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オリジナルSS(趣味で書いてるSS)シリーズ鎧術師
1
:
名無しさん
:2014/06/30(月) 01:58:27 ID:3fKn.mHQ
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1403412641/
このスレでは↑のスレでレス番号209から書いた鎧術師シリーズを書いていきます
まずはそちらを読んでね
第二話は現在、製作中。完成は未定ですができる限り近い内に完成するよう目指します
それ以外では、思いついた各キャラの短編や、設定などを書き込んでいきます。
質問等は、受け付けますが、まだ固まってない部分もありますのでご了承下さい
とりあえずは明日の夕方以降、書いていきます
395
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2014/12/21(日) 20:20:40 ID:NiSMVI32
河川敷から住宅街に広がり、窓ガラスや電線を揺らす程の咆哮は、聴力が発達した化け猫や天狗には鼓膜が破れそうになる程の威力となる。
途端に天狗たちは、耳を押さえてもがき苦しんだ。
包囲から抜け出した椿とライは背中合わせになって武器を構える。
「一気に片付けるぞ、椿!」
「こんな所であれをやるの?!」
「負ける訳にもいかんだろ!」
「…………わかった!」
椿の眼差しが変わるのを、感じた。
今、彼女はイメージしている。
かつて共に放った、あの技の感覚を。
そして彼女は深く息を吸って、短く吐いた。
どうやら、準備はできたようだ。
ライは技を放つ為の掛け声を叫ぶ。
「唸れ!風よぉおお!!!」
「渦巻け!炎よぉおお!!」
二人同時に、契約器を構え空中へと飛び上がり、同時に特殊鎧術を発動させる。
「ブリッツ・ヴィントホーゼ!」
「プロミネンス・ノヴァ!」
椿とライを、雷を纏った竜巻が包み込み、内側から膨れ上がった炎が竜巻と一体となって、真紅の竜巻へと変化させた。
「「合体鎧術!業火旋風・爆雷弾!!!」」
巨大な炎の渦は、河童たちの頭上から襲い掛かって、熱風を押し広げ空へ逃れようとした天狗たちを余波が生み出した雷の網が焼き焦がした。
その炎の渦は三十秒ほど経って、勢いを失くし始め、やがて消えた。
ぱらぱらと音を立てて、焦げた砂利や天狗たちの破片が落ちて、直撃した河童や化け猫たちの炭化した亡骸が仄かに赤く燃えている。
そんな中、椿とライは、二人して腰を下ろした。
「はぁ…………久しぶりにやったけどさぁ……キッツイわねぇ…………」
「歳かもな……」
「馬鹿言わないでよ…………精神ダメージ辛いからそれ」
「そうか…………」
二人は、しばらくすると共に笑い出して、互いの拳を合わせた。
396
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2014/12/21(日) 20:23:36 ID:NiSMVI32
3
大きな衝撃が響き、石柱の一本に亀裂が走り、真ん中で折れて上の部分が倒れてきて反対側の壁と柱にぶつかって砕け散った。
岩から削り出したような形状の大剣を引きずりながら全身を鎧で覆ったディマイドがジャレットに迫る。
スピード型のワイルドブルーは、全身を装甲で覆ったディマイドのような敵とは相性が悪い。
今までジャレットは、その弱点を軍人としての洞察力と技術で補ってきた。
今回も、敵の攻撃を掻い潜り、ハンドガンや手榴弾を用いて動きを制し、ウォールクミェーチで装甲の隙間を狙って斬り付けようとしていたのだが、いくら探してもその隙間が見当たらなかった。
(どうする……?こっちの射撃武器は通用しない、ウォールクミェーチで斬り付ける隙間もない…………しかし、奴の鎧もこちらと同じで魔力が底を尽けば、消滅するだろう……耐久戦か)
「どこまで逃げるつもりだ、人間。お前如きが、この俺に勝てるとでも思っているのかぁあ?!」
振り払った大剣が壁を斬り付け、破片を散らす。
迫りくる大剣を避けたジャレットは、空中で小型のランチャーを取り出し、装填された弾頭を発射した。
尾を引く弾頭を見たディマイドはすかさず防御魔術を使用して、バリアーを生成し防御する。
その間に、懐から取り出したワイヤーガンをドーム状の天井に向けて発射し、支柱に引っ掛かるとトリガーを引いて、巻き上げさせた。
ワイヤーと共にジャレットの体は天井へと引き上げさせ、支柱の上に乗った。
「ええい、邪魔だぁあ!!!ん?!どこだ?!どこに行った?!」
弾頭に仕込まれていたスモークを振り払ったディマイドはいつの間にか姿を消したジャレットを探してきょろきょろと周りを見渡し、大剣を乱暴に振り回した。
397
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2014/12/21(日) 20:27:54 ID:NiSMVI32
当てずっぽうに繰り出された攻撃が柱を次々と砕いていく。
(どうやらこの建物は、この柱で支えている訳ではなさそうだな……)
ジャレットは、いくら破壊されても倒壊する気配を見せない建物の構造を推測し、天井の柱の陰を伝って移動していた。
脱出できる場所があるかもしれないと思った。
それにいつまでもあいつと戦っていては、こっちの魔力が持たない。
帰りの分も考えておかなければ。
(イザベルなら鼻も効くし、連絡さえ取れれば、助けに来てくれるだろうが……)
ジャレットは下で暴れ周るディマイドを観察しながら考える。
どう倒すかではなく、どう脱出するかを。
無理に戦う必要はない。
あの出口を塞いでいる柵さえ破壊できれば、イザベル班か、トラスト班か、レイラたちのどれかと合流する事ができる。
だが、あの柵はディマイドの攻撃でもびくともしなかったところを見ると、よほど頑丈である事が知れた。
(ちっ……手はないのか……?)
そう思った時、ジャレットは気付く。
(あいつの攻撃で建物が脆くなっているな……)
ディマイドが考えなしであの大剣を振り回したせいで、この部屋の柱が何本も破壊され、更に床にもかなりのダメージが見受けられる。
強い衝撃をあと何回か受ければ、床が崩落する可能性があった。
(狙うなら……!)
398
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2014/12/21(日) 20:33:13 ID:NiSMVI32
石が転がる音。
それは明らかに注意を逸らす為の物で、ディマイドは「引っかかるかよ!」と、音がした方向とは逆の方向に向かって大剣をふりかぶった。
すると、彼が意識を向けた方向とは真逆から……つまり音がした方向からグレネード・ランチャーが発射され、ディマイドの鎧に直撃した。
「な、何ぃ?!」
そして、慌てて振り返った所へ更に州榴弾が投擲され、空中で炸裂すると無数の小子弾がばら撒かれた。
「この程度で、俺がやられると……!」
(思ってなんかいないさ)
ジャレットは天井を支える柱の陰にいた。
敵が、暴れている間にこの部屋のあちこちに召喚魔術で取り出した、魔術操作で作動するように細工した武器や爆弾を配置し、この場所に身を潜めたのだ。
(オーベルジュから召喚できる武器や爆弾には限りがあるが、十分だろう。いざとなれば、オーベルジュの削岩機あたりを召喚して、壁をぶち破る)
左手の指を曲げると、それに連動して今のディマイドに対し十字になるよう配置したアサルトライフルが同時に火を噴き、動きを抑制した所へ彼の周辺の柱の根元に設置した爆弾が起爆し、爆風や破片と共に四本の柱が襲い掛かる。
叫び声を上げて、耐えきったディマイドは大剣を振り回し、柱を片端から破壊し始めた。
(……一斉砲火!)
瓦礫に隠れるように設置した対戦車ミサイルが次々と発射され、ディマイドを爆風で包み込む。その衝撃は、この部屋の強度を倒壊寸前に追い込むには十分だった。
「このぉぉおおお……!!どこに隠れたぁあああ?!」
(沈める……!)
最後の一押しは自分で決める。
自分の元に召喚した武器は、アンチ・マテリアル・ライフル。
対物狙撃銃とも、対戦車ライフルとも呼ばれる非常に強力なライフルだ。
人間がまともにくらえば、その身体が真っ二つに吹き飛ぶか、原型を留めないほどに粉々にされるのは確実だ。
それはあくまでも、生身の人間に対してである。
魔力によって構成される鎧の前に、どれだけの威力が出るかはわからない。
だからジャレットは、アンチ・マテリアル・ライフルを“錬成”する。
自らの魔力をライフルに流し込み、本体はより発射時の加速力を高める構造へと、発射する弾丸にも魔力による特殊効果を持たせる事のできるように錬成する。
(…………発射!)
スコープを覗き、引き金を引く。
発射された弾丸の魔力は鎧を浸食し、削り取り、地面に着弾した。
そして、その衝撃で限界を迎えた床を、予め設置していた爆弾を爆破した。
「ぬぁぁあああああああああああ!!!!!」
轟音と共に崩れ落ちた床と共に、ディマイドは落ちていく。
無数の瓦礫は、次々と螺旋階段を巻き込んで崩落させ、ディマイドも全身を打ちのめされながら落下していった。
399
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2014/12/21(日) 20:33:51 ID:NiSMVI32
いくら鎧を纏っていても、あれだけの爆発と崩落に巻き込まれればただでは済まない。
ジャレットは、ワイヤーガンの先端に取り付けられたアンカーを天井に打ち込んで、自分のいる場所が崩落しない事を祈った。
やがて、崩落は止まった。
しかし、なんとディマイドはまだ生きていた。
鎧は砕け散り、全身を強く打ち付けたもののまだ意識はしっかりとしていて、なんとか立ち上がろうとしているのを見た。
「あの野郎ぉ…………絶対に殺して…………!」
上を見た瞬間、ディマイドの視界に映ったのは、ウォールクミェーチの切っ先だった。
次の瞬間、血飛沫が上がり今度こそ絶命した事を確認したジャレットはワイヤーガンを使ってゆっくりと降りて、ウォールクミェーチを回収して、腰のホルダーに納めると、ワイヤーガンのトリガーを引いて、もう一度上に上がって、ディマイドが守備していた柵が壊れたのを見て、自分の体を大きく揺らし始めた。
振り子の要領で揺れが大きくなり、柵のあった場所に最も近づいた時に、ワイヤーガンを回収し、飛び移った。
「ふぅ……さて、と……」
警戒しながらも扉に近づき、召喚したグレネード・ランチャーを発射して吹き飛ばし、マシンガンを構えて覗いてみるとそこには、無数の武器が貯蔵されていた。
ライフルや、ランチャーとわかる物から、槍や盾といった近接装備、果ては形状からして用途がよくわからない物までと、その種類は数えきれないほどにあった。
その光景を見たジャレットは、軽く口笛を吹いてみた。
「ふむ…………不用心だな、罠か…………」
ジャレットはマシンガンを肩に下げて、武器庫に慎重に足を踏み入れた。
400
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2014/12/21(日) 20:37:03 ID:NiSMVI32
「そりゃ!そりゃ!そりゃあ!」
シャルの振るった薙刀状の契約器“ハリケーンランス”が旋風を起こし、人造魔獣たちの放った弾丸を弾き落とし、一瞬のうちに距離を詰め、まとめて切り払った。
その動きは粗削りだが、調査隊に選ばれるだけの事はあり、無駄な魔力の放出は感じられなかった。
「ど〜よ、これが私のじ・つ・りょ・く!はははっ!」
「シャル、あんまり騒いじゃ駄目だって……僕らは生産ラインの破壊が任務なんだから……」
「しょーがないでしょ、相手が襲ってくるんだから」
「そうだけどさあ……」
「二人とも、早く仕事済ましちゃおう。早く隊長たちと合流した方がよさそうだ」
「え?なんで?」
「通信ができない、妨害されていると見た方がいいね」
トラストに言われ、通信機を手に取って耳に当ててみるとザーッとノイズが流れるだけだという事を知ったシャルは「え、なんで?あれ?あれ?」と年相応の困惑した様子路を見せた。
一方でディディはなんとなく、トラストが言いたい事がわかっていた。
「敵が冷静になってきてるって事ですか?」
うん、とトラストは頷く。
「魔族も馬鹿じゃないなら、イザベル達が正面から突っ込んできた時点で、これは陽動だって気付いている筈だしね。さっきの魔獣たちも、俺たちを最初から探していたような素振りをしていた…………とにかく俺たちは俺たちの任務をさっさと達成してしまおう」
トラストは二人を連れ、ゼロから手に入れた地図情報を頼りに、工場の中を進む。
床は鉄板で覆われていて、どんなに慎重に歩いても、一歩進む度にカツンと音がして、近くにいる敵に自分たちの居場所は筒抜けであろうとトラストは考えていた。
いつ、その辺からまた警備員代わりの魔獣が襲ってくるかと身構えたまま歩く。
「二人とも、気を付けろよ」
「は、はい」
「わかってるわよ」
シャルは時々後ろを振り返っては追手がないか確認し、ディディに先を行かせる。
先頭のトラストは二人が勝手な行動を取らないかにも気を配りながら進まねばならず、神経を張らなければならなかった。
401
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2014/12/21(日) 20:40:40 ID:NiSMVI32
そこへ三人とは別の足音が別の通路から響いてきた。
三人は立ち止まり、一気に注意をその道に向け、それぞれの武器を構えた。
足音は次第に大きくなり、やがて足先が見えた。
「このっ…………」
トラストは、鎖鎌を投擲しようとして、すんでの所で手を止めた。
そこに居たのは、ワイルドブルー。
つまり、別行動を取っている筈のジャレットだった。
「おぉ……無事だったか!」
「た、隊長!」
「隊長こそ、無事だったんですね!」
ワイルドブルーは無傷で、持っている装備品もいくつか消費した形跡がある以外は特に異常があるようには見えなかった。
シャルとディディは、一番総合的能力の高い隊長と合流できて、とても嬉しそうに駆け寄って行った。
だが、トラストだけは、そんなジャレットに違和感を覚えていた。
「隊長、センバとレイラは?」
「ああ、二人とは別れた。敵に襲われ、やむを得ず……な」
その瞬間、トラストは鎖鎌をジャレット目掛けて投げつけ、その錘を頭部に叩きつけた。
「あっ……!」
「ちょっ……トラスト!何して」
「離れろ、馬鹿共!!」
次の瞬間、立ち上がったジャレットの形が歪み、シャルが振り返った瞬間、その胸を鋭い何かが貫いた。
「え……?」
血を吹き出し、倒れるシャルを飛び越えたトラストが鎌で斬り掛かる。
ジャレットだったそれは、瞬く間に全身が刃物でできた人形のような姿に変化して、鎌を受け止めた。
402
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2014/12/21(日) 20:43:11 ID:NiSMVI32
「貴様……!」
「一匹、仕留めた、タッ、タ」
「ミミックか……!」
魔獣ミミック。
細胞を変異させ、見聞きした物へ擬態する能力を持つ。
その知性は高く、人間に擬態する事でその仲間を油断させ、捕食する。
だが、この個体は捕食するのではなく、武器を使って殺害した。
最初から殺す事のみを目的としていた。
(こいつも改造されてるのか……!)
