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鏡の世界の迷子の旅路 無断転載

295小閑者:2017/12/03(日) 12:21:54
 表情も視線も声音も揺らがせること無く口にしたのは、ともすれば単なる謙遜と受け取れる様な言葉。
 だが、桃子にはそれが本心の様に思えてしかたがなかった。
 面識がほとんど無い自分が相手だから敢えて感情を抑えているのかとも思ったが、受ける印象が違う気がする。もしかすると、この数日の間に何か辛い事、悲しい事があったのかもしれない。
 そう思ってしまった桃子には、この話題を続ける事は出来なかった。

「…そうなんだ」
「そろそろ店も増えてきましたし、この辺りで良いですか?」
「え?
 …あっごめんなさい。話しに夢中になってたみたい」
「いえ。
 それでは高町さん、今夜はどうなるか分かりませんが、何れまた」
「こちらこそ。
 それは兎も角、出来れば『桃子さん』って呼んで貰いたいんだけど?」
「…勘弁して下さい。
 年上の、しかも既婚の女性を名前で呼ぶ事なんて出来ませんよ」
「むぅ、考え方まで古風なのね。しょうがないか。
 それじゃ、送ってくれてありがとうね、八神君」

 別れ際まで引き摺るべきではない、と明るい声で紡いだ桃子の言葉に軽く会釈すると彼は背を向けて歩きだした。
 結局、今日は彼の子供らしい言動を見ることは無かった。その事に小さく溜め息を吐く。
 人と接する経験の少ない子供は人見知りでもない限り『自分』を隠すという行為をしない。なのはを含め、娘の親しい友人は教育が行き届いているため礼儀作法として年長者を敬う態度を取れる。だが、それは隠す行為とは意図が異なる。
 だから、いかに丁寧に振る舞おうとも感情を表すことのない彼に対して『この歳で礼儀正しくてしっかりした立派な子』という同様の、ある意味単純な感想を持ってはいけないのではないだろうか。
 人は出会いを経験するほど、よく知らない相手と接する時に畏まった態度を取るようになるものだ。
 それが礼儀だから、と言う建前を外してしまえば、相手の気分を害さないようにするための配慮であると共に、悪い印象を持たれて関係を悪くしないための処世術と言えるだろう。
 子供でなくなるほど、初対面から『自分』を曝け出す事を恐れるようになるものだ。
 もしかしたら、彼も年齢に見合わないほどの人生経験を積んできたのだろうか?
 ただし、良好な関係を築くための処世術なら愛想笑いの一つもするはずだ。一切の感情を押し殺して接すれば、一般的な感性を持つ者が相手であればその異質さは警戒心を喚起するだけだろう。
 技能として、口振りや仕草からも感情が読みとれない程自制できる者がいることは知っている。夫の知人として紹介された、護衛任務に従事するSPだ。
 勿論、先程の八神君は流石にそこまでではなかったが、それに準じるレベルではあったと思う。だが、それは今が平時であることを考えれば異様なことだ。もしかしたら、彼もその気になればプロのSP並みに一切の感情を押し隠すとことが出来てしまうのかもしれない。

 八神君の言動から受ける印象が子供らしさでも、大人という意味での一般人らしさでもなく、特殊な技能者に最も近いことが何を意味しているのかが分かる訳ではない。
 ただ、そのことで『天真爛漫』という言葉から程遠い位置に居るのではないか?、そんな風には思ってしまう。
 何の根拠もないその考えに、子を持つ親として少しだけ悲しく、遣る瀬無い気持ちを抱えながら、桃子は揺らぐことのない背中を見送った。






     * * * * * * * * * *







 雪を降らせる曇天と、季節と共に早くなる日没が高台にも暗闇を齎す。
 周囲の明度に合わせて点灯した街灯の白い光が雪の白さを引き立たせる。
 リインフォースが空へと還るのに選んだその空間には今、降り続ける雪以外に動くモノはなかった。

「…助けられてやれなくて、済まない、…か」

 この場に足を踏み入れてから身動ぎもせずに広場の中心を眺めていた恭也が、生きていることを思い出したとでも言う様にポツリと言葉を零した。


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