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避難所スレ
246
:
remorse
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 00:40:05 ID:LT2LNYmE0
―――自分が殺したあの少女に対して、何か言うことはないのか。
その問いに、ニンジャスレイヤーは答えることが出来なかった。
言いたいことはあった。
あれは決して、自分の本意ではなかった。
自らのニューロンに潜む邪悪な同居人――ナラクが、自らが主導権を握るために少女を殺したのだ、と。
そう説明をすれば、目の前の少年も納得し、ともすれば許してくれるかもしれなかった。
過去の遺恨を捨て、自身と契約してくれた少女の協力者だ。可能性は高い。
……だがそれは、決して口にしてはならない事だと、自分は許されてはならないのだと、ニンジャスレイヤーは思っていた。
自分はあの少女を裏切った。
自分から契約を持ちかけておきながら、信頼してくれた少女の命を、この手で奪ってしまった。
それは決して許されることではない。もし許されることがあったとしても、自分はケジメすべきだろう。実際、セプク級のケジメ案件だ。
……………………だが。
(……しんのすけ……)
ニンジャスレイヤーは、まだセプクする訳にはいかなかった。
何故なら自分には、何よりも優先すべき目的があったからだ。
それはしんのすけを死に追いやったアサシンへの復讐と、そしてしんのすけの蘇生だ。
己のエゴであるこの二つの目的だけは、どうしても譲ることが出来なかった。
もしニンジャスレイヤーがセプクするとすれば、それは目的を果たした時か、ナラクに完全に飲み込まれ、完全に邪悪存在へと成り果ててしまった時だけだ。
故に……ニンジャスレイヤーがランサーたちへと返せる答えは一つ。
ニンジャスレイヤーは足立透をビルの一角へと米俵めいて投げ飛ばすと、チャドーの呼吸とともにカラテを構えた。
ランサーたちと戦うつもりなのだ!
だが、ニンジャスレイヤーはカラテを大きく消耗している。キャスターとの戦いによるダメージも回復していない。状態は非常にアブナイだ。
もしこのままランサーたちと戦えば、たとえ生き残ったとしても、アサシンへの復讐は困難なものとなるだろう。
それを理解していながら、それでもニンジャスレイヤーは構えを解かない。
後悔は死んでからすればよい。
それが彼らに許しを乞えず、己がエゴのためにセプクもできぬニンジャスレイヤーの、彼らへのケジメだった。
それに何より――――。
「………全サーヴァント……殺すべし!」
ショッギョ・ムッジョ。元よりこの聖杯戦争において、全てのサーヴァントは殺し合う定めにあるのだから―――。
アサシンのその答えを聞いて岸波白野の胸中に浮かび上がったのは、怒りでも憎しみでもなく、悔しさだった。
月の聖杯戦争と違い、この方舟の聖杯戦争には最低限のルールしかない。
それが聖杯へと至る手段ならば、大凡あらゆる行いは肯定される。
無論、アサシンの行いを認めるわけではない。
だが、どちらが間違っていたのかで言えば、敵であるアサシンを信じた凛と、そしてそれを許した岸波白野なのだ。
………けれど。
それでも自分は、悔しかった。
別に、その場しのぎの言い訳でも、愚かな自分たちへの侮蔑でもよかった。
ただせめて、ほんの一言だけでも、凛に対して何かを言ってほしかったのだ。
だがアサシンが返したのは、静かな戦意だけ。
全てのサーヴァントを殺すという、聖杯戦争においてごく当たり前の宣告だけだった。
――――ランサー。
と、失意とともにエリザへと声をかける。
自分は――――
>1.アサシンと戦う
2.この場から立ち去る
彼女の前へと、静かに左手を差し出した。
「本当に良いのね、マスター」
その問いに、ただ頷きで返す。
「わかったわ。じゃあ、少しだけ我慢してね」
少し悲しげに、エリザがそう応じた―――直後、
――――――――ッ!
左手に、激痛が走った。
痛みに明滅する視界の先で、アサシンが驚き目を見開いたのが見える。
それも当然だろう。何故ならエリザが岸波白野の左手に、強く噛み付いているのだから。
247
:
remorse
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 00:41:57 ID:LT2LNYmE0
サーヴァントが自身のマスターを傷つけるという異常。当然、それには理由がある。
もちろんアサシンのような裏切りではない。そもそも岸波白野は、自ら左手を差し出したのだから。
ならば何故か。
それは魔力の回復のためだ。
通常サーヴァントはラインによって、マスターからの魔力供給が成されている。これはその気になれば、その供給量の増加も可能だ。
ましてや岸波白野は、瞬間的にではあるが、より効率良く魔力供給を可能とさせる礼装も持っている。
そうでありながら、エリザに直接吸血させた理由は二つ。
一つは自身の魔力温存のため。
魔術師の肉体……特に体液には、それなりの魔力が宿っている。
供給量の増加も、礼装による回復も、結局はマスター自身の魔力を消費している。
しかし体液交換による魔力回復であれば、さほど自身の魔力を消費することなく相手に魔力を譲渡することが可能なのだ。
そしてもう一つは、エリザの二つ名が理由だ。
“鮮血の伯爵令嬢”吸血鬼カーミラのモデルともなった彼女は、他のサーヴァントが行う場合に比べ、吸血による魔力回復の効率が遥かに良いのだ。
実際その性質は、彼女の持つスキルにも色濃く出ている。
だが当然、そう何度も使える手ではない。
吸血を行うたびにマスターが傷付くし、そもそも戦闘中に行うのはほぼ不可能だ。
ましてや今のように、戦いの直前で行っては、わざわざ隙を晒す様なものだ。
今回アサシンが攻撃してこなかったのは、こちらの行動に驚いたが故だろう。つまり、次はない。
岸波白野がそれを承知で行ったのは、アサシンが強敵であればこそだ。
加えて現マスターである足立の能力も未知数。
予想外の攻撃に対処するためにも、少しでも魔力は温存しておく必要があったのだ。
そうして吸血を終えたエリザが、アサシンに向かい前へと踏み出す。
吸血を行なったからか、その様子は先ほどよりも多少落ち着いていた。
「ねぇアサシン。私は別に、アナタがリンを裏切ったことに関してどうこう言うつもりはないわ。
私自身、月の裏側では何度もマスターを乗り換えたし、最初のマスターに至っては自分で殺したわけだしね」
そう告げるランサーの顔に、後悔の色はない。何故なら、エリザベートは“そういう英霊”だからだ。
鮮血の伯爵令嬢。純粋培養の悪の華。岸波白野が出会った中では、最も残酷で純粋な反英雄。
――――だが。
「だから私が怒っているのは別のこと。
よくも………よくもリンを、ハクノの誓いを踏み躙ってくれたわね! 竜の逆鱗に触れたわよ、オマエ……ッ!」
彼女は、岸波白野に力を貸してくれている。
自身の在り方とは反する自分のやり方に、従ってくれている。
それが自身の贖罪のためだったとしても、こうして自分と凜を理由に、怒りを露わにしてくれている。
……それが彼女にとって、どれ程の苦痛となっているのか、岸波白野には推し量ることは出来ない。
けれど……だからこそ、その思いに応えるためにも……そして、凛の死に報いるためにも……アサシン――ニンジャスレイヤーを、ここで倒す……!
「ステージ・オン! ミュージック・スタート!
ライブ開始よ。この屈辱の借りは、数十倍にして返してあげる……ッ!」
エリザ――ランサーが歌う様に口上を述べ、踊る様に槍を構える。
「――――――――」
それに応じて、アサシンがより深く腰を下ろし、手刀を構える。
――――剣か死か(ソード オア ダイ)。
その決意とともに、岸波白野はランサーへと指示を下した―――。
248
:
クレイジー・コースター
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 00:43:03 ID:LT2LNYmE0
04/ VSアサシン(cause)
「Wasshoi!」
初手はアサシン。その高い瞬発力を生かし、ランサーへと一気に接近する。だが。
「最初からクライマックスよ! 鮮血魔嬢の名の意味を、その魂に刻みなさい!」
ランサーはアサシンを迎え撃つのではなく、己が槍を再び屋上へと突き立てる。
直後、それを起点として、ランサーの周囲が鮮血に彩られる。
その鮮血の中から浮かび上がる巨大な城――“鮮血魔嬢(バートリー・エルジェーベト)”。
「ヌッ!?」
それを見たアサシンの眼が、いきなりの宝具の発動に驚き見開かれる。
だが、驚いている暇はない。ランサーの宝具は広域に及ぶ超音波攻撃だ。
しかしランサーへと接近したことにより、回避は出来ない。先手を打ち宝具の発動を阻止するか、堅実に防御するしかない。
シークタイム・ゼロカウントで判断し、アサシンは決断的に屋上の床を蹴り砕いた。
「“LAAAAAAAAAAAA――――――――――――ッッッッ!!!!!!”」
周囲の空気全てを飲み込むような吸い込みからの、雷鳴の如き一声。
それはランサーの背後に出現した、アンプに改造された城によって増幅され、更なる破壊力を伴って解き放たれる。
キャスターと戦った時とは異なる、ランサーの宝具の完全開放。
耳を劈く衝撃波は、このビルのみならず周囲のビルにまでおよび、その窓ガラスを粉々に粉砕する。
「アイエエエ!」「ガラス!? ガラスナンデ!?」
当然、砕け散った窓ガラスは地上へと降り注ぎ、そこにいたNPCたちに被害をもたらす。
その微かに聞こえる悲鳴を耳にしながらも、岸波白野はまっすぐにアサシンへと視線を向ける。
アサシンは強敵だ。手加減をする余裕はない。無論わざと巻き込むつもりはないが、周囲への被害を気にしいる余裕もない。
それにその肝心のアサシンは、
「ヌウーッ……!」
屋上の一角で、腕を交叉させ耐え切っていた。
アサシンは咄嗟にグレーター・ウケミを応用し、ランサーの宝具による衝撃を屋上へと受け流したのだ。
その証拠に、アサシンの足元の床は、周囲と比べて重点的に粉砕されていた。
だが衝撃波を完全に受け流せたわけではなく、その身体には無数の裂傷が奔り、先の戦いによる傷も開いていた。
これが“竜鳴雷声”であれば完全に受け流せていたが、より強力な“鮮血魔嬢”を防ぎきることは出来なかったのだ。
……予想はしていたが、ランサーの超殺人的、東京ドーム一個分を倒壊させる超音痴攻撃を、耐えたか……っ!
「音波! 超音波! 音速のドラゴンブレスだって前にも言ったわよねぇ!?」
アサシンを倒せなかったことに岸波白野はそう悔しげに口にし、その発言にランサーが苦言を呈する。
それを聞き流しながら端末を操作し、礼装の一つを換装。『破戒の警策』によるコードキャスト、《mp_heal(32); 》でランサー魔力を回復させる。
アサシンが対処することも想定内ではあったが、やはりこの一撃で決められなかったのはやはり痛い。
なぜならランサーとアサシンに蓄積されていたダメージはほぼ同量。消耗戦になればそれだけで不利になるし、今よりさらに消耗した状態であの状態になられれば、たった一手選択を誤っただけで倒されかねない。
決定的な情報が欠けている今、手を読み切れない相手との長期戦は避けるべきなのだ。
加えて、アサシンに対する再度の“鮮血魔城”の使用は、もはや意味を成さないだろう。仮に使用したとしても、今の状況では発動の隙に対処されるだけだ。
直撃を決めるには、あと一手、手を凝らす必要がある。
「グワッ、痛う……っ!? ちょ、なんだよ今の! 耳が、耳がキーンって……!」
アサシンの背後からそんな声が聞こえてくる。そこには、アサシンの現マスターである足立透がいた。
そう。アサシンが宝具発動の阻害ではなく防御を選んだのは、足立を庇うためだった。
それも当然か。
足立は両膝を破壊されており、ロクに動くこともできない。仮に阻害行動を選んでいた場合、阻止できたのなら問題はないが、もし失敗してしまえば、ランサーの宝具の余波をまともに受けていたのだ。
無論、アサシンが足立を庇ったのは、足立のためではない。
カラテの消耗しきった今の状態では、マスターを失うことが致命的であるが故の行動だった。
249
:
クレイジー・コースター
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 00:44:31 ID:LT2LNYmE0
「スゥーッ! ハァーッ!」
だからだろう。アサシンは足立を気遣う言葉をかける事もなく、チャドーの呼吸とともにジュー・ジツを構える。
だがそれはランサーも同じだ。その瞳はアサシンだけをまっすぐに見据え、足立の存在など歯牙にも掛けていない。
警戒していないわけではないだろうが、気に留める必要もないと思っているのだ。
それは半ば正しい。
アサシンと足立透との間に信頼などない。足立にはアサシンへの的確な支援などできないだろう。
それにそもそも、重傷を負い消耗したままの足立にはそんな余裕などない。
岸波白野はそう予測をし、ランサーへと更なる指示を下す。
「ハッ――!」
一手目と異なり、二手目はこちらから。ランサーは深紅の弾丸となって、アサシンへと疾駆する。
槍兵(ランサー)の名に恥じぬ神速の踏み込み。両者の間にあった空白は瞬く間に詰められる。
そして放たれる振り下ろし。
アサシンの頭部を叩き潰さんと、監獄の槍はその頭上から豪速で襲い掛かる。
「イヤーッ!」
対するアサシンも、自身に向け振るわれた槍を的確に迎撃する。
頭上から迫り来た槍は、側面に叩き付けられた蹴りによって横方向に軌道を変えられる。
「そーれっ!」
だがランサーは、弾かれた勢いをそのままに、薙ぎ払いによる攻撃へと移行する。
蹴りの勢いも加算された槍はランサーの身体ごと一回転し、大気を唸らせながら再度アサシンへと迫る。
追撃を放とうとしていたアサシンは、咄嗟に攻撃を中断しブリッジ回避! ランサーの槍はアサシンの胴の上を空しく空振る。
「イヤーッ!」
そしてこのブリッジ体勢は攻撃の予備動作でもあった。アサシンの脚が霞み、反撃の一撃が繰り出される!
薙ぎ払いを躱されたランサーは咄嗟の行動を取ることが出来ない。放たれた足撃は的確にその胴体を蹴り飛ばした。
「ンアッ!」
腹部に受けたダメージに、ランサーは堪らずたたらを踏む。
アサシンは即座に追撃のワザを放とうとカラテを構え、
「グワッ……!?」
唐突に胴体にダメージを受ける。フシギ!
だがその現象に驚愕する間もあればこそ、アサシンへ更なる一撃が襲いかかる。
「不愉快。返すわっ!」
頭上から振り下ろすような刺突。ブリッジ回避は無意味。
アサシンは素早く側転を繰り返し、回避と同時にランサーから距離を取る。しかし。
「ハッ、トロいのよ!」
弾丸の如き踏み込み。アサシンが開けた距離を、ランサーは一瞬でゼロにする。
「ほらほらほら!」
そして放たれる連続攻撃。縦横無尽と振るわれる槍が、アサシンの肉体を穿たんと高速で奔る!
「ヌウ……ッ」
その疾風怒濤の連撃を、アサシンは紙一重で躱していく。
ランサーの攻撃を的確に捌きながらも、その表情には苦渋の表情が浮かんでいた。
ランサー――エリザベートは本来、通常のサーヴァントのような“戦う者”ではない。
生前の逸話によって英霊となり、それにより生じたスキルと、その身に宿る竜の血によって高いステータスを得ただけの少女だ。
そのため、サーヴァントとしての評価こそB+〜Aランク相当とされるが、戦闘技術そのものは格下のサーヴァントにも劣る。
そんな彼女が仮にも戦闘を行えているのは、その独特な感性(リズム)から繰り出される卓越した拷問技術が理由だ。
つまりエリザベートは、その奔放な動きで翻弄し、的確に弱所を突く事で、他のサーヴァントと渡り合うことが出来るのだ。
故に、その動きに惑わされず冷静に対処をすれば、彼女の攻撃を防ぐことは難しくはない。
ましてや格闘戦に優れるアサシンならば、十分に応戦することが可能だろう。
事実、岸波白野は三度に渡って、彼女を打ち倒してみせたのだから。
…………だが。
(先ほどのダメージ。あれは、ランサーさんのジツか)
ランサーへと反撃した際に生じた謎のダメージ。その奇怪現象ゆえに、アサシンはランサーへと攻めあぐねていた。
あの瞬間、ランサーはもちろん、マスターのジツによる支援もなかったことは視認している。
となれば、考えられる理由は一つ。ランサーの宝具攻撃を受けた際に、同時にジツを掛けられていたのだ! ワザマエ!
250
:
クレイジー・コースター
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 00:45:11 ID:LT2LNYmE0
アサシンが考えを巡らせる間も戦いは続いている。
「これはどうっ!?」
一際大きな薙ぎ払い。アサシンの胴を目掛けて、ランサーの槍が襲い掛かる。
「イヤーッ!」
対するアサシンは、後方へと大きくジャンプ回避。同時に両手から無数のスリケンを投擲し牽制する。
だがその程度の小細工では、一瞬の足止めにしかなりはしない。
「逃がさないわよ、ロックンロールッ―――!」
ランサーはスリケンを弾き飛ばすと素早く槍の柄に腰かけ、直後、文字通りの弾丸となって撃ち出された。
――――“絶頂無情の夜間飛行(エステート・レピュレース)”。
先ほどの踏み込みよりもなお疾いその一撃が、アサシンの肉体を穿たんと飛翔する。
「グワーッ!」
屋上へと着地する寸前だったアサシンに、これを回避する術はない。
咄嗟に両手のドウグ社製ブレーサーによって防御するが、堪らずタカイ・ビルの屋上から弾き飛ばされる!
だがそれは、アサシンへと突撃したランサーも同様だ。彼女もまた、勢いのままに屋上から跳び出している。キヨミズ!
「あはっ! どんどん行くわよっ!」
しかし、ランサーはその背中からドラゴンの翼を出現させると、精確にアサシンへと向けて飛翔する。
そして放たれた槍を、アサシンはドウグ社製ブレーサーとジュー・ジツによって防ぎ、その反動を利用して距離を取る。
(ヌウ……このままではジリー・プアー(徐々に不利)だ。やはり無理にでも宝具の発動を阻止するべきだったか)
アサシンは近場のビルを足場にジャンプしながら、内心でそう歯噛みする。
先ほどの牽制の際、スリケンのいくつかがランサーの体を掠め傷付けていった。
しかしそのダメージもまた、アサシンへと反射されていたのだ。ナムアミダブツ!
ウカツな攻撃をすれば無用に反射ダメージを受け、かと言って攻撃しなければやはり自分だけがダメージを受ける。
戦闘続行スキルを持つアサシンにとって、ダメージ量自体は無視できる程度だ。
だがランサーの攻撃も加わり大きく消耗している今、僅かなダメージでさえ軽視はできない。
加えて足立と違い、ランサーのマスターは万全だ。しかもいかなるジツによるものか、ランサー自身もまた、スリケンによって負った傷が少しずつ癒えている。
カラテが不足している上に、ダメージ反射のジツがいつ解かれるのかもわからない以上、このままでは実際ヤバイ!
「邪魔っ!」
アサシンの放った牽制スリケンを弾き飛ばし、ランサーは同じようにビルを足場にジャンプ。
ドラゴンの翼によって的確にアサシンへと接近し、驚異的な槍を繰り出す。
「イヤーッ!」
対するアサシンはどうにかランサーの槍を迎撃し捌いていくが、足場のない空中では踏ん張りがきかず、その衝撃に容易く弾き飛ばされる。
お互いのマスターの差。ダメージを反射するジツと回復するジツ。そして空中というイクサ場。フーリンカザンは完全にランサーにある。
この危機的状況を脱すべく、アサシンはランサーの攻撃を捌きながらイマジナリー・カラテによって打破の方法を模索し始めた。
†
ビルの端へと駆け寄り、ランサーたちの姿を追いかける。
二騎のサーヴァントはビルの壁面を足場に、縦横無尽に跳び回っている。
一見では、二人の戦いは互角に見える。しかしだからこそ、早急に手を打つ必要がある。
先制の一撃、地の利を得てなお互角ということは、時間を経るごとに戦況は不利になっていくということだからだ。
故にこそ、ランサーへと最適な指示を下す必要があるのだが……それは困難を極めた。
高速で動き回る二人はビルの陰に隠れては現れ、まるでストロボのように常に捉えていることはできないからだ。
一瞬の判断が重要となるサーヴァントの戦いにおいて、不確かな状況でむやみに指示を出すことはできない。
下手に戦況を読み違えれば、それが即死に繋がる。
――――ならばどうするか。
ランサーと視界を繋げる、という手はある。
そうすればランサーの視点からではあるが、間断なく戦況を知ることができる。
……だがその判断はまだ早い、と直感する。
なぜなら、こうしている今も、二人がどこにいるかということだけは、確かに感じ取ることができていたからだ。
――――そう。それこそが今、岸波白野が考えるべきことだ。
こうしてアサシンを見つけられた理由。今なおアサシンを捉えられている不思議な感覚。
その正体を知ることが、アサシンとの戦いにおける鍵となるだろうからだ。
それに加えて……。
251
:
クレイジー・コースター
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 00:45:43 ID:LT2LNYmE0
風の音に紛れて、バチッと、背後から空気の弾けた音が聞こえた。
咄嗟にその場から飛び退くと同時に、先ほどまで立っていた場所を雷撃が奔り抜けた。
肝を冷やしながらも雷撃の発生源へと目を向ければ、そこにはこちらへと右手を向けた足立透の姿があった。
「はっ。あのままボーッと突っ立っていれば、楽に死ねたのにね」
そう口にする足立の背後の空間には、何かのノイズのようなものが奔っている。
そのノイズも、足立が腕を下すと同時に消えた。おそらくは、何かの“力”の名残なのだろう。
「一つ聞きたいんだけどさぁ。君、なんでここにいるわけ? わざわざこんな場所まで、あんな無茶苦茶な方法でさ?」
本当に不思議そうでありながらも、どこかどうでもよさ気な問い。
自分は――――
1.聖杯を手に入れるため
>2.アサシンと話し合うため
3.遠坂凛の仇を討つため
「あいつと、話し合う? ハッ、何言ってんの君。あんな奴と話してどうすんだよ。
君だってもう解ってるんだろう。あいつはただの狂人。目的のためなら手段を択ばない、人でなしだ」
……だが、決して人の心がないわけではない。
でなければ、復讐などという目的を持つはずがないのだから。
「復讐、ねぇ。それはむしろ君の方なんじゃないの?
君と一緒にいたあの女の子。その子もあいつに殺されちゃったもんねぇ。
しかもわざわざマスターになってやったっていうのに、速攻で裏切られちゃってさ」
それは違う。
確かに裏切られたことに対する怒りも、凛を守れなかったことへの悲しみもある。
だが決して、復讐のためにアサシンを追いかけてきたわけではない。
「ふうん、そう……。ま、何だっていいけどね。
結局最後にはどっちかが裏切ってたんだ。早いか遅いか、それだけの違いでしかない。
だってそうだろう? これは聖杯戦争。生き残れるのは、聖杯を手に入れたたった一組だけ。どうせ最後には殺しあうのに、協力なんてできるわけがない」
それも違う。
確かに自分と凛は、最後には戦って、どちらかが死んでいただろう。
だけどそれは、決してどちらかが裏切ったからなんかじゃない。
自分は彼女と約束したのだ。聖杯戦争の最後に、正々堂々と戦おうと。
「ハア? 約束した、だって? あははははははは! ヤバイヤバイ腹痛い……。
……で、約束したからなに? 無理に決まってんじゃんそんなの。あんまり笑わせないでよ、こっちは怪我人なんだからさ。
それに、そんなヌルい事を口にしてるからあっさり裏切られるんだよ。ま、自業自得ってやつ?」
自業自得。確かにその通りだろう。
凛がアサシンに殺されたのは、完全に自分たちの落ち度だ。
……だがあの約束は、決して笑われていいものなんかじゃない。
「いいかげん自分に素直になりなよ。結局は聖杯が欲しいだけなんだろ? 君も、あの子も。
別に恥じることはないさ。誰だって死にたくないもん。当然、僕だって死にたくない。だから聖杯が欲しい
……それに、聖杯があれば、こんなクソみたいな世の中だってどうにでもできるだろうしね」
その言葉は、今の状況に対してではなく、彼が認識している“世界”そのものに向けて放たれたように聞こえた。
そしてそれがきっかけになったかのように、足立はいらだたしげに頭をかきむしり始めた。
「……ああ、そうだよ。おまえらさえいなければ、僕はあのクソ忍者にこんな目にあわされずに済んだんだっ……!
あいつが今生きてるのも、俺がこんな目にあってるのも、全部おまえらのせいなんだよ!」
そう口にする足立にはもう、先ほどまでの余裕ぶった様子は見えない。
結局のところ、今の言葉が彼の本音なのだ。
確かに彼の言った通り、自分たちがキャスターへと攻め込まなければ、彼はアサシンに襲われることはなかっただろう。
仮に襲われたとしても、あのキャスターならば余裕をもって撃退していたはずだ。
……だが言わせてもらえば、それこそ聖杯戦争というもので、自業自得というやつだろう。
アサシンが復讐に走ったのは、キャスターがアサシンの召喚者であったしんのすけを殺したからだ。
だというのに、どうしてキャスターのマスターであった足立が無関係だと言えるのか。
加えて言えば、あの地区で違反行為があったことはルーラーによって通達されていた。
ならば自分たちが攻め込まずとも、いずれは他のサーヴァントがやってきていた可能性だってあったのだ。
現にあの場には、自分たちだけではなく、白面のバーサーカーもやってきていたのだから。
252
:
クレイジー・コースター
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 00:46:17 ID:LT2LNYmE0
「っ……うるさい! うるさいうるさいうるさい!
クソ生意気なガキが、偉そうな口ききやがって。目障りなんだよ!
消してやる……おまえも、あのガキのように消してやる!」
足立はそう罵声を上げると、再び右手を持ち上げる。
直後その手に現れる、赤く禍々しい光を放つ、一枚のタロットカード。
それを視認した瞬間、左手がかすかに疼いたような気がした。
……令呪の反応ではない。ならばこの疼きは何なのか。
「ペルソナ……“マガツイザナギ”!」
その正体を確かめる間もなく、足立はそのタロットカードを握り砕く。
瞬間、足立の背後に大きな人影が現れた。
赤黒く禍々しい装飾を纏い、矛のような剣を逆手に構えたその人影は、サーヴァントではない。
おそらくあれが、最初の雷撃を放った足立透の“力”の正体なのだろう。
しかしマガツイザナギの体は大部分がノイズに覆われ、今にも消えてしまいそうなほどに希薄だ。
足立自身がそうであるように、彼の力の具現であるマガツイザナギもまた弱っているのだろう。
もっとも、それでも岸波白野を殺すには十分すぎる力を持っているはずだ。
その力に応戦するために、端末を操作して礼装を換装する。
………だが忘れるな。岸波白野に、戦う力などないということを。
「ガキは黙って死ねばいいんだよ!」
瞳を金色に染めた足立が叫ぶと同時に、その声に従うようにマガツイザナギが動き出す。
それにわずかに先んじて、コードキャストを発動する――――!
04.5/ interlude『甲賀のアサシン(壱)/&color(black,yellow){デップー殿がまた死んでおるぞ!}』
――――その二組の戦いを、遠く離れたビルから観察している存在がいた。
真名を、甲賀弦之介。電人HALに従うアサシンのサーヴァントだ。
彼は己がマスターの命を受け、【C-6】に現れた赤黒のアサシン――ニンジャスレイヤーの追跡を行っていたのだ。
彼のマスターがその命を下した理由は、自身の把握する範囲内に、更なる不確定要素を増やさぬためであった。
現在【C-6】では、いくつもの戦いが起きている。そこにニンジャスレイヤーが介入し、さらなる混乱が起きるのを避けようとしたのだ。
だがニンジャスレイヤーは戦いが起きている場所を軽く探ると即座に引き返し、己がマスターのもとへと帰還した。
それだけであれば、彼のマスターはニンジャスレイヤーのことを捨て置いただろう。
だが【B-4】で起きた戦いを知っていた彼のマスターは、ニンジャスレイヤーが戻ってくると予測した。
その結果下された命令が、「赤黒のアサシンを追跡してその動向を探り、可能であればそのマスターを殺害せよ」というものだった。
もちろん【C-6】で起きている戦いが彼のマスターの下まで波及する可能性もあった。
だが電人HALの所在はまだ露呈してはいないし、最悪の場合、令呪の使用による召喚が可能だ。
故にアサシンは、己がマスターの命に従い、アサシンを追跡した。
そうして現在、彼の視線の先では、二つの戦いが起きていた。
赤黒のアサシンたちと、それを追跡してきたらしい紅色のランサーたちによる、サーヴァント同士とマスター同士の戦い。
紅のランサーたちが赤黒のアサシンたちを追跡してきた理由は、おそらく赤黒のアサシンに殺された少女の敵討ちだろう。
その思いは、アサシン自身の生前を思えばわからぬでもない。だがそれは、赤黒のアサシンとて同じことだろう。
……しかもこの戦いは、アサシンにとって好機でもあった。
紅のランサーと赤黒のアサシンは、己がマスターの下を離れて戦っている。
つまりサーヴァントの襲撃から、彼らのマスターを守るものは存在しないのだ。
無論、その戦いを見て分かるように、彼らとて何の力も持たない存在ではない。
だがサーヴァントのそれからすると、あまりにも脆弱であり、障害にはなりえないだろう。
(すまぬな、名も知らぬ“ますたぁ”達よ。だがこれも、我らの望みを叶えるため)
アサシンはもともと、殺生を好む性格ではない。だが必要であるならば躊躇う性格でもない。
眼前で戦いを繰り広げる二人のマスターを殺すために、アサシンは静かに忍者刀を抜き放った。
253
:
クレイジー・コースター
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 00:46:47 ID:LT2LNYmE0
「いやー、あいつらもよくやるよな。あんな派手にドンパチやっちゃってさ。
特にあの赤黒のアサシンの方。お前ホントにアサシンか! みたいな? あんたもそう思わね? 同じアサシンとしてさ」
「ッ―――!?」
直後、自身の隣から放たれたその声に、文字通り戦慄した。
咄嗟に大きく飛び退き、声の方へと振り返れば、そこには赤黒のアサシンとはまた異なる赤黒の衣装を着た男。
間違いない。赤黒のアサシンやランサーと同様、【B-4】にいたサーヴァントの内の一騎だ。
「ドーモ、アサシン=サン。バーサーカーです」
「――――――――」
バーサーカーの挨拶に対し、アサシンは沈黙を通す。
表面上は冷静を装っているが、その内心は激しく動揺していた。
あの瞬間、唐突にバーサーカーが現れたこともそうだが、アサシンは気配遮断を解いてはいなかった。
確かに気配遮断スキルは攻撃態勢に移ればランクが下がる。だがあの時、アサシンは刀こそ抜いていたが、マスターたちには近づいてすらいなかった。
加えて言えば、アサシンは忍術スキルの併用によってスキルランクの低下を抑えることが可能だ。
つまりこのバーサーカーは、アサシンの気配遮断スキルを無効化して接近してきたことになるのだ。
「それは何故かって? 知りたい? じゃ教えてあげちゃう!
俺ちゃんがアサシンを見つけることができたのはぁ、俺ちゃんの宝具、“第四の壁の破壊(フォースウォール・クライシス)”のおかげなのでした!
要するに、地の文=サンがあんたのことを解説した以上、気配を消していようがいまいが俺ちゃんには関係ないっつうこと。
まあ、俺ちゃんがここに現れたのは、この場所があいつらの戦いを観察しやすいってだけで、単なる偶然なんだけどね。
あ、偶然って書いて話の都合って読むのは無しの方向でお願いします。俺ちゃんとの約束だぞ」
あらぬ方向へと向けて話しかけるバーサーカー。
なるほど、その様子は確かに狂人のそれだ。狂戦士のクラスで呼ばれたのも、それが所以だろう。
「――――――――」
だが、とアサシンは刀を構えなおす。
いずれにせよ、見つかったのであればやることは一つだ。
即ち、このバーサーカーに対処する。
二人のマスターをどうするかは、それからの話だ。
「お、やる気? いいね、そういうの。俺ちゃん嫌いじゃないぜ」
アサシンに呼応して、バーサーカーも背中の二本の刀を抜き放つ。
たとえ狂っていようと、サーヴァントとしての本能に変わりはないということだろう。
そうして両者の視線が絡み合い、緊張が限界に達した、その瞬間。
我慢できないとばかりにバーサーカーが躍り掛かり――――
「イヤーッ! ……あ、アレ?」
―――アサシンの宝具が発動した。
「うっそーん。マジで?」
困惑したように口にするバーサーカー。
その胸には、彼自身の二本の刀が突き刺さっていた。
「オゴーッ、ヤラレター!」
バーサーカーはその覆面越しに血を吐き出し、そのまま倒れ伏した。
それを見届けて、アサシンはバーサーカーから背を向けた。
確認せずともわかる。バーサーカーは死んだのだ。
何故ならそれがアサシンの宝具――“瞳術”の効果だからだ。
アサシンに向けて害意を以て襲い掛かったものを、強制的に自害させる“瞳術”。
この宝具の前では、およそあらゆる武力が無意味だ。
何の対策もせずに挑めば、己が手によって屍をさらすだけに終わるだろう。
今自らを死に追いやった、狂想のバーサーカーのように。
254
:
クレイジー・コースター
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 00:48:18 ID:LT2LNYmE0
そうしてアサシンは、再び二人のマスターが戦っているビルへと向き直り、
「ドーモ、アサシン=サン。バーサーカーです」
「なにっ!?」
再び目の前に現れたバーサーカーに、更なる戦慄を露わにした。
即座に大きく飛び退き、最大の警戒を以てバーサーカーを観察する。
「いやまさか、いきなり自害させられるとは、さすがの俺ちゃんにも予想できんかったわ。
そういうのはランサーの役目でしょ。これ読んでるPCの前のみんなもそう思わない?」
またもあらぬ方向へと語りかけるバーサーカーの胸には、日本の刀が刺さったままだ。
即ち、“瞳術”が無効化されたわけではない。だとすれば、考えられる答えは一つ。
(そうか。彼奴の能力は、天膳と同じ……!)
「ピンポンピンポーン! だいっせーかーい!