トラストは鎖を相手の首に巻き付けて
締め上げると倒れたシャルに寄り添うディディに先に行くよう言った。
「で、でも……シャルが……!」
「全滅したら、元も子もないだろ!」
「シャルだって……まだ生きて……!」
「俺たちの役目はなんだ?!何が何でも、生産ラインぶっ壊す事だろうが!!」
「嫌だ!シャルを見捨てるなんて…………僕にはできません!」
泣きじゃくりながら、ずっと一緒に生きてきた瀕死のシャルの手を取ってディディは抱き起そうと必死だった。
一緒に生きたい。
一緒に居たい。
今までも、これからも……。
「ディ……ディ……」
「シャル……?!」
瀕死のシャルは喋る事すら困難で、喋ろうとする度に胸に開いた穴から血が吹き出し、その形容しがたい激痛が全身を襲う。
目の焦点は合わず、手足は痙攣し、ディディの必死の癒魔術でかろうじて生きている状態であった。
「シャル……嫌だ……!僕を……僕を一人にしないでくれよ……!!」
シャルは呻くように、言葉を紡ぐ。
「…………ずっ………………から…………」
「あっ…………」
シャルの最後の言葉は、聞こえなかった。
あまりにも小さくて、か弱くて、苦しそうで、ちゃんとした言葉にもなっていなかった。
でも、ディディにはわかっていた。
彼女が自分に、何を言いたかったのか、それはわかっている。
事切れたシャルの手を組ませて、ディディは彼女の契約器である槍を手にする。
「僕は…………!」
涙をぬぐったディディの瞳は、トラストともみ合うミミックを捉えた。
続く
403
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2014/12/30(火) 23:14:42 ID:J0Z8.uvM
鎧術師第二十話
僕たちは、ずっと一緒だった。
どんな事にも、一緒に乗り越えてきた。
喧嘩もする事もあったし、時には嫌いになった事もあった。
でもその度に……仲直りしてきたんだ。
シャルは、いつでも僕を助けてくれた。
僕を守ってくれた。
でも……それじゃ駄目だって、気付いたんだ。
守られてばかりじゃなくて、守れるようにならないといけないって思った。
だからここまで頑張ってきたんだ。
こんなゴミのような生き方から、這い出して、絶対に幸せになってみせるって二人で約束したその日から僕らは頑張ったんだ。
だけど……僕は彼女を……守れなかった。
たった一言、「待って」と言うだけで助けられたのに……言えなかった……。
何もできない、何もしてこなかった、何もしなかった僕のせいだ……!
だったら、彼女の命を守れなかった責任は僕が取らなきゃいけない。
「僕は…………!」
仇を、討ちたいんだ!
「うおおおお!」
ハリケーンランスを構え、走り出したディディを見たトラストは、ミミックを押し出した。
ディディは「ありがとう」と心の中で言って、ハリケーンランスでミミックを斬り付けた。
その絶叫は、人ではなく魔獣のそれだった。
「うおおおお!」
何度も斬り返し、別の姿に変身する前に壁際に追い詰め、その頭目掛けて拳を振るった。
吹き飛ばされたミミックに殴打と蹴りを叩き込んで、更にハリケーンランスを腹に突き立てた。
だが、ミミックは残りの力を振り絞ってディディに反撃を試み、指を変化させた剣で斬り付けた。
装甲を引き裂き、ブランクスーツをも貫通した剣が皮膚の表面を切って血を滲ませた。
「ぐっ……!まだだあ!」
ランスを右手で押さえたまま、左手で自分の契約器である短剣“スノウダガー”を引き抜いてその胸を斬り付け、蹴り飛ばした。
背中を打ち付け、ランスが腹に刺さったままのミミックは呻き、必死になって槍を抜こうとする。
すかさずトラストが鎖鎌の鎌部を鞭のように振るって斬り続けると、やがてミミックは膝から崩れ落ちた。
「…………!あ゛あ゛…………!」
ミミックはもがき苦しみながら、まるでテレビのチャンネルを連続で切り替えるように、その姿を次々と変化させ始めた。
404
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2014/12/30(火) 23:16:48 ID:J0Z8.uvM
ジャレットになったかと思えば、半分だけよくわからない魔獣になったり、剣を持った鎧になったりと今まで擬態してきた多くの姿に擬態を繰り返しながら、血を撒き散らす。
それを見たトラストは、鎖鎌を構えてミミックに向ける。
「トドメを……」
トラストが言い終えるより前に、ディディが勢いよくミミックに跳びかかってスノウダガーを胸に突き立てた。
恐怖を振り払うかのような絶叫を上げて、何度も何度も突き立て、ミミックを殺す。
自分を責めている。
トラストはそう思った。
「はぁ……はぁ……僕は…………僕は…………!やったよ…………シャル…………!自分の力で…………勝てたよ…………勝ったんだ…………」
泣いているのか、笑っているのかわからないが、ディディの中で大切な物を失ってしまった感じ取ったトラストは、ゆっくりと歩み寄った。
「ディディ、行こう、任務を遂行するぞ」
そっと肩に手を置くが、ディディは泣き崩れたまま動かず、鎧を解いた。
「置いて行ってください…………僕は…………一人で行けますから…………」
そう言うディディの脇に手を回し、担ぐように立たせたトラストは、動き辛くなるのも構わずに肩を貸したまま歩き出した。
ディディは振り解こうとしたが、がっちりと掴まれて動けなかった。
「どうして……」
「馬鹿が、人はいつか平等に死ぬ。それが早いか遅いかの違いだけだ、シャルが死んだのは、お前のせいでも、誰のせいでもないさ。だから今は……少しでも、長く生き残る事を考えるんだ」
トラストの声はいつもより少しだけ、厳しかった。
405
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2014/12/30(火) 23:19:09 ID:J0Z8.uvM
2
「出せって言ってるだろうが!」
受話器越しに怒声を浴びせたツルギは、一向に応答の返ってこないジャンヌに更なる苛立ちを溜め込んでいた。
受話器の向こうでは、何やら言葉が飛び交い、時折、軽い振動が部屋を襲った。
(皆、戦ってるんだ……いかなきゃならないんだ……!こんな所で、何もしないままでいられるかよ!)
この部屋の隅々まで調べられる所は調べたが、脱出の糸口になりそうな物は当然なかった。
外では、みんなが戦っている。
自分を助けようとしているのか、それとも別の目的かはわからないが、センバたちがここにいる。
自分は何をするべきなのか、何ができるのか…………。
「どうすれば…………!」
ただ、時間だけが過ぎていく。
自分だけこんな場所に閉じ込められて、何もできないというのはとても、腹が立った。
最悪、魔力を尽きる寸前の出力で扉に叩きつけるという脱出方法もあるが、それは最後の手段だ。
魔力が枯渇すれば、当然体力も激しく消耗する。
そうして、動けなくなってしまったら、元も子もないのだ。
ツルギは考える。
ここから脱出する方法を。
鎧はない。
使えるのは、元々得意だった氷結系の魔術。
しかし、鎧が無ければそれほど高度な事ができるという訳ではなく、せいぜいいくつか氷柱を生成する程度。
そんな物で、この扉を突破できるとは思えなかった。
物理的な破壊は不可能。
そうなると、自力での脱出方法は二つほどに絞られる。
おそらく、安全装置と思われるセンサーが設置されている筈だ。
その安全装置が作動する“何か”を起これば扉のロックが自動的に解除される可能性もある。
一つ目は、その“何か”を意図的に起こす事だが、扉のロックが解除されるとは限らない。
二つ目は、ごく薄く頑強な氷の板を作り、扉の隙間に差し込んで、テコの原理で開く事だが、これは人間の筋力では不可能だ。
脱出方法を絞ってみたはいいが、どちらも事実上不可能と判断し、ツルギはベッドの上に背中から倒れ込んだ。
いくら考えても、現実的で確実な脱出方法が思いつかない。
思いついたとしても、道具がない。
結局、一人の人間としてできる事は何もないのか。
鎧がなければ、ただの人間。
わかっていた筈だった。
「くそっ…………」
ベッドに拳を叩きつけて、ツルギは天井を睨み付けた。
406
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2014/12/30(火) 23:20:29 ID:J0Z8.uvM
「お前は、どうしてそこまでする?」
突然、声が聞こえた。
幻聴かと思ったが、そうではない。
その声は存在している。
体を起こすと、机を挟んだ向こうの椅子に見知らぬ女が座っていた。
服は、日本の巫女の物に似ていなくもないが、ツルギの知っている限りには該当する物がなかった。
「あんた、どうやって……」
女は、視線をツルギと合わせてククッ、と喉を鳴らしてみせた。
ツルギは、この女がどうやってこの部屋に入ってきたのかと寸前まで考えていたが、女がすっと人差指を動かしたのを見てその考えも霧散してしまった。
細く、しなやかな人差指は机板の上を滑り、ツルギに向けられた。
「お前はどうして、そこまでする?と、聞いているのだけど…………」
女はまたククッ、と喉を鳴らす。
その視線に、ツルギは覚えがあった。
四年前から、時折感じていたあの視線。
「あんたは……いつから俺を……」と言いかけた所で、「もう一度訊かせてもらう」と押し被せられてしまった。
「お前はどうして、そこまでするのか、教えてはくれないか?」
「興味がある」、女はそう付け加えた。
興味という言葉に、ツルギは不快感を覚えた。
「ジャンヌも、俺に興味があると言っていた」
「そのようだね。しかし、私が興味あるのは、お前がもたらすこの戦いの結末だ。この戦いという式を経て、お前がどんな答えをもたらすのか……それが知りたい」
女は、妖しげな笑みを浮かべた。
その笑みからは、ジャンヌのそれとは違う何かを感じ取ったツルギは、込み上がってきた衝動的な気持ち悪さを押し込んで、先の問いに答える。
「俺がなぜ、戦おうとするのか、か…………そんなの決まっている」
決まっている、という言葉に女は「ほう」とこれまた興味津々といった目を向ける。
臆するな、言え。
ツルギは自分に言い聞かせ、続けた。
「仲間が……大切な仲間が戦っている、俺の為に…………だから俺もみんなの為に戦わなくちゃいけないんだ」
すると女は、腹を抱えて大きく笑った。
まるで、子供のように。
407
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2014/12/30(火) 23:35:32 ID:J0Z8.uvM
「何がおかしい」
