカレイド》は続く
【橘音&尾弐】
叶わぬ憧れを 敵を討つ力に代えて
人の作りし都 ただ守り続ける
【ポチ】
あの日の子狐は 数多の武器と仲間持ち
人に仇成す災厄さえ 味方に付けた
【祈】
運命を変えるは 地球(ほし)に愛されし娘
愛しき忘れ形見は数多の縁(えにし)繋ぎ
【橘音】
永遠(とわ)に分かたれたはずの道が
【ノエル】
今再び相まみえる
【橘音&尾弐&祈】
重なり合った運命 心束ね 今立ち向かう
奪わせはしないさ 僕達の故郷を
【ノエル&ポチ】
(忌まわしき力でも 君が信じてくれるなら 全てを解き放ち 全部守り抜く)
【祈&ノエル&ポチ】
重ねあった手のひら 力合わせ 今立ち向かう
全ての生命(いのち)の敵 偽りの神《メシア》に
【橘音&尾弐】
(険しき旅路は 君と結ばれるための試練 そう思えたなら 何も怖くはない)
【橘音】
人間(ひと)と妖(あやかし)紡いだ 時代(とき)超えた御伽噺は
龍脈《ほし》の記憶に刻まれ 伝説となるだろう
26
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2021/08/28(土) 22:36:58
――この物語はフィクションであり、実在の人物や団体とは一切関係ありません。
体という器から解き放たれたことにより、人格が分離したらしいノエルと深雪。
なにやら体の主導権のことで揉めているようなのだが、
途中から念話か何かに切り替えたらしく、二人はひと時無言で見つめ合った。
そんな二人を見守っていると、ノエルが祈に向き直って言う。
>「心配しないでいい。すぐに雪山で再構築される。
>でも……もう社会見学は終わりだ。王位を次いで雪妖界の恐るべき頂点として君臨するんだ」
「はー……なんだ、普通に戻れんのかよ。びびらせんなよな」
再構成されるなら、ひとまず安心といったところであろうか。
この後、一緒に勝利の喜びを分かち合うことはできないが、消滅よりはマシだ。
どのみち、御前による世界線の移動が終わらない限り、
東京のお店のほとんどは壊滅したままなのだから、祝勝会もなにもできやしないのだが。
(いちおう、王位を継ぐっていうのは『おめでとう』でいいのかな?)
おそらくは、喜ばしいことなのだろう。
ノエルが、雪妖の皆に認められるということなのだから。
王位を継げば立場上難しくはなるだろうが、
現雪の女王も何度か東京にきているようであるし、
まったく東京まで帰って来られないということもないはずだ。
現雪の女王や臣下、民などとの折り合いもあるだろうから、
きっと、アンテクリストを倒したら王位を継ぐ、といった約束が事前に交わされていたのだろう、
などと祈は推測した。
>「こうなってしまったなら仕方ないね。
>僕は、大局的な世界の存続という目的達成のために龍脈の神子である君に取り入ったんだ」
「……ん? 仕方ないってなんの話だよ?」
しかし、なんだかノエルの様子がおかしい。
先程から声の調子がどうにも冷たい印象で、いつものノエルらしくないと祈は感じた。
それに、取り入っただのなんだのが唐突だ。
ひとまず、龍脈の神子だから祈に取り入ったという話は、
ほぼ嘘だろうと祈は思うのだが、なぜ今そんなことを言うのかは分からないでいる。
理解できない祈を置いて。
>「龍脈の力を手放してしまった君なんて、もう好きじゃない」
「あ“?」
カチン。
展開に置いてけぼりなこともあるが、ノエルの急な好きじゃない宣言に、祈はイラっときた。
>「もう、君の味方なんかじゃないっ!」
ピキィ。
「ああ“んっ!? さっきあたしらの味方っつったばっかりだろーが!!
なに即行裏切ってんだごら!!」
しかし、祈の問いに答えることなく、半透明のノエルの透明度が上がり、そのまま消えゆく。
風に融け、雪山に帰っていったのだろう。
深雪の方は、人格の中でも妖気が強い方だからか、まだ消えずに姿がある。
深雪は楽しげに笑うと、
>「よく言った我が器よ!
>残念だったな元龍脈の神子……おそらく以前貴様が修行をした辺りで再構築されるであろうがゆめゆめ連れ戻そうなどと思うでないぞ。
>次に再構築された際には我が主導権を握っておる。今や単なる半端者の貴様など我の手にかかれば一捻りよ!
>それに道中で遭難したりシロクマに襲われても只では済まぬからな! くれぐれも気を付けるのだぞ」
そんな風に言ってくる。
女王に即位したら深雪として好き勝手やるから近づくなと。
来たら一捻りにしてやるぞと。そんな風に祈は受け取った。
「お? 喧嘩か? 喧嘩すんのか!? 上等だかかってこいこら!!」
祈がメンチを切って答えるが、
それに応じる声はなく、深雪も消えてしまった。
「……なぁハクト! なんなんだあいつら!
意味わかんねーことだけ好き勝手言って消えてったんだけど!」
と、疑問と怒りの矛先をハクトへと向ける祈だが、ハクトはハクトで苦悩を抱えているらしく、
>「もう! 君って妖怪は本当に……! なんでそうなるの!
>ぼく、便利な使い魔じゃなくて単なる愛玩動物だよ!?
>それにシロクマが出るのは雪山じゃなくて北極圏だから!」
駄々っ子のようにゴロゴロとその場で転がりながら、ツッコミを入れている。
祈はなんだか可哀そうになり、しばらく放っておいた。
やがて転がるのに飽きたらしく、ハクトは立ち上がると、
>「祈ちゃん、ごめんね……。愛想尽かしたよね……。ぼくも愛想尽かしたよ。
>もう乃恵瑠なんて知らない! 放置プレイしてやる―――――ッ!」
>「……と言いたいところなんだけど飼い主の面倒を見るのはペットの責任だから。
>乃恵瑠を連れ戻しに行こうと思うんだ。でも、ぼくだけじゃ力不足かもしれない。
>それで、本当に申し訳ないんだけど……」
>「祈ちゃん、前にお礼するって言ってくれたの、覚えてる……?
>学校が休みの時にでも、一緒に来てほしいんだ」
と、原型のウサギの姿になって祈に頼みごとをするのだった。
27
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2021/08/28(土) 23:08:49
「やだね。可愛い顔したってむだだぜ。
つか、なんであたしがわざわざ連れ戻しになんていかなきゃなんねーんだ。
せっかくでっかい戦いが終わったってのに、裏切って喧嘩売って即行帰っていきやがってさ」
しかし、祈は不機嫌そうに腕組みをして、にべもなく断った。
『みんなの居場所を教えた礼をする』という約束自体は覚えているし、守るつもりもある。
だが、どのような形で礼をするかは、祈が選ぶだけのことだ。
おそらくどの妖怪も、礼代わりに自分が望まないことをしろと言われれば、断るぐらいはするだろう。
なにせ、どうにか多くの命が助かる結末をもぎ取れて気分は悪くなかったのに、
良く分からない喧嘩を売られて、水を差されたのだ。
『飼い主の面倒を見るのはペットの責任』だとすれば、ノエルが祈に喧嘩を売って怒らせたのもハクトの責任。
祈には、ハクトの頼みを断る、それなりに正当な理由があると言えるだろう。
「はんっ。よくわかんねーけど、帰って女王になりたいんだろ?
だったら好きにやらせりゃいーんだ。
どーせ飽きたら帰ってくるんだし、わざわざ連れ戻さなくても――なに? あいつ戻ってくるつもりがない?
は? マジで言ってる?
平和になってこれからだって時なんだけど。尾弐のおっさんと橘音もいつか結婚式とかすると思うんだけど?
つーか、お店は?? 学校はどうすんの???」
祈はしゃがんで、ハクトの顔をむぎゅと両手で挟んで問い詰めるが、
どうやら本当に戻ってこないらしい。
先程のノエルや深雪とのやり取り。その意味がようやくわかってきた祈である。
ハクトの顔を挟む祈の手がわななき、徐々に力を込められていく。
このまま潰す気かと思われたが、大して力が込められないうちに理性が働き、祈は両手を離した。
祈はゆらりと立ち上がって。
「あ“ん”の、バカノエリストォ……!!」
唸るような声を上げた。
静かに、そして強い怒りに目覚め始めていた。
祈を中心に、一瞬妖気の風が巻き上がる。風に巻き上げられた祈の髪の毛が赤く染まる。
パーカーやショートパンツは黒く、目は金色に。
龍脈との繋がりを失い、決戦を終えたばかりでケ枯れ寸前でありながら。
ノエルへ抱いた怒りによって、ターボフォームに近しい状態まで覚醒したのだ。
まさに怒髪衝天。だがそれも一瞬のこと。
すぐに元の黒髪に戻る祈だが、怒りそのものは冷めやらぬ様子だった。
それもそのはずだ。
ようやく理解したのだ。何を言われたのか。
(あたしがそんなに、『頼りない』ってことかよ……!!)