っつーか、チャプタータイトルにヒントが書かれてたしね」
気配遮断を無効化し、自らの死をも覆す能力。
このサーヴァントは間違いなく己の天敵だ、とアサシンは理解する。
その制約がどれほどのものかはわからないが、早急に対処しなければならない。
「そうそう。あいつらの戦いはあいつらに任せて、俺ちゃんたちは俺ちゃんたちでとっとと始めようぜ。尺もあんまないことだしよ」
バーサーカーはそう口にすると二丁の拳銃を取り出し、その銃口をアサシンへと突きつけ、引き金を引いた。
こうして人知れず、また新たな戦いが始まったのだった――――。
05/ VSアサシン(corner)
――――ビルの壁面および窓ガラス、無残!
幾つも立ち並ぶ街灯と電光掲示板、無残!
アスファルト舗装された道路、無残!
違法路上駐車中の車両、無残!
ドラゴンの翼とトライアングル・リープを駆使した空中高速戦闘。
いくつもの痕跡を残しながら、ランサーとアサシンがビルの谷間をしめやかに跳び回る。
両者が交差するたびに相手へと攻撃を加え、結果その余波によって周囲の構造物が破壊されていく。
残業帰りのサラリマン、深夜パトロール中に呼び出されたマッポ、騒ぎを聞きつけてきた野次馬には、彼らの姿は色つきの風にしか見えない事だろう。
彼らに把握できることは、先ほど唐突に割れた窓ガラスが降り注いだことと、現在進行形で唐突に建物が破壊されているということだけだ。
この町のNPCたちはそのようにして、オペレーション中のサーヴァント存在を知覚できずにいるのだ。それは幸運な事だ。
だがその幸運を理解できぬモータルNPCたちは、戦いの発生源である双葉商事ビルへと集まっていく。
何故ならそこが最も被害の大きい場所だからだ。
特にマッポたちは、そのルーチン故にその行動が顕著になっている。このままでは双葉ビルの屋上で起きているもう一つの戦いが発覚してしまうだろう。
ランサーはそのことを正しく把握し、湧き上がる焦りにその身を焦がし始める。
警官の手によって戦いが明るみに出るということは、彼女のマスターが指名手配されるということに繋がる。
それはすなわち、NPCに追われるということであり、同時に多くのマスターに自分たちの存在を知られるということだ。
そうなってしまえば、聖杯戦争をまともに続けることは困難になるだろう。
そんな事態を防ぐためにも、警官に見つかるわけにはいかなかった。もし見つかってしまえば、最悪その警官を殺すしかなくなってしまう。
それはなるべく取りたくない手段だし、何よりマスターが望まないだろう。たとえ相手が、NPCだったとしても。
………………だが。
「っ………さっきからずっとちょこまかと。いつまでも逃げ回ってんじゃないわよ!」
ランサーはビルの壁面を踏み砕いてアサシンへと一息で接近し、その手の槍を勢い良く振り抜く。
アサシンはその一撃を空中ブリッジ回避。振るわれた槍は空を薙ぎ払うだけに終わる。
それならばと即座に背中の翼によって姿勢制御し、アサシンへと大気を穿つ刺突を繰り出す。
だがアサシンはブリッジ姿勢からそのまま後方宙返りを行い、背後のビルを足場に上空へと跳躍回避。放たれた槍はビルの壁面を穿ち、放射状の亀裂を入れるだけに終わる。
「イヤーッ!」
そこへ反撃とばかりに、アサシンがトライアングル・ドラゴン・トビゲリを放つ。
対するランサーはビルの壁面に突き立った槍を支点に体を回転させ、ドラゴンの尻尾による薙ぎ払いを放つ。
255
:
クレイジー・コースター
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 00:49:12 ID:LT2LNYmE0
「なめんじゃ――ないわよ!」
放たれた“徹頭徹尾の竜頭蛇尾(ヴェール・シャールカーニ)”は、アサシンのトライアングル・ドラゴン・トビゲリと打ち合い、相殺されつつもアサシンを弾き飛ばす。
その隙にビルの壁面を勢いよく蹴りつけ、槍を引き抜くと同時にアサシンへ向けて跳躍、“絶頂無情の夜間飛行(エステート・レピュレース)”を繰り出す。
しかしアサシンは空中で体を回転させ、ジュー・ジツによってランサーの突撃をいなした。
この二騎の戦いは、一貫してランサーが攻め、アサシンが受けるという様相を呈していた。
無論アサシンとて攻撃はしているが、それはあくまでも牽制の域を出ない。
何故なら空中戦において、ランサーはアサシンを上回る機動をとることが可能であり、さらにアサシンはダメージ反射効果を持つ鮮血魔嬢の呪いを受けていたからだ。
加えて言えば、お互いのマスターの魔力残量の差により、使用できる魔力量においても両者には大きな差ができていた。
そしてランサーは、多少のダメージなら“鮮血は湯水の如く(レ・サング・デ・オングリ)”によって回復が可能なのだ。
つまり半端な攻撃によるダメージでは即座に回復され、逆にダメージ反射の呪いによってアサシン自身が不利になるだけでしかないのだ。
……だがそれは、決してランサーの優位を表すものではなかった。
なぜなら戦いが長引けば長引くほどに、アサシンのジュー・ジツはランサーの攻撃に対応し、反撃の機会を掴みやすくなるからだ。
それに鮮血魔嬢の呪いも間もなく解けてしまう。そうなればランサーの有利が一つ失われてしまうのだ。
そして彼らのマスターたちの方でもまた戦いが始まっており、加えて時間をかけ過ぎればNPCの警官に捕捉されるという問題もあった。
確かに単純な持久戦であれば、最終的には魔力残量の差によってランサーが勝利していただろう。
だがこの戦場における様々な要因によって、その優位性は失われていたのだ。
それ故にランサーは早急に決着を付けようと逸り、その結果、焦りによって攻撃の手を誤ることとなった。
「チィ、ッ――!?」
“絶頂無情の夜間飛行(エステート・レピュレース)”を躱されたランサーはビルの壁面へ槍を突き立て、コンクリートブロックを抉りながら急停止。即座に振り返りアサシンの姿を確認する。
しかし、先ほどの地点にはすでにアサシンの姿はいない。加えてその気配も感じ取ることができなかった。
気配遮断スキルによって、その姿を隠したのだ。
……だが、この場から逃げたわけではないとランサーは直感する。理由の解らない感覚によって、アサシンがまだ近くにいると感じていたのだ。
「イヤーッ!」
それを証明するかのように、無数のスリケンが掛声とともに投擲される。
ランサーは即座にその場から跳躍回避。無数のスリケンによってビルの壁面はハチの巣にされる。
別のビルの壁面に着地すると同時に、同時にスリケンが放たれた場所へと視線を向けるが、アサシンの姿は見えない。すでにその場から離れているのだ。
「イヤーッ!」
それを確認する間もあればこそ、再び無数のスリケンが掛け声とともに投擲される。
ランサーは槍を旋回させてスリケンを弾き飛ばし、スリケンの放たれた場所を確認するが、やはりアサシンの姿は見えない。
気配遮断スキルを駆使した、遠距離からのヒットアンドアウェイだ!
確かに気配遮断スキルは攻撃態勢に移るとランクがダウンする。スキルがBランクしかないアサシンならそれはなおさらだ。
だが攻撃態勢を解除すれば気配遮断スキルは再び機能し始め、その姿を捉えることは困難になるのだ。
つまりアサシンはスリケンを投擲すると同時に姿を隠し、攻撃態勢を解くことで気配も消しているのだ。
これは高い身体能力を持ち、アイサツからの素早い攻撃を行ってきたアサシンだからこそ可能なカラテだった。
「イヤーッ!」
「このっ……!」
散発的に放たれる無数のスリケンを躱し、弾きながら、ランサーはビルの谷間を駆け抜ける。
こうしている間にも、彼女のマスターは危機に陥っている。
敵マスターとの交戦、迫りくるNPC警官。戦う力を持たない岸波白野では、そのどちらもが強敵だ。
故にランサーは、早急にアサシンを見つけ、撃破しなければならなかった。
256
:
クレイジー・コースター
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 00:50:11 ID:LT2LNYmE0
無論、アサシンを無視し、マスターのもとに駆け付けるという手もあった。
むしろ現実的な目で見れば、現状においてはそちらの方が確実な手段だろう。
だがこのアサシンに対して自ら背を向けるような行為は、自ら命を危機にさらすようなものだと、アサシンと実際に戦ったが故の感が告げていたのだ。
つまりアサシンを撃破するにしてもマスターのもとへ向かうにしても、まずはアサシンを見つけ出し、それを可能とするだけの隙を作り出す必要があったのだ。
「ッ――――――!」
自身へと迫りくる無数のスリケンを弾きながらビルの壁面へと着地し、対面のビルへと向けて勢いよく跳躍。着地と同時に屋上へと向けてビルの壁面を駆け上る。
周囲に遮蔽物の少ない屋上で、アサシンを誘いだそうと判断したのだ。
そうしてランサーがビルの壁面を登り切り、屋上へと躍り出た――――その瞬間!
「ッ、しま―――!?」
アナヤ! ランサーの視線が、すでに屋上で待ち構えていたアサシンと交差する。
アサシンの右手には、一枚のスリケン。両足は大きく開かれ、腰は深く落とされ、上半身には縄めいた筋肉が浮き上がるほどに力が込められている。
クロス・レンジ距離からのツヨイ・スリケンだ!
ランサーは咄嗟の判断でビルの縁を蹴り砕き、勢いよくアサシンから距離をとる。
「イィィヤァァアーッ!!」
両腕をクロスさせた体勢から、裂帛のニンジャ・シャウトとともに放たれるスリケン投射。
アサシンのツヨイ・スリケンは螺旋の軌道を描きながらほとんど一瞬でランサーへと迫り―――しかし、ランサーの槍によって弾き飛ばされた。
「ッ………!」
危なかった。とランサーは背筋を凍らせる。
咄嗟の跳躍によって稼いだ距離がなければ、防ぐ間もなくアサシンのスリケンを受けていた。
その威力は、防いだにも拘らず体勢を大きく崩されるほど。直撃していれば致命傷は免れなかっただろう。
だが、これでアサシンは姿を現した。
体勢は崩されたが、ドラゴンの翼を使えば即座に整えられる。
今はとにかく、アサシンの追撃に対処しなければ。
と、一瞬でそう思考を巡らせたところで、
「なっ!?」
ランサーの体に、一本のロープが絡みつく。ドウグ社製巻き上げ機構付きフックロープだ!
アサシンはダブル・ツヨイ・スリケンの応用で、ツヨイ・スリケンと同時にこのフック付きロープを投擲していたのだ。ワザマエ!
「この……っ!」
アサシンがフック付きロープを引き絞り、ランサーの体が締め上げられる。
このままでは拘束されたまま、アサシンの前へと引きずり出されてしまう。
それに対抗しようとドラゴンの翼を大きく羽ばたかせた―――その瞬間。
「Wasshoi!」
アサシンが大きく跳躍した。
ランサーの羽ばたきにフック付きロープの巻き上げ機構も加味され、アサシンの跳躍力は倍増! 一瞬でランサーへと接近する!
その高速接近によりフック付きロープによる拘束は緩むが、ランサーが反撃を行うより早く、その体をドラゴンの翼ごと羽交い絞めにする。
さらにドラゴンの翼は拘束されたことにより浮力を失い、二人は地上へと向けて落下を開始した。
アサシンのヒサツ・ワザの一つ、アラバマオトシだ!
「な、何よ! 放しなさい!」
ランサーはアサシンの拘束を外そうともがくが、両者の筋力値は互角。さらに瞬間的にはアサシンが上回る。抜け出すことはできない。落下地点をずらすのが精一杯だ。
「イヤーッ!」
CABOOM!
結果、ランサーはアサシン放ったニンジャ・シャウトとともに、ビルの屋上へと叩き付けられ、同時に爆音が響き渡った――――。
†
マガツイザナギの振り下ろした剣を、大きく飛び退いて回避する。
剣の威力に屋上の床が砕け、破片が四散する。
続いて振るわれた横凪ぎの一撃も同様に回避。しかし剣圧によって大きく吹き飛ばされる。
無様にも地面に打ち付けられるが、即座に立ち上がりマガツイザナギから距離をとる。
「ほらほらどうしたの? さっきから逃げてばっかりじゃん。そんなんじゃ、僕には勝てないよ?」
余裕に満ちた足立の声。それに追従してマガツイザナギが追撃をかけてくる。
振るわれた一撃を先ほどと同様、大きく飛び退いて回避する。
このビルの屋上は、ランサーが降り立った時の一撃によって開けた場所となっている。
でなければこうして回避するスペースなどなく、自分はとっくにマガツイザナギに追い詰められていただろう。
そのことを思い、内心で大きく安堵するが、それを表に出す間などない。
マガツイザナギの更なる追撃に備え、わずかな初動も見逃すまいと、その動きを注意深く観察する。
257
:
クレイジー・コースター
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 00:50:45 ID:LT2LNYmE0
岸波白野には、足立のペルソナと戦う力はない。
ダメージを与える手段はあるが、それを使う余裕がないのだ。
自分がまだ生きていられるのは、二つの礼装によるコードキャストのおかげだ。
すなわち、『強化スパイク』による《移動速度強化(move_speed(); )》と、『守りの護符』による《耐久力強化(gain_con(16); )》だ。
これらがなければマガツイザナギの攻撃を躱すことなどできず、躱せたとしても余波だけでダメージを受けていただろう。
そして礼装は同時に二つまでしか装備できず、また礼装の換装にも多少の手間を要する。
カレンから渡された携帯端末によって簡略化してはあるが、それでも攻撃を回避しながら行う余裕はない。
凛のアゾット剣を用いれば攻撃はできるが、マガツイザナギを相手には心許無すぎる。武器として有効なのは、足立を直接攻撃するときだけだろう。
だが足立を直接攻撃するには、マガツイザナギが障害となっていた。そしてマガツイザナギを倒せない以上、岸波白野には一切の攻撃手段がない。
結果、現状において岸波白野にできることは、マガツイザナギの攻撃を耐え凌ぐことだけだったのだ。
……だが、耐え凌ぐことさえできれば、きっとチャンスはある。
狙うは一点。マガツイザナギを掻い潜り、足立へと接近できるその一瞬。
その隙さえ突ければ、足立を倒すことも不可能ではない。
あるいは、ランサーとアサシンの戦いが決着するか、ランサーが帰還すれば、状況は逆転する。
だからまだ、焦る必要はない。その時まで耐え凌ぐことこそが、岸波白野のするべき戦いなのだ。
「とっとと諦めなよ。どうせ何にも出来ないんだろう?
しつこく食い下がったって見苦しいだけだって」
足立の声を聞き流し、マガツイザナギに集中する。
ただの一度でも受ければ死に至る攻撃を、転げ回りながら躱していく。
『守りの護符』の上位互換である『身代わりの護符』ならば、一撃くらいなら耐えられるかもしれない。
だが強力なコードキャストは、相応に発動までの時間を要する。マガツイザナギの攻撃を躱しながらでは、そんな余裕はない。
……見苦しいのは百も承知だ。だが、自分にも譲れないものがある。諦めることだけは、失してできない。
「チッ。いい加減ウザいんだよ。ガキはさっさと消えろ!」
苛立たしげな足立の声。それに呼応するように、マガツイザナギが剣を大きく振りかぶる。
今までで一番大きな隙。この一撃を回避し、マガツイザナギの懐へと潜り込めれば、そのまま足立へと接近できるかもしれない。
自分は――――
1.潜り込む
>2.飛び退く
一か八かには出られない。危険な賭けをするには、まだ早すぎる。
そう判断し、マガツイザナギから大きく距離をとる。
直後、マガツイザナギの剣が降り抜かれ、
―――その瞬間、周囲の空間に、無数の斬撃が奔り抜けた。
屋上の床を切り刻むその衝撃に、屋上の端まで吹き飛ばされる。
………………ッ!
危なかった。もし潜り込もうとしていれば、そのまま切り殺されていた。
だがこれで危機が去ったわけではない。まだ油断も安心もできない。
「ははっ、よく躱せたねぇ。けどこれでゲームオーバーだ。そのまま屋上から突き落としてやる!」
足立の言葉とともに、マガツイザナギが迫りくる。
背後に逃げ場はない。一歩でも後ろに下がれば、そのまま屋上から落ちてしまう。
今度こそ、前へと踏み込むしかないのだと覚悟を決めた―――その時。
遥か上空から赤黒い影が屋上へと激突し、爆音とともに崩落した――――。
258
:
メモリー・オブ・シー
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 00:51:47 ID:LT2LNYmE0
05.5/ interlude『影の助力/&color(black,yellow){つーか、俺ちゃんのバトルパート手抜きじゃね? 加筆を要求する!}(無理です)』
「は―――、は―――、っ、は………!」
その頃ウェイバーは、一人夜の街を駆けずり回っていた。
それはいまだに岸波白野たちが見つけられないから、ではない。
それどころか彼らの居場所なら、すでに大方の見当がついていた。
でありながらウェイバーが駆けずり回っているのは、ランサーとアサシンの戦いへの対処に追われてのことだった。
本来魔術師の戦いというものは、一般人には隠匿するものだ。
もし発見された場合、最悪その人物を文字通り“消す”ことだって有り得る。
それはたとえ、サーヴァント同士の戦いであっても変わりはない。
もっとも、この町はすべてが聖杯戦争のために用意された仮想世界だ。さほど重要視する必要はないかもしれない。
しかし、だからと言って等閑にし過ぎれば、ルーラーの裁定対象となる可能性がある。
となればやはり、戦いの痕跡は極力隠すべきなのだ。……というのに―――。
「ちくしょう、あいつら、無茶苦茶、しやがって……ッ」
おそらくランサーの宝具であろう、大音響攻撃による周辺への被害に始まり、そこらかしこに破壊された車やら看板やらビルの瓦礫やらが散見している。
一目見ればすぐにわかる戦いの痕跡。事態の隠蔽など全く考慮されていない。
これでは、是非とも自分たちの戦いを見つけてください、と言っているようなものだ。
故にウェイバーは、せめて戦いの中心地点が露見しないよう、周囲のNPCたちに暗示をかけて回っていたのだ。
幸いというべきか、代わりとなる目印はいくらでも散らかっていた。
NPCたちの注目を岸波白野とアサシンの現マスターがいるだろうビルから逸らすことは、そう難しいことではなかった。
もっともウェイバーからしてみれば、そもそもこんな目立つような戦いをするな、と声を大にして言いたいところだろうが。
――――だがしかし、ウェイバーのそんな涙ぐましい努力を、たった一瞬で無為にするような事態が発生した。
それは暗示による人払いがあらかた終わり、そろそろ岸波白野たちがいるはずのビルに向かおうとした、まさにその瞬間のことだった。
騒動によってNPCの増えてきた夜の町に、またも唐突に爆音が響き渡ったのだ。
しかもその発生源は、岸波白野たちがいるはずの……つまり懸命に注目されないようにしてきたビルの屋上からだった。
「な……ななな、な―――!」
当然、NPCたちの注目はそのビルに集まる。
注目が集まるということは、そこで起きている戦いが露見する可能性に繋がる。
そしてNPCたちの注目を再び逸らしていくような余力は、ウェイバーには残っていなかった。
「何をやってくれやがりますかあいつらは――――っ!!」
激情のままに叫びながらそのビルへと駆け着ければ、ビルの周囲には複数人の警官の姿があった。
おそらくはNPCたちの鎮圧・陽動と、そして先ほど発生した事態の調査のためだろう。
数人の警官たちが、恐る恐るビルへと入っていく姿が遠目に見えた。
明らかにまずい状況だった。
「……ああもう、どうなっても僕は知らないからな!」
半ば自棄になりながら、警官の目を誤魔化してどうにかビルの内部へと侵入する。
爆発の影響か、エレベーターは停止していた。
そのためウェイバーは、ビル内部の警官に見つからないよう慎重に階段を上って行った。
……可能な限り息を潜め、やっぱり一人でも帰っていればよかったと、ほとんど本気で後悔をしながら。
†
同じころ、ウェイバーのサーヴァントであるバーサーカーもまた、もう一騎のアサシンとの戦いを続けていた。
「BangBang! BaBaBaBang! BangBaBang!」
バーサーカーは子供のように銃声を口にしながら、アサシンへと向けた銃の引き金を引く。
たとえバーサーカーの銃声は真似事でも、同時に鳴り響く銃声や、放たれる弾丸は本物だ。
当たり所によっては、十分にアサシンを殺し得る。
259
:
メモリー・オブ・シー
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 00:52:20 ID:LT2LNYmE0
「――――――――」
対するアサシンは、放たれた弾丸を回避、または刀で切り払うことで、バーサーカーの銃撃に対処している。
確かにアサシンの武器である忍者刀は、遠距離かつ連続での攻撃が可能なバーサーカーの銃に対して不利だ。
だが闇雲に放たれるだけの弾丸では、アサシンを捉えることはできない。
故にこの二騎の戦いは、次第に膠着状態へと入り始めていた。
………だが。
「っ………………」
バーサーカーの銃撃を的確に捌きながらも、アサシンはこのままではまずい、と判断していた。
確かにバーサーカーの銃撃は、未だにアサシンには届いていない。
がしかし、アサシンの攻撃もまた同様に、バーサーカーに対して有効とは言えなかったからだ。
アサシンが頼みとする武器は、その身に培ってきた忍術と、そして切り札である“瞳術”のみだ。
そしてこの“瞳術”は、相手の害意を相手自身に返すという性質上、こと戦闘においては強力無比な忍法だった。
……だがこのバーサーカーは、非常に強力な回復・蘇生能力を有していた。
たとえ刀で切ってもすぐに癒え、“瞳術”によって自害させても蘇る。
即ち、アサシンの攻撃ではバーサーカーを殺し切れないのだ。
無論、それほど強力な能力であるなら、相応の代償ないし制約があるはずだ。
それが回数制限か消費魔力か、それ以外の条件なのかはわからないが、殺し続けていればいつかは殺し切れるだろう。
が、しかし。皮肉なことに、そこにも問題が生じていた。
如何なる理由からか、なんとバーサーカーは“瞳術”の影響を受けなくなっていたのだ。
胸に突き立つ二本の刀によって、己は自害し続けていると判断しているのか。
それともその狂気によって、“瞳術”の暗示そのものを無効化しているのか。
あるいはその両方か。
いずれにせよこのバーサーカーに対しては、アサシンの切り札たる“瞳術”は大きな効果を与えられない。
つまりアサシンがバーサーカーを倒すには、通常攻撃のみで相手を殺し続けなければならないのだ。
それもいつ尽きるとも知れぬ治癒能力と、相性的に不利である銃を相手に。
故にアサシンは、己がとるべき行動を迷うことなく決定した。
そしてその時は、意外に早く訪れた。
「うっひょー。あいつらホント派手にやってるなぁ。俺ちゃんも一発花火を上げてみてぇぜ」
唐突に起きたマスターたちが戦っていたビルの屋上での爆発に、バーサーカーの気が逸れた。
その瞬間、アサシンはすばやくその場から撤退したのだ。
このバーサーカーは完全に己の天敵だ。故に、戦うのであれば万全を期す必要がある、と判断したためだ。
「あらら、あいつ逃げやがった。
……まいいや。俺ちゃんはあいつらの戦いでも観賞してよーっと」
取り残されたバーサーカーはアサシンを追おうともせず、銃や胸に突き刺さったままだった刀を納め、無造作にその場に座り込んだ。
いつの間にか入手したらしいチミチャンガを取り出しているあたり、岸波白野たちの下へ向かう気は完全にないらしい。
「ん? はくのんたちの加勢にいかないのかって?
無茶言うなよ。今のバトルで俺ちゃんの残機(MP)はとっくに/ZEROよ。俺ちゃんがこれ以上戦ったら、ウェイバーたんがナルホド君になっちまうだろ。
しかも相手は忍殺おじさんだろ? 今の状態じゃちょっとばかし相手が悪いぜ。映画放映もまだ先だってのに、こんな早々に脱落できるかっつ〜の。
まあもっとも、ウェイバーたんもこっち来てるだろうし、はくのんたち死なせてウェイバーたんが危ない目に合っちまったら本末転倒だから、ほどほどでエントリーするけどね。
それにほら、よく言うだろ? ヒーローは遅れてやってくるってさ。俺ちゃんこれでもヒーローだから、多少遅れて登場しても全然OKなのだー!
つ〜訳で、次のパートよろしく。たのしみにしてるぜー!」
バーサーカーはそう口にすると、チミチャンガを片手に鼻歌を歌いだしたのだった。
260
:
メモリー・オブ・シー
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 00:53:02 ID:LT2LNYmE0
06/ VSアサシン(bonds)
視界が明滅する中、どうにか立ち上がる。
落下の衝撃で全身が痛むが、どうやら大きな怪我はないようだ。
慎重に周囲を見渡せば、幾つもの瓦礫が散乱している。見上げれば天井はなく、粉塵の合間に夜空に浮かぶ月が見える。
もはや屋内の体をなしていない。屋上の崩落に巻き込まれた結果、生じた瓦礫によって内装が破壊されたのだ。
自分と同様に崩落に巻き込まれたのか、足立透や彼のペルソナの姿は見えない。
彼は重傷を負っていて、ろくに身動きが取れなかったはずだ。もしかしたら瓦礫の下敷きになっているのかもしれない。
……そのまま気絶してくれればいいのだが、とどこか他人事のように思った。
そうして崩壊の中心地点へと目を向ければ、
「――――ッああ!!」
「――――Wasshoi!」
その瞬間、舞い上がる土煙の中から、二つの赤い影が飛び出してきた。
ランサーとアサシンだ。屋上へと激突した影の正体は、彼女たち二人だったのだ。
「ッ……!」
ランサーはこちら側へと着地すると、苦悶の声を漏らして片膝をついた。
その様子に慌てて彼女へと駆け寄り、大丈夫かと声をかける。
「ごめん……なさい……。あいつを、倒せなかったわ……」
ランサーは本当に申し訳なさそうな様子で、悔しげにそう口にする。
そんな彼女を労りながらも礼装を換装し、『人魚の羽織り(heal(32); )』と『破戒の警策(mp_heal(32); )』によって回復させる。
明らかにダメージを受けているランサーと違い、アサシンの様子はあまり変わっていない。
あれだけ有利な条件を以てなお、単騎ではランサーよりもアサシンが上なのだ。
ならばこの戦いに勝利するには、マスターである自分がどうにかするしかない。
「どうにかするって、逆転の秘策はあるの、マスター?」
ランサーの問いに頷く。
秘策と呼べるほど上等なものではないが、この劣勢から逆転することは可能なはずだ。
そのためにも、ランサーがからアサシンとの戦いで開示した手札を知る必要がある。
それを聞いたランサーは頷いて、アサシンを警戒しつつ、先ほどの戦いを振り返り始めた――――。
「スゥーッ! ハァーッ!」
一方アサシンは、そんな様子のランサーたちを警戒しながら、チャドー呼吸とともに自身の状態を確認していた。
ランサーの攻撃で受けた大きなダメージは、最初の宝具攻撃によるもののみ。
だがそのダメージによって傷が開き、出血したことによって血中カラテを消耗している。
チャドー呼吸によって回復させているが、次に大きなダメージを受ければ、イクサを続けることは困難だろう。
幸いなことにランサーのジツは、アラバマオトシを放った時点ですでに解けていたようだ。反射されたダメージはない。
ここから先のイクサにおいて、攻撃を躊躇う必要がないというのは実際大きい。
………だが。
(ランサー=サンめ。まさかあのような方法でアラバマオトシを脱するとは)
アサシンは改めてランサーへと視線を向ける。
マスターのジツによるものだろう。ランサーの傷は目に見えて癒えている。
―――あの瞬間。
屋上へと激突する寸前に、ランサーはなんと、屋上へと向けて“竜鳴雷声”を放ったのだ。
身動きを封じられ、唯一自由だった“声”を用いたヤバレカバレとも思えるその行動は、結果として実際にランサーの命を救った。
それまでの戦闘によってダメージを蓄積させていた屋上は、ランサーの一撃によってさらに大きく損傷。
そこへ叩き付けられたアラバマオトシの衝撃によって崩落し、結果としてランサーへのダメージが半減されたのだ。
だが、この一撃でランサーを倒せなかったのは実際痛い。
何故ならここから先のイクサでは、ランサーはマスターの助力を得ることになるからだ。
対するアサシンは、マスターである足立の助力など期待できない。つまり実質的には二対一だ。
先ほどの自己分析の通り、カラテを大きく消耗している今の状況では実際アブナイだ。
――――しかし。
「スゥーッ! ハァーッ!」
チャドー呼吸によってニンジャ回復力を高め、傷を塞ぐと同時にカラテを高める。
彼らはマスターとサーヴァント。どちらか一方を倒せば、もう一人もムーンセルによって消される。アブハチトラズだ。
それにたとえ相手が何人であろうと、いずれ倒す敵であることに変わりはない。その時が今であったというだけのこと。
「Wasshoi!」
アサシンは自身のカラテが高まりきると同時に、ランサーへと決断的に跳躍した。
261
:
メモリー・オブ・シー
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 00:53:36 ID:LT2LNYmE0
「いい指示をよろしくね、マスター? 頼りにしてるわよ!」
アサシンが跳躍すると同時に、ランサーも槍を構えて勢いよく踏み出した。
ランサーからはすでに話を聞き終えている。逆転のための策も整った。
だが逆転の秘策があろうと、アサシンが強敵であることに変わりはない。
しかしこの状況からアサシンに勝つことは、決して不可能なことではない。
ならば自分が、やるべきことは決まっている。
即ち、岸波白野にできる最善を尽くすことだけだ――――!
†
「イヤーッ!」
跳躍したアサシンはランサーの接近に合わせ、側面回転。その上半身めがけカマキリ・トビゲリを繰り出す。
「ハアッ!」
対するランサーは、アサシンの攻撃を迎撃。繰り出された蹴りを、槍を打ち付けて弾く。
「イヤーッ!」
攻撃を弾かれたアサシンはその反動を利用し、宙返りしながら二連続の逆さ蹴りを繰り出す。連撃のカマキリケンだ。
「そーれっ!」
だがランサーはすばやく飛び退きこれを回避。再度踏み込みアサシンへと高速の槍を突き出す。
だがアサシンは左手を槍の柄に添えるように当て、最小限の動作でランサーの槍を逸らす。
「まだまだ!」
攻撃を受け流されたランサーは、即座に槍を引き戻し、更なる刺突を繰り出す。
マシンガンめいて繰り出される槍は、「沢山撃つと実際当たりやすい」という江戸時代の有名なレベリオン・ハイクを思い出させる。
だが現実は――特にサーヴァントのイクサにおいては、そう上手くはいかないものだ。
アサシンはサークルガードによって、ランサーの攻撃をすべて受け流す。アサシンのジュー・ジツは、既にランサーの攻撃に適応し始めていたのだ……!
「っ! だったら……!」
自身の攻撃が受け流されることに焦れたランサーは、攻撃を付きから薙ぎ払いへと変更する。
アサシンはその一撃をブリッジ回避。大気を唸らせる一撃が、上半身のあった場所を通り過ぎる。
だがアサシンの回避行動を読んでいたランサーは、振り抜いた勢いのまま体を高速で回転させ、アサシンが反撃するよりも早くさらに槍を振り抜く。
アサシンはブリッジ状態からそのままバック転。古代カラテ技、マカーコよって、ランサーの連撃を回避する。
「これで、どうっ!?」
そこへ槍を大きく振りかぶったランサーが、アサシンへと一気に接近してくる。
その瞬間アサシンは小刻みなステップ――コバシリによって、一呼吸の内にランサーの懐へ飛び込む。
ランサーの攻撃を、完全に予測していたのだ!
「イヤーッ!」
ランサーの懐へと踏み込んだアサシンは、その心臓めがけて致命的なチョップ突きを放ち、
―――GUARD!
咄嗟に引き下げられた槍によって、その一撃を阻まれた。
その瞬間、ランサーが反撃のために、即座に槍を振りかぶる。
「ぬっ!?」
渾身の一撃を防がれたアサシンは、ランサーの反撃に対処すべく、咄嗟に飛び退いた。
―――BREAK!
瞬間、ランサーの後方から響いた声に応じ、ランサーは“タメ”の一拍を作り、結果アサシンの回避に対応した一撃を放つ。
「無礼者にはお仕置きってねっ!」
「グワーッ!」
回避動作直後の硬直を突かれたアサシンにこれを回避する術はなく、咄嗟にドウグ社製ブレーサーで防御する。
だが十分に力の込められた一撃を防ぎきることはできず、アサシンはその衝撃に弾き飛ばされた。
―――“竜鱗は絶壁の如く(スカーラ・サカーニィ)”。
ランサーの一撃はただ力が込められただけではなく、スキルによって防御(GUARD)からの反撃の威力も強化されていたのだ。
(ヌウ……っ! 白野=サン、なんと的確な指示だ……!)
迫りくるランサーの追撃を受け流しながら、アサシンは内心でそう感嘆した。
アサシンのジュー・ジツはランサーの攻撃に適応し始めている。ランサーの技量では、もはや通常攻撃でアサシンを傷つけることは難しい。
……だがそれは、ランサーの攻撃がアサシンの予測通りであればの話だ。
いかにジュー・ジツがランサーの攻撃に適応していようと、その読みが外れてしまえば、的確な対処はできない。
そして岸波白野は、アサシンの行動を逆に予測し、それに対応した指示をランサーへと出しているのだ。
つまりアサシンは、ランサーのみならず、岸波白野の繰り出す指示さえも予測しなければならないのだ。
262
:
メモリー・オブ・シー
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 00:54:03 ID:LT2LNYmE0
(……だが、そんなことは元より承知している)
これは初めから二対一のイクサ。それが明確な形で浮き彫りになったに過ぎない。
「イヤーッ!」
アサシンは気迫を込めたカラテ・シャウトとともに、ランサーへとその拳を繰り出した。
「そーれっ!」
対するランサーはその一撃を、体を回転させると同時に槍の柄で受け流し、そのままの勢いでアサシンの胴を狙い打つ。
攻撃を受け流されたアサシンは左手で槍を外へと打ち払うと同時に、さらにランサーへと踏み込み体当たりを行う。
強烈な踏み込みから、肩から背中にかけてを用いて放たれる一撃――ボディチェックだ!