小馬鹿にするような反応にツルギはムッとした表情で女に言う。
女は、ニィッととした笑みを浮かべたままツルギの顔を見て、また声を張り上げて笑った。
「ははは!仲間が俺の為に戦っているだって?!なぁんでそんな事がわかるんだい?彼らが、お前の事をどう思っているかなんて……わかりはしないだろ?」
「わかるさ!みんな、俺の仲間なんだ!お互いに欠かせない存在だって思っている!」
「そんなの上辺だけかもしれないよ?」
「そうだとしても、少なくとも俺はみんなを守るし助ける、例えどう思われていようと…………!」
「ふぅん、なぜ?」
その問いに、ツルギは迷う事なく言い放つ。
「俺は一人の人間だからだ」
それを聞いて、また女は笑い、今度は納得したような笑みを見せた。
「そうかい、そうかい、理解したよ、お前の事。案外普通な奴なんだね、お前は。もっと変な奴かと思っていたが……まぁ、まともか」
女はそう言って、袖口から一つの腕輪を取り出し、ツルギの前に置いた。
それを見て、ツルギは驚いた。
鮫を模した青い装飾とそれよりも更に鮮やかな輝きを見せる魔石。
それはまさしく、ツルギ自身が契約しているアビスの腕輪だった。
「アビス…………なんであんたが…………」
「さあてね、たまたま私の袖に入っていたとしか言いようがない。しかし、お前に必要な物の筈だろ」
女は置いた腕輪を細い指先でスッとツルギの前に押し出し、促した。
ツルギは、少し女の顔とアビスを交互に見て彼女が頷くと、その手に腕輪を掴み取った。
少し冷たすぎると感じる温度にこれがアビスであると実感した。
彼女は味方なのか、どうしてこんな事をするのか、それはわからなかったが、自分が戦う事を彼女も望んでいるのだと察した。
「あんたが何者で、何を企んでいるかは知らないが、俺は、みんなの為にこの力を使うからな」
そう言ってツルギは立ち上がって、アビスを左手首にはめて扉に向かった。
すると、さっきまでかかっていたロックは解除されていてツルギが近付いたのを感知して、自動的に扉が開いた。
外の寒い空気が一気に流れ込み、唸りをあげる。
「これも持って行くといい」
女は走り出そうとしたツルギに声をかけ、彼が振り返ると同時にもう一つ腕輪を投げ渡した。
「ゲイルハウンド…………お前が敵から奪ったにもかかわらず、契約していなかった鎧だろ?使ってみるといい、きっと新たな力をお前に与えてくれるだろう」
轟音と共に剥き出しとなった岩肌からパラパラと小さな破片が落ち、幾つかがツルギの体を叩いた。
そして、ゴウッと音を立てて吹き抜けてきた風に思わず、目を瞑って開いた時には女は姿を消していた。
彼女は幻だったのかとも思えた。
しかし、アビスは左手首にはめられ、ゲイルハウンドの腕輪もその手に握られている。
そして何より、あの部屋の外にいるという事が、紛れもない現実である。
冷たい空気を肺に取り込むと、ツルギは何も言わず、走り出した。
408
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2014/12/30(火) 23:36:54 ID:J0Z8.uvM
3
ジャレットと別れたセンバとレイラは、ツルギを探して通路を走る途中で遭遇したアビスに酷似した鎧オルカと対峙していた。
オルカを纏ったデニスは、ガンファングを取り出すと二、三発センバたちの足元に向けて発砲し、これ以上前へ進むなと無言で伝えた。
オーシャンズブレイカーを引き抜いて床にその切っ先を当て、デニスは言った。
「退がれ、ここで戦うのは無意味だ」
「嫌よ、私たちだって無意味にここに来た訳じゃない」
「勝ち目はないぞ」
「どうでしょうね、私たちは二人よ」
「お前たち……ここが敵地だって事を忘れてないよな?」
「わかっているわ……わかっているからこそ、退く気はない!」
「私も、センバと同じだよ。だから、押し通らせてもらうよ!」
二人が構えると、デニスはため息をついた。
たった一人を助ける為に、多くの人間がここに突入している。
こんな事、無意味だ。
でも、そうする気持ちはわかる。
大切な人を、助けたいという気持ちは。
「…………嫌な気分だ…………!」
センバが放った弾丸をオーシャンズブレイカーの刀身で受けつつ、ガンファングで牽制して銃撃が弱まった所で飛び出した。
身体を捻る勢いでオーシャンズブレイカーを引き抜き、力任せにセンバたちに向けて振り下ろすが、躱されてしまい空を切った剣はそのまま床に突き刺さった。
409
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2014/12/30(火) 23:49:43 ID:J0Z8.uvM
「ちぃっ…………!」
横に跳んで躱したセンバとレイラはデニスを挟んで、構える。
すると突然レイラが叫ぶ。
「センバ、行って!」
「はっ?!」
「ここは私が引き受ける!」
「無茶よ!こいつ相当強いわ!」
「ツルギの救出が目的なら、一人を相手に人員を割いている暇はない!」
彼女の言葉に押されて、センバは歯を強く食いしばった。
「っ……!任せたわよ……!」
「ええ、速く行きなさい!」
レイラの言い分を受け入れて走り出したセンバを、デニスは追わなかった。
「あら、見逃すのね」
「まあな……たった一人ぐらい見逃しても、ここの司令官殿は怒らないだろうしな。それに、もう一人を逃さなければ、俺の役目は果たされる」
「そう……一人見逃してくれたお礼に私の名前教えてあげる、レイラよ。あなたは?」
「…………デニスだ」
「そう……あんた、いい奴かもね」
「…………どうだろうな、三人どころか、たった一人守れなかった奴だからな…………」
「え…………?」
「こっちの話だ!」
デニスは一気に床を蹴って、距離を詰めた。
振り降ろされたオーシャンズブレイカーを躱しつつ、逆手に持ったナイフで反撃する。
素早く動くため、最小限に留められたレイラの鎧は決して耐久性があるという訳ではない。
しかし、その分軽量でレイラのように力のない者でも十分に扱え、その能力を最大限発揮できる。
(あのイヤホンのような物が俺の攻撃を躱せる事に関係しているのか……?)
オーシャンズブレイカーとガンファングのどちらも正確に狙いを定め、普通なら避けられない正確さで攻撃している筈だった。
しかし、相手は攻撃の軌道を事前に知っているかのような動きで躱し続けている。
だが、耳に付けているヘッドホンのような物が、重要な役割を果たしていると、予想はついていた。
事実、レイラの聴力強化はイヤホン型の契約器“モルセーゴ・オレリア”の能力である。
単純な音による探知だけでなく、人それぞれが持つ固有の“振動波”を聞いて居場所をある程度察知したり、相手の筋肉の収縮音や呼吸音、空気の僅かな振動から次の行動を察知し、対処する事も可能となる。
ほぼ確実に相手の動きがわかる為、一見無敵に思えるが、契約器ができるのはあくまで“察知”と“判別”のみで、それらに対する対処そのものは結局のところ、本人の身体能力に依存する。
それもある程度鎧の効果によって強化され、克服はできているとはいえ、限界はある。
(訓練してても、避け続けるのはキツイな…………!)
410
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2014/12/30(火) 23:55:57 ID:J0Z8.uvM
レイラは自分の体力の無さを、少し恨んでみたが、状況はそんな事を考えていられるほど余裕はなかった。
次々と繰り出される攻撃は、非常に躱し辛く、少し対応が遅れて、危うく被弾しそうにもなった。
「その様子、体力がないな」
「うるさい!」
苦し紛れに放った一撃がオルカの頬に当たり、キンッと音を立ててナイフの先が折れた。
すかさず繰り出された蹴りをまともにくらったレイラは吹き飛ばされ、壁に背中を打ち付けてその場に倒れた。
それを見たデニスは、ガンファングを向けたが、すぐに復活したレイラが横に跳んで躱したため、弾丸は壁にめり込むだけだった。
「ちょこまかと…………!」
デニスは、動き続けるレイラに苛立ってはいたが、殺さず動きを封じようという意思は保っていた。
それと同時に、やはり耳の物が彼女の能力に関係していると判断して、戦法を変えた。
突如、オーシャンズブレイドとガンファングをその場に捨てたのを見たレイラは戸惑い、次の攻撃に対する反応が遅れた。
いや、遅れなくとも対処は不可能だった。
「タイラント・シャウトォォオオオオオオオオ!!!!!」
飛来したのは、斬撃でも弾丸でもなければ、ビームでもない。
武器を捨てたオルカが放ったのは、音波である。
しかも、建物が震える程のそれは、破壊力を持った衝撃波となってレイラを襲った。
その音波は彼女の全身の血液を加熱し、熱さを感じた次の瞬間には、鼻や耳、口、目尻から血が流れ出してきた。
「がぁっ!あ゛あ゛っ…………!」
破裂して体が引き裂けたりりする程の、致命的な加熱はされなかったものの、レイラはもはやまともに立っているのもままならぬ状態となっていた。
そんな彼女に近付き、デニスは拾い上げたガンファングをその血塗れの顔に突き付けた。
肩で息をするレイラは、もう死ぬかと思い、目を瞑った。
411
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2014/12/30(火) 23:59:44 ID:J0Z8.uvM
レイラは、全身の痛みに耐え、少しの間デニスを見つめ、気付けば訊いていた。
「はぁ…………はぁ…………殺さないの…………?」
デニスは、少し間を置いてゆっくりと、ガンファングを下ろした。
「お前を殺しても意味がない」
ガンファングをホルダーに納め、オーシャンズブレイカーも収刀したデニスは、またレイラに歩み寄り、彼女の目の下についた血を拭った。
その行動にレイラは驚いたが、痛みのせいで何かをする事も出来なかった。
「もう既に何人もの人間がここに侵入している、一人二人殺さなくてもそう変わらない。それに、ジャンヌさんからは対処しろとは言われているが、殺せとは一言も言われちゃいない」
少し怒気をはらんだ言葉の中に、迷いもあった。
本当にこのままで、いいのだろうか。
タイラント・シャウトによって、全身の血管や筋組織に大なり小なりの損傷を受けているだろうし、早急に手を打たなければそう長くは持たない。
放っておけば、激しい苦痛に苦しんだ後に死ぬ。
それだったら、今ここで殺してしまった方がまだ…………。
葛藤を振り払うように首を振ったデニスは、去ろうとしていた足を止めて、振り返った。
レイラの顔は血を拭ってやったとはいえ、出血が続いていて、また赤く染まりつつある。
大の字に倒れたままだった。
今なら間に合う。
何が?