ノエルと深雪からは、
『なぜ王位を急に継ぐことになったか』『継いだ結果どうなるか』
『どうして急に祈に喧嘩を売るようなことを言ったのか』など、詳細が語られなかった。
だが、ハクトが『戻ってこない』と補足したことで、おおよそ繋がってくる。
ノエルと深雪には、なんらかの問題が生じたのだろう。
それも、解決しなければ東京に戻って来られなくなるような、深刻な問題が。
ノエルは東京での生活を気に入っていた様子だから、東京が嫌になったわけではないはずだ。
東京に戻りたいが戻れないという、困難な状況に陥ったということだ。
だが、祈にはそれを相談しなかった。
おそらく祈を安心させるために王位を継ぐとそれらしいことを言い、
祈が万が一にも追ってこないように突き放し、喧嘩を売るような言葉で嫌われようとしたのだ。
――それが腹立たしい。
問題が発生したのなら、祈にも言ってくれればいいものを。
『お前は頼りない』と、『信頼していない』と。そう突き付けられたような気がした。
ノエルの対応はある意味優しいが、深雪と同様に『半端者』扱いしているも同然だった。
ムカつく。悔しい。寂しい。悲しい。そんな気持ちになる。
対等に友達だと思っていたのは自分だけなのかと。
やがて祈は、長い溜息を吐いた。
そして、ややあって、振り返ってハクトに言う。
「……ハクト。マジであんなやつ放っておいてもいいんだけど。
やっぱさっきの話、引き受けてやるよ。お礼するって約束だったし」
不機嫌そうだが、ある程度冷静さを取り戻しているような表情。
祈は気付いたのだ。
「ただし、御幸のやつは力づくで、ボコボコにして連れ戻すけど。
お礼はお礼でも、『お礼参り』って感じかな」
『己が力を示せばいい』のだと。
頼りないという認識を覆すには、頼れるほどの強さがあることを見せつければいいのだと。
故に、『ボコボコにする』のだ。
ちなみにお礼参りとは、本来は「願掛けした事柄が成就した際、
お礼の意味を込めて神社仏閣へ赴いて礼拝やお布施など行うこと」を指す。
だが俗語では、『報復行為』を意味する言葉である。
「……あ? なんでボコボコにする必要があるのかって?
あー、そりゃ……御幸には、次勝手に消えようとしたら蹴りどころじゃ済まさねーって言ってあるからだよ。
勝手に消えたんだ。ボコボコにしてくださいってことだろ?」
ハクトから目線を反らして、照れ隠しのようにそう語る祈だった。
友達に頼られなかったのが嫌だったので、
己の力を認めさせるために挑むなどと、素直にいえるはずもなく、表向きはそういうことにした。
バットや木刀を担ぐヤンキーのように、天羽々斬を肩に担ぐ祈。
「つっても、行くのはちょっと待ってくれっかな。どうせ御幸も、再生までに時間かかるだろうし。
あたしも今すぐはさすがにきついし、準備したい。
それに、急に雪山に行くのもシツレーになると思うんだよな。
だから、その間に雪の女王さまに連絡でもしておいてくんないかな。
何週間かしたら、……そうだな、お宅のノエルくんと模擬戦しに行きますとかなんとかさ」
そう語る祈の目には、ノエルを倒すための戦略が既に浮かんでいるようだった。
28
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2021/08/29(日) 00:44:31
そうして数週間後。
もふもふのフードが付いたロングダウンコートや厚手の手袋など、
防寒具を着込んだ祈は、ハクトを伴い、天神細道を使ってノエルのいる雪山へカチコミにやってきた。
雪の女王に許可をもらって城内に入り、
ノエルがいるという修行の間(祈が前に使っていたところ)の前まで通してもらった。
修行の間に入る直前、祈はハクトに、そこで待っているように言う。
祈の目的は、ノエルに己の力を認めさせることだ。
それが、ノエルの信頼を勝ち得るために必要なプロセスだと祈は考えている。
力を示し信頼を勝ち得れば、抱えている問題を話してくれる。
さらに上手く問題を解決に導ければ、ハクトとの約束通り、東京へ連れ戻すことにも繋がっていくだろうと。
そして己の力を認めさせるのなら、タイマンでなければ意味がない。
ハクトが助けに入って来るとむしろ困るのである。
ハクトは、一人で戦おうとする祈に不安を抱くかもしれないが、
祈はそのための備えをこの数週間でしてきた。だから安心して待っていろと、祈は言った。
祈が扉を開くと、そこは以前と同様の空間が広がっていた。
室内でありながら、壁も天井も窓もなく、どこまでも続いているという不思議空間。
入室して扉を閉じると、どこが扉だったのかも、全く分からなくなった。
室内には銀髪長髪のイケメンみたいなのが佇んでおり、祈を待ち構えていた。
姿は違うが、それがノエルであることを祈は見抜く。
二人の間には、再会を喜ぶような雰囲気はなく、ひりついたものがある。
ロングダウンコートのフードを目深に被ったままの祈は、
「あたしが来るのも、何しに来たのかも知ってんだろーに……“気に入らねー”な。
マジで来いよ。男の姿は手加減なんだろ?」
そうノエルに問いながら、分厚い手袋を二つとも外して、床に投げ捨てる。
さらに、被っていたフードを脱いだ。
ノエルを睨む祈の頭には、ノエルが作った髪飾りがつけられているのが、ノエルにも見えるだろう。
実際に伝わっているかはともかく、祈はハクトに伝言を頼んでいた。
故に、ハクトから雪の女王へ、雪の女王からノエルへ。
『祈が模擬戦のためにやってくること』は、伝言として伝わっているはずだった。
必要最低限の伝言だが、ノエルなら、その意味が理解できるだろう。
『祈が、あれだけ突き放したのにも関わらず、力尽くで連れ戻そうと自分を追いかけてきたのだ』と。
だがノエルはこの期に及んで、手加減をしようと考えているようだった。
いつも本気で戦う時は、大抵、「乃恵瑠」か「深雪」の姿になっているのに、
男の姿であるのがその証拠だと言えよう。
「納得しないだろうから相手はしてやるけど、
ザコだから怪我させないように……って気遣ってくれてるわけだ?
