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送り火
1
:
01. 漂う紫煙は夕焼けに染まり
◆ppck5xcEk6
:2014/10/05(日) 00:33:51 ID:Ad79Z8nk
〈黒鷺:そうなんですよぅ。みんな口ばっかで動かないし〉
自動更新され、画面には相手の言葉が表示される。彼女は文化祭の責任者だが、クラスのメンバーが働いてくれないらしい。
何処にでもある――俺自身も経験したことのある――愚痴だ。
だが彼女には悪いが、俺の視線はチャット・ルームを向いてはいなかった。
画面右下。時刻表示。
16:37
そろそろか。
そう思って俺はキーボードを叩く。中学の時に叩き込まれた御陰でタイピングはほぼ完璧だ。
〈陸奥:本当そう言う奴等って腹立つよな。俺も経験したから良く分かるよ〉
取り敢えず此処まで打ってエンター・キー。
そして間髪置かずに再び、
〈陸奥:おっと、もうこんな時間か。悪いけど落ちますわー〉
〈黒鷺:あ、用事かなんかですか?お疲れさまでしたー!〉
〈陸奥:まぁ似たようなもんかな。また準備の話とか、色々聞かせてくれな〉
〈黒鷺:そりゃもうぜひ!てかお願いですから聞いてください!〉
〈陸奥:楽しみにしてるぜ!じゃあまたなー〉
そう言い残して俺は退室ボタンをクリックする。
続けてパソコンの電源も落とし、ブラック・アウトした画面を見て一言。
「まぁ用事と言うか……儀式みてぇなモンなんだがな」
時計の針は16時43分を指していた。
2
:
01. 漂う紫煙は夕焼けに染まり
◆ppck5xcEk6
:2014/10/05(日) 00:35:44 ID:Ad79Z8nk
「あら、何処か行くの?」
玄関でサンダルを履いていると、母親が訊ねて来た。
居間と玄関は直結していると言って良い。気付かれずに外出するなど――俺の部屋と両親の寝室、台所兼居間しか無い――この安アパートでは少々難しい相談だ。
「あぁ、ちょっと散歩」
「散歩? 珍しいわね」
喋りながらもサンダルは履き終えている。
「何と無くね」
冗談めかして応えながらドアノブを捻る。
「気を付けなさいよ」
「おぅ。遅くはならんから」
3
:
01. 漂う紫煙は夕焼けに染まり
◆ppck5xcEk6
:2014/10/05(日) 00:36:24 ID:Ad79Z8nk
錆付いた蝶番が音を立てて作ったドアの隙間から、オレンジ色に染まった空気が見える。
眩しさで思わず半眼になるが、そんなことに構う理由も無い。
「あ」
何かを思い出したような母の声。――いや、実際に思い出したのだろう。
その言葉は続かなかった。
4
:
01. 漂う紫煙は夕焼けに染まり
◆ppck5xcEk6
:2014/10/05(日) 00:37:14 ID:Ad79Z8nk
――此のアパートに安全性と言う言葉は存在しないらしい。
三○五号室の隣に伸びる屋上への階段を目前にした俺は、冗談抜きでそう思い直す。
階段は非常階段の様に野晒しになった金属製のタイプでは無く、他と同様に両脇と天井を鉄筋コンクリートで囲まれた代物である。
薄暗いので照明を点けたい所であるが、哀しいかな、右の壁にあるスイッチは数年前に蛍光灯――踊り場にある、唯一本の――を点けて以来は何の役にも立っていない。
古いアパートの、しかも普段使われない階段特有の、ロック・クライミング級に急勾配な其れを一段ずつ登って行く。
手摺でもあればまだ楽なんだがな。
いや、手摺はあるのだ。だが赤錆で完全に覆われていて、少し触れれば手が鉄臭くなる。とてもじゃ無いが握れやしない。
胸中で溜息を吐き、何とか頂上に登り詰める。
5
:
01. 漂う紫煙は夕焼けに染まり
◆ppck5xcEk6
:2014/10/05(日) 00:37:51 ID:Ad79Z8nk
其処は三畳ほどの小部屋になっていて、其の奥に無駄に重そうな扉が据え付けてある。
扉と階段を結ぶ数歩の間には何も無いが、左の壁に沿う様に掃除道具や謎の工具が散乱している。
実を言えば、最初は踏み場無く散乱していたのだ。それを俺が蹴飛ばして寄せたに過ぎない。
これ等が誰の所有物かは知らないが、蹴飛ばされてから人間様の役に立った事が無い事は確かである。配置は蹴飛ばされた頃と変わっていない。
哀れな道具達を尻目に扉を開ける。――まぁ、蹴飛ばしたのは俺なのだが。
矢張り蝶番の錆付いたドアは、きぃ、と啼きながら、其れでも其の任を果たした。
陽射しが舞う埃を金色に輝かせる。眩しいが部屋を出た時よりは目も慣れている。
歩を外へと進めながら、俺は思わず微笑んでいた。
6
:
01. 漂う紫煙は夕焼けに染まり
◆ppck5xcEk6
:2014/10/05(日) 00:38:29 ID:Ad79Z8nk
月並みな表現だが、いつ来ても此処は世界が違う。
アパート自体は三階建てで、御世辞にも日当たりが良いとは言えない。
しかし此処まで来れば話は別だった。
傾く太陽色に染まる空。雲。家。道。車。人。
全ての喧騒が輝かしい物に思える。
其れは、若しかすると虚構かも知れない。だとしても、俺は此の場所が好きだった。
7
:
01. 漂う紫煙は夕焼けに染まり
◆ppck5xcEk6
:2014/10/05(日) 00:39:03 ID:Ad79Z8nk
階段は屋上の端にある。俺は其処から反対側まで歩いて行き、フェンスにもたれ掛かった。
何故か知らないが此処のフェンスだけはステンレス製で、錆も無い。
四辺を囲む銀色の檻が金色の光を反射していた。
ふと携帯電話で時間を確認する。サブ・ディスプレイには16:58の数字。
「ん、丁度だな」
呟いて、左のポケットから煙草の箱を取り出す。
ビニール・フィルムを丁寧に破り、ポケットに突っ込む。その代わりに使い捨てライターを中で掴む。
俺は箱から出した一本を咥えて再びフェンスにもたれる。両手をフェンスの向こうにやり、頬を左の肩に置く。
彼方に霞む空を眺める。
何処までもオレンジ色なのに、何処までも見通すことは出来なかった。
8
:
01. 漂う紫煙は夕焼けに染まり
◆ppck5xcEk6
:2014/10/05(日) 00:40:04 ID:Ad79Z8nk
右手を持ち上げて、煙草に火を灯す。
先端が赤く燃えたかと思うと紫煙が立ち昇る。
――すると、其れに重ねるように、遠くから濁った鐘の音が聞こえて来た。
何処から鳴らしているのかは知らない。
だが十七時を告げる此の鐘は、十七時になると鳴り響く。
