したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

なぜか消えない星屑のようです

1ブーン系の名無しさん:2014/03/21(金) 22:11:21 ID:dctwYSK2
ラノベ祭り参加作品

2ブーン系の名無しさん:2014/03/21(金) 22:13:18 ID:dctwYSK2
その女と初めて出会ったのは、アパートの裏に広がるこんもりとしたちっぽけな山でのことだった。

いうなればその山の裾野に広がる竹林の片隅に、私は腹を抱えて蹲っていた。
つい数時間前に友人宅にて大量に煽った酒にやられたのだ。
私の胃は帰宅する私を待ってなどいられずに、だいたいアパートが見えてきたあたりから不気味に蠢き始めていた。
周りに手ごろな公衆便所もないので、仕方なく私はその竹林に駆けこみ、
せっかく胃に収めていたあらゆるものを一生懸命に吐き出していたわけである。

一仕事終え、開放感を覚えつつ見上げた先には、澄んだ夜空と煌めく星々があった。
どことなく抒情的な感想が込み上げてきたが、形になろうとするまもなく吐瀉物の饐えた匂いに蹂躙されてしまった。
はやく部屋に帰ってシャワーでも浴びよう。明日は一日休みなんだ。ぐっすり眠ってしまおう。
そう思い、私は再び入口の方へと振り向こうとする。

そのとき、視界の端で何かが光った。
竹林の中、なだらかな山の中腹の方である。

私は入口に向かっていた身体を再び山の方へと戻し、首を傾げた。
誰かがこの竹林の中にいるというのか。
まさかこの猫の額のような山で迷っているわけではあるまい。
近くの公道の街灯もギラギラと輝いているので、帰り道を求めて懐中電灯で彷徨う必要さえない。
ならばどうして光が見えたのだろうか。

興味本位から、私は竹林の奥へと足を進めた。
竹の間を縫い、雑草を踏み倒していく。
道は勾配を少しだけ大きくしたが、老人にも優しいと思われる程度だったので、
まだ20歳そこらの、しがない一学生風情のくせに体力だけは一丁前な私の支障にはならなかった。

3ブーン系の名無しさん:2014/03/21(金) 22:14:33 ID:dctwYSK2
そうこうしているうちにも光は何度か放たれていた。
微かな光が数回起こっては、消えていく。
まさか竹でも光っているのかと思ったが、どうも光の方は固定されておらず、
高い方から低い方へと一定の軌道を動いているようだった。
光る玉のようなものが、ボールのように放られているのかもしれなかった。

やがて私は竹の密度が疎になる場所に辿り着いた。
自然の中で偶然できた広場だ。
そこには小さな断層があるらしく、膝丈ぐらいの段差があった。
私のいる側が下。山の頂上へ向かう側が上。

そして彼女は、上にいた。
私は彼女を見上げる形となった。

もっとも弱々しい月明かりの元ではっきり見えたわけではない。
よく見ようと目を凝らす前に向こうの方で「きゃっ」と叫び声があがり、
その声が男にしては高すぎることから、その時初めて相手が女性だと判断できた。

それも、どうやら私より数歳年下の女性のようだ。
暗がりに慣れてきた私の目が捉えた彼女の容姿はまだ幼さを纏っていた。
どう見積もっても20歳には満たないだろう。
年下の、高校生くらいだろうか。

4ブーン系の名無しさん:2014/03/21(金) 22:16:08 ID:dctwYSK2
とにもかくにも、一人の女性がこんな夜中にうろうろするのは危険だろう。
だから私は彼女に話すべく、「おい!」と一声かけた。

ところが、彼女は返事などせず、息を吸い込んでいた。
何事だろうと見つめていると、突然彼女の上半身がしなり、私に顔を振り向けた。
その途端、私の視界は強い光により奪われた。
彼女はその口腔から光る何かを吐き出したのである。

思わず目を閉じた私のおでこに鈍い感触が走った。
石でもぶつけられたかのような感触で、血でもでたんじゃないかと心配になり、手で確かめる。
幸い流血はしていないようだった。
その間に草を踏み走る音が聞こえてくる。
恐る恐る目を開くと、彼女はすでにいなくなっていた。
先ほどの音は彼女が逃げた音だったのだろう。

