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仮投下専用スレ・第2部

1 ◆yxYaCUyrzc:2016/01/06(水) 20:03:59 ID:1kUrfHtI
作品は完成したんだけどいきなり本スレに投下できるほど自信がない……
いろんな人の意見を聞いてもっといい作品にしてから改めて本スレに投下したい!

……そんな人のためのスレッドです。
修正用スレ(本投下した作品をwikiに掲載する時の修正箇所の明記するスレ)
転載用スレ(本投下の最中に規制されてしまって以降のパートを投下するスレ)
これらと混同の無いよう注意してご利用ください。


前スレの1000到達に際し新スレ立てました。ご活用ください。

2火蓋 その1 ◆yxYaCUyrzc:2016/01/06(水) 20:06:55 ID:1kUrfHtI
例えば――『地球を破壊する可能性がある怪物』がいたとして。

ある人はそれを『悪魔』だの『死神』だのと呼ぶが、
別の人たちは『エロいタコ』とか『先生』とか呼ぶ。

どちらも正しく、どちらも違う。
要するに――見る側の立場の違いなんだろうけども。

今回の話もそういうところがあるかもしれない。
そうじゃないかも知れない――これも価値観の違いだが、言い続けてもキリがないか、早速始めるとしよう。


●●●


「おい」
ぶっきらぼうな声がした方に顔を向けた僕を待っていたのは、呆れたような表情だった。

「行くぞ、今からじゃあ遅いくらいだ。サッサとしろ」
愚痴をこぼす時間も惜しいと言わんばかりに立ち上がりながら荷物をまとめるプロシュートさんに思わず問いかける。

「プロシュートさんは……今の放送を聞いて何も感じないんですか」
「ああ」

一瞬とも言えないほどの即答ぶりに僕の不安や焦りと、ほんの少しの怒りが溢れてきた。
「なんでッ……千帆さんが無事だったことも!
 主催者同士でなにかトラブルがあったことも!そのせいで禁止エリアがわからないことも!
 ――プロシュートさんには関係ないって言うんですかッ!?」

一息でまくし立てた僕のもとにズカズカと歩み寄ってきたプロシュートさんが思い切り襟首を掴んできた。グイと顔が近づく。
少しだけ細められた目には色々な感情が渦巻いているようで、でも何も感情なんか無いようで、吸い込まれそうな眼差しだった。
小さくため息をついたプロシュートさんが僕の質問に質問で返してくる。

「おい――お前がやらなきゃあならねー事は一体何だ?」

3火蓋 その2 ◆yxYaCUyrzc:2016/01/06(水) 20:08:37 ID:1kUrfHtI
「え?」
「言ってみろ」

反論を挟ませない勢いに気圧される……ことも許されない。掴んでいる手は緩むどころか力を増した感じがした。

「このゲームを破壊して」


パァンッ!


乾いた音が僕の頬から響いた。きっと彼は全力で僕の頬をひっぱたいたのだろう。
じんじんと痛む頬をさすることも出来ず、今のでバオーに変身しなかったことに疑問を持つ間も与えず。
プロシュートさんはこう言った。

「テメェが今一番にやらなきゃあいけないのは『ワムウと決着つけること』それだけだ。
 ハッキリ言えば、主催者がどうのだの、ゲームをひっくり返すだの、ンな事ぁテメェがやらなくても構わねえんだ。
 どうせどっかの正義感に溢れるバカ共が勝手にやってくれらあ」

「……そんな」

「だがなッいいかッ!
 『これ』は“おめーじゃなきゃあ出来ねーこと”なんだよ!橋沢育郎ッ!
 俺がいるからとか、千帆がいるからとかも関係ねェ!
 自分で決めたんだろ!そう俺に言ったよな!クソッタレが!フラフラしてんじゃあねーッ!」

ドスのきいた声が、それこそドス(短刀)のように僕の胸に突き刺さる。
言い切ったプロシュートさんは、自分のガラじゃないことを言いすぎたと思ったのだろうか、舌打ちをしながら僕を突き飛ばして再び荷物を手にとった。

「――すみませんでした。
 そうです、僕はもう迷いたくありません。
 ワムウと決着をつけて――僕の成長を、強さを証明してみせます。
 そして、その『僕』がこのバトル・ロワイヤルを破壊してみせます」

「……行くぞ」
「はいッ」


●●●

4火蓋 その3 ◆yxYaCUyrzc:2016/01/06(水) 20:10:15 ID:1kUrfHtI
「――行くぞ」
「はい」

即答した私の方をワムウさんは少し怪訝そうに振り返った。
「ほう……?人間の女子供のこと、戦いに行くなだの、殺しはするなだのと喚き散らすものと思ったものだが」

あっ、そういう事だったのか――そうだよね、普通の女の子はそういう事言ったりするかも。

でも。

少し息を吐いて、ゆっくりと私は思いを伝える。
「そんなこと言っても聞いてもらえるとは思えませんし、かと言って私には力ずくでワムウさんを止められる事は出来ません。
 それに、誰にだって『ここだけは譲れないところ』ってあると思うんです。
 私にとっては“小説”だし、ワムウさんにとっては……“戦うこと”でしょうから」

「……続けろ」
「えっ、あっ、はいっ。
 えと――だから、確かに目の前で人がケンカ……戦ったりしてるの見るのは私も嫌です。
 その結果……その、死んじゃったりとか殺しちゃったりとか、そういうのも、本音では見たくもありません。止められるものなら止めたいですよ。
 でも、その人にとってはそれが何よりも重要なことで、それを奪ってしまったらその人がその人でなくなってしまうような、そういうことはもっと嫌なんです。
 私も、自分自身が小説を失ったら何者でもなくなってしまうような錯覚、してしまうでしょうし」

……言っていてなんだか支離滅裂になってきたかも。
それでもワムウさんは静かに私の意見を聞いてくれてる。それが妙に安心する。
ちょっとだけ間を空けて、私は最後の言葉を吐ききった。

「ワムウさんにも、きっとそういうところ、あると思うんです。
 だから、私がついていくことも、否定しなかったんでしょう?」

そう問いかけたところで私の話が終わったと認識したワムウさんは、フンと鼻を鳴らして前を向き直してしまった。
答えは聞けなさそうだな……照れてるのかな――そんな訳、ないか。

「俺は戦う事しか知らんし、それ以外の事は出来ん。
 だが……戦っているのは俺だけではない。
 俺も、あの育郎とやらも、プロシュートとやらも。
 俺の価値観で言えば、先の放送で死んだスティーブン・スティールという男もそうだ。
 
 そして、勝者であろうが敗者であろうが、戦うものに、戦ったものには敬意を示す。

 ――お前とて例外ではない」

言い終わると同時に大股で歩き始めてしまうワムウさん。
慌ててカバンを担ぎ上げる。
さっきまで腰掛けていた石をちょっとだけ振り返り、小走りでついていく。

そうだ。私は、私達は。
これから戦いに行くんだ。


●●●

5火蓋 その4 ◆yxYaCUyrzc:2016/01/06(水) 20:13:33 ID:1kUrfHtI
「来たか」
ワムウと千帆をきっかり自分の30メートル手前で静止させ、プロシュートが口を開く。
そして、そのプロシュートを挟むようにして、こちらもきっちり30メートル先に、橋沢育郎が立っていた。

「さて――千帆はまだそこにいろ」
「……はい」
二人の短いやりとりの間、対峙する二人の男は相手の顔から視線を逸らそうとはしない。
その様子を確認したプロシュートが再び言葉を紡ぐ。

「ハッキリ言っちまえば……この瞬間に俺らがこの場にいる理由はなくなった訳だが。
 そんで怪物2匹をほっぽり出して、いずれその決着を他人あるいは本人から聞いたとして。
 ――そんなもん、俺には納得出来ねー」

静かな夜の路上に、ゴクリと唾を飲み込む音がひとつ。
それが誰のものかはわからない。

「さっきの戦いは、アイツが勝ちました、こうこう、こーやって、ソイツを殺しました。
 ハイそーですか……だと?フザケるんじゃあねー」

誰も口を挟まない。次の言葉を待つように、期待しているかのように。

「まったく、自分でも何言ってるかわかりゃあしねぇが……
 要するに、お前らのアホくせぇ戦士としての誇りだ何だに――感化されちまったみてーだ。
 
 だから『お前ら二人の戦い、このプロシュートが預かった』

 この“決闘”が人殺しや卑怯者の行為ではなく、
 ――って、こんなクソッタレ殺し合いゲームの中で言うようなこっちゃあねーが――
 正当なものである事を証明する。

 もし乱入者だの横槍だのが入った場合、俺が責任もってそいつを叩き潰す。
 (本当なら『叩き潰した』って言いたいところだぜ……ここもコイツらの影響ってか、クソッタレ)

 お前らはただ全力でお互いを殺しにかかれ。
 ――いいな、千帆」

6火蓋 その5 ◆yxYaCUyrzc:2016/01/06(水) 20:14:36 ID:1kUrfHtI
ワムウと育郎には問うまでもない。そして。

「はい……なんとなく、プロシュートさんならそう言うと思いました。
 だから、私も二人の戦いをしっかり、最後まで見ていたい、と、思います。

 プロシュートさんが『立会人』なら、私は『見届け人』になります。

 絶対に目は逸らしません。それが――私の戦いです」

千帆はそう言いながらプロシュートの隣に歩み寄ってきた。
問うまでもなかったのはコイツもか。
ふ、と息を漏らしプロシュートはほんの少し表情を緩め、そしてまた引き締める。

「……そういう訳だ。
 それじゃあ始めるか――せっかくの決闘だ、改めて名乗りでもしな。ホレ育郎」

つい、と顎で促された育郎は、少しだけ考えこみ、そして大きく一歩、前に出る。

「『寄生虫バオーの橋沢育郎』です。
 ……“ある種の事がらは死ぬことより恐ろしい”と思います。
 このゲームで多くのものを失ったこと、そして僕自身の肉体がそれです……
 ですが、僕は誓います――自分に誓います!
 望みは捨てません!僕は最強の生命力を持った生物なんです!
 だから……見ていてください!僕の、成長を!」

言い切ると同時に額がバックリと裂ける。
変身の兆候だ――そして、恐竜の影響もプロシュートの目には確認できない。
そう、育郎は乗り超えたッ!この決闘ただの一度きりかも知れないが!それでもッ!
恐竜化する可能性を!そして何より脳に宿る寄生虫・バオーをッ!!


そして、空気が振動するような感覚に真っ向からぶつかるのは、膨れ上がる闘気。


「決闘の前にゴチャゴチャとものを言う趣味はない……俺とお前は、戦うことでしか解り合えない。
 しかし、貴様がそこまで言うのなら、見せてもらおうではないか。
 全身全霊を持って貴様と戦うと約束しよう。バオー、いや、橋沢育郎よ。
 ――『風のワムウ』――いざ」

静かに、それでいて力強い口上とともに一歩踏み出すワムウ。
ドサリと担いでいた荷物を放り、構えを取る。
彼はこの戦いを甘く見ていたり、楽しんだりはしていない。

ひゅう、と静かに二人の間を駆け抜けた風はワムウの能力故か否か。それは誰にもわからなかった。

7火蓋 その6 ◆yxYaCUyrzc:2016/01/06(水) 20:15:37 ID:1kUrfHtI
●●●


……さて。この戦いを君たちはどう見るかな。

プロシュートが言ったように『誇り高い戦士たちの決闘』なのか。
それとも。きっとカーズあたりなら『下らぬ遊戯』とか言いそうだが――そうなのか。
あるいはどちらでもない答えを聞かせてくれるのか。

その答えはいずれ聞かせてもらうとしよう。
ノンビリと問答をしているほど、状況は待っていてはくれない。

さあ――始まるぞ。

8火蓋 状態表1 ◆yxYaCUyrzc:2016/01/06(水) 20:23:44 ID:1kUrfHtI
【B-4 古代環状列石 /1日目 夜】


【プロシュート】
[スタンド]:『グレイトフル・デッド』
[時間軸]:ネアポリス駅に張り込んでいた時
[状態]:健康、覚悟完了、戦士たちに感化された(?)
[装備]:ベレッタM92(13/15、予備弾薬 30/60)、手榴弾セット(閃光弾・催涙弾×2)、遺体の心臓
[道具]:基本支給品(水×3)、双眼鏡、応急処置セット、簡易治療器具
[思考・状況]
基本行動方針:ターゲットの殺害と元の世界への帰還
1.ワムウと育郎の戦いに立ち会い、それを見届ける
2.千帆と合流後、闘いに巻き込まれないよう離脱する……と思っていたが、このザマだ。我ながらおかしいぜ
3.自分に寄生しているこいつは何なんだ?
4.残された暗殺チームの誇りを持ってターゲットは絶対に殺害する

【橋沢育朗】
[能力]:寄生虫『バオー』適正者
[時間軸]:JC2巻 六助じいさんの家を旅立った直後
[状態]:健康、恐竜化の兆候、覚悟完了
[装備]:ワルサーP99(04/20)
[道具]:基本支給品×2、ゾンビ馬(消費:小)、打ち上げ花火、
    予備弾薬40発、ブラフォードの首輪、大型スレッジ・ハンマー、不明支給品1〜2
[思考・状況]
基本行動方針:バトルロワイアルを破壊
1:ワムウと決着を付ける
2:第四放送時にカーズが待っている…本当だろうか

[備考]
・育朗のバイクはC-3の川沿いに放置されています。古代環状列石には徒歩で来ました。
・ブラフォードに接触したため恐竜化に感染しました。ただし不完全な形です。
 ※プロシュートによる仮説
 恐竜化した身体をバオーが細胞レベルで上書きする事により完全な発症を抑えているのではないか?
・さらにバオーの力を引き出せるようになりました:自分の意志での変身ができるようになりました。

9火蓋 状態表2 ◆yxYaCUyrzc:2016/01/06(水) 20:24:15 ID:1kUrfHtI
【ワムウ】
[能力]:『風の流法』
[時間軸]:第二部、ジョセフが解毒薬を呑んだのを確認し風になる直前
[状態]:身体あちこちに波紋の傷(ほぼ回復)、高揚
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:JOJOやすべての戦士達の誇りを取り戻すために、メガネの老人(スティーブン・スティール)を殺す
0.橋本の成長を見せてもらおう
1.JOJOとの再戦を果たす
2.カーズ様には会いたくない。 会ってしまったら……しかしカーズ様に仇なす相手には容赦しない

[備考]
※J・ガイルの名前以外、第2回の放送を殆ど聞いていませんでしたが、千帆と情報交換した可能性があります。

【双葉千帆】
[スタンド]:なし
[時間軸]:大神照彦を包丁で刺す直前
[状態]:左手指に軽傷(処置済)、強い決意
[装備]:万年筆、スミスアンドウエスンM19・357マグナム(6/6)、予備弾薬(18/24)
[道具]:基本支給品、露伴の手紙、ノート、地下地図、応急処置セット(少量使用)
[思考・状況]
基本行動方針:ノンフィクションではなく、小説を書く 。その為に参加者に取材をする
1.ワムウと育郎の戦いを最後まで見届ける
2.主催者の目的・動機を考察する
3.次に琢馬兄さんに会えたらちゃんと話をする
4.川尻しのぶに早人の最後を伝えられなかった事への後悔(少)
[ノートの内容]
プロシュート、千帆について:小説の原案メモ(173話 無粋 の時点までに書いたもの)を簡単に書き直したもの+現時点までの経緯
橋沢育朗について:原作〜176話 激闘 までの経緯
ワムウについて:柱の男と言う種族についてと152話 新・戦闘潮流 までの経緯

※サン・ジョルジョ・マジョーレ教会の倒壊に伴いD-4東部の地下道が崩落しました。他にも崩落している箇所があるかもしれません

10火蓋 ◆yxYaCUyrzc:2016/01/06(水) 20:26:10 ID:1kUrfHtI
以上で仮投下終了です。
……はい、相変わらずのブン投げスタイルですw
プロシュート兄貴が随分とマンモーニな立ち位置に成り下がってしまっていないか若干不安です。
矛盾点、誤字脱字等等ありましたらご連絡ください。それでは本投下でお会いしましょうノシ

11名無しさんは砕けない:2016/01/08(金) 01:12:13 ID:835.Rxow
仮投下乙です。またもや寸止め!
そもそも千帆を殺さなかった時点から兄貴の内面も変化も始まっていたので
さほど違和感はなかったです。この決闘が公正なまま終わるかどうか…
そういえば古代環状列石ってエリナの墓があるけど、うっかり潰されないか心配ですw

指摘ですが、育朗は千帆の事を双葉さんと呼んでいます
育朗は歩いて移動したようですが、プロシュートのバイクはどこにいったのでしょうか?

12 ◆yxYaCUyrzc:2016/01/09(土) 22:40:33 ID:aQUe3tS6
ご指摘ありがとうございます。
うーむ、呼称はともかく、バイクは本文中に入れなくても状態表への注釈で大丈夫そうですかね。
もう少し寝かせてから本投下したいと思います
(というよりリアル都合が上手く折り合い付き次第・・・orz)

13 ◆c.g94qO9.A:2016/01/17(日) 19:28:38 ID:le3h8yBY
問題あるものだと思われるので一度こちらに投下します。

14NAMI no YUKUSAKI ◆c.g94qO9.A:2016/01/17(日) 19:29:25 ID:le3h8yBY
揺れる衝撃に、アナスイは目を覚ました。
視界は虚ろではっきりとしない。瞬きを二度三度繰り返すが、ただ影と霞が写っただけだった。
アナスイにわかったことは誰かに担がれているということだけだった。大きな背中と暖かな感触。途切れては結ぶ意識の中、アナスイはぬくもりを感じた。
安心感と心地よさを味わうかのように息を吸うと全身が痛んだ。その痛みがまだ、自分がかろうじてではあるが、生きていることを実感させてくれた。

男たちは進んだ。登った月が二人分に膨らんだ影を落とした。吹きさらしの風が容赦なく二人を打った。
承太郎は足を止めず、ただ進んだ。傍らに立つ者はいない。承太郎自身の手で、体で、アナスイを担ぎ、南へと進む。
アナスイはゆっくりと目を閉じる。こんなに心地よいのは久しぶりだ、と思った。ひょっとしたら生まれて初めてかもしれない。
途端に『記憶にない記憶』が水面に湧き出る泡のように、浮かび上がっては消えていった。

遊び疲れた自分が父親に担がれて家へと帰ったときの記憶。
学校帰りに久しぶりに父親と会い、その大きな手で頭を撫でられたときの記憶。
大きな自宅の大きな庭で、父とボール遊びをした時の記憶。

知らないうちに頬を黒い涙が伝った。決して戻らない遠い記憶、そしてあったはずもない―――これからも決して訪れないだろう―――記憶の渦が体を貫いた。


「『[父さん]』」


小さなつぶやきが三つの声に重なった。承太郎は足を緩め、そしてまた歩きだした。
荒涼とした田舎道を一歩々々確かめるかのように、承太郎は進んでいった。承太郎の緑の瞳にGDS刑務所が、身体を伏せた獣のように映っていた。





15NAMI no YUKUSAKI ◆c.g94qO9.A:2016/01/17(日) 19:29:54 ID:le3h8yBY
通路の幅はおよそ3メートル、奥行は25メートル。4メートル四方の牢屋が両側に立ち並んでいる。
階段を下り切ったところでアナスイはしばらく立ち止まり、左右を見渡した。
一番奥側の留置所で人の気配がした。右足を引きずりながらゆっくりと近づいていく。普段ならなんでもない距離がやたらと遠く感じた。

牢屋の前に立ち、柵越しに様子を見る。場違いなほど大きなソファ、必要のないバイク(自転車)やギター、そして鉄アレイが二組、無作法に転がっている。
承太郎はこちらに背を向けるような格好でベットに寝転がっていた。体を休めているようだ。先の戦いの治療は既に済んでいた。体中に巻かれた包帯と止血帯が目に焼き付くように白く、その様子はことさら痛々しかった。

「承太郎さん」

承太郎はゆっくりと体を起こした。石をぶつけ合う独特の音が響き、一本の煙が揺らいだ。背中を向けたまま返事をする。

「体調は大丈夫なのか」
「承太郎さんこそ」
「こんなものはカスリ傷だ」
「俺が気を失ってから―――、俺はどのぐらいの間寝ていたんですか」
「二時間か三時間といったところか」 

承太郎は時計に目をやると、煙を吐き出しながら言った。

「放送は……?」

承太郎の背中から影が浮かび出て、一枚の紙切れを弾き飛ばした。不規則に揺れながら、アナスイの足元に落ちる。
そこには禁止エリア、死亡者のリスト、スティールが脱落したことが書き留められていた。
縦長に几帳面にかかれたその文字を、アナスイは黙って追った。承太郎が一本目を吸い終え、二本目も吸い終え、三本目に火をつけたときようやくアナスイが言った。

「26人も……ですか」
「ショックか? 猟奇殺人鬼のくせに他人の人殺しは気に入らないのか」

アナスイの頬に赤味がさした。ここ数時間で最も生気が宿った表情をしていた。
アナスイは黙って紙をポケットにしまうと、鉄格子を握った。握った拍子に柵が揺れ、ガシャンと音を立てた。耳に残る、騒々しい音だった。

「どうした? 俺がお前のことに詳しいのがそんなにも意外だったか?」
「アナタが徐倫の父親でなければ、次の放送で呼ばれる名前が一つ増えるところでしたよ」
「やってみるがいいさ。鍵は空いてる」

スター・プラチナの腕が伸びると、入口が開いた。アナスイは牢屋の中に足を踏み入れる。承太郎はまだ背中を向けたままだった。
アナスイの表情から怒りが消え、代わりに戸惑いが浮かび上がってきた。
ベットの脇に立ち、承太郎を見下ろした。顔を上げた承太郎と初めて目があった。
アナスイの体から浮かんだ影が手を伸ばす。筋肉に盛り上がった腕が承太郎の喉元に伸び、ぐっとそれを掴んだ。承太郎はアナスイを見返している。

「タフぶるのはやめにしませんか。アナタの体はぼろぼろだ」
「そっくりそのままお返しするぜ」
「少なくとも俺はスタンドを使える。あなたみたいに制御できなくなったことは一度もない」

16NAMI no YUKUSAKI ◆c.g94qO9.A:2016/01/17(日) 19:30:13 ID:le3h8yBY
承太郎の体から飛び出た薄い影は煙のようにあたりを彷徨っていた。
二、三度アナスイの方へと揺らいだが、とうとう見当つかずの方へ手を伸ばすと牢屋の中のガラクタを撫で、諦めたように姿を消した。
承太郎は左腕を使って、四本目のタバコに火をつけた。普段使い慣れていない、ぎこちなさが伺えた。煙を一息吐くと、承太郎は左手で膝の上に乗った拳銃を撫でた。
アナスイの引き締まった身体とダイバー・ダウンのたくましい肉体を前にしては、それはいかにも頼りげない武器に見えた。

「承太郎さん」
「スタンドがあろーがなかろーが、隠居するにはまだ早すぎる。片付けないといけない輩があちこちにいるんでね」
「なるほど、敵がお目当てというわけですね。確かに刑務所には敵が多くいる。暴力を厭わない看守がほうっておいても湧き出てくる。試しに一人呼んできましょうか?
 運良く看守が善良なやつだとしても―――あいにく、俺はそんなものを見たことはないが―――或いは全員寝入ってたとしても、囚人たちがいますからね。
 恋人をバラした猟奇殺人鬼とかがね」

ダイバー・ダウンが力を強めた。承太郎は目を細めて、タバコの先を強く噛み締めた。呼吸を乱さないように意識すると、自然と顎がつり上がった。
アナスイのスタンドをはさんで、二人は睨み合った。煙でかすれた声で承太郎は小さく言った。

「何が言いてぇんだ」
「あなたこそ何が言いたいんですか。怪我人を看病すれば優しい言葉でもかけてもらえるとでも思ったんですか。
 友人や頼りになる人を見送れば、慰めの言葉をかけてもらえるとでも期待していたんですか。
 この俺が―――あなたの言葉を借りれば、娘に付きまとうイカレた殺人鬼でしたか?―――あなたに優しくしてあげるとでも、本当に思ったのか?
 今のアンタは怒りに震える復讐者にも、納得を追い求める求道者にも見えない。不抜けてくたびれた野良犬みたいだ」
「……休息が必要だと判断しただけだ。何もお礼の言葉を期待してたわけじゃねぇ」
「タフぶるのはやめろ、といったはずです。戦えもせず、戦う気もないのに安い挑発を繰り返すアナタの姿は見ていられない。
 チンピラ以下の存在に成り下がりたいというのならば止めはしません。ただ、この場でチンピラ以下になった存在がどれほど生きながらえれるかんなて言うまでもないと思いますが。
 それともそれがあなたの願いですか? アナタはもう諦めているんですか? 徐倫もフー・ファイターズも、あれほど必死で生きたいと願っていたのに」

アナスイの手から力が抜け、承太郎は顔を背けた。下げた視線の先で、手の中の拳銃を握り締めていた。引き金に指をかけ、いたずらに触れては離してを繰り返している。
アナスイがその手を抑えた。承太郎は顔を上げなかった。しばらくの間黙り込んでいたが、小さな声で吐き捨てた。

「御託はいい。やりたければやればいいさ」
「自分で死ぬ勇気も決断すらも失ったというわけですか。貴方には失望した」

アナスイは承太郎の手から拳銃をもぎ取ると、距離をとった。
銃口を構えると、狙いを承太郎の額に定めた。数秒の間、二人は黙りこんだ。
そして、銃弾を放った鈍い音が部屋に響いた。





17NAMI no YUKUSAKI ◆c.g94qO9.A:2016/01/17(日) 19:30:32 ID:le3h8yBY
ダイバー・ダウンの『指先』から放たれた『弾丸』は承太郎の肌に当たり弾け、そして肌を伝って身体中にしみ込んでいく。
しばらくの間、承太郎は身体中に回る違和感に意識を向けていた。血流に逆らうように何かが身体中に蠢いているのが感じ取れた。同時に傷口が塞がるのもはっきりと感じ取れた。
アナスイは承太郎に近づくと、肩に手を置き治療を続けた。黒い涙がアナスイの体を伝い、承太郎の体へ流れ、傷口に向かって走る。15分ほど経ち、承太郎の身体中の傷口がプランクトンで埋まった。承太郎は右腕をあげ、ポケットに手を伸ばした。アナスイに向けてタバコの箱を振った。

「俺はタバコを吸いません。『今の俺』はという意味ですが」
「拒絶反応でもあるのか。プランクトンってのはけっこーやわな生物なんだな」
「煙が入るスペースがないってだけです。『フ―・ファイターズ』『F・F』『徐倫』……これ以上積み込もうと思ったらパンクしちまう」

承太郎は頷くと、ゆっくりと立ち上がった。承太郎が身体の調子を確かめ、ベットの周りをふらつくのをアナスイは眺めていた。
承太郎はほんの二、三周あたりを歩き、部屋の大きさを確かめるかのように端から端へと歩いて行った。やがて歩き疲れたのか、ソファに息を吐きながら腰を下ろした。
顔色が優れない。呼吸が収まるのにしばらく時間がかかった。アナスイは辛抱強く待っていた。