彼女の命が救える。
なぜ助ける?自分の手で傷つけた癖に。
それは…………。
「…………何…………?」
死を覚悟していたレイラは、戻ってきたデニスがした行動にまた驚かされた。
彼は両手から水を発生させて、それを自分にかけてきたのだ。
「俺たち半魚人を始めとした水棲系魔族の多くは、治癒効果を持つ水を生み出す事ができる。この効果でしばらくしたら、動けるようになるだろう、そしたら逃げろ。来た道を引き返すんだ」
「どう……して……」
「どうもこうもない、俺が甘いだけだ」
そう言って、デニスは彼女の全身に水をかけてやると、今度こそ立ち去った。
残されたレイラは、体が少し動くようになると這いずって柱の陰に隠れて身を潜めた。
(あいつ…………他の奴らと違った…………ツメが甘いし…………優しいし…………それに…………似てるのかな…………ツルギに…………)
412
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2014/12/31(水) 00:01:40 ID:wUf.FOCE
4
(いつまで持つかな……)
イザベルは薬の効力が切れて、体が人間本来の物へと変わっていく痛みに耐えながら、思った。
この工場の正面から突入し、とにかく暴れろという大雑把な指示だったが、それが自分に会っていると思い、承諾した。
オーベルジュにある薬は全て持ってきた。
この薬を打ち込む事で、肉体を魔獣のそれに変化させ、高い戦闘力を得られる。
鎧に次ぐ、新たな対魔獣・魔族装備の開発は、人間にとって急くべき課題だった。
いつまでも、鎧を造れるだけの魔石が採掘できるとは限らないし、鎧を纏えて扱えるだけの人間が生まれ続けるとも限らない。
日本を始め、各国では魔力の消費を抑え、契約器を廃止し、誰にでも扱える鎧なんていうものも開発され、量産されつつある。
しかし、その数にも限りはある。
イザベルの故郷である南米某国では、鎧の開発と並行して一時的に肉体を強化して対魔獣・魔族戦闘力を高める薬品の開発が進められていた。
治癒力を高める薬。
視力を高める薬。
筋力を高める薬。
反射神経を高める薬。
脳の機能を覚醒させて、人体に秘めたる更なる能力を開拓せんと踏み込んだ薬も作られた。
だが、いずれも実用には至らなかった。
安全性や個人によって、効果にバラつきがあるというのが主だった理由だが、一番の理由はやはり人道的、道徳的な物だろう。
薬物強化が古来行われてこなかった訳ではない。
しかし、そこには人としての何かを踏み越えてしまう物があったのだ。
そして、一時は見送られた強化用薬品の開発は、調査隊編成に当たって、再開され、何度かの失敗を経て、ついに完成した。
人間の肉体を魔獣に変化させて、総合的な能力を高める薬が。
副作用として、変化する際に苦痛を始めとした負担を伴うが、それまでに開発された物に比べればましだった。
魔獣化しても理性を保つ事ができ、人間へ戻った後も大きな副作用がないというのもあってか、その薬を使用するのは今後一人のみという条件で採用される結果となった。
そして、その薬の被験体として選ばれ、調査隊メンバーとなったのがイザベルだった。
413
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2014/12/31(水) 00:06:33 ID:wUf.FOCE
(……辛いなぁ……さっきから、何度も繰り返し服用しているからか、全身……ちょっと痛い……)
物陰に隠れて、隠し持ってきたリンゴを齧りながら、自分の体の不調について考える。
突入から3時間35分。
薬の服用回数は4回。
効果が切れる前に投与して、延長しているような状態だ。
勿論、そんな使い方をしたのは今回が初めてで、実験でもマウスぐらいにしか行われなかった事だ。
しかし、4回使ったからと言って、4時間持つなんていう簡単な物ではない。
平均1時間というだけで、それより早く切れる事もあれは遅く切れる事もある。
実際、今は体が人間に戻っている。
だんだん、効果が薄くなっているのだ。
「おいハゲ、そっちはどう?」
「だいぶ片付いた、敵も戦力が減ってきたんだろうよ……あとハゲって呼ぶな」
「…………私らの役目もそろそろ終わりかな?」
「無視すんな。……まぁ、なぜか通信ができないしな…………独自に判断するしかない」
「あぁ〜…………それ私が一番苦手な奴だわ。だけどまあ……さっきから凄い音がしてるし、引きつけるって言っても、あらかたぶっ倒したみたいだし、そろそろ移動するか?」
「俺もその方がいいと思う」
「じゃあ、決定。このリンゴ食ったら移動するよ」
「わかった、それまでは俺がなんとかする」
物陰に隠れての話し合いを終えたアレキサンダーは鎧を纏い直して、近くにまで迫っていた魔獣と魔族の鎧術師たちに向かって、飛び出していった。
痛みが引く少しの間、林檎を齧り、芯まで食べ尽すとヘタの部分だけ吐き出し、腰のポーチに入れてきた注射器を取り出した。
「さぁて、もうひと暴れすっかぁ!」
立ち上がり、注射器の針を左手首に刺す。
再度、体が魔獣の物へと変化していく感覚に歯を食いしばりながらイザベルは思う。
――必ず、勝つ!――
雄叫びを上げ、アレキサンダーを囲む魔獣と鎧術師の中に飛び込み、その強靭な四肢を持ってして次々となぎ倒す。
「ハゲ、跳ぶぞ!」
「ハゲじゃねえって言ってんだろ!」
彼の腕を掴み、頭上へと放り投げてそのまま、自分も脚に力を入れて跳び上がった。
空中ですり抜け様にもう一度彼の腕を掴み取って、共に二階の通路の手すりに空いている右手を書けた。
グシャッと音を立てて、掴んだ手すりが大きく歪んだのも構わず、体を起こす要領で足を動かし、そのまま通路に二人して転がり込んだ。
直後、外れた手すりが下の魔獣と鎧術師数人を下敷きにした。
「はぁ……キッツぅ〜!」
「でも、あいつらが上に来るのには時間が――――」
時間がかかると思っていた。
飛び上がる直前には、二階の通路に生き物がいる気配なんてなかった。
だが、その予想は外れ、そこに敵がいた。
その姿を見て、イザベルらは戦慄する。
あの時対峙した、あの機械化された女。
「エナ…………!」
「侵入者(ターゲット)確認、排除する」
414
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2014/12/31(水) 00:13:34 ID:wUf.FOCE
伸びた左手が、背中から伸びるチェーンを掴んだ途端、その先端に巨大な鉄柱の様な高周波ソードが召喚された。
それの持ち手をエナは右手で掴み、大きく振りかぶって構える。
次の瞬間、内蔵された砲口から砲弾が発せられた。
一瞬の内に爆発が起こり、一帯が煙と炎で埋め着くされる。
「……生命活動の持続を確認。侵入者の排除を続行」
「どぉ゛お゛お゛り゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
アレキサンダーが防いだ砲弾の爆炎の中を突き破ったイザベルの拳が襲い掛かってきた。
それを、咄嗟に突き出した左手で受け止めると、衝撃で二メートル程後退した。
「比較、直前までと若干のパワーの上昇を確認」
「ま、こっちは死ぬ気でやってるからねぇえ!」
「理解不能であるが理解する必要性を感じない、殲滅する」
「うるさい!黙って負けやがれぇぇええええ!!!!!」
イザベルは反撃させまいと、距離を詰めて左右の拳を連続で振り抜いた。
それを自由な左手のみで制するエナ。
パンチに加えて、蹴りを交えた連続攻撃を繰り出すイザベルに対し、エナは右手に持った高周波ソードを解除する暇がなく、あっという間に防戦一方に追い込まれていた。
その間、三十秒程。
そしてついに、イザベルの右ストレートがその頭部を捉えた。
反動で大きく体をのけ反らせ、首の肉と骨が悲鳴を上げた。
それでも尚、倒れる事無く体勢を立て直そうとした所を、右手首を掴まれてそのまま投げられ、壁に叩きつけられた。
「ぐっ…………!」
「今だ、アレキサンダーっ!」
「了解っ!」
ディバイドハンドを構えたアレキサンダーが走る。
「でああああっ!!!」
ディバイドハンドが振り降ろされる直前、エナは高周波ソードを手放し、横に転がって躱すと二振りのボーンソーを召喚して構えた。
アレキサンダーとイザベルも、それぞれ構え、次の攻撃に備えた。
そこへ突如、バイクのエンジン音が響き渡り、三人ともそちらに意識を向けた。
それはイザベルたちが突入する際に破壊した壁から、突入したヴェロチタ・スクアーロの物だった。
「……プロトタイプ」
ヴェロチタ・スクアーロに跨ったゼロは、エナを認識すると、シートを蹴って一気に跳躍した。
415
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2014/12/31(水) 00:15:06 ID:wUf.FOCE
一瞬の内に、二階まで飛び上がってきたゼロは回復した左手にトランスキャノンを召喚して、エナ目掛けて光弾を発射する。
イザベルとアレキサンダーは咄嗟に躱し、光弾はエナの足元に着弾し、爆発した。
大量の爆煙が広がる中、ひしゃげた通路に着地したゼロの頭を、イザベルが軽く叩いた。
「何すんだ!当たったら、こっちが死んでたぞ!」
「すまない、しかし逃す訳にもいかなかった」
頭を下げ、謝罪するが、当のイザベルは「まぁ、いいけどさ」とあまり気にしていない様子だった。
その様子を見たアレキサンダーは、ゼロの合流に状況の好転を予感したのだった。
だが。
「プロトタイプ……排除!」
煙を引き裂いて飛来した砲弾をトランスキャノンで相殺したゼロは、爆炎の向こうで残った通路に佇むエナの姿をその目に捉えた。
続く
416
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/01(日) 22:00:31 ID:8oElSndQ
鎧術師第二十一話
マグマのそれに似た赤黒い光は、爆発が連鎖している証拠だった。
赤熱光が次から次へと生まれて、工場の金属で覆われた壁を融解させ、溶けた鉄や赤くなった瓦礫を飛散させる。
その炎と瓦礫の中からわらわらと這い出して来る人造魔獣や改造魔獣の群れは、地獄の悪鬼と表現するのに相応しい。
工場の防衛用の為に元々置かれていた武器を、武器庫から邪魔にならない程度に持ち出してきたジャレットはその内の一体に狙いを定めた。
炎が燃え移った翼を広げて飛び立つコウモリとも翼竜とも見える魔獣をスコープに納め、低反動砲の引き金を引く。
放たれた弾道は真っ直ぐな軌道を描いて魔獣に命中し、その身体を爆発の光に飲み込んだ。
「オーベルジュは…………」
あれから、なんとか外に出たジャレットは、工場の隣に建設された城の一角、東の小塔の頂上に居た。
武器庫があったのはここから西に見える、六角形の塔である事が、ここまでの道のりで判明した。
双眼鏡を手に、オーベルジュを探してみて、とりあえずまだ隠れているというのを確認したジャレットはすぐに低反動砲に次の弾頭を装填して、武器庫のある塔に向けた。
あそこを破壊すれば、多少は敵に打撃を与える事ができる筈だからだ。
「これだけではまだ少し足りないか」
そこで召喚術を用いて、自動発射式の小型ロケット砲を五本召喚し、並べると標的を塔にロックさせた。
そして、魔術刻印を使って発射システムを低反動砲と同期させ、砲が発射して数秒後に連続で発射するよう設定した。
「よし……これで潰せる筈だ」
担ぎ直した低反動砲のスコープを覗き込み、その標準を定める。
それに連動してロケット砲も砲塔を可動させて各々がロックオンした場所に向けた。
417
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/01(日) 22:04:00 ID:8oElSndQ
「10……9……8……」
口でタイミングの時間をカウントしながら、ジャレットは少し考えた。
ゼロからもたらされた情報により、現在の工場と城の構造は頭に入っている。
後は味方がいない事を祈るばかりだ。
許せ、と胸の中で言って数を数える。
「3……2……1」
引き金が引かれ、低反動砲の砲口から放たれた弾頭が西の塔の中腹に着弾して、レンガ状の外壁を吹き飛ばす。
すると二、三秒遅れてロケット砲が連続で火を噴き、無数の小型弾頭が西の塔を襲った。
爆風と共に吹き飛ばされる瓦礫が弧を描いて他の塔や城に当たって新たな噴煙を巻き上げたのも束の間、今度は塔そのものが大きく鈍い音を上げた。
支柱をも粉砕された塔は自重に耐える事ができなくなり、大きく東側へ傾きやがて無数の瓦礫と噴煙を巻き上げながら隣の小さな塔にぶつかる。
そこからはもう、ドミノの様に次々と塔同士がぶつかっては倒れる事を繰り返し、城の一角はあっという間に瓦礫の広場と化した。