舐めんな! あとから『手加減してました』なんてのは通らねーんだぞ、『雪男』!」
室内に、憤る祈の声が響く。
だが、ノエルからは攻撃を仕掛けてこない。
それもそうだ。ノエルは通常の妖怪とは一線を画す『災厄の魔物』。
加えてここは、雪山という雪妖に有利なフィールドなのだ。
本気で勝負しようと思えば、決着は一瞬で付く。
龍脈の神子としての資格を持っていた以前の祈ならまだしも、
それを失った半妖の少女が勝てる道理はどこにもない――はずだった。
一向に攻撃を仕掛けてくる様子のないノエルの目を覚まさせるべく、祈は言う。
「……アンテクリストとの戦いの後、たしかにあたしは龍脈と繋がる資格をなくしたよ。
でも、だからって『あたしが弱くなったとは限らねー』だろ」
肩から斜めがけにした、ヴィンテージ感の漂う革製のショルダーバッグから、
手のひらサイズの筒状の何かと、80センチほどの両刃剣を取り出しながら。
アンテクリスト戦を終えて力を失い、ただの半妖となった祈。
だがその目は、ノエルという強敵を前に自らの勝利を欠片も疑ってはいなかった。
祈が得た新たな力。それがこれだ。
29
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2021/08/29(日) 01:06:13
「力を貸してくれ、付喪神(みんな)!」
筒状の何かと剣を、ノエルに見せるように前方に掲げた。
祈の選択、それが『付喪神の契約者(所有者)になること』だった。
手に持つ筒状の何かも、両刃剣も、もちろんショルダーバッグまでもが付喪神だ。
ショルダーバッグの中には、この二体以外の付喪神も複数仕舞われている。
この数週間、迷い家をはじめ、様々な場所を駆け回って付喪神を借り受け・契約してきたのである。
中には、富嶽が扱いに手を焼いていたところを、調伏して従わせたものもいる。
多彩な能力を備える付喪神と契約することにより、戦略の幅は広がった。
例えば、自身の肉体強化ぐらいしかまともにできない祈でも、
付喪神の力を借りれば様々な術を発動できるようになる。
しかも、単なる妖具と異なり、付喪神は自前の妖力を持つ。
彼らに術の発動を手伝ってもらえば、祈自身の妖力消費は最低限で済む。
効率は悪いが、彼らの妖力を借りることもできる。
そうすれば半妖の限界を超えて妖力をチャージし、疑似的なターボフォームへと変身することも可能だ。
さらに特筆すべきは、『複数の妖力を混ぜて、強力な技を使えるようになったこと』だろう。
「こいつはジェットエンジンの付喪神。その風を起こす妖力は、
炎を起こす風火輪の妖力とベストマッチ。その二つの妖力を――」
祈が左手に持つ筒状の何かは、
かつて戦闘機に取り付けられて活躍したジェットエンジンが、ある程度の時を経て付喪神になったものだ。
様々な機体に取り付けられたことで、戦闘機という形でなく、エンジン単体で自我を持った珍しい例である。
ぬらりひょん富嶽から借り受けてきた付喪神の一体だ。
本来は祈の身長ほどはあろうというサイズと何百キロという重さなのだが、
付喪神という妖怪(変化を基礎技能とする存在)になったがゆえに、サイズも重さもある程度調整が効く。
祈がジェットエンジンの付喪神を両刃剣の柄に触れさせると、
ガシャンと音を立てながら形状を変化させて、両刃剣の柄と合体した。
「――『こいつ』で混ぜて撃つ」
右手に持った両刃剣の切っ先を天に掲げ、不敵に笑う祈。
剣は白く、古めかしい形状をしていた。
柄は魚の骨、刀身は菖蒲の葉を思わせる。
見る者が見ればわかるだろう。
それが壇ノ浦の戦いの折に失われた三種の神器の一つ、『草薙剣(の形代)』であることが。
地球の記憶を垣間見た祈は、草薙剣がある正確な位置を把握していたのだ。
アンテクリスト戦で使用しなかったのは、取りに行くだけの時間がなく、
見た者を等しく祟る呪物である可能性が高かったためだ。
なにせ草薙剣は、その姿を見た者をことごとく不幸にし、死に至らしめている。
だが一か八か、祈が取りに行ってみれば、草薙剣も付喪神化しており、会話ができた。
そして暗い海の底から引き揚げた礼として、一時的に協力を取り付けることができたのである。
――この日本で知らぬものはいないであろう、最強の剣の付喪神と。
草薙剣は、天羽々斬と同様に、
使用者の妖気や妖力を吸って技を発動するタイプの神剣だった。
ただし、『武力』や『勇』の象徴である草薙剣の出力は、天羽々斬を遥かに上回る。
天羽々斬を欠けさせたことからも、その強さが窺えるだろう。
それでいて技の発動時に自前の妖力を貸してくれるため、
天羽々斬よりも妖力消費が少ないのが恐ろしいところだ。
祈一人では発動すらもままならずに、妖力を吸い尽くされて干からびてしまうだろうが、
これなら数発は技を放てる。
草薙剣は、ジェットエンジンの付喪神と風火輪、
祈と草薙剣自身の妖力を使って、技の発動体勢に入った。
刀身が輝き、その内側で、本来混ざらないはずの複数の妖力が混ぜ合わさる。
龍脈の力とブリガドーン空間の力が、天羽々斬の内側で完全に混ざり合って、無限の力を生んだように。
複数の妖怪の力が、完全な力として混ざり合い――『相乗効果』を生む。
「妖力連結ッ!! 吠えろッ、草薙剣!!」
祈が草薙剣を横に振るうと、刀身からは炎の嵐が吹き荒れた。
炎は風で一層燃え上がり、風は炎の上昇気流で激しさを増す。
一帯の雪を溶かし、雲を吹き飛ばしてしまうような激しい嵐へと変わる。
草薙剣の力と相まって、その破壊力は凄まじいものになっていた。
炎の嵐はノエルの横を通り過ぎていくが、その余波だけで相当な熱を感じるだろう。
まともに受けていればどうなっていたことか。
炎の嵐の発生源からごく近い場所にいる祈も相当な熱を感じるはずだが、
その様子は涼やかなものである。
自身に影響が及ばないよう上手く調節したか、あるいは――なんらかの付喪神の力によるものか。
祈は動きやすいように防寒具の上着を脱ぎ捨て、パーカーにショートパンツといういつもの格好――に、
黒いニ―ハイソックスと“赤いマフラー”を加えた姿――になった。
さらに、ショルダーバッグの付喪神を、ウエストポーチの形に変化させ、腰の後ろに回す。
いまはただ、付喪神のみんなの力を借りているだけかもしれないけれど。
30
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2021/08/29(日) 01:07:19
かわ
「見る目は“変転”ったか? これが新しいあたし。
龍脈の力がなくても、あたしはもっと強く進化してく。誰も付いてこれないくらいのスピードで。
あたしは御幸が思ってるより、ずっと強いぜ」
元々、自身のスピードや蹴り技だけを頼りとせず、様々な道具を用いて戦うことも多かった祈。
そんな祈にとって、複数の付喪神と力を合わせる戦闘スタイルは相性が良いものだった。
祈の先祖である安倍晴明が、十二神将と呼ばれる式神を用いて戦ったように、
十を超える複数の付喪神と力を合わせて戦う。これが、新たな祈の戦い方だ。
先祖の模倣という意味では父の系譜を辿っていると言えるだろうし、
強力な道具を複数用いて戦うという意味では、橘音のリスペクトとも言えるだろう。
――後に、祈は無事探偵デビューし、難事件(特に妖怪がらみ)を解決していくことになる。
その際にはこの戦闘スタイルを用いており、
赤いマフラーを常に持ち歩くことから、『マフラー探偵』などと言った呼び名で呼ばれ、
新たな都市伝説となっていくのだが、それはまた別の話。
「だから……そろそろ目を覚まして、本気でかかってこい! 御幸ぃッ!!」
祈はそう吠えると、風火輪のウィールを急激に回転させて走り出す。
そして草薙剣を振り被り、ノエルへと向かっていくのだった。
31
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2021/09/01(水) 01:42:23
祈達が修行の間の前まで到着すると、カイとゲルダが出迎えた。
「祈ちゃん……来てくれたんですね。
遠慮なく、泣くまでボコボコにしてやってくださいね!」
一人で行くという祈に、当然のごとく、ハクトが反対して食い下がっている。
「駄目だよ、一人じゃ危ないよ!!」
「ハクト、姫様と祈ちゃんを信じましょう。
大丈夫です。遠い昔、わたしたちも通った道ですから……」
「ハクトも知っているでしょう? 御伽噺の”雪の女王”――」
二人になだめられ、ようやく納得するハクト。
「私達の時よりちょっと過激かもしれませんけど」
「そんなぁ!?」
。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+*゚ ゜゚ *+:。.。:+*゚ ゜゚ *+:。.。.。:+*+:。.。
(深雪、君は本当に人類の敵になってしまったの……?)
(我の立場上仕方なかろう。人間とつるんでいる口実が無くなったのだ。
このまま人間界にいれば次々と刺客が送り込まれるだろう。
祈殿達がそれに巻き込まれて傷ついたり……死んだりしたらどうする?)
(そっか、そうだよね……)
「――はっ!」
雪の女王の御殿の修行の間にて、みゆきは突然飛び起きた。
「大変! 店の準備して学校行かなきゃ……!」
そう言ってから、みゆきは自分の言葉に首を傾げた。
店の準備して学校? 一体何を言っているのだろう。そこに、従者のカイがやってきた。
「何を寝ぼけてるんですか姫様、しっかりしてください。今日は王位継承の儀なんですから」
そう、自分は銀嶺を統べる雪の王女。そして今日、女王となる。
名実ともに、人の立ち入ること許されざる冷厳なる世界を束ねる者となるのだ。
「姫様、一足先にこれを。”理性の氷パズル”――雪の女王に代々受け継がれる秘宝です」
氷の板の集合体で出来た宝石のようなものが手渡される。
ハクトが持ち帰ってSnowWhiteに置かれていたものを、カイ達が持ち出してきたものだ。
そこにもう一人の従者、ゲルダが駆け込んでくる。
「大変です! また悪い人間が攻め込んでくるそうです! どうかお助け下さい姫様!」
みゆきはそこでまた首を傾げる。悪い人間って――?
いや、そうだった。そもそも人間は悪いものだったな。
人間達のおかげで多くの妖怪は住処を追われ、雪山に住まう動物達も露頭に迷って死んでいった。
みゆきは、寝起きの原型から、戦闘に備えた形態へと変態する。
32
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2021/09/01(水) 01:44:47
「案ずるな、人間の一束や二束、吾が一捻りにしてやろう!」
氷で出来た鏡に自分の姿を映してみると、銀髪長髪のイケメンみたいなのが映っている。
(これを便宜上峰雪と表記することにする)
「女王なのに男形態……? まあいいか」
深く考えないことにした峰雪であった。カイはこんなことを言う。
「ところで、姫様はずっと一緒にいたい誰かはいますか?