「気分はどうですか」
「最悪だ。娘の記憶の中にどれだけ自分が少ないかをまざまざとみせつけられて、機嫌が良くなる父親なんてこの世に存在しない」
「アナタがこれまで言った意見で一番ぐっとくる言葉ですよ、それは」

アナスイの表情が和らいだ。承太郎はタバコを咥えかけ、しばらく部屋の壁を見つめていたが、思い直したように箱の中にしまい直した。
二人は何も言わず、沈黙に耳を澄ました。遠くで車のエンジンが唸る音が響いた気がした。
アナスイは立ち上がると窓から外の様子を伺った。人の気配は感じられなかった。

「どうですか、まだ死にたいと思いますか」
「いや」
「でも戦うにはまだ勇気が足りない」
「……かもな」

いつの間にか牢屋の中にモノが増えていた。隣の部屋から運ばれてきたベットを眺め、承太郎は頷いた。
二人が見ている合間にも、承太郎から飛び出た影は壁を抜け、天井から腕を突き出し、気まぐれに姿を消しては現している。
看守の部屋からかっぱらてきたであろうラジカセから、音楽が流れ始めた。男の声で別れと戦いの悲しさを歌っていた。二人はその声にじっと耳をすませた。
歌が終わり、カセットテープがざらついた音を流し始めた。アナスイが停止ボタンを押すと、かちりと音を立ててラジカセが止まった。
膝を立て座る承太郎を、アナスイはもう一度見下ろした。今度は承太郎と目があった。アナスイが言う。

「行きましょう、承太郎さん」
「三人積みの車にもう一人乗せることになるぞ。お呼びじゃないだろう」
「『フ―・ファイターズ』と『徐倫』は満更でもないようですよ。あなた自身も感じ取れませんか?」

承太郎は胸に手を当てて、鼓動を確かめた。その後ろにいる三人の―――フー・ファイターズ、F・F、そして徐倫の―――意志を探ろうとする。
背中から浮かび上がった影がおぼろげながら像を結び始めた。生まれたての赤ん坊のように頼りげなく、戸惑っているようにも見える。
それでも腕が、足が、胸が、背中が形となって承太郎の傍で息づいている。承太郎はスター・プラチナの顔を眺めた。
忘れていた親友の顔を久しぶりに見たかのよにじっと眺め―――そして頷いた。スター・プラチナは満足したように、ふっと姿を消した。

「何もしないでいいんです。ただ傍に立つだけでいいんです。俺が望んでいるだけじゃない。『三人』も望んでいるんです。
 それとも荒っぽく牢屋から引きずり出したほうが良かったですか?」
「牢屋から無理やり連れ出されるのは一回で充分だ。やれやれだぜ」

承太郎はソファから立ち上がると、帽子をかぶり直した。アナスイは黙って傍に寄ると、片腕を差し出した。
二つの影が廊下を進んでいく。ゆっくりと、確かめるように前に進んでいく。
二人の足音が時間をかけて遠ざかっていくのが聞こえ、やがて沈黙の中に吸い込まれていく。

風が吹いて、ベットに残されていった一枚の紙切れを吹き飛ばした。
承太郎が書き残した死者のリストと禁止エリア、ファニー・ヴァレンタインについてのメモとは別に短い文章が残されている。
それはアナスイに宛てたものだった。


『鏡を見ろ。お前の首輪は解除されたようだ。ただし口には出すな。盗聴の恐れアリ』


GDS刑務所正面の扉が開く音が聞こえた。牢屋の中にもう亡霊はいない。風に乗ってメモはまた浮かび、どこかに飛んでいった。

18NAMI no YUKUSAKI ◆c.g94qO9.A:2016/01/17(日) 19:30:57 ID:le3h8yBY

【E-2 GDS刑務所/1日目 夜】

【空条承太郎】
[時間軸]:六部。面会室にて徐倫と対面する直前。
[スタンド]:『星の白金(スタープラチナ)』(現在時止め使用不可能)
[状態]:右腕骨折(添え木有り)、内出血等による全身ダメージ(大:回復中)、疲労(中:回復中)、精神疲労(中)
[装備]:ライター、カイロ警察の拳銃の予備弾薬6発、 ミスタの拳銃(6/6:予備弾薬12発)
[道具]:基本支給品、スティーリー・ダンの首輪、肉の芽入りペットボトル、ナイフ三本
[思考・状況]
基本行動方針:バトルロワイアルの破壊。危険人物の一掃排除。
0.…。
1.状況を知り、DIOが生き残っているようなら倒す。
[備考]
※肉体、精神共にかなりヤバイ状態です。
※度重なる精神ダメージのせいで時が止められなくなりました。回復するかどうかは不明です。
※前話、承太郎の付近にあったナイフ×3、ミスタの拳銃(6/6:予備弾薬12発)を回収しました。それ以外は現場に放置されています。

【ナルシソ・アナスイ plus F・F】
[スタンド]:『ダイバー・ダウン+フー・ファイターズ』
[時間軸]:SO17巻 空条承太郎に徐倫との結婚の許しを乞う直前
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:徐倫、フー・ファイターズ、F・Fの意志を受け継ぎ、殺し合いを止める。
1.承太郎と共に行動する
[備考]
※アナスイと『フー・ファイターズ』は融合しました。
※F・F弾や肉体再生など、原作でF・Fがエートロの身体を借りてできていたことは大概可能です。
※『ダイバー・ダウン・フー・ファイターズ』は二人の『ダイバー・ダウン』に『フー・ファイターズ』のパワーが上乗せされた物です。
 基本的な能力や姿は『ダイバー・ダウン』と同様ですが、パワーやスピードが格段に成長しています。
 普通に『ダイバー・ダウン』と表記してもかまいません。
※アナスイ本体自身も、スタンド『フー・ファイターズ』の同等のパワーやスピードを持ちました。
※その他、アナスイとF・Fがどのようなコンボが可能かは後の作者様にお任せします。

19NAMI no YUKUSAKI ◆c.g94qO9.A:2016/01/17(日) 19:31:42 ID:le3h8yBY
以上です。気になる点等ありましたら一言いただけたら嬉しいです。

20名無しさんは砕けない:2016/01/17(日) 21:16:06 ID:qqdHFooc
投下乙、すごく面白かったです
第三部冒頭を思い出させる牢屋でのシーンや制御すら出来なくなったスタンド、
以前のそれよりもずっと穏やかな承太郎とアナスイの会話、そして『ダイバー・ダウン・フー・ファイターズ』!

いろんな意味でなつかしさを感じました
ついでにタイトルのNAMInoYUKUSAKI、某ジョジョMADに使われていたのを思い出しました
氏はご存じで使われたのかな?

二つ疑問点が、
一つ目は、承太郎の思考・状況欄のDIOに関する部分
これは、死亡放送は流れたが奴なら生きてる可能性もある、という警戒でしょうか?
二つ目は、アナスイの首輪が解除された(らしい)ということ
それは首から首輪自体外れているということでしょうか、それとも首輪に外見からでもわかるような変化があったということでしょうか?
どちらにせよ、アナスイの状態表に記載をされたほうがいいかと思います

21名無しさんは砕けない:2016/01/19(火) 21:04:37 ID:6slwdvy2
投下乙です。物語がグッと進んだと思います。
首輪が解除されたアナスイがどういう立ち位置になるか期待です。

22 ◆OnlAmXGbfQ:2016/01/31(日) 22:33:57 ID:4rs6KaC2
仮投下スレに投下します。

23 2 Become 1 ◆OnlAmXGbfQ:2016/01/31(日) 22:35:23 ID:4rs6KaC2
「DIOの館へ向かいましょう」

それがトリッシュの選択した答えだった。彼女は自分だけに聞こえてきたルーシーの声に従ったのだ。
『教会カラ北ヘ…………DIOノ館ヘ、私ヲ助ケテ…………トリッシュ!!』
ルーシーはまだ生きている。その彼女からのSOSを、無視するにはいかなかった。
もしこれが何らかのスタンドによる通達だとすれば、見過ごすわけにはいかない。
トリッシュは地図を見せながら二人に説明した。

「ここから、こう、サン・ジョルジョ・マジョーレ教会を通った先のDIOの館に……ルーシーがいるの。
 ルーシー・スティール。彼女のことはジョニィ・ジョースターから聞いたでしょう?
 彼女が助けを求めてる……だから、その、一緒にそこへ行こうと思うの。どうかしら」
「…………」
「…………」

ナランチャと玉美の答えは沈黙だった。それはトリッシュにとっては意外な反応。
いつもの玉美なら『はい喜んでトリッシュ様!』と舌を出して喜びそうなものなのに。
ナランチャにしてもそうだ。彼はシンプルに行動する。基本的に反論をするタイプではない。

「トリッシュ様。自分は反対です」
「どうして? あたしの命令が聞けないっていうの? 」
「トリッシュ様には従いやす。しかしこの小林玉美、そのルーシーという女に従っているわけではありません。
 トリッシュ様のお知り合いとはいえ、見ず知らずの女まで助ける義理はございません」 
「……ナランチャ、あなたは? 」
「お、俺はトリッシュを守りたい……トリッシュを守るのが俺の任務だ。
 DIOの館で助けを待ってる人がいるなら助けたいさ。
 でも、ということはDIOの館は今、危険な場所になっているんだろ?
 俺はトリッシュを危険な目に合わせたくない。戻ろうぜ。さっきの俺達の根城によ。
 それに……どうして今になってそんな事を言ったんだ? 」

二人は思いのほか冷静だった。どちらの言い分にも確かに一理ある。

「それは……あたしにもわからない。でも、確かに聞こえた気がしたのよ。ルーシーの声が」

トリッシュは素直に答えるしかない。彼女が聞いたルーシーのテレパシーは、紛れもなく事実なのだから。

「トリッシュ様。まずは一度、さっきまで我々がいた民家に戻りやしょう。まだ疲れが残っているのかも」
「……そ、そうだぜ。あまり賛成したかねーが玉美の言うとおりだ。
 ルーシーを助けに行くならフーゴ達を探してからでも遅くはないと思う」

ナランチャ達も素直に提案するしかない。彼らのトリッシュを想う気持ちは本物なのだから。

「――わかったわ。DIOの館に行くのはその後で、ね? 」

トリッシュはふーっと一息吐くと、踵を返した。

「トリッシュ様、そんなことよりコイツでも食べて元気出してください。
 "ローストビーフサンドイッチ"。オニオンと卵も入ってやすぜ! 」
「あ、玉美てめーいつの間に! それ俺の支給品じゃねーか! 勝手にギってんじゃねー! 」
「うるせーダボが! この玉美さまが有効活用してやるってんだからありがたく思え!」
「なんだとクソチビ! あ、やっぱりもう一つの支給品だった"防弾チョッキ"もバッグに入ってねー!
 この盗人野郎! いつの間に着やがったな!」
「どーせお前には強いスタンドがあるから不必要なものだろうが! 俺様は弱いから着る権利があるのよん」

喧噪を始める二人をよそに、トリッシュはもう一度、ルーシーの声について考えていた。
あれは幻聴ではなく、確かにルーシーの声だったのだ。
だとすれば、なぜ聞こえてきたのか。何かのスタンド攻撃を受けたのか。
しかし他の二人にはルーシーの声は聞こえていないようだ……この謎を解明するのは骨が折れそうだった。

(ルーシー、どうか無事でいて)

トリッシュにはそう願うしかなかった。
自分の体に入っている聖人の遺体が入っているとも知らずに。
そして――……

「トリッシュ! レーダーに反応ありだ! 」

遺体と遺体は、引かれあう。




24 2 Become 1 ◆OnlAmXGbfQ:2016/01/31(日) 22:36:48 ID:4rs6KaC2

「あなたは……誰?」

ナランチャのレーダーが捕らえたもの。
それは、ジョナサン・ジョースターではなかった。
それは、パンナコッタ・フーゴではなかった。
それは、ナルシソ・アナスイではなかった。
それは、ジョニィ・ジョースターではなかった。
誰でもない。わからない。その男は悠然でいてそれでいて壮大だった。

「情報をよこせ」

高圧的な一言。大半の人間なら不快感を示すであろう第一印象。

「ああ!?それが人にものを頼む態度か? 」
「玉美うっさい。あたしはトリッシュ・ウナ。こっちはナランチャ・ギルガと小林玉美」

袖をまくり上げてまくしたてる玉美をなだめながら、トリッシュは自己紹介をした。
今まで会った事のない男。どの情報にも合致しない姿形と佇まい。
しかしこちらにいきなり襲いかかってくるわけでもない。
相手の素性がわからない以上、トリッシュは恐る恐る言葉を選びながら交渉する事にした。

「情報はあるわ。信じてもらえないでしょうけど。あたしたちは違う時代から集められたの、ご存じ?
 ここにいる三人は全員違う時代からこの世界に呼び寄せられたの。あなたもそうなのかしら? 」
「それを聞いて何になる」
「何になる、って……大事なことでしょう! 敵は自在に時空を超えられるスタンド使いかもしれないのよ!? 」

トリッシュは動揺するしかなかった。
これまで自分たちが散々頭を悩ませていた議論に、冷や水をぶっかけられたからだ。

「貴様らは物事の本質とやらが見えていない」

そう言うと男は初めてニヤリと笑い、自分の首輪をちょんちょんと指さした。
その仕草にトリッシュはハッとする。当たり前すぎて、身近にいすぎた存在。

「時空を超えられる者の存在をどうこう考える前に、足元……いや首元をよく見ることだな」

沈黙。トリッシュもナランチャも玉美も、自分の首元を無意識に触っていた。
自分たちは先ほど禁止エリアを調査していたわけで、首輪の事がまったく頭になかったわけではない。
しかし、この男の言う通りだった。
『時空を超える存在』に勝つ為には、『首輪も解除』しなければ。主催者たちに一矢報いることができない。

「もう情報は無いか?」

男は再度尋ねる。トリッシュは慌てて言葉を返した。

「あたしたちは仲間を探している……フーゴ、ジョナサン、ジョニィ、アナスイ。彼らに会ったことは?
 あなたが信用に足る相手かどうかまだ判断しかねるけれど……あたしたちはこれから仲間を探して合流する。
 そしてある目的地に行くわ……」

緊張が走る。トリッシュは咄嗟に『DIOの館に行く』とは言えなかった。
この男の素性がわからぬ内は迂闊な発言はルーシーを危険に招くと判断したからだ。

「それだけか? 」

男はもう一度尋ねる。
トリッシュは内心ため息をついた。
この男の反応は、フーゴたちのことを知らないと言っているように見えたからだ。

「無いわ」

トリッシュは正直に答えた。それ以上の言葉は無かった。
詳しい考察は、フーゴたちと合流してから議論するべきだ。

「ならば死ねィッ! 」

25 2 Become 1 ◆OnlAmXGbfQ:2016/01/31(日) 22:37:35 ID:4rs6KaC2
男が豹変したのは、その直後だった!
腕から大きな刃をむき出しにし、トリッシュに襲いかかる。

「――『スパイス・ガール』ッ! 」

しかしトリッシュに恐怖はなかった。むしろ警戒していた"かい"があったというもの。
振り下ろされた刃を間一髪で交わし、お返しとばかりにスパイス・ガールの拳を男に叩き込む。

「WAAAAANNABEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!! 」

打。打。打。打。打。打。打。打。
スパイス・ガールの拳が無数に男の体を殴る。男はそのまま勢いよく地面に叩きつけられた。
その様を睨みつけながら、ナランチャと玉美は吐き捨てる。

「「敵だなてめー」」

ナランチャと玉美はそのまま迷うことなく、倒れた男に踏み付けの雨を降らせる。

「「敵か!敵かッ!敵かッ!敵かッ! くらえくらえッおらっおらっおらっ! 」」
「もういいわ二人とも。それ以上やったら本当に死んでしまう」

常人ならばこの時点で病院送りになり全治数か月だ。
ゴロツキあがりの容赦ない二人の攻撃を止める術など、日常ならばありはしない。
一流の達人であろうと、倒れた状態で二人がかりに攻撃されてはひとたまりもない。

「……フフフ」

人間ならば、の話だが。

「聞いたぞ……確かに聞いた、この耳で!『スパイス・ガール』と!
 なるほど……『憶えた』ぞ! 貴様のスタンドの名をッ!」

男がゆっくりと立ち上がる。
玉美は驚きトリッシュの後ろに隠れ、ナランチャはエアロスミスを出現させた。
あれだけの打撲を負わせたはずなのに、男はまるで意に介していないように見えた。
それは明らかに異常! これだけのタフネスさは伊達や酔狂ではない。

「『エアロスミス』ッ! 」

ナランチャに迷いはなかった。確実にこの男を始末するためにエアロスミスの弾丸をぶっ放した。
しかしどういうことだろう。エアロスミスの弾丸は、男の体を貫くどころか反れていってしまった。
それもそのはずである。弾丸はすべて、男の腕から生えた刃によって全て弾かれてしまったからだ。

「貴様のスタンドは『エアロスミス』というのか……フン、その名も『憶えた』ぞ。
 どうした? さっきまでの威勢は。貴様らの顔色から察するに、大方『恐怖』に身を包まされたか」
「……ひるむ………と!思うのか……これしきの………これしきの事でよォォォオオオオ!
 まさかてめーが、ジョナサンが言ってた屍生人か吸血鬼……!」

ナランチャは思い出していた。それは今から数時間前にジョナサン・ジョースターから聞いた話を。
この世には異様なまでの不死身さを持つ化け物がいるということを。

「屍生人? 吸血鬼ィ? 」

だがナランチャはその考えを即座に否定せざるをえなかった。

「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

その理由は、この男の高笑いを聞いてしまったからだ!
この人を小馬鹿にしたような態度! まるでTVのホームドラマで流れるようなわざとらしい笑い!
『それは違うよ』と言わんばかりの嘲り! 蔑みと哀れみが混じったどす黒い声!

26 2 Become 1 ◆OnlAmXGbfQ:2016/01/31(日) 22:38:00 ID:4rs6KaC2
「この柱の男カーズも舐められたものよ」

そしてナランチャ達は知った!この男の名はカーズ!言葉の意味はわからないが、自称・柱の男!
腕から刃を生やすことができ、ボコボコに殴られてもびくともしない耐久力を持つ!
すべてが規格外!すべてが超越!すべてがカウンターストップ!

「二人とも、離れろぉーーーーッ! 」

だからこそナランチャには迷いが無かった!
ナランチャは、エアロスミスに装備されている爆弾をカーズ目がけて投下した。
爆弾はカーズに着弾し、大きく炎と爆風と轟音を巻き起こす。
トリッシュと玉美はその隙を見逃さなかった。カーズからの戦略的撤退を優先し走り出した。

「俺たちはよォ……この状況を……何事もなく…みんなで脱出するぜ。それじゃあな……」

次にナランチャはエアロスミスをカーズに体当たりさせる!
エアロスミスはそのままカーズの身体を宙に浮かせることに成功した。

「ボラボラボラボラボラボラボラボラッ!……ボラーレ・ヴィ―ア(飛んで行きな)」

そしてエアロスミスは両翼の機銃をカーズの身体に直接叩き込んだ
空中に浮いたカーズは、余すことなくエアロスミスの銃撃を胸部で受け止めざるを得ない。

「MUUUUUUUUUUUUAAAAAA!! 」

たがカーズはッ!なんとカーズはッ!エアロスミスから逃げずッ! 逆にエアロスミスにしがみついたのだッ!
そして両腕に力を込めて万力のようにエアロスミスを締め付けあげたのだ。
ベキベキと翼は折れ、プロペラはひしゃげ、機体がぐしゃぐしゃに潰れ、最後には――爆発した。

「や……………………殺ってねえ……………………………」

ナランチャはゆっくりと地面に膝をつきながら、口から大量の血を噴出した。
スタンドがダメージを受ければ、当然本体のナランチャもダメージを受ける。
カーズはスタンド大辞典を読破していた為に、この知識を頭に叩き込んでいた。
勿論ナランチャの『エアロスミス』のことも、エアロスミスの対処法も!
もっとも、これはカーズ以外は知らないことではあるのだが……。

「ナランチャアーーーーーーーーーーーッ!!」

たまらずトリッシュ達がナランチャに駆け寄り、突き伏しかけたナランチャを支えた。
ナランチャは力が抜けたかのようにダラリとトリッシュにもたれかかる。
骨はヒビが入ったのかぐにゃぐにゃになっているが、体温はある。しかし……

「………『空洞』………………」

だがすでにいなかった。ナランチャの肉体はどこにも『空っぽ』だった。
魂は!行ってしまった……もういない。どうやってももう駄目だった。
トリッシュは思い出していた。かつてナランチャがローマでディアボロに暗殺された時のことを。
あの時ジョルノが放った言葉を、トリッシュは思わず呟いてしまっていた。
あまりもあっけなさすぎる結末。ナランチャは殺されたのだ。自分たちの目の前にいるカーズに。

「ハッ! 」

しかしトリッシュと玉美が気がついた時には既にもう遅かった。
カーズはトリッシュ達の目と鼻の先まで距離を詰めて、二人を見下ろしていた。


【ナランチャ・ギルガ 死亡】



27 2 Become 1 ◆OnlAmXGbfQ:2016/01/31(日) 22:38:54 ID:4rs6KaC2
「ば、化け物めッ! つ、つ、つ、つ、つ、次は俺が相手になってやらぁ! 」

小林玉美は銃弾の入っていない拳銃を右手に握りしめ威嚇をする。
手詰まり。それは誰にでもわかっていた。目の前の存在は明らかに自分たちよりも"強い"。
それでも。それでも。それでも玉美には、こうするしかなかった。
ナランチャが倒れた今、トリッシュを守れるのは自分だけ。

「……」

意外ッ!カーズの行動は『無視』ッ! カーズはドン、と軽く玉美を突き飛ばした。
惨めにも地べたに這いつくばる形となった玉美。彼は相手にすらしてもらえなかった。
ぴーちくぱーちくと喚く玉美をよそに、カーズはトリッシュの前に立つ。
トリッシュはナランチャを失った悲しみで両目から涙を流していたが、毅然とした表情でカーズを睨む。

「目的はあたし、なのね。一体何を企んでいるつもりかしら」
「お前が『スパイス・ガール』のスタンド使いだからだ。
 今そこで喚いている奴がどんなスタンド使いかは知らんが、大した使い手ではなかろう。
 この危機的状況でもスタンドを出せぬ程度の能力者ということだ。
 そして、さっき私が倒したスタンド使いにも用はない。貴様の能力を探していたのだ」
「一度あたしを殺そうとしたくせに! 」
「そうだな。殺そうとしていた。貴様が『スパイス・ガール』と叫ぶまではな。勘違いするなよ?
 貴様の生殺与奪の権利は私にあるということを忘れるな。お前は私に言われるままにしろ」

カーズは勿体ぶりながら、笑う。

「『スパイス・ガール』を使って、首輪を外せ」

その提案は、突拍子もないものだった。

「物質を柔らかくすることが出来るのだろう? だったら、その首についている首輪も柔らかく出来るはずだ。
 いいか、まず首輪を柔らかくしろ。次に首輪を輪ゴムのように伸ばせ。そして外すのだ」
「なんですって!? あなたの首輪を外せというの!? たったいまあなたに仲間を殺されたあたしに!?
 大事な仲間を殺した奴の言うことを聞けって!? しかも自由の身にさせろというの!?
 あたしを舐めるのもいい加減にしなさい! あなたを自由にさせるもんですか! お断りよ!!
 殺すならさっさと殺してちょうだい!一刻も早くッ! あんたの顔を見ずにすむわ! 」

トリッシュが啖呵を切って吠えた。
その様子を見てカーズは、ぷっと吹き出すと悪魔の提案を続ける。

「何を勘違いしている。私の首輪ではない。外すのはお前自身の首輪だ」
「……あ、あたしの首輪をですってェーーーッ!? 」
「当たり前だろう。貴様は今まで自分の能力を使って誰かの首輪を外したことは無いはずだ。
 そんなアイディアを思いついていたのなら、既に自分や仲間に試しているはずだからな。
 まず、お前がお前自身で試せ。お前がやれ。悪い話では無いだろう?成功すればお前は晴れて自由の身。
 失敗すればおそらく死ぬだろう。だが、どうせ私に逆らえば待ちゆくものは死だ。
 成功の暁には、お前が私の首輪を外そうが外さまいが、私はお前を殺せなくなる……首輪を外す者がいなくなるのだからな」

カーズの言葉に、トリッシュの全身から脂汗が流れ出す。
なんという悪魔のささやき。確かに成功すれば、それはこの殺し合いから脱出する大きな希望となるだろう。
だが失敗すれば……どんな結末が待っているかわからない。最悪、死んだほうがマシな結末もあり得る。

「ま、まず……ナランチャの首輪を……外させてちょうだい……」

トリッシュは、おそるおそるナランチャの首輪にスパイス・ガールの能力を付与した。
こんな状況下で、死体とはいえ大切な友人を実験体にしようと考えた自分に軽蔑しつつ。
ゆっくりと首輪に手が伸びる。両手の親指と人差し指でつまんで伸ばしながら、引き上げる。
ゴムのように伸びた首輪は、ナランチャの顎、口、鼻、目、額を順に通り、そして――

「ぬ……抜けたわッ! 首輪は外せたッ!こんなにも簡単にッ!あっさりとッ! 」

トリッシュは胸を押さえながら激しく口呼吸をした。

「当たり前だ。こいつは死んでいる。死者の首輪が機能しないのは確認済よ。
 問題は『ここから』だ。生きている者だ。生きている者の首輪を外せなければ意味がないのだよ」

トリッシュの汗が頬を伝わり口に入った。次は自分だ。自分で自分の首輪を外さなくてはならない。
恐怖。覚悟。勇気。かつてイタリアでブチャラティ達に匿われた時の記憶。このバトルロワイアルでの記憶。
様々な感情がぐにゃぐにゃとトリッシュの脳内をめぐる。走馬灯のように。自分の運命が決まってしま――

28 2 Become 1 ◆OnlAmXGbfQ:2016/01/31(日) 22:40:08 ID:4rs6KaC2
「もういいでしょう。トリッシュ様。やめてくだせえ」

玉美がポンとトリッシュの肩を叩く。

「首輪を外すのなら……俺の首輪を外してくだせえ。あんたがそこまで自分を追い詰めることはない。
 カーズ、とか言ったな。確かにおめーの言う通りだ。俺のスタンドはハッキリ言ってお前にはかなわねぇ。
 俺をコケにした癖に何故かお前には『錠前』が発動しねーしよぉ〜〜〜〜。
 それだけてめーには罪悪感なんて持ってねーってことで……俺とお前の相性は最悪ってわけだ。
 『スタンド』の強さっつーのはよぉ……精神力の強さなんだよォ……この三人の中じゃ一番弱いのは俺だ」


玉美は右手の親指で自分をグッと指す。

「だからトリッシュ様、どうせならひと思いに俺が実験体になりやす。
 ナランチャと同じく、俺もトリッシュ様を守ると約束した身。今こそ俺の出番です。
 玉美のタマはキモッ玉のタマだッ! 名前に負けねーよーに根性みせてやりますぜッ! 」

玉美はニカっと笑顔を見せる。それがやせ我慢ということはトリッシュにもよくわかっていた。
玉美の両足はかくかくと震えているし、額からは滝のような汗がだらだらと流れている。

「玉美……ごめんなさい……あたし、あなたのこと、その、少し……誤解していたみたい」
「この『小林玉美』……契約した『約束』を……キッチリと!迅速に!守るだけでございやす。
 信じてやす……賭けてもいい。俺の『魂』の問題なんだ……信じてますぜーッ」

トリッシュは、ゆっくりと玉美の首輪を叩くと、再び両手を使って首輪を伸ばし始めた。
ここまではいい。問題はこの先。
トリッシュの『スパイス・ガール』は物質を柔らかく能力だが、その物質の機能が失われるわけではない。
例えば置時計を柔らかくしたとする。置時計はグニャグニャになるが、それでも秒針は刻み続ける。
つまり首輪を柔らかくしたところで、首輪に仕込まれた爆弾が爆発しないわけではないのだ。

(神様……!)