それから二十秒程して、相当なノイズが混じった通信が届いた。
『こ……センバ……お……と……ねが……』
すかさず通信機を手に取って、「ジャレットだ」と返すと『た……長』と少し喜びの色を帯びた声が聞こえた。
「どうした」
『今……は……何……うか?』
「工場に隣接する城の一角を爆破した、そっちの現在位置は?」
『はい……今……多分……みな……城の……だと……います』
「そうか、ならそちらには攻撃しないでおこう。レイラは?」
『レ……ラは……敵……つけると言って……それか……りません』
「だいたいわかった、お前はそのままツルギの捜索を続けろ、もしかしたら今の章劇で牢が壊れて独自に脱出しているかもしれん」
『わか……した……行きま……』
そこで向こうが切ったのか、また妨害電波が強まったのかはわからないが通信が途絶えた。
新たな弾頭を装填して、残留魔力を視覚化する機能を持ったバイザーを降ろしてみる。
暗視スコープを通したような、深緑の視界にやや白みを帯びた煙のような魔力があちこちに見えた。
もちろん、自分の残留魔力もあるがそれ以上に、仲間たちや敵の物が多く見える。
各々の残留魔力の波には若干の特徴がある。
ジャレットはそれを覚えているのだ。
「まだツルギの魔力は見えないな……センバとレイラは南…………レイラの方は動いていないようだが…………アレキサンダーたちは移動しているようだし…………トラストたちは……」
そこでシャルの残留魔力が、トラストとディディの物と共にない事に気付く。
移動している途中で離れ離れになったのかとも思ったが、そうではない。
ある一点で、シャルの残留魔力が途絶えている。
最悪の事態を想起して、拳を強く握った。
418
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/01(日) 22:09:23 ID:8oElSndQ
2
ルドは、目の前で起きている状況を理解する事に少し時間がかかった。
確かに意識を失い、拘束した筈の魔族が今、その拘束から逃れて仲間たちを襲っている。
まずターコズがその首元に鋭い犬歯を突き立てられて、その血を微かに吸われて離された。
「ターコズさん!」
「リネ!ターコズに近付くな!」
「え……」
次の瞬間、ルドはリネが離れるのも待たずにハンドガンを取り出し発砲した。
発砲音とほぼ同時にターコズの太腿を貫き、リネは悲鳴を上げる。
「チッ……一撃で仕留め損なった!」
膝をついて呻くターコズは次の瞬間、立ち上がりリネに噛みつこうと襲い掛かり、咄嗟に彼女が振るった消火器を受けて吹っ飛ばされた。
「ごめんなさい!でも何するんですか?!」
「さっき、ヴァンパイアに噛まれただろ!眷属にされたんだ!」
「そんな……」
「奥へ逃げろ!」
返事も待たずにハンドガンを乱射してターコズを瞬く間に蜂の巣にして、鎧を纏うと悲鳴を上げる彼女の腕を引っ掴んで、強引に通路に押し出した。
「まったく!何も、アタッカー全員が出る事はなかっただろによぉっ!」
腰を抜かしていたニーナもホアに噛まれる前に、なんとか通路まで這いずるように逃げ延びた。
「ルド!助けてくれ!」
頭を手で守るレバが叫びながら転がり込んできた。
「ニーナたちについてろ!」
最後に走ってきたオネクスを通すと、ホアに向かってライフルを撃ちながら後退して、遮断扉の作動ボタンを押すと赤ランプが点灯し、警報と共に上から分厚い防火・防魔力扉が降下して「逃がすかよ!」と叫んだホアがトンファガンを放つ瞬間に閉じ切り、連続して発砲音と金属音が響いた。
419
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/01(日) 22:11:11 ID:8oElSndQ
これでしばらくは持つ。
そう考えたルドは、三人を格納庫へ行かせると運転席のセレッドについて考える。
運転席へは感はカメラを通して、状況が伝わっている筈であり、設置された緊急脱出ハッチから外に出られる。
無事に脱出してくれる事を願って、救出には向かわずとりあえず艦内通信の受話器を取って運転席に繋いだ。
「セレッド!」
『状況はわかってる、緊急発進させる!ニーナたちにはしっかり掴まるよう言っとけ!』
ルドは通信を切るよりも早く、腹から声を出して叫んだ。
「みんな、しっかり掴まれぇえ!!」
次の瞬間にはガクンというエンジンが駆動する際に発せられる、呻くような音が響いた。
急発進する事によって慣性の法則によって倒れるのを近くの手すりにしがみついて堪えた。
その直後、ぐんっと体が引っ張られるような感覚があり、発進したと感じた。
後ろでは咄嗟に反応しきれなかったニーナの小さな悲鳴が聞こえたが、安否を確認するオネクスの口調からして、彼が受け止めたのだろう。
更に右へ、左へとハンドルが切られるとその度にグンッと体が強く揺れた。
「くっそう…………レイラみたいにはいかねぇなぁあ!」
運転席に納まるセレッドは小さな監視カメラのモニターを確認しながら、更にハンドルを切った。
『ふざけやがってぇえええええ!!!!!』
そんな人間たちの対応で壁に何度も打ち付けられたホアは、激昂し、トンファガンを乱射しながら、黄金の翼を広げる。
『この私を……この程度で……!殺せると思うなあ!!!』
直後、眩い光と轟音が広がり、監視カメラの営巣を途切れさせ、オーベルジュに強烈な衝撃をもたらした。
爆発は、ミーティングルーの天井と壁を吹き飛ばし、通路にいたルドたちを爆風が襲い、もちろん運転席にまでそれは押し広がっていった。
420
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/01(日) 22:12:50 ID:8oElSndQ
コントロールを失ったオーベルジュはその大きな車体を大きく傾け、斜面に降り積もった雪の中へと突っ込み、ようやくその動きを止めた。
立ち上る黒煙の中、黄金の輝きが瞬いたかと思えば、翼を広げたホアが空中へと飛び立った。
その姿は、天使を想起させる。
「ふん…………人間如きがチョーしに乗ってくれて…………」
口に溜まった血を吐き出して工場の方を見やる。
あちらも黒煙を上げ、赤い炎が揺れている。
今も爆発が所々で起きているらしく、時折キノコ雲が昇る。
「あぁ…………ネーチャンの所も相当ヤバいね、ありゃ」
目を細めて、傍観していると一発の銃弾が頬を掠めた。
「おぉ、怖っ!まだ生きてるのか、あの鉄砲男。まぁいいや、あいつら殺してもつまんなさそうだし、血もまあ少し吸えたからいいかな」
呟きながら飛来する弾丸を躱し続けて、「うん、帰るか!」と反転して黒煙昇る工場へと向かった。
「あ、やっぱりあの女だけでもお持ち帰りしとけばよかったかな、きひっ」
421
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/01(日) 22:17:06 ID:8oElSndQ
ホアが去るのを見たルドの体中から力が抜け落ちていく。
左手に持ったライフルの先が床にこつんと当たり、燃える炎の熱さと、漂う煙の臭いを感じながら、少し目を閉じて安堵のため息をついた。
しかしすぐにはっとなり、周りを見渡した。
「ニーナ!リネ!レバ!オネクス先生!皆無事かあっ?!」
「レバとニーナは私と一緒だが無事だよ!」
オネクスの声を聞いて、「リネは?!」と尋ねるが、オネクスもレバもニーナもリネはここにいないと返した。
確かに、こっちに放り投げた筈だ。
奥へ逃げる足音も聞いた。
無事である筈だ。
しかし…………。
脳裏に嫌な予感が奔って、ルドは立ち上がると青ざめた表情で歩き出した。
砕け散ったミーティングルームの壁から太陽の光が射し込む中、ルドは通路に転がる衝撃波でひしゃげた鉄柱を退かして、通路を進む。
オネクスたちはミーティングルームから3m程した所にある防火扉の医務室に駆けこんでいた。
それ以外のベッドルームや索敵班の監視室は衝撃波と共に押し寄せた熱風で黒焦げになり、原型を留めていない。
ルドはずっと纏っていた鎧を解いて、一つ一つ、物陰や部屋を確認していった。
そして、最後に一番後方の、外部と繋がっているハッチの前に無数の瓦礫が積もっているのを見つけた。
嫌な予感がする。
退かすな。
見てはいけない。
リネはそこにはいない。
いる筈がない。
そんな自分の心の声を押し殺し、ルドはまず鉄骨に手をかけた。
まだ少し熱を持っていたが、流れ込んできた冬のロシアの寒さがあっという間に、その熱を奪い去っていく。
死を体現するように。
「…………」
ルドは見た。
退かした鉄骨の下にあるもう一つの鉄骨の隙間から覗く手を。
しかし、彼女の死を確認する前の葛藤とは裏腹に、自分でも驚くほどに何の感情も浮かばなかった。
仲間の死。
それは、傭兵時代、何十回と体験した事だ。
戦場ではよくある事だ、今更驚くような事ではない。
そう思った。
422
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/01(日) 22:20:08 ID:8oElSndQ
「リネ…………出たがってるよ…………」
いつの間にか後ろにいたニーナがぼそっと呟いた。
察している。
でも、信じていない。
「…………そうだな、でも体は別かもしれない」
ルドはそんな事をスラスラと言える自分が少し怖かった。
しばらくして、リネやターコズだった“物”は降り積もる雪の中に、瓦礫と共に出された。
瓦礫は無造作にばら撒いたが、彼らだった物だけは少し雪を掘って、その中に埋めてやった。
「すまないな、手間をかけさせて」
「いい。亡くなった人には自然に還ってほしいと思っている…………できる事なら故郷の土に…………」
「……そればかりは残念だ…………よし、部屋だった所を調べて、遺品がないか調べておこう」
「ああ」
ルドは振り返り、オーベルジュの中に待たせている二人に声をかけた。
「レバ!終わったぞ、ニーナの様子は?セレッド!エンジンは動きそうか?!」
そんな彼の様子を見て、他人の死に関する感情がかなり薄れてしまっているのだなとオネクスは感じた。
423
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/01(日) 22:24:01 ID:8oElSndQ
3
ゼロら三人とエナの戦いは他者の介入を決して許さなかった。
エナとゼロが、高周波ソードとトランスキャノンで撃ち合いながら並走し、赤熱した壁やコンテナ等が次々と連鎖的な爆発を起こしていく。
偶然居合わせた鎧術師を踏み台にしてエナが跳び上がると、ゼロも床と壁を連続で蹴って跳び上がる。
空中での移動は決して自由な物ではなかったが、それでも次々と壁や物を蹴って移動し、お互いに一歩も引かない射撃戦を繰り広げた。
「エナ!私たちはもう死んでいるようなものだ!いてはならない存在だ!破壊されるべきだ!」
「否定、我々人機はマスタージャンヌの命令に従い、マスタージャンヌに尽くす事こそが指名であり存在理由である」
「それが間違っていると言っているんだ!人は自由に生きて、時が来たら死ぬ。それが命だ!それを……道具に成り下がってまで、生き残るのは……!」
「意見、マスタージャンヌが私を人間から造ったのであれば、それは喜ばしい事だ。無意味な存在から、マスタージャンヌに尽くすという意味のある存在へと昇華されるのである」
「人間は誰も、無意味な存在じゃねえ!!」
着地した瞬間、ディバイドハンドを振り上げて襲い掛かってきたアレキサンダーの一撃をボーンソーで受け流しつつ、エナは彼にも問う。
「疑問、人間が無意味な存在ではないとはどういう事か」
「そんな事もてめぇはわからねぇのか?!そんな事さえ……忘れちまったのかよ?!」
「不明、造られた際に消去されたのか、私のメモリーには記録されていない」
「この世に生きてる生き物や人間は支え合っている!無意味な奴なんていないって事!その身体に叩き込んでやるよ!」
弾き飛ばしたアレキサンダーの陰から飛び込んできたイザベルに向けて咄嗟に高周波ソードを突き出すが、身を屈めて躱され、みぞおち目掛けて繰り出された拳をまともに受けて空中へ吹き飛ばされた。
424
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/01(日) 22:29:22 ID:8oElSndQ
エナは自分の視界が大きくざらつき、全身の回路が腹部から広がるようにして次々と機能不全に陥っていく感覚に、言い様のない感情を覚えた。
自分が捨てた、失った筈の感情。
込み上がる、この衝動の名は――――。
(恐怖?私が……?恐れている……私の生命活動の停止を……私自身が恐れているというのか…………?)