「っ、は……っ」
胴体を打つ強烈な一撃に、ランサーは肺の中の空気を吐き出しながら弾き飛ばされる。
アサシンはさらなる追撃を行うために、コバシリによってランサーへと迫る。
―――ランサー!
そこに放たれる彼女のマスターの声。
「ッアア……ッ!」
ランサーは即座に気を取り戻し、地面へと槍を穿つ。
そして弾かれた勢いを利用し槍を支点に体を回転させ、その尻尾を振り被る。
「!」
その行動を見たアサシンは、即座に慎重の三倍の高さでジャンプ!
ランサーの見せた初動作から放たれる攻撃。即ち振り被られた尻尾による薙ぎ払い。その予測回避だ!
アサシンはコバシリによる勢いのまま、ランサーの頭上を飛び越え着地。再度ランサーへと接近する―――その瞬間。
「何ッ!?」
ランサーは尻尾を振り抜かず、さらにもう半回転。同時に突き立てた槍を引き抜いて振り上げ、一気に振り下ろし股下を滑走させた……!
「作戦、通りねっ!」
「グワーッ!」
―――“不可避不可視の兎狩り(ラートハタトラン)”。
ウカツ! ランサーたちはアサシンの行動を完全に読み切っていたのだ!
アサシンはアンブッシュの如き一撃を咄嗟に回避するも、失敗。ダメージを受ける!
「あはっ! まだまだ行くわよ!」
即座にランサーが、更なる一撃を加えんとアサシンへと飛び掛かる。
アサシンはその追撃に対処すべくジュー・ジツを構え直すが、
「ヌウ……ッ! これは麻痺か!」
全身が痺れ、明らかに動作が鈍くなっている。
先ほどの一撃によって、アサシンはマヒ・ジツに掛かってしまったのだ!
「ネズミみたいに潰してあげるッ!」
そこへ今度こそ振り落される竜尾の鉄槌。
ナムサン! 麻痺によって回避動作は間に合わない!
アサシンはならばと、両腕を頭上でクロスさせ、防御の姿勢をとる。
「ヌウーッ!」
直後、ランサーの竜尾による一撃が、アサシンへと防御の上から叩き付けられた……!
―――その瞬間。アサシンは己が失策を悟った。
竜尾の一撃による衝撃ゆえか、アサシンの体はカナシバリ・ジツを受けたかのように動けない!
この一手、この一瞬に限り、アサシンはあらゆる動作が不可能となってしまったのだ……!
―――聖杯の誓約に従い、令呪を以て我がサーヴァントに命じる!
直後、そこへ発せられる、岸波白野の力ある言葉。
発動を命じられたその手の令呪が、一際赤い輝きを放つ。
―――この戦いの最中、ずっと考えていた。
なぜ自分たちは、アサシンの存在を感じることができたのか、と。
自分たちとアサシンの関係など、キャスターとの戦いで起きたことが全てだ。
アサシンの存在を感じ取れる理由にはなりえない。
ならば考えるべきは別のこと。
それは即ち、自分とランサー、そしてアサシンとを繋ぐ共通点だ。
その答えに思い至った時、アサシンを追ってきたことは、そしてこうして戦っていることは、間違いではないのだと確信した。
そして同時に、まだ僅かにでも救いがあるかもしれないことに、嬉しくて泣きそうになった。
何故なら――――
―――“凛の魂を奪い返せ”、ランサー!!
彼女はきっと、まだそこに存在しているのだから――――!!
263
:
メモリー・オブ・シー
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 00:54:50 ID:LT2LNYmE0
「了解したわ、マイマスター―――ッ!」
岸波白野の令呪を受けたランサーが、膨大な魔力とともにその手の槍を投擲する。
「グワーッ!」
―――“拷問は血税の如く(アドー・キーンザース)”。
生き血を啜る吸血の一撃が、身動き一つ出来ぬアサシンの胴体に突き刺さり――その瞬間、岸波白野の令呪の効果が発現した。
“拷問は血税の如く”は本来、敵へと与えたダメージをそのまま自身の生命力へと還元するスキルだ。
だが令呪の影響を受けたこのスキルは、通常とは異なる効果を発揮した。
即ち、アサシンの全身を巡る血液、そこに宿る魔力から、遠坂凛の残滓を全て吸い上げたのだ。
その結果がどうなるか。
――――血とは魂の通貨。命の貨幣。命の取引の媒介物に過ぎない。
そして血を吸う事は、命の全存在を自らのものとするということだ。
吸い上げられた残滓は一つの結晶となり、槍が突き刺さったアサシンの傷口から、吹き出る血に弾かれるように、赤い輝きを放って飛び出した。
令呪によって吸い上げられ、血によって製錬された赤い結晶。それは即ち、遠坂凛の魂に他ならない……!
「リンを、返してもらうわよ!」
ランサーは赤い結晶をその手に掴み、槍を引き抜くと同時に大きく飛び退く。
同時に岸波白野もまた、堪え切れないとランサーの下へと駆け出した。
「ハクノ!」
ランサーはその手の赤い結晶を岸波白野へと向けて差し出し、
岸波白野もまた、その左手を赤い結晶へと懸命に伸ばし、
指先が結晶へと触れた瞬間、岸波白野の意識は、白い世界に飲み込まれた――――。
/ 無垢心理領域『メモリー・オブ・シー』
――――気が付けば、いつか見た海を漂っていた。
上も下もない。空も大地もない。静かに完結した、碧い天球に浮かんでいる。
それは、彼女の心象、彼女の魂のカタチが表れた世界だ。
その世界の異物として/その世界の主として、岸波白野はソコにいた。
『Gid dem wandernden Vogel das Trinkwasser, der vom langen Weg kommt.
Benutz den Vogelrahmen, in dem der Schlussel nicht angewendet wird.』
詠唱(うたごえ)が響く。
まるで“海”そのものが歌っているかのように、岸波白野の外側から/内側から、碧い海に響き渡っている。
………その歌はまるで、何かに/誰かに別れを告げるように感じた。
『lch spinne den Regenbogen in neuem selbst.
Heites Wetter, Regen, Wind, Schnee, Krieg, Ende ununterbrochen.』
その歌に紛れて、幻影を見る。
倒錯する。岸波白野のものではない、秘められた過去が流れ込む。
ある日。見覚えのある面影の少女を、もう手を繋ぐ事はないと、自らの嘆きに蓋をして、見送った。
『Nimm an, ohne anderer Meinung zu sein, ohne zu fallen.
Es nimmt an, ohne zu fütchten. ohne zu zweifeln.
Sieg im Freund, der auf eine Reise entfernt geht.』
歌が終わる。
外側と内側が入れ替わる。
曖昧だった自己は確かなカタチを取り戻し、
―――凛。
この世界の本来の主が現れた。
こうして彼女とまた会えたことに、堪らず泣きそうになった。
「よかった、どうにか間に合ったみたいで」
凛はそう言って、本当に安心したように息を吐いた。
そんな彼女に、どうして自分を呼んだ、いや、“呼べた”のかと尋ねる。
あの時、彼女が自分たちを呼ばなければ、自分たちはきっとアサシンに気付くことはできなかったはずだ。
けど彼女はアサシンに殺され、その魂を喰われた。岸波白野を呼ぶことなどできなかったはずだ。
264
:
メモリー・オブ・シー
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 00:55:21 ID:LT2LNYmE0
「さあ。それは私にもわからない……いえ、何となくならわかるけど、説明できるほどじゃないわ。
まあ理由なんてどうでもいいけどね。とにかく、アサシンに殺された後も、ぼんやりとではあったけど、私には意識があったの。
というより、私があいつの一部になっていたって感じかな? まあ実際、あいつに喰われちゃったわけだしね」
そう語る凛の体は、まるで何かに食い荒らされたかのようにあちこちが欠け、すでに半分以上が失われていた。
間違いなく、アサシンの魂喰い……それによって得た魔力が消費された影響だろう。
「あの時の私にできたことは、ラインを通じて白野へと呼びかけることだけだった。
もっとも、意識を向けるのが精一杯で、『言葉』なんて明確なカタチはとれなかったけどね」
そう。それが、岸波白野たちがアサシンを……より正確にいえば、その中にいた遠坂凛を感じ取ることができた理由だった。
遠坂凛と岸波白野、そしてランサーは、互いの魔術回路を結ぶパスを結んでいた。
そして魔術回路は肉体ではなく魂に宿るモノだ。遠坂凛が遠坂凛としてのカタチを失わない限り、それが失われることはない。
そしてランサーは、令呪の後押しによってその僅かな繋がりを辿ることで、アサシンの内から遠坂凛を救い出せたのだ。
……だがそれは、彼女の生存を意味するものではない。
たとえこうして話し合うことができようと、遠坂凛は間違いなく死んでいるのだ。
その事実を覆すことは、岸波白野には決してできない。
「……そんな顔しないでよ。
そりゃすごく悔しかったし、やり返してもやりたいけど、もうどうしようもないことよ。
それにアサシンを信用するって決めたのは私。白野は、そんな私を信じてくれただけでしょ?」
わかっている。
けど……それでも自分は、凛のことを守りたかった。
リンと、そしてランサーと交わした約束を、守りたかったのだ。
「…………………っ!
じゃあ命令! 約束を破った罰よ!
私の分までこの聖杯戦争を戦って、そして絶対に勝ち残りなさい!」
……凛。
「前に言ったでしょう? 聖杯戦争優勝者の実力を見せてもらうって。
私はまだ満足してない。あなたの力を、見せてもらっていない。
……だからこの先は、あなたの中から見せてもらうわ」
彼女はそう言って、岸波白野にその指先を突き付けてくる。
その言葉は、今の自分にとって、何にも勝る励ましだった。
「いい? 約束だからね。途中で負けるなんて、絶対に許さないんだから!」
>1.……ああ、約束だ
湧き上がる感情を堪え、力の限りに頷く。
たとえ自分が死んだとしても、その約束だけは決して破るまいと、自分自身に誓うように。
「まあ、ギリギリ及第点ってところかな。さっきよりは十分ましな顔をしてるわ。
……それじゃあ、約束の証に、白野にこれを渡しておくわね」
凛は安心したように微笑むと、岸波白野へと右手を差し出した。
同時に岸波白野の左手が、小さな熱を帯びる。そこには一画にまで欠けた令呪がある。
その令呪が、三画全てが揃った完全な形へと戻っていた。
これは……。
「使い損ねてた、私の令呪。私は体ごと喰われたから、令呪も一緒に取り込まれたみたい。
令呪って要は魔力の塊でしょ? これだけはアサシンに使われないようにって、がんばったんだから」
……渡された令呪は、ずしりと重かった。
それは物質的な重さではなく、令呪に込められた誓いの重さだ。
だからだろう。その重さが、ひどく尊いものに想えてならなかった。
「ああそれと、わかっているかもしれないけど、私は消えるわけじゃないわ。私はあなたの一部になるの。
だから、さよならは言わないわ」
―――そう。遠坂凛はムーンセルには消されない。
何故なら、岸波白野が遠坂凛の魂に触れた時点で、彼女の魂は岸波白野の“構成情報(からだ)”に取り込まれたからだ。
ゆえに、これから先、遠坂凛が消えるとすれば、それは岸波白野が敗北した時だけ。
それが、岸波白野が遠坂凛のためにできる、最後の救い――約束の守り方だった。
「それから最後に」
凛はそう言うと、不意打ちのように岸波白野へと唇を重ね、
「ありがとう、出会ったばかりの私に協力してくれて。本当に、嬉しかったわ」
この碧い海に融けるように、儚く消えていった。
265
:
メモリー・オブ・シー
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 00:55:48 ID:LT2LNYmE0
そうして海には、岸波白野だけが残された。
だがそれは、離別を意味するものではない。
この海はすでに、岸波白野の一部だ。そしてこの海には、遠坂凛が融けている。
これから先の未来。岸波白野と遠坂凛は、決して別たれることはない。
ただ………もう二度と、言葉を交わすことができないだけだ。
……だから自分も、ありがとう、と、彼女へ言葉を返した。
ありがとう。こんな自分を、今もまだ、信じていてくれて――――
07/ VS真・アサシン 〜Ninjaslayer Abnormal Reaction Against Karate Urgency〜
―――そうして、泡沫が弾ける様に、岸波白野は意識を取り戻した。
海での出来事は、時間にして一瞬の出来事だったのだろう。
周囲に大きな変化は見られない。
ともすれば、あの出来事が夢だったのではないか、とさえ思えてしまう。
だが、左手には、完全な形を取り戻した令呪がある。
あの出来事は夢ではないのだと、その重みが告げている。
自分は間違いなく、凛と最後の約束を交わしたのだ。
「……ハクノ」
ランサーの声に、わかっている、と頷く。
そう。岸波白野は確かに、遠坂凛と約束を交わした。―――必ず聖杯戦争を勝ち残ると。
そしてそのためには、今も床に倒れ伏すアサシンを倒す必要がある。
そう覚悟を決めた、その時だった。
「――――――――」
岸波白野の戦意に反応してか、アサシンの体が、痙攣するように小さく跳ねた。
同時にアサシンの纏う気配が禍々しく変質していき、その傷口から赤黒い色の炎が熾り始め、
直後、アサシンはまるで解放された発条のように飛び上がった!
そのままアサシンはランサーめがけてダイブ! そして暗黒の炎を纏ったケリ・キックを繰り出した!
「ッ……!」
ランサーとともに咄嗟に飛び退き、その一撃を回避する。
アサシンは一撃とともに着地した位置から全く動かず、直立不動の姿勢だ。
そしてそのまま静かに両手を合わせると、小さくオジギをした。
「ドーモ、ナラク・ニンジャです」
そう名乗るアサシンの貌は、先ほどまでとは明らかに変わっていた。
両の瞳は小さく収縮しセンコめいて赤く光り、瞳孔は邪悪に見開かれている。
そのメンポも牙のような禍々しい形状に変化し、その隙間から硫黄の蒸気めいた吐息が吐き出されている。
「フジキドめ。なんたる堕落。なんと情けない男よ。ついにここまでフヌケたか。
くだらぬセンチメントに流され要らぬイクサを行い、揚句このザマ。これでは話にならんぞ」
アサシンはまるで、先ほどまで戦っていた自分を己とは別人のように侮蔑する。
そのどこか矛盾した言葉に思考を巡らせ、その答えに思い至る。
二重人格。
それが、アサシン――ニンジャスレイヤーの、最後のマトリクスなのだと。
……そして同時に理解する。
凛との契約を求めたアサシンは、自分たちが先ほどまで戦っていた、フジキドと呼ばれる人格であり、
そしてナラク・ニンジャと名乗った、今目の前に立っている人格こそが、凛を殺した存在なのだと……!
「だがよい。フートンで寝ておれフジキド。オヌシは実際限界であろう。
代わりにワシが、あのトカゲどもに真のカラテを見せてやろうではないか。このワシが!」
自らにカラチ変えるようにそう呟いていたナラクは、ランサーたちを見据え、愉快気にその貌を歪めた。
否応なしに緊張が高まる。
キャスターとの戦いで見せたナラクの戦闘能力。その暴威が、今度こそ自分たちに向けられるのだ。
そう存立を浮かべた―――その瞬間。
「アイエエエエ!?」
「ニ、ニンジャ!?」
「ニンジャナンデ!?」
崩壊したこの階層の奥から、唐突にそんな悲鳴が聞こえてきた。
驚きとともにそちらへと視線を送れば、そこには数人の警官。
いかなる理由からか、彼らはナラクに対し、異常なまでの驚愕した様子を見せている。
そしてそれを見たナラクは、その異形の相貌をさらに愉快そうに歪め、
「サツバツ!」
唐突に体を高速回転させ、自身の周囲全方位へと無数のスリケンを投げ放った!
266
:
メモリー・オブ・シー
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 00:56:17 ID:LT2LNYmE0
「マスター!」
ランサーは咄嗟に自分の前へと躍り出ると、槍を高速回転させスリケンを弾き飛ばす。
……だが、NPCの警官たちにナラクの凶行から守ってくれるような存在がいるはずもなく、
「「「アバーッ!?」」」
彼らはあまりにもあっけなく、無数のスリケンに貫かれて即死した。
「ショッギョ・ムッジョ。詮索好きの犬は警棒で殴られるとよく言うであろう。
ニンジャのイクサに顔を出したことが、オヌシらの運の尽きよ」
いつの間に跳躍したのか。ナラクが警官たちの死体がある場所に着地した。
するとなんと、警官たちの死体が粒子のように分解され、奈落のメンポへと吸い込まれていった。
魂喰いだ。凛のときと同じように、ナラクは警官たちの魂を喰らったのだ!
ッ――――――――!
蘇る怒りに、強く拳を握りしめる。
「マスター、指示を頂戴。アナタの期待に応えるわ」
だがランサーのその言葉に、どうにか冷静さを取り戻す。
……相手は、ニンジャスレイヤー以上の強敵……ナラク・ニンジャ。冷静さを欠いた頭で勝てる相手ではない。
「グググ………実際情けない。これだけおって、小娘一人分にも満たぬカラテ量とはな。
だが不足したカラテも、これで多少は補えたわ。足りぬ分は、そこの小僧を喰らって得るとしよう」
ナラクがその禍々しい戦意……いや、殺意を、自分たちへと向けてくる。
それを受け、最後の戦いに備えて礼装を換装し、湧き上がる戦意とともに精神を集中させる。
「全ニンジャ……否、全サーヴァント殺すべし!」
「これでフィナーレ、全力で飛ばしていくわっ!」
そうして、ランサーとアサシン、異なる赤色の二騎は、今宵最後の決戦を開始した。
……極限まで研ぎ澄ませ。
一手一手が致命。一瞬一瞬が必死。
油断はするな。慢心は捨てろ。余分な思考は殺せ。
岸波白野にできることは、ただ考え、己がサーヴァントを信じることのみ。
イメージしろ。生と死の境界を見極めろ。
全てを読み切れ。未知の未来を予測しろ。
そして……勝ち取れ――――五秒後の生存を!!
†
「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」
禍々しいカラテ・シャウトとともに、暗黒の炎を纏ったナラクが高速の三連撃を繰り出す。
「ッ……、このっ!」
ランサーは放たれたマネキネコパンチを槍で弾き、受け流し、飛び退いて回避する。
「イヤーッ!」
そこへ繰り出される伝説の暗黒カラテ技、サマーソルト・キック。
ランサーは咄嗟に槍でガードするが、その威力に槍が撥ね上げられる。
「イヤーッ!」
その瞬間、ナラクは更なる伝説のカラテ技、ローリングソバットを繰り出した。
「ッああ……!」
ナムサン! 回避も防御もできず、ランサーはワイヤーアクションめいて蹴り飛ばされた。
ランサーとナラク・ニンジャとの戦いは、圧倒的にナラクが押していた。
ナラク・ニンジャと化したアサシンのステータスは、筋力、耐久、俊敏の全てがランサーを上回っている。
さらに戦闘技術という面においても、ランサーではナラクに及ぶべくもない。
加えて最も厄介なのが、ナラクの纏う禍々しく赤黒い炎――“不浄の炎”だ。これによりナラクの攻撃は、その脅威性が倍増していた。
岸波白野の高い戦術眼による指示なくば、ランサーはすでに死んでいたことは間違いない。
そしてもう一つ。ナラクを相手にして、ランサーが生き延びていられた理由があった。
ナラクが覚醒する前に掛けた、“不可避不可視の兎狩り”による麻痺だ。
たとえ人格が二つあろうと、体は一つしかない。フジキドが受けたダメージ・状態異常は、そのままナラクにも引き継がれるのだ。
今ならばまだ、麻痺の影響で反撃する余裕がある。故に、その麻痺が解ける前に、逆転の一手を打つ必要があった。
その一手を掴むために、岸波白野は高速で思考を巡らせていた―――。
267
:
メモリー・オブ・シー
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 00:57:12 ID:LT2LNYmE0
「この、痛いじゃないっ!」
「イヤーッ!」
どうにか床へと着地したランサーは、追撃に迫るナラクへと自分から接近する。
防御に回っていては“不浄の炎”によって焼き殺される。そう判断したが故の攻勢だ。
だがそれでお互いの実力差が覆るわけではない。
ランサーの攻撃はそのこと如くがジュー・ジツによって無効化される。
「イヤーッ!」
そして放たれる低空ジャンプパンチ。深く腰を沈めたナラクに、ランサーは咄嗟に防御姿勢をとる。
しかしそれはフェイク! ナラクは跳躍すると見せかけ、ジュー・ジツの踏み込みによってランサーへと接近し、ポン・パンチを繰り出す――直前!
―――ATTACK!
ナラクのフェイクを見切った岸波白野が、咄嗟に攻撃指示を出す。
ランサーは防御姿勢から即座に槍を繰り出し、ポン・パンチを迎撃する。
そしてそのまま体を縦回転させ、ナラクへとその竜尾を振り下ろした。
「これでも、食らいなさい!」
三度放たれる“徹頭徹尾の竜頭蛇尾”。
攻撃を迎撃されたナラクは回避に移れない。そしてこの一撃を防御するのは非常にアブナイ――だが。
「なッ―――!?」
防御が危険ならば、防御しなければいい。
なんとナラクは、シラハドリ・アーツによってランサーの尻尾を挟み止めたのだ!
「イヤーッ!」
そのままランサーの尻尾を掴み取ったナラクは、その怪力を以てランサーを投げ飛ばす。
ランサーはウケミをとることもままならず、瓦礫の山に激突する。ポイント倍点!
「サツバツ!」
そのまま止めを刺すべく、ナラクはランサーへと跳躍接近した―――その瞬間!
―――今だ、ランサー!
「無敵モード――オン!!」
岸波白野の指示を受け、瓦礫の中からランサーが飛び出してきた!
「イヤーッ!」
ナラクは構わず、とどめを刺すべくランサーへとアイアンクロー・ツメを繰り出す―――だが。
「ヌウッ!?」
いかなる理由からか、ランサーをスレイするはずの一撃は、完璧な形で受け止められた。
「ハア――ッ!」
そこに迫りくる、ランサーの渾身の連撃。
ナラクは当然のようにジュー・ジツを持って対応しようとし、
「グワーッ!? グワーッ!? グワーッ!?」
その悉くが、ナラクの体へと直撃した。
何故。という疑問が、ナラクの脳裏を埋め尽くす。
自身のカラテは実際ランサーを上回っている。防げぬ道理はない。なのになぜ攻撃を防げぬのか、と。
―――“恋愛夢想の現実逃避(セレレム・アルモディック)”。
それがランサーの使用したスキル。彼女に対処可能な手である限り、三手分全てに対して勝利するという逆転の切り札だ。
ナムアミダブツ! それを知る由もないナラクは致命的に混乱した。混乱し、致命的な隙を晒してしまった。
そこへ放たれるランサーの致命的な一撃。ナラクには回避も防御もできない――しかし。
ランサーの槍がナラクを穿つ、その瞬間。ナラクの全身から、赤黒い炎が放たれた!
「っ――――!?」
ランサーは構わず槍を穿つが、そこにナラクの姿はない。全身から“不浄の炎”を放射し、目晦ましにしたのだ。
そしてランサーがナラクを見失ったその間に、ナラクは行動を起こしていた。
「トカゲ如きに付き合う必要無し。貴様を殺せば、それで終わりよ!」
ナラクを見失ったランサーは間に合わない。
その一瞬の間に岸波白野へと接近し、ナラクは致命的なチョップを放った!
268
:
メモリー・オブ・シー
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 00:57:38 ID:LT2LNYmE0
マスターを殺せば、実際サーヴァントは消える。例外は単独行動スキルを持つ者のみ。
そしてランサーに単独行動スキルはない。岸波白野を殺せば、それだけでナラクの勝利は決定する。
……そう。
岸波白野を、殺すことができれば。
「バカな……!」
ナラクが今度こそ、驚愕にその貌を歪める。
まともに受ければサーヴァントでさえ殺し得る致命的なチョップは、しかし。
岸波白野の周囲に張られた障壁によって、完全に防がれていた。
――『アトラスの悪魔』。そのコードキャストの名は、《add_invalid(); 》。
未来予測によりほんの一瞬、僅か一手分だけ、あらゆる攻撃を無効化する絶対防壁を展開する礼装だ。
そう。岸波白野は、ナラクの行動を完全に読み切っていたのだ。
追い詰められれば、ナラクは必ず自分を殺しに来ると……!
何しろ仮にも自らのマスターを殺し糧とするようなサーヴァントだ。その手段をとらないわけがない! タツジン!
「これで終わりよ!」
そうして、攻撃を防がれたことで生じた隙に、今度はランサーが行動を起こす。
ナラクへと向けて跳躍し、ランサーは渾身の力を込めて槍を投げ放つ。
チョップを防がれ隙を晒すナラクには、この一撃に対処できない。
……だが、ランサーの槍がナラクを穿つことは叶わなかった。
「―――なっ!?」
「僕もいるってこと、忘れてない?」
放たれた槍を弾き飛ばす、一振りの剣。
インターラプト! いつの間にかナラクの背後に現れた足立が、マガツイザナギの矛剣を投擲したのだ!
「イヤーッ!」
それによって生じた間に、ナラクが再び致命的なチョップを放つ。
『アトラスの悪魔(add_invalid();)』による守りは僅か一手分。そしてナラク相手に、再度使用できる余裕はない。
放たれたナラクのチョップは、今度こそ岸波白野の首を刎ね飛ばす―――!
………その、直前だった。
『――――Anfang(セット)!』
岸波白野の脳裏に、もう二度と聞くことのできないはずの声が響き渡った。
時間が止まる。
秒に満たぬ空白、渦巻く魔力に碧い海が胎動する。
声に導かれるように、ナラクへと向けて左手の指先を突き付ける。
《call_》―――
左手首が熱い。
詠唱している時間はない。
ゼロ秒後の死が見えている。
駆け巡る物理情報・魔術理論。
詠唱する必要はない。
受け継いだものは、全てこの瞬間のために―――
―――《gandor(32); 》―――!
指先から放たれる呪詛の弾丸。
「グワーッ!」
岸波白野を惨殺せんとしていたナラクは、この一撃に対処することができず直撃する。
その瞬間、弾丸に込められた呪詛が発現し、ナラクの行動を強制的に停止させる。
同時にランサーがドラゴンの翼を駆使し、岸波白野とナラクの間に割り込むように着地し、
「“Ah――――――――――――ッッッ!!!!!!”」
ゴウランガ! ゼロ・インチ距離からの“竜鳴雷声(キレンツ・サカーニィ)”。
「グワーッ!」
呪詛により身動き一つ出来ないナラクは、怒れる竜のブレスをまともに受ける!
「ヤ! ラ! レ! ターッ!」
吹き飛ばされたナラクは瓦礫を弾き飛ばして床を転がり、そして己がマスターである足立の下で停止した。
その体からはすでに、ナラクの象徴ともいえる“不浄の炎”が消え去っていた。
こうして厄災の如きだったサーヴァント――ナラク・ニンジャは、ここに敗北したのだった――――。
269
:
Heaven's Fall Blank moon
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 00:58:48 ID:LT2LNYmE0
07.5/ interlude『甲賀のアサシン(弐)』
「――――――――」
遠雷の如く響き渡ったその音に、もう一人のアサシンは、彼らの戦いが終わったこと悟った。
結果はおそらく、ランサーの勝利。赤黒のアサシンは間違いなく強敵ではあるが、蘇生能力を持つあのバーサーカーが加勢したと仮定すれば、おかしな話ではない。
となれば、自分が今成すべきことは一つだけ。
マスターの下へと早急に帰還し、【C-6】で起きている戦闘への対処および、自身の天敵であるバーサーカーへの対策を練ることだ。
お互いが万全であると仮定した場合、自分とあのバーサーカーが戦えば、高い確率で自分が敗北する。
アサシンはそう予想を立てていた。
となれば、当然狙うべきは彼のマスターとなる。
だが仮にも相手はサーヴァント。単騎で挑んだところで、そうやすやすとマスターを殺させはしないだろう。
サーヴァントの相手はサーヴァントという図式は、そう簡単には崩れない。
だが、わざわざその図式を崩す必要はないとアサシンは判断していた。
何故なら、サーヴァントの相手がサーヴァントであるように、マスターの相手はマスターがするものだからだ。
そして彼のマスターは、電子ドラックという、ある意味において最悪の切り札を持っている。
そう。彼のマスターの武器は、この冬木市のNPCたちだ。
いかに強力なマスターといえど、数の暴力を覆すことはそうたやすいことではない。
自分はただ、バーサーカーの足止めをしていれば、それだけで勝敗は決するのだ。
問題は、この切り札が、ルーラーの裁定対象となり得るということだが……。
(そのあたりの問題は、は“ますたぁ”が考えるべきこと。わしは主が命ずるままに戦えばばよい)
結局のところ、サーヴァントはマスターの道具に過ぎない。
サーヴァントの意志や感情を否定するわけではないが、行動方針を決めるのはやはりマスターなのだ。
幸いにして、自身の情報は情報末梢スキルによって消去されているはずだ。バーサーカーたちに自身の能力が知られる可能性は低いだろう。
故にアサシンは、自らが得た情報を己が主に伝えるために、誰にも見つかることなく、夜の街を駆け抜けていった。
【C-6/錯刃大学・遠方/二日目・未明】
【アサシン(甲賀弦之介)@バジリスク 〜甲賀忍法帖〜】
[状態]:健康、魔力消費(小)
[装備]:忍者刀
[道具]:なし
[思考・状況]
基本:勝利し、聖杯を得る。
1.HALの戦略に従う。
2.自分が得た情報をマスター(電人HAL)の下へと持ち帰る。
3. 狂想のバーサーカー(デッドプール)のことは早急に対処したい。
4.自分たちの脅威となる組は、ルーラーによる抑止が機能するうちに討ち取っておきたい。
5.性行為を行うサーヴァント(鏡子)、ベルク・カッツェへの警戒。
6.戦争を起こす者への嫌悪感と怒り。
[備考]
※紅のランサーたち(岸波白野、エリザベート)と赤黒のアサシンたち(足立透、ニンジャスレイヤー)の戦いの前半戦を確認しました。
※狂想のバーサーカー(デッドプール)と交戦し、その能力を確認しました。またそれにより、狂想のバーサーカーを自身の天敵であると判断しました。
※紅のランサーたちと赤黒のアサシンたちの戦いは、ランサーたちが勝利したと判断しました。
270
:
Heaven's Fall Blank moon
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 00:59:22 ID:LT2LNYmE0
08/ 決着/受け継いだもの
「――――――――」
その決着を、ウェイバーは瓦礫の物陰から観ていた。
その胸にあったのは、大きな驚愕と確かな安堵と、そして自分でもよく解らない感情だった。
警官たちの後を追ってビルへと侵入していたウェイバーは、警官たちが一瞬で惨殺されたのを見て、慌てて瓦礫の陰に隠れた。
そしてその隙間から覗いてみた戦いは、明らかに人知の及ぶものではなかった。
ランサーは善戦こそしていたが、赤黒い炎を纏ったアサシンの戦闘能力は圧倒的で、一方的に防戦へと押し込まれていた。
その恐ろしさは、たとえバーサーカーと二人で挑んだとしても、アサシンに勝つことなどできないのでは、と思うには十分なほどだった。
故にウェイバーは、ランサーたちは殺されると判断した。
彼が決着の時までこの場所にいたのは、バーサーカーがいない今の状態で、アサシンに見つかる危険を冒すことが怖かったからに過ぎない。
下手に物音を発てればアサシンに見つかるかもしれない。だから物陰でじっと身を潜め、息を殺してその戦いを見届けていたのだ。
………だというのに。
岸波白野は、その戦場の真っただ中に居たのだ。
いや、ただ居ただけではない。ランサーへと魔術支援を行い、指示を出すという形で、自らも戦いに参加していた。
岸波白野の魔術師としての能力は、実際のところ三流程度の能力しかないウェイバーから見ても、自分以下だと確信するほどだ。
だというのに、その三流以下でしかない岸波白野はあのアサシンに立ち向かっていて、仮にも天才を自称している自分は、こうしてただ物陰に隠れ怯えている。
そのあまりの落差に、ウェイバーはどうしようもなく になった。
そうして岸波白野は、あの恐ろしいアサシンに勝利した。
自分自身を囮にした、自分にはとても真似できない逆転の一手。
それを見た時、自分は戦うことすらなく、岸波白野に敗北したのだとウェイバーは思った。
たとえ今のバーサーカーではなく、狙い通りにイスカンダルを召喚していたとしても、彼と戦えばきっと自分は負けるだろうと。
そんな風に自失していた、その時だった。
大きくよろめきながらも、アサシンが立ち上がった。
あれほど恐ろしかった気配は、もうほとんど感じられない。もはや戦う力など残っていないはずだ。
だというのにアサシンは、体のふらつきを懸命に堪え、何かしらの武術の構えをとったのだ。
「なんでだよ。あんなになっても、まだ戦うつもりなのかよ……」
敗北を悟り、逃げようとするのならばまだわかる。
だがアサシンは、最早勝負は決したというのに、ランサーへと無謀にも挑もうとしている。
ウェイバーには、彼らが不可能へと挑むその理由が、どうしてもわからなかった……………。
†
―――目の前で立ち上がったアサシンを、岸波白野はまっすぐに見据える。
アサシンからはすでに、あの禍々しい気配は感じ取れない。
そのメンポも「忍」「殺」と刻まれた物に戻っており、瞳も黒色へと戻っている。
ナラクではなく、フジキドと呼ばれる人格へと戻ったのだろう。
……それは同時に、彼の敗北が、確定したことを表していた。
ランサーの宝具を受け、その体は満身創痍。もはや満足に戦うことなどできないだろう。
この状況下において、ナラクよりも能力の劣るフジキドに、ランサーに勝てる道理はない。
「……スゥーッ! ハァーッ! ……スゥーッ! ハァーッ!