それを使えば永遠に一緒にいられるおまじない、かけられるんですよ」
「その方法は?」
「条件は……その相手に泣かされること」
「吾には関係ないな。涙など人間のような弱き者が流すものよ」
精霊系妖怪にとって、泣くというのはかなり人間に近い精神性を獲得しないと出来ない芸当だ。
今の峰雪は人間界にいた時の記憶が飛んでしまっているため、泣こうにも泣くことが出来なくなっているのだ。
「そんなことより襲撃者はあとどれぐらいで到着する?」
「あと5分ぐらいですかね?」
「5分!?」
カイとゲルダは部屋の外へ出て行って姿を消し、間もなく襲撃者は現れた。
タイミングが良すぎてまるで彼らが招き入れたとも思えるが、峰雪は寝起きなのでそんなことには気が付かなかった。
どんな軍勢が押し寄せて来るかと思いきや、たったの一人。その上、年端もいかぬ少女だ。
純粋な人間ではなく妖怪混じりの気配がするが、災厄の魔物たる峰雪にとっては大した問題ではない。
「たった一人で来たのか? 他の者はどうした」
その言葉はもちろん、“大軍勢を予想していたのにたった一人で拍子抜けした”という意味だが、
“当然一緒にいるはずの者がいない”という謎の違和感もあった。
実際にはハクトは一緒に来ておるが外で待っており、
もしかしたらポチやレディベア等の他の仲間も一緒に来ているのかもしれないが、
来ていたとしてもハクト同様、外で待っているのだろう。
「ただの阿呆か勇気があるのかは知らぬがその度胸に免じて特別に見逃してやろう。早く帰るがよい」
>「あたしが来るのも、何しに来たのかも知ってんだろーに……“気に入らねー”な。
マジで来いよ。男の姿は手加減なんだろ?」
>「納得しないだろうから相手はしてやるけど、
ザコだから怪我させないように……って気遣ってくれてるわけだ?」
「一体貴様は何を言っているのだ……」
33
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2021/09/01(水) 01:46:08
>「舐めんな! あとから『手加減してました』なんてのは通らねーんだぞ、『雪男』!」
「やかましい! 好き好んでソーセージ……じゃなかった、男の姿をしておるわけではない!
何故かこの姿になってしまったのだ!」
“雪男”が効いたらしく、激昂する峰雪。
それまでのまるで相手にしていない様子から一歩前進とも言える。
ノエルは趣味で男の姿をしていたのだが、今の峰雪は自分でも何故かは分からないが
男の姿になってしまっている状態である。
これは、記憶を失っても“人間を傷つけてはいけない”という意識が心のどこかに刻み込まれているからなのかもしれない。
ちなみに、何故か口を突いて出てしまった『ソーセージする』(動詞)の意味はさっぱり思い出せなかった。
とにかく、怒らせることには成功したものの、一向に攻撃を仕掛けてくる様子はない。
「まあ、大した問題ではない。吾にとっては貴様なぞ吹けば飛ぶ塵芥に等しいのだから。
……悪いことは言わぬ、もう帰れ。命は粗末にするでないぞ」
>「……アンテクリストとの戦いの後、たしかにあたしは龍脈と繋がる資格をなくしたよ。
でも、だからって『あたしが弱くなったとは限らねー』だろ」
「ふははははは! 面白い事を言う! 貴様のような小童が龍脈の資格者だと!?
仮に貴様が以前龍脈と繋がる力を持っていたとして……それを失って弱くならないわけがないだろう!」
荒唐無稽なことを口走る少女に興味を持ったのか、帰れコールはやめて少しばかり観察することにしたようだ。
>「力を貸してくれ、付喪神(みんな)!」
「何だその珍妙な筒は……」
>「こいつはジェットエンジンの付喪神。その風を起こす妖力は、
炎を起こす風火輪の妖力とベストマッチ。その二つの妖力を――」
>「――『こいつ』で混ぜて撃つ」
「貴様っ、それは子どもの玩具ではないぞ!?」
峰雪の顔色が僅かに、しかし確実に変わる。
ようやく祈が持つ両手剣の正体に気付いたらしい。
「やめろ! そんなものをぶっ放したら……」
>「妖力連結ッ!! 吠えろッ、草薙剣!!」
凄まじい炎の嵐が峰雪の横を掠めていく。激風になびいた髪が一筋、溶けて蒸発する。
“そんなものをぶっ放したら”の後に何を言おうとしたのかは定かではない。
峰雪が恐る恐る顔を上げると、少女は上着を脱ぎ捨て、パーカーにショートパンツという軽装になっていた。
ニーハイソックスをはいたことにより新たに出現した絶対領域を一瞬目新し気に見たのは多分気のせいである。
何故ならそもそも元の祈の姿を覚えていない。
ただ、何か気になる髪飾りを付けているなとか、赤いマフラーがよく映えているな、等と場違いなことを思っている。
ちなみに峰雪もノエルの時と同じく、首には青いストールが巻いてあるのだった。
34
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2021/09/01(水) 01:47:35
>「見る目は“変転”ったか? これが新しいあたし。
龍脈の力がなくても、あたしはもっと強く進化してく。誰も付いてこれないくらいのスピードで。
あたしは御幸が思ってるより、ずっと強いぜ」
「……何故吾が名を知っている? まあ良い、少しはやるようだな」
>「だから……そろそろ目を覚まして、本気でかかってこい! 御幸ぃッ!!」
「いいだろう、訳は分からぬが面白い……直々に相手をしてやろう!」
祈の行く手を阻まんと、氷柱が猛スピードで列を成して地面に突き刺さる。
祈はそれを軽々と飛び越え、肉薄する。
峰雪は理性の氷パズルをブリザードを纏う剣に変化させ、応戦する。
紅蓮の炎と銀蒼の氷雪が舞い、赤と青が躍る。
端から見ればどこからどう見ても本気の戦い。しかし、本人達にははっきりと分かる。
互いに殺意がない、どころか明確に致命傷を避けていると。
尤も、祈の方は自らの力を認めさせるのが目的なので殺意が無いのは当たり前なのだが、
今の峰雪目線では、祈は自然の領域を侵しに来た襲撃者である。
「マジで来いだと? 手加減しているのは貴様ではないか。
勘違いするな、人間に舐められては後々困るだけだ」
いや、やはりこれは本気の戦いなのだ。
相手に大怪我をさせずに行動不能に陥らせるか戦意喪失させた方が勝ち、というルールに則った、マジの戦い。
峰雪は不思議な感覚を覚えていた。ずっとこうしていたいような。
この少女を知っているような――ずっと見守っていたような、見守られていたような気がする。
尤も、今は互角に立ち回っているように見えるが、祈に勝ち目はない。
何故ならここは雪山――氷雪の魔物のホームグラウンド。
自らの領域内における災厄の魔物は、絶対的なアドバンテージを誇る。
峰雪は雪山というフィールドからほぼ無限に力が供給されるが、
祈の方は付喪神の力を借りているとはいえども無尽蔵というわけにはいかない。
ゆえに――祈は力尽きる前に決着を付けるべく必殺技を撃ってくるだろう。
二人の間合いが開き、暫し見つめ合う。
「どうした、もう終わりか?」
お望み通り終わらせてやるよと言わんばかりに、派手なモーションで、最大級の炎の嵐が放たれる。
派手なモーションというのはつまり、避けてくださいと言わんばかり、ということ。
(――もらった!)
