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鏡の世界の迷子の旅路 無断転載
362
:
名無しさん
:2018/02/24(土) 21:24:15
傍若無人に見えて恭也はごく希にこんな感じで遣り込められることがある。
だが、小馬鹿にしたり横柄な態度を取ることで人の精神を逆なでするところなどは、いくら注意しても聞き流されてしまう。
違いは単純で、その行動が自分で決めたものかどうか、という点のようだった。
いくら恭也といえども全ての行動を意志を固めて決断している訳ではない。
だから、日常において何気なくとった行動には恭也の内面が、内罰的だったり自分を卑下する傾向が表れる事があり、その決意の無い行動は一般論を引き合いに出された程度で揺らいでしまう。恭也への心配が溢れた言葉なら覿面だ。
転移事故から事件終結まで、恭也と接する機会がほとんど非日常であっただけに、誰一人として事件後の日常になるまで見る機会のなかった姿だった。
そして、関係者一同はその事態を、恭也の不安定さを歓迎した。
少女達は、単純に恭也の新しい側面を発見出来た事に。
大人達は、平気で自己を蔑ろにする恭也の内面を改善する余地がある事に。
だが。
大人達は気付いていない。少女達もまた、それが恭也を助けるチャンスだと見定めている事に。
少女達は気付いていない。それが、クリスマスの夜に自分達が成し得た成果である事に。
そして、誰一人として気付いていない。この事態に他ならぬ恭也自身が驚愕している事に。
『揺らぎ』とは『弱さ』だ。
あらゆる状況で、あらゆる条件で、あらゆる敵対者に対して躊躇無く刃を突き立てなくてはならない剣士にとって、揺らぐ事、迷う事は有ってはならない事だ。
だが、通常の感性を持った人間にそんな事は出来ない。
訓練を重ねる事で、感情を理性で抑制して『作業』として殺人をこなす兵士を作り上げる事は出来ても、平均的な10歳という脆弱な精神では『兵士』のまま戻ってこられなくなる。
自我が確立する前の幼児の頃から教育する事で殺人に忌避感を持たない子供を作り上げることは出来るが、それでは現代の日本の社会に解け込む事が出来ない。
そういう意味でも恭也の奇跡的なバランスを持った精神の在り方は間違いなく偶然の産物だ。
それを獲得した経緯が幸か不幸か?と聞かれれば間違いなく不幸な事だが、それでもその不幸を経験したからこそ先日までの恭也が在った。
そして、その限りなく理想に近い姿が崩れた事に気が付けば、愕然とするのは当然だろう。
それでも、恭也は前髪を掻き上げる動作一つでリビングの空気を引き締めた。
「いかんな、脱線ばかりだ。
はやて、悪いが用件を済まさせて貰うぞ」
「え〜と、何か話しがあるんやったか?」
「ああ。
借りていた物を返しにきた」
「借りてたもの?
え〜と、ゴメン、何を貸しとったっけ?」
はやてが素直に訪ねると、恭也は僅かに目を伏せた。
その様子にはやての鼓動が一瞬、不安に乱れる。
逡巡を振り払うように恭也が背筋を伸ばし居住まいを正すと、困惑していたはやてを先頭に全員が釣られるように背筋を伸ばした。
「今日を持って『八神』の姓を返上させて貰う」
続く
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