其れも良く晴れた――そう、今日のように綺麗な夕焼けの日にだけ、此処まで届くのである。
時計のように時刻の数字分だけ鳴る訳では無い。時間になると鳴り始め、気が付くと止まっている。そんな鐘だ。
9
:
01. 漂う紫煙は夕焼けに染まり
◆ppck5xcEk6
:2014/10/05(日) 00:40:38 ID:Ad79Z8nk
其の侭の姿勢でライターを胸ポケットにしまうと、右手の人差し指と中指の間で煙草を挟む。口から離して、吸った煙を大きく吐き出す。
フェンスから身体を起こし、空を仰ぐ。もう一度、吸う。吐く。
煙草を手にしたまま、俺はフェンスに背を預けた。太陽に正対する。
眩しさが俺を襲う。容赦の無いオレンジ。突き放すかのような光の槍。
鈍い音が俺を揺する。容赦の無い追憶。突き放すかのような孤独の音。
10
:
01. 漂う紫煙は夕焼けに染まり
◆ppck5xcEk6
:2014/10/05(日) 00:41:08 ID:Ad79Z8nk
「変わらんね……」
腹に溜まる――行き所の無い――怒りと虚しさを、言葉に乗せて吐き出す。
「お前たちだけは、」
フェンスと重力に任せて、ずるずると身体を下ろす。足を投げ出して完全に座ってしまう。
「いつだって」
両手も、だらりと力無く床に寝そべっている。
「同じだ」
俺は自分が何を考えているのか。そもそも何かを考えているのかさえ、分からなかった。
唯々空気と共にオレンジに染まり、唯々空気と共に揺れていた。
11
:
01. 漂う紫煙は夕焼けに染まり
◆ppck5xcEk6
:2014/10/05(日) 00:41:51 ID:Ad79Z8nk
「くそ……」
分からない。だが口を吐いて出るのは常に悪態だった。
「……畜生」
いつまでも変わらない物があると言うのに、何故こうも全てが変わって行く?
いっそ全てが変わるのならば、いっそ全てが無くなるのならば。
右手から昇って行く煙が視界の端に見える。
12
:
01. 漂う紫煙は夕焼けに染まり
◆ppck5xcEk6
:2014/10/05(日) 00:42:36 ID:Ad79Z8nk
煙草を持ったままの手の甲で塞いだ目を押さえる。もう耐えられなかった。
「もみじ……」
俺は混沌の中から、一人の名前を口にした。
いつまでも変わらない人の名前を。
――鐘はいつしか、鳴り止んでいた。
13
:
◆ppck5xcEk6
:2014/10/05(日) 00:50:22 ID:Ad79Z8nk
取り敢えず此処まで
もう少しだけ第一話が続く
14
:
晒すスレの者
◆iJwtISSDjM
:2014/10/05(日) 00:52:57 ID:7YkXK3tQ
くっ……
今日はこれで終わりなのか……
ありがとうバブリさん……
15
:
◆ppck5xcEk6
:2014/10/05(日) 00:58:40 ID:Ad79Z8nk
>>14
何故か礼を言われたwww
続きは明日以降、順次ちゅーことでヒトツ
こちらこそ有難う!
16
:
◆sLaYellOWQ
:2014/10/05(日) 11:30:33 ID:WvxGYDbs
新スレ乙!!
読みやすいなあ、情景の描写も丁寧で場面が想像しやすいし
張り巡らされた伏線らしき意味深な独白がすごい期待させる
続き待ってるぜ
17
:
名無しさん
:2014/10/05(日) 16:36:51 ID:B9Y7X2vg
>>16
読み易いと言って貰えて光栄だぜ
情景描写は意識していたので嬉しいが、冗長になっていないか心配
かなり前の文章だからね、と言う予防線
余り大それたハナシでは無いんだけど、今後も御付き合い頂けたら幸せ
ありがとーね!
18
:
◆ppck5xcEk6
:2014/10/05(日) 16:37:32 ID:B9Y7X2vg
名無しさん乙(´・ω・`)
19
:
01. 漂う紫煙は夕焼けに染まり
◆ppck5xcEk6
:2014/10/05(日) 22:03:40 ID:Ad79Z8nk
どうやら俺は眠っていたらしかった。気が付けば、辺りは闇に包まれている。
残暑が厳しいとは言え、九月も下旬に差し掛かっている。黒い空気は肌に冷たかった。
堅い床で寝ていた所為だろうか、身体の節々に鈍い痛みを感じる。
俺は、ぼうっとする頭を一つ振って、ポケットから携帯を取り出す。サブ・ディスプレイが闇に照らし出した数字は、〈20:39〉。
20
:
01. 漂う紫煙は夕焼けに染まり
◆ppck5xcEk6
:2014/10/05(日) 22:04:18 ID:Ad79Z8nk
「そりゃ、寒いし、暗い訳だ」
苦笑しながら肩を軽く揉んで、落としていた煙草の箱をポケットにしまう。右手にあった煙草は御丁寧に床に押し付けて消火してあった。偉いぜ俺。
「ん……っと。帰りますか」
軽く伸びて呟く。
遅くならないと言ったのに此の時間である。親が心配しているかも知れない。親父も帰って来て、一杯やっている頃だろう。
ズボンの尻を払いつつ、俺はそう思った。
21
:
01. 漂う紫煙は夕焼けに染まり
◆ppck5xcEk6
:2014/10/05(日) 22:05:42 ID:Ad79Z8nk
夜気に肩を竦めながら歩き、自宅まで帰り着く。
ノブを捻ると、ドアは例によって甲高く啼いただけで抵抗無く開いた。
「あら、長門。遅かったわね」
母の声が俺を出迎える。紹介が遅れたが、長門とは俺の名前である。
「御飯温め直すから、手ぇ洗って待ってなさい」
帰りが遅くなったことについては何も咎めず、至って平静に応対する母。
22
:
01. 漂う紫煙は夕焼けに染まり
◆ppck5xcEk6
:2014/10/05(日) 22:06:25 ID:Ad79Z8nk
「ん、有難う」
俺は素直にそうとだけ言って、家に上がった。
食卓では予想通り、親父が一杯始めている。
「御帰り、親父」
「おぅ、只今。お前も御帰り」
何気無い会話。我が家が門限に対する取り決めが、同年代水準を大きく上回るとさえ知らねば、そう見えることは間違い無かろう。
親父は、グラスに半分ほど残っていたビールを一気に飲み干した。
23
:
01. 漂う紫煙は夕焼けに染まり
◆ppck5xcEk6
:2014/10/05(日) 22:07:25 ID:Ad79Z8nk
其の後、俺は風呂を済ませて布団に潜り込んだ。
翌朝になると母親に叩き起こされ、高校へと出掛けて行く。また、いつもの毎日が始まった。
そして何事も無く一週間が過ぎる。あの夕焼けも、あの煙も、日常へ埋没するかに思えた。
だが、そうはならなかった。
24
:
