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鏡の世界の迷子の旅路 無断転載
313
:
小閑者
:2017/12/03(日) 13:13:04
恭也に頼られた事が余程嬉しいのか、涙をぬぐい先刻までの悲痛な表情を一変させた少女達一行がスタッフルームへと続く通路に入っていった。
スタッフルームと言った所で個人経営の喫茶店のそこは更衣室兼物置でしかない。
だが、なのはがドアを開けてみると本来であればロッカーと備品しか置かれていないはずのそこには、4脚の簡素な椅子と1脚の小振りな丸テーブル、その上に置かれた大皿に盛られた料理と取皿が用意されていた。
あの静かな曲調のアカペラに雑音を挟む事無くこれだけの用意をしてのける両親には感心させられる。
恭也に促されて先に部屋に入った3人が振り向くと、下世話な話題で盛り上がる店内の面々の声を閉じたドアで遮った恭也がそのままドアに凭れ掛かって座り込んでしまった。
「恭也さん!?」
「…問題ない。
少し、…少し休めば、大丈夫だから」
「―――――」
顔を隠すために俯き、右手で顔を覆ったまま呟いた恭也の言葉に言葉を失った。
どう見ても、大丈夫な訳がない。
だが、それを指摘する事には意味が無い。
恭也自身だって、いくらなんでもその言葉を自分達が鵜呑みにするとは思っていないだろう。
『この件に触れるな』
そう宣言されたのだ。
だが、黙って眺めているためについて来た訳ではない。一度犯した失敗を繰り返す事など有ってはならない。
「恭也さん、フィアッセさんの事、聞いてもええか?」
「…」
彼女の事を知っているであろうなのは達には出来ない質問。
無理強いすればどうなるか想像もつかないからこそ、導入として必要な問い。
これすら拒絶されれば、以降は本当に何も聞けなくなるだろう。
だけど、きっと答えてくれる。自分達がついて来るのを認めてくれたのは意図したものか無意識なのかは分からないが、たぶん話を聞いてくれる相手を求めたからだ。
その推測を信じて、恭也の言葉を待つ。
暴走と直結する闇の書の起動を阻止出来なかった事。
夢の中で二度と逢う事が叶わない筈の家族と再会し、永遠の別れになる事を承知していながら決別した事。
ボロボロの体を押して助けようと奔走したにも拘らず目の前でリインフォースに旅立たれた事。
失った父親、そして想像する事しか出来ない筈の成長した妹と触れ合った事。
家族と出会った時にすら見せなかった程の反応を示す相手、フィアッセ・クリステラと対面した事。
昨日の夕方から立て続けに起きた出来事に恭也は間違いなく激しく揺さぶられている。
今後、恭也の精神にこれ以上の影響を与える出来事など起きないだろうし、起きてはいけない。
それなら、恭也に内に溜め込んでいる何かを吐き出させるのは今しかない筈だ。本人の言葉通り、今この時を乗り越えてしまえば、恭也は平静を装って二度と表に出す事はないだろう。癒える事の無い傷を抱えたまま、誰にも悟らせる事なく一生押し殺していくのだろう。
そんなことは、させてはいけない。
祈る様に、縋る様に、言葉以外のサインが無いか一瞬たりとも視線を逸らさず、恭也の言葉を待ち続ける。
この沈黙が拒絶の意ではないのかと、その考えに囚われて震えだす両手を左右から伸ばされた手に握られた。独りではない事を涙が出そうなほど心強く思えたのは初めてかもしれない。
それでも、身動ぎもせずに沈黙を貫く恭也に、じわじわと不甲斐ない想いが心を占めていく。
たくさん、助けられた。
助けられてばかりいた。
それなのに、自分は恭也の話を聞いてあげる事すら出来ないなんて。
3人が、無力感から視線を下げる寸前、か細い声が空気を震わせた。
弾かれた様に視線を戻した彼女達が見守る中、およそ恭也のものとは思えないほど力の無い声が、途切れながら少しずつ語りだした。
「…フィアッセは、父さんが護衛を務めたイギリスの議員の一人娘だ。
長期の休みに旅行を兼ねて連れて行かれた議員の自宅で何度か顔を合わせて親しくなったんだ。
『世紀の歌姫』と呼ばれるほど世界的に有名な歌手を母親に持ったからか、歌う事が好きで、自分の歌を聞いた人が喜んでくれる事に幸せを感じる様な、優しい子だった。
…そのフィアッセが、父親の政策に反対するテロリストの標的にされたんだ」
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