……ハイクは詠まぬ。何故なら私は、オヌシたちを殺すからだ」
だと言うのに、アサシンは懸命に呼吸を整え、そう口にしながら手刀を構えた。
最後まで諦めなどしない。たとえどれほど追い込まれたとしても、自分は必ず勝つのだと、確かな戦意を見せている。
……あるいは、これが“月の聖杯戦争”であったのならば、彼は敗者とみなされ、ムーンセルによって消されていたかもしれない。
だがこれは“月の聖杯戦争”ではない。“止め”は、自らの手で刺す必要があるのだ。
「……そう。アンコールをご所望ってワケ。
……いいわ、ラストナンバーよ。私の歌で、盛大に逝かせてあげる」
アサシンの言葉にランサーがそう宣告し、槍を床へと突き立てた。
宝具によって、今度こそ決着を付けるつもりなのだろう。
自分は――――
271
:
Heaven's Fall Blank moon
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 00:59:48 ID:LT2LNYmE0
1.止める
>2.止めない
岸波白野には、すでにアサシンと戦う理由は薄れていた。
凛の仇であったナラクは倒した。
たとえナラクがアサシンの別人格だったとしても、フジキドは凛の仇ではない。
自分にとってフジキドは、己のマスターであった子供のために復讐を誓う、優しくも悲しい一人の男だった。
……だが同時に、聖杯を求め戦う敵でもあった。
戦いは避けられない。
凛との約束を守る限り、たとえここで見逃したとしても、いずれ再び戦うことになるのだ。
ならばきっと、ここで完全に決着を付けることこそが、未だに戦意を見せるアサシンへのせめてもの誠意だろう。
――――決着は一瞬だった。
「――――――――」
ランサーがドラゴンの翼を広げ、槍の柄へと飛び乗り、大きく息を吸い込み、
「Wasshoi!」
アサシンが、跳んだ。
愚直にも真正面から、まっすぐにランサーへと挑みかかり、
「“Ah――――――――――――ッッ!!!!”」
ランサーの“竜鳴雷声(うたごえ)”が鳴り響く。
放たれた衝撃波に瓦礫が粉砕され、粉塵となって舞い上がる。
自分たちへと向かってきたアサシンは、その粉塵に紛れ、そして姿を消した。
粉塵が晴れた時には、アサシンの姿はすでにどこにも見当たらなかった。
それはマスターである足立も同様だ。
死体が残る間もなく瓦礫とともに吹き飛ばされたのか、あるいは――――。
……いずれにせよ、戦いはこれで終わった。
だがこの決着は、決して岸波白野の勝利などではない。
何故なら、凛を守れなかった時点で、自分たちはすでに敗北していたのだから。
こうしてアサシンを倒したことで、自分はようやく、そのことを認めることができたのだ。
左手を持ち上げ、鋭い痛みを放つ手首を診る。
そこには焼け付いたかのように、碧く輝く刻印が刻まれていた。
――――あの瞬間。
足立透によってランサーの一撃が妨害された時、自分は死を覚悟した。
あの状況から挽回する術は、岸波白野には存在しなかった。
それを覆したのは、あの凛の声と、彼女の魔術だった。
いかなる理由・方法によってかはわからないが、自分は最後の最後で、凛に助けられたのだ。
この刻印はその証。
遠坂凛が岸波白野とともに在るという、確かな証明だ。
そしてそれこそが、誰一人と知り得ることのなかった、遠坂凛がカタチを保っていられた理由だった。
アサシン―――ナラク・ニンジャの正体。
それは、ニンジャの犠牲になった人々の怨念の集合体だ。
当然その中には、ナラク・ニンジャ自身に殺された者たちも含まれる。
であれば、ナラク・ニンジャに直接殺された遠坂凛がその一部にならないはずがなく、
そして器である肉体ごと魂喰いされたことによって、遠坂凛はムーンセルによる消去を免れ、自らのカタチを保ったままその一部となっていたのだ。
そしてそれは、遠坂凛の魂に一つの変異を齎していた。
一時的にでもナラク・ニンジャの一部となっていたことで、彼女の魂はニンジャソウルと似た性質を帯びるようになっていたのだ。
その結果、そして遠坂凛の魂を取り込み、その令呪を受け取った岸波白野は、同時に彼女の魔術刻印も継承することとなった。
その証明が、岸波白野が最後に使用したコードキャストだ。
血縁者以外には行えぬはずの魔術刻印の継承、それによる魔術行使。
あのコードキャストはいわば、岸波白野(ウィザード)用に調整された、遠坂凛のユニーク・ジツのようなものだったのだ。
だからと言って、岸波白野がニンジャとなったわけではない。
遠坂凛の魂が似た性質を帯びたというだけで、ニンジャソウルとなったわけではないのだから、それは当然だ。
ただ単に、遠坂凛の構成情報(たましい)を得たことによって、継承した魔術刻印による魔術行使が可能になっただけに過ぎないのだ。
岸波白野がそのことを知ることはない。
全ては終わってしまったことだ。知る意味もない。
ただ遠坂凛に助けられたという事実だけが、岸波白野にとっての事実だった。
272
:
Heaven's Fall Blank moon
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 01:00:21 ID:LT2LNYmE0
痛みを残す左手を握り締め、そこに残る重みを確かめる。
凛は確かにここにいる。ならば立ち止まっている暇はない。
この聖杯戦争を勝ち残る。それが彼女と交わした、最後の約束だからだ。
……けれど。
今だけはほんの少しだけ、立ち上がるための時間が欲しかった。
「……………………」
自分たちへと近づいてくる足音に顔を上げる。
見ればそこには、いつの間にかウェイバーの姿があった。
来てくれたのか、と彼へと声をかけた。
「岸波………………。
……その……わるい。何の力にもなれなくて」
気まずそうにそう口にしたウェイバーに、そんなことはないと返す。
来てくれたという事実だけで、十分に嬉しいのだと。
だがウェイバーは、ますます気まずそうな顔をするだけだった。
「そ、それよりバーサーカーはどうしたんだよ!
僕がここに来る羽目になったのも、元はと言えばあいつが―――!」
「ん? ウェイバーたん、俺ちゃんのこと呼んだ?」
「うわぁっ!? ば、バーサーカー!?」
ウェイバーが何かを誤魔化すようにバーサーカーのことを口にした途端、いつの間にか現れたバーサーカーがそれに応じた。
その神出鬼没さ・自由奔放さは、そう簡単には予測ができなさそうだ。
「お前、今までどこほっつき歩いてたんだよ! 岸波のところに向かったんじゃなかったのか!?」
「その通りだけど? 俺ちゃんもちゃんとアサシンと戦ってたんだぜ?」
「バレバレの嘘を吐くなよ! お前どこにもいなかったじゃないか!」
「いやホントだって。俺ちゃん結構善戦したんだぜ? 相性も良かったしな」
「ならどんな風に戦ったのか言ってみろよ! ここで、今すぐ、詳細に!」
「いや、それを言っちまうのはあいつのスキル的にどうかなぁと俺ちゃんは思うのよ。だから内緒」
「ふざけるな! やっぱりサボってたんじゃないかこの馬鹿!
おい岸波! お前も何か言ってやれよ……って岸波? どうしたんだよ」
バーサーカーの口にした言葉を反芻する。
彼はアサシンと戦った、と言っていた。だが実際にアサシンと戦ったのは自分たちだけ。
この矛盾を解明することは―――可能だ。
「どういう意味だよ、それ。
っていうか、バーサーカーの言うことを信じるのかよ、おまえ」
ウェイバーの言葉に頷く。
一応ではあるが、“会話のできる狂戦士”という存在は見知っている。
彼らは決して言葉が理解できないのではない。
ただ単純に、彼らはモノの捉え方・考え方が、自分たちとは異なっているだけなのだ。
そしてこの聖杯戦争では、一つのクラスが重複することなど珍しくはない。
つまりバーサーカーの言葉が真実だとすれば、ここにはもう一人、アサシンが存在していたことになるのだ。
「な! アサシンがもう一騎いたって、それ本当かよ!?
だとしたら、この場所はまずいだろ! 下じゃNPCたちが騒いでいて、注目の的になってるんだぞ!?」
「あらそう。いいじゃないそれ。民衆の視線を集めるのは、アイドルの醍醐味よ?」
「そうそう。ヒーローもガキンチョの声援を受けて戦うもんだしな。注目されてなんぼだろ」
「だからふざけるなって! そもそもランサーが派手に戦い過ぎなんだよ! 今襲撃を受けたら絶対負けるぞ! なんだったら賭けてもいいレベルだ!」
確かにウェイバーの言う通り、自分たちは消耗しきっている。これ以上の連戦は危険だ。
聖杯戦争に勝ち残るためにも、今はここを撤退し、休息する必要がある。
明日……いや、すでに日付は変わっているだろうから、今日一日を休息に当てれば、十分に回復できるだろう。
だから戦いを再開するのは明後日以降だ。それまでは休息と情報収集に当てるとしよう。
「わかったらさっさと僕の家に帰るぞ。今度こそ寄り道なんてしないからな」
ウェイバーはそう言って歩き出そうとして、
「へ、うわぁ!?」
唐突にバーサーカーに担ぎ上げられた。
「いきなり何すんだよおまえ!」
「いや帰るのは構わねぇけどよ。このまま普通にビルを出たら注目の的だぜ、俺ちゃんたち」
「…………あ」
「私はそれでも構わないけど、あなたは困るんでしょう」
「う、うるさい! それくらいちゃんと気づいてたさ!」
そう声を荒げるウェイバーたちの様子を眺めながら、エリザの下へと向かう。
……その前に、最後にもう一度だけ、アサシンたちがいた場所へと振り返った。
273
:
Heaven's Fall Blank moon
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 01:00:54 ID:LT2LNYmE0
自分たちはアサシンを倒した。
だが、あれでアサシンが死んだという確信を、どうしてか持つことができなかった。
消滅の瞬間を見届けていないからか、あるいは別の理由からか……。
いずれにせよ、もしアサシンが生きていたならば、きっとまた戦うことになるような、そんな気がしてならなかった。
「子ブタ、早く行きましょう。さすがに少し疲れたし、バスに浸かるかシャワーを浴びたいわ」
その声に頷き、今度こそエリザの下へと向かう。
どうやらウェイバーたちは先に向かったようだ。ビルの屋上を飛んで移動する彼らの姿が見える。
それに遅れまいと、行きと同様エリザへと抱き付くと、彼女はドラゴンの翼を広げ、夜空へと向け飛翔した。
こうして戦いは終った。
失ったものはあまりにも多く、得たものはなにもない。
岸波白野たちは人知れず、勝者の存在しない戦場を後にした。
――――頭上には白髏のような眩(くら)い月。
杯のような輪郭が、しめやかに、蜜を注がれる時を待っているかのようだった。
【C-5/双葉商事ビル周辺/二日目・未明】
【岸波白野@Fate/EXTRA CCC】
[状態]:健康、疲労(中)、魔力消費(大)
[令呪]:残り三画
[装備]:アゾット剣、魔術刻印、破戒の警策、アトラスの悪魔
[道具]:携帯端末機、各種礼装
[所持金] 普通の学生程度
[思考・状況]
基本行動方針1:「 」(CCC本編での自分のサーヴァント)の記憶を取り戻したい。
基本行動方針2:遠坂凛との約束を果たすため、聖杯戦争に勝ち残る。
0.凛………………ありがとう。
1. 休息するために、ウェイバーの自宅へ。
2. 今日一日は休息と情報収集に当て、戦闘はなるべく避ける。
3. ウェイバー陣営と一時的に協力。
4. 『NPCを操るアサシン』を探すかどうか……?
5. 狙撃とライダー(鏡子)、『NPCを操るアサシン』を警戒。
6.アサシン(ニンジャスレイヤー)はまだ生きていて、そしてまた戦うことになりそうな気がする。
7. 聖杯戦争を見極める。
8. 自分は、あのアーチャーを知っている───?
[備考]
※“月の聖杯戦争”で入手した礼装を、データとして所有しています。
しかし、一部の礼装(想念礼装他)はデータが破損しており、使用できません(データが修復される可能性はあります)。
礼装一覧>h ttp://www49.atwiki.jp/fateextraccc/pages/17.html
※遠坂凛の魂を取り込み、魔術刻印を継承しました。
それにより、コードキャスト《call_gandor(32); 》が使用可能になりました。
※遠坂凛の記憶の一部と同調しました。遠坂凛の魂を取り込んだことで、さらに同調する可能性があります。
※エリザベートとある程度まで、遠坂凛と最後までいたしました。その事に罪悪感に似た感情を懐いています。
※ルーラー(ジャンヌ)、バーサーカー(デッドプール)、アサシン(ニンジャスレイヤー)のパラメーターを確認済み。
※アーチャー(エミヤ)の遠距離狙撃による攻撃を受けましたが、姿は確認できませんでした。
※アーチャー(エミヤ)が行った「剣を矢として放つ攻撃」、およびランサーから聞いたアーチャーの特徴に、どこか既視感を感じています。
しかしこれにより「 」がアーチャー(無銘)だと決まったわけではありません。
※『NPCを扇動し、暴徒化させる能力を持ったアサシン』(ベルク・カッツェ)についての情報を聞きました。
【ランサー(エリザベート・バートリー)@Fate/EXTRA CCC】
[状態]:疲労(中)、ダメージ(大)、魔力消費(大)
[装備]:監獄城チェイテ
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:岸波白野に協力し、少しでも贖罪を。
0.さすがに少し疲れたわね。バスに入るか、シャワーを浴びたいわ。
1.とりあえず、ウェイバーの自宅へと向かう。
2.岸波白野とともに休息をとる。
3.アサシン(ニンジャスレイヤー/ナラク・ニンジャ)は許さない。
[備考]
※アーチャー(エミヤ)の遠距離狙撃による襲撃を受けましたが、姿は確認できませんでした。
※カフェテラスのサンドイッチを食したことにより、インスピレーションが湧きました。彼女の手料理に何か変化がある……かもしれません。
274
:
Heaven's Fall Blank moon
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 01:01:23 ID:LT2LNYmE0
【ウェイバー・ベルベット@Fate/zero】
[状態]:魔力消費(極大)、心労(大)、自分でも理解できない感情
[令呪]:残り二画
[装備]:デッドプール手作りバット
[道具]:仕事道具
[所持金]:通勤に困らない程度
[思考・状況]
基本行動方針:現状把握を優先したい
0.僕は…………。
1.休憩の為に、今度こそ家に戻る。
2.バーサーカーの対応を最優先でどうにかするが、これ以上令呪を使用するのは……。
3.バーサーカーはやっぱり理解できない。
4.岸波白野に負けた気がする。
[備考]
※勤務先の英会話教室は月海原学園の近くにあります。
※シャア・アズナブルの名前はTVか新聞のどちらかで知っていたようです。
※バーサーカー(デッドプール)の情報により、シャアがマスターだと聞かされましたが半信半疑です。
※一日目の授業を欠勤しました。他のNPCが代わりに授業を行いました。
※ランサー(エリザベート)、アサシン(ニンジャスレイヤー)の能力の一部(パラメータ、一部のスキル)について把握しています。
※アサシン(ベルク・カッツェ)の外見と能力をニンジャスレイヤーから聞きました。
※バーサーカーから『モンスターを倒せば魔力が回復する』と聞きましたが半信半疑です。
※放送を聞き逃しました。
【バーサーカー(デッドプール)@X-MEN】
[状態]:魔力消費(大)
[装備]:日本刀×2、銃火器数点、ライフゲージとスパコンゲージ、その他いろいろ
[道具]:???
[思考・状況]
基本行動方針: 一応優勝狙いなんだけどウェイバーたんがなぁー。
0.たやん真正面から倒すとか、はくのんやるなぁ。俺ちゃんも負けてらんねー!
1.一通り暴れられてとりあえず満足。次もっと派手に暴れるために、今は一応回復に努めるつもり。
2.アサシン(甲賀弦之介)のことは、スキル的に何となく秘密にしておく。
3.あれ? そういやなんか忘れてる気がするけどなんだっけ?
[備考]
※真玉橋孝一組、シャア・アズナブル組、野原しんのすけ組を把握しました。
※『機動戦士ガンダム』のファンらしいですが、真相は不明です。嘘の可能性も。
※作中特定の人物を示唆するような発言をしましたが実際に知っているかどうかは不明です。
※放送を聞き逃しました。
※情報末梢スキルにより、アサシン(甲賀弦之介)に関する情報が消失したことになりました。
これにより、バーサーカーはアサシンに関する記憶を覚えていません………たぶん。
09/ Backyard of Ark
「「グググ……おのれ、ランサー=サンめ。よもやこのワシに、あのような屈辱を味あわせてくれようとは。
これもフジキドよ、オヌシがあのような脆弱な小童に肩入れしたのがそもそもの原因ぞ!」」
ニンジャスレイヤーは己の内から、憎悪に満ちた皺枯れた声を感じ取った。
彼のニューロンの邪悪な同居人、ナラク・ニンジャの声だ。コワイ!
だがニンジャスレイヤーはその声に応じることなく、アグラ・メディテーションのイメージを保ったまま微動だにしない。
「「オヌシが始めからワシに体を預けていれば、このようなブザマは晒さなかったのだ!
聞いておるのか、フジキドよ!」」
「……黙れ、オバケめ。ランサー=サンたちが私を追ってきたのは、貴様があの娘を殺したからだ。インガオホーだ。
加えて、真のカラテを見せてやると豪語しておきながらあの体たらく。己より弱き者をアンブッシュすることが、貴様の言う真のカラテなのか、ナラクよ?
そのような行い、貴様が侮蔑するレッサーニンジャの所業と何が違う」
「「ググググ………」」
275
:
Heaven's Fall Blank moon
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 01:01:48 ID:LT2LNYmE0
ニンジャスレイヤーの言葉に、ナラクは言い返すことができない。
何故なら、如何にニンジャスレイヤーのカラテが弱りきっていたとはいえ、ナラクにとってランサーたちをスレイすることは容易いことだった筈だからだ。
それほどまでに、ランサーとナラクのカラテには差が開いていた。開いていながら、サーヴァントの弱点であるマスターを狙い、そして敗北したのだ。
ミヤモト・マサシの残したコトワザの一つに「調子に乗っている奴から負ける」というものがあるが、ナラクの敗北は実際それの表れだった。
「ナラクよ、オヌシは考え違いをしている。このイクサは私のイクサだ。私はオヌシの欲望ではなく、私の目的を果たすのだ!
オヌシの意志などいらぬ! いるのはオヌシの力だけだ! 消えろ、オバケめ!」
「「グヌウッ………」」
ナラクは悔しげな声を発しながら、ニューロンの奥底へと沈んだ。
今のニンジャスレイヤーの体を支配することは出来ぬと判断したのだ。
だがニンジャスレイヤーの肉体か精神が衰弱すれば、ナラクは再び暴れだすだろう。
ナラクは諦めることなど知らぬオバケなのだから。
そうして静寂を取り戻したニュートンの内で、ニンジャスレイヤーはイマジナリー・カラテを再開した。
相手は先ほど己が敗北した相手、ランサーとそのマスターだ。
同じ相手に二度敗北せぬよう、イメージトレーニングを行っているのだ。
………だが、その成果はどうにも芳しくなかった。
(やはり、岸波=サンが最大の難敵だ。あの者の出す指示を超える手をイメージできぬ)
相手がランサー一人であれば、現時点でもすでに問題なくスレイできるだろう。
ニンジャスレイヤーのジュー・ジツはすでにランサーの攻撃に完全適応している。負ける要素はほとんどない。
だがそこに岸波白野が加わった途端、ランサーの動きがほとんど読めなくなるのだ。
ミヤモト・マサシの残したコトワザの一つに「強い軍師がいると二倍は有利」というものがあるが、岸波白野の指示は実際それの表れだった。
加えて岸波白野には、コードキャストによる支援もある。
ランサーと岸波白野を同時に相手にする限り、ニンジャスレイヤーの勝ち目は実際低いのだ。
実際ナラクでさえ敗れたのだ。ニンジャスレイヤーが一人で戦う限り、それは変わるまい。
(ならば、足立=サンの力を借りるか?)
そこでニンジャスレイヤーは、現マスターである足立のことを考える。
彼らを倒そうとするのであれば、ニンジャスレイヤーもまた、協力者の存在が必要だった。
何故なら、岸波白野自身の戦闘能力は実際低いからだ。ロクに動けぬ足立に翻弄されるほどに。
つまり、ニンジャスレイヤーがランサーの相手を、足立が岸波白野の相手をすれば、それだけで勝率は跳ね上がるのだ。
………だが、あの足立が素直に力を貸してくれるとは、ニンジャスレイヤーにはとても思えなかった。
加えて足立は重傷を負い、大きく消耗している。今の状態のままでは、たとえ協力を得たとしても彼らに勝つことは困難だろう。
だからと言って、他に協力者を探す、というのも難しい。何故ならナラクの存在により、またもあの娘のように殺してしまうかもしれないからだ。
ニンジャスレイヤーにとって協力者の存在を得ることは、強敵を殺すことよりなお困難なことだった。
(………協力者、か)
ニンジャスレイヤーはふと、生前のことを思い返していた。
ナンシー・リー、タカギ・ガンドー、シルバーキー、センセイやユカノ、サブロ老人など、思い返せば自分は、あまりにも多くの人々に助けられてきていた。
彼らの存在がなければ、ソウカイヤやザイバツ、アマクダリなどのニンジャとの戦いを生き残り、復讐を果たすことなどできなかっただろう。
それを思えば、たった一人で戦っていた自分が、深い絆で結ばれた彼らに敗れたのは必定だったのだろう。
(ならば、今ランサー=サンたちを相手にイマジナリー・カラテを行うのは無意味か)
まったく効果がないというわけではないだろうが、現状では時間を浪費するだけになりかねない。
そもそもニンジャスレイヤーの最優先目的はしんのすけを殺したアサシンのスレイだ。いずれランサーたちと再び戦うとしても、それは今ではない。
それに「急いだヒキャクがカロウシした」というコトワザもある。
今はただ、いずれ来るだろうその時のために備えよう。
そう結論したニンジャスレイヤーは、己がニューロンの内からしめやかに浮かび上がっていったのだった。
276
:
Heaven's Fall Blank moon
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 01:02:58 ID:LT2LNYmE0
001010101011011000111101
そうして現実へと意識を戻したニンジャスレイヤーの視界には、あまりにも異質的光景が広がっていた。
赤黒く彩られた無限の地平。そこに広がる実際見覚えのある瓦礫の街。
禍々しいアトモスフィアの空は0と1の数列が埋め尽くし、月と入れ替わったように浮遊し自転する黄金立方体。
その黄金立方体によって、ニンジャスレイヤーはこの場所を電子コトダマ空間だと判断していた。
……いやそもそも、この聖杯戦争の舞台となっている冬木市自体が、方舟によって作られた仮想世界だ。
またコトダマ空間には、極稀にではあるが、何らかの要因によって意識ではなく肉体そのものが入り込む場合もある。
そして『ゴルフェの木片』によって聖杯戦争に参加したマスターの中は、その肉体ごと招き入れられた者がいるとも聞く。
この二点もまた、この聖杯戦争の舞台とコトダマ空間が同一ないし類似したものであるという証明だ。
つまりあの冬木市はコトダマ空間の一部であり、この場所はその虚構が剥がれた、いわばバックグラウンドのような場所なのだろう。
……問題は、ランサーによって倒されたはずのニンジャスレイヤーが、何故この場所にいるのか、ということだが。
その答えは彼の現マスター、足立透が握っていた。
「ん……ふが……?」
「気が付いたか、足立=サン」
この場所へと移動した影響だろう。気を失っていた足立へと向けて、ニンジャスレイヤーは声をかける。
「はえ……? おまえ、っていうか、ここは……テレビの、中?」
「知っているのか足立=サン」
「まあね。たぶん、聖杯戦争に呼ばれたマスターの中では、僕が一番詳しいんじゃないかな? このマヨナカテレビについてはさ」
自分に頼るニンジャスレイヤーという構図に、足立は若干調子づいて説明を始めた。
もっとも、自分が説明しなくても、このサーヴァントは勝手に調査を始めただろうとも思ってもたが。
同時に足立は、この世界に来ることになった経緯――気を失う直前のことも思い出していた。
―――あの瞬間。
ランサーの宝具が放たれ、ニンジャスレイヤーが跳躍した時、足立は己が生存を諦めた。
自分たちは満身創痍。対してランサーたちは大きく消耗こそしているが、まだ戦う余裕は残っている。
加えですでに、止めの一撃が放たれている。
生き残る方法など、どこにもなかった。……“それ”を、足立が偶然見つけなければ。
足立が偶然見つけたもの。それは一台の大型テレビだった。
おそらく、会議室辺りにでも設置されていたのだろう。運よく破壊を免れたそのテレビが、足立の視界に飛び込んできたのだ。
その瞬間足立は、ソーマト・リコールめいて自身がこうなった原因、ひいては聖杯戦争に参加する直前のことを思い出していた。
すなわち、マヨナカテレビの噂と、それによって自覚した自身の能力、そしてテレビの中の世界を。
そして足立の右手には、たった一画だけ残された令呪。
それを自覚した瞬間、足立は生への執着を取り戻し、令呪へと命じていた。
“自分を連れて、テレビの中へと逃げこめ”と。
結果、ニンジャスレイヤーは強制方向転換。足立を連れてテレビの中――つまりこの世界へと飛び込んだのだ。
277
:
Heaven's Fall Blank moon
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 01:03:26 ID:LT2LNYmE0
「要するに、ここは見たくもない真実――人々の意志が反映される世界ってこと。
まあもっとも、ベースとなってる冬木市やそこの住人が作り物な以上、どこまで同じかは知らないけどね」
そうして足立は、ニンジャスレイヤーへの説明を終わらせた。
ニンジャスレイヤーはその説明をかみ砕き、自分なりに解釈していく。
「ふむ……では、どうすればこの世界から出られるかわかるか、足立=サン」
「さあ。テレビでも探して、それに入ればいいんじゃないの?
っていうか、なんでわざわざ出ていく必要があるのさ。ここに居ればひとまずは安全だろ? テレビを出入りできるのは僕だけなんだし」
「私の目的はアサシン=サンをスレイすることだ。このままここに居ても、その目的は果たせぬ。
……それに――――イヤーッ!」
「ウワーッ!?」
ニンジャスレイヤーの突然のケリ・キック!
唐突に攻撃に晒された足立は、狼狽することしかできない……!
だがニンジャスレイヤーのその一撃は、自分を狙ったものではないことに、足立はすぐに気付いた。
ニンジャスレイヤーがキックを放った先で、立方体じみた怪物が消滅していくのが見えたからだ。
「そ、そいついったいなんだよ。シャドウじゃないみたいだけど」
「おそらく保守プログラムの一種だ。方舟は私たちがこの空間にいることを好まないようだ」
加えて、ここがニンジャスレイヤーの知るコトダマ空間と同一だとすれば、インクィジターが現れる可能性もある。
そうなってしまえば、消耗しきった今の自分たちでは成す術なくスレイされるだろう。
「………は。なんだ、結局は聖杯戦争で勝ち残らないと生き残れないってわけか。ほんと、世の中クソだな」
「愚痴を言う余裕があるのなら備えよ。急ぎ、この空間から脱出する」
「はいはい、わかりましたよっと」
ニンジャスレイヤーの冷徹な指示に、足立は適当な返事をしながらペルソナを出現させる。
現れたマガツイザナギの体からは、岸波白野との戦いの時に生じていたノイズは見えない。
気を失っている間に、少しは回復したということだろう。通常戦闘を行う分には問題はなさそうだった。
「ではいくぞ。しっかり掴まっていよ」
ニンジャスレイヤーは足立を背負うと、しめやかに瓦礫の街を駆け出した。
「うわっととと……! もうちょっと優しく走ってよ、こっちは怪我人だよ?」
足立は慌ててニンジャスレイヤーへとしがみつく。両膝と違い、両腕は無事だ。しがみつくことに問題はない。
「……………………」
そうして瓦礫の街を駆け抜けながらも、ニンジャスレイヤーの脳裏にはある疑問が浮かんでいた。
電子コトダマ空間は、最初にログインしたハッカーによってリアリティ定義情報が構築される。
マヨナカテレビは、テレビの中に入ってきた人物の心や無意識の影響を受けてその形を変える。
……であれば、この空間のリアリティ定義情報はいったい誰が構築したものなのか。
当然ニンジャスレイヤーではない。そして足立のものでもない。
何故ならこの空間……瓦礫の街は、聖杯戦争の舞台となっている冬木市がベースとなって構築されていたからだ。
ならばこの空間を構築した存在は、いったい何者なのか――――。
(……現状その者について考えることは無意味。
今は一刻も早く、このコトダマ空間から脱出すべし!)
「Wasshoi!」
ニンジャスレイヤーは己が疑問を振り払い、瓦礫の街を駆け抜ける。
全てはアサシン――ベルク・カッツェへの復讐を遂げ、しんのすけを蘇らせるため。
其は黒よりも暗い影。ネオサイタマの死神に安息の時間など訪れない。
走れ! ニンジャスレイヤー! カラダニキヲツケテネ!
278
:
Heaven's Fall Blank moon
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 01:03:50 ID:LT2LNYmE0
【?-?/電子コトダマ空間・禍津冬木市(仮称)/二日目・未明】
【アサシン(ニンジャスレイヤー)@ニンジャスレイヤー】
[状態]:魔力消耗(大)、ダメージ(極大、戦闘続行)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:しんのすけを弔うためにアサシン=サン(ベルク・カッツェ)殺すべし。聖杯の力でしんのすけを生き返らせる。
その後聖杯とムーンセルをスレイする!
0.アサシン(ベルク・カッツェ)=サン殺すべし!
1.聖杯を手に入れるためにすべてのニンジャ(サーヴァント)をスレイする。
2.このコトダマ空間らしき場所から脱出する。
3.ベルク・カッツェに関する情報を入手する。
4.誰か協力者を得る? しかし………
5.ナラクに乗っ取られ邪悪な存在になればセプクする。
[備考]
※放送を聞き逃しています。
※ウェイバーから借りていたNPCの携帯電話を破壊しました。
※足立透と再契約しました。
※ナラクに身体を乗っ取られ、マスターやNPCを無意味に殺すような戦いをしたら自害するつもりです。
※現在自分がいる場所を、電子コトダマ空間のようなものであると考えています。
【足立透@ペルソナ4 THE ANIMATION】
[状態]:魔力消費(大)、両膝破壊、身体の至る所に裂傷(応急処置済み)
[令呪]:なし
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:刑事としての給金(総額は不明。買い物によりそれなりに消費)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れる。死にたくない。
0.結局聖杯戦争で勝たないといけないのかよ……
1.とりあえず、テレビの中から脱出する。
[備考]
※アサシン(ニンジャスレイヤー)と再契約しました。
※足立の携帯電話は【C-5】の森林公園に隠されました。警察から安否確認の電話がありました。
※現在自分がいる場所を、テレビの中の世界のようなものであると考えています。
◇
●
そうして彼らは、脇目もふらず瓦礫の街を駆け抜けていった。
瓦礫の街には、侵入者を排除せんとするエネミーが徘徊している。
彼らが無事この空間から脱出できるかは、ブッタのみぞ知ることだ。
………この空間が如何なるモノで、どのような意味を持つのか。それはまだ語ることができない。
だが、彼らがもう少し注意深く空を見上げていたならば気づいていただろう。
空に浮遊し自転する黄金立方体、その背後に浮かぶ、深い孔の如き黒い月を――――――。
[全体の備考]
※【C-5】双葉商事ビル屋上が、ランサーとアサシンの戦闘により破壊・崩落しました。
その影響により、ビルの屋上に置いてあった数日分の食糧、防寒具、寝袋、トレンチコートとハンチング帽も失われました。
またビルの周辺のいたる所も、両者の戦闘行動により破壊されています。
さらにランサーの宝具により、周囲に大音量が響き渡りました。
※アサシン(ニンジャスレイヤー)と足立透が、足立透の能力及び令呪によって謎の空間に侵入しました。
この空間が正確にどのような場所であるのか、また脱出が可能であるかは、現時点では不明です。
なおこの空間内には、侵入者を排除する保守プログラム――エネミーが徘徊しています。
279
:
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/08(金) 01:05:37 ID:LT2LNYmE0
以上で仮投下を終了させていただきます。
作中にて気になる点が多数ありましたので、何か意見があればお願いします。
280
:
サイバーゴースト名無しさん
:2015/05/08(金) 06:43:05 ID:Wmiu3Ayo0
仮投下乙です。
感想は本投下の際にさせて頂きます。気になる点と言えば、アサシン組が侵入した空間でしょうか?
個人的には特に問題は無いかと思います。
281
:
サイバーゴースト名無しさん
:2015/05/08(金) 14:15:47 ID:xXMP8hjI0
仮投下お疲れ様でした!
ランサーとアサシンの手に汗握る戦闘描写は圧巻の一言です
もう一方のアサシンとバーサーカーの戦闘もコミカルさを重点しながらも緊迫感のある内容でした
一方でやっぱり焦点になるのはアサシン組が入り込んだ謎の空間ですかな(恐らく氏もそれを見越してこちらに投下したのだと思いますが)
これに関しては一読み手として面白いしアリかなとは思っています
ただこの空間が今後どういう扱いになるのかがやはりネックになると思います
今後この空間が重要な伏線に成り得るかはわかりませんが現状この空間はEXTRAのアリーナと同程度だという認識でよろしいですか?
最も、この件に関しては書き手の皆様がリレーの進行に何ら支障はないと判断されるなら問題ないことですが
改めてになりますが、自分はこの小説を畳む為の伏線・物語の幅を広げるための舞台としてこの空間が存在してもいいのではと思います
意見が参考になれば幸いです
282
:
◆ysja5Nyqn6
:2015/05/09(土) 00:16:39 ID:UsmZUOG60
ご意見ご感想ありがとうございます。
アサシン組が入り込んだ空間はEXTRAで言うならアリーナというより月の裏側、つまり舞台裏をイメージしています。
ただ聖杯戦争を進行させるだけなら知る必要のない、その真相あるいは真実の一端が隠れている場所的な感じで。
ただこれはあくまで現時点での私のイメージですので、最終的にどうなるか、そもそもこの空間が採用かどうかも含めて、「まだ語ることができない」場所となります。
283
:
◆ysja5Nyqn6
:2015/06/15(月) 22:41:22 ID:0tilxoc.0
これより修正個所を投下させていただきます。
284
:
◆ysja5Nyqn6
:2015/06/15(月) 22:42:26 ID:0tilxoc.0
----
「な! アサシンがもう一騎いたって、それ本当かよ!?