峰雪は、理性の氷パズルを無数の氷の板と化して装甲のように周囲に展開する。
そして炎の渦の中に――避けることを前提とした陽動であろうそれに、敢えて飛び込んだ。
これでもホームグラウンド補正がかかった災厄の魔物。炎の中に飛び込んでも死にはしない。
ほんの少しの時間行動不能になるだけだ。
あるいは――もし直撃すれば勝負は決するが死にはしない程度の絶妙な火力に祈が調整しているのかもしれない。
「アブソリュート……ゼロ!!」
35
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2021/09/01(水) 01:49:22
炎の渦を突っ切り、あろうことか祈を抱きしめる。
尚、抱擁によって妖術を発動する方法は妖怪界では広く一般的に見られ、断じて変態ではない。
絶対零度の概念の力で相手の動きを止める――
通常の遠距離発動では飛び道具を落とす技だが、接触することにより直に相手の動きを封じる。
草薙剣が、風火輪が――付喪神達がその活動を停止する。
が、祈本人は、何故か動きが止まっている様子は無い。
「な……何故だ……! この吾が人間の小娘に負けただと……!?」
一方の峰雪はほんの少しの間行動不能になっているだけ、
しかしそれは戦いにおいて敗北が確定するには十分過ぎる時間だ。
ふと、目の前にある祈の頭についた髪飾りが目に留まった。
「それか……それなんだな……! 誰に貰った……? うっ…うああああああああああああ!!」
峰雪は頭を抱えて膝から崩れ落ちた。
『あげる。お守りだと思って付けて行って』
『ゆめゆめ忘れるな、我は人類の敵。
しかし、苦しい時も死の淵に瀕した時も――我は常にそなたの味方だ』
『妖力制御の練習に作ってみたからあげようと思ってて。前より上手く出来てるかな?』
『祈ちゃん! また力になってあげられないけど……忘れないで。
”苦しい時も死の淵に瀕した時も――我は常にそなたの味方だ”』
『今この時をもって更新するよ。苦しいときも、死の淵に瀕した時も――未来永劫、君”達”の味方だ!』
「なんだ……僕じゃん」
峰雪――否、ノエルは自嘲気味に呟いた。
炎に飛び込んだ際に、長髪は都合よくいい感じの長さだけ残して溶けていた。
さっきから視界がぼやけてよく見えない。
(――そっか、滅びるんだ……。そりゃそうだよね……)
妖怪が約束を破ることは滅びに直結する。
あれだけ味方だと連呼しておいてこの体たらくなのだ、当然だ。
しかし――
「あれ? 滅びない……?」
炎に飛び込んだダメージから回復し、動けるようになってきた。一向に滅びる様子は無い。
それは祈や他の仲間達が少しも、本気で敵になったとは思わなかったからだろう。
これは飽くまでも”模擬戦”だったのだ。
アンテクリストとの決戦からまだ幾許も経っていないと思われるが、祈は複数の付喪神を従えている。
中でも草薙剣は見た物を等しく祟るといわれる呪物。
奇跡的に従えることが出来ているものの、下手をすればどころか普通にいけば、
相まみえた瞬間に呪い殺されていたかもしれないのだ。
36
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2021/09/01(水) 01:52:03
「祈ちゃん、たくさん無茶したよね……。怪我しなかった? 酷い対価を要求されなかった!?
こんなことなら最初から”迎えにきてほしい”って素直に言っとけば良かったんだ……」
そうすれば、どちらにしろノエルは正気を失っていたにしても、祈は一人で危険を侵す必要は無かった。
ノエルが素直に本心を言わなかったばかりに、祈は自らの実力を認めさせるために、一人で無茶をすることになったのだ。
だけど祈はきっと、謝られるのは本意ではない。だから――
「――ありがとう」
ノエルは泣きながら微笑んだ。涙がとめどなく零れ落ちる。
それは宝石のような形に戻って転がっている理性の氷パズルの上に落ちた。
(せっかく貴様が苦悩せぬように我が表に出てやろうとしていたというのに……やはりこうなるか!
もうどうなっても知らぬぞ!?)
深雪の声が頭の中に響く。
そう、深雪は――ノエルは人類の敵に戻ったわけではない。
人類の敵に戻った振りをして雪山に引きこもろうとしていただけなのだ。
何故そんなことをする必要があったのか――ノエルは語り始めた。
「深雪が言うにはね……勝手に災厄の魔物でなくなって人間の味方に転化した僕は裏切り者なんだ。
今まで大丈夫だったのは、地球そのものが滅びかねない脅威に立ち向かう間は許されてたみたい。
でも、アンテクリストという脅威がなくなった今、このまま人間と仲良くしてたら……
粛清のために刺客が送り込まれる。みんなを危険に晒すことになる」
粛清の対象はもちろんノエル自身かもしれないが、それでも祈の性格上、必ず巻き込まれる。
更には、ノエルを人間側に引き込んでいる者に矛先が向かないとも限らない。
「だから、東京には帰れない……。迎えに来てくれて本当に嬉しかった」
形振り構わず帰りたいと言えれば、どんなにいいだろう。
もちろん当然、これで納得する祈ではないだろう。
祈がノエルにくってかかっていると、俄かに場が騒がしくなった。
「女王様! 落ち着いてください!」
「お黙りなさい!」
尋常ではないオーラを纏う雪の女王が修行の間に入ってきている。
それを宥めようとしたのであろうカイやゲルダが床に叩きつけられ、小柄なハクトが吹っ飛ばされていく。
「あなたはもう冷厳なる雪妖界の頂点に立つ身だというのに……何をしているのですか」
女王はノエルすらも凍りつくような声で、問い詰める。
「母上…… 一体どうしたのだ?」
「その娘があなたを惑わせているのですね……。ならば…私の手で迷いを断ち切ってあげましょう!!」
祈にむかって、問答無用で身を切り裂くブリザードが放たれた。
ノエルは祈の前に飛び出して庇いながら、その姿を御幸へと変える。
37
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2021/09/01(水) 01:55:43
「祈ちゃんに手を出すなぁあああああああ!!」
「全く、親の心子知らずですね――」
「つまらない芝居はやめろ。貴様、母上じゃないだろう。
当ててやろうか。――“地球の意思”? それとも“世界の理”?」
ノエルはこの状況を直感的に理解していた。
最も近くにいる災厄の魔物が早速、第一の刺客として選ばれた――それだけの話だ。
ノエルは知っている。雪の女王もまた災厄の魔物であることを。
尤も、一般的な災厄の魔物のイメージには当てはまらないし、一見そうは見えない。
発生年代が古いそれの中には、凶暴性が顕著に出ておらず粛々と自らの領域を守っているような者も存在するのだろう。
「私の愛する乃恵瑠――あなたに後悔してほしくない。
人間界には穢れた物がたくさんある……ここにいればずっと綺麗なままでいられるのですよ」
「……」
見え透いた押して駄目なら引いてみろ作戦。だが、そんなもので、ほんの少し揺らいでしまう。
『ノエルちゃんは、神子のことが好き?
いいと思うよ、人は誰を好きになったっていいんだ。慈しんで、愛して、守って……言葉で、行動で、好きだって示せばいい。
でもね……この世界ではそれを『罪』って言うらしいよ。アハハハハ……笑えるじゃん?
それがどれだけ純粋で、透明で、無垢なものだったとしても。
神はそれを穢れていると言った!それを是とするのが、今のこの世界だ!!』
御幸はコカベルの言葉を思い出し、少しだけ震えていた。
ノエルは人間の尺度で見ればこそ人間に災厄を齎す罪を犯してきたが、世界の理から俯瞰すればきっとそれが正しかった。
ノエルにとっては、人間の側に寝返ることこそが『罪』で。
ここで刃向かえば超越存在への反逆が決定的になり、今度こそ後戻りはできない。
人類の敵から味方へと転化したノエルだが、実はこれまで、自らの意思で宿命に刃向かったことはない。
いつも母や姉や橘音に導かれ、気が付けば祈に運命を変えられていた。
38
:
御幸 乃恵瑠
◆4fQkd8JTfc
:2021/09/01(水) 02:02:02
「姫様……これを! 記憶を操る雪の女王の杖……!」
ゲルダが駆け寄ってきて、御幸に美しい錫杖を手渡す。
「そうそう、理性の氷パズルって理性のある者には使えない氷パズルの略なんですよ」
ゲルダはそんな適当なことを言って微笑んだ。
「そっか……。じゃあ理性は吹っ飛ばしとかないとね!」
常に吹っ飛んでるような気もするが、それはともかくとして。
その錫杖は、先ほど、ノエルの涙によって理性の氷パズルが変化したもの。
その名は《永遠に滅びぬ星の煌めき》、永遠の名を冠した雪の女王の錫杖――記憶を司る杖。
氷雪使いの印象が強くてあまりそのようなイメージは無いが、雪の女王には記憶を操る側面があると考えられる。
雪の女王は昔みゆきの記憶を操作しており、御伽噺の雪の女王では、カイの記憶がしれっと消えていたりするのだ。
(我の憶測では災厄の魔物は記憶……。ならば、勝てる可能性はあるのかもしれぬな)
かつて雪の女王が振るい幼いみゆきを導いてきたのであろうその杖を、今度は御幸が女王に向ける。
「折角だからお芝居に乗ってあげるよ。
――さあ”王位継承の儀”だ。女王の座は明け渡してもらう!」
そして、迷いを断ち切るように宣言した。
「女王になったらこっちのもの、古臭いしきたりは全廃だ!