徐々に落下していく自分の下で、トランスキャノンを構えるゼロの姿が見えた。
「理解不能、私は…………!」
「エナ…………眠ろう。安心しろ、怖くはない」
彼女と視線が合った途端、エナは溢れ出た涙がなんなのか一瞬理解できなかった。
だが、それを理解した時、エナは自分の中でずっと消えていた物が蘇るのを感じた。
「…………ママ…………パパ…………!私…………!」
次の瞬間、トランスキャノンの砲口から放たれた青白い光の奔流がエナの胸を貫いた。
いくら鎧のそれに限りなく近い特殊合金で形成された装甲で覆われていたとはいえ、トランスキャノンが放つ圧縮され破壊性魔力が直撃すればただの鉄板同然であり、一瞬の内に溶解し、表面を覆っていた布や皮膚、血肉や金属骨格をも纏めて赤熱、溶解し霧散した。
散らばった金属や血肉を始めたとした破片は真っ赤に赤熱し、煤となって散らばった。
エナの肉体はそのまま空中を舞い、放物線を描いて壁に叩きつけられ、ドサリと落下した。
放熱の煙を吐くトランスキャノンをゆっくり床に下ろしながらゼロは崩れ落ちたエナを見た。
彼女の顔は見えないが、見る必要もないだろう。
自分のエナたち人機を破壊するという役目は終わったのだから。
あとは自分さえ破壊できれば、それで――――。
425
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/01(日) 22:30:45 ID:8oElSndQ
「ゼロ!」
「!」
名前を呼んだのはイザベルだった。
薬の過剰投与によって、その身体はほぼ完全に魔獣化しており、知らぬ者から見れば、人間であるという事はにわかには信じ難いだろう。
しかし、彼女はそんな事は気にせず犬のような四足の体勢で歩み寄ってきた。
そこからスクッと立ち上がって、ゼロの手を取る。
ゴワッとした固い体毛と筋肉の感触を右手に感じながらゼロは無言のまま、視線を合わせた。
「良かった…………壊れてないみたい…………」
「どういう意味だ」
「どうもこうも、無事で良かったって言ってるのよ」
ゼロの手を離して、今度は彼女の頭を数度軽く触れるように優しく叩いたイザベルは、アレキサンダーに視線をやり、「本当に良かった…………」と言葉を漏らした。
ゼロにはイザベルがなぜ喜び、涙ぐんでいるのかわからなかった。
そして自分も結局、人機でしかないのだと改めて認識し直した。
「みんな無事だ…………私も、アレキサンダーも…………ゼロも…………良かった…………私たち、まだ一緒にいる…………!」
「しかし、他の仲間たちは一緒ではない」
「……そうだね、早く探して合流しないと…………っしゃ!探すとすっか!」
カカッと笑った瞬間、一際大きな爆音が響いて、それとほぼ同時に爆風と熱波が押し寄せてきた。
咄嗟にイザベルは爆風に背を向けて、アレキサンダーとゼロを、自分の腹に押し付けて庇った。
爆風と熱波は魔獣化した体でなら十分に耐える事ができ、収まったのを確認して二人を離した。
「今のは……生産プラントか」
「破壊に成功したのか?」
「ちょっと臭いも雑音も混ざりすぎていてよくわかんねぇ…………けどまあ、ぶっ壊れたんじゃないの?今の爆発で」
トラストたちがやったのか、まだ確かではないがとりあえず任務の半分はこれで成功したも同然だ。
そこでイザベルはすぐに次に取るべき行動を判断する。
426
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/01(日) 22:31:57 ID:8oElSndQ
「ゼロ、あんたの力もう少し借りさせてもらえないか?」
「私の機能を?」
「うん、私らの通信は今使えない。そこであんたに付けられてる通信機能を使って、なんとか仲間に連絡取れないかなって」
それを聞いたアレキサンダーもゼロに視線を向ける。
僅かな期待が彼女に寄せられた。
「…………確かに私の通信システムはジャンヌが製作した物でそちらとは機能が別物だ。故にそちらの通信ができなくとも、私の機能は使えるだろう」
「じゃあ」
「ああ、なんとかしよう。お前達の通信端末を同期させれば、同時に通信が聴けるだろう」
渡された通信端末を自分の耳に押し当て、海路を接続し、数秒の間に自分のシステムと同期させて、二人に返した。
「これで同期した」
「おっ、サンキュー♪」
「ありがとう」
アレキサンダーとイザベルが通信機を起動させるのを確認して、ゼロは自分の通信システムを作動させた。
そしてジャンヌも使っていない、この工場が本来使用していた通信回路と接続を試みた。
ここが占拠されて長らく眠っていたシステムはゼロの介在によって、再び目を覚まし、その役目を再起させた。
『……未登録の通信回線より連絡を受けている、何者だ?』
聞き慣れた隊長の声を聞いた瞬間、二人の顔色が晴れやかになるのが見えた。
ゼロは迷わず、「人機ゼロ、別回線から連絡を取っている」と返した。
『そうか、で要件は?』
「生産プラントが爆破された、状況からしてトラストたちが任務に成功したと見られる。そちらの状況は如何に?」
『こちらも、センバたちとは別れたが問題なく探索を続行中、入手した兵装も加えて城に対して爆撃を行っている。工場の爆発については視認している』
「これで我々の任務の半分は達成された、後はツルギの奪還……でいいのか?」
『ああ』
「では我々も捜索に加わった方が」
『頼む、俺も動くので合流を目指す』
「了解、貴殿の魔力波形は登録してある。貴殿はこちらで探す」
『わかった……無事に合流しよう』
「了解」
通信を切ったゼロは魔力探知センサーを起動させて、一帯に蔓延する魔力の中からジャレットの物に近い物を探し出して、歩き出した。
通信の内容から、彼女についていけばいいというのは言われなくとも理解したイザベルとアレキサンダーは何も言わず歩き出した。
一歩進む度に散らばった細かな破片が踏まれてジャリッと音を立てる。
その一つ一つが、イザベルの耳に重く聞こえた。
427
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/01(日) 22:33:48 ID:8oElSndQ
4
数分前――。
ツルギは走っていた。
あの部屋に連れてこられた道を辿って、ただ走る。
今のツルギは、走る事以外の思考は微塵も存在しなかった。
ここに来ている仲間たちとの合流を目指して、ひた走る。
(センバ……隊長……みんな……!)
もう誰が生きているのか予想もつかない状況だった。
近くの廊下を数人で走っていく魔族の鎧術師たちから切れ切れに聞き取れた言葉によれば、城の一角が爆撃されているらしかった。
「……っ?!」
視界に何の前触れもなくスッと彼女が現れた瞬間、ツルギは立ち止まった。
荒げた呼吸を整えながら、ツルギは目を細めて構えた。
「やっと見つけた。どうやって逃げたのかはわからないけど、逃がさないわよ…………ツルギ」
“くん”を付けないのは、それが彼女の本心だからか。
エナは一目見て、怒りを爆発させていると察せた。
「悪いが、俺も捕まる気はない!俺は俺のいるべき所へ帰る!」
「そうはさせないわ、ここがあなたのいるべき場所。鎖で繋がれないとわからない?」
「それは“客人”に対する対応じゃぁないよな」
「そうね……ここまでされてしまったら、流石に客人として扱っている訳にはいかない。多少乱暴でも捕まえる…………!!」
一瞬の内に、エナは鎧に包まれていた。
ドレスと機械が融合したかのようなその鎧は、四年前に対峙した時よりも更に強化されていると一目でわかった。
「“プロトアーマーver.7”…………あれから改良を重ねてきた一品よ」
「そうかよ」
エナが剣を構える間に、ツルギもアビスを展開した。
一瞬の内に周囲へ押し広げられた冷気が床や壁の表面を凍結させ、鮫を模した鎧が頭を上げ、そのスリットから漏れる光が鋭く輝いた。
428
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/01(日) 22:35:04 ID:8oElSndQ
「…………そこを退け」
「嫌よ、あなたこそ大人しく降伏して頂戴。傷つけたくない」
「……仕方ない、押し切る!」
「行かせない!」
二人とも正面から斬りかかり、ブリザードブレードとブレードがその刃を交わせる。
相手の刃に触れた場所が凍り付く前に、微細振動波で表面の氷を粉砕し、一歩距離を取ったジャンヌは突くと見せかけて足元を切り払い、アビスの膝に傷を付けた。
表面的な傷しか与える事ができなかったが、次は通じないと理解した。
「……手足を切り落としてでも、止めてやる!」
「そうかよ!」
次の瞬間、ツルギは周囲の冷気を左手に収束し、球状にしたものを地面に叩きつけた。
叩きつけられた冷気は弾けるように周囲に押し広がって、一帯を真っ白に染め上げた。
(目くらまし……?!姑息な真似を……!)
即座にモニターとなっているマスクをサーモグラフィに切り替え、冷気の中を動く熱源を探して、ジャンヌは驚愕した。
(熱が……ない?!)
ジャンヌの瞳には見える筈のツルギの体温が見えず、青く表示される周囲の冷気だけが見えた。
アビスが周囲の冷気と同温となり、内側のツルギの体温を外部に一切漏らしていないのだ。
「ちっ……!だけど、逃がさない!!」
ジャンヌは即座にブレードを振って靄を掃い、その気流の中を走り抜けるアビスを見つけ出して、彼の前に飛び出た。
同時に突き出したブレードがブリザードブレードと切り結び、火花と氷の破片を散らした。
「行かせないと言ったでしょ!」
「だったら押し通るだけだ!!!」
全身から魔力を放出して、ジャンヌを吹き飛ばしたアビスは次の瞬間、全身の装甲を強化し、左腕にブリザードクラッシャーを装備したアヴァランシュへと形態変化を果たした。
全身の防御力と、パワーを増大させた形態。
ツルギは、自分の重量が増して、素早く動けないという事を理解した上でブリザードブレードを下ろした。
429
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/01(日) 22:36:28 ID:8oElSndQ
それは一見、隙だらけで、勝負を捨てたように思える。
しかしジャンヌは、それが誘いである事を理解していた。
どんな攻撃をした所で、あの形態では並大抵の攻撃は通じない。
そして、攻撃を受け止めた上で、高められた腕力で斬り上げる。
紙一重の戦法を選んでいる。
ジャンヌは、即座に腰のホルダーから銃を取り出して発砲したが、強固な装甲で防ぐアビスはゆっくりと歩いてくる。
冷静に、親指の腹で銃に取り付けられたダイヤルを回す。
発射される弾丸が変更され、ピッと銃に付けられたランプの色がオレンジへと切り替わる。
途端、発射された瞬間に弾丸が爆発し、アビスの歩みを一瞬止めた。
「ぐっ……!」
「やはり直接の防御力は高いが、その分衝撃は伝わりやすいという事……か」
そう理解し、次々と魔力を収束した炸裂段を撃ち続け、アビスは弾をくらう度に、ザザッと後ろへ後退する。
しかしそれでも前へ進み続け、ツルギは徐々にリーチにジャンヌを捉えようとする。
ジャンヌはそうはさせまいと、少しずつ後ろへ下がり始める。
一見、終わりのないイタチごっこのように思えたが、そうではない。
ツルギは一瞬の隙を伺っていた。
いくら魔力を装填する銃とはいえ、いずれ魔力の補充の為の隙が生まれる筈だ。
その時が来た時、一気に駆け抜けられる距離を保つのだ。
やがて待ちに待った隙が生まれた。
ほんの一瞬、トリガーにかける指を離し、銃に視線をやった。
それと同時に、ツルギはアヴァランシュから通常のアビスへと再度、形態変化させながら走り出した。
強く踏み出す音を響かせて、瞬く間に加速したアビスは数十メートルあったジャンヌとの距離を、数メートルと詰めていく。
二メートル、一メートル、五十センチ、三十センチ――――そして、ブリザードブレードを振るわずそのままジャンヌの脇をすり抜けて駆ける。
430
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/01(日) 22:38:01 ID:8oElSndQ
全力で走り続けた。
グングンと距離を離していくツルギは、あっという間にジャンヌの射程距離外に抜けてそのまま角を曲がっても尚走り続ける。
追いつかれる訳にはいかない。
なんとしてでも、仲間と合流する。
その思いがツルギを支配していた。
「ツルギく――――?!」
両足の裏に力を入れて、強引に止まったツルギは振り返って僅かに聞こえた声の主を確認した。
エナやルメラではない。
そこには、鎧を纏わずエレメントマグナムだけを持ってこちらを見るセンバの姿があった。
「センバ……」
「……ツルギくん、脱出できたの?」
彼女が口を開くまでに、三十秒ぐらい間があったように思われた。
ツルギは呼吸を整えながら、鎧を解くと三歩程近付いた。
「まあね……なんか、一人変な奴が助けてくれた」
ビクッと彼女の耳が反応した。
「変な奴?」
目つきが鋭い。
助けたのは女だと直感的に見抜いている、とツルギは瞬時に理解した。
「変な奴だけど、組織に不満を持っている奴がいたって事さ。どうしてるかは知らないけど!」
「その人は置いてきたの?」
「置いてきたというより、用が済んだら自分からいなくなった感じというか……」
「ふぅ〜ん……変なの」
ハッとジャンヌが追ってくるかもしれないと思い出したツルギはセンバの手を取って走り出した。
「ちょっ、ちょっと……!」
「みんなの居場所は?!早く合流しよう!」
「そうだ……レイラ……レイラを助けないと……!」
「レイラがどうした?!」
「私を先に行かせる為に、時間稼ぎを……」
それを聞いた瞬間、「まったく面倒な事を」と頭の中で呟いてから、センバに訊く。
「……わかった、どこだ?」
「案内する!」
手を離したセンバがツルギの前を走り出した。
連続して爆発が起きて、振動が伝わってきたのはそれからもう間もなくの事だった
続く
431
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/15(日) 18:40:59 ID:.WQ/87rc
鎧術師第二十二話
ツルギには逃げられ、城は半壊、戦力もズタズタにされた事に加えて生産工場すらも爆破された事によってジャンヌの怒りは頂点に達していた。
「食い止めろと言ったでしょ…………何をしていたの?!」
逃げたツルギを追う途中で合流したデニスに対しての第一声は、普段の彼女とは一転した、余裕のない怒声だった。
しかし、実際に敵を食い止めろという命令は受けていたし、それに失敗して今の状況があるというのはデニスも認める。
だが、腑に落ちない。
自分は、あの二人以外敵には遭遇しなかったし、広すぎて、ここに来てから何年か経った今でも覚えきれない広大な工場と城の中を半分迷いかけながら走り回っていたのだ。
責められる筋合いはない。
だがジャンヌに下手に逆らうような事はせず、言われるよりも先に頭を下げた。
「申し訳ありません、命令されたにも関わらず防衛が叶わなかったのは全て、この俺の責任であります」
「そ、そう……ごめんなさい、あまりの事だから、私も少し気が立っていたわ……」
スウッと一息吐き出して、「もう大丈夫」と付け加えた。
それを許してもらえたとして、尋ねる。
「で、どうすればいいだろう」
ジャンヌは言い放つ。
「決まっているでしょ、ツルギの再確保、そしてこんな事をしてくれた奴らを一人残らず抹殺する」
表面上冷静さを取り戻したように見えても、やはり内側では沸々と怒りが沸騰しているようで、口調がいつもよりも刺々しく、その“抹殺”という判断も、いつもの彼女なら絶対に下すはずがない。
ギラギラとした目つきとなった彼女はいつになく乱暴的で、歩きながら邪魔なフリルを次々と毟り取っては捨てていた。
こうしてみると、やはり妹に似ていると思った。
432
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/15(日) 18:46:53 ID:.WQ/87rc
「……武器庫の番人は死亡確実、ルメラも活動停止、エナも同様……強化した部下たちは壊滅、してない奴らに限ってはパニック状態で使い物にならない……まともに動けるのは私とデニスだけ……か……」
ジャンヌは側頭部にくっ付けた司令室のコンピューターとリンクしているデバイスを通して状況確認をしながら、思考を巡らせブツブツと口にした。
左の親指の爪を齧るその横顔に、デニスは少し可愛らしさを感じたが、すぐにそんな事を思っている場合ではないと自分を叱咤した。
せっかく綺麗に施された壁の装飾もボロボロと崩れ落ち、カーペットは煤等で真っ黒に、壁や天井、床にも亀裂が走っている所がある。
衝撃波や風圧で割れたステンドグラスの破片を踏みしめ、デニスは思う。
やはり、あの男を捕虜にするのは間違っていた。
あいつのせいでまた失った。
ルメラ、エナ、ディマイド……。
ルメラは子供っぽいし、我儘で鬱陶しかったが思い返せば、ただ子供だったからかもしれないし、自分に懐いていたようにも思う。
エナは感情の起伏が少ないし、自由意志という物に乏しいからか、談笑をしようにも「そうか」「それは良かったな」といった具合で、せいぜい食い物が近くにある時ぐらいしか彼女から話しかけて来る機会はなかった。
だが、それでも彼女は優しかった。
その優しさすらもプログラムなのかは知らないが、仲間思いで意外に気を配れるし、よくルメラの世話を焼いていたようにも思う。
ディマイドとは……あまり接点もなく、武器庫に用が無かったので会話を交えたのはジャンヌが一週間程、海外に赴いている間ぐらいだったか。
彼は巨体で図々しく、馬鹿だったが、それでも感情の殆どないエナを気にかけている様子だったし、ルメラと遊んでいるのを何度か見かけたから良い奴だったのだろう。
433
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/15(日) 18:50:50 ID:.WQ/87rc
それぞれの事を思い出すと殺された事に対して、余計に腹が立った。
例えどんな奴で、殆ど接点がなくても、彼らにどんな秘密があったとしても、かけがえのない仲間だった。
それを、奪われた。
あの小娘一人の相手をしている間か、見逃した後か、それより前かは知らない。
でも、失ってはいけない、そんな連中を失ったのだ。
込み上げてくる激情はジャンヌと同じか、それ以上だ。
「……コロ…シテヤル……」
気付けば、息を吐き出すように口走っていた。
ふと意識が引き戻されて隣を見ると、ジャンヌが横目にこちらをじっと目を細めて見ていた。
「憎悪……って奴か」
「……わかりません」
静かに言ったその言葉は嘘ではなかった。
経験した事のない、未知の感情だったからだ。
憎い、という感覚はある。
でも誰が憎い?