だとしたら、この場所はまずいだろ! 下じゃNPCたちが騒いでいて、注目の的になってるんだぞ!?」
「あらそう。いいじゃないそれ。民衆の視線を集めるのはアイドルの醍醐味よ?」
「そうそう。ヒーローもガキンチョの声援を受けて戦うもんだしな。注目されてなんぼだろ」
「だからふざけるなって! そもそもランサーが派手に戦い過ぎなんだよ! 今襲撃を受けたら絶対負けるぞ! なんだったら賭けてもいいレベルだ!」
----
『Heaven's Fall Blank moon』における以上の部分を、下記の通りに加筆・修正させていただきます。
----
「な! アサシンがもう一騎だって、それ本当かよ!?
あ、いや、でも、それなら魔力の方はどうしたんだよ。いままでは僕から容赦なく魔力を持って行ってたじゃないか、おまえ」
だがバーサーカーのことを信用しきれていないウェイバーは、それでもとバーサーカーへ問い返す。
これまでバーサーカーは、戦闘の度に自分から多量の魔力を供給させていた。
そして現在の魔力残量はもはや枯渇寸前だ。この上からバーサーカーの魔力消費まで負担したのなら、こうして会話する余裕などないはずだ。
だが今回、自身の魔力が持っていかれたような感覚はなかった。それはいったい、どういう意味なのか。
「そりゃお前、俺ちゃんが自前の魔力だけで戦ったからに決まってんじゃん。
ウェイバーたんの魔力がカラッポだったから、俺ちゃん今回は自重したんだぜ。
あ、それともウェイバーたんってば、やっぱり市長目指すつもりだったの? それならそうと言ってよ。俺ちゃんもがっつり協力するからさ!」
「目指してないっつーの! て言うかなんなんだよ、その市長ってのは!」
これまでの戦闘において、バーサーカーがウェイバーの魔力を多量消費していたのは、自身の思うが儘に戦うためだった。
バーサーカーは、一撃で勝負を決めるような宝具は持っていない。だがそれを補うだけの多彩な武装がある。
二丁拳銃、二振りの日本刀に始まり、サブマシンガン、バズーカ、手榴弾、プラスチック爆弾、果てはライフゲージやスパコンゲージと呼ばれる異質なものまで。
それらの武器と強力な再生・蘇生能力を駆使することによって、バーサーカーは他のサーヴァントとも渡り合えるのだ。
しかし蘇生能力の行使はもちろん、銃火器の弾薬などの補填には、やはり魔力が必要となる。
すなわちバーサーカーの保有する魔力が減るということは、そのまま攻撃の手段、手数が減少することに繋がるのだ。
故にバーサーカーは、可能な限り自身の魔力の消耗を避け、ウェイバーの魔力を優先的に使っていたのだ。
それこそが己が勝利するための最善の手だと、正しく理解しているが故に。
……もっとも、そのためにウェイバーに掛かる負担が考慮されているかと言われれば、大きく疑問が残るのだが。
「ったく。何にしても、この場所から速く移動しよう。
今このビルは今NPCたちの注目の的になってるから、いつまでも留まってるのはまずい」
「あらそう。いいじゃないそれ。民衆の視線を集めるのはアイドルの醍醐味よ?」
「そうそう。ヒーローもガキンチョの声援を受けて戦うもんだしな。注目されてなんぼだろ」
「だからふざけるなって! そもそもランサーが派手に戦い過ぎなんだよ!
注目が集まってるってことは、それこそ他のサーヴァントが襲ってくるかもしれないってことだぞ!
今襲撃を受けたら絶対負けるぞ! なんだったら賭けてもいいレベルだ!」
----
285
:
◆ysja5Nyqn6
:2015/06/15(月) 22:43:59 ID:0tilxoc.0
以上で修正個所の投下を終了します。
これで問題ないか、確認をお願いします。
286
:
◆9F9HQyFIxE
:2015/06/16(火) 06:10:10 ID:Z8ZiMyEQ0
修正お疲れ様でした。
理屈もしっかり描写されているので、特に問題ではないと思いますよ。
287
:
◆WRYYYsmO4Y
:2015/07/21(火) 22:41:13 ID:mhcQs7K20
修正箇所を投下します。
288
:
◆WRYYYsmO4Y
:2015/07/21(火) 22:43:14 ID:mhcQs7K20
本スレ
>>528
マスターからの魔力供給が絶たれた以上、必然的にサーヴァントも弱体化する。
つまりは、アサシンを仕留めるチャンスが到来したという事だ。
相手のコンディションから察するに、最早宝具を使う必要すらない。
アサシンとの戦いに決着をつけんと、アーチャーは夫婦剣を携え再び肉薄する。
斬りかかって来る敵に対し、アサシンは何枚もの手裏剣を投擲した。
高速で迫りくるそれらを、アーチャーは手にした双剣で一つ残らず打ち落としていく。
投げ込まれた手裏剣は僅か数枚。しかしその数枚は渾身の力を込めた一撃だ。
それを防いだのであれば、防御に使った武器も当然無事では済まされない。
ましてや、それが過去の戦闘でダメージを受けた代物であれば猶更だ。
手裏剣を全て防御した頃には、既に干将・莫邪は砕け散っていた。
だが、アーチャーからすればそんな事はどうだっていい。
アサシンを屠る武器など、いくらでも投影出来るのだから。
アーチャーが投影した剣は、何の効果もない一本の短剣だ。
剣の柄に宝石が埋め込まれただけの、宝具ですらないただの刃。
だがその一振り――『アゾット剣』は、敵を撃破するには十分すぎる。
投影された剣諸共敵を打ち砕かんと、アサシンの拳が動く。
が、消耗しきった今の彼では、その動きはあまりに緩慢。
アーチャーとアサシン、反応速度でどちらに軍配が挙がるなど、最早言うまでもなかった。
瞬間、二人の英霊の影が交差した。
アサシンがアーチャーに向けて放たれた拳は、空しく宙を切る。
そして重なった影が離れた時、アサシンの心臓部にはアゾット剣が突き刺さっていた。
「ぐ、ヌゥゥゥ……!」
心臓を穿たれてもなお、アサシンは斃れない。
彼の瞳の中では、未だ線香めいた炎が宿っていた。
今度こそ敵を滅せんと、彼はアーチャーのいる背後へと身体を向ける。
だが、それさえ遅い。
アサシンが振り返った先にいたのは、すぐ目の前まで迫ったアーチャーの姿。
彼は相手に突き刺さっていたアゾット剣の柄へ向けて、拳を突き出した。
瞬間、アーチャーの脳裏に一人の少女が映る。
彼女の姿は、かつてアサシンが殺した子供が行き付く筈の未来だった。
遥か過去、その思い出の欠片が、"エミヤシロウ"を吼えさせる。
「――――läßt(レスト)ッ!」
アーチャーの拳がアゾット剣を押し当て、アサシンの身体に沈んでいく。
既に心臓に到達していた刃が、更に彼の身体を食い破った。
たった一本の短剣が、サーヴァントを屠る死神となる。
刹那、投影されたアゾット剣の術式が作動する。
予め剣に充填しておいた魔力が、アサシンの体内で解放された。
解き放たれた魔力は、彼の霊核を一切の慈悲も無く痛めつける。
289
:
◆WRYYYsmO4Y
:2015/07/21(火) 22:45:05 ID:mhcQs7K20
本スレ
>>529
を以下の様に修正。
「グ、ワァ……ッ」
アサシンの面貌の裏から、夥しい量の血が漏れ出てきた。
自らに致命傷を与えたアーチャーを、彼は修羅の如き形相で睨み付ける。
そして次の瞬間、彼は霊体化して何処へと消え去って行った。
気配遮断を用いて逃走されては、こちらも追撃は難しいだろう。
尤も、わざわざそんな事をする必要などもう無いのだが。
「……終わったか」
死に目を確認した訳では無いが、勝利したという確証ならあった。
自身が放ったあの一撃は、アサシンの霊核を見事破壊していたからだ。
いくら戦闘続行や単独行動のスキルを有していたとしても、流石に長生きはできまい。
大目に見積もったとしても、数分程度現界しているのがやっとだろう。
どうしてアゾット剣でトドメを刺したのか、自分では釈然としていない。
アサシンを葬る手段であれば、これ以外にも合理的なものがあっただろう。
だが、これを使うべきだと無意識の内に思ってしまったのだ。
思い返されるのは、遠坂凛を殺害したアサシンの形相。
奴を屠った今、アーチャーはあの少女の仇を討ったという事となる。
忌々しき敵を葬ったのだから、本来は少しでも喜ぶべきなのだろう。
生憎ながら、そんな感情など当の昔に枯れてしまっているのだが。
いや、仮にアーチャーが擦り切れていなかったとしても。
報復を果たした後に残るのは、虚しさばかりであったに違いない。
今度こそ戦いは終わり、街には静寂が戻る。
少なくとも今日の内は、この静けさが破られる事はあるまい。
『アーチャー、アサシンは仕留めたか?』
そんな中、切嗣が念話で語り掛けてきた。
街の静寂は保たれる一方、アーチャーの静寂は早くも破られたという訳だ。
「丁度今撃破したところだ。貴方がアサシンのマスターを殺したお陰で早く決着がついた」
『……何を言ってるんだ?僕はアサシンのマスターと接触した覚えはないぞ』
それを聞いて、思わず「何?」という声が漏れ出てしまう。
アサシンのマスターを暗殺したのが切嗣でないとしたら、誰による犯行なのか。
僅かに思考した後、アーチャーはすぐさま霊体化した。無論、切嗣の元へ帰る為である。
アサシンのマスターを殺害したのは、他の主従と見て間違いない。
となると、同じエリアにいる切嗣にも彼等の魔手が及ぶ可能性がある。
一刻も早く切嗣の元に移動し、彼を危険から遠ざける必要があった。
(……まったく、こちらは少し休みたいのだがね)
290
:
◆WRYYYsmO4Y
:2015/07/21(火) 22:45:43 ID:mhcQs7K20
修正箇所の投下を終了します。問題ないか確認をお願いします。
291
:
サイバーゴースト名無しさん
:2015/07/22(水) 20:20:47 ID:nn8w7/SAO
修正お疲れさまです
特に問題はないと思います
……そうか、それがあったか……
292
:
サイバーゴースト名無しさん
:2015/07/22(水) 21:01:51 ID:o7o04sgc0
修正乙です。インガオホー……因果応報剣!皮肉溢れた手段!
これでなら大丈夫だと思います
293
:
◆OSPfO9RMfA
:2015/07/24(金) 21:06:27 ID:/midBJUM0
先日はご迷惑をお掛けいたしました。
しばらくの間離れていましたが、再び参加したいという気持ちが強く、筆を取りました。
先日のようなことが起きないよう、気をつけていきたいと思います。
よろしく御願いします。
294
:
甘い水を運ぶ蟲
◆OSPfO9RMfA
:2015/07/24(金) 21:07:09 ID:/midBJUM0
封がされたペットボトル。
中はミネラルウォーターだ。
キャスター、シアン・シンジョーネはそれに触れる。
すると、無色透明な水に油を混ぜたかのような七色の光沢が生まれた。
「これでいい」
彼女が行ったこと。それは水に魔力を溶かしたことだった。
この水を飲めば魔力が多少回復する。キャスターである身を活かし、いわゆる魔法の聖水を自作したと言うところだ。
マスターである間桐桜に飲ませるものではない。
同盟関係にあるミカサ・アッカーマンに渡すためのものだ。
彼女は先の戦闘の最中に、胸を押さえ、吐血していた。魔力の枯渇時に見られる現象だ。
ミカサの保有魔力が少ないのか、彼女のサーヴァントの燃費が激しいのか。もしくはそのどちらもか。
ともかく、彼女らに魔力が不足している弱点が見て取れた。
故に、自作した魔法の聖水を譲渡する。
休戦と情報交換以上の同盟関係として、より彼女が戦いやすくなるよう支援だ。
彼女らが戦えば戦うほど頭数が減り、シアンに取っても有利になる。
だが、まずは一本。
複数本作れないわけではない。
ミカサにストックさせぬよう、一本ずつ渡す。
聖杯戦争の勝者は一組のみ。いつかは戦う宿命。
いずれ訪れる対立の時に、自分が作った回復薬を使われるのは馬鹿馬鹿しい。
一本ずつ与え、信用を積み重ね、好機に毒を混ぜる。
さすれば対魔力の持つランサー相手でも有利に戦えるだろう。
――とはいえ、できるだろうか。
シアンは心の中で独りごちる。
『身内に甘い』
それは自覚するところはある。
ザム団。生前、シアンが目的を達成するために属していた組織だ。
誰一人素直ではなかったが、強い同属意識を共有していた。
そしてまた、人間側についた魔族を諭し、敵として戦ったこともある。
身内に甘い。それを自覚した上で。
ミカサの強い意志をした瞳に、惹かれてないだろうか。
既に彼女を『身内』と捉えてないだろうか。
こうして求められる前から魔法の聖水を用意する自分は、彼女に対して甘くないだろうか。
――まぁ、その時はその時だ。
対立するまで互いが残るとも限らない。
今は最善を尽くす、それだけだ。
◆
295
:
甘い水を運ぶ蟲
◆OSPfO9RMfA
:2015/07/24(金) 21:07:42 ID:/midBJUM0
命蓮寺の周辺に、地下に向かう洞穴を発見した。
霊脈である可能性が高く、できればそこで浮遊城を作りたい。
しかし、今は調査を中止し、洞穴から蟲を退去させている。
命蓮寺に、そこを拠点とする主従らしい人物が帰ってきたからだ。
神秘の塊を纏った全身甲冑姿のサーヴァント。そして気絶してるのだろうか、抱きかかえられている女性。
黄金のセイバー。シャア・アズナブル。
ただの蟲に擬態する程度では看破してくる者もいる。全身甲冑のサーヴァントも、そういった感知能力が無いとは限らない。
既に手遅れかも知れないが、蟲を洞穴から脱し、入り口付近で待機させた。
もっとも、命蓮寺から動きが無いことを見ると、杞憂だったかもしれない。
それでも念のため。洞穴の調査は、日が昇り、彼女らが居なくなってからの方が良いだろう。鬼の居ぬ間のなんとやら、だ。
あるいは、彼女らと接触し、同盟を結んだ上で堂々と調査をするか。
何事もなければ、おそらく翌日の八時には、この小屋でも浮遊城を起動できるだけの魔力を集めることができる。
だが、洞穴の霊脈を使えば、もっと短時間でできるだろう。もっともその場合、命蓮寺が吹き飛ぶことにはなるが。
そうでなくとも、直接マナラインを引くだけでもいい。今はこの小屋の居場所がばれないよう、かなり迂回させてマナラインを形成している。直接マナラインを引けば、ぐっと効率が上がるはずだ。
シアンの身体を構成する蟲は群を為しているが、理性は一つだ。
学校と命蓮寺、同時に対応できるほどの並行作業はできない。
ならば、学校に出向くのが先決だ。十二時とこちらが言った以上、遅れるのはよろしくない。
命蓮寺の主従が居る間にこっそり調査するにしても、学園での用事が済んでからだ。
瞳を閉じたままの桜には何も言わず、小屋の外に出る。
ちょうど、学園から逃げ延びた一万の蟲が出迎えた。
「喰らえ」
シアンの言葉に、蟲は四散する。小屋の付近に居る蟲を、小動物を、鳥を狙い、喰らう。
これもいわば魂喰らい。学園に出向き、帰ってきた兵の魔力を回復するための行為。
「急ぐか」
新たに十万の蟲で己の身体を形成し、山を駆ける。
魔法の聖水を持ってる以上、霊体化や蟲の姿で運ぶわけにはいかない。
この小屋が察知されぬよう、学園まで素早く移動する必要があった。
シアンの姿は、深い闇に消えた。
296
:
甘い水を運ぶ蟲
◆OSPfO9RMfA
:2015/07/24(金) 21:08:04 ID:/midBJUM0
【C-1 山小屋/1日目 夜間】
【間桐桜@Fate/stay night】
[状態]:健康
[令呪]:残り三角
[装備]:学生服
[道具]:懐中電灯、筆記用具、メモ用紙など各種小物、緊急災害用グッズ(食料、水、ラジオ、ライト、ろうそく、マッチなど)
[所持金]:持ち出せる範囲内での全財産(現金、カード問わず)
[思考・状況]
基本行動方針:生き残る。
0. ――――――――。
1. キャスターに任せる。NPCの魂食いに抵抗はない。
2. 直接的な戦いでないのならばキャスターを手伝う。
3. キャスターの誠意には、ある程度答えたいと思っている。
4. 遠坂凛の事は、もう関係ない――――。
[備考]
※間桐家の財産が彼女の所持金として再現されているかは不明です。
※キャスターから強い聖杯への執着と、目的のために手段を選ばない覚悟を感じています。そして、その為に桜に誠意を尽くそうとしていることも理解しました。
その上で、大切な人について、キャスターにどの程度話すか、もしくは話さないかを検討中です。子細は次の書き手に任せます。
※学校を休んでいますが、一応学校へ連絡しています。
※命蓮寺が霊脈にあること、その地下に洞窟があることを聞きました。
※キャスター(シアン)の蟲を、許可があれば使い魔のようにすることが出来ます。ただし、キャスターの制御可能範囲から離れるほど制御が難しくなります。
※遠坂凛の死に対し、違和感のようなものを覚えていますが、その事を考えないようにしています。
【キャスター(シアン・シンジョーネ)@パワプロクンポケット12】
[状態]:健康、残り総数:約261万匹(山小屋:251万匹、学園:10万匹)
[装備]:橙衣
[道具]:学生服、魔法の聖水
[思考・状況]
基本行動方針:マナラインの掌握及び宝具の完成。
0.十二時に間に合うよう、学園に向かう。
1. 学園を中心に暗躍する。
2. 桜に対して誠意ある行動を取り、優勝の妨げにならないよう信頼関係を築く。
3. 今夜十二時にもう一度学園の校舎裏に行く。
4. 黄金のセイバー(オルステッド)を警戒。
5. 発見した洞窟の状態次第では、浮遊城の作成は洞窟内部の霊脈で行う。
6.洞窟を使うのに必要であれば、白蓮と交渉する。
[備考]
※工房をC-1に作成しました。用途は魔力を集めるだけです。
※工房にある程度魔力が溜まったため、蟲の制御可能範囲が広がりました。
※『方舟』の『行き止まり』を確認しました。
※命蓮寺に偵察用の蟲を放ちました。現在は発見した洞窟を調査中です。
→聖白蓮らが命蓮寺に帰ってきたため、調査を中止しています。不在の機会を伺うか、交渉も視野に入れています。
※命蓮寺周辺の山中に、地下へと通じる洞窟を発見しました。
※学園のマスターとして、ほむら、ミカサ、シオン、ケイネスの情報を得ました。
また関係するサーヴァントとして、アーチャー?(悪魔ほむら)、ランサー(セルベリア)、シオンのサーヴァント(ジョセフ)、セイバー(オルステッド)、キャスター(ヴォルデモート)を確認しました。
※ミカサとランサー(セルベリア)と同盟を結びました。
※ランサー(セルべリア)の戦いを監視していました。
※アーチャー(雷)とリップヴァーンの戦闘を監視していました。
※間桐桜から、教会に訪れたマスター達の事を聞きました。
※小屋周辺の蟲の一匹に、シオンのエーテライトが刺さっています。その事にシアンは気付いていません。
※【D-5】教会に監視用の蟲が配置されました。
※学園に向かう十万の蟲に、現在は意識を置いています。
※C-3の学園に潜伏していた十万の蟲の内、九万匹は焼かれ、残りの一万匹は学園から一先ず撤退しています。
→撤退した蟲はC-1の小屋で合流しました。
※『魔法の聖水』…飲むと魔力が少量回復する。ダイの大冒険に登場する同名のアイテムと類似した効果を持つアイテムです。シアンが道具作成スキルを使い、作成しました。
297
:
◆OSPfO9RMfA
:2015/07/24(金) 21:08:40 ID:/midBJUM0
投下は以上です。
指摘事項や誤字、その他意見等があれば、ご指摘ください。
298
:
◆OSPfO9RMfA
:2015/07/26(日) 23:25:38 ID:Md556VcI0
本スレに投稿してきます。
299
:
サイバーゴースト名無しさん
:2015/08/28(金) 18:18:52 ID:KLqN.AfY0
あ
300
:
サイバーゴースト名無しさん
:2015/08/29(土) 23:08:11 ID:b0DBuBAI0
あ?
301
:
◆Ee.E0P6Y2U
:2015/11/28(土) 23:32:40 ID:l2D3pJm.0
くら、と目眩がした。視界が揺れ、汗が額に滲む。指先の感覚が一瞬なくなった。
これまでにない感覚だった。ライダーと共に戦う中で、ルリは一度も魔力が削られる感覚に苛まれていなかったのだ。
何度宝具を召喚しようと涼しげな顔をしていた彼女はここに来てとてつもない量の力が、持って行かれている、と感じた。
↓
くら、と目眩がした。視界が揺れ、汗が額に滲む。指先の感覚が一瞬なくなった。
持って行かれている。とてつもない量の力が――今まさに持って行かれている。
302
:
◆Ee.E0P6Y2U
:2015/11/29(日) 00:17:54 ID:Yf8ZQvSs0
、と抜けてました。
以上のように修正しましたので、ご報告を
303
:
◆HOMU.DM5Ns
:2016/06/21(火) 01:30:02 ID:Mtc7OXYY0
デリケートな部分を含んでるため、一端仮投下します
304
:
『聖‐judgement‐罰』
◆HOMU.DM5Ns
:2016/06/21(火) 01:31:55 ID:Mtc7OXYY0
月の下で交わすものでなく
月を肴に交わすものでもなく
月の上で交わすもの
配点(聖杯交渉)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
●
「あなた方に問います」
虚偽を許さぬ絶対の声だった。
怒りに震えた大声を叫んだわけではない。
むしろ逆。声はあくまでも静かなもの。表情は一切崩れず厳然としている。
静かであるがゆえに、気圧される。余分のない台詞は話題を逸らす事もできずいっそ容赦がない。
こちらを見据える瞳は鋭く、かといって強く睨んでいるという程でもない。
感情に流されず、あるがままの事実のみに焦点を当てる。
見た目だけなら、正純よりもやや年上でしかない金髪の少女。
纏う鎧を排したら、どこにでもいる純朴な田舎娘にも見えるだろう。
「聖杯戦争と戦争をする。その言葉がいかなる意図のものであるか」
それでも放たれた声は絶対だった。
裁定者の器(クラス)に嵌められた英霊の聖性を帯びた言葉で問う。
「此度の聖杯戦争を取り仕切るルーラー、ジャンヌ・ダルクの名において、嘘偽りのない答えを求めます」
真名(な)を明かした聖女の言葉は、この世界で何よりも重い響きをもって本多・正純に届く。
……元々、予測の内ではあった。
正純達がアンデルセンとアーカードを補足するに至ったのは、深山町錯刃大学付近で起きた暴動のニュースだ。
この時期に、しかも夜に暴動だ。デモ活動が起きたでもあるまいに、聖杯戦争が関与した事件と判断するのはニュースを聞いた全員が一致した。
そんな公共の報道で流されるほど大規模な事件を聖杯戦争に関わる者が起こしたとすれば、ルーラーが現場に向かうのは自然な成り行きだ。
その中に正純達も飛び込む以上、相対することになると想定するのは難しくない。
民衆の暴動に、多数入り乱れるだろうサーヴァントとマスター。これだけでも大変な状況だというのに、そこにルーラーまでも介入してくる。
混迷の極みだ。接触のタイミングを間違えれば目標に辿り着くより前に足止めを喰らう。損だけを被る結果になりかねない。
だからこそ、時期を計った。ライダーからの補給物資(買い足してあったハンバーガー)を口に入れながらその時を待った。
参加者と接触し、その後にルーラーと対面できるようになる為のタイミング。
そして今は予定に概ね沿うルートとなっている。アーカード達との交渉が終え、混乱が収束しつつある矢先に現れた。
交渉を始める為に必要な条件は最低限とはいえ揃っている。だがあくまでもこれは前提。いまだスタートラインにすら立ってはいないのだから。
故に、命を賭けた駆け引きはここからだ。
305
:
『聖‐judgement‐罰』
◆HOMU.DM5Ns
:2016/06/21(火) 01:33:03 ID:Mtc7OXYY0
ジャンヌ・ダルク。
オルレアンの聖女。乙女(ラ・ピュセル)。聖なる小娘(ジャンヌ・デ・アーク)。
フランスの王位を巡りフランスと英国が対立した百年戦争。劣勢に立たされたフランスに突如として神託を受けたと名乗り貴族の前に現れた田舎出の子女。
その存在を正純は知っている。過去の歴史再現でも彼女の功績は大きい。襲名者でなく実在した偉人本人に、畏敬を感じない事もない。
昔話に語られる神話の人物と違う、確かに現実に生きる人間が奇跡を起こしていく光景は、当時の人にはどれほど輝く星に見えただろうか。
曰く、説得力というもの。
軍事であれ治世であれ、指揮者として台頭してくる者が持つ魅力。求心力といってもいい。
暗示や洗脳、自らの意のままに相手の思考を支配、誘導する類のものとは違う。
それもまた指導者が弁舌で引き出す技術の一だが彼女のそれは別の要因だ。
見る側が、その印象から自発的に考えを改めてしまう天性の資質こそが、彼女が保有するもの。
例えるなら、昔の御伽噺に出る真実のみを映し出す鏡。
壁にかけられた聖画を地面に投げ踏みつける行為。
彼女の姿も、声も、後ろ暗い事情を持つ者にとっては全てが毒となる。
自分は何か間違いを犯したかもしれない。彼女の言葉を信じるべきかもしれない。
何の根拠もないままに、少女の言葉には逆らえないと、そう思わせてしまう。
「答えようルーラーよ。
聖杯戦争と戦争をする、という事の意味を」
心の中でのみ息を呑み、それをおくびにも出さず言葉を返した。
こちらを質そうとする威圧は感じる。裁く者であるルーラーとして、裁かれる者である正純と対峙している。
だが武蔵の副会長、交渉人として臨んだ数多の生徒会長や国の代表者と弁の剣を交わし合った身からすればまだ生温い。
この程度で竦むだけの肝は腹に収めてはおらず、また暴かれて怯えるような罪も犯した覚えはない。
「まず先に、誤解なきように一つ弁明をしておく」
だから正純は何一つ気負うこと無くルーラーに向かい合う。一方的に責め立てられるのではない、対等の立場として。
「我等は決して裁定者側との武力衝突による打破と排除、そしてそれによる聖杯の奪取を望むものではない。
聖杯への戦争とは、貴殿らに刃を向け、銃弾を放つ行為のみを意味するのではないということを、理解してもらいたい」
後ろの方で、ライダーが面白そうに口角を上げて笑みを浮かべている気がする。
……頼むから、今は黙っておいてくれよな。
果たしてルーラーは、僅かに首を縦に下げた。
……最初の関門は突破したか。
大げさなようだが、ここが大事な分水嶺だった。
306
:
『聖‐judgement‐罰』
◆HOMU.DM5Ns
:2016/06/21(火) 01:33:55 ID:Mtc7OXYY0
この場で最も避けなくてはならない事態は、ルーラーからによる即座の制裁にある。
裁定者に与えられているという絶対特権を用いて、強制的にこちらを排除する視野狭窄な選択。
そんな真似をしでかすような輩を裁定者とはとても呼べまい。しかしそれを真っ先ににやられると終わりなのだ。
なにせ今自分達には後ろ盾というものがない。同盟を組んだサーヴァントも含めて四名、そのうち三は戦闘に秀でているタイプとはいえない。
シャアも正純も一騎にして千の兵に勝る強者ではなく、一個にして万軍を動かす「将」の器だ。
そしてその利もここでは失われている。味方になってくれると安心できる協力者。国家、コミュニティと切り離された状態で方舟に集められている。
ライダーにしても戦力面では大いに不足なのは否めない。まともに運用できるのがアーチャーのみでは分が悪過ぎる。
自らの意に反した者は一片の慈悲なく首を飛ばす、暴君の如き裁定であったならば、いよいよ正純に勝機はない。
横暴さを他陣営に示そうにも先に握り潰される。それを阻む手段がなく後に続く者はいなくなる。こうなっては交渉も答弁も全てがご破算だ。
その為にまず楔が要る。積極的に交戦するわけではないとアピールしておかなくてはいけない。
背を味方に頼めない以上、いつも以上に保身には注意しておくべきだ。
そして話を聞く姿勢を見せた事で同時に収穫も得た。
このルーラーはそこまで強硬には出てこない穏健派であるらしい。嘗めているわけではないが、そうであってくれればこちらとしても都合がいい。
聖女の代名詞のような真名。しかし歴史は必ずしも伝えられてる通りにとは限らない。
むしろ既に一生を終えた英霊は生前には抱かなかった願いを持つようになるかもしれない。
『国に裏切られ世界を呪う本物の魔女としての彼女』という解釈で、英霊になっている可能性も存在したからだ。
それほどまでに、かの英霊の駆けた生涯は激動だった。
英雄に相応しい活躍から一転、谷底に落とされる悲劇的な末路。
その過程で彼女がどこまで信仰的純潔を守り通せたかは諸説様々だ。
無念に思ったか。救済を求めたか。復讐を望んだか。そればかりは実際に体験した本人でなくては分かるまい。
望んで対立しているわけではない。対立などしなければそれが最良の選択だ。
しかしそれは叶わない。どうしても、どうあっても叶わない。
正純が聖杯戦争を否定する立場を崩さない限り、ルーラーが聖杯戦争を運営する役目を捨てない限り。そしてその可能性の低さは各々で確認するまでもない。
「では改めて申し上げる。ルーラー、ジャンヌ・ダルクよ。後ろに控える者を代表して私、本多・正純は提案する」
対立は避けられない。立場と役目は相容れない。
ならば。存分にぶつかろう。言葉を以て殴ったり殴られたりしよう。
互いの意見に信念、全て突き合わせ、気の済むまで容赦なく叩きつけ合おうじゃないか。
全員の立場をはっきりさせ、主張を纏め上げて、その果てに両者を融和させる。
線が出揃えば点が新たな打てる。平行線であれ対角線であれ、どの線にも偏りのない平均の点を打てる場所が表れる。そこを我々の境界線にすればいい。
それが正純にとっての戦争の形。正純が望む論争の形。
「我々は、聖杯との交渉を望む」
さあ、戦争の時間だ。
絶対に負けられない交渉が、ここにある。
●
307
:
『聖‐judgement‐罰』
◆HOMU.DM5Ns
:2016/06/21(火) 01:34:27 ID:Mtc7OXYY0
「交渉……。聖杯を望むのではなく、拒むのでもなく、聖杯と交渉をすると?」
ルーラーの表情に僅かな困惑が浮かぶ。言葉の意味は解しても、その意図を計りかねると。
それはそうだろう。こんな要求をしてくる陣営が他にいたとは思えない。
仮にいたとしても、こうして監督役と直に交わす、などというのは本来なら早々やる事ではない。
「Jud.我々はこの戦争の形態に疑問を抱いている。正しい戦争の形ではないと考えている」
だが正純は恐れず踏み出す。いつ崩れるかも分からない危険な橋に足を踏み入れる。
最初の一歩が肝心だ。この道は大丈夫だ、間違ってないと示す旗印の役が要る。
「聖杯。方舟。選別。戦争。殺し合い。これらには、ひとつを選べば全てが付随してくるような因果性は無い、どれも独立した要素だ。
それを一個に繋げ、戦争と定めている現状に私は歪みを感じた。アークセルの掲げる種の選別という目的にはそぐわないと感じた」
方舟と聖杯という、別個の伝承が合一している因果関係。
つがいと言いながら男女で組まれていない主従。
冬木という固有の地名。競争には不要なはずのNPC(いっぱんじん)。そして監督役。
ただ一組の勝者を選び抜くにしては不合理な点が数多くある。
「どうしても覆したい現実を抱える者達。奇跡に頼らねばならぬような望みを持っているわけではない者達。
どちらもみな等しく聖杯に支配され、戦い以外に願いは叶わないと、生存の道はないと突き付けられる。
準備もなく、覚悟も持たず、無差別に集められた彼らを"奇跡"の一言で掌握し、己を手に取るに相応しい種を選ぶと宣誓しながら殺し合わせる。
それが貴殿らが主導している、今の聖杯戦争の実情だ」
同じ方向に伸ばされる手を押し退けてまで叶えたい願いを持たぬ、闘争を望まない者達はおそらくはいるだろう。
だが彼らは願いが無い為に積極的に動き出せない。他の陣営を諌めるのに、監督役に睨まれるのに二の足を踏んでしまう。
「……断言しよう。それは本来無用の血だ。許されてはならない喪失だ。
罪無き者を、誰かの貴い願いの為の犠牲者に貶めるものだ。犠牲を出さずに目的を果たせたかもしれない者に、必要の無い罪を背負わせるものだ。
聖杯が真に万能たる器であろうともこの喪失は埋め難い」
必要なものは大義だ。彼らの背中を押して、前に先導するに足るだけの後ろ盾。
願いという、自己完結するが故強固な動機を持つ相手に対抗できるだけの、万人が認める正統性だ。
「故に私は聖杯戦争を"解釈"する」
告げる。
「方舟、サーヴァント、マスター。
いずれも私は否定しない。蔑ろにする気はない。
集められた者が死ぬ事なく望みを叶え、方舟も自らが認めるに足る"つがい"を得る。誰にとっても正しい形の戦争に改める。
これが先の貴殿の問いへの答えだ。"聖杯戦争への戦争"―――マスターの一人として、聖杯の意思との交渉の任を全うすべく、私はここにいる」
言葉を放つ。決定的な宣言を。
「返答を、裁定者(ルーラー)。
我らの要望に、応じるか否か」
目の前のルーラーに。後ろで見ているライダーに。共に進むシャア・アズナブルとアーチャーに。
まだ姿を見せていない、全てのマスターにも、この声が届くように。
今ここにいる人だけに聞かせればいいわけではない。
戦争の形を変えるには聖杯戦争参加者全員を巻き込まなければ実現し得ないのだから。
……さあ、どう来る?