罪でも何でもいい……祈ちゃん達が守り抜いた東京に帰る!!」
こうして、少々過激過ぎる“王位継承の儀”は幕を開けた。
39
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2021/10/10(日) 16:56:57
斬り結んで、もう何合になるだろう。
剣戟の音が響き、ぶつかる刃が火花を散らす。
空を舞う炎が吹雪に消され、高速で飛ぶ氷柱が蹴散らされる。
地上で、空中で、激しく赤と青がぶつかり合っていた。
速度では祈が上回る。
そのスピードで近接戦を挑み、幾度もノエルの体に傷を刻んだ。
技量ではノエルが上だった。
近接戦では防御に回り、少しでも距離が開けば遠距離攻撃で祈を苦しめた。
一進一退、一見して互角。
だが、不利なのは明らかに祈の方だった。
祈の息は上がりつつあり、額には大粒の汗が浮かんでいる。
その体には致命傷にならない程度の傷が複数。
常人よりは回復が早いとはいえ、傷はすぐさま癒えるわけではない。
ダメージは増えていく一方だ。
祈の妖気も、引き連れてきた付喪神たちの妖気も徐々になくなっていく。
一言で言えばジリ貧だった。
だが、ノエルは汗一つ掻いておらず、息も乱れていない。
祈がつけた細かな傷は既に回復しており、何より――“妖気量の底が見えない”。
なにせ、その力を借りていただけのクリスですらも、
東京を三日三晩雪で覆い尽くすだけの力を振るえたのだ。
災厄の魔物、本家本元のノエルなら、
その妖気がどれほどのものになるかは想像もつかない。
加えてここは雪山。雪妖は失った妖気をいくらでもチャージできる。
例えるなら、消火栓にホースを繋いだ消防車相手に、
付喪神という水鉄砲を数丁携えて突進しているようなものだ。
長期戦の有利はもちろんノエルにあり、
瞬間的に出せるパワーもでたらめなノエルは、短期戦でも有利。
この状況は単にノエルの手加減で成り立っているに過ぎない。
祈が勝てる道理は、万が一にもなかった。
二人が距離を取り、お互いの手を探り合うように、足や手を止めた。
僅かな間が生まれ、祈は顎に落ちる汗をパーカーの袖で拭う。
そんな祈を見て、
>「どうした、もう終わりか?」
と、涼しい顔をしたノエルが言う。明らかな挑発。
息を切らしながら、祈がカチンときた表情を見せる。
「……お望みなら終わらせてやるよ。この“切札”でな」
祈は、右手に持った草薙剣の切っ先をノエルに向けた。
姿勢制御のために外していたジェットエンジンの付喪神、
その他複数の付喪神を草薙剣と改めて組み合わせていく。
そして草薙剣が、祈と複数の付喪神の力を吸い上げ、合一させる。
刀身が、炎や風、雷……様々な力を帯び、白光を放ち始めた。
「今度は当てるつもりで撃つ。避けれるもんなら避けてみろ!
『妖力連結』! ありったけもってけ!! 草薙剣!!」
刀身から白色の光束が放たれる。龍の咆哮めいた轟音を上げながら。
様々な妖力が複合された、おそるべき威力を秘めた光の波動。
その照射範囲は広く、射程距離も凄まじく長い。
縦横、後方、どこに逃げても当たるであろう、祈の妖力をほぼ使い切った最後の必殺技めいたそれ。
それをノエルは。
――ボッ。
光を突き破って、祈の眼前に腕が飛び出してくる。
(!?)
突っ切ってきた。
無数の氷の板を鎧として纏い、真正面から必殺技を破ってきたのだ。
爆風だけでも凄まじいものがあったはずなのに、
おそらく凍結させた床に自分の脚を固定しながら、強引に進んできたのだ。
ノエルの右腕が祈の肩を掴み、引き寄せる。
>「アブソリュート……ゼロ!!」
そしてそのまま、祈を抱き締めた。
祈は冷気をゼロ距離で浴びせられることになる。
抱き締められているため、逃げることもできない。
『絶対零度領域《アブソリュートゼロサイト》』が戦闘領域全体を凍てつかせる技だとすれば、
これは極小さい範囲を停止させる技なのだろう。
運動エネルギーを極限まで低下させられ、
祈が持つ付喪神たちが、時を止められたかのように停止する。
付喪神たちを束ね、手にした力。
だがそれすらも、災厄の魔物が持つ圧倒的な力の前には無力も同然だった。
あまつさえノエルは手心を加えて、祈を殺すことなく制圧する余裕すらある。
覆しがたい、絶対的な力の差。
まさにノエルは、万に一つも敗北する要素がない、『圧倒的な強者』だった。
40
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2021/10/10(日) 17:07:42
だから。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「――だからおまえは負けるんだ」
アブソリュートゼロにより、動きを停止させられたはずの祈が呟く。
ノエルを見るその目には、強い意志の炎がメラメラと燃えている。
祈は――止まってなどいなかった。
>「な……何故だ……! この吾が人間の小娘に負けただと……!?」
ノエルが、動揺と驚愕の入り混じった声を上げる。
覆しがたい力の差を覆したものは何かがわからず、混乱していた。
同時にノエルは、腹部に何か硬いものが当たった感触を覚えるだろう。
そして気が付けば、祈を抱き締めていない左手に、その『何か硬いもの』を握り込まされている。
――肉体的損傷にほとんど意味がないノエルに、祈ではほぼダメージを与えられない。
傷付けても微々たるダメージにしかならず、すぐに回復されてしまう。
倒すためには、その本質であるエネルギーである妖気を消耗させ、ケ枯れに追い込まねばならなかった。
しかも、雪山から供給される冷気を上回る速度で妖気をゼロに持っていく必要がある。
実質的に倒すことは不可能に思えるが、それを可能にする都合の良い手が――あるのだ。
ノエルが左手に握らされた『何か硬いもの』。
それは、――『草薙剣の柄』だった。
まさに鬼策。草薙剣をノエルに使わせるという逆転の発想。
都合の良い手とは即ち、草薙剣を使って瞬間的に――『ノエルの妖気全部抜く』。
そしてその意図にノエルが気付いたところで、既に。
「おせえよ」
ぶち抜く準備は終わっている。
瞬間。
――ギュオオオオオオオオオオ!!!
草薙剣は、ノエルの妖気を根こそぎ吸い上げていく。
冷気による拘束が解けているのは、草薙剣とノエルの力関係による。
なぜなら、草薙剣の性質は荒魂(アラミタマ)。
諸説あるが、石上神宮によれば宿る神霊は荒ぶる武神――素戔嗚尊(スサノオノミコト)とされている。
気分で山すら枯らすエネルギーを秘めた狂戦士の如きその魂は、
己が動きを阻害されたことを瞬時に理解して、いい塩梅にぶち切れていたのだ。
半妖と災厄の魔物の差が覆しがたいなら、神霊と妖怪の差もまた、覆しがたい。
祈を真の所有者として認めていないため、その真の力を見せない草薙剣だが、今は多少本気になってくれている。
その妖気を吸い出す勢いは、例えるならコップに入った水を、掃除機で吸い上げているようなものだ。
ノエルが雪山から妖気をチャージしても、しても、しても、しても、しても――。
間に合わない。怒れる荒魂に、一滴残らず吸い尽くされていく。
柄を放そうとしても、祈が左手を押さえている。
密着した体勢でがむしゃらに、己の傷も厭わず組み付いてくる祈を、ノエルは引き剥がせない。
そしてノエルは、困惑の最中。
なぜ祈が停止しなかったのか、頭についた髪飾りで知るだろう。
この髪飾りが、祈に浴びせたアブソリュートゼロを阻害したのだと。
>「それか……それなんだな……! 誰に貰った……? うっ…うああああああああああああ!!」
苦悶の表情で、アイスクリーム頭痛を起こしたように頭を押さえ、がくがくと膝から崩れ落ちるノエルに。
「髪飾りをくれたやつが誰かだって? そんなもんこれで――思い出せッ!!」
言いながら、祈は後方へ頭を引いた。
両手が塞がって使えないため、ノエルの額に炸裂したのは、怒りのヘッドバット。
頭と頭が激突し、ゴンという鈍い音を立てた。
ノエルは仰向けに倒れ、大の字に寝転がる。
二人の手から離れた草薙剣が、床にカランと転がった。
「はぁ……はぁ……見たか。これが、あたしの“切札(ジョーカー)”だ」
最後に立っていたのは、祈だった。
41
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2021/10/10(日) 17:08:46
――最後の駆け引き。
祈は、ノエルが近付いてくることを“確信していた”。
祈は弱く、ノエルはあまりに強い。
たった数週間で、災厄の魔物を倒せるほどの強さを得るのは難しい。
つまり、絶対的であった敗北。
だからこそ祈は、”敗北から逆算して勝利の道筋を見出した”。
付け入る隙は、『ノエルの人格がどれも甘いこと』にあった。
ノエルにとって祈は、吹けば飛ぶ脆弱な存在。
大技を放てば即座に死に至る。凍った血液が膨張し、血管や重要器官を傷付ける。
冷却しすぎれば低体温症になり、肉体に後遺症が残るおそれもある。
故に“大技は撃てない”。
さらに、弱いくせにすばしっこい祈には、遠距離攻撃も放ちがたい。
なにせ、狙いが数ミリずれただけの誤射が、致命傷になりうる。
となれば“遠距離攻撃もほどほどに”なる。
祈を制圧するための最後の一撃ともなれば、必ず数メートル以内まで近付いてくることが予想できた。
あとは油断と、最後の一撃を無力化する手段があれば事足りる。
祈が大技を放ち、反抗できないレベルにまで消耗すれば、ノエルは当然勝利を確信する。
絶対的な強者故の余裕が――、甘さが、顔を出す。
そして、ノエルの攻撃は多彩だが、どこまで行っても冷気や氷雪が主体。
攻撃手段がわかっていれば、対策を講じることは不可能ではない。
髪飾りが発動しなくても、業務用のアイスショーケースの付喪神が、
冷気や氷雪による攻撃を防いでくれることになっていた。
か細い糸を渡る綱渡りのように見えて、
実際にノエルは祈に近付いてきて、あろうことか抱き締めるという行動に出ている。
そして切札、草薙剣により、ケ枯れにまで追い込まれて敗北した。
己の弱さをも武器にし、相手の甘さにも付け込む、まるで『悪魔のような知略』。
果たして祈一人で思いついたものだろうか?