あいつ……あいつとは誰だ?
ツルギ?
確かにあいつは、雀さんを……。
その時、思い出した。
雀さんは一言も、誰と戦っていたのかという事を言っていなかった。
もしかしたら、俺が勝手にツルギのせいで致命傷を負った訳ではないかもしれない。
でも……あいつはあそこにいた。
一体、誰が――誰のせいで雀さんは死んだ?
雀さん以外の、燐鱗やウォーカーさんも……あいつのせいではない…………?
どうして、そんな真っ先に思いつきそうな事に気付かなかった?
俺の体に打たれている薬のせいか?
それとも俺がおかしいだけなのか?
雀さんたちは誰のせいで……。
最終的に、救う事を拒んだのは――――。
違う……違う…………違う――――!
そんな事を考えている場合じゃない!
敵が来ている!
大変な事になっているんだ!
戦えよ!
戦う事を、考えろ!
「た……戦わなきゃ……いけない……!」
そんなデニスの様子を見て、ジャンヌは密かに、直感的に感じた。
――もうこの子は限界かな――
434
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/15(日) 18:56:46 ID:.WQ/87rc
2
イザベルとアレキサンダーは、魔力波を探知してジャレットの下へと向かうエナに続いて歩いていた。
網目状の鉄の床を踏む音を響かせながら、イザベルは魔獣化した身体がいつまで経っても人間の姿に戻らない事に、一末の不安を抱えていた。
このまま元に戻らなかったら、どうなるのだろう。
いや、所詮は薬の効力なのだからいずれは元に戻る。
少しでも気を紛らわせようと、前向きな方向へ思考を働かせる。
ああ、林檎が食べたい。
ふとそう思った。
しかし、持ってきた林檎はさっき食べてしまったし、だからと言ってそこら辺に置いてある訳がない。
「……早く帰りたいなぁ……」
「そうだな」
独り言のつもりで言った事に、アレキサンダーが返事をした。
鎧を解いて歩く彼の頭を見て、フッと笑うと「なんだよ」と振り返る。
「いや、やっぱりハゲだなと思って」
アレキサンダーの頭皮には毛髪がない。
しかし、それは自分で剃っているのであって、決してハゲと言われる筋合いはない。
それでも事情を知らぬ者からは、ハゲと言われるのだろうか。
アレキサンダーは少し悩んだ。
――髪を洗うのが面倒で、スキンヘッドというのを試しているのだが、こうもイザベルにからかわれては流石に精神衛生上良くないかもしれない。
ストレスを感じている事は特になく、毛根への負担は――――何を気にしている俺は?!
一人、苦悩するアレキサンダーを「やっぱハゲてる事気にしてるじゃん」とからかうイザベル。
「だーかーらー!」
それがいつもの会話だというのは、短い付き合いだと認識しているゼロにも理解できる事だった。
435
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/15(日) 19:04:14 ID:.WQ/87rc
こうやって、人と冗談交じりに笑って話す事は、もう自分にはできない。
感情がない訳ではない。
希薄なだけ。
しかしそれも人機として少しずつ失われつつある。
もう自分は、笑う事すらできないかもしれない。
「……ジャレット……」
「ゼロか、無事で何よりだ」
彼も合流しやすいように、移動してくれたのが幸いして、こちらが移動を始めてからそう時間も経たぬ間に合流する事ができた。
それはとても喜ばしい事なのだが――――。
「とゅぅうわぁああいちょぉぉおおおおおお!!!」
いつものノリで抱き着こうとしてきたイザベルを躱したジャレットは振り返った彼女の眉間に自動小銃を突きつけて動きを止めて「お前か」と短く言った。
すると彼女は素早く犬のように座って、敬礼の真似事をした。
「はい、イザベルでありますよ。ちょっと薬使いすぎてこの姿ですが」
えらく早口で、芝居がかった言い方で自分の状態を説明したイザベルはピョンと軽く跳ねるようにして立ち上がり、左手で敬礼をした。
「……敬礼は右手だ、馬鹿が」
「どぉもすみませんね、林檎成分不足しておりまして」
「センバの奴が言っていたぞ、魚を食えば頭が良くなるそうだ」
「ほっほーう、良い事聞いた。帰ったらさっそく魚でも買って丸かじりしますか?なぁんて……本当に馬鹿みたいじゃない!」
「アレキサンダー、人機は?」
「あれ、無視?」
獣の姿のまま、しょんぼりとするイザベルを余所にアレキサンダーはすぐに自分が見聞きした事を隊長に伝えた。
「はい。人機の一体であるエナを撃破し、ゼロの話によるともう一体も撃破したそうです」
「そうか……倒したか……そして、工場の爆破は完了、あとはツルギだが…………」
と、視線を這わせた先で、閉まっていた扉が勢いよく破壊され、一人の組織の鎧術師と一体の魔獣が“吹き飛ばされて”きた。
何事かと身構えるイザベルとアレキサンダーをゼロが「待て」と静止した。
「既に生命活動を停止している」
ゼロが告げる。
そして、鎧術師と魔獣に代わって二人の人影が姿を見せた。
「あっ、隊長」
そんな気の抜けた第一声を放ったのは、トラストだった。
その後ろからディディが顔を覗かせて、「無事だったんですか!」と喜びを笑顔で表した。
二人を見たジャレットは、ひとまず安堵のため息をつき、それから無事だった事を喜んだ。
それはイザベルとアレキサンダーも同じで、アレキサンダーの方は向かい合ったトラストと熱い抱擁を交わして、再開の喜びを分かち合う。
その隣では獣の姿のままのイザベルがディディに近付き、最初は少し怖がられたが彼女だと理解した瞬間、少年の顔に笑顔が戻った。
しかし、そんな光景を目の当たりにしても、ゼロの中では何一つ感情が動かされる事はなかった。
ただ、淡々とした視線を五人に向けるだけ。
――……一人、減ったか。
それが思い浮かんだ言葉だった。
もっと別に抱くべき感情がある筈なのだが、それがわからなかった。
ただ、誰もその事を口にしないので、シャルという少女の事は察しているのか。
それともまだ言葉にしていないだけか――。
ゼロはただ、静かに佇んでいた
436
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/15(日) 19:07:17 ID:.WQ/87rc
3
レイラは、さっきの凄まじい轟音と震動から何か大きな物が爆発したのだと、瞬間的に理解した。
近付く者をいち早く察知する為、モルセーゴ・オレリアの感度を最大にしていたのが災いして、鼓膜がビリビリと激しく痛む。
おそらく鼓膜が傷ついたのだろう。
「っ……!でも……そろそろ動ける……?」
両手を握ったり開いたりしてみる。
多少の痺れはあるが、問題ない。
次に足を動かしてみる。
こちらも問題なかった。
「よし……あいつの水のおかげで傷も治った……本当、良い奴なのか悪い奴なのか、どっちなんだろうね」
ボソボソと呟きながら、レイラは自分の武器を確かめる。
ナイフはいつの間にか刃が欠けてしまっていて、切れ味は期待できないが鈍器としてならまだ活用法はある。
鎧を前にして、通用するかはともかく。
いや、戦う事を前提に考えるな。
自分の最大の武器は耳と素早く動ける小柄で身軽なこの体その物だ。
敵とできるだけ出くわさず、皆と合流できるルートを通ればいいのだ。
437
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/15(日) 19:11:15 ID:.WQ/87rc
「よし……拳銃も使えるな……万が一の護身用としては十分ね」
一通り、自分の携帯している武器を確認した後、耳を澄ましてみる。
まだ少し痛むが、十分音は拾える。
――……足音も、何も聞こえない。
慎重に柱の陰から通路を覗き、誰もいないのを見てから意を決して、転がるように飛び出て、膝立ちで拳銃を構えた。
それからもう一度、誰もいないのを確認して自分が来た道を走り出した。
どういう状況になったのかわからないなら、多い方に合流するのが得策だろう。
やられていなければだが。
微かに銃声が聞こえる。
音の大きさからして、この階ではない。
それと同時に、みんなの固有の“音”も聞こえてきた。
――ジャレット、イザベル、アレキサンダーにトラスト……ディディも一緒だ……シャルの音が聞こえない?まさか…………。
最初から、わかっていた筈。
誰がいつ死んでもおかしくないと。
わかっていても、仲間が死んだ時は悲しい。
レイラは泣いている暇はないと、頭を振り、耳を澄ませた。
そこから離れて、センバの音もある。
それに、すぐ近くに……ツルギ。
良かった…………脱出できたんだ!
距離からして、このまま真っ直ぐ行けば二人と合流できる!――
「二人とも…………良かった…………!」
次の瞬間、後頭部に強い衝撃を感じた。
みんなの音を聞く事に集中していて、すぐ後ろの音に気付けなかった。
「え…………?」
一瞬の痛みの後、床に倒れ、滲む視界に鎧術師の足を見た。
438
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/15(日) 19:16:34 ID:.WQ/87rc
――ああ、死ぬんだ……せっかく、助けられたのに――
レイラは朦朧とした意識の中で、涙した。
――みんなに会いたい。
顔を見たい。
声を聞きたい。
みんなと…………ご飯を食べたい……。
死ぬのは……嫌だよ……!
こんな所で死ねない。
死にたくない!
「ぁ……ぅ……ぃゃ…………」
敵は私の後ろ髪を掴んで引っ張った。
痛い、痛いよ。
私の顔を舐めるように見ている。
……そうか……私の価値を見てるんだ…………。
そうだよね……女の子が戦場にいたら、そりゃあ生きて捕まえたいよね。
結局…………つまらない人生だったなぁ…………。
使い潰された、物だった鉄くずたち。
つ晴れるともわからない、灰色の雲。
壊れかけの建物と錆びた鉄くずに囲まれた世界で、空は、とても遠かった。
周りの人たちは、みんな、薄汚れていた。
私もそうだった。
誰かが死ねば、それがみんなの肉となる。
そんなおかしな事が当たり前になっている、おかしな世界だった。
ある日偶然見つけた、まだ映るテレビで見たレースは、とても綺麗で、格好良かった。
いつか絶対、あれに乗るんだって決めた。
それから何年も経って、私はそのレースに出ていた…………。
ああ、それがどうしてこんな所で戦って、苦しんで、辱めを受けようとされなければならないのだろう。
私が何をしたって言うの?