呆然としながらも、私は自分の身辺を確かめた。
先ほどの光はいったいなんだったのか。
彼女は私になにを吹き付けていたのか。
気になって痕跡を探ると、すぐにそれは見つかった。

私の足元には、五つの角を持った星が落ちていた。

5ブーン系の名無しさん:2014/03/21(金) 22:17:25 ID:dctwYSK2
蛍のような儚い光が、内部の中央から発せられている。白い光だ。
先ほど私の目を潰したものと比べると微かな輝きだったので疑問だったが、次第次第に弱まったとも考えられた。
何よりも、それを実際に手に持ってみた感触は、まさに石と同じであった。
私のおでこがちくりと痛んだ。痛みさえなければ夢だと片づけていたかもしれない。

(=゚д゚)「なんだ、これは」

なんだとは、私にぶつかった星に対してでもあったし、その場で起こった出来事全体に対してのことでもあった。
私の頭はすっかり混乱していた。
しかしここにいても何もないだろう。

やむなく私は、手に持った星をぐるぐる手の中で回しながら、アパートの入口へと向かうことにした。

酔いはすでに醒めていた。

こうして私は、星を吐く女と出会ったのである。





     ★     ★     ★

6ブーン系の名無しさん:2014/03/21(金) 22:18:38 ID:dctwYSK2
「よう、旦那。朝ですぜ」

突然声を掛けられて、私は鈍く目を開けた。枕元の目覚まし時計は七時を指している。

(=-д-)「……随分早いな」

「日は昇ってますんでね」

(=-д-)「もう春休みなんだよ」

苛立ちながらも、私は再び目を閉じた。
余計なことしやがって。
ただでさえ疲れているんだ。
昼まで動かないでいても誰にも迷惑はかけないだろう。
もう一度深く眠りにつくとしよう。
頭の中ではスムーズに睡眠に誘われていく。

「おい旦那。あんた寝ぼけてるな? 思い出してみろよ、本当に起きなくていいのか?」

やかましい声が耳を突き刺し、眠りを邪魔してくる。
寝ぼけているかもしれないが、起きる理由はない。
思い出せと言われても、今日は大学の授業も友人との約束もなかったはずだ。
無論、彼女に呼び出される所以もない。そもそも私は独り身だ。

7ブーン系の名無しさん:2014/03/21(金) 22:19:53 ID:dctwYSK2
思い出す――そういえば昨日の夜は不思議な目にあった。
見ず知らずの少女に星をぶつけられたのだ。
思い出したらおでこがまだ痛む気がした。
痛みは錯覚だとしても、昨夜の出来事は本当だ。
現に私にぶつかってきた星もあった。帰宅して机に置いて、そのままである。

それより前は友人の家で飲んでいた。
もともと彼の家には私的な家庭教師として赴くことがあった。
もちろん彼に対してではなく、彼の妹に勉強を教えに、である。
昨日もその一環だったのだが、彼の母親の計らいで夕食を賜ることになった。
娘の勉強の件もあるし、独り暮らしの私の食生活を案じたのでもあったらしい。

夕食が終わるころ、彼の父親が帰宅した。
その手には会社の取引先から貰い受けたらしいたいそう高級な酒が掲げられていた。
彼の父親が心優しくも、偶然その場に居合わせただけの私を晩酌に招待してくれた。
私は餌を与えられた子犬のように目を輝かせて何度も頷いた。
後にお酒どころか、その日の夕食さえ竹林にぶちまけることになるなんて当然予想できていない。

と、ここまで思い返したところで違和感が私の脳をつついた。
なんだろう。
その違和感の正体を探ろうとしていたら、耳にまたあの声が聞こえてきた。

「旦那、郵便受けに新聞が届いてましたぜ。ここに置いておきますんで」

8ブーン系の名無しさん:2014/03/21(金) 22:21:10 ID:dctwYSK2
勝手にすればいいだろうと心の中で毒づく。
人がせっかく頭を働かせようとしているのに、またこいつは邪魔を。

まてよ、と私は思う。
そもそもこいつは誰だ。
私は独り暮らしのはずだ。
知らない人がこの部屋にいる?

