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鏡の世界の迷子の旅路 無断転載

308小閑者:2017/12/03(日) 13:00:47
 恭也の感覚で一か月ほど前に止まった美由希の時間。
 どれほど願おうと進むはずのなかったそれの10年後の姿を、不意打ちで真っ向から突きつけられたのだ。動揺するのは無理も無いだろう。
 ゆっくりと握り締めた拳には力が込められ微かに震えていた。
 食いしばった口からはそれ以上の言葉は紡がれる事はない。
 そのまま溶けて消えてしまいそうな恭也を繋ぎ止めるようになのはとフェイトが腕に力を込めて体を寄せる。
 もう、掛ける言葉さえ見つからない。


 だが、不幸とは往々にして折り重なる様にしてやってくる。


“カランコローン”
「ただいまー」
「あー、おかえりー。
 意外と早かったのねぇ」

 ドアベルの音に続いた耳に馴染んだ帰宅の言葉と出迎える桃子の言葉がなのはの意識を刺激した。
 これ以上悪い事なんて起こる筈がない、と自分に思い込ませようとしながらも、妙な焦燥感に突き動かされてドアの方を振り返った。
 そして、来店したのが家族の様に親しんでいる心優しい金髪の英国女性である事を知ると、焦燥を勘違いと結論したなのはは安堵と共に彼女の名前を口ずさもうとした。

「なんだ、フィアッセさ、ん」



『昔、力が及ばず仲の良かった子を守り通す事が出来なかった事が…』
『議員をしていたその子の父親の…』



 恭也の口から直接聞いた過去の出来事の描写が唐突になのはの脳裏に浮かんだ。
 あまりの驚愕に声を上げる事も出来ずに、ただ目を見開く。

 何故、気付かなかったのか。
 気付ける可能性が有ったのは自分だけだというのに。
 ダメだ。今の彼をあの人と逢わせては絶対にいけない!

 なのはの様子をフェイトとはやてが訝し気に見やるが、その視線に気付く余裕も無い。
 そして、皮肉な事に、なのはの驚愕を含んだ眼差しに気付いたフィアッセが子供グループに笑顔を向けたために、その傍らに着席している『可愛い弟』の後姿に気付かれてしまった。

「あー、こんなところに居た。
 ただいまぁ、恭也。久しぶりー」

 なのはが止める間もなく、歩み寄ったフィアッセは背凭れ越しに恭也を背後から柔らかく抱きしめ頬を寄せた。
 はやてとフェイトが、その行動がこの女性のちょっとした人違いでは済まない事に思い至ったのは、恭也が明らかに驚愕を表情に表したからだった。
 不意打ちだった事もあるだろう。
 気配で近付いてくる人物を察知していようと行動まで読める訳ではないので、単純に抱きつかれた事にも驚いていたのかもしれない。
 だが、見開いた目が動揺に激しく揺れる様は、他の誰かの取ったリアクションだとしても異常があったことを察するのに余りあるものだ。
 それが、自制に長けた普段から表情を動かす事の少ない恭也ならば最大級のものと言えるだろう。

 これほどの驚愕を示すという事は恭也自身もこの場にフィアッセが現れる可能性を考慮していなかったということだ。
 それは無理も無いことではある。
 恭也の認識ではフィアッセは長い間イギリスの自室から出る事が出来ずにいたのだ。物理的な距離以上に彼女の精神状態を知る恭也だからこそ彼女がこの場にいる可能性を除外していたのだ。

 それはつまり、このフィアッセ・クリステラは『あの』フィアッセではないのだと、そんな簡単な結論さえ、きっと今の恭也には至れないのだ。
 そんな思考を働かせる余裕は、冷静さは、何処にも無い。
 溢れそうになる何かを堪える事に、壊れそうになる何かに耐える事に必死になっている恭也にそんな余力は、無い。

「あ…ダ、メ。
 フィアッセさん、ダメ!離れて!!」
「え!?」

 恭也の様子になのはが反射的に叫びながらフィアッセを押し退けて2人の間に割り込んだ。


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