●
308
:
『聖‐judgement‐罰』
◆HOMU.DM5Ns
:2016/06/21(火) 01:34:52 ID:Mtc7OXYY0
「交渉……。聖杯を望むのではなく、拒むのでもなく、聖杯と交渉をすると?」
ルーラーの表情に僅かな困惑が浮かぶ。言葉の意味は解しても、その意図を計りかねると。
それはそうだろう。こんな要求をしてくる陣営が他にいたとは思えない。
仮にいたとしても、こうして監督役と直に交わす、などというのは本来なら早々やる事ではない。
「Jud.我々はこの戦争の形態に疑問を抱いている。正しい戦争の形ではないと考えている」
だが正純は恐れず踏み出す。いつ崩れるかも分からない危険な橋に足を踏み入れる。
最初の一歩が肝心だ。この道は大丈夫だ、間違ってないと示す旗印の役が要る。
「聖杯。方舟。選別。戦争。殺し合い。これらには、ひとつを選べば全てが付随してくるような因果性は無い、どれも独立した要素だ。
それを一個に繋げ、戦争と定めている現状に私は歪みを感じた。アークセルの掲げる種の選別という目的にはそぐわないと感じた」
方舟と聖杯という、別個の伝承が合一している因果関係。
つがいと言いながら男女で組まれていない主従。
冬木という固有の地名。競争には不要なはずのNPC(いっぱんじん)。そして監督役。
ただ一組の勝者を選び抜くにしては不合理な点が数多くある。
「どうしても覆したい現実を抱える者達。奇跡に頼らねばならぬような望みを持っているわけではない者達。
どちらもみな等しく聖杯に支配され、戦い以外に願いは叶わないと、生存の道はないと突き付けられる。
準備もなく、覚悟も持たず、無差別に集められた彼らを"奇跡"の一言で掌握し、己を手に取るに相応しい種を選ぶと宣誓しながら殺し合わせる。
それが貴殿らが主導している、今の聖杯戦争の実情だ」
同じ方向に伸ばされる手を押し退けてまで叶えたい願いを持たぬ、闘争を望まない者達はおそらくはいるだろう。
だが彼らは願いが無い為に積極的に動き出せない。他の陣営を諌めるのに、監督役に睨まれるのに二の足を踏んでしまう。
「……断言しよう。それは本来無用の血だ。許されてはならない喪失だ。
罪無き者を、誰かの貴い願いの為の犠牲者に貶めるものだ。犠牲を出さずに目的を果たせたかもしれない者に、必要の無い罪を背負わせるものだ。
聖杯が真に万能たる器であろうともこの喪失は埋め難い」
必要なものは大義だ。彼らの背中を押して、前に先導するに足るだけの後ろ盾。
願いという、自己完結するが故強固な動機を持つ相手に対抗できるだけの、万人が認める正統性だ。
「故に私は聖杯戦争を"解釈"する」
告げる。
「方舟、サーヴァント、マスター。
いずれも私は否定しない。蔑ろにする気はない。
集められた者が死ぬ事なく望みを叶え、方舟も自らが認めるに足る"つがい"を得る。誰にとっても正しい形の戦争に改める。
これが先の貴殿の問いへの答えだ。"聖杯戦争への戦争"―――マスターの一人として、聖杯の意思との交渉の任を全うすべく、私はここにいる」
言葉を放つ。決定的な宣言を。
「返答を、裁定者(ルーラー)。
我らの要望に、応じるか否か」
目の前のルーラーに。後ろで見ているライダーに。共に進むシャア・アズナブルとアーチャーに。
まだ姿を見せていない、全てのマスターにも、この声が届くように。
今ここにいる人だけに聞かせればいいわけではない。
戦争の形を変えるには聖杯戦争参加者全員を巻き込まなければ実現し得ないのだから。
……さあ、どう来る?
●
309
:
『聖‐judgement‐罰』
◆HOMU.DM5Ns
:2016/06/21(火) 01:35:19 ID:Mtc7OXYY0
ルーラーに言葉を投げかける正純。
シャア達は二人を同時に視界に収められるだけ後方に下がった距離で俯瞰している。
正確に言えば、ルーラーの進行を止めるように正純が先んじて数歩前に出た格好になる。
隣にはアーチャー、逆の隣にはライダーが共に交渉の成り行きを見守っている。
双方の表情は対極。後に起きる展開を読めず困惑を見せるアーチャー。待望の見世物を鑑賞しているように喜悦を隠さないライダー。
盟を組んだ自分達だけでなく、彼女の従者もまた主にこの場を預けている。
同盟を提案したのは正純。方針を掲げ主導しているのも正純。なればこそ、重大な場面では常に矢面に立つ覚悟が要る。
基軸を揺るがせないために彼女は身一つでルーラーに向かい合うのだ。
「…………」
ルーラーは黙したまま何も語らない。
話の始めこそ顔に驚嘆の色を見せていたものの、聞いていくにつれて平静さを取り戻していったのが離れても分かる。
教師に教えを熱心に聞く生徒のように。怠惰に聞き流さず、途中で声を遮りもせず聞いていた。
……監督役としては、やや真摯に過ぎると感じた。
聖杯戦争への戦争。
台詞のみを受け取れば何とも大胆不敵な宣戦布告に聞こえよう。
実際そう宣言しているのにも等しいし、正純の立てるプランにはその道を選ぶ覚悟も備えている。
それを直に監督役に聞かせるのだから、これはもう外した手袋を投げつけるのにも等しいだろう。即刻処罰されてないだけでも温情だ。
だが今並べた発言の内容に限って言えば、決して聖杯との対立を是認しているわけではない意図で述べられていることが分かる。
今言ったのは要するに改革だ。聖杯戦争を、従来と別の形態へ改変させる要求。
これは単なる敵対行為とは一味違う。あくまでも提案を持ちかけにきている。
アークセルが種の選別を目的とするならもっとよりよい方法があるのではないかという、問いかけだ。
聖杯戦争を破壊するつもりは毛頭なく、まして聖杯を、アークセルを否定する言葉は使っていない。
つまり、明確な叛逆を口にしたわけではないのだ。
"目的の為には手段を選ぶな"とはマキャベリズムの初歩だが、目的の為にはやってはいけない手段というものがある。
非道であればいいというわけではない。効率のみを重視するのではない。
全ては目的を定めた利益が確かに手に入れるがためだ。それを見失えば手段と目的を履き違える羽目になる。
この人間同士での殺し合いで、見合う成果は得られるのか。結果をこそ望むのなら躊躇などせず、方針転換を厭うな。
―――そう思うのだが、どうか、と。こう聞いているのだ。
詭弁、ではあるのだろう。どの道今の形態を壊す結果には違いないのだ。
しかし監督役は言っている。聖杯戦争についてある程度の質問には応じると。
正純は聖杯戦争についての質問の延長線上として聖杯改革の案を差し出している。従ってルーラーにはこれに応える義務が発生する。
一度話に耳を傾けた以上はもう逃げられない。是か非か、彼女は答えを返さなくてはならない。
しかし答えたところで十中八九出てくるのは『拒否』だろうと、シャアは踏んでいた。
信念と自信を持って訴えようとも所詮は一参加者の言。その程度で揺れる根拠でこの聖杯は稼働していない。
そもそも主要なシステムすら理解していない身で聖杯戦争を語ろうとは烏滸がましいと見なされても仕方がない。
ルーラーはその根拠を持ちだして正純の稚拙な論を一掃するだろう。
……そして、それこそが狙い目なのだろうな。
●
310
:
『聖‐judgement‐罰』
◆HOMU.DM5Ns
:2016/06/21(火) 01:36:21 ID:Mtc7OXYY0
首に縄でも回されてる気分だ、
正純は心境を内のみで独白する。
思考の間は返答の選択か、あるいは処罰の厳選か。
どちらにせよこの空白は意義ある時間だ。相手の要求に即座に反応をせず一考してる、考えるだけの余地が向こうにはあるということ。
正純、ひいては一定のマスターには不足しているものがある。
それは個々の能力とは違う、だがある意味この舞台での前提となるべきもの。
聖杯の知識。アークセルに対する正しい認識だ。
事前に情報を纏め自ら月へと臨んだマスターではない、シャアや正純のような巻き込まれた形でのマスター。
そんな者達は事前に聖杯戦争に関する知識を埋め込まれ、与えられた上辺だけの知識を頼りに戦わなくてはならない。
人に個性や能力差がある限り真に公平な状態など存在しない。かといってこれではあまりに分が悪い。
その差を埋める手段として、正純は望んで聖杯戦争に参戦したマスターか、監督役との接触を挙げた。
情報源として確実なのは監督だろう。だがいかに質問を受け付けるといっても聖杯中枢に関わる重要機密を簡単に教えてくれるわけもない。
「聖杯戦争と戦争する」などという宣言をした相手となれば尚更だろう。
だが、こうして真っ向に異論を突きつけられたのなら。
聖杯と、聖杯戦争その根幹を糾弾され、改革を叫ぶ者が目の前に現れれば、どうするか。
武力を以て排除する、選択の一つだろう。しかし向こうは軽々にそれに及べない。
なにせルーラーのお題目としては、マスターとサーヴァント同士での戦いこそ聖杯戦争の本来望まれる形なのだ。
違反者が出るからといって自らの手で処断するのは、なるべくなら取りたくない手段に違いない。
良くてペナルティの発令までだ。それはこれまでの手緩いとすら見える裁定からも分かる。
剣を取れぬのであれば、口を開く他あるまい。
熱に浮かれた者に冷や水を浴びせる真似。憶測で者を言う相手に動かしがたい事実を突き付けて、論を折る。
同じ土俵で論破してこそ敗者に強い敗北感を与えられる。叛逆の芽を一掃するにはまたとない好機。
そして裏返せば、ルーラー直々から言質を取れる最上の機会だ。
欲する精度のある情報を手に入れるにはこうすればいいと思っていた。
監督役こそが聖杯に一番近い側の人物。その彼女達に自分を批判する根拠として、聖杯にまつわる情報を言わせる。
聖杯戦争と反目し排除されるべき異分子に対してならば、通常は開かせない口にも緩みが出る。
お前たちは間違っているとそう断ずる為には、必要な正答を提出しなくては証明されない。
……当然だが、捨て身戦法も同然だ。
肉を切らせて骨を断つ、とは言うがリスクとリターンが釣り合ってない。これでは肉は向こうで骨はこっちだ。
だがそれで十分。肉まで断てればそれで上等。
少なくとも、肌を傷つけるまでは到達できる。そしてそれはやがて鉄壁を崩す楔に変わる。
理想を言えば、先のアーカード達を味方に引き入れた上でルーラーと見える状況が望ましかった。
狂信者であるアンデルセンに聖杯の真実を教え、抱いた猜疑を確定させ得る。
闘争を望むアーカードは知ったとて行動に大差はない。故にルーラーの処罰対象からも外れ、情報を外に持ち出せる。
知ればその分思考には幅が出てくる。真実は知る人が増えるだけで意味がある。結果は失敗したので今更の話だが。
大学周辺での騒動も収束して時間が経っている。慌ただしい住民の声も遠い。
正純は第一に言う事を言い終え、ライダーとシャア達は俯瞰の立場を通し、そして答えるべきルーラーは未だ口を開いていない。
この一帯だけは、空間ごと切り離されているかのように静謐としていた。
シャア・アズナブルとの同盟、アーカードとアレクサンドル・アンデルセンとの交渉。
これらは目的達成の地盤固めに重要であったが、絶対条件ではない。失敗してもまだ次の一手があった。
だがこれにはない。ここで選択を誤れば正純は終わる。
自分とライダーは処断され、協力していたシャアとアーチャーも罰を受ける。何事もなかったように従来通りの聖杯戦争が進行する。
そうさせない策は用意しているが不確定要素も多い。絶対はない。確率としてそれはあり得る。
最悪、シャア議員だけでも逃がせれば―――状況に備え打開案を思案し始めたところで、
「わかりました」
●
311
:
『聖‐judgement‐罰』
◆HOMU.DM5Ns
:2016/06/21(火) 01:37:29 ID:Mtc7OXYY0
心臓が跳ね上がりそうになるのを抑えつける。
早合点するな。今のはただの返事だ。
ただの確認作業、次に出す答えにワンクッション置いただけのものでしかない。
一息吸うだけの間を空けて、ルーラーは返答した。
「あなた方の言葉は確かに聞き届けました。
ですがルーラーの立場として……その要望には応じる事は出来ません」
結果は、否定。
にべもない言葉にしかし正純は落胆するでもなく、
……まあ、そうなるよな。
ここで簡単に折れるほどやわな精神ではない。お互い様にだ。
上手く行くのに越したことは無かっただが、そう楽に事が運ぶのも楽観論だ。
十分に予想できた。だからここまではまだ計算の内だ。
話題を切り出す理由、会話を続けるきっかけを作れただけでいい。
「……我々はより正しく聖杯を担う者を選定する方策を望んでいるだけだ。それを受け入れられないと?」
「ルーラーは聖杯戦争の推移を守る者ですが、聖杯を管理しているわけではありません。
聖杯とはこの世界を創造したもの。舞台から戦いのルールに至るまでを設定したアークセルそのものです。
一度始まった聖杯戦争を取り止め、ましてルールを変更する権限は私達にはないのです」
「それでも他のサーヴァント達よりは聖杯との繋がりも深いはずだ。方舟からの通知伝令のひとつもあるだろう。
そこを経由して貴殿の声を届ける事も可能ではないのか?」
「それは我々の管理を超えています。街の統制等の機能ならともかくシステムそのものへの干渉など到底認められないでしょう」
「では―――」
繰り返される質疑応答。
正純が問えば、ルーラーがそれに答える。そんなやり取りが何度か交わされる。
要望は悉く跳ね退けられる。ルーラーから聖杯への進言は不可能だと。
本当だとは思う。が、全てを話してるとは思えない。
報告の際に、一意見として混ぜておくだけでもいい。そうすれば少なくとも可能性だけは提示できる。
あるいは報告の段階を飛ばして直接観察しているのかもしれない。
会場が方舟内部にあるのならそれもまたあり得ることだ。
だとすると……やはり確実なのは、聖杯自体との直接交渉しかないということになる。
「……先に言ったように、我々は現状の聖杯戦争を良しとしない立場を取っている。
貴殿らからすれば、その意図はないとしてもやはり障害として映ってしまう一面もあるかもしれない」
そう思った正純は一端矛先を変えた。
「だが―――それならそもそも呼ばなければ済んだはずだ。なのに、私のように明確な願いを持たない者もこうしてここにいる。
我々のような、聖杯を望まない者と真摯に聖杯を欲する者を一緒くたに混ぜるのは、願いある者からすれば自身の願望を侮辱として受け取られかねない」
背後で控えているシャア・アズナブルにも、聖杯に託すべく願望は持っていなかった。
潜在的に願うものはあったが、それは何もこんな形式でなくともよかったはずだ。正純自身にしてもそうだ。
正直に話すには余りに馬鹿馬鹿しい経緯で方舟に来てしまった。
何故託すものがない者を、自身を望まない者に聖杯は資格を与えたのか。
312
:
『聖‐judgement‐罰』
◆HOMU.DM5Ns
:2016/06/21(火) 01:38:39 ID:Mtc7OXYY0
「参加者を招聘するのは私でなく聖杯によるものです。
地上から方舟への道程を繋ぐ切符(チケット)。ゴフェルの木を手にした者をアークセルは己が内部に招きます。
そこに資質や条件、選定の基準があるかは私には図れません。ですが呼び出された時点で彼らは聖杯を得る資格を手にしている。私はそう思っています」
ルーラーは答える。
「聖杯が望むのは最後まで生き残ったマスターとサーヴァント。そこには能力や人格の優劣、願いの有無も関係ありません。
何を願い、何処を目指し、どう動くか、それは各々の自由。因果が導く道は無数にありどれが正答である保証もない。
ルーラーが"相応しい"とする在り方を強制もせず、あなた達の方針にも極力干渉致しません。
全てのマスターとサーヴァントを迎え入れ、全員が勝利者であることを願うのみです」
……全員が勝利者である?
最後の言葉の意味が気になるが今は後回しにする。それより思考をあてるべき事がある。
ルーラーはふたつの重要な事実を口にした。
ひとつ目は"聖杯の意思"。参加者を選別したのは聖杯自体が選択したものと確かに言った。
正確には"ルーラーが選別に介在していない"だが、彼女以外に意思があるものならそれは実質聖杯、それに準ずる意思でしかない。
推測が事実へと確証が取れたのは大きい。
そして……ふたつ目。これはどこか引っかかるものを感じる言い回しがあった。
"最後まで生き残ったマスターとサーヴァント"。
方舟の役割を鑑みれば単に強さ……戦闘力のみに重きを置かず、生存力をこそ重視するというのも分かる。
だから、単純に一対一で性能を競い合わせる形式にしない……?
何かが引っかかっている。正純の捉えているものとの食い違いを感じる。
「無論、聖杯戦争を無視し殺戮の混沌を撒き散らす者がいたならばそれを正しに動きます。そのためにこそルーラーはいるのですから」
思考を別に働かせつつも、正純はその台詞を見逃さなかった。
「現状、抑止が正しく機能しているものとは私は思わない」
B-4地区のマンションで起きたという違反。そして錯刃大学での暴力騒動。
運営の抑止力としての役割を正純は疑っていた。比較対象がないから何とも言えないが、お世辞にも十全に果たせているとは見られない。
「そうもこの方式を維持するのが正しいと規範する、その根拠を教えてもらいたい」
今が聞き時だろう。
交渉の目的たる核心の追及へと話題を進めた。
「我々は何も知らない。如何なる成り立ちでこの聖杯戦争が始まり、どうしてそれが殺し合いでなくてはいけないのか。
何故、予選が終わった今でも同じ土地を戦場に使用しているのか」
ライダーやシャアとの話し合いでも共通してる考察の一片だった。
「この戦争の悪なる部分は、賞品となる聖杯の正体があまりに不明瞭だからだ。
ムーンセル、アークセルが何であるかは知っている。だがそれは全て聖杯側から一方的に与えられたものでしかない。
状況も分からぬまま外付けで断片的な情報を脳に刻まれて、それを求めるなどどうして出来るというのか?」
聖杯は貰って嬉しいトロフィーではない。
そうした価値もあるだろうが大多数はその機能に目をつけている。信頼性のない商品など誰が使うものか。
なのに方舟には、聖杯を求め殺し合いを進める者がいる。
そうするしか他にないから。手をどれだけ伸ばしても永久に届かない。一生を懸けてもまだ足りない。
普通では叶わぬ悲願の成就を渇望するからこそ彼らは選び、方舟は選んだのだ。
313
:
『聖‐judgement‐罰』
◆HOMU.DM5Ns
:2016/06/21(火) 01:39:16 ID:Mtc7OXYY0
「そうまでして求めた聖杯に偽りがあれば……これほど彼らに対しての侮辱はない。
善悪に関わらず、餓い抱いた期待を目の前で打ち砕く。願いを虚仮にして嘲弄する」
それをなんと呼ぶのか。
「最悪と呼ばれる行為だ。人類種の保存という、方舟側の大義すら消失する」
そんな最悪の可能性を避けるにはどうすればいい。
「資格があると言ったなルーラー。その通りだ。
我々には資格がある。情報を要求し、検証し、選択する権利がある」
全参加者の聖杯に関する情報を共有することだ。聖杯についての正しい認識を持たせることだ。
正確性に欠けたものではない、裁定者側からお墨付きのもので、だ。
「そうして考えた上で、我々は選択すべきだ……他者の命を奪う道を進むのか、止めるのか。
それは聖杯という高次の存在から授かるものではなく、個人毎の意思で決めねばならない」
想像の通りではないと知り願いを諦める者。矛盾を知りつつもなお己の道を通す者。
戦争を望む者。厭う者。
多くの道が分かたれるだろう。その過程で立場が明確になる。
言ってしまえばわざわざこうしてルーラーに直談判してるのもその辺りの曖昧さにある。
間を空け、次はルーラーの返答を待つ。
ジャンヌ・ダルクには、異端審問の際に専門家が舌を巻くほどの弁で審問側を圧倒したという逸話がある。
これまで投げた問いに対して淀みなく返答してみせたのもそういう理由だ。
それが神の奇跡の一端であれ本人の思慮分別であれ、無知な田舎娘でないということを意味している。
しかし、
「……」
ルーラーは唇を結び、沈黙している。
妙だな、と正純は思う。
黙秘する事自体ではなく、変化したルーラーの表情を。
黙秘権を使用しているでもあるまい。躊躇とも違い、どう答えたものか逡巡しているような様子。
それはまるで―――ではないか。
頭の中である考えが浮かびかけたところで、ルーラーは口を開いた。
「……その質問には答えられません。いえ、そもそも答えようがないともいえます。
裁定者はこの聖杯戦争を恙ない進行の為に存在する。翻せば、それ以外の役割は求められていない。
聖杯戦争が起きた理由、その成り立ち……そうした機密は何も知らされていないのです」
「な……!」
驚きの声。
思考を止めることなく次なる言葉を引き出そうとしていた正純の計算が乱れた音だ。
314
:
サイバーゴースト名無しさん
:2016/06/21(火) 01:39:53 ID:Mtc7OXYY0
それでも、それでも正純の耳は常時通り働いていた。一言一句たりとも聞き逃さず、その意味をたちどころに理解する。
理解したからこその反応、狼狽だった。
「ルーラーとして参加者に受け答えするだけの聖杯に関する知識は保有しています。ですが真に秘匿すべき情報については持ち得ません。
僅かな確率であっても、私から情報が漏洩するのを防ぐ措置なのでしょう」
……どういう、ことだ?
あまりにちぐはぐすぎる。
裁定者側が聖杯戦争の正体を知らない。教えられてないなど考えられない。
造反、漏洩を防ぐ為。単なる走狗に対してであればまだよかった。聖杯の端末に等しい、それこそ意思のない機械であれば。
だがそれを意思持つサーヴァントに適用させているのが正純には解せない。面倒だろう、それは。
聖杯の意思の代弁者としてAIなどいくらでも作れたはずだ。
それなのに聖杯はわざわざ情報統制を強いた上で、明確な人格を持ち、過去に生まれた人間、歴と存在している英霊をルーラーに任命し召喚している。
労力を惜しんだから既に在る、条件を満たす英霊を選択した?ものぐさにもほどがあるだろ……!
「疑念を持たないのか、ジャンヌ・ダルク……この方舟に。この聖杯に。聖女である貴殿はこの戦争に納得しているのか?
"これ"が貴殿らの信ずる御子の聖遺物足ると言えるのか?」
「承知しています。この"聖杯"は御子の血を受けた正真の杯でなく、ムーンセルという月の頭脳体を称したもの。
その演算処理能力を以て成される願望器としての機能を指して聖杯と字名されているものです。
"方舟"、人がアークセルと呼ぶそれもムーンセルとはまた独立した、魂を擁する揺り籠を目的とした古代遺物(アーティファクト)。
……聖者ノアが造りたもうた真なる方舟であるかは、私には答えかねますが」
矛盾の根幹を突く言葉。
信仰に傾倒する程縛られる教派の教義にもルーラーは揺るがず。
そう……宗派の相違による衝突など彼女自身が身を以て思い知っている。
「ですが真贋はどうあれ、ムーンセル、そしてそれと接続したアークセルは願望器としての機能を持ちます。
容易く世界を変容させる力。人の望みを汲み上げる知恵の泉。いつしか人は、それを聖杯と呼んだ。
その争奪の経緯を総称して、やがて聖杯戦争という名が生まれました」
つまり、それは。
「……聖杯と名付けられたものを奪い合うのであれば、何であれ聖杯戦争というわけか」
「『私』が存在する世界に限れば、ですがね」
ルーラーは肯定した。
「ですので、贋作であるから、教義に反するからという理由で疑いをかける事はしません。
我欲を求めるのは人の本能。それが災厄をもたらすことがなければ叶えようとしても構いません。
もとよりここに集ったのはそれぞれ別々の人理を紡ぎ上げた世界の住人。信ずるものが異なるのは当然の話。
今の私は主を信じた小娘ではなくルーラーのサーヴァントとして求められたが故に」
知識の差が出始めた。
一世界から出でたに過ぎない正純と、英霊として多数の世界の知識を有するルーラー。
立ち位置からくる認識の差だ。知識の差は視点の差を生み、捉え方の違いを生む。この場合のルーラーは信仰上の聖杯と願望器の聖杯を分けて考えているように。
あらゆる異世界に同数の宗教があり、同名の教派でも形態が違いそもそも存在すらしない時代と場所がある。
そんな住民を纏め集めた方舟で、ひとつの宗教観を絶対の基準に置けば破綻は避け得ない。
もしくは。はじめからそうした分け方ができる人間をルーラーに選んだのか。
315
:
『聖‐judgement‐罰』
◆HOMU.DM5Ns
:2016/06/21(火) 01:40:23 ID:Mtc7OXYY0
そしてふと思った。
ムーンセル、そしてアークセル。このふたつの聖遺物が存在する、いわば基礎となる世界。
このジャンヌ・ダルクも、その"基礎世界"で生きた英霊なのではないかと。
「確かに私は全てを教えられてるわけではありません。それを承知の上で私はここに今も在ります。
聖杯戦争を恙なく進行させるルーラーとしてここに在る」
鎧姿の少女は厳かに告げる。
「ですが誓えることはあります。聖杯があなた方に伝えた情報―――それに偽りはありません。
肉あるものを集め、人類の種を保ち、使用者の願いを映す月の水面。宙の方舟は輝く魂を載せ天へ至る。それがアークセルの役割。
裁定者(ルーラー)と私(ジャンヌ)、双方の名において譎詐せずに誓います」
最大限での潔白の表明だった。
監督役としての権利も、個の英霊としての誇りも全て賭けている言葉。だから軽く翻す事も出来ない。
決意は重圧と変性する。息苦しさを正純に押し付ける。
こうまで言われて疑うようではルーラーの全てを疑問視しなくてはならない。そうすると今まで引き出した情報も信に置けなくなり、前提の崩壊になる。
「ここでの死を必要な犠牲と許容するのか?」
そして……完全でないにしても把握した。
彼女の行動と主張、その骨子にあるもの。古今の英雄を統制するルーラーのサーヴァントに選ばれた理由を。
「まさか。必要な死など世界にありません」
神への妄信。宗教の執着。一方通行の感情の暴走。
そんなものでは到達し得ない、目の前にすれば足が竦むほどの巨大で強大な意思。
「万人を救おうとも、一人の命を奪った罪が消えることにはなりません。
誰かを救うという選択は、そういうことです」
聖女の信念。
正純はそれに触れた。
316
:
『聖‐testament‐譜』
:2016/06/21(火) 01:41:34 ID:Mtc7OXYY0
それはこの世全ての悪に立ち向かう誰かに似て
それは堕ちる星に立ち向かう誰かに似て
配点(我が神はここにありて)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
●
元々、過去の歴史におけるジャンヌ・ダルクの人物像には多数の解釈がある。
神の声は栄養失調からくる精神病の幻覚。
全ては演技である鬼算の策謀家。
人でなき神が遣わした異存在である天使。
真実の姿は居合わせた当事者にしかわからない。いや、本人以外誰も理解できなかったのかもしれない。できなかったからこその裏切りだ。
歴史再現でも都合により男の名を女性が襲名しているように、案外語られている実像とは違っているのかもしれない。
神がかったとしか思えない言動と行動によってフランスのシンボルとして立ち、旗を持つ彼女に鼓舞された兵士は破竹の勢いで敵の砦を攻略。
瞬く間に本願であるフランス王の戴冠を成し遂げ、名実ともに救世主となったひとりの少女の業績は、永い人類史においても一際目を引く。
実質国に見捨てられたに等しい捕縛、聖女憎しと徹底して尊厳も奇跡も奪いにかかる異端審問。死体を残さず火に焼き灰に帰す、旧派で最も重い処刑法。
悲劇……与えられた報酬がそんな最期だった聖女は一層民衆の人気を博した。
数ある解釈でも、このジャンヌは一般的に伝わる実像のようだ。
聖女と聞いて浮かぶ幾つかのワード。清廉にして潔白、慈悲深く身命に喜んで殉ずる高潔さ。そうしたイメージに違わない。
それにしても、だ。
……ここまで頑固な性根だとは思わなかった……!
信仰によって作られる精神は強固だ。宗教という巨大な集団と己とを一体化させられるからだ。
一個人では形成できない後ろ盾が背中を押し自信を与える。神という超次元の意思との歓喜が人を進ませる。
ジャンヌを支えているのは別のものだ。
ひとつ確信する。この人は、最期まで聖女であったのだと。
誰も憎まず、何も恨まず。人を、国を、神を、世界を愛す。
あらゆる場所と時代と常に共に在った、凡庸で、どこにでもありふれた感情。
ただその頑健さだけが尋常ではなかった。不偏の理想はどこまでも尊くそして脆い。
誰もが掲げても続けられないそれを、死に終わるまで貫き通してしまった。
まさに人間城塞だ。如何なる剣でも砲でも折れ砕けまい。戦艦か何かと思わずにはいられない。
それでも……正純の掲げる方針にとって、彼女こそが最大の障壁だ。
聖杯に立ち向かう姿勢を崩さない限り、今を凌いでもまた必ず立ち塞がる。
どういう形になるにしても退けなければならない。
「こちら側の結論ですが……現時点であなた方が決定的な違反行為を犯したわけではありません。
よってここでは警告のみとします」
視線が正純を射抜く。鋭くはないがこちらの底を見透かすように深く。
317
:
『聖‐testament‐譜』
:2016/06/21(火) 01:42:30 ID:Mtc7OXYY0
「ルーラーの本分は運営であり抑止力。どのような行動、どのような方針で聖杯戦争に臨むかは各々の自由となります。
戦いを拒むのも、否定するのも縛りはしません。その意味で言えば貴方たちを縛る権利もない。
ですが運営を妨げ、この方舟に亀裂を刻もうというのならば」
空の右手を前に出すと、籠手の内側から淡い光が紋様を描いて顕れた。
「我々も動き、然るべき制裁を加えます」
……あれは、令呪か!
光の意味を正純は理解する。
マスターがマスターたる資格である三画の聖痕。正純の右手の甲にもある令呪をルーラーも保有していたのか。
目に見える数からして……総数は全サーヴァントに対して複数使用できるだけはあるだろう。
ここにきて秘匿していた隠し札を見せに来ている意図。
それは即ち最後通牒だ。
極論、この場で即刻ライダーとアーチャーを自害させることも可能ということ。首に繋がった命綱を見せられた。
手持ちの令呪を使えば自害は阻止できるのか。だがたとえそうでも令呪の無駄打ちは備蓄のない自陣にとっては大打撃だ。
令呪をちらつかせて浮足立ったところでの宣言。効果的だ。
相手は答えを待っている。展開された話し合いの結果をこちらは告げた、そちらの決算を見せろと待ち構えている。
折れればそれでよし。裁定者は聖杯戦争に従い他主従の排除に動く者達に干渉しない。
そして、正純は未だその意思を一度として見せていない。ならば行き着く先は正面衝突しかなく―――
……どうする。
当然、現在の聖杯戦争を認める気にはなってない。依然正純は聖杯に交渉し、その改革を叫ぶ立場を変えていない。
提議すべき点は何か所かある。それを出し、聖杯に逆らう正統たる理由に解釈し突き付ける。
出来なくはないと考えている。正純がいつもやってきたように。
しかし……それではいけないとも考えている。
このままの流れで続けていけば相互の不理解として交渉が決裂する。それでは駄目なのだ。
ルーラーとの交渉の成否は聖杯改革の進展に大きく影響する。決裂とは裁定者との対立。それは正純達の敗北だ。
だから何とかしなくてはならない。のだが、
「……っ」
つい数分前での出来事が脳裏に浮かぶ。
ライダーとも因縁深いアーカードとアンデルセンとの交渉。結果はものの見事に失敗した。
あちらは既により根深い因縁で結ばれ、その清算に臨もうとしていた。
大学での騒動の中で前に出る機を常に窺っていたこちらだが、あの時は最悪のタイミングでの接触だった。
その整理と敗因の検証の間も着かぬ間に、矢継ぎ早に新たな交渉。相手はより困難で、しかもこちらの生死に直結しているときた。
かかる重圧は先の比ではない。命綱もなしに断崖絶壁の端に立たされている気分にもなる。
318
:
『聖‐testament‐譜』
:2016/06/21(火) 01:43:50 ID:Mtc7OXYY0
何度も行われてきた、武蔵の是非を問う論争。
今までも一度や二度の失敗はしてきた。あわやという場面も少なからず経験し、まがりなりにも乗り越えてきた。
それには正純だけでなく無数の要素があって成立したものだ。助勢もあり妨害もあった。予測外があって馬鹿がいた。
守銭奴がいてオタクがいて外道がいて貧乳がいて巨乳がいて異族がいて、人に溢れている。
正純もそんな集団の一人だった。
切り離された孤軍の今になって痛烈にそれを感じた。
ここは武蔵の上ではない。神州の何処の国でもない。
知識の不足。情報の不足。正純の主張を裁定者に通すには裏付けが足りない。
現状、どれだけ訴えてもルーラーが考えを改めるビジョンが浮かばないでいた。
情けない話だ。泣き毎など言えないし言う気もないが……堪えるものはある。
沈黙が続いている。
矛は通じず、盾は砕けず。
いつまでも黙ってるわけにはいかない。黙秘は肯定と受け取られ、そうでなくとも何も言わなければ悪い印象を与えてしまう。
向こうは結論を急かせているがそれに付き合う必要はない。聞くべき質問はまだある。そう口を開こうとして―――
「これは異なことを。敵を前にして見逃すとは、それで裁定者を名乗るとは片腹痛い」
●
男の高い声が周囲に響いた。
その一声で一帯の空気を支配せんとするほどの存在感。
極めて濃度が高い、まるで劇薬のような気質を引き連れて言葉が放たれた。
女の正純でもルーラーでもアーチャーでもなく。二人の男のうち一人のシャアのものでもない。
声の主は―――
「我々は貴女の敵だ。そうだろう?お嬢さん(フロイライン)」
……ライダー!?