トリッシュは願う。手が震える。失敗すれば玉美は死に、自分もカーズに殺されてしまう。
仲間が助けにきてくれる気配はまったくない。この困難は自分自身でどうにかするしかない。
柔らかくした物質が壊れたことをトリッシュが調査したことは本人も無い。
かつて飛行機をブっ壊したことがあるが、あれは柔らかくした部分とそれ以外の部分のつなぎ目が千切れただけだ。
今回のケースではどうなるか、誰にもわからない。何しろ初めての体験なのだから。

「いち、にの、さんッ! 」

トリッシュは、柔らかく伸ばした首輪を上に引き上げた。
次の瞬間ッ!
ボンッと爆音が響いた。
しかし首輪は壊れていない。柔らかくなったまま風船のように一瞬膨らんだだけだ。
首輪の内部の信管の部分は爆発したが、その爆風と衝撃は首輪の内部に閉じ込められたままだった。
首輪はしばらくすると元の大きさに戻った。相変わらず柔らかいままだ。玉美の首輪は玉美の頭からすっぽ抜けた。
つまり、トリッシュと玉美は賭けに勝ったのだ。

「「や、やったァーーーーーッ!! 」」

玉美とトリッシュは抱き合い喜びを分かち合った。
二人は極度の心労からか、全身が汗でべとべとだったのだが、そんなことはおかまいなしだ。
『奇跡』――これはそういうにふさわしい事象なのかもしれない。
この二人の首輪を外すという行為は、偶然ではなく『選ばれた奇跡』。
トリッシュの体内に入っている『遺体の胴体』が起こした奇跡なのかもしれない。

「カーズッ! これでどうッ!? あたしたちなのねっ! 勝ったのはっ! 」

トリッシュの勝利宣言に、カーズはパチパチと軽く手を叩いた。
更にトリッシュは捲くし立てる。

「カーズ、あたしはあなたの首輪を外さないわ……。
 だってそうでしょう? あなたの首輪を外してしまったら、あたしは用済みですものね。
 でもあたしを今殺してしまえば首輪が外れる機会は永遠に『無い』……。
 だからあたしは、あなたの首輪を"今は"外さないわ……でもいつかきっと外してあげる……」
「さっすがトリッシュ様! 確かにそれならカーズはトリッシュ様を殺せないッ!これからもずっとッ!」

トリッシュは自分の命を天秤にかけた交渉をカーズに持ちかける。
自分たちはカーズには勝てやしない。しかしこれならば『負けることはない』。

「……………………………………」

カーズは沈黙したまま、トリッシュの両肩を自分の両手でポンポンと叩く。

「フンッ! 」

カーズの右腕の刃がトリッシュの体を袈裟切りにする。鮮血が勢いよく広がった。
玉美には、一瞬なにが起こったのかわからなかった。

29 2 Become 1 ◆OnlAmXGbfQ:2016/01/31(日) 22:41:12 ID:4rs6KaC2
「なッなッなッ」

『何をやってるんだお前』という一言が口から出てこない。

「フン、くだらんなぁ〜〜……虫けらが思い上がるなよ。このカーズ相手に出し抜こうなどと思わぬ事だ。
 このカーズが本当にしたかった事は、首輪の取り外しの成否ではない……その先。
 "首輪を解放させる可能性を持つスパイス・ガールをこの世から消す事"だったのだッ!
 おおかた貴様らは、これから仲間と合流し順々に首輪を解除していこうという腹積もりだったのかもしれんがな。
 首輪の解除が出来るのは我ら柱の男だけでいい。人間の力は不用。貴様らは所詮サンプルに過ぎぬッ!! 」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

玉美は叫ぶのが精一杯だった。

(い、イカれてやがる……トリッシュ様が首輪を解除する絶好のチャンスをわざわざ捨てるなんて……。
 いや、むしろトリッシュ様に首輪を外してもらえないから癇癪を起したようにしか見えねえ。
 たとえるなら!知恵の輪ができなくて癇癪をおこしたバカな怪力男という感じだぜ……)

カーズは玉美のほうを見る。ナランチャもトリッシュも倒れた。次は彼だ。
玉美は今すぐにでも逃げ出したい気持ちだったが、体が動いてくれない。
蛇ににらまれた蛙とは、よく言ったものだ。

「小林玉美。首輪が取れておめでとう。もう貴様は用済みだ。どこへとなり消えるがいい、と言いたいが……。
 そういえばお前には蹴られた恨みがあったなァ〜〜?
 よくも何度も何度も何度も蹴ってくれたなぁ。あれは痛かったぞ〜〜〜〜〜?
 そ〜〜うだ! 今度は私がお前を思いっきり蹴ってしまえばイーブンだよなぁ? 」
「ひっ、ひっ、ひええーーーーーーーーーーッ! 」

わざとらしく喋りながら、カーズはゆっくりと足を上げる。
玉美は小便を漏らし涙を流す。脚はすくんだままだ。しかし、誰も彼を助けてはくれない。

「そぉれ! 」

振り放たれたキックは、まさしく一撃必殺。どてっ腹に刺さる衝撃。
玉美はうめき声を出す間もなく吹っ飛ばされ、近くにあった民家の窓を破り中に突っ込んだ。
カーズは玉美の飛んだ先を見届けることすらしなかった。
もう彼の興味は、玉美のことよりも、ナランチャとトリッシュの首輪を回収することにあった。

「これは何だ? 何かの骨のようだが……」

その時だった。トリッシュの体から聖人の遺体の胴体が出てきていた。
カーズをそれをトリッシュの体から引き抜く。

「むッ!? 」

するとどうだろう。遺体はそのままズブズブとカーズの体内に入っていく。
遺体はそのまま忽然とカーズの体内へと消えた。
しかしカーズにはそれを止める術は無かった。彼にとっては、遺体の侵入は自分の吸収作業に過ぎなかった。
スタンド攻撃にしては、この遺体の胴体の所業はそれとは別のところにある。

「……まあいい。さて、色々と考察する手がかりが増えたな。
 トリッシュ・ウナの言葉を借りるならば、我らは違う時代からこの場に集められたということ。
 さすればこの名簿に載っている名前は、私が二千年もの間、眠りについていた時代の人間の可能性もあるのか。
 あるいは……このカーズが目覚めた時代よりも未来の世界の人間もいるかもしれない、と。
 なるほど。面白そうではないか。この殺し合いの首謀者は、我らのような存在なのかもしれぬな」

カーズはトリッシュとナランチャの遺体を食べ始めた。
傷ついた体を少しでも癒すための行為である。生理現象のようなものだ。

(す……スパイス・ガー……ル……あなたの服と防弾チョッキを……『柔らかく』しておいた……
 おそらく……大怪我はするかもしれないけれど……致命傷は、避けられたはず…………)

トリッシュは思案する。彼女の命は風前の灯ではあったが、まだ死んではいなかった。
彼女は最後の力を振り絞り、ほんのちょっぴり、最期の抵抗の、ちょっとした小細工をした。
それは、自分の騎士への、ちょっとしたご褒美であった。

(……玉美……ありが……とう、ね)

トリッシュにとって不幸中の幸いは、カーズが玉美の死体をちゃんとその目で確認しなかったことだ。
本来ならば、柱の男に蹴られることは、波紋の達人戦士でも即死クラスのダメージを負う。
それをスパイス・ガールが和らげたことで、玉美は大怪我はすれど、致命傷を負わずに済んだのだ。
女王に自らの命を差し出した騎士は、最後には女王から命を授けられたのであった。


【トリッシュ・ウナ 死亡】

30 2 Become 1 ◆OnlAmXGbfQ:2016/01/31(日) 22:41:41 ID:4rs6KaC2
【E-3/1日目 夜中】
【カーズ】
[能力]:『光の流法』
[時間軸]:二千年の眠りから目覚めた直後
[状態]:身体ダメージ(大)、疲労(大)
[装備]:遺体の左脚、胴体
[道具]:基本支給品×10、サヴェジガーデン一匹、首輪(由花子/噴上)、壊れた首輪×2(J・ガイル/億泰)
    ランダム支給品1〜5(アクセル・RO:1〜2/カーズ+由花子+億泰:0〜1)
    工具用品一式、コンビニ強盗のアーミーナイフ、地下地図、スタンド大辞典
[思考・状況]
基本行動方針:柱の男と合流し、殺し合いの舞台から帰還。究極の生命となる。
0.参加者(特に承太郎、DIO、吉良)を探す。場合によっては首輪の破壊を試みる。
1.ワムウと合流。
2.エイジャの赤石の行方について調べる。
3.第四放送時に会場の中央に赴き、集まった参加者を皆殺しにする。
4.我々は違う時代から集められた?考察の余地があるな。

【備考】
※スタンド大辞典を読破しました。
 参加者が参戦時点で使用できるスタンドは名前、能力、外見(ビジョン)全てが頭の中に入っています。
 現時点の生き残りでスタンドと本体が一致しているのはティム、承太郎、DIO、吉良、宮本、トリッシュ、ナランチャです。
※死の結婚指輪がカーズ、エシディシ、ワムウのうち誰の物かは次回以降の書き手さんにお任せします。
 ちなみにカーズは誰の指輪か知っています。死の結婚指輪の解毒剤を持っているかどうかは不明です。
 (そもそも『解毒剤は自分が持っている』、『指示に従えば渡す』などとは一言も言っていません)
※首輪の解析結果について
 1.首輪は破壊『可』能。ただし壊すと内部で爆発が起こり、内部構造は『隠滅』される。
 2.1の爆発で首輪そのもの(外殻)は壊れない(周囲への殺傷能力はほぼ皆無)→禁止エリア違反などによる参加者の始末は別の方法?
 3.1、2は死者から外した首輪の場合であり、生存者の首輪についてはこの限りではない可能性がある。
 4.生きている参加者の首輪を攻撃した場合は、攻撃された参加者の首が吹き飛びます(165話『BLOOD PROUD』参照)
 5.生きている参加者の首輪を無理に外そうとすると、内部で爆発がおこる。
※カーズの首輪に「何か」が起きています。どういった理由で何が起きてるかは、次以降の書き手さんにおまかせします。

※カーズはトリッシュが所持していた基本支給品×4、ナランチャの基本支給品を回収しました。
※トリッシュとナランチャの死体はカーズに食べられました。
※ナランチャの支給品は、『ホットパンツのローストビーフサンドイッチ(SBR出展)』と『防弾チョッキ』でした。
 ホットパンツのローストビーフサンドイッチはトリッシュとナランチャが食べました。




31 2 Become 1 ◆OnlAmXGbfQ:2016/01/31(日) 22:42:19 ID:4rs6KaC2

エア・サプレーナ島を後にしたジョナサン・ジョースターが選んだ道は北西だった。
F-5の橋を渡り、F-4のティベレ川の川沿いの道を歩き、E-3を目指していた。
ここまで誰にも会えずにいたこと、そして第三回放送を聞き逃してしまったこと。
これらがジョナサンの精神に焦りを生んでいたが、彼は進軍するしかなかった。

「はっ! あれは……」

ジョナサンは人影を発見する。見覚えのあるシルエットだ。小柄な身長にダボダボの服装。
それは数時間前に、とある民家で情報交換をした仲間の一人であった。

「玉美! ……大丈夫か!生きていたんだね。よかった」

ジョナサンは小林玉美を笑顔で迎える。しかし玉美の様子がどうにもおかしい。
よく見ると玉美は全身が血だらけになっている。足取りもおぼつかない。

「……よくねえよ」

彼は血反吐を出しながら語り始めた。

「『俺』は……『弱い』……なんで俺のスタンドはこんなにちっぽけなんだ……。
 ジョナサン……どうして『俺』なんだ。どうして『俺』だけが生き残っちまったんだ……。
 なんで『俺』が!『俺』だけが助かっちまったんだよぉ〜〜〜〜〜〜〜!!! 」
「落ち着いて! 酷い怪我だ! 今、波紋の治療を施そう! 」
「カァァァズゥゥゥゥゥッ!! ちくしょおおおおおおおおおおおお!!」

玉美は叫び続けた。己の無力さを、己の実力のなさを、己の精神の弱さを、呪い続けた。
どうして自分はもっと強くなれなかったんだろう。
どうして自分はこれまで自分に満足してしまっていたのだろう。
どうして自分は今もこうしてのうのうと生きているのだろう。
けれど、どうにも出来ない。
これが自分。この弱さが今の自分の現実。それは変えられない。
嘆き悲しむ玉美の叫びを、ジョナサンは聞き入るしかなかった。

「玉美! 君、首輪が……無くなっている!? 」

そして――……玉美はジョナサンの波紋の治療をひとしきり受け終えると、ふらりふらりと歩き始めた。

「DIOの館へ行かなくては……繋がなくては……トリッシュ様のご遺志を繋がなくては……
 ルーシーを……トリッシュ様のご友人を助けなくては……」

ぶつぶつと独り言を喋る玉美に、ジョナサンはついていくしかなかった。

32 2 Become 1 ◆OnlAmXGbfQ:2016/01/31(日) 22:42:48 ID:4rs6KaC2
E-3 ティレベ川沿い / 1日目 夜中】

【ジョナサン・ジョースター】
[能力]:『波紋法』
[時間軸]:怪人ドゥービー撃破後、ダイアーVSディオの直前
[状態]:左手と左肩貫通、疲労(極大)、痛みと違和感
[装備]:なし
[道具]:基本支給品(食料1、水ボトル少し消費)
[思考・状況]
基本行動方針:力を持たない人々を守りつつ、主催者を打倒。
0.カーズ……? 玉美の首輪が無い!
1.仲間と合流したい。

【小林玉美】
[スタンド]:『錠前(ザ・ロック)』
[時間軸]:広瀬康一を慕うようになった以降。コミックス41巻以降
[状態]:全身打撲、頭部と腹部に強い痛み、深い悲しみ
[装備]:H&K MARK23(0/12、予備弾0)、防弾チョッキ
[道具]:機能停止した自分の首輪
[思考・状況]
基本行動方針:???
0.どうして俺が生き残っちまったんだ
1.ルーシーを助けるためにDIOの館に行く。トリッシュの遺志を継ぐ。

※玉美の首輪は玉美から外れました。
 壊れてはいませんが、内部爆発を起こしたため機能は停止しています。

33 ◆OnlAmXGbfQ:2016/01/31(日) 22:44:33 ID:4rs6KaC2
以上です。仮投下スレに投下完了しました。
何かございましたら、ご指摘いただけるとありがたいです。
よろしくお願いいたします。
それでは失礼します。

34名無しさんは砕けない:2016/02/01(月) 21:18:01 ID:5OH4Le2M
仮投下乙です

指摘兼疑問なのですが、トリッシュが玉美の首輪をスタンドで殴った行為は
4.生きている参加者の首輪を攻撃した場合は、攻撃された参加者の首が吹き飛びます(165話『BLOOD PROUD』参照)
に何故該当しなかったのでしょうか。ソフトな衝撃ならOKだとしたら逆に首輪の解除の難易度が大幅に下がってしまうので
今までみんな何やってたんだってことになりかねません

また、大辞典を読んだことで首輪が外せる可能性のあるスタンドにカーズが目をつけるのは自然ですが、
ならばスパイスガールよりも先にティムのオー! ロンサム・ミーを使った実験をしなかったのはなぜかという
疑問も出てきます。あちらの方が攻撃をせずとも自力で外せる可能性が明らかに高いスタンドだっただけに違和感が目立ちました

カーズは非常に知性の高い設定のキャラであり、それを示す描写は初登場時から何度も繰り返されてきました。
なので説明が乏しい展開だと首輪とキャラ双方の設定に無理が出てきかねません

以上の点を修正するも良し、いっそジョナサンを乱入させたり逃げおおせたりする等、無理に首輪に踏み込まない形で
展開を変えるのも有りかもしれません。

話が進んだ現状、自分のやりたい展開に持っていこうとしても過去作からの流れが障壁になってしまうのはリレー小説あるあるですが
逆に考えるとその辺りが書き手の腕の見せ所とも言えます。
氏の作品の質は着実に進歩していると思いますので、じっくりで良いので修正あるいは変更を検討してみてください

35名無しさんは砕けない:2016/02/01(月) 21:46:49 ID:VSrFeZEA
仮投下乙です。まず最初に言っておきますが、話としては面白かったです。

とりあえず疑問に思ったのが2点ほど、
まず、そもそも何故トリッシュたちがカーズと会ってしまったのか。
前話でルーシーがわざわざカーズを避けるルートでトリッシュたちを移動させようとしていたにもかかわらず
今回の話で静止も何もなくあっさり遭遇してしまうのは違和感を覚えました。

それから、ナランチャや玉美がカーズを蹴ったりするなどで接触していますが、
その際柱の男の肉体に(露伴のように)捕食されなかったのは何故でしょうか。
目的がトリッシュ一人なら彼らを生かしておく必要などないはずです。

氏の作品はキャラに何をやらせたいのかはわかるのですが、
それが先行しすぎてしまっていて過去作の設定を把握しきれず、結果として説明不足になっているように見受けられます。
今は予約ラッシュ状態でもありますし、上の方もおっしゃっているようにじっくりと検討をお勧めします。

36 ◆OnlAmXGbfQ:2016/02/02(火) 13:44:46 ID:Lar2GT42
お二方とも感想とご指摘、本当にありがとうございます。
諸所の問題はたしかにその通りで、思わずうなりました。
みなさんの指摘を加味し、じっくりSSを修正してみようと思います。
本当にありがとうございました!

37名無しさんは砕けない:2016/02/04(木) 23:38:36 ID:F2iLVA7Y
前作までの流れくらいちゃんと把握しとけよ
終盤だぞ

38unravel ◆3hHHDZx0vE:2016/02/06(土) 21:22:52 ID:fC.3pY0w
お待たせしました。色々ゴタゴタしているなかで申し訳ないですがこれより予約分の仮投下を開始します。
さっき書き上げたばかりなのでミスがある可能性大ですがご容赦ください

39unravel ◆3hHHDZx0vE:2016/02/06(土) 21:23:41 ID:fC.3pY0w
暗く深い夜の闇を天に散りばめられた星が照らしている。
キラキラといくつも存在を主張しているそれは、見るものを魅了するほどの輝きを放っていた。
しかし悲しきかな。この場においてその輝きに見入るものはおそらくほとんどいない。



放送が終わり、サン・ジョルジョ・マジョーレ教会───今は見る影もない跡地となってしまったが───辺りは激闘が繰り広げられていたときとはうってかわって通り過ぎる風の音以外に聞こえるものがないほどの静寂が広がっている。

「……えれーことになっちまったな。たくっ、悪いことってのはどうしてこうも重なるもんかねぇ、クソッタレが」
「………ええ、そうですね……。」

まあ、ここで悪いことが起こらなかった時間なんて無いんだがな。とジョセフは軽口に締めくくり、ジョルノはそれを少し上の空で聞き流していた。
大きめの瓦礫を背もたれにし、ジョルノは馴染みきっていない両腕を確かめるようにさする。
放送が始まる前に装着したジョセフの義手によって産み出されたそれは(「スタンドとは認識することであり、できると思えばできる」ということをジョルノは説明し、そういえばおれもさっきスタンドが発現したときそんなんだったなあ……たぶん。 とジョセフは一人納得していた)未だ肉がゴムでできているかのように感覚が鈍い。身体を横にしながら寝てしまい起きたときのあの腕の感覚が一番近いだろうか。
本当ならそのまま自身やジョセフ、そしてボロボロのままの仗助の亡骸の治癒にあたりたかったのだが……しかしここに来てジョルノの体力は限界に来てしまった。
そもそも彼はこの殺し合いのスタートから消耗ばかりの出来事が連続して起こっており(もう一人の自分との謎の消滅現象、プッチとの戦闘、移動を挟みDIOとの2度に渡る衝突、合間に仲間や負傷者の治療……と、息をつけた時間はあまりない)今まで戦ってこられたのは強靭の精神力ゆえのスゴ味によるものだ。
だがジョルノも人間……自らの腕をスタンドによって産み出し付けた直後、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
その姿に仗助をダブらせたジョセフはすぐさまジョルノに駆け寄り波紋を流し込み近くの手頃な瓦礫にもたれかからせた。命に別状はないことは分かったものの、ジョセフは念のため安静を優先し放送のことは自分に任せてお前は休んでろ、とジョルノに身を休めるよう促した。
無理をする必要もないのでジョルノはありがたくその申し出を受け入れることにし、そして放送が始まり……今に至る。

40unravel ◆3hHHDZx0vE:2016/02/06(土) 21:24:25 ID:otZ6YeIY

(ミスタ……ミキタカ……)

再会を信じ別れた仲間
希望的観測がなかったかと言われれば嘘になる。しかし放送は無情にもその約束は永遠に叶わぬものと彼らの死の現実を突きつけた。

(花京院……F・F……)

交流した期間こそ短いものの、打倒・DIOという同じ目的を掲げた仲間
こんな形で二人のその後を知りたくはなかった、出来れば生きていてほしいと願っていた。

(……仗助)

集った仲間のなかでも、特に親しみを覚えた同じ年頃の少年
ぶち抜かれた腹を治してもらったとき、彼は本当に「いい人」なのだと思った。その時の優しげな表情と、魂が天に昇っていく時の泣きじゃくった声がない交ぜになって鮮やかに残酷によみがえる。
ズキリ、と完全に治ったはずの腹が再び痛みだした気がした。

(……『父さん』……)

同じ血を引く……二人の父
彼らに対する感情は言葉にするのが難しい。片や幼い頃から顔だけは知っていた薄っぺらい写真一枚の中の神秘的な存在・DIO、片や自身の出生の秘密をもって発覚した今まで存在すら知らなかったもう一人の実の父・ジョナサン・ジョースター
……分からない、彼らにどんな感情を抱けばいいのか。今になってそんなことを考える。


仲間の死………敗者…………黒幕…………禁止エリア…………
ジョースター…………血統………父親…………DIO…………


(ダメだ……余計なことは考えるな、必要なことを考えろ…………必要なこと……だけを)

だが思考は脳を動かそうとすればするほど抗えぬ深みにはまっていく、意識が生ぬるい泥の螺旋へと沈んでいく。

(…………ぼく、は…………)




「ジョルノ」


ハッと意識が現実へ引き上げられる。目の焦点
が正面へと絞られ、声の主───ジョセフ・ジョースターの姿がすぐ目の前にあることに気がついた。ジョルノに目線を合わせるようにして膝を折っている。
それほど近くに接近しているのに気がつかないほど消耗していたのかと自分自身にショックを受ける。

「な、なんでしょうか」
「寝ろ」
「はい。 …………はい?」

気の抜けた返事を返してしまうジョルノ、ジョセフの顔は真剣そのものだ

「顔に書いてあるぜェ〜?「今までロクに寝てなくて今メチャ疲れてます」ってな、まあなにかあったら叩き起こしてやっから安心しろ」
「ジョセフ……」
「おれ様ちゃんはまだビンッビンに元気だからヘーキヘーキ、任せとけって」

言って、右手でジョルノの頭をぽんぽんと優しく叩く、そこから感じなれた暖かい気配が流れ込んでくる。
波紋だ

(ジョセフ、やはり………後悔しているんですね……仗助とぼくを…重ね、て………)

朧になる思考のなか、浮上する言葉はしかし言葉にはできず、ジョルノはおとなしく心地よい暗闇へと意識を委ねた。


※※※

41unravel ◆3hHHDZx0vE:2016/02/06(土) 21:25:02 ID:fC.3pY0w

「……そうだな、もうこんな後悔したかねえーんだおれは、……ガキはガキらしく、かっこなんてつけずにわがままでもなんでもやってりゃいいってのによ。

おれはそうだったぜ、お前はどうだったよ、承太郎」

疲労と波紋によって眠りに落ちたジョルノに少し語りかけ、立ち上がりながら流れるようにもはや感じ慣れた血族の気配へと振り返る。

「……………」

その視線の先にいた男───空条承太郎はジョセフの呼び掛けにすぐさま応えずに視線を投げ返し、ついで気を失ったジョルノ、そして…………仗助の遺体へと視線を移した。
ジョセフはその姿勢に違和感を感じたが、どうやら背中に一人誰かを背負ってるらしかった。

「……放送の通りだ、花京院とF・Fが死んだ。塔の上にいたやつもだ。遺体は全員向こうにある
俺はこれからこいつと共に南へ向かってジョナサンとDIOの生死を確かめに行く、アンタは空条邸に一旦戻って噴上たちと合流しろ」

ジョセフの問いには答えずに感情が読み取れない、というより無機質な声で淡々と述べる。こいつ、と言って顎で自らの背中を指し、背負われている人影────ナルシソ・アナスイはそれにピクリとも反応を返さなかったが、承太郎がわざわざ背負いながらそのようなことを言うということは、一先ず生きてはいるということなのだろう……とジョセフは結論付ける。

「ああ?なに言ってやがる、DIOなら放送で呼ばれたじゃねえか、間違いでもない限り奴はくたばって…」
「あの野郎が「またしても」「同じように」生き延びていないとも限らねえ」

淡々と吐き出されるかのように承太郎の言葉に、ジョセフは意図が読めず怪訝な表情を浮かべるが、一瞬の思考の後にハッとして息を詰まらせる。
そう、DIOとジョースター家の因縁の始まりとなった出来事…ディオ・ブランドーがジョナサン・ジョースターの首から下を乗っ取り、百年の眠りの後に闇の帝王として君臨したというジョースター家所縁のものにとっては絶対に忘れてはならない悪の所業
それがまた繰り返されていたとしたら

「連中が生者と死者をどんな風にして判別しているかわからない以上、そうなった場合どっちの名前が呼ばれてもおかしくない……ってか」
「そうだ、万が一だろうがなんだろうがその可能性があるなら徹底的に叩き潰す。」

そう口早に締めくくり、承太郎はジョセフの横を通り過ぎようとする…が、一歩二歩と進んだところでジョセフが立ち塞がるように体を横にずらす。

42unravel ◆3hHHDZx0vE:2016/02/06(土) 21:25:37 ID:fC.3pY0w

「オイオイオイオイオイ、それだけかよ?もっと他に言うことねーのか?大体お前そんなボロボロな身体で行ってどうこうできんのかよ」
「応急処置は済ませたしアンタが思うほど動けない訳じゃねえ。……事は一刻を争うかもしれん、どけ」