アンテクリストとの戦いが祈を成長させたか、それとも――。
痛む額を片手で押さえながら、草薙剣や、放った上着を回収すべく、身を翻す祈。
その拍子に“赤いマフラー”がたなびいた。
それはまるで、かの怪人がマントを翻したような――。
【ボコボコの決着編。了。説得編に続く……?】
42
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2021/11/06(土) 20:31:09
(おー……草薙剣光ってる……。御幸から妖気めちゃくちゃ吸ったからなー……。
暴発とかしないと良いけど)
祈が草薙剣をウエストポーチにしまい、回収した上着を羽織り終えたところで。
倒れたまま、しばらく呆けていたノエルがぽつりと呟いた。
>「なんだ……僕じゃん」
ノエルが言っているのは、
『アブソリュートゼロを阻害した髪飾りを祈にやったのは誰か?』ということだろう。
その表情はまるで、今まで失っていた記憶を取り戻したかのようだった。
実際、そうなのかもしれない。
(新しい人格と、記憶の共有がうまくできてなかったってことなんだろうな……)
戦いの最中、祈も察してはいた。
今は、長かった髪もいつも通りの長さになっていて、口調も雰囲気も、いつものノエルだ。
しかし、祈に倒されるまで、
会話しても祈のことを覚えていない様子であったし、何もかもが違っていた。
再構成にあたり、新しい人格が生まれたものの、
新しい人格と他の人格との間で記憶が共有されていなかった、ということだろう。
ノエルは己の記憶を確かめるように、
天井(上空?)を見上げたまま、神妙な顔つきになっていた。
そして。
>「あれ? 滅びない……?」
などと言いながら、やがて体を起こした。
意外に元気なのは、おそらくこの短時間で、妖気を雪山から吸い上げて回復したからだろう。
「ま……ケ枯れさせただけだしな。
それにあたしは、ちゃんとボコボコにしたし、おまえもボコボコにされたんだ。
約束守ったのに滅びるわけねーだろ?」
かつての約束を守ったことを伝えると、ノエルなりに、状況を把握したようだった。
ややあって立ち上がると、祈を見た。
>「祈ちゃん、たくさん無茶したよね……。怪我しなかった? 酷い対価を要求されなかった!?
>こんなことなら最初から”迎えにきてほしい”って素直に言っとけば良かったんだ……」
「怪我や対価は特にないけど、付喪神たちを集めるために、いろんなところ走り回ったかな。
無茶っつーか、草薙剣のことを言ってんだったら、……ちょっとだけ?」
頬をかいて、困ったように笑う祈。
付喪神には、物を大事する人の思いが形となって妖怪化するケースがある。
そのケースでは、持ち主がいなくなれば彼らを思う者はいなくなり、妖怪としての自我の消滅もありうる。
祈が所有する付喪神たちは大半がそのケースだ。
付喪神が力を貸す代わりに、祈は持ち主として思うこと。それが対価だった。
いわば共生関係である。
リスクが高かったのは、草薙剣だろう。
なにせ、見た者をことごとく死に至らしめてきた剣なのだ。
しかし、祈も馬鹿ではない。
草薙剣を回収するにあたっては、『情報の精度』を利用した。
草薙剣の名前を見ても、絵を見ても、写真を見ても、死んだものはいない。
あくまでも『直接見ること』が怒りに触れ、死因となる。
祈はそれを利用し、カメラで動画や写真を取って、草薙剣の直視を避けた。
古い時代に作られ、長く海の底に沈んでいた草薙剣は、そもそもカメラを知らないのだ。
砂と大岩の下敷きになっていた草薙剣を引っ張り出し、引き揚げるときも、
マジックハンドを使うなどして工夫した。
それなりに勝算はあってのことだが、確実とは言えない。
しかし、ノエルをケ枯れさせて倒すために、神剣は不可欠だった。
天羽々斬は返さざるを得なかったし、どこの神社も神剣のような宝物は貸してはくれなかった。
フリーの神剣など早々転がっているものでもないので、選択する余地もない。
故に、多少命を賭けた側面は否定できない。
>「――ありがとう」
命を賭けたことを察したらしく、ノエルが礼を述べる。
微笑みを浮かべているが、その目尻からは涙が伝った。
「い、いいって。つか泣くことねーだろ!」
流石に焦る祈である。
43
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2021/11/06(土) 20:55:47
「――で? なんで東京に帰ってこれねーわけ?」
ノエルが泣き止むのを待って、祈は切り出した。
ノエルも観念したらしく、その胸中を、雪山に突如帰った理由を語り出す。
>「深雪が言うにはね……勝手に災厄の魔物でなくなって人間の味方に転化した僕は裏切り者なんだ。
>今まで大丈夫だったのは、地球そのものが滅びかねない脅威に立ち向かう間は許されてたみたい。
>でも、アンテクリストという脅威がなくなった今、このまま人間と仲良くしてたら……
>粛清のために刺客が送り込まれる。みんなを危険に晒すことになる」
そして。
>「だから、東京には帰れない……。迎えに来てくれて本当に嬉しかった」
ノエルは悲壮な顔でそんなことを言うのだった。
対する祈は。
「はー……やっぱ言わなきゃわかんねーよなー……。
御幸だからなー。はー……」
小馬鹿にしたような、呆れたような。
そんな表情でそう言いながら、溜息を吐き、肩を落とした。
やがて顔を上げ、左手で髪をかき上げる。
そして、ノエルの顔をまっすぐに見て、言うのだった。
「あたしは何も、ムカついたからとか、約束だからとか。
それだけの理由でおまえをボコしにきたわけじゃないぞ。
『おまえにはこんだけ強くて頼りになる仲間がいるんだぜ』って、
そう伝えるために、はるばるここまで来てやったんだ」
言い終えて視線を逸らすその表情には、本心だからこその照れがある。
祈の目的は、当初から変わっていない。
ノエルに力を示し、それにより頼りになる仲間がいると教えるため。
共に戦ってきたのにも関わらず、頼りにもしてくれない薄情なノエルに、わからせてやるため。
祈は一度咳払いをして、真面目な表情を作った。
「つーか、忘れちまったのか? あたしらが何者か。
あたしらはあのアンテクリストを倒した世界最強のチーム、『東京ブリーチャーズ』なんだぜ。
誰より強ぇに決まってんだろ。刺客だろーとなんだろーと、
みんな一緒なら勝てない敵も、解決できない問題もありゃしねーんだよ」
そう言って、不敵に笑う祈。
アンテクリストは、まさしく今世最強の敵だったに違いない。
刺客がどれほど強く知略に長けていようと、
世界最強を打ち破った東京ブリーチャーズならば、勝てない道理はないだろう。
確かにあの状況は、世界中の『そうあれかし』が集い、
龍脈の力と、広がり切ったブリガドーン空間という後押しがある特殊な状況ではあった。
しかし、圧倒的な劣勢を覆してその状況を作り上げたのも、
紛れもなく東京ブリーチャーズなのだ。
橘音の知略を前に、平伏さない敵があろうか。
ノエルの変幻自在で強固な氷雪を、破れる相手がいようか。
ポチとシロの縄張りと連携に、弱り膝をつかぬ者がいようか。
尾弐の圧倒的な暴力を前に、制圧できない兵があろうか。
東京ブリーチャーズは強い。
それは集団心理や集団思考のような、妄想でも何でもなく。
「あたしらを信じろ。もっと頼れ。
迷惑かけて、危険にだって晒せよ。それが仲間で友達ってもんだろ」
東京で狙われるのを待つのではなく、こちらから押しかけて話し合いをするだとか、
話も通じなければ倒して封印するという手もあるだろう。
それに、橘音をはじめ、妖怪事情に精通した者はいくらでもいる。
玉藻御前や陰陽師、さまざまな知恵者との伝手を辿れば、
戦わずに状況を脱することもできるかもしれないのだ。
しかし、それでも信じられないのなら。
「そんなこともほんとに忘れちまってんなら、こいつで思い出してよ」
そう言って、祈は自分の頭に手を伸ばした。
――水は情報を記憶する、という説がある。
それは、薬品を溶かしていた水をどれだけ希釈しても、
水は自身に薬品が溶け込んでいた時と同様の凍り方をすることに由来する。
本当かどうかはわからないが、
本当だとすれば、ノエルへの影響は計り知れないだろう。
なにせ、アンテクリストとの最終決戦において、
ノエルは己の体を捨て、命懸けの策に出ている。
結果的にそれが勝利につながったが、ノエルは戦いの直後、
『仲間に頼ろう』、『相談しよう』という選択肢が頭から抜け落ちているかのように、突如雪山に帰ることを決定している。
刺客問題が解決しなければ、今生の別れになりかねないにも関わらずだ。
それが、消滅もありうる危険な技で存在が揺らぎ、
『記憶媒体となる氷雪でできた体を失ったから』だと考えれば、自然だ。
しかし、ノエルの体は崩れ去り、戦いの後には既に蒸発していた。
さらに、ノエルが仲間たちに託した籠手やら盾やらも、粉々に砕けて失われている。
水の記憶をノエルに戻すことは、困難に思えたが、
しかし、祈の手には確かに、ノエルの残した水がある。
それは、東京都庁で離れ離れになる前、ノエルが祈に渡した、『溶けない氷の髪飾り』。
ノエルから作られ、少なくともそのときまでの記憶を保持する物質。
祈は、髪飾りをそっとノエルの頭につけた。
44
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2021/11/06(土) 20:57:51
「あたしは言ったろ。いたけりゃ“ずっと”いろって。
刺客とか危険とかどうでもいい。おまえがどうしたいか――」
しかし、祈の言葉を遮るように。
――ダアン!
