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鏡の世界の迷子の旅路 無断転載

318小閑者:2017/12/03(日) 13:18:22
 恭也を救えると信じて縋った言葉は、一度口にすれば後戻りの出来ない内容だ。
 それを承知しているからこそ、口火を切ったのは2人に決断を促したはやてだった。


「だから、な?
 恭也さんだけ、…ズル、するのは、あかんやろ?」


 恭也の表情が僅かに変わる。
 それは言葉の意味に疑問を示すものだったが、恭也の数年間の想いを真っ向から否定する言葉を口にしたはやては過剰に反応して身を竦めた。
 だが、ここで終わらせる訳にはいかない。
 言葉を継げないはやてに代わり、フェイトが口を開く。


「みんな、同じなんだよ?
 リインフォースを助けられなかった人はみんな同じ。
 私達も、シグナム達も、クロノ達も。
 力が無い事を、知識が無い事を、悔しがって不甲斐無い自分を嫌いになった。
 …だから、きっと、フィアッセさんが傷付いた事を後で知った人も、フィアッセさんの傷を癒してあげられない人も、力が有っても助けるチャンスがなかった人も…
 …力が、無くて、助けてあげられなかった恭也だけが、特別なんかじゃ、ない、よ?
 …だから、…だか、ら」


 優しいフェイトには恭也を非難する事自体が苦行でしかない。
 フェイトの限界を察したなのはが、涙に上擦りそうになる声を懸命に抑えながら最後の言葉を突きつけた。


「だから!
 恭也君だけ、悲しまずに済ませるなんて、そんなズルしちゃ、ダメだよ…!」



 目を逸らす甘えに、口を噤む誘惑に、傷付ける恐怖に、必死に抗いながら口にしたのは、あまりにも稚拙な理屈だった。

 悲しまないのは、その権利が無いからではないのだと、自分への罰などではないのだと。
 悲しまないのは、楽をしているだけで、ズルをしているだけ。
 助けられなかった恭也とて、他の人達と変わりなどないのだから、特別ではないのだから、悲しまずに済ませてはいけないのだと。

 それは、恭也が悲しまない理由が3人の推測でしかない以上、ただの誹謗中傷に過ぎない可能性すらある内容だ。
 仮に推測が正しかったとしても、もっと言葉を重ねて、時間を掛けて恭也の心を解き解すべきなのかもしれない。
 だが、それは理想論でしかない。
 今の10歳に満たない3人の少女には、これが精一杯だった。
 そもそも、この二日間に立て続けに起きた一連の出来事は、少女達にも平等に降り注いだのだから。
 恭也の消滅、自身の生命を脅かすほどの戦い、リインフォースの死。
 恭也にとってのウィークポイントだったために、平時に泰然としている恭也がもっとも顕著に動揺を表したことで特に強調されたにすぎない。
 そして、強調されたからこそ、全員が自分の状態を把握する余裕すら無いままに恭也の心配をしていたのだ。

 いつからか少女達は泣き出していた。
 拙いながらも立てていた筋書きも頭には残っていなかった。
 ただ、恭也を助けたくて、動かない足を無視して車椅子から這い降りようとするはやても、両脇から彼女を支えるフェイトとなのはも、膝を立てて床に座り込む恭也に歩み寄ると周囲から身体を寄せて手に手を重ねた。

「恭也さん、悲しんだげて…
 お願いやから、フィアッセさんのことちゃんと悲しんだげて…」

 まっすぐに感情をぶつけるはやてと、流した涙を拭いもせず嗚咽を堪えながらそれでも視線を逸らさないフェイトとなのは。
 そんな少女達をぼんやりと眺めていた恭也の目が、僅かに細められ、上へと逸らされた。


 届かなかった…


 思考を染めるその言葉に、心が冷えて体が震える。
 その、絶望へと沈もうとした少女達の耳に、恭也の掠れた声が届いた。



「…ごめん、フィアッセ」



 恭也にしては幼さを含むその言葉に顔を上げると、涙で滲む視界に恭也の頬を伝う一滴の雫が映った。

 たった、ひとしずく。
 嗚咽を上げる事も無く、閉じた瞼からそれ以上溢れさせる事も無い。
 それでも、何年もの間、停滞していた恭也の時間が動き出した証。

 それを見届ける事で張り詰めていた緊張の糸が切れた少女達は、恭也の代わりを務める様に恭也に抱きつき泣きだした。
 恭也は声に出して応える事無く、それでも太く逞しい腕で3人を包むように、あるいは縋りつく様に、抱きしめる。
 その温もりに安堵した少女達は、いつまでも声を上げて泣き続けた。







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