01. 漂う紫煙は夕焼けに染まり
◆ppck5xcEk6
:2014/10/05(日) 22:09:18 ID:Ad79Z8nk
ならなかったのだ 。
― 01. 漂う紫煙は夕焼けに染まり 完―
25
:
◆ppck5xcEk6
:2014/10/05(日) 22:11:34 ID:Ad79Z8nk
第一話、完
セルフチェックしてるが、ぼろぼろ見つかるなコレ
26
:
晒すスレの者
◆iJwtISSDjM
:2014/10/05(日) 22:33:47 ID:7YkXK3tQ
続きが気になるぜ
27
:
◆ppck5xcEk6
:2014/10/06(月) 09:18:42 ID:6kXlOOJA
>>26
有難う
28
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/06(月) 09:22:04 ID:6kXlOOJA
其れは、あのチャットで持ち掛けられた意外な提案だった。
〈黒鷺:あ、陸奥さん、ちょっと聞いてもいいですか?〉
〈陸奥:ん?あぁ良いぜよ?』
レスポンスは遅かった。まるで、訊ねておきながら、しかし、そうすることを悩んでいるように。
〈黒鷺:来月の第二土日、どっちか空いてます?〉
何のこっちゃと思いながら、パソコンの隣に置いてある携帯電話を手にする。
「来月第二……確か土曜は駄目じゃないかな」
呟きながらカレンダーを起動する。矢張り土曜は予定が入っている。日曜は〈no schedule〉。
其れを告げようとディスプレイに目をやる。と、
29
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/06(月) 09:23:08 ID:6kXlOOJA
「おや」
俺のレスポンスが遅くなった所為だろう、其処には再び黒鷺の発言があった。
〈黒鷺:あの、空いてなかったらいいですからっ〉
〈陸奥:悪い、確認してて遅くなった〉
〈陸奥:土曜は無理だけど、日曜なら空いてんよ〉
其れに対する黒鷺の反応は早かった。
だが俺の方が発言を見て硬直し――右の口角を持ち上げて笑みを漏らした。
〈黒鷺:私たちの文化祭、来てみませんか?〉
30
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/06(月) 09:25:41 ID:6kXlOOJA
俺と彼女が隣接する県に住んでいることは、極初期の内――つまりは自己紹介の段――から承知していた。
彼女が住む市では公立高校三校が連合し、一つの文化祭を催すらしい。市民公園を丸々使っての其れは、下手な大学祭の規模を超越し、近隣市民の一大イベントにまでなっていると言う。
そう言われてみれば確かに、そんな話も聞いたことがある。
彼女の家までは大分遠いのだが、会場となる市民公園までならば電車で行ける。簡単な乗り換え一度で、我が家最寄の駅から“市民公園前”駅まで一時間と掛からずに行ける筈である。公共交通機関の苦手な俺にも優しい安心設計だ。
どうです? と再び訊ねる言葉に対し、俺の指がキーボードを叩く。
〈陸奥:了解っス。そのお誘い、受けることにするよ〉
31
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/06(月) 09:33:56 ID:6kXlOOJA
そして当日。
電車に揺られ小一時間、普段ならば絶対に降りない駅のホームに俺は立っていた。
携帯の時計は12:52を示している。待ち合わせは13時。急ぐことは無さそうだった。
意識した訳では無いが、ゆっくりとした足取りで改札を抜ける。
小さい駅だった。北口も南口も、西口も東口も無い。一番だの二番三番だのと言った、俺を迷わす為に作ったとしか思えない出口たちも“市民公園前”駅には無かった。
唯一在る出入り口の両側スペースには、乗車券と赤い自動販売機が2台ずつ。販売機の前には古びたプラスチック製のベンチが一つずつ。
其処に差し掛かると――居た。構内の車止めにもたれるように軽く腰掛けた姿が、窓の向こう側に見える。
小柄な印象を受ける身体を、制服だろう深紺に包み、出入り口の方を目だけで追っていた。
32
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/06(月) 09:34:44 ID:6kXlOOJA
同じ駅で降りた一団を見守っていた彼女は、其の中に俺を認めなかったのだろう、携帯電話を手鞄から取り出した。
彼等に遅れること、数拍。外に出た俺は、妙な緊張を笑みに替えて歩み寄る。
近付いてみると、手の半ばまで余らせた制服の袖が見える。平均身長ほどの俺の肩辺りに顔が届くだろうか。
……さて、
「初めまして」
彼女は驚いたように顔を上げたが――すぐ微笑み返してくれた。
33
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/06(月) 09:36:21 ID:6kXlOOJA
歩き始めて、俺と彼女は普通に話すことが出来た。
俺が朝木長門だと自己紹介すると、彼女は星原朱鷺と名乗った。
変に緊張して二人で黙り込んでしまうと言うパターンを恐れていたが、幸いにして無用の心配だったようだ。逆にテンパって無闇に高いテンションになることも無く、極々自然な友人として話すことが出来て安心した。
話したのは此の辺りのことや文化祭のこと……我ながら本当に他愛も無い話ばかりである。
駅を発って十分としない内に、彼女は「あれです」と指を差した。
其の先には得体の知れぬバルーンやらアーチやらが見え隠れし、相当に大きいイベントであることを窺わせる。そう言えば車通りも多い。歩いているのは子連れの家族だったり、中には老夫婦や外国人も居たりするのだから、かなりの盛況振りである。
入り口のアーチを潜ると、
「市外から御越しの方は、受付で御名前を御願いします」
朱鷺が冗談めかした営業口調でそう言った。
34
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/06(月) 09:37:09 ID:6kXlOOJA
「受付は良いが……何だ其れは」
「さっきまで、私も受付やってたの」
つい笑って突っ込む俺に、彼女はそう応えた。
「さっきまで?」
「うん。金曜から三日間あって、役員とかは日毎に分担する学校が違うんですよ。其の中で、私は今日の午前だったって訳」
敬語とタメ口を混ぜて説明してくれる。別に全部タメ口で構わんのだが。