嫌な汗が一挙に吹き出し、私は喚きながら上半身を跳ね上げた。
「誰だお前!」と叫びつつ、目を見開いて首を振る。
しかし、予想していたような人影はどこにも見当たらない。
状況が呑み込めず、私は目を数回瞬いた。

誰もいないわけがない。私は確かに声を聴いていた。
新聞だって枕元にある。私にはまるで覚えのない、今日の日付の新聞が。

そこまで意識が向いたところで、新聞の端を蠢く何かがあるのに気付いた。
天気予報の項目の近くだ。
灰色なので新聞と同化して見えたらしい。
影もあるので、動くとすぐに何かがあるのがわかった。

9ブーン系の名無しさん:2014/03/21(金) 22:22:26 ID:dctwYSK2
☆「今日も冷え込みますねえ、気を付けねえと」

声は、明らかにそれから聞こえてきていた。
それは喋っていた。
灰色の――星である。

昨日拾ったはずの彼は、どうやら今天気予報を見ていたらしい。
二本の棘を脚に見立てれば顔を下に向けている態勢だ。
そう見えないこともない。

やがて彼はしなっていた腰を反らし、上方を剥いている棘の面を向けた。
人間らしく言えば、顔を向けた。
目も鼻も口もない、のっぺらぼうの星の顔。

(=;゚д゚)「うっひゃあ」

我ながら情けない叫び声だったと思う。
こればかりは擁護のしようがない。
しかし現実として私は意識が飛ぶほどに驚き、そして一気に布団へと倒れこんだ。
視界が黒くなり、混乱に飲み込まれようとする間、
「旦那! しっかりしなせえ!」といういやに軽快な声だけが届いていたが、やがてそれも聞こえなくなった。

10ブーン系の名無しさん:2014/03/21(金) 22:23:47 ID:dctwYSK2
やっとのことで目を覚まし、星が動いて話しかけてきているという事実と
向き合えるようになったのは10時ごろのことだった。
日は揚々と南天目がけて進行している。
世の中の大抵の人も既に目を覚ましているだろう。
酔いつぶれた人は大抵寝ているだろうが、私は起きて、星と向かい合っていた。

(=゚д゚)「お前は何だ」

私は星に問いかけた。

☆「さあ」

(=゚д゚)「さあじゃないよ。答えてくれよ」

☆「本当に知らないんでい。あっしはいつの間にかここにいましたんで」

星はひらひらと手を振って、否定の意思を示した。
思ったより柔らかい材質なのかもしれない。

(=゚д゚)「昨日のことは覚えてないのか?」

☆「わかりゃしませんよ。あっしは生まれたてでしたんでね。旦那も、赤ん坊の頃なんか覚えてやしないでしょう?」

道理と決めつけるには納得いかない点が多々あったが、
ここで立ち止まっていてもしかたないので私は渋々頷き、話を続けることにした。

11ブーン系の名無しさん:2014/03/21(金) 22:25:21 ID:dctwYSK2
(=゚д゚)「結局、星さんよ、お前は自分が何ものかはわからんと」

☆「へい」

(=゚д゚)「それじゃ、お前を吐き出した奴のこともわからないか?」

☆「それは……もしかして女の子のことですかい?」

やや間をおいてから、星さんは答えてくれた。

(=゚д゚)「覚えているのか!?」

勢いづいて詰め寄ったものの、星さんは「ええと」と口を濁らせた。

☆「覚えているわけじゃねえんです。ただなんとなく、寂しい少女だなっていう覚えがあるんです。
 本能的に刷り込まれているんじゃねえですかね」

歯切れ悪く答えると、星さんは申し訳なさそうに片手で頭をかいていた。

(=゚д゚)「寂しい少女だったのか、あいつは?」

☆「はあ、なぜかはわからんけども、そういう気がするんです。当然なんで寂しいのかはわかりやせん」

私は唸って考え込んだ。
これ以上得られる情報はないだろう。
なぜだかわからないけど寂しい少女の口から吐き出された星さんは、少女のことを詳しく知らない。
もっと知るためには少女に会って聞くしかない。