語気を強め、承太郎は今度こそ歩を進めようと足を踏み出す。
が……その歩みはまたしても止まってしまう。否、止めざるを得なかった。
ガシィ!と首元が僅かに締め付けられる感覚と、身体全体への小さな衝撃。しかし打撲・裂傷・骨折……DIOとの壮絶な戦闘で負ったあらゆる傷には十分過ぎるほどで、軋むかのように神経に苦痛をもたらす感覚に承太郎は顔をしかめ、内心舌打ちをした。

「何のつもりだ、放せ」
「ひっぺがしてーなら力ずくにでも引き剥がしゃあいいだろ。それともかっこつけといてホントはんなこともできねえほど弱ってるってか、承太郎さんよぉ?」

身をのりだし、承太郎の襟首を掴み、挑発的な言葉とは裏腹にジョセフは口角を上げ余
裕ぶった表情を浮かべていた。

「平気なツラしてクールぶって一人で何もかも背負いやがって、余計なことは喋りたくねーてか。最強のスタンド使い?無敵のスタープラチナ?はっ、笑わせてくれるぜ。ボロぞーきんよりもひでぇ格好になりやがって」
「……何が言いたい」
「ちゃんと言えって言ってんだよこのスカタン、そうやって「言わなくていい」って思ってることなんも言わねえから肝心なときにトンでもないことになっちまったんだろうが」
「……隠していたつもりも言いたくなかった訳でもねぇ、それとも仲良くおしゃべりしたところで何か変わっていたか?俺が言うこと言っときゃ仗助達は死なずに済んだとでも?」

ぐっと短い勢いをつけて承太郎の体が僅かに浮き上がり、首もよりきつく締まる感覚がした。

「……そういうこっちゃねえってわかってんだろ、思ってもいねえことで上っ面だけの挑発すんじゃねーよ」

ジョセフの顔から余裕が消え、力の入った怒りの表情に染まる。殴れるなら今すぐにでも殴ると言わんばかりの表情だが、承太郎から俯くようにして一度視線を反らし内側の熱を逃がすように大きく息を吐くと、顔をあげ再び承太郎視線を合わせる。

「ああそうだよ、言ってやるぜ、おれ達の中でお前は誰より強かった。おめーがいなけりゃそれこそおれたちゃミジンコを潰すより容易く奴に殺されてた。おめーがいたからおれ達はDIOの野郎と面と向かって戦えた。おめーが戦ってくれたからおれとじいさんはDIOに勝てたんだ。けどな───

43unravel ◆3hHHDZx0vE:2016/02/06(土) 21:26:19 ID:fC.3pY0w
おめーのその強さも無敵さも、おめー一人で突っ走るためにあるんじゃねーだろうが
おれたちゃおめーに守られるためにDIOと戦ったんじゃねえ、おめーと肩並べて、おめーと一緒に戦うために奴と戦ったんだ。DIOとはちがう」

────家族だの仲間だの友情だの、そのようなものに縋るから肝心なときに裏切られるのだ…… 
────このDIOを見るがいい……必要ないものは全て切り捨て、配下は服従、絶対なのは己のみである…… 
────裏切られる信頼など元より存在しないのだから、そのような無様な姿を見せる可能性などゼロということ……… 
────これがおまえたち人間と、わたしの『差』だ………



二人の脳裏にもう聞きたくもない宿敵の声が再生される。
孤高であること、絶対であること、頂点に立つべきは常に自分一人であり、すべてを支配することに固執した闇の帝王は、しかし血の絆で結ばれたジョースターや彼らを助けた者たちの結託によって滅ぼされた……少なくともジョセフはそう確信している。

「そら、言ってみろよ承太郎、てめーが今なにを考えて、なにを感じてるのかを、ここでたっぷりとな。いいかたっぷりとだぜ?」

再び余裕綽々といった表情で顔を弛ませ、ジョセフはほんの少しだけ承太郎を締め上げている腕の力を抜く。承太郎が話しやすいように、しかし逃がすことのないような力加減だった。



冷たい風が吹き抜ける。無数の星とたったひとつの大きな月の光が降り注ぐ。二人の男は睨み合っている。
10秒、20秒、30秒……それほどたったか、いやあるいはそれ以上か以下か?時間がてんでバラバラに揺らめいている。まるで弄ぶかのように、だが今だけはどうでもよかった。この一瞬の重要さに比べれば

ややあって、承太郎の目が細まり、何か言いたげに首をもたげる。やっとかこのスカタンと口には出さず軽く毒づくと聞き逃さぬよう耳をすませる。






「俺はアンタだ」

「………………? はあ?」


思わず素っ頓狂な声が出た。オレハアンタダ?…………何言ってんだこいつ、イカれたのか……この状況で?そう思わざるおえない程の意味不明な応え。

「てめー頭脳がマヌケか?ちゃんと言えっつたろうが、言うことが端的すぎてわけわかんねーよ………もうちと分かりやすく」







「アンタの痛みは俺の痛みだ。…………そうだろ、ジョセフ」



何かが引き裂ける音
何かが砕け散る音
それらを拒絶する耳鳴り
そして生まれる空虚、心がバラバラになりそうなほどの痛み、魂が乖離していく感覚

彼らはそれを知っていた



※※※

44unravel ◆3hHHDZx0vE:2016/02/06(土) 21:26:50 ID:fC.3pY0w

〇 〇 〇 〇 〇
 ● ● ● ●

ゆらり  ゆらり  揺れている

いや 揺さぶられている? 浮いている? ……分からない 上も下も右も左も、地に足がついているのかさえ ……だが不思議と不快感はない。

ふと目の前に誰かがいるのに気付く
誰だ? と思っても、その人は磨硝子の向こう側にいるかのように、目に涙がたまっているかのようにぶけてハッキリとしない
向かい合っているのだろうか、こちらが見上げあちらが見下げているのだろうか。それすら分からない


「徐倫?」


思い当たる、想っている女性の名を呼ぶ
空気が優しく揺れた気がした。『彼女』が笑った気がした。

すると、『彼女』の姿がゆっくりと滲み始めているのに気がついた。
絵の具が水に溶けるように、カラフルな糸がほどけていくように
透き通っていく
見えなくなっていく

「徐倫!」

『彼女』に手を伸ばす。もう大切な人を失いたくないと、そんな体験は二度とゴメンだと
だが伸ばした手に『彼女』が触れた瞬間、触れた所から水面の波紋のようにぶわりと拡散する。
溶けてほどけて……体に絡まっていく、馴染んでいく、広がるのは暖かいもの


………ああ、そうか、君は………お前は…………



世界は光に包まれる



重みは四人分へと、増えた


〇●〇●〇●〇●〇

45unravel ◆3hHHDZx0vE:2016/02/06(土) 21:27:37 ID:fC.3pY0w

「カッコ悪ぃな……情けねえぜ、おれってばよ……なあ、仗助」

今やすっかり暖かさを失いがらんどうとなった「息子」の亡骸の傍らに座り込み、返事が返ってくるはずもないとわかりつつもジョセフは喉から絞り出すようにかすれた声を漏らす。

「同じだった……おれと承太郎の痛みは、同じ……」

友を失い、守りたかった肉親を失い、救いたかった命を救えずなにもできなかった無力を味わい、自分を取り巻く世界すべてが否定されるような錯覚を覚え、現実を投げ出してしまいたくなるほどの苦痛のなか、しかし絶望に屈することなく立ち向かいその歩みを止めることはなかった。

彼らは同じだった………ジョセフはその事を承太郎のたった一言で、心と体で理解した。

「なんだよ……バカかおれは………なんだって……ちくしょう………」

吐き出したい心は形に出来ず無意味な言葉になる。

────リサリサ先生 たばこ逆さだぜ

唐突に、かつて波紋の師であるリサリサに対して掛けた言葉がよみがえる。
あのとき今までの人生を好き勝手やっていた自分が他人の心境を察し、思いやってみせた。少しは成長したかなと、そう思っていた。
だが、


────にしても、なんか寒くねーッスか? 俺だけ?


────母親を、娘を、仲間を殺され…家を失い…見つけた娘は仇に乗っ取られた上ずうずうしくも仲間入りし…味方は当てにならず…信頼していた友にも裏切られたというわけだ…… 
 正直、このDIOには半分も理解できん感情だが……おまえは、心のどこかでこう思ってしまったのではないか……?


―――こんな『現実(いま)』には、1秒たりとも留まっていたくない―――と



察するチャンスはそれより前にあった。気付こうとすれば気付けたかもしれなかった。だが出来なかった。自分のことで手一杯でみすみすそのチャンスを通り越してしまっていた。

「なにが少しは成長したかな、だ………結局なにも変わっちゃいねえじゃあねえかよ………」

思えばリサリサと承太郎もどこか通ずる所があった。目の前の為すべきこと、行動しなければならないときに自身の心を押さえ込んででも使命を達成するという覚悟を持ち合わせていた。

「…………」

だったら、自分はどうする
立ち上がる足はある。血の通った腕はある。考えるだけの頭もある。では他に何が必要か

「……同じ血を引くお前らがこれだけ頑張ってんだ。おれがうだうだしててどうする」

46unravel ◆3hHHDZx0vE:2016/02/06(土) 21:28:28 ID:fC.3pY0w

ほんの少し身を乗りだし、膝をつき、仗助の顔を覗きこむ。
後悔がないわけないだろうに、血が張り付いているその顔はしかし思いの外さっぱりとしていた。
俺のことは気にすんな、いいから前見て歩け、じじい………そう言っているかのように、気のせいかもしれないが

「おれに足りねえのはよォ、『冷静さ』とか『よく観て気付くこと』とか、そうゆうやつだ………こんなところで立ち止まってる場合じゃねえ………もう後悔はしたかねえ、おれの目の前で誰かが死ぬのは、まっぴらだからよ」

『覚悟』はできた。立ち向かうための『勇気』もある。迷いなどあるものか
そして、だからこそ、怒りが湧いてくる。何に?決まってる。

「…………」

この悲劇を仕組んだもの
この悪夢を望んだもの
血で血を洗う殺し合いの幕を上げた黒幕

「ファニー・ヴァレンタイン………」

ドゴォ!!と響く音に気付いた時には右手が地面にめり込んでいた。あまりの勢いで血がにじんでしまっているが、その痛みを気にすることなんて出来ないほどの怒りで頭の中は沸騰するほどの熱を持っていた。

(おれ達は何一つ貴様にたどり着けてねえ、分かってんのは名前とお偉いさんってことと、てめーがこんな悪趣味を催して高みの見物決め込んでるドス黒い邪悪ってことだけだぜ)

ヒントなどなにもない、敵の実力も居場所も分からない。全貌があまりにも闇に包まれ過ぎている。その事に苛立ちが止められない。
だが、それを抑えねばならない。リサリサがそうであったように、承太郎がそうしていたように、今は自分の為すべきことに対処せねばならなかった。

「……だが、これぐらいは許してくれよな」

仗助をせめて安全なところまで運びたい
そんな思いがジョセフの中にはあった。無茶をして体を張って、かっこつけながら死んでいった息子をこのままにしておくのは絶対に嫌だった。
それが終わればジョルノと共に(今は眠っているので背負っていくことになるだろうが)空条邸で噴上達と合流してトンボ返りで承太郎達と合流する。本当は承太郎達を今すぐに追いかけたい気持ちもあるが、承太郎も重傷を負っているから素早く行動できないだろう。パッと行ってパッと帰ってくればきっとすぐに追い付く

そんなことを考えながら仗助を抱えるために体を動かそうとする。………が、その動作は中途半端な姿勢で止まってしまった。

………なんだ?すごく………奇妙な感じがする………?

47unravel ◆3hHHDZx0vE:2016/02/06(土) 21:29:11 ID:fC.3pY0w

自らのすぐそこ、視界の右端、そこにある地面に何か違和感を感じた。
戸惑いながら、しかし思いきってそこを直視する。
そこには

「……?なんじゃあこりゃぁぁ?……?」

砂ぼこりと小さな瓦礫や石ころ、そして先ほど地面を殴ったときに流れたジョセフの血が、不自然なほどうごめいていた。
しばらくそれらは地面を不気味に踊ったあと、小さく震えながらピタッ………と唐突にその活動を止めた。
何かのスタンド攻撃か………?と思いつつ、周囲を警戒しながらしばらくそのまま待機していたが、それ以上のことは何も起こらない。
勇気をだし、ジョセフはその地面を覗きこむ。

一瞬「それ」が何なのか理解できなかった。砂や小石が何かの模様を描いている。じっと見つめるうちに、だんだんとそれらの正体が分かってきた。

既視感のある砂の模様の上を、血や小石が何かを示すかのように飾っている。そう、それの正体は



「………地図、か?」



ジョセフの右手に、茨の形をした紫色のヴィジョンが、うっすらと蠢きながら纏わりついていた。

48unravel ◆3hHHDZx0vE:2016/02/06(土) 21:30:55 ID:fC.3pY0w

【D-2 サン・ジョルジョ・マジョーレ教会跡地(移動中) / 1日目 夜】


【空条承太郎】 
[時間軸]:六部。面会室にて徐倫と対面する直前。 
[スタンド]:『星の白金(スタープラチナ)』(現在時止め使用不可能) 
[状態]:右腕骨折(添え木有り)、内出血等による全身ダメージ(極大)、疲労(極大)、精神疲労(極大)
[装備]:ライター、カイロ警察の拳銃の予備弾薬6発、 ミスタの拳銃(6/6:予備弾薬12発) 
[道具]:基本支給品、スティーリー・ダンの首輪、肉の芽入りペットボトル、ナイフ三本 
[思考・状況] 
基本行動方針:バトルロワイアルの破壊。危険人物の一掃排除。 
0.…………。 
1.状況を知り、殺し合い打破に向けて行動する。 
[備考] 
※肉体、精神共にかなりヤバイ状態です。 
※度重なる精神ダメージのせいで時が止められなくなりました。回復するかどうかは不明です。 
※前話、承太郎の付近にあったナイフ×3、ミスタの拳銃(6/6:予備弾薬12発)を回収しました。それ以外は現場に放置されています。


【ナルシソ・アナスイ  plus  ………?】
[スタンド]:『ダイバー・ダウン?』
[時間軸]:SO17巻 空条承太郎に徐倫との結婚の許しを乞う直前 
[状態]:睡眠中、精神消耗(中) 
[装備]:なし 
[道具]:基本支給品 
[思考・状況] 
基本行動方針:??? 
0.徐倫……


【備考】 
ジョニィとアナスイは、トリッシュ達と情報交換をしました。この世界に来てからのこと、ジョナサンの時代のこと、玉美の時代のこと、フーゴ達の時代のこと、そして第二回の放送の内容について聞いています。




【D-2 サン・ジョルジョ・マジョーレ教会西の川岸 / 1日目 夜】


【ジョセフ・ジョースター】 
[能力]:『隠者の紫(ハーミット・パープル)』AND『波紋』 
[時間軸]:ニューヨークでスージーQとの結婚を報告しようとした直前 
[状態]:全身ダメージ(中)、疲労(大)
[装備]:ブリキのヨーヨー 
[道具]:首輪、基本支給品×3(うち1つは水ボトルなし)、ショットグラス 
[思考・状況] 
基本行動方針:チームで行動 
1.仗助……… 
2.悲しみを乗り越える、乗り越えてみせる……もう後悔したくない、そのためには……
3.同じ………承太郎の痛みはおれの痛み……か
4.なんだこの………地図?


※『隠者の紫』の能力を無意識に発動しました。すぐ近くの地面に地図が念写されています。地図が何を示しているかは不明です。(後の書き手さんにお任せします。)


【ジョルノ・ジョバァーナ】 
[スタンド]:『ゴールド・エクスペリエンス』 
[時間軸]:JC63巻ラスト、第五部終了直後 
[状態]:体力消耗(大)、精神疲労(大)、両腕欠損(治療はしたが馴染みきってない) 、睡眠中
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、地下地図、トランシーバー二つ、ミスタのブーツの切れ端とメモ 
[思考・状況] 
基本的思考:主催者を打倒し『夢』を叶える。 
0.睡眠中
1.状況を把握しつつ、周囲の仲間と合流する。 


※ジョセフの義手を装着した状態でスタンドを発動することができました。義手はジョセフに返しています。


[備考] 
仗助の遺体が近くに安置されています。 
持ち物である基本支給品(食料1、水ボトル少し消費)もその場にあります。

49unravel ◆3hHHDZx0vE:2016/02/06(土) 21:32:47 ID:fC.3pY0w
投下終了します。
な……長い……でも話全然動いてない……

誤字脱字、その他矛盾などのミス、また感想あればよろしくお願いします。

50名無しさんは砕けない:2016/02/06(土) 23:00:20 ID:qUZ1vg.E
投下乙です。
改めてみると悲しい、悲しすぎるよ全員……
そしてそこから立ち上がれる強さがあるのもかっこいいです。

とりあえず疑問が二点。
まず肉の芽入りペットボトルはどうなっているのでしょうか。
いや時系列上次の話でも持っているんですが、どうにも気になります。

あとこれはどっちかというと前話のミスでしょうが、
ジョンガリのライフルが落下で壊れた以上彼が最後にぶっ放したのはミスタの拳銃のはずです。
にもかかわらず弾が減っていません。

それでは本投下待ってます。

51名無しさんは砕けない:2016/02/07(日) 13:43:53 ID:sJYS/Ry2
仮投下乙です
感想は本投下時にとっておいて、内容ではなく氏の文章の構成についてひとつ指摘を。
端的に言って『読みにくい』です。

一般的に縦書き小説で一行当たり40文字前後、ロワでは横書きですが大体の方が長くて60文字くらいです。
対して氏の文章は改行が少ないせいでPCで読むと行によっては100文字を超えています。
氏の中では文章としてキリのいいところで改行されているのかもしれませんが、悪く言えばダラダラとした印象を与えてしまいますし
読む側としても、読み慣れない長さゆえに目が滑ってテンポ良く読めません。
あらかじめ一行当たりの文字数を設定して、その範囲で執筆されることをおすすめします。

今回の作品も改行を工夫するだけで格段に良くなると思いますので、よかったら他の方の文章を参考にしてみてください。
偉そうな指摘失礼しました。内容が面白かっただけに惜しいので・・・
本投下お待ちしております。

52 ◆3hHHDZx0vE:2016/02/07(日) 18:33:15 ID:vCVD8uhM
ご指摘ありがとうございます。

>>50
肉の芽入りペットボトルですが、おっしゃる通り時間的には後になる「NAMI no YUKUSAKI」では普通に持っています。
読み手の方のなかにはwikiで後から時系列順に読まれる人もいらっしゃると思います。
そうなると肉の芽の状態が二転三転してしまうことになるので今回はあえて触れませんでしたが、やはり何かしらの描写を挿入した方が良いでしょうか?
一応描写を挿入すること自体はできますので、ご意見よろしくお願いします。
弾数に関しましては修正しておきます。

>>51
矛盾や誤字脱字だけでなく文章全体のご指摘は本当にありがたいです。
指摘が的確な分グサグサきますが、逆に言えば本文をよく読んでくださっているということで
それだけ親身になってアドバイスをくださるというのは励みになります。
ご指摘いただいたことを生かせるよう本文を修正いたします。


ご意見やその他ご指摘がありましたら引き続きよろしくお願いします。
本投下は少し時間がかかりそうですので申し訳ありませんが今しばらくお待ちください。

53 ◆3hHHDZx0vE:2016/02/08(月) 12:48:06 ID:lCDgXCzo
◆LvAk1Ki9I.氏、予約スレにてご意見をありがとうございます。
肉の芽についてはとりあえずどうするかは決めました。
投下を待っていただいたようですみません。
また他の方も指摘などありがとうございました。修正後本投下に臨みたいと思います。

54 ◆LvAk1Ki9I.:2016/02/08(月) 21:16:29 ID:B9bXl/V2
待つのが必要なのはいろんな投下作品をよりよくするため……
逆に考えるんだ「待っちゃってもいいさ」と考えるんだ。
ASBのミスタの拳銃については申し訳ありません。
wikiのほうで弾数を修正しておきました。

というわけで
シーザー・アントニオ・ツェペリ、イギー、宮本輝之助、吉良吉影、パンナコッタ・フーゴ
仮投下開始します。

55To Heart ◆LvAk1Ki9I.:2016/02/08(月) 21:21:25 ID:B9bXl/V2

(チッ、あいつ遅すぎるぜ……)

D-4、ナヴォーナ広場近くの路地にて。
眠りに入ったパンナコッタ・フーゴの傍らでイギーはいらついていた。

事の発端はサン・ジョルジョ・マジョーレ教会の突然の崩落であった。
当然、イギー達はその様子をしっかり確認しており、彼の用心棒たるシーザー・アントニオ・ツェペリはすぐにでも様子を見に行きたいようだったのだが……
同時に発生した轟音にイギーと睨み合っていたシルバー・バレットが驚いてしまい、落ち着かせるのを手間取る間に第三放送が始まってしまった。
その後ようやく出発可能となったシーザーがイギーに後を任せ、馬で駆けて行ってから数十分。
シーザーは未だ戻ってきていない。

(どいつもこいつも、なんで危険なところに行きたがるんだか……)

出発間際にシーザーが言っていたことを思い返す。

『あんなことが出来そうなやつの心当たりは、おれの「宿敵」しか思い浮かばない……
 そいつらがいそうなところへ、フーゴやお前を連れてはいけない……!』

こんな状態のフーゴ(と自分)を置いていくのかと鳴き声で抗議はしたものの、彼の答えは変わらなかった。

『波紋はおれでなく、フーゴ自身の呼吸が傷を治すんだ……おれが今やるべきなのは、ここでじっと見てる事じゃない……
 フーゴを頼んだぞ、イギー』

そう言い残して走り出した彼を、イギーは止めることが出来なかった。
教会へ近づく気などないうえに不本意ながらフーゴのことを頼まれた以上、後を追うような真似はしない。
また、付き合いこそ短いもののシーザーがそのまま逃げるような男ではないことも理解していたために黙って待っていたのである。
だがいくら信用しているとはいえ、待たされ続けるのは不満だった。

(こいつはこいつでグースカ寝やがって………ったく、せっかくジョルノがDIOの野郎を倒してくれたってのに………)

見たわけではないが、放送の内容と教会の崩落………つまりは、そういうことなのだろうとイギーは思っていた。
今のところフーゴの様子に変化はないが、それがいつまで続くか。
新たな誰かがいないかと周辺の捜索はしつくした以上、やることは―――

(そういや、こいつがあったな……全く重てえな、何が入ってんだァ?
 いい加減うざったいし、てきとーに見ていらないもんは捨てちまうか)

実際にはほとんど重さなど感じないのだが、一度意識してしまうとどうにも気になる自身のデイパックを見やる。
開始から実に二十時間近く経つにもかかわらず、開けてすらいないそれにイギーはようやく手を付け始めた。
前足で……は開けられないため、変幻自在の『愚者』で器用に開けて中身を調べていく。

56To Heart ◆LvAk1Ki9I.:2016/02/08(月) 21:25:35 ID:B9bXl/V2

パン―――食いだめしておく

水―――入れ物が開けられねーからいらない

懐中電灯―――いらない

地図―――どこだかわからねーからいらない

鉛筆と紙―――犬のおれによこすな!

磁石―――いらない

時計―――上に同じ


一通りのものを眺めていらないものはデイパックに入れっぱなしにし、残るは―――

(あとは――この妙な紙、鉄のにおいがしやがる……
 ひょっとしたら危ねーもんかもしれねーし、ちょっとだけ離れるか)

未知の中身を警戒したイギーはフーゴに影響が出ないよういったんその場を離れることにした。
シーザーがしっかりと止血処理を施していったため、もうスタンドの射程距離を気にする必要はない。
紙を口に咥えると別の路地へと移動し………

(ああ、ここか………そういや花京院のやつも呼ばれちまったんだっけ………
 ここはなんか嫌だな………もうちょい先に行くか)

そこに横たわる男―――殺し合いの最初も最初に花京院が殺害した男の死体を見つける。
普段のイギーなら「死体の傍で何かしたくない」としか思わないのだが、今は―――ほんのちょっぴり、花京院のことも思い出した。
もう一本隣の路地へと入ると地面に紙を置き、『愚者』を使って開けていく。

―――このとき、イギーの警戒は正しかった。
だが、いくら警戒していたとしても……

バシュッ!!

(…………なッ!!?)


警戒だけでは回避できない、予想外のことは起こり得る―――!

57To Heart ◆LvAk1Ki9I.:2016/02/08(月) 21:29:37 ID:B9bXl/V2

#

その頃、当のシーザーは瓦礫の山と化したサン・ジョルジョ・マジョーレ教会跡にて調査を行っていた。
今の彼はひとり―――『敵』に悟られぬよう、乗ってきたシルバー・バレットは教会跡からやや距離がある地点に残してきたため。
慎重に人の気配を探りつつ、地上の瓦礫をかき分け、空いた大穴から地下へと飛び降りて誰かいないか探していく。

(倒壊はワムウあたりの仕業じゃないかと踏んでいたが……どちらにせよ『また』遅すぎたか……くそっ)

だが……必死の捜索にもかかわらず、生きている参加者は一人も見つからなかった。
人の痕跡といえば死体や肉片、ちぎれた腕が散らばるだけ―――しかも見つけた死体には全て両腕が付いているのがなんとも嫌な感じである。
彼が唯一推測できたのは落ちている道具の少なさから、「おそらく生き残りがいて、何処かに去った」ということのみだった。

(不気味だぜ………死体だらけなのもそうだが、あれだけ派手に崩れ落ちたにもかかわらず
 おれ以外に様子を見に来るやつがひとりもいねえっていうのは………)

しばらくしてシーザーはこれ以上の探索は無駄と判断し、いったん引き返すことにした。
何も得られなかったものの、気を落としてはいられない。
思ったよりも時間を食ってしまったし、フーゴは無事なのかという懸念も拭い去れなかった。

(結局、成果はなし………マンマミヤー、おれってツキに見放されてるのか?)

心の中で自虐するが、ハッキリ言ってしまえばその通りである。
どこかですれ違ったのか……それとも、今まさにこの時近くにいたのに気付けなかったのか。
シーザー自身や彼を待っている者、彼らが最も会いたいと望む男たちが近くにいたにもかかわらず、接触できなかったのだから。

「待たせたな、シルバー・バレット。それじゃあ戻るとするか………………ん?」

再び馬に跨り、来た道を急ぎ戻る………が、進む先に妙な違和感を覚える。
すぐにシーザーは自分が知る、出発時の風景には無かったはずのそれを視界に捉えた。

「……なんだぁ〜? あの……『鉄塔』は?」

そびえ立つは巨大な鉄塔……狭い路地を中心として、根本は周囲の建物に突き刺さっている部分もある。
会場内で風景にそぐわない建造物はいくつかあったが、一応敷地内に収まっていたそれらとは根本的に違う……
いうならば、あとから無理やり付け足したのが見え見えの不自然な光景だった。

「あんなでかいのをおれが見落としていたとは思えん……
 まさか……シルバー・バレット、悪いがまた少し待っていてもらうぞ」

『敵』の襲撃か何かか……その可能性も視野に入れて行動を決める。
ひとまずシルバー・バレットから降り、自分だけで用心しながら鉄塔へと近づいていく。

(フーゴ、イギー、無事でいてくれよ………形兆も、じいさんも、ヴァニラも、DIOでさえも放送で呼ばれた………
 おれがここへ連れてこられてから知り合ったやつらは、もうおまえらしか残ってないんだ…………ん?)