「納得しました」
「宜しい。では行ってらっしゃいませ」
35
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/06(月) 09:38:06 ID:6kXlOOJA
送り出され、受付のテントへ向かう。長机で名前と出身市を書くと、男子高校生がパンフレットを渡してくれた。
其れを手にして戻ると、二人の女の子が朱鷺と話していた。同じ制服なのでクラスメイトか何かであろう。
平静を装って朱鷺と話を続けているが、時折此方へ向けられる視線は明らかに俺に気付いている。そして、気にしている。
何だキミタチ。言いたいことがあるなら言い給えよ。
朱鷺はと言えばこちらに背を向ける格好なので、俺が帰って来たことに気付いていない。
少し距離を置いた所で見守っていると、友人の一人が俺に視線を向けながら朱鷺に何かを言った。
36
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/06(月) 09:39:19 ID:6kXlOOJA
何を言ったかは知らぬが、取り敢えず彼女は俺に気付いてくれたらしい。
しかし歓談の邪魔をするのも悪いので、俺は右手で「どうぞ」と示す。
だが三人で一際騒いだかと思うと、友人二人は離れて行った。
「朱鷺ぃ、上手くやれよー!」
……成程ね。まさかとは思ったが、勘違いされていたか。
完全に二人が去った後、困ったように笑う彼女が歩いて来るのを、俺は苦笑で迎えた。
37
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/06(月) 09:54:00 ID:6kXlOOJA
「さて、どうしましょうか?」
パンフレットを開いて彼女は俺に問うた。
「御昼は済ませて来ましたか?」
「喰って来た。朝と兼用だったけどな」
昨晩は年甲斐も無く緊張して寝付くのが遅くなり、寝過ごしそうになったのは内緒である。断じて。
「じゃあ模擬店は後回しですね」
分かるような分からないような消去法。
38
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/06(月) 09:55:11 ID:6kXlOOJA
「今からだと、バンド演奏と演劇が見れますね」
「じゃあ其れ行こうか」
要領が分からぬ俺に出来るのは、提案に賛成することくらいである。
「あの建物です。行きましょう」
彼女は何処か、弾んでいるように見えた。
39
:
◆ppck5xcEk6
:2014/10/06(月) 10:04:42 ID:6kXlOOJA
取り敢えず此処まで
第二話は第一話の倍の文字数ある模様
40
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2014/10/06(月) 11:15:03 ID:BLcWQESg
乙ー二話も楽しみにしてる
41
:
◆ppck5xcEk6
:2014/10/06(月) 15:29:59 ID:TAXFeaik
>>40
おや、有難う
42
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/07(火) 18:13:25 ID:Z2XaqSOQ
会場に入ると、バンド演奏が始まったところだった。
俺の好きなバンドのコピーから始まり、パンクとロックが数曲。何と俺好みのセットリストか。
朱鷺は洋楽に入った辺りから分からないと言っていたが、俺には馴染みのある曲ばかりで楽しかった。彼らとは仲良くなれるかも知れない。
そして今、ラストナンバーのオリジナル曲が終わり、リストが全て消化された。
演劇の方は、話題沸騰中の「泣ける」自伝小説がステージに上がった。
俺は天邪鬼な性格で、特に本や映画なんかで“話題の作品”と言うのを敬遠してしまいがちである。であるからして、其の原作も読んだことが無かったのだが――此れは良い。
後半、観客席は洟を啜る音が絶えず、朱鷺も目をハンカチで押さえていた。俺は泣きすらしなかったものの、実は結構来ていた。
此れは原作もチェックしておくべきだろう。『帰ってきたドラえもん』以来の感動だ。
43
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/07(火) 18:15:04 ID:Z2XaqSOQ
終わって外へ出ると、既に太陽は其の色を変えていた。
少し空いた小腹を埋める為に、模擬店で食料を調達した。
「さっきの、どうでした?」
焼鳥の串を手に、訊ねる朱鷺。
「凄かった。凄ぇ良かった」
「本当ですか?」
そう言って、我がことのように喜ぶ。
「次は、どうします?」
「んー……」
44
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/07(火) 18:15:50 ID:Z2XaqSOQ
蛸焼のパックを左手で支え、右手でパンフレットを取り出して開く。
「此の、“煌夜祭”ってのは何?」
「打ち上げ花火をバックに、有志がそこの広場でトーチ・トワリングをやるんです。結構綺麗ですよ」
「そいつぁ是非見たいな。見よう」
「えっと……でも煌夜祭は六時からですよ?」
「うん。だから、」
少し苦労しながら、パンフレットを何とか片手だけでポケットにしまう。
「少し歩かない?」
一本目の焼鳥を完食した朱鷺は、少し意外そうな顔で頷いた。
45
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/07(火) 18:17:02 ID:Z2XaqSOQ
至る所に模擬店が並び、余ったスペースでは大道芸や街頭演奏が行われている。
少し歩いては立ち止まり、少し立ち止まっては歩き。
本当に自分と同じ高校生たちが作り上げた文化祭だとは到底思えない。
「いやはや、しかし、」
紙食器を捨てながら、俺は呟く。
「此れは本当に大したモンだな」
其れを聞き付けた彼女が俺を見て、「あ」
「疑ってたんですか?」
悪戯っぽく問う。
46
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/07(火) 18:18:23 ID:Z2XaqSOQ
至る所に模擬店が並び、余ったスペースでは大道芸や街頭演奏が行われている。
少し歩いては立ち止まり、少し立ち止まっては歩き。
本当に自分と同じ高校生たちが作り上げた文化祭だとは到底思えない。
