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鏡の世界の迷子の旅路 無断転載

306小閑者:2017/12/03(日) 12:55:10
「あ、あれ?
 どうしたの、急に一斉にこっち見て。
 心配しなくても私だってこれくらいちゃんと運べるよ?」

 視線の先には、首の後ろでリボンで纏めた綺麗な黒髪の丸いめがねを掛けた人物がホールケーキを載せたトレイを持って居心地悪そうに佇んでいた。
 それは視線を向けなくとも誰であるかが分かるほど恭也にとって親しい人物。出会う事を覚悟していた筈なのに面と向かうと思わず体を硬直させてしまう相手。
 恭也の緊張を感じ取ったはやて達が予想した通りの人がそこに居た。

「お姉ちゃん…」

 その言葉に応える様ににっこりと微笑んだ、女性というにはいくらかの幼さを残したその人物は、なのはの姉であり、恭也が妹のように接してきた従兄妹の面影を持つ、高町美由希だった。
 ピッタリとしたタートルネックの黒いセーターと濃い茶色のロングスカートというシンプルな出で立ち。そんな地味になりがちな色合いが妙に馴染み落ち着いた雰囲気を纏っている。
 不自然に出来た間を繕うためにはやてが美由希に話しかけた。

「あ、じゃあ、あなたが美由希さんですか?」
「はやてとは初めましてだね。これ置いたら改めて自己紹介させて貰うけど、挨拶が遅くなってゴメンね」
「いえ、こちらこそ。八神はやてです。よろしくお願いします」
「うん、こちらこそ。
 で、君が八神恭也君か、…ホントに昔の恭ちゃんに似てるなぁ。
 っとと、失礼しました。以前、家の前で会ったことがあったと思うけど、なのはの姉の美由希です。改めてよろしくね」
「こちらこそ。それより前を見た方が良いですよ」

 運び終わったら改めて、と言っておきながら会話を中断する事無く余所見をしながら歩く美由希に恭也が注意を促すが、残念ながら家族総出で料理に関して役立たず扱いを受けていた今の美由希には逆効果でしかなかった。

「な…!?
 こ、これくらい別に何とも無いよ?」

 素直に忠告を受け入れるゆとりを失くしていた美由希は、なけなしの理性を総動員することで頬を引き攣らせながらも辛うじて笑顔を保つ。そして、意地になって恭也に顔を向けたままテーブルへと歩み寄ると、慣れないロングスカートの裾を踏みつけた。
 つんのめって上半身を前方に投げ出した美由希は、恐怖によって引き伸ばされた時間感覚の中、反射的に平衡を保とうと持ち上げた両手が掴むトレイからケーキが大皿ごとゆっくりと宙を舞う様を見せ付けられた。
 ああ、これで調理どころか配膳すら任せて貰えなくなるのか。
 後悔と失望から目の端に涙が浮かぶ頃には、放物線の頂点に達したケーキが更に大皿から離脱してそのまま重力に引かれて落下を始めた。
 行き着く先は桃子が腕を振るった料理の数々が並べられたテーブルの真ん中だ。生クリームをふんだんに使われたケーキが着地と共に八方へと四散して全ての料理を台無しにしてしまうだろう。
 数瞬後の正確な予想は頼んでもいないのに色彩鮮やかに細部まで鮮明に脳裏に浮かんでくれるというのに、停止した思考は奥義の歩法を発動してくれない。皆伝どころか修行中の身では鍛錬中でも任意に神速に入れたことは無いんだけどね、などと余計な思考だけは流れるが、その内容すら現実逃避の色を帯びてきた。
 ケーキの全身が完全に大皿から離れた。浮遊しつつも傾く事で程よい色に焼き上がっている底面のスポンジ生地が見えなくなっていく。

 着地は側面からだね。追随するお皿も回転してるからケーキの上に蓋をする形で裏返しに着地するなぁ。
 あ、ダメだよ手を出しちゃ。
 あー、せっかく真上から蓋をする軌道だったのに、お皿の向きを戻されちゃった。あ、今度は着地の順番まで変えられちゃった。
 せっかく綺麗に分離したのにまた合体させちゃっ…あれ?

 横合いから伸ばされた手がケーキを型崩れさせること無く皿に軟着陸させたのだと理解した瞬間、美由希の時間感覚が通常状態に戻った。同時に、両手を前方に伸ばして受身も取れずに床に放り出された体が下から腕で支えられた事に気付く。
 放心したまま腕の主を見上げると、長年身近にあった大切な人の横顔があった。

「恭ちゃ「良くやった、八神君!!」「すごーい!」「危うくみゆきちが血祭りになるところだったのだ!」「美緒ちゃん、それはちょっと…」っわ」

 一斉に上がる歓声に押されて漸く美由希も正気付いた。
 惨事を回避し、あまつさえ倒れようとしてた自分を支えてくれたのがなのはの友人の八神恭也だった事に思い至った。
 八神君は左手でケーキ皿を、右手で自分を支えているために身動きが取れなくなっている。
 助けて貰った上にこれ以上迷惑を掛ける訳にはいかないのでさっさと立ち上がりたいのだが、スカートの裾を踏みつけた足では上手く立てないし、手を地面に突こうにも絶妙に届かない。


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