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鏡の世界の迷子の旅路 無断転載
309
:
小閑者
:2017/12/03(日) 13:04:53
普段のなのはからは想像も出来ない様子と言動の全てに驚いたフィアッセは抵抗する事無く呆然として押されるままに腕を解いて一歩退いた。
店内に沈黙が満ちる。
静寂と、驚きを顔に浮かべたフィアッセを含めた大人達の視線に漸く自分が何をしたのか理解したなのはは、恭也の様子を気にしながらも事情を説明出来ないためにしどろもどろに言い訳を口にしようとした。
「あ…ちが、違うの、あの、今のは、その…だから…こっちは恭也君なの!お兄ちゃんじゃないんです!違う人なんです!だから」
「落ち着けなのは」
「え!?恭也!?
ええ!?じゃあ、こっちの人は!?」
背後から聞こえたなのはをフォローする声に振り向いたフィアッセは、先程抱きしめた筈の人物が背後に居ることに驚愕の声を発した。
苦笑を零しながら状況を説明する兄の言葉に耳を傾ける余裕の無いなのは。
なのはの言動からこの美麗な女性が今の恭也の在り方を決定付けた少女に該当する人物だと遅まきながらも思い至ったフェイト。
そして、詳細を知らないながらも朧気に状況を察したはやて。
3人は微動だにせず、固唾を呑んで恭也を見守る事しか出来ない。
フィアッセが離れた後に表情を隠すようにして右手で目元を覆ったまま、時折痙攣するように体を小さく揺らせていた恭也が硬直していた体から少しずつ力を抜いていった。
だが、細くゆっくりと息を吐き出そうとしているのに、たったそれだけの事が出来ていない。何度も途切らせ、その度に硬直しようとする体を諌めて懸命に呼吸を整えている。
はやて達には永遠にも感じられる一呼吸分の吐息を終えた恭也が顔を覆っていた右手を静かに離すと、あれだけの動揺がいくらか顔を蒼褪めさせている程度に抑え込まれていた。
ゆっくりと椅子から立ち上がると、背後を振り返る。
間違いなく心の準備をしていただろうに、フィアッセの姿を認めた瞬間、恭也の表情が強張る。
それでも、その動揺を瞬時に押し隠すと、何事も無かったかの様に恭也がフィアッセに話しかけた。
「…紛らわしくてすみません。八神恭也といいます。
高町恭也さんと外見がよく似ていると思いますが、単なる他人の空似です。
高町さんの周囲の方には迷惑を掛けてしまい心苦しい限りですが、どうかご容赦下さい」
「そそそんな、あ、ああ、あの、私の方こそごめんなさい、私勘違いしちゃって、あんな…」
「いえ、謝って頂く必要はありませんよ。むしろ感謝させて貰いたいくらいだ。
今まで勘違いされて厄介ごとに巻き込まれたことはありましたが、あなたのような綺麗な女性に抱きしめられるなんて、これから先に被る迷惑まで含めても補って余りあるほどの役得です」
「え、ええー!?」
「こらこら、八神君。
確かに人違いとはいえ『光の歌姫』に抱き付かれるなんて一生モノの思い出になるでしょうけど、なのはちゃん達の目の前でそんなこと言っちゃったら、また…え?」
恭也が場をとりなそうとしている事を察した忍は、彼に合わせて軽口を叩きかけるが視線を転じた先に居たなのはが本当に泣き出しているのを見て言葉を途切れさせた。いや、なのはの後ろにいたから気付くのが遅れたが、フェイトとはやても涙こそ流していないものの同じ表情をしている。
「ダメ だよ、ック、もう、止めて…」
溢れる涙を拭いもせずになのはが嗚咽交じりに訴える。
なのはにも、家族やその友人達から見れば恭也より自分の言動の方が余程おかしいという自覚はあった。だが、既に体面を気にしている余裕など何処にも残っていない。
恭也には泣き叫ぶなんて真似は出来ないだろうし、何の非も無いフィアッセに当たり散らすなんてもっと無理だろう。
それでも、平気な振りだけはして欲しくなかった。
これ以上感情を抑えたら、感情を殺したら、軋みを上げる恭也の心が本当に壊れてしまう。
そう思っただけで、もうなのはには耐えられなかった。
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