「いやはや、しかし、」
紙食器を捨てながら、俺は呟く。
「此れは本当に大したモンだな」
其れを聞き付けた彼女が俺を見て、「あ」
「疑ってたんですか?」
悪戯っぽく問う。
「まぁ、黒鷺さんの言うことだしなぁ。或る程度はね」
其れに対して俺も冗談で返す。
「うわ、陸奥さん酷ーい」
拗ねた振りをした朱鷺は足を速め、俺の隣からすいすいと離れて行く。
少し離れた彼女はペースを落とし、肩越しの横目で俺を見ながら、私を信用してくれなかったんだねだの、こんな仕打ちをされる覚えは無いわだのと喚く。
「ぬぅ」
こんな冗談を言い合うのは嫌いじゃない。だが、此れでは本当に俺が悪者みたいでは無いか。
一息吐いて、つかつかと離れた朱鷺に歩み寄る。彼女は更に離れることさえ無かったが、尚も何かを喚いていた。
47
:
晒すスレの者
◆iJwtISSDjM
:2014/10/07(火) 18:19:21 ID:U77HSDyk
独特の雰囲気がいいな。
48
:
◆ppck5xcEk6
:2014/10/07(火) 18:19:26 ID:Z2XaqSOQ
>>46
ミス
49
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/07(火) 18:20:52 ID:Z2XaqSOQ
「まぁ、黒鷺さんの言うことだしなぁ。或る程度はね」
其れに対して俺も冗談で返す。
「うわ、陸奥さん酷ーい」
拗ねた振りをした朱鷺は足を速め、俺の隣からすいすいと離れて行く。
少し離れた彼女はペースを落とし、肩越しの横目で俺を見ながら、私を信用してくれなかったんだねだの、こんな仕打ちをされる覚えは無いわだのと喚く。
「ぬぅ」
こんな冗談を言い合うのは嫌いじゃない。だが、此れでは本当に俺が悪者みたいでは無いか。
一息吐いて、つかつかと離れた朱鷺に歩み寄る。彼女は更に離れることさえ無かったが、尚も何かを喚いていた。
其処に、ぽん、と。
50
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/07(火) 18:21:33 ID:Z2XaqSOQ
実際そんな音はしていない。しかし音を文字で表現するならば、此れ以上は望めまい。
俺の右手が朱鷺の頭に乗る。途端に喚き声が途切れ、彼女は足を止める。
同じく足を止め、半身を重ねるように彼女の顔を覗き込む。其の先には俺を見返す視線と、金魚のように、ぱくぱくと開閉する――だけで言葉が出て来ない――口があった。
――面白い。
ふとそんなことを思ったが、其の侭で俺は言ってやる。
「御兄さんは少し疲れたよ。……何処かに座れる所は無いかな?」
「あ、あの、えっと……すぐ其処に」
彼女の指差す先にベンチを確認した俺は、満足して頷き、彼女の頭から手を離した。
51
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/07(火) 18:22:39 ID:Z2XaqSOQ
其処には四本の木製ベンチが正方形に組まれていた。
「ふぅ。疲れた疲れた」
さっさと腰を降ろし、息を吐く俺。此の程度で疲れが来るとは、俺も歳かな。
「しかし、あれだな。此処まで来ると大分静かやね」
メインの会場から少し離れた所にある休憩所で、普段も余り使われなさそうな佇まいである。其の所為か、先刻まで周りにあった喧噪も今は遠い。
だが其の声にも朱鷺は黙った侭で居た。
「……どした?」
黙った侭の上、彼女は未だ立った侭だった。
心配する俺の問い掛けに漸く気付いてくれた彼女は、急に笑顔を作り、手をぱたぱたと振って「何でも無いです」と言った。
「よいしょ」
52
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/07(火) 18:23:43 ID:Z2XaqSOQ
彼女も俺の隣に腰掛け、見守る俺の眼を見て再び笑った。
「大丈夫か? 具合悪いとか無いか?」
「本当に何でも無いですよ。ちょっと、ぼうっとしちゃっただけで」
其れは其れで、どうかとも思うのだが。
「なら良いんだけど」
其の言葉の後、妙な沈黙が場を埋めた。
ざわめきは変わらず、遠くから聞こえて来る。
俺は別に構う事も無く、輝く夕焼けに目を細めていた。
53
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/07(火) 18:24:41 ID:Z2XaqSOQ
しかし彼女は違ったらしい。立とうとしたのだろうか、両の掌でベンチを押さんとして、
「あ、ごめんなさい」
彼女の右手は、ベンチに掛かった俺のジャケットを踏んでいた。
「いや、気にしなさんな」
其れよりも重要な事を今、俺は思い出した。
ジャケットに触れた右手は、同時にポケットの中に在るモノの輪郭にも触れていた。
「すいません……ポケットの中、大丈夫でしたか? 何か紙箱っぽかったですけど」
観念した俺は、一息吐いて左のポケットに手を滑り込ませる。
そして、少し崩れた形の其れを――煙草の箱を取り出した。
54
:
◆ppck5xcEk6
:2014/10/07(火) 18:27:38 ID:Z2XaqSOQ
>>47
有難う
雰囲気を感じてくれたら嬉しい
55
:
◆ppck5xcEk6
:2014/10/07(火) 18:35:13 ID:Z2XaqSOQ
迷ったけど今日は此処まで
56
:
晒すスレの者
◆iJwtISSDjM
:2014/10/07(火) 18:48:09 ID:U77HSDyk
実は俺、煙草を吸ったことがないから、どんな演出になるか楽しみ。
57
:
◆ppck5xcEk6
:2014/10/07(火) 19:30:00 ID:Z2XaqSOQ
>>56
小道具としての煙草は凄く好きなんだ
期待に応えられるかは分からないが、付き合って貰えると幸せ
58
:
晒すスレの者
◆iJwtISSDjM
:2014/10/07(火) 19:48:44 ID:bmTsaK/6
俺もいつか作品に煙草を出そうかな
59
:
◆ppck5xcEk6
:2014/10/07(火) 22:22:42 ID:Z2XaqSOQ
>>58
「携帯可能」で「飲食物ではない」「嗜好品」
使ってみると面白いスパイスだと思うよ
……俺が活かし切れているかは、また別問題だけども
60
:
晒すスレの者
◆iJwtISSDjM
:2014/10/07(火) 22:35:21 ID:bmTsaK/6
>>59
なるほど、そういう長所があるのか