12ブーン系の名無しさん:2014/03/21(金) 22:26:40 ID:dctwYSK2
☆「旦那、渋い顔しなすって、大丈夫ですかい? あっしはお役に立てそうですかね?」

星さんが控えめに言う。
私は気まずくなって頬をぽりぽりとかいて、それから答えた。

(=゚д゚)「何も知らないよりは幾分ましだよ。ありがとう、星さん。呼び方これでいいよな?」

☆「おうってもんでさあ!」

そう元気に応えて、星さんは大きく頷いた。
見た目ではわかりにくいが、どうやら喜んでいるらしい。
可愛げがないこともない。

私と星さんはそれから小一時間ほど相談しあい、今宵またあの山へと足を運ぶことに決めた。
もし会えないならまた次の日も、その次の日も登ってみる。
私の記憶も星さんの記憶も曖昧なので、易々と人探しもできない。
少女とコンタクトをとるためには、今のところそれしか方法がなかったのである。





     ★     ★     ★

13ブーン系の名無しさん:2014/03/21(金) 22:27:49 ID:dctwYSK2
それから数日間、私は彼女に会おうと努力した。

彼女が星を吐く姿は、竹林の隙間からたびたび見ることができた。
夜更けにキラキラ輝くので容易に気づくことができたのだ。
ほぼ二、三日おきに彼女はあの崖に立ち、身を屈ませて星を吐く。
光の滝が口から発せられるが、地面に触れる頃には輝きを失って消え去ってしまう。

てっきり星さんのような謎の生物が量産されるものだとばかり思っていたのだが、私の認識は改められた。
星さんは特別な存在らしい。

このように、彼女を見つけることは簡単にできた。
しかし近づくとなると難儀であった。
わずかでも物音がすれば彼女はすぐに身を隠してしまうのである。
まるで小動物のような身のこなしであり、私は何度も舌を巻いた。

彼女は何度も逃げた。
最初に逃げられたときは、もうここに来ないかもしれないと思って残念にも感じたのだが、
彼女は臆することなくやってきて星を吐き続けていた。
私が不思議に思いながらも近づくと、また逃げてしまう。
この繰り返しであり、彼女の目的は依然として不明なままであった。

14ブーン系の名無しさん:2014/03/21(金) 22:28:52 ID:dctwYSK2
そうこうしているうちに、私は一つの作戦を思い付いた。
崖の上にある木の陰に隠れて待ち伏せをするというものだ。
崖の淵に歩み寄った彼女をやり過ごすことができるのではないかと踏んだのである。

果たしてその作戦は成功した。
彼女は何事もなく崖へと歩んでいき、私には目もくれず、いつものように星を吐き始めたのである。
普段は口から発せられる光のせいでよく見えていなかった少女の後ろ髪を見つめながら、
私はじりじりと息をひそめて彼女に近づいた。

傍から見れば犯罪めいて見えたかもしれないが、憚る気にはならなかった。
夜中なのだ、どうせ誰も見ていない。
逸る気持ちをどうにか静めつつ、私は彼女の背中をちょいと叩いた。
割れ物に触るときの気分そのものであった。