そして鉄塔のすぐ下が見える位置まで来た時、シーザーの目に飛び込んできたのは……

58To Heart ◆LvAk1Ki9I.:2016/02/08(月) 21:31:39 ID:B9bXl/V2
「……イギー?」

そこにいたのはまぎれもなくイギーだった。
その体に外傷などはなく、顔も苦悶の表情とは真逆でむしろくつろいでいるように見える。
シーザーにしてみれば正直、心配して損をしたと思えるほどの無事具合だった。
さらにイギーのすぐ近くに開かれた紙があるのを見て、なんとなくこの状況に予想をつける。

「支給品の紙を開けたら出てきたってとこか……
 随分とバカでかいうえに斬新な形の犬小屋だが、偉そうにふんぞり返ってる暇はないだろう?」

一応周囲には他に誰もいないことを確認しつつ、シーザーはイギーを抱え上げてでも移動させるべく鉄塔の中へと足を踏み入れようとした―――

「ガルルルルッ!!!」

―――瞬間、イギーが激しく吠え始めた。

「うおっ、なんだ? 自分の縄張りに入るなってか? 何度も言わせるな、今はこんなことしてる場合じゃ無いんだよ」
(そうじゃあねえッ! いや入るなってのは正しいんだけどよッ!!)

なおも近づかんとするシーザーに対し、イギーはついにスタンドを発現した。
イギーのすぐ前にて戦闘も辞さないといわんばかりの『愚者』を見てさすがにシーザーも足を止め、鉄塔の直前で座り込む。

「なんだぁ〜〜? そんなにそこが気に入ったってのか?
 わかったわかった、なら無理にとは言わねえ―――」
(………………よし)

シーザーが折れたことにイギーは一瞬胸をなでおろす―――が、件の鉄塔の持ち主はこんなことを言っていたりする。
「人は『入れ!』と言うと用心して入らない、『入るな』と言うとムキになって『入ってくる』」………と。


「―――っていうとでも思ったか、このワン公ッ!!
 てめーは「努力」や「ガンバル」って言葉が嫌いなどっかのバカかッ!!」

シーザーは座ったままの姿勢、膝の力だけで跳躍し一気に『愚者』を飛び越えてイギーへと迫るッ!
彼もイギーが悪い犬でないことは理解しているが、同時にそのふてぶてしさも十分に把握していたッ!
今彼らがいるのは命がけの殺し合いの中………それゆえに、役目は果たしたとばかりに何もする気のない犬を叩いてわからせてやる位はするつもりだった!
一方、不意を突かれたイギーは慌ててスタンドでシーザーの体を弾き飛ばそうとしたが、届かないッ!

(なっ……来るんじゃねえ! バカはおめーの方だッ!!)

その叫びも言葉の壁に阻まれ、シーザーはあっさりと鉄塔内へと入ってしまう。
近づいたら隙を見て噛みついてくるぐらいは予測していたシーザーだったが、意外にもイギーはおとなしかった。
半ば諦めたような表情へと変わった彼の体と近くに落ちていたもう一枚の紙を掴みあげ、そのまま鉄塔の外へと出ようとした瞬間……


                           ド  ガ  ン  !


外へと踏み出したその足が、金属へと変わっていった―――!

59To Heart ◆LvAk1Ki9I.:2016/02/08(月) 21:33:31 ID:B9bXl/V2
「……こ、これはッ!!?」
(……ほれみろ、いわんこっちゃねえ)

反射的にバックステップを行い鉄塔の真下へと戻り、慌てて見直すも既に足は元に戻っていた。
ついでに、自らの手元から明らかにため息を吐く音まで聞こえてくる。

「……今のは、まさか」

おそるおそる鉄塔の外へと体を差し出してみる。
途中までは何ともなかったのだが、体の前半分……具体的には掴みあげたイギーの全身が外へ出たあたりで、またしてもシーザーの体が金属に変化し始めた。

「グッ、やはり……こいつは『罠』だったのかッ!!」
(だから警告しただろマヌケッ! おまえまで中に入っちまって、どうすんだよッ!?)

『スーパーフライ』………元の世界ではその名で呼ばれるスタンドは、この会場において鉄塔だけという形で支給品されていた。
使いようによっては邪魔な人物を閉じ込めたりできるのかもしれないが……今の彼らにとっては罠以外の何物でもなかった―――!

「だが、罠にしてはお粗末だぜ―――なにしろ、原因がはっきりしすぎてるんだからなあ―――ッ!!」

再び下がったシーザーはどうしたかというと―――イギーを地面に降ろすと同時に、鉄塔の柱へと蹴りを繰り出したッ!
罠の正体は確実にこの鉄塔なのだから、破壊してしまえばそれまでという極めてシンプルな思考でッ!

(おいバカやめろッ!!!)

だが、彼は失念していた―――まったく同じ立場になったイギーが、それをやらなかったはずがないということを。


                          ド グ シ ャ ア ッ !


さすがに粉砕とまではいかないが、鉄塔の柱の一部が僅かに歪む。
このまま攻撃を加え続ければ近いうちに破壊可能………シーザーがニヤリとしたその瞬間、妙な音が辺りに響き始めた。
―――なにかがうねるような音が。


                         ウォンウォンウォンウォン………


「………なんだ、この音は」
(あーあ、やっちまった。おれしーらね)

正体はわからないが、いい予感は全くしなかった。
柱への攻撃を中止し、注意深く周りを見回す。


                         ゴオンゴオンゴオンゴオン………


音はだんだん大きくなっていき………瞬間。


                      ゴオンゴオン………ド グ シ ャ ア ッ !

60To Heart ◆LvAk1Ki9I.:2016/02/08(月) 21:35:52 ID:B9bXl/V2
「う、うおおおおおおッ!!!?」

なんと先ほどシーザーが蹴りつけたところから、「脚」が「蹴り」を繰り出して来たッ!!

「こ、これはッ! この『脚』はおれのだッ!!
 なぜかはわからんが、おれの脚が蹴り返してきやがったッ!!」

咄嗟にガードするも、手加減なしで蹴った一撃は止まりきらないッ!
シーザーは後ろに飛んで衝撃を逃がすも完全には殺しきれず、固い地面に尻もちをついたッ!
とはいえこれしきではへこたれず、すぐさま立ち上がって服についた汚れを払い、鉄塔を見上げ悪態をつく。

「クソッ、おれの攻撃を反射するとはッ! まるで波紋以外をはね返す地獄昇柱(ヘルクライム・ピラー)のようッ!
 しかも波紋は対生物能力……物理的な破壊は得意としていないゆえ素手だけで壊しきるにはどうしても時間がかかるッ!
 こいつは厄介だぜ……よく考えろ……地獄昇柱は波紋を好み、頂上が出口……この鉄塔は何を好み、どこが出口―――ん?」
(………………あれ?)

シーザーは言葉途中で予想外の現状に気が付き、思わず足元を確かめる。
先ほどのエネルギー反射を必死で防いだ結果、今自分が立っていたのは………鉄塔の『外』だったッ!

「お……おれはなにをどうやったんだッ!?
 すでにッ! 外へと出ているッ!
 喜ぶべきではあるが、自分自身でもわからん………」

少々混乱しながら全身を確認するも、先ほどのように金属化している部分は存在しない。
鉄塔へ視線を戻すとイギーが外に出ようとして金属化しかけ、慌てて戻るところだった。

「本当にどういうことだ………? 咄嗟の行動だったから罠が認識できなかった………?
 いや、これだけ大掛かりな罠がそんなスカスカなわけがない……とすると?
 よし……イギー! ちょっとそこを動くなよッ!!」

先ほどイギーを連れて出ようとした時の体勢を思い出し、数歩下がると鉄塔に向かって走るッ!
直前で地を蹴り、鉄塔内へと跳躍ッ! さらに勢いは止まらず、大して広くもない鉄塔内を素通りしそのまま逆側へと出るッ!
この間、シーザーの体が金属化するような様子は全くなかったッ!!
やや後先を考えない行動だったが、罠を承知で飛び込んでいくのが彼の持ち味―――そうして道を切り開いてきたのだからッ!
そして、その行動でシーザーは真相を理解したッ!!

「なるほど……いまのようにおれが出入り自由ということは……わかったぜ……!
 この罠が閉じ込めておけるのは『ひとりだけ』ってことだッ!」

その言葉で呆気にとられていたイギーも気が付く。
先ほど二人で出ようとした時も金属化しかけていたのはシーザーだけだったということに。

「だが……裏を返せば必ずひとりは残らねばならんということだ……さて、どうするか」
(おい、誰でもいいから連れてきて、さっさとおれを外に出られるようにしやがれッ!)

罠の特性は理解できたものの、それだけで解決とするには早かった。
シーザーは三度鉄塔を見上げ、考え込む。

(おれやイギーは論外、フーゴは……この罠の特性からするとある意味安全かもしれんが、ひとりだけで置いていくわけには……
 いや待てよ? シルバー・バレットなら………悪くはないが、時間がないのに移動手段を失うのはまずいかもしれん……)

61To Heart ◆LvAk1Ki9I.:2016/02/08(月) 21:39:02 ID:B9bXl/V2
もともとフーゴの治療に手を取られているうえに、ここにきてさらなる戦力の減少はかなりの痛手となる。
どうにか最善手を模索するシーザーの脳裏に浮かぶのは、こうしたピンチを自分では想像もつかないような方法で切り抜けてきた男の顔。

(正直、こういうのはJOJOの方が圧倒的に得手なのは事実だが……
 このシーザー、普段からJOJOに「よく考えろ」といっている以上、解決できませんと音を上げるわけにはいかん……!
 考えろ、もしあいつなら………ん? 待てよ? JOJOなら―――?)

唐突に思考がクリアになる。
まるで頭の回転が速い親友がその頭脳を分け与えてくれたかのように、シーザーは解決法を思いついた。

「ひらめいたぜ………! ちょっと待ってろよイギー!
 すぐ出してやるからなッ!!」
(てめーッ、またおれを待たせるのかっ!!)

イギーを尻目にシーザーは何処かへと走り去り―――しばらくして戻ってきた。
彼の傍らにはシルバー・バレットの姿も見える。

(ああなるほど、その馬を居残らせれば万事解決―――ってオイッ!?)

イギーにとっては予想外なことに……シーザーは馬を制止させるとためらいなく自分だけ鉄塔内へ入る。
それを見て不安を覚え、さっさと代わりに脱出したイギーは振り返り………鉄塔内のシーザーがなにやら白いものを持っているのを確認した。

白いものの正体―――サヴェジ・ガーデンと呼ばれるその鳩は参加者に名簿を届けた後も会場内に残っていた。
誰かに捕まったり休んでいたりと行動は様々だが、シーザーは教会へ赴く途中にそんな鳩の一羽を見かけており、犬でいいなら鳩でもいいだろうと波紋で眠らせ連れてきたのだ。
小動物に無慈悲ではと思うかもしれないが、少なくともシーザー自身は、鳩は主催者側の用意した存在との認識ゆえに罪悪感はなかった。

(……鳩? ああ、そんなのいたな。けど、そんなんで大丈夫なのか?)


―――あえてイギーの疑問について考えてみるならば。
まず、鉄塔が中に誰かを閉じ込めるのは自らが存在するためのエネルギーが必要だからである。
鉄塔がほしいのは『たったひとりだけ』―――すなわち、必要な量は『人間ひとり分』。
イギーは犬だが、彼はスタンド使いということを踏まえると例外としてよいだろう。

さらに、元の本体である鋼田一という男は鉄塔内で自給自足をしており、ウサギやスズメを捕まえて食料にもしていた。
毎日毎日外へ出る事を考えていた彼が、それらの動物を居残りとして使えないか試さなかったと思うだろうか?
そう考えると、シーザーの鳩だけを鉄塔内に残すという案は―――

62To Heart ◆LvAk1Ki9I.:2016/02/08(月) 21:41:04 ID:B9bXl/V2
「………よし、出られるッ! これで無事脱出完了ってことだぜッ!」
(ふーん、ほんとに脱出しやがった)

―――うまくいってしまった。
一部の支給品のように、鉄塔の能力もまた本来のそれとは微妙に異なっていたのだろうか?
それとも、シーザーが置いた鳩が特別だったとでもいうのだろうか?
理由は不明だが、『スーパーフライ』の元の特性を知らない彼らにはそんな疑問が湧き上がる事自体無かった。
鳩を鉄塔下に置いたシーザーは悠々と外に出てくると、去り際に鉄塔へと向き直り言い放つ。

「じゃあな、最後にいい言葉を贈るぜ……おまえは『ハトにしか勝てねえのさ』!」
「………………」
(何言ってんだコイツ)

物言わぬ鉄塔に切る啖呵が決まっていたかどうかはともかく、彼らはその場を後にする。
こうして、多少時間を食ったものの大きな被害もなく鉄塔を攻略したシーザーたちはフーゴの待つ路地へと戻ることに成功した―――







                            ―――はずだった。


「………………あっ………!?」
「………!?」




                           問題はただ一つ………








                 そこで眠っていたはずのフーゴの姿が、影も形もなかったこと―――!!

63To Heart ◆LvAk1Ki9I.:2016/02/08(月) 21:44:05 ID:B9bXl/V2
【D-3 路地 / 1日目 夜】

【シーザー・アントニオ・ツェペリ】
[能力]:『波紋法』
[時間軸]:サン・モリッツ廃ホテル突入前、ジョセフと喧嘩別れした直後
[状態]:胸に銃創二発(ほぼ回復済み)
[装備]:トニオさんの石鹸、メリケンサック、シルバー・バレット
[道具]:基本支給品一式、モデルガン、コーヒーガム(1枚消費)、ダイナマイト6本
   ミスタの記憶DISC、クリーム・スターターのスタンドDISC、ホット・パンツの記憶DISC、イギーの不明支給品1
[思考・状況]
基本行動方針:主催者、柱の男、吸血鬼の打倒。
1.フーゴ、どこに………?
2.フーゴに助かってほしい
3.ジョセフ、シュトロハイムを探し柱の男を倒す。


※DISCの使い方を理解しました。スタンドDISCと記憶DISCの違いはまだ知りません。
※フーゴの言う『ジョジョ』をジョセフの事だと誤解しています。



【イギー】
[時間軸]:JC23巻 ダービー戦前
[スタンド]:『ザ・フール』
[状態]:疲労(小)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:ここから脱出する。
1.あいつ(フーゴ)、どこ行きやがった!?
2.コーヒーガム(シーザー)と行動、穴だらけ(フーゴ)、フーゴの仲間と合流したい
3.煙突(ジョルノ)が気に喰わないけど、DIOを倒したのでちょっと見直した

※不明支給品のうち一つは『スーパーフライの鉄塔』でした。
※デイパックと中身の基本支給品(食料無し)は鉄塔付近に放置してきました。

64To Heart ◆LvAk1Ki9I.:2016/02/08(月) 21:46:43 ID:B9bXl/V2
#

………時をほぼ同じくして。
吉良吉影はバイクに跨り、後ろに乗せた宮本輝之輔と共にD-5を目指していた。
彼らの間には妙な空気が漂うと共に沈黙が続いており………吉良からしてみれば、聞きたいことがあるのに口を開けないもどかしい状況だった。

「………………」
「………………」

何故このようなことになっているのかというと、話は彼らの出発前まで遡る。

『生きたまま、参加者の首輪を破壊してみる……だと?』
『ああ、確かそんなことを言ってた………とりあえず、地下にいる誰かを探すとも』
『………つまり、行先はわからないということか』

―――カーズに会うべく先ほど出会った場所へ戻る提案をした吉良だったが、さらに詳しく宮本の話を聞いてみればカーズがそこに戻る理由は無い。
さらにマズいのは禁止エリアがわからないこと。
A-6とA-7の境目地下にカーズがいるかどうかはともかく、そこは禁止エリアによる行き止まりでしかも一本道。
自分たちがそこにいる間にA-5かA-6のどちらかが新たな禁止エリアになってしまえばそれこそ脱出手段がなくなる。
他の参加者もわざわざ行き止まりに向かうとは思えない以上、行くのが無駄なのは明白―――正直言って、リスクとリターンが釣り合いそうになかった。

そうなると吉良には第二案、参加者を引き連れ第四放送時に会場の中央へ赴く方法が自然と浮かぶ。
そのために………無論、真意は隠しつつだがなるべく他の参加者に接触する必要があると主張し、同行者ができたからか宮本もそれに賛成した。

では、どこへ向かうのか。
得てしてこういったときに出る結論は「まだ行ったことのない所へ行く」という類のものであり、この場合もそれを外れはしなかった。
そしてどちらから来たのか尋ねられた吉良は、主催者にワープさせられてきたという真実が言えるはずもなく……宮本の逆、つまり南にあるGDS刑務所の方から来たと答えたのだ。
理由はともかく、この選択は少なくとも『最悪』ではなかったといえる―――そちらに進んでいれば刑務所にて、徒党を組んだ『敵』たちと遭遇していたかもしれないのだから。

『残るルートは東側か………既にカーズが待っているかもしれないし、一度会場の中央を確認しがてら、参加者を探すというのは?』
『………………まあ、それが無難なところだろう』

吉良としては近くにある空承邸に思うところがなくはないが、証拠隠滅は万全なはずだし、後々のことを考えるとどのみち近くまでは行かなければならない。
なにより邸内で会った者は全員間違いなく先の放送で呼ばれたのだし、ならば断る方が不自然………という理由から宮本の提案に承諾の結論を出した。
最後に、派手に崩落した―――すなわち、まだ危険そうな教会跡には近づきたくないという意見が一致し、細かい道筋を決めてバイクに跨り出発した。
嘘か誠かDIOの館は宮本が既に調べたと言うためスルーし、彼らはC-3とC-4の境目にある橋から南下し見つけたのだ―――路地にて眠る少年を。

少年―――フーゴが一人になったのはイギーが紙を開けるため離れてからシーザーの協力で鉄塔から脱出する間、せいぜい三十分足らず。
よりにもよってその間に吉良たちが来てしまったのである―――!
彼らも鉄塔自体は見えていたものの、会場には元々歪な建造物が存在するゆえ気にも留めていなかったのだ。

(彼は………教会前で、犬と一緒に怪物どもに襲われていた少年か。
 まさか生き残っていたとはね………だが、この有様では同じことか)

未だ眠りから覚めず、うわごとでジョジョ……と呟く重傷を負った少年。
吉良は冷静に状況を分析し、おそらく助からないだろうから放っておくか、いっそ楽にしてやろうかと提案―――しようとしたところで宮本の方が動いた。
眠る少年の耳元へ顔を近づけるとなにかを囁き………次の瞬間、少年の様子が急変する。

「う……、うう………!」

65To Heart ◆LvAk1Ki9I.:2016/02/08(月) 21:48:51 ID:B9bXl/V2
元々あまり良いとは言えぬ顔色はさらに蒼白となり、体全体は痙攣しはじめ、閉じられた口の奥からはかたかたと歯の鳴る音が漏れ出る。
しかし吉良が驚いたのはそこではなく………宮本のスタンドが現れて少年の体を紙に包み、収納していく様子だった。
やがて、作業を終えた宮本は紙を拾い上げると人間一人が収まっているとは思えないほど小さく折りたたみ、懐へとしまう。

「………それが、君の能力か」
「………行こう」

一言づつの会話を交わすと、宮本は別の紙を取り出してなにやら文字を書き込み……少年がいた位置へと置く。
二人はそのままバイクへと跨り東へと向かう………あまりにも淡々と―――




(人間を紙にしてしまえるとは………いまのところわたしは『安全』なようだが………
 はて、しかしこの能力はまさか………)

―――こうして、妙な空気が出来上がったというわけである。
早すぎる展開に僅かながら面食らった吉良であったが、いつまでも黙ったままではいられない。

「さっきは彼を―――」

どうやって紙にしたのか、と聞こうとして思いとどまる。
能力を知られることは弱点を知られることにも繋がる………これまでの戦いで嫌というほどそれを実感していた。
方法を知りたいのは確かだが、相手が喋る気ならとっくに喋っているだろう。
秘密なのはお互いさま―――なので、質問を不自然にならないよう変えて続ける。

「―――勝手に連れてきてよかったのかね」
「……治療跡からして同行者はいたんだろうが、普通あんな状態の仲間をひとりで放置していくとは思えない。
 理由があるとすれば、まず間違いなく崩れた教会の様子を見に行ったんだろう。
 最悪、その同行者はそこで戦闘に巻き込まれて死亡している可能性もある……
 待つのは時間の無駄かもしれないなら、動いていた方が効率がいい」

時間の無駄―――おそらくは心臓にある毒薬のことだろう。
そこまで切羽詰まるのかと他人事に呆れつつも、まだ聞きたいことはあった。

「置いてきた紙には何と?」
「カーズの伝言……ああは言ったが、同行者が戻って来る可能性は一応あるからな」
(同行者ね………教会前で少年と一緒に犬がいたが、まさか犬があの応急処置をしたわけではあるまい。
 それよりも気になるのは、彼が生き延びたということだ………もし、あの怪物どもを倒したのだとしたら)

それだけのスタンド、あるいは身体能力を持っているとでもいうのか。
少年がどんなスタンスかはわからないが、そこのところはどう考えているのだろうかと次の質問を行う。

「ふむ……ところで、彼が危険人物だったらどうする?」
「問題ない……ぼくの能力『エニグマ』でこうして紙にしてしまえば、中からは脱出不可能だ。
 いざというときも、あれだけ死にかけているのならなんとかなる」
(完全に無抵抗だったからな……だが、用心しておかねば手痛い反撃を受けるかもしれん)

出会った頃の怯えた態度はどこへやら、不自然なほど落ち着いている宮本を訝しがりつつも『首輪』がある以上大きな心配はしていなかった。
最後の質問―――本題へと移る。

66To Heart ◆LvAk1Ki9I.:2016/02/08(月) 21:50:57 ID:B9bXl/V2
「……で、彼を紙にして一体全体何をするつもりなのかな?」
「どうとでもできる……『人質』とか『実験台』とか、万が一彼の同行者や知り合いと遭遇した際に信用させるための『手札』にもなるさ。
 紙になっている限り、彼が死ぬこともないから」
(『実験台』―――ね。ふむ、さすがにこいつでも『あの』カーズを手放しで信用はしていないか……
 つまり、これでカーズがこいつの首輪に触れるまで一人分の猶予ができてしまった、というわけだ)

誰かがやぶけば別だがね―――と付け加えられ、思考を切り替えると吉良は運転に集中しなおす。
このとき、聞き終えた吉良に微かな表情の変化が現れていたことに宮本は気付くことができなかった。

「さて、そろそろエリアが変わるが……また減速した方がいいかね?」
「ああ――――――よし、問題ない。いけるぞ」

D-4とD-5の境目に到着し、先が禁止エリアでないことを確かめてから侵入した彼らは数分後、空条邸とトレビの泉の中間にいた。
この場所こそカーズが指定した会場の中心―――地図上、という意味でだが。

「ここが会場の中央だが………どうやらカーズはまだ来ていないようだね?」
「………さすがに早過ぎたか……それにしても、ひどいな………
 もし知ってて選んだのだとしたら、本当に性格が悪い………」

周りに参加者の姿は見られず………代わりに彼らを迎えたのは『惨状』だった。
だがもし第三者がいたのなら、真に恐ろしく見えたのはそんな周囲を無表情で眺めつつ進む彼らだったかもしれない。

「焼け落ちた空条邸、氷塊に潰された車、血だらけの鳥の死体……さすが中心、参加者が集まる分争いは激しいということか」

自分もその一端を担ったなどとはおくびにも出さず、吉良がひとりごちる。
とはいえ、彼も自分が去って僅か数時間のうちに新たな惨状が追加されていたのは予想外―――その分参加者が減ったので内心喜んではいたのだが。
だが、カーズも他の参加者もいない時点で今のところここに来た意味がないという事実は変わらなかった。

「………私たち以外には誰もいないようだが、これからどうする?
 やはりもう少しじっくりと………例えば、DIOの館あたりを調べてくるべきだったのではないかね?」
「さっきも言ったとおり、第三放送前にDIOの館は調べた………生存者はいなかったし、使えそうな道具もなかったよ―――



                          ―――『これ』以外は」


                         「………………………!!」



周囲の様子に眉ひとつ動かさなかった吉良も、さすがにぎょっとする。
あくまでも無表情な宮本が取り出した『それ』―――






                         ―――『拡声器』を目にして。

67To Heart ◆LvAk1Ki9I.:2016/02/08(月) 21:52:57 ID:B9bXl/V2
#

さて、二組の男たちがこれからどうするか……というところでこの話は幕を閉じるわけだが、その前にひとつ―――
『宮本がフーゴを紙にして持って行った真意』は何だろうか?
彼が言った通りの理由で別におかしくはないと思うかもしれないが、それにしては不自然な点がある。
フーゴの持つナイフを取り上げなかったり、吉良に一言の相談も無かったりと。

現在の宮本は半ばヤケクソ状態ではあるものの、考えが全くないわけではない。
カーズと別れて一人で歩く間、宮本は考えた―――人生で後にも先にもこれ以上は無いと思えるほど考えた。
彼の思考に直結するのは当然、現在直面している二つの問題―――『カーズをどうにかする』、『死の結婚指輪の解毒も行う』。
「両方」やらなくっちゃあならないっていうのが宮本のつらいとこだった。

まずは前者……柱の男そのもの。
カーズのみならずワムウも含め残るは二人だけということだが、その両方と対峙した宮本が思うところはひとつ。

(首輪を解除してもらうなんて話じゃあない……このままだと『人間』は『皆殺し』にされるッ! あいつは……あいつらは倒さなくちゃあならないんだッ!)

心の中ではカッコいい台詞を吐くも、自分のスタンドや武器でどうこう出来る相手でないというのは身に染みてわかっている。
ならば………情けない話だが、他人にどうにかしてもらうのが一番だ。

(あいつらは人類そのものにとって敵………その存在を知れば戦おうとするやつは、残った参加者の中にだって必ずいる)


そして後者だが………冷静になって考えてみれば、伝言役を果たしたとしてカーズが素直に解毒剤をくれるだろうか?