確かに、パイナップルを携帯している奴がいたらおかしいもんな
61
:
◆ppck5xcEk6
:2014/10/07(火) 23:05:04 ID:Z2XaqSOQ
>>60
パイナップルは今や使われていないからなぁ
http://i.imgur.com/nFPMNSi.jpg
62
:
晒すスレの者
◆iJwtISSDjM
:2014/10/07(火) 23:08:43 ID:bmTsaK/6
>>61
盲点だな
63
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/08(水) 07:33:07 ID:DDK2IoLc
「煙草……吸うんですか?」
そう言う彼女の声には、明らかに非難の色が混じっていた。
「……昨日、父方の祖父の命日でね」
「関係無いでしょ」
苦しい言い訳だと思ったのだろう、苦笑しながら言い放った。
俺は其れを受け止め*鼹鬭*拍置いて深く息を吸う。
「祖父さんさ、ヘヴィ・スモーカーだったのよ」
両手で箱を弄びつつ、俺。右手の親指が大書きされた銘柄を撫でる。
64
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/08(水) 07:34:57 ID:DDK2IoLc
「煙草……吸うんですか?」
そう言う彼女の声には、明らかに非難の色が混じっていた。
「……昨日、父方の祖父の命日でね」
「関係無いでしょ」
苦しい言い訳だと思ったのだろう、苦笑しながら言い放った。
俺は其れを受け止め一拍置いて深く息を吸う。
「祖父さんさ、ヘヴィ・スモーカーだったのよ」
両手で箱を弄びつつ、俺。右手の親指が大書きされた銘柄を撫でる。
65
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/08(水) 07:36:48 ID:DDK2IoLc
「俺は俺で祖父さんが大好きで……死んだ時は凄ぇ泣いたんだ。もう小六だったんだけどな」
苦笑して言う俺に、朱鷺は神妙な顔を作って黙り込んだ。
「んで葬式の……焼いてる時だったかな、親父が吸ってたんだよ。親父が煙草やるの見たのは、初めてだった」
一呼吸。
朱鷺の方に顔をやると、彼女は俺を見上げて居た。
「まだ泣いてた俺の頭を撫でながら親父が言ったんだよ。『祖父さんが死んで哀しいなら、お前も吸っとけ。祖父さんの代わりに吸ってやれ』ってね」
66
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/08(水) 07:37:46 ID:DDK2IoLc
「御父さん、小六の息子に吸わせたの?」
驚いて、朱鷺。
「そう言うこったな。或る意味、凄い親父だと思ってる」
「或る意味、ね」
俺の言葉に朱鷺が呆れて笑い、俺も一緒に笑う。
「んで親父は、俺の煙を祖父さんに教えてやれとも言ったんだ」
「俺の、煙……?」
朱鷺が鸚鵡返しに問う。
67
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/08(水) 07:38:41 ID:DDK2IoLc
「そう。朝木長門の、煙」
「どう言うこと?」
「祖父さんが俺の煙を知ってくれれば、次に俺が吸った時も気付いてくれる。そうすれば祖父、いつでも俺のことを見ててくれる*鼹類噺世Δ海箸蕕靴ぁ*
自分で言ってて少し恥ずかしい。いや、まぁ、親父が言ったことなのだが。
「御父さん、ロマンチストなのね」
「いや、恥ずかしいから辞めて。未だに実行してる俺も俺だし」
左手を上げて遮る仕草と共に許しを請う俺。
「長門さんもロマンチスト?」
「本当に、もう、辞めて下さい。ごめんなさい」
俺の懇願に朱鷺が明るく笑った。雰囲気が和み、つられて俺も笑って見せる。
68
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/08(水) 07:40:51 ID:DDK2IoLc
「そう。朝木長門の、煙」
「どう言うこと?」
「祖父さんが俺の煙を知ってくれれば、次に俺が吸った時も気付いてくれる。そうすれば祖父さんは、いつでも俺のことを見ててくれる……と言うことらしい」
自分で言ってて少し恥ずかしい。いや、まぁ、親父が言ったことなのだが。
「御父さん、ロマンチストなのね」
「いや、恥ずかしいから辞めて。未だに実行してる俺も俺だし」
左手を上げて遮る仕草と共に許しを請う俺。
「長門さんもロマンチスト?」
「本当に、もう、辞めて下さい。ごめんなさい」
俺の懇願に朱鷺が明るく笑った。雰囲気が和み、つられて俺も笑って見せる。
69
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/08(水) 07:41:25 ID:DDK2IoLc
「でも、」
微笑んだ朱鷺が口を開く。
「少し良い御話」
そんなことを言われると何だか背中の辺りが疼く。「ん、まぁ、」
「あれなんですよ、実際は年に二本か三本吸って、後は捨てちゃう。此れも本当は、昨日の内に捨てちまえば良かったのに」
「捨てなかったから、私に見付かっちゃった訳だ」
「仰る通りで」
箱をポケットに戻し、肩を竦めて同意する俺に、またも朱鷺が「あはは」と笑い声を上げる。
70
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/08(水) 07:42:16 ID:DDK2IoLc
彼女の笑みは気持ちが良いと思う。元気だが嫌味の無い笑み。其れを掲げる横顔は、空を射抜く橙の光が良く似合う。まるで──……
「……長門さん?」
視線の先で彼女が首を傾げた。其処で初めて、俺が彼女を見詰めていたのだと気付いた。
「あ、いや、何でも無い」
軽くかぶりを振って言う。別に悪いことをした訳では無いが決まりが悪い。
「……? 大丈夫ですか?」
「うん。“ちょっと、ぼうっとしちゃっただけ”」
彼女が先刻言ったフレーズを、そっくり返してやる。
むぅ、と膨れる朱鷺を見て俺は口角を引く。
──其の時だった。
71
:
◆ppck5xcEk6
:2014/10/08(水) 07:43:28 ID:DDK2IoLc
一旦中断
また文字化けしててションボリ
72
:
晒すスレの者
◆iJwtISSDjM
:2014/10/08(水) 07:56:03 ID:1ysfMHP6
俺の煙という表現の格好良さ、
朱鷺さんの可愛さ、
最高たぜ!