正純が振り向く。
サーヴァントライダー・少佐。ルーラーとのやりとりをシャアと共に俯瞰していた自身のサーヴァント。
交渉の役回りを正純に一任していたはずのライダーはすぐ近くまで来ていた。
ゆっくりとした足取りで、戦争を望む反英雄は手を広げながら語りかける。
まるでルーラーを迎え入れるように。
がら空きの胸の心中に突き入れられるのを望むかのように。
319
:
『聖‐testament‐譜』
:2016/06/21(火) 01:44:37 ID:Mtc7OXYY0
寒いものが背筋に走る。
正純にとってのサーヴァントとは、目的を同じとする同盟相手であるが、同時に油断ならない相手だ。
一切合切破滅に向かって突き進む戦争を至上とするライダーがひとまず付き従っているのは、ひとえに打倒聖杯という最終目標が重なるが故だ。
そこに"ずれ"が生まれれば……先の道は破綻する。
「敵はここだ。ここにいる。縄でふん縛り枷に嵌め、ギロチンを落とし首を衆目に晒すべき裏切り者がここにいる。
聖杯の導きに従わない逆徒がここにいるぞ?」
明らかな挑発だ。言葉を続けようとするライダーを正純は手で制しようとする。
まさかここにきてこんな暴走を始めるとは思わなかった。
何か、失敗をしてしまったのか?
見限られてしまうほどの失策はまだしていないはずだ。
先のアーカード達との交渉?あれはライダー直々にとりなしがされフォローに回っていた。
今のルーラーとの交渉?今一つ踏み切れてなかったのは確かだが攻め手はまだ手元にあった。それを中断させたのはライダーだ。
いずれにせよ、今の状況は不味い。
契約上とはいえ従僕を御し切れないとなれば、ルーラーは勿論のこと同盟を組んでいるシャア達にも示しがつかなくなる。
己のサーヴァントに振り回されているマスターの発言に信用性など持てはしないのだから。
だがそんな正純が目にも耳にも入ってないのか、ライダーはなおも歩みを止めようとしない。
底知れぬ、だが隠そうともしない喜悦の念を張り付けた表情。
無理に止めることを許さないだけの意思が、自分を通り過ぎる際に見えた横顔にはあったのだ。
とうとうライダーは正純を越し、ルーラーと正面に対峙する。
空気は完全に入れ替わった。火花を散らし炎の渦が舞う闘争の空気に。
「挑発は無意味ですライダー。私は貴方の敵ではありませんし、貴方の望む戦争を再現させるつもりもまたありません」
「なるほど。私の真名を知るか。それもルーラーの特権とやらか。
ではなんとする。我々の同盟相手に私の名を売るか。私の生前にやった所業を教えるかね?」
「いいえ。私情で参加者の情報を流すのも令呪を使う事も致しません。あるとすれば違反を犯した罰則としての公開になるでしょう」
「だがルーラーの責務に従うのであらば我々の自由を許す理由はあるまい。
運営の抑止?そうさせたくば串刺しの列でも揃えたまえよ。神と聖杯の名を以て貴女方の正気を保証したまえよ」
否定はすぐに、はっきりと返ってきた。
「―――それは違います。方舟内で起こる聖杯戦争の裁定については我々ルーラーに一任されています。
討つべきではないと判断したのはあくまでも私のもの。不備があれば受け入れますが、その叱責はあくまで私が受けるもの。
それ以外にも咎が及ぶような発言はおやめなさい」
「ほうそうか!神の声でなく殺すのは己の意思と、聖女でありながら自らの意思でその手を血塗れにするというのだね?」
320
:
『聖‐testament‐譜』
:2016/06/21(火) 01:45:11 ID:Mtc7OXYY0
槍で肺腑を刺してくるような攻撃的な口調でライダーは言う。
さながら異端審問だな、と正純は思った。
しかし……言い方は過激だがそれは自分の番であった時の続きに言おうとしていたことだ。
図らずもライダーは正純の主張を引き継いでいる。……いや、これは図られてというべきなのか。
だがそれでも、その台詞は自分が言うべきだったことだ。
見ようによっては、代表が言うべき台詞を従者に言わせ非難の矛先を変えようとしている……そう捉えられてしまう。
「―――無論です。生前(むかし)も死後(いま)も、私は変わらずそうしてきた」
そして、その審問を骨身に染みるまで受けているジャンヌは答た。
「主の嘆き(こえ)を聞き、救われぬ者の声を聞き、それでも私は私の意思で選び戦場へ出た。
味方を鼓舞することで命を救い、敵を畏怖させることで命を奪った。
たとえ手に剣を持たなくともその時点で血に塗れたも同然です。いえ、直接手を下さなかった分、あるいはより罪深いかもしれません」
告解。
懺悔。
「私が相手をしたのは竜でも悪魔でもなく、譲れぬ何かを持ち立場が違うだけの同じ人間でした。
それを死なせたことが聖女の振る舞いではないというなら、その通りでしょう。私自身そう思っています」
……どれとも違う、毅然とした声が通る。
「私は、聖女ではありません」
今、彼女はそう言ったのか。
当時の百年戦争で彼女を仰ぎ慕った兵士や王への裏切りにも等しい吐露を。
……あぁ。
解けた。
胸の奥に溜まっていた絡みがほつれていく。
バラバラのまま集まっていたパズルのピースが段々と組み上がっていく。
正純の出来る範囲で最も望ましい結果を引き摺り出すための答えが見えてきた時。
ライダーは、
「――――――あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」
大爆笑だった。
●
321
:
『聖‐testament‐譜』
:2016/06/21(火) 01:45:52 ID:Mtc7OXYY0
「そうか、そうかそうか!これが乙女(ラ・ピュセル)か!これがジャンヌ・ダルクか!素晴らしい!
哀れで狂った田舎娘!神の声を聞いたなどと茹だった妄想に憑りつかれ、国を煽動し戦場をかき回し!
これ以上戦争は要らぬと味方に捨てられ、牢獄で兵士に犯され犬に輪姦(まわ)され!
最期は股を広げられて業火に焼かれ、「神様、神様」と哀れに泣き叫びながら骨肉も残さず灰となった!
後に残るのは己を捨てた世への恨みと人への呪いばかりの『廃棄物』かと思えば、中々どうして!」
それ褒めているのか、罵っているのかどっちなんだ。
配慮もなにもあったものじゃない。ライダーは笑い混じりの称賛兼誹謗中傷を続けていく。
「戦争処女(アマチュア)などと心の中で思って悪かった。二度と思うまい!ああ確かに貴女は戦争の本質を捉えている。
"わたし/こっち と あなた/あっち は違う"―――主義も思想も届かない遥か彼岸にある、殺し殺される闘争の根幹を心得ている」
ひとしきり笑い上げた後、ライダーはピタリと笑うのを止めルーラーと再び正面に向き合った。
唇の両端は釣り上がり、瞳は濁った輝きを放つままであるが。
……突然割り込んできたのは。決してこちらを擁護してくれる腹積もりというわけではないだろう、と疑っていたが。
ひょっとしてこれ、テンション抑えきれなかっただけか!?
凄いノリノリじゃないかこの少佐!
「……そこまでだライダー」
白手袋をはめた手をライダーの前に出す。
波がいったん引いた今、いい加減釘を刺しておくべきだ。
「今は私とルーラーの交渉中だ。それ以上の言葉は控えてもらおう」
「おっとこれは失敬。いやお嬢さんがあまりに愛しかったものでね。
やばいと思ったがつい抑えきれなかった」
……クラスの気になる女子にちょっかいかける男子か?
「では席を返そうマインマスター。君の舞台へ戻りたまえ」
今までの熱が嘘のように、ライダーはあっさりと引き下がった。
やっぱり本人が愉しみたくてやったのか……。
……しかし、なんだな。
こんな流れになって思い出したものがある。
前にも、こういうことがあった。
一日と少ししか離れてないのに、久しく吸っていなかった気の空気を思い出す。
戦争"馬鹿"に振り回されるのを懐かしいと感じてしまうのは、我ながら染まってしまったなぁと思う。
そして、それを存外悪いものじゃないと受け止めている辺りが更に困ったものだ。
「私の従者が失礼な真似ををした。話を続けたいのだろうが、いいだろうか」
「……ええ、どうぞ」
仕切り直しだ。まっすぐにルーラーを見据える。
気分がいいわけはないだろうが罪状に加算されるということはなさそうだ。そこだけは幸運だ。
「しかし我々もいつまでもここで引き留められるわけにはいきません。
貴方たちの思いに関せず、依然聖杯戦争は続いている。参加者同士の戦いは起き、起ころうとしています」
322
:
『聖‐testament‐譜』
:2016/06/21(火) 01:47:44 ID:Mtc7OXYY0
起ころうとしている戦い……あれか。
じき始まるであろう戦いを正純は知っている。
数分前にここを去ったアーカードとアンデルセンの二組。
互いを認めない衝突、どちらかが倒れるまで終わらない相対はかなりの規模になる可能性がある。
時間がかけられないというのは本当だろう。
そして、
……なるべく早く、この会談を切り上げたい、か?
「答えるべきことには答えました。そちらにも明瞭な答えを要求します。
これ以上伸ばすようであれば、それこそ運営の妨げと見做さざるを得ません」
「jud.では告げよう」
即答だった。
ルーラーは予想外だとでもいうように目を細める。
しかしこれは決まりきったことだ。最初から変わりない、言うと定めていたことを言うだけのこと。
迷いは少しだけだった。
行き先を決めて上げた足を、どこに下ろすか。どの程度の距離で一歩を踏むか。僅かな間の逡巡。
それももう、済んでいる。
「答えは変わらない。我々は―――今の聖杯戦争を許容しない」
「そうですか。では―――」
「しかし―――」
手をかざしたルーラーの言葉が終わるより早いかのタイミングで、被せるよう切り出した。
「それを以て聖杯に被害をもたらす行動は一切しない。
私は方舟に集うマスターとして、聖杯に相応しい担い手を選定することには協力を惜しまない」
そして、
「戦闘行為を挟まずに担い手を決定する方法を聖杯に認めさせる。
一方的な喪失を被る者なく、全てのマスターとサーヴァント、方舟にすらも共有できる利益を生む。それが我々の変わらない方針だ。
その為の行動の指針としてまず……方舟より救い出さなければいけない人物がいる」
「……何者ですか?全員にとって利益となれる、救われるべき人物がこの方舟内にいると?」
ルーラーの問いかけに、正純は手を水平に挙げた。
まっすぐに突き出し、白手袋をした指を一本伸ばす。
その直線上にいる―――
「あなただ、ジャンヌ・ダルク。
ルーラーのサーヴァント。聖杯戦争の調律者。私はあなたを救いたい」
一人の少女を、指さした。
323
:
『聖‐testament‐譜』
:2016/06/21(火) 01:48:44 ID:Mtc7OXYY0
「あなたこそが最も聖杯に隷属を強いられている者だ。我等の方針に基づき解放しなくてはならない存在だ」
聖杯との戦争を臨むことをとしている。だがそれをルーラーにまで適用させたくはない。
特権諸々の能力面でいってもそうだ。他人のサーヴァントに令呪を使えるサーヴァントなどできれば相手にしたくない。
しかしそれ以上に考えるのだ。会話の中で見えた彼女から正純は判断した。
ルーラー(かのじょ)は敵ではない―――。
聖杯とサーヴァント・ルーラーは不可分の関係ではない。
機密事項を教えられてないのがその証拠だ。方舟はかなりの割合でルーラーに裁量を任せている。
対立すべきは聖杯であって、彼女ではない。
だから正純はそこから始める。聖杯とルーラーを、切り離す。
そして分かたれたルーラーすらも―――味方につける。
「ルーラーという役職がこの戦争を歪ませているものの一端だ。
そこには当て嵌められた英雄を貶める陥穽を孕んでいる」
裁定者という器(クラス)。
違反行動を見咎め、戦わない者に睨みを利かせる。
それはいうなれば全てのマスターとサーヴァントから疎まれる存在だ。
「戦う意思のない、ただ巻き込まれただけの無辜の人にすら殺し合いを強制させなければならない。
何故ならばあなたは"裁定者"だからだ。公平性を以て審判に臨まなければならないが故に救える命を見捨てるしかない。
戒律に反し人を殺める罪に耐え、世界に身命を捧げながらも悲劇に終わった少女になおも罪を担がせようとしている」
「本多・正純……それは誤りです。
私はあの最期を悲劇とは思っていません。あれは罪を重ねた者が正しい罰によって消えた。ただそれだけの話です」
「罰を言うならば生前の処刑でとうに済んでいる!
ここでまた殺し合いを煽動する立場に立つということは、あの罰を再びあなたに与えるということだ!」
思い出す記憶がある。
これと似た出来事を自分はよく知っている。
国の消滅という誰も予測できなかった事故の責任を、君主の嫡子という理由だけで取らされようとした少女だ。
全ての感情を兵器の材料に剥奪され、親子の関係を知らず事故と何も関係も無かったにも関わらず、自害させられるところだった少女を知っている。
彼女がここにいればなんと言っただろうか。彼女の傍にいることを望んだあの馬鹿はどうしただろうか。
それに応じ、否定した時と同じ言葉を、正純は吐いた。
「これは罪を清めた者に新たな罪を被せ、責め苦を負わせる悪魔のシステムだ!」
●
324
:
『聖‐testament‐譜』
:2016/06/21(火) 01:49:27 ID:Mtc7OXYY0
「私はこの戦争による喪失を望まない。
一部の勝者の潤いの為に枯らされる多数の敗者を認めない。
そこには当然ジャンヌ・ダルク、あなたも含まれている」
指さしていた腕の掌を開く。
呼応するようにルーラーの結わえた金紗の長髪が風にたなびく。
「私は聖杯を手にする資格を所有するサーヴァントの外にある存在です。
あなたの論に照らすところの、悪魔の法の執行者を救い……何の利益があるというのです?」
裁定者を味方につけるメリットなど言うまでもない。
この場合はそうした意味ではないのだろう。
監督役でないただの小娘……ただのジャンヌ・ダルクを救う行為が他の参加者にどういった影響を及ぼすのかということだ。
答えは、果たしてあった。
「再契約」
「―――?」
マスターに装填されていた知識。それに間違いはないとルーラーは言った。
ならばその知識を利用する。目的に近づけるためにはあらゆる要素を用いる。
「マスターは最初に契約したサーヴァントだけでなく、マスターを失いあぶれた"はぐれサーヴァント"と再契約することが出来る。そうだな?」
「ええ。ですが通常のマスターでは二体のサーヴァントを同時に使役するだけの魔力は賄えません。
ですのでその場合必然的に、マスターもサーヴァントを失っている互いに欠けている状態が主なケースとなります。
それが一体―――」
「ならば裁定者としての特権を除けばあなたも"マスターを持たぬ一体のサーヴァント"だ。
マスターを得れば、あなたも聖杯に選ばれる"つがい"になれる権利があるということになるのではないか?」
その時、ルーラーの顔が一瞬引きつった。
口を開けて「何を、」と言おうとしたのか声にならず、ややあって意味するところを理解し代わりに、
「聖杯戦争から、裁定者という地位そのものを排除しようというのですか……!」
「それでこの戦争が正しく調律されるのならば、そうしよう」
初めての狼狽した声を上げた。
無理からぬことだろう。誰も全容を知らない方舟のシステムに干渉するということだ。
言った正純もかなり荒唐無稽なことを言っているのはわかってる。
しかし……本題は可能か不可能かの確認であって実行するかは別の話だ。
聖杯にはルーラーも知らされていない未知の真実が隠されている。まずはそこに探りを入れなければ始まらない。
325
:
『聖‐testament‐譜』
:2016/06/21(火) 01:50:20 ID:Mtc7OXYY0
「私は、裁定者の存在理由は聖杯戦争の運営だけではないと考えている。
そうでなければこの立場はあまりに不明瞭すぎる。覆い隠されている聖杯の真実、そこを明らかにしない限り裁定者に信を置くことはできない。
そしてそれは、そこに籍を置くジャンヌ・ダルクを不当に貶める結果にも繋がる」
ルーラーという存在への疑念。ライダー、そしてシャアとも共有していた見解だ。
ジャンヌ自身は方舟に何も知らされていない。なのに全責任を負わせられているのだ。
「ルーラーと方舟のシステムの解明と、ジャンヌ・ダルクの裁定者からの解放。
これは戦いを望まぬ者への強制力の排除であり、戦いを望む者へ正確な情報提供という利益になる」
隠すという行為は都合が悪いからするものなのだ。
方舟には少なくとも参加者側に知られると都合が悪くなる真実がある。
ルーラーとの接触を通じてその秘密を解き明かし、干渉が可能となれば、聖杯戦争そのものの"解釈"の可能性も認めさせることが出来る。
「その時にこそ、方舟からの直接介入が発生するだろう。
そこで私は方舟と交渉し、聖杯戦争の形を改めるよう訴えを起こす」
ルーラーが手から離れたとなればいよいよ方舟も静観を決め込んではいられない。
今までこちら側では手が届かなかった方舟に、自分から近づいてもらう。
ルーラーを救う行為が、方舟を交渉の場に引きずり下ろす結果に繋がるのだ。
「これが私の聖杯への"解釈"だ。
この歪んだ戦争の正しき形式を取り戻し、裁定者の器に押し込められた聖女の尊厳を取り戻し、方舟に握られた願いを取り戻す。
方舟に集う誰もが望むものをその手に収める。あくまでそれを認めず阻むというならば―――」
「救うための戦い、取り戻すための戦争を、私は聖杯に仕掛けよう」
聖杯を肯定しながらも聖杯戦争を否定する。
ジャンヌ・ダルクを肯定しながらも裁定者を否定する。
正しきを認めながらも間違いを糾す。
「ルーラーとしての役割から解放された暁には、改めて協力をお願いしたい」
それが、正純の決断だった。
「……秘匿すべき情報ではないので言いますが、ルーラーとして召喚されるための条件のひとつには、現世に何の願いも持たないことが挙げられます。
私には、聖杯を望む理由がありません」
「願いがないのは私も同じこと。私のように託す願いを持たぬ者がマスターに選ばれ、あなたに資格がないのはおかしいのではないか?」
それに、と付け足す。
「あなたには我々以上に方舟に選ばれる価値がある。
あの最期を経て何の未練も後悔も持たない。あなたがどう思おうと、それは万人が認める聖女の資質に他ならないのだから。
こう言うのは何だが……少なくとも私のライダーより、あなたの方がよほど方舟の座に着く資格があると思う」
後ろのライダーの笑みが深くなるのを正純は知覚した。
●
326
:
『聖‐testament‐譜』
:2016/06/21(火) 01:51:20 ID:Mtc7OXYY0
「―――以上が我々の主張だ。貴重な時間を割いてくれて感謝する」
熱が引いていく。
討論会場は人の住む街並みに。
闘争の空気は冷めていき元の夜気に戻っていく。
「それでは我々もこれで失礼しよう。次の相対までに互いの理解が進んでいるのを期待する」
正純は一歩を引いた。
今出すべきものは出し切った。ここからは発言した内容の実証と補填に向かい行動することになる。
そしてそれは即時見せられるものではない。その瞬間が来るまで正純達は善でも悪でもない。
「……そうはいきません」
止める声があった。
ルーラーだ。
こちらを見据える瞳に揺らぎはなく、人格が揺るがされることはなく聖女としての姿のままでいる。
……いや、別に人格攻撃を行った憶えは一切ないが。
……ないよな?
気になってライダーに目線をやるが平時の笑顔で応えられた。
くそ、本当に楽しそうだな……!
「先の話題についてならば止められる理由は今の私達にはない。
結果が明らかになるまで、我々は己の信ずるべき者の為聖杯に向かう、ただのマスターでしかない」
「堂々と聖杯戦争を否定すると言われて見逃すわけにはいきません。
そちらの言い分がどうあれ、今の私は聖杯戦争の裁定を司るルーラーなのですから」
引き下がる様子はない。
そう……未来の結果がどうであろうと今のルーラーは敵対する者だ。
たとえ正純の計画が全て成功したとしても、それは無数の艱難辛苦を踏破した先に待つ頂。
そして、その一つとして真っ先に立ち塞がるのが他ならぬこのジャンヌ・ダルクなのだ。
ふ、と。
一息をつく間にルーラーの表情に変化があった。
それは今までの会合では一度として見た事のないものを見せた。
「聖杯戦争を間違いとあなたは言う。その意志を私には否定できません。
けれど―――肯定することもまた、できません。
あなたがあなたの正しさを信じるように、私も私の信じるものの為に殉じるのです」
勝者が見せる余裕の表情ではない。
敗者が浮かべる自嘲の顔とも異なる。
327
:
『聖‐testament‐譜』
:2016/06/21(火) 01:52:19 ID:Mtc7OXYY0
「それに、あなたの主張が正しいと仮に証明されたとしたなら―――
そこには聖杯に味方する者、弁護に回る側も必要だと、そうも思うのです」
それは怒りも悲しみも置いてきた者だけが見せる、使命に殉ずる聖人の笑みだ。
……そういうところが、彼女が選ばれた理由かもしれないな。
何があっても決して聖杯を裏切らない。脅迫でも洗脳でもなく自発的にそう動く。
確かに方舟に重要な条件だ。
「……そうか」
「平行線、ですね」
「いや、まだ我々は互いに譲歩出来る位置にいると思う」
言いながらさらに一歩引く。
我意を通したくばまずはここを超えて見せよ―――そう言っているように立っているルーラーから。
どう越えるか。武力で押し通る選択肢は除外。だったらすることは一つしかない。
「だから私はこう言おう―――」
風が流れるようにごく自然な動作で左手を前に出す。
ルーラーが反応し力を籠める。
「聖杯戦争の裁定者よ―――最低でも、先の私の言葉は胸に留めておいて欲しい」
懐から抜け出たツキノワが腕を滑り、右の手袋を口で掴んで脱ぎ捨てた。
手の甲に刻まれた聖痕に力を込める。赤い光が走る。
令呪の起動には口頭による指令が必要であり走狗(マウス)による補助は使えない。
一息で言い終える短さと端的に伝わる明瞭さの同期が必要だ。
ルーラーが動く。察知が早い。復帰も早い。
手に『旗』が握られる。令呪ではない。前に構え防御の姿勢を取る。
その判断が分かれ道となった事に気付かず、正純は一画に意識を集中して叫んだ。
『ライダーよ、宝具によって我々と迅速にこの場を離脱せよ!』
認識した、我が主
「―――Jawohl,mein meister」
体が廻る。
限界量をゆうに超えた排気を燃料とし、本来あり得ない現象が実体化される。
宝具が英霊を象徴するもの。であればこれもまた"彼ら"を象徴するひとつだ。
神代において遥かな過去にあり、されど聖譜において時代の最先端を征くもの。
在りし過去の"再現"。
一千人吸血鬼の戦闘団(カンプグルツベ)。不死身の人でなしの軍隊。最後の敗残兵。
名を、デクス・イクス・マクーヌ。
少佐の最終宝具『最後の大隊(ミレニアム)』―――その一欠片となる飛行船だ。
「令呪一画の喪失を以て、裁定者へ働いた無礼の賠償としたい」
風を切る船が起こす轟音の最中で、正純は声を発していた。
●
328
:
『聖‐testament‐譜』
:2016/06/21(火) 01:53:38 ID:Mtc7OXYY0
突如として目前で実体化した巨大物体にもルーラーは怯む事はなかった。
手に持つ聖旗を前面に立て爆発した気流をいなす。
どれだけ巨大でもあくまでこれは人造の吸血鬼による近代武装。
風に魔力が染みついたわけでもなく、まして規格外の対魔力を持つルーラーに痛打になるはずもない。
「く……!」
しかしこの場合、位置が悪すぎた。
飛行船は正純達を乗せながらもルーラーを含まないギリギリの境界線上で実体化したのだ。
上昇気流によって生まれる突風を至近距離でぶつかる羽目になり、華奢なその身が地面から浮き上がる。
一端離れてしまえば後は流されるままだ。飛ばされたルーラーは正純達から大きく後退させられる。
中空で姿勢を制御し危なげなく着地する頃には、飛行船は高度を上げ移動していた。
もとより魔力によって生まれた宝具。物理的な制約には縛られない。
そのまま高層ビルが立ち並ぶ地帯に入り込んだところで、急速に実体を解れさせ、やがて夜の黒に溶け込むように消えてしまった。
"転移"の令呪でサーヴァントだけを遠距離へ飛ばしてもマスターが残る。
ならば魔力の充填にかかるタイムラグを令呪で限りなくゼロに抑え、使用した宝具で全員纏めて飛び去る。
あの少佐が此度で騎兵(ライダー)のクラスで呼ばれていたことを失念していた。
真名看破のスキルも万能ではない。召喚された英霊がいつの時期の年齢で再現されるか、どのようなスキルと宝具を持っているかはクラスによっても変動する。
あのライダーが何か仕掛けてくるならそれは全て殺戮に帰結する―――そんな先入観がルーラーに防御を取らせ、選択を誤らせた。その隙をマスターは見逃さなかった。
少佐の"戦争狂の反英雄"という特性を、ルーラーは重視し過ぎてしまっていたのだ。
サーヴァントもさることながらマスターも少佐の性質を心得た差配を下していた。
吸血鬼の一個大隊を率いた少佐はその実何ら超抜的な異能を持たず、ただの人間にも後れを取りかねない能力値しか備えていない。
その性格も含めて、扱いが極めて難しいサーヴァントだろうに……彼女は上手く使いこなしていた。
すぐさま令呪を使って引き戻そうとする―――が思いとどまる。
令呪は一画失われたがまだ向こうにはまだ二画ある。そして今更令呪の使用を躊躇う事もないだろう。
ここでライダーに令呪を用いても無駄打ちに終わる。全令呪を没収という形と見れば無駄ではないかもしれないが流石に短慮だろう。
あの二人は確実にまた何かをやる。ルーラーの想像もしない聖杯戦争そのものをひっくり返すだけの大それた行動を起こす。
こちらの令呪を使用しては以後の強制力が落ちてしまう。温存しておいたほうがまだ牽制になる。
加えて、あの艦娘のアーチャーもいる。同一の命令ならともかく複数のサーヴァントに令呪を使用していくのは妨害も考えると手間だ。
「……いえ、それも言い訳ですか」
正純を逃がさぬと膠着した場面。
あえて令呪を自発的に消費する事で賠償とし、故に追う必要はないと裁定者に理由を与えた。
穿ち過ぎだろうか。しかし彼女ならば……そうした逃げ道も用意しているかもしれないのが恐ろしいところだ。
「……またカレンに小言を言われそうですね」
それでは済まないかもしれないが。
そんな風に呑気に考えている自分も大概だ。
本多・正純の残した、聖杯戦争に訴える数々の言葉。
彼女の立場にとっては、どれも正当な意見であり反抗なのだろう。
戦いで自陣の正しさを主張するのは当然のもの。ジャンヌが生きた時代でも変わりはしない。
……彼女の恐ろしいと感じるところは、正統性を主張しながらもこちらに差し伸べる手を持つ事だ。
後世ではついに訪れなかったと伝えられる、聖女への救済。
個人として救おうとした者はいただろう。最も自分を信頼してくれたあの元帥のように。
しかし全体……国家としては見捨てる結果にならざるを得なかった。ジャンヌ自身はそれを恨んでないし、理解もしているが。
ジャンヌは処刑された事を一切後悔していない。むしろあれは正しい清算であったとすら感じる。
だから彼女の言った台詞は見当違いもいいところだ。
それなのに、あの時手を振り払えなかったのは……
329
:
『聖‐testament‐譜』
:2016/06/21(火) 01:55:23 ID:Mtc7OXYY0
「聖杯について調べる……ですか」
違える気は毛頭ない。
ルーラーとして選ばれた以上ジャンヌは裁定者の務めを全うする。これは確定事項だ。
しかしルーラーが召喚された意味……それについて思考を巡らせる事は規範を超えず、無意味ではない。
28騎もの英霊が別々に争う聖杯戦争。
地上で起きたとされる数多の聖杯戦争でもこれほどの規模はないだろう。
ならばルーラーが呼ばれるのは必然。そう思っていたが。
正純から浴びせられた言葉で"もう一つの役割の可能性"を思い巡らせるに至った。
即ち―――
「……流石に、詮索が過ぎますか」
杞憂であるのが一番の結果だ。何より自分には真っ先に優先すべき役割がある。
この地域に参じたそもそもの理由。大学近辺で起きた住民の突然の暴動。
兆候から見て明らかに嘲笑のアサシン、ベルク・カッツェの仕業だ。
NPCへの干渉を禁じられた彼がこのような行動に出た理由は、マスターによる令呪の消去だろう。
カッツェのマスターへの令呪剥奪のペナルティは他の事態が立て込み後回しにされていた。
己のサーヴァントが諫言を受けたとなれば大人しくなるかと思えば、どうやらあの根っからの扇動者火に油を注ぐ真似だったらしい。
正純への処遇は未だ境界線だが、こちらは最早考えるまでもなく黒だ。
だがマスター共々裁定を下す為現場に赴く途中で、ルーラーの特権の一つに奇妙な反応が見られたのだ。
サーヴァント・パラメーターの書き換え。健常な状態から消滅寸前へ。
最初は戦闘で決着がつき一方のサーヴァントが敗れたのだと思った。現場にはカッツェらしき反応以外にもサーヴァントが集まっている。
しかし暫く経っても減衰した反応が消えないままでいる。
サーヴァントの位置を示す聖水による地図を広げると、やはり反応が一騎、極めて微弱な反応でいる。
死亡したならばそのまま反応が完全に消滅する。ならば瀕死の状態かと思えば、反応は今も移動しておりかなりの距離を渡っている。
ここまで弱った状態で、果たしてここまで行動ができるものか……?
それにもう一つ奇妙な点が、その反応がもう一騎とサーヴァントと重複している事だ。
隣り合ってるだけではない。より詳細が分かるよう地図を拡大すれば、完全に一致している。同期と言ってもいい。
サーヴァント同士の戦闘で、何か通常ではない自体が発生した可能性があった。
場が沈静している事からして倒されたのはカッツェだろう。
彼を倒したサーヴァントが何らかの手段で瀕死のまま取り込み、そのまま引き連れている。
状況の把握の為にもこの相手には会いに行かねばならない。
二重の反応は移動を止めず新都側へと進んでいる。このまま進めば―――
「森―――ですか」
見れば、南東の森にも一騎サーヴァントがいる。
同盟相手との合流なのか。それとも……新たな戦いなのか。
「まぁ、街から離れているのは良い事ですが」
蟠る煩悶も答えの見えぬ思考も今は全て捨て、ルーラーは霊体化し森へ向けて駆け出した。
330
:
◆HOMU.DM5Ns
:2016/06/21(火) 02:01:42 ID:Mtc7OXYY0
以上で仮投下を終了します
状態表他追記する部分はありますが、修正が必要な場合に近日中にかけられる時間を考慮して急ぎ該当部分のみを投下しました
主にジャンヌと正純の交渉内容について他、指摘意見をお願いします
書き手側からの意見もあればなおありがたいです
331
:
◆TAEv0TJMEI
:2016/06/21(火) 22:47:46 ID:eAVgjlMI0
投下お疲れ様です
もう何を言っても感想ばかり出てきそうで本当にすごかったです
まだ続くとのことですし、今はそこが本題ではないので抑えておきます
ジャンヌと正純の交渉内容について、というのはキャラ的なことや、アポ、ホラ、といった原作的なことではなく。
かなり聖杯や聖杯戦争、ひいてはこの二次二次という企画そのものに踏み込んだことを気にしているということでしょうか。
私個人としましてはどこかで誰かがやらなければならなかったことの糸口を作ってくださり、後に続く者もむしろやりやすくなったかと思います。
投下数があまり多くない身で恐縮ですが。
またこの話による影響は大きいとはいえ、この話が通ったからといって作中で書かれたものがそのまま採用されるとも限りません。
あくまでも正純の推測や、ジャンヌの知り得る知識内での話です。
覆すも他の書き手の自由ですし、覆さないなら沿って書くのも書きやすくなることなので、通してよいと思いますが。
他の書き手諸氏の意見も合わせてご判断ください。
332
:
◆HOMU.DM5Ns
:2016/06/21(火) 23:14:14 ID:Mtc7OXYY0
>>331
ご意見ありがとうございます
そうですね、確定情報を入れたわけではないですが、本編の根幹に触れる部分であるのでこういう流れをして大丈夫かと不安があり仮投下とさせて頂きました
今後をどうするかは自分も含めた書き手次第でありますし、企画が破綻するレベルではないと書き手他諸氏から意見を頂けるならば、このまま通していきたいと思います
それと本投下の日時ですが、意見待ちやこちらの時間の都合も併せまして23日(木)以内を目途としています。ご了承ください
333
:
◆HOMU.DM5Ns
:2016/06/26(日) 01:32:08 ID:7KAnM8rA0
意見もなさそうなので、追記修正も含めた本投下を行います
334
:
サイバーゴースト名無しさん
:2016/12/06(火) 12:55:58 ID:BIYG8qz.0
>>333
意見がないっていうか、もう見てる人いないんじゃない?
335
:
名無し
:2018/01/21(日) 07:38:05 ID:cN7Il7Rk0
まだかな?
336
:
◆/D9m1nBjFU
:2019/03/13(水) 11:48:35 ID:g18NNawM0
お久しぶりです
設定に踏み込んだ内容を含むため本スレにゲリラ投下する前に一度こちらに仮投下します
337
:
『ただいま』はまだ言えない
◆/D9m1nBjFU
:2019/03/13(水) 11:51:35 ID:g18NNawM0
これはまだ日を跨ぐ前、B-4エリアからバーサーカー、黒崎一護が主の下へ帰還した直後のことだった。
(思っていたほど魔力が枯渇していない?)
令呪の内容を消化し戻ってきた一護の状態、美遊自身のコンディションを一通りチェックして意外な事実に気がついた。
彼は違反行為があったという主従がいる、恐らくは多くの主従が集まってきたであろう激戦区に行っていたはずだ。
それなのに美遊の魔力はほとんど持っていかれておらず、一護も魔力が枯渇ないし枯渇寸前といった様子には見えない。
不可解な出来事に首を傾げるばかりだった。
この時点においてまだサファイアを取り戻していない美遊に視覚共有などという芸当はこなせない。
故に一護が出向いた先で何があったのかは推測する他ないが、いくら何でもロクな戦闘もなくさっさとサーヴァントを斬り伏せて戻ってきたなどと楽観的な思考はしない。
戦闘自体は行ったはず。それも場所がB-4なら超速再生を使わされるような事態も複数回あったと考えて然るべきだ。
(……まさか、バーサーカーの貯蔵魔力だけで乗り切った?)
