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鏡の世界の迷子の旅路 無断転載
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:
小閑者
:2017/07/16(日) 16:37:07
濡れた胸元を気にする風もなくベンチに座る恭也を横目に睨みながら、顔を洗っている間に買って来てくれた温かい缶紅茶を飲みつつ思い返す。
優しく慰めてくれた訳ではない。そもそも我慢しようとしたのを恭也が無理に泣かせたのだ。どの道、恭也は自分が泣く積もりなんて無かったくせに。
我慢しようとしていた時にあんなことを言われたら加害者の私は従うしかないんだ。言ってみれば、恭也に泣かされたようなものだ。
でも、酷い奴なんだと思おうとしても上手くいかない。
本当にズルイ。
「そもそも、私が泣く理由なんて何処にも無かったのに」
恭也の感情に共感して、恭也を深く傷付けた事を悟り自責の念に駆られた上に、母の事を思い出したのだ。
感情が高ぶるには十分な理由だったような気もするが、敢えて気付かないことにして恭也の所為にしてみる。
「理由なんて、どうでも良い。状況が許す限り泣きたい時に泣いておけ」
あっさりと返される言葉に、頬を膨らませながら背けた顔は朱に染まっていた。
フェイトは自覚していない。子供染みた(歳相応の)我侭を口にしていることも、それを許容してくれた事を喜んでいることも。
「…泣きたくても泣けなくなってからでは遅いからな…」
風の音に紛れるような小さな呟きを耳にしたような気がして振り返ったフェイトが見たのは、先程と変わる事の無い仏頂面の恭也だけだった。
「どうした?」
突然振り返って凝視するフェイトに恭也が訝る様に問いかける。
その声に我に返ったフェイトは誤魔化す様に慌てて顔を逸らすと、とって付けたように呟いた。
「そういえば、まだゴメンとしか言ってなかったね」
窺う様に視線だけ向けるフェイトに恭也が無言で問い返すと、フェイトはしっかりと向き直り軽く頭を下げながら微笑みを浮かべた。
「答えてくれて、ありがとう」
恭也は特に反応するでもなく、再びゆっくりと視線を逸らす。
フェイトも何かを期待していた訳ではないので不満に思う事はなかった。それどころか根拠もなく脳裏に浮かんだ考えに、逆に笑みを深くした。
(照れたのかな?)
同時に今更ながら不思議に思う。何故あんなに真摯に答えてくれたのだろう?
会ったばかりだが、恭也が内心を、特に弱音に類する物を他人に見せるのを嫌う事は容易に想像出来る。自分が頼んだ事だし、あの時は答えてくれる事を疑いもしなかったのだが、考えてみればやはり不思議だ。
信じきっていた自分自身には疑問を抱いていない事を自覚しないまま、問いかけようと恭也の横顔を見て、開きかけた口を閉ざす。
(慌てなくてもいいか)
そう思えた。今日会ったばかりなのだ、少しずつ知っていけばいい。
恭也の在り方は、フェイトには真似出来ないものだ。
それでも、記憶の中に居る優しかった母・プレシアの事を大切に想っていても良いのだと肯定してくれている様で嬉しかった。
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