73
:
◆ppck5xcEk6
:2014/10/08(水) 12:40:31 ID:sEMadHJk
>>72
「俺の煙」は書いた俺も恥ずかしいので、そう言って貰えると救われた気持ち
朱鷺ちゃん可愛く書けてますでしょうか……
柏さんと仲良くなれないかなー(チラッ
74
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/08(水) 18:38:18 ID:DDK2IoLc
遠くから、微かに。
遠くから、でも確実に。
聞き覚えのある、あの音が此処に届いた。自分も驚くほどの冷静さで、其の音を頭の中で反芻する。同時に記憶の中の音を再生する。あの時の音を。一か月前の音を。そして今、尚も聞こえて来る音を、其れに重ねる。
ふと其の音が聞こえた方を振り向く。何が見えるでも無い。其処には唯、濁った音を響かせる、輝く空気があるだけだ。
「……鐘、だね」
俺は、ぼそりと口にした。しかし朱鷺の答えを聞くまでも無く、俺は確信を得ていた。いや、其れを言うのであれば若しかすると、反芻も再生も要らなかったかも知れない。
「え? あぁ」
突然で何のことかと訊ね返した朱鷺だったが、すぐに理解してくれたらしい。
「五時の、十七時の鐘ですね。此の鐘、変なの。決まって此の時間に鳴らすのに、五回でも十七回でも無いなんて」
笑って教えてくれる朱鷺。うん、俺は良く知っている。
75
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/08(水) 18:39:16 ID:DDK2IoLc
「いつも鳴るんだ?」
「うーん、どうなんだろ。毎日は聞かないかなぁ。意識して無いだけかも知れないけど」
矢張り、か。胸中でごちる。
朱鷺が続けて口を開く。「でも、」
「此の鐘がどうしたんです?」
「大したことじゃないよ」
言いながら俺は立ち上がる。一歩、二歩と小さく踏み出し、木を模した柵に右手を掛ける。
朱鷺に背を向けた侭、我知らず左手をジャケットのポケットに滑り込ませる。煙草の箱の、がさ、と言う感触を知覚して初めて、自分の動作を認識した。
「ウチでも聞こえるんだ、此の鐘の音」
言って振り向く。柵にもたれて朱鷺に正対する。左手はポケットの中で箱を掴んでいた。
其れには答えず、彼女も立ち上がって柵に近付いた。俺の隣で両手を柵に掛け、乗り出すように空を仰ぐ。
76
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/08(水) 18:40:08 ID:DDK2IoLc
「綺麗な空」
そう言った彼女の表情と、陽光を受けて輝く黒髪を、ふと吹き抜けた気持ち良い秋風が撫でる。
「そうだな」
ふっと優しい気分になって、そう返す。
――何故だろう。
妙な感覚が俺を走る。肺を締め上げられるような、持ち上げられるような。不快では無いのだが――何か息苦しい。
「長門さん」
「ん?」
呼ばれて、俺は朱鷺の方に顔を向ける。
「どしたよ」
77
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/08(水) 18:42:30 ID:DDK2IoLc
夕焼けに染められた彼女の表情は、矢張り明るい笑顔だった。俺の心臓が一際大きく跳ねたのは、其の中に含まれた哀を見たからか。
「――私、」
口内に溜まる唾液を嚥下したのは、俺か――彼女か。
「長門さんのこと、」
其れとも両者か。
「好きだよ」
78
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/08(水) 18:44:25 ID:DDK2IoLc
――鐘は、いつしか、鳴り止んでいた。
― 02. 立ち昇る紫煙は語ること無く 完―
79
:
02. 立ち昇る紫煙は語ること無く
◆ppck5xcEk6
:2014/10/08(水) 18:49:24 ID:DDK2IoLc
第二話、完
第三話は更に長い模様
80
:
◆ppck5xcEk6
:2014/10/08(水) 18:50:28 ID:DDK2IoLc
くっそコテにサブタイ入れちまった
gdgdでションボリpart2
81
:
晒すスレの者
◆iJwtISSDjM
:2014/10/08(水) 19:03:12 ID:auF6Lbt.
来たな! 朱鷺さん攻める!
更新が早いぜ!
82
:
◆ppck5xcEk6
:2014/10/08(水) 19:41:38 ID:DDK2IoLc
>>81
元々今日の更新予定分だったんだけど、二回に分けたので御座る
出勤前の更新は無謀だった……
83
:
テスト
◆ppck5xcEk6
:2014/10/10(金) 20:48:54 ID:E0axmaKI
「俺は*鼹顗
84
:
◆ppck5xcEk6
:2014/10/10(金) 20:49:24 ID:E0axmaKI
あれ、また駄目だな
85
:
テスト
◆ppck5xcEk6
:2014/10/10(金) 20:51:22 ID:E0axmaKI
*鼹驊兇里海箸*、好き?
「俺は*鼹顗
86
:
◆ppck5xcEk6
:2014/10/10(金) 20:52:03 ID:E0axmaKI
(アカン)
PCからなら大丈夫なのにスマホ経由すると駄目なのか?
87
:
テスト
◆ppck5xcEk6
:2014/10/10(金) 20:53:01 ID:E0axmaKI
「俺は*鼹顗
88
:
◆ppck5xcEk6
:2014/10/10(金) 20:54:19 ID:E0axmaKI
_, -醼 | |.| .| \
__,,-''"´ |.し'' "~,,,,. ,,へ, ヽ
「 _.,. | ,| ̄ ̄ / ,/´ / | ふ
|__,,-''"~ | |.,!.__,,..--',/´ / ___. |
_.,_| | / / / ノ( \. |. ざ
__,,-''"´ .,;; く., / ./ _ノ ヽ、_. \. |
| _,,-'' ^ ^" /ノ((○) (○) \. | け
|,,-''"´ 、、 | ⌒ (__人__) ノ( | |
|. ヽヽ \ |!!il|!|!l| ⌒/`| ん
|i ヽヽ > ⌒⌒ |
.| ! , / |. な
.! .{ ノ| / |
i ヽ--''" | { ., ./ !!!
ノ `<__,// 亅  ̄ヽ
。 / \ )へ、_ _
= = 、 ゝ. ヽ | ,√,/ ,>、
ー─‐**---,,,,,____ ヽ、 \、 |{r,/_/_/冫
ー─‐**---,,,___/ | || , 、=- \、 \ヾ匕/」
./|| | / |\. \、 ヽ
./ || | > | \ \ ヽ
____/ || | \ ヽ ヽ、 `丶、..,,,,_ ヽ
/|. || | ̄´ 冫 ヽ、 `ヽ i
/ ! || | / ` ー .,,, ,) 、
./ |. || | /  ̄ゝ_、ノ ヽ
__/ ! .|| |ー┴---.,,,,,___ /ヽ、 ヽ
| || | ` ̄ ̄ `ー**---- .,,,,,__
.i || |
89
:
◆ppck5xcEk6
:2014/10/10(金) 20:56:46 ID:E0axmaKI
取り敢えず、また罫線で代用するお……
90
:
03. そして紫煙は秋雲に溶け
◆ppck5xcEk6
:2014/10/10(金) 21:02:44 ID:E0axmaKI
今度は、脳が即座に反芻し、再生したことを無駄とは思わなかった。
──俺のことが、好き?
