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鏡の世界の迷子の旅路 無断転載

310小閑者:2017/12/03(日) 13:06:33
 そのなのはの様子にフィアッセの困惑が益々深まる。
 先程のなのはの言葉は、聞き様によっては自分に向けて『これ以上恭也君の気を惹かないで』と牽制しているようにも聞こえる。
 だが、なのはが訴えている相手は明らかに自分ではなく彼だ。しかしそうなると、なのはが彼の言動の何を止めようとしているのかが分からない。
 子供達の様子からすると、彼は当事者どころか中心人物だろう。だが、淡白ながらもおどけた様な言動という器用なリアクションをとっている彼と、パーティ会場で何かに怯えている少女達では明らかに後者の方が不自然だ。
 帰って来たばかりだから分からないだけなのかと周囲を見るが、大人達も程度の差はあれ困惑しているのが分かる。
 周囲から得られる情報は無い、という考えに至ったフィアッセが注意を戻すと、中心人物たる彼が優しくなのはの頭を撫でていた。
 金髪の子と車椅子の子とは面識がないが、なのはが可愛らしい容姿とは裏腹にただ辛いだけで泣いたりしない芯の強い子である事は知っている。そして、それ以上に、人の痛みに涙する事が出来る優しい子だということも。
 ならば、如何に自然に振舞っている様に見えようとも、傷付いているのは彼なのだろう。
 フィアッセがそう結論付けるのを待っていたようなタイミングで少年が店内に居る一同を見渡してから話し始めた。

「…お気付きの事とは思いますが、この子達の様子が不自然なのは俺に原因があります。
 実は、…少し疲れていまして、心配を掛けるよりはと見栄を張ってこの会に参加させて貰ったんですが、逆効果だったようです。
 場を白けさせてしまって申し訳ありません。
 本来なら早々にお暇させてもらうべきなんでしょうが…」

 恭也が言葉を切って振り返る。
 釣られてそちらを見やれば、そこには本人よりもよっぽど不安に押し潰されそうな表情をした少女達が居た。

「このまま帰宅してもこの子達の不安を拭えそうに無い様なので、不躾だとは思いますが後で控え室ででも少し休ませて貰えませんか?」
「そいつは構わないが、調子が悪いなら帰って休んだ方が良いんじゃないのか?
 無理に追い出す積もりは無いけどな、人を気遣って無理をする必要も無いんだぞ」
「ありがとうございます。
 ですが、…出来れば俺自身ももう少しこの場に居させて貰いたいんです」
「そうか。
 じゃあ、せめてそっちのソファーに座っててくれ。食い物はたくさんあるから遠慮なく食ってくれ。腹が膨れれば自然に元気も出てくるさ。味は保障するぜ?
 なんだったら好きな物をリクエストしてくれてもいい。大抵のものは用意出来るはずだ」
「ありがとうございます。でも、これだけの料理が揃っているなら…
 …いえ、では、一つだけ」

 前言を翻した恭也に士郎が意外に思う内心を綺麗に隠したまま言葉を待つと、何度も逡巡した後で恭也が控え目に口にしたのは料理名ではなかった。

「…フィアッセ、さん」
「え、私?」
「『歌姫』…と呼ばれているという事は、歌を…歌われているんですか?」
「う、うん。まだ、デビューしたばかりの駆け出しだけどね」
「では、…何か1曲、聞かせて貰えませんか?」

 それだけの事を言うために、何度も言葉を途切れさせ、その度に呼吸を整える少年の様子を見て、漸くフィアッセにもなのは達の危惧が決して大袈裟なものではない事に気付いた。
 感じ取れるのは、後悔、だろうか?そして、僅かに見え隠れしている、何か。
 彼のリクエストは、まず間違いなく単なる興味本位に因るものではないだろう。
 歌う事自体は何の問題も無い。だけど、もしかすると歌う事で彼を傷付けてしまうのではないだろうか?
 一度は泣き止んだなのはを含めて、泣き出す寸前の悲痛な表情の少女達を見れば尚更不安が膨らんでしまう。

「フィアッセ、歌ってやってくれないか?」
「士郎、でも…」
「まぁ、彼が何を期待してるのかまでは分からないけどな。
 でも、きっと彼にとっては大事な事だ」
「…うん」

 士郎に促される事でフィアッセも覚悟を決めた。
 歌を歌うプロフェッショナルを表明している以上、身内とは言え人前で歌う際に手を抜く事など在り得ない。歌う事が楽しくて、好きだからこそプロになったが、生業とするからには趣味の延長ではいけないのだ。


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