(決まっている―――渡したりなんて、絶対にしない……)

もし、自分が彼の立場なら「そんな約束などした覚えがない」ととぼけてさっさと始末するか、偽の薬を渡して喜ぶ相手をあざ笑うくらいはやりかねない。
相手も、状況も人間の社会とは根本的に違う……立場が上の者は下に対して何をしようが周囲に裁かれることなどないのだ。
ならば………こちらは自分でどうにかするしかない。

では、それらのために自分は何をすべきか?
前者に関しては参加者に接触し、伝言を伝えている―――ひいては第四放送時にカーズにぶつけようとしている―――のは見ての通りだ。
だが後者に関してはそもそも解毒剤がどんなものなのか、本当に存在するのかすらわからない。
それらの情報を持つカーズが信用できないとなれば………他に知っている誰かに聞くしかないだろう。
さしあたって思いつくのは………

(ワムウ………いや、たぶん無理だ。
 あいつはカーズに『様』を付けて呼んでいたことから、力関係はカーズの方が上。
 カーズが仕掛けた指輪について親切心で教えたり、ましてや外してくれるなんて夢のまた夢だろう……)

少ない脳みそを使ってあれこれ思い悩む必要はない―――当のワムウが言っていたことだったか。
だが、腕力でもスタンドでも到底かなわないとなると武器にできるのはひとつ……頭脳しかない。
彼らが他の誰かと話したり、ふと口にした一言を必死に思い返した結果、一番可能性が高そうなのが………

(八方塞がり………? いや、『いる』―――他に知っていそうな参加者がッ!
 ジョセフ・ジョースター、それにシーザー・アントニオ・ツェペリ………)

ワムウと戦ったという彼らならば死の結婚指輪について知っているかもしれない、というかそれ以外に当てがない。
もう少し言うなら、そのジョセフが元の時代にて自分が始末を命じられたジョセフ―――80歳近い老人と同一人物ならば。
彼はそれだけ長生きした、すなわち柱の男との闘いに生き残ったということになるのではないか?
指輪の情報に加えて彼らをどうやって倒した、あるいは退けたのか聞いてみる価値はある。

68To Heart ◆LvAk1Ki9I.:2016/02/08(月) 21:55:22 ID:B9bXl/V2
(第四放送、カーズと会う前に見つけ出すんだ……二人をッ!
 直接どうにかはできないかもしれないけど、このままよりはずっといい……!)

だが、細心の注意を払わなければならない。
もしどこかからカーズに情報が洩れでもしたら―――彼ならば一旦怪しいと思ったが最後、真偽問わずにすぐ自分を斬り捨てるだろう。
目当ての二人以外には誰にも話せないし聞けないどころか、悟られるわけにもいかないのだ。

(やるのは、ぼくひとりだけ……できるかどうかじゃない、できなきゃ……死ぬんだ―――だったら、やるだけやってやるッ!!)


                 ともすれば先は死の崖かもしれないが……それでも、宮本は進むと決めた―――


―――のはいいのだが、実行にあたって問題があった。

(ジョセフ・ジョースターの方はいい……ワムウが仗助や噴上たちを分断する際にはっきり顔を見た……
 向こうがぼくをどう認識しているかはわからないけど、ワムウに脅されていたと言えば会話ぐらいはできるだろう……
 問題はもう一人………シーザー・アントニオ・ツェペリの方だ)

彼の外見を自分は全く知らない。
参加者が時代を超えて集められている以上、これまで聞いた情報も『男』や『ウィル・A・ツェペリの孫』といった間違いようのない事実を除き当てにはできない。
かといって片っ端から参加者に聞いて周っていては命がいくつあっても足りたものではない。
ないない尽くしの現状で、絞り込む条件に選んだのが……『人種』。

(名前からして、外国人なのは間違いない……それにツェペリの孫という事実を加えれば、ヨーロッパ側の人間である可能性が高い。
 つまり探すべきは『欧州の外国人男性』ってことだ―――!)

数時間前、そんな人物を含む二人組を見かけて苦労して会話を盗み聞いたものの、男の名はプロシュート―――残念ながら人違いだった。
伝言を伝えたところ、同行者の方がカーズを知っているようだったのでとりあえず成果はゼロではなかった………と思いたい。

次に出会った男はどう見ても日本人のため対象外。
吉良吉影と名乗ったその男にいろいろ言われて同行することになったが、一目見たときから彼に思うところなどなかったのだ。
今も落ち着きすぎているとか服が綺麗すぎるとか怪しいところはあるが、心底どうでもよかった。
彼はすぐこちらを殺す気は無いようだし、利用したいならすればよい―――ただそれだけ。
自分は自分の『やりたいことをやる』だけだ。

そして、つい数分前の出来事。
路地にて眠る一人の少年を発見、そのうわごとを耳にした……瞬間、体に電撃が走ったかのようだった。
そう、少年は『欧州の外国人男性』で、しかもジョジョ(ワムウがジョセフをそう呼んでいた)を知っている。
すなわち、シーザー・アントニオ・ツェペリの可能性が極めて高かったのだ。
だから、迷わず紙にした―――死にかけている彼の、命を繋ぐために。
恐怖のサインを見つけるのは簡単で、うわごとを呟く彼にそっと囁きかけるだけでよかった―――「ジョジョは死んだ」と。

(こいつの恐怖のサインは『奥歯が鳴るほど激しく震える』ことだ)

彼が本当にシーザーならどうにかして治療することで、話を聞かせてもらえる程度の恩は売れるだろう。
よしんば違ったとしても吉良に言ったとおり、使い道などいくらでもある。
少なくとも、自分に損なことなど全くない……そう考えていた。

―――その行為が、本物のシーザーを激怒させかねない状況を作り出したとは夢にも思わずに。

死の結婚指輪、爆弾と化した首輪、拡声器、そして誘拐の代償………
自分の想像を遥かに超える速度で死の崖へつっ走っていることに気付いていない宮本は、果たして生き残れるのだろうか………?

69To Heart ◆LvAk1Ki9I.:2016/02/08(月) 21:57:14 ID:B9bXl/V2
【D-5 中央 / 1日目 夜】

【宮本輝之輔】
[能力]:『エニグマ』
[時間軸]:仗助に本にされる直前
[状態]:左耳たぶ欠損(止血済)、心臓動脈に死の結婚指輪
[装備]:コルト・パイソン、『爆弾化』した首輪(本人は気付いていない)
[道具]:重ちーのウイスキー、壊れた首輪(SPW)、フーゴの紙、拡声器
[思考・状況]
基本行動方針:柱の男を倒す、自分も生き残る、両方やる
1.柱の男や死の結婚指輪について情報を集める、そのためにジョセフとシーザーを探す
2.1のため、紙にした少年を治療できる方法を探す
3.吉良とともに行動する。なるべく多くの参加者にカーズの伝言を伝える
4.体内にある『死の結婚指輪』をどうにかしたい

※フーゴをシーザーではないかと思っています。
※思考1について本人(ジョセフ、シーザー)以外に話す気は全くありません。
 従って思考1、2について自分から誰かに聞くことはできるだけしないつもりです。
 シーザーについては外見がわからないため『欧州の外国人男性』を見かけたら名前までは調べると決めています。
※第二放送をしっかり聞いていません。覚えているのは152話『新・戦闘潮流』で見た知り合い(ワムウ、仗助、噴上ら)が呼ばれなかったことぐらいです。
 吉良に聞くなど手段はありますが、本人の思考がそこに至っていない状態です。
 第三放送は聞いていました。
※カーズから『第四放送時、会場の中央に来た者は首輪をはずしてやる』という伝言を受けました。
※死の結婚指輪を埋め込まれました。タイムリミットは2日目 黎明頃です。
※夕方(シーザーが出て行ってからルーシーが来るまで)にDIOの館を捜索し、拡声器を入手していました。
 それに伴い、サン・ジョルジョ・マジョーレ教会の倒壊も目撃していました。


【吉良吉影】
[スタンド]:『キラークイーン』
[時間軸]:JC37巻、『吉良吉影は静かに暮らしたい』 その①、サンジェルマンでサンドイッチを買った直後
[状態]:左手首負傷(大・応急手当済)、全身ダメージ(回復)疲労(回復)
[装備]:波紋入りの薔薇、空条貞夫の私服(普段着)
[道具]:基本支給品 バイク(三部/DIO戦で承太郎とポルナレフが乗ったもの) 、川尻しのぶの右手首、
    地下地図、紫外線照射装置、スロー・ダンサー(未開封)、ランダム支給品2〜3(しのぶ、吉良・確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:優勝する
0.自分の存在を知るものを殺し、優勝を目指す
1.宮本輝之助をカーズと接触させ、カーズ暗殺を計画
2.宮本の行動に協力(するフリを)して参加者と接触、方針1の基盤とする。無論そこで自分の正体を晒す気はない
3.機会があれば吉良邸へ赴き、弓矢を回収したい

※宮本輝之助の首輪を爆弾化しました。『爆弾に触れた相手を消し飛ばす』ものです(166話『悪の教典』でしのぶがなっていた状態と同じです)
※波紋の治療により傷はほとんど治りましたが、溶けた左手首はそのままです。応急処置だけ済ませました。
※吉良が確認したのは168話(Trace)の承太郎達、169話(トリニティ・ブラッド)のトリッシュ達と、教会地下のDIO・ジョルノの戦闘、
 地上でのイギー・ヴァニラ達の戦闘です。具体的に誰を補足しているかは不明です。
※吉良が今後ジョニィに接触するかどうかは未定です。以降の書き手さんにお任せします。
※宮本と細かい情報交換は(どちらも必要性を感じていないため)していません。

70To Heart ◆LvAk1Ki9I.:2016/02/08(月) 21:59:20 ID:B9bXl/V2
【パンナコッタ・フーゴ】
[スタンド]:『パープル・ヘイズ・ディストーション』
[時間軸]:『恥知らずのパープルヘイズ』終了時点
[状態]:紙化、右腕消失、脇腹・左足負傷(波紋で止血済)、大量出血
[装備]:DIOの投げたナイフ1本
[道具]:基本支給品(食料1、水ボトル少し消費)、DIOの投げたナイフ×5、
[思考・状況]
基本行動方針:"ジョジョ"の夢と未来を受け継ぐ。
1.……(思考不能)

※フーゴの容体は深刻です。危篤状態は脱しましたが、いつ急変してもおかしくありません。
 ただし『エニグマ』の能力で紙になっている間は変化しません。


【備考】
・D-4南西にスーパーフライの鉄塔が建ちました。大きさとしては目立ちますが、カオスローマなので特別おかしくは見えないかも。
 原作通り中に入った誰かひとりだけを閉じ込めます。
 現在サヴェジガーデン一羽が居残っていますが、何故これで居残りが成立しているのかは後の書き手さんにお任せします。
・D-3の路地、フーゴが眠っていた位置にカーズの伝言(第四放送時、会場の中央に来た者は首輪をはずしてやる。カーズより)が書かれた紙が置かれています。
 シーザーたちはまだ気が付いていません。
・シルバー・バレットとイギーのケンカは無効勝負となりました。
 状況が落ち着いたらまた始まるかもしれません。

71 ◆LvAk1Ki9I.:2016/02/08(月) 22:08:17 ID:B9bXl/V2
以上で仮投下終了です。
使うかどうかはともかく伏線らしきものをバラまいてみる。

宮本が夕方に拡声器を回収していたという展開ですが、
現在予約中のc.g氏の作品で出てくる可能性もあるため仮投下させていただきました。
こちらの話は『拾わなかった』だけで修正できるので、気にせず投下してください。

その他誤字脱字や問題点などあれば遠慮なくお願い致します。

72 ◆c.g94qO9.A:2016/02/09(火) 22:48:05 ID:5x0nXnck
>>◆HAShplmU36さん
ご配慮いただき、ありがとうございます。

遅くなりましたが、投下します。ちょっと不安なのでこちらに。

73キングとクイーンとジャックとジョーカー   ◆c.g94qO9.A:2016/02/09(火) 22:49:03 ID:5x0nXnck
地上に出ると月が出ていた。あたりは明るい。川越にDIOの館がひっそりとその姿を晒している。
月光が二人の頭上から影を伸ばしている。道行く民家の窓に二人の姿が反射し、陽炎のように揺らぐ。
ディエゴは鼻先を頭上に向けると、湿った空気を嗅ぎ取った。腹一杯に空気を吸い込むと、満足げに首を回した。視線を下げれば向かいの窓にジョニィが映っていた。その指先は、逸れることなくディエゴの後頭部を指差していた。


「いつまでそうしてるつもりだ。人のことを指差してはいけません、ってママに習わなかったのかい、ジョニィ?」


地下にいた時からずっとそうだった。ディエゴが遺体の気配を探ろうとするたびに、鼻を鳴らしてあたりの匂いを嗅ぐたびに―――ジョニィは滑らかな動きでディエゴの後頭部に狙いをつけた。
その動きには焦りがなく、手馴れた様子だった。断固たる決意を感じさせず、まるで当たり前のように殺意を抱くジョニィにディエゴは内心ゾッとしていた。

窓に映ったジョニィがディエゴを見返す。ディエゴがずれたヘルメットの位置を調整しようと手を挙げると、ジョニィは無言のまま一歩下がり、狙いを付け直した。
居心地の悪い間が二人のあいだを漂う。行く宛をなくした腕を振り下ろし、体の両脇でブラブラと遊ばせる。しばらく経ってから鏡張りの世界でディエゴが歯をむき出しに笑った。鋭い歯が何本も覗いていた。


「おっと、君の場合はパパに、だったか。ジョースター家はなんだって大切なことをパパから学ぶんだ」
「気づいていないと思うけど、君の獣臭い息がここらに充満しているんだ。大口叩いてないでさっさと目的地に向かったらどうだ」


窓に映ったディエゴがゆっくりと目を細めた。それを合図にジョニィは浅く息を吸い、そして止めた。二人はしばらくのあいだ黙りこくった。随分と長い間そうしていたが、どちらも動かなかった。
やがてディエゴは目をそらし、一本奥まった脇道に向かって歩きだした。5メートルほど間隔をあけてジョニィはあとに続いた。

沈黙のまま、二人は黙々と歩き続けた。家と家のあいだを歩いた。橋を渡った。何度か立ち止まり、気配を探り―――そしてまた歩き出した。
ディエゴはどこに向かっているか、一向に教えなかった。ジョニィも聞かなかった。
ほとんど会話を交わさず、黙々と二人は進んだ。雲が月を覆って辺りがほんのりと暗く染まった。DIOの館にたどり着いた頃には影がほんの少し伸び、砂埃とかすかな血の匂いが風に乗ってあたりを覆っていた。
DIOの館を前に二人は並んだ。ジョニィは頑として先に扉に手をかけようとせず、仕方なしにディエゴが扉を開いた。

「ようこそ、我が館へ」

ディエゴが小さく茶化したが、ジョニィは何も言わなかった。扉を開いた途端、玄関ホールに一人の男が立っていた。

「ようこそ、ルーシー・スティールの館へ。歓迎するぜ、ジョニィ・ジョースター、ディエゴ・ブランドー」

ボルサリーノの帽子を被った、いかにもといった感じのギャングの男だった。
鼻にかかったその声は、生理的に二人に嫌悪感を抱かせた。芝居ががった態度が不愉快だった。落ち着きのない目線が猜疑心をかきたてた。
警戒を顕にするディエゴに対し、ジョニィは数巡の後、その脇をすり抜けるように一歩進んだ。ディエゴを追い越すときにジョニィがそっと呟いた。

「奪われる星の下に生まれてるんだな、君ってやつは」

ムーロロのあとをついて、ジョニィが階段を上っていく。ディエゴはしばらくの間、そこに佇んでいたが、やがて首を振りながら歩きだした。




74キングとクイーンとジャックとジョーカー   ◆c.g94qO9.A:2016/02/09(火) 22:49:30 ID:5x0nXnck
二階の天井の高い角部屋に、ジョニィたちは案内された。

入口から向かって正面と左側、二箇所に縦長の窓がそれぞれひとつずつある。
正面の窓のすぐ前にこちらを向くように書き物机が置かれている。その両脇には二メートルはある書物棚が並んでいた。
左手には来客用に机と椅子が四脚が用意されていて、反対側には部屋主がくつろぐようにソファセットがある。
全体として高級感が漂っている空間だった。その空間の真ん中にルーシーがいた。

そよ風が向かいの窓からカーテンを中に引き入れ、ジョニィとディエゴの頬を撫でながら部屋を抜けていく。
その風に煽られて、ルーシーのワンピースの裾がめくれた。傷つきやすい脚と異様な膨らみのお腹が際立った。
ルーシーがなにか小さく呟いたが、風の音に遮られ二人には何も聞こえなかった。
ジョニィはさっと部屋に入ると壁伝いで左に逸れ、ディエゴから距離をとった。ムーロロはルーシーの近くに寄り添い立っている。ディエゴは入口に立ったままだった。警戒心の高い猟犬のように、部屋全体を眺め、指先をピクリピクリと震わしている。


「ほんの少し目を離したすきに素敵なお友達ができたようだな、ルーシー・スティール」


ディエゴはルーシーの足元にうずくまるセッコ、ソファに座って俯く琢馬、そして傍に立つムーロロを順に眺め、そう言った。


「身篭ったガキと寝るってのはどんな気持ちなんだ、お前たち。さぞかしルーシーは『お上手』なんだろうな」


ディエゴがテーブルについた。誰も動かないのを見て、驚いたような表情をディエゴは浮かべた。
ジョニィに向かって両手を挙げ、肩をすくめる。悪人の俺が席につこうって言うんだ、なぜお前は座らない? そう言いたげな白々しい表情だった。
ジョニィはしばらくそのまま動かずにいたが、ゆっくりとディエゴの正面の席に座った。
机は蹴飛ばすには大きすぎる。椅子から立ち上がり跨ぐならば、一瞬ではあるが隙はできる。スケアリー・モンスターズの間合いではあるが、ジョニィに最初の一発を外すつもりはなかった。ルーシーにつきまとう三人が未知数である今、交渉―――もしそれが本当に交渉ならば―――するのもやぶさかではなかった。

「椅子が足りねェみたいだが」

ムーロロはルーシーのために椅子を引き、その向かいに腰掛けた。ディエゴから順に右回りにルーシー、ジョニィ、ムーロロ。これで四人が席に着いた。

「残りの二人に席に着くだけの度胸とオツムがあればな。おしゃべりがお望みなら他所でやってくれ、ボルサリーノ」
「決めるのはお前じゃねェ、ディエゴ・ブランドー。主催者はルーシーだ。お前は招かれた客に過ぎないんだぞ。
 それに俺はボルサリーノじゃない。ムーロロだ。カンノーロ・ムーロロだ」
「気が向いたら覚えておいてやるよ、ボルサリーノ」

ムーロロがポケットからこれ見ようがしに拳銃を取り出し、机の上においた。ディエゴはそれを見てせせら笑った。
今更拳銃ぐらいで誰も驚かなかった。ルーシーは夢見がちな瞳で机についた三人の顔を見渡した。ジョニィも黙ったまま二人のやり取りを見つめた。

「カードでもやりながら話をしようや」

ムーロロがそれぞれにトランプを配り始めた。誰も手をつけないので三枚ほど配ったあたりでムーロロはその手を止めた。

「面白みのないやつら」

そうもごもごとムーロロは呟いた。

75キングとクイーンとジャックとジョーカー   ◆c.g94qO9.A:2016/02/09(火) 22:49:54 ID:5x0nXnck
「これじゃあ掛金の上乗せもできやしねェ」
「図に乗るなよ、チンピラ。お前が一番この中で格下なんだ。どなたの遺体かもわからないくせにでかい面叩くな」
「……本当にそう思うのか? マジで、そう思っているのか―――ディエゴ?」

『遺体』の言葉を合図に部屋中の音が止まった。ムーロロは残された少ないトランプを手の中で弄ぶ。視線はディエゴを捉えたまま離さない。ディエゴもムーロロを見下ろしたまま、微動だにしない。
ルーシーの足元でセッコがよく懐いた飼い猫のようにうずくまっている。砂糖菓子をかじる音が四人の間にふらふらと流れる。
ディエゴは肘をテーブルに載せ、前のめりになった。右隣に座ったルーシーに顔を寄せながら囁く。

「なぜ逃げなかった」
「おい、話は終わってねェぞ、ディエゴ―――……」

ムーロロの言葉は遮られた。

「俺はお前に聞いているんだぞ、ルーシー・スティール。俺の配下の恐竜を始末した時点で―――例え匂いで追われることは確実だとしてもだ―――距離をとって振り切ることはできたはずだ。
 俺はジョニィと一緒にここまでやってきた。そしてこのボルサリーノは館に入った時点で俺たちの名前を呼んだ。
 スタンドか、遺体の力か、支給品の何かか―――それはわからない。だが俺たちの動きを何かしらで把握していたのは確かなはずだ。
 ならなぜ逃げなかった?」

この賭けに勝算があるっていうのか―――最後の言葉は飲み込まれた。ディエゴが言い切る前にルーシーが顔を覆って机に突っ伏し、そして体を震わし始めたから。
嘲りと同情が三人の男たちの間で行き交ったが、それもほんのわずかな時間だった。
ルーシーが右手を鋭く突き出したと同時にディエゴの左目が鋭く痛んだ。そしてジョニィとムーロロはディエゴの顔から『左目』が浮かび出るのを見た。


「この通りよ、ジョニィ。コイツは遺体を所有している。ここまであなたにバレないようにしていたみたいだけど」


ディエゴは反射的に左手を挙げかけたが、そのまま諦めたように、机の上に腕をおろした。ルーシーが手を引っ込めるとディエゴの左目も元の場所へと収まった。
ルーシーが手を開くと、間の抜けた音を立てながら右目の眼球が机の上に転がった。三人の視線がそれを追った。
ジョニィだけが別のものを見ていた。正面に座ったディエゴの左目を真っ直ぐに見つめていた。机の下でピクリ、とジョニィの指先が動いたことに、誰も気づかなかった。

「獣相手に言葉が通じるとは思えなかった。遺体を人質に取られることが私にとっての最悪だった。
 でもこうすれば、アナタはテーブルに付かざるを得ない。そうじゃないかしら、ディオ?」
「小賢しいじゃないか。博打に勝ったっていうわけだ」
「いいえ、まだ始まったに過ぎないわ。あなたをテーブルにつかせることに成功しただけ」
「えらく謙虚なんだな。1、2、3……5対1じゃさすがの俺も苦戦するぜ?」
「……本当にそうかしら」

ルーシーは自分を除く『4人』を見渡した。
正面に座ったムーロロは椅子の背に体重をかけ、二本足でバランスをとって体を揺すっている。目深く帽子を被って、視線の行先はわからない。
セッコは砂糖菓子に夢中、琢馬はディエゴが部屋に入ってから全くと言っていいほど動いていない。現状に興味が一切もてないようだった。向かいの壁を漫然と眺め続け、それに飽きたら自分の手をじっと睨みつけることを繰り返している。

76キングとクイーンとジャックとジョーカー   ◆c.g94qO9.A:2016/02/09(火) 22:50:14 ID:5x0nXnck


「本当に」


そして、ジョニィ。ルーシーは右に座った青年の顔を横目で眺めた。
呼吸をしているかどうかもわからないほどに、ジョニィは穏やかに見えた。体中の力が一切感じられない。だが眼光だけが、飛び抜けて鋭い。
こわばった目が一つ一つを見透かすように注がれている。机の上に置かれた右眼球に。ディエゴの持つ左眼球に。そしてルーシーの膨らんだ腹部、遺体の頭部に。
ジョニィ、あなたを本当に信頼していいの? ルーシーはそれを問いかけられない。
自分が夫を失ったように、ジョニィも唯一無二の親友を失った。しかし同じ悲しみが一切ジョニィからは感じ取れなかった。それがルーシーをためらわせる。

テーブルのナプキンを握るものはまだいない。四人の腹の探り合いは続いた。ムーロロが姿勢を正すとゆっくりと机上の右眼球に手を伸ばした。
ムーロロはディエゴとジョニィに目配せを送る。別に盗もうってわけじゃない。ただ今からちょっとした手品をお見せしよう。
上品で丁寧な態度でムーロロの手が眼球に触れかけた。眼球はムーロロの手が触れる前からズズズ……と音を立ててムーロロ自身の手の方へ引っ張られていった。まるで何かに引かれ合うかのように。

「どこだ」

ムーロロが手を引っ込めると、眼球は勢いをなくした。眼球が心細げに動くのをやめるのを見て、ディエゴがムーロロに訪ねた。

「どこの部位だ」
「それを知ってどうなる。それに俺が教えるとでも?」
「だがお前はそれがどなたの遺体かもわかっていない」
「いいえ、彼は知っているわ」

ルーシーが二人の間に割って入った。ムーロロは批難するような目で向かいのルーシーを見つめたが、彼女はそれを無視した。

「あなたとジョニィの来訪を教えてくれたのも彼。私が数時間気絶している間に何が起きたかを曖昧ながらも教えてくれたのも彼」

ルーシーにとって何より優先しなければならないのは自身の安全だった。
交渉が暗礁に乗り上げれば、ディエゴは文字通り牙を向くことになりかねない。
ディエゴを飽きさせてはならない。ディエゴを餓えさせてはならない。進展を印象づけるためにルーシーはムーロロの一部を売り渡した。

「女は信頼ならないな、ボルサリーノ。あしながおじさんは骨折り損だ」

向かいから送られた恨みがましい目線に顔を伏せる。結局のところ、今のルーシーに許されたことは見極めることだけだ。
遺体に相応しいのは誰か。机に座ったのはディエゴ、ムーロロ、ジョニィの三人だけだった。
三人の中に白馬の騎士はいなくとも、遺体が揃うまでは安全を保証してくれるパトロンがルーシーには必要だった。
なにせカーズが遺体の一部を所持しているのだ。自体は一刻を争うことになっている。

「そうなるとジョニィ、お前がこの場で一番貧乏神だ」

ディエゴの言葉に全員の視線がジョニィに向く。
遺体に関する情報のアドバンテージはこのテーブル上には存在しなかった。そうなれば残すは誰が、いくつ、遺体を所持しているかだ。
ディエゴはさりげなさを装って眼球をジョニィの方向へ誘導した。眼球の勢いは止まり、ルーシーとムーロロのちょうど間で勢いをなくす。
ジョニィは遺体を所持していない。ディエゴとムーロロはその事実を同時に確信した。

「俺は馬車馬のごとく働いた。ボルサリーノは王女様の護衛兵。王女様は、まぁ、王女様だ。
 お前は一体何を持っている? 空手でノコノコ賭博場にやって来る田舎者でもないだろう、お前はなァ」
「机につくのに参加料を取られるって話は聞いてない」

77キングとクイーンとジャックとジョーカー   ◆c.g94qO9.A:2016/02/09(火) 22:51:26 ID:5x0nXnck
初めてジョニィが口を開いた。そして眼球に手を伸ばした。
ムーロロは素早く拳銃を手にとると、銃口の先をジョニィに向けた。それでようやくジョニィは動くのをやめた。


「図に乗るなよ、ジョニィ・ジョースター……! 5対1だとディエゴは言ったが、それはお前にとっても当てはまるんだぜ」


眼球までの距離は数センチ。眼球は動いていない。もしもムーロロが止めなければ、ジョニィはそのまま眼球を自分のものにしていただろう。
ディエゴは尻を浮かし、机の上に覆いかぶさった姿勢で動かない。対面のジョニィから目が離せない。
ディエゴの毛が逆立ち、尾てい骨のあたりが妖しく蠢いた。恐竜化の前触れだ。その鼻は戦いの匂いを嗅ぎつけていた。

ジョニィの眼が燃えた。真っ黒な目で対面のディエゴを眺め、そしてその視線をルーシーに向けた。
ルーシーは怯えた。セッコは砂糖菓子をかじるのをやめ、琢馬がうつむいていた顔を上げた。部屋は膨張するのをやめ、一気に収縮していく。
ジョニィを中心に空間が震える。ジョニィが数センチ、その手を動かせば弾丸と牙が部屋を切り裂くのは明らかだった。