彼女の反応は予想以上だった。
「ぎゃあ」という立派な叫び声を張り上げた彼女は、瞬時にその身を翻して私の顔面に腕を振り向けてきた。
パーではなく、グーだ。

私は鼻を強かに打ち付けられた。
血の匂いが鼻腔に噴出し、口にもその味が届いた。
彼女の攻撃をもろに食らうのはこれで二度目であった。

15ブーン系の名無しさん:2014/03/21(金) 22:30:02 ID:dctwYSK2
ξ゚⊿゚)ξ「ごめんなさい!」

謝ってきたのは彼女の方である。
私は滲む視界に、頭を下げる彼女の姿がぼんやりと浮かんでいた。

(=+д+)「いや、こちらこそ突然すまない」

痛みは残るものの、だんだん視界もはっきりしてきた。
彼女を見据えて私は言葉を続けた。

(=゚д゚)「しかし君こそ、こんな夜中に何をやっているんだ? もう随分長いこと星を吐き出しているようだが」

私の言葉を受けて、彼女は「え?」と目を見開いた。

ξ゚⊿゚)ξ「どうして知っているんですか?」

(=゚д゚)「見ていたんだよ。ほら、これ」

私が胸ポケットから取り出したのは、灰色にくすんだ星さんだった。
彼女はまじまじとそれを見つめ、「これが何か?」とでも言いたげな顔で私を見上げた。

(=゚д゚)「君が吐いた星だよ。こいつが私にぶつかってきたんだ。それで君も見つけた」

☆「そうだぜ、お嬢ちゃん」

16ブーン系の名無しさん:2014/03/21(金) 22:31:11 ID:dctwYSK2
喋りだした星を、彼女はぎょっと見つめた。
しかしすぐに、困惑した顔が私に向けられた。

ξ゚⊿゚)ξ「え、でも、私の星は出したら消えちゃうはずですよ? なんで残っているんですか? しかも喋っているし」

(=゚д゚)「なんでと言われても……わからないのか?」

まさかという思いで問いかけたが、彼女はあっさりと首を縦に振ってしまった。
私は落胆の溜息をついた。

(=゚д゚)「それじゃあ、君はなんで星を吐いているんだ?」

ξ;゚⊿゚)ξ「それは……」

彼女は不自然に言葉を濁らせた。
私は不安な気持ちになった。

(=゚д゚)「まさかそれもわからないのか?」

ξ;゚⊿゚)ξ「わからない……いえ、なんとなくはわかっているんです。理屈はわからないんですけれど」

自信なさそうに前置きをしてから、彼女は説明をした。

17ブーン系の名無しさん:2014/03/21(金) 22:32:31 ID:dctwYSK2
ξ゚⊿゚)ξ「たとえば、嫌なことがあったり、むしゃくしゃしたり、
 そういうときにここに来て、思いっきり口を開いて、その、出すんです。
 声を出さずに叫ぶみたいにするんです。そうしたら、星が飛び出していくんです。
 全部出て行っちゃうとすっきり気持ちよくなるんですよ。
 私もすっごく不思議に思っているんです。でも仕組みはわかりません」

ξ゚⊿゚)ξ「そういう病気みたいなものです。
 高校生になったころからできるようになって、
 でも家や人前でやるとみんなびっくりするだろうからできなくて。
 それでこの場所に来てこっそり吐いていたんです。
 出した星が、まさかちゃんと人にぶつかるなんて思っていなくて……」

そこまで言って、彼女はちらりと私を見、「ごめんなさい」と一言添えた。

私ももう彼女を責める気にはなっていなかった。

誠実に謝っている以上、彼女を恨む必要もない。
それに、彼女の説明からすれば、彼女は嫌なことを発散するためにこの行いをしていたのだろう。
彼女の説明を聞いて、私は星さんの彼女に対する説明を思い出していた。
あの子は寂しい女の子。

(=゚д゚)「もう頭は下げなくていいぞ。それと、何かあるんなら言ってみな。聞いてやるから」

何やら嫌なことがあって、寂しい目にあっているというのならば、この子はただの憐れな少女にすぎないのだろう。
そうであれば、ひとまず話を聞いてやろうではないか。
人間、話してみれば案外すっきりするものだ。
星吐きに病みつきになるよりは健全に、彼女を諭してやるべきだろう。
そんな憐れみと親切心が私には沸き起こっていた。

18ブーン系の名無しさん:2014/03/21(金) 22:33:50 ID:dctwYSK2
ξ゚⊿゚)ξ「いいんですか?」

彼女は私を見つめて言った。
口調は真剣そのものだった。
その眼差しに、私はにっこりと微笑み返した。
精一杯の慈愛の表現である。

彼女はすぐに顔を綻ばせた。
よほど話し相手がほしかったのだろうか。
彼女は私の横にしゃがみこんで話を始めた。

ξ゚⊿゚)ξ「私、実は高校で孤独なんです。いじめ、って言っちゃっていいと思うんですけど――」

私は彼女の横に座り、星々を見上げつつ話を聞いていた。
クラスメートに蔑ろにされること、陰口を叩かれること。時として暴力を振るわれかけること。
綴られる話はなかなかに凄惨な内容であり、時折彼女の顔にも翳りが差した。