「俺は──」
言い掛けて言葉に詰まる。俺は何だと言うのだ?
俺がマトモに何かを言うより早く、朱鷺が口を開く。
「やっぱ変かなぁ? チャットとメールでしか話したこと無い人を好きになるなんて」
91
:
03. そして紫煙は秋雲に溶け
◆ppck5xcEk6
:2014/10/10(金) 21:04:10 ID:E0axmaKI
そう言う彼女の表情は初めて見る物だった。
胸を衝かれる想いに、俺は軽く決心する。
「俺は──」
其処で一旦切り、唾液を飲み込もうと喉を動かして気付く。口の中はおろか唇も乾き切っている。
「ごめん……」
辛うじて水分を保つ舌が上下の唇の上を滑る。
「……俺、好きな人居るんだ……」
92
:
03. そして紫煙は秋雲に溶け
◆ppck5xcEk6
:2014/10/10(金) 21:05:06 ID:E0axmaKI
「そっ、かぁ……」
傾く太陽に染まった表情で吐き出す用に言った朱鷺は、何処か吹っ切れたようにも見える。
「……残念」
そう言いながらも、彼女は笑って見せた。
93
:
03. そして紫煙は秋雲に溶け
◆ppck5xcEk6
:2014/10/10(金) 21:05:44 ID:E0axmaKI
正直、俺も彼女に対しオフラインの友人、若しくは其れ以上の感情を抱いたことがある。だが錯覚だと思った──思おうとした。それどころか、友人と見做すことさえ否定した。
何故? 理由は彼女が言う通りだ。チャットやメールでしか話したことが無い者を、どうしてオフラインの友人や「気になる異性」と同列に扱うことが出来る?
彼女は所詮、画面の中に居る者に過ぎない。俺にとって黒鷺は、何処まで行っても黒鷺だった。
だが、彼女は違った。確かに自らの感情を疑問に思いつつも、感情を歪めるような真似はしなかった。陸奥の向こう に、まだ見ぬ長門を見ていた。
94
:
03. そして紫煙は秋雲に溶け
◆ppck5xcEk6
:2014/10/10(金) 21:06:35 ID:E0axmaKI
夕焼け色の鱗雲を、仰ぐ朱鷺。
長く伸びる影に、頭を垂れる俺。
彼女は俺を、陸奥では無く長門と見ていた。──そして、好いてくれた。
なのに、まだ、俺は彼女を黒鷺としか見れないのか?
それでは余りに寂し過ぎる。
哀し過ぎる。
95
:
03. そして紫煙は秋雲に溶け
◆ppck5xcEk6
:2014/10/10(金) 21:07:08 ID:E0axmaKI
だから、
「少し、」
「え?」
振り向いたであろう朱鷺の声が、一瞬の躊躇いを生む。だが其れを一瞬の決意が打ち消す。
乾いた喉から出る声が、掠れないように気を払って、言う。
「話を聞いて貰えるかな……?」
──彼女を黒鷺では無く、朱鷺として見る為に。
俺が頭を上げると、きょとんとした風に頷く朱鷺が見えた。
ふっと自然に笑顔を取り戻せた俺は、自らの選択が間違っていないことを確認した。
96
:
03. そして紫煙は秋雲に溶け
◆ppck5xcEk6
:2014/10/10(金) 21:09:37 ID:E0axmaKI
始まりは小学四年生の時の話だから、もう八年にもなる。
俺の住む襤褸アパートの二○五号室に、或る家族が引っ越して来た。父母と一人娘──つまり、子の性別が違う以外は俺の家族と同じ構成──の家族で、姓を夕水と言った。娘の名は、もみじ。
「夕方の夕に水って書いて、ゆうみ、な」
「夕水もみじ……さん」
もう俺の言う「好きな人」が分かったのであろう。少し複雑と言った表情と口調で呟く。
俺は俺で、少し居心地が悪くなって目を逸らした。
97
:
03. そして紫煙は秋雲に溶け
◆ppck5xcEk6
:2014/10/10(金) 21:12:20 ID:E0axmaKI
引っ越して来た理由は詳しく知らない。只、あんな襤褸アパートに好き好んで引っ越して来る者は居ない。
事実、俺の家族も経済状況が好ましくなかったから留まっていたに過ぎない。
理由は何にせよ、娘にとって不幸なことが一つあった。引っ越した時期が七月末だったことである。
つまり引っ越したは良いが、転校先の小学校は夏休みに突入していた。
98
:
03. そして紫煙は秋雲に溶け
◆ppck5xcEk6
:2014/10/10(金) 21:13:26 ID:E0axmaKI
此れは遊びたい盛りの彼女にとって苦痛でしか無かった。一か月を超える休日を持っていながら、遊び相手が居ないのだ。
彼女の親は隣の部屋に挨拶をした時、同じ年頃の子供が居ると知って、其の話を持ち出す。
二○三号室の家主夫婦は快諾し、息子に──朝木長門に、遊び相手になってやるようにと話を通した。
しかし、幾ら年が同じとは言え、小学四年生である。男女入り混じって遊ぶ年頃でも無い。
99
:
03. そして紫煙は秋雲に溶け
◆ppck5xcEk6
:2014/10/10(金) 21:14:52 ID:E0axmaKI
「正直、最初は乗り気じゃなかった」
苦笑して言う俺。此の辺りは個人の性格による話だが、朱鷺も思うところがあるのだろう、同じく苦笑で同意する。
確かに小学四年生と言えば、男女の間に見えない隔たりが出来上がる時期である。
しかし別に彼等は、必ずしも互いが互いを嫌っている訳では無い。
隔たりが出来ると言うことは、同時に彼等が互いに異性を気にし始めていることに他ならない。
大抵は同姓からのからかいを恐れて接しないようにしているだけだ。
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03. そして紫煙は秋雲に溶け
◆ppck5xcEk6
:2014/10/10(金) 21:16:37 ID:E0axmaKI
「確かにそんな感じあったなぁ。御互い素直じゃない、って感じ」
意味ありげに頷いて見せる朱鷺。
だが今度は夏休みと言う状況が逆に幸いした。
相手は学校の誰もが知らない転校生で、遊ぶ約束でも無ければ彼らに会うことも無かったからだ。
最初は乗り気じゃなかった──逆に言えば乗り気じゃなかったのは最初だけで、すぐ自然と遊ぶようになっていた。
幸い親同士も仲良くなって、二家族して電車に揺られて日帰りの旅行もした。
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