ジョニィは体を起こすとその指先をそのまま口元に持っていった。

「しーっ…………」

沈黙を促す。困惑のまま耳を澄ますと、扉をひっかくような音が聞こえた気がした。
やがてそれは耳障りな回転の音になる。止まることのない永遠の回転を思わす音。音は這い上がるように動き、表に飛び出る。
それは明らかな意図を持った音だった。発生源はルーシーの足元から、そして腹部へ移り……遺体の頭部を宿すその場所へ。

「こ、これはッ!?」
「――――――『タスク act2』」

ルーシーの腹部に大きな弾痕がうごめいているのをディエゴは見た。ジョニィは座った目で、冷静にあたりを観察し続けた。

「貴様、ジョニィィィィイイ―――!? 何を考えてやがるッ―――!?」
「7秒以内に机から離れて壁に手をつけろ。今更僕を殺したところで回転は止まらない。回転を操れるのは僕だけだ。二人共従ってもらう」

椅子を蹴飛ばす音と悲鳴が響いた。ムーロロがジョニィのこめかみに銃口を突きつけ喚いた。だがジョニィは動じなかった。
ジョニィは椅子に座ったまま、ディエゴから目を離さない。両手は机に乗ったまま、ディエゴの方へ綺麗に向けられている。
ルーシーの混乱もムーロロの怒りも二人には届かない。男たちは互いに見つめ合う。ディエゴは口の端を歪ませ、吐き捨てた。

「いいのか? 遺体を諦めてお前とルーシーをこの場で八つ裂きにすることもできるんだぜ」
「本当にそう思っているのならお前は既にそれを実行しているだろう。ハッタリは効かない。それに僕が大人しくやられるとでも?」

78キングとクイーンとジャックとジョーカー   ◆c.g94qO9.A:2016/02/09(火) 22:52:11 ID:5x0nXnck


ジョニィの目は燃えている。変わらず、黒く燃え盛る。ディエゴは苦々しい表情を浮かべ立ち上がると、時間いっぱい使い切って、壁際まで下がった。
両手は壁につけず、視線はジョニィに向けられたままだった。妥協ラインは引かれた。そしてジョニィはそれをのむ。
ディエゴが動いたのにならい、ムーロロも同じく距離をとっていた。二人が下がりきったのを合図に弾痕がルーシーの椅子の背に移動した。
途端、木片が飛び散るには大きすぎる音が聞こえた。いともたやすく椅子そのものが木っ端微塵になってしまっていた。

ルーシーがそのままバランスを失い、倒れかけた。ジョニィはさっと手を伸ばすと彼女を受け止めようとした。
が、セッコが既にルーシーを抱きかかえていた。この騒動の間もセッコは砂糖菓子に夢中だった。それは琢馬も同じことだった。
一度だけ立ち上がったが、何も起きなかったことを確認すると、またソファに座り面白くもない壁面を見つめ直す作業に戻った。

ルーシーはセッコに小さくありがとうと囁くと、ポケットからいつもより大きめの砂糖菓子を取り出した。そして喜ぶセッコにそれを手渡しながら、付け加えるように言う。

「セッコ、新しい砂糖菓子があるんだけど……欲しい?」

少し離れたところにあるの―――そうルーシーが言うのを待たずセッコは頷き、彼女の指示を待っていた。
ディエゴとムーロロの顔に嫌悪感が浮かぶ。傍に立つジョニィですら、不気味な様子に顔をしかめた。
しかし背に腹は変えられない。ルーシーが合図を出すとセッコは館の地面に沈み、どこかへと向かう。ジョニィとルーシーはふたり揃って窓際まで後退した。
油断なく指先が向けられたままだった。最後の最後までジョニィはディエゴを睨み、ディエゴはジョニィを皮肉げに見返した。

二人の体が窓枠から外へ雪崩打つ。窓際までいって覗き込めば、二人を器用に抱えたセッコが背泳ぎをしながら館から離れていくのが見えた。




79キングとクイーンとジャックとジョーカー   ◆c.g94qO9.A:2016/02/09(火) 22:52:35 ID:5x0nXnck
バシン! 小気味良い、乾いた音が夜空に届いた。ジョニィは早くも赤く腫れ始めた頬を抑えるとルーシーを見た。怒りに燃えたルーシーの瞳が真っ直ぐに見つめ返していた。

「……弁解する気はない。あの状況で君を安全に連れ去るにはこうするしかなかった」
「土手っ腹に穴をあけられた状況で、あなたは同じことを言えるかしら」
「僕自身、ムーロロに銃を突きつけられていたんだ。何よりディオがその気になったなら間違いなく僕がやられていた」
「だから公平、ここは一つ僕の顔に免じて許してよ―――そう言う気?」

ルーシーはジョニィに背を向け、体の前で腕を組んだ。ジョニィはここに来て初めて戸惑った表情を浮かべた。
たとえ最強のスタンドを持っていようと、聖人の遺体を持っていようと、ディエゴ相手に一歩も動じない肝っ玉を持った男であろうと―――女の子の喜ばせ方は自身で学ばなければいけない。
たとえ相手が人妻で、妊娠者で、年下の気難しい小娘だとしてもだ。どんな困難な状況でも女の子の機嫌を取らなければならない時が男にはある。
ジョニィはルーシーの背中から視線をそらすと、顔を伏せ、思い直したように前を向いた。耳たぶに軽く触れながら、ぼそぼそと言う。

「君には覚悟があるように感じた。もし僕が君を過大評価しているなら謝る」
「……謝る必要はないわ。でも私も謝らないわ、ジョニィ」

月が伸ばしたルーシーの影を見つめ、ジョニィはため息を吐いた。相変わらずルーシーはこちらを向かない。少し離れたところから、四つの砂糖菓子相手にはしゃぐセッコの声が聞こえてきた。
ため息を合図にルーシーがこちらに首だけを回し視線を送る。ジョニィはためらいながら彼女に近づいた。ルーシーは離れなかった。
すぐ脇に立つと、同じ方向を向いたまま話を続けた。視線の先には穏やかに川が流れ、その水面に月が反射して写っていた。

「南に向かいたいと思う。信用できる連中がいるんだ」
「遺体を揃えるのが先決だと思ってけれど」

首をかすかに振り、ジョニィは言う。

「信頼できるだけじゃない。ルーシー、確かに遺体は『最後には』『僕ら』が手に入れる。だが『この』遺体はあの方のものであって、あの方のものじゃないんだ」
「……話がよく見えないのだけれど」

ルーシーは眉をひそめ、苛立ち気に言った。ジョニィは一度呼吸を挟むとディエゴの言葉を思い出しながら『この遺体』に対する違和感を説明する。

なぜヴァレンタインは遺体の部位を集めきり、そしてもう一度それをバラバラにして支給品にしたのか。
なぜこのタイミングでスティールを始末したのか(なぜもっと早く始末しなかった?)。
そもそもなぜスティールを司会進行に据えたのか。なぜルーシー・スティールが……参加者に選ばれたのか。

80キングとクイーンとジャックとジョーカー   ◆c.g94qO9.A:2016/02/09(火) 22:52:55 ID:5x0nXnck


「ディオが言うことはもっともね。それがどうアナタが言った信頼できる連中にどうつながるのかしら」


話の途中、ルーシーは右腕を乱暴に振ってジョニィの言葉を遮った。ディエゴやムーロロがあとを追ってくる可能性もある。
難しい話は移動しながらでも、目的地についたあとにしてもいい。要点が聞きたかった。
ジョニィは顔に手をやると、先の混乱でどさくさに紛れ手に入れた右の眼球を取り出した。ルーシーは顔をしかめ、かばうようにお腹をさすった。

二人を中心にうずが沸き起こる。水面に波紋が浮かび上がり、ザザザ……と音を立てて波が立ち上がった。
セッコは顔を上げると、耳をぴくぴくと震わせて空気の震えを感じ取った。二つの遺体と強い意志に呼応するように、辺りに大きな図形が浮かび上がる。

それは大規模な地図だった。この殺し合いの全体像を表した、これまでで最も大きな地図が地面に浮かび上がった。
うっすらと出来上がった地図を見下ろした時、ルーシーの目が細められた。
遺体は次の遺体を指し示す、そういう話は聞いたことがあった。であるならば―――この遺体が『あのお方』のものであれば―――少なくとも7つの星が浮かび上がるはずだった。
だが、地面に咲いた星の数は―――5つと1つ。

「ずっと心の中に引っかかっていたことなんだ。あとは確信が必要だった。上乗せする1%のための確信が……」

ジョニイは自分たちがいあるあたりに咲いた1つの星をさし、南西に固まったいくつかの星を指した。
咄嗟に天を仰いだルーシーに釣られ、ジョニィも空を見上げた。そこには何も言わない星屑たちが彼らを見下ろしている。


「全てはジョースターだ。この遺体の中心にはジョースターがいる……ッ!」


地面は蠢く。セッコが囁く。地図はまだ決まっていない。
砂糖菓子にかじりつくセッコの歯が、普段より鋭く、長くなっていたことには誰も気がつかなかった。





81キングとクイーンとジャックとジョーカー   ◆c.g94qO9.A:2016/02/09(火) 22:53:16 ID:5x0nXnck

「やられたよ、完全に出し抜かれた」
「その割には上機嫌そうだが」

窓から身を乗り出していたディエゴは体を引っ込ませるとクスクス笑いながら、テーブルに戻り、ムーロロの真正面に座った。

「スティールが死んだいま、ルーシーの株は大暴落だ。カードとしては使えない上、女一人抱えて移動したり戦ったりするのは煩わしい。
 どちらにしろアイツが遺体を孕んでる以上、誰にも手出しはできないんだ。ジョニィがわざわざ子守役を引き受けてくれたと考えれば別段問題でもない。
 それに……」

しゃべりすぎたと思ったのか、ディエゴはそこで突然口を閉じた。
ムーロロが先を促すように顎を振ったが、ディエゴは怪しげに微笑むだけだった。
キザな野郎だ、とムーロロは毒づいたが結果は変わらなかった。ディエゴは面白がって余計クスクス笑いを悪化させた。

張り切ったゴムがちぎれたような、だらしない空気があたりをさまよっている。いつの間にか琢馬も姿を消していた。二人ともそんなこと、と意を介さなかった。
ムーロロは机に散らばったカードを丁寧に集めなおすと、縦にカードを切り始めた。
なかなかの枚数をまとめているのもかかわらず、不思議と紙同士が擦れる音は聞こえなかった。
うまいものだな、とディエゴが褒めるとムーロロは小さく頷いた。テーブルで輪っか上に広げ、端の一枚を指で弾いた。ドミノ倒しのように一枚が起き上がる衝撃で隣が立ちあがり、最後には全部が支え合うように机の上で立ち上がった。
ディエゴは感心した。ムーロロはまたカードを集め、混ぜ合わせ始めた。癖のようだった。

「ジョニィたちは南に動いてるぜ。スピードはそこまで早くない。お前の脚ならすぐにでも追いつけるだろう」

カード遊びを続けながらムーロロが言った。ディエゴはムーロロの手元に視線を向けたまま、答える。

「オイオイオイオイ……俺は別に情報が欲しいわけじゃあない(あったら嬉しいのは事実だが)」
「腹を空かせた狼に別の獲物を差し出したところで、食べられてしまうことに変わりはないってわけか。だけど俺だって大人しく食い散らかされるつもりはないぜ」

先と同じようにカードを輪っか上に広げる。ムーロロの指先がカードを弾くと「イテッ!」とキンキン声が聞こえた。
ディエゴの目の前でカードたちから手と足が生え、今度は本当にそれぞれの足で『立ち上がり』はじめた。
ディエゴは汚いものに触れかけたように机から体をめいっぱい離した。両方の親指が神経質そうに、手のひらを柔らかく引っ掻いている。

「『スタンド』だったのか」
「自衛の手段だ。あの状況で襲われたらひとたまりもないんでね」
「キモが座ってるじゃないか」

それまでのお喋りが嘘のように、二人は突然黙り込んだ。そして互いの目から一秒も視線をそらさない。
館のどこかを彷徨う琢馬の気配がした。それだけが二人の間を漂い、妨げている。
机の上でカードたちがそろりと動き、隊列を組んだ。ディエゴの唇が徐々に大きく裂け、耳の下まで牙が伸びてきた。ムーロロは机の上に置かれたディエゴの手のひらに、キラリと輝くウロコがあるのを見つけた。

一度ちぎれたゴムがキリキリ……と音を立てるほどにまた、引き伸ばされる。
生暖かい風が二人の左手の窓から入り、突然二人はそのゴムをどちらも切るつもりがないことを唐突に理解し合った。
ディエゴは共犯者にむける独特の笑みを浮かべた。ムーロロは真面目くさった顔でボルサリーノ帽子をかぶり直し、大きなあくびを一つした。

82キングとクイーンとジャックとジョーカー   ◆c.g94qO9.A:2016/02/09(火) 22:53:36 ID:5x0nXnck



「なぁ、『ムーロロ』……」
「おう、『ディオ』」
「君とはいい友達になれそうだよ」


ムーロロの頭の片隅に、黄金に輝く流れ星がさっと走った。それも一瞬のことだった。顔を振ってその記憶を振り落とした。


「恐竜にされたらかなわねェ」


机越しにディエゴが差し出した手を、見下すとそう言った。良い気分がしないディエゴは手を引っ込めようとした。
それが引っ込むか、引っ込まないかのうちに、かわりにムーロロは一枚のカードを差し出した。
ディエゴはそのカードを手にとった。ムーロロを見つめたが、何も言わない目がディエゴを見返しているだけだった。
カードをひっくり返し、表を見る。ジョーカーだった。だがそこいたのはただのジョーカーではなく、体を苦しげに震わせているジョーカーだった。

ディエゴが見つめる先でジョーカーの姿がゆっくりと変わっていく。
ウロコが生え、爪が伸び、牙が顎を貫きかけるほどに尖っていった。やがてカードから突き出ていた四本の手足も変わり始めた。二本の足で支えていた体は今では前傾体制をとり、獲物を狙う肉食動物のような振る舞いをし始めた。

手のひらの上で踊る恐竜を見つめているうちにディエゴの中で笑いがこみ上げてきた。
最初は抑えていたが、そのうちどうしようもなく、ディエゴは大きな声で笑った。
ムーロロは何も言わず、机越しにディエゴを見つめた。冷めた目だったが、その奥には揺れる光が芽生えていた。


「窓のそばに控えている恐竜をさげてくれ。爬虫類は苦手なんでな」


ムーロロの言葉と一緒にカーテンが外へと流れ出た。少しづつではあるが風は強まっていたようだった。

83キングとクイーンとジャックとジョーカー   ◆c.g94qO9.A:2016/02/09(火) 22:53:57 ID:5x0nXnck
D-2 南東部 川辺/1日目 夜中】
【ジョニィ・ジョースター】
[スタンド]:『牙-タスク-』Act1 → Act2 → ???
[時間軸]:SBR24巻 ネアポリス行きの船に乗船後
[状態]:右頬に腫れ
[装備]:ジャイロのベルトのバックル、遺体の右目
[道具]:基本支給品×2、リボルバー拳銃(6/6:予備弾薬残り18発)
[思考・状況]
基本行動方針:ジャイロの無念を――
1.ルーシーと共に行動。当面の目標はジョースター一族と合流すること。
2.遺体を集める
[備考]
※Act3が使用可能かどうかは次の書き手さんにお任せします。

【ルーシー・スティール】
[時間軸]:SBRレースゴール地点のトリニティ教会でディエゴを待っていたところ
[状態]:処女懐胎
[装備]:遺体の頭部
[道具]:基本支給品、形見のエメラルド、大量多種の角砂糖と砂糖菓子
[思考・状況]
基本行動方針:??
0.ディエゴから離れる
1.ジョニィと共に行動し、遺体を集める。身の安全を最優先。
[備考]
※遺体を通してトリッシュ・カーズに声をかけています。(カーズに対しては『あの方』を装っています)
 その他の遺体所有者を把握しているか、話しかけられるかは不明です。

【セッコ】
[スタンド]:『オアシス』
[時間軸]:ローマでジョルノたちと戦う前
[状態]:健康、恐竜化(進行:極小)
[装備]:カメラ
[道具]:シュガー、エンポリオ、重ちー、ポコのしたい写真集
[思考・状況]
基本行動方針:??
0.角砂糖うめえ
1.DIOが死んでしまって残念
2.人間をたくさん喰いたい。何かを創ってみたい。とにかく色々試したい。新しい死体が欲しい。
3.吉良吉影をブッ殺す
[備考]
※『食人』、『死骸によるオプジェの制作』という行為を覚え、喜びを感じました。
※千帆の事は角砂糖をくれた良いヤツという認識です。ですがセッコなのですぐ忘れるかもしれません。
※恐竜化はディエゴから距離をとっているため、進行は緩やかで、無意識です。遺体を譲渡されれば解除されるかも、しれません。

84キングとクイーンとジャックとジョーカー   ◆c.g94qO9.A:2016/02/09(火) 22:54:20 ID:5x0nXnck
【D-3 DIOの館/一日目 夜中】
【ディエゴ・ブランドー】
[スタンド]:『スケアリー・モンスターズ』+?
[時間軸]:大統領を追って線路に落ち真っ二つになった後
[状態]:健康、なかなかハイ
[装備]:遺体の左目、地下地図、恐竜化した『オール・アロング・ウォッチタワー』一枚
[道具]:基本支給品×4(一食消費)鉈、ディオのマント、ジャイロの鉄球
    ベアリングの弾、アメリカン・クラッカー×2、カイロ警察の拳銃(6/6) 、シュトロハイムの足を断ち切った斧
    ランダム支給品11〜27、全て確認済み
   (ディエゴ、ンドゥ―ル、ウェカピポ、ジョナサン、アダムス、ジョセフ、エリナ、承太郎、花京院、
    犬好きの子供、仗助、徐倫、F・F、アナスイ、ブラックモア、織笠花恵)
[思考・状況]
基本的思考:『基本世界』に帰り、得られるものは病気以外ならなんでも得る
1.ムーロロを利用して遺体を全て手に入れる。
[備考]
※DIOから部下についての情報を聞きました。ブラフォード、大統領の事は話していません。
※教会地下に散乱していた支給品は全てディエゴが『奪い』ジョニィは自分の持っていた道具以外何も手にしていません。
※ディエゴが本来ルーシーの監視に付けていた恐竜一匹が現在ディエゴの手元にいます。

【カンノーロ・ムーロロ】
[スタンド]:『オール・アロング・ウォッチタワー』(手元には半分のみ)
[時間軸]:『恥知らずのパープルヘイズ』開始以前、第5部終了以降
[状態]:健康
[装備]:トランプセット、フロリダ州警察の拳銃(ベレッタ92D 弾数:15/15)、予備弾薬15発×2セット
[道具]:基本支給品、ココ・ジャンボ、無数の紙、図画工作セット、川尻家のコーヒーメーカーセット、地下地図、遺体の脊椎、角砂糖、
    不明支給品(2〜10、全て確認済み、遺体はありません)
[思考・状況]
基本行動方針:自分が有利になるよう動く
1.ディエゴを利用して遺体を揃えるた。ディエゴだってその気になればいつでも殺せる……のだろうか。
2.琢馬を手駒として引き留めておきたい?
[備考]
※現在、亀の中に残っているカードはスペード、クラブのみの計26枚です。
 会場内の探索はハートとダイヤのみで行っています。 それゆえに探索能力はこれまでの半分程に落ちています。
※支給品二つの中身はフロリダ州警察の拳銃(ベレッタ92D 弾数:15/15)と予備弾薬15発×2セットでした。


【蓮見琢馬】
[スタンド]:『記憶を本に記録するスタンド能力』
[時間軸]:千帆の書いた小説を図書館で読んでいた途中
[状態]:健康、精神的動揺(大)
[装備]:遺体の右手、自動拳銃、アヌビス神
[道具]:基本支給品×3(食料1、水ボトル半分消費)、双葉家の包丁、承太郎のタバコ(17/20)&ライター、SPWの杖、
    不明支給品2〜3(リサリサ1/照彦1or2:確認済み、遺体はありません) 救急用医療品、多量のメモ用紙、小説の原案メモ
[思考・状況]
基本行動方針:他人に頼ることなく生き残る。
0.???
1.自分の罪にどう向き合えばいいのかわからない。
[備考]
※参戦時期の関係上、琢馬のスタンドには未だ名前がありません。
※琢馬はホール内で岸辺露伴、トニオ・トラサルディー、虹村形兆、ウィルソン・フィリップスの顔を確認しました。
 また、その他の名前を知らない周囲の人物の顔も全て記憶しているため、出会ったら思い出すと思われます。
 また杜王町に滞在したことがある者や著名人ならば、直接接触したことが無くとも琢馬が知っている可能性はあります。
※ミスタ、ミキタカから彼らの仲間の情報を聞き出しました。
※スタンドに『銃で撃たれた記憶』が追加されました。右手の指が二本千切れかけ、大量に出血します。何かを持っていても確実に取り落とします。
 琢馬自身の傷は遺体を取り込んだことにより完治しています。

85キングとクイーンとジャックとジョーカー   ◆c.g94qO9.A:2016/02/09(火) 22:55:18 ID:5x0nXnck
以上です。誤字脱字、全話からの矛盾等ありましたら教えてください。
読み込みが甘いのでなにかおかしな部分があると思います。
よろしくお願いします。遅れてすみませんでした。

86名無しさんは砕けない:2016/02/11(木) 19:04:54 ID:O222PU9.
投下乙です。大きな矛盾や誤字脱字等はとりあえず見つかりませんでした。
感想は本投下の際に改めて行わせていただくとして、もう一度読み返して確認してみようと思います

87名無しさんは砕けない:2016/02/11(木) 21:14:38 ID:9eliWc/.
仮投下乙です。
大きな矛盾ではないですが、前話でルーシーがトリッシュをおびき出してムーロロ達は館から離れる方針でしたので、
方針転換した辺りの説明があればいいなと思いました。
該当のキャラは今浮いている状態ですのでこういう行動を取ったからという描写にしても矛盾は出ないと思います。

88 ◆HAShplmU36:2016/02/12(金) 22:40:14 ID:k.Wq0x/6
仮投下開始します。

89 ◆HAShplmU36:2016/02/12(金) 22:40:51 ID:k.Wq0x/6
虫の音も聞こえない夜、ボルケーゼ公園の芝生の上でカリカリと万年筆のペン先が紙を掻く音だけが響いていた。
千帆ではなくプロシュートが、あの戦いの顛末を書き留めている。
胡坐をかいて熱心に書き込んでいる後ろ姿は、両親の離婚が決まったあの日、夜通し書き続けた自分とどこか似ている。
そう思うと声を掛けるのも躊躇われた千帆は少し離れたところで何をする訳でもなくぶらぶらとしてみる。

いつの間にか指先の痛みが無くなっていたのに気付いて包帯を外すと、傷は跡形もなくなっていた。
おそらく育朗が癒してくれたのだとプロシュートが言っていた。彼が今日一日で負った傷もすっかり消えているそうだ。

(それでも)

文字を書く音、血の臭い、バイクの上で感じた風、夕焼けの赤。五感と記憶は密接に繋がっている。
千帆は繰り返し指の痛みを思い出した。ワムウのくれた言葉を、表情を心に焼き付ける為に……



◆ ◆ ◆



今の自分の精神状態は確実に普通ではないのだろう。
書いても書いてもペンは止まらない。文字と言う形で現出した記憶がフラッシュバックを引き起こす。
育朗の反吐が出そうな甘さと踏み入る事の出来ない領域の強さ、安らかな死に顔。
書くほどに心が仄暗い水の底へと沈んでゆき、濡れて張り付いた服のように不快感がまとわりつく。
この重苦しさは何なんだ。心臓が身体中へと腐れた毒を送り込んでいるのか?
脈絡のない悪寒に思わず胸ぐらを掴む。

(こんな俺を見て、あいつ等ならどうしただろうか。なんて言うだろうか)

仲間との過去に向かう意識を、ふと背中に感じた柔らかさが引き留めた。背中合わせに千帆が座り込んできたようだ。
甘えんなと言おうとしたはずなのに口から言葉が出てこない。

「文章を書いてる時って夢中になっちゃうから、いい気分転換になりますよね」
「俺はそうでもない」

育朗は死んだ。仲間でも何でもない奴だった。
だから事実だけを簡潔に書いてしまえば一ページで済むはずなのに、そうする気になれなくてダラダラ書いている。
そんな『らしくない』自分自身が気に入らない。何故なのかわからないのが尚更不快で仕方がない。

90かつて運命になろうとした『あの方』へ ◆HAShplmU36:2016/02/12(金) 22:41:55 ID:k.Wq0x/6
「ワムウさんと橋沢さんの闘いを最後まで見届けますって言ったのに、また後悔が一つ増えちゃいました」
「お前のせいじゃねえだろ。俺が見届けたしこうして書いている」
「ですよね。プロシュートさんのおかげであの二人の物語が完結します」

すこしだけ間が開く。

「正直言って私にはあの二人の覚悟も生き方も、肝心なところはきっと理解できていないんだと思います。
 だから完成した小説をたくさんの人が読んでくれて、その中の誰かの心に伝わって……繋がってくれたら
 ……素敵だと思いませんか?」

あ、と声を出しそうになったのを紙一重で堪えた。
不安だったのだ。ワムウと育朗の死に際に勢いで言ってしまった繋ぐという言葉をどう実行していいかわからなかった。
あの闘いを見たせいか言葉に伴う責任を果たせないかもしれない可能性が高いという現実を嫌でも意識し、
それを拭ってしまいたくて、どうなる訳でもないのに必要以上に言葉を連ねていたのだ。
そんなプロシュートに私達が生き残ればの話ですがと千帆が笑って付け加える。

「小説にするのは私の役割です。だからプロシュートさんは私達が生き残る事に力を注いでください。
 ふたりで生き残って、繋ぎましょう」

いつの間にか人の心まで観察しやがって。
心が感じていた重苦しさは悪態と一緒に気恥ずかしいような居心地の悪さに変わり、夜に相応しい穏やかな静けさが戻ってくる。

「気持ちが落ち込んだり迷った時はお互い少しくらい甘えてもいいと思います。仲間なんですから。
 だから今くらいは背中、預けてくれてもいいですよ」


人の心を探り、偵い、進む道はそこにあるのだとそっと教えてくれるような……優しさもまたひとつの力なのだろう。


「俺が書き終わるまでだ」


前屈みの姿勢を正すと仲間の小さな背中がプロシュートの背中の輪郭にすっぽり収まる。
温かい血液が指先に巡るのをしっかりと感じると、今度こそ力強く物語を綴る音が月夜に心地よく響き始めた。




◆ ◆ ◆

91かつて運命になろうとした『あの方』へ ◆HAShplmU36:2016/02/12(金) 22:42:44 ID:k.Wq0x/6
月が雲に隠れ暗闇が辺りを覆った頃、カチリと万年筆にキャップが被せられたのと木陰から男が現れたのはほぼ同時だった。
わざとらしく植え込みに足を突っ込んで音を立て存在を主張すると、認識されたことを確認するや否や東の方向へ走ってゆく。
が、全速力でもない。明らかに二人を誘っていた。

「追うぞ。見た顔だ」

プロシュートは即断すると装填しておいたベレッタを構えて走り出す。千帆もあわてて後ろをついてくる。
そのまま公園の出口へと向かっていく男だったが……おかしい、あんな所に『行けるはずがない』
知らないのか? その先は――――

「止まりやがれ! その先は禁止区域だ!!」

とっくに禁止区域に指定されていたA-7に向かって迷いなく走ってゆく男がさらにスピードを上げる。
足を撃ってでも止めるか? いや走りながら撃って出鱈目なところに命中しても困る。
そんなプロシュートの迷いを見透かしたように男は急に立ち止まると両手を軽く上げてこちらに向き直った。
プロシュートもその場で止まる。やはり見た顔だ。つい数時間前にダービーズカフェに現れ、去って行った少年……






「こんばんはプロシュートさん、双葉千帆さん。僕の名は宮本輝之輔……時間がないので事実だけを簡潔に述べますと、
 僕はあなたが会ったのとは違う、主催側の人間です。そして大統領を裏切りました」






やっと追いついた千帆の荒い息使いが一瞬で止まる。
無理もない、見た目の年齢にそぐわない落ち着き払った目の前の少年の突拍子の無い言葉を信じなければならない証拠が既に提示されていたのだから。

「首輪が……無い……?」

しかし流石はプロシュート、放送前と全く印象の違うこの少年を簡単に信用などしない。
自分もマグナムを取り出そうとしてポケットで引っかかりもたもたしている千帆にゲンコツ一発、背中に隠すと
冷静に尋問を始める。

「お前のその首、それがスタンドによる目くらましでない証拠を出せ」
「僕のスタンド名は『エニグマ』。能力はこれです」

ポケットから手のひらサイズの板状の機械らしきものを取り出し、

パタパタ、パタン!