急に修行の間の扉が開き、複数人がバタバタと入ってきた。
>「女王様! 落ち着いてください!」
一人は雪の女王。
>「お黙りなさい!」
尋常ならざる雰囲気で、制止しようとする部下を力任せに振り払う。
カイやゲルダは床に叩きつけられ、小柄なハクトに至っては吹っ飛ばされる始末だった。
(なんだ……?)
雪の女王は、荒い歩調で祈たちの近くまでやってくると、
ある程度の距離を置いて足を止めた。
>「あなたはもう冷厳なる雪妖界の頂点に立つ身だというのに……何をしているのですか」
そして身も凍るような怒気を纏った声音で問う。
祈がここに模擬戦をしにきたことは、伝えてある。
だから祈とノエルが戦っていたところで、
ましてやノエルがここで倒れていようが、逆に祈を倒していようが、咎められることはないはずなのだが。
(なにか、雰囲気がおかしい気がする……)
先日のお礼も兼ねて謁見し、
シロクマアイスをお土産として献上したときには、なんら変な様子はなかったはずだった。
豹変ともいえる様子に、違和感を覚える祈。
>「母上…… 一体どうしたのだ?」
違和感を覚えているのはノエルも同じらしく、そう問い返した。
その声や返答で女王は何か察したようで、祈をギリと睨んだ。
>「その娘があなたを惑わせているのですね……。ならば…私の手で迷いを断ち切ってあげましょう!!」
そして祈に向かって、手のひらから猛吹雪を放ってくる。
「なっ――!?」
突然の攻撃に、虚を突かれる祈。
使うことがなかった業務用アイスショーケースの付喪神に、
吹雪を閉じ込めてもらおうと咄嗟に思うが、間に合うかどうか。
>「祈ちゃんに手を出すなぁあああああああ!!」
しかしノエルが、御幸へと姿を変えて、猛吹雪の前に立ち塞がった。
雪の女王が放った吹雪が散る。
「た、助かった! けど、なんなんだよいきなり!!」
急な攻撃に、文句の一つも出てくる。
>「全く、親の心子知らずですね――」
祈が無事だったことに、残念そうに嘆息しながら言う雪の女王。
(つーか、この人。あたしを本気で殺そうとしてたのか、今の……)
状況を飲み込めず、戸惑う祈。
だがノエルはこの状況に心当たりがあるらしく、
雪の女王に対し、お前は“地球の意思”か、それとも“世界の理”かと問いかけた。
口振りからすると、何かが雪の女王の精神を乗っているらしい。
地球は、祈を龍脈の神子として選んだ。
そのことからも、確かに意思らしきものがあることが窺える。
だが、地球に選ばれ、その記憶を見てきた祈としては、これが地球の意思であるとは思い難かった。
故に消去法で、“世界の理”とやらなのだと思われた。
人類の敵として生まれる災厄の魔物も、また妖怪。
そうあれかしの一環、“世界の理”の一部として生まれるからだ。
おそらく、世界の理として災厄の魔物を統括している『そうあれかし』の集合意識みたいなものがおり、
それが災厄の魔物である雪の女王を乗っ取っている、ということだろう。
ノエルを直接操らないのは、ノエルが既に災厄の魔物から外れた存在になったからだと思われた。
45
:
多甫 祈
◆MJjxToab/g
:2021/11/06(土) 21:05:42
>「私の愛する乃恵瑠――あなたに後悔してほしくない。
>人間界には穢れた物がたくさんある……ここにいればずっと綺麗なままでいられるのですよ」
雪の女王は、ノエルの問いに答えることなく、
いかにも子供を心配している母親を演じて、そんなことを宣う。
なるほど、手段を択ばず、子に親をぶつけるえげつなさ。
ノエルが『東京に戻れない』と警戒してしまう理由の一つとして頷けるものがある。
なにせ、ポチもまた、獣《ベート》を継承した、災厄の魔物だ。
しかも、ノエルと違って祈の影響を受けておらず、人間の味方に転化していない。
つまり、ノエルが東京に留まっていれば、
精神を乗っ取られたポチと殺し合いを演じさせられるおそれもあったのだ。
>「……」
ノエルは、すっかり黙ってしまった。
何か考え、迷っているような表情を浮かべている。
だからこそ祈は。
「……」
黙っていた。
一緒に来いとも、どちらを選んで良いとも、何も言わなかった。
この状況はおそらく、恭順こそが最適解だ。
親を使って子を脅すような者の言葉は信じがたいが、
雪の女王の身体が乗っ取られている以上、従うしかない。
要求を呑まなければ、操られた雪の女王が自刃させられるおそれがあるからだ。
故に、ノエルは恭順姿勢を見せ、可能なら祈は逃げる。
そして仲間たちに助力を乞うのが手っ取り早いと言えるだろう。
なのに、抗うか従うかをノエルは『迷った』。
それはつまり、打開策を思いついているが、踏み出しきれていないことを意味している。
だとすれば、祈は口出しできない。
ノエルが自分を信じて踏み出し、東京ブリーチャーズの手を取って戦う道を選ぶか。
それとも、諦めるか。
それはノエル自身が決めるべきことだからだ。
やがてノエルは何かを決意したような表情になり、頷いた。
それを見たゲルダが、棒状の何かを持ってノエルに駆け寄ってくる。
>「姫様……これを! 記憶を操る雪の女王の杖……!」
>「そうそう、理性の氷パズルって理性のある者には使えない氷パズルの略なんですよ」
そんな軽口を言いながら渡したのは、美しい錫杖だった。
>「そっか……。じゃあ理性は吹っ飛ばしとかないとね!」
ノエルも、軽口に応じながら錫杖を受け取る。
>「折角だからお芝居に乗ってあげるよ。
>――さあ”王位継承の儀”だ。女王の座は明け渡してもらう!」
>「女王になったらこっちのもの、古臭いしきたりは全廃だ!
>罪でも何でもいい……祈ちゃん達が守り抜いた東京に帰る!!」
そして錫杖を雪の女王に向けて、啖呵を切った。力強い宣戦布告。
最後通牒を踏み躙った以上、もう災厄の魔物側には戻れない。
過激な”王位継承の儀”が幕を開けた――。
その後、祈は、“王位継承の儀”でノエルが勝利したのを見届けた後、
帰路に着くことになる。
あの錫杖の記憶操作の力で、雪の女王は正気を取り戻し、
刺客関連の問題はよくわからないうちにどうにかなったらしい。
なお、王位継承の儀という名目だったので、祈は関わるわけにもいかず、参戦しなかった。
そうして東京まで、
たとえば途中でバイクに乗って天神細道を潜ってきたらしいターボババアに拾ってもらったりして帰るわけだが、
その時の祈は知る由もなかった。
まさか、東京ではレディベアが待ち構えていることなど。
しかも、祈がノエルを追いかけたのと同様の理由
――相談してくれないのは寂しいだの悲しいだの――で激怒しており、説教を受けることになるなど。
なのに道中の祈は、ノエルが帰ってくることになったので、すっかり一仕事終えた気分になっており。
(お腹空いたなー。今日のご飯なにかな? あたしの好きなものだといいなー)
などと、呑気に考えているのだった。
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