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鏡の世界の迷子の旅路 無断転載

312小閑者:2017/12/03(日) 13:12:27
 歌に聴き入る周囲の注目を集めない様に、静かに背後から恭也に歩み寄る。そして、崩れ落ちないように優しく、溶けて消えないようにしっかりと、背凭れ越しに恭也を抱きしめて耳元でそっと囁いた。

「恭也、これ以上、無理しないで。
 もう、止めよう?」
「…心配掛けてばかりで、済まんな」

 謝罪の言葉とは裏腹に、声に込められた拒否の意思を敏感に感じ取ったフェイトが身を硬くする。
 だが、抱きしめる腕を解くために掴んだのかと思っていた恭也の手は、フェイトの左手首をそっと握ったまま動く事は無かった。
 怪訝に思いながらも恭也の顔を覗き込む事を躊躇っていると、手首に添えられた手が微かに震えている事に気付いた。
 泣いているのだろうか?
 一瞬そんな考えが頭を過ぎるが、すぐに否定した。泣く事が、感情を吐き出す事が出来るなら、きっとこれほど追い詰められてはいない筈だ。
 これ以上掛ける言葉が見つからなかったフェイトは、抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。






 店内が拍手で満たされる中、優雅にお辞儀をしていたフィアッセは、顔を上げるとリクエスト者である少年の様子を窺った。
 ライブは録音した歌を再生するのとは違う。歌う事に集中していたとは言ってもそれは観客を蔑ろにする訳ではない。
 だから、曲の途中から金髪の少女が少年を抱きしめていた事も、それが悪巫山戯や周囲を無視した甘えでは無い事も察する事が出来ていた。
 歌を気に入って貰えるかどうかは個人の好みや感性に因るが、今回はリクエストした事も含めてきっと少年個人の事情が絡んでいるのだろう。
 歌う前には、気分を害す様なら歌唱を中断するように何らかの行動を取るだろうと思っていたのだが、恭也に似ているのが外見だけではなかったとしたら聞いている他の人のために我慢していたかもしれない。
 絡めていた腕をポンポンと軽く叩いたのを合図にして女の子に腕を解いて貰うと、椅子から立ち上がった少年が深々と頭を下げた。

「…我が侭を聞き入れて頂いて、ありがとうございました」
「全然構わないよ。
 それより、今の歌は君の期待に応えられたかな?」
「勿論です。
 十分に、…いえ、想像していたより遥かに素晴らしい歌でした。
 …なんて、普段音楽なんて聴かない俺が偉そうに言う事ではありませんね」
「そんな事無いよ。
 私達は評論家に良い点数をつけて貰うために歌ってる訳じゃないもの。
 聞いてくれる人に喜んで貰える事が何よりのご褒美だよ」
「…変わらないな」
「え?」
「いえ、独り言です」

 そう言って話を切り上げた恭也は、一度背後を振り向いた後で士郎に向き直った。

「どうやら俺は自分で思っているより酷い状態みたいです。
 申し訳ありませんが、お言葉に甘えて少し休ませて貰いますね」
「ああ、暖房は付けておいたから元気になるまで休んでいってくれ。
 なんだったら布団も用意するぞ?」
「それは流石に大袈裟ですよ」
「自覚が足りないだけかもしれないだろ。
 あと、食べる物も桃子が適当に用意した」
「スタッフルームに食べ易い物を見繕って置いておいたわ。
 足りなければテーブルにある物もいくらでも持って行っていいからね」
「そんな訳で、なのはと、フェイトちゃんとはやてちゃんも一緒に休んでくるといい」
「…え?」
「恭也君を一人にしちゃ可哀想だろ?
 それに、君達自身も気になってパーティどころじゃないんじゃないか?」
「あ、はい。あ、でも…」
「恭也がゆっくり出来ないんじゃ…」
「これだけ心配掛けておいて偉そうな事は言わんよ。
 それに、まあ、なんだ…我ながら女々しいとは思うが、一緒に居て貰えた方が俺としても、多分助かる」
「…あ、う、うん。恭也君が良いって言うなら、一緒に居るよ!」
「恭也さん、何かして欲しい事あるか?」
「はやて、兎に角移動しよう?」


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