『紙に仕舞う』とその場でもう一度開き、取り出して見せる。それを二度三度と繰り返す。
自分たちが見てきた支給品の紙となんら変わりない。

「理解した。その能力なら主催側にいる理由も納得できる。なら俺が見たお前は何だ? 何故参加者になっている」
「大統領のスタンドは別次元から物や人間を連れてこられます。今回のゲームへの協力を強制され、抵抗した際に何人かの『僕』を
 目の前で殺されました。観念した時点で一人余ってただけです。
 ちなみにあっちの僕は意識が無かったからこの辺りの事情は知りませんよ」

別に知ったこっちゃないが悲惨な参加理由だ。
要するに自分が見たのは本来主催側に一人だけ存在する宮本の複製、いや、あちらも本物か。
同一人物が二人存在しているというのはややこしい話だが大統領の能力がそういうものならとりあえず辻褄が合う。
同時に二人が並んでいるのを見ない事にはまだ100%信じる事はできないが、少しでも情報が欲しいというのも事実。

92かつて運命になろうとした『あの方』へ ◆HAShplmU36:2016/02/12(金) 22:43:22 ID:k.Wq0x/6
「真偽は私達で判断します。情報をください」

言ってからこっちを窺うんじゃねえよ。最初からそのつもりだ。
もう一発軽めのゲンコツを食らわせてからメモの準備をさせると宮本に目で促す。

「その気になってくれて何よりです。さて本当に時間がありません、とりあえず銃下ろして貰えますか?」
「断る。お前の話が100%真実だったとしてもそれとこれは別だ」
「これだからギャングは……はいはいすいませんごめんなさい、まずこれを見てください」

先程出し入れした板状の機械にせわしなく親指を滑らせるとこちらに放り投げてくる。
指示される通り下部の○部分を押すと画像が現れた。簡単な地図とその上に点在するマークは生存している参加者だそうだ。
現時点で周辺には誰もいない。サン・ジョルジョ・マジョーレ教会を中心とした数エリアにほとんど集中している。
さらに現在位置を拡大すると宮本の位置はやはり狙ったように禁止エリアギリギリだ。

「首輪の役割は発信機と集音機、そして周辺のカメラを起動するスイッチでもあります。
 その端末では見えませんが本部では映像で監視しています。今のあなた達は最低20個近くのカメラに囲まれてますよ」

やはりこの会場はゲームのためだけに設えたものだそうだ。
参加者の移動に合わせて首輪が出す電波を感知した極小カメラがその都度撮影、送られた高画質映像を好きなアングルに
切り替え、好きにズームして見渡せる。ショーとして見る分には最高だ。上手く編集すれば映画にもできるだろう。
そこまで聞いて疑問が浮かぶ。なら今の状況は撮影されていないのか?

「千載一遇のチャンスでした。あの教会が派手に倒壊してくれた影響で張り巡らされたケーブルの
 いくつかが断線したり電力の供給機材が異常を起こして撮影できないスポットができたんです。
 多くはすぐに自動で復旧しましたが、いくつかの箇所は人が操作しなければなりません。今の僕みたいに」

幸い大統領の関心は教会周辺の動きに向いていて、会場の外れで明らかに休む場所を探しているだけの二人は
撮影不能のこの一帯に入り込んだ後も放置されていた。そこで他の箇所の復旧作業を行いつつ、接触してきたという宮本。
首輪については禁止区域に入ってもすぐ爆発しない事、大統領が設定したパスワードを本部で入力する以外の解除法は分からないと
役立つようで頼りない情報ばかりだ。

「この端末を渡せればいいんだけど、これが無いと本部に帰る事が出来ないんです」
「それだ。俺たちに必要なのはそういう情報なんだよ、本部の場所は? 行き方はどうなっている」
「本部は会場の外側、ローマ市内にはあるらしいんですが、窓もなければ外に出たことも無いので正確な位置はわかりません。
 会場と行き来するための場所がいくつかあります。でも現実的ではありませんよ」
「どうしてですか?」
「地図上に示してある施設でこの端末を使えば移動できます。けど侵入者対策として必ず一人づつ、
 さらに一度使うと五分は使えない仕様なんです」

ますますもって役に立たない情報だ。メモを取る千帆の眉も中心に寄ってきている。

「じゃあせめてこれが何なのか教えろ」

シャツをはだけて脈打つ心臓を露わにするプロシュート。それを見た宮本は……明らかに動揺した。




◆ ◆ ◆

93かつて運命になろうとした『あの方』へ ◆HAShplmU36:2016/02/12(金) 22:44:57 ID:k.Wq0x/6
「それ……は……遺体……」
「干からびてたんだからそうだろうよ。誰の遺体の一部だ」

プロシュートの問いに宮本は沈黙の後意を決したように口を開く。

「……そいつの正体は僕にもわからない。知ったところでたぶん意味などないんです。
 ただ言えるのは、そいつは『聖なるもの』なんかじゃない…………それだけはハッキリしてます。複数の参加者が
 これを集めようとしていますが、彼らは勘違いしている。騙されているんだ。だから全てが集まらないようスティールさんが
 こっそり隠した筈なのに……」
「トリニティ教会の地下シェルターで見つけたんです。隠したというより置いてあった感じでした」
「そうか……できればあなた達にはこれ以上遺体と接触しないでほしい。可能であれば見つけ次第処分してください。
 とにかく重要なのは、遺体は聖なるものではない。忘れないで下さい」

暑くも寒くもない会場に風が吹き、千帆が髪を直す間に宮本の崩れかけた表情は元に戻っていた。
宮本とプロシュートは互いに視線を外さない。


「お前に指示したのはスティールか……奴は裏切りがばれて殺されたようだが本部は今どういう状況だ」
「現在本部に居るのは僕と大統領の二人だけです。スティールさんと僕の他にも何人かが準備をさせられていましたが、
 オープニング直後に僕たち以外は全員消えてしまいました」
「なぜお前は消されていない」

端末をちらと見る宮本。時間が迫っているらしい。

「僕の能力で紙にした物は僕が死ぬと同時に紙ごと消滅します。だから大統領はまだ僕を殺せません」

それはまだ大統領にとって重要なものが支給品の中に紛れている事を意味している。
遺体だけかどうかはわかりませんけどと言いながら宮本はポケットから出した紙を開けて冊子を取り出すと千帆に渡す。
開いてみるとそこには参加者たちの顔写真にプロフィールが載っていた。

「これからですが、あなた方はジョニィ・ジョースターに接触してください。彼は大統領に一度勝利しています。
 僕はもうすこしシステムを調べ直してみます。機会があればまたこちらに来れればいいですが、あまり期待しないで下さい」
「検討する」

こうして一方的な情報提供は終わった。
時間が来たのでと去ろうとする宮本に千帆が初めて疑問をぶつける。

「宮本さんは……どうして大統領に逆らったりしたんですか?」
「ひとつはスティールさんの遺志だからです。あの人がいたから僕は絶望から救われたんだ」
「他にもあるんですか?」

94かつて運命になろうとした『あの方』へ ◆HAShplmU36:2016/02/12(金) 22:46:00 ID:k.Wq0x/6
雲が晴れ、三人の居る場所が月明かりに照らされる。
徐々に変わってゆく宮本の表情が苦しそうなものではあるが、それは彼の年齢相応の少年らしい顔だった。

「……スタンド使いになってこのかた、僕はいつだって誰かに利用されてばかりだ。
 写真のおやじに、アイツに、大統領に……僕はただの『アイテム』で用が済んだらもういらない便利な存在。
 けど僕は死にたくない! こんな所で殺されるのはまっぴらなんだよ!!」

思わず叫んでしまってから慌てて表情を元通り取り繕うが、一瞬間が空いてプロシュートがクックと笑って銃を降ろし、千帆もホッとした顔になる。
二人の様子に困惑する宮本。

「やっと出したな」
「は……?」
「その面だ。今の言葉には嘘はねぇみたいだし、お前の事を一応は信じといてやる」
「本当の気持ちを見せてくれてありがとうございます。また会えることを祈ってます」
「……どうも。じゃあ」


そうして今度こそ宮本は去っていった。




◆ ◆ ◆




「あーっ! まだ読んでないのに何するんですか!!」
「うるせえ帰ってから読め! お前こそなんだその大量の角砂糖は、太るぞ!」
「私じゃなくてセッコさん用の保険ですよーだ!」

公園を出た二人は付近の民家で先程の情報について語ることなく好き勝手に行動していた。
プロシュートが自分で書いた部分を読めないようホッチキスで留めてしまったせいで千帆が文句を垂れ、
千帆が無駄に大量の角砂糖をデイパックに詰めようとしてプロシュートが文句をつける。
騒がしいやり取りだが、一応大統領への目くらましの意味もあった。すでに公園で今後の方針は固めてある。

宮本が禁止エリアのA-7に悠々と去って行ったのを見た以上あの話は真実なのだろうが、
彼の素の表情と本音は大統領を倒そうとする気持ちに偽りがないことを二人に信じさせた。
今後はジョニィに接触すべく彼がいるC-3方面を目指すが、その前に民家で準備を整える様子を大統領にフェイクで見せておこうという算段だ。

「でもこれ便利ですよね、『橋沢さんの支給品から出てきた』顔写真付き参加者名簿。この赤い印が危険人物、と」
「ああ、今のところカーズが最も危険だ」
「ジョニィさんにアナスイさん、セッコさん、兄さん……知った人が死んでいなくて良かったです」
「セッコは危険人物だろうが」
「それはそうなんですけど……危険だけど、善か悪かって言われたら迷うんですよね」
「ああいうのは性質が悪いってんだ。今度会ったら俺は殺すぞ」

95かつて運命になろうとした『あの方』へ ◆HAShplmU36:2016/02/12(金) 22:48:21 ID:k.Wq0x/6
答えの出ないやり取りを続け、曖昧なまま今後も人を探すと結論づける。
映像で監視されている事が分かった以上迂闊な動きはできないし筆談もできない。これだけだと八方ふさがりに見えるが、
いくら大統領とはいえ目と耳は二つずつしかない。参加者の動向の全てをリアルタイムに見て、聞くことは不可能だ。
宮本が言ったように今回自分たちは放置されていた。すなわち大統領は『映像を取捨選択しながら見ている』という事だ。
仲間にする人間はかなり慎重に選ぶ必要があるが、文字通り大統領の目を盗むことができれば勝機も見えてくる。
そうしていざ出発、という段になって千帆が思い出したようにつぶやいた。

「そういえば朝以降全然敵と戦ってないんですよね私達って。かなり幸運なことですけど」
「戦わずに済むならそれに越したことはない。血を流して正面からやり合うなんてのは本来最終手段だ」
「殺す……のが仕事なのにですか?」

そりゃただの殺人鬼だろうが。

「俺が戦うとして大きく分けると理由は三つある。任務として命じられた時。やらなきゃやられる時。そして……
 立ち向かわなければ誇りが失われる時だ」
「社会的、肉体的、精神的な理由ですね。私が小説を書くことで戦うのは……個人的な理由だし、どちらかといえば
 精神的な理由になるような気がします」

ああ、大統領の目的の考察か。今更の様な気もするがな。

「大統領に本当の意味での共犯者がいないって事は、動機が個人的なものだからのように思うんです。
 国のためだとか世界のためなら誰か賛同してくれる人がいるでしょうし」
「まあこの上誰かに命令されてるわきゃ無さそうだしな。で、社会的な線が消えたとしてその先はどう思う」
「……まだ考え中です」
「気長にやるんだな」



まだ夜は長い。




【B-4/1日目 夜中】
【プロシュート】
[スタンド]:『グレイトフル・デッド』
[時間軸]:ネアポリス駅に張り込んでいた時
[状態]:健康、覚悟完了、戦士たちに感化された(?)
[装備]:ベレッタM92(15/15、予備弾薬 28/60)、手榴弾セット(閃光弾・催涙弾×2)、遺体の心臓
[道具]:基本支給品×4(水×6)、双眼鏡、応急処置セット、簡易治療器具、露伴のバイク、打ち上げ花火
    ゾンビ馬(消費:小)、ブラフォードの首輪、ワムウの首輪、大型スレッジ・ハンマー
    不明支給品1〜2、ワルサーP99(04/20、予備弾薬40)
[思考・状況]
基本行動方針:ターゲットの殺害と元の世界への帰還
1.大統領に悟られないようジョニィに接触する
2.育朗とワムウの遺志は俺たち二人で"繋ぐ"
3.残された暗殺チームの誇りを持ってターゲットは絶対に殺害する
※育朗の支給品の内1つは開けた事になっていて、本物はプロシュートが隠し持っています


【双葉千帆】
[スタンド]:なし
[時間軸]:大神照彦を包丁で刺す直前
[状態]:健康、強い決意
[装備]:万年筆、スミスアンドウエスンM19・357マグナム(6/6)、予備弾薬(18/24)
[道具]:基本支給品、露伴の手紙、ノート、地下地図、応急処置セット(少量使用) 、顔写真付き参加者名簿、大量の角砂糖
[思考・状況]
基本行動方針:ノンフィクションではなく、小説を書く 。その為に参加者に取材をする
1.大統領に悟られないようジョニィに接触する
2.主催者の目的・動機を考察する
3.次に琢馬兄さんに会えたらちゃんと話をする
[ノートの内容]
プロシュート、千帆について:小説の原案メモ(173話 無粋 の時点までに書いたもの)を簡単に書き直したもの+現時点までの経緯
橋沢育朗について:原作〜176話 激闘 までの経緯
ワムウについて:柱の男と言う種族についてと152話 新・戦闘潮流 までの経緯
188話 風にかえる怪物たち のくだりはプロシュートが書きましたがホッチキスで留められて読めない状態です

支給品紹介
顔写真付き参加者名簿
ディアボロに支給。
参加者全員の顔写真とスタンド能力を除いた簡単なプロフィールが載っており、
スタンド大辞典と合わせる事で参加者の情報が完全にわかる事になる。

宮本(参加者でない)によって危険人物には印がつけられており、他にも宮本による書き込みがあるかもしれません。

96かつて運命になろうとした『あの方』へ ◆HAShplmU36:2016/02/12(金) 22:49:12 ID:k.Wq0x/6
◆ ◆ ◆




「戻りました……と、やっぱり起きてたんですね。一時間って仮眠といえなくないですか?」
「君が帰ってくるギリギリまでは寝ていた。起きてから身支度に4分、録画分も含めてモニターのチェックを始めてからはまだ2分だ。
 頼んでおいた仕事は済んだのか」
「ええ。ブレーカーの復旧にカメラの設定確認。下流に引っ掛かってたDIOと……ディアボロの遺体も回収しましたよ」

宮本は大統領の左側に回るとサイドテーブルに置かれた箱に紙を無造作に投げ入れた。
吉良の時のような演出をする必要のないモニタールームは温かみの無い光で万遍なく照らされている。
大統領はゲーム開始以降もっぱらここで映像を見ているだけで放送はスティールが、システムの維持管理および雑務は宮本が担当していた。
どこから持ってきたのか、無機質な部屋に似つかわしくない肘掛椅子に合わせたオットマンに足を乗せた大統領がご苦労、と一言労う。

「死にたてのDIOはともかくディアボロは今更勘弁して下さいよ、何かに使うんですか?」
「使いたくなるかもしれんから念の為にな。他の死体も必要があれば回収してもらうかもしれん」

ええ……とゲッソリした顔の宮本を尻目に大統領は涼しい顔だ。

「機械関係については君の方が理解が深くて助かる。私があちらに行くわけにはいかないからな」
「原理は知らなくてもテレビゲームやインターネットはできますからね。間違えたら爆発するわけでもなし、
 ボタンの配置で操作は大体見当つきますよ」

会場全体で軽く数十万以上あるだろう監視カメラを統括する設備も、操作自体は少ないスタッフで円滑に行えるよう
限りなく簡略化されていて、宮本に渡されたのはノート一冊にも満たない簡素な説明書だけだったがそれでも十分だった。
外に持ちだして使っているモバイル端末も説明書無しで直感的に操作できたくらいだ。

(とはいえ大統領も拙いながら監視システムを使いこなしている。時間が経つほど僕が不利になるか……?)

時代と言うアドバンテージがあれども所詮は素人。宮本には壊れたゲーム機を直す技術もなければ
ウイルスを作成する知識もない。このままシステムの裏をかけないと先程のような現場に行けるチャンスはもうないかもしれない。


「君ならば万一参加者と接触してもごまかしが効くしな」

……カマかけだとしたら確証を持っていない証拠だ。
そうですねと無難に答えたが、大統領はそれ以上特に追及もしてこない。

97かつて運命になろうとした『あの方』へ ◆HAShplmU36:2016/02/12(金) 22:50:57 ID:k.Wq0x/6
「なあ宮本、通常誰にでも自然に備わっている感情である恐怖だが、何に対して最も抱きやすいと思う?」
「愚問ですね。生物は『未知』に対して本能的に恐怖を感じるようにできています」

宮本が最も熟知していることだ。
いつもの日常に突如不気味な来訪者が訪れる。有りえないと思っていた事が目の前で起こる。圧倒的な強者が立ちはだかる。
それによって未来の予測が限りなく不可能な状態に陥った時に人は恐怖を感じ、先に進もうとする意志を失ってしまう。

「突き詰めれば『この先どうなるかわからない』という不安が極大化したものが恐怖だと言えるな」

だから人は恐怖を感じた時、多くの場合自らを安心させようと本能的に行動を起こす。安全な場所への退避もそうだし
精神的な安定を取り戻そうと特定の行動を取ったり、現実逃避を図る。どれも原理は同じだ。

「かと言って確実な未来が分かれば安心が訪れるかと言えばそうでもない。不幸や理不尽が起こると分かっていて
 覚悟し立ち向かえる人間の方が稀だ。パンドラの箱からエルピスを解き放っても絶望という病が蔓延するだけだろう」

エルピス……予知だとか予兆だったか。
あの神父の思想は大統領のお気に召さなかったらしい。

「未知への恐怖を克服するだけなら経験を積み精神を鍛え、備えを怠らなければ良い。
 その一方克服しようのない恐怖として、『無限』というものは何よりも怖ろしいことだと私は思っている」
「終わりがない……僕には想像のつかない領域ですが、結果や結論に辿り着けない事が決定してるのは
 恐怖を通り越して考えるのをやめたくなりますね」
「まったくだ。ならば、そこから救われるには何が必要だろうか」
「さあ?」


見当がつかないのは本当なので適当に返したが、普段仕事の指示くらいしかしてこない大統領が
今更言葉遊びを持ちかけてくるはずも無い。慎重に次の言葉を待つ。




「奇跡だよ」





◆ ◆ ◆

98かつて運命になろうとした『あの方』へ ◆HAShplmU36:2016/02/12(金) 22:52:17 ID:k.Wq0x/6
はじめに奴にとっての奇跡が起きた。
無限に存在する並行世界のどこかで行われる直前のバトルロワイヤル……絶望に支配されていた奴が迷い込んだ私を見つけた。

次に私にとっての奇跡が起きた。
本来の私は無限の回転に引きずられ戻ってしまったが、奴が毛色の違う私に興味を抱きD4Cごと複製してくれた。
その後オリジナルは基本世界で死亡し、私が真実『基本のファニー・ヴァレンタイン』となった。



「そこからは断片的に知ってますよ。いち参加者だったはずのあなたがいつの間にか人を集めてこの本部に乗り込み、
 奴を殺してバラバラにして燃やして……そこらに放り投げた」


「そして私はこのバトル・ロワイヤルを所有した」


「そしてあなたは奴の『遺体』を支給品としてばら撒いた」


「そして参加者たちは争って『遺体』を集める。私の為に」




◆ ◆ ◆




「奴が『聖なる者』だったとでも!?」
「宮本、君は根本的な事をはき違えている。君にとって聖なる者と邪悪なる者の境目はどこだ?
 幸福をもたらすか不幸をもたらすかで言うならそれらは表裏一体、世界の幸福と不幸は神の視点では釣り合っている」
「もし奇跡が起きて奴が生き返りでもしたらそれこそどうするんですか……」
「死は単なる事象ではなく救いだ。全ての恐怖から解き放ってくれる。『勝者になれない』というエルピスの毒に
 侵されていた奴は最後には死を受け入れた。あの方もついに蘇りはしなかったし、奴もそうはならないだろう」

そのセリフに宮本は違和感を感じた。
一度倒したという自負もあるのだろうが、思えば大統領の発言には終着点を自分でも予想できていない節がある。

「では僕からの質問です。オリジナルが死んで消滅の心配がないなら何故あなたは基本世界とやらに戻らなかったんですか。
 あそこには揃った『聖なる遺体』があるというじゃないですか。
 奴と同じ様に参加者に殺される危険に身を晒してまでこのゲームで得るものとは何なのですか?」

歴史は繰り返されるとはよく言ったもので、奪ったものは奪われる。よくある話だ。
大統領はあの吸血鬼みたいに自分だけは大丈夫と高をくくって相手を侮った挙句やられた様なやつとは違う。
どこの世界でもまた一からのし上がれるだけの才覚があるのだから、こんな事に手を染めず
社会の中で生きて行けばいいのにと思うのは宮本が凡人の範疇を出ないからだろうか?

99かつて運命になろうとした『あの方』へ ◆HAShplmU36:2016/02/12(金) 22:52:57 ID:k.Wq0x/6
「私は二度と基本世界に戻るつもりはない。『私』はあの世界をディエゴ・ブランドーに託し、自らの正義に殉じた。
 決着のついた事を覆しに戻るような恥知らずな真似はできないな」

キャプチャーした画像を拡大すると遺体を持った参加者の姿が各モニターに映し出されてゆく。

ルーシー・スティール
ジョニィ・ジョースター
ディエゴ・ブランドー
プロシュート
トリッシュ
カンノーロ・ムーロロ
蓮見琢馬
カーズ

「私が得ようとしているものや目的は当然言えないが、この世の真理として、事を起こす際には必ず対価が必要になる。
 聖なるものですら代償を支払わねば大きな奇跡は起こせなかったのだからな。
 地位や名誉、持てるものは全て彼方へ過ぎ去り、もはや差し出せるものは命以外なにも無い身だが
 私はこの世界で奇跡を起こしてみせる。それだけの価値がこのバトル・ロワイヤルにはあるのだ……!!」


そうだ、その目だ。
大統領、いやファニー・ヴァレンタインという男の目には希望と覚悟、そして犠牲を躊躇しない漆黒の意志が燃え盛っていた。
時折見せるあの誇り高く熱い眼差しを見るたび宮本の心は否応なくざわつき、焦がれてしまいそうになる。


(だが決して近づき過ぎてはならないよ宮本君。あれは誘蛾灯だ)


スティールは最後まで彼を悪だと断じなかった。
彼のやったことを見てきた筈なのに、これほどの目にも合わされているというのに尚不思議な事に宮本も彼を純粋な悪だと思えない。
だからこそ強い意志を持って抗わなければならないと何度も何度もスティールは念を押してきた。
今思えばあれは自らに言い聞かせていたのだろうか。
自分がこの先呑み込まれないようにするには――――支払うべき代償は―――――――

100かつて運命になろうとした『あの方』へ ◆HAShplmU36:2016/02/12(金) 22:53:26 ID:k.Wq0x/6
「抗いますよ、僕は」
「抗えばいい、君も私も含めて全ては流れだ。不要なものは淘汰され、あるべき場所に収束する」



きっぱりと敵対する意思を宣言すると、モニターを見つめる大統領に背を向けて宮本は背筋を伸ばし歩き出す。
監視カメラに転送装置、位置確認システム。マニュアルと実践で既に舞台装置の仕組みそのものはほぼ把握した。
悔しいが支給品の事があるといっても仕事を放棄して殺されるわけにはいかないので今はまだ命令に従おう。
次はいかに大統領の目を盗んでシステムの中枢……首輪や禁止区域の設定に踏み込むかだ。
できるなら他の参加者にも情報を送りたいが、とりあえず今はあの二人との繋がりを死守しなければ。

怖かった。前のゲームの時から自分は与えられた仕事をする以外紙に引きこもっていた。
何も見ず何も聞かず、それで嵐が過ぎ去る訳がないのはわかりきっていたのに現実逃避していたのだ。
だから自分と言う杯が右から左に渡ったときも、今思えば大統領からは抵抗どころか駄々をこねたようにしか見えなかっただろう。
最後には恐怖に支配されるまま首を縦に振るしかなかった。
そんな弱くて醜い自分に辛抱強く語りかけ、諭してくれたスティールはスタンドなど無くとも間違いなく自分より強かった。
彼が大統領に立ち向かっていった道はきっと光り輝いていたのだろう。


(僕の進む道は……デコボコですぐつまづいて……崖に向かってても気付かないくらい暗かったんだ。今までは)


目の前でスティールが死んだ瞬間、その光は宮本に受け継がれた。


(今は違う。スティールさんが照らしてくれた道はデコボコどころか穴だらけ、歩ける場所すら僅かだったけど、
 僕はひとりじゃない……だから――――やるだけやってやるッ!!)





【宮本輝之輔(参加者でない)】
[能力]:『エニグマ』
[時間軸]:仗助を紙にした直後
[状態]:健康。黄金の精神
[装備]:
[道具]:
[思考・状況]
基本行動方針:スティールの遺志を受け継ぎ、参加者が大統領を倒すサポートをする
1.システムを探り、首輪の解除や本部までの道を開く方法を探す
2.隙を見て会場に行き、情報を伝える
※宮本が死亡した場合、支給品の紙は全て消滅します


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