……そう……そうか……。
ちくしょう、やっぱり肉なんか食べるんじゃなかった。
何年も経って、今頃になってその罰を受けなきゃならなくなったじゃないか。
生き残るには、生きるにはどうすればいい?
この身を守るには、どうすればいい?
決まっているでしょ、目の前の……獣を殺せ!
「ぉぉおおおおお!!!」
斬れない筈のナイフが鎧の隙間を突いて、相手の喉に突き刺さった。
吹き出す血を顔面に受けながら、レイラは必死にナイフを押し込み続けた。
しばらくは必死に私の手をナイフから離そうともがいていたが、しばらくして痙攣して、やがて動きが止まった。
相手の命を奪い去ったのだ。
439
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/15(日) 19:20:34 ID:.WQ/87rc
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
口の中に、相手から噴き出た血が大量に流れ込んできた。
久しぶりの、血の味だった。
「…………うまっ…………」
立ち上がろうとして今度は仰向けに倒れた。
足に力が入らない。
いや、全身だ。
特に頭が凄く痛い。
ドクドクしてる…………。
体が重いや。
クタクタに疲れちゃったのかな。
「……ぁ……センバ……ツルギ…………」
遠くからこちらに向かって走って来る二人が見えた。
そうだな、ツルギはよく見たらあのデニスという奴と似ているかもしれないね。
気のせいだと思うけど、不思議だな。
――イラ?!大丈夫?!
――い!レイラ!しっかりしろ!
ごめんね……少し眠らせて……。
疲れちゃったよ。
一人で頑張ったから。
だから少し……少しだけ……。
……しばらくしたらまた……起きれるから……。
それまでは迷惑かけちゃうけど、守ってね。
――レイラ!レイラ!
ツルギ…………やっぱり、格好いいなぁ…………センバが…………羨ましいよ。
――待てよ……死ぬな!
死なないよ、寝るだけ…………だから…………。
オーベルジュのベッドまでお姫様抱っこで運んでほしいな…………。
それで目が覚めたら…………覚めたら…………言わなきゃね…………この…………気持ち…………。
ツ…………ル…………――――――
440
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/15(日) 19:22:40 ID:.WQ/87rc
4
「レイラ……?嘘だろ?レイラ!」
何度揺すっても、腕の中で眠るレイラは目を覚まさない。
血塗れだけど、死んでいるようには見えない。
生きている。
きっと生きている。
そんな気がして、何度も揺すったり、頬を軽く叩いたりしながら呼びかけたが、全く返事はなく、やがて息もしていない事や、心臓の音が止まっている事に気付いた。
その瞬間、死んだという実感が急に込み上がってきて、ツルギを襲った。
「ぁぁぁあああああああああ!!!!!嘘だ!!せっかく、また会えたのに!こんな…………!」
泣いているのは、センバも同じだった。
「私のせいだ……私が、彼女の提案に乗って、一人で行かなければ…………!」
遅かった。
ここまで来るのがもっと早ければ、助けられた筈だ。
ツルギは、泣きながらふと自分の足を見た。
――この足が…………もっと速ければ…………!――
悲しみは怒りに変わった。
自分が許せない。
せっかく自由になったというのに、また一人死なせてしまった。
ここに来なければ、死ぬ事もなかった。
俺を助けようとせず、工場の破壊だけを狙っていれば…………少なくとも、こうはならなかった筈だ。
自分のせいでレイラは死んだ。
誰のせいでもない、自分のせいで…………。
強い、感情が湧いた。
速く、速く、速く、速く、速く――――!
その時、微かにもう一つの腕輪が光った。
441
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/15(日) 19:32:32 ID:.WQ/87rc
6
ジャレットたちは突入してきた場所を目指して走っていた。
目的の一つは果たした。
あとはレイラやセンバかツルギ、もしくはその全員との合流さえ叶えばもう一つの目的も果たされ、離脱できれば作戦成功だ。
しかし、そう何もかも上手く事が運ぶ訳がなかった。
あと少しという所で、天井や壁を破壊したのは無数のビームで、そのうち何発かが建物内に侵入して無差別に爆撃した。
「なんだ?!」とジャレットが叫ぶ。
周りがどよめく中、ゼロは冷静に分析していた。
飛来したビームの色、威力、放出された魔力の質、軌道等から得たデータを記録されているデータと速やかに照合させていく。
《照合結果一件該当、ファイル№002.》
「……ホア……」
ボソリとゼロがその名を呟き、それを聞いたジャレットが武器を構え、他の者たちも構えた。
「散開しろ!」
ディディはハリケーンランスを握りしめ、新しい恐怖を堪えた。
更にトラストとアレキサンダーは走り出して瓦礫の陰に身を潜め、イザベルはグルルと威嚇しながら斜めに倒れて壁につっかえている柱の所まで走り、ジャレットは召喚した自動発射できる武器をズラリと並べた。
これで敵を認識した瞬間、一斉に発射され蜂の巣になる筈だ。
ゼロはデータを取りながら、なぜ皆が戦う事を前提にして待ち構えているのかわからなかった。
ヴェロチタ・スクアーロに辿り着けさえすれば、最低でも一人だけは助かる可能性がある。
しかし、どうしてその可能性を投げ捨てるのか。
「理解不能だ」
「何がだ?」
「誰か一人でも逃げられる可能性がある選択を捨て、戦う選択をした事だ」
「ああ……それか。みんな、怖いさ。それでも、“負け”を選ぶ気はないのさ」
「負け?」
「生きている限り、戦いは続く……逃げるって事も、時には必要だ。でも……今じゃない」
「…………」
442
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/15(日) 19:40:06 ID:.WQ/87rc
やはり、理解できない。
自分から人間らしい思考が消えかかっているのもあるだろうが、これは流石にいささか無謀すぎると嫌でも理解できた。
敵はホアだけではない。
この場にいる魔族・魔獣全てだ。
野生の魔獣が飛び込んでこないとも限らないだろうし――――。
途中まで浮かんだ事を掻き消すかのように轟音がに響いた。
再び、十二発ほどの光線が発射され、一帯を無差別に爆撃し、無数の瓦礫と粉塵を周囲に押し広げた。
そして、“掃除”を終えたホアは金色の翼を広げたまま内部に入り、空中からジャレットたちを見下ろした。
「へぇ……人間の癖に結構、頑張るじゃん。まあ、関係ないけど……ね!」
ホアは両腕の袖から取り出したトンファガンの銃口を粉塵が立ち込める眼下に向けて、乱射した。
放たれた弾丸は次々と粉塵の中へ吸い込まれるように突き進み、瓦礫や地面や壁に当たって跳弾する音を響かせた。
その間、ホアは口笛を吹いていた。
何もできない雑魚共を、こうやって手の届かない所から一方的に弄るのはとても気持ちがいい。
旅先で沢山の人間をこうやって殺した。
どこから撃たれているのかわからなくて、ようやく自分を見つけた瞬間には「あっ」と声を上げる間もなく全身を撃ち抜かれて死ぬ奴や、何発もの弾丸が体を貫通しても生きていて、死への恐怖をたっぷり味わいながら死んだ奴もいる。
もちろん、撃ち殺すだけでなく撲殺、絞殺、圧殺等の様々な方法で殺した。
なぜなら、撃つだけでは飽きてしまうからだ。
やはり様々な方法を試した方が、やる気を損ねなくていい。
443
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/15(日) 19:43:03 ID:.WQ/87rc
「きひっ、きひひひひひひひひひひひひひ!!!!!ヒャーハッハッハッハッ!!!!」
ドスッという衝撃と共に、快楽の世界から現実に引き戻されたホアは、地上から伸びて足に絡み付いた鎖と錘を見た。
「あ?」
「撃ってください!」
粉塵の中、破裂するような音が立て続けに起こり、無数のミサイルがホア目掛けて発射された。
まるでさっき乱射した弾丸やビームがそっくりそのまま主の下へ戻ってきたかのようでもあった。
「ちょっ……!ゴルドシューティング!」
翼が輝きを放ち始めた瞬間、先に飛来したミサイルが自爆し、青白い粒子を撒き散らした。
すると翼の光は疎らになり、輝きを放つ所かどんどんくすみ始めた。
(魔力が集中しない?!抗魔力剤か……!面倒な物を持ち出して来て…………!)
更にそこへ弾丸や魔力弾といった攻撃が続けられ、翼で体を覆うようにして防御するのが精一杯だった。
ホアは信じられなかった。
下等で、なぶり殺してきた奴らと同じ人間相手に、“なぶり殺し”にされようとしている。
「人間如きが……私を殺そうだって……?!……きひっ……ひひっ……!」
だがやはり人間は馬鹿だ。
せっかく撒いた抗魔力剤を自分たちの銃撃で散らしている。
翼に再度集まり始めた魔力が煌々とした輝きをゆらめかせる。
チャージさえ完了すれば、十二発のビームが奴らを薙ぐ。
そうすれば、私の勝ちだ――!
「きひひっ………!ネーチャンの家で好き勝手する害虫は……私が駆除しなきゃね!」
輝きは更に強くなり、ジャレットたちから見ても眩しいと感じる程の光となり、ホアは勝利の確信、少しの間とはいえ自分を追い込んだ人間への怒り、自分の力への妄信、そして自分でも気付かない内に狂ったような高笑いをしていた。
444
:
鎧カリバー
◆OPO1uqcrCU
:2015/02/15(日) 19:45:19 ID:.WQ/87rc
人間なんか、所詮は支配される側の生き物。
自分が作る、新たな王国では貴様たちなど餌でしかない。
だったら、餌にもならない屑はここで始末してやる。
ホアの怒りは魔力となり、その魔力は翼へと集まっていく。
溢れ出る光は物理的な干渉力を持ち始め、銃弾や魔力弾を防ぐ球体のとなってホアを守る。
広げられた翼に十二の光球が浮かび上がり、はち切れんばかりに膨れ上がっていった。
「人間…………死んじゃえよ」
その瞬間、ホアの意識は別の方向へと向けられた。
それは、鎧の効力で高められた野性的直感とも言うべきもので、それが飛来した時には、“無意識の内に本体を守るべく”翼を閉じていた。
結果、金色の翼の片翼が両断され、ホアは降下せざるを得なくなった。
そして、翼を切り落とした敵を見て、更なる怒りを膨れ上がらせた。
四年前、自分と戦った、あいつだ。
「きっ……ひひ……っ!まさか、お前がいるとは思わなかったよ、ツルギ……!」
「ホア……やはりお前か……!」
着地すると同時に、両手でブリザードブレードを構えたアビスは、全身に鋭利なヒレがついており、表面には牙の様な模様が浮かび上がっていた。
ホアは、また進化したか、と思うと同時に強くなった相手に喜びを感じた。
強い相手と戦うのは、楽しいからだ。
強い奴を叩き伏せ、屈辱を味わらせて、悔しさと絶望の中で殺してやる!
「さっき潰した輩よりかは、楽しめそうだよねぇえ!!」
ホアはトンファガンをブレードモードへ変形させると、アビスに向かって突進し、ブリザードブレードと切り結んだ。
だがその瞬間、背後からの衝撃に襲われ、体勢を大きく崩して転ぶ結果となった。
「なに……?!」
そこに居る筈のアビスはおらず、自分の背後にアビスがいた。
切り結んだのは何かと戸惑い、そして自分が切り結んだと思っていたのは氷の塊である事に気付いた。
「お前は必ず倒す。誰も傷つけさせない」
「そんな事言っても……ここは敵地だぜ!」
残る片翼から六発分のビームを放つが、アビスはその隙間を縫うように走り、一気に近距離に持ち込み、正面から切り掛かると見せかけた一瞬、背後に回り込んでブリザードブレードを振り払った。
ホアはブレードで凌いたが次の瞬間、目を見開いた。
視界に、いくつもの剣の軌跡が“ほぼ同時”に映ったのだ。
「なっ……!」
今まで出した事もない反応速度で咄嗟にブレードを振るってその斬撃をなんとか防ぐと、息をつく間もなく次の斬撃が繰り出されていた。
速い。
それは、ホアがアビスに抱いた言葉だった。
いくつもの剣が同時に存在しているのではない、超高速で何度も剣が振るわれて同時に繰り出されているように見えるのだ。
だが、あのアビスにそんな能力があるとは思えない。
何か、別の鎧か魔具の能力が加わっている。
そう感じた時、アビスは冷気を操作して斬りを生み出した次の瞬間、その気配を消していた。
その“気配をほぼ完全に消す”という能力を見たホアの中で、今のアビスと一体化している鎧の検討がついた。
四年前、クローツたちと共にいた、ワーウルフ族のシドウ。
あいつが持っていたあの鎧だ。
「ゲイルハウンド……!これまた懐かしいのと追加契約したな、ツルギィッ!」
全身に“牙”を生やしたアビスは、低く唸る。
続く
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