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鏡の世界の迷子の旅路 無断転載

364名無しさん:2018/02/24(土) 21:47:43
「では、改めて聞くが、何故姓を返上するなどと言い出す?」
「言い方が不味かったのかもしれんが、目的は姓を『不破』に戻す事なんだ」
「ああ…
 それならそうと…、紛らわしい言い方をするな」
「そうは言うが八神姓を返してから不破を名乗るのが筋と言うものだろう?」

 恭也の弁にシグナムは漸く彼の意図を理解する事が出来た。
 元々は『不破』というその業界で有名な姓を名乗る事で危険を引き寄せてしまう事を危惧して、身を寄せたこの家の姓である『八神』を名乗るようになったのだ。
 家に来た当初こそ、単に『姓を借りたい』と言われただけだったため、仮初めとはいえ家族の一員になりたいのだ、と解釈していたが、恭也が管理局に行く直前の時期に本当の理由を教えられていた。
 ただ、それからも恭也は『八神』を名乗り続けていたし、そうする事に単なる偽名以上の愛着を見せてもくれていたのですっかり失念していたのだ。

 だが、理解が広がり落ち着きを取り戻した八神家のリビングでフェイトだけが表情に疑問符を浮かべていた。

「フェイトは納得がいかないか?」
「あ、そうじゃないよ。
 ちょっと聞き慣れないから上手く聞き取れなくて。
 フワ、で良いの?」
「そうか、フェイトは知らなかったな。
 俺の元々の、…前の世界での姓は『不破』と言うんだ。
 発音はそれで合ってる。
 文字は、不可能の不に破壊の破。
 意味合いとしては『破られず』…まあ平たく言えば『負けない』と言うことになるかな」
「凄い名前だね」
「まあ、全国の『不破さん』が皆、意味を気にしているとは限らないし、ましてや、体現出来る家系などそうは無いだろうがな。
 ただ、この名前はマフィアや殺し屋といった裏の世界で有名だから不用意に名乗ると要らん騒動を引き寄せる事があるんで隠していたんだ」
「裏の世界って…」
「想像はつくだろう?
 魔法の存在が知られていないこの世界で俺の剣術流派がどの程度の脅威になるかは」
「凄い事になるよね」
「まあ、銃火器と正面から戦えば勝率は下がるし、他にも同等の力量の流派が存在するからそれほど一方的ではないんだがな」
「他にもあるの!?」
「多くはないが、皆無でもない。
 それに、残念ながら俺の居た世界でもこの世界でも、名前通り『破られず』と言う訳にはいかなかったしな」
「あ…」
「む、済まん。一言余計だったな」

 珍しく失言を漏らした事に気まずげな恭也に、いけないと思いつつもフェイトは痛ましげな視線を向けてしまう。

 親族どころか家族同然の人達、加えてたった一人の肉親までもを一度に失ってからまだ2ヶ月だ。
 一度だけ不完全ながらも悲しみを吐き出させる事に成功したとはいえ、傷が癒えたとは到底言えないだろう。
 気の緩みと言えるのか、本当に極稀にこういった言動にその痕跡を垣間見せる事でもそれが分かる。逆に、普段の生活態度に表れない事が手放しで誉めて良い事なのかどうかの判断すら付かない。

 フェイトの表情から内心を読み取ったようで、話を逸らすように恭也が再び口を開いた。

「話が脱線したな。
 改めて言い直そう。
 はやて、八神の姓を返上させてくれ」
「…はい、確かに受け取りました」

 恭也の再度の申請を受理したはやての表情は、悲哀を隠し切れていなかった。
 無理もない。
 異性として意識する前から、兄として、家族として慕ってきたのだ。そして、異性として意識するようになってからも、その想いが無くなった訳ではないのだから。
 恭也は心理的な距離を取りたがっている訳ではない。
 理性ではそれが分かっていても、やはり文字として目で見えて、言葉として耳に聞こえればどうしても胸に痛みが走る。
 それは時間が解決してくれるだろう。
 それは時間にしか解決出来ないだろう。
 恭也もそう察しているのか、それ以上言葉を重ねる事はなかった。

「これで今から…不破恭也さん、やね」
「…ああ、ありがとう」

 色々な想いを織り交ぜた表情のまま、儀礼の様な遣り取りを交わす二人をヴォルケンリッターは口を挟む事無く静かに見守る。

 望みを告げる恭也を咎める事など出来るはずがない。
 受理したはやてを責める事など出来るはずがない。
 ただ黙って見守る事以外に出来る事など、何もない。


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