彼女のそんな仕草も納得できる。
私だったら話すのも躊躇う内容である。

19ブーン系の名無しさん:2014/03/21(金) 22:35:00 ID:dctwYSK2
今時の高校生はこうも軽々と非道を行えるものなのか。
少しばかり年が離れているだけで、これほどまでに秩序は乱れ、モラルは崩壊してしまうものなのか。
彼女のいる環境が特殊なのかもしれないが、私の受けた衝撃は計り知れなかった。
私は彼女の受けた苦痛を想い、胸を痛めた。

もはや星をぶつけられた痛みなどどこかへ素っ飛んでしまっていた。
話が終わる頃には涙さえ湛えていた。私は彼女をすっかり信頼しきり、安易な慰めの言葉しか思いつかない自分を恥じた。

(=;д;)「そうか。君はそんなに辛い目に会ってきていたのか」

☆「うう、あっしも涙が止まらねえです」

胸ポケットで星さんも嘆いていた。
どこが目なのかわからないが、のっぺりとした顔の表面が湿っていた。
それが彼なりの涙なのだろう。
星さんは手の部分を器用にくねらせて、表面の水滴を拭っていた。
私もまた目を腕でこすっていた。

ξ゚⊿゚)ξ「お話、聞いてくれてありがとうございます」

彼女は小さな声で謝辞を述べた。
それから「あの……」と、身体をもじもじさせつつ言った。

20ブーン系の名無しさん:2014/03/21(金) 22:36:13 ID:dctwYSK2
ξ゚⊿゚)ξ「私、まだまだ弱いから。だからこれからも、ここに来て星を吐いちゃうと思うんです。それでも、いいですか?」

(=;д;)「もちろんいいとも。もう何も言わないさ。好きなだけ吐けばいい」

私はつらつらと本心を述べた。
思えば自分はなんて狭量だったのだろう。
たかが星をぶつけられたくらいで何を怒っていたのだ。
星を吐くのも、理屈はわからないが事情があるならそっとしておけばいいじゃないか。
私が夜中にこの竹林を通ることになったら、気を付ければいい。それだけのことだ。
我慢すべきは私の方なのだ。彼女には、気の済むまで好きにやらせればいいのだ。

ξ゚⊿゚)ξ「ありがとうございます。それじゃ、今日はこれで、おやすみなさい」

彼女は控えめながらも、先頃よりは数段明るい調子で別れの挨拶をした。
無邪気なその声に、私もまた「おう」と爽やかに答えた。

彼女は竹林の先へと行ってしまった。
公道の方である。
彼女の家がそちらの方にあるのだろう。

素直ないい子だった。
私の感想を集約すればこうなる。

21ブーン系の名無しさん:2014/03/21(金) 22:37:19 ID:dctwYSK2
☆「旦那、そろそろ部屋に帰りましょうや」

胸ポケットの星さんが急かした。

(=゚д゚)「そういえば、お前は消えないのか?」

☆「さあて、あのお嬢さんも知らないようですし、さっぱりでい」

お手上げとばかりに、星さんは両手を凹の字に曲げた。
肩があれば竦めているのだろう。

私は仕方ないのでまた星さんを連れていくことにした。
私の暮らす、アパートのあの部屋へ。

私と星を吐く女は、こうして出会い、そして別れた。
接点など無いのだから、これが普通である。少し変わった出会いをしたというだけだ。

ところが、私と彼女は再び出会うことになる。
数回にわたって。
そして私は思い知らされるのだ。
私は彼女のことを、何もわかっていなかった、と。





     ★     ★     ★

22ブーン系の名無しさん:2014/03/21(金) 22:38:32 ID:dctwYSK2
数日後のある日、私は大学内の小ホールを訪れていた。
教室が並ぶ廊下の端にある、黒い観音扉で仕切られた部屋だ。
普段大学で講義を受けるだけの学生たちは、この小ホールの存在すら知らないだろう。
見たことはあっても、その厳かな佇まいから、近づこうとは思わない。

