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鏡の世界の迷子の旅路 無断転載

72小閑者:2017/07/02(日) 14:06:45
 察したシグナムははやての気を逸らすために話しかけ、了承することを伝えることにした。蒐集には出られなくなるがはやての希望を無碍にはできないし、元より恭也の剣腕には興味があったのだ。

「分かりました。では午後にでも草間の道場を借りましょう」
「へ?そんな簡単に借りられるもんなん?」

 シグナムはともかく恭也は現時点では部外者だ。剣道なら体験入学のような意味合いで飛び入り参加も出来るかもしれないが、目的はあくまでもシグナムと恭也の試合なのだ。はやての疑問は当然と言える。

「実は以前から恭也のことを話していたんです。先方も興味を持たれたようで是非連れて来るようにと。幸い夕方になるまで学生や社会人はいませんから恭也も人目を気にせずに済むでしょう」
「誰もおらんの?」
「いえ、少数ですが現役を引退した方々がいます。
 先達としての畏敬の念もありますが、体力や腕力こそ落ちていますが引き換えに洞察力や技巧に秀でているので油断の出来ない相手です」
「へー、凄いんやね」
「主はやても見学にいらっしゃいますか?」
「え、良いの?ってゆうか恭也さんはともかく見た目も小学生の私が昼真っから行くのは良い顔せんやろ」

 いくら車椅子に乗っているとは言え、本来は義務教育を免除される理由にはならないのだ。咎められても文句を言えないことを承知しているからこそ、普段は学校の授業時間帯には事情を知っている馴染みの場所にしか出かけることはしてない。

「いえ、皆おおらかな方ばかりですから。女である私を剣士と認める度量を持っていることがその証拠です」
「そういうもんなん?ん〜、そんじゃ折角や、見学させてもらおか」

 こうして、はやてはシャワーからあがってきた恭也にシグナムから了承を得た旨を伝えて、昼食の仕上げに取り掛かるためにキッチンに向かった。
 シグナムがはやての背中を見送っていると今度は恭也が声を潜めて話しかけてきた。

「すまないな、午後も出かける予定だったんだろう?」
「気にするな。お前の腕を見るにはいい機会だ。それよりお前の方こそよく誘いに乗ったな」

 シグナムとてはやての言を疑うつもりは無いが、自らを剣とすることを目指しているこの男が例え親族を失ったとはいえ、いつまでも動揺を露にしているとは思えなかったのだ。自分が描いている恭也の人物像と本物とに差異があるなら埋めておく必要がある。

「気付いていない訳でもないだろう?朝からはやての様子がおかしいからな。
 怖い夢を引きずっているからなのかは知らないが、情緒不安定な感がある。
 午前中は俺が傍に居たが、俺だけでは不足だろうからな。何かしらの理由を作ってあなた達4人の内の誰かと一緒に居られた方がはやての心も落ち着くだろう」
「…ああ、なるほどな」
「どうかしたのか?」
「何でもない。食後に一息ついたら出発するから準備をしておけ」
「わかった」

 はやてと恭也は互いが互いを思いやっているが、内容がデリケートであるため直接聞くことが出来ずにいる状態にあるようだ。だが、両者の考えを聞いたシグナムにはどちらにも語ることは出来ない。知れば恭也は今以上に心情を零さないために自らを縛るだろう。はやては自身を恭也を苦しめる元凶として批難するだろう。
 もどかしい、とシグナムは思う。これほど互いを大切に思っているのだ。誰一人として血の繋がりなど無くとも、直ぐにでも周囲に自慢できる程の“家族”になれるだろう。なのに後一歩のところでブレーキが掛かる。
 枷になっているのは、はやてを蝕む魔道書か、蒐集を禁止するはやての優しさか、家族を失った恭也の境遇か、そのことを悲しむ恭也の弱さか。
 恭也に背を向けてから奥歯をかみ締めることしか出来ない自身の不甲斐なさを、痛感する。


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