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鏡の世界の迷子の旅路 無断転載

353名無しさん:2018/02/24(土) 20:52:42
2.返上



「恭也さんの食べっぷりを見てると、本当に『作った甲斐があった』って思えるわね」
「そう言って頂けると有り難いですが、少々自分が浅ましく思えてきますね」
「とんでもない。
 クロノは美味しいとは言ってくれるけれどあまり食べてくれないから腕の振るい甲斐が無いのよ。
 遠慮せずにどんどん食べてね」
「ホントにクロノ君って少食だもんね」
「そんなんだからでっかくなれないんだろうね」
「もう、だめだよアルフ」

 前日までもアルフと競うほどの食事量だった恭也だが、今朝は2割り増しの食欲を示していた。それが悩みが解決した事に起因していると暗黙の内に理解している面々も自然に普段以上に会話が弾んでいた。
 尤も、話題の渦中にあるはずのクロノだけはムッツリとした顔のままおかずを頬張っていた。
 勿論、この話題にクロノ自身が嬉々として加われる訳がないのは誰にでも分かってるので敢えて話を振る者もいない。
 だが、意外な事に普段であれば食いついてきそうな人物まで食事に専念していた。

「恭也さん、お代わりは?」
「頂きます。でもそろそろ自分で装いますよ」
「遠慮しないで」
「…はい、ではお願いします」
「あれ?恭也がこういう話題に乗ってこないなんて意外だね」
「さっき私の時には容赦なかったのに、なんかズルイなぁ」
「まあ、失敗や勘違いなら兎も角、努力が実らない事を揶揄するのは主義に反しますから」
「努力?」
「黙々と食べ続けてるだろう。
 昨日までも、食事ではいつも無理にでも満腹以上に食べるようにしてるみたいだしな。普通はある程度詰め込めば胃が大きくなっていくものなんだが、こういうことでも個人差があるものなんだな」
「ああ、やっぱりクロノも気にはしてたんだね」
「どう見ても気にしてるだろ」
「まあ、クロノ君は覚えた事を忘れない代わりに大抵の事が身に付くのに時間掛かるからね。
 あ、でもいつも最終的には身に付いてきたんだし、きっと身体も大きくなるって」
「うん、きっとクロノも大きくなれるよ!」
「…別に悲観してる訳じゃないから励まさなくてもいい。
 寧ろ、慰められてる気分になるからやめて欲しいんだが」

 とうとう堪えきれなくなった様でクロノが会話に参加したが逆効果でしかない。
 クロノの台詞が呼び水となり、朗らかな笑い声が食卓を包み込んだ。

 ハラオウン邸では食事中にしゃべるのを咎められる事はない。勿論、口に物を入れたまま大口を開けば窘められるだろうが、そこまでする者はいないし、食事は楽しく摂るというのが不文律だった。
 だからこそ、恐らくは恭也の健啖ぶりに触発されてこれまで以上に食料を胃袋に詰め込むことに専念していたクロノを全員でつついていたのだ。
 家族の団欒の場である食事を栄養摂取のための作業に貶めるのは褒められたものではない。


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