サファイアはない。しかし美遊の魔力はほとんど使われていない。
だとすればもうこの可能性ぐらいしか考えられない。
考えてみればこれまでの美遊は一護への魔力提供に専念していた。僅かでも魔力不足に陥ることのないよう魔法少女としての機能を全て切って。
そうしていたのは「バーサーカーは消費魔力が他クラスより段違いに多い」という聖杯から齎された基本的な情報が頭に入っていたからだ。
だからテンカワ・アキト(この時点で美遊はガイという名前だと認識していたが)のバーサーカーと戦った時もアキトに取り押さえられる瞬間まで一護への供給は続いていた。
つまりあの時点で一護は彼が保有できる魔力貯蔵量の上限いっぱいまで魔力を溜め込んでいた。
(だとすれば―――戦っていない時の魔力供給さえ怠っていなければ、供給を完全に切っても一回は全力で戦闘ができる!?)
この瞬間、美遊はようやく一護の魔力消費量を過大に見積もり過ぎていたことに気がついた。
あるいは聖杯からの知識を額面通りに受け取りすぎていた。
バーサーカーは殊更に魔力を喰う、マスターに特段の負荷をかけるクラスである。これは事実だ。
またバーサーカーとして現界した黒崎一護は戦闘に大量の魔力消費を要し宝具に至っては令呪の補助なしには使えない。これも事実だ。
しかし―――だからといって最高のコンディションの状態から通常戦闘を一回行った程度で枯渇するほど魔力保有量の少ない、脆弱な英霊では断じてない。
美遊の想像は半分は外れていたが半分は的中していた。
一護はB-4では消滅寸前の槍兵を一息に斃して美遊の下へ帰還したが、B-4に辿り着く前にはアーチャー・エミヤと交戦していた。
数々の投影宝具を用いて的確に一護の弱点を突いたエミヤの奮戦によって一護は何度も超速再生を使わされており、魔力放出じみた飛ぶ斬撃も使用している。
それだけの抵抗を受けた上で、ある程度の魔力を残したまま美遊の下まで戻ってきた。
これは前述の通り事前に魔力を十分に貯め込んでいた故のことでもあるが、もう一つ美遊が知らない理由が存在する。
そもそもサーヴァントというカタチに当てはめ劣化させた状態で現界させているとはいえ、英霊を人間の魔力だけで維持することは極めて困難だ。
それこそ代を重ねた家系の一流の魔術師ですら維持するだけで魔力の大半を持っていかれる。
その問題を解決するため、聖杯戦争の期間中は聖杯がある程度サーヴァントの現界維持に必要な魔力を肩代わりしている。
とはいえここまでしても魔力を持たない一般人ではサーヴァントを運用することは難しい。
通常戦闘を行うだけでも数日に渡る魂喰いを必要としたケースも存在するほどだ。
338
:
『ただいま』はまだ言えない
◆/D9m1nBjFU
:2019/03/13(水) 11:52:41 ID:g18NNawM0
だがこの聖杯戦争では一般人のマスターが多数参加しているにも関わらず、魂喰いによらずある程度の継戦を行えたサーヴァントが複数いる。
ニンジャスレイヤーなどはその最たる例だろう。単独行動のスキルを持つとはいえマスターを失った後ですら複数回に渡る戦闘行為を行えていた。
何故このような現象が起きたのか。その答えは聖杯がサーヴァントに対して働きかけるバックアップの差にある。
もとより魔術的資質の有無を問わずゴフェルの木片を持つ者を無作為にマスターを招集したのがこの聖杯戦争だ。
そのため通常の聖杯戦争よりも聖杯がサーヴァントを維持するバックアップが大幅に強くなっているのである。
この通常以上の聖杯によるサーヴァントへのバックアップは当然一護にも働いていた。
こうした要因もあってそれなりの余力を残したまま令呪の命令を消化して帰還することができたのだった。
(もしそうだとしたら、わたしがそうと気づいていなかっただけで、使える手札は無限に広がる!)
例えば今までの美遊がやっていたのは、携帯端末やポータブルゲーム機のバッテリーを常に最大に保つようなものだ。
当たり前だがその状態で充電し続けても大した意味はない。よほどバッテリーが摩耗していない限り充電をやめて即バッテリー切れなんて事態にはなり得ないからだ。
つまり今までしていたのはそういう類の、安全策ではあるが無駄が多すぎる行為だったということだ。
であれば、一護をを戦闘させながらにしてカレイドの魔法少女、そのフルパワーを敵マスターにぶつける戦術が成立することになる。
何より、短時間であれ魔力供給を行わなくて良い時間が発生するのであれば美遊自身の戦力でも最大の切り札の運用が現実的になる。
セイバー、アーサー王の力を宿したクラスカード、その宝具の名は『約束された勝利の剣』。
聖剣というカテゴリーでも最強の一角たる宝具の真名解放が可能になる。
「今回はバーサーカーへの魔力供給も行わなければいけないため、真名解放は無理だろう。」。これは一面の事実ではあるし、つい先刻まで美遊もそう確信していた。
しかし、全ては考え方一つだったのだ。想像と発想一つで出来ることと可能性は増える。
とはいえ使えても一度の戦闘につき一度きり、使えば数時間はカードの再使用は不可になりおまけに一瞬とはいえ転身そのものが解けるリスクもある。
特に転身解除がどれだけ致命的な隙かは、夕方の戦闘を思い返せば火を見るよりも明らかではある。
だが手段を「使える」と「使えない」のとでは天と地の差がある。
今思いついた供給をカットした戦術にしても戦闘が長引いたり、敵が予想外の手を使ってきたら容易く破られ得る。
その逆に当初やっていた魔力供給に全てのリソースを使うやり方もそれ自体が全てにおいて駄目だったのではなく、それ一つだけを押し通そうとしたから負けたのだ。
また少し前に考えた魔術回路をフル稼働させて魔力供給と魔法少女の機能を両立する策も魔術回路への過剰な負荷というデメリットは厳然として存在する。もちろんいざという時には回路が焼け付くことも辞さないが。
重要なのは己に出来ることと出来ないことを把握することと、実戦での判断・取捨選択を誤らないことだ。
先ほどのアキトとの戦闘を例に出せばわかりやすい。
この時点での美遊からすれば名称すらわからない転移術の使い手に一本調子の攻めが通じるほど甘くはない。
あの奇襲に確実に反応し、かつ返す刀で仕留めるならクラスカード・セイバーの夢幻召喚が必要だ。
しかしあの転移術の発動条件や予備動作の有無によってはそれすら容易ではない。
……そうなれば、やはり令呪を用いた一撃必殺の奇襲攻撃に活路を見出す他ないか。
(でも、結局サファイアとクラスカードが手元にないことには始まらない)
…と、色々と考えてはみたものの、全てはサファイアとカードを取り戻せてからの話だ。
残念ながら今必要なのはサファイアを使った運用ではなく彼女を取り戻すための策を考えることだ。
そのためなら二画目の令呪を使うことだって辞さない。まずは港に行く、全てはそれからだ。
―――そんな、相棒と再会する少し前の出来事だった。
339
:
『ただいま』はまだ言えない
◆/D9m1nBjFU
:2019/03/13(水) 11:53:23 ID:g18NNawM0
◆ ◆ ◆
間もなく夜が明けんとする空を少女と死神が駆けてゆく。
新都から深山町へと向かう中、カレイドステッキ・マジカルサファイアは思考を巡らせていた。
(これで……このままで良いのでしょうか)
聖杯戦争が本格的に始まって一日経過し、とりあえず美遊は五体満足で生存している。
テンカワ・アキトに不覚を取りはしたものの、結果的には令呪一画の損失で済み相手にも社会的な損害を強いることに成功した。
テンカワ・アキトとホシノ・ルリ以外のマスターに関してはほぼ情報が無いというのが大きなネックではあるが、それは今後の立ち回り次第で補えないこともない。
何よりサファイアが安堵しているのは、今のところ美遊が直接人間を殺す事態にはなっていないことだ。
……詭弁に過ぎないことはわかっている。
聖杯戦争では契約サーヴァントの死はマスターの死。つまりサーヴァントの撃破は実質的なマスターの殺害だ。
美遊、一護、そしてサファイアは予選で一騎、昨日に一騎サーヴァントを討ち取っている。
であれば見えないところでマスターもアークセルによって消去されているはずだ。
つまり殺人という大きな一線は既に越えてしまっており、その事実にいつまでも目を向けないほど美遊が鈍感でないことも知っている。
あるいは既に自覚してしまっているからこそ優勝狙いへと舵を取るようになったのかもしれない。
そこまでのことを重々承知していながらも、やはり生きた人間に対して直接手を下すような真似はさせたくないと思わずにいられない。
けれど現実はどこまでも非情で、サファイアが美遊にさせたくないことはこの世界で生き残るにあたって必要不可欠なことでもある。
生還できるのは最後まで残った一組のみ。この殺し合いを勝ち抜くことでしか元の世界に帰る道はない。
敵対陣営を倒すにあたってより確実なのはサーヴァントよりマスターを狙うことであり、現に美遊もマスター狙いの攻撃をされたことがある。
そして美遊には敵マスターを屠るに足るだけの力がある。それが幸か不幸かサファイアには判じ得ない。
『美遊様、先ほどのことですが』
「何?」
『本当にこれからは美遊様も戦闘に参加するのですか?』
テンカワ・アキトを策に嵌めてから少し後、美遊はこれから先「全員で戦う」ことについての具体案を出してきた。
これまでの一護に戦闘の全てを任せるスタイルを改めてカレイドの魔法少女の力を出していくと。
状況に応じて一護への供給を行いつつ余剰魔力で魔法少女の能力も護身に使う、魔術回路をフル稼働させるスタイル。
それに加えて予め一護の魔力保有量の限度まで魔力を蓄えさせたという前提で、戦闘中の一護への供給をカットし魔法少女の機能を全開にする、普段の戦い方に限りなく近いスタイル。
確かに可能ではあるだろう。
美遊と合流した際も美遊、一護ともに魔力量には余裕があったことを覚えている。
というより、サファイアは当初から気づいてはいたのだ。
そも並行世界からの無限の魔力供給機能を統括しているのはサファイアだ。どこにどの程度魔力が割かれているかなど当然熟知している。
知った上で、魔力運用次第で戦闘に魔力を割く余裕があることを敢えて黙っていた。
全ては美遊が直接戦わずに済めば、という祈り、あるいは願望から来る思いだった。
カレイドの魔法少女の力は元々クラスカード回収、つまり黒化し現象に劣化したとはいえサーヴァントを相手取ることを前提としたものだ。
正規のサーヴァントには及ばないとは言ってもマスター、人間を基準にすれば圧倒的にも程がある性能であることも事実だ。
加えて夢幻召喚は一時的とはいえ英霊の力を借り受ける絶技であり、敵からすればサーヴァントが二体になるようなもの。
そんなマスターが聖杯戦争の序盤から猛威を奮えばどうなる。
恐れられ、警戒され、全方位から攻撃を受けるか常にアサシンによる暗殺を狙われることは目に見えていた。
ならば本来出せる力を眠らせたままにしておき、ただのバーサーカーのマスターと認識してもらう方がまだしも都合が良い、と判断した。
340
:
『ただいま』はまだ言えない
◆/D9m1nBjFU
:2019/03/13(水) 11:54:09 ID:g18NNawM0
「うん。バーサーカーの力押しは確かに強いけどそれ一本じゃ簡単には押し切れない。
わたしたちも戦ってバーサーカーを援護しないと勝てるものも勝てない。
それにマスター狙いの攻撃も多いから守りを固めておくのは大事」
『……そう、ですね』
だがそれでどうなった。
まんまとテンカワ・アキトの術中に嵌り敗北したではないか。
あの敗戦にしてもたまたまアキトに美遊を利用する目論見があったから首の皮一枚繋がっただけで本来なら死んでいる。
美遊がさしたる力を持たない子供のように振る舞おうとも聖杯戦争という現実は誤魔化せやしない。
力を見せつけようがそうでなかろうが他の主従は当然のセオリーとしてマスター狙いを実行してくる。
であれば最早能力の出し惜しみなどしていられる状況ではない。
本気を出し惜しんだまま殺されるようならそんな本気は存在しないも同然だ。
畏怖されようと警戒を招こうと持てる力を出し切らねば生き残ることはできない。
(ホシノ・ルリ……私は貴方が恨めしい)
もし、もしもここに至るまでのどこかで美遊を預けるに足る信頼できるマスターがいたならば。
殺し合いに乗らずに月からの脱出、ないしは聖杯戦争の打破を目的とするような善良な誰かと出会えていれば。
美遊が優勝を目指す意志を固めてしまう事態を避けることができたのかもしれない。
だが結果としてそうはならなかった。
美遊の幼稚園児以下の対人折衝能力も要因の一つではあっただろう。
少なくともアンデルセンから早々に逃げ出したことやアキトに令呪を使わされたことに関してはこちらにも明確な非があった。
しかし彼女―――ホシノ・ルリだけは違った。
◆ ◆ ◆
―――その可能性は予想できていたことだったが、しかし出来ることなら的中してほしくはなかった。
「出来れば───貴女が知っていることを、話してもらえないでしょうか」
昨日の午後から夕刻に差し掛かるあたりの頃、交戦の意思はないと言いながら美遊の前に現れた警察官らしき女性、ホシノ・ルリ。
彼女との対話には常に緊張感が漂っていた。とりわけ美遊の警戒心は過剰なまでに高まっており、あるいはルリは美遊のそういう態度に思うところがあったのかもしれない。
だがサーヴァントを連れたマスターがマスターとして交渉に臨む以上互いが臨戦態勢を取るのは至極当然の話だろう。
あくまで日常の延長で、表向きでも一人の神父として美遊に関わったアンデルセンの時とは会話をする上での前提が違う。
ましてやあの場所はサーヴァント同士が戦闘を行う上で騒ぎになりにくい絶好のロケーションだった。
これで騙し討ちを警戒されないとでも思っていたのだろうか?
会話をしていても、美遊の警戒心が高まるのも無理はない胡散臭さだった。
聖杯に関してルリも考えるところがあったのだろうが、それにしても脱出するつもりなどと嘯きながらその実具体的なことに関しては何一つ触れようとしなかった。
また話し方も美遊から一方的に情報を引き出そうとカマをかけているのがサファイアから見ても手に取るようにわかった。
もっともルリからすればサファイアが聞いていることなど想定していなかっただろうから当然の話ではあるが。
だからその瞬間にも顔色一つ変えずに対処できた。
美遊が月の聖杯の実在について言及していたその時の出来事だった。
ルリの合図とともにライダーが腰に装備していた銃を美遊目掛けて発砲してきたのだった。
……事前にライダーが一瞬銃に目線を向けたことを念話で美遊に知らせておいて正解だった。
おかげで美遊も取り乱すことなくルリの仕掛けた暗殺に対処することができたのだった。
あるいは、ルリも美遊に何某かの警戒の念を抱いたが故の行動だった可能性もないではない。
実際美遊はあの時点で聖杯を獲る方向に心が傾いていたのでそこを感じ取ったのかもしれない。
だが、だとしてもあの程度のことで会話を放棄しサーヴァントに銃を撃たせるようなマスターではどちらにせよ美遊を預けるに足る人間ではあるまい。
あちらから持ち掛けた会話であればなおさらだ。
341
:
『ただいま』はまだ言えない
◆/D9m1nBjFU
:2019/03/13(水) 11:55:38 ID:g18NNawM0
「正直、あそこで撃たれるとは思ってなかった」
「確かにわたしはあの時から聖杯戦争に乗り気になった。でもだからといってあの場でいきなりあの人を殺そうとしたわけじゃない。
第一、まだ彼女からほとんど何の情報も聞けてなかったのにそんなことをする意味がないし論理的に破綻してる。…信じて、サファイア」
ルリとの戦闘を終えたすぐ後、当然サファイアは美遊に真意を問うた。
美遊が他者に過剰なまでの警戒心を抱いていることはわかっていた故に、もしや本当にルリに殺意を向けていたのではないかという疑念もあったからだ。
しかしやはりというべきか、論理を重んじる傾向にある美遊だからこそあの場では警戒心や敵意はあっても行動に移すほど軽率ではなかった。
真に軽率と謗られるべきはやはりあのホシノ・ルリだった。幼子相手に一方的に情報を聞き出して用が済めば即射殺に移るとは。
一応、ルリとの会話から戦闘、そして美遊たちが戦域から離脱するまでの流れはサファイア自身の機能によって動画として録画・保存してある。
これは姉妹機であるマジカルルビーに搭載されているものと同じものだ。
元よりカレイドステッキはクラスカードを回収するために貸し出されたものであり、その記録を得るために有用な機能が同型機のサファイアに搭載されていないはずもない。
とはいえ今となっては戦闘の記録を確認する以外に用途があるとは思えないが。
いや、今の美遊と対話が成立して、かつ記録した映像を見て美遊に同情を示してくれるような都合の良いマスターでもいれば別なのだろうが、そんな者はいないだろう。
ともかく、ホシノ・ルリに関しては脱出を目指しているという言が虚であれ実であれ危険人物であることに疑いを挟む余地はない。
仮に脱出目的だとしてもその過程で他人の命について斟酌するとは到底考えにくい。
加えて彼女は方舟において警察機構に属している人間だ。美遊とサファイアで起こした先ほどの事件についても把握しているかもしれない。
テンカワ・アキトが陥れられた可能性に気づくことも有り得る。十分に注意が必要だ。
◆ ◆ ◆
思案しているうちに、新都と深山町を分けるちょうど境目まで出ていた。
今美遊たちがいるのはA-7、冬木市の最北端の上空を飛行して一日ぶりに深山町エリアへと戻ろうとしていた。
何故このような場所を通ることを選んだのか。その理由は冬木大橋にあった。
地理の関係上陸路で深山町と新都を行き来するには必ず大橋を通ることになる。
つまり現在アキトを追っているはずの警察NPCたちも深山町へ逃げ込まれる前に犯人を確保するために大橋で張り込んでいる可能性が高かった。
そこにノコノコと美遊が通りがかればたちまちのうちに補導、あるいは保護されてしまうだろう。どちらにせよ警察のお世話になるわけにはいかない。
さらに大橋が交通の要所であることを考慮すれば、時間帯も相まってアーチャークラスのサーヴァントが待ち伏せをしているであろうことは想像に難くない。
故に美遊は日が昇る前に空路で、冬木市の北端から深山町へと向かうのだ。
美遊自身も転身して空を飛んで、正確には「跳んで」いけば万一敵の狙撃があったとしても一護共々即応することができる。
「攻撃は……来ない?」
『そのようですね。とりあえずは無事に深山町側に入れたようです』
しかし結果としては杞憂に終わった。
少なくとも結果としては美遊たちが敵サーヴァントの狙撃を受けることはなかった。
一つ引っかかるのは一護が大橋の方を注視していたことだ。
こちらの探知では探り切れない距離の敵が彼には見えていたのだろうか?
「とにかく隠れられる場所を探そう」
342
:
『ただいま』はまだ言えない
◆/D9m1nBjFU
:2019/03/13(水) 11:57:01 ID:g18NNawM0
深山町に戻ってきたのはあくまで警察の捜索から逃れるためであって、エーデルフェルト邸に戻るつもりはない。
ルヴィアに心配をかけているであろうことは心苦しいが、だからといってNPCである彼女を聖杯戦争に巻き込むわけにはいかない。
そのため深山町で、日が昇りきる前に人目を避けて休息できる一時の拠点を求めていた。
空を飛んで移動するにも明るい時間帯は目立つリスクが増すためそう簡単には使えない。
美遊が降り立った場所はA-3、空路で一気に移動できる美遊の陣営にとって距離の長さは問題とならない。
通行人がいないこともあり、不意の敵襲に備えることを優先して転身は維持したまま周囲の探索を始めた。
何しろこのエリアは本選開始後はもちろん予選時代にも美遊の行動範囲から外れていたため訪れたことがない。警戒するのは当然だった。
「ここ、は……」
『美遊様?』
けれど、美遊はこの周辺の風景に奇妙な既視感を覚えた。
理由はわからない。けれどわたしは此処を知っている。知っている気がする。
知らず、サファイアの制止も無視して駆けだしていた。
「――――――」
そして見つけた。見つけてしまった。
のどかな住宅街の風景から置いていかれたように建つ、寂れた武家屋敷を。
打ち棄てられて時間が経っているのか、外からも朽ちかけているのがわかる。
表札は掲げられていない。誰も住んでいないのだろう。
『美遊様、一体どうしたのですか?』
相棒の声も耳に入ることはなく、そのまま邸内に進入する。
玄関、風呂場、台所、居間、客間……忘れ得ぬ日々の思い出を拾い集めようとするかの如く屋敷を巡っていく。
美遊・エーデルフェルト、いや、朔月美遊にとってこの武家屋敷は人生の多くを過ごした家だった。
美遊には衛宮切嗣に拾われる以前、生家である朔月家で過ごしていた頃の記憶が殆どない。
だから此処は彼女にとってのもう一つの生家だった。
いつしか、庭と土蔵を見渡せる縁側に足を運んでいた。
今でも鮮明に思い出せる。美遊と士郎が本当に兄妹になった夜のことを。
思い出せるのに、目の前にあるのはただの寂れ、朽ちた屋敷だった。隙間風だけが空しく通り過ぎていく。
水滴が落ちた。美遊の頬から零れ落ちた涙だった。
次いで堪えきれず膝から崩れ落ちた。サファイアの声も届かず、ただ嗚咽を漏らす。
この箱庭に兄・衛宮士郎は存在しない。
それは予選時代に学園の高等部に彼らしき生徒を見ないことやルヴィアからも一切話題に出ないことから察してはいた。
だから住人のいないこの寂れた武家屋敷は「衛宮士郎が存在しないifの世界」を再現したのであれば当然あり得る存在だ。頭ではわかっている。
けれど、美遊にとってこの光景はそれ以上の意味を持っていた。
過程こそわからないが、恐らく美遊の兄である士郎は何らかの方法でクラスカードを集めて自分の下まで辿り着いた。
そうしてイリヤのいる並行世界へ送り出してくれた。……けれど兄はその後どうなったのか?
出来るだけ考えないようにしていたことだった。
最愛の兄の願いに応えるためにも今を精一杯に、幸せに生きる。その思いを胸に新たな世界で生きてきた。
けれど、見たくもなかった現実を予想だにしていなかった形で突きつけられた。
恐らくエインズワースの本拠だったであろうあの洞穴に乗り込んで美遊を逃がした兄が無事でいられるだろうか?
そんなわけがない。当然、もう帰ることのない元の世界の武家屋敷だっていずれはこの方舟によって再現されたこの場所のように朽ちていくのだ。
いや、それだけでは済まない。
元より美遊のいた世界は滅びに向かって進んでいた。
命と引き換えに世界を救済するはずだった美遊が消えた以上、いずれは世界全てがこの武家屋敷のように朽ち果てるのみ。
誰かを救うということは他の誰かを救わないということで、美遊が救われたということは他の全てが救われなかったということだ。
343
:
『ただいま』はまだ言えない
◆/D9m1nBjFU
:2019/03/13(水) 11:57:48 ID:g18NNawM0
サファイアはただ困惑していた。
美遊がこの屋敷を見るや迷わず中に入っていってしまい、そして理由は不明だが今はこちらの呼びかけも耳に入らずただ泣いていた。
サファイアは美遊の過去を知らない。別段無理に詮索する必要もないと思っていたから。
しかし今の美遊の様子を見ればこの屋敷が美遊の過去と密接に繋がっていることは間違いない。
ただでさえ命の懸かった極限状況だというのにタイミングが悪すぎる。
『美遊様、美遊様!しっかりしてください!』
「あ、サファイア……?ごめん、わたし……」
ようやく返事を返してくれたが酷く憔悴した目をしている。
駄目だ。美遊当人に自覚があるかは定かでないがこの有り様ではとても戦うどころではない。
今他の主従に捕捉されるようなことがあっては不味い。とにかく隠れられる場所が今すぐ必要だ。
『美遊様、向こうに土蔵があります。ひとまずはあそこに隠れて警察の捜索をやり過ごしましょう』
幸いにしてこの屋敷の庭には人一人が隠れるにはうってつけの土蔵がある。
サファイアの提案に美遊は無言で頷き土蔵に移動、戸を閉めて座り込んだ。
もしかするとこの屋敷そのものから離れた方が良いのかもしれないが、サファイアにはこの屋敷と美遊の具体的な関係性がわからないため迂闊なことは言えない。
「…ありがとう、サファイア。ここなら多分大丈夫。
ここに目を向ける人は誰もいないから」
膝を抱えて座り込む。ようやく涙も止まり、思考力が戻ってきた。
霊体化しているが一護の存在も確かに感じられる。気遣ってくれていると思うのは考え過ぎだろうか。
図らずもここは当座の拠点とするにはうってつけだった。食糧や飲料水は十分あるし、他の主従はもちろんNPCもここに目を向けることはない。
唯一サーヴァントの気配を察知される可能性だけが気がかりではあるが、そんなリスクは何処にいようと付きまとうので仕方ない。
警察にしても深山町まで範囲を広げて捜索するのはまだまだ先の話になるはずだ。
一息ついてさらに思考を巡らせる。
やるべきことは明確だ。いや、この場所を訪れたことで明確になった、といった方が近いか。
―――聖杯を獲る。獲らなければならない。
方舟における聖杯が有機物であれ無機物であれ確かに願望器としての機能を有するのであれば真贋は問わない。
聖杯を手に入れ置き去りにしてしまった元の世界を救う。
自分が犠牲にならない限り不可能とされていた奇跡が手を伸ばせば届くところにある。
なら手に入れよう。きっとそれが救われてしまった者の義務であり責任だから。
そうすれば、あるいは兄もどこかで生きてくれていれば、救うことができる。
―――“自分”らしく付き合える人かな。面倒なこと考えず、素のままの“自分”で会える人。
―――そうだな――兄貴みたいな人だったよ、あたしにとってみれば。
「………っ!」
決意を固める。固めようとしているのに先ほど新都で言葉を交わしたあの女性の言葉が頭の中でリフレインする。
誰かは知らない。恐らくNPCだとは思うがそれでもあの女性の言葉が焼き付いて離れない。
聖杯を獲らなければならない以上、当然彼女の言葉だって振り払わなければならなというのに。
彼女はテンカワ・アキトを兄のようだと言った。
冷徹で勝機に貪欲なあの男にそんな一面があるなどとは信じ難い話だったが、女性が嘘をついていたとも思えない。
願いのために誰かを殺すということは、つまり他の誰かにとっての大切な人を奪う行為だ。
もしかするとあのホシノ・ルリにさえ彼女を大切に想う誰かがいるとでもいうのだろうか。
ピンとこないのは自分の人生経験が足りないせいだろうか?
344
:
『ただいま』はまだ言えない
◆/D9m1nBjFU
:2019/03/13(水) 11:58:32 ID:g18NNawM0
(……もしそうだとしても、関係ない)
そうだ。躊躇したところで聖杯戦争のルールが変わることは有り得ない。
何より自分は既に顔も知らない誰かを殺している。
予選でバーサーカーが斃したランサーにアキトに強要された令呪によってB-4へ向かったバーサーカーが討ったサーヴァント。
彼らにもマスターがいて、契約したサーヴァントを失った以上はマスターもとうに死んでいる。
直接顔を見ず、手を下さなかったというだけでわたしは既に殺人者だ。
ここで足踏みをして聖杯を手に入れられないなどということがあっては、自らが出してしまった犠牲が無駄になる。
だから進み続ける。それこそが唯一最良の道だから。
世界と兄の二つと天秤にかけるなら、わたしの個人的な感傷の何と軽いことか。
幸いにして見習うべきマスターがいる。
ホシノ・ルリ。あの女性の氷のような怜悧な眼差しは忘れようとしても忘れられるものではない。
彼女のライダーに撃たれた時は自分でもよくポーカーフェイスを保てたものだと思う。もちろんバーサーカーを信じていたこともあるが。
わたしに会話を持ち掛け必要な情報を得るや即座に始末に移ったあの冷徹さ、残忍さこそ今のわたしに必要なものに違いない。
彼女が善人か悪人かで言えば紛れもなく悪人だろう。しかも警察に属する以上その情報網さえも活用できる強敵だ。
だからこそ見習うべき点が多い。目的のためなら何であれ利用し何であれ切り捨て前に進む柔軟な思考力と意志力こそ重要なのだと彼女が示している。
その一点についてだけは、彼女との邂逅に感謝すべきかもしれない。おかげで進むべき道が定まった。
とはいえやはり危険な存在には違いない。
警察の情報網があるということは、戦いが長引くほど多くの情報が手に入る彼女が有利になることを意味する。
どこかで居場所の手掛かりを掴んで早めに倒したいところだ。
…そうなるとサファイアが言っていた、アキトの独り言の中に出たサナエなるマスターと接触を図るのが得策かもしれない。
アキトはサナエを指して自分のような子供を保護すると言い出してもおかしくないと口にしたという。
当然サファイアの自律行動機能を知らないアキトにとっては正真正銘の独り言だっただろう。だからこそ信じる価値がある。
サナエを利用すれば早期にホシノ・ルリを討伐する目途が立つかもしれない。
ともあれ今は雌伏の時だ。
今からの時間帯は登校、出勤で人通りが多くなるので出歩くのは上手くない。
登校の時間帯を過ぎて人通りが少なくなるまではこの土蔵でやり過ごすことにした。
「聖杯に辿り着く。辿り着かなくちゃ、いけない。誰を犠牲にしても、絶対に」
自身に言い聞かせるように呟き、固く膝を抱いた。
外はもう陽が昇る頃だけれど、この土蔵からはそれも見えなさそうだった。
【A-3 武家屋敷の土蔵/二日目 早朝】
【美遊・エーデルフェルト@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ】
[状態]健康、他者に対しての過剰な不信感 、魔法少女に転身中
[令呪]残り二画
[装備]普段着、カレイドステッキ・マジカルサファイア
[道具]バッグ(衣類、非常食一式、クラスカード・セイバー)
[所持金] 300万円程(現金少々、残りはクレジットカードで)
[思考・状況]
基本行動方針:『方舟の聖杯』を求める。
0.登校、出勤の時間帯を過ぎるまで土蔵に潜伏する。
1.全員で戦う。どれだけ傷つこうともう迷わない。
2.ルヴィア邸、海月原学園、孤児院には行かない。
3.自身が聖杯であるという事実は何としても隠し通す。
4.ホシノ・ルリは早めに倒す。そのためにサファイアから聞いたサナエというマスターを利用したい。
5. 今後は武家屋敷を拠点にして活動する。
[備考]
※アンデルセン陣営を危険と判断しました。
※ライダー、バーサーカーのパラメータを確認しました。
※搦め手を使った戦い方を学習しました。
また少しだけ思考が柔軟になったようです。
※テンカワ・アキトの本名を把握しました。
※サファイアを通じて「サナエ」という名のアーチャーのマスターがいると認識しています。
※アキトの使う転移の名称が「ボソンジャンプ」であると把握しました。
※ホシノ・ルリを悪人かつ危険人物と認識しています。また出会った際の会話や戦闘をサファイアが動画として撮影・保存しています。
【バーサーカー(黒崎一護)@BLEACH】
[状態] 健康、不機嫌
[装備]斬魄刀
[道具]不明
[所持金]無し
[思考・状況]
基本行動方針:美遊を護る
0.美遊を護る。
1.危険な行動を取った美遊への若干の怒りと強い心配。
[備考]
※エミヤの霊圧を認識しました
345
:
◆/D9m1nBjFU
:2019/03/13(水) 11:59:27 ID:g18NNawM0
投下終了です
前述の通り本SSはサーヴァントへの魔力供給に関する問題をはじめこの企画における設定面について踏み込んだ内容となったこと、原作で明らかになっていない設定について描写していることからまずは避難所へ投下し、皆様の意見を伺うべきと判断しました
以下に現時点における私自身の見解を記します
サーヴァントに対する聖杯のバックアップについては、一般人マスターのサーヴァントが描写上かなり動けていることに対する私なりの理由付けです
無論これはリレーを重視したことによって生じたことではありますが、今後も視野に入れてざっくりとでも何か作中における理由付けを行った方が気兼ねなくキャラを動かせるのではないかと考えました
次に上記の聖杯のバックアップに伴う美遊組への恩恵ですが、これは過去のリレーにおける美遊組の魔力消費に関する描写を参考にして描写しました
「サツバツ・ナイト・バイ・ナイト」で美遊がアキトにサファイアを奪われてから令呪で一護をB-4へ差し向けてから「少女時代「Not Alone」」で美遊の下まで帰還するまでの状態表において美遊が魔力消耗(小)のまま変化なし、一護が健康→魔力消耗(中)となっています
本SSにおける美遊の戦闘時における魔力消費の考察全般はこのリレー内容を基に私なりに作中に反映したものです
過去、議論スレで美遊と一護の魔力消費について議論があったことは承知しておりますが、本SSの内容が私なりの解釈となります
またサファイアに動画撮影・保存機能があると描写しましたが、原作ではこの機能はルビーの方にのみ確認されており、サファイアに同じ機能があるか否かは明言されておりません
故に本SSにおける描写は多分に独自解釈が含まれます
ただ私の解釈として、カレイドステッキがクラスカードの回収を目的として貸し出された以上戦闘の記録を保存するためにこうした機能があった方が自然ではないかと判断しました
少なくとも姉のルビーにある以上サファイアにはないと考える方がむしろ不自然ではないかと(ルビーの動画撮影機能も基本ギャグでしか使われていませんが)
最後に美遊、サファイアによるルリへの評価ですが、これは「近似値」において美遊とルリの会話から戦闘を経て美遊と一護が離脱するまでの間が一貫してキリコ視点でのみ描かれていたことを踏まえた上での同シーンでの美遊側の心情描写の補完となります
あくまでも「美遊とサファイアからはルリとキリコがこう見えていた」という程度の意味合いであり彼女たちのバイアスが強くかかったルリ評となります
長文失礼しました
皆様のご意見、感想等をお待ちしております
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