しかし、その中は案外穏やかだ。
橙色の照明が暖かみをふりまいており、木造の机や椅子、床や梁などと調和しているからだろう。
聞いた話だと、このホールは大学創始の頃にはすでにあったらしい。
代々演劇部の人たちが、このホールを劇場として大切に使ってきた。
その歴史の香りが内部に充満しているわけである。

そして、私が見ているのも演劇部の劇であった。
ウン十年前の先輩方と同じように、ホールに並べられた長椅子に座って壇上を見つめる。
このように記述すれば多少は趣が感じられるかもしれないが、
目の前で展開されているストーリーの珍妙さが同程度であったかはわからない。

壇上では、俳優の男子学生がセーラー服を着て立っている。
女子高生の専売特許であるはずのそれが
きつそうに表面を張っている痛ましいさまから、私はどうしても目を離すことができなかった。
そんな、一観客である私の内情など知る由もなく、壇上の彼は両手を広げて天を仰ぎ、声を荒げて嘆いていた。

「ああ、神よ。私とはいったい何なのでしょうか」

23ブーン系の名無しさん:2014/03/21(金) 22:39:30 ID:dctwYSK2
こっちがききたい、そんな突っ込みが天界から降り注ぐ気がしてならなかったが、
思いの外ストーリーはオカルトには走らず、ひたすら真面目に堅実に展開していった。

主人公であるらしき彼が汗を撒き散らしつつ自我に纏わる哲学的お題目を熱弁するが、
ぴちぴちのセーラー服が全てのシリアスを蹴散らしていく。
探求と破壊、自我の本質にこれでもかと肉薄する学生演劇を、私は口を鯉のように開けて眺めていた。

誘ってくれた友人には大変申し訳ないが、私は話のひとかけらも理解できていなかった。
途中の数分間眠っていたせいもあるかもしれない。
とにかく若く、突き抜けるような劇であることだけはわかった。
だからこの演劇は、ただの春休みを持て余した大学生である私が見るべきものではないのだ。
もっと若さを見たいと思っている、中年や壮年、老年の人々にこそ見せるべきなのだ。
もっと、失われた若さの幻影に胸を熱くしてくれるような人たちに。

思考の中で提案しているうちに、私はいつの間にやら再び眠りに落ちていた。
慌てて目覚めたときにはすでにカーテンコールの場面であった。
たくさんの学生たちが観客に向けて頭を下げている。
こんなに登場人物がいたのかと驚かされた。

24ブーン系の名無しさん:2014/03/21(金) 22:40:41 ID:dctwYSK2
( "ゞ)「今日は来てくれてありがとうな」

周りの観客が帰り支度を始める最中、聞き覚えのある声がした。
振り向くと私より頭一つ大きい男だった。
身体つきはやせ細っており、上に伸びることだけを考えて生きている植物を想起させる。
顔も細く、目も細く、狐と揶揄されることもかつてはしばしばあった。
名を関ヶ原デルタという。
この学生劇団の俳優の一人であり、中学時代からの私の友人でもある男だった。

(=゚д゚)「随分と複雑な内容だったな。途中で置いてけぼりを食らったよ」

眠っていたことを暴露しないのは、私なりの優しさである。

( "ゞ)「それはすまなかったね。今回の脚本担当が哲学科で、最近エリクソンに熱を上げているんだ。
 日本に蔓延る『自我』と『アイデンティティ』の混同を晴らすと息巻いていた結果がこれさ。
 まあ、好き勝手にやれるのがうちの流儀なんだ。そう考えれば全然的外れともいえない。
 むしろ全力で好き勝手やってくれやがったと言える。勇ましいことだね」

言っている間に、デルタは自分の肩に貼りついている粘着性の何かを剥がしていた。
なぜスライム状の物体が肩に貼りつく展開になったのかはわからなかったが、
下手に墓穴を掘りたくないので、私はできる限りの憐れみの視線を送るに止めておいた。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板